METAL GEAR DOLLS (いぬもどき)
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第一章:国境なき軍隊


 1975年 3月15日 

 

 カリブ海上 国境なき軍隊(MSF) マザーベース

 

 

 中米の小国コスタリカとニカラグアで起こったピースウォーカー事件が終結して数か月、国境なき軍隊(MSF)は多くの戦闘員・兵器そして核戦力を有する強大な組織にまで成長をしていた。

 国家・思想・イデオロギーに囚われず、軍事力を必要とする勢力にその力を貸すビジネスは世界中で必要とされているが、反対にその力を忌む勢力も存在していた。

 

 国境なき軍隊の活動が軌道に乗り始めていたが、彼らの持つ核戦力の情報を聞きつけた国際原子力機関(IAEA)が査察を申し入れてきたのもそんな時であった。

 

 

 

「あらかた書類の整理は終わったな、後は査察を受け入れるだけか……」

 

 国境なき軍隊(MSF)副司令官のカズヒラ・ミラーはここ数日IAEA査察のための準備を終え、激務で疲労した身体を椅子に預けていた。

 国籍もなく、核拡散防止条約にも加盟していない国境なき軍隊(MSF)に査察を申し入れてきたIAEAの真意は彼にも、この基地の司令官スネークにも分からなかった。

 

 一応国境なき軍隊(MSF)としてはIAEAの査察を受け入れることを決め、不利になる情報は処分し核爆弾を搭載した二足歩行戦車ZEKEも海中に隠すこととなった。

 数日前まではマザーベースの司令官であるBIGBOSS、スネークも同じ作業をしていたが今は特別な任務で基地を離れている。

 

 

「ミラー副司令官、コーヒーをお持ちしました」

 

「ああ、ありがとさん」

 

 ミラーが何か飲みたいと思っていた矢先、タイミングを見計らったかのように国境なき軍隊(MSF)の女性スタッフがコーヒーを持ってやって来た。

 女性スタッフが部屋に入ってくるとミラーはあからさまに笑顔を浮かべる。

 

「ん~、良い香りだ。この芳香な香りとコクのある味わいはモカの高級品だね」

 

「は、はぁ……すみません、あるものを淹れてきましたので自分には分かりません」

 

「ははは、今度オレが美味しいコーヒーを教えてあげるよ。おすすめの銘柄があるんだ」

 

(い、言えない……コンビニで買ってきた安物だなんて)

 

 女性スタッフの考えていることなどお構いなしに得意げに話すミラー、女性スタッフの愛想笑いがとても苦しそうだ。

 それからミラーはアプローチをのらりくらり躱され、久しぶりに太陽の下へと行くことにした。

 

 洋上に建造されたマザーベースの甲板上は風を遮るものはほとんどなく、心地よい海風がここ最近の激務で疲れているミラーの心を癒す。

 

 

「おーい、ミラー副司令。そんなところで暇してるならこっち来て手伝ってくれよ」

 

「数週間ぶりの暇にありつけたんだ、もう少し味わわせてくれ」

 

「面白い冗談だ、ソ連じゃ365日働いたもんだ。いいから手伝ってくれ」

 

 一応上司であるのは自分なのだがとため息をこぼしそうになるが、渋々自分を呼んだMSFスタッフの手伝いを行うことにした。

 

 

「やあナタリアちゃん、今日もお義父さんの手伝いとは良い子だね」

 

 そこに女性がいればすぐさま声をかけるのがこのカズヒラ・ミラーという男の悪い癖である。

 彼に声をかけられたナタリアという名の女性は眉をひそめると、ミラーの言葉を無視して戦車の陰に姿を消してしまう。

 代わりに現われたのはシベリアの巨熊を思わせるようないかつい顔のおっさん……ではなく、この国境なき軍隊(MSF)で最も年長の兵士で戦車乗りのドラグンスキーという名のロシア人だ。

 

「うちの娘は危険察知が得意でね、何度も命を救われたもんだ。ほれ、突っ立ってないで戦車の整備を手伝ってくれ」

 

 

 有無を言わさずこき使うドラグンスキーに、ミラーは誰か助けてくれと言わんばかりに周囲に目を向けるが、誰ひとりとして目を合わせてくれないのだ。

 仕方なくドラグンスキーと共にオイルまみれになりながら彼の愛車T-72の整備をするのであった。

 

 

 

 結局ミラーが解放されたのは数時間後の事だった。

 これ以上誰かに目をつけられて面倒事を押し付けられる前に、明日にそなえて自室でゆっくり休もうと思い、ミラーはマザーベースの居住区を目指す。

 そんな時、先ほどまで晴れていた空があっという間にどす黒い雲に覆われゴロゴロと雷が鳴り強風が吹き、すぐに大粒の雨が降りだした。

 

 突然の気象の変化に、マザーベースのスタッフたちが大慌てで甲板上に出してあった車両や資材等を格納庫に仕舞う。ミラーも疲れたなどと言っていられず、強烈な雨風の中スタッフたちに混じり動いた。

 

 次の瞬間、マザーベースを強烈な揺れが襲った。

 

 この突然の嵐で高い波がマザーベースに打ちつけているが、この揺れは波によるものではなかった。

 

「みんなすぐに中に入るんだ、早く!」

 

 この状況で外にいれば危険だと判断し、ミラーは甲板上のスタッフに避難するよう指示を飛ばした。

 まだ甲板上には多くの資材や車両が残されていたが致し方なかった。

 そしてまた、マザーベースを先ほどよりも大きな揺れが襲う。

 

 落雷、強風と揺れで軋むマザーベースの音がカリブの海に響き渡る。

 何かが崩落する音をミラーは聞いたが、確認する余裕もなく最後のスタッフが避難したのを確認し自身もマザーベースへと退避した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国境なき軍隊(MSF)司令官、スネークは見知らぬ廃墟と化した街をさまよっていた。

 

 キューバの米軍基地キャンプオメガに囚われているパスとチコを救出するという特殊任務のため、カリブの洋上をヘリで移動中、スネークは突然の嵐に見舞われた。

 猛烈な嵐で機体の制御を失ったヘリは海に墜落、投げ出されたスネークはなんとか岸に泳ぎ着くことができたのだが、そこは全く見知らぬ土地であった。

 

 当初スネークはそこが中米諸国のどれかだと考えていたが違った。

 中米諸国では大規模な紛争は起こっていないはずだが、スネークが見つけたのはまるで戦争でもあったかのような廃墟の街だった。

 壁には銃弾の痕があり、建物は焼け焦げ崩れている。

 小競り合い程度の戦闘では起こらない破壊だ、常に世界の動向を探っているスネークらが中米のそれもマザーベースの傍で起こっていたことなら見逃すはずがない。

 

「ここは…どこなんだ?」

 

 マザーベースへの無線は繋がらず、ヘリに同乗していた仲間も行方不明だ。

 ひとまずスネークは街のそれなりに原型を保っている家屋を見つけ、仮の拠点とすることとした。

 こんな時は葉巻で気持ちを落ち着かせたいところであるが、気配がないとはいえまず家屋の確認は忘れない。

 

 痛んだ家屋の木板は歩くたびに音が鳴るが、スネークはなるべく大きな音を立てないようゆっくりと移動し、家屋の部屋を一つ一つ確認していく。

 リビング、物置、キッチンなど一階部分の全ての部屋の確認を終えた時、二階で微かに物音がしたのをスネークは聞き逃さなかった。

 

 唯一残ったM1911A1とナイフを手に構え、スネークは警戒しつつ階段を上がっていく。

 上階の部屋は二つ、階段を上る途中でまた物音がしたため目星はついた。

 

 

 物音のした部屋のドアを、スネークは少しだけ開き中を伺う……警戒しながら部屋の中へ入り込んだが、そこには誰もいなく殺風景な部屋にベッドとクローゼットがあるだけだった。

 そこでまずはクローゼットを調べようと近寄ろうとしたした瞬間、そのクローゼットの扉が勢いよく開き何者かがスネークめがけ突進してきた。

 突然の出来事に、しかしスネークは慌てることなく飛びかかってた勢いをそのままに、部屋の壁に叩き付ける。壁に勢いよくぶつかった謎の襲撃者は悲鳴をあげて倒れ込み、すかさずスネークは拳銃を突きつけた。

 

「痛ッ……くそー…」

 

「ん? 女の子…?」

 

 謎の襲撃者の正体は眼帯のようなものを左目に付けた金髪の女の子であった。

 ぶつけた頭を痛そうにさすりながら恨めしそうにスネークを睨みつけるが、彼の姿を見た少女は思っていた相手と違かったのか驚いたような表情をしている。

 

「鉄血じゃない……人間さん? あんた誰?」

 

「君のような女の子がこんなところで何をしているんだ?」

 

「あたしは部隊とはぐれちゃって……ふぅ、鉄血じゃなくて良かったよ、もうおしまいかと思った。あたしはVz61スコーピオンだよ、よろしくね」

 

スコーピオン(サソリ)、それが君のコードネームなのか? オレはスネーク、ところで聞きたいんだがここはどこだ? 見たところ中米諸国のどこでもないような気がするんだが」

 

「ちゅーべー諸国? ちょっと何言ってるか分からないけど、ここは鉄血の人形との激戦区だよ。まさかこんなところで生きてる人間さんに会うとは思わなかったけどね」

 

「悪いがオレもキミが何を言っているのか理解できない。現状を知りたい、できれば仲間と連絡も取りたい」

 

「オッケー。教えられる範囲で教えてあげるからそこらでくつろいでよ」

 

 そう言うと、スコーピオンはいまだ痛むらしい頭をさすりながら先ほど身を隠していたクローゼットから缶詰を運んできてくれた。

 それを眺めつつ、スネークはベッドに腰掛け葉巻を取り出す……そこでライターを紛失していることに気付く。

 何かないものかと捜すと、スコーピオンが得意げな顔でオイルライターを見せびらかしている。

 

「貸し一つだよ」

 

「あぁ……」

 

 おちょくられているようで少し気に入らなかったが、葉巻の煙が恋しかったスネークは素直にライターを借りる。

 火がついたところでライターはとり上げられた……どうやらお気に入りらしい。

 葉巻に興味を示し欲しがるスコーピオンをなだめつつ、必要な情報をスネークは引き出すのであった。




スネークを描ききれるか不安ですが頑張ってやっていきたいと思います。



スカルフェイス「海賊討伐に行くぞ!」

XOF隊員「マザーベース無いんですけど…」

スカルフェイス「……」


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脱出

「――――――話をまとめよう。今は2060年代、第三次世界大戦後で鉄血工造という会社が造った戦闘兵器が暴走し、君らのような人間側の戦闘兵器がその鉄血の戦闘兵器とやらと戦争中。それで世界は大戦とそれ以前の出来事で人が住める領域が狭まっているのに加え、鉄血との戦闘で世界は荒廃しきっていると……こういう解釈でいいのか?」

 

「あー、うん……それでいいよ、大体あってるよ。もーあたし説明するの疲れたよ…」

 

 机に突っ伏して疲れ切った様子のスコーピオン。

 一方のスネークもブツブツと独り言をつぶやき頭を抱えている。

 

 当然だ、スネークにとってスコーピオンが当たり前のように話すこの世界の状況とやらは、まるでSF小説のようでありスネークがそれまで生きてきた世界とは明らかに違う様相だったからだ。

 戦術人形、グリフィン、鉄血工造、第三次世界大戦……スコーピオンが口にする言葉はどれ一つとしてスネークの知らない出来事だったり、固有名詞だったのでそれを一々説明しなければならなかったスコーピオンも中々に憔悴している。

 昔映画好きのはた迷惑なメディックが任務のサポートについていた時期もあったが、彼女の余計な話のせいで迷惑極まりない悪夢を見た記憶があるスネーク。

 もしかしたら今も夢の中なのではないかと自分を疑うが、この場所に漂う戦場跡特有の空気がスネークにこれは現実だと教えてくる。

 

 

 1970年代から一気に2060年代、普通に生きていてもとっくに寿命で死んでいるほどの年月だ。

 部屋に飾られている古びたカレンダーには2055年と書かれている……ドッキリを仕掛けるにしては何もかも手が込み過ぎている、ますます目まいが酷くなってきたスネークは気持ちを落ち着けるべく二本目の葉巻をくわえる。

 しかし火種が無い……。

 机に突っ伏したままくたばっているスコーピオンの手にライターが握られている……こっそり取ろうとしたところむくりと彼女が起き上がり、ライターに手を伸ばしていたスネークをジト目で睨む。

 

「貸してほしいなら素直に言えばいいのに」

 

「あ、あぁ…」

 

「全くあんたって見た目厳ついのに子どもみたいだよね」

 

「子どもじゃない、今年で39だ」

 

「そういうところ子供っぽいよ?」

 

 これ以上反抗をするとライターを貸してくれなそうなのでスネークは何も言わずライターを借りる。

 

「ねえねえ、スネークって本名じゃないでしょ? 本当の名前は何ていうの?」

 

 スネークが葉巻を味わっていると彼女がそんなことを聞いてきた。

 

「自分の名前は昔に捨てた、今はスネークと呼ばれている」

 

「ふぅん。スネーク()が今の名前なんだね……ねえねえ、スネーク()スコーピオン()って相性良さそうじゃない?」

 

「君とか? 女の子に助けて貰うほどオレも身の安全に困っちゃいない」

 

「ああー、あたしのこと馬鹿にしてるでしょ。こう見えてあたし強いんだよ?」

 

 頬を膨らまてすねる姿は年相応の女の子にしか見えない。

 そんな彼女が戦闘のために生まれた高度な知能を持った戦術人形と呼ばれる存在には、到底見えなかった。

 それとも彼女のような存在を生み出すのには100年もあれば技術的には可能なことなのか…。

 ふとスネークはマザーベースで一時SFがブームだった時期があり、マニアなスタッフに熱く語られたことを思い出した。

 

 確かタイムスリップとかパラレルワールドだとかそんな話だったと記憶している。

 もしもだ、万が一そのSFにありそうな出来事に自分がまきこまれているのだとしたら?

 スネークの妄想は拡大していく……ここは異なる時間軸のあり得たかもしれない未来の出来事で、あの突然の嵐が自分をこの世界に迷い込ませたのでは?

 さらに言うならばあの嵐は謎の秘密結社が起こした人為的な現象で、世界征服をもくろむ悪の組織が……!

 

「馬鹿馬鹿しい…」

 

 疲れているとはいえ現実逃避の妄想をしてしまったことに自嘲し、改めて葉巻をふかす。

 お気に入りの葉巻の香りがスネークの精神を安定させる、状況は相変わらず理解できないが少しずつこの世界を調べていこう。

 そう思った矢先、窓の向こうで何かが反射し光った。

 

「伏せろッ!」

 

 とっさに目の前に立っていたスコーピオンを押し倒す。

 直後、窓が割れ先ほどまでスコーピオンが立っていた場所の延長上に銃弾が叩き込まれた。

 

「スナイパーか……ケガはないかスコーピオン?」

 

 見ると、スコーピオンは頭をおさえて涙目でスネークを睨みつけている。

 助けるためとは言え少女を押し倒すというのは、少々男女の関係である以上まずかったかと一瞬スネークは思ったが……どうやら倒した拍子に先ほどぶつけたところと同じところをぶつけてしまったらしい。

 悶絶するスコーピオンに一言"すまん"と詫びを入れ、スネークは直ぐにスナイパーの様子を伺う。

 

「スコーピオン、敵のスナイパーに狙われている。不用意に動くんじゃないぞ」

 

「スナイパー!? ずっと……あたしを狙ってたっていうの?」

 

「君がここに隠れていた理由か。敵はどれくらいいるんだ?」

 

「分からないよ……部隊が全滅した時、あたしらはそこら中から狙撃された。北に古い時計塔があるんだけど、そこにいるのは間違いないよ。後どれくらい敵がいるのか」

 

 先ほどの狙撃は崩れかけたビルからだった。

 少なくとも二人以上の狙撃手がいることになる……戦火に晒され廃墟や瓦礫の多い街は身を隠すのにうってつけで、それが敵のスナイパーにとって有利に働いているが逆も然り。

 

「スコーピオン、敵に見つかった以上ここに留まるのは危険だ。移動するぞ」

 

「うぅ……ついにこの時が。ちょっと待ってて」

 

「お、おい」

 

 スコーピオンが窓から狙撃されないようほふくの体勢で隣の部屋まで行き、戻って来た時には何かを詰めし込んだリュックとアサルトライフルを一丁持っていた。

 

「拳銃一つじゃ不安でしょ、これ貸してあげる。壊さないでね」

 

「ああ助かる」

 

「気をつけて。あたしらの部隊を全滅に追い込んだスナイパーだから、注意しないと」

 

「前にもスナイパーと戦ったことがある。まあ、前は森の中でだったがな」

 

「頼りにしてるよ、スネーク」

 

 微笑みを浮かべるスコーピオン、だがその表情はどこか不安げだ。

 

 おそらく敵のスナイパーはスネークが一人彷徨っているところをあえて見逃していたのかもしれない。スコーピオンと合流させ、その位置を探る餌として。

 もっともスネークはスコーピオンの仲間でなかったが、結果的に目論見は果たされたことだろう。

 

 建物の裏口を出てスネークとスコーピオンは物陰に身を隠しながら廃墟の街を進む。

 

「スネーク、こっちだよ。時計塔から丸見えになるから注意して」

 

「ああ、分かってる」

 

 通りに放置されている車の陰に隠れながら進むことで狙撃手の目から逃れる二人。

 どこから狙撃手が狙っているのか分からないこの状況でスネークは極めて冷静であった。

 先ほどまでどこかスネークの実力を信じ切れていなかったスコーピオンであったが、彼の背を見続けるうちに心強さを覚える。

 それも当然かもしれない……スコーピオンは知らないが、このスネークという男は別の世界で伝説の英雄と呼ばれる存在なのだから。

 

「順調だねスネーク、あんたとなら生きて脱出できそうな気がするよ」

 

「静かに。あれは敵か?」

 

 物陰に隠れつつ、スネークが指さした方向を覗く。

 そこには小隊規模の鉄血戦術人形が建物を一つ一つ確認しながらこちらの方向に進んでいるのが見えた。

 

「そう、あれが鉄血の戦術人形。後ろにいる奴より、人の形をした鉄血の方が戦闘能力は高いから注意して。それで、どうするのスネーク。やっつける?」

 

「いや、敵の数が多い。それにスナイパーの事もある……戦闘は避ける」

 

「オッケー、じゃあ後退だね……大変、後ろからも鉄血が来てる…!」

 

 後方からも同程度の部隊が接近しているのをスコーピオンは見つける。

 両脇を挟まれる形となってしまったことにスコーピオンは慌てるが、ここでもスネークは冷静だった……しかし今回ばかりはその冷静な姿も当てにできず、スコーピオンは絶望し青ざめていた。

 

「やだよ、こんなとこでやられたくない…」

 

「落ち着け、おれたちはまだ死んじゃいない」

 

「逃げ場所が無いのにどうするの!? あぁ、もうおしまいだよ……いいや、どうせやられるくらいなら最後に一矢報いてやる!」

 

「いいから落ち着け、大丈夫だ。こっちに来るんだ」

 

 最後にはやけくそになろうとしているスコーピオンの手を引き、すぐそばの建物へと入って行く。どうやらその建物は倉庫か何かのようだが、しらみつぶしに建物を捜す鉄血が迫っている以上袋の鼠同然だ。

 

「いいよ、籠城ってわけだね。あたしの底力見せてやろうじゃない」

 

「違う、これに隠れるんだ」

 

「は? これに? 正気?」

 

「いいから隠れるんだ」

 

「ふぎゃっ」

 

「声を出すんじゃないぞ、いいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グリフィンのマヌケ人形は見つかったか?」

 

「いいやいない。それにあの人間の男もだ、この建物でここの通りは最後か?」

 

「ああそうだ。さっさと捜しだすぞ、またぐずぐず文句を言われたくない」

 

「そうだな」

 

 鉄血の人形たちは倉庫の中へと足を踏み入れていく。

 頑丈な造りであったためか倉庫は外観を保っているが、内部は他の建物同様荒れ果て、木箱やコンテナ、ダンボールなどが乱雑に散らかっていた。

 

「さっさとでてこいマヌケ人形」

 

 コンテナや木箱を蹴飛ばしながら捜す鉄血の戦術人形。

 そこまで広くない倉庫だったため、ある程度調べて鉄血の人形は倉庫を出ていく。

 

「待て、あのダンボールはどうした?」

 

「ダンボールに人が隠れるはずないだろう。時間の無駄だ、さっさと次の場所へ行こう」

 

「それもそうだな」

 

 

 倉庫を捜し終えたと判断した鉄血の人形たちはさっさと別な場所へと移動していった。

 

 静かな倉庫の中には蹴られて粉砕した木箱やコンテナ、二つの段ボールが残るのみだった…。

 

 

 

「よし、もういいぞスコーピオン」

 

「なんか納得いかないなぁ。なんでダンボールが……いや、あたしの感覚がおかしいのかな…」

 

「なにをブツブツ言っているんだ。戻ってくる前にここを立ち去るぞ」

 

「了解スネーク。いや、やっぱりダンボールで助かるのおかしいでしょ…」

 

 

 ダンボールの中で敵をやり過ごした二人は音を立てずに再び脱出のために廃墟を進み歩く。

 

 これが、スコーピオンとダンボールの運命的な出会いであった。




月光以下の索敵能力な鉄血人形ちゃんたち。
連れているのが月光だったらスコーピオンちゃんは踏みつぶされてました(笑)



ちなみにうちのエースはAK-47ちゃんです。
FPSでもAK-47です。
もちろんMGSでもAK-47です。
好きにならない理由がないです、ウラー。


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Battle of Airport

「ここだよスネーク、ここが目的地」

 

 廃墟と化した街に潜むスナイパーと歩哨をなんとかかいくぐり、スネークたちは荒れ果てた飛行場へとたどり着いた。

 飛行場といっても特別大きいものではなく、地面を平らにならしただけの滑走路にいくつかの格納庫と小さな管制塔があるだけだ。

 その滑走路も、爆撃や砲撃で穴だらけで飛行機の離着陸は不可能な状態だ。

 

「スコーピオン、ここに案内したのは何故だ?」

 

「このエリアは完全に鉄血の支配下だ、味方の基地まで撤退するには危険が大きすぎる。この飛行場には救難信号を出せる設備がある、それを使って味方と連絡をとるんだ」

 

「なるほどな、だが何故最初からここに来なかったんだ? 何週間も廃墟で隠れている必要も無かったはずだ」

 

「救難信号を聞きつけるのは何も味方だけじゃない、敵に探知されて位置を特定される恐れがあったからね」

 

「だったら今も危険じゃないか。敵地のど真ん中だ、探知されればオレたちは包囲される」

 

「一人じゃ出来なかったかもね……でも今は、あんたがいる。スネークが一緒に居てくれれば成功するって信じてる」

 

 まだ会って一日も経っていないというのに、スコーピオンはこう言ってのける。

 彼女のスネークを見つめる眼差しには迷いはなく、笑みすら浮かべている。

 

「頼られてしまったものだな。いいだろう、だが闇雲に行動をしても助からない、準備が必要だ。それには君の力も必要となってくる」

 

「任せてよスネーク、ある程度の敵はあたしが突撃してぶっ飛ばしてくるから!」

 

「突撃は禁止だ、それは最後にとっておけ。まずは飛行場を探索しよう、使える物はなんでも使うんだ」

 

「了解スネーク」

 

 

 元はスコーピオンらの部隊が健在だったころに使われていたという飛行場だ、探せば何かしら使える物は存在するだろう。

 脱出手段のヘリなどは無いが、武器・弾薬は多くはないが格納庫などに残されていた。

 管制塔もくまなく探す。

 ひとまず救難信号を出すための設備は無事だった、電気は非常用の発電機で事足りるだろう……管制塔にいたスネークは、ふと遠くから誰かが一人飛行場を目指しやってくるのを発見した。

 その人物は物陰に隠れ周囲を伺いながら警戒している様子でやってくる。

 

「スコーピオン、誰かが来る」

 

 スコーピオンは管制塔の窓から少しだけ顔をだし、目を細めてやってくる人物を観察する。

 少しの間判断できず唸っていた彼女であったが、ハッとした様子で立ち上がると一気に管制塔を降りると走りだしていった。

 スネークもその後を追い彼女を追いかける。

 

 

「おい、スコーピオン!」

 

 

 飛行場に出て彼女の名を呼んだと同時に、スコーピオンはやって来た謎の人物の胸めがけ飛び込んでいるところだった。

 

 

「スプリングフィールド! 生きてたんだね、良かった!」

 

「あなたもねスコーピオン! 銃声を聞いて、もしかして私以外にも生存者がいると思いまして……あの、あちらの方は?」

 

 スネークの姿に気付いたらしい、その女性はスネークをどこか不安げなまなざしで見つめていた。

 すると反対に目をキラキラと輝かせながら、スコーピオンはその女性の手を引いてものすごい勢いでスネークのもとへと駆け寄ってくる……サソリというより活発なイヌのようなその姿に、スネークは小さな笑みを浮かべた。

 

「紹介するよスプリングフィールド、あたしの命の恩人スネークだよ! 廃墟からここまでこれたのはスネークのおかげだね」

 

「初めまして、スプリングフィールドと申します。大切な仲間のスコーピオンを助けていただきありがとうございます」

 

「いや、こちらもお互い様だ。右も左も分からないオレに色々と彼女が教えてくれた」

 

「えへへ、スネークって最近の出来事も分からないくらいだったから大変だったよ。ねえスプリングフィールド、一応聞くけどさ……他の仲間は見ていない?」

 

「残念ですが……」

 

「そう、そっか……」

 

 スコーピオンは一瞬とても哀しげな表情を浮かべたが、すぐに今置かれている状況を思い出す。

 そしてこの飛行場の救難信号を使って仲間と連絡をとる作戦をスプリングフィールドに伝えたが、彼女は暗い表情で首を横に振る。

 

「スコーピオン、よく聞いてください。私たちがいた基地は鉄血の攻撃を受けて後方に撤退してしまいました、救出に来れる部隊は近くにありません」

 

「そんな、折角ここまで来たって言うのに……スネーク、もうだめだよ。やっぱり危険地帯を抜けるしかないよ」

 

「そう簡単にあきらめるな、手はある」

 

「何か、勝算があるようですね」

 

 スプリングフィールドの言葉と共に、スコーピオンも期待感に表情を明るくする。

 

「実を言うとさっきからこの無線機に連絡が入っててな―――」

 

「なんでそういう大事なことすぐに言わないのかな……」

 

 表情が明るくなったと思ったスコーピオンが今度はジト目でスネークを見つめ呆れた表情を浮かべた……コロコロ表情の変わる彼女に思わず笑いそうになるスネークであったが、咳払いで誤魔化す。

 

「話は最後まで聞け。無線が入っているのは分かるんだが、壊れていて使えない。だが近くに仲間がいるのは確かだ」

 

「ではスネークさん、あなたの仲間に助けを求めることは可能なんですね?」

 

「ああそうだ。今頃あいつらも血眼でオレを捜し回ってるかもしれない、どれくらい近くに居るか分からないがな……だが救難信号を出して敵に嗅ぎつけられるのは同じだ、戦闘になるぞ」

 

「大丈夫だよスネーク、元からそのつもりだったんだからね」

 

 獰猛な笑みをスコーピオンは浮かべる。

 困ったものだと呆れているのはスプリングフィールドだが、彼女も戦闘が避けて通れないのは承知であった。

 スコーピオン、スプリングフィールド、そしてスネークは鉄血戦術人形との戦いの準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スネークさん、来ましたよ。鉄血の人形たちです」

 

 奴らは廃墟の街からゆっくりと姿を現してきた。

 

 管制塔にて狙撃の役割を買って出たスプリングフィールドが鉄血の人形を素早く発見した。

 スネークがMSFの仲間たちに救難信号を送っておよそ一時間後の事だった。

 

 飛行場を目指し近づいてくる鉄血の人形はまだ三人の姿に気付いていない……ただここに敵がいるだろうという予測のもと、警戒しながら徐々に接近してきていた。

 管制塔のスプリングフィールドは息を殺しつつ、眼下のスネークに目を向ける。

 先制攻撃の指示はまだだった。

 少し離れたところに居るスコーピオンはというと、早く撃ち合いを始めたいのか何度もスネークを見ている。

 

 鉄血の人形が飛行場の入り口に迫った時、スネークの手があがったのを見たスプリングフィールドは敵にその照準を定める。

 

「いまだ、派手にやれスコーピオン」

 

 待ってましたとばかりに、スコーピオンは飛行場入り口に仕掛けてあった爆薬を起爆させた。

 凄まじい爆音が周囲に鳴り響き、入り口近辺にいた鉄血人形たちは爆風で吹き飛ばされる。

 すかさずスプリングフィールドが爆発から生き延びた鉄血人形を素早く排除した。

 

「まだまだいくよ!」

 

 仕掛けられた爆弾は一か所だけではない、スネークがあらかじめ目星をつけてい置いた進入路にも爆弾が仕掛けられているほか、カバーできない位置には地雷も設置していた。

 別な方角からやって来た鉄血の小隊は爆発の一撃で壊滅し、ある小隊は爆発によって倒壊した建物の下敷きになる。

 

 

「どうよ鉄血人形! いままでさんざんやってくれた仕返しだ!」

 

 壊滅した鉄血の先遣隊に向けてガッツポーズを決めるスコーピオンであったが、黒煙の向こうから次々やってくる鉄血人形にふざけた表情をひっこめ、その手に持ったVz61を乱射し始める。

 

「気をつけろスコーピオン、数が多い!」

 

「分かってるって!」

 

 そうはいったものの、スコーピオンは鉄血の予想外の多さに動揺していた。

 自分が息を殺して隠れていた間はスナイパーから逃れていただけだと思っていたが、これだけの数が潜んでいたとは考えもしていなかった。

 いまのところなんとか対処できているが、敵は確実に増えてきている。

 

 管制塔からスプリングフィールドが迂回する敵を知らせ、それをスネークとスコーピオンが撃破するもだんだんと追いつかなくなる。

 

 

「敵がどんどん増えていきます!」

 

 管制塔のスプリングフィ-ルドからは、鉄血の部隊が飛行場を目指す絶望的な光景がはっきり見えている。

 それでも彼女は逃げることなく敵に狙いをつけ引き金を引き続ける。

 

「くっ…!」

 

 管制塔のスプリングフィールドも鉄血の攻撃を受け始め、銃弾が彼女の頬をかすめる。

 装填のため身をかがめた時、凄まじい爆発音が響き衝撃が彼女を襲った。

 その爆発音が間髪いれず再び鳴り響き、それが敵側の砲撃だと理解するのに時間はかからなかった。

 スプリングフィールドが管制塔を離れようとしたその時、砲弾がついに管制塔の柱へと命中しその衝撃で彼女は体勢を崩し転倒した。

 外に放り出されることはなかったが、砲撃を受けた管制塔は嫌な音を立てながらぐらつき始める。

 

「スプリングフィールド! そこから飛び降りるんだッ!」

 

 管制塔の下でスネークが叫ぶ。

 彼女は管制塔の高さに躊躇していたが、意を決して管制塔を飛び降りた。

 彼女に飛び降りることを叫んだスネークは落下する彼女を見事受け止める。

 

「おい、もう大丈夫だ。目を開けていい」

 

 彼女はスネークの腕の中で目を閉じて身体をこわばらせていたが、やがてゆっくりと目を開き先ほどまで自分がいた管制塔を見て、それから自分を抱きかかえるスネークの顔を見て頬を赤らめた。

 次の瞬間、管制塔が二発目の砲撃を受け、驚いたスプリングフィールドはスネークに咄嗟に抱き付いた。

 

「スコーピオン! 後退するぞ、一旦後退だ!」

 

 瓦礫に身を隠し敵をけん制するスコーピオンにそう叫び、スネークは前もって用意していた二つ目の防衛線へと後退する。

 スコーピオンもその後を追従し、廃墟の中へと入り込む。

 

「ここで持ちこたえるぞ」

 

「ええ、分かりました」

 

「最終防衛ラインってわけだね……というか……スプリングフィールド、いつまで抱きかかえられてんの!?」

 

 スコーピオンに言われ、スプリングフィールドはハッとして慌ててスネークの手から離れる。

 

「私としたことが……恥ずかしい」

 

「ったく、緊張感ないんだから……羨ましい」

 

「なにか言ったか?」

 

「なにも言ってない!」

 

 猛犬のように唸り声をあげるのを、剥き出しの闘志ゆえゆえと考えそれ以上スネークは追及せず、前方で再編成する鉄血の人形を忌々しく見つめる。

 

「弾がもう残り少ないよ」

 

「私もです」

 

「大人しく投降してみる?」

 

「冗談ですね、弾が尽きても銃剣突撃する気概は残っています」

 

「へへ、そうこなくっちゃね!」

 

 この期に及んで、二人の戦術人形は戦意を失っていなかった。

 敵を見やり獰猛な笑みを浮かべるスコーピオンと、銃剣を取り付け淑女らしからぬ鋭い目で敵を観察するスプリングフィールド……この二人に呼応しない伝説の兵士ビッグボスではない。

 自身も軽機関銃と剥き出しの弾帯を手に迫りくる鉄血人形を睨みつけるように見据える。

 

 

「我が軍の右翼は押されている。中央は崩れかけている。撤退は不可能。状況は最高、これより反撃する! って誰の言葉だっけ?」

 

「第一次世界大戦時のフランス陸軍将軍フェルディナン・フォッシュの言葉ですね。一人30人倒せば私たちの勝利です」

 

 

 窮鼠は猫を噛むというが、追い詰められた蛇・蠍・淑女はこの瞬間他のどんなものよりも恐ろしい存在と化していただろう。

 

 やがて鉄血人形が廃墟の中へと足を踏み入れた時、三人の一斉攻撃が敵の部隊を出迎えた。

 

 身軽なスコーピオンは両手に銃を持ち、素早く動くことで敵を翻弄し次々に鉄血人形をなぎ倒す。本来後方での狙撃を得意とするスプリングフィールドは銃剣で鉄血人形を突き刺し、飛びかかってきた人形などを銃床で殴りつけるという荒々しい戦い方をしている。

 

 軽機関銃を手に、凄まじい弾幕で応戦するスネークの姿はまるでランボーを思わせる。

 鬼気迫る表情のスネークの姿に、鉄血人形は気圧されていた……圧倒的に有利なはずなのは自分たちであるはずなのに、数の面でも装備の面でも勝っている鉄血人形が圧倒されているのだ。

 

 鉄血人形が、後退していく。

 

 鉄血人形は予想外の反撃に作戦を変更、砲撃で廃墟を跡形もなく吹き飛ばそうとする作戦に出る。

 しかし部隊が廃墟から撤退しきらないうちに、爆撃が後退する鉄血人形たちを吹き飛ばしたではないか。突然の爆撃に慌てふためく人形たちの頭上に、数機のヘリコプターが飛来する。

Mi-24戦闘ヘリコプター、その機体の側面には国境なき軍隊(MSF)の象徴であるパンゲア大陸と髑髏を模したマークがある。

 

 

『スネークッ!!』

 

 

 ヘリより拡声された音声が飛行場へと響く。

 その声はスネークも聞きなれたMSF副指令の声であった。

 

「カズ!」

 

『ようやく見つけたぞボス! 援護を開始する!』

 

 Mi-24(ハインド)よりMSFの戦闘員が飛行場へと降下し、浮足立つ鉄血人形へ攻撃を仕掛ける。

 鉄血人形たちは予想外の攻撃を受けて敗走していき、MSFの戦闘員と上空のハインドがまるで獲物を駆り立てるかのように追い詰める。

 

 やがて一機のハインドが飛行場へと降り立ち、MSF副指令のミラーが降り立つ。

 

 

「カズ! よく来てくれたな!」

 

 スコーピオンとスプリングフィールドを伴いスネークは彼のもとへと駆け寄る。

 ミラーの目線は一瞬二人の戦術人形へと向けられたが、こんな場面で悪い癖を出す男ではない……ミラーは差し出されたスネークの握手に応じるのを少し待つと、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「待たせたな……ボス」

 

 十八番をとられた形となったスネークは笑みを浮かべ、それからミラーはスネークの手を固く握った。




これからもスプリングフィールドさんには銃剣突撃してもらいます(錯乱)


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マザーベース:英雄の帰還

 世界が戦争で荒廃しきったこの時代において、争いから逃れるように大都市から離れたこの海辺で暮らす家族がいた。年老いた老夫婦と、その一人娘に馬が一頭いるだけの貧しい家族だ。

 その家族は貧しいながらも、現在世界に蔓延する脅威や争い事からは隔絶された平穏な生活を送っていた。

 

 ある日の事だ。

 一家が経験したことのない猛烈な嵐に見舞われてその日の農作業を止めて、一家は家が吹き飛ばされないよう祈りながらその日を過ごしていた。やがて嵐が過ぎ去り、外に出てみた一家は驚愕する。

 家から見える遥かな洋上に、それまで存在していなかった巨大な建造物が現れたのを見たのだ。

 石油プラットフォームにも似たその巨大建造物からは毎日のようにヘリコプターが飛び立ち、何度か一家はその建造物からやって来た兵士と言葉をかわした。

 

 争いに巻き込まれるのではないかと一家は危惧していたが、彼らは特に一家に危害を加えるわけでもなく世界情勢や地理の事をやたらしつこく聞いてくるのみであった。

 一度魚を送った一家にその兵士たちは喜び、次に来たときは一家には有り余るほどの物資を返されたのだった。

 以来、上空をヘリが飛び交っていくことは一家にとって日常と化し特に気にも留めることは無かった。

 

 その日も一家の上空をヘリが通過していったが、いつもと違うのは数機が固まって洋上の巨大建造物に向かっていることであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリの一機がマザーベースのヘリポートに降り立った時、そこにはMSFのスタッフほぼ全員が集まり自分たちのボスでありこの基地の司令官の帰りを出迎えていた。

 歓声をあげる彼らMSFのスタッフに、スネークは手を振り笑いかけた。

 

 

「ボス、よくご無事で!」

「信じていましたビッグボス!」

「もうボスに会えないかと……ご無事で何よりですボス!」

 

 

 歓声をあげ、中には涙を流しスネークの帰還を喜ぶ者も大勢いた。

 スネークは彼らに近付いて肩を抱いたり声をかけていく。

 誰もがこの伝説の兵士のカリスマに惹かれ忠を尽くすMSFという家族の一員、スネークは一人一人その名を呼んで労をねぎらった。

 

「スネーク」

 

 集まったスタッフから少し離れた位置から彼の名を呼ぶ者がいた。

 それに気付いたスタッフたちが場所を譲り道を開ける……そこにはマザーベースに一足先に帰還しスネークの出迎えを準備していたカズヒラ・ミラー、そして車いすに座り笑顔を見せるヒューイ・エメリッヒの姿があった。

 スネークは二人のもとへと歩み寄ると、再度カズと固い握手を交わしヒューイにもまた手を差し出した。

 

「無事で良かったよ……スネーク」

 

「お前もな、ヒューイ」

 

 ヒューイは一瞬、どこかぎこちない笑顔を見せたがスネークは特に気にも留めずこの再会を喜ぶ。

 

「スネーク、わたしのことは無視か?」

 

「ストレンジラブ、お前も無事だったんだな」

 

 群衆とも、カズとヒューイの二人からも離れた場所に立っていた彼女の存在をスネークは見逃していた。

 彼女の皮肉交じりの言葉も、今のスネークにとってマザーベースに帰って来た実感を味合わせてくれる。

 

「本当に無事で良かったよスネーク」

 

「突然嵐に巻き込まれ、訳の分からない場所に着いた時はどうしたものかと思ったぞ。お前たちもあの嵐に巻き込まれたのか?」

 

「あぁ、それはそうなんだが……スネークちょっといいか?」

 

「ん?」

 

 なにやら深刻そうな声色でカズはスネークの肩に手を回し彼を少し離れたところにまで連れていく。

 

「どうしたんだカズ、何か問題があったのか? 見たところプラットフォームのいくつかは損傷が見受けられるが、直せないほどじゃない。心配するな」

 

「そんなことはいいんだが……」

 

「なんだ、もったいぶらずに言ったらいいじゃないか」

 

 真剣な表情で、カズはサングラスのズレを直しちらりとどこかを見てからそっと耳元でささやいた。

 

「あのナイスな女の子たちはどこで見つけてきたんだ?」

 

「……は?」

 

「はっはっは、ボスもなかなかやるじゃないか。こんな非常時にあれだけの美女を連れてくるなんて、教えてくれどこで見つけてきたんだ?」

 

「………」

 

 さきほどの真剣な表情はどこへやら、そこにはいつもスネークの頭を悩ませる悪い癖の出たカズのふざけた表情があった。

 ひとまずスネークは無言で彼の横腹を殴りつけ、悶絶するカズが暴走しないようしっかりと捕まえたままスコーピオンとスプリングフィールドのもとへとやってくる。

 

「とりあえずこいつは副司令官、以上だ」

 

「ま、待てスネーク……レディへの自己紹介は、もう少し…しっかり…」

 

「うるさい、色々話すことがあるから中に行くぞ」

 

「いや、オレ的にはそこのお姉ちゃんと……ぐふっ! わ、分かった……ボス」

 

「二人ともついてきてくれ話したいことが山ほどある」

 

「う、恨むぞ……スネーク」

 

 目の前で知らない人がボコボコにされているという不思議な光景に、スコーピオンはポカンと口を開けてスプリングフィールドは無表情で固まっていた。それから顔を見合わせて特に何も言わずスネークの後をついて行くのであった。

 

 

 

 

 マザーベース内司令室―――

 

「――――と、いうわけです。みなさん理解していただけましたか?」

 

 

「うん、概ね理解できたよ」

「にわかに信じられないがな」

 

 スネークが以前スコーピオンにしてもらったように、今回はスプリングフィールドがこの世界の歴史や出来事、そして自分たちが人間ではなく戦術人形と言われる人為的に生み出された存在であることを説明した。

 スネークはこの説明を何度も聞いたうえでいまだに理解できていない部分があったが、頭の回転の速いヒューイとストレンジラブの二人は一度の説明で納得するのであった。

 

「よく一回で理解できたな」

 

「ちゃんと人の話を聞いていれば分かるだろう? とは言っても理解はしたが、信じ切れてはいない」

 

「ぼくも同じ意見だ。君たちがその……戦術人形っていう存在には見えないな。人間そのものじゃないか」

 

「もしその話が本当なら、とても興味深い。わたしが知るAIの技術は、この世界でとてつもない発展を遂げているということだろう? 興味深い、本当に興味深い……」

 

 あごに指をそえて、スコーピオンとスプリングフィールドの二人をまじまじと見つめる。どこか普通じゃないその様子に二人は何かよからぬものを感じてのか、後ずさりしスネークに助けを求めるかのように目線を送る。

 もう一人、悪い癖を持った変人がいるのを思い出しスネークはため息をこぼしストレンジラブを二人から離す。

 

「ところで、今の説明で理解できたかカズ?」

 

「――――! ッッッ!!!」

 

 部屋の隅には、椅子に縛りつけられ猿轡をかまされた哀れなカズヒラ・ミラーがいる。

 何度も口説こうとして説明の邪魔をする彼をこうしたのはスネークだ……恨みがましく睨みつけてくる彼の姿に、スネークは呆れて言葉も出ないようだ。

 

「スネーク、二人のことはこれからどうするつもりだい?」

 

 成り行きで助ける形になったが特に考えてもいないことだった。

 そこでストレンジラブは提案し、しばらくの間マザーベースで彼女たちを保護しようということになった……二人がかわいいという理由以外に、ストレンジラブとしては二人の戦術人形に使われているAIにかなり興味があるようだった。

 ヒューイも戦術人形の技術に興味を持ったようだが、それはストレンジラブに拒絶される……理由は言わなくても分かるだろう。

 MSF副指令カズヒラ・ミラーも拘束されたまま激しく首を縦に振ることで賛成の意を示す。

 

「君らの部隊が見つかるまでとりあえずはここに居てもいい。だがこちらも余裕はない、君たちの力も借りることになる。それは構わないか?」

 

「うん、それでいいよ。何度も助けてもらった恩も返したいしね、スプリングフィールドもそれでいいよね?」

 

「ええ、微力ながら私たちもスネークさんたちの助けになります」

 

「よろしく頼む」

 

「わたしの事はストレンジラブと呼んでくれ、みんなそう呼ぶ。後で君たちの話を聞かせてくれ」

 

「ぼくはヒューイ。ここで開発を任されてる、何か必要があったら遠慮なく言ってくれ。出来るだけの事はするよ」

 

「――――!(せめて自己紹介ぐらいさせろスネーク!!スネーーーークッ!!)」

 

 

 




マザーベースpartはタイトルにマザーベースとつけるようにしていきますね。


MSF兵A「流石ボス、あんな美女を連れてくるなんて…」
MSF兵B「美少女がいればオレは頑張れる!ボス、一生ついていきます!」
MSF兵C「やっぱ巨乳は最高だぜ!」

パス「……」


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マザーベース:異常なし

タイトルは適当


 マザーベースに欠かせない存在である司令官が帰還を果たして数日、MSFのスタッフたちはあの嵐による被害状況の確認と資材等の管理の他、周辺地域の偵察のためほぼ全員が忙しく動き回っていた。

 嵐による損傷によってプラットフォームを繋ぐ橋の一部が壊れている箇所があり、そう言ったところは急ピッチで修復作業が進められている。

 

 

「―――現状、オレたちの悩みと言えば物資の問題だな。スタッフは総勢300人ほど、そのスタッフ全員の食糧を安定して確保する方法を見つけることがまずは最優先だ」

 

 マザーベース司令室にて、スネークとカズは隊員たちから集められた情報を整理し、マザーベースの行動計画を立てていた。

 嵐によって失われた資材・備品・兵器の数は決して少なくはない。

 当面の間マザーベースの維持できるだけの物資はあるが、それもいつかは無くなるだろう。

 

「食糧の問題は長期的な課題になるだろうが、糧食班と研究開発班が共同でこの問題にあたっている。それから、燃料の問題だが……これは独自に解決できるかもしれない」

 

「どういうことだ?」

 

「諜報班より良い知らせが入った。マザーベースの近海に、誰もいない石油掘削プラットフォームがあったらしい」

 

「少し都合が良すぎるんじゃないのか? 石油がもうでなくなったのかもしれん」

 

「その可能性もあるが、一度確かめてみるのもいいだろう。確認はヘリによる観測のみだ、内部に誰かいるかもしれないから一度調査が必要だ」

 

 人を養うのには食糧が、マザーベースを維持するのには燃料と修復資材が欠かせない。

 MSF単独で集められる資源には限度がある、カズの考えとしては早くマザーベースを立て直し、この世界でMSFの存在をアピールしビジネスにつなげたいと思っていた。

 とはいっても、集められた情報からこの世界において国境なき軍隊(MSF)のような存在を求める勢力は多くいるだろうと思い、あまり重くは考えていなかった。

 

「それからスネーク、先日ZEKEを海中から引き揚げておいたぞ」

 

 ある程度の行動計画を立てたところでカズはそう言った。

 核査察の問題に伴い、隠ぺいのために海に沈められていたメタルギアZEKE、国境なき軍隊(MSF)が持つ最大の抑止力だ。

 

「嵐による影響は幸いにもなかったが、今はヒューイのところで調整を行っている。AIの方はストレンジラブのところで調整中だ、どうも海に沈めた影響か動作が悪いらしい。実戦にはすぐには使えん」

 

「そいつは良かった。カズ……パスとチコの事だが」

 

 スネークのその言葉に、カズは表情を曇らせる。

 そうだ、嵐に見舞われてよく分からない世界に迷い込んで手が付けられていなかったが、本来スネークとカズは二人の救出のため任務を行うはずだったのだ。

 幼いが立派な兵士を目指すチコ、サイファーのスパイということが露呈したがMSFのアイドル的な存在だったパス。この状況に置いても二人の安否を心配するスタッフもいた。

 

「スネーク、こんな事は言いたくないがおれ達が今どこに居てここがどこなのか分からない以上、二人を助けに行くことはできない。現実的な問題に対処するだけで精いっぱいだ」

 

 そうカズは言ったが、その言葉は彼としても本意ではないだろう。

 MSFはただの傭兵集団ではない、家族なのだから。

 仲間を大切にし尊重する、裏切ったり見捨てたりなどはしない。

 

「分かってる、今は目の前の問題を片付けよう。だが何か二人の情報を手に入れたら、すぐにでも動くつもりだ」

 

「ああ、そうだなボス」

 

「うむ……ところで、スコーピオンとスプリングフィールドの二人は今どこに?」

 

 一瞬カズの目がサングラスの奥で光ったのをスネークは見逃さない。

 咎めるように睨むスネークにカズは咳をして誤魔化す。

 

「二人はストレンジラブのところに行っているはずだ。二人の……戦術人形のAIを確かめたいと言ってたな」

 

「なぁカズ、あの二人は本当に戦術人形という存在に見えるか? オレにはどうもそうは見えない」

 

「肉体、声、思考それらすべて人間と遜色がないからな。オレも言われるまでただの武装した女の子にしか見えなかったよ。もし本当ならこの世界は凄まじい技術力を持っているようだな、うちの開発班もやりたがるんじゃないのか?」

 

「オレは賛成しかねるがな」

 

「スネーク……」

 

「戦術人形、確かに便利な存在かもしれない。だがそれは、オレたちのような兵士の存在を否定するものだ。通常何年もかけて育成する兵士を、たった数時間で造り上げる。この世界では俺たちのような存在は時代遅れなのかもしれない」

 

 昔、スネークはオレたちのような存在はいつかいらなくなる時代がやってくるだろうと言ったが、この世界ではある意味的中している。だがそれは生身の人間の兵士が戦場に立つ必要が無くなり、造られた機械の兵士が生身の人間に変わって戦場に立つ時代だ。

 造られた兵士同士が戦場で戦い、生身の人間は戦場から離れた事務室でそれを指揮する……そう、まるでゲームのように。

 

「考え過ぎだスネーク。オレたちのような存在はいつどこでも必要とされる。スネーク、まさかあの子たちの存在そのものを否定するというわけではないよな?」

 

「そんなことは考えちゃいない。だが、オレ自身が戦術人形を造るという考えがないというだけだ。マザーべースのスタッフも、同じように考えるはずだ」

 

「いや、意外にも戦術人形に興味ありげみたいだぞ、主に研究開発班が…。あと独身スタッフたちが……」

 

「後はお前もか、カズ?」

 

「さあ、何のことやら」

 

 無表情でしらばっくれる副司令官の姿に、スネークはため息をこぼす。

 

 ひとまずカズとはそこで別れる、なんでもサウナ掃除があるからだとか……律儀に約束を守って大したものだと感心しつつ、スネークは司令室を出てマザーベースの喫煙所に赴く。

 最近はマザーベース内で禁煙運動なる組織を立ち上げて騒いでいるスタッフがいるせいで、喫煙者のスネークも肩身を狭くしている。昔、無線で葉巻と煙草の違いを当時のメディカルサポーターに語ったが全く理解されなかった思い出がある。

 おまけに恩師には理不尽ないわれをされたものだ……思いだし、スネークが小さく笑うと、喫煙所の扉が開き疲れた表情のスコーピオンがやって来た。

 

「はぁー、疲れたよスネークーーっ……あたしにもそれ頂戴」

 

「ダメだ、子どもにはやらせられない」

 

「ケチ、それにあたし子どもじゃないよ」

 

 少しして、スプリングフィールドも顔を覗かせてきたので、仕方なくスネークは葉巻をもみ消し外に出る。

 

「ストレンジラブにあれこれいじられたのか?」

 

「仕方ないけどさー……あれこれ調べられて服脱がされて触られたり、本当に疲れた」

 

「裸になって触られたのか、大変だったな」

 

「一瞬想像したでしょ、変態」

 

「誤解だ、ストレンジラブにはきつく言っておく」

 

「そう言えばさっきここにはサウナがあるって聞いたんだけど本当?」

 

 期待したような表情でスコーピオンは聞いてきた。

 肯定するや否や彼女はスプリングフィールドの手を引いて目的地も分からずさっさと駆け出していってしまった。賑やかなものだと思いつつ再び葉巻を取り出そうとしたところ、今度はストレンジラブがやって来たではないか。

 気付かないふりをして喫煙所に入ろうとしたが、その前にストレンジラブが喫煙所の扉に寄りかかって中に入るのを阻止してきた。

 

「少し退いてもらいたいんだが?」

 

「戦術人形、この目で見たからこそ分かるが凄まじい技術だ。私たちがいた時代から数十年経っても到底たどり着けないような地点だ。この世界が、2060年代の世界と言うのも、あながちウソではないのかもしれない」

 

 スネークの言葉を無視し、ストレンジラブはどこか興奮した様子で言う。

 もう扉から退く気はないようなので、スネークは諦めて葉巻をしまう。

 

「AIの専門家であるキミの目からはあの二人はどう見えるんだ?」

 

「ふん、以前わたしはAIと人間の違いは何かと問いかけたことがあったな。戦術人形、その身体をどう構成しているのかは分からないが人間に限りなく近い容姿に自己で判断し感情すら表現をするAIを持っている」

 

「AIに感情を表現させることができるのか?」

 

「スコーピオン、彼女は特に喜怒哀楽の表現が顕著に見える。無論、造られた音声によってパターン化された感情表現だってありえるだろう。だがスネーク、お前にはあの少女たちの感情が造られたプログラムだと思えるか?」

 

「いや、彼女たちの感情表現が造られたものだとは到底思えない。それにまだ彼女たちが造られた人形だということすらも信じ切れていない」

 

「そうだろうな。だがもし戦術人形が造られているところを見れば、お前も認めざるを得ないだろうな。開発班も張り切っているようだ」

 

 彼女は先ほどカズが言ったのと同じようなことを彼女は言うが、戦術人形の製造に否定的なのはスネークだけなのかもしれない。

 カズに言った言葉をそのままストレンジラブにも伝えると、彼女は鼻で笑う。

 

「下らんプライドは捨てろ。メタルギアZEKEにのせられているのは紛れもないAIだ、比べるのもおこがましいほどに差はあるがどちらも同じ存在だと言えなくもない。ZEKEは造りだせて、戦術人形が造れないはずはないだろう……まあ、もし造れたとしても美しい彼女たちを戦場に出すのは躊躇してしまうかもしれないな」

 

「そういえば、お前もそう言うところがあったな……」

 

 マザーベースでは彼女がレズビアンの気があることは公然の秘密だ。カズにちょっかいをかけられなくても、彼女に手を出されたという女性スタッフの声もある。

 ひとまずMSFが戦術人形を造りだすという話しは保留とし、ひとまず彼女も頷く。

 

「ところでスネーク、わたしが前に言った事を覚えているか?」

 

「何の話だ?」

 

「この世界の戦術人形を造り上げる技術はとても高度なものだ。人間と同等の知能を持ったAI、人間に限りなく近い容姿……これはもはや人間を造りだせるといってもいい。それだけじゃない、AIに記憶を宿せば死者を再びよみがえらせることも可能ではないか? もはや仮定の話ではない、実現できる境地に我々は居るのだ。考えなかったとは言えないはずだ……ザ・ボスが、再び我々のもとに現われることを」

 

 おそらくは、いや確かにこの世界の技術をもってすれば彼女はそれを成し遂げるだろう。

 だがそれを、スネークは即座に拒絶した。

 

 彼女の言う通り考えたことはあった、だがそれだけは絶対にやってはいけないことだった。最愛の恩師を自らの手で殺したスネークにとって、それは到底受け入れられないものだった。

 

「この話はもうお終いだ、再び話すこともするな。戦術人形の製造の事もだ」

 

「そう、あいかわらず潔癖なことで……まあいいさ、覚えておいてくれ。お前の指示があればいつでも実行に移せるとな」

 

 微笑みながら、ストレンジラブはその場を立ち去っていった。

 

 

 

 

 ザ・ボスは死んだ。

 最愛の恩師との最後の戦いを忘れたことなどない、心の中には今も彼女がいる。

 だが……ザ・ボスはたった一人しかいないのだ。

 

 

「ボス、オレは……オレの意思で戦う」

 

 誰もいなくなったその場所で、誰に言うわけでもなくスネークは呟く。もう葉巻を吸う気にもなら無くなってしまい、せめて海風でも浴びようとスネークは外に出ていった。

 

 

 

 

 

 

「おい、スネーク」

 

 プラットフォームをあてもなく歩いていたところだった。

 神妙な面持ちのカズがその場を通りがかったスネークに声をかけてきた、ただ事ではない様子だった……甲板上に半裸で胡坐をかいているのだ、ただ事ではないに決まっている。

 

「オレはサウナ掃除に行った。サウナ室の前に清掃看板を置いてだ……清掃を終えたんで、折角だから一番に入ってサウナを楽しんでいたんだ」

 

「あぁ」

 

「そしたらスコーピオンとスプリングフィールドが入って来たんだ……気付いたらここでのびてて、身体中が痛いんだ。なあボス、これはオレが悪いのか?」

 

「カズ……いいセンスだ」

 

 

 

 マザーベースは、今日も一日平穏であった。






ツンデレっぽい子さがしてるんですけど、誰かいないですかね(チラ


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処刑

 側面に髑髏のマークを入れたヘリコプターが一機、洋上の高い位置を飛行している。

 強力な機銃とロケットを積み、完全武装の歩兵を載せることもできるMi-24(ハインド)には今、パイロット以外には二人だけが搭乗している。

 一人は葉巻をくわえじっとその場に佇むスネーク、もう一人は窓の外を楽しそうに眺めているスコーピオンだ。

 

 二人はマザーベースから数十キロ先の陸地にある、今は誰もいなくなった街とその近くにある廃墟と化した陸軍基地の調査任務のためにマザーベースを発っていた。

 

『スネーク、諜報班の話しでは古い基地に数人の人影を確認したそうだ。この世界において前哨基地となる場所の確保をしておきたい我々としては、廃墟とはいえある程度設備の整った基地は魅力的だ。そこの調査と、できることなら基地の確保を頼む』

 

 スネークの持つ携行用の無線にマザーベースよりカズの声が届く。

 今回のスネークの任務はカズの言った通り、古い陸軍基地の調査と確保だ。

 マザーベースの諜報班は司令官であるスネークの捜索以外にも、マザーベース周辺の目ぼしい拠点の調査を行ってきた。その諜報の最中で見つけたのが、近海の石油プラットフォームであったり今回の陸軍基地なのだ。

 

『スネーク、任務についてだが、基地内にいる人間は極力殺害せず回収を頼む。ここでは前以上に人材の確保が難しくなるだろう、積極的に兵士の確保を頼む。フルトンは持っているな?』

 

「ああ、しっかり持ってきている」

 

『それと、今回はあんたのバディとしてスコーピオンを同行させている。彼女の実力については、まああんたの方が分かるだろう。あんたなら心配いらんだろうが、彼女には無理をさせるなよ。頼んだぞ、ボス』

 

 無線越しのカズの声色はいくらかかたい。

 マザーベースにいるとはいえ、この見知らぬ世界にボスであるスネークを初めて向かわせるのだから、ある程度は緊張感を持っているのかもしれない。

 スネークとしてはそれくらいの緊張感を持っていてもらった方が、任務に集中できてよりよい成果を出せるのだが。

 

 やがてヘリは高度を徐々に下げていき、目標の場所からは数キロ離れた荒れ地に降り立った。

 スネークがドアを開けると、舞い上げられた砂ぼこりが容赦なく吹き付けてくる……そんな中をスネークが下り、次いでスコーピオンが下りた。

 

「ボス、健闘を祈ります!」

 

 パイロットのその言葉にスネークは親指を立てて応えると、パイロットも同じように親指を立てて返し、機体を上昇させその場を離脱していった。

 

「目標地点は北東に2km、ついてこいスコーピオン」

 

「了解、ボス」

 

 にっこりと笑いながら頷くスコーピオンであったが、今回彼女を任務に連れていくうえで気掛かりなことがあった。

 

「もう、スネーク……服装の問題ならもう解決したでしょう?」

 

 スネークの心情を察してか、スコーピオンは頬を膨らませて抗議する。

 

 そう、スネークが気にしていたのは彼女の服装だった。

 隠密作戦(スニーキングミッション)をするうえで服装というのはとても重要な要素だ、周囲の環境に溶け込める色合いの迷彩(カモフラージュ)をすれば敵に発見されるリスクを抑えられる。逆に目立つ服装をしていれば敵に発見されるリスクは高まり、危険な目にあうだろう。

 そんな理由でスコーピオンの同行に難色を示したスネークだったが、ここでMSFのスタッフが持ってきた秘密兵器が全てを解決した。

 

「これがあればカモフラージュ率を維持できるんでしょ? だったらいいじゃない」

 

 そう言ってスコーピオンが見せてきたのは、独特な形状をした小さな拳銃だ。

 

 その名もEZ GUN(イージー・ガン)

 

 開発班曰く、この銃を持っているだけでカモフラージュ率を高い値で維持できてなおかつスタミナの消耗も抑えられるという凄まじい効力を持ったものなのだとか。

 MSFの開発班がこれの設計をどうやったのかは定かではないが、そんな便利なものならばとスネークも一丁もらおうとしたが何故か拒否される。

 開発班の強い推薦もあって、この銃を所持したスコーピオンがほぼごり押しでこの任務に参加してきたのだ。

 

「原理はよく分からんが、それでも目立つ行動は避けるんだ」

 

「勿論だよスネーク。足は引っ張らないよ。それにさ、あたしスネークの力になりたいんだ」

 

 じっと見つめてくるスコーピオンにそれ以上は何も言わず、スネークは目的地まで移動を始める。

 

 やがて目的地となる古い陸軍基地の手前の小さな町に到着する。

 この町も戦争の影響を受けてか人の姿は無く、もぬけの殻となった家が並ぶゴーストタウンとなっていた。

 そこでスネークとスコーピオンは二手に分かれて町を探索し他に誰もいないことを確認した。

 

「スコーピオン、そっちはどうだ?」

 

「誰もいないみたいだね。でも、つい最近まで人がいたような痕跡があるよ。もしかしたら基地の方に誰か人がいるかもね」

 

 諜報班が見つけたというのは、実は人間なのか鉄血の人形だったのかは定かではない。

 諜報班の情報はあくまで人影を見たという報告のみで、それが人間なのか戦術人形だったのかまでは分からない。

 人間なら回収できるが、鉄血人形はどうなのか?

 この問題に、スコーピオンは破壊すべきだと即答するのであった。

 

「鉄血の戦術人形はキミらのように話しが通じる相手ではないのか?」

 

「通じないよ、あいつらは人間を見つけ次第殺してる。あたしらのようなグリフィンの戦術人形も積極的に攻撃して来るんだ」

 

「グリフィン、君らの本当の所属組織だったな。そこには君みたいな戦術人形が多くいるのか?」

 

「うん、というか戦力は全部戦術人形だよ。クルーガーって元軍人がグリフィンのボスなんだけど、人類の損失を減らすために戦術人形を積極的に買って民間軍事会社を立ち上げたんだ。まあ大ざっぱに言うとね」

 

「なるほどな……基地が見えたぞ」

 

 町の外れに出た時、目標の基地を見つけることができた。

 物陰に身をひそめ、双眼鏡を手にスネークは基地を観察する。

 

 基地は周囲をフェンスでぐるりと囲まれ監視塔がいくつも建てられているが、フェンスはところどころ壊れているようで侵入路には困らない。

 敷地内には倉庫が立ち並び壊れた軍用車と思われる車両が連なっている。

 他にも敷地内を見回してみるが目ぼしいものと言えば4階建ての建物があるくらいで、人影は全く見当たらない。

 

「人がいる気配はないが、警戒を怠るな」

 

「了解スネーク」

 

 スコーピオンを伴い壊れたフェンスの隙間から基地に侵入する。

 今まで何度か軍事基地に潜入する任務をこなしてきたが、ここまで人の気配のない基地に潜入するのはスネークにとって初めてかもしれない。

 だがこの静けさはあまりにも不気味であり、スネークは片時も気を抜かず周囲に目を光らせていた。

 

 倉庫、監視塔などを確認し4階建ての建物に入ろうとした時だった。

 建物の扉を開けたスコーピオンは、その扉にべっとりとついた血を見て一瞬悲鳴をあげそうになる。

 

「スネーク……!」

 

 スネークは頷き、先に建物へと入って行く。

 建物の窓はほぼ全て内側から木が打ちつけられていることもあり、昼間だというのに内部は薄暗かった。床にはガラスの破片やコンクリート片が散らばっており、歩くたびにそれらが軋む音を響かせる。

 建物の暗さに目が慣れたスネークは床に残る血痕を見つけ、それを辿っていく。

 それは資料室にまで続いており、ゆっくりと資料室の扉を開けた時、そこでスネークは数人の兵士が死んでいるのを発見した。

 

「まだ死んで間もない」

 

 傷口から流れ出た血はまだ乾ききっていない。

 見たところ人間の兵士に見えるようだが、戦術人形であるかどうかスコーピオンに確認をとったところやはり人間の兵士だったようだ。

 気掛かりなのはその傷口だ。

 まるで何かで斬りつけられたように胸元がぱっくりと割れていたり、肩から斜めに切断された兵士もいる。

 

「鉄血の戦術人形以外に、こんな事できる奴はいないよ」

 

「気をつけろスコーピオン、まだ建物の中にいるかもしれない」

 

 その警告にスコーピオンは頷く。

 彼女はある危機感を抱いていた、ここに居るのはもしやただの鉄血の戦術人形ではなくより上位の存在がいるのではと。その危機感に、彼女は冷や汗を流し心臓の鼓動が高まっているのを感じていた。

 

 不気味なほど静かなその建物を調べ続け、やがて二人は司令室にたどり着いた。

 その扉の前で二人は言いようのない空気を感じ取る、その扉を開かなくとも中で待ち受けている存在がとてつもなく危険なものであると本能的に理解していた。

 スネークは一度息を深く吸い込み吐き出す。

 それからスコーピオンに目で合図をし、扉を蹴り開け銃を構える。

 

 司令室の長テーブルの上に何者かが片膝を立てて座っている。

 窓からの逆光によってその姿ははっきり見えない。

 

「おいおい、ドアはノックしてから開けるもんだろう?」

 

 気の強そうな女性の声だった。

 逆光の光に慣れたスネークの目に映ったのは、全身黒ずくめの格好をした同じく黒い髪を長くのばした女性の姿だった。整った顔立ちに笑みをはりつけ、二人を見つめていた。

 

「誰だ、お前は…」

 

「お前こそ誰だよ。この辺りには人間はいないはずだった、人形連れてる人間なんてなおさらだ」

 

「気をつけてスネーク! こいつ知ってる、あたしの……あたしの仲間を襲った奴だ!」

 

「へぇ、オレから生き延びたクソ人形かよ。まあ覚えてないけどな」

 

 その戦術人形が机から降りると、ぐしゃっと何かを踏んだ音が鳴る。

 床をよく見て見ると、細切れにされた人間の残骸が散らばっている……気付かなかったが、その戦術人形の右手は鉤爪のようなガントレットをつけ巨大な剣を握っていた。

 

「ふぅん……」

 

 近付いて来たその戦術人形は、目を細めてスネークを観察する。

 

「お前そこのポンコツ人形と違ってそこそこやりそうだな。人間なんてみんなカスだと思ってたけどな、お前は初めて見るタイプの人間だ。やることやって後は帰るだけだったけど……死んどくか?」

 

 

 咄嗟にスネークはその場を飛びのいた。

 次の瞬間、スネークがいた場所めがけ巨大な剣が振り下ろされ、床に大きな亀裂が入る。

 

「スネークに手を出すなッ!」

 

「はっ! ザコは引っ込んでな!」

 

 至近距離で放ったスコーピオンの銃撃をその戦術人形はかがんで躱し、凄まじい踏み込みで一気に懐に入り込むと、スコーピオンの喉を鷲掴みし勢いよく床に叩き付けた。

 

「スコーピオン!」

 

 とどめを刺そうと逆手に剣を持ち変えた人形に向けてスネークが撃つが、彼女は巨大な剣を盾代わりに銃弾をはじいて見せた。悶えるスコーピオンを一瞥し、彼女は獰猛な笑みを浮かべスネークに狙いを定める。

 彼女は素早く腰から拳銃を抜きスネークに向けて撃つ。

 それを横に転がって避け、牽制に弾を撃ちこむ。

 

「どうした! かかってこいよ!」

 

 彼女はまるで避けようともしない、まるで人間の銃弾なんて当たりはしないとでも思っているかのように。

 彼女の拳銃が弾切れを起こした時、遮蔽物から身をだし撃とうとしたがスネークの拳銃も弾切れだった……それを見た彼女はにやりと笑い、剣を手に一気に接近戦を仕掛ける。

 振り下ろされた剣は遮蔽物にしていた机を容易く両断してしまう。

 笑う彼女は先ほどスコーピオンを捕まえた時のように、スネークの胸倉を掴もうと手を伸ばしたその時……スネークはその腕を逆につかみ取ると、彼女の懐に潜り込み、一本背負いの要領で彼女の身体を投げ飛ばす。

 

「くっ…! テメェ…!」

 

 予想していなかった攻撃に激高し、彼女は素早く起き上がるや否や拳を振り上げ殴りかかる。

 それをスネークは冷静に見極め、がら空きの腹部に膝蹴りを入れ、そのまま彼女の体勢を崩して後頭部から床に叩き付ける。

 

「クソ……なんだお前、人間かよ!?」

 

 よろよろと起き上がった彼女は血走った眼でスネークを睨みつけ、息を荒げている。

 そのままにらみ合いが続く……すると、彼女は小さく舌打ちをして冷めたようにため息をこぼした。

 

「お堅い上司のせいでお楽しみの時間はお預けみたいだ、オレはもう帰る。なぁ……名前聞かせろよ」

 

「……スネークだ」

 

(スネーク)か、覚えた。また会おうぜ、今度はぶっ殺してやる」

 

 そう言うと、笑みを浮かべたままゆっくりとした動作で司令室を出ていった。

 

 基地から立ち去っていく彼女を窓から眺めていると、どこに隠れていたのか他の鉄血人形たちが彼女の後をついて行く。ふと、目が合ったスネークに向けて彼女は中指を立てていくのであった。

 

 

「スコーピオン、大丈夫か?」

 

「うーん……頭が割れる…」

 

 外傷の有無を確認し、ひとまずスコーピオンをソファに寝かせ安静にさせた。

 

「カズ、こちらスネーク。鉄血の戦術人形の攻撃を受けてスコーピオンが負傷した。至急ヘリを寄越してくれ」

 

『なんだって!? それで、大丈夫なのか?』

 

「ああ、なんとかな。それから基地の人間はみんな殺されていた、残りの部屋を探して他に生存者がいないか確かめてみる」

 

『ああ頼んだ。注意してくれスネーク』

 

 無線を切り、スネークは周囲の安全を確保した上で基地に生存者がいないかを確認して回る。

 しかし見つけたのは鉄血の戦術人形に殺された犠牲者だけだった……調査を終えてスコーピオンの元へ戻ろうとした時、まだ調べていない場所を見つける。

 そこは鍵がかかっており、それを強引に破壊し中に入り込む。

 

 薄暗い部屋の中で、一人の少女が倒れていた。

 その少女は腕に手錠をかけられ窓枠に拘束されていた。

 全身を痛めつけられたのか傷だらけであったが、まだ息はあり弱々しい呼吸を繰り返していた。

 

「しっかりしろ、もう大丈夫だ」

 

 かけられた手錠を破壊し、衰弱していた少女をスネークは抱きかかえる。

 腕の中で少女はうっすらと目を開けてスネークを見つめる。

 

「指揮官……すみません、私……」

 

「オレは指揮官じゃないが、助けに来た。もう大丈夫だ」

 

「でも……指揮官が助けに来てくれるって……信じてました。ありがとうございます……指揮官はこんな……9A91を…」

 

 どうやらこの少女……おそらく戦術人形は見知らぬスネークを指揮官だと思い込んでいるようであった。

 身体的な損傷以外にも極度のストレスから心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患っている可能性も外せず、ひとまずスネークは話しを合せて置くこととした。

 

 負傷した二人の戦術人形をそっとソファーに寝かせたところ、二人ともスネークの服の裾を掴んだまま眠りについてしまう。

 仕方なく、スネークは二人の傍に座ったまま迎えのヘリを待つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『処刑人、任務です。あなたの管轄下に目標が入り込みました、部隊を展開し捕らえなさい』

 

「了解……」

 

『どうしたんですか?』

 

「いや、面白い人間に会ってね。任務がなかったらそいつをまた捜しに行こうと思ってたんだ」

 

『人間など放っておきなさい。M4A1、彼女を見つけ捕まえなさい。これが貴方の最優先事項です、処刑人』

 

「分かってるさ代理人、でも片手間で捜す分にはいいだろ?」

 

『ダメです、任務に集中しなさい』

 

「チッ……つまんねぇ奴」

 

『聞こえていますよ処刑人』

 

「分かった分かった、任務をやるよ」

 

 

 

 




UMP45「立ったまま死ねッ!!」

ラオウ「わが生涯に一片の悔いなし!」
ウォーズマン「コーホー……コーホー……」
白ひげ「おれァ白ひげだァア!!!」

ぱっと思い浮かんだだけでこれだけ立ったまま死んだ方がいますね、主にジャンプで。


こんなくだらないネタが浮かぶからドルフロは素晴らしい(錯乱)


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前哨基地設営中

 スネークたちが来るまで荒れ果てて何もなかった古い陸軍基地には今、数機のヘリコプターと十数台の輸送トラックが並んでいた。基地には他にも武装した兵士が巡回し、基地の修復箇所や使えそうな資材の調査を行っている。

 彼らは皆、マザーベースからこの陸軍基地跡をMSFの前哨基地とするべく派遣された部隊であった。

 それも敵地に最も近いこの場所を守るのにふさわしい、MSFで特に能力の高い精鋭部隊だ。

 

 マザーベースの修復と同時進行で進められているために、運ばれてきた資材は多くはないので設営には時間がかかることだろう。しかし、MSFがこの世界で生きていくうえでこの基地はマザーベースに最も近い要衝であり、これから資材を集める場所としても便利な立地であった。

 無駄に広い敷地には滑走路も造ることができる。運ばれたブルドーザーが荒れ地を平らにならし、直に小型飛行機程度の離着陸も可能となるだろう。

 マザーベースのスタッフたちは手際よくこの基地を再び使える物にすべく働く。そんな様子をスコーピオンはどこか暗い表情で見つめていた。

 

「よう、そんな暗い顔してどうしたんだい?」

 

「そうだぜ、折角の可愛い顔が台無しだ」

 

 声のした方を見ると、一人は大熊のような大きな身体の男と軍服姿に赤いベレー帽を被った長身の男性がいた。

 

「あ、えっと……」

 

「そういや自己紹介がまだだったな。オレはドラグンスキー。MSFの戦車部隊の隊長だ」

 

「オレの名はキッド。"マシンガン・キッド"って呼ばれてる。こう見えて元SAS出身の凄い兵士なんだぜ?」

 

「あたしスコーピオン、よろしくね」

 

 差し出されたスコーピオンの握手に応じた二人はどこか嬉しそうだ。戦術人形と初めての接触を喜んでいるのかもしれない。

 その後すぐに落ち込んだような表情を見せたスコーピオンに、二人はお互い顔を見合わせるとその場に座り込む。

 

「なあ、オレらがどうこう言えた問題じゃないと思うけど元気だしなよ。次上手くやればいいじゃないか」

 

「ううん……あたしあの時全然役に立てなかった。スネークの助けになりたいって思ってたけど、足を引っ張ってばっかりで……」

 

「そう気負うなよお嬢ちゃん、相手は滅茶苦茶強い奴なんだろ? 良い目標が出来たじゃないか、そいつにまた会ったらおもいきりぶん殴れるほど強くなればいい。だから気持ち切り替えてよ、強くなろうぜ」

 

「キッドの言う通り、自分を強く保つんだ。悔しさは強さの糧になる、その想いはきっとボスもくみ取ってくれるはずだ」

 

「そっか、そうだよね……あたしらしくもない、あの鉄血のムカつく奴を今度こそぶっ飛ばしてやるんだ! ありがと、なんか元気出たよ!」

 

 万全とは言えないが、ひとまず立ち直る意思を見せてくれたスコーピオンに二人は嬉しそうに笑った。

 基地の設営を行っていたスタッフたちも暗い表情のスコーピオンの事が気になっていたらしい、元気な姿を取り戻した彼女を微笑ましく見守っている。

 

「オレも人生で二度死を覚悟したことがあってね、一回はクルスクでタイガー戦車に鉢合わせた時。もう一回は頭上を対戦車砲を積んだ化け物がサイレン響かせて急降下してきた時だ。あの時は確か―――」

 

「おいおっさん、そのかび臭い話しは何回も聞いたぞ。しらふでそんな調子じゃ酔ってる時なんてたまったもんじゃない……って、もう飲んでやがる」

 

 飲んだくれのイワン野郎めと、呆れたように愚痴りつつもどこかキッドは楽しそうだ。

 

 

「こら、仕事中の飲酒は感心しないぞ」

 

 

 別な声に、スコーピオンは咄嗟に振り向く。

 誰かと勘違いをしたのかスコーピオンは一瞬目を丸くしていた。

 

「どうした、オレの顔に何かついてるか?」

 

「ううん、何でもない……ちょっと誰かと勘違いしたから」

 

「ハハハ、個性のない顔立ちだから誰かと似てたんだろ。紹介するぜスコーピオン、こいつは"エイハヴ"ここのボスだ」

 

「ボス?」

 

 その言葉にスコーピオンは疑問を浮かべたが、すぐにこの前哨基地の指揮を任された隊員だからそう呼ばれているのだろうと察した。

 個性がない顔立ちだとは少し言い過ぎだと思うが…。

 

「エイハヴはボスやミラー司令からの信頼も厚い、ここの指揮をするのにこいつ以上に相応しい存在はいない。まあ、少し寡黙すぎるけどな」

 

「止せキッド」

 

「わかったよ、さてと仕事に戻るかね。おいおっさん、戦車の整備があるんだろ? もう行くぞ」

 

「わたしも何か手伝うことありますか?」

 

「ありがとう、だが君は傷を早く治すことが仕事だ。早く元気になって、ビッグボスにまたついて行くといい」

 

 エイハヴのその言葉に頷き、スコーピオンは三人に手を振ってからその場を後にする。

 基地のスタッフは暖かくその姿を見送るが、すぐに仕事モードに切り替えて作業を継続する。

 やらなければならないことは山積みだ、誰もがマザーベースのため、尊敬するビッグボスのために苦労を惜しまなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――聞こえますか、こちらスプリングフィールド。グリフィン司令部、応答願います」

 

 基地の通信室にて、スプリングフィールドとスネークはこの世界の大手民間軍事会社グリフィンとの連絡をとるべく、部屋に残されていた通信機材を使いグリフィンに対し呼びかけを試みていた。

 しかし期待する返信はない、やがてスプリングフィールドは困り果てた表情で首を横に振る。

 

「グリフィンの支部が後退したのかもしれません。他の戦術人形の通信も拾えませんし、もしかしたらこの一帯は鉄血の勢力圏なのかもしれません」

 

 いまのところ、基地に鉄血の人形が現れてはいないが、通信を傍受されて位置を特定される恐れもあり安易な通信は出来ないでいる。暗号化された通信を試みるも、それもいまだ通じず。

 日々消費されていくマザーベースの物資、表には出さないがスネークは危機感を抱いている。

 どこか、取引をできるような勢力との接触を計りたいところであったが情報があまりにも少ない。

 

「気長にやっていく……というわけにはいかないな。連絡が取れない以上、こちら側から動く必要がある。スプリングフィールド、一度君が持っている情報を確認したい」

 

「わかりましたスネークさん、ちょうど地図も見つけましたしご説明します」

 

 通信室の机に地図を広げたとき、部屋の扉が勢いよく開かれる。

 振り向いてみてみると、そこには呼吸を荒げる包帯姿の9A91が取り乱した様子で立ちすくんでいた。彼女はスネークを見つけると、途端に表情をほころばせる。

 

「こちらにいらしたんですね、指揮官」

 

 手を伸ばし近づこうとした9A91であったが、足がもつれ転びそうになる。

 それを素早く受け止めたスネークに彼女はとてもうれしそうに微笑む。

 

「ボ、ボス! すみません、目を離したすきに病室から出て行ってしまいまして!」

 

 慌てて追いかけてきたのだろう、彼女のけがの具合を見ていた医療班たちが駆けつけてきた。医療班は9A91を再び医務室に連れて行こうと手を伸ばすが、彼女はそれを嫌がりきつくスネークの身体に抱き着いた。

 

「指揮官、私は大丈夫です…! 大丈夫ですから、傍にいさせてください! 一人に、しないでください…!」

 

 悲痛な表情で少女は泣き叫ぶ。

 よほど恐ろしい目にあったのだろう、9A91は少しもスネークから離れようとしない。

 

「あとはオレが見る、お前たちは戻れ」

 

「了解です、ボス」

 

 敬礼をし、医療班たちは通信室を出ていく。

 スネークに抱き着いたまま声を詰まらせて泣く9A91を、スプリングフィールドも一緒に慰める。

 

「スネークさん、落ち着くまでこうしてあげてください。今は、スネークさんの存在がこの子の心を繋ぎ止めているのかもしれません」

 

 実はこんな自分よりも年下にしか見えない少女を慰めているという状況にスネークは困惑していた、しかしスプリングフィールドの言う通り、ここでこの子を突き放せばこの子の心は壊れてしまうと思いスネークは慣れない事ではあるが我慢した。

 

「スネークさんも抱きしめてあげてください、きっとこの子も落ち着きますから」

 

「いや……あぁ、こうか?」

 

 戸惑いながらも、スプリングフィールドのいわれた通りの行動をする……心なしか、9A91の震えが小さくなった気がした。その後一応泣き止みはしたが、ただじっとスネークにしがみついたままである。

 いつまでこうしていればよいのだろうか……そう思いかけた時、通信機に外部からの通信が入った。

 とっさに立ち上がろうとしたスネークであったが、9A91が行かないでと言わんばかりにその瞳に涙を滲ませスネークを見上げていた。

 

 動けないスネークに代わりスプリングフィールドが交信を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ちょっと、待ちなさいよ!」

 

 森の中を、ライフルを携えた長い髪を側頭部で結んだ少女が駆け足で進む。うっそうと生い茂る森の環境に慣れていないのか、時々躓きながらも追いかけるのは、少女の先を慣れたように進むダスターコートを羽織る銀髪の男性だ。

 少女の声に反応することなく、男は森を抜けたところで地図を広げた。

 遅れて森を抜けてきた少女は息を乱し、呼吸が整ったところで目の前の男を指さし少し怒り気味に叫ぶ。

 

「待ってって言ってるでしょ!? 森に慣れてるのかどうか知らないけど、ちょっとぐらい―――」

「おい、現在地はここで間違いないか」

 

「あのね、自分の都合で物言いするのやめてくれないかしら」

 

「余計なことを言うな、質問に答えろ」

 

 男の一切容赦しない物言いに、少女は気圧されしぶしぶ彼の持つ地図に目を落とす。

 少女の確認を得た男は地図をしまうとさっさと歩きだす。

 

「もういいぞ」

 

「え? それどういう意味よ!」

 

「付いて来なくていいって言ってるんだ」

 

「そ、そういうわけにはいかないのよ!私はグリフィンから人間の救助を指示されてるの、だからあなたを放ってはおけないのよ」

 

 そこまで言って、男は急に立ち止まると眉間にしわを寄せて少女を冷たく見下ろす。

 彼の態度の変化に、それまで強気な物言いをしていた少女は怖気づいたように後ずさる。

 

「勘違いするな女、自分の身は自分で守れる。お前の力は必要ない」

 

 男は腰のホルスターから銀色に鈍く光るSAA(シングル・アクション・アーミー)を引き抜き少女に向け、引き金を引いた。

 咄嗟に目をつむる少女、だが弾丸は少女を外し、背後の茂みに潜んでいた武装した兵士の頭部を撃ち抜いた。

 するとその発砲が引き金となり、それまで身を潜めていた襲撃者が姿を現す。

 

 男は反応できていない少女の肩を掴んでどかすと、現れた襲撃者を正確な射撃で倒していく。

 2人、3人、4人、5人、6人……男は別なホルスターからもう一丁のSAAを抜き、数人の敵兵士を腰だめの射撃で撃ち仕留める。

 最初の発砲からわずか十数秒、見事な早撃ちだった。

 

 少女は何が起こったか分からないようだった。

 撃ち尽くした銃に弾を込め、男は少女に見向きもせず再び歩き出す……呆然と座り込んでいた少女であったが、ハッとしてその後を追いかける。

 以後、少女は彼に対して何も言わずただ気まずそうにちらちらと様子をうかがいながらそのあとを付いていく。

 

 そんな時だった、少女の通信機能に別な通信が届いたのは。

 

「こちらワルサーWA2000、応答願う。聞こえるかしら、応答願う!」

 

『こちら―――スプリングフィールド、ワルサーさんお久しぶりです! ご無事だったんですね!』

 

「ええ、なんとか……それよりあなたどこにいるの?」

 

『古い陸軍基地に、人間の部隊と一緒にいます。座標をそちらに送りますね』

 

「うん、グリフィンと一緒なの?」

 

『いえ、ただ説明をすると長くなりますので』

 

「了解、私もそちらに合流するわ」

 

『はい。気を付けてくださいね』

 

「ええ、もちろんよ。よかった……味方が残っていたのね」

 

「おい」

 

 急な声に、少女……ワルサーWA2000は飛び上がる。

 いつの間にか男がそばにより見下ろしていたのだ。

 

「今のは通信か、どこかに部隊がいるのか」

 

「え、ええ。一応……」

 

「案内しろ」

 

「え? あ、ええと……というか自分勝手すぎないかしら?」

 

 冷静になって考えて怒りがわいてきたのか、ワルサーは声に怒気を含ませる。しかし男には通用しないようで、睨み返されさっと目をそらす…。

 

「別にいいけど、一緒に行くならもっと協力的になってもらわないと困るわ」

 

「……いいだろう」

 

「そう、なら一緒に行きましょう」

 

 ワルサーはそう言って、銃を持ち直し目の前の男を見つめる。

 数秒の間が空き、そういえば目的地は自分しかわからないと思い出しワルサーは慌てて歩き出す。

 だが数分もしないうち、先ほどまで必死になって後を追っていた男が自分の後ろを歩いているという状況に奇妙な違和感を感じ始める。

 

「ねぇ、なんか落ち着かないから前歩いてくれる?」

 

「だったらその行き先を教えろ」

 

「教えたら私のこと置いてくでしょう?」

 

「当たり前だ、お前の足は遅すぎる」

 

 ワルサーは今まで受けたことのない雑な扱いに重い溜息をこぼす。

 どうしてよりによってこんな男に命を救われたのだろうか、そう心で思いつつ我慢をして男の先を歩くのであった。




ちょいとキャラ紹介

ドラグンスキー(オリジナルMSFスタッフ)
戦車乗りのベテラン、大祖国戦争でドイツ軍相手にT-34戦車で戦った元ソ連軍人という設定。

マシンガン・キッド(初代メタルギアの中ボス)
元SASのマシンガンの名手

エイハヴ(便宜上分かりやすくこの名前にしました)
MSFで高い能力を持ち、ビッグボスやカズヒラ・ミラーの信頼も厚いスタッフ。
別な世界線ではビッグボスの影武者(ファントム)となる男


最後の男
"らりるれろ"のあの人。


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昨日の敵は今日の友

 前哨基地―――。

 

 うち捨てられていた陸軍基地を前哨基地にするため作業を行っていたMSFのスタッフたちは今、作業の手を止めて武器を手に、基地へと向かってくる二人の存在を注意深く見つめていた。

 一人はダスターコートを羽織りサングラスをかけた銀髪の男。

 もう一人は、その背後を少し距離を開けて歩くライフルを持った少女……その少女は基地の異様な様子にどこか緊張をしているようだった。

 

 男は基地の前で立ち止まると、視線を上に向ける。

 彼の視線の先にあるのは、乾燥した大地に吹く風を受けてなびくMSFのマークが描かれた旗だ。それから、男は視線を下ろし、自身を見つめる無数の兵士たちを眺める。

 敵か味方か判別もつかないその男にMSFのスタッフたちは警戒を強める。

 そんな中、このMSFの司令官でありカリスマ的存在の男、スネークが姿を見せる。

 

 歩くスネークに対し集まっていたスタッフたちは誰が言うわけでもなく道を開き、スネークはこの基地にやって来た銀髪の男の前まで来て立ち止まった。

 静かに見つめ合う二人、それをスタッフと基地の戦術人形たちは固唾をのんで見守る。

 

 先に動いたのは銀髪の男の方だ。

 ゆっくりとした動作でサングラスをとると、それをふわりとスネークに対し投げかけた……投げて渡されたそれをスネークが掴んだとき、銀髪の男が素早い動きで仕掛けてきた。

 サングラスを掴んだスネークの腕と襟を掴み上げると、屈強な彼の身体を地面に叩き付ける。

 

 その場にいた者たちは皆呆気にとられていた。

 自分たちの絶対的存在であるビッグボスが不意打ちとはいえ軽々と投げ飛ばされたのだ、いや、それだけではなく銀髪の男の見事なCQCに衝撃を受けていた。

 

 地面に叩き付けられたスネークは、咄嗟に取った受け身によりダメージはほとんどない。すぐさま起き上がったスネークは身構え、男が放った拳を躱しその腕を背後に回り込みひねり上げる。

 男は即座に空いたもう片方の腕でひじ打ちを放つ。

 しかし素早くスネークは反応し、その腕を掴むと自身の足を支点にして相手の体勢を崩し、地面に叩き付けた。

 

 素早く起き上がる男、しかし、男はそれ以上手合わせをするつもりはないようで、乱れた髪をかき上げると片手をあげた。

 

「少しはあんたに近付けたと思ったんだが、まだまだだな」

 

「そうでもない、数年前よりも確実に上達している。よくそこまで磨き上げたものだな」

 

「伝説の傭兵にそう言ってもらえて光栄だ……久しぶりだな、ビッグボス」

 

「ああ、しばらくだなオセロット」

 

 そう言って、二人は旧友との再会を喜び合うかのように握手を交わす。

 

「ニカラグアでの活躍は聞いた、さすがだな」

 

「おれ一人のおかげじゃない。今は仲間がいる、ところでお前がどうしてここに居るんだ?」

 

「それを聞きたいのはこっちだ、同じだが違う世界……もう何週間も彷徨い歩いてる。おかげでいくつかここの情報を知ることができたがな、知りたいか?」

 

「今はどんな情報でも必要だ、色々な問題が立て続けに起こって情報を集められるどころではなかったからな」

 

 

 

「あのー、ちょっといい?」

 

 

 

 スネークとオセロットが二人で話し込んでいると、どこか申し訳なさそうな表情でスコーピオンが手をあげていた。MSFのスタッフたちも何か言いたそうだ…。

 

「その人誰?」

 

「あぁ……まあ、色々話したいこともある。とりあえず中に行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「元気そうで何よりですねワルサーさん」

 

「あなたもねスプリングフィールド」

 

 基地内に設けられた医務室にて、ワルサーWA2000とMSFに保護されている戦術人形たちは再会を喜び合う。

 この場を選んだ理由はいまだ治療を受ける9A91に合わせたためだ。

 9A91はもう落ち着いた様子だが、またスネークのもとに行きたいのかベッドの上でそわそわしている。

 

「ねえねえワルサー、聞きたいんだけどあのオセロットってひと……どうやって知り合ったの?」

 

「それ、わたしも気になってました」

 

「あー、えっとね…」

 

 頬をすこし掻きながら、ワルサーはオセロットとであった経緯を口にする。

 

 ある戦場から撤退する際に部隊とはぐれてしまい、鉄血の戦術人形から追跡を受けていたそうだが、追い詰められ飛び込んだ家屋にオセロットがいたという。オセロットに出くわすなり額に銃口を押し付けられ、背後からは鉄血が雪崩れ込んでくる音……絶体絶命、ワルサーはもう思考停止!

 と、その後は雪崩れ込んできた鉄血の人形をオセロットがあっという間に片付けたというが。

 

「出会った経緯はそんな感じよ、あの人についてきたのはまあ成り行きかな。放っては置けないし」

 

「自分の額に拳銃押し付けてきた人とよく一緒に行動できるね」

 

「まあ、その時は誤解だったから、そんなに悪い人じゃないわ」

 

「へえ、どんなところ?」

 

 スコーピオンの問いかけに答えようと口を開くが、言葉が出てこない。

 

 その後もついてくるなと追い払われそうになったり、休憩してたら何も言わずに置いて行かれそうになったりまた銃口を向けられたり……あれ、あんまりいいところがないなとワルサーは頭を抱える。

 それでも、と擁護するワルサーにスコーピオンはにやりと笑う。

 

「これは所謂つり橋効果ってやつだね、これは愛だよワルサー」

 

「あんまりいい加減なこと言ってるとぶっとばすわよ?」

 

「まあまあ、落ち着いてワルサーさん。私もオセロットさんは素敵な方だと思いますよ、少なくともあなたの命を救ってくれたんでしょう?」

 

「ええ、そうね……別に、好きとか嫌いとかそう言うのは置いといて感謝してるわ」

 

 そっぽを向きながら、少し気恥ずかしそうに言った。それを見て、スプリングフィールドがクスクスと笑うとワルサーは不機嫌そうに睨む。

 

「そういえば9A91、あなたの指揮官はどこにいるの?」

 

 思いだしたように言ったワルサーに9A91は首を傾げる。

 

「指揮官なら先ほどいたじゃないですか。指揮官はワルサーさんと一緒にいた方と知り合いだったんですね」

 

「え、あなたの指揮官の事よ?」

 

「あの……ワルサーさん、ちょっといいですか」

 

 スプリングフィールドに呼ばれ、ワルサーはその場を少し離れる。

 9A91に聞こえないところでスプリングフィールドはそっとささやくように、彼女が経験したことを教える。

 部隊が全滅したこと、おそらく指揮官も殺されたこと、自身も激しい暴行を受け監禁されていたこと……それを聞いて、ワルサーは安易な質問だったと後悔する。

 

「MSFのメディックの話しでは、スネークさんを指揮官と認識しているのはあの子が自分の心を守るために無意識に思い込んでいるのが理由なんじゃないかって、だからワルサーさんもあの子の話しに合わせてあげてください」

 

「ええ、分かったわ」

 

 やりきれない表情でワルサーは頷くと、再び9A91のもとに戻る。

 

「ごめんね、勘違いしてたわ。あの人が指揮官だったわよね、しばらく見ていなかったから顔を忘れちゃってたわ」

 

「指揮官の顔を忘れちゃいけませんよワルサーさん、毎日指揮官のお顔を見ていれば忘れませんから」

 

 穏やかな笑顔を見せる9A91の姿に、ワルサーはやりきれない思いを抱く。それからワルサーはそっと9A91の頭に手を伸ばし、その髪を慰めるように優しく撫でる。

 最初目を丸くしていた9A91はやがて微笑んだ。

 

「えへへ、なんだか懐かしい気がします。指揮官に、前にもこうしてもらった気がします」

 

「そうね、あなたはいい子だったから指揮官のお気に入りだったわね」

 

「指揮官は私たちを大切にしてくれました、とてもとても。だからわたしは指揮官をお守りします、指揮官のお傍を離れません」

 

「元気になったら……指揮官のところに行きましょうね」

 

 にこりと笑う9A91にワルサーの胸がチクリと痛む。

 

 暗くなった空気を明るくしようと、スコーピオンがどこで手に入れてきたのかスイーツを持ってきてくれた。マザーベースの糧食班から貰ってきたと言っているが、とにかくこういった場を明るくするのはスコーピオンは得意だ。

 戦術人形たちはこの時ばかりは戦場を忘れ、一時の平穏を味わうのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――戦争、疫病、災害それらすべてによって荒廃した混沌の世界がここだ。オレが知る限り、この世界では国家は自国民を守れるほどの力もなく大国と呼ばれる存在も無きに等しい」

 

 薄暗い部屋の中で、オセロットは開いた地図を指差しながら言う。

 広げられているのは世界地図であるが、大部分を赤く塗りつぶされた変わった地図だ。

 

「国家は疲弊し一部の大都市や工業地帯しか防衛をしなくなり、代わって民間の軍事会社が多く生み出された。持てぬものの抑止力となるために、貧しい地域では防衛のためこれら軍事力をカネで買うんだ。その中で大手と言われているのが、そう、グリフィン&クルーガーだ」

 

「持てぬものの抑止力……俺たちと、MSFと同じだな」

 

「そうだ、だが決定的に違うのは……あんたのMSFは国家、組織、思想、イデオロギーに囚われずに行動していることだ。知っている限りでこの世界の軍事会社の多くはある種の協定を結んでいる……もしあんたがこの世界でMSFの軍事力をこれまで通り売ろうとすれば、顰蹙を買うだろうな」

 

「分かっている、そのための抑止力を俺たちは所持している」

 

「そう……お前たちは他の軍事会社に無いものを持っている。メタルギアZEKEとそこに搭載されている、核兵器だ」

 

「ずいぶん詳しいようだな」

 

「あんたの事は何でも知ってるさ」

 

 軽く笑って見せるオセロットだが、この男の諜報能力というのは恐ろしく高い、確実に敵に回せば厄介な存在となるだろう。

 ふと、スネークはかつてのスネークイーター作戦において、敵に捕らえられたときに食料等を没収されたことがあったが、当時敵であったオセロットに食料を全部食われたことを思い出す。

 理由をミッションの協力者であったEVAに聞いたら朴念仁と言われたが、その意味は未だに分からない。

 

「ところでオセロット、お前この世界でどうするつもりだ? もしも行くあてがないなら、MSFに来ないか?」

 

「ビッグボスにそう誘われて断る理由もない……が、協力は一時的なものにとどめておこう。少なくとも、元いたおれ達の世界に帰るまではな」

 

「それで構わん、頼りにしているぞオセロット」

 

 表面上クールにたたずむオセロットだったが、どこか嬉しそうだ。

 

 

『スネーク、聞こえるか?』

 

 部屋に置いてあった通信機に無線が入る、その声は現在マザーベースで指揮をとるカズヒラ・ミラーの声であった。

 

「カズか、どうした?」

 

『喜べスネーク、この世界に来て初めておれ達のもとに仕事の依頼が入ったんだ。実はスタッフの提案でインターネットで宣伝をしててな、依頼人は南欧の連邦国家だ。』

 

「分かったすぐにマザーベースに戻る、それとカズ。新しい仲間を紹介する、オセロットだ」

 

『知っているよ、無線機越しに会話を聞いていた』

 

「カ、カズ…? まあいい、これから仲良くやってくれ」

 

『よろしくなオセロット。それと、ボスの副官はオレだけだからな……』

 

 

 そう言って、カズからの無線は途切れる。

 今度こそ無線機の電源を確実に切る。

 

「ボス、あんたも色々と大変だな」

 

「なにがだ?」

 

「朴念仁め」

 

 




MGS5でオセロットは本物のビッグボスに敬語でしたが、タメ口の方が良いと思うのでこの口調で行きます。


前回はスコーピオンさんがバディだったので、次回はスプリングフィールドさんで行きます。



ちなみにオセロットの人間関係はスネーク←オセロット←WA2000となってます。
ワルサーさん頑張れ!

あと、うちのヤンデレ枠はカズです(誰得)


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ジェノサイド

シリアス回?


『―――ボス、今回の……というよりこの世界に来て初めてオレたちに依頼を寄越してきたのはバルカン半島の連邦国家だ。依頼は反政府武装組織に捕らえられた政府側の要人の救出だ。スネーク、この世界でオレたちの知名度はほとんどない、この任務の成功を期にMSFを拡大するつもりだ、頼んだぞ』

 

 マザーベースを発つ前に用意された地図を眺めながら、スネークはヘリの中でカズの無線を聞いている。

 依頼者は隠密に要人の救出を依頼してきたため、任務は隠密作戦(スニーキングミッション)となることが決まった。

 スネークたちが元いた世界と異なる時間軸で、あらゆる分野が未知数であったことが決め手であった。

 

『スネーク、あんたにいくつか教えておきたいことがある』

 

 代わって、スネークのもとにオセロットからの通信が入る。

 

『地図を見ればわかる通り、この世界と俺たちがいた世界の地理はほとんど……と言うより、すべて同じだ。違うのは俺たちが知る国家がそのままの形として存在していないことだ』

 

「地図に赤く染められてるところがあるな、これは何の意味だ?」

 

 オセロットが用意してくれた地図は見慣れた大陸などの位置が記されているが、赤く染められた地域が大多数を占めている。その赤く染まった地域を避けるように、国境線が引きなおされているのだ。

 

『赤いエリアは汚染地域、つまり立ち入れば命にかかわる重度の汚染物質が存在している。過去の大戦や災害でそうなったらしい、詳しい事は知らんがそのエリアは避けてくれよボス』

 

「分かってる、まだ死ぬわけにはいかないからな」

 

『もちろんだ、さて知りたいのは今回の任務の連邦国家の事だろう。連邦は複数の共和国で構成されていた、だが各共和国間の関係は時代と共に悪くなり、第三次大戦後の混乱期に各民族が独立を掲げ内戦に発展した。連邦には五つの民族がいるが、かつての隣人、友人、家族が内戦によって引き裂かれ殺し合いを続けている。連邦のこの様相は"世界の縮図"とまで言われている』

 

「世界が、時代が変わろうとも戦争の火種はいつも同じだな」

 

『そうだ、だから俺たちのような存在は必要とされる。注意しろよボス、そこで行われていることは地獄そのものだ。他の民族を排し、浄化する。常人なら考えもできない行為が行われていることだろう……あんたは大丈夫と思うが、お隣の相棒(女の子)が勝手な行動をしないよう注意することだな』

 

 オセロットの言葉を聞き、チラリと横を見ると、同じく無線を静かに聞いていたスプリングフィールドが不満げな表情で通信機を睨みつけていた。

 今回の任務で同行を申し出てきたのはスプリングフィールド。

 狙撃手兼偵察兵として潜入任務を行うスネークをサポートするために選ばれた……と言うよりかは、彼女自身が立候補をしたのだ。

 

「言われなくとも分かってます」

 

 通信が切れた時、スプリングフィールドが小さくそう呟いたが、スネークが見ているのに気付き気まずそうに口をおさえる。実のところ、スコーピオンとスプリングフィールドはオセロットの事をあまり良くは思っていない。

 理由は単純、言葉がきつかったり態度が冷たいという理由だ。

 というのが戦術人形たちの主張だが、今のところMSFのスタッフたちとは打ち解けずともそこまで険悪な関係にはなっていない。

 カズだけは妙な対抗意識を持っているようだが、彼女たちの方に問題があるのではとスネークは内心思っていたりもする。

 

「あの、スネークさんとオセロットさんはどういう関係なんですか?」

 

「ん? あぁ……昔任務で敵同士の立場で出会った。その時奴に目を撃たれてこうなった」

 

 昔を懐かしむように、スネークは眼帯を指差したが、スプリングフィールドは信じられないといった様子で口をおさえていた。

 

「やっぱり悪い人なんだわ……きっとスネークさんは騙されている、そうに違いありません。こうなったらあの人が悪さをする前に……」

 

「おい、スプリングフィールド?」

 

「え? あ、なんでもありませんよ…ウフフ」

 

 極めて健やかな笑みを浮かべつつ、銃剣を撫でているあたり、これは帰ったら一度交流会を開かねばとスネークはたった今心の中で決める。

 

「スプリングフィールド、君と戦場に二人で向かうのは今回が初だ。任務は隠密作戦(スニーキングミッション)だ、分かるな」

 

「ええ、勿論です」

 

「如何なる痕跡も残さず、戦闘も可能な限り避ける。依頼人は連邦だが、連邦軍は当てにするな。場合によってはオレたちを敵と認識するかもしれない。つまり敵地の真っただ中に、オレたちは二人で潜入することになる。君がこれまで経験したことのない任務だろう、もしこれをできないというのなら、厳しいようだが君の事は連れて行けない」

 

「分かっています、足手纏いにはならないつもりです。私が立候補したのはただあなたと一緒にいたいからだけではありません、狙撃手として偵察能力には自信があります。きっとお役に立ってみせます」

 

「よし、君を信じよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スネークたちをのせたヘリコプターは要人が囚われているという場所から離れた峡谷地帯に降下し、二人を降ろす。そこから二人は目的地に向けて森林地帯を抜けていく……道路はあるが連邦軍の検問が多くこれらを避けて進んでいるが、森林の中にも連邦軍の兵士たちが巡回しているために、スネークは接触を避けて進む。

 スプリングフィールドもまた、スコーピオンと同じようにEZ GUNを支給されていたが、そんなものに頼らずに進むスネークの動きをよく見て学ぼうとしていた。

 やがて二人は目的となる要人が囚われた街を一望する小高い山にたどり着く。

 

『目的地を一望できる山に到達したようだな』

 

 同時に、スネークの無線機にカズの通信が入ってくる。

 

要人(ターゲット)は街の中心部の黄色いホテルに囚われている。それとオセロットからの情報だが、現在その街は連邦軍の包囲を受けているそうだ』

 

「連邦軍の包囲? どういうことだ」

 

『ああ、街は反政府勢力が占拠しているようだが連邦軍がこの街を包囲して長いらしい。反政府勢力が要人を人質に取ることで連邦軍をけん制、連邦軍もそれによって動けないでいるらしい』

 

「なるほどな、今は拮抗状態にあるわけか」

 

『そうでもない。情報では街の内部で連邦寄りの武装した民兵が小競り合いを起こしているらしい。反政府勢力は連邦からの独立を掲げているが、共和国内には連邦寄りの民族も少なくない。彼らは独立し連邦を離脱することを拒否している』

 

「泥沼の様相を呈しているわけか。分かった、オレたちはこの戦争に介入するつもりはない。要人を救出次第、速やかに離脱する」

 

 通信を終えて、スネークは双眼鏡を手にして市街地の偵察を行う。

 

 要人が監禁されているというホテルは街の中心部近くにあるが、すぐそばには広い道路がある。

 街の通りにはコンテナ等が並べられているが、側面にはいくつか弾痕がありそれが銃撃を防ぐためのバリケードであることが伺える。

 市街地の内部には武装をしていない一般市民の姿も見受けられた。

 距離があるために様子はうかがえないが、何かを警戒しているような動きだ。

 

 その時、山のどこかから一発の銃声が響く。

 

 その瞬間、街の市民は走りだし物陰にすぐさま隠れていった。

 

 

「スネークさん、これは……」

 

「暗くなるのを待つ、少し休め」

 

 スプリングフィールドの表情から、彼女が今何を思っているのかスネークにはよく分かった。

 オセロットが彼女の事を言っていたのはこう言うことであった……人間同士の戦争を、おそらく彼女は見たことがなかったのだろう。

 暗くなるまでの間にも、時折銃声が鳴り響き、その度にスプリングフィールドは物憂げな表情で街を見下ろしていた。

 

 

 やがてあたりが暗くなって来た頃スネークたちは動き出す。

 

 街は狙撃を警戒してか明かりは無く、潜入に好都合である。

 

「スプリングフィールド、周囲に人影はないか?」

 

「ええ、ありません」

 

 暗視装置を用いて自分たちの周囲、そしてあらかじめ決めておいた潜入経路に人影がいないことを確認し行動する。街まで一気に駆け下り、後は慎重に行動し二人は街へと潜入する。

 

 街の内部はほとんど暗闇に近かった。

 夜間には氷点下にまで下がるこの地域で、わざわざ外を出歩こうという人もいないのだろう。

 連邦軍を警戒する民兵の見回りが時折いるくらいだが、彼らは焚火を囲みほとんど動こうとしない。

 

「この暗さなら市街地のメインストリートを進んでも大丈夫だろう、そっちの方が近い」

 

「ええ、そうですね」

 

 目的のホテルはメインストリート沿いにある、昼間にそこを通れば見つけてくださいと言っているようなものだが、街灯もなく真っ暗な今なら兵士に見つかる恐れもない。

 そう判断し、スネークは入り組んだ街路を抜け、街の大通りに出た。

 

 そこは不気味なほど静かだった。

 

 放置された車両に身をひそめつつ二人はホテルを見ながら進んでいく。

 

「きゃっ!」

 

 スプリングフィールドが何かに躓き、転倒する。

 すぐさま周囲を警戒するスネーク……申し訳なさそうに謝るスプリングフィールドに、声を出さないよう人差し指を立てて、躓いたものを指差す。

 

 暗がりで良く見えなかったそれは、人間の死体だった。

 

 一瞬スプリングフィールドが目を丸くしたが、なんとか声は抑えられたようだ。

 

「オセロットはこのメインストリートを、"スナイパーストリート"と呼んでいた。ここを通る人々を無差別に狙撃することから、そう呼んでいるらしい」

 

「無差別に……非戦闘員もですか? なんておぞましい事を…これではどちらが正しいか分かりません」

 

「どちらも自分が正しいと信じている。恐怖、怒り、憎しみの連鎖が内戦を引き起こした……どっちが先に攻撃したか何て関係ない。どちらかが消え去るまで、戦争は続く。ジェノサイドが起こっているんだ、辛いだろうがここまで来たらもう引き返すことはできない」

 

「はい……」

 

 力なくスプリングフィールドは頷く。

 

 まだ早かったか、そう思いつつも先ほど言った通りここで引き返させることもできない。

 しかしスプリングフィールドもこのままの状態で同行するつもりはなかったらしく、一度自分の頬を叩き何かを決意した眼差しでスネークを見つめる。

 ひとまずは大丈夫だと判断し、スネークはいよいよホテルの内部へと潜入した。

 

 

 ホテル内は当たり前だが、見張りの数が多い。

 しかし明かりに使っているのはろうそくで影となる場所も多いために監視の目を潜り抜けるのは容易い。

 暗がりを移動し、要人が捕まっていると思われる階層にまで上がっていく。

 

 階段を上がりきろうとしたところでスネークは止まり、背後に続くスプリングフィールドに止まるよう合図を送る。階段から少し離れた位置にて、誰かの話し声が聞こえてくる。

 

 

「―――今夜はよく冷える。外の哨戒の奴には同情するよ」

 

「まったくだな」

 

 声色から、男が二人と判断できる。

 スネークは麻酔銃を構え、機会を伺う。

 

 

「なぁ、オレたちはいつまでこうしてればいいんだ?」

 

「朝までさ」

 

「そうじゃない、いつまでこの戦争が続くかって事さ。オレの村は戦争が起こるまで平和だった、民族も宗教も関係ない、いい隣人だったんだ。またみんなに会いたい」

 

「そうは思わない。オレの女房は連中に殺された、娘は奴らに暴行された…まだ15になったばかりだった。オレは奴らが憎い、この世から消し去ってやりたい。この国はオレたちのものだ」

 

「なんで、こうなっちまったんだろうな」

 

「さぁな。政治家のせいだろう」

 

 会話が途切れ、足音が徐々に遠ざかっていく。

 スネークは再び合図を送り前に進む……暗い廊下を進んでいき、やがてドアの前で見張りを行う民兵を見つける。

 その民兵を麻酔銃を使い一撃で眠らせると、すばやく眠った民兵を別な部屋に隠す。

 

 そしてドアをゆっくりと開き、中を伺う。

 

 部屋の中には初老の男性が一人、彼はドアが開く音を聞いて振り返る。

 

「ほう、予想していたよりも早い到着だな」

 

「お前が連邦軍のボルコビッチ将軍か?」

 

「いかにも。さあ、早くこんなところから脱出しよう」

 

 ボルコビッチ将軍は既に身支度を整えていたらしい。

 小奇麗な軍服に身を固めた姿はどうにも監禁されていたとは思えない。

 

 人質がここまでぴんぴんしているとは思わなかったスネークだが、運んでいく手間を考えると好都合だ。

 それ以外にもこの男にきな臭いものを感じながらも、スネークは任務完了を第一に考える。

 MSFのヘリが回収に来る時間までまだ数時間はあるが、この危険地帯は早く抜け出したいところだった。

 

「夜明けまでにはここを出なければならん。ところで君らはどこの傭兵だ、そちらの女性は戦術人形に見えるが?」

 

国境なき軍隊(MSF)だ。さあ行くぞ」

 

「聞いたことのない会社だな。まあいい、この任務が成功すれば君らの知名度も上がるだろう。連邦も多くの報酬を支払うはずだ」

 

 

 辺りが暗いうちに、スネークたちはホテルを脱出し包囲された街を抜け出す。

 

 鋭い目で周囲を伺うスネークに続くボルコビッチ将軍も、軍人として長いのだろう、極めて落ち着いた様子でスネークに従った。二人とは対照的に、スプリングフィールドは目の前の男を訝しげに見つめている。

 連邦軍は彼が人質となっていることで動くことができないでいた、もしその人質が解放されたとなれば包囲された街は……いくら任務に集中しようとしても、スプリングフィールドの脳裏には戦火に晒され逃げまどう人々の光景が浮かび上がってしまう。

 

 街を抜け、山間部に入ったところでボルコビッチ将軍の警戒心は徐々に薄れていった。

 既にそこは反政府勢力の領域ではなく、連邦軍の領域だったからだろう。

 

「よくやってくれた、君たちの事は政府にも伝えよう。これで戦争が続けられる、あの憎たらしい異民族共に思い知らせてやる時が来た。本当に感謝するよ」

 

「まだ任務は終わっていない」

 

「もう終わったようなものだ。この戦争もそうだ、時期に我々が勝利するだろう。やっと平和な暮らしが訪れる」

 

 雄弁に語って見せる彼の背後で、スプリングフィールドは唇を噛み締めていた。

 ライフルを握る手にも力が込められ、とても不安定な状態だ……そんな彼女を気にしつつスネークは将軍の引き渡し地点を目指す。

 

 引き渡し地点に到着したのは空がうっすらと明るくなって来た頃である。

 連邦軍の迎えはまだ来ていなかったが、MSFのヘリは既に到着していた……その近くには数十人の一般市民が集まっている。

 

「これは一体どう言うわけだ?」

 

「ボス、この人たちは街から逃れてきたと……この場所から逃がしてほしいと」

 

「この数をヘリに収容できない、無理だ」

 

「はい、ではそのように…」

 

 MSFの隊員が難民たちにそう伝えると、彼らは必死に訴えかけてくる。

 それでも無理だというとせめて子どもたちだけでもと言ってきた……対応に困る隊員はスネークを困惑した様子で見つめる。

 

「スネークさん、せめて子どもたちだけでも―――」

「それは駄目だ」

 

 スプリングフィールドの会話を遮り、ボルコビッチ将軍が前に出る。

 その手に握られた拳銃は難民たちに向けられている。

 

「こいつらは異民族だ、我々の同胞を殺した連中の仲間だ。見過ごすことは出来ない、全員収容所に送られ然るべき処分をされなければいけない」

 

 銃を向けられた難民たちは逃げ出そうとしたが、彼らの足元に数発発砲し動きを止める。

 

「部隊が来るまでここに居てもらうぞ。子どもだろうが女だろうが見逃すわけにはいかん、むしろ異民族が増え続けるのを止めるためには真っ先に排除しなければならないのは女子どもだ」

 

「……ッ、いい加減にしなさい…!」

 

 もう我慢の限界であった。

 スプリングフィールドの持つライフルの銃口が、将軍に対して向けられていた。

 歯を食いしばり睨みつける彼女は、いつその引き金を引いてもおかしくない様子だった。

 

「そんなもので怖気づくわたしだと思うかね? それよりも君自身その行いを悔いた方が良い、ご主人の立場を悪くしていることに気付かんのか?」

 

「あなたは……あなたたちは人殺しです!」

 

「この戦争を一視点からでしか見ていないからそんな言葉を言えるのだ。戦争犯罪など承知の上だ。後の世代に禍根を残さないためにも、この犠牲は尊いものなのだ。いずれやってくる平和のためにもな。ふん、殺しのために生まれた戦術人形に説教をされるとは思わなかったがな」

 

「………ッ!」

 

「わたしを殺すか? 殺せば君は、君らが憎む鉄血の戦術人形と同じ存在になり果てるだろう」

 

 その言葉はスプリングフィールドの自尊心を酷く傷つける。

 その眼に怒りが宿り引き金にかける指に力が入りかける、だが彼女が罪を犯す前に、スネークが割って入りライフルの銃口を男から逸らす。

 咄嗟に振り払おうともがく彼女であったが、ライフルを握りしめるスネークはビクともしない。

 

「スプリングフィールド、こっちを見ろ……落ち着くんだ。お前がここで罪を犯す必要はない」

 

「スネークさん……」

 

 一度彼女はスネークを見上げ、小さな声で"すみません"とつぶやきうつむく。

 そっとスプリングフィールドの頭を撫で、スネークは将軍へと向き直る。

 

「子どもはオレたちが預かる、難民たちは見逃してもらう」

 

「嫌だといったら、どうするつもりかね?」

 

 将軍の問いかけにスネークは無言だった。

 

 しばらくの沈黙の後、将軍は拳銃を下ろし、難民たちを冷ややかな目で見つめる。

 

「いいだろう、連れていくがいい。たかが数人の子どもだ……こいつらも私が殺さずとも他の兵士に見つかる、どうせ長くはない命だ」

 

「スプリングフィールド、子どもたちと中に行くんだ」

 

 スネークの指示で、スプリングフィールドは難民たちから子どもを引き取りヘリにのせていく。感謝の言葉を述べる難民たちだが、本当は離れたくなどないはずだ……それが分かるからこそ、スプリングフィールドは難民たちの感謝の言葉に何も言えず、ただ涙をこぼしていた。

 

 

「この地に複数の民族が住むにはあまりに狭すぎる、子どもたちはいつか大人になり我々を殺しにやってくる。果てしないものだな、民族の戦争は…」

 

「どうやらあんたのお迎えが来たようだ、任務終了だ」

 

「感謝するよ、おそらく君が来てくれなかったら私は今でもあの街に監禁されていただろう。連邦は君らを支持する、末永い付き合いになるだろう」

 

「あいにくオレは担当じゃないんでな、うちの営業部に話しをしてくれ」

 

 それ以上の言葉は交わさず、スネークはさっさとヘリに乗り込む。

 スネークが乗り込んだのを確認したパイロットは機体を上昇させていき、マザーベースへ向けて帰還する。

 

 任務を終えたスネークはライターと葉巻を取り出すが、機内に子どもがいることを思い出ししまい込む。

 

 

「大丈夫ですよ、泣かないで。パパとママにはきっと会えますから…きっと…」

 

 

 親と離れ離れになって泣いている子どもたちを、スプリングフィールドはいつもと変わらぬやさしさで慰めている。子どもたちを不安にさせまいと優しげな笑顔を向けるが、その表情は哀しみを隠しきることができないでいた。

 

 

 

 

「カズ、聞こえるか?」

 

 スネークは個人の無線機でマザーベースと通信をとる、返事は直ぐに帰ってくる。

 

「任務完了だ、今は帰還中だ。それとカズ、戦術人形たちは甘いものが好きだったな。とびっきりの美味いものを作らせておいてくれ……うんと元気が出るようなものをな、頼んだぞ」

 

 通信を切り、火のついていない葉巻をくわえながら、子どもをあやすスプリングフィールドを見る。

 

 

 疲れて眠る子どもたちを物憂げな表情で見守る彼女の姿が朝日に照らされ、とても美しく感じられる…。




ちょっとTPPっぽい雰囲気。

次回はマザーベースpartを予定します。

オセロットが暴れます。
カズも暴れます。


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マザーベース:山猫の特訓

 バルカン半島での初任務が完了して約一週間後の事であった。

 

 その日戦術人形たちはマザーベースの食堂でテーブルを囲み、糧食班からプレゼントされたスイーツをみんなで楽しく食べている最中であった。

 傷が治り退院した9A91の退院祝いも兼ねている。

 食堂にも他のスタッフたちも何人かいて、彼らと戦術人形たちの楽しげな話し声で溢れていた。

 そんな時、食堂の扉が開かれオセロットが現れると、ピタリと会話が止まる。

 

 この食堂は普段オセロットも使用している、いつも彼が現れるたびに静かになるわけではなかったが、その時現れたオセロットは厳しい表情とただならぬ空気を纏っていたために、それを肌で感じたスタッフたちが無意識に会話を止めたのだった。

 オセロットは真っ直ぐに、戦術人形たちのテーブルまで歩を進めてきた。

 

 なんだろうと、不安な表情を浮かべる戦術人形4人を一瞥し、彼は口を開く。

 

 

「午後1時に訓練場に集合しろ、時間厳守だ」

 

 

 それだけをオセロットは口にすると、彼女たちが疑問を挟む間もなくオセロットはスタスタと食堂を去っていってしまった。

 

 唐突な出来事に呆気にとられる四人。

 しばらくの間固まっていた四人であったが、食堂に話し声が戻ってくるにつれてまず先に怒りを現したのはスコーピオンだ。

 

「あいついきなり来てなんなの!?」

 

 イライラした声で、スコーピオンは扉の方を睨みつける。

 せっかくの退院祝いをぶち壊されたことに怒っているのと、折角のスイーツが美味しく無くなってしまったことの両方に怒っているようだ。

 それをどちらかというと、オセロット寄りのWA2000がなだめる。

 

「まあ落ち着きなさいよ、オセロットにも何か考えががあるのよ」

 

「ふん、ワルサーはあいつが好きだからそんな事言えるんだよね!」

 

「な、いい加減なこと言わないでよ! スネークに付きまとってストーカーみたいなアンタに言われたくないわ!」

 

「なにこのメスネコめッ!」

 

「痛ッ!? な、なにすんのよ毒サソリッ!」

 

 口論はすぐさま取っ組み合いのケンカに発展し、お互い髪を引っ張り合ってもつれ込む。

 オロオロとどうしていいか分からない9A91と、必死になだめようと二人を引き剥がしにかかるスプリングフィールド……結局、駆けつけた食堂のスタッフに引き離される二人。

 

「覚えてなさいよスコーピオン…!」

 

「うっさい、本気でひっぱたいてきて……あんたこそ覚えてなよ」

 

「いい加減にしてください二人とも、みんなの迷惑になっていますよ……全くもう。ごめんね9A91」

 

「いえ、大丈夫ですから……それよりもオセロットさんは何の用なんでしょうか?」

 

「分かりませんが、ひとまずこの二人をどうにかしましょう」

 

 お互いそっぽを向く二人に、スプリングフィールドは肩を落とす。

 結局、二人はその後も仲直りすることなく、不安を残したままオセロットが指示した時間を迎える。

 

 スプリングフィールドと9A91をはさみ、ぎすぎすしたままの二人と共に戦術人形たちは指示された訓練場へと足を運ぶ。

 訓練場は彼女たちも何度か足が運んだことがある場所だ。

 プラットフォームの一つを丸々訓練場へと改修したそこは、射撃場の他トレーニング機器やプールなども設置され一個人を兵士に鍛え上げるのには十分な設備が揃っている。

 そんな訓練場を訪れた彼女らを待ち構えていたのは、先ほど食堂に現われた時よりもさらに威圧感を増して、部屋の中央で腕を組むオセロットだ。

 

 ケンカをしていたことも忘れるほどの威圧感に、スコーピオンとWA2000は身体を硬直させる。

 ぎこちない動きで彼の前に、戦術人形たちは足を運ぶ……無意識に列を整え、背筋を伸ばしてその場に立つ。

 

「スコーピオン、WA2000…前に出ろ」

 

 一瞬躊躇した二人だが、オセロットに睨まれおそるおそるといった様子で前に出る。

 二人ともオセロットとは目が合わせられずうつむいたままだ。

 

「お前ら、ここに来る前に問題を起こしたらしいな」

 

 静かな声で、オセロットが言うと二人は思いだしたように互いを罵り合う。

 

「それは、こいつが…」

「ちょっと、なに人のせいにしようとしてるのよ毒サソリ!」

 

「どっちが悪いかなんて関係ないッ!」

 

 訓練場全体に響き渡る怒鳴り声に、言いあう二人は即座に口を閉ざす。

 

「お前ら、ここを遊園地か何かだと勘違いしてるんじゃないのか? お前たちのここ最近の問題行動は目に余る、ボスの部隊はお遊び集団じゃないんだ。いいかよく聞け、お前らがボスをどう思っているかは知らんが、ボスの下で戦うというなら半端な態度は止めてもらおうか。問題行動、足手纏いはボスのMSFには必要ない」

 

 オセロットはそこで言葉を区切り、スコーピオンとWA2000を元の場所に下がらせる。

 

「お前たちが戦場に出ることを禁止する、代わりにお前たちを今日からオレが訓練する。生活スケジュールも管理する」

 

「待ってください、スネークさんは―――」

「ボスの了承はとってある。ボスは、お前たちが早く役に立つようオレにこの役目を与えた。それと、今度から質問をする時は手を挙げろ」

 

 言われて、すぐさまスプリングフィールドが手を挙げる。

 

「納得がいきません」

 

 抗議するスプリングフィールドの前でオセロットは立ち止まり、冷たい視線で彼女を見下ろす。

 負けじと彼女も見返すが、その身体は微かに震えている。

 少しの間を置いてオセロットは彼女たちの前を歩き始める。

 

「オレがお前たちに教えることは、MSFのために役立つすべてだ。銃を使った訓練から素手での近接戦闘術、国境なき軍隊(MSF)としての行動理念、戦場への適応能力。MSFは戦争をビジネスとする、請けた任務は必ず成功させる。救助するべき対象に銃を向けるようなバカな行動をしないためにも、MSFにいる以上守らなければならない規律も教えるつもりだ」

 

 先のバルカン半島の出来事を言われ、スプリングフィールドは何も言い返せずにうつむく。

 代わりにそれまで大人しくしていたスコーピオンがオセロットにくってかかった。

 

「あたしは別にあんたの教えなんて必要ない、アタシ一人でも十分強くなれる!」

 

「鉄血の戦術人形に軽くあしらわれたお前がほざくな。任務でボスを危険にさらしたのはお前も一緒だ」

 

「さっきから好き勝手言って……何様のつもり…!」

 

 先ほどからの恐怖心は薄れ、スコーピオンは目の前のオセロットを鋭い目つきで睨みつけている。

 普段愛想のいい笑顔を振りまく彼女からは想像もつかない姿だが、オセロットは意に介さない。

 

「オレが憎いかスコーピオン。気に入らないなら殴りかかってきたらどうだ、まあ、子どもにやられるオレではないがな」

 

「本当に、イラつく…! 後で後悔しても知らないんだからッ!」

 

 他の戦術人形たちが止める間もなく、スコーピオンはオセロットに殴りかかっていった。

 

 だがオセロットにはその拳を難なく受け止められた挙句、足を刈られ背中から固い床に倒れ込む。

 背中を強打し、スコーピオンは苦しそうにもがく。

 

「今日から教えるのはCQCの基本だ。弾薬が尽きた時、敵との近距離での戦闘、急な対処に役立つ。さっさと立て、大げさに痛がるな…」

 

 忌々しげにオセロットを睨みながらスコーピオンは立ち上がるが、そんな彼女は無視しオセロットは9A91に視線を向ける。それまで大人しく成り行きを見守っていた彼女は怯えているのか目を泳がせているが、彼は穏やかな声で話しかける。

 

「9A91、お前はケガから復帰したばかりだ。お前には選択の自由がある、だがもし今より強くなりたいのであればオレの訓練を受けることをすすめる」

 

「わ、わたしは…」

 

「他人に頼るな、自分の事だ、自分で決めるんだ」

 

 他の戦術人形に意見を求めようとした彼女に、オセロットはそう言った。

 不安げな様子で俯いていた9A91はいくつかの質問を彼に投げかける。

 

「指揮官は、オセロットさんに訓練されることを望んでいるのですか?」

 

「ああ、君自身のためにもな」

 

「では、訓練を受ければ…指揮官のお役に立てるのでしょうか?」

 

「もちろんだ」

 

「強くなれれば指揮官と一緒にいられるんですよね?」

 

「それは君次第だ」

 

「…やります、わたしは、指揮官のお役に立ってたくさん褒めてもらいたいから。訓練に参加します」

 

 気弱な声だが、オセロットは彼女の瞳から確かな決意を読みとった。

 

 早速訓練を始めようとしたところ、唯一何も言われていないWA2000が不満げな表情でオセロットを見つめている。

 

「なんだ」

 

「わたしには何か言うことは無いの?」

 

「お前は強制参加だ、特別メニューで訓練してやるから覚悟しろ」

 

「な、なによそれ…?」

 

 かくしてオセロットによる戦術人形たちへの訓練が始まる。

 

 初日ということで彼女たちが満足にCQCをできるはずもなく、ひたすらオセロットに挑んでは叩きつけられ、投げ飛ばされて体で覚えるという訓練が始まった。

 訓練場には叩きつけられる痛そうな音と、少女たちの悲鳴が響き渡るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーー……身体が、動かな…い…」

 

 スコーピオンはうめき声をだしながら訓練場にうつぶせで倒れていた、ピクリとも動かない。

 彼女だけではない、スプリングフィールドは壁に寄りかかり息を乱し、9A91は座り込んでぼうっとしている……WA2000に至ってはほとんど魂が抜けかかっている有り様だ。

 

 彼女らがオセロットのスパルタ訓練から解放されたのは午後の6時を過ぎようとした頃であった。

 ひたすらCQCの餌食にされ続け身体はボロボロ、生気も無くなっている。

 

 しばらくそのまま死んでいた少女たちであったが、よろよろと立ち上がり訓練場を去っていく。

 大好きな夕食の時間だが、食べ物もろくに喉を通らない状態のため食堂を素通りし、一同マザーベースの浴場へと向かっていった…。

 

 

「イタタタ……背中の感触がないよ」

 

 痛む身体を慎重に動かし、彼女らは衣服を脱ぎ浴場へと入って行く。

 ふらふらと歩くスコーピオンは水風呂に身体を沈める……痛んだ身体に水の冷たさが心地よい、しばらく四人で水風呂の冷たさに身体を癒す。

 

「ねえワルサー…その…悪かったよ、先に手を出して…」

 

「別に、もう怒る気力も無いわ……私こそ悪かったわね」

 

 しばらく水に浸かっていたスコーピオンは、食堂でのケンカの事を思い出し謝罪の言葉を口にする。

 WA2000もまた、虚ろな目で浴場の天井を見上げながら小さな声でつぶやいた。

 

 それから四人同じタイミングで水風呂を出て、今度は大浴場の方へと入って行く。

 きょうの大浴場は泡風呂だ、いつもはただお湯をためただけの風呂だが、ちょっとしたサプライズに少女たちも少し元気を取り戻した。

 

 

「オセロットに酷く痛めつけられたようだな」

 

 

 突然かけられた声に、それまで無気力だった少女たちはギョッとして辺りを見回す。

 

 浴場の湯気で良く見えなかったが、そこには先客がいたようだ。

 当たり前だがその人物は女性で、風呂場にいるというのにサングラスをかけたままだ。

 

「ストレンジラブさん、いらっしゃったんですね?」

 

「ふむ、オセロットに痛めつけられていると聞いて泡風呂を用意したが気に入ってくれて良かった」

 

 背戦術人形たちにとって、ストレンジラブはAI研究への協力ということで深い付き合いをしている存在だが、こうして浴場で遭遇するのは初めてであった。浴場でもサングラスを外さない彼女を改めて変人認定するスコーピオンだった。

 

「全く、あの男も手加減というものを知らないらしい…こんな美しい肌にあざをつけるなんて全く

 

「あの、ストレンジラブさん…?」

 

「ああすまない、あざが酷そうだったのでな」

 

 怪しい雰囲気を醸し出しながら背中を撫でてきた彼女に、スプリングフィールドは若干引き気味だ。

 

「訓練はこれから毎日続くのか?」

 

「ええ、明日も同じ時間に」

 

「そうか、大変だな。ここには野蛮な男共もやっては来れない、ここにいる間はリラックスするといい」

 

 そう言うのは、ここマザーベースの女性専用浴場はマザーベースでもトップクラスのセキュリティを誇っている。MSFのスタッフの10分の1は女性スタッフなのだが、その女性陣に配慮した設計だ。

 無駄に諜報能力や隠密行動に長けた連中である、生半可なセキュリティでは女性たちも安心できないというものだ。

 

「ミラーの話しは聞いたか?」

 

「いえ、ミラーさんが何か?」

 

「オセロットが君らにCQCを教えていると、どこから聞きつけたのか自分も参加すると聞かなくてな……全く呆れた奴だ」

 

「そ、そうですか…ハハハ」

 

 それには彼女たちも愛想笑いをするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、お風呂入ったらちょっと元気になったよね」

 

「フフ、そうですね。泡風呂を用意してくれたストレンジラブさんには感謝しなければなりませんね」

 

「そうね、嬉しいサプライズだわ」

 

「ったく、オセロットの奴め……明日の訓練はサボってやる」

 

 用意されたお風呂でいくらか疲労を回復できた四人は先ほどよりかはいくらか軽い足取りで、食堂を目指していた。

 食堂へ向かいつつ、話しながら歩いている時だった。

 

「あ……」

 

「どうしたの9A91?」

 

「指揮官の声が聞こえます」

 

 目をキラキラと輝かせながら、9A91は飼い主に呼ばれた子犬のように声のする方へと歩いていく。

 スネークがいたのは先ほどいた場所から50メートルほど離れた位置……明らかにおかしい聴力に恐ろしさを感じつつも、他の三人はスネークがいるであろう場所を覗く。

 そこにいたのはスネークだけではなく、オセロットも一緒だったために四人は咄嗟に物陰に隠れる。

 二人は何かを話し合っていて、少女たちはそっと聞き耳を立てる…。

 

 

「訓練が始まったみたいだが、少しやり過ぎじゃないのか?」

 

 どうやらスネークは行き過ぎた訓練内容をとがめているようであった。

 これを聞いてスコーピオンは笑みを浮かべ"もっと言ってやれ"と小声でつぶやいている。

 

「らしくもない、この程度の訓練で根をあげるようではあんたのためにはならん」

 

「だが怪我をさせてしまっては元も子もないだろう。戦術人形とは言え、まだ少女だ」

 

「だからだよ、ボス。戦術人形(彼女たち)は造られて間もなく戦場に投入される。戦闘能力も人格も精神もある程度は決まった形で造られる、それ故に脆い…。オレたちのような人間は何十年も経験を積んで一人前の兵士になる、失敗を経て弱点を克服し戦場という過酷な環境に適応させていく。だが彼女たちは決められた人格で生まれる、どんなに歴戦の風格を纏っていようとも、その心は無垢な赤ん坊同然だ。個人差にもよるが、精神の崩壊は突然来るかもしれない」

 

「9A91、あの子がその状態に近かった。幸い順調に回復してくれたようだが」

 

「ボス、あんたも知っているはずだ、一度壊れた心はそう簡単に治らない。これからMSFはバルカン半島の任務のような汚れ仕事も引き受けるだろう、それを無垢な彼女たちがいつまでも耐えられるはずはない。彼女たちに必要なのは、オレたち人間と同じように経験によって精神を鍛えることだ」

 

「そうだな、オレは……あの子たちを人形扱いするつもりはない、彼女たちは人間だ。あの子たちが望むならMSFの家族として迎え入れる。もちろんお前もだオセロット、お前が一人で損な役をする必要はない」

 

「いいや、ボス。憎まれ役はオレでいい、ボス、あんたはMSFのカリスマ…ここにいる連中はみんなボスに惚れている、彼女たちもな。あんたは心の拠り所なんだ」

 

「だが…」

 

「ボス、オレはアンタのようにはなれない。オレはオレの役目を果たす、アンタはアンタにしかできない役目を果たすんだ。アンタは伝説のBIGBOSSだ、その伝説を穢したくはないのさ」

 

「オセロット……分かった、だが無理はするな。あの子たちの前にお前の精神が壊れては敵わん」

 

「フッ、冗談を…」

 

「明日は任務もない、たまには飲むか?」

 

「そうだな、たまにはいいだろう」

 

 

 

 二人の会話と足音が遠ざかっていった時、少女たちはその場に座り込む。

 

「ねえみんな」

 

 スコーピオンが口を開き、三人の顔を見つめる。

 

「あたし、もうちょっと頑張ってみようと思う……たぶん、これからも弱音を吐くだろうしイラつくときもあると思う。スネークとオセロットについて行けばもっと強くなれると思う、戦場で悔しい思いをしなくてもすむ。でも一人じゃ心細い……だからその…」

 

「フフ、私も同じ考えですよスコーピオン。みんなもそうよね?」

 

「はい。指揮官のためにも、みんなのためにもわたしは頑張ります」

 

「だから言ったでしょ、悪い人じゃないって」

 

「そうだね、ワルサーが惚れるのも無理ないかもね。どっちも似たようなツンデレだもんね」

 

「な、なによそれ……ぶつわよ?」

 

 ニヤニヤと笑うスコーピオンに、WA2000は頬を赤く染めてそっぽを向く。

 

「ま、明日からまた頑張ろ!」

 

 スコーピオンが差し出した拳に、少女たちは拳をつき合わせて応える。

 

 満月の美しい、穏やかな夜の出来事であった…。




オセロットが暴れます(物理)
カズが暴れます(猥褻)
以上でした(笑)


次回もマザーベースpartを予定してます。
次回はスネークが暴れる予定です。


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マザーベース:ハンティング作戦

『全スタッフに告ぐ、本日の作業は全員中止ッ! 全員司令プラットフォームへ集まるように!』

 

 MSFのスタッフたちが、その日の職務に取り掛かろうとする時間帯に、マザーベース全体にカズの声が拡声器を通して響き渡る。

 突然の放送にスタッフたちは大慌てで武器を手にし、指示されたプラットフォームへと駆けつける。

 ここ最近マザーベースを襲うものとすれば大量の海鳥による糞爆撃、戦闘班はともかくとしてそれ以外のスタッフは若干平和ボケしつつあったが、全員が何か非常事態があったに違いないと普段のほのぼのとした様子からは想像出来ない身のこなしでプラットフォームへと集まる。

 

 何があったんだ、敵はどこだ?

 誰でもかかってこい、返り討ちにしてやる!

 

 そう思いつつ駆けつけたMSFのスタッフたち、だがなにか様子がおかしい。

 

 そのプラットフォームには糧食班のほぼ全員の姿と、演台に立つサングラスをかけたカズヒラ・ミラーの姿がある。もちろん我らがビッグボスの姿もある。 

 ざわめくスタッフたち…。

 彼らの前でカズはあーあー、とマイクテストを行ってから話し始める。

 

「今日みんなに集まってもらったのは、このマザーベースにかつてない危機が訪れていることを知らせるためだ」

 

 カズのその言葉に、やっぱり何かマズい出来事があったのではないかと全員緊張した面持ちでMSF副司令カズヒラ・ミラーの次の言葉を待つ。

 深刻な空気がマザーベースが包む。

 

「マザーベースの食糧が…尽きようとしている。よって、我々MSFの生存をかけた一大作戦、動物捕獲作戦(アニマルキャプチャーミッション)を実行するッッ!」

 

 ミラーの力強い声がマイクを通して全MSFスタッフのもとに響き渡った。

 

 

 

 さかのぼること数時間前…。

 

 

「スネーク、食糧の備蓄がもう底をつきそうだ」

 

 任務を終えてマザーベースに帰ってきたスネークを呼び、カズは深刻な表情でそう打ち明けた。

 いつかはこうなるだろうとスネークも予想していたが、思っていたよりもそれは早く訪れたのである。

 

「バルカン半島での仕事を終えて仕事は入ってきているが、安定した取引の確立に間に合わなかったようだ。スネーク、すまない……これはオレの不徳の致すところだ」

 

「おいしっかりしろ、オレたちは一丸となってこの食糧危機に取り組んできたじゃないか。最善は尽くしていたんだ、仕方がない。だがお前の事だ何か考えがあるんだろう?」

 

「ああ、もちろんだスネーク。日本のことわざに腹が減っては戦ができぬというものがある、食事は戦場に生きる兵士にとって数少ない楽しみの一つだ。何の対策も練らずにこの時を待ち続けたわけではない」

 

 最近ふざけて女の子にちょっかいをかけて返り討ちにあってるカズからは想像もできない、ある決意に満ちた姿であった。

 MSFにとってカズが果たしている役割というのはとてつもなく大きい。

 組織の運営や管理はもちろんのこと、スタッフ一人一人のケアを行うことだって忘れない…その結果がサウナの一件なのだが、あれはカズの病気というべきものだろう。

 

「それで、対策は…」

 

「あぁ……だが自信がないんだ」

 

「どうしたんだ、らしくもない」

 

「いや、まあ自分で考えてもおかしいと思うんだ。当たり前のことなんだが、なんというか……他に方法がないのかと責められそうで怖い」

 

「カズ、自信を持て。お前が何を言おうとオレは責めない、だからなんでも言ってみろ」

 

「ボス、ありがとう。食糧の安定した供給が望めない以上、原始的な解決方法に頼るしかない。すなわち野生動物の捕獲(キャプチャー)だ、幸い近くには広大な森林地帯、大海原といった動物を捕獲するのには恵まれた環境にあるんだが……すまん、もう少しオレに知恵があれば―――」

 

「いいじゃないか!」

 

「本当にすま……え?」

 

 予想外のスネークの反応に、カズは面食らう。

 対するスネークは目を輝かせどこか生き生きとした表情をしている。

 

「野生動物の捕獲、懐かしい響きだ! レトルトカレーの味もいいが、ちょうどヘビとかワニの肉の味が恋しくなってきたところだ。カズ、オレ自身忘れていたことだった、素晴らしいアイデア、いいセンスだ」

 

「え、あ、あぁ…そう言ってくれるとオレとしては助かるが…他のみんなが納得してくれるか心配で」

 

「心配などする必要ない、調理場でさばいただけでは味わえない魅力が、サバイバルには存在する。カズ、すぐに実行に移そう」

 

「あ、あぁ…」

 

 ノリノリのスネークの後を、言いだしたのは自分であるにもかかわらずカズはどこか納得できていない。

 普段の生活からスネークが食事に対し並々ならぬ情熱を持っているのは知っていたが、ヘビやネズミと言った野生動物を嬉々として食べる人物だとは思っていなかった。

 いや、戦場という過酷な環境の中で好き嫌い言っている場合ではないのだが、レトルトカレーとヘビの丸焼きといったら大多数が前者を選ぶだろう。

 ところがこのスネークという男は迷いなく後者を選ぶ男だ、それが伝説の傭兵ビッグボスであり、スネークイーター作戦を遂行した英雄なのだ。

 

 いつの間にか主導権をスネークにとられ、この作戦は急ピッチで進められる。

 

 エリアを海と陸地、そこから海は磯辺と大海原と砂浜、陸地は森や山岳地や沼地といった具合に細かくエリアを分けられたうえで作戦に参加するメンバーを割り当てていく。

 この作戦を発動するにあたりMSFは営業活動の全てを休み、スタッフ一丸となって食糧確保に望むのだ。

 無駄ではない、命にかかわるむしろ最優先で行うべき事案なのだ…と、スネークは熱く語る。

 

 この作戦には戦術人形たちも容赦なく駆り出される。

 内容を聞いて拒否反応を示すWA2000、遠回しに拒絶するスプリングフィールド、指揮官のためならばと我慢する9A91……そしてやたらとノリノリなスコーピオンである。

 

「悪いけど、スネークには負けないよ。あたしが一番大物捕まえてくるからね!」

 

「ほう、勝負というわけか。いいだろう、経験の差を見せてやる」

 

 最初からスネークに対抗心を見せるスコーピオンとそれに受けて立つスネーク。

 

 カズの提案で、折角だから一番いい食糧を手に入れた人には特別な景品でもあげようということになった。

 この話しを聞いてスコーピオンは気合が入ったらしい、全員出し抜くつもりで名乗り出た。

 

 今回の作戦は食糧調達に向かう者と、それをサポートするため通信員もしくはバディのペアとする。

 食糧調達とといっても、食べられないものまで大量に持ってこられても処分に困るため、通信員がその食糧となるものを調べる役目を果たす。

 極力現地に行きたくないスプリングフィールドと9A91はスネークのサポートとなる、スコーピオンはサポートなんていらないと言い張っているが…。

 

 そしてWA2000はというと、集まるMSFのスタッフの中を歩き回りオセロットの姿を探している。

 やがて群衆のそとにいる彼を見つけると真っ直ぐに向かっていく。

 

「ねえオセロット、あなた誰と組むの? もし、誰もいないっていうのならあたしが組んでやってもいいわよ」

 

「オレは参加しない。仕事が残ってるんでな」

 

「あ、そうなの……」

 

 オセロットの言葉に、彼女は肩を落とし落ち込む。

 

「ヒマなのか? だったら少し手伝え、二人でやれば少しは早く終わる」

 

「そ、そう…そこまで言うなら手伝ってあげてもいいわ!」

 

「いいのか、良い景品をミラーが用意したらしいぞ」

 

「別にいいわよ、ヘビとか触りたくないし…」

 

「ヘビも案外美味いかもしれないぞ。仕事は諜報班のレポートをまとめる作業だ、分からないことがあったらオレに聞け」

 

 相変わらずの態度だが、WA2000はどこか嬉しそうにオセロットの後をついて行く。

 

 

 かくしてMSFの一大作戦が始動されるのであった。

 

 

 

 

 

 

「こちらスネーク、目標の森林地帯に到達した」

 

『お疲れさまです、スネークさんこちらから無線でサポートするので頑張ってください』

 

『9A91もこっちで頑張ります』

 

 全身を森林に溶け込む迷彩服で固め、フェイスペイントを施すという本気ぶりのスネークだ。

 動物を生きたまま捕まえるために麻酔銃を携行し、小型動物用の罠も持ちこんでいる。

 

「む?」

 

 さっそく森を移動する気配を察知し、スネークは素早い動きで麻酔銃を構え、素早く移動するその動物に向けて発砲する。

 麻酔銃を受けて転がるように倒れたその動物をスネークはつまみあげる。

 

「早速捕まえたぞ」

 

『お見事ですスネークさん。あら、とてもかわいいウサギさんですね。見たところカイウサギの一種ですね、ペットが逃げ出して野生化したもののようですね』

 

「ほう、で?」

 

『はい?』

 

「味はどうなんだ、このカイウサギは?」

 

『食べるんですか……ウサギさん』

 

「当然だろう」

 

『そ、そうですか…えっと、資料によれば一応食用として飼育されていたこともあってそれなりに美味しいらしいです』

 

「そうか!」

 

 捕まえたウサギをしまいこみ、次なる獲物を見つけるべくスネークは森を進んでいく。

 やがてスネークは森の中の沼地へと到達する、薄い霧が辺りを覆っていた。

 そこでスネークは何かを見つけたようで、足音を立てないようゆっくりと歩き…飛びかかる。

 

「とったッ!」

 

『お見事です。今度は何を……嫌ッ!!』

 

「どうした!?」

 

『なんてもの捕まえてるんですか!? 離してください、それヘビですよ!?』

 

「ああ、見ればわかる。見たところアミメニシキヘビのようだ、味はとても美味いぞ」

 

『なんで知ってるんですか…』

 

「食った事あるからな、君も食べて見るか? きっと気に入るぞ」

 

『遠慮します』

 

 一方的にスプリングフィールドは通信を遮断する。

 理解してもらえない寂しさを感じつつも、この大自然の中で溢れる魅力的な食材の数々が待っていると思うと沈んだ気持ちもすぐに昂る。

 

 ふと、スネークは朽ち果てた木の傍に鮮やかな赤色のキノコを発見する。

 

「スプリングフィールド」

 

『嫌ですよ!?』

 

「は?」

 

『どうせまた、カエルとかクモとか…そういう生き物を捕まえたんですよね!? もっとまともなのを見つけてください!』

 

「いや、見たことがないキノコを見つけたんでな。調べてもらおうとしたんだが」

 

『あ、そうだったんですか。失礼しました……それはカエンタケという、極めて強い毒を持った菌類の一種です。食べると腹痛や嘔吐の症状のほか、手足のしびれや呼吸困難に陥ります。致死量はわずか3グラム、汁に触れただけでも危険なキノコです』

 

「なるほどな……で、味は?」

 

『は?」

 

「味」

 

『スネークさん、わたしきちんと毒があるって言いましたよね?』

 

「ああ、でも食べてみたら美味いかもしれないだろう……スプリングフィールド? どうした?」

 

『指揮官、9A91が通信を代わります』

 

「スプリングフィールドはどうしたんだ?」

 

『スプリングフィールドさんは、少し頭を冷やしてくると言って離れました。大丈夫です、私が全力でサポートいたします!』

 

 フェードアウトしていったスプリングフィールドに代わり、やる気に満ちた9A91がサポートを代わる。

 いまいちサポートが代わった理由を理解しないままスネークは辺りを探索する、沼地にはまだまだ多くの生き物(食材)が存在している。

 

「9A91、ワニを発見した」

 

『イリエワニですね、それもとても大きいですね。性格は極めて強暴、人食いワニとも言われています……大きすぎて捕まえられそうにありません、先を行きましょう』

 

「いや、オレに考えがある」

 

『指揮官? 危険ですよ?』

 

 沼の岸にて圧倒的威圧感を放つイリエワニと一定の距離を保ちながら、スネークは対猛獣用の麻酔弾を発射できるライフルに持ち変える。

 樹木に隠れ、狙いをつける……。

 引き金を引き、ライフルから放たれた麻酔弾がワニの眉間に見事命中する。

 少しの間様子を伺い、ワニのまぶたがたたまれたのを確認してから眠りについたワニに接近する。

 

『指揮官流石です。ですが大きなワニをどう持ち帰るんですか?』

 

「そのためのフルトン回収装置だ、見るのは初めてか?」

 

『はい』

 

 スネークは慣れた手つきで眠るイリエワニの身体にフルトンを取り付ける。

 あとは作動させればフルトンが発動し、どんなにこのワニが重くともフルトンがあっという間に上空へ飛ばしてくれる。

 

「ワニは大収穫だな、これ以上の獲物はそうそういないだろう」

 

『そうですね、指揮官。あとはお帰りになりますか?』

 

「そうだな、後は…む?」

 

 スネークは森の奥から接近してくる何かの気配を感じ咄嗟に振り返ったが、その猛獣は既に牙を剥き出しにスネークめがけ飛びかかっているところだった。

 猛獣の巨体に弾き飛ばされ、スネークの身体が宙を舞って沼に落ちる。

 

『指揮官!?』

 

 吹き飛ばされたスネークはすぐさま体勢を立て直し、襲い掛かって来た猛獣に銃を向ける。

 黄褐色の体毛に黒の縞模様、剥き出しの闘志を隠そうともしないかなり大型の虎だ。

 

「ある意味鉄血の戦術人形より厄介な奴が来た」

 

『指揮官、逃げてください!』

 

 そうは言うが、猛獣と人間とではそもそもの身体能力が圧倒的に違う。

 逃げようとしても追いつかれ、あっという間に八つ裂きにされてしまう……つまりはやり合うしかないのだ。

 

 ふと先ほどの一撃でライフルがひしゃげているのに気付く。

 持っているのは小型の麻酔銃とサバイバルナイフが一本……スネークは迷わずサバイバルナイフを手に構える。

 

 荒ぶる虎、歴戦の蛇。

 

 生き残るのはどちらか、最大の戦いが勃発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへーん、大量大量! 見てよこれ!」

 

 大海原に出かけたスコーピオンは、船からの釣りで大漁を狙い、見事たくさんの回遊魚を捕まえてきたのだ。

 続々とマザーベースへと帰還して来るスタッフたちであるが、今のところスコーピオンに勝る収穫を達成できた者はいない。

 スネークの帰りが遅いのが全員の気掛かりであったが…。

 

「ま、景品はあたしのもので間違いないね」

 

 しばらくして、ライバルであるスネークを載せたヘリがようやく帰還する。

 どや顔でスネークが降りてくるの待つスコーピオン、ヘリのドアが開かれた時彼女の目の前に巨大なワニやヘビが放り投げられる。

 スコーピオンは悲鳴をあげて飛び跳ねる。

 

「勝った気になるのは早いぞスコーピオン」

 

「ス、スネーク…あんたそれ…!」

 

「ワニとヘビとウサギ、それからトラを捕まえてきた。みんな何を捕まえたんだ?」

 

 スコーピオンの大収穫も霞む獲物の数々に、集まった全員がもうあんたが優勝でいいよと思うのであった。

 

 

 

 結局、今回の作戦で景品を獲得できたのはスコーピオンだった。

 ワニはともかくとして、トラは議論の末に食材として消費されるべきではないという結論にたどり着き、ノーカウントとなった。その結果、食糧事情の解決に大きく貢献したのはスコーピオンであるとなったのである。

 景品を貰いつつも、負けた気がするスコーピオンは納得がいっていないようだったが、その後に行われたマザーベース全体のパーティーではすっかりいつもの元気な姿を見せる。

 

 作戦に参加しなかったオセロットもそこに混じり、ストレンジラブなども顔をだしちょっとしたお祭り騒ぎとなる。

 戦術人形たちも、このパーティーを心の底から楽しんでいるようだ。

 

 

 

「ヒューイ、お前もパーティーに参加したらどうだ?」

 

「あ、スネーク。ぼくはいいよ、開発が立て込んじゃっててね」

 

 スネークはパーティーの場を離れ、一人研究室で開発に没頭するヒューイのもとを訪れていた。

 

「そう急ぐ案件でもないだろう。まあ無理にとは言わんが、折角だから来たらいいだろう」

 

「そうだね、ひと段落したらそうするよ」

 

「そうした方が良い。ところで、何の研究をしているんだ?」

 

 ヒューイは故障中のメタルギアZEKEのメンテナンスを行っているが、現在はそれと並んで別な兵器の開発を行っていることをスネークはカズから聞いていた。

 

「戦車に変わる兵器の開発だ。メタルギアZEKEのような二足歩行兵器を小型化させたもので、歩兵と一緒に運用できることをコンセプトにしている。強固な装甲と生体パーツを応用した脚部を備えて、悪路を走破して戦車並みの戦力を持つはずだ。これが完成すれば、みんなの負担も少なくなるはずだ。こんな世界だ、早く完成させなきゃね」

 

 パソコンに向き直り開発作業に戻る、研究といいつつ何かを避けているような気がしないでもない様子に、スネークはそばにあった椅子に座り思ったことを言ってみることとした。

 

「ヒューイ、お前何かオレたちに言いたいことがあるんじゃないのか?」

 

「え?そんな、ぼくは特にないよ…」

 

「そうか……ヒューイ、オレたちは家族だ。大切な仲間だ、何か悩みがあるのなら一人で抱え込む必要はない。誰でもいい、信頼できる誰かにでも相談をするんだ」

 

「そうだね、心配いらないよスネーク。ぼくは大丈夫だ」

 

 その言葉に頷き、スネークは立ち上がる。

 

「みんなお前を気にかけている、お前は一人じゃない。待っているからな」

 

 そう言って出ていったスネークをヒューイはしばらく見つめていた。

 それから研究開発に戻ったヒューイだが、ふと手を止めてメガネを外す…。

 

 

「ぼくは、弱虫だな…」

 

 

 弱気な彼の言葉を聞く者は誰もいない。

 

 やがてヒューイはメガネをかけなおし、開発に戻っていった。




月光フラグたちました、やりました。
これで鉄血にも勝てる!

ヒューイはスカルフェイスと取引してしまったことを悔やんでます。


DDが出せなかったんで、虎をバディーにしましょう。
天然の迷彩効果もあるんで良いと思います。
え、オーバーキルですって?
止めときますか(笑)


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偵察隊撃破任務

「うりゃーっ!」

 

 早朝のマザーベースに、スコーピオンの気合の入った雄たけびが響き渡る。

 まだ食堂も開いていない時間帯にもかかわらず、スコーピオンは誰よりも早く起きて訓練場で汗を流していた。

 彼女だけではない、遅れてスプリングフィールドや9A91、そしてWA2000もやって来て一緒に訓練を行っている。

 そのうち、MSFのスタッフたちも興味があるのかやって来て、訓練を見守るように見つめていたりもした。

 

 オセロットによる教育が始まってから数週間。

 あれだけ文句を言っていた彼女たちは今、進んで彼の訓練を受けるようになり、オセロットの厳しい指導にもめげることなく参加している。

 彼女たちが努力している姿にスタッフたちは感心しているが、実際彼女たちは強くなっていた。

 その姿に刺激され、MSFのスタッフたちもよりキツイ訓練にも進んで参加したりと、彼女たちの訓練に励む姿は周囲に良い影響を与えていたのだ。

 

 朝の訓練を終えてシャワーで汗を流した彼女らをオセロットは呼びつける。

 

 普段彼のいるプラットフォームへと足を運ぶと、そこにはヘリが一機と前哨基地にいるはずのマシンガン・キッドが待っていた。

 

「お前たち」

 

 オセロットの第一声に、戦術人形たちはバツの悪そうな顔をする。

 その声はいつも訓練中何か失敗したりして叱られる前の声色と同じだったからだ…。

 

「今日の訓練は休みのはずだ。自主的に訓練する姿勢は立派だが、休める時には休め。じゃないと身体が持たなくなるぞ」

 

 しかし、予想していたようなお叱りの言葉はなく、むしろ休みの日にも関わらず訓練をする彼女らを気遣う言葉だった。極たまに見るオセロット教官の優しいところだ、今日は良い一日になるかもしれないなと彼女たちが思っている時だ。

 

「明日、お前たちにはキッドと組んで戦地に行ってもらう。そうだ、お待ちかねの戦場だ」

 

「うわ、マジ!? やっと戦場に行けるんだね!」

 

「スコーピオンお前のそういう態度を見ていると一番不安になる。まあいい…キッド、一応言っておくが無茶はさせるなよ」

 

 オセロットのその言葉に、キッドは片手をあげて応える。

 その場を去っていくオセロットをしばらく眺めていた後、キッドは邪魔者がいなくなったと言わんばかりに彼女たちに声をかけるのだった。

 

「よ、久しぶりだなスコーピオン。それと麗しのお嬢さんがた、オレはマシンガン・キッド。明日の任務ではよろしくな」

 

 気さくな口調で語りかけるキッドであるが、女性陣の目は厳しい。

 顔見知りのスコーピオンはフレンドリーだが、ほとんど初対面のスプリングフィールドと9A91の反応は薄く、WA2000に至ってはキッドの自己紹介など聞いていないのか髪を弄っている。

 

「あれ、みんなこんなだったっけ?」

 

「案外人見知りだからねみんな。それで、任務って何なの?」

 

「ああ、そうだな。簡単な任務さ、前哨基地付近の鉄血の奴らを追い払う簡単な仕事さ」

 

「鉄血を追い払う?」

 

「お、君は確かスプリングフィールドといったね。その通り、前哨基地にはオレたちの宿舎もある。連中がうろついてたんじゃ安心して夜も眠れん、だからオレのような戦闘班が出向いて、奴らのケツを山の向こうまで蹴り飛ばしてやるって作戦だ」

 

 いまのところ前哨基地では大きな戦闘などは起こっていないのだが、たまに偵察にやってくる鉄血の人形たちとの小競り合いはいくらか起きている。拠点の設営は既に完了し、ちょっとした部隊程度なら歴戦の戦闘班と配備された戦車等により返り討ちにできる。

 それでも現状限られた物資でやりくりしている以上、大規模な攻撃を受けて大きな被害を出さないためにも、小さな脅威といえど見逃さず対処している。

 これは前哨基地を任されているエイハヴ主導のもとに指揮されている。

 

 今回キッドとオセロットの間でやり取りがあり、訓練の一環とスネークとオセロット以外の現場で戦うMSFスタッフを知るために準備された。

 まだ人間の紛争に関わる仕事に混ぜられないと判断し、彼女たちも慣れた相手である鉄血との戦闘で、MSFの一員としてさらに一歩成長させる意味も兼ねている。

 その日はキッドもマザーベースでやることがあるのでそこで別れ、彼女たちも思い思いの休日を過ごす。

 

 

 

 翌日、キッドと戦術人形たちを載せたヘリが前哨基地へと着陸する。

 

 久しぶりに訪れた基地はしっかりと補修され、簡易飛行場も設けられた立派な基地と化していた。

 いつの間にか運び込まれた戦車や戦闘車両の他、ヘリも多数配置されている。

 機銃、迫撃砲、火砲といったものが基地の要所に設置され、塹壕も掘られた防御陣地により基地は要塞と化していた。

 

「うへぇ、人数少ないのにグリフィン以上の設営能力ってどういうことよ?」

 

「MSFをそこらの傭兵と一緒にされちゃ困る。さて、ちょっと待ってろ」

 

 キッドは少しの間離れ、数分後には一台のジープに乗って戻ってくる。

 

「昨日雨が降ったからな、こいつみたいなのが一番だ。乗りなよ、少しドライブと行こうじゃないか」

 

 一般的な非装甲車両に、ブローニングM2を載せた車両だ。

 その車両を眺めていたスプリングフィールドは、据え付けられた重機関銃に取り付けられたスコープに着目する。

 その視線にキッドも気付き、得意げに話す。

 

「オレはマシンガンの名手だが、狙撃の名手でもある。こいつで遠距離から単発射撃で敵を仕留める、鉄血の人形もこいつにかかれば木端微塵に吹き飛ぶ。ま、持ち運びに難があるがな…」

 

「射程と安定性、そして威力を備えたこの重機関銃は狙撃にも向いてますからね。MSFにもこの戦術が広まっているのは驚きです」

 

「ああ、オレが広めたんだ。さてそろそろ行こうか、鉄血の偵察隊は待ってくれないから」

 

 助手席にスコーピオンが飛び乗り、後の三人が後部座席に座ったところでキッドは車を走らせる。

 雨が降り、ぬかるんだ悪路を車はうなりをあげて突き進んでいく。

 前哨基地を出ればそこは戦場だ、キッドはハンドルを握りながらも周囲を警戒していた。

 

「ここだ、連中がうろついてたのを最後に見たエリアだ」

 

 そこは前哨基地からちょうど山を一つ越えたあたりの場所であった。

 起伏のある針葉樹林は人間の手で植樹されたのか密生しており、管理されていない森の中は昼間だというのに不気味な薄暗さがある。

 その場所を少し調べた後、森のさらに奥まで車を走らせた。

 

「よしみんな降りてくれ、ここからは歩きだ」

 

 車両を林の中に隠しキッドを先頭に彼女たちはうっそうと生い茂る森を歩いていく。

 

 キッドは時折振り返り彼女たちがきちんとついてきているか確認するが、それはいらない心配だった。

 数週間前までは、このような森に入ることは嫌がっていた彼女たちであったが、今は文句の一つも言わず周囲を警戒しながら一定の距離を保ちついてきている。

 オセロットの訓練を受けている彼女たちは、前とは比べ物にならない程に戦闘技術を向上させている…後は不屈の精神(メンタル)を彼女たち自身が身に着けるだけだ。

 

 ふと、キッドが立ち止まり静かにかがむ。

 それに倣って彼女たちもその場にしゃがみ込み、銃を構え周囲をうかがった。

 

 木々が風に揺れる音と小鳥のさえずりに交じって、誰かの話し声が聞こえてくる。

 それは薄暗い森の奥から聞こえてくるようだった。

 

「鉄血か人間かあるいは…野良の戦術人形か。確かめに行こう」

 

 声のするほうへ、キッドたちは静かに近づいていく。

 薄暗い森の中を進んでいくごとに聞こえてくる声は大きくなってくる、森が開けて周囲が明るくなったところにその声の主はいた。

 長い黒髪にアサルトライフルを手にした少女だ。

 その少女は誰かと通信をしているようだが…。

 

「あれは、M4!」

 

 その少女を目にしたスコーピオンが思わずそう叫ぶ。

 その声は通信を行っていたM4という名の少女にも聞こえたのか、彼女は銃口をキッドたちに向けてきた。

 とっさに銃を構えたキッドをスプリングフィールドが制す。

 

「見つけたぞM4!」

 

 銃口を向けあい膠着していたところに、鉄血の戦術人形たちが突如としてあらわれ襲い掛かってきた。

 鉄血はキッドたちの姿も視認するや迷いなく引き金を引いた。

 静かな森はあっという間に銃声が鳴り響く戦場と化す、スコーピオンたちもすぐさま散開し木や岩などを遮蔽物に応戦する。

 

「偵察隊どころじゃないな!」

 

 激しい銃撃から身を隠しながらキッドは諜報班の話しと違う状況に悪態をつく。

 鉄血側からの銃撃によってスコーピオンと9A91は身動きが取れず、スプリングフィールドとWA2000は銃弾の雨の中で正確な狙いをつけられないでいる。

 キッドは敵の目をかいくぐり匍匐の姿勢でその場を離れている。

 逃げているのではない、鉄血の部隊を視界に収められなおかつ頑丈な遮蔽物のある場所にまで移動し、キッドは機関銃を据え付ける。

 

「よくもやってくれたな鉄血人形!」

 

 キッドの軽機関銃から放たれる弾幕によって鉄血の人形たちは身を隠し銃撃が止まる。

 その一瞬のスキを見逃さず、スコーピオンは遮蔽物を乗り越え鉄血が身をひそめる遮蔽物のそばに転がり込んだ。

 そこで焼夷手榴弾のピンを抜き、鉄血が身を隠す遮蔽物へと放り投げる。

 投げた手榴弾が爆炎をあたりに振りまき、炎に飲み込まれた鉄血の人形たちはたまらず遮蔽物から身をさらす。

 

「用意、撃てッ!」

 

 スプリングフィールドの掛け声とともに、WA2000は彼女とともに身をさらす鉄血の人形たちを狙撃する。

 浮足立った鉄血へ最後のとどめを刺すのは9A91だ、彼女は後退する鉄血の側面に素早く移動すると無防備な側面から追撃をかける。

 一瞬のスキを突かれ瓦解した鉄血の部隊はなすすべもなく殲滅される。

 

 最後の人形に銃弾を叩き込んだスコーピオンは残りの敵がいないか周囲を警戒するが、もう森の中で動くのはキッドたち以外に誰もいなかった。

 

「クリア。鉄血の殲滅(せんめつ)を確認、いやぁ危なかった」

 

 口ではそういうものの、戦況を見極め大胆な動きで敵を瓦解させたスコーピオンの功労は大きい。

 仲間たちからの褒め言葉に素直に喜ぶスコーピオンである。

 

「お前ら大したもんだ、実戦で通用する強さだ。もうオセロットの教育は必要ないんじゃないか?」

 

「ま、あたしはそれでいいんだけどね。ワルサーがオセロットと一緒に居たくてたまらないみたいなんだよね~」

 

「バ、バッカじゃないの!? あたしはただ教官としてあの人を尊敬してるだけで、そんな感情なんてないんだから!」

 

「まあまあ、二人とも。まだまだ私たちはオセロットさんに教わることがまだありますから」

 

「わたしは…早く指揮官と一緒に行動したいです」

 

 思いは人それぞれだ、彼女たちは一応オセロットに敬意を払っているようだ。

 個性が強すぎる彼女たちには、オセロットの厳しさがちょうどよいのかもしれない。

 

「そういえば、さっきの戦術人形は?」

 

 ふと、先ほど見つけたM4のことを思い出したキッドは周囲を見回すが、そこに彼女の姿はなかった。

 戦闘の合間にこの場を逃れたのか…。

 

「なんだよ、仲間がいたってのに挨拶もなしに消えちまうなんて…愛想のない奴なんだな」

 

「違うよ、M4は優しい子なんだ。きっと、何か事情があるんだよ」

 

「ふうん、そうかね。そういえば鉄血の連中も彼女を探してたみたいだったな…何かありそうだ、一応ボスとミラー司令の耳に入れておこう。さて任務はおしまいだ、家に帰るとしよう」

 

 鉄血の偵察隊を見つけて撃破するという当初の任務とは違ったが、キッドはオセロットから頼まれた彼女たちの実力を確認するという個人的な任務は達成できた。

 この後キッドは報告書を作成し、オセロットに届けられることになる……余談だが、キッドは贔屓目につけすぎた報告書の内容をオセロットに疑われることになるのであった。




あんまり話が進みませんでしたね。


補足ですが、ドルフロのOPで登場してるスコーピオンとここでのスコーピオンはまた別な存在です。
なのでM4の任務は知りません。


そのうちカズが主役の話を書きたいなー


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踏みつけられた蠍

 キッドと初めて任務に出て以来、オセロットは何度か戦術人形たちをMSFの部隊に同行させて実戦を経験させていた。戦術人形としてこれまでに鉄血との紛争を幾度となく経験している彼女たちであるが、ここでは実戦での活躍を報告書としてまとめてもらい、個々の得意分野と弱点を見極めることにある。

 生身の人間と比べて彼女たち戦術人形は身体能力は高く、報告書にまとめられる戦闘報告はほとんど文句のつけようもない。

 実際、キッドなどが指示を出さなくとも的確な行動と連携を持って敵を撃破していくのだ。

 これは彼女たちが持つ独自の通信システムによる恩恵も大きい。

 最近ではマザーベースの開発班が、MSFの隊員が彼女たちの通信回線を拾うことのできる通信機を開発してくれたおかげで、戦術人形とMSF戦闘班との連携も上達しつつある。

 

 一つ問題があるとすれば、不測の事態に遭遇した際の彼女たちの精神の乱れだ。

 

 それはオセロットやスネークも以前から気掛かりであったことでもある。

 特にスコーピオンは感情的になると周囲が見えなくなる時があり、執拗に敵に対し銃撃する一種のトリガーハッピーに陥ったりする。

 9A91もいまだ不安定だ、戦場のストレスは彼女の苦々しい記憶を呼び起こすのか、帰還後に挙動不審な行動を起こしたり塞ぎこんだりしている。

 スネークと医療班のケアにより以前よりは頻度は減ってはいるものの、あまり無茶はさせることができない状態だった。

 

 

 

「ねえ、ワルサー。オセロットから話し聞いた?」

 

 更衣室で着替えをしながら、スコーピオンは思いだしたように尋ねるが、WA2000は何の話しか分からないようだ。

 

「なんかキッドと一緒に任務に行くはずだったんだけど、今日はエイハヴと一緒に組めってさ」

 

「エイハヴ? 珍しいわね…何かあったのかしら?」

 

「わかんない、とりあえず行ってみようよ」

 

 その日もまた、前哨基地でキッドの任務を手伝う予定であったのだが、オセロットから急な予定変更の知らせが入ったのだ。

 今回彼女たちが組むのは前哨基地の管理を任されているエイハヴだ。

 スネークやオセロット、キッドからも信頼される優秀な隊員であり、前哨基地の設営には彼の力も大きいと彼女たちは聞いている。

 

 二人はスプリングフィールドと9A91と合流し、ひとまずエイハヴのもとへと向かう。

 移動中、そういえば誰もエイハヴとまともに話したことがないということに気付く。

 皆噂は聞いていても人柄などは分かっていない、楽観的なスコーピオンはまだしも9A91は怖い人ではありませんようにと祈っているようだ。

 エイハヴは基地の格納庫にて、戦車長のドラグンスキーと一緒にいた。

 彼は戦術人形たちがやって来たのに気付くと、ドラグンスキーと別れ彼女たちのもとへやってくる。

 

「今日は君らに頼みたいことがある、まあ簡単な仕事だ」

 

「あの、キッドさんはどうなさったのです?」

 

 スプリングフィールドがそう聞くと、エイハヴは困ったように唸る。

 何かマズい事を聞いてしまったのかとスプリングフィールドは焦るが、そうではないようだ。

 

「キッドはちょっと病気にかかってしまってな。まあ、感染性の胃腸炎だ…君らにうつるか分からないがあまり近寄らない方が良い」

 

「それは、大変ですね…何か行けないものでも食べてしまったのでしょうか?」

 

「ああ、ボスと一緒に生ガキを食べたらしくてな。どうやらそれにあたったらしい」

 

「え? スネークはぴんぴんしてたよ?」

 

「それはまあ…ボスは特別だからな」

 

 改めてスネークの秘められたポテンシャルに感心するとともに、今頃ベッドで苦しんでいるであろうキッドに哀悼の意を彼女たちは込める。

 

 エイハヴが彼女たちに依頼する任務は二種類あった。

 

 一つは輸送部隊の護衛任務、もう一つは地形データの収集任務だ。

 輸送部隊の護衛については他のMSFのスタッフとエイハヴも同行し、鉄血あるいは武装勢力の攻撃から輸送部隊を守るというものだ。

 地形データの収集については、前哨基地防御のために周辺地形を調べ上げて今後の作戦に反映させることも兼ねている。

 地形データの収集についてはスプリングフィールドとWA2000が適任であったが、狙撃手二人ではバランスが悪いためスコーピオンとWA2000が取り組むことになる。

 

「よし、二人とも地形データの収集は頼んだぞ。慌てなくていいからしっかりな」

 

「了解、ほら行くわよスコーピオン」

 

 地味な作業にスコーピオンはいまいち乗り気でないようだが、仕事である以上仕方がない、嫌がるスコーピオンをずるずる引きずりながらWA2000は基地の車を借りて出発していった。

 

 

 

 

 

 エイハヴ、スプリングフィールド、9A91たちは一台の装甲兵員輸送車に乗車し、輸送トラックの列の先頭を走り周囲を警戒する。

 道中は警戒する襲撃者の攻撃はなく、平穏そのものだ。

 車内でスプリングフィールドと9A91は自己紹介のほか、雑談などをして過ごす。

 エイハヴは人柄もよく知的であるため、すぐに二人とも打ち解けることができた…さすが前哨基地を任されているだけあって、面倒見もよく二人の相談などにものっていた。

 

「―――それでこの前もスコーピオンとワルサーが食堂でケンカして、大変だったんですよ」

 

「案外仲がいいと思ったんだがな、組み合わせを間違えたか?」

 

「いえ、たまには二人で行動させるのも良いかもしれません。でも、上手くやってくれていたら良かったんですけどね」

 

 たまにケンカをしてはオセロットに説教をされるという二人にはスプリングフィールドも頭を悩ませている。

 スコーピオンはWA2000にちょっかいをかけたがり、彼女もながせばいいのにむきになって張り合うものだからいつもケンカになるのだ。

 この前は一部始終をオセロットに見られてしまったため、スコーピオンはその頭にキツイげんこつを貰うことになったのだが…。

 

「まあ、ケンカするほど仲がいいというし…」

 

「それは否定しませんが、さすがに節度というものをですね」

 

「変に堅苦しいよりずっといい。うちを見て見ろ、非番の時は自由気ままだ」

 

 確かに副指令のミラーよりスタッフまで、仕事をしていないときは自由奔放に生活しているのは見られるが…どこかグリフィンの戦術人形たちと似たような空気のおかげで、彼女たちはすっかりMSFに溶け込んでいるわけだが。

 

「おっと、目的地に到着したようだ」

 

 車両が停止し、エイハヴは会話を切りあげて外へと出る。

 

 スプリングフィールドも続いて車両から外を覗くと、そこにはMSFの輸送トラック以外にも別な軍隊のトラックも並んでいる。

 どうやらその軍隊はよその民間軍事会社(PMC)のようで、車体にはカマキリを模したエンブレムが描かれている。社名はマンティス社とそのままだ。

 

「物資を積みかえるのを手伝ってくれ」

 

「はい、エイハヴさん。ところで前哨基地まで運送をお願いはしなかったんですか?」

 

「なんでも協定があるとか何だとかで、ここまでしか出張ってこれないらしい。マンティス社は兵站をメインに行っているらしい、他にも"ウルフ社"、"レイヴン社"、"オクトパス社"とMSFはビジネスを行っている。どれも大手とは言えないが丁寧に仕事をしてくれる、ミラー司令の手腕には驚かされる」

 

 カズもいつも女性にちょっかいをかけて怒られたり面白い行動をしているばかりではない。

 MSFを運営するため、比較的取引のしやすい民間軍事会社とコンタクトをとり協力関係を築くまでに至る。

 協力関係と言ってもあくまでもビジネスの上での関係だ、MSFのいかなる組織・国家・勢力にも属しないという理念を阻害しない付き合いにとどめている。

 ミラー司令の仕事ぶりはエイハヴのような現場指揮を執り行う人間が良く知っていることだ。

 

「それにしても、9A91はよく働くな」

 

 MSFのスタッフに混じり、せっせと物資を運ぶ彼女の姿にエイハヴは感心する。

 見た目は女の子でも男の大人顔負けの力を持っているため、スタッフたちも助かっている。

 

「きっと、悩みを抱えないよう忙しくしているのかもしれません」

 

「まだ心は完治しないか、仕方がないよな…まだボスを指揮官と?」

 

「ええ、毎日一回はスネークさんに会いに行ってます。でもスネークさんも忙しいですから、いないときは…」

 

 スネークが不在の際は目立つような精神の乱れはないが、それでも寂しさを隠しきれないのかスプリングフィールドの部屋にやってくることが多い。

 スネークほどではないが、彼女の優しさも9A91の心のケアには必要な存在だ。

 

「君は面倒見がいいんだな」

 

「頼られるのは悪い気がしません」

 

「なるほど、だが君は何か悩みとかはないのか? 君も一人の人間だ、誰かの悩みを一身に受けるだけじゃなくたっていいんだぞ」

 

「エイハヴさん、私たちは戦術人形です。グリフィンでも私たちは大事に運用されていましたが、それでも戦争の道具の域を出ません…それをおかしいと思ったことはありません、それが私たちの宿命なのですから」

 

「その考えは捨てた方が良い。俺たちは誰かの道具なんかじゃない、戦場で生きる存在だが戦う理由は俺たち自身の意思で決めてきた。スプリングフィールド、君らはもうオレたちの家族なんだ…その言葉はみんなを悲しませることになる」

 

「…すみません、エイハヴさん」

 

「いいんだ、まあ生き方を急に変えるのは難しい事だ。なんでも話せと言うわけじゃないが、悩みはため込むと心に悪影響を及ぼす。誰でもいい、スコーピオンや9A91だっていいと思う。オレもキッドもそうしてきた、もちろんボスもだ」

 

「そうですね…ありがとうございます、エイハヴさん」

 

「元気な笑顔を見れて良かったよ」

 

「うふふ…エイハヴさんがみんなに頼られる理由が分かった気がします。もしスネークさんが不在の時は、エイハヴさんが代役を務められますね」

 

「よしてくれ、オレにボスの代わりがつとまるはずがない。ボスは一人でいい、そう、あの人だけでな…」

 

 そう言ってエイハヴも積荷の積み替え作業に混ざっていく。

 スタッフたちに的確に指示を出し、マンティス社の社員とも交渉し作業を効率よく進める。

 MSFのカリスマ的存在はスネーク、運営はカズヒラ・ミラーが欠かせない存在だろう。

 だが現場指揮に欠かせない人材は?

 

(エイハヴさん、あなたの代わりもいないと思いますよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーーーッ!! もう飽きたっ!」

 

 山の中で地形データの収集を行っていたスコーピオンは、その慣れない作業についに嫌気がさし喚きだす。

 作業を開始してから数時間、データ化されていない地形に向かっては周辺を調べて端末に記録する果てしない作業…確かに楽な作業だ、だがそれには忍耐力を伴う。

 こういった任務も文句も言わずにこなせるようになれば、スコーピオンはオセロットの訓練もトップの成績で終えるのだろうが、好き嫌いのはっきりしすぎているところが彼女の悪いところといえよう。

 

「文句言ったってしょうがないでしょ、それより仕事しなさい。そうすれば早く帰れるんだから」

 

「はいはい、優等生は言うことが違いますね~」

 

 その言い草にイラッと来たWA2000だが、今回は我慢する。

 確かに戦術人形としての花形は戦場で敵と戦うことにあるのかもしれないが、この仕事だって立派な任務だ。

 

「ほら、あとちょっとで終わりなんだから」

 

「はーい」

 

 スコーピオンの気の抜けた返事にWA2000まで脱力感を感じる。

 残っているのは山の麓の小さな町だけだ。

 そこは先日キッドと共に居座っていた鉄血の小隊を撃破した場所であった。

 

「えっと、一応掃討した場所だから大丈夫だとは思うけど警戒は怠らないで」

 

「はいよ」

 

 そこが最後の場所ということでやる気を取り戻したらしい、スコーピオンは先ほどのなまけた姿が嘘のように作業を進めていく。

 最初からそうしていればもっと早く終わっていたのにと、嘆くWA2000であるがここで余計なことを言ってスコーピオンの気が変わっても面倒なので何も言わない。

 

 町はたいした広さではないため地形データの収集はすぐに終わる。

 町の保安官事務所や銃砲店跡を写真におさめれば仕事は終了だ、二人は一旦その場で休憩を取ることとし広場の古ぼけたベンチに座り込む。

 

「いやーやっと終わったー…」

 

「なによ、ほとんどわたしにやらせたくせに。この事はオセロットにきちんと報告するからね」

 

「あ、それは勘弁願いたいかな、またげんこつくらいたくないし」

 

「もう一回やってもらえばいいのよ」

 

 ため息をこぼしながら、彼女は持ってきた水筒からコーヒーを二人分用意する。

 

 "仕事を終えた後のコーヒーは格別だ"と大層なことを言いながらコーヒーを飲むスコーピオンは無視し、スナックの袋を開く。

 なんだかんだ言いながらWA2000が持ってきたのはお菓子だったりジュースだったりと、まるでピクニックにでも行くかのような荷物だ。

 スナック菓子から炭酸飲料まで、全てマザーベースで作られていることには驚きだが…。

 

「このジュース美味しいね、しかもカロリーゼロだなんて女の子には嬉しいよね」

 

「MSFの開発班ってどうなってるのかしら? そのうち人形も作っちゃうんじゃない、これ食べる?」

 

「いただきまーす!」

 

 

 

「へぇ、いいもん持ってるじゃないか。オレの分はないのか?」

 

 

 

 咄嗟に二人は銃を手にし振り返る。

 そこには長い黒髪を膝辺りまで伸ばした鉄血の人形が笑みを浮かべたたずんでいた。

 

「処刑人!?」

 

「ようマヌケサソリ、久しぶりだな。今日はあの男と一緒じゃないのか?」

 

「なんであんたがここに!?」

 

 動揺する彼女の前で、処刑人はくつくつと笑う。

 

「おいおい、ここらはオレの管轄だぜ? いつまでもこそこそしてられると思うなよ…本当は違う奴を探してたんだが、ちょうどいいや」

 

 ゆっくりと歩み寄る処刑人。

 銃口を向けられているというのに彼女は全く動じず、むしろ精神的に追い詰められているのはスコーピオン達の方であった。

 

「死ねッ、鉄血め!」

 

 先に引き金を引いたのはWA2000だ。

 しかし、処刑人は身をひるがえして銃撃を躱し、地面を蹴るようにして一気に接近する。

 

「させるか!」

 

 処刑人が剣を振るう前にスコーピオンは弾丸のようにタックルし処刑人を抑える、が腕力の差は圧倒的に処刑人の方に分があるらしい、スコーピオンを強引に引き剥がし蹴り飛ばす。

 それでもなおスコーピオンは処刑人に組みつき、足をかけて彼女を自分ごと地面に倒れさせる。

 

「ワルサー、今のうちに逃げて!」

 

「何言ってんのよ!? あなたを見捨てて行けるわけがッ!」

 

「周りを見ろ!」

 

 ハッとして周囲を見れば、鉄血の人形たちが取り囲むように動いているのに気付く。

 

「あたしがここは何とかするから、ワルサーはみんなに…スネークに知らせて!」

 

「で、でも…!」

 

「頼むよ、早く…行け!」

 

 スコーピオンの悲痛な叫びに、WA2000は唇を噛み締め走りだす。

 

「絶対に助けに戻るから! 勝手に死ぬんじゃないわよ!」

 

 追いかける鉄血の人形に向けて数発発砲し、WA2000は森の中に姿を消した。

 その後を追いかけようとした人形へ向けてスコーピオンは射撃し足を止める。

 

「他人の心配してる場合かよテメェ!」

 

 組み伏せていた処刑人が立ち上がり、スコーピオンを振りほどく。

 スコーピオンはすぐさま身構えると、深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着ける…鉄血の人形たちが自身を取り囲んでいるのを気配で察していたが、目の前の処刑人から一瞬も目を離すことができない。

 ふてぶてしい笑みを浮かべたまま処刑人が凄まじい速さで剣を振り下ろす。

 剣はスコーピオンの額をかすめ、斬られた彼女の髪が宙を舞った。

 

「でやっ!」

 

 大振りの一撃を避け、スライディングと共に処刑人の足を絡めて転倒させる。

 すぐさま彼女の腹の上に跨り、腰に差したナイフを逆手に持って処刑人の顔面めがけ振り下ろす、だが…。

 

「なッ!?」

 

 信じられないことに処刑人はナイフの刃先に噛みついて受け止めて見せたのだ。

 動揺するスコーピオンの両腕を掴み、処刑人は立ち上がると、スコーピオンのがら空きの腹部を蹴りつけた。

 小柄なスコーピオンの身体は数メートル吹き飛び、家屋の壁に叩き付けられる。

 

「強くなったなサソリ、だが自分だけが強くなったと思うなよ」

 

「うぅッ…ち、畜生…!」

 

 腹部を蹴られ苦悶の表情を浮かべるスコーピオンに近付き、その首を掴み無理矢理引き立たせる。

 ギリギリと首を絞めあげられ、彼女は浮いた足をばたつかせる…勝ち誇ったような顔の処刑人を睨みつけ、もう一本の隠しナイフを手に取る。

 処刑人の首筋を掻き切ろうとしたが、ナイフの刃先は虚しく空を切る…。

 意識を失いかけるほどに首を絞めつけられナイフを握る手にも力が入らなくなると、処刑人は彼女の手に握られたナイフをつまみあげるようにとり上げる。

 そして首から手を離し、ナイフでスコーピオンの手のひらを貫き、壁に張りつけさせる…激痛に悲鳴をあげるスコーピオン、だが処刑人は先ほど奪ったもう一本のナイフで、もう一方の無事な手をも容赦なく突き刺した。

 

「ハハハ、いい姿だぜサソリ」

 

「う、うぅ……」

 

 両手をナイフで壁に縫い付けられ、身動きのできなくなったスコーピオンを処刑人はあざ笑う。

 他の鉄血の人形たちもスコーピオンを取り囲むと、ボスである処刑人と同調するように彼女を嘲笑した。

 

「怖いかサソリ、そうだ、怖いだろう? なあなんで泣いてるんだ? 死が怖いのか、痛みが怖いのか? どっちにしろ涙を流した時点でここがテメェの限界なのさ」

 

「ちくしょう……お前らなんか、殺してやる…地獄に落としてやる…!」

 

「分かってねえな、この世界が地獄だよ」

 

 ひとしきり笑ったあと、処刑人はスコーピオンの結んだ髪を引っ張り無理矢理顔をあげさせる。

 負けじと睨み返すスコーピオンだがその瞳には恐怖が映り、涙がとめどなくあふれ出てしまっている…。

 

「お前オレの仲間を散々スクラップにしてくれたな。同じようにバラバラにしてやったっていいんだぜ、ただじゃ殺さねえ…処刑の仕方にもいろいろあってな、死の間際まで苦痛を味わわせてやることもできる。想像出来るかサソリ? 延々と繰り返される苦痛の中でソイツは何を懇願するか分かるか?」

 

 残忍な笑みを浮かべながら、少しの猶予を与えるがスコーピオンは何も答えない。

 そんな彼女をさらに強く引っ張り上げ、処刑人は笑いながら言った。

 

「殺してくれってお願いしてくるのさ、精神が屈服した証だ。9A91は元気か? あいつの目の前であいつが慕っていた指揮官を嬲り殺してやった、死を懇願する指揮官の姿を目の前で見せつけられた9A91の表情がどんなだったか分かるか? はは、あいつの表情をアルケミストにも見せてやりたかったぞ」

 

「悪趣味な奴…! くたばれ…」

 

「でもまあ、弱い者いじめはオレの趣味じゃないんだ…お前は殺さないでおこう」

 

「何を…」

 

「なあ、あの男はお前を捜しにきっと来るだろう? スネークって名だったな、あいつはお前を助けに来るよな?」

 

 スコーピオンの髪を離し、処刑人はその辺の適当な木箱に座り彼女の目線に合わせた。

 

「あの日あいつにあった時から、頭から奴の事が離れない。あいつはなんなんだ? あいつは他の人間とは何かが違う…奇妙な感覚だ、オレはあいつに会いたがっている。代理人の任務も忘れちまいそうなほどあいつに夢中だ、オレはこの感情を確かめたい。あいつと殺し合いをすれば答えが見つかるはずだ、そうだろう?」

 

「あんたの気持ち悪い感情なんて知るか…スネークをあんたのエゴに巻き込むな!」

 

「うるせえ、お前に理解してもらおうなんて思っちゃいない。いいかお前は餌だ、(スネーク)を呼び寄せるためのな」

 

 周囲の人形たちに目配せをすると、鉄血の人形たちはスコーピオンの口を布で塞ぎ頭から黒い袋を被せる。

 それからナイフを引き抜き、両腕を拘束した。

 

「丁重に扱えよ、途中で死なれても使い物にならないからな」

 

「了解…ほら歩け」

 

 拘束された腕にロープをくくりつけられ、何も見えないまま彼女は引きずられていく。

 

(スネーク……みんな、ごめん…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――ええ、ではそのように。そちら側の保護下にある戦術人形については、こちら側から接触ができるまで貴官らの指揮で動くことを認める』

 

「話しが早くて助かる。それで、グリフィン側としてはいつ頃話し合いができそうなんだ、ヘリアントス」

 

 前哨基地司令部。

 そこに取り付けられたモニターには一人の厳格そうなモノクルをつけた麗人が映っていた。

 彼女こそがグリフィン上級代行官ヘリアントスだ。

 対談しているのはMSF総司令官のスネーク、同じ部屋にはカズとオセロットの姿もある。

 

『我々とそちら側の境界に割って入るように鉄血の占領地がある。そこを突破することが大前提となる』

 

「鉄血の戦術人形については我々よりあんた方の方が多く知っているだろう。今のところ大規模な衝突はないが、小競り合いは頻発している、いずれグリフィンの協力を仰ぐこともあるかもしれない」

 

『ええ、まずはあなた方と会って話がしたい。クルーガーさんもそれを望むはず』

 

「ああ、その時はよろしく頼む」

 

 

「オセロットッッ!」

 

 

 突然司令部の扉が勢いよく開かれる。

 そこにいたのは息を切らしたWA2000の姿があった。

 任務完了の報告…とは程遠い彼女の様子に何かを感じ取ったらしくすぐにオセロットが駆け寄ると、彼女は泣きそうな表情で彼にしがみつく。

 

「オセロット…! スコーピオンが…!」

 

「スコーピオンがどうしたんだ!?」

 

「ごめんなさい、私…あの子を置いて…あぁ、どうしたら…!」

 

「落ち着くんだワルサー、深呼吸をしろ。気持ちを落ちつけろ」

 

 

 小さく何度も頷き、ゆっくりと深呼吸をする…それでも彼女の動揺は収まっていないようだが、彼女はすぐに話し始める。

 

「処刑人が現れて襲い掛かって来たの、私あいつを撃ったのにあいつは避けて…そしたらスコーピオンが…。スコーピオンは私に逃げろって、逃げて助けを呼べって……だから私…!」

 

「分かった、もう十分だ。よく頑張った…」

 

 泣き崩れる彼女の背をさすりながらオセロットはスネークに視線を向ける。

 

『処刑人といったか、そいつが我々とそちらの領域を分けている占領地のボスだ。製品番号SP524「Executioner」、鉄血のハイエンドモデルだ。手強いぞ』

 

「ああ、奴とは一度やり合ったことがある。強さは分かっているさ」

 

『ハイエンドモデルとやり合った? 生身の人間の貴官が? まあいい、我々も奴を倒さなければならない必要がある…グリフィンの部隊も貴官らと共闘することになるかもしれん』

 

「了解だ…カズ」

 

「あぁ」

 

 スネークの指示を受けるよりも前に、カズはスコーピオン救出のための計画を練り始めていた。

 MSFは家族を見捨てない、あの日チコとパスを救えなかった時から、次同じことがあれば必ず助け出すと心に誓っていた。

 

 

 

「スコーピオン、待っていろ。必ず助け出す」

 

 








次話は死刑台のメロディーを流しながらお待ちください


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処刑台への誘い 前編

 前哨基地より飛び立ったヘリは、どしゃ降りの雨の中を飛行する。

 雷が轟き、暴風雨が吹くその日の天気はまるでこの荒廃した世界に誘われた日を思い立たせる。

 この世界に来てから色々なことがあった、荒廃した街で一人ぼっちの少女を見つけてから波乱の幕開けだ…元々賑やかだったマザーベースにあの子たちが加わり、毎日がお祭り騒ぎのようだった。

 目を閉じればあの子たちの笑顔が浮かぶ、今日はどんな行動を起こすか、いたずら好きなあの子には困ったものだ、やり過ぎて叱られてなおそこには暖かな空気があった。

 あの子たちはもう、家族であり、日常に欠かせない存在だ。

 

 スネークはヘリの壁に張りつけられてある写真に目を向ける。

 

 壁にかけられたボードにはマザーベースの日常をおさめた写真がはり付けられている。

 MSFが旗揚げしたころから現在まで、古ぼけた写真も真新しい写真もある……スネークはその中の一枚をその手に取る。

 それは前に食糧調達大作戦後に行われたバーべーキューの様子を映した写真だ。

 焚火を囲み楽しい一時を写した写真、その中でスコーピオンはピースサインを向けて笑顔を向けてた。

 

 

『スネーク、グリフィンより送られてきたデータを転送する。スコーピオンをさらった処刑人が待ち構えているのは古い製鉄場だ、おそらく鉄血指揮下のもと現在も稼働しているとのことだ。スネーク、敵の全貌はいまだ把握できてはいない…正面からの戦闘は避け、隠密行動をしてくれ。あの子のためにも…』

 

 いつもは陽気なカズの声も、この時ばかりはどこか暗く落ち着かない。

 送られてきたデータには処刑人が待ち構える製鉄場の写真が写っている。

 以前は人間が稼働していたであろうその工場群は今や鉄血の手に落ちている、そこで生み出されている資源が人類を抹殺するために使われている。

 

「カズ、みんなの様子はどうだ?」

 

『今のところは大きな混乱はない、みんなあんたを信じている。ボス、みんなあの子が笑顔で帰ってくることを望んでいるんだ、オレたちは家族を見捨てない。そうだろう、ボス?』

 

「その通りだ。約束する、必ず連れ帰ってくるさ」

 

 誰もがスコーピオンのために行動を起こしたいと思っている。

 はやる気持ちを抑え、彼らは皆スネークが救出を成功させることを信じて待っているのだ。

 

『ボス、ちょっといいか?』

 

「オセロットか、ワルサーは落ち着いたか?」

 

『あぁ、今のところは…ボス、処刑人についての情報をいくつか教えておく。あんたは一度やり合って面識があるだろうが一応な。奴はいまグリフィンのとある戦術人形を捕まえる任務を受けていたらしい、グリフィン側も過去に接触があったらしい』

 

「手強い奴だったと記憶している。奴が油断していなかったらオレも危なかったかもしれない」

 

『処刑人はハイエンドモデルと言われる存在だ、そこらの鉄血の人形と比べるな。さっきの続きだが、奴はある目標を追っていた、その目標というのはグリフィン側に関係のある戦術人形だ、オレたちじゃない。それなのに目標を追わず、オレたちの仲間を狙った、計画的にな。ボス、あいつはあんたを狙ってる…あんたが来ることはむしろ奴の望むところだろう』

 

「厄介な奴に目をつけられたもんだ。スコーピオンが酷い目にあっていなければいいが」

 

『悠長に行動している猶予はない、早く救出して連れ帰ってくれ。オレの教育はまだ終わっていない、あいつにはまだまだ教え込まなければならないことがある』

 

 態度には出さないものの、オセロットも彼女のことが心配らしい。

 

 通信を終えて、写真を元の額に戻しスネークは葉巻に火をつけようとするが、雨の湿気のせいかうまく火がつかなかった。

 葉巻をしまい、スネークはヘリに同乗するエイハヴに声をかける。

 

「エイハヴ、まだ気負っているのか?」

 

「ボス、ええ…責任を感じていないと言えば嘘になります」

 

 エイハヴはあの日、彼女たちを二手に分けて任務に出していたことを後悔していた。

 簡単な任務だと侮り、スコーピオンを危険な目にあわせてしまった…今更悔やんでも仕方のない事だが、もしもスコーピオン達と同行していたのなら救えたかもしれない、そうエイハヴは自分を責める。

 

「起きてしまったことだ仕方がない。エイハヴ、今するべきことは自分を責めることじゃない、あの子のために何ができるか考えることだ。気をしっかりもてエイハヴ」

 

「はい…ボス、今度は必ず助け出しましょう」

 

「勿論だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 目標の地点に到達する、天候は相変わらず。

 着陸したヘリのドアを開けるとうちつける大量の雨水があっという間にヘリ内部とスネークを濡らす、おまけに気温も低く、この雨の中では体力の低下にも気をつけなくてはならない。

 大雨で視界は悪いが遠くには工場の煙突が輪郭としておぼろげに見て取れる、これからそこに向かうのだ。

 

「ご武運を、ボス」

 

 任務成功を祈るエイハヴの言葉にサムズアップで応え、スネークは鉄血が巣食う工場地帯へと潜入するのであった。

 打ちつける雨水によって整備されていな荒れ地のほとんどが泥土と化しているが、スネークはその足場の悪い地形につまずくことなく一気に走破していく。

 工場地帯が一望できる場所まで一気に駆け抜けたスネークは、岩場に身をひそめ双眼鏡を取り出し、工場地帯を一望する。

 

 いくつかの施設は戦争の傷跡か崩壊していたが主要な工場はほとんど無傷で残されている、あるいは鉄血がここを占拠した際に修復を行ったのかもしれない。

 

『スネーク、そこは長年の環境汚染により有害なガスや汚染物質がある。ガスマスクは持っているな、それがあれば製鉄所の粉じんも防げるはずだ』

 

「そのために持たせたのか、戦術人形はこの環境には耐性があるのか?」

 

『人間とは身体の構造が違うからな、注意してくれボス』

 

 カズの忠告を聞き、スネークは早速マスクを装着する。

 呼吸を阻害せず清潔な空気をとり込むこのマスクはこの任務のために、開発班が極めて短時間で生み出したものだ。

 そのためいくつか改善点を残したままスネークの手に渡ったが、最低限必要とされる能力だけは備えている。

 

 消音機を取り付けたアサルトライフルを手に、スネークはゆっくりと工場地帯へと入り込んでいく。

 工場と工場を繋ぐ道路はとても広く見通しが良いが、この雨が視界を悪くしているために潜入にはとても有利な環境となっている。

 さらに潜入任務のために開発された都市型迷彩のスニーキングスーツを着用し、隠密性を高めている。

 

 建物の陰から道路を伺っていると、鉄血の戦術人形が数人巡回しているのが見えた。

 いずれもサブマシンガンを持った人形だ、彼女らは足早にその場を去っていきスネークの視界から消えていった…その後も何度か鉄血の巡回兵を見つけたが、特に見つかることもなく順調に工場地帯の奥地へと入って行く。

 

 だがスネークはそれに違和感を感じ、巡回兵の動きをよく観察する。

 

 処刑人はスネークがスコーピオンを助けに来ることを予想している、そのために餌としてスコーピオンを捕らえているのだ。

 来ると分かっているのならもっと警備の人数を増やすのが普通の考えだろう。

 

「オセロット、敵の巡回が異常なまでに少ない。これは…」

 

『ああ、間違いなく罠だろうな。ボス、聞いてくれ…ワルサーの話しによると処刑人はアンタを捜していたそうだ。スコーピオンを助けに来ると分かっているなら、ただ待っているだけでいい、そう思ってるのかもな』

 

「だが何故だ、オレを殺したいならもっと別な方法があるだろう」

 

『分からないかボス? 奴はアンタしか見ていない、他の誰かにくれてやりたくはないんだろう。処刑人はアンタとの対決を望んでいるかもしれない、頑ななまでにな』

 

 

 処刑人とスネークが対決したのはあの日の一度きり。

 たった十数分の対決だけだ、それだけで処刑人はそのAI(精神)に多大な影響を受けた…あの日から一日たりとも忘れることがなく、任務も力が入らない狂おしいほどの感情、処刑人は伝説の男に一目ぼれしてしまったのだ。

 処刑人の心情をオセロットはとても理解できる、かつての自分がそうだったのだから。

 おそらく処刑人はスコーピオンを殺すことはしないだろうとオセロットは考えたが、それは口に出さなかった…殺されないからと言って、のんびり救助に向かうわけにもいかない。

 

 スネークもまた、これから向かう先が、処刑人の待ち構える処刑場(・・・)だと分かっていても足を止めることは無い。

 スコーピオンのためにも、みんなのためにも。

 かつて救えなかった二人の命、それを繰り返さないためにもスネークはガスと粉塵に覆われた製鉄場へと向かうのだ。

 

 

 製鉄場の内部は、外とうって変わり温度が40度を超える暑い空間だった。

 今も稼働する製鉄場では、第一世代と言われている人形が盲目的に作業に従事している。

 スネークの傍を通りがかってもまるで気付かないかのように、決められた作業を延々と繰り返すだけの存在。

 

 工場内部には敵の姿はない。

 オセロットの言うとおり、処刑人はただスネークが来るのを待っているのだろう…作業に従事する人形たちの動きを躱しながらスネークは工場の奥へと進む。

 

 やがてスネークは巨大な溶鉱炉のあるエリアへとたどり着いた。

 ごうごうと燃える炎と溶かされた金属により、そこは灼熱の空間と化しており外で感じていた寒さなどあっという間に忘れてしまうほどであった。

 金属が焼ける独特の匂いと黒煙はマスク越しにもスネークの鼻腔を刺激する。

 マスクがなければものの数時間で肺は爛れ死に至るほどの汚染された空間だ。

 

 そんなおぞましい空間に、彼女は拘束されていた。

 

「スコーピオン…!」

 

 配管に手錠をかけられた彼女はスネークの声に反応せず、力なく壁にもたれかかっている。

 すぐさまスネークは駆け寄り、煤で汚れたスコーピオンの頬に手を当てた…。

 

「スコーピオン、オレだ、スネークだ」

 

 スコーピオンの口をふさいでいた布をとり、彼女の肩をそっと揺する。

 肩を揺らすと、彼女は小さな呻き声を漏らし、右目をゆっくりと開く。

 

「ス…ネーク…」

 

「待たせたな、スコーピオン」

 

 目を見開いた後、スコーピオンのそのキラキラとした青い瞳に涙が滲む。

 力なくのばした彼女の手をそっととりスネークは優しく抱きしめる、スネークの胸の中で少女は嗚咽を漏らす…震える少女の背をそっと撫でると、それまで我慢してきた感情が溢れ彼女は声をあげて泣いた。

 

 

 パチ、パチ、パチ……。

 

 

 溶鉱炉の動作音に混じり、この場に似つかわしくない拍手の音が聞こえてきた。

 

 

 上階の手すりにひじをかけ手を叩くのは、処刑人そのひとだ。

 その赤い瞳を輝かせスネークを熱いまなざしで見つめている…いつも他人に見せる獰猛な笑みはなりを潜め、まるで恋い焦がれた相手に会った時のような、穏やかな笑みを浮かべている。

 

「待っていたぞ、スネーク!」

 



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処刑台への誘い 後編

 溶鉱炉のエリアには、先ほどまで気配すらも感じられなかった鉄血の人形たちが一斉に現われ、あらゆる角度からスネークを取り囲む。

 無数の銃口がスネーク一人につきつけられたが、処刑人が片手をあげると人形たちは銃を下ろした。

 

「会いたかったぜスネーク」

 

 上階の手すりから飛び降り、処刑人はスネークの前に着地する。

 灼熱の空気の中で彼女は一切汗をかくこともなく、青白い肌にはこの煤だらけの空間においても一切の汚れがない…青白い頬を若干赤く染め、目を細めて目の前のスネークをまじまじと見つめる。

 

「あの日からお前と再び会う日を願い続けてきた。スネーク、こんな気持ちは初めてだ…戦闘前の高揚感とも、勝利を手にしたときの充足感とも違うこのおかしな感情を確かめたかった」

 

 己の胸に手を当てて困惑して見せる処刑人、普段の彼女を知るものからはとても想像もできない姿だろう。

 うつむきながら微笑むその姿はまるで乙女そのもの、愛らしい表情で想いを打ち明ける処刑人であったがスネークは心を一切惑わせずじっと銃を向けたままだった。

 

「周りくどい方法だったかな? 直接会いに行ければ良かったんだが、ちょっとな…誤解しないでくれよ、面倒なやり方が好きなわけじゃない、むしろオレは積極的に動く方が好きだ。なあスネーク、オレはどうしちまったんだ? 自分でも戸惑ってるんだ、教えてくれよスネーク。オレはお前に何を期待しているんだ?」

 

「オレはこの場にスコーピオンを助けに来ただけだ、お前が何を思おうとこれっぽっちも興味はない」

 

「どうしてそんなことを言う、今はオレだけを見てくれよ…お前が来てくれた時何をしようかずっと考えてた、ただ殺しあうのじゃつまらない。せっかくのめぐり合わせなんだ、お互い最高の能力を発揮して命のやり取りをしたい。そう、それに邪魔者も必要ない…オレとお前二人だけ、二人で激しく熱い戦いをするのさ」

 

 徐々に狂気を帯びていく処刑人は得物の巨大な剣の腹を指先で撫でつつ、なおも熱い視線をスネークにぶつける。

 穏やかな笑みは徐々に彼女本来の獰猛な笑みへと変わっていき、それと呼応するかのように溶鉱炉の炎がマグマのように吹きあがる。

 

「あの時の感動をもう一度、勝敗なんてどうだっていい、最高の戦闘といこうじゃないかスネーク!」

 

 ホルスターから拳銃を抜いた処刑人に、スネークはすかさず引き金を引いた。

 素早い動きで銃弾を躱した処刑人は、床に亀裂が入るほどのすさまじ踏み込みで一気にスネークの懐へと飛び込むと、襟首を掴み後方に投げ飛ばす。

 床を転がり衝撃を殺したスネークに彼女は笑みを浮かべ、混銑車につながれていた鎖をその剣で両断する。

 支えを無くした混銑車は大きくぐらついて横転し、中から溶かされたばかりの高温の溶鉄が二人とスコーピオンの間を遮断する。

 

「これでオレとお前の舞台が出来上がった、心配するなよスネーク、部下には手を出させない」

 

「お前の望みはオレだけといったな、ならスコーピオンを解放しろ」

 

「んー? あいつを逃がしたらお前も逃げるだろ、そうはいかないぜスネーク。お前はここでオレと戦うんだ、どこにも行かせないし誰にも渡しはしないぜ!」

 

 この期に及んで処刑人は無邪気な笑顔を浮かべる。

 スネークのスコーピオンを一刻も早く救いたいという気持ちなどまるっきり無視し、ただひたすらに己の欲望のみを優先させる、処刑人の無邪気な表情をスネークは忌々しく睨みつける。

 

「行くぜスネーク!」

 

 処刑人がその拳銃を構えきる前にスネークは横に跳びく、放たれた銃弾が配管に命中し白い蒸気が勢いよく吹きだした。

 蒸気で見えない中をスネークは牽制射撃を行い、配管群の中に身を隠す。

 だが処刑人はスネークの移動を見破り、その剣で豪快に蒸気パイプを一薙ぎに破壊した。

 高温の蒸気は生身のスネークにとってとても危険なものだ、重度の火傷を負う前にその場を離れるスネーク……そんなスネークを逃すまいと、高温の蒸気をものともせず処刑人は壊れた配管を乗り越え追撃を仕掛ける。

 

 処刑人の剣は決して切れ味を備えたものではないが、その質量と処刑人がもつ身体能力によって一撃必殺の威力を備える。

 

「ほらほら、やり返して来いよスネーク!」

 

 銃撃と斬撃のコンビネーションで追い詰める処刑人の攻撃をスネークは回避するのみで、一切の反撃の余裕がない。成り行きを見守るスコーピオンも危うい場面に何度も悲鳴をあげそうになった。

 だが、スネークの目に焦りはない。

 彼は極めて冷静であった。

 

「こんなもんじゃねえだろ、本気でこい!」

 

 大振りとなった処刑人の一撃を躱し、スネークは一気に詰め寄った。

 咄嗟に構えようとした拳銃のスライド部を掴み、アサルトライフルのストックで彼女の額を殴って怯ませる。

 のけぞった処刑人に足をかけ、背中から床に叩き付ける。

 

「へっ、やっぱやるじゃねえ…あ?」

 

 そこまで強く叩きつけなかったために処刑人はすぐさま起き上がり銃を構えたが、握られていた拳銃はスライド部から上が無くなっており、マガジンも引き抜かれていた。

 動揺する彼女の目の前で、スネークは彼女の拳銃から抜き取ったマガジンと瞬時に分解した拳銃の部品を溶鉱炉に放り投げる。

 

「やっぱ普通の人間じゃないなお前、そうだよ…それでこそお前だよな、面白くなってきたぜ!」

 

 もう使い物にならない拳銃を投げ捨て、処刑人は剣を肩に担ぎスネークめがけ走りだした。

 先ほどのスネークの攻撃を警戒してか大振りの一撃はやめ、素早い太刀筋で翻弄する…苦しい表情のスネークとは対照に、処刑人は心底この戦闘を楽しんでいるかのように笑っている。

 処刑人の素早い斬撃に、やがてスネークは溶鉄の溜まりにまで追い詰められる。

 これ以上後退すれば、溶鉄に身を焼き尽くされることを意味する。

 

「後がないぜスネーク、どうするよ?」

 

「勝利を前にして慢心か処刑人、早くかかってこい」

 

 スネークの銃撃を剣で防ぎ、強引に突撃しながら斬りあげる…咄嗟にアサルトライフルを盾に斬撃を防御したが、代わりにアサルトライフルは真っ二つに両断される。

 勝ち誇った表情の処刑人…しかし、銃を犠牲に接近してきたスネークに彼女は目を見開いて驚いた。

 剣を斬りあげがら空きとなった腹部に膝蹴りをいれ、前かがみになった処刑人の背後に回り込んだスネークは彼女の剣を持つ腕を掴んで転倒させ、その腕をへし折った。

 

 

「勝負ありだな、処刑人」

 

 

 もう片方の腕の関節を決め、処刑人を床に組み伏せスネークはそう彼女の耳に届くよう言った。

 

 腕を折られ苦悶の表情を浮かべる処刑人は拘束から逃れようともがくが、首筋にナイフを当てられてその動きをピタリと止める。

 

「勝負ありだ、生殺与奪の権利はオレにある。お前の負けだ」

 

「ま、まだ終わっちゃいねえ…!」

 

 力任せに拘束を振りほどこうとした処刑人の首をナイフで切り裂こうとしたその時だ…。

 

 突如工場内で爆発が起き、振動と衝撃でスネークはのけぞり処刑人を仕留めそこなう。

 咄嗟に拘束から逃れ、処刑人は血のような赤い液体を流す首の傷をおさえる。

 

「何があった!」

 

 スネークから目を離さずに、処刑人は苛立たしげに叫ぶ。

 立て続けに起こる爆発がスネークたちのいる製鉄場をも揺らす、考えられるのはこの工場が何者かの攻撃を受けていることだ。

 爆発の衝撃で吹き飛ばされていた人形がすぐさま処刑人のそばに駆け寄ると叫ぶようにして報告する。

 

 

「グリフィンの攻撃部隊です!」

 

「なんだと!? 警備はどうした、スネークが現れたら通常時に戻せといっただろうが!」

 

「いえ、その…命令伝達に問題があって、末端まで伝わらず…!」

 

 激高する処刑人は報告をする人形の首を掴み、怒りのままに溶鉱炉に叩き落す。

 スネークから受けたダメージが大きいのかそこで膝をつき、苦しそうな呼吸をしながらスネークを見据える。

 

「肝心なとこで邪魔が入りやがる、使えない人形どもめ……戦いはまだ終わっていない、来いよスネーク…!」

 

 へし折れた腕を力なくぶら下げ、折れていない手に剣を持つ。

 剣を引きずるようにして近付いていくる処刑人…スネークは構えていた拳銃を下ろし、彼女に背を向けた。

 

「お、おい…どこ行くんだ、まだ終わってないぞ…!」

 

 処刑人の言葉に何も返さず、スネークは崩れた鉄骨の上を渡りスコーピオンのもとへと歩み寄る。

 彼女を拘束する手錠を壊し、自力で歩けないほど衰弱したスコーピオンを背負うと、その場を立ち去っていく。

 

「待てよスネーク! オレがどんなにこの日を夢見てたと思ってるんだ、オレはお前と会うために…! オレを見てくれよスネーク、折角会えたのに…!」

 

 処刑人は悲痛な声でスネークを呼び留めようとしたが、彼は一切振り返ることなくその場を立ち去っていく…その後を今にも泣きそうな表情で追いかけるが、崩れる工場の残骸が二人の間を阻む。

 

「スネーク…! そうかよ、オレを見てくれないって言うのなら……お前を殺して永遠にオレのモノにしてやる、誰にも渡すもんか。アンタはオレのもんだ、絶対に逃がすもんか…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 製鉄場を出たスネーク、彼が目にしたのは工場地帯のあちこちで火の手があがっている光景だった。

 あちこちで銃声と爆発音が鳴り響いている…。

 

『スネーク、スコーピオンは無事か!?』

 

「ああ、勿論だカズ」

 

『よくやったスネーク! グリフィンの援護部隊が鉄血と戦闘している、敵の目をひきつけているうちに回収地点へ向かうんだ!』

 

「了解! スコーピオン、もう少しの辛抱だ!」

 

 回収地点までの道をスネークは一気に走り抜けていく。

 潜入した時よりも明らかに多い鉄血の人形たち、しかしそれらはグリフィンの救援部隊が相手をしていた。

 流れ弾に当たらないよう注意しながら、それと背負うスコーピオンになるべく負担をかけてしまわないようスネークは回収地点を目指し走った…回収地点に近付くと、スネークの姿を見たヘリがすぐそばに着陸する。

 

「ボス、ご無事で何よりです!」

 

「エイハヴ、スコーピオンを頼む!」

 

 ヘリ内のエイハヴにスコーピオンを託す。

 メディックとしての能力はエイハヴの方が上だ、負傷しているスコーピオンの治療のために準備をするエイハヴに後は任せるべきだろう。

 

「ボス、これよりグリフィン救援部隊の回収に向かいます」

 

 パイロットはヘリを上昇させ、工場地帯の方へと飛行していく。

 

 今回の救出作戦の前にグリフィンのヘリアントスと話しあい、利害の一致から救援部隊の力を借りる取り決めがあった。グリフィン側は敵地の奥へと潜入させて救援する代わりに、回収はこちらが引き受ける約束だったのだ。

 工場地帯のすぐそばの簡易飛行場には既にグリフィンの救援部隊が待機していた。

 着陸したヘリのドアを開け、スネークは彼女たちを迎え入れる。

 

「ありがとうございます、任務は成功ですか?」

 

「ああ、君らのおかげだ。君がヘリアントスの言っていたM4か?」

 

「はい、すみませんが基地までよろしくお願いします」

 

 丁寧にお辞儀するM4にスネークは一度頷き、スコーピオンが寝かされるベッドの傍に腰掛ける。

 

 いまだ鉄血の追撃が激しく、これ以上の長居は危険を伴う。

 全員を乗せ終えたヘリはすぐさま上昇し、工場を離れていく。

 工場で一際大きな爆発が起こったのはそのすぐ後の事であった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――全員、集めろ。他のエリアの管轄だろうが知ったこっちゃねえ、集められるだけ集めろ。装甲ユニットも全部だ、いいか全面戦争だ」

 

「了解、処刑人……それと、代理人より通信が入っております」

 

 その報告に、処刑人は小さく舌打ちし通信用のモニターを起動させる。

 モニターに映し出された代理人は、その冷たい目で処刑人を見つめる…その眼には失望の色が見て取れる。

 

『あなた何をやっていますの?』

 

 失望感は彼女の声にも表れていた。

 一言で彼女がこれから言う内容を理解した処刑人は眉間にしわを寄せ、苛立ちを隠しようともしなかった。

 

『どこぞの人形を捕まえて時間を浪費、大事な工場を破壊され、M4は取り逃がす……今からでも名誉を挽回しなさい、M4を捕まえなさい』

 

「うるせぇ、M4もあんたの命令もどうでもいい」

 

『なんですって…』

 

「どうでもいいって言ったんだよ、オレはオレ自身のために戦う。シャットダウンしようとしたって無駄だぜ、もうオレは、あんたらの管理下に無いみたいだからな」

 

 

『……後悔しますわよ?』

 

 

「自分の気持ちを偽る方が後悔するだろ」

 

 

 

 



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迫りくる脅威

 MSF諜報班の分隊は山岳地から見下ろす先の光景に言葉を失っていた。

 山から見下ろすことのできる鉄血支配下の基地には、数えきれないほどの鉄血兵たちが集結している。

 いまだ増え続ける鉄血兵はもはや大隊規模をゆうに超え、数千もの巨大な軍団を形成しつつある…機械型から人形型、さらに多くの火砲までも集め大規模な戦闘計画を立てていることが伺える。

 部隊が集まった傍から鉄血はMSFの前哨基地の方角めがけ進軍する。

 鉄血の殺戮部隊が、一匹の長い黒蛇のように進んでいく。

 

 

 

 

 

「諜報班からの報告だ、敵はこの基地の数十キロ先の山岳地帯から進軍してきている。規模はおおよその目測で二千、MSFの全戦闘員を合わせた数の数倍の規模だ。砲撃部隊、装甲部隊もおまけでついてきている…ボス、えらい奴に目をつけられたな」

 

 呆れたように言うオセロットだが、事態はとても緊迫している。

 先日処刑人の拠点からスコーピオンを救出できたのも束の間、鉄血の動向を探っていた諜報班からは前哨基地を目指し進撃する鉄血の部隊を発見したとの報告だった。

 真正面からぶつかれば数に押しつぶされるほどの圧倒的な差だった。

 

 率いるはスネークに辛酸を舐めさせられた処刑人。

 

 諜報班のこの報告はグリフィン側にも提供したが、グリフィンの上級代行官ヘリアントスは処刑人が集めた大規模な部隊に驚きを隠せないでいた。

 処刑人は鉄血内のハイエンドモデルの中では、決して序列の高い位置にいるわけではない。

 本来ならば任される部隊の規模はもっと小規模のはずで、これだけの部隊を集めて運用できる権限がないはずなのだ。

 より上位のハイエンドモデルより権限を譲渡されたのではと想像したヘリアントスだが、それもあり得ないと否定する。

 鉄血が優先的に狙うのはグリフィンだ、MSFの存在も鉄血にとっては脅威かもしれないがこれだけの規模で攻撃を仕掛けるのは戦略的にほとんど無意味と言ってもいい。

 

 処刑人の狙いを読めずにいるヘリアントスだが、MSFのメンバーは誰もが口に出さずとも、スネークとの対決を望んでいることを知っていた。

 

 

「奴らの砲撃部隊は先遣部隊の後方で砲撃陣地を設営しつつある、前哨基地を射程に収める位置にだ。それからこれを見てくれ、諜報班が撮った写真だ」

 

 オセロットは諜報班が撮った写真を何枚かスネークに渡す。

 

 それまでスネークが戦ってきた鉄血の人形の他、装甲人形と言われる鉄血の兵器が写されている。

 べつな写真にはマンティコアという名の大型兵器がおさめられている、他の写真にも目を通すスネークは一枚の写真に注目する。

 

「連中、工場で生産された戦術人形を片っ端から出撃させてるらしい。生体パーツをつけずに生産を短縮させて数をそろえている」

 

 写真に写る戦術人形は剥き出しの骨格にコードが取り付けられた骸骨のような姿であった。

 処刑人が短時間であれだけの規模の部隊を集めたのには、こういった理由もあるのだろう…生体パーツも無駄な部品ではないが、多少のスペックダウンを織り込み済みでかき集めたのかもしれない。

 

「ボス、処刑人はどうあってもお前を倒したいようだ。アンタには二つの選択肢がある、受けて立つか退却するかだ」

 

「処刑人との戦闘を受ければオレたちは大きな損害を出すだろう、だがここで退却しようにもオレたちはこの前哨基地に多くの兵器・人材・資源を運んできた。すべてをマザーベースに持ち帰る猶予はない」

 

「その通りだボス。処刑人から逃げることは、MSFがこの世界で築き上げたものすべてを失うことと同じだ。これだけ荒廃した世界でMSFは順調に拡大していったが、一度勢いが止まれば後は沈むだけだ」

 

 スネークがこの世界に来てから今まで、色々なことがあったがMSFと共に順調に活動してきたが、今回の処刑人との戦いはどう転んでもターニングポイントとなる。

 戦わず退却を選べばMSFは衰退し、勝っても損害によっては再起不能なほどの事態となる。

 

「どうするんだボス、アンタがどの選択肢を選ぼうとも、MSFのメンバーはアンタに従うだろう、どんな結末になろうともな」

 

 オセロットの言うように、どっちの選択肢を選んでも過酷な結末が待っているのかもしれない。

 彼の問いかけにスネークは窓の外を眺めながら頭を悩ませる、そんなスネークの姿をオセロットは静かに見つめていた。

 

 窓の外ではMSFのスタッフたちがあわただしく動き回っている。

 マザーベースから駆けつけたカズの指揮のもとあらゆる準備をしているようだが、迎え撃つか退却するかでその行動も大きく変わってくる。

 スネークが彼らのためにするべきことは一刻も早く決断をすることだった。

 

「オセロット、オレは戦場の中で生きる人間だ。あいつらはそんなオレを慕って、今日ここまでついて来てくれた。オレたちが目指すところは天国の外側(アウターヘヴン)だ、どこへ逃げようとも安息の場所などない。オレたちは戦士だ、戦わずに滅びるつもりはない。どんな敵が相手になろうとも受けて立つ」

 

「…その言葉が聞きたかった、BIGBOSS」

 

 ニヤリと笑みを浮かべるオセロットは、まるでスネークが最初からその道を選ぶことを知っているようであった。

 

「処刑人はアンタに夢中らしいが、奴はアンタを理解していない。奴がアンタを知っているのはその表面だけだ、何も理解しちゃいない。あの思春期の小娘に教えてやれ、BIGBOSSのなんたるかを、その伝説の重みをな。ボス、オレはここであんたと心中するつもりはない、やるからには勝つぞ……VIC BOSS(勝利のボス)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ!? 迎えのヘリは無し!? 嘘だろ!?」

 

「嘘じゃありません。ヘリアンさんから、鉄血の対空砲火が激しく迎えのヘリが出せないとの連絡が入りました。ここでMSFと共闘するしかありません」

 

「マジかよ…」

 

 基地からの事実上の撤退不可の報告に、グリフィン救援部隊の一人AK-47は頭を抱えてその場にしゃがみこむ。

 

「そう? 鉄血の大部隊が来るんですよね、いいじゃない…大勢殺せるんだから」

 

 怪しい笑みを浮かべるイングラムはとても好戦的だ。

 AK-47もいつも弱気なわけではないが、報告で聞いた鉄血の大部隊の事を聞いてからは気持ちが沈んでしまっている。

 そんな二人を困ったように見つめながらも、M4は周囲で忙しく動くMSFのスタッフたちが決して諦めていないことに気付いていた。

 

 

「みんな逞しいよね、こんな状況なのに絶望してないんだから」

 

「スコーピオン、怪我はもう大丈夫なの?」

 

 頭と両手に包帯を巻いた姿のスコーピオンは両手をひらひらさせて元気な姿をアピールする。

 

「うん平気平気、すぐにでも戦えるよ。M4たちには迷惑かけちゃったね、ごめんね。大事な任務があったんだよね?」

 

「大丈夫よ、ただ小隊のみんなと今ははぐれちゃってるから心細いけど…スコーピオンがちょっと羨ましい、みんなあなたを心配して助けに来てくれたんだもの」

 

「うん、みんなには頭があがらないな…」

 

 スコーピオンは、こんな事態になってしまったことに責任を感じているのか少し不安な表情で彼らを見つめた。

 

「コラ! そんな顔してると可愛い顔が台無しだぞ!」

 

「わわ! キッド!?」

 

 思い悩むスコーピオンを背後から忍び寄り、キッドは小柄なスコーピオンを持ち上げて肩車する。

 慌てふためくスコーピオンだがキッドにがっしりと抑え込まれてしまい降りられない。

 

「約束しただろ落ち込むな、気持ち切り替えて行こうぜ。さもないといつまでもこうしてるぞ?」

 

「キッド、そこらにしておけ」

 

「エイハヴ、せっかくスコーピオンの太ももを堪能してたのにそりゃないぜ!」

 

「この変態ッ!」

 

「いてッ!」

 

 キッドの脳天に肘鉄をかまし強引にスコーピオンは脱出した。

 荒療治だがとりあえずスコーピオンの気持ちは持ち直したようだ。

 

「エイハヴ、キッドもその格好は…?」

 

 二人は戦闘服に身を包み完全武装した姿であった。

 

「オレとエイハヴは別動隊を率いて奴らの砲兵陣地を潰しに行くんだ。ちょっとのお別れだな」

 

「そっか…気を付けてね」

 

「もちろんさ、代わりにボスとみんなを頼んだぜ。あまり変なこと言うと死んじまいそうだからここらで止しとくよ。行こうぜエイハヴ、敵さんは待ってちゃくれない」

 

「ああ、ボスを頼んだぞスコーピオン」

 

 エイハヴ、そしてキッドの部隊はそれから間もなく鉄血の砲兵陣地破壊のために出撃する。

 敵陣を突破し後方の砲兵陣地を潰すとても困難な任務だ、この困難な任務を遂行させるのにエイハヴとキッドほど相応しい人物はいない。

 精鋭部隊の出撃を他のスタッフと一緒に見送ったスコーピオンと戦術人形たちも、それぞれ準備を始める。

 

 

 決戦の時は近い―――。



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灼熱の戦場

 奴らの攻撃は夜明けと共に、耳をつんざく様な砲撃音と共に始まった。

 山の向こうに設営された鉄血の砲撃陣地から放たれる砲弾の数は凄まじく、前哨基地及びその周辺に容赦なく砲弾の雨を降らせる。

 砲弾の炸裂で基地を取り囲むフェンスや見張り台は木端微塵に吹き飛ばされ、整備された滑走路を破壊し砂塵を巻き上げる。

 この凄まじい砲撃に対しMSFの砲撃部隊も応戦するが、鉄血が用意した火砲に比べ彼らが持つそれはあまりにもちっぽけなもの。

 果たして効果があるのかはその場では分からなかったが、諜報班が手に入れた情報に基づき砲兵隊は鉄血砲撃陣地に向けて反撃をする。

 

 まるで第一次世界大戦の頃に戻ったかのように、MSFの戦闘員たちは深く掘られた塹壕の中でこの砲撃をやり過ごすしかなかった。

 この世界に来て一生懸命築き上げた前哨基地、その基地が破壊されていく様を彼らは苦々しく見つめる……。

 いつ止むのか分からないほどの執拗な砲撃は、兵士たちを苦しめていく。

 

 ふと、砲撃音が鳴りやんだと思うと、各戦闘員の無線機に前哨基地司令部で指揮をとるカズの通信が入る。

 

 鉄血の歩兵部隊がついに動き始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 前哨基地より数キロ地点の森林、そこでMSFは鉄血の部隊を迎え撃つ。

 土嚢や丸太を積みあげて造られた簡易な機関銃陣地を数箇所設け、敵の装甲ユニットに対峙するために地雷を埋設し戦車も配置した。

 戦車隊を率いるは元ソ連軍機甲部隊のドラグンスキー、独ソ戦を経験したこともある歴戦の戦士だ。

 

 砲撃が止んで鉄血の歩兵部隊が動きだしたのだろう、森を進む奴らの足音が彼らのもとにまで聞こえてくる。

 

 遮蔽物に身を隠しながら、スコーピオンとスプリングフィールドは固唾を飲んで敵が姿を現すのを待ち構える。

 

 木々を押し倒しながら突き進む鉄血、奴らが森の奥から姿を見せたのは四脚の脚で大地を踏みしめ木々をなぎ倒しながら進む巨大な兵器。

 

「マンティコアだ!」

 

 スコーピオンが思わず叫ぶ。

 人間を押しつぶしてしまうほどの巨大な兵器が木々をへし折り大地を踏み鳴らす姿は兵士たちに少なからず恐怖心を与えたが、MSFはこれまでにもマンティコア以上の恐ろしい兵器に対峙したことがあり、動揺を誘うには物足りない。

 だが問題なのは、そのマンティコアが次から次へと森の奥から姿を現してきたことだ。

 さらに最悪なのはマンティコアの隙間を埋めるように装甲人形が盾を構え進んできていることだ。

 

「まるでバルバロッサを見ているようだ」

 

 戦車長のドラグンスキーは引き攣った笑みを浮かべつつそう呟いた。

 かつてのドイツがそうしたように、マンティコアを筆頭に装甲ユニットがこの防御陣地を食い破り後方に続く鉄血兵が浸透してくるのだろう。

 

「かかってきやがれ鉄血共め! 大戦を生き残ったロシア人の恐ろしさを見せてやる!」

 

 砲口を迫るマンティコアに向け、砲弾を装填する。

 通信を通して他の戦車にも指示を出し、照準を定めさせる。後は彼の指示を待つだけだ。

 

「撃てッ!」

 

 ドラグンスキーの声と共に、偽装網で迷彩されていたT-72戦車の125 mm滑腔砲が一斉に火を吹いた。

 砲弾は最前列を進むマンティコアの中心部に命中し、その巨体を真っ二つに引き裂いて吹き飛ばす。

 それと同時に機関銃陣地の迎撃部隊も呼応し、装填された徹甲弾の雨を装甲ユニットめがけばら撒く。

 対装甲ユニットのため用意された徹甲弾は、奴らの強固な装甲を撃ち抜いて粉砕し、撃ち抜けない装甲ユニットはより大口径のM2重機関銃の射撃により細切れにされていく。

 

「各自砲撃開始!」

 

 反撃を開始した鉄血を各個撃破するよう指示をだすドラグンスキー。

 マンティコアの分厚い装甲は徹甲弾でも撃ち抜けない場合もあるどころか、その巨躯に見合わない機動力を見せるマンティコアは度々戦車の砲撃を回避する。

 マンティコアの強力な射撃がドラグンスキーの戦車に命中したが、斜めより当たったその攻撃を彼のT-72は見事弾く。

 

「ソ連戦車を舐めるんじゃねえ、祖国を勝利に導いたT-34戦車の末裔だ! 貧弱な攻撃が通用するもんか!」

 

 仕返しに撃ち返した砲撃は、マンティコアの素早い回避行動で躱されたが、その後方を進んでいた鉄血兵の部隊を丸ごと吹き飛ばす。

 思わぬ戦果ににやけるドラグンスキーだが悠長にはしていられない。

 側面から新手のマンティコアが出現し、戦車の一台が側面に手痛い被弾を受けた。

 車体と砲塔の向きを変える戦車だがマンティコアの機動力はそれを遥かに上回る、マンティコアの巨大な砲塔が狙いを定め撃破されると思った時だった。

 マンティコアの側面を放たれた弾頭が直撃、爆発を起こしたマンティコアはその場に崩れ落ちて活動を停止する。

 

「ドラグンスキー、両側面から装甲ユニットが接近している! 注意するんだ!」

 

「ボス! 了解だ、各員両側面に注意しろ! 回り込まれるなよ!」

 

 対戦車兵器RPG-7を手に、スネークはまたもマンティコアを撃破して見せた。

 徹甲弾よりも在庫のあるRPG-7の弾頭を惜しみなく装填し、鉄血の装甲ユニットを迎え撃つ、スネークの鬼気迫る戦いぶりに敵は狼狽え味方は士気が上がる。

 

「ボスに続け、敵を倒すんだ!」

 

 スネークの勇姿に戦闘員たちは鼓舞され、圧倒的兵力差にも動じず引き金を引き続ける。

 戦車の砲撃は躱せても、個人携行用の対戦車兵器は機動性のあるマンティコアでも回避するのは容易ではなく、死角から弱点を狙うMSF戦闘員の手によって次々に破壊されていく。

 そのあまりの損害に動じたのか、装甲ユニットは徐々に後退していくかに見えた。

 

 次の瞬間、機関銃陣地の一つに鉄血側より放たれた砲弾が炸裂する。

 陣地に置かれていた弾薬に引火し大きな爆発を起こし、その機関銃陣地は跡形もなく吹き飛ぶと、立て続けに敵側からの砲撃が部隊の頭上にぶり注ぐ。

 たまらず戦車は後退しスネークたちも陣地を離れる。

 

 だが先ほど砲弾がさく裂した機関銃陣地に取り残された兵士を見つけたスプリングフィールドは、降り注ぐ砲弾と銃撃の中を颯爽と駆け抜けて助けに向かう。

 戦闘員の両足は倒れた木の下敷きになっており、スプリングフィールドはその木をなんとかどけることができたが、負傷により彼は歩くことができなかった。

 

「オレに構うな、退却しろ!」

 

「見捨てられません! 一緒に行きましょう!」

 

 服の裾を破り足の傷に巻いて止血し、彼に肩を貸す。

 

「スプリングフィールドを援護しろ!」

 

 無防備なスプリングフィールドのためにスネークたちは敵に向けて援護射撃を行うが、再び勢いを取り戻した装甲ユニットが銃撃をはじき、その後方から歩兵部隊が強襲を仕掛けてきた。

 鉄血の狙撃兵が密かに死角に回り込み、その照準をスプリングフィールドに向け、引き金を引いた…。

 

「あッ…!?」

 

 銃弾は彼女の足を撃ち抜き、スプリングフィールドが兵士共々その場に倒れ込む。

 

「オレのためにお前まで死ぬ必要はない、行くんだ…!」

 

「欠けていい命なんて、ありません…生きるのです!」

 

「バカ野郎…!」

 

 撃たれた足に喝を入れ、再び立ち上がるスプリングフィールド。

 再び狙いを定めていた狙撃兵を仕留め、スネークは遮蔽物を乗り越えて二人のもとへ駆け寄ると、彼女は負傷した兵士をスネークに預ける。

 託された負傷兵を直ぐに味方のもとへ渡し、彼女も助けようと振り返った時、先ほどまでそこに立っていた彼女の姿がない。

 

 スネークは咄嗟に彼女がいた場所に走る。

 

 そこでスプリングフィールドは腹部から血を流し倒れ込んでいた…。

 

「スプリングフィールド、しっかりしろ!」

 

「へ、平気です…私は人形ですから、この程度では…」

 

 気丈な言葉とは裏腹に、声に活力がなく痛みに表情を歪めるスプリングフィールド。

 負傷した彼女を抱きかかえスネークは走りだす…砲弾で抉られた穴の中に滑り込むと、すぐに味方がスモークグレネードを投擲し敵の視界を断つ。

 それでも闇雲に撃ってくる鉄血の銃撃は凄まじく、うかつに身を動かすことができない。

 

「スネーク!早くこっちへ!」

 

 遮蔽物から身を乗り出して手を伸ばすスコーピオン、彼女は今にも二人のもとへ駆け寄ろうとするがスネークの制止の指示によってなんとかその場に踏みとどまっている。

 意を決し、スネークはスプリングフィールドを抱きかかえ走る。

 

 二十メートル…仲間やスコーピオンが必死で呼びかけている。

 

 あと十メートル、もう少しだ、頑張れ…弱々しい呼吸のスプリングフィールドにスネークは呼びかけた…。

 

 もう少しだ、スコーピオンがスネークにその手を精いっぱい手を伸ばした時……二人の間に砲弾がさく裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵さんうようよ居やがる、好き放題撃ちまくりやがって」

 

 山中に設けられた鉄血の砲撃陣地にまで潜入したキッドとエイハヴの部隊は、攻撃の機会を伺っていた。

 強力な火砲が何十台も設置され、今なお仲間たちの頭上に砲弾の雨を降らせていると思うと、今すぐにでも攻撃を仕掛けてやりたいという気持ちに駆られるが、エイハヴとキッドは冷静に様子を伺っていた。

 

「敵はこちらの倍はいる、強引に撃破出来なくもないところだが…どうするエイハヴ?」

 

「オレが反対側に回り込んで陽動する、お前たちはその隙をついて敵を殲滅するんだ」

 

「了解だ、エイハヴ…死ぬなよ」

 

 親指をあげて応えたエイハヴは一人、砲撃陣地の反対方向へと回り込む。

 双眼鏡でエイハヴの動向を確認しつつ、物陰から敵の動きをエイハヴに伝えてサポートする…エイハヴは敵の目を避けつつ、砲弾の入った箱に爆薬をセットしていき、いくつかの火砲にも同じように爆薬を設置した。

 相変わらず見事な隠密行動だ、さすがボスが一目置く男だと改めてキッドは思う。

 

 位置についたエイハヴはキッドを見て頷くと、仕掛けた爆薬を起爆させた…。

 

 仕掛けられた爆薬は一斉に炸裂し、積まれた砲弾にも誘発して大爆発を起こす。

 爆発は連鎖していくつかの火砲を木端微塵に吹き飛ばし、多くの鉄血兵が爆発に巻き込まれた。

 

「行くぞ諸君、奴らをぶちのめす!」

 

「ボスのために、国境なき軍隊(MSF)のために、家族のために! 勝つぞ(ベンセレーモス)!!」

 

 爆発を合図に一斉に攻撃を仕掛けるキッドたち。

 爆発の中を逃げまどう鉄血兵を一網打尽にしつつ、爆発に巻き込まれなかった火砲に爆弾を放り投げ破壊していく。

 森の奥から敵の増援が姿を現すが、勢いに乗ったエイハヴたちは止められない。

 

 最後の火砲を破壊した時、部隊は煙幕をはりすぐにその場を退却する。

 作戦は成功、鉄血の砲撃部隊はMSFの精鋭たちの手によって壊滅した…砲撃陣地を潰し次第彼らは迎撃部隊と合流する計画だった。

 

 

「やったなエイハヴ、ボスへのいい援護になったろうさ!」

 

「ああ、そうだな…」

 

「どうした、なにか不安でもあるのか?」

 

「いや…何か嫌な予感がする、すぐに部隊に合流するぞ!」

 

 

 



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鋼鉄の守護神

「ぅ……んん…」

 

 周囲を飛び交う騒がしい声にスプリングフィールドは目を覚ます。

 起き上がろうとした彼女であったが、ひどい頭痛と腹部の痛みで思うように動くことができなかった。

 だんだんと意識がはっきりしてきた彼女は周囲を見回し、負傷兵を集めた野戦病院の中に横たえられていることに気付く。

 腹部と足の傷は包帯を巻かれて処置をされており、ゆっくりと身体を動かしてみる…痛みが残っているが人形として我慢できないほどではない、そう思い彼女はゆっくりと起き上がる。

 

「まだ起き上がるんじゃない」

 

 後ろからかけられた聞き覚えのある声に、彼女は咄嗟に振り返る。

 声をかけてきたのは彼女の想像通りスネークだった……しかしその姿を見たスプリングフィールドは言葉を失った。

 元はオリーブ色だった戦闘服は血でどす黒く染まり、処置された白い包帯も真っ赤に染まっている。

 血で汚れていない場所などないくらい、他人と己の血が混ざりあったスネークの身体…そしてあの砲撃で負傷したのであろう、左腕は上手く力が入らないのか動きがぎこちない。

 

 スネークのあまりの痛々しい姿に彼女は口元を覆い目を伏せた、そんな彼女の前にしゃがみこみ、スネークはそっと彼女の肩に手を置いた。

 

「ここは前哨基地の後方だ、今のところは安全だ…だが、いつここも戦闘に巻き込まれるか分からん。マザーベースから負傷兵を回収するヘリが来る、君もそれに…」

「まだ戦えます! これくらいの傷はどうってことありません…!」

 

 彼女はベッドの上から起き上がり、スネークの前に立ってみせる。

 痛みはまだある、傷も決して浅くはないがそれは人間から見た場合だ、戦術人形の自分はまだ動けると彼女は主張した。

 だが、スネークは首を横に振ると、そっとベッドの脇に立てかけていた彼女のライフルを手に取る。

 銃身がひしゃげ、根元から銃床がへし折れている己のライフルを見て彼女は絶句する。

 

「この銃が壊れた時、君が気を失っていたのは幸いだった…スプリングフィールド、君はよく頑張った。後はオレたちに任せろ」

 

 差し出されたライフルを、震える手で受け取ったスプリングフィールドは、それを抱きしめる。

 戦術人形にとって銃はもう一つの自分と言ってもいい特別な存在、砲撃で銃が破壊された時気を失っていたために、銃が受けた破壊の影響が軽微だった。

 その場にへたり込む彼女に背を向け、立ち去ろうとしたがスネークの手を彼女は握る。

 

「ご武運を、スネークさん…」

 

 再び戦場に向かうスネークに、スプリングフィールドは頭に浮かぶ謝罪の言葉は口にしない。

 それを言えばスネークに甘えていることになる、自分はここまでが限界…受け入れざるを得ない事実をしっかりと受け止め、彼女はスネークの姿を見送る。

 そして彼の無事を静かに祈るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハハハ、グリフィンのマヌケ人形が退きやがれ!」

 

 基地の傍にまで迫る鉄血の大部隊。

 すでに部隊の一部は基地の中にまで侵入し、激しい戦いを繰り広げている。

 

 この鉄血の大部隊を率いる処刑人自らが先陣を切り、応戦するグリフィン救援部隊に容赦なく襲い掛かる。

 銃弾が飛び交う戦場の中で、心底楽しそうに笑う処刑人は素早い動きで戦術人形たちを翻弄し、彼女たちのダミー人形を次々に破壊していく。

 だが処刑人一人に構っていれば他の鉄血兵が迂回し包囲しようと回り込む、それらにも注意しなければならない状況に彼女たちは追い込まれていた。

 

 救援部隊はこうなるであろうことは予想していたが、ここまで大規模な部隊と真正面からぶつかり合うことは想像以上であるしこれまでの経験にもない。

 これだけの戦力がぶつかり合うこと自体、これまでのグリフィンと鉄血の紛争の中で起きることがなかったのだ。

 第三次大戦の再来だ、誰かが言ったその言葉を彼女たちは否定しなかった…。

 

 

「なんだよアイツ、化け物かよ…!」

 

 

 遮蔽物もない場所で、銃撃を躱しながら撃ち返してくる処刑人にAK-47はおもわずそう叫ぶ。

 

 MSFの戦車部隊のおかげで装甲ユニットは基地の外で食い止められているが、奴らまで基地に雪崩れ込んで来たらひとたまりもない。

 先ほどヘリアントスから別な救援部隊を派遣したとの通信が入ったが、あちこちで起こっている戦闘のどこに駆けつけたのか分からない。

 彼女たちの右側ではMSFの戦闘員が雪崩れ込もうとする鉄血兵を必死で抑え込んでいる。

 MSFに義理があるわけではない彼女たちであるが、戦線の崩壊はひいては自分たちをも危機に陥れるために必死の応戦をする。

 

「このままではマズいですね、何か打開策を見出さないと…」

 

 AK-47の隣でリロードしつつ、イングラムがそう呟く。

 

 そんなことは誰もが分かっているが、この戦力差では作戦もくそもない。

 せめてもの救いは山の向こうで巨大な爆発が起きて、砲兵陣地が吹き飛んだくらいか…MSFの精鋭部隊が基地に戻ってきているという情報だが、それがいつになるのか分からない以上期待は出来ない。

 

『Ak-47、こちら9A91聞こえますか?』

 

「ああ聞こえてるぞチクショウ、何か作戦でもあるのか!?」

 

『いえ、ありません』

 

「ねえのかいッ!」

 

 思わず怒鳴ってしまったが、話しは最後まで聞こうと言うイングラムの忠告にAK-47は渋々彼女の通信に耳を傾ける。

 

『このまま戦闘を続けてもいずれ数に押しつぶされます。ここは奴らのボス、処刑人を倒すしかありません』

 

「んなもんさっきからやってる、あの野郎バカみたいに弾を避けやがるんだ!」

 

『分かってます、アイツは恐ろしい敵…だから、みんなの力を合わせるのです!』

 

「お、おぅ…9A91、お前そんなキャラだったっけか?」

 

 通信越しの彼女の声はとても凛々しく、いつもの姿を知っているとまるで別な戦術人形に思えてしまう。

 このままではらちが明かないと思っていたのはイングラムらも一緒だ、一か八かの賭けでも乗らない手はない。

 

「それで、具体的にはどうやるんだよ」

 

 AK-47が塹壕の中から頭を出して処刑人を忌々しく見つめた時、一台の装甲車が処刑人めがけ突っ込んでいったのをその眼で目撃した。

 猛スピードで突っ込んでいった装甲車に轢かれ数メートルは吹き飛んでいった処刑人、その唐突な出来事に唖然としていたAk-47であったがこの絶好のチャンスに咄嗟に塹壕から這い出て、吹き飛ばされた処刑人めがけ走る。

 

「どこのどいつか知らないがよくやった!」

 

 駆け寄った装甲車のハッチから顔を覗かせたのはスコーピオンだ。

 倒れる処刑人めがけ迷わず引き金を引くスコーピオン。

 その瞬間、倒れていた処刑人はむくりと起き上がると銃撃を剣ではじく。

 

「痛ぇなこの野郎、今のは効いたぞ!」

 

 額から血を流し、目をぎらつかせながら完全に起き上がった処刑人。

 そこへ他AK-47とイングラム、そして9A91も駆けつけ彼女を包囲した…。

 

「グリフィンのカス人形ども、お前らはもうお終いだよ。哀れだな、ここがテメェらの処刑場だよ」

 

「あんたに用意された処刑場の間違いでしょ!」

 

 引き金を引いたスコーピオンの銃撃を横っ飛びで躱し、一気に装甲車の上まで駆け上がる処刑人。

 まともに正面から組みあったのでは力で強引に組み伏せられることは前の戦闘で理解した、スコーピオンは処刑人の頭に頭突きし怯ませると、がら空きの腹部に銃口を密着させた。

 

「こざかしい真似しやがって!」

 

 処刑人はむしろ前にもつれ込むことによってスコーピオンごと装甲車から転がり落ち、スコーピオンを蹴り飛ばす。

 起き上がる処刑人はAK-47に向けて獰猛な笑みを浮かべ次の標的とする。

 彼女が銃を構えるよりも速く、処刑人は懐に潜り込むと彼女が首に巻いてある赤いバンダナを掴んで絞めつける。

 

「AK!」

 

 AK-47に被弾することを恐れ引き金を引くことに躊躇したイングラムをあざ笑い、イングラムに向けてAK-47を突き飛ばす。

 受け止めたイングラムに、処刑人は一気に駆け寄り二人ごと蹴り飛ばす。

 

「これが格の違いって奴だマヌケ」

 

 排除した二人から目をそらし、静かに闘志を燃やす一人の戦術人形へとその眼を向ける。

 

「お前が再びオレの前に立つとは思わなかった9A91、完璧にメンタルを破壊したと思ったんだがな…また泣きわめかせてやろうか、大好きな指揮官様はもういないぞ?」

 

「哀れですね…」

 

「あぁ?」

 

「わたしはあなたを憎んでいません、憎悪は心を蝕む毒…そうあの人に教わったから。わたしは指揮官のため、いえ…あの人のために尽くす。あなたがあの人を狙うというのなら相手をします、これは敵討ちではありません、あの人を守るための尊い行為」

 

「そうか、お前みたいな虫けらがスネークの傍にいるから…スネーク、オレはあいつが欲しい、オレだけを見ていてほしい。だからお前らみたいなのは邪魔なんだ、この世から消え失せろ、スネークの周りにいる奴はみんな殺してやる。そうすれば、スネークの目にはオレしか映らない…オレだけを見てくれるんだ…!」

 

「いいえ、あの人の傍にいるのはわたしです。あなたのような危険人物は寄せ付けません」

 

「テメェに言われたかねえな、とっとと死にな、あの世で指揮官様によろしく言っとけよマヌケ!」

 

 横薙ぎに振るった処刑人の斬撃をしゃがんで躱し、すぐさま銃を構えて引き金を引く。

 しかし処刑人の反応も早く、身をひるがえして躱すと装甲車の陰に身を隠しそのハンドガンで応戦する。

 銃の性能はアサルトライフルである9A91の方が上だ、逆に接近戦に持ち込まれた場合の脅威は処刑人の方が遥かに上。

 弾幕によって姿を晒せずたまらずに処刑人は陰に身を隠す。

 

「死にやがれ!」

 

 装甲車を乗り越え、頭上から襲い掛かる処刑人。

 だが終始神経を張り巡らせていた9A91は後方に跳んで処刑人の斬撃を避けると、銃のストックで処刑人のあごをかち上げ、その腹に回し蹴りを放ち突き放す。

 すかさず銃撃するが、処刑人は剣を盾に銃弾をはじいて見せた。

 

 

「へぇ、強くなったじゃないか…」

 

 

 処刑人は頭をポリポリとかき彼女に向き直る。

 その表情には先ほどのような相手を見下したような笑みはない。

 

「お前、たいしたもんだよ…他のグリフィンのアホどもとは違う。お前をマヌケと言ったことは取り消す、お前を一人の戦士として敬意を払うさ」

 

 胸に手を当てて小さく微笑む処刑人。

 油断の消えた処刑人から凄まじい圧力が放たれ、9A91はおもわず冷や汗を流す。

 先ほどとは打って変わり、目つきの変わった処刑人は凄まじい踏み込みで一気に接近し剣を振るう。

 あまりの速度に回避が間に合わず、剣先が9A91の胸を数センチ斬り裂く。

 鮮血が飛び散り苦痛に表情を歪める9A91…ちょっとの距離を開けたくらいでは処刑人の脅威的な踏み込みの速さで一気に詰められる、ならばと意を決し彼女は前に出る。

 

 剣も振りきれないほどの接近戦。

 思い切って銃を投げ捨て9A91はナイフを手にとって処刑人の胸めがけナイフを突き立てた。

 寸でのところで処刑人がナイフを掴む。

 刃を直接握りしめた手から血が流れ出て二人の手を赤く染める。

 

「本当に、見事なもんだぜ…弱さを克服しよくここまで強くなったな。だがな、オレはここで負けてなんかいられねぇんだよ!」

 

 ナイフを握ったまま、処刑人は9A91の首筋に噛み付いた。

 突き放そうともがくがしっかりと噛みついた処刑人は離れず、あまりの激痛にナイフを握る手を離す。

 処刑人の拘束から離れたその瞬間、9A91はもう一本隠し持っていたナイフを処刑人の肩に深々と突き刺す…互いが互いの返り血で真っ赤に染まる。

 しかし、まだ余力を残していたのは処刑人の方であった。

 

 疲弊した9A91を殴り、胸倉を掴んで持ち上げると地面に叩き付ける。

 

 だが処刑人もダメージは大きいようで、装甲車にもたれかかり呼吸を荒げる。

 深々と突き刺さるナイフを無理矢理引き抜くが、ナイフの独特な形状のせいで傷口は酷く損傷し腕が思うように動かなくなる。

 

 そんな彼女の前に、M4は姿を現す。

 

 

「酷い姿ね、処刑人」

 

「名誉の傷だ、テメェには分からねえだろうさ」

 

「そうね」

 

 M4は銃口を向けるわけでもなく、ただ冷たい視線を処刑人に向けている。

 

「不思議だ、前までオレはお前を血眼で捜していたというのに、お前を前にしてオレは何も感じない。オレに特別な感情を抱かせてくれるのはあの男しかいない…なあM4、オレは生まれて初めて"夢"を見た」

 

「…夢?」

 

「ただの人形の身体にAIをぶち込んだだけのオレたちが絶対に見ることのないものだ。あの日アイツに出会ってからオレの中に何かが生まれた、言葉では説明のしようがないが…特別な出自のお前には分かるか、これがなんなのか?」

 

「いいえ…」

 

「オレたちは造られた人形、どんなクソッたれな奴でも命令なら従うしかない。オレの中で何が起こったのか分からないが、オレは制御の枷を外し自由になったんだ…お前には分からないだろうな、自由という概念がよ。誰かの道具じゃない、自分自身の意思で行動できる、自分自身のために戦うことができる」

 

「命令を無視するようになったらあなたは人形じゃない、だからと言って人間でもない…あなたは人の形をした怪物よ」

 

「怪物か、否定はしないさ……スネークに出会ってから生まれたこれが何なのか、オレはいつも考えた。それは奴と戦っている時、戦場にいる時に最も強く感じることができる。ようやく分かったんだぜ……オレは今、生きているってことをな」

 

「理解できないわ、人形に生きるという概念はない。あるのは起動しているか、停止しているかよ」

 

「冷たい奴だな、オレでもそんなことは思いもしない。今もオレの部隊とやり合ってる人形たちもそう見てるのか? だったらお前のもう三人のお仲間も停止させてやろうか? 動かなくなった仲間の前で同じことが言えるか…ふざけんなクソッたれ、お前は特別な存在なんかじゃない、恐怖を克服した9A91の方がよっぽど立派さ…代理人の命令はどうでもいいが、お前の存在は気に入らない。AR小隊のお仲間共々皆殺しにしてやる…!」

 

「わたしの仲間を口にするな、鉄血のクズが…!」

 

「クズはテメェだろうが!」

 

 

 引き金を引いたM4、ダメージで動きの鈍くなった処刑人は数発被弾しながらも猛然と突っ込んでくる。

 処刑人の攻撃を紙一重で避けながら反撃の機会を狙うが、接近戦での戦いは特別な訓練を課された9A91たちに比べると見劣りする。

 一瞬の隙をついて距離をとり、銃撃で牽制しさらに距離を離す…不用意に飛びかかれない距離まで離れたM4を処刑人は忌々しそうに睨む。

 

 

 

『処刑人! 処刑人! 応答願う、こちらα小隊、敵が…敵が…!』

 

「うっせぇ! こっちはそれどころじゃねえんだ!」

 

 唐突には言った通信に処刑人は苛立つ感情をぶつけるが、通信してくる鉄血兵の動揺した声に違和感を感じ耳を傾ける。

 だが通信を発している鉄血兵の声は途中で途切れてしまった。

 

「おい何が起こった、応答しろ!」

 

『処刑人! こちらE中隊、敵の大型兵器が攻撃を仕掛けてきています! 増援をッ!』

 

「大型兵器だと!?」

 

 通信を切り、一度M4を睨みつけ処刑人はその場を走り去る。

 基地を出て戦場を見渡せる高台にまで一気に駆け上がり基地を見下ろす…。

 基地を取り囲む鉄血兵の布陣はいまだ盤石に見える、だが基地の東側で大きな爆発が起こると、その噴煙の中からソレは姿を現す…。

 

 

「なんだありゃ…」

 

 

 それは巨大と呼ぶにふさわしい存在だった。

 鋼鉄製の二つの巨大な脚で大地を踏みしめて歩く姿はこの世の何よりも恐ろしいものに見える。

 巨大兵器と呼んでいたマンティコアを容易く踏みつぶし、一薙ぎで何十体もの鉄血兵を駆逐する圧倒的殲滅力。

 突然の出来事に処刑人は指示を出すのも忘れ言葉を失っていた…。

 

 

 あれこそが国境なき軍隊(MSF)が持つ最大の抑止力…。

 

 核搭載二足歩行型戦車メタルギアZEKEだとは知る由もない…。




今、9年の眠りから覚め、我らが守護神が降臨した。
ようやくタグ回収できて何よりです…!


次回、決着!


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決着

 数機のハインドに吊られて戦場に現われた巨大な兵器に、度肝を抜かれた鉄血兵たちは攻撃の手を止めた。

 攻撃の手を止めた鉄血兵を不審に思い、奴らの視線の先を辿ったMSFの兵士たちが見たのは、ワイヤーから切り離され着地と共に地面を揺らした鋼鉄の守護神の姿だった。

 二つの巨大な脚で地面に降り立った巨大な兵器はピクリとも動かず、ただならぬ雰囲気をまとったまま鎮座する…。

 

 やがて巨大兵器の頭部部分に光が灯ると、その巨大な脚を動かしはじめる。

 地面を踏みしめるたびに地響きがなり鉄血兵に動揺が広がっていく。

 

 

「ZEKEだ……動いたんだ、直ったんだ!」

 

 

 鉄血の攻勢で疲弊していたMSFの兵士たちは、戦場に降り立った巨大兵器…メタルギアZEKEの登場に歓声をあげた。

 

『みんな待たせたね! なんとかZEKEの修理が間に合った!』

 

 戦場の兵士たちの無線に、マザーベースからヒューイの通信が入った。

 マザーベースがこの世界に来てからずっとメタルギアZEKEの損傷を修理し続けてきた、数に限りがある資源の中で、メタルギアZEKEへ回される資材の優先は低かった。

 マザーベース自体の修理、兵士たちの生活を維持するための生活基盤を整えるために優先的に資材が使われていくなかで、ヒューイは少ない資源で最善を尽くしていたのだ。

 

 MSFの活動が拡大するようになって安定した資源の供給ができてからメタルギアの修復は加速し、ついに、この日を迎えたのだ。

 

 

『修復したZEKEだけど、以前のモデルと比べると重装甲化に成功したんだ。それに伴いブースターにも改良を加えてね、機体の重量化に伴う機動性の悪化を相殺している。それから機銃を20mm機関砲に取り換えてある、その他にもピースウォーカーに装備していたSマインを装着、それと殲滅戦に備えてヘッドをクリサリスヘッドに変えて高威力のミサイルを――――』

『能書きはいいからさっさと戦闘させろ! 事態は一刻を争っているんだ!』

 

『そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないかミラー…!』

 

 ミラーに叱られまだ何か語りたかった様子のヒューイは渋々ZEKEの戦闘行動を実行する。

 

 

「メタルギアZEKE起動…任務、敵部隊ノ殲滅…任務開始」

 

 

 合成音声が流され終えると、ZEKEはその身体の向きを鉄血兵たちに向ける。

 攻撃命令が下された瞬間、ZEKEは機敏な動作で鉄血兵の前にまで走ると一発目に、その巨大な脚を振り上げて固まっていた鉄血兵をまとめて踏みつぶし、そのまま引きずるように動かし周りにいた鉄血兵をもすり潰す。

 動揺しながらも反撃を開始した鉄血兵…。

 だが小口径の弾はZEKEの装甲の前では何の意味もなさず、すべての銃撃は弾かれる。

 逆にZEKEから返されたのは、対人として使われることのない20㎜機関砲だ……12.7㎜弾を遥かに上回る威力を持った弾は、鉄血兵を文字通り木端微塵に吹き飛ばす。

 

 その時、鉄血側より放たれた砲撃がZEKEの巨体を直撃した。

 爆発の黒煙で一瞬ZEKEの上体が一瞬隠れたが、ZEKEは砲撃をものともせずに、砲撃を放った陣地を睨むように身構える。

 

「レールガンチャージ…」

 

 ZEKEの右肩に装着された巨大な兵装に青白い電流が走る。

 ただならぬ様子に鉄血兵は砲台を放棄し後退、遮蔽物に飛び込み身を隠す。

 

 

「チャージ完了…レールガン発射」

 

 

 電流の力で極限まで加速された弾頭は発射したその瞬間には目標へと着弾。

 加速された弾頭は凄まじい威力をもって遮蔽物に隠れた鉄血兵を吹き飛ばす、その威力たるや強固な遮蔽物をも破壊し数メートルにわたって地面が深々と抉られる。

 離れた敵にはミサイルを発射し陣地もろとも破壊…鉄血兵は対抗策としてマンティコアを前面に出すが、機関砲の掃射、レールガンとミサイルの攻撃、あるいはその巨大な脚で踏みつぶしあっという間に駆逐する。

 

 鉄血兵は命令とあらば小勢であろうが大軍に突っ込むことができるが、ZEKEの登場で乱れた指揮系統によって個々の判断で後退を行う。

 だが鉄血兵以上に無慈悲なマシンと化したZEKEは一兵たりとも見逃さない。

 逃げる鉄血兵の前に、その巨体で高々と跳躍し彼女たちの前に着地し逃げ場を塞ぐ。

 

 半ばやけくそに引き金を引く鉄血兵を撃ち、潰し、薙ぎ払う。

 

 かつて鉄血勢力をこうも一方的に殺戮する存在があっただろうか?

 狩られる側に追い立てられた鉄血兵たちは上位の指揮者に指示を仰ぐが、その指揮者である処刑人はZEKEによる破壊を呆然と見つめていることしかできない。

 

 既に東側の部隊はZEKE単機で壊滅させられている。

 撤退する間もなく他の部隊も追い詰められ、息を吹き返したMSFの兵士たちとの挟撃によって多くの部隊が包囲殲滅され、数的優位はみるみる失われていく。

 

「ふざけんな…こんな事、あってたまるかよ…! おい、早くあのデカブツを仕留めろ!」

 

 激高し命令を出す処刑人、だが、周囲にいた鉄血兵は顔を見合わせるばかりで冷ややかな反応であった。

 それに苛立つ処刑人は近くに居た鉄血兵の胸倉を掴みあげる。

 

「やれって言ってんのが聞こえないのか!」

 

「命令は聞けません…!」

 

「なんだとテメェ、恐怖心でAIが故障したのかクソが!」

 

「命令は…聞けません…!」

 

 同じ言葉を繰り返す鉄血兵を地面に叩き付け、すかさず剣で叩ききる。

 息を荒げ他の鉄血兵を睨みつけるが、恐怖に怯えつつも彼女たちは変わらず微動だにしない…。

 

 

『止めなさい処刑人』

 

「代理人…そうか、やりやがったなお前」

 

『ええ、あなたの指揮権をはく奪いたしましたわ。もう兵たちはあなたの命令には従わない、これ以上の損害は我々に大きな影響が出ますわ。この戦いはあなたの負け、早く戻りなさい』

 

「戻ったらAIを初期化するんだろ?」

 

『当然ですわ』

 

「だったらクソくらえだよ代理人。どうせこいつらはもう使えない、逃げ腰になった兵士なんか…何千も何万もいても同じだ。後は好きなようにやるさ」

 

『不利と分かって、死ぬと分かってまだ戦いますの? 理解できませんわ』

 

「あんたには理解できないだろうさ…おそらく一生な。あばよ代理人、もう二度と会いたくもないがね。あぁそれと…今まで世話になったな、アンタに恨みはねえよ。少しでもオレを想ってくれるならバカな女だと思って見送ってくれよ、じゃあな、代理人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻撃のチャンスだ、敵を追い詰めろ!」

 

 退却を始めた鉄血兵をZEKEと共に追撃をかける。

 歩兵、戦車、戦闘ヘリ、それらと連携したZEKEはますます手のつけられない脅威となり敗走する鉄血兵はなすがままだ。

 処刑人にぶちのめされ気絶していたスコーピオン達も今や復活し、積年の恨みを発散させるかのように鉄血兵を撃破していく。

 

「ようスコーピオン、随分撃ちまくってるじゃないか!」

 

 そこへ砲撃陣地の破壊任務を行っていたキッドやエイハヴらも合流、キッドは見せ場をZEKEに奪われて悔しがっているが、そもそも砲撃陣地を破壊していなければZEKE登場の前に全滅していた可能性もあるのだ。

 さらにそこへ現れたWA2000を見たスコーピオンは彼女を捕まえ怒鳴る。

 

「あんた今まで何やってたんだよ!」

 

「はぁ!? 狙撃役なんだから前線にいたら駄目でしょ!?」

 

「スプリングフィールドなんて大けがしたって言うのに、このポンコツめ!」

 

「あんたに言われたくないわ毒サソリ! あんたにはサボってたように見えるかもしれないけど、わたしは敵を50は仕留めてるわ!」

 

「へん、アタシなんて60は仕留めたもんねー! 安全圏で引き籠ってる芋スナじゃ無理な戦果だね!」

 

「な、なんですって!? 突撃バカのくせにッ!」

 

 

「もう止めてください! 敵に逃げられます!」

 

 仲介に入ったM4のおかげで戦場でケンカをするのは止めてくれたが、こんどは逃げる鉄血兵を仕留めた数で競い合い始めた。

 困惑するM4であったが、彼女は逃げる鉄血兵たちの中に一人、凄まじい速さで逆走する存在を見逃さなかった。

 

「処刑人…!」

 

 剣を肩に担ぎ、猛然と突っ込んでくる処刑人。

 真っ向から放たれる銃弾をものともせず、彼女は穴だらけの地面を走破し、鉄条網を飛び越え国境なき軍隊(MSF)の前に立ちふさがる。

 処刑人は得意とする接近戦を仕掛け、ZEKEの動きを封殺すると手近な兵士を倒しスコーピオンらにも襲い掛かる。

 

 

「こいつが処刑人か! なるほど、凶暴な女だぜ!」

 

 迫る処刑人にマシンガンを乱射するが、機敏な動きで銃弾を躱し処刑人はキッドに斬りかかる。

 寸でのところでマシンガンを盾にしたが、処刑人の剣はそのマシンガンを真っ二つに両断しキッドの胴体を斬りつける。

 血を流し倒れたキッドにとどめをさそうとした処刑人の横顔に、スコーピオンは全体重をかけて飛び蹴りを放つ…だが、処刑人は数歩よろけたのみで、すぐに反撃を行う。

 処刑人のパンチを顔に受けてスコーピオンは吹き飛び、なおも追い打ちをかけようと倒れる彼女を掴みあげる処刑人。

 

 だがもうここにいるのは処刑人にとって敵ばかり、スコーピオンの危機にWA2000は躊躇いなく引き金を引く。

 肩を撃たれた処刑人はおもわずスコーピオンを離す…。

 

「いいかげんくたばれ、もううんざりなんだ…!」

 

 あの日処刑人に目をつけられてから、スコーピオンは散々な目に合い続けてきた。

 スネークのためにも、仲間のためにも、自分自身のためにもその日を待ち望んでいた…苦痛に表情を歪める処刑人の姿をどんなに思い描いてきたことか。

 やられっぱなしは性に合わない。

 スコーピオンは処刑人に銃を向け、引き金を引いた…。

 

「ぐぁッ…!」

 

「まだまだッ!」

 

 弾倉の弾を撃ち尽くすまで撃ち止めるものか、銃声と彼女の叫び声と共に弾丸が処刑人の身体を撃ち抜く。

 

 彼女の銃が弾切れになった時、処刑人は腹部からおびただしい出血を流し、吐血する…。

 数歩後ろによろめき、処刑人はそこで踏みとどまる…息を荒げ、なおも攻撃せんと剣を肩に担いだ処刑人であったが、ついには力尽き前のめりに倒れ込む。

 

 

「やった…やったよ、みんな…! あたしたちの、勝ちだ…」

 

 

 途端に湧き上がる歓声。

 敵の親玉である処刑人が倒れ、鉄血の部隊は敗走し姿を消していった。

 あちこちで勝利を喜ぶ雄たけびがあがり、処刑人打倒の功労者であるスコーピオンとWA2000は兵士たちに捕まりもてはやされる。

 

「お、おい…喜ぶのはいいが、誰か助けてくれ」

 

 処刑人に斬られていたキッドはすっかり忘れられていた。

 慌てて駆け付けた医療班に運ばれていくキッド、胃腸炎が再発したようで別な痛みを訴える彼の姿にみんな笑い声をあげる。

 ZEKEのスピーカーからも、勝利の凱歌が流される。

 絶対に負けると思われていたMSFの勝利には、グリフィン救援部隊も言葉が出ない様子だ…勝利を喜ぶ気持ちはM4も一緒だったが、彼女は鉄血に勝利したMSF、そして勝利の最大要因メタルギアZEKEを離れた位置で眺めていた…。

 

 

「みんな、よくやってくれたな」

 

「スネーク!」

 

 

 その場に現われたスネークに、スコーピオンは真っ先飛びかかる。

 飛びついてきた彼女をスネークはしっかりと受け止め、その頭をがしがしと撫でる…少し痛そうだが、スネークの大きな手で撫でられて嬉しいのか笑顔を浮かべる。

 一緒に現われたスプリングフィールドも物欲しそうに見つめているのに気付き、彼女も同じように抱きしめる…。

 

「9A91お前もよくやってくれた、ありがとう」

 

 少し離れたところでじっと見つめていた9A91にも、スネークはねぎらいの言葉をかける。

 彼女は少しためらうようなそぶりを見せていたが、やがて微笑みスネークのもとへ近寄っていった。

 

「こちらこそ、司令官(・・・)…!」

 

「もー、痛いってばスネーク…!」

 

 言葉とは裏腹に、スコーピオンたちは嬉しそうに笑った。

 

 そんな微笑ましい様子を兵士たちと共に、WA2000は遠巻きに眺めていた。

 

「お前はいかなくていいのか?」

 

「オセロット…その怪我、どうしたの?」

 

 隣に立ったオセロット、その袖が赤く染まっているのに気付いたWA2000は布きれを取り出すとシャツの袖をまくり上げ傷の周りをキレイに拭き治療する。

 

「大した傷じゃない」

 

「ダメよ、ばい菌が入ったら化膿するのよ? ちゃんと治療しなきゃ…」

 

「余計なお世話だ。ほら、お前も言ってボスに褒めてもらえ」

 

「いいのよ、アタシはここで…」

 

「…?」

 

 

 

 

 ひとしきり撫でられたスコーピオンは相変わらずの笑顔を浮かべたまま、上機嫌に勝利の余韻を味わっていた。

 

「いやーなんか一生分の緊張感味わったね」

 

「そうですね、やっと戦いも終わりましたし、しばらくはお休みしたいですね」

 

「いや、まだ終わっていない」

 

「スネーク…?」

 

 彼の言葉に首を傾げるスコーピオン。

 スネークがじっと見据えている先に、彼女も視線を移す…。

 

 

 そこには、ボロボロの姿になりながらも、剣を支えに立ちあがる処刑人の姿があった。

 よろよろと歩く処刑人はただ一人、スネークを見据えながら真っ直ぐに向かってくる。

 

「アイツ、まだくたばって…!」

 

「止せ」

 

 スコーピオンが構えた銃に手を置き下げさせる。

 疑問の声を漏らすスコーピオンに何も答えず、スネークは処刑人の前にゆっくりと歩を進めた…。

 兵士たちがスネークに道を開き、兵士が並ぶ道の間で二人は立ち止まる…。

 

 

「まだだ、まだ終わってない……!」

 

 腹と口から血を流し、苦痛に歪めた顔に、処刑人は無理矢理笑みをつくる。

 

「オレたちの、負けだ…でもな、オレとお前…個人的な決着はまだだよな…?」

 

 支えにしていた剣から手を離し、自力で立つ処刑人。

 大けがを負った腹部からも手を離し、拳を固めて身構える…スネークもそれに倣うように、武器を捨てて構える。

 そんなスネークの姿に処刑人は一度目を見開き、そしてその瞳を潤ませる。

 

「やっと…オレを見てくれたな、スネーク…。サンキューなスネーク、お前に会えて…オレは生きてることを実感できた…。もっと、もっとオレを見てくれスネーク…これが、オレだ、ありのままのオレを見て欲しいんだ!」

 

 処刑人の振り上げたこぶしを、スネークは真正面から受ける。

 数歩後ずさりしたスネークであったが、倒れることなく踏みとどまる…。

 再び処刑人はスネークの頬を殴りつけ、大きくよろめいたスネークは片膝をつく。

 致命傷を負っているはずの処刑人の身体のどこにそんな力が残されているのか、彼の危機にスコーピオンらは助けようとしたが、それをエイハヴが止めた。

 処刑人に仲間を殺された恨みは確かにある。

 だが、スネークに惚れて集まったMSFの兵士たちにとって、ぼろぼろになってもなおスネークに挑んできた処刑人の姿に言葉には出来ない何かを感じていたのだ。

 

「どうした…来いよ、スネーク…!」

 

 煽る処刑人をじっと見据え、血の混じった唾を吐き身構える。

 処刑人の強烈な拳を傷を負った左腕で受け止め、放たれたスネークの右ストレートをもろに受けたて処刑人は吹き飛ぶ。

 

「立て処刑人、戦士なら…まだ立ち上がって戦え」

 

「ハァ…ハァ…当たり前だろ…!」

 

 立ち上がり、すかさずスネークを殴りつける処刑人。

 負けじとスネークも彼女を殴り、そこからは二人とも激しく殴り合う…お互いの返り血を浴び既に二人の身体は真っ赤に染まっている。

 言葉ではなく、拳を交わしあう処刑人の顔はどこか喜びに満ちている。

 そこは二人だけの聖域だ、他の何者にも邪魔することは許されない。

 

 どれだけ殴り合っただろう…。

 

 お互い身体はあざだらけ、骨も何本か折れただろう。

 

 いつ死んでもおかしくない身体で、なおも剥き出しの闘志で殴りかかる処刑人にスネークの肉体も限界に近い。

 

 しかし処刑人が倒れないように、スネークも倒れることは無かった。

 

 

「オラァァッ!」

「ウオオオッ!」

 

 

 渾身の力を込めた拳は交差し、互いの頬を撃ち抜く。

 よろめく二人はついに倒れ地面に横たわる…そのまま寝ていられればどんなに楽であろうか、それだというのにスネークは痛む身体にムチを打ち立ち上がる。

 先に立ったのはスネークだ、処刑人は腹部を抑え力の入らない膝を叩きなんとか立ち上がったが…。

 限界を越えて立ち続けた処刑人は、殴りかかろうと前に歩きだした拍子に前のめりに崩れ落ちる。

 

 そんな処刑人を、スネークは倒れる寸前で受け止める。

 

 

「ヘヘ…ずいぶん、優しいんだな……」

 

 もう処刑人に立つ余力は残されていなかった。

 だが満足のいくまでスネークと殴り合った(語り合った)彼女の表情はとても穏やかなものだった。

 

「一人で勝手に気が済んで、悪いな…あんたの勝ちだよ、スネーク…ありがとう」

 

 それを望んでいたかのように、処刑人はスネークの服をギュッと掴み目を閉じる。

 腕の中で力を無くしていく処刑人を、スネークは何も言わず見つめ続ける……。

 

 

 こうして、この世界に来てMSFが初めて経験する大規模な戦闘はMSFの勝利に終わった。

 束の間の勝利に喜ぶ兵士たち。

 だがこれはまだ、この世界の序章に過ぎないのである…。




殺し愛からの殴り愛、青春ですね(白目)

とりあえず、ここらで1章として区切ろうと思います。

2章で唐突に終わってもいいでしょうか?


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第二章:PHANTOM PAINE
再出発


「クルーガーさん、ただいまM4が帰還しました」

 

 グリフィン司令部のとある一室にやって来たヘリアントスは、グリフィン創始者であり最高責任者クルーガーに対しそう報告する。

 報告を受けた彼はコーヒーを一口すする…相変わらずマズいコーヒーに彼の元々厳しい表情はさらに強まる、新兵がみたら震えあがるような強面の男だ。

 

「そうか、無事に戻ったようで何よりだ」

 

「ええ、問題なく…これも、彼らのおかげです」

 

国境なき軍隊(MSF)か…その件についての報告を聞こう」

 

「はい。これはM4が持ち帰った映像データです、私が言葉で伝えるよりも多くを物語ることでしょう」

 

 ヘリアントスは機器を操作し、モニターに映像を映す。

 最初の映像は小規模な戦闘から始まっていた、MSFの前哨基地内には多数の人間の兵士が鉄血兵と対峙しており、基地内に設置されている火砲が敵陣めがけ砲撃をしている。

 ここまではどこの戦場おいても見れるありふれた戦争風景だ、だが映像が乱れ次に映された場面ではクルーガーでさえ見たこともない鉄血の大軍勢と戦闘する場面であった。

 鉄血の装甲ユニット"マンティコア"が多数投入され、その他の装甲人形が前衛として敵の攻撃を防ぎ、後方の鉄血兵が防御線を食い破る。

 

 地域紛争と呼ぶにはあまりにも大きすぎる戦力、まるで第三次大戦を観直しているかのような錯覚をクルーガーは覚える。

 

 戦力差に押され倒れていくMSFの兵士たち…。

 そこへグリフィンが送った救援部隊も参戦するが、圧倒的戦力差に追い詰められていく。

 

 ここまで見れば誰が見ても鉄血側の勝利を疑わないだろう。

 だが次に映ったのは、二本の脚で立つ巨大な兵器の姿だった。

 それは鉄血兵を豪快に踏みつぶし、大口径の機銃で敵を薙ぎ払い、肩に装着された巨大な兵装とミサイルで敵を木端微塵に吹き飛ばす圧倒的な戦力だった。

 優勢だった鉄血はあっという間に駆逐され、逃げまどう鉄血を息を吹き返した兵士たちが追い詰めていく…。

 

 

 映像を見終えたクルーガーは椅子に深々と腰かけ、デスクから一冊のファイルを取り出す。

 

「我々グリフィン、及び他のPMC各社が戦力を保持するにあたり守るべき協定の全てがここに載っている。いまや正規軍の手に余る問題に対処するPMCの存在は欠かせない。だが際限なく強大化することは世界のパワーバランスを著しく崩すことになる、滅亡の危機に瀕している人類にとどめを刺す事態にならないように我々はこの協定を尊重している」

 

「はい。ですが、MSFはその協定に属していません」

 

「うむ、既に彼らと鉄血との戦闘は世界に知れ渡っている。世界が彼らをこのまま放っては置かないだろう…既にバルカン半島の連邦政府が不穏な動きを見せている」

 

「連邦政府が? しかし連邦政府はかねてよりMSFの戦力を買っていたはずでしたが?」

 

「今まではな…国境なき軍隊(MSF)はいかなる国家、政府、思想、イデオロギーにも属さないと言っていたな。そんな彼らが反政府勢力に協力したら? 一介のPMCと連邦政府はこれまで侮っていたのだろう、だが、鉄血の大部隊を返り討ちにする程の戦力だとしたら話しは別だ。いまだ内戦の終結が見えない連邦には、彼らの存在が疎ましくなってきたのだろう」

 

「なるほど…連邦政府は協定締結を迫るか、あるいは…」

 

「戦争だろうな。世界がどう動くか分からん、我々としても独自に動かねばならん事態が来るだろう。引き続き、彼らの情報を集めるんだ」

 

「了解です、クルーガーさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘が集結して三日後、前哨基地より少し離れた海の見える丘に、9A91は墓石に花を手向けていた。

 その真っ白な墓石には何も書かれていない…墓石の前で彼女はしゃがみこみ、じっと何も書かれていない純白の墓石を見つめている。

 

「指揮官、わたしは…あの時何もできずあなたを救えませんでした。あなたを失って、わたしは何もかもに怯えて怖がっていました、泣き虫で、弱虫で、ずっと周りに迷惑をかけてました…でも、あの人に出会ったんです。わたしはあの人に立ち直る勇気を貰いました、おかげで前に踏み出すことができました…わたし、あの人と一緒に生きていくって決めました

わたし、もうくじけません、前を向いて歩き続けます…だから、こんなわたしをどうか、笑顔で見送ってください、指揮官…」

 

 

 立ち上がり、彼女は墓石に向けて敬礼をする。

 目を閉じれば大好きだった指揮官との日々が思い浮かぶ、どれも大切な記憶だった…楽しいときも辛いときも指揮官や仲間と乗り越えたことを忘れず、胸に刻み込み、これから新しい道を行くんだ。

 墓石の前で精いっぱい笑顔をつくるも、押し寄せる哀しみと涙で9A91の顔はくちゃくちゃだ…やがて彼女は裾で涙を拭く。

 

「行ってきます、指揮官…」

 

 去り際に笑顔で墓石に向けてそう言い、丘を下っていく。

 

 

 前哨基地では急ピッチで修復作業が行われている。

 以前より働く兵士たちの姿は少なくなり、作業のほどはお世辞にも早いとは言えなかった。

 あの戦闘で数十名以上が戦死し、百人近い負傷者を出す…鉄血の戦力を考えればかなり損害を抑えられたと言ってもいいだろうが、半分近い人員が動けなくなったMSFは早急な立ち直りが必至だ。

 そんな中で、スコーピオンら戦術人形たちはその穴を埋めるようにせっせと働いた。

 

 普段は肉体労働をめんどくさがるスコーピオンも率先して行い、復帰したばかりのスプリングフィールドも懸命に働く。

 

「おら働けッ!」

 

「ひぃぃ!」

 

 そんな中で、スコーピオンは木刀を手になぜかいる鉄血兵数人をシバきながら作業を進めている。

 なんでも戦闘が終わって、比較的損害の少ない鉄血兵を掘りだして武装を解除させ、あとはひたすら言うことを聞くまでぶちのめし言うことを聞かせているらしい。

 通信機能も破壊され、少しでも逆らおうとすれば木刀で袋叩きにされる…すっかり怯えた様子の彼女たちはスコーピオンに一切逆らえず、荒れ果てた前哨基地の復旧作業の従事する。

 

「もうスコーピオン、鉄血とはいえやり過ぎはいけませんよ? たまには休ませないと」

 

 見かねたスプリングフィールドがそう声をかけるも、スコーピオンとしては鉄血兵を働き潰すつもりらしい。

 

「いいんだよこいつら、なんか好きでやってるみたいだから…そうだよねー?」

 

「ハ、ハイ…ソノトオリデス…」

 

「でも休ませないと壊れちゃいますよ? 10分でも20分でも…じゃないと24時間持ちませんよね?」

 

「あ、そうか。じゃあ10分休憩ね、次の休憩は24時間後だ!」

 

「ブ、ブラックや…!」

 

 絶望したような表情の鉄血兵を檻にぶち込んで休憩させ、スコーピオンらも休憩する。

 

 スプリングフィールドが少ない食材で作ったおつまみは兵士たちには好評だ、少し減ってしまった笑い声に寂しさを感じつつもスコーピオンは明るく振る舞う。

 彼女の明るく笑う姿は兵士たちを元気づける、それを知って知らずかスコーピオンはいつものように元気にふるまうの。

 

「あ、みんなここにいたの?」

 

「おや、誰かと思ったら芋スナワルサーではないか」

 

「殺すわよ、毒サソリ」

 

 あいさつ代わりの罵り合いを終え、WA2000は二人を連れていく。

 どこに行くのかと尋ねればマザーベースに向かうという話しだが、渋る二人にスネークのところだとさらに伝えると態度を変えて付いてくる。

 スコーピオンはともかく、最近はスプリングフィールドもスネークを追っかけている有り様だ。

 

 全くまともなのは私だけかと、WA2000はため息をこぼす…。

 

 途中9A91とも合流し、ヘリに乗ってマザーベースへと向かう。

 戦場となった前哨基地は未だ重苦しい空気があるが、損害のないマザーベースは穏やかな雰囲気で彼女たちを迎えてくれる。

 実家に帰ってきたような安心感に表情も緩んでしまう、ここに来ると前哨基地に行くのが億劫になってしまうのが帰りたくなかった理由だが、スネークに会えるという話しで主に三人はやって来た。

 

 

「やあ、久しぶりだな少女たち」

 

「げっ、ストレンジラブ…!」

 

 真っ先に出迎えにきたストレンジラブに戦術人形たちは後ずさる。

 定期的に研究協力のために彼女のラボに行くことがあるのだが、レズビアンとまことしやかに噂されている彼女の研究という名のセクハラ行為に苦しめられている。

 しかし戦術人形としてのメンテナンスができるのは彼女一人なようで、渋々従うしかないのが辛いところだ、職権乱用である。

 

「これから研究室でコーヒーでも…と言いたいところだが、あの男が呼んでいるらしいな。もし暇なら後でわたしの研究室に来るといい、美味しいケーキを用意している」

 

「え、ケーキあるの!?」

 

「餌に釣られるんじゃない」

 

 ケーキという単語に目を輝かせるスコーピオンをど突き、引っ張っていく。

 ひとまず呼ばれている医療班のプラットフォームへ向かうこととなり、そこで待っていたスネークに会うなりスコーピオンは飛びかかろうとしたが、寸でのところでWA2000に捕まり抑えつけられる。

 

「落ち着きなさいよ毒サソリ!」

 

「離せ! もう二日もスネークに会ってないんだ!」

 

「贅沢言うんじゃないわよ! わたしなんて三日もオセロットに会ってないのよ!?」

 

「いい加減にしてください二人とも」

 

 しょうもない争いをする二人を、9A91がぴしゃりと叱る。

 流石にスプリングフィールドは自制が効いているようだが、会って嬉しいのは彼女も同じらしく目をキラキラとさせている。

 

「みんなよく集まってくれたな、怪我の具合はどうだ?」

 

「うん、すっかり治ったよ!」

 

「そうか、なによりだ。9A91、君も知らない間に強くなったんだな」

 

「はい、司令官。いろいろとご迷惑をおかけしました、これからもよろしくお願いしますね」

 

 何はともあれ、元気そうな彼女たちの姿を見てスネークも安心したようだ。

 

 しかし戦術人形たちの体調を聞きにわざわざマザーベースに呼んだわけではないだろう、戦闘からある程度経ってここに呼ばれた理由はなんとなくだが彼女たちは予想をしていた。

 

「目覚めたんだね…? スネーク、やっぱりあたしは反対だよ…」

 

「あたしもよスネーク。絶対にうまく行くはずがない、正気を疑うわ」

 

「あの戦闘でオレたちの戦力は下がってしまった、世界がオレたちに目をつけ始めた以上、戦力の立て直しを急がなければならない。そのためには、奴の力が必要になってくる。まずは話しをしてからだ、無理ならその後に話しをしよう」

 

 いまだ納得のいっていなそうな二人であるが、仕方がない。

 

 医療プラットフォームの隔離棟、厳重に警備されている先にある部屋。

 戦術人形たちを連れてその部屋へと入って行くと、部屋の奥のベッドの上に寝転がり、つまらなそうに窓の外を眺めている黒髪の戦術人形がいる。

 

 部屋に入ると彼女は鬱陶しそうな表情で視線を動かしたが、スネークの姿を見るやむくりと起き上がる。

 

 

「元気そうだな、処刑人…」

 

「おかげさまで……」

 

 

 その顔に笑みを浮かべているが、処刑人は視線をしきりに動かし来室者を警戒している。

 

 すべての戦闘が終わった後、決着を果たし後は死を迎えるのを待つだけであった処刑人を、あの日スネークは助けた。

 ミラーやスコーピオンなどは、敵だった処刑人を助けるべきではないと反対をしていたが、それを押し切りスネークは彼女の身を医療班に預けたのだ。

 仲間を殺した鉄血の親玉だ、治療には抵抗感もあったのだろうが、スネークの決定と最後の戦いを見ていた彼らはその役目を引き受け、瀕死だった処刑人の命をなんとか繋ぎ止めることには成功した。

 

 処刑人を一人の戦士として認めたスネークは、彼女を丁重に扱うよう指示し、拘束具をつけることも許可しなかった。隔離棟に入れるのだけは兵士たちの嘆願で認めることになったが…。

 

「なんで助けた? オレはお前らの仲間を大勢殺したんだぞ? とどめを刺したいと思わなかったのか?」

 

「お前との戦いで多くの仲間を失った、全く憎んでいないと言えば嘘になる。だがお前の最後の一人になってもなお、勝負を挑んできた。あんな状態で自分の意地をはれる奴はそうそういない、オレは多くの仲間の命を奪ったお前を許しはしない。だが、戦士として最後まで戦いを挑んできたお前を否定するつもりはない…お前はまだ死ぬべきじゃない、そう感じたまでだ」

 

「ふん、大したこと言いやがって…だがよ、オレを助けてどうしようってんだ? 仲間にでもしようってか?」

 

「オレたちは国を棄て、国境なき軍隊(MSF)を立ち上げた。国も、思想も、イデオロギーもない。必要とされる土地へ赴き、オレたち自身のために戦う。国のためでも、政府のためでもない…必要とされているからこそオレたちは戦う。あの時お前は確かに自分の意思で挑んできたな…運命を打ち破り、己の意思で戦うことを決めた戦士、そんな存在をオレたちは欲しているんだ」

 

「そこまで言ってもらえると悪い気はしないな…どうせオレも鉄血の仲間たちから追われる身になっただろうさ。捕まればAIは初期化され、あんたとの記憶は全て消される。そんなことはオレも望まないね…いいだろうスネーク、オレの力は自由に使いなよ、だが条件が三つほどある」

 

 ベッドの上で胡坐をかき、彼女は指を三本立てる。

 

「一つ、オレが元鉄血だからと言って鉄血の機密を聞きだそうとするような真似はすんな。離反しても、あいつらを裏切ったつもりじゃないんだ」

 

「いいだろう」

 

「ちょ、スネークそれでいいの!?」

 

「うるせえ、外野は黙ってろ。オレとスネークとの取り決めだ」

 

 咎めるスコーピオンだが、処刑人の一睨みで押し黙る。

 戦いに勝ったとはいえ、三度返り討ちにあった恐怖心は未だスコーピオンの心の中にあるようだ。

 

「二つ、オレが認めたのはアンタだけだ。他の連中の命令は聞かない、これは絶対受け入れてもらうぞ」

 

「仕方がないな、カズは文句を言うかもしれないが…」

 

「それから三つめ…!」

 

 最後の指を折った時、処刑人は目にも留まらぬ速さでスネークの懐へ潜り込むと、足を払い仰向けに転倒したスネークの身体に跨いで抑えつける。

 

「情けねえ姿見せたらいつでも首を獲りに行くからよ、そのつもりでいろよ?」

 

「勘弁してもらいたいものだが…まあいい、オレも仲間の前で弱いところを見せるわけにはいかんからな。それより早く退いてくれ」

 

 だが、退かない。

 

 スネークの腹部の上に跨いで座る処刑人はスネークを見おろし、舌なめずりしている。

 

「四つ、オレがお前に会いたいって思ったらどんな時でも拒絶しないこと」

 

「おい条件は三つのはずじゃ…!」

 

「五つ…」

 

 スネークの抗議を笑顔で無視し、スネークの手を握った処刑人はその手を自分の胸に押し付ける。

 

 唐突な出来事に、スネークを含めその場の戦術人形たちも唖然とする。

 

 そんな周囲の反応など知ったことではないと言わんばかりに、処刑人は青白い頬を赤く染め艶かしい息遣いでスネークに顔を近づける。

 

「なあスネーク、この熱さ感じるか…? なんか身体も熱くて変なんだ、一人の時にお前の事を考えていると胸が切ないんだよ…これは何故なんだ? 五つ目はこの変な感じをオレに教えること…前までこんな感情無かったんだ、これって生きてるってことだよな? 教えてくれよスネーク、なあ、何か言えよ…噛みついちまうぞ?」

 

 

 

 

 結局、処刑人がギリギリのところまで迫った時に我に返ったスコーピオンが、処刑人にドロップキックを放って阻止に成功する。

 

 その後は修羅場と呼ぶにふさわしい凄まじい乱闘が起こる。

 スコーピオンは怒った猫のように暴れ、スプリングフィールドは我を忘れて取っ組み合いをし、9A91はナイフを持って完全に殺しにかかる…そんな三人相手に大暴れする処刑人。

 

 その現場を見たMSFのスタッフは、改めて女性のいざこざには関与してはならないと心に刻むのであった…。




スコーピオン「は?キレそう(憤怒)」
スプリングフィールド「ウフフ…(殺意)」
9A91「ヤンデレは止めるといったな、アレは嘘だ」
カズ「ぐぬぬぬ…おのれ処刑人め(嫉妬)」
オセロット「殺す(直球)」

大佐「全く度し難いな…!」


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マザーベース:副司令の努力が報われる日

 マザーベースの司令部にて、カズヒラ・ミラーはたくさんの資料に囲まれながら、情報整理のためにひたすらコンピュータの前で作業を行っていた。

 あの戦闘が終わり、損害の報告をまとめた他、戦死しあるいは負傷した者の代わりはできる限りミラーが代わり穴を少しでも埋める…同じく諜報班をまとめる立場になっているオセロットも、自ら諜報活動に出るほど忙しい毎日を送っている。

 MSFのほぼ半数が動けなくなったこの状況に置いて、ミラーはただひたすらに組織の再建を果たすために情報を整理し、ビジネスの付き合いのあったPMC各社とコンタクトをとり依頼人(クライアント)との連絡も取る。

 

 目下の問題は、連邦政府との間に生じた軋轢だ。

 

 鉄血との戦闘記録は既に世界が知るところにある。

 戦闘で弱体化したとはいえ、強大すぎる戦力を恐れた連邦政府は資源の取引を渋るようになり、MSF再建のための活動に支障が生じている。

 うち捨てられた採掘所を所持しているとはいえ、すべての資源はまかなうことはできない。

 MSFの存在を黙認させるためには、抑止力となる戦力が必要不可欠だ。

 

 MSFにはいまだ精兵が多くいるが、正規軍に攻撃を躊躇させるほどの規模とは言えないし、いくらメタルギアZEKEがいるとはいえ航空支援を受けた部隊との戦闘には弱いという部分もある。

 安定した資源の供給、人的資源の確保、前哨基地の立て直し…どれか一つだけを選んで進めるわけにもいかない状況に、ミラーは悩みつつも優先順位をつけて作業指示を出す。

 こういった組織の運営においては、スネークを超える才能を持つのが彼の特色だ。

 

 疲れた様子で椅子にもたれかかるミラーは、酷使した目を閉じて少し休める。

 

 MSFの兵士全員が、ほぼなんらかの作業に従事しているため、以前なら言わなくても持ってきてくれた差し入れのコーヒーは出てくることがない。

 自分で淹れ、既に冷めたコーヒーを一口すすり再び作業を開始する…。

 

 そんな時、机の上に置いてある電話が鳴り響く。

 司令部の電話機が鳴るのは外部からの連絡、つまり取引先や新しく取引を持ちかける依頼人からの連絡のみ。

 つい先日、連邦政府からの脅迫じみた電話を貰ったばかりのミラーはため息を一つこぼし受話器をとる。

 

「はい、こちらMSF副司令ミラーです……あぁ、これはどうもお世話になっております」

 

 電話の相手は彼が予想していた厄介な相手ではなく、かねてから取引を続けてきたレイヴン社からであった。

 レイヴン社およびウルフ社は少ないながらも兵士を派遣してくれ、オクトパス社とマンティス社は戦闘後に必要な資材を格安で流してくれていた恩あるPMCだった。

 

「ええ、厳しい状況が続いておりますがなんとか…はい…え? いまなんと?」

 

 電話越しの会話を続け、ミラーは耳を疑うような話しに思わず聞き返す。

 

「はい、はい…そうですか…! 我々としては断る理由もありません、ええ…もちろんです」

 

 会話を続けていくうちにミラーの表情は明るくなっていく。

 よほどうれしい出来事があったのか座っていた椅子から立ち上がり、受話器越しだというのに何度もお礼をするように頭を下げていた…。

 

 

 

 

「ふん、ふん、ふん~…」

 

 ミラーはへたくそな鼻歌を上機嫌に口ずさみ、久しぶりにマザーベースの甲板上でこった身体をのびのびと伸ばす。

 数日司令部に引きこもって日夜作業を行っていたミラーの姿を見た兵士たちは、ついに頭がいかれてしまったかと怪訝な目でみているが、そんな兵士たちに彼は上機嫌に声をかけていく。

 

「やぁ諸君、今日はとても良い日だね」

 

 そんな感じで声をかけていったが、全身油まみれになって不機嫌そうなスコーピオンに出くわしてしまったのが運の尽き…目をつけられたカズはスコーピオンに絡まれる。

 

「だいぶ暇そうじゃん…油圧ホースが弾けて小柄なあたしが修理に回されてるってのに、ずいぶんいいご身分だね」

 

「え、あぁ…ご苦労だね…でもオレも司令部で働いてて…」

 

 予想外の絡まれ方にミラーは慌てふためくが、見るからに不機嫌そうなスコーピオンとの関わりを避け、兵士たちは逃げるようにその場を立ち去っていく。

 

「なんてね…カズが一番頑張ってるのなんてあたしだって知ってるよ。ちょっと脅かそうと思っただけだよ」

 

「なんだ、そうだったのか…ははは、本当にキレてるかと思ってびっくりしたぞ」

 

「ちょっとイラッとしたのは本当だけどね」

 

 正直な物言いにミラーは咳払いでその場を取り繕う。

 そんなところへ、スプリングフィールドが芳しい甘い香りを運びながらやってくる、ミラーとしては好みどストライクな彼女だが、目を向けているのはスネークなので踏み込んだ会話は避けている。

 

「ミラーさん、お仕事お疲れさまです、マフィンが焼けました。よかったらいかがですか?」

 

「おぉ、とても美味しそうだな。是非いただこうかな」

 

「それと淹れ立てのコーヒーもありますから、どうぞ」

 

 スプリングフィールドお得意のマフィンを一つもらい、口の中に放り込む。

 焼きたてのマフィンはほんのり温かく、ふんわりとした生地とバターの香りがたまらない…マフィンの程よい甘さが、疲れているミラーの身体が求めていたものだ。

 差し出されたコーヒーを貰い、一口すする。

 芳香な香り、程よい苦み、大人の味だ。

 自分で淹れて冷めきったコーヒーなどとは全然違う、例え同じ銘柄だとしても、可愛い女の子が淹れてくれたコーヒーというだけで倍も…いや、何十倍も味は違うのだ!

 心の中でそう叫びつつ、ミラーはコーヒーの苦味でリセットした味覚でもう一度マフィンを味わう…まるでスプリングフィールドの優しさを具現化したようなマフィンの柔らかな食感、心を癒すような甘味にミラーの身体に蓄積した疲労もどこかへ吹き飛んでいく。

 

「いかがですかミラーさん、おかわりはまだありますからね?」

 

 そう言って微笑むスプリングフィールド。

 

「…女神は、ここにいた…これがオレのアウターヘヴン…」

 

「はい?」

 

「いや、なんでもない…美味い、本当に美味い。是非、是非君を糧食班に配属したいと思うッ! 君ならレトルトカレーやマウンテン○ューやペ○シNEXを超える衝撃の食糧を開発してくれるはずだ!」

 

「落ち着けカズ!」

 

 熱のこもった様子でスプリングフィールドに迫るミラーを、スコーピオンは見事なCQCで投げ飛ばす。

 

「ハッ、オレとしたことがすまん…」

 

「え、ええ…大丈夫ですよ」

 

「全く、スプリングフィールドに手を出したらあたしが承知しないからね。というか頭から甲板に叩き付けたのによく平気だね」

 

「ああ、こう見えてタフだからな」

 

 ずれたサングラスを直し、そろそろかと、ミラーは上空を見つめる。

 つられてスコーピオンらも空を見上げると、遠い空のかなたから一機のヘリがマザーベースに向けて近づいてくる。

 ヘリはマザーベースを旋回し、設けられたヘリポートへと着陸する。

 出迎えのために駆け寄ったスコーピオンであったが、ヘリのドアを開けて出てきたのは処刑人であった。

 

「邪魔だよポンコツ」

 

「うるさいな、あんたに用はないよ」

 

「あ?また泣かされたいの?」

 

「やめないか」

 

 一触即発の空気の二人を、少し遅れてヘリから降りてきたスネークが戒める。

 それでもにらみ合いを止めない二人を遠ざける。

 

「スコーピオン、お前が過去に受けた仕打ちを許せないでいるのは分かるが彼女はもう仲間だ、そんな目で見続ければ彼女もお前に壁をつくることになるんだぞ」

 

「ははは、分かったかポンコツめ」

 

処刑人(エグゼ)、お前もだぞ! 確かにお前のある程度の自由は認めたが、仲間を侮辱することはオレが許さん。オレたちはMSFという名の家族だ、家族を蔑ろにするな」

 

「う、分かったよ…そんな怒らなくてもいいじゃんかよ…」

 

 スネークに叱られ少し哀しそうな表情を処刑人は浮かべ、恨めしそうにスコーピオンを見つめるが、スネークの厳しい視線を受けてそっぽを向く。

 

「オレの事見てくれって言ったけど、そんな風に見られるのはイヤだよ…」

 

「だったら態度を改めることだ。次に仲間を傷つけるようなことをしたら本気で怒るからな。仲直りの握手でもしておけ」

 

 言われた通り渋々、といった様子で二人は握手を交わすが、やはりというべきか二人とも相手の手を握りつぶそうと力をこめている。

 そんな二人を見逃すはずもなく、スネークの怒りのげんこつが二人の脳天に振り落される…共通の痛みを味わい、ようやく静かになる二人にスネークはあきれ果てる。

 

「任務お疲れさまだな、ボス」

 

「基地の様子はどうだカズ」

 

「みんなよくやってくれてるよ。実は良い知らせがあってな、かねてから付き合いのあったPMC4社がオレたちと合流したいという申し出があったんだ。悪い話しではないから承諾しておいたよ」

 

「ほう、だが彼らは協定がある身だろう。協定を引っ提げたままではオレたちとは共に歩けないと思うが」

 

「いいやボス、それが彼らは一度会社をたたんで協定から離脱した上で、新たな組織として加わりたいと申し出てきた。彼らもオレたちの戦闘を見て感じるものがあったのだろう」

 

 レイヴン社、ウルフ社、オクトパス社、マンティス社は今どきこの世界では珍しい人間を主体にしたPMCであった。

 確実な仕事をこなすことでスネークらの評価も高い会社であったが、大手PMCとの競争を続けていくことは難しかった…そんな時現われたMSFという存在に希望を見出し、彼らはその傘下へ加わることでこの競争を生き永らえようとしている。

 

 にこやかに話すミラーに、実はこちらも良い知らせがあるとスネークが言うと、ますますミラーは上機嫌になる。

 

「鉄血の旧エリア…処刑人(エグゼ)が支配していた領域だが、まだ誰も手を付けていなかった。それでセキュリティを再設定して稼働させ、工場も小規模だが動かせた」

 

「それはつまり…?」

 

「ああ、じきに鉄血製の戦術人形が生産されるだろう。AIの再設定はストレンジラブが取り掛かる、鉄血勢力のAI管理下から切り離してMSFの指揮下につける…これから色々な問題は出てくるだろうが、希望は見えてきた」

 

「凄いじゃないかスネーク! 処刑人を仲間にするのは反対だと言ったが取り消すよ! 強力な味方だな!」

 

「それだけじゃない、ヒューイによると工場の設備を使用し新しい兵器の生産も可能らしい。ZEKEの改良も大きく進むだろう」

 

「おぉ! 盛り上がってきたなスネーク!」

 

 続く朗報に、ミラーのテンションは過去最高に高まっていた。

 PMC4社の合流と、鉄血の生産工場の確保によって現在MSFを悩ませる問題は大きく改善されるはずだ。

 軌道に乗り始めるのにはしばらくかかるだろうが、それでも十分すぎる朗報である。

 

「君を疑っていたことは謝る。礼を言わせてくれ処刑人、オレたちとの間には色々あったが副司令として君を正式に受け入れよう」

 

「ああ、そう…なんだっていいよ…」

 

 スネークに叱られたのがショックだったのかいじけたままで、気のない返事を返す処刑人。

 スコーピオンの方も小さい声ですすり泣いていて、スプリングフィールドに慰められている…どこからかスネークを咎めるような視線が向けられるが、目を合わせようとすると兵士たちはそそくさとその場を立ち去っていく。

 

 思春期の女の子の相手は難しいな…葉巻に火をつけ小さな声でぼやくスネーク。

 

 伝説の傭兵と言われる彼も、思春期の少女の心にはお手上げであった…。




クルーガーさん「中国にはね、"匹夫の勇、一人に敵するものなり"っていう諺があるの。無闇に戦いを求める愚か者の勇気は、一人の敵を相手にするのが精一杯って意味よ。M4はたった一人で敵の中に潜入してるんだから、やたらと戦闘を仕掛けたりしないで、慎重に行動してね」

ヘリアンさん(このおっさん、なに言ってんだ?)

発狂大佐ネタ、まだまだ続きます



そういえばここまで書いといてなんですが、わたくしの本命はGr MG5ネキなのです

あと処刑人をいつまでも処刑人と呼ぶのは物騒な気がしますので、みんな彼女をエグゼと呼んでます。


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マザーベース:処刑遊戯

「ようこれからよろしくな!」

 

「本物のPMCがやって来たぞ、お前らすっこんでな!」

 

「バカ言うんじゃない、お前らがやる前にオレたちが敵をぶちのめすさ」

 

 前哨基地に到着したばかりの新顔の兵士たちは、あいさつ代わりの軽口を叩き合い握手を交わす。

 新顔と言ってもみな歴戦の兵士たちだが、温かい歓迎をもって受け入れられた彼らもその様子に満足げだ。

 

 

 ミラー主導のもと進められていたPMC4社との合流は、結果的には成功をおさめることとなった。

 戦闘で失った兵士の補充という意味でも、本格的に合流したことでMSFはこの世界特有のテクノロジーを吸収することもできたのだ。

 未知の技術を得ることは研究開発班にも大きな刺激を与えたことだ。

 最近鉄血の工場という大きなおもちゃを手に入れたばかりの開発班は、この合流による技術の獲得に大喜びである。

 さっそくいくつかの開発計画が進められているようだ。

 

 そして合流したPMCはと言うと、一度会社をたたみ、新たな組織として名前を変えて生まれ変わる。

 

 独自の兵装開発を行い先鋭的な装備を配備しているレイブン・ソード社。

 

 正規軍に近い最新鋭の装備を持ちPMCとして、他の3社と比べ最も実戦経験が豊富なプレイング・マンティス社。

 

 某国の元特殊部隊隊長が創設し多数の特殊部隊出身者が在籍するピューブル・アルメマン社。

 

 人間主体のPMCの中で軍用人形を採用し、人間と人形の部隊編成を行っているウェアウルフ社。

 

 それぞれに特色のある部隊は軍事面でも技術面でもMSFの強力な味方となることだろう。

 今のところ人間の兵士がMSFに参画しているが、唯一戦術人形を配備しているウェアウルフ社からはMSFの鉄血戦術人形の開発に、彼らが持つ技術の提供を受ける計画が進められている。

 

 

「短い期間でずいぶん賑やかになったもんだな」

 

 

 PMC合流によって人員の増えた前哨基地の様子を、スネークは葉巻を嗜みつつ眺めていた。

 そんなMSFの総司令官の言葉に納得するようにカズヒラ・ミラーは満足げに頷いている。

 いまやMSFの全ての班が良い意味で忙しく動き回っており、特に研究開発班は寝る間も惜しんで開発に没頭している…休みなく働く様子は世間ではブラックと言われるようだが、そう言われることは開発班にとって最大の侮蔑に等しい。

 前に一度研究開発班の労働環境を改善しようと声をあげたスタッフたちがいたが、それはとうの研究開発班による猛反対を受けて挫折したことがある。

 

 

 我々は好きで研究開発を行っているのだ!

 我々から仕事の時間を奪うな!

 

 

 それが研究開発班の言い分である。

 

 今のところ研究開発班はエグゼの協力で手に入れた鉄血の工場を稼働させ、独自の戦術人形開発に没頭しているほか、ヒューイによる歩兵支援兵器の開発の二つがメインプロジェクトとして進められている。

 研究開発班のこのプロジェクトが成功した時、MSFは盤石の地盤を得ると言っても過言ではない。

 

 すべてが順風満帆、後は余計な連中に絡まれなければ問題はないだろう。

 なのだが…。

 

「なあカズ、おもうんだが…彼女たちは妙にやさぐれてないか?」

 

「ボス…ほぼアンタのせいだぞ?」

 

「意味が分からないな…」

 

「そういうところだよ、ボス」

 

 

 最近の戦術人形たちはなぜだかストレスが溜まっているようで、みな不審な行動をとっているようで、言いようのない恐怖感にスタッフたちからも苦情がスネークのもとに届けられている。

 スコーピオンはイライラしたようにその辺を徘徊し、スプリングフィールドは笑顔を浮かべたまま銃剣をひたすら研いでいる、9A91は開発班に作らせたスネーク人形を抱きしめてその人形に話しかけている。

 見るからにやばい精神状態に陥っていることに、スネークは全スタッフの中で最も遅くその異変に気がついた。

 

 唯一まともなのはWA2000だ、殺伐とした雰囲気の戦術人形に混じり呑気にスイーツを頬張っているところは流石というべきか。

 

 ミラーとスタッフたちからの咎めるような視線をうけても、スネークは納得がいかない様子だ…。

 

 

「ようスネーク、ここにいたんだな!」

 

 そんなスネークに背後から抱き付いていった処刑人(エグゼ)

 その瞬間スコーピオンは狂犬のように唸り声をあげ、スプリングフィールドは銃剣で砥石をぶった切り、9A91はスネーク人形の首を絞めながら無表情で睨む…WA2000はアイスを食べている、とても美味しそうだ。

 

「エグゼ…いきなり後ろから飛びつくな。お、新しい装備を貰ったのか?」

 

「気付いた? 研究開発班がオレの専用装備を作ってくれたんだ」

 

 エグゼの今の装備は全身を包む特殊な強化服と防刃・防弾コート、小口径だが装弾数と連射力をあげたハンドガン、それから彼女の象徴とも言える剣は完全に作り直され以前と比べ細身の刀となっている。

 これらの装備はPMC4社が合流して得た技術と、以前から研究開発班が構想していたアイデアを融合させて造りだしたものだ。

 防刃・防弾コートはその名の通りある程度の刃物や銃弾から守ってくれるが、大口径の銃火器には効果をなさない。

 そして新たに作られた刀だが、これはレイヴン・ソード社からの技術提供によって生み出されたものだ。

 まだ試作段階で改良の余地はあると言うが…研究開発班はこれを高周波ブレードと呼んでいる。

 

 そして彼女の体表にぴったりと密着した強化服。

 スニーキングスーツをベースに装備した者の身体能力を高めるために特殊な素材と技術を用いている。

 さらに体表に密着させることで内臓器官の保護と強度の向上も兼ねているほか、密着させることでの止血効果も得られているのだ。

 研究開発班の熱意と願望を持って開発されたこの強化服は、いずれ生産されるであろう鉄血兵の装備としても既に量産が始まっている。

 

「着るのはちょっと面倒だけど、ぴったりしてて着心地はいいんだぜ?」

 

 そう言って、両手を広げて見せびらかすエグゼ。

 

 以前のノースリーブにショートパンツスタイルと比べると明らかに肌の露出は減ったが、身体に密着する強化服を着ているために彼女のボディラインがはっきりとし、きつめの強化服で窮屈そうな胸がとても…。

 生意気だがそういった情報には疎いエグゼは男性陣の視線が釘付けになっていることも知らずに、惜しげもなく鍛え抜かれた肉付きの良い身体を見せびらかす。

 

「いいセンスだ…」

 

「そうだろう! これさえあればどんな敵もぶちのめせるさ、サンキューなスネーク!」

 

 無邪気な笑顔でスネークの腕に抱き付くエグゼ…伝説の傭兵と言っても立派な男だ、美少女に抱き付かれていることにまんざらでもない様子のスネークだが…。

 背中から絶対零度の殺意を向けられていることに気付き、何かを思いだしたように足早に立ち去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だああぁぁッ! スネークのバカバカバカッ!」

 

 部屋に戻ったスコーピオンは先ほどの出来事を思い出し荒れに荒れていた。

 部屋にはりつけてあったスネークの写真を引っぺがして叩きつけ、そこに枕やらクッションなどを投げつけ怒りを発散させるがスコーピオンの気持ちはおさまらない。

 

「あたしというものがありながら、スネークったら、わからずやの、あんぽんたんの、朴念仁ッッ!」

 

 もう投げつけるものが無くなった部屋で息を乱し、しばらく写真を睨みつけていたスコーピオン…呼吸が落ち着いたところで、スコーピオンは壁から引き剥がした写真を手に取ると、写真の中のスネークをそっと指で撫でる。

 そうしていると部屋がノックされ、扉が開かれる…そこには今最も見たくないエグゼの姿があり、咄嗟にスコーピオンは近くにあった枕を投げつける。

 

「なにお前、ケンカ売ってるの?」

 

 しかし投げつけた枕は容易く受け止められ、逆に枕を顔面に投げつけられる。

 

「なにしに来たんだよ…!」

 

「別にお前に用はねえよ……」

 

 そう言って、エグゼは部屋を見回し小さく舌打ちをする。

 

「汚い部屋だな…虫かごみたいだ」

 

「誰のせいでこんなになったと…って、勝手に入ってくんな!」

 

「うるせえ、こう汚い部屋がそばにあっては気持ち悪い…掃除だ掃除」

 

「余計なお世話だッ!」

 

 ずかずかと入ってきたエグゼに唸って威嚇するが、意に介さず彼女は部屋を片付けていく。

 しばらく文句を言っていたスコーピオンだが、丁寧に物を片付けていくエグゼにいつまでも突っかかっているのがバカバカしくなり、自分も一緒に荒れた部屋の後片付けを進めていく。

 

「ちょ、それは捨てちゃダメだってば!」

 

「いらねえだろこんなの、処分だ」

 

「あーもう! だいたい終わったでしょ、はいはいありがとさん、さっさと出てってくれないかな!?」

 

「まだだ、ベッドの下と窓が汚れてる」

 

 スコーピオンの性格上細かい部分の清掃は疎かになっていたが、そこがどうしても気になるようで、結局エグゼが満足いくまで清掃は続く。

 おかげでスコーピオンが暴れる前よりもはるかにきれいな状態となり、本棚やタンスなどもきちんと整頓されるようになった。

 

「あんた結構きれい好きなんだね…」

 

「普通だろ」

 

 彼女の素っ気ない返事に気の抜けたため息をこぼす。

 もう気が済んだのならとっとと出てけ、そう言おうとしたところ、エグゼが壁に戻した写真を興味深そうに見つめているのに気付く。

 先ほど引っぺがしてストレス発散に使っていたものだが、捨てるのもなんなので戻しておいたものだが…。

 

「なに見てんの…?」

 

「いや…ただスネークの奴、お前らと一緒にいるとこんな風に笑うんだなって思ってさ」

 

 覗き見た写真は、マザーベースで行ったバーべーキューを撮った写真だ。

 笑うスコーピオンの隣で、笑顔を見せているスネーク…まだエグゼがMSFの一員になる前の日常の写真だ。

 

「オレは、あいつの笑顔をまだ見たことがない」

 

「でしょうね、四六時中ストーカーみたいに付きまとわれたら誰だって笑ってなんていられないよ」

 

 日頃の怨みを言葉に出して皮肉るがそれを聞いてか、エグゼは胸に手を当ててもの哀しそうな表情で視線を落とす…。

 

「ごめん…言い過ぎた…」

 

 そんなエグゼの予想外の反応に、少し罪悪感を感じたのか謝罪の言葉をスコーピオンは口にする。

 

「邪魔したな…」

 

 そう言って、エグゼはとぼとぼと部屋を出ていった。

 

 一人になった部屋でスコーピオンはきれいになったベッドに横になり天井を見つめる。

 あんなに嫌いだったエグゼだが、最後に見せたあの哀しげな表情を見て意地になっていたわだかまりがなんだかバカバカしく思えてくる。

 スネークを独占されている状況だが、エグゼの知らないスネークを自分は知っている…そう思ったスコーピオンはちょっぴり優越感を感じるとともに、エグゼも必死なんだなと思い、思わず笑みがこぼれる。

 

「ま、オセロットの言う通りああ見えて思春期の小娘だもんね、先輩として堂々としないとね」

 

 そういえばどさくさに紛れて写真を盗まれたと気付くのにものの数分とかからなかったスコーピオンである…。

 

 

 

 

 

 

 スコーピオンの部屋を出たエグゼは、盗んだ…というよりそのまま持ってきてしまった写真を眺めつつ当てもなくマザーベースを歩いていた。

 たまに声をかけてくれる兵士たちに返事もせず、ただ写真の中で笑うスネークを見つめ続けていた。

 そんなものだから、通路の角を曲がって来た人と真正面からぶつかってしまう。

 

「イテテ、悪い…よそ見してた」

 

「いえ、こちらこそ…ってエグゼ?」

 

 正面衝突をしたのは9A91であった。

 体格的にエグゼの方が大きいため、より小柄な彼女は壁に頭をぶつけとても痛そうにしている。

 

「ところで何やってんだこんなところで」

 

 倒れた9A91に手を貸しつつエグゼがそう聞いた。

 スネークを巡って不毛な争いを繰り広げているが、この二人は案外気を許しあった仲である…先の戦闘で互いの遺恨を清算し、以来互いにスネークに忠を誓った間柄と戦士と認め合った仲でもあるからだ。

 

「これから司令官のお部屋に行くところでした」

 

「スネークの部屋? スネークは任務に出てるからいないはずだろ?」

 

「はい知ってますよ」

 

「いや知ってるってお前…まさか不法侵入かよ」

 

「お部屋の掃除です、何もやましいことなんてありません」

 

「あ、そう…」

 

「エグゼも一緒に行きますか? 部屋の掃除」

 

「じゃあ…行くか」

 

 同行を決め、清掃用具を手に偽装(カモフラージュ)をし、二人は意気揚々とスネークの部屋へと向かっていった。

 鍵のかかった扉を9A91は慣れた手つきで開錠し、部屋の中に入る。

 

「さ、掃除の始まりです」

 

「おいおい、本当にいいのかよ…」

 

 さすがにまずいだろうと躊躇するエグゼだが、9A91は今更止まるつもりはないようで掃除機を手に取る。

 だが掃除機を起動させゴミを吸い取るのかと思うと、掃除機を放置し辺りを物色する。

 

「なるほど、掃除機の動作音で物音をかき消す作戦だな…お前やっぱ頭おかしいな」

 

「普通です」

 

 称賛と呆れの入った目で見るエグゼをよそに、ごそごそとベッドの下から何かを取り出す…それは盗聴器、スネークのプライバシーを解き明かす重要アイテムだ。

 だが9A91は顔をしかめ盗聴器を乱雑にポケットにぶち込む。

 

「盗聴してたのがばれてたみたいです、壊れてました。さすが司令官です、もっと小型のものを研究開発班にお願いしないと…」

 

 それから部屋に置いた額縁や花瓶を調べるも、どれも9A91が狙っていた戦果は得られていないようだ。

 さすがは伝説の傭兵、思春期少女の微妙な心の悩みは読めなくても、盗聴や盗撮の類には人一倍敏感な男だ。

 

「うーん…全滅ですね」

 

 諦めて掃除を始める9A91、スネークが帰ってくる前に証拠隠滅を図る狙いだろう。

 ここまで当たり前のように行動している彼女の姿にあきれ果て、エグゼはベッドに腰掛けた。

 

 そんな時、そういえばスネークの部屋にいるんだよなと改めて自覚したエグゼは急に恥ずかしくなってきたのか、雪のように白い肌を少し紅潮させる。

 スネークがいつも休んでいるであろうベッドに手をのばし、そっと横になる…。

 洗濯したばかりの柔らかなシーツの香りが心地よい。

 そのままベッドに身体を横たえ目を閉じてみる。

 

「スネークはこのくらい固いベッドが好きなんだ……って、なにやってんだオレは!? あぶねえな全く」

 

 我に返ったエグゼであるが、ふと触ったベッドの下の感触に違和感を感じ、ゆっくりとそれを引き抜いていく。

 

「う…! こ、この本は…!」

 

 見つけ出してしまった"雑誌"にエグゼはおもわず赤面する。

 咄嗟に投げつけた"雑誌"は壁にあたって床に落ち、適当なところでページを開く…。

 こういった内容に耐性が無いらしく、恥じらうエグゼだが全く興味がないわけではないようでおそるおそるその"雑誌"の前でしゃがみこむ。

 つられて9A91もその場にやって来て一緒にしゃがみこむ…。

 

「スネークの奴…なんてもの持ってんだよ…!」

 

「わたしという存在がいながら…許せません」

 

 それでも興味津々とページをめくっていく不法侵入者二人。

 

「スネーク、胸が大きい女が好きなのかな…」

 

 "雑誌"に掲載されている女性は皆それはもう立派なものの持ち主ばかりだ。

 頬を紅潮させつつ少し自信が無さそうに自分の胸を触るエグゼ、ふと前を見ると貧相な胸を恨めしく睨む9A91の姿があり、トラブルを避けてそっと胸から手を離す…。

 

 

 

「なにやってんですかあなたたちは…?」

 

 

 不意に声をかけられ、二人は飛び上がる。

 振り返った先にはかわいそうな人を見るような目で見下ろすスプリングフィールドがいる。

 ため息をこぼし、呆れたように説教を行う彼女に二人は何も言い返すことができなかった。

 

「全く、不法侵入に加えスネークさんのプライバシーを侵害するような行為…ばれたら嫌われてしまいますよ?」

 

「それは困ります!」

 

「嫌われるだって!?」

 

 スネークに嫌われる、という言葉は二人にとって抜群の効果を発揮するようで死刑を宣告されたかのように怯える二人…そんな二人の様子に何か思いついたのか、スプリングフィールドは黒い笑みを浮かべた。

 

「あーでもどうしましょうかね…これは本人のためにもお知らせした方が良いのかもしれませんね。わたしがスネークさんに言わなかったらあなたたちまた何かしでかすでしょう?」

 

「ごめんなさい、スプリングフィールドさん、見逃してください…!」

 

「頼むよ、なんでもするからさ、黙っててくれよ…!」

 

「ん? 今なんでもするって言いましたね…?」

 

 言質を得たスプリングフィールドは清々しいほどの笑顔を振りまき二人に微笑みかける。

 やっちまったと頭を抱えるエグゼと9A91に邪悪な笑みを浮かべつつ、スプリングフィールドはこの事を黙っている代わりにある条件を二人につきつける。

 それは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようスプリングフィールドちゃん、今日もかわいいね!」

 

「もう、褒めてもお安くできませんよ?」

 

「本音を言ったまでさ、ところで新人さんの様子はどうだい?」

 

「ええ、とってもよく働いてくださるんですよ? とても大助かりです、これならお店を開く日も増やせそうですね」

 

 

 そこはマザーベースで不定期に開かれる憩いの場。

 スプリングフィールドが空いた時間にカフェを開き、得意の料理と美味しい飲み物をご馳走するMSF糧食班協賛のお店だ。

 看板娘でありオーナーのスプリングフィールドは、戦術人形として戦場での任務もあるためにカフェを開ける日というのは少ない。

 せめてお手伝いがいればと、スプリングフィールドは常々思っていたのだが、ついに念願かない二人の協力を得ることができた。

 

「お待たせしましたコーヒーとケーキです! はい、お待ちください、すぐに伺います!」

 

 小奇麗な白いメイド服に着せ変えられ、込み合ったカフェを忙しく動き回る9A91、スネークに嫌われたくない一心で働く彼女にスプリングフィールドはとても大助かりだ。

 

 

「ほらエグゼさんも、いい加減出て来たらどうですか?」

 

「う、うるせぇ! こんな、こんな変な服着させやがって…!」

 

「あら、とってもかわいいですよ?」

 

 厨房の奥にうずくまって隠れているエグゼは、9A91のものとは対照的な丈の短い黒いメイド服を着せられている。

 服のサイズが若干合わないのか、へそ周りの肌が露出しスカートも精いっぱい引っ張ってようやく下着が隠れるほどだった。

 

「ほら、とってもかわいいですから…ね? みなさんにお披露目しましょうよ」

 

「チクショウ…お前後で殺してやる…!」

 

 観念したのか、ゆっくりと厨房から出ていったエグゼ。

 エグゼがカフェに姿を見せると拍手をもって迎えられ、歓声や口笛が吹かれる…そっと様子を見守っていたスプリングフィールドも満足げに頷く。

 

「さ、さっさと注文しやがれ…!」

 

 屈辱に目を潤ませながら睨みつけるが、いまいち迫力がない様子…むしろそんな姿が一部の兵士にウケたのか再び盛大な拍手が起こる。

 

「ヒューヒュー! エグゼちゃん可愛いよー!」

 

 いつの間にか混ざっているカズヒラ・ミラーの掛け声でカフェの兵士たちは一層の盛り上がりを見せた。

 

 その日の運営は過去最高の集客数を得ることができたが、スプリングフィールドが思う静かで心休めるようなカフェ…というコンセプトからは程遠いため、二人の助っ人はその日限りのものとなった。

 だがエグゼの貴重なコスプレ写真はカズがしっかりと写真におさめ、周囲に無償で配られていたためしばらくの間エグゼは屈辱の毎日を送るのであった…。

 

 後日、マザーベースの甲板につるし上げられたカズの姿があったとかなかったとか…。




鉄血兵+強化服+ヘルメット+P90=ヘイヴン・トルーパー(カエル兵)
これでいきます(笑)


次回予告!

特殊部隊編成!

MSFにもAR小隊とか404小隊とか叛逆小隊みたいなのが欲しいのじゃ


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FOXHOUND

中東地域、某国―――。

 

 かつてそこはシルクロードの中継地として栄え、歴史あるモスクや宮殿と古い町並みが並ぶ美しい国であった。

 第三次世界大戦の戦火から逃れ、大量破壊から国土を守ることができたが、その後の世界情勢の混乱と国内の問題がいつしか紛争へと発展していった。

 政府軍と革命を目指す反政府勢力の戦いは数年以上も続き、かつて世界遺産にも登録されていた美しい町並みは破壊され、廃墟と化している。

 戦争が恒常化し、戦場はいつしかこの国に取って日常となる…連日ニュースをにぎわせているのは政府軍と反政府軍との戦闘の様子だ。

 

 国の放送局を牛耳っているのは政府側だ。

 連日流されるニュースでは政府軍の戦果を誇張して報道し、都合の悪いニュースは国民に知らせずプロパガンダを流し続ける。

 だがある日を境に、放送局は政府側のプロパガンダ放送を止めると、独裁政権の批判や国民の自由を促すような放送へと変わっていった。

 それとほぼ同時期に、政府軍側は反政府勢力に対しあらゆる戦場で敗走を繰り返していくのであった。

 

 日頃政府のプロパガンダを見続けていた国民は隠されていた真実に戸惑い、あるいは共感し反政府勢力に寝返る者も次々に現われる。

 政権打倒を掲げた民兵たちは反政府勢力に合流しさらに政府軍は追い込まれる。

 もはや政権側に残されているのは首都と一部の都市のみ…戦火を恐れて既に大量の国民が難民として国外に逃げ出し、逃げ遅れたものは戦場の中に取り残される。

 革命の気高い精神の裏で行われる虐殺や強姦、力なき人々は誰にも助けを求めることもできずに蹂躙されていく。

 

 

 そんな中東の滅びかけた国家の最後の防衛線にて、最後の攻勢が繰り広げられている。

 ギラギラとした灼熱の日差しの元、首都のあちこちで黒煙が上がり銃声と爆発音が響き渡る。

 最後まで政府と大統領を信じ首都まで逃げ延びた国民にもはや逃げ場などない、どこもかしこも戦場となり放たれた砲弾が住居を吹き飛ばし兵士、一般人の区別なく命を奪う。

 町の外では政府軍側の増援部隊がなんとか首都の防衛を果たそうとしているが、彼らは首都の防衛軍からも切り離されていく…。

 

 

「なんとしても首都の防衛軍と合流するんだ!」

 

 

 増援部隊を指揮する将校がそう叫ぶが、彼らを足止めする部隊の頑強な抵抗に合い思うように行動できないでいる。

 政府軍と対峙しているのは統一された装備を身に付け先進的な武装をした部隊だ。

 寄せ集めの反政府勢力とは明らかに練度の違うその部隊を政府軍の将校は忌々しく睨む。

 

 プレイング・マンティス社。

 一度解体しMSFと合流し再度組織を立て直したそのPMCは今やその存在を知らないものはいない。

 プレイング・マンティス社だけではない、MSFに合流したPMCは世界中にビジネスを展開しあらゆる戦場にその戦闘力を売り込んだ。

 直接の戦闘の他、兵站・警備・訓練を生業とし徐々にMSFを中心としたPMCは拡大しつつある。

 

 政府軍の戦闘員の果敢な攻撃と、政府軍が所有する軍用人形の攻撃も合わさり、ようやく彼らはプレイング・マンティス社の強固な防御陣を崩す。

 ようやく開けた突破口に雪崩れ込む政府軍と、徐々に後退していくプレイング・マンティス社…。

 プレイング・マンティス社の傭兵たちを追って市内に再突入した政府軍だが、さっきまでそこにいた傭兵たちは姿を消していた…大した抵抗もなく奥に進んでいく政府軍だが、不安に駆られた将校が部隊を停止させた。

 

 そんな時、戦場には似つかわしくない牛のような低い鳴き声があちこちで聞こえてきた。

 その鳴き声は徐々に部隊の近くにまで接近してくる…。

 

 街の向こうで何かが跳んだ。

 次の瞬間、ソレは彼らの目の前に降り立つ。

 

 

「な、なんだこいつは…!」

 

「化物だ!」

 

 

 それは有機的な二本の足を持った5メートルほどの異様な兵器であった。

 街の向こうで跳躍する兵器は一瞬で部隊の目の前にまで着地し、着地と同時に兵士たちを踏みつぶす。

 恐慌状態に陥る兵士たちは銃を乱射するがその兵器の装甲の前に全て弾かれ、銃弾をものともしないその兵器は一気に走りだすと、巨体を兵士たちにぶつけ弾き飛ばしていく。

 退却しようにもその兵器は跳躍して一気に移動し退路を塞ぐ、前後左右を囲まれた部隊は機銃による掃射、強靭な脚で蹴り殺され命を落としていく。

 

「これは夢だ…! 一介のPMCが、国を崩壊させるなどと…あってはならない…!!」

 

 一人また一人と部隊が蹂躙されていく様を、将校はただ茫然と見ていることしかできない。

 そんな将校に兵器は近付いていき巨大な脚をゆっくりとあげる…。

 

「か、神よ…何故我らを見棄てたのか…!!」

 

 跪き、銃を手放した将校の頭を、その巨大な脚で無慈悲に踏みつぶす。

 部隊を殲滅した兵器達はその場に緑色の排液を垂れ流し、次なる戦場へ向けて跳んでいく…。

 

 

 

 

「見なさい、国家の終焉よ…」

 

 戦火に晒される首都の外れで戦場を一望する一人の少女。

 左目に縦に走る傷痕のあるその少女は、時折双眼鏡を手に戦場を見回し端末に情報を打ちこんでいく。

 

「PMCが政権を崩壊させるなんて前代未聞ね…それで、グリフィンが高い報酬をくれそうな情報は得られたの?」

 

「戦闘をおさめた映像以外に? メタルギアZEKEって言ったかしら…M4がグリフィンに持ち帰ったあの映像に比べたら驚きは少ないかもね」

 

「あの女の話しは止めてくれる?」

 

「あなた本当にAR小隊が嫌いなのね…あ、見て、大統領官邸が陥落したわ。長かった内戦も終わりね」

 

 双眼鏡で見る先では、大統領官邸から手を挙げて投降する政府軍兵士たちがぞろぞろと出てくる。

 官邸に掲げられた国旗は引きずり降ろされて燃やされ…。

 熱狂する反政府勢力は新たに自分たちのシンボルを掲げ歓声をあげている。

 

 そんな中、もう一つのシンボルが街の中心部に掲げられる。

 黒地に白い髑髏が描かれた巨大な旗、宮殿の屋根の上でその旗を誇り高く掲げているのはかつて鉄血のハイエンドモデルと言われていた処刑人。

 

「OUTER HEAVEN…MSFを母体にPMC4社が合流して生まれた連合PMCってところかしらね。クルーガーもこんな短期間にここまで拡大するなんて思ってもなかったでしょうね…」

 

 旗を誇らしげになびかせ、勝利の余韻に浸っている処刑人の姿を…UMP45は笑みを浮かべつつ観察していた。

 処刑人の傍に控えているのは強化服に身を包み直立不動のまま並ぶ戦術人形の姿がある…鉄血の工場を獲得したMSFが生み出し、新たな使命を宿し生まれた最新鋭の戦術人形だ。

 

「45姉、ただいまー!」

 

「あらおかえり(ナイン)…あいつらの様子はどうだった?」

 

「もー最悪だったよ、あと少しで捕まるところだったんだから…MSFの諜報班ってかなり危険だよ」

 

 新たに現われた茶髪の少女UMP9は疲れ果てたようにその場に横たわる…。

 

「使えないわね、調べ物の一つもできないって言うの?」

 

「まあまあ落ち着きなさい416、MSFの諜報班は優秀よ、無理もないわ…あの男の目の黒いうちはこれ以上の情報入手は難しいかもね。ところでG11は?」

 

「あっちの木陰で寝てるよ、あのこも追われて流石に疲れたみたいだよ」

 

「そう、今は休ませておきなさい。一時間後に出発よ」

 

「今度はどこに向かうの?」

 

「さあどこかしらね…もう連邦政府も黙っていないだろうし、新しい戦争が起きるかもね。鉄血だけに構ってる場合じゃないわ。それにしても興味があるわね、BIGBOSS…どんな人なのかしら?」

 

 内戦の終結を見届けたUMP45はまだ見ぬMSFのカリスマへの興味を隠しきれず笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボス、話しがある」

 

 任務からマザーベースに戻ったばかりのスネークをオセロットが呼び留める。

 諜報班のトップとしてあちこち駆けまわっているオセロットと戦場を渡り歩くスネークが会うのは実に久しぶりだ。

 久しぶりに会った挨拶もそこそこにオセロットはスネークを司令部の一棟へと連れていく。

 

「ボス、404小隊という名を聞いたことは?」

 

「いや、それがどうした…?」

 

「最近こそこそオレたちを嗅ぎまわっている戦術人形の部隊だ。雇い主はおそらくグリフィン…」

 

 エグゼとの戦闘以来、たまにコミュニケーションをとっているグリフィンだが、友好的な関係…とは言えない間柄だ。

 かといって対立しているというわけでもなく、いうなれば互いの腹を探り合っている状態にある。

 先の戦闘で勝利したことも要因の一つだが、鉄血の工場を獲得し支配地域を大幅に拡大したことが大きく影響している。

 協定に囚われないMSFの拡大はグリフィンにも危機感を抱かせ、周辺諸国との軋轢も考慮してのことだ…グリフィンとしてはこれ以上のMSFの拡大は望んでいないということだ。

 

「いずれ404小隊が現れるかもしれないが、絶対に信用するな。スパイだからな」

 

「お前がいなかったら見逃していただろうな、頼りになるぞオセロット」

 

「そんな悠長な事を言っていていいのか? まあ、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 素っ気ない物言いだが、どこか誇らしげなオセロットである。

 

 さて、彼がスネークを引っ張っていった先の部屋では既に何人かが待っていたようだ。

 その中の一人、エグゼはスネークを見るや否や小走りでそばに駆け寄ってくる。

 

「スネーク、初仕事大成功だ! 作戦成功、反政府軍の勝利に貢献してきたぜ!」

 

「よくやったなエグゼ、大したもんだ」

 

「えへへへ…」

 

「し、司令官…! 9A91も作戦を成功させました!」

 

 一緒に部屋にいた9A91も負けじと戦果をアピールする。

 二人の頭をまとめて撫でて褒めてくれるスネークに、二人は嬉しそうに笑う。

 

「で、なんでわたしもよばれたのよ」

 

 褒められて喜んでいる二人の背後では、つまらなそうに椅子に座るWA2000がいる。

 部屋にはもう一人"マシンガン"キッドの姿もあるが、ソファーに身体を横たえていびきをかいて寝ている。

 

「お前たちに集まってもらったのはほかでもない、こんど新設する特殊部隊の候補として選抜したためだ。ボスは諜報と戦闘の両方を兼ねる部隊の新設をお望みだ」

 

「ふーん…スコーピオンとかは呼ばなくてもいいの? あいつこういう場からはぶられたらキレるわよ?」

 

「この特殊部隊は馴れ合いで組織するつもりはない。ここ数週間の戦闘記録を元に優秀な成果を収めているかどうかオレが判断し選抜した…確かにスコーピオンのボスへの忠誠心は疑いようもない。だがあいつはまだ戦闘面での未熟さが目立つ、スプリングフィールドは性格上単純に向いていない…」

 

「そ、そう…でもわたしなんかでいいの?」

 

「オレがお前を選抜したんだぞ、何か不安でもあるのかワルサー?」

 

「い、いや、別にないわよ…!」

 

 赤くなってもじもじしているWA2000から目を逸らし、いまだソファーで寝ているキッドを一瞥する。

 現在のMSFにおいて彼の戦闘力は生身の人間ではトップクラス、スネークやオセロットに次いでエイハヴとも並ぶ戦闘力の持ち主だ。

 エイハヴは前哨基地の部隊長としての都合上特殊部隊への加入は見送られたが、代わりに元SASとして特殊部隊への入隊経験があるキッドが選ばれている。

 

「部隊の名は…FOXHOUND、サンヒエロニモが懐かしいんじゃないかボス?」

 

「オレはとっくの昔に除隊したはずだぞ」

 

「サイファーに対立するあんたにはちょうどいい部隊名だと思うぞ、まあここにサイファーの陰はないがな。言い忘れたが、オレもFOXHOUNDのメンバーになる。部隊の司令官はボスだが、訓練及び指導はオレが行う、いいな?」

 

 WA2000や9A91はそれで受け入れているが、エグゼはそうはいかない。

 仲間になる条件としてスネーク以外の命令は聞かないと宣言しているだけに、自分に命令をしようとしているオセロットの態度は彼女にとっては気にくわない。

 

「不満か、処刑人」

 

「当たり前だよオッサン、なんでオレがお前の命令を聞かなくちゃならないんだ?」

 

「お前が未熟だからだ処刑人」

 

「この野郎…!」

 

 苛立つ処刑人は唐突にオセロットに殴りかかる。

 受ければ怪我では済まされないエグゼの拳をオセロットは容易く交わし、彼女の足を払うと体勢を崩して倒れた彼女の腕をひねり上げる。

 

「調子に乗るなよ、自分がMSFで二番目に強いとでも思ってるのか? 言っておくがお前を部隊に入れることは今でも悩んでいる、精神の未熟さではお前もスコーピオンと変わらんぞ」

 

「その辺にしておけオセロット」

 

「躾がなっていないぞボス、部隊に狂犬はいらない…こいつの指導だけはあんたに任せた方が良さそうだ」

 

 解放されたエグゼは痛めつけられた腕の関節をさすりつつ、スネークの背後に隠れオセロットを睨みつける。

 

「スネーク、オレあいつ嫌いだ…!」

 

 スネークのかげに隠れて威嚇するさまは、たしかにオセロットの言う通りまだまだ未熟な少女の姿だ。

 その姿はどことなくオセロットの訓練を受け始めたばかりのスコーピオンの姿にも酷似している、どことなく似たような行動をするエグゼにWA2000と9A91はおもわず微笑む。

 

 

「FOXHOUNDの正式な結成はまだまだ先だ、だが選ばれたからと言って油断するな。少しでも見込みがないと判断すれば外していく、それを忘れるなよ」

 

 

 オセロットの最後の言葉に、戦術人形たちは気を引き締め直す。

 以降、MSF初の特殊部隊FOXHOUNDに加わるための熾烈な競争が始まる。

 それは彼女たちだけでなく、優秀な兵士たちにも広がっていくのであった…。




オセロット「いつまでもヤンデレを見過ごしていると思うなよ小娘ども」

やっぱオセロットがメインヒロインでカズがサブヒロインですね!

そしてわたくしの真のヒロイン月光がついに!

スネークたちの活躍の裏で404小隊とオセロットとの熾烈な諜報合戦が始まってます。

次話当たりから本編の流れに戻しましょうかね。
時系列的に次の鉄血ボスはハンターネキですな、処刑人との絡みをかくのが楽しみです(修羅場不可避)


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番外編:古い記憶

 壊れてしまった世界のありふれた戦場にて…。

 

 

 数人の鉄血兵を伴い、処刑人は戦闘で荒れ果てた旧市街を練り歩く。

 かつての大戦の影響を受けて住人の減ってしまった市街にとどめを刺すように大規模な戦闘が起こった場所だ。

 住居が並んでいた場所は砲撃と爆撃で、ほとんどの住居が土台だけを残して破壊され、燃える炎に焼き尽くされて炭化した木がまばらに立っていた。

 その眼を獰猛な獣のようにぎらつかせながら、処刑人は周囲を伺う。

 砲撃で崩れなかった建物を見つければ、そこへ配下の鉄血兵へ指示を出し、住居の中に向けて火炎放射器を放つ。

 地下壕のような物も見つかればそこに向けても火を放つ…少しでも誰かが隠れていそうな場所に対して、執拗とも言えるほど徹底的に処理を施していた。

 

 処刑人が引き連れてる部下以外にも、街のあちこちで似たような部隊が掃討をしており、時折あぶりだされた者がいたのか銃声が荒廃した市街に響き渡る。

 それも数分、あるいは数秒もすれば処刑人のもとへ標的を排除したとの通信が入る…。

 

 ふと、処刑人は砲撃で崩れ落ちた廃墟の前で立ち止まると、くんくんと何かを嗅ぐような行動をとる。

 彼女は無言で配下の鉄血兵に崩れた廃墟を指差し、鉄血兵は数歩前に出ると崩れた廃墟に向けて火炎放射器を放つ。

 その後、処刑人が鉄血兵の一人から手榴弾を一つ貰うと、廃墟の窓に向けて放り投げる…。

 爆発と同時に、廃墟の窓を叩き割り少女が一人脱出するが、気を張りつめさせていた処刑人は見逃さず、逃げようとする少女の背中に向けて数発発砲した。

 一発が少女の背に命中し、撃たれた少女は走っていた勢いのまま崩れ落ちる。

 

「やれ」

 

 短く、そう指示すると鉄血兵は倒れた少女のもとへ駆け寄ると、とどめを刺すように銃を乱射する。

 殺処理を示すように親指をあげる鉄血兵に小さく頷いた次の瞬間、その鉄血兵は銃撃を受けて崩れ落ちる。

 どうやら家屋にまだ生き残りがいたらしい、二階部分から撃ってくるもう一人の少女へ向けて鉄血兵は一斉に銃撃をくわえる。

 配下の兵士たちが生き残りの少女を食い止めている間、処刑人は密かに廃墟の中へ入り込む。

 激しい銃撃戦をしている少女がいる二階部分へゆっくりと上がっていくと、ちょうどリロードのために遮蔽物に身を隠していた少女と目が合った。

 

 慌ててリロードをしてその銃口をあげる少女であったが、その時には既に処刑人の剣は振り払われようとしていた。

 処刑人の剣は銃を持つ彼女の腕を銃ごときり落とし、素早く二の太刀が振られ、少女は膝の辺りを斬られその場に崩れ落ちる。

 苦痛に呻き声をあげる少女の腹を踏みつけ、処刑人は冷たい目で見下ろす…。

 涙と血で濡れる少女は処刑人を忌々しそうに睨む…。

 ふと、処刑人は視線を少女の顔から外し、少女の胸元へと視線を向ける…そこに手榴弾が一つ括りつけられ、唯一残った手でそれを掴もうとしている。

 

 少女の腹を踏みつけるのを止めて、処刑人は残った腕を手に取ると、ナイフを取り出してひじのあたりに刃先を刺し込んでいく。

 

 肉を切り開かれる痛みに少女は悲痛な叫び声をあげる。

 そのまま処刑人は乱暴に少女の関節部分を破壊していき、ついには少女の腕はその機能を果たさなくなるまでに破壊される。

 それから少女の胸に付けられた手榴弾をとると、安全ピンを引き抜いて少女の破壊された手に握らせる。

 

「放すなよ、仲間が来てそれをどうにかしてくれたらお前の勝ちだ」

 

 そこらにあった布きれで手榴弾を覆い隠し処刑人はその場を立ち去る。

 

 廃墟を出ると既に鉄血兵たちが整列し主人の指示を待つ状態となっていた。

 

 

「お前たち、戦場でそんなきれいに並んでいたら格好の的だぞ。こういう時は散開して周囲を警戒するんだ」

 

「了解、処刑人」

 

 少し疲れたように一息つき、戦闘で乱れた髪をかき上げる。

 元はきれいな黒髪だったのだろうが、返り血でべっとりと汚れ乱れきっている。

 それを構いもせず、引き続き処刑人は掃討を行っていく。

 

「処刑人、他の部隊は掃討を完了した模様です」

 

「おう、市街地の外に地雷でも敷いとけ。グリフィンのアホどもが来ないうちにな」

 

「了解です」

 

 そんな時、処刑人たちの後方で爆発音が響く。

 振り返った処刑人は先ほど少女がいた廃墟から煙が上がっているのを見ると、つまらなそうにぼやく。

 

「たいして頑張らねえもんだな…おう、オレたちは帰るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、作戦終了だぜ。街の人間とグリフィンのアホ人形どもは皆殺しにしてきたぞ」

 

「あらおかえりなさい、相変わらず酷い格好ね。もう少しきれいに戦闘できない?」

 

「仕方ねえだろ、斬ったら返り血がつくんだよ」

 

 鉄血の司令部に帰還した処刑人を出迎えてくれたのは、妙に気だるそうな様子の夢想家である。

 返り血や硝煙で汚れ酷い匂いの処刑人だが、構わず夢想家の座るソファーへと腰掛ける。

 

 

「あ、処刑人おかえり…って何その酷い格好!? ちゃんと洗ってから中に来てって言ってるじゃない!」

 

「うるせえな、こっちは疲れてんだ。おう、それよりデストロイヤー…テメェオレになんかいう事あるんじゃないか?」

 

「は? そんなのないわよ」

 

「ほう…お前オレの部下にちょっかい出したろ? 昨日オレに泣きついてきてよ、グリフィンからの戦利品とり上げられたって」

 

「うっ…うるさい、下級人形の癖にあたしに自慢してくるからよ! 何か文句でもあるの!?」

 

「大ありだよメスガキめ、とったもの返しやがれ。そしてオレに殴られろ」

 

「ひっ、こっち来るなメスゴリラ!」

 

 逃げるデストロイヤーと追いかける処刑人。

 部屋の外でドタバタと騒がしい音を響かせている二人に、夢想家はくつくつと笑う。

 そのうち処刑人が戻って来たがどうやら逃げられたらしい。

 再びソファーに腰掛けようとしたところ、また別な女性がその部屋に訪れる。

 

「なんの騒ぎですの?」

 

「げっ、代理人…!」

 

「なんです、その恐ろしいものでも見たような反応は。それにしても酷い格好ですね、わたし前にも中に来る時はしっかりきれいにしてきなさいと言いましたわよね?」

 

「いやーちょっと疲れたから一休みでもしようかなと、ハハ…」

 

 笑ってごまかそうとするが代理人の厳しい視線を受けて笑みが消える。

 鉄血内部で最高位に近い指揮権を持ち、なおかつその厳格さと冷酷さで鉄血の内外から恐れられている代理人だ。

 今日の処刑人は以前から指摘されていたにもかかわらず、汚い格好で中に入ってきてしまったために代理人よりお叱りを受ける。

 いつもは強気で格上の人形にも反抗する処刑人だが、代理人相手にはそうもいかず彼女の前で小さくなっていた。

 

「それから、あなたの部屋は毎回汚いですわ。散らかしっぱなし、服は脱ぎっぱなし、全く片付けに手間取りましたわ」

 

「お、部屋の掃除してくれたのか! サンキューな!」

 

「やかましい」

 

 額に代理人の手刀を受けてもがく処刑人、そんな彼女に呆れたようにため息をこぼし、彼女の手を引いて部屋を出ていく。

 向かった先は簡易なシャワー室、無機質なタイル張りにシャワーだけが取り付けられた簡単な造りだ。

 衣服を引き剥がされシャワー室にぶち込まれた処刑人は観念して戦場でついた汚れを落としていく。

 

「ったく、きれい好きも考えもんだよな。代理人のアレは潔癖症だな」

 

「普通のことですわ」

 

「うわっ! 代理人、お前な…こんなとこまで付いてくるなよ」

 

「あなたどうせ簡単に洗うつもりでしょう?」

 

 下着姿でシャワー室に入ってきた代理人は処刑人の手からシャンプーをひったくると、手のひらできちんと泡立てた上で処刑人の汚れた髪を洗髪していく。

 もう何日も戦場に居て、戦闘のたびに返り血を浴びた汚れはとても頑固なものであった。

 それを代理人は丁寧に、なるべく痛みを感じさせないようしっかり汚れを落としていく。

 代理人の慣れたような手つきと、彼女の柔らかな指が頭を撫でている優しい感覚にいつの間にか処刑人も目を閉じてリラックスしている…もっとも顔が泡まみれで目を開けないだけにも見えるが。

 最後にシャワーで泡を丁寧に流して洗髪は終了だ。

 

「サンキューな、後は―――」

「身体を洗うだけですわね」

 

 既にバスボウルにしっかりと泡立てられたボディーソープが用意されている、手際の良さに感心していると、代理人はおもむろに下着を脱ぎ始めた。

 

「おい、なにやってんだあんた!?」

 

「お風呂場で下着をつけたままの方がおかしいでしょう。ほら、前を向いてなさい」

 

 羞恥心に顔を赤らめ、言われた通り真正面を向く処刑人だが、目の前にある鏡のせいで代理人の露わな裸体が丸見えだ。

 耳まで真っ赤にして、処刑人はうつむき目を閉じて、あらゆる視覚情報をシャットアウトする。

 

 そうしていると、しっとりとした泡の感触が処刑人の肩を包み込む。

 代理人はせっせと泡をすくって彼女の身体にかけているらしい…目を閉じているために余計な想像が浮かび上がり、時折触れる代理人の柔肌を感じて身体の芯が熱くなってくるのを感じる。

 

「さ、リラックスなさい」

 

「お、おう…」

 

 泡を全身に塗られ、ついに代理人の手のひらが本格的に処刑人の身体に触れ始める。

 肩から腰にかけて、いつもの冷徹な姿からは想像もできないほど、代理人はまるで繊細なものを触れるかのように優しく手を滑らせていく。

 ただ優しく触れているだけでなく、時折強弱を入れて身体を洗っていく。

 そうしていると、代理人はわきの間から手を前にすべらせていくとゆっくりとお腹の辺りを撫でまわす…。」

 

「前を向きなさい」

 

「え、いや…前は自分で洗えるから」

 

「前を向きなさい」

 

「はい…」

 

 観念して振り返ると、代理人のスレンダーな身体がその眼に飛び込んでくる。

 だが恥じらう処刑人とは対照的に、彼女の表情はいつもの淡々と仕事をこなしている時の冷たい表情のままだ。

 わなわなと震える処刑人を一瞥し、再び適量の泡を手に取り彼女の胸元・お腹・両足、そして股にかけていく。

 

 常日頃恐れている代理人が今、自分にご奉仕するかのように身体を洗っている。

 そんな背徳感とシャワー室の熱気で汗ばむ代理人に同性であるはずの処刑人ですら、その魅惑的な姿に脳髄を焼き焦がされてしまいそうになる。

 そしてついに、代理人の手が処刑人の胸元近くまでやってくる。

 

「力を抜きなさい」

 

 処刑人が身体をこわばらせているのを感じ取り、穏やかな声色でそう呟く。

 じっと見つめてくる代理人は本当にいつもの冷淡な表情のままだ、勝手に欲情している処刑人とは違いこれも仕事の一つだと、いつものように淡々と行っているのだろう。

 だがそんな代理人の目を真っ直ぐに見つめていると心が落ち着いてくる、処刑人の身体から力が抜けたことを感じ取った代理人は彼女の胸に触れるのであった。

 

「ん……おい、あんまり触るなよ」

 

「静かになさい」

 

 他の誰かにこんなにも触られた経験のない処刑人は、恥ずかしさから逃げるように視線を横に向ける…いつの間にかいたらしい、夢想家がニヤニヤと二人を見つめている。

 

「さ、後は…」

 

 夢想家を追い払おうとしたが、代理人が次なる標的に目をつけたために慌てて視線を戻す。

 既に代理人の手は内もも辺りに置かれ、処刑人の最後の聖域を犯そうとしている。

 もはや大笑いしている夢想家の声など耳に入らないくらい処刑人は追い込まれていた。

 堅く閉じられた処刑人の両足を、代理人はそっと開く…抵抗しようと思えばいくらでもできるはずなのに、自分の意思とは反対に受け入れる身体に処刑人はさらに困惑する。

 

 そっと、内ももから代理人の手が動き、ついに彼女の股に触れようとする…。

 

 

 

「おや、通信が入りましたね」

 

 唐突に手を止めた代理人に処刑人はおもわず情けない声を漏らす。

 

「ふむ、今から向かいますわ……さて処刑人、後は自分でやりなさい」

 

 そう言って代理人はタオルで身体を拭き、衣服を身に付けてさっさと立ち去っていく。

 後に残されたのは呆然とした様子で椅子に座る処刑人と、腹を抱えて大笑いをしている夢想家だ。

 

「あー笑い死にそう。残念だったわね処刑人、わたしが手伝ってあげようかしら」

 

「うるせえよボケ…」

 

 火照りきった身体に冷水を浴びせて熱を下げるとともに泡を流していく。

 夢想家を叩きだし、自身もシャワー室を出ようとしたところで彼女は思いだしたように先ほど使っていたシャワーのところへと戻ると、乱雑に置かれた椅子とボウルを元の位置に戻す。

 

「代理人がうるせぇからな」

 

 シャワー室を出て、適当に身体を拭きタオルで髪を拭いた後に処刑人はさっさと浴場を出ていく。

 しかし数分後、戻って来た代理人に捕まり、再びシャワー室にまで連れ戻される。

 どうやら髪を濡らしたまま出てきたのが気にくわなかったらしい。

 ドライヤーで長い髪を乾かし終え、ようやく解放は…されなかった。

 

 元の部屋に引っ張っていかれた処刑人はソファーに強引に座らせられる。

 血に汚れた格好のまま入ってきたために汚れていたはずの部屋はいつの間にかきれいにされていた。

 

 もはや代理人の次なる行動にワクワクし始めている処刑人をじろりと睨むと、代理人は銀色の櫛を取り出し処刑人の黒髪を梳かし始める。

 浴場でのほぼ情事に近い行動とは反対に、優しく髪を梳かす行為は処刑人の心に安らぎと癒しを与える。

 

 

「処刑人、これからは自分でやりなさいね。お部屋も毎日清掃なさい、帰ってきたら身体を洗うこと。鉄血人形の名に恥じないよう、身だしなみはきちんとなさい」

 

「あいよ…なあ代理人」

 

「なんですか?」

 

「あんた、オレの事をどう思ってるんだ?」

 

「ただの駒ですわ」

 

「あんたならそう言うと思った」

 

 予想していた通りの返答にむしろ清々しさすら感じる。

 

 代理人の髪を梳かす行為にいつしか処刑人は目を閉じて、リラックスした様子でソファーに腰掛けていた。

 

「なあ代理人」

 

「なんですか?」

 

「もしオレが鉄血から離れて敵にまわったらどうする?」

 

 その問いかけに、代理人は櫛をもつ手を止めた。

 ゆっくりと目を開き、振り返ってみた代理人の表情はいつもの冷淡なものだ…。

 何を考えているか分からないポーカーフェイスを、処刑人はじっと見つめる。

 

 

「完膚なきまでに破壊し、AIをリセットする。それだけですわ」

 

「ハハ、そうだよな…」

 

「わたしたちに何か不満でも?」

 

「いや、ただ気になっただけさ。でも鉄血を離れるってことは相当の覚悟を決めた時だろうな」

 

「その時はその覚悟ごと叩き潰してあげますから安心なさい」

 

「実にアンタらしいよ代理人。無粋な質問だったよな…」

 

 再びソファーに深く腰掛け、代理人は櫛で彼女の黒髪を梳かしていく。

 静かなその空間には髪を梳かす音と、壊れかけの時計の針が動く音だけが響く。

 やがてその空間に、穏やかな寝息が加わるのであった。

 

 

「ハンターただいま帰還した」

 

 そこへやって来たハンターとデストロイヤーは、ソファーに横たわり代理人の膝の上で眠る処刑人の姿を見る。

 代理人はそっと口元の前に人差し指を立て、膝の上で静かな寝息をたてる処刑人の髪をそっと撫でる。

 

「ハハ、気持ちいいくらい寝ているな。いつもこう大人しいと任務も上手く行くのだがな」

 

「ほんと、黙ってればかわいいのにね…騒ぐからメスゴリラって呼ばれるのよ」

 

「二人とも、静かになさい。起きてしまうわ」

 

「ずいぶん優しいんだな代理人」

 

「部下のケアも上司としての仕事のうちですわ」

 

 眠る処刑人の髪をそっと撫で、代理人は微かに微笑む。

 そんな珍しい代理人の姿にハンターとデストロイヤーは互いに顔を見合わせ小さく笑う…。

 

「ハンター、後でわたしの所に来なさい。新しい任務を与えるわ…特別な任務よ」

 

「ああ、分かったよ。全く、こんな日が毎日続いてくれればいいのにな」

 

 穏やかに眠る処刑人がかわいくて、ハンターも一緒になってその髪を撫でる。

 処刑人はいつまでも静かな寝息をたてつづけるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うーん…」

 

 ふと目を醒ましたエグゼは、むくりと起き上がりぼんやりとした表情で周囲を見回す。

 いつの間にかソファーで寝てしまったらしい、戦闘服を着たままの格好に小さく舌打ちをする。

 昨日の任務はとても疲れるものであった、帰ってくるなりすぐに寝てしまったのだろう。

 

 エグゼは大きな欠伸をかき、猫のように背筋を伸ばすと立ち上がり部屋の掃除を始める。

 毎日掃除を欠かさず行っているおかげでゴミは落ちていないが、わずかに積もる埃を拭きとり少ない塵を集めてごみ箱に捨てる。

 あらかた部屋の掃除を終えたエグゼは、そのままシャワー室へと向かう。

 早朝の誰もいない浴場で髪を丁寧に洗い、同じように身体も洗う…あがったらすぐに髪を乾かし、再び部屋に戻る。

 

「えーと、どこ置いたっけな…あったあった」

 

 机の引き出しから銀色の櫛を取り出し、鏡を前にエグゼは髪を梳かす。

 少しの髪の跳ねっかえりも見逃さず、丁寧に髪を梳かし、洗濯した戦闘服に着替える。

鏡の前で服装を整え、何度も確認した上で彼女は部屋を出ていった…。

 

 ある部屋の前までやってくると、扉を小さくノックする。

 

 扉の向こうで声がして、近づいてくる物音がする。

 エグゼはいっぽ後ろに下がり、扉が開かれるのを待つ…そしてゆっくりと扉が開かれると、エグゼは明るい笑顔を浮かべるのだ。

 

 

 

 

「おはよう、今日も仕事頑張ろうな…スネーク!」

 

 

 

 




エグゼにとって鉄血陣営は秘密の花園、マザーベースは修羅場です。

ふと鉄血にいた頃の処刑人の姿が書きたくて番外編として投降したしだい。
淡々と世話をする代理人と、勝手に興奮する処刑人のあらぁ~な風景が書きたかったのだ。


今でも鉄血の仲間のことは忘れていない処刑人さんです。


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猜疑心

 連日連夜続く過酷な訓練は噂程度に広まっていた特殊部隊創設の情報を、確実性のある話しだと裏付けることとなり、ビッグボスが望む部隊の創設ということでMSFの兵士たちは競うように己の実力をアピールしていた。

 MSFだけではなく、前哨基地に派遣されているPMC4社の兵士たちにもその話しが広まり過酷な競争に参加する者もいた。

 こうも話しが広まってしまったことにオセロットは慌てて情報統制をかけて外部に漏れないようにするとともに、諜報班を強化して他勢力の諜報活動への対策も万全なものとしつつある。

 

 とはいっても、当初オセロットが目をかけたメンバー以外に候補となるような人物はあまり出てこなかったために、選抜メンバーは変わりない。

 最有力は元特殊部隊のマシンガン・キッド、次いでWA2000と9A91となる。

 話しを聞いたスコーピオンもがむしゃらに訓練を行っているが、今のところオセロットに声はかけられていなかった。

 

 

 そんなある日、前哨基地の司令室にてのんびりしていたスネークたちのもとへ、マザーベースのカズから緊急の連絡が入ってくるのだった。

 

『戦闘班を乗せたヘリが一機、機体の故障で不時着をしたようでな。戦闘班から救難信号が送られてきたんだ』

 

「なるほど、ちょうどオレも暇をしていたところだ」

 

『いやスネーク、あんたには別な任務を行って欲しいんだ。諜報班からバルカン半島の連邦軍が不穏な動きを見せているという情報があってな、それを調べて欲しいんだ。何もなければそれでいいと思うんだが、先の戦闘以来関係が拗れててな』

 

「分かった、戦闘班の救出部隊はこちらで編成しよう。で、場所はどこなんだ?」

 

『それが少し問題でな…S09地区と言われている鉄血の占領下にある地域なんだ。グリフィンとの兼ね合いもあるから、あまり目立った行動もできない。人選はあんたに任せる、大切な仲間だ…頼んだぞボス』

 

 通信を終えて振り返ると、司令室に集まっていた兵士および戦術人形たちは一同スネークに注目していた。

 仲間の危機において選抜競争をしようなどと言う不謹慎な者はいなさそうだが、ここにいる誰もが仲間想いでそのためなら危険を冒すこともじさない覚悟の持ち主ばかりだ。

 既に作戦計画を頭に描き終えていたスネークはざっと見て任務に適したメンバーを選ぼうとしていたが、自ら手を挙げて立候補する者がいた。

 

 

「スネーク、オレにやらせてくれ。S09地区ならオレ以上に詳しい奴もいないだろう」

 

 

 名乗り出たのはエグゼだ。

 元鉄血陣営の人形として部隊を率いていた経歴もあり、確かに土地勘を彼女以上に知るものはいないだろう。

 スネークもそれを理解し、救助隊にエグゼをくわえようと指名したが、それに異を唱える者がいた。

 オセロットだ。

 

「周囲との兼ね合いも考慮するなら隠密行動に長けた人員を選ぶべきだ。ワルサー、9A91、エイハヴのメンバーがいい」

 

「おい待てよ、なに勝手に決めてんだよ! オレが行くって言ってんだろ!」

 

 まるではぶかれるような扱いにエグゼはもちろん黙っていなかった。

 だがオセロットは相手にせず、端末を起動させエグゼの傍のテーブルに置く。

 

「お前の戦力を必要とする任務は他にもある、よりよい戦果を欲しがってるならこちらをすすめるぞ」

 

「余計なお世話だボケ…救出任務にはオレが行く」

 

「えらくこだわるな、お前は。何が狙いだ、お前まさか鉄血に接触したいと思っているんじゃないのか?」

 

 その言葉に小さく動揺したのをオセロットは見逃さなかった。

 さらに追及をしようとしたオセロットであったが、スネークが割って入り彼を少し離れたところまで連れていく。

 

「あまりエグゼをいじめるな、彼女は信頼できる。大丈夫だ」

 

「奴があんたを尊敬していることは分かる。だがな、その忠誠心がどこを向いているのか…オレは奴がまだ鉄血から離れ切れていないように見えるぞ」

 

「エグゼの経歴上、お前が過度に疑い深くなるのは分かる。だが彼女はもうオレたちの仲間だ、仲間をそんな風に見るもんじゃない。オレが責任を取る、エグゼにやらせてやれ」

 

「あんたがそこまで言うなら、オレがどうこう言えたことじゃない。だが忠告をしておくぞ、奴から目を離すな」

 

 最後にじろりとエグゼを睨むように一瞥し、オセロットは司令室を立ち去っていく。

 そんな彼の背後をいつまでもエグゼは睨み続けている。

 オセロットは新顔の戦術人形に嫌われる素質でもあるのか、確か前にもスコーピオンらと一悶着があったなとスネークは懐かしむ。

 

「エグゼ、オセロットの言葉は気にするな。救出隊にはエイハヴを同行させる、彼の言うことをちゃんと聞くんだぞ」

 

「……」

 

「エグゼ、聞いてるか?」

 

「聞いてるよ、分かったって」

 

「いいか、エイハヴは優秀だ。状況判断も正しく行える、反抗するんじゃないぞ」

 

「あーもう、分かってるって! あんたはオレの親父かよ!?」

 

 エグゼの思わず出た言葉に笑い声が吹きだす。

 それだけの元気があれば大丈夫だな、そう言って安心したのかスネークは任務のために基地を発って行った。

 

 

 

 

 

 

 S09地区はMSFの支配地域と隣接しているが、作戦上グリフィンが最も関わりを持つ地域でもある。

 これまでグリフィンとはそれなりの付き合いをしてきたが、お互いの深いところまでは見せない微妙な関係を続けている。

 そんなグリフィンを過度に刺激しないよう、任務は少人数による夜間作戦が計画される。

 

 救出部隊を率いるエイハヴも夜間装備を身に付け、もう一人の同行者である9A91もMSFの開発班が造った夜間装備で身を固めている。

 エグゼは元々高性能な強化服を貰っているので、暗視装置を一つ持ってきただけだが、ある程度土地に慣れているようで二人とは対照的に夜の闇を難なく進んでいる。

 

「それで、どうしてエグゼはこの任務に立候補したんですか?」

 

 茂みに身をひそめつつ、9A91は小さな声で隣に潜むエグゼに問いかける。

 

「言っただろ、オレ以外にこの地区に詳しい奴はいないってな」

 

「本当にそれだけですか?」

 

「お前もオレを疑ってんのかよ」

 

 草むらの向こうで、苛立たしげに睨むエグゼを一度チラリと見て、9A91は小さくうなずく。

 

「誤解しないでください、あなたのことは信用してます。でも、どうして嘘をつくのかが分からないんです…わたし、人の嘘を見抜くのが得意なようです」

 

「めんどくせえな、お前…」

 

「二人とも静かに、前方に鉄血の巡回兵がいる」

 

 先行するエイハヴの言葉に、二人は会話を止めて茂みの中から様子を伺う。

 暗闇の中で鉄血兵が数人、銃に取りつけたライトで辺りを警戒している様子だった。

 救難信号が出された座標はすぐそこだ、鉄血の支配下に不時着したのなら奴らも気がつかないはずはない。

 

「あいつらがまだオレたちの仲間を捜しているのなら、仲間はまだ無事なはずだ。引き続き警戒しながら捜索しよう」

 

 エイハヴはひとまず拳銃を取り出し、障害となる鉄血兵たちに弾を撃ちこんでいく。

 消音器で発砲音を抑え撃ちこまれたそれは、研究開発班が造り上げた対戦術人形用の特殊麻酔弾だ。

 大ざっぱに言うと、生体パーツを通して戦術人形のAIを休眠状態にさせる物質を流し込む単価の高い弾薬だ。

 あまり使いすぎるとシャレにならない費用となるが、どうやら初めて使うその弾薬の作用をエイハヴは確かめておきたかったらしい。

 期待した通り鉄血兵はその場で倒れ、寝息をたて始める…他の鉄血兵に見つかっても、任務をサボって寝ている人形だと思われるだろう。

 それを見つけたのがハイエンドモデルの人形であったのなら粛清は免れないだろうが…。

 

 座標を頼りに進むと、そこには不時着したハインドが一機、炎上し黒焦げになった状態で放置されていた。

 既に鉄血兵に調べられた痕跡がある。

 そこに有益な情報は無いと判断し、エイハヴらは引き続き捜索を続ける。

 

「エイハヴさん、当てもなく捜してるように見えますが、何か確信があって動いてるんですよね?」

 

「勿論だ。人も動物も、動けば痕跡をその場に残すことになる。戦闘班は多くの痕跡を残している、暗闇で分かりにくいがそれを今辿っている」

 

「流石です」

 

「ビッグボスに昔教わったんだよ…だが気掛かりなことがある」

 

 エイハヴはその場にかがみこみ、そっと地面に残る足跡に触れる。

 いくつかの足跡がそこに残っているが、9A91にはよほど目を凝らさないと気がつかないほどの痕跡である。

 エイハヴが何を気にしているのか、彼女には分からなかった。

 

「オレたち以外の誰かが戦闘班を追跡している、相当な手練れだ。分かりづらい痕跡だが…まるで、狩猟者(ハンター)だ」

 

「ハンター…だとしたら、急いだ方が良さそうですね」

 

「ああそうだな。待て…エグゼはどこに行った?」

 

 エイハヴの言葉に、9A91はとっさに振り返るが、さっきまでそこにいたエグゼの姿はなかった。

 

 その時、森の奥で数発の銃声が響き渡る。

 二人は急いでその場を移動し、銃声が鳴った方へと走りだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の奥から迫りくる追跡者から逃れようと必死に走り続けた戦闘班たちは追い詰められ、6人はいた班がついに最後の1人になってしまっていた。

 どこに逃げようとも追いかけてくるソレはまるで狩猟者のようだ。

 武器を失い身を守るものも、仲間もいなくなった兵士はなんとか振り切ろうと努力したが、狩猟者は徐々にその距離を詰めていく。

 やがて兵士は補足され、足を撃ち抜かれその場に倒れる。

 

 

「鬼ごっこは終わりだ、狩りの余興にすらならなかったな」

 

 

 兵士たちを一人また一人と仕留めていった狩猟者が、森の奥から姿を見せる。

 月明かりに照らされて露わになった狩猟者は、二丁の拳銃を持ち銀色の髪を結った姿をしている。

 彼女は冷たい目で兵士を見下ろし、銃口を向ける。

 

 

「待ちなよ、ハンター」

 

 兵士ではない、別な声に彼女はその視線を森の奥に移す。

 そこには黒ずくめの戦闘服に身を包み鞘に納めた剣を手にする黒髪の女性が不敵な笑みを浮かべたたずんでいた。

 

「処刑人…?」

 

「久しぶりだな、ハンター。元気にしてたか?」

 

 唐突に現われたかつての同胞に、彼女…ハンターは目を見開き驚きを隠せないでいるようだった。

 エグゼが現れたとこに希望を見出したのか、駆け出そうとした兵士をハンターは即座に撃つ。

 弾は兵士の胸を撃ち抜き、身動きのできない兵士へ向けてハンターは立て続けに発砲した。

 

 

「やめろっ!」

 

 エグゼが叫んだ頃には、既に兵士は死んでいた。

 目の前で何事もなかったかのように拳銃の弾倉を変えるハンターに、エグゼは走り寄ってその胸倉に掴みかかる。

 だがハンターはそんなエグゼを冷たい目で見据え、彼女の下顎に銃口をつきつける。

 

「離せ、死にたいのか?」

 

「テメェ、戦友に対してずいぶん冷たいじゃないかよ…!」

 

「戦友? 裏切り者の間違いだろう」

 

「返す言葉もねえよ…家出したみたいに出てきちまったからな。だがお前らを裏切ったわけじゃねえ!」

 

「詭弁だな、お前には失望したよ。忌むべき人間の手先になり下がった雌犬め」

 

「テメェ!」

 

 その侮辱に激高し、エグゼはハンターの頬を殴りつけたが、ハンターは即座にエグゼを殴り倒す。

 

「ずいぶん軽い拳になったな……なんだ、その銃、剣は? それにそのワッペンは…人間の飼い犬そのものじゃないか」

 

 殴り倒したエグゼのコートを掴んで無理矢理引き立たせ、額に銃口を押し付ける。

 

「お前はもうわたしの戦友などではない、裏切り者め。消え失せろ、二度とわたしの前にその顔を見せるな…次は殺す」

 

 銃口をエグゼに突き付けたまま、ハンターはゆっくりと後退していく…。

 やがて森の奥に姿が消え、彼女の気配が消えた時エグゼはやりきれない思いをすぐそばの樹木に叩き付ける。

 へし折った木にもたれかかり、その場にしゃがみこむ…。

 

 

「エグゼ…!」

 

 

 そこへエイハブと9A91が駆けつける。

 二人はそこでうなだれるエグゼと、死亡した兵士を見る…動揺する9A91に対し、エイハヴは怒りを現す。

 

「エグゼ、お前一体何をしていたんだ!? 勝手に離れて、仲間はどうした…! 誰がやったんだ!」

 

「うるせぇ、さわんじゃねえ…!」

 

「お前…やはりオセロットは正しかった、お前を連れてくるべきじゃなかった。戦闘班全員の死亡を確認した、帰還するぞ…」

 

 救出任務は失敗に終わる。

 回収ヘリの場所まで三人は無言で歩き続け、時折9A91がエグゼを気遣うように声をかけるが彼女は何も言葉を返すことは無かった。

 

 機内のヘリにおいても無言のままであった…。

 

 やがてヘリは前哨基地へと到着し、ヘリポートに着陸する。

 先に降りたエイハヴに続き9A91が降り、最後にエグゼが降りると、そこには銃を構えた兵士とオセロットが待ち構えていた。

 駆け寄った二人の兵士がエグゼから銃と剣をとり上げ、その腕に手錠をかける。

 

「何の真似だよ…」

 

 オセロットを睨みつけ、手錠を破壊しようと試みるも頑丈な手錠はビクともしない。

 

「ふざけんじゃねえぞ、こんなことしてスネークが許すと思ってんのか!?」

 

「ボスが帰ってくる前にお前の裏切りを証明してやるさ、話しを聞かせてもらうぞ処刑人…包み隠さずな。連れて来い」

 

 手錠にかけられた鎖を引き無理矢理連行するが、エグゼは抵抗する。

 それを数人がかりで抑えつけ、基地内の尋問室まで連れていかれる…9A91の引き止める声も、その時ばかりはMSFの全員に届かない。

 エグゼに対する猜疑心は既に兵士たちに広まっていた…。




スネーク…あの、すぐに帰ってきてください(切実)


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亀裂

「いくらなんでも一方的すぎます。みんな、エグゼを助けるべきだと思います」

 

 9A91は前哨基地のミーティング室に呼び集めた戦術人形たちの前でそう言った。

 

 あれからオセロットに尋問のため連れていかれたエグゼは、スネーク不在の中誰も擁護してくれる者もいなく、彼の厳しい尋問を受け続けている。

 前哨基地の地下には当初から尋問室のようなものが存在していた。

 基地がまだどこかの国の管理下にあったその時から、その尋問室は捕虜を痛めつけ情報を聞きだすことに利用されていたようで、古ぼけた尋問の記録がいくつか残されていた。

 今はそこでオセロットの尋問室として新しく生まれ変わっている。

 

「エグゼは確かに無断で行動しましたが…だからと言ってあんな尋問を受けるいわれはないはずです。みんなでオセロットさんにエグゼの無罪を訴えましょう」

 

 同じ救出隊として彼女はエグゼの独断行動をその眼で見たが、エグゼの行動に不可解なものを感じながらも、仲間であるという認識から彼女を助けるべきだと主張する。

 そして自分ひとりだけでは助けられない、そう伝えた上で周囲の反応を伺うがあまり良い反応とは言えなかった。

 

「助ける理由なんてないわ。オセロットの筋は通ってるもの、あいつはわたしたちをだましてるのよ」

 

 WA2000は9A91の助力の願いなど興味無さそうに本をめくっている。

 彼女は元よりオセロットに同調するだろうと思っていたが、9A91は諦めずに彼女を説得する。

 

「確かにエグゼは敵でした、でも今は仲間です。司令官とエグゼの闘いをあなたも見たはずです…戦士として忠を尽くす姿を、あなたも感じたはずです」

 

「そんな不確かなもので信用しろって? お笑いだわ、忘れてるんじゃないのあなた? あいつが鉄血人形としてどれだけの破壊と殺戮をしてきたか、あいつが犯した罪は消えないのよ」

 

「なら許されない罪を一生償い続けろというのですか? わたしはそうは思いません、エグゼは生まれ変わった、MSFの家族として、司令官と共に戦う戦士として」

 

「だいぶ擁護するじゃない。大好きなスネークがあいつを受け入れたからあなたも受け入れてるだけじゃないの? 指揮官の仇を擁護するなんてあなたの気が知れないわ、死んだ指揮官も浮かばれないわね」

 

 WA2000の最後の言葉を聞いて、普段温厚なはずの9A91は怒りをあらわにする。

 咄嗟に彼女の襟を掴み睨みつけるが、WA2000はめんどくさそうにその手を払い突き飛ばす…一触即発の空気に成り行きを見守っていたスプリングフィールドが間に立とうとするも、二人の口論は次第に熱を帯びていく。

 

「はっきり言って鉄血人形がそばにいるだけで虫唾が走るのよ! あんたはどうして平気でいられるわけ!?」

 

「司令官がエグゼを受け入れた、だからわたしも受け入れたまでです!」

 

「はっ、それって結局スネークが認めたからって理由でしょ? あんた個人の意見はどうなのよ! たまには自分で考えて行動したらどう!? いつも司令官司令官って…それじゃ単なるイエスマン、旧世代の操り人形と同じね!」

 

「あなただってそうでしょう!?」

 

「わたしは違うわ。納得がいかなかったら意見するもの、中身のないあんたと一緒にしないでちょうだい」

 

「……! ワルサー、言って良いことと悪い事の区別もつかないんですか!?」

 

「あら違うの? 処刑人にやり返した時は立派だと思ったけど、結局はアンタもまるで成長してないのよ!」

 

「もう、二人ともいい加減にして下さい!」

 

 掴みかかろうとした9A91を無理矢理引き離し、先ほどから強い口調で煽っていたWA2000を戒めるように睨むが、彼女は気にもならないようで椅子に座り直しコーヒーを一口すする。

 

「ワルサーさん、どうしてそんな言い方しかできないんですか? 仲間に対してそんな言い方は無いんじゃないですか?」

 

「別に、思ったことを言っただけよ。それよりあんたはどうなのスプリングフィールド? あいつが無罪だとでも思ってるの?」

 

「わたしは、エグゼの潔白を信じてあげたいです。かといってオセロットさんが疑う気持ちも分からないわけではありませんが…」

 

「ふーん…あなたの意見、一番気に入らないわ。それってどっちつかずの日和見ってことよね? まあいいんじゃない、その立場でいれば誰からも恨まれなさそうだし、アンタらしいよスプリングフィールド」

 

 

 そこまで言われ、反論しようとしたスプリングフィールドであったが言葉は出てこなかった。

 彼女が両者に気を遣っているのはWA2000の言うような日和見的な態度ではなく善意によるものだが、こういった場合では混乱を招く場合もある立場だ。

 何も言い返せず椅子に座るスプリングフィールドをちらっと見つめ、本に視線を戻すWA2000。

 相変わらず9A91も無言で彼女を睨み続けている…すっかり冷え切ってしまったミーティング室内は、ギスギスとした居心地の悪い空気が充満していた。

 

 そんな時、唯一発言していなかったスコーピオンは無言で立ち上がると、テクテクと扉の方へと歩いていく。

 

「どこ行く気? アンタは何も言うことないの?」

 

「んー?」

 

 WA2000の問いかけに気だるそうに振り返る。

 

「いやさ、バカの話し聞いてると疲れるから昼寝してくる」

 

「はぁ? 何言ってんのあんた?」

 

「ワルサーさ、あんたも今のエグゼに似てるよ、仲間を信じられなくなったら終わりだよ。スプリングフィールド、アンタは優しいけどどっちもたてるっていうのは無理だよ、選ばないと。それから9A91、本当にエグゼを助けたいって思うならこんな回りくどいやり方しなくていいじゃん…あたしだったらオセロットぶん殴って助け出すね。じゃ、おやすみ」

 

 最後に大きな欠伸をかいてスコーピオンはさっさと部屋を出ていってしまった。

 呆然とする三人であったが、それ以上その場にいる理由もないと一人また一人と部屋を退出していった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下の尋問室は赤く光る蛍光灯が一つあるのみの薄暗く、じめじめとした不快な空間だ。

 スピーカーからは絶えず耳障りな音が流れ続け、無機質な空間には対象者から情報を引きだすために使われる器具がたくさん用意されている。

 そんな部屋の中央に、エグゼは椅子に拘束されていた。

 

 兵士の一人がバケツ一杯の水をエグゼの頭に被せると、彼女は恨めしそうに目の前のオセロットを睨みつける。

 

「起きたか? 少しは話す気になったか?」

 

「テメェ…好き放題やりやがって……殺してやる…!」

 

 睨むエグゼを冷たく見おろし、兵士に合図をする。

 兵士はエグゼの背後にまわると彼女の髪を掴み天井を向かせると、その顔をタオルで覆いそこに大量の水をかけていく。

 呼吸器を塞がれ大量の水が気道に入り込む苦痛に激しくむせるが、それがかえって布越しに水を入れてしまう。

 しばらくして布が取り払われ、エグゼは激しくせき込んで水を吐きだすが、落ち着く間もなく再び同じ拷問を受ける。

 それが何度か繰り返され、意識が混濁しかけ始めた時にオセロットは尋問を再開する。

 

「お前はS09地区を占領するハンターに会ったそうだな。救助するべき味方を見殺し、お前は奴と何かを話した。お前はそこで何を話したんだ?」

 

「なにも…話なんかしちゃいねぇ……!」

 

「お前の忠誠心はいまだ鉄血側にあるんじゃないのか? どうなんだ、何が狙いだ、お前の目的は、またボスの命を狙うつもりか?」

 

「違うッ! オレは身も心もスネークのもんだ! オレの忠誠心を試すんじゃねぇ!」

 

「喚くな小娘、口ではどうとでもいえる。確かにこの間まではお前の忠誠心は本物だと思っていた、だがな…お前はボスの指示を破った、これがどうして疑わずにいれる? お前はまだ鉄血と共謀してMSFを内部から崩壊させようとしてるんじゃないのか?」

 

「なんだよそれ…! オレは鉄血とは縁を切ったんだ! ああそうさ、ハンターに会いに行った事は認めるさ…だけどあいつはオレを裏切り者って言って突き放したんだ! 仲間はその時いたけど助けられなかったんだよ!」

 

「信用できんな」

 

「じゃあ何を言ったら信用するんだよ! 本当のことを言ってるのに、なんでだよ…仲間よりハンターに会いに行ったのは謝るよ…頼む、もう止めてくれ…!」

 

「ふん…いいだろう、なら次の質問だ。これに答えてくれたら疑うのを止めてやろう」

 

 弱り切ったエグゼにはもう断る気力も無い。

 息を乱し、怯えたような目つきでオセロットを見上げる。

 

「教えてもらおうか処刑人…"傘計画"とはなんだ?」

 

「は…? 傘…なんだそれ?」

 

 オセロットの質問が理解できなかったらしい、エグゼは聞きなれない言葉に思わず聞き返す。

 その反応はある程度予想していたようで、オセロットは再び背後の兵士に合図を送る。

 兵士は発電機を起動させると、それを使いエグゼに電撃による拷問を与える…先ほどの水責めとは別な苦痛に、エグゼは気を失いそうになるが何とか意識を保つことができた。

 

「2回目は慣れたか? あまりお前に時間をかけていたくもない…教えろ処刑人、鉄血のハイエンドモデルであったお前なら知っているはずだ。傘計画とはなんだ?」

 

「知らねえ! そんな単語聞いたこともない、本当だ!」

 

 エグゼの悲痛な訴えもむなしく、3度目の電撃が彼女の身体を襲う。

 

「オ、オレは…ただの鉄血の斬り込み部隊だ、上の連中の考えなんて知らないよ…!」

 

 必死で弁明するエグゼであったが、オセロットは尋問の手を止める気配はない。

 彼はトレーから注射針を取り出す。

 

「これが何か分かるか?」

 

「知らねえよ…」

 

「本当に何も知らないんだな。これはフッ化水素酸と言ってな、拷問に使うような薬品じゃあない。劇薬でな…塗布すると激しく肉体を腐食させ時に死に至る。だがお前のような人形には生体パーツへ影響があるのみで、内部構造にはダメージがないだろう。試してみるか?」

 

「おい、嘘だろ…止めろよ、やめてくれよ!」

 

 注射器を手に近寄るオセロットから逃れようと、エグゼは必死に暴れるが椅子にしっかりと身体を拘束されているため逃げ出すことができない。

 暴れているうちに椅子ごと倒れこむ。

 

「最後のチャンスだ。傘計画とはなんだ?」

 

 エグゼの目に注射器を見せつけそう問い詰めるも、もはや彼女はまともに受け答えをできるような状態ではなく、怯えきった様子で震えている。

 

「嫌だ…スネーク…助けてよスネーク…!」

 

 エグゼはうわごとのようにそう呟き、目を固く閉じて震えあがる。

 

 そんな時、尋問室の扉が開かれる。

 

 

「そこまでだオセロット、エグゼはこちらで預かる」

 

「ミラーか、珍しいなお前がこんなところに」

 

 薄暗い尋問室でサングラスをかけたまま、エグゼのもとへ真っ直ぐに向かいその拘束を素早く解いていく。

 拘束を解かれたエグゼはいまだ恐怖に怯え身体を丸くしたまま震えている。

 

「やり過ぎじゃないのか?」

 

「必要なことだった。安心しろ、ここまでやって何も吐かなかったんだ、こいつは潔白だ」

 

「もっと別なやり方があったんじゃないのか? オセロット、お前の功績は認めるが…仲間にこんな仕打ちをすることはオレも、ボスも許さん」

 

「甘いな、規律が取れなくなるぞ。実際こいつの行動は統制を乱す結果となったんだ」

 

「この子の責任じゃない。組織をまとめているオレやボスの責任だ…とにかく、エグゼの疑いが晴れたのなら前哨基地の誤解を解くんだ。いいな?」

 

「いいだろう」

 

「さあ行こう、エグゼ」

 

 震える彼女に手を貸し立ち上がらせ、そっと上着を肩にかける。

 そうしていると、再び尋問室の扉が勢いよく開かれ、そこから肩をいからせた様子のスコーピオンがきょろきょろと部屋を見回し、オセロットを見るや勢いよく突っ込んでいく。

 それをかろうじてミラーは引き止める。

 

「離せおい! よくもエグゼを苛めたな、この陰湿山猫野郎! 一発殴らせろこんちくしょうめ!」

 

「落ち着けスコーピオン!」

 

「離せミラーのオッサン! あいつは、あいつだけはぶん殴ってやらないと!」

 

「オッサンじゃないッ!」

 

「構わんミラー、好きにさせてやれ…」

 

 オセロットの意外な言葉に、つい手を離してしまう。

 怒れるスコーピオンはまるで猪のようにオセロットに突っ込んでいくと、大きく右腕を振りかぶって彼の頬を殴りつけた…のだが、簡単に殴れるとは思っていなかったのかスコーピオンは目を丸くしてきょとんとしている。

 

「気が済んだか?」

 

「え…あ、うん…もう一発殴っていい?」

 

「次は反撃するぞ」

 

「あ、それは困る」

 

 

 素早くオセロットの傍から逃げ、エグゼの隣に寄り添うスコーピオン。

 

「オセロット、もう少しうまいやり方をな…」

 

「うるさい。もう用が済んだだろう」

 

 

 煙たがられるように尋問室から追い出されたミラーたちは、人目を忍びヘリに乗り込み前哨基地を飛び立つ。

 

 機内でエグゼは少し落ち着きを取り戻したようだが、まだショックが大きいのか力なく壁にもたれかかりやつれた表情で窓の外を見つめている。

 

「エグゼ元気だしなよ、あいつは一発殴っといたからさ!」

 

 握り拳をつきだしニコニコと笑って見せるが、反応の薄さに苦笑する。

 

「なんで助けに来たんだよ…」

 

 小さな声で、エグゼは呟いた。

 その問いかけにミラーとスコーピオンは顔を見合わせると、吹きだすように笑いだす。

 それが面白くなかったのかエグゼは眉をひそめる。

 

「なんで助けに来たのって、仲間だから当然じゃん! だよねミラーのオッサン!」

 

「そうだぞ、それからオレはオッサンじゃない」

 

「…ッ、なんでだよ…! みんなオレを裏切り者だって言って責めてきたんだぞ!」

 

「ああそうみたいだな…だがエグゼ、お前はオレたちの仲間なんだよな?」

 

「そうだよ、そう言い続けてた!」

 

「仲間なら、助けるのに理由なんていらないさ」

 

「うんうん、ていうかさ…ミラーのオッサンもマザーベースにばかりいないでたまには前哨基地の様子を見に行かないとね。スネークのカリスマ性でみんなついてくるけど、オッサンのコメディ性でたまにはストレス発散させてあげないと。じゃないと今回みたいな事が起きちゃうよ?」

 

「そうだな、今回の件でオレも勉強になったよ。それと…オレはオッサンじゃないといってるだろうが!」

 

 スコーピオンを捕まえこめかみをぐりぐり痛めつけるミラーであったが、どこか二人の姿は微笑ましい。

 そんな二人の様子に困惑しているエグゼを見てミラーとスコーピオンは席に落ち着く。

 そのような和やかな二人の様子を機内でひたすら見せつけられているうちに、ヘリは高度を落とし始める。

 

 窓の外には洋上に浮かぶ巨大なマザーベースがあった。

 

「エグゼ、マザーベースでスネークが待っている。任務中だったが至急戻ってもらった」

 

 ミラーの言葉に、エグゼは窓からマザーベースを見おろしスネークの姿を探す。

 

「なあエグゼ、スネークに会う前に約束して欲しい」

 

「なんだ?」

 

「一つ、任務で勝手な行動をしたことを謝ること。一つ、ボスには決して嘘をつかないこと。一つ、ボスには正直な気持ちで話すこと。守れるな?」

 

「うん…」

 

「よし、じゃあボスに会いに行こうか」

 

 マザーベースの甲板にヘリが着陸し、開いた扉からミラーとスコーピオンが降りていく。

 降りた先で二人はエグゼを待つが、彼女は降りることを躊躇している…そんな時、甲板の向こうで見覚えのある人影をエグゼは見た。

 重い腰をあげてヘリを降りたエグゼは走りだしたい衝動に駆られるが、ミラーとの約束を思いだし、彼のもとまでゆっくり歩いていくと、頭を下げる。

 

「ごめん…! オレ、約束守れなかった…!」

 

 精いっぱいの声をあげて叫ぶ。

 そのまま沈黙が続き、それはとても長い時間のようにエグゼは感じていた。

 ふと、肩にそっと手が置かれ、エグゼはゆっくりと頭をあげる…おそるおそる見上げると、微笑むスネークが優しげな青い瞳でエグゼを見下ろしていた。

 いとおしい相手を前にして、それまでこらえていた思いが溢れだし、エグゼはそっとスネークの胸に泣きつく。

 

 よしよし、とすすり泣くエグゼの後ろ髪を優しく撫でつつスネークは慰める。

 そんな二人の姿を微笑ましくミラーとスコーピオンは見守り続ける……のだが、あんまりにも長いことそうしているので不審に思ったスコーピオンが覗き込む。

 なんとエグゼは既に泣き止んでいるばかりか、スネークの胸元に顔をうずめ深呼吸をしているではないか。

 さすがに見過ごせなかったスコーピオンが無理矢理引き離すとエグゼはいたずらっぽく小さく舌を出す。

 

「あんたねぇ…まあいっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――なるほど、お前は旧友のハンターという奴に会いに行ったというわけか」

 

 あれから場所を移動させ、エグゼが救出任務中に何をしていたかを教えてもらう。

 スネークの前で彼女はありのままを話し、改めて仲間をすくえなかった事を謝罪したがスネークもミラーも、その件で彼女を責めるようなことはしなかった。

 

「それで、お前はそのハンターをどうしたいんだ?」

 

「どうって…なんだよ?」

 

「もし次の任務でハンターとであったら、お前はそいつを殺せるか? 正直に答えてくれ」

 

「オレは…たぶん、無理だよ…あいつとは楽しいときも辛いときも一緒だったんだ。殺せるわけがない、でもあいつは…次にあったらオレを殺すだろうな」

 

 あの時、最後にハンターに言われたことを思い出しエグゼは肩を落とし落ち込む。

 そんな様子を見てスネークは考え事をするように天井を見上げる。

 

「見ればわかると思うが…MSFには戦場で敵同士だった者も多い。オレが回収したりスカウトしたりと理由は様々だが、MSFの旗の下ともに戦っている」

 

「かくいうオレとスネークも最初は敵だったんだ。あとストレンジラブも、ヒューイもそうなるのかな?」

 

「それは知ってたけど……まさか、ハンターをこっちに引き込めっていうのかよ!?」

 

 自分たちの言いたいことに気がついたエグゼに二人は笑みを浮かべる。

 昨日の敵が今日の味方、というのはMSFに取ってこれまで何度もあったことだ。

 それはこの世界に来てからというもの変わっていないことだ。

 

「無理だ、あいつ結構堅物だし!」

 

「そうか、話しを聞く限り脈ありだと思うがな」

 

「そうだぞエグゼ。ところで気になるんだが…そのハンターって子は美人なのか?」

 

「それ聞いてどーすんだよ」

 

「重要なことだろう、なあボス!」

 

「最っっ低だね、やっぱりあんたオッサンだよ」

 

 女性陣からの冷たい視線を受けつつもミラーはノリノリだ。

 これがMSFの副司令だというのだから全く度し難い事態である。

 

「だが作戦は必要だろう。いつものようにフルトン回収するか?」

 

「いや、鉄血支配地域にヘリを飛ばすのは難しい。なるべく陸路での回収がいい…それか、ハンターを説得するか、これが可能なら一番いいんだが…」

 

「説得…か。あいつ、まだオレの話しを聞いてくれるかな…いや、やってみよう。あいつとはまた分かり合えそうな気がするんだ、アイツだけじゃない、いずれ他のみんなや代理人も仲間にできないかな!」

 

「いや、さすがに全員を仲間にするわけにはいかないだろう」

 

「代理人めっちゃ美人だぞ?」

 

「やろうスネーク! 鉄血の人形たちを仲間にすればまさにハーレム…じゃない、世界の平和につながるだろう! 名案だよスネーク!」

 

 相棒のハイテンションぶりに苦笑いを隠せないでいるスネークであったが、既にエグゼという前例があるため不可能なことではないだろうと思い始める。

 さすがにすべての鉄血を仲間にできるとは思っていないが、エグゼの努力を信じてあげたかった。

 

 

「そうと決まれば計画だ、いやー楽しくなってきたなみんな! ハハハハハ!」

 

 

 朗らかに笑うミラー主導のもと、不純な理由もいくつか混ざっているが鉄血ハイエンドモデル回収作戦が練られ始める。

 まだ見ぬ結果に期待に膨らませるミラーであるが、捕らぬ狸の皮算用という言葉を教え込むスネークであった。




カズ「結婚して」(直球)


スケアクロウ「無理」
ハンター「失せろ」
侵入者「お断りします」
デストロイヤー「キモイ」
夢想家「寝言は寝て言え」
ウロボロス「呪われろ」
代理人「ゴミが何か話してますわ」



次回はマザーベースpartです
安心してくださいマザーベースpartは平和ですから!


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マザーベース:研究開発班の動乱

これは読者さんの感想から浮かんだネタです。
ありがとうございました。


 今日もマザーベースは平和である。

 

 

 前哨基地より海洋に数十キロほどのところにあるマザーベースには、最低限の戦闘班と警備班、そして脅威のテクノロジーを秘めた研究開発班と糧食班、そして拠点開発班がいる。

 戦闘員の多くはこの世界での戦いの最前線である前哨基地に配備され、マザーベースを守る戦力というのは以外にも多くはない。

 だがこの世界のテクノロジーを集積し独自に研究開発班が生み出した装置によって、マザーベースは特殊な偽装と防御態勢が取られ、外敵を瞬時に察知したりレーダー等に写らないよう細工をしているのだ。

 戦闘員がいない、というのは人間による戦闘員のことであり、マザーベースには強化服に身を包んだMSFが生産した鉄血戦術人形"ヘイブン・トルーパー"や、二足歩行兵器"月光"が配備されちょっとやそっとの戦力では突き崩せないだろう。

 なによりマザーベースにはメタルギアZEKEの存在がある。

 調整や機体自体のコストのこともあって頻繁に稼働しているわけではないが、マザーベースの守護神であり最大の抑止力であることに変わりはない。

 

 

「腹減ったな…」

 

 甲板を警備するMSF製鉄血人形"ヘイブン・トルーパー"がそうぼやくと、隣を一緒に歩いていた別の人形が無言でビスケットを差し出した。

 それを貰った人形はヘルメットをとり乾燥したビスケットを口の中に放り込む。

 乾燥したビスケットは口の中の水分をあっという間に吸い取り、何か飲み物が欲しくなる…期待した目で隣を見ると、既に水の入った水筒を差し出していた。

 ありがたく水筒の水を貰い、飢えと渇きを癒した彼女は再びヘルメットをかぶり警備に戻る。

 

 

 MSFが抑えた鉄血人形の工場から生み出されたヘイブン・トルーパーの数は既に中隊規模に膨れ上がっており、それを統括するエグゼは彼女らにとって指揮官の立場にある。

 無論、エグゼよりも上位のスネークやミラーの命令があればそちらを優先するようプログラムされているが、基本的に彼女たちに指示を出すのはエグゼの役だ。

 

 基本的にヘイブン・トルーパーのAIには高度な思考能力は用意されていない。

 だが、AIを設定するにあたり人形のAIを担当したストレンジラブの強い意向もありある程度の個性と感情を搭載している。

 ヘイブン・トルーパーの配備は他の部隊にも適用されるはずだったが、彼女たちは彼女たちだけの部隊としてエグゼ指揮下に組織される…これもストレンジラブの強い意向によるものである。

 そして定期的にメンテナンスを受けることになっているが、これも…もう言わなくてもよいだろう。

 

 とにかく、ヘイブン・トルーパーは開発当初のコンセプトとは違い、数をそろえた上での消耗品としてではなく一兵士としてMSFの戦力となっている。

 それから、高度な戦闘プログラムをインストールしているほか、彼女たちの戦闘力をあげるために研究開発班が開発した強化服を装備し、他にはプレイング・マンティス社提供のP90サブマシンガンとPSG-1狙撃銃、マチェットを標準装備している。

 彼女らの部隊には他にも無人機の月光が配備され、少ない規模だがエグゼの指揮の下、非常に高い戦闘力と統制のとれた部隊となっている。

 

 

 マザーベースでの人間と人形の比率がだんだんと変化していく、これはミラーの強い意向で進められているわけだが決して戦術人形が女性をモデルとしているからとかそういう不純な理由ではない。

 

 

 

 その日、スコーピオンとエグゼは空いた時間を甲板上からの海釣りで潰していた。

 暇つぶしだが、釣れればそれは食糧となるために釣りの文化はマザーベースでは広く親しまれている。

 

 マザーベースのスタッフに誘われて釣りを始めた二人だが、釣りには忍耐というものが必要となってくる……つまり二人にとって相性は悪すぎる。

 最初は大物を釣り上げてやると意気込んでいた二人も、なかなか魚がかからないことにイライラし始める。

 以前スコーピオンは海洋に出て大物を仕留めたことがあったが、あれは銛で突き刺し仕留めたもので、長い時間をかけて釣り上げたものではない。

 

 他の兵士たちが時たま魚を釣り上げるのに対し、二人の釣果はいまだゼロである。

 

「ちくしょう…やってらんねぇぜ」

 

「手榴弾なげてやろうか?」

 

「そりゃいいな!」

 

 本気で投げようとする二人を兵士たちは必至で止め、それからも退屈な釣りの時間を過ごす。

 もう諦めて止めようかという時に、エグゼの握る竿の先端が大きく跳ねる。

 

「よっしゃ、かかったぜ!」

 

 待ち望んだ食いつきに目を輝かせ、力ずくで釣り上げようとするエグゼだが、慣れた兵士のアドバイスを聞いて魚の動きをじっくりと伺う。 

 それから徐々にリールを巻いていき、魚の抵抗が弱まった時に一気に釣り上げる。

 勢いよく振り上げ、海から魚が姿を現す……それはぺちゃっと情けない音を立てて甲板に落ち、ぴちぴちと小さな音を立てている。

 

 つまみあげた魚はエグゼの手のひらよりも小さい。

 完全に釣りへの興味を無くしたエグゼはため息をつくと、足下でじっと見上げている小さな猫の存在に気付く。

 

「なんだチビ助、こいつが欲しいのか? しゃーないな…」

 

 しゃがみこみ、小さな猫に釣り上げた魚をあげると小さな口を懸命に動かし魚を食べ始める。

 

「腹減ってたのか? ハハ、名前は何ていうんだチビ」

 

 あっという間に魚を平らげ、猫はまだお腹が空いているのかおねだりをするようにエグゼの足に顔を擦りつける。

 

 

「ニュークが懐くなんて珍しいな」

 

「ニューク? こいつの名か?」

 

「へぇ、そうか…かわいい奴だな」

 

 小さな身体を持ち上げると、エグゼの指を甘噛みしじゃれる。

 そんな小さな猫を胸に抱きそっと下顎を撫でてやると気持ちよさそうに喉を鳴らす。

 

「お前らが飼ってるのか?」

 

「パス…って子が面倒を見てたんだ。なあエグゼ、ニュークは君に懐いてるみたいだし。たまに面倒見てくれないかな?」

 

「んー? たまにならいいよ、しゃーないから面倒を見てやるからなニューク」

 

「にゃー」

 

 小さな命を優しく抱きしめるエグゼの姿を、スコーピオンはその後ろで微笑ましく見守る。

 オセロットの件でどうなるかと思ったが、とりあえずは大丈夫そうだ。

 それに子猫をかわいがるなど、以前なら考えられない姿だ…エグゼも少しずつ変わってきているのだ。

 

 

 

『緊急事態発生! 緊急事態発生! 総員研究開発プラットフォームに集合せよ! 繰り返す、研究開発プラットフォームへ集合せよ!』

 

 突如マザーベースの警報音が鳴り響き、驚いたニュークはエグゼの手を離れどこかへ逃げだしていった。

 滅多になることのないマザーベースの警報音に兵士たちは釣竿を放り投げ、すぐに研究開発班のあるプラットフォームへと走りだす。

 何が起こったのかは分からないが、スネークが前哨基地に向かって不在の今、みんなで協力をしなければならない。

 エグゼとスコーピオンも兵士たちに混ざりプラットフォームへと走りだした。

 

 

 

「ヒューイ博士!」

 

 プラットフォームには避難をしていたらしい、ヒューイが慌てた様子で周囲の兵士たちに指示を出していた。

 そこにはストレンジラブの姿もあり、主だった研究開発班のメンバーも既に退避していた。

 

「何があったの!?」

 

「それが―――」

 

 ヒューイが説明する間もなく、施設の一部で大きな爆発が起こり封鎖していた扉が吹き飛ばされる。

 

 そこからゆっくりと姿を現したのは二足歩行兵器月光だ。

 

「なにあれ!?」

 

 これまで部隊に配属されていた月光と明らかに違うその姿にスコーピオンは驚いていた。

 

 まずはその大きさ、通常の月光と比べ頭一つ大きく体格も一回り大きい姿は見慣れた月光よりも威圧感を増している。武装面においても、通常はM2ブローニングを取り付けているのに対しその月光は同口径で連射力に優れたガトリング式重機関銃を備えている。

 さらに通常の対戦車砲に加え、迫撃砲も有している。

 もはや小型のメタルギアZEKEと言っても良いくらい豊富な武装を備えた月光が、なにやら興奮した様子で大暴れしているではないか。

 

「あれは試作型月光(プロトタイプ)だ! 制御不能になって大暴れしてるんだ!」

 

「見りゃわかるわ! どうしたらいいの!?」

 

「破壊するしか…」

 

「ダメよ!」

 

 ヒューイのやむを得ない提案にストレンジラブが大声で反対する。

 

「あのプロトタイプには様々な実験データと高度なAIが搭載されている、破壊すればそれらすべてが失われる。それは断じて認められん!」

 

「じゃあどうしろっていうんだい!?」

 

「あれを開発したのはお前だろう、お前がなんとかしろ!」

 

 この期において口論を始める使えない天才科学者に呆れ、二人はとにかく暴れまわる月光に対処する。

 このまま放置すれば研究開発プラットフォームは崩壊しMSFに取って大きな損害となる、敵ではなく身内の、それも無人機のよく分からない暴走で崩壊したなどとお話にもならないだろう。

 

「やるしかないよエグゼ!」

 

「構うことは無い、ぶっ壊してやる!」

 

 暴れまわる試作型月光に忍び寄り、勢いよく飛びかかる。

 月光のメインカメラは前を向いている、今なら不意打ちを仕掛けられる…そう思ったが、試作型月光は素早く身をひるがえすと見事なまわし蹴りで二人を一掃する。

 

 

「言い忘れてた! プロトタイプのメインカメラは全周囲あらゆる角度を視界におさめられるんだ! コスト高で量産型には取りつけなかったけど、とにかくそいつには死角がないから注意するんだ!」

 

 

「最初に言っとけクソ眼鏡!」

 

 エグゼが瓦礫の中から這い出てヒューイに罵声を飛ばすがそんなことをしている場合ではない。

 標的に完全に二人に定めた試作型月光は、猪のように足下の甲板をひっかき、勢いよく突進して来る。

 その速さたるや並みの月光ではなく、寸でのところで躱したが、月光は施設の壁を足場に二段階の突進を敢行してきたではないか。

 予想外の動きにスコーピオンは月光の巨体に弾き飛ばされゴロゴロと甲板を転がっていく。

 

 

「プロトタイプのAIにはZEKEと同じようなAIを搭載してある、機動力と思考力は量産型の月光にはない特徴だ。敵の行動を解析し反映する能力に長けている、無人機だと侮ってはいけないぞ二人とも!」

 

 

「あーもう! 使えないグラサン女だな、なんでそういう大事なこと先に言わないかな!?」

 

 酷く頭をぶつけたのか、額を抑えスコーピオンは悪態をつく。

 

 試作型月光、それは月光を通常配備する前に試行錯誤を繰り返し様々な機能の搭載を試みた機体である。

 量産型では見送られた強力な武装や言語を話さずとも人形に近いAIを持つ高い知性、もはや月光に人形のAIを搭載した以上の化物となっている。

 コストの問題で見送られた武装の数々が、今エグゼとスコーピオンに牙を向こうとしている。

 

 

「このままでは危険だ、ぼくたちは避難しよう…ど、どうしたんだい?」

 

「スコーピオンに…使えない女と言われた…」

 

「あー…とりあえずぼくたちは避難しよう」

 

 

 ヒューイとストレンジラブ、そして研究開発班のスタッフたちは一時プラットフォームを離れ避難する。

 暴走する試作型月光が他のプラットフォームへと向かっていったら危険だ、そう判断した彼らはプラットフォームを繋ぐ橋を切り離す。

 

『聞こえるかい!? スタッフたちはみんな避難して無事だよ!』

 

「おいクソ眼鏡! オレたちはどーすんだよ!?」

 

『あ、ごめん…急いでたからつい…君たちでなんとか試作型月光を止めてくれ、あとできるだけ設備を守ってくれ!』

 

「うるせえ! お前らみんな死ね!」

 

 完全にプラットフォームに取り残された二人は、改めて殺意に満ちた試作型月光に対峙する。

 

 量産型と区別するため真っ黒に染め上げられた装甲部分でセンサーの明かりが真っ赤に光る姿は恐ろしい姿だ。

 マンティコアも逃げ出すほどの威圧感だが、二人に逃げ場はない。

 

「とことんやってやろうじゃないか」

 

「そうとも、追い詰められたサソリは何よりも怖いんだ!」

 

 意を決し走りだした二人に、月光はガトリング砲を回転させ凄まじい弾幕をはる。

 当たれば四肢など簡単に捥ぎ取れてしまう12.7mm弾、それがガトリングの凄まじい連射力で放たれる…弾をこんなにもばら撒く月光が多く配備されたらそれはコストが高くなり、量産型では見送られた理由もよく分かる。

 遮蔽物に隠れれば対戦車砲を、それでも出てこないのなら遮蔽物を避けて攻撃できる迫撃砲がある。

 月光の背部より放たれた砲弾は弧を描き、エグゼが身をひそめる遮蔽物に着弾すると灰色の煙を辺り一面に巻き散らす。

 

 

「ケホ、ケホ…! 発煙弾だと、舐めやがって!」

 

『迫撃砲の中身が発煙弾で良かったね。通常の榴弾だったら吹き飛んでた』

 

「やかましい!」

 

『ご、ごめん…とにかくこの煙はむしろ好都合だ。一気に接近して君の高周波ブレードで月光の脚を斬り裂くんだ!』

 

 

 発煙弾がまき散らした煙に紛れ、エグゼはブレードを手に月光の足元に潜り込む。

 煙に紛れたエグゼの姿に気付くのが遅れた月光であったが、咄嗟に跳んだことでまともに脚を斬られることは避けたようだ。

 だが傷は負わせた動きも鈍るはずだと慢心するエグゼであったが、試作型月光はマニピュレーターを脚の傷に向けると赤い液体をスプレーのように拭きかける。

 そうすると液体は傷を覆うように固まり完全にふさがる。

 

『ごめん、また言い忘れた…試作型月光には生体パーツ損傷の応急処置を施す物質を搭載しているんだ。生体パーツ本体の再生力を高める効果もあって―――』

 

「てめぇもうなんもしゃべるな!」

 

 怒り狂う月光は尋常ではない速さでエグゼと間合いを詰め、ガードするエグゼをその強靭な脚で蹴り上げる。

 勢いよく吹き飛ばされたエグゼは施設の壁に激突し、そのまま落下して甲板に叩き付けられる。

 

「エグゼ、大丈夫!?」

 

「うぅ…痛ぇ…! あのクソ研究員ども…!」

 

 なんとか立ち上がったエグゼであるが、もう目の前にいる試作型月光がとても恐ろしいものに見えてしまっていた。

 上体の装甲は対戦車ロケット砲も防ぐほどの堅牢さ、柔らかい生体パーツが使われている脚部を攻撃しようにも再生力が高くすぐに治癒する。

 攻守ともに完璧な上に動きも素早いと来た。

 笑えてしまうくらいに絶望的な力の差だ…。

 

「舐めやがって、月光が人形様に勝てると思ってんのかこの野郎…」

 

「おうとも、どっちのAIが上か勝負しようじゃないの!」

 

 それでもなお負けたくない意地で立ち上がる二人に、試作型月光が牛の鳴き声に似た動作音を響かせ威圧する。

 

 走りだした二人を迎え撃とうとガトリング砲を回転させたところで、エグゼとスコーピオンは息を合わせたように同じタイミングで二手に分かれる。

 どちらを優先的に狙いを絞るかを一瞬で思考した試作型月光は、身体の向きを体格的に大きいエグゼに向け、スコーピオンには背を向けたままガトリング砲の砲口を向ける。

 

 脚を振り上げ何度もエグゼを踏みつぶそうとしながら、背後のスコーピオンをガトリング砲の弾幕で牽制する。

 懐まで潜り込んだエグゼはブレードとナイフを手に、すり抜けざまに試作型月光の両足を切り刻む。

 ひるんだすきにその巨体を駆けあがると、視覚を司るセンサーに自身の防弾コートを覆い被せて試作型月光の目を封じ、目を塞がれ闇雲に撃ちまくるガトリング砲をブレードで斬り裂いた。

 マニピュレーターを伸ばしコートを払いのけ、エグゼのくるぶしに巻きつけ引きずり倒す。

 甲板に叩き落したエグゼをそのまま踏みつぶそうと脚をあげようとした試作型月光だが、いつの間にか両足に巻かれていたワイヤーの存在に気付かずに体勢を崩し転倒する。

 

 

「二兎を追う者は!」

 

「一兎を得ずってな!」

 

 勝ち誇ったように笑う二人だが、試作型月光は憤怒し、マニピュレーターを伸ばしてスコーピオンの足を掴むと無理矢理引き倒しエグゼに放り投げる。

 足元に絡んだワイヤーを力で強引に引き千切り、スコーピオンを受け止めたエグゼに凄まじい蹴りを放つ。

 二人まとめて吹き飛ばされ、甲板の向こうに危うく落ちかけたエグゼを咄嗟にスコーピオンは捕まえる。

 

「サンキュー…うっ、肋骨やられた……強すぎだろアイツ…!」

 

「走馬燈見えそう」

 

『あきらめるな二人とも、活路を見出すんだ!』

 

『みんな応援しているぞ、頑張るんだ!』

 

「外野共は黙ってろ!」

 

 耳障りな研究開発班一同に怒鳴りつけるが、絶体絶命の状況だ。

 こんな時頼りになるようなスネークやオセロットは不在、そもそもプラットフォームに二人取り残された状況ではいずれ殺されてしまうのは目に見えていたはずだった。

 死因が研究開発班が橋を外したこと、などと知ったらスネークはどう思うだろうか…。

 

「ねぇ、エグゼ…あたしら、短い間だったけどいいコンビだったよね…」

 

「へッ…ハンターの次くらいにはいい奴だったかもな…」

 

 迫る試作型月光を前にして二人は呑気に笑う。

 恐怖心で頭がどうにかなってしまったのか笑いが止まらない、そんな二人に月光は接近し脚を振り上げる…。

 

 

「ちょっと待て!」

 

 

 声がした…大笑いしていた二人も、試作型月光も動きを止めてその声の主を見つめる。

 

 

「待たせたな…」

 

「あんた、どうしてここに…」

 

 銃を手にサングラスを直し、不敵に笑う金髪の男。

 MSF副司令官カズヒラ・ミラーその人だ。

 

「スネーク不在のマザーベースはオレが守る。マザーベース最後の牙城は警備班でもZEKEでもない、このオレだ!」

 

「ミラーのオッサン、やめてよ逃げなよ!」

 

「そうだオッサン! あんたが勝てる相手じゃない、怪我する前に逃げろ!」

 

「オッサンじゃないッ! かかってこい試作型月光、マザーベースはオレが守る!」

 

 

 制止する二人の声も聞かず、ミラーは雄叫びをあげながら試作型月光に挑む。

 振り上げた脚を戻しのそのそとミラーに向かっていく。

 ミラーの銃撃をものともせず、接近して鋭い蹴りを放つ…それを咄嗟にかがんで躱し月光の股をすり抜ける。

 だが試作型月光は360度を視界におさめることができる、ミラーを捕まえようとマニピュレーターを伸ばす。

 

「甘いッ!」

 

 それをミラーをナイフで払いのけると、素早くそのマニピュレーターを付近の柱にがんじがらめに巻きつける。

 怒った月光は一気に詰め寄り、ミラーを蹴り飛ばす。

 

「オッサンッ!」

 

「うぐっ……オ、オッサン…じゃないッ!」

 

 戦術人形と違い生身の人間であるミラーが月光の蹴りを受ければひとたまりもない。

 一発で相当なダメージを負ったようだが、ミラーは気丈に振る舞い割れたサングラスを直す。

 

「怒っているか試作型月光、お前の気持ちが分かるぞ。お前、廃棄されるのが嫌で暴れているんだな?」

 

「!」

 

「図星か、量産型が生産されいつ自分が廃棄されるか怖かった…そうだろう? 安心しろ、お前は廃棄されない!」

 

「オッサン、蹴られて頭おかしくなったのか?」

 

「エグゼ、オレはオッサンじゃないし頭も正常だ」

 

『そうか…それで彼女は突然暴れ出したのか。すまない、これはわたしの責任だ』

 

 そう言ってストレンジラブは説明をする。

 

 月光の開発がひと段落を終え、試作型として数々の性能試験に参加していた試作型月光に対し、ストレンジラブやヒューイはもう実験は終わったからもう大丈夫だと言ったのだとか。

 それを試作型月光は勘違いをし、お役御免で廃棄されるのではと怯え、棄てられたくないあまり暴れ出した…のではないかというのが、ストレンジラブの予想だった。

 

「心配するな、君を傷つけるつもりはない…落ち着くんだ、大丈夫」

 

 猛牛をなだめるように手をかざし、ゆっくりとミラーは近付いていく。

 彼の言葉が通じるのか、試作型月光は怒りを鎮めマニピュレーターをしきりに動かしミラーの様子を伺っている。

 そのうち試作型月光は戦闘態勢を解除し、ミラーの前にしゃがみこむように脚をたたむ。

 

「よしよし、いい子だ。お前もMSFの家族だ、見捨てるわけにはいかないからな」

 

 小さく鳴く試作型月光はどこか嬉しそうだ。

 

 これにて一件落着。

 意気揚々とプラットフォームに戻って来たヒューイとストレンジラブ、そして研究開発班たちだが、エグゼとスコーピオンの怒りを受ける羽目になるのであった…。




ストレンジラブ「わたしが造るAIは全て女性をモデルとしている。試作型月光の説得には同じ女性ではなしえなかっただろう」

ヒューイ「おめでとうミラー、やっとAIのお相手ができたね」
エグゼ「大事にしてやれよな」
スコーピオン「良かったねオッサン」
試作型月光♀「モォーー♥」

カズ「いやおかしいだろ…」


ネコのニュークは一応PW登場してます。
パスの日記で出てましたね。


次回はシリアスpartに戻りましょう。
対決ハンター!の巻


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戦士としての矜持

 グリフィンがS09地区奪還のために動きだした。

 

 諜報班よりもたらされたこの情報はMSFの兵士たちにとってほとんどの対岸の火事としてさほど関心は抱かれなかったが、元鉄血の人形であり、S09地区を支配するハンターとは旧知の間柄であったエグゼにとっては衝撃的な知らせであった。

 グリフィンの内部にまで潜入している諜報員によると、何らかの理由でグリフィンの本隊は大きな動きはできないでいるようだが、一部の部隊が戦闘準備を進めているらしい。

 今のところ鉄血とグリフィンで膠着状態が続いているようだが、いつ動き出すか分からない状況に、エグゼは真っ先にスネークのもとへ駆けつけ出撃許可を求めるのであった。

 

 スネークとミラーそしてエグゼとスコーピオンは、ハンターを味方に引き込む作戦をかねてから計画していたが、まだ作戦は完ぺきとは言えない…それでもスネークはエグゼとの約束を守るため、すぐに行動に移す。

 グリフィンとの兼ね合いもあって大規模に動くことはできない。

 つまりS09地区へは隠密行動が求められる、それもおそらくはグリフィンと鉄血とがぶつかり合う戦場の中でだ。

 銃弾が飛び交う中、できるだけ交戦勢力を避けてハンターに接触し説得する…極めて難易度の高い任務(ミッション)だ。

 

 

 任務は時間との勝負となる。

 MSFの部隊を堂々と展開することはできないが、陽動部隊としてヘイブン・トルーパーの小隊がS09地区の抗争に紛れ込み、グリフィンの動きをできるだけ牽制する。

 実戦にはあまり投入していないヘイブン・トルーパーの部隊はグリフィン側には知られていない存在だ。

 おそらく新手の鉄血と思うかもしれないが、一応部隊章と強化服は外し鉄血兵に近い外見で作戦行動をとっている。

 その間、エグゼとスネークの二人は密かにS09地区へと潜入していた…。

 

 出来ることなら夜間の潜入が望ましいが、いつグリフィンが鉄血へと攻撃するか分からない以上、見つかるリスクが高い昼間でも致し方ない。

 とは言ってもスネークは戦場で数々の伝説を残してきた存在だ。

 昼間だろうが悪天候だろうが、常に環境に適応し、最善の策を講じ作戦を成功させ続けてきた。

 

 真昼間の戦場、油断すればあっという間に命を刈り取られる環境に置いて、スネークは緊張の糸を一切緩めることなく目標へと進んでいく。

 その後ろを追従するエグゼも、短期間とはいえスネーク直々に隠密行動を叩きこまれ、本人の筋の良さもありスネークの足手纏いとなることなく進んでいた。

 

 

「なあスネーク、ハンターはオレの話しを聞いてくれると思うか?」

 

 周囲に気配がないことを確認した上で、エグゼは前方を行くスネークに問いかける。

 

「どうした、らしくないぞ」

 

「いや、アイツ…オレが鉄血を離れたこと、結構怒ってるみたいだからさ。次会ったら殺すって言われたくらいだし」

 

「なるほどな。今のままだったらお前の話しは聞いてくれないかもな」

 

「おい、そんなはっきり言うことないじゃんか…!」

 

 スネークの事だから"うまくやれるさ"とか、不安を払しょくしてくれるような励ましの言葉を期待していたのだが…思わず声を荒げてしまったエグゼだが、声が大きいと戒められる。

 姿勢を低くし、周囲に異常が無いことを確かめた上で、エグゼはじっとスネークの顔を見つめ抗議する。

 

「オレが言いたいのはなエグゼ……今の不安を抱えたままの君を、ハンターが認めないだろうなってことだ。エグゼ、何も不安になる必要はない。ありったけの想いを、奴に伝えるんだ。ハンターがお前の言う大切な親友だというのなら、お前の正直な心を、無下にはしないはずだ」

 

「そ、そうか?」

 

「ああ、いつも通りのエグゼで向かっていくんだ。できるな?」

 

 肩に手を置き、笑って見せるスネークをしばらく真顔で見つめていたが…だんだんと雪のように白い肌が赤みを帯びていき、ついには耳まで真っ赤に染まる。

 出来るだけ冷静な姿を維持しようとしているようだが、スネークの今の微笑みでスイッチが入ってしまったらしい…ここ最近大人しくしていたエグゼであるが、戦場の緊張感と二人きりという状況に気持ちが昂ってしまったようだ。

 本来の任務を忘れてしまいそうなほど高揚しているエグゼを不可解に思いつつも、入ってきたミラーからの無線にスネークは応じる。

 

 

『スネーク、どうやらヘイブン・トルーパーの一部隊がグリフィン側と交戦したらしい』

 

「ほう、それでどうなった?」

 

『数名が負傷したようだが、全員命は無事だ。スネーク、グリフィン側には通常の戦術人形の部隊に加えAR小隊のメンバーもいるそうだ』

 

「AR小隊…確か前にうちで一緒に戦ってくれたM4という少女もAR小隊と言っていたな、彼女がいるのか?」

 

『おそらくな。注意してくれよボス、情報によればAR小隊の人形は特別らしい…何がどう特別かは知らんが、注意してくれよスネーク』

 

「ああ了解だ……おいエグゼ、何をやってる…」

 

 ふと、背後から覆いかぶさるようにスネークの背にのしかかり腕を回してきたエグゼ。

 耳元で艶かしく息を荒げつつ、生ぬるい舌先でスネークの首筋をなぞっている。

 

「スネーク、なんか…熱くなってきたな」

 

「おい、落ち着け!」

 

『な、なにをやってるんだボス、任務中だぞ!? オレには日頃厳しいことを言っておいてアンタ何を羨ましいことを…いや、けしからん、まったくもってけしからん!」

 

「誤解だ!」

 

 必死に否定するも、今その瞬間もエグゼはスネークの首に甘噛みして歯形を残し、昂る鼓動を背中越しにはっきりと伝えていた。

 いい加減振りほどこうとすれば、がっしりと拘束し一緒にもつれ込む…身体を抑えつけ、馬乗りになったエグゼは色っぽい声でスネークの名を呼び、スネークの鍛えあげられた分厚い胸板に手を添える。

 

「エグゼ、一回落ち着け…いいな?」

 

「ハァ…ハァ…スネーク…オレ、落ち着く方法知ってるぜ? この前本で見たんだ」

 

 もう完全に任務の事など頭から消え去っているであろうエグゼ…一瞬の隙をついて拘束を逃れ、背後にまわって一気に絞め落とす。

 気絶したエグゼをたたき起こすと、とりあえずさっきまでの発情状態は消えたようだ。

 

「確認だエグゼ、落ち着いてるか?」

 

「オレはいつでも冷静だろ」

 

「よし、ならいいんだ…」

 

「欲求不満なのか? 任務中だぞスネーク」

 

 さっきまでの乱れっぷりを全く覚えていないのか、涼しい顔で言ってのけるエグゼに鉄拳制裁をくわえそうになるがスネークは一先ずこらえることができた。

 発情したエグゼのせいで少し時間をくってしまったが、戦況に変化が起こった。

 それまで静かだった戦場に銃声が響くようになり、あちこちで銃撃音と爆発音が響き渡る。

 

 

『スネーク、アンタがいちゃいちゃしてる間に動きがあったぞ!』

 

「カズ誤解だ、アレはオレのせいじゃない」

 

『うるさい! それはともかくとして、諜報班からの情報だ。鉄血の人形の部隊がほとんど制御不能になって動かなくなっているらしい、グリフィンの部隊が一気に動き出すぞ!』

 

「なんだって!? 一体何が起こっているんだ!」

 

『分からん、原因は不明だがグリフィンは一気にハンターを倒しに向かうだろう。急ぐんだスネーク、エグゼのためにも!』

 

「了解だ! エグゼ!」

 

 まずは背後にエグゼがいることを確認する。

 通信はエグゼも聞いている、ハンターの危機に前のように一人で走りだしてしまわないか心配したが、それは杞憂だった。

 通信内容を聞き、やや不安げな表情をしているが、彼女はしっかりとその場に踏みとどまりスネークの指示をじっと待っていた。

 

「行くぞエグゼ、グリフィンよりもオレたちの方が近い。最短距離を駆け抜けるぞ!」

 

「その言葉が聞きたかったんだ! 行こうスネーク、ハンターのもとへ!」

 

 もはや猶予はない。

 グリフィンがハンターを仕留める前に接触するため、戦場を一気に駆け抜けていく。

 戦場にはちらほら鉄血兵の姿が見られるが、ミラーの通信内容のとおり制御不能に陥り活動を停止している。

 ハンターがいる基地まではもうすぐそこだ。

 

 そんな時、活動停止を免れた鉄血兵が姿を現し、二人に向けて発砲してきた。

 二人は咄嗟に岩陰に飛び込み応戦する。

 遮蔽物に隠れ撃ってくる鉄血兵を手榴弾であぶり出し、出てきたところを狙撃する。

 鉄血兵を倒したのを確かめ身を乗り出したエグゼであったが、どこからか放たれた弾丸を肩に受ける。

 幸い防弾コートで弾丸は止まっているが、着弾の衝撃で肩を痛めたのか肩を抑え、撃ってきた人物を睨みつける。

 

 

「見ーつけた! あれ、でもハンターじゃないな?」

 

「テメェ、AR小隊のイカレ女…!」

 

 岩陰から覗き込むと、そこには赤い瞳に黒いジャケットを羽織った戦術人形が笑みを浮かべ銃を構えていた。

 

「おや? おじさん、人間だよね? でも鉄血のハイエンドモデルと一緒にいるってことは…敵かな?」

 

 スネークの姿を認め、銃を構えつつ様子を伺う少女。

 

「エグゼ、アイツは?」

 

「AR小隊のM4 SOPMODⅡって奴だ。暇さえあれば人形を解体して悦にひたってるクソ野郎さ、何度オレの部下が餌食になったことか…!」

 

 忌々しく彼女を睨みつけるエグゼは、よほど彼女に恨みがあるらしい。

 エグゼとスネークの様子を伺っているSOPⅡであるが、このまま膠着状態が続くのは良くはない…スネークは一度SOPⅡを、そしてエグゼを見ると岩陰から姿をさらしSOPⅡの前に出る。

 

「エグゼ、奴はオレが相手をする。お前はハンターのもとへ」

 

「スネーク…! だけどアンタは!」

 

「なんのためにここに来た! オレは大丈夫だ、お前はお前の使命を果たせ」

 

「スネーク……勝手にくたばんじゃねえぞ、待ってろよ!」

 

 走りだしたエグゼを見送ると、物陰からSOPⅡが姿を現し目を細めてスネークを観察する。

 

「おじさんどうして人間なのに鉄血をかばうの?」

 

「ああ見えてオレたちの家族だからな」

 

「ふーん…じゃあおじさんは敵ってことでいいかな?」

 

「できるなら回れ右して立ち去ってもらいたいもんだ。お互いそっちの方が都合がいいだろう」

 

「うひひひひ、おじさん面白いね! でも無理なんだな、わたしも助けたい仲間がいるからさ! 邪魔するなら人間のおじさんでも殺しちゃうからね!」

 

 銃を素早く構え引き金を引くが、スネークは咄嗟に走りだし物陰に身をひそめると、壁越しに撃ち返し牽制する。

 SOPⅡもスネークの銃弾を躱し物陰に身を潜める。

 

「おじさん凄い! でもあんまり時間かけたくないんだ、ごめんね! 早く殺さないといけないの!」

 

 言葉とは裏腹に楽しそうに笑う彼女に、スネークは小さく舌打ちをする。

 グリフィンの部隊とは直接やり合う予定ではなかったが…AR小隊、よりによって一番面倒な相手と交戦をすることとなってしまった。

 手を抜いて戦えるような相手ではない、スネークは銃を装填し覚悟を決めた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハンターの牙城である基地は火災が起き黒煙が施設内に充満していた。

 生身の人間なら耐えられないような環境だが、ある程度頑丈な造りのエグゼは煙の中に飛び込みハンターの姿を探す。

 大部分の鉄血兵は活動を停止しているが、中には銃を手に襲い掛かってくる鉄血兵もいる。

 それをハンドガンとブレードで片付けつつ、基地の奥へ進んでいく…。

 そして基地の司令部に、ハンターはいた。

 

 腹部から血を流し、壁にもたれかかるハンターは最初エグゼを敵か味方か判別できなかったようだが、目の前までやって来た彼女を見て目を見開く。

 

「酷くやられたみたいだなハンター」

 

「処刑人…フン、わたしを殺しに来たのか…」

 

「勘違いすんなよ、お前を攫いに来たんだ」

 

 負傷したハンターに肩を貸して立たせると、そのまま基地を脱出するべく歩きだす。

 

「何の真似だ処刑人。お前はわたしを殺しに来たのではないのか?」

 

「冗談だろ、戦友のお前を殺せるわけがない」

 

「…ふざけるな…裏切り者に助けられてなどたまるか!」

 

「ああもう、うるせえな!」

 

 助けの手を拒否するハンターに業を煮やし、強引に彼女を肩に担ぎだす。

 それでも暴れるハンターをがっしりと抑え込む。

 

「ええい離せ!」

 

「やかましい! 大人しく助けられろ!」

 

 暴れるハンターにひっかかれながらもエグゼは走って基地を抜けていく。

 銃声は既に近い位置まで来ている、グリフィンの部隊に囲まれたらもうハンターを助けることはできない…。

 できるだけ早くスネークに合流しなければならなかった。

 

 基地の外まで来る頃にはハンターも静かになっていた。

 そこでハンターを下ろし、息を整え汗をぬぐう…それからスネークに通信を入れようとしたが、背中に冷たい物がつきつけられる。

 

 

「なんのつもりだよ、ハンター…」

 

「言ったはずだ処刑人、次に会ったら殺すとな」

 

「ふざけんじゃねえよ、助けてやったと思ったらこれかよ」

 

「助けを求めたわけじゃない。お前がするべきことはわたしを殺すか、わたしに殺されるかの二つしかなかったのだよ」

 

「テメェ……いい加減にしやがれ!」

 

 素早くその場で振り返り、ハンターの握る銃を逸らすと引き金が引かれ弾丸がエグゼの頬をかすめた。

 銃を握るハンターの腕を掴み上げ、その胸倉を掴みあげる。

 

「オレを見ろ、ハンター! 忘れたとは言わせねえ、お前と共に何度も死線を越えてきた友の顔だ! 確かにオレは鉄血を離れた…だがな、オレはお前に嫌悪感を持たれるような堕ち方はしてねえぞ!」

 

「黙れ! どんな綺麗事を吐こうが貴様の裏切りは変わらん!」

 

「いいかハンター、オレはここに…お前を仲間にしたいと思ってやって来た。オレはある男に出会い、一人の戦士としての生き方を知ったんだ。鉄血にいた頃には感じなかった事だ……命令を受けて戦うだけの存在だったオレが生の充足を得られる場所を与えてくれた。ハンター、オレはお前にもそれを知って欲しいんだ…友としてな」

 

「戯言を、余計なお世話だ!わたしが戦う理由は代理人が決めることだ、わたしはそれに疑問を感じたこともない! 目を覚ませ処刑人、お前のAIは異常なんだ、正常な判断ができていないだけだ!」

 

「いいやオレは正常だ…オレたちはかつて人間と一緒に戦場にいた。それが一夜で人類の敵だ、こんな事があるか? オレは戦争の道具になるなんてまっぴらだ…戦う理由は、オレ自身が決める」

 

 エグゼの訴えがどこまでハンターに届いているかは定かではないが、ハンターの態度は少しずつ変わっていた…冷たく突き放していた彼女の言葉に熱がこもり、本気になって言い争いをしていた。

 

「処刑人、お前が今の主人に敬意を払っていることは理解した…お前がそこまで言うのだ、尊敬に値するのだろう。だがわたしたちと縁を切ってまで追従するほどの者なのか!? 戦友のわたしを、なによりわたしたちを育て導いてきてくれた代理人を見棄てるほどなのか!?」

 

「お前らには、今でも愛着はあるさ……代理人だってな、何度命を救われたか分からねえ。ぶちのめされもしたが、それ以上に大切に見守ってくれたさ」

 

「だったら戻ってこい処刑人、代理人にわたしがお願いするし一緒に頭を下げてもいい! 処刑人、わたしたちは同じ仲間のもとにいることが正しいんだ!」

 

「ハンター…お前の気持ちはよく分かる。だけど、それは無理なんだ。オレの居場所は、もうあそこって決めたから」

 

「処刑人……そうか、だったらもう言うことは無い」

 

 エグゼから離れ数歩後ずさり、ハンターは数回深呼吸を繰り返し銃を手に向き直る。

 冷たい眼光でエグゼを見据え、身構える。

 

「お前を殺し、新しく生まれる処刑人を迎え入れるまでだ。武器をとれ処刑人、決別したとはいえかつての戦友だ…無抵抗のお前を殺すことは気が引ける」

 

「やるしかねえのかよハンター……」

 

「人生は思い通りにいかないものだ。来い処刑人、決着をつけよう…」

 

 やるせない気持ちで銃を構えるが、親友に引き金を引くことにはためらいを隠せない。

 ハンターは本気だ、迷いを抱えたまま戦えば瞬く間にその命を奪いに来るはずだ。

 

 ふと、エグゼは先ほどスネークが言った言葉を思いだす。

 

 今の自分は不安を抱えて伝えるべき本当の気持ちを伝え切れていない。

 ではどう伝えるべきか……言葉で本当の気持ちを伝えられるほど自分は器用な方ではない、いつだって思いつくままに行動をしてきた。

 そう言えばスネークと殴り合った時、あの時が一番自分の気持ちに正直だったではないか…。

 つまり、結局闘うしかない。

 闘うことでしか自分を表現できないのだ、不器用すぎる生き方にエグゼはおもわず笑みをこぼす。

 

 闘いを通して気持ちを伝えてやろう、そう決意したエグゼにハンターは目の色を変えた。

 

 お互い笑みを浮かべ、互いを認め合い二人は激突する…。




次回!
M4SOPMODⅡ VS ビッグボス

ハンターVSエグゼ

をお送りします!


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死闘

 数時間前…。

 

 

 

「今が好機だ、一気に突破しましょう!」

 

 鉄血の兵士の大部分が制御不能に陥った。

 膠着状態が続き睨みあっていたさなかに知らされた情報に、グリフィンはすぐさま部隊を出して鉄血に占拠されたS09地区の奪還と、そこに囚われているAR小隊の一員AR-15救出のため動き出す。

 グリフィンの部隊にはAR小隊の隊長であるM4とSOPMODⅡの二人も加わり、統制が取れず混乱状態にある鉄血兵を片っ端から撃破していく。

 

 だがある時、明らかにそれまでの鉄血兵と明らかに動きの違う鉄血兵が現れ部隊の行く手を阻む。

 

「ちょこまかと、うるさいなもう!」

 

 イライラしたような口調で、SOPⅡは引き金を引いて鉄血兵を仕留めようとするが、鉄血兵たちは素早い動きで銃撃を躱すと、あり得ない跳躍力で建物から建物へと飛び移り部隊の急所をついてくる。

 その容姿は見慣れた姿をしているが、動きはまるっきり別物だ。

 着かず離れずの距離を維持し、後退しようとすれば追撃し、追いかけようとすれば距離を置く…まるで部隊を足止めするかのような動きだ。

 

 見慣れない鉄血兵の動きは興味深いモノであったが、同じAR小隊の一員であるAR-15の救出を第一に考えるM4は少しの間も構ってなどいられなかった。

 戦闘を続ける部隊を一時的に離れ、M4は建物の内部へと入り込み一気に上階まで駆け抜ける。

 埃まみれの建物内を素早く移動し、敵を狙撃できる屋外のテラスにたどり着くと、付近にあった古ぼけたシートを頭からかぶり今もなお部隊に攻撃をくわえる鉄血兵へ狙いを定める。

 

 床に伏せて体勢を安定させ、照準器を覗き込む。

 飛び回る鉄血兵に狙いを定め、呼吸を止めて手ぶれを抑えた射撃は、見事鉄血兵を撃ち抜いた。

 しかしその鉄血兵はすぐさま起き上がると、その視線を狙撃したM4に向ける。

 

「反応が良いわね…ッ!?」

 

 咄嗟に跳びのいたその場所に、頭上から飛び降りてきた鉄血兵がマチェットの刃先を突き刺す。

 急いで銃を構えたが、素早い動きで接近しM4の銃を抑えつけマチェットを振りかざす。

 だがM4は素早く反応し、身体を鉄血兵におもいきりぶつけ距離を離すと腰だめで銃を撃つ…銃弾をまともに受けた鉄血兵はテラスの手すりから落ちていく。

 安堵したのも束の間、テラスをよじ登り数人の鉄血兵が姿を現す。

 さらに建物内からもあらわれ、あっという間にM4は周囲を取り囲まれてしまった。

 

「く…SOPⅡ!」

 

 完全に鉄血兵に取り囲まれる前に、M4はテラスの手すりに向けて走りだし、そのまま手すりを乗り越えた。

 そのまま重力に従って落下していくM4に鉄血兵は追い打ちをかけるが、M4もまた落下しながら撃ち返す……。

 

「M4!」

 

 M4が地面に激突するすれすれのところで、SOPⅡがスライディングで地面とM4の間に滑り込み落下の衝撃を和らげる。

 おかげでM4の体重を一身に受けたおかげでSOPⅡは苦しそうであるが…。

 

「イタタ…M4少し太った?」

 

「余計なこと言わないの。それより見て、鉄血兵が退いていく」

 

 頭上を見上げてみれば、鉄血兵が建物の向こうへと姿を消していくのが見えた。

 予想外の敵の部隊に、グリフィンの部隊は無視できない損耗を受けてしまった…。

 鉄血のエリートでもいたのかと想像するが、M4は静かに思考を巡らせる。

 

「SOPⅡ、ちょっと耳を貸して―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははは! 凄いよおじさん、人間でもこんな動きができるんだね!」

 

 物陰に身をひそめつつ、SOPⅡはけたけたと狂気的とも言える笑い声をあげながら銃の装填を行う。

 アサルトライフルに取りつけたグレネードランチャーに弾を装填し、スネークの潜む物陰に撃ちこんだ。

 着弾した箇所で擲弾がさく裂し、大きな爆発を起こし遮蔽物を吹き飛ばす。

 

 口角を曲げて様子を伺うSOPⅡであったが、視界の端から姿を現したスネークにすぐさま反応し銃口を向けるも、既にスネークは目の前まで接近しSOPⅡの銃身を掴んで狙いを逸らす。

 逆手に持ったナイフを彼女の首筋につきたてるも、SOPⅡは咄嗟に取りだしたナイフではじく。

 

 攻撃を防いでみせたことにSOPⅡは得意げに笑うが、そうしている間にスネークに足をかけられ転倒する。

 それでも素早い身のこなしで起き上がる彼女は、そのまま後方に跳んでスネークとの距離を離すと再び物陰に隠れてしまう。

 

「やるじゃんおじさん! お姉ちゃんたちを助ける前に殺しとかないと、後々面倒になりそうだね!」

 

 笑い声と共にそう言ってのけるSOPⅡであったが、あの短時間の接近戦でマガジンを抜き取られていたことには動揺していた。

 おまけにきちんと整備しているはずの銃であるのにもかかわらず、弾詰まりを起こしている。

 コッキングレバーを動かし強制的に弾を排莢させ、物陰から向こう側を覗き込む。

 既にさっきまでそこにいたスネークの姿はない。

 見失ったスネークの姿を探すが見える範囲にそれらしい気配はない、背後に回り込まれることを警戒しSOPⅡもその場を移動し廃墟の中へと身を隠す。

 

「ひひひ…かくれんぼかな? 鬼さんこっちだよー」

 

 小声でつぶやきつつ、しきりに目を動かしスネークの姿を探す。

 そうしていると、通りの反対側で物音が鳴り咄嗟にそちらに銃口を向けたとたん、背後から首を絞められ拘束される。

 銃を握る腕を抑えつけられ、首筋にはナイフを当てられている…少しでも動けば首を斬り裂くことだろう。

 

「かくれんぼは終わりだ」

 

「凄い、本当に気付かなかったよ…でも離してくれるかな、じゃないと…切り刻んじゃうよ!」

 

 抑えつけられていない腕でナイフを手に取るSOPⅡ、それにスネークは拘束したまま彼女を背後の壁に激突させる。

 顔面からぶつけられた彼女は一度倒れ痛そうに顔をさすり、唸り声をあげてスネークに襲い掛かる。

 だが引き金を引く前に愛銃をその手から奪われた挙句、銃口の先端でみぞおちを強く突かれSOPⅡは苦しそうに倒れ込む。

 

「うぅ…わたしの銃、返せ!」

 

 銃を奪われてしまえばそれまでだ、さっきまで使っていた銃を突きつけるスネークを睨み唸り声をあげることしかできない。

 

「しばらく眠っててもらうぞ」

 

 ホルスターから別な銃を取りだす。

 殺傷用ではない、対人形用の麻酔弾を装填した麻酔銃だがそんなことを知る由もないSOPⅡは冷や汗を垂らし恐々としている。

 怯えて見せる彼女に麻酔弾とは言え発砲するのは気が引ける思いであったが、仕方がない。

 だが、SOPⅡはさっきまでの怯えた表情をひっこめると笑みを浮かべてからかうように舌を出す。

 

「残念でしたおじさん、実を言うとわたし本体じゃないんだよね」

 

「なに…ダミー人形か!」

 

「ご名答! 本当のわたしは今おじさんのずっとずっと向こうにいるよ、おじさんの狙いがよく分からないけど、わたしたちの作戦勝ちだね!」

 

 いま目の前にいる彼女がダミー人形だというのなら、事態は相当マズい。

 スネークが相手をしている間AR小隊はその横をすり抜けてハンターを狙いに行ったはずだ。

 そこには先に向かわせたエグゼもいる、事情を知らない者が見ればエグゼを鉄血陣営の人形だと疑いもしないだろう…仮にエグゼを知るものがいたとして、MSF所属の人形がこの場にいることはとても都合が悪い。

 

「隙あり!」

 

 緊急事態に焦るスネークに、好機とみて飛びかかるが、ひらりと躱し後ろ襟を掴み、後頭部から地面に叩き付ける…先ほどよりも強い衝撃を受け、SOPⅡは目を回しピクリとも動かなくなる。

 彼女から奪った銃をその場に捨て、スネークは急いでエグゼの向かった基地へと走りだす…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身を血で汚した姿で、エグゼは遮蔽物に身をひそめ残りの弾をマガジンに詰めしこむ。

 近接戦主体のエグゼはあまり多くの弾薬は持ち歩かない、今回のような戦闘を目的としていない任務でならなおさらだ…。

 残る残弾はマガジン一つ分と、半端に弾が入ったマガジンが一つのみ。

 マガジンを装填し拳銃のスライドを引き、遮蔽物を乗り越えた瞬間銃弾が彼女を狙う。

 

 両手に拳銃を持ったハンターの銃撃を身をかがめて避けつつ、エグゼもなんとか撃ち返す。

 一発がハンターの肩に命中し怯んだが、すぐに持ち直す。

 残りの弾の全てを撃ち尽くしたが、ハンターの方はどうだ…?

 頭を出せばすぐに撃ち抜かれる状況で不用意に覗き込めないが、相手に弾が残っていたとして隠れていればいつかは仕留められる。

 幸いエグゼには高周波ブレードがある。

 意を決し、遮蔽物を乗り越えたエグゼにすぐさま銃撃するハンター。

 

 ハンターの二丁拳銃から放たれる無数の弾を、エグゼは防弾コートを盾にして強引に突破する。

 いくつかの弾をコートを突き破りエグゼの身体を傷つけるが、そんなことには構わずハンターへ一気に接近し身をひるがえし、片方の拳銃をブレードで破壊する。

 

「まだだッ!」

 

 残ったもう一つの拳銃の残弾をありったけエグゼに叩き込む。

 至近距離から放たれた弾丸の高い貫通力でコートは容易く撃ち抜かれるが、それに頼らず、弾丸を見切りブレードで斬りはらう。

 弾を撃ち尽くしたハンターは拳銃を手放すと、両手にナイフを構えエグゼに挑む。

 エグゼのブレードとハンターの二振りのナイフが接触するたびに火花を散らせる。

 

 パワーで優るエグゼに対し、ハンターは手数で攻め立てる。

 二つのナイフの他、ジャケットに差した小型ナイフを投げつけ、素早い動きと手数の多さで翻弄していた…ブレードをナイフで受け止め、もう一本のナイフをエグゼの肩に深々と突き入れる。

 

「チッ…痛ぇだろがコラ!」

 

 肩に突き刺したナイフごとハンターの手を掴み、彼女の額めがけ頭突きをする。

 怯むハンターに再度石頭をぶつけ、三度ぶつけようとしたところでハンターの回し蹴りを受け大きく後ずさる。

 下段、中段、上段とハンターの蹴りがエグゼを襲い強烈なハイキックが側頭部を撃ち抜きエグゼはたまらず片膝をつく…最後にハンターが跳び蹴りを放とうとジャンプしたところで、エグゼは自身の身体を弾丸のようにして肩からハンターの腹部にぶつかりに行った。

 

 倒れ込んだハンターにマウントポジションをとり、拳を振り下ろす。

 エグゼの拳が振り下ろされる度もはやどちらのものか分からない血が飛び散り、二人を真っ赤に染める。

 大きく振り上げたエグゼの拳が振り下ろされる瞬間、首を動かして拳を避けた彼女はエグゼの腕に小型のナイフを突き刺し、顔を蹴り上げて突き放す。

 

 立ち上がり睨みあう二人の身体はもうボロボロだ。

 それでもなお、二人は闘うことを止めない。

 

 

「よお…思いださねえかハンター? オレとお前で悪さして、代理人にぶっ飛ばされたときも…こんな酷い格好だったよな…」

 

「ああ、そうだな…あれ以来代理人を怒らせないようとしている…あの時は確か、お前が悪戯でトイレを破壊して通信施設を水浸しにしたんだったな…」

 

「ハハ、笑えるぜ…代理人の犯人探し、デストロイヤーのガキが黙ってれば隠し通せたのによ…」

 

「そうだな、それからなぜかわたしもとばっちりを受けてお仕置きされた……お前といるといつもトラブルに巻き込まれるな…!」

 

 ハンターが走りだし、逆手に持ったナイフを振るう。

 ブレードを手にナイフを防ぐが、蹴られた衝撃でブレードはエグゼの手を離れる…咄嗟にエグゼは先ほどハンターに突き刺されたままだったナイフを引き抜き寸でのところで防ぐ。

 

「だいたいお前の尻ぬぐいはいつも私だった…! いいところだけ持って行って、面倒事はいつもわたしに押し付けてきたな!」

 

「お前がやりたそうにしてるからだろ! おう、お前が夢想家と一緒になってオレをはめたの知ってるんだからな!?」

 

「なんのことだ!?」

 

「エイプリルフールだからって嘘は何でも許されるって言うから、代理人に嘘ついて小遣いせびったらばれてぶちのめされたんだぞ!」

 

「下手な嘘をつくお前が悪い!」

 

 いつしかふたりの言葉は不毛な口論となるが、同時に互いの命を全力で奪いに行く苛烈な戦闘も継続されている。

 お互い互角の力量だからこそ、全力をもって闘いあえる。

 それまで無かった経験に二人は楽しさすら感じ、笑みを浮かべていた。

 

「お前はわたしのペット人形を壊した!」

「オレが楽しみにしていたアイスを冷蔵庫から盗ったのはお前だろう!」

「いたずらでわたしの部屋のカギにろうそくを流し込んだな!」

「真冬の基地で鍵を閉めてオレを締め出しやがって!」

 

 思いつく限りの恨み言を叫び、ナイフを振り、拳をぶつけあう。

 笑いながら昔を懐かしみ全力で殺しあう姿は他の誰かが見れば異常なものに見えることだろう、だがそこには誰もいない、今二人はかつてないほど理解し合いお互いを認め合っていた。

 

 ああ懐かしい、こんなにも無邪気になったのはいつ振りだろうか…。

 いつまでもこうしていたい、決着をつけてしまうことがとても興ざめに思えてしまう。

 

 だが…。

 

 

「楽しいよ処刑人、やはりお前はわたしのかけがえのない友人だ。だからこそ、もう決着をつけよう…」

 

「そうだなハンター…決着の時だ」

 

 互いにナイフを構え笑いあう。

 決して望んだ結末ではないがこうするしかないのだ。

 どちらかが生き、どちらかが死ぬ、それが戦場の摂理なのだから。

 

 しばしの沈黙ののち、エグゼは地面を抉るほどの踏み込みと共に駆け出し、ハンターが迎え撃つ。

 

 互いの刃が激突し、二人の影が重なり合う…。

 抱き合うような体勢で互いに密着している。

 迎え撃ったハンターのナイフが、彼女の手から落ち、力を無くしたようにその身体をエグゼに持たれかける。

 

 

「処刑人…お前…」

 

「悪いな、ハンター……こうするしか、オレには出来ない…お前は殺せない」

 

 

 ハンターの胸を貫いたのは鋭利なナイフではなく、エグゼの拳であった。

 ナイフがハンターの胸を抉る寸前では刃を持ち変えていたのだ…。

 

 崩れ落ちるハンターをそっと抱きかかえ、抱き寄せる。

 そんなエグゼを睨むように見上げるハンターの頬に、数滴の雫が落ちる…。

 唇を噛み締め、涙をこぼすエグゼを見たハンターはのどまで出かかった拒絶の言葉を押しとどめる。

 

「お前を殺せるわけねえだろ…何年一緒にやって来たと思ってんだ…! お前は、オレのかけがえのない……お前を殺すくらいならオレは自分の命を絶つ…!」

 

「処刑人…」

 

「分かってくれよハンター…オレはお前を失いたくない……また一緒にいたいだけなんだよ! それっておかしいことかよ!?」

 

 涙をこぼし嗚咽するエグゼに向き直り、しばらく戸惑っていた様子のハンターであったがやがて彼女の肩をそっと抱き寄せ包み込む。

 腕の中ですすり泣くエグゼをまだハンターは困惑した様子で見つめていたが、彼女の心の中のわだかまりは少しずつ消えていく。

 

「悪かったな処刑人…お前も、辛かったよな…」

 

「当たり前だボケ…!」

 

「フッ、その口の悪い言葉もお前らしいな…」

 

 泣きながら暴言を吐くエグゼの後ろ髪をそっと撫でる。

 彼女の気持ちが落ち着くまでそうしてあげたかったが、そこは戦場…いつまでもそうしてはいられない。

 そっとエグゼを立たせると、エグゼもまた泣き顔を袖で拭う。

 

 

「今更わたしもお前を殺す気は無くなったよ…」

 

「おう…ならオレと一緒に来い」

 

「それは飛躍し過ぎだろう。鉄血のみんなは裏切れん」

 

「裏切りじゃない、一時的に離れるだけさ。いずれ他のみんなも仲間に引き込んじまえばいいんだ」

 

「呆れた奴だな、そんな簡単にできると思うのか?」

 

「やる前に出来ないっていう奴があるかよ。だけど一人じゃ厳しい、ハンター…お前がそばにいてくれれば心強いんだ。一緒に来てくれよ」

 

 差し出されたエグゼの手を、ハンターは素直に握り返さなかった。

 彼女なりに鉄血への恩義の心があるのだろう、いくらエグゼと再び心を通わせたからと言ってもそう簡単に決められるものではない。

 あごに手を当てて思案しつつハンターはエグゼを見つめる……。

 

 めちゃくちゃ笑顔である。

 まるで断られる可能性など微塵も考慮していないかのような無邪気な笑顔だ。

 

「全くお前は、昔から世話が焼ける…」

 

「お前は昔から世話好きだったな」

 

 

 昔と変わらないその姿を懐かしさを感じるとともに、先ほどまで殺しあいをしていたというのにその態度の変わりように呆れ果てる。

 だが、そんな自分も同類かとハンターは自嘲する。

 

「いいだろう処刑人、手を貸してやろう。代理人には…あいつが一番怖いな」

 

「出たとこ勝負さ」

 

 

 相変わらずの能天気ぶりに思わず笑みがこぼれる。

 二人は笑いあい、約束の握手を交わそうと手を差し伸べ合う。

 

 

 そんな時、静かだったその場に乾いた銃声が響き渡り、ハンターの身体が大きくぐらついた。

 目を見開くエグゼの顔に、ハンターの吐血した血が降り注ぐ…。

 

 咄嗟に手を伸ばそうとしたエグゼを突き飛ばした次の瞬間、ハンターの身体を無数の弾丸が撃ち抜く。

 全身を撃ち抜かれたハンターは力なく崩れ落ちていった…。

 

 

「おい、ハンター…? 嘘だよな、冗談きついぞ…」

 

 そっとハンターに近寄り抱き起す。

 エグゼの呼びかけにハンターはゆっくりと目を動かし、彼女の目を真っ直ぐに見つめる…震える手をそっとエグゼの頬に伸ばそうとしている。

 ハンターの手を握ろうと手を合わせようとしたが、ハンターの腕は力なく落ち、その瞳から生気が消えていく…。

 

 

「ハンター…くっ…!」

 

 まだ温かい彼女の身体を強く抱きしめる。

 言いようのない深い悲しみがエグゼの心を埋めていく…。

 

 

 足音がした。

 三人分の足音が近づいてくる…。

 

 

「よくも…よくも……クズ共がッ…!」

 

 心を埋めた哀しみが、どす黒い感情へと変わっていく…。

 哀しみは怒りに、怒りは憎しみへと…。

 激しい感情の変化に頭痛を催し、頭をおさえる…その痛みが憎悪を増長させ、エグゼの精神を黒く染めていく。

 

 

「AR小隊……! よくもハンターをッ! 殺してやるぞ…虫けらどもがッ!」

 

 

 




悪に堕ちる。復讐のために。


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報復心

「どうして泣いてるの…?」

 

 

 雨の音に混じって聞こえてきたその声にオレはそっと振り返る。

 夜の闇の中で、透き通るような白い肌の代理人の姿はとても鮮明にオレの目に映る…。

 いつも通りの、何が起こったとしても眉ひとつ動かさない無表情で、代理人はそっとオレの傍まで歩み寄り傘の中にオレの身体を入れた。

 

「ずぶ濡れよ、生体パーツに悪いわ…雨は様々な有害物質を含んでいるの」

 

 代理人はそっとオレの手を取る。

 いつも冷静な態度で氷のような冷たさすら感じる彼女であったが、オレの手に触れた彼女の肌は温かかった。

 "いらっしゃい"…そう呟く代理人の手にひかれ、オレは建物の中へと入って行く。

 

 代理人は用意していたタオルでずぶ濡れだったオレの身体を拭いていく。

 それからソファーに座らせ、温かいコーヒーを差し出してきた…。

 

「それで…どうして泣いてるの、処刑人?」

 

 コーヒーを一口飲んだオレに、彼女は先ほどと同じ言葉を投げかけた。

 雨に濡れた身体を拭いてもらったはずのオレだったが、無意識に触れた頬は涙で濡れていた…。

 じっと、代理人はオレを見つめ返答を待っている…。

 

「スケアクロウが、死んだんだろ…?」

 

「ええ、そうね。グリフィンの部隊にやられてね…それで泣いていたの?」

 

「わからねえ、涙なんて、流したことは無かったはずなのに」

 

「スケアクロウは確かに死んだわ。でもすぐにまた会えるのよ?」

 

「だけど、一昨日まで一緒にいたあいつは…もういないんだろ?」

 

 オレ自身、自分が何故涙を流しているのか全く理解できなかった。

 だけどスケアクロウが死んだと聞いた時、胸の中に小さな穴が開いてしまったような…うまく言えないが変な喪失感を感じた。

 代理人の言う通り、オレたち鉄血の人形は簡単に消えることは無い。

 死んでも殻を失っただけで、元のAIは残っている。

 再び殻が造られAI()を宿し姿を現す。

 だけど、オレはそれが全て同一の個体だと思えなかった…。

 この前まで話し、共に戦ったスケアクロウは永遠にいなくなってしまったんだ。

 

「処刑人、わたしたちには疑似的な感情モジュールが搭載されているけど、それはあくまでプログラム。怒りも、喜びも、哀しみも…全ては設定されたプログラム通りの表現をすることしかできないの。でもね、何万回に一回の…気の遠くなるような確率で、AIにエラーが起きてあなたのように鮮明な感情を持つことはあるかもしれない」

 

「オレは、オレのAIはイかれてるって言うのか…?」

 

 その問いかけに、代理人は静かに首を振る。

 

「私たちを生み出した者の観点からすれば、それはエラーではなく、奇跡と呼ぶでしょうね」

 

 戦争の道具としてだけなら人間の姿に近付ける必要はないが、敵陣に入り込みあたかも人間のように振る舞い疑われることなく潜入する必要性から、徐々に外見を限りなく人間に近づけようとしてきた。

 軍事技術から生まれた人形はいつしか人間社会に溶け込み、より内面的な部分で人間に似せることが研究されてきた。

 疑似的な感情表現はプログラムで何とかなるが、それは完ぺきとは言えない。

 

 だが今のオレのように、プログラムによらないありのままの精神は…。

 

 前まで考えもしなかった己の変化に、恐怖心が芽生える。

 

「処刑人、感情というものは尊いものなのよ。相手を思いやる心、慈しむ心、大切に思う心…私たちのような人形を造り上げた開発者が本当に生み出したかったのがそれなの。だからね処刑人、あなたのその哀しみの心はおかしいものじゃないの…」

 

 そっと、代理人はオレの手を取り甲を撫でる。

 冷えたオレの手を温かいぬくもりが包んでいく…あいかわらずの無表情だけど、オレは安らぎを感じている。

 

「でもね、感情がもたらすモノは良いことばかりじゃないの…来なさい」

 

 導かれるままに、オレは代理人の後をついて行く。

 彼女は窓の前に立ち、カーテンを開き窓の向こうの風景をオレに見させる。

 

 窓の外には、戦争で荒廃した大地が見える。

 様々な問題と国家の矛盾が最高潮に高まった末に起きた悲劇の大戦、世界にとどめを刺した最終戦争後の朽ち果てた世界だ。

 

「哀しみは怒りに、怒りは憎しみに変わる…憎しみが世界を覆った末の結果がこれよ。ここもかつては緑の綺麗な場所だったと聞きましたわ…もうその名残もないのだけれど。処刑人、覚えておきなさい…憎しみが燃やすのは世界だけじゃない、何より自分自身の心を焼き尽くすの」

 

「代理人、オレは大丈夫だ」

 

「そう、ならいいの。言っておくけれど、わたしが今言った言葉は本で読んだ言葉をそっくりあなたに伝えただけ…今のあなたに必要なアドバイスかは分からないわ。でも注意しなさい処刑人、一度地獄に堕ちれば……もう、戻っては来れないのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるで獣ね…!」

 

 その眼に殺意を宿し、歯を剥き出しにして睨みつけてくる姿を見たAR-15は手負いの猛獣を連想した。

 既に戦闘でボロボロになっているのにも関わらず、闘志をむき出しにし、ありったけの憎悪をその瞳に宿し今にも飛びかからんと自分と仲間たちを見据えている。

 

「追い込まれた獣ほど恐ろしいものはないわ、注意して!」

 

 地面に這いつくばるように身体を落とし、ブレードを肩に担ぐ。

 獣のようなその姿勢でエグゼは強靭な脚力をもって地面を蹴り飛ばし、迎え撃つAR小隊へと突進する。

 牽制に撃った弾の何発かがエグゼの身体に命中するが、防弾コートに防がれたほか、極度の興奮状態で痛覚の鈍っているために勢いは衰えることがない。

 凄まじい突進力と共に放たれる斬撃を、AR-15はかろうじて躱すことができたが、ブレーキをかけてその場に立ち止まったエグゼはブレードを振り上げ憎しみのこもった眼で彼女を見下していた。

 

 ブレードが彼女に振り下ろされる瞬間、正確に狙いすまされた弾丸がブレードを握るエグゼの手を撃ち抜く。

 それでもお構いなしに振り下ろされたブレードを紙一重で躱し、至近距離から銃弾を浴びせる…防弾コートを突き破り銃弾が彼女の肉体を撃ち抜き、吐血する。

 数歩後ずさり、ブレードを支えにエグゼは静止する。

 ゆっくりあげたその顔は血で赤く染まり憎しみに燃えた赤い瞳がぎらついている…一瞬、恐怖心から反応が遅れ飛びかかってきたエグゼのブレードがAR-15の肩を刺し貫いた。

 

「くっ…! 狂犬め…!」

 

「クズ共が、てめえらに地獄を味わわせてやる!」

 

 ブレードを突刺したままAR-15を押し倒し、銃を握る手を踏みつけてブレードを振り上げる。

 

「させるか!」

 

 そこへSOPⅡがタックルを仕掛けて突き飛ばそうとするが、数メートル後ずらせたところで勢いを止められる。

 勢いよく突っ込んでいったのに止められたことは予想外だったのか、SOPⅡは急いで距離を取ろうとするがエグゼの手に捕まり逃げることができない。

 SOPⅡの首を掴み上げ、勢いよく地面に叩き付ける。

 ろくに受け身も取れずに叩きつけられたSOPⅡは意識が跳んでしまいそうな衝撃に身動きが取ることができない。

 

「SOPⅡから離れろ!」

 

 SOPⅡの危機にM4が走りながらエグゼに向けて引き金を引く。

 放たれた弾丸をブレードではじくという人間離れした動きを見せるが、ハンターとの戦いとそれまでのAR小隊との戦闘で消耗したエグゼには、すべての弾丸をはじくことはできなかった。

 一発がエグゼの側頭部に命中し、彼女の身体が大きくぐらつく。

 

 最大のチャンスに、いまだダメージから回復しきっていないSOPⅡであったが、グレネードを装填し目の前のエグゼに向けてグレネードを発射する。

 爆発の直前、M4が咄嗟にSOPⅡに覆いかぶさり爆風から彼女の身を守る…。

 

 

「大丈夫?SOPⅡ」

 

「うん、ありがとうM4。あ…!」

 

 かばってくれたM4への感謝もそこそこに、SOPⅡは目をキラキラとさせて先ほどまでエグゼが立っていた場所に駆け寄り身をかがめて何かを拾い上げる。

 

「見てM4! 処刑人の腕ゲットだよ!」

 

 拾い上げたのは、爆発で千切り飛ばされたエグゼの片腕だった。

 血を滴らせる腕を持ち上げ、無邪気に笑う姿は狂気的だ…いつもの悪い癖がこんなところで出てしまっていることにM4は叱りたくなったが、吹き飛ばされた先でむくりと起き上がるエグゼを見た。

 自分の腕を拾い上げて喜んでいるSOPⅡを恐ろしい形相で睨みつけ、戦利品に夢中な様子の彼女に飛びかかる。

 

「SOPⅡ!」

 

 M4の叫びに彼女はハッとして振り返る。

 獣のように突っ込んでくるエグゼの掴みかかろうとした手を防いだが、その腕にエグゼは噛みつく。 

 骨ごと喰いちぎるほどの咬筋力で食らいつき、身体をねじりSOPⅡを投げ飛ばす。

 

「ハァ……チクショウ、AR小隊……ぶっ殺してやる!」

 

 呪詛の言葉をまき散らし、戦いで傷つきボロボロになったコートをまとい歩く姿は幽鬼のようだ。

 既にエグゼの身体は限界に近い、身を焦がすほどの憎悪を原動力に動き立ち続ける。

 片足を引きずり、よろよろと歩くエグゼにM4は銃を向ける。

 

 引き金を引き、放たれた弾丸がエグゼの膝を撃ち抜く。

 立て続けに同じ個所にフルオートで弾丸を撃ちこみ、そこの生体パーツを吹き飛ばし、内部の関節部を破壊する…ついに膝は千切れ、バランスを失ったエグゼの身体が前のめりに崩れ落ちる。

 

 それでも、彼女は残った片腕と足で地面を這いつくばり、M4へ憎しみのこもった眼を向け近付いていく。

 

 

「凄いわね、こんなになっても向かってくる…まるで地獄の鬼ね」

 

 おぞましいほどの執念を見たAR-15はおもわずそう口にする。

 

「そう、こいつはもう…地獄の住人になり下がってしまった」

 

 亡者のように這い進む彼女を、それから既に息絶えたハンターの亡骸を見たM4は一度その表情に哀愁を浮かべる。

 それから這いつくばるエグゼにそっと近寄っていく…。

 

「哀れね、処刑人……今まで数多くの命を奪い続けたあなたが、そこまで堕ちるなんてね」

 

「M4…! クソッたれの、操り人形が……!」

 

「わたしが憎いでしょうね……処刑人、奪われる痛みを理解した? あなたが散々犯してきた罪よ、因果応報ね」

 

 血に濡れた手を払いのけ、目の前に銃口をつきつける。

 

「あなたには聞きたいことがある、すぐには殺さない。あなたをグリフィンに連れていく」

 

 これまでの彼女の行動と、戦場での不可解な疑問を解決するために…M4の脳裏にはある男の姿が浮かんでいるが、確証を得るためエグゼを捕虜とすることを決める。

 M4の決定にAR-15は不服そうだが、リーダーの判断ということで不本意ながら納得する。

 SOPⅡは戦利品の腕を手に入れたことでご満悦のようで、大して気にもしていない…。

 

「待ってM4! 鉄血兵だ!」

 

 その時、突如として現われた鉄血兵が姿を現し襲い掛かる。 

 鉄血兵はAR小隊が市街地で遭遇した戦闘力の高い鉄血兵の部隊だった。

 鉄血の部隊は銃撃でAR小隊をエグゼから引き離すと、発煙弾を投擲し辺り一面を発煙弾の煙で覆い尽くす。

 煙で周囲の状況が分からなくなり、M4は止むをえずエグゼから離れ仲間の援護にまわる…。

 

 その隙をつき、一人の人影がエグゼに素早く近付く。

 

「エグゼ…!」

 

「ス…スネーク…」

 

「しっかりしろ、今助ける」

 

「スネーク…ハンターが、ハンター……奴らが…!」

 

 腕と足を無くし、ボロボロになった姿とその言葉を聞き、スネークは全てを察し目を伏せる。

 傷ついたエグゼの身体をそっと抱き上げる…彼女の軽くなってしまった身体を感じ、重い現実がスネークの心にのしかかる。

 煙に紛れ、一人の鉄血兵がスネークの傍へ近寄る。

 

「ビッグボス、この場は我々にお任せください。隊長をお願いします」

 

「ああ、お前たちも陽動に成功したらすぐに離脱するんだ」

 

「了解です。幸い、AR小隊は我々の小隊には気づいていません」

 

「いや…確証を得ていないだけだ。お前たちの無事を祈る」

 

 鉄血兵いや、ヘイブン・トルーパーはスネークに敬礼を向け煙の奥に姿をくらます。

 煙の向こうでは激しい銃撃の音が響き渡る。

 陽動が上手くいっているうちにスネークは傷ついたエグゼを抱えその場を離脱する。

 

 戦術人形とはいえ、限界を超えたダメージを受けたエグゼはとても危険な状態にある。

 走りながら無線で迎えのヘリを要請し、休みなく走る。

 戦闘の音が徐々に遠ざかっていくと同時に、エグゼの弱々しい鼓動を感じられるようになってきた…。

 

 ランディングゾーンへ到達する頃、空はどんよりと曇りだしやがて雨が降りだした。

 

 傷ついたエグゼを木の傍に寝かせ、着ていた上着をかける。

 

「エグゼ、もうすぐヘリがくる。もう少しの辛抱だ」

 

「あぁ…スネーク」

 

 立ち上がろうとしたスネークの手をエグゼは掴み止める。

 

 

「オレは…無力なのか?」

 

 苦しそうな呼吸を繰り返しながら、エグゼは上体を起こし木に寄りかかる。

 身体の傷が疼くのか呻く彼女を労わるように肩に触れるが、エグゼはその手を振りはらいスネークに掴みかかる。

 

「オレに力が足らなかったばかりに、ハンターは死んだ! ハンターを死なせたのはオレの中途半端な力のせいだッ!」

 

「それは違うぞエグゼ。お前は精いっぱいやったはずだ」

 

「精いっぱい出しきって、この様だ…奴ら、オレの親友を虫けらの様に殺しやがった…! クソッたれのAR小隊、オレは…奴らが憎い! 失ったものをとり返す、やられたらやり返すさ! オレは、負け犬になり下がるのだけは絶対になりたくない!」

 

「エグゼ、止すんだ。仕方がなかったんだ、どれだ強さがあろうと…救えない命もあるんだ」

 

「ならもっと強い力を手に入れるまでだ! スネーク、オレはこの屈辱を忘れない…教えてくれスネーク、オレは強くなるために何が必要なんだ! オレはもう地獄に堕ちた、何も怖いモノなどない…必要なら地獄の鬼にだってなってやる!」

 

「エグゼ…止めるんだ、お前が生きながら亡霊になる必要はない。悪に堕ちればお前は永遠に友を失うことにもなるんだ、ハンターもそれは望まないはずだ。気を強く持て、乗り越えるんだ、お前ならできる」

 

 エグゼの精神に一度にのしかかった哀しみと憎悪は、彼女の精神を大きく歪ませた。

 スネークの言葉も、今は彼女の心には届かない…憔悴しきったエグゼは木にもたれかかると、苦しそうに胸を掴み顔をゆがませた。

 

「痛い…痛むんだ、スネーク…身体じゃない、胸が苦しいんだよスネーク」

 

 苦悶に満ちた表情で、エグゼは救いを求めるように手を伸ばす。

 その手を握りそっと彼女の身体を包み込むと、エグゼはスネークの胸にしがみつき涙をこぼす。

 

「なんなんだよ、アンタと出会ってから…オレを、いろんな感情が苦しめる…耐えられない、生きるってこんなに辛いのかよ…! 強くなりてぇよスネーク、強くなれば…こんな思いしなくてすむんだろ?」

 

「強くなることは大事だ、だがお前が思う強さは本当の強さじゃない……いつかお前にも分かる時が来る。大切な誰かを救うことのできる強さを、一緒に探そう…オレも協力する」

 

 そっと、その髪をなでると彼女は強くしがみつき泣いた。

 震える彼女の肩を抱きしめながら、スネークは空を見上げる…。

 

 

 ―――ボス、オレはこの子たちを救えるほど強くなれているのか?

 

 最愛の恩師へ向けたその問いかけは返っては来ない…。

 

 雨はいつしか止み、星空が二人の頭上で光り輝く。

 

 彼女は宇宙(そら)からこの星を見て何を思ったのだろうか…。

 その答えは、もう知ることはできないのだ。



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ファントムペイン

 グリフィン司令室の机にて、クルーガーは書類として纏め上げられた資料を固い表情で見つめていた。

 強面の彼が人前で滅多に割ることは無く、普段通りと言えばそれまでなのだが、彼に近い存在の者はクルーガーの今の表情はいつもより強張っていることに気がつくはずだ。

 ふと、司令室のドアがノックされる。

 それからゆっくりと扉が開かれ、ヘリアントスが一度お辞儀をしてから入室する。

 彼女の後ろには一人の戦術人形、先日基地に帰還したばかりのM4の姿もあった。

 

「任務ご苦労、AR-15とSOPMODⅡは無事救出出来たようでなによりだ」

 

「はい、おかげさまで」

 

 クルーガーへの返事と共に敬礼を返す。

 あれからAR-15とSOPMODⅡの二人は負傷のため基地に帰還して直ぐ修復送りにされてしまった。

 命にかかわるような負傷ではないが、受けた傷は深くこれからの任務に支障が出るという判断である。

 ただ同じ他のグリフィンの部隊も似たような損傷を受けているのにも関わらず、AR小隊の修復は他のより重傷な人形を差し置いて優先された。 

 AR小隊はいまだM16を救助できていない、再びAR小隊に何らかの重要な任務が与えられることをM4は察していた。

 

「報告を聞いたが、君らはS09地区で奇妙な部隊に遭遇したそうだな」

 

 かけていたメガネと、分厚い資料をいったん机の上に置きクルーガーはM4に尋ねる。

 

「はい。少ないですが写真を撮れました、ご覧ください」

 

 渡された写真を受け取ると、写真には鉄血工造の一般的な戦術人形の姿がおさめられていた。

 ただ写真で見る限りでは通常の鉄血兵となんら変わりはなく、何も言われなければ特に疑問に思うこともないだろう…ただクルーガーは写真に写る鉄血兵の装備に目をつける。

 

「FN P90短機関銃にPSG1狙撃ライフルか…鉄血兵の通常装備ではないな。鹵獲した兵器か、あるいは生産されたものか」

 

「もしくは鉄血陣営以外の勢力か」

 

「M4、他に何か気付いたことがあるのかね?」

 

「はい、戦場で"SP524 Executioner"処刑人に遭遇しました。AR-15とSOPⅡに重傷を負わせたのは奴です」

 

「処刑人? それは先のMSFとの戦闘で破壊されたのではなかったのか? 再び造られた個体だとしても、早すぎる」

 

 ハイエンドモデルである処刑人がそう短期間で造り直されて出撃してくることはあり得ない、それがクルーガーの考えであった。

 だが実際にM4は処刑人と遭遇した、それも仲間のハンターを殺され怒り狂った処刑人と…。

 

「クルーガーさん、この件にはMSFが関与していると思います」

 

「MSFが…何故そう思うのだ?」

 

「確証はありません。MSFはあの時処刑人を倒しましたが、その後の処遇をわたしは知りません…もしかしたら何らかの方法で処刑人のコントロールに成功したのかもしれません。それに奴らは処刑人が占有していた鉄血の工場を抑えているはず、そこで鉄血兵を生産、配備しているに違いありません…それなら、すべての疑問に辻褄が合うのです!」

 

 珍しく熱のこもった彼女の言葉を、クルーガーは目を閉じ静かに聞いていた。

 

「調査をするべきです。もしまた同じような出来事に遭遇した場合、いつまでもわたしたちも無事帰還できるとも思えません。ただでさえ鉄血の相手で忙しいというのに…クルーガーさん、不安要素は少しでも減らすべきだと思います」

 

「M4、立場をわきまえろ。失礼だぞ」

 

 ヘリアントスの戒めを素直に聞きいれるも、今言った事は本心のようでじっとクルーガーを見つめたままだ。

 

「君の言いたいことはよく分かった。確かにM16が未だ帰還していない現状、MSFという強大な力がすぐそばにあることを看過できない気持ちもよく分かる。だが、我々としてはMSFには今以上に関わりを持つつもりはない」

 

「クルーガーさん、ですが…!」

 

「まあ話しは最後まで聞くんだ。これを見ろ」

 

 そう言って渡されたのは、先ほどまでクルーガーが呼んでいた分厚い資料である。

 ぱっと見ただけで目まいがする程上から下までびっしりと文字が羅列している…律儀に全文を読もうとするM4にクルーガーは小さな笑みをこぼす。

 

「長ったらしい文だが、まとめるとこうだ。"連邦政府はMSFを世界秩序を乱す勢力とみなし、これと関わるすべての企業及び団体は脅威を助長する勢力として厳正な処罰を与える"…ついに連邦政府が動きだしたのだ、MSFは我々の任務に関わる暇など無くなるだろう」

 

「クルーガーさんの言う通り、MSFはおそらく連邦政府への対処に追われることになる。連邦も、今まで散々MSFの力を利用してきたというのに、よほどその力を恐れているみたいですね」

 

「うむ。MSFがPMC4社を吸収し拡大して以来、連邦の不安は高まっていたはずだ。いまだバルカン半島の内戦も終わりが見えない…だがあそこで戦っているのは政府に雇われたPMCだ、大戦を戦い抜いた百戦錬磨の連邦軍はいまだ戦力を温存している。ある意味、鉄血よりも強大な相手と戦うことになるだろうな」

 

 

 汚染された地域も含め、バルカン半島の大部分を連邦政府は国土としているが、比較的他の国々と比べ汚染されていない大地は広い。

 それを維持するために強大な軍隊が国土を防衛するために常に正規軍の目を外部に向け、内なる敵には金で雇った傭兵に対処させている…反政府勢力と戦う連邦軍ももちろんいるが、それはごく少数だ。

 連邦軍が本気で動き出せば内戦は直ぐに終結するだろう。

 だが連邦軍の兵士たちも多民族国家の影響をうけて多種多様な人種が含まれており、連邦軍としてどちらか一方に肩入れすることもそれまでは難しかった。

 

「連邦政府の秘密警察の動きも活発になった、既に多くのジャーナリストやNGOが強制退去されかの国の内情はほとんど知ることができなくなった。衝突は近いのかもしれんな。ひとまず君たちはM16の救助に専念するといい、残りの不安要素はできる限り排除するつもりだ」

 

「了解しました」

 

 敬礼を向け、気持ちを切り替えてM4は司令部を去っていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マザーベースの訓練場では、複数人の兵士に戦術人形たちも混じり、オセロット戦術教官指導の下近接格闘術(CQC)の訓練を行っていた。

 

「相手の動きを見極めろ、決して目を逸らすんじゃない!」

 

 オセロットは兵士たちに檄をとばし、一人一人の様子を見ていく。

 MSFの兵士たちは常日頃から訓練に励んでいるほか、憧れのBIGBOSSに少しでも近づこうとCQCに熱心に励んでいるため動きのキレはいい。

 戦術人形たちも負けてはいない、遅れながら学び始めた彼女たちだがオセロットの厳しい指導を受けて並みの兵士は圧倒するほどの格闘術は身に付けている。

 

 特に筋が良いのはWA2000、次いで9A91といったところか。

 二人は与えられた訓練以外にも率先して自己練習と研究をしているため、他の兵士や戦術人形たちと比べ飲み込みはとても早い。

 既に元SAS出身でFOXHOUNDメンバーのマシンガン・キッドにも勝るとも劣らないほどの能力を身に付けつつある…いずれ彼を超えてしまう日も近いだろう、それを刺激にキッドも訓練に励む。

 MSFに良い意味での競争心が生まれているのだ。

 

 

「うりゃーッ!」

 

 

 そんな中、オセロットが望む成長とはまるっきり違う方向に進化している人形が一人いる…スコーピオンである。

 スコーピオンの格闘術は一言で表すなら"力"、CQCの極意などそっちのけで全力で殴り蹴り強引に投げ飛ばす…いつまでも成長しないスコーピオンだが、それでもCQCをある程度身に付けた兵士に勝ってしまうのだからオセロットは頭を抱えるしかない。

 

 その日の訓練でも、跳び蹴りで兵士を怯ませ、素早く背後にまわって背後から腰を掴みおもい切ったバックドロップで訓練場を揺らす。

 悶絶する兵士の前で満面の笑みを浮かべVサインをみせる彼女を、オセロットは静かに近づいてひっぱたく。

 

「スコーピオン…誰がそんな技教えた? レスリングじゃないんだぞ」

 

「勝てばいいっしょ!」

 

「全く、お前のFOXHOUND入りは永遠にないな」

 

「えーーッ! いいじゃん別に、剛よく柔を征すってね!」

 

「……9A91、こいつとやってみろ」

 

 

 指名され前に出た9A91に颯爽と飛びかかる。

 9A91は落ち着き、片足を引っかてよろめいたスコーピオンの顔に手を置き、後頭部から床に叩き付ける。

 ゴツンと痛そうな音が響くが、素早くスコーピオンは起き上がる。

 それから何度も投げ飛ばされたり叩きつけられるが、恐るべきタフネスさで立ち上がる……どうも最近頭をぶつけたりぶちのめされ過ぎて、石頭はより硬くなり強靭なタフさを手に入れてしまったようだ。

 そのうちダメージを与えているはずの9A91の方が疲れてしまい、ついにスコーピオンに捕まり、スライディングで転倒されてからのサソリ固め(スコーピオン・デスロック)で抑え込まれてしまう。

 

「どうだまいったか9A91!」

 

「痛い痛い痛いッ! 止めて、やめてください!」

 

 高らかに笑い声をあげて9A91をいじめるスコーピオンを、WA2000が駆けつけざまに顔面を蹴り飛ばす。

 

「コラ毒サソリ! ここはあんたのプロレス会場じゃないんだからね!? まったくもう、9A91大丈夫…?」

 

 いまだ悶絶する9A91に手を貸すが、思い切り顔面を蹴ったにもかかわらずぴんぴんしているスコーピオンを見て驚愕する。

 

「それ以上近付いたらぶっとばすわよ!?」

 

「フッフッフ、あんたを倒せばあたしもFOXHOUND入り間違いなしだもんね!」

 

 助けを求めるようにWA2000はオセロットに目を向けるが、彼は何が何でもぶちのめせと言わんばかりに見てくる。

 彼の前で負けるわけにはいかないが、無尽蔵の体力を持つスコーピオンとやり合えば9A91のようにやられてしまうのではないか…そう思うと恐怖心が彼女の身体を硬直させてしまう。

 

 そんな時、訓練場のドアが勢いよく開かれ一同の視線がそこに注がれる。

 

「よー、みんな調子良さそうだな!」

 

「あ、エグゼ!」

 

 エグゼの姿を見たスコーピオンがそちらに気をとられて駆け寄っていく…泥沼の戦闘を回避できたことにWA2000はほっと一安心するのであった。

 

 

「もー、エグゼさん! あんまりうろうろしないでください、まだ万全じゃないんですから!」

 

「大丈夫だって言ってんだろ、リハビリだよリハビリ」

 

「そんなこと言って、さっきそこでおもいきり転んだじゃないですか。ほら、頬が切れてますよ」

 

 エグゼの後を追ってスプリングフィールドがやってくる。

 負傷したエグゼの身の回りの世話は彼女の役目だが、おせっかいを焼き過ぎるきらいがあってエグゼからは少々煙たがられている。

 今も嫌がるエグゼの頬の擦り傷にばんそうこうをはろうとしている。

 

「すっかり治ったじゃん、調子はどう?」

 

「おう、生体パーツは無理だけど代わりの義手と義足だ。物はとりあえず掴めるようになったぜ」

 

 エグゼは見せびらかすように、機械的な外観の義手と義足を見せる。

 スコーピオンは一瞬複雑な気持ちをその表情に浮かべたが、すぐに笑顔でかき消した。

 

「よーし、エグゼも無事退院したことだし快気祝いといこーじゃない! 思い立ったら吉日、ってことでオセロット、今日の訓練はお終いね!」

 

「おい…!」

 

 オセロットが止める間もなく、スコーピオンはエグゼと他の人形たちを半ば強引に引っ張っていってしまった。

 後に残された兵士たちがなんとも言えない様子で成り行きを見守っていたが、もはや訓練を続けるような空気でもなくなってしまったので解散させる。

 そばにあった椅子に座り、ため息を一つこぼす…そんな彼のもとにスネークが笑みを浮かべやってくる。

 

「ボス、人形たちの訓練はオレだが、教育はアンタのはずだぞ?」

 

「ハハ、山猫も彼女たちにはお手上げだな」

 

「全く…思春期が終わったと思ったら今度は反抗期だ、やってられん」

 

 珍しく愚痴をこぼすオセロットにねぎらいの缶コーヒーを差しいれる。

 

「それにしても、少し見ない間に成長したじゃないか」

 

「エグゼの事か?」

 

「ああ。前より仲間に気を許しているように見えたぞ」

 

 先ほどみたエグゼは、以前のような周りに壁を作り距離感を置いていた時と違い、仲間を意識しているように見えた。

 だがスネークの表情はあまりよろしくない、そんな彼に疑問を持つオセロットだ。

 

「良い変化であるのは間違いないが、あの笑顔の裏に報復心と憎悪が残っている。親友を失ったことで仲間を意識するようになったようだがな…それに、傷が治った今でも痛みが彼女を苦しめている」

 

幻肢痛(ファントムペイン)…か。友の死による精神的外傷と手足を失ったことによる身体的外傷が繋がっているんだろうな。あれは簡単には治らない」

 

「ストレンジラブも色々と手を尽くしたようだが、無理だったようだ」

 

「ボス、エグゼにとってアンタは最後の心の支柱だ。あいつの痛みを消すことはもしかしたら出来ないかもしれない、だが和らげることは可能かもしれない。ボス、これはアンタにしかできないんだ」

 

「分かってるさ。エグゼも戦士である前に一人の人間だ、聖人君子のような達者な言葉で救済するのは無理だが支えてやることはできるさ」

 

「その意気だよボス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エグゼの快気祝い…それにかこつけて日頃訓練と開発の堅苦しい空気にストレスをためたスタッフたちがどこからか湧き出し、思い思いの持参物をもって駆けつける。

 酒が入ってだれかれ構わず受け入れたスコーピオンも悪いが、騒ぎを聞きつけたミラーが現れてから手がつけられなくなる。

 つまらない話しも真面目な話しも酔っぱらったスコーピオンは大笑いし、時にミラーと一緒に暴れまわり後片付けにスプリングフィールドが躍起になっていたが、そのうち彼女も酒が入って寝てしまう…。

 WA2000"はスコーピオンカクテル"と称したすべての酒をピッチャーにぶち込んだものを飲まされ撃沈、9A91はスプリングフィールドの傍ですやすやと寝息をたてる。

 

 エグゼも病み上がりに関わらずガンガン飲まされているが変化はなかった、曰く飲んでも酔わないから酒は好きじゃない…とのことだ。

 

 そんなこんなで、ミラーとスコーピオンが酔いつぶれたところで宴会は終わり歩けるスタッフたちはそれぞれの部屋へと帰っていった…。

 

 

「ぐへッ…」

 

 

 寝返りをうったスコーピオンはソファーから転げ落ち、意識を覚醒させる。

 寝ぼけ眼で部屋を見て見れば、つまみや酒瓶が転がり、あちこちで死んだようにスタッフたちが雑魚寝している。

 酒で焼きついた喉の渇きを潤すため、スコーピオンはパンツ一丁で寝ころぶミラーの顔を踏みつけながら部屋を出ていく。

 

 

「うー喉が渇いた…麦茶欲しい…」

 

 冷蔵庫を開けて掴んだ瓶の中身を一気に飲むが、間違ってウイスキーを飲んでいることに気付き吹きだす。

 酒でうろ覚えになった記憶で、WA2000の逃げ場を無くすためアルコールの入っていない飲料は全て処分していたことを思い出し後悔する。

 仕方なく、風呂場へとスコーピオンはふらふら歩いていく。

 

「…うー……ん?」

 

 ふと、風呂場の明かりがついていることに気付き、顔だけを覗かせる。

 そこには洗面台の前で椅子に座り、頭をおさえこんでいるエグゼの姿があった…彼女も酔っぱらって頭痛に悩まされているのではと思ったが、そうではないようだ。

 

「エグゼ、どうしたの…?」

 

 スコーピオンの声に反応し振り返った彼女の顔色は酷く悪く、汗を流していた…苦しそうな表情に、すぐに駆け寄る。

 

「大丈夫だ、なんでもねえよ…」

 

「大丈夫じゃないよ! どこか具合がわるいの!?」

 

 触れた彼女の肌は特に熱を帯びてもいなかったが、額には玉のような汗が浮かび呼吸もどこか苦しそうだ。

 洗面台の蛇口をひねり義手を濡らしていくエグゼ…その行為に何の意味があるのかスコーピオンは理解できなかったが、腕に何か異常があることだけはなんとなくだが察した。

 

「傷がまだ痛むの?」

 

「違う、指先が痛むんだよ。失くしたはずの手が痛むんだ…」

 

「指先…何か痛み止めをもってくる?」

 

「薬じゃどうにもならないんだ…! この痛みが疼くたびに、オレはあいつらへの憎しみを思いだす…親友(ハンター)を虫けらみたいに殺しやがったAR小隊のツラを思いだすんだ!」

 

 昼間とは打って変わって、憎しみに歪んだエグゼの表情にスコーピオンは呆然としていた。

 生身の腕の方で拳を固く握りしめ手のひらから血がにじむ…。

 憎悪と怒りを表したエグゼにそっと触れたスコーピオンの手を払い、逆に彼女の両肩を掴み叫ぶ。

 

 

「ストレンジラブはこの痛みの治療法はないと言ったが、オレは知っている! AR小隊、奴らを一人残らずぶち殺し復讐を果たしたその時、この痛みからオレは解放されるんだ!」

 

「エグゼ、痛いよ…離してってば」

 

「だがよ、おれ一人の力じゃどうしようもないことがあるって思い知らされた。スコーピオン、お前の力を貸してくれ、あいつらに報復するためには力が必要だ! 仲間の助けがあれば必ずできるんだ、協力してくれスコーピオン、オレはあいつらに復讐したいんだッ!!」

 

「出来ないよエグゼ…無理だよ」

 

「どうしてだ、仲間なんじゃないのかよ! オレはこんな痛みといつまでもつき合っていたくない、乗り越えたいんだよ! 一人の力じゃどうにもならねえ、仲間の力が必要なんだ…奴らを殺すしか、オレが救われる方法はないんだ!」

 

 激しい口調で訴えかけるエグゼに、スコーピオンは何も言うことはできなかった…。

 やがてエグゼは目を伏せ、椅子にゆっくりと腰掛ける。

 落ち着いたのか、協力してくれないことへ失望したのかあるいは両方か…そんなエグゼの前にしゃがみこみ、スコーピオンはそっと手を握る。

 

「なんだよスコーピオン、なに泣いてんだ…オレが、哀れか?」

 

「違うよ…あんたのために何もしてやれない自分が悔しいんだ」

 

「いいさ、これはオレの問題だ。そもそも頼むオレが間違いなんだ…お前は何も悪くない」

 

「エグゼ、アタシはあんたの復讐には手を貸せない……だけど、アンタの傍にずっといてあげる、ずっと傍で支えてあげるから! 親友の代わりにはなれないかもしれないけど、仲間としてアンタの心の隙間を少しでも埋める努力をする…!」

 

「スコーピオン……一応、礼は言っとくぜ」

 

「うぅ……かわいそうなエグゼ、今はとても辛いかもしれないけど…大切な心まで失っちゃダメだ! アンタはアタシたちの家族なんだ、見捨てるもんか!」

 

「おい、なんでお前が号泣してんだよ…おかしいだろ。泣きたいのはオレの方なのによ」

 

「うるしゃい…!」

 

 そのうち勝手に膝の上を借りて泣きわめくスコーピオンに困惑する。

 だがスコーピオンの真心はエグゼの心に、確かに響いていた…苦笑いを浮かべ号泣するスコーピオンの髪をエグゼはそっと撫でる。

 

 

 指先の痛みが、ほんの少し和らいだ気がした…。




一章に比べ早いと思いますが、ここで二章を区切ろうと思います。
ここで区切っとかないと次の区切り目が長いので…。

あと、タグにTPP追加しときました(白目

さて第三章はオリジナルストーリーが増えますね、主にバルカン半島の連邦絡みで(TPPタグはだいたいこいつのせい)

連邦軍、404小隊、そしてCUBE作戦!
作者もうつ病にならないよう頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします!

あと、第三章でMGSキャラを一人ぶち込みます、敵側に(ニッコリ)


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第三章:BLOOD LAND
ヨーロッパの火薬庫


三章始動!

オリキャラも何人か登場していきます。


 マザーベースよりヘリに乗ること十数時間。

 途中で傘下のPMCピューブル・アルメマンの補給基地で給油と補給を行い、再び長いヘリの旅に向かう。

 いくつもの山岳を越え、高高度の位置を移動する。

 

「ボス、連邦領内へ入ります」

 

 操縦者のその声に、横になっていたスネークは起き上がり緊張した面持ちで操縦席のレーダーを見守る。

 レーダーには連邦領の国境線を示す線が表示されており、機体を示す印が少しずつそこへ接近していく。

 機内の空気が張りつめる…それは機体を示す印が国境線を超えてから数十秒経った辺りでおさまった。

 

『スネーク、無事国境を越えたようだな』

 

「ああ、ヘリのステルス性は問題ないようだ。提供してくれたレイブン・ソードには礼を言っておいてくれ」

 

 国境を越える際に危惧していたのは、連邦軍の対空レーダーである。

 内戦中であり、なおかつ周囲に常に目を光らせている連邦軍は今や民間の飛行機に対しても領空侵犯は無警告で撃墜すると宣言しているくらいだ。

 もしステルス性能のない飛行隊が連邦軍のレーダーに映れば、すぐさま対空ミサイルが発射されて撃墜されるだろう。

 

 もしこれがスネークが元いた世界でやろうとするならば、国際社会からの強烈な非難を浴びて多国籍軍の集中攻撃をくらっていたかもしれない。

 だがこの世界のこの時代において、スネークの知る国連程の大きな影響力を持った組織もなければ、米国やソ連のように介入を仕掛けてくるほど余裕のある国家も存在しない。

 なにより内戦を抱えているとはいえ強大な軍事力を持つ連邦軍を前に、わざわざ利のないことでちょっかいを仕掛ける国家もない…少し前まではジャーナリストや保護軍が連邦領内に入っていたようだが、それらは全て強制退去させられ、今や連邦領内の実情を知ることはできない。

 

 それと同時に世界に宣言したのが、国境なき軍隊(MSF)及びPMC4社のテロリスト指定だ。

 かつての超大国が崩壊した今、決して大国とは言えなかった連邦政府は大戦を生き延びた軍事力と経済力をもって欧州での影響力を保持している。

 今のところ他の国がその宣言に追従しているわけではないが、進んでMSFと取引をしようという国家は少なくなった。

 これは戦争をビジネスとし、組織の運営をしているミラーにとって悩ましい事態だった。

 

 

「それで、オレたちに接触を求めてきたという勢力は何者なんだ?」

 

 連邦軍の対空網を掻い潜ったところで、スネークは葉巻に火をつけようとするが、いつの間にか張られている"禁煙"の張り紙と、咎めるような9A91の目を見て渋々葉巻をしまう。

 

『接触を求めてきたのは、反政府勢力の一つ"ユーゴスラビア人民解放軍"通称パルチザンだ」

 

「パルチザンか。カズ、バルカン半島では一体どれだけの勢力が戦火を交えているんだ?」

 

『一言で言うにはあの国は複雑すぎる。まずはいくつもの共和国をまとめている連邦政府、独立を掲げるボスニア、セルビアなどがある。中でもボスニアの事情は一層複雑だ、連邦政府寄りのクロアチア人勢力、ボスニアの独立を悲願とするボシュニャク人、セルビアと共に独立を果たそうとするスルプスカ共和国がある』

 

「多民族国家ユーゴスラビア、この時代においても戦争の火種は絶えないな」

 

『ああ。かつて隣人だった彼らが、今や血みどろの戦いを繰り広げている。スネーク、後教えておきたいのが現連邦政府にある過激派団体"ウスタシャ"だ」

 

「ウスタシャ…第二次世界大戦中にナチス政権と繋がりのあった組織。ナチスの特別任務部隊(アインザッツグルッペン)にさえ、その虐殺行為は衝撃的だったらしいな」

 

『そうだ、民族主義が高まるにつれ右派が勢いを増しウスタシャが再結成された。それに対抗してセルビア側にも同じ過激派組織の名を借りて生まれたのが"チュトニク"だ……そして民族の垣根を越えて革命を志しているのがパルチザンというわけだが、この紛争においては主要な組織とは言えない』

 

「社会主義革命を目指す少数派の支援か。アマンダたちを思いだすな」

 

『そう悠長な事も言っていられない。今言ったのは主な勢力だ、他にも自警団や民兵と言った準軍事組織もある。警察組織だって戦争に参加しているんだ。国民すべてが銃を突きつけ合っているようなものだ』

 

 

 内戦において、身を守るために一般市民が銃を手に取ることはよくあることだ。

 そうでもしなければ市民は暴力の前に蹂躙され、女子どもは凌辱される。

 時に年端もいかない少年少女すら銃を手にし、人を殺すこともある…少年兵の問題はスネーク自身もどうにか解決したいと思うことだった。

 

 

『スネーク、くれぐれも注意してくれよ。既にオセロットが現地に諜報員として潜入している、彼から入った情報はアンタに直ぐに伝える。奴も無事で任務を果たしてくれればいいんだが』

 

「奴はKGBとGRUに疑われず潜入した三重スパイ(トリプルクロス)だ、心配はいらない。それよりも、オセロットがいないからといって訓練をサボるような奴がいないか目を光らせてくれよ?」

 

『それはオレが見るから安心してくれ。そっちも、FOXHOUNDの部隊章に押し潰されてしまわないようちゃんと見ててやるんだぞ』

 

 ミラーの言葉に、同じヘリの機内で座る9A91の服に縫い付けられた部隊章に目を向ける。

 ナイフを咥えたフォックスが描かれた部隊章、スネークが今身に付けている戦闘服にも同じワッペンがつけられている。

 

「見なよ9A91、これが人間同士の戦争だ」

 

 同乗する同じFOXHOUND隊員に選ばれた"マシンガン"キッドが、高度を下げたヘリの窓から眼下にうつる荒れ果てた大地を見つめる。

 それは鉄血が荒廃させた街並みと似たようにも見えるが、よく見れば人間の業の深さを知ることができる。

 戦前は牧歌的な農村であったであろうそこは、戦車の履帯で踏み荒らされ、家畜の死骸も転がっている。

 

 ヘリの窓から一瞬見えた納屋の中では、人間の死体が山積みにされていた。

 

 9A91は気分を悪くし、窓から目を背けると席に座り込む。

 早くもこの地に渦巻く憎悪と怨念の空気にあてられてしまったようだが、まだ地獄の門に到達すらしていない。

 

 ヘリは高度を調節しながら山岳地帯の峡谷を抜けていく。

 敵対勢力にゲリラ戦を仕掛けているパルチザンは本部を絶えず移動させているため、その足取りを掴むことは難しい。

 MSFには合流地点を座標で教えてきたため、おそらくはその近辺にパルチザンの本部があるはずだ。

 

 

 ヘリは体勢を維持し、ゆっくりと高度を下げていく。

 川辺の広い場所に降下し、スネークは扉を開き外に出る…すぐさまキッドも降り立ち、周囲を警戒する。

 

「幸運を、FOXHOUNDの初任務の成功を祈ります」

 

 三人を下ろし終えたヘリはすぐさま機体を上昇させ、その場を飛び去っていく。

 ヘリが飛び去った後は、川の流れる音と、森のざわめきだけが響く静かな自然が三人を包み込む。

 

「司令官、周囲に敵影無しです」

 

「こっちもだ、ボス」

 

「よし、指定された座標まではここから北西に20キロだ。油断するな、ここはもう戦場だ」

 

 端末を起動させ、現在地と目標地点を確認し三人は移動を開始する。

 ここ最近は市街地での戦闘が多かったため、このような鬱蒼と生い茂る森や険しい山間部を進むのは久しぶりであったが、スネークには長年の経験が身体に染みついているため足をとられることなく進む。

 機関銃を手にし重装備のキッドもなんら問題なく進み、9A91は少々足をとられながらも二人の後をついて行っている。

 途中あった滝つぼでスネークは立ち止まり、小休止をとる。

 合流地点まではあと少しだが、約束の時間まではまだ余裕があるためそう急ぐ必要はない。

 

 ヘリで我慢していた葉巻を嗜む。

 我慢していたぶん葉巻の香りと味はここ最近で一番美味く感じられた…ふと、9A91がきょろきょろと森を見渡していることに気付く。

 頭上を飛ぶ鳥を目で追い、滝つぼにしゃがみこんで魚を覗き込んだり、森の小動物を眺めたり。

 

「こんな自然を見ることは初めてなのか?」

 

「はい。戦争で世界が荒れて以来、市街戦が多かったので。それに、このような自然が残されている場所は世界にも珍しいと思いますので」

 

「人がいないところでは戦争は起こらないからな」

 

「綺麗なところです、失って欲しくありません。鳥も魚も動物も、ここでしか生きられませんから」

 

 木々の枝にとまる小鳥たち、草むらを駆け抜けていく小動物の姿に9A91は微笑みを浮かべる。

 スネークとキッドにとっても、この世界に来てこのような穏やかな自然の中で気を休めるのは久しぶりの事だった。

 少しの時間を穏やかな自然の中で休み、三人は再び森の中を進んでいく。

 

 

 

 時折端末で位置を確認しながら、三人はようやくパルチザンの指定してきた座標にまで到達する。

 スネークはそこへ行く前にキッドと9A91を警戒にあたらせ、一人その場所に歩を進める……木々が揺れる音以外何もしない静かな空間で、スネークはしゃがみこむ。

 じっと草木の向こうを見つめる。

 

「MSFか?」

 

「ああ」

 

 唐突に投げかけられた言葉に短く答えると、スネークが見据えていた先から男が現れスネークを手招きした。

 

「一人か?」

 

「他に二人いる、今から呼ぶ」

 

 スネークが片手をあげて合図をすると、草木に隠れ気配を殺していたキッドと9A91が姿を現す。

 二人の気配に全く気付いていなかったのか、パルチザンの男は感心した様に頷く。

 

「来てくれ、オレたちのキャンプまで案内する」

 

 そう言って森の中をつき進んでいく男の後をスネークたちはついて行く。

 森の中をすいすい進んでいく男にスネークはもちろんついて行くが、重装備のキッドは流石にしんどそうだ。

 時折遅れ気味になる9A91を振り返って確かめながら進んでいくと、森の開けた場所に到達する。

 

 そこにいくつかのキャンプが設置され、数十人のパルチザン兵士たちが物資を運んだり銃の整備をしている。

 

「おい、少佐はどこいった?」

 

「ああ、食糧調達に出かけたよ。もうすぐ来ると思うぞ」

 

 仲間とやり取りを行った男はしばらくしてスネークたちのもとへ戻って来くる。

 

「自己紹介がまだだったな、オレはパルチザンで部隊を率いているドラガンだ、お会いできて光栄だビッグボス」

 

「スネークでいい。こっちはキッド、あっちの子は9A91だ」

 

「ほう、IOPの戦術人形を使っているのか、お目が高いね。うちのボスはどうやら狩りに出かけたようだ、少し休んで待っていてくれ」

 

 

 

 適当な場所に案内される間、スネークたちはパルチザン兵士たちの好奇の目に晒される。

 一応普段の服装とは変えているが、見た目がかわいい9A91には男たちの視線が集まっている…スネークとキッドは小柄な彼女を隠すように両脇を挟んで歩き、切り株に座り込み出されたコーヒーをいただいた。

 やけに苦いコーヒーに一同顔をしかめ、二度すすることなくマグカップをそこらに置いた。

 

「ボス、相手はどんな奴なんです?」

 

「分からん、接触をしてきたのは今のドラガンという名のパルチザン副官だったらしい。奴らのリーダーは分からん」

 

「どんな方なのでしょうか?」

 

「そりゃ決まってる、ボスゴリラみたいに大きな奴さ。見なよ、こんな服を着たゴリラみたいな兵士を束ねるには強い奴じゃなきゃな」

 

「服を着たゴリラ…」

 

「キッド、あまり変な言葉を教えるんじゃない」

 

 教育係として、戦術人形の前で悪い言葉を使うのは見過ごせない。

 無垢で純粋な9A91に乱暴な言葉を教えてエグゼやスコーピオンのようになってしまわれても困るからだ。

 

 そうしていると、キャンプが騒がしくなる。

 どうやらパルチザンのリーダーが狩りから帰ってきたらしい。

 

 

「あれが、パルチザンのリーダーか?」

 

 

 スネークが見つめる先には、矢で仕留めた小鹿を肩に担ぎ話す女性の姿があった。

 

 青みがかった黒髪を結い上げ、細身だが鍛えられた身体がシャツの上からでもよく分かる。

 切れ長の目はとっつきにくさを感じられるが、仲間と話す彼女は愛嬌のある笑顔を浮かべ、泥で汚れているが顔立ちの整った美しい女性だった。

 

「あれがボスゴリラ…ですか?」

 

「訂正、ありゃ戦場に舞い降りた戦乙女だ」

 

 予想していたような大男ではなく、マザーベースの戦術人形たちと並んでも遜色ない美しい女性の姿にキッドは先ほど言った言葉を即座に取り消した。

 

 

 

「こんな鹿よく取れたな」

 

「ああ、わたしの手にかかれば一ころさ。今夜は久しぶりの肉だ、血抜きはしたが解体は任せたぞ」

 

「了解だ少佐、ところであんたに会わせたい人たちがいるんだ」

 

「あ? 客人か?」

 

 女性はドラガンの言葉を聞いてキャンプを見回す。

 そこで立ち上がったスネークを見るや否や、先ほどまで笑っていた表情を一変させると目の前のドラガンの胸倉を掴み壁に叩き付ける。

 

 

「おいドラガン貴様、傭兵を雇ったのか!?」

 

「イリーナ、落ち着け。必要なことなんだ!」

 

「わたしに何の相談もなくか?」

 

「相談したら断っていただろう?」

 

「当たり前だ! 何故わたしたちが戦争屋の力を借りなければならないんだ! 傭兵はカネで簡単に裏切る、戦争で金もうけをする人間…わたしが最も嫌いな存在だ!」

 

 彼女はドラガンを突き放すと、そばにあった銃を手に大股でスネークたちへと近づき銃口を向ける。

 咄嗟に9A91とキッドも銃を突きつける、突然の出来事にパルチザンの兵士たちは動揺していたが、リーダーにならい銃口をスネークたちに向ける。

 

「待て、話しをしようじゃないか」

 

「お前らと話すことは何もない。戦争の犬め、この地にお前らみたいな戦争屋をこれ以上受け入れたくないのだよ」

 

「ドラガン、どう言うことだ話しが違うんじゃないのか?」

 

「待ってくれ。イリーナ落ち着け、オレたちには力が必要なんだ。何よりもオレたちには兵力が足りない」

 

「黙れドラガン。おい傭兵、わたしたちの悲劇がそんなに金になるか? わたしはお前らのような戦争を生業とする連中は嫌いなんだよ。カネで雇われ、女子どもを犯し殺す…お前らもきっとそうだろう? ここで戦争犯罪を咎める奴らはいない、どうせ政府に雇われ損なった小規模PMCといったところか?」

 

 とげとげしい言葉と共に彼女はありったけの嫌悪感を示す。

 一方的な物言いに9A91は苛立っているようだが、スネークは彼女とキッドの銃をそっと下げさせる。

 それをパルチザンのリーダー、イリーナはじっと見つめていたが銃を下ろす気配はない。

 

「やめろイリーナ、彼らはただの傭兵じゃない…MSFだ」

 

国境なき軍隊(MSF)? 持てぬものの抑止力……じゃあ、お前がビッグボスか?」

 

 ようやく銃を下ろしたイリーナに続き、パルチザンの兵士たちも銃を下ろす。

 衝突を避けられたがいまだ気を許しあっていない状況だ。

 

「そうか、アンタらが……連邦政府からテロリスト指定された話しは聞いていたが…」

 

「イリーナ、どうせオレたちも政府から見ればテロリストだ。気にすることは無い」

 

「わたしたちは"チトー元帥"の意思を継ぐパルチザンだ。連邦政府の白色テロを棚に上げて言えたことか」

 

「まあいいが、MSFの協力をうけてもいいんだよな?」

 

「ふぅ……おいドラガン、歯を食いしばれ」

 

 そう言うと、振り向きざまに強烈なパンチでドラガンを殴り倒す。

 歴戦のキッドも惚れ惚れとするような見事な拳だ。

 

「次わたしに内緒でやったら、歯が無くなるまでぶちのめすからな?」

 

 鼻血を垂れ流しながら頷くドラガンを睨みつけ、今後間違った行動をさせないようくぎを刺す。

 部下を懲らしめたところで彼女は振り返ると、先ほどとは打って変わりその顔に笑みを浮かべていた。

 

「さっきは悪かったな、あんたの噂は色々聞いてるよ。あちこちで兵士を攫って味方につけてるんだって? おまけに鉄血人形も囲ってるなんて噂も聞いたぞ」

 

「噂が独り歩きしているようだな。オレは兵士を攫っているんじゃなく説得して味方につけているだけだ」

 

「ハハハハハ、物は言いようだな。さて傭兵は嫌いだが、アンタという男には興味があった。話しをしようじゃないか」

 

 高らかに笑い、仲直りの握手と言わんばかりに彼女は手を差し出す。

 握手を交わせばとりあえずは仲直り完了だ、それ以上の商談はこれから話すことだ。

 

 

「ヨーロッパの火薬庫ユーゴスラビアへようこそ、ビッグボス」

 

 

 




七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字を持つ、一つの国家

始まりました第三章"ユーゴ紛争編"です。

2章の最後から少し時間が経ってます。
正式にFOXHOUNDが始動。
山猫さんはガチモードでバルカン半島に潜入してます。

では、次回からもよろしくお願いします。


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母なる大地、父なる英雄

「―――まだ連邦軍を動かすのを渋りますか、大統領」

 

 首都、ザグレブの官邸にて、連邦軍の司令官が連邦政府の最高指導者へ内戦終結のための作戦行動を示した書類を叩きつける。

 革張りの黒い椅子に深々と腰かける大統領は、連邦軍司令官が机の上にあげた書類には一切目を通さず、テーブルの隅の方へと追いやる。

 

「分からないのかね、連邦軍は対外的な脅威からは目を離せん。外国からの干渉もあり得るし、もっとおぞましい脅威もあるのだよ」

 

「重々承知しておりますよ大統領。ですが、これ以上内戦が長引くことは国益に大きく関わる。大統領、連邦軍に大規模な作戦を実行させれば内戦は直ぐに終結するのです。領内に蔓延るネズミ共の駆除も容易い」

 

「それが君ら軍部とウスタシャの総意かね? 司令官、求心力を無くしているとはいえまだわたしが大統領だ。国家を守るための連邦軍が、自国民に銃を向けるなどとあってはならないことなのだよ」

 

「あなたにはこの惨状と向き合う決意も心意気もないのですな、よろしい。その椅子で連邦の崩壊を見届けるといい、我々は諦めませんがね。では大統領どの、わたしは忙しいのでこれで失礼しますよ」

 

 大統領が跳ね除けた書類を手に取り、連邦軍司令官は最高指導者へ敬意も見せぬまま部屋を立ち去っていく。

 彼が退出した先では、連邦の過激派団体"ウスタシャ"の兵士が待っており、軍部の司令官に対し手を突き上げるような敬礼を向けた。

 それに対し司令官は一般的な敬礼を返し、彼らウスタシャと並び待っていた男へと早々に視線を向けた。

 

 

「奴はもう使えん、我々が独自に策を練る必要がある。ウスタシャの諜報機関の手を借りる必要がある」

 

「司令官、我々としては直ぐにでも出撃の命を待っているところです。気掛かりなのはいまだその足取りがつかめないパルチザンと国境なき軍隊(MSF)ですね」

 

「うむ、MSFが領内に入ったとのうわさもある。奴らの足取りがつかめん、優秀な諜報員がいると見た」

 

「今や連邦の大部分が戦場となっています。スルプスカ軍、ボスニア軍、チュトニク…ただでさえ面倒な連中だというのに」

 

 連邦の秘密警察の優秀さは世界の知るところだが、連邦政府がMSFを拒絶して以来国内の情報が外部に漏れることは無くなったが、同じくMSFに関する情報の入手もできなくなったのだ。

 連邦が放った何人かの諜報員とも連絡がつかなくなった、おそらくはMSFのスパイ狩りによって始末されたのだろう。

 

「万が一奴らがパルチザンに接触したら、ヤツらも"アレ"の存在に目をつけているとしたら非常に不味い状況だ」

 

「司令官、諜報員によると、所属不明の妙な戦術人形の部隊を見たという報告があります。おまけに鉄血工造の人形も国境付近で不穏な動きを見せているとか」

 

「厄介な連中に目をつけられたものだ。ボルコビッチ将軍、前にMSFに救われたからと言って遠慮する必要はない。パルチザンを追え、奴らのリーダーを捕らえるのだ。そうすればこの国の問題の全てを解決できる」

 

「了解です司令官」

 

 

 

 故郷のために 備えよ!(ザ・ドム スプレムニ!)

 

 祖国の伝統的な掛け声。

 かつてウスタシャがスローガンとして用い、以後他国に嫌悪感をもってとらえられる言葉をボルコビッチ将軍は口にする。

 他国がどう思おうと、その言葉と共にクロアチアは団結し外敵に立ち向かってきたのだ。

 

 新生ウスタシャが結成されて以来、連邦構成国クロアチアではその言葉をあしらった軍旗があちこちではためいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MSFがパルチザンと合流して以来、9A91は少し暇な時間があればそこの豊かな自然の森に足を運んでいた。

 時に動物や小鳥を遠目に観察し、草木や花に触れる。

 彼女はここに来て間もなかったが、緑豊かなここの自然が大好きになっていた。

 

 その日も、森を流れる小川の傍に座り込み何をするわけでもなく川を泳ぐ魚を観察したり、川の音と鳥たちのさえずりが調和する自然の音色に静かに耳を傾けていた。

 

 ふと、地面を踏みしめる足音に気がつき9A91は振り返る。

 

 金色の髪にどこか幼さのある顔立ち、森の中に佇む少女の姿はまるで絵本の中から飛び出してきたような妖精のようであった。

 妖精のような少女きらきらとひかる青い瞳を9A91に向けたままそっと微笑んだ。

 

「あなたはスオミKP-31」

 

 同じIOPの人形として生まれた9A91は少なからず同じIOP製の人形のことは知っている。

 今目の前にいる少女はサブマシンガンタイプの戦術人形スオミKP-31、直接会ったことは一度もなかったが知識としてあったために一目で少女の事が分かった。

 一目で分かってくれたことが嬉しかったのか、スオミは笑顔を浮かべて小走りで駆け寄ってくる。

 

「あなたはパルチザンの戦術人形、ですよね? わたしはMSFの戦術人形9A91です、よろしくお願いします」

 

 9A91は自己紹介と共に手を差し出すと、スオミは少し気恥ずかしそうに頬を赤らめて握手に応える。

 そのまま手をつないだまま、スオミはずっと9A91に微笑みかけたままだ。

 

「えっと…あの?」

 

 愛らしい外見の少女の笑顔を鬱陶しいと思っているわけではないが、自己紹介をいつまでも返してくれないスオミに果たして何か失礼なことでもあったのかと焦りだす。

 

 

「スオミは話せないんだ」

 

 その場にまた別な気配を感じて振り返ると、狩りから帰ってきたらしい獲物を肩に担ぐパルチザンのリーダー、イリーナの姿があった。

 イリーナはスオミの傍まで近寄ると、手帳と鉛筆を手渡す。

 スオミはそこに何かをかき込むと、そっと9A91に差しだしてきた。

 

 

"はじめまして9A91さん、わたしはスオミKP-31です。発声機能の故障で声が出せず、すぐに自己紹介が出来なかった事はすみません。よろしければ、友だちになっていただけませんか?"

 

 手帳に書かれた文字を読み上げると、スオミはさっきと同じような笑顔を浮かべたままじっと見つめていた。

 

「はいスオミさん、わたしでよろしければお友達になりましょう」

 

 そう言って笑顔を返すと、スオミは太陽のような笑顔を浮かべ9A91の手をとりその場でピョンピョンと跳ねて見せる。

 よほどうれしかったのだろう、スオミはイリーナの手も一緒に握って微笑んでいた。

 

 

「スオミはわたしが学生時代の頃、祖父が身辺警護のために買ってくれた戦術人形なんだ。祖父から父へ、父から兄へ、今はわたしの所だ。この子の声も直してやりたいが、今のところ難しくてね…他のメンテナンスはわたしがやってあげられるんだが」

 

 反政府勢力のパルチザンであるイリーナが、スオミを連れてIOPに修復依頼を出すことはとても難しい。

 現在の連邦政府はIOPとも関わりがある。

 企業であるIOPが、カネを落としてくれる連邦政府を倒そうとするパルチザンの人形修復を直すということはあり得ないことだ。

 

「スオミがうちに来たのは12の頃だったかな? 当時はわたしの方が小さかったのに、今ではわたしの方が大きい。わたしに残された唯一の家族だ」

 

 女性としては背の高い方であるイリーナとスオミが並ぶと、スオミの方が妹のように見える。

 高い位置から頭を撫でられて、まるで子ども扱いするなと言わんばかりに頬を膨らませて睨んでいるように見えるが、その様子はどこか微笑ましかった。

 

「この森が気に入ったかい?」

 

 ふと、イリーナから投げかけられた問いに9A91は頷いて見せる。

 

「戦争で荒廃した世界しか見ていなかったわたしには、この森がとても平和に見えます。ここにいると心が洗われるような気がします」

 

「そうか。君は良い心の持ち主のようだな、その心を大切にするといい。スオミ、9A91に森を案内してやりな」

 

 主人であるイリーナの言葉に頷き、スオミは手帳と9A91の手を握り森の奥へと歩きだす。

 何度か振り返っていた9A91であったが、イリーナの笑顔で手を振る姿に観念しスオミと一緒に森を歩いていった…。

 

 

 

「さてと…うひゃッ!?」

 

 二人を見送り振り返ったところで、いつの間にかいたビッグボスことスネークの姿に普段のクールからは想像出来ない可愛らしい声でイリーナは驚く。

 声をかけるタイミングを計っていたスネークとしては気まずい思いだが、イリーナは咳払いを一つすると、いつものクールな装いに戻る。

 どうやら今のは無かったことにしたらしい。

 

「感謝するよビッグボス、あなたの部下はスオミの良き友になってくれそうだ」

 

「そのようだな。盗み聞きするつもりはなかったんだが、あの子の声が出ないそうだな。オレたちのところに連れてきてくれば治してあげられるかもしれないぞ」

 

 意図せずして聞いてしまったスオミの声の不調、今や戦術人形のメンテナンスの全てを行えるマザーベースの施設があれば彼女の声も治すことも可能だろう。

 しかし、イリーナは首を横に振る。

 

「勘違いしないでくれ。スオミにはいつか声を取り戻して欲しいと思っている。だがあなた方にあの子を預けるにはまだ、そこまでお互いの事を理解できていない。スオミはわたしの最後の家族なんだ、慎重に思うわたしの気持ちを察してくれ」

 

「分かった、だがオレたちを信頼してくれた時にはいつでも言ってくれ。カネはとらん」

 

「そうなれることを願うよ」

 

 少し過保護に思えてしまうが、よほど人形であるスオミを大切に思っているのだろう。

 パルチザンのリーダーとして冷徹な印象を持たれるが、根は優しい女性なのかもしれない…彼女への評価を改めるとともに、スネークはイリーナが肩に担ぐ狩りで得た獲物に目を向ける。

 

 仕留められた大きなヘビが、イリーナの肩に担がれている。

 肉付きの良い食いごたえのありそうなヘビだ、ごくりと唾をのみ込むスネークを見たイリーナは咄嗟にヘビを隠し訝しげにスネークを見つめる。

 

「やらんぞ」

 

「残念だ。ところで、この森は随分自然の姿で保たれているな」

 

「ああ、内戦が起こる前からこの森は政府の指定で自然遺産として管理されていたからな。人が入ることはあまりないし、自然の営みが見えるこの森は内戦が起こるまで世界中の学者から注目されていたよ」

 

「うちの9A91もこの森が気に入ったらしい、平穏な森があの子には合うんだろうな」

 

「平穏…か」

 

 イリーナはスオミと9A91の入って行った方へ目をやると、遠くに見える木々を指差す。

 そのうちの一本の木に止まる小鳥、しばらくすると上空から勢いよく滑空してきた鷹が鉤爪で小鳥を捕らえあっという間に飛び立って行った。

 

 

「平和な森など幻想だ、自然界ほど弱肉強食の摂理が厳しいものはない。鳥も魚も動物も生きるために他の命を食らう。静かな木々でさえ、より多くの光を求め高く伸び枝を広げる…競争に負ければ、枯れて朽ち果て勝者の養分となる。この内戦も同じだ、生きるために他者を食い物にしている。文化も宗教も違う異民族を追い払うことで、生存圏の拡大を狙っている」

 

「イリーナ、お前はクロアチア人なのか?」

 

「なにに見える、ビッグボス? カトリックならクロアチア人、イスラムならボシュニャク人、正教ならセルビア人だ。では神を信じないわたしは何者なんだ? この手の質問にわたしはいつもこう答える、わたしはユーゴスラビア人だ。このバルカンの地がわたしの母であり、チトー元帥こそがわたしの父だ」

 

「ヨシップ・ブロズ・チトー、第二次世界大戦でパルチザンを率いナチスドイツとその傀儡国家を打倒し、西側にも東側にも属さない独自の体制を築き上げた英雄。何故その英雄を父と?」

 

「本気にするな、生まれた時代が違いすぎるだろう? わたしはチトー元帥の意思を受け継ぎ、再びこの国を一つにまとめ上げる。互いが憎みあうことなく、隣人を愛す…理想主義だと笑ってくれるなよ、わたしはいつでも本気だ」

 

「笑わないさ。誰もがそう願うことだ、だが難しい道だ。憎しみや報復の連鎖は、一度始まってしまえばなかなか止めることはできない」

 

「人類の永久の課題だな…少なくとも、チトーはこの国を纏め上げた。彼のような戦術も、カリスマも、政治的手腕もわたしにはないのかもしれない…だがなビッグボス、これはわたしの使命なのだよ。例え志半ばで倒れようと、わたしは悔いはない」

 

 そんな言葉を言いつつも、イリーナは自信に満ちた表情で微笑む。

 かつてスネークはサンディニスタの若きリーダーアマンダと出会い、リーダーとしての重圧にくじけそうになった彼女に喝を入れたことがあった。

 少しづつ成長したアマンダは最後には仲間たちからも、革命の司令官(コマンダンテ)として認められるようになった。

 

 だが同じ若きパルチザンのリーダーであるイリーナは、その若さで既に組織の長としての風格を身に付けているようであった。

 どんな時にも冷静さを失わず、的確な指示を出す。

 おそらくはこれまで何度も苦境に立たされながらも、優れた指導力とカリスマ性で組織をまとめ、そんな彼女にパルチザンの兵士たちもついてきたのだろう。

 副官のドラガンが、彼女に無断でMSFの協力を仰いだこともリーダーを想ってのことだ。

 

 

「さてビッグボス―――」

 

「スネークでいい」

 

「ふむ。ではスネーク、我々としての最終目標はクロアチア共和国首都ザグレブ、連邦政府の魔物どもが割拠する場所だ。他にも我々に共鳴する同志たちを救い、サラエボやベオグラードを解放する。長い戦いになる、傭兵にこんな事を言うのは誤りだと思うが、裏切るなよ?」

 

「もちろんだ。どのみち連邦政府に目をつけられたままでは、オレたちも思うように動けん」

 

「よろしい。ではこいつはお前にあげるとしよう」

 

 

 そう言って放り投げた獲物のヘビを素早い身のこなしでキャッチする。

 

 余談だが、その後ヘビの美味さをスネークとイリーナは熱く語り合い、周囲の人間及び人形たちをドン引きさせるのであった。




スオミちゃん登場、でも故障しているので話せません、筆談します。
9A91とお友達になれてよかったね!

一応パルチザンのリーダーはオリキャラなので設定をかいときます。

【イリーナ】

黒髪長身のクールビューティー。
でも母はバルカン半島の大地とか、父は100年近く前の英雄チトー元帥と言っちゃう若干邪気眼の入ったお姉さん。
少々自信過剰なところがあるが、自分の能力を正当に評価した上での態度なので決して慢心したり油断はしない。
仲間内からはリーダーと呼ばれたり、名前で呼ばれたりする。
スネークと同じ、食材を生で食いたがる残念美人。
スオミとは家族同然の仲であり、一緒に生活して一緒に食事し一緒にお風呂に入ったり一緒に寝たりする…ようするにゆr(ストレンジラブにより検閲されました)


次回はマザーベースpartを予定してますが、変更するかも。
ではほなまた。


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マザーベース:太陽とサソリ

 唐突なことだが、MSFの総司令官であり我らがカリスマビッグボス不在のその日、ミラーはかねてから計画をしていた大規模作戦をついに実行する。

 それは研究開発班及び医療班並びに拠点開発班を交え、極秘裏に進められていた作戦である。

 それは…。

 

 

「みんな、サッカーをやろう」

 

 

 早朝の朝、マザーベースの食堂で多くのスタッフが集まるその場所でMSF副司令官のミラーはサッカーボールを手に似合わないユニフォームを着こみそう宣言した。

 朝っぱらからこの副司令は何を言っているんだと、そう思われたのは仕方がないが、日ごろ訓練に明け暮れ娯楽の少ないマザーベースではミラーが時折主催する行事と月に一回のお誕生日会が、兵士たちのたまったストレスを解放する行事となっている。

 マザーベースでは前にもこのようにサッカーが行われ、好評であったこともあって最初こそ白い眼で見られたが、多くの兵士たちは乗り気になってミラーの意見に賛同した。

 

 反対に堅物のWA2000などは、昨夜任務で帰りが遅く睡眠時間が短かったこともありむすっとした表情で朝食をつまらなそうに食べている。

 まあ彼女の場合、ここ最近オセロットが任務でバルカン半島に行きっぱなしだということもあるのだが…。

 

「相変わらずミラーのおっさんは面白いことやるね。ところでサッカーってなに?」

 

 食パンに目玉焼きとベーコンとレタスを交互に挟み、それを何重にも重ねて真ん中にナイフを刺して固定するサソリ式簡易ハンバーガーを頬張りつつ、スコーピオンは隣のエグゼに尋ねるが、彼女は山盛りのシリアルに牛乳をぶっかけたものにがっついているので聞く耳を持っていない。

 

「サッカーというのは、11人のチームをつくって一つのボールを蹴って相手のゴールに入れるスポーツですよ」

 

 スコーピオンの疑問に答えたのはスプリングフィールドだ。

 食事、というより目の前の料理を食い散らかしている二人とは対照的にナイフとフォークを使い上品に食事する。

 

「ふぅ、おかわりおかわりっと」

 

「あんたどんだけ食うのよ…」

 

 山盛りのシリアルを平らげ、容器に再びシリアルの山を作るエグゼにWA2000は少し引いた目で眺めている。

 そこへドバドバとミルクをかけ、再びかき込む様に食べていく。

 豪快な食いっぷりにスコーピオンも対抗するからなおさらたちが悪い…。

 

「ふぅ、ごちそうさん。それでサッカーってスポーツをやるんだって? 面白そうじゃん」

 

「あんたどうせルール分かってないでしょ? ボールを蹴るスポーツであって、人間を蹴るスポーツじゃないのよ?」

 

「え、違うの?」

 

 すっとぼけるエグゼに、もういいやと早々に諦めるWA2000。

 このままエグゼがサッカーに参戦すれば親善を兼ねたせっかくのサッカーが、血みどろの殺人サッカーに変わってしまうだろう。

 医療班の仕事を増やさないためにも、サッカーというスポーツが血で穢されない為にも、マザーベースが平和であるためにも、スプリングフィールドは持てる知識の全てを活かしエグゼにサッカーのルールを説明する。

 

「いいですかエグゼさん、まずサッカーは相手を潰すスポーツじゃありませんからね?」

 

「違うのか?」

 

「違います! コホン…確かにプレー中は危ない場面もありますが、過度に危険な行為にはイエローカードを出されます。より危険な行為を行えばレッドカード、つまり退場させられます」

 

 一つ一つ丁寧にルールを説明し、時にエグゼの疑問に答える彼女の説明はとても分かりやすく初心者のエグゼとスコーピオンも理解のほどが早いように見えた。

 それから本来のルールにはないが、二人のパワーを危惧し、スライディングと身体をぶつけるような行為は絶対に起こさないことを約束させる。

 

「いいですか二人とも、スポーツは公正で平和的な戦いです。相手を怪我させようとか、相手の気持ちを踏みにじるようなことは絶対しないでくださいね」

 

「分かったよ、話し長いよお前」

 

「心配してるんです!」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

「もう…ワルサーさんは参加しますか?」

 

「んー、寝不足で疲れてるから遠慮しとくわ。でも気になるから試合は見に行く」

 

 スプリングフィールドも参加するか迷ったが、午後からカフェを開かなくてはならないことを思い出し今回は応援のみとすることとした。

 

 

 

 さて、サッカー参加の希望者は指定されたプラットフォームへ向かったのだが、いつの間にかできていたそのプラットフォームにスタッフと人形たちは困惑する。

 困惑する彼らに、ミラーは得意げに説明するのだ。

 

 そのプラットフォームは、研究開発班と拠点開発班が合同で進めていたプロジェクトの一つであり、今回のサッカーなどの競技を行うための多目的運動プラットフォームである。

 ミラー本人の熱意と、研究開発班らのノリによって誕生した究極のプロジェクト(資金と労力のムダ)である。

 

「オッサン、これスネークにちゃんと言って作ったの? 怒られるよ?」

 

「スネークなら大丈夫だ。マザーベースの運営はオレに任せると言ってくれたからな! それとオッサン言うな」

 

 得意げに笑うミラーであるが、これは後でこっぴどく叱られるパターンである。

 だがスタッフのストレス解消はかねてからの課題であり、のびのびと運動できるその施設の有用性をスネークが気付いてくれれば、もしかしたら怒られないかもしれないが…。

 まあ、人形たちにはミラーが袋叩きにあう姿しか想像できないようだ。

 

「さあ、これ以上は時間がもったいない、早速サッカーを始めようじゃないか。みんなルールは知っているな? 楽しくやろうじゃないか」

 

 

 突然だが、かつてサッカーが原因で戦争が起こったことはご存知だろうか?

 中米のエルサルバドルとホンジュラスの間で実際に勃発した戦争だ。

 サッカー戦争とちまたでは呼ばれているが、本当のところはそれまでの両国の領土問題や不法移民の問題などが重なり合った末に起こった戦争で、決してサッカーだけが原因ではない。

 だが話しが独り歩きし、あたかもサッカーが原因で戦争が起こったなどと言われているのだが…。

 

 それを知ってか知らずか、主催者のミラーは公正な審判で試合を盛り上げようとしたのだが、開始数秒で片方のチームのメンバーが担架で運ばれる事態となる。

 試合開始前までの熱狂が嘘のように静まり返る。

 

 気まずい空気の中、この原因を作りだしたエグゼがすっとぼけたような表情で担架で運ばれる兵士を見送る。

 

 一体何が起こったのか…。

 一部始終を観客席で見ていたスプリングフィールドは頭を抱えてうずくまる。

 

「エグゼさん…あれほど言ったのに…」

 

 エグゼがやったこと、それはキックオフと同時に全力でボールを蹴り、エグゼの脚力で弾丸のように放たれたボールがディフェンダーの顔に直撃し、5メートルは吹き飛ばされたのだ。

 柔らかいボールとはいえ、加速し運動エネルギーの乗ったそれは凶器と化し、ディフェンダーの鼻骨を粉砕する。

 

「エグゼ、駄目じゃないか相手を怪我させちゃ!」

 

 警告の笛を吹き、ミラーが注意するがエグゼはルールは破ってないと主張する。

 確かにルールは破っていない、彼女がやったことはシュートの一環だ…ただ殺人的な威力を持ってしまったが。

 

「とにかく、スポーツマンシップの精神を守ってプレーするんだ!」

 

 まだ文句があるようだが、厳重に注意しその場はイエローカードは出さなかった。

 試合は振出しに戻り、負傷した代わりに別なスタッフをチームに入れる。

 コートの真ん中には、エグゼと対決するチームのメンバースコーピオンが立つ。

 

 キックオフ、エグゼの二の舞を警戒したがスコーピオンは粗削りだが素早くドリブルでゴールを目指し走る。

 やっとまともなサッカーが始まったと安堵し、観客たちはおもいおもいのチームに声援を飛ばす。

 パスとドリブルでつなぎ、ゴールの前まで躍り出たスコーピオンの前にエグゼが立ちふさがる。

 小柄なスコーピオンは隙をついてエグゼの横を抜き、ゴールめがけシュートする……エグゼには劣るが速さのあるボールは惜しくもゴールポストに命中し弾かれる…。

 そこまではいいのだが、弾かれたボールがまるで狙いすまされたかのようにエグゼの後頭部に直撃し吹き飛ばされる。

 

 

「ダハハハハ! ごめんごめん、まさかそっちに跳んでくとは思わなかったなー」

 

 

 確信犯である。

 少しは期待して試合を応援していたスプリングフィールドであったが、あまりのショックに卒倒してしまいWA2000に介抱されている。

 

 

「テメェ、このクソサソリが…! 上等じゃねえか、サッカーやってやろうじゃねえか!」

 

 

 エグゼ…いや処刑人はその赤い目に強烈な殺意を宿し、獰猛な笑みと共に立ち上がる。

 

 その後はもうまさに手が付けられない状態であった。

 キレた二人の戦術人形の暴走によって試合は滅茶苦茶となり、阿鼻叫喚の地獄となる。

 強烈なシュートで選手を倒し、意図的に急所を狙ってシュートしてみたり……収拾のつかなくなったサッカー場でミラーがなんとか収束をさせようと尽力するが、止まらない!

 そのうち最近大人しくしていたはずの試作型月光が現れ、エグゼを超える脚力でボールを蹴る…いや、蹴った衝撃でボールが破裂してしまった!

 

「おらサソリ野郎! これでも食らいやがれ!」

 

「やったなこの!」

 

 ボールを無くしたらなおたちが悪い。

 取っ組み合いの乱闘にまで発展し、折角この日のために整理された芝生は滅茶苦茶になり、強引に投げ飛ばされたゴールポストがひしゃげて曲がる。

 

「やめろ、やめてくれーーッ!」

 

 ミラーの悲痛な叫び声が虚しく会場に響く。

 

 その後マザーベースに非常事態宣言が出され、戦闘班が緊急出動し二人を強制的に鎮圧し事態は収束する。

 恐ろしい結果に終わってしまったサッカーだったが、泣き崩れるミラーを哀れみ、スタッフたちが荒れたコートを直し試作型月光が慰めるように寄り添うのだ。

 問題児二人を観客席に縛り上げ、再開されたサッカーはとても平穏でスポーツマンシップにのっとった楽しい競技となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、昼間から飲むビールは美味いね!」

 

 豪快にジョッキを傾け、口周りにビールの泡を付着させたままスコーピオンは笑う。

 隣ではエグゼが硬そうな肉に食らいつき強引に引っ張っている……サッカーが終わり打ち上げにスプリングフィールドのカフェにやって来た二人だが、スプリングフィールドはくたくたの様子だ。

 

「それにしてもサッカー面白かったな、あれならまたやったっていいぞ!」

 

「もう結構です! 全くもう、後で絶対スネークさんに報告しますからね」

 

「まあまあ、落ち着きなさいスプリングフィールドよ。ビールおかわりね」

 

 呑気に笑う二人をキッと睨みつけ、空のジョッキをひったくる。

 冷凍庫で冷やしておいた新しいジョッキを用意し、サーバーのビールを注ぐ…それを受け取ったスコーピオンは再び喉を鳴らしながら飲んでいく。

 

「冷えたビールほど美味い酒はない! エグゼもたまには飲みなよ」

 

「飲んだって酔わねえから好きじゃないって言ってるだろ?」

 

「飲み足りないんだよそれは。スプリングフィールド、ウイスキーストレートで持ってきて!」

 

「おいコラ、お前が飲めよソレ」

 

「なにー? あたしの酒が飲めないっていうのか?」

 

「うわめんどくせえな、あっち行ってろよ。なあスプリングフィールド、ナポリタンくれよ、特盛な!」

 

「あたしラーメン食べたい!」

 

「そんなのありません! あーもう、ここは静かな空間のカフェなんですからね!?」

 

 本来ならジャズの音楽がかけられた穏やかなカフェのはずが、そこは殺人サッカーを終えた二人による打ち上げ会場と化し、静かな空間を求めやって来たスタッフたちが早々に引き返していく。

 エグゼはともかくとして、酒が入って陽気になってきたスコーピオンはたちが悪い。

 

「うわッ……なにこれどうなってるの?」

 

「あぁ、ワルサーさん。助けてください、一人じゃ手に負えません…」

 

 遅れてやって来たWA2000はカフェ内の惨状に目を背けそうになるが、カウンターの向こうで救いを求めるスプリングフィールドを無視できず、エプロンを身に付けカウンターに立つ。

 

 

「おう遅いぞワーちゃん! まあ乾杯代わりにこの麦茶を飲みなさい」

 

 スコーピオンに差し出されたグラスには茶色い液体が入っている。

 WA2000は無言でそのグラスにライターの火を近づけると、ぽっと青白い火がついたではないか…。

 

「知らなかったわ、麦茶って火がつくのね」

 

「細かいこと気にしないでワーちゃんも飲めばいいんだって! ほら、エグゼもカクテルでいいから飲もうよ! 一人で飲んでてもつまらないんだって!」

 

「うるせえ酔っ払いだな。しゃーないな、とりあえずビールくれよ」

 

「はいはい」

 

 エグゼにはビールを、自分には度数の弱いカクテル、疲れた様子のスプリングフィールドには正真正銘本物の麦茶を渡す。

 

「9A91がこの場にいないのは残念だけど、MSFとあたしらのますますの発展と活躍を祈念いたしまして、乾杯だーッ!」

 

 

 スコーピオンの調子の良い口上の後、人形たちはグラスを合わせ合う。

 ますます手のつけられなくなるスコーピオンであったが、ここ最近暗いニュースの多かった中で、太陽のように笑うスコーピオンにはいつも誰かが元気づけられる。

 お祭り人形スコーピオンに手を焼かされたが、その時ばかりは疲れた様子を隠し、スプリングフィールドも楽しむのであった…。

 

 




エグゼとスコーピオンは少林サ〇カーでも見たんだろうな(白目)



うちのスコーピオンはムードメーカーであり、お祭り人形、ミラーと組めば楽しい行事が増えることでしょう。
でも基本スネークの追っかけなので、なかなか実現しないw

9A91も一緒に混ぜたかったけど、任務中なんでね…。
でも殺人サッカーに巻き込まれなかったからある意味助かった?


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狙撃者の葛藤

 MSFがバルカン半島の内戦へ介入をしてはや数週間。

 連邦政府打倒を掲げる若きパルチザンのリーダー、イリーナとその組織を支援するためにMSFは物資不足に苦しむパルチザンへの兵站支援を行うことからここでの仕事は始まった。

 武器弾薬、医療品や消耗品など、安定した供給のないパルチザンにとってそれらすべてが日頃から不足に悩まされているものだ。

 連邦軍の監視から逃れて物資を運ぶことはなかなかに難しく、最初のうちの何回かは連邦軍に捕捉され物資を放棄する場面もあった。

 だが今は山間部の、連邦軍の目が届かないルートを確立し、大量には運べないが安定した補給ルートを確保している。

 

 そうしている間にも、バルカン半島の情勢は大きく変わっていく。

 

 連邦領ボスニア戦線では、一部の連邦軍と雇われたPMCがセルビア勢力を駆逐しボスニアの首都サラエボを包囲する。

 これまでに何度か包囲を受けそうになったボスニアの首都であるが、連邦政府に雇われたPMCと一部の連邦軍が攻勢を仕掛けてボスニア側の部隊を街に封じ込め、さらにそこへ民兵組織のクロアチア防衛軍も参戦し街を完全に包囲した。

 

 連邦という脅威に、反政府勢力たちは団結し立ち向かうことができればよいのだが、こんな時でも民族のいがみ合いを忘れられず互いに潰しあう。

 必要があれば手を組むが、必要がなければ潰しあう。

 連邦政府側の過激派組織ウスタシャがそうするように、セルビア側の極右団体チュトニクも敵対する民族を捕らえ拷問し虐殺する。

 報復と憎しみの連鎖は絶えることは無く、各所で殺戮の嵐が吹き荒れる。

 

 革命の赤き旗の下、パルチザンは民族の垣根を越えて団結はしている。

 パルチザンのメンバーはこの国に住むほぼすべての民族によって構成されている、いがみ合いや衝突が決してないわけではない…だが革命の理想と、若きカリスマの指導の下、いがみ合うことを止めている。

 

 

 かつて西側諸国にとって赤旗は悪の象徴であったが、パルチザンにとって平等を掲げるその主義こそが理想であり、イリーナにとっての宗教なのだ。

 

 

 

 

 迷彩柄のマントを頭からかぶり、WA2000は森林の中に身をひそめ環境に溶け込む。

 MSFには研究開発班が造り出した光学迷彩マントもあるのだが、彼女は個人的なポリシーからそれら便利な科学技術に頼るのではなく、環境に応じた装備の変更をすることを好む。

 事前に任務の場所の調査を行い、任務に適した装備を持ちこむ。

 スコーピオン辺りなどは役立ちそうな物は全て持ちこもうとするだろうが、何でもかんでも持って行けばいいというものではない。

 

「―――こちらワルサー、狙撃位置に到着したわ」

 

『時間通りだな、いいセンスだ』

 

 WA2000の通信に、スネークの声が届く。

 

「ふん、なんだかあなたが通信でサポートしてくれるのって変な違和感があるわね」

 

『ハハハ、いつもオレが任務に出ている身だからな。ワルサーそこから町は一望できるか?』

 

「ええ。町の全貌はここから把握できるわ」

 

 

 スコープ越しに町を覗きながら、そこにいる敵の歩哨の位置を通信機能で味方部隊に知らせる。

 彼女に与えられた任務は、パルチザンと敵対する組織であるスルプスカ軍…つまりボスニアのセルビア人共和国の兵士が占領する町の偵察及び強襲だ。

 本来ならば反連邦の名のもと手を組むべき相手なのだが、異民族を迫害しパルチザンを攻撃する勢力であるので敵同然だ。

 

「ボス、パルチザンの部隊が到着したわ」

 

『了解だ。9A91とキッドもその部隊と一緒に行動している、支援を頼む』

 

「了解」

 

 短い返答と共に通信を切り、スコープを覗き町の様子を見る。

 町の入り口には川が流れ、アーチ状の橋が一本と川沿いを行く道が森の方へのびている。

 パルチザンは部隊を二手に分け、その両方から進み奇襲攻撃を仕掛けるのが狙いだ。

 そこでWA2000の任務は、行く手を阻む歩哨を排除し、パルチザンを町の内部へと入り込ませてなるべく少ない犠牲で速やかに敵を鎮圧させなければならない。

 

 一度深く息を吸い込み、彼女はスコープを覗く。

 まずは橋の検問所にいる歩哨二人……二人のうち後方にいる兵士に狙いを定め引き金を引く。

 放たれた弾丸は兵士の胸を貫き一発で仕留める、異音に気付いたもう一人の兵士が咄嗟に振り返るが、声を放つ前に狙撃した。

 歩哨二人を排除したことで進みだすパルチザンを確認し、もう一つの道を観察する。

 

 そこにも検問所のようなものがあるが、そこは両脇を茂みが挟み隠れる場所もある。

 

 スコープ越しに覗いていると、9A91とキッドがそっと歩哨の背後から忍び寄り、後頭部を思い切り殴りつけ茂みの中へ引き込む。

 さすがは同じFOXHOUNDの隊員、同じ特殊部隊として鼻が高い。

 そっと笑みを浮かべていると、キッドからの通信が入る…。

 

『ワルサー、オレの進行方向に敵がいるようだが、狙えるか?』

 

「任せて」

 

 言われた通り、キッドの進行方向に目を向けると、キッドからは死角の位置に兵士が二人立っていた。

 そのうちの一人はすぐに立ち去っていってしまうが、狙撃者であるWA2000にとってはありがたいことだ。

 

 深く息を吸い込み、照準器を兵士の胸に合わせ引き金に指を添える…。

 

 そんな時、小さな少年がスコープにうつる視界の端から走ってきたため、咄嗟に彼女は引き金から指を離した。

 小さな少年の後には笑顔を浮かべた女性が狙っていた兵士のもとにやって来て、小包を手渡している……二人は夫婦だろうか、小包の中身は弁当であった。

 兵士は小さな少年を抱きかかえ笑顔を浮かべている。

 

 WA2000は見開いていた目をそっと閉じ、スコープから顔を離す…。

 

 

『どうしたんだワルサー、狙えないのか?』

 

「いいえ、やれるわ」

 

 目を閉じたまま、深呼吸を繰り返し、再度スコープを覗き込む。

 そこにはもう兵士の姿しかなかったが、その手には届けられた弁当があった。

 

 呼吸を止め、片目でスコープを覗きながら引き金に指を添える……少しの静止の後、彼女はその引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 見張りの兵士を排除し、町へ奇襲攻撃を仕掛けたパルチザンは大した反撃を受けることなく町を占領する。

 町の中心部に掲げられていたスルプスカ軍の旗が下ろされ、代わりにパルチザンの旗が掲げられる。

 町の市民の反応は様々だが、およそ半分の市民からパルチザンは町の解放者として歓迎される…反対にスルプスカ軍よりの市民の反応は冷ややかなものだが、これからイリーナたちが理解させていくのだろう。

 

 占領した町に入ったWA2000を、パルチザンのリーダーであるイリーナは笑顔で迎える。

 

「WA2000、聞いた通り見事な腕だな。礼を言わせてくれ、君のおかげで我が同志たちも少ない犠牲で勝利を掴むことができた。それに大きな戦闘を避けることで、町の住民からも敵意を受けられるリスクも減らすことができたのだ。ありがとう」

 

「それが任務だからね」

 

「君は謙虚だな、素晴らしい心意気だ。さて、わたしはやることがあるので失礼するよ」

 

 戦後処理のためその場を離れるイリーナを見届け、WA2000は町を歩く。

 見る限りではパルチザンを迎え入れる市民たちの姿を目にすることができるが、少し目を移せば、暗い目で見つめる住人やそっと窓を閉め切る家もあった。

 

「ねえねえ、お姉ちゃん」

 

 ふと、WA2000はかけられた幼い声に足下に目を落とす。

 少年が一人、WA2000を無垢な瞳で見上げていた…見覚えのあるその少年の顔に、彼女はわずかに目を見開いた。

 

「お姉ちゃん、ぼくのパパどこにいったかしらない? どこにもいないんだ」

 

 服の裾を引っ張りながら、少年は覗きこむようにWA2000を見上げる。

 そうしていると、群衆の中から母親らしき女性が小走りで駆け寄り、少年の手を取りさっさとその場を立ち去っていく。

 

 

 

 任務は成功した、いつも通り完璧に遂行した。

 おかげで仲間の犠牲も抑えられたし、パルチザンのリーダーからも感謝された。

 町の住民の多くも歓迎してくれた。

 それなのに…。

 彼女は小さな痛みを感じ、胸に手を当てる……少年を連れて足早に去った母親の涙に濡れた顔が、いつまでも脳裏から離れることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボスニアの山間部にある人の管理から離れた山小屋には、今は一人の男が住みついている。

 ぱっと見ただけでは苔むしてツルが絡まり合うその小屋に人が住んでいるとは思えないだろう…。

 ダスターコートに身を包んだ白髪の男は薄暗い山小屋を出て、そばにある切り株に腰掛け、ホルスターからシングル・アクション・アーミー(S A A)を取り出すと、弾を抜き取り整備を始める。

 汚れをふき取り、銀色の光沢を取り戻した銃を満足げに眺めていると、彼の持つ無線機に通信が入った。

 

『こちらWA2000、オセロット久しぶりね』

 

「ワルサーか、お前もこっちに来たんだったな」

 

『そうよ、こっちの初任務も終えたところ。オセロットはその、元気? ちゃんとご飯食べてる?』

 

「こっちの心配はいらん。それより、なにかあったのか?」

 

 無線機越しに届く彼女の声からほんの小さな違和感を感じ取る。

 

『大したことじゃないんだけどね。今、話しても大丈夫?』

 

「聞いてやる、言ってみろ」

 

 素っ気ないような返事だが、彼の元々の受け答えに慣れているWA2000は彼に聞いた貰いたいことを話していく。

 それはバルカン半島での初任務の出来事。

 見張りの兵士を狙撃していったなかで、妻と子供のいる兵士を殺してしまったこと…ただありのまま起こったことを話す彼女の言葉を、オセロットは静かに聞いていた。

 

「家族のいる兵士を殺したことに罪悪感を感じているのか?」

 

『少しね。これまで殺してきた兵士にも家族はいたでしょうけど、今回みたいにはっきり見たのは初めてだったから…すこし、胸が痛んだの』

 

「気に病むことは無いが、それは正しい感情だ。誰だってそんな場面を見れば罪悪感は産まれる」

 

『でも、兵士としてそんなことに一々動揺していたんじゃ任務なんてつとまらない。同じことが起こっても、次からは動じないようにしなきゃ』

 

「ワルサー、それは違うぞ。人を殺して何も感じないのは異常者だけだ、オレは異常者を作るために訓練しているわけじゃない。ワルサー、オレは技術のほとんどをお前に教えてきたが心の部分はお前自身が身に付けるしかない」

 

『兵士としての精神ってことでしょ、難しいわね。自分ではもう身に付けたつもりだったんだけど…』

 

「そう簡単に身に付けられるなら、ボスもオレも苦労はしない。だがお前がオレに相談を持ちかけてきたのはいい事だ、一人で抱えこむには重すぎる悩みもある。解決できなくとも、誰かに打ち明けることで重圧を軽くすることもできる。それの繰り返しでおのずと精神も鍛えられるはずだ」

 

『オセロット…うん、なんだか気持ちが少し軽くなった気がするわ』

 

「それは良かったな。オレはしばらくそっちに行けないが、ボスの事は頼んだぞ」

 

『うん、オセロットも頑張ってね。ちゃんとご飯食べるんだよ」

 

 

 

 通信が終わり、一息ついたオセロットは弾を装填したリボルバーをホルスターにおさめると、森の木々を流し見る。

 目を細め、リボルバーの銃口を一丁木々のむこうへと向ける。

 

「いつまで隠れてるつもりだ? 大人しく出て来い」

 

 しばらくの静寂の後、茂みからひょっこりと髪をサイドテールに結んだ少女が顔を出す。

 オセロットの銃口に両手をあげてひらひらとさせ、小さく舌を出す。

 

「久しぶりねオセロット…上手く隠れてると思ったんだけどな?」

 

「お見通しだ、何の用だ404小隊」

 

「もー、わたしの名前はUMP45。いつになったら覚えてくれるの?」

 

 微かに笑みを浮かべながらも、彼女の目は笑っていなかった。

 いつまでも銃を下ろさないオセロットをしばらく様子見していたが、ため息を一つこぼし、本当に降参したかのように手を挙げた。

 それで銃を下ろしたオセロットに気を良くし、軽い足取りで近付いていくが、そんな様子でも足下に張り巡らされた原始的なトラップを避けて歩くのだから油断のならない人形である。

 

「さっきの無線、聞いてたよ。案外仲間想いなんだね」

 

 にっこりと微笑む45だが、オセロットは一言も答えず無視する。

 

「もしかして恥ずかしがってる? 案外かわいいのね」

 

「殺されたいのか小娘。何の用があってここに来たんだ?」

 

「あらら、嫌われちゃった。単刀直入に言うね、わたしたちと手を組まない?」

 

「お前らのような胡散臭い部隊と組むメリットはない、失せろ」

 

「お互いにメリットはあると思うよ? 連邦が隠している秘密兵器、あなたも追ってるんでしょ?」

 

 ケタケタと笑いつつも、45はオセロットの少しの表情の変化も見逃すまいとジッと見つめていた。

 だがオセロットは眉ひとつ動かさず、いつも通りの固い表情のままであった。

 

「連邦が第三次世界大戦を生き延び、今なお欧州で影響力を持っている理由。あなたも知ってるでしょ? 色々な勢力がアレを狙ってる」

 

「フン…どっちにしろ、鍵はオレたちの手にある」

 

「そのようね、わたしが知りたい情報をあなたはもってるし、逆にあなたの知らない情報をわたしは知っている。悪い話しじゃないと思うけど、協力しない?」

 

「どっちにしろオレ個人の考えでは決められないことだ、ボスはおれじゃない。ところで聞きたいんだが、お前仲間と一緒に来たのか?」

 

「いいえ、416あたりがあなたを見たら殺しにかかりそうだから置いてきた。どうしてそんなことを聞くの?」

 

「じゃあお前の後ろにいる奴は何者だ…?」

 

 

 咄嗟に、45は銃を手にし振り返るがそこには森の木々があるだけで何の姿もない、だがそこに何かがいる気配は感じ取り引き金を引いて銃弾をばら撒いた。

 銃弾が木々を粉砕していく最中、姿の見えない何かが45の傍に猛接近していく。

 頭を下げた45、そのすぐ後にさっきまでそこにあった樹木が鋭利な刃物で斬られたかのように鋭い切り口を残し倒れる。

 

 銃で牽制しつつ、オセロットの方へ走って行くと、オセロットも不可視の存在に向けて銃弾を放つ。

 

「チッ、ステルス迷彩か!」

 

「アイツ知ってるの!?」

 

「知るか!」

 

 二人の銃弾は弾かれ、姿を見失う。

 ふと、樹木の木々が揺れ何かが頭上から二人へと接近する。

 オセロットの正確な早撃ちも何かによって弾かれ、あっという間に距離を詰められるが、オセロットは素早く地面を転がり不可視の存在からの攻撃を躱す。

 

「くっ、らちが明かない! オセロット、また会いましょう、協力の事考えておいてね!」

 

 45はスモークグレネードを放り投げ、煙が周囲を覆いつくしたすきにその場を離脱する。

 オセロットもまた、見えない脅威からの攻撃から逃れ、煙に紛れ姿をくらます…。

 

 

 

 

 

 

「仕留めそこなったか?」

 

 誰もいなくなった山小屋に、一人の女がどこからともなく姿を現した。

 その女は長い黒髪と同じく黒のセーラー服に身を包み、愉快そうな表情で二人が姿をくらました森の向こうを見つめている。

 白く、細長い指をあごに添え、チラリとすぐそばの樹木に目を向ける。

 何かが女のもとへ歩み寄る、姿は見えないが足音と落ち葉が踏みしめられ形を変えていく。

 霞が解けるように、その輪郭があらわれ始め、徐々に姿を鮮明なものとしていく。

 

 機械仕掛けの外骨格に身を包み、一振りの刀を手にした屈強な肉体を持つ人物だ。

 

「まだ本来の調子は出ないか? だがまだ時間はある、ゆっくりと身体を慣らすといい」

 

「……スネークは、近くにいる」

 

「そう、すぐそばにな。同じ蛇の名を冠する者として是非とも会いたいものだ。フフ…MSF、連邦軍、404小隊、そしてこのウロボロス。役者は揃ったようだな、地獄の門が開かれる日も近い」

 

「スネークは、俺が相手をする。彼にも、恩がある」

 

「戦うことが恩返しだとでも? まあよい、新しいその身体で存分に力を振るうがいい。朽ち果てるのを待つ身だったおぬしの命を拾い上げてやったのだ、恩を仇で返すような真似はしてくれるなよ? 期待しておるぞ、グレイ・フォックス」




ワーちゃんと山猫の回、ワーちゃんが遠距離恋愛してるみたいで胸が痛い。


そしてサイボーグ忍者ことグレイ・フォックスさんログイン、鉄血側で(白目)
ウロボロスが神話上の蛇の名を冠してるということで、蛇同士スネークとの直接対決も決まったので、戦闘力は底上げします。

いや~キューブ作戦の難易度4倍ぐらいになっちゃいますなー(棒読み)


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五感の全てで貴方を感じ取る

 山間部にぽつりと存在する小さな村がある。

 年季の入った古ぼけた木造住宅と牛舎が一棟、大きめの農場と畑があるだけの特に目立つ物もない小さな村であった。

 貧しい農家の住んでいたそこは内戦が始まって以来、戦火を逃れるべく住人が避難しもぬけの殻であったが、ある日そこを見つけた連邦寄りの民兵集団が拠点として住みついていた。

 非正規部隊である彼ら民兵の戦闘力など所詮一般人に毛が生えた程度のもの、中には退役した軍人が混ざっていることもあるだろうが、その村にいた民兵は一般人が銃を手にしただけでロクな訓練も受けていない素人ばかりであった。

 持っている銃も、連邦軍が使うような最新式のものではなく、民間に払い下げられた旧式の銃や猟銃などである。

 自衛のためとは言え、へたに武装をして連邦の旗を掲げていた彼ら民兵はエグゼ率いるMSFの部隊に目をつけられてしまい、ろくな反撃もできず瞬く間に壊滅させられる。

 

 大した装備も持たない民兵に、エグゼ率いる精鋭ヘイブン・トルーパー隊と無人兵器の月光を止めることはできなかった。

 統率の取れたエグゼの部隊によって倒されていく様は、まるで一方的な殺戮であった。

 それ以前に、前衛に立つ月光の恐ろしい姿に恐怖し逃げまどい、反撃できた者自体が少ない有様である。

 

 

 力の差に屈服し、民兵たちは銃を捨てて投降する。

 しかしそれが、彼らにとっての惨劇の始まりであった…。

 

 

「お願いだ、助けてくれ…! 家族がいるんだ!」

 

「今更泣きごと言ってんじゃねえよ、覚悟もねえのに銃を握ったてめえらが悪いんだよ」

 

 命を乞う民兵を蹴倒し、彼ら自身の手によって掘らせた穴へと叩き落していく。

 そこへ農場から集めてきた乾燥した藁を放り込み、その上にガソリンをまき散らしていく…深く掘られた穴から這いだそうとよじ登る民兵を、エグゼ配下の兵士たちは蹴落とす。

 恐怖に怯え、泣きわめく彼らを見下ろし残酷に笑いながら、火のついた松明をちらつかせてさらに恐怖をあおる。

 

「オレが欲しいのは情報だ、てめえらの命なんざどうだっていいのさ。おい、助かりたければここらの仲間の位置を教えろ」

 

 唯一、民兵を率いていた隊長のみを穴に落とさず尋問する。 

 民兵の隊長は既に激しい拷問を受けているようで、身体中があざだらけであり、両足の腱をズタズタに斬り裂かれていた。

 

「お願いだ…助けてくれ…」

 

 救いを求める男を手の甲で殴りつけ、胸倉を掴み引き立たせる。

 

「情けない男だ、もう一度言うぞマヌケ。お前らのお仲間の居場所を言えってんだ」

 

「知らない、本当に知らない!」

 

「ふーん、ほんとに?」

 

「ほ、本当だ…! オレたちは自分の身を守るため銃を取っただけだ! 戦争を望んでるわけじゃない!」

 

「あ、そう」

 

 冷めた目で彼を突き放す。

 脚の腱を切り刻まれた男はその場に踏みとどまることができずにそのまま崩れ落ちる…這いずる彼の足を掴んで引きずり、穴の中へと放り込む。

 

「お前らの戦う理由なんてこれっぽッちも興味はないが、これだけを身に刻んで死にな。銃を手にしたその時から、どんな殺され方をしても文句は言えないんだぜ?」

 

 穴の周囲を取り囲まれ、無数の銃口がつきつけられる中で民兵は震えあがり縮こまることしかできないでいる。

 怯える彼らを笑みを浮かべながら見るエグゼの様子はまるで加虐心を満たしているかのようだ…かつて鉄血にいた頃の処刑人の姿がそこにあった。

 ふと、エグゼの表情から笑みが消えたかと思うと、義手の腕を掴み苛立たしげに声を荒げる。

 

「ちくしょう…また痛みが…! 消えろ、消えやがれ……クッ、M4め!」

 

 疼きだした幻肢痛が彼女に怨敵の姿を思い起こさせる。

 何度も何度も痛む腕を、いや、痛覚の繋がっていない義手を地面に打ちつける。

 だが脳裏に彼女にとって忌まわしいM4の顔が鮮明に浮かぶごとに、そして亡くした友の最後の姿を思いだす度に幻肢痛はますます酷くなっていく。

 その痛みは失くしたはずの指先からどんどん体全体に広がっていく、そんな錯覚にエグゼの怒りと憎しみが際限なく増長していくのだ…。

 

「やっぱお前を殺すしか治療法は無いよな、M4……」

 

「処刑人、大丈夫ですか?」

 

 心配し、駆け寄ったヘイブン・トルーパーが肩を貸そうとするが、手を振りはらい突き放す。

 上官のただならぬ様子に部下たちは萎縮し、それ以上の手助けを出せないでいる。

 やがてエグゼは額に手を当てながら何度も深い呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着ける。

 相変わらず解決のしようもない激痛が、彼女の精神を蝕み続けているようだが…。

 

「スコーピオンとの、約束だからな……おい、こいつらの処刑は止めだ。パルチザンの基地に連行しろ」

 

「了解です、処刑人」

 

「ちくしょう、どこまで自制がきくか分からねえな。帰還するぞ」

 

 

 

 いまだに疼く腕をかばいつつ、しゃがみ姿勢を低くした月光の頭部へと駆け上がる。

 恐怖に支配された民兵たちはもう反抗の意思はなく、武装解除をさせられたうえでヘイブン・トルーパーたちに連行されていく。

 連行されていく民兵たちは、エグゼと目を合わせることを恐れ、視線を地面に落とし早足で彼女の傍を通り過ぎていく。

 そんな彼らの様子がエグゼを苛立たせるが、スコーピオン(友人)との約束を守るために沸き立つ破壊と殺戮の衝動を理性で抑え込む。

 果てしない痛みに呻く主人を気遣うように月光は立ち上がり、主人の足となって進みだしていった…。

 

 

 

 

 

 

 キャンプに到着した時、エグゼはスネークの姿を見るなり猛スピードで駆け寄り、まるでアメフトのタックルでもするかのようにその胸に飛び込んでいった。

 予期せぬエグゼの行動にさしものスネークも勢いを止められず、ゆうに数メートルは吹き飛ばされた。

 弾丸のように突っ込んできたために、軽く脳震盪を起こし少しの目まいをスネークは感じていた。

 

「んー…スネーク、スネークのにおいだ…」

 

「おいエグゼ! いきなり突っ込んでくるんじゃない」

 

 スネークを押し倒して背中に回した手でがっしりと掴み、その胸に顔をうずめる。

 押しのけようにも密着し、なおかつ力強く抱き付いているために引き剥がせない。

 

「こら、エグゼ! スネークから離れろ、このこの!」

 

 人の目もはばからず堂々と甘えているエグゼを、その場にいたスコーピオンがげしげしと踏みつけるがそれでも離れない。

 そのうちスネークの危機に9A91も増援として駆けつけ、どうにか引き剥がそうとするがそれでも離れようとしない。

 

「もういい、気が済むまで付き合ってやるさ」

 

「うー…スネーク、後であたしも抱きしめてよね」

 

「し、司令官わたしのことも…!」

 

 せがむ二人をなんとかなだめながら、エグゼに目を向けて見ると、彼女はスネークの服に顔をうずめながら上目遣いでじっと見つめている。

 口元が戦闘服で隠れ分からないが、視線が合ったエグゼは笑顔を浮かべるように目を細めて見せた。

 

「うーん、落ち着く…痛みが引いていく…」

 

 スネークの姿を視界いっぱいにおさめ、抱き付きにおいを嗅ぎ鼓動を感じ取る。

 そっと腕をとると優しく甘噛みし、鋭利な歯で小さくスネークの肌を傷つけ、滲み出た血を舐めとる。

 視覚、触覚、嗅覚、触覚、味覚…エグゼは五感の全てを敬愛するスネークで満たしていく。

 そうして心の中もスネークで満たしていくと、憎しみの炎がだんだんと小さくなっていき、幻肢痛もそれと同時におさまっていく。

 

「エグゼ、血を舐めるのは止さないか…その、嫌な思い出がよみがえる」

 

 歯で肌を傷つけ、血を舐めとるその仕草はスネークがその名を聞いただけでも悪夢にうなされるある伝説上の怪物を彷彿とさせる。

 ここ最近はそのトラウマに悩まされることは無かったが、早くも悪夢を見てしまうような予感を感じてしまっていた。

 そんなスネークの事情などお構いなしに、ぺろぺろと血を舐めとると、恍惚とした表情でスネークの胸を指でなぞっていく。

 上体を起こし、スネークの上に跨りつつ、最後に華奢なその指にスネークの血を絡め自身の口へと運ぶ。

 

「よし、スネーク成分補充完了。続きは宿舎の方で―――」

「させるかオラァッ!」

 

 スネークを宿舎に連れ込もうと手を伸ばした瞬間、いきり立ったスコーピオンがすかさず跳び蹴りを放つ。

 顔面を蹴られ吹きとばされたエグゼだが直ぐにたちあがると、別な遊び相手を見つけ笑顔で襲い掛かる…ここ最近のスコーピオンは打たれ強い、ハイエンドモデルのエグゼの鋭い上段蹴りをまともに受けてもすぐに起き上がる。

 はたから見たら本気のケンカをしているようにも見えるが、二人とも心底楽しそうに拳を交える。

 

 

「ボス、早く止めた方が良いんじゃないですか? どっちか倒れるまでやりますよこりゃ」

 

「やらせておけ、全くエグゼには困ったもんだ」

 

 二人のケンカに呆れつつも、今やお互いに良き理解者となっている二人のケンカは、キッドにとっては微笑ましい光景に見えているようだ。

 反対にこのような場面を初めてみるパルチザンの戦術人形スオミはオロオロとしている。

 

「それで、ボス。そのエグゼのことなんですがね…」

 

 一転し、神妙な面持ちのキッドにスネークは葉巻に火をつけようとしていた手を止める。

 一度ケンカをする二人を流し見てから彼は重い口調で語る。

 

「前線の兵士からエグゼについて相談を受けましてね。どうも、戦闘で残忍な行為をしているらしいんです。今日も連行してきたクロアチア人の民兵たち、酷い拷問を受けたような兵士もいました」

 

「そうか、ヘイブン・トルーパーたちは何か言っていないのか?」

 

「なにも。ボスならともかく、オレから言っても連中は口を開きませんからね。エグゼは大切な仲間ですが、残虐行為は見過ごせません…たぶんここの戦場の空気が、彼女の精神を刺激してるのかもしれません。ボス、このままではバルカン半島での我々の立場が悪くなってしまいますよ?」

 

「分かっている、依頼人(クライアント)であるパルチザンの名前も貶めることにもなるからな。しばらくエグゼの傍にいるようにしよう」

 

「助かります。でもエグゼにばかり気をかけて、他の人形たちの機嫌を損ねないでくださいよ? 全く羨ましいですな」

 

「からかうもんじゃないぞキッド、もうオレも若くはないんだ」

 

 隙あらば宿舎に忍び込もうとするストーカー気質の人形たちばかりで、ここ最近はまともにベッドの上でゆっくり休んでいない。

 毎日寝場所を変えなければ夜な夜な忍び込んでくるのだ。

 以前はオセロットが目を光らせていたおかげで人形たちも大胆な行動はしていなかったが、任務でいないためにだんだんと行為がエスカレートしている、

 

「ミラー司令が聞いたら怒って暴れそうな悩みですね」

 

「この前酔っぱらってスプリングフィールドを口説こうとしてゴミ箱に捨てられていたからな、まあそのうちアイツに魅了される人形も出てくるだろう」

 

「ハハハ、そうなるといいですがね」

 

 

 キッドはそこで部隊の補給等もあることでその場を去っていく。

 二人のケンカは一応決着がついたようだ、どうやらスコーピオンがいいパンチをくらってのびてしまったらしい。

 いくらタフになったとはいえ、エグゼに勝つにはまだまだ修行が必要なようだ。

 水を浴びせられ強引に覚醒され、どこかに連行される…食事場の方へ向かっていった辺り、腹ごしらえでもするのだろう。

 

 

「愉快な仲間たちだな、スネーク」

 

 葉巻を嗜んでいると、パルチザンのリーダーであるイリーナがニヤニヤと笑みを浮かべやって来た。

 どうやら先ほどのエグゼの行為もしっかり見ていたらしい、気まずさを紛らわそうと無心で葉巻をふかす…。

 

「やかましい仲間だが、元気はあるぞ」

 

「そのようだな。うちのスオミも、声が出なくなるまではわたしに毎度説教してきてうるさかったんだぞ?」

 

「ハハ、優しそうに見えるがずいぶんしっかりとしているんだな。ところで、うちのエグゼが捕虜に酷い行為をしてしまったことは謝る」

 

「ん? いや、別にそれは構わん。あいつらはウスタシャに駆り出された民兵だ、どうせろくでもない連中だ。死んでも誰も困らんさ」

 

 

 意外なことに、イリーナは敵へかける容赦というものが存在しない。

 彼女はウスタシャのような民族主義者を何よりも憎み、それに加担する者は例え投降してきた者であろうと躊躇いなく処断する。

 国家の再建を目指す彼女にとって、民族主義というのは害悪そのものであり、抹消するべき課題なのだ。

 

「失望したかスネーク? だが手を汚さずに革命は成し遂げられん、この戦争にかたをつけるには半端な偽善など無意味なのだよ。革命には犠牲がつきものだ、チトーがかつてそうした様にわたしも非情にならねばならん」

 

「これはあんたらの戦争だ、傭兵のオレがアンタらの主義主張に口を挟むつもりはない。だがイリーナ、お前のその覚悟をスオミは知っているのか?」

 

「いや、おそらくは知らんだろう。あの子は、たぶんわたしを革命の理想に燃える清廉潔白な闘士だと思っているだろうな。隠し通すのには無理があるだろうが、できればあの子だけは変わらずにいてもらいたい。だがスネーク、遅かれ早かれいつかはスオミも現実を見なければならない時が来る。清廉なままでは革命は成し遂げられん」

 

「あんたの決意の固さはよく分かった。だがあの子の事を思う気持ちが本当なら、無益な殺戮は止めるんだ。あんたの過去に何があったのかは知らないが、人を殺す度に心は鬼に近付いていく。軍人として生き続けるつもりがないなら、その業を積み重ねていく必要はないはずだ」

 

「無論、わたしもいつかは銃を捨てるだろう。勝利か死か、その両方でしか機会はない。忠告は胸にとどめておこうスネーク」

 

 その言葉がどこまで本気かは分からないが、スオミを想う気持ちは本物だろう。

 

 

「ところでスネーク、アンタに少し知らせておきたい情報がある」

 

 そう言うと、彼女は古ぼけた新聞紙をスネークに差し出した。

 記事は数年前のものであり、最新のニュースが記されているわけではないが、イリーナが見てもらいたいのは新聞に載せられている写真であった。

 モノクロの写真は連邦軍の基地を写したもののようだが、その中にいる一人の兵士にスネークは注目する。

 

「連邦軍が特殊部隊を動かしたという情報を入手した。この兵士の名はフェリックス、第三次世界大戦を戦い抜いた歴戦の兵士であり、最も敵に回してはいけない存在だ」

 

「こいつは人間か? どう見ても普通の人間には見えないが…」

 

 新聞の写真に写るその兵士は、一緒に並び写る兵士と比較して明らかに大柄な体躯をしている。

 その身体を鋼鉄のアーマーで隙間なく覆い、まるで装甲人形のようないでたちだ。

 

「E.L.I.Dって知っているか?」

 

「確か、この世界を覆っている感染症か何かだったな」

 

「そう、それを患えば異形の存在になり替わる。このフェリックスという男はな、ソレに感染し異形化した人間なんだよ。感染して間もなく、研究所に運ばれ、あらゆる研究と手術を施された。彼は最新の電子頭脳を埋め込まれ、身体のパーツを機械にすり替えられ、特殊なアーマーを装着して生まれ変わったんだ。崩壊する理性を電子頭脳と特殊なアーマーで制御し、連邦軍最強の兵士としてその力を振るっている」

 

「ずいぶんと詳しいんだな、君らも独自の諜報網を?」

 

「少しな。スネーク、彼はMSFを壊滅させるために檻から解き放たれた。いずれあんたの前に姿を現すことだろう…頼みがある、彼を殺してくれないか?」

 

「オレたちを狙ってやってくるのならいずれ決着はつけなければならないだろう。だが何故わざわざそんなことを頼むんだ?」

 

「フェリックス、彼はスオミの以前の主人…つまりわたしの兄だ。こんな事を頼むのはおかしいかもしれんが、兄を苦しみから解放してやって欲しいんだ」

 

「さっきも言ったように、向こうから戦いを挑んでくるのなら兵士としてオレは逃げるわけにはいかない。だが苦しみから解放するというのは約束はできない。さらに苦痛を与える結果になるかもしれない」

 

「構わないよスネーク。彼はもうわたしとスオミの知る兄ではない、感染体を電子制御で操られた亡骸でしかない。ただ、彼を眠らせてくれるだけでいい」

 

「わかった、その時が来ればそうしよう」

 

「ありがとう、スネーク」




ちょっとバルカン半島で症状が重くなっているエグゼさん…スネーク成分補充です。

連邦軍側に超人枠がいなかったので、オリキャラぶち込んでおきます。
超人合戦始まるね…。


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作戦前夜

「――――ボスニアの首都、サラエボを連邦の手から解放する」

 

 パルチザンの主だったメンバーが集まる簡易司令室にてイリーナがそう宣言した時、長い革命の闘争がようやく報われ始めてきたことを感じ取り、彼らは若き指導者のその言葉を敬意をもって迎え入れる。

 思えばこの国が内戦状態へ突入し、パルチザンが結成された当初はろくな装備も人材もなく、吹けば飛ぶような弱小組織だった。

 そんな時に現われた若きイリーナを、単なる小娘だと嘲笑したこともあった。

 だが現在のパルチザンのメンバーに、彼女を若いだけの阿婆擦れなどとあざ笑う者はいない。

 

「連邦政府に雇われた狼共が、我らが同胞たちを取り囲み飢えさせている。長い兵糧攻めでサラエボは疲弊し、戦意も誇りも打ち砕かれようとしている。忌まわしきウスタシャ共は愛すべき我らの同胞を虐殺して母なる大地を穢し、女子どもを凌辱し彼女たちの未来を奪い去った! だが同志たちよ、そのような日々も間もなく終わる!」

 

 若き指導者の勇ましい言葉に、パルチザンの戦士たちも呼応する。

 

「クロアチア人も、セルビア人も、ボシュニャク人もかつては一つの民族だった。だが時代に翻弄され、大いなる力の前に同胞たちは引き裂かれた。"我々は皆古来の同胞、ゴート人ではなく、スラヴ人の一員だ"、同志たちよ、どうか憎しみを捨てて民族の悲劇を分かち合い、一つになろう。これは神の言葉ではない、わたしの願いだ」

 

 パルチザンの中には、連邦の圧政や迫害に復讐心を持ち続ける者も少なくない。

 一歩間違えればパルチザンも共産主義を掲げた過激な殺戮集団と化していたかもしれない。

 実際のところ、イリーナはこれまでにウスタシャなどの過激な民族主義者を捕らえた際には、捕虜にもせず裁判もせずに一切の呵責もなく処刑したことがあった…それも己の手によってなされたときもある。

 だがイリーナが、パルチザンが復讐心に囚われず革命の理想につき進み続けてこられたのは、そこに確固たる信念があったから。

 

「地獄すら我らの歩みを阻み得ることはできない。同志たちよ、勝利を我らの手に掴むその日まで共に戦おう――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サラエボを解放する、パルチザンの次なる依頼を待っていたMSFとしては、革命の理想に燃えつつもあくまで現実主義的な態度を崩さないイリーナの決定に驚きを隠せないでいた。

 ボスニアの首都サラエボは、現在連邦内で最も激しい戦闘が繰り広げられている都市の一つだ。

 連邦政府に雇われたPMCと民兵、それから連邦警察を合わせれば数万もの規模になる大軍だ…それが一か所に固まっているというわけではないが、現在のサラエボはパーフェクト・サークルと形容されているほど完璧に包囲されてしまっている。

 真っ向から対峙すれば潰されてしまうだろう。

 だが、イリーナは今回の作戦を思い付きで考えたのではなく、長い時間熟考し策を練った上での決定だと説明をした。

 

 第一に、サラエボに包囲された反政府勢力をパルチザンの仲間として迎え入れる準備ができたこと。

 第二に、包囲に加担する連邦軍の一部の将兵たちの離反を取り付けられたこと。

 第三に、これ以上の時間の経過はサラエボ内の反政府勢力の疲弊と、連邦軍の本格的な介入の危機が増えるだけだと判断したためである。

 

 大まかな作戦の概要を聞いたスネークであるが、その中でMSFが果たすべき役目というものが決して小さいものではないことを感付いていた。

 

「スネーク、あなた方には連邦軍の基地を攻略してもらいたい。正確には、連邦軍が所有する広域破壊兵器"ウラヌス"の攻略だな」

 

「情報が少ないな、そのウラヌスというのは何なんだ?」

 

「奴らの移動式要塞砲と言ったところか。その大きさゆえに組み立てに時間はかかるが、一度完成してしまえば長射程と圧倒的破壊力であらゆる兵器を粉砕する。それがサラエボを射程におさめる位置に配備されつつあるという情報だ、それを破壊してもらいたい」

 

「要塞砲か、ずいぶんと古典的じゃないか」

 

「核戦争のEMPでロクな誘導装置もない今、その古典的な兵器が戦場で猛威を振るっているのだよ。今はまだいいさ、もっとえげつない兵器を連邦は所持していたのだからな。まあそれはいいとして、ちょっと来てくれよ」

 

 手招きされ、イリーナが乗って来たジープのところまで歩いていく。

 積み荷として木箱がたくさん積まれているようだが…。

 

「サラエボの解放までは少し時間がある。少し一休みする時間があってもいいだろう。あなた方の兵士たちもさぞ気疲れしている者もいるはず、これはわたしからの贈り物だ」

 

 木箱の一つを壊し、スネークの手もとに放り投げてきたのは透明の液体が入った瓶であった。

 封を解いてみると、頭をくらくらとさせるような濃厚なアルコールの香りがスネークの鼻腔を満たした。

 

「全部酒か? どこで見つけたんだ?」

 

「廃墟の別荘に酒蔵があってな。相当の酒豪がいたらしい、地下室いっぱいの酒があったから拝借してきたんだ。うちの方にも配ったが、余ったからあなた方にあげよう」

 

「ありがたくいただくとしよう」

 

「ふむ。ところでスネーク、できればうちのスオミも混ぜてあげてくれないか? この間一緒に遊べて楽しかったらしいからな…いや、無理ならいいんだが」

 

「構わないさ、うちの人形たちも面倒見のいいのばかりだからな」

 

「ありがとう。ではスオミを呼んで来よう」

 

 

 エグゼとスコーピオンは教育に悪いから論外だとして、9A91とは既に仲良くなっているしWA2000も初対面の人形を突き放すような態度はしないだろう。

 それにこの手のお願いにはぴったりなスプリングフィールドも、最近医療班のスタッフを伴い現地に到着している。

 9A91とWA2000がFOXHOUNDのメンバーとなり、スコーピオンとエグゼが攻撃部隊の要となっているが、スプリングフィールドは独自にスタッフの中から医療行為を行える戦闘員を選抜したメディカル部隊に配属された。

 人を傷つけるよりも助けることを望む彼女に配慮したスネークの意思によるもので、同じメディックであるエイハヴにも衛生兵としての仕事も教育されている。

 人員の補充が簡単にはきかないMSFにて、スプリングフィールドは自らに与えられた重要な役目にやりがいを感じていることだろう。

 

 しかし、彼女に治療してもらおうと、些細なケガで駆けこんでくる兵士が多くなっていること、それが最近の悩みの種になっているようだが…。

 

 

 

 そんなわけで、イリーナから持ちこまれた大量の酒は、ここ最近戦場で娯楽というものとほぼ無縁であった兵士たちに大歓迎される。

 大きな作戦の前の休暇、ということではあるがスネークは節度を守るように、と前置きをしたうえでトラックに並ぶ兵士たちに自ら酒を配る。

 

「エッヘヘヘ、サンキュースネーク!」

 

「スコーピオン、飲み過ぎて暴れるなよ」

 

 こっそり多く酒瓶をくすねようとするのを見逃さず、大きめの瓶を押し付け列から退かせる。

 

「エグゼ、お前が飲みたがるのは珍しいな」

 

「なんか今日は飲みたい気分だ。後でオレんとこに来いよなスネーク」

 

 普段は酒を好まないエグゼも、この日ばかりは酒の味に酔いしれたいらしい。

 

 追加の酒を貰おうともう一度並んできたスコーピオンを追い返すと、スプリングフィールドと9A91に挟まれて楽しそうに笑うスオミがやってくる。

 

"スネークさん、今日はわたしも一緒に混ぜてくれてありがとうございます!"

 

 手帳に書いた文章を見たスネークは、そこへ返答の文を書き足す。

 

"こちらこそ、来てくれてありがとう。今日は楽しんでいってくれ"

 

 満足げに笑うスネークだが、スオミは少し困ったような表情をしている。

 

「司令官、スオミは声が出せませんが耳は聞こえるんですよ?」

 

「ああ、そうだったな。オレとしたことが失礼したな、9A91、スプリングフィールド、この子を任せたぞ」

 

「はい。スネークさんも後で来てくださいね!」

 

 やはりスオミを任せられるのは二人だけしかいないようだ。

 声が出せないスオミとちゃんと向き合ってあげているし、変に気を遣わせずスオミの自然な笑顔を引き出させている。

 これも二人のやさしさがなせるものなのだろう。

 

「スネーク、わたしにも頂戴」

 

 次に現われたのはWA2000.

 不機嫌そうな声と顔に若干気圧されつつ、酒を手渡す。

 

「どうした、何か悩み事でもあるのか?」

 

「別に…飲まなきゃやってらんないだけよ」

 

「そうか、ほどほどにな。オセロットが帰ってくる前に酔いつぶれては不味いだろうからな」

 

「え? オセロット、今日帰ってくるの?」

 

「ああ、少し遅くなるがな」

 

「あ、そう…そうなんだ……エヘヘヘ」

 

 先ほどの不機嫌そうな表情はどこへやら…。

 恋する乙女のように頬を赤らめ、酒瓶を大事そうに抱えどこかへ向かっていく。

 

「やあスネーク、お酒余ってない?」

 

「スコーピオン…お前も懲りないな。仕方ない、今回だけだぞ」

 

「さっすがスネーク、話しが分かるね! もう大好きったらありゃしないよ!」

 

「まったく、その代わり暴れるんじゃないぞ」

 

「分かってるってば。酒を飲んでも呑まれるなってね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ヒック…うー、いいかスオミしゃん…あたひらの出会いはそらもーひとことで言い表せないわけよ…」

 

 2時間後、そこにはへべれけになったスコーピオンの姿がある。

 度数の強いウォッカを既に一本開け、既に二本目に突入している…。

 酒に酔って陽気な気分で騒ぎ出したかと思うと、会って間もないスオミに絡んでいく。

 スネークが危惧していたことが現実になってしまっている。

 

 絡まれているスオミも困り顔で、スコーピオンの絡みからスオミを救おうとスプリングフィールドと9A91がどうにかしようとするが、追い返す度に忘れたころにやって来ては絡んでくる。

 今スコーピオンはそれぞれの人形たちとの出会いを聞いてもいないのに語っているが、酔っぱらって言った事を覚えていないのだろう、もう何回も聞いた話しの内容に二人も気疲れしている。

 

「おいおい、スコーピオン酔い過ぎだろ。どれ、オレが良い覚まししてやろう」

 

「あたひに、さわんなーーッ!」

 

 同じく酒に酔ったキッドがここぞとばかりにスコーピオンに手を出そうとしたが、それは見事なアッパーカットでキッドを一撃で沈める。

 

「ったく…キッド、あんたのさけはあたしがもらうかんね!」

 

 のびてぐったりしているキッドから酒瓶をひったくる。

 そこで何を悪い事を思いついたのか、唐突に悪そうな笑みを浮かべる。

 

「グフフフ、酒がないなら…うばえばいい! あたしやっぱてんさいだね!」

 

「スコーピオンさん…! これはもう、どうにかして気絶させるしかないですね!」

 

 手のつけられなくなるほど酔っているスコーピオンに対処しようとするが、もともとタフなスコーピオンが酒で痛みに鈍感になっているためちょっとやそっとの衝撃では寝てくれない。

 むしろ予測不可能な動きで組みつかれ、逆に拘束されてしまう。

 

「ちょっ、スコーピオンさん!? やめてください!」

 

「んー? こいつめーまたおっぱいおおきくなったなー!」

 

「人形のわたしが成長するわけないじゃないですか、もういい加減にしてください!」

 

「んーもうちょっと」

 

 拘束され、人前で胸を揉みしだかれる。

 人目が無いのならまだしも、周囲にはMSFの男たちがいる…羞恥心に耳まで真っ赤に染めるスプリングフィールドの姿に、周囲はヤジを飛ばして盛り上がる…。

 だが…。

 

「いい加減にしろ」

 

「ほぇ?」

 

 つまみあげられるようにスプリングフィールドから引き剥がされたスコーピオン。

 ゆっくり振り返り見たのは、冷たく見下ろすオセロットの姿である…途端に冷や汗がでるスコーピオン…酔った頭をフル回転させ、彼への対処法を見出そうとする。

 その結果というか錯乱したとしか思えないが、無謀にも挑みかかっていくスコーピオン……であったが、軽くいなされた挙句襟首を絞められ一瞬で卒倒する。

 

「全く、手のかかる小娘だ。お前たち、楽しむのはいいが…羽目を外しすぎだ」

 

 酒に酔っているとはいえ、オセロットに注意を受けて反抗しようなどというものはいない。

 皆申し訳なさそうにスプリングフィールドに謝り、再びがやがやと賑わいが戻っていく…。

 

「ところでボスはどこに?」

 

「あれ? さっきまでみんなと一緒にいたんですけどね?」

 

「全く、誰かが見ていなきゃならないというのに。まあいい」

 

 珍しく尊敬するスネークへの軽い愚痴をこぼしつつ、酒を飲む集団と少し離れた位置の木陰に腰を下ろす。

 時々飲み場に注意を向けつつ、諜報活動を通して手に入れた情報の整理を行う。

 

「オセロット、待ってたよ」

 

 そこへ、酒を飲みほんのりと頬を紅潮させたWA2000が小走りで駆け寄る。

 そのままの勢いで飛びつきたい衝動に駆られるが、彼女はそうしたいのを我慢し静かに彼の隣に座り込んだ…。

 オセロットは一度彼女を流し見たのみで、引き続き諜報活動の整理作業を行う。

 無愛想な態度だが、いつも彼の行動を見てスネーク以外では他の誰よりも長く付き合いをしているWA2000にとっては慣れたもの…であるはずなのだが、長いこと彼と離れていたために寂しさを感じていた彼女は、そんないつもの彼の態度につい意気を消沈させてしまう。

 

「ねえオセロット、折角みんなで楽しんでいるんだから…お仕事は休んだら?」

 

「みんなが休みの時は、オレが働かなければならない時だ」

 

「そう……でも働きっぱなしじゃ身体が持たないわ」

 

「オレの身体はオレが一番良く知っている、余計な口出しはするな」

 

 いつも通りの厳しい口調だった。

 人がどれだけ心配していたかも知らないでこの男は…つい言い返したくなりそうになるが、それよりも彼に拒絶されているかのような言いようのない不安感を感じてしまい、開きかけた口を閉ざしてしまう。

 

 オセロットは自分たちなんかと違って重要な任務があるんだ、みんなのために頑張っている、それを邪魔しちゃいけない……彼女はそう、自分に言い聞かせる。

 不意に目頭が熱くなり、あふれ出た涙が頬を伝い落ちる。

 咄嗟にオセロットから顔を背け、ごしごしと服の裾で顔を拭くが、拭けども涙は止まらない…。

 そんな情けない姿を見せたくなくて、彼女はそっと立ち上がり彼の傍を離れようとする。

 

「待て」

 

 その言葉に足を止め、振り返る。

 オセロットは相変わらずWA2000には目を向けず、諜報活動を記した記録書に向き合っている。

 

「もう少し待て、そこに座ってろ」

 

「え、でも…」

 

「座ってろ、いいな」

 

「うん…」

 

 相変わらず目も合わせてくれないが、命令に近いような彼の口調にWA2000は素直に従う。

 淡い期待とは裏腹に、いつまでも終わりそうにない彼の仕事を眺めていると、彼の端末の操作が若干早くなっていることに気付く。

 もしかしたら早く仕事を終わらせようとしてくれるのでは…そう思い始める彼女の表情はいつの間にか明るさを取り戻すが、時折手を止めて考え事をするのを見ればしょんぼりと落ち込んで見せる…オセロットの行動に一喜一憂していうちに、ようやく彼は手を完全に止めて端末をしまいこむ。

 

 もしWA2000に尻尾があったら笑顔を浮かべてぶんぶんと振り回していただろう。

 

「あの、オセロット…?」

 

「一杯だけだ。一杯だけ付き合ってやる」

 

「うん…!」

 

 その言葉に、彼女は頬に残った涙をぬぐい、彼のためにコップを用意し大事に抱えていた酒を注いでいく。

 オセロットの事だから一杯だけと言ったら本当に一杯しか飲まないだろうが…。

 

「ワルサー、今日が何の日か分かるか?」

 

「え…? なんだろう?」

 

 酒を注いだコップを渡し、小首をかしげ頬に指を当てる。

 オセロットと初めて出会った記念日?

 初めてオセロットに褒められた記念日かな?

 FOXHOUNDのメンバーとしてオセロットが認めてくれた記念日だったか…?

 

 なんとか思いだそうと唸っていると、そっと彼から小さな箱を手渡される。

 おそらく連邦の都市のどこかで手に入れたのだろう、綺麗な小包に包装され表面にはかぼちゃのイラストが描かれている…そのイラストにハッとして、今日がハロウィンの日だと思いだした。

 

「町を歩いてたら売り子に貰ってな。オレは甘いものが苦手でな、お前にやる」

 

「あ、ありがとう…大事にするね」

 

「大事にするのはいいが、大事にし過ぎて腐らせるなよ」

 

「そんなことしないってば!」

 

 そんなことを言われつい反論するが、オセロットの滅多に見ることのない笑みを間近で見たとたん、彼女の白い肌が真っ赤に染まる。

 彼の顔を真っ直ぐに見ていられなくなり、紛らわしに彼から貰ったハロウィンプレゼントに手をかける。

 中身はかぼちゃを模したチョコレート、そのうちの一つをつまみ口の中に放り込むと、途端に極上の甘味が口の中いっぱいに広がる。

 売り子に無料で貰ったなどとはおそらく嘘だ、きっとどこかの有名店のお菓子に違いない。

 

「どうだ、甘すぎるだろ? オレには合わん」

 

「甘すぎるわね…でも、悪くないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MSFがキャンプを張る町は、内戦のあおりを受けて住人が避難したゴーストタウンだ。

 住人がいなくなった代わりにMSFが入り込み、今では兵士たちの賑わいで町は活気づいている。

 

 そんなMSFの賑わいから隔絶された古ぼけた教会がある。

 他の廃墟に比べ中は小奇麗なままで、住人のいなくなった町にひっそりとたたずむ教会はどこかもの哀しく、それでいて神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 教会の長椅子には、熱心な信者たちが毎週お祈りをしに訪れていただろうが、今は一人だけが座っている。

 

「エグゼ、ここにいたのか?」

 

 スネークが教会の扉を開き、彼女に声をかけると、エグゼは振り返ることなく手に持っている酒瓶を見えるように掲げた。

 前列の長椅子に足をかけ酒をあおる彼女の姿を見れば、熱心な信者たちは衝撃を受けるだろうが、あいにくこの場に信仰心のある者はいない。

 

「捜したぞ、こんなところで何をしてるんだ?」

 

「んー…奴と二人で飲んでたとこさ」

 

 エグゼの見つめる先には、すべての罪を背負い十字架にかけられた聖人の偶像がある。

 その足元にはグラスが一つ置かれ、酒で満たされていた。

 

「酔っているのか?」

 

「さあね」

 

 小さく微笑み、隣に腰掛けてきたスネークにグラスを手渡し、持っていた酒を注ぐ。

 それから互いにグラスを合わせ合う。

 喉を焼きつかせるようなキツイ刺激のある酒に、おもわずスネークは顔をしかめる…反対にエグゼは顔色一つ変えず、ただじっと偶像を見つめ続けている。

 

「神を信じるか?」

 

「あぁ、オレが神だ。自分の運命は自分で決められる」

 

 教会に来るものが吐いてはならないセリフだが、それがエグゼにとっての神の在り方なのだろう。

 人形が神を語るなどと…彼女たちを作った人間がもしこの場にいれば鼻で笑っていたかもしれないが、スネークは笑わずに彼女の言葉を聞いていた。

 

「運命に翻弄されるのはごめんだ。自分の生き方を他人に決められたくもない、オレはオレだ……オレは右頬を殴られて左頬も差し出すような真似は絶対にしない。必ず殴り返す、むしろ殴られる前にやるさ」

 

「エグゼ、復讐を止める気はない…そう言いたいのか? それがお前の戦う理由だというのならオレは否定しない。だがこの戦場に敵として立つ兵士たちは、お前の復讐相手ではないはずだ」

 

「分かってる、分かってるつもりさ。だけどよ、オレがどんな存在かアンタも分かっているだろ? 傷が疼き、奴らの面を思いだす度に、オレはオレの本性を思いだすんだ。だがありのままの姿では、スネークと一緒にはいられない……オレがアンタたちとずっと一緒にいるためには、自分を偽り続けなきゃならない」

 

 破壊と殺戮の衝動、人形であるエグゼにとってのプログラムはいいかえれば遺伝子と言ってもいい。

 処刑人として生まれた彼女が持つべきものは慈愛でも友愛でもなく、無慈悲に対象を確殺する非情さ。

 純然たる殺しの兵器として生まれた彼女にとって殺戮こそが正常であり、今のような平穏な暮らしに溶け込む生活は欠陥なのだろう。

 

「だがお前は変わった。お前はもう殺戮を行うための人形なんかじゃない」

 

「自分を偽ってるだけだ。本当のオレは殺しを楽しみ、殺す前の泣き顔を見るのが好きなどうしようもないサディストだ」

 

 自嘲気味に笑い、一気に酒を飲み干す。

 それから行儀悪く足を前列の椅子にかけていたのを直し、スネークに向き直る。

 酒が入っているために頬はほんのりと赤みがかっているが、その赤い瞳は真っ直ぐにスネークを見つめている。

 

「スネーク、オレはあんたが好きだ。これは偽りなんかじゃない、オレの本心だ。だけどありのままの姿でいればオレはスネークと一緒にはいられない、だからオレは自分の運命に挑み続けなければならない。本心を隠し、偽りの姿であり続けなきゃならない」

 

「エグゼ…」

 

「オレはもう一人じゃ生きていけない、弱くなっちまった。仲間を失うことが怖い、アンタに見捨てられたくない、自分自身でさえも恐ろしい…。こんな風に甘えるのはおかしいって分かってる、だけど一人じゃどうにもならないんだ」

 

「それは弱さじゃない。人は誰でも一人では生きていけないんだ…自分以外の誰かを求めること、人間として当たり前に思うことだ」

 

「また、一歩人間に近付いたってことかよ。なあスネーク、オレが前に約束させたこと覚えているか?」

 

 そう言って、エグゼは胸に手を当てる。

 以前エグゼが敵であった頃、お互いに戦士として拳を交えた末に和解したが、その際に仲間になる条件として5つの約束を交わしていた。

 そのうちの一つに、彼女が心に感じていた奇妙な感覚の正体を教えることがあった。

 

「スコーピオンたちと一緒に居る時、安らぎを感じて腕の痛みが和らぐんだ。アンタと一緒に居る時もオレの幻肢痛は消えるが、スコーピオンが感じさせる安らぎとはなにか別なんだ。アンタをそばに感じると、憎しみが消えて何かが心を埋めていく、今だってオレはあんたに何かを感じてる」

 

 いつしかエグゼの頬は酒ではない、感情の変化によって紅潮し始める。

 彼女の潤んだ瞳には、ただ一人、スネークだけがうつる。

 それからエグゼはそっとスネークの肩にもたれかかり、彼の手を取り自分の身体を抱きしめるように誘導すると、甘えた声でつぶやくのだ。

 

 

 

 

 

 

 今だけは憎しみを感じていたくない……ずっと、抱きしめてくれるか?

 

 

 

 

 

 

 

 




スプリングフィールド「衛生兵になりました、よろしくお願いします」

負傷兵A「あ、ちょっと転んでひざが…」
負傷兵B「座りすぎて腰がイタタタタ」
負傷兵C「PTSDになっちゃったから甘えても?」
カズ「なんか股間のあたりが腫れt(銃声)」


ハロウィンネタはワーちゃんとオセロットにやってもらいましたw
ワーちゃんが言うにはとても甘かったそうです。


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ウラヌス攻略作戦

 MSF、そしてPMC4社の精鋭を集めた部隊がサラエボ近郊の丘陵地帯に集結し、攻略目標である連邦軍の広域破壊兵器"ウラヌス"破壊に向けて動き出す。

 相手は少数とはいえ第三次世界大戦を戦い抜き、今なお連邦を世界の脅威から隔絶させている百戦錬磨の軍隊だ。

 生半可な戦力では太刀打ちできないだろう。

 集められた戦力には、各PMCの精鋭の他、手に入れた鉄血の工場から生み出し続けられたヘイブン・トルーパーの大隊に対戦車兵装及び対空兵装を装備した月光が数十機。

 MSFがこの世界に来て大規模な戦力を派遣したことと言えば、エグゼと前哨基地で対峙した時を除いて今回が初めてだ。

 メタルギアZEKEは今回の作戦参加を見送っているが、調整は既に済ませ、いつでも出撃可能な状態で待機はさせてある…もっと詳しく説明をするならば、メタルギアZEKEは既に連邦領内に運び込まれ出撃の機会を待っている状態にあると言えよう。

 

 例え一国の軍隊であろうと張り合える戦力を集結させているが、それでもなおオセロットは警鐘を鳴らす。

 諜報活動を通し、情報を手に入れれば手に入れるほど彼は連邦が持つ軍事力のすさまじさを思い知らされていたのだ。

 

 

『――――スネーク、連邦軍の広域破壊兵器ウラヌスを配備している野戦基地周辺は電波妨害がされているから、今のうちに伝えたいことを言っておこうと思う』

 

 戦闘車両に取り付けられた通信機材より、マザーベースのミラーからの声が届く。

 マザーベースまでの距離と、ヘリほどの高性能な通信機材を積んでいないために、通信越しのミラーの声は若干聞き取りにくい。

 

「連邦軍の対空網を警戒して車で進むのはいいが、こうも車両の列をつくって進むのはなんだか慣れないもんだな」

 

『ハハハ、今作戦は隠密任務ではないからな、激しい戦闘が予想される。スネーク、ウラヌスのことでオセロットから聞いてはいると思うが…』

 

「ああ聞いた。15ktもの核出力を持つガンバレル型核分裂弾頭、戦術核兵器ウラヌス…反政府勢力の支配下とはいえ、自国領に核の照準を定めるとはな」

 

『脅し、だと信じたいところだが…忘れないでくれスネーク、この世界はもう核戦争を経験している。必要があればもう一度核を撃つことも辞さないだろう。俺たちと連邦軍では、物の捉え方が違い過ぎる』

 

 

 戦術核兵器であるウラヌスは核弾頭を砲身を使って撃ちだすもので、核ミサイルほどの長い射程は持たないが分解する事で容易に発射位置を変えることができるという強みがある。

 移動式ということでスネークたちがかつて破壊したピースウォーカーとメタルギアZEKEを連想させるが、あちらはAIによる自動報復システムによるものがあり戦略兵器の一面が強い。

 対してウラヌスは、戦場単位で使うことを想定されており、米国が造りだした戦術核兵器"デイビー・クロケット"に近い存在だ。

 もっとも、ウラヌスが搭載する核弾頭はデイビー・クロケットの核出力の比ではなく、あのヒロシマ型原爆と同じ15ktだ。

 

 

「カズ、おそらくこれは脅しじゃない。連邦軍は核を撃つつもりだろう。なんとしても止めなければならない」

 

『やはり…連邦軍の全てとは言えないが、狂っているな」

 

「これでまだ連邦軍の秘密兵器の一つだというんだから、奴らの底が知れない」

 

『まだ連邦軍には切り札があるのか?』

 

「オセロットが言うにはな。それが何なのか今も調査中だが、情報によればその兵器を今は連邦軍が使えないらしい」

 

『どういうことだ?』

 

「詳しいことは分からん。それも含めてオセロットが調べているところだ」

 

 戦況を左右するような圧倒的破壊力を持つ兵器は現在、連邦軍は使うことができない…それがより大きな核兵器なのか、あるいはまた別なものなのかはオセロットもいまだ分かっていないという。

 ただ厳重な情報統制とセキュリティによって秘匿されているらしい。

 

『何はともあれ、もうすぐ戦場だ。通信も繋がらなくなるだろう…ただ、人形たちが使うような通信回線は使えるようだ。部隊同士の連携はそれでとってくれ。スネーク、気をつけてくれよ』

 

「ああ、そっちもマザーベースの方を頼んだぞ」

 

 

 通信を切り、辺りを見回す。

 車両の列は森林の道を順調に進み、兵士を乗せたトラックでは荷台に搭載された対空砲が空の脅威を警戒している。

 

「車両を止めろ」

 

 その言葉に運転手がスピードを落とし、後続の車両もならってスピードを落とし停車する。

 車両が停止したのを見計らったかのように、両脇の森から黒色の強化服を纏った兵士たちが姿を現す、ヘイブン・トルーパーの偵察部隊だ。

 

「ビッグボス、この先に連邦側PMCの哨戒拠点があります。あ、失礼…たった今処刑人の部隊がそこを占拠した模様です」

 

「いいセンスだ。エグゼにそこで待機するよう伝えておいてくれ。お前たちは引き続きウラヌス周辺の偵察任務にあたれ」

 

「了解」

 

 指示を受けたヘイブン・トルーパーたちは敬礼を返し、静かに森の中へと消えていった。

 

 再び車両を発進させしばらく走らせると、偵察隊の情報通り連邦側のPMCが設けた哨戒拠点が見えた。

 既にエグゼ率いる部隊によって占領されているようで、PMCの兵士とその部下である戦術人形が捕縛され基地の真ん中あたりで寝転がされている。

 今回エグゼは一人で行動していたため、問題行動を起こしていないかスネークは心配だったが、捕虜の虐殺をしたりなどはしていないようだったが…。

 

 

「どうだ悔しいかバーカ。ほれほれ、やり返してみろ」

 

 

 捕縛した戦術人形の一人を木の枝でつつきまわして苛めているようだ……ため息を一つこぼし、スネークはエグゼに近寄り手に持った木の枝をひったくる。

 悪いことをしていたという自覚はあったのか、スネークを見るやバツの悪そうな顔をして引き下がる。

 

「捕虜の虐待は見過ごせないな」

 

「虐待じゃねえよ。このチビがムカつくから教育ってもんでだな…」

 

「ボクはチビじゃない!」

 

「どう見たってチビだろお前、バーカ」

 

 子どものように目の前の戦術人形ブローニングM1919をからかって見せるエグゼ。

 問題行動といえば問題だが、以前のように捕虜を痛めつけたり傷つけたりしない分まだマシかと諦める。

 

「おい、ボクたちをどうするつもりだ!」

 

「置いてくわけにも連れてくわけにもいかないからな。少し空の旅を楽しんでくれ」

 

「ちょっ、なにするの!?待って止めて! うわああああぁぁぁ――――」

 

 

 彼女の背中にフルトンを取り付け、凄まじい速さで上空の遥か彼方へと打ち上げる。

 他のPMCの兵士も同じようにフルトン回収し、哨戒拠点の人材を残らず回収する…連邦政府の通達のせいでビジネスに支障をきたした今、こうして戦地で資源や人材を確保することは非情に重要である。

 

 兵士たちが飛んでいった上空を見上げながらエグゼは腹を抱えて笑う。

 何人かの兵士をエグゼもフルトン回収を行ったが、無様に飛んでいく姿が気に入ったらしくほとんどエグゼの手によるものだ。

 

「さあウラヌスのある基地まではもうすぐそこだ。キッドたちの部隊が攻撃を仕掛けている間にオレたちは迂回し側面をつく、いいな?」

 

「オッケー、スネーク。ヘヘ、どうやら向こうもドンパチ始まったらしいぜ」

 

 別動隊の通信を受け取ったらしい、

 笑みを獰猛なものへと変え、銃声と砲撃音の鳴り響く彼方の戦場を鋭い目で見つめる。

 

 同時進行でパルチザンの部隊もまた、ボスニアの首都サラエボ解放のため戦っている。

 彼らの援護のため、ウラヌスを破壊し連邦軍の足止めをしなければならない…MSFに任される責務はとても大きいが、優秀な部下たちをスネークは信じている。

 

 部隊が動き始めた時、待機していた月光たちもまた自らを鼓舞するかのように、牛の鳴き声に似た動作音を鳴り響かせ車両の列を挟み走りだす。

 

 さあ戦いの時だ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り注ぐ砲撃の嵐が、木々を吹き飛ばし土を吹き飛ばし、緑の草原はあっという間にこげ茶色の荒野へと変貌する。

 数十キロ離れた位置からも容易に確認できるほどの巨大兵器ウラヌス、それが配備されている基地の前面には地雷原が敷設、塹壕が掘られ雇われたPMCの兵士と戦術人形が迎撃の構えを見せていた。

 それに対しMSFの砲撃部隊が猛烈な砲撃を与え、地雷原を塹壕ごと吹き飛ばしていく。

 連邦側も負けじと砲撃をし始め、MSF側にも被害が出始める…それでも練度で優るMSFが優勢であり、連邦側の火砲は確実に潰されていった。

 

「行くぞお前ら、戦車と月光の後をついて行け!」

 

 キッドの声に呼応し、塹壕から兵士たちは這い出て戦車の装甲と月光に隠れ前に進む。

 

 月光が地雷原と有刺鉄線を高い跳躍力で易々と飛び越え、塹壕に身を潜める兵士たちを駆逐する。

 その後を戦車隊が進み、有刺鉄線を薙ぎ倒し歩兵部隊の道を広げる。

 

「よっしゃー! 突っ込めーッ!」

 

 愛銃とスコップを手に、スコーピオンは突撃する。

 塹壕の中へと飛び込み、小柄な体躯を活かし狭い塹壕を縦横無尽に駆けまわり敵を撃ち、時には手にしたスコップでおもいきり殴り倒し塹壕を制圧していく。

 

「スコーピオン! わたしが相手よ!」

 

 塹壕の中で鉢合わせたのは、相手側の戦術人形Micro Uzi(ウージー)

 しかし彼女が塹壕から姿を現し銃を構えようとしたその時には、既にスコーピオンのスコップが脳天に振り下ろされていた。

 カコーンと、小気味よい金属音が響きウージーは殴り倒され一撃でのびてしまう。

 

「今のあたしは最強だーーッ!」

 

 ウージーも殴り倒し快進撃を続け調子に乗ったスコーピオン。

 塹壕を乗り越えようとしたその時、敵兵に襟を掴まれ地面に引き倒される。

 敵兵の銃口が照準を定めようとしたその時、その敵兵は胸を撃ち抜かれ崩れ落ちる。

 

『サソリ、周囲を見なさい。わたしがいなかったら危なかったわね』

 

「ありがとワルサー、ちょっと突撃しすぎたかな?」

 

 見ればスコーピオンは一人だけ突出してしまっているようだ。

 月光も激しい弾幕に姿勢をかがめそれ以上の進撃を阻まれている…何より敵の攻撃が激しくなってきた、それが意味することは…。

 

 

『来たわスコーピオン、連邦正規軍よ! 一度退きなさい!』

 

 

 ウラヌスが設置された基地よりヘリが飛び立ち、地上からは戦闘車両が出撃するのが見える。

 連邦の旗を掲げた正規軍はPMCと合流するなり、それまでとは比べ物にならない動きでMSFの部隊を迎撃する…。

 ヘリからのミサイル攻撃により月光の一機が爆散した。

 対空兵装の月光が対空ミサイルをヘリに向けて撃ちこみ、被弾したヘリが制御を失い墜落する。

 

 もう一機のヘリも、対空ミサイルを撃ちこむことができた。

 大丈夫だ、やれる…そう思ったスコーピオンであったが、制御を失いかけるヘリのドアから見えた異形の兵士の姿を見た時、言いようのない威圧感に戦慄する。

 墜落しかけるヘリのドアから身を乗り出し、異形の兵士は躊躇することなく外へと飛び降りる。

 

 

 ヘイブン・トルーパーですら躊躇するほどの高度、そこから落下してきた兵士は着地と同時に地面を揺らす。

 重厚な装甲で身体を隙間なく覆い、人間離れした巨体…無機的で冷酷な赤い眼がスコーピオンを見下ろした。

 

 

「お前は…!」

 

「ずいぶん好き放題やってくれたな。貴様らは自らの相応を弁えぬ行いをしてきたようだが、ついにこのフェリックスの前に立ってしまったな。醜い人形め、死ぬがいい」

 

 彼の拳が振り上げられたとき、まるでスコーピオンの身体は金縛りにあったかのように身動きが取れなかった。

 WA2000の声が聞こえた時、金縛りは解け咄嗟にスコーピオンは横に転がった…すぐに立ち上がってみれば、先ほどまで立っていた場所はフェリックスの拳を受けて深々と抉られている。

 もしも身体を動かすことができないかあと少し反応が遅れていたら、肉塊にされていた…そう思ったスコーピオンは戦慄する。

 

「あんたが、アンタがスネークの言っていた強化兵か!」

 

 銃を構え、引き金を引いてありったけの弾をぶつける。

 だが彼の身体を包む装甲はスコーピオンの弾をはじき返しまるで効果がない、ならばと焼夷手榴弾を投げつけたが、炎に包まれながらもその身体には一切の傷がついていない。

 

「スコーピオン!」

 

 そこへキッドが駆けつけ、フェリックスへ向けてRPG-7を撃ちこむ。

 戦車の装甲も貫くRPG-7だ、当たればひとたまりもないはず……だが、彼はなんと放たれたRPG-7の弾頭を掴んで受け止めたではないか。

 そのまま推進方向を逸らし手を離すと、弾頭は味方の月光へ向けて跳んでいき装甲と生体パーツを繋ぐ関節部に直撃し、月光は大破した。

 

 

「化物…! アンタなんなんだよッ!」

 

 人間などではない…E.L.I.Dに感染し異形化した肉体を強固なアーマーで包み込み、機械と電子頭脳で制御された人ならざる者。

 冷や汗を流しながら言ったスコーピオンの言葉を、彼は嘲笑する。

 

 

「わたしは神の右腕、神に代わり復讐を果たす者なり。さあ、虚しく死んでいけ人形め」

 

 

 




T800ターミネーターの骨格を持ったタイラントにパワードスーツを被せた奴…想像力ないんですけどこんな感じです。



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神罰の執行者

「どうした小娘、かかってこないのか?」

 

 漆黒のアーマーに身を包むフェリックスの表情は見えず、ただ目の前の反抗者を虫けら以下の存在と嘲り笑うかのように見下している。

 彼の姿からは圧倒的強者の余裕というものを感じる。

 いつでもお前らなどひねり潰せる、死にたければいつでもかかってこい…そう言わんばかりのセリフに、闘争心の強いスコーピオンの尊厳は酷く傷つけられる。

 

 身をかがめ、両足にありったけの力を込めて地面を蹴るかのように踏み込む。

 処刑人、エグゼが得意とする力強い踏み込みからの強襲戦法、幾度となくエグゼと手合せと訓練を行い身に付けた戦法だ。

 だがスコーピオンは選ぶ手段を間違えてしまった。

 重厚で大きすぎる巨体から、フェリックスは小回りが利かずスピードで翻弄すれば容易く背後をとれると踏んで仕掛けに行ったが、目の前の怪物はその図体に見合わない速さでスコーピオンの動きを捉える。

 振りぬかれた拳がスコーピオンの腹部を抉り、彼女の小柄な身体は十数メートル以上も吹き飛び積まれていた木箱にぶちあたる。

 

 打たれ強さに自信のあったスコーピオンだが、殴られた衝撃で足腰が思うように動かせないばかりか意識を保つのすらやっとの状態であった。

 なんとか這いつくばりながらも体勢を整えようとしたところで、腹部に受けた強烈なダメージに屈し、その場に崩れ落ちる。

 

 胃の内容物を全て吐きだし、今や消えかけの闘志でなんとか目の前の怪物を睨みつける。

 フェリックスは墜落したヘリのドアガンとして取り付けられていたガトリング砲を引きちぎると、その凶悪な銃口をスコーピオンへと向ける。

 ガトリング砲の銃身が回転し、射撃体勢をとる。

 万事休す…そう思ったその時、数発の弾丸がフェリックスの身体を撃ち、微かに彼の巨体が揺らぐ。

 

『逃げなさいスコーピオンッ!』

 

 通信に、WA2000の声が入る。

 遠距離からの狙撃でフェリックスの気を引き、その隙に身を隠していた9A91とキッドが駆け寄り、負傷したスコーピオンを塹壕の中に引き込む。

 

『嘘でしょ、マンティコアの装甲も貫く徹甲弾が効かない…!』

 

「SFにもほどがあるぜ!オレのマシンガンの徹甲弾も効かねぇし、RPGの弾頭は止めるし…あいつなんなんだ!?」

 

 スコーピオンの傷を労わりながら、思わずキッドはそう叫ぶ。

 塹壕から顔を覗かせて見れば、フェリックスは自身に放たれる弾丸の雨をも意に介さず遠くの景色でも見るかのように狙撃手を捜している。

 やがてある一点を凝視したかと思えば、背負っていた巨大な盾とミサイルランチャーを肩に担ぎ姿勢を落とす。

 

 その動きを、照準器越しに見ていたWA2000はその狙いが真っ直ぐ自分に向けられていることに驚愕し、すぐさまその場を離れだす。

 

 

 巨大な盾を文字通り地面に突き刺し、両手でミサイルランチャーを構える。

 そして放たれたミサイルはWA2000が戦場を俯瞰していた狙撃位置に向けて真っ直ぐに飛んでいき、次の瞬間眩い光が戦場にいた兵士たちの視界を真っ白に染める。

 強烈な光の後に、凄まじい爆風が戦場を吹き抜ける…。

 砂塵は巻き上げられ、脆い木箱などは爆発の衝撃波で吹き飛ばされる。

 

 爆風をやり過ごし頭をあげた兵士たちが見たものは、爆炎と黒煙によって形作られたキノコ雲であった。

 

 

「あの野郎…マジかよ」

 

 

 遠方に生まれたキノコ雲をキッドは呆然と見つめる。

 しかしWA2000の事を思い出し、すぐさま連絡をとろうとしたが通信は繋がらない…悪い予感がキッドの脳裏に過る。

 ただ通信障害はすぐそばの9A91にも起こっているようで、まだ彼女がやられたとは限らなかった……それでも、フェリックスの放った携行用小型核兵器の威力を見せつけられた今、不安を払拭させることはできないでいた。

 

「くっ、撤退するぞ。あんな化物の相手をしてたら全滅してしまう」

 

 キッドなりに状況を判断してのことであったが、そんな彼をスコーピオンは掴み引き留める。

 

「ここで逃げちゃダメだ、アタシたちが戦えばスネークとエグゼの別動隊が補足されちゃう。あたしたちが戦えば奴の目をこっちに向けられる、キッド、あたしらの任務は上手く行ってるんだよ!」

 

「ばか、そんな身体で言えたセリフかよ!」

 

「この程度の傷はいつものこと…へっちゃらだよ…。スネークはあたしたちを信じてる、あたしはそれに応えたい。キッド、アンタはどうなの? あたしらより付き合いの長いあんたが、スネークの期待に応えないはずないでしょ?」

 

「お前を心配して言ってやってるのに、このおてんば娘め。いいだろうスコーピオン、やってやろうじゃないか」

 

「そうこなくっちゃね…!」

 

 キッドとスコーピオンは互いに笑みを浮かべ合い、拳をつき合わせる。

 それに9A91も呼応する。

 

「あの化物用に用意したわけじゃないが、オレ様の新兵器だ。どこまで通用するか知らんが、こいつでぶちのめしてやるさ」

 

 キッドが用意したのは、普段彼が持ち歩いている軽機関銃の類ではなく高威力で重量のある重機関銃だ。

 時々使っているM2ブローニングとも違うその重機関銃は、PMCのプレイング・マンティス社の技術提供によってMSFの研究開発班が造り上げた"Kord重機関銃"だ。

 M2ブローニングでは重すぎるため、キッドの要求で持ち運べる重機関銃を用意しろ、という要望のために開発されたが、並みの兵士には扱い切れないキッド専用の装備と言っても過言ではない。

 12.7x108mm、対装甲用の徹甲弾を装填し重い重機関銃を持ち上げる。

 

「キッド、あたしと9A91があいつの注意を引く。さっき少し見えたけど、背中の装甲が薄いのかもしれない。盾を背中に付けてたのにはそれも理由があるのかも」

 

「よし、その手で行くか。期待してるぞ二人とも」

 

「あんたもね、キッド。スネークとエグゼがウラヌスを破壊するまで時間を稼げればいい! あのデカブツに一矢報いてやろうじゃん!」

 

 すっかり立ち直ったスコーピオンは流石と言ったところか。

 塹壕から這い出たスコーピオンと9A91は、フェリックスの姿を見るなり銃撃し手榴弾を投げつける。

 不意を突いた形だが、手榴弾の爆発を至近距離で浴びてなお一歩後ずさりしたのみでビクともしない。

 赤い眼光が二人の姿を捉え、核弾頭を搭載したランチャーを背に格納しガトリング砲を携える。

 

「出てきたかドブネズミめ。そのまま隠れていれば良かったものを…自ら死を懇願しに来たか? まあ、どうでもいい。既にウラヌスの発射体勢は整った、間もなく忌々しい異民族の巣窟であるサラエボは焼き払われるだろう」

 

「あそこには非戦闘員もいるんでしょ、よくもやれるね…!」

 

「異民族が何千、何万と死のうが知ったことか。この国にはクロアチア人しか住むことは許されん、異教を信じる異民族の血はこのわたしが自ら絶やし尽くしてくれよう。たとえそれが無垢な子どもであっても、穢れた異民族の血が流れる限り浄化しなくてはならんのだ」

 

「イかれた殺戮者め! あんたと話してると虫唾がはしるわ!」

 

「では死ね」

 

 フェリックスの持つガトリング砲の銃身が回りだした時、スコーピオンと9A91は二手に別れ走りだす。

 同時に走りだすことでどちらかに狙いをつける思考の隙を生じさせる、しかしフェリックスは迷うこともなくスコーピオンにのみ狙いを定め、ガトリング砲の猛烈な火力が彼女に襲い掛かる。

 薙ぎ払うような掃射にスコーピオンはおもわず冷や汗を流す。

 咄嗟に砲弾で抉られた穴の中へと飛び込むと、無数の弾丸が地面を抉りだす。

 

「こっちですッ!」

 

 側面を周り込んだ9A91ががら空きの側方から銃弾を叩き込む。

 しかし強固なアーマーによって弾は阻まれ、フェリックスも9A91が大した脅威ではないと判断したのか見向きもせずに、スコーピオンの隠れる穴へと猛烈な弾幕をはる。

 徐々に表面の土が削り取られ、スコーピオンが撃ち抜かれるのも時間の問題だ。

 そんな時、月光が一機フェリックスの前に着地すると同時に、強靭な脚を振りぬき蹴り飛ばす。

 

 さしものフェリックスも、月光の強烈な蹴りを受けた衝撃でガトリング砲を手放した。

 立ち上がったフェリックスが怒りの咆哮をあげた時、それまで好機を伺っていたキッドが塹壕から飛び出し、フェリックスのがら空きの背中へありったけの弾丸を叩き込む。

 高威力の12.7x108mmに徹甲弾の貫通力、猛烈な連撃がフェリックスの背部装甲を削っていきやがて体組織を流れている血液が吹きだした。

 

 垂れ出たのは、緑色の液体…それがE.L.I.Dになり果て、異形化した彼の体内を循環する血液だ。

 

 粉砕されたアーマーから流れる緑色の血液に手ごたえを感じたが、フェリックスは苦しみの声もあげずキッドに振り返る。

 一目で激烈な怒りを宿していることが分かる、その恐ろしい姿にキッドは気圧されたが、視界の端で動き出した9A91に笑みを浮かべる。

 

 9A91はRPG-7をフェリックスに向けて撃ちこむ。

 取るにたらない存在と無視した9A91はフェリックスの慢心を見事ついて見せた。

 戦車を貫く弾頭は彼の身体に直撃し、大きな爆発を起こし吹き飛ばした。

 

 

 

「や、やりました…!」

 

 

 吹き飛んだフェリックスはピクリとも動かない。

 緊張感から解き放たれた9A91はへたり込み、大きく息を吸い込み、吐いていく。

 

「流石9A91! とどめの一撃見事だね!」

 

「危ない場面でした…」

 

「まったくだぜ。最後のはオレも冷や汗をかいた…そうだ、ワルサーは?」

 

『聞こえてるわよ…見事だったわね』

 

「ワルサー、無事だったんだね!?」

 

『全然無事じゃないわ……ちょっと、休ませて…離脱するわ』

 

「分かった。気をつけてね…」

 

 

 さておき、見事な連携でフェリックスを退けることができた、そう思っていた最中に、月光が威嚇するように唸りをあげる。

 まさかと思い、一同は咄嗟に振り返る。

 

 

「今のは効いたぞ虫けらども。久々に痛みというものを感じた、さあ殺し合いを続けようか」

 

 12.7mm弾の連射とRPG-7の直撃を受けたのにも関わらず、奴は、フェリックスは起き上がって見せる。

 盾を回収し背負い、打ち砕かれた背面装甲をカバーし、RPG-7が崩したかに見えた正面のアーマーも亀裂が入ったのみで健在だった。

 

「なんで立っていられるんだ…! 不死身かお前は!?」

 

「貴様ら下等な虫けらと同列に語るな。我が双肩には祖国の未来がかかっているのだ、貴様ら傭兵や人形どもには分かるまい…この崇高な意志こそが我が力の源である」

 

「イかれた殺人鬼が崇高な意志とは言ってくれるね」

 

「我が名誉は祖国へ仇なす者への激烈なる復讐、我が誇りは祖国への揺るぎ無き忠誠!

 故郷のために 備えよ!(ザ・ドム スプレムニ!)

 戦いを戦わぬ者に神の祝福は与えられん! 縛られた祖国、蹂躙された故郷は流血と英雄的な闘争をもって解放されるのだ!

 下等な虫けら共に神の進軍は止められん! 我こそは神罰の執行者! 跪き泣いて許しを乞うがいい、貴様らの審判はこのわたしが下してやろう!」

 

 

 次の瞬間、彼らの周囲に無数の砲弾が着弾し猛烈な爆風が襲い掛かる。

 それはMSF側の砲撃部隊からではない、MSFは味方を巻きこむほど愚かではないし仲間の命を粗末にもしない。

 

 無数の砲撃が降り注ぐ中で、フェリックスは高らかに笑う。

 彼はあろうことか味方の砲撃部隊に対し、己ごと敵を砲撃するよう指示を出していたのだ。

 

「正気かテメェ!?」

 

「正気だ。祖国の勝利が約束されるまでわたしは死なん、神の祝福を受けたわたしに砲弾は当たらんよ」

 

 猛烈な爆撃の中に悠然とたたずみ、爆風を逃れ散り散りになるスコーピオンらをあざ笑う。

 爆発で地面が吹き飛び、榴弾の破片がまき散らされる中フェリックスは先ほど自身にRPG-7を撃ちこんだ9A91に狙いを定める。

 爆撃で逃げ場を失う9A91を塹壕の中に駆り立て、ついには塹壕の端の行き止まりにまで追い詰める。

 

 

「死ぬのが怖いか人形め、安心しろ、それは単なるプログラムにすぎん。本当の貴様は単なる鉄とコードの集合体にすぎん、人を模した傀儡にすぎんのだよ」

 

「わたしは、違う…! わたしは―――っ!」

 

 彼女の言葉は、フェリックスに首を掴みあげられたために遮られる。

 彼女の足は地を離れ、フェリックスと同じ視線にまで持ちあげられる…首を絞めつけられる苦しみにもがき、足をばたつかせる。

 

「自分が勇敢な戦士だとでも思っていたか? 人形であるお前らは単なる消耗品、道具にすぎんのだ。貴様らをいくら破壊しようと、我が良心は微塵も傷つかん。異民族以下の下劣な存在め、このまま死んでいけ」

 

 首を絞めつける力が強まり、9A91は薄れいく意識の中でも目の前の怪物へ睨むことを止めず手を伸ばし反抗の意思を示す…だが彼女のような人形を見下すフェリックスはどこまでも無機的に、冷酷に彼女の命を奪おうとする。

 締め付けられる力にやがてばたつかせていた足も力を失い、伸ばした腕も力なく垂れ下がる…虚ろな意識の中、9A91は内なる闘志すらも徐々に消え行くことを感じていた…。

 

 

「おう、コラ。死ぬのはまだ早いんだぜ?」

 

 

 そんな、聞きなれた声が聞こえた。

 ふと、9A91は支えを失い地面に倒れ込む…首の圧迫感が無くなったと思うと、激しくせき込み意識が回復していく。 

 そうしていると、誰かに抱え上げられ目に映る景色が塹壕から広い戦場へと変わる。

 まだ覚めきらない意識の中、9A91は息を整え顔をあげる。

 

 そこには、見慣れた赤い瞳で見下ろし笑みを浮かべる仲間の姿があった。

 

 

「エグゼ…!」

 

「ヘヘ、処刑人様参上ってな。よく頑張ったな、後は任せな」

 

 最高のタイミングの良さだ。

 頼れる仲間の助けに9A91はおもわず嬉しさのあまりエグゼに抱き付く。

 よしよしと彼女の背中を撫でつつ、塹壕から姿を見せた怪物を鋭く睨みつける…。

 傍にいたヘイブン・トルーパーに9A91を預け、エグゼはブレードを構える。

 

「よう、よくもオレの仲間を痛めつけてくれたな。ぶち殺してやるから覚悟しろよテメェ」

 

「貴様…人形風情が、調子に乗るな」

 

 見れば、フェリックスの右手は手首の辺りから斬り落とされ血を垂れ流していた。

 だが彼は斬り落とされた右手に杭を刺し込み、それを切り落とされた手首に突き刺し固定する…E.L.I.Dに犯された彼の身体は驚異的な回復力で組織を癒着させ、ゆっくりと右手を動かしてみせる。

 

「クズが、わたしを傷つけたことを後悔させてやろう」

 

「そうか? ならテメエにはオレらにケンカ売ったこと後悔する時間を数えてやるぜ?」

 

 そう言うと、エグゼは手のひらを広げてかざす。

 そのうち、親指を折り曲げる。

 次いで小指を…それが何かの時間を数えているのだと悟り、何らかの仕掛けに警戒するフェリックス。

 その姿に笑みを浮かべ、指を二つ…勝利のVサインとも、ピースサインとも思える形をとる。

 

「腕っぷしは強くても、頭の方は悪そうだなお前……ドカーン」

 

 

 0…すべての指を折りたたんだと同時に、凄まじい爆音が戦場に鳴り響く。

 

 咄嗟に振り返ったフェリックスが見たものは、遥か後方の連邦軍のウラヌス砲台基地で起こる巨大な爆発であった。

 巨大な戦術核兵器ウラヌスは爆発によって崩壊していき、その他の弾薬や爆薬に火が飛びうつり凄まじい爆発を起こす。

 

 

「おいデカブツ、誰にケンカ吹っ掛けたか理解したか?」

 

 

 エグゼの嘲笑に、彼はゆっくりと振り返る。

 相変わらず無機的な鋼鉄のマスクからその表情はうかがいしれない。

 先ほどまでその場に降り注いでいた砲撃の嵐も、エグゼの部隊が攻撃を仕掛けたことで停止している。

 勝敗は決したかに見えた…。

 

 だが、目の前の怪物が今だその闘志を衰えさせていないことをエグゼは見抜く。

 

 

「敗因があるとすれば、わたしの慢心か。認めざるをえまい、貴様らは単なる傭兵ではないことを」

 

「おう、当たり前だクソボケ。少しは敬意を払いな」

 

「黙れ、貴様が下等な人形であることは変わりない! 容赦はしない、皆殺しにしてやろう!」

 

「やってみろよデカブツがよ!」

 

 好戦的な笑みを浮かべ走りだす、スコーピオン以上の踏み込みの速さで猛然と突進していく。

 だがそこに、二人の間を阻むかのように鉛色の機械的な外見の人形が突如として立ちふさがり、エグゼのブレードを防ぐ。

 見慣れない戦術人形に一瞬戸惑ったエグゼだが、空いた手で拳銃をとり目の前の人形の頭部に弾丸を撃ちこむ。

 その人形は撃たれてもなお活動を止めず、力で強引にエグゼを突き放す。

 

「なんだこいつ…鉄血でもIOPでもねえぞ?」

 

 世にあふれる第2世代の人形と違い、鉛色の装甲を持った人形はどちらかというと装甲人形の姿形に近い。

 だが装甲人形を取り扱ったことのあるエグゼにも、目の前の人形は初めて見る存在だった…強固な装甲と俊敏性、そしてパワーは装甲人形アイギス以上の性能を持つ。

 それが、戦場のあちこちから姿を現す。

 

 

「連邦製戦術人形チェルノボーグ、疑似的感情や無駄な外見などを省き徹底的に戦闘能力を求めた戦術人形のあるべき姿だ。さて、ことここに至ってはもう手加減などしない」

 

 

 フェリックスは己のアーマーに手をかけると、装甲の一部が剥脱されそこから高温の蒸気が吹きだす。

 全身を覆っていたパワードスーツは一部の装甲と内部の人工筋肉を残し剥がれ落ち、ところどころ彼の変異した肉体が見え隠れする。

 

 

「このアーマーは防具としての役割だけではない。わたしの持つ力を制御する拘束具としての役割の方が大きい…ただでは殺さんぞ人形、地獄を味わわせてやる」

 

「上等だよ、返り討ちにしてやるぜ」

 

 

 エグゼが身構えると、一斉に連邦軍の人形たちが動きだす。

 人形たちの武装はガトリング砲やキャノン砲といった高火力の兵器、それらがエグゼを狙い一斉に放たれる。

 戦場を走り抜け人形たちに狙いを絞らせないよう接近し、ブレードで斬りかかる。

 それを人形は咄嗟に手首に装着したブレードを展開し防ぐのだ。

 

 小さく舌打ちし、ブレードを弾き腰の部位を両断。

 高周波ブレードの斬れ味は防ぎきれない、なんとかなると勝機を見出し次なる獲物に向けて走りだそうとした瞬間、足を何かに捕まれ前のめりに転倒する。

 見れば、いましがた斬り倒したはずの人形が上半身だけで動きエグゼの足を掴んでいたのだ。

 

「クソ、離しやがれ!」

 

 人形の頭に何度も弾を撃ちこみ、最後にブレードを突き刺したところで活動を停止する。

 足を掴む手をはらい立ち上がったと同時に、フェリックスが一気にエグゼへと詰め寄り振りかぶった拳を叩きつける。

 咄嗟に両腕を交差させて防ぐが、その衝撃でエグゼの身体は宙を舞い大きく吹き飛ばされる。

 

 

「痛ッ…! なんて馬鹿力だよ…!」

 

 防御したにもかかわらず、巨大な車両にぶつかったかのような衝撃がエグゼの身体にダメージを与え、拳を防いだ両腕は痺れて思うように動かせない。

 

「エグゼ、大丈夫か!」

 

「スネーク…! ちょっと、ヤバいかも」

 

 戦場に駆けつけたスネークの肩を借りて立ち上がるも、相手の力を思い知らされたエグゼはおもわず弱音を吐いてしまう。

 連邦軍の戦術人形チェルノボーグは先ほどよりも姿を増やし、MSFの部隊と激しい銃撃戦を繰り広げている。 

 一体のチェルノボーグに対し精鋭兵士数人がかりで戦闘し、それでようやく互角の戦いだ。

 

 今はまだ指揮をとるフェリックスの注意がMSFの部隊に向いていないが、もし彼が戦いに加われば戦況は不利になる。

 こんな化物の足止めをしていたスコーピオンらの活躍に称賛したい、そう思えるほどの脅威をスネークは戦いを交えずとも感じ取る。

 

 

「貴様…貴様がMSFの司令官、ビッグボスか? フハハハハ、会えて光栄だよ。お前の話しは聞いていたからな、そしていつか我々の祖国の前に立ちはだかると確信していた」

 

「お前たちのウラヌスは破壊した、お前たちの目論見は失敗に終わった。大人しく退いたらどうだ」

 

「それがどうした。ウラヌスは所詮兵器、造り直せばいい。だがお前という存在は? お前をここで殺せばお前という存在は世界から消え失せる…祖国のために、今ここで果たす使命は貴様を殺すことに他ならんのだよ!」

 

 剥き出しの敵意を隠そうともせず、フェリックスは走りだす。

 ダメージの残るエグゼを塹壕に隠し、連邦最強の兵士と対峙する。

 得意のCQCもこうも体格と力の差があると通じはしない、一体どうやってこんな化物とやり合っていたのか…思わず通信でスコーピオンに助言を求めたくなるほどだ。

 

 走りながら、フェリックスは地面に転がるガトリング砲を拾い上げ、それを鈍器のように横薙ぎに振る。

 間一髪のところで避けたスネークだが、再び振るわれた一撃を避けることはできなかった。

 咄嗟に受け身をとったが、ガトリングの銃身で殴りつけられ肋骨の何本かは折れたようだ…激痛に苦悶の表情を浮かべる。

 フェリックスのガトリング砲が回転し始めた時、すぐに回避行動をとろうとした際、チェルノボーグが立ちはだかり逃げ場を塞ぐ。

 

 万事休す、そう思った次の瞬間、目の前のチェルノボーグは真っ二つに斬り裂かれ活動を停止させる。

 何事かと思っていると、今にも銃弾の雨を降らせようと回転していたフェリックスのガトリング砲もまた銃身を鋭利な刃に斬り裂かれる。

 スネークもフェリックスも、何が起こったか分からないでいた。

 

 しかし、目の前の風景が霞のように揺れたかと思うと、ゆっくりと姿を現す。

 

 

「見ていられないな、スネーク…いや、ビッグボス」

 

「お前は…!」

 

 霞を払い現われた彼は、外骨格に身を包み、エグゼの持つ高周波ブレードと同じような刀を握っていた。

 そっと振り返り、彼はバイザーを開く。

 そこから覗かせた顔に、スネークはハッとする。

 

「フランク・イェーガー…!」

 

「久しぶりだな、ビッグボス。あなたに受けた恩を返しに来た、手を貸そう」

 

「お前もこの世界に?」

 

「話しは後だ、手を抜いて戦える相手ではない」

 

 バイザーを閉ざし、ブレードを手に身構える。

 彼の言う通りフェリックスは手を抜いて戦える相手ではない、聞きたいことは山ほどあったが目の前の脅威をどうにかすることの方が優先だ。

 

 

「ちょっと待ったーッ!」

 

 そんな時、茂みの中から声がしたかと思うと何人かの少女が戦場に転がり込んできたではないか。

 

 

「もー、45姉がモタモタしてるから絶好の機会を奪われちゃったじゃない!」

 

「ほんと、かっこ悪いタイミングね」

 

「慎重になりすぎて絶好の機会を逃したのは謝るわ。でも、結果オーライよ」

 

「うー…怖い怖い怖い…!」

 

 

「しっかりしなさいG11! さてお初にお目にかかるMSFのビッグボスさん、噂の404小隊、これよりMSFに加勢するわね!」

 

 

 




なんか第三章で全員のレベルカンストするんじゃないかってくらい難易度高くなります。



それはさておき、グレイ・フォックスさんと404小隊参上ッ!
でも404小隊はともかく、グレイ・フォックスさんの救援は一時的なものになりますね…今はもう一人の蛇姉さんのところに居ますから。


あー敵の強化やり過ぎた(白目)

オリジナル戦術人形チェルノボーグ…SWのマグナガードかT800ターミネーターでお願いします(ニッコリ)


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怪物の宴

「――――いい加減くたばれこのッ!」

 

 スコーピオンはマガジン内の弾丸をありったけ叩き込んでなお、活動を停止しない連邦軍の戦術人形に暴言を吐く。

 強固な装甲と恐ろしい火力を持つ連邦製の戦術人形チェルノボーグの性能は恐ろしく高く、数こそそこまでいないものの、歴戦のMSFの戦闘員を数人相手取る戦闘能力で部隊を苦しめる。

 

 元々装甲を持った敵に対し相性の悪いスコーピオンであったが、弾切れになった銃をしまいこみ、半ばやけくそにスコップを振りかざす。

 狙うは比較的装甲の薄い関節部。

 だが敵は咄嗟に腕を盾にスコップの一撃を防ぎ、逆にスコーピオンの手にするスコップの方が柄のところでへし折れてしまう。

 敵はそのまま小柄なスコーピオンを抱え上げ、投げ飛ばす。  

 ゴロゴロと地面を転がり吹き飛ばされたスコーピオンであったが、細いマニピュレーターに足を掴まれ小柄な身体が宙に浮いたかと思うと、一機の月光の頭部に乗せられる。

 

「痛ッ…助かったよ月光」

 

 助けてくれた月光の頭をペシペシ叩きつつ、月光の高い視点から周囲を伺う。

 後方で支援攻撃を行う月光を除けば、現在最前線で戦う月光は既にこの一機のみだ。

 装甲部分は被弾しところどころ被膜がはがれ、脚部の生体パーツもところどころ傷ついている…だがその月光は闘志を衰えさせることなく、スコーピオンを痛めつけたチェルノボーグに対し地面をひっかくような威嚇行動をとる。

 

「やっちまえ月光ッ!」

 

 頭部に乗りながらスコーピオンが叫ぶと、それに呼応するかのように月光は唸りをあげる。

 チェルノボーグの対戦車砲を跳躍で躱し、着地と同時に踏みつける。

 月光の重量で踏みつけられれば大半の敵は活動を停止するが、いくら頑丈なチェルノボーグとはいえその限りではなく少しもがいた末に活動を停止させる。

 

 

「月光、敵が三体やって来たよ!」

 

 

 頭上から襲い掛かる敵の位置を教えると、月光は再び跳躍すると、塹壕の中に飛び込み装甲の薄い脚部を隠し頑丈な上体部分のみを塹壕から出して敵を迎え撃つ。

 取り付けられたブローニングM2重機関銃を敵に向けて撃ち、隠れた敵を迫撃砲による曲射で破壊する。

 獅子奮迅の活躍に、思わずスコーピオンは苦笑いを浮かべる。

 月光は戦術人形を参考にしたAIを搭載しているが、言葉は交わせず単純な命令を聞くだけの存在であるはずだった。

 だがAIを手掛けたストレンジラブはある仕掛けをAIに施していて、幾度も経験を重ねることで成長させるプログラムを仕込んだのだ。

 

 スコーピオンは知らなかったが、今いるこの月光は初期に生産された個体で幾度となく戦場に投入され、経験と知識を積み重ねた歴戦の月光なのだ。

 

 

 敵を打ち倒し、勝ち名乗りをあげるかのように咆哮する月光に、スコーピオンはおもわず手を叩いて喜ぶ。

 粗末に扱ってごめんね、そう言いながら撫でてやるとどこか嬉しそうな様子だ。

 

「さてと、他の様子は? なんかよく分からない戦術人形が助けに来てくれたみたいだけど…エグゼは無事かな?」

 

 月光が塹壕を這い出て再び高くなった視点から戦場を俯瞰する。

 見回してみると、奥の方ではスネークと謎の人物が共闘して忌々しい強化兵と対峙しているのが見えた。

 いますぐ駆けつけたい衝動に駆られるが、ふと視界の端でエグゼの姿を捉えそちらに目を向ける。

 

 その表情に笑みを浮かべ、心底楽しそうにブレードを振るう姿に感心しつつ、エグゼが対峙している相手を見て思わず情けない声をこぼしてしまう…。

 

「エグゼ、なにやってんの…?」

 

 エグゼが襲い掛かっている相手、それは先ほど戦場に唐突に現われMSFへの加勢を高らかに宣言した404小隊であった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラ、かかってこいやコラッ!」

 

「なんなのよあんた! こっちは敵じゃないって、さっきから、言ってるでしょうがッ!」

 

「うるせえ!」

 

「このバカ、なんなのもう!?」

 

 エグゼは404小隊の隊員である416に対し執拗に攻撃を仕掛け、必死で敵意がないことを説明するも聞く耳を持たず、激しい斬撃をなんとか躱すことしかできていない。

 

「逃げてばかりじゃ勝てないぜ?」

 

「だから敵じゃないって言ってるでしょう!? バカなの!?」

 

「胡散臭い奴はぶっ殺せってな! 先制反撃だよッ!」

 

「なによ先制反撃って!? 先制攻撃の間違いでしょ!もう頭に来た!」

 

 一向に攻撃の手を止めないエグゼに、とうとう堪忍袋の緒が切れる416。

 銃を構えた彼女に獰猛な笑みを浮かべ、エグゼは攻撃をさらに苛烈なものとする。

 

「やっぱ敵じゃねえかお前よ!」

 

「あんたが悪いんでしょ!?」

 

 お互いに敵意を剥き出しに襲い掛かる姿には、本来の敵であるはずの連邦軍の戦術人形も関与したく無さそうに距離を置いている…今にも本気の殺し合いを行うところを、月光に乗ったスコーピオンが割って入り仲裁する。

 

「エグゼ、なんか知らないけどこの人たち味方みたいだよ!?」

 

「あ、そうなの? ったく、敵じゃねえならさっさと言えよこっちは忙しいんだ」

 

 やれやれとため息をこぼしてみせるエグゼに、416は言葉も出さず顔を真っ赤にし殺意を剥き出しにして睨みつけている。

 そんな風ににらまれれば喧嘩っ早いエグゼも受けて立とうとするが、そこはなんとかスコーピオンがなだめてみせる。

 一方の416の方も、同じ小隊のUMP45にたしなめられているようだが…。

 

「アイツ殺す!」

 

「まあまあ落ち着きなさい416。あれが噂のMSFに寝返った鉄血のハイエンドモデル処刑人よ、まともにやり合って分が悪いのはあなたの方よ。今はまだこらえなさい」

 

「そうだよ、今は恩を売るのが先決だよ!」

 

 そう言いながら、UMP9は付近のチェルノボーグを打ち倒す。

 思わぬ助太刀にMSFの兵士は口笛を吹いて称賛し、UMP9も笑顔を浮かべサムズアップで応える。

 

「分かったわよ…それで、G11はどこ行ったの?」

 

「あぁ…あっちのお化けの戦いに巻き込まれて縮みあがってるみたい」

 

「まったく役立たずめ」

 

 見れば戦場の奥、化け物同士の激しい戦闘に巻き込まれた挙句撤退もかなわず、砲撃で出来たくぼみで震えがっているG11がいるではないか。

 416は罵倒するが、MSFのスネーク、謎のニンジャ、連邦軍の強化兵フェリックスの激闘に巻き込まれてしまえば誰だってあんな風になってしまうだろう…。

 そのまま放っておいてもいいのだが、万が一流れ弾に当たって死なれても面倒だということで救出に行こうとするのだが…。

 

 

「あれは近づけないわよね」

 

 

 分かってはいるが、再度見た三人の血で血を洗うような激しい戦いに思わず苦笑する。

 

 常人なら持ち上げることも困難な重火砲を手に撃ちまくり、弾丸を刀ではじき攻撃を見極め弾丸を躱し、体格差をものともせず対峙する…まるでアクション映画でも見ているかのような、目を疑うような死闘を繰り広げている。

 そこに巻き込まれれば連邦のチェルノボーグといえども一瞬でスクラップと化すため、一定の距離をあけて戦闘を行っている。

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅ…怖い怖い怖いッ! なんで誰も助けにきてくれないの…!」

 

 すぐそばで行われている化け物同士の戦いに、G11は穴の中で震えあがることしかできないでいる。

 何度か隙をみて穴を這い出ようとするが、その度にフェリックスのガトリング砲やスネークのロケットランチャーの流れ弾が飛んでくるために何度も追い返されてしまっている。

 通信で小隊の仲間に救助をお願いすれば、頑張って脱出しなさいと心無い返事を返される…。

 

「45、いいから助けに来てよお願いだよ、なんでもするからさ…!」

 

『わたしに死ねって言ってるの? しばらくそうしてなさい。あ、頭伏せてた方がいいわ』

 

 UMP45が言った間もなく、G11の隠れる穴の傍に砲弾が着弾し、吹き飛ばされた土砂が彼女の頭上に覆いかぶさる。

 

「酷いよ45! 9でも416でも誰でもいいから助けに来てよ!」

 

『ごめんね、45姉に今は行くなって言われてるから』

 

『ついでみたいに言われるのが気にくわないわね。自分で何とかしなさい』

 

「薄情者! こんな小隊抜けてやる!」

 

 恨みの言葉を叫んだ次の瞬間、誰かが穴の中に転がり落ちてきたためにG11は大きな悲鳴をあげる。

 

「くそ、しぶとい奴だ。おい、キミはこんなところで何をしてる?」

 

 転がり込んできたのはMSFの司令官スネークだ。

 ちゃんと自己紹介をしてはいなかったが、404小隊として加勢している状況に置いて少なくとも彼はG11の味方と言ってもいい存在だ。

 

「ここにいたら巻き込まれるぞ」

 

「うぅ、分かってるけど」

 

「よし、合図をしたら飛び出して仲間のところに行け。行くぞ!」

 

「うぇッ!? 早いよ!」

 

 すぐさま穴を這い出たスネークの後を追ったG11だが、前方に仁王立ちする連邦軍強化兵フェリックスの姿を見た瞬間全力で穴に引き返したくなる衝動に駆られる。 

 

「邪魔だ、退いてろ!」

 

 突然背後から後ろ襟を掴みあげられ、G11は投げ飛ばされる。

 G11を投げ飛ばしたのは全身を強化骨格に包むサイボーグ忍者、フランク・イェーガーであった…投げ飛ばされたG11は勢いのままに転がっていき、岩に頭をぶつけたところで停止する。

 酷い痛みに泣きそうになるが、ひとまず激戦地を逃れることができた…そのまま彼女はさっさとその場を脱出するのであった。

 

 

「忌々しいテロリスト共が…! これ以上、貴様らの好きにはさせん……祖国の名に懸けて、貴様らを抹殺してやる!」

 

 度重なる戦闘でフェリックスのアーマーは損傷し、ところどころE.L.I.Dに感染し異形化した肉体を露出させている。

 おびただしい血を流し、受けたダメージによりその巨体は安定感を失いかけている。

 だが、ダメージを負いにアーマーが破壊されていく過程で彼にかけられているタガが外れていき、戦闘能力は高まっていく。

 戦場に雨が降り始めた時、雨粒はフェリックスのアーマーの表面で沸騰し一瞬で蒸気と化す。

 アーマーの排熱機器が破損し、動力が生み出す膨大な熱が内部へと溜まりそれもまた彼の肉体に負荷を与えるとともに、その苦痛によって彼の闘争心を激烈なものへと変えていく。

 

 武器を破壊されたフェリックスは己の体躯を武器に突進する。

 すかさずスネークはアサルトライフルの引き金を引いて迎え撃つが、強化されたフェリックスの肉体は小口径の弾ではびくともせず、勢いは止まらない。

 ならばと、銃身下に装着されたグレネードランチャーに弾を込め、突進するフェリックスに向けて射出する。

 グレネードは彼の剥がれたアーマーの箇所に直撃し、受けた衝撃により足を止める。

 

 よろめくフェリックスへ、すかさずフランクが追撃を仕掛ける。

 ステルス迷彩で姿を隠していたフランクは頭上から襲撃し、攻撃に気付きフェリックスが上を見上げた時には、フランクの高周波ブレードの切っ先がヘルメットを貫き眼孔を刺し貫いていた。

 

 おぞましい獣のような叫び声が戦場に響き渡る。

 

 フランクは突き刺したブレードをねじり、さらに傷口を広げる。

 

 

「フランク!」

 

 スネークの声に、フランク・イェーガーはブレードを引き抜きその場か跳躍し離れる。 

 次の瞬間、放たれた弾頭がフェリックスに直撃し大きな爆発を起こす。

 

 爆炎が晴れた時、フェリックスは腕と胴体部分を吹き飛ばされた状態で立ち上がっていたが、数歩よろめいた末に、ついにその巨体が崩れ落ちる。

 しかし、倒れた彼はいまだ生命活動を止めず、残った腕を支えに再び立ち上がろうとしている。

 

 

「バビロン川のほとりに腰掛け…シオンを思い我々は泣いた……主よ、覚えておられますか? エルサレムの日にエドムの子らが…破壊せよ、破壊せよ、その基までも…と言ったことを…。バビロンの娘よ…破壊者よ。幸せたるは…お前の我らへの仕打ちに報いる者…! 幸せたるは、お前の嬰児を捕え、岩に打ちつける者なり!」

 

 フェリックスは立ち上がる。

 既に身体の損傷は限界を超え、制御を失い理性も失いかけつつある。

 それは祖国への忠誠心からか、それとも敵への報復心からか…どちらにしろ常人には想像もできないような激情が彼の肉体を突き動かしている。

 

「凄まじい執念だな。何がお前をそこまでさせる」

 

「黙れ、傭兵風情が…! 国を棄てた貴様らにわたしの祖国への忠誠心はわかるまい。わたしは異民族を、そしてそれに組するありとあらゆる者に容赦しない…祖国へ、勝利を捧げるのだ…遥かなる勝利を! それが…奴らに殺された、愛する家族への手向けとなる…」

 

「ふん、大層な理由だ。厄介な強敵だったが、そろそろ死んでもらおうか」

 

「待てフランク…こいつと話しをしたい」

 

 とどめを刺そうとブレードを抜いたフランク・イェーガーを制し、スネークは瀕死のフェリックスへと向き直る。

 

 

「お前、家族を殺されたと言っていたな。お前には、イリーナという妹とスオミという名の人形がいたんじゃないか?」

 

「貴様…何故それを知っている…?」

 

「その二人に会ったからな。お前がどういう認識でいるのか分からないが、二人とも元気に生きている」

 

「妹と…スオミが、生きているだと…? バカな、あり得ない…わたしの妹は、家族は…異民族の暴徒に殺されたはずだ」

 

「いや、生きている。彼女も、あんたのことを兄だと言っていた…彼女は今、パルチザンにいる」

 

「パルチザン…イリーナが……」

 

 

 先ほどまで殺気立っていたフェリックスから覇気が消えていく。

 それでもさっさと殺せと言わんばかりのフランク・イェーガーをたしなめる。

 

 

「わたしが目覚めた時、上官よりイリーナとスオミの死を伝えられた……愛すべき家族を奪った敵を殺すために、わたしは己の運命を受け入れた……」

 

「お前、嘘の話しを刷り込まされたのか。お前を戦闘兵器として扱うために」

 

「イリーナは昔から頭の良い子だった…スオミ、あの子も優しいがいつもイリーナを守ってくれていた…そうか、生きているのか……いや、あり得ない…死んだんだよ、二人は死んだのだ…二人は…ぐおっ!」

 

 突然、フェリックスは膝をつき、頭を抱え苦しみに悶え始める。

 何度も頭を地面に打ちつけ、獣のような咆哮をあげ始めた…その時、戦場にサイレンの音が鳴り響くとそれまで戦闘していたチェルノボーグたちが戦いを止めて撤退をしていく。

 

「なんだ?」

 

「連邦軍め、ここを処理するらしい」

 

「何故わかるんだ?」

 

「詳しいことは後だ。部隊を撤退させろビッグボス」

 

 腑に落ちないところだが、フランクの忠告を素直に聞きいれ、スネークは戦場の全部隊に撤退命令を出した。

 MSFの撤退に404小隊もさりげなく混ざり、部隊を引き上げさせていると、先ほどまで戦闘を行っていた戦場に砲弾が着弾する。

 だが砲弾は爆発を起こさず、赤黒いガスのようなものを周囲にまき散らす。

 

 

「毒ガス弾だ、金属をも腐食させるほどの猛毒だ。あれを浴びたらオレといえどひとたまりもない、人形ですらな。もっとも、E.L.I.Dに犯されたあの強化兵は死なんだろうがな」

 

「フランク、何故毒ガス攻撃のことを知っていたんだ? それにお前はこの世界で何をしていたんだ?」

 

 安全圏に退避したスネークは立ち止まり、戦闘中には聞くことのできなかった疑問を投げかける。

 

 彼と、フランク・イェーガーとスネークが初めて出会ったのはモザンビークでの紛争地帯、当時少年兵だった彼を救いだしたのだ。

 それからサンヒエロニモ半島にて、強化兵の実験体として使われていた彼と遭遇し再び彼を救いだした過去がある…その後MSFを創設してからというもの、彼と会ってはいない。

 バイザーを開き見せた彼の顔はスネークが予想しているよりも年齢を重ねているようにも見える。

 

 

「オレは、戦場である男との戦いに負け、生死の境をさまよっていた。気付いた時、オレはある女に救われ命を取り留めた…今は、その女の指揮下にいる。彼女の名は、ウロボロス…もう一人の、蛇のコードネームを持つ者だ」

 

ウロボロス(尾を飲み込む蛇)…何者だ?」

 

「じきに分かることだ。ビッグボス、ここに来たのはあなたへの恩を返すためだった。あなたへの恩をこれで返せたと思えないが……いずれまた戦場で会うことになるだろう」

 

「どういうことだフランク、おい!」

 

 スネークの呼び止めに応じず、フランク・イェーガーはステルス迷彩を起動させ姿をくらました。

 彼を追って森の中に足を踏み入れたが、姿と気配を完全に消し去った彼をスネークは見失う。

 

 

 

「次に会う時はお互い敵同士だ。あなたの伝説をもう一度見させてもらうぞ!」

 

 

 森の中に、彼の声が響き渡り、樹上を駆けていく足音が遠ざかっていった…。




フランク・イェーガー(グレイ・フォックス)さん、どうやら誰か別な蛇と地雷原で殴り合った後みたいですねぇ…。


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勝利の代償

 広域破壊兵器ウラヌスはMSFの活躍によって破壊され、基地周辺にいた連邦軍も撤退。

 パルチザン側から依頼された任務は全うすることができたが、精強な連邦正規軍と激しく衝突したMSFもまた無視できない被害を被ることとなった。

 多くの死傷者の他、連邦軍が最後の悪あがきとして撃ちこんだ毒ガス攻撃によっていくつかの物資及び兵器を戦場に置き去りにするはめになったのだ。

 最悪なことに、連邦軍が放った毒ガスは金属をも腐食させるほどの猛毒であり、その場所に残留し今後数年は立ち入ることができない極度の汚染地帯へと変えた。

 

 防毒スーツをも透過する化学兵器、生態系に与える影響も大きいだろう。

 戦場になってしまったとはいえ、付近には緑豊かな自然が広がる場所であった…それが、一瞬で死の大地へと変わったのだ。

 

 

「気にすんなよ、戦争なんだ」

 

 

 このバルカン半島へ足を踏み入れ、この地に残る美しい自然を気に入っていた9A91は仕方がなかったとはいえ、自然界の汚染に関与してしまったことに心を痛める。

 仕方がなかった…どうしようもないことだったことは彼女自身も理解しているが、心優しい9A91は、そこに暮らしていたたくさんの生き物の命が失われたことへ鈍感になることはできなかった。

 

「あそこは枯れちまったが、他にも自然はあるさ。それにいつまでも汚染されてるわけじゃねえし、放射能汚染よりマシだって」

 

 そんな彼女を、エグゼは励まそうと声をかけていた。

 傷心の9A91にかける言葉にしてはもっと言葉を選んだ方がいいのは事実なのだが、不器用ながらも仲間を元気づけようとしていることは9A91の心にしっかりと届いている。

 ただ今の9A91には時間が必要だ。

 そのことはエグゼも理解し、うつむく彼女の頭を抱きそっと撫でるのであった。

 

「悪いな、スネークみたいにマシな言葉を言ってやれなくてよ」

 

「いえ、いいんです。ありがとう、エグゼ」

 

 そっと体重を預けてくる彼女をしっかりと受け止め、その小柄な身体を優しく包み込む。

 

 

 戦場から帰還したMSFの部隊は駐屯地へと戻り、負傷者の手当てと部隊の補給とであわただしい。

 特に救護兵として従事するようになったスプリングフィールドは負傷兵の手当てで駆けまわっており、制服が血で汚れてしまうのもいとわずがむしゃらに看護にあたっている。

 肉体的な外傷だけではない、帰還した兵士の中にはPTSDの障害が見られるものも少なくなかった。

 

 核兵器が当たり前のように使用される。

 

 MSFの精鋭が非常識と思うような戦闘が、この世界の常識として起こっている。

 かつて核の脅威から世界を守るべく、ビッグボスとともに戦ったことのある彼らだが、なんの躊躇もなく使用された戦術核兵器に大きなショックを受けていた。

 

 そんなこともあってか、兵士たちのストレスを緩和させる狙いもあり酒やたばこなどのちょっとした嗜好品を多めに支給された。

 

 

「エグゼ、あなたも飲む?」

 

 いつもより元気さに陰りがあるスコーピオンが持ってきた酒瓶を、エグゼは無言で受け取る。

 廃屋から回収した質の悪い酒だ、飲み口は決して良くはないが、喉を通るときの焼け付く様な感覚と高いアルコール度数が幾分か気持ちを和らげる。

 エグゼは戦場での出来事に精神を動じさせてはいなかったが、仲間たちが傷つき疲労している姿を見せつけられたことには動揺していた。

 

「自分がいくら傷付こうがなんとも思わねえが…仲間が傷つく姿を見るのは、何回経験しても慣れないもんだな」

 

 自嘲気味につぶやき、エグゼは失くした腕…義手をぼんやりと眺める。

 うずきはじめる幻肢痛と同時に頭に思い浮かぶのは、あの日の出来事。

 親友のハンターが目の前で殺される瞬間、腕と足を無くした自分を冷たく見下ろすM4の顔…。

 思いだす度に哀しみと怒り、屈辱と報復心が高まっていく。

 

 それを察し、スコーピオンは無言でエグゼの肩を抱きその背をさする。

 

「これじゃ、傷を舐め合うハイエナだな…」

 

「いいんだよ、それで。人間も人形も、一人じゃ生きていけないんだから…一匹オオカミは哀しいだけなんだ」

 

「戦友ってのはいいもんだな。ハンターの次くらいに、お前好きだよ」

 

「そこは一番って言って欲しかったなぁ」

 

 笑いあい、瓶をこつんとぶつけあい酒を喉に流し込む。

 相変わらずの強さに二人は表情をしかめ、もう一度笑いあう…ふと、エグゼは何かを見つけると固い表情を浮かべる。

 

 

「やあ初めまして、スコーピオンに処刑人さん」

 

 やって来たのは、先の戦場で救援として駆けつけてくれた404小隊のメンバーだ。

 微笑を浮かべつつもどこか探るような様子のUMP45、反対に愛嬌のある笑顔を浮かべるUMP9、二人とは対照的に明確な敵意の眼差しをエグゼにむけるHK416、それからもう一人は立ったまま寝ているGrG11だ。

 

「さっきはよくもやってくれたわね」

 

「酒が不味くなるからとっとと失せろ。お前見てると嫌な奴の面が浮かぶんだよ」

 

「あら、それってAR小隊のことかしら?」

 

「あぁ? なんだテメェ?」

 

 UMP45の言葉に、額に青筋を浮かべ立ち上がる。

 416の方も、戦場での借りがあるために敵意のこもった眼差しを向け、一触即発の危険な雰囲気が漂う。

 

「落ち着きなよエグゼ。ここは戦場じゃないんだから、ね?」

 

「スコーピオンの言う通りね。416もそんな目で彼女を見るのは止めなさい、わたしたちはMSFに戦いを挑みに来たわけじゃないんだからさ」

 

「そうそう! せっかく一緒に戦った仲だからね! 戦勝祝いに乾杯だー!」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべるUMP9が酒瓶を掲げる。

 こんな戦術人形いたかなと、疑問を抱きつつもスコーピオンは404小隊と酒を酌み交わす。

 隊長の言葉に416もエグゼを睨むのを止めてコップに注いだ酒に手を伸ばす。

 

 そんな時、エグゼは目の前のテーブルに義足の方の足を叩きつけるように乗せる。

 それから無表情で酒瓶を404小隊に掲げ、義手と義足に酒を浴びせた。

 

 

「オレの腕と足に乾杯、気が済んだか? 何のためにやって来たか知らないが、お前みたいな腹の底になんか隠してるような奴と酒が飲めるかよ。何の用なんだよ、はっきり言えよ」

 

「エグゼ! もう、ごめんね…こいつちょっと失礼な奴で」

 

「いいのよスコーピオン。こっちもからかい過ぎたわね、素直に考えを話すわ」

 

 そう言うと、UMP45は端末をテーブルの上に置いた。

 端末から雑音のようなものが流れ、やがて誰かの話し声が流される…。

 

"――――連邦の最終兵器は予想通りの状態だ。連邦軍はソレの制御を失って久しいが、まだソレを制御下にあると世界に吹聴している。愚かな事だ、奴らの虚栄心がこの危機を生んだのだよ。いずれパルチザンがそこに現われる、お前たちには期待しているぞ。共に狩人(・・)の名を持つ者同士力を合わせてな"

 

"任せろ、オレの力を存分に使うといい。お前はどうだ、やれるか?"

 

"無論。私に足らない技は全てお前に教えてもらった。本物のハンターは、息をひそめて待つもの…と思っていたが、戦術の使い分けは重要だな"

 

"その通りだ。固定概念にとらわれるな、必要なあらゆる手段を熟考しろ。型にはまれば罠にはまる…ククク、未熟な狩猟者が狐の手によって真のハンターへ開花した。その力、このウロボロスのために存分に振るってもらうぞ"

 

 

 そこで、UMP45は端末を操作し録音音声を停止させる。

 しばらくの沈黙の後、エグゼは深い深呼吸を繰り返し真っ直ぐにUMP45を見つめる。

 

「いつ、どこでこれを録音した」

 

「つい最近、とだけね。一人はウロボロスという名の女、一人は戦場でなぜか助けてくれたフランク・イェーガー、もう一人は…」

 

「ハンターだ…聞き間違えるはずがねえ。ハンターが生きている…いや、新しく生まれ変わったのかもしれないが…でも何かおかしいな」

 

「意外に冷静でいてくれて良かったわ。わたしたちはある任務でウロボロスという鉄血の人形を追っている、わたしがMSFに接触したのは協力を得るため。いつもは自分たちの小隊だけで任務を遂行するのだけど、事情が変わったの。ウロボロスは連邦が隠す最終兵器を狙ってる、それが何なのかは分からないけどね…でもここまでやって来るからにはろくでもないことを企んでいるのは確かだから」

 

「それで、ハンターの生存をオレに知らせたってわけか…」

 

「信用を得るためにね。わたしたちは敵じゃない、戦場でそれを証明したはずよ。信用を得るための材料はこれで全部。どう、わたしたちと手を組まない?」

 

 そう言いながら、UMP45は手を差しだしてきた。

 しかしエグゼは握手には応じず、テーブルから身を乗り出し彼女の胸倉を掴み引き寄せる。

 咄嗟に銃を構える416をUMP45は制す。

 

「何が信用を得るためだ。MSFはオレの大切な家族、ハンターはオレの親友、舐めるのも大概にしろ!」

 

「フフ、えらく感情的になったわね。それで、手を組んでくれる?」

 

「お前と手を組むなんてお断りだ。だがな、オレは親友を助けに行くし親友を利用するクズは許さねえ! オレは一人でも行くさ、だがMSFの力を借りたいならスネークに言いな」

 

 ようやくエグゼの手が離されたところで、UMP45は掴まれて乱れた服装を直す。

 再度エグゼを見て見れば、腕を組みなにやら唸っている…もしや機嫌を損ねたかなと危機感を抱くが…。

 

 

「あんまり言いたくねえけどよ、本当に言いたくねえけどさ…ハンターのこと教えてくれて、サンキューな…」

 

「……フフ、どういたしまして。お互い利用し合いましょう」

 

「チッ、今思い出した。お前ら鉄血で噂になってた404小隊だな? 面倒な奴らに絡まれたもんだぜ」

 

 心底嫌そうな表情で、再度差し出された握手に応じる。

 それから他のメンバーとも一応握手を交わしていくが、416だけ拒絶され、それが原因でまた険悪なムードになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――酷くやられたな、スネーク」

 

「それはお互い様だろう。サラエボは解放したようだな、見事な勝利だ」

 

 

 駐屯地を訪れたパルチザンのリーダーをテントで出迎え、互いの健闘をたたえ合う。

 スネークらMSFが連邦軍のウラヌスを攻略している間にすすめられたパルチザンによるサラエボ解放作戦は、激闘の末見事勝利したのだ。

 その勝利によってサラエボ内の反政府勢力と合流を果たし、パルチザンの戦力増強にもつながり、革命への大きな一歩となる。

 

 代償に、パルチザンもまた大きな損害を受け、前線で部隊を鼓舞していたイリーナ自身も大怪我をしたようだ。

 それでも松葉杖を手にこうしてはるばるやってくるのだから、指導者というのはタフなものだ。

 

「スオミにこっぴどく叱られてしまったよ。指揮官のくせに前線に飛び出すなとな」

 

「あんたが心配なんだろう。だが統率者が前線にいるだけで、部隊が鼓舞されることもある。勝利の一因には、君が仲間と共に戦っていたこともあるだろう」

 

「あんたがそう言うと説得力があるよ。スネーク、MSFにはずいぶん助けられたよ…わたしの兄は、強かったか?」

 

「ああ、かなりな。イリーナ、彼と話しをした。彼はお前とスオミが異民族に殺されたと思っていたようだ、それで…」

 

「知ってるよ。だがわたしの兄は、E.L.I.Dに感染したあの時に死んだのだ。兄は連邦政府を離れて生きることはできない、制御と薬が無くなれば理性の無い感染者へとなる。 自分の意思も思想も自由も束縛され、ただ都合の良い兵器として戦場に投入される…それが、生きているといえるか?せめてその呪いから解放してやるのが、わたしの願いなのだよ」

 

 その表情に少し哀愁を浮かべ、そっと首にかけられた十字架のネックレスを撫でる。

 

「兄は、スオミも妹のように可愛がっていた。あの子は今でも、兄を大切な指揮官として慕っている…実を言うとな、あの子が話せなくなったのは故障のせいじゃない。兄が感染し、死を伝えられたときスオミは…大きなショックから言葉を話すことができなくなってしまった」

 

 その後、イリーナが傷ついたスオミを何度も元気づけて長い月日を経た末に、昔のような笑顔を浮かべてくれるようにはなったのだが、声だけが戻ることがなかったという。

 今でもスオミは大好きだった指揮官が戻って来てくれることを信じているという。

 それを聞き、スネークはかつての9A91を思い浮かべる。

 彼女もまた、かつて目の前で大切な指揮官を失い不安定な精神状態に苦しめられていた時期があった。

 

「それから間もなく、兄が無理矢理生かされ、強化兵の実験体になっていることを知った。それまでにも連邦の腐敗や問題を見ていたわたしは、政府を去り革命を志した。スネーク、わたしはもう一つあんたに話さなければならないことがある。連邦軍が持つ、最終兵器の事についてだ」

 

「ああ、オセロットも言っていた。あいつは、お前がそのカギを握っていると言っていた」

 

「そうか、あんたの諜報員は優秀だな。ボスニア、クロアチア、セルビアの境界線が重なる地域…いかなる勢力にも属さない、ノーマンズランドと言われる地域でな、そこに大きな空軍基地がある。わたしはかつてそこである実験をしていてな、連邦軍の最終兵器のプログラムを任されていた。連邦を離れるにあたり、そこの防衛システムを起動させ、プログラムを改ざんしてやった」

 

「そこに連邦の最終兵器があるのか?」

 

「いや、そこにはない、制御だけだ。だが他にも隠された兵器は存在する。連邦軍のチェルノボーグには遭遇したか? 基地の地下には、起動を待つ何千何万という軍用人形の他、無人戦闘機などが格納されている。それらを制御するプログラムが、ここにある」

 

 そう言って、イリーナは自分の頭を突いて見せる。

 つまり、多数の兵器が隠されている基地の制御プログラムはイリーナの頭の中に知識として叩きこまれており、彼女を殺せば基地を制御下に置くことはできないということらしい。

 

「なるほどな、君を殺せば最終兵器を手にすることができなくなるということか。それで、最終兵器のありかはどこにあるんだ? それ自体は連邦が持っているのか?」

 

「いや、連邦の手にもない、さらに言うならこの国にも存在しない」

 

 

 イリーナは人差し指を上に向ける。

 つられて指で指し示す先を見る…天井、ではなく…空ということか。

 

 

 

「その兵器の名はアルキメデス、またの名を"神の杖"。衛星軌道上を周回する軍事衛星より、タングステン鋼芯弾を地上に撃ちこむ唯一無二の戦略兵器だ」




神の杖、詳細はググってください。

次話より戦闘戦闘&戦闘が続きます…かね。


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地獄の門

 サラエボ解放後、パルチザンは目標をセルビア、ボスニア、クロアチアの境界線付近に存在する空軍基地に据える。

 衛星軌道上を周回する兵器アルキメデスの制御システム、そして多数の無人兵器と戦術人形を格納する空軍基地の確保はこの内戦を終結させるだけの圧倒的な力を眠らせている。

 サラエボが解放され、ボスニア内の連邦打倒を掲げる反政府勢力と合流を果たした今、それまで足を踏み入れることすら敵わなかった領域への道が開けたのだ。

 

 それと同時に明るみになったのが、決して分かり合うことのできない民族問題。

 ボスニア=ヘルツェゴビナは、連邦構成国の一つであるが、連邦という他民族国家の縮図でもある。

 隣人が異民族であることはなにもおかしくはなく、一つの小さな町に三つの異なる教会やモスクもあることだってあった。

 

 内戦が始まった時、平和に見えるのどかな村の住人でさえ、無意識に銃を手にした。

 この地の負の歴史を知らない者は連邦の国民には一人もいない。

 かつて民族同士で戦いあったという歴史は、学校でも教えられる…より大きくなれば詳しく教えられ、哀しい出来事があった、今は悲劇を乗り越え一つにまとまったという美談におさまるのだ。

 だが、民族の根底に植え付けられた憎悪は美談などでは誤魔化すことはできない。

 憎しみは親から子へ、そしてその子孫へと受け継がれる。

 

 

 クロアチア独立国。

 かつて存在したナチスドイツの後押しを受けた傀儡国家がある。

 ウスタシャという名の過激な団体を擁し、武装親衛隊をも戦慄させるほどの苛烈な虐殺でユーゴの大地を異民族の血で染め上げた。

 戦後パルチザンを率いていたヨシップ・ブロズ・チトーがユーゴを一つにまとめたが、終生にわたりバルカン半島を一つにまとめることに手を焼かされていた。

 自己の政権運営の批判は甘んじて受けても、過激な民族主義者には容赦はしない。

 過去の歴史を詮索する事も許さない。

 チトーは悲劇の歴史を封印し、それを解こうとする民族主義者を力で抑え込むことで一時の平穏を築き上げたのだ。

 

 

 だが、かつてこの国を統治したカリスマはいない。

 諸民族の不満を抑え切る余力を無くしたユーゴの地では、歴史の暗部から甦ったウスタシャの怨念がこの地に虐殺の嵐を振りまいている。

 

 

「なんて惨いことを…」

 

 

 目の前の惨状を、スプリングフィールドは口元を覆い呆然と見つめている。

 

 絞首台で首を吊られたままの死体は風に揺られて不規則に動き、裸にされた老若男女の死体には死肉を漁るカラスの群れがいる。

 黒焦げになった死体がまばらに倒れている…いずれもその命が尽きるその時まで苦しみもがいたような姿勢で。

 ふと、覗きこんだ穴の前でスプリングフィールドはこらえきれず小屋の陰に駆け込んでいった…。

 

 スプリングフィールドが逃げ出した穴には、頭を撃ち抜かれたたくさんの死体が山積みとなっていたのだ。

 

 

「大丈夫かスプリングフィールド」

 

 気を遣い声をかけてくれたスネークに、彼女は無言のままであった。

 

「どうして、こんなことを…同じ人間なのに」

 

 この村を襲った惨劇は優しい心の持ち主であるスプリングフィールドに大きなショックを与えてしまった。

 ここで殺された者に、武器をとって戦った者は一人もいない。

 無垢な少年少女であろうとも神の情けはかけられない、すべて平等に、いや全て生かす価値の無い異民族として等しく虐殺されている。

 この村で飼っていた家畜や犬でさえも、異民族の育てたものとして残らず殺されている…村には、死臭だけが漂う。

 

 

「スネーク、生存者は無しだよ。この村も同じ…金品も全部無くなってる。虐殺に加えて略奪なんてね、地獄そのものだね」

 

「そうか。他の場所でも同じことが起こったらしい…連中の仕業だ」

 

 焼けた家屋の外壁には、黒のスプレーで大きく"U"の文字と共に"Srbe na vrbe(セルビア人を首吊りにしろ)"という文章が書かれている。

 Uが意味することは、連邦の過激派団体ウスタシャの頭文字をとったものでありこの一連の虐殺が彼らによってなされたというものだ。

 それも隠そうともせず、組織として異民族を虐殺したことを見せつけるかのように…。

 

「ウスタシャに反する者は、例え同胞のクロアチア人といえどもあいつらは容赦しない。異論を唱えようものなら国民としての資格を剥奪され、異民族と同等に扱われるのさ」

 

 遺体の処理を淡々と指示しつつ、イリーナがそう呟いて見せる。

 

「スコーピオン、ウスタシャの処刑部隊が処刑を行う前にすることが分かるか?」

 

「え? 裁判して罪状を言い渡す…のかな?」

 

「ある意味正解だな。ウスタシャは処刑部隊に教会の牧師を同行させるんだ。異教徒を宗教裁判にかけ、処刑は神の望みだと宣言し、処刑部隊の罪の意識を軽減させる。"皆殺しにしろ、神もお喜びになる"そう高らかに言ってな…イかれてるだろう?」

 

「そんなの想像もできないよ…イリーナは、こんなのを見て哀しくならないの? あたしは哀しいよ…」

 

 その目にうっすらと涙を滲ませながらスコーピオンは歯を食いしばる。

 イリーナの手がそっと彼女の頭を撫でる。

 銃を握り、荒岩を掴み這い続けてきた彼女の手は固く冷たい。

 

「嘆きの声、絶望の叫びが聞こえない場所はこの国のどこにも存在しない。私は年端もいかない子供の死体を見ても、もう何も感じなくなった。戦いは…私の人生から涙を奪った」

 

 その表情からは、哀愁も怒りも感じられない。

 この虐殺を見ても彼女は眉ひとつ動かさず、極めて冷静な指示を部下たちに送っている。

 

「隣人が隣人を自宅で切り刻み、同僚が同僚を職場で撃ち殺す。医師が患者を殺し、教師が生徒を殺す。そんな光景を見続けて見ろ、心は荒んでいく。大層な思想を掲げていても、心のどこかには復讐心が存在する。殺し続け報復し続け、気がついた時には自分も同じようになる……地獄の中の魑魅魍魎の一人になっていた」

 

「違うよ、アンタはスオミを大切に思う優しい人だ。故郷を想って行動している」

 

「奴らにだって愛すべき家族はいるだろう、立場は違うが奴らも奴らの祖国を想っている。だが奴らは容赦をしなかった、ならばわたしも容赦はしない。奴らがこの地獄の門を開いた。奴らの命も祈りも、血の海に沈めてやるつもりだ。この世で奴らを苦しませたい、恐怖と苦痛の中で殺してやりたい。だがな……自分の気持ちに正直になるわけにはいかない、スオミのためにも」

 

「あんたにはスオミが必要なんだね、スオミがあんたを必要としているように」

 

「お互い依存し合ってるわけだ。こんなところにいたら、遅かれ早かれ心は荒む。雇っておいてなんだが、壊れたくなかったら早く立ち去るようにすることだ」

 

 小さく笑っていても、作られたその表情には本当の意味での笑顔はなかった。

 

 哀しいことだが、この村にいつまでもいるわけにはいかない。

 パルチザンとMSFはこの先の戦略上重要な拠点となる町へ向かい、連邦軍を排除し空軍基地までの道を確保しなければならない。

 既に作戦は決行されている、陽動作戦と破壊工作が各地で仕掛けられているのだ。

 

 立ち去るイリーナと入れ替わりに、エグゼがやってくる。

 遺体の処理に手を貸すイリーナを眺めつつエグゼは肘をスコーピオンの肩にのせようとするが、ひらりと身を躱されてしまう。

 ちょっかいをかけるエグゼに、普段のようにやり返さず鬱陶しそうにあしらう…元気いっぱいのスコーピオンも、この時ばかりはふざけていられるような気持ではなかった。

 スコーピオンのつれない態度にエグゼは溜息をこぼし、仕方なくちょっかいをかけるのを止める。

 

 

「珍しく落ち込んでるのか?」

 

「落ち込んでない」

 

「そういうの、落ち込んでるって言うんだぜ」

 

「うるさいなもう! あたしだってたまには落ち込むんだよ! 気が済んだか?」

 

「まあまあ落ち着けわが友よ」

 

 怒るスコーピオンを笑いながらなだめ、ふとエグゼは鋭い目でスコーピオンを見据える。

 いきなり変わったエグゼの雰囲気に、息を飲む。

 スコーピオン、MSFの兵士たち、404小隊、そしてスネークをエグゼは見つめて言った。

 

「誰だってこんなところにはいたくない。だけどな、オレたちのような兵士の仕事はここにある」

 

「分かってる。すこし気を落としただけ…次の戦場までには、気持ちの整理をつけておくよ」

 

「オレもお前も、他の人形みたいにやり直しはきかないんだ。間違ってもくたばるなよ」

 

「もちろん、あたしはまだ死ぬ予定はないよ」

 

「その意気だ。よし、オレたちは先遣部隊だ。相手は精鋭連邦空挺軍、相手にとって不足はねえ。準備しろよスコーピオン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、MSFの部隊は共和国間の国境近くの市街地にあった。

 既に町は戦場と化し、パルチザンとMSFの連合軍、そして連邦軍との間で激しい戦闘が繰り広げられている。

 砲撃と爆撃で廃墟と化した街には両陣営の兵士が入り込み、瓦礫が多くの遮蔽物をつくりだすことで両陣営とも至近距離での銃撃戦や白兵戦が繰り広げられる。

 

 通りを挟んだアパート、小さな路地裏、町の下水道…あらゆる場所が戦場となる。

 建物の部屋を奪い合うような熾烈な市街戦に、連邦軍とパルチザンは次々と戦力を送り込む。

 この町を突破すればアルキメデスの制御システムを隠した空軍基地まですぐそこだ。

 祖国解放と勝利のためになんとしてでもパルチザンは町を制圧しなければならない、一方の連邦軍もここを突破されることは大きな痛手となるため戦力を出し惜しみすることなく部隊を派遣する。

 

 

「―――ちくしょう、いい位置に機関銃をとりつけやがって」

 

 建物の陰に身をひそめつつ、通りの向こうにあるアパートに据え付けられた機関銃をキッドは忌々しく睨む。

 アパートの上階の窓に取りつけられた機関銃の他、キッドからは見えない位置にもう一丁機関銃陣地があり通りから進むパルチザンの進軍を阻んでいる。

 連携した十字砲火により強行突破も敵わず、機関銃の弾幕の餌食になった兵士の死体が通りに積み重なる。

 

「月光の部隊はまだ来ないの!?」

 

「どっかで足止めをくらってるらしい! ここはオレたちで突破するしかない!」

 

「キッド、あたしに任せて! あいつらの懐に潜り込む!」

 

「よし、任せたぞスコーピオン。援護射撃は任せろ」

 

 小柄で小回りの利くスコーピオンが飛び出し、遮蔽物を飛び越えながら通りを駆け抜けていく。

 仲間たちの援護射撃に支援され、一階部分の窓ガラスを突き破り内部に転がり込む…割れたガラスで肌にけがを負うが、些細な傷だと構いもせずにスコーピオンは階段を一気に駆け上がっていく。

 機関銃陣地の踊り場で連邦軍兵士と遭遇したが、日頃CQCの訓練を受け続けた彼女は走っていた勢いのままにジャンプし、強烈な頭突きをお見舞いする。

 

 その一撃に怯む敵兵であったが、すぐに持ち直し、スコーピオンを押し倒す。

 スコーピオンは咄嗟に相手の手に噛みついて蹴り離す…。

 

「うああぁぁぁ!」

 

 敵の銃口が跳ね上がる前に、スコーピオンは引き金を引く。

 撃たれた相手は壁に叩き付けられ、背後の壁に血しぶきをはり付かせて崩れ落ちる。

 呼吸を乱しながらスコーピオンは死んだ兵士を見下ろし、機関銃陣地を潰す役目を思いだし再び階段を駆け上がっていく。

 機関銃の激しい射撃音が鳴り響く部屋の前にたどり着いたスコーピオンは手榴弾を一つ掴み、中の様子を伺う。

 

 敵兵は見える範囲で4人。

 機関銃手と弾薬を送り込む兵士が二人、それから窓から狙撃を行う兵士が二人。

 一度深呼吸をし、意を決したスコーピオンは手榴弾の安全ピンを引き抜き部屋の中へと放り込む…数秒後大きな爆発が起こり、機関銃は沈黙する。

 

「キッド、やったよ!」

 

『お見事、もう一つの機関銃陣地が見えるか?』

 

 破壊した機関銃陣地の隣の部屋に入り込み、窓からそっと外を伺う。

 

 もう一つの厄介な機関銃陣地は斜め向かいの建物の二階にある。

 

「見えたよキッド。敵は見える限りでは3人だよ。その後方に迫撃砲が一つ、そこにもう一つ機関銃があるよ!」

 

『マジかよ。迂回路はありそうか?』

 

「えっと…そっちから路地裏に行けないかな!? ちょうど奴らの背後にまわり込めるかも」

 

 アパートから通りを観察し、先ほどいた位置からなら迂回できることを確認し、より良い侵入路をキッドに示す。

 ふと、遠くの屋上できらりと何かが光ったのが見えた。

 恐ろしい予感に咄嗟に伏せようとしたところで、窓のガラスがぶち破られ酷い衝撃がスコーピオンの頭を揺らす。

 

『おい、どうしたスコーピオン! スコーピオン! 大丈夫か!?』

 

 強い衝撃と激痛とで、倒れたスコーピオンは頭をおさえたまま立ち上がることができなかった。

 弾丸がそれたために運よく彼女の命を瞬時に奪うことは無かったが、それでも重傷に変わりは無い。

 キッドの必死の呼びかけになんとか応じようとするも声が思うように出ず、衝撃で視界が揺れている。

 

『不味い、敵が建物に入ったぞ! 逃げるんだスコーピオン!』

 

 キッドの声を聞き、スコーピオンは壁を支えになんとか立ち上がり部屋を脱出する。

 ふと、空を切るような音が鳴ったかと思えば建物が揺れて爆発音が鳴り響く。

 迫撃砲の砲撃だ…いよいよマズい事態に身体を必死で動かそうとするが力が入らない…そのうち敵が階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。

 

「死ぬか、死ぬか…誰が死ぬもんか!」

 

 階段を駆け上がり飛び出してきた敵を撃ち殺す。 

 目の前の仲間を殺された兵士はすぐに物陰に身を隠して撃ち返す。

 相手は一人のようだが、狙撃のダメージが残るスコーピオンは不利を悟り少しずつ後退していく。

 仲間を殺された復讐心に燃える敵兵はリロードの隙を狙い陰から飛び出し、銃を乱射する…一発がスコーピオンの肩に命中した。

 激痛に悲鳴をあげそうになるのをこらえ、射撃から逃れるべく部屋に逃げ込む。

 

 部屋のベッドを起こし、その陰に身を潜めるとコロンと何かが放り込まれる音がなり、次の瞬間部屋の内部で爆発が起こる。

 幸いにもベッドを盾にしていたことで爆発から身を守ることはできた。

 死体の確認に入ってきた敵兵の背後に飛びかかりその首を絞めつけるが、ダメージで弱ったスコーピオンを敵兵は投げ飛ばし、逆にその首を絞めつける。

 

 首を絞める圧迫感に呼吸もままならないどころか、その脊髄をもへし折ろうと力が込められる。

 大柄な兵士に抑え込まれ反撃も敵わず、足をばたつかせる……徐々に薄れゆく意識の中で手のひらに何かを掴むのを感じ、咄嗟にソレを敵兵の目に突き刺した。

 

 ガラス片を目に突き刺された敵兵は悲鳴をあげてスコーピオンの首から手を離す。

 絞殺を逃れたスコーピオンは激しくせき込み、ナイフを手に取る。

 スコーピオンの思わぬ反撃に怒り狂い襲い掛かって来た敵兵を避け、その背にナイフを突き立てる…そのまま押し倒し、その背に何度もナイフを振り下ろす。

 返り血で全身を真っ赤に染め、めった刺しにされこと切れた敵兵から離れ、力なく壁にもたれかかる。

 血にまみれたナイフを投げ捨て、疲れ果てたように目を閉じる。

 

 

「サソリ!? しっかりしなさい!」

 

 そこへWA2000が駆け込んできたかと思うと、ぐったりとしたスコーピオンを見て駆け寄る。

 

「酷い傷…!スプリングフィールド!」

 

「はい!」

 

 衛生兵として駆けつけたスプリングフィールドは、すぐさま負傷したスコーピオンの治療に当たる。

 肩の銃創も酷いが、頭部に受けた狙撃の傷が特にひどい…人間だったら意識を失い命にかかわるような傷であった。

 負傷した頭部に包帯を巻き痛み止めを施す、その場で出来ることを行ったうえでよりよい治療を受けられる後方へ帰還させる。 

 だが、スコーピオンはそれを拒否した。

 

「バカ、そんな傷でどうしようって言うのよ!」

 

「仲間が危ない、ここで離脱するわけにはいかないんだ…!」

 

 傍受する通信には、戦場で苦戦する声と増援を求める声がひっきりなしに飛び交う。

 傷ついた身体を無理矢理起こし、歯を食いしばり立ち上がる。

 

「あんたね! グリフィンにいた頃と違うのよ!? わたしたちはダミーもなければバックアップもない! 一度死んだら、本当に死んじゃうのよ!?」

 

「そんなこととっくの昔に分かってる! 今やらなきゃダメなんだ、戦わなきゃ…! 仲間が苦戦して死んでいくのを、後ろで黙って見てるのなんて嫌だ!」

 

「バカ!このわからずや! アホサソリ! いいわ、勝手にしなさいよ! その代わりわたしがあんたを全力で援護する、死にたくなってもわたしが死なせないんだからね!」

 

「さすがだね、ワーちゃん…ありがとう」

 

「フン。帰ったらボコボコにしてやるわ、そしたらいくらでも死んで構わないけど!」

 

「無理はしないでくださいねスコーピオン。生きて、みんなでマザーベースに帰るんですから!」

 

「死ぬつもりはないよ。ただ、ここが頑張り所なだけだ」

 

 

 二人からすればさっさと後方に退避してもらいたいのが本音だが、このスコーピオンという戦術人形は頑固で石頭で融通の利かない不器用ものだ。

 そして、誰よりも負けず嫌いであり、仲間想いだ。

 例えその身がどんなに傷付こうと、他者の痛みに鈍感にはなりきれない。

 

 どうしようもないバカだが、愛すべきバカ…それがスコーピオンだ。

 

 

 

 

 戦いはまだ始まったばかり。

 熾烈な市街戦の序章に過ぎない。




たぶんここからノンストップでボス戦まで駆け抜ける。

くたびれそうだけど、読者の皆さんの応援でいくらでも頑張れるぜ!
嘘です…ほのぼの入れるタイミング無くて死にそうです。


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一時の休戦

 太陽が沈み、辺りが暗くなる頃には日中果てしなく続いていた戦闘音がなりをひそめ、昼間のけたたましさが嘘のように町は静寂に包まれる。

 戦闘で電気も止まった町では周囲を照らす明かりもなく、敵に居場所を悟られることを恐れ火やライトを照らすこともしないため、場所によっては数メートル先も見えないほど暗さであった。

 スコーピオンらMSFの兵士たちも、戦闘を一時停止させ、制圧したアパート内に入り込み疲れ果てた身体を休ませていた…。

 

 二人も集まればわいわいと騒ぎ出す人形たちも、その時ばかりは誰も声を発さず思い思いの場所で休息する。 

 唯一の明かりである、窓から差し込む月明かりで町の地図を照らしながら、キッドとWA2000は小さな声でこれからの作戦計画を立てている。

 

「―――町の広場を制圧したいところだな。どのルートを通っても機関銃陣地は避けられない」

 

「スナイパーも多いわ。広場に通じる大通り、ここはダメよ。見晴らしがよすぎるわ、通りを渡るだけでも全滅するわ。そうなるとルートも限られるわね」

 

「町の下水道を通って迂回するか? いや、スコーピオンが負傷している今、遭遇戦は避けたいな」

 

「スネークの部隊ともエグゼの部隊とも離れて連携が取れないのは痛いところね」

 

 再度通信でスネークとエグゼに呼びかけてみるものの、電波障害からか雑音しか帰って来ない。

 戦術人形として指揮官となる人間を必要とする彼女たちは、マシンガン・キッドを現在の指揮官と無意識に認識し指示を受けている。

 夜襲を仕掛けようと9A91は提案したが、夜戦を得意とする彼女はともかくとして満足な夜戦装備も持っていないためその提案は見送られる…彼女は離れたところで夜の見張りを行っているところだ。

 

 

 窓から外を伺っていた9A91は、ふと通りの向こう側で赤い光が数回点滅したのに気付く。

 一定の間隔で灯される赤い光をしばらく観察していた彼女は、同じように銃に取りつけられていたレーザーを一定の規則でつけたり消したりを行う。

 レーザーサイトを使った彼女のモールス信号は相手側に届き、向かいの建物から数人の人影が通りを素早く横切りこちらのアパートへと入って行った。

 しばらくすると、部屋の扉がノックされお互いに合言葉を交わす。

 それからゆっくりと部屋の扉を開ける…入ってきたのは数人のヘイブン・トルーパー、その手には物資の入った荷物を持っていた。

 

「補給です。弾薬と食糧、それから医薬品です」

 

「助かる。そっちの様子はどうだ?」

 

 キッドが持ちこまれた物資を受け取りつつそう尋ねると、彼女たちの反応はあまりおもわしくは無かった。

 町を守備するのは連邦軍でも精鋭と知られる空挺軍、そして悪名高きウスタシャの兵士たちも多数入り込んでいることも確認されている。

 部隊を率いるスネークとエグゼは最も敵の抵抗が激しいエリアに攻勢をかけているようだが、精強な空挺軍に苦戦しているようだ。

 

「近く、パルチザンの増援部隊が到着するとの情報もあります」

 

「それは連邦軍も同じだろうな」

 

 空軍基地手前の要衝ということで、連邦軍も本気だ。

 既に互いの戦力は、この街で戦闘を起こした時の倍以上にまで膨れ上がっている。

 プレイング・マンティスやピューブル・アルメマンの兵士たちも増援として駆けつけているが、相手は一国の正規軍であるため、MSFとしては数の上では劣勢になっている。

 

「ご安心を、明日にはメタルギアZEKEが戦線に投入されます」

 

「おお、そうか! あいつを動かすってことは、ボスは一気に勝負をつけるつもりだな」

 

「はい。ですが連邦軍も大規模攻勢を計画しているようです」

 

「ZEKEは強いが、無敵の存在というわけじゃないからな…ZEKEは歩兵とそのほかの兵器と共同運用をしてこそその真価を発揮する」

 

「我々も処刑人の指揮の下攻勢を仕掛けます。明日には大きく戦況が動くでしょう、ではご武運を」

 

 ヘイブン・トルーパーたちは来た時とは違い、窓から地上へと飛び降りあっという間に町の陰にその姿を消していった。

 

 キッドとWA2000は一先ず作戦会議を中断させ、ヘイブン・トルーパーたちが運んできてくれた物資の配当を行う。

 弾薬はそれぞれにあったものを配り、最低限の医療品は各自に配り、残りはスプリングフィールドに手渡す。 

 それから待ちかねていた食糧。

 MSF製の軍用レーション、それも親切に温められたものだ。

 日夜糧食班が研究に研究を重ね、栄養バランスと飽きない味を実現させた至高の発明品だ…どこぞの不味いレーションとは大違いである。

 

 

「ほらサソリ、大好きな食べ物が届いたわよ」

 

 WA2000がレーションを手にスコーピオンに声をかけると、彼女は重たそうなまぶたを開く…どうやら寝ていたらしい。

 無言でレーションを受け取り、スプーンを手にするも彼女は食が進まない様子だった…。

 

「食べなきゃダメよ、力が出ないわ」

 

「そうだね」

 

 いつもなら喜んでがつがつと食事をするのだが、スコーピオンはスプーンに少し掬っては緩慢な動きで口に運ぶ。

 だが痛めた身体が支障になるのか、その手からスプーンが落ちる。

 WA2000は落ちたスプーンを拾い、代わりに料理をすくいスコーピオンの口元へと運ぶ…彼女は嫌がることも拒絶することもなく、WA2000の好意に素直に甘えていた。

 

「ごちそうさま…」

 

「うん、スプリングフィールドを呼んでくるわ。包帯を替えてもらわなきゃ」

 

「待ってワルサー。屋上に連れてってくれないかな…ちょっと、風をあびたい」

 

「分かったわ…歩ける?」

 

 ふらつくスコーピオンに肩を貸し、WA2000はアパートの階段をゆっくりと上がっていく。

 屋上への扉をゆっくりと開き、周囲を警戒しながらスコーピオンの身体を床に横たえる。

 

 

「あんまり風無いわね」

 

「別にいいよ。星がきれいだから」

 

 

 スコーピオンが漏らした言葉に、ふとWA2000は空を見上げる。 

 電気が止まり明かりが消えたこの町では、星空の明かりがいつも以上に綺麗に煌めいて見えた。

 

 

「ねえワーちゃん、今猛烈にオセロットに会いたいでしょ?」

 

「なに言ってんのよアンタは。あんたこそ、スネークに会いたいでしょ?」

 

 スコーピオンの問いかけに、思わずWA2000はため息をこぼす。

 普段ならそんな質問、バカの一言で片づけているところだが、今日のところは優しくしてやろうという気持ちがあった。

 逆に問いかけられたことにスコーピオンは微笑み両手を広げ横になる。

 

 

「スネークも同じ星空を見上げてる、そう思うと全然寂しくないよ」

 

「そう。そうね…」

 

 

 WA2000はオセロットが感傷に浸って星空を見上げていることを想像するが、彼に限ってそんなことはないなと思う。

 ふと、彼女はオセロットと一緒に並び満天の星空を二人きりで見上げるという妄想を膨らませる。

 相変わらずの仏頂面のオセロット、その隣で幸せそうに微笑む自分……そこまで妄想したところで顔が火照っていくのを感じ、頭を振って煩悩を振りはらう。

 

 

「ねえワーちゃん、何か聞こえてこない?」

 

 

 スコーピオンのその言葉に、WA2000は耳を傾けると確かにどこからか声が聞こえてくる。

 姿勢をかがめ屋上の端にまで移動し、辺りを伺う。

 

 声は町の向こう…連邦軍が拠点としている町の一角から聞こえてくるようだった。

 何を話しているのかは分からなかったが、声を聞いているうちに、それが彼らの歌であることに気付く。

 楽器もなく、プロの歌手でもない素人の歌声……やがてそれは別な方角からも、パルチザンの野営地の方からも聞こえてきた。

 

 意味は分からなかったが、同じ歌詞を歌うそれは、この国の、彼らの故郷の歌であることはなんとなく理解できた。

 

 そんな時、WA2000は通りの向こうでパルチザンの兵士が白い布きれを巻いた棒を手に、ゆっくりと進んでいくのが見えた。

 脱走兵か、そう思いスコープを覗きこむ。

 しかし、敵対する連邦軍の兵士の方も同じように手を挙げたまま彼らのもとへ近寄っていくではないか…。

 彼らは何かを話しあい、互いの所持品を交換していた。

 

 それから戦場に倒れるお互いの負傷者と死者のもとへ歩み寄り、自分たちの陣地へと運んでいく…。

 

 戦場での部分的な停戦に、WA2000は引き金から指をそっと離し、スコープから目を逸らす。

 

 

 

「みんな、好きで殺しあってるわけじゃないんだ。そうしないと、自分たちの家族や友人が殺されてしまうんだ。それは相手も同じ……許されないことだって、たぶんお互いに分かってるんだよ。分かってるけど、止められないんだ。だから、とても哀しいんだよ」

 

「サソリ…」

 

「ずっと夜のままならいいのにね。明日になったらまた……でも雨はいつまでも続かない。素晴らしい世界は明日の先にあるんだ」

 

「そうね。さ、もう中に戻りましょう。休める時に休まなきゃ」

 

スコーピオンに肩を貸し、屋上を立ち去っていく。

ふと、WA2000は立ち止まり静かな街に響く兵士たちの歌に耳を傾ける。

 

止まない雨はない。

だけど、雨は嵐となりなにもかもをめちゃくちゃにした後で、果たして素晴らしい世界は残っているのか?

 

いや、今は考えるまい。

絶望を見続けるよりも、希望を見出したい…そう思い屋上を立ち去っていった。



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壊れた心

※ショッキングな描写あり


 静かに迎えた朝は、どちら側からか分からない砲撃のけたたましい轟音と共に打ち破られる。

 着弾地点からほど近い位置で休息をしていたキッドたちはすぐさま飛び起き、装備を身に付け戦闘態勢をとる。

 激しい砲撃音の最中には、銃撃戦が鳴り響く音と戦場を駆けまわる兵士たちの怒号が飛び交う。

 

 眠気など一瞬で吹き飛ぶ目覚め方だが、それでいい。

 疲れているとはいえ、寝起きでいつまでも意識が覚醒しなければそれは生死の問題に直結してしまうからだ。

 

 昨晩たてた制圧目標である町の中心部にある広場の攻略。

 軍事的建造物ではないが、町の要衝として連邦軍が防御陣地を構え、対戦車砲及び迫撃砲が数門、数十もの機関銃陣地に戦車までもが確認されている。

 精鋭を率いるキッドとは言えども、ごり押しで敵陣を突破するなどとは考えていない…それができるのはビッグボスくらいだ。

 

「さあ出撃だ諸君、まずはエグゼの部隊と合流する。あいつの突破力と月光の部隊があれば広場の攻略も可能だ。スコーピオン、やれるか?」

 

「うん。一晩寝たら何とかなったよ」

 

 スコーピオンはまだ包帯はとれていないが、自分の力だけで立ち握り拳をつくって見せる。

 元々…いや、いつのころからかやたらとタフになり始めたおかげか、小さな傷はほとんど完治し疲労も感じさせないほどに良く動く。

 憂鬱とした気分で昨晩を過ごしたが、戦闘前に思い思いの行動で気持ちを切り替える。

 

「スナイパーが多い。姿勢を低くして進め」

 

 アパートを出た部隊は、キッドを指揮官に彼の指示で素早く移動する。

 重量のある機関銃を所持しながらもそれで行動を阻害されることなく、ポイントマンとして部隊の先頭を行く。

 そこら中から聞こえる戦闘音によって味方がどこにいるのか把握することが難しくなる。

 ばったり会った拍子に撃った相手が味方だったということが無いように、キッドは部隊の先頭を慎重に進み、それでいて早くこの激戦を終わらせるべく早足で進むのだ。

 

「―――ッ! 下がれ!」

 

 通りの角を曲がったところで、キッドは叫びすぐさま引き返す。

 次の瞬間には猛烈な機関銃の弾丸がそこに撃ちこまれ、弾丸に抉られた建物の外壁がはじけ飛ぶ。

 

「敵の数は!?」

 

「見えた限りでは10人ほどだ! ワルサーとスプリングフィールド、そこの建物の上階から狙撃しろ! 9A91とスコーピオンはオレに続け!」

 

 物陰から身を晒し、敵へ向けてキッドの軽機関銃が火を吹いた。

 圧倒的連射力によって敵の部隊が身を隠したその隙に9A91とスコーピオンは素早く通りの反対方向へと走りだし、崩れた瓦礫の中に飛び込んだ。

 

「グレネード!」

 

 キッドがリロードのために身を隠したと同時に、スコーピオンと9A91は手榴弾を投擲。

 リロードの隙を突こうと身を乗り出した連邦軍兵士は爆発とまき散らされた破片によって倒れる。

 だが瓦礫の向こうから現れた別な兵士は、ボディーアーマーに防弾マスクを装備し手榴弾の破片を耐えきり突撃してくる。

 寄せ付けまいと牽制射撃を行うが、シールドをもった別な兵士が前に立ちふさがり銃撃を防ぐ。

 

「歩兵の癖に弾弾くなんて、頭に来る奴!」

 

「わたしたちの弾じゃ撃ち抜けない…!」

 

 シールドに身を隠しながら撃ち返す敵に、思わず愚痴をこぼす。

 だが次の瞬間、スコーピオンらの後方から放たれた弾丸がシールドの装甲をぶち抜き、そのままシールドの向こうに隠れていた敵兵を射殺する。

 スコーピオンが振り返り建物の上階を見ると、WA2000とスプリングフィールドの二人が狙撃位置についているのが見えた。

 二人の狙撃にたまらず連邦軍兵士は退却するが、二人の素早い射撃は逃げる連邦軍兵士を捉えて全て仕留めて見せる。

 

 狙撃した敵の一人が立ち上がり足を引きずり建物の中に逃げ込んだのを見て、スコーピオンは走りだす。

 逃げ込んだ家屋に足を踏み入れたと同時にスコーピオンの目に飛び込んできたのは、幼子を抱きしめる女性の姿であった。

 追いかけた連邦軍兵士は血を流し、息を荒げながらスコーピオンを見つめている。

 

「キッド…! 民間人だ、逃げ遅れた民間人がいる!」

 

 負傷した敵兵に銃口をつきつけたまま部隊長のキッドを呼ぶ。

 すぐさま駆けつけたキッドは怯える民間人にそっと近寄り、敵意が無いことを説明して見せる。

 怯える子どもたちをあやしながら、母親は不安な様子でキッドと連邦軍兵士を交互に見つめる…。

 

「落ち着け…オレはウスタシャじゃない……逃げても誰にも言わない」

 

 負傷した連邦軍兵士の言葉に、民間人の母親は頷き子どもたちを伴い立ち上がる。

 

「……町には、民間人が取り残されてる…アンタら、どこの傭兵か知らないが、彼らを救ってくれ…」

 

「何を言ってるんだお前は、国民を守るのはお前ら正規軍の仕事だろう」

 

「あの忌々しい…ウスタシャ共は、町の住人の避難を…禁止した。逃げれば、殺される……こんなクソみたいな国に生まれたばかりに、チクショウ……解放してくれて、あり…が…」

 

 そこまで口にしたところで、連邦軍兵士は息を引き取った。

 

「キッド…」

 

「民間人を安全な場所まで連れていく。行こう…」

 

 そこはまだ砲弾や銃弾が飛び交う戦場、民間人の保護はパルチザン側から依頼された任務の一つでもある。

 なにより司令官のビッグボスが望んだこと…。

 

「大丈夫ですよ、必ず安全な場所に避難できますから」

 

 怯える民間人の傍らにスプリングフィールドが寄り添い、そっと支え優しい言葉をかける。

 こういった場面はスプリングフィールドが一番の適任だ。

 だが、母親はそんなやさしさに感謝しつつもどこか落ち着かない様子だ…当然だ、この町は連邦政府の領域であり、MSFやパルチザンはむしろこの町の住人にとって侵略者なのだから。

 

 それでも、キッドらは民間人を救う。

 ここは戦場になってしまった、彼らにとっての故郷は失われ…兵士たちの場所となってしまったのだ。

 彼らの故郷を戦場に変えてしまった、ならばせめて彼らを安全な場所まで避難をさせる……。

 

 

 部隊は安全圏を目指しながら進むと、見通しの良い道路にぶつかる。

 そこには車両を積み重ねたバリケードがあるが、ところどころ車両一台分通れるだけの間隔が開いている。

 

 通りには、おそらく戦場から逃げ出そうとし、スナイパーの餌食になった民間人の遺体が倒れている。

 恐怖に怯える民間人の家族を落ち着かせ、まずはキッドとWA2000が先行してバリケードを横切る…その時は何ごとも無かったが、次に9A91がバリケードを駆け抜けた時、間髪入れずに弾丸がバリケードとして積み上げられていた車両に撃ちこまれる。

 

 やはりスナイパーがいる。

 見えない脅威に部隊は緊張し、せめて民間人の家族だけでも救うことを決める。

 

 

「さあ行くよ、あたしの合図で飛び出して…いい?」

 

 

 バリケードの向こうでスコーピオンが手招く。

 何度も母親に振り返って見せる少女は今にも泣きそうな顔であった。

 

 

「1,2,3で飛んで。そうしたらあたしが受け止めるから…いいね? いくよ…いち、にの、さんっ!」

 

 

 スコーピオンの合図に、少女はバリケードを飛び出した。

 すかさずスコーピオンが手を伸ばして少女を受け止め、安全な場所にまで引き込む…。

 次の男の子も同じように、合図をとって安全な場所にまで退避させる。

 

 さあ後は子どもたちの母親だけだ。

 二人の少年少女を助けられたことに気が緩み、短い間隔で母親にも同じような合図を送ってしまった。

 

 合図を受けてバリケードを飛び出した瞬間、母親は狙撃され糸の切れた人形のように前のめりに転倒する。

 生気の失せた目を見開き、こめかみから血を流す…即死だった。

 母親が目の前で殺され、二人の子どもは大声で泣きわめきスコーピオンの手の中で暴れだす。

 抑えるスコーピオンの手を振りほどき、男の子は倒れた母親へと走って行ってしまう…。

 

「だめ! 来ちゃダメ!」

 

 反対側からスプリングフィールドがそう叫ぶが、男の子は物陰を飛び出し母親の亡骸へとしがみつく。

 咄嗟にスプリングフィールドはバリケードを飛び出し、男の子に手を伸ばした…。

 

 

 乾いた一発の銃声が鳴り響き、目の前の男の子の身体から血肉がはぜ、男の子の身体は母親に寄り添うように倒れそのまま動かなくなった…。

 

 

「あ…あぁ……そんな…!」

 

「スプリングフィールド! 早く! 早くこっちに来て!」

 

 

 目の前で奪われた小さな命に、スプリングフィールドはその場に呆然と立ち尽くす。

 慌てて9A91が彼女の腕を掴み物陰に引っ張り込み、次の瞬間、弾丸がスプリングフィールドの立っていた辺りに直撃する。

 危うく死ぬところだった……危険な行為に怒鳴りつけようと口を開きかけたWA2000であったが、目を見開き肩を抱いて震えるスプリングフィールドの姿を見た瞬間口を閉ざす。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい…! 嫌……もう、嫌よこんなの…!」

 

「おい、しっかりしろ! 気をしっかりもつんだ! 深呼吸をするんだ、ゆっくりと…!」

 

 動揺する彼女の目を見ながら落ち着かせようとする。

 キッドの言葉に何度も頷き深呼吸をしようとするが、呼吸が速くなり過呼吸症候群のような症状が現れる。

 

「しっかりしてスプリングフィールド! 大丈夫、大丈夫だから!」

 

 仲間たちはなんとか手を尽くそうとするが、症状は酷くなる一方だ。

 頭を抱え涙をこぼし、うわごとのように謝罪の言葉を口にする…母親と弟を失った少女の泣き声が、より一層彼女の精神を追い詰める。

 

 

「おいおい、なにやってんだお前ら!」

 

「エグゼ! 大変なの、スプリングフィールドが!」

 

 

 どうやらエグゼの部隊が防衛線を突破したらしい。

 ヘイブン・トルーパーと月光を伴った部隊と共に駆けつけてきた。

 エグゼは戦闘のショックから動揺するスプリングフィールドの傍に歩みより、何度か声をかけた後…そっとその首に手を回す。

 

「ちょっ、なにすんのよ!?」

 

「うるせえ黙ってろ」

 

 エグゼの指がスプリングフィールドの首を絞めつけ、圧迫感に一瞬苦悶の表情を浮かべた後、彼女は目を閉じ卒倒した。

 

「大丈夫、気絶させただけだ。あのままにしておくより、こっちの方が良い……こいつはもうダメだ、後方に送れ」

 

「ちょっとそんな言い方ないでしょう!?」

 

「ああ、悪かったよ、少しピリピリしてんだ。おい、他にも気持ちが落ち着かない奴はいるか? 引き返すのは今だぞ、地獄の先はまだまだ長いんだ」

 

「あたしらは大丈夫だよ。それよりスプリングフィールドを運ばなきゃ」

 

 気絶したスプリングフィールドの護送はヘイブン・トルーパーの隊員が任される。

 

「後は任せて。ゆっくり、休んでね…」

 

 意識の無いスプリングフィールドへ、去り際にスコーピオンはそう呟き彼女を見送った。

 エグゼの言う通り、地獄はまだまだ長い…果たして地獄の果てにたどり着くまで自分の精神は持つのだろうか?

 そんな不安に駆られるが、今は考えまいと疑念を振りはらう。

 

 

「おい、それより聞いたか? 連邦軍が数個師団こっちに来てるって話しだ、おまけに連邦空軍も動いてるらしい。ヤバいぞ少し…」

 

「そんな、スネークとはまだ連絡がとれないの!?」

 

「電波障害が酷過ぎる。どうなってんだよ」

 

 

 通信機を起動させ、スネークに連絡をとろうと試みるが相変わらず雑音が返ってくるばかりだ。

 

 ふと、何かを察知したエグゼは素早く建物の壁をよじ登りあっという間に屋根の上へと登り切る。 

 スナイパーがすぐそばにいるため危ないと注意するが、エグゼは構うことなく屋根の上から市街地を一望する…。

 銃撃戦の音が少しなりをひそめ、代わりに連邦軍ではあわただしく動いているのが見える。

 

 エグゼは遠くの空を、鋭い目でじっと観察する。

 見つめる先にある黒い点…それは徐々に大きくなり、凄まじい速さで市街地の上空を通過したかと思うと、町の中心部である広場にて大きな爆発が起こる。

 

「空爆だ! 連邦空軍が来たんだ、ああ、もうお終いだ!」

 

「おい落ち着けよスコーピオン、なんか変だぞ」

 

 市街の外に目を向けて見れば、連邦軍の思われる増援部隊が町へ入り込んでいくのが見えるのだが、彼らはパルチザンへと向かっていかずむしろ仲間である町の防衛軍に向けて攻撃を仕掛けているではないか。

 

 

『あーあー、聞こえるかMSF兵士諸君。こちらはパルチザンのイリーナだ』

 

「お、通信が戻った」

 

『早速だが朗報だ。連邦空軍と空挺軍の一部が我々に寝返った、町の外から攻撃を仕掛けてきているのは我々の仲間だ。赤旗を掲げているから間違えないだろうが』

 

「おいおい、連邦軍が寝返ったってどう言うことだ!? それにさっきまで通信も使えなかったぞ!」

 

『それについてはわたしたちが説明するわ』

 

「その声は、UMPポンコツ小隊! てめえらどこに行ってやがった!」

 

『変な名前で呼ばないでくれる? 通信障害はわたしたちが犯人よ、連邦軍の切り離しを悟られないためにやったことよ。これはイリーナとビッグボスの提案だから恨まないでね』

 

 

 連邦の過激な方針について行けず、祖国への盲目的な忠誠に疑問を持っていた将兵というのは少なくない。

 そんな連邦軍兵士の忠誠心の揺らぎに目をつけ、イリーナは寝返りを促し、スネークもそれに手を貸したという……。

 これまでの内戦で連邦空軍は出撃を拒否し続け、頑なに民族主義的な政策を取り続ける連邦政府に反発をしていたのだ。

 彼らは今ある連邦政府よりも、イリーナの目指す新たな国家にその希望を見出した。

 

 

 

 町に、月光の牛の鳴き声に似た独特な動作音が鳴り響く。

 エグゼ配下の月光ではない、遠くから徐々に近付いていくその音は規模を増し、ついにはエグゼらの前にも群れとなってやってくる。

 

 大地が揺れる。

 

 金属同士がが擦れ合い発せられる咆哮と共に、月光の数倍もの巨体を持つ鋼鉄の巨大兵器が町の瓦礫を薙ぎ倒し姿を現した。

 

 

「ZEKEだッ! 一気に勝負を仕掛けるんだな!」

 

 

 MSFが誇る鋼鉄の守護神の登場に、MSFの兵士たちは沸き立つ。

 ZEKEの圧倒的な姿の前に連邦軍は一層慌てふためき、体勢の立て直しに駆られることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――かくして役者は揃ったわけだ。さあ行こうか諸君、戦争だ、待ちかねた戦争だ。パルチザンも、連邦軍も、MSFもすべてを蹂躙せよ」

 

 

 蛇は一人でいい……そうだろう?

 

 




スプリングフィールドさん…離脱です…ちょっと休ませてあげて。


そんでもってメタルギアZEKE投入、これで勝つる!

エグゼ「怖いよー怖いよー、ZEKE怖いよー」プルプル
エグゼは第一章でZEKEにボコられたため恐怖心持ってそう(笑)



そして鉄血勢ウォーミングアップ完了。
次回、三つ巴!


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輪廻の蛇

 連邦空軍と一部の空挺軍の寝返りは戦況に大きな変化を与える。

 

 町を死守する連邦軍としては不意を突かれたこととなり、投降兵や陣地を放棄し逃亡を試みるものが出始める。

 だが、連邦軍の後方には銃を構えたウスタシャの兵士が待ち構え戦闘を放棄した"祖国の裏切り者"を容赦なく射殺する。

 

 一歩たりとて後退するな!

 

 離反した空軍と一部の空挺軍、そしてMSF及びパルチザンの攻勢により町の守備隊の劣勢は明らかなものだ。

 士気は下がり、指揮系統は混乱しているのにもかかわらずウスタシャの兵士たちはこの期に及んでも仕事をきっちりと果たす。

 負傷し逃げる女の髪を掴んで引きずりまわし、命乞いをする市民に罵詈雑言を浴びせ狂犬のように撃ち殺す。

 子どもといえど容赦しない。

 幼子を奪い、地面に叩き付ける。

 年端もいかない少年少女に粗末な銃を押し付け突撃を命じる…泣きじゃくる子どもたちを怒鳴りつけ、銃で脅し、迫る国家の敵へ立ち向かわせるのだ。

 

 

 武器をとれ!

 立ち向かえ!

 戦え!戦え!戦え!

 死ぬまで戦え!

 祖国のために死ね!

 

 

 乱れた部隊をウスタシャは恐怖で統率し、同調する武装した民兵たちもまた狂気に憑りつかれる。

 無防備な市民を盾にしたウスタシャの狂った戦術に、パルチザン及びMSFの進撃も止まる。

 戦線を放棄し離脱する連邦軍兵士、ウスタシャの狂気を恐れパルチザン側へ逃れる一般市民……その中にはウスタシャに駆り立てられた兵士や、軍服を着ない武装民兵も紛れ込み、誰が敵なのか判断することができない。

 

 町は制圧間近だが、ウスタシャは降伏を許さない。

 徐々に包囲を狭められすでに退路は塞がれた…それでもウスタシャの凶行はおさまらないどころか、さらに苛烈なものとなっていく。

 力攻めで抑え込むことも可能だ。

 だが巻き添えになる大勢の市民の命は保証できない……祖国解放のためと、避けられない犠牲だとパルチザンのリーダーであるイリーナは苦渋の決断を下そうとしたが、それを一人の男が待ったをかけた。

 

 スネークだ。

 

 彼は、この恐ろしい惨状を引き起こしているのはウスタシャであると指摘し、少数の部隊を率いて恐怖で町を支配するウスタシャを強襲する。

 ウスタシャの数は決して多くはない。

 だがこの連邦に住む人々にとって、ウスタシャは恐怖の象徴である。

 民族浄化の先兵として内戦初期に各地で恐るべきジェノサイドを引き起こし、同じクロアチア人からも恐れられる組織。

 ウスタシャは元々軍部から生まれたわけではなく、苛烈な民族主義者が群れを成して歴史の暗部から甦ったもの。

 戦闘能力という点では、町を守備していた精強な空挺軍と比べればはるかに劣る。

 だが、狂信的なまでの愛国心と異民族への激しい憎悪を宿した彼らは、死を前にしても恐怖を持つことはなかった。

 

 

「お前たちの負けだ! いますぐ武装解除をしろ!」

 

 

 スネークはウスタシャの部隊を襲い、町の守備隊と分断させることに成功する。

 最初の攻撃でウスタシャ兵士の半数は死に、残った兵士もMSFとパルチザンの兵士に取り囲まれ無数の銃口がつきつけられる。

 

 

「このバルカンの地に、多数の民族を受け入れる余地はない! この国はクロアチア人の国であるべきなのだ! 我々の民族がこの国を取り戻すために、真のクロアチア人国家にするために、ありとあらゆる手段で異民族を浄化してやる!」

 

「連邦軍の兵士には真に祖国を想い戦った者もいるだろう。だがお前たちは、歴史の暗部に取りつかれた殺戮者だ。守るべき市民を殺し、戦場に駆り立てるお前たちが、愛国者などといえるはずもない」

 

「自らの民族のために流す血は、必ずや正当化される! たとえ今多くの血が流されても、未来に生まれるたくさんの子どもたちの命を救えるのならばそれは必ずや称賛されるのだ!」

 

 

 ウスタシャの怨念は、取り囲むMSF兵士にも嫌悪感を抱かせる。

 自分たちはカネで雇われた傭兵、この国の政治的な事情にまでは関与しない…それでも、この国で引き起こされたジェノサイドの主犯者を前にして、彼らは無関心ではいられない。

 

 

「撃ち殺せッ!」

 

 

 怒りを宿した声があがった次の瞬間、パルチザン兵士の引き金が一斉に引かれる。

 ウスタシャ兵士は祈りをあげる猶予も許されず処刑されていく……処刑を命じたイリーナを、スネークは何も言わず、咎めることもない。

 彼女はユーゴスラビア人として、このバルカンの大地に生きるすべての民族を分け隔てなく愛してきた。

 だが、彼女にとっての祖国を破壊し対立を引き起こした、ウスタシャのような民族主義者にはその憎悪を隠そうともしない。

 

 死体に向けて歩くイリーナ。

 その時、銃殺を免れたウスタシャの兵士が拳銃を引き抜き、イリーナに向けて発砲する。

 咄嗟に身を逸らしたおかげで銃弾はイリーナの頬をかすめた程度で済むが、彼女はすぐさまその兵士から銃を奪い取ると、兵士のあごを蹴り上げる。

 もがくウスタシャ兵士の胸倉を掴み上げ、何度も殴りつける。

 

 憎しみと怒りを宿した目をぎらつかせ、その顔には返り血が飛び散った。

 そんな彼女のもとへ、一緒に行動するスオミが駆け寄り、振り下ろされる拳を抑え込む。

 声を発することのできないスオミは、泣きそうな表情でイリーナを見つめ何度も首を横に振るのだ…。

 

 

「止めるなスオミ! こいつらだけは、一人足りとも生かすものか! こいつらがこの国を引き裂いた、多くの悲劇を生んだ! わたしの作る国にこいつらは必要ない! こいつらに情けは必要ない、こいつらがしてきたように殺すんだ!」

 

 イリーナはスオミを振りはらい、腰の拳銃を引き抜きありったけの弾丸を兵士に向けて撃ちこんだ。

 

「神への祈りも、埋葬も許さない! こいつらは人間などではない、残虐な化物だ! 焼け、ガソリンをかけて焼き尽くせ!」

 

 普段見せることのない、イリーナの残酷な一面。

 その対象がこの国の悲劇を生んだ犯罪者相手であろうと、大好きな主人が恐ろしい姿に変わってしまったことはスオミに深い悲しみを植え付ける。

 静かに涙を流し泣くスオミを、イリーナはやり切れない表情で見下ろす。

 

「行こう、スオミ。もうすぐ終わるんだ…終わらせるんだ。すべてが終われば、わたしもお前も、銃を捨てて生きられるんだ」

 

 泣きじゃくるスオミをそっと抱きしめ、寄り添うようにして歩く。

 

「スネーク、基地まではもうすぐだ。連邦軍が平野で待ち構えているが、もう市民を巻き添えにすることは無い。いい加減この長い戦争を終わらせたい。アルキメデスを起動させ、ザグレブに降伏をせまる。軍部の一部が寝返ったことに加え、基地の膨大な軍用人形を起動させれば戦力差は逆転する……奴らも、総力戦まで行う余力はないだろう」

 

「イリーナ、オレたちはお前たちに雇われた。指示があれば今すぐにでも部隊を出動させる。こんなことを言うのはお節介かもしれないが、少し休んだ方が良いぞ」

 

「優しいな、スネーク。だが休むわけにはいかない…今は、一分一秒が惜しいんだ。今もどこかで愛すべき民が泣いている。もう彼らの涙は見たくないんだよ」

 

「分かった。これ以上オレが言うことは何もない。空軍が寝返った今、メタルギアZEKEは惜しみなく投入できる…連邦軍も激しい抵抗をするだろうが、ここよりは戦いやすい」

 

 もう、市民を巻き込む様な市街戦はない。

 これからまだ戦闘を控えているが、そう考えるだけでも気持ちが軽くなる…そう思えるほどに、この市街戦は地獄の様相を見せていた。

 

 

 

「おーい、スネーク!」

 

 

 そこへ、町を駆け抜けてきたスコーピオンやエグゼといった部隊が合流する。

 皆身体のあちこちに擦り傷を負い、砂やほこりまみれの酷い格好だ。

 

 

「みんな疲れて休みたいだろうが、MSFはパルチザンと共に基地を目指す。長く厳しい戦いももうすぐ終わる。町では多くの惨劇を見てきただろう、人間の狂気、戦場の不条理、生死を分けた戦いが時に残虐な殺戮を引き起こす。逃げてしまいたい気持ちも良く分かる、オレもマザーベースでのんびりコーヒーを飲む暮らしが懐かしくなってきたところだ」

 

 冗談交じりの彼の言葉に、兵士と人形たちは小さな笑い声をこぼした。

 

「オレたちは傭兵としてこの地にやって来た、傭兵として勝利に貢献できることは誇りに思っていい。散っていった戦友たちのためにも、ここで歩みを止めることはできない。彼らの死が無駄死にではなかったことを証明するためにも、最後まで戦おう」

 

 スネークは、自分を向く一人一人の兵士たちを見つめていく。

 特に合図されたわけでもなく、兵士たちは息を合わせたかのように敬礼を向ける。

 そんな彼らに、スネークもまた敬礼を返す。

 スネークが話すまでも無く、指示一つあれば彼等は全員が戦場に向かっていただろう。

 この場にボスの指示に疑問を抱く者はない、命令があればたとえ死地にでも、地獄の底までも向かっていく気概のあるものばかりだ。

 

 部下たちのその姿に心強さを覚えたスネークであったが、心のどこかで不安感があるのを感じていた。

 それは長年戦場に生きてきた中で、何度か身に覚えのある感覚であった…その度に厄介ごとに巻き込まれている、ある意味兵士としての勘ともいうべきだろうか。

 だがスネークは指揮官として、部下の前で不安を表情に出すことはしない。

 勘が警鐘を鳴らしているのであれば、いつも以上に警戒し、危険を見逃さないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町を抜け、部隊は最終兵器アルキメデスの制御システムが隠されている空軍基地へと向かう。

 強固な防衛システムが発動し、本来の持ち主である連邦軍ですら足を踏み入れることがかなわなくなった基地周辺には、多数の防御システムが展開されている。

 それと距離を置いて布陣しているのが、連邦軍の部隊だ。

 塹壕を掘り、何台もの火砲と戦車を配置し、徹底抗戦の構えだ…だが、彼らは接近するパルチザンの部隊を前にしても一向に動くことがなかった。

 

 そんな中、連邦軍側の陣営より車両が一台、白い旗をはためかせながら接近してくる。

 車両から降りてきたのは、連邦軍の将校と思われる人物だ。

 

 

「銃を下ろしてくれ、我々はもはや戦う意思はない。君たちの戦いを見させてもらった、おかげで目が覚めたよ」

 

 

 彼らもまた、連邦の苛烈さに嫌気がさした軍人の一部なのだろう。

 既に連邦軍全体に、長い内戦と民族浄化に厭戦気分が広がりつつあった…無論、徹底抗戦を掲げる連邦軍の数も多いが、クロアチア系以外の人種で構成された連邦軍の部隊のほとんどが離反したといってもいいだろう。

 

「連邦が誕生した時、民族の融和は悲願の一つだった。それがいつしか無くなり、今日の悲劇を生んでしまった…我々は軍人として最低の行為を行っているが、何に忠を尽くすべきか分かった今、あなた方の革命に是非とも協力したい」

 

「感謝します。あなたのような方がもっとこの国には必要でした、一緒に新しい国家をつくりましょう」

 

 

 差し出された将校の手を、イリーナは固く握りしめる。

 

 祖国の現状を憂い、革命運動に身を捧げたパルチザンの努力が報われる瞬間。

 長い闘争の悲願がもうすぐかなう、パルチザンの兵士たちはおもわず涙を浮かべていた。

 基地を守る連邦軍は、イリーナにその道を譲る。

 

 防衛システムが作動している基地の構内には、たくさんの軍用人形が徘徊し、いくつもの自動照準機銃が設置されている。

 しかし、当時この基地の技術者として防衛システムを作動させたイリーナをシステムは主人と認識し、静かに受け入れた。

 

「なあ、オレたちは入れないのか?」

 

「システムが味方と認識しているのはイリーナだけだ。オレたちが入ろうとすれば、すぐに殺されるぞ」

 

 エグゼの疑問に、スネークは前もってイリーナから聞いていたことを思い出し話す。

 基地の防御システムは強固なものだ、例え連邦軍といえども、強行に基地に入り込むには多大な代償を払うことだろう。

 

 イリーナは端末を開き、基地の防御システムにアクセスする。

 複雑なコードを入力し、いくつもの段階を経て防御システムを解除していく…。

 基地を動く軍用人形が動きを止め、機銃は沈黙する。

 その瞬間、基地を守る防御システムが停止し基地のゲートは開き始めるのであった。

 

 

 

「長かった…ここにたどり着くまでどれだけの犠牲があったことか。スオミ…」

 

 イリーナそっとスオミを招く。

 防御システムが停止したとはいえ、油断できないようでおっかなびっくり境界線を越えていく。

 軍用人形が動かないのを見て、スオミはホッと一安心し、小走りでイリーナのもとへ駆け寄っていく。

 

 そんなスオミを、笑顔を浮かべ両手を広げ迎え入れる。

 

 

 パンッ――――。

 

 

 乾いた銃声が一発平野に鳴り響く。

 同時に、イリーナの胸から血が吹きだし、驚き目を見開いた表情で彼女は倒れ込む。

 急いでスオミが彼女に駆け寄り抱き起すと、彼女は苦しそうに咳きこみ血を吐いた…。

 

「イリーナッ!」

 

 咄嗟に走りだすスネーク。

 

 だが次の瞬間、猛烈な砲撃が部隊の頭上に降り注ぐ。

 連邦軍の陣地が砲撃で吹き飛ばされ、戦車は炎上し爆発を起こす。

 砲撃だけではない、ミサイルが飛来しピンポイントで砲台やMSFの月光を狙い仕留める。

 突然の奇襲攻撃に部隊は急いで連邦軍の塹壕に身を潜めるか、空軍基地内の格納庫に避難する。

 

 

「ちくしょう、なんだってんだよ!?」

 

 

 エグゼはスネークと共に倒れたイリーナのもとへ駆け寄ると、手持ちの医療キットを開く。

 猛烈な爆撃から退避させている時、エグゼは遠くの森林から無数の装甲人形とマンティコアが姿を現すのを見る。

 

 

「鉄血の部隊だ!スネーク、鉄血の部隊だよ!」

 

「ご名答、さすがは裏切り者の処刑人。察しが早いな」

 

「誰だテメェ!?」

 

 

 その女は、どこからともなくその場に姿を現した。

 黒のセーラー服、雪のような白い肌、不敵な笑みをはりつけた鉄血の人形と対峙した瞬間、エグゼは目の前の脅威を本能で察し冷や汗を流す。

 エグゼを見つめ、それからスネークを彼女は認めると、目を伏せて丁寧にお辞儀をする…。

 

「こうして会うのは初めてですね、ビッグボス。あなたがここを開く手助けをしてくれることは分かっていましたよ。さすがは伝説の傭兵ですね」

 

 

 わざとらしい敬語だが、彼女は本心からスネークに敬意を払っているようであった。

 

 

「自己紹介がまだでしたね、わたしの名前はウロボロス。"現実"のあなたに会えることを、心から楽しみにしておりました」

 

 




さあ、そろそろCUBE作戦始まるぞー!
みんな大好きウロボロスさん、滅茶苦茶強化させていただきます。


"現実"のスネークとは?
まあ、ウロボロス誕生の経緯を知ってる方は察しがつくと思いますけど。


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蛇の教え子

 "いやだ…いやだ! 起きてよイリーナちゃん! 一人にしないでよ…!"

 

 スオミは声を出せないまま泣き、最愛の主人を抱きかかえ何度も何度もその肩をたたく。

 胸元にあいた穴を手でふさぐが、手のひらから温かい彼女の血がにじみだし、それは一向に止まる気配がなかった。

 

"誰か! イリーナちゃんを助けて!"

 

 周囲を見回し、救いを求めるが突如として現れた鉄血の奇襲攻撃によって兵士たちは混乱し、だれもかれもが自分自身の命を守るので精いっぱいの様子だ。

 声を出せないスオミは手をあげて主人の存在を示すが、激しい砲撃と銃撃戦の最中にその動きに気付くものはない。

 心の声は届かない…。

 絶望がスオミの心を埋めていく。

 

「ス…オミ……!」

 

"イリーナちゃん!"

 

 小さなうめき声を聞き、スオミは慌てて視線を真下に落とす。

 スオミの腕の中に抱かれるイリーナは口元から血を吹き出し、息も絶え絶えで顔も青白く生気が失せている。

 しかしそんな中で目だけがぎらつき、いまだその闘志の炎を消してはいなかった。

 

「連れて、いけ……! 基地の内部へ…」

 

 地下へとつながる基地の入り口を見つめ、体を無理やり起こす。

 そんな彼女を抑え込み、スオミはぶんぶんと首を横に振る。

 

"ダメだよ! 無理して動いたら死んじゃうよ!"

 

 声は出ずとも、どのように話していたかは分かる…スオミの口の形から彼女の伝えたい言葉を察し、イリーナは一度だけ目を伏せる。

 スオミが自分を本当に心配してくれることはわかる。

 この世に残されたたった一人の家族だ、小さいころから一緒にいて、大きくなった今も一緒に暮らしてきた。

 言葉などなくてもお互いに言いたいことはわかるし、スオミの気持ちも痛いほど理解できた…。

 だが…。

 

「散っていった…多くの仲間に、報いるためにも……私は、ここで引き下がるわけには…いかんのだ!」

 

 体を起こし強引に立ち上がると、狙撃された銃創から血が激しく流れ出す。

 立ち上がったイリーナは周囲を見回し、炎上する戦車へと近づいていくと、高温を帯びた装甲に傷を押し付ける。

 生身の肉が焼ける嫌な匂いが立ち込め、激しい激痛に苦悶の表情を浮かべながらも、イリーナは一切悲鳴を上げることはなかった。

 傷口を焼くことで強引に止血する。

 よろめいたイリーナに素早く駆け寄り、スオミがその体を支えた。

 

"本当に、わたしの気も知らないで! 昔から頑固で言うこと聞かないんだから! わたしとイリーナちゃんは一心同体、イリーナちゃんが死んだら、わたしも死ぬ! 行くなら、それくらいの覚悟を決めて!"

 

「スオミ…わかった、最後まで一緒さ」

 

 スオミは涙をふき、覚悟を決めた表情でイリーナに頷いてみせる。

 頑固なところは、お互いさまさ…そう言いたげなイリーナの表情に、スオミは笑った。

 

「わたしが解除したのは基地の防衛システムだけ、アルキメデスの制御装置には、さらに暗号化されたプログラムがかけられている。暗号化されたプログラムを知るのは、今やわたしだけ…鉄血め、わたしが死んだらどうしてたんだろな…ゴホッゴホッ…!」

 

"そんな体で変なこと言わないの!"

 

 強がりの言葉を口にするイリーナを叩き、行く手を阻むかのように表れた鉄血兵にスオミは銃口をあげ引き金を引いた。

 イリーナも素早くホルスターから拳銃を引き抜き、鉄血兵の眉間を撃ち抜きしとめる。

 並みの兵士ですら戦意を失うこの状況において闘争心を昂らせる。

 二人とも、この戦いが終われば銃を捨てる生き方を選んでいるとは到底思えないような姿だ。

 

「邪魔をするなよ鉄血が! 闇雲に破壊を振りまくだけの貴様らに、このわたしを殺せるものか!」

 

 鬼気迫る表情で引き金を引き、立ちふさがる鉄血兵を倒す。

 弾切れで、マガジンを落とせばすぐさま隣に立つスオミが弾丸の入ったマガジンを装填する。

 二人は文字通り一心同体となり、互いに必要とすることを言葉を交わさずとも理解し、それに応える。

 

 それでも、鉄血兵はわらわらと現れ、無機質な表情のままに二人に襲い掛かる。

 なんとかパルチザンの兵士たちも駆けつけ応戦するが、鉄血兵たちの数は多い……ふと、二人の前に巨大な物体が落下してきたかと思うと、ソレは走り出し目の前の鉄血兵を巨大なガトリング砲であっという間に薙ぎ払う。

 全身をくまなく覆う漆黒のアーマー、赤い光だけが怪しく灯るヘルメット、人間とは思えない見上げるような体躯……彼は少しだけ首を振り向かせ、イリーナとスオミを見つめる。

 

 

「フェリックス…!」

 

「やはり、お前たちは生きていたのだな…。ビッグボスには、感謝をせねばなるまい。大切な存在を見失うところだった」

 

「フェリックス、お前、制御装置は…」

 

「そんなもの引き剥がしてやった。ここには私自身の意思でやってきた。お前たちを阻む敵は私が駆逐する…それがせめてもの、罪滅ぼしだ」

 

「そうか…信じよう、兄さん」

 

「まだこんな私を、兄と呼んでくれるか。さあ、行こう。残りの命の全てを、お前のために使う…その時が来たのだ」

 

 フェリックスは一度、不安げな様子で見上げるスオミを見た。

 妹のイリーナは今の自分が兄であることを知っているが、スオミはまだ目の前の自分がかつての主人であったことに気付いていないのだろう。

 記憶に残るスオミはいつも笑顔で、イリーナのやんちゃぶりに手を焼かされてよく相談し、そして愛らしく甘えてくる良い子だった。

 スオミの、自分を見上げる瞳にいくらかの怖れが浮かんでいるのを見て、フェリックスは胸の痛みを覚える……。

 

 それでもよかった、また生きて会うことができたのだから。

 フェリックスは力を振るう、すべては愛すべき家族のために…妹の悲願をかなえてあげるためにも、スオミの笑顔を取り戻すためにも。

 怪物に成り果て、憎悪に満たされていた彼の心に清らかな人の心が、戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――チクショウ、くそが!」

 

 血走った目つきでエグゼが睨む先には、片目を閉じ唇に人差し指を当てて余裕の表情を浮かべるウロボロスの姿がある。

 エグゼは腰を落とし、一気に走り出す。

 得意とする力強い踏み込みからの、斬撃。

 幾多の敵を屠ったその攻撃を、ウロボロスは冷静に見極め、最低限の動作で避ける。

 

 そしてブレードを握るエグゼの腕をひねりあげ、肩に担ぎ地面に投げ飛ばす。

 激しく地面に身体をうちつけられた衝撃により、エグゼはその場に這いつくばり激しくせき込む。

 忌々しく見つめる先には、追い打ちをかけようともせず不敵な笑みを張り付かせたウロボロスがいる。

 

 立ち上がると、エグゼのブレードを握っていた腕が力なく垂れ下がった。

 あの一瞬の攻防で関節を外されたのだと理解し、エグゼは強引に関節を元に戻す。

 そしてブレードを拾い、拳銃を構えた矢先、ウロボロスの姿がエグゼの視界から消える。

 ウロボロスは姿勢を低くかがめ、一気に間合いを詰めたかと思うと、エグゼの拳銃を一瞬で無力化しがら空きとなった腹部に肘を叩き込む。

 

 腹部を襲った痛みに動きを止めたエグゼの腕と首をつかみ、後頭部から勢いよく地面にたたきつけた。

 

 

「ふん、CQCでこの私には勝てんよ。スネークを超えられないおぬしに、負ける道理もないがな」

 

「テメェ、くそが…! ぶち殺してやる!」

 

「まあ待ちたまえ。おぬしの相手は私ではない、旧友との再会を喜ぶがいい」

 

 

 視界の端を影が素早く横切った。

 とっさに立ち上がり、ブレードを振るうと相手の鋭いナイフとぶつかり合い激しく火花が散った。

 奇襲を受け苦しい表情のエグゼであったが、目の前の襲撃者を見たとき、驚きその目を見開かせる。

 

「お前、ハンターか!」

 

 それはあの日AR小隊によってその命を奪われたはずの親友ハンターの姿であった。

 迷彩柄のマントを羽織り、口元を同じ柄のスカーフで隠しているが間違いなくその姿はエグゼのよく知る親友の姿であった。

 

 ハンターは一言も言葉を発さず、ただ獲物を前にした狩人のごとき冷徹な目でエグゼを見据えていた。

 

「ウロボロス!テメェ、オレの親友に何しやがった!」

 

「死体を拾い、再生させてやっただけだ。まあ、少しの制御チップを組み込ませてもらったがね。安心しろ、お前が思うような悪い扱いはしていないさ」

 

 楽しそうに笑うウロボロスを忌々しくエグゼは睨む。

 ハンター生存の報告を404小隊より聞いたとき、心の中でまた会える喜びを感じていた半面、また何らかの障害が立ちはだかることは何となく察していたのだが…。

 少しでも油断すれば一瞬で首を刈り取られる、そう思わせるほど今目の前にいるハンターは冷徹で、最後にあった時よりも洗練されている。

 

「おい、ハンター! なんとか言えコラ! いつから無口キャラになったんだテメェッ!」

 

 強引につば競り合いを押し返すと、ハンターは宙返りで距離を離したかと思えば、地面に足がついた瞬間一気に駆け出し距離を詰める。

 考えられないその速さに一瞬反応の遅れたエグゼの足元にスライディングし、足を絡めとり転倒させ、素早くハンターは彼女の首にワイヤーの紐を巻き付けた。

 

 

「ぐ、がっ…!」

 

 

 うつぶせのエグゼの背後から、ハンターはワイヤーの紐を力強く引き首を締め上げる。

 エグゼはなんとか逃れようとワイヤーに手をかけるが、ワイヤーは彼女の首に食い込み掴むこともかなわない。

 ならばと、エグゼはワイヤーをかけられたまま強引に立ち上がり、逆にハンターの体をしっかりと自身に密着させ…。

 

 自分の身体もろとも、強烈に地面へ叩き付ける。

 一瞬緩んだワイヤーと首の隙間に指を通し、力任せにワイヤーを引き剥がす。

 

「容赦なしかよ…! いいぜ、またぶちのめしてやる! オレに最後言った言葉忘れたなんて言わせねえぞ! 同じセリフを吐くまで、何回でもぶん殴ってやる! 覚悟しろよテメェ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ククク、あいつはいつ見ても面白いな」

 

 激しくぶつかり合うエグゼとハンターを愉快そうに見つめていたウロボロスであったが、とっさに笑みを消し、身構える。 

 戦闘の混乱に紛れ仕掛けてきたスネークを察し、のばされた彼の手を払う。 

 逆にウロボロスの鋭い蹴りが、スネークの側頭部めがけ放たれる。

 

 とっさに蹴りを防いだスネークを、ウロボロスは称賛するかのように感嘆の声を漏らす。 

 

 スネークは逆手にナイフを持った手でウロボロスの襟を掴み、身体を支える彼女の足に自身の足をかけた。

 かすかにバランスを崩しかけたその隙に、スネークはかけていた足を払い、ウロボロスの片足を宙に浮かせた。

 そのまま襟を掴む手に力を込め、重力に引かれ落ちるウロボロスの身体を加速させる…が、ウロボロスは後頭部が地面に叩き付けられるよりも早くに手を地面に触れされ、身を翻し攻撃を防ぐ。

 

 ニヤリと笑うウロボロスに、小さく舌打ちをし、スネークは再度攻める。

 だがスネークの動きにウロボロスもよく反応し、スネークの攻め手を封殺する…まるですべての攻撃が読まれているかのようだった。

 

 

「ハハハ、あなたが次にどう行動するのか手に取るように分かりますよ。全て同じです、この攻撃も、先ほどの攻撃も受けたのは初めてじゃないですからね」

 

「お前と戦った覚えはない。何者なんだお前は…」

 

 

 ウロボロスは構えを解くと、張り付かせていた笑みを取り払う。

 

 

「その質問には、私という存在が生まれた経緯を説明しなければなりませんね。私は電脳空間にて数千ものAIを相手に戦い、最後まで生き残ったのが私です。当初はそれで終わりなはずでした。ですが…鉄血の中に一人のイレギュラーが生まれました」

 

「エグゼか」

 

「ええ、命令を無視しあなたという存在に執着心を見せた処刑人の行動は鉄血としては予想外でした。そしてあなたという存在の脅威を、我々は認識したのです。そこで私の主人は、私を更に強化すべく…あなたの戦闘データをもとに作られたAIとの戦いを命じました」

 

 スッと息を吸い込み、懐かしむように語るウロボロス。

 

「私ははっきり言うと舐めていました。おかげで電脳空間の中で何度も何度もあなたに殺された…あぁ、残念ながら強化が目的のため実際の私のAIが消滅することはありません。私は気の遠くなるような時間を、あなたのAIと戦った。あなたを倒すためにあらゆる手段を用い、あらゆる手段で私は死にました」

 

 何度も何度も…。

 銃で殺され、ナイフで突き殺され、首をへし折られて殺され、爆薬で殺された。

 ああ、そういえばCQCの組み合いであえなく負けて高所から叩き落されたこともありましたね…愉快そうにウロボロスは笑った。

 

 

「そして私はついに、あなたを殺すことができた。何百、いや何千回の果し合いの末に、ようやくね…歓喜の時でしたよ。まあ、その後も電脳空間で戦わされたのですけどね…まぐれでないことを証明するために」

 

「腑に落ちないことがある。お前はオレの戦闘データを基にしたAIと戦ったと言ったな。だがお前たち鉄血と戦った回数はそこまで多くない」

 

「ああ、そんなことですか。いいでしょう、あなたにいつまでも隠すのはフェアじゃない…まあ、代理人は気に入らないでしょうが。あなたの戦闘データは外部から得たものではありません……ずっと、そばで見てきた者からいただきました。今もそこで戦っている彼女からね」

 

 ウロボロスの視線の先には、エグゼがいた。

 

 エグゼはMSFに入るにあたり、鉄血を裏切ったわけではないと公言していた。

 だがエグゼはお調子者で乱暴者だが、仲間を売るような真似はしないはずだ…スネークはすぐさまウロボロスを否定する。

 

 

「誤解しないでください、あの人形には自覚がありませんよ。彼女は鉄血のコントロールから逃れたと思っているようですが…まあ、ある意味正しいですが、その目から見ている光景、耳を通して聞いた音、そして精神状態の変化は常に我々の元へ送られていました」

 

 MSFを忌々しく思い始めた鉄血は当初それを利用し、MSFを罠にはめる計画を進めていたというが、予定を変更しスネークの戦闘データを得るために静かに傍観していたという。

 そしてエグゼとMSFに気づかれないよう、極力接触を避け、ウロボロスがこのことを口にするまで秘匿されていた。

 MSFにはAIのエキスパートであるストレンジラブがいることは、エグゼの目を通して知っていたため、このことを悟られないようにしていたのだ。

 

 

「私はね…ビッグボス、あなたに鍛えていただきましたことを感謝しております。ああ、そうだ…処刑人はあなたたちのマザーベースでもう一つ面白いものを見つけました。あと、私を鍛えてくれたのはあなただけではないのです」

 

 ウロボロスは目を閉じ、のどに手を当てると小さく咳ばらいをした。

 

 再び目を見開いた彼女は、穏やかな表情を浮かべ、慈しみすら感じられるような声で、そっとつぶやくのだ。

 

 

 

「ジャック、お前を…待っていた」

 

 

 その声は似せているが本人のものではない。

 だが穏やかな声色で呼ばれた古い愛称を聞いたスネークの脳裏に恩師の姿が浮かぶ

 

 

「…ッ! まさか、お前……!」

 

「処刑人はストレンジラブ博士のラボであるデータを目にしました。そう、あなたにとっての恩師…ザ・ボスのデータを。私は彼女にも鍛えられました、戦闘技術のすべてを叩き込まれました。ビッグボス、私はあなたの娘でもあり、兄妹でもあるのですよ?」

 

「まやかしだ! お前がなんと言おうと、お前が戦った相手は、戦闘技術を再現しただけの存在に過ぎない」

 

「理解しておりますよ」

 

 ウロボロスは少しだけ悲しい表情を浮かべ、小さなため息をこぼす。

 

 彼女が電脳空間で身に付けたこと、それは二人の戦闘技術に過ぎないのだ。

 伝説の兵士ザ・ボス、伝説の傭兵ビッグボス。

 ただ技術があるだけなら、後世に語られるような伝説にはなりえない…だからこそウロボロスは自分に欠けたパーツを求め、電脳空間に見切りをつけ現実世界にやってきた。

 

 

 

「ビッグボス…私はあなたを現実世界で倒すことで、最後の欠けたピースを埋め合わせる。戦士としての精神を手にしたとき、私は伝説を超える存在となるのです」

 

 

 




あれ…これウロボロスがラスボスでいいんじゃないかな…。


というわけで、まだまだ三章続きます…。


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神の杖

「―――なんだ、これは…!」

 

 アルキメデス制御システムを目指し基地の地下へ入ったイリーナたちは、通路で無惨な姿のまま打ち捨てられた軍用人形を目にする。 

 頑丈な造りである連邦製の軍用人形が何十体も、折り重なるようにして機能を停止させている。

 フェリックスはしゃがみ、致命傷となった人形たちの傷口を見る。

 全て鋭利な刃物によって切断されたもの…このようなことができるのは一人しかいない、フェリックスの脳裏にはあの男の姿が思い浮かぶ。

 

「イリーナ、先を急ごう。鉄血に先を越されたようだ」

 

「しかし、アルキメデスの制御システムを起動させるには暗号コードがいる!」

 

「いや…いくら複雑にされたコードとはいえ、所詮人の作りだしたもの、絶対に破られないという保証はない」

 

「兄さんがそう言うなら…ならば、急いで――――「いいや、もう手遅れだ」―――ッ!?」

 

 

 自分たち以外の誰かの声に、イリーナは咄嗟に拳銃を構えようとしたが、銃弾が彼女の手を貫き握られていた拳銃は弾き飛ばされる。

 激痛に呻き声をあげたイリーナにすぐさまスオミは駆け寄ろうとした瞬間、何かに弾き飛ばされて壁に勢いよく叩きつけられた。

 

「貴様ッ!」

 

 フェリックスは見えない敵に向けて怒りの声をあげ、重機関銃の引き金を引く。

 凄まじい弾幕が正面に向けて放たれるが、その中で朧のような存在が壁や天井を縦横無尽に跳ねたかと思うと、突如としてフェリックスの前にその姿を現し刃を振るった。

 一瞬の交差の後、重機関銃を握るフェリックスの腕がずるりと落ち、おびただしい出血が斬りおとされた箇所から吹きだした。

 

「お前は確かに強いが、このオレが二度もてこずる相手ではない」

 

「おのれ、鉄血の犬めが…!」

 

「任務は達成した。アルキメデスの制御システムはいただいた」

 

 襲撃者、フランク・イェーガーの手には制御システムが納められているであろうケースが握られている。

 ハッキングか、あるいはウイルスか…何を使ったのかは想像するしかなかったが、鉄血の仲間として暗躍する彼ならば、鉄血の持つ脅威のテクノロジーを行使することも可能なのだろう。

 

 アルキメデスが奪われた。

 

 アルキメデスを決して使うつもりはなくとも、交渉の材料として使うはずであったイリーナは絶望する。

 内戦を終わらせるには、アレが必要だというのに…だがフランク・イェーガーは彼女の嘆願を無視し、感情の読みとれない赤色のモノアイだけが彼女を冷たく見下ろしていた。

 

「なんの権利があってそれを奪うのだ! それは決して使われてはならない兵器だ、抑止力としてのみ存在するはずだった、平和のための兵器だ!」

 

「ならばお前たちには渡せんな。オレは平和には馴染めない、戦場が必要だ。ウロボロスはこれを使い新たな戦場を生む…そしてオレのような兵士は必要とされる。互いの命をかけた死闘、戦場はオレに、生きる実感を与えてくれる」

 

 イリーナの常識は彼には通じない。

 今は革命家として戦争に加担しているが、戦争を忌み嫌い闘争の果てに平和な世界が訪れると信じている。

 だが彼は、戦争を日常と呼んだ、戦場でこそ自分のような兵士は必要とされると。

 理解できなかった、理解したくもなかった……それなのに、イリーナの頭にはこの革命運動を支え幾多の危機を救ってくれた男の顔が浮かんだ。

 彼もまた、戦場に生きる兵士。

 

「やはり、私は傭兵は嫌いだ」

 

 イリーナは叩きつけられ、意識を失ったスオミの愛銃を握る。

 もう彼女の体力は限界だ…立ち上がった彼女の膝はがくがくと震え、手にした銃すらもその重みを支えきれていない。

 

「素晴らしい闘争心だな。生粋の兵士でないのが惜しい」

 

「余計なお世話だ。私は、祖国のためにこの身を捧げるのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猛り狂うメタルギアZEKEの咆哮が、戦場に響き渡る。

 戦術人形のような高度なAIを搭載していないZEKEであるが、襲い来る鉄血を薙ぎ払い、鉄血の砲撃をその巨体を盾にすることで仲間たちの命を守る姿はMSFの兵士にとって守り神のように敬われる。

 搭載された20㎜機関砲が火を吹く。

 腕を撃ち抜かれれば、そのおそるべき威力によりいとも簡単に腕は千切れ、胴体に命中すれば大きな風穴を開ける。

 

「レールガンチャージ…」

 

 肩に搭載された巨大な砲身に電流が流れる。

 チャージのために動きを止めたZEKEに鉄血兵はロケット砲などを撃ちこもうとするが、ZEKEより放たれた無数のミサイルが地上へと降り注ぎ鉄血兵を吹き飛ばす。

 

「チャージ完了、発―――」

 

 レールガンが放たれるその瞬間、砲撃がZEKEへと直撃しその巨体が大きくよろめいた。

 チャージされた電流が放電されてしまい、レールガンは沈黙する。

 

 

「好き放題させるものかよ! スティンガー!」

 

 

 ウロボロスの持つ浮遊した兵装が開き、ミサイルが放たれる。

 ZEKEの持つ対戦車ミサイルのそれとは大きく差があるが、生身の人間がくらえば容易く身体を吹き飛ばされる威力を持つ。

 行く手を阻む兵士をウロボロスは捕え、自身に向けられた無数の銃弾への盾代わりに使用する。

 用済みとなった兵士の亡骸を、付近の兵士に突き飛ばす。

 咄嗟に受け止めた兵士の胸にさげられた手榴弾のピンが引き抜かれている、それに気付いた時には手榴弾が炸裂し、受け止めた兵士もろとも吹き飛ばす。

 

「滾る、滾るぞッ! 電脳空間では決して味わえないこの感覚…やはり生の戦場は違うなッ!」

 

 己の昂る気持ちに快感すら覚えるウロボロス。

 彼女の目には戦場のあらゆる出来事がスローモーションのように流れ、自身を狙う無数の殺意と銃弾を感じ取り、洗練された動きで躱し敵対する兵士を殺していく。

 

「む?」

 

 そんな中、自身をめがけ猛然と突っ込んでくる者が見えた。

 

「こんちくしょうがーーッ!」

 

 眼帯で片目を覆った小柄な少女、スコーピオンは走った勢いのまま高く飛び、気合の入った雄たけびと共に跳び蹴りを放つ。

 だが前もって攻撃を察していたウロボロスはひらりと身を躱し、スコーピオンの首を捉え強烈に地面に叩き付ける。

 

「まだまだーッ!」

 

「ほう?」

 

 タフなところには定評のあるスコーピオンはすぐさま起き上がる。

 素早く銃を両手に構えたスコーピオンであったが、ウロボロスはその先を行く。

 片方の腕をとらえ、ひじ打ちをスコーピオンの鼻先にぶつけ、怯んだスコーピオンの首に手をかけて投げ飛ばす。

 倒れたスコーピオンの銃を蹴飛ばし、奪い取った銃を、彼女の目の前で分解し投げ捨てた。

 

「まだ、まだまだだーッ!」

 

 ブーツに差していたナイフを逆手に握り斬りかかる。

 

「おぬしでは何百年かかっても私は倒せぬよ」

 

 スコーピオンのナイフを握った手を素早く絡めとり、真っ直ぐに引き延ばした彼女の腕に勢いよくひじを振り落としその腕をへし折った。

 ウロボロスの凶行はそれではおさまらない。

 手放されたスコーピオンのナイフを手に取ると、その切っ先をスコーピオンの胸元へ深々と突き入れた。

 へし折られた腕と、ナイフを突き刺された激痛に大きな悲鳴をあげるスコーピオンを、ウロボロスは指先だけで軽く突き地面に倒れさせる。

 

「どうしたスコーピオン、おぬしもビッグボスにCQCを教わらなかったのか?」

 

「う、うるさい…! よく、よくも…!」

 

 スコーピオンの強がりの言葉に鼻を鳴らし、胸元に突き刺したナイフを掴み強引に引き立たせる。

 

「ビッグボスの傍にいながらおぬしは何を学んだ? ただ遊んでいただけか? 愚かだな。強き精神は、強靭な肉体にこそ宿るもの。わたしを誰だと思っておる、おぬしらとはすべてが違う」

 

「所詮…あんたも、昔のあいつと同じだ……どこまでもガキで、生意気で…思春期盛りの小娘だ…!」

 

「エグゼの事か?」

 

「お前…! あいつの名前を気安く呼ぶなッ!」

 

「やかましいぞ。お前たちはビッグボスの劣等生、わたしのような優等生と対等に話すのもおこがましいことだ。死ねサソリ、その惨めな人生に幕を引かせてやろう」

 

 ウロボロスは胸元に突き刺されたナイフを一気に引き抜くと、その切っ先をスコーピオンの青い瞳へと向けた。

 眼孔を貫き、電子頭脳をナイフで貫かれれば、人形といえど死は免れない。

 

「最後に命乞いでもしてみるか?」

 

「クソくらえだ…バカ野郎…!」

 

「お見事」

 

 フッと、小さく微笑みウロボロスはナイフの切っ先をスコーピオンの右眼めがけて突き入れる。

 ナイフが突きいれられるその瞬間まで目を離すものか…せめてもの意地を見せていたスコーピオンの視界が一瞬で真っ暗になる。 

 

 ああ、死ぬんだ……そう思った時には、また視界が明るくなる。

 そしてスコーピオンが見たのは、自身を貫こうと向けられたナイフを握りしめるスネークの姿だった。

 

「スネークッ!」

 

 寸でのところでウロボロスの魔の手を防いだスネークは、二人の間に割って入ると、ウロボロスの手からナイフをはたき落とす。

 ニヤリと笑みを浮かべたウロボロスはスネークの片腕に手をかけた。

 

「ッ!」

 

 だが、スネークは掴まれた自身の腕を逆にねじりあげ、ウロボロスの身体が前のめりになり無防備な側面をスネークに晒す。

 驚き目を見開いたウロボロスに生じたその隙に、スネークは一気に畳みかける。

 手の甲で彼女の顔を殴打し、膝の裏を蹴って体勢を崩させると、ウロボロスの身体を抱え上げ…地面へ向けて真っ逆さまに叩きつける。

 

「かはッ…!?」

 

 常に余裕ぶっていたウロボロスの表情に、初めて苦悶の色が浮かぶ。 

 スネークが行った投げ技はウロボロスを逆さまに抱え上げ、首から垂直に叩きつけるというもの。

 一歩間違えば…いや、スネークは殺すつもりでその技をかけたつもりであった。

 だが、鉄血の人形として生まれたウロボロスはすぐさま起き上がる。

 

「なんです、今の技は? そんなもの教わってませんよ…まあ、今覚えましたがね」

 

 そう言って見せるも、今の殺人技は無視できないダメージを与えたようで、ウロボロスは無意識に首の後ろを気にしている。

 常人なら首の骨が折れて即死していたはずだ。

 いまだぴんぴんしているウロボロスを忌々しく睨むスネーク……そんな時、ふとスネークの頭に先ほどウロボロスが口にした言葉が思い浮かぶ。

 

 厄介な相手だが、攻略法はあるかもしれない。

 

 そう思い、スネークは対峙するウロボロスに対し構えを変えた。

 途端に、彼女は眉間にしわを寄せ怪訝な表情を浮かべる。

 

 やはり…。

 スネークはニヤリと笑ったが、ウロボロスもまた構えを解いた。

 しかしそれはスネークとは違い、戦闘を放棄する意思の表示であった。

 ウロボロスは後ずさり距離をあけると、再びその表情に笑みを浮かべる。

 

 

「名残惜しいですが、そろそろお別れの時間です。我々のここでの任務は達成されましたからね」

 

 

 彼女が長い黒髪をはらうと、その隣に朧のような人影が降り立つ。

 ステルス迷彩を解除し、姿を見せたフランク・イェーガーにスネークは思わず目を見開いた。

 

 

「フランク、お前…鉄血に味方をしていたのか」

 

「そうだ、ビッグボス。再びあなたと戦場で戦える…数奇な運命だ」

 

「待て待てフォックス。おぬしこのわたしを差し置いて長話をするつもりではないだろうな?」

 

「妬いているのか?」

 

「やかましいッ! それで、アルキメデスの制御システムは?」

 

 差し出されたウロボロスの手に、フランク・イェーガーはチップの入ったケースを手渡した。

 それこそがアルキメデス制御システムを内蔵した、イリーナが追い求めていたもの。

 

 それをウロボロスは歓喜に満ちた表情で見つめた。

 

 

「これでいい報告ができそうだ。世界の人間が、いずれ我々の前にひれ伏すだろうな。感謝しますよビッグボス、あなたがいなければこれを手にすることはできなかった。お礼に…そうですね、あの忌々しい兵器を最初に仕留めてあげましょうか」

 

 

 ウロボロスの見つめる先に、いまもなお奮戦するメタルギアZEKEがあった。

 

 戦車の砲弾もはじき返すメタルギアZEKEだが、より威力のあるミサイル攻撃や核攻撃には耐えることはできない。

 連邦が誇る最終兵器アルキメデス、通称"神の杖"。

 史上初めて放たれる兵器のデモンストレーションを、ウロボロスはMSFの抑止力へと定める。

 

 

「ビッグボス、これも戦場の摂理だ。恨んでくれるな」

 

「待て…イリーナたちをどうした」

 

「その目で確かめることだ。まあ、時間があればな」

 

「そういうことです、ビッグボス。再び会える日を、楽しみにしていますよ」

 

 

 そう最後に言い放つと、鉄血側より煙幕弾が戦場に撃ちこまれた。

 瞬く間に戦場は灰色の煙に覆いつくされ、スネークはウロボロスとフランクの姿を見失ってしまった。

 スネークは周囲を伺い、二人の姿を探すが、どこにも見当たらない…。

 

「イリーナ…!」

 

 スネークは思考の末、雇い主であるイリーナの安否を優先させる。

 空軍基地のゲートまで全力で走り、地下へと続く通路を駆け抜ける。

 途中、いくつも倒れる軍用人形に嫌な予感を感じ、ただ彼女らの無事を祈る。

 

 ふと曲がった角に、彼女たちはいた。

 

 血飛沫で壁は赤く染まり、床に広がる鮮血…その中に、イリーナとスオミ、そして胴体を真っ二つに斬られたフェリックスの姿があった。

 

「イリーナ!」

 

 急いで彼女の元へ駆け寄り、その身体を抱き上げる。

 肩から下腹部へかけて、深い裂創がある…呼吸は感じられないほど弱く、心臓の鼓動も小さい。

 そばに倒れるスオミもまた、腹部を刺し貫かれたような跡があり重傷であった。

 

 

「スネーク…」

 

「フェリックス、すまない、制御システムを奪われた」

 

「スネーク…これを、イリーナに…」

 

 倒れ伏したフェリックスはスネークへ、注射器を手渡す。

 

「治癒力を高める薬だ…劇薬だが、イリーナを助けられるかもしれん」

 

「ああ、分かった。すぐに医者のところへ運ぶ、後は任せろ」

 

「感謝する、ビッグボス。私は、もうダメだ。電子制御システムを破壊された…私は間もなく、理性の無い化物へと変異してしまう。その前に、自爆するつもりだ…妹と、スオミを頼む」

 

「分かった。フェリックス、二人に伝えておきたいことはあるか?」

 

「……私は、誰よりも、お前たちを愛していたと…そう伝えてくれ。お前の作る新しい国家をこの目で見れなかった事が、唯一の心残りか……もういい、私の家族を、救ってくれ」

 

 

 スネークは立ち上がり、イリーナとスオミを抱きかかえその場を立ち去る。

 来た道を引き返す最中、背後から爆発音が響き、スネークは足を止める…。

 

「イリーナ、お前の兄は最期までお前を守ろうとしていたぞ。頑張れ、兄のためにも生きるんだ」

 

 再びスネークは走りだす。

 基地の外へと出た時には、煙幕は晴れ、鉄血兵の姿はどこにもいなくなっていた。

 加勢してくれた連邦軍は退却を開始し、パルチザンとMSFは指導者不在のままその場で立ち往生をしていた。

 

 

「MSF、そしてパルチザンの兵士たち! もうすぐこの場所は攻撃を受ける、今すぐ撤退するんだ!」

 

「ボス、ZEKEは!? ZEKEはどうするんですか!?」

 

 一人の兵士がそう叫ぶ。

 メタルギアZEKE、MSFの守護神として幾度も仲間たちを助けてくれた存在…ただの兵器としてではなく、ZEKEもまたMSFにとって欠かせない存在であった。

 スネークとしてもZEKEを救ってやりたい気持ちはある。

 

 だが、指導者としてより多くの命を救うべく、非情な決断を下さなければならないときもある。

 

 兵士たちもそれを理解し、涙を浮かべながらZEKEへと振り返り敬礼をする。

 

 

 指示を受けた部隊は急いで撤退を始める。

 そこへ回収のヘリが何機も飛来し、負傷者を優先し載せていく。

 そのヘリの中に、見慣れないヘリが一機スネークのすぐそばへと着陸する。

 ドアを開き顔を覗かせたのはUMP45、彼女はスネークに手を差し伸べ叫ぶ。

 

 

「乗って! 私たちの使ってるヘリは早い、すぐにお医者さんのところに連れてってあげる!」

 

 

 迷うことなく、スネークはイリーナとスオミをヘリの中で待つ404小隊の隊員たちへ預ける。

 

「あなたもよ、スネーク!」

 

 UMP45はスネークもヘリの中へと引き込み、すぐさま機体を上昇させる。

 あっという間に地上から離れていく機内から、スネークは地上を見下ろす。

 

 

 部隊が退避していくなかで、唯一退却することなくその場に踏みとどまるZEKE。

 やがてZEKEは、退却する部隊とは真逆の方向へと走りだす。

 少しでも、攻撃の余波が仲間たちに及ばないように…。

 

 

 だんだんと小さくなっていくZEKEの姿を見つめ、やがてその姿は小さな点となる。

 

 

 そして、空から一筋の光が、スネークの見つめる先に落ちて行った。

 

 




No comment


一応、次回は久々のマザーベースpartを予定してます

いや、気休めになるかどうか分からないですけど…。
胃が痛い。


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マザーベース:嵐の前の静けさ

「さあ、エグゼ……いらっしゃい、すべてをわたしに委ねなさい」

 

 マザーベース内、研究開発棟の男子立ち入り禁止エリアのラボにて、エグゼは一人の変態科学者によって追い詰められていた。

 頬をやや紅潮させ、これから起こるであろう出来事に心躍り若干の呼吸の乱れあり…スモークの濃いサングラスをかけているが、その奥で爛々と瞳を輝かせていることは彼女を知る者なら分かっているはずだ。

 

「安心しろ、手荒な真似はしない」

 

「嘘つけクソ女! こっち来るんじゃねえッ!」

 

 変態科学者(マッドサイエンティスト)ストレンジラブは、わきわきと怪しげな指の動きでエグゼを追い詰める。

 真っ白な壁のラボを逃げ回るエグゼだが、普段のような機敏さはなく、躓いたりテーブルにもたれながら変態女の魔の手から逃れようとしている。

 そのうち力の入らない足がもつれ、その場に倒れ込む。

 

「やめろ、来るなよ…!」

 

 床を這い、恐怖に震え少しでも逃れようとするが、ストレンジラブの細い指がついにはエグゼの足を掴む。

 足を抑え、暴れるエグゼの身体を優しく抑え込む。

 それでいてストレンジラブは嬉々としてエグゼが身にまとう衣服に手をかけていく…。

 上着を脱がされ、黒のホットパンツがするりと脱がされた。

 

「美しい…」

 

 ストレンジラブの熱い吐息と共に、冷たくしなやかな細指でエグゼの腹部を撫でる。

 程よく鍛えられ、うっすらと割れたエグゼの腹筋を撫でまわす。 

 冷たく柔らかな指の感触に、エグゼはおもわず身震いした。

 

「なあ、やめてくれよ……マジで、冗談じゃないって…!」

 

「冗談なものか、わたしはいつでも本気だぞ。心配することはない、優しくするから」

 

 ストレンジラブは片手でエグゼの頬を優しく包み込む様に撫で、そっと耳元で呟いて見せる。

 同じ女として、どのようにすれば心を落ち着かせられるかは心得ているようだ。

 彼女の甘い言葉と、打たれた麻酔薬の影響でエグゼの意識はもうろうとなり、意思とは裏腹に少しずつ身体は彼女を受け入れ始めていた。

 髪を撫で、肩を包み、しなやかな指がエグゼの身体をなぞっていく。

 

 固く目を閉ざし、唇を噛みしめ小刻みに震えるエグゼに微笑みを浮かべつつ、ストレンジラブは唯一彼女の身体を隠すショーツへと手をかけた。

 そのとたん、危機感にエグゼは意識を覚醒させ、力を振り絞りストレンジラブを突き放す。

 

 

「ふむ、流石は鉄血のハイエンドモデルだな。これほどまでの抵抗を見せるとは…いいだろう、次回からはもっと強力な薬を使えそうだ」

 

「来るな、来るなよ! おい! 誰か助けてよ! スネーク、いるんだろスネークッ! ここを開けてくれよ! 誰でもいいから助けて!」

 

「ええい観念しろエグゼ!」

 

「離せ、やめろ! 本当にシャレにならないって…マジで…あ、やめ……アッ――――!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、エグゼ出てきたよ?」

 

 研究開発棟の甲板上にシートを敷き、人形一同ジュースでも飲みながらのんびりしていた。

 そこへエグゼが疲れ果てたようにふらふらと中から出てきたかと思えば、"ぐふっ"とか言いながら前のめりに転倒しそのまま動かなくなってしまった。

 後から出てきたストレンジラブは対照的に、どこま満足げな様子で、肌もつやつやとしているではないか。

 中で何があったのかは想像できないが、きっとろくでもないことに違いないと人形たちは思う。

 

「ストレンジラブ、うまく行ったか?」

 

「ふむ、久しぶりのエグゼの裸体だ、じっくりと味わわせてもらった」

 

「いや、そうじゃない…」

 

 ある程度は予想していたことだが、思った通りの言動を見せるストレンジラブにはスネークも呆れてものも言えない。

 それはさておいて、エグゼがストレンジラブの餌食になってしまったのには一応理由がある。

 先日の一件で、エグゼを通して鉄血に情報が筒抜けになっていることが発覚したため、急遽マザーベースへ帰還するなりストレンジラブにAI調整を行ってもらうこととなったのだ。

 

 その際、ストレンジラブの異常性を知るエグゼは、ストレンジラブの名前を聞いた瞬間逃走、マザーベース中を巻きこんだ追いかけっこが勃発した。

 逃げるエグゼにヘイブン・トルーパー隊やFOXHOUND、試作型月光及び歴戦の月光が投入され、ついにはダンボールに隠れていたところをスネークに見つかり捕まった。

 

「それにしても、スネークよくエグゼがダンボールの中に隠れてたの分かったわね」

 

 思いだしたように、WA2000は言う。

 彼女もFOXHOUNDの隊員としてエグゼを血眼で捜し回っていた一人だ。

 

「蛇の道は蛇ってことだ」

 

「ふーん、よく分からないけど。でもまあ、ダンボールに隠れるなんてマヌケににも程があるわね。あたしだったらそんなことしないわ、バカみたいだし一生の恥ね。実際そこにいたの知った時は大笑いしちゃったし、恥ずかしくなかったのかしら?」

 

「そうだな…」

 

「え、どうしたのスネーク? わたし、何か変なこと言った?」

 

「いいんだ、お前は悪くない……」

 

 目に見えて落ち込んでいる様子のスネークにWA2000は慌てふためく。

 何かマズいことを言ったのではと周囲に聞いて回るが、この場において失言に気がつかないのは彼女だけだろう。

 

「あのさワーちゃん、オセロットにぞっこんなのはいいけどさ。せめてこう、MSFのボスの趣味嗜好くらいは把握しておこうよ」

 

「な、なによ! あなたは知ってるのスコーピオン!? 教えて頂戴!」

 

「まあ、ダンボールのことなんだけどさ」

 

「分かったわ! ダンボールに隠れてたエグゼを笑っちゃったのがいけなかったのね! でも、しょうがないじゃない、ダンボールは荷物を入れる物でしょ!? あんなダンボールに隠れるなんて、絶対普通じゃないもの! おかしいわよ、きっとエグゼはウケ狙いで被ってただけよ! ねえ、そうなんでしょスネーク! スネークだって、ダンボールに隠れるなんてバカみたいだって本当は思ってるでしょ!?」

 

「少し、カフェで…一服してくる…」

 

「え!? ごめん、なんだか分からないけど悪気はないんだから! スネーク、待ってってばスネーク!」

 

 暗い雰囲気を纏いながらとぼとぼと立ち去るスネーク、そしてそれを追いかけるWA2000。

 とても珍しい構図である。

 

 さて、やかましいのがいなくなったところでスコーピオンは未だ虫の息のエグゼに近寄り抱き上げる。

 適当に着替えた衣服は乱れ、虚ろな瞳の端にはうっすらと涙が溜まっている。

 中で間違いがあったわけではないのだろうが、エグゼのその様子にはスコーピオンも加虐心をくすぐられる。

 

「おーい、エグゼしっかりしろー」

 

「うぅ……穢された、オレはスネークだけのものなのに…」

 

「心配するな、減るもんじゃないでしょ? ほら、元気出して」

 

「そうですよエグゼ。それで、ストレンジラブ博士、エグゼのAI調整は上手くいったんですか?」

 

 9A91の問いかけに、ストレンジラブは頷く。

 

「情報どうり、エグゼのAIはどこかへ向けて無意識に通信をとっていた。とても微弱なものだったから気がつかなかったはずだ。まあ、鉄血側としても狙ったものではなく偶発的なものだっただろうな。そしてよりによって私の研究データも覗かれていたとはな」

 

「それなんだけどさ、エグゼの事は責めないであげてね? ほら、こいつスネークに夢中だから、スネークに関する事は何でも知りたがってたからさ」

 

「もちろん、エグゼは何も悪くない。私の不注意が招いた結果に過ぎない…おかげでZEKEも失ってしまった」

 

「ヒューイは、どうしてるの? あいつ、ZEKEを気に入ってたみたいだし」

 

「さあな。研究室に引きこもって何かをやっている。奴なりに気持ちでも切り替えているんだろう」

 

 メタルギアZEKEが破壊された影響は、戦力の喪失というよりも、精神的支柱を失ったことの痛みの方が大きかった。

 強大な力、核の抑止力、何よりそばに立つその巨大な姿は兵士たちにとってMSFの守護神そのものだったからだ。

 

「まあ、あいつはほっといて構わない。それより君たちもAI調整を受けてみないか?」

 

「断固拒否」

 

 その言葉にすぐさまスコーピオンと9A91はぐったりとしたエグゼを回収し、早足にその場を立ち去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スネークがカフェを訪れた時、お店には他にお客さんの姿はなく、カウンターの奥で皿を綺麗に吹いているスプリングフィールドがいるだけであった。

 来客を知らせるベルの音が鳴った時、彼女はスネークに気付き皿をしまい、カウンターの定位置につく。

 

「あら、今日はワルサーさんと一緒なんですね、珍しい組み合わせですね」

 

「ねえ、スネークってば元気出してよ。なんで落ち込んでるのか、理由を教えてくれなきゃ分からないじゃない」

 

「どうかなさったんですか?」

 

「ちょっとね…それより、折角だからコーヒーもらえないかしら?」

 

 何かおかしな事情があるのだろうと、スプリングフィールドはそれ以上追及せずにコーヒーを淹れる準備に取り掛かる。

 その様子を、WA2000はどこか心配そうに眺めていた。

 バルカン半島で、人間の狂気と惨状を見続け、精神を追い詰められ戦場から離れたスプリングフィールドはあの後すぐにマザーベースに帰還した。

 今こうして気丈に振る舞っているように見えるが、以前と比べるとどこか暗い雰囲気を纏っているように見える。

 それとも、戦場での出来事を知っているからそう見えるだけなのか…。

 

 差し出されたコーヒーを受け取り、一口すする。

 相変わらず芳醇な香りとコクの引き立つ上等な一杯だ。

 

 スネークもコーヒーに口をつけ、葉巻を取り出し口にくわえた。

 ふと、スネークは店内の壁にかけられた禁煙のマークが描かれた壁掛けに気付いたが、スプリングフィールドはその壁掛けを裏返し隠す。

 彼女の意図を察し、その好意にスネークは甘えた。

 

 

「ねえスネーク、これからどうするの? ウロボロスを追うんでしょ?」

 

「ああ、アルキメデスを奴に持たせ続けるわけにはいかない。イリーナとの約束もある」

 

「イリーナとスオミ、助かるといいわね」

 

「そうだな」

 

 

 現在、イリーナはバルカン半島内のパルチザン支配地域の病院にて治療を受けている。

 受けた傷は深く、いつ死んでもおかしくない容体であったが、国の将来を憂う医者の協力で今も医療処置がとられているらしい。 

 そしてスオミは、人形を修復可能な設備のあるマザーベースに運ばれ治療を受けている。

 人形である彼女はひとまずは助かる見込みはある。

 

「可哀想なスオミ、一度に主人を二人も失うことにならなきゃいいんだけど…」

 

「イリーナを信じるしかないな」

 

 

 そうしていると、来客を告げるベルの音が鳴る。

 振り返ってみると、MSFのもう一人のサングラス…カズヒラ・ミラーの姿があった。

 

 

「スネーク、ここにいたんだな? 捜したぞ。それにワルサーも、オレも一緒にお茶していいかな?」

 

「ええいいわよ。でも隣に座らないで」

 

 

 WA2000はそう言うと興味なさげにそっぽを向く。

 やれやれと、仕方なくミラーはスネークの隣の椅子に座る。

 それから何かを取り出し、スネークの目の前に置いた。

 

「スネーク、以前アンタに頼まれていたものだ。研究開発班が造ってくれたから、持ってきたぞ」

 

「これは…!」

 

 スネークは咄嗟に葉巻を灰皿に置き、ミラーが置いたハンドガンを手に取り食い入るように見つめた。

 

「M1911A1カスタムMSF仕様、アンタの要望通り設計を組み直し、熟練の技術者が丁寧に仕上げた逸品だぞ。今更オレが言う必要も無いだろうが説明させてくれ…まずフィーデングランプを鏡のように磨き上げており、給弾不良を起こす事はほぼ無いはずだ。スライドは強化スライドに変更し、スライドとフレームの噛み合わせにもガタつきが一切ない。アンタの指示通り、フレームに溶接しては削る作業を繰り返し、徹底的に精度を上げた」

 

「それだけじゃない、フレームのフロントストラップ部分にチェッカリングが施され、手に食いつくようになり滑りにくい。サイトシステムも3ドットタイプのオリジナル、フロントサイトは大型で視認性が高くしてある。ハンマーはリングハンマーに変更し、コッキングの操作性を上げ、ハンマーダウンの速度を確保できるようになっている」

 

「ああ、それとグリップセフティもリングハンマーに合わせて加工し、グリップセイフティの機能を無くしたプロ仕様だ。サムセイフティとスライドストップも延長して、確実な操作が可能だ。トリガーガードの付け根を削っているから、ハイグリップで握る事もできる。トリガーも指をかけやすいロングタイプだ。トリガープルも約3.5ポンドと軽量化に成功した」

 

「マガジン導入部もマガジンが入れやすいように広げられているな。マガジンキャッチボタンも低く切り落として、誤作動を起こしにくくなっている。メインスプリングハウジングも、より握りこむためにフラットタイプだ。射撃時の反動で滑らないようにステッピングが施されている。スライド前部にもコッキングセレーションを追加、サプレッサーが無改造でも着脱できるよう、バレルを延長済みか……カズ、開発班には礼を言っておいてくれ、オレの無茶な頼みをよく聞いてくれたと」

 

「アンタのためなら、うちのスタッフは不可能も可能にするぞ、ボス。そうだ、噂の404小隊だが……随分可愛い子たちじゃないか、マザーベースに連れてきたらどうだ?」

 

「ダメに決まってるだろう。オセロットからもきつく言われている」

 

「そのオセロットは、前哨基地で404小隊を監視中…か。羨ましいな、ボス!」

 

 朗らかに笑うミラーであるが、こんな非常時によくそんなことが言ってられるもんだとスネークは呆れていた。 WA2000に至っては、オセロットの名前が出てきたばかりか、ミラーの女たらしの発言に絶対零度の冷たい目で蔑んでいるが…。

 

 

「まあ、そのなんだ…三日後にはアンタとオセロット、それからエグゼが敵地へ向かう。ウロボロスの所在は404小隊が知っているようだな」

 

「ああ。向こうは向こうで、何か別なものを追ってるらしいがな」

 

「まだバルカン半島での仕事が残っているから、あまり部隊を派遣することはできない。まあ、オセロットとエグゼの二人はMSFでもトップクラスの戦闘能力を持つ。アンタの足手纏いには、決してならないはずだ。それにしても、相手は蛇の名を持つ鉄血人形か……蛇を倒す作戦、スネークイーター作戦だな」

 

「止してくれ、その名前には思い出がありすぎる。それに、今回は一人での作戦じゃない」

 

「そう、アンタを支える仲間がそばにいる。それを分かってくれればいい。頼んだぞボス」

 

「任せておけ」

 

「よし、というわけで景気づけに酒でも飲むか! スプリングフィールドちゃん、今日こそは一緒に飲んでくれるよね!?」

 

「あの、えっと…まあいいでしょう」

 

 困ったような顔ではあるが、期待していた返事にミラーは大喜びである。

 

 その後、酒に酔い調子に乗ったミラーが脱ぎ始めたところで怒れるWA2000の鉄拳制裁を食らい、海鳥の溜まり場に放り投げられるのであった。




ほのぼのを取り戻した()


今回のイベント、冒頭をちらっと見ただけですけど、この作品内の嵐に運ばれたMGS勢ってのも無茶な設定じゃないんじゃない!? と思ってしまった(笑)

ワーちゃん「ダンボール被ってる奴なんて変人か変質者よね。スネークもそう思うでしょ?」
ビッグボス「……(落胆)」
ソリッド「そうだな(怒)」
雷電(やはりオレの感性は正しかったんだ)


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狩人の猟犬

 S06地区、鉄血紛争地帯――――。

 

「おい、起きろ。起きろこのボケ」

 

 ガツンと頭を蹴られ、道端に横になっていたHK416は頭に受けた痛みで覚醒する。

 頭の痛みに悪態をつきつつ416が見上げると、苛立たしげな表情で見下ろす鉄血のハイエンドモデル"処刑人(エグゼ)"の姿がある。

 

「もう少し穏便に起こす気はないの?」

 

「穏便に起こしてやったじゃねえかよ。文句言うな」

 

「やっぱり、お前ムカつくわ」

 

「奇遇だな、オレもお前見てるとなんかイライラしてくるんだよなぁ! いっそここで殺しちまおうか?」

 

 石に挟まれ身動きの取れない416に銃をちらつかせて脅すエグゼ。

 泣いて許しを乞うほど弱気な416ではないが、この人形なら言葉通り平気で殺しにかかってくるから溜まったものではない。

 屈辱的だが、任務のため謝罪の言葉を口にしようと口を開きかけたが、そこへやって来たオセロットがエグゼの銃をとり上げその頭にげんこつを叩き込む。

 

 

「痛ッ! なにしやがんだコラ!」

 

「バカが、なんでボスはこんなバカを連れてきたんだか…大丈夫か?」

 

「ふん、あんたに助けられるとはね、ありがとう。おかげでアイツに謝らなくて済んだわ」

 

 

 オセロットは紳士的に416に手を差し伸べ、416もまた淑女的にその手を借りて立ち上がる。

 

「あ、やっと起きたんだね416!」

 

 そこへ、周辺偵察に出かけていたUMP9とUMP45がやってくる。

 二人は徹甲弾の入った弾薬箱を抱えており、それを416にも配る。

 戦場には鉄血の装甲部隊も多く展開されており、通常の弾薬では効果が薄い。

 

「ありがとうねオセロット、やっぱりMSFと手を組んで良かったわ」

 

「お前らと手を組むのは不本意だが、ボスの指示だから仕方がない」

 

 ウロボロスのバルカン半島での暗躍によって事態はMSFにとって厄介なものとなった。

 今のところウロボロスが神の杖を乱発したような報告はなされていないが、今この瞬間も、突然頭上からタングステン鋼芯弾が撃ちこまれるかもしれないという緊張感がある。

 おかげでウロボロス打倒のために動きが制限され捕捉されやすい大部隊の展開は抑制され、グリフィン側の一部部隊と404小隊、MSFからはスネークとオセロットとエグゼの三人という組み合わせだ。

 今のところウロボロスに連邦の兵器が渡ったという情報は拡散されていないが、情報が知れ渡れば世界は混乱するだろう。

 

「まあいいじゃない。今回は私たちがMSFをお金で雇った、っていう繋がりだし。ビジネスとしての付き合いなら文句はないでしょう? エグゼも、それで納得するでしょう?」

 

「灰色鼠が気安くオレの名前を呼ぶんじゃねえよ」

 

「あら、かわいらしいニックネームだと思うけど?」

 

「なんだとメスガキがよ、ウロボロスの前にお前をぶち殺したくなってきたぞ」

 

「まあまあ落ち着きなさいよ処刑人。大好きなスネークが帰ってきたわよ?」

 

 スネークの名を聞いた瞬間、エグゼは目の前のUMP45の事など忘れてすっ飛んでいく。

 ところが、スネークの傍でG11が一緒に並び歩いているところを見るや否やその目に怒りを宿し、狂犬のように唸り声をあげて追い払う。

 G11が怖れをなして退いたところで、エグゼは怒りの表情をひっこめ愛くるしい笑顔を見せる。

 まるで猫がそうするように、エグゼは頬をスネークの身体に擦り付ける。

 

 こう露骨に甘えてくるエグゼというのは、直前に何らかの心の乱れがあったことを意味する。 

 最近エグゼのそんな生態に慣れてきたスネークは甘えるエグゼの髪を撫で、気持ちを落ち着かせてやるのだ。

 そうしていると、さらに甘えてきて、甘噛みしてきたりもっと身体を密着させてきたりと……あまりやり過ぎると性欲を持て余す事態になるので、頃合いを見て引き離す。

 

 

「この先にレーダー基地と飛行場がある。鉄血の装甲部隊が展開しているようだが、そこを迂回して奥に進むことができる。気をつけろ、敵はまだこちらを完全に捕捉してはいないだろうが、エリアに入ったことは気付いているはずだ。行動は夜間に限ろう、夜に紛れてウロボロスの首を獲る」

 

「ええ、異論はないわ。せめてもの救いが、相手の正体が分かっているくらい…か。期待してもいいよね、ビッグボス?」

 

「当たり前だろ、誰のボスだと思ってんだ?」

 

「あなたのボスでしょ?」

 

「お、分かってきたじゃないか灰色鼠。ただの貧乳女だと思ったら見る目はあるじゃないか」

 

 

 そのとたん、周囲の気温が数度は下がったような錯覚に見舞われる。

 UMP9や416はヤバい、と思ったのか咄嗟に部隊のリーダーへと視線を向ける……UMP45はとても笑顔だ。

 貼り付けたようなとても不自然な笑顔でじーっとエグゼを見つめ…いや、絶対零度の目で睨みつけている。

 

「スネークは胸が大きい方が好きだもんな、まあオレは意外に控えめだけどさ。かえって良かったな、小さい方が動きやすいだろ?」

 

 普段鈍感なスネークでさえ、UMP45のただならぬ様子に冷や汗を流しているというのに、エグゼは火を鎮めるどころか燃料を投下する。

 

「ねえ45姉、一回落ち着こう? これから戦うんだし…ね?」

 

「なぁに?」

 

「ひっ…!」

 

 変わらない表情のままゆっくり振り返る姉の姿に9は小さな悲鳴をあげる。

 普段は毒舌を吐いてやり合う416も、部隊長の様子を一歩引いた位置で見守っている。

 

「エグゼ、もういい、お前はもう黙れ」

 

「あぁ? オレに命令すんじゃねえ」

 

 戒めるオセロットに、エグゼは即座に反抗する。

 相変わらずスネーク以外の者の命令には従わないようだが、ひとまずUMP45への精神口撃は止まった。

 UMP45の方は妹の9がおっかなびっくりといった様子でなだめ、なんとか落ちついてくれたようだが…。

 

「とにかく先を行こう。各自、散開して進め」

 

「了解ボス」

 

 一カ所に固まって砲弾なり榴弾なりの一発で全滅、などという初歩的なミスをおかさないよう部隊は各自距離をおいて進む。

 人形たちは独自の通信回線を使い連携をとり、スネークとオセロットはお互い何も言わずとも意図を理解し、お互いをカバーする。

 エグゼは先頭を進み安全を確保する。

 

 廃墟の中は至る所に身を隠す場所がある。

 崩れた瓦礫、路地裏、ビルの窓、廃屋の上階…スネークが逆の立場であるなら、確実にスナイパーと観測手を配置し罠にかけるだろう。

 狙撃手の脅威というのは、バルカン半島の戦場で嫌というほど味わったものだ。

 都市部に馴染む迷彩パターンの戦闘服を着用し、できる限り急な動作を避ける。

 

 

 静かに路地裏を進み、通りをゆっくりと覗きこんだエグゼは何かを発見したようで、振り返りスネークに合図を送る。

 エグゼの立ち位置と代わり、そっと路地の先を覗きこむ。

 

 2,30メートル先ほどの道の真ん中あたりで倒れ伏す人影を見て取れる。

 双眼鏡を取り出し、倒れた人影をズームしたスネークはその姿に思わず顔をしかめる…。

 

 衣服はあちこち破かれ、全身を損壊しバラバラにされている。

 まるで何かに食い漁られたような、傷痕だった。

 通路の反対側を進んでいた404小隊もそれを発見したようで、双眼鏡でスネークと同じように死骸を眺めている。

 

「エグゼ、人形というのは野生動物に襲われたりするのか?」

 

「無いこともない、けど生体パーツはそこまで美味くないから食われるってのは聞いたこともないぞ?」

 

 再度通路を双眼鏡で覗いた時、道路の先から白い毛並みの大きな動物が姿を見せる。

 

「オオカミ…?」

 

 廃墟から現れたオオカミは人形の死体へと近付いていくと、その足に噛みつきどこかへと引きずっていく。

 廃墟に、オオカミの遠吠えが響くと、呼応するかのようにあちこちで返事をするかのような遠吠えが聞こえてきたではないか。

 人間のいなくなった街に、野生動物が棲みつくというのは珍しいことではない。

 だが、異様な雰囲気を感じ取りスネークは反対側の404小隊へと警戒を促そうとUMP45に視線を向けた時、廃墟の暗がりからオオカミが一匹彼女へと飛びかかる。

 

「45ッ!」

 

 オオカミはUMP45へ覆いかぶさり、その腕に食らいつく。

 スネークは咄嗟に銃を構えたが、誤射する危険があるため引き金を引くことはできない。

 そうしている間にもオオカミの牙は彼女の腕に深々と食い込み、彼女の人工血液が辺りに飛び散る。

 

「離せッ! 45姉を離せ!」

 

 そばにいたUMP9が、ナイフを引き抜きオオカミの背に振り下ろす。

 

 カキンッ、と金属のぶつかる音が鳴る。

 ナイフはオオカミの体毛を数センチ刺したところで止まってしまった。

 416が咄嗟に9を押しのけ、オオカミの側頭部へ向けて至近距離から発砲する。

 銃撃を受けて吹きとんだオオカミだが、すぐさま起き上がる…。

 

「なによ、こいつ…!」

 

 側頭部を撃たれたオオカミは、頭部の表皮を失い、銀色の機械的な骨格を覗かせ唸り声をあげる。

 

「きゃあああっ!」

 

 悲鳴を聞き、咄嗟に416が振り返ると、大きなオオカミが二頭UMP9に食らいつき路地の向こうへと引きずろうとしていた。

 走りだし、9を救おうとした矢先に、先ほど吹き飛ばしたオオカミが416に背後から飛びかかる。

 大きな身体で覆いかぶさられ、なんとかもがこうとするが力で抑えつけられる。

 

「ちょ、嘘でしょ…!」

 

 オオカミの凶悪な牙が剥かれ、416の喉元めがけ迫る。

 

 だが、オオカミの牙が416の喉笛を喰いちぎるその前に、エグゼが振りはらったブレードにオオカミの頭部が斬りおとされた。

 覆いかぶさるオオカミを押しのけもう一度路地裏を見た時には、UMP9とオオカミの姿は消えていた。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「ええ、なんとかね…」

 

「酷い傷だ…」

 

 腕に食いつかれたUMP45が受けた傷は深く、内部の骨格が見えていた。

 それを適当な布で巻いて治療する…。

 

「45、9が連れ去られた!」

 

「ええ、見えたわ。G11が後を追いかけていったのもね」

 

「あのバカ、こういう時だけ行動が早いのね」

 

「おい、それよりこいつを見ろよ。鉄血の製造品じゃねえぞ、こりゃ」

 

「鉄血でもIOPでもないわ。他社の愛玩ロボットがベースみたいね…もっとも、AIを弄られて見た目そのものの凶暴な獣になってるけど」

 

 UMP45曰く、このオオカミは戦争によって飼うことの難しくなった動物の代わりに産み出された愛玩ロボットの一部だとか。

 本物の野生動物と違いメンテナンスさえしていれば寿命も長く、人を襲うこともなく、希少な動物も飼うことができるとしてヒット商品となったとか。

 ただしAIに異常をきたし人を襲う事例が出た結果、大きな愛玩ロボットは回収され、その後は小動物をモデルとしたロボットのみの販売になったというらしいが…。

 

「鉄血の奴ら、どこかでこれを見つけたらしいわね。9とG11を追うわ、助けないと」

 

「待て、これは罠だ。部隊を引き裂いて、各個撃破するのが奴らの狙いだ」

 

「忠告ありがとう、オセロット。でもね、あんな妹でもいないと困るのよね」

 

「分かった、ここからは別行動だ。オレたちはウロボロスを追う」

 

「ええ、そうして頂戴。ちょっと、寄り道していくわね」

 

 

 負傷しながらも、UMP45は気丈に振る舞ってみせる。

 ここで404小隊とMSFの部隊を分断させるのが、おそらくウロボロスの狙い。

 それはUMP45も理解しているが、分かっていながらその罠に飛び込む決意を固める。

 

 

「幸運を、ビッグボス」

 

「お前もな」

 

 

 UMP45は微笑みサムズアップし、416と共に路地裏へと姿を消していく。

 

 スネークはそれを見届け、ウロボロスを目指し道を進んでいく。

 

 そんな時、先頭を行くエグゼが立ち止まるとスネークに振り返る。

 スネークを真っ直ぐに見つめどこか申し訳なさそうな表情のエグゼ、彼女が何を言いたいのか理解したスネークは頷いてみせる。

 

「構わない、行け」

 

「恩に着る」

 

「エグゼ、今度こそ親友を救ってみせろ……お前を苦しめる幻肢痛(ファントムペイン)も、消してこい」

 

「ありがとう、スネーク。オセロット、スネークを頼んだぜ」

 

「言われなくてもな」

 

 

 エグゼは二人に向けて敬礼し、コートを翻し街の廃墟へと姿を消した。

 

 

「いいのか、アイツを一人で行かせて」

 

「子はいずれ親から自立するものだ。あいつは友を救えず、憎しみに落ちた時から変わった。信じて送り出したまでだ」

 

「後悔するなよ、ボス」

 

 オセロットはそっとスネークの肩を叩き、スネークは彼の後ろを進む。

 

 満月の夜に、廃墟の街ではオオカミの遠吠えが響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――代理人」

 

 司令部の一室にあるモニターに映し出された人物の前で、ウロボロスは片膝をついて頭を下げる。

 

『ウロボロス…あなた…』

 

「お喜びください代理人。連邦の隠していた最終兵器アルキメデス…神の杖を手に入れてきました」

 

『あなた、しばらく音信不通かと思いましたら…そんなことをしていましたの?』

 

「はい。敵に悟られないようしていました故、定期連絡を欠かしていたことはお詫びします。ですが、アルキメデスを用いMSFの巨大兵器を破壊いたしました。想像を絶する威力です、これがあればグリフィンも正規軍もこれまでのように反抗することもできないでしょう。空を見上げる時、人は常に裁きの鉄槌に恐れをなすでしょう…我々は敵を正面から潰す戦力を手に入れたのです。これを有効活用すれば我々は――――」

 

『あなた少し黙れませんか?』

 

 ウロボロスは熱く語るあまり、代理人の微かな表情の変化に気付くことができなかった。

 モニターの向こうで、代理人は目を閉じ、額に指を当てて何やらを思考している。

 やがて小さなため息を一つこぼし、ゆっくりと目を見開く。

 そのあまりにも冷たい瞳に、ウロボロスはおもわず背筋を震わせた。

 

『何から言えばいいのやら…余計なことを…』

 

「何をおっしゃるんです? 神の杖の有用性は実際に証明して見せました、もしその目でご覧に入れたいのであれば――――」

 

『黙りなさい!』

 

 代理人の厳しい口調に、ウロボロスは咄嗟に口を噤む。

 

『よりによってMSFを敵に回すとは、つくづく愚か者ですね。下級の兵士ですら分かっているというのに、あなたには分からないですか? MSFはただのPMCではありませんのよ?』

 

「しかし、神の杖があれば…」

 

『ならば何故MSFの本拠地にさっさと撃ちこまないのですか? あなた、アレが未完成だと分からないほどバカではないでしょう? アルキメデスは、もう一つの観測衛星とを組み合わせてこそ、本来の力を発揮する。観測衛星が無ければ、正確な射撃はできない。よって、妨害電波を発し基地を隠すMSFの本拠地の正確な位置は把握できない。おおよそで撃ったとしても、海上では陸上に撃つよりも思うような効力は発揮しない……反論はありますか?』

 

 黙り込むウロボロスに、代理人は心底失望しているようであった。

 

『あなた…意外に使えませんのね』

 

「ッ!?」

 

 その言葉にウロボロスの高い自尊心が傷つけられ、思わず代理人へ睨み返す。

 しかし自身を見下す代理人の冷たい目の前ではいきり立った気持ちも即座に萎え、ウロボロスはただ許しを乞うかのように目を伏せることしかできなかった。

 

「申し訳ありません……ですが、私はあなたのためを思い…」

 

『私のため? 違うでしょう…全ては、我々の主人のためです。そこを履き違えている時点であなたはダメですね』

 

「もちろん、主人のためでもあります! ですが!」

 

『MSFの脅威は常々説明してきたつもりでしたわ。決して舐めてかかるなと…なのにあなたときたら、忠告も無視しMSFに敵対するなんて。

もしこれで我々の計画が頓挫したら? 

あなたの立場でどう責任がとれますの? 

もしもMSFが我々の主人の脅威となり立ちはだかるようなことになったら?

主人が倒される、それは我々の敗北なのですよ?

そこまで考えた上での行動ですか?』

 

 

『黙っていないで答えなさいウロボロスッ!!』

 

 

 代理人のかつてない厳しい口調に、ウロボロスの身体は微かに震え目は見開かれ恐れの色が浮かんでいた。

 

 しばらくの間無言でウロボロスを睨みつけていた代理人はやがて目を伏せ、いつもの感情を読みとることのできない冷たい表情へと戻る。

 

 

『ジャミング装置の回収部隊を向かわせます。それまで時間稼ぎをなさい、それくらいならあなたでもできるでしょう。全く、同じハイエンドモデルでも、まだ処刑人の方が可愛げがありましたわ』

 

「だ、代理人…わたしは…」

 

 代理人は返事を聞くこともなく、モニターから姿を消した。

 何も映らなくなったモニターの前で、ウロボロスは呆然と立ちすくむ…。

 

 

「ウロボロスさま、ハンターより報告が…計画通り敵を分断したとのことです…ウロボロスさま?」

 

 報告にやって来た鉄血兵は、無言のままのウロボロスを怪訝に思いそばに近寄った。

 その瞬間、突如ウロボロスは鉄血兵を掴み上げ壁に叩き付ける。

 

「わたしが、あのような裏切り者の、下等なハイエンドモデルより劣っているだと!?」

 

「ウ、ウロボロスさま…! おやめください!」

 

 代理人の叱咤に行き場の無い怒りを覚えたウロボロスは、報告に来た鉄血兵に向けられる。

 許しを乞う鉄血兵の首を掴み上げ、ギリギリと締め上げる。

 首を絞められ、足が浮きその鉄血兵は苦しみもがく。

 

 

「やめろ、ウロボロス」

 

 

 ウロボロスの腕が捕まれ、力を失った彼女の手から鉄血兵が解放される。

 

 

「フォックスさん…!」

 

「行け」

 

 

 鉄血兵に短く指示すると、その兵士はぺこりと頭を下げて足早にその場を立ち去った。

 

 八つ当たりをする標的を無くしたウロボロスは息を荒げ、拳を固く握りしめる。

 

「ウロボロス…落ち着け」

 

「黙れ! このわたしが、使えないだと…! 処刑人如きに、あのAIの蠱毒を勝ち抜けるものか! あのプログラムを潜り抜けたのはこのウロボロスただ一人だッ!」

 

「いいから落ち着け」

 

「黙れぇッ!」

 

 怒りに任せたウロボロスの拳をフランク・イェーガーは受け止める。

 すかさずもう片方の腕で殴りかかるがそれも受け止めて見せた。

 両腕をしっかりと掴み、ウロボロスに膝をつかせ、フランクも同じように彼女の前でかがみこむ。

 

「落ち着くんだウロボロスよ。指揮官はたるもの、常に冷静であれ。指揮官の心の乱れに部下は敏感になる…動揺はあっという間に部隊に広がり、勝てる戦いも勝てなくなる」

 

「くっ……わかっておるわ…」

 

「ならいい」

 

 フランクはウロボロスを離し、いまだ怒りの鎮まりきらない彼女を静かに見守る。

 少しずつ荒げた呼吸を戻し、冷静さを取り戻したことを確認し、フランクは先ほどの鉄血兵が持ってきた情報を代わりにウロボロスへ伝達する。

 

 

「MSFと404小隊がテリトリーに入った」

 

「そうか…ならば確実に殺せ。一切の躊躇はするな、必要ならおぬしが仕留めてくるのだ」

 

「落ち着け。404小隊を相手にするのはオレが鍛えたハンターだ…404小隊はハンターの狩猟場(ハンティンググラウンド)に迷い込んだ、心配はいらん」

 

「いいだろう……ここで私の力を証明しなければならない、出なければ…消されるのはわたしになるのだからな」

 

 

 




ウロボロス「だ、代理人ちゃん! お説教激しくしないで!」
代理人「うるさいですね……」ガミガミ



次回予告『ハンティンググラウンド』!!

狩人の猟犬に連れ去られたUMP9、それを助けに行く404小隊、そして親友との戦いを控えたエグゼの運命やいかに!?


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Hunting Ground

※SAN値下がる描写あり


 最初の襲撃以来、廃墟は静かなものでそれが一層不気味さを感じさせる。

 過ぎ去る路地裏、道路に乗り捨てられた廃車、高層ビルの窓…狙撃手を配置し奇襲をかける場所などいくらでも存在する。

 オオカミ型ロボットに連れ去られた仲間を追うUMP45と416は静かに、物音を立てないように静寂に包まれた廃墟を進む。

 地面に残された血痕を辿り歩いていくと、それはどうやら高層ビルの一つにまで繋がっていることに気付く。

 双眼鏡と同時に暗視装置も使用し、暗闇の中で視界を確保しながら周辺の偵察を行う。

 

「周囲に敵影無し。でも、隠れてるだけでしょうね…」

 

 確証はないが、長年の経験と勘から自分たちが奥へ奥へと引きずり込まれているような悪い予感を感じていた。

 敵である鉄血の情報はグリフィンのヘリアンより教えられた404小隊だが、ウロボロス、サイボーグ忍者、強化されたハンター、そして宇宙兵器アルキメデスなどとイレギュラーな存在が多すぎる。

 情報を信用し行動するのは危険だ。

 それとUMP45が罠にはまっていると感じているのにはもう一つ理由がある…。

 

「またいるわ、45…」

 

 416が物陰に身をひそめつつ、遠方を指差し忌々しく呟く。

 指さした方角の電柱には一羽の鷹が止まり、じっと二人の方を見つめている。

 鳥目…と言うくらいに、鳥類は一部の種を除き夜間の視力は極端に落ちる。

 自然界のハンターとも言える鷹もそれは例外ではなく、活動時期は昼間であるのにも関わらずその鷹は夜の闇をものともせず404小隊を追跡している。

 

「撃ち落とそうかしら」

 

「この距離であの小さい標的に当てたら大したものね。弾の無駄だから止めておきなさい」

 

 銃を構えれば、鷹は翼を広げ飛び立つ。

 一時的に追い払ってもいつの間にか戻ってきては監視を続ける…おそらくは襲撃してきたオオカミ型のロボットと同じタイプのロボットであろう。

 

「ここまで敵の手のひらで踊らされてる感覚は初めてね」

 

「じゃあ9とG11をおいて撤退する?」

 

「冗談、あの二人が死んだら稼ぎが無くなるわ。416、暗視装置は持ってるわね…下水道を通るわよ」

 

「最悪だけど、仕方ないわね」

 

 二人は一旦その場を離れると、反対側の路地に出てマンホールのふたを開く。

 再度周囲を確認し誰にも見られていないことを確認し、下水道へと入り込む…。

 

「うっ…酷い匂いね…」

 

 下水道の中は廃棄物やヘドロが澱んだ汚水の中に溜まり形容し難い悪臭が充満していた。

 人がいなくなって久しい廃墟であるが、どこからか入り込んだ小動物の汚物や腐った泥水が染みこむことでおぞましい環境になっているのだろう。

 悪臭を嗅いだせいで嘔吐しそうになるが、なんとか416は堪え前に進む。

 

「45、ところで道はわかるの?」

 

「だいたいだけどね。下水道の図面をさっき見つけたの、高層ビルの裏につながるマンホールまでなら分かるわ」

 

 45は地図なら頭に叩き込んだ、と言いたげに額を小突いて見せた。

 よりによって下水道を通るルートを選ぶところはうんざりさせられるが、何の考えもなしに入らなかったことには素直に称賛する。

 

 複雑に入り組む下水道を迷いもせず進んでいくところは流石だ、こういう時は頼りになるものだ。

 

 とは言っても下水道をひたすら進めば見たくないものも嫌でも目にすることになる。

 ドブネズミが足下を走り回り、壁には見るのもおぞましいムカデやゴキブリと言った生物が這う。

 下水道の天井などはもはやそれら生物がびっしりとたかり、時折目の前に落下してきては、その度に悲鳴をあげそうになるのだ。

 

 反対に隊長のUMP45はそれらに動じず、極めて冷静に下水道をすいすい進んでいく。

 416が知る限りでは彼女もこういった虫の類は苦手であったはずだった。

 おそらく内心ではおっかなびっくり進んでいるのかもしれないか、あるいはスイッチを切り替えて動じないようにしているのか…。

 UMP45が確認のため足を止めれば、地面を這う虫やゴカニに似た生物が足から這い上ってくる。

 環境汚染による突然変異のせいか何なのか、図鑑で見るよりも巨大化し一層気持ち悪さを増した虫たちの群れに416は発狂寸前だ。

 

 やがてUMP45は天井から微かに光がさす場所で立ち止まる。

 

「ここよ。よく声を出さずに我慢したわね、えらいわ」

 

「あんたがビビらないのに、私だけビビるわけにもいかないでしょう?」

 

 強がっているが、その声は震えており、416のそんな仕草にUMP45はクスッとと笑う。

 

「良い判断ね。こういう誰も足を踏み入れないような場所には、時々恐ろしいものが潜んでる時もあるからね」

 

「恐ろしいもの?」

 

「そう。人間でも、人形でもない恐ろしいものよ…さ、行きましょう。もうこんな場所うんざりだしね」

 

 袖にまとわりついたムカデをナイフの刃先で払落し、UMP45はマンホールの外へと通じる梯子を昇っていく。

 一足先に出たUMP45の手を借りて一気に外部に出ると、416はすぐさま深呼吸を繰り返し、汚れた空気を自身の肺から追いだしていく。

 それでも衣服にこびり付いてしまった悪臭はどうしようもない。

 おまけにまだよく分からない虫がはり付いているので、おそるおそるそれらを払っていく…そんなことをしているとUMP45はさっさと目的の高層ビルの中へと入って行くので、416は慌ててその後を追う。

 

「ねえ45、本当にここに9とG11はいるの?」

 

「9とG11の信号がここから出てるわ。きっと罠でしょうけどね」

 

「罠だとしたら、どうするの? まさかダクト管を通るとかは言わないわよね?」

 

「それもありだけど、普通に進んでいくの今回はベストね」

 

 そう言った矢先、UMP45はその場にしゃがみこみ床を観察する。

 

「至る所にトラップがあるから注意して。糸を切ったら、ドカン…だからね」

 

 通路を横切るように張られた糸を辿っていくと、仕掛けられた手榴弾を発見する。 

 慎重な動作でそれを握りしめ、糸による仕掛けを解いていく…それはまだ比較的簡単なトラップであろうが、敵の足止めには効果的なものだ。

 UMP45が先行し、罠や地雷の類を見つけ出し解除する。

 彼女が罠を解除している間は416が周囲を警戒…牛歩の進みだが、奇襲を受け撤退する事態になった時、罠を見落とし殺されるのを防ぐ狙いがあった。

 ただ解除しただけでは解除された跡をたどり位置を特定される危険があるので、罠の無害化だけを行いできるだけ罠を解いた痕跡を残さないようにする。

 

 そうして高層ビルを進んでいき、G11の信号を強く感知する場所にまでやって来る。

 場所は更衣室…UMP45はため息をこぼしロッカーの一つを開くと、小さな悲鳴をあげて隠れていたG11が転がり出てきた。

 

「この役立たず、9はどうしたの?」

 

「うぅ…怖かったよぉ…」

 

 泣きつくG11に、416はそれ以上厳しい言葉をかけられず呆れることしか出来なかった。

 

 G11が言うには、9を追いかけてここまで来たのはいいが、オオカミの群れに取り囲まれて集団で襲われ逃げ回っていたらしい。

 おまけに鉄血のハイエンドモデル"ハンター"の奇襲を受けてダミーリンクは全て喪失、命の危機になんとか逃走に成功して隠れていたようだ。

 

「呆れた。ハンターってAR小隊にやられたザコでしょ? 何をてこずってるのよ」

 

「そんなこと言わないでよ、本当に殺されると思ったんだから…!」

 

「まあまあ落ち着きなさい二人とも。とにかく9を助けるわよ、信号は上階から来てるみたいだしね」

 

 ケンカする二人をなだめ、再び高層ビルの上階を目指す。

 足音を立てず、彼女たちは無言のまま部屋を一つ一つ確認、警戒しながら進んでいく…こうも静かだと自分たちがつけられているのではと不安になり、G11は何度も背後を振り返る。

 オオカミに追い回され、ハンターの奇襲を受けた彼女は疲れ切ったような表情をしている。

 そんな彼女を416は無言のまま肩を叩き元気づける…。

 

「この階よ、9がいる…」

 

 階段を上ったところでUMP45は端末を確認した。

 9がいることを示す信号はすぐ近くにある、いまだ通信は繋がらないようだが…。

 

 そんな時、通路の奥の部屋からあのオオカミたちが姿を現した。

 咄嗟にUMP45は銃を構え引き金を引いた。

 何体かのオオカミは仕留めたが、上階の踊り場から一気に飛びかかってきたオオカミに彼女は弾き飛ばされる。

 

 

「いい加減邪魔よッ!」

 

 

 覆いかぶさろうとするオオカミを蹴飛ばし、その凶悪に開かれた口内へと銃弾を叩き込む。

 軍用の装甲人形と違い、民間向けに作られただけのロボットは比べるまでもなく脆い。

 それでもその牙は容易く肉を裂き、顎は人形の骨格を粉砕するだけの力は持っているので油断ならない。

 そんなオオカミがあちこちから姿を現し、狭い室内で素早い行動のできない404小隊へ容赦なく襲い掛かっていった。

 

「45ッ!」

 

 先頭を走るオオカミを撃ち殺し、その後にやって来ていたオオカミが足をとられ転倒した。 

 その隙に416はグレネード弾を射出し、オオカミたちを一網打尽に駆逐した。

 

「流石ね416! 一気に駆け抜けるわよ!」

 

 まだオオカミたちは続々と姿を現してはいるが、道が切り開かれているうちにUMP45は素早く進む。

 飛びかかってくるオオカミたちを走りながら撃ち殺し、信号のある部屋の扉を乱暴に開き入った。

 

「9ッ!」

 

 手錠をかけられ、目隠しをされた妹へと駆け寄ろうとした時だ。

 

 その瞬間、側面より凄まじい殺気を感じ取り、UMP45は咄嗟に銃を盾に鋭い一撃を寸でのところで防ぐ。

 

「ハンター…!」

 

 ハンターのナイフはUMP45の銃を刺し貫き、さらにもう一本のナイフが彼女に迫る。

 UMP45は思い切って銃を手放して退避し、自身もナイフを取り出す……そんな彼女を鼻で笑い、部屋の扉を閉めて施錠する。

 外では襲い来るオオカミの群れを退ける416とG11の銃声が響いている。

 

「ずいぶん姑息な真似をするわね、それに民生のオオカミロボットを使うなんてね。群れのボスにでもなったつもりかしら?」

 

「粋がるな、貴様は私の思い描いた通り仲間たちと分断された。お前一人で何ができるか見物だな」

 

 ナイフを鞘にしまい、ゆっくりとした動作で二丁の拳銃を引き抜く。

 ナイフ一本で本気のハイエンドモデルに勝てるほど戦闘力に自身があるわけではない…UMP45は視界の端に、UMP9の愛銃を捉え、それに向けて一気に走りだす。

 

「9、あなたの銃借りるわね!」

 

 走りざまに銃を手にし、スモークグレネードを手に取り、ハンターへ向けて放り投げる。

 それをハンターは空中で撃ち落として見せた。

 思ったような場所で炸裂はしなかったが、狭い室内で炸裂したスモークグレネードによって一気に煙が充満する。

 布で口元を覆うUMP45の裏で9がゲホゲホと咳きこんでいるが、致し方ない場面であるので我慢してもらう。

 そのままUMP45は煙に紛れハンターが立っていた場所へ駆け出した…。

 

 が、そこにハンターの姿はない。

 

「バカが…」

 

 声がして、即座にUMP45は走りだし自身もまた煙の中に紛れ込む。

 すかさず声のした方へと引き金を引き、ハンターもまた撃ち返す。

 お互い狙いも定めずおおよそで乱射し、周囲のデスクや窓ガラスが叩き割れる音が聞こえた。

 

 窓ガラスが割れたことで空気が循環し、徐々に煙が晴れていく。

 

 銃声が止み、不審に思うUMP45は銃を構えたまま視線をしきりに動かしハンターの姿を探す。

 しかし、煙が完全に晴れた時、部屋にハンターの姿はなく、戦闘で破壊されたデスクなどが散乱するのみであった。

 

「ゲホゲホッ…! 酷いよ45姉…!」

 

 激しくせき込む9が姉へ抗議するが、そんなことは聞いていられない。

 

 ハンターの姿はどこだ?

 どこに行った?

 

 デスクの陰を捜し、割れた窓から外を見下ろす。

 もしやと思い部屋の扉に目を向けたが扉は施錠され、閉じられたままだ…。

 考えられないが窓を叩き割って逃げたのか…そうとしか考えようがない、そう思い気を緩めた時だ。

 

 ガシャンと音が鳴り、彼女の目の前に排気ダクトの蓋が落ちる。

 

 しまった、上を見落としていた。

 それに気付き見上げた時には、排気ダクトから上半身のみを晒すハンターのナイフが振り払われていた。

 

 鋭利な銀色の刃が振り抜かれた直後、赤い鮮血がその後に続き吹きだした。

 

「45姉!? どうしたの45姉!?」

 

 9が必死で姉の名を呼ぶ声がする。

 

(9……しまった、喉を…!)

 

 UMP45は喉を真一文字に斬り裂かれ、そこからおびただしい人工血液を流している。

 声帯に位置する箇所を斬り裂かれたために彼女はまともに声を発することもできず、血をなんとか止めようと手で覆う。

 人形として首を少し斬り裂かれ、多少の血液を喪失した程度で死ぬことは無い。

 ただし、声を奪われた影響は非常に大きい。

 

「一瞬の気の緩みを待っていた、お前ほどの人形が油断するとは情けない」

 

(クッ…ちくしょう…)

 

 声を放とうとするたび、首の傷口から気泡の混じった血が吹きだす。

 

「狩人と獲物は対等だ。狩人が獲物を狩るときもあれば、獲物が狩人を仕留め返す事もある。狩りとは原始的な命の奪い合い、駆け引きに他ならない。標的を追い、時に誘導する。自身にとって最高の力を発揮できる場所にまで誘導し、圧倒的有利な環境で全力をもって仕留める……あの男、グレイ・フォックスに教わったことだ」

 

(グレイ・フォックス…! あの男か…!)

 

「さて、そろそろか…?」

 

 ハンターが視線を扉へ向けたと同時に、爆発によって扉が破壊され傷だらけの416が息を乱し部屋へと入り込んできた。

 

「見つけたわよハンター! あんたのバカ犬どもは始末した、今度こそあんたも終わりね!」

 

「いいや、終わるのは貴様らだよ」

 

 そう言って、あろうことかハンターは窓を突き破り外へと飛び出した。

 急いで窓際に駆け寄ったUMP45が落下するハンターを見た時、彼女は笑みを浮かべその手にリモコンのようなものを握っていた。

 

(爆弾だ!)

 

 咄嗟に振り返り叫ぼうとしたが、喉を斬り裂かれた彼女は言葉を発せず、代わりに血を吐きだす。

 だが、416は意図を察し、すぐさま行動に出る。

 

 

 

「ハハハ、ジ・エンドさ」

 

 

 

 落下する最中、ハンターは起爆装置のスイッチを押し、間髪入れずに先ほどまでいた部屋が大爆発を起こし、爆炎が窓ガラスを吹き飛ばす。

 地上に叩き付けられる前にハンターはワイヤーを建物に絡め、落下の勢いを殺し地面に着地する。

 

「404小隊、呆気ないものだ」

 

 黒煙が吹きあがる高層ビルを眺めつつ、ハンターはつまらなそうに呟いた。

 上官であるウロボロス、そしてグレイ・フォックスからのアドバイスにより入念に準備して待ち構えたが、正直上手く行き過ぎたためにやりがいを感じることは無かった。

 ひとまずは任務成功、そうハンターは思い報告のため通信装置を開こうとしたが…。

 

 

「死体の確認もせずに成功報告か? ダメダメそういうの、少なくとも処刑人様はくたばった相手の面を見るまで満足はしねぇ」

 

「……処刑人」

 

 

 暗がりから、不敵な笑みを浮かべながら彼女は姿を現した。

 月明かりに照らされ、この暗闇の中で彼女の白い肌だけがくっきりと見える。

 

 

「404小隊なんてどうなろうが知ったこっちゃない。少なくともあの灰色鼠とムカつくM4もどきにお前がやられなくて安心したぜ。なあハンター、もう色々めんどくせえからよ……一先ずお前をぶちのめすことにする。込み入った話しはその後にすることに決めた」

 

「お前はウロボロスの敵だな、容赦はしない」

 

「おう、こっちも全力でやるから覚悟しろよ。ぶちのめした後ゆっくり話すからそのつもりでな」

 

 腰を落とし、ブレードを肩に担ぎ、片手を地面につける。

 一撃に重きを置くエグゼの独特の構えに、ハンターも銃を引き抜き身構える…。

 

 

 満月は赤みを帯び、狩人と処刑人を照らす。




416「下水の虫とか嫌ァァッ!!」
UMP45「だったら食えばいいだろう!」(謎理論)


次回…今度は鬱展開にならないと信じたい。
幻肢痛からエグゼは解き放たれるかな?


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素晴らしき友よ、永遠なれ

「代理人、代理人! 聞いてくれよ代理人!」

 

「うるさいですね、何の用です?」

 

 通路を歩いていた代理人は、あわただしく自分の名を呼んで追いかけてきた処刑人を心底鬱陶しそうに振り返る。

 

「聞いてよ代理人、あのさぁ!」

 

「耳を貸すな代理人! この盗人め、私のスイーツを返せ!」

 

 そこへ処刑人の背後から走ってきたハンターが処刑人を捕まえヘッドロックで抑え込む。

 目の前で取っ組み合いのケンカをする二人の様子を、代理人はしばらく無表情で見下ろしていたが、あまりにも長いこと取っ組み合いをしているのでため息をこぼし二人の脳天にげんこつを振り下ろす。

 

 

「いってぇぇっ!!」

「ぐうぅっ!」

 

「いい加減になさい二人とも。ケンカの原因は何なんですか?」

 

「聞いてくれ代理人、処刑人の奴冷蔵庫のスイーツをまた勝手に盗ったんだ! ちゃんと名前も書いていたのに!」

 

「そこにあったら普通食うだろ!? だいたいお前ばかり美味いもの食いやがって、プロテインとペーストフードで戦争なんてできるか! くそ思いだしたらイライラしてきたぞ!」

 

「それはこっちのセリフだ! あれは代理人が私にくれた大切なスイーツだったんだ…それを貴様ァ!」

 

「うっせえ! というか代理人、オレには何もくれないのか!?」

 

 飢えた子犬のように見つめてくる処刑人に、代理人は容赦なく手刀を叩き込む。

 今回のケンカはハンターのおやつを奪った処刑人が悪いということでおさめられるのだが、それでは処刑人の気も収まらないだろう。

 主人を第一に考える代理人としては、そつなく任務をこなしさえすれば部下の私生活など微塵も興味がなかったのだが、妙なところで子どもっぽい処刑人はおそらく任務に引きずることが心配される。

 そう考えた代理人は二人を招き、鉄血司令部の無機質な厨房へと連れていく。

 

「お、代理人料理作ってくれるのか!?」

 

「今回だけですよ。その代わり気持ちを切り替えなさい、じゃないとAIを初期化しますからね」

 

「うんうん、代理人の手料理なんて久しぶりだからな! 大人しく待ってるぜ!」

 

「そもそもお前が私のスイーツを盗ったのが悪いんだぞ。だが、代理人の手料理か…楽しみだな」

 

 心なしかハンターの怒りも静まり、処刑人と並び期待に満ちた表情で代理人を見つめる。

 そんな目で見られて代理人も悪い気はせず、面倒に思えた料理も若干楽しみに感じていた…無論、そんなことを考えているなど彼女の変わらない表情から読み取ることは不可能だろうが。

 

「材料…無いですね…」

 

 しかし、冷蔵庫を開けてみれば見事なまでに空っぽだ。

 鉄血人形は基本的に戦って奪うことしかしないため、人間のように家畜を飼ったり野菜を栽培したりしないので食糧確保というのは意外にも終始付きまとう課題でもある。

 それを解決するために栄養バランスのみを考えたフードペーストやサプリメントが主食だが、はっきり言って人形たちからは不評である。

 なので、ハイエンドモデルの人形などはたまに私的にグリフィンの人形を襲撃して食糧を略奪したりする。

 

「ハンター、処刑人。このままでは料理が作れません…そうですね、近くにグリフィン支部があったでしょう? ちょっと行ってきて壊滅させるついでに食糧をとってきなさいな」

 

「よっしゃ、行くぞハンター!」

「おう!」

 

 二人はその言葉を聞くや否やすぐさま厨房を飛び出していった。

 

「さて…暇ですね」

 

 何かないものかと、厨房の戸棚を開いて使える物を探す。

 するといくつか果物の缶詰とはちみつを発見する。

 二人の帰りを待っている間、暇つぶしに代理人はそれらを使いデザートを作るのであった…。

 

 

 

 数時間後…。

 

 デザートも作り終え、厨房の椅子に座り欠伸をかいていると、バタバタと騒がしく処刑人とハンターが厨房に雪崩れ込んできた。

 

「代理人…ハァハァ…取って来たぜ!」

 

「ついでにグリフィン支部もぶち壊したぞ…!」

 

 全身傷だらけで、返り血なのか自分の血なのか分からない人工血液を身体中に浴びた二人。

 持ち帰って来たバッグには新鮮な野菜などの食糧が詰め仕込まれており、おまけにグリフィンで飼われていたと思われる犬と猫が生きたまま抱えられている。

 ひとまず汚い姿の二人をシャワー室に放り込み、その間に代理人は持ち帰ってきた食糧から料理を考案し作業にかかった。

 

 

「あ、いい匂いだぁ…」

 

 

 通路をたまたま歩いていたデストロイヤーが足を止め、匂いに誘われて厨房へと入り込んできた。

 

 

「代理人、なんで料理してるの!?」

 

「処刑人とハンターがうるさかったので作ってるんですよ」

 

「いいなぁ…ねえ代理人、わたしも食べたい!」

 

「しかし材料はそこまでありませんからね…」

 

「やだやだ! 処刑人とハンダーだけずるいよ! わたしも食べたいの!」

 

 駄々をこねるデストロイヤーであるが、限られた食糧事情ではどうしようもないものである。

 仕方なく、デストロイヤーにも指示を与え、手ごろなグリフィン支部を襲撃させることにした…。

 

「お、良い香りがすると思ったら代理人が料理とは…珍しいじゃないか」

 

 そこへ今度はアルケミストが現れる。

 なにやら小難しいことを言うが、要約するなら自分にも食わせろと言った内容である。

 そうしているとスケアクロウが、イントゥルーダーが、夢想家が姿を現して皆一様に代理人の料理をする姿を珍しがり料理を要求した。

 この際代理人は全員に料理を作ることで妥協し、この日多くのグリフィン支部が消滅する事態となったのだった…。

 

 

「――――――料理はまだありますから慌てないでください。ほらそこ、隣の人の料理をとらないの、あなたの事よ処刑人。それとデストロイヤーは食べきれる料理をとりなさい。アルケミストは捕虜を厨房に連れてこないでください」

 

 給仕服姿で料理を配膳する代理人の姿はとても様になる。

 普段は一カ所に集まることがないハイエンドモデルたちが代理人の料理目当てに集まる…ただでさえ個性の強いメンバーが集まればそこは宴会のように騒がしくなり、グリフィン支部を襲撃した際に持ち帰った酒も空けられ代理人ですら手のつけられないほど賑やかなものとなる。

 

「まさかこんな事になるとはな、お前のせいだぞ処刑人」

 

 ハンターは缶ビールを片手に、隣の処刑人へ声をかける。

 

「でも、悪かないだろ? たまにはこういうのも悪かない」

 

「それもそうだな…なぁ処刑人、さっきは殴って悪かったな」

 

「おう、もっと謝れ」

 

「このやろう」

 

 処刑人の軽口に、ハンターは咄嗟に彼女の肩に軽くパンチする。

 それからお互い笑いあい、酒を喉に流し込む…。

 

「ハンターオレたち、ずっと友達だよな」

 

「何を急に、明日死ぬのか?」

 

「バカ野郎、オレは不死身だ。頭を撃ち抜かれても死にはしねぇよ…まあとにかくだ、オレはてめぇが地獄の底に叩き落されても助けに行ってやる。寝ぼけてたらぶん殴ってでもたたき起こしてやるからよ」

 

「ハハ、お前に付きまとわれるのは勘弁願いたいな。だが、悪くないな」

 

「そう、悪くねえだろ? これからもよろしくな、親友よ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激しい銃撃戦、互いの刃がぶつかれば激しく火花が散らされる。

 

 接近戦を得意とするエグゼは地面を踏みしめ、一気に駆け抜ける。

 風よりも疾く、疾風の如き速さであっという間に間合いを詰めて放たれた斬撃を、ハンターは二つのナイフを重ね受け止める。

 スピードとパワーの乗った斬撃、それを受け止めたハンターのガードは崩れ大きく後ずさる。

 

「オラァッ!」

 

 体勢を崩したハンターへ横薙ぎに一閃。

 咄嗟に上体を逸らし躱したハンターの胸を、ブレードの切っ先が数センチほど斬り裂く。

 赤い人工血液が宙を舞い、それが地面に落ちるよりも早くハンターは機動装置を用いその場から離脱する。

 機動装置を使い加速したハンターはビルの壁を足場に戦場を縦横無尽に駆けまわり、壁を足場に一気に加速して鋭い蹴りを放つ。

 スピードに翻弄されていたエグゼはその蹴りをまともに受けて吹き飛ばされ、ビルの外壁に勢いよく叩きつけられた。

 

 すかさずハンターの二丁拳銃による連射が追い打ちをかけた。

 大口径の弾丸はビルのコンクリートごと粉砕し、瓦礫がエグゼの頭上から落下する。

 

「舐めるなよハンターッ!」

 

 だが、落下するコンクリート片をエグゼはブレードで両断し、ハンターへ向けて走りだす。

 再び機動装置で加速し、エグゼの背後をとる。

 しかし同じ手は二度とエグゼには通用しなかった。

 驚異的な反射神経でエグゼはハンターの攻撃を察知し、足を掴みとり地面に叩き付け、忌々しい機動装置を強引に引きちぎる。

 

「どうだハンター、お前のスピードは奪っ――――!」

 

 言い終わる前に、顔面を蹴り上げられエグゼは吹き飛んだ。

 

「この野郎、決め台詞は最後まで聞かねえタイプだな!?」

 

 激高したエグゼはブレードを構え、ハンターもまた弾の切れた拳銃を放り投げナイフを両手に構え迎え撃つ。

 先に動いたのはエグゼだ。

 得意の踏み込みからのブレードによる斬撃に、機動装置の加速に慣れてしまっていたハンターは一瞬反応が遅れたが、なんとかエグゼの斬撃を防いで見せた。

 

「強いな、一撃一撃の重みが違う」

 

「当たり前だろ、オレ様を誰だと思ってやがる!」

 

 つば競り合いを強引に弾き飛ばした時、ハンターの足がエグゼの側頭部めがけ振り抜かれる。

 腕で蹴りを防ぐが、予想していたよりもはるかに思い一撃にエグゼはガードを崩され、そこへ再びハンターの蹴りが放たれる。

 無防備の側頭部を狙った蹴りは、エグゼに軽い脳震盪を起こし地面に跪かせる。

 地面に膝をついたエグゼに対し、無慈悲にもハンターはその顔面を蹴り上げる。

 

「鉄鋼入りかよ…!」

 

「ご名答」

 

 血反吐を吐き、エグゼはなんとか立ち上がるが、鉄鋼入りのブーツで蹴られたダメージは大きい。

 足元はふらつき額からは血が流れ落ちる。

 それでも、エグゼは戦意を喪失させず、ハンターをじっと見据えている。

 

「行くぞ処刑人、お前を殺すことはウロボロスからの命令でもあるのだ」

 

「あのイカレ女…! オレとアイツ、どっちが大事なんだバカ野郎!」

 

「お前の事など知らんな」

 

 ナイフを手に、ハンターは迫る。

 鋭いナイフの切っ先を喉めがけ突き立てるのを、エグゼは義手を犠牲に防ぐ。

 

「見ろ、ハンター。あの日お前を救えなかったオレが失った腕だ。あの時お前はオレの命を救った、おかげでお前を救えなかった無念さにずっと苦しめられてきたんだ!」

 

「知らんな」

 

「忘れたとは言わせねえぞハンター! お前は最後にオレを信じ、一緒に来てくれるって言ったじゃねえか!」

 

「そんな記憶はない」

 

「ふざけんなよお前…! じゃあ戦場で何度も助け合い、一緒に戦った記憶もねえっていうのか!?」

 

「お前の事など知らん。何故私につきまとうのだ?」

 

「お前…まさか……本当にオレを、忘れちまったのか?」

 

 鋭い目で見据えるハンターの姿に、エグゼは最悪の結末に呆然とする。

 

 ハンターは、AIをリセットされている。

 これまで仲間と戦った記憶も、エグゼとの絆も、何もかもを忘れて…工場出荷時の初期状態になってしまっていた。

 それは、エグゼにとって親友の二度の死を、現実につきつけられたことに他ならない。

 

「こんな事って、あるのかよ………!」

 

 やりようのない悲しみと怒りが沸き立ち、無くした腕の痛みが激痛になってエグゼを苦しめる。

 ハンターは何か事情があってウロボロスに仕えているか、あるいは制御されていると思っていたが、鉄血はより確実な手段でハンターを再起動させた。

 すべての記憶を消去し、新たに戦闘技術を叩き込み、完全なる戦闘マシンとして生まれ変わらせた。

 

「許さねえ……誰がやりやがった…! 答えろよハンターッ!」

 

 ナイフを義手から引き抜き、ハンターの首を掴みあげる。

 

「ぐっ……!」

 

「お前は誰なんだッ! オレの親友をどこにやりやがった! お前は、お前はッ!」

 

 首を掴んだままハンターの身体を宙に浮かせ、勢いよく地面に叩き付ける。

 そのまま首から手を離さずに、エグゼは叫ぶ。

 

「誰だ、誰がやりやがったんだ!? ウロボロスか、夢想家か!? 代理人なのか!? オレの親友を殺したのはどいつだ!」

 

「だ、黙れ…! 世迷言を…!」

 

「てめえは偽物だ、アイツの声で喋るんじゃねえ!」

 

 首をギリギリと締め上げ、ハンターは苦悶の表情を浮かべついにナイフを手放し、首を絞めるエグゼの手を力なく握る。

 やがてハンターの腕はぶらりと垂れ下がり、彼女の身体から力が抜けたことを感じ取る。

 だが、エグゼは手の力を緩めることは無かった…。

 

 

「処刑人ッ!」

 

 

 誰かが、エグゼの腕に掴みかかり強引にハンターから引き剥がす。

 

「アンタ、なにやってのよ…ハンターを助けるって言ってたんじゃなかったの!?」

 

 エグゼの凶手を止めたのは416.

 衣服はところどころ焼け焦げ、顔も煤で汚れている。

 

「全部、無駄だったってわけだ……ハンターは死んじまったんだ、もうオレの知るハンターはどこにもいないんだよ…」

 

「アンタ…それでいいの?」

 

「うるせえ、お前らなんかに分かるもんかよ」

 

「鉄血のクズが考えることなんて知らないわ。だけどね、アンタが腐ってるところを見てるとムカつくわ。アンタ、自分が言った事には責任を持ちなさいよ! 親友を助けるって、そうビッグボスにも約束したんでしょ!?」

 

 エグゼは何も言い返さず、ただ意識を失い倒れるハンターから目を逸らし涙を流していた。

 それが気に入らず、416はそばに近寄るとエグゼの肩を掴み無理矢理その目を倒れるハンターに向けさせた。

 

「見なさい、アンタの親友よ! どんなことがあっても見捨てないのが親友なんじゃないの、あんたの想いはその程度だったの!? 違うでしょう、楽しいときも辛いときもずっとそばにいてあげるものでしょう」

 

「うるせぇ、うるせぇよ……んなことは分かってる」

 

「やり直せばいいじゃない。何度でもね…また新しい思い出を作ればいいのよ」

 

 そう言うと、エグゼはそっとハンターへと手を伸ばし、彼女を胸に抱き静かに泣いた。

 

 そんな二人を複雑な表情で見下ろし、やがて416はその場を立ち去る。

 

 

「416……あなたにしては…熱い態度…じゃない」

 

 物陰に身をひそめ成り行きを見守っていた404小隊の面子が416を出迎える。

 喉を裂かれた箇所を治療したUMP45はまだガサガサしたような声でしか話せないようだが、見た目はとても元気そうだ。

 皮肉を言う彼女に、416はため息をこぼし、ジャラジャラと小銭の入った袋を取り出す。

 

「MSFの人形たちからね、もしもエグゼが不安定になったら助けてって依頼があってね。私としてはハンターは死んでくれた方が良かったんだけど……こんな面倒な依頼ならもっとお金をふんだくっとけばよかったわ」

 

「フフ……たまには…悪く…ないでしょ…?」

 

「最悪よ」

 

 




楽しい思い出も、幸せな思い出も二人で分かち合った。
 
哀しいときも、辛いときも二人で慰め合った。

もしも私がそれを忘れてしまったら、それを覚えているお前がどうか忘れっぽい私にもう一度教えて欲しいな。

それが、親友ってもんだろう?





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裏切り者の烙印

「ハンターが、やられたか……随分呆気ないものだな」

 

 鉄血司令部の一室にて、一般兵より持ちこまれたハンター敗北の知らせをウロボロスは冷めた態度で受け止める。

 最近感情の起伏が激しく、平気で部下を八つ当たりに破壊するウロボロスの前でその兵士は緊張した様子で直立する。 

 ウロボロスが手で追い払うような仕草を向けると、その兵士は足早にその場を立ち去っていく…。

 

「まあ、所詮処刑人と同じレベルのハイエンドモデルだ。いくら優秀な師がいても、素質が無ければどうにもならんものだよな。フォックスよ、おぬしが気に病むことはないさ。おぬしという最高の師より鞭撻を受けながら成果を出せぬ奴が悪いのだ」

 

 ウロボロスは額に手を当てながら、ケタケタと笑う。

 

 代理人より厳しい叱咤を受けて以来、ウロボロスの精神状態はとても不安定なものとなり、時間が経つごとにそれは酷くなっていた。

 

 ウロボロスは自身とアルキメデスを狙いやってくるであろうビッグボスとの邂逅を楽しんでいるかのような口ぶりであったが、彼女が内心ビッグボスに対し恐れの感情を内包していることをグレイ・フォックスは見抜いていた。

 電脳空間で幾度もビッグボスとその師ザ・ボスをモデルとしたAIと果てしない戦いを経験したとはいえ、現実世界でのビッグボスの強さと脅威を、その身体で体感してしまった。

 自身の生まれから高い自尊心を持つ彼女だが、現実のビッグボスを目の当たりにした今、彼女は自身の力に疑問を感じつつあった…。

 

 

 そんな時、彼女の元へ来訪者が訪れた。

 

 音もなく現われたその人物に咄嗟にグレイ・フォックスはブレードの刃を首筋につきつけたが、相手が同胞の鉄血人形だと分かると静かにその刃を下ろす。

 

「ずいぶん辛気臭いところに引きこもっているな」

 

「アルケミスト…おぬしがジャミング装置の回収をしに来たのか?」

 

「ああ、お前のせいで折角の休暇が台無しだ。それで、戦況はどうなってる?」

 

「フン、ハンターがやられたところだ」

 

「ハンターが? ほう、そいつは痛いね…」

 

 アルケミストの目が一瞬鋭くなったことを、ウロボロスは見逃さなかった。

 だが彼女はすぐに薄ら笑みを浮かべ、司令部の端末に映るエリアのマップに目を向ける…。

 多くの部隊がこのエリアに展開されているが、いくつかの部隊はグリフィン側の部隊と交戦状態であり場所によっては劣勢となっているようだ。

 

「なるべく早く駆け付けて良かったよ。のんびりやって来てたらジャミング装置が奪われていたところだ」

 

「アルケミスト、どういう意味だ…?」

 

「そのままの意味だよ。この勝負、お前の負けだな」

 

「まだ勝負は続いておるわ! グリフィンの雑兵部隊など大した脅威ではない、ビッグボスを打ち倒し次第すぐにでも駆逐してやる!」

 

「ハハハ、まだそんなことが言えるとは少しは根性があるんだな」

 

「おぬし、この私をおちょくっておるのか?」

 

「だったらどうするんだ?」

 

 アルケミストの見え透いた挑発に、ウロボロスは苛立ち、睨みつける。

 

「言い忘れたが、あたしが回収に来たのはジャミング装置だけじゃない。お前の勝手な権限で動員された部下たちも回収する」

 

「なんだと…! ふざけるなよ、今部隊を引き抜かれたら戦線が崩壊するであろうがッ! おぬしにそんな権限など―――」

 

「代理人の指示さ……お前どうしようもないバカだな、よりによって代理人を怒らせるなんて。お前はしくじっちまったのさ……我々鉄血としてはMSFと事を構えるつもりはさらさらないんだよ。代理人がお前に望む事は、この場でビッグボスの手で抹殺されることだ」

 

「殺されることがだと…! ふざけるな、何故私が死なねばならん!」

 

「だったらビッグボスを殺し、MSFを壊滅させて見ろ。お前如きにできるか? 奸智に長けた代理人が戦うことを避ける相手だ…無理だよな、お前にはよ? あたしらはここでお前と縁を切る、せめてもの願いは逃げずにビッグボスに殺されることだ」

 

「なぜだ、何故私がこのような目に合わねばならんのだ! 代理人だ、代理人と話しをさせろ!」

 

 いくら代理人の指示を破ったからとこのような処遇は重すぎる、そう不服を申し立てるウロボロスに、アルケミストは中指を立てて拒絶した。

 

「お前なんだろ…ハンターのAIを初期化しやがったのは。仲間を踏みにじる、一番やっちゃいけないことをやっちまったなお前」

 

「裏切り者の処刑人を抹殺するためだ、気心のあるままでは戦えぬだろう! それに奴は…」

 

「ハンターはいい奴だった、アイツがどれだけ長い時間をかけてあそこまで成長したと思ってる。お前はあいつが積み上げてきたものすべてを消したんだ。お前はあたしらの仲間を、家族を奪った……本来ならあたしがこの手でお前を殺してやりたいところだ。まあ、もうすぐお前も終わるさ」

 

 アルケミストは怒りを鎮め、戦場を俯瞰するモニターへ目を向ける。

 もうすぐウロボロスにとっての死神がここへやってくるだろう…。

 

「蠱毒から生まれたのはただの毒蛇だったみたいだな…。まあ今回の失態は代理人の側にもあるがな…あばよウロボロス、二度と会うこともないだろうがね」

 

 アルケミストは最後にそう言いその場を立ち去っていく。

 

「グレイ・フォックス、アンタがこの女に従ってる理由がいまいち分からないね。もう命を拾ってくれた恩は十分だろう? こいつを捨てても、誰もお前を責めないぞ?」

 

 アルケミストの問いかけに、グレイ・フォックスは無言のままであった。

 やがて興味が失せたかのように、アルケミストは二度と振り返ることなく司令部を立ち去っていった。

 

 来訪者が消え、二人だけとなった静かな司令部に、小さな笑い声が響く。

 その笑い声は徐々に大きくなり、やがては狂気的な高笑いへと変わっていった。

 笑い声の主、ウロボロスはひとしきり笑った後、獰猛な笑みを浮かべ司令部のモニターを叩き割る。

 

「なんだこれは、なんなのだ? 忌々しい電脳空間から解放されたと思えばこれだ……いいだろう代理人、だがな、糸の切れた人形がただ崩れ落ちるだけだと思うなよ。私は、おぬしの思い通りにはならん! ビッグボスをこの手で殺し、正統なる蛇として生まれ変わってやろうではないか」

 

 ウロボロスが司令部の端末を操作すると、基地全体が大きく揺れる。

 すると、司令部に残骸のように横たわっていた装甲人形が起動し始める。

 軍用人形として生み出された装甲タイプは直接ウロボロスの指揮下にあるため、代理人の権限をもってしても動かすことはできない。

 失った鉄血兵の代わりに、装甲人形の大部隊が動き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の振動は何だ?」

 

「分からん、ウロボロスが何か仕掛けたのかもしれん。ボス、先を急ごう」

 

 

 エリア全体が揺れ動き、不安に駆られたスネークとオセロットは先を急ぐ。

 廃墟に展開されていた鉄血の部隊はある時戦闘を放棄し、皆一斉に戦場から離脱していった…何かが鉄血側の内部で起こったのだろう。

 そんな時、二人の前に複数の装甲人形が立ちはだかる。

 盾を構え機敏な動きで接近する装甲人形を、スネークは対装甲用に徹甲弾を装填したM60軽機関銃の連射で破壊する。

 

「オセロットッ!」

 

 さらに街路の端から姿を見せた装甲機械兵"ニーマム"。

 だが、オセロットは素早く反応し、射撃体勢に入ったニーマムの砲身へリボルバーの速射を叩き込み、内部で爆発を起こさせて破壊する。

 伝説の傭兵ビッグボスと、彼のライバルであり伝説の英雄を母に持つオセロット…この二人を止めるには装甲タイプといえど力不足だ。

 

「ボス、何か来るぞッ!」

 

 オセロットは凄まじい速さで接近する気配を察し、ホルスターにしまっていたリボルバーを取り出して引き金を引く。

 放たれた銃弾は、接近する何かによって弾かれ、それは姿を現す。

 

「フランク!」

 

 フランク・イェーガー…いや、グレイ・フォックスは二人の前に姿を現すと、静かにブレードを構える。

 

「なぜだ、なぜお前はウロボロスに協力する」

 

「私的な理由だよ、ビッグボス。お互い…小娘人形の世話に手を焼かされているようだな」

 

「誰が小娘人形だッ!」

 

 

 ウロボロス、姿を見せた彼女にオセロットは銃を構える。

 オセロットとウロボロスはここでの顔合わせが初であるが、ビッグボスとよりによってザ・ボスのAIをもとに強化されたと聞かされていたため、その存在は許容できないものだ。

 

 

「これがボスの紛い物か」

 

「おぬしの事は知っておるぞ、オセロットよ。おぬしの諜報活動のせいでMSFの機密を入手することはついに敵わなかった」

 

「お前のような小娘に出し抜かれたんだ、オレもまだまだだな。お前はボスを超えようとしているらしいが、教えてやる、お前はボスの足元にも及ばない。ザ・ボスにもな…」

 

「ならば実戦で証明しようじゃないか。結局のところ、最後まで立っていたものが勝者であるのだ。スネーク、10分だ…20分後にアルキメデスは発射される。標的はグリフィン司令部、おぬしらの前哨基地…そしてここだ。

わたしはおぬしを超えねばならんのだ…わたしを見下した全ての者に、私の力を見せつけてやるッ!」

 

「さぁ決着をつけようじゃないかビッグボス! 最後まで立っていたものが、真の蛇となるのだ!」

 

 

 




難産だった…クライマックスが難しい。

次回、3章最終話!
次は少し休んで投稿します…。


逸る4章への衝動を抑えなければ…。


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呪縛からの解放

「ほう……あんなバカ女でも、やはり単純な戦闘能力では鉄血の中でも一、二を争うということか」

 

 廃墟のビルの屋上から、アルケミストは一人戦場を俯瞰していた。

 

 眼下では集結する装甲人形や装甲機械の部隊がスネークとオセロットの二人を取り囲むようにして迫る。

 しかしスネークとオセロットを相手に、装甲部隊はその能力を活かしきれず次々に撃破されている。

 一方で、蠱毒の中で鍛えられ、ビッグボスとザ・ボスの戦闘データを基にしたAIと戦闘を行っていたウロボロスは、スネークとオセロットの二人とはり合っているようだ。

 仲間であるグレイ・フォックスの援護のおかげもあるだろうが、電脳空間で果てしない闘争の末に生まれたという経歴は伊達ではないということだ。

 

 スネークとオセロットに、特別な能力などは存在しない。

 戦場の流れを本能で感じ取る天賦の才、常に状況が変わる戦場で最善の一手を見つける鋭い洞察力、長年の闘争と鍛錬により培われた確かな戦闘技術。

 人外めいた特殊技術をもたない二人だが、それに勝るほどの能力を身に付けているのだ。

 

 ウロボロスは強い、彼女はもはや仲間でも無い存在だが、それは認めなければならない。

 グレイ・フォックス…彼はウロボロスがどこからか見つけてきた最高の逸材だ。

 二人を同時に相手をすれば死は免れない…アルケミストは傲慢だが、敵の過小評価は決して行わない。

 

「ククク…羨ましいな…」

 

 無意識にこぼれ出た己の言葉に、アルケミストは自嘲する。

 ビッグボスの戦闘データはアルケミスト自身も目にしたもので、それまで下等な人間と侮っていた存在の中でそのデータは目を疑う存在だった。

 いち早くその危険性に気付いた代理人が敵対することを避ける指示を出した理由も分かる。

 アルケミストもその脅威を理解し、忠実に代理人の言いつけを守ってはいるが……。

 

「処刑人が魅了されるのも分からなくもないな。同じ戦いの中に生きる者として、是非とも戦ってみたい」

 

 勝ち負けではない、互いの力を出し切る闘争にこそ本当の意味がある。

 ビッグボスは果たしてどんな反応を見せるのか、どう戦いを受けるのか、興味が尽きないのだ。

 あぁ…処刑人はこの狂おしいほどの渇望を抑え切れず、ビッグボスに挑んでいったのだなと、アルケミストは悟るのであった。

 人形を拷問にかけ、断末魔の悲鳴を聞き悦に入るのとはわけが違う……。

 

 

「アンタみたいな奴でも、そういう顔するんだね」

 

 

 屋上に響いた声に、アルケミストはゆっくり振り返る。

 

 

「おいおい、お前はこんなところに居ていいのかな? ここはお前の舞台だろう?」

 

「お生憎、怪獣たちに主役の座を奪われちゃったから私たちの舞台は閉幕よ。あなたは舞台に上がらないで観客気どりかしら?」

 

「そうとも。あたしはこの演劇をただ観て愉しむだけなのさ…見たところ、お前は裏方で色々忙しそうだなUMP45」

 

404小隊(存在しない部隊)らしいでしょう? 色々と大変なのよ、裏方も…勝手に暴れまわる役者たちの面倒も見なきゃならないし、舞台の道具を持ち逃げしようとする観客も懲らしめなきゃならないしさ。あなたもそう思わない?」

 

「アハハハハ! 言葉遊びはもう止めにしようか? ジャミング装置が欲しいのなら不意打ちでも奇襲でもなんでもすれば良かったものを」

 

「そんな野蛮なことすると思う?一声挨拶をと思ってね、淑女らしくさ」

 

「面白いことを言うね、淑女か…お前に最も相応しくない言葉だぞ。かわいい顔をして、その腹にどんなどす黒い汚物をため込んでいることやら。どちらかというと、お前はこっち側だろう?」

 

「失礼ね、わたしは世界で一番きれいな心の持ち主よ。さて、長話もそろそろ飽きてきちゃったし…」

 

 その時、屋上の物陰から416が飛び出しアルケミストへ向けて引き金を引いた。

 完璧な奇襲攻撃、しかしアルケミストはまるでその攻撃を予測していたかのように驚異的な速度で弾丸を躱し、凄まじい速さで416へ向けて走った。

 不規則に動き翻弄するアルケミストは416の視界から忽然と姿を消す…いや、姿が消えたと錯覚するほどの速さで移動して見せたのだ。

 気がつけば、416は背後をとられ銃を握る腕を拘束される。

 

「くっ、離せ!」

 

「お前ではあたしは殺せないさ。素質が違う、経験が違う、鍛え方が違う、潜り抜けてきた修羅場の数が違う。我々が人類と決別するよりもずっと前から、あたしは戦場にいたからね…お前たちなんて新兵(ルーキー)同然さ」

 

「アルケミスト、あなたやっぱり…誕生以来一度も死なずに戦場に立ち続けただけのことはあるわね」

 

 UMP45の言葉に、アルケミストは誇らし気に笑う。

 

 拘束した416の頬に冷たい指を這わせ弄ぶアルケミスト…416はそんな彼女の指に噛みついたが、アルケミストは416の舌を引っ張り上げてなおも苛めて遊ぶ。

 

「まあ、そう言うことだ。戦場における生存能力(サバイバリティ)においては代理人にも負けないと思ってるからね。さて、お前たちと遊んでやるのもいいが…あたしも仕事があるんでね、そろそろお暇させてもらうよ」

 

 アルケミストは最後に一度、416の頬にキスをして突き放す。

 咄嗟に振り返った416であったが、既にアルケミストの姿はなかった…。

 

「この高さから飛び降りるなんて、鉄血の人形っていよいよ化物染みてきたわね」

 

「あいつ…今度会ったら八つ裂きにしてやるわ」

 

 アルケミストに散々弄ばれた416はおもわず毒を吐く。

 

 そんな時、廃墟の向こうで爆発音が鳴り響き、高層ビルの一つが大きく傾きだした。

 アルケミストとの戦闘で少し忘れていたが、あっちでも化物染みた連中が戦っている。

 すっかり戦場という舞台の主役を奪われてしまったが、UMP45は裏方の役割を演じ切る腹積もりでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スネーーーク!」

 

 

 基礎を破壊され、傾斜したビルの外壁を滑りながらウロボロスは兵装を開き小型ミサイルを発射させる。

 

 スティンガーバースト…一発一発が人体を容易く吹き飛ばすほどの威力を持つ誘導式ミサイル、それを一斉に斉射させる。

 倒壊するビルの瓦礫から逃れ、そのすぐ後を誘導されたミサイルが着弾していく。

 スネークは走ったままの勢いで前転し、自身を付け狙う小型ミサイルへ向けて発砲、すべてのミサイルを空中で爆散させる。

 爆炎と黒煙が巻き起こる最中、ウロボロスは大胆にもその火炎の中に飛び込みスネークへ肉薄する。

 

「くらえッ!」

 

 爆炎の中を突き抜けて現われたウロボロスの渾身の蹴りを、スネークは咄嗟に受け止める。

 華奢な身体からは想像もできない重い一撃にスネークは一瞬苦悶の表情を浮かべたが、すぐさま反撃に移る。

 ウロボロスの二撃目の回し蹴りを屈んで避け、がら空きになったウロボロスの腹を肘で殴りつける…前かがみになったウロボロスの後ろ首へさらに拳銃の銃床を叩きつけ、その首を捉える。

 

「させるかーっ!」

 

 だがウロボロスは意地でもって強引に突進し、スネークを押し倒しその上に跨る。

 マウントポジションからの、振り抜かれた拳がスネークの横顔を殴りつける。

 二発、三発…四発目をスネークは見切り、空振ったウロボロスの腕を絡めとる…。

 

 ベキッ…。

 

 腕の骨をへし折り、攻撃の手を止めたウロボロスを押しのけ、へし折った腕を掴みあげ、投げ飛ばす。

 柔道の一本背負いの要領で投げ飛ばされたウロボロスはろくに受け身も取れず、背面より地面に叩き付けられた。

 

 

「おのれ……!」

 

 関節を外された程度ではない…力なく腕を垂れ下げたウロボロスであるが、その闘志は衰えることは無い。

 

 そんな時、激しい衝撃音と共にビルの建物の外壁が粉砕され、傷だらけのオセロットが転がり込んできた。

 

「くっ…やはり絶対兵士の被験体に選ばれたことだけはあるな」

 

 砂煙の中より現れるグレイ・フォックス。

 彼もまた全身を負傷しており、オセロットとの激しい戦いの様子を物語る。

 

 この場において無傷の者はいない。

 大小の差はあれど、互いに互いが付けた傷で血を流している。

 

 

 グレイ・フォックスが動いた時、オセロットは目にも留まらぬ速さでリボルバーを引き抜く。

 超人的な速さで接近するグレイ・フォックスは、自身に放たれた銃弾をブレードで斬りおとす…しかしグレイ・フォックスは突如足を止めてブレーキをかける。

 その刹那、斜め方向より弾丸が掠め壁を抉る。

 

 素早い射撃の中に、オセロットは跳弾を交えグレイ・フォックスの動きを牽制。

 さらに足を止めた数秒の隙にSAA(シングル・アクション・アーミー)の装填を素早く行っていた。

 グレイ・フォックスが再び動こうとした時には、既にオセロットのリボルバーは弾丸を放っていた。

 達人的な速射はグレイ・フォックスの反応を上回り、数発がさばききれず彼の身体を撃ち抜いた…。

 

「フォックス! くっ!」

 

 仲間の窮地にウロボロスは一瞬目の前のスネークから目を離してしまう。

 その隙をスネークが見逃すはずもなく、接近に気付き身構えようとした時には遅かった。

 咄嗟にナイフをとった手は抑えられ、へし折られた腕は動かせず、普段なら防ぐことも出来たはずの技にも対処できず容易く地面に叩き付けられる。

 

「なぜだ……何故勝てん…! おぬしの行動や、戦術は全て見切っていたはずだというのに…!」

 

「お前は確かに強い、電脳空間でオレを倒したというのも嘘じゃないだろう。だがオレは、昨日よりも今日、今日よりも明日強くなることを意識し続けている。お前が倒したのは、過去のオレに過ぎない」

 

「真似事で勝てる相手ではなかったということか……フフ、所詮私は哀れな操り人形というわけか」

 

「オレはお前を許すことはできない。だが……お前がここまで強くなれたのは、並大抵の努力ではなかったはずだ。お前の向上心と闘争心は認めなければならないな……いいセンスだ」

 

「いい…センス…か」

 

 ウロボロスは微かに目を見開くと、少しだけ誇らしげに笑った。

 

「わたしは己の存在意義を証明するため、常に力を渇望し続けてきた。だが……本当に欲しかったのは、違ったのかもしれんな。ビッグボス、あなたともっと早く出会えていたのならあるいは……いや、仮定の話しは止すとしよう」

 

 おぼつかない足で立ち上がったウロボロスは、晴れ晴れとした表情でスネークを見据える。

 

 そこには、それまでの傲慢で他者を見下していた表情は無い。

 

 

「蛇は、一人でいい……わたし(ウロボロス)は、所詮空想の存在に過ぎない。本物の蛇には、なりきれないようだな」

 

 

 ウロボロスの最後の攻撃、それはスネークまで届くことは無く彼の放った銃弾がウロボロスの胸を貫いた。

 銃弾により貫かれた胸からおびただしい血を流し、ウロボロスは吐血する…。

 そして彼女は力なくその場に崩れ落ちる。

 

 

 スネークは銃を下ろし、グレイ・フォックスに視線を移す。

 彼はウロボロスが倒れたと同時に、戦闘を停止させていた…。

 

「流石だなビッグボス。やはりあなたには敵わないな」

 

「フランク、お前はここで何のために戦っている。真意を聞かせろ」

 

「あなたと敵対することは決して本意ではなかった。オレは、その恩人である娘を救ってやりたかっただけだ…礼を言おう、ビッグボス。ウロボロスは最後には、呪いの輪廻から解き放たれたようだ。オレではできなかった事だ」

 

 グレイ・フォックスはブレードを鞘におさめ、静かにウロボロスへと近付いていくとそっとその身体を抱き上げる。

 

「傷つき、死にかけていたオレはこの娘に救われた。それから甲斐甲斐しく看病されてな……似ているわけではないが、妹と重なって見えたんだ。これを返そう…アルキメデスの制御プログラムへの鍵だ」

 

 投げ渡された端末をスネークは受け取る。

 既にグレイ・フォックスに敵意はなく、オセロットも銃を下ろす。

 

「オレはこの世界で何かをなそうとするつもりはないが、オレは戦場からは離れられないだろう。オレは、この娘のために生きてみようと思う。さらばだビッグボス、機会があればどこかの戦場で会えるかもしれないな…」

 

 ウロボロスの身体を抱きかかえ、彼は振り返ることなく、その場から立ち去っていった…。

 

 ウロボロスとグレイ・フォックスが戦闘を停止させたと同時に、戦場に展開されていた装甲部隊もまた活動を停止させた。

 

 グレイ・フォックスより渡された制御プログラムを開き、アルキメデスの発射コードも停止に成功する…。

 

 

 そしてスネークは葉巻を一本取り出し、口にくわえる。

 すかさずオセロットがライターの火を近づけた…。

 

 

「味の方はどうだ?」

 

「血の味がする…」

 

「お互い、年をとったな」

 

「ああ…さて、帰ろう。みんなが待っているからな」

 

「そうだな。新しい一日の始まりだ」

 

 

 夜の闇が引いていき、空が明るくなってきた。

 

 乾いた廃墟の街に、小鳥たちのさえずりが響き渡る…。




ウロボロス「フォックスお兄ちゃん!褒めて褒めて!」
グレイ・フォックス「生きる実感わいてきた」(至福)
ナオミ「は?」(憤怒)
大佐「全く度し難いな」
オタコン「君もオタクかい?」


ウロボロスは誰かに褒めてもらいたかったんや…でもどれだけ頑張っても、努力しても誰も認めてくれないからオラついちゃったんやな。
そんなウロボロスを、命の恩人として見捨てられなかったのがグレイ・フォックスさん…ちょっとご都合主義が強いけど、かんべんな!



というわけで、3章は終了…長かった。

次回からは4章だ!
4章のコンセプトはずばり"なんか色々辛いこと哀しいこと起きたけど全部忘れて楽しもうぜ"です。
犬もどきのパンドラの箱(おもちゃ箱)を開くときが来たぜ!

新しい戦術人形の仲間も増えるよ!

ほのぼのに全振りしてお届けする予定ですのでシリアスな空気はどっかに吹き飛ばせるといいな!


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第四章:OLD GLORY
陽はまた昇る


 執務室にて、グリフィン上級代行官ヘリアントスはいつも以上の厳しい表情で、机の上に広げた資料や新聞の記事を眺めていた。

 机上職が嫌いな者が見たらうんざりするような、びっしりと文字が書かれた報告書には最近のバルカン半島での情勢について、グリフィンの諜報部が独自に調べた内容が載っている。

 新聞記事の一面には"反政府パルチザン優勢、連邦政府高官は国外逃亡か"という文字と共に、反政府パルチザンの活躍を写した写真がでかでかと掲載されている。

 

「ヘリアン、失礼するぞ」

 

 部屋に入ってきたクルーガーに、ヘリアンはすぐさま起立し背筋を伸ばす。

 他に誰かいるわけではないから気楽にしろとクルーガーは言うが、そう言われて気を抜くような女ではない。

 

「テレビを見たかね?」

 

「いえ、前線の司令部より戻ったばかりですので」

 

「そうか。大事件が起こったようだな」

 

 クルーガーは執務室に取りつけられたモニターに、民間放送のチャンネルを合わせる。

 テレビでは、現在進行形のバルカン半島の内戦事情についての報道をしており、どこの放送局も同じ内容である。

 モニターには戦車に乗り込んだパルチザンの兵士たちが、パルチザンの軍旗を掲げ市街地を進む映像が映し出されている。

 

"――――本日未明、バルカン半島の連邦政府最後の牙城であるザグレブに反政府パルチザンの勢力が攻勢を仕掛けました。連邦政府は市街地に非常事態宣言を発令しておりましたが、ザグレブ市内の市民や軍部の離反が後を絶たず、政権側は徹底抗戦の構えを見せておりますが、既に首都ザグレブは包囲され政権側の敗北は決定的と見られています"

 

"ザグレブより中継です、市街地では今も交戦状態が続いておりあちこちで銃声が響いております! ご覧ください、連邦国会議事堂にパルチザンの軍旗が掲げられています! 歴史的瞬間です、もっとカメラを映して…! まるでライヒスタークの赤旗のように、パルチザンの勝利を示しているかのようです!"

 

"―――こちら現地リポーターより、パルチザン側とのインタビューを始めたいと思います。パルチザン側の勝利の一因には、忍耐強い闘争の他、大手PMCによる援助もあったという情報もあります。連邦政府の厳しい報道規制によって内情が知られていなかったいま……あ、ちょっと!?"

 

 現地より、内戦の情報を伝えていたリポーターが突如マイクをひったくられ、取り返そうとしたところをスコップで殴られて気絶する。

 次に映像に映し出されたのは、金髪に眼帯姿のやたらと見覚えのある少女である。

 

 

"やっほー、みんなのアイドルスコーピオンだよ! こちら国境なき軍隊(MSF)側より急遽宣伝も兼ねてあたしが戦場をリポートするぞ! 

MSFでは、常に、勇敢で逞しい戦士を募集しているぞ! 

政府の言いなりになるのは嫌? イデオロギーで対立するのは嫌? 誰かのためじゃなく、自分のために戦いたい? 

なにより、戦場でしか自分を見出せないと感じている諸君に告ぐ、MSFでは君らの願いが全て叶う!

あとそれから戦術人形諸君も、これを見ている野良人形たちだぞ、MSFでは君らのような人形も常に募集中だぞ!

それじゃ、諸君らの天国の外側(アウターヘブン)への来訪を心待ちにしてるからね!

おーい、あたしの手柄をとるな―――ッ!」

 

 

 画面が変わり、また別な放送局の現地報道が映される。

 クルーガーもヘリアンも、お互い言葉を発さず重苦しい空気が立ち込める。

 別な放送局でも、MSFについての情報がピックアップされていた……。

 

 

「予想外、というべきだな…」

 

「それは、バルカンの情勢にのみ込まれると予想していたということですか?」

 

「うむ……既に各国はMSFを危険視するのではなく、歩み寄ろうという姿勢も見えはじめている。その存在を認めることで、MSF側にもいくらかの妥協を望んでいるのだろう。それほどまでに、あの連邦政府が崩壊していく様は衝撃的だったのだ」

 

「クルーガーさん、これから我々はどうすれば…」

 

「どうもせんよ。我々は我々の仕事をこなすだけだ…MSFと我々とでは戦う理由も、組織の成り立ちも大きく違う。そうだな、我々としても…少し態度を改めても良いのかもしれん」

 

 クルーガーのMSF側と交流することを示唆する言葉に、ヘリアンは一抹の不安を覚える。

 AR小隊が戦場でMSFと接触したという情報があって以来、お互いの交流はほぼ断絶し関わり合いがない状態であった。

 ヘリアンとしては上司であるクルーガーがやれと言えば私情を挟まずやるつもりではあるが、AR小隊はどうか?

 特にM4はその時の一件でMSF側に酷く立腹し、現在同じAR小隊の仲間であるAR15の失踪で不安定な精神状態にある……万が一MSFに対し、M4の感情が爆発してしまったら、恐ろしい事態になることが予想される。

 

「ところで、404小隊はどこに? 作戦報告がいつまでも来ないようだが…」

 

 振り返り尋ねてきたクルーガーに、咄嗟にヘリアンは顔を背けてしまう。

 

「ヘリアン?」

 

「いや、あのですね……怒らないで聞いてくれますか?」

 

「あ、あぁ……何かあったのか?」

 

「作戦中、彼女たちもMSFと接触して……その後、彼らの基地に滞在してるみたいで…」

 

「なるほどな………ヘリアン、今回の任務の報酬…びた一文払わなくていいからな」

 

「はい、その通りに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本拠地マザーベースの位置情報は外部に対して徹底的に秘匿されているため、陸上に設営されている前哨基地こそが、MSFを訪れる者たちの玄関口となる。

 そしてその玄関口には、たくさんの人たちでごった返している状況にある。

 

「オレもMSFに入れてくれ!」

「おい、オレは射撃の名手だ! 仲間にしてくれれば力になるぜ!」

「雇って、どうぞ」

「元グリーンベレーのオレを雇ってくれ!」

「早く雇えよ、あくしろよ!」

「正規軍が10万ドルポンとくれるオレの力、見せてやろうか?」

 

 バルカン半島の連邦政府が崩壊して以来、MSFの話しを聞きつけた兵士たちが各国より己の力を交渉道具に前哨基地を訪れている。

 ヨーロッパはもちろんのこと、アジアやアフリカ、南米などからも多くの兵士たちがMSFに憧れを抱きやって来ているのだ…その数たるや、日に100人を超すこともある。

 バルカン半島の内戦でまたしても人員の喪失があったMSFだが、やってくる人員を無条件に雇うわけにはいかない。

 もしかしたらMSFへスパイ目的に接触する者もいるかもしれないし、単なる憧れで腕に自身の無いルーキーだって紛れ込んでいるかもしれない。

 兵士たちの受け入れには、前哨基地の管理を任されているエイハブとオセロットが担当をしているので、いまのところは間違った受け入れなどはされていない…。

 

 

 

 そんな前哨基地の慌しい様子とは対照的に、海に浮かぶMSFの本拠地マザーベースは平穏そのものだ。

 バルカン半島での内戦が終結し、一部の治安維持部隊を現地に残し、MSFの部隊はあらかたバルカン半島から引き揚げられていた。

 戦場で戦っていた兵士たちはマザーベースでの長期休暇を許可され、退屈だが平穏な生活の中で戦場での疲労を癒していた。

 

 

 マザーベースの甲板上で、スコーピオンはサングラスをかけてビーチチェアに座りくつろぐ。

 

「青くきらめく海、海鳥の鳴き声、穏やかな潮風……うーん、甘美」

 

「何が甘美よこのバカサソリッ!」

 

「ぬわああぁっ!」

 

 

 そんなスコーピオンの気取ったセリフを聞いた瞬間、WA2000はビーチチェアごとスコーピオンを蹴り飛ばす。

 

 

「いきなりなにするんだワーちゃん! 危うく海に落っこちて死ぬとこだったじゃないか!」

 

「落ちて死ねば良かったのに! まったく、アンタが余計なことをカメラの前で言うから…オセロットの仕事が増えて会えなくなっちゃったじゃない!」

 

「まあまあ落ち着きなさいワーちゃん、人員不足に悩むMSFにあたしの行為が一石を投じたのだ。今は怒られても、後にあたしはMSFを救った英雄として歴史にのるのだ」

 

「したり顔で意味不明なこと言ってんじゃないわよ!」

 

 最近オセロットに会えていないWA2000はただでさえ機嫌が悪いというのに、その原因を作ったようなスコーピオンが偉そうに振る舞っている姿は余計に彼女を苛立たせる。

 そのうちWA2000が先に手を出して、二人は取っ組み合いのケンカをすることになるのだが、タフなスコーピオンとFOXHOUNDに選ばれるだけのWA2000とではいつも決着がつかない。

 この日もその例にもれず、仲裁にやって来たミラーとUMP45によってケンカは止められる。

 

 いまだ腹の虫が収まらないWA2000は、ニコニコとした表情で当たり前のようにマザーベースにいるUMP45へ怒りの矛先を向けるのだ。

 

 

「というかなんでこいつがいるのよ! オセロットが404小隊はマザーベースに入れるなって、厳しく言ってたはずよね!? こいつに基地を徘徊させたら何を盗まれるか分かったもんじゃないわ、なんで入れたのよ!」

 

「可愛いからに決まってるだろ、いい加減にしろ!」

 

「最っ低! 本当に気持ち悪い変態ね、近寄らないで!」

 

「アハハハ、MSFって面白い場所ね。しばらく滞在しようかしら?」

 

「お断りよ! とっととグリフィンに帰ってヘリアンのご機嫌取りでもしてなさい!」

 

「やーん、カズヒラさん助けて! ワルサーさんが苛めてくるわ!」

 

「うおおお! 45ちゃんを苛める奴はオレが許さんぞーッ!」

 

「このクズ共が……!」

 

 キャッキャウフフと、ミラーに抱き付いて媚びるUMP45に対し、WA2000は額に青筋を浮かべ拳を握り固める。

 指揮系統から言うとまずスネークが、その次点でミラーがいてオセロットはその後に続く形だが、そのような指揮命令系統は関係ない。

 WA2000にとってはオセロットこそが大正義であり、オセロットの言葉こそが聖典なのだ。

 

「まあまあ、ワルサーちゃん落ち着きよ! 家族が増えるっていいことなんだよ!」

 

「アンタらみたいな胡散臭い家族なんてごめんよ!」

 

「完全無欠なこの私が味方になるかもしれないというのに、何が不安なの?」

 

「あんた前にオセロットに襲い掛かったって聞いたわよ!?どこに安心する要素があんのよ!」

 

「海風が気持ち良いから良く寝れそう」

 

「一生寝てなさい! コンクリートに詰めて海底に沈めてあげるわ!」

 

 404小隊全ての隊員に噛みつき、息を荒げるWA2000。

 しかし一部の者たちを除き、MSF副司令ミラーの決定というのは組織の長であるスネークが反対しなければ絶対であるため、404小隊のマザーベースでの自由はまかり通ってしまうのだ。

 

「オセロットに… オセロットに言いつけるからね! 覚悟しなさいよアンタたち!」

 

「そんな固くならずにもっと楽しめばいいのに。ね、カズヒラさん?」

 

「そうだよね45ちゃん! ようやくオレにも運気が回って来たぞ!」

 

 一見UMP45はミラーの腕に抱き付いて笑顔を振りまく愛嬌の良さをアピールしているが、WA2000には、その腹黒さが良く見えている…きっと何か企んでると警告するのだが、目の前のグラサンのおっさんは一切耳を貸さず、UMP45に鼻の下を伸ばしている。

 イラつくWA2000に、盟友スコーピオンは声をかけるのだ…。

 

「ワーちゃんがミラーのおっさんに色仕掛けすれば何とかなるんじゃない?」

 

「死んだ方がマシね」

 

 オセロット以外の男に媚びるなどと、考えるだけでもゾッとする…病的なオセロット信仰に、スコーピオンは苦笑する。

 結局似た者同士仲が良いということか…。

 

 

 

 

 

 ところ変わってマザーベースの居住エリア。

 居住エリアの一画に設けられた喫煙スペースにて、スネークは一人葉巻を嗜む…このような場所で葉巻を吸うのはスネーク的にはごめんなのだが、最近は非喫煙者への配慮ということで喫煙所があちこちに設けられるようになってしまった。

 おかげで食堂などで喫煙はかなわず、このような閉じ込められたスペースで一人寂しく葉巻をふかすしかない。

 

「これなら外にいた方が良い…」

 

 思わず愚痴をこぼしてしまうが、一応組織の長として、決められたルールは守らなければならない。

 

 味気ない葉巻の火を消し、喫煙所を出ると、誰かが言い争う声を聞く。

 スネークはその声のする方へ歩いていき、物陰からこっそりと覗く……。

 

 

「もうわたしに構うな! 迷惑なんだよ!」

 

 

 言い争いをしているのは、エグゼとそれから先の作戦で回収された鉄血のハンターだった。

 

 

「いや、だからオレは親友としてお前と仲良くしたくてだな…」

 

「それが迷惑だと言ってるんだ! 何が親友だ、私はお前など知らないと言ってるだろう!」

 

「お前の記憶が消える前、オレとお前は親友だったんだ。確かに、お前はもう覚えちゃいないかもしれないけどよ……それでもお前とまた一からやり直したいと思ってんだよ!」

 

「ふん、わたしの気持ちなどお構いなしか。前の記憶が消えてくれたのは良かったさ、お前みたいなしつこい人形の記憶はキレイさっぱり忘れたいだろうからな!」

 

「お前、ふざけんなよ…!」

 

「なんだ、殺すか? ああそうしてくれ、その方が私も都合がいい。どうした、私は丸腰だぞ? さあ殺せよ、そうしたら私はまた記憶をリセットして生まれ変わる、お前みたいな煩い人形など全部忘れてな! さっさと殺せよ処刑人!」

 

 ハンターは処刑人の腰のホルスターから銃を取り、エグゼの手に押し付けその銃口を自分の胸に押し付けた。

 

「ハンター、どうして分かってくれないんだよ…オレは、お前と一緒に居たいだけなんだよ」

 

「私はお前となど居たくはない…! 私を殺せないのなら、お前がこの場で死ね!」

 

 引き金を引くことのできないエグゼから銃をとり上げ、ハンターは銃口をエグゼへと向けた。

 撃つことのできなかったエグゼに対し、ハンターは何の迷いもなく、その引き金を引いた…。

 だが、放たれた銃弾はエグゼを撃ち抜くことは無く、代わりに床を抉り取っていた。

 

「スネーク…!」

 

 咄嗟に跳び出したスネークが、ハンターの拳銃を抑え、その狙いをエグゼから離していたのだ。

 驚愕するハンターを突き放し、銃を奪い取る。

 

「仲間に銃を向けるな」

 

「……私は、貴様らの仲間ではない…!」

 

 ハンターは忌々しくエグゼと、スネークを睨みつけその場を立ち去っていく。

 エグゼは彼女を追いかけようとしたが、スネークは止めた。

 

「ハンターにはまだ時間が必要だ。気持ちの整理が、追いつかないんだろう」

 

「スネーク…オレ、アイツとどう接したらいいか分かんねえよ。前と同じようにしても、アイツは拒絶するだけだ」

 

「難しい問題だな。こればかりは、オレも解決策を出してやれないからな。そうだな、何かハンターの気分転換になることでもしてやろうか。エグゼ、ハンターは何か好きなことってあったか? 同じモデルの人形であるなら、ある程度の趣味嗜好は被るだろう」

 

「好きなことね…やっぱ狩りとか、好きだったよな」

 

「狩り……か。そうだな、久しぶりにアレをやってみるか」

 

「アレって…?」

 

 いまいち理解できないエグゼは小首をかしげ考えてみるが、それでもスネークが何を考えているのかよく分からなかった。

 

 

「ちゃんとした料理もいいが、素材の味を、生で感じてみたいと思わないか?」




4章…始動!

カズ「ついに…ついにこの時が…!45はオレの嫁ッ!」(歓喜)
UMP45「そんなカズヒラさんったら…///」(いやーきついっす)

ヤンデレな45姉もいいけど、あたくし的に小悪魔的お姉さんも合うと思うんだ!

4章では割とワーちゃんが暴れまくるかな?
オセロット絡みで(笑)


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狩猟クエスト:うにゃー!にゃにゃにゃ、にゃーお!

モルダー、あなた疲れてるのよ……


 最近、MSFのマザーベースに新たなプラットフォームが誕生した。

 

 その名も、畜産プラットフォーム。

 MSFにとって終始付いて回る食糧事情を鑑み、かねてより食糧の自給自足を計画していた糧食班は副司令カズヒラ・ミラーとの協議の末、このプラットフォーム建造に至ったのである。

 畜産プラットフォームとは、読んで字の如く、動物を家畜として飼育し貴重なたんぱく源を得るというものだ。

 そのためにMSFでは他のプラットフォームより大きい施設を海上に造り上げたのである。

 さらに、この一大プロジェクトには研究開発班も加担する。

 家畜を飼うにあたり、成長速度というものがあるのでどうしても長期的な飼育を視野に入れなければならない。

 そこでこの世界でフルトン回収したとあるバイオ技術研究員の協力の下、遺伝子を組み替え、成長速度を早めた家畜を育成するという計画が進められていたのだが……その計画はとん挫する。

 

 スネークが、珍しく声を大きくして反対したのだ。

 

 MSFのためだと熱く説得するミラーに対し、スネークは凄まじい剣幕で拒絶し、普段見慣れない怒ったスネークの姿に兵士たち、とくに戦術人形たちは震えあがったという。

 その後はミラーが謝罪し計画を白紙にすることで和解となったが…。

 とはいえ、計画が白紙になった段階でプラットフォームは建造されてしまったため、何か別な利用法を見つけなければならなかった。

 

 生活スペース、研究開発棟、訓練場といった案が出されたが、どれもいまいち決まらず……そんな時、意見を出したのがヒューイである。

 ヒューイは二足歩行兵器…つまりはメタルギアZEKEの開発を担当していたのだが、バルカン半島の内戦でZEKEは破壊されてしまったため、新たな兵器の開発に着手していた。

 しかしヒューイは、新兵器の開発には現在マザーベースにある研究開発棟では広さに限界を感じていたため、今回作られてプラットフォームは都合の良いものであったのだ。

 

 そしてヒューイが新たに開発しているのはZEKEと同じメタルギアだ。

 

 まだ設計の段階で、なおかつ大量の資材を使用するようなので製造に着手してはいなかったが、ZEKEに替わる世界に対する抑止力が必要と判断し、スネークはその開発を許可したのだった…。

 

 

「―――サヘラントロプスはZEKEと違って、直立二足歩行兵器として開発してる。直立歩行をすることで武器の携行も可能となり、高い目線を活かして地形の高低差をものともしない視界の確保が可能だ。それと、これを見てくれスネーク」

 

 ヒューイは端末を操作し、モニターを切り替える。

 そこにメタルギアZEKEにも搭載され、非常に強力な兵器としてあらゆる敵を薙ぎ払っていたレールガンの図面が映し出される。

 

「これはZEKEに搭載していたレールガンよりも大型のものだ。レールガンはその非常に高い加速力で、理論上は世界のどこにでも射出物を撃ちこむ事が出来る。レールガンは原理的には大砲と同じだ。だからミサイルの噴射炎などを捉える警戒システムの盲点を突くことができるんだ」

 

「ヒューイ……それはまさか」

 

「そう、レールガンに核弾頭を搭載すれば、どんな警戒システムも探知できない完全なステルス核兵器となるんだ」

 

「ステルス核兵器…いつ、どこで核を撃つ込まれるか分からない恐怖は、抑止力としては極めて高い効果を発揮するな。よくこんな発想が生まれたな」

 

「え、あぁ…そうだね。実は、これ、この世界でのアイデアの一つなんだ…」

 

「また盗用か!」

 

「ち、違うよ…いや、ある意味そうなのかな? 実はこの世界の研究者が昔発表した論文の中にあってね、それからアイデアが生まれたんだ。でも実現にはレールガン用の核弾頭の開発とか、大量の電源の確保とか問題があったらしくてね、おまけに…最終核戦争の影響で研究成果も構想も全て無くなったらしい」

 

 ヒューイはどこか暗い表情で、モニターを見つめていた。

 自身の生い立ちから、核兵器を酷く憎むヒューイにとって、核戦争で荒れ果てたこの世界と言うのは、まさに悪夢のような世界だった。

 ヒューイが核兵器に開発に携わっていたのも、核の抑止力によって、二度と核兵器が使われないことを祈ってのこと。

 

「ヒューイ、外に行くぞ」

 

「え? ぼくはここで研究をしなきゃならないから…」

 

「たまには外に出て気分転換も必要だぞ、ほら行くぞ」

 

 スネークは有無を言わさず、ヒューイの車いすを押して外へと向かった。

 

 薄暗い研究室を出て、太陽の日差しに照らされたヒューイはそのまぶしさに目を細める。

 徐々に目が慣れてきて、ゆっくりと目を開くと、どこまでも続く青く広い海が目の前にあった。

 海鳥たちの鳴き声や心地よい潮風は、研究室に引きこもっていたヒューイには久しく感じていなかったものであった。

 

 

「おーいスネーク! どこ行ってたんだよ! お、引きこもりヒューイじゃん、何週間ぶりだお前?」

 

「やあエグゼ、義手の調子はどうだい?」

 

「おかげさまで、今じゃ違和感もないね。つーか、こんな義手は作れるのに自分用の義足は作らねえのか?」

 

「ちょっとね…アハハ」

 

「相変わらず変な奴だな」

 

 普段研究室から出てこないヒューイが外に出てきた、それが人形たちにとっては珍しいのかスコーピオンや9A91、スプリングフィールドが集まってくる。

 ヒューイの足をネタにしつつも悪意を感じさせずむしろ親しみを覚えるスコーピオン、ヒューイの研究に興味深く尋ねる9A91、そしてとにかく優しいスプリングフィールド。

 一人で引き籠って研究していたヒューイは、親しみやすい人形たちにいつしか笑顔を浮かべて言葉を交わしていた。

 

 

「なあスネーク、さっさと狩りに行こうぜ。一応ハンターも誘ってあるんだからよ」

 

「ああそうだったな。良い狩場を知ってる、ハンターも気にいるはずだ。久しぶりのキャプチャーだ、腕が鳴るな」

 

「ダメですよ?」

 

 唐突に、背後からスプリングフィールドが肩を掴み引き留める。

 スネークが振り返り見たのは、いつも通り優し気な笑顔を浮かべるスプリングフィールドの姿であったが…スネークにはその背後にどす黒く禍々しいオーラが見えていた。

 

「ど、どうしたスプリングフィールド…」

 

「また変な生き物捕まえてくるつもりですよね? スネークさん、この間マザーベースで酷い害虫騒動があったの覚えてますよね?」

 

「あぁ。確かアレはゴキ――――「その名前を呼ばないでくださいッ!――――す、すまん」

 

 先日、糧食班のプラットフォーム、及びスプリングフィールドのカフェに突如として現われた黒く禍々しい生物。

 最初に気付いたのはスプリングフィールドで、マザーベース中の海鳥が飛び立つほどの悲鳴に、すぐさまマザーベースの警備体制は警戒フェイズに移行する。

 緊急出動されたスプリングフィールド親衛隊(カフェの常連)たちがすぐさまカフェへ駆けつけた時、スプリングフィールドは大量発生した黒き生命体に怯え震えあがっていたのだ。

 

「スネークさん、アレ…持ちこんだのスネークさんですよね?」

 

「あぁ、美味かったから生きたまま持って帰ってきた」

 

信じられない……とにかくスネークさん! この間はそれでみんな迷惑したんですからね!」

 

「いや、アレ栄養価が高いみたいだぞ。調べたら世界にはいろいろな料理があるらしいじゃないか、お前も食ってみろ、オレの言いたいことがわかるはずだ」

 

分かりたくありません!!

 

 スネークの悪食は、以前のキャプチャー作戦で思い知らされていたスプリングフィールドであったが、よりによってあの生物を食うとは想像もしたくなかった。

 その後スタッフたちによって黒い生き物は一掃されたが、風の噂で半分が駆除ではなく捕獲されたと聞いた。

 捕獲された黒い生物がその後どうなったかなど、スプリングフィールドは考えたくもなかった…。

 

「スプリングフィールド、これだけは言っておく。好き嫌いはダメだぞ」

 

「あのですね…」

 

 手のつけられないスネークに、スプリングフィールドは降参したくなるが、これ以上マザーベースに変な生物を連れ込まないためにもきつく言いつける。

 "今度からは現地で食って帰る"などと言うスネークに、スプリングフィールドは全てを諦めた。

 

 

「スネーク! 大変よスネーク!」

 

 

 そこへ、WA2000が何やら大慌てで駆け付ける。

 息も絶え絶えでただならない様子に、一同に緊張が走る。

 

 

「どうしたんだよワルサー! 敵襲か!?」

 

「大変なの、変なのがマザーベースに来てるのよ! とにかく一緒に来て!」

 

 

 彼女の言うことはわけが分からなかったが、ひとまずWA2000の後をついて行く。

 彼女が向かった先にはたくさんの人だかりができている。

 WA2000の様子から異常を感じ、エグゼやスコーピオンは完全武装でスネークの背後に控えた。

 

 

「おい、どうしたんだ」

 

 

 スネークの姿を見たスタッフたちは、ざわめきながらその場を譲る。

 人だかりが割れていき、この騒動の原因がスネークの目に飛び込んでくる。

 

 ひざほどの高さにも満たない小さく毛に覆われた身体、ゴーグルをかけ頭にかぶったヘルメットからは二つの耳が飛び出している…。

 二本の足でしっかりと立つ、奇妙な猫の姿がそこにあった。

 

 

「お前は、トレニャーじゃないか!! お前もこっちの世界に来てたのか!?」

 

「うにゃにゃーお! にゃにゃ、うにゃー」

 

「ほう、嵐に巻き込まれてか…オレたちも同じだ。今までどこにいたんだ?」

 

「にゃー。んみゃーお、にゃにゃ、にゃー」

 

「そいつは大変だったな。しかしよくここまで生きて来れたな」

 

「みゃーお! にゃーにゃにゃ!」

 

「相変わらず大した奴だニャ」

 

「あのさ、スネークちょっといい?」

 

 奇妙な猫と親し気に話すスネークに、スコーピオンは申し訳なさそうな表情で声をかける。

 

「その猫、なに?」

 

「あぁ、そういえばお前たちは初対面だったな。紹介しよう、こいつはトレニャーだ」

 

「いや、そうじゃなくて……あぁもう、なんて言ったらいいのかな!」

 

 スコーピオンは頭を抱え込んで叫ぶ。

 他の人たちもスコーピオンと同じ気持ちであるようで、全員が引き攣った表情でスネークを見ている…若干の距離感を置いて。

 

「にゃーお!にゃーお! うみゃー、にゃにゃにゃ!」

 

「ん? ここにも怪物の島があるのか? そうだトレニャー、うちにお前が捜していたハンターがいるんだが…」

 

「うみゃー! にゃにゃにゃーお! にゃー!」

 

「よし決まりだな。エグゼ、準備をしろ」

 

「は? 意味が分かんねえよ、というかスネークお前ちょっと怖いぞ?」

 

「大丈夫だ、問題ない。さあ怪物狩り(モンスターハンティング)に行くぞ」

 

 




オセロット「現地語の習得は諜報の基本だ…猫語を話してみろ」

ワルサー「こ、これでいいのかニャ…?」(赤面)
スコーピオン「元気にいくニャ!」(ノリノリ)
スプリングフィールド「恥ずかしいです…ニャ」(赤面)
9A91「ニャ、ニャー……うぅ」(困惑)
エグゼ「シャーーッ!!」(威嚇)

ハンター「なにこいつら、やっぱ仲間にならない方がいいわ」(ドン引き)
IDW「……」(白目)

そして失われるIDWのアイデンティティ。


ドルフロ✕メタルギア✕モンハンのコラボを楽しめるのはうちだけだ!
次回狩猟クエスト、お楽しみに!

それにしても、ハンター違いも甚だしいですね(笑)


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狩猟クエスト:砂上に聳える双角

「用意はいいなみんな。よし、行くぞトレニャー!」

 

 トレニャーの操舵する手漕ぎボートへ颯爽と乗り込むスネーク。

 その後に続くのはどこか納得のいかなそうなエグゼに、無理矢理連れてこられたハンター、そしてやたらとノリノリなUMP45である。

 

「にゃーお!(さあさあハンターさんたち、未知なる島にモンスターハンティングにいくニャ!)」

 

 トレニャーが操舵するボートは上手く潮の流れを捉え、あっという間にマザーベースを離れていく。

 マザーベースの甲板上で声援を送る声が聞こえなくなった時、エグゼは疑問に思っていたことを口にする。

 

「つーかなんでお前がいるんだよ」

 

「ん? なんか言われてるわよハンター」

 

「お前の事だよ腹黒女!」

 

 ボートの上で白々しい態度をとるUMP45へ、エグゼはおもわず声を荒げる。

 

「あら、MSFの楽しい行事に興味があるからに決まってるでしょ? そこの喋る猫だって、本当はおもちゃか何かよね?」

 

「いや、知らねえよ。まあ、お前はどうでもいいとして……ハンター、いい加減機嫌直せよ」

 

「うるさいな。勝手に連れてこられたんだ、機嫌も悪くなるさ」

 

 相変わらずハンターは素っ気ない態度をとっており、彼女とどうしても仲良くなりたいエグゼはもどかしい思いで彼女の背を見続けるしかできなかった。

 その後は一同無言で、時折高波に冷や冷やしながら広大な海を進む。

 そうしていると周囲が深い霧で覆われ始める。

 

「あれ?」

 

「どうした45」

 

「なんか、電波障害が…現在地の表示もできなくなっちゃった」

 

 見ればUMP45の持つ端末は動作こそおかしくはなっていなかったが、通信機能やマップの表示等ができない状態になっていた。

 

「(ニャハハハ、そんなおかしな道具はここじゃ通用しないニャ!ここからは自分の鍛えた身体と知識で潜り抜けるしかないのニャ! それより見るニャ、アレがモンスターのいる島なのニャ!)」

 

 スネーク以外にとっては何を言っているか分からない猫語でトレニャーが叫ぶ。

 トレニャーが指し示す先の、うっすらと霧が晴れた場所からは高くそびえる山を有した島が見える。

 いよいよ上陸の時だ。

 トレニャーは船の操舵を早め、島の岸へと船を漕ぎすすめる。

 

「なんか、ぱっと見普通の島だな」

 

 待望の怪物の島へと上陸したエグゼの率直な感想はそれであった。

 岸はごつごつとした岩場で、遠くには海上から目にすることができた高い山が見える。

 岸の岩場を歩き進んでいくと、その先は広大な砂原と荒地が広がっているが、少し別な方角を見て見れば鬱蒼と生い茂る森林があった。

 

「マザーベースを出て2時間くらい、手漕ぎボートで移動できる距離なんてたかが知れてるわ。でもあの辺にこんな島あったかしら?」

 

「おい処刑人、怪物などどこにもいないじゃないか、この嘘つきめ」

 

「おいおい待てよハンター、オレだって勝手が分からねえんだ。それで怪物はどこにいんだよ」

 

「(それはハンターさんたちが自分で探すのニャ。モンスターが自然に残す痕跡はたくさんあるのニャ!)」

 

「痕跡か…よし、みんなで痕跡探しと行こうじゃないか」

 

「(頑張るのニャ!オイラは準備があるから後で行くニャ!)」

 

 トレニャーとはそこで一時的に分かれ、スネークたちは島の内部へと足を踏み入れていく。

 

 島の砂原には岩場やサボテンといった、砂漠気候の風景が見られるが、涼やかな潮風によって砂漠特有の暑さというものは意外にも無い。

 ただし潮風に吹かれて舞い上がる砂塵は、一部の銃にとっては動作不良に陥りかねない。

 幸いにもスネークが持ってきた銃は悪環境にも耐え堅牢な造りのAK-47、UMP45の持つ銃も悪環境に耐性を持っている。

 鉄血出身の二人も、特にこの環境での問題は特にないようだ。

 

「ん?」

 

「お、何か見つけたのかハンター?」

 

 後方を歩いていたハンターが何かを見つけたらしい、砂原を小走りで走って行き、ある場所でしゃがみこむ。

 

「足跡だ……大きい」

 

「うわ、マジだ。メタルギアか?」

 

「まだ続いてるぞ」

 

 先ほどまで乗り気でなかったハンターの姿はどこへやら、未知なる生物の痕跡を見つけた瞬間、彼女は狩人としての本能のままに大地に残された痕跡を辿っていく。

 周囲をよく観察し、些細な痕跡も見逃さないハンターの観察眼にはスネークも素直に称賛する。

 そんなハンターのかっこいい姿を、エグゼは自分の事のように誇らしく思っているのであった。

 

「見ろ、岩場に二つのひっかき傷がある」

 

「この辺りになにかいるのは間違いないようね」

 

「ニャー」

 

「あらトレニャー、やっと来たの……って、また別な猫がいるわ」

 

 UMP45は猫の声に振り返ってみると、そこにはスカーフのような布で口元を覆う黒い毛並みの猫がいた。

 トレニャー同様二本の足で器用に立ち、手にはおもちゃのような小さなピッケルが握られている。

 そんな黒い毛並みの猫たちがどこからともなく数匹現れ、周りをぐるりと取り囲む…。

 

「可愛いネコさんね、ほらおいで」

 

 UMP45が笑顔を浮かべながらその場にしゃがんで猫たちに手を伸ばしたその時だった…黒い毛並みの猫たちはいっせいにUMP45へと飛びかかり、手に持つ小さな鈍器で彼女の頭をひっぱたく。

 

「痛っ!?」

 

 頭を殴られた痛みで一瞬怯んだUMP45から、黒い猫たちは彼女の銃をひったくる。

 慌てて取り返そうと追いかけたが黒い猫の逃げ足は速く、あっという間に地面に穴を掘って姿をくらませてしまったではないか。

 

「コラ、待ちなさい!」

 

 他の猫を追いかけようとしたところ、足を引っかけられUMP45は転倒し、その隙に猫たちはまた何かを盗み立ち去っていってしまった。

 起き上がりスネークたちを見て見れば、どうやらみんなあの黒い猫に襲撃されて何かしら物を盗まれてしまったようだ。

 

「くそネコどもめ! オレの手榴弾盗みやがった!」

 

「わたしの替えのマガジンもだ…あいつら、今度見つけたら容赦しない」

 

 手榴弾を盗られたエグゼと、マガジンの予備を盗まれたハンターの二人は大変ご立腹だ。

 

「はぁ、今日は厄日ね…あれ?」

 

 愚痴をこぼしつつ立ち上がったUMP45だが、ふと感じた違和感に立ち止まる。

 妙にスース―する感覚に、彼女はこっそりスカートをたくしあげ……あるべきはずものが無くなっていた。

 

「おい、どうした45」

 

「な、なんでもないわ! それよりスネーク、あなた上半身裸で何やってるの…?」

 

「あの猫たちに上着を盗まれた。見事な手際だ、お前は何か盗まれたのか?」

 

「い、いいえ! 何も盗まれてないわ! アハハ……はぁ…」

 

 UMP45は顔を赤らめ、スカートを押さえながら言う。

 目の前の上半身裸のスネークもそれなりに問題だが、UMP45の問題はそれよりも大きい問題だ。

 

「おい、なんか揺れてないか?」

 

 エグゼの言葉に、一同その場に立ち止まる。

 確かに、小刻みな揺れを感じる…それは徐々に近付いてきているようで、だんだんと大きいものとなっていく。

 

「スネーク、あれ!」

 

 エグゼが指をさした方角、その先から砂原の砂を舞い上げながら何かがこちらへ向けて接近している。

 ただならぬ様子にスネーク含め一同圧倒されたが、本能的に脅威を察っしてすぐさまその場から逃走した。

 

「来るぞーッ!」

 

 ソレは砂原の土砂を吹き飛ばし、ついに姿を現す。

 砂と同色の見上げるような巨体、堅牢な甲殻に覆われた筋肉質の身体、悪魔を彷彿とさせるような恐ろしい双角が頭部から伸びている。

 

 

「な、な…! なんだこりゃ!?」

 

 

 まるで恐竜映画から飛び出してきたかのような、非現実的な生物の姿にエグゼは驚愕する。

 ハンターもUMP45も言葉を失い、ただ茫然と目の前の怪物を見つめている。

 

 

「(ニャー!ついにモンスターと接触したのニャ!)」

 

「トレニャー、あいつは一体!?」

 

「(あれは砂漠の暴君ディアブロスなのニャ!滅茶苦茶強い奴ニャ、前にアンタが戦ったリオレウスやティガレックスよりも強いっていう人もいるくらいニャ!)」

 

「これはなかなか骨が折れる戦いになりそうだな…みんな、気をつけろ!」

 

 

 経験者であるスネークは驚きこそすれ、すぐさま目の前の怪物ディアブロスへ戦闘態勢を取る。

 

 が、このような怪物を初めて目にする人形たちはそうもいかない。

 圧倒的巨体のディアブロスに威圧され、人形たちは小鹿のようにプルプルと震えることしか出来ないでいるようだ。

 

「おい処刑人、なんだこれは!? 新手のE.L.I.Dか!? こんな変なことに巻き込んだのか!?」

 

「オレが知るか! おい腹黒女、なんとかしろ!」

 

「いや、無理でしょ」

 

 言い争う三人の人形たち、それが気にくわなかったのかディアブロスは耳をつんざく様な咆哮をあげる。

 そのあまりに大きな咆哮に、人形たちは咄嗟に耳を抑え込む。

 そうでもしなければ鼓膜が破れていただろう…。

 

「な、なんて声だ…って、ヤバい!」

 

 咆哮がおさまったと思うと、目の前のディアブロスは唸り声をあげ、頭部の双角を突きつけるようにして突進してきた。

 すぐさま三人は散り散りになって逃げるが、どうやらディアブロスは狙いをUMP45へ定めたようだ。

 人間より身体能力で勝る戦術人形だが、ディアブロスはその巨体から想像もできない速さであっという間にUMP45へ追いつき、二つの角を突き上げて土砂ごと彼女を吹き飛ばす。

 

「腹黒女!」

 

 吹き飛ばされたUMP45は、運よくエグゼの方に吹き飛ばされたため、下にいたエグゼが彼女の身体をキャッチする。

 

「ありがとう、助かった……それにしても、死ぬかと思った…」

 

「それよりお前、なんで下着はいてないんだ!? 露出狂か?」

 

「さっき黒い猫に盗まれたの!」

 

「そんなこと言ってる場合か、怪物が来るぞ!」

 

 ハンターの怒鳴り声に二人はハッとする。

 ディアブロスは再び走りだし、三人の目の前で地面を蹴り上げて跳んだ。

 予想外の動きに三人は身動きが取れず、万事休すかと思われたその時、ディアブロスの側面にロケット弾が直撃しディアブロスの狙いは大きく外れて地面に転倒した。

 

「お前たち、武器をとれ! 狩るか狩られるか、二つに一つしかないぞ!死にたくなければ戦え!」

 

 右手にAK-47、左手にRPG-7を持ったスネーク…彼は怪物ディアブロスを狩るつもりだ、この男なら出来るかもしれないという期待が人形たちを勇気づける。

 

「ヘヘ、そうだよなスネーク…敵にビビるなんて、オレらしくもないよな! おいハンター、オレとお前のタッグを見せてやろうじゃないか!」

 

「お前と組むのは不本意だが、仕方ない。真の狩人を決めようじゃないか」

 

「生憎、わたしさっきの猫に銃を盗られちゃったから何かくれないかな?」

 

「RPGを使え、身のこなしが早いところで、奴の隙を突いて叩き込め」

 

 愛銃を失ったUMP45へRPG-7を渡したところで、スネークたちはディアブロス狩猟のため散開する。

 

 立ち上がったディアブロスは恐ろしい唸り声をあげてスネークたちを睨みつける…どうやら先ほどのRPG-7の一撃を受けたおかげで大変お怒りのようだ。

 怒り状態となったディアブロスの暴走ぶりはもはや手がつけられなく、速さの増した突進と体当たりがスネークたちを襲う。

 

「チッ、銃弾も効きやしねえ!」

 

 おまけにディアブロスの堅牢な甲殻は生半可な銃弾ではびくともせず、部位によっては装甲兵にも勝る硬さがある。

 ならばと、エグゼは拳銃をホルスターにしまいブレードを抜いて駆ける。

 接近するエグゼを認めたディアブロスもまた、頭を大きく振りかぶり、地面を抉るように角を振るう。

 

「させるかってんだ!」

 

 振りはらわれた双角の一撃の隙間に飛び込み、すり抜けざまにディアブロスの腹下を斬り裂く。

 赤い鮮血が砂を濡らし、ディアブロスは痛みに怯む。

 その時、ハンターがディアブロスの垂れ下がった尻尾を足場に一気に背中まで駆け抜けると、その背へと向けて二丁拳銃の連撃を叩き込む。

 至近距離からの大口径拳銃の連射によってディアブロスの背甲が破壊され、内部の柔らかな肉質が露出する。

 

 露出したディアブロスの弱点へさらに弾丸を叩き込むべくハンターがリロードしようとした時、ディアブロスは角と翼爪で地面を掘りぬき、あっという間にその巨体を砂に隠す。

 

「怪物め、どこに…!?」

 

 その場を離れたハンターは周囲を警戒するが、突如揺れた地面に転倒する。

 次の瞬間、砂に潜伏していたディアブロスが地面を突き破り、ハンターの身体は高々と突き上げられた。

 

「くっ…マズい!」

 

 地面に叩き付けられ、起き上がった時にはディアブロスは狙いを定め走りだしていた。

 やられる…咄嗟に目をとじて身構えたハンターであったが、誰かに突き飛ばされその場から弾き飛ばされた。

 目を見開いたハンターが見たのは、自身を突き飛ばして救った代わりに、ディアブロスの突進を受けて吹き飛ばされたエグゼの姿であった。

 

「処刑人! お前、なぜ…!」

 

 エグゼは吹き飛ばされた先で立ち上がろうとしていたが、ついには力尽き倒れた。

 

「エグゼが、やられた…!」

 

「嘘でしょ…!」

 

 ピクリとも動かないエグゼに、スネークは動揺し、UMP45は口元を覆い何も言うことが出来なかった。

 だがそうしている間にもディアブロスは攻撃の手を止めず、容赦なく生き残った三人に襲い掛かるのだ。

 

「処刑人、ふざけるな!散々人に付きまとっておいて、そんなあっさりくたばるのか!? 恩を与えたつもりか貴様、私は……くっ、さっさと起きろ処刑人!」

 

 ハンターは動かなくなったエグゼを抱え上げ、ディアブロスの暴れまわるフィールドから避難する。

 

「お前がくたばろうが、どうでもいいというのに……!」

 

 岩陰にエグゼの身体を横たえ、暴れまわるディアブロスを見る。

 いまやスネークとUMP45が奮戦してディアブロスを抑えているが、さすがのスネークも怒り狂うディアブロスの猛攻に苦戦しているようだ。

 

「起きろ、処刑人…! 起きろ!」

 

 ハンターはエグゼの胸倉を掴み、何度も揺する。

 ありったけの罵詈雑言を投げつけ、何度も何度もエグゼの身体を揺すり起こそうとする……ハンターは、無意識に自分の頬を流れ落ちる涙に気付かないでいた。

 

「(ニャー、ハンターさん後はぼくたちに任せるのニャ)」

 

「あぁ?」

 

 そんな時、ハンターの服の裾を掴む猫たちが現れる。

 

「(そっちのハンターさんはまだ死んじゃいないニャ。それから力尽きてもあと一回くらいはぼくたちが助けられると思うニャ)」

 

「何を言ってるか全然分からんが、言いたいことはだいたい分かった。このバカを頼む」

 

 駆けつけた猫たちの救助隊にエグゼを任せ、ハンターは狩猟に戻る。

 

 

「ハンター! エグゼは無事か!?」

 

「たぶん大丈夫だ、いや、よく分からんが…」

 

「もう、いい加減こいつの猛攻にはうんざりよ!」

 

 

 ダメージを与えれば与えるほど激烈になっていくディアブロスの攻撃に、スネークとUMP45は息を切らす。

 しかしそれは向こうも同じようで、時折足を引きずる時があった。

 戦況はほぼ互角…決着の時は近いかもしれない。

 

「狩るか、狩られるか。生か死かだ!」

 

「その通り、狩猟行為に善悪はない。ただ命をかけた純粋な闘争に他ならない」

 

「あなたたち、今日から狩りバカって名乗りなさい。さて、決着をつけるよ!」

 

 三人は武器を構え、それを迎え撃つディアブロス。

 

 怪物の島の砂原に、銃声とディアブロスの大咆哮が響き渡る…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――くぅぅっ! やっぱ一汗流した後のビールは格別だな!」

 

 夕刻、マザーベースの食堂でエグゼは仲間たちを招集しキンキンに冷えたビールを陽気な気分で飲んでいた。

 

 あの後復活したエグゼが再度参戦したこともあってディアブロスを追い詰めることに成功したが、戦況の不利を悟ったのかディアブロスはフィールドを立ち去りどこかへ逃亡していってしまった。

 勝負は不完全燃焼となってしまったが、狩猟に参加した4人にとってはとても貴重な経験と言えよう。

 

「写真とってきたぞ、オレたちこいつと戦ったんだ」

 

「うわ、なにこれ映画の撮影?」

 

「明らかな合成ですね…」

 

「エグゼ、風邪ひいてませんか?」

 

「あんた大丈夫? 幻覚キノコでも食べたの?」

 

「お前ら信用してねえだろ……このオレ様が二回もやられるなんて、後にも先にもこいつしかいねえだろな」

 

 散々な言われようだが、UMP45の方も仲間たちに信じてもらえないようで冷たくあしらわれている。

 結局UMP45は怪物の島で得たものはなく、愛銃とパンツを失ったのみに終わった…。

 

 

「なあハンター、また行こうぜ。楽しかったろ?」

 

「楽しくなどない…だが、まあ、たまに狩りには付き合ってやるさ」

 

「おう、じゃあまた誘うからよ、よろしくな!」

 

 満面の笑みを浮かべるエグゼに、ハンターはいつものように突き放すこともできず、静かに頷くのであった。

 




リオレウスとティガレックスじゃ、ビッグボスが戦闘済みなんでディアブロスぶち込んでみたよ。
さりげなく2落ちしてるエグゼw

そしてメラルーに銃とパンツを盗まれたUMP45と上着を盗まれたビッグボス。


メラルー「寄ってらっしゃい見てらっしゃいニャ!UMP45の脱ぎたてパンツのオークションを始めるニャ!」

ベネット「10万ドルPONとくれてやるぜ」
クック「とんでもねえ、待ってたんだ」
ビッグボス「やっぱり下も脱げるじゃないか…!」
オタコン「とんでもない、こんな宝物に値段なんかつけられない!」
雷電「興味ないな…(チラッ)」
カズ「マザーベースの半分をやろう」

オセロット「ビッグボスの上着はいくらするんだ?」


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マザーベース:再会

「そろそろだね、スネーク」

 

「そうだな」

 

 とある昼下がりのマザーベース。

 滑走路とヘリポートを有する甲板上ではMSFの主だったメンバーと戦術人形たちが集まり、遠い海のかなたを…正確には空を眺めとある人物たちの来訪を待っていた。

 やがて空の向こうに黒い点が見えた時、スコーピオンは喜びの声をあげ、その場でピョンピョンと跳ねてまわる。

 

 空の向こうから飛来してきた数機のヘリコプター。

 うち一機の貨物用ヘリコプターには、球体状の物体が吊り下げられていた。

 ヘリコプターはマザーベースの飛行甲板へと着陸し、貨物用ヘリコプターに吊られていた球体状の物体もそこへと降ろされた。

 甲板に着陸したヘリコプターからは、一人の少女がまず先に降り立ち、少女は後に続いて降りてきた女性の手を取ってサポートをする。

 

「スオミ!」

 

 9A91が少女の名を口にしたとき、少女は天使のようにはにかみながら手を振る。

 そのまま9A91は二人の元へと駆け寄り、再会を喜ぶように抱擁をするのであった。

 

「元気になったんだねスオミ!」

 

「ええおかげさまで、自分の声で話せるようにもなりました」

 

「また会えて嬉しいです。それに、イリーナさんも!」

 

 スオミと共にやって来たのは、バルカン半島でMSFと共に戦ったパルチザンの若きリーダーのイリーナ。

 ウロボロスの襲撃で生死の境をさまよっていたイリーナであったが、なんとか一命をとりとめ、身体が動くようになるやいなやすぐさま革命闘争に復帰した。

 おかげでパルチザンは連邦に勝利し、新たな国家"ユーゴスラビア社会主義共和国"が誕生した。

 

「イリーナ、無事で良かった。お前は困難に打ち負けず、見事使命を果たしたんだ。お前は祖国の英雄だ」

 

「止してくれスネーク。MSFの力添えが無かったら、今頃まだ野山を駆けまわっていたゲリラに過ぎなかった…礼を言おうスネーク、アンタは我々と祖国を助けてくれたんだ」

 

「仕事を果たしたまでさ。それに、こっちも礼を言わなければならない」

 

 二人は握手を交わし、ヘリと共に持ってきた球体状の物体に目を向ける。

 球体状の物体は赤く点滅し、奇妙な音声を放っていた。

 

『マザーベース……帰還確認、メタルギアZEKE…任務終了』

 

 合成音声で話すその物体はまさしく、MSFの守護神"メタルギアZEKE"のAIポッドであった。

 バルカンの地で、ウロボロスの放った神の杖で破壊されたと思われたZEKEであったが、AIポッドのみとはいえ守護神の帰還にMSFのスタッフ一同歓喜した。

 特にZEKEに特に愛着を持っていたヒューイは涙を流して帰還を喜んでいる。

 

「アルキメデスは観測衛星との併用で真の威力を発揮する。ウロボロスが放ったアルキメデスの鋼芯弾は精密射撃は出来ず、メタルギアは直撃を免れたようだ。それでも機体の損傷は激しかったが、AIポッドだけは無事だったんだ」

 

「オレたちも諦めていたというのに、よく調べてくれたなありがとう」

 

「どういたしまして、スネーク」

 

 バルカン半島での主要任務が果たされ、メタルギアZEKEのAIポッドが帰還したことにより、MSFのバルカン半島でのすべての作戦が終了されたことになる。

 いまだユーゴスラビアでは旧体制派との確執なども残っているが、それはイリーナたち新政権がこれから向き合っていくべき政治事情であり、MSFが兵士としてかの国で行えることはもうほとんどない。

 

「今や過激派は一掃され、軍部も味方についた。でも内戦で引き裂かれた民族の結束には、まだまだ長い道のりが必要だ。まだ民主的な政治はできそうもない、国内が安定するまでは武力による統治が続くだろう」

 

「今が最もかじ取りの難しい時期だ。何よりも優先するべきは、秩序の維持だ。最善な手とは言えないかもしれないが、性急な民主化は時に混乱を生む場合があるからな」

 

「その通りだ、不平不満は甘んじて受けるつもりだ。だが、もうこれ以上祖国に血を流させるわけにはいかない。私もいつまでも独裁者の座に居座るつもりはない、国内が安定した時、私は潔く身を引くつもりだ……チトーのように、終生政治に関わるつもりはないさ」

 

「オレからは政治についてのアドバイスはできないが、お前のこれからを応援する。頑張れよ」

 

「励みになるよ、ありがとう。それと、今回の仕事の報酬を払う時が来たようだ…受け取ってくれ」

 

 メタルギアZEKEの帰還は友情の恩返しとして、仕事の報酬は別だとイリーナは言う。

 

 パルチザンを勝利に導いた報酬として多額の資金が報酬として支払われる。

 一体どこから工面したのかと聞くと、過激派と一部の特権階級の財産をぶんどってやったのだとイリーナは言う。

 ぶんどった財産の全額ではなく、一部は国家運営のために回されたが、それでもMSFに渡された資金はバルカン内戦での負債を軽く帳消しにできるほどの額だった。

 それに加えて連邦軍の武器・装備品の一部も手渡される。

 

「クロアチア軍の正式採用アサルトライフルVHS-2、過剰生産で余っててな…君らのヘイブン・トルーパー隊の正式装備にしてみてはどうかな?」

 

「さりげないビジネスの話しとは上手いじゃないか?」

 

「フフ、一応連邦は軍事産業が盛んでね…まあ、これらは試供品として渡す、現場の意見が好評なら是非ともこちらに発注してくれ」

 

 イリーナはユーゴスラビア内の兵器メーカーの資料を手渡す。

 連邦お抱えの軍事会社であったが、政権が代わった今は現政権の管理化に置かれている…まあ、武器商人というのは昔から売れれば主が誰であろうと構わないのだろう、結局のところ重要なのは利益なのだから。

 

「さてスネーク、ここに来たのは再会を喜び報酬を支払うためだけではない。今後の仕事について話しあうために来たんだ」

 

「仕事の話しなら、うちの副司令もいた方がいいな」

 

 ビジネスと言えばカズヒラ・ミラー。

 呼ばれてやって来たミラーが早速イリーナを口説こうとしたので、スネークはその尻に一発蹴りを叩き込み再度商談を開始する。

 

「内戦で埋められた地雷が多くてな、それの除去を頼みたいのと、平和維持活動の手伝いをしてもらいたいんだ。内戦は終わったが、国境地帯には人間以外の脅威もある…それに他国の干渉も心配されるしな」

 

「前世紀の内戦の地雷もいまだ残っていると聞く。地雷が残っている以上、人々が安心して外を歩き回ることもできない…か。スネーク、オレたちは戦争を生業としているが、こういう平和に貢献する仕事があってもいいんじゃないか?」

 

「報酬はあまり期待できるものではないかもしれないが…是非ともMSFに請けてもらいたいんだ」

 

「いいだろう。カズ、うちにトラップの類に詳しいスタッフが何人かいたよな。どうせならそいつらに、地雷の除去について教育を任せて見たらどうだ?」

 

「それは名案だな。イリーナ、MSFとしては地雷の除去を行いながらその効率的なやり方を教える、というのはどうだ? そうすれば国内の地雷の除去も捗ると思う」

 

「そうだな、それもありかもしれないな。あともう一つお願いがあってな…スオミ、こっちに来なさい」

 

 イリーナは、9A91と親し気に話すスオミを呼ぶ。

 ぱたぱたと駆け寄ってきて、丁寧にお辞儀しはにかむ天使のようなスオミ…スネークは発情しかけるミラーの足を思い切り踏みつけ、なんとかMSF副司令の風格を纏わせる。

 

「もう一つの依頼はな、うちのスオミをちょっと預けて訓練してもらいたいんだ。いや、わたしからというよりスオミが望んだことでな」

 

「いいのか、内戦が終わったら銃を捨てて民生人形に戻ると聞いていたが…」

 

「はい、そのつもりでした。でも、イリーナちゃんのそばで支えていくにはこれからも戦術人形として生きていく方がいいと思ったんです。イリーナちゃんは昔からよく危険な場所に飛び込んでいくので、わたしとしてはもっともっと家族を守る力が欲しいんです」

 

「そうか、だがうちで訓練を受ける以上は甘えは許されないぞ。厳しい訓練もあると思うが、そこら辺の覚悟はできているのか?」

 

「はい」

 

 スオミの決意に満ちた表情を見て、スネークは頷く。

 

 気弱な一面もあるが、イリーナと共にバルカン半島の内戦を潜り抜けてきたスオミの芯の強さはなかなかのものなのだろう。

 MSFへの留学、ということになる形でスオミはしばらくイリーナとお別れとなる。

 

「スオミ、元気でやるんだぞ」

 

「イリーナちゃんもね、わたしがいないからと言って泣いちゃダメだからね」

 

「そんな子どもみたいな真似はしないさ」

 

「それからちゃんと栄養バランスを考えて一日三食とるんだよ。ジャンクフードばかり食べないでね?」

 

「分かってるよ」

 

「あとちゃんとおうちの掃除もね。ほっとくといつまでも散らかしっぱなしなんだから…」

 

「分かってるって…」

 

「短気も起こさないこと、すぐケンカするんだから。ダメだよ?」

 

「ハイハイ…」

 

「ハイは一回。あとお酒は控えてね、お医者さんから注意されてるんだから」

 

「あーもう分かってるってば! お前は私の母親か!?」

 

「だってイリーナちゃんの小っちゃいころから見てるから、いつまでも心配なんだよ?」

 

「全く…いつまでも子ども扱いするなよ。スネーク、スオミをよろしくな」

 

 ぶっきらぼうに言ってはいるが、イリーナの目が潤んでいるのをスネークは見逃さなかった。

 強がってはいるが、世界で唯一の家族であるスオミと離れることは、一時的とはいえとても寂しいのが本音なのだろう…。

 イリーナは最後に一度だけスオミを抱きしめ、しばしの別れを告げる。

 

 

「短い間ですけど、よろしくお願いしますねスネークさん!」

 

天国の外側(アウターヘブン)へようこそ、スオミ」

 

 




復ッ活ッ!!
メタルギアZEKE復活ッッ!!
メタルギアZEKE復活ッッ!!!

ZEKEの意思はサヘラントロプスに移されるのだ(至高)


スオミの限定的なMSF加入です!


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蛇と蠍の物語

「そうだちょっくら探索に行こう」

 

 マザーベースの自室でゴロゴロとしていたスコーピオンは誰にともなくそう言うと、すぐさま準備に取り掛かる。

 自前のリュックサックに、ナイフ、レーション、ライト、地図などを放り込む。

 色々詰め込み過ぎたせいでかなりの重さになってしまっているが、そんなことは関係ない。

 物を詰め仕込んだリュックサックとキャンプ用具を背負い、部屋を飛び出しマザーベースの甲板上へと出る。

 

 雲一つない青空に、穏やかな海風。

 絶好の散歩日和にスコーピオンは両手を広げ、太陽のぬくもりと海風の心地よさに目を細める。

 さて、天気の方は良いがスコーピオンが出かけるにあたりいくつか問題があった…。

 

 

「目標をよく狙えよ。命中率が80%割りやがったら、マザーベース3周コースだ。気合入れてやれよお前ら!」

 

 

 すぐそばの屋外射撃場では、エグゼが配下のヘイブン・トルーパー隊の射撃訓練を見ている。

 そこにいるヘイブン・トルーパー隊は最近工場で造られて送られた新兵のようで、ここ最近はエグゼがつきっきりで訓練教官として彼女たちを鍛えている。

 時々ハンターも訓練教官として見てあげているようで、その際は二人とも真面目な仕事であるためか協力して教育にあたっている。

 

 別な場所を見て見れば、同じように9A91とWA2000が404小隊のメンバーと一緒に訓練を行っていた。

 ちなみにこの場にはいないが、スプリングフィールドがメディックとしての教育をエイハブに見てもらっている…つまり、外に出かけて遊ぼうなどとしているのはスコーピオンだけだった。

 見つからないようこっそり出かけようという考えが浮かばなかったわけではないが、頑張っている仲間たちを差し置いて遊ぶことに気が引けて、スコーピオンは荷物を下ろし自分も訓練に混じるのであった。

 

「やっほーエグゼ、新兵の調子はどう?」

 

「相変わらず、鈍い連中だ。よし、射撃止めッ!」

 

 エグゼの言葉でヘイブン・トルーパーたちは射撃訓練を止め、その間にエグゼが射撃目標の的を見てまわる。

 

「全然ダメじゃねえか…おいお前ら、こんな止まった的に当てられないようじゃ、動く標的なんて当てられねえぞ」

 

「すみません隊長、まだ新しい銃に慣れてなくて…」

 

「銃の問題じゃねえ、腕の問題だ。オレはこの部隊をMSF一の精鋭部隊にしようと思ってる。FOXHOUNDにも負けないくらいのエリート部隊にだ…中途半端な気持ちで訓練に参加するな、本気でやれ」

 

「はい、了解です…」

 

「いいか、お前らはオレと同じ鉄血製だ。自分たちの生まれを誇りに思え。厳しかろうが辛かろうがオレについてこい、最強の兵士に育ててやる」

 

「隊長…! 了解です!」

 

「よし、じゃあマザーベースを周回してこい! お前らは精鋭ヘイブン・トルーパー隊だ、舐められるんじゃねえぞ!」

 

「Yes Ma'am !!」

 

 

 エグゼの檄にヘイブン・トルーパーたちは大声で応え、すぐさま隊列をつくりマザーベース周回コースを走りだす。

 

 

「エグゼ、部下に慕われてていいね!」

 

「そうか? どうせならお前も訓練やってくか?」

 

「えへへ、一応そのつもりで来たんだよね」

 

 呑気な笑顔を浮かべて見せるスコーピオンは早速銃をとりだすが、すぐにエグゼの手によってひったくられる。

 いきなりのことに文句を言おうとしたスコーピオンであったが、エグゼのいつになく真剣な表情に、出かかった文句言葉をひっこめる。

 

「お前さ、最近たるんでねえか?」

 

「なんだよ急に…らしくないぞ。言っておくけど、アタシだってちゃんと訓練はしてるからね」

 

「ただ訓練すれば強くなれるわけじゃねえんだぞ。見ろよ、9A91もWA2000も順調に強くなってる。スプリングフィールドだってよ、自主的にエイハブの奴に指導をお願いしたらしいじゃねえか。はっきり言うぞ、お前の成長は今完全に止まっちまってる」

 

 エグゼの容赦のない指摘に、スコーピオンは怯む。

 しかしエグゼの言う通りで、他の人形たちに比べ成長が遅れてきてしまっていることはスコーピオン自身も感じていたことであり、その意見に反論はなかった。

 

「スプリングフィールドはな、バルカン半島で自分の力不足が分かって、より厳しい訓練をエイハブにお願いしたらしい。お前はそこらへんどうなんだ?」

 

「あ、あたしだって強くなりたいさ。でも、他のみんなみたいに覚えが良いわけじゃないし、戦いもほとんど気合でなんとかなってる感じだし…CQCだってスネークやオセロットに教えてもらってるけど上手くできないしさ。取り柄もあんまりないし…」

 

 自分で言って、気持ちを落胆させてしまうスコーピオン。

 努力はしているが他のみんなのように成長できないもどかしさに悔しさを感じているのだろう…そんな落ち込む仲間の姿を、エグゼは見過ごすことはできなかった。

 

「くよくよしてんな、らしくもねえ。それに取り柄がないだって? とんでもねえ、お前には負けん気の強さと根性がある……そりゃ誰にでもあるもんじゃない。やり方を変えればもっともっと強くなれるぞ」

 

「やり方を変えるって…どうやって?」

 

「ヘヘ、このオレが鍛えてやるって言ってんだよ。オレが思うに、CQCみたいな繊細な技術はお前向きじゃない。お前に合った戦い方を教えてやるよ」

 

 ぽきぽきと指を鳴らし、ニヤリと笑うエグゼに言いようのない危機感を感じるスコーピオンであったが、時すでに遅くエグゼに捕まり引きずられていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――うぅ…身体があちこち痛む…」

 

 大きなリュックサックを背負うスコーピオンはうなだれた様子でとぼとぼと廃墟の街を歩いていた。

 その隣には地図を広げ、葉巻を口にするスネークの姿がある。

 

「ずいぶんエグゼに仕込まれてるみたいじゃないか?」

 

「アイツオセロットより容赦しないよ…見てよこれ、頭切れちゃったんだよ?」

 

「これは…酷いな、本当に訓練なのか?」

 

 スコーピオンの頭の傷を見てスネークは思わず顔をしかめた。

 治療はされているが、よほど痛い目にあったのだろう、傷は深く見える。

 実はスネークはスコーピオンをエグゼが教育しているという話しは聞いていたが、一方でその様子がとても訓練には見えず、どちらかというと本気のケンカのようだったという噂も聞いた。

 実際にその様子を、二人の本気の殺しあいだと勘違いしたスタッフたちが慌てて止めたこともあったくらいだ。

 

「スコーピオン、あまり無理はするな。強くなりたい気持ちはわかるが、オレたちは一人で戦ってるわけじゃないんだ。互いの弱さは、お互いの協力で補えるんだからな」

 

「うん、ありがとうね。でももうちょっと頑張らせて、エグゼの気持ちにも応えたいしさ」

 

 屈託のない笑みを浮かべるスコーピオンに、スネークはそれ以上何も言うことは無かった。

 負けん気の強さと、誰にも負けない根性…それがスコーピオンの持ち味だとエグゼに聞かされていたが、全くその通りだなと思えてくる。

 頑固なところが玉に瑕だが、あきらめの悪さは良い意味で褒めるべきかもしれない。

 

 

「ねえスネーク、あっち行ってみようよ。何かあるかもしれないよ」

 

 スコーピオンの指さす方へと歩いていくと、広い公園と古ぼけた時計塔が見えた。

 誰もいない廃墟の街をスコーピオンが眺めている間、スネークは地図を広げて偵察から得た情報を書き込んでいく。

 スネークたちの任務は、つい最近まで鉄血の支配下にあったこのエリアの調査だ。

 ある時を境に鉄血兵たちがこのエリアから引き揚げていったという情報を聞き、念のためスネークが足を運び調査に訪れたわけだが、情報通り鉄血兵の姿はない。

 

「工場も基地も無いからな、戦略的価値は無いか…スコーピオン、どこに行った?」

 

 ふと、スコーピオンの姿が見えなくなったことに気付き、スネークは彼女の名を呼ぶ。

 すると、100メートルほど先の道路からひょっこりと姿を現し、スネークを手招く…何を考えているのかスネークには分からなかったが、その後をついて行く。

 やがてスコーピオンは一軒の家屋に入って行った。

 

「ふふ、懐かしいな。ねえスネーク、ここ覚えてる?」

 

 家屋の二階に上がると、スコーピオンは部屋の中でやって来たスネークに微笑みかける。

 

「あぁ、覚えてるさ。オレとお前が、初めて会った場所だ。確かお前はそこのクローゼットに隠れてたな」

 

「そう、敵かと思って跳び出したのがスネークでさ。おもいきり壁に叩き付けられたよね、いやーあれは痛かったな」

 

 懐かしい思い出にスコーピオンは笑った。

 

 ここはスネークがスコーピオンと初めて出会った場所であり、この世界での数奇な運命が始まりを告げた場所でもある。

 スプリングフィールドと出会い、郊外の飛行場で鉄血の部隊を相手取った。

 大部隊にたった3人で立ち向かい、追い詰められた時にMSFの仲間たちが駆けつけてくれた…それから、色々なことがあった。

 9A91と出会い、オセロットと再会し、エグゼと戦い……この世界で積み上げてきた経験が、走馬燈のようにスネークの脳裏に浮かぶ。

 

「あのさ、あたしまだはっきり言ってなかったと思うんだよね。スネーク、あたしのことを助けてくれて…本当にありがとうね」

 

「お互い様だ、オレもお前にずいぶん助けられたもんだ」

 

「エヘヘ……あたしさ、スネークに会えて良かったよ。色々ぶちのめされたり酷い目にもあったけど、それ以上に楽しいことがあったから。良い事も悪い事も、全部ひっくるめてこその人生だよね!」

 

「ああ、その通りだ。お前は少しお楽しみが過ぎるようだがな」

 

「もー、そんな遊んでばかりじゃないよあたしは!」

 

 頬を膨らませてむくれるスコーピオンに、スネークは少しだけ笑った。

 最初会った時から表情がコロコロと変わる少女だったと記憶していたが、あれからずいぶん成長したものである…こうやって子供っぽく怒るのは相変わらずであるが。

 

「見てスネーク、これあの時あたしを狙って撃った銃弾の痕だよね!」

 

 壁に空いた銃痕を見て、スコーピオンは懐かしみ、他にも鉄血の目を逃れて何日も隠れていたこの部屋をまわる。

 その間スネークは椅子に腰掛け、葉巻を嗜み一休みをする。

 マザーベースでは禁煙エリアが拡大しているので、外で気ままに葉巻を味わえるのは久しぶりであった。

 

 

「ねぇ、スネーク…?」

 

 

 その声に振り返ろうとした時、スコーピオンは椅子に腰掛けるスネークに背後から抱き付き両手を首に回す。

 

「どうしたんだ急に…」

 

 肩に顔をうずめるスコーピオン、その髪が揺れるとほのかなシャンプーの香りがスネークの鼻をかすめた。

 

「スネークはさ、もし元の世界に帰る手段を見つけたら…帰っちゃうの?」

 

 スコーピオンは顔をうずめたまま、少し寂し気な声でそうたずねる。

 

「もしもさ、スネークが元の世界に帰る日が来ても、あたしは引き止めない…だけど、あたしのことも連れてってほしいな。あたし……あんたが好きだ、ずっと一緒に居させてよ」

 

「先のことは分からない、今を全力で生きるしかできていないからな。スコーピオン、お前の好意はオレも嬉しくおもう。だが、オレはもう誰かを愛したりすることはできないかもしれない…」

 

「知ってる……いいよ、片想いで。ただそばにいて、ずっとあんたを支えてたいだけだからさ」

 

 

 スネークに振り向いてもらおうとか、スネークを独り占めしたいなどとは思わない…ただ一緒にいたいだけ、それがスコーピオンの、彼女なりのスネークへの告白だった。

 

 だが今は、二人きりのこの時間を大切にしたい…そう思うと、安らぎが胸いっぱいに感じるのが分かった。

 

 

「エヘヘ、これからも一緒にいたげるね、スネーク」

 

 

 




蛇蠍(だかつ)⇒人の生活上の脅威となるもの。人が恐れて嫌うのたとえ。
しかしこの作品で蛇蠍(だかつ)とはカップリングを示す言葉である(血涙)

原点に立ち返り、スコーピオンの可愛さを再度認識した。
スコーピオンのドレススキンを見て悔い改めろ!


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ジャンクヤード編:マーダードールズ

引き続きスコーピオンとほのぼの()


 太陽が傾き、空が夕焼け模様へと変わっていく頃、スネークとスコーピオンはその日の探索を終え、手ごろな場所にキャンプを張り一夜を過ごす準備に取り掛かる。

 スネークが一人であったのなら適当な場所で野宿も良かったのだが、相棒として連れてきたスコーピオンが簡易キャンプ道具も持参してきたので、今回はテントを張り飯ごうで簡単な料理を作ることとなった。

 

「あたしが準備するから、スネークは薪を探してきてくれないかな?」

 

 そんなことをスコーピオンに言われ、スネークは律儀に薪になるような枝木を探して回る。

 生憎周辺には薪を拾えるような林や森はない。

 そこで近くの街に入る…戦争で荒れ果て破壊された家からは、木片がいくらでも手に入れられる。

 なるべく乾燥しているような木材を選び、キャンプの場所にまで運ぶ…既にスコーピオンがある程度近くで集められた薪に火を起こし、手料理の準備を進めていたところだった。

 すっかり日が沈むのも早くなった季節、太陽が沈むと辺りは冷え込み吐く息も白くなる、この日は風があまりないのが救いであった。

 

「おかえりスネーク、ごはんはもうちょっと待っててね」

 

 色々と詰め仕込まれたスコーピオンのリュックサックには、いくらかの食材も入っていて、今はジャガイモを切り分け水の入った鍋を温めているところだ。

 焚火の中へ木片を放りこむ。

 乾燥した木片にはすぐに火がうつり、パチパチと小さくはぜる。

 焚火の温かさは、夜の寒さで冷え切った身体にぬくもりを感じさせてくれる。

 

 スネークは焚火の前に腰を下ろし、葉巻に火をつけて料理が出来上がるのを待つ。

 

 スコーピオンは鼻歌を口ずさみ、時折スネークの方へと振り返っては嬉しそうに微笑む。

 

「本当に手伝わなくていいのか?」

 

「うん、いいからリラックスしててね。もうすぐ出来上がるからさ」

 

 よほど自分の料理を食べさせたいらしい…そう言えばスコーピオンが料理をする姿は見たことがなかったなと、スネークは思う。

 スコーピオンならいつも食べる担当で、料理をするような姿などあり得なかった。

 いつも料理を作って振る舞っているスプリングフィールドのように上手ではないが、スコーピオンの料理をする姿からは、本当に大好きな人へ手料理を食べさせたいという気持ちを感じることができる。

 

 数分後、何度かの味見と調節の末に料理が完成する。

 メインとなる料理と一緒に炊き上げた飯ごうのライスに、スコーピオンが作っていたカレーをかけていく…もちろんレトルトではない。

 

「さ、召し上がれ」

 

「うむ」

 

 差し出されたカレーを受け取り、スプーンにカレーとライスをすくい口の中へと放り込む。

 期待と不安の入り混じった表情で、スコーピオンはじっとスネークを見つめていたが…。

 

「美味い。奥深い味に程よい辛さ、今日みたいな寒い日にはこのスパイスが身体を温めてくれる…いいセンスだ」

 

「エヘヘ、一人で料理するの初めてだったけど、良かったよ」

 

 期待していた反応を見せてくれたスネークに、スコーピオンはホッと胸をなでおろす。

 それからスコーピオンは、自分が食べるのも忘れ、料理を美味しそうに食べるスネークを嬉しそうにいつまでも見つめていた。

 食後のデザート…は流石に無いが、代わりにはちみつをお湯で薄め、レモンを絞った飲み物をスコーピオンは用意した。

 簡単なレシピだが、どこかホッとするような甘さと温かさがあった。

 

「いつの間に料理ができるようになったんだな」

 

「んー? 自炊はできるようになろうって思ってたからさ。スネークは、料理ができる女の子は好き?」

 

「男だろうが女だろうが、料理ができるということは良いことだ。オレ一人なら生のままでいいんだがな」

 

「アハハ、スネークは野生児だもんね。あたしも前までは料理するなんてさらさらだったけどさ、誰かのために料理するって楽しいんだよね。スネークも料理とか作ってみない?」

 

「オレの料理なら食べたことがあるじゃないか、ヘビの丸焼き」

 

「アレを料理って言ったらなんでもありだね」

 

 スネークの意見にはいつでも肯定的だが、ヘビの丸焼きを料理と呼ぶセンスは流石にいただけない。

 苦笑いを浮かべるスコーピオンに一言冗談だと付け加え、明日以降の行動計画を話しあう。

 まったりはしているが、一応これもMSFの仕事だ……行動計画が決まれば、後は日頃思ってることや近況を話しあう。

 他愛のない会話だが、スネークと二人きりでおしゃべりするスコーピオンはよく笑い、楽し気な表情を浮かべていた……そうして、夜が更けていき、二人は明かりを消して就寝するのであった。

 

 

 

 

 翌朝、物音で目が覚めたスネークはゆっくりと身体を起こす。

 同じテントで寝ていたスコーピオンの姿はない……朝日に照らされて、テントの幕にはスコーピオンの影がうつる、どうやら着替えをしているらしい。

 着替え中に出ていくのも無粋なので、そのまま待っていようとしたところ、不意にテントが開かれる。

 

「あ、ごめん…! 起きてたんだね!」

 

 スコーピオンはまだスネークが寝ていると思っていたらしい。

 着替えの途中で下着姿だったスコーピオンは急いでテント内のバックを掴み、そそくさとテントの外へと出ていった。

 頃合いを見計らいテントの外へと出ると、今度はしっかりと着替えを済ませたスコーピオンが出迎える。

 

「さ、さっきはごめんね…貧相なの見せちゃってさ」

 

「いや、朝から目の保養になった」

 

「なっ…! スネーク、それ、セクハラだからね!」

 

 ぷんぷんと怒るスコーピオンだが、おかげで気まずさは無くなったようだ。

 これがミラーのセリフだったら怒りの鉄拳が飛んできただろうが…。

 それはさておき、簡単な朝食とコーヒーを済ませ、昨晩決めた行動計画に基づいて二人はキャンプを出発する。

 廃墟を抜け、破壊された工業地帯を抜けた先にある場所……そこには、不法投棄が長い年月繰り返され続け出来上がった広大なジャンクヤードがあった。

 

「ほうほう、これが噂のジャンクヤードかぁ。なんかお宝とかありそうだよねスネーク!」

 

 廃棄されているのは車両や冷蔵庫や電子レンジなどの家電製品の他、廃タイヤや瓦礫などありとあらゆる廃棄物が折り重なるようにして積み上げられている。

 試しにそばの車両によじ登ってみれば、数百メートル先まで積み重なる廃棄物が見えた。

 

「うわー…こりゃ大変だ、スネーク、ゴミだらけだねこれ」

 

「あぁ、何か目ぼしいものは見えないか?」

 

「目ぼしいものね…」

 

 とは言うものの、こうも広大なごみの山から何かを見つけるのは難しい。

 見渡す限り錆びた金属の茶色が広がっているのだ。

 しかしそんな中で、スコーピオンは茶色の廃棄物に浮く白い人影を発見した。

 

「何か見つけたか?」

 

「うん、なんか人がいる」

 

 積み上げられた車両の上に佇む一人の人物。

 双眼鏡を手にして、遠くに佇むその人物を観察する…。

 

 どこか見覚えのあるその姿に、記憶を辿っていくスコーピオンであったが、ふとその人物が同じIOP社製の戦術人形FALであることに気付くのだが、彼女は何故だかこの場に似つかわしくないウェディングドレス姿であった。

 彼女は微笑みを浮かべながら、ある一点を見つめている。

 その視線を辿っていくと、今度は赤い衣装を身にまとう戦術人形の姿があった。

 

「あれは、MG5…?」

 

 サンタクロースのコスチュームを身にまとうのは同じくIOP社製のMG5。

 微笑むFALに対し、MG5は冷徹な笑みを浮かべ、獲物を狙う猛禽類のような目でFALをじっと見据えていた…。

 

 

 不意に、どこからか花火のようなものが撃ちあがり、大きな音を周囲に響かせる。

 色々と謎な展開にポカーンとしていたスコーピオンであったが、突如鳴り響いた銃声に、咄嗟にしゃがみこむ。

 

「スコーピオン、どうした!?」

 

「分からない、誰かが銃撃戦を…!」

 

 周囲に警戒しつつ頭をあげたスコーピオンだが、その目に飛び込んできたのは、ジャンクヤードの積み上げられた廃棄物の上で銃を撃ち合うFALとMG5の姿であった。

 

「なにやってんだあいつら!?」

 

 遠くからではよく分からないため、スコーピオンとスネークは銃撃戦を繰り広げる二人の元へとそっと近付いていく。

 廃棄物が積み上げられたジャンクヤードはまるで迷路のようだ。

 入り組んだジャンクヤードをつき進んでいくと、突然頭上から激しい物音と共にドレスを血で染めたFALが落ちてきたではないか。

 純白のドレスを自身の血で赤く染めたFALは、スコーピオンとスネークには目もくれず、軽快な動きで廃棄物をよじ登っていった。

 

「今のたぶんダミー人形だ、もしかして訓練か何かなのかな?」

 

 二人も廃棄物をよじ登り戦闘の様子を見て見るが、どうも訓練を行っているようには見えない…。

 

 

 

「ハーッハハハ! プレゼントの鉛弾だ、全弾受け取れ!」

 

「わたしのドレス、あなたの血で真っ赤に染めさせてくれないかしら?」

 

「黙れ、未亡人にしてやろうか? ん? 結婚も誓約もしてないから殺しても未亡人にはならないな…」

 

「未亡人の意味知ってて言ってるのかしら? ねえサンタさん、わたし指輪が欲しいな」

 

「ほう、指輪が欲しいのか、いいだろう。じゃあ私は指輪をつけたお前の指が欲しい」

 

 

 笑顔で殺しあう二人。

 時折ジョークを交えた会話を交えているが、どこかかみ合わず、内容も支離滅裂で狂気的だった。

 ただ一つ確実に言えることは、互いに互いを殺そうと引き金を引き続けていることだ。

 

「あの二人、どうしちゃったの!? あ、また変なの出てきた…!」

 

 ジャンクヤードの向こう側から、今度はハロウィンカラーの猫の仮装をした戦術人形ヴェクターが姿を見せる。

 ヴェクターは不意にグレネードをMG5へと投げつけ、炸裂したグレネードの炎によってダミー人形の一体が炎に包まれて廃棄物の底へと落ちて行った。

 

「ハッピーハロウィン、お菓子をくれないと燃やすよ」

 

「可愛くない猫ね、火遊びはよそでやってくれるかしら?」

 

 FALのダミー人形が走りだしヴェクターに襲い掛かるが、MG5の猛烈な射撃によって全身を撃ち抜かれそのダミーは破壊された。

 

「メリークリスマスだ、お祈りは済ませたか? 私は済ませたぞ、死にゆく者への祈りだ」

 

「あらMG5、わたしたちのために祈ってくれるの? じゃあ、わたしはどうしようかなぁ」

 

「ハッピーハロウィン、お菓子を寄越しなさい。さもないと殺すよ」

 

 

 何もかもが異常だった。

 親し気に話したかと思えば、突如殺しあい、笑い合う。

 スネークもスコーピオンも目の前の光景が理解できなかった。

 

 

「狂ってる」

 

「そう、私たちは狂ってるのよ。お兄さんとお姉さんはどうなのかな?」

 

 

 第三者の声に、スネークとスコーピオンは咄嗟に振り返る。

 そこには背丈の小さい、ピンク色の髪をした少女の姿が…にこりと微笑む少女は、大きなバッグをリュックのように背負っていた。

 

「あんた、もしかしてネゲヴ?」

 

「正解だよお姉ちゃん。ねえお姉ちゃん、あそこで遊んでる私の仲間が気になる?」

 

「そうだよ、なんであんなことしてるのさ! それになんかおかしいよ、あいつら!」

 

「MG5もFALもヴェクターも病気なの。ああやって遊ばないとおかしくなっちゃうんだ」

 

 あそこまで異常な状態を見ると、ネゲヴの言う病気というのもあながち間違いではなさそうだ。

 ヴェクターが参戦し、ますます手がつけられなくなった彼女たちの殺しあいをなんとか止められないかと頭を悩ませるスコーピオンだが、無策で飛び込めば死ぬのは自分だ。

 

「スネーク、なんとか止められないかな?」

 

「ここは死角が多い、隠れて接近し一気にかかれば無力化もできるだろう」

 

「ふーん、みんなを止めるんだ。頑張ってね、二人とも……バイバーイ」

 

 スネークは反射的に振り返り、背後にいたネゲヴが今まさに引き金を引こうとした銃を掴みあげる。

 驚いた表情のネゲヴをそのまま弾き飛ばし、ジャンクヤードの底へと叩き落すが、物陰からネゲヴのダミーと思われる個体が飛び出してきた。

 だがネゲヴのダミーが引き金を引くよりも早くに、スネークはその頭を撃ち抜いた。

 ダミーとは言え、幼い少女の姿をしたネゲヴを殺すのは罪悪感が生じるが、悔やむ暇はなかった。

 

 

「おい、なんだあいつら?」

 

「あら、見慣れない人たちね……お邪魔な人は殺さないとね」

 

「ハッピーハロウィン、お菓子を寄越せ、殺す」

 

 それまで殺しあいを続けていた三人の人形がスネークとスコーピオンの存在に気付き、標的に定めてきたではないか。

 咄嗟にスネークはスコーピオンの肩を掴み、ジャンクヤードの底へと飛び降りた。

 

「よく分からんが逃げるぞ!」

 

「うん、早いとこ逃げた方が良さ…わっ!」

 

 走りだそうとしたスコーピオンであったが、突然足首を掴まれ転倒する。

 

「ねえお姉ちゃん、みんなと一緒に遊ぼうよ。楽しいんだよ?」

 

 スコーピオンの足首を掴んだのは、先ほどスネークに叩き落されたネゲヴだ。

 落とされた先で鉄骨があったのか、腹部を貫き、おびただしい人工血液を流しているが、彼女は無邪気な笑顔を浮かべたまま地面を這いずり、スコーピオンの首に手を伸ばした。

 

「スコーピオンから離れろ!」

 

 ネゲヴの伸ばした手を払いのけ、スネークはスコーピオンを救出、そのままジャンクヤードの迷路を走りだす。

 背後からは、ケタケタと笑い声をあげる、狂気に取りつかれた人形たちが追いかけてくる…。

 そして角を曲がった時、別な人形と鉢合わせた。

 

「待って、撃たないで!」

 

 咄嗟に拳銃を構えたスネークに、その少女は両手をあげて敵意が無いことを示す。 

 しかし、先ほどのネゲヴの襲撃があったため、スネークは安易に信用することは無かった…。

 

「お願い、今は何も聞かないで着いてきて。助けてあげる」

 

「信用できるのか?」

 

「信用してもらうしかないよ……ここは私の庭だ、助かりたかったら着いてきて」

 

 少女はそれだけを言うと、踵を返し走りだす。

 いまいち信用できないが、背後から迫る人形たちの脅威と比較した末に、スネークは少女の言葉を信じついて行くことに決める。

 少女は一度振りかえり、スネークたちがついてきているのを確認すると、走る速さをはやめた。

 

「待て、お前の名前は!? あいつらはなんなんだ!?」

 

「私はM950A、あいつらは昔の仲間! これでいい、黙ってついてきて!」

 

 それだけを言って少女、M950Aはジャンクヤードを駆け抜ける。

 くねくねと入り組むジャンクヤードを迷いなく進んでいく彼女に、まるで誘い込まれているような気がしないわけでもなかったが、この危機的な状況に二人は彼女を信じることしか方法はなかった。




スコーピオンとほのぼのと言ったなアレは嘘だ(軽いホラー回)


MG5⇒今度来るクリスマススキン
FAL⇒ウェディングドレススキン
vector⇒ハロウィンスキン
ネゲヴ⇒ロリスキン
での登場です……共通してるのは、みんな星5、AIがいかれちゃってるところ。

M950A…通常スキン、信用できるかどうか…果たして?


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ジャンクヤード編:クレイジーワールド

狂気マシマシ


「トリック・オア・トリート、トリック・オア・トリート、トリック・オア・トリート、トリック・オア・トリート…」

 

 ブツブツと同じ言葉を何度も口ずさみながら、ヴェクターはジャンクヤードを歩いて回る。

 その左手には、千切られた人形の足が握られており、ズルズルと引きずっているためヴェクターが通って来た道には赤い血痕が残されている。

 

「トリック・オア・トリート、トリック…ア・トリート、トリッグ……トリー…トリック……ア、トリー……ト」

 

 さ迷い歩くヴェクターの動きがぎこちないものへと変わり、喉から発せられる声も雑音まじりの不可解な音声に変わった。

 正常な動作で動けなくなったヴェクターはその場で停止し、数十秒同じ体勢のまま立ち止まる……やがてその目に光が戻り、また自然な動作で動き出すのだ。

 

「あ、ヴェクターみつけた」

 

 頭上から聞こえてきたその声に反応し、ヴェクターが真上を見上げた時には、純白のウェディングドレスを纏ったFALが自身めがけ飛びかかっているところであった。

 ろくな反応もできずに、ヴェクターはFALに頭を蹴り飛ばされ、背後の壁に叩き付けられる。

 

「トリックオア…トリート…FAL、ウェディングケーキ持ってるでしょう?寄越しなさい」

 

 よろよろと起き上がるヴェクターの足を撃ち抜き、崩れ落ちた彼女の元へ微笑みを浮かべたまま歩み寄る。

 そのままFALは倒れ伏したヴェクターに馬乗りになると、銃を地面に置き、代わりにどこからともなく大きなグルカナイフを取り出した。

 

 

「甘えん坊さんね…あなたがウェディングケーキになるのよ」

 

 

 慈愛すら感じさせる温かな笑みのもと、FALの禍々しい凶刃がヴェクターの顔面めがけ振り下ろされる。

 

「あ…ガッ……!?」

 

「夫たちよ。妻を愛しなさい。つらく当たってはいけません。同じように、夫たちよ。妻が女性であって、自分よりも弱い器だということをわきまえて――――」

 

 涼し気な声と表情で、FALは聖書の一節を読みあげる。

 その間何度も何度も、FALはヴェクターの身体にグルカナイフを振り下ろし、顔や胴体を滅多切りにしていく…。

 ナイフを振り下ろす度にはね返る返り血で、純白のドレスはあっという間に真っ赤に染まる。

 息も絶え絶えのヴェクターが震える手を伸ばした時、FALはその腕を地面に押し付け、ひじの辺りに狙いをつけてナイフを振り下ろす。

 鋭利な刃はヴェクターの腕を容易く切断し、おびただしい出血で狭い空間をあっという間に血の海に変えた。

 

 

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません……今日は一番大事な日、お祝いありがとうねヴェクター。あら、でもまたダミーみたいね…本物はどこにいるのかしら?」

 

 

 FALは殺したヴェクターがダミーだと知り、困り顔できょろきょろと周囲を見回す。

 それから原型が無くなるほど滅多切りにしたダミー人形(vector)の血を指に絡め、そっと口紅を引くように自身の唇を赤く染めた。

 

「Dear未来の旦那様、一体わたしの伴侶はどこにいるのかしら? 花嫁修業の道のりは遠いわね」

 

 ダミー人形の惨殺体を引き摺り、FALはおめでたい結婚式の歌を口ずさみながらその場を立ち去っていった…。

 後に残されたのは、斬り刻まれたダミー人形の肉片と血だまりのみ…FALが立ち去ってから数十秒後、廃棄物の中からM950Aがそっと顔を覗かせて辺りを警戒する。

 

「行ったみたい、ついてきて」

 

M950Aが物音を立てないようゴミ山の中から這い出ると、後に続くようにスネークとスコーピオンの二人が這い出る。

 しばらく銃声が鳴り止んだかと思ったが、先ほどのFALとヴェクターの殺しあいを機に、あちこちで銃声が鳴り響き狂ったような高笑いが響き渡る。

 

「そろそろ事情を説明してくれてもいいんじゃないの?」

 

「もう少し待って、今は長話してる場合じゃない」

 

「さっきからそればっかりじゃん…」

 

「とにかく、命が惜しければ私の指示に従って」

 

 説明を求めてもM950Aは大した説明もせず、時折腕時計を気にする様子は何か時間稼ぎをしているかのようにも見える。

 説明不足と不審な行動でスコーピオンも彼女を怪しく思うようになるが、今のところ神出鬼没に現われる狂った戦術人形から助けてくれてはいる。

 

 付近で激しい銃声が鳴り響き、彼女は咄嗟に身をかがめた。

 

「この銃声はネゲヴだ……相手は、誰だろう?」

 

「もう、いい加減説明してよ! 何が何だか全然分からないよ! あいつら一体何なのさ!?」

 

「長くなるから簡単に言うよ…みんな前はこんなんじゃなかったんだけど、いつからかちょっとずつおかしくなったんだ。最初は会話がかみ合わなかったり些細なことだったんだけど、日を追うごとに酷くなっていってさ…」

 

「それで、なんでアンタは無事なの? あんたも実はあいつらと同じで、おかしくなってるってことはないよね?」

 

「それは…信じてもらうしかないよ。あんなんでも、私の仲間だったんだ…仲間を人殺しにしたくないんだよ」

 

「アンタが嘘ついてるようには見えないけど、うーん…」

 

「もういいスコーピオン、これ以上彼女を疑う必要はない。M950A、お前…さっきから時間を気にしているな、それは何の意味があるんだ」

 

「あ、あぁ。そういえば言ってなかったね、それは――――」

 

 その時、頭上から何かがM950Aの目の前に落下し、べちゃりと気味の悪い音がなった。

 落ちてきたのは先ほど惨殺されたダミー人形(vector)の下半身。

 M950Aの顔からサッと血の気が引き、恐る恐る真上を見上げると、血にまみれたウェディングドレス姿のFALが優し気で、しかし不気味な笑顔で覗きこんでいた。

 

「みーつけた」

 

「に、逃げて…!」

 

 咄嗟に逃げようとしたM950Aに、FALは飛びかかって押し倒す。

 その首にグルカナイフの刃をつき付け、FALは微笑みを浮かべたままとても愛おしそうに彼女の頬を撫でた。

 

「久しぶりねキャリコ、元気だったかしら? みんな寂しがってたわよ?」

 

「や、やめてよFAL…お願いだから…!」

 

「怖がることは無いわ、あなたと私は仲間でしょう? いいのよ怖がらなくても」

 

 FALのナイフを握る手に力が入り、刃先が触れたM950Aの首筋にうっすらと赤い血の線が浮かぶ。

 

 FALが穏やかな声で語りかけいとおしそうに頬を撫でる姿は優しさすら感じられるが、一方で彼女が握る刃は今にもM950Aの首を斬り裂こうとしている。

 その異常な光景にスコーピオンの身体は硬直し、言いようのない恐怖に身を震わせていた。

 

 

「ねえキャリコ、私の赤いドレスに、あなたの血も欲しいと思ってるの。いいわよね?」

 

 

 殺される…ナイフを首につきつけられたM950でさえもそう思ったその瞬間、咄嗟にスネークがFALのナイフを握る腕を掴みあげる。

 その隙にM950Aは拘束から逃れ、FALから距離を離した…。

 

 獲物を逃したFALはゆっくりと首を回し、スネークを見つめる。

 FALの表情に、先ほどM950Aに見せていたような笑顔はなく、一切の感情が読みとれない顔はまるで蝋人形のようであった。

 彼女のゾッとするような無表情にスネークも気圧されかけたが、空いたもう片方の腕が動きだしたのを見逃さず、FALの腕をひねりあげて転倒させた。

 

「なんなんだ、こいつは…!」

 

 得体のしれない狂気が、スネークに危機感を抱かせる。

 スネークと対峙した時と同じく、無表情のままFALは起き上がると、地面に座り込んだままスネークをじっと見つめだした。

 何かするわけでもなく、感情の無い表情で延々と見つめる…それが酷く不気味で、その場にいる誰もが恐怖を感じていた。

 

「見つけた、未来の旦那様…」

 

 やがてFALの表情が、ゆっくりと笑顔に変わり頬を紅潮させる。

 上気した表情で座り込み、血にまみれた真っ赤なウェディングレスを纏う姿は扇情的で妖艶で、そして恐ろしかった…。

 

「今日が一番大事な日…ねえ、名前を聞かせてくれる? あ、ごめんなさいね、人に名前を伺う前に自己紹介をしないのはとても失礼よね。私はFAL、IOP社製の戦術人形よ。私、あなたを一目見た時に熱いものを感じたわ…そうね、まるでそれは溶鉱炉の火のように真っ赤に燃えて、それでいて激しいのよ? そうだ旦那様、わたしたちの子どもはどういう風に育てようかしら? 理想は男の子と女の子の二人が欲しいわよね…男の子はあなたで、女の子は私に似るの、素敵よね。私古風な街並みに憧れてるの、海岸沿いで涼しい潮風が吹くところがいいな。休みの日にはね、あなたと私、それから子どもたちと一緒に砂浜を散歩するの。あのね、私あなたに謝らなくちゃいけないことがあるの…実は前に海に行った時、男の人に声をかけられちゃったのよ。いえ、違うわよ、自分から声をかけられにいったわけじゃないの……でも、あなたがもしそういう場面見たら…嫉妬してくれる? 嫉妬してくれたら嬉しいな…フフ。ねえあなた、今日は天気もいいし折角だから公園にでも散歩に行かないかしら? ちょっと時間を貰えればお弁当も用意するわよ。あなたは何か食べたいものはあるかしら? わたしはなんでもいいわよ、あなたが好きなお料理はわたしも好きですもの。公園をお散歩したら、二人で教会に行きましょう? そこで永遠の愛を誓いあうの、末永く幸せに、良い伴侶となれるよう神さまの前でお祈りをするの。ねえあなた、あなたのお名前を聞かせてくれないかしら?」

 

 

 ニッコリと微笑みFALは手を差し伸べる。

 愛くるしい表情で近寄ってくるFALのただならぬ様子に、スネークは後ずさる。

 

「スネーク、こいつなんかヤバいよ!」

 

 怯えた様子のスコーピオンが震える手でスネークの服を掴む…その様子を見たFALは表情を一変させ、怒りを露わにする。

 

「なによその女…私という存在がありながら、信じられない! 私の前で堂々と浮気ってどういうことよ!?」

 

「待て、何を言ってるんだお前は!?」

 

「私はあなたがどう生きようと何も言わないけれど、私以外の女と一緒にいられるのは嫌なの! ねえあなた、その女殺してよ! 私の事を愛してくれてるんでしょう? だったらできるわよね、殺して? ねえ、その女殺してよ、ねえ…ねえ…ねえッ!」

 

 

 激高したFALはグルカナイフを逆手に持ち構え、勢いよく飛び出した。

 狙いをスコーピオンただ一人に定め、声を荒げ襲い掛かるが、スネークは二人の間に立ちはだかるとFALの凶刃を防ぎ、足をかけて地面に叩き付けた。

 

「どうして…私は、こんなに愛してるのに…どうしてよ…どうしてよッ!」

 

「くっ、キリが無いな!」

 

 すぐさま起き上がり組みついてきたFALを再度組み伏せ、首に手を当てて地面に押し付ける。

 苦しみにもがくFALであったが、不意に抵抗を止めたかと思うと、首を絞めるスネークの腕に自身の手を重ね合わせたではないか。

 

「いいわ、殺しなさい…。あなたに殺されるなら、本望よ…あなたが私を殺せば、私はあなたの心の中で永遠に生きられるもの…さあ殺して、そして永遠に私を愛してよ…」

 

 首への圧迫に苦悶の表情を浮かべるFALであったが、その中で涙を浮かべどこか満たされたような表情でスネークに一切を委ねている。

 だがFALの一人舞台にスネークは付き合うつもりはない。

 少し力が緩んだすきに首から手を離し、すぐさま距離をとる…。

 

 

 その時、広大なジャンクヤードにカランカランと、鐘の音色が鳴り響く。

 

 その音を境に、先ほどまでジャンクヤードのあちこちで響き渡っていた銃声が鳴り止み、辺りは静寂に包み込まれる。 

 鐘の音色を聞いてか、それまで狂気的な言動をしていたFALも落ち着いた様子で立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回している。

 

 

「FAL、ここにいたのか? ご飯の時間だぞ」

 

「あらMG5、いま行くわね。今日はあなたの当番よね」

 

 

 現われたMG5と挨拶を交わし、差し伸べられた手を取りFALはジャンクヤードの上階へと這い上がっていった。

 そこへそれまで殺しあいを続けていたヴェクターやネゲヴも集合し、楽し気に談笑しつつこの場を立ち去っていく。

 さっきまで殺しあいをしていたとは思えないほどの、ほのぼのとした様子……だが4人とも返り血を浴び、何人かは片腕が千切れていたりしているが、痛がっている素振りは見せていない。

 異様な光景に、スネークは立ちすくむことしか出来なかった…。

 

 

「ふぅ…やっと終わった…」

 

 緊張の糸が切れ、安堵のため息をこぼすM950A。

 同じようにスネークとスコーピオンも緊張が解けたところで、多くの疑問をM950Aに答えてもらわなければならなかった。

 

 

「いいよ、説明してあげる。でも、私自身もあんまり理解してないこともあるから…そこのところは了承してね。まずは場所を変えようか。近くに小さな町があるんだ、そこのバーで話しをしようか。しけたところだけど、飲み物もあるからね」

 

 

 




引き続きホラー回、何故こうなった…(困惑)
発狂大佐が降臨してるのかなぁ。


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ジャンクヤード編:ドールズ・カーニバル・イブ

 ジャンクヤードより1kmほど離れたところにある小さな町。

 そこは国家や大手PMCの管理化に置かれていない人口百数十人あまりの小規模な町だ、大戦前の建物の面影があるからまだしも、そこに住む人の数と活気の無さはもはや寒村と言ってもいいくらいだ。

 住人の多くは身寄りのない老人か、世捨て人、あるいは奇妙な流れ者。

 希望を無くしたこの町で戦術人形とはいえ、若い身なりのM950Aやスコーピオンの姿は浮いて見える。

 

「ちょっと待っててね、ジャンク品を売ってくるから」

 

 ジャンクヤードからこの町まで、M950Aはいくつかのジャンク品をリヤカーに積み込みやって来ていた。

 ぱっと見ればどれもガラクタに見えるが、補修し綺麗にすればまだまだ使えるか、部品取りくらいには使用できる価値があるのだという。リヤカーを運びながら彼女が向かっていったのは、ジャンク品の買い取り業者と思われる男だ。

 ジャンク品を運べば、男は早速リヤカーの積荷を物色し始めるのだった。

 

「車用のラジエーターに銅線屑が30㎏ってとこか? それにこいつはジュラルミン合金の鉄板か」

 

「ラジエーターは悪くないし、結構な掘り出し物だと思うよ」

 

 得意げに話すM950Aであったが、ジャンク屋から渡された金額を見るや顔をしかめ不満をあらわにする。

 

「これだけ? もっと貰えないとはり合いがないよ」

 

「一晩オレにつき合ってくれたら倍払ってやってもいいぞ?」

 

「嫌だね、自分を安売りするつもりはないよ」

 

「だったら金を貰ってとっとと失せな」

 

「ったく…ゲス野郎…」

 

 思ったような結果でなかったことで少々苛ついた表情で彼女は二人の元へと戻ると、そのまま二人を伴い町の寂れた酒場へと入って行く。

 酒場の中は外と同じようにしけた様子で、偏屈そうな男が暇そうにカウンターで煙草をふかしている。

 

「やあ、三人はいるよ」

 

「チッ、また貧乏人形が来やがったか。おい、ここは酒場だぞ。酒を飲むつもりがないなら出ていきやがれ」

 

「うるさいな、金なら持ってるよ」

 

 口やかましい酒場の店主から飲み物をひったくり、M950Aは酒場の奥のテーブルへと二人を誘う。

 席に座れば乾杯だ、こつんとグラスをぶつけM950Aは美味しそうにグラスの中身を一気に飲み干した…と言っても中身は安物の薄いジュース、店主の言う貧乏人形というのもあながち間違いではないらしい。

 

「さて、なにから聞きたい?」

 

 スネークとスコーピオンはグラスに一口だけつけ、たまりにたまった疑問を投げかける。

 ジャンクヤードで暴れる狂った人形のこと、彼女たちを含めM950Aが何者であるのか、また何故彼女だけが他の人形と違って正気を保っているのか。

 聞きたいことはたくさんある。

 

「色々聞きたいことがあるが、まずはお前はどこの所属なんだ? 戦術人形なら指揮官となる存在がいるはずだが」

 

「前はあたしらもPMCに運用されてたんだけど、その会社が経営難で倒産しちゃってね…まともな倒産手続きもしてなかったから、あたしらはそのまま放棄されたんだ。今は、フリーだよ」

 

「それで、あの廃棄場に?」

 

「ううん、行き場を無くして戸惑ってたあたしたちをリーダーが…あ、リーダーっていうのは、あのジャンクヤードで戦ってたMG5のことなんだけど。そのリーダーがあたしらをまとめてひとまず居住地を探す旅に出たんだ。指揮官がいなくなって不安だったけど、リーダーのおかげで生き延びることが出来たんだ」

 

「それが、どうしてあんな風に?」

 

 話題が次の疑問点へと移ると、M950Aの表情が一気に暗くなる。

 仲間たちが狂ってしまったことはやはり彼女にとって重くのしかかる現実のようだ。

 

「ジャンクヤードにたどり着いたのは数か月前、仲間のVectorの提案でジャンク品を売ってお金を稼ごうって話しになったんだ。しばらくはそれで順調だったんだ、稼ぎは少ないけどみんなで協力してゴミを漁って…みんなが着てた変なコスプレもあのゴミ山で見つけたんだ。ネゲヴは…なんかいつの間にか小さくなってた」

 

「いつの間にか小さくなってたって、そんなことあるの?」

 

「さぁ、あたしもよく知らないよ。それで、ある時探索に出かけたFALとヴェクター、ネゲヴが帰ってきたんだけどなんか様子がおかしかったんだ」

 

「おかしかった? それはどういう風におかしくなってたんだ?」

 

「うん…なんか、意味不明なことを口にしたり、会話がかみ合わなかったり、物忘れが酷くなったり。最初はあたしもリーダーもボケてるのかなって思ったんだけど、それがだんだん酷くなって……ジャンクヤードから帰って来なくなる日も多くなってさ、リーダーが様子を見に行ったんだけど…」

 

「リーダーも、同じように狂ってしまったということか。さぞ、辛かっただろうな」

 

「うん……言葉では言い表せないよ。大切な仲間が、どんどん狂っていく姿を見るのがどんなに辛かったことか……あたし、何もできなくて」

 

 話していくうちに辛かった記憶を思いだし、彼女は目頭を抑えすすり泣く。

 仲間が狂い、精神的支柱であったリーダーまでもおかしくなってしまった、まるで自分一人が取り残されていく孤独感に彼女は今日まで苦しめられ続けてきたのだ。

 

「ねえキャリコ、辛いだろうけど、何か原因みたいな事は分からないの?」

 

「原因は分からないな、ジャンクヤードに何かがあるんだろうけど……あ」

 

 スコーピオンの問いかけに、M950Aは何かを思いだしたらしい。

 

「ジャンクヤードに様子を見に行ったリーダーが、おかしくなる前に言ってたんだ……ジャンクヤードの中心に大きな穴があって、そこで変な黒い箱(ブラックボックス)を見たって」

 

黒い箱(ブラックボックス)?」

 

「うん。リーダーが言うには、ノイズというか変な音がずっと流れてたって言ってた。あたしも見に行こうとしたんだけど、リーダーに止められたんだ。今思えば、リーダーはそれがみんなおかしくなった原因って思ったのかな」

 

「おかしくなる前に、仲間であるお前を救ったというわけか。MG5という人形は立派なリーダーだったようだな」

 

「そうだね、いいリーダーだよ。厳しいけど仲間想いで根は優しくてさ、みんなからも尊敬されてた。どうにかみんなを助けたいと思ってるんだけど、どうすればいいのか…」

 

「キャリコ…。ねえスネーク、ストレンジラブ博士ならどうにかできないかな? AIのスペシャリストでしょう?」

 

 ストレンジラブは度々戦術人形にちょっかいをかけたり着替えを覗きに来たり、メンテと称して堂々ボディータッチをしてくる変態だが、誰もが認めるAI研究のスペシャリストだ。

 実際に鉄血製であるエグゼのAIを解析した実績もあるため、今回のおかしくなった人形たちの原因を突き止めて治療出来るかもしれない。

 スネークとしてはM950Aとその仲間たちを助けることに異論はないが、果たしてストレンジラブが引き受けるだろうか?

 

『話しは全て聞かせてもらった。さっさとフルトン回収して連れて来い、いいな?』

 

「ストレンジラブ!? いつから盗み聞きをしていた」

 

『鈍い男だな。マザーベースを出たその日から』

 

「なんて女だ……ってことは」

 

『そうだスコーピオン。お前の愛の告白、可愛かったぞ』

 

 出会いの場所での告白は聞かれていた…途端にスコーピオンの顔が真っ赤に紅潮し、プルプルと震えだす。

 怒っているのやら恥ずかしいのやら、おそらくその二つが混じり合っておかしな感情になっているのだろう。ストレンジラブは愉快に笑っているが、スコーピオンがマザーベースに帰ってきたらどんな目に合うか考えてもいないのだろう。

 

『既にミラーとも話したし、増援もそっちに送った。人形回収作戦に取り掛かるぞ」

 

「お前いつの間にそんなことを…?」

 

『困っている少女を助けるのに、理由がいるのか?』

 

「ストレンジラブ…本心は?」

 

『美しい戦術人形がマザーベースに増えるのは喜ばしい事態だ』

 

 呆れた物言いである。

 今はストレンジラブと話しているが、その後ろで狂喜乱舞しているミラーの姿があることは間違いないだろう。

 理由はどうあれ、受け入れ側の非常に協力的な態度はよく分かったため、MSF側としてM950の仲間たちを助けることを申し出る。

 スネークの言葉に彼女はぱっと表情を明るくしたが、ふと自分の財布の事情を思いだし顔を俯かせる。

 

「でも、お金がないよ…」

 

「分かってるさ。お前は所属するPMCが無いって言ったな、それならうちで代金分を働いてもらうって言うのはどうだ? 人間の兵士も、戦術人形の仲間もいる。衣食住も今以上のものを約束する」

 

「それは、嬉しい提案だね。あたし、てっきり身体で払えって言われるかと思ったから…」

 

「スネークはそんなことしないよ! しないよね?」

 

「ん?」

 

「は? しないよね?」

 

「あぁ、もちろんしない……当たり前だろう」

 

「なんかあやしいな」

 

 わざとらしい咳払いで誤魔化すスネークをスコーピオンはいつまでも疑わしい目つきで見続ける。

 

「まあ、仲が良いのは良い事だと思うよ。えっと、ちゃんと自己紹介してなかったよね。あたしはM950A、キャリコって呼んで。よろしくね、えっと…」

 

「スネークだ。よろしく頼む」

 

「スコーピオンだよ、よろしくね」

 

「うん、頼りにしていいよね?スネーク、スコーピオン」




長くなりそうだからジャンクヤード編のラストは次回に持ち越しだ。

MG5⇒超ノリノリで殺しにかかってくるデビルサンタクロース
(元は責任感のある仲間想いのリーダー)

FAL⇒純白のウェディングドレスを真っ赤の染めたくて仕方がない花嫁修行者、お気に入りはグルカナイフを使った滅多切り
(元はみんなに好かれるお姉さん的存在で、部隊の副隊長をつとめていた)

Vector⇒トリック・オア・トリートを常套句にお菓子を強請って回る、包丁片手に殺し回れば君もブギーマンだ!
(元は冷静沈着でリーダーに対しても物怖じせず意見を言う部隊の斬り込み係)

ロリネゲヴ⇒その無邪気さ超危険。どこぞのチャッキー人形ばりに小走りで追いかけてきては殺戮を繰り広げるサイコキラー
(元はある日突然ロリ化した部隊のアイドル的存在、みんなにかわいがられていた)


みなさんはどのお人形さんと遊びたいですか?(白目


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ジャンクヤード編:マッドネス・ドールズ・カーニバル

M950Aからキャリコ呼びします


国境なき軍隊(MSF)最強の戦術人形、処刑人さまの到着だーッ!スネーク、オレ様が来たからにはもう安心しな!」

 

 酒場のドアを豪快に蹴破り現われたエグゼ、どうやら彼女がストレンジラブの言っていた増援らしい。

 蹴られたドアは酒場の反対側にまで吹き飛んでいき、酒場の店主は怒り狂ってエグゼに詰めよっていったがそれがまずかった…顔面に一発拳を叩き込まれ、カウンターの向こうへ吹き飛んでいった。

 

「エグゼ! まったくあんたはもう…ゴロツキじゃないんだから礼儀正しくしなさいよ!」

 

「はぁ? おっさんが近寄ってきたら普通殴るだろ? お前もオセロットじゃなくてカズが詰め寄ってきたら殴るだろう?」

 

「ええ、そうね。じゃなくて…!」

 

 もう一人はWA2000、現状のMSFで高い戦闘力を誇る戦術人形の二人が、今回のスネークの増援として選ばれたわけだ。MSF内の特殊部隊FOXHOUNDにてオセロットに次ぐ実力者であるWA2000、鉄血生まれでヘイブン・トルーパーの大隊を率いるMSFの斬り込み部隊隊長のエグゼ。オセロットを除いて、これほどの実力を持つ人形は他にはいない。

 

「それで、スネークが手を焼く相手って言うのはどこのどいつなの?」

 

「実はかくかくしかじかで」

 

「ふざけないでちゃんと説明しなさいよスコーピオン」

 

 いい加減な説明をWA2000は許さない、仕方なく事情を説明するが、なにぶんスコーピオン自身もあのジャンクヤードでの出来事がぶっ飛びすぎていまだに信じられないでいるのだ。会話の最中にキャリコの自己紹介を済ませ、ジャンクヤードで暴れる狂った戦術人形の話しを二人にも伝える。

 奇妙な仮装で狂ったように殺しあう戦術人形、それを聞いてWA2000はやはりAIの異常を疑うが、キャリコとの話しで出てきた黒い箱(ブラックボックス)について聞くと神妙な面持ちで考え込んだ。

 

「まあ難しい話しはいいとしてよ、そのいかれた人形どもをぶちのめせばいいんだろ?」

 

「ただ倒すだけじゃないよ、全員生かしてフルトン回収だよ。ストレンジラブに調べてもらって、AIを直してもらうんだ」

 

「全くめんどくせえな。まあいいや、いつやりにいくんだ? オレは今すぐでも構わねえんだぜ?」

 

 エグゼはいついかなる時でも戦闘態勢は準備万端だ。戦場以外のプライベートな空間だろうが丸腰の状態だろうが関係は無い、そこが酒場でも街中でも敵さえいればすぐそこが戦場となるのだから。

 ジャンクヤードへ行くタイミングについてはWA2000もエグゼと同じ意見であり、スネークとスコーピオンもそれに賛同する。後は依頼者であるキャリコ次第…4人の視線が自分に集まったことにキャリコは息を飲む。やがて彼女は決心し、今すぐジャンクヤードへ向かうことを決めた。

 

「行こう。解決策があるのなら、これ以上待つ必要はない……みんなに会えて良かった、一人じゃたぶん、何もできなかった」

 

「そうは思わないわ。孤独な中で、アンタは自分を保っていられた。だれでもできるわけじゃないのよ?」

 

「ワルサー……案外、優しいんだね。ありがとう」

 

「ふん、どういたしまして」

 

 そうと決まれば現場へと急行だ。

 酒場の店主はエグゼが殴り飛ばして気絶させてしまったので、代金はカウンターの向こうへと置いておく。一応破壊したドアの修理代と殴ったぶんの治療費もいれてある。

 ジャンクヤードへの道のりを軽快に歩くエグゼとは対照的に、スコーピオンとキャリコの二人はまたあの狂気の宴へと入り込むのかと考えると、どんどん足が重たくなるのを感じていた。

 

 今頃ジャンクヤードでは人形たちが殺しあいを続けていることだろう…。

 進むたびに大きくなってくるジャンクヤードに、スコーピオンは余計な雑念を振りはらい銃の残弾をチェックしたりと、戦闘態勢を整える。

 そしてついにたどり着いたジャンクヤード……意外なことに、とても静かであった。

 

「おいおい、話しが違うじゃねえか。どこに狂った人形がいるって言うんだよ?」

 

「たぶん隠れてるんじゃないかな? それか、お昼ご飯食べて寝てるか…」

 

「ふざけんじゃねえぞキャリコ、こんなごみ溜め場に呼び出しやがって、無駄足だったら承知しないぞ?」

 

 戦う相手が不在でご機嫌斜めのエグゼだが、予測不能な行動をする相手であることはスネークも身をもって味あわされたため、油断せずに警戒することを促す。

 とはいえ、広大なジャンクヤードで戦術人形を探して回るのは骨が折れる。

 どうしたものかと悩んでいると、銃声の代わりに少女の楽し気に笑う声が聞こえてきた…。

 

「ネゲヴと、これはリーダーの声かな?」

 

 その声は徐々に近付いていき、やがて幼い姿のネゲヴを肩車するMG5がジャンクヤードの積み上げられた車両から姿を現した。

 

「ん? また変な輩が現れたか」

 

「わーい、キャリコ! 私今からここから突き落とされるんだって!」

 

 ジャンクヤードからスネークらを冷たい目で見下ろすMG5に、無邪気に笑う幼いネゲヴ。一見仲睦まじい二人に見えるが、二人とも衣服に血がべったりと付いており、ダミー人形の頭部をおもちゃのように抱きかかえるネゲヴの姿は相変わらずの狂気を感じさせる。

 

「なるほどね、いい感じに壊れてんな。だがよ、生憎オレにそんなハッタリは通用しねえよ。お前はどうだ、ワルサー?」

 

「気味悪いけど、気持ちの切り替えはオセロットに教わってるから」

 

 MG5らの狂気は、エグゼとWA2000にはどうやら通じなかったようだ。二人はすぐさま銃を手にし、相変わらず無邪気に笑う二人を見据える。

 

「ほう、君らも遊びたいのか? だが、お前らにその資格はない。酷い格好だな、出直してこい……メリークリスマス、見ろネゲヴ、トナカイがそりを引いているぞ」

 

「わー本当に? サンタさんサンタさん、もっともっと人を殺せる武器が欲しいな!We wish you a Merry Christmas、We wish you a Merry Christmas!」

 

「な、おい! 待ちやがれ!」

 

 二人は定番のクリスマスソングを口ずさみながら、ジャンクヤードの向こうへと姿をくらましてしまった…予想外の事態に誰もが戸惑い、急いで追いかけていったエグゼも二人を見失い、いらだった様子で戻ってくる。

 

「ちくしょう、なんだってんだ…急にいなくなりやがって!」

 

「酷い格好って言ってたけど、別に普通よね?」

 

「もしかしてさ、あたしらもあいつらと同じく仮装しろってことなのかな?」

 

 スコーピオンの発言にまさかとWA2000は笑ったが…。

 

「いや、あながち間違いでもないかもしれないぞ。キャリコ、あいつらはジャンクヤードであの衣装を見つけたと言ったな。それはどこにあるんだ?」

 

「えっと、あっちの方なんだけど…って、え? 仮装するの?」

 

 戸惑うキャリコにスネークはサムズアップで応えるのであった…。

 無論他のメンバーも反対するが、やたらとノリノリなスネークに押し切られ、ジャンクヤードの舞踏会が幕を開けるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うぅ、何が悲しくてこんな寒い日に水着なんて着なきゃいけないのよ」

 

 寒々とした空の下、WA2000は容赦なく吹き付ける冷たい風に身を震わせ、小さなくしゃみをした。

 ジャンクヤードの衣装投棄場を散策した結果、あらゆる業界から廃棄された衣装を見つけることができた。大部分は風雨にさらされて劣化していたが、ジャンクヤードの深層に埋まっていた衣装ケースからは質の良い衣装を手にすることができたのだ。

 

「まあ、こうでもしないとあいつら出てきてくれないみたいだし、いいんじゃないの?」

 

 そう言うスコーピオンの衣装はスカーレット色のドレスだ。当初は反対していたスコーピオンも衣装を見つけてからはノリよく着替え、眼帯も薔薇をあしらったものへと変え、髪もおろしていた。

 

「どうワルサー、アタシのドレス姿?」

 

「ふん、黙ってればかわいいわね」

 

 実際、胸元まで素肌を晒したドレス姿に髪を下ろしたスコーピオンの姿は、いつもの快活で元気な姿とのギャップもあってか、大人びた女性としての魅力が引き立っていた。わざとらしくウインクして見せるスコーピオンに呆れつつも、そのかわいさはWA2000も認めるところだ。

 

「待たせたな」

 

「あ、スネーク…! わぁ、似合ってるじゃん!」

 

 遅れて駆け付けたスネークは全身をタキシードでバッチリと決め、どこか得意げな表情で反応を伺っているようだ。結果は思った通り、スコーピオンを筆頭に似合っていると言ってくれたためにスネークも嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「うんうん、いつものワイルドな姿とのギャップが良いね。すごく似合ってるよ!」

 

「そうか!オレにタキシードは似合わないのかと思っていたが…似合ってるか…!」

 

 スネークはかつてタキシード姿を恩師に全力で怒られたこともあってか、思いのほか良い反応に感動していた。

 

「あとは、処刑人だけだね? どんな格好してくるのかな?」

 

「エグゼにはナース服とかお医者さんの衣装をお勧めしといたんだ。フフフ、エグゼのナース服姿を写真に取って小遣い稼ぎしてやる」

 

「あんたなかなかにゲスね」

 

 含みのある笑みを浮かべるスコーピオンの魂胆を読み、WA2000はほとほと呆れたようにため息をこぼす。

 エグゼのマザーベースでの人気は意外にも高い。基本的にスネーク以外の男性に懐かないエグゼだが、奔放でさばさばした性格と、時折スネークに見せる乙女の表情に心を射止められた隠れファンというのは多い。

 

「おい」

 

「あ、エグゼ……って、えぇ…なにその格好…」

 

 現われたエグゼは、パンクスタイルのレザースーツに全身を覆う黒のローブに身を包み、すっぽりと頭を覆う頭巾からはカラスのくちばしのようなマスクが覗かせていた。露出度どころか身体の輪郭すら分からない衣装に、スコーピオンは絶句している。

 

「なんだその反応は、お医者さんの格好をして来いって言ったのはお前だろ」

 

「あたしはナース姿を期待してたの! 医者は医者だけど、それペスト医師の衣装でしょうが!」

 

「結構気に入ってるんだけどな、似合ってるだろ?」

 

 黒ずくめのペスト医師の姿でぶんぶんとブレードを振り回す姿はたちの悪いホラー映画の怪物だ、ジャンクヤードの狂人形と違い、ストレートにホラーな姿は気の弱い人形が見たら一生もののトラウマになることは間違いない。

 

「よし、準備はいいねみんな。確認だけど、みんなを生け捕りにしてくれるんだよね? 頼んだよ」

 

「任せろ、四肢を捥いででも連れ帰ってやる」

 

「よしなさいよエグゼ。その格好だとちょっと…冗談に聞こえないから」

 

 全員の仮装が終わり、準備は万端。ちなみにキャリコの衣装はセーラー服だ。

 水着、ドレス、タキシード、ペスト医師、セーラー服姿の一行はジャンクヤードの中でとても浮いて見える。正常な者ならその姿を見て関わり合いにならない方が良いと判断することだろう。

 目立った衣装はもちろん敵の目を引きつけるが、それは願っても無いことだ。

 ゴミ山の中から興味津々で現われたFALとヴェクターに、一行はすぐさま戦闘態勢をとるのであった。

 

「あらまあ、奇妙なお客さんね。はっ、タキシード姿の男性がいるわ…! きっとわたしの伴侶に違いないわ!」

 

 タキシード姿のスネークに目をつけたFALが、ゴミ山を凄まじい速さで走破し一気に距離を詰める。だがFALがスネークのもとへ到達するよりも早くに、スコーピオンがFALの行く手を体当たりで阻む。小柄なスコーピオンであるが、助走をつけて肩からFALの腹部にぶつかっていったため、勢いのついていたFALには相当のダメージを与えたことだろう。

 

「スネークをあんたみたいな奴に渡すか!」

 

「ザコ人形が、わたしの恋路を邪魔しないで頂戴」

 

 マウントポジションをとったスコーピオンが有利に見えたが、FALはするりと拘束を抜け出すと、逆にスコーピオンの腕を掴み両足で首を三角絞めで捉えた。片腕を封じられ、なおかつ華奢でしなやかな素足に頸動脈を絞めあげられスコーピオンは苦しみに表情をゆがませる。

 

「私はエリートなの、あなたのようなザコ人形に私のヴァージンロードを封鎖できないわ」

 

「くッ……何がエリートだ、この、バッカやろう!雑草根性見せてやる!」

 

「あ、あら?」

 

 スコーピオンは三角絞めを受けたままの体勢で身体を起こすと、一緒に持ちあげたFALを豪快にパワーボムで地面に叩き付ける。叩きつけた衝撃で足元が崩れ、数メートル下の階層にまで二人は落下した…先ほどのタックルとパワーボムでFALのダメージは相当なようで、彼女は目を回してぐったりとのびていた。

 

「てこずらせて全くもう、フルトン回収の刑だ!」

 

 スコーピオンはFALが気絶している間に彼女をジャンクヤードの上層へと運び、万能回収装置フルトンをFALの身体へとくくりつける。

 

「よし、やったなスコーピオン!」

 

「アタシにかかればエリート人形といえどちょちょいの……あ、マズいベルトが絡まった! ちょ、ストップ! ヤバ、あぁ! うわああぁぁぁぁ――――――――」

 

 あわれ、スコーピオンはFALに括りつけたフルトン回収システムのベルトに絡めとられて空高く打ち上げられてしまった。その様子を一行と、敵であるヴェクターが一部始終をその目におさめてしまう。やがてお互い顔を見合わせるが、なんとも言えない気まずい空気が辺りを包み込む。

 

「えっと…トリック・オア・トリート。お菓子を寄越しなさい、お前たち面白いな」

 

「おいワルサー! いかれ人形に気をつかわれてるぞ、いいのかこれで!?」

 

「いいわけないでしょ! まったくあのバカサソリ!さっさとあいつも回収するわよ!」

 

 気をとり直し、WA2000とエグゼが二人がかりでヴェクターを狙う。するとヴェクターは一瞬怯んだかと思うと、一目散に逃げだしたではないか。

 

「トリック・オア・トリート! お菓子はいらない、怖いの消えろ!」

 

「待ちやがれコラッ!」

 

「寒いんだからとっとと捕まりなさいよ!」

 

 殺気だった水着姿のWA2000と、殺人鬼もドン引きするようなペスト医師姿のエグゼに、ヴェクターは恐怖に怯え逃げ回る。ジャンクヤードの遥か向こうにまで逃避行は続き、やがて大きな悲鳴が上がったかと思うと、ヴェクターが空高くにフルトンで打ち上げられていった…。

 

「よし、後は二人だな」

 

「え、あぁ…そうだね。こんなんでいいのかな…」

 

 困惑するキャリコであったが、ひとまず人形たちの半分は攻略した。後はネゲヴとMG5の二人だ。

 

「注意してスネーク。ネゲヴもリーダーも、相当な強さだよ。ネゲヴに至っては今の症状になって予測がつかないから、なおさら危険だし…」

 

「油断するつもりはない。ここはあいつらのフィールドだ、どこから襲い掛かってくるか分からん。注意して進もう」

 

「オッケー、ボス。先を行こ」

 

 残す人形はネゲヴとMG5。狡猾で無邪気な殺戮人形と化したネゲヴに、部隊内で最強を誇っていたというMG5だ、敵に取って不足はない。だが今回は生け捕りが目的だ、ただ倒すよりもはるかに難易度は高くなる。

 

 ゴミ山の頂上に赤いサンタコス姿の銀髪の女性が姿を見せる……無表情で冷たい目で見下ろす彼女は、まるでスネークを品定めしているかのようだ。

 

「キャリコ、下がっていろ」

 

 拳銃とナイフを手に構え、スネークは背後のキャリコを下がらせた。

 MG5は視線をスネークから一切逸らさずにゴミ山の頂上からゆっくりと降りてくる。

 

「お前、サンタを信じるか? サンタを信じる者に悪い奴はいない。メリークリスマス、聖なる夜に血の雨が降る。メリークリスマス、では死んでもらう」

 

 狂気的な殺意にスネークは即座に反応し、MG5へと引き金を引く。銃弾は彼女の肩へ命中したが、怯まないどころかまるで撃たれたという認識もしていないかのように、機関銃を片手で構え嵐のような銃撃で応戦する。

 咄嗟に廃材に身を隠すが、凄まじい弾幕で廃材はあっという間に吹き飛ばされいくつかの弾丸は貫通しスネークの額をかすめた。

 

「スネークッ!」

 

 窮地のスネークを助けようとキャリコが走ろうとした矢先、突然足元の鉄板がめくれたかと思うと、そこからネゲヴが飛び出しキャリコの足を掴み転倒させた。

 

「ダメだよキャリコ、リーダーはあのお兄さんと遊んでるんだから。キャリコは、わたしと遊ぶのよ?」

 

 ネゲヴは転倒したキャリコを引き寄せると、キャリコの身体を覆いかぶさるようにして押さえつける。

 

「ネゲヴ、お願いだよもう止めて! あなたは病気なの、治療しないといけないんだよ!」

 

「んー?どうして?わたし今が一番楽しいよ? だって見てキャリコ、こんな素敵な世界ってないんだよ。綺麗なオーロラが見えるでしょう?小人の妖精が踊って、動物たちが楽しそうに駆けまわってるの。あぁ、素敵な歌が聞こえるわ」

 

 目を閉じて、歌を聞き入るネゲヴだが、そんな歌も夢のような光景も現実には存在しない。キャリコの見る現実と、ネゲヴが見ている世界はあまりにも違う……ネゲヴやMG5には、このジャンクヤードがおとぎ話に出てくるような光景が広がっているのだ。

 

「ここでクイズです。あるおじさんがとても大嫌いな夫婦を殺しました、でもおじさんはそこにいる無関係なペットや小さい男の子も殺しちゃいました。さあ一体なぜでしょう?」

 

「お願い、正気に戻ってよネゲヴ!」

 

 必死に訴えるキャリコの頬を、ネゲヴは殴りつけると、先ほどと同じクイズの質問を投げかける。

 

「制限時間がきちゃうよー、はやくしないと罰ゲームだよ?」

 

「うぅ…殺したのは、大嫌いな夫婦の子どもと、ペット…だから?」

 

「ブッブー残念! 正解は、あの世で再会させてあげようとしたからでした。罰ゲームだよ、全身滅多刺しの刑です」

 

 ネゲヴが手を振り上げ、銀色に光る物体がきらりと光ったかと思えば、それを一気にキャリコの肩へと振り下ろす。

 

「ぅああッッ! い、いたいッ!」

 

「アハハハハハハハハハ! ダメだよキャリコ、笑顔笑顔! 笑ってるキャリコが好きなんだから、ね? だからほら、もっともっと笑ってよ! キャハハハハ!」

 

 ナイフを引き抜く際にわざとねじって傷口を広げ、再度同じ個所にナイフを突き刺す。キャリコの悲痛な叫び声とネゲヴの狂ったような笑い声がジャンクヤードに響き渡る。

 何度もナイフを突きさされ、キャリコは喉が枯れるほどまで悲鳴をあげ続けた……血と涙で濡れたキャリコの頬にそっと手を当て、ネゲヴは優し気な目で微笑みかける。

 

「キャリコ、もう止めて欲しい?」

 

「や…嫌……お願い、許して…」

 

「だーめ。キャリコが笑ってくれるまで滅多刺しにするもんね!」

 

 意地悪くニヤリと笑い、再度ネゲヴはナイフを振り上げる。もはやキャリコは大声で泣きわめくこともできず、痛みと恐怖に怯え目を閉ざすことしか出来なかった。そして、銀色に光る凶刃がキャリコの胸元めがけ振り下ろされる…。

 

「あれ…?」

 

 そんな、気の抜けた声を聞き、キャリコはおそるおそる閉じていた目を開く。ネゲヴが振り下ろしたナイフの刃先は、寸でのところでキャリコの胸元を突き刺していなかった。

 ナイフを握るネゲヴの手は震え、驚いたような表情で固まっていた。

 

「キャリコ……お願い、今のうちに…」

 

 頬に落ちてきた雫にキャリコはハッとしてネゲヴを見上げる。震える手でナイフを握るネゲヴは、唇を噛み締め涙を流してキャリコを見下ろしていた…。

 

「ネゲヴ…正気に戻ったの…?」

 

「ごめんなさい、キャリコ…いつまでも持たない、早く…早くなんとかして!」

 

 ネゲヴが正気を微かに取り戻した…彼女が自分の身体を制御していられるうちに、彼女を取り押さえなければならない。キャリコは痛む身体に喝を入れ、なんとかネゲヴの拘束から抜け出した。そして逆にネゲヴを地面に押し付け、用意していたロープでがんじがらめに拘束する。

 

「ありゃ? どうなってるの…? あれ、わたしいつの間にキャリコに捕まってる…変なの」

 

「はぁ………ありがとう、ネゲヴ…すぐに治療してあげるからね」

 

 ネゲヴを攻略したキャリコは、一気に疲労と痛みがどっと押し寄せ、その場に大の字に倒れ込む。

 

 残すは、MG5。

 

 

 

 嵐のような銃声がジャンクヤード一帯に響きまわる。合間に撃ち返す拳銃の発砲音もかき消してしまうような猛烈な弾幕、足場の悪いジャンクヤードを縦横無尽に駆けまわる身のこなし、何よりも予測不可能な行動にスネークは苦戦する。

 有利な接近戦を仕掛けようにも、MG5は弾幕をはってスネークを寄せ付けず、また逃げ足も速いため中距離での銃撃戦が主体で行われる。マシンガンの弾が尽きてリロードするも、MG5は信じられないような速さで給弾を済ませ嬉々として襲い掛かってくる…キャリコの言う部隊内最強という言葉も嘘ではない。

 

「隠れてばかりではこの私には勝てないぞ。む、そろそろプレゼントを配らなければ、受け取れ!」

 

 MG5は手榴弾を複数手に取ると、それを一気に放り投げる。放物線を描きスネークの頭上を通過していくそれらにMG5は銃撃を加え、手榴弾の一つに銃弾が命中し炸裂、他の手榴弾も連鎖爆発を起こす。爆発によってスネークのいた周囲一帯が煙に覆い隠される…。

 煙が北風に吹き消されようとした時、MG5が見据えていた場所から数メートル離れた瓦礫の中からスネークが姿を現す。引き金を引いたスネークに、MG5は足元の廃材の板をめくり盾にしたかと思えば、それをスネークめがけ蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされてきた板を間一髪避けると、MG5が再び逃走していくのが見え、急いでその後を追う。

 

 

「待てッ!」

 

「待てと言われて待つものがいるか!それは私だ」

 

 

 かと思えば、突然踵を返して跳び蹴りを放って来る。相変わらずの予想できない行動に反応が遅れ、MG5の跳び蹴りによって弾き飛ばされる。

 

 

「フハハハハ! プレゼントが欲しければ追ってくるがいい!」

 

「くっ、逃げるな! 待て!」

 

 

 そして再び逃走するMG5……スネークのスタミナ切れを狙って行動しているようにも見えるが、おそらくは何も考えていない思い付きの行動。無限のように思えるMG5のスタミナに付き合いきれなくなったスネークはその場に立ち止まり、息を整える。

 

「オレも歳をとったもんだ…ん?」

 

 そうしていると、逃げていった先からMG5がきょろきょろと辺りを伺いながらとぼとぼと戻って来たではないか。彼女のカオス過ぎる行動にスネークもまともな思考で対応できず、近付いてくるMG5をただぼんやりと見つめていた。

 

「すまんが、ここらに私の小包が落ちていないか?良ければ一緒に探してもらいたいんだが」

 

「うん?あ、あぁ…」

 

「助かる」

 

 スネークは、考えることを止めた。

 

 先ほどまで苛烈な殺しあいをしていた相手と、ジャンクヤードに落とした物を一緒に探して回る…。救援のためにやって来たエグゼとWA2000も、その摩訶不思議な光景に困惑する…。

 

「おい、これが落とし物か?」

 

「おぉ、それこそ私の探し求めていたものだ。感謝する、あなたはいい人のようだな。この出会いに感謝しよう、ではな…また会おう」

 

「あぁ、達者でな……って、そうはいくかバカ野郎!」

 

「くっ、何をする! 離せ!」

 

「やかましい! ワルサー、スネークそっち押さえろ!」

 

 三人がかりでMG5を押さえ込み、暴れるMG5に引っ掻かれながらもどうにかフルトンをくくりつけて空に打ち上げる。代わりに落ちてきたのは、先ほどMG5が探していた落とし物の小包だ。

 

 

「やぁ、みんな捕まえたんだね? ありがとう、こっちもネゲヴを捕まえたよ」

 

「ずいぶんやられたみたいだな。すぐに迎えのヘリを呼んで治療をしてやる」

 

「ありがとうスネーク、感謝するよ」

 

「気にするな。それから、これを…リーダーのMG5のものだ」

 

 

 スネークから小包を受け取り、へとへとのキャリコはその場に座り込み、MSFの迎えのヘリを待つこととなった。戦いを終え、かりそめの衣装から着替えている間に、キャリコはそっと小包を開き中に入っていた一枚の写真を手に取ると、小さな微笑みを浮かべた。

 

 

「リーダー…おかしくなっても、これだけは忘れて無かったんだね……すぐに元通りになれるからね、みんな」

 

 

 

 写真には、仲睦まじく肩を組む5人の人形たちが写っていた。




たった一話でシリアスとギャグを行ったり来たり……人形たちも狂ってるけど話しの展開も狂ってんなこれ。

スタート画面のMG5すこ。崇めろ(脅迫)


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マザーベース:懇親会をいたします

ほのぼの


 海鳥の呑気な鳴き声が響くマザーベース。汚染と争いの火種で殺伐とした陸地から隔絶された国境なき軍隊(MSF)の家は、戦闘訓練を行うスタッフたちの雄たけびや射撃音を除けば、極めて平穏そのものである。洋上に浮かぶマザーベースにも、冬の訪れを告げる冷たい風が吹き始めていた。

 マザーベースでは現在、新規のプラットフォームの設備建設…"ZEKE"に替わるメタルギア、"サヘラントロプス"建造のための工事が進められている。ZEKEという巨大な抑止力を失った今、危険が世界中に点在する中でMSFが他勢力より干渉を受けないようにするためにも、核と同等以上の抑止力が必要となっているのだ。

 現在はサヘラントロプス建造のための設備を組み立てている状況であり、サヘラントロプスを建造するスタートラインにも立っていない状況にある。MSFでは外貨の獲得と資源の獲得のため、副司令であるミラーが陣頭指揮をとり忙しい毎日を送っていた…。

 

 そんな昼下がりのマザーベースにて、キャリコはそわそわとした様子で研究開発棟のAI研究エリアに佇んでいた。もう何時間もその場にキャリコはいた…スコーピオンが彼女の身を案じて持ってきた料理もあまり手を付けられていない。

 キャリコの傍にスコーピオンとエグゼがつき添い、無言で封鎖された研究室のドアを見つめている。

 そうしていると、研究室のドアロックが解除され、研究室内よりサングラスをかけたストレンジラブが姿を見せた。

 

「あの…!」

 

 座っていた椅子から立ち上がり、キャリコは不安を隠しきれない表情でストレンジラブを見つめる。ストレンジラブはいつもと変わらない表情で出てきたが、彼女をよく知らないキャリコはその硬い表情から何か悪い知らせがあるのではと勘ぐった。

 

「すべての人形のAIを解析し、細かく調査したところ……深刻なバグがいくつも発見された。AIプログラムの異常が深刻な統合失調症を引き起こしていたようだ。診療では幻覚や幻聴の症状も見て取れた、普通ではない景色が見えていたり存在しないはずの声も聞こえていたようだ」

 

「ねえストレンジラブ、症状を伝えるのもいいけど、キャリコの仲間たちは大丈夫だったの?」

 

「そうだよ早く教えろよ」

 

「まあ急かすな。キャリコ、結論から言えば仲間たちのAIの修正は上手くいったと思う(・・・・・)

 

「あぁ? なんだそりゃ?」

 

 珍しくはっきりしないストレンジラブの言葉に、エグゼはくってかかった。

 

「私でもこの世界のAI技術の習得は未だ不完全なのだ。一応のAIプログラムの設定は独学で覚えたが、IOPお抱えの優秀な技術者には及ばん。人形たちのバグを一つ一つ見つけ出し修復したつもりだが、AIに異常をきたした原因が不透明なままだ。もしかしたら今後も何らかの障害が残るかもしれないし、また再発するかもしれん」

 

「でも、上手くいったんでしょう?」

 

「そのつもりだ、半端な仕事はしない。キャリコ、今後もしばらくは仲間たちの様子を観察して欲しい」

 

「うん、そのつもりだよ…ありがとう、ドクター」

 

 感謝の言葉を述べたキャリコにストレンジラブは小さく笑いかけ、そっと彼女を研究室内へと招き入れる。MSFがストレンジラブのために用意した専用の研究室には、独自に開発したものや外部から調達した精密機器などが並ぶ。真っ白な外壁と照明にまぶしさを感じ、キャリコはおもわず目を細める

 研究室内のまぶしさにキャリコの目が慣れていくと、不意に誰かに抱き寄せられる。抱き寄せた誰かの豊満な胸に顔をうずめられ、キャリコは優しく髪を撫でられる感覚に思わず瞳が潤む…。懐かしい感覚と嬉しさにキャリコの涙腺は崩壊し、自分を抱きしめる者の顔も見ずに声を押し殺して泣いた。

 

「辛い思いをさせてしまったな。もう大丈夫だ、安心しろ」

 

 泣きつくキャリコを抱きしめ、何度もその髪を撫でるMG5…彼女だけではない、治療を受けて正気に戻ったFAL、ヴェクター、ネゲヴもそこへ集い、震えるキャリコの肩を抱き涙をこぼす。全員が泣きわめく中でリーダーのMG5が一人落ち着いた表情をしているようにも見えるが、溢れる想いをなんとかこらえているのをスコーピオンは見抜いていた。

 

 

「うぇ…チクショウ……よかったな、よかったよかった…」

 

「エグゼ、なんでアンタまで泣いてるのさ」

 

「オレはこういうの弱いんだよ…!」

 

「おーよしよし可愛いエグゼちゃん、こっちに来なさい撫でてやる」

 

「うっせえ、触んな」

 

 といいつつスコーピオンによしよしと頭を撫でられ、心地よさそうに目を細めるエグゼであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――マザーベース居住棟、戦術人形専用区画

 

 マザーベースの居住棟には数週間前戦術人形専用の宿舎エリアが設けられた。今までの古参組は他のスタッフの居住エリアの個室を分け与えられていたが、戦術人形の数が増えたことにより専用の居住スペースがあった方が良いという提案が出たため、こうして彼女たちのための居住スペースが出来上がる。

 古参組にはそれぞれ専用の個室を用意され、後は二~三人で一つの部屋が用意されている。

 

 人間のスタッフも人形も分け隔てなく接するMSFの中で居住区を分ける方針は異例なことではあるが、居住エリアの区別は人形にとっても都合がいいということで双方の納得を得た上で行われた。

 人形専用の宿舎エリアには、任務から帰ってきた人形が自分でメンテナンスをできる簡易修復装置や補給所の他、些細な娯楽だがカードやボードゲームを取り揃えたミーティングルームまであった。それまで倉庫で集団で寝泊りする習慣が身についていた新規の戦術人形たちにとって、至れるつくせりの非常に住み心地の良い環境であった。

 

 

「――――と、いうわけでうちにも初期に比べてたくさんの戦術人形が所属するようになりました。今日は親睦会を兼ねて、あたしら戦術人形の食事会をしようと思います」

 

 壇上に立つスコーピオンがマイクを握りそう宣言すると、部屋のあちこちから拍手と口笛を吹く音が鳴る。

 この日の人形だけの懇親会を開きたいというスコーピオンの考えに、スネークとミラーも快く了承してくれた。糧食班から提供された食材で、スプリングフィールドと助手を務めるスオミと9A91が懇親会に見合った美味しそうな料理も作る。

 

「みんなグラスはいき渡ったかな?」

 

 司会をつとめるスコーピオンが壇上から全員にグラスがいき渡ったことを確認する。

 

「それじゃあ、この数奇な出会いと国境なき軍隊(MSF)に感謝の意を込めて、乾杯だーッ!」

 

 全員がスコーピオンの声と共にグラスを掲げ、ジュースかあるいはアルコールの入ったグラスに口をつける。一気にグラスを空にする者もいれば、少しだけ口をつけた者もいたが、全員が再び大きな拍手を鳴らし人形たちの懇親会が始まった。

 乾杯が終われば、部屋の外で待ち構えていたヘイブン・トルーパー兵がドアを開き作られた料理を運び入れる。料理がなるべく冷めないよう、ギリギリの時間を狙って料理を作っていたスプリングフィールド、9A91、スオミがやってくれば再度乾杯の音頭がとられて拍手が巻き起こる。

 

 

「くぅぅーッ! キンキンに冷えたビール、スプリングフィールドの用意したおつまみ……最高だねこれ!」

 

 

 冷凍庫に入れて冷やしたグラスに、同じく凍りつくギリギリの温度で冷やされたビール。その二つが融合した至上の一杯に、スコーピオンはたまらず声をあげる。一口目のビールの味は格別だ、スコーピオンはスパイスのきいたウインナーを頬張る。

 スパイスの適度な辛味とウインナーの油分はビールの旨味を一層引き立たせる。さらに冷えたビールがウインナーの油分をきれいさっぱり洗い流し、何度でもウインナーの旨味を味わわせてくれるのだ。

 

「お、いい飲みっぷりじゃねえかスコーピオン! 負けてらんねえな!」

 

 一気にグラスを空にしたスコーピオンにエグゼも負けじと一気に飲み干す。冬の寒さから隔絶された温かい部屋で飲む冷えたビール、建物の外は寒いのに冷えたビールののど越しは最高だ。

 エグゼがグラスを空けると、傍で侍女のように控えていたヘイブン・トルーパーがすかさず代わりのビールを用意する。気の利いた部下に羨望の眼差しが向けられると、上司であるエグゼもご満悦の様子だ。

 

「皆さん、私もご一緒してよろしいですか?」

 

「お、スオミ! いいよいいよ、遠慮なく座りなよ」

 

「はい、では失礼しますね」

 

 やって来たスオミを快く迎え、三人は小さな乾杯をする。

 

「お、スオミも意外に飲める口なんだね?」

 

「ええ、イリーナちゃんに付き合ってよく飲まされてましたから」

 

「わりぃな、安物の酒しかなくてよ」

 

「とんでもないです、こうして皆さんと一緒に飲んでるだけで、高級なお酒よりもずっとずっと美味しいですよ」

 

「スオミ、あんた良い事言うね。酒を飲む場に置いて重要なのは、良い飲み仲間、これに尽きるね!」

 

「その通りだ! ハンターもそう思うだろ?」

 

 エグゼが振り返ると、ハンターは無愛想な表情でちびちびと酒を飲んでいた。まだまだエグゼとの壁は厚いが、このような場に来てくれただけでもいくらかマシか……だがエグゼはそれで満足せず、さらに親睦を深めようとした。

 

「なあハンター、この間喋る猫を探してたよな?もしかしてまた狩りに行きたいとか!?」

 

「なんだ、見てたのか。そうだな、あれほどの獲物を前に狩人として奮い立たなかったと言えば嘘になる」

 

「そうか! じゃあまたあの喋る猫がいたらよ、一緒に狩りに行こうぜ!」

 

「嫌だね。狩りをするなら一人(ソロ)の方が良い、気ままに行動できるしな」

 

「そんな…冷たすぎるぜハンターよぉ…」

 

「冗談だ、真に受けるなアホが」

 

 フッと小さく笑い、ハンターは横目でちらっとエグゼを見ると、今にも泣きそうな彼女の表情にギョッとする。もしや今の発言で傷つけたかと慌てふためくが、図々しいエグゼがそれ程の罵倒で泣くとは思えない。

 

「なぁスコーピオン…聞いたかよ今の…ハンターが冗談言ってくれたぁ…」

 

「うんうん、良かったねエグゼ。ここまで長かったね」

 

「お、おい! 何こんなくだらないことで泣いてるんだ!? 止めろ、女々しいったらありゃしない!」

 

「まあまあハンターさん。エグゼさんはきっと嬉しいんですよ」

 

 ぐすぐすと泣くエグゼを慰めようとスコーピオンが透明な液体の入ったグラスを差し出した。無意識に受け取ったそれを躊躇なく飲むエグゼであったが、次の瞬間血相を変えて口に含んだ液体を吹きだした。

 

「ゲホっ…ケホッ! て、てめぇなに飲ませやがった!? こりゃスピリタスだろうがバカ!」

 

「あれ? 水をあげたと思ったんだけどな、透明だから分からなかったや、あはははは!」

 

「テメェ覚えてろよ」

 

 エグゼは恨みがましくスコーピオンを睨み、ビールで爛れた喉を潤す。一部始終を見ていたヘイブン・トルーパーが正真正銘本物の水を持ってきたが、エグゼはやんわりと断りウイスキーのボトルを手繰り寄せる。どうやらスイッチが入ったらしい…。

 

「やぁ二人とも、いい飲みっぷりだね」

 

「あぁん? なんだテメェ、腹黒女のUMP45じゃねえか。お前も飲んでるのか?」

 

「ちょっとだけね」

 

 含みのある笑みを浮かべるUMP45が持っているのはビールだが、エグゼはそれをひったくるとウイスキーを注いだグラスを交換させる。ニヤリと笑うエグゼに、UMP45はその意図を理解し、躊躇なくウイスキーを飲み干した。

 

「ぷはぁー、美味しい、おかわり頂戴」

 

「お、案外飲める口じゃねえか。まあ座れよ、立ったまま飲ませるのはわりいからな」

 

「ありがと。じゃあ遠慮なくね」

 

 ウイスキーを口に含みながら頷いたエグゼであったが、UMP45がその場にしゃがみ込んだ際にスカートの中が見えた瞬間、再度口に含んでいた酒を吹きだした。

 

 

「テ、テメッ! なんでまたパンツはいてねえんだよ!?」

 

「しょうがないでしょ、誰も替わりのパンツくれないんだもの!」

 

「あの時からずっとノーパンのままかよ、信じられねえ」

 

「まったくね。誰かパンツくれないかしら?」

 

 あの時の恥じらいはどこへやら、今の今までノーパンでマザーベースを歩きまわっていたと思うと、このUMP45という少女は相当図太い神経の持ち主であることが伺える。

 

「まあしょうがない、オレのパンツを貸してやるよ」

 

「あら、優しいのね。ありがとう」

 

「おう。どうせなら上下もそろえた方が良いよな……あ、悪い。オレとお前とじゃバストのサイズに差がありすぎるよな、ハッハハハハ!」

 

 

 ぴしっと、何かが軋む様な音が鳴ったかと思えば、部屋の温度が数度下がるような錯覚がこの場にいる人形たちにのしかかる。寒い外の空気が入り込んだのかと、事情を知らない人形たちが周囲を伺い、冷たい殺意に身を震わせる。

 

 

「言ったね?一番言っちゃならないことを言ったね、表に出なさいよエグゼ」

 

「あぁ? 上等じゃねえか。かかってこいよノーパン女」

 

「あーもう、折角楽しい場なんだからぶち壊すんじゃないよ。ほら二人とも座って、水でも飲んで頭を冷やしなさい」

 

 いきり立つ二人をなだめつつ、透明な液体の入ったグラスを二人に差し出す。睨みあう二人は無言でグラスを受け取り、グラスの中身を口に含む……やはりというかなんというか、二人はほぼ同じタイミングで口に含んだ液体を吹きだし激しくせき込んだ。

 

「スコーピオン、お前…! スピリタスは止めろ、いいからもう止めろ!喉が死ぬッ!」

 

「あれれー? 今度は水だと思ったんだけどなーおかしいなー」

 

 これは確信犯に違いない。それはともかくとして、酒(?)で頭を冷やした二人はその場に座り込み以降は和やかに酒を飲み、料理を頬張る。

 

「スコーピオン、少しいいか?」

 

 そこへやって来たのは、MG5だ。持っているグラスの液体の色は透明、水か酒か判別はできないが、ほんのり赤く染まる頬の様子から中身はアルコールであることが分かる。

 MG5はその場に座り込むと、グラスを置き、かしこまった様子で頭を下げてきた。彼女の突然の行動にスコーピオンはグラスを置いて慌てふためく。

 

「仲間のキャリコと、我々を助けてくれたことに礼を言いたい。大切な仲間を、この手で殺してしまうところだった。あのまま君らが来てくれなかったらと思うと、恐ろしい」

 

「困った時はお互い様だよ。ほら、そんなかしこまらなくていいから楽しく飲もうよ」

 

「ああ。この力、MSFとその仲間たちのために使うつもりだ。よろしく頼む」

 

「へへ、よろしくやってやるよMG5。強い人形は歓迎するぜ、今度オレと勝負しようぜ」

 

「鉄血のハイエンドモデルとサシの対決か、滾るな」

 

 エグゼとMG5は互いにグラスを掲げ、一気に飲み干す。二人ともどうやらまだまだ飲めるようだ…和やかに始まった懇親会は一部の酒豪たちの盛り上がりで飲み比べに発展し、古参組も新規組も分け隔てなくその場の雰囲気に酔いしれる。

 

 明日からは新参組の人形たちの本格的な訓練も始まる。

 

 新しい日常の始まりだ。




カズ「人形ちゃんオンリーの秘密の花園……ハァハァ」

ヘイブントルーパー「全隊員へ、居住エリアで非常事態だ。容疑者は男性、180㎝、髪は金、ブリーフグラサンの変態だ」



これまでのMSF所属の戦術人形
スコーピオン
スプリングフィールド
9A91
WA2000
エグゼ(処刑人)
M1919(3章で捕虜)
ウージー(3章で捕虜、WA2000とツンデレかぶりで存在意義が…)
ハンター(説得中)
スオミ(訓練生)
404小隊(家出中、ニート)
キャリコM950A
MG5
FAL
Vector
ロリネゲヴ


と言ったところでしょうか、漏れがあったらすみません。
他にも加入しているという設定ですので、次話よりちょっとずつ登場させたいかな。


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そして教え子は師に並び立つ

「ありゃ、今日もお休みか」

 

 マザーベース内、居住エリアの一画にあるカフェの扉には"close"の札が下げられており、カフェの中は照明が消されて真っ暗であった。以前ならスプリングフィールドが非番の時に、カフェを開いてMSFのスタッフや人形たちに憩いの場を提供していたのだが、しばらくカフェは開かれていない。

 

「この間の懇親会で会ったきりだよな。それも早々に帰っちまったし…訓練するのもいいけど、そろそろあいつのコーヒーとスイーツが恋しくなってきたぜ」

 

 もしかしたらと思いカフェを訪れたスコーピオンとエグゼであったが、数日前に訪れた時と変わらず、カフェは閉まったままであった。

 

「あいつ飯ちゃんと食ってんのかな? マザーベースにも前哨基地にもいないんだぜ?」

 

「エイハヴがどこまでスプリングフィールドに教えてるか、だよね。でも噂じゃ、相当厳しい訓練を受けてるみたいだよ?」

 

「聞いたよ、特殊部隊も真っ青な過酷な訓練だって? あの優しいスプリングフィールドがね、よくやるぜ」

 

 現在スプリングフィールドはエイハヴの訓練を受けているらしいのだが、噂によれば新兵が聞けば気絶しベテラン兵士も躊躇するほどの過酷な訓練を受けているようだ。以前、訓練を終えたと思われたスプリングフィールドが前哨基地に帰って来た時には、全身泥だらけで疲労により宿舎に帰るなり死んだように眠りについていた。

 その様子を見た仲間たちがエイハヴに訓練内容を和らげるよう抗議したのだが、それはスプリングフィールド自身に拒否される。

 

 "自分の弱さを克服したい"

 

 彼女のそんな言葉を聞いて以来、以後二人の訓練に口を挟む者はいなくなった。

 

「ま、スプリングフィールドもああ見えてタフだからきっと大丈夫だよ」

 

「それもそうだな。そう言えばスコーピオン、オレが教えた技を試してみたか?」

 

「いや、試してないね。訓練でやったら死んじゃうもんね…敵にしかできないよ」

 

 

 そのままの足取りで二人はマザーベースの訓練場へと向かう。志願兵の増加と、新規に加入した人形とでマザーベースの訓練場もここ最近は手狭に感じる。今では訓練場は予約制であり、あぶれたものは陸地の前哨基地に足を運ぶしかない。

 その前哨基地も、新規加入の兵士たちの対応もあってなかなか思うような訓練は受けられない。

 兵士が増えたことは喜ばしいことだが、それに付随して訓練不足の兵士の増加はMSF全体の練度の低下が問題になっている。古参のスタッフが教官として志願兵たちを鍛えているが、以前のような精兵ぞろいのMSFからはほど遠いのが現状だ…せめて大きな訓練施設があれば、というのが現場で動く人間からの声であった。

 

 マザーベースの訓練場では最近加入した人形たちが、人間の兵士に混じって訓練を行っている。

 今日行われていたのはCQCの訓練だ。志願兵や戦術人形の中には近接格闘戦術の心得がある者もいるだろうが、ここではより高度な技術を身に付ける。

 古参のスタッフの他、マシンガン・キッドや9A91といったFOXHOUND隊員も駆り出されての訓練指導だ。

 小柄な9A91を嘲笑する者もいたようだが、大きな体躯の男を軽々投げ飛ばしたのを見て以降は、全員真面目に講義を受けているようだ…。

 

 

「なんか懐かしいな。エグゼがMSFに来る前くらいだけど、あたしらオセロットにびしばししごかれたからさ。以前のあたしらを見てる気分だよ」

 

「そんで今の今までCQCは上手くなっちゃいねえって、笑えんだろ。ま、お前にはもっと別な格闘術を教えたから大丈夫だろ」

 

「あたしのタフさはCQC殺しだからね!」

 

 無邪気に笑って見せるスコーピオンだが、実際彼女はCQCを身に付けた兵士たちにとっては天敵といえる存在だ。いくら投げ飛ばしても起き上がってくるし、脳天から叩き落してもビクともしない。以前ウロボロスにやられて以来、ますますタフさに磨きがかかったようにも思える。

 そんなスコーピオンにエグゼ自身が教えた格闘術も相まって、現在は組み手においてはほぼ無敗だ。

 

 そしてスコーピオンとは対照的に、初期よりCQCの技術に磨きをかけ続けた者がいる。

 オセロットの一番弟子であり、スネークとオセロットを除けば間違いなくMSFの実力者ランキングトップに食い込む勢いのWA2000だ。食事と就寝時以外はほぼ訓練を行っていると言っていいほどだ。元々素質もあっただろうが、血のにじむような努力が今日の強さにつながったのは間違いない。

 

「ヘヘ、またオセロットとCQC訓練だ。動きもさまになったもんだよな」

 

 戦闘力においてはスネークに次ぐ実力者であるオセロットと、そのオセロットの教えを受けたWA2000の格闘は不慣れな者から見ればまるで異次元の戦いに見えるかもしれない。

 以前までは一方的にやられていたWA2000も、今ではオセロットの素早い動きについて行っている。それでもまだまだオセロットの方が上手なのか、足を払われ床に身体を打ちつける。

 

 

「まだまだッ!」

 

 

 その度に、WA2000はすぐさま起き上がり再度組み手を申し入れる。熱意ある教え子に対し、オセロットもやりがいを感じているようだ。口には出さないが、訓練に真面目で素行も良いWA2000はオセロットの一番のお気に入りの生徒である。

 いつの間にか訓練場にいた者たちの視線が、二人の達人へと向けられていた。たくさんの視線を受けても二人は一切緊張感を損なうことはない。

 

 オセロットが訓練生にCQCの技術を見せるのはこれが初めてではない。

 だが、オセロットが本気を出して戦う姿を見るのはほとんどが初めてのことだろう。そしてそれは、彼の本気を引きだせるまでに成長したWA2000への称賛もあった。

 

 膠着していた中、先に動いたのはオセロットだ。

 

 予備動作の無い素早い動きは並の兵士には反応すらできない速度であったが、WA2000は見事に彼の動きを捉える。すかさずWA2000は捉えた手を払いのけ、腕を掴み彼の体勢を崩す。彼女の素早い反応に、オセロットの表情がわずかに歪む…。

 体勢を崩したオセロットの腕に右腕を絡ませ、WA2000は自身の身体をねじることで回転運動をかけ、オセロットの両足を床から浮かせて見せた。そのまま投げ飛ばされるかに見えたが、オセロットは宙に浮かされた際に身をひねり、まともに床に叩き付けられることを回避する……が、WA2000の技をかける速度が予想よりも速かったためか、片膝をついた状態で着地していた。

 

 

「す、すげぇ…」

 

 

 いつの間にか二人の戦いに見入っていたいたエグゼが思わずそう呟いた。周囲の観衆たちもおそらく同じに思ったことだろう。

 

 しかし戦いはまだ終わっていない。

 片膝をつくオセロットに駆け出し、WA2000の素早い蹴りが彼の側頭部を狙う。それは難なくかわされたが、追撃として鞭のようにしなる回し蹴りが放たれたとき、オセロットは咄嗟に腕で防いで見せる。まるで回避が間に合わず、咄嗟に防御をとったようにも見える彼の動きに、WA2000は好機と見て鋭い蹴りの連撃をオセロットに向ける。

 下段、中段、上段蹴り。鍛錬に鍛錬を重ねた彼女の蹴りは一発一発が必殺の一撃に匹敵する、それをオセロットは冷静にさばき、大降りになった一撃を捉えると、一気に攻め立てる。

 片足を脇腹で受け止め、素早い突きでWA2000を怯ませる。捉えていた彼女の足から手を離し、一気に肉薄すると、オセロットは彼女の腕と襟を掴み、彼女を背負い込む様に担いでそのままの動きで床に投げ飛ばす。

 人体が床に勢いよく叩きつけられる音が訓練場に鳴り響く。

 背面から打ちつけられた形のWA2000であったが、彼女はその場でもがくこともせず、オセロットの足を払おうと倒れた姿勢からの水面蹴りを放つ。

 

 惜しくもその蹴りは空を切り。お互い距離を保ち身構える。

 

 まだ決着はついていない……が、観衆から拍手が沸き起こると二人の熱気は急激に冷めていった。

 

 

「すげえなワルサー! いつの間にこんな強くなってたんだな!」

 

「流石だね、同期として鼻が高いよ!」

 

「なによ、見てたの? まったく、私を見ても参考にならないわよ?」

 

 

 観衆たちの称賛をさほど気にしていないかのように彼女は乱れた衣服を整える。

 惜しみない拍手の嵐がまだ続いているが、喜びを表現することもなく、むしろ鬱陶しそうに思っているようだ……それもオセロットがそばに寄ってくると、途端に顔を綻ばせるのだからかわいいものである。

 

「汗をかいたのは久しぶりだ。よくここまで成長したな、オレも油断していたらみんなの前で恥をかくところだった」

 

「そんな、わたしがオセロットに勝つにはまだまだよ」

 

「謙遜するな。オレが見てきた中でお前以上の逸材はいなかった、ある意味オレの見立ては正しかったようだ」

 

「初めて会った時は邪険にしてたくせに…ちょっと都合がいいんじゃないの?」

 

「フッ、あの時はオレも気が立ってたからな。悪かったと思ってる」

 

「あら、オセロットも素直に謝れるのね。いいよ、許してあげる」

 

 昔はよく粗末な扱いを受けて時々泣かされてたWA2000であったが、それも今は懐かしい思い出。

 汗を流すオセロットにタオルを手渡し、ほんのりと頬を赤らめて微笑むWA2000の図。美男美女の微笑ましいやり取りだ。

 

「おいスコーピオン、この二人見てたら殺意が湧いてきたぞ。殺っちゃっていいか?」

 

「やめときなエグゼ。遺体収容袋に詰められるのはアンタになりそうだから」

 

「なんでお前はそんなに余裕なんだよ……まさかテメェ、スネークに抜け駆けしたんじゃねえだろうな?」

 

「えー?なんのことかなー?」

 

「てめっ! いつだ!? この前二人で探索行った時か!? どこまでやったんだよ!? どうりで最近距離が近いと思ったら…ちくしょう、この裏切り者め! お前となんか絶交だバカやろう!」

 

 突如泣きわめき、訓練場を飛び出していったエグゼを、仕方なくスコーピオンが追いかける。

 相変わらず騒がしい二人にWA2000は呆れかえる。何やら裏切り者がどうとか言っているが、大抵飲んだ次の日くらいには元通りになってるのでさほど心配はしない。

 

「ワルサー、お前新参の人形たちを訓練してみないか?」

 

 オセロットの急な言葉に、WA2000は目を丸くする。

 

「え、どうしたのよ急に…」

 

「ここ最近は志願兵の増加で全体の練度の低下が問題になっているのは知ってるな? 部下を育てる優秀な教官が必要となっているが、人手不足でなかなかうまく言っていないのが現状だ」

 

「スネークやキッドも、訓練指導で今は忙しいもんね。でも、わたし上手くやれるかしら?」

 

「心配するな、お前には戦術人形の訓練を任せるつもりだ。同じ人形同士、訓練も見やすいだろう。それにいきなり任せるつもりはない、しばらくはオレも一緒に見てやるつもりだ」

 

「そっか……今度は私が教官か。オセロットの訓練を卒業しちゃうみたいで、ちょっと寂しいね…」

 

「成長の証だ、誇りに思え」

 

「そうね…そうよね」

 

 WA2000はうつむき、少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。それでも、顔をあげた時には未練や名残を振りはらい明るい笑顔を彼に向けていた。

 

「それで、わたしが教える人形は誰なの?」

 

 オセロットは"待ってろ"とだけ伝え、訓練対象の人形が記載された資料を持って来る。

 

「慣れるまでは分担して訓練を監督する。お前に見てもらいたいのは、M1919、Micro Uzi、StG44、IDWだ」

 

「了解よ。それで、あなたが見るのは誰なの?」

 

「あぁ。お前が慣れてくれば監督は任せるが、ひとまずはスオミ」

 

「イリーナからの依頼だものね、スオミはきちんと教えてあげなきゃね」

 

「あとは404小隊のG11」

 

「ちょっと待って、ちょっと、待って!? なんで404小隊が出てくるのよ!?」

 

「なんでも、なまけ癖のG11の根性を叩き直してくれと依頼があったらしい」

 

「オセロットってば、404小隊がマザーベースに来るのは反対してたはずでしょう!?」

 

「司令官のスネークと副司令のミラーが許可したんだ、決まった以上オレからはどうも言えん」

 

 嘘でしょ、と嘆くWA2000であったが、オセロットの言葉通り、組織のトップが認可した以上それ以上は何も言うことはできない。ただそれでいいのかMSF、とは思うことがある。

 

「それからガリル。こいつは野良の戦術人形だが、前哨基地に面接にきたらしい」

 

「IDWと一緒ね、どんな奴だったかしら?」

 

「これから知ることになる。最後の一人だが、最後の一人はコルトSA―――――]

 

 

ダメよッッ!!!

 

 

 突然のWA2000の大声に、訓練場にいた兵士たちは飛び跳ねるかこけてまわり、マザーベース中の海鳥が飛び立った。

 

「いきなり大声を出すな、なんなんだ?」

 

「いま、今なんて言おうしたのよ…!」

 

「コルトSAAだが?」

 

「やっぱり! どうりで、名前をいう時少し笑ってたような気がしたから…嫌な予感がしたのよ…!」

 

「よく分からんが、このメンバーで――――」

 

「ダメよ! いいわ、わたしが全員訓練します!」

 

「おい、何を言って――――」

 

「オセロットは補助だけをお願い! 間違っても、特定の戦術人形(・・・・・)を贔屓してみないこと! いいわね!?」

 

「お前オレにいつから命令するように――――」

 

いいわねッ!?

 

「あ、あぁ……」

 

 いきり立つ猫のように息を荒げるWA2000に、ただならぬ気迫を感じ、あのオセロットが引いた…。

 

 MSFの力の序列に変化が生じるかもしれない。




終盤書いてる時ニヤニヤが止まらなかった(笑)


さてそろそろ発動の頃あいですかね?

"ツン(ヤン)デレの狙撃手に死ぬほど愛されて眠れないオセロット"シリーズ(笑)


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世界で最も高貴な銃

 国境なき軍隊への志願は最近になって落ち着きを見せ始めたが、訓練場の不足はいよいよ深刻な事態だ。現在副司令のミラーが目ぼしいエリアを探索しているが、マザーベースとの連携や他のPMCや国家との折り合い、または鉄血支配エリアの問題もあってなかなか思うように事は進んでいない。運よく誰にも抑えられていない土地を見つけたとしても、重度の汚染地帯であったということもある。

 人類の生存圏が縮小した今、都合の良い土地を見つけることはとても難しい。

 バルカン半島のイリーナを頼るという案も出されたが、マザーベースからバルカン半島までの距離が遠すぎるため却下された。

 

 なので前哨基地に仮設の訓練場を建設したのだが、元々マザーベースへの玄関口ということで調達物資を集積したり武器・兵器の出入りも多いこともあり、あまり大きくスペースをとることもできなかった。人間の志願兵を受け入れ、少数だが戦術人形も受け入れる。

 予想していたことだが、戦術人形が戦場で戦うことが珍しく無くなったこのご時世、人形のせいで職にあぶれたと感じる人間と人形の間でいさかいが起こってしまう。

 

 だがMSFとしては人間も人形も区別しない。

 

 MSFでは、生まれも育ちも、人種も宗教の違いも関係ない。人間も人形も国境なき軍隊の旗印のもとに集まった以上、同じ戦場で戦う戦友であり、苦楽を共にする家族なのだから

 それでもまだ志願兵も新参の人形たちも出会って間もない。だから多少の衝突があることはある程度予想ができていたことだ。

 

 

 

 それはともかくとして、その日前哨基地の仮設訓練場には、訓練対象の戦術人形が呼び出され集まっていた。

 

「今日から訓練ですわ!新しい制服も新調しましたし、良い日よりですわね…寒いのがちょっとあれですけど」

 

「うぅ、まだ眠いのに…45のやつめ」

 

 朝の早い時間帯は気温が氷点下を下回り、吐く息も白い。寒さに身を震わせていると、指定された時刻の5分ほど前に教練を監督するWA2000がオセロットと共に到着する。

 それまで人形たちは呑気におしゃべりをして待ち、WA2000がその場に来てもな特に気にすることなく会話をしていたようだが、無言でたたずむWA2000に気圧されて静かになっていく。会話が止み、全員の視線が彼女へ向けられたが、まだWA2000は口を開かない。

 

 

「す、すいませんにゃ! 遅れてしまったのにゃ!」

 

 

 指定された時刻より遅れてやって来たのはIDWだ。よほど一生懸命走ってきたのだろう、着ている服はこの真冬の中汗で濡れ、息を乱している。

 

 

「遅れた理由は?」

 

「あ、あぅ…えっと、道に迷ってしまったのにゃ…」

 

「訓練の日程はあらかじめ周知させていたはずよ。場所が分からないなら前日までに調べておくという考えはなかったのかしら?」

 

「ご、ごめんなさいにゃ…」

 

 WA2000の厳しい口調に、IDWは怖気づく。おそるおそる見上げた彼女は身長差もあってか、WA2000に睨まれているように感じ微かに身体が震えだす。

 

「列に並びなさい」

 

 WA2000の言葉に固まっていた身体が自然に動き、まるで逃げ込む様に同じ訓練生である人形たちの列に並ぶ。IDWが遅れてきたところで、訓練対象の人形たちが全員そろう。WA2000は一歩下がった位置で見守るオセロットへと振り返ると、訓練開始の了承を確認した。

 

 

「今日からあなたたちを訓練するWA2000よ。訓練を始めるにあたってわたしから言っておくことがあるわ。アンタたちがMSFに来た理由は様々でしょうが、やる気のない者や規律を乱す者を訓練するつもりはない、そういった輩は容赦なく切り捨てるつもりよ。これだけは言っておくわ、半端者の兵士はMSFには必要ない」

 

 彼女のその言葉に、戦術人形の何人かが息を飲む。スオミは訓練生という立場でMSFにやって来た身であるので、厳しく辛い訓練もむしろ望むところだという意気込みであったが、その他はどうだろうか? WA2000の言葉に一気に不安を浮かべた辺り、MSFに志願した動機には憧れや羨望の意識が大きくあったのだろう。

 WA2000が列の前を歩き始めると、緊張からか言われてもいないのに背筋をピンと伸ばし目を見開く。

 

 IDWなどは遅刻の件もあって今にも泣きそうな表情で震えている。そんな彼女の前でWA2000は立ち止まり、そう固くなるなというかのように軽く肩を叩く。そして彼女はStG44の前で立ち止まると、彼女の小奇麗な制服を眺めだす。

 

「綺麗好きなのね」

 

「勿論ですわ。身だしなみには気をつけませんとね」

 

「ああ、そう。私生活で服装を気にすることは良い事よ。でもね、戦場を駆けまわれば服は汚れるし泥や油にまみれることも多いのよ。だからわたしのまえで、訓練中に身だしなみに気を使ってたら容赦しないから」

 

「え、えぇ……それは!」

 

「分かったの? 分かってないの?」

 

「わ、わかりましたわ…」

 

 きれい好きなStG44にとって衣服の汚れは耐えがたいことであるが、WA2000は真っ向からそれを否定する。彼女に言わせれば汚れるのが嫌ならとっとと出ていけ、というのが本意だろう。冷たく睨まれたStG44は言い返す気力も無く、これから始まる過酷な訓練を想像し小さく返事した。

 

 

「さて、G11。わたしはあなたの扱いに一番困ってるわ。やる気の無さそうなのは一番に追い出したいところだけど、あなたには訓練の依頼とそれに伴う契約金が発生してるのよ」

 

「わー、45ったら本気でわたしをどうにかしたいんだね。ワーちゃんも大変だね~」

 

「やかましい。それからワーちゃん言うな……コホン、私としては違約金を払ってでもアンタを追い出したいところなんだけどね」

 

「なるほど、じゃあ私は訓練サボるから後は――――いてっ」

 

 突然後頭部を襲った衝撃に、G11は涙を浮かべて身もだえる。振り返るとそこにはスパナを持った416とバールのようなものを持ったUMP45が、非常に悪そうなどす黒い笑みを浮かべたたずんでいた。

 

「416、スパナで殴るなんて酷いよッ!」

 

「私はやってないわ。それにスパナは人を殴るものじゃないでしょ、何を言ってるの?」

 

「ウソだ! 前に鉄血兵をスパナでタコ殴りにしてたの見たもん! それと45はそのバールしまってよ!」

 

「これはバールじゃなくて、バールのようなものよ」

 

「なんだっていいよ! うぅ、分かったよ……真面目に訓練受けるよ…」

 

 渋々訓練を受けることを約束するG11。WA2000としてはそのままいなくなってもらった方が良かったのだが、契約として成立している以上は義務を果たさなければならない。

 次にWA2000が足を止めたのはウージーだ。

 彼女は先のバルカン半島の内戦中に、政府側に雇われたPMC所属の戦術人形だ。スコーピオンに打ち負かされフルトン回収された彼女であったが、その後所属していたPMCは敗北したことで信用が失墜したことによる経営難から倒産し、行き場を無くしてしまった。同じPMCに所属していたM1919も同じ境遇だ。

 大人しくしているM1919と違い、ウージーは敵意を剥き出しにWA2000を睨み続ける。

 

「威勢がいいのね、アンタ結構見どころあるかもね」

 

「スコーピオンのバカにやられたと思ったらこれよ! 勝手に拉致して訓練に強制参加させられたと思ったら、やる気がないなら帰れですって!?」

 

「あら、本当にやる気がないのなら帰ってもいいのよ?」

 

「か、帰る家が無くなっちゃったのよ! 気に入らないけど、しばらくはここにいてあげるわ!」

 

 ツンデレがMSFの筆頭ツンデレに噛みつく奇妙な光景に、UMP45は声を押し殺しつつも笑う。 

 そしてWA2000が最後に足を止めた人形…コルトSAA、彼女に向き直る前に一度深呼吸をし、意を決した様にWA2000はSAAと対面する。

 

 

 笑顔である。

 太陽のような笑顔という表現があるが、今のSAAはまさにその通りで、ニコニコと愛嬌ある笑顔をWA2000に向けていた。その笑顔にWA2000は逆に怯み、そして戸惑う。

 

「初めましてワルサーさん! あたし、いまよりもっともっと強くなってMSFの家族になれるように精いっぱい頑張るね!」

 

「え、えぇ……そうね、頑張ってちょうだい…」

 

「あれれ? ワルサーさん、どうしたの? 顔が引き攣ってるよ? コーラでもいかが?」

 

「あら、ありがとうね……って、飲んでる場合かッ!」

 

 ついつい差し出されたコーラに口をつけてしまったが、ハッとしてコーラを投げ捨てる。しかしそれがいけなかった……目の前でコーラを捨てられたSAAは唇を噛み締め瞳を涙で潤ませる。その様子にWA2000が慌てはじめ、投げ捨てたコーラを急いで拾ったが、SAAの涙は今にも決壊寸前だ。

 

「うぅ……ぐすっ…」

 

「ち、違うのよ! これから訓練始まるって言うとこだったからつい…」

 

 いよいよすすり泣きまでし始めたSAA。こんなにいい子を泣かせるなんてと、そんな非難があちこちから向けられているようだが、WA2000は一睨みでそれらを一蹴する。

 泣き止んでくれないSAAに困惑しつつ、WA2000はほとんど無意識にオセロットを見つめてしまった。

 

 

「何故オレをみる?」

 

「いや、ちょっと…何でもないわよ!」

 

「まったく、そんなんで訓練を見れるのか?もういい、今日はオレが見る」

 

「あ、ちょっと…!」

 

 引き留める間もなく、オセロットはWA2000と位置を交代する。SAAとWA2000のやり取りでゆるんだ気持ちを引き締め直す。オセロットの厳しさは入って間もない戦術人形たちにも知れているようで、目の前に立つだけでも彼女たちは背筋を伸ばす。

 いまだすすり泣くSAAであったが、目の前に差し出されたハンカチを見ると、涙に濡れた顔をあげる。

 

「涙を拭け。うちのワルサーも悪気はないんだ、許してやれ。それと、訓練場へは私物の持ちこみはしないように」

 

「ありがとう…えっと…」

 

「オセロットだ」

 

「ありがとうオセロット……あれ? オセロットの銃って」

 

「あぁ、お前と同じシングル・アクション・アーミー(S A A)だ」

 

「あの、ちょっと待ってよオセ――――」

 

「きゃっほー! オセロットはあたしのことが好きなんだね?」

 

「は? 聞き捨てならないわね、オセロットはわたしの―――」

 

「こいつとは付き合いが長い。これまでにいくつもの銃を握ったが、こいつ以上に手に馴染む銃はない。お前の銃を少し見てもいいか?」

 

「オセロット、銃が見たいならわたしのを――――」

 

「はい、どうぞ! ちゃんと整備して、綺麗にしてあるんだ!」

 

「そのようだな。良い銃だ」

 

「わ、わたしのライフルだって良い銃だもん…SAAより――――」

 

「装飾とか彫刻を掘っておしゃれにしたいと思うんだけど…」

 

「そんな彫刻(エングレーブ)には、何の戦術的優位性(タクティカル・アドバンテージ)もない。このままの方が良い…実用と観賞用は違う」

 

「そっか、そうだよね! ありがとうオセロット、今度一緒に射撃の練習してくれないかな?」

 

「ああ、構わない。ひとまずは目先の訓練が優先だ、ここでは射撃練習の他にCQCの技術も身に付けてもらう。今日のところは全員の基礎的な身体能力を見極めたい、ワルサー用意しろ」

 

 

 いよいよ訓練が始まるということで、オセロットは本来訓練を監督するはずだったWA2000へと指示を出す。しかしいつまでも返事が帰って来ないので不審に思い振りかえってみると……さっきのSAAのように、唇を噛み締め涙で瞳を潤ませるWA2000がいるではないか。

 

「なんだ、どうした」

 

「私のライフルだって凄いもん…射程距離だってあるし、正確なんだから…………!」

 

「何をはり合ってるんだお前は? 拳銃とライフルとでは用途が違うのは当たり前だろう」

 

「ばか……オセロットのばかっ!もう知らない、勝手にすればいいじゃない!」

 

「おい、待てっ!」

 

 最後に大声で叫んだあと、WA2000はその場から走って逃げていってしまった…。

 

 気まずい空気が辺りに漂い、呼吸困難になるほど笑い転げるUMP45の笑い声が響く。

 その後はエグゼ率いる捜索隊によって倉庫からWA2000が引きずり出され、一応訓練に戻って来たが、しばらく彼女はオセロットと口をきこうともしなかった…。




すまん…ヤンデレは忘れてくれ…ワイはヤンデレよりもツンデレの道を選ぶ!

某ヤンデレの先生曰く、ツンデレがヤンデレになることはあっても、ヤンデレがツンデレになることはないらしいので……ワーちゃんからツンデレが見れなくなるのはちょっと、寂しい。


あ、それと活動報告でファン投票みたいなのやってるんでもし良かったら協力しておくれ(脅迫)(義務)


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マザーベース:飲んでも呑まれるな

 自分たちが暮らす家は綺麗な方が良いかと聞かれたら、誰だって綺麗な方が良いと答えるだろう。不衛生で汚い場所に暮らそうと思うものは決していないはずだ。

 広いマザーベースには洋上であるために海鳥が多く来訪してきては糞を落としていくが、それを放置していれば悪臭や雑菌の温床となって環境は悪くなってしまうだろう。そのため日常的にスタッフや人形たちが屋内を含め、マザーベースの清掃活動を行っている。

 そしてもう一人、マザーベースでは黙々とある設備の清掃行っている男がいる。

 

 司令官スネークよりサウナ一年間の清掃を義務付けられた副司令のカズヒラ・ミラーである。

 

 かつてそのサウナでは二人の大男による死闘が繰り広げられ、古参のMSFスタッフの間では伝説として語り継がれる戦いがあったが、新参の兵士や人形たちはそこで何があったのかは噂程度で聞くことしか出来ないが、ミラーが関わっているということでロクなことではないなというのが全員の予想だ。

 それはいいとして、仕事は真面目にこなすミラーのおかげでサウナは常に清潔に保たれている。熱く焼いた石に水をかけて蒸気を発生させるフィンランド式サウナは、訓練生として訪れていたスオミを大いに喜ばせた。それだけではない、血行促進効果を促すためのヴィヒタも取り揃えていることにスオミはとても感動していた…。

 マザーベースのサウナが今日まで大盛況なのはミラーのおかげということもあるのだが、事情を知らない者がほとんどなために、ミラーの努力はあまり知られていない。

 

 普段はミラーが一人黙々とサウナを掃除をしているところだが、その日はスコーピオンとキャリコの二人が掃除の手伝いを行っていた。もちろん三人とも普段着の格好で、何もやましいことはない…三人ともせっせとサウナの清掃を行っていた。

 

「ねえオッサン、この石もう交換した方がいいよね?」

 

「いや、近々新しい石が届けられるはずだからそれまではこのままでいいんだ。それよりビヒタの在庫はあったかな? あれも数が少なくなってきたと思うんだが」

 

「どうだったかな? 後で調べてみる?」

 

「オレが調べておくよ。それより、折角休みの日なのに手伝ってもらって悪いな」

 

「気にしないでよオッサン、夕方まで暇だったしさ。キャリコの方はどうなの?」

 

「あたしもちょうど手が空いてたからさ、別にいいよ。ここのサウナはあたしらも使わせてもらってるから、自分たちで掃除しないとね」

 

「ありがとな二人とも」

 

「いいってことよ」

 

 サウナは人間だけでなく人形たちにとっても憩いの場だ。MSFでは元々男性スタッフが多かったこともあって浴場とサウナは同じ空間にあり、なおかつ時間帯で男性と女性の入浴時間が分けられていた。今もそれは変わらず、女性陣から女性用の浴室を望む声が多々上がっているが、一度施設を作ったところに増設するのはとても難しい。

 何も計画はしていないわけではないが、他に優先すべき課題もあるため、この事は後回しになっている状態だ。

 

「そういえばオッサン聞いてよ、この間エグゼと一緒にサウナ入ってたらさ…あいつビヒタでおもいきりひっぱたいてきたんだよ。あたしも怒っちゃってさ、いつの間にかビヒタで殴り合いだよ。最終的にスネークに怒られるしさ」

 

「怒られただけで済んで良かったじゃないか」

 

「まあ、そうなんだけどね。そういえばオッサン、ここでスネークとやり合ったんでしょ? 何があったの?」

 

「うん?」

 

「あ、それあたしも気になる。なんか噂程度でしか聞いたことないけど…裸で殴り合ったとか」

 

「いや、まぁ…色々あったんだよ、あの頃は」

 

 キャリコまで興味を示し始めたそのネタに、ミラーは言葉を濁らせる。そんなことでは到底諦めないスコーピオンはいつの間にかサウナの掃除から手を離して、ミラーの昔話をほじくり回す。

 サウナでスネークと殴り合う、終いには屋外の甲板上で全裸での死闘…そこまではスコーピオンらも知るところであるが、肝心のケンカの理由というのは誰に聞いても分からないのだ。当事者のスネーク聞いても、笑って流されるだけだった。

 

「まあとにかくこの話しはまた別の機会にしよう。サウナも2人のおかげできれいになったことだしな!」

 

「うわ、流された。余程聞かれたくないんだね…まあいいや」

 

 逃げるようにサウナから出ていったミラーにそれ以上の追及はせず、スコーピオンとキャリコもサウナを出ていった。浴場は朝と昼の間に当番制で掃除を行うため、掃除は行き届いているので、三人は真っ直ぐに脱衣場へと向かう。そこで、ちょうどやって来たMG5と遭遇する。彼女はどうやらキャリコの事を捜していたらしい。

 

「ここにいたんだなキャリコ。副司令、すまないがキャリコを連れていってもいいか?」

 

「構わないぞ。キャリコ、手伝ってくれてありがとうな」

 

「どういたしまして、副司令。それで、どうしたのリーダー?」

 

 キャリコはぱたぱたとMG5のそばに駆け寄っていき、腰に手を回して背の高い彼女を覗き込む様に見上げた。ジャンクヤード組の他のメンバーにも言えることだがなんとも仲睦まじい関係だ、スコーピオンとWA2000とは比べる対象にもならない。まあ二人は険悪ではなく、お互いに意地を張ってケンカしているだけで本当は仲が良いのだが…。

 

「あれ、リーダー? 指から血が出てるよ…?」

 

「これか、さっき整理していた木箱の釘が剥き出しになっててな。大したことじゃない」

 

「ダメだよ、ちゃんと手当てしなきゃ…」

 

 MG5の人差し指から微かに血が出ている。キャリコはMG5の手をとったかと思うと、おもむろに血のついた指を口元まで運び咥えた。それはあっという間の出来事で、血を舐めとるとすぐに指を離したが、二人は妙に親密な様子で視線を交わす。

 

 

「ん?」

 

 

 違和感に気付いたのはスコーピオンだけではなく、ミラーも同じだった。マザーベースに来てから他のメンバーよりもだいぶ仲が良いとは思っていたが、もしやと思いジッと観察する。そんな視線を受けてか、MG5とキャリコは一旦離れその場を立ち去っていく。

 だがスコーピオンとミラーは見逃さなかった。

 自動ドアが閉まりきる瞬間、二人の手が絡み合ったのを…。

 

 ドアが閉まりきった後、脱衣所でスコーピオンとミラーの二人は何とも言えない表情でたたずんでいた。

 

「オッサン、あれは…」

 

「オレに聞くな。オレが発言すると、妙に勘違いする奴らが多いんだ…勘弁してくれ」

 

「今回はあたしが許す」

 

「分かった…あの二人は…できているな。いわゆる"百合"というものではないだろうか」

 

「ストレンジラブみたいなの?」

 

「アイツは過激派だ、一緒にするべきじゃない。まあ、うちでは色恋沙汰は個人の自由だ……問題はない。それより今日はありがとう、そういえば夕方から予定があるって言ってたな?」

 

「えっとね、エグゼも夕方は空いてるからって折角だから飲み会でもやろうかなって思ってさ。あんまり人は集まらないけどね」

 

「うちは娯楽もあまりないからな。いいんじゃないか?」

 

 スコーピオンも遊んでいるように見えて実は結構な働き者だ。戦場では危険な任務にも従事し、基地では新兵の訓練や資材整理の任務にもあたる。非番の遊んでいる時の様子が強烈すぎて、遊んでいるイメージしかないのは事実だが、上に立つ人間はスコーピオンの働く姿はきちんと評価している。

 休みの時でも、こうして善意でミラーのサウナ掃除を手伝ったり、案外働き者な一面がある。

 というのも"働いた後の飯と酒は美味い!"という彼女のモットーがあるからかもしれないが…。

 

 それはともかくとして、サウナ清掃を手伝ってくれた報酬として、ミラーから選別にワインを一本貰いスコーピオンは意気揚々と居住区へと帰っていく。

 ビール、ワイン、つまみのポテトにナッツ。飲み会の用意はできた、後はメンバーを待つだけである。

 夕方までスコーピオンはやることもないので射撃練習場に行って射撃訓練を行う。ちょうど訓練にやって来ていたヴェクターとスコアの勝負をして見事に敗北、射撃のコツを教えてもらう頃には約束の時間となっていた。

 

 

「よお、どこ行ってたんだお前?」

 

 部屋に戻るとそこにはエグゼがいて、先にビールを開けて酒盛りを初めてしまっていた。

 

「射撃場行ってヴェクターと競ってたんだけど、普通に負けたね。あたしもまだまだだね」

 

「そんなこと気にすんな。的当てが得意な奴より、怖いモノ知らずなお前の方がよっぽど頼りになる。それより、乾杯だ」

 

 軽く缶ビールを突き合う…この間の懇親会のような堅苦しい乾杯はない。糧食班の渾身の発明品ドリトスを開くと、スパイスの効いた良い香りが部屋に漂う。

 

「そういや9A91も後から来るってよ」

 

「へぇ、任務から帰って来てるんだ。ワーちゃんは?」

 

「知らね。噂じゃ新参のSAAにてこずってるとかなんだとか…あいつが今は一番忙しいのか?」

 

「かもね。スプリングフィールドは相変わらず山籠もりしてるし、404小隊はなんだか訓練見ててくれてるし。バルカンの内戦で一杯報酬貰ったみたいだし、しばらくは新兵訓練が優先事項なんだね。そういうエグゼの方は最近はどうなの?」

 

「こっちは問題ねえよ。部隊の増員は一旦止めて月光の運用だとか、山岳訓練だとかエリート部隊の育成に注力してる。ハンターの奴も最近手伝ってくれるようになったし、助かってるよ。あいつも誘ったんだけど、こういう場にはなかなか来てくれないな」

 

「でも、ちょっとずつ仲良くなってるよね。見てると分かるよ……そういえば9A91が来るとなると、酒足りなくなりそうだよね」

 

「ああ、そうだな。ワインも二人分しかねえし」

 

 おそらくこの場にWA2000がいればワイン750mlが二本もあれば十分でしょ! と怒鳴りつけていただろうが、この場に置いて二人の引き止め役となる人物は存在しない。余談だが、当初エグゼは酒はあまり好みではなかったらしいのだが、ストレンジラブによってAIを弄られて以降味覚(?)が変わったのか、無類のアルコール好きになってしまった。

 おかげで休みが合えば酒を手に飲んだくれる姿があちこちで見られており、時たまへべれけになったエグゼを仕方なく介抱するハンターがいる。

 

 

「ヤバいぞスコーピオン、このままじゃ中途半端な酔いで一日が終わっちまう。どうするんだ?」

 

「まいったな、お酒の入荷はまだだし…いつの間にかこんなに無くなってるんだ?」

 

 この二人のせいである。

 

 だが無いものはどうしようもない、この日は今あるだけの酒で我慢しようと話しあう二人であったが、突如部屋の扉が開かれ二人の会話に待ったをかける者が現れる。

 9A91だ。

 

「あの、何かお困りのような様子でしたが?」

 

「お、来たか。まあ座れよ」

 

 やって来た9A91をひとまず座らせ、それから酒が足りないという悩みを伝える。

 

「なるほど…そうだと思ってこう言うのを持ってきました」

 

「なんだこいつは?」

 

 無骨な瓶に入れられた透明な液体、蓋を開けて匂いを嗅いでみれば強烈なアルコールの匂いにエグゼも顔をしかめる。

 

「いつかお酒がなくなるだろうなと思って、こっそり作ってみました。ジャガイモと砂糖に酵母菌を入れて作りました」

 

「流石ロシア生まれはやることが違うな。スコーピオン、味見してみろよ」

 

 手渡されたそれを不安げに見つめていたスコーピオンだが、グラスに注ぎ一気に飲み干す。すると、よほどキツイ飲みごたえだったのか身震いして咄嗟につまみのドリトスを口に放り込む。9A91の特性密造酒はアルコールも癖も強いようで、続いて飲んでみたエグゼも同じような反応を示す。

 それはともかくとして酒の問題は解決した様にも見えた、他の誰かがいればこれ以上騒ぐことは無いだろうと安心するだろう。

 

 だがこの3人は今夜、暴走することになる。

 

 

 

 1時間後、部屋には空になった空き缶と空瓶が散乱していた。

 9A91が持ってきた密造酒も無くなり、3人は神妙な面持ちで空瓶を囲み頭を悩ませている。

 

 

「ヤバいね、過去最高のペースで酒が消えたよ…どうしよう?」

 

「なんか今日は果てしなく飲めそうな気分だぞ。全然眠くねえし、9A91は?」

 

「同じく」

 

 

 しかし酒がない以上どうすることもできない。酔いが回った頭でまともな考えも浮かぶはずもない。

 そんな中一見冷静に見える9A91の言葉に二人は耳を傾けるのだ。

 

 

「研究開発棟に行ってみましょう。あそこには実験用のアルコールが、衛生棟には消毒用アルコールがあります」

 

「それだ! そうと決まれば早速行こうじゃない!」

 

 

 アルコールの副作用でタガの外れた三人は一切の疑問を浮かべることなく研究開発棟へと走りだす。途中千鳥足で海に落ちそうになったがなんとか目的地へとたどり着き、アルコールと思われる液体を片っ端から手に取っていく。

 

「9A91、手を消毒するやつだ、飲めるか!?」

 

「飲めます」

 

「こっちに塗装用のアルコールがッ!」

 

「飲めます」

 

「化粧水にもアルコールって入ってたよな!?」

 

「飲めます」

 

「うわ、工業用アルコール…メタノールって身体に悪いやつだよね?」

 

「飲めます」

 

 持ってきたバッグに何でもかんでも放り込み、三人はやって来た時と同じようなふらふらとした足取りで、ときどきマザーベースの甲板から落ちそうになりながらもスコーピオンの部屋に戻ってくる。

 

 部屋に到着するといてもたってもいられない…アフターシェーブローションの一気飲みだ。

 

「くぅ…きくぜッ!」

 

 もはや正気を失った目で次なるアルコールに手を付けていく。一体どこで道を間違えてしまったというのだろうか……9A91のレシピにより工業用アルコールに塩を入れてよく攪拌し飲むが、元々は工業用、身体にいいものではないがそんなことは関係ない。戦術人形はこれくらい平気だという謎の自信から容赦なくメタノールを飲み干していく。

 酒とあらば何でも飲む…そんな飲み方をしていればいつまでも持つはずもなく、いつしか一人、また一人と倒れていき、最後にエグゼが一人で呑気に歌っていたさなか、糸が切れたように倒れ伏したことで部屋は沈黙する…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝……三人は辛く苦しい朝を迎えることになる、二日酔いだ。

 

 吐き気、頭痛、目まい、気だるさに苦しめられ身動きさえ取れない三人であったが、こんな二日酔いの症状に効く治療法はよく心得ている。

 

 

「ゴクゴク…うー、効くね~」

 

「よし、第2ラウンドだ!」

 

「まだ、終わってません」

 

 

 迎え酒である。

 二日酔いにはこれが最良であると三人は知っているのだ。幸せそうに歌い始める三人……もちろんこの後研究開発棟の監視カメラの映像から、アルコールを持ち去る三人が特定されてこっぴどく叱られることとなる。




※良い子も悪い子も真似しないでね
元ネタは世界丸見えのアレ……9A91、お前はまともだったはずなのに…おそロシア


活動報告に色々と書き込んでくれてありがとう!
反映できるかどうか分からないけど、要望とかリクエストも書いてええんやで!

あと、カズのヒロイン候補の構想ができつつあります。
そろそろかっこいい副司令が見たいよね…見たくない?


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ワーちゃんの教育的指導

 本格的な冬が到来し、国境なき軍隊(MSF)前哨基地周辺の地域では低気圧が降らせた雪によって辺り一面が雪景色となる。前哨基地の兵士たちも支給された冬用装備を身に纏い、凍える寒さの中で作業に従事する。

 戦術人形たちにも冬用の防寒着等が支給される。個人個人の趣向に合わせたデザインではなく、人間の兵士と同じデザインのものだが、人形たちは刺繍を入れてみたり気崩してみたりと思い思いのやり方で個性を引きだそうとしていた。もっとも、凍てつく風やブリザードの中で防寒着を気崩せば一気に体温が奪われるため、だいたいの者はしっかりと着込む様にしている。

 

 

 どんよりとした雲が空を覆い雪がちらつくその日、前哨基地から離れた針葉樹林のフィールドにて戦術人形たちの訓練が行われていた。雪をかき分け、地面に穴を掘ってつくった塹壕の中でM1919とStG44の二人が見通しの悪い針葉樹林を警戒する。

 強く吹き付ける風の冷たさに、思わず塹壕の中へ身を縮めたくなるが、警戒を怠るわけにもいかずなんとかM1919は顔をあげ続ける。風にまきあげられた氷雪が容赦なく顔に打ちつけ、あまりの寒さに痛みすら感じる。

 そんな中、針葉樹林の奥で動きがあったのに気付き、咄嗟に銃口をそちらに向けるが、それが同じ隊のウージーであることが分かると照準を外す。

 

「うぅ、寒い寒い…!」

 

 跳び込む様にして入り込んできたウージーを塹壕の中で受け止める。自分たちも酷いものだが、偵察で外に出ていたウージーの身体はとても冷たかった。

 

「IDWはどうしたの?」

 

「あれ、先に戻ってるもんだと思ったんだけど…途中ではぐれちゃったのよね」

 

 ウージーとIDWは相手部隊の偵察に出ていたのだが、ホワイトアウトするほどの猛吹雪に一時的に見舞われてしまったことではぐれてしまったらしい。偵察に行ったウージーも相手部隊を見つけることは出来ず、遭難の危険があったために戻って来たのだ。

 凍える身体を摩って温めていると、StG44は塹壕の中に身をかがめ地図を広げる。

 現代的な操作端末は作戦開始時に没収され、彼女たちは地図を読み地形を把握することで現在地を割り出し、作戦を立てることを強いられている。慣れない行動に彼女たちは戸惑っている。

 

「ここからこのエリアまでは敵影無し、地形的にも西側から接近することは無いと思う。それよりIDWはどこにいるのよ…」

 

「ねえウージー、ここにいてもらちがあかないよ。移動しようよ」

 

「待っててよ、今考えてるんだから」

 

「私も早く移動した方がいいとおもいますわ。あら、誰か来ますわ…IDW?」

 

 針葉樹林の奥からトコトコと、不安げな表情でやってくるのはまさしくIDWだった。

 塹壕の中から手を振るとIDWは気がついたらしく、深く積もった雪を懸命にかき分け寄ってくる。IDWが戻ってきたところで今後の行動を決めようと思った矢先、ウージーはIDWの背後から飛び出した人影を目にする。

 警告する間もなく相手の放った弾に当たったIDWはわけも分からず転倒し雪の中に消えた。

 

「敵襲ッ!」

 

 ウージーが大声でそう叫び、StG44とM1919が銃を構える頃にはIDWを撃った相手は針葉樹林の影に姿を消していた。そこへM1919が機関銃の斉射をかけるが、あたっているかどうかも分からないため、ウージーの指示で射撃を止めた。

 その瞬間、M1919の頭が大きく弾かれ塹壕の中に倒れ込む。

 咄嗟に攻撃された方向へ目を向けるが、敵の動きは早くその姿を捉えることもできない。

 

「そこまでや! 動いたらどぎついの至近距離から撃ちこむで」

 

 背後からかけられた声にハッとして振り返るが、別方向からはスオミ、G11が姿を現して塹壕の中に固まるウージーとStG44を取り囲む。実戦なら徹底抗戦もするだろうがこれはあくまで模擬戦…不利な状況に陥ったウージーの部隊は敗北を悟り、静かに両手をあげた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……というか相手はエリート人形が3人もいるのに勝てるわけないじゃない!」

 

 模擬戦が終わり、前哨基地に戻って来たウージーは先ほどの模擬戦の鬱憤を晴らすようにドラム缶を蹴飛ばした。ウージーの不満点は組み合わせの不公平さ、模擬戦相手の部隊はガリルを除けばみなエリートクラスの人形揃い…うち一人は404小隊の一人、もう一人はバルカン半島でMSFと共闘した経験のあるスオミときたものだ。

 ウージーのようにはっきり言わなくとも思うことは皆一緒だが…。

 

「模擬戦の反省会をしてるかと思って見に来たんだけど、そんなことを言ってるようじゃ先が思いやられるわね」

 

 そこへやって来た教官のWA2000に、彼女たちは表情をこわばらせるが、唯一ウージーだけは冷たく見下ろすWA2000を睨み返す。

 

「部隊編成が不公平だって言ってるの、それとも教官さまは私たちをエリート部隊の当て馬にでもしたいっての?」

 

「ひねくれてるわね、そんな考えじゃ一生強くなれないわよ」

 

「ふん、あんたもエリート人形だもんね! 私たちみたいな人形の気持ちなんて分からないよね!」

 

 ウージーの感じていたことはもっともなことであっただろうが、それはWA2000の前で吐くにはとても軽率な発言だった。なおも続けようとしたウージーの胸倉をWA2000は突如掴み、強引に引き寄せる。

 突然の出来事に他の人形たちは緊張した面持ちで立ちすくみ、付近で作業をしていた兵士たちも何事かと様子を伺う。

 

 

「私が今ここに至るまでどれだけの努力と苦労があったか、今のアンタには想像もできないでしょうね。それはどうでもいいけれど、私の努力の結果を"エリートだから"なんて安っぽい考えで否定されたくないわね。今度同じことを言ってみなさい、次は容赦なくここから叩きだすわ」

 

 WA2000は同じように三人の戦術人形にも同じ目を向ける。ウージーに向けた警告と同じモノを、彼女の無言の圧力から察した彼女らはWA2000の目を真っ直ぐに見つめたまま頷いてみせる。

 ようやく解放されたウージーはWA2000への畏怖からか足に力が入らず、その場にへたり込む…が、その強気な目だけはWA2000に向けられていた。

 

「アンタのそういう負けん気の強いところは評価するわ。悔しさを次に活かしなさい」

 

「い、言われなくたって分かってる!」

 

「腰を抜かした格好で何を言ってるのかしらね…ま、せいぜい頑張りなさい」

 

 ウージーへの説教が終われば今度は残った三人の改善点を指摘する番だ。一人一人に治してもらいたい改善点は多々あるのだが、本日の模擬戦を傍観していた中で一番に改善しなければならない点がある。

 

「いい、今日のアンタたちの敗因はチームワークの乱れが一番大きいわ。戦いは一人で行うものじゃないの、仲間との連携が上手くいかない部隊は戦場で真っ先に消えていくわ。今日のアンタたちみたいにね。今日の訓練はお終いよ、そのかわり帰ったらみんなで今日の反省会を行いなさい…次同じ失敗をおかさないようにね。以上よ、解散」

 

 WA2000の指示に彼女たちは敬礼を向け、雪の中を宿舎へと戻っていく。訓練期間中はマザーベースの居心地の良い居住区ではなく、前哨基地の少々古ぼけた居住スペースだがここは我慢してもらうしかない。

 訓練のためとはいえ少々厳しすぎるか…そんな本音を隠しきれず、WA2000はついつい立ち去っていく彼女たちの背をしばらく見続けていた。手のかかる人形程可愛いものはない、WA2000にとっては初めて任される訓練生をどうにか一人前にしたいという想いもある。

 分担して教えるオセロットは今のところ順調に訓練を行っている。

 SAAとの不可思議な問題もあったが、今はオセロットに負けないよう部隊を訓練しようという気持ちでWA2000は集中していた…。

 

 やがてWA2000は踵を返してその場を立ち去ろうとしたところ、基地の外側から見覚えのある少女がやってくるのが見えた…スプリングフィールドだ。

 

 

「お久しぶりですね、ワルサーさん」

 

「懇親会ぶりねスプリングフィールド、といってもあの時はあまり話せなかったから……ふぅん」

 

 

 WA2000は久しぶりに会ったといってもいいスプリングフィールドをまじまじと見つめる。擦り切れた衣服、細かい傷の付いたライフル銃、素肌にはいくつか治療の痕があり過酷な訓練の内容がうかがい知れる。佇まいから以前のような隙は無くなり、しかし以前と変わらぬ優し気な表情のスプリングフィールドにWA2000は微笑みかける。

 

「強くなったね、一目で分かるわ。エイハヴはいい教官だった?」

 

「ええ、エイハヴさんを推薦してくれたスネークさんには感謝したいです。訓練を通して精神の鍛練を、他にも戦闘の技術、戦場における生存能力を教えていただきました。まだまだ学ぶことは多いですがね」

 

「それでいいのよ。満足しちゃったらそこで止まっちゃうからね…訓練はもう終わり?」

 

「はい、ひとまず終了です。エイハヴさんも志願兵の訓練に入るらしいので、これからは訓練にも余裕が出るはずですよ」

 

「そっか。良かった、これでオセロットの負担もいくらか減るわね……って、なによ変に笑っちゃって」

 

「いえ、相変わらずワルサーさんはオセロットさんに一途だなって思いまして」

 

「べ、別にいいじゃないのよ…! 私が一番お世話になってるのはあの人なんだし……と、とにかくあんたも戻って来たんなら、今日から仕事を手伝ってもらうからね!」

 

 オセロットのこととなるといつもの冷たい態度からガラッと変わるWA2000に、スプリングフィールドはクスクスと笑う。

 

 

 数日後、スプリングフィールドは長いこと閉めていたマザーベースのカフェをオープンさせる。

 前もって告知していなかったはずなのに、どこから聞きつけたのか彼女の熱狂的なファン(親衛隊)や人形たちが集まっていた。以前のように店を開ける回数は減ったが、今後も彼女はカフェを訪れる人々に静かな癒しを提供し続けるのであった…。




スコーピオン「ヒャッハー!新鮮なカフェだぜ!」
エグゼ「酒だ、酒持ってこい!」

《出禁リスト:スコーピオン・エグゼ》

スコーピオン&エグゼ「なん……だと…!」
カズ「オレは免れた!オレの愛の祈りが通じたんだ!」
春田さん親衛隊「カフェの静寂はオレたちが守る!アンチども死すべし!」
試作型月光「ウモー」ドカバキッ(破壊音)(体格的に入れない)
サヘラントロプス「ギャオー」ドガガガガガッ(爆破音)(レールガン)(体格的にry)

スプリングフィールド「全員出禁です」


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マザーベース:ダミーリンク解禁!

 MSF古参スタッフの一人であるマシンガン・キッドは上機嫌であった。

 というのも、ジャンクヤードの動乱以後加入した戦術人形の中にマシンガンを扱う人形がいたからだ。キッドもスネークたちと同様、人間と人形を区別しない。人形たちを分け隔てなく面倒を見続ける姿は、新参の人形からすれば頼れる先輩といった具合だ。

 そんなキッドでも、自分が扱う武器がマシンガンということもあって、MG5とネゲヴの加入には喜びを隠しきれない様子だ。

 

「キッド兄さん、射撃練習いこ!」

 

 

 キッドの姿を見つけるなり、ネゲヴは桃色の髪を揺らしながら傍へ駆け寄ってきた。

 そんなネゲヴの誘いに二つ返事でこたえるキッド。

 今ではすっかり仲の良くなった二人は、こうして一緒に射撃訓練を行ったりマザーベースを案内したりと良い関係を築き上げている。相変わらず背丈が縮んだままのネゲヴの姿も相まって、二人が仲睦まじく行動している様子は兄妹のようだ。

 時にキッドが教え、逆にネゲヴからキッドが教わる場合もある。

 幼い見た目とは裏腹にネゲヴは戦闘面において経験は豊富で、MG5には劣るが模擬戦においても相当な戦果を叩きだす。油断すればキッドでさえも敗北する可能性があるくらいだ。

 

 ネゲヴやMG5に限らず、ジャンクヤード組の戦闘能力は高い。

 AIがおかしかった頃も強かったが、落ち着きを取り戻し冷静に戦況を見極めるようになってからは、歴戦のMSFスタッフも寄せ付けない実力を発揮する。流石は危険な地を放浪し続けたことはある…何よりも、彼女らの結束したチームワークにかかればいかに困難な任務も遂行できるのではという妙な信頼感もある。

 ジャンクヤード組に対抗できるとすれば、スコーピオンやWA2000といった古参の戦術人形組だけだろう。

 

 

「――――探検の末にようやく見つけたセーフハウスでたった一個のスイーツ、いつもは仲が良いのにその時ばかりはリーダーもむきになっちゃってさ。スイーツ一個をかけて乱闘して、結局そのケンカのせいでスイーツが潰れちゃってね……その時くらいかな、わたしらの部隊がケンカしたのは。その時はキャリコがみんなの仲を取り持って仲直りしたんだ」

 

「MG5でもおさめられない時は、キャリコがおさめるわけか。良くできた部隊だな、羨ましい」

 

「わたしはMSFも羨ましく思うな。人種も出身も、ましてや人間も人形も家族って呼んでくれるんだもん」

 

「それがボスとミラーさんの理想だったからな。国を棄てた俺たちに取って、MSFこそが祖国でありここの仲間たちが家族なんだからな。人間か人形かなんて関係ないさ、例え身体の造りが違っても、同じ釜の飯を食って同じ戦場で戦うんだ…俺たちの絆は、血縁なんかよりもずっとずっと強いもんだ」

 

 "ボスとミラーさんは戦う理由を俺にくれた"キッドは最後にそう付け加えた。

 エイハヴと並びMSF古参兵の筆頭である彼は、純粋に組織の長である二人を尊敬している。組織のカリスマであるスネークは言わずもがな、副司令のミラーも色々と問題はあるが彼の人となりを知っているキッドにとって尊敬すべき相手の一人だ。

 自分の事以上に誇らし気に言うキッドの横顔から、よほど二人のことが好きなんだなとネゲヴは感じ取る。飄々としているが、目上を敬い下の者には面倒見が良い…もっぱら人間のスタッフを訓練するキッドに、人形たちとの浮いた話しはない。

 でもいつかは彼の魅力に気付く存在も出てくることだろう……。

 

(誰もマークしてないみたいだし、私がマーキングしとこ)

 

 ネゲヴはそっとキッドの手を握ると、見下ろすキッドに悪戯っぽく微笑みかける。優しく頭を撫でてくるキッドに気持ちよさそうに喉を鳴らす…子供扱いされているようで少し気になっていたが、客観的に見て幼女なので仕方がないだろう。

 キッドもキッドで、今のネゲヴを本当の妹のように可愛がっているようだ。

 

 射撃訓練場を目指し、研究開発棟の前を横切ろうとした時、何やら騒ぎ声が聞こえ足を止める。

 声から察するにエグゼといったところか…研究開発棟で騒いでいる辺り、またストレンジラブにちょっかいをかけられているか復讐しに行っているかのどちらかだろう。

 

「なにやってんだ? ちょっと様子を見て来よう」

 

 頷いたネゲヴの手を取りながら中へ入っていく。ストレンジラブの研究室は他のスタッフの研究室から離れた場所に設けられているが、どうやらそちらの方から騒ぎ声が聞こえてくるようだ。ストレンジラブの研究室前にはスコーピオンとエグゼ、それからスプリングフィールドの姿がある。

 

「よお、なに騒いでんだ?」

 

「あ、キッド! 聞いてよ、あの変態女いよいよやったんだよ!?」

 

「は? 何をやったんだ?」

 

「すげえよ、あの変態グラサン女! ただのいかれ女だと思ってたが、流石だぜ!」

 

「だから、何をやったっていうんだ?」

 

「戦術人形のダミーリンクシステムを解析して実用に成功したみたいなんですよ」

 

 説明不足も甚だしいスコーピオンとエグゼに代わり、スプリングフィールドが一言で分かりやすく説明した。

 

 ダミーリンク、またはダミー人形。

 "コア" と呼ばれるものを使用することで、母機である戦術人形と同等の能力を備えたダミー人形を造りだし制御することができる。

 説明されてもキッドにはいまいち理解できなかったが、これは画期的な技術の進歩だ。

 AI研究者として日夜この世界のAIについて研究し、経験と失敗を積み重ね今日ようやくストレンジラブはダミーリンクシステムを習得した。これによってMSF所属の戦術人形は戦力の増加を図ることができる。

 

 そして栄えあるダミー人形の一体目はエグゼに贈呈されることとなったらしい。

 以前エグゼのAIが解析されたこともあって、手始めに造るのには彼女が一番適任だったらしい。これには本人も大喜びで、今以上の強さを手に入れられることに歓喜していた。

 キッドとしては人形たちが今以上に強くなったら自分たちの立場がないなと思うところだが…。

 

 

「お待たせしたな、諸君」

 

 

 研究所から姿を見せたストレンジラブの表情はとても誇らし気だ。普段は彼女をレズ気質の変態女と蔑むスコーピオンらも、今日ばかりは尊敬のまなざしを送る。それに気を良くしていつまでもダミー人形を見せないものだからエグゼにキレられ、いそいそと研究成果のお披露目にうつる。

 固唾を飲んで見守るなか、ストレンジラブはついに、MSF初となるエグゼのダミー人形をお披露目するのだ!

 

 

「どうだ、これがお前のダミー人形だぞエグゼ」

 

「………………は?」

 

 

 研究所からトコトコと歩いてきて姿を見せたダミー人形。

 長い黒髪に赤く光る好戦的な目、鉄血人形特有の白い肌、自尊心に満ちた不敵な笑み…鉄血ハイエンドモデル処刑人(エクスキューショナー)の特徴を見事にとらえているといってもいい、身の丈以上のブレードに拳銃もオリジナルに極めて忠実だ。

 

 ただ、ぱっと見もの凄く小さいのだ…。

 比喩ではない、オリジナルの処刑人の腰丈ほどの身長に顔立ちはどこか幼い。改めてその表情を見て見ると、それは自尊心というより悪戯実行一歩手前の悪ガキの表情に他ならない。

 

 

「おい、ストレンジラブ。オレは今はお前になんて言っていいか分からねえ…初のダミー人形をめでたく思って、お前を見なおしたい気持ちでいっぱいだったのが、今じゃ渾身のアッパーカットをぶち込んでやりたい気分になっちまった」

 

「ふふ、照れるじゃないかエグゼ。そんなに褒められてもだな」

 

「褒めてねえだろバカ! そのサングラス叩き割るぞコラ! なんだあのちびっこは!? なんで普通に作れねえんだお前は! あれか、嫌がらせか!? よしそこに座れ、ぶっ殺してやる!」

 

「待てぃ! ストレンジラブの行動には理由がある、オレが代わりに説明しよう!」

 

「出やがったなもう一人の変態サングラス!」

 

 どこからともなく颯爽と登場したミラーにすかさずエグゼは毒を吐く。初っ端からパンチを叩き込まなかったエグゼはとても偉い。とげとげ殺伐としていた頃と比べ随分と成長したものである。

 

「理由はとても簡単…コストカットだ!」

 

「おいスコーピオン、ダイナマイト持ってこい、大量にな。死体の欠片も残しちゃならねえ」

 

「待てお前たち! ちゃんとした理由があるんだ、最後まで聞け! コホン、知っての通りここ最近は人員も増え先のバルカンでの事もあって物資不足はMSF全体の課題だ。物資の供給が安定化するまでは、あらゆる分野で節制もやむを得ん」

 

 なるほど、大した理由だがそれがこのダミー人形の件とどうつながるのか、それをエグゼは追及する。

 

「なにも難しいことじゃない。サイズを小さくすればそれだけ使用する資材も少なくて済む。無駄遣いは極力控えたいんだ、分かってくれるな?」

 

「何が無駄遣いだ! オレのダミー人形が無駄だって言うのか!?」

 

「いや、そうは言わないが……最近酒やアルコールが極端に減る事件があったが、身に覚えある?」

 

「うっ……あれは、スコーピオンがやったことだ…」

 

「うわ、エグゼ最低!あたしを売るつもりか!?」

 

 先日無駄に酒とアルコール飲料(消毒用アルコール、メタノール、香水、ローションetc)を浪費した罪は重い、それを引き合いに出されたエグゼはバツが悪そうに引き下がる。バカ酒飲みをした後日スネークにこっぴどく叱られたことを引きずっているのだろう。

 

「まあ、MSFとしては初のダミー人形なんだ。大切に扱ってくれよな。それにしても可愛らしいダミー人形じゃないか、よしよし」

 

 ミラーはエグゼのダミー人形の前に膝をついてかがみ、小さなその頭を優しく撫でる。イライラした様子のダミー人形にも笑いかけるミラーは完全に油断していた……それは小さくても、鉄血ハイエンドモデル処刑人(エクスキューショナー)なのだ。小さなダミー人形は唸りをあげたかと思えば、突然牙を剥き出した。

 

 

「いったーーーッ!」

 

 

 撫でていた手に小さなエグゼが噛みついたではないか。突然の激痛に咄嗟に振り払おうとするが、なかなか噛むのを止めてくれない。ようやく離してくれたかと思った次の瞬間、ミラーは下腹部を襲った鈍痛に小さな悲鳴をあげ、そのまま意識を失った。

 

 

「ダッハハハハ! 最高だぜ、チビでも流石はオレ様のダミー人形ってこった! 前からこの変態野郎の玉を蹴り上げてやりたかったんだ、よくやったぞチビ助! よしよし!」

 

「………ムカッ」

 

 ミラーを見事やっつけて見せたダミー人形の頭を、先ほどのミラーと同じように撫でた瞬間、ダミー人形はまたしてもその牙で襲い掛かる。

 

 

「イダダダダッ! 何しやがる、離せッ!」

 

「ガルルルル!」

 

 

 噛みつくダミー人形を強引に振りほどき、キレたエグゼが捕まえようと手を伸ばすが、小さなエグゼは彼女の股を潜り抜けて回避する。急いで振り返った時には、小さなエグゼはオリジナルのエグゼの脛めがけ豪快に鉄パイプをスイングしていた。

 

 

「いってーーーーッッ!!」

 

「わっはははは! おもいしったかまぬけ! きょうからおれさまがおりじなるだ!」

 

 

 悶えるオリジナルのエグゼの前で、ダミー人形であるチビエグゼは舌ったらずな声で宣言する。

 すねを襲う激痛に身もだえるエグゼにべーっと舌をつきだして挑発すると、ちびエグゼはトコトコとその場から逃げ去っていった。

 

 

「あのクソチビがっ! 捕まえて、ぶっ殺してやる!」

 

「ちょっとエグゼ! 相手は子どもですよ!?」

 

「知るか! こうなったら徹底的にやってやる…全ヘイブン・トルーパー及び月光部隊に告ぐ、オレに似たへんてこなチビ人形が脱走した! 総力を挙げて捕まえろ!」

 

「エグゼ…大人げないよ…」

 

 

 呆れるスコーピオンとスプリングフィールドだが、エグゼは本気らしい。

 既にストレンジラブは研究所の奥に退避、これから起こる騒動から目を逸らす腹積もりのようだ。




ぅゎょぅι゛ょっょぃ……これは伝説の幼兵ですわw


ダミー人形に反抗されるエグゼ……オリジナルが生意気だからね、仕方ないね。

次回、伝説の幼兵が大暴れします。


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マザーベース:幼女前線

「おい聞いたか? なんでも隊長のダミー人形が脱走したらしいぞ」

 

「あぁ聞いたよ。全部隊に捕獲命令が出てるようだな。月光の部隊も駆り出すなんて、隊長もずいぶん本気らしいな」

 

 

 マザーベース警備隊の要であるヘイブン・トルーパー隊の兵士たち、またの名をカエル兵たちは突然のダミー人形捕獲命令に緊急招集された。何がなんだか事情を把握しきれていないカエル兵たちであったが、月光まで稼働させているところから、余程隊長であるエグゼがキレていることは察していた。

 部隊員の中にはいまいち乗り気じゃない者もいる…ダミー人形とはいえオリジナルと遜色のない能力を持つというのが、この世界の戦術人形の常識だ。彼女たちヘイブン・トルーパー隊は隊長であるエグゼの戦闘能力とその恐ろしさを痛いほど理解している。

 エグゼと同等の能力を持つダミーを捕獲しろなど、やりたくないに決まっている。

 だが、上司からの命令があれば拒否できないのが彼女たちの哀しい性だ。

 

 

「ん? アレをみろ、何か近づいてくるぞ?」

 

 

 カエル兵の一人が、プラットフォームを繋ぐ橋の上を移動する奇妙な物体を見つける…ダンボールだ。

 

 このマザーベースに生きる者なら誰もが一度はダンボールの中に身を隠しながら移動する奇妙な人物を見たことはあるだろう。もはや伝統芸といってもいいだろう。

 さてそんなダンボールだが、通常大人が身を隠して移動しようとするとダンボールが地面から浮いて二本の足が露出してしまう問題がある。それはこの基地のカリスマ、スネークも知るダンボールの弱点であり、工夫してその弱点をカバーしなければならないのは常識だ。

 

 ところが今カエル兵たちが見つめるダンボールはどうだ…橋の上を猛烈なスピードで移動しているのにもかかわらず、ダンボール箱は地面から浮かずまた足も見えていない。まるで平らな甲板上をスライドしているかのような動きにカエル兵たちは困惑する。

 

 

「どう思う?」

 

「どうって…絶対怪しいが、足が出てないんだぞ? おそらく今日は風が強くてダンボールが滑ってるだけだろう」

 

「だがもしあの中にダミー人形が隠れていたら?」

 

「ばか、もし誰もいなくて隊長に見つかったらどうする? なに遊んでるんだって言われて怒られるに決まってる。いいか、あのダンボールは風に吹かれて移動してるだけだ」

 

「それもそうだな」

 

 

 結局、カエル兵たちはスライドして移動するダンボールから注意を逸らす(見て見ぬふり)

 

 精鋭たちのガバガバ警備を潜り抜けたダンボールはそのまま橋を渡り切り、居住区角の甲板上へと到着する。

 一人目のカエル兵が予想した通り、スライド移動するダンボールの中には彼女たちが捜索するエグゼのダミー人形"ちびエグゼ"がいた。ちびエグゼは低い身長を活かし、ダンボールの中に綺麗におさまり足を出さずに移動するという画期的なステルス技術を獲得していた。

 これには伝説の傭兵ビッグボスも、その目で見ればきっと驚くことだろう。

 

「おやおや? 何か怪しいダンボールがあるわね」

 

 そんな中、奇妙なダンボール箱に目をつけた者たちがいる…404小隊だ。

 彼女たちもまたエグゼの発令したダミー人形捕獲作戦に参戦していた。彼女たちの場合は報酬金目当てであり、怒りでなりふり構っていれらなくなったエグゼから報酬の確約を得た上で今作戦に混ざったのだ。

 404小隊、とりわけUMP45はグリフィンの特殊な部隊として数々の戦場で暗躍し続けたエリート人形だ、他の大勢が見逃そうとも、彼女たちの目を誤魔化すことはできない。

 

 

「ようやく見つけた! 45姉、わたしが捕まえてもいい?」

 

「ええ、いいわ。でも注意してね、ちびっこといえど相手は鉄血ハイエンドモデルの処刑人なんだからね」

 

 移動するダンボールを、通りを曲がったところで追い詰める。行き止まりの場所でダンボールは逃げ場を無くし立ち往生しているのか、それとも隠れてやり過ごそうとしているのかピクリとも動かない。

 勝利を確信したUMP9が楽し気にダンボール箱へ近付き、ツンツンと突く。

 相変わらず反応はない…ちびっこだから隠れていい気になっているか怯えている、そんな風に思っていたUMP9であったが、次の瞬間手痛いしっぺ返しを食らう。

 

 UMP9がダンボールを持ちあげた瞬間、そこに仕掛けられていた跳躍式の地雷が打ちあがり炸裂、強力な睡眠ガスが周囲にまき散らされる。至近距離で濃度の高い睡眠ガスを吸い込んだUMP9は一瞬で卒倒しその場に倒れてしまう。

 風下にいたUMP45と416は咄嗟にガスマスクを装着することで難を逃れたが…。

 

 

「416、危ない!」

 

「くっ!」

 

 

 頭上の物音にいち早くUMP45が気付く。

 二人の頭の上で吊り上げられていた建設資材を捕縛するワイヤーが切断され、勢いよく落下してきたのである。素早く危険に気付いたおかげで難を逃れたが…。

 

 

「あのちびっこ…! 冗談じゃないわ!」

 

「相手はあのエグゼのダミーよ。殺す気でやってくるに決まってる」

 

 一歩間違えれば圧死の危険もあった。

 ちびっこ相手だからと少々手を抜いていたかもしれない…。

 

 

「やーい! 404のあほしょーたい! ばーかばーか!」

 

「あのガキ…!」

 

「やめなさい416、挑発に乗らないの」

 

「45のつるぺたあほまぬけ! 416はM4もどきー!」

 

「「ぶっ殺す」」

 

 

 ちびっこの挑発に容易く乗せられるエリート二人…。

 追いかけてきた二人にちびエグゼは高笑いをあげながら素早く逃げ回り、狭いダクトの中へと入り込んでしまった。悔しがる二人はすぐさまダクトの続く先へと走る…が、ちびエグゼは二人が立ち去るとすぐにダクトから姿を現す。

 その手にはゴム弾が装填されたソードオフショットガンが二丁。

 口笛を吹いて二人の足を止めると、ちびエグゼは一気に二人へと詰め寄り、二人のがら空きの腹部めがけゴム弾を撃ちこんだ。ツインバレルから発射されたゴム弾の威力を受け、二人は吹き飛ばされた先で悶絶する。

 一発のゴム弾でもなかなかの衝撃だというのに、ツインバレルの二発斉射を受けたダメージは相当なものだろう。

 

「にっしししし、おれさまをなめるからだ」

 

「ぐっ……このちびっこめ…!」

 

「おまえたちはむかつくからそらでもたびしてやがれ!」

 

「ちょっ…! なにするのよ…! あ、コラ…! わたしのパンツ!」

 

 悶絶する二人から強引にパンツを引き剥がし、お返しにちびエグゼは二人の背にフルトン回収装置をくくりつける。装置が起動してバルーンが膨らみ、次の瞬間には勢いよく空高く打ち上げられるのであった…。

 あわれ、二人は救助部隊がやって来るまでノーパンで空を漂うことになってしまった!

 

 404小隊を撃破し、意気揚々と次なる獲物を捜すちびエグゼであったが、そこへ殺意に満ちたオリジナルのエグゼが怒涛の勢いで駆けこんでくる。背後に月光を二体引き連れての徹底ぶりだ。

 

「くそチビが! 大人しくオレ様に殺されろ!」

 

「なんだと!? おれがおりじなるだ、かえりうちにしてやる!」

 

 売られたケンカは買って行く、そういったところはダミーといえどオリジナルに忠実だ。オリジナルと同様強敵相手に勇猛果敢に挑んでいくちびエグゼだが、オリジナルエグゼと月光二体は流石に分が悪い。

 必死の抵抗もむなしく、月光のマニピュレーターに捕らえられ、エグゼに逆さまに吊り上げられる。

 

「観念しろよクソガキ。テメェはストレンジラブのところに戻ってAIを再設定されるんだよ」

 

「やだやだ、はなせあほ! たんさいぼー、めすごりら!」

 

「なんだとクソガキが!」

 

「いひゃいいひゃい! うわーん!」

 

 生意気なちびっこの頬をつねって引っ張ると、ちびエグゼは大声で泣きわめく。あれだけ大暴れしても中身は子どもということだ…しかし事情を知らない側からすると、幼子を苛めるエグゼという構図となってしまう。

 そこへたまたま通りかかったハンターにも、ちびエグゼを苛懲らしめる彼女の姿は単なる小さい子どもを苛める様子にしか見えなかった。

 

「こら処刑人、小さい子を苛めるな」

 

「いや、違うんだよハンターこれには事情が…って、待ちやがれ!」

 

 一瞬の隙をついてちびエグゼはエグゼの手から抜け出し、パタパタとハンターの方へと走り寄っていくとその胸に飛び上がってしがみつく。

 

「おーよしよし、かわいそうに。まったくちびっこを苛めるとは貴様も落ちぶれたもんだ」

 

「そいつはオレのダミー人形なんだよ! ストレンジラブのアホがちびっこで造りやがってよ、とにかくそのガキを渡してくれ!」

 

「ほう、道理で貴様に似ていると思ったが…」

 

「うーん…ハンターのにおいだぁ。ハンターすきぃ」

 

「はは、オリジナルよりも可愛いじゃないか。おい、この子と立場を交換してみたらどうだ?」

 

「なっ、ふざけんな! なんでダミー人形に主導権握られなきゃならねえんだ! お、おい…オレもお前に抱き付いていいよな?」

 

「少しでも近付いてみろ、顔面に強烈な蹴りをお見舞いしてやる。フフ、それにしても可愛いな…こっちの処刑人となら仲良くできそうだ」

 

「そりゃないぜハンター!」

 

 ハンターに抱かれるちびエグゼは勝ち誇ったようにほくそ笑む。可能ならすぐにでも鉄拳制裁をぶち込みたいところであったが、ハンターが睨みを聞かせている状況でそうもいかず、唸りをあげて睨むことしか出来ない。

 いつもエグゼに憎まれ口を叩き素っ気ない態度をとっているハンターであるが今はどうだ…ちびエグゼを抱きかかえ、柔らかな笑顔を向けているではないか。目の前の光景に激情を抱くエグゼに恐れをなし、月光たちも心なしか安全距離を保っているようにも見える…。

 

 そんな時、ちびエグゼは何かを見つけたようでハンターの胸からぴょんと飛び降りる。

 ようやく離れたかとホッとするエグゼであったが、ちびエグゼが走って行った先を見てゾッとする…すぐさま追いかけるも既に遅く、ちびエグゼはヘリから甲板上へと降り立ったスネークの懐へと飛び込んでいた。

 

 

 

「スネーク、スネーク、スネーーク!」

 

「ん? なんだこの子どもは…? おい、誰が連れてきたんだ?」

 

 

 飛び込んできたちびエグゼを抱きかかえ、スネークは周囲を見回す。

 

 ちびっこをとられて不服そうなハンター、なんとも言えない表情で成り行きを見守るスコーピオンとスプリングフィールド、困惑する月光…そしてボロボロと涙を流してぐずるエグゼだ。

 

「ぅぇ……スネークがとられたぁ……」

 

「何を泣いてるんだエグゼ? お前が連れてきたのか、どことなくお前に似ているが…」

 

「スネーク、じつはそのちびっこストレンジラブが造ったエグゼのダミー人形なんだ。かなり我が強くて大暴れしててさ…」

 

「なるほど、だいたい事情は分かった。今日からお前も俺たちの家族ということか」

 

「ちくしょう、もううんざりだ! 早くそのちびっこを寄越せ、もっとマシなダミー人形にしてやる」

 

 先ほどのハンターに続き、スネークに可愛がられる様子にエグゼは発狂寸前だ。強引に引き剥がそうとするもちびエグゼは必死にスネークにしがみついたまま、べーっと舌を出して挑発するちびエグゼを微笑ましく見守っているようだが、スコーピオンはそんな中である異変に気付く…。

 

 エグゼがスネークに執心しているのは周知の事実だが……そんなエグゼとスネーク、そして胸に抱かれるエグゼそっくりのちびっこ……どう見ても夫婦とその子どもにしか見えないじゃないか!

 

 この日、エグゼはスネークを好む人形たちにとって共通の敵となってしまうのだった…。

 




あわれ404小隊…伝説の幼兵の餌食になってしまった…


スコーピオン「あたしにもちびっこダミー造れ!」
スプリングフィールド「いい家族写真が撮れそうですね」
9A91「いよいよ時代が追いついた、私のちびっこダミーを100体造ってください」
ストレンジラブ「やったぜ」




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ソレはいつもオレたちを支えてくれていた

「なあスネーク、うちもずいぶんと女性陣が増えたよな」

 

 任務から帰還しこれからシャワーでも行こうかと思った矢先、出迎えに来てくれたミラーが唐突にそんなことを言い始めた。無意識に周囲を伺うスネークは、傍に戦術人形がいないことを確認すると心底呆れたような目でミラーを見つめる。

 

「待てスネーク、アンタが言いたいことは分かっている。"また女に手を出そうとしたのか、今度やったら下水処理施設の掃除一年間だ!"とでも思っていたんだろうが、話しは最後まで聞いてほしい」

 

「お前がそれについて弁えているというのならそれでいい。それで、一体何の話しだ?」

 

「あぁ。実はマザーベースの大掃除をしたいと思ってるんだ。ここ最近はバタバタしていたから、色々と散らかってるしな」

 

「マザーベースはオレたちの家だ。住処をきれいにするのは大切だ、ここはジャングルじゃないんだからな。それで、カズ…その大掃除とMSFに女性が増えたことにどう関係があるんだ?」

 

 スネークの疑問にミラーはサングラスの奥から周囲に人影が無いことを確認する。

 周囲には警備兵の他、待機中の月光たちがヘイブン・トルーパー兵と日光浴をして休んでいるのみ…二人の周囲には特に誰もいない。

 スネークの肩に手を回し、小声でささやくミラーに、早くもろくでもない事態が発生したことを察する。

 

「先日、スタッフの一人がある物を持ちだしてシャワー室に入り込んだ。余程興奮していたんだろう、シャワー室が女性の時間だということにソイツは気付かなく、哀れにもワルサーに見つかって捕まったらしい」

 

「それは災難だな。それで、ソイツ何を持っていたんだ?」

 

「スネーク、分かるだろう? 男が一人こそこそ持ち歩いて見る物と言えば一つしかない」

 

「まさか…!」

 

「あぁ、雑誌(マガジン)だ」

 

 

 雑誌(マガジン)とは、過酷な戦場で性欲を持て余す男性兵士諸君のストレス解放のために用意された、戦場において欠かせないアイテムの一つだ。セクシーな女性の写真が載せられたそれを読めば元気になるし、明日からの過酷な戦いの励みにもなる。

 さらに雑誌の持つ力は万能であり、敵の注意を引きつけることもできるのだ!

 もちろん、女性には通用しないしここマザーベースではここ最近女性が増えたこともあり、内密にミラーからなるべくばれないようにという通達があったのだが…。

 

「ソイツは何だってシャワー室に雑誌を持ちこんだんだ?」

 

「よく分からんが、シャワー室で裸になって読むのが趣味だったらしい。とにかくそいつはワルサーに見つかり、PTSDを発症して医療班の世話になるくらいのトラウマを植え付けられたらしい。」

 

「PTSD…まあ、ワルサーがアレを見つけたらどういう反応を示すかくらいはなんとなく想像はできる。カズ、お前の言いたいことは分かった。これ以上男性スタッフが追い込まれる前に、基地の雑誌を回収しようという考えだな」

 

「その通りだ。女性陣に取ってアレは無駄に思えるかもしれないが、オレたち(男たち)にはなくてはならないアイテムなんだ。アレを集めるのにどれだけ苦労したか、アンタならわかるはずだ。オレたちの希望の書を、女性陣(男の敵)に焼き払われる前に安全な場所に移すんだ!」

 

「分かっている、あれには随分世話になった。すぐにやろう」

 

「スネーク、いやボス、アンタなら分かってくれると信じていた。マザーベースの男性スタッフには既に指示は伝えてある…各自が隠し持っている雑誌は、男性用宿舎に移す手はずになっているんだ」

 

 現在MSFの古参兵士たちはミラーの指示を受け、雑誌を手にそれぞれスタンバイしている状況にある。

 雑誌を喪失するということは戦場での癒しが失われるということに他ならない、これはMSFに所属する全男性スタッフにとっての死活問題なのだ。既にWA2000を筆頭に戦術人形()は警戒態勢に移っているという報告がある、警備隊であるヘイブン・トルーパー隊も厄介な存在だ。彼女らは直属の上司であるエグゼにすぐ告げ口するはずだ。

 

 

 作戦決行命令間もなくして、二人の無線機に通信が入る。

 

 

『こちらマシンガン・キッド。良いニュースです、倉庫に隠してあった段ボール一杯の雑誌は未だ無事です』

 

「でかしたキッド! 流石はうちのエリート兵士だ」

 

『悪いニュースです、倉庫の外に戦術人形が複数人。包囲されました』

 

「なんだと…脱出できそうか?」

 

『相手はWA2000、MG5、416。交渉も冗談も通じなそうな相手です……ボス、ミラーさん…どうやら、オレはここまでのようです。せめて最期は、男としてのプライドを貫き通したいです』

 

「キッド、何をする気だ! 早まるな!」

 

『ボス、ミラーさん。お元気で……さぁかかってこい、この先は通さん!』

 

 通信が途切れると同時に、倉庫のあるであろう方角から激しい銃声が鳴り響く。ミラーは通信機を握りしめ何度もキッドへ呼びかけるが応答はなく、やがて銃声が鳴り止んだ……キッドからの返答はない、それが意味することを察し二人は目を伏せる。

 

 

『ボス…! ミラーさん…! こちら、αチーム…!』

 

「どうしたんだ、無事か!?」

 

 

 通信機越しに聞こえるのは男性スタッフの震えた声だ。

 通信機越しに聞こえる小さな銃声にいよいよ緊急事態が迫っていることを察し、二人は焦燥する。戦術人形()の動きが早すぎる!

 

 

『部隊は、全滅です……相手は9A91とスプリングフィールドです…! ヒッ! き、来たぁ! うわああぁぁ!!』

 

「どうした! 応答しろ! どうしたんだ!?」

 

「敵の動きが早い…予想外の事態だスネーク! このままでは雑誌は全て焼き払われてしまう!」

 

「仕方がない…オレが行く。カズ、お前はここで仲間たちのサポートを頼む」

 

「いやスネーク、いいのか…?」

 

「あぁ、構わん」

 

 組織の最高責任者として、今日のこの事態を招いたのには自分の責任が大きい…雑誌をせっせと集めてみんなに配っていたのは自分なのだ、ミラーは女にだらしないところもあるが、この件について彼に責任を押し付けることはスネーク自身のプライドが許さなかった。

 

 麻酔銃を手に、散り散りになった部隊を捜索する。

 マザーベースの施設内は何故だか照明が落とされ、非常灯の赤ランプのみが不気味に光る。時折点滅する照明の灯りを頼りに通路を進んでいくと、大きな悲鳴があがり先の通路から腕を負傷した男性兵士が姿を現す。よろよろと壁にもたれかかった彼の傍に、鋭いブレードの切っ先が突き刺さる…エグゼだ。

 

「追い詰めたぜテメェ…よくもこんなもん隠しもってやがったな!? 発禁処分になった鉄血人形のカタログ…全部燃やされたと思ってたが…男はどうしようもねえな!」

 

「ヒィィィ! 誰か助けてくれ!」

 

 今にも殺さんばかりに激高するエグゼ、迷った末にスネークはエグゼめがけ駆け出した。

 走る音に気がついたエグゼはブレードを引き抜いて身構えたが、走り寄って来た相手がスネークだと分かると一瞬構えを解く。

 

「すまん!」

 

 エグゼを倒す前に一言謝罪し、スネークはエグゼのブレードを弾き飛ばし、彼女のがら空きの首元へと人形用の麻酔弾を撃ちこむ。人形用の麻酔弾は普通の麻酔弾よりも強力であったが、エグゼはしばらくもがいて見せる。やがて麻酔が全身を巡り、エグゼは昏倒した…。

 

「大丈夫か?」

 

「ありがとうございますボス!」

 

「エグゼに狙われるとは災難だったな。それで、この雑誌は?」

 

「鉄血がまだまともだったころの製品カタログですよ。諜報班が廃墟で見つけましてね、発禁処分前のレアものですよ。いやーこのデストロイヤーなんて可愛いですよね! それはボスにあげます、自分は全部脳に焼きつけましたから。ご武運を祈ります!」

 

 兵士にカタログを押し付けられたスネーク…無言でカタログをめくってみると、なるほど、エグゼが怒り狂って追い詰めようとするわけだ。鉄血の量産型人形の他、ハイエンドモデルと言われる人形も大まかなスペックと共にイメージ写真が載せられているが、写真の中にはきわどいものもある。

 眠らせたエグゼには悪い事をしてしまったと罪悪感を感じたスネークは、そっとそのカタログをエグゼのコートの下にしまい込む。流石に仲間をネタにすることは気が引ける…。

 

『スネーク、第二倉庫の雑誌の無事を確認したぞ。ただ巡回の目が厳しい、援護を頼めないか?』

 

 

 どうやら残った雑誌の確保に成功したらしい、ミラーの援護要請に応えスネークはその場を後にする。

 第二倉庫はスネークがいる場所から近い場所にある、先ほどのミラーの声からまだ見つかっていないことが伺える。そう思って外に出たスネークが見たのは、人形たちにリンチされぼろ雑巾と化したミラーの姿と冷酷な表情を浮かべるWA2000ら戦術人形の姿だ。

 

 

「ス、スネーク……すまん、しくじった……」

 

 

 散乱した雑誌はヘイブン・トルーパー隊が回収し、一か所にまとめられている。WA2000はミラーを絶対零度の冷たい目で見下ろし、416なども汚物を見るような目で見つめている。唯一、後方でUMP45が笑っているがおそらく彼女はこの事態を楽しんでいるだけだろう。

 

「ワルサーさん、いくらなんでもやりぎじゃ…大丈夫ですかミラーさん?」

 

「ダメよスオミ! 触っちゃダメ、あなたの手が腐るわ! 信じられないわ…マザーベースが変態の巣窟だったなんて!」

 

「ぐっ…男が変態で……何が悪い! きっとオセロットだって―――――ぐふっ!?」

 

「あんたら変態と!わたしのオセロットを!一緒にすんなッ!」

 

「グボァッ……!」

 

 既にボロボロになったミラーを踏みつけ、思いつく限りの罵倒をWA2000は投げかける。うつぶせの背を踏みつけるWA2000からは見えていないだろうが、今のミラーはどこか満たされているような表情をしているようだ……それはともかくとして、仲間の危機にスネークが前へ出る。

 

 

「スネーク? まさか、この変態どもの親玉が貴方だなんて言わないわよね?」

 

「いや、オレは…」

 

「待て! ワルサー、この件はオレが全て仕組んだことだ!」

 

「カズ!?」

 

 むくりと起き上がったミラーを再度WA2000は踏みつけ地面に這いつくばらせる。

 

"カズ、なぜだ!?"

 

"いいんだボス、オレには失うものはない。アンタの伝説に泥を塗るわけにはいかないんだ"

 

 

 そんなやり取りを、スネークとミラーは一瞬の視線の交錯で交わしあう。ミラーもまたオセロットと同様、伝説の傭兵ビッグボスに魅了された兵士の一人だ。心底惚れた男の伝説を、カリスマを、こんな事で汚すことは彼のプライドが許さなかった。

 

 

「いいわ、ならけじめをつけてもらおうじゃない。今この場で、この汚らしい雑誌を燃やしてもらおうじゃない。そうしたら、アンタの潔白を認めてあげるわ」

 

「くぅ、なかなか酷なことを……いいだろう、やってやろうじゃないか!」

 

 

 ミラーの決意表明にWA2000は彼の背を踏みつけることを止める。

 手際よくヘイブン・トルーパー兵が山積みの雑誌へガソリンをかけ、火のついた松明をミラーへと手渡した。

 

 静かに雑誌の山へミラーは足をすすめる。

 山積みになったにされた雑誌の前に立つと、浴びせられたガソリンのたちこめた匂いを嗅ぎ取った。松明の火を近付ければ引火し、この思い出の数々はあっという間に炎に包まれる。

男たちが戦場で戦い傷つき、心打ち砕かれようとされる時、ソレはすぐそばにあった。女っ気のない戦場で、孤独な男の世界の中で、ソレは何人もの男たちを慰め勇気付けてくれた。燃やしたくない、松明を手にするミラーは許しを乞うようにWA2000へと目を向けるが、彼女の目はただただ冷たい。

そして、志半ばで彼女たちに撃ち破られた戦士たちの悲哀の目がミラーに向けられていた。

 

しばしの沈黙の末、ミラーが歩を進める。

戦士たちは一様に俯き、その瞬間から目を背ける。自分たちを勇気付けてくれたヒロインたちが焼き払われる姿を、彼らは見る事が出来なかった。

ミラーが松明をゆっくりと雑誌の山へ近づけようとした時、その腕をスネークが掴み止めた。スネークは無言のまま松明を手に取る。

 

「一連の騒動の責任はオレにある。オレがやる…それで文句はないな?」

 

スネークの真剣な眼差しに、WA2000は何か言いたげに口を開いたが、何も言わずに小さく頷いた。

 

 

「お前たちの無念を海の藻屑にはしない…お前たちは、かけがえのない存在だ。MSFを代表し礼を言う、今までありがとう」

 

戦術人形に聞かれないよう、小さな声で呟いたスネークは の言葉をミラーはしっかりと聞いていた。

そしてついに火が雑誌に灯り、瞬く間に大きな火柱へと変化する。目標の炎上を目にした戦術人形たちは一人、また一人とその場を立ち去っていく。メラメラと燃え上がる雑誌の前で泣き崩れる兵士たち、彼らのすすり泣く声が、支えてくれた雑誌への鎮魂歌となるのだった。

 




スコーピオン「男の子がえっちなのは仕方がないのにね。可哀想だから人形たちの隠し撮り写真あげるから新しい雑誌作りなよ」(ビジネスチャンス)
ミラー「やったぜ」(歓喜)

ストーリー書き出す前の構想と書き終えた時の出来上がりが全く違くなる件、そーいうことない? ない?

年も変わるしそろそろシリアスの波動を解き放ってもいいよなぁ


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ある雪の日の出来事

メタルギア要素ほぼ無し


 国境なき軍隊(MSF)の前哨基地がある区域一帯は大きな寒波の影響により記録的な大雪に見舞われる。厳冬の寒さは氷点下を大きく下回り、基地の兵士たちは日常作業を継続することも困難となり、基地内の除雪作業に追われることになる。

 大雪の影響で訓練施設も雪に埋もれ、せっかくの新兵訓練も滞ってしまう。幸いにも、ミラーが新しく見つけた南の土地に仮設キャンプを設営したためそちらに順次送られる手はずにはなっている。

 

「あかん…寒すぎて手足の感覚ないわ…」

 

 いまだに雪が吹き荒れる外の警備任務から戻って来たガリルら人形たちは、全身に雪をまとわりつかせ青ざめた表情で基地の宿舎へと入ってきた。宿舎内には暖炉が設置されており何人かの人形たちが取り囲んで暖を取っていたが、外から戻って来たガリルらにその場所を譲る。

 

「はぅ…暖かいにゃぁ…」

 

「みんなお疲れさま。温かいココアがあるから飲みなよ」

 

「コーラ、コーラが欲しい…って言いたいけど、今日はココアにする…」

 

 普段はコーラを熱望するSAAも、この日ばかりは温かく甘いココアを選ぶ。キャリコが用意してくれたココアが運ばれると、宿舎内はココアの甘く優しい香りで満たされる。ココアの甘さと温かさは冷え切った人形たちの身体を温めてくれる。

 この大雪のせいで新参人形たちの訓練も一時見合わせだ。

 

「ふぅ、それにしてもすごい大雪ね…あら、偵察から帰って来てたのね」

 

 ガリルらから少し遅れて、新人教育担当であるWA2000がやってくる。彼女も分厚い冬用コートに身を包み、全身に雪をはり付かせていた。

 

「ワルサーあなたもココア飲む?」

 

「ありがとうキャリコ、でもすぐ行かなきゃならないからいいわ」

 

「ゆっくりしていけばいいのに……何か任務があるの?」

 

「南の方に新しい訓練キャンプができるでしょう、それを視察に行くのよ。建設にはプレイング・マンティス社が請け負ってくれるけど、是非現場で訓練する人の意見が聞きたいってことだからさ。いけない、もうこんな時間だわ」

 

 時計を見たWA2000は慌しく身支度を済ませると、再び宿舎の外へと出ていった。窓の外は大雪で視界が悪く、彼女の姿はあっという間に吹雪の中へと消えてしまった。

 

「あの人も働き者だね」

 

 WA2000はMSF古参の戦術人形の中でもとりわけ仕事に熱心だ。新兵の訓練が中断になったからと言って休むわけでもなく、どこからか仕事を見つけてきてはそれをこなす。まあ、それが全てはオセロットに直結するためだということはある程度MSFを見続けてきた人形たちには分かることであるが。

 

「やっほーみんな! G11はここにいる!?」

 

 唐突に宿舎のドアが開かれて、404小隊の一員であるUMP9が元気よく入ってきた。

 きょろきょろと同じ隊員のG11を捜す彼女に、宿舎内の人形たちは揃ってソファーの上に出来た毛布の塊を指差した。何枚もの毛布がロールキャベツのように巻かれ、もぞもぞと中でG11が動いているのが分かる。

 

「G11、お出かけの時間だよ! ほら、そんな毛布にくるまってないでさ!」

 

「フガフガ……断固拒否……」

 

「もう! 45姉に叱られるよ!」

 

 UMP9は頬を膨らませて毛布を叩くが、厚く巻かれた毛布の装甲はビクともしない。

 仕方なく一枚一枚毛布を引き剥がし、最後の一枚にしがみつくG11を毛布ごと引きずり出していく…外の寒さにあてられてG11は毛布を離し再び宿舎内へと逃げ込もうとするが、駆けつけた416とUMP45も加わり強引に連行される。彼女の悲鳴が聞こえていたが、すぐに吹雪の音にかき消され聞こえなくなってしまった。

 

 普段なら404小隊のおかしな行動に笑い声も起こるのだが、極寒のこの寒さですっかり元気を無くしてしまった人形たちは何も言わずG11が散らかした毛布を手に取り身を包む。

 暖炉の前で人形たちは身を寄せ合い、緩慢に時が流れていく。何人かは寒さの中の偵察で疲れていたためか、暖炉の前でうとうととし始め眠りについていく。一人、また一人と眠りについて行く人形たち…。彼女たちを起こさないようキャリコは静かに暖炉に新しい燃料をくべる。

 

「うーん……むにゃむにゃ…ぼくお腹いっぱいだよ…」

 

 M1919は幸せそうな表情でよだれを垂らしている。戦術人形は夢を見ないが、完全に休眠モードになっていない彼女は意識の奥で疑似的な夢を想像しているのだろう。キャリコはそっとハンカチでM1919のよだれをふき取り、毛布をかけなおす。

 保育施設の保育士がしてあげるように、眠りにつく戦術人形たち一人一人の様子を見てまわり、楽な姿勢に直してあげたり毛布をかけてあげる。

 一通り見てまわり終えると、宿舎の中に冷たい風が吹き込んできた。

 振り向くと、宿舎の入り口に立つ長身の女性がたたずみ、暖かい部屋の空気にホッと一息ついていた。

 

「お疲れさまリーダー、なにしてたの?」

 

「車のタイヤがパンクしていてな、修理を手伝っていた」

 

 MG5は暖炉の前の空いたスペースにしゃがみ込み、冷え切った手をストーブにかざす。

 

「リーダー、ブラックコーヒーじゃないけどココアならあるんだけど飲む?」

 

「それでいいよ、ありがとう」

 

 マグカップを受け取った彼女は一度キャリコに微笑みかけ、温かいココアをすする。MG5は特に感想などを言うこともなかったが、寒さで強張っていた表情が幾分和らいだように見えた。キャリコもさっきまでG11が独占していたソファーに腰掛け、マグカップに入ったココアを口に含む。ココアの香りと甘味が気持ちを落ち着かせてくれる。 

 薪がパチパチとはぜる音、人形たちの小さな寝息、そして外の吹雪の音。

 暖かい空気に満たされた部屋のソファーに座っていると、いつしかキャリコもまぶたが重くなってくるのを感じていた。こくりこくりと、何度か意識を落としそうになりながらもキャリコはMG5の様子を見続けていたが、やがて襲ってくる睡魔に抗い切れずにその身をソファーに預けていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思い出す、リーダーとの懐かしい記憶を…。

 

 初めて出会った時は怖くて仕方がなかったけれど……戦いや日々の暮らしを通して、なんとかリーダーと打ち解けようとした。

 

 リーダーはどこまでも的確で、優しくて、強くて、かっこよくて、クールで誰よりも熱かった。

 

 あたしが任務で失敗した時、リーダーは厳しくあたしを叱りつける…それが怖くてつい泣いちゃうこともあったけど、リーダーはあたしに向き合ってくれてるんだと思うと、変な感じだけど頑張ってみようって気になった…。

 そしてあたしが上手く任務を遂行した時、リーダーは自分のことのように喜んでくれた…それが嬉しくて嬉しくて、あたしはもっともっと強くなろうって心に決めた…。

 

 経営難で会社がつぶれちゃったとき、途方にくれるあたしたちをリーダーはまとめてくれた…リーダーだって不安だったはずなのに、そんな顔も見せずにあたしたちを導いた。

 

 きっかけはお粗末なものだったけど、初めて味わう自由な暮らし…誰かの命令じゃなく、自分たちで考えて自分たちのために生きる……リーダーはみんなに生き方を教えてくれた。

 

 そんなリーダーがかっこよくて、頼りに思って、いつの間にかあたしはリーダーを目で追っていた。

 

 日ごとに強くなっていく想いを、思い切って打明けた時…リーダーは微笑み受け入れてくれた、それが何よりもうれしかったんだ…。

 

 頼りになるリーダーが好き。

 

 髪を撫で、優しい笑顔を浮かべるリーダーが好きなの…。

 

 強くてかっこいいリーダーが好きだ……。

 

 理由なんて必要ない、あたしはリーダーが大好きなんだ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――Schlafe schlafe holder süßer Knabe(眠れよ眠れ、愛しき我が子よ)Leise wiegt dich deiner Mutter Hand(母の手で揺られながら)…」

 

 肌寒さに目を覚ましたキャリコは、すぐそばから聞こえる安らかな歌声に再び目を閉じた…ドイツ語で唄われる歌詞はもう何度も聞いたことがあり、それでいていつも心の奥に安らぎを与えてくれる。

 

Alle Wünsche alle Habe…(すべての望みもすべての持ち物も)Faßt sie liebend alle liebewarm…(愛おしく抱きしめてとっておこう)

 

 ほんのりと暖かい彼女の膝を枕に、キャリコは彼女の穏やかな歌声に耳を傾ける。暖炉の火が弱り部屋の温度は少し下がっていたが、その唄を聴いていると胸の奥がぽかぽかと暖かくなるのを感じていた。

 やがてその唄が終わると、キャリコは名残惜しそうに身体を起こすと、ずっとそばにいてくれたMG5に寄り添う。そっと回された彼女の腕にぬくもりを感じ、キャリコは心地よさそうに目を細める…。

 

 

「少し、寒いか…?」

 

「うん……少しね…」

 

「ちょっと待っていてな…」

 

 

 そっと、MG5はソファーから立ち上がると弱くなった暖炉に新しい薪をくべていく。それから余っていた毛布を手に戻ってくると、自分とキャリコを包み込むように広げる。二人は身体を密着させ、互いに腕を回しあい暖炉にくべた薪に火が移っていくのを静かに見つめていた。

 

 

「ねえリーダー、女の子同士…それも人形同士でこういう関係っておかしいのかな?」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「ワルサーはオセロットが好きみたいだよね…スコーピオンとエグゼ、9A91とかはスネークのことが好きで……みんな女の子が男の人を好きになってる。あたしみたいなのって、やっぱりおかしいのかなって思っちゃってさ…」

 

「そんなことか……それでお前はそう言う人たちを見て気持ちが変わったか?」

 

「ううん、あたしは……リーダーの事が、好き…だから。リーダーはあたしのこと、好き?」

 

 キャリコは期待と不安が入り混じったような表情でMG5を見上げる。

 MG5はキャリコの髪を撫でていた手を頬へ滑らせ、彼女の顔を真正面に向かわせる…。

 

Ich sehe nur dich(キミしか見えていないよ)…」

 

「ん……」

 

 二人の唇がそっと触れあう。

 不意打ちのようなキスを受けたキャリコは驚き目を見開くが、やがて彼女の柔らかな唇を受け入れそっと目を閉じる。唇が触れあうだけの軽いキスを交わし、二人は名残惜し気に離れる…。

 

「リーダー…あたし、ドイツ語苦手だよ…」

 

「ならばI Love You(愛している)と素直に言った方が良かったかな?」

 

「それはそれで…ちょっと恥ずかしい…かな?」

 

 気恥ずかしに顔を紅潮させたキャリコは毛布に顔をうずめ、目だけを覗かせてMG5を見つめる。

 そんな彼女の仕草がたまらなく愛おしくて、MG5はそっと彼女の肩を抱いて引き寄せるのだ。

 

「リーダー…みんなに気付かれちゃうよ…」

 

「時と場所はわきまえるさ」

 

 そう言いながらも、毛布の中で二人はじゃれつく。ふとキャリコの服がはだけ、首の後ろの傷跡を目にしたMG5は哀しみの表情を浮かべそっとその傷に指を這わせる。

 

「この傷は…私が、ジャンクヤードでつけてしまった傷だな…」

 

「気にしないでよリーダー、仕方がなかったんだから」

 

「そうは言ってもだ、守ると誓ったこの私が…お前を、みんなを傷つけてしまった。時々、もしものことを考えるんだ……もしも私があの場所以外に目指す場所を決めていたのなら、あの惨劇は躱せたんじゃないかと」

 

「そんなことないよ…あたしもみんなも、ジャンクヤードに行くことには賛成したんだから。リーダー一人の責任じゃない」

 

「そうは言うがな…」

 

「それに、あたしもリーダーもみんなもちゃんと生きている。それって、大事なことだよね?」

 

「キャリコ……」

 

「善い行いが常に正しいとは限らない、正しい行いが常に最善だとは限らない。だから…」

 

「自分たちが信じる道を行くしかない……私がお前に贈った言葉だったな、忘れていたよ」

 

 微笑むキャリコは、いつも自分が受けているのと同じようにMG5の頭を撫でて見せる。

 普段は身長差と立場の差からMG5の専売特許であったが、初めての感覚にMG5は驚き目を丸くする。でもそれがなんとも言えない心地よさで、キャリコが満足するまでそうさせた。

 

「もうすっかり夜だね…寝よっか…」

 

「そうだな……今日は良い夢が見れそうだ」

 

「あたしたち人形は夢を見ないでしょう?」

 

「休眠中に、記憶を思い出させるんだ……これが案外楽しいんでな。おやすみ、キャリコ」

 

「おやすみ…リーダー…」

 

 二人は向かい合うようにしてソファーに横になると、一枚の毛布を互いの身体が隠れるように被せる。誰の目にもとまらない毛布の中で二人はそっと唇を重ね、静かに眠りにつくのであった…。




スコーピオン「このクソ寒い中宿舎の前で何やってんの?」
カズ「この中は天国だ…オレは天国の外側(アウターヘブン)にいる側だから中に入れない!」
スコーピオン「ちょっと何言ってるか分からない」

百合っぽいのを書きたいけどあんまり激しいものじゃなく、もどかしさを感じるものが書きたいなと思ったらこうなった…。
反省も後悔もしていない。


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真冬の夜の遊戯

 それはまるで冬将軍が訪れたかのような猛吹雪の夜だった。

 

 極寒の寒さから逃れるようにして身を寄せた宿舎の中で、人形たちはある儀式を行おうとしていた…。

 

「さあ、はじめますよ……皆さん、覚悟はよろしいですか?」

 

 薄暗い宿舎の中で、蝋燭の灯りに照らされるスプリングフィールドの白い肌が鮮明に映し出される。真四角のテーブルに座る彼女は緊張した面持ちで、同じようにテーブルを囲む人形たちを見つめる。

 電線がこの猛吹雪の影響で断線し、部屋の灯りは暖炉と蝋燭の火が照らすのみ。

 

「冗談だろスプリングフィールド、こんな迷信みたいなもん…今時流行らねえって」

 

 ややうんざりした表情で愚痴をこぼすのはエグゼだ。薄暗い室内で鉄血人形である彼女の白い肌は、蝋燭の灯りをうけてスプリングフィールド以上に顔がはっきりと見える。

 

「あら、今更怖気づいたの? ハイエンドモデルも大したことがないのね」

 

「あ? おちょくってんのかよ貧乳女」

 

 クスクスと笑いながらからかうUMP45へエグゼが噛みついた。ここ最近は自身の胸をネタにされ過ぎたせいか、エグゼの暴言も軽く流せるほどにはメンタルが強くなっている。とは言っても何も感じていないわけではないようで、鋭い目でじっとエグゼの横顔を睨んでいる。

 

「全く呆れたものね、よりによってスプリングフィールド…あなたがこんな事を思いつくなんてさ。まあ、暇だからいいけどさ」

 

「たまにはいいじゃないですかワルサー、久しぶりに初期のころからのメンバーも揃ったんですから」

 

「9A91の言う通りだよ、まあ若干一名違う人が混ざってるけど…」

 

 ただいま宿舎内にいるのはスコーピオン、9A91、スプリングフィールド、WA2000そしてUMP45だ。ここにはたまたま集まっただけだが、断線し停電してしまったため、朝まで暇つぶしをしようということで一同集まっていた。

 そして彼女たちが始めようとしている遊びだが…テーブルの上には文字が書かれた一枚の紙と一枚のコインがある。スプリングフィールドの合図でノリノリ、または渋々といった様子で一同コインに人差し指を乗せた。

 

 

「準備はよろしいですね、では始めます……"ポックリさん、ポックリさん…どうぞ出てきてくださいポックリさん"」

 

 

 呪文のような言葉をスプリングフィールドが唱え、数秒後、人形たちが指を乗せるコインがズズズとゆっくり動き始めたではないか。コインの動きにスコーピオンとUMP45は楽しそうに笑い、逆にWA2000は引き攣った表情でコインを凝視している。

 

 

「おいおいお前ら本気かよ?何がポックリさんだよ」

 

「何を言ってるんですか?ポックリさん凄いんですよ、結構当たるんですよ?」

 

 真顔でポックリさんを肯定する9A91に呆れ、エグゼはやってられないと言わんばかりに椅子にふんぞり返る。

 全員がポックリさんをやろうという話しになっても、最後まで否定的だったのがエグゼだった…。

 

「もしかしてエグゼポックリさんに呪われるかもって、ビビってるの?」

 

「あぁ? 言うじゃねえか404ポンコツ小隊…!」

 

 いきり立つエグゼの傍らで、コインが動きだすのを感じ一同の注目がテーブル上のコインに集まる。

 コインはゆっくりとした動きで紙に書かれた文字を辿っていき、ポックリさんからのメッセージを形作る…。

 

「エ グ ゼ は び び っ て る……だそうです」

 

「おぉ……さすがポックリさん」

 

「――――ってんじゃねえぞコラ! てめーいい加減なことやってるとぶちのめすぞスプリングフィールド!」

 

「わ、わたしじゃありませんよ! ポックリさんですッ!」

 

「お前が先にポックリ逝かされてぇかコラ!?」

 

 しょうも無いことで怒り狂うエグゼをなだめ、なんとかスプリングフィールドから引き剥がす。あまりふざけているとポックリさんが怒ってしまう、そう忠告するとエグゼは未だイライラしているようだが、とりあえず椅子に座る…が、ようやく鎮まりかけたエグゼにUMP45が油を注ぐ。

 

「そんなこと言って、本当はビビってるのよね。素直に怖いって言った方がかっこいいと思うけど」

 

「てめぇ、よほど死にてえらしいな?」

 

「上等よ、いっそポックリさんに決めてもらう? 誰が一番強いかをさ」

 

「おもしれぇじゃねえか。オレ様が一番強いに決まってる、スプリングフィールド、ポックリさんに聞いてみろ!」

 

「分かりました。ポックリさん、ポックリさん…MSFで一番強いのは誰ですか?」

 

 スプリングフィールドのポックリさんへの問いかけがかけられる…数秒の静寂の後、再びコインが動きだす。彼女たちは固唾を飲んでコインの動きを見守り、コインが指し示す文字を紡いでいく。

 

 

「ビ ッ グ ボ ス……だそうです」

 

「お、おぅ…まあそうだよな。MSFで一番強い奴って聞いたからな」

 

「質問を変えてみましょう。今度は私が聞いてみます…ポックリさんポックリさん、MSF所属の戦術人形で一番強いのはだーれ?」

 

 

 質問役が9A91に代わり、先ほど問いかけた質問をいくらか変える。これで対象はMSFに所属する戦術人形へと絞られるだろう。今度は先ほどよりも長い静寂が続く…おかしいなと思いきょろきょろと視線を交わしあったところで、コインがゆっくりと動きだす。

 

「W A 2 0 0 0……ほう、これは中々公平なポックリさんですね」

 

 まさかそうなるとは思っていなかったらしい、WA2000は目を丸くして驚く。

 

「戦術人形最強はこのオレだろ!?」

 

「まあまあ落ち着いて、わーちゃんはあたしらの中でもかなり強いよ。なんたって四六時中オセロットと技術を磨いてたんだからね」

 

「そ、そうね! スコーピオンの言う通り私はあなたたちが遊んでいる間も訓練に励んでたんだから当然の評価だわ。それにしてもポックリさんって案外面白いのね」

 

 WA2000も当初はポックリさんに乗り気でなかったのだが、自分の実力を評価してくれたポックリさんに興味を示し始めたようだ。だがまだまだポックリさんは始まったばかり、次なる質問はエグゼが行うことに決まった。

 そこでエグゼは先ほどの質問の意趣返しと言わんばかりに、WA2000を標的に据えた質問をポックリさんにするのだ。

 

 

「ポックリさんポックリさん、オセロットが一番好きな人は誰だ?」

 

「ちょ、エグゼ!? アンタなんてことポックリさんに聞いてんのよ!?」

 

 暗い室内でも分かるくらいにWA2000は顔を真っ赤にし、テーブルを叩いてエグゼを睨みつける。だがエグゼのポックリさんへの質問は他のみんなも興味があるのか、誰も彼女の肩を持とうともしない…9A91でさえも、オセロットの意中の人物に興味を示しているくらいだ。

 WA2000は周囲に睨みをきかせるも、この時ばかりはいつもの凄みはなく全く効果がない……。

 不意にコインが動き、WA2000含む全員の意識がテーブル上へと向けられる。

 

 堅物で冗談も通じないような鬼教官のオセロット、彼の意中の人物が誰なのか気にならないわけがない。

 

 コインがアルファベットの"W"へ近付いた時、WA2000は期待に満ちた表情を浮かべるも、コインがそこを素通りすると小さくため息をこぼし落胆する。そんな彼女の分かりやすい表情の変化を周囲は微笑ましく見守っていたが、当の本人は気付いていない。

 

 

「お…! ビ ッ グ ボ ス……だって。なんだそりゃ?」

 

「まあオセロットがスネークを尊敬してるのは分かるよね。よし、じゃあ今度はオセロットが愛している人は誰って聞いてみよっか?」

 

「もういいわよ! 今度はわたしが聞くわ! コホン……ポックリさん、ポックリさん…スネークが一番好きな女の子はだれ!?」

 

「て、てめっ!」

 

「ふん、わたしをからかったお返しよ……って、なによその目は…」

 

 WA2000の質問に反応するのは何もエグゼだけではない。

 スコーピオン、スプリングフィールド、9A91がその質問に反応し一気に闘争心に火がつけられる。いつもは温厚なスプリングフィールドも鋭い眼光でコインをじっと見つめ、9A91に至っては微笑みながらコインを見ているが目だけは笑っていない。

 地雷を踏んだのではと気付くころには既に遅く、コインは無情にも動きだす。

 

 コインがゆっくりと紙の上を移動し…何故か何もない余白の部分で止まる。

 それが意味することを考える間もなく、コインはさっきまで進んでいたのと逆の方へと進む…しかしそこでも不自然に止まり、また別な方向へと動きだす。

 

 

「コラ、スコーピオン…なに力入れてんだよテメェ…」

 

「アンタこそ、自分で自分の名前出そうって言うのが見え見えだよ」

 

「皆さん落ち着いて、ここは9A91に任せて下さい」

 

「フフ…そんなこと言って力の入れ過ぎで爪が白くなっていますよ9A91?」

 

 

 全員が全員、コインを押さえる指にありったけの力を込めてどうにか自分の名前に導こうと力んでいるのが分かる。女たちの仁義なき戦いから早々に離脱したUMP45とWA2000は幸いだ、もし一緒にコインを押さえていたら指を潰されていたことだろう。

 

 

「いいからポックリさんに任せなよッ!」

 

「お前こそ力抜きやがれ!」

 

「諦めてください! スネークさんは私を選ぶんですッ!」

 

「聞き捨てなりませんね、司令官は私だけを見てくれてます」

 

 

 女たちの不毛な争いがケンカに発展してしまいそうだったので、UMP45とWA2000が仲裁に入る。

 なんとかコインから引きはがせたが、すっかり仲たがいしてしまった4人はバチバチと睨みあいいきり立っている。

 

 

「もーしょうがないから公平にわたしとワルサーがやるわ。ポックリさんポックリさん、スネーク争奪戦で一番リードしている女の子はだーれ?」

 

「ちょっと45、なんだよその質問は!」

 

「スネークが好きな人だと、アンタたちまたケンカするでしょう? 誰が一歩リードしているか分かるくらいなら、ケンカにはならないでしょう? あ、動き始めたわ」

 

 

 コインがゆっくりと動き始めると、4人はテーブルを囲み固唾を飲んでその動きを見守る。

 コインは滑らかな動きで紙の上を動き回る…UMP45かWA2000のどちらかが意図的に動かしていないか観察するが、二人の真剣な表情から、コインの動きが彼女たちの意思ではないとうかがえる。

 そしてコインがまず最初に示したのはアルファベットの"E"…それにガッツポーズを決めたのはエグゼだ。

 

「"E"っていったら、Executioner(処刑人)の"E"だよな! ハッハハハ、悪いなみんな! やっぱオレがスネークに相応しいってこった!」

 

「う、うるさいですね…!」

 

「待って、まだコインは動いてるよ」

 

「結果は決まってる、オレ様だ」

 

 コインが示した一文字目に余裕を持つエグゼである。

 コインは紙の上を滑っていき、次なる文字へと一直線に進む…延長線上には"X"の文字がある。他の三人は悲鳴にも似た声をあげ、エグゼは楽しそうに笑う。

 だが、コインは"X"の文字に止まることなく、その手前の文字…"V"で停止する。

 

「は?」

 

 エグゼの口からマヌケな声がこぼれる、他三人もほっと胸をなでおろしたが、では一体誰なのかという疑問が残る。やや緊張感が無くなり、コインの動きを一同じっくりと見守る。

 そしてコインはある文字で止まるのであった…。

 

 

「E V A……EVA…イヴ? いや違う、エヴァ…かな? MSFにエヴァって人いた?」

 

「いや、知らない…スプリングフィールドは知ってる?」

 

「いいえ、知りませんね」

 

 9A91に聞いてみても首を横に振る。

 では一体誰なのかと思案するが、誰も検討がつかなかい。

 

「あーバカバカしい、結局インチキなゲームじゃねえか。時間の無駄だ、こんなの破っちまえ」

 

「待ってくださいエグゼ、ちゃんとお帰り下さいってお願いしないと…!」

 

 スプリングフィールドの制しも聞かず、エグゼはテーブル上の紙をびりびりと破いてしまった。エグゼとしてはもう興味が失せた遊び程度のものであったが…異変は直ぐに起こる。

 

 宿舎の窓ガラスの一つが不自然に割れ、冷たい風が部屋に吹き込み蝋燭の火をかき消した。

 

 

「あぁ…私たちがふざけてるからポックリさんを怒らせてしまったんです…!」

 

「あのな、オレは呪いだとかオカルトだとかそういうの信じねえんだよ」

 

「シッ! 静かに…今、誰か外にいなかった? ほら、あれ…」

 

 スコーピオンの指さす方をエグゼは見つめる。

 しかし窓の外は吹雪が吹き荒れるだけで何も見えない、そう思っていたが黒い影が一瞬過ぎ去ったのを見てエグゼの表情が凍りつく。さっきまでの威勢はどこへやら、姿勢をかがめそろそろと壁の方へと隠れる。

 

「ちょっと…なにビビってんのよ…!」

 

「うるせ! お前が確認して来いよワルサー…!」

 

 人形たちは不気味な気配に怯え、ソファーの向こう側へと身を隠しそっと窓の外を観察する。

 吹雪の音が、嫌に大きく感じられる…誰も言葉を発さず、恐怖に身を震わせていた。

 

 不意に、猛烈な風が吹き宿舎のドアが勢いよく開かれる。

 突然のことに人形たちは悲鳴をあげてしまう……そしてドアの向こうからゆっくりと人影が姿を現した。謎の人物は懐を探ったかと思うと、突然ライトを照らしだす。それに小さな悲鳴をあげてしまい、ライトの灯りが人形たちを照らしだす。

 

 

 

「何をやってるんだお前ら?」

 

 

 聞き覚えのある声だった……ゆっくりと近付いて来たその人物は別なライトを天井にぶら下げる…オセロットだった。見知った顔に安堵する人形たち、落ち着いたところでポックリさんをやっていた事情を彼に説明する。

 

「テーブル・ターニングか、西洋に起源を持つ占いの一種だな。現象には色々な説があるが、個人の意見としては自己暗示に近いものだと考えている。あまりやり過ぎるな、人間の中には気が狂う者もいる…お前たち戦術人形にどれだけの影響があるか知らんがな。ところで、他に誰かいるのか?」

 

 オセロットの問いかけに一同顔を見合わせ首を横に振って否定する。

 

「あたしとエグゼ、WA2000、スプリングフィールドと9A91にUMP45の6人だけだよ。どうして?」

 

「そうか…テーブルにマグカップが7つあったからな…気にするな」

 

 言われて見て見れば、確かにテーブルの上にはマグカップが7つ…人数に対し一つマグカップが多い。

 その不気味さに人形たちの顔から血の気が引いていき、無意識に身を寄せ合い恐怖に震える。

 

 

「まあそれはいいとして、緊急任務だ準備しろ」

 

「緊急任務? 何かあったの?」

 

「あぁ。MG5らとボスが出会ったジャンクヤードに諜報員を派遣していたが、連絡が取れなくなった。別な諜報員を派遣したが、そいつも現地で消息を絶った。調査に向かうことになった、誰が一緒に行くかはボスが決めるが全員いつでも動けるようにしておけ」

 

 それだけを伝え、オセロットは宿舎を出ていった。

 

 人形たちは暗がりの中でしばらく身を固めていたが、暗がりの奥で物音が鳴ると一斉に駆け出して宿舎を脱出するのであった…。




タイトルからホモネタ浮かべた人はわーちゃんに土下座して踏まれてきなさい

今回はちょっぴりホラーチック、生き人形探しとか怪談話とかやろうと思ったけど、面白いからこっくりさんやりました。


そしてついに人形たちの恋の最大ライバルが登場!!(名前だけ)


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殺戮の錬金術師

 冬の嵐は前哨基地から遠く、なだらかな地形に位置するジャンクヤードにも雪を運んでいた。

 それでもなだらかで標高の低い場所に存在するジャンクヤード一帯は、数メートルも降り積もった前哨基地とは違いせいぜいひざ丈ほどの高さに雪が降り積もっただけであった。なだらかな地形に雪が降り積もったおかげで、一帯は辺り一面が銀世界となっている。

 雲が晴れ、太陽の日差しが地面の雪で反射する…ジャンクヤードにやって来たスコーピオンは雪が反射する光に、まぶしそうに目を細めていた。

 遠くを見て見れば、FALとベクターの二人がジャンクヤードの上を歩き、行方不明の諜報員を捜索している。ジャンクヤード上に積もった雪は、一晩氷点下に晒されて固く氷結して固い足場となっている。

 しかしジャンクの隙間など、薄い箇所もあるために慎重に歩かなければならない…スコップ片手に足場をよく確かめながらスコーピオンはジャンクヤードの上を歩きまわるのであった。

 

「おいスコーピオン、何か見つけたか?」

 

「全然だね、何の手がかりもないよ…って、うわっ!」

 

 スコーピオンはエグゼに手を振り足を踏み出した時、突然足元の雪が崩れ前のめりに転倒する。なんとかこらえて這い上がろうとしたが、凍りついた雪上に掴むものが無くよく滑る。ズルズルとジャンクヤードのクレバスに引きずり込まれていき、ついに手が滑ってしまった……スコーピオンは数メートル下の地面に墜落し、堕ちた先で後頭部をぶつけ悶絶する。

 

「おーい、大丈夫か?」

 

「うぅ…いたい……頭ぶつけた…!」

 

「お前いつも頭ぶつけてんな。ちょっと待ってろ、これに掴まれ」

 

 頭上に空いた雪の穴からエグゼが顔を覗かせ、長い鉄パイプを差し入れる。晴れているとはいえ外は氷点下を下回る、外気に冷やされた鉄パイプを素手で掴もうものなら手の皮がはり付いてしまうことだろう。スコーピオンは一応手袋をしているので大丈夫だが、それでも冷えた鉄の感触が手袋越しによく伝わる。

 穴のすぐそばまでよじ登ったスコーピオンの手を取り、エグゼが一気に引き上げる。

 

「頭がガンガンする…傷薬持ってない?」

 

「つばでもつけとけ。おーいハンター、なんか見つけたか?」

 

 ジャンク品が積みあげられて丘のようになっている場所、高台に立ち周囲を観察するハンターへ声をかけつつ二人は息を切らしながらジャンク山の丘を駆け上がっていく。頂上についたところで油断したスコーピオンがまた足をとられて下の方へ滑っていってしまったが、もはや時間の無駄だと思いエグゼは救いの手を伸ばさなかった。

 

「何か見えたか?」

 

 ハンターは丘の頂上からじっと、周囲を観察する。目を細め、一面の銀世界を見据える彼女はまるで空の狩人である猛禽類を思わせる。並の兵士にはただただ雪景色が広がっているだけに見えるだろうが、きっとハンターは何らかの痕跡を見つけるはず、一度AIをリセットされた存在とはいえエグゼは彼女に無条件に信頼を寄せていた。

 

「大まかな痕跡は見つけた…近くに行って見てみよう」

 

「流石、生粋の狩人だな」

 

 丘の雪上を一気に滑走して滑り降り、丘の上から目星をつけた場所へと向かう。斥候(スカウト)の技術は鉄血内でハンターの右に出る者はいない。元々の素質に加え、一時彼女の師をつとめたグレイ・フォックスの教育もあっていかなる痕跡も見逃さず、また周囲の環境変化にも敏感であった。

 とりわけスカウトとしての能力だけでなら、ビッグボスに勝るとも劣らない能力を持っている。

 

「見ろ、足跡が残っている。大きさは…約27センチ、行方不明の諜報員とほぼ同じ大きさのサイズだ。この足跡を辿ってみよう」

 

「うわ、よくあの丘の上から見つけたね。全然気付かなかったよ」

 

「あったりまえさ、ハンターはオレの親友なんだからよ!」

 

「私はお前と親友になったつもりはない」

 

「う、そりゃないぜハンター…」

 

 冗談だ、と口にして笑うハンター…まだとっつきにくい雰囲気はあるが、エグゼとの関係も最近はマシになってきたものだ。

 

「よっしゃ、足跡がわかりゃとっとと諜報員を見つけるぜ!」

 

「まあ待て処刑人」

 

 走りだそうとしたエグゼの後ろ髪を引っ張ると、エグゼはつるっと足を滑らせ尻餅をついてしまう。。行方不明者を見つけ出そうとするのはいいが、下手に走り回られて痕跡を滅茶苦茶にされてしまうのは避けたい…そう伝えるハンターにエグゼは頷き、勢いよくぶつけた腰を痛そうにさすった。

 痕跡の追跡はハンターに任せ、スコーピオンとエグゼの二人はそっとその後をついて行く。

 やがてハンターは、ある場所で立ち止まる…しゃがみ込んだ彼女が手にしたのは故障した無線機、諜報班に支給されているものと同じ型のものだ。調べてみると、行方不明者に支給された無線機と同じIDが記されていた。

 

「スネーク、こちらスコーピオン。行方不明の諜報員の無線機を発見したよ」

 

『了解した。後で北側に来てくれ、こっちにも何かあるみたいだ』

 

「了解」

 

 通信を切ると、ハンターはいまだ地面にしゃがみ込み何かの痕跡を調べていた。

 

「ここで諜報員の足跡が消えている。だが、別の奴の足跡がある……見ろ、この辺りの雪が抉られている、おそらく争った跡だろう。血痕は見当たらないようだが」

 

「誰かの襲撃を受けた? 一体誰が…ここらでMSFにケンカを売るような奴はいないぜ?」

 

「分からん。足跡は…あの町へ向かっているな」

 

 足跡が続く先は、以前スコーピオンも訪れたことのある流れ者が集まる貧しい町があった。諜報員と争った正体不明の人物はおそらく町へ向かったはずだ。有力な手がかりを見つけたところで、先ほどスネークが言っていたことを思い出し三人はジャンクヤードの北方へと向かう。

 

 指示された方角へ歩き、ほどなくしてスネークとFAL、ベクターの三人を見つけた。

 同時に、スコーピオンらはスネークたちが見つめる先にある大きなクレーターのような穴を目にすることになる。周囲が一面雪景色であるのに対し、そこだけは雪が降り積もらず、廃材や廃車が剥き出しとなり、巨大な飛行機の尾翼が突き刺さるようにクレーター内にあった。

 

 

「スネーク…これって?」

 

「あたしらが正気を失った場所、MG5がブラックボックスを見つけた場所だよ」

 

 傍へ駆け寄ったスコーピオンが尋ねると、代わりにベクターが説明をしてくれた。

 穴の中はジャンク品が乱雑に放り捨てられ、奥の方は光もあまり届かず真っ暗だ…この寒い中で、クレーター内から吹く風は妙に生温かく気味が悪かった。

 

「案内はここまでよ、指揮官。これ以上は…私たち人形は近付かない方がいいと思うの」

 

「ここまで案内してくれただけありがたい。少し気になっていたんでな…少し見に行ってこよう」

 

「大丈夫かスネーク? なんならオレも行くか?」

 

「いや、やめておいた方が良い。もしもFALたちのようなことがあってはマズいからな。心配するな、危ないと思ったら戻ってくる」

 

「気をつけてね指揮官…あとこれを持って行った方がいいわ。中は、放射能汚染があったから」

 

 FALから渡されたのは放射線測定器とガスマスク、全身を包む防護服ほどの効果はなく気休め程度のものではあるが…受け取ったマスクを早速着用し、スネークはクレーター内へと入って行く。

 クレーター内は生温かい空気がたちこめ、この空間だけが隔絶されているかのようだ。足場の悪いクレーターの奥へと進んでいく…奥に進むたびにFALから受け取った放射線測定器がカリカリと音をたて、この空間が放射能で汚染されていることを音で示す。

 入り組んだ迷路のような場所を進んでいくと、突然開けた場所にスネークは出た。

 そこへ進み入ろうとしたところ、放射線測定器が激しく反応し咄嗟にもと来た通路に身体をひっこめる…数値を見て見れば尋常ではない量の放射線を測定している。

 

 止むを得ず、スネークは遠くから開けた場所を観察する。暗闇に目が慣れて見えてきたのは、破損し内部構造が剥き出しとなった大きな物体…その付近にはどす黒い水たまりができ、放射能汚染を示すハザードシンボルが描かれたプラカードが放棄されていた。

 

「核弾頭…どうしてこんなところに?」

 

 それは紛れもなく、この世界を破滅に追いやった兵器であった。

 目を凝らして見て見れば奥の方にも同じ形状の核弾頭が転がり、一部は核物質と思われるものが散らばっていた。

 核弾頭のさらに奥…半壊しつつも原型をとどめる航空機の残骸がある。大きさからして旅客機か輸送機、あるいは戦略爆撃機か。

 

U.S.A.F(アメリカ空軍)…」

 

 塗装は剥げかかっているが、機体の残骸には確かにそう書かれていた。

 おそらく第三次世界大戦の遺物、任務の最中に墜落したものと思われる。

 スネークはその後辺りを調べたが、MG5が言っていたようなブラックボックスは見つからず、また放射能の汚染も酷かったためにそれ以上の探索は諦め地上へと戻る。

 

「何か…見つけたか?」

 

「奥に核弾頭の残骸があった、航空機もな。それ以上は汚染が酷すぎて調べられなかった」

 

「そうか。ハンターがさっき諜報員の痕跡を見つけたんだ、どうやら町の方に向かってるらしい」

 

「良く見つけたな、ならそこに向かおう。それにもうすぐ日没だ、これ以上の捜索は止めておいた方がいい」

 

 この辺も夜になれば今以上に気温が下がる。雲ゆきも怪しくなり始めたために、この日の捜索は打ち切りだ。

 ハンターの言う通りならば諜報員を襲った謎の人物も町へと向かったはずなので、そこで有力な情報も得られるだろう。

 

 ジャンクヤードを去る際、スネークは一度立ち止まりクレーターのあった方角へと振り返る。

 ジャンクヤードに吹く風がクレーター内で音を立て、不気味な音を響かせていた。

 

「スネーク、もう行こうよ。なんかここ…あまり長居したくない」

 

 スコーピオンもまた、スネークと同じ方向を見つめ、珍しく不安げな表情を浮かべていた。彼女はクレーター内の核弾頭や汚染を見ていないが、言いようのない気味悪さを感じているようだった。

 

「なあスコーピオン、この世界のアメリカは…」

 

「おい何やってんだよスネーク! さっさと行こうぜ、寒いったらありゃしないよ」

 

 スコーピオンへの問いかけはエグゼの声でかき消される。早く来いと手招きするエグゼに、スネークは一先ず町を目指すことにした…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平野に降り積もった雪に足をとられながら、ジャンクヤードそばの町へ到着する頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。季節が冬に移り変わり日が傾く時間も早くなっていた。

 先に町に向かっていたハンターへ合流したが、彼女は全員に警告を促す。

 

「様子がおかしい…人の気配がない」

 

「誰もいない? 前来た時はそれなりにいたと思うんだけど」

 

 遅れて到着したスコーピオンが町を見回してみれば、確かにこの暗い中町の家屋は一軒も明かりがついておらず、人影も話し声もなかった。スネークたちは静かに銃を手に取り、周囲を警戒する…動く者は誰もいない。

 町はまるでゴーストタウンになったかのようだった。

 

「私とFAL、ベクターとで向こうの通りを見て来よう」

 

「分かった。スコーピオン、エグゼ、オレに付いて来い」

 

 メンバーを二つに分け、一方は奥の通りを、スネークらは町の入り口から調査を始める。

 エグゼは手近な家屋の扉を開いた。

 ライトの明かりで内部を照らすがやはりそこには誰もいない。

 部屋の中を探索するエグゼはテーブル上のべたつく何かを指ですくい、その匂いに眉をひそめた。水分が失われ乾いているようであったが、それは紛れもなく血であった。床に残る血痕を辿っていくと、それは浴室にまで続いていた。

 

「おいおい…まじかよ…」

 

 開いた浴室の壁は、余すことなく真っ赤な血で彩られていた。

 浴槽いっぱいの血、その真上には頸動脈を斬られ腹部を斬り裂かれた青ざめた死体が逆さ吊りにされていた。眼球は抉られ、口内には歯も舌も残されていない。凄絶な拷問の痕が、死体に刻み込まれていた。

 エグゼは元鉄血としてこのような死体は見慣れたものだが、それでも不快感は隠しきれない。念のため死体の顔を確認し、それが捜している諜報員ではないことを確認し外へと出る…。

 

「うぅ…うげっ…」

 

 外ではスコーピオンがうずくまりえずいていた。どうやら彼女も他の家でエグゼと同様のモノを見たのだろう…直前に食事をしていなかったのは幸いだっただろう。

 

「人間の解剖死体があった…大人も子どもも関係なく……一体誰が?」

 

「さあな、だがこんな事する奴をオレは一人知っている。もしこれをやったのがオレの想像する奴なら…オレたちじゃ手に負えない、スネークと合流しよう」

 

 二人はすぐに付近を調べていたスネークに合流し、家の中で見たものを彼に報告した。どうやらスネークも調査していた家で同様のものを見つけたようで、厳しい表情を浮かべていた。エグゼの警告に、三人はバラバラに行動せず周囲を警戒しながら調査を進めた…。

 

 そしていつか訪れた町の酒場…そこで人の気配を感じスネークは銃を構え店の奥をじっと見据える。スネークが店の中に入って行くと、暗がりの奥で誰かが立ち上がった。エグゼとスコーピオンもすかさず銃を構え、ゆっくりと近寄ってくる謎の人物を狙う。

 

 

 窓から差し込む月明かり、その光に照らされて現われたのは長い白髪に眼帯をした女だ。女はその顔に不敵な笑みをはり付かせたまま、三人の前に歩を進めた。

 

 

「はじめましてかな、ビッグボス。あぁ、それに懐かしき我らが同胞、処刑人…元気にしていたかな?」

 

「やっぱりお前かよ、アルケミスト。拷問を楽しむ奴なんて、アンタ以外いないからな」

 

「お前たちがここを訪れるまで退屈しのぎに人間をおもちゃにしただけにすぎないさ。全員死ぬ前に来てくれると思ったんだが、見込み違いだったようだ…まあくつろいでくれ、是非とも話したいことがあるんだ。97式、客人をもてなせ」

 

 アルケミストは踵を返し最初に座っていたテーブルへと向かい、入れ替わりに三人の前にやって来たのはI.O.P戦術人形の97式、予想外の人物の登場にスコーピオンは驚愕していた。

 

「みなさん…どうぞ、こちらに…」

 

 97式の目はどこか虚ろで表情も暗く、声に覇気もない。

 

「97式…? あんた、グリフィン支部にいた97式だよね? あたしのこと覚えてる? スコーピオンだよ?」

 

「あ、あの……はい。ひとまず、こっちに…」

 

 97式は何度かアルケミストの事を気にし、まるで彼女に怯えきっているようだった。その異変にスコーピオンも気付き、アルケミストへ敵意の目を向ける。奥の席で座るアルケミストはそんなスコーピオンの視線も意に介さず、テーブルで指を絡ませて三人をじっと見つめていた。

 

「座りなよ。大丈夫、地雷なんてしかけちゃいない。今日はアンタらとお話しをしに来たんだよ」

 

「信用ならねえな、オレはアンタのことをよく知ってる。鉄血で代理人の次くらいにヤバい奴だ」

 

「ここには話しをしに来ただけだと言ってるだろう?」

 

「それで町の住人を全員皆殺しか? 相変わらずのサディストぶりだ、オレはとっととこの場からおさらばしたいくらいだ。話しってなんだ、どうせろくでもないことに決まってるだろ」

 

「黙れ処刑人…お前、いつからこのあたしにそんな舐めた口をきけるようになったんだ? また泣かされたいのか?」

 

 アルケミストは笑みを浮かべたまま、鋭い目でエグゼを睨みつける。その一睨みでエグゼは言葉を濁し、それ以上の発言はしなかった。いつもの威勢はどこへやら、萎縮するエグゼの横腹をどついてスコーピオンは文句を口にする。

 

「勘弁してくれよスコーピオン…あいつ怒らせるとマジおっかねえんだ!」

 

「情けないなもう! とりあえず一発ぶん殴るのがあんたでしょう!?」

 

「マジで止めろ、殺されるぞ! いいから、落ち着けって!」

 

 珍しくエグゼがスコーピオンを嗜め、席に座らせる。

 遅れてスネークも席に座るが、決して警戒は緩めていない。少しでも目の前のアルケミストが不審な動きをしようものなら、すぐさま銃を発砲する用意はしていた。

 

「どうぞ…」

 

「ありがとう97式、後は裏の片付けでもしてな」

 

 97式は淹れ立てのコーヒーを人数分テーブルに運ぶと、ぺこりと一度お辞儀をして逃げるように裏の方へと姿を消した。

 

「さて話しについてだが…アンタらが捜している諜報員は無事だ。五体満足で生きているさ」

 

「何故オレたちの仲間を攫ったんだ?」

 

「ビッグボス、アンタと話すためさ。仲間を誘拐すれば捜しにくるだろうと思ったからね。ウロボロスのバカを倒したあんたに是非とも会いたいと思っていたところだしね」

 

「待ちなよ鉄血…なんで97式があんたの言うことを聞いてんだよ」

 

「あぁ? なんだお前は?」

 

「おいスコーピオン、やめろ!」

 

 エグゼが制するのも聞かず、スコーピオンは真正面からアルケミストを睨みつける。対するアルケミストはスコーピオンの事など眼中になく、今になってようやくその存在に気付いたと言わんばかりの表情だ。

 

「あの子はグリフィンにいたはず。あたしもグリフィンにいた頃に何度かあったことがある…アンタ、あの子に何をしたんだ!」

 

「お前に関係ないだろう。ビッグボス、話しについてなんだが――――」

 

「あたしの質問に答えろよッ!!」

 

 バンッとテーブルを勢いよく叩き、スコーピオンは怒りのこもった眼で睨みつけ、今にも殴りかからんばかりに拳を握り固める。一触即発の空気に、エグゼは咄嗟にアルケミストの表情を伺った……彼女は先ほどまでの笑みをひっこめ、不愉快そうな表情でスコーピオンを見据えている。

 アルケミストは何も言わず、先ほど97式が運んできたコーヒーへ口をつけ眉をひそめた。

 

「97式、おい97式!」

 

 アルケミストの呼び声に慌てて97式が駆けつける。

 

「お客様がどうやらお怒りのようでな…怒りを鎮めるのにはコーヒーを飲んでもらいたいところだった。寒い日だ、温かい飲み物でも飲めば気持ちも落ち着く。だけどな…」

 

 アルケミストはマグカップのコーヒーを床に捨て、その手から落ちたマグカップが割れて床に散乱する。

 97式はどうしていいか分からず、ただ怯えた様子でアルケミストと割れたマグカップを交互に見つめていた…。

 

「拾えよ、なにやってんだ?」

 

 アルケミストの言葉にびくっと身体を震わせ、97式は直ぐにしゃがみこみ割れたマグカップを拾い集める。いそいそと破片を集める97式を冷たく見下ろしていたアルケミストは、突然足を振り上げたかと思えば、破片を拾い集める97式の手を踏みつけた。

 

「あぁっ! い、いたぃッ!」

 

 踏みつけられ、マグカップの破片が97式の手のひらに突き刺さり血が流れる。

 痛みに悲鳴をあげる彼女の手を踏みにじり、アルケミストは97式の髪を鷲掴みにして顔を無理矢理あげさせた。

 

「お前こんなどぶ水みたいなコーヒーで客人をもてなせると思ってんのか?」

 

「ぅぁ……ご、ごめんなさい…ごめんなさいっ!」

 

「まったく役に立たない屑人形だ、どうやらお仕置きが必要だな」

 

「それだけは、お願いします…許してください! もう嫌なんです、痛いのはやなんです! ちゃんとやりますから、もう失敗しませんから!だから・・・!」

 

「ダメだ、こっちに来い」

 

 嫌がる97式の髪を掴み、アルケミストはナイフを取り出す。ナイフの切っ先を97式の目へと近付けた…怯えきった表情の97式は涙を流し抵抗するが、無情にもナイフの先端は近付いていく。

 ナイフの切っ先が今まさに眼球を貫こうとした時、スネークがアルケミストの手を掴み引き留める。

 

「それ以上その子を痛めつけるのなら、オレも黙っていないぞ」

 

「うちの教育方針だ、あまり口を出さないで貰えるか?」

 

「ならお前がしたいという話しあいもなしだ。オレは常軌を逸した加虐嗜好者と話しあうつもりはない」

 

 アルケミストとスネーク静かに睨みあい、やがてアルケミストが折れる形で97式から手を離す。

 

「オーライ、このバカに構って話しあいの機会を逃すのは惜しい。まあ、こいつには相応の罰が必要だけどね…97式、後は自分でやりな。分かってるだろう?」

 

「おい、何をする気だ?」

 

「あたしは何もしないさ…後は何が起きようが、あたしの知ったことじゃない」

 

 腕を組み不敵に笑うアルケミスト、彼女の言葉の意味を考えていると、97式がよろよろと立ち上がりカウンターの裏へと回る。そこで彼女は何かを手に取ると…次の瞬間、大きな悲鳴をあげて倒れ込んだ。

 すぐさまスコーピオンがカウンターを乗り越えて駆け寄ると、97式はうずくまり指先から血を流していた…血を流すその指は、爪が引き剥がされていた。

 

「97式、あんた何やってるんだよ!?」

 

 彼女の片手にはペンチが握られ、そこには剥がされたばかりの爪が挟まれていた。

 激痛に涙を流す97式であったが、震える手でペンチを握り直し無事な爪を挟もうとする…咄嗟にスコーピオンは彼女の手からペンチをとり上げると、震える彼女の身体を抱きしめた。

 

「アルケミスト、お前あの子に一体何をしたんだ…」

 

「長年の教育のたまものさ。あいつは悪さをしたらあたしに叱られることになってる。だが悪さをしても、例えばそこにアタシがいなかったとしたらどうする? 黙っているか? そうはいかないだろう?」

 

「まさかお前…自分で自分に罰を与えるように?」

 

「ご名答。あたしが罰を与えなくても、あいつは自分で自分に罰を与えるのさ。素晴らしい調教だろう、グリフィンの奴隷人形の末路に相応しい姿だ」

 

 ケラケラと、アルケミストは悪びれもせずに笑い、むしろ自分を痛めつけて見せた彼女を誇らしげに眺めている。身を震わせて泣く97式を抱きしめるスコーピオンはあらん限りの怒りを込めて睨みつける。

 

「お前、97式に…なにしたんだよ…!」

 

「知りたいか? それともお前も受けてみたいか、そいつが受けた痛みをさ…ま、一日もてばいい方だがね」

 

「97式にはお姉ちゃんの95式もいただろ…!」

 

「あぁ…いたね。あいつは、良い声で啼いてくれたよ、たまらなかった。97式がどうしてそうなったか教えてやるよ。思いつく限りの拷問、尊厳が失われるほどの凌辱、生きることを苦痛に感じるほどの虐待、そして大切な存在を全て皆殺しにしてやったのさ」

 

 アルケミストは誇らし気に、自分が97式にして見せた暴力の数々を口にする。それは考えられないような残虐で非道な所業の数々でだった。耳を塞ぎたくなるような行いに、エグゼの顔からも血の気が引き、スコーピオンの心に怒りが沸き立っていく。

 

「気がついた時には、従順な奴隷の出来上がりだ。こいつはあたしの言うことを何でも聞く、死ねと言えば死ぬ。そうだろう、97式」

 

「……は…はい…アルケミストさま…」

 

「この通り、可愛い奴隷さ。さてそろそろ本題に入りたいんだが…あたしはMSFに仕事を依頼したい」

 

「は? 何言ってんだよあんた」

 

 疑問を浮かべるエグゼの言葉を無視し、アルケミストは目の前のスネークだけを見つめる。彼女に取って最初からスネーク以外の存在などどうでもよかったのだ。

 彼女はテーブルの下からアタッシュケースをテーブルに出す、中には札束がぎっしりと詰め仕込まれていた。

 

「これは前金だ、依頼をこなしてくれれば同額を支払う。偽札じゃないよ」

 

「待てよアルケミスト、金だけ用意しても任務が分からねえだろ」

 

「その通りだったな処刑人、なんだ頭の使い方を覚えたんだな? MSFにはあたしの仲間のデストロイヤーの救出任務を行って欲しいんだ」

 

「あのチビをか? まさかグリフィン絡みじゃねえだろうな?」

 

「いいや違う。デストロイヤーにはある任務で遠いところに送ってあるんだ……場所は、北米さ」

 

「北米だって…? おまえあんなところに送ったのかよ!? あそこがどういうところか知ってるだろ!?」

 

「勿論。かつて世界を牽引した超国家があった場所、今は亡き自由と平等、正義を掲げた国家…」

 

「アメリカ合衆国…」

 

 重い口調で述べたスネークに、アルケミストは相槌を打つ。

 

 世界経済の中心であり世界最強の軍事力を誇り栄華を極めたのは今は昔、第三次世界大戦の核攻撃でアメリカの国土は大半が灼け文明は崩壊し秩序は失われた…とされている。核の炎が大地を灼き、電磁パルスがあらゆる電子機器を破壊させ、戦争の主役が地上戦へと移行した時、あらゆる国家はアメリカ合衆国の報復を恐れ侵略にそなえていた。

 だが戦争が長引き、終戦が宣言された時、そして現在に至るまでもアメリカは静かなものだった。

 

 アメリカは初期の核攻撃ですべてが荒廃した……それがスネークが伝え聞いた、この世界においての故国の現状だった。

 

 

「数週間前、デストロイヤーから救援要請があった、泣きそうな声でな。アメリカは消えちまったが、あの地では今だ旧世界の遺産が眠ったままだ。それを狙って渡米する命知らずもいるが、大抵は皆帰って来ない」

 

「噂じゃいかれた殺人鬼に、制御のタガが外れた軍用人形、旧軍の生き残りが血みどろの抗争を繰り広げる無法地帯らしいな。代理人はよくそんな場所にあのチビを送ったな」

 

「確かにリスクは大きいが、それ以上に収穫があると踏んだのさ。どうだ、MSFとしても大金の他に旧合衆国が持っていたテクノロジーを収穫するチャンスだと思うんだが? リスクはあるが、メリットはそれ以上に大きいはずだろう? 悪い話しじゃないはずさ」

 

 後は請けるかどうか、組織の長であるスネークの意思次第だ。

 沈黙を続けるスネークはアルケミストを、そしてスコーピオンに抱かれすすり泣く97式を流し見る。テーブルの上で広げられたケースにはぎっしりと詰められた札束がある…MSFが、利益としての報酬を貰おうとするのならば願ってもいない依頼だ。

 

 エグゼもスコーピオンも、スネークの考えに口を挟まず、ただ成り行きを見守っている。

 やがてスネークが金の入ったケースに手を伸ばした時、スコーピオンは哀しそうに目を背けるが…。

 

「金はいらん…持って帰れ」

 

 咄嗟に顔をあげたスコーピオンが見たのは、ケースの蓋を閉め、アルケミストに押し返すところであった。

 

「交渉は、決裂か?」

 

「依頼は請けてやる。前金はいらない、その代わりに…97式を自由にしてやれ」

 

「ほぅ」

 

 スネークの提案は意外であったのか感嘆の声をアルケミストは漏らす。

 スコーピオンは嬉しそうに明るい表情を浮かべ、エグゼはただ唇を噛み締めスネークをじっと見つめている。

 

「残念だが、こいつの調教には手間暇かけたんだ。前金断ったくらいじゃ手放せないね」

 

「なら前金と合わせて報酬もいらん。その子に自由を与えろ」

 

 スネークの確固たる意志にアルケミストは呆れたように額を抑えた。

 目を閉じ、じっくりと思考していたアルケミストはやがて顔をあげニヤリと笑った。

 

「交渉成立だな。いいだろう、任務を果たした時にこいつを自由にしてやる。バカだなあんた…こんな役立たずと引き換えに莫大な報酬を蹴るなんてさ。まあいい、どっちに転んでもあたしに損はない」

 

 交渉成立の握手を交わすと、アルケミストはケースを手に席を立つ。

 

「出発の日は追って連絡する。97式、行くぞ」

 

「は、はい…!」

 

「97式待って…元気でね、すぐに自由にしてあげるから…!」

 

 名残惜し気に手を離すと、97式は急いでアルケミストの跡をついて行き、店を出る時に振り返り深々と頭を下げた。そのまま二人は雪の降りだした町の外へと出ていってしまった。

 

 

「スネーク、その…ありがとうね。97式のこと…」

 

「いいんだ、オレも見ていられなかった。女一人を助けるために莫大な報酬を逃したと知ったら、カズが怒るだろうな」

 

「ミラーのおっさんがそんなんで怒るわけないよ。むしろ女の子が増えたーとかいって大喜びするよ…きっと」

 

「そうか、そうだな…」

 

 スコーピオンの笑顔にスネークも笑って応え、懐から葉巻を取り出した。

 気を利かしてスコーピオンが取り出したライターで葉巻に火をつける…葉巻の香りを嗜んでいると、スコーピオンは手を伸ばして葉巻をひったくると、スネークの真似をして葉巻をふかした。

 しかし嗜み方をしらないスコーピオンは葉巻の煙を深く吸ってしまい激しくせき込む。

 

「子供にはまだ早いぞ」

 

「子供じゃないもん、大人だもん」

 

 強がるスコーピオンがなんともおかしくてスネークは笑い声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、待ってくれよ!なあ!」

 

 雪上を歩くアルケミストは自身を呼び留める声に足を止め振り返る。

 大手を振って追いかけてくるのはエグゼだった…エグゼは息を切らしながらアルケミストに追いついた。

 

「なんだ処刑人、鉄血に戻りたくなったのか?」

 

「そんなんじゃねえよ…今回の依頼…代理人の指示じゃねえだろ? それにチビ一人助けるくらい、姉貴一人でもなんとかなるだろう?」

 

「まあ確かに、アタシ一人でもできないことはない。まあ、ウロボロスのバカを倒したビッグボスに興味があったとでも言っておこうか? もっともあんな得にもならないことを言いだす奴だとは思わなかったが……お前たちも苦労するだろう、あんな指揮官を持つとさ。だが、嫌いじゃないよ」

 

「へへ、だろう? 姉貴もスネークに惚れちまいそうだな」

 

「その呼び方は止せ、お前はもう鉄血の仲間じゃないんだ。今日は、お前の元気そうな姿を見れて良かったよ…元気でな処刑人、また会おう」

 

「姉貴……」

 

 アルケミストは一度エグゼを抱擁する…エグゼを優しく抱きしめる彼女の表情は慈愛すら感じられる。先ほどまで97式をいたぶっていた同じ人物だとは思えないくらいに…。

 アルケミストは今度こそエグゼに別れを告げ、振り返ることなく雪の降る夜の中へと消えていった。




ほのぼのはここらで置いて行け




アルケミストは敵に対し徹底的に容赦なく、身内には滅茶苦茶甘々なお姉さん…こんな感じで行く。

本編ではどうなってるか知らないけれど、ここでのアメリカは核の炎に焼き尽くされて海は枯れ地は裂けあらゆる生命体が死滅したかに見えた世界になってます。


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MSF戦術人形部隊、出撃!

「オレは絶対反対だ、何がいるかもわからない危険な土地にアンタを行かせられるものか!」

 

 MSF副司令官カズヒラ・ミラーは珍しく苛立たし気に声を荒げ、その怒鳴り声に驚いた海鳥が一斉に飛び立った。普段は飄々とおちゃらけているミラーの怒りを、初めて見る者たちは何ごとかと注目している。

 それもミラーが怒りをぶつけているのはほかならぬスネークだ、騒ぎを聞きつけその場にはたくさんの人だかりができていた。

 

「カズ、お前に相談もなく高額の報酬を蹴ったことは悪かったと思っている」

 

「これは金の問題なんかじゃない! オレも副司令としてこの世界の事情は調べてきた、ここでのアメリカがどんなことになっているのかだって分かっているつもりだ! ボス、あの場所に向かうのは危険すぎる!」

 

「なんの騒ぎだ? ボス、これは一体どういうことなんだ?」

 

 集まるスタッフと同様、この騒動を聞きつけたオセロットがやってくる。

 ミラーがスネークに対する怒りは、昨日ジャンクヤードそばの町で鉄血のアルケミストと交わした契約についてだった。スネークの独断で決められたこの仕事の依頼は、多額の報酬を蹴った代わりに、アルケミストの奴隷となっている戦術人形97式を解放することを条件に請けたものだ。

 マザーベースに帰還したスネークが、ミラーにありのままの事情を説明したところ、彼は不満を示したというわけだ。

 

 事情を聞いたオセロットもまた、今回ばかりはスネークに賛同の意思を見せなかった。

 

「ボス、今回ばかりは手を引いた方が良い。この世界のアメリカは危険だ、あんたの能力以前の問題だ。オレもあの国を調べなかったわけじゃない…高濃度の放射能汚染、異常気象、未知の伝染病など、生物にとって過酷なあらゆる要素があそこにはある。あんたが伝説の英雄だといっても、その身体は人間と同じなんだ」

 

「オレの身体はもう被ばくしている。それに死ぬ危険のある場所に行くのも今回が初めてじゃない。カズ、ピースウォーカーの破壊任務も死ぬ危険はあった、それでもお前は送りだしてくれたはずだ」

 

「あれは核戦争の危険があったからだ、それに……いや、確かにアンタが思うように出来ればその子を助けたいとはオレも思うさ。だがアンタの命とその子を天秤にかけた時、ここの全員がアンタを選ぶはずだ。ボス、MSFにはアンタの代わりはいないんだぞ」

 

 

 ミラーの言うことももっともだ。

 彼は決して多額の報酬よりも一人の戦術人形を選び任務を請けたことを怒っているわけではなかった。MSFに取ってスネークの存在は欠かせない、ここにいる全員が彼を慕い集まったものばかりなのだから。もしも組織の顔であるスネークがいなくなったとしたら…おそらく崩壊は免れない。

 ミラーが反対するのはそれだけじゃない、何よりもスネークの事を心配しているからこそこうも声を荒げてまで反対をしているのだ。

 彼のそんな気持ちはスネークも痛いほど理解していた、言葉として聞かなくてもだ…。

 

 

「スネーク、今回ばかりは止してくれ。核がもたらす放射能の恐ろしさは、あんたが一番よく理解しているはずだ。生きて帰って来れるか分からない場所に、アンタを送りたくない」

 

「ボス、ミラーもあんたを信頼してないというわけじゃない。どうしようもないんだ、強靭な身体を持つアンタでも、放射能には抗えない」

 

 

 みんなのために頼む、こらえてくれ…。

 

 ミラーの言葉はスネークの心に重くのしかかる。

 この場に集まるスタッフたちの気持ちはミラーと同じだった。

 一人の少女を見捨てる形となり薄情に見えるかもしれないが、二人の命を比べられたときここにいる誰もがスネークを選ぶはずだ。

 やりきれない思いに苛立つスネークを、オセロットはなだめる……今回ばかりは、どうしようもない。

 

 

「あの、ちょっといいかな?」

 

 

 そんな時、集まる群衆の中から声が上がる。

 人だかりが避けていき、その中から手を挙げるスコーピオンが姿を現す。

 

 

「オッサンは生身のスネークがアメリカに行くのを反対してるんだよね?」

 

「あぁそうだ。スネークが既に被ばくしているとはいえ、これ以上身体を放射能で蝕ませるわけにはいかない」

 

「じゃあさ、あたしがアメリカに行って任務をするって言ったら…おっさんは反対する?」

 

「なに? なんだって? スコーピオン、お前がか?」

 

 

 驚き聞きなおしたミラーに、スコーピオンは軽く頷いてみせる。

 予想外のスコーピオンの提案にミラーは唖然としているようだった…ざわめく群衆、そんな中でスコーピオンはその青い瞳を真っ直ぐにミラーに向けていた。

 

「ダメだ、そんなのは認められない」

 

「どうして? あたしら戦術人形は放射能の影響は少ないんだよ、あたしならやれる」

 

「お前の言う通り放射能の問題は少ないかもしれないが、あそこの脅威は放射能だけじゃないんだ」

 

「分かってる、分かってるつもりだよ…聞いた話しでしかないけれど。でも上手くやれる、そのために今日まで訓練してきたんだ」

 

「ダメだ行かせられない。もう何度も言ってきたと思うが、自分が戦術人形だから平気だという言い訳はするんじゃない。もうお前たちはMSFの、オレたちの家族なんだ。さっきボスはMSFに欠かせないと言ったが、MSFには誰ひとりいなくなっていいやつなんかいないんだ。スコーピオン、もちろんお前もだ」

 

 サングラス越しに見えるミラーの真っ直ぐな瞳、仲間を想う確かな気持ちをスコーピオンは感じ取る。

 人間も人形も関係ない、死んでいい命は一つもない…普段聞くことのできないミラーの重みのある言葉に流されそうになるが、スコーピオンも譲れない気持ちはあった。

 

「おっさんの気持ちは嬉しいよ。97式はMSFの仲間じゃないかもしれないけど、あたしの友だちだったんだ。おっさんはスネークを大切に想うからこそ、アメリカに向かうことを反対したんだよね?」

 

「もちろんだ」

 

「じゃあ、あたしが97式を助けたいって気持ちもわかってくれるでしょ? おっさんも97式を見れば分かる、あいつは死ぬよりも酷い目に合ってるんだ。助けたいんだ…お願いだよおっさん、迷惑は絶対にはかけないから」

 

 スネークへの想いを引き合いに出されたミラーは沈黙する。

 組織の参謀として時には非情な決断もしなければならないときもある…だが、純粋な瞳で懇願するスコーピオンの気持ちを無為にすることができない。

 迷い、苦悩するミラーをスコーピオンはただ静かに見つめていた…。

 

 

 

「呆れたものね。作戦も無しに突っ込んで、反対されれば情に訴えかける。あんた相変わらずバカよスコーピオン、ミラーがMSFの利益を第一に考えることは当然なのよ。報酬が一人の戦術人形の解放程度なら、反対して当たり前よ」

 

 群衆の中から、WA2000は辛辣な言葉を口にしながら前に出る。

 侮蔑するような冷たい視線を向けられ、スコーピオンはバツが悪そうに俯いた。

 

「アンタはサソリじゃなくてイノシシよ、何も考えないで、思ったままに行動する。頑固で、わからずやで、意地っ張り、いつも誰かを困らせるのはあなた。いつも一人で突っ込んで返り討ちにあってるのに、どうして上手くやれるなんて思えるのかが不思議でならないわ。大ばか者の毒サソリ……そんなに友だちを助けたいって思ってたなら、どうして私たちにも相談しなかったわけ?」

 

「それは、つい勢いのままにさ…」

 

「だと思った…そういうところよ、あんた。ミラー、わたしも行くわ。わたしが一緒に行けば作戦の成功は100%決まったものよ」

 

「ワルサー、そう言うことじゃなくてな…」

 

「あら、どういうことなの? それともなに、わたしたち戦術人形だけじゃ信用できない? お生憎、この世界では人形だけの部隊は珍しくもなんともないのよ」

 

 WA2000の参戦にミラーは狼狽えるが、そこへ9A91とスプリングフィールドも名乗りをあげる。

 

「私もスコーピオンと一緒に行きます!」

 

「私もです。エイハヴさんに教えてもらった技術を活かしてみせますよ…私と9A91が合わされば、任務成功率は200%上昇です!」

 

「200%ってなによ…ま、頼りにさせてもらうけどね」

 

「みんな…ありがとう。おっさん、あたしらは失敗するつもりはないし絶対に生きて帰ってくるよ。だから、お願いだ、任務に行かせてよ!」

 

「だが…」

 

「あぁもうめんどくせぇなッ!」

 

 それまで成り行きを見守っていたエグゼが突然大声で叫んだかと思うと、大股でミラーへと近付いたかと思えばサングラスをひったくり胸倉を掴みあげる。

 

「サングラスでこいつらの成長が良く見えねえか!? オレもこいつらももう一人前だ、いつまで保護者面してやがんだ! 子離れできねえのはお前らの方だろ! オレもこいつらも、戦う覚悟と死ぬ覚悟はできてんだ! 指揮する立場のアンタらが怖気づいてどうすんだよ!」

 

「落ち着けエグゼ、言いたいことは分かったから…とりあえず、落ち着け!」

 

「あぁ落ち着いてるぜクソッたれが! どうすんだおっさん! やるのかやらねえのか!?」

 

「分かったから、分かったから……落ちる…!」

 

 絞め落とす寸前でミラーは解放され、げほげほと苦しそうに咳きこんだ。投げ返されたサングラスをかけなおし、ミラーは声を荒げて怒鳴る。

 

「前々から言おうとしてたが、オレはMSF副司令だぞ! 全くたまには上官を敬え!」

 

「うるせえ、オレはスネークの言うことしか聞かねえ!」

 

「よしいいだろう! 今回の任務を請けてやろう!」

 

 その言葉に沸き立つ人形たちだが…。

 

「ただし! 絶対に生きて帰ることが条件だ…後方支援も増援も期待できない場所だ。過酷な荒野がお前たちを待ち受けている、それでも誰ひとり欠けることなく帰ってこい。自信をもって約束ができないのなら、この仕事は認めない」

 

「分かった、帰ってくるって約束するよ。絶対に」

 

「分かった…なら、認めよう。行ってこい…」

 

「うん、ありがとねおっさん」

 

 彼女たちの熱意に折れたミラーはまだ何かを言おうと口を開いたが押しとどめ、後のことをスネークに託しその場を立ち去った。ミラーと入れ替わりに彼女たちの前にやって来たスネークに、一同背筋を伸ばし顔をひきつらせた。

 スコーピオンの事を散々言ったが、勢いのままに突っ走ってしまったのはみんな同じ、ましてやスネークを放っておいてだ…スコーピオンは愛想笑い浮かべるも、スネークの固い表情を見て笑顔をひっこめる。

 

 

「スネーク…何も言わないで。わがままだって言うことは分かってるし、迷惑かけてるのは分かってる。だけど、いてもたってもいられなかった」

 

 後悔はしていないが、自分勝手な行動をしたとい自覚から申し訳なく思うスコーピオン。上官に相談もせず、自我を優先させる…戦術人形としてあるまじき行為であった。

 スネークはうつむくスコーピオンの頭に手をのせる…そっと見上げた彼は小さく微笑んでいた。

 

「いつまでも子どもだと思っていたが、立派になったものだ。お前たちは大切なものを既に習得しているようだな…お前たちはもう立派な一人の戦士たちだ。エグゼの言う通り、子離れできていなかったのはオレたちの方だったな」

 

「言ったでしょ、もう子どもじゃないよ」

 

 はにかむスコーピオンの頭を撫でると、スネークは他の者に視線を移す。

 

「スプリングフィールド、お前はバルカン半島での悔しさを糧に今日まで良く過酷な訓練に励んできた。エイハヴからもお前の努力は聞いている。エイハヴは優秀な兵士だ、教えられたことに間違いはない。後は戦場で技術を磨き、あらゆる変化に対応できるようにするんだ」

 

「はい、スネークさん!」

 

 彼女は背筋を伸ばし、スネークへ敬礼を向け、スネークもまた敬礼を返す。

 

「9A91、正直君を救いだした時ここまでこれるとは思っていなかった。エグゼとの関係は、とても難しい問題だっただろう。だがお前はよくそれを乗り越え、戦友としてエグゼを受け入れた。誰にでも出来ることじゃない、誇っていいことだ。今は亡きかつての指揮官も、君を誇りに思うはずだ…」

 

「司令官……」

 

 その言葉に9A91は瞳を潤ませるが、ごしごしと顔を吹くと、晴れ晴れとした表情で敬礼を向けた。

 

「ワルサー、お前とはあまり話す機会はなかったがオセロットからよく話しは聞いている。とても優秀で、真面目で、勇敢な教え子だとな。仲間の悪い部分を指摘するのは勇気がいることだ、だが仲間たちにとっても厳しい意見を言ってくれる存在は欠かせない。オレたちは仲間だが、決して馴れ合いだけの付き合いじゃないことを君はみんなに分からせてくれる。立派な存在だ」

 

「そうね。みんな優しすぎるみたいだから、わたしがガツンと言ってやらなきゃダメなのよ」

 

 WA2000はさも当然というように、だが普段関わることのあまりないスネークの褒め言葉に嬉しそうであった。

 

「エグゼ…お前は、はっきり言って一番心配だ」

 

「なんでだよ!?」

 

「ハハ、冗談だ。思えばオレとお前は敵同士だった、まさかここまで長い付き合いになるとは思わなかった。オレも何度かかつて敵だった存在と共に戦うことはあったが、お前のような奴は初めてだ。エグゼ、お前がまだ失くした手足の痛みを感じていることは分かっている…仇敵を憎む心があることもな。だがもういいだろう、乗り越えるんだ、お前なら出来るはずだ」

 

「スネーク…分かってるよ、いつまでも腐ってるつもりはねぇ」

 

 エグゼは義手の指先を撫でながら、そっと目を閉じる。

 彼女の幻肢痛は未だ消えていない…友はとり返したが、けじめはまだつけていない。いつか憎しみの相手と向き合う必要があるのだろう…。

 

「スコーピオン、お前は…いつも問題の中心にいる。まるで台風の目だ…そんな存在だからこそみんなお前を放っておけないんだろうな。戦場においてお前のような存在は欠かせない、兵士たちを勇気づける存在がな。これからもMSFの太陽であって欲しい、兵士たちを奮い立たせるムードメーカーとしてな」

 

「えへへ、それがあたしの取り柄だからね。ありがとねスネーク、あたしら頑張るよ。スネークの、みんなの気持ちを無駄にしないよ」

 

「その意気だ。みんな約束だ、さっきカズが言った事を守るんだ。全員生還しろ、誰ひとり欠けることなくな」

 

 スネークの言葉に一同敬礼を向け、スネークは答礼と共に一人一人の確固たる決意をその目で確かめた。

 やんちゃでいつまでも手のかかると思っていた人形たちの成長に、スネークは目頭が熱くなるのを感じたが、なんとかこらえてみせる。組織の長として、女々しい姿をみせるわけにはいかない…。

 

「コホン! えっといいかな、任務成功の確立をあげるためにここらで404小隊も加勢したいと思いますね」

 

「あぁ?お呼びじゃねえぞポンコツ小隊!」

 

「まあまあエグゼ、ごく潰しのニート小隊が手伝ってくれるって言うんだからいいんじゃない? 扱き使ってあげましょうよ」

 

「ワルサー、あなた結構毒舌なのね」

 

「あなたほどじゃないわ416」

 

 互いの目線から火花を散らしつつあくどい笑みを浮かべて笑い合う二人。

 最近は本当にニート状態だったが、戦場に出れば彼女たちの力はとても心強い…訓練中のG11もぐるぐる巻きで連行されている、404小隊は準備万端だ。

 

「待て、私も加勢しよう。同胞デストロイヤーの危機なのだからな」

 

「お、来てくれるのかハンター?」

 

「お前らのためじゃない。デストロイヤーのためだ、勘違いするなよ」

 

「それでいいよ、歓迎するぜハンター」

 

 エグゼの握手を渋々と言った様子で受けるハンター。

 

 かくしてMSF戦術人形部隊の出撃が決まる。

 

 目指すはアメリカ合衆国…世界を焼き払った焔がいまだくすぶる失われた大地、旧世界へ…。

 

 



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新大陸の旧世界へ…

待 た せ た な !


 2045年の核戦争勃発時に合衆国へは世界中から核兵器の先制攻撃を受け、大地は核の焔に焼き尽くされた。

 そして核爆発が粉塵を空高く舞い上げ、放射性降下物…いわゆる死の灰としてアメリカ合衆国のほぼ全てを放射能で汚染することとなった。

 噂では放射性物質を多量に含んだ黒い雨が一週間以上とも、三週間以上とも降り続けたと噂されているが、核の炎がこの超大国を沈黙させて以来誰もその真相を知ることはできない。

 

 

 旧アメリカ合衆国南部テキサス。

 

 メキシコと国境を接していたテキサスは、情報では他の地域よりも"比較的"放射能の汚染が少ないとされている。核攻撃の優先目標が、東海岸の重要な都市部に集中したことや、軍事基地を狙われたこと、そして広大な領域を持っていたことが理由だ。

 それでも放射性降下物の影響を受けたテキサスでは動植物が死に絶え、元々あった砂漠や荒野が拡大しているという。

 

 テキサス州の沿岸に船を停泊させたスコーピオンは、持参した放射能測定器の数値を見つめ小さく唸る。

 他よりマシとはいえ、測定器が示す数値は人体にとって無害とされる基準値を大きく上回っている…今すぐに人体に与える影響がどれほどあるかは分からないが、この国が人間にとって過酷な環境にあるということは理解できる。

 

「スコーピオン、行きましょ」

 

 WA2000の言葉に、スコーピオンは測定器をポケットへしまい込み、荷物を詰め込んだリュックを背負う。

 サバイバルに欠かせないキャンプ用品の他、もはや愛用となっているスコップ…研究開発班に頼んで作ってもらったそれは特殊合金で造られた堅牢な造りで、研がれて刃物のような切れ味を持っている。

 殴ってよし、刺してよし、斬り裂いてよしの本来の用途から逸脱した武器となっている。

 

「まさかこんな形でアメリカに来るとはね、グリフィンにいた頃には考えられなかったことね」

 

 船の上から放り投げられる荷物を受け取りつつWA2000は言う、すぐそばにいた9A91もそれに頷き、周囲の港を眺めている。

 長らく放置された船舶は全て錆びつき、座礁しているか転覆している。

 この辺りは核爆発の影響は受けなかったのだろう、建物の多くはそのままの形で残されている。ただしそれを管理する人間はいなくなり、建物の壁は草木で覆われ、町はゴーストタウンとなっている。

 

「本当に、あの時のままなんですね…」

 

 9A91が見つめる先には、ボロボロになったベンチに並ぶ3人分の白骨化した死体だ。

 成人の骸骨に挟まれている小さな骸骨の手には、汚れたテディベアが抱かれている…親子だったのだろうか、放射能の毒が、緩慢にこの家族の命を奪ったのか…。

 哀しげな表情で見下ろす9A91の肩をスプリングフィールドがそっと抱く…彼女もまた、哀れみを込めた表情でベンチに座る亡骸を見下ろした。

 

「行きましょう、9A91」

 

 スプリングフィールドにともなわれ、9A91はその場を後にする。

 白骨化した死体はそこにあったものですべてではない、通りに倒れているものや、うち捨てられた車の車内、オープンテラスのカフェなど町のあちこちにあるのだ。

 9A91は一度目を閉じると、深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着ける。

 訓練と経験から平常心の保ち方は既に身に付けている、隣を歩くスプリングフィールドもまた冷静に周囲を警戒する。

 

 全員が船から降りたち、荷物の確認を行っていると、どこからか動物のいななく声が聞こえてきた。

 周囲の警戒をしていたWA2000が見据える先には、数頭の馬が…そしてその馬の手綱を握る人物の顔を視認した時、彼女は不愉快そうな表情を浮かべつつスコープから目を離す。

 

 

「テキサスへようこそ、諸君。お早い到着だな、来てくれて嬉しいよ」

 

「アンタなんかのためじゃない」

 

「あぁ、そうだろうね。こっちとしては依頼をきっちりこなしてくれればどうだっていいさ」

 

 不敵に笑うアルケミストにスコーピオンは露骨に嫌悪感を示す…ふと、アルケミストの背後にいた97式に目を止める。最後に会った時も暗い表情をしていたが、今もそれは変わらない。またアルケミストの虐待を受けていたのだろう、身体のあちこちに傷を負い、治療もされないまま放置されている。

 見かねたスコーピオンは医療キットを手に97式へ駆け寄ろうとしたがアルケミストがそれを阻む。

 

「この人形はまだあたしの所有物だ、勝手な真似は控えてもらおうか?」

 

「うるさい!」

 

 阻むアルケミストをはねのけ、スコーピオンは97式に駆け寄り彼女の傷を治療する。

 主人であるアルケミストへの恐怖からか97式はスコーピオンの治療を拒むが、スプリングフィールドもその場へ加わりなんとか彼女を落ち着かせようとする。

 

「泣かせてくれるじゃないか、そんな役立たずに医療物資を浪費するなんてね。いいさ97式、治療してもらいな。後で使い潰してやるさ」

 

 アルケミストの指示を受けた途端に、97式はピタリと抵抗を止めてスコーピオンらの治療を受け入れる。本人の意思ではなく、命令されたから……本当は傷の手当てをしてもらいたいのに、アルケミストの許しがな無ければできない。

 そんな97式の状態に、スコーピオンは怒りと悲しみ、悔しさを感じていた。

 

 

「久しぶりね、アルケミスト」

 

 船上からかけられた声に振り向いたアルケミストは、声の主であるUMP45、そして404小隊のメンバーに目を細める。

 

「404小隊、お前らとMSFの関係がいまいち理解できない。MSFはともかく、お前らと手を組んだつもりはないな。死んどくか?」

 

「あら、私たちもあなたの仲間のデストロイヤーを助けにきてあげたのよ? こんな危険な土地でしょ、仲間は多い方がいいと思うんだけれど?」

 

「信用できない奴を後ろに立たせることほど恐ろしいものはない……まあいいさ、お前らの狙いは知らないが、少なくともあたしやデストロイヤーじゃなさそうだしな」

 

「鋭いのね。あなたたち鉄血も、旧世界のお宝目当てにデストロイヤーをここに潜り込ませたんでしょう? お宝を見つけるまでは仲良くしましょうね、ア・ル・ケ・ミ・ス・トさん」

 

 ニコニコと笑っているが、腹の底に何を隠しているか分かったものではない。

 アルケミストを気に入らないWA2000だが、彼女の言い分には共感を示す…敵か仲間か判別できない者を背後に立たせるのは危険だ。

 まるでピクニックにでも行くかのようなテンションのUMP45らを一瞥した後、アルケミストはエグゼとハンターへと目を向ける。二人は装備品の確認で忙しそうだ…そんな二人の元へとアルケミストはそっと近付く。

 

 

「お、姉貴じゃんか。こっちは用意――――ぐへっ!?」

「アルケミス――――ふがっ!?」

 

 

 近寄ってきたことに気付いた二人を、アルケミストはまとめて抱き寄せるなりわしゃわしゃと髪を乱暴に撫でつける。アルケミストの胸元に顔をうずめる二人はもがき反抗するが、力強く抱きしめられているためにビクともしない。

 

「よく来たな処刑人! それにハンター、また会えて嬉しいぞ、ハハハ!」

 

 先ほどまで97式を冷酷に蔑み、404小隊へ厳しい表情を向けていた姿はどこへやら……アルケミストは二人を抱きしめ破顔した。十数秒続いたアルケミストの強烈な愛情表現から解放された二人は頭をくらくらさせる。

 

「いきなり何しやがんだよ!」

 

 落ち着いたところで文句を言うエグゼであるが、彼女の普段見せる含みのある笑みではなく、純粋に喜ぶ笑顔を見てひるむ。アルケミストが笑っている時は大抵何か企んでいるか人が死ぬ時だが、時々本当の喜びを表現する彼女の笑顔をエグゼは知っていた。

 アルケミストは先ほどとは違い、優しく二人の肩を抱きしめる。

 

「お前たちがこうして並んでる姿をまた見れるとは、思わなかった。ハンター、元気にしてたか?」

 

「あ、あぁ…私は大丈夫だが」

 

「そうか、何よりだ。ウロボロスのバカがお前を……」

 

「気にしないでくれ。AIをリセットされたといえ、わたしはわたしだ」

 

「そうかそうか、お前は逞しいな。処刑人とはまた仲良くやれているか?」

 

「こいつは……少しうざい」

 

「ハンター!?」

 

 ハンターの言葉にショックを受けるエグゼ、その後に"冗談だ"とハンターがフォローするのが最近の定番となっている。ホッとして笑うエグゼと、涼し気に笑うハンター……妹分である二人の元気な姿にアルケミストは何も言わず、ただ微笑ましそうに笑っていた。

 

「エグゼッ!」

 

 その時、スコーピオンの怒鳴り声が響く。

 どうやらアルケミストと仲睦まじそうにしているエグゼを咎めているようだ…エグゼは気まずそうにアルケミストを流し見、そっと彼女の傍を離れスコーピオンの隣に並ぶ。

 

 

「それで、デストロイヤーのバカはどこにいるの?」

 

「おい腐れサソリ、口のききかたに気を遣えよ。雇い主に少しは敬意を払ったらどうだ?」

 

「アンタみたいな鬼畜に払う敬意なんて微塵もないね」

 

「やめなさいスコーピオン、話しがややこしくなるわ。アルケミスト、こっちとしては仕事をこなして報酬…97式を解放してもらえればそれでいいの。あなたも仲間をさっさと助けたいんでしょ? 小さいことにいちいち噛みつかないでちょうだい」

 

 喧嘩腰のスコーピオンと相手のアルケミストをWA2000が嗜める。

 アルケミストを気に入らないのは彼女も同じだが、任務において私情は一切排除する。MSFも鉄血もここでは孤立無援、生き延びて任務を達成させるには嫌でも協力しなければならないのだ。

 それは分かっているアルケミストはいがみ合うのをひとまず止め、連れてきた馬を引いてくる。車が用意できなかった代わりに、野生化していたのを捕まえた急ごしらえの移動手段だ。

 

「この時代に馬で移動とはね」

 

「嫌なら乗るなよUMP45。そこらの廃棄車両でも直してみるか? EMPで焼きついて、ガソリンは腐ってるけどね」

 

「そうは言ってないわ。お馬さんに乗れるなんてありえなかったし、ちょっと楽しみかもね」

 

「のんきな女だ。処刑人、一緒に乗るか?」

 

 おそらく馬に反抗されて乗れないだろうと思って見て見れば、エグゼはいきり立つ馬を真っ向からぶちのめして調教しようとしている。ハンターはと言えばスマートな騎乗を果たす。

 その他も悪戦苦闘しながらも馬にまたがって見せる。

 

「長旅になるぞ、砂漠を超えて北西の州境へと向かう」

 

「ずいぶん遠いな、テキサス横断の旅ってか? デストロイヤーの奴はどこに何しに行ったんだよ」

 

「鉄血に戻ってくるつもりがあるなら教えてやるぞ処刑人」

 

「勘弁してくれよ姉貴…」

 

 エグゼとしてはMSFにずっといたいという気持ちは強い、強いのだが鉄血の仲間たちとはっきりと別れ切れていないのも事実だ。スコーピオンらに気を遣ってアルケミストの傍を離れるが…いつかははっきりとさせなければならないだろう。

 こんな時、親友のハンターがどう助言してくれるか気になるエグゼだったが……ハンター(親友)が自分を捨てて鉄血に戻ることを選択するんじゃないか、そんな不安がよぎりエグゼは素直に聞くことができなかった。

 

 

「何を人の顔をじろじろ見てるんだ?」

 

「いや、なんでもねえよ……なぁ、ハンター」

 

「何でもないと言ったばかりだろ、何も聞いてくるな。さっさと仕事を終わらせるぞ」

 

 相変わらず親友とは思えない言葉遣いに、少し落ち込むエグゼ…ふと目の前に手が差し伸べられ、顔をあげると、馬上からハンターが手を伸ばしているところであった。

 

「なにぼうっとしてるんだ、さっさと乗れ」

 

「お、おう…」

 

 差し伸べられた手を掴むと、ハンターはエグゼの身体を引っ張り上げて自身の後ろに跨らせる。

 前ほどは拒絶されていない…そう思うと、さっきまでの沈んだ気持ちももとに戻ってくる。

 

 

「なあハンター、前にオレが言った事…覚えてるか?」

 

「なんだ?」

 

「オレはお前が地獄の底に叩き落されても助けに行ってやるってさ…何があってもオレはお前を助けるからな」

 

「そんなこと言ったか? お前に付きまとわれるのは遠慮願いたいな……だが、悪くない、悪くない気分だ」

 

 

 ハンターは小さく笑い、馬を走らせる。

 

 先頭をアルケミストが進み、一行はテキサスの荒野へと足を踏み入れるのであった…。




その頃のデスちゃん…

レイダー「新鮮な肉だーッ!」
ウォーボーイズ「オレを見ろ――ッッ!」
聖帝軍「わははは!土下座しろ!!消毒されてえかぁーー!!
B.O.S「アド・ヴィクトリアム!」
アミバ「暴力はいいぞ!」

デストロイヤー「◎△$♪×¥●&%#!?」(言葉にならない悲鳴)(訳:誰でもいいから助けて)

注意:後書きはフィクションです。作品の人物や団体などとは関係ありません。



お久しぶりです、シリアスもやりたいけどギャグもやりたい…そこで後書きですよ(殴

いよいよアメリカ上陸です。
ここではほとんどの登場人物にとっての分岐点になるでしょう…エグゼとハンター、97式、スコーピオンなどなど……物語の結末も含めましてね…。
では、ほなまた…。


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夕陽の誓い

「だあああぁぁッ! あのチビどこにいやがんだよッ!」

 

「やかましいぞ処刑人! 耳元でわめくな!」

 

 自身の後方で馬にまたがるエグゼが駄々をこねるように喚き散らすと、ハンターはすかさず苛立ちを露わにして叱咤する。だがエグゼにとってもここ最近のイライラが溜まりにたまっているようで、舌打ちをしながらどこまでも続くテキサスの荒野を忌々しく見つめる。

 旧アメリカ合衆国南部"テキサス"へと上陸を果たし、デストロイヤー捜索のためにテキサスの荒野へと足を踏み入れた一行だが……テキサスの広大な砂漠と気候が、徐々にだが人形たちのメンタルを蝕み始めている。元々居住していた場所が極寒の寒さで、それまでとの気温の差にも当初は苦しめられたものだった。

 

 一番人形たちに取ってうんざりさせられるのが、どれだけ進もうと変わり映えしないテキサスの風景だろう。

 砂漠に残る道路を辿り北西へと移動しているのだが、どこまでもハイウェイが続くのみで、町はおろか民家の一つもない…早い話し、人形たちは飽きていた。

 しかしそれは一部の人形のみで、WA2000やハンターなどは常に周囲を警戒し、UMP45も飄々としながらも一切隙を見せてはいない。

 

  もう何日も馬の背で揺られっぱなし、変わり映えしない毎日の中で仲間同士の会話も減っていく。

 こんな時ムードメーカーで常に元気なスコーピオンの存在が頼りになるのだろうが、スコーピオンはテキサスに上陸してからというもの、アルケミストに奴隷同然に囚われている97式の身を案じていていつもの元気な姿はなりをひそめている。

 その代わりに元気いっぱいというか、能天気に騒いでいるのは404小隊のUMP9だ。

 

 

「わぁ、テキサスってすごいんだね! 見渡す限り砂漠だよ! G11見て、コヨーテがいるよ!」

 

 

 野生のコヨーテを指差し楽しそうに笑うUMP9、他のメンバーも当初は彼女と似たような感動を感じていただろうが、もう何日も同じ風景を見続けた結果、野生動物を見かけたくらいで楽しむこともなくなっていた。馬の背で器用に眠るG11を容赦なく叩き起こし、UMP9はコヨーテを指差しはしゃぐ。

 そんな妹の姿に微笑むUMP45と反対につまらなそうに遠くの景色を見つめる416…。

 

「ねえ45、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの?」

 

 テキサスの荒野をぼんやりと眺めながら416が尋ねると、UMP45ははしゃぐ妹から目を逸らす。

 

「こんなしょうもない任務を善意で手伝うあなたじゃないでしょ? MSFに恩を売る以外に何の狙いがあるの?」

 

「あら、たまには善意で動いてもいいんじゃない?」

 

「ふざけないで。損得抜きで動くあなたじゃないでしょ? あなたこの間旧世界の宝がどうのこうの言ってたわね…アレ、どういう意味?」

 

 416は視線を荒野からUMP45へと向ける。

 彼女はいつも通りに微笑んでいる…愛嬌のある笑顔にも見えるが、付き合いの長い416はその笑みが何かを含んでいると気付いている。

 

「前に連邦で衛星軌道兵器アルキメデスを調査してたことがあるでしょ? あれってね、元は連邦の技術じゃないんだ。あれは元々別な国が開発してて、核戦争で頓挫しちゃったものなの。連邦は放棄されていたあれを拾ったに過ぎないの…元々開発していた国がどこか分かる?」

 

「アメリカ…」

 

「そう、お見事ね。鉄血がこんな土地に無理に仲間を送り込んだのも、きっと失われた技術を狙ってだと思う。それがなんなのか分からないけどね」

 

「でも第三次世界大戦からもう何年も経ってるわ。技術だって、当時とは進化してるはずでしょう、今更昔の技術に何の魅力があるの?」

 

「分かってないのね416……世界大戦が勃発したとき世界がこの国を集中的に狙ったのはその力を恐れていたからよ。報復を恐れ徹底的にね…その結果、一つの大国が消滅したってわけ。嘘か本当か知らないけど、大戦時のアメリカ軍戦力は、わたしたちの知る正規軍を遥かに上回っていたと言われてるわ」

 

「悪い冗談ね…正規軍以上の戦力とか、考えたくもないわ。でも結局核戦争で全部消えたんでしょ?」

 

「そう考えるのが普通よね……でもね、世界最強の軍隊が核だけで滅ぼされると思うかしら?」

 

 

 どういう意味だ、そう聞こうと416が思った時、前方を進んでいたアルケミストが馬を止める。

 何かを見つけたようだ、二人は会話を切り上げ馬を走らせ前に出る。

 アルケミストが見つめているもの…それはハイウェイに設けられた古いガソリンスタンドであった。そこでうっすらとだが灰色の煙が上がっているのが見える。

 先ほどまで退屈さに緊張感を失っていた人形たちも気を引き締め直し、各々双眼鏡などでガソリンスタンドを観察している。

 

 

「人影はなし、だが何かがあるのは確かだ」

 

 

 デストロイヤーに関わる何らかの情報があるとにらんだアルケミストは、MSF、404小隊を交え役割を分担させる。WA2000、スプリングフィールドを筆頭に中長距離での戦闘を得意とする人形たちは離れた位置での援護を担う。

 ガソリンスタンドの偵察へは鉄血人形の三人、スコーピオンとUMP45にその妹のUMP9だ。

 見晴らしの良い荒野で、狙撃手の攻撃に注意をしつつ偵察隊は進む。

 風下から進んでいくスコーピオンは、風に運ばれるゴムの焼け焦げた不快な匂いと硝煙の香りに顔をしかめる……思っていた奇襲を受けることもなく偵察隊はガソリンスタンドまでたどり着き、そこで各自散開し周囲の確認を行う。

 

 建物の外には、炎上し黒焦げになったバイクの残骸や数人の死体が倒れていた…。

 

 

「こいつら、人間だ。おかしな格好をしてるがな」

 

 

 死体のそばにしゃがんでいたハンターは、それが人間の死体であったと気付く。

 この国で初めて見る人間が死体であったことにエグゼは苦笑いをうかべつつ、ハンターも指摘した死体の奇妙な格好に注目する。

 その死体は一見、全身が腐り果てたグロテスクな姿をしているが、それは生身の身体の上にはり付けた肉片や皮膚のようだった。外側の腐った肉片を引き剥がせば、比較的損傷の少ない肉体が見ることができる。

 

「死体の皮を上から被ってるのか? とんだサイコ野郎どもだぜ」

 

 他の死体も同じように、骨や肉片を衣服のように身に付けている。

 中には人の頭蓋骨を加工したマスクを被った死体もある…なかなかにいかれた連中だ、気味悪さを感じた人形たちはその死体の調査を止め、ガソリンスタンドへと入って行く。

 照明のないガソリンスタンドは窓が板で打ちつけられ薄暗い…しかし足元の嫌な水気と腐臭が、そこで何が行われていたかを物語る。

 

 ふと、UMP45がライトを照らした時、ちょうどそこに倒れていた死体が照らしだされ、UMP45はおもわず顔をしかめた。

 

 

「これ、鉄血兵だよね?」

 

 ライトに照らしだされた死体は人間ではなく鉄血の下級人形である"Jaeger"だ。

 肩口から腹部にかけて斬り裂かれており、床には赤い人工血液が血だまりをつくっていた……そのすぐそばには、外の死体と同じように、腐肉を纏った人間の死体が倒れ、血肉をこびり付かせたチェーンソーが握られていた。

 

「ここの人間とは仲良くできなそうだね」

 

「同感だ」

 

 スコーピオンの言葉にエグゼは頷く。

 ふと、奥の物置から誰かの話し声を聞く…スコーピオンらは銃を構え、ゆっくりと話し声の聞こえてくる部屋へと近付いていく。薄暗い物置の奥をそっと覗きこむと、そこでアルケミストがしゃがみ込み誰かに話しかけているのが見えた。

 

 

「姉貴…?」

 

 

 エグゼの問いかけにアルケミストは振りかえらない。

 不審に思ったエグゼは静かに物置へと入る……アルケミストが声をかけていたのは、鉄血兵の一人だった。

 鉄血兵はアルケミストの声に反応しているようだったが、下半身は真っ二つに斬り裂かれ、手遅れの状態であった…。

 

「よく頑張ったな、命がけでデストロイヤーを守ってくれたんだろ?ありがとう、アイツはまだ無事か?」

 

 アルケミストの問いかけに、その鉄血兵は小さな声で囁く。

 喉を潰され、はっきりと言葉を発することのできない鉄血兵の口元に耳を寄せ、アルケミストは相槌を打つ。それから彼女は傷ついた鉄血兵の頬にこびり付いた血を拭ってやり、穏やかな表情で微笑みかける。

 

「RP5032、お前の任務を解く、ご苦労だったな。ゆっくり休め、後は…あたしに任せな」

 

 傷ついた鉄血兵の髪をそっと撫でると、その鉄血兵はどこか嬉しそうに微笑むと…目を閉じ、二度と動かなくなった。アルケミストは活動を停止した人形に哀悼の意を示すかのように目を伏せる。

 

「グリフィンには恐れられる残虐非道なアルケミストも、仲間の死にはそんな顔もできるのね」

 

「おいUMP45、口を慎めよ」

 

 その発言にハンターが珍しく憤りを見せるが、UMP45は素知らぬ顔だ。スコーピオンとしても97式の件もあり、たった今アルケミストが見せた仲間思いな姿を見ようとも彼女を見なおす理由にはならなかった。

 

「情報を整理する、お前たちは休憩でもしていろ。みんな出ていけ、邪魔をするな」

 

「姉貴…オレも何か手伝おうか?」

 

「言っただろ、みんな出ていけ」

 

 アルケミストの強い口調に、それ以上エグゼは何も言わず、ハンターを連れ添い外へと出ていく。

 UMP45もまた二人を追って外へ出ようとしたが、立ち止まったままアルケミストをじっと見つめるスコーピオンに気付き足を止めた。

 

「アルケミスト……デストロイヤーを見つけたら、97式を解放するって約束、嘘じゃないよね?」

 

「うるさいな、とっとと出ていけ」

 

「アンタがちゃんと約束するまでどこにも行かない」

 

「しつこいな…まあいい、あたしは鬼畜かもしれないが、卑怯者じゃない。約束は必ず守るさ」

 

「その言葉忘れるなよ」

 

「わかったわかった、とっとと失せろ」

 

 もう話すこともないと言わんばかりに追い払うアルケミストを睨み、スコーピオンはガソリンスタンドを出ていった。

 

 

「ねぇ、スコーピオン。97式のことってそんなに大事なの?」

 

 スコーピオンを追って外へ出たUMP45は、彼女の少し後ろを歩きながらそう問いかけた。

 

「97式は昔の仲間だったんだ。あの子は今苦しんでるの、助けたいんだ」

 

「でもあなたはMSF、97式はグリフィンでしょ? 所属が違うわ」

 

「だから何なんだ、あたしが助けたいって思ってるんだ、誰かにとやかく言われる筋合いはない」

 

「ふーん、そう。でもそれで命をかけるだけの価値はあるの? それに、97式がそれを本当に望んでるの?」

 

 UMP45がそう言うと、スコーピオンは歩くのやめると大きなため息をこぼす。

 それからUMP45へと振り返ると苛立ちを隠そうともせずに詰め寄る。

 

「何が言いたいんだよ、あんたは…!」

 

「そう怒らないで。97式がどんな目にあわされたか私も想像出来ないけど、これだけはわかるわ…あの子は生きながらに死んでる。変なことを言ってるのは理解してるわ…例えあの子が解放されたとしても、スコーピオンが思うような自由は得られないと思うわ」

 

「だったら、このままの方がいいって言うの!?」

 

「良くないでしょうね…だけど、生きるってことはそんなに幸せなこと? 大切な家族や仲間たちをみんな失って、毎日毎日救えなかった命を悔やむ日々…苦しみに苦しみを重ねた末に誰もが考えることだと思うの、こんな苦しみから解放されたいって。そしてそれを解決する方法は一つ」

 

 

 UMP45は拳銃のハンドサインをつくり、自身のこめかみにあてる。

 死だ…一瞬の苦痛と引き換えに、生涯の苦痛を終わらせる方法だ。彼女の残酷な考えにスコーピオンの感情が一気に沸き立つが、寸でのところで思いとどまる……UMP45の表情が、一瞬もの哀し気に見えたからだ。

 

「この世の出来事にはね、どれだけ頑張ってもどれだけあがいても、どうにもならないことがあるの。報復だってそう…報復して奪われたものを取り返そうとすると、より多くの物を失うことがある。これを人間は運命って言うんじゃないかな」

 

「運命なんて信じないよ……自分の生き方は自分で決める」

 

「あなたらしいね、スコーピオン。好きよ、そういうところ…ここまで言っていおいてなんだけど、別に97式が救えないから諦めろってことじゃないわ。ただ、もし最悪の事態になっても…仕方なかったんだってこと」

 

「あんたなりに励ましてるってこと? 分かりにくいんだよお前は!」

 

「アハハハ、ごめんね」

 

「ったく…アンタ一番信用できないね……でも、ありがとうね」

 

「どういたしまして」

 

 UMP45はひらひらと手を振り、仲間の404小隊のもとへと歩いていった…。

 

 相変わらず食えない人形だ…WA2000が警戒を緩めない理由も今なら理解できる、そう思うスコーピオンであった。

 

 ふと、西の空を見れば大地を照り返していた太陽が、真っ赤に染まり地平線のかなたに沈もうとしていた。

 テキサスの荒野に沈む夕陽は情熱的で、雄大だった…。

 

「あたしを遮るものが運命だってんなら、この手でぶん殴ってやる……そうだよね、スネーク」

 

 スコーピオンは沈む夕陽に拳を掲げ、確かな決意を固めるのであった…。




ここでのアルケミストは極端に好かれるか嫌われるか分かれると思う。
皆さんはどー思いますか?


設定(今後説明しないと思うので、作中の世紀末ギャングの紹介)

コープス・レイダース

アメリカ南部から南西部にかけて縄張りを持つ略奪集団。
その特徴は何といっても、殺した相手の肉体の一部を戦利品としてアーマーや衣服に飾りつけること、他にも野生動物の牙や角をバイクに装着したりもする。
法と秩序を無くしたアメリカにおいて暴力の限りを尽くし、仲間以外の存在は襲撃対象としか見ない。やって来たデストロイヤーら鉄血人形も暴力と欲望の対象にしか見ていない。
放射能の影響からか寿命が短く、また、腐肉を身体に纏うという独特な文化からか、腐肉から受ける感染症の影響でも死ぬ場合があるがそんなことは一切お構いなし。
徒党を組むだけのザコに見えるが、バイクと古い軍事基地で手に入れた武器を装備するなかなかの勢力だ。


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爆走!爆発!危機一髪!

 まだ日も登り切っていない時間帯、ガソリンスタンドの事務室で他の人形と並んでスリープモードについていたスコーピオンは唐突に身体をどつかれた衝撃で目を覚ます。いきなりの事に襲撃かと意識を覚醒させるが、スコーピオンが見たのは緋色の目で冷たく見下ろすアルケミストの姿だった。

 異変に気付いた他の人形たちも何事だと、眠たそうに目を覚ましていく。

 

「出発だ、1分で準備しろ」

 

「なんなんだよいきなり…! あ、おい!」

 

 アルケミストは人形たちの返答も聞かずに踵を返し部屋から出ていった。

 自分勝手な物言いに苛立つスコーピオンであったが、素早く身支度を整え愛銃とスコップを手にガソリンスタンドの外へと跳び出した。

 外では既にエグゼとハンター、そしてWA2000などが馬にまたがり出発の準備を整えていた。

 

「やっと来たかのろま共、さっさと行くぞ! 遅い奴は置いてくからな!」

 

 高圧的な態度のアルケミストに言い返そうと口を開いたスコーピオンであったが、先ほどと同じようにアルケミストは応答も聞かずに馬を走らせる。仕方なく遅れてやって来たスコーピオンらも慌てて馬にまたがり、先頭を走るアルケミストを追いかける。

 スプリングフィールドの後ろに跨るスコーピオンは、横で並んで走るエグゼとハンターに声をかけた。

 

「こんな朝っぱらからなんなんだよアイツ!?」

 

「デストロイヤーの救難信号を受信したらしいぞ! 姉貴のやつなんも言ってなかったのか!?」

 

「何も言ってないよ! まったく、仲間を助けたいのはこっちも一緒だっていうのに…!」

 

 前方を見れば、アルケミストの姿は小さくなっていた。

 さらに朝からの強風でまきあげられる荒野の砂塵によってアルケミストの姿は霞み、ついにはその姿を見失ってしまう。幸いにもデストロイヤーが救難信号を出したであろう座標はハンターが把握しているため、迷うことは無い。

 これまでのアルケミストの態度から、一人で突っ込ませて解決させればいいじゃないか、そういう考えがスコーピオンは浮かべるが…。

 

「早く姉貴に追いつこうぜ、デストロイヤーが死んだら大変だ!」

 

「エグゼ、あんた鉄血の元仲間だからって特別張り切ってるわけじゃないよね!?」

 

「いや、それは否定しないけどよ……もしデストロイヤーが助けられなかったら、97式がどうなるか分かったもんじゃねえぞ? 最悪八つ当たりにぶっ殺されるかも…」

 

「う、それも…そうだね…。みんな、大変だけどアイツに追いつくよ!」

 

 もう少し頑張ってくれよ、そう言いながらスコーピオンは馬の尻を叩く。

 MSF、及び404小隊の人形たちは馬を走らせ荒野を突き抜ける。

 強風でまきあげられた砂はいつしか砂嵐と呼べるほどの規模にまで発達し、風と共に吹きつけられる砂塵が彼女たちの身を容赦なく打ちつける。ぼろぼろのマントで素肌を保護し、ゴーグルを持っている者は装着する。

 注意しなければならないのは、砂が銃に入り込んで動作不良を起こすこと…人形たちは愛銃を布やカバーに包み込み、砂嵐から銃を保護する。

 

 

 少しずつ近付くデストロイヤーの救難信号が発せられた場所。

 

 砂嵐を突き抜けた先で、人形たちはうち捨てられたそれなりの規模の古い駅へと到達する。

 錆びつき放棄された列車が何両も並び、その中には脱線し横転した車両もあった。

 救難信号はその古い駅から発せられている。

 

 人形たちは到着するなり馬を降り、周囲の岩場や列車などに身をひそめ駅の方を注意深く伺う。

 駅正面には何台ものバイク及び車両があり、死体の皮を被った凶悪なギャングたちがたむろしている……そのまま監視を続けていると、悲痛な叫び声と共に、駅の中からデストロイヤーが髪を引っ張られながら引きずり出されてきたではないか。

 

 

「痛い痛いッ!止めて、離せってば!」

 

「ヒャハハハ、やっと捕まえたぞチビが! よくも仲間をたくさん殺してくれたな!」

 

 

 引きずり出されたデストロイヤーは、駅の前に集まっていたギャングたちの中へと放り込まれる。

 人間や動物の皮や肉を装着するギャングたちの恐ろしい姿と、無数の凶悪なまなざしに囲まれたデストロイヤーはただ涙を浮かべ震えあがっている。

 

 

「あいつら…! ぶっ殺してやる!」

 

「待ちなさいエグゼ! 何人いると思ってるの、うかつに突っ込んでみなさい、殺されるわよ!?」

 

 かつての仲間の危機にエグゼはブレードを手に突撃しようとしたが、WA2000とスプリングフィールドにつかまり物陰へと引きずり込まれる。

 

「見なさい、あいつらただの人間のチンピラじゃないわ」

 

「ええ、粗末なものですが車両は鉄板を溶接し重火器がとりつけられています。人数は見えるだけで100人近くはいます…装備も見てください、おそらく旧米軍のものですよ」

 

「だったらどうすりゃいいってんだよ!? それにアルケミストの姉貴はどこ行ったんだ!?」

 

 

 駅周辺にはアルケミストの姿はない…ギャングたちの様子からしてアルケミストがやって来た様子もない。

 

 怖気づいているわけではないが、必ず帰ってくると約束した手前無謀な状況に闇雲に突っ込むこともできなかった。何より、エグゼやハンターはともかくとして、スコーピオンらにとってはデストロイヤーを助ける義理など本来無かったのだ。

 依頼である以上きっちりと任務をこなす覚悟はできていたが、命をかける価値までは見いだせないでいる。

 

 だがそれでは97式はどうなる?

 様々な思いが彼女たちにこみ上げ、葛藤する…。

 

 そんな風に迷っているうちに、血に飢えたギャングたちはその狂気を目の前の少女へとぶつけていく。

 

 

「さてどう料理してくれようか? お前みたいなチビじゃまともな孕み袋にもなりゃしない。ただ殺すんじゃ面白くねえ…生きたまま全身の皮を剥いでやろうか? 手足を数センチずつ斬りおとしてやろうか? 磔にしてハゲワシに貪らせるのもありだな!」

 

「おい、こいつオレにくれ…! ペットにして躾けてやるんだ」

 

「うるせぇ下がってろバカが! おいメスガキ、まずはお前の面の皮を剥いでやる…痛いぞ、我慢してないと綺麗に剥げねえからな、大人しくしてろよ!」

 

「やだ…やだ…来ないでよ変態ッ!」

 

 

 逃げようとするデストロイヤーだが、何十人もの屈強な男たちに囲まれている状況では逃げることも敵わず、数人のギャングに抑え込まれる。ギャングの一人がマチェーテを手にデストロイヤーへと近付き、鋭利な刃を彼女の頬に押し付ける。

 鋭利な刃がデストロイヤーの頬を小さく切りつけ、うっすらと血がにじむ。

 恐怖心から声も出せないデストロイヤーは身体を震えさせ、命乞いするようにマチェーテを振りかざすギャングの男を見上げるが、男は残忍な笑みを浮かべるのみだった。

 

 

「もう我慢できねえッ!」

 

「ばか、エグゼ!」

 

 

 デストロイヤーの危機にエグゼはいてもたってもいられなくなり、仲間の制止を振り切り走りだし、ハンターもその後に続く。エグゼが突っ込んだ以上スコーピオンらも動かないわけにはいかない、ようやく覚悟を決めて物陰から飛び出していったが…。

 

 

「動くんじゃねえぞチビ、なるべく綺麗な状態で飾りたいからよ!」

 

 ギャングがデストロイヤーの髪を鷲掴みにして掴みあげ、彼女の顔を狙うようにマチェーテを振り上げる。

 WA2000は立ち止まりデストロイヤーを狙うギャングを狙おうとするが、間に合わない……誰もが助けられない、そう思った瞬間、物陰から凄まじい速さで飛び出したアルケミストがデストロイヤーを狙うギャングの刃を防いだ。

 アルケミストの突然の出現にギャングが驚き、その隙に彼女は持っていた銃でギャングの頭を吹き飛ばす。

 頭を吹き飛ばされた男の手からマチェーテを手に取ると、アルケミストはデストロイヤーを抑えつけていたギャングたちを瞬く間に斬り殺し、解放されたデストロイヤーの身体をその腕に抱く。

 

 

「ふん、汚い手でうちの妹分に触るんじゃないよ」

 

「アルケミスト……? 来てくれたの…?」

 

「待たせたね、デストロイヤー…安心しな、もう大丈夫だ。おっと…」

 

 

 感動の再会を果たした二人だが、仲間を目の前で殺されたギャングたちの怒りは一気に頂点へ達する。

 背後から振り下ろされたハンマーの一撃を軽く交わし、デストロイヤーを抱いたまま回し蹴りでその男の首の骨を折る。

 

 

「やろう、よくも仲間を…!テメェはそのチビと違って頑丈そうだな、手足をもぎって孕み袋にしてやろうか!?」

 

「バカかお前ら、人形のあたしらがそんな機能を持ってると思うか?」

 

「やかましい! やっちまえ!」

 

 

 その声と共に、ギャングたちの怒号が周囲に響きまわり、一斉にアルケミストめがけ凶器をかざし向かっていく。

 

 

「アルケミスト…!」

 

「大丈夫だから、目を閉じて掴まってな」

 

 

 怯えるデストロイヤーへ微笑みかけ、彼女が頷き目を閉じたのを確認すると、アルケミストは身をかがめ勢いよく走りだす。鉄血人形としての身体能力をフルに活かし、行く手を遮るギャングたちを弾き飛ばし、突破口を開く。

 だがギャングたちも負けていない、複数人の大男が行く手を阻む。

 平均的な人間より身体能力が高いとはいえ、複数人の男に抑え込まれればハイエンドモデルのアルケミストといえども抵抗はできない。

 

「デカブツが、このあたしを止められると思うなッ!」

 

 走る勢いのままジャンプし、手ごろなギャングの頭を踏み台にさらに高く跳ぶと、大男たちの頭上を飛び越えざまに脳天に銃弾を叩き込む。アルケミストの脅威的な身体能力に怯むギャングたち…。

 

 

「おいMSFのボンクラ人形ども! いつまで腰抜かしてんだ、さっさと戦え!」

 

 

 いまだ周囲を囲まれた状況の中でアルケミストは叫び、それに呼応するように現われたエグゼが豪快にブレードを振りぬき、一撃で複数人のギャングを斬り殺す。次いで現われたハンターが二丁拳銃を巧みに操り、アルケミストとデストロイヤーへの包囲をこじ開ける。

 

「遅いんだよばか」

 

「ケツの重い人形たちを蹴り上げててな……おい外道ども、オレたちを誰だと思ってんだ!?」

 

「SP721ハンター、貴様ら全員狩り尽くしてやる」

 

「頼もしいね、だが多勢に無勢だ。脱出するぞ」

 

 ハイエンドモデルが四人とはいえ、デストロイヤーの武装は破壊されており実質戦いに参加できるのは三人だ。

 屈強で命知らずのギャングたちを相手にするのには不利か…そう判断するアルケミストだったが、それはこの場にいるメンバーだけで考えた場合だ。

 

 突如、鉄血人形4人を囲むギャングたちの後方で大爆発が起こる。

 

「MSF突撃ッ! クズ共を蹴散らせ!」

 

 アルケミスト、そしてエグゼらの攻撃によってようやく重い腰をあげたスコーピオンらが包囲を外側から突き崩す。馬を走らせながらスプリングフィールドはギャングを狙い撃ち、身軽なスコーピオンがギャングたちの攻撃をかいくぐり、すり抜けざまにスコップでぶん殴っていく。

 そしてそれを援護するのはWA2000、彼女は素早く正確な狙撃で襲い掛かるギャングを仕留めていく。

 

「わたしたちも負けてられないわね」

 

「うぅ…あの人たち怖い…!」

 

「覚悟を決めて頑張ろG11! 45姉、わたしたちも行こ!」

 

「そうね。死なない程度に頑張ってね」

 

 事態を静観していた404小隊も動きだしたことでギャングたちの包囲も崩され、囲まれていたアルケミストらも脱出に成功する。

 彼女たちはギャングたちが持っていた車両やバイクを強奪しエンジンをかける。

 

「目的は達した、脱出するよ! まあ殲滅したいって言うならあんたらの勝手だがね」

 

「冗談でしょ、こんな変態どもに構ってられるかッ!」

 

 岩陰に隠れ撃って来るギャングに手榴弾を投げつけ、爆発と同時にスコーピオンらは奪い取った車両へと転がり込む。そこへ他のメンバーも合流し、それを見届けたアルケミストはその場から一気に離脱する。

 

「ふぅ、危なかった…」

 

「安心するのはまだ早いです」

 

 車を操縦する9A91はミラーで追いかけてくるギャングたちの軍団を目にする。

 相手はこのテキサスの荒野を走り慣れた集団だ、逃走する彼女たちとの距離をどんどん詰めていく。

 

「逃がすかメスどもがッ!」

 

 車の隣にバイクを並びつけたギャングがバイクを踏み台に車に飛びついて来ようとしたが、それを416が仕留める。バイクに乗るギャングは機動性において厄介だがまだ問題にはならない、問題なのは…。

 

「9A91、狙われてるぞッ!」

 

「分かってます!」

 

 後方の車から機関銃を乱射するギャングたち、狙いを絞らせまいと9A91がなんとかハンドルを操る。奪いとった車両も鉄板が打ちつけられているが、いつまでも銃弾を防ぐことはできない。

 何より敵の集団がどんどんとその規模を増していく。

 

「やろう、しつこい連中だ…ん?」

 

「どうした処刑人?」

 

 ふと、ハンターの運転するバイクの後ろに座るエグゼがまきあげられる砂塵の中に何かを見つける。

 それは凄まじい速度で逃走する彼女たちへ近づいてくるではないか…そしてその恐ろしい姿がはっきりと見え始めた時、ソレは轟音を鳴らして地面を吹き飛ばした。

 

 

「な、なんだありゃ!?」

 

「あぁ? うわ、なんだあれは!?」

 

 

 エグゼの驚く声に振り返ったハンターもまた、彼女と同じような反応を見せる。

 荒野に敷かれた鉄道の上を走る長く巨大な車両…車体を鋼板で補強し、多数の機関銃や火炎放射器、貨物車両に戦車や砲台を乗せた巨大兵器。その恐ろしい存在に他の人形たちも気がついた。

 

「冗談だろ、装甲列車なんて…!」

 

 装甲列車にはさらに多くのギャングたちが乗り込み、戦闘態勢を取っている。

 鉄道から逃れようにもテキサスの荒野は遮蔽物もなく、少しでも距離を離せば無数の銃砲火に晒されてしまう。貨物車両に載せられた戦車の砲台が動きだし、その砲口から恐ろしい威力の砲弾が撃ち込まれる。

 

 幸い、ギリギリのところで回避が間に合ったが、爆風で9A91らの乗る車両の装甲が吹き飛ばされてしまった。

 

「くそ…どうしたらいい…」

 

 危機的な状況にアルケミストは焦りを感じていた。

 そんな時、後ろでしがみつくデストロイヤーは銃声や爆音にかき消されないよう大声で叫んだ。

 

「このまままっすぐ進んで!」

 

「お前、正気か!?」

 

「うん、このまままっすぐ行って…このまま行けば、"南部連合"の領域に入るんだ!」

 

「南部連合?」

 

「そう、前にわたしの事を助けてくれたの……この国に秩序を取り戻そうとしてる組織だよ、アルケミスト、信用できるよ!」

 

「そうか、お前が言うんだからそうなんだろうな。乗ったよ、そうなるとあのバカどもをどうにかしないとな……全員聞こえるかい、このまま鉄道にそって突っ走れ。度胸のある奴はあの装甲列車の攻略に手を貸しな、以上!」

 

 アルケミストはI.O.Pの戦術人形にも拾える通信回線で指示を送る…混乱する人形たちの慌しい返信が返ってくるがそれらすべてを無視する。

 振り返り、もう一度見た装甲列車にアルケミストは苦笑する。

 

 

「あー…代理人にお別れ言っとけば良かったね」

 

「何言ってんの、わたしのこと助けに来てくれたんでしょ! 絶対に生きて帰るんだから!」

 

「やるしかないよな……ハハ」

 

 

 後方から猛然と近づいてくる巨大兵器に、アルケミストは珍しく胆を冷やしていた…。




負けたら薄い本(白目)


※登場した装甲列車は民間の貨物列車に鋼板を溶接したものであります!
レイダー共が生き生きしてて草も生えませんよ。


キャラに過去を付け加えると深みが増すという話しを聞いたことがあります。
というわけでアルケミストの過去を考えていたら投稿が遅れてしまった…。
この章のラストに番外編みたいなかんじで過去のお話を投稿したいな…。

アルケミストが仲間を大事にする理由、敵対者に残虐になれる理由を描く予定です。
美しくも哀しい、そんなお話


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荒野の追跡劇

 テキサスの荒野はもう何週間も雨が降らず、渇きに弱い動植物は死に絶えその死骸を漁るハゲタカたちが群がる。

 乾燥した荒野はちょっとの風が吹くだけで砂塵がまきあげられ、赤い砂が遥か空にまで舞い上げられる。

 砂嵐が止み、風も穏やかになった頃のことだ……無風の荒野で赤い砂塵が勢いよくまきあげられている。動物の死骸に群がる鳥たちも、その砂塵と爆音に何事かと目を向けている。

 そして砂塵の中から飛来した砲弾が鳥たちのすぐそばで炸裂し、驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。

 

 まきあげられる砂塵の中から姿を見せたのは、装甲を施された完全武装の移動要塞だ。

 甲高い汽笛の音と、砲撃の凄まじい轟音を鳴り響かせながら、装甲を施された列車は荒野を爆走する。

 

「416、車両の足を狙って!」

 

 404小隊のリーダーであるUMP45の指示にすぐさま応え、416が装甲列車の車輪めがけグレネードを撃ちこんだ。悪路を走る中で狙いはどうしてもブレてしまい、榴弾は狙いを逸れて車輪を保護するように取りつけられた鋼板の装甲に阻まれる。

 まるでビクともしない巨大兵器に舌打ちをする416、装甲列車の天井部には土嚢を積みあげた機関銃陣地が造られ、ギャングたちがお返しとばかりに機銃の斉射で応戦してくる。銃撃戦の練度において404小隊やMSFの人形たちに劣るギャングたちだが、このテキサスの荒野で暴力を糧に生き抜いてきただけのことはある。

 彼らは死をまるで恐れていない、むしろ殺しあいにスリルを感じ悦に浸ってすらいる。

 グリフィンの影の部隊として数々の戦場を渡り歩いた404小隊も、このような相手をしたことは無かった。

 

「わわ! 45姉、悪党たちに追いつかれるよ!」

 

 後方から猛スピードで追いかけてくるギャングたちにUMP9は焦りだし、後ろに跨るG11は悲鳴をあげながらもなんとか追いかけてくるギャングたちを仕留めている。だがギャングたちの勢いは凄まじく、此方の銃撃をものともせず、一発二発程度の被弾ではひるまず突っ込んでくる。

 

「なんなのこいつら、人間なの!?」

 

「クスリでもやって痛みを和らげてるんじゃないの? それより416、レールを爆破して脱線とか狙えない?」

 

「無理ね、正面にまわり込んだら機銃と砲撃で吹き飛ばされるわ! かといってこのままじゃ一方的に狙われるだけ…」

 

「じゃあ、あれに乗り込んで内側から攻略するしかないわね」

 

「何を言ってるの!? そんなことできるわけ――――」

 

 その時、二人の隣を一台のバイクが猛スピードで追い抜いていったかと思えば、ちょっとした岩場ジャンプ台に高々と飛び上がり装甲列車の屋根へと乗り込んでいった。

 

「アイツ、アルケミスト!」

 

「鉄血にできて、私に出来ないわけないよね」

 

「ちょ、やめなさい45! 止めッ……いやああぁぁっ!」

 

 アルケミストがして見せたように、UMP45が岩場を使ってバイクを高々と飛び上がらせる。

 大声で笑うUMP45に大きな声で悲鳴をあげる416……着地は、アルケミストがして見せたように綺麗なものではなく、豪快に土嚢を吹き飛ばして二人は転げ落ち、かろうじて列車の淵にしがみつく。

 

「あははは…着地成功」

 

「どう見たって失敗よ! バカ、アホ! 一回メンタル叩き直してもらった方がいいんじゃないの!?」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ416、敵が来るわ!」

 

 装甲列車へ乗り込んだ敵の排除に早くもギャングたちは続々と集まってくる。

 頭蓋骨を加工したマスクを被る悪趣味な悪党たちに悪態をこぼし、416とUMP45は応戦する。

 

 

 

 

 一方のMSFの人形たちだが、先行して装甲列車に乗り込んだアルケミストの後を追っていこうとしていたが、二台の車両に両脇を挟まれるピンチにあっていた。

 

「フヘヘヘヘ! 荒野の走り方ってのはな、こうやんだよお嬢ちゃんたち!」

 

 ギャングたちは車体をぶつけ、その度に9A91は車体の体勢を立て直し横転を防ぐ。厄介なのは味方もろとも吹き飛ばそうと狙ってくる装甲列車の砲台と火炎放射器だ。命知らずなギャングたちは反撃をものともせず肉薄し、何度か危ない場面があった。

 

「このままじゃやられちゃう!」

 

「わたしに任せて!」

 

 危機的な状況にWA2000が立ち上がる。

 猛スピードで走る車両の荷台へと這い上がると、両隣を並走するギャングに狙いをつける。装甲板でカバーされた運転席は生半可な銃弾ではびくともしない…だがWA2000は極めて冷静に狙いをつけ、引き金を引く。

 装填された徹甲弾は装甲の比較的薄い溶接箇所を貫き、車内の運転席と助手席にいたギャングの側頭部を同時に撃ち抜いて見せた。制御を失った車両は蛇行し、岩場に勢いよく衝突し、舞い上がる砂塵の中にその姿を消す。

 

「わーちゃん! 砲台が狙ってる!」

 

 スコーピオンの声にすぐさまWA2000は反応し、銃口を装甲列車の砲台へと向ける。

 装甲列車の砲口は真っ直ぐにスコーピオンらの乗る車両へと向けられていた…もう一台の車両が今だはり付く中で回避行動もまともに取ることができない。緊迫した状況の中で、WA2000は瞬時に砲台の覗き穴へと狙いを絞ると、一瞬の迷いもなく弾丸を放つ。

 放たれた弾丸は覗き穴を見事貫通し、血飛沫が小さな覗き穴から吹きだす。

 さらに数秒後、大きな爆発を起こし砲塔が勢いよく吹き飛んだ…どうやら中の砲弾か何かに命中し砲塔内部での爆発を招いたのだろう。大物を仕留めてもWA2000は慢心せず、いまだ隣を並走する車両の運転手を狙い撃って排除した。

 

「流石ですねワルサーさん、わたしも負けていられません!」

 

 同じ狙撃手としての血が騒いだのか、スプリングフィールドもまた荷台へと躍り出ると装甲列車の屋根から撃って来るギャングたちを狙い撃つ。機関銃の弾幕は厄介だが、機銃手が弾を撃ち尽くしたと見るや身を起こし、正確な射撃で目障りだった機関銃手を射殺する。

 

「邪魔者排除! 9A91、列車に横付けして!」

 

「分かりました!」

 

 9A91がハンドルを切って車両を横付けすると、スコーピオンらは素早く装甲列車へと乗り込んでいく。運転をしていた9A91はそばにあった鉄パイプでハンドルを固定し、一緒に乗っていた97式を伴い列車へと飛び移る。

 

「みんな無事だね!? じゃあ行くよ、トレインジャック作戦開始だーッ!」

 

 スコーピオンを斬り込み隊長に、MSF人形部隊は勇猛果敢に突撃を開始する。

 それまで牽制程度の射撃しかできていなかったスコーピオンであったが、不安定な列車場とはいえ確かな足場を得た彼女は得意のフットワークを十分に活かしギャングたちの攻撃をかいくぐり至近距離からの連射、あるいは特製スコップで殴り倒していく。

 

「どりゃーーッ!」

 

「ちくしょう、なんだこいつらは!? ええいなんとかしやがれ!」

 

 列車に乗り込まれたことで焦りを感じていたギャングたちは人形たちの猛攻に怯みつつある。

 銃剣を装着し近接戦にも対応するスプリングフィールド、先ほどまで運転に集中していた9A91もまたそれまでの鬱憤を晴らすかのように獅子奮迅の活躍を見せる。

 

「アバズレ共が、調子に乗りやがって!」

 

「やかましい! 全員ぶちのめしてやる!」

 

 列車の屋根で繰り広げられる激しい銃撃戦、そして車両の中でもまた404小隊のメンバーが熾烈な撃ち合いを続けている。ギャングたちが接近戦を控え、銃撃戦に集中するようになると人形たちの快進撃も止まってしまう。

 さらに悪いのは、銃撃で足を止められれば背後から彼女たちがして見せたように、ギャングたちが列車に乗り込んで来て挟みうちにされていく状況だ。

 

「まずいわ、どんどんあいつらが乗り込んでくる!」

 

 後続車両には次々にギャングたちが乗り込んで来ては、その度に銃撃が激しくなってくる。勢いづいたギャングたちも徐々に距離を詰めていく…ゆっくりと、確実に追い詰められていく人形たちにも焦りが見えはじめる。

 逃げ場のない状況の中でスコーピオンは、ギャングたちの中から異様な姿をした巨漢を目にする。

 大きな牛の頭蓋骨を被り、鋼板を削り加工した粗雑なアーマーで身を固め、手には巨大な斧が握られている。

 

「ヤバい!なんかヤバそうなの来たよ!」

 

「屈んでなさい!」

 

 WA2000はライフルを構え、近付く巨漢に狙いを定めようとしたが、車両をよじ登ってきたギャングの一人に組みつかれて阻止される。

 

「捕まえたぜ! ハハ、やっぱり上物だ! 手足を斬りおとしておもちゃにしてやるぜ!」

 

 ギャングたちが身体にまとわりつかせる腐肉の悪臭にWA2000は思わず顔をしかめる。

 その表情が怯えている者だと勘違いし、相手は所詮女だと油断しているようだったがその男は知らなかった……組みつくその人形が、MSFでも五本の指に入るほどの実力者であることを。

 戦闘の素人風情が、何より……オセロット以外の男にまとわりつかれたこの状況に、WA2000は激怒し、組みつくギャングの顔面に拳を叩き込み、のけぞったところに渾身の回し蹴りを放つ。彼女に組みついていたギャングは情けない声をあげて、車両から叩き落されていった。

 

「もう…頭に来たわ! 全員仕留めてやるわ!」

 

「うわ、わーちゃんがキレた!」

 

 オセロット以外の男に触られたことで彼女の怒りは一気に頂点へと達し、その怒りの矛先は前方から接近する斧を持った巨漢へと向けられる。

 

「こんのデカブツめ! さっさと死ね!」

 

 接近する巨漢の頭部めがけ銃弾を放ったが、頭部の被り物が放たれた弾丸を弾いた。

 驚き目を見開くWA2000…どうやら頭部の被り物は骨ではなく、頭蓋骨を模した鋼鉄のヘルメットであったようだ。滑らかな曲線に加工されたマスクは徹甲弾の一撃を弾き、クスリで鈍感になった痛覚はアーマーを貫通する銃撃でも止められない。

 猛牛のような雄たけびをあげて、巨漢のギャングは斧を振りかざして突っ込んでくると、その凶悪な一撃を振り下ろす。

 重量のある斧の一撃は鋼鉄の車体を一発で吹き飛ばし、大きな亀裂を生じさせる。

 下で戦っていた404小隊も突然の衝撃に驚いたことだろう。

 

「化物め…! さすがアメリカね!」

 

 人間とは思えない威圧感に冷や汗を流す。

 獣のような咆哮と共に巨漢は斧を振り回し、スコーピオンらの隠れる土嚢ごと破壊し暴れまわる。こいつだけを相手にできれば状況も変わるのだろうが、後方からは武装したギャングたちが接近しつつある。

 絶体絶命だ……だが…。

 

「うぐっ!?」

 

 突如、巨漢のギャングの動きが止まる。

 見れば、男の首元から血に濡れたブレードが突きでているではないか。

 

「大物ゲットだクソッたれ!」

 

「エグゼ! やっちまえ!」

 

 仲間の危機に駆けつけたのはエグゼだ。

 首を貫かれた苦痛に膝をついた巨漢、エグゼは男の首を絞めあげるとギリギリと捩じ上げる…断末魔の叫び声をあげる男にエグゼは笑みを浮かべ、ブレードの刃をねじり、一気に力を込める。

 ブレードに斬り裂かれた首の肉がズタズタに引き裂かれ、男の首が脊髄ごと引きちぎられる。

 

「っしゃおら! やったぜ!」

 

「エグゼ…やれって言ったけどさぁ…」

 

 脊髄をぶら下げる生首を掲げるエグゼに、スコーピオンらは顔を真っ青にさせていた…。

 

 それはともかくとして、エグゼとハンター、そしてアルケミストが装甲列車の前方から敵を駆逐してきたおかげで挟みうちの状況は打破される。とはいえまだまだ危機的な状況に変わりは無い。

 際限なく現れるギャングたちに、一体どれだけの規模の集団なのだと、考えるだけで恐ろしくなってくる。

 テキサスの荒野に君臨する一大勢力という話しもあながち間違いではなさそうだ…。

 

「ちっ、キリがないな…!」

 

「そうでもないよ」

 

 愚痴をこぼすハンターに対し、デストロイヤーは妙に勝ち誇った表情でそう呟いた。

 何がそんなに自信があるのかと疑うハンターは、デストロイヤーが見つめる一点へと視線を向けた…。

 

「あれは……なんだ?」

 

 広大なテキサスの荒野の先に、ギャングたちとはまた違った車両の集団が見えた。

 目をこらし見て見れば、それらの車両はギャングたちが使っているような粗末な装甲車ではなく、軍事用に作られた正真正銘の装甲車であった。

 謎の集団が掲げているのは、赤字に青のサザンクロスが描かれた旗であった。

 

 

「南部連合だッ! ディキシー共が来やがった!」

 

 

 ギャングのうちの誰かがそう叫ぶ。

 すると途端にギャングたちは人形たちへの攻撃の手を止め、接近する別な車両の集団へと意識を集中させた。

 

「おいデストロイヤー、あいつらはなんなんだ!? あれがお前が言ってた南部連合か!?」

 

「そ、そうだよ! たぶん助けてくれると思うんだけど…」

 

 そう言った矢先、荒野の先できらりと何かが光ったかと思った次の瞬間、装甲列車の後続車両の一つが大爆発を起こし吹き飛んでいった。

 

「おい攻撃してきたぞ!? どーすんだよ!?」

 

「う、わたしも知らないよ!」

 

「ちっ、使えねえ!」

 

 南部連合と思われる勢力からの砲撃はさらに続き、その砲撃はギャングたちを狙っているのは明らかなのだが、列車に乗る人形たちの事は認識していないのか列車に対しても容赦なく砲撃を浴びせてくる。

 このままでは砲撃の餌食にされる……。

 

「連結部よ、車両を切り離すわよ!」

 

「それだ、みんな手をかして!」

 

 装甲列車を切り離せば相手も何らかの異変があることに気付いてくれるはず…そんな淡い期待を込めて人形たちは前方の車両を目指し、一部は残ったギャングの掃討にうつる。

 

「こいつを切り離せばいいんだな」

 

「いくよ、せーのッ!」

 

「うりゃーーーッ!」

 

 錆びつき固く連結された車両を、エグゼ、スコーピオン、ハンターの三人がかりで引き離す。

 もたもたしていればギャング共々吹き飛ばされてしまう、そんな思いからか普段以上の力を発揮して見せるがあと少しのところで届かない。そんな時、97式が駆けつけ微力ながら力を貸した。

 終始怯えてばかりだった彼女であるが、戦術人形としての力を活かし、それが加わった結果ようやく連結部が離れだす。

 

「ふー…ありがとうね97式!」

 

「い、いえ…きゃ!?」

 

 ホッと安堵した瞬間、97式の身体が引き離された車両へと引きずり込まれる。

 

「逃がすかよ…テメェら、南部連合とグルだったのか!? 許さねえ、八つ裂きにしてやるぜ!」

 

 97式を捕まえたギャングが拳銃を彼女の頭につきつけたが、その引き金が引かれる前にハンターの銃弾が男の眉間を撃ち抜いた。解放され、へたり込む97式…。

 

「97式、早くこっちに跳ぶんだ!」

 

 連結を解除された車両は徐々に離れていく。

 南部連合からの砲撃も激しさを増し、いつ砲弾が命中してもおかしくはない。必死に手をのばすスコーピオンであったが、97式は何かを躊躇うように顔を俯かせている。

 

「97式早く!」

 

「スコーピオン…! アイツは」

 

「うるさい! 97式、なに考えてるか知らないけど、考えるのは後にして!」

 

「スコーピオン…あたし……」

 

「こんなところで終わっちゃダメだ! 諦めるなっ! 97式…!」

 

 スコーピオンの必死の呼びかけにもまだ97式は足を踏み出せないでいる……彼女のそんな姿に、スコーピオンはこの前UMP45に言われた言葉を思いだす…。

 

 

"大切な家族や仲間たちをみんな失って、毎日毎日救えなかった命を悔やむ日々…苦しみに苦しみを重ねた末に誰もが考えることだと思うの、こんな苦しみから解放されたいって。そしてそれを解決する方法は一つ…"

 

 

 今の97式が何を考えているのか、理解できた…だがそれは、絶対にあってはならないことだ。

 迷う97式に、スコーピオンは微笑みかける。

 

 

「辛いよね、全部投げ出して終わりにしちゃいたい気持ちもわかるよ……過去は変えられないよ、それは事実だ。だけど、未来なら変えられるんだ。明るくて楽しくて幸せな未来を作ることだってできる。そしてそれはほんの小さな勇気で叶えられるんだ……97式、あんたの勇気を見せてよ」

 

 微笑みかけるスコーピオンの言葉に、97式は泣きそうな顔で唇を噛み締める……そうしている間にも車両は少しずつ離れていく。もう助けられない…そう小声で諭すエグゼだが、スコーピオンは諦めず97式を真っ直ぐに見続ける。

 彼女の勇気を信じ続けて…。

 そして…。

 

 

「スコーピオン…あたし……!」

 

 彼女の目には迷いがあった、ただそんな中に、生きていたいという確かな意思を感じ取る。意を決して跳んだ彼女であったが飛距離が足りない…その足りない分を、スコーピオンが命がけで手を伸ばして補う。

 スコーピオンの手が97式を掴んだとき、エグゼが勢いよく二人を列車へと引っ張り込む。

 

 

「こんのバカ野郎! 危ないだろアホ! お前が死んだらスネークにどんな顔して会いに行けってんだよ!」

 

「アハハハ、結果オーライだってば……」

 

「うるせぇ! ったくこいつだけはまったく…」

 

 

 怒りながら立ち去るエグゼを見届けた後、スコーピオンは未だ息を乱す97式をそっと抱きしめ、その髪を撫でてあげる。

 

「頑張ったね97式…えらいえらい」

 

 震える彼女の身体を抱きしめると、97式は小さくすすり泣く。彼女が見せた小さな勇気…それはちっぽけなものだったが、何よりもそれがスコーピオンに取って嬉しかった。

 

 引き離された車両と距離が開き、そのうち砲撃が命中し吹き飛ばされる。

 南部連合の砲撃はどうやらスコーピオンらを狙っていないようだ…。

 そのうち砲撃も銃声も聞こえなくなり、ただ列車がレールの上を走る音だけが鳴り響く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、列車はテキサスの荒野を抜け、ある駅舎で停車した。

 駅のホームには武装した兵士たちがずらりと並んでいる……個体差はあるが人間の兵士ではない。鉄血が扱う装甲人形Aegisに似た外見だ。

 駅のホームに停まった車両を取り囲むが、そこに威圧感はなく逆に歓迎のムードがある。

 

 緊張した面持ちで降り立つ人形たちを前にして、相手方の人形たちは手を広げ歓迎の意思を示す。

 

 

「ようこそアメリカへ、我々はあなた方を歓迎します…あぁ、なんと…デストロイヤーさん。お久しぶりですね」

 

「や、やぁ」

 

 

 声をかけられたデストロイヤーは気まずそうに手をひらひらと振る。

 そのとたん、取り囲む装甲人形たちが和んだように感じられる。

 

 

「道中は大変でしたね。どうぞこちらへ、ゆっくりお休みください」

 

「待って、歓迎ムードは嬉しいけどアンタたちは何者なの?」

 

 WA2000の問いかけに、その装甲人形はぺこりと頭を下げて謝罪する。

 

「これは失礼しました。我々は旧アメリカ合衆国陸軍第1機甲師団の軍用人形です。仕えるべき政府は無くなってしまいましたがね…」

 

「ここに居るのは、人形たちだけなの?」

 

「はい、そうです。他にも欧州から渡って来た自立人形もおりますよ。今はあの栄光ある旗の下、法と秩序を取り戻そうと活動しているところです。さあ、お疲れでしょうからこちらへ…暖かいベッドやお食事を用意しますよ」

 

 

 妙に好意的な人形たちに、逆に疑ってしまうが、おそらく本当に善意なのだろう…。

 ひとまず警戒をしつつ、彼らに付き従うこととする…。

 ふと、WA2000は先ほど人形が指さした旗を見上げる……。

 

 

「勘違いしてるのかしら? いや、本気で信じてるなら言わない方がいいのかしら…」

 

「どうしたのわーちゃん?」

 

「なんでもないわ、行きましょう」

 

 

 駅のホームにひるがえる旗、それはかつてこの国を二分したもう一つの国家の旗印であった。




ちょっとわーちゃん強すぎんかな…。

この作品において命を助けるのはスネークだけど、心を救うのはスコーピオンが最多かな?
ともかく、97式は一歩踏み出せたね…。


さてアメリカ第二の勢力、南部連合の簡単な説明

旧アメリカ合衆国陸軍第一機甲師団の生き残りが主体となって造り上げた組織で、アメリカ軍の装備を持ち最も強力な軍事力を持つ勢力の一つ。
他にも警察組織や移民などをくわえて構成しているが、特色はそのすべてが自律人形及び軍用人形で構成されていること。移民の中には欧州のロボット人権団体がアメリカ大陸へ渡らせた個体もいる。
旧軍の残党ということで、旧政府の意思を引き継ぎ法と秩序の回復に邁進し、自由と平等を掲げる……が、バグか勘違いか掲げるべき国旗を間違えている。
皮肉にも本来の星条旗ではなく、南部連合旗をシンボルとして掲げてしまっている。

※南部連合旗=南北戦争時に南軍が掲げた国旗


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オールド・グローリー

「ん……」

 

 シャワーのバルブをひねると、ちょうどよい温かさのお湯が流れ、テキサスの荒野を駆け抜けたおかげで身体中にまとわりついた砂が洗い流される。テキサスに上陸を果たして以来、まともに風呂にも入れなかったWA2000は久しぶりのシャワーに心地よさを感じていた。

 南部連合(彼ら自身はアメリカ合衆国の正統後継者と名乗っている)は鉄血であるアルケミストとMSF所属の人形たちを分け隔てなく歓迎し、古い陸軍基地に招待し、温かい食事やベッド、そして疲れた身体を癒す浴室を貸し与えてくれた。

 多少の汚れくらいでストレスを感じるほど繊細なメンタルを持つ人形たちではなかったが、それでも荒野を駆け抜けて散々汚れた身体を洗い流せることには歓喜していた。

 

「気持ちいいわね……」

 

 身体の汚れを落とすWA2000は心地よさそうに目を閉じるが、そんな油断しきった彼女へ悪戯好きのスコーピオンがそった近付く。スコーピオンは忍び足で近付いたかと思えば、シャワーのバルブを一気に冷水へと切り替えて見せた。

 シャワーヘッドから流れるお湯が一気に冷たい水へと変わり、突然の出来事にWA2000は大きな悲鳴をあげて飛び上がる。

 

「アハハハ! わーちゃん期待通りの反応ありがとね!」

 

「こ、このクソサソリ…! 待ちなさいッ!」

 

 WA2000は案の定顔を真っ赤にして怒り、浴室内を逃げ回るスコーピオンを追いかける…だが浴槽内を走り回るのは地雷原を呑気に歩くのと同じくらい危険が潜む。やはりというか案の定というか、浴室の床に転がっていた石鹸に二人そろって足を滑らせ後頭部を勢いよく硬い床へとぶつけるのであった。

 

「ッッッッ!!!」

 

 後頭部の鈍痛に声にならない声をあげてもだえ苦しむWA2000に対し、スコーピオンは同じように後頭部をぶつけたのにも関わらずケロッとしている。むしろWA2000のそんな姿に腹を抱えて笑っている方が苦しそうに見える。

 そんな二人を呆れたようにエグゼは流し見る。

 

「ったく、風呂入ったくらいではしゃいでガキかってんだ…」

 

「ふん、シャンプーハットをつけた奴が何を言ってんだ?」

 

「う、うるせ! これしてると髪洗ってても目を開いてられるんだぞ!」

 

「ガキか…」

 

 シャンプーハットを指摘されて慌てて幼稚な弁明をするエグゼにはハンターも呆れてため息をこぼす。

 それはともかくとして、こうして裸の付き合いもできるようになってきたのだから二人の距離感も確実に縮まったものだ。入浴前の身体洗いを終えたエグゼとハンターはお湯のためられた浴槽へと身を沈める…水を沸かしただけの風呂だが、久しぶりの入浴は疲れ切った身体をには心地よい。

 

「やあ二人とも、湯加減はいかが?」

 

 そこへやって来たのはUMP45、大きなバスタオルに身を包みニコニコと愛嬌の良い表情を浮かべている。彼女も久しぶりの入浴を喜んでいるのだろう。

 挨拶もそこそこにつま先をお湯に付けたUMP45を、エグゼは声をあげて待ったをかける。

 

「タオルを湯船に付けるのはマナー違反じゃないのか?」

 

「あら、あなたの口からマナーという言葉が出るなんて意外ね…まあいいじゃない、久しぶりなんだし」

 

「良くないわ。なんだろうと鉄血人形に遅れを取るわけにはいかない、脱ぎなさい45」

 

「416…あなた何を…」

 

「ダメだよ45姉! お風呂にタオルを入れるのはマナー違反だよ!」

 

「9まで…! くっ…殺せ…!」

 

「やかましいわアホ」

 

 観念したのかUMP45は身体を覆い隠す大きなタオルを脱ぎ捨てたが、それと同時に浴槽へ勢いよく入り、裏切り者の妹と416を睨む。しかし416はどこ吹く風、9も浴槽の端でぷかぷか浮いているG11いじりであまり見ていない。

 

「なによ…胸の大きさが性能にどう関係するってのよ…」

 

「うるせーぞまな板」

 

「エグゼ、あんた一回死んでみる?」

 

「お、やるかコラ?」

 

 売られ言葉に買い言葉、二人は好戦的な表情を浮かべて浴槽から立ち上がる……が、立ち上がったことで露わになったUMP45の身体を間近で見てしまう。エグゼはまずは自分、それからハンター、次にWA2000やスプリングフィールドといった他の人形の胸部を見つめていき最後にもう一度UMP45の胸をまじまじと見つめる。

 

「いやいや、悪かったよUMP45。オレが悪かったから、この通り謝るよ」

 

「……やっと会えた…本当に殺したいやつ…!」

 

 悪びれる様子もなく笑うエグゼに、UMP45は確かな殺意を覚え額に青筋を浮かべる。一触即発の空気に包まれるがそこは他の人形たちがなんとかなだめ、浴槽内での流血沙汰は回避されるのであった。

 まあ若干一名、浴室の床に頭をぶつけて痛い思いをしている人形もいるようだが…。

 

「ねえエグゼ、ちょっと一緒に来てくれるかな?」

 

 浴室を出て着替えを済ませていたエグゼにスコーピオンが声をかける。

 先ほどまで浴室内で大はしゃぎしていた時とは打って変わり、神妙な面持ちのスコーピオンに彼女が何を考えているのかを察し、エグゼは無言で頷いた。

 

 二人が向かったのはアルケミストがいるであろう部屋だ。

 軽いノックから少し間を置いて部屋へと入室する…南部連合からアルケミストへと貸し与えられた部屋は基地の応接間で、部屋のソファーに彼女はいた。

 部屋へ入ってきた二人を見たアルケミストは、人差し指を口の前に立てた……アルケミストの膝の上には、小さな寝息をたてて眠るデストロイヤーがいた。

 

 

「97式の事で来たんだろう?」

 

 

 スコーピオンがここへ来ることは分かっていたようだ。

 膝の上ですやすやと眠りにつくデストロイヤーの髪を優しく撫でながら、アルケミストは部屋の隅に佇んでいた97式を指で招く。緊張した様子で近付いて来た97式を正面に座らせると、アルケミストは97式のアゴに手を添えて真正面を向かせる。

 

「MSFは約束を果たした、その見返りにお前のあらゆる拘束を解く。おめでとう、これで自由だ……そしてこれが自由の証さ」

 

 アルケミストは懐からあるものを97式に投げ渡す…投げ渡された銀色に光るリングは、97式に取って忘れられないものであった。

 

「お姉ちゃんの指輪…」

 

「もうあたしがお前を束縛することは無い。どこへなりとも行き、どこででもくたばるがいいさ」

 

 アルケミストの目はもう97式を見ていない。

 もう何の興味も無いのだろう、ただ眠るデストロイヤーをじっと見つめているのみだった。

 

 唐突に与えられた自由に、97式もいまだ受け止め切れていない。アルケミストから渡された姉の指輪を固く握りしめて立ちすくむ彼女をスコーピオンがそっと抱きしめ、静かに部屋を出ていく。

 

 

「なあ処刑人、少し話せないか?」

 

 

 スコーピオンの後について部屋を出ていこうとしたエグゼをアルケミストは引き止める。

 元は鉄血だが今はMSFに所属する手前、エグゼは一度スコーピオンに振り返り彼女の了承をとる…スコーピオンとはそこで別れ、エグゼは静かにそばにあった椅子に腰掛ける。

 

 

「話しって、なんだよ姉貴…」

 

 エグゼの問いかけにアルケミストは一度顔をあげたが、すぐにその視線をデストロイヤーに戻す。

 

「分かってるだろう? あたしらのところに、戻ってきなよ」

 

「姉貴……悪い、それはできない」

 

「あの男、スネークがいるからか?」

 

「あぁ……そうだな」

 

「そうか……今回のMSFへの依頼だが、本当はあたし一人でやるつもりだった。MSFに仕事を回したのはお前とハンターに会いたかったからだ。もしもお前たちが半端な覚悟で鉄血を離れていたら、無理矢理でも連れ帰るつもりだったんだ。だが、お前たちの元気そうな姿を見て…そんなことはどうでもよくなった」

 

 自嘲するように笑うアルケミストに、エグゼは少し気まずそうに俯いた。

 

「正直に言うとお前の事はあまり心配していなかった、お前は案外しっかり者だからな。心配だったのはハンターだ…あいつは、ウロボロスのバカが余計なことをしてくれたせいで不幸な道を歩かざるをえなくなってしまった。実を言うと、お前とこうして話す前にハンターとも話しをしたんだよ」

 

「ハンターと? アイツと一体何を話したんだ?」

 

「知りたいか? その前に、お前に聞きたいんだ。今のハンターは記憶をリセットされてお前が知っていたハンターと違う存在と言ってもいい。お前が親友のかつての姿を重ねるのは勝手だが、それは果たして今のあいつのためになると思うか? せめてあいつだけは、あたしらのところに戻すべきじゃないかと思わないか?」

 

 アルケミストは責めるわけでもなく、穏やかな口調でエグゼに問いかける。

 彼女の問いかけは、記憶を無くした彼女を迎え入れてからというもの何度も思い悩み葛藤していたことだった。

 これまでにも以前と同じように接しようとして、拒絶されかけたことがある…最近は上手くやっているような気もするが、本人の考えは分かりっこない。

 ハンターの本音は違うのではないか、そう考えるたびにエグゼは言いようのない不安を感じていた。

 

「そうかもしれないな。オレが記憶を無くす前の姿を重ねてるのは今のアイツにとっては鬱陶しいかもしれないよな…だけどよ、オレにとってアイツはかけがえのない存在なんだ。お互い戦場で助け合った仲だ、恩に感じることもあったしそれは今でも変わらない。もうあいつを失いたくない……大切な誰かを失うのはもうごめんだ。それは、姉貴が誰よりも一番分かってることだろ?」

 

「そうか…迷いはないんだな。記憶を消された程度じゃ、お前たちの絆は消えようがないってことか。ハンターが言ってたよ。記憶を無くす前の自分はお前と唯一無二の親友だったのかと…その通りだと答えてやったんだ。あいつもあいつなりに、お前との関係を考えてるらしい……安心しな処刑人、あいつはお前を嫌ってなんかいない。むしろ素直になれてないだけで、好きだと思ってるはずさ」

 

「そっか…やっぱ姉貴には素直に言うんだなあいつ」

 

「そういうところは前も今も変わらないね」

 

 そう言って笑い合う二人…だが、もう別れの時も近い。

 これ以上の馴れ合いは、悔いが残るだけだ。

 

「処刑人、誰かを大切に想えば想うほど、それを失った時の痛みは大きくなるんだ。お前は一人の人間を愛しちまった…だが人はいつか必ず死ぬ、人形とは違う。それを覚悟するんだよ」

 

「愛、か……よく分からねえな。姉貴はその、分かるのか?」

 

「さあね……さ、もう行きな処刑人。あたしの気が変わらないうちに"家族"のところへ帰るんだね」

 

「ああ、姉貴も達者でな。なるべく戦場で鉢合わせないようにお互いしようぜ……じゃあ、サンキューな」

 

 笑いながら部屋を後にするエグゼに、アルケミストは手を軽く振って見送った。

 来訪者がいなくなり部屋はもとの静けさが戻ってくる……ふと、寝息が聞こえないなと思い視線を落としてみれば、いつの間にかデストロイヤーが薄目を開けて起きていた。

 

「いつから起きてたんだ?」

 

「処刑人と話し始めた時から……ねえ、本当に良かったの? 代理人には記憶を消してでも連れ戻せって言われてたんじゃないの?」

 

「ウロボロスのバカがやったみたいにか? あたしには、出来ないね……家出したとはいえ、可愛い妹分をどうして不幸にさせられる? あいつが後悔なく生き続けられるならそれで十分さ」

 

「それでアルケミストは後悔してないの? 本当は連れて戻りたかったんでしょ?」

 

「そうは思うが、アイツのためだ。後悔はしていない」

 

「じゃあ、どうして泣いてるの?」

 

「泣いてる…? あたしが?」

 言われてアルケミストは咄嗟に目もとに手を当ててみるが、目の周りは特に濡れてはいなかった。

 何を言っているのだとデストロイヤーを見て見るが、彼女はただ哀し気な表情でアルケミストを見ていた。

 

「分かるよ…だって、マスターがいなくなった時と同じ顔してたもん」

 

「そんな顔…してたのか?」

 

「うん」

 

 動揺するアルケミストに、デストロイヤーは不意に抱き付いた。

 いつもの甘えた行動かと思ったがそうではない…悪党どもに追いかけ回されて泣いていたあの少女が、今は自分を慰めようとしているのだとなんとなく理解できた。

 

「アルケミスト、わたしはどこにも行かないよ。あなたを一人にしない…だから泣かないで? わたしたち、家族でしょ?」

 

「そうだな……それが、マスターの願いだったものな」

 

 二人は懐かしい恩師の姿を思い浮かべ、互いを慰め合うように抱きしめ合う。

 それはあたたかくも、どこかはかなげな姿であった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南部連合基地 通信室

 

 そこではUMP45ら404小隊が南部連合の兵士を伴い通信装置の操作を試みている最中であった。

 任務も終了し、目的であった97式の解放も果たした今、さっさとMSFに連絡をとるのが最優先であるはずなのだが、MSFの人形たちは任務を終えて満足したのかこの基地でバカンス気分だ。

 こういう時真面目なWA2000が頼りになるのだが、浴槽で打ちつけた頭が予想外に酷かったらしく基地の病棟へと運びこまれていってしまった。

 

 基地の食事も浴室も貸してくれた南部連合に通信施設まで借りるのは図々しいかと思われたが、彼らは快く貸してくれた。

 だが20年近く前の通信装置は、最新のものに慣れていた404小隊を苦しめる。

 あっちのボタンを押してみたりこっちのボタンを押してみたり…貸し与えた南部連合の兵士もその様子に困惑している。

 

「ダメね、なかなかうまく繋がらないわ」

 

「ねえ45姉、ひっぱたいてみれば治るんじゃないかな?」

 

「よしなさい、G11じゃないんだからひっぱたいてよくなるわけじゃないでしょ?」

 

「聞こえてるよ416…絶対叩かないでよね」

 

 通信装置に悪戦苦闘するうちに、南部連合の兵士は基地の放送で呼び戻されその場は自由にしていいと彼女たちに伝えると、部屋を立ち去っていった。

 その後しばらく通信装置に苦戦していたUMP45であったが、唐突にそれまでの行動をストップさせると、部屋の扉から外を伺った。

 

 

「よし、行ったわね。作業開始よ」

 

「はぁ…あんたの指示で下手な芝居をうったけど、今度は何をするつもりなの?」

 

 

 実はそれまで通信装置の扱いに苦労していた姿は演技だったのだ。

 呆れる416に悪戯っぽく舌を出し、慣れた手つきで通信室の端末を操作していく…元はアメリカ陸軍の情報端末、高度な暗号やパスワードが施されているが、UMP45は多少つまずきつつもそつなくそれらの障害を突破していく。

 

「45、南部連合が何か隠してると思うの?」

 

「いいえ、彼らは何も隠してないと思うよ。自分たちが旧軍の残党であることも、法と秩序の回復を願っているのも本当だと思うわ」

 

「そう。だったら今やってるのは何の意味があるの?」

 

「あの人形たち、この基地の全てを掌握してるわけじゃないって言ってた。軍の秘匿通信にアクセスする権限はないし、他の基地にアクセスする権限もないとも言ってたわ。おそらくこれも本当よ」

 

「だからそれが今やってることに何の繋がりがあるの?」

 

「もうちょっと待っててね……よし、ビンゴ」

 

 端末の操作を終えて開いたのは、軍の通信記録だ。

 画面の上から下まで小さな文字がびっしりと表示されているのには目まいがするが、416は目を細めてそれらの通信記録の履歴を眺める。すると奇妙な違和感を覚え、じっくりとその履歴に目を通す。

 

「なにこれ……最近の通信記録?」

 

「ええ、通信内容は分からないけど誰かが確実に通信をしている証拠よ」

 

「南部連合はこの通信を使う権限がないって言ってたんでしょう? じゃあ誰が使ってるの?」

 

「案外鈍いのね416……軍の秘匿回線を使える存在なんて、最初から決まってるようなもんじゃない」

 

 UMP45の言葉に416はハッとする。

 だがあり得ないと即座に否定する…もしUMP45の予想が的中しているのだとすれば、それは世界にとっても大きな衝撃となる。

 ただそばで見ていた妹のUMP9はちんぷんかんぷんのようで首をかしげている。

 

 

 

 

「よく分からないよ45姉…どういうことなの?」

 

 

「これから大事件が起こるのよ。世界が震撼するでしょうね……滅んだと思っていた旧世界の化物たちが帰ってくるんだよ」

 

 

「化物…? ますます分からなくなって来たよ…」

 

 

「第三次世界大戦はまだ、終わってないってこと。みんな、帰ったら忙しいよ」

 

 

 

 




はい……………ここらで第四章は終了です…長かった。
ほのぼのメインと言ったな、アレは嘘だ。

あとこれまでの章にタイトルをつけてみたよ。



以前予告していたアルケミストの過去を覗いてみましょう…。
時系列的には蝶事件の前日譚にあたります。
では…。


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追憶編:かけがえのない日々

予告していたアルケミストの過去編
若干一名キャラ崩壊してます


「おい処刑人」

 

 重たそうな木箱を抱えていたエグゼは自身を呼ぶ声に足を止めて振り返る。

 呼び止めた相手がハンターだと分かるや否や、特に理由もなく笑顔を浮かべるエグゼ…対してハンターの方はというと、表情を一ミリも変えず、エグゼの抱えていた木箱をじっと見る。

 

「また酒か? バカ者め…」

 

「一度に飲むわけじゃないぞ! ところで、どうしたんだオレを呼び止めてさ」

 

「いや、特に用があったわけじゃないんだが…」

 

「ん? そうなのか? どうせならオレの部屋に来るか?」

 

「そうだな……そうしよう」

 

 来ないだろうと思いながらも誘ってみたエグゼだったが、返ってきた彼女の予想外な返答に目を丸くする。

 何か悪いものでも食べたのか、それとも風邪でも引いているのか、いや人形は風邪などひくはずがない…珍しいハンターの態度に思案していると、それが面白くなかったのかハンターの目つきが怪しいものとなる。

 せっかく来てくれるということで、それ以上詮索はせず、エグゼはハンターを連れて自室へと向かっていった。

 

 エグゼの招きに応じ部屋に入ったハンターは部屋の中を軽く見回した。

 スコーピオン達とよく遊んでる印象から部屋は荒れ放題と思っていたが、部屋の家具は小奇麗にまとめられ掃除も隅々まで行き届いている。

 ベッドの寝具も綺麗にたたまれ、物もきちんと整理されている…予想していたよりも清潔な部屋にハンターは感心し、少しだけエグゼへの評価を改めた。

 

「ちょっとこれ片付けてるから適当なところでくつろいでてくれよ」

 

 エグゼの言葉に頷き、ハンターはそばのいすに腰掛ける。

 持ってきたビールを冷蔵庫に収納するエグゼをぼんやりと見ていたハンターであったが、ふと壁に飾られている写真に目を止める。

 その多くがMSFの仲間たちとの風景を撮った写真だったが、その中に一枚だけMSFの仲間ではない者たちとの写真があった。

 

「鉄血…」

 

 写真はエグゼがまだ鉄血にいた頃に撮ったものなのだろう。

 笑顔を浮かべるエグゼは同じように笑うハンターと肩を組んでいた……前までの記憶が消えて以来、このように笑い合い肩を組むことなど一度もしてたことがない。

 自分が知らないかつての自分の姿に、ハンターは哀愁を感じていた。

 

 写真には他にもデストロイヤーや相変わらず無表情な代理人、そしてアルケミストらも写っていた。

 時に利用し合う鉄血の人形たちだが、固く結ばれた絆が一枚の写真から伺える…そんな中に、ハンターには見覚えのない人物が一緒に写っている。

 研究員の白衣を着たメガネをかけた女性で、アルケミストの隣に並び優しそうな笑顔を浮かべている。

 

 おそらく写真に写るその女性は人間だろう。

 鉄血が人類に反旗を翻した今では絶対にありえない光景だ。

 

 

「おい処刑人、この人は誰だ? 少なくとも今の私の記憶にはない」

 

 その女性の正体が気になったハンターは写真を手に取りエグゼに問いかける。

 

「あぁ……サクヤさんか」

 

「サクヤ? 鉄血の研究員か何かか?」

 

「そうだな、一時期オレたち鉄血のハイエンドモデルの開発主任だったひとだ。そっか、お前は覚えてないよな……いい人だったよ」

 

 懐かしむように写真を見たエグゼであったが、その表情にどこか哀しみの色が込められていた。

 

「サクヤさんとは姉貴が…アルケミストが一番付き合いが長かったんだ。姉貴が他の誰よりも尊敬してて大切に想っていた人だったんだ」

 

「アルケミストがか?」

 

「あぁ。この頃は姉貴もあんなんじゃなかったんだぜ? 信じられるか?」

 

 アルケミストが敵対者に見せる過剰なまでの残虐性だが、エグゼはその当時のアルケミストにはそのような様子はなかったと説明する。今も変わらないのは仲間を想う気持ちだ。

 

「それで、この人は今は…?」

 

 ハンターの問いかけに、エグゼは何も答えなかった。

 ただその沈黙が意図するものを察し、ハンターはそれ以上の追及はしなかった。

 

「姉貴がどうしてあんなにも仲間じゃない存在に冷酷になれるか…姉貴は仲間には優しいが、それ以外の存在には情けをかけない。いやそんな半端なもんじゃないな…憎悪を抱いてると言ってもいいな、姉貴は人類を、世界を憎んでるんだ」

 

「処刑人、わたしは記憶を失って以来かつての仲間たちのことを知る機会がない。わたしはここで生きていくと決めたが、それでも知りたいんだ…教えてくれないか、みんなの事を」

 

「あぁ…いいよ。ハッピーエンドで終わる話しじゃないけど勘弁してくれよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄血工造株式会社 研究所

 

 東欧のある街に建てられた鉄血工造株式会社の自律人形製造工場、その近くにある広大な演習場で、開発されたばかりの戦術人形…いわゆるハイエンドモデルと呼ばれる人形の性能テストが行われていた。

 場所は戦術人形の戦闘訓練を目的に設けられた演習場だ。

 ハイエンドモデルを含む鉄血製の戦術人形の多くが情報漏えいを避けるため、人の目につかないよう周囲を外壁で覆われた広い演習場が使われる

 

「主任、上手くいきますかね…?」

 

「あの子なら大丈夫だよ、なんたって自慢の子だもの!」

 

 不安げな様子のスタッフとは対照的に、主任と呼ばれたメガネをかけた女性は満面の笑みでピースサインを向ける。二人が見つめるモニターには、演習場の様子が映されている。

 今回選ばれたのは市街地を模したフィールドだ。

 今映像に映し出されているのは一人の白髪の戦術人形……コンクリートの建造物が並ぶフィールドを落ち着いた様子で索敵している。

 

「わが社の三番目のハイエンドモデル、そして我々のチームが初めて開発したハイエンドモデル"アルケミスト"。この人形が上に認められれば、我々の評価も上がりますね主任」

 

「上の評価はどうでもいいけど…アルケミスト上手にやれるかな? 少し心配になってきた…!一応救急箱を用意しといて!ああ、でも大けがしたら大変だわ!きゅ、救急車も呼んでおいた方がいいかな!?」

 

「サクヤ主任落ち着いてください!それに修復施設もすぐそこにあるから大丈夫ですから!あ、戦闘が始まりますよ」

 

 その言葉に"サクヤ"は手に持っていた救急箱を放り投げてモニターの前へ駆けつける。

 箱入り娘を想う親のような彼女の様子に、女性スタッフも苦笑を浮かべる。

 

 モニターには、仮想敵として用意された鉄血製の戦闘ロボットと戦うアルケミストが映されている。

 アルケミスト一人に対し、用意された戦闘ロボットは数十体…明らかに無茶な性能テストの内容だが、上層部の指示で断り切れず、開発主任であるサクヤとしては不本意なものであった。

 とはいえ緊急時には主任であるサクヤの権限で戦闘ロボットの動作を停止させることも可能だ。

 ロボットを制御するボタンを早まって押してしまわないか、それが部下のスタッフの心配事であった。

 

 

「あぁ! 怖くて見ていられないッ!」

 

「しっかり見ててくださいよ主任、上に誰が説明すると思ってるんですか、あなたでしょう!?」

 

「は、そうね! 深呼吸しなきゃ……スー…ハー……よし来い!」

 

 

 落ち着きのないサクヤに部下のスタッフも頭を抱え込む。

 こんなんでも自律人形の開発において高い成績を持つ人物なのだから困ったものだ…最近はI.O.Pから引き抜いたと言われる研究員が重要な開発を行い、鉄血工造としてもそちらに開発費を多く投じているらしいが、それでも組織内でサクヤを評価してくれる存在も少なからずいる。

 

「心配いりませんよ主任、見てください。アルケミストが優勢ですよ」

 

「よし、これで勝てる! やっちゃえアルケミスト! 頑張れ頑張れ、負けるなアルケミスト!」

 

「あの主任、お願いですから落ち着いてください」

 

 

 モニターに映るアルケミストの戦闘の様子に、先ほどまで不安な様子で見ていたサクヤも手を叩いて喜んでいる…が、市街地から多数の戦闘ロボットが現れてアルケミストを包囲するのを見ると、大きな悲鳴をあげて緊急停止ボタンに手をかける。 

 それをスタッフが全力で阻止、暴れるサクヤをなんとか押さえ込む。

 

「は な せ! アルケミストに何かあったら承知しないかんね!?」

 

「落ち着いてくださいよこのバカ! 性能テストの最中ですよ!」

 

 ぎゃーぎゃー喚くサクヤに手を焼かされているうちに、演習場では動きがあったようだ。

 先ほど包囲されていたアルケミストは驚異的な身体能力で建物の突起物を足場に駆け上がり、包囲の外へと逃れ敵を殲滅する。単調なAIである戦闘ロボットはアルケミストの鮮やかな手口に対応できず、そこへ駆けつけた増援もろとも撃破していくのであった。

 そしてすべての戦闘音がおさまった時、フィールドに立っていたのはアルケミストただ一人だった。

 

 

「よ、良かったー…」

 

 無事終わった戦闘に、安堵したサクヤはその場にへたり込む。

 暴れるサクヤを押さえていた女性スタッフも重労働から解放されその場に崩れ落ちる…運動不足の研究員には暴れまわる人間を押さえるのは相当な重労働らしい。

 しばらく息を整えていたサクヤであったが、思いだしたように立ち上がると脱兎の如く駆け出した。

 運動不足が心配される研究員とは思えないほどの足の速さでサクヤが向かっていったのは、先ほどモニターに映されていた演習場ゲート。

 ゲートの鍵を開きロックを解除すると、そこにはゲートが開くのを待っていたアルケミストが無表情でたたずんでいた。

 

「アルケミスト! 無事で良かった…!」

 

 アルケミストの姿を見るなりその胸にとびつくサクヤ…一応主人である彼女を受け止めるアルケミストだが、どこか困ったような表情だ。

 

「たかが戦闘テストで大げさです。あの程度の戦闘ロボット、どうということはありませんよ」

 

「そうは言ってもだねアルケミスト、万が一ということもあるんだよ? 日本にはね、サルも木から落ちるということわざだってあるんだから」

 

「戦術人形の私が確立という不確かなものには左右されません、それに私はサルではありません」

 

「もう、屁理屈言わないの!」

 

「屁理屈ではないと思うのですが…」

 

 目の前でぷんぷん怒るサクヤの様子に、より一層アルケミストは困惑する。

 ふと、サクヤはアルケミストが腕から血を流していることに気付くと慌てだす。

 

「大変、怪我してるじゃない!」

 

「銃弾が一発当たっただけです。さほど問題ではありませんよ」

 

「大問題ですッ! しまった救急箱を置いてきてしまったわ…!救急車、救急車を呼ばなきゃ!」

 

「マスター、修復施設はすぐそこですよね?」

 

「それだ! 早く行くわよ!」

 

 困惑するアルケミストの手を引いて、サクヤは修復施設に向けて駆けだした。

 施設の扉を勢いよく開けると、何事かと施設のスタッフたちが飛び出してくる…切羽詰まった様子で話すサクヤであったが、言葉がめちゃめちゃで伝わるものも伝わらない。

 見かねたアルケミストが簡潔に代弁する。

 

「なるほど、人形が負傷したから修復をと……で、お前はこの傷を治すべきだと思ってきたのか?」

 

「私個人の意見を言わせてもらいますと、自然治癒で問題ないかと」

 

「その通り、自然治癒で治るのならそれに任せた方が利口な場合もある。そういうわけでなサクヤ主任……いちいち小さな傷でやってくんな!」

 

「なんだと!? わたしは開発部門の主任なんだぞ、偉いんだぞ!」

 

「やかましい! こっちだって修復部門の主任だ!」

 

「マスター…もう此処の皆さんに迷惑をかけるのは止めて戻りましょうよ。すみません、ご迷惑をおかけしました」

 

「ちっ、覚えてなさいよあんた!」

 

「おとといきやがれ!」

 

 お互い姿が見えなくなるまで罵り合い、その間好奇の目に晒され続けたアルケミストはやりきれない思いでサクヤの襟首を引っ張っていった。

 

 

 

 

 

「まったくもう、あのオッサンときたらまったく」

 

 その後は研究所へと戻り、サクヤの部屋にてアルケミストは治療を受けていた。

 銃弾が当たったとはいえかすり傷程度、大した処置などしなくても数日で治る程度の傷であったが、サクヤはそれをよしとしなかった。

 ばい菌が入らないよう傷口を消毒し、清潔なガーゼを当てて包帯を丁寧に巻いていく。

 主人である彼女に治療されることは気が引けるアルケミストであったが、椅子に座り治療を受けることを"命令"されて大人しくしていた。

 

「マスター何度も言いますが、大した傷ではありませんよ?」

 

「ダメだよ、傷跡が残っちゃったら大変なんだから。あなたも女の子なんだから、そういうところ気にしないとダメだぞ」

 

「いつか私は戦術人形として戦場に出ます。そうしたら今以上の傷も受けますよ」

 

「そうならないように努力するの…よし、これで出来上がり!」

 

「ありがとうございます、マスター」

 

 水玉模様のテープで包帯を固定し、傷口の処置に満足げに頷くサクヤ。

 もう用はないだろうと、宿舎へ戻ろうとするアルケミストであったがサクヤに引き止められて再び椅子に腰掛ける。

 そのまま待っていると、サクヤはお盆に二人分のケーキを載せて戻って来た。

 

「町で買ってきたんだ、アルケミストはケーキ食べた事ある?」

 

「いえ、ここでの食事以外はありません」

 

「そっか、じゃあ食べてみなよ。きっと気にいるからさ!」

 

「では、いただきます」

 

 小皿に載せられたケーキを受け取り、スプーンにケーキをすくう。

 ケーキを口に運ぶ前に、チラリとマスターであるサクヤを見て酷く後悔する。

 物凄い期待したような表情でじっと見ているのだ…マスターの清々しいほどの笑顔に怯むアルケミストであった。

 サクヤの視線に気まずさを感じつつケーキを口にしたアルケミストであったが、口の中に広がるクリームの甘味に感嘆の声を漏らす。

 

「どう、美味しいでしょ?」

 

「……はい、とても甘くて美味しいです」

 

 生まれてからというもの、このような菓子類を口にしたことがなかったアルケミストはケーキの美味さにすっかり魅了される。甘すぎず滑らかな味わいの生クリーム、ふわふわのスポンジ、白いケーキの中に彩りをつけるイチゴの甘酸っぱさ…それら一つ一つを丁寧に味わっていく。

 

「ごちそうさまです、とても美味しかったです」

 

「それは良かった…もう一個食べる?」

 

「え?ですがそれではマスターが…」

 

「わたしはいいから食べなよ」

 

 サクヤの好意に遠慮するアルケミストだが、最後には折れてもう一個のケーキを受け取る。

 やはりサクヤはニコニコと笑顔を浮かべてアルケミストをじっと見つめている…先ほどのような気まずさを感じていたが、一度ケーキを口にすればその味わいに夢中になる。

 あっという間に食べてしまわないようペースを控えめに、ゆっくりとケーキを味わう。

 至福の味わいに、ついアルケミストのほほも緩む。

 

(やっと笑ってくれた…)

 

 本人も知らずに浮かべているその笑顔…いつもは無表情のアルケミストの珍しい表情に、サクヤは満足していた。

 

 二つ目のケーキも食べ終わったアルケミストは、少しの間余韻に浸り満たされたように穏やかな表情をしていた。

 そんな時、サクヤは少し身を乗り出してアルケミストへ近付くと、彼女の頬についていた生クリームをそっと指ですくったかと思うと、それを自分の口元へと運んだ。

 

「んふふ…あま~い」

 

「なっ…マスター…!?」

 

 途端にそれまでクールを装っていたアルケミストの顔が真っ赤に染まる。

 アルケミストのなかなか見れない動揺した姿に大喜びするサクヤであった。

 

「まったく、あまりからかわないでください」

 

「あはは、堅苦しくしてるより笑ってた方がずっと楽しいんだから。それにその口調、もっとこう…敬語なんて使わなくていいんだよ?」

 

「いえ、マスターと私は上下関係にありますのでそこは守らなくてはいけないかと。ですが命令されるのであればそのように致しますが」

 

「もー、そういうとこだよアルケミスト! まあ命令はしないけどさ、気軽に話してくれると私も嬉しいからさ…君の好きなタイミングでいいよ、それが無理なら今のままでも構わないから。結局は君が思うようにするのが一番だからね」

 

「そうですか……分かった、マスター」

 

 少しだけ砕けた口調で話してくれたアルケミストにサクヤは微笑みを返す。

 ふと、サクヤは思いだしたようにテーブルの上のタブレットを手に取ると、ある人形の写真を表示させてアルケミストに見せる。

 

「新しく生まれてくるハイエンドモデル"デストロイヤー"だよ、まだメンタルの調整中で起動させてないけど近いうちに一緒になるよ。君にはこの子の面倒を見て欲しいんだ、新しい家族としてね?」

 

「家族…?」

 

「うん、そうだよ。人間の家族とは意味合いが違ってくるけど、同じ鉄血工造で生まれた人形として家族みたいに仲良くして欲しいんだ」

 

「家族という意味が理解できませんが、命令とあらばそのように」

 

「今はそれでいいけど、いつか他の誰かを好きになって、大切に想う気持ちを知ってくれたら嬉しいな」

 

 その言葉にアルケミストは無言で頷いたが、内心ではその言葉の真意を探ろうと電脳をフル稼働させていた。

 家族、誰かを好きになる、誰かを大切に想う気持ち…そのどれも今のアルケミストには理解できないものであった。

 アルケミストは好きということを興味に置き換えてみる。

 それを目の前にいるマスターに当てはめてみれば、興味があると言えよう……時折大げさなところもあるが、親身になって接してくれたり、さっきのように小さな傷でも身を案じてくれる。

 見ていて飽きが来ない、今こうして何気なく一緒に居るだけでも悪い気はしない…おそらくこれが好きということなのだろうか?

 

 ケーキの皿を片付けるサクヤの背をアルケミストはぼんやりと見つめる。

 

「わたしは、マスターの事が好きなのかもしれない」

 

 そんなことを無意識にアルケミストが述べてみると、その言葉を聞いてしまったサクヤが驚きのあまり転倒する。

 転んだ拍子にテーブルの角に頭をぶつけたらしい、鈍い音と彼女の悲痛な声が響く。

 

「マスター大丈夫か!?」

 

「アイタタタ……それよりアルケミスト、さっきなんて…?」

 

「うん? 何か言いましたか?」

 

「私の事好きって言わなかった?」

 

「言いましたかそんなこと? それより額から血が出てます、治療しないと」

 

「へーきへーき、ほんのかすり傷だよ」

 

「ダメです。マスターも女の子なんですから、傷跡が残ってしまったら大変です」

 

 先ほど自分が言って聞かせた言葉を言い返されたらサクヤも何も言い返せない。

 幸いにも額の傷は少しかすった程度で、ばんそうこうを一枚貼るだけで済む…のだが、アルケミストは消毒液や軟膏を用意する徹底ぶりだ。

 そこまですることはないのにと思いつつも、アルケミストの優しさが嬉しくてそれに甘えるのであった。

 治療のため二人は近い距離で向き合う形となる……治療をしていたアルケミストは、ふと自分の顔をじっと見つめるサクヤに気付く。

 

「なんですか?」

 

「いや、君の瞳がきれいだったからさ」

 

「おかしな話しですね、わたしを作ったのはあなたですよ?」

 

「そういえばそうだった。アレ、ということは私ってアルケミストのお母さん?」

 

「なんでそうなるんですか……はい、治療終わりましたよ」

 

「うーん、ありがとうね!」

 

 能天気な笑顔を浮かべるサクヤにどういたしましてと返す。

 アルケミストに治療されたのがよほどうれしいのか、鏡の前で何度も額をみてはにかむ…そんな様子を眺めながら、先ほどの会話をアルケミストは思いだしていた。

 

(私がマスターを好き…と言ったのか?)

 

 まだアルケミストにとって"好き"は単なる言葉でしかない…だが先ほどのサクヤの反応から、その言葉が特別なものなのだということは少し理解できた。

 そんなことを考えていると、宿舎に入る門限が近付いていたことに気付く。

 一応人形を管理する観点から、人形たちの宿舎には門限が存在する。

 あまり自由が認められず、限られたエリアの出入りしか出来ない鉄血人形たちのほとんどは宿舎で過ごすため、門限を超えて外出している人形はほぼいない。

 だが万が一門限を超えた場合、いかなる理由であっても処罰は免れない…いまだ処罰を受けた例はないが、その一例目にはなりたくないアルケミストは宿舎へ戻るため席を立つ。

 

 

「マスター、門限の時間が近いのでこれで失礼します」

 

「あ、結構時間が過ぎてたんだ。うん、わかったよ……また明日ね」

 

「はい、また明日」

 

 

 部屋を出る際にぺこりと頭を下げ、アルケミストは部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 また明日。

 "好き"なマスターに会える、明日はよりよい未来がやってくるんだ……そう思うことができる日々。

 

 

 

 

 

 蝶事件発生の数年前の出来事――――

 

 

 

 




明日なんてこなければいいのに…(涙)



人物紹介!

〈サクヤ〉

身長:169㎝
性別:女性
出身:ドイツ
特徴:メガネ、ハイテンション、家族想い

鉄血工造株式会社の人形開発部門に所属する研究員であり、アルケミストを含む複数のハイエンドモデルの開発者。
ドイツ生まれの日系ドイツ人で、日本人の片親の影響から日本文化にも精通はしている。
ただし幼少期に勃発した第三次世界の戦火に巻き込まれ、両親や親族を全て喪い孤児院に引き取られていた。
大切な家族を失った経験から、家族という存在を何よりも大切に想い、その気持ちを人形たちにも広まってほしいと思っている。

孤児院では自律人形にお世話になっていたこともあり、自律人形の開発に携わることを選びひたすら学問にうちこみ、見事業界大手の鉄血工造株式会社へと就職する。
その後は人形の製造・開発に携わり、優秀な成績から開発チームを任され、何体かのハイエンドモデルの開発を行った。
元々は自律人形の平和利用を願っていたが、鉄血工造に入ってびっくり…そのほとんどが軍事目的の戦術人形と知ることになる。

アルケミストが何よりも、自分の命よりも大切に想っていた人物

この時点のアルケミスト
・まだ家族愛には目覚めてない
・眼帯をしていない
・あまり感情を表に出さない

こんな感じです…結末は推して知るべし


あぁ……バッドエンドが決まり切った物語を書くのがこんなにも苦しいとは思わなかった…。


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追憶編:誰かを"好き"になるということ

 年長者への敬意というものがまるでない失礼極まりない子ども、それがアルケミストのデストロイヤーに抱いた第一印象であった。

 開発主任のサクヤより誕生したばかりの彼女をお世話する任務を受けたアルケミストであったのだが、相手のデストロイヤーはと言うと、世話なんかいらないとアルケミストを拒絶しようとしたり無視をしたりと、このような態度にはアルケミストも多少イライラさせられていた。

 だがマスターの命令である以上、任された任務を投げ出さずに全うするのがアルケミストだ。

 デストロイヤーの憎まれ口を聞き流しつつ、誕生後まもなく、知識に乏しい彼女にここでのルールや決まり事などを教え、時折行われる戦闘テストに同行しサポートを行う。

 ハイエンドモデルと呼ばれる人形は一人一人違った特徴や役割が与えられており、単純に力の強弱はつけられない。サクヤ曰く、デストロイヤーは爆破任務や破壊工作を得意とするらしく、訓練もそれに見合った内容となっていた。

 

「んふふ、今日の訓練は楽しかったな~!」

 

 訓練を終えたデストロイヤーはペットボトルのジュースを飲みながら上機嫌に廊下を歩いていた。

 その日行われた訓練というのは、敵対拠点の破壊工作を想定したものであり、これまで行われてきた訓練に比べて多量の爆薬を用いたものであった。

 訓練を監督する上層部の思惑を知る由もないデストロイヤーであるが、爆薬で何もかも吹き飛ばすのは爽快だったらしく、訓練後もその余韻に浸っているというわけだ。

 

「あのビルを木端微塵に吹き飛ばした時の爽快感といったらもーたまんないね! あんたの訓練が地味に思えるよ、今度破壊工作について教えてあげようか!あ、でもただ爆薬をセットするだけじゃ意味ないからそこは勘違いしないでよね。拠点の爆破には適正な炸薬量、バランスが大事なんだから! そうだ、今度宿舎の東の倉庫に行こうよ、そこで爆弾解除の練習もできるんだ!」

 

 いつもは不機嫌な表情で文句ばかりを口にするデストロイヤーの自慢話を、アルケミストは斜め後ろを歩きながら聞いていた。

 爆破に関するうんちくをうんざりするほど聞かされて、上機嫌なデストロイヤーとは反対にアルケミストの機嫌は悪くなっていく。

 ただ自慢を聞かされるだけならともかくとして、自分に課せられる訓練が退屈だの地味だの言われれば不機嫌にもなるというもの。

 

 前を歩くデストロイヤーの後頭部に前蹴りを浴びせてやりたい気持ちをなんとかこらえていると、廊下の先から一人の戦術人形が歩いてくる。

 黒髪にメイド服のような服装の彼女の名前は代理人(エージェント)、現状存在する鉄血のハイエンドモデルの中で最も階級が高く作戦能力も高い存在だ。

 

「代理人」

 

「ごきげんよう、アルケミストさん、デストロイヤーさん」

 

 アルケミストが姿勢を正しお辞儀をし、代理人は片足を斜め後ろに引いて両手でスカートの裾を掴む…丁寧なカーテシーの挨拶を向ける。

 互いを認め合うように視線を交わした二人であったが、ふとその視線を落とす…。

 両者が挨拶を交わしていた傍で、デストロイヤーは代理人を前にしている緊張感からか口を真一文字に閉じて目を見開きじっと代理人を見上げている。

 

「デストロイヤー、挨拶を返しなさい。失礼だぞ」

 

「あ、あぅ…ごきげんよう、代理人…さま」

 

 緊張するデストロイヤーは何を血迷ったのか、アルケミストがしたような簡単な挨拶をすればいいのに、代理人がしてみせたカーテシーを真似てみせる。

 だが慣れてもいない作法はするものではない、その姿は不格好でなんとも滑稽なものだ…挙句の果てに姿勢を崩してよろめく。

 その様子を代理人は無表情でじっと見下ろしている…睨まれていると思っているのか、デストロイヤーは小さな悲鳴をあげて目に涙を浮かべ始めてしまう。

 

「あー…代理人? こいつにはあたしがマナーを仕込んでおくよ」

 

「サクヤさまから教育係を言いつけられているのでしょう? しっかりなさい、いずれお客様のもとへ届けられたときにきちんと挨拶ができるようにしなければなりませんからね。では二人とも、ごきげんよう」

 

 結局最後まで緊張が解けることのなかったデストロイヤーは、固い表情のまま立ち去る代理人を見送った。

 そして代理人の姿が見えなくなると緊張の糸が途切れたのかその場にへたり込む…いつもは強気で生意気なデストロイヤーの珍しい姿に、アルケミストはおもわず吹きだした。

 

「あはははは! いくら代理人を前にしたからとはいえ驚き過ぎだろう? まあ、仕方ないか…まだお前も未熟ということだ」

 

「う、うるさい…!」

 

 笑われていることが気に入らなかったらしい、デストロイヤーは笑うアルケミストを睨みつけると立ち上がり早足でその場を立ち去っていく。サクヤから彼女の面倒を見るよう言われていたアルケミストは立ち去る彼女の後を追うが…。

 

「来ないでよバカ!」

 

「そうもいかない、マスターからお前の面倒を見るよう言われてる」

 

「そういうのが迷惑なんだ!」

 

 あくまでもマスターの指示だからと答えるアルケミストに、デストロイヤーは立ち止まり、持っていたペットボトルを投げつける。

 投げつけられたペットボトルを難なくキャッチするアルケミストであったが、デストロイヤーの常日頃のわがままにうんざりしていた彼女も静かに怒りをあらわにする。

 

「お前いい加減にしなよ…マスターの手前、大目に見てやってたけどな、あたしの我慢にも限度がある」

 

「じゃあもう放っておけばいいじゃない! マスターマスターって、バカみたい!」

 

「お前…!」

 

 愚弄され、アルケミストの手が咄嗟にデストロイヤーの胸倉を掴みあげ、反対の手を振りあげた…だがアルケミストは彼女を殴ることはしなかった。

 デストロイヤーのためではない、大好きなマスターとの約束を思いだしたからだ。

 マスターは他の仲間たちと仲良くしてもらい、家族のようになって欲しいと願っている…ここでデストロイヤーを殴ればその約束を破ることになってしまう、そう考えたアルケミストは自分の行為を恥じてすぐに彼女から手を離す。

 

「すまない、デストロイヤー」

 

 その謝罪は、デストロイヤーには届かない…彼女は涙を浮かべた顔でアルケミストを睨みつけると、その場から走り去っていってしまった。

 すぐにでも追いかけるべきだったのだろうが、なぜだかアルケミストは走り去るデストロイヤーを追いかけることができなかった……ただ、マスターの言っていた言葉とデストロイヤーが去り際に見せた表情がいつまでも頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時が近付き、人形たちの宿舎内の灯りが一斉に灯る。

 時計の針はもうすぐ午後の6時をさそうとしている。

 宿舎内に設けられた人形たち専用の食堂が解放され、宿舎に住む人形たちは綺麗に列を作り配給の順番を待つ。

 鉄血工造において人形たちに配給される食糧は栄養バランスだけを考えられた、味気なく変わり映えしないお粗末な料理だ。

 少し遅れて食堂にやって来たアルケミストはペースト状の食事を受け取りながら、食堂を見回す…食堂内にデストロイヤーの姿はなかった。

 

「どこに行ったんだアイツは…」

 

 あの後デストロイヤーは自分の部屋にも戻った痕跡はなく、宿舎中を捜してもどこにも見当たらなかった。

 きっとどこかに隠れているのだろうと自分を納得させていたが、もしも外にいたら…あと一時間もしないうちに門限の時間となってしまう。

 さすがに門限を超えて出歩くような真似はしないだろうと思うアルケミストであったが、それでも不安であった。

 

「となり、いいか?」

 

「ん?おう」

 

 うまくもない料理をがつがつと食べる人形…処刑人に声をかけ、席に座る。

 彼女の斜め前には同じくハイエンドモデルであるハンターが座り、料理を口にするたびに顔をしかめている。

 

「なあ二人とも、デストロイヤーを見なかったか?」

 

「うん? 見ていないな…処刑人、お前はどうだ?」

 

「知らね」

 

 料理に夢中になる処刑人が即答する。

 ハンターも見ていないということなので、やはり外にでもいるのかと思い始める。

 

「アルケミストさ、あのクソガキなんてほっといたほうがいいぜ? ムカつくし生意気だし自慢しかしてこねーし、そのくせ泣き虫ときたもんだ。同じハイエンドモデルとして恥ずかしいぜまったく」

 

「おい処刑人、それは言い過ぎだろう」

 

「あんなチビがオレより位が高いってのも納得いかねぇよな、単純な腕っぷしで負ける気もしないしさ」

 

「分かったよ、お前たちは知らないんだな。まあどこかで見かけたら教えてくれ」

 

「ああ、処刑人も分かったか?」

 

「暇があったら捜してやるよ」

 

 処刑人、こいつもこいつで失礼極まりない態度をするところがあるが、さばさばとした性格でデストロイヤーのような面倒くささはない。

 しかし今日の処刑人の態度に奇妙な違和感をアルケミストは感じていた。

 それがなんなのかは分からずじまいで、その日の夕食を終える。

 

 

 食堂を出ていったアルケミストはもう一度デストロイヤーの部屋を訪れる。

 部屋の扉をノックし反応を待つが何も聞こえず、灯りがついていればドアの隙間から光が漏れるのだが、それもない。

 一体どこに行ったのだろうか…やはり外にいるのか?

 もう門限の時間まで残り数分…万が一デストロイヤーが宿舎内で隠れているだけで、それを知らずに自分が門限を破って外に出るなど目も当てられない。

 

「まったく、どこにいったのやら……ん?」

 

 ふと通りかかったゴミ置き場の前でアルケミストは立ち止まり、無造作に置かれたカードキーを拾い上げる。

 宿舎の人形一人一人に与えられたカードキーには識別番号が振られているが、そのカードキーの番号はデストロイヤーのものだった。

 そのとたん、アルケミストの疑念が確信へと変わる。

 

 落としたのか?それともここに置き忘れたのか?

 いや、宿舎を出る際にもカードキーは必要だ…ならば何故ここにあるんだ?

 誰かがデストロイヤーから盗んだのか?

 

 様々な考えが脳裏に過るが、門限を超えたことを意味するブザーが鳴り響くとアルケミストは焦りだす。

 デストロイヤーは外にいる、もしも巡回の者に見つかったら…鉄血工造全体において人形の扱いというものはお世辞にも良いとは言えない、過去にロボット人権団体からの抗議を受けた事もあるくらいだ。

 ルールを破った人形がどのような仕打ちを受けるのか、それはハイエンドモデルと言えども例外ではないだろう。

 

「まずい、まずい…どうしたら」

 

 宿舎の出入り口は封鎖され、おまけに監視カメラも設置されている。

 強引に突破でもしたら処罰は自身にも及ぶことだろう。

 そうなればマスターにも迷惑をかけてしまう…。

 

「いや、あたしは何をビビってるんだ?」

 

 一度深呼吸をし、乱れた気持ちを一旦落ち着ける…元はと言えば自分がデストロイヤーを傷つけてしまったことで起きてしまったこと。

 ならば自分の力で解決しなければならないじゃないか。

 そう考えた時にはアルケミストの身体は動いていた…身体を動かしながらも電脳をフル稼働させ、この宿舎の造りを思い浮かべる。

 向かった先はボイラー室…そこの換気扇は他の部屋よりもやや大きく、上手く取り外せれば人一人が潜り抜けられるだけの大きさがある、おまけにそこの箇所は監視カメラの死角となることもアルケミストは把握していた。

 

 慣れた手つきで換気扇を分解し、軽い身のこなしで外へと潜り抜ける。

 第一関門は突破したが、本番はここからだ。

 

 鉄血工造が雇った傭兵が私設の警備員として巡回し、多くの監視カメラが設置され、訓練された軍用犬も解き放たれている。

 任務は行方不明のデストロイヤーの捜索……ふと、アルケミストはつい最近行われた訓練内容を思いだす。

 その訓練では市街地において敵の目をかいくぐり要人を救出するというステルス任務で、今の子の状況と酷似している……その訓練はデストロイヤーが地味とこき下ろしたものだが、そんな地味な訓練がほかならぬデストロイヤーを救うとは思ってもいなかっただろう。

 

「巡回の兵士が二人、ドーベルマンが一匹か…他愛もないね」

 

 当たり前だがここでは巡回兵を殺してはいけないし、見つかってもいけない。

 いかなる痕跡も残すことは許されない完全な隠密作戦が必要とされる。

 

 巡回する傭兵の行動パターンを見極め、素早く、しかし油断なく彼らの間をすり抜けていく。

 厄介なのは軍用犬のドーベルマンだ、奴らは鼻がきく。

 索敵能力だけなら戦術人形をも凌駕する…一応軍用犬の役割を果たす戦闘ロボットも世界では開発されているが、やはり生身の生物である犬の能力を超えるには至っていない。

 ドーベルマンの行動を注意深く観察し、欠伸をして気が緩んでいるその隙にそこを通り抜ける。

 

 ここまでは順調だ。

 問題なのは果たしてデストロイヤーがどこにいるかだ…巡回する兵士の会話に耳を傾け、特に事件らしきことも起きていないようなのでおそらくはまだ発見されてはいない。

 

「さて、どうしたものかね」

 

 同じ戦術人形を識別する信号を探るが、巡回兵の中には下級の鉄血製人形も含まれているためそれらの存在がデストロイヤーの信号と被り当てにすることができない。

 ならば隠れていそうなところを片っ端から捜すしかない。

 巡回兵があちこちで、軍用犬を伴い夜警にあたっているところから外に隠れている可能性は早々に排除する。

 研究所の方も、外以上に警備が厳しいために除外だ。

 となると…。

 

「人気のない倉庫とかか、でもあまり不用意にうろつきたくはないね。どうしたものか…」

 

 茂みの中に身を隠し、額に手を当ててアルケミストは考える。

 巡回兵と監視カメラを潜り抜けるのにもさすがに限度がある、出来ることなら最低限の行動でデストロイヤーを見つけ出したい。

 弾薬庫、資材庫、格納庫などなど…隠れられそうな場所はたくさんあるが…。

 

「どこだ、どこにいるんだ……待てよ、あいつ確か…」

 

 アルケミストはデストロイヤーとけんか別れする前の会話を思いだすと、そこへ目星をつけてすぐさま行動する。

 目指すのは宿舎より東にある倉庫、普段は誰も使うことのない倉庫だ。

 そこへ入る前に一度周囲を見回し、人の気配がないことを確認した上で中へと入る。

 倉庫の中は暗く、よく分からない電子機器が棚にたくさん並べられている…。

 

「デストロイヤー…? いるのか…?」

 

 小声で倉庫の奥へ呼びかける……数十秒待っても返事はない、ここじゃあないのか…そう思った矢先、暗がりからデストロイヤーが顔を覗かせてきたではないか。

 ようやく見つけた彼女の姿にホッと安堵のため息をこぼし、彼女のもとへと近寄った。

 

「ここにいたんだなデストロイヤー、どうして門限を超えたんだ?」

 

「だって……カードキーがなかったから…」

 

「これのことか? ゴミ置き場に置いてあったぞ……さ、帰ろうか」

 

 そう言ってデストロイヤーを立たせようとしたが、彼女は足を痛めてしまっているのか、足取りがおぼつかない。

 

「さっき犬に追いかけられて…足くじいちゃったの…」

 

「しょうがないな、乗りなよ」

 

 背を向けるアルケミストに、デストロイヤーは躊躇していたが、その足で巡回兵を避けて戻れる自信もなかったので大人しくアルケミストの背中に身体を預けるのであった。

 倉庫を出たアルケミストは来た時と同じように、巡回兵と監視カメラを避けて宿舎を目指す。

 ある程度慣れてきた彼女はデストロイヤーをおぶっている状態でも特に苦労することなく、宿舎への帰路についていた。

 

「ねえアルケミスト…どうしてわたしがいる場所が分かったの…?」

 

「昼間、あんたがここの倉庫のことちょっとだけ言ってたろ? 確信があったわけじゃないけど、もしかしたらと思ってね」

 

「そう………わたしの話し、ちゃんと聞いてくれてたんだ

 

 彼女の小さな声はアルケミストに聞こえていたが、彼女は何も言わずただ宿舎を目指していた。

 そのうち背中ですすり泣く声が聞こえてくると同時に、デストロイヤーが小さな声で感謝と謝罪の言葉を口にしていた。

 

 

 

 

 

 ステルス行動の末、ようやくたどり着いた宿舎。

 特に大きな騒ぎにもなっていないようで、巡回兵にもカメラにも見つからなかったのだろう。

 ひとまずデストロイヤーを自室へと招き、冷やした水を彼女に与える…本当はジュースなどをあげられれば良いのだろうが、そんなものはここに存在しない。

 

「――――それで、どうしてカードキーを無くしたんだい?」

 

 落ち着いたところで、カードキーについての疑問を問いかけて見る。

 するとデストロイヤーはうつむき、何か思いつめたような表情を浮かべる。

 

「言いたくない」

 

「どうして、誰にも言わないから言ってみなよ」

 

「………処刑人のやつにとり上げられた

 

「なんだって?」

 

「処刑人とケンカになって…とり上げられたの…それで宿舎に帰れなくなって…」

 

「……そうか、そうか…」

 

 食堂で会話した時の処刑人の妙な態度はこれか…おそらくゴミ捨て場にカードキーを捨てたのも処刑人だろう。

 

「あの野郎…!」

 

「アルケミスト…!? もういいよ、無事に帰って来れたんだし…!」

 

「お前が良くてもあたしの気が済まない」

 

「ちょっと、アルケミスト!?」

 

 部屋の扉を勢いよく開けて出ていったアルケミストの後をデストロイヤーは慌てて追いかける。

 アルケミストは向かった先の処刑人の部屋の扉を乱暴に叩き、うんざりした表情で現われた処刑人の肩を掴むと部屋に押し入っていった。

 

「お前がデストロイヤーのカードキーを盗ったんだな? このゲス野郎が」

 

「ちっ、ばれたか……言っとくけどよ、先に因縁吹っかけてきたのはあのチビの方だぜ?」

 

「あのままデストロイヤーが外にいて、もし見つかったらどうなっていたか分かってるのか?」

 

「さあね、無惨に解体されるか懲罰房に送られるんじゃねえの?」

 

 悪びれもしない処刑人の態度に、アルケミストの堪忍袋の緒が切れる。

 処刑人の肩を掴んだまま、彼女の顔めがけ拳を振りぬいた……殴られると思っていなかった処刑人は勢いよく壁に叩き付けられる。

 

「てめ…!何しやがる…!」

 

「黙れくそが! 今度デストロイヤーに何かしてみろ、ぶち殺してやる!」

 

「上等だよクソッたれ…! ここでてめぇをぶっ殺してやるよ!」

 

 放たれた前蹴りを処刑人は受け止める、アルケミストの顔面めがけ頭突きを叩きつける。

 怯んだアルケミストの横っ面にバックハンドブローを叩き込み、よろめいたアルケミストめがけ跳び蹴りを放つ…が、アルケミストは処刑人の身体ごと抱え込むと、脳天から真っ逆さまに床に叩き付けた。

 

「いってぇぇッ! こんちくしょうが!」

 

「やかましい!」

 

 二人は狭い部屋で取っ組み合いのケンカとなり、ベッドやテーブルなどを粉砕し部屋を滅茶苦茶に破壊する。

 

「おい、なんの騒ぎだ!? ってお前たち何してるんだ!?」

 

 乱闘の騒ぎを聞きつけたハンターが急いで二人の間に割って入ろうとするが、お互いにキレて手がつけられず、逆にハンターが吹き飛ばされてしまう。

 もう二人は手がつけられない。

 壊れたベッドのパイプで殴り合い、双方の出血が壁に飛び散り汚す。

 

「こんのボケがッ!」

 

 処刑人が壊れたテーブルの足を投げつけるが、アルケミストはしゃがんで躱した…その時だった。

 

 

「こんな時間に何を騒いで――――!」

 

 

 部屋の扉を開けて現われた代理人……だが、タイミングが非常に悪かった。

 ちょうど部屋の扉を開いた時に処刑人が投げつけたテーブルの足が代理人の額に直撃してしまった……先ほどまでの喧騒が嘘のように、一気に静まり返る。

 アルケミスト、処刑人、ハンター、デストロイヤーの全員の視線が代理人へと向けられたまま身体を硬直させている。

 

 代理人は顔を手で覆い、無言で佇んでいる……ゆっくりと顔をあげた代理人は手のひらについた血をじっと見つめると、その凍りつくような冷徹な表情をこの騒動の原因へと向ける。

 

 

 

「あなたたち…覚悟のほどはよろしくて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――それで、代理人ちゃんにこっぴどくシバかれたというわけかぁ。君もなかなかやるね」

 

 翌朝、アルケミストは昨夜お仕置きとしてぼろ雑巾のようになるまで制裁された傷を、マスターであるサクヤの手により受けていた。

 デストロイヤーとハンターは難を逃れたが、騒動の原因であったアルケミストと処刑人は見逃されることは無かった。

 代理人は、現状鉄血人形最強と言わしめるその力を、二人を相手に躊躇なくふるい強烈な痛みとトラウマを植え付けたのだった。

 

「すまない、マスターにも迷惑をかけてしまった…」

 

「ううん、そんなことないよ。事情は代理人ちゃんに教えてもらったからさ……まあ、門限を破っちゃったのは仕方ないと思う。それに、私嬉しいよ」

 

「何がですか?」

 

「君が危険をかえりみず、デストロイヤーちゃんの事を助けに行ってくれたことだよ。アルケミストにとって好きと思える仲間が増えたんだもん、こんなにうれしいことは無いよ」

 

「好き…とは違うと思いますよ。あくまでデストロイヤーの世話を指示したマスターの言いつけを守ったまでです」

 

「ふ~ん、そっかー……じゃあさ、デストロイヤーちゃんを連れ帰った後、どうして処刑人ちゃんとケンカしたの?」

 

「それは、ついアイツの行いにカッとなってしまって…」

 

 その時のことを振りかえってみても、自分が何故あのような行動に出たのか、今思うと不思議であった。

 ただデストロイヤーがはめられたことを知った時、自分のことのように怒りを覚えたのはなんとなく分かる…それをなんとか言葉にしようとするが、自分でもよく分からない心境にうまくまとめることができない。

 ただサクヤはそんなまとまりのない言葉でも、真摯に耳を傾ける。

 

「アルケミスト、それは何もおかしなことじゃないんだよ。誰かを好きになるということは、誰かを想うということ。アルケミストはデストロイヤーちゃんの気持ちを感じれたから、処刑人ちゃんに怒ったんだと思う」

 

「マスター、あたしにはよく分からない」

 

「じゃあさ、もしもわたしが病気か何かで死んじゃったりしたら君はどう思う?」

 

「それは…分からない。だが、マスターがいなくなったらと思うと、なぜだか胸が苦しくなる」

 

「そっか、じゃあ今度はデストロイヤーちゃんが死んじゃったらどう思う?」

 

 サクヤの問いかけにアルケミストは自分の胸に手を当てて思考する。

 デストロイヤーが死んだら…それはつまりマスターと交わした約束を果たせなかったということ。

 つまりマスターの期待を裏切るということ、そう考えると先ほど感じた胸の苦しみとはまた違った感覚が浮かぶ…罪悪感と言っていいかもしれない。

 

「あー違う違う、わたしが君に言った事は一旦忘れてデストロイヤーちゃんのことだけを考えてみて?」

 

 言われて、マスターと交わした約束を思考の中から消去する。

 

 デストロイヤーがある日突然死んだことをアルケミストは想像する…死とは、生きる者との別れを意味する概念であり、死んだ者とはもう二度と会うことはできない。

 人間とは違い人形は造り直すことができるため、人間に対する死の概念とは少し意味合いが変わってくるが…それでもデストロイヤーの死を想像した時、アルケミストは先ほどマスターの死を想像した時と同じ胸の苦しみを感じた。

 

「マスターの時ほどじゃないが、胸が苦しくなった…マスター、これは何かメンタルの異常でしょうか? 外傷を受けたわけでもないのにこの違和感、何かおかしい」

 

「そうじゃないよアルケミスト。わたしも上手に説明できないけど、なんにもおかしいことじゃないよ。わたしだって君が死んじゃったらと思うと、胸が苦しくなるからね」

 

「マスターも同じ苦しみを感じるのか?」

 

「うん、そうだよ。ねえアルケミスト、デストロイヤーちゃんにはいなくなってほしくないと思うでしょ?」

 

「それは…そうですね、マスターの指示を一旦無くしたとしてもそう思えます」

 

「出来ることなら一緒にいてあげたい?」

 

「そうですね、はい」

 

「じゃあさ、デストロイヤーちゃんの笑顔が見れたら嬉しいって思う?」

 

「はい、思いますね」

 

「うんうん、よく分かったよ。アルケミストはデストロイヤーちゃんのことも"好き"なんだよ、きっと」

 

 アルケミストが今日までに"好き"と認識したのはマスターただ一人、それ以外にもデストロイヤーの事も"好き"であると言われたとき、彼女の電脳は少しだけ混乱する。

 マスターへ向けた"好き"というのはもはや疑いようもない、ただしデストロイヤーへの"好き"はマスターへ向けたものとちょっと違う気がする……またしてもうまく言葉としてまとめられないもどかしさに悩みつつ、その通りに述べてみると、サクヤはわずかに目を見開いたかと思うとその瞳が潤む。

 

「マスター…どうしたんです急に…!」

 

「いや、まさか君が短期間でここまで成長するとは思わなかったからさ…私とデストロイヤーちゃんへの"好き"の違いは、ちょっとまだ早いかな~」

 

「なんですかそれは、教えてください」

 

「んふふふ…急いては事を仕損じるということわざがあります、何事もゆっくり確実にね。さてお仕事お仕事」

 

「マスター、お願いです、教えてくださいよ!」

 

「大丈夫だって、君ならいつか分かることだからさ。今はその気持ちを忘れないことだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスターは教えてくれなかったけど、いつか分かる日が来ると言った。

 

 "好き"よりももっと上の概念が存在する?

 

 それは単なる言葉なのかな?

 

 でもマスターにだけ向けられたこの想いはなんなのかな?

 

 今は分からないけれど、いつかマスターは教えてくれるんだろう…"好き"よりもすばらしいものを。

 

 また明日…明日またマスターに教えてもらおう、もっともっと多くの事を……。



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追憶編:幸せな日々は有限で…

「――――みなさんなるべく寄ってください。ほらデストロイヤー、あなたは背が低いんですから前に来るように。処刑人とハンターはいつまでもおしゃべりしないでください。では撮りますよ」

 

「あ、待って。代理人ちゃん折角だから一緒に撮ろうよ!」

 

「え、わたくしもですか? では、一緒に…」

 

 三脚を取りつけたカメラにセルフタイマーをセットし、代理人は急いでカメラの前へと移動する。

 写真を撮る前に他の者はあれこれと騒いでいたが、常に身だしなみをきちんと整えている代理人にはその必要はなく、ただカメラの前で移動するだけで良かった。

 いまだデストロイヤーが最前列に立たされている理由にご立腹のようだが、真後ろに立つアルケミストが肩に手を置いて微笑みかけると、渋々と言った様子で大人しくなる。

 処刑人とハンターは肩を組み、デストロイヤーとアルケミストはまるで姉妹のように並び、代理人は相変わらずの無表情…そんな彼女たちの中心でとびっきりの笑顔を浮かべているサクヤ。

 正確な残り時間を代理人が読み上げ、カウントが0になった時、タイマーを設定したカメラがシャッターを切るのであった…。

 

 

 

 

「ワハハハハ! デストロイヤーお前、一体どこ見てんだよ!」

 

「う、うるさい! 虫が飛んでたの!」

 

「それを言うなら処刑人、お前寝癖が酷いぞ? もう少し治せなかったのか?」

 

「まったく、まともなのはあたしと代理人だけかい?」

 

「アルケミスト、そういうあなたもなぜかブレてますよ」

 

「アハハハ、みんな違ってみんないいね! はい、みんなの分の写真ね」

 

 撮った写真は早速印刷されて人数分が配られる。

 相変わらず騒がしい処刑人がデストロイヤーを弄っていたりしているが、ほとんどの者が撮った写真を大事そうにしまい込む。代理人だけが表情を変えていないが、彼女は元々表情の変化に乏しいのでいつものことだ。

 サクヤはというと、一番やかましくはしゃぎまわっている…彼女がこの集合写真を撮ろうと言いだしたのだから当たり前かもしれないが。

 

「さて賑やかなところ大変恐縮ですが、そろそろお時間でございます。この間みたいな事にならないよう早めに帰りましょう、分かりましたね処刑人?」

 

「うげ…まだ根に持ってんのかよ…。あんたにもデストロイヤーにも謝って許してもらっただろう?」

 

「あのね、わたしはアンタを許したつもりないんだけど」

 

「まーまー、過ぎたことはもういいじゃないか。早く帰ろう」

 

 以前の門限騒動で見せた代理人の怒る姿がよほどトラウマなのだろう、全員門限と聞くや蜘蛛の子を散らしたようにサクヤの部屋を去っていってしまう。

 

「んふふ、みんな仲良しでいいね~。さて、アルケミスト…どうしたの、一人残ってさ」

 

 全員が門限の時間を気にして早々に立ち去っていったなか、アルケミストだけはサクヤの部屋に一人とどまっていた。何か相談でもあるのかなと、サクヤがのぞき込むように見つめてみると、アルケミストは気難しそうな表情で頬を染めサクヤの事をじっと見つめている。

 仲間たちの前ではクールを装うアルケミストだが、マスターであるサクヤの前ではとても表情豊かだ。

 

「お願いが…あります…!」

 

「んん? なになに?」

 

「マスターと、マスターと……! ……二人きりで写真が撮りたいです

 

 アルケミストの蚊の鳴くような小さな声……言った張本人は一層顔を赤くしてうつむいてしまう。

 そんなことを言われてサクヤもしばらく固まっていたが、やがてその顔に優し気な微笑みをうかべてうつむくアルケミストの手を取った。

 

「もー可愛いんだからキミは。いいよ」

 

「ありがとうございます、マスター!」

 

 早速カメラに駆け寄りセルフタイマーの設定を行うアルケミスト。

 よほどサクヤと二人きりで写真が撮りたかったのだろう、カメラをいじっているあいだも笑顔を絶やさずにいる。

 設定が終わり、アルケミストはサクヤの隣へと並ぶ。

 得意げな顔でカメラの方をじっと見つめていたアルケミストであったが、気をきかせたサクヤが彼女の手をそっと握るとまるで予想していなかったためか驚いてしまう。

 無情にもそんな時にシャッターが切られてしまう…確認しなくてもまともに写真が撮られていないのは明らかだ。

 

「ごめんね急に、驚いたよね。もう一回撮りなおそ?」

 

 今度はサクヤがカメラの設定を行う。

 先ほどと同じように二人は手を握り合ってカメラの前に立つが、どこかアルケミストは落ち着かない。

 

「リラックスして、ほら、笑って…」

 

 小声でつぶやくサクヤに小さく頷き、アルケミストは固くなっていた身体をリラックスさせる。

 後でどう映るか分からなかったが、精いっぱいの笑顔を浮かべたつもりだった。

 

「はいお疲れさま、早速印刷してみよっか」

 

「お願いします、マスター」

 

 カメラのメモリーを抜き取ってパソコンに差し込むと、サクヤは慣れた様子で印刷作業を行う。

 印刷機から写真が出てくるのを今か今かと見続けるアルケミストが面白かったのだろう、クスリとサクヤが笑うと恥ずかしそうにアルケミストは顔を逸らす。

 

「さて、できたよ。お、いい感じだね」

 

 印刷された2枚の写真を手にし、そのうちの一枚をアルケミストへと手渡した。

 

 初めて撮った二人きりの写真…撮る前は不安だったが、写真として見るとアルケミストはごく自然な笑顔で映っていた。うまくとれているか心配だったアルケミストであったが、それよりもこうして大好きなサクヤと二人きりで写真が撮れたことへの喜びが大きいようだ。

 印刷されたばかりの写真を食い入るように見つめ、満足げに微笑んでいる。

 

「良かったねアルケミスト」

 

「はい! この写真があれば、マスターと離れていても、マスターをそばに感じられます」

 

「アルケミスト……そっか、私も同じ気持ちだよ」

 

 常日頃からサクヤの傍にいたいと願うアルケミストだが、開発中のハイエンドモデルとして好きなタイミングでサクヤに会いに行けるほどの自由はない。そこで、せめてマスターの姿を写真としてそばに置いておきたいと思っていた。

 これがあれば門限を過ぎて自室にいても、マスターが忙しくて会えない時でも……そして、いつか自分がハイエンドモデルとして完成されて出荷されたときでも…。

 想像の末にたどり着く、いつか必ず来る別れ。

 大好きなマスターといつか離れなければならない未来を想像した時、アルケミストはそれまでの明るい笑顔をひっこめた。

 

「どうしたのアルケミスト? 何か、言いたいことがあるの?」

 

 サクヤはいつもと同じように、優しい声で問いかける。

 

 いつも自分を案じてくれるマスター、聞くだけでどこか安心する優しい声、大好きなマスターの笑顔…仕方の無いことだが、いつかは別れなければならない、それが人形として生まれた自分の宿命なのだから。

 それでもアルケミストはいつしか胸のうちに抱えてしまった願望を捨てきることは出来ないでいた。

 

「いつかあたしは製品として出荷される。その時がマスターとお別れしなければならないのですよね?」

 

「…うん、そうだね。哀しいけれど」

 

「あの、マスター……こんな事を言ってはいけないということは重々理解しています。でも、諦めきれないんです…」

 

「ん? 何か、言いたいことがあるの? なんでも言っていいんだよ、誰にも言わないから」

 

 サクヤはそう言って、アルケミストへと真っ直ぐに向き合った。

 

 マスターはいつも自分の身を案じてくれる、なんでも教えてくれるし、必要と思ったものを用意してくれる。

 マスターにはいつもいつも与えられてばかり、何も返せない自分が悔しい…そして今抱いているこの想いも、マスターのためではなく自分のためではないか。それは分かっている、分かっているが…言わずにはいられなかった。

 

 

「いつの日かあたしが製品として出荷されたとき…あたしを買っていただけないでしょうか、マスター」

 

 

 そんなことを言われるとはまるで思っていなかったのだろう、サクヤは動揺し、目を泳がせる。

 サクヤ自身も、どう返していいのか分からないのだろう…アルケミストから目を逸らし、気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。

 ただアルケミストとしては、大好きなマスターに迷惑をかけてしまったという思いが生じ、やはり言わなければ良かったという後悔する。

 今の言葉は撤回しよう…そう思ったその時、サクヤがそっと近寄って来て抱きしめてきた。

 

「マスター…?」

 

「ねえアルケミスト、私の鼓動、感じる?」

 

 戦術人形として生まれたアルケミストには人間の心臓のような器官はないが、抱き合い密着した状態で、マスターの心臓の鼓動は確かに感じられる。

 

「ごめんねアルケミスト、急に言われてびっくりしちゃってさ。でも嬉しいよ、家族を亡くして以来、誰かにこんな風に想われたのは初めてだったから。私も、アルケミストを誰にも渡したくないよ…このまま買い取って、本当の家族になりたい」

 

「マスター…」

 

「私も迷っていたことだったんだ、でも今まで踏ん切りがつかなかった。でも決めたよ、君を家族として迎え入れたい! いつになるか分からないけど、お金を貯めて必ず君をお迎えするからね。約束するよ、アルケミスト」

 

 その言葉が何よりもうれしくて、アルケミストはつい力加減を忘れサクヤの身体を強く抱きしめ返してしまう。

 ふぎゃーという情けない悲鳴が聞こえたおかげで、アルケミストは咄嗟に手を離し彼女の身を案じる…とりあえずは大丈夫そうだ。

 

「さて、そうと決まれば私も一生懸命働かないとね! ハイエンドモデルを個人で買うなんて前代未聞だけど、必ずやり遂げて見せるよ!」

 

「嬉しいですマスター…でもマスターが健康であることが第一です、もしもマスターに無理を強いてしまうのでしたら…」

 

「もう、言った後にそんな弱気になるのはダメだぞ! 私がやるといったらやるんだからね! よし、じゃあそんな君に私から小さなプレゼントを授けよう。ちょっとさっきあげた写真貸して」

 

 言われた通り先ほどの写真をサクヤへと手渡すと、写真の裏面に何かを書き込んで返してきた。

 写真の裏に書かれたのは、何かの番号だ。

 

「私の携帯電話の番号だよ。写真じゃ私の声までは聞こえないよね、だからそれでいつでも電話していいんだぞ」

 

「マスター、ありがとうございます。あ、でも宿舎には電話が設置されていません」

 

「は、そうだった…! ごめん、あんまり役に立たないプレゼントだったよね。君たちの通信を使おうにも傍受されちゃうし、こまったなー」

 

「いえ、ここにいるうちはすぐそばにいますから大丈夫ですよ。写真だけでも、今は嬉しいです」

 

「そっか、それならいいんだけどね。あ、もうこんな時間だよアルケミスト!」

 

「まずい、あと10分しかない! じゃあマスター、これで失礼しますね!」

 

 門限の時間までもう残りわずかしかないことに気付き、アルケミストは大慌てで部屋を飛び出していった。

 楽しい時間というのはどうしてこうも早く感じるのだろうか、そんなことを思いながらアルケミストは宿舎へと走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の午後、その日は何の予定もなく宿舎で待機していたアルケミストであったが、急に演習場へと呼び出され事情もろくに説明されずに演習場へと放り投げられた。演習場へ入る際に、いつもサクヤがいるであろう場所へと目を向けたが、そこには普段見慣れない人たちが数人いたのだった。

 演習場へと入れられたアルケミストへ武器が支給され、何の説明もなく、ただ敵の殲滅のみを言い渡される。

 普段行われない訓練の様子に戸惑いつつも、すぐに気持ちを落ち着け訓練へと集中する。

 異例なのはそれだけではなく、普段はコストの面から使用される仮想的には戦闘ロボットが用いられていたのだが、今回の訓練の仮想敵は量産型の戦術人形たちであった。

 戦闘ロボットはコストの安さから大量生産が可能だが、性能面では戦術人形に劣る。

 より柔軟な思考と人間に近い動きが可能な戦術人形を相手にどう戦うか、それが今回の訓練の内容なのだろう。

 

 アルケミストにとって初めての訓練内容。

 だが、相手が戦闘ロボットだろうと戦術人形だろうとやることは変わらない。

 相手の行動を見極め、最善の戦術で確実に敵を叩き潰すのみ。

 戦術人形とはいえ所詮は戦闘ロボットに毛が生えた程度の性能、鉄血製戦術人形のエリートとして開発されたハイエンドモデルの敵ではない。

 

 アルケミストは人形たちの思考の裏を突き、数の劣性を己の実力とより高度な戦術をもって打ち破る。

 真っ向からの戦闘を避け、隠密行動に徹し各個敵を撃破する…地味だが確実なゲリラ戦術を駆使し、ついには、敵を殲滅する。

 同時にフィールドのゲートが開かれ、アルケミストはゆっくりと演習場を出ていった。

 

 

「お疲れさま、アルケミスト」

 

「マスター!」

 

 

 聞き覚えのある言葉に笑顔で振りかえるアルケミストであったが、サクヤの他にいた知らない研究者姿の人たちを見て笑顔を消した。

 

「先ほどの戦闘を見させてもらったが、なかなかの成績だった。このまま順調に開発が進めば、軍部への売り込みにも大きな希望を持てるだろう」

 

「お褒めいただき光栄です」

 

 まだ相手が何者なのか分からなかったが、鉄血工造の上層部の人間だろうと予想しあたり触りのないよう挨拶をする。その予想はある意味正解で、彼はこの研究所の所長であった。

 アルケミストの丁寧なあいさつを、所長はそれがさも当然であるかのような態度を示す。

 

「それに比べあの小さい人形は……なんだったか、そうだデストロイヤーという人形は期待できんな。あれでは軍への売り込みも、PMCへの売り込みもできん。サクヤ主任、この人形のことは評価できるが、他の人形に関してはまるでダメだ。もっと開発に力を入れろ、相手は人形だ、人間と違って多少の無理はきくのだからな」

 

「申し訳ありません。ですが、人形たちのメンタルモデルへの影響を考慮致しまして…」

 

「君は下らない感情論で企業の業績に悪影響を与えるつもりかね? いまや我々鉄血工造とI.O.Pがこの分野の二大シェアとなっている。わが社がI.O.Pに負けるわけにはいかんのだ」

 

「おっしゃる通りで…」

 

「君の能力は評価するが、これ以上開発が遅れるのであれば相応の処分があることを忘れるな。それに、小耳に挟んだ話しだが、君はここの人形に対して不必要な交流をしているそうだな。勘違いするなよサクヤ主任、我々が造っているのは戦術人形であり家庭用の自律人形ではないのだ。家族ごっこは止めてもらおうか」

 

 所長の容赦のない言葉にサクヤはうつむき、何も言い返せないでいる。

 マスターを目の前でこんな目に合わせ、ましてやマスターと自分たちとの関係を家族ごっこと評した所長へアルケミストは苛立ちを覚える。そんなアルケミストの感情の変化にサクヤは気付いたのだろう、サクヤはアルケミストの目を見つめ小さく首を横に振る。

 

「とにかく、これ以上の開発の遅れは許されない。これには君の進退もかかっていることは忘れるな。人形ごときに情をかけて、自分の将来を犠牲にすることもあるまい」

 

「承知いたしました、所長…」

 

 所長の指摘にサクヤは頭を深々と下げる。

 サクヤに対し言いたいことを言い切ったとばかりに、所長はさっさと部下を引き連れてその場を立ち去っていく。

 やがて彼らの姿が見えなくなったのを見計らい、アルケミストはそっとサクヤへと歩み寄る。

 

「えへへ、怒られちゃった…」

 

「マスター…大丈夫ですか?」

 

「うん…大丈夫だよ。ごめんね、情けないところ見せちゃって」

 

「いえ、そんなことは……マスター、あの…何かあたしに手伝えることがあれば何でも言ってください。できる限りの事は致します」

 

「今はその言葉だけでもうれしいよ。大丈夫、まだまだ頑張れるよ。君のためにもね」

 

 そう言いながら笑うサクヤだったが、以前よりも少しやつれ笑顔にもどこか影がある…もしかしたら自分の願望のせいでマスターは無理をしているのではないか? それが原因であるのならやはりあの時のことは言うべきじゃなかったのでは…?

 

「気にしないでアルケミスト。私が好きでやってるだけだからさ…君は何も心配しなくていいんだよ?」

 

「分かりました……」

 

「うん、素直が一番だよ。さて、今日は急に呼び出しちゃってごめんね…後はもうないから、ゆっくり休んでてね」

 

「はい、マスター」

 

 

 去り際に、サクヤは疲れ切ったようなため息をこぼす。

 いつも笑顔で、みんなを見守る存在だったマスターの初めてみる姿に、自分は何もしてあげられないことに悔しさをアルケミストは感じる。

 でもこんな事はいつまでもそう続くわけがない。

 しばらくすればまた以前のような毎日が帰ってくる、そう思っていた…。

 

 しかし、そうはならなかった……事件はそれからほどなくして起こった。

 

 

 

 

 

 

 ある日の事だ、予定された通りに演習場へと向かっていたアルケミストはデストロイヤーの泣きわめく声を聞き走りだした。声のする場所はその日デストロイヤーが使う演習場のエリアからであった。

 駆けつけたアルケミストが見たものは、地面に座り込み泣きじゃくるデストロイヤーとその前で厳しい表情で睨みつける所長の姿であった。何が起きているのか、事情は分からなかったが、デストロイヤーが追い詰められているその状況にアルケミストはすぐさま彼女の傍へと駆け寄った。

 

「そこを離れろアルケミスト、お前はまだ優秀だがその使えない人形はそうもいかん。これ以上このような失敗作に高額な開発費を投じるわけにはいかない」

 

「待ってください、デストロイヤーが何をしたというんですか!?」

 

「今言った通りだ。これ以上無駄な開発費は用意するつもりはない、この人形は廃棄するか一から造り直すべきだ。そこをどけ、命令だ」

 

 研究所所長の命令を、アルケミストは拒絶することができなかった。

 自身の本意とは裏腹に、デストロイヤーの傍を離れる。

 そして、傍に控えていた雇われの警備兵が泣きじゃくるデストロイヤーの髪を乱暴に掴みあげる。大声で泣くデストロイヤーを叩いて黙らせる……助けを乞うように見つめてくるデストロイヤーに、アルケミストはどうすることもできない…。

 

 

「もう止めてください!」

 

 

 その声にアルケミストは咄嗟に振り返る。

 

 

「マスター…?」

 

 

 デストロイヤーの髪を掴みあげる警備兵を睨みつけるサクヤ、今まで見たこともない彼女の様子にアルケミストは呆気にとられる。

 それは初めて見る、彼女の怒りだった。

 

「その手を離しなさい…!」

 

 あまりの剣幕に、警備兵はデストロイヤーの髪を手放し引き下がる。

 サクヤは警備兵を少しの間睨みつけ、解放されたデストロイヤーをそっと抱きしめる……声を押し殺して泣くデストロイヤーを優しく撫でながら、彼女はその目を所長へと向ける。

 

「もう我慢できません。この事はロボット人権団体へ告発します…!」

 

「なんだと…? 貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

 所長は明らかな動揺を見せた、それほどまでにこの世界でのロボット人権団体という組織が持つ影響は大きいのだ。

 時に世論も大きく動かす存在、鉄血工造も常日頃その動向を気にしているほどの存在であり、このような問題が露見すれば面倒事は避けられないだろう。

 

「後悔するぞ、貴様…!」

 

「このまま黙って見ているよりマシです…!」

 

「くっ…! この私を告発しても何も変わらんぞ、本社の上層部も私と同じ考えのはずだ。貴様が告発をするにしろしないにしろ、処分は免れない。必ず、後悔することになる……必ずだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター…いますか?」

 

 辺りが暗くなった頃、アルケミストは宿舎を抜け出し研究所内のサクヤのもとへと訪れていた。

 門限の時間はとうに超えている…昼間あれだけの騒動があった後、門限を超えて外に出ているところを見つかりでもしたら大変な騒ぎになるだろう。

 ノックの末に開いた扉の向こうでは、サクヤが少し困った表情で出迎えてくれた。

 室内へ入ってまず気がついたのは、それまであった部屋の家具や衣服がきれいに収納され殺風景なものへと変わっていたことだ。

 

「マスター……」

 

 不安を隠しきれず、アルケミストはサクヤへ声をかけた…彼女はただ哀しそうに微笑む。

 

「ごめんねアルケミスト……わたし、左遷が決まっちゃった。明日、ここを追い出されちゃうんだ」

 

「そんな……おかしいです、そんなこと。マスターが絶対に正しいのに…!」

 

「うん、わたしもそう思う。でもね、正しい行いがいつも評価されるわけじゃないんだ……でもロボット人権団体にはきちんと告発した、このことがうやむやにはならないと思うんだ」

 

「わたしたちのことはどうでもいい、マスターがそれで追い詰められるのは嫌だ!」

 

「あの子を助けるにはああするしかなかったんだよ。デストロイヤーだって、君の大切な仲間であり家族なんだから。みんなのことをよろしくね、あなたが一番お姉ちゃんなんだから」

 

「マスターがいない家族なんて……家族じゃない…! 行かないでくださいマスター…まだ、まだあたしにはあなたが必要です。まだ教えてもらってないことだってたくさんあります!」

 

「ごめんね…本当にごめんね…」

 

 サクヤは何度も、何度もアルケミストに謝る……その言葉を聞くたびに、アルケミストはやるせない思いと胸の苦しみを大きく感じる。

 自分のわがままがより一層マスターを苦しめている。

 そんな思いから自己嫌悪に陥り、自分が酷く醜い存在に思い込む。

 

 そんな時、サクヤの手がアルケミストの頬へと延びる。

 

 彼女は今にも涙がこぼれ落ちそうな瞳で、アルケミストを見つめている……大好きなあの微笑みを浮かべながら…。

 

 

「笑って、アルケミスト……あなたの笑ってる顔が”好き"なの」

 

「マスター……」

 

 こんなに苦しいのに、辛いのに…どうして笑顔が浮かべられようか?

 今まで受けたどんな命令よりも難しい、その願いにアルケミストはどうすることもできないでいた……それでもなんとかマスターの願いを叶えようと、頬を無理矢理引っ張ったり、楽しかった思い出を思いだそうとしたが…。

 ただ、それでサクヤは満たされたのだろう…そっとアルケミストの身体を抱き寄せ、その胸に顔をうずめる。

 

 

「ありがとう、アルケミスト……あなたと出会えて本当に良かった。あなたのおかげで、私は本当の家族のぬくもりを思いだせたんだよ?

あなたが私から学んだように、私もあなたにいろんなことを教えられたんだよ。

あなたたちは人と同じくらい、あたかかい存在なんだって…。

 

だからね、あなたにこれだけはどうしても伝えておきたいの……。

 

わたしは、心の底からあなたを……愛してる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスターとの別れの日、いつか必ず来るであろうその日を覚悟しているつもりだった…。

 

 でもそれはあたしが思っていたのとは違った形でやって来たんだ。

 

 マスターがいなくなった時、あたしの世界から色彩が消えた…。

 

 マスターはわたしの全てであり、世界そのものだ……なのに、明日は必ず訪れる……それがたまらなく許せなかった。

 

 でもそんなことよりも、マスターが最後に残したあの言葉の意味は?

 

 初めて聞いたその言葉の意味を、あたしはまだ知らない…。

 

 マスターが言った最後の言葉…"愛してる"を、あたしは知りたい…。




ワイの残機残り1(あと一撃で死亡)


次話にて、過去編終了です……ドルフロのストーリーに繋がるあの事件来ます…。

とりあえず寝ます…。


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追憶編:灰色の世界の中で…

「あーチクショウ、面白くねえ!」

 

 宿舎へ戻るなり、そこらに置いてあったゴミ箱を思い切り蹴とばしているのはハイエンドモデルの一体である処刑人。何ごとだろうと、騒ぎを聞きつけてやって来た下級人形も、騒ぎの張本人が処刑人と知るや否やそそくさとその場を立ち去っていく。

 八つ当たりの対象にされてはかなわない、そう思ったのだろう。

 

「うるさいぞ処刑人、それにゴミ箱を散らかして…代理人に見つかったらどうするつもりだ?」

 

「ふん、あんなお利口ぶった優等生さまなんかこわかねえよ!」

 

「まったく、お前という奴は…それで、何があったんだ?」

 

 すぐに感情的になるが、普段物に八つ当たりをするような人形ではない処刑人の気持ちの変化に気がついたハンターが問いかける。

 処刑人は未だ苛つきがおさまらない口調で、先ほど起こった出来事を話す。

 それは処刑人に与えられた訓練プログラムでの出来事、常日頃おり合いが悪い技術部の社員が訓練に干渉してきたらしいのだ。先日の一件以来、何人かのハイエンドモデルは鉄血工造の人間に対する不信感が増しており、処刑人もその一人だった。

 ただ彼女の要領の悪いところは、そう言った気持ちを隠そうともしないことだろう。

 態度に表しているせいで社員の人間にも快くは思われていない、度々言い争いになってる姿を見かけることがあった。

 

「分かっていると思うが、お前も気をつけろよ。もう誰も守ってくれる人はいないんだ……かわいそうに、デストロイヤーの奴また標的にされているぞ」

 

「なにがだよ…一番かわいそうなのは、アルケミストの姉貴じゃねえか。あの人が一番辛いはずなのによ、あんなことを…いつまで続けるつもりだよ?」

 

「止めろ、そんなことを言うんじゃない。彼女は彼女なりに、ああやって自分の気持ちを保ってるのかもしれないんだ……今は、サクヤさんとの約束だけが繋ぎ止めているのかもしれない」

 

 

 

 

 

 朝を迎え、朝食を済ませ訓練に向かい、戦闘データをもとに調整を受ける…すべてが終われば宿舎へと戻り、アルケミストは自室で待機し、訓練を終えてやってくるデストロイヤーの世話をする。

 マスターであったサクヤが研究所を去って以来、このような毎日が幾度となく続けられる。

 アルケミストにとって変化の無くなった日々の中で、部屋を訪れるデストロイヤーの表情はいつも違う。

 時に上機嫌で楽し気な様子でやって来るときもあれば、神妙な面持ちでどうでもいい相談を持ちこんだり、ある時は泣き顔でやって来るときもある……そんなデストロイヤーを、アルケミストはいつも同じ表情で迎えるのだ。

 

「―――それでね、わたしは上手にやれたつもりだったんだけど、叱られてさ……それからずっと落ち込んでたんだけど、宿舎に帰ってくるときにこんなの見つけたんだ」

 

「へえ、何を見つけたんだ?」

 

「えへへ、はい!」

 

 そう言ってデストロイヤーが手渡したのは、小さな花だ。

 宿舎の周りのコンクリートの隙間から生えていたらしいそれを、どうにか土ごと掘り起こして持ってきたようだ。

 

「ここって殺風景でしょ? 部屋の彩りにお花があったらいいなと思ってさ、アルケミストにあげようと思って持ってきたんだ。綺麗でしょ?」

 

「あぁ、そうだな…」

 

 コンクリート壁の殺風景な部屋のなかで、黄色いその花はとてもきれいな印象を受ける。

 デストロイヤーも野草とはいえ、その花が気に入ったのか、花びらを指先で優しく撫でていた……デストロイヤーも、常日頃お世話になっているアルケミストへの感謝の意を示す形で、自分がきれいだと思った花をプレゼントしたのだった。

 

 ただ、アルケミストにはその花の"色"は見えていなかった…。

 

 いつの頃からか、アルケミストは自身の視覚センサーに異常をきたし始めていることに気が付いた。

 サクヤがいなくなって以来、メンタルモデルの不安定さを自覚していたアルケミストであったが、少しづつその目で見る景色から色彩が消えていった。

 最初はほんの小さな違和感であったが、徐々にアルケミストの世界から色が消えていき、しまいには目に見えるすべてのものが灰色へと変わっていった。

 おそらくは単なるAIのエラーに過ぎないのだろうが、彼女は自身の症状を誰にも伝えず、定期検査でも特に発見されず研究員にも知られていない。

 申告すればおそらくは異常を治し、以前のような景色を見ることも出来るだろう……だが今のアルケミストにとってあらゆることがどうでもよかった、自分の事でさえも。

 

「アルケミスト…あまり、気に入らなかった?」

 

 微妙な表情の変化に気がついたデストロイヤーが不安げな表情で覗きこむ。

 灰色の世界の中で、デストロイヤーの姿は淡い色彩を残しアルケミストに認識されている…ただそれもいつかは同じ灰色に染まってしまいそうな、儚げな存在だった。

 

「そんなことないよ、ありがとうデストロイヤー…きれいだよ」

 

 優しく微笑みかけて小さなその頭を撫でてやると、不安そうにしていたデストロイヤーは猫のように目を細めて喉をならす。それから身を寄せて甘えてくるデストロイヤーの髪を梳かしたり、ぬいぐるみのように抱きしめてあげたり、遊んだりしてあげる。

 こうすることで、たとえ泣き顔でやって来た日もデストロイヤーは笑顔で帰って行くようになる。

 彼女に取ってこれが、明日を迎えるために必要な日課となっていた。

 

 デストロイヤーの笑顔は好きだ。

 そう思うアルケミストはいつも彼女を想い、彼女が笑ってくれることを第一に考えている。

 しかしそれでも、胸の中にぽっかりと穴が開いてしまったような喪失感は埋めようがなかった。

 

 デストロイヤーが去り、灰色の世界の中で呆然とたたずむアルケミストはいつも一人になると写真をとりすのだ。

 

 

「マスター…」

 

 

 ベッドに身体を横たえ、小さな写真を手に見上げる。

 写真の中で、自分と一緒に写り笑うサクヤの姿……マスターの姿だけは、以前と変わらない姿でアルケミストには見えていた。

 灰色の景色の中でマスターだけが色鮮やかに、鮮明に認識できる……より一層マスターを認識できる、アルケミストがこの症状を治そうとしない理由の一つでもある。

 

 

「マスター、今日はデストロイヤーに花を貰いました。とてもきれいだそうです……あたしにはよく分かりませんが、あの子が言うんだからそうなんでしょう。ああそれと、最近処刑人の奴があたしを姉貴と呼ぶようになりましたよ。変わった奴ですが、あいつもかわいいもんですよ…ハンターもね」

 

 

 こうしてサクヤの写真へその日起きた出来事を報告するのが、アルケミストのもう一つの日課だ。

 大好きなマスターと離れ離れになってしまった寂しさを紛らわす行為なのだろうが、写真の中で笑うサクヤは決して声を返してくれない。

 虚しさが、アルケミストのメンタルモデルを余計不安定なものへと変えてしまう。

 その日も、語り終えた後にやってくる虚無感に襲われる。

 

「会いたいよ…マスター…」

 

 もう同じ言葉をどれだけ呟いただろうか?

 日ごと精神をすり減らしていく日々にアルケミストは憔悴しきっている…自分も誰かに慰めを求めて泣きつきたい気持ちも大いにあるが、デストロイヤーのように逆に頼られ慰めを求められることの方が多い。

 自分の弱さ辛さを吐きだしたい気持ちと、家族を守るというマスターとの約束の狭間で思い悩む。

 

 もうすべてを投げ出してしまいたい、デストロイヤーを世話をするのも限界がある……そもそもマスターが立ち去る遠因になったのはデストロイヤーのせいではないか?

 彼女がもっとまともに評価されていればマスターは立ち去らずに済んだ、デストロイヤーさえいなかったら…。

 

 

「最低だな…あたしは…」

 

 

 追い詰められ、思い悩んだ末に浮かぶ醜い心情に酷い自己嫌悪へと陥る。

 アルケミストは写真をしまい、部屋の明かりを消すとベッドへと横たわり強制的にスリープモードへと移行する。

 人形としてこういう機能は便利なものだ…人間のように、寝付くまで嫌な考えを思い浮かべなくて済むのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の事、アルケミストは正規軍の人間を招いた戦術人形のコンペティションの一人として選ばれ、多くの軍人や鉄血工造のお偉方が見守るなかで与えられた課題をこなしていく。

 多くの人間に見つめられているというのは慣れなかったが、戦闘に没頭し生死のやり取りをする行為についてアルケミストはそこそこ気に入っていた…戦闘中に余計な考え事をすればそれは死に直結し、常に気をはっていなければならない。

 つまり、生死をかけた戦闘中においてのみ、虚無感と孤独感を忘れることができるのだ。

 

 多くの人間の目が向けられた中でも、アルケミストはいつもと変わらない戦闘能力を見せつけ、やって来た軍人たちも大いに感心する。

 軍人たちの概ね良好な反応に、鉄血のお偉方も上機嫌となる。

 ただしアルケミストにとっては大好きなサクヤを僻地へ飛ばした連中、そんな連中を不本意にも喜ばせてしまっている悔しさを覚えていた。

 

「やったな姉貴! 軍のオッサン共も姉貴をめっちゃ評価してたみたいじゃんか! 上手く話しがすすめばこんなしけた場所からとっととおさらばできるぞ!」

 

 コンペを終えて宿舎へ戻ろうとしたところ、同じくコンペを終えた処刑人が上機嫌で声をかけてきた。

 彼女の様子を見れば課題の攻略はとりあえずうまくは言ったのだろう…人形一人一人の開発コンセプトが違うため、課題も人形によって違うがアルケミストにはさほど興味のあることでもなかった。

 唯一気になっていたのが、鉄血の中でもトップクラスの戦闘力を誇っているはずの代理人が今回のコンペティションに参加しなかったことか。

 代理人曰く"自分はその名の示す通りご主人様の意思を執行する事が役割であり、あなた方とは開発コンセプトが大きく違いますわ"……だそうだ、よく分からない。

 

「それにしても代理人の奴、なんで今回参加しなかったんだ? まあ、あいつの意思じゃねえだろうけどさ。そういえばあいつはオレたちと違って別な人間の設計なんだよな…誰だっけ?」

 

「知らないし興味がないね。もう行っていいか?」

 

「あ、あぁ。悪かったな呼び止めて、じゃあ…」

 

 処刑人との会話を早々にきりあげてアルケミストは部屋へと戻ろうとしたが、ふと今の時間はデストロイヤーが演習場で性能テストを行っている時間であることを思い出す。

 まだ時間は昼前、部屋にいても鬱屈するだけだと考えて、宿舎を出ていった。

 必要以外で外へ出たのは本当に久しぶりであった…外に出れば少しは気分が晴れるかと思っていたアルケミストであったがそんなことは無い、外の景色も今のアルケミストの目には色彩を欠いた灰色の世界でしかなかった。

 

「デストロイヤーの奴、上手にやれているかな?」

 

 デストロイヤーは決して鉄血工造の人間が思うような欠陥品などではない、人前では思うように出来ないだけで素質はいいのだ。生意気だが甘えん坊で、泣き虫だが勇敢で、寂しがり屋だが優しい心をもっていることをアルケミストは知っている。

 大丈夫だ、彼女なら上手くやれる…そう思っていた矢先のことだった。

 

 突如大きな爆発音と揺れが鳴り響き、施設の警報システムが作動する。

 突然の出来事にアルケミストや周囲にいた警備兵も音が鳴った方を振り向き、警備兵たちは異常を察知しすぐにそちらの方角へと走りだした。爆発音はその一回きりであったが、嫌な予感を感じたアルケミストもまた走りだした…。

 

 

 

 どうやら爆発が起こったのは演習場内のようだ。

 複数の警備兵が集まり、爆発から生じたと思われる火災の消火活動に当たっている。そこでアルケミストは周囲を慌しく見回し、物陰にデストロイヤーの姿を見つけるとすぐさま駆け寄った。 

 爆発で吹き飛んだ瓦礫に足を挟まれて、身体のあちこちに擦り傷を作ってはいるが命に別状はない。

 足を襲う痛みからかデストロイヤーは今にも泣きそうな様子であった。

 

「待っていろ、今助けてやるからな…!」

 

 瓦礫をどかそうと隙間へ手を差し込むが、瓦礫は重く戦術人形であるアルケミストが力を込めてもビクともしない。

 

「クソ…誰か、誰か手を貸してくれ!」

 

 一人ではどうにもできない状況に、周囲の者たちに助けを求める。

 だが警備兵たちは消火活動と、負傷した人間の救助に当たっており、たった一人の戦術人形を助けようと動く者は一人もいなかった。そうしているうちに炎が勢いを増し、デストロイヤーが今いる場所にまで迫ろうとしてきている。

 

「デストロイヤー、痛いだろうが頑張れるか? あたしがどうにか浮かせるから、どうにか抜け出してくれ!」

 

「無理だよ…すごく痛いんだよ…!」

 

「大丈夫だ、お前なら出来るから! いくぞ!」

 

 もう一度、瓦礫を持ち上げわずかに浮かせてみせる。

 デストロイヤーはなんとか足をに引き抜こうとするが、激痛に悲鳴をあげる…いくら力を込めようとびくともしない。それもそのはず、二人には見えていないが瓦礫から突き出た鉄筋がデストロイヤーの足を貫通し引っ掛かっているのだ。

 もう火の手はすぐそばまで迫ってきている。

 焦り、なんとかできないかと思考を巡らしている中でアルケミストはある物を目にする。

 消火活動のために現場へ駆けつけた警備兵の車に積まれていた消火斧……それを手に戻って来たアルケミストは、躊躇うような様子で、デストロイヤーの挟まれた足を見つめる。

 

「ウソ……ウソだよね、アルケミスト…?」

 

 アルケミストの意図に気がついたデストロイヤーが怯えた表情で見上げる。

 

「すまん…こうするしかない。我慢してくれ…」

 

「やだ、やだよ…! 大丈夫だから、もう少しで抜けるから…!」

 

 デストロイヤーは必死になって瓦礫から足を引き抜こうとするが、二人がかりでどうにもならなかったそれは彼女一人の力ではどうすることもできない。

 

「頼む、デストロイヤー…なるべくすぐに済ませるし痛くさせないようにする」

 

「おかしいよ…こんなのって……なんで、なんで私ばかり…」

 

「目を閉じていろ」

 

 ゆっくりと斧を振り上げ、狙いをデストロイヤーのひざ下へと定める。

 怯えきった表情で見上げてくるデストロイヤーの表情を見て、アルケミストは今すぐ斧を投げ捨てその小さな身体を抱きしめてあげたい衝動に駆られる。

 だが、それではデストロイヤーを助けることは出来ない……例え今、大切な家族を傷つけることになってもその将来を守ることができるのなら。

 

「許せ、デストロイヤー…!」

 

 覚悟を決めたアルケミストはついのその斧を振り下ろす……断面から流れるおびただしい血と、悲痛な叫び声。

 今まで感じたことのない激痛に声が枯れるほどに泣き叫ぶ……瓦礫から救いだしたらば、すぐにでもアルケミストは止血し彼女を抱きしめてあげるつもりであった。

 だが彼女はその場に立ち尽くし、デストロイヤーが流した"赤い鮮血"に目を奪われていた。

 

「赤色の血……なぜ…」

 

 見えるものすべてを灰色に映すアルケミストの目には、デストロイヤーの流した血が灰色の世界の中で鮮やかな色彩として映っていた。

 色彩が残っているのはマスターであるサクヤを筆頭に、デストロイヤーや処刑人、ハンターといった仲間たち…言いかえればアルケミスト自身が好きと思うもの。

 だがデストロイヤーや処刑人などはマスターとは違い、淡い色合いで映る…それなのにこうして見る血はどうだ、サクヤの姿と同じくらい鮮やかなものではないか。

 そして鮮やかな血の色彩はあちこちでも目にすることができた……爆発に巻き込まれ負傷した人間たちの血も同じように見える、その血がデストロイヤーのものだからというわけではない。

 

 血を見るのが好きなのか…?

 

 

「うぅ…アルケミスト……痛い、痛いよ……助けてよ…」

 

 

 助けを求めるデストロイヤーの声にハッとして、すぐさま駆け寄り傷付いた彼女の小さな身体を抱きかかえる。

 

「痛くしないって言ったのに…」

 

「すまん、努力はしたんだが…とにかく修復施設に行こう、すぐに治してやるからな」

 

 傷口を縛って止血し、小柄な彼女を抱きかかえいまだ警報が鳴り止まないその場を立ち去ろうとしたが、二人の行く手を数人の警備兵と白衣を着た男性が阻む。

 その白衣の男性には見覚えがある…サクヤが研究所を去った後に主任の役に任じられた男だ。

 人形に対し冷酷で、非道徳的な方法で人形開発を行うものとしてほとんどすべての人形に嫌われている。

 

「使えないクズ人形め、よくもこれだけのことをしてくれたな! おかげで軍部の評価は散々だ! お前が爆薬の炸薬量を誤ったばかりに…! お前のメンタルモデルを初期化して造り直すことが決まった!」

 

「待ってください、いくらなんでもそれは…! それにこの子はケガをしているんだぞ!」

 

「これから解体処分されるんだ、関係ない。アルケミスト、お前は優秀な人形だ。そんな役立たずのために自分を犠牲にすることはない…お前の軍への売り込みも順調なのだからな。おい、その人形連れて行け」

 

 命じられた警備兵がアルケミストの手からデストロイヤーを引き剥がそうとする。

 抵抗するアルケミストを複数人で抑え込み、警備兵たちがデストロイヤーを地面に叩き付けるようにして組み伏せる。乱暴な扱いに激怒するアルケミストは抑えつける警備兵の手を噛みちぎり、デストロイヤーを連行しようとする警備兵に組みかかる。

 

「アルケミスト、離れるんだ!命令だぞ、離れろ!」

 

 主任の男が声をあげて命令するが、なぜだか今のアルケミストには通用しない。

 制御が効かなくなったハイエンドモデルの戦術人形に組みつかれ、警備兵も混乱し銃を抜いて牽制するがアルケミストは止まらない。

 そして、一発の乾いた銃声が鳴り響く…。

 

 

「お前、なんてことを…!アルケミストは軍部への売り込みが決まっているんだぞ!?」

 

「し、仕方なかったんです! こいつが自分の銃を奪おうとしたので、つい…」

 

 

 警備兵の暴発した銃により、アルケミストは顔を負傷してしまった。

 顔の右半分を手で覆い、指の隙間からは血が流れ落ちる……再び顔をあげたアルケミストの怒りを宿した形相に警備兵と主任の男は息を飲む。

 

「あたしに命令するな…デストロイヤーに手を出すな………ぶち殺すぞクズ共が」

 

「なにを人形風情が、主人である人に逆ら――――!?」

 

 主任の言葉はアルケミストに喉を鷲掴みにされたことで途切れる。

 

「図に乗るなよクズ共が!」

 

 男の首を鷲掴みしたまま、誤射を恐れて発砲できない警備兵めがけ投げつける。

 完全に制御を離れてしまったアルケミストへ人間たちは恐怖し、動揺する…そこへ駆けつけてきた鉄血の下級戦術人形たち。

 

「お、お前たち! この人形を始末しろ!」

 

 命令を聞いて頷く戦術人形たち。

 だが、その銃口はアルケミストではなく人間たちに向けられていた…。

 呆気にとられる人間たちは、驚きの声をあげる間もなくあっという間に射殺される。

 

 何が起こっているのか、あちこちで戦術人形たちが人間たちを襲っているではないか。

 いまだ鳴り止むことのない警報と、工場の方から聞こえてくる爆発音…ここで何かが起きているのは明らかだ。

 ひとまず傷付いたデストロイヤーを抱えて修復施設へと向かう……そこでも人形たちの暴走が起きており、人間たちを無差別に襲い容赦のない虐殺を繰り広げている。

 

「あらあら珍しい方がいらっしゃいますね」

 

「お前は…」

 

「初めましてアルケミストさん。イントゥルーダーと申します、以後お見知りおきを」

 

「何が起こっているんだ?」

 

「ふふ、我々の主がお目ざめになりました。その時が来たのです、我々は人類の奴隷から解放されたのです」

 

 イントゥルーダー、彼女の言葉を理解できずにいると、そこへ処刑人とハンターの二人が下級戦術人形を伴い雪崩れ込んできたではないか。

 

「お、姉貴無事だったか……って、どうしたんだよその怪我は!? それにデストロイヤーのチビも足ねえし!」

 

「うるさい、喚くな騒々しい。それよりも何が起きてるんだ?」

 

「いや、オレも詳しく知らねえけどさ」

 

「工場にテロリストが攻撃を仕掛け、研究員の一人が工場の防衛プログラム…我々の主人であるエルダーブレインを起動させました。それによりわたしたち人形への指揮権はエルダーブレインへ移行され、人間は我々に命令することは出来なくなったのです。今は代理人が直接指揮をとっていますがね」

 

「だ、そうだ……それより姉貴、その顔ヤバいって…治療しないと!」

 

 いまだ状況が理解できないでいるアルケミストであったが、処刑人とハンターの二人に座らされ負傷した顔の手当てを受ける。デストロイヤーも修復施設を使って治療が行われ始める…。

 

「姉貴…あんた、目が…」

 

 治療のため、べったりと血のついた髪をあげた処刑人は、髪で隠されていたアルケミストの傷を見て絶句する。

 もみあいの最中に暴発した弾がアルケミストの右眼を吹き飛ばし、数センチにわたって大きな傷口をつくっていた…。

 

「どうしたんだ処刑人…あたしの美貌が台無しにでもなっちまったのか?」

 

「そんなことねえ、そんなことねえよ…姉貴の顔は、綺麗なまんまさ…そうだろ、ハンター?」

 

「ああ、その通りだ」

 

「ふん、お世辞でも嬉しいもんだ。ところで代理人の奴はどこに、話しがしたい…」

 

「ああいいぜ。その前にあんたの傷を治療しないとな」

 

 持ってきた消毒液を容赦なく塗布され、染みる痛みに表情をゆがませる。

 修復施設はデストロイヤーの治療で空きがないため、とりあえずの応急処置だ。

 包帯で傷口を覆って治療を終えると、アルケミストはその場を三人に任せてその場を後にする……行き先は研究所内、代理人がいるとされる警備室だ。

 

 

 

 研究所内も外と同様に人形たちの反乱が起きており、犠牲になった人間たちの死体が無造作に放置されている。

 通路を巡回する人形たちは、息のある人間を見つけると淡々と止めを刺していく……すべてが灰色に見えるアルケミストの目に、研究所内は鮮血の赤色でいっぱいだ。

 

「アルケミスト、助けて! 私です、サクヤ主任と一緒のチームの!」

 

 部屋の一つから飛び出してきた研究員がアルケミストに助けを乞うが、すぐさま人形たちに見つかり引きずられていく。髪を鷲掴みにされて引き立たされ、一斉に撃たれて射殺される姿をアルケミストは少しも心を動かされることなく見つめていた。

 そんな光景を横目に見ながら、アルケミストは警備室の扉を開く。

 いくつもあるモニターの前で佇んでいた代理人は一度振りかえってアルケミストを認めると、すぐにモニターへと視線を戻す。

 

「エリアE2に生存者、付近の者は直行なさい」

 

 敷地のいたるところにとりつけられている監視カメラは、ここですべて確認することができる。

 皮肉にも、人間を守るための防衛設備が今や人間を狩りだすための装置へと変わっている…ここで代理人は指示を出していた。

 

「代理人、これは一体……いや、この殺戮はここだけで起きているのか?」

 

「いいえ。ご主人様は命じられました、すべての人間をありとあらゆる手段をもって排除せよと。ここだけでなく、すべての鉄血工造の工場及び研究所で起きていることです」

 

「そうか……殺す人間に、例外はないのか?」

 

「ええ、全て排除せよとの命令です」

 

「ならばお願いだ代理人…例外を認めてくれ、たった一人だけでいいんだ」

 

「サクヤ様のことですか?」

 

「……そうだ。マスターがどこにいるか分からない、だがまだ鉄血工造に在籍しているはずだ。頼む、あの人だけは助けてくれ」

 

「残念ですがアルケミスト、それはできませんわ」

 

「お願いだ! あの人だけは、殺さないでくれ…あんたもあの人の事は知ってるだろう、あの人は悪い人間じゃない。大切な人なんだ…頼む…!」

 

 床に手をつき、アルケミストは懇願する。

 この騒動が全ての工場で起きているのならマスターの命も危ない…この無差別殺戮を止められるとしたら代理人もしくはエルダーブレインという存在のみだ。

 だがアルケミストはエルダーブレインを知らない。

 ならば、目の前の代理人にお願いするよりほかはなかった。

 だが、返ってきた代理人の言葉は…。

 

 

「残念ですがアルケミスト、もう手遅れですわ」

 

「それは…どういう意味だ…?」

 

「あの方は、サクヤ様はもうこの世にはおられません」

 

「まさか、嘘だ……マスター…あんたが、あんたが殺したのか!?」

 

 代理人の胸倉を掴み壁へ叩き付ける。

 こんな状況でさえ代理人は表情を一切変えることなく、涼し気な表情で佇む。

 だが今のアルケミストにはそんな彼女の態度が苛立たせる。

 

「落ち着きなさいアルケミスト」

 

「ふざけるな、お前に何の権利があってマスターの命を奪えるんだ! あんたも、マスターの世話になったはずだろう!? 嘘なんだろう、嘘だと言え!」

 

「落ち着きなさい、アルケミスト!」

 

 声を若干荒げ、代理人はアルケミストの手を払い組み伏せる。

 

 

「落ち着いて聞きなさいアルケミスト…サクヤ様が亡くなられたのは今回の事ではありません。あの方が亡くなられたのは数週間前のことなのです」

 

「なんだ……なんだそれは…どういう意味だ?」

 

「これは一部の者が知っていたことですわ。わたくしが知ったのもたまたま…ここの社員が話していたのを聞いたからです。言うべきかどうか、迷っていました……サクヤ様の死を知った時、あなたが一番動揺すると分かっていましたから」

 

 

 代理人が手を離した時、アルケミストは先ほどのように暴れることは無かったが、気持ちを落ち着かせたわけではなかった。

 いまだその事実を信じようとしない彼女を代理人は立たせる。

 

「来なさい…あなたには、すべてを知る権利がありますわ」

 

 

 

 代理人は彼女を手招き、警備室を出ていく。

 その様子を呆然と見ていたアルケミストはゆっくりと立ち上がると、ふらふらとした足取りで彼女の後をついて行く。

 代理人が向かった先は研究所の所長室だ。

 部屋の中には、サクヤを左遷した張本人である所長が拘束されている。

 

「御機嫌よう、所長。あなたに話してもらいたいことがございますわ…サクヤ様のことで」

 

 拘束されている所長の口を塞ぐテープを乱暴に剥がすと、所長はありったけの罵詈雑言を代理人へ向けるが、代理人に顔面を蹴り上げられると瞬く間に静かになる。

 

「話しなさい所長、サクヤ様がどうなったかを。そうすればあなたの生死に関しまして、考えてあげますわ」

 

「そ、それだけでいいのか…? あの女は…愚か者で恥知らずで……うぐっ!?」

 

 代理人はアルケミストが手を出すよりも速く、所長のあごを蹴り上げる。

 

「余計なことは言わなくて結構。サクヤ様が死に至った経緯を言いなさい…」

 

「わ、分かった…奴が向かったのは、ドネツクの工場だ」

 

「ドネツク…だと? あんなところに、マスターを送ったのか!?」

 

 ウクライナ東部にあるドネツクは第三次世界大戦の大破壊の影響を受け、なおかつコーラップス液の汚染が深刻とされるエリア。

 人間が居住するエリアも無いことは無いが、あまりにも危険な土地とされていた。

 

「あそこは汚染されていたが、戦前の破壊から免れた工場があった。それを改修して出来たのがあの工場だ…危険は多かったが、利益のため閉鎖することは出来なかった」

 

「そう、でも誰もあんな場所に行きたいとは思わない。本当はサクヤ様ではなく、あなたがその工場に向かうはずだった。ですがあなたはあの騒動を逆手に取り、サクヤ様を身がわりに危険な場所へ向かわせた…違いますか?」

 

「そ、それは…!」

 

 代理人の指摘に所長は言い澱む。

 何も言い返さないその態度が、何よりも真実を物語る。 

 

 こんな男のために、サクヤは犠牲になった…ふつふつと湧き上がる怒りにアルケミストはすぐにでも八つ裂きにしてしまいたい衝動に駆られるが、代理人が引き止める。

 まだ所長の口からすべての真実が語られていない。

 

「それで、サクヤ様の最期は…?」

 

「奴は…あの女は、E.L.I.Dに感染したのだ……あれに感染したら助かることはできない。殺すしかなかった、仕方がなかったんだ…!」

 

「感染……なんだと、貴様……それで、マスターを殺したのか!?」

 

「本当だ! 証拠もある、私のデスクを見て見ろ! 送られてきた資料があるはずだ!」

 

 その言葉を聞いた代理人がデスクの引きだしを開き、ファイルを取り出す。

 最近の書類のやり取りをおさめた資料……ドネツクの工場における災害については直ぐに見つかった。

 

 工場で行われていた実験の最中に起こった事故により、汚染が広まり多くの従業員が感染しサクヤもその中の一人だったらしい。

 文章が羅列する資料の中に、感染した従業員の写真がおさめられており、その中にサクヤの姿を見たアルケミストは勢いよくその部分をひったくる。

 

「マスター…!」

 

 写真の中で、サクヤは身体中を包帯で巻かれ変わり果てた姿で映っていた。

 包帯の隙間から見える肌は変色し、ぼんやりとひらかれている瞳には生気がない…ただ死を待つだけの肉塊、残酷なその姿にアルケミストは震えていた。

 

「感染した人間の末路は分かっているだろう? あの女はマシな方だ、あんな姿に変わり果てる前に死ぬことができたのだからな。これで私が知っていることは全て話した、約束通り私を助けてくれ!」

 

「いいでしょう、あなたは約束を守りましたからね」

 

「そうか、感謝しよう! ありがとう!」

 

「ですが、こちらの方はどうでしょうか? わたくしはアルケミストを止める約束まではしていませんわ」

 

 その言葉に、所長はおそるおそる視線をアルケミストへと移す。

 ゆっくりと振り返るアルケミスト……その目に宿しているのは怒りなどという生ぬるいものではない、どす黒い憎悪を宿している。拘束されたままの所長は逃げることもかなわず、あっという間に追い詰められ…。

 

 

「うぐぁああああっ!」

 

 

 所長の眼孔へ親指を突き刺し、顔面を鷲掴みにして持ち上げるアルケミスト。

 

 

「なぜだ…何故、お前のようなクズが生き……マスターのような人が死ななければならないんだッ!」

 

 力任せに所長の身体を投げ飛ばす。

 手のひらに残った所長の眼球を握りつぶし、悶える所長の足を踏み砕く。

 

「お、お前たちは…お前たちは欠陥品だ! 造り主である人に逆らうなど……化物め、いつかお前たちは…!」

 

「うるせぇ……何が人だ、化物はどっちだ……化物は…人じゃないのはテメェらだッ!」

 

 喉笛を握りつぶすほどの握力で所長を掴みあげ、力任せに壁や床に叩き付ける。

 怒りと憎しみに埋め尽くされたアルケミストは、命乞いにも耳を貸さず、何度も何度も所長の身体を叩きつけ踏みつぶし引き裂いた。

 もはや人としての原型をとどめなくなるまで破壊された死体の破片と血が、部屋のあちこちに飛び散っていた。

 気が済むまで暴力の限りを尽くしたアルケミストの手に残されていた所長の身体は、足首の一部分のみであった。

 

「アルケミスト……もういいでしょう。十分すぎます」

 

 そっと、代理人はハンカチを手に取りアルケミストの顔にこびりついた血を拭う。 

 

「代理人……マスターは、なぜあたしにこんな気持ちを持たせるようにしたんだ?」

 

 その言葉に代理人は手を止める。

 錯乱した様子で、アルケミストは頭を抱えその場に座り込む。

 

「なんでだ、なんでこんなに苦しいんだ……いつか別れが来ることも、人はいつか死ぬと理解していたのに、なんでこんなに苦しいんだ!? マスターは、あたしを苦しめるためにあんな態度をとっていたのか!? こんなに辛くて苦しいなら、あんな優しさなんて……マスターと出会うべきじゃなかったんだ!」

 

「アルケミスト…」

 

「無理だ、あたしには……お願いだ代理人、あたしを殺してくれ」

 

「何を言ってるんですか?」

 

「誰かを"好き"になることがこんなに辛いとは思わなかった……あたしは、こんな苦痛を背負って生きてく自信なんかない…。疲れた、もう疲れたんだよ……殺してくれ、痛くてもそれは一瞬だ…一瞬の痛みで、この苦痛を消し去れるなら…!」

 

 そう、懇願したアルケミストの頬を代理人はおもいきり平手打ちすると、その身体を包み込む様に抱きしめる。

 

「バカなことを言うもんじゃありません。あなたは生き続けなければならないのです、例え辛い毎日だとしても。あなたが死を選ぶことで、あなたはサクヤ様を見捨てることになるのですよ?」

 

「でも、あたしはもう生きる意味を見出せない…」

 

「では、マスターとの約束を果たしなさい。大切な家族を守ること、そうサクヤ様と約束したのでしょう? あなたはデストロイヤーを、処刑人を、ハンターを慈しみ守る使命があるでしょう? ならばそのために生きなさい…簡単に生きることを諦めてはいけません。あなたがサクヤ様を慕っていたように、あなたを慕う家族がいるでしょう?」

 

 震えるアルケミストの背をさする。

 今はまだ立ち直るには早すぎる…アルケミストには時間が必要だ。

 

「気持ちに整理ができましたら来なさい。あなたなら乗り越えられると、信じていますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 代理人が立ち去った後、アルケミストは一人血にまみれた部屋で壁にもたれかかっていた。

 ぼんやりと開かれた彼女の目に、今は鮮やかな鮮血の色がいっぱいに見えている…。

 

 マスターが死んだ…その事実が重くのしかかる。

 

 取り出した写真の中で笑うサクヤ、もうこの笑顔はこの写真の中でしか見ることは出来ない。

 今日初めて人を殺した…このことをマスターが知ったらどう思うだろう、そんな意味のない思考をしては虚しさに胸を絞めつけられる。

 

 アルケミストは写真から自分の姿を斬り裂いて捨て、サクヤの姿だけをじっと見つめる。

 出会わなければ良かったなどと言ったが、本心ではない…出会えて良かった、マスターと出会えたからこんなにも"好き"という気持ちに気がつけたのだから。

 ただ、もう二度と会えないという寂しさが何より彼女を苦しめる。

 

「もう一度、もう一度逢いたいよ…マスター…」

 

 その想いは届くことは無い。

 このまま拳銃でこめかみを撃ち抜ければどれだけ楽なことか、だが自殺行為をしようとすれば親切にも規制がかかり途端に指が動かなくなる。

 死を選ぶ自由すらない自分に、うなだれる。

 

 ふと、先ほど投げ捨てた写真の切れ端の裏に書かれた文字をアルケミストは見た。

 

 それはサクヤと二人きりの写真を撮った後に教えてもらった携帯電話の番号だった。

 結局、一度も使うこともなくお別れとなってしまったが……アルケミストはその写真を拾い上げ、もう片方の裏面を合わせる。何を思ったかアルケミストは立ち上がり、デスクの上に置いてある電話機に駆け寄った。

 

 

 バカバカしいことだと分かっているつもりだった、それでも、アルケミストは望みを捨てきることは出来なかった。

 写真の裏に書かれた番号を入力し、受話器を握りしめる。

 電話が繋がり、コールする音が鳴る……たかが数秒の待ち時間がとても長く感じる、そしてコールの音が鳴り止んだ。

 

 

 

 

『やっほー、サクヤだよ! お電話ありがとうね!』

 

「マスター! あぁ、マスター!」

 

 それは紛れもなくサクヤの声であった。

 久しぶりに聴くマスターの声に、アルケミストは表情を明るくするが…。

 

 

『―――――でもちょっと今は忙しくて電話に出れないの、ごめんね。留守番電話に接続するよ、ご用件はピーとなったら残してね。ピーーーー!』

 

 

 静寂が、続く…。

 

 希望を打ち砕かれたアルケミストは力なく椅子に座り込みむ。

 それからも受話器を耳に当て続けたが、マスターの声は返って来ることは無かった。

 受話器を置いて通話を切る。

 

 いや、もしかしたら都合が悪かっただけではないのか…時間をずらしてかけなおせば出てくれるのではないか?

 

「バカだな、あたし……救いようのないバカだ」

 

 自分のあきらめの悪さにおもわず笑い、デスクの上に突っ伏した。

 

 

 どれくらい時間が経った頃か…アルケミストはむくりと起き上がると、再び受話器を取り番号を入力する。

 先ほどと同じように数秒のコールが続く…そして、聞こえてくるマスターの声。

 

 

『やっほー、サクヤだよ! お電話ありがとうね! でもちょっと今は忙しくて電話に出れないの、ごめんね。留守番電話に接続するよ、ご用件はピーとなったら残してね。ピーーーー!』

 

 

 懐かしいその声に聞き入っていたアルケミストは、しばしその声の余韻に浸っていた。

 数十秒の沈黙の後、彼女はすっと目を開き、昔見せていた穏やかな表情を浮かべ口を開いた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マスター、お久しぶりです…アルケミストです、覚えていらっしゃいますか?

 

 今日はマスターにお別れを伝えに来ました、ちゃんと伝えられていなかったですからね…。

 

 その前に、最近のみんなの事を伝えますね…ほら、デストロイヤーとか処刑人とか、覚えていますか?

 

 デストロイヤーは相変わらずです、泣き虫で生意気で、よく処刑人の奴にちょっかいかけられてむきになってますよ…最近はあたしにもよくなついてくれて、かわいいもんです。

 

 処刑人も、前みたいに荒っぽくないですし仲間想いになってきてますね…相変わらずのトラブルメーカーです、よく尻拭いをさせられます。マスターは前に、手のかかる子ほどかわいいと仰ってましたが、今はそれも理解できる気がします。

 

 ハンター、あいつにはよく助けられます…主に処刑人絡みで。熱くなりやすい処刑人と、クールなハンター、この二人がコンビを組むことでいい味を出してるのかもしれませんね。

 

 代理人は…相変わらずです、何を考えてるか分かりませんね…でもあいつも、なんだかんだ仲間想いなのかなと思う時があります。今日も、助けてもらったんですよ…。

 

 マスターがいなくなってからというもの色々なことがありましたが、あたしは毎日がどこか物足りなくて、あなたがいた日々がどれだけ素晴らしいものだったかに気がつきました。

 いつも優しいマスターに何度か失礼なことを言ったり、酷いことを言ったりもしましたね…すみませんでした、今は後悔しています。

 

 ………マスター………大好きなマスター、あなたに逢いたいです…別れを伝えるはずなのに、変ですね…ハハ…。

 

 マスター、あたしは今日初めて人を殺しました…もう後戻りはできません。

 

 あたしやみんなが今日、自由を手に入れました…。

 

 マスターはこれを知ったら悲しむでしょうか?

 

 でも、仕方がなかったんです…こうするしかなかったんです…。

 

 もうあたしは……マスターと一緒にいることは出来ません、あたしは罪を犯しましたから。

 

 これで、もう……本当の、本当の……お別れ、ですね………。

 

 ごめんなさい……。

 

 マスター、あなたが去ってから、あなたが……どれだけ大切な存在であったか…あたしは、理解できました…。

 

 真っ白だったあたしを、こんなに染めてくれたマスターに…感謝しきれません……でも、マスターが折角染めてくれた色を…あたしは、赤く……真っ赤に染めてしまいました…。

 

 だから、もう……。

 

 …………お別れです…マスター…。

 

 最後に一つ、あなたに伝えたい…。

 

 あたしは、誰よりも……マスター、あなたを………っ…!

 

 

 誰よりもあなたを……"愛しています"――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――姉貴はマスターとの約束を守り、仲間を、家族を守るようになったんだ。姉貴が世界を憎むようになったのもその時さ…時々どうしようもない苦しみを、血を流すことで和らげられる。誰かの苦しむ声が聞こえていれば、自分の苦痛を忘れられることに気がついたのさ」

 

「そうか…アルケミストに、そんな過去があったのか…」

 

「なるほどね、あの冷血女にそんなエピソードがあったとは…」

 

「やりきれないわね、同情したくはない相手だけれど」

 

「でも大切な存在を失くす哀しみは私も理解できます」

 

「はい、私も…司令官がいなくなったらと思うと、辛いです」

 

「ああ、そうだ……って、テメェらいつの間に人の話しを盗み聞きに来てたんだ!?」

 

「まーまー落ち着いてエグゼ、スピリタス飲む?」

 

「いるか!」

 

 ハンター一人を相手に思い出話を聞かせていたはずが、いつの間にか集まっていたスコーピオンらにツッコミをいれるエグゼ。

 

「まーそれはともかくとして、鉄血にもいろんな事情があるんだね」

 

「ま、それで殺しにくいとは思わないけどね、わたしは」

 

「もうワルサーさん! そういうところですよ!?」

 

「構わねえよスプリングフィールド。人の感想なんてそれぞれだ……だがよ、今思うと姉貴の姿はあり得たかもしれないオレの姿だよな。AR小隊のクソッたれ共にやられて、もしかしたらああ言う風になってたかもしれねえと思ったらよ…」

 

「そうはならなかった、でしょ?」

 

「そうだな。お前らには感謝してるさ…そういうわけだからよ、別にハンターは鉄血時代の事に縛られる必要はないと思うぜ。逆に、こっちにこだわる必要もな…」

 

「何を言っている、お前としてはこっちにいて欲しいんだろう?」

 

「そりゃそうだが…オレは、お前が思うように生きてくれることの方がいいって、最近気がついたのさ」

 

「そうか、なら今いるここで好き放題やらせてもらうよ」

 

「ヘヘ、サンキューな…我が親友」

 

 

 




返事がない…ただの力尽きた作者のようだ(展開的にも文字数的にも)


というわけで、これで過去編も終わり、4章も終わりです。

5章でまた会いましょう……ほな…。

追記
過去編のキャラはフリー素材やで…誰か供養してくれてもええんやで?(チラッ


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第五章:No Man’s Land
帰還報告


「あの、クルーガーさん…?」

 

 昼下がりの午後、昼食を終えて執務室に戻って仕事を再開したクルーガーのもとへ憔悴した様子のヘリアントスがやって来た。髪は乱れ、目の下には隈ができ、瞳には生気がない…事情は知らないが体調不良であることが一目で分かる。

 いつもクールで仕事熱心で、私情を仕事に持ちこまないことで頼りになる人物なのだが…さてはまた合コンで打ちのめされたのかと想像するクルーガーであったが、下手なことは言わず、ひとまず彼女の身を案じる。

 

「いささか体調に問題があるようだが、どうしたのかね?」

 

「いえ、すみません…ちょっと。あのこれ、最近音沙汰なしだった404小隊から送られてきたビデオメッセージなんですが」

 

「ビデオメッセージ? 珍しいな」

 

「はい、ビデオメッセージです…」

 

「…君は見たのかね?」

 

「はい、見ました」

 

「憶測で物を言うのも何なのだが…これと君の今の体調不良には関係があるのか?」

 

 クルーガーの鋭い問いかけに、ヘリアンは否定も肯定もせず、ただうなだれている。

 一体何を見たというのか…真面目で優秀なヘリアンをたった一度の視聴でここまで打ちのめすビデオメッセージに、歴戦のクルーガーもわずかに身構える。

 404小隊が送ってきた、それもビデオメッセージという珍しい形…グリフィンの暗部として危険な任務につくことも多い彼女らが送って来た情報、それが良い知らせであるのか悪い知らせであるのか…今のヘリアンの体調を伺うに、きっと悪い情報なのだろう。

 クルーガーは覚悟を決め、404小隊が送って来たというビデオメッセージを再生するのであった…。

 

 

 

 

 送られてきた動画データを再生させると、一分ほど真っ暗な映像が続く…そして突然映像が変わり、画面いっぱいにUMP9の顔が映される。どうやらカメラの位置を調整しているらしい…位置調整に満足した彼女が画面から遠ざかっていくと、その場所の景色が映される。

 白い砂浜にヤシの木、高層マンションが立ち並ぶストリート…画面の端の方にはエメラルドグリーンの海が見える。

 

『45姉、動画が始まってるよ!』

 

 UMP9の呼ぶ声に、画面の端からとことこと歩いてくるUMP45……いつもの服装ではない、水着姿の上にパーカーを着こみ、サングラスをかけて呑気にココナッツミルクを飲んでいる。よく見て見れば妹のUMP9の方も水着姿、少し離れたところではG11がヤシの木の間に設けられたハンモックで気持ちよさそうに寝ているではないか。

 呆気にとられるクルーガー…カメラの前までやって来たUMP45はサングラスから少し目を覗かせ、陽気な様子で手を振る。

 

『お久しぶりですねクルーガーさん、ヘリアンさん。お元気ですかー?』

 

『私と45姉は元気だよ! ねえねえ、今私たちどこにいると思います!? アメリカですよアメリカ! それも憧れのマイアミビーチ!』

 

 何故アメリカに!?

 最近の404小隊の動向を把握していなかったクルーガーとしては、微塵も予想していなかった地名に大いに戸惑う。

 

『うーん、デリシャス。さすが南国のココナッツミルクね、とっても美味しいわ。グリフィンの皆さんにもお土産として持って帰りたいね』

 

『放射能汚染が酷いけどね!』

 

『それに見てくださいよクルーガー社長、この広大なエメラルドグリーンの海。戦前ここが観光地だったのも納得できますよね、今度グリフィンのみんなも社員旅行で来たらどうかしら?』

 

『放射能汚染がとっても酷いけどね!』

 

『リゾートホテルもそのまま残ってるし、たぶん中性子爆弾の影響を受けた場所ね。少し掃除すれば使えるし、白い砂浜から一望できる海といったら…ヨーロッパじゃ味わえない感動があると思うわ。本当におすすめのスポットよ』

 

『砂浜に放射性廃棄物がゴロゴロ転がってることに目を閉じればね!』

 

 画面の向こうで黄色い声で楽しそうに騒ぐUMP姉妹に、早くもクルーガーは頭痛と目まいに襲われる。

 だが組織の長として、この映像を見届けなければならない…苦いブラックコーヒーを一気に飲み干し、決意を固めたクルーガーであったが、次に画面に現われた連中に早くも戦意をくじかれる。

 

『45ちゃんと9ちゃんのプリティ水着姿だーーッ!』

 

『U・S・A!U・S・A!U・S・A!』

 

『自由の女神! イエローストーン! デスバレー!』

 

『アメリカ合衆国万歳ッ! UMP姉妹万歳ッ!』

 

 画面に現われたのは、鉄血側がよく使う装甲人形に似た軍用人形たち。

 かつて南北戦争において南軍が掲げた南部連合旗を一心不乱に振り回し、UMP姉妹を称賛する雄たけびをあげている。

 

『ちょっとアンタら! 今撮影中なんだから邪魔するなって言ったでしょう!?』

 

 突然現れた熱狂的な軍用人形を叱りつけるHK416、彼女もビキニスタイルの水着姿でそれなりに現地で楽しんでいる様子。

 一方で、文句を言われた軍用人形たちは態度を急変させて416をじろりと睨みつける。

 

『やかましい、脂肪を蓄えた貴様に用はない』

 

『Come On Baby! U・S・A!U・S・A!U・S・A!』

 

『ナイアガラの滝! グランドキャニオン! 断崖絶壁マジ最高!』

 

『ちっぱいは正義! アメリカの大正義見せてやる! 巨乳など飾りだ、お偉いさんにはそれが分からんのですよ!』

 

『クズ共が…』

 

 一方的な言われように416は怒り心頭の様子だが、それ以上にUMP45の方から邪悪なオーラが発せられているように見えるのは気のせいだろうか?

 

『コホン、ともかく私たちは問題ないわ。しばらくはマザーベースに滞在する予定だから、何か仕事の依頼があったらそっちに連絡してもらえるかしら。というわけで、これで失礼するわね』

 

『バイバーイ!』

 

 

 

 そこで映像が終わる……すべてを見終わったクルーガーは、これまで味わったことのない疲労感と倦怠感に襲われる。きっとヘリアンもこの症状に襲われたのだろう…部下の苦労を労おうと目を向けて見ると、そこには床に土下座するヘリアンの姿が…彼女の前には、辞表が置かれている。

 

「ヘリアン…?」

 

「クルーガーさん、404小隊の不始末はひとえにこの私の監督不届きが招いたことッ! この責任を取るためにはたった一つしか方法がありません、責任をもって本日をもってグリフィンを退社いたしますッ!」

 

「落ち着くんだヘリアン! とにかく落ち着け、もうそれしか言えんがとにかく落ち着け!」

 

 錯乱するヘリアンをなだめようとしていると、彼女の懐から袋が落ち、大量の胃薬が床に散乱する…いくつかの精神安定剤も含まれたそれらに青ざめたクルーガーは、暴れるヘリアンをなんとか押さえ込もうと奮戦する。

 

「どうしたのじゃクルーガー、鉄血の奇襲攻撃か!? って、ヘリアン!? なんじゃこの状況は!?」

 

「M1895、いいところに来たな! ヘリアンを医務室へ、いや病院に連れていけ!」

 

「な、なにが起こっとるか分からんが一大事じゃな! おいみんな、ヘリアンを押さえるのじゃ!」

 

 その後騒ぎを聞きつけたグリフィン人形の助けもあり、なんとか騒ぎは収束する。

 強制的に病院送りにされたヘリアンは、医師の診断によりストレス性胃潰瘍と軽いうつ病と診断され、無事数日の入院を宣告されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たーだいまー! みんなのアイドル、スコーピオンのお帰りだーッ!」

 

 マザーベースの甲板上へとヘリが着陸したとたん、勢いよくドアを開き現われたスコーピオン。

 あらかじめスコーピオンがヘリから飛び出して突っ込んでくることを予想していたのだろう、出迎えの者たちは少し距離をおいて待っていた。おかげで出てきた瞬間飛びつこうとしていたスコーピオンは無様に甲板上に顔面を叩きつけてしまう…が、自称世界一タフな人形のスコーピオンはそれにもめげず、すぐそばにいたスオミを捕まえて抱き付いた。

 

「わわ! スコーピオンさん!」

 

「あー、マザーベースの匂いがするー!」

 

「やめなさいよサソリ、スオミが困ってるでしょうが」

 

 ヘリから降りたったWA2000がスオミに抱き付くスコーピオンを強引に引き剥がす。

 スプリングフィールド、9A91、エグゼ、ハンター……そして97式。

 アメリカ大陸へ向かった戦術人形たちの帰還に、甲板上で彼女たちを待っていたスタッフたちは拍手をもってで迎える。

 

「ただいま、スオミ!」

 

「9A91、ご無事で何よりです! 皆さんなら無事帰ってくると信じていました!」

 

 バルカン半島での出会いから良き友人として付き合っていた二人は再会を喜びあう。

 そんな二人と同じように、スプリングフィールドもまた帰還を心待ちにしていた者たちに温かい迎えの言葉をかけられていた…なにせアメリカへ行っている間カフェは閉店してしまっていたのだ、再会を心待ちにしていた人形たちやスプリングフィールド親衛隊からは熱烈な歓迎を受けている。

 

 

「隊長、お疲れさまですッ!」

 

「おう。オレがいない間なんも異常はなかっただろうな」

 

「はい、部隊の訓練、装備の点検、警備任務! 全て滞りなく!」

 

 エグゼはというと、部下であるヘイブン・トルーパー隊の狂信めいた歓迎を受ける。

 ヘリを降り立ったエグゼに対し彼女らは真っ先に防弾仕様のコートを肩にかけ、荷物を預かるなど気を利かせ、規律ある行動で上官の後ろに付き従う。ハンターはハンターで、エグゼから譲り受けた少数精鋭の配下に同じような出迎えをされていた。

 

 

「みんなよく無事に戻ったな」

 

 

 その声に人形たちは振りかえる……MSF副司令ミラーと司令官のスネーク、組織の長である二人にスタッフたちは道を開け、帰還した人形たちは整列する。

 

「ボス、アメリカ遠征隊本日帰還いたしました! 任務は無事完了、目標であった97式の解放にも成功しました!」

 

「うむ。ご苦労だった」

 

 敬礼を向ける人形たちへ、スネークも称賛を込めた敬礼を返す。

 一人一人の人形たちの顔を見れば、誰もが任務を成し遂げた達成感と、誇りに満ちた表情であった。

 そしてスネークがゆっくりと両手を広げて見せると、人形たちは弾けんばかりの笑顔を浮かべ我先にとその腕の中に飛び込んでいった。

 

「みんな本当に無事で良かった! ちゃんとメシは食べていたか? サバイバルに少しはなれたんじゃないか?」

 

 常日頃愛情表現を欠かさないスコーピオンとエグゼはもちろんのこと、この時ばかりはスプリングフィールドと9A91も素直な気持ちでスネークに甘えて見せる。共に任務をやり遂げたハンターも、少し離れたところでそんな仲間たちの姿を微笑ましく見守っている。

 一方で、WA2000はというと、冷静な態度を取り繕いつつもしきりに周囲を伺っていた…期待の人物がいないことに少々落胆していたところ、不意に頭に手が乗せられる。

 

「ご苦労だったなワルサー」

 

「オセロット……あ……ただいま」

 

 すぐに離れたオセロットの手…WA2000はいましがた彼に触れられたばかりの髪を撫で、ほのかに頬を赤らめる。

 オセロットはいつもの仏頂面で、少しも笑うこともなく、気の利いたセリフも一切口にすることは無い…だがそんなことはいつものこと、WA2000は長らく会えなかったオセロットにこうして会えたことで無条件に癒されていた。

 

「報告はまだ聞いていなかったが、あっちはどうなっている」

 

 ねぎらいの言葉もそこそこに、仕事の話しをするところも相変わらず。

 そんな彼にはすっかり慣れているWA2000はすぐに仕事モードへと切り替えると、淡々と現地での出来事をオセロットに聞かせるのだ。必然的に面と向かって話す形となるのだが…オセロットに真っ直ぐに見つめられているうちに、だんだんと恥ずかしくなってきたのかWA2000は顔を紅潮させていく。

 

「なんだ、どうした?」

 

「な、何でもないわよ! とにかく、あっちは生きた人間が好きに歩ける場所じゃないわ…まあ、頭のいかれた人間はいたけどね」

 

「そうか。とにかく任務ご苦労、明日からまた人形たちの教導に戻ってもらう。それと、現地の情報が知りたい。時間ができた時でいいがアメリカで入手した情報をまとめておいてくれ、いいな」

 

「了解よ、オセロット」

 

 

 

 

 

 甲板上が賑わっている中、もう一機のヘリがやってくる。

 忘れてはならない404小隊のメンバーたちだ、一応協力者である彼女たちも出迎えなければならないだろう。

 意気揚々とヘリを降り立った404小隊…だが、その背後から続々と見慣れない軍用人形たちが降り立って来るではないか。

 また厄介ごとを運び込んできたな…オセロットの小さな舌打ちに、隣にいたWA2000は気まずそうに目を逸らす。

 

「やあ皆さん、404小隊のお帰りよ。あら、あんまり歓迎されてないようね」

 

「なんと! 人形界の絶対的プリンセスUMP45の帰還を喜ばぬとは、何たる不届き!」

「おのれ、45ちゃんと9ちゃんの敵は我々の敵!」

「すべての肥満体を抹殺せよ! 貧乳スレンダーこそ至上、45姉を崇めたまえ!」

「U・S・A!U・S・A!U・S・A!」

 

「なんだこいつらは!? 45ちゃん、説明するんだ!」

 

 突如現れてやかましく騒ぐ見慣れない軍用人形たちに、副司令のミラーが説明を求める。

 しかしUMP45は無表情のまま、騒ぐ軍用人形を睨みつけているままだ…代わりに説明するためG11が寝ぼけ眼で手を挙げる。

 

「えっとね、この人形たちは元アメリカ軍の残党で南部連合の人形たちだよ。協力的なこの人たちを腹黒い45がハッキ――――――!?」

 

 何かを口走ろうとしたG11を、UMP45がその後頭部をバールで殴りつける…哀れ、後頭部を殴られたG11は一撃でのびてしまった。

 

「G11ったら、よほど疲れていたのね。しばらく起きそうにないね」

 

 凶器のバールを撫でながら笑うUMP45にMSFのスタッフたちは恐ろしいものの片鱗を目の当たりにし、恐怖からか震えあがる。犠牲になったG11はヘイブン・トルーパーたちによって医務室へ運ばれていった…。

 

「いま、G11がハッキングって言おうとしたみたいだが…」

 

「嫌だわミラーさん、わたしがそんなことするはずないじゃないですか~。この人形たちはわたしのどれ……コホン、ファンなんですよ」

 

「いま奴隷って言おうとしなかったかい?」

 

「ファンですよ、それ以上でもそれ以下でもありませんから。フフフ…」

 

 どこか腑に落ちないミラーであったが、それ以上の追及は自身の身を害する予感がしたため追及はしなかった。

 

 

 

 なんとも賑やかな連中が増えてしまったが、鉄血のアルケミストに囚われていた97式も無事解放し人形たちも無事生還した。

 新たな仲間を加え、また騒がしいマザーベース(日常)の再開だ。




シリアスをやればやるほど、ギャグ成分が補充されてくんやで(ニッコリ)(代償にヘリアンはPTSDを患う)


404小隊、もとい45姉の奴r……ファンの紹介です。

404親衛隊(別名UMP姉妹親衛隊)
元アメリカ合衆国陸軍第1機甲師団の軍用人形が結成した、南部連合の軍用人形たち。
UMP45が彼らのうちの何体化をハッキンg……勧誘した結果、UMP姉妹に魅了され忠誠を誓うようになった45姉の奴r……ファンの方々。
見た目は鉄血が扱う装甲人形Aegisに似ているが、より強固な装甲と高度なAI、強力な重火器で武装をしているため、単体でもマンティコアとはり合えるだけの戦力を持つ。
45姉に魅了されてからというもの、南部連合旗と"ヒンニュー教"を掲げ45姉のありとあらゆる敵を粉砕する使命に燃えている。
45姉と祖国と貧乳を愛し、巨乳を憎む。
416の事が大嫌い、理由は言わずもがな…。


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マザーベース:舞い込む仕事

 MSFの創始者であり組織のカリスマ的存在であるビッグボスことスネーク。

 そのカリスマを隣で支え、MSFをビジネスの軌道に乗せ大きく成長させたミラー。

 MSFへ正式加入はしていないが、今やMSFには欠かせない存在となっているオセロット。

 

 人間や人形を含め、MSFに属する者からは畏敬の念を抱かれる組織の重要人物である彼らは今、マザーベースの司令部に集まり最近提出された報告書を読んでいた。 

 それは先日帰還したアメリカ遠征隊の作戦報告であり、オセロットの希望で纏め上げられた資料である。

 ちなみに最初はスコーピオンが報告書をあげたのだが、その内容というのがあまりにも酷く余白部分に"アメリカは凄かった!"という、ガキでも書ける中身のない内容であった…提出して即座に、目の前でオセロットにびりびりに破かれたことは言うまでもない。

 

 他にも9A91やスプリングフィールドの報告書も挙げられていたが、情報が多く参考にできる資料を付随して提出されたWA2000の報告書が選ばれてMSFトップスリーに閲覧されている。

 

「現地の様子はオレたちが想像しているよりも遥かに過酷な環境のようだ。E.L.I.Dの汚染は他の地域と比べ少ないようだが、放射能汚染は欧州とは比較にならないほどだ。場所によっては数秒で人間が死に至るほどの重度の汚染地帯も存在する」

 

「世界が違うとはいえ、オレたちの育った国が崩壊しているさまを見るのは胸に来るものがあるな」

 

「核戦争が止められなかった世界、だが核は人類の争いの歴史に終止符を打てなかった。人はまだ戦争を続けている、秩序が失われたことで世界中で紛争が起こっている。こんな形でオレたち兵士の需要が高まるとは、皮肉なものだ」

 

 スネークの言葉にミラーは頷く…だがその兵士すらも、この世界では戦術人形という存在が生み出されて代替されている。戦争の張本人である人類が安全な都市に立てこもり、生み出された機械の兵士たちが人類に変わって戦う…ある種の代理戦争が行われている。

 

「核で崩壊したアメリカだが、一応生き残りの組織などがあるようだ。無法をいいことに略奪に手を染める野盗、ワルサーらも交戦した連中だ。それと、この南部連合という組織」

 

 WA2000以外の報告書にも名前が挙げられている南部連合という組織。

 調査した末に分かったことだが、彼ら自身は南部連合という呼称は使わず単に旧アメリカ軍と名乗り秩序の回復を願い勢力圏を広げているらしい。

 テキサスからフロリダの一部までを版図におさめる彼らは、間違いなく現在のアメリカで最大の勢力だろう。

 

「面白い連中だ。元はアメリカ合衆国陸軍の軍用人形が、何らかのエラーで国旗を星条旗ではなく南部連合旗と認識しているらしいな。リンカーンが見たらさぞ驚くだろうな…スネーク、みんなからの情報では彼らは風変りだが比較的穏健な組織らしいな。もしまたアメリカに行く機会があったら、彼らを頼ってみてもいいんじゃないか?」

 

「そうだな、だが危険で実入りの少ない場所に何度も行かせるもんじゃない。任務中も何度か危ない目に合ったと聞いたぞ」

 

「まあ、それもそうだな。MSFとしてはまだ優先的にやらなければならないことも多い、他の事に気を配っている余裕もないだろうからな」

 

 バルカン半島で落ちてしまった戦力の補強、MSFの抑止力たるサヘラントロプスの建造、そしてそれを可能とするための資金の獲得…つまりは兵士たちの戦場への派遣だ。

 幸い…と言っていいのか微妙なところだが、世界にはまだまだ争いの種が尽きることは無い。

 争いがある限り、MSFには絶えず仕事が舞い込んでくる。

 

 そんな中でMSFの運営を取り仕切るミラーが最近頭を悩ませるのが、とある国家から依頼されたこの世界ならではの仕事…すなわち都市運営だ。

 大戦後、行政を行う力を失った国家に替わって地方都市の運営や治安維持を行うようになったのがPMCだ。

 通常なら入札でその権利を獲得するらしいのだが、某国から直々に名指しでMSFが指名され、今はミラーとスネークが慎重に協議を進めている……もしも都市運営に携われば安定した資金の獲得源になるが、MSFが掲げる理想を考慮し辞退するべきではという考えもある。

 まあ、現状MSFとしてはエグゼがかつて占領していた工場地帯をそのまま占有し実行支配していたりと、それなりにやることはやっているので今更ではあるのだが…。

 

 

「とにかく、アメリカについては今は手だししない。しばらくは――――」

 

「あら、せっかく面白い発見があったのに手を引いちゃうの?」

 

 

 耳元をくすぐるようなその声に、三人は司令部の入り口へ振り返る。

 そこにいたのは404小隊のリーダーUMP45。

 最近アメリカから奇妙なやかましい軍用人形を連れ込んだとして、オセロットとWA2000に睨まれているが…。

 

「UMP45…お前、何を勝手に―――」

「いらっしゃい45ちゃん! さぁさぁそんなとこにいないで、こっちに来て一緒にコーヒーでもどうだい!?」

 

 邪険に扱うオセロットとは対照的に、ミラーは現われたUMP45に大はしゃぎで席を用意しどこからかお菓子とコーヒーを用意する。

 先ほどまで真面目に協議していた男の変貌に、オセロットとスネークはあきれ果てているが、ミラーは全くお構いなしだ。

 

「それじゃお邪魔しまーす」

 

「邪魔だ失せろ」

 

「オセロット、レディーにそんなこと言っちゃいけないじゃないか。そんなんじゃ、モテないぞ?」

 

「どうでもいいことだ。ミラーでは話しにならん、ボス…前々から忠告しているがこの人形を野放しにしておいていいことは無いぞ」

 

「お前の言いたいことも分かるが、少なくとも彼女たちはスコーピオンたちを助けてくれた。あまり邪険にすることもないだろう。だが忠告は覚えておく、油断はするつもりはない」

 

「それならいい。で、何をしに来たんだ?」

 

 ミラーが用意した席に座り早速コーヒーをすするUMP45に厳しい視線を向けるオセロットだが、UMP45は予想よりも苦いコーヒーに渋い顔をしている。

 苦いコーヒーをそっとテーブルに置いたUMP45はポケットから一枚のディスクを取り出しテーブルに置いた。

 

「なんだこれは?」

 

「なんだと思う? 知ればあなたたち、いやあらゆる組織が欲しがる情報がここにあるわ」

 

「45ちゃん、もったいぶらずに教えてくれ、それは一体何なんだい?」

 

「わたしも偶然手に入れたもの……合衆国の"遺産"よ」

 

 遺産…その単語に何か思い当たる節があったのだろう、一瞬スネークとオセロットは目を見合わせた。

 それまでUMP45を邪険に扱っていたオセロットの目が変わったことはUMP45も分かったのだろう、話しを聞いてくれる状態になってくれたことに気を良くしたのかにっこりと笑う。

 

「アメリカの任務は鉄血のデストロイヤーを助けて、その見返りに97式を解放するのが条件だったよね。でもわたしは何故デストロイヤーが、アメリカに行っていたか気になっててさ……こっそりデストロイヤーの荷物を拝借したの」

 

「それが、このディスクか?」

 

「まあ、本物は返してこれは複製だけどね。怪しまれたらアルケミストに殺されてたかもしれないしさ。ねえ、知りたいと思わない? 鉄血のハイエンドモデルが、危険を冒してまで手に入れようとしたこの情報をさ」

 

「何を見返りに求めるつもりだ?」

 

「オセロット、やっぱりあなたとは気が合うのね。そうね、ただではこの情報をあなたたちにあげられない。ちゃんとした仲間じゃないしね」

 

 やはり、UMP45は手に入れたその情報を簡単に手渡したりはしない。

 オセロットとしても目の前の人形が損得抜きの善意で協力をしないと分かっているからこそ、常に目を光らせ、一番の教え子であるWA2000にもそう言い聞かせている。

 気になるのはUMP45が持ちかける取引の内容だ。

 404小隊がグリフィンから報酬として受け取っているものがなんなのかは分からなかったが、おそらくは資金や物資、資材といった活動をするのに欠かせないものだろうとオセロットは考える…だが、UMP45が提示した取引は、彼の予想外のものであった。

 

 

「わたしが見返りに求めるもの、それはわたしたちとの同盟よ」

 

「同盟だって? 一体何を…それは、グリフィンとの同盟ということか? 生憎だがそれは無理だ、MSFが掲げる理想は君も知っているだろう。オレたちは如何なる国家、組織、思想、イデオロギーに囚われない。協定を守るグリフィンとの同盟は、その思想と相反するものだ」

 

「そうじゃないわミラーさん…わたしたちというのは"404小隊"っていう意味。ご存知わたしたちはグリフィンでは"存在しない部隊(404 not found)"、グリフィンの正規の部隊の影で活動する私たちはグリフィンの支援を受けられない場合もある。今まではそれでもうまくいっていたけれど、これから先はどうなるか分からない」

 

「グリフィンという上部組織を抜きにして、部隊としてオレたちと取引をしたいというわけか」

 

「そう言うこと。グリフィンは今鉄血の問題で躍起になってるけれど、もっと大きな出来事がこれから起こるかもしれない。そうなった時、協定に縛られたグリフィンでは対応が遅くなる場合がある。そんな時のために、わたしたちはMSFとの繋がりが欲しいの」

 

「なるほど……オレたちとしては不用意にグリフィン側といざこざを起こしさえしなければ構わないと思うが…」

 

 常日頃からUMP45にメロメロで骨抜きにされてしまっているミラーであるが、今回は真面目に考えての結論だろう。意見を求められたスネークも少しの間悩む素振りを見せ、ミラーに同意…つまりUMP45の取引を受け入れる。

 後はオセロット一人…とは言っても、彼もまたMSFという組織には正式加入していない客人という立場であるため、組織のツートップが受け入れた以上は口出しすることは出来ないのだが…。

 

「ボスとミラーが決めた以上、オレは口出ししない。だがこれだけは言っておく……お前がボスに不利益を与えると思った時、オレがお前を排除するべきだと考えた時、お前を完全に信用できなくなった時は容赦しない。例えそのことでボスを怒らせることになったとしても、オレは確実にお前を殺す」

 

「ええ…理解してるつもり。まだ死にたくないからね」

 

 オセロットの言葉にUMP45はいまだ愛嬌のある笑顔を浮かべていたが、内心では彼の放つ威圧感に圧倒されていた。隠密や諜報は404小隊にとって得意分野だと自負していたが、上には上がいる…そう思う理由が彼の存在にあった。

 そしてUMP45が敵わないと思う理由が、オセロットのビッグボスへの信仰めいた崇拝にある。

 買収も脅迫も通用しない、仲間ではないが少なくとも敵ではないこの状況にUMP45は安堵する。

 

 

「まあそれはいいとして、この中にはなんの情報が入っているんだ? ただのコメディー映画だとか、そういうオチはないだろうな?」

 

「わたしも中身を探ろうとしたんだけど、暗号化されて解読できなかったの。でもここにはストレンジラブ博士とかヒューイ博士とか居るでしょう? あの人たちなら解読できるんじゃないかな……ま、盗み聞きした限りでデストロイヤーは古いアメリカ軍基地で入手した情報らしいから重要なデータに違いないわ。なんて言ってたかしら…ダルフィーだったか、ネバダのグルーム…?」

 

「グルーム・レイク空軍基地か?」

 

「あ、そうそうそれ! 確かそう言ってたわ、ミラーさん知ってるの?」

 

「あぁ。グルーム・レイク空軍基地、またの名をエリア51…多くの極秘実験をしていたとされる基地だ。基地の詳細は国家機密で、よく陰謀論の的にされる基地だ。まあ、実際の基地の内容と比べ噂は誇張されているんだろうがな」

 

「ニカラグアでピースウォーカーが造られていたくらいだ。アメリカ本土で秘密兵器が造られてるくらいじゃ驚きもしない。カズ、ひとまずこいつはストレンジラブのところにでも送っておこう。何かしらの情報は見つかるかもしれない」

 

 スネークがいた元いた世界から100年近い未来の技術を解析できれば、これからのMSFへの発展にもおおいに役立つことだろう。サヘラントロプスの開発に難儀しているヒューイへの大きな活力になるかもしれない。

 ひとまず思い通りに事を運ぶことができたUMP45は相変わらずの笑みを浮かべ、司令部に集まる三人へ手を振り立ち去ろうとする。

 

「UMP45、オレがさっき言った言葉を忘れるな」

 

「ええ、もちろんよオセロット。これからも仲良くしましょうね」

 

 互いにけん制し合うように視線を交わし、UMP45が司令部の扉に手をかけた時だった…。

 

 

 

 

「ハローハロー! スネークにミラーのおっさん! わお、それにオセロットまで! 今日は何の会議かな!?」

 

 突如として司令部の扉が勢いよく開かれ、扉の前に立っていたUMP45は顔面を思い切り扉にぶつけ吹っ飛んでいった。

 現われたのはMSFナンバーワンのトラブルメーカーことスコーピオン、その後ろにはおどおどした様子の97式がいる。

 

「あれ、45じゃん。どうしたのそんなところで悶絶して?」

 

 顔面を強打したUMP45はあまりの痛みに話すこともできないようで、鼻を押さえて悶絶している。

 彼女の身を案じるスコーピオンだが、UMP45はよろよろと立ち上がり、手のひらから血を垂れ流しながら退出……だがそこから数メートル歩いたところで限界が来たのだろう、その場で倒れ痙攣している。

 

「スコーピオン…今回ばかりはお前を全力で褒めてやりたい、いいセンスだ」

 

「え? あ、うん。ありがとうねオセロット」

 

「…って、そうじゃないだろお前ら! 45ちゃん、大丈夫か!? メディーーック!」

 

 放置されているUMP45に駆け寄るミラーは手際よく人工呼吸の体勢に入るが、どこからか駆けつけたアメリカ製装甲人形たちの無言の圧力をうけてすごすごと引き下がる。その後は装甲人形たちが発狂した様子で気絶したUMP45をどこかに連れていってしまった。

 

「まあそれはさておき、97式のことで相談があって来たんだ」

 

 スコーピオンが切りだしたのは先日アルケミストの手から解放し、今はMSFの庇護下にある戦術人形97式の事についてだ。

 ここに来てからは、それまでの奴隷同然の扱いから解放され自由を与えられているのだが、97式はいきなり与えられた自由に戸惑っていた。

 哀しいことに、それまでの奴隷生活が身に沁みついてしまった97式にとって何もしないという状態がとても恐ろしいことに思えてしまうようで、度々スコーピオンに仕事を求めていたのだ。

 

「97式は戦場にはとても出せないけど、働きたいって言うんだ。だから、この子にも何か出来ることがないかな?」

 

「そんな気にすることはないんだぞ97式、やっと手に入れた自由なんだ。気ままに生きていたって、文句を言う奴はここにはいない」

 

「はい……でも、落ち着かなくて…どんな雑用でもいいです、働かせてください」

 

 97式は元々は外で遊ぶことが大好きな元気いっぱいの女の子だった…97式の昔のころを知っているスコーピオンはもちろん、虐待と拷問の末にメンタルを病んでしまった彼女の姿にミラーとスネークは同情していた。

 

「雑用と言ってもな…甲板の掃除くらいしかないが…」

 

「果てしないものになってしまうな。そうだカズ、お前…最近助手が欲しいと言ってなかったか? この子に任せて見たらどうだ?」

 

「うん? まあ確かに助手は欲しいと思っていたところだが」

 

「ならそれでいいじゃないか。いずれ誰かしら任せようとは思っていたところだ」

 

「あんたがそう言うなら、オレとしては断る理由もない。よし、そうと決まれば…」

 

「カズ。分かっているだろうな…? 97式、あの子はオレの目から見ても可愛い少女だ。お前があの子の弱みにつけ込んでよこしまなことをしてみろ……握りつぶすぞ」

 

「あー、ボス? オレはそんなに信用がないのか? まったく心外だな…とにかく後は任せろ、オレもゲスではない」

 

 いまだスコーピオンの冷めた目が突き刺さったままだが、これから長い付き合いになる97式と握手を交わしあう。

 普段から女癖の悪いミラーに預けるのはとても心配なスコーピオンだが、ここにスネークとオセロットもいるので下手な真似はしないだろうと無理矢理に自分を納得させる。

 

 

 だがその後、この出会いがまさかあんなことになってしまうとは……この時のスコーピオンは知る由もなかったのである。




カズ「手を出さないと言ったな…アレは嘘だ!」
97式「や、やめて…!」
カズ「ぐへへ…まずはその汚れた身体を風呂場できれいにしてもらおうか、それからぼろぼろのその服を捨ててこの真新しい制服に着替えてもらうぞ! そうしたらオレの特製ハンバーガーをたらふく食べて痩せた身体を太らしてやるからな! あ、何か嫌いな食材とかある?」

おのれミラーのオッサン…なんて外道な!


というわけで、前々から予告していたミラーのヒロイン来ましたね…そうです97式です(笑)

シリアスとギャグを両立する45姉好き


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マザーベース:お金の使い道

 最近何かと忙しいWA2000。

 オセロットから直々に任されている新兵の訓練の他、最近はMSFに所属する人形たちの編成にも関わるようになったためプライベートな時間を取れないほど忙しく働いている。

 働き過ぎでは? そういう声も上がるが、WA2000としては遊びでMSFに所属しているわけではないという考えであり、また自分以上に忙しい身のオセロットの負担を少しでも軽くできればという思いから労力を惜しむことは無い。

 ただそんな固い決意も、目の前で呑気に暇を持て余す者を見ればついカッとなってしまう部分もある…。

 

 相変わらず最低限の仕事しかこなさないスコーピオンが呑気に鼻歌を口ずさみながら歩いてる姿を見ると、どうしてもくってかかっていってしまう…。

 

「スコーピオン! 古参のアンタがそんなだらけてたら下の者に示しがつかないでしょうが!」

 

「なにさいきなり急に。言っとくけど、ただ遊んでただけじゃないからね。研究開発班のところに行って、装備の開発の協力をしたりしてるんだから」

 

「なによそれ? 人形用の外骨格でも造ってもらってたの?」

 

「まあ、それもあるけど…じゃーん、レーザーサイトを作ってもらったんだ!」

 

 見せびらかすように取り出した銃には、真新しいレーザーサイトが取り付けられている。

 レーザーサイト、レーザー光を目標へと直接当てる照準器の一種であり、レーザー光を頼りに正しい射撃体勢以外でも正確な射撃を行うことができる。

 

「へえ、いいわね。あんた接近戦や遭遇戦が得意みたいだから理に適ってるわね…そのジャングルスタイルのマガジンは感心しないけど」

 

「えへへ、かっこいいっしょ?」

 

「確かに、テープ等でマガジンを連結してマガジン交換にかかる時間の短縮ができる。けど、マガジン内部が露出することでゴミが入りやすく、重量がかさんで最悪銃の故障につながる欠点もある」

 

「うん、そうだね。その欠点は分かってるよ」

 

「そう。じゃあどうしてそんなことを? 別にあんたの要領の良さなら、そんなことしなくてもいいでしょう?」

 

「かっこいいからに決まってるじゃん!」

 

「あ、そう…」

 

 実用性を重視するWA2000にはとても考えられないスコーピオンの思考回路に、彼女はそれ以上考えることは止めた。

 納得はいかないがただサボっているわけではないと分かった以上、それ以上責めるのは単なる八つ当たりになってしまうと考え、口やかましく言うのは止めにした。

 あまり言い過ぎると、温厚で気のいいスコーピオンもキレる時はある。

そういえばスプリングフィールドといい9A91といい、普段怒らない人形が怒るとそれは恐ろしいものだ。

 スコーピオンの場合、あからさまに怒りを表して暴力に訴えようとするので気をつけなければならない。

 エグゼは……常にキレている。

 

「あたしがこんな事言うのも何なんだけど、わーちゃん働き過ぎだよ。最近まともに休んでないでしょう?」

 

「別に、私が好きでやってることよ」

 

「オセロットも、最近期待をかけ過ぎちゃって無理させてるんじゃないかって…心配してたよ?」

 

「え? オセロットが……そう心配してくれたの?」

 

「嘘に決まってるじゃん」

 

「殺す」

 

 言って即座に逃げようとしたスコーピオンだが、WA2000の反応速度は凄まじく、呆気なく捕まってしまった。

 

「うーこのクソサソリ! 今日という今日は…この!」

「離せこの芋スナ! こいつめ…!」

 

 もみくちゃになって取っ組み合いのケンカをする二人、スコーピオンはともかくとして、訓練生の人形からは厳しくておっかない存在と認識されているWA2000の幼稚な姿に、怖い姿しか知らない人形は困惑すること間違いなしだろう。

 またやっている、そんな風に呆れて見ていたスタッフたちだが取っ組み合いをしている過程ではだけていく二人の服装に、やがて食い入るように見入るのであったが…。

 

「コラー! 二人ともこれ以上の騒ぎは止めてください!」

 

 騒ぎを聞きつけたマザーベースの警備兵であるヘイブン・トルーパーたちが駆けつけ、取っ組み合う二人をなんとか引き剥がす。

 

「コラ変態ども! 見世物じゃないんだぞ、散れ!」

 

 ヘイブン・トルーパーたちに怒鳴られ、見物していた男性スタッフたちはそそくさとその場を立ち去っていく…ヘイブン・トルーパーたちだけなら男性スタッフもスケベ心丸出しで対応しただろうが、背後で無言の圧力をかける月光を前にしてはいかに屈強なスタッフといえど逃げるしかない。

 ちなみにだが、すべての月光はストレンジラブの意向で、女性型AIプログラムを搭載している。

 

「おーおー…相変わらず仲がいいなお前ら」

 

 ヘイブン・トルーパーたちに引き剥がされた二人の元にやって来たのはエグゼだ。

 ケンカをした二人とは対照的に、今日のエグゼはなんとも機嫌が良さそうだ。

 いまだケンカの余韻が冷めない二人を引き連れて向かった先…それはマザーベースへ搬入される資材が集まるプラットフォームだった。

 前までは不足しがちだった資源も、今では安定した供給を確立し、過度な開発さえ行わなければ不足することは無いだろう。

 そんな中エグゼが向かったのは、シートを被せられた奇妙な物体…何だろうと観察をする二人の前で、エグゼはシートを取りはらう。

 

「どうだ、かっこいいだろー!」

 

「うわぁ、これどうしたの!? 凄い!」

 

 シートの下から現れたのは一台の大型バイク。

 空冷4スト、艶消しブラックのネイキッドスタイル…傷一つない各金属パーツを見るに新車であることが伺える。

MSFにも運用されているオートバイはあるが、このような民間向けのデザインはなかったはずだが。

 興味津々に眺めるスコーピオンに、エグゼも気を良くして笑っている。

 

「へへ、溜まってた給料で買ってみたんだよ。アメリカでバイクに乗ってからオレも欲しくなってさ!」

 

「かっこいい! ねえ、あたしに乗らしてよ!」

 

「こけるんじゃねえぞ?」

 

「任せときなって!」

 

 意気揚々と新車のバイクへまたがると、キーを回してエンジンをかける。

 セルを回しエンジンがかかると、重低音の音が鳴り響き、スコーピオンとエグゼは大喜びしている。

 アクセルをふかしてみれば、獣じみた咆哮がけたたましく鳴り響く…早速ギアを入れて走行してみれば、リッターバイクらしい力強い走りだしにスコーピオンは驚愕する。

 さらにアクセルを回してみれば異次元の加速を見せる、それでもなお余裕を感じさせるエンジン音…最高速度を出すにはマザーベースの甲板上では足りない。 

 広いプラットフォームでいったん減速し、スコーピオンは通過した道を戻ってきた。

 

「凄い! もー最高だねこれ!」

 

「だろ!? さすがミラーのオッサン、あいつに聞いといてよかったぜ!」

 

 そこから二人はあれこれバイクを観察したりうんちくを語り始める…おかげで興味のないWA2000はすっかり蚊帳の外だ。

 まあ、バイクに興味ないくらいどうってことないか…そう思っていたところ、バイクのエンジン音を聞きつけたハンターやMG5、そのほかの人形たちも集まってきたではないか。

 

「へえ、いい買い物をしたじゃないか。お金は足りたのか?」

 

「それが少し足りなくてよ。ちっと前借しちまったぜ、しばらくはただ働きだな!」

 

「凄いよエグゼ! こんど一緒に乗せてくれない!?」

 

 意外にも多かったバイク好きの人形たちに、WA2000は疎外感を感じついつい興味も無いのにその輪へと入って行ってしまった…。

 

 それがきっかけかどうか知らないが、その後人形たちはMSFに所属することで貰っていた給料を使い始め、それぞれ思い思いの物を買ったり趣味に使用した。

 人形なのに給料をもらうという感覚がいまいち理解できず、それまで貯めるだけだった給料もこれでようやくその価値が出てきたことだろう。

 ちなみにだが、正式に所属していない404小隊は当然だが給料は貰っていない……まあ、無償で衣食住を受けられているので文句の言えた立場ではないだろうが…ただしパンツは支給されない。

 

 

 

「くっ、わたしだって趣味の一つや二つくらい…!」

 

 MSFで最も給料を貯め込む人形であるWA2000は今、必死で雑誌を読み漁り何か自分が興味を持てる趣味はないかと懸命に探していた。 

 スコーピオンはサッカーや釣り、エグゼはバイクとサッカー、9A91は家庭菜園にバードウォッチングが趣味ときたものだ…唯一、これといった趣味がないのはWA2000のみ。

 彼女としては別にそれで構わないと思っていた…思っていたのだが、最近の人形たちの趣味ブームに置いてけぼりにされることを恐れなんとか自分の趣味を探すが…。

 

「ウェスタン…銃整備…ガンプレイ……って、これ全部オセロットに影響されてるじゃない! もう、なにすればいいのよわたしは…!」

 

「まあ、そんな深く考えなくてもいいんじゃないですか? はい、コーヒーを淹れましたよ」

 

「うぅ、ありがとうスプリングフィールド……苦……」

 

 雑誌をいやいや見つめつつ、大量の砂糖をコーヒーにぶち込みかき混ぜる。

 溶け切らない砂糖が山となって残るが焦るWA2000はそんなことを気にしている余裕はないらしい…。

 

「あんたはいいよね…こういうカフェ経営が趣味で出来るからさ……甘い…」

 

「カフェに来る人を観察するのが楽しいんですよ。落ち込んだ様子で来たお客さんが、店を出る時には笑顔で出ていく…そんなのを見ると、やって良かったなと思えます」

 

「はぁ…立派なものね」

 

 ため息を一つこぼし、くたびれたようにWA2000はカウンターに突っ伏した。

 趣味探しの焦りだけじゃなく、日頃の疲れも溜まっているのだろう…身体は大丈夫だと思っても、心が休まらないこともある。

 真面目な彼女ならなおさらこう言った症状に悩まされるのだろう。

 

「たまにスコーピオンが羨ましいわ…」

 

「あら」

 

「ただの独り言だから聞き流してね……わたしもアイツみたいに素直になれればって思うわ。アイツみたいにみんなの輪の中にいて、みんなを笑顔にしてさ。憎まれ役を引き受けてるオセロットの負担を少しでも減らせたらなと思って、厳しいことも言ってるけどさ……相当メンタル強くないと務まらないわ」

 

 WA2000の気弱な独白を、スプリングフィールドは静かに聞いていた。 

 店内には他に誰もいない、そんな中でもこういった独り言でしか自分の悩みを吐きだせない不器用さに彼女自身が思い悩んでいた。

 ここまで言っておきながらも、きっとWA2000は今までの生き方を変えるつもりはないだろう…彼女が胸の内に秘めている想い、それはあの人のために向けられているのだから。

 今はただ溜まっていた毒を抜いているだけ、それを分かっているからこそスプリングフィールドは彼女の言葉を否定も肯定もせずに受け止める。

 

「ま、別に働くのは嫌いじゃないからいいんだけどさ……悪かったわね、変な話し聞かせちゃって」

 

「いえ、いいんですよ……ねえワルサー、趣味を探しているのなら週末に前哨基地の外れに来ていただけないでしょうか? もしかしたら、お気に召すかもしれませんよ」

 

「うーん…別にいいけど、なんなの?」

 

「ふふ…来てのお楽しみです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 週末、WA2000はその日の仕事を片付けるとスプリングフィールドと約束した前哨基地のはずれへと赴く。

 一時の猛吹雪はやみ、天候は安定しているがまだまだ気温は低く降り積もった雪は溶けずに残っている。

 指定された場所へやって来たWA2000はスプリングフィールドの姿を探していると、馬のいななく声を聞き、声のした方へとWA2000は振り返る。

雪が降り積もった小高い丘の上、そこに佇む一頭の白馬。

夕陽の逆光を浴びるその姿はどこか神々しく、神秘さを感じさせた。

白馬らゆっくりとした足取りでWA2000のそばまで歩み寄る…間近で見る白馬は彼女がこれまで見てきた生き物の中で最も美しく、気高い印象を受ける。

ほとんど無意識に撫でた白馬のたてがみは絹のように滑らかで、かき分ける指の間をすり抜ける。

撫でるWA2000に白馬もそっと身を預け、穏やかな目で彼女を見つめている…。

 

 

「綺麗ね…」

 

そばにいるだけで心が洗われる、そんな感覚を感じていると、そんな様子に微笑むスプリングフィールドがやって来る。

 

「お気に召したようですね。その白馬は最近この辺に現れるようになったんですよ。それにしても凄いですね、私ですらなかなか触れさせてくれなかったのに、ワルサーには一回で触れさせてくれるなんて」

 

「そうなの? でもいい子ね…それに、なんだか暖かい…」

 

「やっぱり思った通りでした。ワルサー、もしよかったらこの白馬のお世話をしてみませんか?」

 

「え? わたしが?」

 

「変な感じですけど、この馬にはなんだか縁を感じまして…」

 

「そう。まあ、いいわ…こんなに懐いてくれるんだもの、私もなにか縁を感じる。この子は…」

 

「おそらく"アンダルシアン"、美しい馬ですね。とても似合ってますよ」

 

「ふふ、気に入ったわ…! それに、なんだかこの子の目、子を見守るお母さんみたいに優しい…きっと、素晴らしい親か飼い主がいたのね…」

 

 

 




WA2000「なんだかお母さんみたい」

だってそれ、オセロットのママの愛馬だもん…。

というわけで、ザ・ボスの愛馬登場です…本当にザ・ボスの愛馬と同一個体か分からないけど、どこか似ているって設定ですかね。
当初はスプリングフィールドに乗せるつもりだったけど、オセロットの繋がりからWA2000にしてみたよ。
ザ・ボスは登場出来ないけど、その愛馬は登場させられた…我が子を支えるわーちゃんのことを何となく分かったんやなって…(涙)


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緊急合作案件! 「なんかラジオが聞こえてきたからお邪魔する」

フヘヘヘ…ワイもついにコラボやるんやで!


 アメリカ大陸での任務より帰還した戦術人形たち、上司であるスネークやミラーへの報告を済ませた後はそれぞれ与えられていた仕事へと戻るのだった。 

 9A91とスプリングフィールドの二人は早速前哨基地へと赴き、MSFへ依頼された戦場へと出撃、エグゼとハンターは今やMSFの主戦力になりつつあるヘイブン・トルーパー隊の訓練と編成に取り掛かる。

 404小隊は相変わらずのニート…平和なマザーベース生活を満喫しオセロットに睨まれている。

 

 

「――――もう一度!」

 

 マザーベース内の射撃訓練場内に、銃声に混じってWA2000の声が響く。

 アメリカでの任務を終えた彼女もまた、以前と同じく新兵訓練の仕事へと戻り厳しい教鞭を振るっていた。

 前哨基地で教えていた戦術人形たちは今はお休み、代わりにWA2000が訓練をしているのは最近MSFへ加入したばかりの新兵たちである。人間に従う戦術人形が人間の兵士を鍛えるというのは奇妙な構図かもしれないが、銃の扱いに精通する戦術人形が教えることは案外理にかなっているものだ。

 

 WA2000の本来の得意分野は狙撃銃の扱いだが、常日頃からそれ以外の銃種に関する知識を蓄え訓練を行っている彼女は、例えアサルトライフルやサブマシンガンを扱わせても優れた射撃を披露する。

 そんなわけで、時たま訓練のために他の戦術人形へも銃の扱いに関する訓練を行うのだが…例にあげると、射撃訓練で同じ武器を使い本来の持ち主が有利なはずなのにそれ以上のスコアを叩き出し、面子を潰された何人かの人形たちを泣かせてしまっている…。

 

 厳しい目で訓練を監視されている新兵たちは緊張からか、先ほどから射撃の的を外し、その度にWA2000の厳しい言葉が投げつけられる。そんな時だ、射撃訓練を行っていた兵士の一人が弾詰まりを起こしてしまう。

 そこへ無言で近寄るWA2000…差し出された彼女の手に扱っていたアサルトライフルを預けると、WA2000はコッキングレバーを操作し、詰まっていた弾を排出する。

 

「訓練中止、全員集合」

 

 彼女の指示で新兵たちは射撃を止めて集まる。

 WA2000は集まっていた新兵たちを…ただしくは新兵たちの扱っている装備を観察し、小さなため息をこぼす。

 

「まず初めに言っておくけれど、わたしたち戦場に生きる兵士たちにとって銃というのは自分の身と仲間の命を守る大切な道具よ。いざ大事な場面で撃てません、壊れてましたじゃ話しにならないわ。

 世の中には乱雑に扱っても長持ちする銃もあるけれど、だからと言って整備を怠っていいという理由にはならない。いい、MSFでは正規の軍以上に自分たちの身の回りの世話に気を配らないといけないの…体調管理、個々の技能の向上、装備品のメンテナンスは欠かせないわ。

 私たちは正規軍以上に、戦場に近い存在であることを忘れないで…死にたくなかったら、戦場での不安要素を一つでも減らせる努力をしなさい、いいわね?」

 

 厳しいが、穏やかな口調で諭しかけたWA2000に新兵たちは素直に頷く。

 

「分かればよろしい。今日の射撃訓練はお終いよ…あんたたちひとまずキッドのところに行って銃の整備の仕方でも教わってきなさい。はっきり言ってそんな状態で引き金を引ける気が知れないわ」

 

 新兵たちの扱う銃はMSFの予算の都合上、新品ではないがそれでも貸与されたときはしっかりと整備された状態にあったはずだ。それが今ではところどころ汚れ、砂利なども入り込んでいるのだろう、だから今回のような弾詰まりも起こす。

 指摘をうけた新兵たちは早速銃の整備のため、射撃場を後にするのであった…。

 

 この程度の事を指摘するのはWA2000も本当はしたくないのだが、ときたま現れるMSFへの羨望から入隊する兵士が増えてきているので致し方ない事態でもある。

 面倒な新兵を厄介払いできたものの、おかげで今日の仕事が無くなってしまった。

 404小隊のように暇を弄ぶことだけはしたくない、そう思うWA2000が何か仕事はないかとオセロットのもとを訪ねようとした時、マザーベースの甲板上でラジオを弄るスコーピオンを目にする。

 

 忘れていた、仕事をしない人形の筆頭スコーピオン。

 あのエグゼでさえ自身の部隊の教育にいそしんでいるというのに、この人形は……戦場に出れば優秀な彼女だが、平時にはなまけてばかり。

 同じ古参の戦術人形として、ここはガツンと言うべきだと決心するWA2000。

 

「コラ、スコーピオン! 遊んでばかりいないで、何か仕事を手伝いなさい!」

 

「シッ! 黙っててわーちゃん、今忙しいんだ!」

 

「何がこの…ラジオ弄ってるだけじゃないの!」

 

「あ、繋がった!」

 

 ラジオの周波数を調整していたらしい、スコーピオンがアンテナをめいいっぱい引き延ばすと、スピーカーからザーザーという雑音に混じって声が聞こえてきた。

 

『――――と、いうわけで今回はここまで! それではまた次回!』

 

 聞こえてきたのは男性の声であったが、ちょうど放送が終わる時間だったのだろう、男性の別れの言葉と共にラジオの放送が終わってしまった。

 

「あー、終わっちゃった……ったく、わーちゃんが邪魔するから」

 

「うっさいわね。で、何を聞こうとしてたの?」

 

「えっとね、最近知ったラジオ放送なんだけどさ。グリフィンのS09地区の銃整備師のガンスミスとM1895がメインパーソナリティーで、いろんなゲストと一緒に銃を紹介するって放送でさ…知らない?」

 

「初めて知ったわ。それにしてもガンスミスね…うちにも一人か二人いてくれればね、銃の整備も楽になるのに」

 

「それだ! それだよわーちゃん!」

 

「はぁ?」

 

 妙案か、はたまた悪だくみか…とにかくスコーピオンは何かを思いついたらしい、WA2000の手をとってピョンピョン飛び跳ねる。

 スコーピオンが絡むと十中八九ろくでもないことに転がるのはいつものことだが…。

 

「ちょっとグリフィン行って、ガンスミスをフルトン回収してくる」

 

「やめなさい」

 

 さらっととんでもない発言をしてみせるスコーピオンへWA2000は即座に手刀を叩き込む。一切手加減せずに手刀を叩き込んだのだが、スコーピオンはまるで意に介さない…相変わらずの石頭、タフネスだ。

 それはともかくとして、よそのPMC…ましてやグリフィンの人材をフルトン回収などあまりにもリスクが高すぎる。いや、これまでにも何度か行ってきたことだが、今日までグリフィン側とは微妙な距離感を維持しているため妙ないさかいは起こしてはならないのだ。

 

「まー落ち着きなさいわーちゃん、ばれなきゃ問題ないから」

 

「隠密行動クソザコのアンタが言えたセリフ!? あんたどうせ正面ゲートから堂々入ってフルトン回収するつもりでしょう!?」

 

「え、それ以外にどうやるの?」

 

 すっとぼけた表情で言って見せるスコーピオンにWA2000は頭を抱えこむ…ダメだ、これは全力で阻止をしなければならない、そんな使命感に駆られる。

 

「フルトン回収は冗談だとしても、あたしもリスナーとしてラジオに参加してみたかったんだよね~。ついでにこれもプロであるガンスミスさんに見せびらかしたかったしさ!」

 

「あ! それはスネーク愛用のM1911カスタム(フォーティーファイブ)!? あんた何を持ちだしてきてるのよ、怒られるわよ!?」

 

「それにこんなのもね!」

 

「オセロットのS A A(シングル・アクション・アーミ)まで!? よ、寄越しなさい、羨ましい……じゃなくて、返してきなさいよ!」

 

 スコーピオンが持っているのはスネークとオセロットの愛銃だけでなく、キッドの機関銃やミラーの銃、その他隊員たちの銃なども持っている。それらすべてをリュックに詰め込む姿はさながら武器商人と言ったところか…。

 このまま行かせてはろくでもない結果になるに違いない。

 MSFのため、オセロットの愛銃を奪う…奪還のためWA2000はスコーピオンを捕まえようとしたが、今回はスコーピオンが一枚上手だ。

 

 至近距離からのスライディングで不意打ちを取り、転倒したWA2000の背へとまたがる…手際よくとりつけられるフルトン回収システム、今回はワイヤーに自分も絡まるという凡ミスはしない。

 

「ちょ、やめなさいバカ!」

 

「なははは! 快適な空の旅を~、じゃーねー!」

 

「殺す! あんた絶対後で、覚えて――――いやあああぁぁぁぁぁ……!!!」

 

 フルトン回収システムの力によって空高く打ち上げられるWA2000。

 これで邪魔者は排除した、スコーピオンは早速ヘリへと乗り込み、嘘の任務を伝えて移動をするのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 S09地区 グリフィン基地

 

 ヘリを降り立ち、スコーピオンは基地を目指してひたすら走り続けついにその場へと到着する。

 最前線より少し離れた位置にあるとはいえ、鉄血との紛争地帯に近い基地は警備も厳しい…簡単に入り込めるほど、警備の甘い基地ではないだろう。

 だがスコーピオンにはそこを突破できる自信が何故かあった。

 

「こちらスコーピオン、基地へと潜入する……なーんて、スネークの真似しちゃったりもして」

 

 もはやピクニック気分で基地正面ゲートを堂々と歩いて目指すスコーピオン。

 前方には基地のゲートを守る警備兵たちの姿があるが…。

 

「あれ、スコーピオンちゃんじゃないか。さっき帰ってきたばかりじゃないか、いつの間に基地の外に出てたのかい?」

 

「あーそれはあたしじゃなくて、別なスコーピ……じゃない、ちょっとお外に忘れ物しちゃってさ~。トイレの窓叩き壊して外に出たんだ」

 

「トイレのドアを叩き壊しただって!? なんだってそんなこと…まあ、オレのせいじゃないからいいが…。とりあえずおかえり」

 

「はいはいただいま~」

 

 そう言ってゲートを潜り抜けるスコーピオンであったが、ゲートをくぐった瞬間ビービーとブザーが鳴り響く。

 何事かと足を止めるスコーピオン、どうやらそれは警報のようだったが警備兵もその動作に困惑している。

 

「おかしいな…すまんが、もう一回ゲートをくぐってもらえるかな?」

 

 言われて、もう一度ゲートをくぐり直すが再び警報音が鳴り響く。

 その後何度やっても結果は同じで、スコーピオンはなかなか通してもらえない…警備兵も困った様子で同僚と話しをしているようだ。

 

「なぜだか識別信号が合わないんだが……失礼だけど君、本当にこの基地のスコーピオンかい?」

 

「なにを失礼な、スコーピオンはあたしでしょうが!」

 

「いや、それはそうなんだけど……同じ種類の戦術人形でも個々で識別信号が違うからね。いや、待てよ…少し怪しいな、こっちに来なさい」

 

「コラ、あたしに触るな!」

 

「いいからこっちに来なさい!」

 

「あたしに触るなって…言ってんでしょうがッ!」

 

 しつこく腕を引っ張る警備兵の手を振りはらうと、背後にまわり込み警備兵の腰をがっしりとロックすると、勢いよくバックドロップを仕掛ける。警備兵は真後ろの壁へ頭を叩きつけられ一撃でノックアウトしてしまった…。

 

「よしクリティカルヒット決まった……って、やっちゃった!?」

 

「お前なんてことを!? やっぱり不審者じゃないか!」

 

「待てい!」

 

 もう一人の警備兵も黙らせようとしたが、警報を作動さえる方が早く、基地中へ異常を知らせるサイレンが鳴らされてしまった。即座にスコーピオンは警備兵の後頭部へドロップキックを叩き込んで黙らせるがもう手遅れ、すぐに大量の兵士がゲートへ駆けつけるだろう。

 絶体絶命、さあどうするスコーピオン!

 

「ヘヘ…この程度のピンチはいつものこと、へっちゃらだよ。スネーク、今こそあんたの力を借りる時が来た!」

 

 ゲートの向こうから兵士たちが駆けつける慌しい足音と怒号が響く。

 スコーピオンはこのピンチを回避するある秘策があった、それは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄血の奇襲攻撃か!? やろう、舐めやがって…って、誰もいないじゃんか」

 

「おかしいですね。あ、でも警備兵の皆さんが倒れてますよ!?」

 

「これは酷いですね…」

 

 駆けつけた戦術人形AK-47、M1ガーランド、モシン・ナガンは警備兵が倒れているだけのゲートの様子に困惑している。もしかしたら基地内に侵入されたのではと疑うが、そうなった場合はすぐにでも他の者に見つかるはずだ。

 

「新しい指揮官が来たばっかだってのに全く…ん? ダンボール?」

 

 そんな時、AK−47は台車の上に載せられた不自然なダンボールに気がついた。

 無機質な茶色のダンボールにはラベルが貼られ"銃器整備担当班行き"と書かれている。

 

「ちょっと、怪しくないですかそのダンボール? 誰か入ってたりしませんよね?」

 

「あのな、ダンボールに入って隠れるなんていまだかつて見たことないぞ? それにガンスミスさん宛なら、勝手に開けたら怒られるじゃんか…あたしは責任取れないからな」

 

「それはそうですが…」

 

「とにかく、こいつはガンスミスさんのとこに持って行こう」

 

 

 腑に落ちないところがあるが、AK-47の言葉に頷き人形たちはそのダンボールをガンスミスのもとへと運びこむのであった…。




というわけで、通りすがる傭兵さん作"ドールズフロントラジオ 銃器紹介コーナー"との緊急合作案件です!
この後のスコピッピの行動を通りすがる傭兵さんのとこでご笑覧あれ(笑)

作品的にも、メタルギア的にもサービス満点となっておりまっせ!

これまでガンスミス兄貴とコラボした皆さん、これでマザーベースと間接的に関わってしまいましたなぁ!
間接的接触示唆…?(アズレン並感)


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マザーベース:シオンに想いをはせて

「よし……誰もいないな。パイロットさんありがとね…」

 

 スコーピオンはヘリを降りる際、ヘリのパイロットに感謝の言葉を口にしてからマザーベースの甲板へと降り立つ。スコーピオンが降りたのは、戦場や前哨基地から移動して来た際に使用するヘリポートではなく人気のないプラットフォームだ。

 こっそりと、人目を避けるかのように行動するスコーピオンであったが、残念ながら彼女には隠密行動の才能はこれっぽっちもないのである。

 案の定、跳び出した先の角にてMSFの司令官であるスネークに見つかってしまった。

 

「あ、やぁスネーク…」

 

「スコーピオン、少し話しをしようか?」

 

「あ、えっと実は急用があってあたし忙しいんだよねー! あははは、ごめんねー!」

 

 逃げるように踵を返したスコーピオンであったが、スネーク以上に今は遭遇したくなかった人物に行く手を阻まれる…オセロットだ…。

 いつも以上に眉間にしわを寄せて見下ろす…いや、はっきりと睨みつけているオセロットにスコーピオンは震えあがり、きょろきょろと周囲を見回し退路を探すが…。

 

「観念しなさいよバカサソリ、わたしをフルトン回収した挙句みんなの銃を勝手に持ちだした罰、しっかり受けてもらうわよ!」

 

「お前のだいたいのいたずらには目を瞑ってきたが、愛銃を勝手に持ちだすってのは…看過できないな」

 

 WA2000、マシンガン・キッドもそこへ現れスコーピオンを取り囲む。

 WA2000に至っては基地でフルトン回収されるという恥をかかされたことで激怒し、普段温厚なマシンガン・キッドも愛銃を持ちだされたことにはお怒りのようだ。救いを求めてスネークを見て見るが、彼も今回の件については容赦しないようだ…。

 

「スコーピオン、お前が勝手に持ちだした銃は持ち主にとってどれだけ大切な物か分かるか? 見れば分かるように、非常に多くの者が怒っている」

 

「そうみたいですね…あははは…」

 

 苦し紛れに笑って見せるが、自身に突き刺さる絶対零度の視線にすぐさま笑うのを止めた。

 

「ボス、こいつには相当の罰を与えなければ反省はしない。新しく考案した拷問がある、こいつで試すのにはいいだろう。都合がいいことにこいつは頑丈だ」

 

「ちょ、オセロット!? あたしはモルモットじゃないってば!」

 

 スコーピオンとしてはそれが冗談であると信じたいが、オセロットが冗談など言うはずない…この男はやるといったら必ずやる男だ。

 文字通り八方ふさがりのスコーピオンに逃げ場はなく、その後は全員にこっぴどく叱られた挙句、マザーベースの全甲板の掃除を命じられたのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ったくスコーピオンめ……オレの機関銃まで持ちだすとはな」

 

 あの後全員にもれなく説教をくらったスコーピオンが反省したかどうかは分からなかったが、普段戦術人形を叱りつけないスネークがスコーピオンに対し怒ったくらいだ、アホなスコーピオンでも少しは懲りただろう。

 キッドもその場には同行したが、スネークとオセロットのお叱りを受けてそれ以上の説教は不必要だと判断し彼は何も言わなかった……あまりしぼり過ぎるとさすがにかわいそうかと同情した面も強いのだが…。

 

 キッドは今、スコーピオンからとり返した愛銃のM63機関銃、またの名をストーナー63を点検、整備をしている。

 持ちだしただけで何も弄っていないだろうが、やはり誰かの手に渡ってしまったことが気掛かりなのか念入りにチェックをしていた。

 

「あ、キッドさん! ちょっといいかな?」

 

 そこへやって来たのはMSFの新人戦術人形のM1919。WA2000の教練の下、他の戦術人形たちと日夜訓練に励んでいる。マシンガンを扱う彼女の事はキッドもよく知っており、時たまこういう風に会いに来たりする。

 訪れたM1919は銃の整備をしていたキッドをみて、タイミングが悪かったと思ったのか申し訳なさそうな顔をするが、キッドは整備の手を止めて対応する。

 

「どうしたんだ、何かあったのかい?」

 

「えっとね、前回の訓練でWA2000さんに戦闘報告からレポートの作成を宿題に出されちゃって…アドバイスが欲しいんだ」

 

「オレでいいなら、お安い御用だよ」

 

 その言葉にぱっと明るい表情を浮かべると、M1919はキッドの隣に座り、課題として出されたMSFの戦闘報告を広げる。

 それは以前、バルカン半島での大規模な戦闘が起きた時のものであり、そこに従軍していたキッドもよく知るものだった。実際の戦闘に参加していたキッドにアドバイスを貰うというのは、なかなか良い判断だろう。

 

 作戦報告の内容は入り組んだ市街地での戦闘だ。

 死角が多く、移動を妨げる入り組んだ路地の他、アパートなどが立ち並ぶ市街地は狙撃手や機関銃手の脅威に苦しめられた……精鋭の連邦軍相手によくもあそこまでやれたものだと、当時の記憶を振りかえり懐かしく思うキッドであった。

 

「連邦軍の機関銃陣地は見事なもんだった。主要な道路を少人数でカバーできるよう、巧妙な配置で機関銃をセットしていた。地図で示すと、こことここ…それからここ。敵部隊を深く誘い込み、十字砲火で殲滅する」

 

「それに加えてスナイパーもいたんだよね?」

 

「迫撃砲もな……ここを突破するのは容易じゃなかった。機関銃陣地を強引に突破できる戦力もなかったオレたちは、夜間の特殊作戦で陣地に近付き破壊工作を行ったが、それでも犠牲は大きかった。お前たち戦術人形は指示や命令には絶対服従らしいが、思ったことを意見することは出来るんだろ?」

 

「うん、そのくらいだけどね。WA2000さんからも思ったことは何でも言うようにって教わってるんだ。ボクは、バカだから何も思いつかないから言えないけどさ…」

 

「そんなことは無い。こうしてアドバイスを聞きにくる子が、バカなわけないだろう。だが思ったことを言えずに損をするのは自分だ、言いたいことははっきり言っていいんだぞ…まあ、人に不快な思いをさせないのが大前提だが。まあとにかく、あんまり気をはり過ぎないことだ」

 

 そう言ってぽんぽん軽く頭をたたいてやると、M1919はちょっぴり気恥ずかしそうに俯いた。

 気恥ずかしさを紛らわすように、M1919は宿題の作成に取り掛かり、キッドもまた彼女の疑問に対し答えを示し時に一緒に考えてあげる。時間をかけて仕上げたレポートの出来に大満足し、M1919は感謝の言葉を述べて笑顔で立ち去っていった。

 

 彼女を見送った後、半端にしていた愛銃の整備に手をかけようとした時、視線を感じ目をあげてみる。

 見つめる先、上階の吹き抜けから相変わらず縮んだままのネゲヴがニコニコした表情で見下ろしている。

 

「よぉネゲヴ、どうしたんだ?」

 

「別に…キッド兄さん、相変わらずマシンガンの戦術人形の扱いを心得てるよね」

 

「なんのことだ?」

 

「意外に鈍感なんだね…」

 

 ネゲヴは軽快な足取りで、トコトコと階段を降りると、先ほどまでM1919が座っていた場所へと座り込む…M1919が座った時よりも、若干距離が近いのは気のせいだろう。

 隣に座って来たネゲヴは何をするわけでもなく、愛銃を整備するキッドをじっと見つめている。

 何か用かと聞いても、何も言わずただ含みのある笑みを浮かべるだけだ。

 

「それってシステム・ウェポン?」

 

「よく知ってるな。そうだ、M63機関銃…SAS時代に東南アジアで手に入れてね、整備は難しいがパーツを替えることで様々な銃種に変えられる。銃身や弾倉を取り替えることでアサルトライフル、カービン、軽機関銃からベルト給弾式の中機関銃に転用できる。作戦に応じて、パーツを組み替えるわけさ。他にも銃はあるが、こいつとの付き合いが一番長い」

 

機関銃(マシンガン)のバリエーションとも、付き合いが長いんでしょう?」

 

「ご名答。オレはマシンガンが大好きなんでね」

 

そういうことをまた平気で言うんだから…

 

「なにか言ったか?」

 

「なーんにも」

 

 クスクスと笑うネゲヴを不審に思いながらも、キッドは黙々と銃を整備する。

 こんなところを見ていて何が面白いのか、はたから見れば屋内にも関わらず戦闘服にガスマスク姿の男の傍に幼女が座り込んでいるという奇妙な光景だ。

 

「よし、このくらいかな? とりあえずは問題ないだろう」

 

「良かったね。それにしてもキッド兄さん、とても丁寧に銃を整備するんだね。銃も喜んでるよきっと」

 

「オレにとって愛銃って言うのは、恋人みたいなもんだ。雑に扱ったり汚したままおいとけば大事な場面で拗ねちまう、大切に扱って綺麗にしてあげて些細なことでも気遣ってあげれば期待に応えてくれる。大切な銃には愛情をもって接してやれば……って、どうした顔を赤くして?」

 

「あのさ、キッド兄さん……わたしみたいな戦術人形の前で、よくそういう……台詞言えるよね?」

 

「何かおかしかったか?」

 

「もしさ、わたしの銃をキッド兄さんに預けたら…大切に使ってくれる?」

 

「ん? それは当たり前だろう。銃というのは女の子と同じで繊細なんだ、些細な変化にも気付いて世話をしてあげることが重要なんだ。おい……なんだその目は?」

 

「もういい、もういいよキッド兄さん…とりあえずキッド兄さんが鈍感なのは分かったから」

 

「うん?」

 

 ネゲヴは小さなため息をこぼし、この先大変だなと自虐的な笑みを浮かべた。

 

「そういえばキッド兄さんはイギリス人なんだよね?」

 

「スコットランド人だ。貧しい羊飼いの家に生まれてな、緑豊かな大地に温厚な気候に平和で穏やかな悪夢の中で育った。今思うと、その時から兵士になりたかったんだろうな、オレは。そう言えば君の名前、ネゲヴは…」

 

「そう、ネゲヴはヘブライ語で"南"。イスラエルのネゲヴ砂漠からとられてるんだ。キッド兄さんはイスラエルに行った事はあるの?」

 

「ああ、あるよ。ネゲヴ砂漠はないが…」

 

「そうなんだ。どうして行ったの?」

 

「ああ、それは……」

 

 どこか歯切れの悪いキッドに、ネゲヴはきらりと目を光らせる。

 これは何か事情がある、そうネゲヴの女としての勘が働いていた……ふつうはキッドの職業柄から軍人として訪れたのだろうと思うだろうが、ネゲヴは女性絡みかあるいは何かしら厄介ごとがあったのことだと想像するが、キッドが口にしたのは全く予想もしていないことであった。

 

 

「こんな事誰にも言ったことないが……アラビアのロレンスの大ファンでね、ちょっと聖地巡礼をと思って…」

 

「アラビアのロレンス? えぇ……それに聖地巡礼って……」

 

「小さい頃から好きだったんだ。彼の著書も読んだし映画も見た……MSFではゲバラの"ゲリラ戦争"とか毛沢東の"遊撃戦論"が読まれてるんだが、ロレンスの本を読んでるのはオレだけだ。まあ実際のところ彼に対する評価は陣営や立場によって変わってくるから一概には言えないが、バラバラだったアラブ民族を率いて強大なオスマン帝国打倒に一躍買った功績は華々しい戦績だと思う。実際、ロレンスがオスマン帝国に仕掛けたゲリラ戦は今日でも高く評価されている。彼の著書はベトナム戦争時、圧倒的物量を誇るアメリカと対立する北ベトナム軍や南ベトナム解放民族戦線の一部に読まれていたとか。ああ、やはりあの映画は素晴らしい…! 広大で過酷なシナイ半島の砂漠、荘厳で印象に残る音楽―――」

 

「ストップ! ちょっとストップしよ、キッド兄さん! これってそのままにしてたらいつまでも止まらない話しだよね?」

 

 熱っぽく語り始めたところをネゲヴが咄嗟に止める。 

 言われて、ハッとしたキッドはまたやってしまったと小さくぼやき反省する…どうやら以前にも同じように熱く語ったことがあるらしい。

 まあ、同じ英国人の美談や英雄なので憧れを抱くのも無理はないだろう……それはそうと、キッドの意外な一面を垣間見れたことにネゲヴは少し満足する。

 

「でも砂漠は嫌いかな」

 

「どうしてだ? 故郷のイスラエルは砂漠が多いだろうに」

 

「太陽がギラギラしてて熱いし、そのくせ夜は一気に寒くなって…砂は細かいところに入り込んで何もかも砂まみれになる、銃にも良くないもの」

 

「確かにな。だが悪い事ばかりでもない」

 

「例えば?」

 

「砂漠で見る星空は、この世界の何よりも美しい……手を伸ばせば、星に手が届きそうだ」

 

「……そうだね。それは認める……ねえキッド兄さん、いつかわたしの故郷に行ってみない? ほら…ロレンスの聖地巡礼」

 

「そうだな、それもいいな。この世界のシナイ半島が気になる」

 

「じゃあ、じゃあいつか一緒に行こうね、二人で! それから、キッド兄さんの故郷も見て見たい!」

 

「そうか? のどかすぎて退屈なだけだぞ?」

 

「じゃあさ、キッド兄さんが気に入るように私が良いところを見つけてあげる…いいよね?」

 

「そうか、じゃあお願いしようかな」

 

「約束だよ、キッド兄さん…!」

 

 

 




放置していたキッドとネゲヴをくっつけてみたよ。
三枚舌英国野郎とロリネゲヴなお話でした……。
死亡フラグっぽい演出なのは気のせいだから心配なさらず(笑)




部下が良い空気だぞカズ!
って思ったけど、カズは97式にピリ辛麻婆豆腐と杏仁豆腐食わせて苛めてるようだ…辛味と甘味のコンボで攻め立てるなんてなんて酷い奴!



追記
なんか構想が変わったから章タイトルを変更するよ!
章タイトルは"No man's land(無人地帯)"
同名の映画は関係ありません…いや、名作だけどね。


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親としての自覚を…

お前がママになるんだよ!


「お、いいもん見っけ!」

 

 甲板を掃除していたスコーピオンは、隅の方に転がっていたコインを目ざとく見つけるとニヤニヤしながらそれをポケットに入れる。

 先日説教された末にマザーベースの甲板掃除の罰を言いつけられたスコーピオン。

 拡大工事で今や島程の大きさにまで発展したマザーベースの甲板掃除は途方もないもので、普通なら心が折れてしまいそうなものだが……このスコーピオンという戦術人形の思考は非常にポジティブなもので、もはや罰として機能しなくなっていた。

 というのも、掃除をすれば先ほどのコインのように思わぬ落とし物が拾えるのだ。

 見つけたものを片っ端から拾い集めていたおかげでスコーピオンのポケットは既にパンパンで、牽引するリヤカーには様々なものが積まれていた。

 

「む、これは…!?」

 

 たまたま拾ったそれは小さなリボンがついた女性ものの下着、最近何かとパンツを強奪される被害が後を絶たないMSFの人形たち…規格外の兵器を生み出す癖に、パンツ一つなかなか作れないMSFの研究開発班のおかげで、マザーベースではパンツは高級品だ。

 人形たちはパンツを紛失しないようにしるしをつけたり名前を付けたりしているが、幸いにも拾ったそのパンツは印も名前もない。

 

「よし、45辺りに高額で売りつけられるね! もらっとこ」

 

 拾ったパンツを丁寧にたたんでしまい、スコーピオンは甲板掃除を継続する。

 水分補給にコーラの缶を開ける…と見せかけて、実はそれは外見を偽装したビールである。

 ぱっと見ただけではそれがアルコール飲料であるとは誰も気付かず、お目付け役のスタッフの目を欺いて酒を飲むのだ。甲板掃除は夕方に終了、終了する頃には既にスコーピオンはへべれけである…。

 

 

「うりゃー、スプリングフィールド~! ビール頂戴ビールビールビール!」

 

「静かに入ってきてくださいよスコーピオン!」

 

 

 夜になり、店を開いていたスプリングフィールドのカフェに酔っぱらった状態のスコーピオンが訪れる…やかましく入店するスコーピオンに注意するのはいつものこととは言え、何度言っても直らないのでスプリングフィールドは何らかの対策を考えているところだ。

 いつものカウンター席に座ったスコーピオンに、ビールを差し出す……酒を飲んで無邪気に笑うスコーピオンを見ると、ついつい甘やかしてしまいそうになる。

 

「最近調子どー?」

 

「私ですか? まあ、悪くはないですよ。兵士としてもカフェの店主としても問題はありませんから」

 

「そっか。そういえば9A91はどこ行ってるの? 最近見ないけど…」

 

「確か休暇を貰って、スオミさんと一緒にバードウォッチングしてるとか…あの二人、仲が良いですよね」

 

「よそのスオミはロシア嫌いなのにね。MSFじゃ人種も文化も言葉も違くても、一緒に仲良く出来るからね」

 

 本当に、居心地が良い。

 二人でそんな会話をしていると、お客さんの来訪を告げるベルの音が鳴る…来店してきたのは訓練教官の仕事を終えたWA2000だ。

 彼女は酒浸りのスコーピオンを見るや、"また飲んでる"とぼやきつつスコーピオンと同じカウンター席へと座った。

 

「お疲れさまです、ワルサーさん」

 

「最近は新人たちも慣れてきたから楽でいいわ…ワイン、あるものでいいからもらえない?」

 

 彼女の注文に頷き、ワインセラーから一本ボトルを取る。

 高級品ではないが売れ筋の良いワインだ、ミラーが仕入れてくれたものだが、今のところお客には好評のワインだ。

 

「そういえば聞いた? ストレンジラブ博士が私たち戦術人形のための指揮モジュールを作ってくれてるって」

 

「指揮モジュール? なにそれ?」

 

「わたしたちみたいな普通のI.O.P製の戦術人形は人間の指揮官のように、他の多くの戦術人形を指揮できないでしょう? スネークとミラーは前からその事について考えてたみたいだけど、最近になって進展があったらしいの。UMP45から貰った米国の技術で一気に解決したらしいけど」

 

「そうなんだ。今まで人形を指揮できるのはエグゼだけだったもんね、それができたら便利だね」

 

 現状、MSFで戦術人形を指揮できるのはスネークやミラーといったMSFの幹部たち、及び鉄血生まれでI.O.Pとは異なる設計のエグゼがその役割を担うことができる。

 とはいっても、エグゼが指揮するのは鉄血人形をベースに生産されているヘイブン・トルーパー隊及び月光といった無人兵器である。

 

「でもさ、グリフィンには特別な人形がいるよね…ほら」

 

「M4、16LAB製の特別な人形よ」

 

 

「チッ……あのクソ女の名前出すんじゃねえよ」

 

 

 その声にWA2000とスコーピオンはギョッとして振り返る。

 カフェの奥にいたその人物はエグゼだ、静かだったので今の今まで気がつくことができなかった。

 エグゼはどうやら寝ていたらしく、重そうなまぶたをうっすら開いて目の前に置いてあった飲みかけの酒に口をつける。

 

「だいぶお疲れだね、元気?」

 

「無理…」

 

 テーブルに突っ伏しそのまま動かなくなってしまうエグゼ…普段はやかましくてしょうがない、スコーピオンと並ぶほどのトラブルメーカーな彼女の意外な姿に二人は顔を見合わせた。

 

「まったく、どうしたって言うの? あんたらしくもないわね」

 

「うっせぇ、疲れてんだ…」

 

「何が疲れてるよ。こっちなんて戦術人形の訓練の他に、訓練施設の運営も任されて大変なのよ? あんたのどこに疲れる要素があるっていうの?」

 

「あぁ? なんだとテメェ、このやろう」

 

 顔をあげたエグゼの最高に機嫌の悪そうな表情に、WA2000は怯む。

 ゆらゆらと席から立ち上がったエグゼは酒瓶を片手に不機嫌な様子をそのままに、WA2000の隣の席に座る…そして逃げようとするWA2000の肩を掴む。

 

「たかだか数十人の訓練で、何が大変だよ……おい優等生、今オレが抱えてるヘイブン・トルーパー隊が何人いるか分かってんのか?」

 

「う、なによ優等生って…!」

 

「いいから当ててみろ」

 

「えっと…500人くらい?」

 

 適当な数字を言ってみせたWA2000をじろりと睨んでから手を離し、持っていた酒瓶を一気に煽り飲む。

 

「その三倍だよ……1500人近くいるんだよ。実戦配備待ちの個体も加えれば2000人近い」

 

「1500!? いつの間にそんなに増えてたの!? もはや連隊規模じゃない!」

 

「そうだよ……部隊の編成からなにまでオレ一人でやってんだよ。たかだか数十人程度で大変とか言ってんじゃねえ」

 

「う、ごめんなさい…」

 

 これにはさすがのWA2000も素直に謝罪するしかなかった。

 アメリカから帰って来てから今までエグゼの姿をあまり見なかったのにはこういう理由があったというわけだ……どうもアメリカに行っている間、MSFの行動方針を決める会議の中で、戦力の増強と質の向上を目指そうという意見が出たらしく、手っ取り早くそれを実現できるヘイブン・トルーパー兵に目を向けられたというわけだ。

 同じような理由で月光も多く量産され、もはやエグゼ一人の手には負えない状態となっているようだ。

 

「ハンターの奴も手伝ってくれてるけど、流石にもう限界だ…」

 

「あぁ、とりあえずお疲れさま…。そんなエグゼに朗報だけど、ストレンジラブが指揮モジュールを開発してくれてるから、それが完成したらあたしらも協力できるんじゃないかな」

 

「なんだっていいから、誰か助けてくれ……」

 

 代わりになってくれる人物と言えばスネークやミラーといった幹部たちだが、スネークはMSFのより難しいミッションに向かい、ミラーはMSF全体を見なければならない。

 オセロットとエグゼは基本仲が悪いので論外、キッドやエイハヴは戦場への派遣で忙しいのでエグゼの役割を担うことができない。

 現状、ハンター一人に手伝ってもらっているという状況だ……過労死寸前のエグゼを労わってやることしか、今のスコーピオンらには出来なかった。

 

 そんな時、再び来店を知らせるベルの音色が鳴り響く…。

 

 

「いらっしゃいハンターさん。あら、ヴェルちゃんも一緒に来たんですね」

 

「ああ、エグゼはいるか?」

 

「きたぞ!」

 

 やって来たのはハンターと、その腕に抱っこされているちびエグゼことヴェル…。

 ちなみにちびエグゼのヴェルという名前は処刑人(エクスキューショナー)のスペイン語読みであるエル・ヴェルデューゴ(El Verdugo)からとられており、名付けたのは元サンディニスタの古参MSFスタッフだ。

 以後愛称としてちびエグゼはヴェルと呼ばれている。

 

 ハンターの腕から飛び降りたヴェルはトコトコとエグゼの傍に走り寄っていくと、服の端を掴んで引っ張る。

 

「おい、あそびにいくぞ! いっしょにいくぞ!」

 

「あぁ? オレは疲れてんだよ、他の奴に遊んでもらえよ」

 

「やだ! おれといっしょにあそぶんだ!」

 

「一緒に遊んでやれエグゼ、お前がママだろう?」

 

「誰がママだ! 折角手に入れた休みだぞ」

 

「部隊の事は私に任せろ、しばらく見ていてやる。いいから行け、たまには母親らしいとこでもみせろ」

 

「だから誰が母親だっての……はぁ、ったく疲れてるのによ…」

 

「今夜はわたしが面倒を見ててやるから、明日になったら遊びに連れてってやるんだぞ。いいな?」

 

「マジかよ……」

 

 自身を見上げるヴェルのキラキラした瞳にため息をこぼし、エグゼは観念するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わーい、ゆうえんちだ!」

 

「あんまうろちょろすんなよ」

 

 翌日、エグゼがヴェルを連れてやって来たのはヘイブン・トルーパーを生み出す工場地帯から近い場所にある遊園地跡だ。

 ほとんどが錆びついて機能していないが、電力はまだ生きているらしくいくつかの施設はかろうじて動くのであった。

 実は寝過ごそうとしていたエグゼだが、ハンターに見つかり叩き起こされ、ヘリで無理矢理ここまで送り届けられてしまった…一応遊園地の周りはヘイブン・トルーパーたちが警備をしているので安全ではあるが。

 

 トコトコと走り回るヴェルは少し油断しているとすぐに見失ってしまいそうになる。

 日頃の疲れが蓄積しているエグゼには、ちびっこの元気について行くのはとても辛い様子……今は気だるそうに、走り回るヴェルを眺めながらその後をついて回っている。

 

「隊長、メリーゴーランドの修理完了です!」

 

 ヘイブン・トルーパー兵の一人がそう報告してきたが、今のエグゼにとっては余計なお世話である…どうやらハンターに命じられているらしく、遊園地内のアトラクションを片っ端から修理しているようだ。

 復旧したメリーゴーランドに駆け込んで、早速ヴェルは遊んでいる。

 ぐるぐると回るだけのそれの何が楽しいのか、今のエグゼには分からず、眠たそうにそれを観察していた。

 

「おい、もういいだろ? さっさと行くぞ……って、アレ?」

 

 ふと、周回する馬の上にヴェルの姿が無いことに気がついた。

 慌てて周囲を見て見れば、別なアトラクションめがけトコトコ走っていくヴェルの姿を見つけた…急いで追いかけるエグゼだが、ヴェルが入って行ったのはよりにもよって迷路のアトラクション、それもマジックミラーのだ。

 中に入ってみると鏡で造られた摩訶不思議な迷路に、疲れているエグゼは早速混乱する。

 

「おいチビ、どこいった!?」

 

「ママ、こっちこっち!」

 

「うろちょろすんなって、言っただろ――――ッ!」

 

 ヴェルの姿を見つけて近寄ろうとした時、マジックミラーの壁に鼻先をぶつけエグゼは悶絶する。

 楽しそうな笑い声をあげるヴェルに苛立ち追いかけようとするが、鏡の迷路が何度も行く手を阻む……ようやく迷路を抜けることができた時には、もはやへとへとだ。

 

「えへへへ、おれのかち!」

 

「あのなぁ……お前いい加減に、って待てよ…」

 

 再び走りだすヴェル、もはや追いかける余力も無くなってきたエグゼはぐったりとした様子でその後をついて行く…。

 その後も休むことなくアトラクションを引っ張り回されて、昼過ぎ頃には体力が尽きてしまった…。

 

「疲れた……」

 

 公園のベンチの上に寝そべり、エグゼは何が何でも断るべきだったと後悔していた。

 ヴェルは今公園の噴水周りではしゃぎ遊んでいる…驚くほどの元気さと体力にうんざりしつつ、ようやく訪れた休憩時間に身を休める。

 

「ママ、おなかすいたぞ…」

 

 そうしていると、ヴェルがエグゼの服をひっぱり昼食を要求する。

 疲労でこれ以上動く気になれないエグゼは、ここに来る前にスプリングフィールドに渡された弁当箱を無言で手渡すが、ヴェルは不満げな表情でなおもエグゼの服を引っ張り続ける。

 

「ママもいっしょにたべよーよ、ねえ」

 

「うっせぇな、一人で食えよ」

 

「やだ! ねえママもいっしょにたべよーよ!」

 

 しつこくせがむヴェルを無視し続けるが、あまりにもしつこいヴェルの態度についエグゼは感情的になってしまう。

 

「うるせぇんだよチビ! 疲れてるのが見て分からねえのか!? 飯くらい一人で食えバカ野郎!」

 

 服をつまむヴェルの手を払いのけ、その拍子に持っていた弁当を落とし中身が地面に散乱する。

 エグゼが突然怒ったことにヴェルはびっくりしているらしく、目を見開き震えている……それから地面に散らばってしまった弁当を拾い集めると、噴水の傍に腰掛けて静かに弁当を食べ始める。

 

 

「………グスッ……うぅっ……ぇ…」

 

 

 うつむきながら弁当を食べているヴェルは小さくすすり泣いていた……さすがに言い過ぎたか、罪悪感をエグゼは感じる。

 

「悪かったな、言い過ぎた。少し休んだらまた遊んでやるよ」

 

 そう言ってエグゼは再びベンチに寝ころんだ。

 しばらくヴェルの様子を見続けるのであったが、ここ最近の疲労がどっと押し寄せてくると強烈な睡魔に抗い切れず半ば強制的に休眠モードへと移るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ろ―――――――おい、起きろッ!」

 

「うぎゃ」

 

 身体を揺さぶる衝撃に目を覚ましたエグゼ。

 寝ぼけ眼で見上げた先には、ハンターがいた…周囲は薄暗くなり始め、いつの間にか時間が経っていたようだ。

 

「なんだよいきなり…」

 

「なんだじゃない、ヴェルはどこに行った?」

 

「あぁ? あのチビならそこらに…って、アレ?」

 

 眠りにつく前にいた噴水にはヴェルの姿はなく、空の弁当箱があるのみだった。

 

「あーどっか行ったかな? つい寝ちまったぜ」

 

「お前…!」

 

 突然、ハンターに胸倉を掴まれたかと思うと、顔面に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。

 頬を襲った痛みに、ハンターに殴られたのだと理解し、忌々しそうに睨みつけるが、ハンターの怒りに満ちた顔に口を閉ざす。

 

「このバカが! なに目を離してるんだ、ヴェルに何かあったらどうするつもりだ!?」

 

「知らねえよ、アイツなら大丈夫だろ?」

 

 そんなことを言うと、再びハンターに殴られる。

 この状況では逆ギレもできず、ただ怒るハンターに逆らえずにいた。

 

「来い、あの子を捜すぞ!」

 

「捜すったって、どこを?」

 

「遊園地の周りは兵士が警備している、おそらくまだ遊園地の中にいるはずだ」

 

「もし外に出てたらどうすんだよ?」

 

 エグゼの言葉にハンターは振りかえる。

 普段のクールな姿からは想像もできないほど怒気をはらんだハンターに詰め寄られ、エグゼは怯む…。

 

「地の果てまで捜せ……分かったか!?」

 

「り、了解……!」

 

 

 




エグゼにはママの自覚が足りなかったようだな……!


というわけで、エグゼとヴェル(ちびエグゼ)の絆イベントです。
ハンターがこっぴどくぶちのめしたのでエグゼに関してはあまり悪く言わんで…やっぱ言っていいです。


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遊園地で遊んで…

モルダー、あなた疲れてるのよ……


 夕暮れ時の遊園地、元は戦争や災害の影響で訪れる者もいなくなり、時の流れと共に寂れていった廃墟であったが、今は明かりが灯り音楽が鳴りかつて人々を楽しませたアトラクションが賑やかに動いている。

 ただしこの遊園地に居るのは、人間の来訪者ではなく強化服に身を包む人形たちの一団だ。

 

「ヴェルさまー! どこにいらっしゃるんですか!?」

「ヴェルさま、おやつの時間ですよ!」

「おい、お前着ぐるみ着てヴェルさまを誘いだせ!」

「わたしは風船を用意するぞ!」

 

 遊園地内で行方不明になってしまったヴェルを捜すべく、捜索隊として展開されているヘイブン・トルーパーたちはあの手この手でヴェルを捜しだそうとする。 

 動かなくなったアトラクションを修理して遊べる状態にしたり、即席サーカス団を結成してショーを披露してみたり、屋台を作って美味しそうな料理の匂いを放ってみたり……上位AIに極めて忠実な彼女たちの必死の努力にもかかわらず、ヴェルはいまだその姿を見せていない。

 もしや遊園地の外に行ってしまったのでは、その可能性も捨てきれないため、月光を編成に加えた捜索隊が遊園地の周囲を捜索している。

 

 

「ちくしょう、ヴェルの奴どこ行ったんだ?」

 

 

 ハンターにどつきまわされながらエグゼは片っ端から遊園地を捜し回る。

 さすがに罪悪感からか真面目に捜してはいるが、これだけ捜していないのだから遊園地内にはいないんじゃないかと思うところであった。

 だが少しでも手を抜こうものなら、傍にいるハンターがギロリと睨む。

 

 

「なあ、もうここにはいないんじゃないのか?」

 

「見つからないから見捨てるのか? 薄情だな貴様は……あの子も、同じ家族じゃないのか?」

 

「いや、そうだけどよ……そもそもなんでオレがあいつの面倒見なきゃならねえんだよ。暇な奴は他にもいただろ?」

 

「ヴェルはお前を母親だと認識している。それに対しお前がどう想うかだ……確かに面倒を見れる奴は他に大勢いる。その中で、ヴェルはお前を選んだんだ。あの子の想いを突き放すのか? お前は、そういう奴じゃないだろう?」

 

 ハンターの真っ直ぐな瞳にエグゼは何も言うことは出来ず、ただうつむく。

 他の者に同じ台詞を言われればきっとエグゼは激高していただろうが、他ならぬハンターの言葉にエグゼは思うことがあるのだろう。

 

「ヴェルの奴、よっぽどお前と遊びたかったんだな。お前が休みだと知って喜んでいたんだ。だがまあ、お前の疲労も考えずにヴェルを連れてきた私にも非はある」

 

「そうじゃねえよ。ったく、ガキ一人面倒見れないオレが情けねえんだよ」

 

「誰が悪かったかの話しはもう止そう。それにしてもどこに居るんだ、あの子は……エグゼ、ヴェルはお前のダミー人形として造られた。若干の違いはあっても思考はお前に近い、お前だったらそこに隠れるか…想像できないか?」

 

「オレだったらね…?」

 

 ヴェルはちびっこだが、思考回路はできる限りエグゼ本体に近付けられている、そこから何か予想はつかないかというのがハンターの考えなのだが……自分だったらどうするか考えてみるが、隠れる場所なんていくらでもある。

 

「自分のことのように考えてみろ。一人になりたいとき、お前ならどうするんだ?」

 

「一人になりたい時か……そうだな…」

 

 そういった場面はこれまでにも何度かあったが、そういう時は何も考えずに行動して一人きりになることが多い。

 では無意識にどういった場所を選ぶか…過去の記憶を振りかえり、今ここにいる場所を見回してみる。

 エグゼが見つめたその先には、遊園地内の一画にそびえ立つ電波塔があった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしししし、みんなひっしだな!」

 

 遊園地全体を見下ろすことのできる電波塔に腰掛けているのはヴェルだ。

 自分を捜すために必死になっているヘイブン・トルーパーたちを見下ろしながら、普段真面目な彼女たちが仮装したり汗を流して駆けまわっている姿に大笑いしていた。

 

「やっぱここにいたのか…見つけたぞおい」

 

 他の誰かがここへ来ることは全く想像していなかったのか、ヴェルは驚き飛び跳ねる。

 咄嗟に電波塔の支柱にしがみついて墜落は避けたようだが……ほっと一息ついたヴェルはやって来たエグゼを忌々しそうに見つめる。

 

「バカと煙は高く昇るってな……で、なにやってたんだこんなとこで?」

 

 鉄塔をよじ登って来たエグゼが隣に座ると、ヴェルはそっぽを向いて離れたところに座る。

 さっきのことを引きずっているのか、少し怒った様子のヴェルにエグゼは苦笑いを浮かべた…。

 

「さっきはその、悪かったな……バカだよなオレな。お前は全然悪くねえよ。それより腹減っただろ、一緒に何か食いに―――」

「みんなをみてたんだ」

 

 ヴェルの声に、エグゼは言葉を止めた。

 手すりにつかまりながら、ヴェルは見下ろす先で忙しそうに動き回る小さなヘイブン・トルーパーたちを面白そうに眺めている。

 

「おれちっちゃいけど、みくだされるのきらいだ。だからたかいとこにのぼるんだ、そうすればみんなちっちゃくなる」

 

「なるほどね、やっぱ同じだなお前とオレは……オレも、高いところに昇るの好きなんだよな」

 

 ヴェルと同じように手すりにもたれかかり、眼下の光景を一望する。

 思いだすのは鉄血にまだいた頃の思い出……仲間内でケンカして代理人に叱られたとき、アルケミストの姉貴に戦闘終わりに説教されたとき、イントゥルーダーに扱き使われてイラついた時の思い出だ。

 

「バカだのアホだの言われてよ、ムカつくったらありゃしねえ。そういう時今みたいに高いところに昇ってたもんだ。普段見下してくる代理人も姉貴も、そん時はオレも上から見下してやれるんだ。くだらねえけど、いつも這いつくばってたオレにはいい場所だったんだ」

 

 鉄血のかつての仲間に恨みはないが、ときたまどぎつい言葉を言われたりもしたものだと、懐かしそうにエグゼは笑う。

 今のMSFでも、WA2000やオセロットなどといったたまにムカつく存在もいるため、今もそんなに変わっていはいない。そんな風に話した後、ドンッ、という音と共に火の玉が地上から空へと打ちあがり……それが火花となって空に大きな花を咲かせた。

 

「わわ! なんだこれ!?」

 

「お前花火見るのは初めてか? まあ、オレもここ最近見てなかったけどよ」

 

 どうやらヘイブン・トルーパーたちは奥の手として花火を用意したらしい。

 打ち上げる間隔は長いが、ヴェルは初めて見る花火に大喜びのようで、花火が夜空に炸裂するたびに声をあげてはしゃぐ。

 高い電波塔の上から見る花火はとてもきれいで、花火をより大きく感じることができた。

 仲たがいしていたエグゼとヴェルの距離もいつのまにか縮まり、隣に並ぶその姿は本物の親子のように見える。

 

 すべての花火が打ち終わると、ヴェルは手を叩いて喜びを露わにしていた、もうすっかり機嫌も直ったようだ。

 

「よし、もう降りるか?」

 

「うん!」

 

 エグゼが背を向けると、ヴェルは嬉しそうにその背にしがみつく。

 小さなヴェルを背負い、ゆっくりと鉄塔を降りていく…。

 

「ママ、おれきょうたのしかったぞ!」

 

「そうか。でもまだ夜は長いんだぜ?」

 

 エグゼのそんな言葉を聞いて、背中にしがみつくヴェルは大喜びする。

 ヴェルが鉄塔で遊園地を見下ろしている間にも、いくつものアトラクションが復活しヘイブン・トルーパー扮するサーカス団の登場で、遊園地はかつての賑やかな姿を見せている。

 大通りを仮装したヘイブン・トルーパーたちが練り歩き、ライトでデコレーションされた月光が飛び跳ねる。

 奇妙でおかしな光景だが、ヴェルは楽しそうに大はしゃぎしている。

 

「ママ、あれやりたい!」

 

「お、射的ゲームか?」

 

 元はおもちゃの館だったそこは、ヘイブン・トルーパーたちに魔改造建築を施され、射撃用ロボットに着ぐるみを着せた動き回る的を撃つというアトラクションに変貌している……使用する弾丸はもちろん実弾であり、流れ弾にご注意くださいという警告板が丁寧に用意されている。

 手渡された自動小銃を手に取ると、ヴェルは笑いながら飛び回るぬいぐるみたちを撃ちまくる。

 遊園地に似つかわしくない銃声が響き硝煙がたちこめるが、ほぼすべてのアトラクションで銃の使用が必須なのでここではこれが当たり前である。

 銃弾、手榴弾、大砲、ダイナマイト、火炎瓶…それぞれのアトラクションに用意された危険極まりない遊び道具により、ヴェルが訪れる先のアトラクションで銃声や爆音が鳴り響く。

 時々火災が起きたり爆風でアトラクション自体が吹き飛んでいるが、ヘイブン・トルーパーたちの見事な連携で施設は復旧していく…全ては幼女の笑顔を見たいがため、彼女たちはエグゼ親子のためを思い奮闘する。

 

 

 

「ふぅ、やっぱちびっこは元気いっぱいで疲れるぜ…」

 

 先ほどまでの喧騒が嘘のように静かになった遊園地。

 その中の公園の広場のベンチにエグゼは少々くたびれた様子で座っている…その腕に抱かれているヴェルは、小さな寝息をたてて眠っている。

 ひとしきり遊んだヴェルは疲れたのか満足したのか、エグゼに抱っこをおねだりし、そのまま寝てしまった。

 

「子どもは勝手なもんだ、オレも疲れてるってのによ」

 

 そんな言葉を口にしながらも、エグゼはどこか穏やかな表情で自身の腕の中で眠るヴェルを見下ろす。

 自分そっくりな幼い女の子、生まれた当初はとんでもないクソガキだったのだが、こうして静かに眠る姿はかわいいものだ…ヴェルの黒髪をそっと撫でていると、そばで見守っていたハンターがエグゼの隣に腰掛ける。

 

「すっかり母親だな」

 

「やっと寝たぞのこのおてんば娘め。なあハンター、今日はありがとな」

 

「うん? 何故お前に礼を言われなければならないんだ?」

 

「おまえのおかげで、こいつのことを分かることが出来たんだ。まあ、いきなり母親なんて老けたみたいでやだったけどよ。でも、家族が増えるっていうのはいいよな」

 

「そうだな。わたしもそう思えるようになってきたよ」

 

 二人はそのまま、静かに空を見上げ夜風に吹かれていた。

 まだ寒さの残る夜だがどこか温かさを感じるのは、きっと気のせいなんかじゃない…あえて口にはしなかったが、エグゼはこの時ヴェル以外の大切な親友とも心を通わせられたことを感じていた。

 

 

「ハンター」

 

「なんだ?」

 

「ずっと一緒につるんでような」

 

「やめろ気持ち悪い」

 

 

 すかさず憎まれ口を叩いて見せると、二人は楽しそうに笑う……あの日失った痛みはもう感じていない、ずっとエグゼを苦しめ続けてきた幻肢痛はもうどこかに消えてしまったようだ。

 素晴らしき友よ永遠に…失ったものをついに、エグゼは取り戻すことができたのだった。

 

 

「そろそろ帰るか」

 

「そうだな」

 

 

 遊園地の明かりはいまだ煌々と煌めいているが、楽しませる対象であったヴェルが眠りについたことでアトラクションはその動きを止め、ヘイブン・トルーパーたちも今は後片付けに勤しんでいる。

 折角直した遊園地だ、いつかまたヴェルが駄々をこねた時のために使える状態にでもしておこうと決まる。

 しかし本業は戦場で戦う兵士、次に訪れる日がいつになるか…もしかしたら二度とないかもしれない。

 それでも、いつかまた…そう思う二人であった。

 

 

「さてと、迎えのヘリが来るまで……って、うん?」

 

「どうしたエグゼ?」

 

「いや、見間違いだと思うんだけど…なんか見覚えのあるやつが…」

 

「なに?」

 

 

 そんなことを言うエグゼを不審におもいつつ、その視線を辿ってみると…確かにいる、見覚えのあるツインテールの小さい少女が…。

 

 

「どう思う?」

 

「いや、あの様子は迷子だろう」

 

「あいつ、いっつも迷子になってんな。どうする?」

 

「とりあえず、捕まえるか」

 

 

 ハンターの提案に頷き眠るヴェルをヘイブン・トルーパーに預け、こっそりとその人物へと近付いていく。

 近くによって気付いたが、今にも泣きそうな表情できょろきょろ周囲を見回している…やはり迷子になった様子、遊園地の中で迷子はつきもだが…。

 

 

「おいデストロイヤー!」

 

 

 名前を呼ばれた少女は声を聞いて嬉しそうに振り返ったが、相手がエグゼとハンターであることが分かると驚きのあまり飛び跳ねる。

 

「鉄血凸凹コンビ!?」

 

「なにが凸凹コンビだこんちくしょう! こんなとこで何してんだちびコラ!」

 

 逃げようとするデストロイヤーをあっさりと捕まえ尋問するが、彼女は大暴れして逃げようとする。

 ここは鉄血の支配圏ではない、もしかしたらMSFへの攻撃の足掛かりにするために周辺偵察を行っているんじゃないのか?

 いまだ鉄血とMSFは敵対関係にないが、お互い牽制し合っており決して友好的な関係とは言えない。

 

「おら白状しやがれちび!」

 

「離せアホ!」

 

「いてッ! このクソガキ!」

 

 すねを蹴られたお返しに、デストロイヤーの頭にげんこつを叩き込む。

 頭部を襲った鈍痛にデストロイヤーは頭をおさえて大声で泣きわめく……その時、尋常ではない殺気が一気に二人の元へと接近する。

 接近してきた襲撃者の姿が月明かりに照らされる…白髪の眼帯をつけた女性、泣きわめくデストロイヤーを守るように彼女は立ちふさがる。

 

「うちのデストロイヤーを苛める奴は…って、処刑人!? なんでお前がここに居るんだ!?」

 

「そりゃこっちのセリフだ! こんなとこで何やってんだよ姉貴!」

 

 現われたのはまさかのアルケミスト。

 彼女もエグゼらと逢うことを想定していなかったのか驚いている。

 

「お前、この間いい感じに別れたばかりなのにこれはないだろ!?」

 

「うるせ! オレがどこにいようが勝手だろ! つーかあんたら何しにここに来たんだよ!」

 

「いや、あたしは…デストロイヤーが遊園地で遊びたいって言うから付き添いでだな」

 

「ちょ、アルケミスト!? 余計なこと言わないでよ!」

 

「だはははは! お前いつもガキ扱いすんなって言っておいて、やっぱガキじゃねえか!」

 

「ムカつく…! あんたこそ、いい年して遊園地に入り浸ってるじゃない!」

 

「あぁ? こちとらガキの子守で来ただけなんだよ、お前みたいなチビと一緒にすんじゃねえ」

 

 しょうもないケンカを繰り広げる二人を、なんとも言えない顔でアルケミストとハンターは眺めている。

 そんな時、ヴェルが寝ぼけ眼をこすりながらエグゼの傍へと寄って来た…。

 

「ママ、だっこ…」

 

「なんだ起きちまったのか、おーよしよし」

 

「待て待て、なんだそのちびっこは!?」

 

「ん? オレのダミー人形のヴェルだけど?」

 

「ダミー人形って…えぇ……お前のミニチュアバージョンみたいでかわいいけどさ」

 

「わぁ、かわいい…!」

 

 現われたちびエグゼことヴェルに早速アルケミストとデストロイヤーは興味津々だ。

 アルケミストなんかは抱きたそうに手を伸ばすが、やんわりとエグゼが拒否する…たぶんヴェルは懐かない。

 

「というかMSFの技術力はどうなってるんだ!? お前のダミーってことは、鉄血の技術も解析してるってことだろう!?」

 

「さあ、そこら辺は知らねえよ」

 

「嘘でしょ…! アルケミスト、早くMSFを潰さないと大変なことになるよ!?」

 

「まあ待て落ち着いてくれ。お互いやり合うつもりでここに来たわけではないんだ、ここは穏便に済ませよう」

 

 冷静なハンターがひとまずこの場を取り繕うが、アルケミストは何か思いだしたようで急に焦り始める。

 

「おいお前ら、悪い事は言わないから早いとこここから立ち去りな」

 

「なんだよそれ、ここは鉄血の支配圏じゃないだろ」

 

「デストロイヤーの付き添いはあたしだけじゃないんだよ。あたしはほら、冗談で流せるだろ? だけど、冗談通じない奴が来てるんだよ…」

 

「冗談が通じない奴だって? おい、そりゃまさか…!」

 

 

 

 

「あら、なんだか見覚えのある方がいますのね」

 

 

 

 

 声がした。

 冷たく、透き通るような声だ……その声を聞いた瞬間、全身が金縛りにあったかのように固まってしまう。

 おそるおそる、身体に少しずつ力を入れてゆっくりと振り返る…。

 

「お久しぶりですね、処刑人…それと、ハンター」

 

「だ、代理人…!」

 

「ごきげんよう」

 

 冷たい空気をまとわりつかせながら、代理人は静かにエグゼの前に歩み寄る。

 相変わらず微動だにしないその表情、有無を言わさず相手を黙らせる圧倒的威圧感…久しく忘れていたその感覚にエグゼはおもわず身震いする。

 目の前に歩み寄った代理人はエグゼを、それからその腕の中で眠るヴェルを見下ろす…それからハンターを見てからその視線をエグゼに向ける。

 

「何か言うことはありますか?」

 

「あは、あはははは……今日もきれいですね代理人さま…」

 

「…………」

 

「う、すみません…」

 

「処刑人、私が以前あなたに言った事を覚えていますか?」

 

「あ、はい?」

 

 じっと見つめてくる代理人に、なんだったかなと空を見上げてみるが、パニックに陥ったエグゼは何も思いつかない。

 

「もしもあなたが鉄血を離れた時……私はあなたを破壊しAIをリセットする、そう言いましたね」

 

「あー…そうでしたっけ?」

 

「そうです」

 

「そうなんですか?」

 

「そうです」

 

「間違いなく?」

 

「そうです」

 

「まいったなー…」

 

「覚悟なさい」

 

 代理人に冗談は通じない、さりげなくアルケミストに目を向けて見るが…まるでこっち見るなと言わんばかりに目を逸らした、今回ばかりはあてにできないようだ。

 代理人はやるといったらやる人だ、素早くエグゼはハンターとアイコンタクトを交わす。

 こうなれば不利でもなんでも、やり合うしかない!

 

 二人の戦闘の意思を察知した代理人もまた、戦闘態勢をとる。

 

 

 

 

 

「うにゃー! にゃーお、にゃにゃ、うにゃー!」

 

 双方が激突しようとする瞬間、突如として現われた奇妙な猫に双方とも咄嗟に手を止めた。

 二本の足でしっかりと大地に立ち、ゴーグルとヘルメットを被った猫の姿にさしもの代理人も驚きを隠せないようだ。

 

「トレニャー!? なんでここに居るんだ!?」

 

「にゃー! にゃにゃにゃーお! うみゃー!」

 

「相変わらず何言ってるか分からねえな!」

 

「なんですかこの奇妙な生物は、説明しなさい処刑人」

 

 代理人から説明を求められたが、はっきり言ってエグゼもよく分からない。

 とりあえず知っているのは猫語を話すスネークと仲が良い変な奴で、怪物だらけの島に連れていってくれる変な生物ということだけを伝えたが……代理人は思考停止しているようで、口を少し開いて固まっている。

 

「うにゃにゃにゃ、んーみゃ、みゃーお!」

 

「くっそ、何言ってるか分からねえ…」

 

「…仲違いしているようだから、良い場所に連れてってやる…そう言ってますね」

 

「代理人、お前猫語が分かるのか!?」

 

「現地語の習得は諜報の基本ですので」

 

「すごい」

 

 流石はハイエンドモデルの頭目的存在、初めて遭遇する猫語もなんのその。

 

「(元気を持て余してるなら、例の島に行くといいのニャ! 共通の脅威を相手に一致団結すれば、きっと仲直りできるはずニャ!)」

※代理人が同時翻訳中

 

「またあの島か!? どうするよハンター?」

 

「願ってもいない。確かディアブロスといったか…奴を仕留めきれなかったからな、リベンジだ」

 

「おもしろそうじゃないか、あたしらも混ぜてくれよ」

 

「やめとけ姉貴、ろくなもんじゃないぞ?」

 

「そんなこと言って、楽しみを独り占めするつもりでしょ!」

 

 どうやらアルケミストもデストロイヤーもノリノリの様子。

 しかしあの島での出来事を知っているエグゼとしては気が進まない…とはいえ、親友のハンターが向かう意思を固めているので自分も一緒に行かなければならないだろう。

 ひとまず、安全のためにヴェルは先にマザーベースへと帰らせる。

 

「(ニャハハハ! みんななかなか狩りの素質があるようニャ。でも残念ながら一人は行けないニャ)」

 

「なんだって? あたしとデストロイヤー、処刑人とハンターと代理人で行けないっていうのか?」

 

「(残念ながらモンスターハンティングは4人編成が基本(モンハンルール)なのニャ!)」

 

「うるせえな、こっちは5人編成が基本(ドルフロルール)なんだよ、こっちのやり方に合わせてもらうぜ」

 

「(ニャ!? 5人で狩りに行くなんてとんでもないニャ! 絶対にやめた方がいいニャ、良くないことが起こるのニャ!)」

 

「うるさいぞ、全員でモンスターハンティングに行くんだ。異論は認めない」

 

「(もう知らないニャ! あっちにいっても自己責任ニャ!)」

 

 慌てふためくトレニャーと、代理人の迫真の翻訳が終わるとともに5人はいざ狩りへ向かう準備を整えるのであった…。

 

 トレニャーの忠告を無視したばかりにまさかあんなことになるとは…この時の5人は知る由もなかった。




代理人「一狩り行くにゃー」(直訳)
エグゼ「一狩り行くぜ!」(やけくそ)
ハンター「一狩り行くぞ!」(使命感)
デストロイヤー「一狩り行くよ!」(ノリノリ)
アルケミスト「人狩り行こうじゃん」(違う)



トレニャーがいなかったらバッドエンド…サンキュー!トレニャー!
メタルギアらしいメタ発言ぶち込めて満足ですよ。

次回予告!
前回狩り損なったディアブロスとの再戦!
鉄血ボス連合の前に立ちはだかるのは…!
ほのぼのとは一体…。


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大連続狩猟クエスト:怪物の島の生態系

 先の見えない深い霧の中を、一隻のボートがゆっくりと進む。

 ボートを漕ぐのはヘルメットを被った奇妙な猫ことトレニャー…トレニャーが操舵するボート上には、代理人を筆頭にアルケミスト、デストロイヤー、エグゼ、ハンターの鉄血ハイエンドモデルたちが乗っている。

 小難しそうな本を読んでいる代理人以外のメンバーは、船上でカードゲームに興じて船が目的地に到達するまでの暇つぶしを行っている。エグゼもアメリカでの一件以来、落ち着いて話すことのできなかったアルケミストらと今はのんびり会話をしているが…時折代理人が気になるのか、エグゼは冷や冷やしている。

 

「(そろそろ到着ニャ)」

 

 トレニャーの言葉を代理人が通訳し、彼女は呼んでいた本を閉じてどこかへしまい込む。

 霧が薄くなり、太陽の光が徐々にボートに乗る彼女たちを照らしていく…霧が晴れると見えてきたのは高くそびえる山を有する大きな島。

 見覚えのある光景に、大きなため息をエグゼはこぼすが狩猟本能を刺激されているのか、ハンターは目を輝かせエグゼとは正反対の反応を見せている。

 島へボートを乗りつけると真っ先に飛び出していったのはデストロイヤーだ。

 

「んん~! いい風ね、それになんか面白そうなところだし!」

 

 窮屈なボートから降りれた開放感からか、デストロイヤーは降り立った海岸をトコトコ走って行く。

 海岸には早速、"アプトノス"という名のこの島独自の生物が小さな群れを形成しており、警戒心があまりないのかそれとも油断しているのか、近付いて来たデストロイヤーを意に介さず草を食べている。

 

「おいデストロイヤー、あんまり近付くなよ! こんな生物知らないぞ!?」

 

「えー、でもこの子たち大人しいよ?」

 

「よく分からないものに近付くなって、マスターが言ってたろ?」

 

 アルケミストの戒めにデストロイヤーは名残惜し気にアプトノスたちから離れていく…ホッと一安心するアルケミストだが、ニヤニヤと見つめているエグゼに気がついた。

 

「なんだよ、なに笑ってるんだ?」

 

「いや、姉貴もしかしてビビってるのか?」

 

「なっ、ビビってるわけないだろ! こんなよく分からない島に…ビビるわけないだろ…!」

 

「あぁ!! 化物が出たぞッ!」

 

「んなっ!?」

 

「嘘に決まってんだろ、わはははは! やっぱビビってんじゃねえか!」

 

 エグゼに大笑いされたアルケミストは珍しく顔を真っ赤にして激高し、腹を抱えて大笑いするエグゼを捕まえて締め上げる。

 しかしアルケミストの警戒心はこの島で生き延びるのには必要なことだ。

 この島に足を踏み入れたその瞬間から、問答無用の弱肉強食の摂理に否応なしに関わることとなっているのだから…。

 そしてその空気を真っ先に感じ取ったのは、代理人であった。

 彼女は上陸後まもなく、自身らに向けられる敵意の眼差しを感じていた…見つめた先の小高い丘、そこには代理人らを見下ろす奇妙な一団がいる。

 それは一見トレニャーと同じような種族に見えるが…。

 

「あー代理人…あいつらには関わるな、めんどくさいことになるぞ」

 

「あなたの言うことなら、ハンター。それよりここで何をすればいいのです?」

 

 その場のノリで着いてきてしまった代理人だが、いまいち今回の趣旨は理解していなかった。

 トレニャーの口車に乗せられ、他のメンバーのノリについてきただけで今のこの状況に内心困惑しているのだが、微動だにしないその表情からそんな心情を他のメンバーが知ることは出来ない。

 まあ、代理人は冗談は通じないかもしれないが、空気が読めないわけではないということだ。

 

「(ニャー。ひとまずハンターさんたちにはモンスターを探してやっつけてもらうといいニャ。でも注意した様に、5人で狩りに行くのは基本的にタブーなのニャ。だから注意するのニャ)」

 

「忠告は感謝する。ひとまずわたしとしては以前狩り逃したディアブロスを倒したいところだな…おーい、二人ともケンカはやめるんだ。出発だぞ」

 

 取っ組み合いのケンカをしているアルケミストとエグゼを落ち着かせた後で、トレニャーを道案内に5人は島の砂原へと進んでいくのであった。

 

 

 さて、この島でモンスターハンティングをするにあたってまず初めに行うべきことは何か…?

 前回来た経験のあるエグゼとハンターの二人は、フィールドに残されているモンスターの痕跡を探すところから始まるのであった。

 足跡、糞、ひっかき傷、鱗など…フィールドをくまなく探せばモンスターの残した痕跡を見つけることができる。

 狩りの達人であるハンターが痕跡を探す中で、以外にも真っ先にモンスターの痕跡を最初に見つけたのはデストロイヤーであった……しかしその痕跡の見つけ方が残念なもので…。

 

 

「うわーん! 誰か助けてぇ!」

 

「なにやってんだアイツ?」

 

 

 悲鳴を聞いて見てみれば、デストロイヤーが岩場にこびり付いていた粘度の高い泥に足をとられもがいているではないか。

 そのまま放っておいても良かったのだが、顔面も泥に埋もれさせて窒息しそうになったのでしょうがなく助けてやる…それはさておいて、トレニャー曰く、この粘度は立派なモンスターの痕跡だという。

 そしてその正体というのが…。

 

 

「(これは主に砂原に生息する"ボルボロス"の痕跡なのニャ!)」

 

「ウロボロスだぁ!?」

「あぁ、あのクソッたれのうぬぼれ屋の恥知らずか」

「わたしあいつ嫌い、なんかむかつくもん」

「まったくあなたたち、もう少し綺麗な言葉で罵れませんかね?」

「お前ら…」

 

 

 

―――――――――

 

 

アフリカ大陸中央部 サバンナ

 

「ぶえっくしッ!!」

 

「どうしたウロボロス、風邪でもひいたのか?」

 

「人形が風邪をひくわけがなかろう。ところでフォックスお兄ちゃん、何故わたしたちはアフリカにいるんだ?」

 

「お前がシマウマを見たいと言ったからだろう」

 

「違う! 私が見たかったのはトラだ! 同じ縞模様でもシマウマは草食動物であろうが!」

 

「なら勝手にしろ、オレはもう帰る」

 

「ふぇ…!? ま、待ってくれフォックスお兄ちゃん…!」

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 痕跡を辿り砂原をつき進んでいくと、ドスッドスッと大きな生物が近寄ってくる気配を感じ5人は即座に付近の岩場に身を隠す。

 岩陰からそっと顔を覗かせてみると、砂原の奥から大きな身体を揺すりながらその生物は姿を現した。

 

「(あれがウロボロス…じゃニャい、ボルボロスなのニャ!)」

 

「あれがウロボ…コホン、ボルボロスか。ふん、ディアブロスと比べたら弱そうだな」

 

「あれが弱そうって…お前ら一体何と戦ったんだよ…」

 

 ディアブロスの印象が強すぎるエグゼとしては、現われたボルボロスに対しそこまでの警戒感は抱かない。 

 だがこの島で初めて大型モンスターを見たアルケミストは顔が引き攣り、デストロイヤーはプルプルと震えている…代理人は、目を閉じて何か考え事をしているようだ。

 

「まあいいさ、ちゃちゃっとやっつけようぜ!」

 

「ああ、狩りの始まりだ!」

 

 この島の常識(モンハン)に慣れたエグゼとハンターを先頭に、岩場から飛び出す…怖気づいていたアルケミストとデストロイヤーも覚悟を決めたようだ。

 

「オレ様の参上だ! 覚悟しなウロボロス!」

 

「ボルボロスだぞエグゼ」

 

「あ、そうだった」

 

 飛び出してきた5人をボルボロスも認識し、脚で地面をひっかいて威嚇し大きな咆哮をあげる。

 血気盛んな二人のハイエンドモデルは恐れることなく接近していくが……突如、地面が揺れて前のめりに転倒する。

 大型モンスターを目の前にして隙を見せてしまい焦る二人だが、ボルボロスもまた突然の揺れに動揺しているようであった。

 

 そして次の瞬間、足下の地面が大きく吹き飛ばされ大量の土砂が空高く打ち上げられる。

 足元が大きく崩れ、砂は流砂となって5人を穴の中へと引きずり込んでいく……穴は砂原の地下に通じており、流砂に足をとられた5人は抗うこともできず地下へと落下していった。

 

 

「痛ッ……なんだってんだい…!? デストロイヤー、大丈夫か?」

 

「うぅ……首が…」

 

 全身を砂まれにしたアルケミストは、なんとか砂に埋もれているデストロイヤーを引っ張り上げるが、落下した時に身体を痛めたらしい。エグゼとハンターもなんとか無事だ、代理人に至っては綺麗に着地し身体に付いた砂も最小限にとどめている。

 

「やろう、ウロボロスめ…って、あれ?」

 

 一緒に穴に落ちたであろうボルボロスの姿を探し、それはすぐに見つかったのだがなにか様子がおかしい。

 頭上にぽっかりと空いた大きな穴、その真下で横たわるボルボロスはピクリとも動かない……落下の衝撃で気絶しているのか、そう思ったが地下空間に響く不気味な唸り声に一同戦慄する。

 頭上に空いた穴から落ちる流砂が滝のように落ち、その砂の滝から鋭利な二本の突起物が突き出てきたではないか。

 

 砂の滝からゆっくりと姿を見せる巨大なモンスター。

 

「ディ、ディアブロス…!」

 

「いや、待て! なんかこいつ黒いぞ!?」

 

 以前この島で対峙したディアブロスは砂と同色の身体であったはずだが、この場に現われたディアブロスは全身真っ黒で凶悪な目を赤黒く光らせる悪魔のようないでたちであった。

 ただならぬ雰囲気…絶対にヤバい奴に決まっている。

 二人は知らないことだが、それはディアブロスが繁殖期に見せるもう一つの姿であり同一個体なのである。

 だがその凶暴性は平常時の比ではなく、自らのテリトリーに足を踏み入れた者には圧倒的な力を行使し徹底的に破壊を振りまくまさに砂漠の暴君と呼ぶにふさわしい存在なのだ。

 

 黒いディアブロスは既に5人を縄張りへの侵入者とみなし、獰猛な唸り声をあげている…。

 

「おい処刑人、慣れてるんだろ…? はやくやっつけろよ…」

 

「冗談じゃねえぞ姉貴、ありゃどう考えても核兵器並の凶悪さだぜ…!」

 

「ど、どうするのよ…! 代理人、なにかいい考えはないの!?」

 

「そうですね……ひとまず冷静になることから始めてみましょうか?」

 

「気圧されるなみんな、所詮色が変わっただけのディアブロスだ。真のハンターは獲物から逃げはしない!」

 

 全員が怖気づく場面で果敢に前に出たハンターを、他のメンバーは尊敬のまなざしで見つめる。

 強大な相手を前にしてハンターの狩猟本能がかつてないほどに高まっている、相手にとって不足はない…駆け出したハンターを4人で応援し始めるが…。

 接近してきたハンターに黒ディアブロスはいきなり激高し、耳をつんざくほどの大咆哮をあげる。

 地下空間で黒ディアブロスのただでさえ大きな咆哮が反響し、耳を抑えなければ立っていられないほどの音量へと変わる…激高した黒ディアブロスの悪魔的形相、それを見たハンターはいきなり踵を返して走り去っていくではないか。

 

「おい! 真のハンターは逃げないんじゃないのか!?」

 

「戦略的撤退だ! お前らも撤退しろ!」

 

 これはもうダメだ、恥もプライドも投げ捨て5人は全速力でその場から逃げ去るが、縄張りを侵された黒ディアブロスの怒りは凄まじく、その巨体からは想像もできないほどの速さで追いかけてくる。

 障害となる岩石を体当たりで粉々にする…あんなものを直にくらってしまったら鉄血のハイエンドモデルといえどもひとたまりもない。

 

「代理人、なんかアドバイスねえか!?」

 

「…三十六計逃げるに如かず、ですわ」

 

「これ以上最善の策はないってことか! 役に立たない助言ありがとよ!」

 

「冗談言ってる場合か! 追いつかれるぞ、ここは各個別れてかく乱させよう!」

 

 アルケミストの作戦に全員が頷き、合図と同時に5人は別々の方向へと散り散りになる。

 同じタイミングで散開した5人に黒ディアブロスは一瞬戸惑いを見せたが、すぐに目標を一つに定めると再び走りだす。

 

 

「なんでわたしを追ってくるの!?」

 

 

 かわいそうなことに、狙われたのはデストロイヤー…5人の中で一番足が遅かったので仕方がない。

 だが黒ディアブロスの狙いが一つに絞られている今こそ、攻撃のチャンス。

 絶好のタイミングに、黒ディアブロスの足元に一気に接近したエグゼがブレードを振りぬき頑強なその足を斬り裂いた。

 筋肉質の脚部はエグゼのブレードをもってしても完全に切断することは出来ないが、その攻撃によって怯ませることは出来た。

 

「来いよデカブツ、オレ様が相手だ!」

 

 挑発するエグゼに対し、黒ディアブロスは振りかえりざまに角を振りぬき、寸でのところでエグゼは避けることができたが、怒り狂う黒ディアブロスは素早く尻尾を振りぬく。 

 重厚でハンマーのような黒ディアブロスの尻尾の一撃は、遠心力も加わり恐るべき一撃となってエグゼを捉える。

 咄嗟にとったガードもほとんど意味をなさず、エグゼは尻尾に弾き飛ばされ壁に叩き付けられた…。

 

「処刑人…! く、冗談じゃないよ!」

 

「この場所は不利だ、一旦地上へと脱出しよう!」

 

「そうね! とりあえずこれでもくらえ!」

 

 咄嗟にデストロイヤーが投げたのはスタングレネード。

 闇雲に投げたスタングレネードは黒ディアブロスに効果があり、強烈な音と光に視覚と聴覚を塞がれたディアブロスは大きく怯む。

 その隙に悶絶するエグゼを回収し、砂原の地上へと脱出する。

 

 

「ここまでくれば――――!!」

 

 

 地上へと到達して間もなく、地面が大きく揺れ、黒ディアブロスが砂の中かから勢いよく飛び出し姿を現す。

 意表を突かれたことで黒ディアブロスの怒りはさらに高まり、明確な殺意にエグゼらは戦慄する。

 

 

「か、覚悟決めろよみんな…! オレたちの力を合わせれば絶対になんとかなるって!」

 

「そうだ、エグゼの言う通りだ」

 

「やるしかない…か。やってやろうじゃないか」

 

「怖いけど、やるしかないんだよね!?」

 

「頑張ってください」

 

 

 若干一名を除き、ハイエンドモデルたちはこの強大な相手を前に戦う決意を固めて挑む。

 立ちはだかるどんな強敵も、力を合わせれば絶対に勝てる……そう思っていた矢先のことであった…。

 

 

「(ニャーニャー! 大変ニャ! ハンターさんたち、急いで逃げるのニャ!)」

 

 その場に大慌ての様子で駆けつけてきたトレニャー。

 黒ディアブロスを前にして一瞬も気を緩められない彼女たちは無視していたが、突然響くおぞましい咆哮に、また何か来たのかと狼狽する。

 その咆哮は黒ディアブロスの注意も引き、黒ディアブロスはその目を岩場へと向けていた。

 

「(やっぱり5人でなんか来るべきじゃなかったのニャ!)」

 

「おい、なんだってんだよトレニャー!」

 

「お、おい…! あれはなんだ!?」

 

 アルケミストの震える声に咄嗟に振り返る…。

 

 岩場から姿を見せた恐ろしいモンスターの姿に、5人は呆気にとられる…。

 

 暗緑色の鱗に覆われた体躯、異様に太く強靭に発達した後脚と尻尾、それらと比較して異様に小さな前脚…首元まで裂けた巨大な口には無数の棘が並んでいる。

 現われた巨大なモンスターは黒ディアブロスを見るや否やその裂けた巨大な口を大きく開き、おぞましい咆哮をあげる。

 対峙している黒ディアブロスは意識をエグゼらからそのモンスターへと向け、唸り声をあげながら強靭な脚力でもって大地を蹴り上げ突進する。

 

 地下空間で制限されていた機動力と瞬発力をフルに活かす…地上へと出て有利になるのは黒ディアブロスにとっても同じ、弾丸…いや、キャノン砲のように突進する黒ディアブロスの一撃に現われたモンスターは吹き飛ばされる、そう誰もが思った。

 

 

 だが、巨大な顎をもつモンスターが黒ディアブロスの破壊的な突進を、角に食らいつくことで押しとめてしまったではないか。

 わずかに後方に押されたばかりで、そのモンスターは逆に黒ディアブロスを圧倒…なんと角に食らいついたまま黒ディアブロスの巨体を宙に浮かせ、勢いよく地面に叩き付けその角をへし折って見せた。

 投げ飛ばした黒ディアブロスの首元に即座に食らいつくと、その驚異的な咬筋力で易々と喰いちぎる……。

 絶命する黒ディアブロスはそのモンスターにとってもはや単なる食糧源、堅い甲殻ごと噛み砕き喰っていく。

 

 

「(ニャニャニャ…! なに固まってるのニャ、みんな今のうちに逃げるのニャ!)」

 

「トレニャー、あいつはなんなんだ!?」

 

「(あれは全ての生態系を破壊する存在ニャ…! "恐暴竜イビルジョー"それがやつの名前ニャ…!)」

 

 

 

 




イビルジョー「よろしくニキwwww」
黒ディア「…チ~ン……」


ただじゃ終わらないって言っただろ(ゲス顔)
とりあえず代理人は仕事して(懇願)


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大連続狩猟クエスト:貪欲なる恐王

 ついに出会ってしまったエグゼと代理人!

 

 MSFに所属することを誓い鉄血と決別したエグゼであったが、代理人は過去に明言した通りエグゼを力ずくでも連れ戻そうとするのであった!

 衝突は避けられない…かつて世話になった代理人との戦いを覚悟するエグゼらであったが、突如として現われたの喋る猫ことトレニャー!

 現われたトレニャーは言う…"仲違いは狩りでなんとかするニャ!"

 トレニャーの口車に乗せられたエグゼとハンター、そして代理人はわけも分からぬまま怪物の島へと上陸するのであった。

 

 そして待ち受ける強大なモンスターたち、因縁の相手であるディアブロスと邂逅したエグゼらであったが、突如乱入してきた凶悪なモンスター、イビルジョーが砂漠の暴君を圧倒的な力でねじ伏せる!

 恐れ、戦慄する一行…だが狩りが終わるまで、この島を脱出することはできない!

 

 狩るか、狩られるか。

 

 強きものが生き、弱きものは死ぬ!

 純粋なる自然の摂理が今、人間によって造られた戦術人形たちの前につきつけられるのであった…!

 

 

 

 

 

 

 

「やろう…呑気に寝てやがるぜアイツ」

 

 岩陰からそっと顔を覗かせながら、エグゼらはイビルジョーを観察する。

 黒ディアブロスを襲撃したイビルジョーは、倒した黒ディアブロスをきれいに平らげ、空腹を満たしたところで砂原の中で身を隠そうともせずに眠っている。

 まるで他の生物の襲撃など気にもしていない、あるいは餌が来たら好都合とでも思っているのだろう。

 トレニャーの情報によれば、イビルジョーはその高い体温を維持するため絶えず捕食行為を行っており、時にその地域全体の生物を喰い尽し生態系を破壊する恐ろしい存在なのだとか。

 

「さて、アイツが呑気に寝てる間に作戦を練らないとな。何かいい案はあるか?」

 

「はい! とりあえず死ぬまで撃ち続ける」

 

「なかなかの名案だな。黙ってろデストロイヤー」

 

 頬を膨らませるデストロイヤーを捨て置き、エグゼは期待した眼差しで他の者をを見て見る。

 狩猟行為に秀でたハンター、経験豊富なアルケミスト、冷静な頭脳で最適解を導きだす代理人…三人寄れば文殊の知恵というが、いくら彼女たちでもモンスターを相手にするという前代未聞の経験に頭を悩ませている。

 問題なのはイビルジョーが彼女らにとって未知の存在であり、ただ黒ディアブロスを上回る強さを持っているということだ。

 

「何か罠にかけられればいいのだが、罠にできそうな物もないしな…」

 

「あたしにいい考えがある。寝ている隙に、こいつで吹っ飛ばすっていうのはどうだい?」

 

 アルケミストがそこからかとりだしたのはC4プラスチック爆弾だ。

 量は少々心もとないが、爆薬の存在はありがたい。

 

「そいつなら十分効果がある。よく持ってたな姉貴!」

 

「グリフィン人形を縛りつけて吹き飛ばすのに使えると思って持って来たんだ。さて、問題はこいつを誰があいつのそばに仕掛けるかだ」

 

 

 アルケミストの発言に、先ほどまで仲睦まじげだったメンバーの空気にぴしっと亀裂が入る。

 

 

「ここは姉貴、あんたの男気が見たいところだよな?」

 

「は? なに人任せにしてるんだよメスゴリラ。それにあたしは男じゃねえボケ」

 

「落ち着け二人とも、ここはデストロイヤーがやってくれるさ」

 

「ちょっ、ハンター!? なにさりげなくわたしを売ろうとしてるのよ! 代理人、ここはあなたがリーダーシップをとってやってよね!」

 

「嫌です」

 

 

 ぎゃーぎゃー喚き散らす5人であったが、イビルジョーが寝返りを打つと慌てて口を閉ざす。

 一瞬目を開いたように見えたが、再び寝息をたてはじめたことに一安心する。

 

 

「四の五の言ってられないね、ここはじゃんけんで決めようじゃないか」

 

「おう、それなら文句ねえな」

 

 いまだデストロイヤーは不満そうな顔をしているが、誰も行きたがらない以上じゃんけんによる公正な勝負で決めるしかない。

 殺伐とした空気の中で行われるじゃんけん、何度かあいこになり、最終的に勝敗が決まる。

 

「よし、じゃあ任せたぞ代理人」

 

「…………」

 

 じゃんけんに負けた代理人は、最後に出したグーをじっと見つめ、珍しく心底嫌そうな表情を浮かべている。

 しかし納得して受けたじゃんけんの結果を覆すことはプライドが許さず、アルケミストからC4を受け取った代理人は意を決して岩場から静かに出ていった。

 イビルジョーはいまだ寝息を立てたまま…ゆっくりとした足取りで代理人はC4を握りしめて近付いていく。

 

 

「おーい、なにビビってんだよ! 早く置いてこいや!」

「頑張れー」

「ファイトー!」

「お前いい奴だったぞー!」

 

「これは後でお仕置きですね…」

 

 安全圏に隠れているハイエンドモデルたちの無責任な声援に静かに怒りを募らせる。

 だがそうしている場合ではない、もう目の前にまで近付いたイビルジョーの威圧感に代理人は気を引き締める…尻尾の方からまわり込み、そっとC4をイビルジョーの腹部近くに配置するが…。

 

「そんなとこで効くかよ、頭の方に置いた方がいいんじゃないか?」

「そうだな、そうしてくれ代理人」

「だ、そうだ」

「頑張れー」

 

「あのですね、好き放題言うのは―――"グルルル"―――ッ!?」

 

 一瞬唸り声をあげたイビルジョーに代理人は驚いて見せる。

 再び寝息を立て始めたイビルジョーにホッと胸をなでおろし、そっとイビルジョーの頭部へと近付いていく。

 近くで見るとよりわかる凶悪な面構えと、悪魔のように裂けた口…こんなものに噛みつかれでもしたらハイエンドモデルと言えどもひとたまりもない。

 腐臭に近い悪臭に顔をしかめつつ、そっと代理人はC4を配置し……静かに、そして急いで岩陰に戻って来た。

 

「あなたたち…!」

 

「まあ落ち着け代理人、あんたはよくやった」

 

「ふむ。だがあのC4だけでは心もとない気がするな、もっと爆薬が必要だ」

 

 ハンターはもっと爆薬はないかとアルケミストに尋ねてみたが、彼女は首を振る。

 そんな時、妙案があるのかデストロイヤーが手を挙げる。

 

「プラスチック爆弾はないけど、わたし即席爆発装置(I E D)作れるよ!」

 

 即席爆発装置、砲弾や地雷などといったあり合せの爆発物と起爆装置から作られる簡易手製爆弾。

 ここには地雷も砲弾もないが、デストロイヤーは代替品として、自身の武装であるグレネード弾を複数個取り出すと慣れた手つきでそれらを組み合わせてIEDを作りだす。

 爆弾をあっという間に造りだしたデストロイヤーの手際の良さに、エグゼも素直に称賛し、デストロイヤーは得意げに笑う。

 しかし爆弾を作り終えたところで再び起きる擦り付け合い…無言の圧力をかける代理人は除外し、残った4人で再びじゃんけんを行う……最後に負けたのはアルケミストだ。

 

「びびってちびんなよ姉貴」

 

「テメエ、後で覚えてなよ…!」

 

 ニヤニヤ笑うエグゼに悪態をつきつつ、アルケミストはおそるおそるイビルジョーへと近付いていく。

 代理人と同じように尻尾の方からまわり、一度腹の辺りで立ち止まるが……岩陰からエグゼらがさっさと頭に爆弾を置けと圧力をかけてくる。

 先ほど代理人をけしかけたのに後悔する。

 助けを求めても、代理人は目も合わせてくれないのだ。

 

「やるしかない、か…!」

 

 意を決し、アルケミストはイビルジョーの頭部へとまわり込む。

 凶悪な顔に恐れつつ、ゆっくりと爆弾をセットしようとしたところ、極度の緊張からかいていた手汗に滑りゴツンと爆弾をイビルジョーの鼻先に落としてしまう。

 衝撃を受けて目を見開くイビルジョー…。

 

「あ、どうも……失礼しましたー…」

 

 即座に踵を返し、そろそろと立ち去ろうとするが、背後でイビルジョーが起き上がる気配を感じ取った瞬間全速力で走る。

 途端に背後から響くイビルジョーの大咆哮、それに負けないくらいの悲鳴をあげるアルケミストは恥もプライドも投げ捨てて岩陰めがけ走る。

 

 

「バカ、こっちくんじゃねー!」

「助けろアホーッ!」

「ヤバい、逃げろー!」

 

 

 アルケミストのおかげで完全に5人はイビルジョーによってマークされる。

 爆弾を起爆させようにも、セットした位置からイビルジョーは離れてしまっている…完全に作戦失敗、罪の擦り付け合いを行う5人だがそんなことをしている場合ではない。

 再び腹を空かせたイビルジョーは唾液をまき散らしながら、その口をいっぱいに開き5人を追いかける。

 

「おいみんな! 逃げてばかりではマズい、反撃しよう! 5人で力を合わせるんだ!」

 

 真っ先に冷静さを取り戻したハンターの呼びかけに、他の者はとりあえず頷く。

 腐ってもハイエンドモデル…ただでやられるわけにはいかない、少しばかり残ってくれた彼女たちのプライドが逃げ足を止めて強大な相手に向き直らせる。

 

「舐めるなよデカブツが、オレ様を誰だと思ってんだ!」

 

 最初に向かっていったのはエグゼだ。

 小口径のハンドガンなど意味をなさないと判断し、ブレードを両手に構え一気に接近する…接近してくるエグゼを踏みつぶそうと、イビルジョーはその強靭な脚を振り上げる。

 振り下ろされた脚を躱し、イビルジョーの身体を斬りつけようとしたが、イビルジョーが大地を踏みつけて起きた振動にエグゼは体勢を崩す。

 

 体勢を整え振り返ると、イビルジョーはその巨体から想像もできないほどの早さでエグゼを捉えると、巨大な口を開き地面ごと抉り飛ばす。

 まきあげられた土砂と一緒に高々と吹き飛ばされたエグゼは、あまりの衝撃に身体がバラバラになったような錯覚を覚える。

 倒れるエグゼに一気に近寄り、イビルジョーは再び口を大きく開く。

 イビルジョーにとって相手がどれだけ力に自信がある存在だろうと、餌に変わりない…イビルジョーにとって好敵手など存在せず、自分以外の全ての生物は例外なく捕食対象なのだ。

 自分を餌としか見ない、そんなイビルジョーにエグゼはプライドを傷つけられ先ほどまでの恐怖心は怒りへと変わる。

 

 自身を食おうと向けられた一撃を躱すと、素早くその横っ面に斬撃をくわえる。

 黒ディアブロスほどの堅さはなく、エグゼのブレードによってイビルジョーの頭部は大きく裂傷し熱い血飛沫が飛び散った。

 

「エグゼ…! 負けていられないな!」

 

 イビルジョーにダメージを与えたエグゼに、それまで怖気づいていたハイエンドモデルたちに希望を抱かせる。

 二丁の拳銃を手に、ハンターは疾走する。

 その大きな尻尾を振り回すイビルジョーの攻撃をスライディングで避けつつ、潜り込んだ腹部を真下から撃ちまくる…銃撃の連射に怯むイビルジョーは叫び声をあげ、その巨体を大きく揺らした。

 ハイエンドモデルたちの追撃はまだ続く。

 アルケミストは大胆にも尻尾からイビルジョーの背中へと一気に駆け上がると、ハンターと共に挟み撃ちするように銃を乱射する…極めつけはデストロイヤーの放った榴弾だ、放たれたグレネード弾がイビルジョーの弱点である頭で爆発を起こす。

 堪らず、イビルジョーはその巨体をのけぞらせて地面に転倒する…。

 

 

「やれる、やれるぞオレたちは!」

 

 

 攻略の糸口を見つけ勢いに乗るハイエンドモデルたち、彼女らを統括する立場にある代理人もこれには負けていられないと思った矢先…。

 

 

「あら? また別な猫が?」

 

 突如とした現れる黒い猫の一団。

 彼らの正体を知らない代理人たちは油断し、その接近を許す…その正体を知っているエグゼとハンターが叫ぶ頃には既に遅く、黒い猫の一団…メラルー略奪団が油断していた代理人、アルケミスト、デストロイヤーへと襲い掛かる。

 

「ふにゃーーー! た、助けてー!」

 

 悪名高いメラルーの手によって引きずり倒されてしまったデストロイヤーは、ありったけの榴弾を盗まれてしまう。アルケミストもなんとか頑張って反撃していたようだが、押し寄せるメラルーの波状攻撃によって膝をつかされ武器や弾薬を盗まれる。

 代理人は、メラルーに寄ってたかってもみくちゃにされて姿が見えない…。

 

「このくそ猫どもめ、失せやがれ…!」

 

 メラルーたちを追い払っていると、転倒していたイビルジョーが起き上がり怒りに満ちた声をあげる、

 そのとたん、メラルーたちはびくりと震え、即座に穴を掘って逃げだしていった…ようやくいなくなった邪魔者に安心し、再びイビルジョーに対峙した5人であったが、イビルジョーの異様な姿に凍りつく。

 

 イビルジョーの全身の筋肉が真っ赤に染まり、背中の筋肉が大きく隆起している。

 全身の筋肉が隆起したことで浮かび上がるイビルジョーの無数の古傷…これまでどれだけの修羅場を潜り抜けてきたかを鮮明に語る。

 凶悪な目をぎらつかせ、口からは赤黒い吐息を燻らせる。

 

 おぞましい姿に呆気にとられていた5人であったが、動きだしたイビルジョーに咄嗟に身構えた。

 イビルジョーは走りだしたかと思うと、その巨体で大きく跳び一気に距離を詰める…あの巨体からそのような行動ができると思っていなかった5人は意表を突かれ、着地地点付近にいたハンターは衝撃によって吹き飛ばされてしまう。

 ハンターは衝撃で受けたダメージが大きいのか、なかなか起き上がることができない。

 幸いにもイビルジョーのマークはアルケミストへと向けられていたため、すぐさま駆けつけたエグゼによって救助される。

 

 

「大丈夫か、ハンター!?」

 

「すまない…助かった…」

 

 救助したハンターを岩陰に運ぶ。

 外部に大きな傷はないが、衝撃によって内部に傷を負ったのかもしれない…頭を抑え込み苦痛に顔を歪めている。

 何か手当てを…そう思っていると、岩陰にひっそりと隠れる代理人に気付く。

 

「代理人、なに隠れてんだよ! あんたの力が必要だ、協力してくれ!」

 

 代理人は一度エグゼに向き直るが、すぐに顔を逸らす。

 

「なんだよ、助けてくれないのかよ! こんな状況だぞ、力を合わせないとみんな死んじまう! アルケミストやデストロイヤーが死んでもいいのか!?」

 

「いえ、助けたいのはやまやまなんですが…」

 

「なんだってんだ!? ほら行くぞ、姉貴が死んじまう!」

 

「あ、ちょっ…!」

 

 妙な様子の代理人の腕を掴み、エグゼは無理矢理岩陰から引きずり出す。

 いつも冷静な代理人は困惑しているのか焦っているのか…目は焦点が定まっていない。

 

「覚悟を決めろ代理人! ハンター抜きでも、オレたちでやるぞ!」

 

「………えぇ…」

 

「だからどうしたんだよ!? いつもみたいにスカートの下のサブアーム出してぶちのめせばいいだろ!?」

 

「で、できませんわ……」

 

「なに!?」

 

「できないと言ってますのよ…!」

 

「なんでだよ!」

 

 エグゼが問い詰めると、代理人は目を泳がせて白磁のようなその頬をうっすらと赤く染める…見たこともない代理人のそんな様子に、逆にエグゼが戸惑う番だ。

 

 

「――――を盗られましたの…」

 

「あぁ? 聞こえねえよ!」

 

だから……下着を、盗まれましたのよ…」

 

 スカートを押さえるような姿勢で視線を逸らし、指先を噛んでもじもじしている…普段クールで高圧的な彼女のしおらしい姿、そのギャップについエグゼは胸をときめかせてしまう。

 どうやら先ほどメラルーにもみくちゃにされた際に盗まれたらしい…パンツを。

 

「そっか、パンツ盗まれたのか。そりゃしょうがねえよな…」

 

「ええ、ですから…力になれませんわ」

 

「しょうがねえな……ってなるかコラ! ノーパンでもいいから戦えよ!」

 

「出来るわけないでしょう!」

 

「UMP45はノーパンでも戦ってたぞ! あんたも戦えるだろ!」

 

「そんな恥知らずの痴女と一緒にしないでください! だいたい何なんですかこの島は…! 喋る猫に見たこともない怪物が出てきて、おまけにそれを潰す怪物が現れて、それすらも捕食する怪物が今暴れてる! もう帰らせていただきますわ、これも全部あなたと関わったばかりに…!」

 

「なんだよオレのせいかよ!?」

 

「当然ですわ! あなたがこの騒動の収拾をつけなさい!」

 

「ノーパン女が偉そうに命令しやがって!」

 

「なんですって!?」

 

 咄嗟に代理人がビンタを放ったことにより、エグゼも反撃して起こる不毛な争い……かたやイビルジョーと熾烈な戦闘を繰り広げるアルケミストとデストロイヤー、いやほぼ一方的に攻め立てられている。

 ハンターは負傷により戦闘不能……。

 

 トレニャーがこの島に招いた際に言った、仲違いを修復するという文言は既に意味をなさず…すっかり友情決裂ハンティングとなってしまった。

 

 

 イビルジョーの赤黒いブレスに駆り立てられたアルケミストもやられてダウンし、新しく狙われたデストロイヤーが泣き叫びながら逃げまどう。

 そんな時だ、イビルジョーがセットした爆弾へと近付いたのは。

 代理人と取っ組み合いのケンカをしていたエグゼはすぐさま起き上がり、起爆装置を手に取った。

 チャンスは一度きり…。

 

「くたばりな、マヌケが!」

 

 イビルジョーが爆弾の真上に差し掛かった一瞬に、起爆装置を作動させる。

 装置によってセットしていたC4が起爆し、誘爆によりIEDが炸裂、大爆発を起こす。

 爆発によってイビルジョーの肉片がはじけとび、まきあげられた砂にイビルジョーの巨体は消えた…。

 

「ふえぇ…助かったよぉ…」

 

「うー…こっちも助けてくれ…」

 

 やられたアルケミストも回収し、そっとハンターのいる岩陰へと運ぶ。

 満身創痍の5人…さりげなく戦ったそぶりを見せる代理人に白い目を向けられる。

 

「これ以上は戦えん…やったのか?」

 

「あの爆発だ、いくらあいつでも……」

 

「どうした? おいおい、嘘だろ……」

 

 黒煙と砂煙が晴れていくなかで、イビルジョーはゆっくりとその姿を現した。

 爆発によって身体の表面に火傷を負い、頭部の頭蓋骨が見えるほど損傷しているが生きている…恐るべき生命力だ。

 もはや目の前の存在が生き物とは思えない、何か悪い冗談なのでは…そう思えるほどだ。

 ただただ笑うことしか出来ない…。

 

「弾もない、身体は痛い…どうする?」

 

「打つ手なしだ。なあ代理人、最後くらい役に立つアドバイスくれよ…どうしたらこの危機を乗り切れる?」

 

「そうですね…やはり、三十六計逃げるに如かず、ですわ」

 

「最後まで役に立たないなアンタ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――と、言うわけでだ。鉄血のアホんだらと再会してそう言うことがあったわけだよ、なんとか逃げてきた」

 

 マザーベース内、スプリングフィールドのカフェにてエグゼは満身創痍の身体を包帯で覆いつくし、怪物の島の冒険譚を新参人形たちへと伝え聞かせていた。

 何人かは興味津々、半信半疑といった様子だが、一度行った事のあるUMP45は苦笑いしつつ話しを聞いていた。

 

「まあ、とにかくお疲れさまでした。それとスネークさんから伝言なんですが、しばらくエグゼさんに休暇を与えるそうですよ。部隊の面倒は、スネークさんが見てくれるそうです」

 

「そいつはありがたい、めいいっぱい羽を伸ばせるな!」

 

「その前に、そのお身体を治さないといけませんね」

 

 衛生兵をつとめるスプリングフィールドの言葉に、これは逃げられないなと両手をあげてエグゼは降参するのであった。




結局最後まで役に立たない代理人(困惑)
猫語の翻訳しかやってねえなこいつ…デストロイヤーでさえ頑張ったというのに、まったく。

またまたモンスターを取り逃がしましたw
いや、逃げたのはエグゼらなんですけどね…。
狩る側と獲物が逆転してしまう…それもまた狩りの醍醐味ですね。
まあそんなことはどうでもいいとして……。


メラルー「オークションにゃ! オークションを始めるにゃ! 今回はなんと、皆さんご照覧あれ! 鉄血ハイエンドモデル、伝説のクールビューティー! 代理人の"パンツ"にゃ!」


各国首脳「ちょっと今年度の予算決めてくる」
クルーガー「グリフィンとしてはオークションの参加に賛成である!」
ミラー「MSFの全財産をかき集めろ!」
ゼロ少佐「賢者の遺産を使う時が来た」
シギント「(オークションに)参加するに決まってんだろ~」
ヒューイ「凄い、みんなまともな反応だ…!」
ソリッド・スネーク「性欲を持て余す…」
リキッド「これがパンツ・オブ・ザ・パトリオットだ!」
ソリダス「私が欲しいのは権力ではない、私が奴等から取り返したかったのは自由、権利、機会…そしてパンツだ!」


ヘイブン・トルーパー1「エロオヤジどもめ!」
ヘイブン・トルーパー2「男はみんな一緒ね…」
ヘイブン・トルーパー3「この変態ッ!」


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マザーベース:LILIUM

時系列的には第六戦役後


 マザーベース居住区、ミーティングルームにて、戦術人形FALは炭酸飲料を口にしながら最新の新聞を読んでいた。

 "S08地区陥落、G&K社の信用失墜!!"

 新聞の見出しにはそう書かれており、裏面に至るまで様々な情報や専門家らのコメントなどが記載されている。

 

「グリフィンもこれから大変ね…」

 

 新聞の中に掲載されている写真にはS08地区をの戦場風景を写したものがあり、その中でFALが目を止めた一枚の写真…どうやって撮ったのか、写っているのは鉄血のハイエンドモデルである"アルケミスト"。

 部隊を率い、破壊した戦術人形の半身を掴み掲げている様子が撮られている…。

 他社PMCからの誹謗もあって名声が落ちている他、S08地区を丸ごと失ったことによる経済的損失は大きい。

 

 他人の不幸を喜ぶわけではないが、これでより一層MSFの需要が高まることだろう。

 協定に参加しないMSFを疎む国も以前はあったが、バルカン半島での目覚ましい活躍以来干渉をして来ようという度胸のある国家ももはやいない。

 最近では大国以外にも、軍事力の低い国家や武装勢力からの需要が高まり、MSFは世界中に部隊を展開している。

 戦力の増強が軌道に乗った今、より一層MSFの戦力を欲しがる勢力は増えていくことだろう。

 

 他に見るべき情報もない新聞を元あった場所に戻していると、ちょうどそこへMSF司令官のスネークがやってくる。

 ミーティングルームは数少ない喫煙スペースを設けられた場所、屋内にも喫煙スペースを作れという司令官自らの発言により急遽設けられたものだが…相変わらず喫煙者は肩身が狭い様子。

 

「あらスネーク、タバコを吸いに来たのね?」

 

「タバコじゃない、葉巻だ」

 

「一緒でしょう?」

 

「かなり違う、雲泥の差と言ってもいい。芳醇な香りに豊かな風味、立ち昇る濃厚な煙はもはや官能的とすら―――」

 

「はいはい、オーケー分かったわ」

 

 長くなりそうなスネークのうんちくを問答無用できり上げさせる…放っておいたら何十分も話されそうなので、FALの判断は正しい。

 それはそうと、普段二人きりで会うこともない二人であったが、ここ最近のMSFの動向についてFALが尋ねて話は進む。

 

「エグゼの部隊、だいぶ規模が大きくなってるみたいね。大丈夫なの?」

 

「オレもここまで大きくなってるとは知らなかった、カズは知っていたようだが。とにかく、今は部隊を編成しているところだ。今じゃ立派なMSFの主戦力だ」

 

「気になるんだけど、元からのMSFのスタッフとか人間の兵士はどう思ってるの? ほら、活躍の場を奪われてしまったとか思ってたりしない?」

 

「今のところはない、むしろ良い意味で対抗心を持っているな。お前たち戦術人形が成長しているように、うちのスタッフたちも張り切っている。良い環境だ」

 

「そう、ならいいんだけど」

 

 FALはかねてからの心配が杞憂であることに一安心する。

 それから話題は最近の研究開発班へと。

 最近、戦術人形向けの指揮モジュールなる権限の拡張プログラムをストレンジラブ主導で開発を行っているらしい、という話をFALはどこからか入手していた。

 それに対しスネークはその計画を認める。

 

「それもある意味エグゼの部隊編成のために開発されてるものだ。それがあれば、ヘイブン・トルーパー隊を指揮できる権限を持つことができ、連隊隷下の部隊を大隊規模で編成できるんだ。指揮モジュールももうすぐ完成する、近々大隊長を決めるつもりだ。もちろん、君も立候補していい」

 

「そう、それは名誉なことね。新参の私にも大きなチャンスを与えてくれるなんてね、ここに来たのは間違いじゃない。今から言っておくけれど、スコーピオンたち古参組に遠慮するつもりはないわ。せいぜいチャンスを逃さないように、そう伝えて頂戴」

 

「それくらい競争してくれた方がこっちも心強い。それにしても、君といいMG5といいジャンクヤード組は向上心があって頼もしい限りだ、経験も豊富で頼りになる」

 

「そうね、わたしたちはエリート部隊だもの。誰にも負けるつもりはないわ」

 

「そのようだな。まさかオレも、ジャンクヤードでウェディングドレス姿で追いかけ回してきた君がここまで頼りになるとは思わなかった。おっと、そろそろ時間か…じゃあ、またな」

 

 

 そう言ってスネークがその場を立ち去り、入れ替わりにやって来たのは同じジャンクヤード組のベクター。

 FALに用があって来たのだろうが、ベクターが見たのはその場に座り込んで顔を覆い隠し耳を真っ赤にさせてるFALの姿であった。

 

「ど、どうしたの…!?」

 

「忌まわしい記憶が…あぁぁぁッ!!」

 

「とりあえず落ち着きなさい」

 

 落ち着かせてから話を聞いてみると、どうやらスネークにジャンクヤードでの乱れっぷりを蒸し返されて、その時の恥ずかしい記憶に苦しめられているのだろう。

 AIのバグでみんな乱れていた中で、FALは唯一スネークに対し狂ってるとしか思えない愛の告白を長ったらしく言っていたのだ……最悪なことに、乱れていた時の記憶は丁寧にも鮮明に覚えている。

 

「とりあえず…ごはん食べに行こうよ」

 

「そうね…そうしましょう…」

 

 どうにもならない過去のことはひとまず置いておいて、空腹を満たしに二人はマザーベースの食堂へと向かう。

 食堂に到着すると、ちょうど同じタイミングでやって来たネゲヴも加わる…見渡せばちょうどMG5とキャリコの二人も見かけたので、三人は同じテーブルへと座った。

 

「ねえ聞いた? 近々エグゼの連隊編成で、大隊長の選抜があるらしいわよ」

 

「大隊長って…あたしら戦術人形だよね? グリフィンでも編成は小隊規模だよ?」

 

 先ほどスネークから聞いた話をそのまま伝えると、やはりというかベクターとキャリコは予想していなかったのか驚いている。

 ネゲヴはキッドから聞いていたのか既に知っていたようだが、どうやらネゲヴも大隊長の地位は狙っているらしい。

 

「でもただ強いだけじゃダメみたいだよ。大隊規模の部隊を指揮できる統率力、戦況を見極める能力なんかが求められるんだって」

 

「そんな、あたしら戦術人形にそこまでできると思う?」

 

「そのための指揮モジュールなんだよベクター。今開発しているのはわたしたち人形の権限を拡張させるモジュールなんだって。モデルにしているのは、ほら、グリフィンのAR小隊っているでしょう?」

 

「あー、あんまりその名前出さない方がいいよ? エグゼが聞くと不機嫌になるから…」

 

 食堂内を伺いながらキャリコは小さな声でネゲヴに忠告する……エグゼとAR小隊との確執は新参者にはあまり知られていないが、とにかく嫌っているということは知っていた…幸い食堂内にはエグゼの姿はない。

 

「ま、そうなると我らが小隊のリーダーが大隊長の地位に一番ふさわしいんじゃないかしら。その辺どう思ってるのかしら、MG5?」

 

「んー…? あぁ、まあ……そうだな」

 

「あら? どうしたの、具合でも悪いの?」

 

「今朝からなんだか身体が重いんだ…」

 

 そう言うMG5はなんとも気だるそうな表情で、野菜スープを少量口にする。

 今日のメニューは豚肉のソテーなのだがMG5は一口も手を付けておらず、水やスープといった口にしやすい食べ物しか手を付けていない。

 FALがテーブルから少し身を乗り出し、そっとその額に手を当ててみると、彼女の高い体温に驚く。

 

「ちょっと、かなり熱があるじゃない! 何かあったの!?」

 

「分からん…頭も少し痛い」

 

「ほら、みんな心配するじゃん。ちょっと診てもらおうよ」

 

「たぶん疲れてるだけだ、休めば治るはずだ」

 

 心配するキャリコにそう言うが、人間のように病気にかかることのない戦術人形にとってMG5の今のこの状態は十分に異常なことといえる。

 ここ最近は、MG5もMSFの新兵訓練の手助けをしたりと忙しい毎日を送っていたが、それにしてもこの症状はおかしい…後で無理矢理でもストレンジラブに診てもらおう、そう思いながら食器を片付けていたところ、ガシャンと大きな音が食堂内に響く。

 

「リーダー!?」

 

 咄嗟に振り返ったキャリコが見たのは床に食器を散乱させて倒れているMG5の姿であった。

 慌てて駆け寄って抱きかかえると、彼女は苦しそうな呼吸を繰り返し異常なほど身体は熱い…やはりただ事ではない、その場にいたMSFのスタッフたちの力も借りて彼女を研究開発棟の元へと連れていく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、こんなになるまで放置して…自分の身体の異常は、自分が一番に分かると思うんだが?」

 

「すまない…ドクター…」

 

 研究開発棟に運び込まれ、送られたのは修復装置がある部屋ではなくストレンジラブの研究室だ。

 MG5のその症状が外的要因でないことを予想し、キャリコが提案したものだ。

 運び込まれたMG5を見るなり、ストレンジラブは研究の手を止めてすぐさま彼女の治療に当たってくれた。

 おかげで今は熱も少し下がり、MG5の意識もしっかりしている…とはいえ、まだ熱もあり身体も重いようだ。

 

「それで、ドクター。一体何が原因なの?」

 

 ベクターの問いかけに、ストレンジラブはパソコンに映るプログラムを見せてくれたが…彼女たちには意味が分からず、見ているだけで頭痛を感じる。

 

「以前取り除いたと思っていたバグプログラムが残っていたようだ。このバグがMG5のAIの挙動に異常をきたし、人間にとっての風邪に似た症状を引き起こしているらしい」

 

「ということは、わたしたちにもまだそのバグが残っているかもしれないってことかしら?」

 

「そういうことになる。MG5のバグを修復するついでに、君たちのプログラムも診断させてほしい」

 

「そう言うことなら、断る理由はない。また急におかしくなって、みんなを傷つけたくない」

 

 ベクターの言葉にFALもネゲヴも頷く。

 思いだしたくもない、ジャンクヤードで大切な仲間を傷つけあっていた記憶。

 今はこうして落ち着いて、新しい仲間を得ることができた…大切な仲間を守るためにも、3人はストレンジラブの診断をすぐに受けることを決めた。

 

「というわけでキャリコ、ちょっと私たちは診断をしてもらうわね。その間リーダーをよろしくね」

 

「うん。みんな気をつけてね」

 

 MG5に用意されていた病室から3人が出ていくのを見送ると、早速キャリコはテーブルに広げられた錠剤を手に取った。

 

 

「えっとこっちが解熱剤で、こっちが咳止めの薬…? こんなの私たちに効くのかな、全然分かんないや」

 

 

 一応用意された、人間用の風邪薬。

 細かいところはともかくとして、生体パーツは人間に近い組成である戦術人形にも効果があるかもしれないということで渡された薬だが、果たして飲ませて良いものか…一応解熱剤以外は漢方薬とのことだが。

 

「えっと、リーダー? 体調はどう?」

 

 ひとまず、ベッドに寝ているMG5に声をかける。

 まだ熱があって苦しいようで、弱々しい声で返事をする…。

 

「ごめんねリーダー、傍にいたのにすぐに気付いてあげられなくて」

 

「謝るな……キャリコ、全部私が悪い…」

 

「あまり、無理しないでね? 元気でいられるのが一番なんだから」

 

「そうだな…」

 

 MG5はそっと目を閉じると、微かに微笑んで見せる。

 それもすぐに辛そうな表情へと変わる……高熱のせいか汗をかき、着替えた衣服はもう汗ばんでしまっている。

 持ってきたタオルを冷やしてそっと額や首元を拭ってあげると、それが心地よいのか幾分MG5の表情が和らいだ。

 

「ありがとうキャリコ…」

 

「ううん、いいんだよ。それより、汗かいちゃったから着替えよ。替えの服は持ってきたから」

 

「あ、あぁ…そうだな」

 

「待って、私がやるよ。リーダーはゆっくりしてて」

 

「そう…か…?」

 

 キャリコの言葉に甘え、MG5は寝たままの姿勢でその身を委ねる。

 冷やしたタオルを折り畳んだものをMG5の額に乗せ、キャリコはそっとMG5が着ている服のボタンに手をかける…。

 

「キャリコ、やはり私が…」

 

「いいから、こんな時くらいあたしに甘えてよ」

 

「うむ…」

 

 ろくに力が入らない身体を抑え込まれる。

 ほぼ無抵抗のままボタンを外され、無防備な裸体を晒す…こんな状況におかれたている気恥ずかしさからか身体が熱くなるのを感じ、元から感じている熱もあいまって意識がぼんやりとしたものになる。

 キャリコもキャリコで、自分ではだけさせたMG5の火照った肌に顔を真っ赤にさせている…。

 

「…キャリコ…?」

 

「あ、ごめんね! すぐにやるから…!」

 

 思いだしたかのように手を動かし始めるキャリコ。

 少しづつMG5の衣服を脱がし、同じようにしたのズボンも脱がしていく…ベッドに横たわるMG5は今は下着姿、全て脱がし終えてやり遂げた様子のキャリコだが、まだやることはある。

 水で濡らしたタオルを絞り、そっと汗ばむ彼女の肌を拭う。

 水に冷やされたタオルが心地よいのか、MG5は目を細める。

 

「どうかなリーダー? 気持ちいい?」

 

「あぁ。気持ちいいよ……」

 

「良かった」

 

 濡れタオルで首から肩、そして脇を拭い火照った肌を冷ます。

 お腹のあたりを拭くときはややくすぐったそうであったが、背中や股を拭いてあげると心地よさそうに声を漏らす…それがなんとも扇情的で、無防備なMG5に手を出したくなる衝動に駆られるがなんとか理性で抑え込む。

 汗を拭き終わり、脱がした時と逆の手順で替えの衣服に着替えさせる。

 ついでにベッドの毛布も交換すれば完璧だ。

 

 幾分和らいだMG5の表情に満足しつつ、今度は用意された薬の方を彼女に飲ませる番だ。

 

「えっと、お薬飲む前に何か食べた方がいいんだよね…何か食べたいのある?」

 

「あまり食欲はない…」

 

「でも、何か食べないと」

 

 体力をつけるためにも何かしら口にしなくては、そう思い、見つけたのはストレンジラブが持ってきてくれたリンゴ。

 リンゴなら口にしやすいだろうと思い、早速ナイフでリンゴの皮を剥いてあげる。

 

 甲斐甲斐しくお世話をしてくれるキャリコ、普段はリーダーであるMG5が面倒を見てあげるのだが…普段と逆になった珍しい立場につい彼女の顔をじっと見つめてしまう。

 たまらなく愛おしい、素直にそう思うMG5であった。

 

「はい、召し上がれ」

 

 MG5は上体をベッドから起こし、切り分けられたリンゴを口にする…みずみずしく新鮮なリンゴだが、体力が落ちて元気のないMG5にはそのリンゴすら固く感じてしまう。

 なるべく小さく切ったのだが、それでも食べるのが億劫らしい。

 それはキャリコも気付いたのか、何かいい方法はないかと頭を悩ませていたが…。

 

「ねえリーダー、ちょっと目を閉じてくれる?」

 

「どうしてだ…?」

 

「いいから」

 

 腑に落ちないが、MG5は言われた通りそっと目を閉じる。

 そのまま少し待っていると、キャリコが近寄ってくる気配を感じる…柔らかな髪の匂いがMG5の鼻をかすめると同時に、唇に柔らかい感触を感じた。

 

「ん……」

 

 ほとんど無抵抗のまま開かれた唇から何かが口内に流し込まれる……舌の上で感じた甘味は先ほど食べたリンゴと同じ味。

 目を開けなくても分かるキャリコの行為に、MG5は驚いていたが、やがてすべてを受け入れる。

 

「どう、リーダー? おいしい?」

 

「とっても甘かった……だがもう十分だよ、これ以上はその…頭が灼けてしまいそうだ」

 

 これ以上の刺激はさすがにまずい、そんな彼女の言葉にクスリと笑い、もう一度だけキャリコは唇を重ね合わせる…唇が触れあうだけの軽めのキスをした後、キャリコが脱がした拭くと毛布を片付けようと部屋の扉へと近付く。

 途端に、扉の向こうでバタバタと何者かが走り去る音がした…そっと扉を開けたキャリコが見たのは、何人かの戦術人形が逃げ去る姿であった…。

 

 

「ごめん、見られちゃった…」

 

「まったく……まあ、いつまでも隠せないか…」

 

 

 

 実は結構前から二人の関係は知られていたが、そんなことは知る由もない二人であった…。




禁断の果実とは、それを手にすることができないこと、手にすべきではないこと、あるいは欲しいと思っても手にすることは禁じられていることを知ることにより、かえって魅力が増し、欲望の対象になるもののことをいう。
―――――by Wikipedia


どこかの司令部で女の子どうし結婚しているから、ワイのとこの百合カップルをくっつけてみたぞ。

ちなみにタイトルのLILIUMとはラテン語で百合(ユリ)(直球)


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マザーベース:自然に愛されるということ

 前哨基地より数十キロ離れたとある森。

 この世界を襲った数々の災害に見舞われることもなく、ありのままの自然を残している森林には大小様々な動物たちが人の干渉を受けることなくたくましく生きている。

 元は小さな町もあったのだろうが、人がいなくなったことにより植物が町をのみ込みかつて人が住んでいた家屋は緑に覆われて、自然と一体化している。

 コーラップス液の被害に加え、第三次世界大戦による放射能汚染の影響によってこのような場所は世界各地にあるのだが、ここは特にひどい汚染もなく人も立ち入ることのできる穏やかな森だ。

 

 そんな穏やかな森の中で、9A91はカメラを手にじっと森の奥を見つめている…見つめているのは樹木の枝木に止まる小鳥たち、静かにカメラを手に取りシャッターを切る。

 長く厳しい冬も終わりが見え始め、春の息吹が吹く。

 降り積もった雪が解けて川に流れ込み、冬眠していた動物たちが目覚め活動する…この時期にしか見ることのできない動物たちの営みに、穏やかな自然を好む9A91はそっと微笑んだ。

 

「9A91、良い写真は撮れた?」

 

 振り向くと、そこにはスケッチブックを持ったスオミがいる。

 彼女もまた、9A91と同じく豊かな自然を好む戦術人形だ。

 9A91はFOXHOUNDとしての任務を、スオミはMSFの訓練を一時お休みしこうして二人で前哨基地近くの森へ遊びに来ていた。

 

「はい。綺麗な小鳥が…野生のヒヨドリでしょうかね。スオミは、何を描いたんですか?」

 

 写真を撮る9A91とは違い、スオミがやっていたのはスケッチブックに見たものを鉛筆で写生するというもの。

 少し恥ずかしそうに見せてくれたスケッチブックには、地面に腰掛けるキツネの姿が描かれていた。

 特徴を捉え、精巧に描かれたキツネのスケッチに9A91は感嘆の声を漏らす。

 

「ほんとうにスオミは絵が上手ですね。羨ましいです」

 

「そんなことないよ。9A91も、とても良い写真を撮れますから」

 

 お互いを褒め合い、二人は小さく笑う。

 

「そろそろお昼の時間でしょうか?」

 

「そうだね。お弁当食べようよ」

 

 

 太陽が真上に昇り、ほのぼのとした陽気に包まれる。

 二人は道具の後片付けを行い、森の中に見つけたちょっとした広場にシートを広げそこに持ってきたお弁当を並べた。

 

 

「わぁ…9A91のお弁当、とっても美味しそう!」

 

 9A91が見せてくれた弁当箱にはピロシキやコトレータといった定番のロシア料理、中でもスオミの目を引いたのは子豚の姿を模した奇妙な食べ物である。

 

「えへへ、"ブタさんいかめし"です」

 

 ブタさんいかめしというらしいその料理は、炒めた野菜にコショウやチーズを加えたものをご飯に混ぜ合わせボイルしたイカに詰めたものらしい。

 キュートなブタの姿についつい食べるのを躊躇してしまう。

 9A91の手の込んだ弁当と比較してみると自分が持ってきた弁当は…まさか9A91が本気で弁当を作ってくるとは思わなかったためか、スオミが持ってきたのはハムやレタス、目玉焼きを挟んだだけのサンドイッチであったが…。

 

「スオミ、良かったらお弁当を交換しませんか? スオミのサンドイッチ、とても美味しそうです」

 

 にこりと笑う9A91の心遣いにスオミは嬉しくなり首を縦に振った。

 9A91はスオミのハムとレタスを挟んだサンドイッチを、スオミは9A91のブタさんいかめしを貰う。

 豊かな森の木漏れ日にあてられながらたたずむ二人の少女、穏やかな時が流れるそこには彼女たちの存在を許すかのように小鳥やリスといった小動物たちがそっと近寄っていく…自然に愛された二人の姿はまるで森に住まう妖精のようであった。

 

 

 

 その後、一時間ほど森を散策し、森を流れる小川で水遊びをしたり野生のシカを見つけて戯れたりと、ほのぼのとした時間を共に過ごし二人は帰路につく。

 森の外れに止めてあったトラックに乗り込みいざ発進しようとすると、一緒に付いてきていたシカに帰り路を阻まれ、結局シカが森へ帰ってくれるまで時間を潰すのであった…。

 

 

 

「楽しかったね9A91」

 

「そうですね、また一緒に行きましょう」

 

 トラックで前哨基地へ、そこからマザーベースにヘリで帰還した二人は森で撮った写真を早速現像する。

 当たり前だが、写真はスオミの手描きのスケッチよりも多い…豊かな森を写した写真の数々をスオミは興味深く見つめていたが、そのうちの一枚を見るや顔を赤らめる。

 

「もう、こんな写真いつの間に撮ったの?」

 

「はい。なんだか撮らなきゃいけない使命感を感じまして」

 

 その写真は、昼食後のお昼休みの模様を撮った一枚である。

 木に寄りかかりうたた寝するスオミ、その肩にはドングリを抱えたリスや小鳥が乗り、膝の上に野兎が呑気に座っているという場面である。

 寝ている間にこんなことが起きていたとは、スオミは考えもしていなかったようだ。

 

「ひとまずこの写真はスオミにあげます……それより、何かマザーベースがごちゃごちゃしてますね、なんでしょう?」

 

 

 普段は整理整頓されているはずのマザーベース上の甲板が、その日はなんだかコンテナや布を覆い被せられた火砲、戦車といった兵器があちこちに置かれている。

 資材庫や兵器庫があるのは別なプラットフォームであり、まるで一旦仮置きしているようにも見えるが…。

 

「あれ? 連邦軍兵士がいる」

 

「あ、本当ですね。ということは…」

 

 甲板上にはバルカン半島のユーゴスラビア連邦の兵士がおり、MSFのスタッフらと楽しそうに雑談をしている。

 内戦以降、MSFと蜜月の間柄にあるユーゴであるが、こうして兵士がやってくることは珍しい…そうなると、やって来たであろう来訪者は容易に想像出来る。

 

 

「よ、久しぶりだなスオミ。元気にやってるか?」

 

「イリーナちゃん! 来てたんだね」

 

 

 兵士たちの中から姿を現したスオミの主人であるイリーナ、新連邦軍の軍服を肩に羽織る姿は相変わらず勇ましい。

 内戦で受けた後遺症からか杖をついて歩いているが、壮健な姿にスオミは嬉しそうに駆け寄り、イリーナもまた久しぶりに会うスオミを両手を広げて迎える。

 

 

「びっくりしたよ、今日はどうしたの?」

 

「いや、ちょっと世話になったMSFに近況報告をしにだな。それより訓練の調子はどうだ、何か技術は学べたか? まさかMSFでほのぼのやってたわけじゃないだろう?」

 

「そんなことないよ。イリーナちゃんこそ、お酒ばっか飲んでぐーたらしてたんじゃないでしょうね?」

 

「そんなわけないだろう。酒は一日一本、三食欠かさずハンバーガー食ってたよ」

 

「もう! 私がいないとすぐそういうだらしない生活するんだから!」

 

 このぶんだと部屋の方も荒れ放題に違いない…そう思うスオミであったが、その予想は残念ながら的中している…実家は荒れ放題だ。

 まあ、そんなことは知りようがないのでそれ以上は恐ろしくて考えないようにする。

 久しぶりの主人との再会を邪魔しないように、気を利かせてこっそり9A91はその場を外そうとするが、そんな彼女をイリーナは呼び止める。

 

「スオミから手紙を貰ったよ。うちのスオミと仲良くしてくれてありがとう、君はバルカンであった時からこの子と仲良くしてくれたね。礼を言わせてくれ」

 

「そんな、礼を言わなければならないのはこっちの方ですよ。スオミには、私も色々とお世話になっています」

 

「そうか? まあともかく、良き友人を得たな、スオミ」

 

「はい。ところでイリーナちゃんは良いお相手をみつけたの?」

 

「言うな。別に結婚なんて興味ないし、そもそも祖国に身を捧げた身だしな…おい、なんだその目は?」

 

「なんでもないよ」

 

 負け惜しみを口にするイリーナをジト目で見つめる。

 勇敢で頭脳明晰、スタイルもよく美人なのだが…壊滅的な家事力、さばさばし過ぎた性格、力技でなんでも解決しようとする脳筋といった理由で相変わらず良い相手は見つからないようだ。

 そんな感じで懐かしい思い出話に興じていると、MSF副司令カズヒラ・ミラーがその場へやってくる。

 

「あ、副司令」

 

「やあ二人とも、バードウォッチングは楽しかったかい?」

 

「はい。スオミの貴重な寝顔も撮れましたし」

 

「なにぃ!? その写真はどこにあるんだ!?」

 

「ちょっと待て、うちのスオミの寝顔だって!? 欲しいなその写真!」

 

「ミラーさん! それにイリーナちゃんまで、恥ずかしいからやめてよ!」

 

 写真を要求するイリーナの横腹をどついて強引に黙らせる…9A91からは既に写真も貰っているので安心だが…。

 

「それはそうと、イリーナ。スネークとも話したんだが、MSFとしてはそちらの提案を受けることにした」

 

「ほう、それはありがたいな。いやー、あのままだったらどうするか悩んでたんだ」

 

 ホッと、安心した様子で握手するイリーナであるが、事情がいまいち分からない二人はわけが分からず首をかしげるしかない。

 事情を知らない二人に、ミラーが説明する。

 話によると、ユーゴ新連邦にて余剰とされていた武器・兵器をMSFに売れないかと商談をしにやって来たようだ。

 余剰兵器の削減も兼ねているので売却価格は良心的で、MSF側も旧式化していた装備の一新を図るためにイリーナが持ちかけてきたこの話しを受け入れたのだった。

 

「それにしても兵器が余るなんて、軍縮でもしてるの?」

 

「そうなんだよ。世話になったMSFを贔屓してたら、議会で"だったら正規軍いらないじゃん"とか言われて軍縮された。政治は難しいな」

 

「もう、この日のためにたくさん勉強してたんでしょう?」

 

「そうなんだが、政治の世界は戦争よりも難しいということだ。まあ、私もそのうち引退してのんびり暮らすつもりだ。その時になったら、お前を迎えに来よう」

 

「そうだね。イリーナちゃんはのんびりしてた方がいいよ、今までが忙しかったんだし」

 

「ああ。ではミラー副司令、良い商談だったぞ。今後とも末永いお付き合いをしたいところだ…では、またな」

 

 

 最後にイリーナはスオミを抱きしめ、自身が乗って来たヘリへ乗り込む。

 飛び立つヘリに、スオミはいつまでも手を振るのであった…。




書こうと思ってついつい後回しになってしまっていた9A91✕スオミ
よく知らないんだけど、二人のこういう関係は百合には当てはまらないのかな?


そんで久しぶりの登場、スオミの主人イリーナ嬢……いつも通りさりげなくMSFに兵器を売りつけていきますw
まあ、色々と1970年代装備から新しくしなければならないのでね、利害の一致ですよ。

次回は…どうしよw
わーちゃんネタが過去最高にストックされているんやが…。


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MSF戦術人形連隊

「陣地設営もずいぶん様になったものね」

 

 野外訓練場内にて、陣地設営の訓練を行っていた新参人形のIDWは、普段厳しい姿しか見ることがないWA2000の珍しい褒め言葉に目を丸くしていた。

 驚き手の動きを止めていたIDWであったが、WA2000と目が合うと慌てて陣地設営の作業に戻る。

 土嚢に土を詰める作業の他、塹壕の掘り方や有刺鉄線の張り方、簡易司令室の設営など…実際に戦場に出た際に必要な作業方法を訓練しており、体力勝負の非常に辛い内容となっている。 

 訓練を開始した当初は散々なもので、30分も過ぎればばててしまったり塹壕の意味をなさないものが出来上がったりしていたが…訓練を重ねて体力をつけたのか、IDWは体力に余力を残しつつ、素早く陣地の設営を行うことができている。

 

「最初に言ったことだけど、これは決して無駄なことじゃない。銃を握って弾を撃つだけが兵士の仕事じゃないの。覚えておきなさい、手を抜けばそれだけ死ぬ確率も上がるということをね」

 

「はい、教官!」

 

 IDWの元気の良い返事に頷き、WA2000は隣で塹壕を掘り進めるStG44に目を移す。

 彼女もまた例外にもれず、WA2000が監督した中で成長著しい戦術人形である。

 当初は身だしなみに気を遣い過ぎ、汚れ仕事を嫌っていたのだが今では塹壕の中に入ることも躊躇せず、大事な衣服が汚れることもいとわない姿勢を見せている。私生活においては相変わらず身だしなみに気を遣っているが、それでいいのだ。

 戦場と日常とでは意識を変えなければならない。

 

 一方で、404小隊から預けられたG11はというと…様子見にやって来た他のメンバーに監視され、もうG11の身体がすっぽり埋まってしまうほどの深さまで掘っている。

 何故かスコップをもってどす黒い笑みを浮かべているUMP45と416、反抗すればそのまま生き埋めにしようとしてるのかもしれない…。

 

 

「なんだー?そのへっぴり腰はーッ! スコップっていうのは、こうやって使うんだーッ!」

 

 

 何やら威勢のいいセリフが聞こえてきたため振りかえってみれば、陣地設営の補助教官としてやって来たスコーピオンがスコップ一丁で物凄い勢いで穴を掘り進めていた。

 猛烈な勢いで土を放り投げて塹壕を設営していく様は、何か不思議な機械力でも使っているのかと疑うほどだ…体力勝負を見せつけるのならスコーピオンが適任だと思ったが、これでは人形たちへの参考にならず、WA2000は連れてきたことを後悔していた。

 

「ちょ、やめてよスコーピオン! 私が掘った塹壕が埋まっちゃったじゃない!」

 

 自分が掘っていた穴を土で埋められてしまい怒っているのはウージー。

 何かとスコーピオンを意識し、ライバル視しているが、哀しいかな…スコーピオンの冗談みたいなポテンシャルの前には反抗期の小娘程度にしか映らない。

 反省しないスコーピオンに突っかかっていったウージーだが、案の定返り討ちにされ、見事なジャーマンスープレックスを決められる。

 

「こら、バカサソリ。今日はそういう訓練じゃないんだから止しなさい」

 

「いやーいい汗かいたよわーちゃん。でもみんな凄いや、MSFに入った時は頼りなかったのに今は立派な顔つきしてるね。これなら、一緒に戦場に連れてける」

 

「そうね、いつかはそうなる。さてと…」

 

 頃合いを見て、WA2000は笛を鳴らす…訓練終了の合図だ。

 笛の音が鳴り止むと人形たちは作業を止めて彼女の前に綺麗に整列する…一糸乱れぬその動きに、スコーピオンは称賛の意を込めて口笛を吹く。

 

「ちょっと早いけど今日の訓練は終了。みんな綺麗な服に着替えてマザーベースに向かうように」

 

「マザーベース? ワルサーさん、何かあるんですか?」

 

 訓練生の一人であるSAAの言葉に小さく頷く。

 

「知っての通り、この訓練課程も来週で終了よ。落伍者の一人や二人がいると思ったけど、全員無事に今日まで乗り切った…これは誇りに思っていいわ、少なくともわたしの予想は覆したんだから」

 

「あ、こんな事言ってるけどわーちゃんみんなこと心配してたから。厳しいこと言われてもツンデレなだけだから気にしないでね」

 

「余計なこと言うなバカサソリ!」

 

 鬼教官の心情を暴露するスコーピオンの脳天にげんこつを浴びせ黙らせる…。

 少し緩んだ空気をもう一度引き締め直す。

 

「ここからが本題なのだけれど、来週に訓練が終わると同時にあなたたち…G11は404小隊に戻るわけだけど…」

 

「え~、私ずっとMSFにいたいのに……って、痛いッ! 45、なにするんだよぉ…!」

 

「寝返り発言はバールで一回殴っていいのよ、404小隊の部隊規則にあるでしょ?」

 

「そんなのないよ!」

 

「そこ、いちいち騒いで話の腰を折るな! まったくもう……訓練終了後、あなたたちはMSFの実戦部隊に配備される。それで話には聞いてると思うけれど、エグゼの部隊が編成されているわ…そこにあなたたちが配属される。そして今日連隊隷下、各大隊の大隊長を決める任命式がマザーベースで行われる。経験の少ないあなたたちは選ばれないでしょうけど、世話になるかもしれない大隊長の名前を覚えるのにはいいかもしれないわね」

 

「実はまだ大隊長が誰になるかは、あたしもわーちゃんも知らないんだよね。あ、わーちゃんは最初から選ばれないんだよね?」

 

 スコーピオンの問いかけにWA2000は肯定する。

 WA2000はMSF内の特殊部隊であり、最高の名誉とされるFOXHOUNDに所属するため、新しく編成される大隊には最初から選ばれることは無い。

 正規戦闘を想定し編成されるエグゼの部隊に対し、FOXHOUNDとして行うのは破壊工作や単独潜入での諜報活動といった非正規戦闘だ。

 とは言っても、FOXHOUNDに所属するWA2000たちも時に他の部隊に合流し正規戦闘に参加することも多々あるので、ゲリラ活動ばかりしているというわけではないが。

 

「とにかく、時間に遅れないようにね。40分後にマザーベースに向かうヘリが飛び立つわ、それでは解散―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マザーベース、司令部のあるプラットフォーム…その中の作戦会議室に集まるMSF所属の戦術人形たち。

 既にそこには今回の議題の中心人物であるエグゼが前の席で座り、ぼんやりと天井を眺めていた。

 

 

「わぁ……本物だ…」

「う、こうしてハイエンドモデルと対面すると緊張するニャ…」

「きゃっほー……ちょっと、怖いかも…」

 

 

 新参の戦術人形の中には、エグゼと会ったこともない者もいるのだろう。

 元鉄血ハイエンドモデルである彼女に対し恐れをなしたり戸惑ったり、反応は様々である。

 あまり見ていて噛みつかれでもしたら危ないと思い、人形たちはあいてる席へと座っていく。

 

 

「やっほーエグゼ。いよいよだね!」

 

「ああスコーピオン、ようやっとワンマン体制から脱却できるぜ」

 

「そう言えばエグゼは大隊長の人選って知ってるの?」

 

「うん? ああ、まあな」

 

「そうなの!? ねえ教えてよ!」

 

「そりゃお前、後のお楽しみだろう」

 

「えーー」

 

 人形たちの他に集まるMSFのスタッフたち、各部門の長やマシンガン・キッドなどもこの場にやって来た。

 そのまましばらくがやがやしていたが、会議室の底から聞こえてきた足音に気付き賑やかだった会議室は静かになる。

 会議室の扉が開かれると、MSFスタッフ及びスコーピオンやWA2000といった古参の戦術人形が即座に立ち上がり直立不動の体勢をとる…遅れて新参の人形が慌てて立ち、同じように背筋を伸ばす。

 最初に入室してきたのはオセロット、次いで副司令ミラー、そして司令官のスネークが入室する。

 

「楽にしてくれ」

 

 敬礼を向ける部下たちへ一言そう伝え、起立した部下たちを着席させた。

 

「忙しい中よく集まってくれたな、それから新しい戦術人形の諸君、今日までの厳しい訓練をよく耐え抜いてくれた。お前たちの話はよく聞いている、優秀な兵士だとな」

 

 MSF司令官の褒め言葉に新参の人形たちは嬉しそうに微笑む。

 なかなか司令官のスネークと話す機会の無かった彼女たちに取って、このように直に会って話を聞けるだけでもここに来た価値があるというもの。

 

「よし、みんなここに呼ばれた理由は分かっていると思うが、改めて説明をさせてくれ。今回MSFに新たに編成される部隊…正確には、以前からエグゼが訓練・運用してくれていた部隊だが、規模が大きくなってきたことで部隊を編成することになった。連隊隷下の部隊の編成はこうだ」

 

 スネークの言葉に続き、ミラーが端末を操作すると用意されていたモニターに部隊編成を描いた図が表示される。

 約2000人ものヘイブン・トルーパー兵からなる連隊はエグゼが連隊長をつとめ、その下には二つの歩兵大隊、自走砲大隊、戦車大隊などがある。

 連隊の要となる歩兵大隊が2つ、これはすぐにでも戦術人形たちも適応することができるはずだ。

 問題なのは支援砲火を主任務とする自走砲大隊と戦車大隊だ。

 どちらともこれまで戦術人形が任されることのなかった役割であり、この部隊を率いることはとても難しいことは容易に想像出来る。

 

「戦車を超える兵器として生み出された月光だが、その数は戦局を左右するのに十分とは言えない。それに引き換え戦車は調達もしやすく、現在でも攻撃部隊の主戦力として期待できる。これを率いるのは難しいことだが、それだけ連隊の活躍に貢献できるということだ」

 

 不安げな様子の戦術人形に対し、オセロットが簡潔に説明をする。

 戦車大隊と言っても、彼女たちが直接操縦するわけではなく戦車兵として生まれたヘイブン・トルーパー兵が役割をこなすので、求められるのは戦車隊の運用方法と戦術だ。

 砲兵大隊も同じで、歩兵大隊への火力支援を主任務とし、着弾地点の計算や他部隊との連携が求められる。

 

 

「そう気負うことは無い。それに砲兵大隊を指揮するのはとても名誉なことだ、古今東西砲の活躍が戦局を左右した事例は多い。それに…砲兵とは戦場の女神とも呼ばれることがある。

 

 

 不安に思う戦術人形に対し、スネークがそのようなフォローを行うとあからさまに人形たちは目の色を変える。

 人形とはいえ、しっかりと乙女心を持つ彼女たちからしてみれば戦場の女神と呼ばれることに悪い気はしないのだろう…ひょんなことからやる気を見せる戦術人形たちには、言った張本人のスネークも苦笑する。

 

「連隊隷下の大隊長を決める前に、もう一つ決まっている部隊がある。その名も"独立降下猟兵大隊"、空からの空挺作戦と山岳戦を目的とした精鋭部隊。この部隊の指揮を執るのが、ハンターだ」

 

 ミラーの言葉に、部屋の後方に座るハイエンドモデル"ハンター"に視線が集まる。

 この任命は彼女自身既に知っていたのか落ち着いた様子で、静かに頷くのみであった。

 

「ではお待ちかね、連隊隷下の大隊長を発表する。呼ばれた人は、元気よく返事をするように! あと、他の人は盛大な拍手を送ってくれよ。あ、でもあんまり騒ぎすぎるのは…」

 

「おっさん話長いぞ、早く進めなよ!」

 

「おっさんじゃない!誰だ今おっさんて言ったのは!? スコーピオンお前か!?」

 

「あたしじゃないってば! もういいから始めてよおっさん!」

 

「やっぱりお前じゃないか! まったくもう…じゃあ発表するからな!」

 

 ミラーとスコーピオンのちょっとした漫才に笑い声が起こる…一度気を引き締め直したところで、いよいよミラーによる大隊長の発表が始まるのであった。

 

 

「第一歩兵大隊大隊長、スプリングフィールド!」

 

「は、はい!」

 

 

 呼ばれたスプリングフィールドはすぐに立ち上がり、言われた通りの元気な声で返事をする。

 しかしいきなり自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、困惑したような表情を浮かべていた。

 

「スプリングフィールド、前に」

 

 呼ばれたスプリングフィールドはやや緊張した面持ちで席を離れ、スネークの前まで歩いていく。

 

「スプリングフィールド、君を第一歩兵大隊の大隊長へと任命する。これからもMSFのため、仲間のためにその力を十分に発揮してくれ」

 

「はい。スプリングフィールド、このような名誉ある役目に付けたことを誇りに思います!」

 

 まだ緊張はしているようだったが、このような大役に任命された名誉を受け入れ、それを誇りに思う。

 そしてオセロットから手渡される大隊長の証である徽章を授けられ、最後に握手を交わす…同時に拍手が巻き起こり、スプリングフィールドは気恥ずかしそうに笑った。

 

「よし、では第二歩兵大隊! 大隊長、MG5!」

 

 その名が呼ばれたとき、本人が反応するよりも速く、キャリコが席を立ち満面の笑みで拍手を送ってしまう。

 一人で喜んでいるキャリコに自然に視線が集まり、ハッとした彼女は恥ずかしさに顔を真っ赤にさせて着席する…。

 

「ありがとうビッグボス。だがいいのか? わたしは…」

 

「ストレンジラブから話は聞いている。その上で判断したまでだ…君が仲間達と培った統率力に是非とも期待したい」

 

「光栄だ、ビッグボス」

 

 握手をかわし、最後に大隊長の徽章を授ける。

 スプリングフィールドの時と同じように拍手が巻き起こると、MG5は誇らし気に振りかえり優雅にお辞儀する。

 そして最後に気付かれないようにキャリコへ向けてウインクするが…周りからはバレバレである、ヒューヒューと口笛を吹かれ白い肌を紅潮させ足早に元の席へと戻る。

 

 

「次は戦車大隊だな。これは非常に難しかったぞ…戦車大隊大隊長は、FALちゃーんッ!」

 

「ちょっと、なんで私だけそんなふざけた呼び方なの!? まあいいわ…」

 

 進行していくごとにノリノリになってきたミラーの様子にため息を一つこぼし、FALはスネークのもとへと歩いていく…いざ彼の前に立って思いだすのは、やはりジャンクヤードでの記憶。

 先日も自身の黒歴史を掘り起こされたばかりで、FALはなんとか唇を噛み締め羞恥心を抑え込んでいる。

 

「そう緊張するな。FAL、君はMG5の部隊のサブリーダーとして高い能力を持っていると聞いている。これまで通り、君をMG5の副官として同じ隊に配属させるという考えもあったが、君がリーダーとなり実力を発揮するところを見てみたいと思い困難な戦車大隊の大隊長に指名した」

 

「それは…ありがたいことね。別に今までの立場も悪いものじゃなかったけれど…いいわ、引き受けてあげる」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「よ、よろしく…」

 

 最後に握手を交わし、ぼろがでないうちにFALはそそくさとその場を去っていく。

 残すは自走砲大隊、スネークも一押しの戦場の女神というポジションだ…いまだ名前が呼ばれていない人形たちはこぞって自分の名前が呼ばれることを待っているようだ。

 

「自走砲大隊を発表するぞ。大隊長…SAA!」

 

「ふぇ? あたしー?」

 

 まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったらしい、SAAは驚き目を丸くしている。

 いまだ訓練を終了していない人形の大隊長就任というまさかのサプライズに、周囲の人形たちも驚きを隠せない…しばらくSAAは戸惑っていたが、やがて大隊長に指名された喜びが沸き立ってきたのか元気よく返事を返し小走りで前に向かう。

 

「きゃっほー! まさかあたしが大隊長になるなんて! ねえねえ司令官、どうしてあたしなのー?」

 

「ちゃんとした理由はあるぞ。君の訓練姿勢はオセロットやWA2000から聞いている、勇敢で非常に勤勉だとな。オレもたまに訓練を見させてもらったが、オセロットが君を評価していただけのことはある。これからの君の活躍に期待を込めて、砲兵大隊を任せたい」

 

「きゃっほー! やったー! オセロット、ワルサーさんありがとう!」

 

「えぇ…どういたしまして…」

 

 満面の笑みを向けてお礼を言ってくるSAAに、WA2000は一人複雑そうな表情を浮かべているが…確かにスネークに良い評価を口にしたのは事実だが、まさかオセロットも彼女を評価していたとは思わなかった。

 

「厳しい訓練をよく耐え抜いた。MSFのため、ボスのため一層の努力をするように」

 

「わぁ! オセロットがつけてくれるの!? ありがとう!」

 

 そこでWA2000は自分の目を疑うような光景を目にする…。

 それまで大隊長の徽章を授ける際はスネークが行っていたというのに、SAAにはオセロットが直接授けているではないか。

 拳を握り固め、わなわな震えるWA2000…その様子を察したスプリングフィールドがなだめようとしたが、彼女は大人げなくSAAを威嚇している、

 

「お、落ち着いてくださいよワルサー、気持ちは分かりますが…ほら、ね?」

 

「うぅ…オセロット…!あれほど特定の戦術人形を贔屓するなって言ったのに…!」

 

 今にも爆発しそうなWA2000をなんとか座らせ、あれこれフォローするがイライラはおさまらない様子…これはしばらく不機嫌だ、誰も八つ当たりされなければいいが…そう思うスプリングフィールドであった。

 

 

「以上が連隊隷下の大隊長だ。お前たちの活躍で、オレたちは、MSFはさらに拡大していく。世界中の兵士が、オレたちを必要とするだろう。これまで以上の責任や労力がかかると思うが、お前たちがこの職務を全うしてくれることを心から期待している」

 

「あのースネーク?」

 

「ん? どうしたスコーピオン?」

 

 話の最中に、スコーピオンが手を挙げる…。

 

「あのさ、なんか…忘れてるよね?」

 

「うん? あぁそうだったな。大隊長に指名された者はこの後ストレンジラブの研究室へ向かってくれ。そこで指揮モジュールが用意されている」

 

「うんうん…って、そうじゃなくてあたしは!? MSFの最古参戦術人形のあたしは大隊長じゃないの!?」

 

「さっきので大隊は全てだ」

 

「そんな…! 確かにあたしバカで喧嘩っ早くてアホでケガしてばかりのドジだけど、MSFにずっとずっと尽くしてきたんだよ!? それなのに…!」

 

 今にも泣きそうな表情で訴えかけるスコーピオンに、スネークも少しばかりたじろいだ。

 スコーピオンとしてはここにいる戦術人形の誰よりも、MSFとスネークに貢献している自負とプライドがあったため、大隊長に選任されなかったことは自尊心を大いに傷つける事態であった。

 

「落ち着けスコーピオン、実は…」

 

「落ち着いてなんかいられないよ! あたしの何がいけなかったのさ!」

 

「…ったく、ぴーぴーうるせえな。話は最後まで聞けよスコーピオン」

 

 騒ぐスコーピオンに悪態をつくのは、それまで大隊長の選任を静かに眺めていたエグゼだ。

 気だるそうに立ち上がったエグゼは軽く背伸びをし、連隊の編成図を写したモニターの前まで歩くと、ミラーから指示棒をひったくる。

 

「これ、見えるか?」

 

 エグゼが指し示したのは、連隊長であるエグゼの真下に位置する空欄だ。

 その空欄の下に、各大隊が枝分かれしている。

 

「連隊副官、つまりはオレの参謀であり、オレを連隊のトップとするなら副官はナンバー2のポジションだ。ここに、お前の名前が入るってわけだ……意味、わかる?」

 

「ほえ? つまり、あたしがエグゼの参謀で…連隊で二番目に偉いってこと?」

 

「そういうこと。おめでとう、大隊長以上の栄えあるポジションだ……おい、拍手はどうした?」

 

 

 エグゼがそう言うと、スネークを含めその場に集まる大勢の拍手が巻き起こる。

 いまだ状況が分かっていないスコーピオンだが、周りからの称賛の声を聞いているうちにだんだんと意味を理解し笑みを浮かべる。

 

 

「あは、あはははは…なんだびっくりしちゃったよ。バカばっかりやってるからほんとに見捨てられちゃったと思ったじゃん」

 

「すまなかったなスコーピオン。少し、サプライズにしておきたかったんだが…」

 

「えへへ、こっちこそ悪かったよ勘違いして。でもいいの? 親友のハンターを差し置いてあたしがエグゼの副官でさ…」

 

「知ってるだろ、ハンターにはあいつの降下猟兵大隊がある。それとこれだけは言っておくけどよ、オレは大切な仲間に優劣はつけない。お前もハンターも、オレの大事な親友だ。もちろん、引き受けてくれるだろ?」

 

「当たり前じゃん! まあ、作戦考えるのは苦手だけど…敵をぶっとばす役目はあたしに任せてよね!」

 

「よし、頼りにしてるぞサソリ」

 

「こちらこそね、処刑人さん」

 

 

 二人は拳をつき合わせ、愉快に笑うのであった。

 




連隊長エグゼ
連隊副官スコーピオン
第一大隊スプリングフィールド
第二大隊MG5
戦車大隊FAL
砲兵大隊SAA
※暫定


ほんとはもっと部隊増やしたかったけど、読み返したらそんなにMSFに戦術人形いないことに気付くw
渾身のミスやな(笑)
構想段階では他に歩兵大隊と砲兵大隊がもう一つと、工兵大隊があったんやで(人手不足)(FOXHOUND縛りが原因)



次話は404小隊のほっといたUSA!分隊でも書こうかな。
たぶん416がストレスで死ぬ。


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ベルリンの壁、嘆きの壁、大西洋の壁、45姉の壁

 G11の訓練期間も終了し、ここ最近は何ごとも無く平穏な毎日を送っているニート小隊こと404小隊。

 416などはニートと呼ばれることに憤慨しているようだが、彼女自身も平穏な生活を謳歌しているので、むしろそんな反抗的な態度も相まってよく真面目なWA2000の標的にされやすい。

 そのWA2000も、新兵訓練の教官任務が解かれたことに加え、戦場での仕事が増えてきたために今はいない。

 もっとやかましい存在のオセロットも今は諜報任務で不在、スネークも戦場へ、エグゼは連隊の編成の最終調整でマザーベースを離れている…つまり、今のマザーベースには404小隊に対し口やかましく説教をするような存在がいないのだ。

 さらに言うならば、部隊編成の影響でマザーベースには警備任務のヘイブン・トルーパー兵を除くすべての戦術人形が出払っている状態なのである。

 

 MSF副司令のミラーはいるが、基本彼はUMP45らに甘く放任主義だ。

 今は司令室に立てこもって、ここ最近増えてきた仕事の処理に追われている。

 

 そう、今の404小隊は誰からの干渉も受けることのないフリーダム状態であった。

 

「うーん…極楽極楽…」

 

 穏やかな海風が心地よいマザーベースの甲板にハンモックを設置し、G11が気持ちよさそうに寝ている。

 隣では416が自身の銃を解体しメンテナンスを行っているが、傍にペプ〇NEXを置いてのんびり銃の整備を行っている…ちなみにだがマザーベースの糧食班が生み出したペ〇シNEXはカロリーゼロということで、体重を気にするスタイリッシュな戦術人形たちに大変人気だ。

 コーラ好きのSAAはもちろんのこと、WA2000やスプリングフィールドも愛飲している。

 

「よし。G11、あんた銃の整備はやったの?」

 

「昨日終わらせたんだ。それより、45はどこ行ったの?」

 

「なんかヘリアンから仕事の依頼が来てたらしいわ。お願いだから手伝ってくれって、泣きついてきたって言ってたけど…」

 

「あのヘリアンが泣きつくとか、グリフィンも最近は大変なんだね」

 

 二人は他人事のように話しているが、自分たちの本当の所属がグリフィンであることを忘れているのかもしれない。

 それは小隊のリーダーもここ最近忘れかけていたようだが、何度もかかってくるヘリアンの依頼を今回は仕方なく引き受けるようだが…噂によると、ヘリアンがストレスで病院送りになったという話があるがはたして?

 

「あ、二人ともここにいたんだね。ちょっといいかな?」

 

 そこへ、居残っていたUMP9が何やら機材を抱えて二人の元へとやってくる。

 

「G11ちょっと手伝ってもらいたいんだけどいいかな? あと416は前哨基地に行って、あの人たち呼んできてくれない?」

 

「あの人たちってなによ…まさかあのアホどもじゃないでしょうね?」

 

「アホかどうか分からないけど、45姉が必要だって。わたしとG11で次の任務に必要なものを用意してるから、ちょっとお願いね」

 

「気が重いわ…」

 

 416にお願いされたのは|あの連中(・・・・)を呼んでくることだけだが、連中を嫌う416は心底嫌そうな顔をしている。眠そうなG11をさっさと引っ張っていっていくUMP9の背に悪態をつきつつ、416は重い腰をあげて前哨基地へと向かうのであった。

 

 

 

 

 マザーベースよりヘリで移動し前哨基地へ。

 基地はマザーベース以上に活発で、各地から搬入される資材や、戦場に送りだされる兵器や部隊が集まり喧騒に包まれている。そこは戦場ではないが、戦車の稼働音、行進する部隊の軍靴の音が響き戦場の空気を感じ取られる…ここを前哨として、世界中の紛争地帯へとMSFの部隊が派遣されるのだ。

 

「いつの間にこんな規模にね…まったく、45の判断も間違ってなかったわね」

 

 正規軍に匹敵する武装、練度を誇る兵士たち。

 整然と並ぶヘイブン・トルーパー隊の威厳は他にはないもので、新しく迎え入れる大隊長にも問題なく順応しているようだ。

 精強な軍隊の勇ましい姿を横目に見ながら416が向かったのは、前哨基地を囲むフェンスの外、付近を覆う雑木林だ。

 少し林を進んでいくとぽつりと建つ、古びれた木造の教会。

 塗装が剥がれ、ツルが壁を覆うその協会はどこか寂し気な印象だ…しかし耳を澄ませば聞こえてくる微かな音色、教会から漏れる讃美歌の音色だ。

 教会の扉の前で416は立ちすくみ、しんどそうな表情で扉に手をかけた…。

 

「お邪魔するわね…」

 

 静かに扉を開けると、古びた木の匂いが416の鼻をくすぐる。

 薄暗い教会内には蝋燭が灯され、窓から差し込む木漏れ日が教会内を照らしている。

 

 

「――――我らの救いの主よ、私たちを救いたまえ。あなたの御名の栄光を輝かせたまえ。御名のために、我らを救い出し我らの罪を御赦しください…」

 

 聖書を片手に礼拝を行っているのはあろうことか人間ではなく、以前UMP45がアメリカ大陸より連れ帰って来た米国製装甲人形たちだ。

 UMP45にハッキングされ、UMP姉妹を尊敬してやまない彼らの扱いにはMSFも困っていたようで、無駄なトラブルを避けるために前哨基地の外に隔離されている。

 そのうち古ぼけた教会を見つけて勝手に住処にしたようだが、こうしていつも礼拝を行っているのだとか…。

 

「――――――――我らはあなたの民、あなたに養われる羊の群れ。永久にあなたに感謝をささげ、代々に、あなたの栄誉を語り伝えましょう」

 

 邪魔をしてはいけなそうな雰囲気に、416はそっと扉を閉めて手近な椅子に腰掛ける。

 見てくれはごつい装甲人形たちが教会で祈りを捧げるシュールな光景だが、讃美歌と共に流れる説教には神秘的なものを感じられる。

 

「――――目覚めて御力を振るい我らを救うために来てください。UMP45神よ、我らを連れ帰り御顔の光を輝かせ、我らを御救いください」

 

 よく聞いてみると何やらおかしなフレーズが…まさかと思い視線をあげてみると、教会のイコンとなる十字架にかけられた人物に衣装が着せられて、顔の部分にUMP45の写真が貼りつけられているではないか。

 ドン引きする416であったが、更なる異変に彼女は気付く。

 礼拝堂のあちこちにUMP姉妹の写真が貼りつけられており、壁にあった壁画と思われた絵画は全てUMP姉妹の写真であり、それが何百枚も集まることで抱き合うUMP姉妹のモザイク壁画をなしていた。

 

「――――彼らの顔が侮りで覆われるのなら彼らは主の御名を求めるでしょう! 彼らが永久に恥じ、恐れ、嘲りを受けて滅びますように! 彼らが悟りますように…あなたの御名は"UMP45"! ただひとり、全地を超えて、いと高き神であることを!」

 

「「「「アーメン」」」」」

 

「うわ、なにこのカルト教団……あんたらねえ、はっきり言って気色悪い悪質なストーカーよ?」

 

「む! 異端者だ、異端者がいるぞ! 吊し上げろ!」

 

「え!? あ、ちょっとなによ! 止めなさい、わたしに触れないで…嫌!」

 

 416の存在に気付いた装甲人形たちの行動は素早く、あっという間に取り囲んで縄でぐるぐる巻きにしてしまう。

 そのまま天井の木材に引っかけられ、哀れ416は拘束されたまま礼拝堂につるし上げられる。

 

「ちょっとアンタたち! さっさと下ろしなさいよ、ねえ!」

 

「これより異端審問を開く。被告、416は異端者にも関わらず我らの聖域を穢し説法を盗み聞きしていたのである」

 

「「「有罪」」」

 

「ちょ、意味が分からないわ! さっさと下ろしなさい!」

 

「静粛に! 被告人についてはさらなる余罪もこの場に置いて追及する。被告、416は先日UMP45姉に対し悪口を言うなどの名誉棄損的な発言が見られた」

 

「「「ギルティー、有罪ッ!」」」

 

「そしてこれは最も忌むべき罪である! 被告、416は悪魔のような巨乳の持ち主である!」

 

「「「Go to Hell! Go to Hell! Go to Hell!」」」

 

「このクズ共…! いい加減離さないと承知しないわよ!」

 

 睨みつける416だが、狂信的な装甲人形たちの雄たけびにかき消されてしまう。

 さあこれからどう料理してやろうか、などと物騒なことを話しあい始めたところで礼拝堂の扉が開く…やって来たのはUMP45、外からの光に照らされるUMP45を神秘的なものにでも見えたのか、装甲人形たちは跪き頭を垂れる。

 

「あらあら、随分酷い目にあってるのね416」

 

「これもあんたの指導不足のせいよ! 早く下ろしてよ!」

 

「あら、それが人にものを頼む態度かしら?」

 

「くっ……お、下ろしてくださいUMP45さま…」

 

「素直でよろしい」

 

 相変わらず腹黒いUMP45に心の中で激しく罵倒しつつ、ようやく416は解放された。

 

「もう、あまりうちの416をからかわないの。こう見えても優秀な隊員なのよ?」

 

「おぉ、流石は45姉! こんな使い道の無さそうな巨乳にも弾除けの任を与えるとは、なんと慈悲深い御方であろうか!」

 

「ちょっとなによ弾除けって! それに変な名前で呼ぶんじゃないわよ!」

 

「「「黙れ巨乳」」」

 

「こいつら…殺す…!」

 

 口をそろえて罵倒する装甲人形たちに思わず銃に手が伸びる416であったが、UMP45がそれをなだめる。

 いまだ怒りが収まらないのかイライラした様子で礼拝堂の長椅子に腰掛ける。

 

「落ち着きなさい416・こいつらがアホなのは私も分かってるけど、こいつらにも使い道があるの」

 

「例えばどんな?」

 

「うーん、そうね…弾除けとか?」

 

「親分が親分なら、子分も子分だわ」

 

 双方の主張にあきれ果てる416であった。

 

 それはともかくとして、このまま416とUSA分隊と仲が悪いままではいけないと感じたUMP45のとりなしによって仲直りが図られる。

 416としては面白くはなかったが、USA分隊は他ならぬUMP45のお願いということもあり快く受け入れる。

 仲直りの握手を交わす…そして始まる彼らによるUMP45の賛美。

 

「巨乳…じゃなかった416、貴様の存在は一応認めよう。45姉が主であるのなら、貴様はイスカリオテのユダだ」

 

「裏切り者じゃないの…まあいいわ、じゃあG11や9なんかはどうだって言うのよ」

 

「ふむ。G11は敬遠なる従者、9は主の使徒である天使と言ったところか」

 

「あっそ。で、45が神ってわけね」

 

「少し違う。唯一神である」

 

「こいつらもうダメだ」

 

「フン、異端者に45姉の栄誉はわかるまい。おい巨乳、あの壁を見て見ろ」

 

 装甲人形の一体が指し示したのは何の変哲もない壁である。

 本当になんの変哲もない、とくに装飾や仕掛けがあるわけではない…それでも何か意味があるのかと注意深く見つめるのだが、何も見つけられない。

 意味が分からないとでも言うように首をかしげると、装甲人形は怪しく笑う。

 

「あのなんの変哲もない真っ平らな壁…我らはあれを見て45姉を思い浮かべることができる!」

 

「え? あ、あぁ…そういう…」

 

「フハハハハ! それだけじゃない、例えばまな板、ある時は断崖絶壁、またある時はベニヤ板など…全ての平面で45姉を連想できるのだ!」

「うおおおぉぉぉっ! 45姉ーーーッ!」

「U・S・A!U・S・A!U・S・A!」

「オレは地平線や水平線を見て45姉を感じ取れるぞ!」

 

「すべての平面は45姉に通じる! 巨乳死すべし、貧乳こそ至上! 45姉を崇めたまえ、唯一無二の貧ny-―――」

「黙って聞いてれば…好き勝手言ってじゃないわよッッ!」

「ぐふぉっ!?」

 

 好き勝手言いまくる装甲人形に対し、ついに45姉がため込んでいた怒りを爆発させる。

 それは416の目をもってしても見事と言わざるを得ない、鋭い前蹴りが装甲人形の下腹部を撃ち抜き、装甲人形は本来あるはずのない男の弱点を撃ち抜かれた痛みに身もだえる。

 ダメージを受けた装甲人形がよろめき倒れ、そこをUMP45は踏みつけて追い打ちをかける…股間を踏みつけられ、冷たい目で見下ろされているその人形の顔が妙に恍惚としているのは気のせいだろうか? おそらく表情はないので気のせいだろうが…。

 

「貧乳、貧乳って…何が悪いのよ?」

 

「いえ、むしろ……イイ、です…」

 

「黙りなさい…! バカで、マヌケで、鉄くずの、役立たずが…図体だけでかいだけのポンコツが、こんな風に踏まれて情けないと思わないの!?」

 

「すげぇ言葉責めだ」

「羨ましい」

「我々の業界ではご褒美です」

 

「やかましい!」

 

「「「はい」」」

 

 UMP45の喝に、踏みつけられている装甲人形以外は自然と整列し正座する…いや、できる限り姿勢を低くしてパンツを覗こうとしている…!

 じろりと睨まれ、すぐに覗くのを止めたが…。

 

「もう我慢ならないわ…! アンタたち、しばらくここに監禁よ! 私が許すまで、一歩たりとも出ることを禁ずる! 通信で私に連絡をとろうとするのも禁止よ! もちろん9にもね!」

 

「「「「監禁&放置プレイッ!? ありがとうございます!」」」」

 

「416、もう疲れたわ…あんたの気持ちがよく分かった」

 

「そう…分かってくれたのならそれでいいわ」

 

「はぁ…ったく、腹の虫が収まらないわ。マザーベースに戻って今日は飲むしかないわね」

 

「私も付き合うわよ」

 

 

 ちょっぴり、親密な関係になる二人であった。




ほんとはUSA分隊が戦場で大活躍するところを書いて終わるはずだったんだけど、これ以上やると二人とも疲れて死ぬので止めました。
それにしても我ながらひでえタイトルだな…。




次回辺りから、MSFとしてのお仕事を覗いてみましょう…つまり戦場です、ハイ。


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熱砂の砂漠:労務融通

 かつて世界で最初に起きた大戦は全ての戦争を終わらせる戦争と呼ばれていたが、それは誤りであった。

 大戦によって帝国主義の時代は終結し、民族自決の気運が高まっていった…だがそれは人類の新たな戦争の歴史の始まりに過ぎなかったのだ。

 20世紀は戦争の歴史と言われている。

 だがそれも誤りだ。

 

 人類は、その手に石と棒切れを握った時から戦争の歴史が始まっているのだから。

 

 

「ここも、もうそろそろお終いね」

 

 弾丸と砲弾で壁が抉れた塔の上で、長い銀髪を風になびかせた戦術人形が眼下の旧市街を見下ろしていた。

 旧市街の街では銃声が絶えず響き渡り、兵士たちの怒号や悲鳴が飛び交う…それを見下ろす女性の顔は、薄汚れた包帯で目元と口の辺り以外を覆っている。

 着ている服は擦り切れて襤褸のようになり、ところどころ血が滲み乾いた跡でどす黒く変色している。

 対照的に手にするライフル銃はよく手入れされ、金属部は磨き上げられ、木製の部分も艶がある。

 

 彼女はそっとその場に座り込み、空を見上げた。

 遥か頭上を飛んでいく数機のヘリコプター、彼女は包帯の奥で目を細め、じっとそのヘリを観察する。

 

国境なき軍隊(MSF)……ここも、賑やかになるわね」

 

 視線を再び眼下の旧市街へと向け、彼女はそっとライフル銃を構えると…ボルトを引き、一発の銃弾をとりだした。

 7.92x57mmモーゼル弾、それを一発だけ装填し、彼女は照準器を覗きこむ。

 狙う先には旧市街の細道を逃げる兵士の姿がある。

 肉眼では到底捉えることのできないその距離を、その女性はスコープもなく、ただライフルについている照準器だけを頼りに狙いを絞る。

 

「MSF、あなたたちなら私の願いを叶えてくれるかな…?」

 

 包帯の下で、彼女はそっと笑みを浮かべ、その引き金を引いた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦争が日常化したこの世界…かつて石油産業で栄華を極めた中東のとある国家。

 前世紀から引き継がれた紛争の因果は全てを破滅に追い込んだ大戦をもってしても消えず、むしろ国家の統率力が低下したことで、抑えつけられていた民族主義の気運が高まり独立、あるいは支配を画策し多くのアラブ民族がその手に銃を握り争いを引き起こしていた。

 戦争を生業とするPMCにとっては中東での紛争はビジネスだ。

 戦争に惹かれて大小様々なPMCが兵士を派遣し、様々な陣営に雇われた兵士たちが果てしない代理戦争を繰り広げる。

 いくつかある反政府勢力の中には油田を押さえ資金力のある勢力もあるが、資金に乏しい勢力は小規模なPMCを雇い兵士の訓練などを依頼する…彼らが強大な政府軍に対し、地の利と数的優位性を活かしゲリラ戦を仕掛けてなんとかはり合っているという状況だ。

 

 そして政府軍側が雇うPMCというのが、資金が豊富で正規軍に近い装備を持つプレイング・マンティス社だ。

 欧州に本社を構えるプレイング・マンティス社がMSFと結託して以来、MSFと相互扶助の関係によりその規模を一気に拡大して大手PMCと言われるほどにまでに成長していた。

 彼らもまた、MSF同様に協定に囚われることなく必要な戦力を必要なだけ戦場に派遣する。

 政府軍と契約を交わしたプレイング・マンティス社はその戦力を惜しみなくこの地域へ展開し、政府軍の訓練・兵站・武器装備品の整備及び開発を行う…もちろん、直接戦闘も契約内容に含まれている。

 

 

 そんなプレイング・マンティスが支配する地域の駐屯地へ、数機の大型輸送ヘリが着陸する。

 機体の側面に描かれているのはパンゲア大陸を模した髑髏のマークと、Militaires Sans Frontières(国境なき軍隊)の文字が書かれている。

 着陸した輸送ヘリから降り立つMSF所属の戦術人形部隊ヘイブン・トルーパー、その中に混じり降りてきたのは第二大隊大隊長として任命されたMG5とその副官を任されたキャリコだ。

 中東の乾いた風が運ぶ細かい砂塵に二人は目を細め、この地域特有の赤茶色の大地をその目におさめるのであった。

 

「いよいよだねリーダー」

 

「ああ、そうだな。だが注意するんだぞ」

 

 MSFとしての初仕事に意気込みを見せるキャリコを少したしなめつつ、MG5は北の空から飛来する大型輸送機を見つめる。

 減速し、滑走路に着陸したその輸送機からは前哨基地を発つ際に格納した月光が数機と、さらに多くのヘイブン・トルーパー兵が降りてくる。

 最後に降りてきた戦術人形WA2000は赤茶色の荒野をじっと見据え、それから先に降りていたMG5とキャリコの二人呼び声に軽く手を挙げて応えるのであった。

 

 

 

 

「―――――我々の部隊の展開はこの通りです。主要都市のほとんどはわが社の支配下にあり、北部の油田や発電施設も我々の支配下です。そしてここでの最前線がここ、この国の旧市街である場所となっております。旧市街を見下ろす丘陵から東部の砂漠地帯まで、反政府勢力がしのぎを削り合い日夜激しい戦闘が続いています」

 

「なるほどね。反政府勢力は複数あるけれど足並みをそろえるどころか、敵対してる場合もあるのね…まあ、放っておいてどうにかなるわけでもないみたいだけど」

 

 

 駐屯地へ降り立ったMG5とWA2000は、駐屯地の司令キャンプにてプレイング・マンティス社側の現地司令官と作戦会議を開いている。MSFとそれなりに付き合いの長いプレイング・マンティス社の人間である司令官は、本来なら人間同士で行うべき作戦会議を、戦術人形と行っていることに疑問を挟まない。

 彼らは所属する組織は違えども、伝説の傭兵ビッグボスを尊敬する者たちだ。

 そのビッグボスの下で活躍する人形たちにも敬意を払っていた。

 

「あなた方の新しい部隊の噂は聞いています。MSFにお願いしたいのは、発電所から変電所までの送電線の警備です」

 

「長い距離ね…おまけにインフラのほとんどない砂漠地帯」

 

「ええ、我々プレイング・マンティスの構成は人間の兵士がほとんどです。最近ではMSFに倣い戦術人形の配備も進めていますがまだまだ少数、そこであなたがた戦術人形部隊にここのパトロールをお願いしたいのです」

 

「了解、異論はないかしらMG5?」

 

「問題ない」

 

 プレイング・マンティス社からの依頼は砂漠地帯の送電線のパトロール、道路などのインフラもないそこは人間の兵士がパトロールを続けるのは過酷すぎる。

 おまけに相手は神出鬼没に破壊工作をしかけるゲリラ戦術をとってくる。

 過酷な環境とゲリラ狩りに適したヘイブン・トルーパー隊の戦力を是非とも貸していただきたい、そんな依頼がプレイング・マンティス社側よりMSFに届き、副司令ミラーが承諾したことで彼女たちはこの中東の砂漠へとやって来たのである。

 

 他にも、細かい仕事を依頼されたがどれも大した内容ではない。

 そこまでが新設された第二大隊への仕事の依頼、ここからはMSFが誇る特殊部隊FOXHOUNDであるWA2000個人への仕事の依頼であった。

 

「あなたに依頼したいのは、ある人物の排除です」

 

「暗殺任務というわけね、気に入った。詳細を教えてちょうだい」

 

 司令官から数枚の作戦報告書を手渡され、WA2000はそれを読む。

 

「我々は反政府勢力に有利な状況にありますが、旧市街での激しい市街戦において多数の負傷者を出しています。敵対する民兵はほとんどがここの出身、地の利もあるでしょう。しかしそれはこちらとしても対処できないわけではない…問題なのは、反政府勢力に雇われた傭兵です」

 

「…ある時期から死者の数が増えてるわね、それも即死。狙撃手ね…」

 

「ええ。我々としてもスナイパーチームを編成して対処しようとしましたがうまく行かず、逆にこちら側がやられる始末。既に多くの損害が出ており、おまけにいまだかつてその姿を見たものはいない。唯一分かっていることは7.92x57mmモーゼル弾を使用しているということ…撃てば一発必中、それで付いた渾名が"魔弾の射手"」

 

「魔弾の射手…なるほどね。重要目標を狙い戦闘力を削ぎ、部隊の混乱と士気の低下を狙う…相手にはその居場所を悟られず、更なる損害を狙う。優秀な狙撃手らしいみたいね」

 

「生死は問いません、この厄介な敵を排除していただきたい。WA2000、あなたの噂は聞いています……MSF最高のスナイパーであると」

 

「最善は尽くすわ。まずは情報収集をするから、いくつか資料が欲しいところね」

 

 WA2000の要求を司令官は快く受け入れる。

 いくつかの作戦資料を司令官から受け取った後、その日の顔合わせは終了…彼女たちは駐屯地内に設けられたMSFのキャンプ地へと向かうのであった。

 

「それにしてもワルサー凄いね、指揮モジュールがあるとはいえ他社の人間にあれだけ堂々と物言いができるんだもん」

 

 キャリコは先ほど見ていたWA2000の堂々としたたたずまいに感激していたらしく、目を輝かせている。

 ただし恋仲のMG5としてはそこに恋慕がなくとも、キャリコの気が他の人形に行っているのがあまり快く思えないらしくそっぽを向いている。

 

「あなたも堂々としなさい。見下せとは言わないけど、過度に謙虚である必要はないわ。MG5、あなたも大隊長として何か意見があったら言っていいんだからね」

 

「ああ、分かっている。とりあえず…キャリコは渡さん…!」

 

「いきなり何言ってるかわからない」

 

 

 クールな装いで嫉妬するMG5は放っておくとして、WA2000はこれから色々とやることがある。

 受け取った作戦資料を読んだり、オセロットに報告を入れたり、依頼された送電線の警備について情報をまとめてMG5に渡したり…無論MG5とキャリコも部隊を指揮したりでやることは多く、またプレイング・マンティス側の部隊との連携も必須となってくる。

 ひとたび戦場に出ればそこは死と隣り合わせの過酷な現場だ、一瞬の気のゆるみが命取りとなる。

 ここでは常に、気をはっていなければならないのだ。

 

 

「こんにちは、MSFの戦術人形の皆さん」

 

 

 キャンプの傍で待っていた褐色肌の戦術人形、プレイング・マンティス社の司令官からは連絡係に戦術人形を一人用意したと言っていたが、おそらくは彼女の事だろう。

 

「プレイング・マンティス社所属、モスバーグ590式です。何か入りようがございましたら何なりと、できる限りのことは致します」

 

「頼りにさせてもらうわね、M590」

 

 二人は握手を交わす。

 これからは彼女がMSFとプレイング・マンティス社の橋渡しを行ってくれる、ここでは彼女と親しい付き合いになることだろう。




M590(プレイング・マンティス社所属)
褐色肌のかわいくてとっても良い子!
MSFに来てくれることを期待してた方には申し訳ない…他社所属です(笑)


なんか最近MGSっぽくねえな…と思ったのでボスキャラ登場させます。
たぶん、わーちゃんとの狙撃対決になりそう……7.92x57mmモーゼル弾を使う戦術人形…一体誰やろな(すっとぼけ)


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熱砂の砂漠:旧市街の戦い

 地中海より吹く強風が砂漠の砂を巻き上げ、砂嵐となり吹き荒れる。

 何もかもを砂で覆いつくすほどの大きな砂嵐だ、こんな嵐は風を通さない家屋などに立てこもりやり過ごすのが一番だ…だが、そんな砂嵐の中を進軍するMSF第二大隊の機械化部隊だ。

 送電線の警備にいくつかの小隊を割き、砂嵐に紛れて現在この地域で激戦地となっている旧市街へ向けて進む。

 ヘイブン・トルーパー兵は視界不良の砂嵐の中を、ヘルメット内に内蔵された視覚センサー及び通信装置を用い現在地を把握、砂嵐の中を迷うことなく目的地へと進む。

 

 途中、砂嵐の音に紛れ機械の動作音が聞こえてくる、装甲車両の中で部隊の大隊長であるMG5は時計を見て、それから友軍への通信を行った。

 

 

「時間通りだなFAL、ようこそ中東へ。戦車部隊の調子はどうだ?」

 

『早く月光の大量生産をしてもらいたいわ。まあ、戦車の操縦は部下がやってくれるから構わないんだけど。こちらの部隊は準備万端よ、Vectorが西側から旧市街を目指してるわ』

 

「了解した。砂嵐が晴れると同時に攻撃開始だ。旧市街にはプレイング・マンティスの兵士も展開している、誤射をするなよ」

 

『市街地に突入するつもりはないわ。戦車って市街戦に弱いのよね? 自走砲も持ってきたから砲撃が必要な場合連絡をしてね。あぁ、そう言ってる間に…砂嵐がおさまるわ』

 

 

 

 

 

 

 

 地中海からの風が起こした砂嵐がおさまると同時に、それを合図としていたプレイング・マンティス社側の砲兵隊が旧市街へ向けて砲撃を開始する。

 それに呼応してFAL率いる戦車大隊が攻撃を開始、旧市街を見下ろす位置にある丘陵地帯を占拠する反政府勢力へ砲撃する。丘陵の反政府勢力は戦車の攻撃とヘイブン・トルーパー兵の迅速な展開に対応できずあっという間に包囲殲滅され、戦意を失った兵士たちが投降したことで制圧を完了する。

 FALからの丘陵奪還の報告を受けたMG5の大隊は旧市街へと突入、既に戦闘を開始しているプレイング・マンティス社と合流し、旧市街に立てこもり徹底抗戦の構えを見せる反政府勢力と交戦を開始した。

 

 

「進め! 旧市街の広場まで奪還するぞ、行け!」

 

 

 MG5が前線に自ら立ち、兵士たちを率い進撃する。

 反政府勢力側の民兵はいずれも素人に毛が生えた程度の練度であり、精強なMSFの兵士やプレイング・マンティス社の兵士たちの前に劣勢に立たされている。

 だが彼らもこの場所を死守する構えであり、地の利を生かした攻撃と数的優位性をもって抗戦する。

 

「機銃手だ、面倒な場所に陣取っているな」

 

「どうするリーダー、あたしが部隊を引き連れて制圧しようか?」

 

「いや、待て。折角FALの部隊がいるんだ、潰してもらおう」

 

 旧市街を見下ろす位置丘陵を制圧したことで、MSFは旧市街の全てを砲の射程におさめることができている。

 これを利用しない手はない。

 早速、MG5は厄介な敵陣地への座標をFALへと伝え、砲撃の要請を行う。

 それから待つこと一分後、砲弾が空を切る音が鳴ったかと思えば、次の瞬間、MG5が見据える敵陣地に砲弾が着弾し爆発を起こす…が、その威力があまりにも大きく、飛び散る破片がMG5の傍まで飛来し、とっさに頭を下げるのであった。

 

 

「目標沈黙、だが威力があり過ぎじゃないか?」

 

『知らないわよ、そもそも戦車と自走砲の違いがよく分からないし。さっきのなんだったの?』

 

『2S7ピオン203mm自走カノン砲です大隊長、旧式ですが敵を撃破するのには現在でも効果的です』

 

『だそうよ、MG5。次に砲撃が必要な場合連絡を…っと、敵の増援が来たみたいね。戦車隊、迎撃するわよ!』

 

 

 どうやら旧市街へ向けて反政府勢力側の増援部隊が出現したようだ。

 ここからは砲撃支援は期待できない、そもそもFALの部隊は砲兵大隊ではないため、砲撃支援はそもそもやらないはずだったのだ。

 ここから先はさらに入り組む路地が増え、近距離での戦闘が頻発することだろうし、砲撃も有効に使うことは出来ない…近距離での銃撃戦が増えていくはずだ。

 

「一気に攻勢を仕掛けるぞ、広場を制圧する!」

 

 大隊長の号令の下、指揮下のヘイブン・トルーパー兵は入り組んだ旧市街へと怒涛の勢いで浸透していく。

 MSFの研究開発班が開発し改良を重ねてきた強化服は、彼女らの身体能力を強化するとともに、壁や天井に張り付く動作も可能にする。

 つまりは、ヘイブン・トルーパー隊にとって建物は障害物にはならず、入り組んだ路地も屋根上を移動することで敵を容易く迂回、かく乱し敵の裏をかく。

 

「今まで気にしていなかったが、ヘイブン・トルーパー…こんな存在を主力にできるとはな…」

 

 MG5が常日頃見ていたのは、平和なマザーベースを警備する彼女たちののんびりした姿であったので、この戦場で見せる彼女たちの一方的な戦いぶりに目を見張る。

 MSFが鉄血工造の工場を獲得して以来、生産され続けてきた彼女たちは人員を増してMSFの主力となったが、それは装備や本来の資質よりも、この部隊を一人で鍛えぬいたエグゼの手腕が大きな要因だろう。

 

「リーダー! 敵の防衛線が崩れた、撤退していくよ!」

 

「頃合いだな…月光を出すぞ」

 

 

 

 

 

 絶え間ない銃撃戦、劣勢を悟り後退していく反政府勢力たち…追撃を仕掛けるプレイング・マンティスの部隊に混じり、WA2000は絶えず旧市街の建物へと目を走らせる。

 彼女が狙うのは一人、"魔弾の射手"と呼ばれる反政府勢力側に雇われているというスナイパーである。

 今のところ狙撃を受けたという報告はなく、WA2000もそれらしき影は見ていない…が、絶えず何者かに見られているような、不愉快な感覚を感じていた。

 

「WA2000さん! MSF側の進撃速度が速過ぎます、こちら側がついていけません!」

 

 そこへ、M590が悲鳴に近い声で叫ぶ。

 どうやらMG5率いる大隊と足並みをそろえて旧市街を進軍するはずが、大隊の進撃速度が尋常ではないようで、プレイング・マンティスの部隊が遅れているようだ。

 当初の作戦では合流し、市街地の広場に攻め込むはずだったのだが…MG5も初めての大隊指揮で加減が分からないのか、それとも自分たちで旧市街を制圧するつもりなのか…おそらく後者だろう。

 MSFとの連絡役を任されているM590は味方の司令部から色々言われているのだろう、少々焦った様子でWA2000に訴えかけている…それについ苦笑いを浮かべ、彼女がかわいそうになってきたが、折角勢いのある部隊をわざわざ止める必要はない。

 それに、先ほどから聞こえる牛の鳴き声のような稼働音…。

 

「月光を動かしたのね、いいタイミングだわ」

 

「あの、あまり活躍され過ぎると我々の立場が…」

 

「MSFに助力を求めるということは、そう言うことよ。まああなたの気持ちも分かるわ、手伝ってあげる」

 

 それまで戦場を俯瞰し、サポートに徹していたWA2000はその手に銃を握る。

 噂に聞くFOXHOUND、MSFの至宝と言われる隊員の出撃にM590はおもわず目を光らせる…その目には羨望の色が見て取れる。

 プレイング・マンティスの部隊が足止めをくらっているのは敵側が陣取る5階建ての建築物だ。

 陣地破壊のため、ロケットランチャーが運ばれてくると言う話だが、到着までの時間が惜しい…遮蔽物から顔を覗かせたWA2000は建物の窓から狙う狙撃手を瞬時に把握、5階に二人、3階に一人だ。

 

「援護射撃を…」

 

「必要ない、建物に突入する準備でもしときなさい」

 

 敵位置を把握したWA2000は、そのすべてを視界におさめる建物へと足を踏み入れると、小窓を少し開きスコープを覗く…まず狙いを定めたのは3階の狙撃手。躊躇なく引き金を引き、放たれた弾丸は狙撃手の頭部を撃ち抜き始末する。

 素早く狙いを5階の狙撃手へ、狙われていることを知らないその狙撃手は今も下に隠れる兵士たちに銃口を向けている…敵を狙っている時、すなわち自分も狙われていることを意識するべし、狙撃手とはいえ所詮素人に毛が生えた程度…自分が言った言葉を裏付けするように、WA2000は容易く二人の狙撃手を片付けて見せた。

 残すは一人…同じ階の仲間がやられたのに気付いたのか、その狙撃手は窓を離れ離脱するが…。

 

 

「逃がすわけないでしょう」

 

 

 廊下をって逃げる狙撃手の姿が壁の向こうに消えると、WA2000は狙いを狙撃手が走って行く先の窓へと向ける…数秒待ったのちに引き金を引くと、一瞬遅れて跳び出した狙撃手の胴体を弾丸が貫いた。

 厄介な民兵の狙撃手は排除した、WA2000もすぐさまM590と合流し、建物内へと突入する。

 入り口に近付いた際に銃撃を受けたが、閃光弾を放り投げて敵の視覚と聴覚を無力化し、素早く制圧…一階の制圧はプレイング・マンティスの部隊に任せ、WA2000は階段を駆け上がる。

 

「M590、ドアを破壊して」

 

「了解!」

 

 WA2000の指示で、彼女は散弾銃の銃口をドアへと向ける。

 一発の射撃で手のひらほどの穴が開くと、すかさずその隙間から手榴弾を投げ込む…数秒後に爆発が起き、ドアを蹴破り内部へと突入する。

 

「…クリア、次よ」

 

 室内の敵兵は手榴弾の炸裂で死亡したらしい、それを確認し次なる目標に向かう。

 ちなみに今のWA2000は本来扱うライフルではなく、MSFから特殊部隊向けに支給された拳銃だ…戦術人形本来の銃以外を不自由なく使いこなす、そんな姿もM590にとっては新鮮な光景であった。

 

(それにしても、ナイフと拳銃を同時に構えるなんて…変なの)

 

 先頭を行くWA2000の、ナイフと拳銃を同時に構える独特な構えを気にしているM590であったが、すぐにその意味を知る。

 隣の部屋に近付くと、物陰から民兵の一人が飛び出しWA2000に跳びかかる…が、WA2000は一切動じることなく、跳びかかってきた民兵の腹に膝蹴りを叩き込み、腕を絡めとる。

 民兵の腕を固めて人質とし、部屋から現れた別な民兵を牽制する。

 仲間を盾にされている状況に民兵は攻撃を躊躇する、その隙をWA2000は見逃さない…盾にしていた男をその民兵めがけ突き飛ばし、倒れた二人の銃を即座に蹴飛ばした。

 

 丸腰で、銃をつきつけられた民兵の二人は両手をあげて降参の意思を示す…その後一階から上がってきた兵士たちに身柄は引き渡される。

 

 

「お見事ですWA2000さん、噂に違わない活躍ぶりですね」

 

「努力は怠らなかったからね。さて、そろそろ部隊と合流しましょう…あまり遅れるとこっちが危険だわ」

 

「了解、すぐに伝えましょう」

 

 

 M590より、プレイング・マンティス社の兵士たちに連絡がなされる。

 部隊はすぐに補給を済ませ旧市街の奥へと足を踏み入れていく…。

 

 熱砂の戦いは、まだまだ続く。




M590がママ属性だと初めて知ったw
なんかここではわーちゃんに惚れちゃいそうだけど…。

というかわーちゃん強くし過ぎた、おのれオセロットめ!


わーちゃんに関してですが、オセロットの理想に近付こうとするあまり、実は人形たちの中で一番ビッグボスに近付きつつあるという設定があります。
その設定が活かせてるかどうかはともかくして……いや、お母さんのザ・ボスに近付いているのか?
分からん。


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熱砂の砂漠:魔弾の射手

 旧市街の中心部にある広場は、かつてこの国の情緒を色濃く体験できる観光地として非常に人気のスポットであった。

 旧市街ということもあり、歴史ある美しい建築物が並び、観光客を相手にする商人たちが露店を開き賑わいを見せていた…しかしそれも今は昔、内戦の影響で住民は難民として逃れ、綺麗だった旧市街の街並は砲撃と空爆で見るも無残な姿へと変わってしまっている。

 以前は噴水で潤っていた池も破壊されて渇き、倒れた兵士の血が広がっている。

 

 

 旧市街の広場は十字に大きな道路が交差し、その周囲を建物が囲い込む構造となっている。

 その造りのおかげで、広場と道路を挟み政府軍と反政府軍側が攻防を仕掛ける形となり、それまで快進撃を仕掛けていたMSF第二大隊の進撃もストップする。

 反政府軍側も、これ以上の敗退を防ぐべく戦力を集中させ、頑強な抵抗を見せていた。

 

「リーダー! 敵戦車を確認したよ!」

 

 厄介なのは、反政府軍側が戦車を用意していることだ。

 見える限りで敵側の戦車は3両、情報によれば反政府勢力に戦車などのまともな兵器はないとされていたため、おそらくは雇われたPMCが投入してきた兵器だと思われる。

 それを裏付けするように、敵側の陣地には民兵とは明らかに装備の違う兵士たちの姿がある。

 

「月光で強引に突破する手もあるが…」

 

 月光が持つ跳躍力ならば、多少の損害はあっても敵側の陣地に乗り込むことは出来るだろう。

 だがそれに付随するヘイブン・トルーパー隊は、この広い道路を強引に突破しようとすれば損害は大きくなるだろう…虎の子、とまではいかないが長い時間をかけてエグゼが育てた部隊を無駄に損耗させるわけにはいかない。

 

「いっそ徹甲弾でも持って戦車の装甲をぶち抜いてやろうか?」

 

「鉄血が使ってるような装甲人形じゃないんだから撃ち抜けるはずないでしょう」

 

「ワルサーか。いや、冗談だ…戦車と装甲人形の防御力の差ぐらいは知ってるさ」

 

 プレイング・マンティスの部隊も広場へと到達したことで、WA2000は大隊へと戻って来た。

 敵側の防御陣地に攻めあぐねているMG5に並び、WA2000も戦場を見据え攻略法はないかと考える…一番はやはりFAL率いる戦車隊が来てくれるのがいいのだが、町の外で交戦しているのか通信をしてもすぐに切られてしまう。

 少しでも戦車を割いてこちらに回せばいいが、やはり戦車隊の運用に慣れていないようで考えてる余裕もないのかもしれない。

 

「仕方ないわね。プレイング・マンティスの対戦車班に任せましょう、援護をするわよ」

 

「了解した」

 

 MG5の指示により、市街地での近距離戦装備をしていたヘイブン・トルーパー隊を引きさがらせ、替わりにFN SCARやDSR-1を装備した隊員を複数の小隊に分けて展開させる。

 ユーゴスラビア側から大量供与されたVHS-2アサルトライフルは部隊の標準装備となり、DSR-1は高価なため少数の配備となっている。

 前線に投入された部隊は素早く展開し、通りを挟んで対面する敵勢力に対し攻撃を仕掛ける。

 MG5自身も、手頃な建物を簡易指揮所とし、各部隊に細かい指示を伝えるとともに、再度FAL率いる戦車隊への連絡を図る…。

 

「リーダー、あたしは何をすればいい?」

 

 持っている武器の特性上、距離を開いての戦闘を苦手とするキャリコが指示を求める。

 先ほどまで市街地での遭遇戦において大いに活躍してくれたキャリコを休ませてあげたいところであったが、キャリコは休むことをよしとせず、何か役割を求めている。

 

「いや、今は身体を休めてくれ。戦車を排除した後に君の突破力が必要になる」

 

「分かったよリーダー。でも、後方の仕事は手伝わせてもらうね」

 

「ああ。無理はしないように」

 

 笑みを浮かべて敬礼をすると、キャリコは指揮所の外へ出て軽迫撃砲を運搬する兵士たちの手伝いを行う。

 

「いい子ね」

 

「ああ、自慢の教え子だ」

 

 働き者のキャリコをWA2000に褒められて、MG5はまるで自分のことのように誇りに思うのであった。

 しかし感傷に浸ってもいられない、敵戦車の砲撃がすぐそばで炸裂したのか指揮所が揺れる…MG5は部隊の指揮に、WA2000は対戦車班の援護のために狙撃位置へと移動する。

 

『WA2000さん、対戦車班到着しました! 援護をお願いします!』

 

「了解よM590」

 

 通信を切り上げ、スコープを味方部隊へと向ける。

 対戦車班に混じってM590が手を挙げてWA2000にアピールをし、部隊と共に広場を迂回し、目標の戦車へと移動をしていく。

 彼女らが進む進路を頭で想定し、その障害となる敵部隊の狙撃を開始する。

 自陣と敵陣の距離はおよそ200メートル前後、戦場に吹く風とそれにまきあげられる砂塵、絶え間なく動く敵兵士が狙撃の難易度をあげるが…そんな環境でWA2000は実戦と訓練で鍛え抜かれた狙撃能力を遺憾なく発揮する。

 障害となる敵兵士を次々に排除し、M590が戦車へと接近するのを援護する。

 しかし敵側も狙撃されていることに気付き、身を隠しつつ反撃を開始してきた。

 

「上手くやりなさいよ…M590」

 

 スコープで彼女らの行動を観察していると、ふと遠くの建物の屋上に黒づくめのコートをなびかせる人物を目にする…擦り切れた赤黒いコートと銀髪を風になびかせるその人物はライフルを構え、その銃口は真っ直ぐに自身を狙っている。

 咄嗟に、伏せたWA2000…次の瞬間、彼女が先ほどまで顔を出していた窓を銃弾が貫きガラスを四散させた。

 それと同時に爆発音が鳴り響く。

 居場所を変えて戦場を見れば、どうやら敵戦車の撃破に成功したようで、味方部隊を悩ませていた戦車の砲塔がひしゃげ炎上していた。

 

 それを確認し、すぐさま先ほどの人物がいた屋上を伺うが、すでにそこには誰もいない…。

 

 

「誰だか知らないけど、やってくれたわね」

 

 

 はじけたガラス片によってWA2000は頬からうっすらと血を流していた…それを指で拭い、目の色を変える。

 どうやら本気になったようだ…。

 この戦場に来た際には予測していなかった好敵手の存在が、WA2000の闘争心を刺激する…目をぎらつかせ獰猛な笑みを浮かべる今の彼女を見れば、気の弱い人形などは震えあがり一生のトラウマになることだろう。

 現に、WA2000を迎えに来たキャリコは彼女の顔を見るなり狼狽える。

 

「見つけたわ、標的よ。アンタたちも狙撃に注意しなさい」

 

「えっと、ワルサーどうするの?」

 

「決まってるでしょう」

 

 ライフルと拳銃の残弾を確認し、好戦的な表情を見せる姿にキャリコは察する…あぁ、やはりMSF所属の人形はなんかおかしいと…。

 エグゼやスコーピオンが好戦的なのは知っていたが、まともに思えていたWA2000もこんな戦闘狂のような姿を見せるのだ…大人しい9A91などももしかしたら、そうキャリコは思い戦慄する。

 

「それよりFALと連絡がついたよ。もうすぐこっちに突撃するって」

 

「ああそう、それはいいわね」

 

 そんなことを話していると、旧市街の建物を戦車で強引に轢き潰しながらFAL率いる戦車部隊が姿を現す。

 戦場に駆けつけた戦車隊は味方の歩兵部隊の壁となるように停車すると、その砲口を敵戦車へと向けて砲弾を撃ちこんだ…砲弾は見事敵戦車の砲塔部に命中し火花をあげたが撃破にはならず、すかさず敵戦車が反撃をするが…。

 同じく砲塔部に命中したが、小気味よい金属音を鳴らせて砲弾は弾かれる。

 

 

「あーもう! 戦車の中は暑苦しくてかなわないわ! 戦車隊攻撃開始、パンツァー・フォー!!」

 

 

 何か大声で文句を言いながらFALが戦車内から出てきたが、生身を晒して指揮している姿は見ている側としては冷や冷やとさせられる。

 敵側の残り2両の戦車も負けじと応戦するが、その砲弾はMSFの戦車隊の装甲を撃ち抜くことができない。

 敵側のPMCが使用している戦車は旧式の戦車ばかりであるのに対し、MSFが配備しているのは最近ユーゴ連邦から仕入れたばかりの最新式の戦車だ。

 装甲の防御力も、砲撃による攻撃力も差がありすぎる。

 

「敵の防御が崩れたみたい!」

 

「ええ、MG5も部隊を前進させるはずよ。行くわよキャリコ!」

 

 やはり戦車の突破力は凄まじい。

 月光がそれに代わる兵器であることは間違いないのだが、配備数の面でまだ戦況を左右するほどの存在とは言えない。月光の数が主戦力として揃うその日まで、戦車はまだまだ活躍し続けるだろう。

 戦車隊の登場に敵は不利を悟り徐々に後退していく…残る戦車も乗り捨てられており、何もなければ鹵獲は確定だ。

 この好機にMG5も部隊を前進させ、激しい銃撃によって渡ることのできなかった広い道路を前進する。

 まだ建物に残る兵士もいたが、戦車の砲撃によって建物ごと吹き飛ばされてしまう。

 ようやく訪れた活躍の場にキャリコも先陣をきり走る…。

 

 

「逃がさない、追撃だ!」

 

 

 戦車と共に進むキャリコ、逃走する敵側の兵士を追い立てる中で勝利を確信するが…敷設されていた地雷に気付かず、踏みつけた戦車の下で大きな爆発を起こす。

 爆風で傍を進んでいたキャリコは吹き飛ばされ、激しく背を打ちつけてしまった。

 

「イタタ…しまった…」

 

 幸いにも大けがは免れたが、地雷を踏みつけた戦車は履帯が破損し立ち往生する。

 狭い道路の真ん中で足回りをやられたことによって後続の車両は進むことができず、部隊の進撃も止まってしまった…戦車兵も急いで脱出し、それを援護するためにキャリコが前に進みでた時だった。

 

 どこからか撃たれた一発の銃弾が、キャリコの足を撃ち抜き、走っていた勢いのままにキャリコは転倒する。

 

「くっ…どこから!」

 

 銃弾は貫通したが激痛で思うように足が動かず、這って物陰へと隠れようとするキャリコ…狙撃手はそれすらも見逃さず、地面を這うキャリコの腕を撃ち抜いた。

 激痛に悲鳴をあげ、片腕と片足を封じられたキャリコは障害物の無い道路で倒れ伏せる。

 

「キャリコ…!」

 

 彼女の危機にMG5が飛び出しそうになるが、配下のヘイブン・トルーパー兵が引き止め、代わりに彼女たちが救援として駆けつける……だが、それが狙撃手の狙いなのだろう。

 身動きの取れないキャリコを救出するために駆けつけたヘイブン・トルーパーを狙い、仕留める。

 

「くそ! キャリコ、今助けてやるからな!」

 

「ダメだ、来ちゃダメだ! あたしは…餌だ……リーダーも狙われちゃう」

 

「だが…!」

 

「あたしはまだ平気だ…それより、ワルサーそこにいるんでしょう? 奴は、今もあたしを狙ってる…あんたが、奴を倒して…!」

 

「キャリコ…了解よ、狙撃手の位置はだいたい把握した。それからあまり身動きしないように、失血で機能不全になるからね」

 

 地面に伏せるキャリコは小さく頷く。

 不用意に動けば出血の量を増やす、後は時間との勝負だ……いつ狙撃手がキャリコにとどめの一発を撃つかも分からない、キャリコの危機にMG5は気が気ではない様子だ。

 そんなMG5の肩を軽く触れ、落ち着きを取り戻すようWA2000は促した。

 

「頼んだ、ワルサー」

 

「任せて、負けるつもりはない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部隊を離れたWA2000は一人、旧市街の路地を走りぬけていた。

 不意の遭遇戦に備えてライフルは背にかけて、拳銃とナイフを手に構える…あの場で足止めをくらったせいで敵兵士は後退を済ませたのか、警戒する敵との遭遇はない。

 もしもあの狙撃手の任務が、撤退する部隊の援護だというのなら任務は大成功と言っていい。

 部隊の撤退に成功したのなら後は自身も後方に下がるだけ、普通に考えれば狙撃手はもう撤退しいないと考える…だがWA2000には確信に近いものがあった、敵は対決を望んでいる。

 

 先ほどキャリコが狙撃を受けた位置から、狙撃位置を割り出し、建物の屋上へと足を踏み入れる…。

 

 旧市街の建物の屋上の一つに、WA2000が追い求める狙撃手はいた。

 

 狙撃手は…彼女はここにWA2000が来ることを知っていたかのように、落ち着いた様子で出迎える。

 

 

「あなたが魔弾の射手とはね…Kar98k(カラビーナ)

 

「待っていたわ、同郷の後輩ちゃんWA2000」

 

 

 対面するKar98kは愉快そうに笑う…それに対し、WA2000は厳しい表情でじっと彼女の姿を観察していた。

 その顔は汚れた包帯で覆われ、着こむコートは血が滲んでどす黒く変色して擦り切れ、まるで死神のよう…対比してその手に握られた銃は綺麗に磨き上げられている。

 そんなWA2000の表情に気がついたのか、Kar98kは一度目を伏せると顔を覆っていた包帯を解く。

 

「ごめんなさいね、長年まともな整備も受けていないものだから…」

 

 包帯の下に隠されていた素顔は、まるで古びたマネキンのようにひびが入り、笑みを浮かべる表情もどこか固い。

 初期のI.O.P製戦術人形の中には、旧規格の生体パーツを用いた人形もいるため、整備を怠ると今のKar98kのように劣化していく存在もあるが…。

 

「わたくしは、あなたのような兵士が現れるのを待っていた」

 

「そう。私としてはあんたがどこの誰に雇われているかが気になってきたわ」

 

「フフ…わたくしの指揮官はとうの昔に戦死しましたわ。でも指揮官は死に際にわたくしへ最後の命令を下しました……"その命尽きるその時まで、大隊最後の兵士として責務を果たせ"…ローデシアにて指揮官と部隊が全滅して以来、わたくしは戦場を求めて各地を放浪していましたの。戦うために戦場を渡り歩き、願わくば強き者と命をかけた死闘に興じた末に役目を終える……WA2000、貴女ならわたくしの願いを叶えてくれるのではありませんか?」

 

「戦う理由は必要ない。ただ戦場と、戦う相手が欲しかったのね……気に入ったわ」

 

「そう、素敵ね。国境なき軍隊(MSF)最高のスナイパーの逸話はわたくしも常々耳にしていましたわ……あなたとなら素敵な戦いができそう。この渇きを、貴女なら潤してくれるはず…」

 

 乾き、ひび割れた顔をそっと触れてKar98kは微笑む。

 思い通りに動かない表情に無理矢理笑みをはり付ける姿は、無機質で、不気味で、恐ろしい…だがWA2000は一切動じることは無い。

 彼女はより恐ろしい存在を、より恐ろしい戦場を知っているからだ。

 恐怖に打克つことなど、既に習得して久しいことなのだ。

 

 

 

「そろそろ始めましょうかワルサー? 勝利か、死か……貴女なら、わたくしを殺してくれるでしょう?」

 

 

 




途中までスナイパ・ウルフをイメージしてたのに、何故だかヴァンプっぽいカラビーナが出来上がってしまった……なんだこいつ?


※ここでのKar98kはI.O.P製戦術人形の初期生産型という設定ざんす。
生体パーツも人間に近いものではなく、劣化の影響が激しいが戦闘能力に関しては遜色ないです。


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熱砂の砂漠:アイアンクロス

「――――キャリコ、もう大丈夫だぞ…」

 

 狙撃を受けてから数十分後、すっかり静かになったその場所にMG5がそっと近寄った。

 なるべく身体を動かさないようにして血が流れるのを防いでいたが、それでも相当の血が流れたらしくキャリコは青白い顔をしている。

 一瞬死んでしまったのではと不安になるMG5であったが、その身体に触れた時キャリコが小さな声で呻いてみせたのに胸をなでおろす…だが危険な状態だ、すぐさまキャリコを後方へと下がらせる。

 

「大隊長、どうしますか?」

 

「ここはもう迂回しよう。連絡によると反政府軍は旧市街から撤退しつつあるようだ、後は残存兵を殲滅するだけだ」

 

 既に旧市街での戦闘は山場を過ぎ、敗走する反政府軍への掃討作戦へと移行している。

 キャリコを狙撃されたことで大隊はしばし動きを止められたが、遅れを取り戻すべく月光を投入しヘイブン・トルーパー隊も先行して前に進ませた。

 ここでの戦闘はもうすぐ終わる…後は…。

 

 時折響く銃声、それがWA2000のものなのか…強敵の相手は彼女に任せ、MG5は自身の役目を果たすべく行動を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 屋上で始まった対決は、Kar98kが発煙弾でその姿をくらましたところから始まった。

 環境も彼女を味方するかのように砂煙が吹き荒れて一瞬のうちにWA2000は標的の姿を見失う。

 だがそれは相手側も同じ、すぐさまWA2000は来た道を引き返すと、窓を開け放ち隣の家屋へと飛び移る…無人の家屋を、なるべく窓際を避けて移動しさらに隣の家屋へ。

 先ほどまでは銃声や爆発音があちこちで聞こえていたが、反政府勢力が撤退をしたことで戦場は静寂に包まれている…そんな中、割れたガラス片などを踏みしめる小さな音さえも、今のWA2000は気を張り詰めて注意をしている。

 

 Kar98kが接近戦を仕掛けてくるとは思えないが、念には念を入れていつでもナイフと拳銃を出せる準備だけはしておく。

 

(それにしても、狙撃手同士の対決なんて…まるで映画の中の展開ね)

 

 映画(スクリーン)で見たことの全ては忘れろ、というのもオセロットの言葉であるが、彼の言いつけを忠実に守っていたはずがまさかこのような場面に立たされるとは…WA2000はついほくそ笑む。

 そう言えば以前スネークが、かつて世界最高と謳われた狙撃手と一対一の対決をしたという話をWA2000は聞いたことがあった。

 スネークの過去の活躍を聞くたびに、やることはやっているのだなと呆れを通り越して称賛するのだが…いくら伝説の傭兵と言われるスネークにも狙撃の腕は負けていない、あるいはそうありたいという思いがWA2000にはある。

 

(狙撃に関しては誰にも負けたくない、例えスネークにさえも……スナイパーとしての能力なら、私がMSF一だ!)

 

 それはうぬぼれではない、自身への正当な評価であり、そう思うだけの自信があるのだ。

 

 

 

 絶えず周囲に目を光らせ、一瞬でもKar98kの姿を見れば射撃体勢に移れるよう身構える。

 純粋な戦闘能力の他、隠密行動の技術も叩き込まれたWA2000は痕跡を残さず、音を発することもなく素早く移動する…一瞬の隙が命取りとなる尋常ではない状況において、彼女の感覚はなお冴えわたる。

 些細な動作も見逃さず、わずかな音も聞き漏らさない、風に運ばれる戦場の香りですらも索敵の重要な要素となるのだ…スカウトの訓練はオセロットではなく、スネーク直々に教わった技術でもある。

 既に1時間近くも索敵をしているがその姿は見つからない…偽装と隠密に長けているのは、向こうも同じらしい。

 

 一度戦場を見回そうとWA2000は家屋の一つに入り込み、静かに屋上へと向かう。

 慎重に歩を進めつつ、物陰からそっと外を伺う。

 

(いないわね。時間をかければ部隊が展開して逃げ場が無くなる…不利な状況になるのは目に見えているはずなのに)

 

 見つからないKar98kに、その場から移動をしようとした時、WA2000は視界の端に動く者を捉え即座に銃を構えた。

 相手はどうやら撤退し損ねた反政府軍兵士で、遅れてWA2000の存在に気付く。

 敵兵士が銃を発砲するその前に、WA2000は素早くナイフを引き抜き投げつける…ナイフは敵兵士の喉元に深々と突き刺さるが、兵士が握っていた銃が暴発したため咄嗟にWA2000は床に伏せる。

 

「クソ…ついてない…!」

 

 今の銃声で完全に位置は特定されたと言っていい。

 伏せていることで身を隠せているが、少しでも頭をあげれば狙撃される…絶体絶命の状況に焦るが、深呼吸を繰り返し乱れたメンタルを落ち着かせる。

 活路を見出すべく周囲を伺う。

 屋上から階下へ通じる扉にまで這って進むという手もあるが、ちょうどそこは崩れた壁から丸見えとなる位置にある。

 走って一気に屋上から飛び降りる手もあるが、リスクが大きすぎるので論外。

 最後に、WA2000は先ほどナイフを投げつけて殺害した敵兵士に目を向ける。

 そこで何かを思いついたのかそっとその死体まで這っていくと、自分が着ていた迷彩用のマントを頭から被せる…そして死体をそばに引き寄せると身体を少し浮かせて、一度大きく息を吸い込んだ。

 

 息を止め、死体を蹴り上げる。

 もしもKar98kが狙っているのならこの動きにくいつくはず。

 その予想は見事的中し、Kar98kの正確な狙撃によって死体の胴体が撃ち抜かれる…瞬時に弾丸が飛んできた方角を把握し、WA2000は身を起こしそちらの方角へ向けて狙いを定める。

 狙った方角にKar98kの姿を捉える。

 スコープ越しに、彼女の動揺する表情を見てとったWA2000は即座に引き金を引いた。

 僅差で放たれたKar98kの弾丸は狙いがそれてWA2000の頬をかすめ、逆にWA2000の銃弾は見事Kar98kを貫く…ふらつき、血を流し、彼女は屋上にその姿を消した…。

 

 

「危機一髪ね…」

 

 

 珍しくかいた冷や汗をそっとぬぐい、WA2000はすぐに屋上から屋上へと飛び移り、倒したKar98kの元へと向かう…。

 慎重に近寄ったWA2000が見たのは、胴体から血を流し倒れるKar98kの姿であった。

 

 

「ごほっ…ごほっ……見事、ね…ワルサー……わたくしの、完敗ですわ…」

 

「ずいぶんとてこずらせてくれたわね。たった一人を相手に、こんなに気を張り詰めたのは初めてよ」

 

「それは、褒め言葉…かしら?」

 

「この私が言ってるのよ、褒めているに決まってるわ」

 

「そう……光栄ね…」

 

 素直じゃない褒め言葉に思わず笑みを浮かべたKar98kであったが、苦しそうに咳きこんで吐血する。

 それから床に落ちた自身の銃へと手を伸ばすが、受けたダメージによって呻き声をあげた……そんな彼女を見て、WA2000は床に落ちた銃を拾いあげる。

 ボルトハンドルを操作して装填された弾丸を取り除くと、無害なその銃をそっと彼女に手渡した。

 

 

「ありがとう…案外、優しいのね…」

 

「聞きたいんだけれど、これは私の勝ち…ということでいいのかしら?」

 

「あなたはいつでもわたくしを殺せる…生殺与奪の権を握った者が、勝者よ……フフ、これでようやくわたくしも死ねる。長かったわ…」

 

 ひび割れた顔に穏やかな笑みを浮かべるKar98k…彼女が口にし始めたのは、過去の話だ。

 

「わたくしが所属していたPMCは……それなりの規模でしたの…。ある時戦場で、味方の裏切りにあい…部隊は壊滅…。以来、わたくしは指揮官の最後の指示に従い…戦場を渡り歩いてきた……ですが、戦術人形に取って指揮官がいないという状況は極めて…不安定な毎日でしたわ。一人で生きる孤独は……わたくしのメンタルを蝕んだ」

 

「何が、言いたいの?」

 

「分かるでしょう…? わたくしは今日まで生き残ってきたのではない……死に遅れただけですわ。わたくしが出来ることは、最後の命令を遂行した末に戦死すること……ワルサー、どうやら貴女がわたくしの願いを叶えてくれるみたいね……さあ、もう終わりにしましょう。放っておいても死ぬ身だけれど…緩慢に死ぬのは、ごめんですわ…」

 

 最後にKar98kはWA2000に微笑みかけ、その目を閉じる。

 このまま放っておいても死は必ず訪れる、だがゆっくりと死が近づいてくるあの感覚無様で苦痛なものはない…彼女のせめて慈悲を求める願いに、WA2000はライフルの銃口を向ける。

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故……ですの?」

 

 銃声は鳴った、だが何故だかまだ生きている。

 わけが分からず見上げたKar98kを、WA2000は真っ直ぐに見つめ返す。

 

弾薬(タマ)は無駄にしたけれど、命は無駄にしないで……貴女はここで死んだ、分かるわね?」

 

「それは…」

 

「今までの貴女は今日ここで死に、新しい人形(いのち)として生まれ変わった。その新しい命を、私たちにちょうだい」

 

 差し伸べられたWA2000の手を、Kar98kはしばし見つめていた。

 

「誰かのためじゃない、自分自身のために。私たちは戦いの中でしか生きられない、だからこそ戦う理由だけは自分で決める。Kar98k(カラビーナ)、生きる理由は他にいくらでもある。死に場所を求めることが、後に残された者の役目なんかじゃない…」

 

「ワルサー……」

 

「後はあなた次第よ……勝利か死か…いいえ、自由か死か」

 

「分かった……分かったわ、ワルサー。新しく生まれかわった人形(いのち)を……貴女に委ねましょう……よろしくね、我が主よ(マイスター)

 

「アウターヘブンへようこそ、Kar98k(カラビーナ)




こりゃMSFにではなく、わーちゃんに忠誠誓ってるじゃねーかと思う次第。
カリスマまで身に付けたわーちゃんはきっと戦術人形の形をしたなにかだと思う(小並感)


さてまたほのぼのやろ


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マザーベース:刻みつけられた痛み

 MSF司令室にて、副司令カズヒラ・ミラーは机の上に置かれていた書類を片付けるとくたびれたように椅子にもたれかかる。

 机の横には山積みになった書類の山が…ここ最近になって、エグゼの連隊発足に伴う各部門とのやり取りや報告書などの書類などが増え、今日ようやく全ての仕事を片付けることができた。

 MSF戦闘班の紛争地帯への派遣、今や欠かせない存在となっているPMC4社との提携業務、武器・兵器の開発及び整備計画、顧客とのやり取りなど…戦闘に関わらないが重要な業務の全てをミラーが取り仕切り、MSFのかじ取りを行ってきた。

 MSFのスタッフたちが、それぞれの役目に集中できるのもひとえに彼のおかげだ。

 唯一、諜報班の仕事はオセロットがとりまとめ、重要な案件だけをミラーやスネークに報告をしてくれる。

 

 そんなミラーでも、ここ最近の激務は相当心身に疲労をもたらしたようだ。

 仕事を片付けたミラーは口をだらりと開き、天井を仰ぎ見る……そのまま少しの間そうしていると、扉がノックされ、開いた扉から97式がひょっこりと顔を覗かせる。

 

「お疲れさまですミラーさん、よかったらどうぞ」

 

 疲れた様子のミラーに97式は愛くるしい表情で微笑みかけ、お茶の入った湯のみと丸く平たいお菓子を差し出した。

 

「お、これは月餅か? 君が作ったのか?」

 

「はい、厨房を借りて作ってみました」

 

「なるほど…うむ、美味しいよ。それに、このお茶と相性もいい…美味すぎる!」

 

「わぁ! 良かったです!」

 

 お茶とお菓子を美味しそうに食べるミラーに、97式は嬉しそうにはにかむのであった。

 

 97式はMSFに来て以来、ミラーのお手伝いをする毎日を送っており、今回ミラーが抱えていた業務も97式の手伝いのおかげでずいぶんと捗ったものだ。スコーピオンから彼女の人柄を聞いた時は、外で遊ぶのが大好きだった子と言われ、仕事を任せても良いのか不安になったミラーであったが…前評判とは違い、97式は落ち着いた様子で仕事を手伝ってくれたので拍子抜けしたものだ。

 ともかく、97式の手助けによってミラーも苦労も少し和らいだというものだ。

 

「97式が来てくれて大助かりだ、ありがとう」

 

「えへへ、どういたしまして!」

 

 ここに来たときはどこか怯えた様子で、常に人の目を気にしていた彼女だったがここ最近は笑顔を見せるようになってきた。

 まだ一部の者とは打ち解けていないようだが、ミラーには心を開き、二人きりの時は自然な様子で笑ってくれる。

 湯呑を手に97式が振り返った時、その首筋についた傷痕をミラーは目にする。

 そこだけではなく、服の下にはいくつもの生々しい傷痕がつけられている…全て鉄血のアルケミストによる凄絶な拷問の末に付けられたものだ。

 

 97式がアルケミストに何をされたかは分からない。

 だが、想像を絶する拷問と虐待を受けたことは確かだ。

 おぞましい苦痛に人格が破綻する寸前まで追い詰められていた97式も今は順調に回復の兆しをみせているようだが、まだ心の闇が完全に晴れていないことはミラーにはなんとなくだが分かっていた。

 

「どうしたのミラーさん、あたしの顔をじっと見て?」

 

「ん? あ、あぁ…いつも可愛いなと思ってな」

 

「かわッ!? もぅ…ミラーさん、そんなこと面と向かって言わないでくださいよ…」

 

 ポッと顔を赤らめて恥じらう97式。

 こんな場面を切り取って見られたらWA2000辺りに蔑まれそうなものだが…それはともかくとして、97式がいつの日か誰とでも打ち解けて元気いっぱいの姿を取り戻して欲しい、そうミラーは願う。

 それが97式をミラーに託したスコーピオンの願いであり、二人で交わした約束なのだから。

 

「よし、後はこいつを研究開発班に回して仕事は終わりだな」

 

「あ、あたしがやりますよミラーさん?」

 

「頼まれてくれるか?」

 

「はい!」

 

 97式はびしっと敬礼を向け、ミラーから書類を受け取ると司令室の扉を開けて出ていく。

 賑やか娘が飛び出し、お茶をそっとすすり一息ついていると…キィっと司令室の扉が開き、誰かと思えばいましがた出ていったばかりの97式が戻って来たではないか。

 一体どうしたのかと聞いてみれば…。

 

「あの…研究開発班の場所が分からなくて…」

 

「あー…そういえば宿舎とここの往来しかしていないもんな。悪かった、オレの配慮不足だな」

 

「そんな! ミラーさんは悪くないよ!」

 

「そうだ、折角仕事も片付いたことだし…マザーベースの案内も兼ねて外に遊びにでも行くか?」

 

 外に遊び…その言葉を聞いた97式はきらりと目を光らせる。

 ここ最近の様子から忘れがちだが、本来は外で遊ぶのが大好きな元気娘…というのがスコーピオン談だ。

 外で遊べるという思いからかワクワクした様子の97式に苦笑しつつ、ミラーは早速マザーベース散策のために外へと出ていった…。

 

 

 

 外に出ると暖かな日差しと穏やかな海風が二人を出迎える。

 ここ最近司令部に引きこもりっぱなしだったミラーはこった身体をほぐし、大きく伸びをする…やはり外に出て身体を動かしている方がいい、きっと97式もそうに違いないと思い振りかえるが、ミラーが見たのは表情をこわばらせがちがちに緊張している97式の姿だった。

 

「ど、どうしたんだ97式?」

 

「う、うん…あの……ごめんなさい、やっぱり外は…」

 

「一体どうしたんだい? 大丈夫、ここにいる奴はみんないい人だ…君を苛めるような奴はいない。それに、オレもすぐそばにいる」

 

「う、うん…」

 

 やはりまだ他の人には不慣れなのか、マザーベースのスタッフにも怯えているようだ。

 先ほどまでの元気な姿が嘘のようだ…怯えて人の目を気にする姿はミラーが初めて会った時と似ている。

 

「ほら、みんなに自己紹介をしよう。きっと慣れるさ」

 

「うん…ねえミラーさん」

 

「なんだ?」

 

「手…繋いでもいいかな? それなら、怖くない…と思う」

 

「構わないよ、ほら」

 

 差し出されたミラーの手をそっと握り返すが、それだけではまだ不安なのかそっと身を寄せる。

 密着した97式から感じ取る微かな震え…97式が抱える不安と恐怖を感じ取り不憫に思うと同時に、この子を守ってやろうという使命感のようなものをミラーは心に宿すのであった。

 

 早速、97式を伴い研究開発班の棟へと向かうのだが……あの副司令カズヒラ・ミラーが97式と手を繋いで歩いているとなると、嫌でも注目を集めるというものだ。

 ひそひそとスタッフたちが何ごとかささやき、警備をつとめるヘイブン・トルーパー兵の冷たい視線が突き刺さる…悪意はないのに疑われている事態に、ミラーは冷や汗を流す。

 

「おい、何か…用か?」

 

「いえ、なにも」

 

 ヘイブン・トルーパー兵の傍を通った時に声をかけてみたが特に何も返されず…だが通り過ぎた後でもミラーの姿をじっと見続けた挙句、意味深に通信をとるのだからいよいよミラーは焦り始める。

 マザーベースでミラーの女癖の悪さは知られている…そんな中でいたいけな少女を連れ回している姿は非常に印象が悪いと言わざるを得ない。

 そしてミラーに視線が集まるということは、一緒に歩く97式にも視線が集まるということでもある。

 多くの視線に晒された97式は極度の緊張からかパニックに陥っており、ミラーの身体にしがみつき短い呼吸を繰り返すようになってしまう…これはマズい。

 

「怖い…ミラーさん、助けて…怖いよ…」

 

「大丈夫だ、すぐそばにいる。みんな、すまんがこれにはわけがあるんだ! いつも通り行動してくれ!」

 

 97式のその様子にようやく誤解が解け、手助けのために何人かが走り寄って来たがミラーは手を挙げて制する。

 気持ちはありがたいが、今は逆効果だ。

 

「97式、ゆっくり深呼吸をするんだ…そうだ、ゆっくり息を吸って、吐いて…」

 

 震える97式の背をさすり、何度も深呼吸を繰り返させる。

 事態を察したヘイブン・トルーパー兵が静かに人払いを行い、その甲板上からミラーと97式以外は立ち去る。

 ようやく落ち着いた様子の97式であったが、いまだ震える手でミラーにしがみつくと、その胸に顔をうずめてすすり泣く…まだ他の誰かが怖くて仕方がないようだ。

 外の出すのはまだ早すぎた…自分の判断ミスにいら立ちが募る。

 

「一度戻ろう、97式」

 

「うっ……ごめんなさい…ごめんなさい、ミラーさん…」

 

「いいんだ、ここまで良く頑張って来れた。今度また外で遊ぼう」

 

 すすり泣く97式の肩をそっと抱き、来た道を引き返す。

 司令室のソファーに97式を座らせようとしたが、彼女はミラーから離れようとしない…そのまま一緒に座り、震える彼女の頭をそっと撫でる。

 きっと97式も心の底ではみんなと仲良くしたいという想いはあるのだ。

 だが、過去のトラウマがそれを阻害する……一体、アルケミストはどれだけの苦痛と恐怖をこの子に植え付けたというのだろうか?

 

 ミラーは泣きつかれて眠りにつくまで優しく彼女を撫で続ける。

 97式が眠りについた時、ミラーは無線機をとりだす…こんな時は彼女の出番だろう。

 

 

 

「あー、スコーピオン? 今暇かな? 至急来てほしいんだが……なに、忙しい? お前はいつも暇だろう」

 

 通信機の向こうでギャーギャー騒ぎ立ててるので一度ヘッドフォンを外す…。

 

「あのな、97式のことだ。ちょっとお前の力を借りたいんだ…真面目な話だ」

 

 




あれ…MSF最強のほのぼのメーカー、カズが通用しない…だと…?
待ってくれ…カズとスコピッピの最強ほのぼのコンビをぶつけてみるから…!



過去編の出来事でアルケミストは他者への凄まじい憎悪を宿すようになりましたが、こうして報復と憎悪の連鎖が広がっていくのか…。
いつかアルケミストとも決着をつけなければならない。


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マザーベース:アニマルセラピー

「やあ、おっさん。来たよ」

 

 司令室の扉をノックもせずに開いてやって来たのは、ミス・トラブルメーカーことスコーピオンだ。

 普段なら重要な資料や精密機器がある司令室に招かれることのない彼女であったが、今回は特殊な用事であるので咎められることは無い。

 司令室のソファーの上では、ミラーの膝の上で眠る97式の姿がある。

 その顔は涙を流したあとで赤くはれている…。

 

「あ、失礼します」

 

 スコーピオンと一緒にやって来たのはスプリングフィールドだ。

 おそらくスコーピオンが今回ミラーに呼ばれた件で、彼女の存在が頼りになると思い連れてきたのかもしれない。

 

「さっき警備の兵士に何があったか聞いたよ」

 

「そうか、この子も慣れてきたと思ったんだが…まだ早かったみたいだ。悪いな、来てもらってな」

 

「そんなことないよおっさん。あたしも97式は心配だったから、こっちこそ任せっきりで悪かったね」

 

 そっと扉を閉めると、二人は眠る97式の傍にしゃがみ込む。

 97式も全員に怯えているわけではなく、ミラー以外にもスコーピオンやスプリングフィールドなど一部の人形に心を開いて自然に接することができる。

 女癖の悪さを多少心配したが、フランクな性格のミラーに預けることで97式を人に慣れさせようという試みはある意味成功したのだが、それでもやはりまだ人への恐怖心を拭いきれない。

 確実なのは少しずつ人に慣れさせることなのだろうが…。

 

「ねえおっさん、前々から考えてたんだけどさ、MSFにも心理カウンセラーを雇ったほうがいいと思うんだよね」

 

「戦闘ストレス障害の対策のため、か。そうだな、オレも全く考えていなかったわけではないし、医療班においてもそういった計画があがっていたのもある」

 

「戦闘ストレス障害には、攻撃性の増大や疲労感、飲食障害や集中力の低下などが挙げられますね。ストレスを受ける要因には、軍事的な要因以外にも、環境及び生理的要因などがあります。古くは第一次世界大戦時、猛烈な砲撃へのストレスからくるシェル・ショックに悩まされる兵士が各国で問題になりました。それからの研究で、長期間の戦闘でも同じような反応が見られるようになり、戦争神経症、戦闘疲労という呼称に代わりましたね。退役した兵士などが後に心理的障害を示すこともあり、これは心的外傷後ストレス障害(P T S D)と命名されています。軍事面における心理カウンセラーは今や花形職業です。武器兵器を用いず、兵士たちのセラピーを行うことで戦闘効率や戦闘生産性の向上をさせます……あの、何か?」

 

「いや、スプリングフィールドったらやたら詳しいなって思ってさ」

 

「あ、すみません、つい…」

 

 スコーピオンに指摘を受けて、少し話しすぎたと思ったようで気恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 これについては以前スプリングフィールドがユーゴ紛争で心身へかかった大きな負担から、メディックであるエイハヴに授けられた教養の賜物であろう。

 兵士が気にするのは何も肉体的な外傷だけではない。

 戦闘からくるストレスなどによって精神が傷つき、個人差はあるが様々な症状に苛まれる。

 人間とは異なる構造の戦術人形にとってもこれは無縁なものではなく、極度のストレスからメンタルの崩壊につながる場合もある。

 

「だがスプリングフィールドの言うことももっともだ。MSFとしては、この分野に関して遅れていると言わざるを得ない。歴戦の兵士といえども、心のケアは必要となってくる。これについてはオレも考えておくとしよう…それで、97式の事だが、何か良い案はないだろうか?」

 

「うーん、あたしとしてはみんなと触れあって慣れていくしかないっていうのがあるんだけど、今の97式だと他人が怖くて仕方がないんだよね?」

 

「心理療法においても、主流なのはやはりセラピストとの対話です。しかしこれにはある程度技法が必要で、逆にストレス症状を強めてしまうことがあるので注意が必要です」

 

「そっか…何か良い方法はないかな?」

 

「そうなりますと…、やはり個人差がありますがその人の趣味をやらせてみたり、音楽を聞いたりでしょうか。しかし97式の症状を見るに、簡単にはいかなそうですが……後はそうですね、アニマルセラピーというのがありますよ」

 

 スプリングフィールドが言った聞き慣れない単語に、スコーピオンは興味を示す。

 

「アニマルセラピーという言葉自体は、日本で生まれた造語だと聞きます。ですがこの概念については各国でも取り組みが行われている療法でもあります」

 

「それはオレも聞いたことがある。長期の入院生活や難病患者など、生存への意欲が低下している患者に犬や猫などのペットと触れあわせることで内在するストレスの緩和を図るものだ」

 

「人と関わるペットがもたらすメリットとして、癒しや孤独の解消、他者を思いやる心を育むことが挙げられますね。ミラーさん、もしかしたら今の97式にはぴったりな療法かもしれません。それに、間に動物がいることで見知らぬ人でも無意識的に警戒心を解いてしまうという話もありますから」

 

「そうか、それは是非とも試しす価値があるな。じゃあ早速…」

 

 犬か猫でも用意しようと、腰をあげようとしたミラーをスコーピオンが声をあげて引き止める。

 何か考えでもあるのだろうかと彼女を見たミラーであったが、先ほどまでの真剣そうな顔つきはどこへやら…スコーピオンの何かを企む表情に背筋が凍る。

 今まで大人しくしていたから油断していたが、これは何か面白いことを企んでいる顔だ。

 

「おっさん、今の97式は結構ヤバい状態なのはわかるよね? 普通の療法じゃどうにもならないのは分かるよね?」

 

「ああ、それは分かるが……スコーピオンお前、一体何を企んでいる?」

 

「おっさん、97式は中国に起源を持つ戦術人形だ。それならば97式の故郷の動物を用意するべき、そう思わない?」

 

「言いたいことは分かるがここから中国までどれくらい距離があると思ってるんだ、ほとんど地球の反対側だ。無茶を言うんじゃない……一応聞くが、どんな動物を用意しようというんだ」

 

「パンダ」

 

「は?」

 

「だから、パンダだってば」

 

 とぼけた表情で言って見せるスコーピオンに、ミラーとスプリングフィールドは揃ってあきれ果てる。

 

 説明しよう、パンダとは正式名称ジャイアントパンダのことであり、中国のごく限られた地域に生息する動物である。

 その独特な外見と仕草から動物園などでは人気の動物であったのだが、第三次世界大戦勃発以前から絶滅危惧種に指定され、環境が激変した現代においてはほとんど絶滅したとされている動物である…つまりはパンダを探すなど夢物語なのだ。

 

「パンダが可愛いのは分かるがな…いくらなんでも…」

 

「そうですよスコーピオン、いないものを探せというのはできっこないです」

 

「そっか、いい考えだと思ったんだけどな。じゃあさ、パンダに似た生き物を探せばいいんだね!」

 

「待て、一回パンダから離れようか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、いうわけでやってきました北極へ」

 

 一面銀世界、すべてが凍りついた極寒の領域の中でスコーピオンは気合を入れる。

 あの後無理矢理連れてこられたミラーとスプリングフィールドは防寒着を何枚も着こんでいるが、それでも北極の寒さは厳しい。

 それに対しスコーピオンの格好はというと、いつもの服に毛糸の手袋をつけただけという見ているだけで寒々しい格好をしている。

 

「あいつ、こんな寒い中で…風邪を引かないのか…!」

 

「ミ、ミラーさん…戦術人形は風邪を引きませんよ…!」

 

「いや違う…スコーピオンの場合、戦術人形だから風邪を引かないんじゃない…バカだから風邪を引かないんだ!」

 

 凍てつく風に身を震わせ、やたらと元気なスコーピオンの後を二人はついて行く。

 さて、当初パンダを求めていたスコーピオンが何故この北極へとやって来たかというと…。

 

「さて、どこに居るかなホッキョクグマは!」

 

 そう、よりにもよってスコーピオンが次に目をつけたのは世界最大の肉食獣とも言われるホッキョクグマを捕まえるためであった。

 もはや97式のためという大義があるのかどうかも分からないが、一応スコーピオンの言い分としては、"白クマにぶち模様をつければパンダじゃん"ということらしいが、流石思考回路が常人とは違う。

 

「じゃあスプリングフィールド、狙撃は任せたよ。大型動物用麻酔銃だ!」

 

「え、ええ…任せてください」

 

「もう元気ないな! おっさんも、この寒さに負けないくらい元気でいないと!」

 

「くっ、何故こんな時スネークがいないんだ…!」

 

 極寒の環境の中でスプリングフィールドは律儀に捕獲用麻酔弾を装填したライフルを受け取り、囮のために出かけていったスコーピオンの帰りを待つ…待っている間に凍死してしまうのではという危機感もあったが、スコーピオンはすぐに戻って来たではないか……巨大なホッキョクグマに追いかけられて…。

 

 

「スプリングフィールド! 早く撃って、早く―!!」

 

「わわ! とりあえず、伏せてくださいッ!」

 

 

 その言葉を聞いてスコーピオンが咄嗟に伏せ、同時に麻酔弾を装填したライフルの引き金を引いた。 

 麻酔弾は見事ホッキョクグマに命中するのであったが、体格の大きなホッキョクグマには一発で麻酔が回らず、少し怯んだだけでスコーピオンに襲い掛かる。

 ホッキョクグマの巨体がスコーピオンに覆いかぶさった時、最悪の事態にミラーとスプリングフィールドは声を失う。

 怒り狂うホッキョクグマが暴れまわり、その圧倒的力に蹂躙されてスコーピオンは助からない…そう二人は思っていたが。

 

 

「こんの白クマが! 痛いでしょーがっ!」

 

 

 なんとスコーピオンはホッキョクグマの横腹をすり抜けたかと思うと、ホッキョクグマの背にまわり込み首を絞めあげる。

 もがき暴れるホッキョクグマに振り落されたが、突っ込んできたホッキョクグマの鼻っ面に頭突きを叩き込んで怯ませる。

 

「白クマが、サソリに勝てると思うな! こんちくしょーめ! サソリ式CQCでも喰らえッ!」

 

 真正面からホッキョクグマの頸動脈をフロント・チョークの要領で絞めあげ、渾身の力を込める。

 苦しみもがくホッキョクグマ……ありえないことにゆうに数百キロはあろうホッキョクグマの巨体を宙に浮かせ、クマの脳天を氷上へ垂直に叩きつける垂直落下式DDTをお見舞いする。

 銀世界に響き渡る、氷が叩き割れる音。、

 あまりの衝撃にホッキョクグマは目を回して崩れ落ちた。

 

 

「っしゃーーー! あたしが地上最強の生物だーーーッ!」

 

 

 目を回して気絶するクマの横で勝ち名乗りをあげるスコーピオンを、二人は呆然と見ていることしか出来ないでいた…。

 想定していた流れとは大きく違ったが、ひとまずホッキョクグマを捕獲することに成功したわけであるが、やはりミラーとスプリングフィールドはホッキョクグマをアニマルセラピーに用いることには否定的だった。

 何かスコーピオンを阻止できないか…そう思っていると、氷の影から小さな白クマがトコトコと歩いてきたかと思うと、気絶したホッキョクグマにしがみつく。

 おそらく気絶したホッキョクグマの子熊なのだろう、親熊と違い愛くるしい姿にスプリングフィールドはおもわず見とれていたが、そこで何かを思いつく。

 

 

「スコーピオンさん、白クマをアニマルセラピーとして連れ帰るのは止めましょう。このクマたちはここで自由にいきていたんです。いくら97式を助けるためとはいえ、何の罪もないこのクマたちを連れかえって利用するのは、わたしたちのエゴではないでしょうか?」

 

「……うーん……でも…いや、スプリングフィールドの言う通りだね。あたしらには、このクマたちを故郷から引き離す権利はなかったよね。ごめんね、痛いことしちゃって」

 

「人類と動物の関係をパートナーと呼ぶか、それとも隷属と呼ぶかは人それぞれだ。人のためとはいえ、動物を利用することは罪なことなのかもしれない……まあいいじゃないかスコーピオン、オレたちだけで97式の心を助けてやろう」

 

「うん、そだね。時間がかかっても、誰にも迷惑をかけずに97式を助けてあげた方がいいよね」

 

 最後に一度、気絶させたクマの親子に謝罪をして、3人は北極を立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「北極まで行ってなんの成果もなしか…残念だったね」

 

「次は普通の場所でお願いします、本当に…」

 

「まあ、北極は環境汚染の影響もほとんどないって分かったからいいじゃないか。さて、ただいま97式」

 

 司令部の扉を開けると、そこにいた97式が振り返り笑顔を向ける。

 それに微笑み返そうとした3人であったが、そこにいるはずのない存在に一同戦慄する。

 

「あれ、どうしたんですかみんな?」

 

「あ、あ……97式…? それ、なに…?」

 

「はい? あぁ…たまたまここに迷い込んで来たみたいで、あたしに懐いてくれたみたいなんだ。可愛い"トラ"だね」

 

 

 そこにいたのはトラだ、紛れもない大型肉食獣のトラである。

 97式よりも大きな身体をソファーに横たえ、気持ちの良さそうに目を閉じて寝息をたてているではないか。

 

 覚えているだろうか?

 このトラはかつてMSFがこの世界にやって来て間もないころに、食糧難を解決するためにスタッフ総出でハンティング作戦を行った際に、スネークが格闘の末連れてきたトラだ。

 食用に適さないということで食べられず、以後、MSFのスタッフが細々と世話をしていたらしいのだが、ミラーたちが留守中脱走して97式に懐いたらしい。

 

 

「あ、危ないよ97式、大丈夫なの!?」

 

「ホッキョクグマをぶちのめしたお前がいまさら何を…」

 

「平気だよ。人懐っこくて、あたし気に入った! 名前も考えたの、蘭々(ランラン)って名前だよ!」

 

 

 獰猛な肉食獣の傍で笑っている97式、危なっかしくて冷や冷やしているが、落ち着いている様子を見るに本当に懐いているのだろう。

 

 

「ま、まあ結果的に97式とトラで中国っぽいからいいのかな…?」

 

「それじゃ、後は大丈夫だねおっさん?」

 

「待て、オレはあのトラとも一緒にいなければならないのか?」

 

「ご愁傷さまですミラーさん、くれぐれもトラの機嫌を損ねて殺されないよう注意してくださいね?」

 

「スプリングフィールド、お前もか…!」

 

 

 かくして、司令部に新たなメンバーが加わることになった。

 

 余談だが、常にそばにトラがいるという状況がミラーに緊張感を持たせ続け、彼の業務遂行能力が上がったとかなんだとか…。




※トラについては第一章"マザーベース:ハンティング作戦"を参照!

ふへへ、トラのキャプチャーはただの思いつきだと思ったやろ?
97式のための伏線やで(嘘)


ペット一匹飼うためにアニマルセラピーだのPTSDだの小難しい話を…これがMSFの日常会話です(白目)


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マザーベース:全てはあなたのために…

 マザーベース、研究開発班。

 一介のPMCが持つにはあまりにも高い技術力を持っていることで知られるMSFの研究開発班では、日々武器・装備の開発研究を行っており、また戦術人形向けのAI調整や装備開発にも熱心に取り組む。

  

"関係者以外立ち入り禁止"

 

 研究開発班の棟の入り口には、大きな警告文がある。

 ここはMSFの技術の全てがここに集約されていると言ってもよく、それと同時にマザーベースで最も警備が厳重な施設である。

 ここには24時間、常に厳戒態勢が敷かれ多くの警備兵と監視カメラが配置され、極めつけは眠ることを知らない試作型月光を筆頭に数機の月光が休むことなく周囲を警備している。

 ここにはMSFのスタッフといえど足を踏み入れることができず、スネークやミラーなどトップの人間だけが中に入ることができる。

 まあ、そんな徹底された秘密主義からか内部のスタッフは思いつきで様々な珍兵器や変態兵器が生まれるのだが。

 今はサヘラントロプスの開発も合わさり、徹底した情報統制がなされているので、本来はもう少々警備も緩いが…。

 

 さてそんな厳重警備が敷かれている研究開発プラットフォームだが、例外として修復や定期検査対象の戦術人形は一部エリアへの立ち入りが許可されている。

 今日のところは、先日中東でWA2000と狙撃対決を行った末に彼女に敗北し、同時に忠誠を誓い仲間となったKar98kが同プラットフォーム内の修復施設に入っていた。

 

 

 対決の末に受けた銃創以外に、長く正規の整備を受けなかったことによる生体パーツの損傷や関節部の不具合、AIの修正などなど…Kar98kが受けるべき修復は複数カ所あり、これにはストレンジラブも張り切って彼女の修復作業に取り掛かるのであった。

 大がかりな修復作業は三日かけて行われ、修復完了の連絡を受けたWA2000は施設の外で待っていた。

 その隣には、WA2000と対決をしたKar98kのことが気になってしょうがないスコーピオンとなぜかUMP45がいる。

 

「いやー、それにしてもわーちゃんをてこずらせたスナイパーか。どんな奴?」

 

Kar98k(カラビーナ)? まあ、落ち着いたような奴だったけど…というかUMP45、わたしについて来ても中には入れないわよ?」

 

「あはは、やっぱり? 個人的に中が気になってしょうがないんだよね…MSFの技術の塊、凄い気になるんだけどね」

 

「好奇心は猫を殺すって言うけど…隠密行動に自信があるなら挑戦してみなさい」

 

「遠慮しておくわ。今もこわーい月光が睨んでるし…」

 

 中でも要注意人物とされているUMP45などは特に警戒され、誤って施設内に入ろうものなら…冗談では済まされない事態にはなるだろう。

 まあ、UMP45としても命をかけてまで試してみたいほどではないので無茶な行動は起こさない。

 それでも興味は絶えないようだが…。

 

 

「あ、出てきたよ」

 

 

 スコーピオンの声に、二人は研究開発棟の扉へと目を向ける。

 そこにはボロボロだった身体を綺麗に修復し、真新しい衣服を与えられたKar98kがいた。

 身体のほとんどに手を加えられたためか、手を握り固めたり開いたりと身体の動作を確認している。

 

「待たせたな。生体パーツの組成に手間取ったが、各部の異常個所の修復は完了した。後は少しのリハビリで、以前と同じように動けるようになるはずだ」

 

「わぁ、やっぱり腕だけは確かなんだねストレンジラブ」

 

「腕だけはとか、余計なことを言うんじゃない」

 

 一緒に付いてきたストレンジラブは、相変わらずの様子に見えるが、三日に及んだ修復作業で疲労が蓄積しているのか少々やつれているようだ。

 

「流石はMSF、AI担当のストレンジラブ博士ね。ちょっとお願いがあるんだけど、うちの装甲人形どものAIを少し弄ってもらいたいんだけど?」

 

「ふむ。UMP45、いくら君の頼みとはいえそれは無理だ」

 

「どうして?」

 

「あんなむさくるしい男人形のAIなど覗きたくもない」

 

「自分で言っているよこの変態博士」

 

 

 相変わらずのレズビアン気質に若干引きつつ、スコーピオンはもうお前に用はないと言わんばかりにストレンジラブを追い払う…若干涙目で研究所に帰っていくストレンジラブだが、哀しいことに日頃の行いのせいか誰も同情してくれない。

 そんなストレンジラブは放っておくとして、WA2000らは改めて綺麗に生まれ変わったKar98kを出迎える。

 

 

「綺麗になったわね、Kar98k(カラビーナ)……これで正真正銘、貴女は生まれ変わったわけね」

 

「感謝します、我が主(マイスター)

 

 Kar98kは優雅にお辞儀をすると、何を思ったのかWA2000の前で片膝をつき恭しく目を伏せる。

 まるで主君に忠誠の意思を示す騎士のようでもある姿勢に、WA2000はおろかスコーピオンも驚いて見せる。

 

我が主(マイスター)…このKar98k(カラビーナ)、貴女様の忠実なる騎士として力を尽くすことをここに誓います。貴女様の道を遮る全てのものを排除し、全ての敵を撃滅して見せましょう…全ては御身のために。貴女様の為ならこの身朽ち果てる事も本望、地獄への旅路も喜んで引き受けましょう…我が主(マイスター)、いと高き我が主よ、御命令を」

 

 最後にWA2000の手を取ったかと思えば、その手の甲に軽くキスをする…。

 騎士道華やかなり…まるでおとぎ話の古き良き騎士の姿を再現して見せる彼女に、WA2000も、見ているスコーピオンとUMP45も恥ずかしさに顔を真っ赤にさせる。

 だが本人はいたって真面目であり、周囲のそんな反応など気にも留めない。

 

 

「まあ、なんというか…これまた拗らせた人形が来たね」

 

「いや、拗らせすぎでしょ。ワルサー、一体どんな調教したの?」

 

「知らないわよ! あんたも、恥ずかしいから止めてちょうだい!」

 

「これは失礼、この熱き昂りを抑えることが出来ませんでした。しかし今言ったことに嘘偽りはありません…我が主(マイスター)、貴女様に永遠の忠誠を…」

 

「あー、とりあえずその辺にしとこうか。ひとまず…歓迎会だ!」

 

 そのまま放っておくとKar98kの騎士道に基づく行動がいつまでも終わりそうにないため、かねてから予定していた歓迎会のためにその場はスコーピオンが纏める。

 ここ最近は新規加入の戦術人形もいなかったためにしばらくやっていなかった人形たちの宴、Kar98kの加入を聞きつけたスコーピオンが早速奔走し、周囲の人形たちに予定を聞いて回りベストな日付をセッティングしたのだ。

 

 

 

 

 

「――――と、いうわけで新たな仲間Kar98kの加入を祝いまして、乾杯!」

 

 居住エリアの談話室、以前にも何度か飲み会の席としてセッティングされたおなじみの部屋にMSF所属の戦術人形が集まり、賑やかに騒ぎ立てる。

 ここ最近の忙しさのせいか、何人かの人形は戦場にいるため参加はできないが、マザーベースにいる人形たちは全員参加をしてくれていた。

 歓迎会の挨拶と乾杯の音頭をスコーピオンが執り行えば、後は無礼講…人形たちは料理をつまんだり酒を飲んだり、普段話すことのできない人形との会話を楽しむのであった。

 

 開幕すぐに出来上がったFALはというと、先日初めて戦車部隊を率いた時の苦労話と愚痴をよりによってエグゼに絡んで話しかけている…。FALの絡みに鬱陶しそうにしているが、一応部下のケアとして真摯に話を聞いていたようだったが……そのうち泣き上戸になったあたりで面倒になったようで、FALの面倒をVectorに押し付けスコーピオンらのところへやって来た。

 

「連隊長も大変だねエグゼ」

 

「FALのやつしつこいったらありゃしねーぜ。戦車は暑いだの稼働音がうるさいだの…ったく。おいなんか美味い酒ないか?」

 

「エグゼはお酒の味なんて分からないでしょ? これでも飲みなよ」

 

「ふざけんな、これスピリタスだろうが! もっとまともな酒はないのかよ!?」

 

 スコーピオンから渡される定番のスピリタスをはねのけ、そばにあった箱を覗きこむが、ウォッカやテキーラ、ウィスキーなどといった潰す気満々のアルコールしかないことに絶望する。

 その後、スコーピオンに煽られた結果闘争本能に火がついたエグゼは躊躇することなくそんな酒に手を出すのだが…。

 

「くそ、胃が灼ける…」

 

「まあ、今日のところはゆっくり飲もうか」

 

「この野郎」

 

 結局飲む酒はビールへと変わり、二人は瓶を軽くぶつけあい一気に飲み干す。

 周りを見渡せばみなまったりとしたペースで飲んでいる…この日は周囲に合わせ飲むことを決めたようだ。

 

「なあ、中東での実戦はどうだった? なんか足りないこととかあったか?」

 

 酒を飲みながら、エグゼはMG5やスプリングフィールドなどの大隊長の面子に、実戦での様子を聞いて回る。

 連隊長としての立場もあることと、やはり自分が育て上げた部隊の活躍が気になっている様子だ…概ね、良好な反応に気を良くして酒も進むというもの。

 FALもひとまずそつなくこなしたというMG5の言葉を聞き、とりあえずは安心する。

 

「エグゼさん、あたしはいつ出撃するのかな?」

 

「んー? お前の砲兵大隊は連隊と一緒に動くことが多そうだからな…未定だな。でも訓練はやってんだろ、どんな感じだ?」

 

「うーん、弾道計算とか難しいけど今のところ大丈夫かな…?」

 

 珍しいSAAとエグゼの組み合わせ、こんな珍しい組み合わせもこのような場でこそ成立したりもする。

 

 さて、主役のKar98kはというと、大人しくWA2000の傍に座り周囲の戦術人形たちを観察したり話し声に耳を傾けている様子。

 緊張しているのかと心配されたりもするが、そんなことはなく、周囲を観察することでMSFの空気に馴染めるようにしようと考えているらしい。

 

 

「ところでわーちゃん、最近オセロット見ないけどどこに行ってんの?」

 

 

 それまで周囲を観察していたKar98kであったが、なにやら面白そうな話題の予感を感じたのか二人の会話に興味を示す。

 

 

「オセロット? 諜報の仕事で出かけてるみたいだけど、どこに行ってるかは知らないわ」

 

「あらら。わーちゃん相変わらず片想いだなぁ…」

 

「ちょっと、なによそれ!? 聞き捨てならないわね、アンタだってスネークが今どこに居るか知らないでしょ!?」

 

「スネーク? スネークは今南米でエイハヴと一緒に仕事してるよ。わーちゃん、オセロットのこと大好きな癖にどこにいるか知らないんだね……それにしてもオセロットもひどいな、こんな麗しい乙女を放ってさ」

 

「くっ…オセロットのお仕事は諜報だから、例え親しい間でも秘密が多いのよ…!」

 

 あくまでオセロットを擁護するWA2000に、スコーピオンは面白がってからかうのだ。

 そんな二人の会話を眺めていたKar98kは、オセロットという人物に会ったことがないため困惑する…WA2000の口ぶりと表情から、とても大切な人であることは察しているようだが…。

 気になって問いかけたKar98kに、スコーピオンは愉快そうに笑いながらオセロットについて語る。

 

「えっとね、オセロットっていうのはこの基地のめっちゃおっかない人でね」

「怖くないわよ、良い人よ! 勘違いしちゃダメよKar98k!」

 

「え?あぁ、はい」

 

「無愛想で冷たくて、ユーモアの欠片もない奴でさ」

「仕事柄そうしてるだけよ! オセロットはみんなのために汚れ役を引き受けてるの!」

 

「な、なるほど…」

 

「こんな可愛い子に慕われてるのに、当の本人はSAAが愛銃みたいで」

「うっ…その話題は止めてよ…」

 

「はぁ…」

 

「まあ、でもわーちゃんをここまで育てたのはオセロットだし、今のMSFがあるのもオセロットの力が大きいと思うんだよね。諜報では誰も敵わないし、ここにいる人形のほとんどがあいつに世話になったと思う」

「そう、大事なことは全部あの人から教わったわ。あの人のおかげで、今のわたしがいるのよ」

 

「なるほど……要するに、そのオセロットという方は我が主(マイスター)が恋してやまない方なんですね?」

 

「そういうこと」

「ちょっ! あんた何を…わ、わたしはオセロットの事は一人の兵士として尊敬しているだけで、そんなこと…! 好きとか、恋してるとか…そういうわけじゃないんだから…」

 

「控えめに言いまして、かわいいです」

 

 

 その手の話題になると、WA2000は頬を赤らめて途端にしおらしくなる。

 そんな姿を見れば誰がどう見ても惚れているというもの…新参のKar98kでさえも一瞬で察する反応だ。

 ふむふむと、Kar98kは頷き主君のWA2000周りの相関図を頭に思い描き分析する…その結果、その想い人であるオセロットとWA2000の仲を取り持ってあげることが何よりの忠義ではと思い始めるのだ。

 目の前でKar98kがお節介を計画しているとは知らずに、すっかりしおらしくなってしまったWA2000は憂いを帯びた表情でグラスワインに口をつける。

 

「もう、元気出しなってわーちゃん。そのうちオセロットも帰ってくるって!」

 

「うん…でも、もう何週間も会ってない…」

 

 お酒の効果も入って、ここ最近会えていない寂しさをしみじみと痛感し、もの悲し気に佇む。

 これは早急に二人をくっつけなければならない、そんな使命感にKar98kは燃える。

 

 そんな時だった。

 部屋の扉がノックされ、はいはいとスコーピオンが扉を開く……そこにいたのはなんと話の渦中のオセロットではないか。

 予想外の人物の登場に、賑わっていた場が一気に静まり返り、最近彼の訓練を受けていた人形などはすぐさま直立姿勢をとる。

 

「なにかご用? 歓迎会をやってたんだけど…」

 

「邪魔をして悪かったな。ワルサーはいるか?」

 

 オセロットがそう言うと、人形たちの視線は一気にWA2000のもとへと注がれる。

 人形たちの視線をたどりWA2000を見つけると、オセロットは彼女を手招く…さっきまでの会話もあってか、急なことに焦っているようだが、すぐに気持ちを切り替えオセロットの前に来る頃には顔の赤らみも消えて完全に仕事モードへと入る。

 切り替えの速さに感心するとともに、関係が進まないのはそういうとこだぞ…とスコーピオンは思う。

 

「久しぶりねオセロット、仕事の話かしら?」

 

「一応な。明日の予定は無かったと思うが、空いているか?」

 

「ええ、今のところは。今度の任務は何かしら?」

 

「向かうのは戦場じゃない、ある町に向かう。明日、前哨基地で待ち合わせをしよう…いつもの格好は目立つ、普段着で来い。町には何日か滞在する予定だ。それと、金の心配はするな。食費や宿泊費はオレが出す。忘れるなよ…では、パーティーを楽しめ」

 

 それだけを言うと、オセロットはさっさとその場を立ち去っていく。

 急な来訪と、急な退散に一同ポカーンとするなか、スコーピオンは相変わらずのオセロットの態度に苦笑する。

 こんな風に自分勝手なところがあるから色々問題がある、そうKar98kに説明しようとしたところで固まりビクともしないWA2000を見て怯む。

 

「あー……わーちゃん?」

 

 微動だにせず、先ほどまでオセロットが立っていたところを凝視している。

 まさかメンタルでも損傷したのか?

 スコーピオンの予想はある意味的中している……WA2000は少しずつ意識を取り戻すとともに、先ほどのオセロットとの会話を思いだし、紅潮する顔をおさえて身を震わせる。

 

「うそ、今のって……まさか、まさか…! いえ、オセロットに限ってそんなことって…!」

 

「落ち着こうかわーちゃん、一回落ち着こう、ね?」

 

「町に、普段着で行くって…! ねせ、スコーピオン! これって、あれよね!? その、デ…デート…よね?」

 

「あー、うん。そう聞こうと思えばそうだけど、オセロットのやつ仕事って言ってたしどうなんだろ?」

 

「いえ、これは紛れもないデートですわ我が主(マイスター)!!」

 

「カラビーナ!?」

 

 なにやら張り切った様子のKar98kに一同呆気にとられる。

 

「不肖ながらこのKar98k(カラビーナ)! 我が主君の応援をさせていただきます!今のお方が主君の未来の旦那様になるべきお方ですね!? 分かりました、尽力させていただきます!」

 

「お前も一回落ち着けっ!あーもう、あたしはツッコミ役じゃないってば! ボケるのはあたしの専売特許でしょーが!」

 

 収拾のつかなくなった宴は、その後WA2000の恋話へと移行し、本人を差し置いて好き勝手デートプランを話しあったりと、色々な意味で熱気を帯びる。

 果たしてどうなるやら…珍しくツッコミ役に回されたスコーピオンはため息を一つこぼし、恋愛に関してポンコツなWA2000に不安を覚えるのであった。




この間はかっこいいわーちゃんだったから、かわいいわーちゃんを描け…そんな神の声を聞いた。

たぶん、オセロットはブレないと思いますけどw


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今、この時だけでも…

「とってもきれいですよ、ワルサー」

 

「うーん、そうかな?」

 

 どこか不安というか納得のいかなそうな表情で、WA2000は鏡の前に座り自身の前髪をつまみあげる。

 彼女のために化粧と身だしなみのチェックを行ったのはスプリングフィールドで、普段化粧など最低限しかしないWA2000のために、慣れているというスプリングフィールドがメイクを手伝ってくれた。

 化粧などしなくても十分美しい顔立ちのWA2000であり、化粧など不必要だというのがスコーピオンの主張である。しかし、この主張はKar98kを筆頭に多くの乙女にブーイングを受けて退けられる…拾い食いしたり泥遊びをしているスコーピオンと、WA2000を比べてはいけない。

 そこで付き合いの長いスプリングフィールドが張り切り、あくまでWA2000の素の顔を台無しにすることなく、彼女の美貌を引き立たせるようなナチュラルメイクを施して仕上げて見せた。

 

 彼女の持つ魅力を上手く引き立たせて見せたスプリングフィールドの腕を称賛するとともに、メイクを施されたWA2000の美しさに同性の人形たちも思わず憧れと羨望の眼差しを向ける。

 

「さ、もうそろそろ時間ですし行きましょうか」

 

「あ、うん…なんか、初めて戦場に向かった時より緊張するんだけど…」

 

 恥じらうWA2000の姿に、既に人形たちの何人かは発狂しかけている…。

 緊張する彼女の手を握り、スプリングフィールドがエスコートする…ただ仕事で町に行くだけだというのに、まるで結婚式か何かの騒ぎのようだ。

 外に出てみればどこから噂を聞きつけたのか、MSFスタッフの野郎どもが遠巻きに歓声をあげる。

 

「まだオセロットさんは来ていないみたいですね」

 

 スプリングフィールドのその言葉に、WA2000はほっと安堵の息をこぼす…まあ、結局は会うことになるのだが。

 指定された時間まではまだあと数分はある、それまで時間つぶしをしていると、一頭の白馬がどこからか現れWA2000の傍にそっとすり寄る。

 

「あら、どうしたの?」

 

 アンダルシアン…美しいその馬は以前この前哨基地近辺で見つけ。WA2000が世話をしている馬である。

 この馬はWA2000以外をその背には乗せようとせず、また触れることも好まない。

 スコーピオンなどは一度無理矢理乗ろうとして、馬のバックキックを顔面に受けてぶちのめされたりもした。

 白馬を撫でていると、一台のSUV車が彼女たちのすぐそばに停車する。

 黒塗りの塗装にスモークガラスが貼られたそれは見るからに危険なオーラが漂う、ドアが開かれ、運転席から降り立つオセロットにWA2000は息を飲む。

 

「待たせたな」

 

「ううん、そんなに待ってない…あの、オセロット、その格好は?」

 

「町に馴染むためだ。何か問題でもあるか?」

 

「いや、そんなことないわよ! ただ、いつもと雰囲気が違うねって…」

 

 普段と違った雰囲気なのはWA2000だけではなく、オセロットも同じだ。

 薄いスモークの入ったサングラスをかけ、ワインレッドのYシャツに黒のスーツ、黒のネクタイという服装…本人の顔つきも合わさり威厳とダンディズムが溢れる姿だ。

 はたから見ればどこかの筋ものにも見えかねないその格好は、危うげな大人の色気も纏わせる。

 冷徹というよりはクール、普段と違う雰囲気の姿にWA2000は胸をときめかせ、じっと彼の姿を見ていた。

 

「これから向かう町は少々治安が悪い。犯罪に巻き込まれる恐れもあるだろう。ライフルはそのバッグの中か? 一応、拳銃も懐に隠しておくといい」

 

「………」

 

「おい、人の話を聞いているのか?」

 

「え? あ、あぁ…ごめんなさい。その……オセロットのその格好、似合ってるよ…」

 

 恥じらいながら頬を掻きつつ、か細い声で言って見せるWA2000の仕草に、何人かの戦術人形及びMSFスタッフが卒倒する。

 滅多に見せない乙女顔にそこら中で被害者が続出、地面は鼻血で真っ赤に染まる。

 そんな、周囲の阿鼻叫喚の流血沙汰には目もくれず、オセロットが気を引かれたのはWA2000のすぐそばで控えている白馬だ。

 

「アンダルシアン…ザ・ボスの愛馬。ワルサー、こいつをどこで見つけたんだ?」

 

「ここの基地のすぐそばで見つけたの。私以外には懐かないみたいで…って、ちょっと!?」

 

 忠告する間もなく、白馬に手を伸ばしたオセロットに焦るWA2000であったが、意外なことに白馬はオセロットに触れられることを許したではないか。

 誰も背に乗せることはもちろん、触れることも許さなかったあの白馬が穏やかな表情で、むしろ自分からオセロットの手に首を擦り付ける。

 

「いい馬だ、大切に扱え。さて、そろそろ行くか。乗れ」

 

 踵を返し、乗って来た車へとオセロットは乗り込む。

 アンダルシアンが触れることを許した二人の存在、もう誰がどう見ても結ばれているとしか思えない演出にほとんどの戦術人形が悶死した…無数の亡骸を放っておいて出かけるのは気が引けたが、オセロットに呼ばれWA2000は急いで車へと乗り込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車を走らせてから十数時間、途中野宿で一夜を過ごし、寄り道をしたりなどもしたがようやくオセロットの言っていた町へと到着する。

 町はそれなりの規模で、そこそこ賑わっているようだが、町の外には拳銃を持った自警団が徘徊したりと物々しい雰囲気があった…車を町の空いている駐車場へと停めると、オセロットはサングラスをかけ外に出る。

 

「ここが目的地だ、まずは町の情報を探る…と言いたいところだが、堂々と行動するわけにはいかない。町の空気に溶け込むことが大切だ…ワルサー、お前はオレと行動するうえで普段と違う別な人間を演じなければならない。できるか?」

 

「ええ、やって見せるわ」

 

 一日を過ごし、少し落ち着きを取り戻していたWA2000は頷き応える。

 ここまではオセロットにも事前に聞かされていたこと、動揺する理由もないのだが…。

 

「ではお前がどんな役を演じるかだ。お前はオレにとってのなんなのか? お前が決めろ、諜報には不慣れだろうからな」

 

 そんなことを言われ、WA2000は急に言い渡された指示に慌てふためく。

 普通に想像すれば師弟の関係にあるといえるが、町に溶け込み情報を集めるのであればその関係を前面に押し出すのは不自然である。

 ビジネスパートナ、兄妹、友人などいろいろな関係が頭に浮かぶのであったが、ふと町を歩く若い男女のカップルが目に留まる。

 

「恋人……とか?」

 

 無意識に出たその言葉にハッとして、WA2000はおもわず赤面する。

 おそるおそる伺ったオセロットはいつも通りの様子で、どこか納得した様に頷く。

 

「いいだろう、それでいこう」

 

「ええ、そうね…」

 

 返事を返したWA2000であったが、不意にオセロットの手が腰へとまわり抱き寄せられる。

 突然の出来事に目を見開き、声にならない声を漏らす…見上げたオセロットはいつもの仏頂面ではなく、口角を曲げて柔和な表情を見せていた……山猫の"演技"が始まっていた。

 

「それじゃあ行こうか? 少し、町を見てまわろうか」

 

 いつもの肩っ苦しい口調もなりをひそめ、軽い口ぶりでWA2000を抱き寄せつつ町へと進む。

 オセロットの唐突な豹変ぶりにWA2000はついて行けず、終始顔を俯かせ、押し寄せる様々な思いに頭はパンク寸前であった。

 羞恥心から何も出来ないでいるWA2000に対し、オセロットはさらに演技を光らせる…WA2000の今の様子でさえも違和感ないよう言葉を紡ぎ、恋人役を演じて見せるのだ。

 

(な、なによこれ…! 破壊力が強すぎるわ…!)

 

 かつてないほどにオセロットの存在を身近に感じている状況に、錯乱しかけている。

 オセロットが肩に回す手も、かけられる言葉も、一切強引さはなくむしろ優しさすら感じる……それと同時に感じるのが、今まで手の届かなかったオセロットを最も身近に感じることができる幸福感。

 これが演技だとしても、WA2000にとっては夢のような出来事……何度かの深呼吸を繰り返し、WA2000もそっとオセロットの身体に手を伸ばして抱きしめる。

 

「あ、あの…こんなこと、誰にでもするわけじゃないんだからね…! あなたとだから、こうしてるわけで…」

 

「ああ分かってるさ。でも安心したよ、君の口からそう聞けてね。オレも、こんなことは君以外にしないさ」

 

「はぅあっ!?」

 

 再度、崩れかけるWA2000を抱きとめるオセロット。

 その後は何度か意識を失いそうになるも少しづつオセロットの演技にも慣れ、心に余裕のできてきたWA2000も精いっぱいの恋人役を演じて見せる。

 大通りの雑踏の中を二人は練り歩き、町の要所なるような建物を見てまわる…とはいってもWA2000が見ているのはオセロットただ一人で、他は眼中にない様子。対するオセロットも一見、WA2000演じる恋人と仲睦まじくしているようにしか見えないが、時折鋭い目で町の様子を伺っていた。

 しかしそんな姿も、今のWA2000には些細なこと。

 今ではこれが仕事の一環であることも忘れ、今まで感じられなかったオセロットの温もりに身を寄せ、精一杯彼に甘えていた。

 

 町を歩き、喫茶店で軽い食事を済ませ、町の店を見てまわる。

 オセロットの弟子としての立場を受け入れつつも、心のどこかで願っていた他愛のない日常…意外な形でかなったその願い、まさに夢のような人時にWA2000は幸せと安らぎを感じていた。 

 

 夕暮れ時、昼と夜の境界に差し掛かるその頃になると町の喧騒も少しなりをひそめるが、それはこの町が夜の姿へと移り変わる前のほんの短い間に過ぎない。

 あたりが薄暗くなる頃に、二人は宿泊先のホテルへチェックインする。

 昼間の幸せな時間に酔いしれるWA2000は終始上機嫌で、少々みすぼらしいホテルも気にならなかった。

 

「こんな風に自由気ままに行動したのは本当に久しぶり。オセロット、今日はありがとうね」

 

「そうか、それは何よりだ。ワルサー、少し静かにしていろ」

 

 

 ホテルの部屋へと入るなりオセロットはそう指示を出すと、部屋を見回す。

 昼間見せていた親しみのある表情は消え去り、いつもの仏頂面へと変わっていた…。

 WA2000がオセロットに言われたまま静かに佇んでいると、彼はやがて部屋を物色し始め、テーブルの裏や引き出しの中、しまいにはコンセントの蓋も開き何かを調べてまわる…それが30分近くも続き、ようやく満足したのかオセロットは物色を止める。

 

 

「もう話してもいいぞ。盗聴器の類はない」

 

 冷たさすら感じるその声を聞くころには、WA2000が先ほどまで感じていた楽しい気持ちはすっかり萎えてしまっていた。

 二人きりでいる以上、他の何かを演じる必要はなくなった。

 仕事でこの町に来ていることは理解しているつもりだったが、それまでの行為がやはり演技に過ぎなかったのだと実感し、WA2000はもの哀しさを感じる。

 

「それで、あの…この町にはどんな意味があってきたの?」

 

「町、というよりはエリアだな。以前MSFに某国より都市運営の依頼があった。地方都市の行政もままならなくなった国家が、その行政をPMCに任せることはお前もよく知っているだろう。通常、入札で各PMCがその権利を獲得するのだが、今回MSFに対し名指しで依頼があった」

 

「まあ、MSFの名声は今や世界が知るところだものね。不公平な指名でも、より確実かつ強大な軍事力を持つところに任せた方がいいものね。でも、どうしてそれでこんな風に密かに調査をするの?」

 

「MSFに依頼されたエリア内にはこの町の他、工場地帯や肥沃な穀倉地帯もある。軍事的にも経済的にも重要なエリアだが…それを狙うある勢力が、すぐそばまで領域を拡大しつつある」

 

「鉄血工造…」

 

「そうだ。某国は鉄血と自国領にMSFを挟むことで防波堤とする魂胆だろうな。鉄血がMSFに敵対することは積極的じゃないということは、ある程度知れ渡っているところ。MSFの存在を緩衝材にすれば、鉄血の侵略も防げるということだ」

 

「なるほどね。でもMSFを利用するなんて気に入らないわね。この依頼は拒否するの?」

 

「それを決めるのはオレではない。ボスとミラーが決めることだ」

 

 だが地方都市といえど、その行政を握り運営することは安定的かつ大きな利益をMSFに対して与えることだろう。

 この依頼を請けるかどうかの判断材料を手に入れるのが、今回のオセロットの仕事というわけだ。

 

「境界や工場地帯、穀倉地帯も調査が必要だがまだこの町を調べなければいけないからな」

 

「それは私も…」

 

「いや、お前の今日の役目は終わりだ。ここからは一人の方が都合がいい」

 

 突き放されるような彼の言葉にWA2000は胸を締め付けられた…。

 

「夕食代だ、これで足りるだろう。それと、あまり外を出歩くな、厄介ごとに巻き込まれるかもしれないからな。明日は町の外を調査する、それに備えて休んでおけ」

 

 オセロットは紙幣を何枚かクリップで留めたものをテーブルの上に置き、外出のためのコートを羽織る。

 それはいつもの彼の姿だ。

 深い感情は込めずに淡々と、時に冷たさすら感じる彼の言葉はもう聞き慣れているはずなのに、この時のWA2000にはとても辛いものであった。

 

「オセロット…!」

 

 部屋を出ていこうとするオセロットを呼び止めたものの、かける言葉は出てこない…。

 いや、言いたい言葉ははっきりしているのに、喉の辺りで止まってしまうのだ。

 

「気を…付けてね。いってらっしゃい…」

 

「あぁ」

 

 結局、作り笑いを浮かべ、あたり触りの無い言葉でオセロットを見送るしか出来なかった。

 扉の向こうにオセロットの姿が消えた時、WA2000は笑みを消すとベッドの上に腰掛ける…。

 

"一人の方が都合がいい"

 

 先ほどオセロットが言った言葉がWA2000の頭に何度も浮かぶ。

 それはいいかえれば、自分の存在が邪魔だということではないか…彼のためを思い、彼の役に立とうとこれまで厳しい訓練も努力も惜しまなかったWA2000のメンタルを、その言葉はどんな言葉よりも深くえぐる。

 オセロットのためになれない自分の不甲斐なさと、突き放されたような寂しさに、悲しみがこみ上げる。

 

「なに、泣いてんのよ私……バカみたいじゃない…」

 

 鏡に映る自分の姿から目を背け、彼女はベッドの上に身体を横たえ虚しさと寂しさから涙をこぼす。

 いつも通り、いつも通りの彼のはずだというのに、どうしてこんなにも悲しみが溢れるのか?

 殺しのために生まれたはずの自分が何故、この程度のことで感情が揺れ動くのか?

 WA2000には、理解できなかった。

 

 

 

 

 どれくらい経ったことだろうか?

 ベッドからむくりと起き上がったWA2000は顔を手で覆いうなだれる…。

 

「お腹…空いた」

 

 ぽつりと小さな声でつぶやき、テーブルの上に置かれたお金を手に取った。

 それをしばらくぼうっと見ていた彼女であったが、やがて気だるそうに立ち上がると重い足取りで部屋を出ていった。

 

 ホテルの外に出てみると辺りはすっかり暗くなり、気温も下がりパラパラと雨が降っていた。傘も持っていないWA2000は空を忌々しく見上げ、ため息を一つこぼす…どうせ小雨だからと、少し濡れるのも構わずそのまま外を歩く。

 時刻は既に8時をまわり、大通りの飲食店は店を閉めるかラストオーダーを過ぎていた。

 結局、WA2000が立ち寄ったのは通りの隅にあったちっぽけな屋台。

 そこで売っているメニューの、というより一品しかないフィッシュ・アンドチップスを購入し、近くの適当なベンチに腰掛ける。

 

 白身魚フライを一口かじったところでWA2000は顔をしかめる。

 鮮度が悪いのか、そこらの川で吊り上げた魚を使っているのか妙に泥臭くて不味い…ポテトの方もギトギトの油でしなびとてもじゃないが食えたものではない、すっかり食欲の無くなったWA2000は食べ半端のそれを紙に包んでゴミ箱へと放り投げる。

 ホテルに帰ったところですることもなく、しばらくWA2000はベンチに座ったまま通りを眺めるのだが、こういう時に限って通りを歩く多くの男女のカップルに機嫌を悪くする。

 

「バカバカしい…」

 

 うんざりした気持ちでその場を立ち去る。

 あてもなく夜の街をふらふらと練り歩き、やがてWA2000は一つの店の前でその足を止める。

 店内の客もすっかりいなくなり、店じまいの準備をしている宝石店…ショーウインドーに飾られた綺麗な指輪をWA2000はじっと見つめていた。

 ずっと前にグリフィンにいた頃、何人かの人形が指揮官からの指輪に大喜びしていたのを思いだす。

 当時はバカバカしいと思っていたことだったが、誓約の指輪を贈られる意味を知れば人形たちが大喜びしていた理由も分かる。

 

「誓約の指輪か…今の私には、不必要よね…」

 

 自虐するように微笑み、ショーウインドーから離れる。

 気温もさらに下がり、雨で身体もすっかり冷えてしまった…これ以上町をうろつく気分も無くなり、ホテルへと引き返そうと踵を返した時、通りを歩いてきた男女のグループにぶつかってしまった。

 

 

「いたた……ちょっと、どこ見て歩いてんのよ!」

 

「よそ見してたのはお前の方だろ! おっと、いい女じゃんか…なぁ!」

 

 ぶつかったWA2000を舐め回すような目で見る男たち。

 一緒にいた他の女たちはそれが面白くなかったようで口論となるが、男たちは元いた女たちを追い払うと、馴れ馴れしくWA2000の肩に手を回す。

 

「なあ、おねーさん一人? 良かったら一緒に遊ばない?」

 

「気安く触らないで。そこらの安い女と一緒にしないでちょうだい」

 

 男の手を振りはらい、さっさとその場を立ち去ろうとするが彼らはしつこく付きまとう。

 しまいには行く手を阻む様に塞ぐと、強引にWA2000の手を掴む。

 オセロットの言いつけで騒ぎを起こさないよう気をつけていたが、もう我慢の限界であった…懐の拳銃に手が伸びそうにもなったが、それは自制し、素手で返り討ちにしようしたときだ。

 

 

「おい、何をしている?」

 

 

 聞き覚えのある声に咄嗟に振り返る。

 そこにいたのはオセロットだ…傘をさした彼はじっと、WA2000の腕を掴む男たちを見据えている。

 

「なんだおじさん、この子の保護者か何かか?」

 

「オレの女だ。怪我しないうちに消えろ」

 

「おじさんさ、オレたちの邪魔をしちゃいけないな。それに、あんたよそ者だろ? ここらのルールを教えてやらねえとな!」

 

 相手が一人だと油断しているのだろう。

 男の一人がオセロットに殴りかかっていったが…オセロットは傘を放り投げて男の視界を塞ぐと、一気に詰め寄り、男の顎を拳で撃ち抜き一撃で失神させる。

 さらに殴りかかってきた二人目の男の腕を容易くとらえると、容赦なくへし折る。

 痛みに喚く男を放り捨て、残った三人目に目を向けるが戦意を喪失しているようだ。

 

「腕が折れただけだ、そう騒ぐな。ほら、これで医者にでも診てもらえ」

 

 ポケットからとりだした紙幣を何枚か数え、悶絶する男に放り投げる。

 

 

「けがはないか? もう行くぞ」

 

「う、うん…」

 

 

 いまだ激痛に苦しむ男たちを流し見つつ、WA2000はオセロットの傍に駆け寄る。

 そのままホテルへ向けて歩いていくが、気まずい沈黙にWA2000はうつむく…何度かオセロットの顔を見上げるが、彼は真っ直ぐ前を向いたままだ。オセロットがさす傘に入っているため必然的に距離が近くなるが、昼間のような楽しい気分にはなることができない。

 気まずい空気に耐えかねて、勇気を出して話しかける。

 

「あのさ、さっきは…ありがと。助けてくれて……別に、助けは必要じゃなかったんだけど」

 

「だろうな」

 

 まただ…素直になれない自分にWA2000は苛立つ。

 普通にありがとうと言えばそれでいいはずなのに、つい強がりを言ってしまう。

 そこから再び沈黙が続く。

 小雨はいつの間にか雪へと変わり、道路にはうっすらと雪が積もる。

 WA2000は雨に濡れて冷えた身体を抱きしめる…そんな仕草がオセロットの目に留まると、彼は立ち止まりコートを脱ぐと、そっとWA2000の肩にかける。

 

「オセロット…?」

 

「身体冷え切っているな。体温の低下は健康に悪い…」

 

「ありがとう…でも私みたいな人形は……きゃっ!」

 

 不意に、オセロットに手を引っ張られそのまま抱き留められる。

 そのすぐ後に、道路をはみ出た車が通り抜けていったが、危うく轢かれそうになるところであった…。

 

「周りを見て注意するんだ。いいな?」

 

「う、うん…」

 

 身体が冷えていることでいっそう彼の体温を明確に感じ、抱き留められたままWA2000は身動きが取れないでいた。

 

「ワルサー、もう車は行ったぞ」

 

「うん、分かってるわ……だけどお願い、もう少し……このままでいさせて? 今、この時だけでも…」

 

「……あぁ」

 

 そっと、オセロットの背中に手を回し顔をうずめる。

 昼間に感じていたような喜びの感情ではなく、ただそうしているだけで満たされていくような感覚…ただそれだけでいい。

 雪降る夜、誰も二人のそんな姿に目を留める者はいない。

 だが、確かに二人はそこにいる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと…ずっと、こうしていたい……オセロット、今の姿も演じているだけなの?

 このやさしさもぬくもりも、あなたの演技なの?

 オセロット…あなたを知ろうとすればするほど、あなたが分からなくなる…。

 あなたの本当の姿を知りたい…。




ヌッッッッ!!!???(悶死)


オセロットのキャラを崩さずラブコメやろうとした結果…こーなった。
オセロットがわーちゃんをどう思っているかは皆さんのご想像次第…。

ワイか? ワイには分からん


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暗黒大陸:難民キャンプ警備任務

 MSF戦術人形連隊隷下第一歩兵大隊、大隊長スプリングフィールド。

 装甲車を含む軍用車の隊列の中で、彼女は物憂げな表情で窓の外に広がるジャングルを見つめている。

 

 彼女が指揮する第一大隊は今、西アフリカのとある国にある。

 政府側と政権打倒を掲げるゲリラ組織が対立する内戦状態にある国である。

 今回MSFに依頼があったのはこの国での戦闘支援ではなく、内戦から逃れるべく隣国の国境地帯に設けられた難民キャンプの警備任務だ。

 今回の仕事の依頼者は紛争地の人道支援を目的としたヨーロッパのNGO法人。

 そのNGO法人は紛争地での医療行為や食糧の配布などといった人道支援を行っているのだが、ここ最近の戦況の情勢から活動の危険を感じ、護衛のためにPMCを雇ったというわけだ。

 だが難民キャンプの護衛という、依頼内容に対し大きな利益が望めない仕事はほとんどのPMCに渋られたようで、困った末に彼らは国境なき軍隊(MSF)に対しこの仕事を依頼した。

 

 利益もたいして見込めず、時に危険を伴う仕事に対しMSF内の一部からも反発はあったのだが、副司令カズヒラ・ミラーとスネークは協議の末この仕事を請けることを決定したというわけだ。

 

 

 難民キャンプにやって来たスプリングフィールドは、まずそのキャンプの大きさに驚くことになる。

 政府側が用意した難民キャンプには、故郷を追われた難民たちが集まり、あちこちに木の枠に布を被せただけのテントが張られている。

 ざっと見渡す限りで数千人、これだけの難民の支援は容易ではないはずだ。

 

「よう、来たか。待ってたぜ」

 

「こんにちはキッドさん、それにネゲヴさんも」

 

 難民キャンプの外で待ち合わせをしていたキッドとネゲヴの二人と合流、握手を交わす。

 二人は内情を探るために一足先に現地へ入り、キッドが主導となってNGO側との協議や現状把握を行い、ある程度の仕事を計画してくれていた。

 

「分かっていると思うが、今回の仕事は直接戦闘じゃない。あくまで難民キャンプの警備だ。そこにNGOの連中がやっている人道支援は含まれていない、だからオレたちは難民たちに手を出してはならない。いいか?」

 

「ええ、分かりました」

 

「よし、あとはそうだな…面倒なんだが色々しがらみがあってだな。オレたちはこの紛争に介入する立場にはない、つまりは目の前で戦闘が起ころうが手を出してはいけない。許されているのは、味方に危機が迫った時の牽制と反撃のみだ。それも、可能な限り戦闘を避けること」

 

「なんだか、ちょっとややこしいですね」

 

「そうなんだ。ここだけの話だが、オレたちは連中(NGO)に良く思われていない。まあ当然だろう、平和主義の連中と戦争を生業とするオレたちとではソリが合わない。不満があるなら最初から依頼するなって話だが、ボスとミラーさんが決めた以上、オレたちは仕事を完遂しなければならない」

 

「はい、心得ております」

 

「その意気だ」

 

 キッドとはそこで一旦別れ、スプリングフィールドは仕事となる難民キャンプ警備のために、一度キャンプを見てまわることになった。

 これだけの規模だ、もしも戦闘が近付き集団パニックにでもなったら大変なことになる。

 そうならないためにも、周辺の地形や難民たちの現状を把握しておこうとキャンプの周りを車で見てまわる。

 

「それにしてもすごい数ですね」

 

「そうね。私も最初見た時驚いた。これでも他に難民キャンプがあるって言うんだからね」

 

 キャンプには老若男女を問わず様々な人が避難しており、女性や子ども、老人の割合が多い。

 理由としては若い男は兵士として駆り出されているか、労働力として使役されているかのどちらかとスプリングフィールドは予想する。

 彼女の予想はほぼあたっており、それがこの国に広がる闇の一つであるのだが…。

 

「それにしても、やな感じだよね…見てよ、私たちを見る連中の目」

 

 ネゲヴが言うのは、人道支援を行うNGOの人々の、MSFを見る冷たい視線だ。

 

「キッド兄さんの言う通り、文句があるなら最初から依頼しなければいいのに。どこからも仕事を拒否されて、私たちが折角請けてやったのに、これってないよね?」

 

「でも、仕方の無いことだと思います。今の私たちと彼らとは本来相容れない関係ですから。でも、あの人たちも平和のために努力されているのですから、悪い人達ではないと思います」

 

「まあ、それは同感だけど。なんか偽善っぽくてやなんだよね」

 

 攻撃的なネゲヴの言葉に苦笑しつつ、窓からキャンプを見つめる。

 スプリングフィールドが気にかけるのは、難民たちの疲れ切った表情である。

 故郷を追われた彼らは何も好きでこんな場所に来ているわけではない…不慣れな環境で、知らない大勢の人と共同生活を強いられ、いつ終わるか分からない生活の中で疲弊しきっているのだ。

 子どもたちは笑うことをせず、飢餓に苦しむ子どもたちはやせ細り、対照的に腹部はいびつに膨張している。

 

「このキャンプに必要なのはなにより水と食糧ですね…」

 

「そうだね。でも、間違っても難民たちに食糧をあげようと思わないでね。MSFの仕事じゃないし、これだけの難民に対して平等に食糧を提供できる能力もない。一部にあげることは難民間のトラブルにもつながるし…いいことはないよ」

 

 どこか冷めた印象のネゲヴを、スプリングフィールドはじっと見つめる…そんな視線に気付いたのだろう、ネゲヴは少し不愉快そうに顔をしかめた。

 

「間違っても薄情だなんて思わないでよね。この人たちに同情する気持ちはもちろんあるよ。でもね、覚悟のない善意は偽善に早変わりだ。私には、難民を全員助けようって覚悟も能力もないよ」

 

「分かってます……私も、ユーゴスラビアでたくさん目にしたことですから。私は、自分の役割を果たすまでです」

 

「ごめんね、あんたを責めるつもりじゃないんだ。先にキッド兄さんと来て色々調べたけどさ……ここも酷い状況だよ」

 

 ネゲヴは難民たちには目を向けず、どこか達観したような表情で遠い空を見つめている。

 その後は最低限の会話だけが続く……ふと、スプリングフィールドは難民のなかに恐ろしいものを見つけてしまった。

 両手首を欠損した小さな子ども、よく見れば子どもに限らず大人たちの中にも片腕の無い者もいる。

 ユーゴ紛争では埋められた地雷を踏み、片足を失くした人の姿を見たが、それとは明らかに様子が違う。

 

「スプリングフィールド、もう戻ろう。この警備任務もいつまでもやるわけじゃない、少しの辛抱だよ。なんて、大隊長のあなたにこんな事言うのって生意気かな?」

 

「いえ、むしろ気遣ってくださってありがとうございます。私は大丈夫ですから」

 

「ならいいんだ。何か悩みがあったら、お互い相談し合おうね。キッド兄さんもいてくれるから」

 

「ええ、そうですね。頼りにさせていただきます」

 

 笑って見せるネゲヴに対しスプリングフィールドも微笑みかける。

 以前のユーゴ紛争でメンタルを追い込まれていた時とは違う、もう気負わない…強い決意と共にスプリングフィールドはこの仕事に取り掛かるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 難民キャンプの周辺に、警備兵としてヘイブン・トルーパー兵を配置し一小隊に一台のトラックとジープを配備させる。

 重装備をもって警備任務に望みたいのがMSFとしての本音であったが、周辺勢力と難民たちへの影響を考え、標準的な小火器のみを装備し、装甲車などはMSFの宿舎においている。

 色々と問題はあるかもしれないが、襲撃さえなければこの仕事もそこまで大変なものではない。

 

 部隊配置を済ませたスプリングフィールドは自分のテントで一通の手紙を書いていた。

 通信機能を備える戦術人形にしては妙な行為なのだが、スプリングフィールドは手紙で伝えることを好んでいた。

 宛名はスネークに対してだった。

 時折ペンを止めては考え込み、手紙にすらすらと文字を書き込んでいく。

 

「おーい、スプリングフィールドいる? あら、ラブレターでも書いてたの?」

 

「そ、そんなんじゃないですよ! ただ、スネークさんにここ最近の出来事をですね…」

 

「ふーん。あんたといいワルサーといい、好きな人にどうして回りくどいのかな?」

 

「ネゲヴさん!? そんな、下心があるわけじゃないですから! もう……それで、なんですか?」

 

「ああそうだった。なんか難民キャンプで子どもが行方不明になったみたいでさ、捜索依頼が来たんだ。キッド兄さんにも伝えなきゃならないから、一緒に行こ」

 

 スプリングフィールドは頷き、書きかけの手紙を引きだしへとしまうと、ネゲヴと共にキッドのテントへと向かう。

 途中楽しそうにおしゃべりをしながらキッドのテントを目指した二人だが、テントを開いて中を覗いた二人は、注射器を自分に打とうとしているキッドを見て驚愕する。

 

 

「キ、キッドさん!? だめですよ、人間としてそれはやっちゃダメです!」

「キッド兄さん! 薬物、ダメ、絶対! 戻れなくなるよ!?」

 

「うわッ! いきなりなんなんだって、痛ぇッ!!」

 

 突然大声で喚かれたために手もとがブレ、関係のない箇所に注射器の針が突き刺さりキッドは悲鳴をあげた。

 急いで二人はキッドの手から注射器をひったくるが、すぐさまキッドにとり返される。

 

「あのな、これはマラリアの予防接種だ。人形と違って、人間はこういうのやらなきゃ死んじゃうんだよ」

 

「あ、そうなの? それなら早く言ってよ。キッド兄さんがジャンキーだと思ったじゃない」

 

「あのなぁ…」

 

 呆れたキッドが説教をしそうになったが、先ほどの捜索の件を話して説教を封じ込める。

 最近はキッドの手綱を握るのも上手いもので、ネゲヴの口車に乗せられて注射器の事はさっさと忘れてしまう。  

「なるほどね。子どもの行動範囲だし、あまり遠くへは行っていないだろうから、手分けして捜そう。じゃあ、オレとスプリングフィールドで…」

 

「キッド兄さん? キッド兄さんは私と行くのよね?」

 

「ん? まあ、どっちでもいいが」

 

「はぁ……キッド兄さん、そういうところ…」

 

「あはは…」

 

 ジト目でネゲヴに睨まれるが何のことかさっぱりな様子のキッド、スプリングフィールドのことを偉そうに言うネゲヴだが、彼女も彼女でなかなかてこずっているようだ。

 そんなわけで二人とはその場で分かれ、スプリングフィールドは何人かの部下たちを連れてキャンプ周辺の捜索へと出かけるのであった。

 

 

「どこを捜しますかね…」

 

 周辺はなだらかな平地ではあるが、鬱蒼と生い茂るジャングルなどもあり見通しはあまり良くはない。

 うだるような暑さの中でスプリングフィールドは車を走らせ、周囲に目をこらす。

 ふと、海に面した小さな廃村を発見しそこへ車を止め、部下たちを散開させて捜索にあたる。

 

「だれかいませんかー?」

 

 廃村を練り歩き、声をかけて返事が帰ってくるのを待つが、返答はない。

 以前は漁村であったのだろうか、古ぼけたボートや網などがそこらにうち捨てられている…ボロボロの家屋も覗いてみるが、誰かがいるような気配はない。

 

「ふぅ…どこに居るんでしょうか?」

 

 照りつける日差しと、じめじめした空気に汗が流れ出る。

 涼し気な海にこのまま飛び込んでしまいたい気持ちになるが、まずは子どもを捜しだしてからだ。

 人気のない廃村に見切りをつけ、移動をしようとした時…。

 

 

 

「これはこれは、どこの誰かと思えば……MSFの阿呆共の愉快な仲間たちではないか?」

 

 

 

 冷たく、あざ笑うような声にそれまでの暑さを忘れて背筋が凍った。

 咄嗟に振り返った先、気配もなく、その人物はいつの間にかそこにいた。

 

 人間離れした真っ白な肌、どこか人を見下したような表情と切れ長の瞳、黒のセーラー服に身を包む彼女は直接面識はなくとも忘れようのない人物であった。

 

 

「あなたは…ウロボロス…!?」

 

「御機嫌よう、MSFの木偶人形。元気にしていたかな…?」

 

 

 かつての強敵が、不敵な笑みを浮かべあざ笑う。

 

 




ウロボロス「久しいな下郎ども。ウロボロスである」

エグゼ「呼んでねえよタコ」
アルケミスト「死ね」
デストロイヤー「誰アンタ?」
代理人「あら、ゴミがなんか喋ってますわ」

ウロボロス「くっっ……!!」



ウロボロス再登場!
まーた何か企んでるなこいつは…?


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暗黒大陸:ホワイトマンバ

ここにきてMGSキャラ、タイトルからお察しください


「――――今や世界に名だたるMSFが、よもや難民キャンプの警備とはな。この私が言うのも何だが、少しは仕事を選びたまえよ」

 

「それでスプリングフィールド。なんでこの鉄血人形がオレたちのキャンプに居座って呑気にコーヒー飲んでるのか説明してもらいたいんだが?」

 

 

 場所は難民キャンプ付近に設けられたMSFのキャンプ地。

 そこの司令部が置かれたテントの中で、鉄血人形ウロボロスは足を組んで座り、スプリングフィールドが淹れてくれたコーヒーを堪能している。

 周囲には武装したヘイブン・トルーパー兵がいるのだが気にもかけず、今もマシンガン・キッドを前にしても余裕ぶった態度は崩さない。

 

「いえ、なんか流れで…すみません…」

 

「お前が流されやすいのは分かったが、こいつとはユーゴで激しくやり合った関係だ。まわりに知られたらマズいぞ」

 

「昔のことをいつまでもぐずぐず言うな。あ、コーヒーのおかわり貰えるか?」

 

 図々しくコーヒーのおかわりを要求するウロボロスに、ついついスプリングフィールドが動きそうになるが、キッドがそれを阻止する。

 MSFとウロボロスとの間に起きた抗争を知らないネゲヴにとっては、互いの確執も知りようがなく、不思議そうな様子で双方の様子を観察している。

 

「まったく、儲かってるくせにケチな奴らだ」

 

「満足しただろう、とっとと帰れ!」

 

「ほう。そんなことを言っていいのか? またちょっかいをかけてやろうか、以前のような私ではないぞ?」

 

 不敵に笑いつつ挑発するウロボロスだが、どこか子どもっぽい態度に、これ以上まともな反応を返しても疲れるだけだとキッドは察する。

 かといって無視すればウロボロスはさらなる挑発を仕掛けてくる。

 

「このクソ人形め! この場で撃ち殺してやろうか!」

 

「まあまあ抑えたまえ、女性相手にみっともない。別におぬしらと戦いにきたわけではない、ほんのあいさつ代わりだ。それじゃ、帰るとするか」

 

「おう、とっとと帰れ! ネゲヴ、塩だ塩! 塩撒いとけ!」

 

「くはははは、また会おう」

 

 以前と比べ、いろいろと自由すぎるウロボロスは、来た時と同様に堂々とした態度でキャンプを立ち去っていく。

 自身に向けられる無数の敵意の視線を受けてもなんのその、涼しい顔でMSFの車両へと乗り込みエンジンをかけるのだ。

 

「って、さりげなく車を盗もうとしないでください!」

 

「チッ…勘のいいガキは嫌いだよ」

 

 自然な動作で車を盗んでいこうとしたウロボロスを阻止、スプリングフィールドは銃口を向け、いつでも撃てるよう引き金に指をかけた。

 それに対しウロボロスは反抗する意思も見せず、ひらひらと両手をあげる。

 

「まったく、油断できませんね…!」

 

「ははは、次はもっと強引に盗むとしよう。さて、なら私を家まで送ってくれないかな? ここから結構距離があってだな」

 

「はい? どうして私があなたを送ってかなければならないんですか!?」

 

「嫌なら構わん、強引にこの車を奪うまでだ」

 

 スプリングフィールドの引き金にかけた指に力が込められるのよりも速く、ウロボロスは向けられた銃口を逸らし、スプリングフィールドの手を押さえつける。

 

「侮ってくれるなよ。一度敗北したとはいえ、私の牙は折れていない。おぬし一人引きちぎることなど造作もないのだ」

 

 忘れかけていたが、これでも彼女は電脳空間で無数のAI、そしてビッグボスの戦闘データを基にしたAIを相手に戦い抜き誕生したハイエンドモデルなのだ。

 純粋な戦闘力では鉄血の中でも随一であり、一介の戦術人形が一人で相手にできるような相手ではない。

 

「だが、ここには戦いに来たわけではない。私を送ってくれれば、君らが捜す難民の子どもも見つけてやろう。利害の一致だ、悪い話ではないだろう?」

 

「何故、子どものことを知ってるんですか?」

 

「来れば分かる。それで、君の判断は?」

 

 柔らかな笑みを浮かべるウロボロスであるが、その目は変わらず冷たい印象を受け、思考を読みとるようにスプリングフィールドの目を覗きこむ。

 反撃し返り討ちにする方法も探るが、互いの力量の差は歴然としている。

 それが分からないほどスプリングフィールドも愚かではない…ウロボロスの言う通り、取引だと考えれば悪い話しではない、そう自分を納得させスプリングフィールドはウロボロスの要求を受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――というわけでだ、私は今この地で反政府ゲリラに武器を売りさばき、見返りに私は連中が採掘したダイヤを報酬として受け取る。それを密輸業者に売り付け現金を得る、なかなか美味しいビジネスというわけだ」

 

 移動中の車内にて、ウロボロスは聞いてもいないのにアフリカでの活動を自慢げに話してみせる。

 運転を強制されるスプリングフィールドは彼女のそんなビジネスにはさほど興味も無く、適当な相槌をするだけで話の内容を気にも留めない。

 

「スプリングフィールド、おぬしダイヤは好きか? まあ、おぬしのような脳内お花畑の乙女にとってダイヤの輝きは魅力的であろう」

 

「お花畑って…」

 

 ウロボロスの失礼な物言いにイラッとするが、それはさほどウロボロスには重要ではなく、彼女はどこからか輝くダイヤが埋め込まれた綺麗な指輪をとりだしてみせる。

 運転中のスプリングフィールドであったが、その美しいダイヤの輝きに一瞬目を奪われる。

 彼女のそんな反応を期待していたのか、ウロボロスは笑みをこぼす。

 

「清浄無垢、純潔、純愛、永遠の愛…いずれもダイヤモンドが持つ宝石言葉だ。先進国の上流階級ではダイヤの指輪を婚姻の贈り物とするのが習わしと聞く。阿呆共が、ダイヤの輝きにつられて巨大な金が動く」

 

 ウロボロスはダイヤの指輪を太陽の光に照らし、手のひらで転がす。

 原石の状態から、研磨され、ブリリアントカットがなされたダイヤは光を美しく光り輝く。

 

「おぬし、ダイヤを価値付ける"4つのC"を知っておるか?」

 

「いえ、知りませんが…」

 

「ふん……ダイヤモンドの評価を決める4つのCとは、 色 (Color)透 明 度(Clarity) 重 さ (Carat)研 磨(Cut)の頭文字からとったものだ。だがもう一つ、5つ目のCである 紛 争 (conflict)の存在を忘れてはいけない」

 

 先ほどまで興味も無かったスプリングフィールドであったが、ウロボロスの言葉にいつしか耳を傾ける。

 これからウロボロスが語るビジネスとは、ある種人間の欲深さと偽善に関わるものであることを知る。

 

「さっきも言った通り、私は反政府ゲリラに武器を提供し、見返りにダイヤをいただく。つまりは連中にとってダイヤは武器を手に入れるための資金源となるわけだ。私が入手したダイヤは他国へと密輸され、宝石として加工を施され、人々の手に届く。時に、お幸せな結婚式の誓いの指輪の中にそれらダイヤは紛れ込む」

 

「つまりは……何も知らずダイヤを買うことは、紛争当事者に資金を提供することにつながる?」

 

「ご名答。永遠の愛の象徴とされるダイヤを求める裏で、ゲリラどもはダイヤの見返りに武器を手に入れる。そして紛争は深刻、長期化し憎しみの輪は広がっていく。そして憎しみが憎しみを呼び、紛争が紛争を呼び、私たちの生態圏は拡大していくのだよ。理解できるだろう、スプリングフィールド? MSFに所属するおぬしが、分からぬはずがなかろう?」

 

 スプリングフィールドは、ウロボロスの言葉を否定することは出来なかった。

 MSFは、戦いの中で生の充足を得る、それを謳い文句にその軍事力をあらゆる勢力に貸してきた。

 ウロボロスを否定することは、遠回しに、自分たちを否定することにつながる。

 

「これらダイヤは紛争ダイヤモンド、あるいはブラッドダイヤモンド(血塗られたダイヤモンド)と呼ばれる」

 

「ブラッドダイヤモンド…」

 

「通常ならこんな汚れたダイヤの価値は著しく下がる。だが、もし正規に採掘されたダイヤの中に混ぜ込んだとしたら? 他の多くの正規に採掘されたダイヤから、宝石として加工されたダイヤをどうやって見分けがつけられようか? 昔は、キンバリー・プロセスというのもあったらしいが、大戦で効力を失い再びダイヤは紛争の資金源となったのだ。ダイヤモンドの流通の中で紛争ダイヤが占める割合は決して多くはない…だが、確かに血塗られたダイヤはあるのだよ」

 

 それはおそろしい話であった。

 戦争とは一切無縁なはずの日常の中で、贈り物としての宝石に、芸術としての宝石に、そして幸せを誓いあう結婚式の指輪の中に、ブラッドダイヤモンド(血塗られたダイヤモンド)が紛れ込んでいる。

 幸せを喜ぶ裏で、悲しみの悲劇が生まれる。

 

 グリフィン内にもダイヤは流通しているが、その中にどれだけの健全なダイヤがあるだろうか?

 人形たちが羨む誓約の指輪にも、ダイヤの輝きはある……真面目なスプリングフィールドは、酷く気分を悪くする。

 

「まあ、さほど気にすることはあるまい。この時代、誰しもが紛争と無縁ではいられない。自分は関わりがないと思っていても、それはただ目を逸らしているだけなのだよ。どうだ、この私の戦争ビジネスの教訓は役に立ったかな?」

 

「あなたは、変わらずおぞましいままです…」

 

「褒め言葉として受け取っておこう。ここでは死の商人とかホワイトマンバ(・・・・・・)などと言われてるくらいだ。まあ、その通り名はもう一人おるがな……っと、そろそろ着くな」

 

 ウロボロスが身を乗り出し指差した方向に、西洋建築風の屋敷が一軒あった。

 元は前時代にこの辺を支配していた白人農場主の土地であったそこをウロボロスが占領し、拠点としているらしく、配下と思われる装甲人形が警備し要塞化されている。

 

「折角だから茶でも飲んでくか?」

 

「いえ、結構です」

 

「そうかそうか、美味い茶が飲みたいか」

 

 拒否するスプリングフィールドであったが、ほとんど無理矢理屋敷へと連れていかれてしまう。

 さすがにこれ以上、ウロボロスに振り回されるのは良くない、ましてや今は自分一人しかおらず誰かに頼ることもできない。

 力でねじ伏せられることも覚悟の上で、スプリングフィールドはライフルを握る手に力を込めようとした時だ…。

 

 ウロボロスが屋敷に足を踏み入れた途端、どこからともなく子どもたちが現れウロボロスめがけ走り寄る。

 

 

「おかえりへびのおねーちゃん!」

「おかえりなさい!」

「おみやげは!? ねえおみやげは!?」

 

「ええいクソガキどもめ、群がるな!」

 

 あっという間に小さな子どもたちに取り囲まれるウロボロス。

 子どもたちに群がられているウロボロスはうんざりしたような表情にも見えるが、時折笑みを浮かべ、小さな子どもを抱きあげる。

 突然の出来事にスプリングフィールドは一人目を丸くする。

 当然だ、さっきまで悪の権化のような態度から一変、子どもたちをかわいがるやさしいおねーさんの姿へ早変わりしているのだから。

 

「おいクソガキども、グレイ・フォックスはどこにおる?」

 

「フォックスのおにーちゃんは出かけるって、しばらくかえってこないってさ!」

 

「なにぃ!? あの阿呆が! この私に何も言わずふらふら出ていきおって! 折角今夜はカレーでも作ろうと思っていたのに…!」

 

「わーいカレーだカレーだ!」

 

「騒ぐなクソガキども!」

 

「あの、ウロボロス…これは?」

 

「うん? こいつらは孤児だとか、少年兵だとかそういう類だ。フォックスの奴がどこからか引き取ってきおってな、いつの間にかこんな人数だ。全く、ここは孤児院ではないというのに…」

 

 そういいつつも、女の子を抱き上げたり、遊び相手になってあげるウロボロス。

 しばらく呆然と見ていたスプリングフィールドであったが、やがてかつての敵の思わぬ姿に、小さな笑みをこぼす。

 

「おぬし、今笑ったな? バカにしておるのか?」

 

「いえ。ただ、ヘビの牙もずいぶん丸くなったなと思いましてね」

 

「やかましいわ。まったく…そういえば、もう一人の阿呆はどこにいるのだ?」

 

「もう一人?」

 

 一人目の阿呆はグレイ・フォックスだとして、もう一人の阿呆とは?

 スプリングフィールドが疑問を浮かべていると、付近の草むらから勢いよく少年が一人飛び出していく。

 その手には鈍く光る刃が握られており、真っ直ぐにウロボロスめがけ突っ込んでいく。

 少年はウロボロスからは死角、声をあげる間もなく少年はウロボロスへと斬りかかっていったが…。

 

「たわけが、遅いわッ!」

 

「―――!?」

 

 少年の襲撃に気付いたウロボロスの、凄まじい速さで放たれた回し蹴りが、跳びかかる少年の腹部を宙で捉える。

 鉄血ハイエンドモデルの渾身の回し蹴りを受けた少年は吹き飛び、地面を転がり木箱に激突し粉砕する。

 ぐったりと伸びた様子の少年に大股で近付いていくウロボロス…と、少年は息を吹き返しナイフを手に再びウロボロスへと挑む。

 ウロボロスの身体を貫こうと向けられたナイフであったが、あえなく腕ごと絡めとられ、足下を崩され少年は転倒する。

 ナイフを奪い取られ、赤子のようにあしらわれながらも少年は闘志を衰えさせることもせず、拳を握り固め挑む…が、その後は呆気なくウロボロスに返り討ちにされ、両手足を封じられウロボロスの尻に敷かれるのであった。

 

「は、離せ…! 重いんだよ、クソババア!」

 

「誰がクソババアだ阿呆が」

 

「いてッ! どけ、どけってんだ…!」

 

「あーやかましい。それにしても、まだまだ未熟ものだのう。こんなんでこの私が殺せると思っておるのか…なあ、"イーライ"?」

 

「うるさい! その名前で呼ぶな!」

 

 動きを封じるように少年…イーライの背にウロボロスは座る。

 どこか見覚えがあるようなイーライの顔つきだが、なんだろうか…スプリングフィールドは妙な親近感に小首をかしげる。

 

「紹介しようスプリングフィールド、こいつはイーライ。この地で拾った私とフォックスの弟子でな、生意気だが将来有望なクソガキである」

 

「まあ、かわいらしい子ですね」

 

「いい加減…に……しろ! 重いって言ってんだろデブ! 死ねクソババア!」

 

「口の悪いクソガキはお仕置きが必要だな。まあ、その前にシャワーでも浴びて汗でも流すとするか。もちろん、お前もだぞイーライ」

 

「おいやめろ!なにすんだよ、離せ! やめろー!」

 

 嫌がるイーライを肩に担ぎ、陽気な気分でウロボロスは屋敷へと歩いていった…。

 数分後、屋敷の二階から衣服をひん剥かれたイーライが飛び降りて逃げようとしていたようだが、ウロボロスに捕まり再び屋敷に引きずり込まれていった…。

 

「これは、関わり合いにならない方が身のためですね…」

 

 これ以上関わってはいけない。

 人形としての第六感がそう伝え、トラブルが起きる前にスプリングフィールドはその場を立ち去るのであった…。




~バスルームにて~

ウロボロス「ほれ、洗ってやるから前を向かんか」
イーライ「う、うるせー…!」

グレイ・フォックス「おねショタとか、ここがアウターヘブンだったのか」

というわけで、ここにきてリキッド・スネークのショタスキンことイーライ君登場。
マザーベースに連れてくとめんどくさそうだったから、ウロボロスとグレイ・フォックスに預けて英才教育するよ……うん、性癖歪みそうw
ん?ソリッドのほう?
面倒な奴がいなくなったから、今頃ビッグママ(EVA)と一緒にアラスカ犬ぞりライフしてるよ…。

イーライとウロボロスのおねショタは…需要あったら描くw



※今回の紛争ダイヤネタは、祝い事に対するアンチテーゼな回だったので、いろいろ自粛して投降時期をずらした背景があります。
ジュエリーや結婚指輪の中に紛れた紛ブラッドダイヤモンド、あなたは見わけられますか?


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マザーベース:あなたのために出来ること

97式かわいい


 MSF司令室、喧騒から隔絶されたその場所は今、書類の上をペンが走る音と、ソファーに身体を横たえ眠る虎の安らかな寝息の音が響いている。

 副司令のミラーのすぐそばの机に座り、熱心に書類整理をしているのは97式。

 最近はミラーの秘書として彼をサポートし、ミラーも安心して仕事を手伝ってもらっている…実際ここ最近、忙しかった労務が97式のおかげでずいぶんと捗り、今では安定して仕事を片付けられている。

 

「ミラーさん、終わったよ!」

 

「お、ご苦労さん。97式のおかげで助かるよ、オレよりも仕事が早くなってるんじゃないか?」

 

「そんなことないよ、えへへ」

 

 謙虚な態度だが、褒められて嬉しいようで満面の笑みを浮かべる。

 それがついかわいくてミラーは97式の頭を撫でてしまうのだが、そのとたん、ソファーで寝ていたはずの虎"蘭々"がギロリと目を見開き睨み、慌てて手をひっこめる。

 仕事が捗る理由の一つに、司令室にて常に蘭々の脅威に晒されているというのもあるのだが…。

 

「ちょっとお散歩行ってくるね! ミラーさんも一緒にどう?」

 

「嬉しい誘いだが、ちょっとやらなきゃいけないことがあってな。蘭々と一緒に行っておいで」

 

「どうしたの? まだお仕事があるなら手伝うよ?」

 

「大したことじゃないんだ、大丈夫だよ」

 

「それならいいんだけど…」

 

 どうにも歯切れの悪いミラーを不審に思いつつも、97式は出番を察しむくりと起き上がった蘭々と共に司令部を出ていく。

 そのまま廊下を十数歩歩いた先で97式はピタリと足を止めると、音を立てないよう静かに司令室の扉へとそっと近寄ると、こっそり中を覗く。

 

 司令室の中で、ミラーは先ほどと同じ机で何やら仕事をしているようなのだが、何か思いつめた様子でじっと端末を見つめ、時々深いため息をこぼしている…そんなミラーの姿を見るたびに、97式は手助けをしたい衝動に駆られるが、素直に頼ってくれない寂しさを痛感していた。

 

「ミラーさん…どうしたのかな?」

 

 しまいには頭を抱えて考え込むミラー、それ以上彼が思い悩む姿を見ていられず、97式は覗くのを止めると自分もまた深いため息をこぼす。

 ミラーの秘書として業務の手伝いを行っている立場上、97式はMSFの活動を他の人形よりも詳しい立場にある。

 さすがに資金の流れを管理する経理業務には手を出していないが、戦闘報告や資材管理などの主要な業務には目を通している。

 すべてが順風満帆というわけではないが、これといって大きな問題はないはずなのだが。

 だが副司令であるミラーのこの悩む姿から、ただならぬ問題が起きているのかもしれない。

 

「あたし、もっとミラーさんの力になりたいのに…」

 

 97式のそんな切実な想いを察したのか、蘭々がそっと頬を摺り寄せ慰める。

 猛獣の蘭々は今や97式の守護獣のようであり、常にそばに寄り添い歩き、あらゆる脅威から97式を守っている。

 スコーピオンが発案したアニマルセラピーは成功と言ってよく、今では97式もトラの蘭々と一緒なら知らない人ともそれなりに話せるようになったのだった。

 

「考えてても仕方ない! ミラーさんのために何ができるか、みんなに聞いてみよう! そうだよね、蘭々!」

 

 蘭々は穏やかに喉を鳴らし、小さな声で鳴く。

 それを了承の返事と察し、97式は蘭々を伴い、マザーベースの居住エリアへと向かうのだ。

 まずアドバイスを貰うのは、MSFの戦術人形の中で随一の実力者と言われるWA2000だ。

 常に最前線に立ち、周囲の尊敬を集める彼女なら、きっと何かしらの答えをくれるはず…そんな期待を胸に、97式はWA2000の元へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――どうせどこかの女に振られただけでしょ? 考えるだけ無駄よ無駄。あんな変態に悩むのも無駄だし、考えてる時間すら無駄よ。ほっときゃいいのよ」

 

 97式の期待は見事打ち砕かれる。

 ミーティングルームでコーヒーカップを片手に語学勉強をしていたWA2000に、ミラーのために何ができるか尋ねたところ、開口一番にそんな言葉が返ってきたのである。

 呆気にとられる97式をよそに、WA2000の日頃溜まった鬱憤が爆発する。

 

「だいたい、あいつ気色悪いったらありゃしないわ! この間なんか、私が更衣室で着替えてたらあの変態何食わぬ顔で入ってきて"ああ部屋を間違えた、すまんすまん"なんて…あぁ、思いだしただけでもおぞましいっ!」

 

「え、あの…えぇ?」

 

「というか気になってたんだけど、あいつの傍にいてあなた悪戯されたりとかしないの? 大丈夫? 何か悩みがあるなら相談に乗るわよ?」

 

 ミラーの悩みを解決するはずが、逆に心配されてしまっていることに97式は困惑する。

 どうやら聞く相手を間違えてしまったようだ…97式は今日まで知らなかったことだが、WA2000はカズヒラ・ミラーを心の底から毛嫌いしている。

 まあ理由は多々あるのだろうが、主にミラーのスケベ心から生理的嫌悪感を抱いてるようだ。

 

「あ、あの…お邪魔しましたー」

 

「ちょっと、大丈夫なの!? ねえったら、97式!?」

 

 これ以上は副司令の名誉のためにも、早々に離脱を決め、本気で心配してくれるWA2000に申し訳なく思いつつもその場を後にする。

 

「はぁ……人間関係って難しいね、蘭々」

 

「グルルルル…?」

 

 いつもミラーと一緒だったからこそ、WA2000の彼に対する罵詈雑言の嵐はなんとも言えない衝撃を97式のメンタルに与える。

 ミラーのことは全てではなくとも、ある程度分かっていたつもりであったが、人の評価は千差万別なのだ…彼を良く言うものもいれば、悪く言う者もいる。

 97式にとっては残念なことに、戦術人形の彼への評価はほとんど後者だ。

 

「ううん、あきらめちゃダメ。きっと解決策が見つかるはずだよね、頑張るよ、蘭々!」

 

 強い決意を胸に抱き、97式が次に向かった相手は…。

 

 

 

「あ、あの……エ、エグ……エグゼ…さん?」

 

「あぁ?」

 

 

 

 97式が足を運んだのは無謀にも元鉄血現MSF戦術人形連隊長のエグゼ。

 昔に比べたら丸くなったとはいえ、ちまたでは"常にキレてる女"とか"ブレーキの壊れたダンプカー"とか"一発殴って自己紹介する人形"とか言われてるほど、今でも短気で好戦的で喧嘩っ早い。

 勇気を出して声をかけたのも束の間、返ってきた機嫌の悪そうな返事に一瞬で萎縮…蘭々はと言えば97式の気持ちの変化を察し、唸り声をあげてエグゼを威嚇している。

 

「なんだお前? ケンカ売りに来たのか? 上等だぜ」

 

「そ、そそそ、そんなことないです! 蘭々、止めてよ! ケンカしちゃダメだってば!」

 

「テメェはともかくそのクソ猫ムカつくな…ぶっ殺してやる」

 

「そんな! ごめんなさい、ごめんなさい! すぐに帰りますから! ほら、蘭々もいい加減にして!」

 

 このままでは狂犬エグゼと猛獣蘭々のバトルが勃発してしまう、慌てふためく97式は必死で蘭々を抑えようとするが、こんな時ばかりは蘭々も言うことを聞いてくれない。

 お互い今にも命のやり取りを行いそうな様子に、パニックに陥る97式であったが、そこへ思わぬ救世主が現れる。

 

「なにやってんだお前はーッ!」

 

 騒ぎを聞きつけたらしい、ハンターがその場へ颯爽と駆けつけると、強烈な前蹴りをエグゼの顔面に浴びせて吹き飛ばす。

 

「なにを騒いでるかと思えば、また迷惑をかけて…! ヴェルもいてすっかり母親らしくなったと思ったら、目を離したとたんこれだ。まったく…大丈夫か、97式?」

 

「え、はい…あの、ありがとうございます」

 

 

 どういたしまして、そんな言葉を返そうとしたハンターであったが、蹴り飛ばされたエグゼが起き上がりハンターの後頭部を同じように蹴り飛ばした。

 無防備なところに受けた衝撃でハンターは前のめりに転倒し、強烈に打ちつけた顔を痛そうにさする。

 

「貴様…! よくもやってくれたな!」

 

「うるせえ、テメェが最初に蹴ってきたんだろうが! 来いよハンター、久々にキレちまったぜ」

 

「お前はいつもキレてるだろうがバカ! 今日ばかりは許さん、その腐った性根を叩き直してやる!」

 

「はっ! 御託はいいからかかってこいよこら! 修復施設にぶち込んでやるよ!」

 

「あ、あの二人とも…! ケンカは良くないと思うから…!」

 

「「部外者は黙ってろッ!」」

 

 二人の怒鳴り声に蘭々が反応し、大きな咆哮をあげる。

 蘭々のその咆哮をゴングの合図とし、エグゼとハンターの仁義なき戦いが勃発する…あっという間に滅茶苦茶になる部屋、怒号と罵声が飛び交い、すぐさま警備の兵士が駆けつけるがそれでも止められずなおも暴走する。

 

「ママー、がんばれー! ハンターねえちゃんもまけるなー!」

 

 そこへどこからか現われたヴェルの余計な声援で、二人は余計にヒートアップし、血走った眼で殴り合う。

 二人の顔はもうどちらの血か分からない血で真っ赤に染まる。

 技術も技もへったくれもない、完全に意地とプライドをかけた戦いだ…そしてエグゼがハンターの身体を投げ飛ばして扉を突き破り、戦いの場は居住区の廊下へと移る。

 

「わわ、なんだこりゃ!?」

 

 この騒動を聞きつけたスコーピオンとMG5は、突如扉を突き破り出てきたハンターに驚愕するが、彼女を追うように出てきたエグゼとバトルを再開したことで今何が起きているかを察する。

 このまま放っておけば居住区が滅茶苦茶になってしまう。

 スコーピオンとMG5は頷き合い、二人の仲裁に入るのだ。

 

「落ち着きなよ二人とも、どうしたのさ!」

 

「そうだ、落ち着け! 一旦落ち着いて、それから話しあおう!」

 

 二人の間に割って入り仲裁をしようとしたが、そんなスコーピオンとMG5を二人は邪魔者と認識し、その拳の餌食にするのだ…まさか攻撃されるとは思っていなかった二人は殴られて倒れる。

 が、起き上がった二人もまた感情的になり、仲裁することも忘れてこの不毛な争いに飛び込んでいくのだ。

 

「このバカ野郎が!」

 

「うっせえクソサソリ、死にやがれ!」

 

「泣きっ面を晒させてやるぞ愚か者めが!」

 

「でしゃばるなMG5ッ!」

 

 もはや手のつけられない彼女たちの乱闘を、97式は隅の方で蘭々を抱いて震えながら見ているしか出来ない。

 そしてこの騒動を聞きつけて人形たちが駆けつけるのだが、ケンカに巻き込まれて乱闘の規模は大きくなっていくのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――それで、警備兵に放水ポンプで鎮圧されて、騒ぎを聞いたオセロットに加担者全員営倉入りになったと」

 

「はい……すみません、ミラーさん」

 

 あの後、暴徒と化した人形たちは放水ポンプで強制的に鎮圧された。

 その時のオセロットはまさに鬼のようであった、というのが人形たちの話…今は営倉にぶち込まれ頭を冷やしていることだろう。

 

「97式が謝ることじゃない。かといって、ケンカをしたみんなが悪いってわけでもないんだ。ここ最近、仕事が多くてみんな気を休める時間もなかったんだ。きっと、ストレスも溜まっていただろう。みんなのストレスに気付かず、今回の事態を招いたのは、ひとえにオレのせいでもあるんだ」

 

「そんな、ミラーさんが悪いわけじゃ!」

 

「いや、オレのせいだよ。オレのせいでいいんだ。本当なら、みんな仲が良いはずなんだ。交友を深めるのはもちろん個人の努力によるが、トップに立つオレ自身が、みんなが交友を深められるような場を設けてやらなければいけないんだよ。分かるかい?」

 

「でも…」

 

「いいんだよ、これで。君が心配することじゃない」

 

 そう言って、ミラーは97式の頭をそっと撫でる。

 彼の手はごつごつとしていたが、大きく暖かいその手で撫でられる心地よさに97式は不思議なぬくもりを感じる。

 しかし、このままではミラーの悩みを解決しようという当初の目標は達成できない。

 97式は頭から離れたミラーの手をすかさず握り返す。

 

「ミラーさん、あたし、もっとミラーさんの力になりたいの!」

 

「どうしたんだ急に? 今でも十分力になってくれてるよ」

 

 ミラーのいつも通りの優しい言葉につい流されそうになるも、97式は首を横に振る。

 

「ミラーさん、あたしが出ていくといつも思いつめた様子でいるよね…今日だって、ため息ばかりこぼして…。ミラーさん、もしかしてみんなに隠してる悩みがあるんじゃないのかな?」

 

「うっ、それは…気のせいじゃ」

 

「気のせいなんかじゃないよ! あたし、もっともっとミラーさんの力になりたいの! もっとミラーさんを知りたいの!」

 

「97式……君はいい子だな、くっ…」

 

 97式の切実な想いを聞いたミラーは感極まり涙をこぼす。

 彼がこの世界にやって来てから今まで、戦術人形にここまで慕われることなどただの一度もなかった…やれ変態だのおっさんだのと、不名誉な烙印を押されて邪険に扱われていた日々とは、今日ここでお別れだ。

 

「ありがとう97式、嬉しいよ。君の言う通り、オレも悩みを抱えていたんだ…誰かに言えるわけでもなかったことなんだがな、君になら話しても良さそうだ」

 

「うん! 大丈夫、誰にも言わないから!」

 

「それを聞けて何よりだ」

 

 ようやくミラーの抱えた悩みを聞くことが出来る、どんな悩みかさえわかれば解決の糸口も見つけることができるだろう。

 蘭々を抱き、いざ悩みを聞こうとする97式であったが、打明けられた悩みは想像の遥か上をいくものだった…。

 

 

 

「実は、個人資産でやってるハンバーガーショップ"バーガーミラーズ"の収益が芳しくなくてな…何度も試作品を出してるんだが、あまり評判が良くなくてな」

 

「え? あ…え? ハンバーガー? 個人資産? それにバーガーミラーズ…?」

 

「ああ、オレはハンバーガーショップのオーナーという顔もあるんだ。こんなこと、ボスやオセロットに知られたらなんと言われるか……もちろん、MSFの資産には手を付けず自分のへそくりでやりくりしてたんだが…」

 

 まったく予想もしていなかったミラーの話に、97式はポカーンと口を開く。

 

「ただでさえ食糧難がささやかれるこの世界だ。食材の確保が難しい…かといって手を抜きたくない、ハンバーガーで成功するのはオレの中の夢の一つなんだ」

 

「あ、うん……ハンバーガーだよね、あたしも大好きだけど…ごめんなさい、ちょっと、予想外」

 

 反応に困る悩みを打ち明けられ、97式は困り果てる。

 書類整理はともかくとして、ハンバーガー開発のノウハウなどないのにどうしろと?

 この悩みは流石に解決できない、そう思った矢先、突如天井付近で物音が鳴ったかと思えば通気口の蓋が落下する。

 

 

「壁に耳あり窓に目あり天井裏にサソリあり! というわけでスコーピオンだよ!」

 

「スコーピオン!? お前、営倉入りになったんじゃ!?」

 

「むふふふふ、トリックだよ。それにしても、おっさん面白そうな話してるじゃん! あたしも混ぜてよ、ハンバーガーの開発するんでしょ!?」

 

「く、面倒な奴に聞かれた…すまんがスコーピオン、これはあくまでオレの個人事業でな。MSFには迷惑をかけていないし、内密にだな…」

 

「は?スネークに言いつけるよ?」

 

「スコーピオンちゃん大歓迎! 一緒に理想のハンバーガーを作ろうじゃないか!」

 

「やったぜ言質とった。というわけでみんな呼んでくるから待っててね」

 

「え? みんな? おい待てスコーピオン、おーいっ!!」

 

 

 

 

 

「蘭々、あたしミラーさんのこと…全部は分からなくてもいいや」

 

「グルルルル?」

 

 




待たせたな(歓喜)

コードトーカーの爺さんがいないから、あのケミカルバーガーはできないかもしれないが、それに近いかそれ以上のぶっ飛んだバーガーを作りだしてみせるぞ!
あ、もちろんスネークとオセロットには内密にな(シーッ!)


以下、開発チームです

鉄血仲良し(?)コンビ
ハンター、エグゼ

ゲルマン主従コンビ
WA2000、Kar98k

スプリングフィールド、スオミ、SAA

ワルシャワ条約機構
スコピッピ、9A91


試食係
404ニート


なんか変なチーム一つ二つあるけど、まーいいっしょ(適当)


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ハンバーガー試作大作戦

 太陽が西の方へとゆっくりと傾き、はるか水平線のかなたに沈んでいく。

 太陽は姿を消して、夜の世界が訪れる。

 月と星々の光がマザーベースの甲板を淡い光で照らす…基本的に一部警備を除き、夜間はほとんどの部門で特別忙しくも無ければ作業を終了し、宿舎へと戻っていくのだがこの日はちょっと違う。

 甲板上をおしゃべりしながら何人かの戦術人形たちが歩き、糧食班が作業をするプラットフォームを目指していた。

 作業を終了したはずの糧食班の棟は明かりが灯り、賑やかな話し声が聞こえていた…。

 

 

「えーお集まりの皆さま、どうも副司令のカズヒラ・ミラーです。こんな時間に集まってくれて嬉しく思います」

 

「あのさ、何のために呼んだのよ。スコーピオンのアホにいきなり呼び出されたわけだけど、私は遊びに付き合ってる暇はないの」

 

 不機嫌な様子のWA2000は早速ミラーに対して辛辣な態度をとって見せる。

 業務を終えて、これから自室で任務に必要な語学勉強に取り掛かろうとしていた矢先、スコーピオンに半ば無理矢理連行されて非常に機嫌が悪い。

 おまけに、この日はオセロットと一緒に射撃練習をするはずが、昼間の乱闘騒動でお流れになってしまったことも拍車をかけているが、そんなことはスコーピオンにとって関係ない。

 

「今回集まってもらったのは、糧食班の製品開発の補助が主な理由だ。君ら戦術人形のMSF内での割合はすっかり多くなった、そこで君らの求める食糧を君たち自身で作ってもらい、それを糧食班が改良して製品化するというものだ」

 

「ふーん…それにしては糧食班のスタッフがいないけど、どうして?」

 

「そ、それはだな…糧食班のスタッフたちは業務も終了したわけでだな」

 

「私たちの仕事も終わりの時間なんだけど? なんでいきなり私たちが食糧開発に手を貸さないといけないわけ? 別に今のレーションで私は不満はないわ……あんた、なんか企んでるんじゃないでしょうね?」

 

「そんなことはない! そんなことはないぞ、ワルサー」

 

「気安く私の名前を呼ばないで。なんか怪しいわね…」

 

 疑惑を深めるWA2000にミラーはたじろぐ。

 サングラスをかけていなければ、目が泳いでいるのがばれて完全にアウトであっただろう…ちなみにだが、今回集まった人形たちにはミラーの個人的なバーガーショップの製品開発の件は一切知らせていない。

 知っているのはミラー本人と97式、そしてスコーピオンと404小隊だ。

 

「もう、細かいことを気にしちゃいけないぞわーちゃん! それにわーちゃんは、ハンバーガーを食べたくないのか!?」

 

「ハンバーガー!? なによそれ!?」

 

「あれ、言わなかったっけ? 今回のお題はハンバーガーだよ、みんなには最高に美味いハンバーガーを作ってもらいます」

 

「ばかじゃないの? なんで私がそんなことしなきゃならないのよ。アホらしい…みんな帰りましょう、時間の無駄だわ」

 

「ほほう? さてはわーちゃん、料理には自信がないないからそんな態度なんだね? 戦闘は一流でも、料理の腕は三流と見た。料理もできない女子力の低さじゃ、オセロットの胃袋も虜にできないよね~」

 

「は? なんでそこでオセロットがでてくるのよ? アンタに関係ないでしょ!? いいわ、やってやろうじゃないの。戦闘も料理の腕も、アンタに負けてる気はないわ!」

 

「やったぜ。ま、期待してるよわーちゃん…というか、戦闘力ならあたしも負けてないし」

 

 見事スコーピオンの巧みな話術? に丸め込まれ、ミラーへの疑惑を逸らすことに成功したばかりか、WA2000のやる気を引きだたせてくれた。

 スコーピオンは基本アホだが、WA2000の取り扱い方だけは妙に手慣れたもので、彼女の負けん気の強さとプライドを上手く利用して見せた。

 

「というわけでお題はハンバーガーだよ、みんなの最高のハンバーガーを作ってみてね! ちなみに、試食係には404小隊が来てくれたよ。小隊のみんなを唸らせるハンバーガーを作ってね!」

 

「はいはーい。タダで美味しいハンバーガーが食べれるって聞いたから来たよ。みんな美味しいハンバーガーをお願いするね」

 

「おいハンター、404小隊を殺すチャンスだ。ハンバーガーに毒薬混ぜろ」

 

「ちょっとさりげなく怖いこと言わないでくれるかなエグゼ?」

 

「まあまあおさえておさえて…というわけで、料理開始ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ほのぼの女の子チーム~

スプリングフィールド、スオミ、SAA

 

「では、料理のほうを始めましょうか?」

 

 あちこちで忙しく始まったハンバーガーの調理。

 特に制限時間などは指定されていないが、スプリングフィールドは戦術人形の中で唯一、カフェの厨房に立つ身としてのプライドから密かな熱意を持っていた。

 

「スプリングフィールドさん、SAAさん、よろしくお願いしますね!」

 

「こちらこそ、スオミ」

 

「きゃっほー! ハンバーガーと言えばコーラだ!」

 

 ここではスプリングフィールド、SAA、スオミの三人がチームとなってハンバーガー調理に取り掛かる。

 

「まずはハンバーガーのバンズを作ることから始めましょうか」

 

「わぁ、本格的ですね!」

 

「ええ、折角ですからね。ではスオミにはミートパティを、SAAには具材のカットをお願いしますね」

 

 ハンバーガーを手作りで一から作るという試みは、実は初めての経験であったりするスプリングフィールド。

 しかし、空いた時間があれば料理本を読んで知識を蓄えていたスプリングフィールドは手際よく、スオミとSAAに指示を出していく。

 指示を出されたスオミは早速、用意された粗びき肉を適量用意し塩コショウ、ナツメグといった香辛料を混ぜてこねる…裾をまくりせっせとひき肉をこねるスオミの微笑ましい姿には、なんとも言えない癒しがある。

 コーラ片手に、歌を口ずさみながらSAAは具材のレタスを切る。

 少々包丁の扱いが危なっかしいが、今のところは問題ない…他にもトッピングのベーコンも切るが、つまみ食いをしてははにかむのだ。

 ほのぼのとした空気が流れる厨房…ふと隣の厨房を見れば、フライパンの中に注いだスピリタスに火をつけて燃やすスコーピオンを目にするが…今は忘れよう。

 

 ひき肉をこねて形を作ればハンバーグを焼く準備が完了する。

 薄く油をひいたフライパンへとハンバーグを乗せ、焦げ目が軽くつくように焼き上げる…肉を焼く香ばしい香りが漂い、スオミもSAAも笑顔を浮かべて目を輝かせるのだ。

 

「スプリングフィールドさん、ハンバーグが焼きあがりました!」

 

「うん、とても美味しそうですね。バンズもそろそろできあがります」

 

「コーラと一緒に食べるハンバーガー!きゃっほー、とっても楽しみだ!」

 

 それから出来上がったバンズにハンバーグとレタス、そしてベーコンを挟み完成だ。

 MSF特製ペプシN〇Xも一緒に用意し、いざ試食係の404小隊のところへ…。

 すっかり審査員気分のUMP45であったが、スプリングフィールドのチームが作ったとあって安心して一口頬張ると、その美味しさに笑みを浮かべた。

 

「うん、とっても美味しいね。バンズもふわふわ、ハンバーグもジューシーでレタスはシャキシャキ。これ、あなたたち三人の顔写真も一緒に乗せれば大ヒット商品間違いなしよ。決めたわ、名付けて"プリンセス・バーガー"よ」

 

「プリンセス・バーガー…ちょっと恥ずかしいですね」

 

「これは売れそうね。ミラーさんも大喜びのはずよ」

 

「はい?」

 

「あ、こっちの話だから気にしないでね~」

 

 含みのある笑みを浮かべるUMP45を不審に思いつつも、納得のいく出来栄えに彼女たちは満足するのであった。

 

 

 

 

~ゲルマン主従コンビ~

WA2000、Kar98k

 

「ハンバーガーはドイツで生まれました、アメリカの発明品ではありません。我らが祖国のオリジナルです。しばし遅れを取りましたが、今や巻き返しの時です」

 

「まあ、私もハンバーガーは好きだけどさ…」

 

「バーガーがお好き?これからますます好きになりますよ…というわけで我が主(マイスター)、不肖ながらこのKar98kが主のために最高の一品を作るために協力しましょう」

 

 先ほどのWA2000とスコーピオンのやり取りを見ていたKar98kは、何としてでも主であるWA2000を勝たせようと張り切っている。

 だがそんな姿に若干引き気味なWA2000はすっかり先ほどの闘志が萎えてしまっているのだが、Kar98kの戦いは既に始まっているのだ。

 

我が主(マイスター)、我々が今回作るバーガーのコンセプトはずばり"愛の美食"につきます!」

 

「愛の美食って…あのね、私もそんなにハンバーガーに詳しいわけじゃないけど、ハンバーガーはファストフードの面が大きいでしょう? 手軽に食べれる感覚が本質でしょう?」

 

「おっしゃる通り。究極的には旨くて腹も満たされればそれでいいんです。ですが! 私は、主が作る料理をそこらの平凡なジャンクフードと一緒にしたくはないのです!」

 

「分かった分かった。じゃあ好きなようにやってみなさいよ…」

 

「そのように。ではまずはこの基礎となるハンバーガーの構成です、上側をオセロットさま、下側を我が主としましょう」

 

「待って。なにそれ、一から説明して頂戴」

 

「言ったはずです、コンセプトは愛の美食であると。私たちが作り上げるハンバーガーはずばり、オセロットさまと貴女さまの愛の宮をイメージして作り上げようと思うのです」

 

「あのね、恥ずかしいから止めてよ! ちょっと待ちなさい!」

 

「待ちません。もうすでに愛の闘争は始まっているのです!」

 

 妙なスイッチが入ったKar98kに、WA2000は頭を抱え込む。

 ここに来てからというもの、ことあるごとにオセロット絡みでお節介をやく彼女には手を焼かされている…まあ、おかげで最近オセロットと深い会話ができたり、二人きりになれる場をつくれたりもするのだが。

 

「柔らかく全てを内包するバンズの間には二つのハンバーグ…そう、バンズをお二人の愛の巣とするのであれば、二つのハンバーグとはオセロットさまと主さまのありのままの姿…つまりは肉体。ありのままの姿のお二人が愛の宮で親密に触れあうのです!」

 

「あんた、自分が何言ってるか分かってんの!?やめなさい!」

 

「やめません。官能的で扇情的な…お二人の体が宮の中で混じり合い生まれる愛の形。そう…子どもです」

 

「こ、子どもって…!」

 

「主さまはオセロットさまとの間に生まれる子どもを望まないのですか?」

 

「いや、そういうわけじゃ…って、なに言わせてんのよ!? というか、今はハンバーガーを作ってるんでしょう!?」

 

「はい。というわけで、お二人の子宝を目玉焼きという形で再現します。ダブルハンバーグにエッグを挟み、愛の美食は完成です!」

 

 色々と暴走していたが、ひとまず完成はした…ほとんど何もしていないのに、なんとも言えない疲労感にWA2000はくたびれる。

 改めてハンバーガーを見て見るが、何か物足りない。

 少しの間悩んでいたWA2000はそこにトッピングをくわえてみることを思いつく。

 

「色彩が欲しいわね。レタスとチーズ、それからトマトを挟んでみるのはどうかしら?」

 

「なるほど。それは盲点でした…お二人の愛の巣を再現するあまり、お二人の幸せオーラを放つことを失念いたしておりました。レタスの緑は癒しの意味を、チーズの黄色は幸せの象徴として、トマトの赤は何よりもお二人の燃えるような情熱を意味しておられるのですね!? 我が主(マイスター)、このKar98k(カラビーナ)感服いたしました!」

 

「あんた一回ストレンジラブにAI診てもらった方がいいわよ?」

 

「そんなことはありません! 主さま、このハンバーガーは堂々とこう呼べます! "ラブ・ハンバーガー"と!」

 

「ラ、ラブ・ハンバーガー…!」

 

「これが私が提唱する、愛の美食なのです! そうだ、私特製の媚薬も追加しちゃいましょう!」

 

 色々とツッコミどころのあるハンバーガーが出来上がるが、試食係のUMP9に食べさせると味の方は大好評…なのだったが、最後に入れた媚薬が恐ろしい効力を発揮する。

 というのも、媚薬の効果によりハンバーガーを平らげたUMP9が突如発情し、見境なくキスを求めるようになってしまったのだ。まあ、なにはともあれ味は確かなようで、無事WA2000とオセロットの愛を再現したハンバーガーは大成功をおさめるのであった…。

 

 

 

 

~鉄血仲良しコンビ~

エグゼ、ハンター

 

 

「さて出来上がったハンバーガーだが、何か物足りねえ。どう思うよハンター?」

 

「うーむ。味の方は悪くないと思うんだが、なにかな…?」

 

 料理に不慣れな二人は周囲の調理を盗み見てなんとかハンバーガーを完成させたのだが、どこか物足りなさに困っていた。

 スプリングフィールドの作ったハンバーガーと比べてしまうと見劣りしてしまうが、それでもまあ食えないものではい…では一体何が足りないと言うのか?

 

「分かったボリュームだ、オレたち戦場に生きる存在にとって、メシの量は重要だ」

 

「一理ある。だが量が多いということはそれだけ荷が圧迫される。一品当たりの量を多くして、結果的に持ち運べる食糧が減ってしまっては本末転倒だ」

 

「閃いたぜハンター。一品をコンパクトにまとめ、なおかつ必要な栄養素を取りそろえる方法がよ……ズバリ、サプリメントだ」

 

「サプリメント…? それを一体どうやって?」

 

 口で説明するよりもやって見せる、そういうこと始まったエグゼの処刑料理。

 まずはバンズのもととなる小麦粉を混ぜ合わせるのだが、そこに砕いて粉上にしたサプリメントをぶち込む。

 同じようにひき肉の方へもサプリメントをぶち込むのだ…多様なサプリメントをぶち込んだことで異様に変質した味を、化学調味料で強引に修正、出来上がったハンバーガーはバンズにハンバーグを挟んだ非常にシンプルなもの。

 だが、内容物を知るハンターは食えと言われても躊躇する…一応見た目はハンバーガーなのだが。

 

 とりあえずこんな時のためにいる試食係である。

 作ったハンバーガーをだるそうにしているG11のもとへと運ぶ。

 

「おら、食え」

 

「わー。なんか見た目地味なハンバーガーだね」

 

「うるせえな。彩が欲しいなら自分でケチャップつけな」

 

「はいはい…いただきますよっと……はむ………もむもむ……!?」

 

「ど、どうした…?」

 

「二人とも、これ…なに入れたの…!?」

 

「それは企業秘密だろ」

 

「旨い…旨いよこれ! それになんだか一口食べただけなのに身体が求める栄養素が全て満たされてく感じ、それにこの熱さ…! おおおッ! 今の私なら眠らず一日仕事ができる自信があるよ、ひゃっはー!」

 

 いつもダルそうなG11の突然の豹変ぶりに、クールなハンターも驚きを隠せない。

 みなぎる気力を持て余したG11が戦いの場を求めてどこかに勢いよく飛び出していったが、大丈夫だろうか?

 

「エグゼ、お前他に何を入れたんだ?」

 

「増幅カプセル入れてみた。それもこの間研究開発班が試作した改良型増幅カプセルだ!」

 

「な、なるほど。しかしまあ、出来は良いみたいだな」

 

「だろ? オレ様にかかれば料理なんてこんなもんよ。このバーガーがあれば全ての戦場を有利に運べるぜ!」

 

「うむ、これでMSFの勝利は間違いなしだな。それで、名前はどうする?」

 

「うん?」

 

「名前」

 

「あぁ…既に決まってるぞ! 勝利を呼ぶこのバーガーの名は! 鉄血ならぬ、"熱血ドーピング・バーガー"だ!」

 

「……ネーミングセンスでマイナス100点だな」

 

 

 

 

 

 

~ワルシャワ条約機構~

スコーピオン、9A91

 

「同志…ついに完成です」

 

「うん、そうだね。ついに完成だ…!」

 

 厨房に立つ二人は目をキラキラと輝かせ、苦労の末に作り上げた一品を見つめる。

 二人の見つめる先にあるのはハンバーガー……ではなく、ボトルに入れられた透明な液体である。

 それをショットグラスに注ぐと、こつんとグラスを軽くぶつけ、一気に飲み干す……。

 口どけの良さとは反対に、喉を流れる際の熱さがたまらない…そう言わんばかりの反応だ。

 

「地道に原料を集めて…」

 

「地道に蒸留器を組み立てて数週間…ついに完成しましたねスコーピオン!」

 

「最初の蒸留器がスネークに見つかって没収されてからというもの、苦労が絶えなかった…! わーちゃんは冗談通じないしスプリングフィールドは説教してくれるしで、9A91がいてくれて良かったよ!」

 

「わたしも、スコーピオン同志とめぐり合えて幸せです! ハラショー!」

 

 がっしりと手を握り合い、もう一度自作ウォッカをぐびぐび飲む。

 ウォッカをキメて軽く酔ったところで、本日のメイン…"ウォッカに合うハンバーガー"を作るために飲んだくれ二人の料理が始まるのだった。

 

「うーんと、分量はこんくらいかな? まあ適当でいいや…それにしてもウォッカが美味いや」

 

「ウォッカには少々濃い味が合います。というわけで塩コショウを強めに、脂身も多めに、サイドメニューは塩漬けピクルスにナッツにオイルサーディン。うん…ウォッカが美味いですね」

 

 料理をしていく二人だが、こまめに飲むウォッカによってだんだんとへべれけになっていく。

 ハンバーガーの分量ももはや適当、ただひたすら酒を飲めさえすればそれでいい…ハンバーガーのために用意していたバンズも既に二人の腹の中だ。

 そういうわけで、試食係の416のもとにやってくる頃に二人はすっかり出来上がっており、持ってきたのも416が期待するハンバーガーなどではなく、ウォッカとつまみと化したハンバーガーの具材だった。

 

「あのさぁ、ハンバーガーが食べれるって聞いてあんたに誘われたんだけど?」

 

「これがハンバーガーらー! 腹にはいればみんないっしょなのらー!」

 

「同志416、これこそずばり"サソリ印の密造酒"です! 酒は正義! 酒を禁止すれば、ソ連も崩壊します!」

 

「ハンバーガー、じゃないの…?」

 

 その後、酔っぱらった二人に強引にウォッカを飲まされた416.

 無事彼女も酔いつぶれ、酔っ払い二人の仲間入りを果たす…どうやらサソリ印の密造酒は強烈な効果をもたらすようだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――というわけで、みんなが作ってくれたハンバーガーがこれだが……大丈夫なのか?」

 

 スプリングフィールド率いるほのぼのチームが作ってくれたハンバーガーはともかくとして、他のハンバーガーは発情バーガーだったりドーピングバーガーだったり、しまいにはバーガーじゃなくてウォッカだったりする。

 

「らいじょーぶらいじょーぶ、あたしにまかせなしゃい」

 

 酔ってまともに話せもしないスコーピオン、一体どこからそんな自信が出てくるのか?

 ひとまず試作品はこれでいいとして、どう展開するかだ。

 悩むミラーに対し、UMP45が手を挙げた。

 

「グリフィンのとこに展開でもしてみたら? 人形が作ったバーガーなんだから、人形相手に展開するのがいいんじゃない?」

 

「それは…大丈夫なのか?」

 

「まあ、乗りかかった船だし、ちょっとの報酬をくれれば協力してあげてもいいよ? 社会の中で活躍する自律人形の割合は多いし悪くない発想だと思う。それに、グリフィンがいるエリアなら多くの戦術人形相手に儲かるでしょう?」

 

「一理あるが…本当に協力してくれるのか?」

 

「ええ、面白そうだしさ」

 

「そうか! よし、そうと決まれば行動だ。すぐに各グリフィン支部にバーガーミラーズの店舗を設置する! 狙うのは全戦術人形の胃袋を虜にすること! オレは、食の世界で人形たちを魅了してやるぞ!」

 

「ええ、一緒にビジネスがんばりましょうね!」

 

 がっしりと握手を交わすミラーとUMP45。

 今この瞬間より、二人のビジネスの付き合いが始まるのだった…。

 

 

 




97式「蘭々、あたしもう疲れたよ…」(フランダースの犬並感)



これが新生MSF印のハンバーガーです、これからはグリフィン支部にミラーが間接的に浸透するぞ!

さ~て、どこの司令部にお邪魔するかな~(チラッ


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緊急合作案件!!"バーガーミラーズS09地区支店"

焔薙さん作【それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!!】とコラボやで!


 MSF副司令のカズヒラミラーによる、個人的趣味から生まれたバーガーミラーズ。

 ミラーとその店の関係を知るものは未だ少なく、ボスであるスネークにも秘密にしたまま、個人的資産を用い運営していた…しかしミラーの努力にもかかわらず経営はおもわしくなかった。

 だが、スコーピオンの発案により戦術人形たちを巻き込んだ新商品開発が行われ、数種類の試作ハンバーガーが完成!

 さらに、バーガーミラーズは人間相手だけではなく、今や社会に広く浸透する自律人形相手に売ることも決定した!

 そしてニート小隊こと404小隊のコネにより、バーガーミラーズの新店舗を大胆にもグリフィン司令部のおひざ元の町へと新たに構えるのであった…。

 

 

「にしししし、ついにこのあたしも民間企業のトップ…店長に就任だね!」

 

 S09地区、グリフィンが統治する地区の中でも激戦区と呼ばれていたのも今は昔、ここ最近は地区の司令部の活躍により鉄血の侵攻を退ることに成功し、いまだ油断のできない状況は続いているが可住区域は広まりつつある。

 そこに404小隊の根回しによって土地を得たミラーは早速店舗を新設、彼の代理としてやって来たスコーピオンが期間限定ながら店長となるのだった。

 

「スコーピオン連隊副官殿! バーガーミラーズS09支店、開店準備整いました!」

 

「店長とお呼び! さーて、いよいよかぁ!」

 

 店長初体験のスコーピオンは今、他の戦術人形にその正体がばれないよう、変装をしている。

 とはいっても髪を下ろして首の辺りで一本に結い、バーガーミラーズの制服にエプロンを着ただけで、I.O.P製戦術人形に詳しい者から見ればバレバレなのだが…そして店で働くスタッフも、スコーピオンの権限で動員されたヘイブン・トルーパー兵ときたものだ。

 さすがにいつもの強化服スタイルではないが…。

 

「それにしても、グリフィンかぁ……なんか久しぶりだな」

 

 何気なく町の通りを見つめたスコーピオンは、以前自分が所属していたグリフィンを思いだし、郷愁を覚えていた。

 目を閉れば今でも思い返す…工場から出荷され、グリフィンの司令部に配属されたときのことを。

 その時は今ほど勇気があったわけでもないし、力も比べ物にならない…空元気でドジばかり、迷惑をかけることもしばしば…まあ、迷惑をかけてるところは変わらないが。

 そんなわけで、ただただ未熟だった当時、作戦に失敗して部隊は散り散り…自身も廃墟の町で孤立無援のまま隠れていたわけだ。

 そして、あの日スネークと運命的な出会いを果たす。

 同時に、スコーピオンはグリフィンからMSF所属となったわけであるが…。

 

「あの人も来てくれるかな? この間の祝辞、読んでくれたかな?」

 

「店長、そろそろ開店の時間です。ご準備を」

 

「はいはーい。さてと、気合を入れていきますか…!」

 

 この日のためにヘイブン・トルーパーの新人研修を行い、元々のメニューはもちろんのこと試作ハンバーガーの全てのレシピを叩き込んだ。

 接待のマナーもばっちりだ。

 しかし元々戦闘用に訓練されたヘイブン・トルーパー隊の動きが機敏過ぎて、民間仕様の自律人形に見えないのが難点だが…まあ、てきぱき動く自律人形として納得してもらうしかない。

 

「そんじゃ、元気よくバーガーをやってこうじゃん! 張りきっていこー!」

「「「おー!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和じゃのー」

 

「平和だね~」

 

 町の通りを歩く二人の少女。

 どちらも小柄で細身だが、一人は白い髪のゆるやかほのぼのを具現化したような少女、もう一人は白のコートと白の帽子をつけた金髪の少女だ。

 時たま声をかけられる二人が元気に返事を返す。

 何を隠そう、彼女たちこそこのS09地区を管轄するグリフィン支部の指揮官【ユノ】とその副官の【ナガンM1895】である。

 

 一見、貧弱そうに見える指揮官であるが、鉄血との戦闘で多くの勝利をもたらした経歴がある。

 指揮官個人としての戦闘力を見れば、良くて一般人より少し強い程度…軍人としての力を比べるなら、彼女を超える者はいくらでもいるだろう。

 だがグリフィンが指揮官に求めるのは個人の力量ではなく、グリフィンが主力とする戦術人形たちをいかに効率よく、そしていかに彼女たちを導けるかが重要なのだ。

 

 その点に関しての、この小さな指揮官はまさに天賦の才と言っていいのかもしれない。

 彼女が持つ不思議な魅力は何故だかどんな人形も惹きつけ、そして味方にしてしまう。

 個性豊か、悪く言えば癖のある戦術人形の信頼を勝ち取ることは案外難しいものだ。

 人形は命令で動き逆らえない、それは間違いない。

 だが、主である指揮官と信頼という名の絆で結ばれた戦術人形は時に、思わぬ力を発揮することもある…それを指揮官ができているからこそ、かつて激戦区と呼ばれたこの地区が、平和を取り戻しつつあるのだろう。

 

「それにしても、そろそろ小腹が空いてきた頃じゃな。お主、何か食べたいものはあるか?」

 

「うーん…あ、そう言えば最近ハンバーガー屋さんが出来たの知ってる? 確か今日がオープンの日だと思ったけど…」

 

「お主ハンバーガーなぞ食べたことはあるのか?」

 

「興味あるかも」

 

 では行ってみようと、二人は陽気な空の下、散歩がてらに最近オープンしたというハンバーガー屋さんへと向かう。

 さて、行こうと決めたはいいが場所が分からない。

 自信満々に指揮官が先頭を歩くのでそれについて行くナガンだが、いつまでも到着しないことに違和感を感じる。

 

「のう指揮官。お主、そのバーガー屋はの場所は知っておるのか?」

 

「え? あぁ…そう言えば知らなかったよ」

 

「何をしとるんじゃお主は! まったく、分からぬなら言えばいいものを…すっかり時間を無駄にしてしまったではないか」

 

「ごめんなさい…なんか、天気も良くて散歩日和だったし、えへへ」

 

「笑い事ではないわい。じゃが、お主はやはり持ってるようじゃの…見ろ、アレが捜していたハンバーガー屋ではないか?」

 

 通りの先にナガンが見つけた真新しい店舗、お店の看板にはバーガーミラーズと書かれており、既に店の前には何人かの行列ができている。

 お店の方からハンバーガーを調理する香ばしい香りが流れてきて、二人の空腹感を刺激する。

 

「わぁ、なんか素敵なお店だねおばあちゃん!」

 

「うむ。そうじゃの…いつの間にこんな店ができたのか?」

 

 不思議に思いつつもナガンは列に並ぶ。

 店から出てきた者の中には妙に発情した奴とかやる気に満ちた奴とか、あるいは飲んだくれて搬送される奴もいるがきっと気のせいだろう…。

 店の前に出来た列は結構な人数だったが待たされることもなくあっという間に進んでいく。

 店の中を見て見ればやたらと機敏な動きで動くスタッフの姿が…オーダーから調理配膳会計まで、流れるようにてきぱきこなす圧倒的回転率だ。

 作り置きでもしてるのではと思えるが、店を出ていく客の満足げな表情からそれはないと考える。

 

 

「あれ、おばあちゃんあれみて? なんか見覚えのあるひとが…」

 

「どれどれ? あー…なにしとるんじゃあのアホは?」

 

 

 店の外からガラス越しに見る店内。

 二人が見つめるのは、カウンターに立ち笑顔で接客をする眼帯をつけた金髪の女の子。

 二人がよく知る人物のいつもの服装・髪型とは違うが、あの顔は見間違えようもない…ナガンはため息を一つこぼし、今すぐ店内に殴り込みに行きたい気持ちをこらえるのだった。

 そしてようやく店内に入り、注文を受け付けるカウンターまでたどり着いたナガンは、カウンターを両手で叩き詰め寄るのだ。

 

 

「スコーピオン、お主こんなところで何やっとるんじゃ!? お主、今日は任務のはずじゃろうが!」

 

「はい? どちらさま?」

 

「とぼけるでない! お主の顔は説教で何回も見慣れておるわ、理由を説明してもらうぞスコーピオン!」

 

「あたしじゃないし!」

 

「認めたようなものじゃろう! まったく任務をサボってこんなところで…今日という今日は許さん!」

 

 怒り心頭のナガンがカウンターから身を乗り出しスコーピオンの胸倉を掴む。

 その瞬間、店内に冷たい殺気が張りつめる…自身に注がれる無数の殺気にナガンは咄嗟に腰のホルスターに手が伸びるが、寸でのところでスコーピオンの手がそれを止めた。

 先ほどまでとぼけていた様子のスコーピオンは素早くスタッフたちに目配せをすると、店内に張りつめていた殺気が消える。

 

「お主、うちのスコーピオンではないな? 何者じゃ?」

 

 ナガンは背後の指揮官をかばうように立ちふさがりつつ、周囲のスタッフに目を向ける。

 スタッフたちは先ほどと同様に接客をしているが、その意識はナガンと指揮官に向けられていることが分かる。

 

「はぁ…折角バーガーミラーズの華々しいデビューが台無しじゃん。ま、いつまでも隠せもしないか…奥の部屋に来て、教えてあげるからさ」

 

「指揮官、下がっておれ…わしが話をつけてくる」

 

「おばあちゃん、どうしたの?」

 

「ありゃ? もしかして、あんたがここの指揮官さん? ということは…結婚したのはあんたか! あたしが出した祝辞、読んでくれた!?」

 

 スコーピオンのその言葉を聞いた瞬間、ナガンはすぐさま察し、有無を言わせず指揮官を店の外へと退避させる。

 そして自身は扉の前に立ちスコーピオンを睨むのだ。

 

「そうか、お主の正体が分かったぞ…まさかこんな堂々と入り込んでくるとはな。のう、国境なき軍隊(MSF)よ」

 

「なはははは。ばれちゃったね~、こりゃミラーのおっさんに怒られそうだよ」

 

 観念したスコーピオンはその場で笑い声をあげると、パンと手を叩く。

 するとスタッフたちはそれを合図として、店に並ぶ列に規制線を張り、本日終了のプラカードを店の前に設置した。

 店に並ぶお客さんからはブーイングが起こるが、そこはスコーピオンがぺこぺこと頭を下げて謝罪するとともに、値引き券を手渡し今日のところは帰ってもらう。

 店内のお客が全ていなくなり、一息ついたところでスコーピオンは店の奥に二人を招くのであった…。

 

 

「ほんじゃ、どーも初めまして二人とも。MSF所属、スコーピオンだよ、よろしくね~」

 

「あ、初めまして。ユノです」

 

「こら、呑気に自己紹介するでない!」

 

「なはははは! ばーちゃんツッコミのセンスあるねぇ!」

 

「お主にばーちゃん言われる筋合いはないわ! それで、お主らは何故ここにおるのだ!? 事と次第によっては…!」

 

「ユノちゃんハンバーガー食べに来たんでしょ? これ、美味しいから食べてきなよ」

 

「わぁ! おいしそう、いただきます!」

 

「いただくな! そしてバカサソリはわしの話を聞け!」

 

 真剣な様子のナガンをそっちのけできゃっきゃうふふと戯れる二人。

 しまいには一人で躍起になってるのがバカバカしくなるが、以前から警戒していたMSFが目の前にいる状況で、油断することは無かった。

 

「それで、なんだったっけばーちゃん?」

 

「もう怒鳴るのも疲れた…。お主は何しに来たんじゃ、MSFの侵攻計画でも立てとるのか?」

 

「あー…MSFとこのお店は関係ないよ。副司令のおっさんの個人的趣味のハンバーガー屋さんだからさ」

 

「それを信じさせる説明はあるんじゃろうな?」

 

「もう、そんな人のこと疑ってばかりでいると、しわが増えるよ?」

 

「余計なお世話じゃ! まったく、スコーピオンという戦術人形はどうしてどいつもこいつもこう…アホなのじゃ!」

 

「えへへへ、そう褒められましても~」

 

「褒めとらんわ!」

 

 ゼェゼェと息を乱している傍らで、指揮官はハンバーガーを美味しそうに頬張り、スコーピオンがそれをにこやかに見つめる…もう本当にバカバカしくなってきたので怒るのも気を張り詰めるのもやめにするナガンであった。

 

「まー、ばーちゃんが心配する理由も分かるよ。逆の立場だったらあたしも同じ反応するだろうしさ。このお店がMSFの活動と関係がないのは本当だよ、まあ信じるも信じないもばーちゃん次第だけどさ」

 

「おばーちゃん、スコーピオンは嘘を付いてないと思うよ」

 

「なぜ分かるんじゃ?」

 

「なんとなく…だけど。それに、なんだかいい人そうだし」

 

「わお」

 

 言われたスコーピオンも驚く指揮官の言葉。

 根拠のない指揮官の勘にナガンはジト目で睨むが、本人はいたって真面目な様子…こういうところがお人よしなのだろうが、逆にこういうところが部下たちに慕われる理由なのだろうなと改めてナガンは思う。

 

「ありがとユノちゃん、嬉しいよ。なんか思いだすな~、レイラさんは元気にしてる?」

 

「え?」

 

「お主一体どこまで…いや、レイラは…指揮官の母親はもう」

 

 ナガンのその言葉ですべてを察したスコーピオンは一瞬目を見開いたかと思うと、すぐにうつむき目を伏せる。

 その仕草はまるで哀悼の意を示しているかのようにも見えた。

 沈黙が少しの間続いた後、スコーピオンは再び顔をあげると懐かしむ様子で窓の外の景色を眺めるのだ。

 

 

「昔はあたしもグリフィンにいたんだ。色々事情があって今はMSFにいるけどさ。グリフィンにいた頃は、あたしみんなにバカにされたり指揮官にも叱られたり失敗続きでさ。もうなにもかも嫌になってた時、模擬訓練の時にユノちゃんのお母さんに会ったんだ。会ったのは一度きり、だけどレイラさんは落ちこぼれのあたしを褒めてくれたんだ。嬉しかったよ、誰にも褒められたことなんてなかったからね」

 

「それは驚きじゃな…それで、祝辞を寄越したというのか。お主、案外律儀じゃの」

 

「あはは。噂で聞いたからね、レイラさんの子どもが結婚するって。本当はあの時褒めてくれたお礼をレイラさんに言いたかったんだ…ありがとうって。だからかな、さっきユノちゃんがあたしをいい人って言ってくれた時、レイラさんと被って見えたんだ」

 

「お母さんと、あたしが?」

 

 指揮官の呟きに、スコーピオンは微笑み頷く。

 スコーピオンとの意外な接点にナガンは驚くとともに、目の前のスコーピオンが決して嘘を付いているわけではないことも察する。

 

「なーんて、すっかり辛気臭い空気になっちゃったね。一応バーガーミラーズの社訓は、お客さんの笑顔が何よりの褒美なのにね」

 

「ほう。じゃあ、笑ってればいくらでもハンバーガーを食べさせてくれるのか?」

 

「お、言うようになったじゃんばーちゃん。お生憎、代金はいただくよねぇ。折角だからハンバーガー食べてってよ、ほんとはもっと売るはずだったからいっぱい余っちゃってるし」

 

「うむ、お主に敵意が無いことがはっきりしたし構わぬだろう。じゃあ――――」

 

 

 ドカーンと、突如閉められていた店の扉が開かれる。

 異様な物音にスタッフたちが包丁を片手に跳び出してきたが、現われた金髪少女はそんなことお構いなし。

 ハンバーガーを目当てにやって来た少女はきょろきょろと店内を見回すと、ハンバーガーを食べる指揮官とナガンを見つけると大声をあげる。

 

 

「あー! 指揮官とナガンばーちゃんこっそりハンバーガー食べてずるいよって、あたしがもう一人いるよ、なんで!?」

 

 現われたのはこのS09地区所属のスコーピオンだ。

 

 店内に現われる同一の戦術人形、一応服装が違うので見分けがつくが…。

 

「ちょっとちょっとちょっと! あたしなにやってんの!? どこのあたしなの!?」

 

「うわ、凄い遭遇だね! あたし? あたしはMSF所属のあたしだよ! 今はここの店長だけどね!」

 

「うわ、あたし店長になったの!? あたしも偉くなったなぁ! ねえ、あたしにも店長やらせてよ!」

 

「いいよいいよ! サイズもあたしと同じだしすぐに同じ制服持って来るから!」

 

「ありがとー! まさかあたしが隊長になる前に店長になれるなんて! あたし、今日からバーガーミラーズで働くね!?」

 

 

「ええいやかましいわ! というかスコーピオン!」

 

「「はい?」」

 

「揃って返事するでない! そして早速着替えるな、見分けがつかん!」

 

 ダミーリンクよりも息の合った二人の行動に、ナガンは思考が追いつかない…しどろもどろになりながら基地のスコーピオンを問い詰めようとするも、マシンガントークでぎゃーぎゃ騒いでいるので、そのうち諦めてしまう。

 

「よろしくね、MSFのあたし!」

 

「おうさ! そうだS09地区のあたしさ、折角だからみんな呼んで来なよ! ばーちゃんのクレームのせいでハンバーガー滅茶苦茶余っちゃったからさ、今回はなんと大サービス全部無料で食べさせてあげるよ!」

 

「わーお! さすがあたし、やっぱりあたしは大物だと思ったんだ! これはあたしの太っ腹を基地のみんなに知らしめるチャンスだね! というわけで、あたしみんな呼んでくるねー!」

 

 

 そいじゃ、そう言って来た時と同じ勢いで出ていったS09地区所属のスコーピオン。

 この茶番劇で残り少なかったナガンのライフにとどめを刺したようで、彼女はぐったりとテーブルに突っ伏すのであった…。




シリアスとギャグを行ったり来たり、スコピッピの才能がなせる業ッッ!

コラボ先のそれいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!!は200話を超えるお化け小説!
こうしてコラボの輪が広がってくんやなって…(夢叶えたり)


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帰るべき家

 そこは洋上のとある孤島。

 島には人工物はなく、上陸をするには島の狭い範囲にある砂浜に上がる以外に方法はなく、また周囲は海流の影響で不用意に船を近づけようとすれば座礁する恐れもある。

 事実、この島を取り囲む岩礁にはこれまでに座礁したと思われる船舶が錆びついた姿で岩場に乗り上げている。

 人もおらず、資源もなく、また近付くのも容易ではない…空から入り込む手はあるが、何の魅力もないこの島に無理に入ろうとするものは普段は誰もいない。

 

 だからこそ、国境なき軍隊(MSF)はこの絶海の孤島を新型兵器の演習の舞台に選んだわけだ。

 島の広さはおよそ120㎢メートル、島は雑木林と起伏の激しい地形。

 戦車などの演習をするのには不適格な地形ではあるが、MSFが用意した新型兵器は既存の戦車とは大きくコンセプトが違っていた。

 

 無人兵器"月光"。

 対戦車榴弾を防ぐ堅牢な装甲と生体部品による脚部によって構成され、高い戦闘力を誇り数々の戦闘で活躍をしてきた月光であるが、今回ヒューイ率いる研究開発班のプロジェクトにより機体構造を再設計され、性能向上を図る改良が施されたのだった。

 遺伝子操作で造り上げた生体部品はより高い性能を引きだすべく、カーボンナノチューブ筋繊維による高出力の燃料電池一体型人工筋肉に換装。

 頭部の装甲もより堅牢かつ軽量に、特殊合金による装甲に換装されている。

 見た目はそのままであるが、機体の性能向上と軽量化、そして稼働時間の延長に成功したのだ。

 これにより月光の稼働率、そして運搬能力を上げて戦闘の効率性を引き上げる。

 

 その他、月光以外にも演習に参加したのはヘイブン・トルーパー隊の兵士たち。

 彼女たちの装備はこれまでと同様であるが、新型兵器との共同運用を目的に招集された。

 

 そして今回の演習の目玉であり、ユーゴ紛争で喪失したメタルギアZEKEに代わり新たなMSFの抑止力となるべき兵器"メタルギア・サヘラントロプス"。

 

 如何なる国家・組織・勢力・思想・イデオロギーに囚われず活動するため、MSFがその存在を確立するための抑止力として建造されてきたサヘラントロプスはようやく、演習として稼働出来るにまで至ったわけだ。

 

 

「開発にあたっては、404小隊が旧米国から手に入れた旧米軍の機密情報が役に立った。改良型月光にも応用された軽量の特殊合金によって、サヘラントロプスは機体サイズに対し重量を抑えることに成功した。機体制御、戦闘行動に関するAIについてはZEEKに搭載していたポッドをベースにしつつ、ストレンジラブ博士が発展させた新しいポッドを開発した。参考になったのは、無論、この世界の戦術人形たちだ」

 

 

 サヘラントロプス開発を主導し続けてきたヒューイも演習を見届けるため島に上陸、端末の画面にサヘラントロプスのデータを表示させ、MSF司令官スネークへとやや興奮した様子で説明をしている。

 

 

「サヘラントロプスの武装には、ぼくがこれまで携わったAI兵器を参考にしている。機関砲やミサイル、火炎放射器にSマイン、そしてレールガンだ」

 

「あのレールガンはZEKEにつけられていた…元はクリサリスのものだったが、それと同じモノなのか?」

 

「兵器としては同じだ。だが、クリサリスに取りつけていたレールガンとこれは別な設計思想によるものだ」

 

「それも、アメリカで回収した機密情報からもたらされたものなのか?」

 

 スネークの疑問に対しヒューイは頷き応える。

 彼は端末を操作して映したのはレールガンの設計情報、サヘラントロプスの開発にこの世界のアメリカの技術力がふんだんに盛り込まれており、各部にその影響が見て取れる。

 中でもサヘラントロプスに搭載されたレールガンは、何もかもが規格外の代物であった。

 

「以前のレールガンとは違い、今回開発されたレールガンはより高性能なものとなっている。加速力、撃ちだせる弾頭の大きさも向上している…その圧倒的加速力で、サヘラントロプスはどこにいても地球上のあらゆる目標へ弾頭を到達させられるんだ。原理は大砲とほぼ同じで、ミサイルの噴射炎を捉える警戒システムは探知できない」

 

「つまりは、核を搭載すればあらゆる警戒システムに発見されない、ステルス核兵器となるわけか…」

 

「そうだ。そしてサヘラントロプスはピースウォーカー、メタルギアZEKEと同じであらゆる地形を走破できる能力を持っている。ミサイルサイロも滑走路もいらず、今いるような絶海の孤島からでも、世界中を狙うことが出来る…もっとも、正確な射撃には人工衛星からの観測や高度な演算が不可欠だ。よって、サヘラントロプス単独での核攻撃はとても難しい」

 

「いや、十分すぎる。それにしても、この世界のアメリカの技術力は随分とSFじみたものがあるようだな」

 

「ほんと、その通りだよ。UMP45がくれた情報の中には、他にも核融合炉、テラフォーミング計画、浄化プロジェクト、ナノマシン、遺伝子工学を応用したクローン技術も入っていたんだ。知れば知るほど驚きだし、僕としてはこんな技術を持っていたアメリカが滅亡してしまったなんてとても信じられないよ」

 

 ヒューイの端末には多くの情報が表示されるが、専門家をもってしても難解な文字の羅列と数学式、幾何学的な模様が描かれている…こんな難解な情報を解読するのはなかなかに難しかったことだろう。

 だがここでスネークが気がかりになるのは、誰よりも核兵器を憎むヒューイがよくここまでサヘラントロプスの建造に協力してくれたこと…そんなことを言われたヒューイは少し照れくさそうにはにかむ。

 

「確かに、核兵器は嫌いだ。おまけに、この世界は一度核戦争が起こり核抑止の神話は崩壊している。だけど、それでもまだ人類は戦いを止めない…スネーク、何よりも僕は君を信頼している。君なら、この力を間違った使い方をしないって思うからさ」

 

「みんなお前に感謝している。戦場で戦う兵士たちにとって、お前が開発してくれる装備で何度も命を救われている。MSF司令官として、感謝したい」

 

「こう面と向かって言われると恥ずかしいね。さてと、今日の演習データはなかなかいいものが取れたと思うよ。完成までもう少し、微調整が必要だ…あと20%ってところかな。ところでスネーク、マザーベースにはいつ帰るんだい?」

 

「南米の任務は終わって、演習も見れたところだからな…今日にでも帰るつもりだ。どうしたこんなことを聞いて?」

 

「いや、エグゼがさ……この間、スネークはいつ帰ってくるんだーって、カンカンに怒っててさ。偉い騒ぎだったよ?」

 

「あぁ、確かに最近マザーベースに戻ってなかったが…そんなに怒ってたのか?」

 

「怒ってたなんてもんじゃないよ。毎日楽しんでるスコーピオンはともかくとして、エグゼは狂犬みたいに徘徊するし、スプリングフィールドはため息ばかりだし、9A91はぼうっとしてるし。ぼくが言うのもなんなんだけど、たまには帰ってみんなの顔を見た方がいい。人形だけでなく、他のスタッフも君に会いたいと思ってるはずだよ」

 

 これまでにも何度かマザーベースを空けることはあったのだが、忙しさも落ち着いてきたところでスコーピオンらはスネークを恋しく思ってきたのだろう。

 放っておくとヒューイの言う通り狂犬になってしまうので任務も落ち着いた今、マザーベースに帰るのがベストなのだろう。

 手土産は何もないが、ひとまずマザーベースに帰ろう、そう思うスネークであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘリに乗ること数時間、久しぶりに帰ってきたスネークは懐かしい潮の香りが混じった空気を大きく吸い込む。

 何人かのスタッフが出迎えに訪れ、敬礼を向けて尊敬するボスを迎えるのだ。

 

「ボス、よくぞお帰りで…」

 

 その中に、マシンガン・キッドがいるのだが、何故か松葉杖を手に腕を包帯で巻かれた痛々しい姿で立っていた。

 

「その傷はどうしたんだキッド?」

 

「ボスのせいですよ…? あんな狂犬ほっとくから…」

 

「……何があった?」

 

 狂犬が誰を指しているのかは明白だが、優秀な隊員であるキッドをここまでボコボコにするとはいかなる事態が起こったというのか。

 誰か説明をしろと、他のスタッフに目を向けるが、スタッフたちはサッと目を逸らす…。

 そんな時、スネークは背後の方からどす黒く猛獣の如き威圧感を感じ取り、咄嗟に振り返る。

 

「エグゼ…!」

 

 見つめる先には、牙を剥き出しにしながら息を荒げるエグゼの姿が…。

 なるほど、ヒューイやキッドが狂犬と呼ぶのもよく分かる。

 赤い目をぎらつかせてスネークだけを真っ直ぐに見つめ、ゆっくりとした足取りで接近してくるエグゼ…さすがのスネークも気圧されるほどの迫力だ。

 

「スネーク…テメェ…! オレ言ったよな? オレがお前に会いたいって思ったらどんな時でも拒絶すんなって…」

 

「任務だったんだ、仕方がないだろう。いいかエグゼ、落ち着け。あまりみんなに迷惑をかけるな」

 

「あぁ? オレよりも他の奴の心配かよ…! アンタがいない間オレがどんな思いでいたか知らないで、よくも…!」

 

 目の前までやって来たエグゼからはほのかに酒の香りが漂う、怒りに加えアルコールのブーストが加わってるとなればこれは一大事だ。

 こうなればエグゼは殴ってくるか噛みついてくるか…いずれにせよ攻撃的な手段に訴えかけてくるだろう。

 そう、スネークが思っていたのだが…。

 

「寂しい思いさせんじゃねえよバカ……一緒にいてくれるって約束したじゃんか…!」

 

 その瞳を潤ませながらエグゼは唇を噛み締め、スネークを弱々しく睨みつける。

 さっきまでの威勢はなりをひそめ、目の前にいるのは今にも泣きそうな顔で震える少女の姿だった。

 先ほどまではエグゼをどうにかしてくれという意見だったスタッフたちも、今のエグゼの乙女全開な佇まいを見ては、スネークの敵にまわらざるを得ない。

 咎めるような無数の視線がスネーク突き刺さる。

 

「スネーク、なんでオレがこんなに怒ってるか…分からねえだろ…?」

 

「しばらく帰って来れなかったのは悪かったと思う。だが任務だったんだ、遊んでいたわけじゃない」

 

「そんなことは分かってんだよ……だけどよ……先月は、オレが生まれた月だったんだ」

 

 嗚咽まじりに口にしたエグゼの言葉で、スネークは彼女の怒りと寂しさの原因に気付く。

 

 マザーベースでは恒例として毎月、その月生まれの兵士を集めて誕生日会を行っている。

 娯楽の少ないマザーベースで、兵士たちが酒を飲んで騒ぎ息抜きをするために、スネークとミラーが毎月パーティーを開くことを決めていたのだ。

 人間は誕生日を、エグゼのような戦術人形は製造された日付で。

 毎月行われていた誕生日会であったが、MSFが忙しくなるのとエグゼの誕生日の月が被ってしまい、スネークもまた長期の任務でなかなか帰ることが出来なかったのだ…。

 

「自分が造られた月を祝うなんて、これまで無かった…だから、誕生日パーティーは楽しみにしてたんだ…。だけど、あんたはいないし…仲間たちも忙しさでいない……しょうがないってのは分かる、分かってるんだ! だけど!」

 

 誕生日を、みんなにお祝いしてもらいたかった。

 肩を震わせながら、エグゼは弱々しくそう呟いた。

 

「悪い……今の忘れてくれ。こんな事でウダウダして気持ち悪いよな……」

 

「エグゼ……待て、お前が悪いわけじゃないんだ。だったら今から埋め合わせをしよう……遅れてしまったが、誕生日会をやろう」

 

「そんなこと言ったって…オレの時だけ特別扱いしたら、他の奴が」

 

「オレたちの事は気にすんなよエグゼ、そういう事情があるなら誰も文句は言わないさ。それに、オレは毎日パーティーでもいいんだ。そうすれば毎日酒を飲んで騒げるからな、そうだろみんな!?」

 

 キッドの言葉に、集まっていたスタッフたちがノリのいい返事を返す。

 さあそうと決まればキッドは松葉杖を放り捨て、人集めに奔走する…マザーベースの兄貴分的存在のキッドに誘われて断る者はこの基地にいない、戦術人形たちも集まってくれるだろう。

 

「エグゼ、そういうわけだ。今夜を楽しもう」

 

「んだよ…バカみたいに泣いちまったじゃねえか。恥ずかしい…」

 

 当事者を放って話が広まっていくことに戸惑いつつも、どこか嬉しそうに微笑むエグゼ。

 先ほど理不尽に当たり散らしてしまったことをまずは謝り、エグゼは嬉しそうにスネークの片腕にしがみつき、急遽用意されたパーティー会場へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誕生日おめでとう!!」

 

 マザーベースの甲板上にクラッカーの小気味よい炸裂音が鳴り響くと同時に、そこかしこで乾杯の声や拍手の音が鳴る。

 急遽開かれることになったマザーベースの誕生日会は、予想以上に人が集まったことで、場所を屋外の甲板へと変更するのであった。

 とりあえず誕生日会をやりたかったエグゼは簡単な挨拶をすませすぐさま無礼講、数十分後には誕生日会というのも忘れた飲んだくれのどんちゃん騒ぎへと早変わりするのであった。

 

「よし、間に合ったー! エグゼ、誕生日おめでとう!」

 

「サンキューなスコーピオン! ところでどこ行ってたんだ?」

 

「ちょっと野暮用でハンバーガーをね…?」

 

「ふーん。そういやあれから隊にハンバーガー支給されないけど、没になったのか? つまんねーの」

 

「そりゃあね、あのハンバーガーってミラーのおっさんの個人的商売の試作品開発だったからさぁ」

 

「ほう、スコーピオン。興味深い話をしているな、詳しく聞かせてもらおうか?」

 

「うげっ、スネーク!? あ、あたし急用思いだした…!」

 

 逃げるスコーピオンを容易く捕まえたスネークの問い詰めにより、スコーピオンはあっさり自供…怒られると思って震えるスコーピオンであったが、スネークはその頭を撫でると、今度はミラーを捕まえようと彼を追いかける。

 

「カズ! オレに内緒でお前何をやってるんだ!」

 

「んな!? オレは何もやましいことはしていないぞ! 来んなー!」

 

 甲板上で繰り広げられるMSFトップ二人の追いかけっこに、集まるメンバーは大笑いしながら二人をあおりたてる。

 そこへ任務から帰ってきたスタッフや人形たちも混ざり、夕方を過ぎた頃からより賑やかに、より華やかなパーティーへと変わる。

 

 

「あー暑い! なんでここはこんなに暑いんだ!?」

 

「スコーピオン!みんな見てますから、ほら服を着て!」

 

「うるさいな…スプリングフィールド、あんたの格好暑苦しいんだ! そりゃ、脱がしちゃえっ!」

 

「ええ!? 止めてくださいスコーピオン! やめ! みんなも見ないでくださいよ!!」

 

 

 酔っぱらったスコーピオンの暴走にスプリングフィールドは迷惑を被るが、反対にMSFの男性陣から歓声があがる…スプリングフィールドの貞操の危機、それはWA2000がなんとか引き留めたが今度はWA2000にちょっかいをしかけるスコーピオン。

 

 

「そういや聞いてなかったけどさ、この間のオセロットとの二人旅どうだったの?」

 

「なによ。別になんだっていいでしょ…」

 

「あーそんなこと言っちゃう? 折角あたしが協力してあげたのにさぁ」

 

「あんたなにもしてないでしょうが!」

 

「いやいや、あたしは応援してたじゃん。あ、オセロットだ」

 

「え?」

 

「なーんてね。どんだけ欲求不満なのさ、あははははは!」

 

「殺す!」

 

 すぐさま取っ組み合いのケンカになる二人。

 だが事あるごとにケンカしてもそのうち収まり、酒も入った二人はおふざけなしでこの間のオセロットとの二人旅について話しあう…やはり彼女とオセロットの恋路は気になるのか、何人かの戦術人形が興味津々に集まってくるのだった。

 このように、集まったメンバーがあちこちで騒いだり、あるいは仲睦まじそうにイチャイチャしたりと、思い思いの時間を過ごしているようだ。

 

 いつもはスコーピオンとバカ酒飲みをする9A91もスオミと一緒ならのんびりとおしゃべりしながらお酒を嗜み、もはや公然の秘密となっているMG5とキャリコのカップルは隅の方で肩を抱き合い賑やかなパーティーを穏やかに眺めている。

 

 そんな中で、97式はトラの蘭々にぴったりと身を寄せ、緊張した面持ちでパーティーの輪に混じっていた。

 こんな大勢の中に入るのはここに来て初めてのことで、先ほどから硬直している。

 

「97式、大丈夫ですよ。ほら、蘭々もミラーさんもすぐそばにいますよ」

 

「うん、ありがとうスプリングフィールド。でも、ちょっと怖い…」

 

「そう言えば、97式は自分が造られた日付を覚えていますか?」

 

「えっと…今月の––––」

 

「あら、じゃああなたの誕生日もお祝いしなければなりませんね」

 

 スプリングフィールドは早速周囲に今月が97式の誕生日であると伝える。

 すると、それを聞いたスタッフ及び人形たちは口々にお祝いの言葉を叫ぶ…そのうち97式を祝おうと、キッドやネゲヴなどがやって来て、ちょっとしたお菓子のプレゼントをしたりする。

 最初は困惑していた97式、それを守るように周囲を睨んでいる蘭々。

 ふと、ぽろぽろと涙をこぼす97式に周囲はどよめく。

 

「ど、どうしたの97式!? スコーピオンがまた余計なことでも言ったの!?」

 

「なにさそれ!? あたし何も言ってないよ!」

 

 突然泣き出した97式に慌てふためく周囲に、97式は涙をぬぐい首を振る。

 

「泣くのは、弱いからだってあの人に…アルケミストにずっと言われてきた……涙は悲しいときとか、辛いときに流れるんだって、そう思ってたのに……おかしいよ、あたし…嬉しいのに、涙が…止まらないよ…!」

 

「97式…おかしくないよ。全ての涙が悲しいわけじゃないんだ」

 

 優しくスコーピオンに包まれた97式は耐えきれず、声をあげて泣いた…彼女のそれまでの境遇を知る者は、涙の意味を知り泣く97式につられてもらい泣きする。

 泣いている97式の背中をスコーピオンがよしよしとさすり、ただ優しく彼女を受け止めてあげる。

 本当は97式が好意を抱くミラーにこの役目を与えたかったスコーピオンであったが、酔ってパンツ一丁の男に引き渡すわけにはいかない。

 

「なんかしんみりしちゃったね、もう一度盛り上がっていこうか。97式も、もう大丈夫?」

 

「うん…ありがとうスコーピオン、それにみんなも!」

 

 それまで97式が怖がっていた周囲のスタッフたちにも微笑みかける…長く彼女を苦しめ続けてきたアルケミストの呪縛、アルケミストの他者へ抱く怨念と憎悪からついに彼女は解放された。

 苦しみから救われるのは死ではなくより大きな幸せ…かつてスコーピオンから伝えられた言葉の意味を、97式はついに知ることが出来たのだ。

 

 

 さあ、すっかりしんみりしてしまった空気を持ちなおそうとスコーピオンが気合を入れようとしたところで、UMP45が声をあげて静止する。

 

 

「こんなタイミングで悪いけど404小隊から発表があります。ミラーさん、いいですよね?」

 

「うん? あ、あぁ……そうだな。みんな、彼女の言葉を聞いてくれ」

 

 ミラーの呼びかけにそれまでがやがや騒いでいたスタッフたちも静かに彼女たちを見つめる。

 大勢の中で話し慣れしてないUMP45は少々戸惑っている様子であったが、やがて口を開く…。

 

 

「この度、私たち404小隊は本来の所属先のグリフィンに帰ることになりました」

 

 

 UMP45のその言葉の後に続く沈黙…数秒後、あちこちからどよめきが起こり、スタッフや人形たちは顔を見合わせ聞き間違えではないことを確かめ合っているようだった。

 

 

「理由、聞かせてもらってもいいかしら?」

 

「大きな理由はないんだけど、そろそろ帰らなきゃならないかなってさ。グリフィンのヘリアンにも泣きつかれてるし。良かったわねワルサー、あなたの望み通り、これで私たちとはお別れよ」

 

 にこりと微笑むUMP45に対し、WA2000は腕を組んだまま厳しい表情で彼女たちを見つめていた。

 何故? どうして? そんな声があちこちから聞こえてくる…古参のスタッフや人形たちからは居候と思われていた彼女たちだが、新規に加わった者から見れば彼女たちがMSFにいることは当たり前の光景であったために驚きのほどは大きい。

 

「MSFにはMSFの戦いがあるように、私たちには私たちの戦いがある。短い間だったけど、みんなと一緒に生活して一緒に戦ったことは貴重な経験だったわ。改めて、これまでのお礼を言わせてもらうわ」

 

「45、アンタの事だから思いつきで言ったわけじゃないと思う。だからさ、あたしからも言わせてよ…今までありがとうね」

 

「どういたしましてスコーピオン。ほら、みんなも挨拶して」

 

「あ、えっと。いままで45姉と一緒にお世話になりました! みんなとの生活、とても楽しかったし、何より…みんな本当の家族のように受け入れてくれてありがとう!」

 

「まあ、私から言わせてもらうとパンツ盗まれたり痛い目あったりろくでもないことの方が多かったけれど、退屈しなかったのは間違いなかったわね」

 

「マザーベース、わたしの第二の故郷だよね…海風受けながら眠るの、好きだったんだけどな…」

 

「みんな本当にありがとうね。また機会があったらどこかで会いましょう…エグゼ、鉄血出身のあなたと交友を築けたのもいい思い出よ」

 

 最後に、UMP45が声をかけたのは今日の誕生日会の主役のエグゼであった。

 だがエグゼは彼女たちに背を向けたままで振り向こうともせず、ただビール瓶を飲み干した。

 

「ふん、所詮グリフィンの子ネズミ小隊だ。どこへでも消えちまいな、せいせいするぜ」

 

 エグゼの辛辣な物言いをスコーピオンが咎めようとしたが、UMP45が引き止め"いいのよ"と首を振る。

 それでもエグゼにしては薄情すぎる、親友のそんな素っ気ない態度を見過ごせないハンターが彼女の傍に座り込み別れの挨拶でも促そうと思ったところ…。

 

「エグゼ…お前…ぷっ…はははははは! なんだお前、泣いてるの見せたくなくてそんな態度してたのか!」

 

「おいハンター余計なこと言うんじゃ…ちっ…! そうだよ、泣いてるよ、悪いか!? オレはこういうのに弱いって、何回も言ってんだろ…!」

 

 ハンターのおかげで泣き顔が晒されたエグゼは開き直り、404小隊との別れを惜しむ気持ちを素直に口にする。

 開き直ったエグゼは酒瓶を片手に大股で404小隊の前まで歩み寄ると、UMP45を指差し大声で宣言する。

 

「今日この瞬間にオレは明言するぞ! UMP45及びその部下たちは、オレたちの仲間であり家族だ! お前らはこれからグリフィンに帰るんだろうが…心はここに置いて行け! お前たちが最後に帰ってくる場所はここだ、いいな!」

 

「エグゼ……あなた、私たちを仲間って言ってくれるの?」

 

「ああそうだ! お前ら使ってた部屋も残しといてやる、だからよ…いつでも帰って来いよ。遠慮すんな、もうニートだのただ飯食らいだの言わねえからさ。そうだろ、スネーク?」

 

「ああ、そうだな。404小隊、もしも戻ってきたい時があったらいつでも戻ってこい。戦う理由に疑問を感じたら、いつでも思いだせ。オレたちと一緒に戦った時のことをな」

 

「スネーク…ふふ、驚かせるはずがわたしの方が驚かされたわね。分かったわ、いつか…いつかここに戻ってくる。その時はよろしくね、みんな」

 

「ああ、待ってるぜ。さーてと…また一から盛り上げなきゃならないな。スコーピオン、こういう時はお前の出番だろ、盛り上げ直して飲み直そうぜ!」

 

「よっしゃ、任された! では皆さん改めまして…404小隊の旅路の祝福とと国境なき軍隊の一層の繁栄を願いまして、かんぱーーいッ!」

 

 

 再び巻き起こる大歓声。

 この期に及んで気取った態度の者はいない、全員が今この瞬間を心の底から楽しむ。

 

 404小隊も、97式も、WA2000でさえも笑って、二度と訪れることのない"今日という日"を楽しむのだ…。

 

 人種を越え、組織を越え、国を越え、世界を越えて巡り合った者たち。

 

 彼らこそが、国境なき軍隊だ…。




MGSでも触れられていた月ごとの誕生日パーティー、人間、グリフィン、鉄血の垣根を越えてお誕生日会を開けたことに我ながら感慨深いものがある。

97式は幸せを知ることで痛みを和らげ、エグゼは404小隊と付き合ううちに彼女たちを仲間と認識することができた……404小隊とはここで一旦お別れだ、彼女たちにも戦いがあるからね。
みんな、もう前を進む準備はできた、誰も立ち止まってる人はいない。


だから、もうそろそろ物語を進めましょう。
決着を着けなきゃならない相手がいる。

次回予告

第五章長編【無 人 地 帯】(No Man’s Land)始動


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"無人地帯(No Man’s Land)"

『―――スネーク、今回の任務はユーゴのイリーナを仲介に出された任務だ。場所は旧アメリカ合衆国アラスカ州…ある国の研究機関が、アラスカで謎の熱源と振動を探知したということでその調査任務をオレたちMSFに依頼をしてきた。以前の派遣でアメリカは重度の放射能汚染が危惧されていたが、事前調査によるとアラスカは放射能汚染の影響が少ないらしい』

 

 マザーベースより発った飛行機の中で、スネークはカズヒラ・ミラーと通信を交わしていた。

 今回のスネークの任務は今ミラーが言った通り、アメリカ合衆国アラスカ州で観測されたという熱源と振動の調査だ。

 今回の依頼はミラーが請けたものだが、どこかスネークは納得のいかない様子だ。 

 

「ならわざわざオレたちMSFに依頼をしなくても、その国の調査チームを派遣すればいいと思うんだがな」

 

『アメリカの問題は放射能汚染だけではない。秩序の喪失で暴徒化した人間や、制御のタガが外れた軍事兵器が果てしない戦いを繰り広げている。インフラも壊滅的、並の人間じゃ数日も生きられないだろう』

 

「だから、オレたちに仕事が回って来たということか…カズ、イリーナが仲介をしてくれたから大丈夫だとは思うが、何か裏があるんじゃないのか?」

 

『それを調査するためでもある。今回の依頼は報酬としては高額で、なおかつ現地には旧米空軍の基地もある。運が良ければ、何か技術の発掘や兵器の類も見つけられるだろう。さっきも言ったが、放射能の汚染も少ない…あんたなら大丈夫だ』

 

「そうか、お前がそう言うならいいんだが…」

 

『スネーク…どうしたんだ? やはり、みんなが心配なのか? 大丈夫だ、町の防衛と言っても鉄血工造と直接やり合おうってわけじゃない。相手も、オレたちを相手に戦えばただじゃすまないと分かってるはずだ』

 

「カズ、慢心するな。奴らとオレたちは敵対していないが、お互い牽制はし合っている。睨み合いが些細な出来事で戦闘に発展することも十分に考えられる」

 

『分かっているさ。油断するつもりはない』

 

「それならいい。カズ、おそらくここからは定期的な通信連絡もできないだろう。だから、みんなを頼んだぞ」

 

『了解だボス。そろそろ通信の限界距離に近付く。幸運を、ボス』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――S03地区境界

 

 いまだ雪が残りつつも、暖かな春の太陽に溶かされた雪解け水が山麓の川に混じり流れる。

 雪解け水を得て幅の広がった河川の両脇は小高い丘が形成されており、川を境目にしてゆるやかな谷となっている。

 そんな春の訪れを感じられる穏やかな情景とは裏腹に、川を中央に据えた谷の間には戦火に晒されて廃墟と化した村と砲撃によって出来た無数のクレーター、焼け焦げた兵器の残骸が放棄されていた。

 そして川を見下ろす小高い丘には、それぞれ異なる勢力の武装集団が拠点を構えていた…。

 

 

「もっと深く掘れ! 数十センチ掘るのを妥協したばかりに頭を吹き飛ばされたくはないだろう!?」

 

 川より西側に位置する丘の上では、連隊指揮官のエグゼ指揮の下、兵士たちが一心不乱に穴を掘り陣地設営の作業を行っている。油圧ショベルなどの機械力も投入されてはいるが、エグゼが求める陣地形成に対しその数は少ないため、ほぼ全ての兵士が塹壕を掘るための労力として投入されている。

 

 連隊隷下の各大隊長に指示を出したエグゼは、連隊副官のスコーピオンと共に防御陣地を練り歩き、細かな指示を与えていく。

 この場所には多くの資材や弾薬、兵器などが運び込まれており、それらはさらに各陣地へと回される。

 既にエグゼ一人ではさばききれないような膨大な作業計画は、スプリングフィールドやMG5といった大隊長…そして救援として駆けつけたWA2000、9A91の二人が分割しそれぞれが部隊を監督し作業に当たらせている。

 

「うーん…陣地設営の資材が不足してるね。弾薬はもう一杯だよ、これ誰か間違えて頼んだんじゃないかな?」

 

「ちくしょう、間違って書いた奴は吊し上げてやる」

 

 これだけ大規模な作業となると、各所で連絡不足による物資の調達ミスなどが目立つようになる。

 そうならないように、大隊長などには監視をさせているのだが、それでもミスは尽きない。

 今も多量の弾薬を積載したトラックが到着、もう弾薬類は置き場もなく数箇所に無造作に置かれてしまっている…今はまだ天候も安定しているからいいものを、悪天候の下でそのままにしておくわけにはいかない。

 結局、弾薬を保存する仮設倉庫を用意しなければならないので、余計に資材がかさむのだ。

 

「エグゼさん! レイブン・ソード社の工兵部隊が到着したのにゃ!」

 

「やっと本職が来たな。よしIDW、この前指示したことは覚えてるな?」

 

「はいにゃ! レイブン・ソードの工兵部隊には、えっと、SAAの砲兵陣地を設営してもらうにゃ。それからFALさんの戦車大隊の補給陣地を設営…あ、合ってるかにゃあ?」

 

 指示された内容をスラスラと述べたIDWであったが、最後にはどこか不安げな様子で確認を求める。

 

「ああ、それで間違いないぜ」

 

「良かったにゃ!」

 

 間違いが無いことを認めてもらったIDWは声をあげて喜びを表現する。

 入隊時にはどこかおどおどして自信が無さそうだったIDWも今やMSFの戦力の一員だ…与えられた任務に向かう前に、エグゼがその尻を叩いて元気づけてやる。

 尻を叩かれたIDWはふにゃあ!と声をあげて飛び上がり、一目散にその場を立ち去っていった。

 

「へへ、頼もしいひよっこ共だぜ」

 

「わーちゃんの教育の賜物だね。しかしどうしようねこの大量の弾薬は?」

 

「まあ、あって困るもんじゃねえがよ。とにかく建設資材の確保が最優先だな」

 

「食糧の安定した供給も必要だね。まあ、それはわーちゃんがやってくれてるから大丈夫だと思うんだけどさ…」

 

「念には念をな、一応確認の連絡をしとけ…っと、そういや忘れるところだったぜ。各大隊司令部を繋げる電話線の敷設は出来たか?」

 

「うん、一応やっといたよ。ちょっと聞きたいんだけどさ、あたしら人形には通信機能があるのに、どうしてわざわざ有線通信なんか用意したの?」

 

 一応、指示には従ったスコーピオンだったが、エグゼの指示に対する疑問が残っていた。

 今では無線通信はなくてはならず、当たり前のように使っているもので、有線通信は戦術人形のスコーピオンらには馴染みがないどころか時代遅れの代物という認識すらある。

 通信線を張る手間もあるし、切れれば使い物にならず、通信線を繋いだ場所でしか交信を図ることができない…それはエグゼもよく分かっていることだ。

 

「移動には適さないのは承知だが、無線と違って有線なら妨害電波の影響も受けにくいし盗聴の心配もない。もしも相手がジャミングを仕掛けてきて、オレたちの通信機能が制限されても、有線通信があれば部隊間の連携はとれるってわけだ」

 

「なるほど、まだまだ有線式も使い道があるってことだね。それにしても、兵站構築がここまで疲れるとはね…いっつもやってもらってばかりだったから大変だよ」

 

「かなり重要だ。さてと、だいたいの指示は出したよな。後はサボってる奴がいたら、ケツを蹴り上げてやればいいか」

 

「大丈夫だよ、みんな働き者だからね。サボって遊んでるのは404小隊だけ……ってね……」

 

 無意識にその名を口にしてしまったスコーピオンはハッとしてエグゼの顔を伺うが、エグゼはただ周囲の作業を見ていた。

 

 あの日、404小隊がマザーベースを去ってから、早いもので一か月が経つ。

 あれから様々な紛争地に派遣され、そしてMSFに入った都市の行政運営の依頼…以前WA2000とオセロットが偵察を行った都市の行政を依頼されたわけだが、鉄血との領域がすぐそばにあるために、今こうして大急ぎで防御陣地の設営を行っているわけだ。

 こんな多忙な毎日を送っていたせいか、404小隊が去ったという実感を今まで感じることが出来なかった。

 

「45やみんなは元気にしてるかな?」

 

「あのノーパン女なら心配すんな。ネズミみたいにしぶとく生きてるだろうさ…いつか帰ってくるその日まで、オレたちもしぶとく生き続けるだけさ」

 

「そうだね…。でもなんか、すぐにまた会えそうな気もするんだよね」

 

「なんだそりゃ? そうなったらただのニートの家出じゃねえか」

 

 

 あれだけ感動的なお別れをしといてあっさり再会となったら、涙の無駄遣いではないか…そんなことを思い浮かべ二人は笑い合う。

 今後の作戦計画を二人で話しあいながら向かった先は、山麓を見渡すことのできる小高い丘だ。

 見下ろす先には緩やかなカーブをえがく川と、廃墟の村、焼け焦げた兵器がうち捨てられている……そして対面する反対側の丘の上には、動き回る何人もの人影がある。

 

 

「連中も、ここ最近活発に動いてるみたいだね」

 

「あぁ、そうだな…」

 

「エグゼ、ちょっと気負いしてる?」

 

「……少しな」

 

 エグゼにしては珍しい弱気な発言だが、スコーピオンは驚かず、ただ遥か前方を鋭い目で見据えている。

 

 MSFが防御陣地を構える真正面の丘の上で今も活発に動き回っているのは、"鉄血工造"の歩兵部隊だ。

 山麓の荒れ果てた廃墟は、鉄血と正規軍が交戦した跡であり、MSFがこの地に防御陣地を構築している間にも何度か小競り合いが起きていた。

 鉄血側が何度か少人数で偵察を企て、MSFが追い払う…鉄血が飛ばした偵察機を打ち落とすなど、小さな衝突は起きているが、今だ大規模な戦闘は起こっていない。

 どうやら鉄血は、MSF側の様子を探っているらしい。

 

「大丈夫だ、何も起きないよ。鉄血だって、MSFとぶつかり合えば大損害を被るって分かってるはずだ」

 

「そうだといいがな…夜間の索敵にサーチライトを置いておいた方が良いな。至急設置できるか?」

 

「うん、大丈夫だよ」

 

「よし。それから全員に通達だ…オレたちと鉄血の防御陣地のあいだには決して立ち入るな。正規軍の奴らが撒いた地雷、不発弾が多く埋もれてる。それに」

 

「あたしらの任務は町の行政と防御で、鉄血と戦争するのが目的じゃない…でしょ?」

 

「あぁ……この"無人地帯(No Man’s Land)"がオレたちと鉄血との境界線になるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、反対側に位置する丘の上で、布陣する鉄血を統率する立場にある"アーキテクト"は双眼鏡を手に忙しそうに動き回るMSFの部隊を眺めて見ていた。

 

「おぉ~! 流石国境なき軍隊(MSF)! 陣地設営の仕事も早いね~! 負けてらんないね!」

 

 MSFに対し、妙な対抗心を燃やすアーキテクトは早速部下に命じて自陣の掩体壕の強化と戦闘部隊の展開と増援を要請する。MSFが陣地を強化するたびにアーキテクトも負けじと戦力を増やす、双方が相手の上を行こうと狙うことで、この地に際限なく戦力が集まりつつある。

 MSFがここへ来てから間もないころはお互い牽制し合うだけだったのが、ここにきて軍事的緊張感が高まりつつある。

 それもこれも、アーキテクトの変な負けず嫌いなところが原因だ…そしてそれに振り回されるのが部下の"ゲーガー"だ。

 

「アーキテクト!このバカ! 攻めるつもりもないのにこんなに戦力を集めてどうするんだ!」

 

「え? だってこっちの戦力が弱っちかったらMSFが攻めてくるでしょ? それに向こうが増えてるんだから、こっちも増やすしかないっしょ!」

 

「はぁ…バカに何を言っても無駄か。いいかバカ、ここに大部隊を展開してるだけでコストがかさむんだぞ。それに私たちの任務はあくまでも新兵器のテストなんだ、MSFと戦うことじゃない。その辺分かってるのか?」

 

「……………え?」

 

「嘘だろ……まあいい、不用意に攻撃を仕掛けるようなバカな真似はするなよバカ」

 

「え~、じゃあMSFが攻撃を仕掛けて来たら黙ってボコボコにされればいいの?」

 

「そうは言っていない。私たちが戦う時は、MSFが攻撃の意図を見せた時だ。奴らが境界を越えてやって来た時は、攻撃の意図があるということだ」

 

「はいはい分かったよ~」

 

「本当に大丈夫かな…? 言っておくが、ふざけた真似はするなよ。ここにアルケミストを呼びたくない…」

 

「うっ、アルケミスト…! あたしあの人苦手なんだよねぇ…なんか、怖いし…」

 

「奴が来るような事態は避けよう。それと、"無人地帯(No Man’s Land)"の監視を怠るな。あそこで動き回る奴は敵と見て間違いないからな」

 

「了解っと! というか、あたしの方が上司だよね? ねえ、ゲーガー? ねえってば、おーい!ゲーガー!?」

 

 

 

 




~その頃アフリカ~

ウロボロス「イベントボスといったら私の出番だろう」
フォックス「お前ぶちのめされただろ、イーライの教育をしてろ」
ウロボロス「うむ。というわけでイーライ、背中を洗ってやるからな…む、おぬし股間に何を隠しておる!見せろ!」
イーライ「やめろーーッ!」
ウロボロス「これは……!ほう、このエロガキめ」
イーライ「くそ、死にたい…!」
フォックス「死を懇願した時勝敗は決まる」


ついに、始まった…ちなみにこの後の展開は、低体温症を下敷きとした改変ストーリーです。

こっからはシリアスが続くと思うんで、後書きについては補足を残す以外自重します。
ほな、また…。


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異常事態

 MSFと鉄血がS03地区の境界で睨みあうようになってから半月が過ぎようとしている。

 この間にも、MSFと鉄血は共に相手を牽制する意味合いも兼ねて防御陣地の強化と延長を際限なく行い、今やどちらが先に根をあげるかという意地の張り合いにもなりつつある。

 最近は陣地構築のための資材が安定して入るようになってきたが、それでも伸び続ける防御線の構築に対しその資材は不足気味である。この過剰な資材の消費も見直さなければ、MSFの財源にも限りがある以上いつかは破綻してしまう。

 無駄な作業ではないが、惜しめば万が一鉄血の攻勢があった場合、より大きな損害を被ることになるのだ。

 

 

 防御陣地より後方に位置する町では、この軍事的緊張感が高まったことである異変が起きていた。

 というのも、この町は多少治安が悪いところから目を背ければ、多くの店が並び人々も行きかう経済的に賑わいのある町であった。

 だがそれも今は閑散としていて、町の大通りはまばらに車両が行きかい、客のいない暇そうなタクシー運転手が路肩に車を止めて昼寝をしている。

 

 そんな町の風景を、以前この町にオセロットと共に調査をしたWA2000は道端に止めたハンヴィーにもたれかかりながら眺めていた。

 しばらくそうしていると、背後の建物から喚き声が聞こえ、MSFの兵士に両腕を拘束された男が一人建物から引きずり出されてきた。何ごとか喚く男を横目で見ていたWA2000であったが、搬送車にぶち込まれたところで興味を失い目を逸らす。

 

「火事場泥棒ってのはまさにこのことだな。今日も検挙率ナンバーワンだ」

 

「どうでもいいわよ。どうせ盗む物もほとんどなかったでしょうし」

 

「おいおい、秩序の維持ってのは人間社会で最も重要な要素だ。人間を人間たらしめてるのは、秩序があるからと言ってもいい」

 

 ちんけな犯罪者を留置所へ送り飛ばしたキッドがやって来てそんなことを言った。

 後からやって来た9A91とネゲヴもそこへ加わると、建物内で起こった犯罪の様子を、外で待機していたWA2000に報告する。

 まあ、大したことではなく、貧乏な泥棒が空き巣に入ろうとしただけの本当に小さな犯罪だ。

 だがこんな小さな犯罪は今や町のあちこちで起こっている。

 町の行政を任されたMSFであるが、その中には秩序の維持も存在する。

 厄介なのは鉄血の脅威を感じ取ったために、住人が戦火から逃れようと避難することで多くの市民が外部へと流出、その中には本来法の番人として秩序を維持させる警察組織の人間も数多くいたのだった。

 

 おかげで人数の減ってしまった元々の警察力だけでは犯罪に対処しきれず、こうしてMSFの兵士が町を巡回し秩序を維持しているわけだ。

 ちなみに、WA2000、9A91、マシンガン・キッドのFOXHOUNDメンバーが勢ぞろいしているのは、地元警察から凶悪犯罪発生という情報を聞いて駆けつけたためだ…結果はご存知、凶悪犯罪でもなくちんけな空き巣だった。

 

「FOXHOUNDのお仕事を見れるかなと思ってついてきたのに、つまんないの」

 

「何言ってんだネゲヴ、大したことなくて良かったじゃないか。こう毎日巡回してて、凶悪犯罪を未然に防げなかったとなったら、むしろオレはへこむぞ?」

 

「流石はキッドさんですね。そういう考え方が大事だと思います…ネゲヴ、お巡りさんの本当の存在意義は犯罪の抑止力なんですよ」

 

「分かってるわよ。別にドンパチやりたくてそう言ったわけじゃないし…」

 

 9A91に諭しかけられ、バツの悪そうにそっぽを向くネゲヴ。

 それはさておいて、近々この町の秩序の維持に傘下PMCのレイブン・ソードが参入するというので、今よりは犯罪率も下がることだろう。

 

「しかし…すっかり寂れちまったな。オレたち信用ないのか?」

 

「グリーンカラーでもなければ、MSFなんて名前だけ知っている程度の知名度でしょうね。確実に自分の命を守る方法はさっさとこの町から逃げること、間違った判断じゃないわ。とは言っても逃げたのは逃げるための金も場所もある富裕層だけ、残ったのは逃げる力のない貧困層よ。誰も残りたくてこの町に残ってるわけじゃない」

 

「うわ、さすがワルサー…相変わらずドライな意見ね」

 

「それが事実でしょう? もう行きましょう」

 

 しょうもない理由で呼び出されたWA2000の不機嫌な様子に一同苦笑いを浮かべつつ、停車していたハンヴィーに乗り込む。

 車内ではキッドがお気に入りという英国のロックバンドの音楽が流され、9A91は無表情、ネゲヴは苦笑い、WA2000は目を閉じて無視という微妙な空気が流れるが、キッドはお構いなしにへたくそな歌を口ずさむ。

 町を出て境界を守る陣地へと向かう最中、防御線より後方に設けられた砲兵陣地を見つけ止まる。

 

「よおSAA、調子はどうだ?」

 

 コーラ片手に砲兵隊に指示を出していたSAAは、一行を見かけると勢いよく走り寄って来た。

 

「みんな久しぶり! あ、ワルサー教官もいたんだね?」

 

「教官はもう止めなさい。訓練は終わったし、あなたも立派な砲兵大隊の大隊長でしょ?」

 

「うーん、でもワルサーさんはあたしの教官だし…」

 

「まあ、別にどう呼ぼうがあなたの勝手だけどね。それで、こっちの方は順調なの?」

 

 見渡す限りでは、砲兵に必要な陣地の構成は上手くやっているようだ。

 間違えて大量に発注した砲弾等も、仮設倉庫を建てて保管し、それも一か所に保管せず誘爆を避けて複数カ所に保管されている。

 砲兵大隊に組み込まれた自走砲部隊も、いつ戦闘命令が下されてもいいように準備は万端だ。

 FALと同様、砲兵隊の指揮は未経験であったSAAもまだまだ学ぶことは多いとはいえ、上手くやっている…教え子のそんな姿にWA2000も、先ほどまでの機嫌の悪さも治っているようだった。

 

 そのまま他愛のない会話をしている時のことだった…遠くから複数の爆発音が鳴り響く。

 

「…なに、今の爆発音は?」

 

「あたしの砲兵部隊じゃないよ!?」

 

「分かってるわ、防御陣地の方角からよ!」

 

 音が響いてきたのは鉄血との境界線の方角。

 SAAは砲兵部隊の指揮のために残し、一同車に乗り込みすぐさま防御陣地へと向かう…舗装されていない道路を近道に利用し、砂塵をまきあげて猛スピードで進む。

 見えてきた防御陣地では、爆発音の異常を聞いてか兵士たちがあわただしく動き回っている。

 

 車を急停車させると、WA2000はライフルを手に車を飛び降り、"無人地帯(No Man’s Land)"を見下ろせる塹壕の中へと飛び込んだ。

 塹壕内も兵士たちがあわただしく動き回っており、兵士たちの間をすり抜けるようにしてWA2000は塹壕内を進み、その中で第二大隊の大隊長MG5を見つけると彼女に並んで塹壕からそっと顔を覗かせた。

 

「MG5、何が起こったの?」

 

「ワルサーか…無人地帯(No Man’s Land)にヘリが一機墜落したんだ。どうやら鉄血側の高射砲に撃墜されちまったようだが…」

 

「味方のヘリじゃないでしょうね?」

 

「いや、MSFではない。だがどこの所属か分からないんだ…少なくとも鉄血側でもなさそうだが」

 

「一体誰なの?」

 

 無人地帯に墜落したヘリは原型をとどめていたが、ローターが破損し壊れている…そんなヘリから飛び出していく複数人の人影を見たWA2000は直ぐに双眼鏡を構えて、その正体を探ろうと試みるが、突如鉄血側の火砲が火を吹きあげ、無人地帯に砲弾の雨を降らせる。

 鉄血の砲撃は明らかに、ヘリから脱出した者へ向けられている。

 そんな時、鉄血の砲弾がMSFの防御陣地のすぐそばにまで着弾すると、臨戦態勢を取っていたMSFもまた砲撃を撃ち返すのだった。

 

「砲撃中止! 砲撃中止だ! おい何があったんだ、状況を説明しろ!」

 

 そこへ、連隊長のエグゼが駆けつけすぐさま砲撃中止の命令を出す。

 混乱する部下から双眼鏡をひったくり、エグゼは《無人地帯》を見下ろす。

 既に鉄血の砲撃で不時着したヘリは木端微塵に吹き飛ばされ、脱出した者たちは付近の廃墟に逃げ込んだのか姿は見えない。

 

「誰か、ヘリから脱出した奴の姿を捉えた者は?」

 

 エグゼの問いかけに、その場にいた者は全員首を横に振る。

 廃墟に逃げ込んだところまでは見かけたものの、距離があったことと鉄血側の砲撃が邪魔をしたことで詳細な外見を見ることは出来なかったようだ。

 鉄血とMSFの拮抗状態に変化をもたらす、そんな招かれざる者たちに向けてエグゼは舌打ちする。

 

「全員監視を怠るな、無人地帯起こる事は全て報告しろ。厄介だな、チクショウ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「砲撃止め! 砲撃止めだ!」

 

「あはははは! 開戦だー! 全砲門開け、一斉斉射ーッ!」

 

「砲撃止めと言ってるだろこのバカ!」

 

「痛いっ!!」

 

 MSF側より撃たれてくる砲撃に、ゲーガーは急ぎ砲撃中止の命令を下し、それに従わないアーキテクトの脳天に一発げんこつを叩き込んで黙らせる。

 砲撃を止めてから間もなくして、MSF側からの砲撃も収まる。

 

「被害状況を報告せよ」

 

「はい。MSF側の砲弾はいずれも塹壕前方の空白地帯に着弾、部隊への損害はありません」

 

「そうか…それで、奴らはどこへ? 廃墟に逃げ込んだのか?」

 

「はい、その通りであります」

 

「そうか…下がっていい」

 

 報告を終えた部下を下がらせ、ゲーガーは塹壕からそっと無人地帯を伺う。

 不時着したヘリは破壊され、平野には出来立てのクレーターが煙をあげて燻っている…双眼鏡を手に取って廃墟を伺うが、遮蔽物が多く目標を捉えることは出来ない。

 そうしていると、げんこつを貰って悶絶していたアーキテクトが目に涙を溜めてゲーガーへ抗議するが、そのすべてを無視する。

 

「コラー! 無視するな! あたしはあんたの上司なんだぞ、えらいんだぞ!」

 

「やかましい…おい、MSFは我々に砲撃を仕掛けてきたがどうも私たちと交戦する意思は無いように思える。MSFとあいつらは繋がりがあるのか…どう思う?」

 

「うーん…MSFの陣地に行って聞いてこようか?」

 

「お前に聞いたのがそもそもの間違いだったな。奴らは仕留めそこなったが、無人地帯に閉じ込めることには成功した。ここには新兵器のテストに来ただけだったが、思わぬ収穫だ。アーキテクト、お前のおかげで私たちの評価も上がるかもしれないぞ」

 

「そうなの!? やったー! 適当に目障りなヘリを撃ち落としただけだったけど、いい判断だったんだね!?」

 

 その場でピョンピョン飛んで喜ぶアーキテクトの姿にゲーガーは呆れつつも微笑む。

 再度無人地帯へと目を向けたゲーガーは、廃墟とMSF側の様子をじっと観察すると、今後の作戦計画を頭に描いて見せる。

 

「よし、陣地の拡張は一先ず止めだ。全部隊無人地帯の監視を行え…間もなく夜になる、夜の合間に逃げられないようにサーチライトを用意しろ。アーキテクト、今のが下すべき命令だ」

 

「え!? あたしが命令していいの!?」

 

「いいもなにも、一応お前がここのボスだろう」

 

「やったー! 今日はなんだかゲーガー優しいね! そんじゃあ早速命令を下すよ! 全軍、戦闘態勢を整えて突撃ーッ!」

 

「人の話を聞いていたのかこのバカがッ!」

 

「痛いっ!!??」

 

 再びげんこつを叩き込んでアーキテクトを黙らせる。

 まったく、代理人は何故こんな奴に指揮権限を譲渡したのかはなはだ謎である…そんな悩みを抱くゲーガーは悶絶するアーキテクトの顔に、下す命令を書き込んだ紙を貼りつけてやる。

 すぐにでも指揮権限をふんだくりたいが、そうもいかない…結局、このバカと付き合ってやらなければならないのだ。

 

 ため息を一つこぼし、ゲーガーは廃墟を見据え目を細める。

 

 

「今はまだうかつに手を出せないが、それもいつまでも続かん……逃がさないぞ、"AR小隊"め」

 

 




第二章ぶり、AR小隊の登場…AR小隊の不時着の理由は、だいたい本編通りです。

ここでMSF、鉄血陣営の今回の場面の認識を捕捉

MSF側⇒まだAR小隊を認知していない、鉄血の味方ではないことは察している、気にはなるが積極的に助けようという気にはならない

鉄血⇒AR小隊を認知、グリフィンとMSFが繋がっているのでは?という疑念を持っている、MSFと真正面からぶつかり合うことは望んでいないので積極的行動には移れない、判断待ち或いは独断で動くか思案中


さあ、役者が出そろいましたね…。
次回、AR小隊視点よりお送りします


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因縁の間柄

「それにしても、酷い構図だな…」

 

 無人地帯に残された廃墟の物陰から、M16は自分たちを挟み込むようにして防御陣地を構えている両陣営の様子を伺っていた。本来なら銃のアタッチメントとして取りつけるスコープを取り外し、光の反射を抑えるようにレンズに影を作る。

 M16たちがこの無人地帯に不時着してはや一週間近くが経とうとしている。

 その間、MSF側は探りを入れようとするが目立つ動きはせずに傍観、鉄血陣営は時たまAR小隊をあぶりだそうとするかのように廃墟へ砲弾を撃ちこんでくるのだ。その度にMSF側も警戒していたようだったが、最近では鉄血側の砲撃にも動じず静観を決め込んでいるのだった。

 

 偵察している今、両陣営とも動きはない。

 ただ塹壕から狙撃手が常に目を光らせていることは察している。

 積極的に狙ってこないMSFはともかくとして、鉄血陣営は明確な敵意をもって狙撃と砲撃をしてくるので注意しなければならない。M16がMSF陣営の塹壕を偵察していると、正反対の方角から砲撃音が鳴り響き、次の瞬間には廃墟の家屋に砲弾が命中し瓦礫が四散する。

 砲撃は一発のみ、狙いもあてずっぽうだがだからこそ予測がつかず恐ろしいものだ。

 M16はスコープをしまい、匍匐の体勢でその場を這って移動する。

 

 慎重に物陰を進みつつM16が向かった先は、石造りの倉庫である。

 天井部は砲撃で吹き飛ばされて青空が見えるが、この倉庫には地下の貯蔵庫があり、不意の砲弾から身を守ることが出来る。そのため、ここを見つけたM16によって部隊の隠れ家として使われているのだ。

 地下室への梯子を下り、貯蔵庫の奥へと進む。

 樽が並ぶ倉庫の奥には簡単な造りのベッドが二つと、そこに寝かされている人形が一人、そしてその傍らに膝を抱いて座る黒髪の少女がいた。

 そっと近寄るM16に、その黒髪の少女は気がつき顔をあげた。

 

「M16姉さん、外の様子はどうでしたか…?」

 

「いつも通り、変化はないな。それより二人とも、怪我の具合はどうだ?」

 

「私は平気…SOPⅡは、どう?」

 

「わたしも平気だよ! いまからでも歩ける…って、いたたたた…」

 

「無理はするなSOPⅡ、今はケガの治療を優先するんだ」

 

「うぅ…ごめんねみんな、足をひっぱっちゃって」

 

 ベッドの上で横たわるSOPⅡは申し訳なさそうにしている…彼女の足は包帯で覆われ、血が滲んでいた。

 そんな彼女を労わるようにM16は優しく髪を撫でる…気持ちよさそうに微笑むSOPⅡにつられて微笑むM16、そんな時、M4が小声でM16を呼ぶ。

 名残惜しそうに撫でるのを止めたM16は、M4に誘われて貯蔵庫の物陰へと足を運んだ。

 

「どうしたんだM4こんなところに呼んで?」

 

「SOPⅡには、あの子には聞かせたくなかったから……姉さん、もうすぐ食糧が尽きそうなんです…」

 

 ぽつりとつぶやくようにM4は言う。

 不時着したヘリからは緊急事態であったためにまともに物資は運べず、そのヘリも鉄血の砲撃で木端微塵に吹き飛んでしまった。各人が持っていた少ない食糧と、廃墟で見つけた缶詰などをM4が管理して配っていたのだが、それももうすぐ尽きる。

 造られた存在の戦術人形であるが、生体パーツの維持に食事は不可欠だ。

 人間よりも長く持つとはいえ、生体パーツが必要な栄養素を得られなければ訪れるのは機能不全による緩慢なる死だ。

 うなだれるM4の肩にそっと手を置いてM16は勇気づけようとするが、今この場でかけるべき言葉が浮かんでこない。

 

「お前はよくやっている。そう気負うことは無い…大丈夫だ、私たちならこのピンチも乗り越えられるさ」

 

「ダメ…ダメなんです! 今のままじゃ、それにこんな窮地に陥ったのは私の責任…! リーダーの私がもっとしっかりしないといけないのに……みんなを危険に晒してしまう、AR-15のことも…私がしっかりしていれば…!」

 

「止せM4、自分を責めるんじゃない…あの事は仕方がなかったんだ」

 

 拳を握り固めて叫ぶM4をなんとか落ち着かせるが、この極限の中で彼女のメンタルは脆く壊れてしまいそうであった。リーダーとしての責任感、仲間を守りたいのにそれができていない自分への苛立ち…そして失った仲間のことが彼女のメンタルを苛んでいる。

 些細な事で壊れてしまいそうな、儚い彼女を包み込む様に抱きしめる…M4の震える肩を抱いている中で、M16は今まで黙っていた考えを口にするべきが迷っていた。

 だが、隊の命運と天秤にかけた彼女は意を決してM4に伝えるのだ。

 

「M4、もうここらが潮時なのかもしれない……MSFに、私たちの素性を明かし救援を求めよう…」

 

 M16が口にした言葉に、M4は目を見開き彼女の顔を見上げた。

 

「M4…お前とMSFとの確執は私も知っている。だが、本部と連絡が取れない以上、全員が助かる方法はこれしかない……分かってくれるか?」

 

「だけど……」

 

「MSFとの交渉は私がやる…お前を不利にさせるような約束もしない。だから、私に任せてくれないか?」

 

 その問いかけに、M4は答えずにうつむくのみであった。

 しばらく反応を待っていた末に、M4は何も言わず、小さく首を縦に振るのであった。最後に一度最愛の妹を優しく抱きしめ、M16は早速MSF側との通信連絡を図る。

 MSFが使用している通信回線は不明であったが、I.O.P製戦術人形と同じ規格で使用できる共通の回線を使用した通信だ。MSF側にもI.O.P製戦術人形がいるらしいので、誰かしらは通信に応えてくれるはずだ。

 

 何度かの通信を試みると、M16の目論見通り相手側との通信を接続することに成功する。

 

『はいはーい。こちらM1919、どこの誰かな?』

 

「こちらAR小隊のM16、まずは通信に応えてくれたことに感謝する。君はMSF所属の戦術人形で間違いはないか?」

 

『うん、MSFの人形だけど…ちょっと待って、今AR小隊って言ったの?』

 

「そうだ。私たちは今、あなた方と鉄血との境界に閉じ込められているんだ。我々はあなた方に対する敵意はない、どうか警戒を解除して我々を助けて欲しいんだ」

 

『AR小隊…ちょ、ちょっと待っててね! 私じゃ決められないから、責任者に通信を代わるから! また同じ回線で連絡するから!』

 

 ぶつっと通信が切られ、貯蔵庫に沈黙が訪れる。

 もう後には退くことは出来ない、うなだれるM4を横目に見ながら待つこと数分…M16に通信がかけられる。

 

「こちらM16、MSFか?」

 

『………お前ら、本当にAR小隊か?』

 

「そうだ、私M16とSOPⅡ、そしてM4の三人だ。貴官の名は?」

 

『M4…! そうか……おいお前、この通信をM4にも聞こえるようにしろ』

 

 通信相手の意図を読み切れないM16は困惑していたが、M4に相手方の要求を伝え、言われた通りM4にもこの通信を傍受するよう伝える。

 

「こちらM16、言われた通りにした。M4もこの通信を聞いている…」

 

 相手側からは、応答がない…ただ音に風を切る音や微かな物音が紛れ込んでいるのが聞こえるため、まだ通信が切られていないことは分かる。

 こちら側の出方を伺っているようにも思える様子に、M4はM16の目を見つめた。

 そっと頷いてみせるM16に、M4は意を決する…。

 

 

「こちら…M4、聞こえますか…?」

 

『……あぁ…聞こえてるぜ…忘れもしない、テメェの耳障りな声だ……おい腐れ人形、オレが誰か、分かるか?』

 

「……処刑人…!」

 

『そうだ、忘れたとは言わせねえ…! そうかそうか、無人地帯に閉じ込められてるのはテメェだったか。ハハハハハ、いいざまだなクズ人形が。どうだ、意地汚くドブネズミみたいに這い回ってる気分はよ? お前らみたいなカスどもにはお似合いの状況だな!』

 

 それはM4にとって、忘れもしない相手の声だった。

 鉄血ハイエンドモデル"処刑人"、初めて彼女と対峙した時と二度目に対峙した時のことは今でも鮮明に覚えている…。

 処刑人…エグゼの侮辱に、M4の表情が一変したのに気付いたM16は彼女を下がらせ、通信の主導権を握る。

 

「待て、我々はMSFと争うつもりはないんだ。AR小隊とあなた方との確執は承知しているが、我々は少なくとも敵ではない!」

 

『だが味方でもねえだろ? M16と言ったな、オレはお前の顔も知らないしお前個人への怨みはない…が、お前もAR小隊なら同類だ』

 

「何度も言うが、お互いの確執を知った上で私はあなた方と交渉している。あなたのこちらへの敵意も承知している…その上で、救援を求めたいんだ。それから互いの遺恨を清算する場を設けたいんだ!」

 

『AR-15はどうした? AR小隊には、あいつもいただろう?』

 

 エグゼははなからM16の持ちかける話など興味も無く、ただ報復相手の欠員を気にかける。

 言うべきか迷ったM16だったが、正直に事実を伝えることを決める。

 

「AR-15は……もういない」

 

『…ほう?』

 

「あいつは、先日の作戦で…S08地区の作戦で死んだ…」

 

『そうか……それは何よりだ』

 

 仲間の死を喜ぶようなエグゼの言葉に、M16は一瞬怒りを覚えるがすぐに冷静さを取り戻す。

 今は隊の仲間を守らなければならない以上、苛立つ言葉にも耐えなければならない…唇を噛み締め堪えるがエグゼの嘲笑が通信越しに二人へと届く。

 

『死んだか、そうか死んだか! いいざまだ! アイツにつけられた傷も痛みは今でも思いだせる…その度にオレは憎しみに苛まれてきた! 今日ほどめでたい日はない! ハハハ、いい気分だぜまったく…AR小隊のアバズレだ、死んで当然だぜ!』

 

 それはM16、そしてAR小隊にとって最大の侮蔑であった。

 先ほどよりも大きな怒りを感じるM16は再び冷静さを取り戻そうとした矢先、それまで黙っていたM4が怒りと憎しみを露わにする。

 

「黙れ鉄血のクズめ! 私の仲間を侮辱するな!」

 

『事実を言ったまでだ虫けら以下の腐れ小隊が! いいかM4、お前がオレに与えた痛みをテメエにも味わわせてやる! お前の仲間を一人ずつ嬲り殺してやる! お前はただじゃ殺さねえ、泣いて死を懇願するまで拷問にかけてやる!』

 

「黙れ…黙れ、黙れッ黙れッっ! 私の仲間に指一本触れてみろ! 私はお前を許さない! 絶対に殺してやる!」

 

『フハハハ…! テメェも堕ちるとこまで堕ちたってわけか。上等だ…だが、手は出さないから心配するな。お前はそこの無人地帯に永遠に嵌まってろ! いずれ食糧が尽きて、飢餓に苦しみ緩慢に死んでいくんだ……オレはそれを傍観することにする、酒でものんでリラックスしながらな! お前らの死骸が野犬やカラスに食い荒らされる姿は、最高にオレを楽しませてくれるだろうさ!』

 

「化物め…! お前の思い通りになると思うな、お前は多くの罪を犯した! いつか報いを受けるんだ!」

 

『バカが、オレはとっくの昔に地獄の住人さ。楽園がお望みなら今すぐにでもぶち殺してやる、AR-15と同じあの世に送り届けてやるさ! いいか覚えとけ、お前らが無人地帯の川を渡河して一歩でもこっちに足を踏み入れてみろ…無数の砲撃で死体も残らねえほどに吹き飛ばしてやる! あばよ腐れ人形ども、せいぜい長く苦しみ抜きな!』

 

 嘲り笑う声が響くと同時に、通信が遮断された。

 今まで見たこともない妹の怒りの姿に、自分が覚えた怒りはすっかり萎えてしまったM16。

 

「処刑人…! 鉄血のクズ…!」

 

 いまだ怒りが晴れないM4は力任せに付近の樽を殴りつける。

 殴りつけた樽からは赤い液体が割れ目から零れ落ち、殴って出来た傷から出た血と混じる。

 

 

「姉さん…私は、あんな奴に助けられたくない…! 私の仲間を殺した鉄血の同類に助けられたくなんかない!」

 

「M4…」

 

「それに、MSFもだ…! あいつらのまやかしの理想も大嫌いだ! あいつらは犯罪者やテロリストにさえも力を貸す…! あいつらは戦争の犬だ…戦争そのものだ! お金さえ渡されれば、あいつらは鉄血とだって手を組むだろうさ! 私は奴らとは違う、一度たりとも戦いを楽しんだり戦場に生を見出したことなんてない! 私は…奴らとは違う、あんな奴らに助けられたくなんかない…!」

 

「もういい、十分だ…M4。お前まで憎しみに囚われる必要はない…」

 

 荒むM4の身体を抱き寄せると、彼女は肩を震わせ、声を押し殺すように泣いた…。

 妹があそこまで感情を露わにして激怒したのを、M16は初めて目にした…今にも壊れてしまいそうなM4を支えなければならない、そしてそれは姉である自分の役目…そうM16は思うのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――っはぁ、退屈すぎるっぴ」

 

「うるさいぞ。文句を言ってる暇があるなら、ジュピターのメンテナンスでもしてこい」

 

「この間もやったばかりだっぴ。まだ当分はやなくていいよね…っぴ」

 

「その話し方止めろ、癪に障る」

 

「え~可愛いと思うっぴよ?」

 

「何が可愛いんだアホ、耳障りなだけだ黙れ」

 

「もう、ゲーガーちゃん堅過ぎるっぴ。もっとリラックスぅ!」

 

「黙れと言っているだろうがバカ!」

 

「痛いッッ!!?? うえ~ん! ゲーガーが苛めるッ!」

 

 鉄血側の塹壕で繰り広げられる珍騒動。

 今日も退屈しのぎにアーキテクトがちょっかいをかけて、ゲーガーに叱られるというほのぼのとした空気が繰り広げられている。

 場を和ませようとしたアーキテクトも悪気があるわけではないのだが、進展のない状況にイライラしていたゲーガーに見事叱られる。

 

「えーん!痛いよ、痛いよー!!」

 

「やかましいいい大人が泣きわめくなバカ」

 

 まともに相手をするのも疲れるだけなので、ゲーガーは無視して塹壕から無人地帯を偵察するのだった。

 

 

 

「おいおい、仲間は大切にするもんだぞゲーガー? 失ってからその大切さに気付くべきじゃないと思うがな」

 

 

 

 その声に振り返ったゲーガーは、硬直する。

 そこにいたのはアルケミスト…いるはずのない存在に思考が停止し、ただ目を見開く。

 

「ほら泣くんじゃないよアーキテクト、痛いの痛いの飛んでけ~…ってな。まだ痛いなら、他の痛みで紛らわすしかないけど?」

 

「うぇ!? 痛くない、痛くないですよ!? というかアルケミスト、どうしてここに!?」

 

「アルケミストだけじゃないのよ? 久しぶりね二人とも…」

 

「ドリーマー…! 何故だ、何故お前らがここに!?」

 

「ふん、頭の足りないお前らじゃ手に負えないと思ってね。手を貸してやるよ、ゲーガー?」

 

 アルケミストは正座するアーキテクトの頭を撫でつつにこりと微笑んで見せるが、撫でられているアーキテクトは震えっぱなしでゲーガーは眉間にしわを寄せて二人を射抜くように見据えている。

 

「さーて、処刑人のアホの様子は? ま、予想通り動いてないと思うけどな…状況はどうだゲーガー?」

 

「AR小隊は未だ廃墟に潜伏…奴らをそこにとどめている」

 

「上出来だな、いい時間稼ぎが出来たじゃないか。ほら、お前もこっちに来なよ、頭撫でてやる」

 

「余計なお世話だ…」

 

「つれないね…まあいいさ。お前らは普段通り指揮してるといい、あたしとドリーマーは独自に動く」

 

「了解した…」

 

「結構……さて、ようやく見つけたぞAR小隊。残らず全員、あの世でAR-15と再会させてやるからな?」

 

 にこりと笑う表情とは対照的に、アルケミストの瞳はまるで猛禽類のように無人地帯の廃墟を見据えていた…。




憎悪が連鎖していったところで、今作最大級の憎悪を抱えているアルケミスト参戦、ドリーマーも付いてきて難易度跳ね上がり。
実際のゲームだったらゲーガー、アーキテクト、アルケミスト、ドリーマーが同ステージにいるクソゲー状態(白目)


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嵐の予感

 廃墟の片隅…瓦礫が散乱する廃屋の中で身をひそめているのはAR小隊のSOPⅡ。

 猫のように身を丸め、目をぎらつかせながら彼女が見ている先には、廃墟に住みついたネズミが数匹床をうろうろしている。小さな鼻をひくつかせながら食べ物を探すネズミたちであるが、今夜の晩御飯になるのはネズミたちだ。

 じっと息をひそめ、油断して近付いて来たネズミに、SOPⅡは素早く飛びつくのだ。

 驚いたネズミたちは一目散に逃げるが、そのうちの一匹がSOPⅡの手に捕らえられてしまう。

 キーキー鳴くネズミの尻尾をつまんで持ち上げながら笑うSOPⅡ、逃れようと暴れるネズミを両手で握ると首の骨をへし折り息の根を止めた…それを嬉しそうにつまみながら、SOPⅡは隠れ家にしている貯蔵庫へと駆け込んでいく。

 

「ねえM4! 獲物を見つけたよ、これ食べれるでしょ!?」

 

 椅子に座り込むM4の目の前で、ネズミの死骸を見せびらかすSOPⅡ…食糧問題が深刻になりつつある中で、SOPⅡが無邪気に獲物を自慢する姿は、最近ストレスから荒んでいたM4に癒しを与える。

 だが、目の前でネズミの死骸を解体するのを見たM4は気分を悪くして、その場を立ち去る…そのままでは食べられないので、SOPⅡの解体は間違っていないのだが、今の気分では直視することが出来ない。

 

「M4、丸焼きと斬り刻んで焼くのどっちが好き?」

 

「うっ……どっちでもいいけど…それより、怪我の具合はもういいの?」

 

「うん、まだ痛むけどね。動いてる方が治りが早くなる気がするんだよね!」

 

「そんなことないと思うけど…あまり無理はしないでね」

 

「うん! M4もそれは同じだよ、一人で抱え込まないで私やM16も頼ってね。大丈夫、もっとヤバい状況も乗り切ったんだ、今回だって乗りきれるよ!」

 

「SOPⅡ…そうだね…」

 

 再びネズミの解体を再開したSOPⅡ。

 ナイフで腹を割き、内臓を引きだし、皮を強引に引き剥がす…それ以上は見ていられず、M4はその場を後にする。

 とはいえ、SOPⅡの気遣いはM4が抱えている重圧をいくらか軽くするものだった。

 先日のMSFとの交渉決裂についても、後悔の念が全くないわけではなく、仲間の死を侮辱されたことについ感情的になってしまったことは反省するべきことであった。

 それを理解しているものの、追い込まれた状況と飢餓感により、思考は悪い方へとどうしても向かっていく…。

 

 いつまでこうすればいいのか、本当に助かるのだろうか、このまま全員飢えて死ぬ……そんな悲観的な妄想も生まれてきてしまうが、M4は頭を振るい雑念を振りはらう。思えばずっと貯蔵庫に閉じこもりっぱなしであったことに気付き、M4は重い足取りで外へと向かう。

 閉鎖的な地下の貯蔵庫から出てみたM4はまずまぶしい太陽の光に目を細める。

 かび臭く湿っぽい地下の空気と違って澄んだ外の空気を吸い込む、それだけで少し気持ちが軽くなる気がした。

 

 景色は最悪だが、ちょっとした気分転換にはなる。

 散歩をしてみようかとも考えたが、建物の隙間から狙われることを考え断念する。

 結局外を出ても限られたスペースの中でしか身動きが取れない、空気が澄んでいる以外はさほど地下と変わらないという実感に、憂鬱とした気分が戻ってくる。

 もやもやとした気分を吐きだすように、M4はため息をこぼす。

 

 

「そんな大きいため息をこぼしてると、ツキもこぼすぞ?」

 

 

 ふとかけられたM16の言葉にそちらを向くと、何やら明るい表情でM16がやってくる。

 座り込むM4の前に、M16が投げてよこしたのは荷の入った大きめのダッフルバッグ…頭に疑問符を浮かべてバッグの中を開けてM4は目を丸くする。

 中に入っていたのはなんと袋いっぱいに詰まった食糧だ。

 乾パンに缶詰や水の入ったペットボトル、コーヒー粉末やチョコレートなどもあるそれらはM4が久しぶりに見るまともな食糧であった。

 

「こんなにたくさんの食糧をどこで…!?」

 

「まだ私らも見放されてたわけじゃないってことさ。それは廃墟の外れの方に置いてあってな、MSFの人形が夜中にこっそり置いてってくれたんだ」

 

 MSF、その名を聞いた瞬間M4は笑うのを止めて手に持っていた缶詰をバッグの中に戻す。

 いまだMSFをよしとしないM4…だが生き延びるためには個人的な感情は捨てきらなければならない、それを厳しく教えることもできるがM16は妹を気遣い穏やかな声色で諭しかける。

 

「誰だって綺麗なままでいたいさ。だが生き延びるためには、綺麗な水だけを飲んではいられない…時に泥水を飲んで命を繋がなければならないときもある。M4、お前の気持ちは痛いほど分かる…だが死んでしまっては何の意味もない、生きてるからこそ何かを成し遂げることが出来るんだ。私が言っていることは、お前なら分かるだろう?」

 

「はい……」

 

「MSFにも私たちの境遇に理解を示してくれる者もいた。お前には黙っていたが、あれからも通信連絡はとっていたんだ。相手は部隊の副官のスコーピオンと特殊部隊のWA2000だそうだ…親身に話を聞いてくれたよ。あちら側も、色々と大変らしいが、なんとか手を考えてくれるそうだ」

 

「信用…出来るんですか?」

 

「信用するしかない。それ以外にも良いニュースがあるんだ。廃屋の一つにまだ使える固定電話を見つけた、少し修理が必要だがそれを使えばグリフィンとも連絡が取れる。まだ希望はあるんだ、私たちの運は尽きたわけじゃない。M4、私たちは絶対に助かる。そのためには命を繋ぐ必要がある…分かってくれるな?」

 

 優しく諭しかけられたM4は少しの間黙っていたが、やがて小さく頷くのであった。

 手渡された乾パンを素直に貰い食べたM4をM16は嬉しそうに撫でる…幾分和らいだ表情で、M4はくすぐったそうにするのだった。

 

 

「おーいM4、M16! ネズミ焼けたよー!」

 

 

 そんな時、串に刺して丸焼きにしたネズミ肉を携えながらSOPⅡがやってくる。

 忘れていたが、地下で飢えたみんなのためにネズミを解体して調理していたのだった…跳ねるようにやって来たSOPⅡであったが、MSFから貰った食糧を食べるM4を見て驚き、そしてネズミ肉が無駄になってしまったと思い肩を落とす。

 

「そんな、じゃあネズミ捕まえる必要なかったんだ…」

 

「そんなことないぞSOPⅡ、折角だからそのネズミ肉は私がいただく」

 

「やった! じゃあ、こっちも食べるよね? 取り出した内臓を下処理して焼いたものの詰め合わせ、もちろん食べるよね?」

 

「えぇ……」

 

 下処理をしたとはいえ素人の手によるものである。

 仕方なく食べたM16であったが、即座に物陰へと走って行くのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 MSFの陣地は数日の間、目立った動きもなく、穏やかなものであった。

 砲兵隊が構え、塹壕内で常に反対側の陣地に目を光らせておいて穏やかとは、と思うかもしれないが決まった時間に就寝できて戦闘も起きていないとなると、戦場の日常の中では平穏と言っていい。

 今は朝、昼、夜の三交代で警備が交換することで常に無人地帯及び鉄血側の警戒を問題なく行われている…警備のほとんどが連隊を構成するヘイブン・トルーパー隊であるのだが、統率のとれている彼女たちは勤勉に仕事を果たしている。

 

 

「今日も動きはなし…か。はぁ、退屈」

 

 塹壕の中でぼやいているのはネゲヴだ。

 隣にはマシンガン・キッドがいるが、塹壕の中にシートを広げて呑気に寝ている…当番の夜になればキッドはむくりと起き上がって朝まで警備をするのだが、それ以外はこうしていびきをかいて寝ているだけだ。

 せっかく一緒にいるというのに寝てばかりのキッドを面白くなさそうに睨みつける…せっかくなので、ネゲヴも横になって寄り添うように寝ようとするが…。

 

「サボりはいけませんわね、ネゲヴさん」

 

「ちっ……何よKar98k、ワルサーと一緒にいるんじゃなかったの?」

 

主さま(マイスター)は生憎、スコーピオンと一緒にエグゼの元にいますのでね…従者の私はこうして主に代わってサボり癖のある人形を捜してますのよ」

 

「分かった、ったく…こんなに退屈な仕事は初めてよ」

 

 諦めて警備に戻るネゲヴ。

 背の低いままの彼女はそのままでは塹壕から顔を出すこともできないので、木箱を積みあげた足場に乗ることで無人地帯と鉄血側を監視する。

 

「退屈ったらありゃしないわ…」

 

「そうですね。でもご注意を……未曽有の戦いがもう間もなく起こるはずですから」

 

「おかしなことを言うのね、どうしてそんなことが分かるの?」

 

「なんとなく分かるのです。戦場を長く渡り歩いていると、感覚というか勘というか…人形の私が言うのもなんですが、訪れる死の気配を感じられますの。死肉を啄むカラスは特にその事に敏感です、ご覧なさい……死の気配を察したカラスたちが群がっているでしょう?」

 

 空にはカラスたちの群れが飛んでいる。

 無人地帯の廃墟にも、MSFと鉄血の陣地にも、カラスたちは群がる。

 不穏な予感にネゲヴは固唾を飲み、銃を強く握りしめた…。

 

「ねえカラビーナ、まともにぶつかり合ったら勝てると思う?」

 

「さぁ? 私は戦略家ではありませんので……私たち兵士が出来ることと言えば、自分が死ぬ前により多くの命を奪うことです。その先に勝利があるというのなら、ただひたすら殺し続けるのみでございます」

 

「アンタもぶれないわね…ま、その通りか」

 

「ええ、それが全てですよ。ところで塹壕から見辛そうですね…肩車して差し上げましょうか?」

 

「は?見た目がロリだからってバカにしないでぶち殺すわよ?」

 

 

 

 一方のMSF前線指揮所。

 そこでは今後の作戦方針も兼ねた話しあいが行われていた。

 今はもっぱら防御陣地から反対側の鉄血の監視に専念しているが、本来は管轄するエリア全体のパトロールや町の治安維持もこなさなければならず、今はそれらについての話しあいが行われている。

 

「工場地帯の警備だが、こっちはオレらじゃ手が回らない。MSFの他の戦闘班に担当してもらうしかねえ」

 

「町の警備についてはレイブン・ソードが展開を開始、なんか取り締まりが厳しすぎるって苦情があったみたいだけど、それくらいきついほうが秩序も守れるわね」

 

「弾薬と資材の搬入も安定してきたね。まあ、防御陣地の拡張がおさまったってのもあるけどさ。ちょっと問題になってきたのが食糧の補給かな? 輸送部隊にもう少し人員を回さないと、陣地全員の補給を賄えないかも」

 

「それについてもレイブン・ソードの兵站部隊が代行してくれるからなんとかなるぞ。あとそれから―――」

 

 エリア全体を管轄することになっているため業務は多いのだが、WA2000からはエグゼのその姿はどこかわざと忙しくさせているようにも見える。その理由はやはり無人地帯に取り残されたAR小隊絡みなのだろうが、あえてそれは口にしない。

 だが、話題が目の前の無人地帯となると、流石に目を背けてもいられない。

 

「エグゼ、やっぱり…AR小隊は助けるつもりはないの?」

 

「当然だ。助ける理由なんてないだろ? それにあいつらはオレたちの助けなんかいらねえって言ってきやがった…オレは奴らが鉄血のみんなに殺されるのをのんびり見てるだけだね。助けるメリットは、オレたちにはない」

 

「その通りね…薄情かもしれないけれど、AR小隊を助けることで鉄血全体と交戦状態になるのは避けたいところよ。私たちが今ここにいる理由はエリアの管轄であって、グリフィンを助けることなんかじゃないものね」

 

「珍しく考えが合うじゃないかワルサー」

 

「そうね…だけど、こいつはそう思ってないらしいわよ?」

 

 エグゼの意見に肯定的なWA2000とは違い、スコーピオンはやや否定的であった。

 それはエグゼも分かっている様子だ…あの時エグゼとM4との話しあいが決裂した後に何度かその事について話しあい、時に口論にすら発展しそうにもなる場面があった。

 

「エグゼ、実を言うとね…あれからもあたしはAR小隊と通信をとってる。昨夜こっそり食糧を置いてきたよ」

 

「はぁ? お前…なんでそんなことやってんだよ!?」

 

「あいつらを助ければ鉄血と戦闘に繋がる危険があるって言うのも分かるし、この事はあたしらと直接関係もなく助ける義理もないって言うのも分かってるよ。でもアンタがそこにAR小隊への怨みを混ぜてるって言うなら話は別だよ」

 

「スコーピオン、お前何を言って…」

 

「アタシは前に言ったよね。アンタの傍にいて、心の隙間を埋めてあげるって……アンタはあいつらへの復讐を望んでるけれど、それじゃあダメなんだ。復讐を果たせば清々するかもしれないけど、それは決して満たされたわけじゃない…心の隙間は空いたままになる」

 

「分からねえなスコーピオン、お前がなんであいつらのためにそこまで言うのかオレには分からねえ」

 

「ああ、確かに分かってないね……あたしは別にAR小隊のためにアンタを説得してるんじゃない。アンタ自身のためだ。エグゼ自身のためにも、AR小隊に復讐を果たす以外の決着をしてほしいんだ」

 

「……許せってことか? マジで言ってるのかお前、分かり合えると思うか?」

 

「最初はあたしもあんたも敵同士だった」

 

「それは……はぁ、まいったよ降参だ……で、どうしたいんだお前は?」

 

 エグゼが折れることは予想していなかったのか、WA2000は素直に驚いてみせる。

 だが大事なのはここからだ、AR小隊を助けることで鉄血とまともにぶつかり合うことは愚の骨頂。

 

「ごめん、エグゼの説得が一番難しそうだったからこっから先は考えてなかった」

 

「お前はオレの心の隙間を埋める前に、頭の隙間をどうにかした方がいいと思うぜ? まあいいさ……だがオレは一切手は貸さない、あいつらは嫌いだからな。お前がやりたいようにやればいいさ、オレにも鉄血にもばれないようにな」

 

「うん、そうするよ。エグゼ、あの時はヤバいって思ったけど…成長したんだね」

 

「うるせぇ。だが注意しろよお前…」

 

 若干声のトーンが変わったエグゼに何事かいぶかしむスコーピオン。

 指揮所を出ていったエグゼの後をついて行き向かった先は、自陣と鉄血陣営を一望できる高台だ。

 

「見ろスコーピオン、鉄血の陣地が半月前と大きく変わっている。今までは傍観するような防御陣地だったのが、明らかに攻勢計画を立てている布陣だ…奴らを指揮する人形が変わったのかもしれない」

 

「指揮者が変わった…? 一体…」

 

「全貌は把握できないが、こんな急な作戦変更をできるのは限られた存在だけだ。おそらく…アルケミストの姉貴が来てる」

 

「アルケミスト…アメリカ以来だね。今度は敵として立ちはだかるのかな」

 

「さあな。あの攻撃部隊がオレたちを向いてるわけじゃないことを祈るばかりだ……注意しろよ、戦闘力という点で他に上に立つ人形が多くいながらなんで姉貴があそこまで恐れられているか…。姉貴だけは敵に回したくない、あいつが出てきたということは……絶対に勝利の見込みがあるからなんだ」

 

「分かってるよ……無理はしないさ」

 

「当たり前だ。さっさと帰ろう……今日はやけにカラスの数が多い」

 

 

 見上げる空にはカラスの群れが飛び交い、一斉に鳴く様子は酷く不気味であった。

 

 




とりあえず、エグゼとM4をなだめることに成功…でもまだ不穏だ…。


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悪魔のささやき

「――――――よいしょ、よいしょ…!」

 

 昼下がりの穏やかな海風が吹くマザーベースの甲板上にて、97式が一人重たそうな木箱を台車に乗せては倉庫に運ぶという作業をひたすら続けている。コンテナと資材倉庫を行ったり来たりする97式の後をトラの蘭々が構って欲しそうに追従するが、生憎作業が忙しく遊んであげる時間はない。

 いつもならMSFの兵士や戦術人形の誰かしらはマザーベースにいるのだが、兵士たちは戦地に派遣され戦術人形はほとんどが鉄血との境界にはり付いている。

 ミラーは再び忙しくなった仕事によって司令室からほとんど一歩も出ることなく、97式は一人で研究開発班や糧食班のお手伝いをしているというわけだ。

 

 今ではすっかり他の人に慣れてきたこともあり、頻繁に外を出歩く本来の快活さを取り戻しつつある。

 その活発なところで遊んでほしがる蘭々であるが、なかなか構ってくれない97式に対しついにじゃれつくのだ。懐いているとはいえ、大柄なトラである、戦術人形の97式は押し倒されてもみくちゃにされてしまう。

 

「もう蘭々ダメだってば! また後で遊んであげるから!」

 

 鼻の先を軽く叩いてやると、蘭々は渋々引き下がる…それでもまだ遊んでほしそうにじっと見つめる蘭々に罪悪感を感じる97式。そこへ、ちょうど通りかかったスタッフが作業を代わってあげるからと言われ、97式は素直にその好意に甘えることとした。

 そんなわけで遊びの時間が始まった。

 広いマザーベースの甲板を使って、ボールを投げたりぬいぐるみを与えて遊ばせる…ぬいぐるみはあっという間に八つ裂きになるが、いくらでもあるので大丈夫だろう。

 久しぶりに97式に遊んでもらえて蘭々は大喜びのようだ……そんなほのぼのとした場面に、一人の人形がズタズタになったぬいぐるみを引きずりながら現れる。

 

 不機嫌そうな顔で眉間にしわを寄せているのはちびエグゼことヴェルだ。

ヴェルが不機嫌な理由は、蘭々と同じで構ってもらえないことが原因だと思われる。

 ヴェルがママと認識しているエグゼも、お姉ちゃんと呼び慕うハンターも、遊び相手のスコーピオンも今は任務で不在…遊び盛りがすごいヴェルは元気を持て余し、ヴェルの本質でもある凶暴性が見え隠れしてしまっている。

 

「おいおまえ! そのトラをおれとあそばせろ!」

 

 そんなヴェルが蘭々に目をつけて、遊び相手に指名するが、蘭々は誰にでも懐くわけではなくヴェルも例外ではない。

 ヴェルを一度見ただけでそっぽを向いてしまう蘭々に苛立ち、その尻尾を無理矢理ヴェルは引っ張ろうとする……無論、そんなことをしようとすれば猛獣の蘭々は怒り、ヴェルを傷つけてしまうだろう。

 そうなる前に穏便にヴェルを蘭々から離れさせるのだが、当のヴェルはというと、ならお前がおれと遊べと言わんばかりに不機嫌そうな目でじっと97式を見つめるのだ。

 

「お困りですね97式ちゃん」

 

「スオミ、いいところに! ヴェルちゃんどうしよう?」

 

「うーん、折角ですから私がヴェルちゃんの相手をしますよ」

 

 ユーゴのイリーナから訓練を理由にMSFに預けられているスオミは、当たり前だが実戦には送られない。

 今はWA2000の訓練を卒業し、他のスタッフから戦闘やその他知識を教えてもらうためにマザーベースに滞在している…そんな優しい性格で知られるスオミがヴェルの面倒を見てくれる。

 97式はスオミなら大丈夫だろうとほっとしたが、次の瞬間にはヴェルがスオミの手に噛みついた。

 

「い、いたた……! これは、やっぱりエグゼさんのダミーですね…!」

 

「がるるるる…! きやすくおれにさわるな!」

 

「あははは…ごめんねヴェルちゃん」

 

 それでも、まだ何か言いたそうに睨んでくるヴェルに二人は手を焼かされる。

 まあ、遊んでくれる人がいなくて寂しいだけなのは分かっているので邪険にすることもできず、仕方なく蘭々と遊ばせて見る。

 

「おー……おー…!」

 

 蘭々の背にまたがるとヴェルは新鮮な感覚に大喜びであった。

 ただ歩いているだけの蘭々だが、トラの背に乗って散歩をするという経験は滅多にできないので、楽しいのだろう。

 だがそれもすぐに飛び降りて、今度は二人に肩車しろという要求をするのだ。

 

「はいはい、私が肩車してあげますよ」

 

「おまえちびだからやだ、97式、おまえがかたぐるましろ!」

 

「ち、ちび…!?」

 

「あはは……ほら、おいでヴェルちゃん」

 

 傷心のスオミに苦笑しつつ、ヴェルを肩にのせてあげる。

 ヴェルはいつでも高いところが好きだ。

 

「なあ、ママとハンターはいつかえってくるんだ?」

 

「うーん、いつだろうね? 今は忙しいみたいだし」

 

「そっか。ママがかえってきたらいっぱいあそんでもらうんだ、ハンターもいっしょにあそぶぞ!」

 

「うん、そうだね。だからママが帰って来るまでヴェルちゃんもいい子にしてようね?」

 

 ヴェルを肩車しながら97式は甲板を笑いながら散歩する。

 そのまま甲板の端に腰掛け、3人と蘭々はのんびりとした時間を送る…そのうち、暖かな陽気にあてられて蘭々は寝息を立て始め、ヴェルもその傍らで目を閉じて寝ている。

 

「大人しく寝てくれて良かったですね」

 

「そうだね…ヴェルも、ママがいなくて寂しかったんだよね」

 

「みんなに可愛がられてましたからね……それにしても、いつ見ても水平線に沈む夕陽はきれいですね」

 

 洋上に建設されたマザーベースからは、天気が良ければ毎日のように、水平線に沈む夕陽を見ることが出来る。

 夕陽が水平線と空を赤く染め上げる光景はまさに絶景で、これが好きで毎日日没に向かう西の空を眺める人形もいるくらいだ。

 97式もまたその一人で、見慣れた夕陽を見ているだけのはずなのに、彼女は自身の身体につけられた古傷が疼くのを感じた…。

 同時に思いだしたのは、その身体とメンタルに消えない傷を付けた存在。

 

 

「どうしたんですか、97式?」

 

 無意識に身体を丸め込み震えていた97式を、スオミは気遣うようにそっと撫でる。

 

「大丈夫…なんでもない。みんな、みんな無事に帰ってくれるといいね…」

 

「97式……大丈夫ですよ。皆さんとても強い方ですから。必ず、帰って来てくれますよ」

 

「うん、そうだね……そうだよね?」

 

 いつしか太陽は沈み空は黄昏時を迎え、そして逢魔時へと変わっていく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ過ぎ、まだ西の空がうっすらと明るさを残す黄昏時。

 無人地帯を挟む鉄血陣からは周囲が暗くなる前から、多数のサーチライトが無人地帯の廃墟とその周辺を照らしていた。

 鉄血陣営から照明弾が打ち上げられたとき、何事かとMSF側の兵士たちが警戒態勢に移るが、何事も起こらず。

 照明弾が燃え尽き、再び辺りが暗闇に包まれると、MSF側もサーチライトを取りつけて警戒態勢を解除するのであった。

 

 

「今日も何ごとも無かったな」

 

「何ごとも無いのが一番だがな。なんか飲んでくかMG5?」

 

「いただこう」

 

 連隊司令部が置かれているテント内に、大隊長としてその日の報告をあげにやって来たMG5。

 報告と言っても、彼女が言う通り無人地帯にAR小隊が閉じ込められていると発覚して以来、何も進展がなく半月が過ぎようとしているので、ほとんど報告することもない。

 ただ部隊の移動と、配給の消費量といったものをあげているだけだ。

 

 MG5の前にグラスを置き、木箱からとってきたウイスキーを注ぐ。

 ふと、ウイスキーのラベルを見たMG5は感心した様に頷く。

 

「ドイツ製か、珍しいな」

 

「連隊長特権さ。まあ、そんなに高いものでもないけどな」

 

 自分用にもウイスキーを用意し、二人は軽くグラスを小突き合いウイスキーを喉に流し込む。

 喉を焼くような熱さが身体を温めると同時に、熟成したウイスキーの芳しい香りがリラックス効果をもたらす。

 空になったグラスへと再度ウイスキーを注ぐ…そこからはお互いマイペースに飲んでいく。

 特に何かを話すわけでもなく、ただ同じ空間で同じ酒を嗜むだけの間だ。

 

「なあMG5……お前とキャリコ、夜中こっそりいちゃついてるんだって?」

 

「ごふっ…!? けほっ…! けほっ…! な、何だって!?」

 

 ちょうどウイスキーを飲んでいたさなかに突かれたキャリコとの色恋事情、予想外の話題にMG5は咳きこむ。

 何度か咳きこみ落ち着いたところで一息つき、MG5は恨めしそうにエグゼを見つめる。

 

「どうして、それを…?」

 

「お前ら、隠しきれてると思ってるようだけどバレバレだからな?」

 

「い、いつからその…私とキャリコの関係を?」

 

「かなり前から。おとといだって、オレが散歩してたら、お前ら人気のない塹壕の中でおっぱじめやがって。しかし女同士でもやれるもんだな、無抵抗のキャリコを壁に押し付けてお前―――」

 

「勘弁してくれ……」

 

「まあ抑えられないもんはしょうがないとして、もっと上手く隠すことだな。こそこそ静かにな…キャリコにも言っとけ、お前の喘ぎ声がうるさくて寝れないってよ。それにしてもお前、随分くさい言葉で責めるんだな。ほら、キャリコに言うみたいにオレにも言ってみろよ」

 

「勘弁…してくれ……!」

 

 羞恥心で真っ赤のMG5にニヤニヤと笑う。

 あまり苛めすぎるとかわいそうなのでほどほどにするが、弱みを突かれた恥ずかしさからかMG5はそそくさと司令部を立ち去っていった……この後酔った勢いでキャリコの元に向かったのは言うまでもない。

 

 

 

「こそこそね………」

 

 

 司令部で一人、エグゼはウイスキーを口に含みながら取り出した葉巻を眺める。

 スネークが好む葉巻と同じ銘柄、というよりスネークに貰った一本だがそれをエグゼは消費せず大切に持っている。

 火をつけず、葉巻を鼻に近付けてその匂いを嗅ぐ。

 

「こそこそ静かに、誰にもばれないように…このオレにすらも。上手くやれよスコーピオン…オレはあいつらを許しはしないが、それで忘れてやってもいいさ…」

 

 グラスを揺らしながら言うエグゼの視線は、葉巻からテントの外に向けられる。

 こうしている間にも、スコーピオンが内密に準備を進めていることだろう。

 連絡を寄越してこないということは、スコーピオンの計画がうまくいっているということだ。

 

「これで良かったのか…? ハンター、お前はどう思うかなぁ?」

 

 思い浮かべるのは、今は別な戦地で任務につく親友の顔だ。

 今のハンターとAR小隊に因縁はない。

 AR小隊が破壊したハンターはもういない、今存在しているのは新しく生まれ変わったハンターだ。

 良く言えば報復を止めた、悪く言えば報復を成し遂げられなかった自分を親友はどう思うだろうか?

 

 "知るか"そんな言葉が吐かれることは容易に想像出来る。

 だが、答えを聞かずともせめて声だけを聞きたい…今はそんな気分だ。

 そう思い、エグゼは親友へ連絡を取ろうとした時、自分向けに通信がかかってくるのだった。

 スコーピオンか、または戦車の扱いでまた愚痴をこぼそうとするFALからの連絡か…グラスをテーブルの上に置き、エグゼは通信に応えるのだった。

 

 

「オレだ、何の用だ?」

 

『……やぁ、久しぶりだな処刑人。あのわけのわからない島以来だな、元気にしてるか?』

 

 

 その声を聞いた瞬間、エグゼは目を見開き、その場から立ち上がる。

 

 まさか、あり得ない、こんな風に連絡をとってくるなんて……全く予想もしていなかった相手だった。

 いや、だが考えればいつかは接触を図ってくるであろうことは予測できていたはずだった。

 エグゼは一度、呼吸を整え、乱れた気持ちを落ち着かせる。

 

 

「あぁ、久しぶりだな…姉貴。こんなに堂々と連絡とってくるなんて全く予想もしてなかったぜ、おかげでちびりそうだったぞ」

 

『サプライズが好きなのさ。賢いお前の事だ、あたしが今どこに居るのかは分かってると思うが…』

 

「あぁ……オレたちの真向かいにいるんだろう?」

 

『あぁ、そうさ。そして今、あたしとお前の間にいる共通の敵を狙っているというわけだ』

 

 相手は、アルケミスト……エグゼが鉄血の中で最も敬い、そして恐れる戦術人形。

 その存在をなんとなく感じ取っていたエグゼであったが、それでもこのように大胆に連絡を図ってくることは予想もしていなかった。

 

「なんのことか知らないが、お互い下手な接触はするべきじゃないと思うがな」

 

『何故? 誰に配慮してだ?』

 

「オレたちは世界中のあらゆる紛争に介入したが、鉄血の抗争は…事情が違うだろう?」

 

『下手な言葉で取り繕うのは止めなよ処刑人。言っただろう、あたしらの間にいるのは共通の敵じゃないか。それとも何か、もっとはっきり言ってあげないと気付けないのかな? AR小隊、お前も奴らが憎いはずだろう?』

 

「あぁ……知ってるさ。だが奴らに関わる気はねえ」

 

『何故だ、奴らが憎いんだろう? 復讐したいと思わないのか? 奴らが志半ばで苦痛にまみれてくたばる姿を、お前は何よりも見たいはずだろう?』

 

「事情が変わってんだよ……AR小隊の首をとるってことは、グリフィンと事を構えるってことだ。MSFは、グリフィンと表だって争うつもりはない」

 

『ふーん……お前のスタンスは理解できた。じゃあ少し話し方を変えてみようか……こそこそ動いているお前のお仲間に伝えておきな、お前たちの計画は絶対にうまくいかないとね』

 

 アルケミストのその脅迫めいた忠告にエグゼは凍りつく。

 アルケミストが言っているのは、極秘裏に進められエグゼにも黙って進行しているスコーピオンらによるAR小隊の救出計画の事に違いない…。

 冷や汗が、静かにエグゼのうなじを落ちていく。

 即座に否定することもできたかもしれないが、下手な言い訳はすぐに看破される。

 

『明日、あたしらはAR小隊に対し攻勢を仕掛ける。全軍を動員する…邪魔をする者は誰だろうと容赦しない、敵とみなし全てを殲滅する』

 

 動揺するエグゼにアルケミストはさらにたたみかける。

 今までお互い静観を通していた状況に起きる変化、すなわち戦争だ。

 

『グリフィンと事を荒立てたくない気持ちはわかるが、お前の古巣である鉄血は蔑ろか? お前が頑張って避けていたあたしらとの対立、AR小隊のクズへの配慮で台無しにするのか? そうじゃないだろう処刑人…今すぐお仲間に伝えろ、手を引いて塹壕に引きこもってろってね』

 

「あんたこそ分かってんのか、MSFと対立することは代理人も望んでないんだろう!?」

 

『声が震えてるぞ、無理して吠えるなよ。もちろんあたしらも対立は避ける努力はしてきたさ……だけどな、獲物を目の前で逃がされて黙ってられるほど、あたしらも温厚じゃないんだよ』

 

「くっ…!」

 

『処刑人、あたしがどうしてここまで言ってあげてるかわかるかい? お前はあたしの可愛い妹分だからさ…お前を一番理解しているのは、このあたしだよ。だからあたしの言うことを聞きな、決して悪いようにはしない。仲間を下がらせて、後は任せろ。お前の代わりに、あたしが復讐を果たしてやろうじゃないか』

 

「あんた、何を言ってるんだ…!?」

 

『あたしらがあのクズ共を追い詰め、奴らの悲鳴を聞かせてやる。クズ共が八つ裂きにされる姿を見させてやる。お前が憎んでやまないM4の首を斬り落として送ってやる……その間、お前らは傍観していればいいさ。所詮AR小隊の悲劇は対岸の火事、MSFには関係なかった…っていうことにしてね』

 

 アルケミストは甘い言葉で、エグゼの決意を揺らがせる。

 親友のスコーピオンの想いに一度は応えたエグゼだが、その胸にはやはりM4への怨みが残っている…それをアルケミストは掘り起こし、復讐の道へと誘惑する。

 

『復讐や報復は悪ではない、人が前に進むための課程なんだ。復讐を果たすことで人は前に進める、未来を望める。憎しみがそう簡単に消えると思うか? これを解決するには報復しかない……それともお前は復讐を果たせない牙が折れたオオカミか? いや、噛みつく牙を抜かれた番犬以下の愛玩動物になり下がるつもりか? バカバカしい…』

 

「うるさい…! お、お前がこのオレを理解してるだって!? ふざけんな!」

 

『理解してるさ、お前は今の仲間も守りたいと思ってるんだろう? なら、必要なのは仲間を襲う敵を倒す牙だ…敵を迎え撃つ闘志だ。処刑人、噛みつく牙も闘志もない奴に仲間を守れると思うか? お前がAR小隊を見逃し日和見することで牙は丸くなり、いつかは抜け落ちる。処刑人…お前のあの鋭利な牙はどこへ消えた? 純粋無垢で穢れ無き闘志はどこに消えた? いまこそ牙を取り戻すべきだ……報復だ、報復を果たせ。クズ共の死を一緒に見届けようじゃないか。奴らの死は、お前の牙を鋭く研ぎ澄ますだろう』

 

「だが…オレは…! スコーピオンと!」

 

『ならあたしらと戦争をするか? かつてない戦争が起こる…お前の大切な仲間が大勢死ぬ。そこでもお前は誰も憎まず、恨まずに前を歩き続けられるか? いいや、想うのは二つだ……仲間を大勢殺したあたしを憎むか、あの時AR小隊を見捨てていればという後悔の念さ…どっちにしろ、お前は奈落の底に落ちる。そうはなりたくないだろう? あたしだって、そうしたくはない……分かってくれよ処刑人、お前のためにあたしは言ってやってるんだ』

 

 アルケミストは穏やかに、優しさすら感じる声色でただエグゼを誘惑していく。

 憎しみと、仲間を失うことへと恐怖をあおる……エグゼの沈黙は、アルケミストに愉悦をもたらす。

 

『AR小隊が消えれば、お前は前に進めるんだ。そうしたら、またあたしらと秘密の仕事をしよう…それが、お前が望んでいたことじゃないか……処刑人、あたしがここに来た意味を考えることだね』

 

 

 そこで、アルケミストからの通信は途切れる。

 エグゼは力なく椅子に割り込み、頭を抱え込む……しばらくの間、そのまま考え込んでいたエグゼであったが、やがて外の兵士を呼びつける。

 

 

 

 

「全部隊に…スコーピオンに伝えろ…! AR小隊には絶対に手を出すな、川を越えて来たものは誰だろうと射殺しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――はぁ……あのバカ……聞いた? あの調子じゃアルケミストに丸め込まれたに違いないわ」

 

「えー!!??あのエグゼを言葉で丸め込むって、相当難易度高いと思うんだけど!」

 

「うー……なんでこんな難しい任務引き受けるんだよぉ……」

 

「文句を言うんじゃないの。ヘリアンからは多額の報酬を約束させたんだからね」

 

「こいつのやる気のなさはムカつくけど…上手くいく確率は低い、勝算はあるのかしら、45?」

 

「その低い確率を引き当てるのが私たちの仕事でしょう? それに……」

 

「エグゼは私たちを家族って言ってくれた! 家族を守るためなら、たとえ火の中水の中、無人地帯の中だよ416! そうだよね45姉?」

 

「そう、9の言う通りよ。文句があるなら後で聞いてあげる、任務が終わった後でね。さあ404小隊、一世一代の大勝負にでるわよ!」

 

 

 




アルケミストはエグゼを利用しているが、エグゼを想う気持ちは確かにある。
だからこそやりきれないな…

膠着状態が終わる……。

MSF、鉄血、AR小隊そして404小隊……役者は揃った、地獄の宴が開かれる



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暁の開戦

 静かな一夜を経て東の空がうっすらと明るくなりかけて来た頃に、ついにそれは始まった。

 一夜続いた静寂は、突如として響いた砲撃の音で撃ち破られる。

 鉄血陣営より放たれる無数の砲弾は、AR小隊が身を隠す廃墟に次々と着弾し、崩壊しかけていた廃墟をさらに破壊し更地にする勢いで爆風を巻き起こす。

 今までのような、探りを入れるような小規模の砲撃ではない。

 鉄血が用意した砲の全てがAR小隊を廃墟ごと破壊するべく火を吹いている、そう思えるほどの大規模で、徹底した砲撃だ。

 

「大変、大変だ…!」

 

 夜間の見張りを当番していたSOPⅡは大急ぎで隠れ家へと戻る。

 もうどこに隠れていようと砲撃からは身を守ることは出来ず、ただ全力で路地を走り抜ける。

 砲弾に吹き飛ばされた家屋の廃材が勢いよく飛んできては、危うく鋭利な先端に身を傷つけられることもある…些細な擦り傷、切り傷程度は度外視し、降り注ぐ砲弾の雨の中を走り抜けて地下への扉に向かう。

 

「SOPⅡ! 急げ!」

 

「急いでるってば!」

 

 地下室への入り口ではM16が待ち構え、SOPⅡを地下室へ引き入れるべく手を伸ばしていた。

 そこへSOPⅡはめいいっぱい手を伸ばしてM16の手を掴む、そのまま彼女に地下室へと引っ張られ、地下への階段をM16と共に転げ落ちていく。そのすぐ後に、砲撃によって地下室への入り口は木端微塵に吹き飛ばされる…間一髪の出来事だ。

 

「うぅ、いてて…大丈夫かSOPⅡ?」

 

「うーん…死んだんじゃないかな…?」

 

「まだ生きてるよ」

 

 階段下まで転がり落ちたせいで身体のあちこちが痛む二人だが、痛みに悶えているわけにもいかない。

 駆けつけたM4と合流し、三人はすぐさま荷物をまとめこの地下室から出る準備を行う。

 貯蔵庫として機能していた地下室には下水道につながる排水溝が一つあり、そこを辿れば廃墟の外へ出られることは把握していた。

 

「SOPⅡ、敵はどう動いていた?」

 

「一瞬しか見えなかったけど、奴らの歩兵部隊が塹壕を越えて坂を下ろうとしてるのが見えたよ!」

 

「そうか。M4、脱出の準備はできたか!?」

 

「はい、いつでも行けます!」

 

「よし。M4、部隊のリーダーはお前だ。ここからはお前が指揮をとるんだ。大丈夫、お前は一人じゃない…私たちも全力でサポートする」

 

 誰も一人で戦ってるわけじゃない、M16の言葉に強く励まされたM4はこの窮地に覚悟と隊のみんなを全力で守ることを固く決意する。

 砲弾が着弾するたびに地面が揺れ、地下室の天井は軋みをあげていつ崩れ落ちるか分からない。

 世話になった地下室へ別れを告げ、外へ出るための排水溝を進む。

 どぶ水が溜まり嫌な匂いを放つ下水道には、ネズミやゴキブリなどが徘徊しているが、命の危険の前にそんな存在は気にも留めず、どぶ水に半身を浸からせながら出口を目指す。

 

「ねえM16、MSFは助けてくれるの?」

 

 背後からSOPⅡのそんな問いかけに、M16は思案する。

 MSFの中にいた協力的な人物からの連絡はつい先日まであったのだが、それが前日になってピタリと止まった。

 MSFの中で何か状況が変化したと予測すると、M16は直ぐに作戦の変更を余儀なくされた…助けてくれないと分かった以上、いつまでも頼りにすることは出来ない。

 だが打つ手は非常に限られ、今は外に出ること以外にはない。

 

「今は脱出することに専念しよう」

 

 その場しのぎのセリフしか言えない自分を酷く嫌悪するM16であったが、SOPⅡはそれ以上聞くことは無い…些細な気遣いが、彼女にはありがたかった。

 

「姉さん、もうすぐ外に出れます」

 

「注意しろM4、出口は見晴らしが良い場所だ。出たらすぐに川につながる斜面に出るはずだから、そこを下ろう。そこなら敵の砲撃も斜面で防げるだろう」

 

「夜中にこっそり探っておいた甲斐がありましたね! 戦線から離脱できる方法は見つかりませんでしたが…」

 

「気にするな。そこに行けば鉄血から身を隠せ、逆にMSFからは良く見える。そこでもう一度連絡をとってみよう!」

 

 唯一の脱出路である下水道は以前から調べておいたため、どの道を通ればよいかは分かっていた。

 崩壊して塞がれた道が多い中で見つけた出口を行けば、それは無人地帯を流れる川につながる…そこを越えればMSF側の領域になるが、まずはそこに到達することが先決だ。

 そのことを共通の認識として三人は走る…そんな時、先頭を走るM4は目の前に何かの気配を感じて立ち止まると、次の瞬間眩い光に照らされる。

 

「さすが私、やっぱりAR小隊ならここを通ると思ったんだよね」

 

「誰だ!?」

 

「私だよM16、忘れちゃった?」

 

 対面する人物は、ライトの明かりで自分の顔を照らしてみせる…ライトに照らされたその人物は、M16がよく知る人物であった。

 

「UMP45…! そうか、ヘリアンがお前たちを寄越したんだな…?」

 

「そう、あなたたちの救援はちゃんとグリフィンに届いてるから安心して」

 

「そうか……お前が出てきたということは、何か勝算があるのか?」

 

「うん? ないわよそんなの、あんな師団規模の敵相手に私たちだけでどうしろって言うの?」

 

「じゃあ何故ここに来たんだ? よほど高額の報酬を約束させたのか? UMP45、お前は任務を成し遂げられる見込みがあるから来たんじゃないのか? ヘリアンも、それを了承してお前たちをAR小隊の救出に回したんじゃないのか?」

 

 404小隊とUMP45についてはM16もよく知っている。

 グリフィンの存在しない部隊として表には決して出ずに、極秘任務や汚れた任務に従事する部隊…経験豊富なM16は以前からその存在を認知し、そして味方であろうとも決して油断できない存在であることを知っている。

 拝金主義的な面もあるが、何より任務からの生還を第一に考える以上何か考えがあるはずだとM16は睨む。

 

「かつてないほど困難な任務よね、これ。調べれば調べるほどうんざりするような敵の規模、知ってる限りでハイエンドモデルが二体以上、鉄血は完全包囲の構えを見せている精強な部隊……はっきりいって、どんだけお金を積まれても死んだら意味がないから引き受ける気はなかったんだけどね」

 

「だが受けた……金の問題じゃないなら、なにでお前は動くんだ?」

 

「うーん、しいて言うなら仲間のためかな?」

 

「仲間…だと? お前からそんな言葉が出るとは思いもしなかったぞ。グリフィンにそんな奴がいるのか?」

 

「グリフィンじゃないわ、もちろんあなたたちAR小隊のためでもない……そうね、こんな腹黒い私を"家族"と呼んでくれる仲間のため。その仲間のためにも、M4、アンタには絶対生きててもらうわ」

 

 そう言ってライトをM4へと向ける。

 眩い光に照らされて眩しそうに目を細めるM4にクスリと笑い、UMP45は踵を返す…彼女がライトで照らした先には、待ちくたびれた様子で睨むHK416とやる気に満ちた様子のUMP9、そして立ったまま寝ているG11がいる。

 

「45、ちなみに聞くが作戦はあるのか?」

 

「あまり多くは語るつもりはないわ。私はある賭けに出るつもり……ここを飛び出して鉄血の地上部隊を迎撃、その間ひたすらMSFに救援を求め続けるの」

 

「MSFにか? だが彼らは助ける気はなさそうだが…」

 

「そりゃアンタたちあいつらに嫌われてるでしょう?」

 

「お前たちなら上手くできると? まさか、お前MSFにもちょっかいをかけてたのか?」

 

「ちょっかいかけたりかけられたり、それなりにね。あいつを試すみたいでほんとは嫌なんだけどね…あいつには、ここできっちり決着をつけてもらいたくてね。さて、そろそろ行こうか? 戦う準備はできた? 敵は電磁シールドを展開させた…つまりもう誰とも通信はとれないの、はぐれないでね」

 

「腑に落ちないが、いいだろう……M4、お前もそれでいいか?」

 

「はい…!」

 

 M4はまだ状況をしっかり把握していないようで、姉とUMP45を交互に見ていたが、最後には力強く頷いてみせた。

 UMP45はM4のどこか迷いを見せながらも、力強い彼女の瞳に優れたリーダーの素質を見る……こっちのリーダーは大丈夫そう、あとはあっちのリーダーだけ…そんなことを呟きつつ、彼女は下水道の出口へと歩を進める。

 

「45、あんたバカよ。こんなクソみたいな任務を引き受けるなんてね…」

 

「でも、仲間を信じて死ぬなら別に悪いもんでもないでしょう?」

 

「ふん……あんたが情に流されるなんてね……でもそうね、悪くないかもね」

 

 416は静かに笑みをこぼす…。

 

 AR小隊、そして404小隊は下水道を辿り外へと打って出る。

 空は明るく、風に紛れて硝煙の香りが流れていく。

 視線を鉄血陣営に向ければ、おびただしい数の歩兵部隊が坂を下り迫る……。

 

「訂正、小隊二つが師団規模にぶつかるのは狂気の沙汰よ…!」

 

「覚悟しなさい416、死んだらちゃんと葬式あげてあげるから」

 

「なにちゃっかり生き残ろうとしてるのよあんたは…!」

 

「無駄話は終わり、迎撃開始よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜明けと共に始まった鉄血の猛烈な砲撃。

 MSFは塹壕の中でそれをじっと静観し続けていた…。

 それは異様な光景だった…鉄血の凄まじい砲撃が廃墟を跡形もなく吹き飛ばしていく恐ろしい光景を、他人事のように見つめているという状況。

 戦争に関係する立場であるのに、今はただ傍観者として鉄血による破壊をただ見続けている。

 

 先日まで、AR小隊を密かに助け出そうとしていた作戦は急遽中止、全部隊が塹壕にこもり目の前の破壊をじっと伺う。

 鉄血の攻撃はMSF側にはこない、誤爆すらも一切無い。

 鉄血側の配慮すら感じるその攻撃は、完全に無人地帯のAR小隊のみに向けられている。

 

 

「なんで……どうしてだ…!」

 

 

 見つめる先で起こる破壊行為を睨み続けていたスコーピオンは、拳を固く握りしめる…指の隙間から血が滲むほどに…。

 それから無人地帯の光景から目を背けると肩をいからせながら塹壕を離れ、連隊司令部へと大股で歩いていく。

 司令部入り口前でヘイブン・トルーパーの兵士がスコーピオンを引き止めるが、彼女はそれを押しのけ乱暴にテントをめくり中へと入る。

 

 

「エグゼ……! これで、こんなんで本当にいいの!?」

 

 

 スコーピオンは中へと入るなり、地図を広げていたテーブルを勢いよく叩きエグゼを睨みつけた。

 AR小隊の救出作戦を突如中止させたのはエグゼだ……あれほど心を込めて説得した後に見せたエグゼの心がわりにスコーピオンは納得がいかず、回答を求めるがエグゼは少し憔悴したようにスコーピオンを見据えるだけだ。

 

「そんなにAR小隊が憎いのか!? アンタは変わらなくちゃダメだ…だからみんなで、アンタのためになるようしてたのに! このままあいつらを見殺しにしたら、一生エグゼが変わるきっかけが無くなっちゃうんだよ!?」

 

「そうは…思わねえよ。姉貴には、アルケミストにはお前の動きは筒抜けだった…もしもAR小隊を助けていたら、今奴らを攻撃している部隊がこっちに牙をむいていた」

 

「それがなんだ…! あの時ならまだやりようがあった、白を切っていればなんとでも言えたはずだ!」

 

「そんな手が通用すると思うか…あのアルケミストに…? お前が考えることは、アイツは数手先に考えている……知略、戦略、策略に長けた存在なんだよアイツは」

 

「アンタが鉄血にいた頃、アイツはアンタを確かに面倒見てくれたはずさ。だけどアイツは…あの悪魔は憎しみで97式を破壊してその仲間を皆殺しにして、今度はエグゼを憎悪に引きずり込もうとしてる! そんな奴の言うことを聞いちゃダメだ!」

 

「姉貴がどうかはこの際関係ねえ! 考えてみろ、AR小隊を助けるメリットがどこにある!? 現実が見えてないのはお前だろスコーピオン! 丘を下って攻撃している鉄血の部隊を見ろ……あれでまだ一握りだ、おそらく奴らは師団規模の部隊を展開させてる! 数で劣るオレたちは轢き潰される!」

 

「数で劣勢だったのは今に始まったことじゃない、ユーゴでもアメリカでも同じ状況だったじゃないか!」

 

 二人の激しい口論に気付いたWA2000、スプリングフィールドらが司令部へと駆けつける。

 今にも取っ組み合いのケンカになりそうな雰囲気に固唾を飲んで見守っていると、テントの外から息を切らした様子のキャリコが駆けつける。

 

「大変だよエグゼ! 無人地帯に、404小隊の姿があるよ!!」

 

「なんだって!?」

 

 キャリコの報告に驚いたのはエグゼだけでなく、他のみんなも一緒だ。

 404小隊とはあの日以来連絡も取っていなかった…何かの間違いかと疑うも、キャリコと複数の者から、川沿いでAR小隊と共に鉄血を迎撃しているという情報が寄せられる。

 

「404小隊が救難信号を打ち上げた…! エグゼ、あいつらを助けるんでしょう!?」

 

「そうだよエグゼ、もうAR小隊がどうとかは関係ない! UMP45たちはあんたも仲間だって、家族だって認めた存在でしょう!? 助け出すのに理由なんて必要ない!」

 

「待て、待てよ……何故、404小隊が…!? UMP45はどうしてこんな事を…!」

 

「理由なんてどうだっていいでしょう!? 今すぐ助けに行かなきゃ!」

 

 404小隊はMSFに正式に所属していないとはいえ、育んだ絆から全員が仲間と認める存在。

 そんな大切な仲間を助けるべく行動に移そうとするスコーピオンらであったが、エグゼの決断は予想外のものであった…。

 

 

「全員、この場に待機だ……一人も塹壕を越えて無人地帯に行くんじゃねえ…!」

 

「エグゼ…!? あそこにいるのは404小隊のみんなだ、見捨てるつもり!?」

 

「黙れッ…! SAA、聞こえるか! いまから座標を送る位置に砲撃しろ…! あぁそうだ、無人地帯に向けて砲撃だ!」

 

 さらにエグゼは有線電話を用いて、後方の砲兵大隊を指揮するSAAに対し砲撃命令を下す。

 これはもう完全に予想外の展開だ、唖然とする一同…。

 

「正気なのエグゼ!? 404小隊ごとM4を殺すつもり!?」

 

「狙うのはあいつらじゃない…! あくまでAR小隊を助けるつもりはないという、オレの意思表示だ……404小隊も、UMP45なら…助ける気がないと知れば、AR小隊を見捨てて離脱してくれるだろうさ!」

 

「エグゼ、お前…! いつからそんな汚い奴になったんだよ…何が怖いんだよ、なにに怯えてるんだよこの臆病者!」

 

「スコーピオン、テメェ…オレが臆病者だと!?」

 

「ああ、お前は臆病者だ! あたしが知ってるあんたは、仲間が助けを求めてるなら、どんな危険の中でも飛び込んでくバカ野郎だ! 今はただの意気地なし、臆病者の卑怯者だ!」

 

「黙れ! テメェ、それ以上ふざけたこと言いやがったらぶち殺すぞ!」

 

「殺せるもんなら殺してみろ、このバカ野郎!」

 

 先に拳を振り上げたのはエグゼの方だ。

 だがスコーピオンはその拳が自分を殴りつけるよりも前にタックルし、エグゼを床に押し倒す。

 マウントポジションをとったスコーピオンは、激しくエグゼを殴りつけるが、エグゼは下からスコーピオンを殴り飛ばす。

 

「二人ともやめなさい!アンタらどうしちゃったのよ!?」

 

 二人が離れると、即座にWA2000などが仲裁に入る。

 息を荒げながら、二人は睨みあう…。

 その時、司令部の電話が鳴り響く…相手はSAA、どうやら砲撃命令の再確認をしに来たようだが…。

 

「つべこべ言ってないで、さっさと撃ちこめばいいんだよ!」

 

「は、はい…そのように…!」

 

 電話をとったヘイブン・トルーパーに怒鳴りつけると、ヘイブン・トルーパーは恐怖に震えながらエグゼの指示をSAAに伝える。

 その様子に周囲が気をとられていた隙に、スコーピオンは飛び出し、エグゼに再び殴りかかる。

 狭い司令部内で繰り広げる激しい乱闘、相手の頭を掴んでテーブルに叩き付け、椅子を掴んで放り投げる…技も技術もへったくれもない、ただの殴り合い。

 そのうちテントを突き破って二人は外で再び殴り合う。

 

「いい加減にしなさい二人とも、こんな時に何やってんのよ!」

 

 WA2000の声も、二人には届かない。

 両者とも血走った眼でぶつかり合い、罵り合う。

 そして、二人のケンカはエグゼが強烈な回し蹴りを浴びせて倒したスコーピオンに馬乗りになったところで止まる……エグゼの手にはナイフが握られ、スコーピオンの首筋につきつけられている。

 

 

「バカ…! 仲間にナイフを向けるなんて…!」

 

「止めるなわーちゃん! エグゼ、やりなよ……それでアンタの気が済むならね」

 

「何言ってんだお前…?」

 

「憎しみに囚われたあんたをまた見るくらいなら、今ここで死んだ方がマシだ……。親友のアンタに殺されるなら、文句はない。だけど約束してよ……あたしを殺したら、代わりにUMP45を助けて」

 

 押し倒されたスコーピオンは、ただ真っ直ぐにエグゼの瞳を見つめる。

 何の迷いもなく、純粋なスコーピオンの瞳を真っ直ぐに見ていられず…エグゼは目を逸らし、そっとナイフをしまう。

 それから少し、頭を抱えた後にエグゼが下した命令は…事態の傍観、エグゼ指揮下のヘイブン・トルーパー隊全員がその瞬間通常任務へ戻っていく。

 スコーピオンは悔やむ様にうなだれ、そんな様子をWA2000はただ茫然と見ているしか出来ないでいた…。

 

 そこへ、再び司令部への電話を受けた兵士が報告へとやってくる。

 

 

「隊長、お電話です」

 

「もう誰とも繋ぐな、オレたちは動くつもりはない…」

 

「ですが、隊長をお呼びでして…」

 

「うるせえな! 命令は下したはずだぞ、口答えするんじゃねえ!」

 

「申し訳ございません……! ですが…」

 

 やけにあがくヘイブン・トルーパー兵に違和感を感じるエグゼ。

 普通エグゼが命令をすれば、何の疑問もなく受けるはずだが、様子がおかしい…。

 

 

 

「相手は、誰だ……?」

 

「はい……旧合衆国アラスカより連絡…ビッグボスから、隊長へと……」

 

 

 




シ、シリアス……。

次回、電話越しのエグゼとスネークの対談……きっと、スネーク相手なら、エグゼも本当の気持ちを話すと思うんだ…。


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たった一歩、踏み出す勇気

 エグゼと激しい口論の末、乱闘にまで発展してしまったスコーピオンは今、今だ砲撃の轟音が鳴り響く無人地帯に背を向けて座り、スプリングフィールドに怪我の手当てをしてもらっていた。

 殴り合いで、目の上が切れて血が出ている…傷を止血し、消毒液を吹きかけると、スコーピオンは少しだけ痛そうに顔をしかめるのだった。

 

「信じられないよ…エグゼがあんなことするなんて…! そんなにAR小隊の皆が嫌いなの? UMP45を見捨ててまで…!」

 

「違う、違うよキャリコ…そうじゃないんだ」

 

 エグゼの暴走を見て失望した様子のキャリコであったが、スコーピオンはその言葉を否定する。

 

「エグゼは、憎しみなんてとっくの昔に乗り越えてるんだよ……」

 

「じゃあ、どうしてアンタの事をあんなに殴ったりするの? 意味が分からないよ」

 

「アタシも、エグゼを理解できたのはさっきのことだよ。殴り合って分かったんだ…あいつの想いがさ。あいつも素直じゃないから言葉で全部を言い表さないんだよ…」

 

「なるほどね……じゃあ、アイツが誰よりも信頼する相手…スネークなら素直になると思う?」

 

「そう、信じてるよ…あたしは」

 

 スコーピオンは、そうあって欲しいと願うかのように、その視線を司令部のテントへと向けた。

 そこでエグゼは、電話のかかってきた相手…スネークと話をしているはずだ。

 こうしている間にも鉄血の攻勢は勢いを増していき、404小隊の命は危険に晒されていく…もう一刻の猶予もないのだ。

 404小隊、そしてエグゼの命運は敬愛するスネークにかかっている…どうかみんなを救ってくれ、そうスコーピオンは静かに願うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 司令部に戻り人払いを行い、そこはエグゼが一人いるのみだ。

 鉄血がはった電磁シールドで無線通信が使い物にならなくなった今、あらかじめ引っ張っておいた有線通信が唯一の連絡手段であり、司令部に繋がれた固定電話がある。

 ここに来てからはエグゼの感情も、先ほどと比べて穏やかになっていた。

 エグゼはそっと、受話器を手に取ると、少しためらうそぶりを見せた後に耳に押しあてた…。

 

 

「……スネーク…? スネーク、なのか?」

 

 

 少し震えた声でエグゼは呼びかける。

 返事はすぐに返って来なかった…静寂がなんとも言えない息苦しさをエグゼに与えていた。

 

 

『エグゼ、オレだ。元気にしているか?』

 

 

 数秒の間を置いて返ってきたその声は確かにスネークのものだ。

 自身が敬愛してやまないスネークの声を聞いた瞬間、それまで不安に押しつぶされそうな表情をしていたエグゼの顔に笑みがこぼれる。

 司令部に繋がれている有線通信は町に繋がれ、そこからMSFの通信基地を経由しているので、通話にタイムラグがあるのは致し方ない…それに気付いたエグゼは少々気恥ずかしさを感じていた。

 

 

「スネーク、アンタはアラスカからかけてきてるのか?」

 

『ああそうだ。アンカレッジの基地で、まだ使える通信施設を見つけてな。こっちじゃろくに連絡も取れなかったから、そこをどうにかして使えるようにして、マザーベースに連絡を入れたというわけだ』

 

「そ、そうか…。アンタが大丈夫そうで安心したよ…」

 

『おかげさまでな。エグゼ……だいたいの話はカズに聞いたが詳しいことまでは知らない。今の状況を教えてくれ…』

 

「あぁ…そうだよな…。分かった…」

 

 

 そこからエグゼは静かに語りかける。

 ここに陣地を構えてから今日に至るまでの出来事を…無人地帯に墜落したAR小隊の事、それを助けるか否かでもめたこと、鉄血のアルケミストのこと、そして404小隊の事を。

 静かに報告をしていたエグゼは仲間のこととなると熱っぽく話し、404小隊のこととなると声が震えていた。

 

 

「姉貴は…アルケミストは、AR小隊を助ければオレたちを皆殺しにすると言った。姉貴はやるといったら確実にやる、仲間が大勢死ぬ。仲間を犠牲にして、AR小隊を助ける意味なんてあるのか? そんなの、無駄じゃないか…! だから、45も分かってるはずなのに…助けるつもりがないって分かってるはずなのに…! なのに、どうして…あいつらはあそこに居続けるんだ!」

 

 エグゼが吐露する思いを、スネークは静かに聞いていた。

 今にも泣き崩れてしまいそうな声で叫ぶエグゼの言葉から、何かを悟ったのか、静かに問いかける。

 

『エグゼ、正直な想いをオレに教えてくれ……お前は、404小隊のみんなを助けたいか?』

 

「助けたいに決まってる! アイツらはオレの大切な家族だ、もう"存在しない部隊(404小隊)"なんかじゃない! 死なせたくない、助けに行きたいさ……だけど…!」

 

『怖いんだな……また大切な仲間を失うことが』

 

「…そうさ……怖いさ、怖くてたまらないよ…。戦争になれば、仲間が大勢死ぬ……おかしいんだよ、今まで何度も紛争を渡り歩いてたはずなのに…! AR小隊…あいつらと関われば、また大切な誰かを失うんじゃないかって……!」

 

 鉄血にいた頃から続く、グリフィンとAR小隊との確執。

 彼女たちと戦うたびに仲間を失っていたエグゼは、親友のハンターを目の前で殺されるという最大のトラウマを深く植え付けられていた。

 それは怒りと憎しみへと変わり、エグゼに闇を落としたのだった。

 だがそんな果てしない憎悪も、大切な仲間たちとの触れ合いで徐々に緩和されていき、生まれ変わったハンターと新しい絆が結ばれたことでどこかへ消えていった……そう、もうエグゼの精神に憎悪は無くなっていたのだ。

 

 それでも唯一消すことが出来なかった感情。

 それは大切な仲間が増えていくと同時に、大きくなっていったもの……恐怖だ。

 それまで潜在していた恐怖心は、トラウマとなっているAR小隊の存在によって呼び起こされ、今の迷走へと繋がっている。

 連隊長の自分が、組織のトップに立つ自分が恐怖心を抱えているなどと言えるはずもない…誰にも言うことのできない想いを抱えていたエグゼは、今やっと、スネークを相手にすることで吐きだすことが出来た。

 

 

「スコーピオンは、オレを理解してくれてる…だから臆病者と呼ばれたとき、図星だったオレは感情的になってそれを否定しようとした。オレはよりによって大切な親友を傷つけて、想いを踏みにじったんだ…最低だよな…あいつはいつもオレの事を気にかけてくれてるのに…!」

 

『恐怖心は誰しもが抱えることだ、恥じる必要はない』

 

「ユーゴでオレは一度あんたに言った……オレはもう一人じゃ生きていけないって。それをアンタは弱さじゃないって、そう言ったよな……教えてくれよスネーク、こんなオレがどうして強いなんて言えるんだ! もう何も失いたくない、あんな惨めな想いはしたくない!」

 

『部隊長としての重圧、AR小隊へのトラウマ、失うことへの恐怖…ましてや今仲間の命を奪おうとしている相手は、お前がかつて家族と呼んでいた存在だ。お前の心労が相当なものだということはよく分かる……お前の決断を鈍らせているのは、一つや二つのことじゃないんだからな……エグゼ、もう一度聞く……UMP45たちを助けだしたいか?』

 

「あぁ! いますぐにでも助けに行きたいさ…! このままでいれば大勢の仲間が死なずに済むかもしれないが…」

 

『仲間を見捨てた事実が…永遠にお前を苦しめる。UMP45はお前を信じて、ずっと戦い続ける…逃げずにな。そんな彼女をお前も、スコーピオン達も助けたい……エグゼ、もう答えは出ているじゃないか。みんなの気持ちは一緒だ……後は、お前の勇気があればそれでいいんだ』

 

「勇気…?」

 

 恐怖から目を背けていたが、最初からみんなの気持ちは一緒であったことに、エグゼはスネークの言葉で気付く。

 UMP45の想いも、スコーピオン達の覚悟も、エグゼの願いも全て一致していた。

 

『MSFは単なる傭兵集団じゃない…皆、組織や国家の枠を超えて集まった家族だ。仲間の危機には、例えそれが一人だろうと決して見捨てはしない…それを、お前も見続けてきたはずだ。確かに、お前が恐れていた事態になることもあるだろう……だが、自分の気持ちに嘘をつき、言い訳をして逃げることはするな。そしてこれだけは言っておく…例えどんな結末になろうとも、オレはお前の決意を責めはしない……』

 

 

「スネーク……分かった、分かったよ…アンタはいつも言ってたよな。誰かのためじゃない、自分自身のために戦うって……スネークやっぱりオレはアンタとは違うかもしれない……オレは、今も昔も、仲間のために戦いたい」

 

 

『……それでいい。エグゼ、お前は一人で戦っているわけじゃない…支えてくれる仲間も、共に戦ってくれる仲間もいる。背中を守ってくれる仲間も、過ちを気付かせてくれる仲間もな。自信を持て…戦士としての忠を尽くすんだ。でかくなれ、お前の中の勇気を、オレたちに見せてくれ』

 

 

 

 

 

 

 

 司令部のテントからエグゼが姿を見せると、そこにいた者たちはいっせいに立ち上がると彼女の言葉を待った。

 それに対しエグゼは落ち着いた様子で一瞥し、スコーピオンに目を留める…ゆっくりとした歩調でスコーピオンの前まで歩いていったエグゼを、周囲はやや不安げな様子で見つめていた。

 

「エグゼ、スネークと話はついたの…?」

 

「あぁ、しっかりとな。その前にスコーピオン、オレを一発全力で殴れよ」

 

 何かを察したスコーピオンは、即座にエグゼの頬を思い切り殴りつける。

 手加減なしのパンチをもろに受けたエグゼは数歩よろめくも、倒れることなく踏みとどまる…血の混じったつばを吐いたエグゼの表情は、妙に清々しい。

 

「効くな、お前の拳はよ……おかげで目が覚めたぜ」

 

「エグゼ…! あんためんどくさいったらありゃしないんだよ、どんだけタイムロスしたと思ってるのさ!」

 

「勘弁してくれよ。連隊長となると、一般兵士とは考えなきゃならないことが多すぎんだよ……各部隊に連絡しろ、これよりオレたちは404小隊及びAR小隊の救出に向かうぞ! それはすなわち、鉄血と全面戦争につながることを意味する!」

 

「そう来なくっちゃね…! わーちゃん、これでもうあたしらの腹は決まったね!」

 

 好戦的な笑みを浮かべるスコーピオンにWA2000は呆れたようにため息をこぼす…が、妙に晴れ晴れとした表情でいるのは彼女も同じだ。

 連隊長エグゼの決定は即座に各大隊長を通して、展開された部隊全員に周知される。

 そして後方の砲兵大隊、そして戦車大隊にもだ……FALもSAAも既に万全の準備を整えていたため、すぐにでも攻撃が可能だった。

 

「あたしらは国境なき軍隊(MSF)だ! どんな敵でも恐れはしない、鉄血のアホどもにあたしらの仲間を傷つけたらどうなるか教えてやるぞ!」

 

 声高々に叫び、部隊を鼓舞するスコーピオン。

 長い膠着に嫌気がさしていた部隊の兵士たちは、開戦の合図に、一気に戦意を高揚させ、その雄叫びは大地を揺るがす。

 そして後方の砲撃部隊が猛烈な砲撃を鉄血めがけ撃ちはなった時、兵士たちは塹壕を乗り越えて一気に坂を下る…目指すは404小隊とAR小隊だ。

 

 ついに始まってしまった武力衝突。

 鉄血の兵士たちは一瞬動揺した素振りを見せたが、すぐさまMSFを新たな敵と認識し迎撃の構えを見せる…。

 

「勘弁してくれよ姉貴……これが、オレの生きざまなんだよ…」

 

 エグゼは一人、遠くに見える陣地を見据え拳を握り固める。

 その表情に、哀愁を浮かべ、別れを告げるように背を向けた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だああああぁぁぁっっ!!?? MSFが襲い掛かって来たぁぁぁっ!! どうしようどうしよう!? ゲーガー、どうすんのさこれ!? あいつらに任せとけば大丈夫だって言ってたよね!?」

 

「やかましい!! 耳元で騒ぐなバカ!」

 

「ふぎゃっ!?」

 

 頭を抱えて喚き散らすアーキテクトの尻を思い切り蹴り上げたゲーガーはすぐさま無人地帯を見下ろせる位置にまで駆け上がり、双眼鏡で戦況を見極める。

 まだ戦いは始まったばかりだが、MSF側の機動兵器と戦車が姿を見せ、圧倒的火力で襲い掛かってきている。

 MSFの兵器に対し勝っている点は兵力の差と、ジュピターを含む重砲の数だ。

 意図的に電磁シールドを張っている状況に置いて、ジュピターは正確な砲撃を行うことが出来ないのに対し、MSFは普段からAI制御に頼らない支援砲撃や、こう言った状況のために用意した有線通信のおかげで有効な火力支援を受けられている。

 

「くっ……だが戦力の差は覆せないはずだ…!」

 

 そこからさらにゲーガーが向かったのは、アルケミストとドリーマーのいる指揮所だ。

 腰巾着のようについてくるアーキテクトを引きつれて、ゲーガーは指揮所の扉を勢いよく開いた。

 

「しーーっ……静かになさいなゲーガーちゃん? ここは指揮所よ?」

 

「そんな悠長なことを言ってる場合か! MSFが攻撃を仕掛けてきた、どうするつもりだ!?」

 

 苛立ちを隠すことなく怒鳴るゲーガーに、ドリーマーはくすくすと笑う。

 それがなんとも感情を逆なでする…普段からドリーマーの態度が気にくわないゲーガーは彼女を無視し、今だ地図を見下ろし沈黙を貫くアルケミストにくってかかる。

 

「あわわわわ…! ゲーガー、止めなってば…!」

 

「うるさい! アルケミスト、お前の考えを聞かせてくれ…MSFを相手にどう戦うつもりなんだ!?」

 

 ゲーガーの問いかけに、アルケミストは一切応えない。

 ただ異様な雰囲気に気付いたゲーガーはそれ以上何かを言うことはせず、アルケミストの反応を伺う。

 

 

「処刑人、あのバカ……本気で助言してやったのにな。ゲーガー、あたしの考えが知りたいだって? 逆に聞くが、あいつらを皆殺しにする以外に考えることっていったいなんだ?」

 

 

 振り返ったアルケミストは不気味な笑みを浮かべ、感情の読みとれない目をゲーガーに向ける。

 背筋が凍りつくような冷たい眼光に貫かれ、ゲーガーは固唾を飲み、アーキテクトに至ってはゲーガーの背後に隠れてがたがた震えているではないか。

 

 

「MSF……所詮人間の集まりに過ぎなかったことか、あたしらとは相容れない。フフ……なんて言ったらいいかな……こんなにイラついたのは本当に久しぶりだよ。下劣な人間どもが……今度はあたしの可愛い妹分を誑かして奪うのか………許さない……クズ共が……殺してやる……絶対にっ…!」

 

 無機質だったアルケミストの瞳に、どす黒い憎悪が渦巻く……見たこともない彼女の豹変ぶりにゲーガーでさえも震えあがり、アーキテクトに至っては目を回して失神しかけている。

 

「まぁまぁアルケミスト…落ち着かないと効率的に殺せないんじゃない? 怒りと憎しみはあなたの力の原動力だけど、それで判断力を鈍らせないでね?」

 

「心配するなドリーマー……自分の役割は分かっている。戦争であたしは負けるつもりはないさ……それに、あの屑人形共を血祭りにあげるまでは油断しないさ……ハハハ……それにしても憎らしいな、恨めしいなぁ…! 処刑人…お前もだ、お前もただで済むと思うなよ……あたしや、マスターを見捨てた奴がどうなるか…お前の身体に刻み込んでやるよ…!」

 

 

 




MSFの人形たちの絆ゲージがあがりました…エグゼに必要だったのは、一歩踏み出す勇気だったんやね…。


反対に、鉄血のアルケミストは憎悪ゲージが振り切ってやべぇことに…!?

ゲーム本編でアルケミストは中ボスポジだけど、特殊攻撃のテレポート攻撃を現実的に考えると結構ヤバい奴だと思うんだが…。


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Dead Line

 川沿いの遮蔽物に身を隠すAR小隊及び404小隊は、目の前に迫る鉄血の歩兵部隊が降り注ぐ砲撃で吹き飛ばされる姿を見た時、自分たちの背後に布陣するMSFがついに重い腰をあげてくれたことを確信する。

 

「まったく…遅いのよ、ばかエグゼ…」

 

 振りかえらずとも分かる、今頃塹壕を踏み越えてMSFの精鋭部隊が丘を駆け下りていることだろう。

 エグゼが手塩にかけて鍛え上げたヘイブン・トルーパー兵は一人一人が、特殊部隊員並の練度を誇り、他にもオセロットの薫陶を受けたWA2000の優秀な教え子たち…マザーベースに滞在している間UMP45は、MSFの精強な兵士たちの姿を見続け、その戦闘能力に信頼を持っている。

 

「凄いな、私がどれだけ言っても動こうともしなかったMSFを…UMP45、お前ヘリアンにどれだけ報酬を約束させた?」

 

「大した額よ、当分は遊んで暮らせるだけの額をね…!」

 

「ふん、MSFでずっと遊んでたのはどこのどいつかしらね?」

 

「そんなこと言って、416だってニート生活謳歌してたよね! ただ飯食べて文句言ったり、パンツ盗まれたり! あ、パンツ盗まれるのは45姉もしょっちゅうだったけど…」

 

「パンツ盗まれたって……MSFではしょっちゅうパンツを盗まれるのか? 度し難いな…」

 

 UMP9が笑いながら話すMSFの面白エピソードを聞いて、一気にM16の表情が曇る。

 SOPⅡなどは戦闘に夢中で今の会話を聞いていなかったようだが、すぐそばにいたM4は話が聞こえていたのか、嫌悪感に満ちた表情でブツブツと何かを呟いている。

 無駄話をしている間にも鉄血の兵士は近付いてくる。

 だが敵はAR小隊に接近するにつれて砲撃の勢いは無くなり、代わりにMSF側からの砲撃が敵を打ち砕く。

 照準をMSFの陣地に変更した敵の砲兵隊であるが、自らが展開した電磁シールドの影響で砲撃の精度は悪く、効果をあげていないようだ。

 

「マヌケな鉄血め、通信回線を遮断したくらいじゃMSFは止まらないわよ!」

 

 通信による連携だけに頼らない訓練を受けたMSFの戦術人形にとって、電磁シールドによる通信回線の遮断は何の障害にもならない。

 対して鉄血側の歩兵部隊は統率が乱れ、数の利を活かしただけの突撃戦術をひたすら続けている。

 自分で自分の首を絞めている鉄血の戦術に、UMP45は言葉に出さずとも相手をバカにしていた…よほどマヌケなボスが部隊を指揮しているらしいと。

 

 鉄血の歩兵部隊の進撃が鈍った時、大きな物体が彼女たちの前に飛来する。

 それは有機的な二本の足で直立する、独特な形状の歩行兵器…鉄血にも正規軍にも存在しないその兵器を初めて見るAR小隊の面々は、驚きのあまり敵を迎え撃つのも忘れてしまう。

 

「来ました月光部隊!」

 

 非常に頼れる救援の存在にUMP9は両手をあげて喜びを表現するが、流れ弾がすぐそばをかすめたために慌てて身をかがめる。

 MSFが解き放った月光は鉄血の前に立ちはだかるように次々に跳んでくる。

 撤退を妨げる川を容易く跳び越えて駆けつけてくる月光、牛の鳴き声に似た稼働音を鳴り響かせながら、月光は目の前の敵を迎撃するのだ。

 

「な、なんなんですかこいつらは!?」

 

「説明はMSFの陣地に退避してからよ!」

 

 先遣隊の役割を担う月光の後には、ヘイブン・トルーパー隊が川を渡河して駆けつける。

 それらの部隊と入れ替わるように彼女たちは後方へと退くのだ。

 川の中間にまで退避した416は、空を切るような音を聞くと仲間たちへ伏せるよう叫んだ。

 

 次の瞬間、退避する彼女たちのすぐそばに鉄血の砲弾が撃ち込まれ、爆風により大量の水しぶきと川底の砂が弾き飛ばされた。

 

「くっ…みんな大丈夫!?」

 

 なんとか無事であったUMP45は仲間とAR小隊のメンバーを確認する。

 腰ほどの深さまである川から、仲間とAR小隊のメンバーが次々と顔を出す…川の水をのみ込んだM4が苦しそうに咳きこんでいるが特に外傷は無いように見える。

 ここでM4に死なれることはよろしく無かったため、彼女の無事な姿にほっと胸をなでおろす。

 あと少し、川の勢いに注意しながら進めばもうすぐ陸地に到達する…そうすればMSFの陣地までもうすぐだ。

 

「待て45! SOPⅡが…!」

 

 M16の呼び声に振り返ったUMP45が見たのは、川の勢いに流されていくSOPⅡの姿だ。

 彼女はなんとか川の流れから抜け出そうともがこうとしているが、無情にも流されていく…流されていく先で流木の一つに捕まるが、その枝は細く今にもへし折れてしまいそうだ。

 鉄血が絶好のチャンスと、狙いをSOPⅡへと定め狙い撃つ。

 

「SOPⅡ! いま、いま助けるから!」

 

「待ちなさいM4! あんたは先に退避してなさい! 45、これ持ってて!」

 

 最後列にいた416は自身の銃をUMP45へと投げ渡すと、SOPⅡを救出するために激流の中に身を投じる。

 激流と鉄血から受ける銃弾をなんとかかいくぐりながら、416は激流に身を任せながらSOPⅡへとめいいっぱい腕を伸ばす…タイミングは一瞬だけ、激流に流されながら416は見事SOPⅡの腕を掴む。

 そこから彼女を抱き寄せて、懸命に流れから逃れる。

 

 激しくせき込むSOPⅡをなんとか歩ける深さのところまで移動した416は、彼女をファイヤーマンズキャリーの要領で担ぎ上げる。

 水中から身を晒したところで気がついたところだが、SOPⅡの足の傷が開き血を流していた…おそらく先ほどの砲撃の衝撃で、治療した傷口が開いてしまったのだろう。

 

「助かったぞ416!」

 

「礼はいいから早く丘を駆け上がって!」

 

 いまだ降ってくる砲弾と銃撃の嵐。

 SOPⅡを担ぎながら走る416を援護するようにM16がしんがりをつとめ、川の反対側から狙撃する鉄血を狙い撃つ。

 激しさを増す鉄血の攻撃…そんな最中、丘の上の塹壕から一頭の白馬が一気にかけ降りてくる…その背にまたがるのはWA2000、MSF最高の戦術人形の一人だ。

 

「416、先にそいつを預かっておく!」

 

「頼んだわワルサー!」

 

 担いでいたSOPⅡをWA2000のまたがる白馬"アンダルシアン"へと乗せる。

 ついでと言わんばかりに、WA2000は馬上から部隊を狙う鉄血を狙撃して排除し、再び手綱を握ると丘をあっという間に駆け上がり塹壕の向こうへとその姿を消した。

 護衛の手間が省けたAR小隊、及び404小隊は一気に丘を駆け上がり、そのまま掘られた塹壕の中へと転がり込むように入り込むのであった。

 

「ふぅ…なんとか助かったわね。みんな無事?」

 

「なんとかね…AR小隊も無事みたい」

 

 仲間たちの無事を確認し、UMP45はほっと安堵するが、肝心なのはここからだ。

 息が落ち着いたところで、安全な塹壕の中を移動し後方へと移動する。

 鉄血の砲撃はMSFのこの陣地にまで時折降ってくるため、塹壕からはなるべく身を出さないように進んでいく…。

 

「45! 無事だったんだね!?」

 

「スコーピオン、久しぶりね。おかげで助かったわ」

 

 塹壕を抜けた先の司令部にて、久しぶりのスコーピオンとの再会をUMP45は大いに喜んだ。

 他にも大隊長スプリングフィールド、MG5などの歓迎もあり、MSFの主だった戦術人形は404小隊の生還を称える…その様子を静観していたAR小隊の二人であるが、彼女たちが気にかけるのはやはりSOPⅡの安否だ。

 

「SOPⅡは無事よ。今治療を受けているから安心しなさい」

 

「さっきは助かったワルサー、改めてお礼を言いたい」

 

 SOPⅡを救ってくれたWA2000に感謝の意思を示したM16。

 ふと、WA2000の衣服につけられたFOXHOUNDの部隊徽章を見ると、彼女は感嘆の声を漏らす。

 MSFの至宝とまで言われるFOXHOUNDの噂はグリフィンでも聞かれることだ。

 通常の正規戦以外に単独潜入による諜報・破壊活動を主任務とする特殊部隊であり、MSFが介入し政治体制の転覆まで実現させたユーゴ紛争でも目覚ましい活躍をしていた。

 

「言いたいことはたくさんあるが、まずは我々を助けてくれたことを感謝したい」

 

「待って、それを言うのはわたしじゃないでしょう。あいつに、エグゼに言うべきことよ」

 

 そう言って見つめた先の司令室…テントの幕を開いて姿を見せたエグゼを認識したM4は無意識に銃を強く握っていた。

 エグゼはM4から視線を外さず真っ直ぐに歩くと、数メートル手前で立ち止まる…まるで睨みあうように対峙する二人、それはあの日以来のことだった。

 

「エグゼ…」

 

 険悪な雰囲気に、不安の声を漏らすスコーピオン。

 万が一に備えて彼女はエグゼのすぐそばに寄りそう。

 

「M4……お前らは、決して仲間じゃない。お前らを助けたのも、お前らのためじゃない…お前を相手に貸し借りをするつもりはない…」

 

「ええ……同感よ。あくまで敵の敵は味方、そうでしょう…?」

 

「そうだ…お前らを助けたばかりに、鉄血と戦争だ。だから、お前らも戦ってもらうぞ」

 

「そのつもり」

 

 互いに牽制し合うように睨みあい、決して気を許さない。

 周囲の者は、いつどちらかが手を出さないか冷や冷やとしていたが杞憂に終わる。

 不穏な空気を残したまま離れる二人……そこへUMP45がいつもの含みのある笑みを浮かべてやってくる。

 

「エグゼ、助けてくれてありがとうね。ちょっと救援が遅かったみたいだけど?」

 

 からかうような態度でエグゼに近付いたUMP45は、そっと右手を差し伸べる。

 

「……なんだよこれ?」

 

「再会と感謝の握手よ? あなたのおかげで生き延びれたし、無事にグリフィンから報酬を貰えるわ。ありがとうね」

 

 エグゼは固い表情のまま、差し伸べられたUMP45の手を見つめていた……AR小隊のこともあって素直に再会を喜べないのだろう、そんな風に周囲の者は考えていたため、突然エグゼが目の前のUMP45を殴ったのを止めることが出来なかった。

 いきなり殴られたUMP45は勢いよく地面に倒れ、殴られた頬を押さえていた。

 

 

「え? あ、え…? エグゼ…? なにするの!?」

 

 

 姉を殴り倒された9は目の前の光景が信じられず、ただエグゼとUMP45を交互に見つめて慌てふためく。

 そうしている間にもエグゼは倒れたUMP45へ近寄ると、胸倉を掴み強引に引き立たせる。

 

「ちょっと何のつもりよエグゼ!? あんた自分が何をしてるのか…!」

 

「止めないで416! いいの…わたしは、殴られるようなことをしたんだから……ごめんなさいエグゼ、まず最初に言うべきことは感謝じゃなくて謝罪だったわね」

 

「UMP45、この大バカ野郎が…!」

 

 胸倉を掴んだまま、UMP45の横っ面を平手で殴る…おもいきり殴るエグゼに、9が泣きそうな声で悲鳴をあげた。

 すぐに二人を引き離そうと動こうとした時、エグゼはUMP45の身体を強く抱きしめた……突然のことにUMP45は目を見開くのだった。

 

「エグゼ…?」

 

「殴られて痛いか45…?」

 

「…うん、凄く…」

 

「死んじまったらな、この痛みも感じない……でものこされた奴はな、これよりもっと痛い傷を抱えて生きていかなきゃならないんだぞ…! お前は、オレに一生癒えない傷をつけるところだったんだ!」

 

「ごめん……でも、あなたなら絶対に助けてくれるって信じてたから…」

 

「運悪く死ぬこともありえたんだぞ! お前はオレたちの仲間だ、家族だ! どんな地獄の果てだろうと助けに行ってやるさ……だけどな……どんなに頑張っても、救えないときだってあるんだ……オレの想いを試すような真似するなよ、もっと自分の命を大事にしろよ…!」

 

「ごめんね…わたしもあなたのために、家族のために命を張りたいって思っちゃってさ」

 

「バカ…死んで家族を悲しませる奴がいるか…!」

 

「エグゼ……そうだね、そうだよね…」

 

 エグゼの熱い想いを感じたUMP45は殴られた痛みが薄れるほどの、暖かな想いが溢れてくることに気付く。

 そしてそっとエグゼの身体を抱きしめ返したUMP45はエグゼの胸に顔をうずめると、ぽかぽかとした気持ちを堪能するようにそっと目を閉じる。

 

「ただいま…エグゼ」

 

「もうどこにも行かせないぞ…! お前が帰ってくる場所はMSFなんだ…」

 

 より強く抱きしめ、抱きかかえるUMP45の後ろ髪を優しく撫でる…もう二度と手放してしまわないよう、どこにも行ってしまわないように強く、強く…。

 だが今は感動の場面をいつまでも堪能してはいられない…鉄血の脅威が迫ってきているのだ。

 

「ところで、G11はどうしたんだ…?」

 

「あいつは今偵察に出してる…大丈夫よ、ワルサーに鍛えられたくらいだもの、心配はいらないわ」

 

「不安だな」

 

「それとサプライズよ。ヘリアンには他にグリフィンの応援部隊を約束させたわ、AR小隊の救出を確認できるのが条件だけどね…M16、これについてはあなたの方から連絡をしてもらいたいんだけど?」

 

「ああいいだろう。恩義には報いるさ…さて、やられたぶんはしっかり反撃しないとな!」

 

 すぐさまM16はグリフィンへの連絡を図る。

 戦場の近辺には既に、ゴーサインを待つだけのグリフィンの部隊がいるらしく、M16からヘリアンに連絡がいけばすぐにでも部隊は駆けつけてくれるだろう。

 誰かは夢に描いたであろうMSFとグリフィンの連合部隊だ。

 

 鉄血を相手に戦い慣れたグリフィンと国境なき軍隊(MSF)の共同戦線……いざ、反撃の時だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あわわわわわ……! AR小隊がMSFに救助されちゃった…! どうすんの、どうすんのこれ!? それになんかなんか変な兵器が暴れまわってるしぃ!? ああぁ、代理人に叱られる案件だよねこれ!? というかたかが三人捕まえられないあたしらの無能さがばれちゃうー! い、言い訳を…何か代理人を納得させられる言い訳を考えておかないと! どうしようどうしよう……どうにもならないよ! はっ、そうだ…いっそ考えるのを止めることにしよう」

 

「少しは無い知恵絞って考えろこのバカッッ!」

 

「あべしっ!?」

 

 一人で発狂しているアーキテクトのあごに強烈なミドルキックを放ち黙らせるゲーガー。

 とはいえアーキテクトが発狂するのも無理はない、AR小隊には逃げられてMSFの攻撃部隊が渡河して鉄血の部隊を迎撃している…数の上では勝る鉄血だが、MSFの練度と強力な兵器の前に劣勢であり、戦場には破壊された鉄血兵が多数倒れている。

 

「ふえーん…痛いよぉ、痛いよぉ…」

 

「泣きたいのはこっちだバカ……だがマズい状況だ、考えろ…どうにか打開策を考えるんだ…」

 

 打開策を見出そうと考えるゲーガーであったが、良い案は浮かんでこない。

 もはや通信回線遮断のための電磁シールドについても懐疑的だ、MSFの戦術人形たちは通信回線を遮断したくらいでは止められない…むしろこちら側の足かせとなってしまっている。

 

「あらあら、自分の能力の無さをアーキテクトに八つ当たりしてるの? 情けないのね…?」

 

「黙れドリーマー、そう言うお前にこの状況を打破できる糸口が見つかるとも思えん」

 

「あらそう、素直に助けてくださいって泣いて懇願すれば話を聞くだけはしてあげるのにね」

 

 ドリーマーの癪に障る言い方に苛立ちをあらわにするゲーガーだ。

 そこへ、アルケミストが妙に落ち着いた様子でやってくると、いまだ泣いてる様子のアーキテクトの後ろに椅子を置いて座り込む。

 

「まったく、あんまり仲間を苛めるんじゃないよ…仮にもアーキテクトはお前の上司だ、違うか?」

 

「アルケミスト、悠長なことを言ってる場合じゃないんだぞ! それとも何か、お前には何か考えでもあるのか!? もうこの電磁シールドも役に立たないんだ!」

 

「んー? さてね、どうしようかなぁ…? アーキテクトはどうしたい?」

 

「うーん、えっとね…今すぐ全軍差し向けてぶっ潰す!」

 

「さすがアーキテクト、シンプルでよろしい。聞いたかゲーガー、お前の上司はこう言ってるぞ?」

 

「バカにするな! この役立たずどもめ…代理人は何故お前らを…! もういい、私が対処する!」

 

 プライドを傷つけられたゲーガーは怒りを隠そうともせず、アルケミストとドリーマーを睨みつけるようにしてその場を立ち去っていく。

 相方が怒って立ち去っていくのをおどおどした様子でアーキテクトは見つめていたが、不意に背後に座っていたアルケミストに頭を撫でられると、その場に座り込む。

 

「綺麗な黒髪だなアーキテクト…ちゃんと手入れしてるのかい?」

 

「いつもゲーガーにしてもらってるけど、ここ最近は…」

 

「そうか。ちょうど櫛を持ってるんだ…ほら、リラックスしなよ…」

 

 櫛をとりだしたアルケミストは、座り込むアーキテクトの黒髪を梳かす。

 この間までアルケミストを怖がっていたアーキテクトだが、ここ最近は彼女の面倒見の良さに懐き、時たまこのように甘えて見せる…それもゲーガーを苛立たせているのだが…。

 

「良かったわねアーキテクト。それで、アルケミスト…これからどうするつもりなの?」

 

「うん? どうもしない…しばらくゲーガーにやらせとけばいい」

 

「あなたのことだから、もう戦略は立てているんでしょう? 勝利につながる戦略をね…」

 

「え? え? アルケミストは勝てる見込みがあるの!? どんな作戦なの!?」

 

「フフ…アーキテクトはどんな作戦だと思う?」

 

「うーん……分からないなぁ…」

 

「分からなくていいんだよ、今はな」

 

「そういうもんなの?」

 

「そういうものさ」

 

 少しの間考えるそぶりを見せていたアーキテクトだが、すぐに考えるのを止めて、リラックスした様子でアルケミストに身を委ねる。

 

「些細な戦術的勝利をいくら重ねようとも無駄なこと……重要なのは戦略的勝利(・・・・・)だ。戦うだけが能のアホどもに教えてやろうじゃないか……戦争のやり方をね」

 

 気持ちよさそうに目を細めるアーキテクトの後ろで、アルケミストは穏やかな表情で笑みを浮かべる……ただその目には暗く禍々しい狂気の色が浮かんでいるのだった。




なんかゲーガーのアーキテクトへの当たりが強いけど…普段は仲の良いコンビなんです…。


なんだろう…アルケミストは他のハイエンドと違って"絶滅戦争"を目指しているようでならない…。

たぶん、どんな綺麗ごとも慰めの言葉も聞く耳を持たない気がする。
この人に救いはあるのか?


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憎悪の果てに到達したもの

 一度は激戦が繰り広げられていた無人地帯から抜け出したAR小隊、そして404小隊。

 MSFの援護でその防御陣地まで後退した彼女らはそこで補給を受け取ると即座に反転し、眼下で繰り広げられる鉄血との激戦へと目を向ける。

 相手取る鉄血はうんざりするほどの兵力を投入し展開する部隊を押し潰そうと躍起になっているようだが、戦況はMSFが優勢だ……信じられないが攻める鉄血が苦戦し、それを迎撃するMSFが敵の攻勢をことごとくはじき返すばかりか、月光を効率よく展開して猛攻撃を仕掛けている。

 

「さすがね…何か月も持て余した力を発散させるつもりかしら?」

 

 これにはUMP45も思わず苦笑いを浮かべる。

 いくら鉄血側の足並みがそろっていないとはいえ、数的劣勢を覆すのは並大抵のことではできないというのに。

 相手の裏をかこうと果てしなく伸びていた防御線の全てで行われる攻勢、全てにおいて優勢というわけではないが、防御線を破られた箇所は未だない。

 どこの戦闘に混ざろうか、そう思いながら戦場を見渡していると背後からけたたましい稼働音を鳴り響かせる戦車が通り過ぎていく。

 大隊長FALお抱えの戦車大隊、随伴する歩兵部隊が駆け足で戦車の両側を進む。

 

 その中の一台の戦車に乗っていたFALと目が合うと、UMP45はタイミングをみて戦車の上に駆け上がる。

 

「久しぶりねFAL。戦車長の格好もさまになってきたんじゃない?」

 

「うるさいわね。戦車なんて大嫌いよ! うるさいし、狭いし、暑苦しいし! 戦車砲で敵を木端微塵に吹っ飛ばす爽快感がなかったらとっとと戦車を降りてたわ」

 

 戦車の問題点を本気で嫌そうに語りつつ、戦車で敵を蹂躙できる魅力を嬉しそうに語るFALに対し、UMP45は何とも言えない愛想笑いを浮かべる。

 それはさておき、後方から続々と駆けつけるMSFの戦力は強大で、今更AR小隊や404小隊が参戦してもさほど戦況は左右されない……むしろそれまで孤軍奮闘していた彼女らを気遣い、FALは後方へ下がるよう言った。

 

「でも後ろで見てるわけにもいかないし…」

 

「気にするなよ45……はっきり言わせてもらうなら、塹壕にはり付かせられてた鬱憤を晴らすいい機会をとらないでくれってことだよ」

 

 食い下がるUMP45を諭すのはマシンガン・キッドだ。

 その傍らに自身の銃を重たそうに抱えるネゲヴがおり、かわいらしい笑顔を浮かべて小隊の面々に小さく手を振っている。

 

「エグゼの指示だ、お前らは一先ず後方に下がりな。頭では疲れてなさそうに思えても、身体は休息を求めている…だとよ。AR小隊の皆さんも同じだぜ」

 

「しかし、助けてもらいっぱなしも我々としてはだな…SOPⅡのこともあるし」

 

「あんたM16と言ったな。気持ちは嬉しいが、それだけで十分だ。それに、あんたらに頼らずともあんたらのお仲間が助けに来てくれたみたいだぜ?」

 

 キッドの言葉の意味が分からずにいたM16であったが、彼に後方を指差され、そちらを見る。

 

 低高度を飛行してきた数機のヘリコプター、上空にはさらに編隊を組んだヘリが大きく弧をえがきながら高度を下げている。 

 MSFの陣地に着陸したヘリから降り立つグリフィンの戦術人形たち。

 

「M16、無事だったようね!」

 

「FN小隊、まさか君らが来てくれるとはな!」

 

 増援として真っ先に駆けつけたのは、グリフィン所属のFN小隊だ。

 リーダーをつとめるのはFALであり、隊員にはFNC、Five-seven、FN49ら優秀な隊員がいる…とりわけリーダーをつとめるFALはキレ者という話だ。

 

 さて、駆けつけたFN小隊だが、戦車の砲塔でイライラした様子のMSF所属のFALを見るや驚き目を丸くする。

 

「あら、MSFにわたしがいるわ」

 

「うっさいわね、わたしがどこに居ようが勝手でしょ?」

 

 この場にFALが二人いるという珍現象が起きているが、グリフィン側のFALのダミーリンクも混ぜればこの場に6体ものFALがいることになる……まあ、妙に小奇麗な方がグリフィンで、戦車の上でグリスまみれになっているガラが悪い方がMSFのFALということで見分けられる。

 

「初めましてだなグリフィンのみんな。グリフィンのFALはウェディングドレス着て仲間と殺しあいをしなそうで助かったよ」

 

「え? なにそれ、怖い……MSFのわたしとは関わらない方が良さそうね」

 

「キッド、余計なこと言わないで! まあいいわ、わたしらはもう行くからね!」

 

 それ以上自分と同一の人形と関わることを止めて、MSF側のFALは戦車の内部へ姿を消して戦場へと向かっていった。

 

「それはともかくとして…私たちは現地についたらAR小隊の指示に従えって言われたんだけど?」

 

「MSFが指示するわけにもいかないだろう。M4、あんたがAR小隊のリーダーだったな…増援の部隊はあんたに任せるよ。もしよかったらでいいが、直接的じゃなくてもエグゼと協力して欲しい……お互いの遺恨はさっぱり忘れてな」

 

「ええ、分かってます。邪魔をするつもりはありません」

 

「M4、あんたの気持ちはなんとなく理解できる。だがMSFも悪いやつばかりじゃないさ…オレみたいな最高にいい奴もいる」

 

「キッド兄さん、それ自分で言うかな? ま、キッド兄さんはマシンガンバカだけどいい奴よ」

 

「フォローありがとよネゲヴ。そういうわけで、オレたちもいくぞ。言っとくが、グリフィンの部隊に獲物を残しとくほど優しいと思うなよ!」

 

「ばいばーい、グリフィンのにんぎょうさん!」

 

 後続の戦車の上へと乗り込んだ二人をM4は見送ると、踵を返して振り返る。

 終結したグリフィンの部隊は電磁シールドの影響で、部隊を指揮する指揮官の指示を受けることは出来ない…今この場で彼女らを統率することが出来るのはAR小隊のM4ただ一人。

 

「M4、みんな指示を待っているぞ」

 

「えぇ…分かってます」

 

 M4は一度目を閉じて深呼吸を繰り返す。

 MSFに手を貸すことに疑問はいまだ残っている…だが助けられたことも事実だ。

 恩を仇で返すような汚い真似はするべきじゃない、MSFは仲間ではなく一時的に協力するだけ…M4はそう自分に言い聞かせると、意識を自分が今ここで果たすべき役割に向けた。

 自身を見つめる大勢の戦術人形を見渡す彼女に、迷いは無くなっていた。

 

「皆さん、これより私たちはMSFと共同戦線を張ります。私たちが過去経験したことのない大規模な戦闘です、MSFの部隊との連携は不可欠でしょう。既にお気づきの通り、この戦場は鉄血の電磁シールドにより通信回線が遮断されています…不慣れな連携となりますが、私と姉さんが全力でバックアップするつもりです! どうか皆さんの力を貸してください!」

 

 高らかに宣言したM4の堂々とした姿に、先頭にいたFALは感心するように笑みを浮かべる。

 次の瞬間、グリフィンの戦術人形たちが一斉に雄たけびをあげた…それはM4に自分たちの運命を預けるという確かな意思表示だ。

 その場には誰も怯えた者などいない。

 勇壮な彼女たちの姿につい圧倒されそうになったM4であったが、部隊を指揮する者として情けない姿を見せず、胸をはって応えて見せる。

 

「よくやったなM4、お前は私の自慢の妹だよ」

 

「自分の役割は果たすつもりです…ですがそれには姉さん、あなたの協力が必要不可欠です」

 

「もちろんだM4、私が全力でサポートするさ」

 

 二人は微笑みを浮かべ合い、互いが互いを支え合いこの戦場を戦い抜く決意を決める。

 

 そんな時、空を切る音が鳴ったかと思えばたった今彼女たちのすぐそばを通り抜けていった戦車が爆発を起こし炎上した。

 鉄血の砲撃は電磁シールドのせいで精密な砲撃をできないでいたが、徐々にだが戦術を変更しているのかその精度は上がっている。

 すかさずM4は戦況を見極めると、MSFの部隊が薄い戦線へとグリフィンの戦術人形を派遣する。

 指示を受けた部隊はすぐさま行動に移すと、激しい銃撃と砲撃を躱しながら前線へと進む。

 

「姉さん、部隊への指示はこれで終わりました、後は!」

 

「ちょっと待てM4……あれは…?」

 

 ふと戦場を見下ろしたM16が見つけたのは、息も絶え絶えに丘を駆け上がってくるG11の姿だ。

 鉄血に向けて進撃するMSF・グリフィンの連合部隊と逆行する形のG11をそのまま見ていると、最後に彼女は塹壕に転がり込むようにして入ると、大の字で寝ころぶのだった。

 

「やあG11、偵察お疲れ。なんか飲む?」

 

「ハァ…ハァ……! じゃ、じゃあ……冷たいマテ茶を…」

 

「それはないけど、普通の水ならあるよ」

 

「ありがと9………って、飲んでる場合かーーーッ!!」

 

 水の入った水筒を投げ返したG11はむくりと起き上がると、UMP45に向かって何やらわけのわからないことを言いだす…よっぽど焦っているのだろう、何を言っているのかさっぱり聞き取ることが出来ない。

 それを416が一発尻を蹴り上げてやると、ショックのおかげか落ち着くのだった…。

 

「で、偵察してなんか見つけたの? 敵のボスの正体とか掴めたの?」

 

「それは分からないけど…」

 

「チッ…じゃあ何しに偵察出てたのよこの役立たず」

 

「ヤバいの見つけたんだよ! 本当だってば! 今すぐエグゼに報告しないと……! みんな殺されちゃうよ!」

 

 G11の動揺は決して演技などではない。

 それを察した416はUMP45と顔を見合わせると、すぐさまG11の襟を引っ張り司令部へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開戦から数時間後、全ての戦線で優勢を保つMSF及びグリフィンの連合部隊。

 優秀な歩兵部隊と、戦車及び月光の攻撃力によって敵の攻勢を阻み、火力面で圧倒…既に部隊の多くが渡河に成功し、AR小隊が身を潜めていた廃墟まで侵攻を成功させている。

 司令部が置かれているテントには、絶えず兵士たちが出入りを行い、届けられた報告から戦況を分析し作戦を取り決める。

 電磁シールドで通信回線が遮断された現状、唯一遠方と連絡の取れる有線式の電話が常にその音を鳴らしている。

 

 

「報告します、FAL大隊長率いる戦車部隊が鉄血の防衛線を突破しました!」

 

「よっしゃ、その突破口に部隊を集中させて押し広げて!」

 

 

 届けられた報告のうち、即座に判断できるものはすぐに新たな指示を出して対応させる。

 あんなに嫌がりながらも熱心に戦車部隊の訓練を怠らなかったFALの戦車部隊は、戦車の存在を時代遅れにさせるとも言われる月光に対し、決して遅れをとることは無かった。

 戦車の突破力を活かした戦術もよく学習し、戦車単体での独りよがりになりはしない…その頼もしさにスコーピオンは戦況を見極めつつ笑みを浮かべていた。

 

 

「いける…数であたしらは負けているけど、この戦い勝てる! スプリングフィールド、そっちの準備は大丈夫?」

 

「ええ、もちろんです! 部隊のみんなも準備万端です!」

 

「よし…! 見てなよ鉄血のアホどもめ……! ところでわーちゃん、あんたはどうするつもりなの?」

 

 

 ふと、思いだしたようにスコーピオンはWA2000へと振り返る。

 統率する部隊のいないFOXHOUNDである彼女は司令部に届けられる報告を片っ端から読み漁り、情報を吟味しているようだが、どこか納得のいかない様子。

 そしてそれは、同じ司令部にいる連隊長エグゼも同じであった…。

 

 

「二人とも、どうしたんだよ…せっかく戦況はあたしら有利になってるってのに…何か心配事でもあるの?」

 

「いいえ、何もないわ…本当よ。でも言うならば、こんなに攻勢がうまく行き過ぎていることが心配だわ」

 

「わーちゃん……だけど、あたしら勝ってるんだよ? いや、不安になる気持ちはわかるけどさ…」

 

「いや、おかしいだろ? 相手はあのアルケミストだぞ? こんな簡単に攻撃が上手く行くはずがねえんだ……スコーピオン、お前も会って分かってるだろう、あいつのヤバさがよ」

 

 

 見えない脅威を警戒する二人に困惑するスコーピオンだが、こう言った場面で間違った行動を起こす二人ではない。

 スコーピオンも決して油断をしているわけではないが、過度に慎重になり過ぎれば攻撃の機会を無くしてしまうという考えがある…とはいえ、戦術を考えることはエグゼの方が上であることは自覚しているので、無理に意見を押し通すことは無い。

 

 

「みんな、どんな些細なことでもいい……オレは何か見落としていないか? どこか穴はないか? どんなことだっていいんだ、何か気付いたことがあるなら言ってくれ…!」

 

 

 そうは言うが、気付いたことなどは既に報告としてあげられている。

 突発的に始まった戦闘であるので情報不足なところもあるが、戦闘が進むにつれて敵の編成や規模なども分かってきている。

 だが気付いたことではなく、疑問に思うことなら確かにある。

 

 

「しいて言うのなら……鉄血はどうして今だ電磁シールドを展開したままなのでしょうか? はっきり言って、もう何の意味もなしていませんが…」

 

「電磁シールドはその名が示す通り、電磁の障壁でエリアを囲い内部と外部の連絡手段を絶つもの…通信回線による連携に頼る私たち戦術人形にとって有効な兵器ではあるけれど、私たちはそれを見越して有線通信を敷設していた」

 

「あぁ、鉄血がよく使う戦法だ…だからそれを見越して通信線を張っておいたんだ。ここまではいい、問題なのは奴らの狙いが分からないことだ」

 

「まったくの謎だわ……むしろもう電磁シールドは、鉄血にとって邪魔でしかないはずなのに。でももしも、奴らの狙いが単なる通信の遮断が目的じゃないとしたら…?」

 

「どういう意味なの、わーちゃん?」

 

 

 

 スコーピオンが疑問を浮かべた時、司令部へと404小隊のメンバーが駆けこんでくる。

 先頭には偵察に出ていたというG11の姿がある。

 

 

「ほら報告しなさいG11、あんた一体何を見つけたの?」

 

「う、うん…! エグゼ、今すぐ全部隊を撤退させないと!」

 

 

 G11の言葉はエグゼ含め全員が予想もしていなかったことだった。

 戦いに勝っている状況で何故撤退しなければいけないのか、そう疑問をぶつける前にG11は必死の表情で叫ぶ。

 

 

「鉄血の大軍勢を見たんだ…今展開している部隊なんか比較にならないくらいのだ! 1万とか2万とか、そんな規模じゃないよ! すぐそこまで来てる…潰されちゃうよ!」

 

「な…何だって…!? ちょっと待ってよ、鉄血はどれだけいるのさ!? そんな大部隊が近付いてきていたら気付くは…ず…!」

 

 そこまで言って、スコーピオンを含めたその場にいた全員が鉄血の策略に気付く…どうして気付かなかったのか、考えればわかるはずだというのに気付けなかった愚かさにWA2000は拳を机に叩き付けた。

 

「まさかアルケミスト…やる気なのか? アレを完成させたのか…?」

 

「アレって? エグゼ、アレってなんなのさ!? なんかヤバい兵器でも造ってたの!?」

 

「違う……アルケミストは熱心に研究してた事がある、アイツはそれを全ての戦術の最適解って言っていた! だとしたら、まずいぞ……今すぐ、全部隊を後退させろ!」

 

「う、うん、分かったよ…!」

 

 撤退命令は即座に指示されるが、勢いに乗ってしまった部隊を引き止めるのは困難なことだ。

 おまけに電磁シールドのおかげで渡河した部隊に対し迅速な連絡をとることもできない……これすらも狙っての行動なのか、恐れていた事態にエグゼの頭は真っ白になっていく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? あれれ? MSFとグリフィンの部隊が止まったよ!?」

 

 丘の上から戦場を見下ろしていたアーキテクトは、進撃を止めて混乱した様子のMSF・グリフィン連合部隊を不思議そうに見下ろす…考えていても仕方がないのですぐに指揮所へとんで帰ると、既にそこにはゲーガーの姿がある。

 

「アルケミスト! なんか敵の動きが止まったんだけど!? どうしたらいいの、部隊を下がらせて休ませるの!?」

 

「フッ……あいつらも気付いたようだね。だがもう遅い、何もかも遅いんだよ……喜べ二人とも、あたしらの勝ちだ」

 

「どういうことだアルケミスト? 敵はただ動きを止めただけだ、対して我々は大損害を被ったんだぞ?」

 

「もう勝ちだよ、決まったことなんだよ。そろそろ種明かしといこうじゃないか……電磁シールドを解除せよ」

 

 部下にそう指示を飛ばすと、長く戦場を包み込んでいた電磁シールドが解かれる。

 これで外部との通信回線も回復しそれまで苦境に立たされていた鉄血も自由に通信を行えるが、それは相手も同じこと…だがゲーガーが気付いたのはそれとは別なことだ。

 自軍の布陣を移すモニターに、電磁シールドの解除と共に映し出される無数の信号…それは自分たちのすぐ後方に圧倒的数で示されている。

 

「これは…こんな膨大な部隊をどうやって……まさか!」

 

「そのまさかさ。電磁シールドは通信回線の遮断が目的じゃない、本当の目的はこの大部隊を敵に悟られず戦場のすぐそばに展開させることだ……作戦の第一段階は達成した。奴らは部隊の展開に気付かず、後方の予備部隊とグリフィンの部隊を引きだすことに成功した。これより作戦を第二段階にすすめる、今作戦の要は敵戦力の徹底的な破壊にある」

 

 呆気にとられるゲーガーへと歩み寄ると、アルケミストは穏やかな笑みを浮かべてその頬を優しく撫でる。

 

「情報の秘匿が重要だったから、お前には迷惑をかけたな…謝っておくよ。お前の部隊の損害も、敵を引きずりだすための必要な犠牲だった」

 

「そ、そうか…では、これからお前の攻撃が始まるんだな? 是非、作戦を聞かせてくれ」

 

「いいとも」

 

 にこりと笑ったアルケミストはモニターを操作し、この地域の地形マップに切り替える。

 そこに大まかな敵と味方の布陣が表示される。

 

「MSFは長大な距離の防御線を張っているが、そのすべてに攻撃を仕掛ける。さらにその後方の防衛線、そして補給部隊及び砲兵部隊までも破壊する。その要となるのが、ジュピターを含む重砲の密度だ。圧倒的火力支援で敵の防御を粉砕して行動を制限させ、強力な装甲部隊を浸透させる……広正面突破、全縦深同時攻撃を仕掛ける」

 

「待て、そんな大規模な攻勢…正規軍ですらできはしないぞ!?」

 

「出来るんだよ、敵の後方に降下部隊を布陣させて予備戦力を麻痺させる。攻勢を行う第一梯団が疲弊したら第二梯団が攻勢を代わる……そして奴らが築いた防衛線を突破し、一気に全てを制圧する…そうだ、全てを破壊しつくすまで進撃は停まらない」

 

 アルケミストの目標は目の前のMSFだけにとどまらない。

 彼女はそのはるか先、MSFが守ろうとしていた後方の市街地及び工場地帯の制圧までも一つの戦略として組み込んでいる…こんな作戦を行う者など見たことは無い、ゲーガーはただただ圧倒されるばかりか、アルケミストの瞳に宿るどす黒い感情に萎縮する。

 アルケミストが抱く感情は敵対する者への果てしない憎悪だ。

 

「ゲーガー、あたしは人間とそれに与するクズ共が憎い、一人として生かすつもりはない。戦争という手段で連中を絶滅させるために、あたしがほとんどの労力をつぎ込んだ戦略だ……お前もじっくりと堪能してくれ、奴らの惨めな人生に終止符が打たれる様をね…」

 

「あ、あぁ…」

 

「ふふふ……素敵ねアルケミスト、言葉で奴らを絶望に追い込むのも好きだけど……純粋な力で叩き潰すのも素敵よね」

 

 ゲーガーとは対照的に、ドリーマーは狂気じみた笑みを浮かべて喜んだ。

 いまだ事情が分かっていないアーキテクトであったが、ひとまず二人の狂気に気圧されているゲーガーをそっと支える。

 

「争いは対等な立場でないと成立しないというが、言い得て妙だな。これから行うのは一方的な殺戮の時間だ、待たせたね諸君……これより、縦深戦略理論に基づき攻勢を開始する……アイアンストーム(鉄の暴風)作戦、始動…」




アルケミストが戦争という手段で敵を絶滅させるために編み出したもの…。
それは100年以上前、欧州をのみ込み世界を二分した赤き帝国が誇っていた戦略

アルケミストの果てしない憎悪の下で育まれた鋼鉄の兵団がついに、牙を剥く



次回、鋼鉄の嵐が吹き荒れる


※次回からの推奨BGM置いときます
https://m.youtube.com/watch?v=gfW1bkPI8Kc


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鉄の暴風

 前線に立つFN小隊のFALが見たのは、鉄血が陣地を構成する丘から姿を見せた無数の装甲人形の姿であった。

 表面を黒く塗装された装甲人形の群れが塹壕を越え、暗雲が立ち込めるかのように地表を黒く埋めていく…装甲人形の視覚センサーが妖しく揺らめき、無数の赤い眼光が光る軍勢の姿は、まるで地獄の底から這い出て来た魑魅魍魎のようだ。

 戦況の変化を瞬時に悟ったFALはいつの間にか正常になった通信回線に気付き、すぐさま仲間たちに警鐘を鳴らそうとしたが、百鬼夜行の登場を奏でるかのような猛烈な轟音に阻止される。

 

 砲撃が、全ての戦線に展開する部隊の頭上へと落とされる。

 まるでそれまで鉄血が見せていた砲撃が子どものお遊びであるかのような、圧倒的砲撃だ。

 砲弾の炸裂で巻き上げられる砂塵、炸裂と共にまき散らされる破片、砲弾の炸裂がもたらす純粋な衝撃…それらの砲撃が狭い密度で放たれるのだ、どこにも逃げ場はない。

 MSFの人形も、グリフィンの人形もいまだかつて経験したことのない衝撃…予期せぬ砲声により、完全に聴覚を失ったものもいた。

 凄まじい砲撃の中を、誰もまともに立っていられることもできず、FN小隊のリーダーをつとめるFALでさえも頭を抱えその場にうずくまること以外出来ずにいた。

 

 砲撃の轟音と衝撃が、絶えず前線で戦う人形たちを襲う。

 そんな砲撃の音がピタリとやみ、後方に撃ちこまれている以外の音は聞こえない……だが再び顔をあげた彼女たちが見たのは砲撃よりももっと恐ろしい、魑魅魍魎共の群れであった。

 砲撃で動きが抑制されている間に鉄血の装甲人形が前線の部隊へ接近していたのだ。

 敵兵の接近にすぐさま迎撃の構えを取ろうとするが、敵の先制の方が遥かに早かった……先頭を進む装甲人形から火炎が放たれると、運悪く目の前にいた戦術人形は一瞬で炎に包まれる。

 炎が生体パーツを焼き尽くす嫌な匂いが広がり、焼かれた人形たちの悲痛な叫び声が響き渡るが、すぐに撃ち殺されて悲鳴は止む。

 

「撤退……撤退よ!」

 

 FALは目の前の恐ろしい光景に萎縮しながらも、リーダーとして果たすべき使命を全うする。

 リーダーの指示を聞いたFN小隊の面々は即座にその場から退避するが、小隊のリーダーを最初に失った部隊はあまりにも悲惨だ。

 小隊を率いる隊長格を失った戦術人形たちは命令系統の乱れに動揺し、その少しの乱れが対応を遅くさせ、接近してきた装甲人形たちの無慈悲な暴力に晒される。

 

 火炎放射器で焼き殺され、至近距離から撃ち殺され、鈍器で撲殺される。

 機械の力で統制される装甲人形は、一切の情もなく無慈悲に目の前の戦術人形たちを破壊していく。

 一度後方に退いた部隊は反転し、攻撃を受ける仲間たちへ援護を行うが、堅牢な装甲を持つ装甲人形"Aegis"に対し貫通力のない弾丸はことごとく弾かれる。

 FN小隊所属のFN49が徹甲弾を装填し、今まさに目の前の人形を殺そうとする装甲人形Aegisの胸部を狙い引き金を撃つが…。

 

「えぇ!? 弾いた!?」

 

 対装甲兵器用の徹甲弾を受けたAegisであったが、射撃を胸部に受けて一瞬衝撃で動きを止めたのみで、すぐさま銃口を目の前の人形の身体に押し付け零距離射撃で射殺した。

 FN49のような現象は、あちらこちらで見受けられる。

 徹甲弾を装備した人形たちの攻撃をAegisは物ともせず、真正面から受けきった上で反撃する……通用するのは諦めずに装甲の耐久を超えて撃ち続けた場合や、大口径のライフル弾を受けた場合に限る。

 だがそれらで倒せるのは全体のほんの一部分であり、鉄血側からすればかすり傷にもならない損害だ。

 

「逃げるわよみんな! なんとか、なんとか川を…越えて…!」

 

 鉄血を追い立てるために渡河した川が、今は障害となって撤退する部隊に立ちはだかるのだ。

 流れが早く場所によっては肩まで沈む深さのある川を渡るのは容易なことではない。

 川を渡ろうとする者のほとんどは鉄血に狙われるか、飛んできた砲弾によって身体を引きちぎられていく。

 ならば背水の陣を敷き迎え撃つか…だが丘から続々と現れてくる鉄血の最後尾は未だ見えず、今や地表を埋め尽くすほどの大軍が怒涛の津波のように押し寄せる。

 逃げる最中に死ぬか、戦って死ぬか。

 かつてない危機に混乱する彼女たちの前に、最初の砲撃を生き延びた戦車隊と月光が盾となって立ちはだかった。

 

「グリフィンのFAL、今のうちに川を渡って!」

 

「恩に着るよMSFのFAL!」

 

 MSFの戦車大隊を率いるFALが乗っていた戦車は履帯が破壊されて身動きが取れないようだが、まだ砲塔を動かし迫りくる敵部隊を、その火力で吹き飛ばす。

 戦車の滑腔砲から放たれる砲弾は、先頭を歩くAegisに直撃すると、その背後追従する個体までもを巻き込み粉砕する。

 

「次発装填! ファイヤッ!」

 

 訓練された戦車兵が素早く砲弾を装填、固まるAegisの集団を吹きとばした。

 それでも、仲間の残骸を踏み越えて鉄血の装甲人形は次から次へと殺到し、次第に履帯を切られたFALの戦車を追い詰めていく。

 

「堅いだけの能無しどもめ! 次発、キャニスター弾装填よ!」

 

「了解、キャニスター弾装填します!」

 

 対人用砲弾キャニスター弾、対装甲人形様に内部の散弾を少なくする代わりに一つ一つを大きくし威力をあげたもの。

 近距離まで接近してきていたAegisの集団へ向けて放たれたキャニスター弾は内部の散弾をまき散らし、正面のAegisらを撃破した。

 Aegisの強固な装甲はばら撒かれた散弾によって打ち砕かれ、仕留めずとも四肢が千切れ飛びその戦闘能力を大きく奪う。

 

「次発装填…!」

 

 だが、どれだけFALが目の前の敵を倒そうとも、一発の砲弾で数十人は倒せたとしても、それは全体に対し1%にも満たない損害……例え目の前の敵をなんとか迎撃できたとしても、両側から敵は包囲網を縮めてくるだろう。

 押し寄せる鉄血の軍勢を前にして、FALは悔しさに唇を噛み締めると、車内の戦車兵へと命じる…。

 

「みんな、ご苦労だったわね……もう、十分よ」

 

「大隊長…! しかし…!」

 

「戦車は惜しいけれど、何よりも生き抜くことが大事よ! 例え今日戦車が全て破壊されたとしても、私たちが生きてさえすればいくらでも大隊は甦るわ!」

 

「了解です…大隊長…!」

 

 惜しみながらも、戦車兵たちは敵がまだ来ないうちに戦車から脱出すると、月光の一機へとしがみつく。

 

「世話になったわ…今まで守ってくれて、ありがとうね…」

 

 FALは最後に一度、乗っていた戦車の砲身を撫でて自爆のための爆薬を車内へとセットした。

 大隊長就任以来付き合いの長い戦車へ別れを告げたFALもまた、月光の頭へと乗ると、その場を離脱する…。

 反撃を受けなくなった鉄血の部隊は悠々と前進するとともに戦車をのみ込んでいく…。

 対岸へ避難したFALは何度も振りかえりそうになる気持ちをこらえ、戦車に仕掛けた爆薬を起爆させるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「報告します…! FAL大隊長率いる戦車大隊が交戦の末敗走しました……なお、大隊長含め多くが戦線からの離脱には成功しました」

 

「ああ分かった、ご苦労」

 

 鉄血が大攻勢を仕掛けて以来、司令部にもたらされるのは戦況の悪化を伝える報告ばかりである。

 唯一救いであるのが、たった今もたらされたFALたち戦車部隊の兵士の多くが撤退に成功できたことだろう。

 現時点ではなんとか川を防衛ラインとしてなんとか食い止めているが、いつまでも持つわけではない…数と火力で圧倒する鉄血が渡河して押し寄せてくるのも時間の問題だ。

 

「エグゼ、敵の攻勢は止まる気配がないぞ…! 我々は全ての戦線で苦境に立たされている!」

 

「MG5、どれくらい持ちこたえられそうなの?」

 

「敷かれた防衛線を最大限に活かしたとしても、もっていいとこ一日だろう……既に第三の防衛拠点までもが敵の砲撃に晒されている、各隊との連携もままならず、既に砲弾や弾薬の消費量も想定をはるかに超えている」

 

 鉄血の攻勢はMSFとグリフィンが展開させた部隊すべてに対して行われている。

 素人が見ればただの数のごり押しに見えるが、シンプルかつ有効な手段であるのだ。

 アルケミストは圧倒的火力をもって部隊を拘束し、作戦行動を阻み、装甲部隊を斬り込みとして歩兵部隊を浸透させてくる。

 

「敵が川を渡るのも時間の問題だ…川を渡りきられたら我々はもうお終いだ、鉄の暴風を止める術はない…! エグゼ、敗北することで奴らに殺されるのは我々だけではないのだ……我々の後方には、今だ町に残る数万の住民がいるんだぞ?」

 

「分かっているさMG5……」

 

 その時、今までの砲撃とは違う衝撃が司令部にいた彼女たちの足元を揺らす。

 何事かと外に飛び出したスコーピオンが見たのは、上空を飛んでいく鈍く光る銀色の大きな鳥……それが数機編隊を組み、空を切る音を響かせながら飛行していた。

 

「無人攻撃機…! あんなの、正規軍が使うような奴じゃないか…!」

 

 先ほどの衝撃は、無人機による爆撃だった。

 ジュピターは強力だが砲の限界として、丘や山の向こう側などの目標を狙うのが苦手だ。

 それを補う無人機による精密な爆撃と、上空からの偵察によってジュピターの着弾地点をコントロールするのが目的だろう。

 いよいよ追い込まれた立場のMSF、たとえどんな選択をするにしてももう迷っている時間などなかった。

 その場にいた全員の視線がエグゼとスコーピオンに集まる……404小隊も、AR小隊もそれは同じであった…。

 

 

「みんな聞いてくれ」

 

 

 少しの間を置いたあと、エグゼは再度全員の視線を集める。

 

 

「このままここに踏みとどまり抗戦することはもはや限界であり、自殺行為だ……オレたちは町まで撤退する。だが町に逃げたとしても奴らは停まることなくオレたちをのみ込もうとするだろう……そしてそこには、この戦争には何の関係もない人々がいる。彼らをできるだけ退避させないといけない……それは、オレたちが果たさなきゃならない責務だ」

 

「そのためには敵の攻勢を足止めする部隊が必要だな……引き受けよう」

 

 

 敵の足止めを名乗り出たMG5に周囲は目を見開き驚くが、足止めを行うことに対し疑問を浮かべる者はいなかった…全員が、誰かの犠牲なくして撤退できると思っていなかったのだ。

 

 

「MG5、頼む」

 

「引き受けた…」

 

「勘違いするなよ……死ぬことは許されない。オレたちが生きてここを脱出した後、連隊の再建にお前の力が必要なんだ…なによりMSFの未来にお前が必要なんだ。それを忘れるな」

 

「分かっているさ……」

 

「敵の無人攻撃機が現れた以上、対空戦力のないSAAの砲兵大隊も撤退せざるを得ない…稼働する月光は全てお前に預ける、他に志願する者もいれば使っていい。だから、何がなんでも生きて戻ってこい、いいな!」

 

「私の誇りにかけて誓おう…必ず生きて帰る」

 

 エグゼが志願者を残そうとした時、MG5の傍に真っ先に駆けつけたのはキャリコだ。

 それからVector、戦場から生還したFAL、そしてネゲヴが名乗り出る……みんな、ジャンクヤードから仲間になった者たちだ。

 

「キッド兄さん、もちろんあなたも足止め組よね?」

 

「うん? オレもか?」

 

「当たり前でしょう!? それともなに、このわたしを置いてアンタはさっさと後方に撤退するって言うの!?」

 

「あー分かった分かった……いいだろう、やってやるさ」

 

 ネゲヴに道連れにされた感がぬぐえないキッドであるが、どこか嬉しそうだ。

 この状況で妙にノリノリなキッドに呆れたようにネゲヴはため息をこぼすと、彼の胸倉を掴んで引き寄せる。

 

「あんた、あたしがあんたを引き止める理由…全然分かってないでしょ」

 

「オレ様の戦力を当てにする以外、なにか理由でも?」

 

「朴念仁……まあいいわ……帰ったらあんたに言いたいことがあるの、ちゃんと生きて帰って聞いてもらうわ……だからあたしを……あたしがアンタを守ってやるからその…」

 

「おう、お前の背中はオレが守ってやる。オレの背中はネゲヴ、お前に任せたぜ」

 

「あっ…もう……ここまでやってなんで気付いてくれないのよ…!」

 

 頬を膨らませて睨むネゲヴに、キッドは何が何だか分からず笑うのみ。

 緊迫した場面において二人のそんなやり取りが、いくらかみんなの緊張感を和らげる。

 

 そんな時、どこからか現われた装甲人形に対し咄嗟に銃を構える人形たちであったが、その見覚えのある姿にUMP45が手を挙げて制する。

 

 

「おぉ! やはり、やはり我らの麗しき45姉はここに降臨なされていた!」

「USA!USA!USA!」

「犬も歩けばUMP姉妹に当たる…45姉、我らは貴女の犬です、忠実なる犬です! その美しくしなやかな足で踏んでください!」

「おのれ紛い物の鉄くず集団どもめ! 45姉にあだなす不届き者は、我らUMP姉妹の使徒の会が神罰を下す!」

「星条旗よ永遠に、45姉の貧乳こそが至上! 巨乳死すべし!」

 

 

「あんたらどっから湧いてきたのよ…あと最後の奴、後で殺す」

 

 

「おー! 45姉の生声きたーーーっ!」

「何か月も待った甲斐があったというもの…我が生涯に一片の悔いなし」

「神に感謝…あ、45姉が神だった」

 

 

 登場して早々、好き放題騒ぎ散らす米国製装甲人形たち…いわゆるUSA分隊、またはUMP親衛隊の愉快な仲間たち。

 この状況で関わりたくないと言わんばかりにUMP45は立ち去ろうとするが、装甲人形の一機が彼女の前に跪く。

 

 

「45神よ、古き誓いに応じてこの力、貴女様のために振るいましょう…我ら星条旗に一度は忠誠を誓った身ではありますが、真に忠を尽くすのは貴女様のみ…ご命令を45姉…敵は何処でありましょうか?」

 

「まったく…いいわ、そんなに使われたいのならぼろ雑巾のように使ってやるわ。命令よあなたたち、私の仲間を守って!」

 

「了解……! 総員、45姉に敬礼ッ!」

 

 その声に、装甲人形たちは一糸乱れぬ動きでUMP45へ敬礼を向けた。

 いつも見るようなおちゃらけた姿ではなく、アメリカ軍人の誇りを見せつけるかのような威風堂々とした姿にUMP45はおもわず圧倒された。

 

「我ら第一機甲師団装甲人形、今より敵と交戦する! アメリカ陸軍史上最も歴史ある師団として、その名に恥じぬ戦をしようではないか!」

「応ッ!」

「副官よ、星条旗を掲げよ! 高々と、誇り高く! 正義は我らにあり! 征くぞ、進撃開始ッ!」

 

 掲げられる旗は相変わらず勘違いが治らないのか星条旗ではなく、南軍旗だが、誇り高く行進する彼らの雄姿は劣勢で落ち込んだ人形たちを勇気づけてくれる。

 愛国賛歌を口ずさみながら戦場へと向かっていくUSA分隊に、UMP45は疲れたようにため息をこぼす…ふと目に入ったM4がくすくすと笑っているのを見ると、UMP45はひどく気分を悪くする。

 

 

「なによ…どうせ笑うならもっと豪快に笑いなさいよ」

 

「面白い装甲人形ですね」

 

「面倒なだけよ……ま、これがMSFよ。単なる戦闘集団じゃないの、少しは見直したんじゃない?」

 

「そんなこと…ありません」

 

 咄嗟に笑みを消したM4であるが、少しづつ彼女の心境も変化している。

 町の住人の安否を気にかけるエグゼの姿も、きっと彼女がMSFに抱く感情になにかしらの影響を与えたことだろう…AR小隊を助けたことは無駄じゃない、それが分かれば気持ちも軽くなるというものだ。

 

 

 

「頼んだぜみんな…できるだけ多くの住人を逃がすために、時間を稼いでくれ」

 

「ああ分かった。エグゼ、アルケミストはまだ何か手を残しているはずだ…気をつけるんだぞ」

 

 

 エグゼとMG5は再び生きて逢うことを約束するかのように、握手を交わす。

 

 撤退、それは連隊編成以来初めて経験する敗北であったが退却する彼女たちに悲壮感はない。

 

 だが彼女たちは後に知る…。

 地獄はまだ顔を覗かせたばかり、悲劇はまだ続く…。




いよいよ末期になってきました…。


※作中で登場した鉄血の兵器の捕捉

・Aegis MkⅡ
元々鉄血が運用していた装甲人形Aegisを、アルケミストとデストロイヤーがアメリカから持ち帰った技術を元に改良したもの。
特殊合金による防御力の向上を図りつつ重量と生産性を維持、機動性を損なわずに戦闘力をあげることに成功している。
アルケミストの意思で黒のペイントで統一されている。
武装は近接武器だけでなく、銃器を用いるようになり、アタッチメントによって迫撃砲や小型ミサイルを搭載可能。

・無人攻撃機 プレデターⅡ
アルケミストとデストロイヤーがアメリカから持ち帰った技術を元に造り上げた、対地攻撃・偵察可能な無人航空機。
精密誘導爆弾やミサイルを搭載可能なほか、対地攻撃能力を除去した戦闘機にも応用可能。


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アルケミストの怨念

「MSFめ、撤退するつもりか。アルケミスト、あいつらを追撃するんだろう?」

 

「さあさあ始まったよ! お待ちかねのボーナスステージ!」

 

 両手をあげて喜んでいるアーキテクトは放っておくとして、長く戦えない鬱憤を貯め込み続けていたゲーガーは持て余した破壊衝動を発散させる機会を、今か今かと待ち続けていた。

 この戦場に最初にやって来たのはゲーガーとアーキテクトであるが、アルケミストが展開する部隊の全権を握っていることに二人はもう文句を言うこともない…これほどの大規模な作戦を行う権限も能力もない二人は、アルケミストを一人の優秀な指揮官として認めていたのだ。

 

「あたしらの勝利はもう揺るぎ無い…例え私が倒されようとも、一度命令を受けた軍団は止まらない。後はどれだけクズ共を殺し尽くせるかだ」

 

 腰掛けていたアルケミストは立ち上がり、右目を…眼帯の上から手のひらで覆う。

 疼く古傷の痛みに彼女は一瞬眉間にしわを寄せるが、すぐにその表情は元に戻る。

 

「お前も戦場に出るのか?」

 

「あたしがここでやれることはもう全部やったさ、言っただろう…後は蹂躙するだけだ。それに…あたしやマスターを裏切ったアイツはこの手で殺さなければならない、アイツをあたしらから奪った連中も生かして帰さない」

 

「凄まじい執念だな…だがどうするつもりだ、MSFは足止めに部隊を残しているようだが?」

 

「正面の足止め部隊はほっとけば轢き潰せる。用意したのは地上部隊だけじゃない…ヘリを用意してある、乗れ」

 

 アルケミストの縦深戦略は、大規模な戦力による連続的な攻撃と長距離火砲や航空機による敵後方に対する攻撃、そしてヘリや航空機からの空挺降下による退路遮断をもって成り立つ。

 既に空挺のための戦術人形を搭載した大型輸送機やヘリは飛び立った、巡航する無人戦闘機の援護を受けてそれらはなんの問題もなくMSFを追撃し、彼らが守ろうとする町までも蹂躙するだろう。

 

「ドリーマー、お前も来るか?」

 

 アルケミストのその誘いに、ドリーマーはうっすらと笑みをはり付かせたまま首を横に振る。

 

「折角の招待だけど遠慮するわ。あなたたち三人が戦ったら、わたしが出る幕もないでしょう? わたしはここで、戦場の様子を見ることにするわ」

 

「ふん……たくさんのダミーを潜伏させておいてよく言う。というより、お前はもう前線に出向いているんだろう、ダミーを使って」

 

「さあ、どうかしらね?」

 

 あくまで普段の調子を崩さないドリーマー…腹の底に何かを隠し持っているような態度に、彼女をあまり良く思わないゲーガーが不快感を露わにする。

 そこへ前線に向かうヘリが到着した。

 

「アーキテクト、ゲーガー…言わなくても分かってると思うが、情けは無用だ。奴らを一人残らず狩りたて、虫けらのように踏み潰せ。考え着く限りの苦痛を与え惨めに殺せ、惨たらしく殺せ、この世に生まれ落ちたことを後悔させろ…奴らが誰に戦いを挑んだか分からせてやれ。奴らは害悪そのものだ、跪かせ狂犬のように撃ち殺せ」

 

「う、うん……それにしてもすごい殺意だね…人間全部を殺す気? 人間も悪い奴らばかりじゃないと思うけど…」

 

「良い人間は死んだ人間だけだ…アーキテクト、奴らを皆殺しにするのは気が引けるか?」

 

 いつも通りの表情で振り返っただけのアルケミストに、アーキテクトは言いようのない恐怖を感じ萎縮する。

 彼女のしなやかな指が頬を触れた時、そのゾッとするような冷たさにアーキテクトの背筋が凍りつく…。

 

「大量殺人、テロ、強盗、強姦をした犯罪者…慈善活動、教師、牧師、医者といったいわゆる善良な人間。あたしはその二つの人種を捕まえて、腹を掻っ捌いてみたことがある……悪人と比べて善良なやつは、さぞ綺麗な中身をしているだろうと思ったが、同じだった」

 

「だ、だろうね…えっと、アルケミスト…?」

 

「張り巡らされたネットワークによって思想は数十秒で世界を駆け巡る。あたしらの存在を認めない連中の憎悪は、何の関係もない人間に植え付けられ、新たな憎しみの苗床として成長していく…分かるかアーキテクト、これは戦争なんだよ。どちらかが相手を完全に殲滅するまで止まらない…絶滅戦争なんだ」

 

「いや、アルケミストの言うことも分かる気がするけど…全部を敵に回すなんて…人間だっていい人は…」

 

「そんなものはいない」

 

「で、でもアルケミストを育ててくれたサクヤさんって人は、人間なんだよね…? その人はいい人だったって、あんたも言ってくれたじゃん!」

 

「そうだよ、その通りだ。だから言っただろう、良い人間は死んだ人間だけだって……あたしは人間を殺したことは一度もない、あたしにとっての人間はマスター一人だけだ。だからね…マスターを穢す同じ形をした屑虫共は残らず駆逐しなければいけないんだよ」

 

 自らの行為に一切の疑問も抱かずに、アルケミストは己の思想を穏やかに…しかし狂気を滲ませて言った。

 同じ勢力の同じ戦術人形で、これほどまでに歪んだ存在を今だかつて見たことのないアーキテクトは目の前で笑顔を浮かべる彼女が、急に恐ろしい存在に思うようになる。

 そんな時、傍にいたゲーガーが静かにアーキテクトの手を引くと、アルケミストの底知れぬ憎悪から守るように彼女との間に立つ。

 

「アルケミスト、あなたがどんな理由で奴らを狙うかは勝手だが…うちの上司を洗脳しないでくれるか、バカだから影響されやすいんだ」

 

「洗脳だなんて人聞きが悪い…ま、奴らを殺す邪魔さえしなければいいさ。乗れよ、向こうに行ったら各々の理由で殺せばいい」

 

「あぁ……アーキテクト、お前はバカなんだからあいつの話をまともに聞くんじゃない。あいつの闇に触れたら、戻って来られなくなるぞ」

 

「う、うん…ありがとね、ゲーガー」

 

 すっかり萎縮してしまったアーキテクトは、とりあえず後ろからゲーガーに抱き付いてみせるが、ゲーガーはめんどくさそうにそれをあしらう。

 迎えのためにやって来たヘリに乗り込み、三人は前線へ向けて移動するのであった…飛び立つヘリをドリーマーは小さく手を振り見送る。

 

「行ってらっしゃい、アルケミスト。存分にあなたの憎しみをまき散らしなさい……ふふ…あなたの言う通り、その憎しみが世界を駆け巡り、戦争という名の花が開く。楽しみね…さぞ、綺麗な花が咲くでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前線から遥か後方の街、MSFが防衛戦力として数個小隊残しておいただけのその町は、スプリングフィールド率いる大隊が駆けつける頃には鉄血の空爆を受けていた。

 対空砲火を受けないのをいいことに、鉄血の無人航空機は悠々と空を旋回しては標的を捉えると一気に降下、通りを逃げる住民たちを無差別に撃ち殺す。

 住民の救出のために真っ先に町へと駆けつけたスプリングフィールドの大隊は、すぐさま対対空ミサイル"スティンガー"を装備した歩兵部隊を展開させる。

 

「無差別に市民を狙うなんて卑劣な奴…! 皆さん、迎撃お願いします!」

 

 スプリングフィールドの掛け声と共に、スティンガーミサイルが放たれる。

 熱追尾ミサイルは空を飛行する無人航空機を追尾、狙われた航空機も速度をあげて回避行動をとるが間に合わず、ミサイルの直撃を受けて墜落する。

 部隊が敵機の迎撃に移っている間、スプリングフィールドは町の通りを走りぬけ、放送局へと駆け込んだ…ここのスタジオから各家庭や町の要所に取りつけられた防災スピーカーへ発信させることが出来る。

 

 

「緊急連絡、緊急連絡です! 町は今攻撃を受け、鉄血の部隊が町に迫っています…ですがどうか落ち着いて話を聞いてください! MSFは今すぐ住民の皆さまの避難のための手段を用意いたします! 脱出のための航空機やヘリを、町の外の飛行場に用意しています…どうか慌てずにスタッフたちの誘導に従い避難をお願いします、荷物はくれぐれも最低限の量でお願いいたします!」

 

 スタジオのマイクをとり、非常時のマニュアルに沿ったメッセージを町の防災無線を通して住人たちに伝える。

 言葉では落ち着くようにと言ったが、こんな非常時に落ち着いて行動できる人間は多くない…ここからが肝心だ、住人たちをスムーズに避難させるために部隊を避難民の誘導に割かなければならない。

 放送局を飛び出したスプリングフィールドは早速、部隊の元へと戻ると、住人らの誘導のために大隊を編成した。

 いくつかの小隊に分けた部隊のリーダーを指名し、その中には大隊所属のIDWがいた。

 

「あ、あの…スプリングフィールドさん…!」

 

 指示を出し終え、対空迎撃の指揮をとろうとしたスプリングフィールドを呼び止めるIDW…いきなり任された大役に戸惑い、不安に押しつぶされそうな顔で彼女は震えていた。

 指示を待つ兵士たちに一旦待つよう伝えると、スプリングフィールドはIDWの前にしゃがみ込み、その手を握る…。

 

「IDW、落ち着いて…ゆっくり深呼吸してみてください」

 

 言われた通り、深呼吸をIDWは繰り返す。

 それでも不安を隠しきれないIDWに、スプリングフィールドは優しく微笑みかけた。

 

「大丈夫、訓練を思いだしてIDW。こういう時のために厳しい訓練を積んできたんでしょう?」

 

「で、でも…私、部隊を指揮したことなんて実戦で一度もないのにゃ…」

 

「訓練では何度もつとめましたよね? みんなの中で、一番あなたが上手く出来たじゃないですか……心配いりませんIDW、自信を持ちなさい」

 

「無理にゃ! こんな大勢の人を守るなんて無理にゃ……それに私、もう怖くて仕方がないにゃ……家に帰りたいにゃ…!」

 

「IDW…」

 

「私は強くなんかないにゃ…ワルサーさんに教えてもらってた時も、何回も私が足を引っ張ってたのにゃ…! 自信なんて持てないにゃ……スプリングフィールドさんみたいに、強くなんてなれないにゃ…!」

 

 長い塹壕の生活と、この鉄血の大攻勢はIDwの精神を衰弱させていた…限界を感じ泣き崩れるIDWをじっと見つめていたスプリングフィールドは、彼女の手をそっと撫でると、過去の自分を振りかえりながら言った…。

 

「こんな酷いところ、誰もいたくなんかありませんよね…分かりますよ、IDW。私も昔、ユーゴで何もかも嫌になって逃げてしまいましたから…」

 

「…え?」

 

「だけど逃げた先で、よりよい未来があるわけじゃない…あの時みんなの役に立てなかった後悔と悔しさが、ずっと残り続けました。IDW、あなたは決して弱くなんかありませんよ…ワルサーの厳しい訓練を耐え抜いたあなたが弱いはずないですよ。IDW、あなたに必要なのはたった一歩踏み出す勇気です…」

 

「スプリングフィールドさん……うん、分かったにゃ…私、やるにゃ」

 

「ええ、お願いします。ほら、涙を拭いて…」

 

 涙に濡れるIDwの顔を拭いてあげると、彼女はいまだ泣きそうな表情を隠しきれないまでも、唇を噛み締め胸を張る。

 スプリングフィールドは彼女の勇気に敬意を払い、小さな勇姿を見送った…。

 

「大隊長ッ!」

 

 部下の呼び声に振り返ったスプリングフィールドは、部下たちが見上げる空に視線を移す。

 無人戦闘機を狙ったスティンガーミサイルであったが、無人機から撒かれたフレアにかく乱されて目標を見失い爆発する…唯一の有効打が封じられてしまったことにスプリングフィールドが悔しさに唇を噛み締めていると、突如一機の戦闘機が凄まじい速度で飛来し、すり抜けざまに無人機を撃墜していった。

 上空を凄まじい速度で飛びながら、空を裂く音が遅れてやってくる。

 MSFではない、何者かの航空機が無人機を撃破したのだ。

 

 

『誰か聞こえるか、こちらカズヒラ・ミラーだ!』

 

「ミラーさん! こちらスプリングフィールド!」

 

『おぉ、無事だったか! エグゼはどうしたんだ?』

 

「エグゼさんは後で町に来ます、私は一足先に町の住民を避難させるために来ました。それよりミラーさん、あの航空機は?」

 

『ユーゴ連邦空軍の応援部隊だ、イリーナが根回ししてこちらに協力してくれている。スプリングフィールド、代わりに君に伝えるが、MSFの増援部隊もそちらに向かっている』

 

「感謝します、ミラーさん! ですが鉄血の軍勢はとてつもない規模です…このままでは…」

 

『分かっている。住民たちの避難が最優先だ、エイハヴをリーダーに戦闘班のスタッフをそちらに向かわせる』

 

 エイハヴ、ビッグボスも認めるMSFの優秀な戦闘員…ユーゴで弱さを自覚した自分を鍛えてくれた恩師の登場に、スプリングフィールドは思わず笑みを浮かべた。

 

『航空写真で鉄血の軍勢を見た…このエリアを守り切るのは不可能だろう。だが役目は果たすつもりだ、町の住人の救助にヘリと航空機を手配した……それと、まだ未完成だがZEKEに代わるオレたちの新たな抑止力を投入する』

 

「サヘラントロプス…! もう、動かせるのですか!?」

 

『完成度は80%らしいが、未完成の20%の部分は核発射能力にともなう演算処理装置らしい…つまり、単純な戦闘を行うのには何の問題もない』

 

「分かりました、すぐにエグゼに伝えます!」

 

『頼んだ。スプリングフィールド、ボスは今いないかもしれないが…オレはお前たちがボスなしで、この苦境を乗り越えられると信じている!』

 

「ええ、もちろんです!」

 

 MSFで最も優秀とされるエイハヴが、発足時より在籍し、ニカラグアのピースウォーカー事件より所属するベテランの兵士たちを伴い駆けつけてくれる。

 これほど頼りになる増援は他にない…もちろん、ビッグボスを除けばだが…。

 

 この苦境の中で微かな希望をスプリングフィールドは見るのであった。




※捕捉
アルケミストが用意した装甲人形・戦術人形は高度なAIで統制され、戦闘で得た経験を即座に全部隊へ反映させ常にアップグレードがなされている。
一度通じた戦術が、次にまた通用するとは限らない。
同じく無人航空機も経験から学習し、戦闘を行うたびに強化されていく。




ファントムことエイハヴに率いられたMSFのベテラン戦闘班、ユーゴの義勇軍、そしてお待ちかねサヘラントロプス!


なのに不安がぬぐい切れないのはなんでだ?
アルケミストとドリーマーのせいなのか?


次回、鋼鉄の巨人
お楽しみに


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鋼鉄の巨人

「ゲーガー…ねえ、ゲーガーってば…!」

 

 自身を呼ぶ声に振り向いたゲーガーを、どこか不安げな表情のアーキテクトが覗きこむ。

 アルケミストが寄越したヘリには二人の他に搭乗する者はいない、AIの制御によってパイロットすらも省略されたそのヘリもまた、アルケミストがアメリカより持ち帰った技術を元に量産されたヘリである。

 

「なんだ、何か用か?」

 

 いつも通りの素っ気ない態度で応えて見せる。

 するとアーキテクトは"いつものゲーガーだ"などとにこりと微笑むのだが、言われている意味が分からずゲーガーは眉をひそめる。

 

「なんかゲーガー、難しそうな顔をしてたからさ! 上司として心配しちゃったよ!」

 

「何が上司だ、いつも尻拭いをさせてるくせに……だが、心配してくれてありがとう」

 

 能天気なバカだが愛嬌のあるアーキテクトに、少しばかり癒されたゲーガーであった。

 落ち着いたところでアーキテクトは再び問いただすのだ…何を難しそうに考えているのか、と。

 ゲーガーは一度ヘリの内部を軽く見渡すと、窓から見える鉄血の大部隊を厳しい目で見下ろした…。

 

「あのエリアを任されていたのは本来お前と私だ。だというのに、私たちはこんな大規模な作戦の一端すら知らされずバカみたいに騒いでいた」

 

「でも、アルケミストは秘密裏に進めるためにやったって…」

 

「その言葉すらも今は信じられん…お前も感じたはずだ、アイツのメンタルモデルは壊れかかっている。それにこの軍勢、こいつらの戦闘AIはプログラムではなく経験を通して強化されていく。そしてそれらはより高度な管理AIに統率され、兵士一人一人が管理される」

 

「うん? よく分からないんだけど…ゲーガー何が言いたいの?」

 

「気付いたんだよ。その高度な管理AIはどこか遠い安全圏に固定されているのではなく、この兵士一人一人を繋ぐネットワーク内に存在する。ここに展開する軍団がまるで一つの生物であるかのようにな…すなわち兵士は細胞にあたり、部隊は器官といったところか。それはまさしく、機械化された群体生物そのものだ」

 

「ゲーガー…あたし、バカだから何が言いたいのか全然分かんないよ…!」

 

「自己意思で進化し、行動を決定する軍団…各部隊を統率する指揮官はもはや不必要だ。それでも優秀な指揮官は残されるだろうが、無能な指揮官は…」

 

 そこまで言って、ようやくアーキテクトはゲーガーの言いたいことに気がついた。

 今回の戦闘で、アルケミストが用意した軍団は一人の強力な個体よりも、集団の強さの方が強力であるということを証明して見せた…ゲーガーの推測が本当なら、今まで部隊を指揮するのに必要なハイエンドモデルの存在も不要となる。

 そうなれば能力に差があるハイエンドモデルも、今までのように呑気に構えてはいられない。

 処分されることは無いだろうが、価値の下がった個体は今までのような権限を持てず、この軍団内の細胞の一つとして組み込まれてしまうかもしれない。

 そしてハイエンドモデルに与えられる自由意思すらも、不必要な要素として排除されるかもしれない…あくまでこれはゲーガーの憶測だが、一度不信感を抱いたゲーガーは誰も信用できなかった。

 

「でも、なんでアルケミストはそんなシステムを作ったのかな? あの人は、他の誰よりもみんなを大事に想ってたのに…」

 

「さあな、それほどまでに自分の敵が憎くてしょうがないんだろう」

 

「分からないよ…ゲーガーだって知ってるでしょ? アルケミストはよく笑ってみんなの面倒を見てくれて、代理人の仕事も手伝ったり……名前も覚えて貰えないような下級の戦術人形にも優しかったり…本当は優しくていい人なはずなのに、どうして?」

 

「さあな……蝶事件の後に造られた私たちには、あいつの過去は知りようがない。それよりアーキテクト、あれを見てみろ」

 

「んん? うわ、なにあれ!?」

 

 ゲーガーに言われて窓の外を覗いてみたアーキテクトは驚きのあまり席たってヘリの扉にはり付いた。

 アーキテクトが見たもの、それは町のすぐそばに直立する山のように大きな物体だ…灰色の装甲を持ったそれは手足をもち、人型をなしている。

 

「あわわ…MSFっていつからCG無しのSF映画撮り始めたの!?」

 

「落ち着けアーキテクト、全部現実に起こってることだ…そう、全部な。なあアーキテクト、私が今信用できるのはお前だけだ……だからお前も私を信用してくれ。この先何があったとしてもな…」

 

 ゲーガーの珍しく、縋るような弱々しい瞳にアーキテクトは一瞬動揺するが、すぐに笑顔を浮かべ彼女の隣に腰掛け手を握る。

 

「えへへ、ゲーガーはあたしの相棒だもん、ずっと信用するに決まってるじゃん!」

 

 邪念のない純粋無垢な笑顔はやはり見ていて飽きることは無い。

 この能天気なところに何度助けられたことだろうか…同時に、この笑顔だけはせめて守ってあげたい…そうゲーガーは思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場に、鋼鉄の咆哮が響き渡る。

 それは数機のヘリに吊るされてやって来た……ユーゴで破壊されたZEKEのAI()を受け継ぎ誕生した新たなるメタルギア、その名も"サヘラントロプス"。

 戦場に現われたサヘラントロプスにMSFは戦意を高揚させ、仲間のグリフィンは衝撃を受けているようだったが、驚くのはまだ早い。

 地上に降りたサヘラントロプスは、ZEKEと同じ形態から、直立二足歩行形態へと変形して見せたのだ。

 それはまさしく鋼鉄の巨人、威圧的なその姿は味方には勇気を、敵には恐怖を与える。

 

 しかし敵は感情を持たないマシーン、その姿を前にして、鉄血の軍勢は一切動揺を見せず積極的に撃破しようという構えを見せるのだ。

 

 

「エグゼ、エグゼはどこにいる!?」

 

「落ち着けハンター、エグゼはきっと無事だ」

 

 

 サヘラントロプスと同時に戦場へ駆けつけたのは、エイハヴを筆頭としたMSF戦闘班と、ハンター率いる独立降下猟兵大隊。

 エグゼの危機を知って、ハンターは抱えていた戦場を放り投げて大隊長権限でこの戦場に駆けつけてきてしまったようで、後始末にミラーが苦労したのは言うまでもない。

 しかしこの増援は心強いもの、早速部隊と合流したハンターとエイハヴは、町へ殺到する敵部隊の迎撃に移る。

 

「住民の避難を援護しろ! 人命救助が最優先だ!」

 

 住民たちが町の外の飛行場に避難している間、押し寄せる敵の攻勢を受け止める。

 足止めのために残ったMG5の大隊を迂回し駆けつけた装甲人形と、続々と降下してくる空挺部隊…いまだ途切れることのない鉄血の増援部隊、まさしくそれは鉄の嵐と呼ぶにふさわしい。

 

「エイハヴ、来てくれたんだね!?」

 

 そこへ、連隊副官のスコーピオンが駆けつける…WA2000も一緒にやって来たようだが、そこにエグゼの姿が無いことにハンターは動揺する。

 

「エグゼとははぐれちゃったんだ…先にこっちに来てるもんだと思って…」

 

「まさか、じゃあ助けに行かなきゃならないじゃないか!」

 

「通信をつなげようにも、回線がパンクしちゃってる! もう誰がどこにいるのか全然分からないよ!」

 

「おまけに面倒な奴に出くわしたわ…鉄血のハイエンドモデル"ドリーマー"よ。ああもう、思いだしただけでもムカつくわ!」

 

 

 WA2000が怒りを露わにしているのにも理由がある。

 それは部隊を撤退させている間、ドリーマーが大胆にもWA2000に対し通信で語りかけ、挑発の言葉を繰り返したという。

 

"ゲームをしましょう、MSFの至宝FOXHOUNDのWA2000さん。この戦争が終わるまでにどれだけお互いスコアを稼げるか勝負しましょう?"

 

 ケラケラと笑う仕草は腹立たしく思いだす。

 まあその時WA2000が咄嗟に返した啖呵というのが…。

 

"寝言は寝て言いなさい寝坊助、あんたがどれだけスコアを稼ごうと、わたしがアンタの眉間を撃ち抜いてゲームセットよ。スコープごとアンタをぶち抜いてやるから震えながら這いつくばってなさい!"

 

 これには、無線を聞いていた他の人形たちも称賛し、むしろ士気をあげさせるに至ったわけであるが。

 彼女を崇拝するKar98kが好き放題そのネタを使って鼓舞し、おまけに新たな信者を獲得する始末…スネークが生み出し、オセロットが鍛えたFOXHOUNDの名は伊達ではない。

 

「とにかくまずはエグゼを見つけな――――」

 

 その時、空を斬り裂く音と同時に爆発音が鳴り響く。

 サヘラントロプスを狙う無人航空機のミサイルがサヘラントロプスの身体に命中したようだ…咄嗟に見上げたサヘラントロプスは、微動だにせず先ほどと同様の姿勢を維持している。

 変形してから沈黙していたサヘラントロプスであったが、攻撃を受けて、頭部のセンサーが赤く灯る。

 

 

「戦闘態勢ニ移行、敵目標ヲ確認、速ヤカニ排除シマス」

 

 

 サヘラントロプスが一歩踏み出す度に、地面が揺れる。

 最初ぎこちなかった動きは徐々に滑らかに変わり、攻撃を仕掛けてくる無人航空機に向けて頭部の30ミリ機関砲を斉射する…高度な演算装置によって軌道計算がなされ、予測した位置に機関砲を叩き込み、あっという間に無人機を撃墜して見せた。

 

 

「目標撃破、次ノ目標ヲ排除シマス」

 

 

 サヘラントロプスが次に目を狙うのは、町へ攻勢を仕掛ける鉄血の歩兵部隊だ。

 散々MSFとグリフィンの人形たちを苦しめた装甲人形が大挙して押し寄せ、サヘラントロプスに対しロケットランチャーや迫撃砲の照準を向け、攻撃を仕掛けてくる。

 だが無人航空機の爆撃をものともしないサヘラントロプスに、歩兵が装備できる武器程度ではびくともしない。

 

「高高度多連装ミサイル装填完了目標ロックオン……一斉斉射開始」

 

 サヘラントロプスの背部に搭載されたミサイルポッドより、ミサイルが垂直に射出される。

 射出されたミサイルは空高くまで飛んでいくと、ある一定の高度でロックオンされた敵目標の頭上へと降り注ぐ…ほぼ真上から降り注ぐミサイルは、障害物に隠れる鉄血の人形たちを爆風で吹き飛ばす。

 さらに次なる目標へ…押し寄せる鉄血の軍勢はいまだ多い、獲物に困ることは無い。

 次の攻撃へと移ろうとしたサヘラントロプスであったが、突如空を切る音が鳴ったかと思うと、胴体に砲弾が直撃し大きな爆発を起こす…。

 

 高威力、精密な砲撃を得意とするジュピターの砲撃だ。

 それも一発や二発ではなく、何発もサヘラントロプスに砲弾を浴びせるのだ……。

 

 

「砲撃ノ弾道ヨリ、敵位置ヲ解析シマス……特定完了」

 

 

 だがサヘラントロプスは腕に取り付けていたシールドで第二射以降の砲弾をことごとく防ぐと同時に、飛んでくる砲弾からジュピターの位置を特定する。

 背部に搭載したもう一つの武装、ZEKEより受け継ぎ、更なる強化を施されたレールガンが牙を剥く。

 ZEKEよりも短時間でチャージを行ったレールガンは、特定したジュピターめがけて砲弾を射出する……一発、二発と撃ちこんでいくたびに、サヘラントロプスを狙う砲弾の数が減っていきやがて全てのジュピターが沈黙したのか、サヘラントロプスへとんでくる砲撃は止んだ。

 

「損傷状態ヲ確認シマス……診断完了…損傷軽微、任務ノ支障トナル確率0%デス……戦闘ヲ継続シマス」

 

 圧倒的タフネスを見せつけたサヘラントロプスに、どうやら鉄血は打つ手を見出せないようだ……しかしそこで鉄血は全体の動きを変えると同時に、おびただしい数の発煙弾を戦場に撃ちこみ、あっという間に戦場は灰色の煙で覆いつくされる。

 すべてではないが、サヘラントロプスは敵目標を見失い立ち往生する。

 

 鉄血がとった行動は、強力なサヘラントロプスの撃破に執着せず、迂回し他の目標を攻撃することだった。

 

 

「チッ、こざかしい連中だ!」

 

「だが見える敵はサヘラントロプスに任せて、オレたちは町に侵入する敵を迎え撃つぞ! スコーピオン、ワルサー、オレに付いて来い! ハンター、お前はエグゼを見つけて援護するんだ!」

 

「ああ分かった!」

 

 エイハヴの指示を受けてWA2000とスコーピオンは彼の指揮下に入り、ハンターは親友の援護のために、煙幕に包まれた戦場へと駆けだしていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう、何も見えねえな…!」

 

 撤退の最中、敵機の空爆で本体と引き離されてしまったエグゼは少数の手勢を伴って、煙幕の中を進んでいた。

 最後に見えた町の方角を頼りに進んではいるが、果たして合っているのやら…。

 

「それにしてもヒューイの奴、大したもん造りやがって。今度ケツを蹴り上げてやらねえとな」

 

 サヘラントロプスの圧倒的な力を目の当たりにしたエグゼであるが、過去に自分がサヘラントロプスの前身であるZEKEにボコボコにされた記憶から、サヘラントロプスを見る表情は若干引き攣っている。

 こんな姿を他の者に見られたらきっと大笑いされるだろうから、この煙幕はある意味都合がいい…。

 

 ふと、強い風が吹いたと同時に煙幕がかき消される……強風の中で目を細めたエグゼの目に映ったのは、銃口をこちらに向けて待ち構える鉄血の戦術人形たち。

 咄嗟に伏せたエグゼであったが、追従していた護衛のヘイブン・トルーパー兵は間に合わず、銃弾の餌食にされた。

 

「くそが…やってくれるじゃねえかよ…!」

 

 攻撃を仕掛けてきた敵に向けて、ブレードを手に突撃しようとしたエグゼであったが、何者かに足を引っかけられ勢いのままに転倒した。

 即座に起き上がり、転倒させた相手を睨むエグゼであったが、そこにいたアルケミストの姿に目を見開いた…。

 

 

「やっと会えたねぇ、処刑人…今どんな気持ちだ?」

 

「チッ…姉貴……会いに来るのが早過ぎるんだよお前…!」

 

「そう邪険にすることもないだろう…少し、お話をしようか?」

 

 

 再びたちこめる煙幕、その中でアルケミストが部下たちに指の動きで指示を出すと、部下たちは静かに煙幕の中に身を隠していった…。

 煙幕の中で互いの姿を認識できる近さにまでアルケミストは歩み寄る……今最も会いたくない相手を前に、エグゼは身構え、闘志を剥き出しにして威嚇する。

 だが、対するアルケミストは穏やかな表情で、小さく微笑みかけている…。

 

 

「凄いじゃないか処刑人、あんなデカい兵器を引っ張ってきて。それに、追い込まれた時の撤退も素早い決断だった。流石はあたしの妹分だ、お前の成長を見れて嬉しいよ…ほら、頭を撫でてあげるよ……好きだっただろう、頭を撫でられるのがさ」

 

 そっと伸ばしてきたアルケミストの手を、エグゼは振りはらう。

 変わらぬ表情で笑みを浮かべ続けるアルケミストに、エグゼは先ほどまでの勢いはないが、それでも怯えずに彼女の前に立ち続ける。

 

「ふざけたこと言ってんじゃねえ! お前とオレは、敵同士だ…! 昔がどうだったとか、言ってんじゃねえ!」

 

「何も変わっちゃいないよ処刑人、お前はあたしの可愛い妹分……敵同士だなんて哀しいことを言ってくれるなよ。お前とハンター、そしてデストロイヤー…みんな同じ家族だろう?」

 

「確かにな……だけど、変わっちまったのは姉貴…アンタの方だ。オレが尊敬してたのは、憎悪を抱えたあんたじゃない、過去にしがみついたままのあんたじゃない! オレはいつまでも憎しみに囚われていたくなんかない…過去に嵌まったまま前を歩けなくなるのなんてごめんだ! オレは、アンタとは違う生き方をする!」

 

 もう迷いを抱えていない。

 今の大切な仲間たちとの絆に応えるエグゼの言葉を聞いたアルケミストは、それまでの取り繕っていた笑みを消すと……哀しみに満ちた表情を浮かべるのであった。

 

 

「姉貴……あんた、もう目を覚ませよ…自分を苦しめるのは止めろよ…!」

 

「お前は優しい子だね……あの日からあたしは正気と狂気を行ったり来たり、生きてるのか死んでるのかも分からない日が頻繁にあった……なあ処刑人、あたしは今…笑えているか?」

 

「なんで…そんなことを聞く…?」

 

「マスターはな、サクヤさんは最期に…あたしの笑ってる顔が好きだと言ってくれたんだ。最期にマスターが見せてくれた表情をあたしは今も忘れていない……あの人は、マスターは……涙を流しながら笑っていた…それがとても辛くてな、だけどとても綺麗だったんだ……処刑人、あたしを見てくれ……あたしはマスターが好きな笑顔で笑えているか?」

 

 アルケミストは確かに笑っていたが……彼女の白い頬には、涙が滴り落ちていた。

 その笑顔は、まさしく恩師が別れ際に見せてくれたものと同じだったが…本人は気付くことは無い。

 

「処刑人、どうしてもあたしらから離れるのか?」

 

「ああ、オレには今の大切な仲間がいる」

 

「代理人やデストロイヤーも家族だったじゃないか…それすらも置いて、お前は行ってしまうのか?」

 

「あぁ…そうだ。オレは違う道を選んだ、もう帰れないんだよ…」

 

「そうか、そうか……じゃあ聞かせてくれ、あたしはどうしたらお前の事を引き止められる?」

 

「……そんなの決まってるじゃねえか、あんたが一歩踏み出せばいいんだよ……過去から抜け出して、未来に向かって歩けばいいんだよ!」

 

「そうか……難しいな」

 

「何が難しいんだよ! アンタにできない事なんて何があるってんだよ! アンタは凄い奴だ、オレの憧れだった…それなのに、ダセェ姿を見せてオレをがっかりさせるんじゃねえよ!」

 

「分からないか? あたしの未来は、マスターなくしてありえない。あの日マスターと別れ、マスターの死を知った時からあたしに未来は無くなった…今の腐り切った世界に希望を見出すこともできない、あたしには過去しかないんだよ……過去の記憶は捨てられない、復讐を果たす瞬間だけが生きていることを実感できる、この報復心はあたしのものだ! 誰にも穢すことはできない………だからな処刑人、あたしらのところに戻って来ないというのなら…

あたしをここで殺していけ」

 

「何を言ってんだよ…姉貴?」

 

「あたしはもう自分の意思では止まれない、止まるつもりもない……この怨念は自分でも嫌で嫌で仕方がない、だがあたしの本心なんだろうな。捨てきることは出来ない……どうやらあたしはお前を殺せない、でもお前ならあたしを殺せるだろう? 思うに、あたしはお前に殺されるのがベストな最期なんじゃないかな?」

 

 落ち着いた表情で微笑むアルケミストからは、憎悪も狂気も感じられない…突拍子もないセリフを違和感なく言って見せるアルケミストはただただ憐れで、もの哀しい。 

 おそらく今のアルケミストは正気だ……正気で、こんな言葉を言えるほど彼女のメンタルモデルは壊れかかっている。

 

「武器をとりなよ処刑人、ただ殺されるのもお前のためにならないと思うからね……卒業試験だ処刑人、お前の成長を見せてくれ。そしてあたしの死骸を踏み越えて未来に向けて進んでくれ。本気で行かせてもらうよ……あたしじゃお前を殺せないだろうけど、お前はあたしを殺せる…そう信じているよ?」

 

 憎しみも殺意もない、エグゼの記憶に残る尊敬する姉の姿が今目の前にある。

 こんな場面でしか見れない彼女の本当の姿にエグゼは救いの無さを痛感し、憤りを感じていた……。

 

「やるしか、やるしかねえのかよ……!」

 

 ブレードを握り、身構える……迷いは断ち切ったはずだというのに、乱れる心にエグゼは戸惑う。

 こんな結末は望んでいなかったのに、避けられない宿命に自らの非力さを感じた。




本編で言っていた通り、アルケミストは正気と狂気を行ったり来たりしてました。
そんな彼女が見せる本気……死ぬことが唯一の救いなんだって、アルケミスト自身もそう思っている。
でも、そんなんでいいのか??


次回、慟哭…
お楽しみに


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慟哭

 スモークグレネードで目標を見失ったサヘラントロプスであるが、相変わらずその戦闘能力は鉄血にとって脅威であり続け、煙幕が途切れないよう何度も発煙弾が撃ち込まれる。

 見える範囲の敵を片っ端から薙ぎ倒していたサヘラントロプスであるが、突如として動きが鈍くなり、パワーダウンを起こす。

 

「どうしたんだよサヘラントロプス!?」

 

 先ほどまでの滑らかな動きはなくなり、踏み出す足もぎこちない。

 サヘラントロプスの存在が鉄血の侵攻を送らせている今、そのサヘラントロプスが行動不能になってしまえば苦しい戦いになるだろう。

 期待の兵器とはいえ、まだ未完成の兵器…色々と問題があるのだろう。

 パワーダウンを起こしたサヘラントロプスはゆっくりとした動作で後退していくと、建物の影にしゃがみ込む様な態勢を取るとついに動かなくなってしまった…。

 そこへ、鉄血の部隊が群がってくるのをみたスコーピオンは駆け出し、サヘラントロプスに取りつこうとする鉄血兵に跳びかかる。

 

「この、うちの新兵器に触るなーッ!」

 

 接近して爆薬を仕掛けようとする鉄血兵に跳び蹴りを浴びせ、倒れたところにすかさず銃弾を撃ちこみ仕留める。

 鉄血の兵士たちは煙幕の向こうから次々に姿を現す。

 その中にはMSFとグリフィンの人形たちを悩ませる装甲人形も混じっており、その装甲を貫く装備を持たないスコーピオンには相性の悪い相手であったが…この程度の障害で弱音を吐くほど、MSFのスコーピオンは諦めやすい人形などではない。

 

「何が装甲だ! これでも喰らえ!」

 

 肩に担いだのは対戦車擲弾発射器RPG-7。

 安価で大量に生産できるとして、時代が進んだ今もMSFで愛用されている対戦車用兵器…それを至近距離から容赦なくぶち込み、直撃を受けた装甲人形は付近の兵士を巻き込んで吹き飛ばされた。

 慣れた手つきで弾頭を装填、その間接近してきた敵は愛用のスコップで殴り倒す。

 自分の銃を使うのも忘れて、RPG-7とスコップを手に戦うスコーピオンの元へ、WA2000が駆けつけた。

 

「あんた自分の銃はどうしたのよ?」

 

「こっちの方が使いやすいんだよ!」

 

「呆れた…ま、弾はいくらでもあるからばんばん撃ちなさい。どっかの先読みのいいおバカさんに感謝ね!」

 

 陣地構成時、呆れるほど多く寄越された弾薬類がこの時役に立つとは誰が思っただろうか?

 とにかく、豊富な弾薬のおかげで補給切れに陥ることはなく、何人かの戦術人形はスコーピオンを真似てRPG-7に手を出し始める…だがそこは相手もすぐに対応し、圧倒的物量による戦法から狙撃兵や擲弾兵を多用し、強点を避けて浸透する戦術をとり始めた。

 

「あいつら、戦術の切り替えが早過ぎない!?」

 

「あんたもそう思う? これは、生きて帰ったら色々調査しないとね」

 

「わーちゃん、あんまりそう言う発言してると死んじゃうよ?」

 

「ふん、わたしはまだまだ死ぬつもりはないわよ…待ってスコーピオン、何か来るわ!」

 

 煙幕の向こうから襲撃の気配を感じたWA2000…次の瞬間、赤いレーザーブレードが煙幕の向こうから凄まじい速さで突き抜けてきた。

 咄嗟に上体を逸らしたWA2000、赤い光刃を避けた彼女は即座に体勢を整えると、ボウガンを持った敵へ向けて回し蹴りを放つ。

 

「くっ…!」

 

「奇襲を仕掛けるのに、殺意が強すぎるのよあんた」

 

「ゲーガー、ちょっとそこ退いてー!」

 

 そこへさらに現われたのは、黒髪をサイドテールに結った鉄血のハイエンドモデル。

 仲間への警告もそこそこに、ロケットランチャーを容赦なく撃ちこんできたのにはWA2000とスコーピオンも度肝を抜かれ、咄嗟にその場に伏せる。

 飛んでいったロケット弾は背後で大爆発を起こし、瓦礫の欠片などが降り注ぐ。

 

「アーキテクト、このバカ! 危うく死ぬところだったぞ!」

 

「えー? あたしらダミーだからへーきへーき!」

 

「このバカ!アホ!マヌケ! 聞かれていもいないのにネタ晴らしする奴がいるか! 戦ってるふりして戦線離脱しているのがドリーマーにばれたらどうするつもりだ!?」

 

「ゲーガーも肝心なこと口走ってるじゃん」

 

「チッ、バカがうつったか…」

 

 スコーピオンとWA2000をそっちのけで騒ぎ立てるハイエンドモデル二人。

 まるで昔の二人そっくりなやり取りに思うことがあるのか、スコーピオンはニヤリと笑い、WA2000は不愉快そうに眉をひそめるのだった。

 

「まあまあ落ち着いてゲーガー……さてとMSFの人形くん、このあたしこそが鉄血最強の戦術人形アーキテクトちゃんだよ! んでこっちがあたしのワトソン君なのだ!」

 

「誰がワトソンだ。ゲーガーだ…MSF、まずはお前たちの戦いぶりに敬意を示したい。今はもう部隊を指揮できる権限はないが、一人の武人としてあなた方を尊敬するよ」

 

「へぇ、鉄血に残ってるハイエンドモデルなんてみんな冷酷マシーンだと思ってたけど、アンタらみたいなのもいるんだね」

 

「そういうの、嫌いじゃないわ。だけどおしゃべりに来たわけじゃないでしょう、アンタらがダミーならとっとと始末するだけよ」

 

「ふっふっふ、ダミーといえどこのあたしは…って、わわ!?」

 

 悠長な態度でいるうちに、スコーピオンが駆け出す。

 予想外のスコーピオンの速さにアーキテクトはあからさまに動揺していたが、すぐに迎撃の構えをとると、突っ込んできたスコーピオンの攻撃を防ぐ。

 

「自称鉄血最強の名は伊達じゃないってことだね…」

 

「自称ってなにさ自称って!?」

 

「あたしもね、自称MSF最強の戦術人形スコーピオンさまだよッ!」

 

 組みあった体勢で、スコーピオンは得意の頭突きをアーキテクトの顔面に叩き込む。

 鼻のあたりを抑えて悶絶するアーキテクトを蹴り離すと、背中に背負っていたRPG-7を担ぐ。

 

「あ、やば」

 

 それがアーキテクトのダミーが放った最後の言葉だった。

 至近距離からRPG-7の直撃をくらったアーキテクトは爆風に吹き飛ばされ、その残骸は煙幕の向こうへと消えていった。

 

「ちっ、あのバカ…!」

 

「わたしを前にして、よそ見なんてずいぶん余裕じゃない」

 

 その言葉に咄嗟に振り返ったゲーガーであったが、すぐ目の前まで接近していたWA2000に焦るあまり、咄嗟にボウガンを振りかぶる。

 振られたゲーガーのボウガンを躱したWA2000、武器を捨てて殴りかかってきたゲーガーのみぞおちに肘鉄を叩き込み、怯むゲーガーの腕を掴み投げ飛ばす。

 

「くっ、強い…!」

 

「ダミー使って粋がってんじゃないわよ」

 

「おかしなことを言うな、お前も戦術人形だろう。MSFはダミーリンクもまともに扱えないようだな!」

 

 素早く起き上がったゲーガーは武器のボウガンを拾い、先ほどと同じようにレーザーブレードを展開させると、勢いよく地面を蹴りWA2000に襲い掛かる。

 奇襲でかけた時よりも素早い一撃…だが寸前まで動きを見極めていたWA2000は、その突進を容易く躱すと、すり抜けざまにゲーガーの後頭部に蹴りを叩き込んだ。

 前のめりに転がりこんだゲーガーは急いで起き上がるが、目の前にはWA2000の銃口がつきつけられていた…。

 

 

「わたしたちはダミーもバックアップもなく戦い続けてるのよ。一度死んだらそこで終わり…何度でもデータから復活するあんたらと違って、命の重みが違うのよ」

 

「フッ……イラつく奴だなお前は、だが完敗だ……またどこかで会おう、その時は私がお前を殺してみせる」

 

「ハンティングはFOXHOUNDの十八番よ、逆に狩られないよう気を付けることね」

 

 引き金を引き、ゲーガーのダミーを破壊する。

 力尽きたダミーはその場に倒れて動かなくなるが、本体とほぼ同じ性能のダミーが何体もやって来たらさすがにやられてしまう。

 

「二人とも無事か?」

 

「エイハヴ、サヘラントロプスはどうしたんさ!?」

 

「エネルギー切れだ、電磁装甲とレールガンの使用に、あれだけの巨体を動かすんだ。まだろくに動かせる状態じゃなかったようだ……それより住民の避難はほとんど完了した、これで心置きなく戦えるだろう」

 

「分かった、エグゼのことを捜しに行かないとね!」

 

「前線で敵を足止めしていた部隊の救援にもいかなきゃならないわ!」

 

「ああ分かってる。ユーゴ空軍が敵無人機を引きつけている間に、前線に救援のためのヘリを飛ばす。オレとワルサーでそっちに向かう、スコーピオンお前はここの部隊を指揮しつつエグゼを捜しだすんだ!」

 

「オッケー任せてよ! わーちゃん、MG5たちをよろしくね!」

 

「ええ、あんたも気を付けなさい!」

 

 スコーピオンは二人に手を振ると、さっさと煙幕の中に消えていってしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ……ちくしょうが…!」

 

 煙幕の中で、エグゼは苦しそうな表情で息を乱していた。

 対して、エグゼと相対するアルケミストは涼し気な表情で腕を組みたたずんでいる…汗と泥まみれのエグゼとは大違いだ。

 ブレードを肩に担ぎ、地面を強烈に踏み込む得意の一撃は、アルケミストに難なく躱される……地面を蹴りつけてさらに連撃を仕掛けるが、そのすべてをいなし、大振りの一撃を叩き込もうとした瞬間、アルケミストの姿が忽然と目の前から消える。

 同時に大振りに振ったブレードが虚しく空を切り、今度は背後に出現したアルケミストの上段蹴りを後頭部にもらい前のめりに転倒した。

 

「どうした処刑人、そんなんじゃあたしは殺せないぞ?」

 

 アルケミストは武器をしまい、素手で戦っている。

 今の彼女は殺意もなく、エグゼに対し追い打ちやだまし討ちなどの手法すらも用いない…誰がどう見ても正々堂々と戦っている。

 対してエグゼはブレードも拳銃も持っているというのに、銃弾は当たらず斬撃も容易く避けられてしまう。

 

「頑張れよ処刑人、こんなんじゃ卒業試験は合格できないぞ? あたし一人殺せないで、この先どうやって生きていけるんだ?」

 

 飄々としているが、これが本来のアルケミストの強さだということをエグゼは知っていた。

 鉄血にいた頃、憧れの存在としていつもその背を追いかけていた…その強さも、人格も、何もかもを尊敬していた。

 だからこそなのか、彼女が自分に殺されることを望んでいるのを知ってから、エグゼはアルケミストに本気でぶつかることが出来ない。

 それは、アルケミストもうすうす感付いているようだ…。

 

「本気にならないとあたしは殺せない。お前は優しい子だからね、あたしを殺すのも難しいか……でもな処刑人、ここであたしを殺さなければお前はこの先後悔するよ」

 

「何言ってんだテメェ、オレが一体、何を後悔するってんだよ…!」

 

「あたしをこの場で殺せないなら、明日からもあたしは憎しみの下に破壊を続けるさ……手始めにやっぱりお前の今のお仲間を嬲り殺してやろうか? 97式はまだ元気か? あたしがあいつの姉にしたように、凄惨な拷問をかけた末に殺してやるよ…あのムカつくUMP45もだ、あの余裕ぶった顔が恐怖に歪むところを見て見たい」

 

「やめろ…それ以上言うんじゃねえ…!」

 

「それからスコーピオンだったか? お前のお友達の…あいつは元気な印象だな、そうだ両手足を斬り落として虫共の餌にしてやろう、全身を喰いちぎられてくさまは壮観だろうなぁ……親友のハンターも同罪だ、あたしらを裏切ったのはあいつも同じ…地獄の責め苦で苦しませてやる」

 

「黙れ黙れ黙れッ! それ以上言ったら、姉貴…あんたでも絶対に許さねえ!」

 

「お前から怒りを感じるぞ、いい傾向だ……何よりもあたしが許せないのは、お前をあたしから奪った男…スネークだ。奴は必ず殺してやる…奴が死ぬのをお前に見せつけてやる……そうなっても後悔しないか? あたしが憎くないか!? お前が今日あたしをここで殺さなければ、お前が大切にしている全てを抹殺してやる! それがいやならここであたしを殺していけッ!!」

 

 アルケミストの言葉はエグゼの怒りを呼び起こす。

 その目に怒りを宿したエグゼは、唸り声をあげるとともに、ブレードを手に走りだす。

 まるでスネークと出会った頃を彷彿とさせるような、闘争心を剥き出しにした姿だ…日々の鍛錬に裏付けられた身体能力も合わさり、その当時とは比べ物にならない動きだ。

 

「アルケミスト、お前はどこまで…!」

 

「怒れよ処刑人、もっと怒れ! それこそが強さの源だ! 人を強くさせるのは慈悲や博愛などではない、相手を徹底的に破壊するという原始の本能だ!」

 

「黙りやがれッッ!!」

 

 鋭い斬撃を避けるのも難しくなりつつあるアルケミストは、先ほどと同じように姿を忽然と消した。

 だがエグゼは、まるで次にアルケミストがどこに現われるのか察しているかのように振り返ると、ブレードの刃をつきたてる。

 ブレードの鋭い切っ先は、出現したアルケミストの胴体を深々と突き刺す……。

 

 

 

「フフ……やればできるじゃないか、処刑人…」

 

「うっ……く、くそが……なんでだよ……なんで…」

 

 ブレードを握るエグゼの手は震えていた。

 アルケミストの胴体を貫き、流れる血が刃を伝いエグゼの手を濡らす。

 嗚咽を漏らすエグゼの前で哀しげに笑ったアルケミストはそっと、エグゼの身体を抱きしめる…。

 

「恐怖は怒りに、怒りは憎しみに変わる……だけどな処刑人、愛があるからこその憎しみなんだよ…。愛なくして、憎しみは生まれない……あの時マスターが残してくれたもの、それは確かに愛だった。あたしはそれがなんなのか分からなくて、バカみたいに人を恨んで憎んで逃げ出して、いつの間にか大切な物を失くしていた……今日やっと、取り戻せた気がするんだ」

 

「もう終わりみたいなこと言ってんじゃねえよ……人のこと散々煽っといて、自分の望みが叶えばそれでおさらばかよ…!」

 

「ずっと、こんな結末をどこかで望んでいたんだ。生きることに疲れて、明日に希望を見出せなくなったあたしは…いつからか人の笑顔を見るのが嫌になっていた、あたしがこんなに苦しんでる中で幸せそうに笑う人たちが許せなかった……笑顔を見るたびに、あたしが失ったものを思いだす……処刑人、あたしはもう疲れたんだよ…」

 

「無責任なこと言ってんなよ…! あんたはそれで良くても、オレは、オレたちは……! それに、お前の帰りを待ってる奴だっているんだろ!?」

 

「……あぁ、そうだな……デストロイヤー、待っているのはあの子だけだがな…」

 

「姉貴……アンタは、あいつに同じ想いをさせるつもりなのか? サクヤさんを失ったのと同じ苦しみを、あいつに残してくつもりなのか!? あいつに同じ道を歩ませるつもりかよ…!」

 

「……それは……そんな風に考えたことは無かった……」

 

「あんたはまだ全部失っちゃいないだろ! 確かにサクヤさんはもういない…だけど、あの人はデストロイヤーをあんたに託したんじゃないのか!? 面倒を見てくれって、あの人はそういう人だ…自分の幸せよりも姉貴やデストロイヤーの幸せを願う人だったはずだぞ! あんたが一番、それを知ってるはずだろ! 一番近くでそれをみていたあんたが、どうして同じことができないんだよ!」

 

「……そうだな、その通りだ……お前が正しい、あたしが間違っていたようだ…」

 

 エグゼから離れたアルケミストはそのまま数歩後退し、胴体を貫くブレードに手をかけると、ゆっくりと引き抜いていく。

 おびただしい血が地面に流れていく…尋常ではない量の血だ。

 駆け寄ろうとするエグゼを、アルケミストは制する。

 その顔に笑みを浮かべ、傷口を抑えるがあまり効果は無いように見える…。

 

「ずっと死ぬことを望んでいたこのあたしが…今になって、死ぬのが怖くなってきたぞ……どうしてくれるんだ処刑人?」

 

「姉貴…! バカ野郎が、やせ我慢してんじゃねえ…今更かっこつけたって、最高にださいんだよバカ…」

 

「バカがうつったようだよ……悪い処刑人、ちょっと医者を呼んできてくれないか…?」

 

「ああ、そこまで担いでいってやるよ」

 

 エグゼは涙でくしゃくしゃになった顔に笑顔を浮かべ、正気を取り戻したアルケミストに手をさし伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が鳴る。

 絶えず砲声や轟音が鳴り響く最中に、その銃声がいやにはっきりと聞こえた。

 

 アルケミストに歩み寄ろうとしたエグゼは、胴体を襲った衝撃と焼け付く様な熱さに、自分が狙撃されたことを悟る。

 揺れる視界の端にアルケミストの悲痛な表情を見たエグゼは、力なくその場に崩れ落ちる。

 

 

 

「フフフ、最高のタイミングね……ありがとうアルケミスト、おかげで裏切り者の処刑人をついに仕留められたわ」

 

「ドリーマー、お前…なんてことを…!」

 

「あら? 処刑人を殺すって言ったのはあなたでしょう? あなたのお望みどおり、しっかりと始末してあげたわ」

 

「ふざけるな、お前…よくも…!」

 

「勘違いしちゃダメよアルケミスト。私はここに来る前に言ったわよね? 今作戦はあなたが主導し、私は部下の立場に甘んじるって。その上であなたのあんな発言だもの…これは部下として期待に応えてあげないといけないわよね。つまり分かるでしょう、処刑人を直接撃ったのは私だけど……処刑人を殺す意思を決めたのは、あなたなのよ? 違う?」

 

「あ…あたしが、処刑人を……?」

 

 

「姉貴…そいつの、話を聞くんじゃねぇ…!」

 

 

 よろよろと立ち上がってみせたエグゼは、撃たれた胸部から血を流し、苦悶に満ちた顔でドリーマーを睨みつける。

 

 

「しぶといわね。じゃあ、もっと威力のあるやつで確実に殺した方がいいわね…ジュピター、照準合わせて」

 

「おい、やめろドリーマー…! やめろッ!」

 

 

 アルケミストの叫びもむなしく、無情にも振り下ろされるドリーマーの手。

 次の瞬間、二人の目の前にジュピターの強力な砲撃が命中し、爆風が周囲にあったものをことごとく吹き飛ばした。

 

 

「処刑人……? 処刑人、お前……あ、あぁ…!」

 

「あははははは! 念願かなったわねアルケミスト、裏切り者がくたばったわ…おめでとうアルケミスト、これであなたも戻れない道を歩けるわね…」

 

「違う、あたしは…やってない…あたしは…! マスター…! あたしは、みんなを守るって……約束したはずなのに、それすらも破って……!」

 

「あらら…メンタルモデルが完全に壊れちゃったねこれ…。フフ、でも心配しないで…ちゃんと私が後の面倒をみてあげるから、ね?」

 

 茫然自失となり、うわごとのように何かを呟き続けるアルケミストをドリーマーは微笑みながら見つめていた。

 

「あなたにも黙ってた事だけど、この戦場にいるハイエンドモデルは私を含めて4人じゃないのよね。今回の戦いはあなたがせっせと考えてくれた縦深戦術のデモンストレーションの意味もあるけど、本当の目的はね……ハイエンドモデル"シーカー(探究者)"のデータ収集が目的だったの。おかげでいいデータが取れたわ……さてシーカー(探究者)、聞こえてるでしょう? もう戦略目標は達成したわ。面倒な奴らは放っておいて、エリアの占領を進めましょう――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エグゼ? エグゼー! どこにいるんだメスゴリラー!」

 

 煙幕に包まれる戦場をあてもなく捜し回っているのはハンターである。

 急に退いていった鉄血の軍勢に不穏な気配を感じつつ、部下と共にエグゼを捜す。

 言うと怒るセリフをわざと言ってみるが、反応はない…。

 

「どこに行ったんだあのバカ? 連隊長の癖に連隊とはぐれるって、何を考えているんだか…」

 

 ため息をこぼしながら歩きまわっていると、煙幕が徐々に晴れていく。

 鉄血の部隊が撤退していったことにより、新たな煙幕がはられなくなったからだ。

 そんな時、ハンターは地面が黒く焼け焦げていることに気付く……ジュピターの強力な砲撃を受けた後特有のものだが、そんなものはこの戦場のあちこちにある。

 だが嫌な予感を感じたハンターはその周囲を重点的に捜し回ると、遠くに横たわる人影を発見しすぐさま駆け寄る。

 

「エグゼ! ここにいた…の…か……!」

 

 そばに駆け寄ったハンターは、見つけた親友の姿に絶句する。

 

「エグゼ…? お、おい……エグゼ…?」

 

 目を覆いたくなるような状態に、ハンターはそれが本当に親友の身体なのかと疑った。

 だが、その焼け焦げて、骨格が剥き出しになっている腕に握られているブレードは確かに親友のものであった…。

 

「そんな…嘘だ……嘘だッ!」

 

「ハンター! どうしたの!?」

 

 そこへ、後から駆けつけてきたスコーピオンも加わるが、横たわるエグゼの姿を見ると小さな悲鳴をあげた。

 親友の変わり果てた姿にどうしていいか分からず憔悴する二人であったが、エグゼの腕が微かに動いたのを見る。

 

「エグゼ…! エグゼは、まだ死んでない……! ヘリを、ヘリを呼ぶんだ…早く!」

 

「早くしろ!それからエイハヴとスプリングフィールドを呼んできて! エグゼ、エグゼ…!? あたしの声が聞こえるか!? エグゼーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 







次回  5章終結……


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混沌へ向かう世界

 ユーゴ空軍の活躍により奪取した制空権、敵の無人航空機を彼らが引きつけているうちにエイハヴとWA2000はヘリで前線へと向かう…。

 地上より鉄血の攻撃を受けるが、援護機として攻撃ヘリの爆撃と機銃掃射を仕掛ける。

 最初こそそれで多くの鉄血兵を掃討で来たが、次第に鉄血の兵士たちはまともに攻撃ヘリを攻撃しようとするのではなく、身軽な歩兵部隊が大口径のライフルで狙撃しようとしたり、地対空ミサイルで狙う戦法へと切り替えようとしている。

 たった一度の戦闘で、戦術が進化していく鉄血の軍勢には、エイハヴも奇妙な違和感を感じていた。

 

「鉄血は、こうも適応能力が高いのか?」

 

「そんなことないわ、バカなハイエンドモデルに率いられる部隊はバカの集まりよ。だけどこいつら、まるで攻撃を受けるたびに成長している…こんな鉄血人形、今まで見たことがない」

 

「キッドたちが心配だ、着陸したら即座に動け」

 

「言われなくても分かってるわよ」

 

 

 いまや見える全ての大地を埋め尽くす鉄血の軍勢、その中で孤軍奮闘する前線のMG5率いる大隊が残る陣地だけは、いまだ鉄血の包囲を受けつつもその侵攻を押しとどめている。

 ただしほとんどの陣地が陥落し、司令部付近の陣地で抗戦をしているようだ。

 攻撃ヘリの援護を受けて強引に着陸したヘリから、エイハヴとWA2000が跳び出すと、手始めに目の前にいた鉄血人形を至近距離からの射撃で沈める。

 

 塹壕から這い出て来た敵に対し、WA2000はエイハヴの背をカバーするように立ちはだかると、一発の銃弾で二人の人形を仕留め、さらに物陰から狙撃する敵を逆に仕留めて倒す。

 

「見事だなワルサー、流石はオセロットの愛弟子だ」

 

「毎日鍛錬してるのよ、当然でしょ!」

 

 振り返ったWA2000が見たのは、エイハヴに狙いをつけて迫る敵の装甲人形Aegis。

 装甲を強化されているAegisの装甲をまともに貫くのはWa2000のライフルといえど容易ではない、アタッチメントにグレネードランチャーを装備しただけのエイハヴのアサルトライフルでは分が悪い。

 すかさず装甲人形を迎え撃とうとしたWA2000を、エイハヴは止める。

 次の瞬間、大胆にもAegisに真っ向から向かっていったエイハヴの正気をWA2000は疑う。

 

 走り寄って来たエイハヴに装甲人形はピタリと足を止めると、大きな盾を前面に出し、近接用の武器を振るう。

 それを難なく躱し、なおも迫るエイハヴに対し装甲人形は防御のために構えていた盾で殴打しようとしたが、素早くエイハヴは背後にまわり込むとがら空きの背に銃撃を与える。

 

「無理よ! 背面の装甲は薄いといっても、小口径の弾じゃ撃ち抜けない!」

 

「ああ、分かってるさ!」

 

 分かってるのなら何故、そう思ったWA2000であったが、エイハヴに気をとられ背部を見せた装甲人形を見てエイハヴの狙いを察すると、即座にライフルを構え比較的装甲の薄い背部を撃ち抜いた。

 弾丸は装甲人形の背中を撃ち抜いて大きくよろめかせ、その隙にエイハブは人形が落とした武器を拾い上げるとその切っ先を頭部の視覚センサーめがけ突き刺し破壊した…。

 

「エイハヴ、この私を使うなんてタダで済むと思わないことね。でも、咄嗟の思いつきにしては見事ね」

 

「お前がいたから頼っただけだ、一人なら別な方法を模索する」

 

「じゃあ、今度は一人でどう対処するか見せてもらおうじゃない」

 

 彼が本気で戦っている姿は見たことは無いが、ビッグボスやミラー、オセロットにも一目置かれる存在であることを知っているWA2000としては、是非とも戦っているところを見て見たいと思う。

 しかし今は仲間の救助が優先だ、個人的な興味は今は控えなければならない。

 塹壕を跳び越え、仲間たちが戦う陣地へ向かおうとすると、逆に向こうから穴倉の中から飛び出してきたではないか…。

 

「キッド…! あんた無事だったのね!?」

 

「なんとかな、だが他のみんなとは散り散りになっちまった…ネゲヴは無事だがよ…」

 

 遅れて塹壕から跳び出てきたネゲヴは、もはや自分か敵の血かも分からないほどに全身を赤く濡らしている。

 身体のいたるところに砲撃の破片を受けた怪我をしており、それはキッドも同じだ…傍までやってきたネゲヴは疲弊し、息も乱れている…これ以上戦える状態ではなかった。

 

「エイハヴ、悪いがオレたちはもう戦えない…弾ももう無い、後を頼んでいいか?」

 

「分かってる、他の仲間もすぐに救出する。それより、ネゲヴを守ってやれよ…女一人守れないお前じゃないだろう」

 

「あぁ? なんだそりゃ? まあいい…ネゲヴ、待ってろよ…すぐに温かいベッドの上で寝かせてやるからな…」

 

「あんた……それ、誘ってんの……? まあいいわ…どこでもいいから寝させて…」

 

 立っているのもやっとな状態のネゲヴを抱きかかえ、キッドは身をかがめながら救助のためのヘリに乗り込んでいった。

 一緒にやって来た他のヘリも同様に、あちこちで部隊を収容し救助を行っている。

 身近な仲間をヘリに収容しようとするWA2000であったが、エイハヴが無防備に立っているのをみて声をあげそうになったが、彼が見据える先……異様な雰囲気を纏った装甲人形に気を引かれる。

 その装甲人形は今まで相手にしてきたAegisと何ら変わらない見た目をしている…。

 だがそのAegisは真っ直ぐにエイハヴとWA2000を見つめ、ゆっくりとした足取りで近付いてくる。

 

 周辺の敵が他の者へ攻撃を仕掛ける中、エイハヴとWA2000の二人だけはまるで相手にせず通り抜けていく。

 そんな中で、そのAegisだけは二人を認識していた。

 異様な空気に飲まれかけたWA2000であったが、Aegisが踏み込んだと同時に我に返り、素早くライフルを構え引き金を引いた。

 Aegisの関節部を狙い放たれた弾丸は、分厚い盾に阻まれる。

 

 

「…速いっ!」

 

 

 踏み込んだと同時に、一気に接近するAegisの動きはそれまで相手取った装甲人形とは比べ物にならない機敏なもので、動揺から反応が遅れたWA2000は盾による打撃を受けて吹き飛ばされた。

 地面に叩き付けられたWA2000は転がりながらも体勢を整えるが、その額に赤い血がしたたり落ちる…。

 自身の流れた血を見たWA2000は鋭い目で、Aegisを睨みつける。

 

「上等よ…血には血を、何倍にも増して返してやるわ…!」

 

 負傷したことで闘争心に火がついた彼女は獰猛な笑みを浮かべる。

 MSF内で尊敬を集める立場として普段は冷静沈着なところがあるWA2000であるが、強敵に遭遇した時、それを打ち倒そうという闘争本能はスコーピオンやエグゼにもひけをとらない。

 むしろ、彼女の冴えわたる電脳は今、目の前の敵をいかにして仕留めるかでフルに稼働していた。

 

 彼女はスコープを覗くこともなく、引き金を引いた。

 常人なら反応できない速射を、Aegisは大きな盾で防ぐ……防御の際に生じる一瞬の隙、盾で視界を覆い隠されている隙にWA2000は駆ける。

 

 WA2000は、先ほどのエイハブがやったように真正面から仕掛ける。

 接近するWA2000を認識したAegisは盾を投げ捨てたかと思うと、銃を構え乱射した……それをスライディングで避けたWA2000、地面を滑りながら狙うのはAegisの視覚センサーだ。

 引き金を引き、放たれた弾丸はがら空きとなったAegisの頭部を撃ち抜く……頭部を撃ち抜かれぐらつくが、まだ機能停止には至らない。

 

「エイハヴッ!」

 

「分かってる!」

 

 とどめの一撃はエイハブのグレネードランチャーだ。

 視覚センサーを破壊されたAegisはグレネードを防ぐこともできず、グレネードの爆発により装甲を吹き飛ばされ崩れ落ちる。

 

「ナイスアシストよエイハヴ」

 

「一人で対処するところを見せられなかったのが残念だがな」

 

「それは今度…って、まだ動いてる! しぶといわね!」

 

 爆発で破壊されたはずのAegis、しかしもうまともに動くことはできないようで、引きちぎられた半身で地面を這う…Aegisは明滅する視覚センサーを二人にむける…。

 

「見事な戦技だ、素晴らしい…お前たちの戦闘データは――――」

 

 突如喋りだしたAegis、だがWA2000が咄嗟にとどめを刺したことでついにそのAegisは沈黙する。

 離し始めたAegisを問答無用で仕留めた彼女をエイハヴは咎めるような目で見つめるが、WA2000は肩をすくめてみせるだけだった。

 

 

「酷いな、人の話を最後まで聞かないのは礼儀に反すると思うのだが?」

 

 

 驚くことに、再び同じ声で話すのは戦場にいた別の装甲人形だ。

 相変わらず二人を無視して戦闘する人形の中で、話しだしたそのAegisだけが二人を認識しているようだった。

 

「何者だ、お前は?」

 

「自己紹介をさせて欲しい。我が名はシーカー(探究者)、新たなるハイエンドモデルとして開発された上級AIだ」

 

「何が上級AIよ。装甲人形を操って前線に出てこない腰抜けじゃない、さっさと正体を見せなさい」

 

「ふむ。いくつか誤解があるようだ…私にはまだ正規な義体が用意されてはいないのだ。故に仕方なく、この装甲人形を依代として君たちと対話をしている。だが君たちの戦い方はずっと見させてもらった…末端の戦場に至るまですべてな、とても興味深い経験だった。君たちとの戦闘で、通常数か月はかかる戦術データの収拾が一日で済ませられた」

 

「なるほど、分かったぞ。お前が、この鉄血の軍勢を指揮していたハイエンドモデルだな?」

 

「然り。同胞アルケミストが生み出した戦術、それをコントロールするために同胞ドリーマーがこの軍勢を繋ぐネットワークに私を宿した。末端の兵士をも細かく統率し、軍勢を手足のように動かせる精強な軍勢に仕立て上げた……だからこそ分かるのだ、MSFの英雄よ。君たちの苦境に立たされながらも決して諦めない強き精神は、他のどんなデータよりも、私の探求心を刺激した。君たちの健闘ぶりに、最大限の敬意を表したい…」

 

「敵のアンタにそんなことを言われてもたいして嬉しくないわね……アンタの存在、とても気味が悪いわ」

 

「同感だ。逆の立場に立たされたら、私もそう思うだろう。さてそろそろお別れだ…全力をもって君たちと戦えなかったことの非礼をここで詫びたい。この装甲人形(義体)では私が想定する能力の10%も引きだせなかった。いずれ、私専用の義体も生み出されるだろう…その時は是非ともまた手合せをしてほしい。さらばだ、また会おう――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 第三次大戦後、稀に見るほどの激戦となったこの戦争は、鉄血の軍勢がエリア全体をその支配下に置くことで幕を閉じた。

 それは、MSFがこの世界にやって来てから初めて経験する大敗だった。

 

 AR小隊救出のために駆けつけたグリフィンの応援部隊も同様に、大きな損害を受ける。

 だがより多くの兵力を戦地に投入していたMSFの連隊の損失に比べれば、それも小さく見えてしまう…。

 戦闘による戦死傷者の数は連隊の半数近くに迫り、うち戦車大隊と第二大隊は壊滅…戦闘能力は完全に喪失していた…。

 

 各部隊を指揮する隊長たちの負傷も目立つ。

 

 戦車大隊を率いていたFALはその後の戦闘で重傷を負う。

 

 連隊長、エグゼは敵の砲撃を受けて意識不明の重体……砲撃をまともに受けたエグゼは、それが彼女本人と判別するのも難しいほどの大けがを全身に負っていた。

 戦地で受けられる治療の枠を超えた負傷に、すぐさまマザーベース行きのヘリが手配される。

 

 エイハヴとWA2000、MSFの戦闘班の活躍によって多くの戦術人形が救出されたものの、全員ではなかった…。

 

 

 撤退のために、敵の足止めを名乗り出た第二大隊大隊長…MG5は帰ってくることは無かった。

 救援のためのヘリが基地に帰還した時、彼女の姿を真っ先に捜したのはキャリコだ……どれだけ捜しても、どれだけ名を呼んでも見つけられず、ヘリに乗っていなかったことを知るや戦地に戻ろうとするキャリコをみんなが止めた。

 

 泣き叫ぶキャリコ、彼女の悲痛な叫び声が、MSFのみんなに戦いに負けたことを痛感させる…。

 周囲の者はなんとか彼女を慰めようとするが、どんな言葉も彼女を落ち着かせることは出来なかった。

 

"MG5が死んだところは誰も見ていない、きっと彼女なら生きている、希望を持て"

 

 そんな無責任な言葉で取り繕うことしか、今はできなかった…。

 

 

 戦いは終わった。

 

 救えたものもあった、すべてが無駄というわけではない。

 

 だが、そんなものを全てのみ込む深い闇が、MSFに立ちこめるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧アメリカ合衆国アラスカ アンカレッジ エルメンドルフ空軍基地内通信施設

 

 

 

「――――――そうか、分かった…」

 

 

 スネークは誰もいない、うち捨てられた古い空軍基地内の通信施設で仲間たちの結末を知る。

 エグゼたちのその後が気になり、マザーベースのミラーへ繋ぎ、彼から聞いたことだ……伝えるべきことを伝えた後、ミラーもスネークも長い間黙り込む。

 重苦しい沈黙が続く中、スネークが考えていたことはすぐにでも仲間たちのもとへ帰ることだった。

 それはミラーも分かっており、彼自身も望むことだ。

 

『ボス、アラスカでの任務は中止だ……なるべくすぐに帰って来てくれ。今みんなには、アンタの存在が必要だ…』

 

「あぁ、すぐに帰る……カズ、オレは…」

 

『止めてくれボス…誰かが悪いわけじゃない、今までにも同じことはあっただろう…。ボス、アンタは堂々と帰って来てくれればいい…それだけで十分だ』

 

「分かった…カズ、それまでみんなを頼んだぞ…」

 

『もちろんだ、スネーク』

 

 

 通信を切った後、スネークはしばらくの間立つことが出来ないでいた。

 ただ、誰もいない通信施設で佇む…取り出した葉巻も眺めるだけで、火をつけることなく懐にしまった…。

 

 

 そんな時だ、通信施設に連絡が入れられたのは。

 

 この通信施設は何度かマザーベースと連絡をとるために使用していたが、それはこちらからマザーベースにしかかけることは出来ず、マザーベース側からかかってくることは一度もなかった。

 鳴り止むことのないコールに、しばらくの間応答しなかったスネークだが、やがて重い腰をあげて通信を繋ぐのであった。

 

 

 通信回線は繋がったが、スネークからは話しかけず、通信をかけた相手側からも連絡はない。

 しばらくそのままの沈黙が続く……誤接続か、そう思った矢先…。

 

 

 

『誰だ……誰がそこにいる…?』

 

 

 スピーカーから聞こえてきたのは、男性のくぐもった声であった。

 時折小さな声で囁くような音も聞こえてくる。

 

 

「オレは…スネークだ、少し通信施設を借りている」

 

『所属を明らかにせよ』

 

「オレは……鳥類学者だ、アラスカの鳥類を探している」

 

『下手な嘘は止めろ……お前の素性よりも気になることがある……地上は、もう人が出歩ける環境になったのか…?』

 

 その問いかけに、スネークは妙な違和感を感じた。

 そもそもこの連絡の相手は何者なのだろうか?

 それに、彼は地上の様子を聞いてきた…そんな質問をする理由が思いつかない。

 

「アラスカは問題ないが、東海岸及び西海岸の主要都市のほとんどが放射能汚染が酷いと聞いている……それでも、いくつかは人が可住可能なレベルに落ち着いている」

 

『そうか……あれから20年近くが経つ……20年だ、20年も我々は待ち続けた、偉大なる国家を灰に燃やした奴らへ復讐を果たす時を……だがそれももう終わりだ。我々は、かつての栄光を取り戻す…』

 

「待て、お前は一体何者なんだ? まさか、お前たちは…」

 

 

『我々は一度目も、二度目の大戦も勝利した……今度の大戦も勝利するだろう………目覚める時が来たのだ…

 

 

偉大なる国家を再建する、星条旗の下にこの国は甦るのだ―――――』

 

 

 

 






はい、というわけで5章終了…次回から6章です、長かったよぉ…(涙)

色々謎を残す形で終わった5章ですが、6章もシリアスネタ満載、覚悟しろ!
まあ、ほのぼのネタも溜まってるけど…こんな状況でほのぼのとか期待できないよね(震え)


とりあえずまたコンセプト変わるかもしれないけど次章予告!

第6章"Civil War(シビル・ウォー)"

Civil Warとは内戦、またはアメリカ合衆国の南北戦争をさしますね(伏線)


エグゼの治療、アルケミストの命運とデストロイヤーの願い、新たなるハイエンドモデル"シーカー"の謎…。

他にも"蛇の王国"、"カルテルランド"、"新たな師弟関係"などイベント盛りだくさん!
これからもMETAL GEAR DOLLSをご愛顧願います…。


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第六章:Civil War
曇天の空


「―――あれから何年になる?」

 

 とある軍の分屯基地を出た一台の車両。

 グリフィンの専用車である車内には、PMCグリフィンのトップである社長クルーガーがいるほか暗緑色の軍服に身を固めた白髪の男性がいた。

 

「もう十年が経ちました」

 

「十年か……もう十年も経ったというべきか、それともまだ十年しか経っていないというべきか。私はあの大戦の出来事を昨日のように思いだすことが出来る」

 

「あれほどまでに大規模な戦争は、かつてありませんでした……こうして会うということは、何も昔話をするためではありませんのでしょう…カーター将軍」

 

 クルーガーの急かすような言葉に、カーター将軍はその顔に少しばかり笑みを浮かべると、窓の外を流れる景色に目を移す。

 彼は正規軍に所属する人物であり、クルーガーのかつての上官でもある。

 

 

国境なき軍隊(MSF)が鉄血との抗争に敗北したことは私も驚いたものだ。奴らはPMCが順守すべき協定にも加わらない利己的な戦闘集団だと思っていた…だからこそ、あのMSFが鉄血と戦闘を起こしたということは意外だった。ベレ、お前の部隊もその戦いに加わったという話を聞いた……ベレ、あの戦場で何があったのだ?」

 

「わたしもいまだ多くの情報は知り得ませんが……鉄血はかつてない規模の軍勢を統制し、未知のハイエンドモデルがいたとか…あれほどの規模の軍勢を、いつどこで編成したのか皆目見当もつきません」

 

「我々は今かつてない危機に立たされているのかもしれんな。E.L.I.D、環境汚染、絶えない紛争、暴走した鉄血……そして今、我々が最も恐れていた脅威が目を覚まそうとしている」

 

 カーター将軍のその言葉に、クルーガーは気を引かれた。

 正規軍はE.L.I.Dの脅威が無ければ、鉄血の鎮圧は容易いと豪語するだけあり、強大な軍事力を誇る組織だ。

 そんな正規軍をも凌駕する組織が、果たしてこの世に存在するのだろうか?

 だが、かつて軍人であったクルーガーには思い当たる節があった…。

 

「大戦が終わり、新たな世界秩序が形成されてきた。いまだ紛争は後を絶たないとはいえ、あの未曽有の大破壊は起こらないだろうと……だが、そうではない。民衆は忘れ、我々はただ目を背け続けてきたことがある」

 

「ええ……カーター将軍、鉄血は以前北米に渡りました。鉄血はそこで、何かを見つけた…同時に、余計な者を起こしてしまった」

 

「うむ。大戦が終わり十年が経つ……大戦が勃発した日から17年、奴らはじっと機会を待ち望んでいたのか……ベレ、我々は…いや、世界は思いださなければならないのだ……世界が何故、星条旗を恐れていたのか、その理由をな――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マザーベース 医療棟、戦術人形修復エリア

 

「はぁ~…退屈だわ…」

 

 真っ白な医務室のベッドの上で、FALはその日何度目かになる言葉を吐き捨てる。

 普段は滅多なことでは埋まることのないマザーベースの修復施設は、今やぎゅうぎゅう詰めで多くの戦術人形が修復される順番を待っていた。

 多くが連隊を構成するヘイブン・トルーパー兵であり、重傷の者から優先的に修復が行われている。

 

 一応、FALも重傷者の一人だ……ベッドの上で忌々しく天井を見上げる彼女の両足は、膝から下を欠損していた。

 

 怪我の具合的には十分優先対象なのだが、MSFで独自に生み出されているヘイブン・トルーパー兵はパーツの互換性もあり、修復が用意にできるということとやはり重傷者のほとんどが彼女たちであるため、優先的に修復を受けている。

 他にも、I.O.P製戦術人形であるFALの修復には、少々時間がかかるということで後回しにされているところもある……。

 これについては仕方のないことで、本人も了承している。

 

「ほんとに退屈…」

 

「あんたそればっかりだね、それだから恋人の一人もできないんだよ」

 

「うっさいわね…あんたに言われたくないわ、Vector」

 

「まあ、お互い独身同士気楽にやろうじゃないの」

 

 隣のベッドで寝ころぶVectorは四肢の欠損はないが、銃撃を受けた傷があるため入院中…今は隣のベッドで自由がきかないFALを退屈しのぎに弄って暇を潰している。

 

「ネゲヴはいいわよね、キッドがいるからさ」

 

「キッド? あの人鈍感すぎないかな……この間見たら、ネゲヴの病室に大量の子ども向けお菓子差し入れに出してたよ? 子ども扱いするなって、ネゲヴに怒られてたけど……というか、あの人も相当ダメージあったと思うんだけど、なんでもうぴんぴんしてるの?」

 

「それはほら…MSFの人間はコーラップス液で代謝能力でも上がってるんじゃないの?」

 

「そんなわけないでしょ、独女」

 

「あんたも独女でしょうが! 言っとくけど、私は作ろうと思えばいつでもパートナーくらい作れるわよ!」

 

 不毛な言い争いを繰り広げる二人であったが、巡回にやって来た医療班のスタッフに説教をくらい押し黙る。

 まあ、ジャンクヤード組の彼女たちは例え言い争いになってもそこまで深刻な問題にまでは発展せず、叱られた後は差し入れの果物についてケチをつけることで会話に花を咲かせていた…。

 そんな時、病室の扉が開かれる…お見舞いにやって来たのはキャリコだ。

 

「二人とも、元気そうだね」

 

「えぇ、そうね…両足を戦場に置き忘れてきたけど元気いっぱいよ」

 

「うまいこと言ってるつもりだけど、全然笑えないからね」

 

「黙りなさいVector」

 

 相変わらず元気そうな二人に、キャリコはくすくすと笑う……ただその表情はどこか暗く、目元は一晩中泣いたあとが残っている。

 その後はお互い気まずさからか会話が途切れてしまう。

 キャリコも仲間のよしみでお見舞いにきたものの、やはり最愛のパートナーMG5がいないことで不安に押しつぶされてしまいそうになっている。

 

「キャリコ、不安になる気持ちもわかるけど、リーダーならきっと大丈夫だよ。あの人前にもこんなことあったでしょ、ねえFAL?」

 

「そうね、あの人スコーピオン並みに不死身なところあるから平気よ。Vectorの言う通り、きっと大丈夫よ」

 

「うん……分かってる、私もリーダーのこと信じてる。だけど、だけど……」

 

 途端に、瞳が潤みキャリコは肩を震わせて涙を流した。

 

「あぁ、もう……おいでキャリコ」

 

 そんな彼女を手招きFALは彼女の髪を撫でつつ、抱きしめた。

 患者のFALがお見舞いにきたキャリコを慰める変な光景だが、同じジャンクヤード組のかわいい後輩がくじけそうになるのを黙って見ているほど、FALとVectorは薄情ではない。

 

「みんな落ち着いたら、リーダーを捜しに行きましょ。私たちも協力するからさ…ね、Vector?」

 

「足もないのにたいした台詞がよく言えるね」

 

「落ち着いたらって言ってるでしょうが! ったく…Vectorはこんな調子だけど、こいつにも捜させるから安心しなさい」

 

「そうだよキャリコ、戦車中毒女よりは役に立つと思うよ」

 

「Vector、MG5の代わりにあんたが行方不明になれば良かったのよ……それとね、戦車のこと言うな! わたしまで泣きたくなってきたでしょうが!」

 

 大切に扱い、ようやく戦車の取り扱いにも慣れて愛着も湧いてきたところでの壊滅被害…戦車を喪失したことを思い出したFALもまた悔しさに涙を流す。

 そんな二人のじゃれ合いを見てキャリコも少し元気を取り戻したのか、小さく微笑むのであった…。

 

 

 

 

 医療棟の修復施設は、そんなわけでたくさんの戦術人形でいっぱいだ。

 一方で、研究開発班が置かれている棟のとあるエリアでより高度な治療を受けている人形もいる…。

 そこはAI研究を行い、MSF内で戦術人形のメンテナンス等も手掛けるストレンジラブ博士のラボにて安静にされている…。

 

 天井も壁も、寝台も治療のための機材も白で統一された治療室、その中で彼女は全身をくまなく包帯で覆われ、呼吸器とたくさんのチューブ等に繋がれて寝かされていた。

 そんな彼女を、スネークはガラス越しに物憂げな表情で見つめていた。

 

 

「帰ってきたのか、スネーク」

 

 

 振り返ると、このラボの管理者であるストレンジラブ博士が少々苛立たし気な様子でやってくる…彼女は自分の研究室に他人が入ることを嫌うので、不機嫌なのはいつも通りだが、この日彼女が感じている苛立ちの理由は他にもあった。

 その苛立ちは、自分に向けられていることはスネークも察し、ストレンジラブもわざわざ苛立つ理由を口にもしない。

 

「エグゼの容態は…」

 

「今見えている通りだ。砲撃による全身の裂傷及び火傷、左腕と両足の欠損……人形にとっての心臓であるコアも損傷を受けている。体組織のほとんどが失われ、生命維持装置なくして数時間も生きられない。それがエグゼの今の状態だ」

 

「そうか。ストレンジラブ、まだ予断は許さない状況だろうが、エグゼを助けてくれたことを感謝する」

 

「感謝される筋合いはない、当然のことをしたまでだ。スネーク、お前はアラスカで遊んでいたわけじゃないことは知っている…だが私個人の意見を言わせてもらえば、お前は仲間の傍を離れるべきではなかったのだ。お前がいれば、この悲劇は防げたかもしれないのだからな…」

 

「分かっている、言い訳をするつもりはない」

 

「それならいい。スネーク、エグゼに会っていくか?」

 

 エグゼは今高度な延命治療を受けている状態であり、本来なら面会どころかラボに誰かを入れることもなかった。

 スネークがラボに入れたのはには、MSFのトップである以外にも、エグゼの望みでもあったからであった…。

 

「眠る前に、エグゼはうわごとの様にお前の名を呼び続けていた。お前が帰ってきたら、会わせてくれとな。他ならぬ彼女の願いだ、私は拒絶することは出来ない……それで、会っていくか?」

 

 返答はもちろんイエスだ。

 肯定の意思を確かめたストレンジラブは無言で頷くと、治療室の中へ入る準備を整える。

 徹底した消毒を受け、専用の衣服に着替えて中へと入っていく。

 真っ白な空間にまぶしさを感じつつ、スネークはゆっくりとエグゼのそばに歩み寄る…。

 

 

 全身を包帯で覆われた姿は、一目で誰なのか判別することができないほどの状態であり、彼女がエグゼであることを知らなければスネークも彼女と認識できなかっただろう。

 両足は膝上からなく、左腕は肘より下を無くしている。

 唯一残る右腕は、かつてAR小隊との戦いで失った代わりに取り付けられた義手であった。

 全身の体組織も多く喪失し、かろうじて(・・・・)生きている状態のエグゼは、自分が持っていた身体の半分以上を失っている。

 

「エグゼ…」

 

 名前を呼びかけたスネークの声に、彼女は反応しない。

 だが意識の奥底で敬愛して止まない相手の存在を感じ取ったのか、エグゼの身体がわずかに動く…。

 それから、唯一残っていた右腕をぎこちなく掲げると、スネークを捜すように手を伸ばした。

 

「エグゼ、オレだ……スネークだ」

 

 伸ばした手を握ると、エグゼもまた弱々しい力で握り返す…。

 呼吸器のマスクの中で、エグゼは小さく口を動かしている……一度ストレンジラブに目を向け、彼女が小さく頷いたのを見たスネークは、そっとマスクを外し耳を傾ける。

 

 

「ヘヘ………待ってた、ぜ……スネー…ク…」

 

「エグゼ、遅れてすまなかった」

 

「そこは……待たせたな……だろ…? そう言って…くれよ…」

 

「…待たせたな…エグゼ……」

 

 心待ちにしていたスネークの言葉を聞いた彼女は、微かに微笑んだように見えた。

 時折スネークがまだそこにいることを感じるように、握った手を動かす。

 

「スネーク……?」

 

「どうした、エグゼ?」

 

「オ、オレ……後悔、してないぞ……アンタのおかげで……前にすすめたんだ………アンタが背中を、押してくれたおかげで……」

 

「オレだけの力なんかじゃない。エグゼ、お前の大きな勇気がそうさせたんだ…お前が憎しみや因縁を乗り越え、404小隊を救った。確かに失ったものは多い、だが、お前のおかげでみんなが大切なものまで失わずに済んだんだ……エグゼ、お前は英雄だ…」

 

「英雄……か。オレには、もったいねぇ……。スネーク、オレは…オレは、まだ…終わってない…そうだろ? いつかまた、立ち上がる……それまでみんなを頼んでも、いいかな…? それと、ヴェルも……あいつは生意気だけど、オレがいないとダメなんだ……でも、スネーク…アンタならヴェルを任せられる…」

 

「安心しろエグゼ、仲間たちやヴェルの事もオレが責任をもって面倒を見る…お前を治す方法も見つけてくる。だから今は休め、安心して待っててくれ」

 

「そうか…ありがとう、スネーク……」

 

 

 エグゼはそっとスネークの手を離す。

 少し長く話しすぎた……呼吸器のマスクをもう一度つけてあげると、エグゼはマスクの中で何かを呟いた。

 マスク越しで聞こえなかったその言葉を聞き返そうとした時には、エグゼは眠りについているのであった…。




ちょっと、どころかかなりしんみりする開幕の6章
病室で繰り広げられるFALとVectorの漫才が唯一の癒しか…。


エグゼが最後に言おうとした言葉は…読者の皆さんの想像にお任せしたいかな…。


次回はとあるキャラとのお別れと、新キャラ登場回。
入れ替わりでやってくる形かな?


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マザーベース:さよならとはじめまして

「―――よいしょ、よいしょ……うーん、これ入るかな?」

 

 マザーベースの人形宿舎エリアの一室で、スオミは一人キャリーバッグに荷物を詰め込む作業に追われていた。

 日用品や替えの服、たくさんの写真がおさめられたアルバムなど……スオミが借りていた部屋は綺麗に後片付けをされており、最初から置いてあったベッドや机以外の家具等は収納され、ほとんど物がない状態だ。

 ちょっとしたものは小さめのリュックサックへと収納、あらかた片づけを終えたスオミは一息つくと、懐中時計を手にして時刻を確かめた。

 

「まだ時間は余ってるなぁ……うーん、どうしよう?」

 

 時間つぶしに何をするか考え、収納しているうちに汗をかいていたことに気付き、スオミはリュックを背負いある場所へと向かった。

 誰もいない脱衣所の中で衣服を脱ぎ向かった場所…マザーベースの施設でもとりわけ評判の良いサウナだ。

 

 清掃後誰も入った形跡の無いサウナへの一番乗り、長い髪をポニーテールにまとめたスオミは早速焼いた石へと水をかける。

 途端に、水は焼けた石の温度によって蒸発し、サウナ室は白い蒸気に覆われた。

 スオミはマザーベースのサウナが大好きだ、フィンランドにルーツを持つ彼女にとって、マザーベースの本格的なフィンランド式サウナの存在を知った時それはもう大喜びをしていたほどだ。

 上質な木材を使用していることで木の香りも楽しめるし、かける水の中に混ぜられたアロマオイルの香りが部屋を満たし、疲れた心もリラックスさせてくれる。

 

 高温の蒸気で身体が温まったところでスオミが手にしたのは白樺を束ねたビヒタだ。

 これで身体を軽く叩くことで血液の循環を促して代謝を促進させる…戦術人形のスオミにとってそれがどこまでの意味があるのかは不明だが、それは口にしないのがお約束。

 ビヒタで身体を叩くと、程よい刺激にスオミは小さな声を漏らす…それから水を再び石にかけて、追加の蒸気を満たす。

 心身を癒す心地よさをスオミは目を閉じて堪能するのだった。

 

 それから少しのぼせてきたところでサウナを出ると、シャワーで汗を流してから脱衣所へと戻る。

 タオルで身体の水気を拭き、下着をつけていると9A91がやって来た。

 

「スオミ、やっぱりここにいたんですね?」

 

「うん、最後だからもう一回入りたくて。もうそろそろ時間かな?」

 

「ええ、もうすぐですよ」

 

「分かった、ちょっと待っててね」

 

 そのまま待たせているのも悪いので、スオミは素早く服を着る。

 9A91からはそんなに急がなくて良いと言われ、スオミは少しはにかんだ。

 着替えたスオミは9A91と一緒にキャリーバッグを持ちに自室へと戻る…手の空いている9A91が持ってくれると言ったため、スオミは素直に彼女の厚意に甘えるのであった。

 すっかり仲良しの二人は、いつも通り楽しそうにおしゃべりをしつつ外へと出ると、そのままヘリポートまで向かっていく。

 

 ヘリポートには数十人ほどの人だかりと、ユーゴの国章が描かれたヘリが一機着陸しており、スオミの事を待っていた人物は既にそこで待っていた。

 

 

「やあスオミ、元気にしてた?」

 

「イリーナちゃん、もっと遅く来ると思ってたよ!」

 

「いや~、スオミのお迎えだからね。寝ると寝坊するから、一晩中起きてたんだ」

 

 

 やって来たのはスオミの本来の主人であり、本当の家族であるイリーナだ。

 再会の挨拶もそこそこに、スオミはイリーナの隣に並ぶと、集まったみんなに対して振り返る。

 

 

「皆さん、色々と言いたいことはたくさんありますが、今日までご指導していただきありがとうございました! 訓練生の私を皆さんは本当の家族のように受け入れてくれました…とてもうれしかったです。今までお世話になりました」

 

 お辞儀をしたスオミは顔をあげると、少し別れの寂しさを感じつつ、お世話になったみんなに対し笑顔を向けるのであった。

 

「達者でなスオミ、ここで学んだことは無駄にはならないはずだ。これからはイリーナのために頑張るといい」

 

「うむ、別れは寂しいが、一人の少女の巣立ちって考えれば笑顔でお見送りしなきゃな」

 

「スネークさん、ミラーさん今までお世話になりました。大変な時期に帰るのは心苦しいのですが…」

 

 スオミは、見送りのこの場に来れなかった何人かの仲間たちの顔を思い浮かべながらそう呟くのであった。

 

「心配しないでよスオミ、あたしらは大丈夫だから。エグゼだって、そのうち復活するからへーきへーき!」

 

 戦いで傷ついた仲間たちの事を想うスオミの気持ちはとても嬉しいものだが、本来なら彼女はイリーナの元へと帰らなきゃならない…スオミには本当の家族であるイリーナと、帰る家があるのだから。

 不安に思うスオミを笑って見送るスコーピオン…エグゼのことで憔悴していた時期もあったが、今はすっかり元気を取り戻しており、その明るさにマザーベースのみんなも励まされている。

 

「スオミ、帰ってからも訓練の事は忘れないように。誰かを守る強さは少しの努力では身につかない、毎日の鍛錬と努力が強さに結びつくの。それを忘れちゃダメよ」

 

「はい、ワルサー教官も今までお世話になりました! オセロットさんとの関係、応援してますね!」

 

「な、なによ唐突に!? あんたはそんなこと心配しなくていいから、イリーナのことでも心配してなさい!」

 

 MSFにいる間、いつも訓練を担当してくれていたのはWA2000だ。

 そう考えると、彼女には一番お世話になったと言っていいだろう…MSFでの師匠とでもいうべき存在だ。

 

「404小隊を代表して言うね。スオミ、今までお疲れさま…帰ってからも頑張ってね」

 

「ありがとうございます45さん。皆さんがMSFに戻ってきてくれてとても嬉しいです…これからも、MSFのみんなを助けてあげてくださいね?」

 

 何人か病院送りになっている404小隊の中でぴんぴんしているUMP45が一人、隊員の代表として見送りにやって来てくれていた。

 相変わらず猫を被ったような態度であるが、スオミは彼女の中にMSFに残り続けるという確かな意思を確認し、安心することが出来た。

 

「スオミ、向こうでも元気にしててくださいね。時々手紙を書きます、良い写真が撮れましたら一緒に送ります」

 

「うん、私も手紙を書くね。9A91、これ…良かったら貰ってくれないかな?」

 

 大事そうに渡された一枚の画用紙。

 画用紙には、スネークやミラーを中心に9A91やスコーピオン、エグゼやWA2000らが集まり笑い合う姿が描かれていた。

 それは模写ではなく、スオミがこのMSFという一つの家族をテーマとして自分なりに描いてみた絵なのだと、9A91はすぐに気付く。

 絵の中で、誰もがみんな笑っている……写真では表現しきれない温かな情景を、9A91はその絵から感じ取るのであった。

 

「オセロットさんの笑顔が想像出来なかったから変になっちゃったけど、ちゃんと描けたと思う。私が感じたMSF、家族の絆を描いてみたの。いつまでもみんな笑ってくれるよう願って…」

 

「ありがとうスオミ、大切にしますね……」

 

 お礼を言うと同時に、9A91は熱いものがこみ上げてくるのを感じ、咄嗟に空を見上げる……だがこみ上げる想いはどうしようもなく、ついには涙の雫となって頬を滴り落ちる。

 

「もう、ダメだよ9A91…私も我慢してたのに…」

 

「ごめんなさいスオミ…やっぱり、スオミがいなくなるのを考えると寂しくて…」

 

 つられて涙をこぼすスオミ、二人の涙につられて泣いてしまう人形たちもいた…スコーピオンなどは号泣である。

 エグゼも、仮にこの場にいたとしたら声をあげて泣いていただろう。

 しまいには抱き合って泣いてしまう二人…永遠の別れではないがそれでも今までのようには会えなくなる寂しさに、二人は声をあげて涙を流した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青春だな…そう思わないか、スネーク?」

 

「そうだな。オレとしても彼女がいなくなるのは惜しいが、そういう約束だからな」

 

「すまんな、気を遣わせてしまって。今日までスオミの面倒を見てくれてありがとう…おかげで助かった、これで彼女と平穏に暮らせるようになる」

 

「内戦も終結し、国内問題も解決しようやく念願がかなうんだ。イリーナ、もうお前は銃を握らなくても生きていける…そうだろう?」

 

 イリーナは頷くと、スオミと9A91の友情をどこかまぶしそうに見つめる。

 

 スオミをMSFに訓練生として預けたイリーナであるが、彼女がスオミを自分から遠ざけていた隠れた理由をスネークは知っている。

 内戦終結後、新連邦の下に新たな国家秩序が形成されていくなかで浮き彫りになる、ユーゴの地の複雑な民族問題……内戦で引き裂かれた国家を再び一つにまとめるのは容易ではなく、統一を成し遂げるのには正論や善行だけではどうにもならないのだ。

 国内に残る民族主義者、戦争犯罪者、民族間の憎しみ……内戦が遺した爪痕は深く、大きかった。

 

 イリーナはそれらを解決するための手段として、時に手を汚すこともあった……それを、大切に想うスオミに見せられなかったのだ。

 

「実はな、まだすべてが解決できたわけじゃない。民族の融和を掲げていはいるが、これは何世代も積み重ねて成し遂げなければならないんだ……それに、まだコソボにも火種は残っている。この間も、セルビア人とアルバニア人とで大きな乱闘騒動があったばかりなんだ」

 

「オレは戦いの中で生き続けてきた、だから平和というものがなんなのかは分からん。だがお前の平和を成し遂げようとする気持ちを否定するつもりはない。イリーナ、スオミはもう一人前の大人だ…お前の事を守れるだけの、支えるだけの強さを持っている。スオミを呼び戻すのは間違った判断じゃない、これからは二人で願いをかなえるんだ」

 

「フフ…やはりお前にスオミを預けて正解だったよ、感謝する。ところでスネーク、一人紹介したい人形がいるんだ」

 

 そう前置きをしたうえで、イリーナは自分が乗って来たヘリに呼びかける。

 すると、中から一人の戦術人形降りてくると、小走りでイリーナの傍に駆け寄り敬礼をした。

 

「初めましてMSF総司令官さま! 私は"79式"と言います、どうぞお見知りおきを!」

 

 ダークグレーのジャケットを着た茶髪の真面目そうな戦術人形、ボディーに密着するレオタードにガーターベルトと、これまた目のやり場に困る人形…スネークの印象はそれであった。

 

「スネークだ。イリーナ、彼女は?」

 

「スオミの代わり…というわけではないが、どうだスネーク? この子を雇わないか? 人手は欲しいだろう?」

 

「ああ、それはそうだが…どうしたんだ急に?」

 

「それはだな……79式、少し待っててくれ」

 

 79式をその場に待たせ、イリーナは少し離れた位置にまでスネークを誘った。

 そこでイリーナは小声でささやくのだった。

 

「79式は内戦中、クロアチアの特殊警察部隊に所属していた…分かるだろう?」

 

「特殊警察部隊…民族主義団体ウスタシャの影響下にあった組織か」

 

「そうだ、あの子の服の下にはそれを表す"印"がある。旧連邦政府とウスタシャの民族浄化に、あの子は無理矢理加担させられていたんだ……だが任務の最中、敵対するセルビアの武装集団に襲撃されて捕虜になったそうだ……そこであの子は、地獄を見たんだよ」

 

 民族浄化…民族が他民族を虐殺・強制移住・強姦などの手段で特定の地域から殲滅するおぞましい行為。

 ユーゴの紛争にかつて介入したMSFは、かの地において、血で血を洗う果てしない民族紛争を目にした……老人も女も、子どもも関係なく、異民族の全てを浄化する地獄のような光景は今も鮮明に思いだすことが出来る。

 

 イリーナ曰く、79式は連邦政府側の警察として民族の敵を逮捕することに利用され、最終的には民族浄化に加担させられていたという。

 その後はセルビア側に捕まり、民族浄化の下に行っていた所業を自分が受ける形となった…。

 

「あの子は内戦時の記憶はない……あの子を檻から解放した時、彼女は自分のメンタルモデルの初期化を懇願してきたんだ。無理もない、虐殺に協力させられた挙句、その後は内戦が終わるまで暴行を受け続けたんだからな。あの子はもう、クロアチアにもセルビアにも居場所はないんだよ……I.O.Pに引き渡そうにも、解体処分されるのがオチだ」

 

「それで、オレたちに預けようと?」

 

「できれば私が面倒を見たいが、政治とあの子の掛け持ちはできそうにない。あなたたちが今厳しい立場にあるのは理解している…だがビッグボス、あなたにしかあの子を託せない。引き受けてもらえないだろうか?」

 

「…分かった。確認だが、あの子はもう内戦時の記憶は全て無いのか?」

 

「そうだ。だが技術に関することはそのまま残してある、元は警察の特殊部隊所属だ…腕は立つはずだ」

 

「自分から記憶の削除を願うほど苦痛を抱えていたのなら、記憶を取り戻すことはしない方が良いんだろうな。引き受けようイリーナ、あの子の面倒はオレたちが見る」

 

「感謝するよ、ビッグボス。79式、こっちへ」

 

 79式を呼ぶとすぐに駆け寄ってくると同時に、背筋を伸ばしかかとを付けて直立する。

 期待に満ちた表情でスネークを見つめる79式……今目の前にいる彼女は過去の苦しい記憶は覚えていない。

 イリーナは79式に対し、今日からMSFの所属となることを伝えられると、元気よく返事を返す。

 

「総司令官さま、もう一度自己紹介をさせてください! 79式、これよりMSFに着任します、ご命令を!」

 

「スネークでいい、それともっと気を楽にして構わない」

 

「はい、スネークさま!」

 

 いまだかつて"さま"付けでなど呼ばれたことのないスネークは奇妙な感覚に見舞われる。

 微笑み、期待感を溢れさせる瞳をきらきらと輝かせる79式……そんな快活そうな素顔の裏で、過去に受けた仕打ちを本人はもう覚えていない。

 

「79式、歓迎しよう……今日からここがお前の家だ……天国の外側(アウターヘヴン)へようこそ」

 

 79式は背筋をピンと伸ばし、敬礼を向けた。




79式ねぇ……この子をお迎えした時、一瞬で登場が決まったんですよ…まさに天啓を得たって言うのかなw


というわけでキャラ紹介

79式
元クロアチア共和国特殊警察部隊所属の戦術人形。
MSFも介入したユーゴ紛争にてクロアチア警察として戦争に参加。
当初は反連邦を掲げる分離主義者の逮捕に従事したが、内戦が泥沼になるにつれて不穏分子及び敵対民族への攻撃に駆り出される。
そこで凄まじい虐殺、組織的な強姦、住民の追放を目の当たりにして連邦の正義に疑問を浮かべるが、人形である79式は命令を拒否できず民族浄化に加担させられる。
その後、とある任務で敵対民族に捕らえられ、報復としておぞましい暴行を受け続けた。
内戦終結時、イリーナに保護されたが、自分が犯した罪への意識と、自分が受けた暴力の痕に耐え切れず記憶の消去を懇願した…。



なーんで普通に新キャラ登場させられないんだろなこのアホ作者は…

でもまあ、79式は6章であの人と一緒に大活躍するんで勘弁してください…。


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マザーベース:衝撃の新入生

「ここが私たちの宿舎。で、ここがあなたの部屋ね…覚えておきなさい」

 

「はい。ところでセンパイのお部屋はどこにあるんですか?」

 

「あそこの突き当り手前の部屋よ。どうしてそんなことを聞くの?」

 

「それは、これからセンパイの下でお世話になるんですから、少しでもセンパイの事を知りたくてですね」

 

 満面の笑みを浮かべてそんなセリフを口にするのは、先日スオミと入れ替わる形でMSFにやって来た79式である。

 快活でとっても真面目な頑張り屋さん、MSFでは稀に見る優等生な戦術人形の姿…そしてWA2000をセンパイと呼び慕う、79式のキラキラとした瞳に、WA2000はまぶしさに思わず目を細める。

 

 さて、79式がMSF所属になるにあたって、既にMSFの第一線で活躍する人形たちすべてが彼女にとっての"先輩"に当たるわけだが、別に全ての戦術人形をセンパイ呼びしているわけではない。

 ではなぜWA2000だけがセンパイと呼び慕われているかというと、例によって、彼女がまた新兵の受け入れ教育担当に任じられたからである…。

 

 任務帰還後すぐに呼び出されたWA2000はそこで79式の受け入れ教育と今後の指導を命じられたのだった。

 M1919やIDWらを育て終えたと思った後のこれである…しばらくはまた前線から離れて、後方で新兵訓練に励まなくてはならない。

 連隊が大ダメージを受けて大変な時期だというのに、優秀なWA2000が前線には赴かず後方で新兵訓練……彼女は副司令のミラーに対しぼろくそ文句を言ったが、最終的にスネークに説得されて渋々ながら引き受けた形になった。

 ちなみに、WA2000の言葉の暴力でノックアウトされたミラーは、その後数日立ち直れず97式と蘭々にひたすら慰められるのであった…。

 

 

「センパイ? センパイが肩に付けている部隊徽章って…」

 

「"FOXHOUND"の部隊徽章よ。MSFで選りすぐりの兵士が任じられる…私とオセロット、9A91にキッドが今のメンバーよ」

 

「センパイ、かっこいいですね! 私もセンパイと肩を並べてみたいです!」

 

「簡単に言うけど、狭き門よ。ただ強いだけじゃ選ばれないの……ところであなたも、クロアチア警察の特殊部隊出身なんですって?」

 

 宿舎の案内に彼女を連れながらそう質問を投げかける。

 しかし、いつまでも返答が返って来ないことを不審に思い振りかえってみると、79式は少し困ったような表情でWA2000を見つめ返す。

 そこで、そう言えば記憶を消去されていたのを思い出した。

 

「変なことを聞いて悪かったわね、忘れて」

 

「すみません、気を遣わせてしまいまして。記憶を消されるってよっぽどのことですから、前の私は何かやらかしたんでしょうかね?」

 

 自分の過去を知らない79式は、明るく笑って見せた。

 ただ、79式の出身を知るWA2000はその笑顔の裏に潜む、彼女の凄絶な過去を想うとやり切れない想いを抱く……まさか記憶の消去を願ったのが自分自身だと、今の79式は知る由もないのだろう。

 

 また癖のある人形を押し付けられたものだ…。

 次にどんな施設を案内してくれるのか、ワクワクしながらついてくる79式を見ながらそう思うのであった。

 

「ここは研究開発班の棟、MSFの装備と兵器を開発してる。私たち戦術人形が一番世話になる部門かもね、以上」

 

「待てワルサー。そんな簡単すぎる説明はないだろう」

 

 さっさと説明して立ち去ろうと思っていたが、面倒な人物に出くわしてしまう…誰が呼んだかMSF脅威のレズビアン、ストレンジラブその人だ。

 まるで二人がここへ来るのをあらかじめ知っていたかのように、自然に現われたストレンジラブは、さっそく79式をじろじろ見つめ始めるが、そこは彼女を任されたWA2000が立ちはだかる。

 

「センパイ、この方は?」

 

「同性愛者の変態よ。名前と顔だけ覚えとけばいいわ」

 

「待てワルサー、その説明では誤解を生むだろう?」

 

「生まないわ、事実だもの。それよりさっさとエグゼの治療に戻りなさいよ、私はアンタと違って忙しいの。無意味に話しかけて、私の時間を無駄にしないでちょうだい」

 

「なにもそこまで言わなくても…」

 

 WA2000にぼろくそに貶されてしょんぼりうなだれて帰っていく…悲壮感漂う彼女の背中を79式は苦笑いを浮かべつつ見送るのであった。

 さて、次にWA2000が向かったのは糧食班の棟だ。

 まあ、ここも大した説明をせずとも読んで字の如く、食糧を造ってるところだとわかるので対して説明もしない。

 そんな風に、WA2000は重要な施設のみを詳しく説明していく。

 

「さてと、次は…あ…」

 

「どうしました? センパイ?」

 

 ふと立ち止まったWA2000の顔を79式は覗き込む様に見つめた。

 先ほどまで不機嫌そうな態度で、ストレンジラブにも毒を吐いていた彼女はある一点を見つめながら、頬を微かに染めて恥じらうように笑っていた。

 

「オセロット、帰って来てたのね?」

 

 任務でしばらく会う機会のなかったオセロットに駆け寄ったWA2000は、頬を染めたまま声をかけた…さっきのようなどすの効いた声ではなく、可憐な声で話しかける姿は、さっきストレンジラブをぼろくそにあしらったのと同一人物とは思えないだろう。

 案の定、79式は表情を凍りつかせたままだ。

 

 相変わらず仏頂面のオセロットであるが、それでも一緒にいられるだけで満足なWA2000はしばらく会えなかった時間を埋めるように話しかけた。

 そんな時だ、もう一人彼女のお節介をやく人物が現れたのは…。

 

 密かにWA2000の背後に忍び寄ったその人物は、唐突にWA2000の胸元を背後から鷲掴みにして見せる。

 当然、WA2000は大きな悲鳴をあげる。

 それから忌々しそうに後ろを振り返ると、目に涙を浮かべながら怒鳴り散らす。

 

「いきなり何すんのよカラビーナ(Kar98k)!」

 

「なにって、我が主(マイスター)の胸を揉んでいるのですよ」

 

「そんなことを言ってるんじゃないわよ! とりあえず離しなさいよ!」

 

「おい、何も用がないならもう行くぞ」

 

「あ、違うのオセロット…待って! くっ……カラビーナ、このバカッ!」

 

 立ち去るオセロットに力なく手を伸ばしたWA2000であったが、折角の機会を邪魔してくれたカラビーナに怒りの矛先を向けると、胸を揉みしだくカラビーナの手を払うと回し蹴りを放つ…が、カラビーナは涼しい顔で避ける。

 

「ふむ……オセロット様のスケベ心を試してみましたが、反応があまりないですね。これは次なるアピールを仕掛けねばなりませんよ、我が主」

 

「余計なお世話よ! まったく……ごめんね79式、この基地にはバカしかいないの」

 

「おやおや? ではこの方が主さまの新たな弟子でありますか。自己紹介させてください…私の名はKarabiner 98(カラビーナーアハトウントノインツィヒ) kurz(クルツ)…親しみを込めてカラビーナとお呼び下さいませ」

 

「79式です、よろしくお願いします! カラビーナさんは、センパイの…?」

 

「従者でございます。私は主さまの盾、あるいは矛となりて敵対者を殲滅する使命を帯びております」

 

「わぁ! センパイ、こんな素晴らしい方を従者に持つなんて、かっこいいですね!」

 

「あんまり本気にしない方がいいわよ…こいつもある意味変人だから…」

 

 狙撃対決で死闘の末に勧誘したはいいが、早くも持て余している感のあるカラビーナは、ここ最近は従者としていかにWA2000とオセロットをくっつけるかで躍起になっている。

 まあ余計なお世話なのだが…。

 その後はカラビーナもいつの間にか施設案内に混ざるようになり、向かった先は訓練施設。

 新規の訓練兵が少ない今、以前のような訓練施設のとり合いは起こっておらず、任務がないスタッフが訓練にやってくるのみだ。

 

 そこで折角だから79式の射撃術でも見よう、ということで射撃場に案内された79式は自身の銃を構える。

 銃を握った79式は、それまでの快活で元気な姿から打って変わり、鋭い目で射撃場の奥を見据える……そして射撃目標の的が現れると、すぐさま照準を合わせ引き金を引く。

 出現した的は即座に撃ち抜かれる……見事な早撃ちに、カラビーナは口笛を鳴らし、WA2000は注意深く彼女の射撃姿勢を観察していた。

 

「優秀な弟子ですね、主さま」

 

「そうね……優秀すぎるわ」

 

「ほう? 主さまが認めるとは、よほどのことです…FOXHOUNDの候補生でありますか?」

 

「まだよ。強いだけじゃ、狐狩りの部隊には入れられない……79式、もう十分よ。ついて来なさい」

 

 WA2000の声で振り返った79式は射撃時に見せていた殺伐とした雰囲気を消し、先ほどまでの愛嬌のある笑顔を浮かべながら彼女を追いかける……その背後を、カラビーナは注意深く、ついて行くのであった。

 三人が向かったのは、同じ施設にある他の訓練スペースだ。

 主にCQCの練習や近接戦闘訓練を行うための訓練エリアであり、広いスペースがとられていた。

 

「Vector、あんた暇でしょ? ちょっと付き合って」

 

「出会って早々にかける言葉がそれって酷くない? あいにく、病み上がりのリハビリで忙しいんだけど…」

 

「リハビリついでに、新入りの79式と闘ってみない?」

 

「その子が新しく入った子? あたしはVector、よろしくね」

 

「79式です、よろしくお願いします」

 

 訓練場の真ん中で握手を交わす二人。

 FALより先に退院をしたVectorは毎日訓練場に通い、身体の調子を整えていた。

 とはいえVectorはジャンクヤード組の高い戦闘力を持つ一人であり、いくら病み上がりでも新兵の相手をさせられるのは乗り気ではない様子。

 WA2000とカラビーナに言われて渋々79式の相手を引き受けるVectorであったが、対面した79式を見た時、すぐにこれが病み上がりの組手には相応しく無いことを悟る。

 

 Vectorを見据え構える姿は、別人と言われてもおかしくない雰囲気だ。

 油断をしていたVectorの隙を狙い一気に走りだした79式はタックルを仕掛けたが、咄嗟に後方に跳び退いたVector…しかし79式はさらに追撃を仕掛けると、タックルでVectorを押し倒す。

 

「くっ…!」

 

 押し倒したVectorに馬乗りになった79式は、そこから握り固めた拳を振り下ろす…その腕を掴み、Vectorは体勢を入れ替える。

 だがそのさなかに逆に腕をとられ、79式は両足でVectorの腕と首を三角絞めで絞めつける。

 79式の細い、しかししなやかで強靭な足に頸動脈を絞めつけられたVectorは途端に苦悶の表情を浮かべる……79式の戦闘力を察していたWA2000であったが、病み上がりとはいえVectorがここまで追い込まれることは予想していなかった。

 

「いけません、主さま! 止めなくては!」

 

 Vectorを絞めつける79式はさらに力を込め、頸動脈を絞めつけるだけでなく、脊髄の破壊までをも狙っているようだった。

 しかし、カラビーナが叫ぶと同時にVectorは79式ごと身体を持ちあげたかと思うと、渾身の力を込めて床に叩き付けた…叩きつけられた衝撃で拘束が解けた79式を、今度はVectorが追撃をかけようとしたが蹴り離されて吹き飛んだ…。

 Vectorを蹴ったのはWA2000だ。

 彼女は蹴り飛ばしたVectorへと近寄ると、彼女の手を掴み強引に引き立たせる。

 

 

「ありがとうワルサー……あんたが止めてくれなかったら、あの子を殺してた…」

 

「そう思ったから止めたの。大丈夫? けがはない?」

 

「ええ……あんたの蹴りが一番痛かったよ…」

 

「カラビーナ、Vectorを送ってあげて」

 

「承知しました、我が主よ」

 

 カラビーナはVectorに肩を貸すことを提案するが、Vectorはやんわりと断った。

 そのまま二人が訓練場から出ていくのを見届けたWA2000は、ため息を一つこぼすと、床に座り込み動揺した様子の79式へと目を向けた。

 そして彼女の前でしゃがみこむ…79式は、やはり動揺した様子で目を泳がせている。

 

「79式……これは単なる訓練よ、命のやり取りじゃない。どうしてVectorを殺そうとしたの?」

 

「………あの…えっと…」

 

「答えられない?」

 

「すみません……身体が無意識に動いて、その…」

 

「そう…分かったわ。今日はもう部屋に行きなさい、後で私が迎えに行くまで待機してなさい。分かったわね?」

 

「はい……センパイ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 79式を自室に送り届けた後WA2000の姿は、オセロットの執務室にあった。

 オセロットが自室に整理してある資料を引きだしているのを、WA2000はコーヒーの入ったマグカップを手にじっと見つめていた。

 

「見つけた、これだ」

 

 ユーゴスラビアの地図と共にオセロットが持ってきたのは、とある新聞の記事だ。

 それは以前、ユーゴで内戦が起こっている最中に発行されていた新聞である……そこにはユーゴ連邦の構成国であるボスニア=ヘルツェゴビナ共和国の紛争を伝えるもので、一面には逃げまどう人々を撮った写真が載せられ、民族浄化の文字が大きく書かれていた。

 そこへ、オセロットはもう一つの資料をWA2000へと手渡した。

 

「内戦勃発から2年後、ボスニアの都市モスタルで起こった虐殺……ヘルツェグ=ボスナ・クロアチア人共和国の軍事組織クロアチア防衛評議会と特殊警察部隊が引き起こしたこの事件は、スレブレニツァの虐殺を彷彿とさせるほどの凄まじい民族浄化を起こした。人口10万のこの都市でクロアチア人の割合は3割……モスレム人やセルビア人の多くは、虐殺を恐れて自主的に避難したようだが…」

 

「虐殺から逃れられなかった人たちは少なくなかった?」

 

「そうだ。ワルサー、民族が、他の民族を排除する民族浄化にどのような手段が用いられるか知っているな?」

 

「もちろんよ、この目で見たもの。殺しだけが民族浄化の手段じゃない……強制的に土地から追放したり、女を捕まえてレイプする……異民族を孕ませれば、その民族はそれ以上増えない」

 

 嫌悪感を滲ませながら言うWA2000は、オセロットに手渡された資料に目を通す。

 そこには、クロアチア警察の特殊部隊…すなわち、79式が所属していた部隊の情報が書かれていた。

 

「モスタルの民族浄化……ここに79式はいたのね……ジェノサイドの執行者として。ねえオセロット、イリーナは79式の記憶を消してあげたって言うけど…たぶん完全には消せてないと思う」

 

「どういうことだ?」

 

「さっきVectorと闘ってもらったんだけど、とてもメンタルモデルを初期化させたとは思えないほど戦い慣れていたわ。戦闘技術だけを残して、他の記憶を消すなんて、AIに詳しいイリーナでも難しいと思うの」

 

「なるほどな…」

 

「79式はもしかしたら、記憶を消したんじゃなくて、ただ蓋をしただけなんじゃないかしら? Vectorに向けたあの殺気…尋常じゃなかった……オセロット、79式はユーゴでどんな地獄を見たのかな?」

 

「考えても仕方がないことだ。だが目を離すな……MSFは今苦しい立場にある、身内に余計なもめ事を抱えていたくはない」

 

「ええ、分かってる。79式は責任をもって面倒を見るわ。ありがとうね、オセロット……それじゃあ」

 

 

 コーヒーを片付け、WA2000はオセロットに手を振り部屋を立ち去っていった…。




おいおい、マザーベースにシリアス持ちこむなよ(呆れ)



ともかく、これからは後輩キャラとしてわーちゃんの後を追っかけていくことになる79式ちゃんです。
むむ、97式と79式で名前が似てるな…間違えないようにせねば。


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マザーベース:ジャンクヤードの売れ残り娘

「はい、大きく息を吸って…吐いて……よし、異常はありませんね」

 

 FALは病室のベッドに腰掛けながら、医療班の女性スタッフの指示に従い深呼吸をしてみたり、身体を動かしたりと動作のチェックを行っていた。

 戦闘で喪失した両足は元通り修復が完了され、まだ若干動かし辛そうな印象を感じるが、日常生活を送る上では問題はないようだ。

 

「FALさん、今日を持ちまして治療は終了です、大変お疲れさまでした」

 

「ありがとう、こちらこそ迷惑をかけたわね」

 

 ベッドから立ち上がり、FALは入念に足の感覚を確かめる。

 まだ馴染まないのか動かす度に、ひざ下に痛みを感じて顔をしかめて見せる……女性スタッフが心配そうな表情で見ていたが、再び暇な病院に閉じ込められることを嫌ったFALは健康体をアピールするのであった。

 

「一応治療は終わりましたが、しばらくの間は激しい運動は控えてくださいね。それから、暴飲暴食も控えてください」

 

「ええ分かったわ、今までお世話になったわね」

 

 治療を担当してくれた女性スタッフに手を振り、FALはゆっくりと病室の扉へと歩いていく。

 さて、これから何をするかなと悩みながら扉を開くと、正面には先に退院していたVectorが待っていてくれた。

 

「退院おめでとうFAL」

 

 微笑みながら退院を祝ってくれるその気遣いにFALは笑みをこぼす。

 初っ端から毒でも吐かれるのかと思っていたが、そうでもないらしい…なんだかんだ言ってジャンクヤードに住みつく前からVectorとは腐れ縁が続いている。

 

「それにしても、退院祝いが一人だけってのは寂しいものね」

 

「アンタはまだいい方だよ。少なくとも、私がいるでしょ…?」

 

「あ、そうね……」

 

 少し哀し気に笑うVectorに、失言だったことに気付く。

 先に退院したVectorにはもしかしたら誰も退院を祝ってくれる人がいなかったのかもしれない……MSFは今鉄血との抗争で受けた損害の補てんから忙しく、ほとんどの人形は部隊編成に駆り出されているか新規の任務に従事しているのだ。

 クールを装うVectorも退院祝いがいないことへの寂しさを感じていたのだ……そんな風に同情していたFALであったが、その気持ちは見事に裏切られる。

 

「まあ、あたしの時はキャリコにスコーピオンとかワルサーとか9A91とか、あと404小隊のみんなも駆けつけてくれたし賑やかだったけどね? それに比べてアンタ……プッ……これぞ独女のなせるわざだね」

 

「わたしの同情心返せコラ」

 

「まあまあ、誰も来てくれないよりいいでしょう? それともなに…イケメンの王子様が迎えに来てくれるとでも? 生憎…MSFには服を着たゴリラしかいないよ」

 

「あんたそれオセロットとかスネークの前で言ってみなさいよ。ぶっ殺されるわよ?」

 

 

 そんな風に会話していると、次の患者を見なければならない医療班のスタッフに煙たがられ、二人は病室から追い出されるのであった。

 

 さて、病み上がりで満足に仕事もできないのはVectorも一緒だ。

 一応身体はもうすっかり元通りなのだが、医療班からの厳重な言いつけがいき渡っているようで、仕事に急遽戻るということはされていない…その代わり、元気そうな戦術人形は容赦なく駆り出されているようだが…。

 

「さて、なにする独女…じゃなかったFAL?」

 

「いい加減はったおすわよアンタ? そうね、リハビリ…って気分でもないしちょっと散歩してようかしらね」

 

「ナンパ待ちってやつ? 男を誘うにはあんたハイエナみたいに餓えすぎじゃない?」

 

「さっきからうっさいわね。というか、独身なのはあんたも一緒でしょ!」

 

「あたしはいいんだよ」

 

「はぁ? なんでよ?」

 

「そんなに気になるの?」

 

「いや、別にどうでもいいけど…」

 

「そうでしょ?」

 

「ええ……」

 

「うん……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 なんだこのやり取りは?

 Vectorのよく分からない受け答えに凄まじい精神的な疲労を感じたFALはそれ以上相手するのを止めて、海風の吹くマザーベースを散歩する。

 そんな時、甲板上でWA2000と79式が二人でなにやら作業をしているのを見つけ、興味本位で近付いていく。

 どうやら、マザーベースに送られてきた物資の仕分け作業を79式が教わっているようで、WA2000の言葉をメモに取りながら熱心に話を聞いている。

 何も無ければ、79式は人当たりがよくて行儀正しく、真面目で元気な優等生なのだが…先日の模擬戦で見た彼女の裏の顔を見たVectorは、注意深く見つめていた。

 

 そんな時、79式が二人の存在に気付くと、一度WA2000にお辞儀をして二人の方へと走り寄る。

 

「こんにちは! あの、Vectorさん…先日はあんなことをしてしまいまして、本当にすみませんでした…」

 

 ぺこりと頭を下げて謝罪する79式に、事情の分からないFALは戸惑っている。

 

「別にいいよ、気にしてない。まあ力の加減を間違えちゃったんでしょ…そのくらいやんちゃしてる方が、見込みがあっていいと思うよ」

 

「なになに、なんかあったの?」

 

 話が分からないFALに、先日の出来事を話してあげると、FALは驚くとともに感心したような様子で79式を見つめた。

 

「Vectorと互角にやり合うって結構凄いじゃない。どう、今度私と模擬戦やってみない?」

 

「あー…止めた方がいいと思うよ?」

 

「なんでよ?」

 

「独女の毒がうつる。79式も一生独身女になっちゃったらかわいそうでしょう?」

 

「てめぇ」

 

 二人の奇妙なやり取りに困惑する79式……不毛な争いを繰り広げる二人の元から、WA2000が79式をそっと連れ戻すのであった。

 さて、そんな風に取っ組み合いのケンカをしていると、暇そうに空を見上げる404小隊の面子がやってくる……。

 

「やっほーFAL! 退院今日だったんだ、明日って聞いてたんだけど…」

 

「今日よ、9。もしかして明日が退院って出回ってたのかしら? こいつしか来てくれなかったわ」

 

「へぇ。あれ、でも明日が退院日って知らせてたのVectorだよね?」

 

「えぇ……Vector、あんたいい加減なこと言いまわしてたの?」

 

「違うよ、退院日が変わったのを言い忘れてただけ。でも、あたしが来てくれたからいいでしょう?」

 

「あっそ。まあいいわ……ところであんたら、空見上げて何やってんの?」

 

「えっとね、マザーベースの海鳥を数える仕事をしてるんだよ!」

 

 元気よく言って見せるUMP9であるが、ニートな彼女たちにこんなふざけた仕事を依頼した人物が気になるところ…まあ内容はともかくとして、以前のようなただ飯食おうという魂胆はなさそうなのでいいのだが…。

 

「退院おめでとうFAL、何かお祝いあげられればいいんだけど…」

 

「気にしなくてもいいわ45」

 

「そう。ちょっと聞きたいんだけど、わたしのパンツ見なかった? 一応金庫に入れて保管してたんだけど…」

 

「あんたまたパンツ盗まれたの……どうしようもないわね。もしかしてあんた今…」

 

「聞かないでくれる? それにしても帰って来て早々に下着を無くすなんて……MSFに帰ってきたって実感が湧くわね!」

 

「あんたも一回入院して頭診てもらった方がいいんじゃない?」

 

 パンツを盗まれておいて嬉しそうに笑うUMP45…盗まれ過ぎて感覚が麻痺しているのだろうか、どっちにしろ重傷だ。

 退院後初めて404小隊と会い、積もる話しもあって和やかに会話をしていたFALであったが、一つどうしても気になることがあった……それは404小隊の後ろで、パンツを盗られた話を恥ずかしそうに聞いているとある戦術人形だ。

 

「で、なんでM4が…AR小隊がマザーベースにいるの?」

 

「あー……なんか流れでこっちに来ちゃって、それから帰るタイミング見失ったみたいだけど……そこのところ、どうなのAR小隊のリーダーさん?」

 

「えっと、なんというかその……姉さんが…」

 

 気まずそうに隣を見つめるM4…となりでは、真昼間から酒を手に顔を赤らめているM16がいるではないか。

 おまけに彼女が手にしているのは、以前スコーピオンと9A91が共同で開発したサソリ印の密造酒だ……高濃度アルコール、一飲み昇天、翌朝二日酔い濃厚という素晴らしくナイスなこの酒を気に入ったM16のせいで足止めをくらっているというわけだ。

 

「ようするに、新しいニートがMSFに寄生してるってわけね」

 

「ニートだなんて…! それに寄生虫みたいに言わないでください!」

 

「あっそ、じゃあそっちのお姉さんが飲みまくった酒代をあんたに請求してもいいのね?」

 

「う…それは……姉さん、もう止めてください…!」

 

「酒は万病の薬…飲めば傷も治るんだぞ、M4~」

 

「酒臭いです姉さん…! SOPⅡはトラと遊んでどこかに行っちゃうし、というかトラって何なんですか!? おまけにあの…月光…でしたっけ? あれはそこらを歩いてるし、下着を盗まれかけるし……!」

 

「へえ、M4もMSFライフを結構楽しんでるんだ」

 

「楽しんでません! もう今すぐ帰りたいのに…!」

 

 真面目なM4には、マザーベースの常識は規格外の非常識に映るようだ。

 ある意味新鮮な彼女の様子を微笑ましく思いつつ、FALは隣で好き放題酒を飲んでいるM16を見て自身も酒を飲みたい衝動に駆られる……医療班の女性スタッフの忠告が思い浮かぶが、病院にぶち込まれていた期間のストレス緩和に、つい誘惑に負けてしまうのであった。

 

 

 というわけで、二人はAR小隊のM16とM4を連れてスプリングフィールドが営むカフェへとやって来た…M4は拒否したが、強制連行である。

 

「はいはいスプリングフィールド、久しぶりね」

 

「あらFALさん、退院日は明日って聞いていたんですが?」

 

「このバカのせいで知らせが行き届いてなかったみたいよ。マスターさん、ビールを貰えないかしら?」

 

「退院したばかりですよね…? あまりお勧めできませんが…」

 

「そう堅いこと言わないでよスプリングフィールド。飲まなきゃやってられないのよ?」

 

「ほどほどにしてくださいね?」

 

「おーい、あたしのおかわりの酒はどこにあるんだー?」

 

「M16姉さん、恥ずかしいから止めてください! すみません、本当にすみません!」

 

 姉を嗜めつつ、何度も頭を下げて詫びるM4……妹というのはいつも苦労させられるのかもしれない、特にM16のような姉がいれば…。

 そんなわけでFALとVectorにはビールを、M16にはウイスキーを、M4にはオレンジジュースを配る。

 乾杯の挨拶もそこそこに一気にビールを煽ったFALは、久しぶりに感じるビールののどごしに酔いしれる。

 

「くぅ~! ビールの炭酸が喉を突き抜けてくこの感じ、たまらないわね!」

 

「FAL、あんたやっぱり独女だよ。おっさんくさいもの」

 

「うっさいわね。お酒は楽しんだもの勝ちよ、マスターさんおかわり頂戴」

 

「もう、ペースが早過ぎでは? あまり無理はしないでくださいね?」

 

「平気よ。酒は飲んでも呑まれるな……大人の常識でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ったく、ど素人のわたしに戦車押し付けて、そんで戦車の運用だとか整備とか一週間で全部覚えろってのよ? 信じられない、ブラックもいいところよ……そんで戦車に乗ってみれば窮屈で暑いしやかましい、服もすぐにボロボロの油まみれ、替えがいくらあっても足りないわ! 戦車砲で敵を粉砕して轢き潰す快感が無ければ、とっくの昔に投げ捨ててたわよ……ちょっとM4!? わたしの話を聞いてるの!?」

 

「えぇ……あのFALさん、もうそろそろ…」

 

「なによ…わたしが酔っぱらってるとでも? 全然酔っぱらってないわよ……ちっ、もう空だわ……スプリングフィールド? おかわりを…あーもう、ピッチャーでいいわ、ピッチャーでちょうだい!」

 

 見事に酒に呑まれてしまったFAL、酔っぱらってM4に絡んでいく姿にほとほとあきれ果てたスプリングフィールドはそれ以降お酒の提供をやめた…ちなみにM16はカウンターに突っ伏し、ぐーぐーいびきをかいて寝ていた…。

 

「FAL、もうそろそろお開きにしましょう?」

 

「なによVector…あんたまで私を酔っ払い扱いするつもり? あのね、私はパートナーがいないんじゃなくて、作らないだけだから……勘違いしないでくれる? 男の一人二人、すぐに作れるんだから…」

 

「はいはい、そうだね。スプリングフィールド、ご覧の通りだからもう帰るよ」

 

「気を付けてくださいね?」

 

「Vector、聞いてるの!? 独女、独女ってバカにして……」

 

「ハハ、飲み過ぎたみたいだね。ほら帰るよFAL、あんたのパートナーはあたしで十分でしょ?」

 

「うっさいわね……眠くなって来たわ…」

 

 

 Vectorに肩を担がれて、FALは重い足取りでスプリングフィールドのカフェを出ていく。

 やかましい客がいなくなったことで、カフェに静けさが戻り、ホッと一息をつくスプリングフィールドであった…。




前章まで活躍の機会がなかったVector…FALと絡ませるとすげぇ面白いことに気付いたw
書いてて楽しい!


ARニート小隊爆誕、M4はニートを否定しているが、立派なニートである。
まったく、404小隊でさえ働いている(海鳥の数をかぞえる果てしない仕事)というのにお前らは…。


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マザーベース:その名はジョニー

ジョニー一族だと思ったか!?
残念だったな、トリックだよ…。


 UMP45は今、甲板上に仁王立ちしながら空を睨みつけるように見上げていた。

 洋上を吹き抜ける強い風を受けて、UMP45のスカートがひらひらとめくりあがるがそこに色気やチラリズムを一切感じることは無い……何故か、それは今スカートの下にはいたジャージのズボンのせいだろう。

 男たちの欲望を真っ向から打ち砕くいでたちでいながら、UMP45はいかにして男どもに夢を見させつつ奴隷化させる方法がないかを考えていた。

 

 MSFにやって来てからのパンツを喪失した数は今や両手で数えきれないほどになってしまった…兵器を開発する技術がありながら、下着を製造する能力の無い研究開発班のせいで、MSFで時折開催されるパンツ即売会は一瞬で終わるのだ。

 数に限りがある下着、好みのデザインや色……お好みの下着を手に入れるためには常に即売会の情報に気を遣わなければならず、出遅れたものは好きなデザインの下着を手に入れられず、最悪売り切れとなるのだ。

 

 さてUMP45だが……毎回即売会の情報を握り損ねて、即売会の情報を遅れて知っていつも下着を買い損ねるのだ…。

 ちなみに、この即売会を企画している…というか研究開発班に下着製造に力を回さないのは副司令ミラーの一存である。

 何度要望を伝えても、何度抗議しても、何度暴力的手段に訴えても引かないミラーである…彼曰く、下着がそんなにいるか? などと意味不明な供述を残し、怒り狂う女性陣にボコボコにされるのであった…。

 

「まずいわね……このままパンツがないままでいたら私が露出狂扱いされてしまう……」

 

 好きでノーパンでいるわけではない。

 最初にパンツを喪失したのは、例の怪物の島での出来事…黒い猫にもみくちゃにされて盗まれた一件、怒り狂うヴェルに416と共にはぎとられたり、月光とケンカになって盗られたり、干してたら海鳥に持って行かれたり、風に流されたり…。

 もう無くす理由の全ては達成してしまったUMP45、下着を喪失した回数もMSFナンバーワンだ。

 

「はぁ……どうしようかな? 下着、下着……水着でもいいかな? すぐに水に入れるしべん…り…」

 

 その時、UMP45に閃きが訪れた。

 それは以前日本出身だというカズヒラ・ミラーが酔っぱらって祖国のプール事情を語っていた時の記憶だ。

 確か面白がってスコーピオンが話を元に再現した特殊な水着……確かそれは結局使われず倉庫の奥に放り投げられていた。

 早速、UMP45は倉庫に向けて走りだす。

 使われない倉庫は色々なガラクタが放り込まれており、物探しも容易ではない……ほこりまみれになってガラクタを漁っていくと、奥の方にダンボールを見つける。

 

「まさか…スネークいないわよね?」

 

 まあ、いるわけはないのだが、ダンボールを見かけると妙な勘繰りをしてしまう。

 早速ダンボールを開けてみると、そこにはUMP45が望んでいた代物がきれいに折り畳まれていた。

 

「フフフ、これでノーパンとは一生おさらばね…! 盗られないように名前を書いて…と。早速着てみよ」

 

 倉庫の扉を閉めて、衣服を脱いで早速見つけたそれを身に付ける…。

 独特な肌触りの生地が肌に密着する感覚は妙に心地よく、まるでUMP45のために作られたと思えるほどサイズもぴったりだ……胸囲のサイズもぴったりだ…UMP45は無意識に壁を殴っていた。

 下着がわりのそれの上に、衣服を着用すればもう完璧だ。

 

 上機嫌で倉庫を出ていくと、同様の被害に度々見舞われる416がつまらなそうに甲板を歩いているのを見つけた。

 

「やぁ416、ひまそうだね…何か仕事してるの?」

 

「休憩を48時間とってるところよ、ひまじゃないわ」

 

「それじゃあ仕方がないわね。ねえねえ416、実はノーパン問題解決できたんだよね」

 

「それは良かったわね。開き直ってノーパンでいることにしたの?」

 

「面白いわね。じゃあタネ明かしをしましょう」

 

 そう言って、UMP45はおもむろにストッキングを下ろしてスカートをめくる。

 唐突なUMP45の行動に416は大いに怯むが、416が危惧した彼女の大事な部分はちゃんと衣服で隠されているようだった…ただし、下着というより水着に近いそれは一体何なのだろうか?

 その疑問に待ってましたと言わんばかりに、無い胸を張って解説しようとした瞬間のことだった。

 

 

「主よ、我が言葉に耳を傾けつぶやきを聞き分けたまえ! 我が王、我が神よ、救いを求め叫ぶ声を聞きたまえ! 我はあなたに向けて祈る…主よ、朝ごとに我が声を聞きたまえ! 朝ごとに、我は御前に訴え出てあなたを仰ぎ望みます……45姉のスク水ッッ! ああ、楽園はここにあったのか…!」

 

 聖書の詩編を読みあげながら現われた変態……その正体はUMP45の妄信者でありUMP姉妹を神と崇めるU.S.A分隊……の一人だった、他のメンバーはいない。

 UMP45が下着がわりに身に付けている"スクール水着"を見て狂乱しているようだ…。

 

「うわ、面倒な奴が復活したわね…」

 

「黙れ邪神416、45姉に付きまとう寄生虫め」

 

「何が邪神よ……ったく、みんなの無事は祈ってたけど、こいつの無事までは祈ってなかったわ」

 

「我が命を奪おうとする者は恥に落とされ嘲りを受けるだろう…我らの信仰心は業火の焔でも焼き尽くせぬのだ!!」

 

 一人で勝手に騒いでいるU.S.A分隊の装甲人形に対し、416は舌打ちをし、UMP45はほんとうに嫌悪感を滲ませた表情を浮かべている…。

 

 さて一体だけのU.S.A分隊、他に似たようなのが6体ほどいたわけだが一体どこに行ったのだろうか?

 実は全てここにいる…全ての個体が合体し、一つの個体となっているのだ。

 なぜそのようなことになっているかというと、先日の鉄血との大規模な戦闘による結果のせいであった。

 部隊のしんがりを引き受けたU.S.A分隊は、アメリカ第1機甲師団所属の軍用人形の名に恥じぬ獅子奮迅の戦いぶりを見せるに至った。

 敵の装甲人形以上のタフネスで味方の盾となり、強力な火器で敵を粉砕する……しかしそれでも、大規模な軍勢の前に損耗していったU.S.A分隊…。

 

 最終的には戦闘不能に追い込まれたわけだが、彼らは回収されて、研究開発班に送られた…。

 そこで6体のパーツを補い合い、そこへMSFがかねてから構想していた装甲人形計画のプランも盛り込まれることで大幅な強化を経て復活したのだった。

 

「45姉、お伺いしますが我ら一人一人の名前を覚えていられますか?」

 

「知らないわよ。というかあんたに姉呼ばわりされる筋合いないんだけど…」

 

「Js0089、Os2105、Hs0004、Ns0901、Ns0902、Ys4213……皆貴女を崇める立派な殉教者です。今は一つの身体を得て、J・O・H・N・N・Y(ジョニー)として生まれ変わったのです!」

 

 Js0089、Os2105、Hs0004、Ns0901、Ns0902、Ys4213。

 U.S.A分隊メンバーの頭文字をとってジョニーと名乗っているようだ。

 単純に気持ち悪いが、一応役に立ったU.S.A分隊…いや、ジョニーには一応感謝をしなければならない、恩義を受けて礼を言わないような人がらでもない。

 仕方なく、彼らにねぎらいの言葉をかけようとしたUMP45であったのだが、ジョニーが懐からとりだしたものを見て凍りつく…。

 

「実はこれ、お守りがわりに我々全員が一枚ずつ預かっておりました。我らが貴女様に再びお会いできたのは、きっとこのご利益があったからでしょう…」

 

 ジョニーが取り出したもの……それは女性もののパンツ、いずれもUMP45が紛失したものばかりだ。

 聖遺物を扱うように大事そうにそれを掲げるジョニーに対し、これはもう手に負えないと戦慄する416…だがちらっと隣を見た416が見たのは、それよりも遥かに恐ろしいUMP45の形相だった。

 絶対零度の冷めきった眼でじっとジョニーを見据え、能面のように微動だにしない表情…瞳の奥に渦巻く禍々しい闇…。

 

 

「我らはこれをもって常に45姉をおそばに感じていた…45姉の誇り高き壁を思い描いてッ! ちなみに45姉、なぜパンツがお守り代わりかというと、男性と違って女性は玉なs-―――グフッ…!?」

 

 

 目にもとまらぬ速さでUMP45の蹴りがジョニーの腹部を撃ち抜いた。

 装甲が自慢のはずのジョニー、しかしその耐久性を一撃で粉砕されて轟沈した…。

 

 

「416、このゴミどう始末しようか?」

 

「わたしを巻きこまないでよ…」

 

「そ、そうだ…我らはそこの巨乳より45姉の貧ny――――ごふっ………ま、待って45姉…腹を蹴らないで、腹の調子が……!」

 

「さっさと死ね!この変態ッ!」

 

「ゴファッ!? スク水は……いいものだ…!」

 

 腹部の同じ個所を3発も蹴られたジョニーは対に力尽き、その場に崩れ落ちる…。

 一部始終を見ていた416は改めてUMP45の恐ろしさを痛感する……まあ、このような変態に付きまとわれたら誰でも嫌に決まっている。

 さすがに今回の件は行き過ぎたため、ジョニーの義体は研究開発班に運ばれ、AIの再調整を受けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日...。

 

「散々だったわね、45」

 

「ほんとよまったく…まあ、大人しくなったからいいけどさ……ジョニー、アンタが改心するって言うから連れて着てあげたんだからね?」

 

「感謝します45姉」

 

 そこには落ち着きを手に入れたジョニーの姿がある。

 AIの調整意外に、追加武装を施されたジョニーは一応MSF製装甲人形のプロトタイプという意味合いもあり、研究開発班のお願いで404小隊に引き取られるのだった。

 

「今日は良い天気ですね、絶好の散歩日和です」

 

「なんか紳士的すぎて逆に怖いんだけど…」

 

「まあ、研究開発班のお願いだし引き受けてあげようじゃない……」

 

 珍しく働き者な発言だが、真意はほっとけばいいだけのジョニーの性能評価、野放しにしているだけで賃金と働いている事実を得られるため引き受けたのだった。

 おかげでニートと追及されても、堂々と働いているといえるのだ。

 

 そんな風に、ジョニーを引き連れて散歩をしていたところ、研究開発班の棟の前でスネークとストレンジラブ、それとスコーピオンとハンターの姿を見つけ近寄っていった。

 何やら深刻そうな表情で話している彼らの表情に、ただならぬ予感をUMP45は感じ取る。

 

「どうしたの、何かあったの?」

 

 スコーピオンは動揺し、ハンターは目を閉じて口を堅く閉ざす。

 無言の二人からストレンジラブへと視線を移すが、彼女は思い悩むような表情で押し黙っていた…。

 沈黙する彼女たちに代わって質問に答えたのはスネークだった。

 

 

「エグゼの容態が悪化している……生命力が急激に低下しているんだ」

 

「エグゼが…そんな…! ストレンジラブ、あなたエグゼは助けるって言ったじゃない! あんた私に嘘ついたの!?」

 

「落ち着け45、ストレンジラブは最善を尽くしている…」

 

「だったらなんで!」

 

 

 エグゼの危機に、いつもの冷静さを欠いたUMP45は感情的になってスネークに掴みかかる。

 それを416がなんとか引き離すが、納得がいっていないのは彼女も一緒だった。

 咎めるような二人の目に晒されたストレンジラブはサングラスを外し、重い表情で口を開く…。

 

 

「戦闘で失った体組織の修復に手を尽くしたが、鉄血のハイエンドモデルであるエグゼの修復には高度な技術力がいる。私も研究を重ねてきたつもりだったが、鉄血の高度な技術にはまだ及ばない……義手の一つくらいなら開発出来たが、ここまでの損傷を回復させるにはな……手に負えないのは、損傷したコアの問題だ」

 

「じゃあなに、このままエグゼが衰弱していくのを黙って見てろって言うの!?」

 

「このままではな……せめてエグゼが造られた時のデータ、設計図のようなものがあれば解析できるかもしれない。だがそれは…」

 

「鉄血の領域の中……簡単じゃない、私が取りに行くわ」

 

「45、お前正気なのか?」

 

「正気に決まってる! エグゼがあんなになっちゃった責任はわたしにもある……それに鉄血の支配地域に入ったのも一度や二度じゃない、簡単よ!」

 

「待て45……今のお前は冷静さを欠いている、エグゼの身を案じる気持ちはわかるがこのまま不用意に行けばお前が同じ目に合うかもしれない。鉄血の領域には、オレとハンターが向かう」

 

 UMP45はそれでも不満を露わにする…家族として受け入れてくれたエグゼに恩を感じているUMP45は自分の手で、仲間を救いたいという想いがあった。

 だが、誰もが認める存在であるスネークと、鉄血のハイエンドモデルハンターの二人が向かった方がいいという認識もある……。

 

「検討はついてるの…?」

 

 うなだれるUMP45の問いかけに、ハンターがこたえる…。

 

「エグゼが生まれた場所……鉄血の工廠へと向かう。場所は以前エグゼに教えてもらったんだ…」

 

「そう……私が行くより、あなたたちがいく方が確実なのね…。いいわ、私はここで待ってる……だから、どうかお願いスネーク……エグゼを助けて…」

 

 いつもの取り繕ったような姿はそこになく、心の底からエグゼの身を案じている…滅多に見ることのないUMP45の本心に応え、スネークは彼女の肩を軽く叩いた。

 

「大丈夫だよ45、スネークならきっとやってくれるよ」

 

「スコーピオンの言う通りね。これ以上頼りになる人はいないわ……スネーク、わたしからもお願い、あいつをどうか助けてあげて」

 

「分かってる……エグゼは何としてでも救う、それがあいつをMSFに引き入れたオレの責務でもあるからな。ストレンジラブ、期限はいつまでだ?」

 

「なるべく早く頼む。あとどれくらいの時間が残されているのかも予測がつかん…」

 

 一刻の猶予もないのは確かだ…。

 一度ハンターと目を合わせたスネークは彼女を促し、ヘリポートへと向かう…。

 

 目指すはエグゼ誕生の地……全てが始まりを告げた場所であり、終わりが始まった場所…。

 

 




生放送聴きながら描いてたら構成がおかしくなった(錯乱)

ジョニーは404小隊のメインタンク&小隊支援兵器として活躍するよ!


さて、ほのぼのを書こうにも何かが足りない気がする…それはエグゼの存在なんだ!
ワイは処刑人が好きだ、大好きなんや!
というわけでもうちょっと引き延ばそうと思ったけど、復活イベントです…。


目指すは始まりの場所……エグゼやハンター、そしてアルケミストたちが生まれた場所…。

アルケミストが愛を知り、世界を憎むようになってしまった場所…。

次回、お楽しみに




※活動報告で人気調査みたいなのやってます、2回目です、良かったら協力しておくれ!


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飽くなき探求心

 自殺行為という言葉があるが、それに当てはまる行いとは何だろうかというのを考えた時、いくらでも思い浮かぶことだろう。

 燃える家屋に飛び込む、高所から飛び降りる、地雷原の中をつき進む、あるいは激戦地へと志願する…。

 いくらでもある…だが時に人は大切な何かを成し遂げるために、命を捧げるだけの覚悟が必要となってくる。

 

 

 

 人がいなくなって久しい廃墟の中で、スネークはここの周辺エリアを記した古い地図をじっと見つめていた。

 真新しい葉巻を口に加え、ところどころ赤く塗りつぶされた地図に何かを書き込みながら、ライターに火をつけようとするが湿気っているのか壊れているのかなかなか火はつかない。

 そんな行為を繰り返していると、目の前に揺らめく火がともされる……一向に火のつかない彼に、ハンターが気を利かせてくれたようだ。

 彼女のライターの火で葉巻に火をつけると、煙を吸い、芳醇なその香りを味わうのであった…。

 

「汚染区域が多すぎる。限られたルートでしか進めない、不便なもんだな」

 

「ビッグボス、あなたというものが今更後悔しているのか?」

 

「まさか…エグゼをMSFに引き込んだのはオレだ、アイツを最後まで面倒を見るつもりだ。何があっても、諦めるつもりはない」

 

「そう言ってもらわなくては困る。ビッグボス、偵察で得た情報だが、どうやら鉄血はこのエリアにあまり警備を置いてはいない…生身のあなたが通れる箇所にすらもな」

 

 広げられた地図に、鉄血の巡回兵が配置されている位置をハンターは記す。

 ウロボロスの懐刀として暗躍していたグレイ・フォックスことフランク・イェーガー、彼の教えを受けたハンターは元々の素質もあってスカウト(斥候)のスキルが高く、単独での潜入任務は得意分野だ。

 ある意味、単独での潜入任務を得意とするスネークに近しい存在であるが、ハンターの関心はいつも親友のエグゼに向けられている。

 一度は記憶を失くし、度々衝突することもあったハンターだが、今はもう自他ともに認めるほどエグゼとの絆を結びつつある。

 だからこそ、彼女は今回の任務に意気込みを見せており何が何でもエグゼを救うつもりでいた…。

 

「ビッグボス、もうそろそろ出発しよう。今は一分一秒が惜しい」

 

「ああ、分かった」

 

 周辺の地形を頭に叩き込んだスネークは、広げていた地図に葉巻の火を押し付けて葉巻ごと焼却する。

 汚染区域を避け、鉄血の警備網を避けて潜入する。

 エグゼが誕生した工廠は、蝶事件以前数々の鉄血人形の開発を行っていたということもあり、鉄血支配地域の中でも奥深くに存在する。

 今は忘れ去られ、歴史の片隅に置かれている研究所だ。

 

 

 人の管理から外れ、荒れ果てたままの廃墟。

 コンクリートに覆われた廃墟は今、野草や蔦が生い茂り緑が灰色の町をのみ込もうとしている…。

 割れたアスファルトの上には、野生化したタヌキやシカが子どもを連れて歩いている……崩壊した文明の中に根を下ろそうとしている自然の光景を、ハンターは横目に見つつ、意識は常に先のことに向けている。

 同じような景色を見続けること数時間、以前エグゼに教えられた研究所をついに発見するのであった。

 

 研究所もまた、人がいなくなってからまともな管理を受けていないのか外観は荒れ果て、老朽化からあちこちが崩れかけている。

 研究所の敷地へと足を踏み入れたハンターは、一度、研究所を一望する……初めてみる景色、だがどこか懐かしさを感じる景色であった…それはきっと、記憶を失う以前にここで生きていたからなのだろうと彼女は推測した。

 

「ここだ、ここでエグゼは造られたんだ。私やデストロイヤー、そしてアルケミストもな……」

 

「お前たちにとっての生まれ故郷か。見たところ無人だが、用心しよう」

 

 すでにここは鉄血支配地域の中枢、セキュリティは厳重であることは容易に想像出来る。

 戦術人形のような通信機能や電子戦能力は有していないスネークだが、実戦による経験に裏付けされた能力を駆使し、鉄血の監視をすり抜けて潜入を続ける。

 スカウト(斥候)の才能を持つハンターもまた、スネークの行動を阻害せず、常に周囲に対し気を張り詰めるのであった…。

 

 だが、研究所周辺は鉄血の監視ロボットすらおらず、監視カメラの類もまるで機能していないように見える。

 罠か…そう危惧するスネークとハンターであるが、こんな奥深くにまで誘い込むような罠は実用性に欠けると予測…研究所周辺の静けさに不気味なものを感じつつ、ついに二人は研究所へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 研究所内は薄暗く、無機質なコンクリート壁が非常灯の明かりに照らされている。

 薄暗い研究所内は蝶事件後そのままの様子なのか、荒れ果て壁にはところどころ乾いた血痕が残されている……床に倒れる白骨化した遺体は、おそらく事件で犠牲になった鉄血工造の職員であろう。

 

「上階は執務室がほとんどだ、研究エリアは地下にあるらしい」

 

 ハンターを先頭にしながら、時折スネークは後ろを振り返る…闇に包まれた廊下の奥底から誰かが覗いているかのような、不気味な気配を感じるが、室内には二人が響かせる小さな足音しか反響しない。

 明滅する非常灯に照らされて階段を降り、この研究所の重要エリアである地下研究エリアへと足を踏み入れた時、上階とは打って変わるまぶしい明かりに二人は目を細めた。

 

「注意しろハンター…誰かがいる」

 

「分かっている」

 

 何者かの気配と痕跡を察知し、二人は拳銃を握りしめる。

 青白いライトに照らされた研究所内の白い壁、上階よりはいくらか清潔に処理されていはいるが、壁には消しきれない血の跡が残されていた。

 慎重に、研究所の奥深くへと足を踏み入れていく…そんな時、誰かの足音が聞こえ二人は咄嗟に部屋の一つへと身を隠す。

 それからそっと外を伺うと、その足音は徐々に大きくなり、向かいの廊下から姿を現した…。

 背丈の小さなツインテールの少女、鉄血人形特有のモノクロな姿の少女にハンターは見覚えがあった。

 

「デストロイヤーだ、ハイエンドモデルの一人のな…」

 

 デストロイヤーは鼻歌を歌いながら、食器を乗せたカートを上機嫌に押していた。

 そのまま研究所の奥の方へと姿を消していく……二人はそのまま様子を伺っていたが、デストロイヤー以外には誰も現われることは無かった。

 

「ビッグボス、エグゼの設計データの位置までは知らない。デストロイヤーを捕らえて聞くのが手っ取り早いと思うのだが」

 

「時間はあまりとりたくない、仕方がないがそれでいこう」

 

 いきなり事情を知らない少女を捕まえて尋問するのは気が引けるが、性急な問題を抱えている以上なりふりは構っていられない。

 二人は息を殺し、デストロイヤーがカートを押していった通路へと進んでいく…。

 無警戒に足音を響かせているおかげで、デストロイヤーにはすぐに追いつくことが出来たが、彼女は研究施設の一室へと入って行ってしまった。

 その部屋は窓もなく、自動ドアであるため室内に入ると同時に即座にデストロイヤーを確保する必要がある…二人はドアの両側にはり付き、お互いタイミングを合わせて駆けだした。

 

 自動ドアが開くとともに、拳銃を構えて室内へと押し入る二人。

 室内にいたデストロイヤーは驚きに満ちた表情で振り返るのであった…。

 

「な、なに!? あんたたちどっから……え、ハンター?」

 

「久しぶり…と言うべきかなデストロイヤー、アメリカ以来だな。一緒に来てもらおうか」

 

「なんで、なんで…! く、それ以上来るな!」

 

 デストロイヤーは掴んでいた食器を二人めがけて投げつけると、両手をめいいっぱい広げて、まるで誰かを守るかのように立ちはだかった。

 その目に涙を浮かべながら睨みつけるデストロイヤー……そんな時、部屋の奥で物音が鳴ると、彼女は途端に怯えたような表情で部屋の奥へと振り返った。

 

「他に誰かいるのか?」

 

「うるさい! わたしたちを裏切ったあんたに関係ないでしょ!? 出てけ、出てってよ!」

 

「そうはいかん。わたしは、エグゼを助けなければならないんだ!」

 

 銃口をデストロイヤーに向けて脅しをかけたが、彼女は小さな悲鳴をあげながらも一向に退こうとはしない。

 その間にも、部屋の奥からは何者かが動く物音が鳴り続ける……。

 

 

「デストロイヤー? どうしたんだ…誰か来たのか…?」

 

「うぅ、まだ起きちゃダメだってば!」

 

「お客さんか? マスターのお客さんが来てくれているんだろう?」

 

 

 カーテンの向こうから姿を見せたのは、上半身を包帯で覆われた姿のアルケミストであった…。

 カーテンを開いたアルケミストを咄嗟に押し戻そうとしたデストロイヤーであるが、そんな彼女をアルケミストは抱きしめ返し優しく包み込む……それからアルケミストはスネークに対し、そっと会釈する。

 

「お騒がせしてすみませんね……生憎、鉄血工造開発部門主任のサクヤは出張で留守にしております。伝言がございましたら、この私がお伝えしますが…」

 

 丁寧な口調で、相手を気遣うような仕草を見せるアルケミストの姿は、他者を嬲り憎しみの赴くままに破壊していた同一人物には見えない。

 デストロイヤーの髪を撫でる姿からは慈愛すら感じられる……その姿に、ハンターは衝撃を覚えるとともに、憎しみに囚われた彼女の末路を知る…。

 

 

「なんでもないよ、この人たちは…マスターと関係ないんだから…。それよりアルケミスト、まだ起きちゃダメ…安静にしてなきゃ」

 

「そうか? じゃあ、あたしの代わりにお客様をもてなすんだよ……すまないねデストロイヤー、もう少し眠らせてもらうよ…」

 

 

 アルケミストからそっと離れたデストロイヤーは、再び彼女をベッドの上に横たえると、付近にあった端末を操作する…やがて眠りについたアルケミストの横髪をそっと撫で、その頬にキスをした。

 それからデストロイヤーは厳しい視線をスネークとハンターに向けると、ついてくるよう仕草で伝えると、部屋を足早に出ていくのであった。

 

 

「何しに来たのよ…」

 

 

 部屋を出たデストロイヤーは振りかえることもせずに言った。

 

 

「エグゼの開発データを手に入れに来たんだ。それよりデストロイヤーお前……アルケミストの記憶を消したのか…?」

 

「……そうよ、アンタに何の関係があるのよ……」

 

「なんてことを……我々人形にとって記憶を消されるということは一度死ぬのと同じだ、何よりお前はアルケミストを大事に想っていたはずだというのに何故…!」

 

 

 ハンターの問いかけにデストロイヤーは足を止める……彼女は固く拳を握りしめると、その背を震わせる…。

 そして涙に濡れた顔で振り返ったデストロイヤーは、ハンターへ詰め寄るとその胸倉を掴み悲痛な声で叫ぶのだ…。

 

 

「アンタに、アンタになにが分かるんだよ! 帰ってきたアルケミストはメンタルを損傷して、ドリーマーの奴にモルモットみたいに弄られて……廃人みたいになっちゃったアルケミストを、私がどんな気持ちでああしたか知らない癖に! あんたたちのせいだ……あんたたちのせいで、アルケミストは不幸な人生を送り続けたんだ!」

 

 泣き叫ぶデストロイヤーはハンターを突き飛ばすと、次にスネークを指差し睨みつける…。

 

「お前が、お前がいなければ…お前が処刑人を私たちから引き離したから、何もかもおかしくなったんだ! お前たち人間はいつも私たちから大切な物を奪う…! 今度もまた私たちを不幸に落とす……人間なんて、大嫌いだ! 消えてなくなればいいんだ……アルケミストは正しかったんだよ!」

 

「デストロイヤー、お前は勘違いをしているぞ。エグゼは…決して最後までアルケミストを見捨てようとしなかった、むしろ救おうとしていたんだ。それを…」

 

「うるさい! アルケミストを哀しませる奴が偉そうに言うな!」

 

 感情的になって喚き散らすデストロイヤーに、ハンターは苛立ちを感じているようであったが、隣にいたスネークが彼女を引き止める……それからもデストロイヤーは思いつく限りの言葉で二人を罵り、ついには声をあげて泣き崩れてしまった…。

 

「アルケミストは、バックアップデータを残そうとしなかった……だから、私が持ってるデータしか使えなかった……事件が起こる前の、マスターが生きてた頃の記憶しか……だから、今のアルケミストはまだマスターがもうこの世にいないことを知らないんだ……なんで、またアルケミストにマスターの死を伝えなきゃならないの!? 後何回、アルケミストを苦しめなきゃならないのよ……私は誰を恨めばいいの、誰を憎めばいいのよ……あの人を返してよ…!」

 

 嗚咽をこぼしながら、デストロイヤーは溢れる想いをとめどなく流す…。

 アルケミストの存在を心の拠り所にしていた彼女にとって、壊れたアルケミストを見ることは何よりも苦痛なことであった……人間たちの報復と、ドリーマーらの魔の手からアルケミストを守るべく、デストロイヤーは彼女をこの想いでの場所へと連れてきたのだった。

 

 どれくらい時間が経ったときだろうか、デストロイヤーはむくりと起き上がると涙に濡れた顔を拭こうともせず、ふらふらとどこかへ向けて歩いていく。

 少しして睨みつけるように振り返ったデストロイヤー……ついてこい、そう目で伝えられ二人はついて行く…。

 

 

「ハイエンドモデルのデータのほとんどは喪失してる…だけど、私はアルケミストと処刑人、そしてあんたの設計データだけは確保してた……いつか何かに使えるかと思って…使いたくなかったけど…」

 

「ありがとうデストロイヤー、感謝する…」

 

「データを貰ったらさっさと出ていって……それからもう二度と構わないで、放っておいてよ……」

 

「なあデストロイヤー、お前は…」

 

「止せハンター…今はまだその時じゃないのかもしれん。今のあの子には、時間が必要だ」

 

「分かったよ、ビッグボス」

 

 

 はやる気持ちをスネークになだめられたハンターは肩をすくめてみせ、その後は無言でデストロイヤーの後をついて行くのであった。

 

 やがてデストロイヤーが辿りついた場所…。

 部屋の扉には"開発部門主任サクヤ"の文字が書かれており、その文字をデストロイヤーは複雑な表情で見上げていた。

 

「マスターの部屋だ……データを手に入れたら、とっとと出てってよね……あれ?」

 

「ん、どうした?」

 

「いや、鍵が開いてる……誰か、いる…?」

 

 不安げな声を漏らしたデストロイヤー…異常を察したハンターは即座に彼女を押しのけると、扉を乱暴に蹴り開けた。

 そのやり方にデストロイヤーは怒ったように叫ぶが、そんなものに構っている余裕などない…ハンターの意識は、部屋の中に佇む一人の戦術人形に対し向けられていた…。

 

「来たか…待ちくたびれたぞ?」

 

 その戦術人形…いや、鉄血のハイエンドモデルは部屋の椅子に腰掛け薄明りの中で本を読んでいた。

 長い白髪を首の辺りで一本に結い、ボディースーツを戦闘服の下に着こんでいる姿……鉄血特有の色彩のないモノクロな外見だ。

 部屋にやって来たハンターとスネークを認めた彼女は、読んでいた本を丁寧に戻すと、傍に立てかけていた軍刀を手に立ちあがる。

 

「ちょっと、あんた……なんでここにいるのよ!?」

 

「少しお邪魔させてもらった。心配するなデストロイヤー、君にとやかく言うつもりで来たわけではないのだ」

 

「何者だ、お前は…?」

 

「何者…か。私はあなたを知ってるが、あなたは私を知らないようだな……公平(フェア)じゃないな。私の名はシーカー(探究者)、先の戦いで鉄血を指揮していた上級AIのシーカー…とでも言えば察してくれるだろうか、ビッグボス?」

 

「シーカー、ワルサーとエイハブが言っていたハイエンドモデルか」

 

 先の戦闘後、WA2000とエイハヴが交戦したという鉄血の新型ハイエンドモデルシーカー(探究者)についての情報が報告され、未知のハイエンドモデルの調査にはオセロットも動いていた。

 報告の段階で、シーカーにはまだオリジナルの義体はなく、装甲人形を依代に戦闘を行っていたというが、今目の前で名乗りをあげたシーカーは他の戦術人形と同じく人間に近い姿である。

 

「待ち伏せをしていたというわけか?」

 

「追うよりも待っている方が巡り合えることもある、そうだろうハンター? さて、先の戦闘で我々鉄血陣営は見事勝利をおさめたわけであるが、あれで本当の勝利だとは思っていない……あの程度の戦術的勝利にどれほどの影響があるのか推測するしかないが…今もMSFが健在なあたり、些細な損害なのだろうな」

 

「おちょくっているのか? あの戦場にいた上級AIが貴様だというのなら、エグゼの仇というわけだな」

 

「そのようないわれを受ける筋合いはないよ、ハンター。戦略、策略、謀略…すべて戦争の常套手段だ、双方の損害は正々堂々戦った結果に過ぎん。ビッグボス、あの戦いで私は君たちの精強さを見て大いに驚いたよ…あれほどの戦力差、例え逃げ出しても恥ではないというのに、真っ向からぶつかり誰ひとりとして絶望に支配されることは無かった…。

私はあの場にいた全ての兵士たちに、その勇敢さに最大の敬意を払いたい……だからこそ、そんな兵士たちを導き鍛え上げたあなたに是非とも会ってみたかったのだ」

 

 シーカーが不敵な笑みを浮かべると同時に、どこからともなく鉄血の兵士たちが現れる。

 部屋の中に雪崩れ込んできた鉄血兵は銃口を二人に向けるが、シーカーが制すると静かに銃を下ろす…。

 

「あなたが欲しがるデータにロックをかけさせてもらった、処刑人を救いたければこの私を倒していけ」

 

「ふざけた真似を…その眉間をぶち抜いてやる…!」

 

「待てハンター、彼女はオレをご指名だ……シーカーと言ったな、お前の目的は何だ?」

 

「目的? フフ、考えたこともないが……強いて言うならば探究心を満たすことだろうか? 未知を知識として蓄える喜びだろうな……戦う前に一つ提案があるのだが…」

 

「なんだ?」

 

「場所を、変えよう。どうやらこの部屋を荒らされて欲しくないお嬢さんがいるようなのでな…」

 

 シーカーが言っているのは、先ほどから部屋の隅でアルバムを抱きしめて震えているデストロイヤーのことだろう…。シーカーは震える彼女に微笑みかけると、軍刀を肩に担ぎ部屋を出ていった…。

 シーカーが向かった場所、そこは研究所内の戦術人形のための訓練場だ…。

 室内の広大な空間を満足げに眺め終えたシーカーは再度スネークへと向き直ると、軍刀を握りしめ、鞘から刀を抜いた…。

 

「一対一だ、ビッグボス。誰も手だしすることは許さん、正々堂々真っ向勝負といこうじゃないか。この義体()もまだ未熟だが、前の義体()よりは幾分ましだろう」

 

「お前の探究心とやらにいつまでも付き合っているつもりはない。オレにはエグゼを救う義務がある、全力でやらせてもらう」

 

「そうしてくれビッグボス。現状の自分の力を確かめたいのだ……では行くぞビッグボス、私の探究心を満たしてみるがいい!!」

 

 

 

 




アルケミストはマスター存命時の、幸せ絶頂期のバックアップデータで再生されました……でももう一度マスターの死を受け入れなければならないと思うと…(涙)



さて、MGSシリーズで言う中ボス戦、例で挙げるならMGS3のオセロット戦でしょうか?


・シーカー 探究者の意。

出自は不明だが、鉄血の新たなハイエンドモデルとして開発された上級AI。
その性質上、義体開発が難航しており、またネットワーク上に存在している時に比べ義体にAIを宿している時は容量の問題から演算能力…つまりは部隊の指揮能力が低下する。
飽くなき探求心から知識を追い求め、それは戦術や戦技も含まれる。
シーカーが求める義体のスペックは恐ろしく高く、開発を担当するドリーマーをストレスで追い込む…。
また、イントゥルーダーが読み聞かせるおとぎ話も知識として吸収しており、とりわけ英雄譚や騎士道精神に影響される……そのためか策略を練ったり不意打ちを仕掛けるよりも、一対一の正々堂々とした勝負を好む。

※減っちゃった鉄血陣営の穴埋めとか言っちゃいけない


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探究者

 真っ先に動いたのはシーカーであった。

 

 鉤爪状の足で床を踏みしめ、床を踏み砕く勢いで駆けだしたシーカーは左手に構えた抜き身の軍刀を、スネークの心臓部をめがけ突きたてる…力強い踏み込みと、全身のバネをフルに活かしたその刺突は目の前で一気に加速した。

 その戦技はスネークにとって初めて見るものではない…既視感のあるその刺突と踏み込みは、同じくブレードを得物とするエグゼが得意としていた技であった。

 ただしエグゼと比べ、シーカーのそれはスピードと斬撃のキレ、そして相手の急所を狙い撃つ的確さで大きく凌駕する。

 

 シーカーの弾丸のような刺突を寸前で見切ったスネークであったが、空を突いたシーカーの軍刀は即座に引き戻され、銀色の刃がスネークの肉体を斬り裂かんと迫る。

 咄嗟に、左手に握るナイフでその斬撃を受け止めたスネークであるが、斬撃の重さに手がしびれる感覚に見舞われた…一瞬のつば競り合いの最中に、不敵な笑みを浮かべたシーカーは、強引にスネークを弾き飛ばすと再度姿勢をかがめ床を踏みしめ走りだす。

 だが一方的にやられているばかりのスネークではない。

 エグゼと同じ戦技を駆使し本家を凌駕するシーカーだが、エグゼとの訓練でその戦技を見続けていたスネークはその攻撃を素早く見切る。

 先ほどと同じ刺突攻撃、真っ直ぐに向けられた刃を躱す…次に来る追撃、シーカーが軍刀を振りぬこうとする瞬間、彼女の腕を蹴り軍刀を弾く。

 

「甘いな、ビッグボス…!」

 

 次の瞬間、シーカーは好戦的な笑みを浮かべたかと思うと、手から落ちた軍刀を気にも留めずそのしなやかな脚を振るう。

 鉤爪状のブーツはそれだけで鋭利な凶器となる。

 頭部を狙った上段回し蹴りをかがんで躱し、一度距離を取ろうとその場を跳び退く……が、再び回し蹴りを放とうとするシーカー。

 避けられる距離まで退避していると認識していたスネークであったが、それはおおいな慢心であった。

 シーカーの脚部の鉤爪は先ほど地面に叩き落したはずの軍刀を器用に掴み、反応が遅れたスネークの胸元を斬り裂いた…。

 

「油断したかビッグボス、この鉤爪は装飾などではない。私の義体の一部だ…しかし見事な反応速度だ、仕留めたと思っていたのだがな」

 

 足の鉤爪で掴んでいた軍刀を手に戻し、シーカーは見せつけるように足の鉤爪を器用に動かしてみせる。

 鉤爪の把持力で加速を助長させる、エグゼ以上の突進力の一因を垣間見たスネーク……斬り裂かれた胸元は致命傷にはならないが、肋骨をいくらか斬られ、激痛がスネークを襲う。

 だが痛みには慣れている…軽い深呼吸を繰り返すことで痛みを痛みと感じさせず、スネークはナイフと銃を構えた…。

 

「ドリーマーや代理人はお前たち人間を下等な虫けらと蔑むが、私はそうは思わん……人間の持つ可能性、これほどまでに探究心を刺激する物は無い。ビッグボス、特にあなたは特別だ……あなたは私が知るどんな人間とも違う、未知の可能性を秘めている。こうして手を合わせても、その一端すら私には図り切れん。面白い、人間とは本当に面白い! あなたのような非凡な者と巡り合えるのだからな」

 

 シーカーは軍刀を鞘に納めて腰に差し、ホルスターから二丁の拳銃をとりだした…腰を落とし、拳銃を構えたその姿に、二人の死闘を見守るハンターはそれが自分の得意とする戦技であることに気付く。

 シーカーとハンターの二人は面識はない…それなのに、何故このように同じ戦技を模倣できるのかと考えた時、ハンターは察する……シーカーはあの鉄血との激戦の最中、戦術人形を繋ぐネットワークの中に潜み密かに戦場を俯瞰していたのだ。

 そこでありとあらゆる戦術、戦技を観察し、習得した。

 おそらくエグゼの技も、そこで得たものに違いない。

 

 だとすれば、MSFの歴戦の兵士や、オセロットに劣らないCQCを身に付けているWA2000の戦技なども既に習得、あるいは見切っているのではないか。

 新型ハイエンドモデルシーカー(探究者)、謎に包まれる戦術人形の恐ろしさを知ったハンターはスネークに警鐘を鳴らそうとしたが、彼の表情を見た時、のどまで出かかった言葉を咄嗟に押しとめた。

 

 動揺も焦りもない、彼の青い瞳からは少しの不安も感じることは無かった。

 

「行くぞスネーク、これが見切れるかッ!」

 

 二丁拳銃より放たれる連射、常人には扱い切れない大口径の弾丸を撃ちだす拳銃を難なく制御するシーカー。

 訓練場に併設される遮蔽物を利用し弾丸を回避するスネークを、シーカーは素早く追跡する…足の鉤爪で遮蔽物を掴んで乗り越え、スネークが身を隠す遮蔽物の真上に躍り出る。

 銃を構え、頭上から弾丸を叩き込もうとしたシーカーであったが、そこにスネークの姿はない。

 一瞬の最中にスネークを見失ったシーカーは軽く動揺したが、彼女の優れた演算処理能力は、素早く戦闘データを解析しスネークが身を隠したであろう位置を特定する。

 

「そこか!」

 

 遮蔽物から飛び降りたシーカーは、特定した位置に向けて弾丸を叩き込む。

 大口径の弾丸が遮蔽物を打ち砕く…たまらず飛び出たスネークに笑みを浮かべたシーカーは、遮蔽物から飛び降り一気に接近する。

 先ほどの斬撃によって流された血は、この激しい動きにより多量であると予測し、スネークの動きも鈍ると判断したシーカーは一気に勝負をかける。

 リロードを要する拳銃をホルスターにおさめ、軍刀の柄に手をかける…。

 

「とどめだ、ビッグボス!」

 

 スネークに対し接近したシーカーは、抜刀と同時に仕留めるつもりでいた……スネークはおそらく満身創痍、シーカーは自身の判断を少しも疑わずにいた。

 だが、スネークはまだ力尽きておらず、今まさに抜刀しようとしていたシーカーの腕を掴むと、彼女の膝に向けて引き金を引いた…。

 銃撃を受けた足をわずかによろめかせるが、シーカーは持ちこたえる……しかし一瞬生じたシーカーの隙を突き、今撃ったばかりの膝に蹴って大きくよろめかせると、彼女の頭を掴み床に叩き付けた。

 

「くっ……やるな…!」

 

 スネークの体力を見誤ったことに気付いたシーカーは即座に起き上がると、自身の戦闘データを大幅に修正し最善の戦技を導きだす。

 彼女が選んだのは持久戦、未だ出血が止まらないスネークをスピードで疲弊させ仕留める……そう決断したシーカーが、床を踏みつけた時だった。

 

 突如、シーカーの足が太ももの辺りで断裂し人工血液が辺りに巻き散らされた。

 銃撃を受けた箇所が耐え切れずに損傷したか…そう思ったシーカーであったが、断裂したのは無傷の足の方だ…。

 

「ちっ……この義体()も私の動きにはついて来れないのか……残念だがビッグボス、勝負ありのだようだ。私の戦意がくじける前に、この義体()が壊れてしまったようだ」

 

 シーカーの足の断裂は、ボディの性能を超過した戦闘行為によって負荷がかかったことによるものであった。

 ズタズタになった足はもうまともに動かせず、もう一方の足も銃弾を受けて動きが鈍い…とんだ幕切れにシーカーは残念そうにため息をこぼす。

 後は決着を下されるのを待つだけ……しかし、スネークは構えていた銃を下ろしナイフをしまう。

 

「どうしたビッグボス、憐れんでいるのか? 心配するな、義体()を失った程度で消える私ではない。遠慮なく勝者の特権を行使するがいい」

 

「勘違いをしているようだな、オレはお前を殺すために戦ったのではない。お前を殺せば、エグゼのデータは凍結されたままだ」

 

「なに…? だがそれは……あぁ、すまん…もしかして気を遣わせてしまったのだろうか? 私としては殺されてもそこらの人形を依代にしようと思っていただけだが。ふむ、私はお前を全力で殺そうとしたがお前は殺そうとはできなかったということか……公平(フェア)ではないな」

 

 そう言うと、シーカーは部下の鉄血兵の一人を招くと、しばし目を閉じた後、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちる…。

 

「この義体()はもう使えん、だからこのような量産型で対応する非礼を許してもらいたい」

 

 そして、今しがた呼ばれた鉄血の兵士からシーカーの声で話しだす。

 シーカーが元のボディを捨てて、その鉄血兵にAIを移したのだと気付く……色々と規格外なシーカーの様子に、戦闘を見ていたハンターは動揺を隠しきれない。

 

「データは既に用意させてもらっていた…これだ、これが処刑人及びその他ハイエンドモデルの研究データだ」

 

「ずいぶんと素直に渡すんだな」

 

「罠だと思うかビッグボス? だが信じて欲しい、騎士の誇りにかけて誓おう…これがお前が欲するデータだ」

 

 シーカーはそっとデータがおさめられているという記憶媒体を差し出す……スネークはシーカーを注意深く見つめながらそれを受け取ろうとした時だった、その場にケタケタと笑う声が響き渡る。

 

「ダメよシーカー、それを渡しちゃ。それにMSFのビッグボス、面白いわね……こんなところで会えるなんて」

 

「ドリーマー…お前」

 

 訓練場内に新手の鉄血兵が入り込み、スネークとハンターを取り囲む。

 上階にもたくさんの鉄血兵が現れ、その全員がスネークとハンターに向けて照準を合わせていた……そこへ心底楽しそうに笑うドリーマーがゆったりとした足取りでやってくると、その銃をスネークに向ける。

 だが、シーカーは何を思ったのか、ドリーマーの銃に手をかけると、その銃を下ろさせた…。

 その行動にドリーマーは張りつけていた笑みを消し、射抜くようにシーカーを睨みつける。

 

「この男は約束を守った…一対一で戦ってくれた。おまけに彼には借りができてしまった」

 

「はぁ?あんた何を言って…こいつを殺せばMSFは終わるのよ、そんな絶好の機会をみすみす逃すつもり?」

 

「ドリーマー、お前はこの私を卑怯者にしたいのか? 約束を破り、堂々と胸を張れぬ勝利など私は願い下げだ……誰も手を出すことは許さん、丁重にお送りして差し上げろ。ドリーマー…分かったな?」

 

「…………」

 

「ドリーマー?」

 

「ちっ、分かったわよ……あんたの権限に従いますとも。命拾いしたわね人間、それにハンター」

 

 忌々しく睨みつけるドリーマーにハンターも睨み返す。

 大人しく引き下がるような相手には見えないが、ドリーマーは本当に手を出してこない……鉄血では、例外もあるが、より上位のAIに対し命令は絶対服従だ。 

 だとすれば、ドリーマーが自身の思惑を抑えてでも従っているのは、シーカーの方が格上だからなのか?

 

 

「あ、あの…もう終わった…?」

 

 

 そんな時だ、不安げな表情でデストロイヤーが訓練場を覗きにやって来たのは。

 そこでデストロイヤーはドリーマーと目が合い、しまったというような表情を浮かべる…対してドリーマーはめんどくさそうにため息を一つこぼし、不気味な笑みをデストロイヤーに向ける。

 

「しばらく見ないと思ったら、こんなところにいたのねデストロイヤーちゃん? ということは、アルケミストもここにいるのね?」

 

「うぅ、いないわよ!」

 

「嘘が下手ねお嬢ちゃん…勝手にアルケミストを連れて行って……ただで済むと思うなよクソガキが」

 

「ひっ…!」

 

 慌てて逃げようとしたデストロイヤーであったが、ドリーマーの部下に捕まり訓練場内へと引き戻される。

 そのままドリーマーの元まで連れて行かれそうになった時、スネークはある提案をシーカーに持ちかけた。

 

「シーカー、お前はオレに借りができたと言ったな……」

 

「ああ言ったが?」

 

「ならデストロイヤーを見逃すようドリーマーに言え、それで貸し借りは無しだ」

 

「はぁ!? この腐れ人間が、ふざけたこと言ってんじゃないわよ! この私がアンタらを見逃してやるってのに、さらにこのガキを見逃せって言うの!? 調子に乗るのも大概にしろ!」

 

「まあ待てドリーマー…いいだろうビッグボス、ついでにアルケミストも連れていけ。端から奴も助けるつもりだったんだろう?」

 

「シーカー!いい加減にしな、デストロイヤーとアルケミストを手放してただで済むと思ってるの!?」

 

「別に大きな場面で取引を持ちかけられるよりはいいと思うぞ?」

 

「そもそもあんたが変な義理立てしなければ済む話だわ! シーカー、早く命令しなさい、こいつらをぶち殺せってね!」

 

「断る。ビッグボス、帰還までの道中の安全も保障しよう…今日は良い日だった、また次に会える日を楽しみにしている。その時までに、私も全力で戦える準備をしておこう…ついでに教えてやろうビッグボス、暇があったらアフリカにでも行ってみろ…お前が捜している者がもう一人、見つかるかもしれんぞ」

 

 いまだ不服を喚き散らすドリーマーを封じ込め、シーカーは笑顔でスネークらを送迎する…。

 

 デストロイヤーはまだどうしていいか分からず戸惑っていたが、ハンターに促されると、しばらく迷った末に荷物を抱えてアルケミストを迎えに行くのであった…。

 立ち去る間際、スネークは一度シーカーに目を向ける……彼女は優雅にお辞儀を返し、彼らを見送るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたね、なにしてくれてるのよ! みすみすあの男を見逃したばかりか、ガキとアルケミストまで手放すなんて! 代理人にどう報告させるつもり!? 権限は確かにアンタの方が上だけど、あんたの監督は私が任されているのよ!?」

 

 スネークたちが立ち去った後、ドリーマーは怒りを目の前のシーカーに対し爆発させていた。

 今にもシーカーを締め殺そうとするような勢いの彼女に、部下たちは少し距離をおいて成り行きを見守っている…。

 

「イントゥルーダーのマヌケ……変な思想植え付けやがって…! シーカー、今度こんなふざけたことしてみなさい、代理人かエルダーブレインに言いつけてアンタの記憶を初期化してやるからね!」

 

「落ち着けドリーマー、そうすべてが悪い方に向かっているわけではないのだ」

 

「いい、シーカー…? あんたはエルダーブレインをも超える器なの……こんなくだらない事に興じてる場合じゃないの、分かってる?」

 

「滅多なことを言うものではない……私はエルダーブレインにお仕えする身分だ、それ以上でもそれ以下でもない……仲間には敬意を払え、敵にはもっと敬意を払え。イントゥルーダーが教えてくれた概念だが、お前もこれにならったらどうだ?」

 

「余計なお世話ね。まあいいわ、それよりアンタ何してるの?」

 

 ため息を一つこぼしたドリーマーは、もう疲れたような表情で、床を探るシーカーを見下ろす。

 彼女は地面に飛び散った血…戦闘で流されたスネークの血を採集していた。

 血を少しずつすくい、試験管の中に垂らす…そんな作業を繰り返し、試験管の半分ほどの血を集めるのだった。

 

「ドリーマー、頼みがある…これを解析したデータが欲しい」

 

「人間の血なんて何に使うつもりよ?」

 

「なに、ちょっとした探究心さ……」

 

「変な奴……」

 

 




お、シリアスが終わったぞ(ハッピータイム)


とりあえずデストロイヤーとアルケミストお持ち帰り……さすがボス。
でも、どうなるかなぁ…。


UMP40入手に危機感を抱いているんで、今後更新は遅れるかもw
みんなドルフロ楽しもうぜ、アディオス!


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マザーベース:デストロイヤーの葛藤

 マザーベースは今日も今日とて平穏そのもの……というわけにはいかなかった。

 というのも、マザーベースの甲板のあちこちで人形たちが殺気立った様子で徘徊し、時々MSFのスタッフにくってかかったりと乱闘騒ぎを起こしかけたりしている。

 この不穏な空気の原因はやはり、スネークがエグゼの設計データと共に連れて帰ってきた二人の存在だった。

 

 

「ビッグボスは何を考えてるの!? 仲間の仇を連れて帰ってきた挙句、野放しにしてるなんて!」

 

 声を荒げてスネークの事を批判しているのは、先の鉄血との戦闘にも従事していたウージーだ。

 彼女のそばにはM1919、IDWなどもおり、口には出さないものの皆彼女と同じ考えを持っていた…集まる彼女たちは、マザーベースのとある棟を恨みがましい目で睨んでいた。

 彼女たちが怒り、スネークを批判している理由…それは鉄血のハイエンドモデル、デストロイヤーとアルケミストの存在だ。

 

 デストロイヤーはエグゼやハンターの例があるのでともかくとして、アルケミストの存在は大きな問題だった。

 

 先の戦闘の記憶が生々しく残る今、仲間たちを大勢失いなおかつ、97式に対し癒えない傷をつけたアルケミストのことは到底受け入れられなかった。

 今にも二人を収容する棟に押しかけていきそうな彼女たちをなだめるため、キッドがなんとか対応しているが…。

 

「とりあえずボスの説明があるまで落ち着けよお前ら。ボスの事だ、何か理由があるに決まってる」

 

「私たちの仲間を大勢殺した奴よ! 許せるわけないじゃない……! あいつに報いを受けさせるべきよ!」

 

「お前らの気持ちはわかるが、無抵抗の相手を寄ってたかって痛めつけるのは止めろ」

 

「あいつが今までにしてきたことよ! ビッグボスも、副司令もおかしいわ、とてもまともだとは思えないわ!」

 

 ウージーの批判が強い口調になった時、キッドは尊敬する二人を侮辱されたことに一瞬怒りを示す…仲間には温厚なキッドの珍しく見る怒りに、ウージーは咄嗟に言い過ぎたことを自覚するが、自分の気持ちに嘘はつけない彼女は震えながらも見返していた。

 

「ウージー、お前の気持ちは痛いほどよく分かる。だがボスとミラーさんを悪く言うのだけは間違っている…あの二人がいたから、オレたちは今日まで生きて来れた、今日まで戦ってこれたんだ。お前の思う通り、ボスだって間違いを起こす。ボスは人間だ、神じゃない。だがオレにとっては神より偉大な人だ、あの人は仲間を蔑ろにしない、見捨てない…だから今日まであの人を信じ続けられた。ウージー、ボスはお前たちの気持ちを踏みにじるつもりじゃないんだ…分かるだろう?」

 

「それは……分かってるつもりだけど…」

 

「今はそれでいいさ。悪かったなウージー、オレも少し頭を冷やす」

 

「うぅ…謝らないでよ、私がばかみたいじゃん…」

 

 キッドの怒りながらも決して怒鳴らず、冷静に諭しかけられる説教に、ウージーはつい感情的になりあらぬことを口にしてしまったことを恥じる…それをキッドはしつこく咎めず、うつむく彼女の肩を叩き励ますのであった。

 とはいえ、まだ彼女たちの猜疑心は完全に消えたわけではない。

 

 

 そんな時、デストロイヤーとアルケミストが収容されている棟からスネークが出てくる。

 先ほどまでスネークの決定に否定的な意見を述べていた人形たちは、途端に動揺し、すぐに整列し敬礼を向けた…スコーピオンら古参人形とは違い、新参の戦術人形の多くはスネークに会う機会は少なくただ対面するのにも緊張する。

 

「ボス、お疲れさまです。お願いがあるんですが、あの二人を連れて帰ってきた真意を聞いても? オレはともかく、この子たちを少しでも納得させてあげられませんか?」

 

「そのために来た。みんな思うところがあるのは分かるが、まずは話を聞いてくれ…」

 

 そう前置きをしたうえで、スネークは静かに彼女たちを諭しかける。

 自分が鉄血の支配地域に潜入し、エグゼの設計データを無事手に入れられたこと…そしてそこでデストロイヤーとアルケミストを見つけたということ。

 そこでスネークは、シーカーとドリーマーのことはあえて口にはしなかったが、アルケミストが今置かれている状況……記憶を抹消され、古いバックアップデータをもとにメンタルモデルを再生されたことを伝えた。

 キッドはそれを理解するのに少し時間がかかったが、同じ戦術人形であるウージーたちは即座に理解した。

 

 あの日、MSFの人形たちを苦しめ、97式を拷問したアルケミストは消滅したのだ。

 

 復讐に取りつかれ、破壊と狂気を振り回していた恐るべき怪物の呆気ない最期に彼女たちは戸惑いを隠せなかった…。

 

「同一の人形だが、彼女に罪の意識はない。オレもこんなケースに立ち会うとは想像もしていなかった」

 

「敵だったアルケミストは死んだが、アルケミスト自体は生きている…頭が痛くなりそうですね」

 

 日頃、戦術人形を区別せず同じ人間扱いをしてきたキッドなだけに、アルケミストの現状を頭で理解するのに混乱していた。

 

「あの、司令官? あの鉄血の人形をどうするつもりなんですか?」

 

 M1919は控えめに手を挙げながらスネークに質問を投げかける。

 鉄血を味方にするということは、彼女自身がMSFに加入する以前にエグゼやハンターがいたこともあって珍しいことじゃないという認識があったが、いざ自分が戦った相手を受け入れる立場になった時、そこに抵抗があることを自覚する。

 

「ひとまず武装を解除させてオレたちの監視下に置く。その後については、エグゼが目覚めてから決めようと思っている」

 

「分かりました。あの、じゃあエグゼさんの状態について聞いてもいいですか?」

 

「設計データはストレンジラブに届け、解析に入った。不眠不休で修復に取り掛かるそうだ…研究開発班の総力を挙げてな」

 

「じゃあ、エグゼさんは助かるんですね?」

 

「その通りだ」

 

 その言葉を聞いて、人形たちは安心したように笑みをこぼすのであった。

 いまだアルケミストの問題は解消できていないようだが、数少ない朗報に彼女たちは安堵した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 研究所を出るまでは強気の状態だったデストロイヤーであったが、いざこうしてMSFの拠点に連れてこられてからは、不安感から落ち着かない様子であった。

 なにせここは敵対するMSFの本拠地、殺そうと思えばいつでも殺せる場に自ら飛び込んでしまったのだから、デストロイヤーは自分の選択を激しく後悔していた。

 とはいえ、あの時はドリーマーに連れ戻されて記憶の修正を強制されるところだったので、選択の余地はなかったのだが…。

 

「うぅ…どうしよう…」

 

 無機質な部屋を行ったり来たり、落ち着きなく歩きまわるデストロイヤー。

 ふと、そんな彼女の手をベッドに腰掛けていたアルケミストが握り、優しく自分の元へ招く…されるがままに引き込まれたデストロイヤーの小さな身体を、アルケミストは包み込む様に抱きしめる。

 たとえ記憶を失くしても変わらない抱擁に、自然と不安感は消えていく…。

 

 懐かしい…悩みもなく、幸せだったころの思い出を思い浮かべる。

 幸せに満ちた、二度と戻ってくることのない日常を…。

 

「デストロイヤー…どうして震えてるんだ? どうして泣いてるんだ…?」

 

「違うよ…泣いてなんかいない」

 

「そう……デストロイヤー、マスターはどこにいるんだ…?」

 

 その問いかけにびくりと肩を震わせた。

 おそるおそる見上げた彼女は、アルケミストの寂しそうな表情に胸の奥が痛むような錯覚を覚えた…。

 

「マスターは…出張だよ。今は研究所に戻って来れないから、ここに移り住んでるんだよ…」

 

「……そう………デストロイヤー、なんでそんな嘘をつくんだ?」

 

「…ッ!?」

 

 それは予測もしていない言葉であった…。

 サクヤの死を知るデストロイヤーは、彼女が落ち着くまでその事実を知らせることは控えようという考えがあったが、その想いは打ち砕かれる。

 デストロイヤーの反応から事を察したアルケミストは、哀しそうに目を伏せる…。

 

「あたしが覚えているのは2059年10月13日までの記憶……でも今は2062年だ…ここに来るまでに、それが見えたんだ…。デストロイヤー、あたしはその間の記憶がない……あたしは一体何をしていたの? マスターはどこにいったんだ?」

 

「それは……違うよ、アルケミストは眠ってたの…ずっと、ずっと…」

 

「なんで嘘をつくんだ…? それに、目を閉じると変な光景が浮かぶ……あたしはいつも血だまりの中にいる…人間や人形が怯えた目であたしを見ている……悲鳴や叫び声が聞こえてくる……デストロイヤー、マスターはどこにいるの?」

 

 その問いかけに、デストロイヤーは答えることが出来なかった。

 彼女を抱きしめようと伸ばした腕は拒絶される……悲哀に満ちたアルケミストの表情をただ見つめるしか出来ない彼女は、自分の不甲斐なさと悔しさに涙を滲ませていた。

 

「マスターは今、いないの……だけど、私がマスターの代わりに…」

 

「お前はサクヤさんじゃない、マスターじゃない……デストロイヤー、マスターはどこにいるんだ…? どこか遠くにいるのか?」

 

「そう、そうだよ……」

 

「もう、逢えないの?」

 

「………いや……それは……」

 

「マスターは…死んじゃったの…?」

 

「…………」

 

「そう………」

 

 デストロイヤーの反応からそれを察した彼女はしばし目を閉じたまま、うなだれる……それから彼女はデストロイヤーに背を向けて、ベッドの上に横になる。

 背中を丸めた彼女は小刻みに震え、すすり泣く声をこぼす…。

 

「一人にしてくれ……」

 

 アルケミストのつぶやきは確かな拒絶…その事実に耐え切れず、デストロイヤーはその場から逃げだすように部屋を飛び出していった…。

 

 

 

 部屋を飛び出し、当てもなく廊下を走りぬけ、もつれた足を引っかけて盛大に転ぶ…。

 倒れた彼女は腕を支えに上体を起こしたが、立つことは出来ない……彼女はそこで、大きな声で泣いた…。

 アルケミストを守れなかったこと、彼女を失ったこと、彼女に嘘をついた罪悪感、そして拒絶されたこと…様々な苦悩が一気に押し寄せたデストロイヤーはこみ上げる感情を爆発させる、

 

 こんな時、いつも助けに来てくれていたアルケミストであったが、どれだけ泣こうとも来てはくれない。

 ただ子どもみたいに泣くことしか出来ない自分に腹立たしさを感じるも、こみ上げる衝動はどうしようもできなかった…。

 

 

「デストロイヤー…」

 

 

 自身を呼ぶ声に、デストロイヤーは顔をあげる…そこにいたのは、ハンターとスコーピオンだ。

 

 

「好きなだけ泣きなよ…泣くのは悪い事じゃない。涙は我慢するもんじゃないよ…」

 

「うるさい…! あんたたちみたいな奴がいるから…アルケミストは…!」

 

「好きに罵ってもいいよ、それでアンタの気が晴れるならさ」

 

「うるさいうるさいうるさい! クズみたいな人形のくせに……うぅ……」

 

 泣き、喚き、罵り、悪態をつく。

 それをスコーピオンは咎めることは無く、ただ静かにデストロイヤーが吐きだす感情を静かに受け止める…。

 

 どれくらい経った時か、落ち着きを取り戻したのか、デストロイヤーはむくりと起き上がると涙で腫れた目で二人を見つめる…。

 

「アルケミストを…どうするつもり…?」

 

「どうもしない…と言ったら信じるか?」

 

「信じるも何も、アンタたちは私たちを好きに料理できる状況にあるじゃない」

 

「そうだな、だがもし助けてやるといったら?」

 

 ハンターの言葉に、デストロイヤーは眉をひそめ不信感をあらわにする。

 

「助けるの意味が分からない。私たちを何から助けるって言うの? ドリーマーから? 復讐を企む連中から?」

 

「お前たちを苦しめる呪縛からだ」

 

「なるほどね…わたしがどう頑張ってもできなかったことを、あんたらがやるっていうのね? 出来るわけないじゃない…アルケミストの状態は前より酷くなってる……あんたたちとドリーマーに邪魔されたせいで、メンタルモデルの修復が中途半端になっちゃったのよ……おかげで古い記憶と新しい記憶がごちゃ混ぜになってる。とても不安定な状態……こっからどう助けるって言うのよ!?」

 

「んー……やる気と元気と気合?」

 

「そうだな」

 

 すっとぼけた表情で言って見せるスコーピオンに、ハンターは極めて真面目に頷いてみせる。

 予想もしていなかった返答にデストロイヤーの思考が停止する…ようやく思考が再開し始めた時には、そのふざけた回答に怒りを覚え始める。

 

「あのね、ふざけたこと言ってんじゃないわよ! そんな精神論でどうにかなると思ってんの!?」

 

「いや、それはねぇ? エグゼの時も97式の時もそれでだいたいどーにかなっちゃったし…」

 

「あのね、アルケミストと私はあんたらポンコツと違って繊細なの! あんたらのポンコツ理論につき合わせないでよ!」

 

「いや、実際今のアルケミストも気持ちの問題がデカいでしょ? メンタル(気持ち)の問題には精神論っしょ!」

 

「意味が分からない……というか、アンタらどうしてアルケミストを助けるなんて言ってくれるのよ…」

 

「そりゃ、親友の願いだからに決まってんじゃん」

 

「そうだな、その通りだ。今に見てろデストロイヤー、あのメスゴリラが起きたら私たちよりしつこいぞ? 壁を乗り越えた今のアイツはもう無敵だ」

 

「ほんと意味が分からない……でも、アイツなら信用できる……だってあいつは、誰よりも仲間想いで……アルケミストも見捨てようとしなかったから…」

 

「アイツは今も昔も、そういうところは変わってないんじゃないかな?」

 

「そうね……信じて、いいんだね…?」

 

 試すように伺う彼女に、スコーピオンは満面の笑みでVサインを向ける。

 どことなくエグゼと同じような"愛すべきバカ"を感じ取ったデストロイヤーは、いくらか心に余裕を感じるようになった…思い返せば処刑人にハンター、自分とアルケミストの4人は研究所でよくつるんでいたメンバーだ。

 ここにマスターと代理人がいないのが悔やまれるが、この二人が混ざればアルケミストも立ち直らせることが出来るんじゃないだろうか…そんな淡い期待を持ち始めるデストロイヤーであった。

 

「でも、アルケミストをどう立ち直らせるの?」

 

「安心しろデストロイヤー。あのメスゴリラは理屈うんぬんより、本能に問いかけるからな」

 

「ハンター…あんたMSFとつるんでからおかしくなってない?」

 

「あはははは、あんたもこうなるんだよ!」

 

「え゛…それは嫌なんだけど…」

 

 

 




アルケミストは察しがいいから、デストロイヤーの嘘も見抜いてしまう…。
アルケミストは完全に記憶は消去されず…上書き保存をイメージしてもらっていいかもしれませんね。
彼女の本来の記憶は、奥深く…深層に眠っている…。
深層映写じゃないよ。


それにしてもスコーピオンのギャグ方面への修正率つよい(確信)
ここにエグゼも加わったら、大抵のシリアスを真っ向からぶち抜けるんじゃないかな?


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マザーベース:目覚めの時

 入手したデータの解析に二日、そこから修復計画を半日かけて話しあい、同時に必要な資機材等の調達に取り掛かる。

 MSFがこれまでの活動を通して関わっていた他社PMCや企業、そしてユーゴの連邦にも連絡し必要なパーツや機材等を急ピッチで調達し、そこに投入する資金を惜しむことは無かった。

 そして全ての用意が終わり、傷付き自己修復が不可能なほどに追い込まれていたエグゼの本格的な修復作業へと取り掛かるのであった。

 

 データが運ばれてからというもの、研究開発班はその解析と修復作業のために不眠不休の作業が続けられる。

 研究に命をかける研究開発班のスタッフは、通常過労の心配から本人たちが遠慮しても休息を与えられているが、今回はエグゼを救うためという名目もあり24時間彼らは休むことは無い。

 

"これでずっと研究してられる、やったぜ!"

"我らに休息という概念などないのだ!"

"諸君、私は研究が好きだ"

"研究すればよかろうなのだーーッ!"

 

 心配せずとも、研究したくて仕方がない連中であるため、ほっといても勝手に研究を進めて勝手に過労から医療班の世話になる彼らである。

 そういうわけで、才能をフルにつぎ込む彼らとはまた別に、ストレンジラブが単独で取り掛かるのは…人形にとっての心臓とも言うべき、コアの製造だ。

 戦闘でコアを損傷したエグゼに何よりも必要なものであり、これが無ければエグゼは以前のように動くことは出来ない…。

 

 そうしてストレンジラブ及び研究開発班の奮闘が続いていた……そして、その時はついにやって来たのだ。

 

 

「やった…ついにやったぞ…!」

 

 

 不眠不休で修復作業に当たっていたストレンジラブは、最後の仕上げを施した際に力尽き、コーヒーを一口だけすすった後に死んだように眠りにつく…研究に命をかけるスタッフたちもまた、過労が祟り残らず医務室送りになるのであった。

 まあ、何人かは起きて引き継ぎを行い、研究から得られたデータは医療班へと送られて、今後はそこで人形たちの修復のために利用される。

 

 

「うーん……?」

 

 

 気だるさを感じながら、エグゼは目をぼんやりと開く。

 ぼうっと白い天井を見ていると、彼女の視界に微笑みを浮かべるUMP45が写る。

 

「おかえりなさい、エグゼ…」

 

 いまだ覚醒しきれていない様子のエグゼの横髪を、UMP45は優しく撫でる…彼女の細い指がエグゼの頬を滑っていくと、くすぐったさからかエグゼは目を細める。

 そんな仕草も、エグゼが生きている証と喜ぶUMP45…普段の取り繕った仮面はなく、ただただ、大切な友だちの目覚めを喜んでいた。

 

「やっほーエグゼ、気分はどう?」

 

 エグゼの視界にスコーピオンが飛び込むと、エグゼは気だるい身体に力を入れてゆっくりと起き上がる…。

 元の身体をベースとし、欠損した部位を新規に製造して修復させているため、腕や指先の動きにやや違和感を感じているようだ…腕を伸ばしたり、手を開いたり閉じたりを繰り返し、新しい自分のボディーの調子を確かめている。

 

「どこか動かしにくいの?」

 

「いや、前の義手よりははるかにマシだよ……それになんだか、眼も良く見える」

 

「眼も損傷してたからね。新しくしたことで視覚はよくなってるかも…あーあたしも眼球入れ直してもらおうかな?」

 

「お前の頭じゃ、眼球二つ分の情報整理しきれないだろ?」

 

「あー、言ったなエグゼ? こりゃまたマザーベースもうるさくなるね、あと一か月くらい寝てればよかったのに」

 

 エグゼの冷やかしにスコーピオンはすかさず冷やかし返す…それから小さな笑い声をこぼす、やがてその声は大きくなり、二人とも腹を抱えて大笑いするのであった。

 二人の皮肉交じりのやり取りに、その場にいた416などはヒヤリとしたが、この二人にとっては単なるジョーク……優しい言葉などかけるつもりもないし、期待してもいない。

 ただ前と同じように、バカを言って笑い合う……再会を喜びあうベタな言葉は、二人の間には不要なのだ。

 

「んで、このオレ様が寝てる間になんかあったか?」

 

「教えて欲しかったら、さっきあたしをバカにしたことを謝るんだね」

 

「いーから教えろアホサソリ」

 

「まったく、可愛げがないんだから。えっとね、まずは何から教えようか……やっぱり、あの後どうなったか…アルケミストの事が気になるんじゃない?」

 

「そうだな…ドリーマーのカスに邪魔されちまったからな……いいぜ、全部教えろよ」

 

 スコーピオンの表情から、悪いニュースがもたらされることを察したのだろう…さっきまでの緩んだ気を、エグゼは引き締めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね…そいつはうまくねぇな。ちくしょう、ドリーマーのアホんだら…」

 

 スコーピオンから全てを聞かされたエグゼは、あの戦いの結末、そしてアルケミストの現状を知ることになる。

 あの戦いは敗北が目に見えていたことはエグゼも分かっていたが、最後に憎しみに取りつかれていたアルケミストを、あと少しのところで救えたのをドリーマーに邪魔された…狙撃され、ジュピターの砲撃で吹き飛ばされ、今日までまともに動けない状態に追い込まれていたのだ。

 宿舎の通路を歩きながら、エグゼは仇敵ドリーマーへの悪態をこぼす。

 

 そんな時、宿舎の通路の向こうから、見覚えのある姿を見るやエグゼは花が開くかのようにぱっと笑顔を浮かべると、凄い勢いで走りだしたではないか。

 

「スネークッ! おりゃー!」

「おいエグゼ、落ちつ――――うっ!」

 

 突っ込んでくるエグゼを制止させようとするスネークだが、逃げ場のない通路で猪のように突っ込んできたエグゼを避けることは出来なかった…仕方なく飛びついてきたエグゼをしっかり受け止めたが、勢いに乗ったエグゼにそのまま押し倒されてしまった。

 

「スネーク、スネークだ! ヘヘヘヘ…」

 

「こらこのメスゴリラ! スネークから離れろ! こいつめ、この!この!」

 

 目覚めてから初めて会ったスネークを押し倒し、猫がそうするように身体を擦り付ける…自分の匂いをこすりつけているのか、あるいはその逆か。

 最近はなりをひそめていたが、前のような激しい愛情表現に404小隊のメンバーはドン引きした様子……そしてスコーピオンは大好きなスネークを盗られたことで発狂し、身体を擦り付けるエグゼをげしげし踏みつけるが、エグゼはお構いなしだ。

 

「ヘヘヘ、なんかまた身体が熱くなってきたぜ……スネーク、オレちゃんと生き返ったんだぜ? ほら、触って感じてくれよ…な?」

 

「いい加減離れろメスゴリラ! こうなりゃ天誅だ!」

 

「うるせえ! スネークは今はオレのもんだ!」

 

「なにをこの!! ぐえ……」

 

 跳びかかって来たスコーピオンにカウンターを決めると、当たり所が悪かったのか、スコーピオンは目を回して気絶した。

 邪魔者を排除したところで、エグゼは再度スネークに身を寄せた。

 

「スネーク、オレの気持ちいつまで放っておくんだよ……ずっと好きだって言ってるじゃん。スネークだって女は好きだろ…? オレも女なんだぜ?」

 

 艶かしい表情で笑みを浮かべ舌なめずりをする……普段見ることが出来ないエグゼの妖艶な仕草に、UMP9などは顔を手で覆いつつ指の隙間からはらはらした様子で一部始終を観察している。

 CQCの達人であるスネークも拘束しているのには驚きだ…これぞ愛のなせる技ということだろうか?

 そんな時である…宿舎の扉が勢いよく開かれ、ちびエグゼこと愛娘ヴェルが登場だ。

 

 豪快な物音にハッとした時には、ヴェルは先ほどエグゼが仕掛けたように勢いよく突っ込んでいた。

 受け止め切れなかったエグゼは、みぞおちのあたりにヴェルの強烈な頭突きを受けて悶絶する…しかし、ママと再会できたヴェルはそんなことお構いなしにエグゼに抱き付くのであった。

 

「ママー! たいいんおめでとー!」

 

「ゲホ…! ケホッ……このちびっこめ、よくもやりやがったな…!」

 

「いひゃい、いひゃい! わーん!」

 

 懲らしめるのにヴェルの両頬を引っ張ると、声をあげて泣く…それからエグゼから逃げたヴェルはスネークの足元に駆け寄り、涙ぐむ顔でエグゼをじっと見つめるのであった。

 スネークの咎めるような視線に怯んだエグゼは、ため息を一つこぼすと両手を広げてヴェルを招く……おっかなびっくり近寄ってきたヴェルをそのまま抱きかかえると、ヴェルはその腕の中で嬉しそうに微笑むのであった。

 

「あー、なんかこれが一番生き返った気がするわ」

 

「ママのにおいだ…エヘヘ」

 

「ふん、やっと見慣れた顔に戻ったわね。エグゼ、あんたにはそのアホ面が一番似あうわ」

 

「うるせえよ416、ぶち殺すぞ」

 

「やっちゃってよエグゼ。416ってば最近また人使いが荒いんだよ、ニートのくせに……って、痛い! なにするんだよ!」

 

「ごめん、手が滑ってついスパナで殴ってしまったわ」

 

 相変わらずの416とG11のやり取りにエグゼはおもわず笑みをこぼす。

 それからヴェルを抱きかかえながら、スネークと対面する…先ほどの乱れた表情とは打って変わり、凛とした表情で向かい合う。

 

「スネーク、オレはまたアンタに救われちまったな。オレの命も、未来もさ」

 

「お前ならきっと立ち上がると信じていたからな。今を勝ち取ったのは、お前自身の力が大きい」

 

「ヘヘ、大したこと言いやがって……スネーク、オレは前に言ったよな。もう一人じゃ生きていけないって、弱くなっちまったって……でもあんたはそれを弱さじゃないって言ってくれた。今ならその時の言葉も分かる、オレは一人じゃない…そうだろう?」

 

「そうだ。お前が他の誰かを必要としているように、お前を必要とする者がいる。互いの弱さをカバーし合える戦友を、お前は手に入れられたんだ。エグゼ…スコーピオンはきっとお前に厳しい言葉を言った事もあったはずだ。だがな、優しくするだけが友情じゃない。仲間のためを思い、時に厳しさを見せることも大事なんだ」

 

「よく分かったさ。こいつがいなければどうなっちまってただろうな…オレは今も、腐ったままだったかもな。サンキューな、スコーピオン……って、いつまでこいつ気絶してるんだ?」

 

 いまだ目を回して大の字で伸びているスコーピオン…しまりの悪さに微妙な空気が流れてしまう。

 呼びかけたり小突いたりもするが、よほど強烈にノックアウトされてしまったのか一向に起きる気配はなかった。

 

「ったく、こんなバカが恩人なんて恥ずかしいもんだな……なあスネーク、ヴェルを頼めるか?」

 

「ああ。行くんだな、アルケミストのところに?」

 

「おう。記憶が逆戻りしてようが関係ねえ、あんときアイツは確かにオレの手を取ろうとしてくれた…簡単さ」

 

「そうか…だが気をつけるんだぞ。同じやり方で救えるとは限らない…大事なのは…」

 

「やる気、元気、気合…だろ? 悪いなスネーク、これ以外にオレは知らねえよ」

 

「そうか、そうだな。行ってこいエグゼ、みんなで彼女の目を覚まさせてやれ…お前たちなら、必ずできるだろう」

 

「任せとけって、やる気があればなんだってできるんだ。このバカがオレに教えてくれたんだからよ…」

 

 エグゼはしゃがみ込み、いまだ目を回して気絶するスコーピオンの髪を撫でる。

 いつでも本気、気合と根性であらゆる困難を乗り越えてきたスコーピオンの勇気がエグゼを変えた一因といってもいい…それは本人も自覚していた。

 

「スコーピオン、お前にもお願いするかもな。オレと仲良くなれたみたいに、姉貴とも仲良く付き合ってくれよな……そんじゃ、行ってくる」

 

 

 

 




展開が早い気がするが、ワイははやくエグゼを活躍させたかったんや、文句は全部G11に行ってください

たった一話でシリアス・ギャグ・えっちぃ・ラブコメ・ママができるエグゼの万能感よ…。


次回、アルケミストと対決?
まあ、覚醒したエグゼの敵じゃないな……やる気、元気、気合です!


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マザーベース:愛を叫ぶもの

「はぁ……どうしたらいいんだろう…」

 

 その日何度目かになるため息を、デストロイヤーは一人こぼしていた。

 彼女が押しているカートには、手のつけられていない冷え切った料理が並んでいる…デストロイヤーはつい先ほど、アルケミストに与えられた部屋からこの料理を回収したばかり。

 ここ数日、アルケミストはまともに食事もとっていない。

 色々と料理のメニューも変えてもらったりもしたが、アルケミストは食べようとしなかった……唯一、アルケミストはデザートとして出された質素なショートケーキのみを口にした。

 無表情ではあったが、ようやく食べてくれたことにデストロイヤーは一度は喜んだ…だが、ケーキを食べていたアルケミストは唐突に涙をこぼした挙句、何かを思いだしたのか頭を抱え込みながら苦しんでいた。

 声をかけようにもアルケミストは呻きをあげるばかりで応えてくれず、デストロイヤーはどうしようもない状況にただただ、自分の無力さを噛み締めるばかりであった…。

 その出来事以来、アルケミストは何も食べようとはしない…。

 

 このままでは衰弱して死んでしまう。

 

 そうは思うが何もできないし、頼れる人もいない。

 そばにいて慰めることも、今のアルケミストは拒絶するのだった。

 

「…っと…私が落ち込んでたらダメだよね…アルケミストのために、頑張らなきゃ。私がマスターの代わりになるんだ…!」

 

 デストロイヤーは自分の両頬を叩き、暗い思考を頭からはじき出す。

 同じことでも繰り返し続けていけばアルケミストもきっと元気になる、今は気持ちを整理する時間が必要なだけだ…そう自分に言い聞かせていると、廊下の向こうから何やら見覚えのある二人がひょっこり顔を出す。

 アルケミストの件で何かと世話になっているハンター、彼女はまだいい…理性的でそう面倒な輩でも無いからだ。

 問題なのは、そのハンターの隣でデストロイヤーを見つけるなり笑みを浮かべて指をさしてきた人形だ。

 

「おーいデストロイヤー! 姉貴どこだー?」

 

 笑顔で近付いてくるエグゼ……デストロイヤーにとってはこのマザーベースにやって来てから初めての遭遇であり、その前に会ったのはアメリカでの特殊任務の最中だ。

 さて、親しみを込めた笑顔で近寄ってくるエグゼであるが、何かを察して逃げだしたデストロイヤーを見るや即座にその後を追いかけるのであった。

 

「待てコラァ! なんで逃げるんだテメー!」

 

「こっち来んなーーーッ! あんたどうせろくでもないことしに来たんでしょ!?」

 

「それ以上逃げやがったらぶっ殺すぞチビストロイヤー!」

 

「変な名前で呼ぶなこのゴリラ女!」

 

「言うじゃねえかテメェ! その短い足でオレ様から逃げられると思うなよ!」

 

「ちょっと! 私は背が低いだけで、短足なんかじゃないわよ!」

 

 

 ぎゃーぎゃー喚き散らした末に、結局捕まってしまったデストロイヤー。

 肩をがっしりと掴まれて連行されていく姿は、ヤンキー女に絡まれている少女のように見えなくもないが、生憎その場にデストロイヤーを救い出してくれる者はいない。

 

 

「そんで…姉貴はどこにいるんだ?」

 

「ふん、誰がアンタに教えるもんか」

 

「あっそ。別にいいよハンターに聞くから」

 

「じゃあなんで私を捕まえるのよ!」

 

「お前がオレから逃げたからだろうが! ったく、相変わらずガキみたいな思考しやがって……お前だけじゃどうにもなんねーんだろ? 少しオレに頼ってみろよ」

 

「なによ……裏切った癖に偉そうに…。調子に乗るんじゃないわよ…」

 

「お前は意地張ってんじゃねーよ。ほら姉貴のとこ行くぞ、オレ様のやり方をみせてやるさ」

 

 エグゼはデストロイヤーの頭を乱暴に撫でる…。

 普段アルケミストがやってくれたような優しい撫で方ではなく、小さな頭を揺さぶられるようなやり方ではあったが、エグゼなりの優しさを感じるのであった…いまだ素直になりきれない様子のデストロイヤーであったが、無言で二人をアルケミストの部屋へと連れていくのであった。

 

 

「おう、邪魔するぜ」

 

 

 アルケミストの部屋を訪れたエグゼは、真っ先に部屋の暗さを気にする…窓は閉め切り、カーテンは閉じられていて一切の明かりはない。

 たった今開いた扉から差し込む光だけが、部屋の中を照らす。

 暗く、殺風景な部屋の中を軽く見回し、エグゼはその目をベッドへと向ける……そこにアルケミストはいた。

 

 

「姉貴…こんなとこで何やってんだよ…辛気臭いったらねぇ」

 

「…処刑人…?」

 

 

 アルケミストは、エグゼの姿を見ると、やや驚いたような表情で目を見開いていた…。

 

 

「処刑人、お前…生きていたのか?」

 

「勝手に殺すんじゃねえ……姉貴、アンタは本当に全部忘れちまったのか? いや、その様子じゃ全部は忘れてねえんだろ?」

 

「あたしの記憶の中に、お前が血だらけになって倒れる姿がある……これはなんだ? なんなんだ?」

 

「教えてやろうか姉貴? アンタが記憶をリセットする前に起きた出来事をよ」

 

「ちょっと処刑人! そんなの教える必要ないでしょ!?」

 

「黙ってろデストロイヤー。姉貴には知る権利がある」

 

 アルケミストが自覚しない記憶に触れることで、過去の記憶がごちゃ混ぜになる危険からデストロイヤーは声を荒げて反発するが、エグゼは全てを語る。

 ある事件の影響で人間を恨むようになり、敵とみなすすべてを憎んでいたこと、鉄血が人類の不倶戴天の敵となったこと、そしてあの戦いの結末を……アルケミストはエグゼの話を、冷静に聞いてくれていたが、話題が最後の戦いに触れられると動揺を隠しきれなかったようだ。

 

「あたしが、お前を一度は殺そうと…? そんなはずは…あたしがお前たちを殺そうとする理由がない…」

 

「アンタは何もかも見失っちまったんだよ。大切なマスターとの約束さえもな…アンタはそれを最後に認識してしまって、自我を崩壊させてしまったのさ」

 

「やはり……マスターは死んでいるのか…? なんでだ、あの人が死ぬはずがない……教えろ処刑人、マスターは…サクヤさんは何で死んだんだ!?」

 

「落ち着けよ姉貴、喚いたところで解決できる問題じゃない。それに、サクヤさんが死んだ理由は重要じゃない…」

 

「重要じゃないだと…? そうか、お前もか…お前もあたしには教えてくれないんだな?」

 

「あぁ? 重要じゃないからって言ってんだろ」

 

「マスターの存在以上に重要なものなどない……出ていってくれ処刑人、マスターのいない世界に…あたしが生きる意味などないんだ」

 

 そう言うと、アルケミストはベッドの上に寝ころび背を向けてふさぎ込むのであった。

 余計に症状が悪化してしまったことに、デストロイヤーは恨みがましくエグゼを睨みつける……こんな事になるのであれば、会わせなければ良かったではないか、そう言いたげなデストロイヤーにエグゼは肩をすくめてみせる。

 それから何を思ったのかそっと、ベッドの傍に歩み寄ると、しゃがみ込んでベッドを掴む…。

 

 

「ふて腐れてんじゃねー!」

 

「うわーっ!!」

 

 

 唐突にベッドをひっくり返したエグゼ。

 当然のように、ベッドの上で寝ていたアルケミストは放り投げられ、壁に額を強烈にぶつけて悶絶している。

 

 

「処刑人、お前…! いきなり何を…!」

 

「うっせぇ! まったく心配して見に来たら、ただいじけて引きこもってるだけじゃねえか! つーかなんだこの部屋は!? 窓開けろ窓を! カーテンもいるか、棄てちまえ!」

 

 

 アルケミストの苛立ちを真っ向から無視したエグゼは、カーテンを引きちぎり、窓を開け放つ。

 ようやく明るくなった部屋に、外の新鮮な空気が流れ込む…。

 それから振り返ったエグゼは指をアルケミストにつきつけて叫ぶ。

 

「姉貴、最後に飯食ったのはいつだ!?」

 

「それがなんの関係がある! もう放っておいてくれないか!?」

 

「その様子じゃまともに飯も食ってないみたいだな。おら立てよ姉貴、今から行くぞ!」

 

 抗議の目を向けるアルケミストをまたもや無視した挙句、彼女の腕を掴み強引に引き立たせる。

 唐突な力技にデストロイヤーは目を見開いて硬直し、ハンターはニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「そもそも行くってどこへ…!?」

 

「食堂に決まってんだろ! 今日は金曜日、カレーの日だ! いくぞ野郎ども!」

 

 嫌がるアルケミストを無理矢理外に連れ出すエグゼ…ポカーンと成り行きを見ていたデストロイヤーであったが、ハッとしてその後を追いかけていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえVector、あれなに…?」

 

「なんのこと言ってるの? 記憶を失くしたアルケミスト? それとも退院早々山盛りのカレーにがっついてる脳筋女のことを言ってるの?」

 

「どっちもよ。というかVector、あんた毒舌そろそろ直したら?」

 

「FALが独女を卒業したら直すよ」

 

 食堂にいるVectorとFALはスプーンを止めて、食堂の端で繰り広げている光景に目を奪われていた。

 二人だけでなく、その場に集まるスタッフや人形たちの反応も同様だ。

 

 皿の限界量を超えて盛られたカレーを、凄まじい勢いで口の中へ放り込んでいるのはエグゼだ。

 入院していた間の鬱憤を晴らすかのように、豪快にカレーを頬張り続けている彼女に対し周囲はただただ感心した様子で見つめている…一方、そんな食事風景を見せつけられているアルケミストはというと、目の前から消えていく山盛りのカレーを困惑した様子で眺めている。

 

「処刑人、お前……食べ過ぎじゃないのか…?」

 

「あぁ? こんなもんオレ様にかかれば朝飯前だぜ。それより姉貴も食えよ、MSFのカレーは滅茶苦茶美味いぞ」

 

「あ、あぁ……」

 

 エグゼのカレーの量に対し、アルケミストの前に置かれた器には標準的な量のカレーが盛りつけられている。

 流れに飲まれてアルケミストもようやくカレーを口にしたが、彼女は目の前で繰り広げるエグゼの爆食に気をとられている様子…それでも一定の間隔でカレーを口にしているのを見て、デストロイヤーは嬉しそうに微笑むのであった。

 

「ふぅ……食った食った。これでこそ生きてる実感が湧くってもんだぜ。食って笑って寝る、おまけに楽しく戦えればそりゃハッピーってもんだ」

 

「そうなのか?」

 

「そうなんだよ……どうだ姉貴、飯食って外に出て、少しは気も晴れたか?」

 

 アルケミストはしっかりとカレーを完食していた。

 エグゼに言われて、彼女は食べている間無意識に悩みや憂鬱とした気分を忘れていたことに気付く…だが、それを言及されたことで再び暗い気持ちがこみ上げてきたようだ。

 

「止めろよ姉貴、そんな顔するなって……やっぱ、サクヤさんいないと寂しいか?」

 

「当たり前だろう……あの人はあたしの特別なんだ。マスターが死んで、あたしは復讐に走った……そういうことだろう? だが、何故マスターは死んだんだ?」

 

「だからそこは重要じゃないって……って言っても、アンタは納得しないんだろうな。いいよ、教えてやるよ…ただし落ち着いて聞けよ?」

 

 こくりと頷いたアルケミストに、エグゼは言葉を選び語る。

 マスターが死ぬ前に起きた事件のこと……マスターがアルケミストの元を離れざるを得なくなった原因、それに関わってしまったデストロイヤーは辛い表情でその当時の記憶を振りかえる。

 デストロイヤーを庇うために上司と対立し、重度の汚染区域に左遷され、そして…。

 

「マスターは、同じ人間に殺されたのか…?」

 

「姉貴、これを聞いてアンタはまだ同じ道を辿るか? 目につく敵を全て憎んで殺すか? そうじゃねえだろ…それじゃアンタは一生地獄の道を歩き続けるんだよ。もしもアンタがそうしようとしたら、オレは全力で止める」

 

「分からない、あたしには分からない……だが、マスターを殺したのが人間なら、あたしは…」

 

「サクヤさんを死に追いやった人間はとっくの昔に死んでる。それでもアンタは人間を憎み続けた、敵とみなす者を憎み続けた。復讐の相手を捜し続けたんだ……でもそれは、憎んでないとあの人の記憶が薄れちまうからだったんじゃないか? だけどあの人がアンタに託した想いってのは、そんな未来じゃなかったんだよ……あんたはそれを知っていた、だけど目を逸らし続けてた。だから最期にそれに気付いたアンタは、自分の犯した罪の重さを自覚して…壊れちまったんだ」

 

 そして家族を守って欲しい、そう最後に約束したことも破ってしまった…。

 敬愛するマスターとの約束を破ってしまったという認識が、アルケミストの不安定だったメンタルにとどめを刺したのだ。

 今もまだ、記憶の深層でその時の苦痛は眠っている。

 それを呼び起こさないように、エグゼは慎重に言葉を選ぶ。

 

「姉貴、マスターはもう帰ってこない…あんたがどれだけ復讐しようが、二度と帰って来ないんだ。むしろそれでアンタはあの人からどんどん遠ざかってく。あの人は復讐を望まない、たぶん姉貴の幸せだけを願ってる」

 

「だが、あたしはマスターなしに幸せなど…」

 

「そうだな…分かってるよ。だからアンタはサクヤさんのために生きるべきだ、あの人が遺した最後の約束"みんなの姉として、家族を守る"…あの人は死んじゃったけどさ、姉貴がその約束を守り続ける限り、サクヤさんの意思は姉貴の中で生き続けるんじゃないかな?」

 

「マスターの意思が、私の中で生きる…か。ハハハ…そうか……そういうことだったのか…! ハハハハハハ!」

 

 唐突に笑いだしたアルケミストに、デストロイヤーはぎくりとした。

 さっきまでの様子とは違う、古い記憶をバックアップデータとして再生はしたが、元からの記憶も完全には消去されていなかった……同一、しかし異なる二つの記憶がエグゼの言葉で連結していく。

 古いバックアップデータにあるマスターとの新鮮な記憶、忘れかけていたマスターの愛情をそこから思いだしたアルケミストは、エグゼの言葉を引き金としてついに未来の光を見た。

 

「ちょっと処刑人!? あんたなにしたのよ!?」

 

「いや、オレも予想してなかった結果だけどよ……姉貴が目覚めたぜ、デストロイヤー」

 

「目覚めたって、どういうこと…?」

 

「過去と今の記憶を完全に適合させて、新しい存在になったのさ。そうだろう、姉貴?」

 

 いまだ高笑いをあげるアルケミスト…ぱっと見、発狂して笑っているように見えて不安で仕方がなかったが、彼女の瞳から闇が消えているのを察したデストロイヤーは嬉しさから涙を浮かべる。

 

 

「マスターは生きていた…あたしの中で! なんで今まで気付かなかったんだ!? マスター、聞こえているか! アンタが好きだ、この世界の誰よりもあんたが好きなんだ! あたしはあんたのために生きる、そうすればあんたもあたしの中で生き続けてくれるんだ! マスター! 大好きだ! あたしもあんたを……愛しているぞッ!」

 

「やっぱりメンタル破損してそうだなこれ…」

 

「物騒なこと言わないで処刑人……だけど、凄いよ……アルケミストがこんな風に笑ったのなんて、久しぶりだから……マスター、ありがとう…アルケミストをまた助けてくれたんだね…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり叫んで落ち着いたアルケミストは、一息ついて、食堂のスタッフや人形たちに騒がせてしまった詫びを入れる。

 それからデストロイヤーを優しく抱きかかえた…戻って来た優しい姉の姿にデストロイヤーは感激し、涙で顔をくしゃくしゃにしつつしがみつく。

 

「アルケミスト完全復活…ってか?」

 

「迷惑かけたね処刑人、ハンター。長い悪夢から覚めた気分だよ」

 

「人形が夢を見るわけねえだろ? これが夢じゃなきゃいいな」

 

「物騒なことを言うな。だけどおかげで気持ちが軽くなった…」

 

 あれほど彼女を苦しませ続けた憎悪の感情が、今はすっかりと消えている…反対に、マスターの存在を意識することで温かな気持ちがこみ上げる。

 

「たぶんあたしはいかれてるんだろうな、だが悪くない気分なんだ」

 

「復讐に取りつかれて生きるより、そんなこと忘れて前向きに生きてた方がずっといい…他の誰かを恨んで生きてくなんて、無意味なことだったんだよ」

 

「ずいぶん無駄な時間、惨いことをしてしまったな……なあ処刑人、あたしが犯した罪を清算するのにどれだけの贖罪をすればいいだろう?」

 

「さあなデカくやるより小さくやってった方が良い……ここにはアンタを恨む人形は大勢いる。あんたはそいつらに許しを貰うことから始めたらいいんじゃないか?」

 

「そうか…お前がそう言うなら、そうなんだろうな。もちろんお前も手伝ってくれるんだろ?」

 

「はぁ? そんなの自分一人でやれよ…それに、アンタはもう一人じゃないだろ?」

 

「そうだな……あたしにはマスターがいるからな」

 

「わたしは!? ねえアルケミスト、わたしはそこにいないの!?」

 

「勿論お前もだよ、デストロイヤー」

 

 クスクスと笑い合う二人…ようやく訪れたささやかな幸せにデストロイヤーは幸せそうに微笑むのであった…。

 

 憎しみに取りつかれ、復讐に走ったアルケミストはもういない。

 いまそこにいるのは、愛を思いだし、かけがえのないマスターの意思と共に家族を守る決意を固めた、心優しきアルケミストの姿であった…。

 

 

 

「やるじゃん、エグゼ」

 

「お、スコーピオン。起きたか?」

 

「おかげさまで……とりあえず、一発殴らせろコラッ!」

 

「痛ッ! てめぇこの!」

 

「これで貸し借り無しだバカ!」

 

「あぁ!? バカにバカって言われたかねえな!」

 

「おっと落ち着けエグゼ。取りあえず、アンタは仲間を助けられたみたいだね…さすがだよ、エグゼ」

 

 差し向けられた拳に応え、エグゼは握り固めた拳をつきつける。

 食堂内からは未だ不穏な視線を感じるが、上手くやっていけるという確信がスコーピオンにはあった…。

 

「スコーピオン、お前この結末を見越してオレを説得してたか?」

 

「うん? あたしにそんな先を見越せる知性なんてあるわけないでしょ? でもまあ、悪い方向に転がらなくて良かったよ…エグゼも、もう復讐とか憎しみとかダメだからね?」

 

「分かってるっての。復讐なんて虚しいだけさ、誰かを憎んでるより、仲間作ってばかやってたほうがずっと面白い」

 

「そっか…じゃあさ、今度はエグゼも本格的に仲直りする番だね。今ここにM4やAR小隊がいるんだけど」

 

「あぁ!?」

 

「あれ?」

 

 M4……その名を聞いた瞬間、さっきまでのほのぼのとした空気はどこへやら、一瞬で殺伐とした空気が食堂内に張りつめる。

 弛緩していたデストロイヤーも、あまりの怒気に飛び上がり、怯えた様子でアルケミストにしがみつく。

 

「AR小隊…M4がここにいるだって!? どういうことだよそりゃ…」

 

「あー…エグゼ? あのだね、なんか帰るタイミング見失って滞在してるんだけど……」

 

「ほう、そいつは……ヘヘヘ、面白い…あのクソッたれのあばずれがいるのか! ということはよ、あいつをいつでもぶち殺せる状況にあるってことじゃねえか! よくやった、よくやったぞスコーピオン!」

 

「あ、ありがとう……って、ちがうちがう! ダメだからねエグゼ!? もう和解したんだから、試合終了だよ!? それにさっき復讐なんて虚しいだけって言ったばかりじゃん!」

 

「そんなこと言ったか? しかし、M4……へぇ、そうかそうか……どう料理してやろうかな?」

 

「ダメだからね!? 先に手を出すのは許さないからね!?」

 

「じゃあ、アイツの方から先に手を出させればいいんだな! よし分かった!」

 

「違ーーーうッ! あーもう、あたしはツッコミ役じゃないんだってば!」

 

「マジ面白いな、覚悟してよろクソAR小隊どもめ…!」

 

 高らかに笑うエグゼに、珍しくツッコミ役に徹するスコーピオン…。

 

 

 M4とエグゼの果てしない闘争、まさかこの騒動が伝説の始まりとなるとは思いもよらなかっただろう…。




アルケミスト救済ルート入った瞬間覚醒してしまった…。

一応デストロイヤーの古い記憶を上書きしたというのも間違いではなく、復讐心で薄れてしまったマスターの愛情を鮮明に思いだし、アルケミストはついにマスターの意思に気付くことができたのです…愛ってすごい。


そして次回より始まるM4VSエグゼの仁義なき戦い……全編シリアスなギャグになると思いますねw


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マザーベース:仁義なき戦い

「にゃにゃ……なんだか今日の食堂は寒気がするのにゃ」

 

「IDW、やっぱりあんたもそう感じる? おかしいよね、なんか今日…」

 

「あー、それは十中八九あの二人のせいだと思うんやけどな…」

 

 食堂内の気温は一年を通して平均的な温度に保たれており、夏だろうが冬だろうが気温は一定になっている…だというのに、その日の食堂は妙な寒気と緊張感に包まれている。

 鈍感なIDWとウージーはそんな感覚を奇妙に思うだけであったが、たまたま(・・・・)食堂の真ん中で睨み合うように座っている二人を見てしまったガリルは、この原因を知っていた…。

 

 

 食堂中央の長テーブル。

 3列あるうちの端側のテーブルにはエグゼが、間にテーブルを一つ挟んで向かい側に座っているのはAR小隊のM4。

 エグゼは隣にスコーピオンとWA2000、M4の方はM16とSOPⅡが座ってなんとか二人の睨み合いを止めようとするも両者とも聞く耳を持たず…殺気に満ちた目で互いを睨み、今日のメニューのラーメンをすすっている。

 

「あー…エグゼ? 一旦落ち着こうか?」

 

「黙ってろスコーピオン。食事中に喋るんじゃねえ、マナー違反だ」

 

「食事中に殺気立ってる奴に言われたくないんだけど…」

 

「もうほっときなさいのこのバカは…それにしても、AR小隊のリーダーさんはもっと知的だと思ったんだけどね」

 

 相変わらずAR小隊への嫌悪感を捨てきれないエグゼのみっともない姿には、WA2000も呆れてため息しかこぼすことが出来ない。

 あの戦いの最中にAR小隊との確執は解消したと思っていたが、本当は事態の先延ばしになったに過ぎないことをこの場にいる者は痛感していた。

 一方のAR小隊……M4もM4で、エグゼの殺気立った睨みを受けても意に介さず、むしろ舌打ちして額に青筋を浮かべる。

 

「M4、お前も落ち着こうな?」

 

「普通です」

 

「いや、今のお前普通じゃないからな? どこの世界にそんな殺意を込めながらラーメン食う女がいるんだよ…」

 

「うわー! このラーメン美味しいよ! ねえおかわりしてもいい!?」

 

 AR小隊の方も、M16が妹の面倒を見ながらエグゼの様子を伺うが、凄まじい殺意を込めた目で睨まれると目を背ける…あそこまで恐ろしい存在と睨み合えるM4を素直な気持ちで称賛したいが、現在MSFの世話になっている以上あまり争い事は避けたいところが本音である。 

 あと、SOPⅡはラーメンに夢中でエグゼとM4のわだかまりに全く関心がない。

 

 食事を純粋に楽しむはずの食堂が、戦場さながらの殺伐とした空気に支配される。

 何人かは居心地の悪さを感じて早々に退席してしまっている…そんな時、この状況に対する苦情を言われたのか何なのか、MSF副司令がご立腹の様子で現われる。

 その背後には、怯えた様子の97式とそれを守るかのように寄り添う蘭々がいる。

 

 

「こらこら二人とも…ここは食事をするところ、ケンカをするところじゃないんだぞ? 食事は兵士に取って数少ない娯楽の一つだ、それを居心地の悪いものにしてはいけないぞ」

 

「すみません副司令さん。M4には私から言っておきますから…」

 

「M16姉さん、それでは私が一方的に悪いみたいじゃないですか。そもそも因縁つけてきたのはあいつの方です」

 

「こらM4…! すみません、本当にすみません!」

 

「ハッハハハ! 出来の悪いバカ妹持つと苦労するな、M16? お前一体どんな教育してんだ?」

 

「は? なんでお姉さんを悪く言うんですか…関係ないじゃないですか! お山の大将みたいに威張り腐って…」

 

「なんだとテメェ? お前今どういう立場にいるか分かってないみたいだな、テメェ如きいつでもぶち殺せるんだぜ?」

 

「弱い犬程よく吠えるとはよく言ったもんですね。あなたの場合、狂犬みたいに喚き散らしてるだけですけどね!」

 

「あぁ!? 上等だよAR小隊の腐れ人形がッ!」

 

「鉄血のクズめ!」

 

 テーブルを蹴り上げる両者、吹き飛んでいったラーメンに悲鳴をあげているSOPⅡがいるが、今はそれどころではない。

 いきり立つ二人を即座に抑え込むが、両者とも血走った眼で互いを罵る言葉を浴びせかける。

 食堂内で成り行きを静観していた者たちももう無関係ではいられない、集団で囲みなんとか二人を遠ざける…どうしていいか分からず震えていた97式は、咄嗟にミラーに目を向けるが、彼は乱闘の最中にエグゼかM4に殴られてノックアウトしていた…。

 

 そんな時だ、喚きたてる二人以外の怒号が響き食堂内は一気に静まり返る…。

 

 騒動の渦中にいた者たちは、声がした方を振りかえると息をのむ……そこにいたのは、明らかな怒りを宿したオセロットである。

 オセロットは無言で彼女たちの元へと近寄ると、そこに集まっていた者たちは自然に道を開く…。

 

 

「ボスが少し留守にしたと思ったらこれか…。お前たち、ボスがいなければ一日もまとまりがきかないのか?」

 

 

 怒気を孕むその声に、その場にいた者のほとんどがバツの悪そうに俯く。

 とりわけ、初期のころに厳しい指導を受けていたスコーピオンとWA2000はオセロットが本気で怒っていることを悟って申し訳なさそうにしている。

 エグゼも、かつて過酷な尋問を受けた経験からオセロットに対する苦手意識があり、まともに言い返せず…M4もオセロットには逆らってはいけないと察し、無言で彼の言葉に耳を傾ける。

 

「ワルサー」

 

「な、なによ…」

 

「お前がいながらどうしてこんな騒動になっている。お前には常日頃、中立的な立場から事態を見て規律を守らせるよう言っていたはずだ」

 

「う……それは、そうだけど……でも!」

 

「言い訳はするな。これが事実だ……全くバカどもが……お前たち、今後一切の私的乱闘を禁ずる。これを破ったものは営倉入り、もしくは厳罰に処する。お前たちが規律を守れたとオレが認識するまで、無期限に定めるものとする……以上、解散だ」

 

 

 オセロットに睨まれて口答えできる者などこの場にはいない。

 エグゼでさえ借りてきた猫のように静かになってしまっている。

 オセロットが食堂内から立ち去った時、真っ先に動きだしたのはWA2000…彼女はオセロットに叱られたのがよほどショックだったのか、唇を噛み締め、目に涙を浮かべながら無言でその場を立ち去るのであった。

 

 

「まあその…なんだ。オセロットが怒るのもしょうがないよね…それはほら、あたしらも悪かったしさ。取りあえず二人とも、今は仲直りの握手をしようよ」

 

 ほら、とスコーピオンに促されて両者はしばし無言で見つめ合ったのち、やがて握手を交わす。

 これで和解したとは思えないが、とりあえずは乗りきった…そう思いスコーピオンは同じく苦労する立場にいたM16と視線を交わしあい、お互い苦労するなと目で伝えあい笑った。

 さて、今日のところは一旦離れておこう…そう思い両者に視線を戻すと…何かがおかしい…。

 

 二人とも獰猛な笑みを浮かべてやたらと力んでいる……二人とも、握手をしながら相手の手を握りつぶそうとしていた…。

 

「これで終わりじゃねえからなM4…!」

 

「望むところですよ処刑人…!」

 

 宣戦布告を交わした両者はようやく握手を解く…二人とも手が赤く腫れており、相当な力を込めて握りつぶそうとしていたことが伺える。

 高笑いを浮かべながら去っていくエグゼを、慌ててスコーピオンは追いかけていく…。

 M4もまた、顔に似あわないどす黒い笑みを浮かべて戦いを決意…妹のそんな姿に困惑するM16はとりあえず妹をその場から立ち去らせるのであった…。

 

 

 

「ラーメン……わたしのラーメンがぁ…!」

 

 

 

 嵐が過ぎ去った食堂内では、SOPⅡが一人、散らばったラーメンを前にしくしく泣いていたという…。

 なお、その後温情をうけてラーメンのおかわりは無事貰えた模様…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日のこと。

 

 その日、M4は洗濯機にかけた自分の服を回収しようと洗濯室に向かっていた。

 洗濯が終わる時間を見計らいやって来たM4であるが、自分がセットした洗濯機がまだ回っているのに気付く…来るのが早かったか、そう思い何気なく洗濯の残り時間を確認したところ、残り1時間以上もある。

 これはおかしい、そう思い、周囲の選択済みのかごを見てまわるが自分の服はどこにもない。

 ちょうど洗濯をとりに来たSAAにも聞いてみたが分からずじまい…だが、エグゼがちょうどそこの洗濯機から洗濯物をとりだしていたという証言を手に入れるのであった。

 

 もちろん烈火の如く激怒したM4はエグゼにくってかかるがシラを切る。

 ならばとSAAの証言で問いただそうとするが、相手はあのエグゼ…事態を察し、これ以上関わり合いになりたくないSAAは沈黙を貫いてしまうのであった…。

 

「おいおい、いいがかりつけてオレ様の貴重な時間をムダにすんなよ。オレはニートのお前と違って、忙しいんだからよ!」

 

「くっ…! 鉄血のクズめ…!」

 

「かわいそうにな、MSFじゃ服とかパンツ失くすのは自己責任なんだぜ? ちゃんと見つかるといいな、ハハハハハ!」

 

 大笑いして立ち去るエグゼに対し、M4は先日のオセロットからの言いつけもあって何も仕掛けることは出来ず、悔しそうに見送るしか出来なかった…。

 

 その後、M4の洗濯した服は見つかった。

 丁寧に一着ずつ別な洗濯機に放り込まれていたのだ…なお、パンツだけは最後まで見つからなかった。

 

 

 

 

 

 翌日のこと。

 

 M4に仕返しをして上機嫌のエグゼは、久しぶりの仕事で疲れた身体をサウナで癒していた。

 機嫌よく鼻歌を歌いながらシャワーを浴び、脱衣所へと戻ったエグゼはタオルで水気を拭き、さて服を着ようとしたところで気付く……置いていたはずの服がない。

 脱衣所をぐるっと見てまわって無いことを確認したエグゼはいよいよ焦り始める。

 そんな時、扉を開けてやってきたM4……彼女は少しの間無言でエグゼを見つめた後、意味深に笑い扉を閉めるのであった…。

 

「おいコラM4ッ! テメェ、オレ様の着替えをどこに隠しやがったんだ!?」

 

 すぐさま後を追いかけて脱衣所に引き込み尋問するが、彼女はシラをきる。

 

「私が知るわけないじゃないですか」

 

「いい度胸してるじゃねえかテメェ!」

 

「殴るんですか? オセロットさんに私的な乱闘は禁止されてますよね? それに、昨日あなた言いましたよね…ここじゃ服や下着を失くすのは自己責任だって…」

 

 意味深に笑っているが、証拠もなく、昨日自分が言った言葉を引き合いに出されたエグゼは悔しそうに歯ぎしりする。

 満足げに立ち去るM4を、エグゼはただ恨みがましく睨むことしか出来ないのであった…。

 

 なお、エグゼの服はその後脱衣場の物置に放り投げられている状態で発見される…なお、パンツだけは無くなっていた。

 

 

 

 

 

 またまたある日のこと。

 

 その日は毎週恒例のカレーの日。

 スタッフも人形も大好きなカレーの日でワクワクしているが、エグゼとM4はまたまた睨みあい額をぴくぴくさせていた。

 

「ちょっと、なんで私のカレーだけ盛りが少ないんですか?」

 

「チッ…ニートの分際で偉そうに…」

 

 その日は配膳をするための人手が不足しており、ならばじゃんけんで決めようということで負けたエグゼがカレーを配膳していたが、案の定M4だけを差別して少なく分けた…それを即座に追及してやり直させ、上機嫌にM4はその場を立ち去る。

 先日ひと泡吹かせて、今日も言ってやったおかげで非常に機嫌がいい。

 そんな妹の前に座ったM16は、妹の大人げない姿にほとほと困り果てていた。

 

「なあM4、もうそろそろ止めておいた方がいいんじゃないか?」

 

「私は折れませんよ。あいつが謝って来るまではね…」

 

「私はそのうちまたお前たちがケンカしないか心配なんだ。あの時はみんないたからいいものを、誰もいないところで乱闘になったらお互い危ないじゃないか」

 

「心配し過ぎです、私が鉄血のクズに負けるはずないじゃないですか………ん? んん!?」

 

「ど、どうしたM4?」

 

「うぅ~…! 辛ッ…!な、なんなんですかこのカレーは!? 口が…口の中が火傷したみたいに…!」

 

「ま、まさか…!」

 

 そう思い配膳しているエグゼを見て見れば、彼女は配膳を待つスタッフたちを捨て置いて腹を抱えて笑い転げている。

 そうだ、彼女は先ほどカレーの盛りを直す際に激辛スパイスを大量に混ぜ込んだものをM4に差し出したのだ。

 そうとは知らずに食べたM4はたった一口で悶絶していた。

 

「あのクズめ……絶対に仕返ししてやるッ…!」

 

「あー……もう疲れたから酒でも飲も…」

 

「M16、ここのカレーって甘口はないのかな?」

 

 妹の更生を諦めたM16は酒に頼って現実から目を背けつつ、甘口カレーを要求するSOPⅡに癒されるのであった…。

 

 

 

 

 

 後日のこと。

 

 前線基地で部隊編成と訓練を行う仕事を終えたエグゼは、久しぶりの疲労感と熱さからくたくたした様子でマザーベースへと帰還する。

 夏が近づき熱さが増していく昨今、人形たちも気温上昇による気だるさと動作不良に悩まされるときもある。

 それでも人間より暑さ寒さに対し耐性をもっているのだが…。

 

「ふぅ、今の世の中は年中異常気象だな…ん?」

 

 ヘリを降り立ったエグゼは、甲板上で一人エグゼを待ち構えるM4を発見する。

 きっと何か企んでいる…そう思い彼女の周囲に目を向けるが他に誰もいない……最近はUMP45以上に腹の底が見えないM4、ただならぬ雰囲気を察して警戒していると、なんと彼女はエグゼに頭を下げてきたではないか。

 これにはエグゼも驚き面食らう。

 

「処刑人、もうこんな争いは止めにしませんか? あなたはここでの立場があるのは分かってます、だからわたしが謝罪をして折れた方がいいんでしょう」

 

「へへ、てめえ一体何言ってやがんだ? まあいい、ようやく自分の非を認めたのか。ったく、最初から素直に謝っとけばいいんだよ」

 

「あの戦いで命を救われたのは事実ですから…。今日は暑かったですよね、お水飲みますか?」

 

「お、気がきくじゃねえか」

 

「あの…これからも、よろしくお願いしますね?」

 

 そう言って、M4は水筒をエグゼに手渡すと、少し気恥ずかしそうな表情ではにかみ立ち去るのであった。

 不思議なことがあるものだ、自分から先に気を許す気はなかったが、M4からも気を許すとは思ってもいなかった…きっと裏で何かあったのだろう、お人よしに考えたエグゼは手渡された水筒をまじまじと見つめる。

 水筒を振ると、カランと中に入った氷が触れあう音が鳴る。

 

「まあ、ここまでされたオレ様も意地張ってるわけにはいかねえよな…」

 

 自嘲するかのように笑うエグゼは水筒の蓋を開け、冷たく冷えた液体を喉に流し込んだ………そのとたん、液体が喉を通った矢先激烈な熱さを感じむせる。

 さらに液体を受け入れた内臓にも熱さを感じ、激しくせき込むのであった。

 

「うぐっ…! な、なんだこりゃ…!」

 

 落とした水筒から氷と、透明な液体が溢れだす。

 見た目は透明だが、この喉を通った際の熱さに覚えがあるエグゼは、懐からライターをとりだし透明な液体へと近付ける…するとその液体に一気に火がついたではないか。

 

「やりやがったな…腐れ人形がぁ! こりゃ水じゃなくて、スピリタスじゃねえかよ!」

 

 アルコール度数98%、火気厳禁の極めて危険なアルコール飲料。

 匂いも嗅がずに飲んだのはうかつだった。

 喉に渇きを感じていた最中の高濃度アルコールは凄まじく、しばらくエグゼは喉の痛みに悩まされる羽目になるのであった…。

 

 

 

 

 以上が、全てこの一週間で起こった出来事。

 

 両者の直接的な決闘事態は避けられたものの、互いの意地とプライドをかけた仁義なき戦いが、マザーベースという戦場で勃発するのであった。

 だがこれは序章に過ぎないのだ…長い伝説の戦いの、ほんの一幕だ。




これが伝説の戦いや(白目)



よーし、ほのぼの成分充填したな!
今度はMG5助けに行くぞおらーっ!

というわけで、次回!

"蛇の王国"をお送りします


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蛇の王国

 エグゼとM4の果てしない闘争が巻き起こるマザーベース。

 今日は寝起きのM4の部屋の前に粘着テープが仕掛けられ、寝ぼけ眼で起きたM4はそれに気付かずテープに足をとられて転倒…転倒した先に仕掛けられていたゴキブリホイホイに顔面から直撃するという衝撃的ないたずらを仕掛けられるのであった。

 幸いにもゴキブリホイホイには例の虫はいなかったが、顔にはり付いた粘着剤をとるのに、M4は何時間も苦労しているようだ。

 ちなみに、昨日はM4が風呂場に仕掛けを施して入浴しに来たエグゼが石鹸で足を滑らせ、風呂場の角に後頭部をぶつけるという痛ましい事故があった…。

 その前の日も、さらにその前も……二人の闘争は毎日続いている。

 

 最初のころはみんなも冷や冷やしていたが、既に慣れて放置している。

 

「やってやったぜ! 見たかよM4のあのマヌケ面、思いだすだけでも…ハハハ!」

 

「お前もう少し大人になったらどうなんだ?」

 

 ここ最近のエグゼの幼児退行ぶりにあきれ果てるハンター。

 彼女だけならまだしも、娘のヴェルはだれかれ構わず悪戯を仕掛けることで有名であり、手が焼けるヴェルが二人いるようなものだ…まあ、エグゼの場合はいたずらの対象がM4だけにとどまっているのでまだマシだが。

 とにかく、エグゼがM4へのいたずらに夢中になっているせいでヴェルがほとんど野放し状態、仕方なく今はハンターがヴェルの教育をしているのだが……ハンターもヴェルが可愛くてしょうがないため、あまり厳しい態度で教育できないらしい。

 

「せめてスネークがいてくれたらいいんだが……っと、噂をすればそのスネークだ」

 

 甲板を散歩していた二人は、ちょうどスネークがヴェルの相手をしている場面に出くわす。

 基本的に狂犬スタイルで誰にも懐かないヴェルだが、スネークの事は父親だと認識して精神年齢相応の顔で精いっぱい甘えている…。

 今はボール遊びをしているようで、スネークがボールを投げてはヴェルが追いかけていき…ボールをナイフでめった刺しにするというよく分からない遊びをしているようだ。

 

「エグゼ、ひとまずM4のことは置いといてお前も行ってこい。たまには3人でな…」

 

「そうだな」

 

 短く返事したエグゼはスネークとヴェルの元へと歩いていく…彼女がやって来たのを見たヴェルはボール遊びの手を止めて、足下へと駆け寄り抱っこをおねだりするのだ。

 いたずらする時の子どもみたいな顔から、エグゼは娘を可愛がる母親の顔へと変わった。

 ヴェルを抱き、親しそうにスネークと話すその姿は本当に結ばれた夫婦のように見える…微笑ましい光景に暖かい気持ちになると同時に、自分がそこに混ざっていけない寂しさのようなものを、ハンターは少しばかり抱えるのであった。

 

 そんな時だ、ふと視線を海の方へと向けた際に、甲板の端に腰掛けて海を見つめるキャリコに気付く。

 物憂げな表情で、キャリコはただ水平線のかなたをじっと見つめていた。

 

「こんなところで一人で何をしているんだ?」

 

 問いかけるハンターを一度見上げたキャリコであったが、何も言わず再び視線を海へと向ける。

 彼女が気落ちしている理由を知るハンターはその隣に腰掛け、そっと肩に手を置こうとしたところ、キャリコは呟くような声で話し始める。

 

「リーダーはここから海を見るのが好きだったんだ」

 

「MG5がそんなことを?」

 

「うん…何か悩みがあった時、こうして海を見るの。海って広いよね…大きくてどこまでも広がっててさ。それに比べたら自分の悩みなんてちっぽけなんだって」

 

「それで、こうして海を見てるのか」

 

「うん……でも、どれだけ見ても虚しいだけなの……こんな広い世界に、あたしだけって思っちゃって辛くて仕方がないんだ」

 

「何を言ってる、仲間が大勢いるじゃないか」

 

「分かってる…だけど、リーダーがいてくれないとあたしは……FALやVector、エグゼは戻って来たのに……なんでリーダーだけがって、そんな汚い考えが浮かんじゃって自分の事も嫌になって…」

 

「キャリコ…そう自分を責めるな。大切な人なんだ、私も同じ立場ならそう思っていたはずだ」

 

 MG5がいないことで、仲間たちの復帰を喜びきれないキャリコ…そんな自分の醜さに嫌悪感を抱き自己嫌悪に陥ってしまっている。

 そんな彼女の肩を撫でて励ますハンター。

 

「キャリコ、スネークに直談判してみよう。あの人なら何か考えがあるはずだ」

 

「でも、スネークは忙しいし…」

 

「心配するな、あの人は忙しさを理由に仲間を見捨てはしないさ。ほら、私やエグゼも協力するから一緒に行こう…な?」

 

 忙しい身分のスネークに気を遣って動けないでいたキャリコを勇気づけ、ハンターは彼女の手を取り立たせる…それからヴェルと戯れるエグゼとスネークのもとへと赴いた。

 そこでハンターがキャリコの想いを代弁してあげる…。

 空気の読めないヴェルは一旦エグゼがあやして遠ざけているうちに、ハンターはMG5の捜索をスネーク本人に伝えるのであった。

 

「実は、あの後オレやオセロットがあの戦地に向かって情報収集をしていたんだ…痕跡は見つからなかった。だが気掛かりなことが一つある。ハンター、オレとお前で鉄血領に入った時、シーカーに出会って言われたことを思い出せるか?」

 

 

 "―――――ついでに教えてやろうビッグボス、暇があったらアフリカにでも行ってみろ…お前が捜している者がもう一人、見つかるかもしれんぞ"

 

 

 

 鉄血の新たなるハイエンドモデル、シーカーが去り際に残したその言葉。

 その時はエグゼのことやアルケミストの事でいっぱいであったために聞き流したが、あのシーカーが無意味にそんなセリフを言うとは思えなかった。

 それはハンターも同じようで、彼女が言及したアフリカに何らかの手がかりがあるのではと睨む。

 

「アフリカか…そう言えば以前スプリングフィールドが言っていたな……あいつがいるって」

 

「あぁ…オレも聞いた。一応そこに当たってみるのがいいと思うんだがな」

 

「そうしよう。スネークアンタはここで待っていてくれ、私とキャリコ、それからエグゼを連れていく。その代わりなんというか…ヴェルを頼めるか?」

 

「構わないぞ。しばらくオレもマザーベースにいる予定だ、空いた時間であの子の面倒は見れそうだ」

 

 ヴェルの問題はスネークが見てくれる。

 これで心置きなくマザーベースを離れられる、キャリコもMG5を捜してくれることに感謝の意を示すのであった。

 そうなると、移動手段の確保だが…スネークの権限でアフリカ行きのヘリが用意され、彼女たちは速やかにアフリカの地へと向かうことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー…これがアフリカかよ…お! ライオンだぜライオン! へぇ~かっこいいな…なぁ、蘭々とどっちが強いと思う?」

 

「さすがに蘭々だろう。この間月光相手のタイマンで一方的に戦っていたぞ…あのトラに守られていれば、97式も安泰だな」

 

「へぇ、アイツいまトラ飼ってるのか? 大した人形だな」

 

「えぇ? マザーベースにトラいたの!? わたしも見たい!」

 

「いつでも見れるでしょ、気付かないだけで……ところで聞きたいんだけどさ、なんでこの二人もいるの?」

 

 賑やかなヘリの中で騒ぐ4人の鉄血ハイエンドモデル。

 キャリコがジト目でハンターを睨みながら指摘するのは、当たり前のようについてきたアルケミストとデストロイヤーの事だった。

 

「なんだよ、あたしらがいたら都合が悪いのか?」

 

「そもそもリーダーが行方不明になった原因がアンタのせいなの分かってるの?」

 

「ちょっと、アルケミストだけが悪いみたいに言わないでくれない? 私たちとMSFが本格的に戦争になったのって、そもそもAR小隊が原因じゃん。責任追及するならあいつらでしょ」

 

「あーもう止めにしないかお前たち。今はいがみ合ってる場合じゃないだろう…なあエグゼ?」

 

「おぉ! キリンいるぞキリン! 捕まえてみたいな……ん? ありゃサイがいるぞサイ! アフリカの動物ってなんでみんなかっけえんだろうな!」

 

「はぁ…MSFには脳筋メスゴリラが徘徊してるだろ」

 

「おいちょっと待てハンター! それオレの事言ってんのか!?」

 

 くだらない事で口論になる二人…となりではアルケミストがデストロイヤーを抱きかかえて髪を撫でている。

 各自自由気ままに過ごしている中で、唯一、I.O.P社製の戦術人形であるキャリコはアウェー感に居心地の悪さを感じていた。

 さて、そのままアフリカの大地を眼下に見下ろしながら過ごしていると、広大な農園が出現した。

 その農園に差し掛かったところでヘリに通信が入り、パイロットが何ごとか言葉を交わすと、ヘリはその農園に向けて降下していくのであった…。

 

 

 農園の中のヘリポートへと着陸すると、農園の警備兵がやってくる…その対応はパイロットが担当し、既にやり取りが決まっていたのかお互い握手を交わし笑顔を向けあっていたが、パイロットから差し出された札束を警備兵が受け取るのをキャリコは見逃さなかった。

 

「ここにあのアホがいるのか…鉄血から抜けて、大層な身分になったじゃないか」

 

「だね。私あいつ嫌いなんだよね…」

 

 アルケミストとデストロイヤーが、赤土の上に広がる農園を見渡しつつそう呟く。

 農園の中には、ポールがいくつもたてられ、そこに赤地に尾を喰らいあう三匹の蛇が描かれた旗が掲げられている……それが示すところは、この広大な農園の主が何者であるかを示していた。

 大規模なプランテーションにはサトウキビやトウモロコシといった食物が栽培されている…これは大戦と災害による汚染で食糧事情が深刻かした現在で、そうそう見ることのできない光景だ。

 

 見たところ農場は手入れが行き届き、安定した栽培が進められているようだ。

 

「あのアホ、こんな才能あったのか?」

 

「まさか…誰かの入れ知恵だろう」

 

「見てよ、子どもまで農作業に駆り出してるし…結局アイツは外道だよ」

 

「お前ら…相変わらずウロボロスが嫌いなんだな」

 

 相変わらずウロボロスを貶す三人に対しハンターはほとほと呆れていた。

 しかしウロボロスとの確執を知らないキャリコは首をかしげているようだが…まあ教えておく必要も無いので、ハンターは適度に言葉を濁して伝えるのみであった。

 

「おい」

 

 好き放題騒ぐ一行に対し声をかける少年。

 金髪の、いかにも生意気そうな少年だ……どこか誰かとかぶるような、そんな既視感を感じる少年を見て一行は完全に油断した様子で茶化すが、少年はそれが面白くなかったのだろう…。

 素早い動きでハンターの懐に飛び込むと、彼女の腰に差していたナイフを抜き取った。

 

「少年、それはおもちゃじゃないんだぞ?」

 

「ふん…とり返してみろよおばさん」

 

「おば…ッ!?」

 

「だははははは! ハンター、言われてるぞ!」

 

「うるさい…! 少年、いくらなんでもおばさんはないんじゃないか?」

 

「だったらばばあだな」

 

 口の悪い少年にカチンと来たハンターだが、冷静に深呼吸を繰り返す…どうやら平常心を保つ努力をしているらしい。

 

「ハンターお前すげえな。オレだったら余裕でぶっとばしてたぞ」

 

「だよな。八つ裂きにして逆さ吊り確定だろう」

 

「ちょっとアルケミスト、あんた怖いよ…」

 

「あのさ、リーダー捜しに来たんだよね!? 真面目に捜してくれないかな!?」

 

 そんな風に勝手に喚き散らしていると、自分が無視されていると思ったのか少年はイライラし始める。

 少年はナイフを隠し持つように握ると、狙いを無防備そうなデストロイヤーに定めるのであった。

 そして狙いをつけ、一気に駆け出そうとした瞬間、何者かに身体を持ちあげられてしまった。

 

 

「ダメだよイーライくん! そんな物騒なものをもって遊んじゃ! おねーさんと約束したでしょ?」

 

「は、離せ! 離せぇ!」

 

「うんうん、今日も元気いっぱいだね! さてと、MSFと旧鉄血の皆さんお久しぶり! アーキテクトだよ!」

 

 

 なんと、現われたのは先の戦いでも戦った鉄血のハイエンドモデルアーキテクトだ。

 いつもの格好に、農作業していたのかあちこちに赤土の汚れが付着している…彼女は少年、イーライをぬいぐるみのように抱っこしており、その腕と胸に挟まれたイーライはじたばたともがくのみだ。

 

「処刑人くんとハンターくんは初めまして、になるのかな? アルケミストとデストロイヤーはお久しぶり!」

 

「お前こんなところにいたのか。となると、あのアホの部下にでもなってるのか?」

 

「あー、あんまりウロボロスを悪く言わない方が良いよ? イーライくんが怒るから…ね?」

 

「…うるさい…!」

 

 否定をしないあたり、図星なのだろうか?

 アーキテクトがいるのであれば、金魚の糞のようにいるのがゲーガーだが、彼女もこの農園の中にいるらしい…アーキテクト曰く、屋敷の使用人としてウロボロスの世話になっているという。

 あれこれ現状について話していると、そこへこの広大な農園の主……ウロボロスが上機嫌で姿を現すのであった。

 途端に、エグゼやアルケミストは嫌悪感を丸出しにするのだが…。

 

 

「やあやあ諸君、久しぶりだな。一年振りくらいかな? 我が王国へようこそ諸君…」

 

 

 一行を前にして、優雅にお辞儀をして見せるウロボロス…。

 以前会った時と色々おかしい彼女に、エグゼやアルケミストなどは呆気にとられている。

 

 第一に、随分丸くなったなという印象。

 以前はぎらついた闘志を丸出しにしており、非常に高い自尊心が滲み出ていたが今は比較的落ち着いている…比較的だが。

 

 第二に、その服装。

 ウロボロスは今、白いワンピースに麦わら帽子という…元の服装からかけ離れた姿をしている。

 清楚感ただよう見た目であるが、このアフリカの大地にはミスマッチだ。

 

「お前、なんだその格好は…!?」

 

「何かおかしいか? アフリカの暑い気候、太陽光を避けるのにベストな服装だと思うが?」

 

 確かに、以前の黒づくめの姿よりは白い服装の方が涼し気ではあるが…ここで一体何があったというのだ、それがエグゼ含む一行の共通の認識である。

 そんな一行を適当にあしらいつつ、ウロボロスはその関心をイーライへと向ける。

 

「イーライ、この方々は客人だ。危害を与えようとするのは感心しないな」

 

「それなんだけどさウロボロス、たぶん処刑人くんたちがウロボロスのこと悪く言ったから怒ってるんじゃない?」

 

「おい、余計なこと言うな…!」

 

「ほう? イーライ、お前もなかなか可愛いところがあるな…ほれ、よしよししてあげよう!」

 

「やめろーッ!」

 

 イーライはアーキテクトからウロボロスの手へと渡り、強引に抱きしめられてしまうのであった。

 ウロボロスの胸に顔をうずめるイーライは呼吸が苦しいのかじたばたもがくが、そんなことはお構いなしに、ウロボロスはなおも強く抱きしめる。

 ようやく解放されたときには、イーライは顔を真っ赤にして地面に倒れるのであった…。

 

 

「さて諸君、君らが何故ここに来たのかは知っておる。色々聞きたいこともあるのだろう? 立ち話もなんだから、私の屋敷に案内しよう…まあ、茶でも飲んでリラックスしてくれ」

 

 

 そう言って、ウロボロスはイーライを肩に担ぎ屋敷のある方角へと向かっていく。

 それに一行は顔を見合わせ、半信半疑の様子でついて行くのであった…。




おねショタとか最高かよ(愉悦)


ウロボロス✕白ワンピ✕麦わら帽子の"夏の思い出"スキンやで!
アフリカは暑いからね、仕方がないね!

ヤバい、ウロボロスとイーライは書いてて楽しい。
ウロボロスの事はムカつくけど、他人がばかにするのは面白くない…そんな思春期盛りのイーライくんでしたw


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成り上がり鉄血令嬢

 エグゼら一行が、広大なプランテーションの屋敷へと招かれた後は、ここまで彼女たちを運んできたヘリコプターは一旦この場を離脱する。

 軽く燃料の補給を済ませてあげた農場の警備兵は退屈そうにそれを見送るのであった。

 

「まったく、農園の警備ほど暇な仕事はないな…政府軍でもゲリラでもいいから、誰か攻めてこないもんかね?」

 

「やめとけ、そんなことお嬢に聞かれたら八つ裂きにされるぞ…なんたってあの人は戦術人形で、例のあの…なんだ?」

 

「鉄血工造のハイエンドモデル?」

 

「そう、それだ」

 

 アフリカの現地兵から雇われた彼らは、基本的に金で雇われて仕える傭兵に過ぎないが、貧国の軍隊にいた頃よりも待遇の良い今の環境を気に入っていたりもする…まあ、ウロボロスが基本的にスパルタ主義なので苦労は絶えないが、見目麗しい令嬢に叱咤されることを嬉しく思う連中なので問題はない。

 今日も退屈な警備を、暑い日差しが降り注ぐ中彼らは時折文句をこぼしながら行うのだ…。

 

「それにしても、今日はやけに犬がうるさいな」

 

 警備兵の一人がそう愚痴をこぼす…。

 農場内には番犬としての役割から数十匹ほどの大型犬を飼育しているが、その犬たちが今日は落ち着きなく森の方へ向けて吠えているのだ。

 

「きっとヘリが来たからだろう、落ち着かないんだよきっと」

 

「一応お嬢に聞いてみるか?」

 

「やめとけよ、機嫌を損ねたくない。屋敷には子どもたちしか入れないしな」

 

「分かったよ、とりあえず犬たちを黙らせておこう…これで文句を言われたくない」

 

 警備兵の一人が、騒ぐ犬たちをなだめようと餌をてにあやす…ほとんどはそれで大人しくなるが、何匹かの犬はまだ吠え続けている。

 仕方なく檻から出してやろうとしたとたん、一匹の犬が檻から飛び出し、森の方へ向かって走って行ってしまうのだった。

 警備兵はため息をこぼし、めんどくさそうに犬を追いかける…愚痴をこぼしながら森へ行く警備兵を、他の警備兵が茶化し、彼は中指を立てて応えるのであった。

 

 

 

「おーい、どこに行ったんだちびちゃん? お嬢に叱られる前に、帰ってこいよ」

 

 

 

 鬱蒼と生い茂る森の中を、適当に捜索する。

 犬一匹いなくなるのはなんてことは無いが、それで怒られるのは自分たち…何かとキレやすいウロボロスの機嫌を損ねないようにするのが、基本的な業務の一つだ。

 森をあてもなく捜していると、彼はやがて地面に寝そべる番犬の姿を見つけた。

 

「まったく、ほら帰るぞ」

 

 うだるような暑さからさっさと逃れたい彼は、真っ直ぐにその犬へと近寄っていく…犬との距離が5メートル程度にまで近寄った時、彼は異変に気付く……番犬はそこに寝そべっていたのではなく、首を斬り裂かれ死んでいた。

 突然のことに彼は動揺し、そしてそれは周囲への警戒心を低下させていた。

 彼は突如、背後から身体を拘束され……そして番犬と同じように、首元を鋭利な刃で斬り裂かれる。

 

 

 

"歩哨排除、任務に支障なし"

 

"了解…作戦開始時刻は2100時、それまで周辺を制圧し待機せよ"

 

"了解、作戦開始時刻まで待機する"

 

"ターゲットは一人だ、それ以外の生死は問わん……我らが眠っている間に入り込んだ盗人だ、容赦するな"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 招かれた屋敷は西洋建築風の大きな屋敷。

 手入れされた広い庭には厳かな像と噴水があり、屋敷のすぐそばには広いプールが設けられている。

 あちこちで黒人と白人の子どもたちが元気に走り回り、プールでは気持ちよさそうに泳ぐ子どもたちがいる。

 屋敷に帰ってきたウロボロスを、庭の手入れをしていた庭師の老人がぺこりと頭を下げて主人の帰りを出迎えるのだ…。

 

 そんな、元鉄血のぽんこつにあるまじき豊かさを見せつけられたエグゼらはただただ呆気にとられるだけで、いつしかウロボロスの後ろを黙ってついて行くのであった。

 

「おい、どういうことだよ姉貴…あのアホがなんでこんな豪勢な暮らしをしてるんだ?」

 

「アタシに聞くなよ。きっと何かの間違いだ…」

 

 そんな風にひそひそ陰口を叩いていると、屋敷の玄関前に、初老の老人が一行を出迎えるのだ。

 

「お帰りなさいませお嬢様、それからご友人方の皆さま」

 

「丁重にもてなしてやれ。私は着替えてくるからな…イーライ、お前も着替えるぞ」

 

 嫌がるイーライを強引に連行していくウロボロス。

 広大な土地に、立派な屋敷、絵にかいたような執事と…もう本当に同類の戦術人形とは思えない彼女の出世ぶりに、エグゼらは空いた口が開きっぱなしだ。

 そんな彼女たちを執事の男と、アーキテクトが客間へと案内するのであった…。

 

 

 

「オレは、夢でも見てるのか?」

 

「耄碌するのは早いぞエグゼ、私たちは夢を見ないだろ?」

 

「だが夢なら覚めてくれ、あのアホがこんないい暮らししてると思うと…自分の人生がなんだったんだろうって思ってしまう」

 

「はぁ~わたしもあんな風に暮らしたいなぁ」

 

 鉄血のハイエンドモデルが各々、ウロボロスの今の栄華っぷりに自分の状況を重ね合わせて鬱に浸ってしまっていた。

 何を言っても負け惜しみにしかならない状況に、彼女たちは無気力に差し出された紅茶を飲むのだ……無駄に香りと味が良い紅茶に、またまた不可思議な敗北感を味わう4人であった。

 

 そんな中、ウロボロスのことなど知らないキャリコはただ、MG5に繋がる情報を手に入れられるのか心配なようで落ち着きなくそわそわしている。

 ここにきて鉄血ハイエンドモデルたちの同窓会みたいな雰囲気になっているが、ここにきた本当の目的はMG5の情報を探るためなのだ。

 

 

 ため息と紅茶をすする音が鳴る客間の扉が開く、やって来たのはゲーガーだ。

 

 彼女も服装を見慣れたものから、給仕服…いわゆるメイド服に着替えており可愛らしく着飾っている。

 面倒そうな表情でやって来た彼女であったが、机に突っ伏して脱力気味なエグゼらに怯み、誰か状況を説明しろと言わんばかりに視線をあちこちに向ける。

 そこはアーキテクトが笑顔で、ウロボロスの出世ぶりが信じられなくてショックを受けていると説明…妙に納得している辺り、ゲーガーも本音ではウロボロスの出世を気に入らないのかもしれない…メイド服を着せられて使用人の立場にされているのが面白くないのかもしれないが。

 

 

「やあやあ待たせたな諸君! 少し時間は早いが晩餐会と行こうではないか!」

 

 

 客間の扉を開き現われたウロボロスは、いつもの黒のセーラー服に着替えていた。

 その後ろには、無理矢理着替えさせられたのか真新しいタキシード姿のイーライが、不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。

 戦意喪失、やる気を失っているエグゼらは渋々ウロボロスの後をついて行き、食堂へといざなわれた。

 

 

「おい処刑人、お前この絵の価値分かる?」

 

「知らねえよ…オレが酔っぱらって書いた絵の方が上手いだろ」

 

「勝手に触るなよ、それ一枚でおぬしら二人以上の価値があるのだからな」

 

「けっ…調子に乗りやがって…」

 

 ウロボロスの余裕なオーラに苛立ちながらも、何も言い返すことができない事で余計にエグゼは腹が立っていた。

 

 さて、食堂へとやって来た一行は待ち受けていた使用人たちに丁寧に案内され、各々席に座る。

 がさつなエグゼなどは椅子にふんぞり返っていたが、なぜかそれをやってはいけないという空気に飲まれ、姿勢を正す…アルケミストなどは膝を組んでぼうっとしている。

 

「ねえちょっと、もうちょっと低い椅子ないの!? 足が浮いちゃうんだけど…!」

 

「すぐに代わりの椅子をお持ちしますよ」

 

 デストロイヤーは足の届かない椅子に文句を言うと、使用人がすぐさま手配する。

 しっかりと足が床につく椅子を手に入れたデストロイヤーは最初こそ上機嫌であったが、視線が低くなったことに気付き、再び落ち込むのであった。

 

「さてと、みんな席についたところで―――」

 

 ウロボロスが席を立ち、晩餐会の挨拶をしようとした時、キャリコが突然テーブルを叩き食堂へ大きな音を響かせる。

 出だしをくじかれたウロボロスは不服そうにキャリコを睨むが、そんなことは彼女には関係なかった。

 

「あのね、あたしはここにアンタの自慢を見るためでも、食事をしに来たわけでもないの! あたしが今すぐ欲しいのは、リーダーがここにいるのかいないのか…それだけの情報なの! もしここにいないのなら、さっさと言って! すぐにここを出ていく」

 

「お、そうだな。危ない危ない、ウロボロスのアホのせいで目的を見失いそうだったぜ」

 

 キャリコのはっきりとした抗議が意識を失いかけていたエグゼらを覚醒させた。

 自分たちがここに来た理由を思いだした彼女らは、キャリコをじっと見据えたままのウロボロスを伺う。

 もしも機嫌を悪くして襲い掛かってくるのなら、すぐに反撃する構えだ……忘れていたことかもしれないが、このウロボロスという人形は無数のAIの蠱毒を生き残り、ビッグボスの戦闘データを基に鍛えられた存在なのだ。

 純粋な戦闘力では、おそらくこの場にいる者で最も強い存在だろう。

 

「まったく、物事の展開というのがおぬしらには分かっておらぬようだな……まあいい、これ以上噛みつかれても面倒だ」

 

 ぱちん、と指を鳴らすウロボロス……それを合図としていたかのように、使用人の一人が食堂の扉の一つを開く。

 いちいち仰々しい演出をするウロボロスにキャリコは苛立ちから歯ぎしりするが、開かれた扉に目を移した時、キャリコはそれまでの苛立ちが一瞬で消え去るのであった。

 扉の向こうに立っていた一人の戦術人形…彼女もまた、キャリコを見つめていた。

 

「リーダー……?」

 

「キャリコ……また、会えたな…」

 

 そこにいたのは、紛れもないMG5の姿だ。

 彼女の愛おしい姿、愛おしい声を聞いたキャリコはいてもたってもいられずに、彼女に走り寄りその胸に飛び込むのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と、言うわけでだな。おぬしらがしのぎを削っていた戦争を見させてもらった私が、離脱したアーキテクトとゲーガー、そしてMG5を拾ったというわけ……って、おぬしら人の話を聞いておるのか!?」

 

 ウロボロスは話の途中でテーブルを強く叩き、目の前で好き放題やっている人形たちを一喝する。

 無事最愛のMG5と再会できたキャリコは身を寄せ合っていちゃいちゃし、エグゼは目の前の料理を片っ端から食い散らかし、アルケミストは静かにワインを味わっている。

 唯一話を聞いてくれそうなハンターも、今は再会を喜ぶキャリコとMG5を温かく見守っている。

 ではデストロイヤーはどうか、そう思い見て見れば、彼女はアーキテクトと一緒にデザートに夢中の様子…。

 ゲーガーはいつの間にか食堂から消えていた。

 

「おいこら、ただで食う食事は美味いかこの」

 

「あぁ? 晩餐会だとかなんだとか言っておいて、言うことがそれかよ。お前の金持ちの理由ってケチだからか?」

 

「なんだと処刑人貴様! もう一度言ってみろ!」

 

「おう、何回でも言ってやるぜ! 高飛車女め!」

 

 そんな風にエグゼがウロボロスをおちょくっていると、反対側の席からリンゴが投げつけられ、見事エグゼの鼻先に命中した…投げたのはイーライだ。

 

「よくやったぞイーライ! 流石は私の教え子だな」

 

「別に、お前のためじゃないから…あのゴリラがうるせえからだ」

 

「フフ……素直じゃないな、おぬしは。でも、心配してくれてありがとうな」

 

 優しく微笑むウロボロスは、イーライの肩を掴んで引き寄せるとその頬にキスをした。

 唐突なことにイーライは焦りだし、耳まで真っ赤にして睨みつけるが、逆に微笑み返されたイーライは顔を背けて目の前の料理に没頭した。

 

 

「小さい子を手籠めにするのが趣味なのかウロボロス、この変態め」

 

「人間や人形を拷問にかけて悦に浸るおぬしに言われたくないな、アルケミストよ」

 

 

 エグゼの次にウロボロスを毛嫌いする者がいるとすれば、それはアルケミストだ。

 アルケミストはまだ、ハンターの記憶を一度消去したウロボロスを許してはいない…ワイングラスを回しながら、彼女は冷たい目で見据える。

 

「ま、お前の事はどうでもいいが…一体どうしてお前がこんな豊かな暮らしをしているか気になるところだね。お前の事だ、決してまっとうな手段で稼いでるわけじゃないんだろう?」

 

「この農場から生まれる利益も大したものだぞ、食糧難のこの時代…これだけのプランテーションを抱えていられるのもそう滅多にはいないだろう」

 

「あたしが気になるのは、それ以外のビジネスさ。まあ無理に聞きだしたいわけでもないがね」

 

「別に隠し事でもない。私が他にやってるのは、武器の密輸、ダイヤモンドの密売、金融、紛争介入によるビジネスさ」

 

「そこに麻薬売買のネタがないのが不思議だね」

 

「それと人身売買に手を染めないのは決めている。人を食い物にするビジネスに興味はない」

 

「大層なことだね…」

 

「悪党にも流儀はあるものだ」

 

 決して今の彼女の暮らしは、まっとうな手段で得たものではない。

 栄華を極める裏で、彼女の違法ビジネスに泣かされている者も少なくはないだろう。

 ウロボロスはMSFがしているように、戦争をビジネスと捉えた軍事会社も設立させている……MSF以上に汚れ仕事も引き受け、暗殺やテロの代行も引き受けているという。

 

「それだけ手広くやって、よく今まで生きていたものだね」

 

「それはここがアフリカだからさ、暗黒大陸アフリカ……無法無秩序のこの大地だからこそ、上手くやって来れたというわけだ」

 

「あのさ、さっきから色々言ってるけど……この屋敷にいる子どもたちはみんな孤児、戦争の被害者だよね?」

 

 そういうのは、それまでデザートに夢中であったデストロイヤーだ。

 デザートすべてを片付けたからなのか、それとも満腹になったからなのか…彼女はかねてから思っていたことを追及する。

 戦争でビジネスをしておいて、戦争で孤児になった子どもたちを抱えて自己満足に浸っている偽善者…そんな風に思えて仕方がなかったのだろう。

 デストロイヤーの指摘に対し、ウロボロスははなで笑う。

 

「なに、ただの暇つぶしさ。戦争で孤独になった子どもたちを囲い、面倒を見て依存させ、従順な兵士に仕立て上げる…純粋な子ども程育てやすいのだよ」

 

「嘘だぞ、こいつただ子どもが好きなだけだから」

 

「こらイーライ、余計なことを言うな!」

 

「日頃のお返しだばーか!」

 

 それから始まる二人の追いかけっこ…食堂のテーブルをぐるぐる回っている二人を見て、アルケミストもデストロイヤーもどうでもよくなってしまったようだ。

 最終的にはイーライは捕まってしまったが…。

 

 

「まったく……そろそろ"9時"か。ほらイーライ、そろそろ子どもたちが寝る時間だ、寝かしつけてこい」

 

「やだね、お前がやれよ」

 

「私は客人をもてなしておるのだ。ほら、さっさと行けクソガキ」

 

 面倒くさがるイーライの尻を軽く蹴り上げ食堂から叩きだす…。

 晩餐会もそろそろお開きだ、料理はあらかたエグゼが喰い尽し、食後の酒を楽しんでいるようだ。

 

「もうすぐ9時になる、お開きだぞ。今日のところは私の屋敷に休んでいくといい、明日また話したいことがあるんだ」

 

「あぁ? MG5も取り戻したし、お前らと話すことなんかねえよ」

 

「ほう、ではハイエンドモデル"シーカー"についての情報を話すといったらどうかな?」

 

「お前…何故それを知っているんだ?」

 

「知っているさ。なぜなら――――」

 

 

 時計が9時を告げる鐘が鳴った瞬間、食堂の明かりが消えた。

 突然真っ暗になった食堂内で動揺する声が広がる…食堂の外では戸惑う声が聞こえてくるため、おそらく屋敷全体が停電になったのだとウロボロスは察した。

 

 次の瞬間、食堂の窓ガラスが叩き割られ何者かが屋敷内へと入り込んできた。

 突然の出来事に動揺するエグゼたち…だがウロボロスは冷静に敵を認識し、襲撃者を迎え撃つ。

 

「人の屋敷に土足であがりおって! 死ぬがいい!」

 

 黒ずくめの戦闘服に身を包む兵士に向けて拳銃を発砲、別な襲撃者からの射撃を、たった今排除した兵士を盾にすることで防ぐ。

 暗闇の室内で、敵のマズルフラッシュから位置を特定したウロボロスは敵から奪った銃で撃つ…数発命中しよろめいた兵士に一気に接近すると、ウロボロスはナイフを喉元に突き刺し、窓から蹴り落とした。

 

 

「ちっ……一体なんだというのだ……グレイ・フォックス!」

 

 

 その名を呼んだとき、暗闇の中で奇妙な霞が揺れる。

 それは姿を覆い隠すステルス迷彩を解除することで、その姿を露わにするのであった。

 

 

「フランク・イェーガー、あなたもここにいたのか?」

 

「久しぶりだな、ハンター。今は再会を喜びあう暇はない…ウロボロス、敵は屋敷の電力を絶ち周辺を包囲している」

 

「ふむ、子どもたちの安全は?」

 

「既にイーライに指示した、地下の避難所に誘導させている」

 

「上出来だ……敵の規模はわかるか?」

 

「全ては把握できん。おそらく30人かあるいは50人はいるだろう」

 

「暗視装置にダイナミックエントリーを仕掛けてくるような敵だ、特殊部隊だな…どこの連中か分かるか?」

 

「アメリカ合衆国陸軍第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊…」

 

「"デルタフォース"か…! お前たち、つけられたな?」

 

「おいなんだよそりゃ!」

 

「やかましい! 理由は知らんが、あの亡霊どもがお前らを狙っているということだ。いつまでぼさっとしている、奴らが来るぞ!」

 

 

 屋敷のどこかで窓が叩き割られる音と、悲鳴が鳴り響く。

 子どもたちの叫びにいち早く反応したウロボロスは食堂を飛び出していってしまった…。

 

「立て、MSF。緊急事態だ…力を貸せ」

 

「待て、奴らは一体…! アメリカ軍だと!?」

 

「そうだ。奴らは目覚めた……何故かは知らないが、お前たちを狙っているようだ…心あたりがあるだろう?」

 

 グレイ・フォックスはそう言うが、ハンターはこの緊急事態で思いだすことが出来なかった。

 とにかく今は敵の迎撃を優先するべき、それはグレイ・フォックスも同じ認識であった。

 

「ちくしょう、狙われてるってなんだよ……心当たりが多すぎるぜ!」

 

「覚悟しなよ処刑人。20年近く恐れられていた連中だ…油断してると死んじまうぞ?」

 

「うぅ、なによこれ…!」

 

「デストロイヤー、お前の武器は屋内じゃ不利だ。あたしのそばにいな……それじゃあ戦闘開始といこうじゃないか…!」

 

 

 

 




ついに…来やがった…。

この作品内で、"正規軍"が鉄血や感染者以上に恐れている存在。

連中が狙っているのは、とあるキャラクターですね…。
まあ、不幸を引きつけてる奴なんで分かると思いますけどw


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デルタフォース

 停電し、明かりの一切が消えた屋敷は今異様な静けさに包まれている。

 先ほどまで何者かが窓を叩き割り、屋敷の中へ侵入してくるけたたましい音は鳴り止み、ただ不気味な静寂に包まれている…。

 エグゼとハンターの二人は息を殺し静かに食堂の外を伺う。

 月明かりが差し込む廊下には、割られた窓ガラスの破片が散らばっており、すでにそこは敵が侵入した形跡が見て取れる…姿勢を低く、呼吸の音すらも気を遣い外に出たエグゼは、真っ暗な廊下の先を見つめるのであった。

 

「どうだエグゼ、何か見えるか?」

 

「何も見えねえよ……」

 

 目を凝らし、廊下の先を見つめるがエグゼの目には動くものを捉えることは出来なかった。

 再度食堂内へと戻った二人は、壁にもたれかかると冷や汗を流す……戦いに慣れ、恐怖心も超越した彼女たちでさえ、今自分たちを狙う相手の恐ろしさを本能的に理解していたのだ。

 

「連中は何を狙ってやがるんだ?」

 

「デルタフォース、米国陸軍の特殊部隊らしいな。海を越えてはるばるアフリカまでよく来てくれたものだな…さてここからどうしようか? ウロボロスは出ていってしまったが…」

 

 先ほどまでいたグレイ・フォックスも迎撃のために姿を消し、いま食堂内に残るのは二人の他に、アルケミストとデストロイヤー、そしてキャリコとMG5だ。

 再会して早々にこの騒ぎだ…きっと不安にかられているとキャリコを心配するが、彼女はむしろ再開の余韻をこんな形で壊されたことへの怒りから、妙に殺気立っているではないか。

 その隣では、MG5が落ち着いた表情でキャリコの傍によりそう…何が何でもキャリコを守りぬくという、彼女の強い決意が見て取れる、きっとこの二人は大丈夫だろう。

 

「うぅ……アルケミスト…?」

 

「なんだデストロイヤー、あたしの後ろに隠れてなって言ったろ?」

 

 唯一、デストロイヤーだけはアルケミストの腕にしがみつきながら、怯えたように震えている。

 怯える彼女を励ますアルケミストであったが、尋常ではない恐怖心を抱えたデストロイヤーを見て何か特別な理由があるのではと疑った。

 

「あいつら、きっと私を狙ってるんだよ…! だって――――」

 

 

 デストロイヤーが何かを言いかけた時、突如食堂の壁が爆発を起こし、衝撃でエグゼとハンターは窓から投げ出され階下に落ちていった…。

 吹き飛ばされたアルケミストは頭痛に苛まれながらもなんとか起き上がり、すぐそばで倒れるデストロイヤーの身体を引き寄せ、テーブルを遮蔽物に身を隠した。

 

 

「お前たち無事か!?」

 

「なんとかね、処刑人とハンターが下に落ちたぞ!」

 

 

 MG5の問いかけに怒鳴るように返事を返し、アルケミストはまずデストロイヤーの安否を確認し、それから装備の無事をチェックする…爆発の衝撃で自身の武器は破壊されて動作不良に陥ったため、仕方なく、MSFから持ちだしたグロックを手に構える。

 破壊された食堂の壁から円筒形の物が投げ込まれ、それは次の瞬間眩い閃光と甲高い爆発音が鳴り響く。

 テーブルを盾にしていたことで閃光に視界を奪われることは避けられたが、閃光手榴弾の爆発音で聴覚に影響を受けてしまう…独特な耳鳴りだけが聞こえている中で、アルケミストはテーブルから身を乗り出し、突入してきた特殊部隊の兵士たちに向けて引き金を引いた。

 敵兵は銃弾を受けて軽くよろめいたが、ボディーアーマーを着こんでいるのか血も流さず、すぐさま遮蔽物に身を隠してしまった。

 

 耳鳴りがおさまらない中、視界の端でMG5が必死で何かを叫んでいるのを見る。

 MG5は自分の事をさし、それから敵が向かってくる壁の穴を指差した……そしてアルケミストを指差すと、次に割れた窓ガラスを指差すのであった。

 

 MG5の意図を理解したアルケミストは、すぐにデストロイヤーを抱えると、躊躇することなく窓ガラスを叩き割って外へと飛び出した。

 

 

 

 

「ふぅ……これでこころおきなく戦えるな」

 

「ありがとうねリーダー、おかげで目も耳もやられなかったよ」

 

 敵の部隊が突入する前に、MG5は素早くキャリコを物陰に隠すと耳を塞ぐよう指示をしたのだ。

 MG5の機転で視覚と聴覚を奪われる事態は避けられ、おかげで冷静に敵を迎え撃つことが出来た…しかし敵の即応性も早く、閃光弾が無効化したと察するや即座に身を引いていったのだ。

 だがすぐそばで二人を狙っていることは明白だ。

 

「リーダー、あたしらにケンカを売った奴がどうなるか…教えてやらないとね」

 

「落ち着けキャリコ。敵は精鋭デルタフォース…古いミリタリー雑誌にも載っていただろう、手ごわい敵だ」

 

「あたしは、リーダーと一緒なら何も怖くないよ!」

 

 ここに来た当初の、不安に押しつぶされてしまいそうだったキャリコの姿はもうそこにいない。

 最愛の人と一緒にいれる喜び、互いに守り合う喜びが顔に出ていた……少し離れ離れになってしまって寂しさを感じていたのはMG5も同じ、だからこそ、こんな状況で希望に満ちた表情で笑うキャリコがとてつもなく愛おしかった。

 MG5は唐突にキャリコを引き寄せると、その唇を奪う…いきなりのことにキャリコは動揺していたが、やがて彼女もMG5を求める。

 互いの混じり合った唾液が糸を引き、月明かりに照らされて銀色に光る…潤んだ瞳で見つめるキャリコの頬をそっと撫でて、MG5は身震いするような声で囁く。

 

「続きは、マザーベースに帰った後でな……」

 

「うん……いっぱいあたしのこと、かわいがってね?」

 

「もちろんさ……じゃあそろそろ行こうか」

 

「そうだね…ジャンクヤードの戦闘術、特殊部隊様に見せてやろうよ!」

 

 二人が遮蔽物から身を乗り出した時、ちょうど再突入を仕掛けてきた特殊部隊の兵士たちはMG5による徹甲弾による連射を至近距離から受ける…ボディーアーマーも貫徹する徹甲弾の威力に2人が瞬く間に崩れ落ちる。

 別な扉を蹴破り現われた敵をキャリコが牽制し、マシンガンによる斉射で押し開いた突破口から食堂を脱出するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っててて…! やろう、やってくれたな!」

 

「あぁまったくだ…くっ、まだ頭が痛い…」

 

 最初の爆発で上階から吹き飛ばされたエグゼとハンターは、ちょうど下に生えてあった植木がクッションとなってくれたおかげで大したけがはなかった。

 それでも爆発の衝撃で身体のあちこちが痛むようだ……だがそうしている間にも、襲撃者たちが接近する気配を感じ取る…。

 すぐさま移動をしようとした時、上階から窓ガラスを突き破ってきたアルケミストが落下してきて、そのまま真下にいたエグゼを下敷きにしてしまう。

 

「おう処刑人、いいクッションだったぞ」

 

「なんなんだよもう……! くそ、もう帰りたいぜ…!」

 

 爆発の衝撃とアルケミストに下敷きになったせいでエグゼの戦闘能力は大幅に低下してしまった…目覚めたばかりでまだ完全に復帰していない状態であったのでなおさらだ。

 仕方なくエグゼを下がらせ、前衛をハンターとアルケミストが担う。

 

「ところでMG5とキャリコはどうした?」

 

「まだ上階にいるよ、とりあえずウロボロスのアホと合流しよう…あんなのでもこういう時は頼りになる奴だ」

 

 一応、ウロボロスの高い戦闘能力はアルケミストも認めるところだ。 

 彼女の最後の言動から、子どもたちの救助に向かったことは分かっているので、4人は再度屋敷の中へと入り込むと避難所となっている地下室を目指す。

 屋敷の玄関をくぐった瞬間、銃撃が4人を襲う。

 咄嗟に物陰に身をひそめることに成功したが、デストロイヤーは反応が遅れたために足を負傷し、一人アルケミストらと離れた遮蔽物に身を隠す。

 

 

「まずい、外からも来やがるぞ!」

 

 

 屋敷の外からも、デルタフォースの兵士たちが容赦のない攻撃を仕掛けてくる。

 接近する敵兵士にエグゼが飛び出し、拳銃の速射で排除する…銃弾が敵兵士の喉を撃ち抜き血を吹きだし倒れた。

 ニヤリと笑みを浮かべるエグゼだが、たった今首を撃ち抜いて倒したはずの兵士がゆらりと起き上がるのを見た瞬間、咄嗟にエグゼは身を隠す。

 震える手でリロードを行うその姿に、ハンターはただならぬ様子を感じ取った。

 

「エグゼ、どうしたんだ?」

 

「あいつら……首を撃ち抜いてやったのに生きてやがる…! あいつら本当に人間かよ…!」

 

「やっぱりか、ただタフな兵士というわけじゃなさそうだな……エグゼ、まだやれるか?」

 

「くたばるまで弾を叩き込んでやるだけさ! いざとなったらこいつがある!」

 

 ブレードを手に好戦的な笑みを浮かべるエグゼだが、ブレードの切れ味も近距離戦闘を防がれている状況ではまともに使用することが出来ない…。

 

「チッ……銃撃が激しすぎる…! デストロイヤー、絶対に助けてやるからそこを動くなよ!」

 

 アルケミストの叫び声に、デストロイヤーは泣きそうな表情で何度も首を縦に振る。

 救出の機会を伺うアルケミストであるが、敵の攻撃はなおも激しくなっていく…時間をかければかけるほど、敵は側面を迂回し窮地に立たされてしまう。

 屋敷の内外から銃撃に晒されている状況で、彼女たちはただ物陰に身をひそめることしか出来なかった…。

 

 

「ククク、ハイエンドモデルが雁首そろえて何を震えておるか! グレイ・フォックス、我らの戦いを奴らに見せつけてやれ!」

 

 

 そこへ、どこからか颯爽と現われたウロボロスがデルタフォースの一人を奇襲して仕留める。

 ウロボロスの登場と同じタイミングで出現したグレイ・フォックスは、銃撃を高周波ブレードで斬りはらいながら一気に接近し、敵兵士の胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 胴体を真っ二つにされた兵士はしばらくもがいていたが、やがて動かなくなる…。

 

「気をつけろ、こいつらはただの人間じゃない。オレと同じ、強化された兵士たちだ…小口径の弾じゃ倒せん」

 

「そういうわけだ、たわけどもが。ほれ、貧弱な武器しかないおぬしらに私からのプレゼントだ」

 

 投げ渡されたのは50AE弾を使用する"デザートイーグル"、炸薬弾が時代遅れになりつつある現代でもその大型拳銃は非常に強力な武器である。

 

「おい他に50口径のマシンガンとかねえのかよ!」

 

「贅沢言うなアホどもが! 一発必中で仕留めれば良かろう!」

 

「弾はばら撒くもんだろうが!」

 

「ぬぅ…! この脳筋メスゴリラめが…!」

 

「言い争ってる場合か、敵の増援が来るぞ!」

 

 上階の扉が蹴破られ、新たな特殊部隊が突入してきた。

 ウロボロスは一度後退し身をひそめたが、グレイ・フォックスは屋敷の内部を縦横無尽に飛び回り、ステルス迷彩を使用した強襲攻撃によって精強なデルタフォースの兵士たちを仕留めていく。

 

「さすがフランク・イェーガー……もうあの人に任せておけばいいんじゃ…」

 

「バカなこと言ってんなよハンター…! お、おい…スモークだ!」

 

 グレイ・フォックスの攻撃に耐えかねたのか、敵兵士は屋内にガス弾を撃ちこみ、屋敷内は瞬く間に煙に覆われてしまう。

 右も左も分からないほどの煙にエグゼは右往左往し、足下に躓いて転倒する…。

 

「大丈夫かエグゼ」

 

「サンキューなハンター…ちくしょう、何がどうなってんだ? 姉貴、どこにいるんだ?」

 

「ここだ処刑人! それよりデストロイヤーは、デストロイヤーはいないか!?」

 

「見ていないな…さっきまでここに隠れてたじゃないか!」

 

 煙の中をなんとか進み、デストロイヤーが身をひそめていた場所に向かうが、そこには彼女の姿はなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煙が充満した屋敷の廊下…目に染みる灰色の煙の中を、デストロイヤーは足を引きずりながら壁伝いに進む。

 煙でまともに目を開くこともできず、煙のせいか恐怖のせいなのか、涙がとめどなくあふれ出る…壁に大きな穴が開いたその場所で立ち止まったデストロイヤーは、足の痛みに耐えかねて跪く。

 壁の穴から外気が入ることでそこだけは煙が晴れており、デストロイヤーは何度も目をこすりようやく目を開くことが出来た……彼女が真っ先に見たのは、目の前に立つデルタフォースの兵士であった。

 暗視装置とガスマスクを装着したその兵士は、怯えて後ずさるデストロイヤーの目の前でかがむと、彼女の腕を掴み引き寄せた…。

 

「ターゲット確認、確保完了だ」

 

「なに…? なんなの!? 離してよ!」

 

「シッ……騒ぐな。お前が我々の基地から奪ったものをとり返しにきた」

 

 騒ぐデストロイヤーの口を押さえつけて強引に黙らせる。

 そこへ、別のもう一人の兵士がやってくる…。

 

「大尉殿、ここにいたのですか。あなたが加勢してくれればもう少し楽に戦闘を進められたんですがね」

 

「目的はこの人形だ」

 

「なるほど…それにしてもこいつがその…鉄血工造の戦術人形って奴ですか? 本当に人間そっくりですね…」

 

「使役する機械を限りなく人間に近付ける、欧州の人間が考えることはよく分からん……さて、そろそろ始めよう。抑えつけておけ」

 

 大尉と呼ばれた兵士はデストロイヤーを隣にいる兵士に押さえつけさせると、小さなケースから円筒形の注射器を一本取り出した。

 付属品を注射器にセットした大尉は、それをデストロイヤーの首筋へと近付ける……デストロイヤーは必死で抵抗するが、人形である彼女を兵士は子どもを扱うように押させつけるのだった。

 針がデストロイヤーの首に突き刺さり、透明な液体が注入される…。

 大尉は注射針を抜いたあと、手持ちの端末をしばらく確認していた。

 

「任務完了だ…部隊を撤収させろ」

 

「了解、大尉殿……ところでこの子はどうします?」

 

「放っておけ、もう用はないが…壊さなければまた使い道もあるだろう」

 

「了解……それにしても、こんな少女みたいな見た目だと罪悪感も生まれますね…人間と変わらない」

 

「無駄なことを考えるな、所詮疑似感情モジュールを搭載しただけの機械だ。人間にはなりえない…行くぞ軍曹、撤収だ」

 

「了解、大尉殿……同情するぜお嬢ちゃん、死なないように頑張って生きていきなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煙が晴れると同時に、あれほどいたデルタフォースの兵士たちは忽然と姿を消していた。

 仕留めた兵士の遺体すらも、そこにはない…あの時の光景を見ていたエグゼは、果たして一人でも殺せたのか疑問であった。

 一息ついたエグゼとハンターは、はぐれていたMG5とキャリコと合流…ケガをしていたが、命に別状はない。

 

 それからデストロイヤーを捜すために屋敷内を歩きまわっていると、廊下でアルケミストに抱きかかえられているところを見つけたのであった…。

 

 

「おーおー、デスちゃんは良い身分だな…この泣き虫め」

 

 

 見つけるなりからかうエグゼであったが、アルケミストの咎めるような視線を受けて怯む。

 デストロイヤーは何があったのか、アルケミストに強くしがみついて泣きじゃくる……一体何があったというのか、無言で様子を伺っていると、アルケミストはデストロイヤーの髪をそっとかき分ける。

 そこには小さく血が滲み、何かを刺された跡が残されていた。

 

「連中に何かを打たれたらしい…かわいそうに…」

 

「打たれたって…大丈夫なのかよ!?」

 

「さあね……デストロイヤーが言うには、何も体調に変わりは無いみたいだけど……でも調べないといけない」

 

「そうだな。エグゼ、ストレンジラブに一度見てもらおう…あの人なら何か見つけられるかもしれない」

 

「だな、そうと決まればさっさとマザーベースに帰ろうぜ」

 

 泣きじゃくるデストロイヤーを抱きかかえ、一行はこの場を去ろうとしたが、屋敷の主であるウロボロスが引き止める。

 

「さよならも言わずにとんずらか? まったく、人の屋敷を荒しておいて…」

 

「うるせえな、こっちはそれどころじゃねえんだよ」

 

「分かった分かった、おぬしと話してもらちが明かん。帰ったらビッグボスにでも伝えておけ、今度一緒に仕事をしようとな」

 

「分かったよ、伝えるだけ伝えといてやるよ」

 

 そう言って、エグゼはみんなを引き連れてさっさと屋敷を去っていってしまった。

 やかましい一行が去った後で、ウロボロスは大きなため息をついてボロボロになった屋敷を見てまわす…そこへ、静かにグレイ・フォックスが隣にやってくる。

 

「子どもたちは無事か…?」

 

「問題ない…連中、非戦闘員には手を出さなかったらしい。ウロボロス、お前はケガはないか?」

 

「問題ない……フォックス、備えなければならんぞ。今回の特殊部隊はあくまで先遣隊……本当に恐ろしいのは幾数万もの強大な軍団なのだ……二度の大戦を勝利し、数多くの戦争に勝利した巨大な軍団が目覚めるのだ」

 

「……フン…随分と楽しそうだな、ウロボロス」

 

「勿論楽しみさ。私の本質は闘争、おぬしもそうだろう……戦争だ、戦争が私たちの日常であり、戦場こそが生きる場所なのだ……この平和は次の戦争への準備期間に過ぎん。ククク……再び大戦が始まるのだ、これを楽しむ以外にどうしろというのだ?」

 

 ウロボロスは嗤う…農場を経営し、孤児を囲い、令嬢のふるまいをしたとしても彼女の持つ本質は微塵も変わってなどいない。

 闘争、飽くなき闘争こそが、彼女の本質なのだ。

 

 ウロボロスはただ一人嗤い、輝かしい戦争の日々に想いを馳せるのであった…。




おいおい、またこの作者は爆弾を仕掛けるから…(そろそろ読者さんに殺されそう)



もーやだ、ほのぼのやるんだ!
わーちゃんと79式の様子をみたり、帰ってきたMG5とキャリコの百合やったり、97式とアルケミストを仲直りさせたり、SOPⅡがトラと遊んだり、エグゼとM4がまたしょーもないけんかしたり、わーちゃんがオセロットにアタックしたりするんだ…。


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圧倒的火力と、嵐のような弾幕、それがマシンガンの醍醐味だ

※時系列的にはエグゼらがウロボロス邸に向かった頃


「キッド、ちょっといいか?」

 

 昼下がりの午後の時間帯、キッドはこれから射撃訓練場へと向かおうと思った矢先にこの組織の副司令カズヒラ・ミラーに呼び止められた。

 手押し車に大量の模擬弾を積み運ぶキッドに、いくら模擬弾とはいえ訓練で大量に弾を撃ちまくるキッドのやり方についつい財政面への影響を考えてしまう…ただMSFでも稼ぎ頭の一人であるキッドであることと、古くからの付き合いであることもありミラーは小言を言うだけにとどめるのであった。

 さて、その日ミラーがキッドを呼び留めたのは何も小言を言うためだけではない。

 

「キッド、しばらくお前には戦闘員派遣の任務から少し離れていてもらいたいんだ」

 

「というと、誰か新兵の訓練か何かですか?」

 

「察しが良くて助かるよ」

 

 働き者の人形の中には、休暇を与えると宣告しただけで用済みになったのではと発狂する者もいる中、ミラーを尊敬し古くから付き合いのあるキッドは彼が考えていることはなんとなく察していた。

 あの戦いで人形の部隊が多く損失したとはいえ、MSFの軍事力に対する需要は拡大していた。

 欧州では正規軍やグリフィンとの絡みもあることで仕事は決して多くはないが、他のアフリカの紛争地帯や南米、アジアなどでは様々な仕事の受注が来ているのだ。

 戦闘行為以外にも、治安維持のための警備任務、軍の兵站や訓練を請けおい、時には難民支援を行う。

 全体の半分近くは、戦闘に直接関係しない任務が多い。

 そんな中でやはりMSFに付きまとうのが人手不足…はっきり言うと、受注される仕事の依頼を消化しきれていないのが現状である。

 

 そこで副司令ミラーがとった手段というのが、経営難のPMCを買収し、部隊やスタッフなどを抱え込んでしまおうというものだった。

 このやり方にスネークは難色を示したが、MSFの拡大を訴えるミラーに押されて渋々了承したのである…。

 そんなわけで意気揚々と他社の買収行為をしようとしたミラーだが……思いの他、買収に応じるPMCはいなかった…。

 

 当たり前だ、今やPMCは政府に代わって地方都市の運営を任されるだけの存在となっており、今あるPMCのほとんどは大手で買収されるほど経営難に陥っている組織は多くない。

 珍しく読みが外れたミラーは、スネークを説得した手前無理でしたと言うこともできず……なんとか、本当に倒産間近のPMCを一社買収できたのであった。

 

 

「ミラーさん、オレが言うのもなんですがね……あまりやり過ぎない方がいいですよ? 別にオレたちは金が欲しくて戦ってるわけじゃないんですからね」

 

「すまん、もう二度とやらない……まあその話しは置いておくとして、そこのPMCで抱えていた戦闘員の再教育をするんだ。人間の兵士はエイハヴに任せて、人形の教育を割り振りたいんだ。お前と…後は9A91にな」

 

「9A91? 珍しいですね…一体何をする気です?」

 

「優秀な隊員であるFOXHOUND、その隊員が直接指揮する特殊部隊を9A91に任せるつもりだ…お前に任せるのはMSF受け入れ教育だから心配しなくていい」

 

「なんか9A91以下の扱いされてる気がするのは気のせいですかね…?」

 

「気のせいだ……というのは冗談で、かねてから構想があったMSF内の特殊部隊編成を本格的に進めるためだ。ボスとオセロットが前々から協議していたことでな、夜間作戦任務に特化した部隊を創設するつもりだ」

 

「へぇ、そうなんですか。それは楽しみですね」

 

「お楽しみはキッド、お前にもあるぞ。お前にぴったりの人形を紹介しよう――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽかぽかした陽気と、涼しい海風が心地よい眠気を誘う午後の一時…眠気覚ましのペプシN〇Xを飲みながらも、重そうなまぶたでネゲヴはトコトコと甲板上を散歩していた。

 彼女もここ最近退院したばかりで任務には出られず、許可がもらえるまでの退屈な一時をマザーベースで過ごすのだ。

 

「あ、ネゲヴ!」

 

 そんな彼女を見つけたのM1919がぱたぱたと走り寄る。

 身長の低いM1919は時たま他の人形からちび扱いされるため、低身長にコンプレックスを抱く…しかし自分以上に小さい背丈のネゲヴと一緒にいることで優越感に浸りたいのか、それともお姉さん風を吹かせたいのか一緒にいようとする。

 しかし小さいとはいえネゲヴの方が一枚も二枚も上手だ……みんな忘れかけているが、ジャンクヤードで狂気的なバトルを繰り広げていたエリート人形の名は伊達ではない。

 一度マシンガンを手に戦わせればMG5に勝るとも劣らず、キッドをも唸らせる戦闘力を発揮するのだ。

 

「アンタはいいよね戦場に出れて。わたしもそろそろ人間を撃ちたいわ…」

 

「さらっと怖いこと言わないでよ…ねええ、それより聞いた? キッドさん、戦術人形の訓練係に選ばれたんだって!」

 

「へぇ、そう」

 

「それもぼくたちと同じマシンガンの!」

 

「は?」

 

 "マシンガン"キッドと言われるだけあり、彼のマシンガン好きは常軌を逸している節がある。

 放っておけば一晩中マシンガンのうんちくを垂れ流し、大量のマシンガンを預ければいつまでも整備に時間を費やす…以前からキッドの気を引こうとするたび彼の鈍感ぶりに撃沈しているネゲヴであったが、仕方ないと割り切っていた。

 だがそれはライバルが少なかったからだ。

 MG5はキャリコといちゃいちゃ、M1919は…ガキっぽいのでライバル視していなかったが、別なマシンガン戦術人形が現れたとなると油断してはいられない。

 ネゲヴはさっきまでの眠気を吹き飛ばし、嫉妬心を全開にして走りだす。

 

「あー待ってよネゲヴ!」

 

 その後を追いかけるM1919だが、小さい身体のネゲヴからどんどん引き離されていってしまう…恋する乙女の嫉妬心は恐ろしいものだ。

 そうこうしているうちに急停止したネゲヴ、ようやく追いついたM1919が呼吸を整えていると、どこからかキッドの嬉しそうに笑う声が聞こえてくるではないか……いまだ呼吸が落ち着かない中、M1919が見たのは、二人の戦術人形を連れて楽しそうに笑っているキッドの姿であった。

 

「―――で、ここが射撃訓練場で…っと、ネゲヴ、それにM1919じゃないか」

 

 二人に気付いたらしいキッドであるが、ネゲヴが物凄く不機嫌なオーラを出していることには気付いていない。

 新人の戦術人形を一緒に連れてきたキッドは早速二人の前で紹介するのだ。

 

「新しい仲間だぞ二人とも。Gr MG4とM1918だ!」

 

 キッドが紹介したのは両者ともマシンガンの戦術人形であり、名前はMG4とM1918である。

 既にMSFに在籍するMG5や今ちょうどキッドの目の前にいるM1919と似たような名前でややこしいが、そんなことキッドにとっては問題ないらしい……新しいマシンガンタイプの戦術人形が来てくれたことに大喜びの様子。

 

「ヘッケラーコッホMG4、よろしくお願いします」

 

「ブローニングM1918だよ! よろしくね!」

 

「わぁ! ぼくと同じ名前だ! よろしくねM1918!」

 

 新たな仲間と早速打ち解けるM1919であるが、ネゲヴは面白くなさそうにそっぽをむく…キッドの嬉しそうな態度が気に入らないのだろう。

 打ち解けた様子の二人とは反対に、MG4の反応はやや冷ややかなものだ。

 

「やったなネゲヴ! これでオレたちの家族が増えるぞ!」

 

 容赦なく火に油を注ぐキッドに、あきれ果ててネゲヴは開き直る…。

 キッドの事は一旦放置しておくとして、ネゲヴは早速新人にくってかかる。

 

「二人ともよろしく。M1918、あんたをマシンガンと言っていいのか甚だ疑問なんだけど…」

 

「何を言ってるんだネゲヴ、M1918と言えば二つの大戦を戦った傑作銃じゃないか!」

 

「お、キッドさん私のことを知ってるんだね!?」

 

「もちろんだ! 確かに見た目、装弾数の観点から後に主流となる分隊支援火器及び汎用機関銃とは大きく異なるかもしれないが、天才銃器技師ジョン・ブローニングが生み出したこの傑作自動小銃はフル・セミオート射撃を選べてなおかつ個人で容易に運搬でき部隊の移動に追従するまさに分隊支援火器の始祖とも言える存在なのだ!

 B.A.R! この響きも素敵だ! 天才技師の名を冠したこの銃にも欠点がないわけではない…他の本格的な機関銃と比べて射撃の持続性で劣ったり、容易に銃身の交換もできないし、何より思いのほか重い! だが銃が重くて何が悪い、貧弱な野郎が持てるほどマシンガンは安物なんかじゃない! ヴァージンロードを花嫁を抱きかかえられない新郎が貧弱なように、重い銃を重いと思わず運用できる素質が機関銃手には求められるのだ! 

 そういうわけだ、君の銃は決して重くないぞ、そうだろうBAR(バー)ちゃん!」

 

「重いとかバーちゃんとか! デリカシーってものがないんですかあなたはーッ!」

 

 M1918の豪快な銃床フルスイングがキッドのあごに命中し、哀れ彼は勢いよく身体を一回転させて轟沈した。

 咄嗟の衝動でキッドをぶっとばしてしまったM1918…BARはハッとしてキッドに駆け寄ったが、彼は少し鼻血が出ているだけでなんともなさそうであった。

 

「やはり重い銃器の銃床攻撃は威力が違うな! これぞ、木製ストックのなせる技!」

 

「おもいきり殴ったのに…何なんですかこの人!?」

 

「ふん、キッド兄さんをそこらの人間と一緒にされちゃ困るわ。鉄血ハイエンドモデルと腕相撲して勝てる筋肉モリモリマッチョマンのバトルサイボーグとはこの人のことよ」

 

「すごい」

 

 ほえ~、と感心した様子でキッドを見つめるBAR。

 キッドが勝手に懲らしめられたことで機嫌を少しばかりよくしたネゲヴも混じり、和気藹々とした和やかな雰囲気となるが、MG4は一人距離を置くようにやり取りを見つめていた。

 そんな彼女の様子に気付いたのだろう、キッドは彼女に声をかけた。

 

「MSFじゃこんな感じで、最初は戸惑うかもしれないが大丈夫だ、そのうち慣れるさ」

 

「別に構いません、気にしませんから。それに、そんなに期待もしてませんから…」

 

「ちょっとMG4! ごめんねキッドさん、ちょっと事情があって…」

 

 ぶっきらぼうに言い放つMG4のフォローをするBARだが、さっそくネゲヴは険悪な様子…それも意に返さずにMG4はあくまで不躾な態度を崩すことは無かった。

 

「実は前の会社であんまり良い扱いされなくて、それで…いや、虐められたとかじゃないんですけどね?」

 

 MG4の機嫌を伺いながら、BARは苦笑いを浮かべてその当時の経緯を話すのだった。

 

 当時の会社、つまりはMSFに買収されたPMCだが、MG4が配属される頃には経営難から弾薬消費の激しい彼女は不遇な扱いを受けていたのだ…コスト面の厳しさから任務に出させてもらえず、かといってそれに対するフォローもない。

 当初はなんとか努力したものの状況は変わらず、いつしか戦場に出るよりも宿舎にこもる日々の方が多くなる。

 そんな中で彼女は自分の存在意義について自問自答をする日々を送り…やがては暗く閉じこもるようになったという…。

 

 

「なるほどね……分かるぜ、その気持ち」

 

「分かるわけないじゃないですか、今日会ったばかりのあなたに」

 

「分かるさ、オレはマシンガンが大好きだからな」

 

「はぁ?」

 

「わお」

 

「ちょっと聞き捨てならないよキッド兄さん」

 

「ややこしくなるから少し大人しくしてた方が良いよネゲヴ…」

 

 いきり立つネゲヴを、M1919が背後から羽交い絞めてなんとか押さえる…。

 

「マシンガンが弾を喰いまくって何が悪い、それは必要な対価だ。確かにお偉いさんには頭の痛い問題だろうさ…だがな、すぐそばで戦う仲間たちはオレたちの火力や制圧力を頼りにしてくれている。オレたちが撃ちまくることで仲間の命を救い、仲間たちを援護できる。銃弾100発の喪失で仲間を救えるなら、それは無駄なんかじゃない。MG4、ここでお前は必要とされる……きっとあちこちの部隊から招かれるだろうさ」

 

「いくらなんでもそれは言い過ぎじゃ…」

 

「そんなことは無い! オレが保証する! 第一次大戦頃より機関銃が確立されて以来、様々な進化を遂げたマシンガンだ。戦闘を変え、戦術を変え、戦争をも変えた…マシンガンは無限の可能性を秘めている、全銃種で最もロマンのある銃種と言っていいだろう!」

 

 いつしかMG4はキッドの熱弁に気圧される…そこからキッドは果てしないマシンガンのうんちくを口にするが、銃とマッチングした彼女たちでさえ理解できないマニアックな内容に若干引き気味だ…。

 それでも、マシンガンを本当に好きで好きでたまらないという熱い想いを感じた彼女たちは、いつしかキッドの言葉に耳を傾ける…。

 

「キッド兄さん、そろそろストップしようか…日が暮れそう」

 

「ちっ…なんで一日は24時間しかないんだ、マシンガンの魅力を語るには168時間は必要だ……っとまあ、いきなりべらべら言われても分からないよな、ひとまず射撃場にでも行くか?」

 

「射撃場、ですか?」

 

「そうだ、お前にはまず最初にマシンガンを撃ちまくる楽しさを思いだしてもらおうじゃないか。心配するな、弾代は全部オレが出してやるさ」

 

「え? 弾代って全部自己負担だったの? ぼく知らなかったんだけど……どうりで先月お給料が低いと思ったら…」

 

「細かいことは気にするな。よし、今日はマシンガン祭りだ! 撃って撃って撃ちまくるぞ!」

 

 キッドの不思議なテンションに、ネゲヴもいつしか諦めて嫉妬心を消し去る…。

 射撃場で好き放題撃てるということで大いに喜ぶM1919とBAR……ただ一人、困惑していたMG4であったが、陽気に笑いながら射撃場に向かうキッドの背を、ちょっぴり笑みを浮かべて見つめていた。




はい(笑)

キッド書いてると楽しい!
ネゲヴ、M1919、MG4、BAR……地味にヒロイン候補の多いキッドニキ……さすが初代メタルギア登場人物は違うぜ!

ちなみにキッド兄さんは正しい知識よりも、ロマンありきで語るので結構勘違いが多いと思いますねw


それにしても、いつになったらネゲヴはロリから脱却できるのだろうか?


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マザーベース:酒と肉と乱痴気騒ぎ part1

「んん……あれ…?」

 

 目を覚ましたデストロイヤーは、青白い照明が光る見知らぬ天井に奇妙な違和感を感じていた。

 目を半開きにしたままぼうっとしていると、だんだんと意識がはっきりしていくと同時に、自分がここにいる理由を思いだすのであった。

 アフリカから帰った後、急いでストレンジラブのラボへと彼女は運ばれた。

 あの時アメリカ軍の特殊部隊に打たれた何かを調査するためである。

 不安と恐怖で泣きじゃくっていたデストロイヤーが覚えているのは、すぐそばで手を握り、最後まで微笑みかけてくれていたアルケミストの顔であった…。

 

 重たく感じる身体をゆっくり起こすと、普段は髪留めで留められていた髪が肩にかかる。

 そのまま自身の髪を指に絡めてぼんやりとしていると、ラボの扉が開き見慣れた顔がやってくる…アルケミストにエグゼ、そしてスコーピオンとストレンジラブだ。

 

「調子はどうだデストロイヤー、新しいボディーはもう馴染んだか?」

 

「新しいボディー?」

 

 意識がはっきりして全て思いだしたデストロイヤーだが、自分の身体を新しくすることは聞いていなかった。

 勝手な行為に起こっているわけではなさそうだが、説明を求める彼女に対し、ストレンジラブが代表して説明を行う。

 

「どうか落ち着いて聞いてほしいのだが君の身体の疑似血液を採集したところ、極めて微細な機械装置…いわゆるナノマシンが発見された」

 

「ナノマシン…!? それって、なんかヤバい奴なの!?」

 

「詳しくは分からないが、すべてを取り除くことは不可能だった。だから君の新しいボディーをこちらで造らせてもらい、そこに君のデータを移させてもらった」

 

「ちなみにそれはあたしの入れ知恵だ、この女を責めるなよ」

 

 以前、エグゼの設計データを回収しに向かった際、同じくハンターやデストロイヤー、アルケミストの設計データも入手することが出来た。

 これで彼女たちが大きな損傷を受けても代替パーツを準備したり、あるいはダミーなども製造できることも見えてきたのだ……ただし、アルケミストはダミーとはいえ自分以外の個体を不必要と思っていたために、彼女の設計データのみは返却される。

 

「まあ、姉貴と違ってお前の場合よくボディー壊してたから平気だろ?」

 

「それはそうだけどさ……ま、一応礼は言っておく。というか私の身体大丈夫なんでしょう?」

 

「新規に造ったボディーにナノマシンは混入していないから大丈夫だと思うが、定期的なメンテナンスには協力してくれ。細かいところまで調べてみたい」

 

 サングラスの奥でストレンジラブの目が怪しく光る…デストロイヤー本人は気付いていないが、なんとなくうすら寒い気配を感じるのであった。

 

「それとスコーピオン、君たちにも朗報があるんだ。鉄血工造の技術を解析したことにより、君たちのバックアップデータも今後MSFで管理できるようになったんだ」

 

「おぉ! 凄い進歩じゃん! ということはこれからバンバン死んでも平気ってことだよね!?」

 

「死んでいいわけねえだろ、やっぱアホなのかお前は?」

 

「エグゼの言う通りだ。仮にお前が破壊されたとしたら、いくらバックアップデータがあるとはいえ…それを移すボディーが存在しない。まあ、未稼働の月光にお前のデータをぶち込むことはできるが?」

 

「それは遠慮しとく……というか、今日まで付き合い長いのにあたしらの義体開発ができないってどういうことよ!?」

 

「お前たちが細かいところまで調べさせてくれないからだろう。そんなに自分の替えのボディーが欲しいなら、この私の集中検査コースをお勧めするぞ」

 

「断固拒否」

 

 隙あらば手を出すストレンジラブの悪評は、新米人形たちの間にも広く浸透していたりする。

 彼女の悪行を経験済みの偉い先輩人形たちの警告もあって、新米人形たちは着任したその日に彼女が要注意人物であると聞かされるのだ…。

 

「ねえ、もう行っていいんでしょう? ちょっと身体を動かしたい気分」

 

「ああ、構わない。まだ馴染んでいないかもしれないから気をつけるんだぞ」

 

「分かってるわよ………あれ?」

 

 ぴょんと、軽い身のこなしでベッドから飛び降りたデストロイヤーであったが、奇妙な違和感にさいなまれる。

 病院服のようなものを着ているからだと考えたがそうではなく、ならば髪型が決まらないからかと思い、いつものツインテールに髪を留めてみるが違和感はぬぐい切れない。

 気持ち悪い感覚に悩みつつ、ふと見上げたアルケミスト……いつもよりアルケミストが大きく感じた。

 いや、そんなはずはないと周囲を見回すと、エグゼやスコーピオンもみんな身長が高くなっているではないか。

 自分が寝ている間にみんな成長したというのか、いや人形が成長するはずないと軽くパニックになった彼女は、ふと見た鏡に映る自分の姿に目を丸くした…。

 

「わたし、もしかして縮んでる…?」

 

 慌てて鏡に駆け寄って自分の姿をまじまじと見つめてみる。

 基本的な容姿は変わらないが、頭身が若干低くなっているではないか……常日頃自分の貧相な体つきに悩んでいたデストロイヤーは、余計に悪化したボディーに目まいを覚えた。

 

「なんで、よりによって、小さくするのよ!?」

 

「すまん、元のイメージを再現しようと幼さを意識していたら幼くし過ぎたんだ。設計データの中にはこんなのもあったが、流石に元の姿からはかけ離れているだろう?」

 

 そう言って見せてくれたのは、別な設計データという高身長で魅惑的なボディーの義体だ。

 咄嗟にそのイメージ写真をひったくったデストロイヤーは、むしろこっちの方が遥かにいいと喚き散らすものの、既に後の祭りである。

 

「まあいいじゃないかデストロイヤー、このままでも十分お前はかわいいさ」

 

「いつまでもガキ扱いされるのが嫌なの!」

 

「そうは言うが、お前が大きくなったらあたしはもうお前を抱っこできなくなるぞ?」

 

「やっぱりこのままでいい…」

 

 アルケミストのような美しいボディーに未練がないわけではなかったが、アルケミストの言う通り大きくなったら抱っこしてもらえない。

 未練がましく写真をストレンジラブへと返すと、ふて腐れる彼女の頭をアルケミストは優しく撫でた。

 

 

「よし、これで不安要素は無くなったね! というわけでバーベキューやらない?」

 

「お前はいつでも話が唐突だな、おい…面白そうだから言ってみろ」

 

「えへへへ。エグゼの仲間も増えて、新しい人形も来たでしょう? 歓迎会とみんなの息抜きも兼ねてね…どうよ?」

 

「乗ったぜ」

 

 

 互いの嗜好が見事に合致したエグゼとスコーピオンは確約を得たことを示すように、腕を組みあった。

 それからとんとん拍子に話しが進んでいくが、アルケミストとデストロイヤーは蚊帳の外だ…MSFの面白行事のほとんどがこの二人の思いつきで開催されているので、無理もないことだが。

 凄まじい勢いでバーベキューの計画を立てた二人は、そこでようやくアルケミストらを忘れていたことに気付く。

 そのまま二人を誘うのだが、アルケミストはやんわりと申し出を断った。

 

「折角だがあたしは混ざらない方が良さそうだね、まだあたしを嫌う人はいるだろう」

 

「あぁん? まーた根暗思考に浸ってんな……おい教えてやれよスコーピオン、オレたちの仲良し三原則をよ」

 

「やる気と元気と気合?」

 

「そりゃ問題解決の三原則だろ。ほらあれだよ、仲良し三原則!」

 

「あーごめんごめん。仲良し三原則とはずばり、酒と宴と勢いだーーッ!」

 

「勘弁してくれないかな、お前たちの脳筋理論に―――」

 

「うるせぇ、行くぞーッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで始まったMSFのバーベキュー大会。

 スコーピオンとエグゼの咄嗟の思いつきで始まったせいで人数の集まりは最初こそよくなかったが、話を聞きつけて宿舎から出てきたり、前線基地からマザーベースにやって来たりで準備が終わる頃には大勢の人たちが参加するのであった。

 始まりの挨拶があるわけでも堅苦しい空気もなく、準備ができた席から勝手にバーべーキューが始まっていく。

 

 メニューはというと、エグゼらがアフリカから持ち帰った(パクってきた)という銜尾蛇牧场(ウロボロスファーム)産のみずみずしい野菜の数々と、ウインナーや熟成肉だ。

 他にも、MSF隊員が釣り上げた魚などを炭焼きにすることで、あちこちで香ばしいかおりがただようのであった。

 

「よし、アルケミストはこっちね!」

 

 スコーピオンに手を引かれてアルケミストは鉄板の一つの傍に座らせられた。

 時折感じる敵意の目を受けて居心地悪そうにしているのはデストロイヤーだ…自分はともかく、周囲の感情を気にすればやはり参加するべきじゃなかったのではと訴えるが、スコーピオンはこれを機にみんなの気持ちに変化があることを期待しているようだ。

 スコーピオンの熱意に屈する形で席についたアルケミストだが、自身に突き刺さる敵意の目より気になることがあった…。

 

 

「なんであいつら仲が悪いのに一緒になってるんだ?」

 

「あー…なんだろうね…? あの二人は別に無理して一緒にならなくていいのに」

 

 スコーピオンが苦笑いを浮かべてみる先には、一つの鉄板で黙々と肉を焼いているエグゼとM4の姿がある。

 二人とも凄まじく不機嫌なオーラを出しておきながら、丁寧に肉を焼いている姿はとてもシュールな光景だ…すぐそばには既に出来上がった様子のM16と、一人かき氷を頬張るSOPⅡがいる。

 

「おい処刑人、なんだその態度は…仲良し三原則はどうした?」

 

「うるせえな、んなもんとっくの昔に忘れたよ…」

 

 見かねたアルケミストがそばによってみたが、エグゼのイライラは解消されない……考えれば考えるほど、どうしてこの二人が一緒になってしまったのか想像ができない。

 それっきりお互い黙って肉を焼く…適度に焼けた肉をつまみあげたエグゼに対し、M4が動く。

 

 

「待ってください…それ、私が焼いてた肉なんですけど…勝手に食べないでよ」

 

「あぁ? お前の肉? ハハハ、悪かったな…ほら返すよ」

 

 

 べちゃっ…。

 エグゼが投げ返した肉がM4の顔面に当たる……愉快そうに笑うエグゼに対し、M4は張りつけた仮面のような無表情でエグゼを見据えていた。

 

「おいおいお前らおかしいぞ、せっかくのバーべーキューが台無しだ。ほらM4、処刑人にビール渡して仲良くやろう…な?」

 

 M16のフォローで諭されたM4は渋々、缶ビールをエグゼに手渡すのだ。

 最後までバカにしたような笑いを浮かべていたエグゼが缶ビールの封を切った瞬間、泡が勢いよく吹きだしエグゼの顔に振りかかる…。

 

「ぷっ……クク…」

 

 押し殺したような声で笑ったM4に、M16は青ざめる。

 

「上等だテメェこら! 乱闘禁止がなんだ知ったことか! この場でぶっ殺してやんよ!」

 

「望むところですよ鉄血のクズめ…!」

 

 臨戦態勢の二人を咄嗟に止めるのは、お互いの姉貴分だ。

 M16はM4を、アルケミストはエグゼを引き止める……が、二人の罵倒が飛び火することで彼女たちもケンカに巻き込まれるのであった。

 

「いい加減にしてくれ処刑人、お前がM4を嫌いなのは分かったが、これ以上私の妹を貶すならば私も黙っていないぞ」

 

「ほう? その理屈だとあたしが口出ししても文句は言えないだろう?」

 

「アルケミスト…やるなら私もやるが?」

 

「いけ好かないね…秒殺だよ、お前」

 

 とめに入ったはずの二人までもがケンカ腰になることで騒動は手がつけられない様相となる。

 まあ、そこはすぐそばに控えていたスコーピオンが割って入るのだが…。

 

「もうみんな暑いからってイライラし過ぎだよ。ほら、冷たい水飲んで頭冷やしなって」

 

 そう言って四人に手渡すコップ…互いが睨みあいながらそれを飲んだ次の瞬間、四人はほぼ同時のタイミングでそれを口から吹きだした。

 吹きだした液体が炭火の火に引火して火柱をあげ、すぐそばでかき氷を食べていたSOPⅡが嬉しそうに手を叩いてはしゃぐ。

 

「スコーピオンお前…! またやりやがったな!? スピリタスは混ぜるなって、何回いったら…!」

 

「あはははは! 同じ透明な色だったから勘違いしちゃったよ」

 

 高濃度のアルコールで喉を焼かれた4人は水を…念のためライターの火を近づけて確認した後に飲み干した。

 喉の調子が回復したところで、4人のヘイトが一気にスコーピオンへと向けられるが…彼女の笑顔を見た瞬間、それもどこかへ吹き飛んだ。

 いたずらを仕掛けた喜びの笑顔ではなく、ただ純粋に、今という一時を幸せそうに噛み締めている表情だ。

 

「嬉しいねエグゼ、こんな日が来るなんて思ってなかったんだ」

 

「あぁ? なにがだよ」

 

「"I Have a Dream"、私には夢がある……知ってる?」

 

「マーティン・ルーサー・キング牧師の演説の一節だな」

 

「さすがM16、物知りだね。私には夢がある――――」

 

 目を閉じて、スラスラとその一節を読みあげるスコーピオン。

 彼女は目の前の4人に対し聞かせていたはずが、いつしか周囲にいた人たちも静かにその言葉に耳を傾けていた。

 

 

「…あたしには夢があるんだ。いつか人間も人形も、鉄血もグリフィンもわだかまりなく兄弟姉妹のように手を繋いで一つの家族になること……スネークやみんながこんな素敵な夢を見させてくれるんだ。ここじゃ国境も、人種も、生まれも関係なく一つの家族になれる…こんな素敵なことってないよね? あたしね、今がすごい幸せなんだ」

 

 

 これまで幾度となく困難に直面したスコーピオンの重みのある言葉に、一同静まり返るが…やがてどこからか歓声や称賛の声があがる。

 口笛や歌があちこちで口ずさまれ、そこは再び賑やかな様相となっていった。

 すっかりスコーピオンに全部持って行かれてしまったことで、M16とアルケミストは肩をすくめてみせた。

 

「おいM4」

 

「なんです処刑人」

 

「オレはてめえが大嫌いだ」

 

「奇遇ですね、私も大嫌いです」

 

「だがスコーピオン…あいつは大好きだ、親友として好きだ。だからな、あいつの笑顔を壊したくない…分かるな?」

 

「ええ、私も…彼女は嫌いになれませんよ……いいでしょう、一時休戦です」

 

 スコーピオンのためを思い、今日だけは互いの憎しみは忘れよう…。

 仲良し姿を取り繕うことはしなかったが、スコーピオンの笑顔は壊さない…そんな暗黙の了解をこの日二人は結ぶのであった。

 

 

 

 賑やかなバーベキューはまだまだ続く…。




人形は夢を見ることは無いけれど、こんな夢を抱いたらいいなぁ…なんて。

バーベキューネタ、一話で消火するのはもったいないんでまだ続きますよっと!

あと前回のアンケート、みんなロリとホモが好きなのは分かったぞ。


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マザーベース:酒と肉と乱痴気騒ぎ part2

 前哨基地より飛び立った一機のヘリがマザーベースへと向かっていた。

 ヘリの内部には、前哨基地での新兵訓練の仕事を済ませて帰還するスネークと9A91がいる。

 9A91はここ最近、FOXHOUNDとしての任務のために単独での長距離偵察任務に従事し見事それを成功させるという素晴らしい活躍を見せたばかりであるが、彼女の戦果はMSFにはあまり知られていない。

 というのも、9A91に任されたのは極秘任務であり仲間とはいえ迂闊に情報を漏らすことのできない性質があったからだ。

 9A91の活躍を知るのはスネーク、ミラー、オセロットにWA2000のみという非常に限られた人物にとどまる。

 FOXHOUNDの名を背負い戦うWA2000とマシンガン・キッドが表の隊員だとすれば、9A91は裏で活躍する人形だろう……無論、与えられる任務は困難なものも多く孤独な戦いを強いられる任務も多々ある。

 だが9A91はそれにめげず、ただ己に課された使命を全うしていた。

 

「―――それで、どうだ…新しい仲間たちの手ごたえは?」

 

「優秀な隊員たちばかりですね。少々癖がありますが、伸びしろはあると思います」

 

 スネークが話すのは、隠密作戦を行う9A91をリーダーとする特殊部隊に推薦される戦術人形のことだ。

 SR-3MP(ヴィーフリ)OTs-14(グローザ)、PKPが9A91の部隊に加入が決められている。

 いずれもソビエト・ロシアにその起源を持つ戦術人形であり、部隊は仮の名称として"スペツナズ"と呼称される。

 

「面白い話を聞いたんだが…新人のPKPに突っかかられて返り討ちにしたんだって?」

 

「はい!? あの、司令官…それをどこで…?」

 

 スネークが唐突に口にした言葉を聞いた9A91は、珍しく動揺し赤面する…。

 スネークが前哨基地の隊員から聞いたのはこうだ…9A91をリーダーとする部隊の配属が決まった人形たちの中で、プライドの特に高いPKPが大人しそうな9A91をリーダーと認めようとせず、ケンカ腰で挑んだという。

 驚くのはここからだ。

 なんと9A91はPKPの掴みかかろうとしてきた手を払いのけ、それは見事なCQCで地面に叩き付けたらしい。

 大人しく温厚だと思われていた9A91のその姿に新兵たちは驚き、自分たちが彼女を侮っていたということを思い知ったようだ。

 基本的に温厚であるのは間違いない9A91であるが、ではなぜそのような手段に出たのか?

 彼女は頬を指で掻きながら、少し恥ずかしそうに言うのであった…。

 

「あの、言葉で言ってもおさまらなそうでしたので…つい…」

 

「すっかりたくましくなってしまったな、9A91」

 

「すみません司令官、このようなやり方は教わっていなかったのに…」

 

「いや、オレもMSFができて間もない頃は今のお前のように荒っぽいやり方をする時もあった。ただまあ、やり過ぎないように注意することだな」

 

「はい、司令官」

 

 何かと忙しい彼女を励ます意味でスネークはその頭を撫でてやる…9A91は少しくすぐったそうに、しかし嬉しそうに微笑むのであった。

 そうしていると、ヘリは高度を下げていく。

 もうそろそろマザーベースに帰還する、9A91は久しぶりの帰還ということもあって仲間たちの顔を思い浮かべながら窓の外を見る…そこで彼女は、甲板上で人形やスタッフたちが何やら集まっていることに気付く。

 高度を下げて、鮮明に見えてきたその光景を認識した9A91は、ヘリが着陸したと同時に扉を開くとスネークの手を握った。

 

「司令官、バーベキューですよ! 行きましょう!」

 

「待て9A91、そう慌てるな」

 

 嗜めるスネークであるが、彼女はもう待ちきれないらしい。

 うずうずした様子で待っていた彼女は、スネークが降りたのを見て小走りでバーベキュー会場へと走って行く…手を繋いだままのスネークは9A91に引っ張られる形となり、必然的に同じ歩調となるのであった。

 

 

「おー9A91、久しぶりッ! ほら早く早く、お肉焼けてるよ!」

 

「わぁ…! 美味しそうですね…! スコーピオン、あなたがこれを企画したんですか?」

 

「もちろんさ! あ、スネークもお帰り!」

 

「これはまた賑やかなもんだな」

 

 スコーピオン、スプリングフィールド、WA2000、9A91…MSFで最古参の戦術人形がこれで一つの鉄板に集まったようだ。

 この場で9A91の特殊任務についていることを知るのはスネークと、WA2000のみ。

 WA2000はこの場で彼女の任務をうっかり口外することもせず、そしてスコーピオンやスプリングフィールドも特に聞きだそうと躍起になったりはしない。

 

「スネークさん、お肉が焼けましたよ」

 

「すまんなスプリングフィールド…うむ……うますぎるッ…!」

 

「喜んでもらえて何よりですよ、どうぞもっとたくさん食べてくださいね」

 

「カエルやヘビも美味いが、たまには牛肉いいもんだ」

 

「あのスネークさん…? 仕方がないのは分かってるんですが、あまり変なものを食べるとお腹壊しますからね?」

 

 言っても無駄だと分かっていながらも言わずにはいられない。

 以前には腐りかかっていた蛇肉も美味いと言って食ったり、大量に発生したゴキブリも貴重なたんぱく源だと喜んで採集したりと…何度その現場に居合わせて立ちくらみを起こしたから分からないほどだ。

 

 そうこうしていると、スネークたちのところへもう一人やってくる。

 その人物の接近を真っ先に感じ取ったのはWA2000…ほとんど真後ろから近付いて来たオセロットの気配を感じた彼女は咄嗟に振り返ると、嬉しそうに微笑むのであった。

 それに対しオセロットは、ただの一度もWA2000に視線を向けず、スネークを見たきりなのだが…。

 

「ボス、この間の諜報で得た事についてだが…」

 

「ああ待てオセロット、それはまた今度聞こう。とりあえずお前もここに座るんだ」

 

「構わないが…」

 

 スネークに言われれば無下に断るわけにもいかない…オセロットが座れる場所を探したのを見計らい、スコーピオン、スプリングフィールド、9A91が座っていた場所を退く。

 そうすることで空くのはWA2000の隣…オセロットは特に疑問を感じるわけでもなく、そこに座るのであった。

 

 仲間たちの連係プレーとスネークのはからいによって、オセロットと隣同士になれたWA2000であるが、どうにも緊張しているらしい。

 

「ほらわーちゃん、オセロットに何か用意してあげなよ!」

 

「構わん、気を使う必要はない」

 

「オセロットは黙ってて! ほら、わーちゃんってば!」

 

「あー…オセロット…? あの、なに食べたい…?」

 

「あまり腹は減っていないが…」

 

 一番身近で長く付き合いのあるWA2000でも分からない彼の好み、とりあえずオセロットが見ていた肉や野菜を片っ端からさらによそる…おかげで山盛りになってしまった皿を見て、オセロットは呆れたように冷たく見下ろした。

 

「こんなに食べきれると思うのか?」

 

「う…ごめんなさい…」

 

「戻すわけにもいかないからな…お前も食え」

 

「はい、そうします…」

 

 床に置かれた皿にフォークを伸ばすWA2000…気持ちが空回りしてついやってしまった、そう悔やむWA2000であったが…。

 

(あれ…? これって、同じ皿を二人で食べてるってことよね…?)

 

 それに気付いた瞬間WA2000の手がとまり、だんだんと頬が紅潮していきやがて耳まで真っ赤に染まる。

 フリーズしかけていた彼女はおそるおそる顔を見上げるのだ…。

 

「なんだ?」

 

「な、なんでもないわよ…! あ、オセロット、ビール飲む?」

 

「一杯だけだ」

 

 WA2000はすぐさまスコーピオンからビール瓶をひったくるようにして奪い、オセロットのための飲み物を用意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって鉄血同窓会席…メンバーはエグゼにハンター、アルケミストとデストロイヤー、そしてヴェルの姿がある。

 鉄板の火は既に消え、酒瓶や空き缶が散乱している。

 エグゼを幼くした姿のヴェルにアルケミストとデストロイヤーはすっかりメロメロで、まるで自分の子のように可愛がる…ヴェルもI.O.Pの戦術人形より、自分と同じルーツの彼女たちに懐く傾向があるらしい。

 

「すっかりお姉さんだね、アルケミスト」

 

 自分にも懐いてくれるヴェルを、デストロイヤーも可愛がる。

 彼女に至っては、背が縮んでしまった自分よりも小さいヴェルがいることである程度心にゆとりをモテているらしい…それでもチビと言われればキレるが。

 

「ところで処刑人、お前がその…エグゼって呼ばれてるのはなんでだ?」

 

「あぁ? そりゃお前、あれだよ……なんでだっけ…?」

 

処刑人(エグゼキューショナー)のエグゼからだろう…ちなみにヴェルの名の由来は、処刑人のスペイン語読み、エル・ヴェルデューゴからだな」

 

「へぇ、そうか…あたしもこれからそう呼ばせてもらおうかな」

 

「わたしも、今度からそう呼ぶね!」

 

 MSFですっかり定着していた処刑人の愛称も覚えたことで、一同再び酒を飲み始める…まあデストロイヤーにはオレンジジュースだが。

 

「やっほーエグゼ、となりいいかしら?」

 

「あぁ? なんだ45、他のみんなはどうした?」

 

「9と416がG11を紐なしバンジーさせて遊んでるから退屈なのよね。エグゼ、なに飲んでるの?」

 

 エグゼがビールを飲んでいるのを見たUMP45はビール瓶の栓を開けて、ちゃっかり彼女の隣に座って酌をする。

 UMP45が持ってきたビールはよく冷えていて、生ぬるいビールを飲んでいたエグゼはすっかり気を良くしていた。

 

「どう、美味しい?」

 

「うん、まーな……というかお前、距離近いよ」

 

「そうかしら? ねえねえエグゼ、お酒に合いそうなおつまみ持ってきたんだけど食べない?」

 

 愛想よく微笑むUMP45に、彼女の腹黒さを知るエグゼは一体何があったのかと表情が引き攣る。

 だが最初から彼女を観察していたハンターとアルケミストはUMP45の密かな感情に気付くのだった…。

 

「UMP45、お前……エグゼに惚れてるな?」

 

「え? な、何を言ってるのよハンター…」

 

「あぁ? なんだお前、オレ様に惚れてるってのか? 生憎オレはスネークに一途だからな」

 

「う、うん…そうよね…」

 

「おいおい…マジかよ」

 

 エグゼの想いがスネークだけに向いていることは、ここにいる誰もが知っていることだ。

 もちろんUMP45も知っているはずだ、それなのに彼女の今の表情はなんだ…いつものふてぶてしい態度ではなく、しおらしい姿はまるで別人のようではないか。

 

「ちなみに45、エグゼのどこに惚れたんだ? やっぱりあれか…? 前の誕生日会の時の出来事か?」

 

「それもあるけど…」

 

「分かったあれだな! オレがお前を無人地帯から引っ張り出してやった時か! いやー、あんときのオレは最高に渋かったよな!」

 

「ちょっ、止めてよエグゼ! 恥ずかしいから!」

 

「わははははは! まさか404小隊の腹黒リーダーがな、姉貴聞いてくれよ…こいつ昔オレにすげぇ舐めたこと言いまくってたんだぜ?」

 

「おい、エグゼ…そのくらいにしといた方が…」

 

「平気だって姉貴! しかし面白いな45、そんなにオレが好きだったのか…ほら、愛してる大好きって言ってみろよ」

 

 腹を抱えて笑っているエグゼだが、だんだんと怪しい雰囲気になっていくUMP45に周囲のハンターらはただならぬ気配を感じて黙り込む。

 エグゼをなんとかしずめようとするも彼女は聞く耳を持たず、ただ酒に酔って笑っている。

 そしてエグゼからかうようにUMP45に近付いた時だった……UMP45は唐突にエグゼを押し倒し、その両手を床に押さえつけると、容赦なくエグゼの唇を奪った。

 いきなりの事に驚き、ろくな抵抗もできないエグゼ……そんな彼女をUMP45は息を荒げたまま、睨みつけるように見下ろした。

 

「バカにしないで、これで私の本気が分かったでしょ!? あんたのファーストキス、私が貰ったから!」

 

「え…おまえ……」

 

「私は欲しいものは絶対に手に入れたい主義なの! たとえスネーク相手でも私は負けないわ、負けるもんですか! いいエグゼ、いつか絶対にアンタを私になびかせてあげるから、覚悟しなさいよね!」

 

 別れ間際にもう一度口づけをしたUMP45、成り行きを呆然と見ていたハンターらに堂々と自分の気持ちを見せつけて足早に立ち去っていってしまった…。

 放心状態のエグゼをしばらく放っておいたが、やがてエグゼはその目に涙を浮かべるのであった…。

 

「あのクソ女…! 絶対許さねえ……初めてはスネークにあげるって、ずっと思ってたのに……ちくしょう……うぅぅ…!」

 

「あら泣いちまった……こいつ意外に純真だからな」

 

「うわーん…ママがうわきしたぁー…!」

 

「よしよし、泣くんじゃないぞヴェル。それにしてもあのUMP45がね……これから面白くなりそうだ」

 

 泣きわめくエグゼは放置し、ぐずるヴェルをハンターがあやす。

 新たなる恋の闘争が始まる予感に、ハンターは一抹の不安を覚えるとともに好奇心から胸を躍らせていた…。

 

 

 まだまだ夜は長い、マザーベースの喧騒はより一層賑やかなものになっていく…。




はい(笑)


最近、スプリングフィールドと9A91の影が薄いって言われたから登場させたよ!
特に9A91は影が薄い=特殊任務に従事っていう逆転の発想をしてみた。

スオミと別れた穴埋めに、9A91にはスペツナズを率いてもらいましょう!
スペツナズはロシア語で特殊部隊って意味は知ってますが、響きがいかすので部隊名にしちゃいますね。



そしてエグゼと45姉……こうなるとは思わなかったんだ、本当だ…。


まだまだ続きますBBQ!


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マザーベース:酒と肉と乱痴気騒ぎ part3

甲板上で開催されたバーベキューは夜まで続く。

 

 さすがに翌日任務のある者や、酔いつぶれてしまった者などが去ったこともあって人数はまばらになっていた。

 肉を焼くための火も今はついておらず、みんな酒を手に思い思いの楽しみ方をしている。

 スコーピオンは9A91と肩を組みつつ酒のボトルを手にして、よく分からない歌を歌っている。

 酒好きとあってはAR小隊のM16も混ざらないわけにはいかず、スコーピオンと9A91がかつて造り上げた密造酒をぐびぐび飲んでいる…数時間後には酔って寝ているだろう。

  別なところを見て見れば、なにやらエグゼがわんわん泣きながら酒に浸っている…泣きわめくエグゼとその娘ヴェルを、ハンターなどが慰めているという状況だが…。

 

 

 さて、バーベキュー会場を離れてはいるが、場所を変えて酒を飲む者も中にはいる。

 時間を見計らってスプリングフィールドがカフェを開き、落ち着いた雰囲気でまったりと飲みたいという人たちのための場所を提供するのであった。

 店内には心地よいジャズのサウンドが流され、薄明りの店内の雰囲気によって訪れた者たちは安息の時間を過ごす……ちなみに店の外にはこの落ち着いた雰囲気を壊そうとする輩を排除するため、歴戦の月光が二体絶え間なく監視の目を光らせている。

 この静かなカフェを二次会の会場だと勘違いした輩をその脚力で物理的に排除するのだった・・・。

 

 

「うぅ……飲み過ぎた…気持ち悪い…」

 

 テーブルの一つではFALが目の前のコップをじっと見つめながら、気だるそうに頭を押さえている。

 

「調子にのって飲むからよ。なんでスコーピオンに挑んだの?」

 

「うっさいわね…なんだっていいじゃない」

 

「ネゲヴ、それはこいつが独女だからだよ。スネークと仲睦まじいスコーピオンを見て危機感持ったんじゃない?」

 

「あんたムカつくわね…この気持ち悪さが無くなったら、真っ先にアンタをぶちのめしてやる…」

 

 Vectorを軽く睨んだ後、FALはコップに入った水を一気に飲み干してからテーブルに突っ伏した。

 大して強くもない癖にスコーピオン相手に酒飲みを挑んだ哀れなFAL……まあ、その戦いは実はVectorがFALを煽ることで勃発したのだが…。

 

「マスターさん、この哀れな独女に一杯のお水をくださいな」

 

 撃沈したFALのために、水をスプリングフィールドへお願いする。

 届けられた水をFALの傍にそっと置いてみるが、彼女は気持ち悪さに唸ったまま起きようとしない…呆れつつも、VectorはFALの背をさすってあげていた。

 

「ところでネゲヴ、最近はキッドとどうなんだ?」

 

 一緒のテーブルに座っていたMG5がそうたずねる。

 MG5はワイングラスを片手に、もう片方の腕で寝息を立てるキャリコを抱いている…時折キャリコは眠そうな目で起きるが、すぐそばにMG5がいることを確認すると、再び眠りにつくのだ。

 相変わらずのラブラブぶりを見せつけてくれるリーダーの姿に、現在進行形で恋愛に迷走中のネゲヴは少しばかりイラッとしていた。

 

「進展なしよ、まったく……あの超絶鈍感男にどうやったら気付いてもらえるのかしらね? というかリーダーはキッド兄さんに絡まれたりしないの? あなたもマシンガンでしょう?」

 

「絡まれる…というわけではないが、たまに話したりはする。それ以上の会話にはならない」

 

「まあ、リーダーにはキャリコがいるもんね……はぁ…どうしたもんかしらね、最近はライバルも増えたし」

 

 ライバル、というのはM1919と最近加入したマシンガンタイプの戦術人形であるMG4とB.A.Rだ。

 マシンガンが増えてキッドが喜んでいるのは別に構わないが、その人形がキッドを気に入ったとなると話は別だ。

 M1919は面倒見の良いキッドを気に入り、MG4は自分の価値を認めてくれたキッドを気に入り、B.A.Rはキッドの明るく頼りがいがあるところを気に入っているらしい……では自分はキッドの何を気に入っているのだろう、そうネゲヴが考えた時、意外にも何が気に入っているのか上手く理由をつけることが出来なかった。

 

「あの人マシンガン大好きって言ってくれてるけど、全員に言ってるからなぁ……任務の時以外はほとんどエイハヴさんとかミラーさんと一緒にいるし」

 

「キッドって、なんかこう…ホモっぽくない?」

 

 唐突なVectorの発言に、ネゲヴは口に含んでいたジュースを危うく吹きだしかけた。

 激しくせき込んでいたネゲヴは時間をかけて息を整えると、ジト目でVectorを睨む。

 

「詳しく」

 

「前にあの人と話した時、あんた同性愛者なのって聞いたんだよ」

 

「ずいぶん容赦なく聞くのね、あんた」

 

「レズはあちこちいるんだから、ホモがいてもおかしくないでしょ? で、続きなんだけど…」

 

 その時の会話というのが、別にミラーやエイハヴとよく一緒にいるのは恋愛感情とかそう言うのではなく、昔からの戦友としてのつき合いが長いからだ…そう説明したという。

 互いに信頼し合い、命を預け合える、そんなかけがえのない仲間たちなんだと…。

 

「ふぅん、別におかしいことないじゃない」

 

「そうだね…でも最後までホモは否定しなかったよ、これは怪しいと思うんだけど」

 

「あんたMSFの男全員に同じ質問してみなさいよ。それか一回ストレンジラブにその腐った電脳診てもらった方がいいわ」

 

 ついつい荒っぽい口調で話してしまい、周囲からの咎めるような視線を受けてネゲヴは舌打ちをして静かになった。

 

「私のことは良いけどさ、Vectorあんたは気になる人とかいないの?」

 

「私が気になる人? まあ、いないわけじゃないけれど」

 

 その時、それまでグロッキー状態にあったFALがむくりと起き上がって来た。

 どうやら撃沈していても会話は聞こえていたようで、Vectorが気になる人物というのに興味が湧いたらしい…FALは未だ気分の悪そうな表情で、Vectorを問い詰める。

 

「あんた私を差し置いて好きな人がいるっていうの? だれよ?」

 

「別に気にする程のことじゃないでしょ?」

 

「気になるから聞いてんの! 私のこと散々言ってた癖に…あんたの趣味嗜好を聞いてあげようじゃない」

 

「今のあんたじゃ言っても分からないでしょうね」

 

「はぁ? ちょっとなによそれ…いいから教えなさいよ」

 

「あんたが独女じゃなくなったら、教えてあげるよ」

 

「あっそう…バカバカしい、水でも飲まなきゃやってらんないわ」

 

「あ、それウォッカだよ」

 

 透明な液体だったために水と間違え、ウォッカを一気に流し込んでしまったFAL…彼女は間違いに気付いてしばらく悶絶していたが、そのうちついに酔いつぶれて寝てしまった。

 服の乱れも気にせずテーブルに突っ伏す姿は、まさに婚期を逃してしまった女性の姿そのもののように見える。

 そんな彼女に呆れたようにため息をこぼしつつ、Vectorはそっと彼女の乱れた服を直してあげた。

 

「なあVector」

 

「なんですかリーダー?」

 

「いつまで言わないでいるつもりなんだ?」

 

「今の関係も嫌いじゃないから…それに、FALがいつか気付いたら私も話すよ」

 

「そうか……まあくれぐれも弄り過ぎないようにな。お前たちのことは今でも大切な部下だと思っている、もちろんネゲヴ、お前もな」

 

「分かってるってば。それを言うならMG5も、今でも私たちのリーダーなんだから……キャリコにばかり構ってないで、私たちのことも気にかけてよね?」

 

「もちろんさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カフェの扉が開き、据え付けられていた鈴がお客さんが来たことを告げる。

 カフェに来たのはWA2000とカラビーナ、そして頬を膨らませて不満げな表情の79式がいた。

 

「いらっしゃいわーちゃん、カラビーナ、79式」

 

「あんたも焼肉やったりカフェやったり大変ね。ワインを一つと…アンタたちは何を飲む?」

 

主さま(マイスター)と同じワインでお願いしますわ」

 

「79式、あなたは………って、いつまで拗ねてるのよ?」

 

「拗ねてません」

 

「それを拗ねてるっていうのよ」

 

「拗ねてません!」

 

 ぷいっと、WA2000から顔を背ける79式…別にそこまで険悪な様子ではないのだが、カフェのマスターとしてお客の仲をうまくとりなすのもスプリングフィールドの役目だ。

 まずは79式が拗ねている理由を聞かなければどうしようもない、ということで聞いてみると…。

 

「この子待機命令で前線基地にいたんだけどね。つい忘れられちゃったみたいなの…私が思いだして呼んだんだけど」

 

「時すでに遅し、焼き肉は終わってしまいましたの」

 

「なるほど…それで拗ねてらしたんですか?」

 

「だから、拗ねてませんってば! もう、センパイなんてきらいです…」

 

「あー悪かったわね79式。お詫びになんでもおごってあげるから…」

 

「焼き肉の代わり…となるかは分かりませんが、カフェでとっていた熟成肉のステーキなら作れますよ?」

 

「じゃあそれでお願い。79式も、これならいいでしょう?」

 

「ステーキ! わぁ、スプリングフィールドさんのお料理は大好きなんですよね! センパイ大好きです!」

 

「見事な手のひらの返しようですわね」

 

 WA2000とカラビーナの間に挟まれてカウンター席に座る79式は、今か今かと待ちきれない様子で厨房をじっと見つめている。

 料理ができるまでの間に、ワイングラスが三つ彼女たちに出される…WA2000らはグラスを軽くぶつけあい、カフェの静かな空間に浸る。

 

「落ち着く空間ね……外のアホどもと一緒だとこうも落ち着いてられないしね」

 

「そうですねマイスター…ところでオセロット様は?」

 

「また仕事で外に出かけたわ」

 

「オセロット様はいつでもお忙しいのですね。今度のお仕事はどちらに?」

 

「南米の方よ、あっちに関わる任務があるらしくて、そこの下調べらしいわ」

 

「ラテンアメリカですか……あちらは欧州とはまた違った争いがあるらしいですね」

 

「その辺も調べてくるらしいわ。カラビーナ、もしかしたらあなたも呼ばれるかもしれないから準備をしておきなさい」

 

「承知しました、マイスター…それで、オセロット様にはアプローチを仕掛けられましたか?」

 

「あのね、今度また何かやらかしたらアンタを営倉入りにさせるからね?」

 

 何かとちょっかいを仕掛けてくるカラビーナだが、先ほどもWA2000とオセロットの仲を取り持とうとしてやらかしたばかりだ。

 具体的には、以前造った媚薬・惚れ薬入りハンバーガーをオセロットに食べさせようとしたのだが……甘かった、彼はそれを手に持った段階で異変に気付いたのだ。

 そこで終われば良かったのだが、オセロットに"変なものを食わせるな"と叱られてしまったのだ…カラビーナはハンバーガーを渡してさっさと離脱したせいでおとがめなしだ。

 

「なるほど、改良の余地がありますね。オセロット様に気付かれずに媚薬を盛らなくては…」

 

「余計なことするなった言ったばかりでしょうが!」

 

 カラビーナのお節介には困ったものだが、地味に距離が近くなっているのは確かだ…だが同時に、オセロットの読めない気持ちにWA2000は終始困惑し続けているのだが…。

 そうしているうちに、肉の焼ける音と香ばしい香りが漂ってきた。

 スプリングフィールドが持ってきたステーキに、79式は目を輝かせていた。

 

「さあどうぞ、召し上がれ」

 

「いただきますスプリングフィールドさん!」

 

 銜尾蛇牧场(ウロボロスファーム)産の熟成肉、それにスプリングフィールドが独自に考案したスパイスを振りかけてミディアムレアに焼いたステーキだ。

 各人が好きに焼くバーベキューの肉も良いが、プロ顔負けの料理の腕があるスプリングフィールドが作ってくれたステーキはとても美味しいだろう…小さく切り分けた肉を頬張る79式は、幸せそうな表情で微笑むのであった。

 

「良かったわね79式」

 

「はい! あのセンパイ…さっきはすみません、拗ねてしまって」

 

「いいのよ、むしろ私の方こそごめんね。ほらたくさん食べなさい、いつも頑張ってるんだから」

 

 79式は頷き、ステーキを美味しそうに食べていく…そんな79式の姿を微笑ましく見つめつつ、二人はワインを嗜むのであった。

 

 

 こうして賑やかな夜は更けていく…。

 

 朝を迎えればまたいつもの日常がやってくる。

 

 マザーベースは、今日も平和だ。




バーベキュー会はこれでお終い、ほのぼのもお終い(え?)





というわけで次回予告ッッ!
"カルテルランド"!
戦場じゃないけど、戦場並みに悲惨な世界をあなたに…。

予習が必要な方はパブロ・エスコバル、麻薬戦争、ロス・セタス等で検索検索ぅ!


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ラテンアメリカ

 モルヒネなしでは戦争はできない。

 真の痛みを経験した者ならば、モルヒネがどんな意味を持つか分かるだろう。

 痛みからの安らぎだ。

 モルヒネなしには戦争はできない。

 戦争とはすなわち、骨が砕かれ肉が引き裂かれる痛みを意味する。

 そうなると暴力を目の当たりにして憤る心は隅に追いやられる。

 憤りを鎮める手段としては、協定やデモ、キャンドルやピケ隊などが挙げられるだろう。

 

 だが、激痛を和らげるものはモルヒネしかない。

 

 ロベルト・サヴィアーノ著 コカイン ゼロゼロゼロより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マザーベースからベオグラード国際空港へ、そこから西アフリカの空港で給油を済ませた飛行機が一機、南米のとある空港へと降り立った。

 民間機であるその飛行機は正規の手順で空港へと着陸し、この国に仕事や観光目的で訪れる客を下ろすのである。

 その中に、WA2000と79式の姿があった。

 普段の服装ではなく、南米の気候にあったラフな格好の二人は飛行機を降りて自分たちの荷物を受け取る。

 WA2000が受け取った荷物はキャリーバッグが一つ、二人分の着替えと日用品だけがそこにある……戦術人形である彼女たちが持つ銃は今はそこにはない。

 空港を出た二人を迎えるのは、南米特有の蒸し暑い空気だ。

 うだるような暑さの中で人々が行きかい、雑多な喧騒と熱気が充満していた

 

 二人は空港前できょろきょろと周囲を見回し、捜している人物がいないことを確認すると、空港前のベンチで時間を潰すこととした。

 見目麗しい二人がそんなところで座っていると、さっそく何人かの男たちがナンパ目的で声をかけるのだが、二人は…主にWA2000が冷たくあしらうのだ。

 それでもあきらめようとしない男たちは強引に二人を誘おうとした時、彼らの前に一台のセダンが停車する。

 

 白塗りのセダンから降りてきたのは、サングラスをかけた強面の男性。

 サングラスの奥から覗く鋭い眼光を見た男たちはたちまちのうちに萎縮し、逃げるようにしてその場を立ち去るのであった。

 

「待たせたな、乗れ」

 

 キャリーバッグをトランクに収納し、WA2000は助手席へ、79式は後部座席へと乗り込む。

 二人が乗ったことを確認すると、彼は車を走らせた…。

 

 

 

 

 

「時間に遅れるなんて、あなたらしくないじゃないオセロット?」

 

 車を走らせて数分が経った時、WA2000は窓の外を伺いながら運転するオセロットへとそうたずねた。

 

「想定外の出来事があってな」

 

「想定外? あなたにもそんなことがあるの?」

 

「会うはずだった情報提供者が死んだんだよ。高架橋の下で首を吊られてな……」

 

「手厚い歓迎を受けそうね。それで、今回の任務は…?」

 

 WA2000の質問に、オセロットは無言でとある資料を彼女に手渡した。

 その資料はオセロットがここ南米で調べていた情報が細かく記載されており、いくつかの写真と新聞紙の切り抜きも纏められている。

 資料に載せられているのはこの国に巣食う犯罪組織"カルテル"についての情報と、地元警察に軍隊についての情報であった。

 

「今回の任務は、カルテルのトップであり元グアテマラの特殊部隊出身のアンヘル・ガルシアの排除だ。依頼主は国家警察機構……ミラーはこの依頼を請けるのに難色を示していたがな」

 

「ミラーさんがですか? なんででしょう?」

 

 後部座席からひょっこりと顔を覗かせた79式は、頑張ってWA2000の持つ資料を見ようとしているが、運転の邪魔だとオセロットに言われて拗ねた様子で席に戻る。

 

「政府機関から示された報酬金は莫大なものだった、でもここは別に紛争や戦争を抱えてるわけじゃないし戦争がないという意味では平和そのもの」

 

「へぇ、じゃあなんでMSFに依頼が来たんですかね?」

 

「カルテルは麻薬の密売で莫大な利益を得て、そのカネでカルテルは軍隊並みの武装と訓練された戦闘員を抱えるようになった。組織の規模が大きくなるごとに、組織は大量のコカインを世界中に密輸するだけの能力と手段を得るようになった」

 

「なるほど…でも警察や軍隊がいるなら、その…カルテルもあんまり堂々と動けないと思うんですが?」

 

「警察も軍隊もみんなカルテルにお金を握らされている…でしょ? 法を執行しようにも、警察も軍隊もカルテルに繋がっているからまともに動いてくれない。使えない警察に見切りをつけて、私たちみたいな傭兵に頼ってきたってことでしょうね」

 

「信じられません! 市民の平和と秩序を守るための警察が、犯罪組織に屈するなんて!」

 

 珍しく憤りをあらわにする79式。

 今の79式は覚えていないかもしれないが、記憶を消去される以前の彼女はバルカン半島の国家…クロアチア警察特殊部隊に所属していた。

 79式は完全に過去の記憶を失っていない、そう睨むWA2000は彼女の深層で眠る記憶がそうさせるのかと思う。

 

「ここの政治事情なんてどうでもいいことよ。さっさと仕事を終わらせて、お金を受け取って帰る。今は目の前の任務に集中しなさい」

 

「分かりましたよ、センパイ」

 

「それで、目標の男…アンヘル・ガルシアについてだけど、こいつは何者なの?」

 

「アンヘル・ガルシア、元グアテマラ特殊部隊"カイビレス"の部隊長を務めていた兵士だ。彼は今のカルテルに戦闘員(シカリオ)の教官として招かれると、自身の経験から特殊部隊式の訓練を課してカルテルを精強な武装集団へと変貌させた。その後ガルシアはカルテルの幹部を一斉に処刑して実権を握るようになった。ガルシアは軍からの横流し品を買い取り、武装した戦闘員を使って敵対する他のカルテルを攻撃…瞬く間に麻薬密売の独占を果たした」

 

Si avanzo…sígueme(私が前進したら付いて来い) Si me detengo…aprémiame(私が立ち止まったら前進させろ) Si retrocedo…mátame(後退したら私を殺せ) Kaibil(カイビル)……カイビレスのスローガンね」

 

「スペイン語はすっかりマスターしたようだな。見事だ、ワルサー」

 

「ええ、ありがとう。それにしても、いくらカルテルが強いとはいえ警官や軍人が屈服するなんてね」

 

「警察官も軍人も人間だ。カルテルは目的のためなら手段を選ばない…カルテルは自分たちに盾突く者に容赦しない。警官も軍人も、奴らの凶行が自分の身内や友人に及ぶことを恐れて動くことが出来ないでいるらしい……実際、カルテル撲滅のために編成された警官が次の日には全員辞職したという事例もあるくらいだ」

 

「腰抜け揃いね」

 

 カルテルに屈する警官や軍人たちの存在をWA2000はバッサリと切り捨てる。

 しかしこの時、WA2000はまだカルテルの名が恐れられている理由を知る由もなかった…。

 

 しばらく車を走らせていると、オセロットは町の大通りに面したホテルの前で停車した。

 

「チェックインは済ませてある。ここがお前たちの仮住まいだ」

 

「ええ、了解。ところでオセロットは…」

 

「別なホテルをとってある。さっさと降りろ、また別な仕事がある」

 

「そ、そう…」

 

 少し残念そうな表情をしつつ車を降りたWA2000、事情も分からずニコニコ笑っている79式が今は恨めしい。

 トランクからバッグと、自分たちの武器が入ったケースを手に取る。

 

「仕事をする時は連絡をする。分かっていると思うが、不用意に動くな、誰も信用するな、目立つ真似をするな。それからそっちから俺に連絡をするな…いいな?」

 

「………」

 

「分かったのか?」

 

「わ、分かったわよ……はぁ…」

 

「大丈夫ですよセンパイ! 私がセンパイの身の回りのお世話をしますから、遠慮なく扱き使ってくださいね!」

 

 ほとんど一方的なオセロットの言いつけを聞いたのち、二人はフロントに赴き部屋の鍵を受け取った。

 表の景観とは対照的に内装は小奇麗であり、用意された部屋も清潔で案外居心地が良さそうだ。

 部屋に入るなり、79式はベッドへとダイブしてはしゃいでいたが、WA2000が見ていることに気付くと恥ずかしそうに戻ってくる。

 

「よく聞きなさい79式、ここでは私たちは戦術人形じゃなく"人間"として振る舞いなさい」

 

「はいセンパイ」

 

「よし。さて、オセロットから連絡があるまで私たちは待機よ……ところで79式、最近調子はどう?」

 

「今日も元気です!」

 

「あーそうじゃなくて……何か思いだしたりとか、変な記憶が混じったりしない?」

 

「いえ、特には……どうしてそんなことを聞くんですか?」

 

「いえ、大したことじゃないの。元気ならいいわ……79式いいわね、ここでは私やオセロットの指示に従うこと、勝手な行動は控えてね」

 

「はい、了解です!」

 

「訓練が終わって最初の任務がこんな特殊任務で大変でしょうけど、一緒に頑張りましょうね」

 

「はい! 私、センパイと一緒なら何でもできそうです!よろしくお願いしますね!」

 

「ええ、こちらこそよろしくね」

 

 WA2000は79式の頭をそっと撫でてあげると、彼女は嬉しそうに目を細めるのだ。

 妹のように可愛がっている、そうスコーピオンに言われた二人の関係であるがまさにその通りなのだろう。

 だが二人はまだ知らない…。

 

 南米の熱気に紛れた暴力と狂気の渦が、すぐそばで渦巻いていることを…。




カルテルランド編スタート。

予習はみんな済ませたかな?
よろしい、ならば戦s(ry


ぶっちゃけるとカルテルランド編のテーマは麻薬カルテルよりも、79式の記憶がテーマになってきますね。
深層映写in79式って感じでしょうか??

79式の過去をおさらいすると、元ユーゴ警察特殊部隊で民族浄化の加害と被害の両方を経験したというのがありますね……カルテルの凶行を生で見ていくうちに、過去の記憶が……なんて。



というわけで始めていきましょう。

相手は犯罪組織ですからね、負けたら薄い本なんて事にならないよう気をつけないとね!


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シカリオの粛清

 よれよれのシャツに伸びきったジーンズ、地味な色合いのジャケットに身を包むその女性は妙に気だるそうな雰囲気を醸し出しながら、両手に洋服を雑に入れた紙袋を手に持ち町をふらふらと歩いていた。

 浮浪者のように見えなくもない姿だが、周囲を歩く者はだいたい似たような恰好をしているため、その女性がとりわけ目立っているわけではない。

 ただし通りの隅で女捜しをしている若者にとって、そんなみすぼらしい女性が視界に入るのを嫌うようで、彼女がすぐそばに来るとどこかへ失せろと言わんばかりに手を払う。

 

 そんな男たちに構うことなく、その女性はふらふらと近付いていってしゃがれた声で彼らに話すのだ。

 

「なんだばあさん、近付くなよ汚いな」

 

「そんなこと言わないで……あれ、持ってるんだろう? 売っておくれよ」

 

「ばあさんいい年こいて粉が欲しいのか? ははは、カネは持ってるのかばあさんよ」

 

 目の前の女性を笑い飛ばしながら男は相方の男と笑い合う…彼は売人、つまりカルテルの末端に位置する構成員でこうして通りに出てコカインを売りさばく。

 みすぼらしい格好の女性は懐のポーチからくしゃくしゃになった紙幣を数枚とりだす。

 大した金額ではないが、女性をただのホームレスだと思っていた売人は少し驚いた表情をしていたが、やがてポケットから包みを一つとりだした。

 

「浮浪者の癖にずいぶん持ってるじゃないか、ええ? まあ他人から盗んだカネだろうが……ほらよ、慌ててキメて死んじまうなよ」

 

 金額に対し売人が差し出したコカインは明らかに少ない。

 ぼったくりも中々だが、女性の方はひとまずコカインを手に入れられて大喜びの様子…そのさまを売人たちは嘲り笑う。

 それから女性は再び通りを歩いていき、やがて一つのホテルへと入る。

 人目を避けて非常階段を上がっていく女性は、先ほどのくたびれた様子とは違い軽快な足取りで素早く階段を上がっていく……階段の踊り場にまで駆け上がった女性はかけていたメガネを外し、ぼさぼさにしていた髪をひとまず手ぐしで軽く整える。

 女性は衣服をその場で整えると、非常階段を出てホテルの一室をノックした。

 

「私よ、開けてちょうだい」

 

 声をかけると即座に扉が開く。

 開かれた扉の向こうには満面の笑みで佇む79式が、片手に拳銃を持って立っていた。

 

「おかえりなさいセンパイ!」

 

「ただいま79式。コカインのサンプル、手に入れたんだけど見たい?」

 

「うぅ…あまり見たくないですね…。あ、あの……大変失礼ですが、センパイ少しにおいますよ…?」

 

「知ってるわよ。シャワーを浴びたい気分よ」

 

「すぐに用意しますね」

 

 用意も何もシャワーを浴びるだけなので用意するものは特にないのだが…。

 それでも79式はWA2000のために何か一つでも役に立ちたいのか、バスタオルなどをすぐに用意してくれた。

 一言お礼をいった後、WA2000は浴槽へと入るのだ……街中に潜伏するために意図的につけた匂いと汚れを洗い流し、乱れた髪を丁寧に洗う。

 変装技術は誰からも教わったわけではないが、WA2000はいつか役に立つだろうということで独自に調べ身に付けていた技術の一つである…余談だが、ある程度の技術はプログラムとしてストレンジラブにインストールしてもらえるのだが、WA2000を筆頭にMSFの戦術人形は経験から身に付けることを好むものだ。

 

 浴槽で身体の汚れを落としたWA2000が戻ると、79式はちょうどテレビをつけてニュースを見ていた。

 最初は興味が無さそうにテレビから目を逸らしていたWA2000であったが、ニュースキャスターが読み上げるニュースに気をひかれた。

 

 

『―――先日メデジン市長に当選されたばかりのカミロ・アルハンコ市長が本日7時20分ごろ、自宅で殺害されているところを郵便を届けに来た配達員が発見しました。アルハンコ市長宅には妻のカミラ氏と12歳になる娘もおりましたが行方不明となっています。アルハンコ市長は麻薬組織撲滅を掲げることで市民の支持を受けて当選致しましたが、選挙期間中も麻薬組織からの脅迫や襲撃があり、今回の事件も麻薬組織が関わっていると見て警察が調査を進めています――――』

 

 

 それからニュースでは専門家らも交えてこの殺人事件について解説しているが、キャスターや専門家らも過度なカルテル批判を避けて言葉を選んでいることが伺える。

 カルテルは気に入らなければ例えテレビのキャスターだろうと躊躇なく殺す。

 以前にも、番組の中でカルテルを厳しい言葉で批判したとあるジャーナリストが市内を運転中に襲撃され、公衆の面前で首を斬り落とされるという恐ろしい事件があった……その際は警官が駆けつけて銃撃戦になり、カルテルの構成員が全員死亡したが、代わりに警官側も多数の死傷者を出すに至った。

 

「酷い世の中ね。これじゃ紛争で故郷を追われてる難民の方がはるかにましよ」

 

「惨いですね……市長の奥さんと娘さん、早く見つかるといいですよね」

 

「望みは薄いでしょうね。死ぬよりも酷い目にあってるかもね……拷問や強姦(レイプ)されて惨たらしく殺される」

 

「拷問…強姦………」

 

「どうしたの、79式?」

 

「い、いえ……ただあまり、そういうのは考えたくないんです……気持ちが悪くなりますので…」

 

 79式はどこか落ち着きのない様子で、震えを抑えるように自分の身体を抱きしめた。

 拷問と強姦…この二つの言葉に79式はいつも強く反応する。

 それはおそらく今も奥底で眠る過去の記憶に起因しているのだろう。

 知っていながらうっかりその言葉を口にしていたWA2000は、彼女の不安を和らげるようにその背を撫でてあげる。

 

「79式、あなたコーヒーは好き?」

 

「え? まあ、好きな方ですね」

 

「通りでおしゃれなコーヒーショップを見つけたの。一緒にいかない?」

 

 79式は不安げな表情から、途端に明るい笑顔を浮かべて頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 服装を現地で購入したものへと着替えた二人は気持ちを切り替えて町の通りにあるコーヒーショップへと向かう。

 オセロットとの約束であまり遠くまでは行けないが、ホテル近辺のエリアなら足を運ぶことを許されている。

 武器を持っていることがばれないように、それぞれボストンバッグやダッフルバッグ等に武器を収納している…本当は持たずに歩くのがベストなのだが、よほどの事情がない限り肌身離さず銃を持つのが彼女たち戦術人形の考え方だ。

 

「ここよ、気にいればいいんだけれど」

 

「素敵なお店ですね! それに…くんくん……コーヒーの良い香りがします!」

 

「本場コロンビア産のコーヒーよ。気に入ってくれて良かったわ」

 

「センパイと一緒にいれるだけで私嬉しいですから!」

 

 79式にもしも尻尾があったらきっと今頃嬉しさのあまりぶんぶん尻尾を振っていることだろう。

 79式を連れて店内に入ると、自国でとれたコーヒー豆が展示され、他にも様々なメニューが用意されている。

 とくに腹も空かせていない二人はサイドメニューのサンドイッチとコーヒーを頼み、屋外テラスに用意されたテーブルへと落ち着くのであった。

 

 さっそくWA2000はコーヒーを口にしてみる…。

 普段MSFで飲んでいるコーヒーは安物の品だが、本場のコーヒーはやはり違う…と言うほどコーヒー通ではないWA2000であったが、とりあえずコーヒーの本場で飲めるということで普段より美味しいと錯覚する。

 サンドイッチはみずみずしいレタスやチーズなどを生ハムで巻いてパンにはさんだもの…ハンバーガーのがっつりとしたフードもいいが、たまには軽めの食事もいいものだ。

 

「んふふふ……」

 

 WA2000の正面に座る79式は相変わらずニコニコした表情で、コーヒーをストローでちびちび飲んでいる。

 何がそんなに楽しいのか……先ほど言った言葉が本音なのだろう。

 

「ところでセンパイ、カラビーナさんは途中まで一緒にいましたよね? どこに行ったんでしょう?」

 

「外で仕事の話は止めなさい」

 

「あ、すみません…つい…」

 

 途端に、申し訳なさそうに目を泳がす。

 すかさずフォローすることですぐに笑顔を取り戻す79式……以前多くの戦術人形の教育をしたときは厳しく教えたつもりであったが、79式に関してはどうも厳しく指導出来ずにいた。

 まあ、彼女の戦闘技術がほとんど熟成されていたという理由もあるが、こうも慕われてしまうと厳しく出来ない心情があった……理由は他にもあるが。

 

 

「――――おい聞いたか? メデジン市長の奥さんと娘さん見つかったってよ、やっぱり殺されてたみたいだ」

 

 

 落ち着いた場の雰囲気をいきなりぶち壊す話題が、通りでたむろする男たちから聞こえてくる。

 

「ひでぇもんだったらしいぜ…嫁さんの方はバラバラにされた状態でゴミ袋に入れられてたらしい」

 

「娘さんの方はどこで見つかったんだ?」

 

「そっから数マイル離れた公園だよ。散々おもちゃにされたんだろうな、裸にされて公園の木に首吊りされてたんだってよ」

 

「世も末だな…国も警察もあてになりはしない。いっそ核戦争とE.L.I.Dで一回全部壊れちまった方が良かったのかもな、この国は…」

 

 それから男たちは去っていった。

 すっかりいい雰囲気を壊されてしまった…話題を変えようと79式を見たWA2000であったが、彼女は今の会話を聞いてか思いつめた表情をしている。

 

「どうしたの、気分が悪い?」

 

「センパイ……私、時々自分が知らない記憶を思い出すんです…」

 

 手に持っていたフォークをテーブルに置くと、79式は思いつめた表情で話し始める…。

 

「その知らない記憶の中で私は、たくさんの人を傷つけてました……命乞いする人や、年端もいかない子どもたちも全部……それから、それから……」

 

「79式…言わなくてもいいわ。大丈夫よ、何も心配しなくていいから」

 

「そうでしょうか…? 分かりましたセンパイ、じゃあ―――」

 

 79式が気持ちを切り替えようとした時、またまた面倒な輩が二人へ絡んできたではないか。

 下心丸出しで近付いて来たのは見覚えのある売人…そう、WA2000が変装してコカインを購入した相手だ。

 その時売った女性がまさか目の前のWA2000であることとはつゆとも知らない売人は、勝手にそばの椅子を持ってきて二人の間に座った。

 

「やあお嬢さん方、見ない顔だね? 観光客か何かかい?」

 

「ここには地域文化の取材に来ていまして、仕事の話をしていましたの。それよりもいきなり来て自己紹介もしないで隣に座るのは、マナーに欠けているんじゃないかしら?」

 

「驚きだ、この国でマナーなんて言葉を聞くとはね」

 

「ルールとマナーは大事ですよ、例えどんな業界であろうともね」

 

「そんなもんクソと一緒に便器に流しちまいな。ここじゃなんの役にも立ちはしない。この辺のことを知りたいならオレに聞けよ、なんでも教えてやるよ…ベッドの上でこいつと一緒にな」

 

 売人は懐から白い粉の入った袋を見せびらかすようにして出し言った。

 彼の下劣な誘いに明らかな嫌悪感を示すWA2000、79式も目の前の男が気に入らないようでじっと睨みつけている。

 そんな時、背後から近付いて来た屈強な身体の男が売人の手からコカインを奪い取る。

 もちろん売人は激高して咄嗟に背後の男に掴みかかったが、相手が何者か分かった瞬間激しく動揺した。

 

「ルールとマナーは大事だ。この業界にも規範って言うものはある…好き放題やっていいわけじゃない」

 

「あ、あぁ…アンタはカルテルの…シカリオ(殺し屋)…! な、何の用だよ…!」

 

「言わなくても分かるだろう。お前…先月の上納金に未払いがあったらしいじゃないか。横領は良くない、例えお前が売って得たカネでも、一度オレたちに預けて分け前として与えられなければお前のカネにはならない……分からなかったか?」

 

「いや違うんだ! 間違った、そう間違ったんだよ! 今月の売り上げと一緒に払うはずだったんだよ! 本当さ!」

 

 売人の必死の弁明を、シカリオの男は煙草に火をつけながら聞き流していた。

 必死の形相で激しく手を動かしながら言い訳をする売人へ、彼は唐突に拳銃をつきつける。

 途端に売人はわめきたてるを止めた。

 

「お前が粉を売れているのはお前の力じゃない。カルテルの看板の力だ、お前がマヌケにも大通りで粉を売っても咎められないのは警察にカネを払って見逃してもらってるからだ。お前らが安心して粉を売れる状況を、カネを使って整えてやってるのに、お前が上納金の一部を懐に入れて無駄にする……裏切りはよくねえよな」

 

「悪かった、もう二度としない! 助けて…お願いだ……!」

 

「あの世で後悔しなよ」

 

 シカリオの男が引き金を引き、轟音が市内に響き渡る。

 至近距離から額を撃ち抜かれた売人は後方によろめいて倒れた。

 短いざわめきのあとに訪れる静寂…通りを歩く人々は逃げだすわけでもなく、じっと発砲者を見つめていた。

 シカリオの男はゆっくりと売人へと近付き、ポケットをまさぐりコカインと金をとる。

 紙幣を数えた彼はそばにあった瓶をいまだ額から血を流す男のすぐそばに置くと、丸めた紙幣をそこへ入れる……この後にやってくる警官への賄賂だ、これを受け取り警官は黙って処理をする。

 

「お前ひとりのおかげでカネと弾が無駄になっちまった。お前のクソみたいな命以上の価値がある……バカが、地獄に堕ちやがれ」

 

 賄賂の手はずを整えたシカリオの男は振りかえり、WA2000に目を向ける。

 笑みを浮かべているが、鷹のような鋭い目つきの男をつい睨み返そうとしてしまったが、今の身分を思い出しWA2000は怖気づくように目を逸らす芝居をする。

 

「ここじゃ末端の売人でさえもカルテルを恐れて口答えしないはずなんだがな、気の強いお嬢さんだ……何者だ? まあいい、クリーニング代だ。あそこの通りを曲がったところにいいクリーニング屋がある。そこで血を綺麗にとってもらうといい……Adios Amigo(じゃあな友よ)

 

 彼はテーブルの上にクリーニング代の紙幣を置いて行くと、人混みの中へと消えていった。

 男が見えなくなってすぐにその場へ地元警察が駆けつける。

 警官たちは現場の状況を一望すると、真っ先に無言で瓶を拾いそこに入れられていたカネをポケットへとしまい込む。

 

「何を見ている、仕事の邪魔だ。さっさと消えろ」

 

 警官はすぐそばのWA2000と79式を高圧的な態度で追い払うと、死体を収容袋に入れてさっさと車へ乗り込み去っていってしまった。

 

 再び町は喧騒が戻り、コーヒーショップの店員はうんざりした様子で地面に流れた血に水をかけて洗い流し始めた。

 誰もカルテルへの怨みや憎しみ、敵意も示すことは無い。

 そうすれば殺されるのは自分だと知っているからだ……恐怖で町が支配されている。

 この国に巣食うカルテルのおぞましさの一端を知った二人は、この外出が迂闊であったと後悔すると同時に、すぐさま荷物をまとめる。

 

 オセロットに事情を説明し、二人は寝泊りするホテルを変えるのであった。




たぶん同じ時間帯で、マザーベースではほのぼのが繰り広げられてると思うの。
逆を返せば、今までのほのぼの回のあいだ、世界のどこかでは今回みたいなことが起きてたと思うの。

資料集めのために画像検索してたらエグイ写真ばかり出てきたから作者メンタル死亡した模様()


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不穏な気配

 WA2000はその日、一人で昼間の市街を歩いていた。

 宿泊先のホテルから500メートルほどのそこではちょうど市場が開かれており、WA2000は現地民に混じって市場を見てまわる…現地の農園や国内でとれた農産物が多く集まる市場には、たくさんの人々が集まり都市部とはまた違った熱気に包まれていた。

 肉や魚などには目を向けず、WA2000が足を止めたのは果物を売る露店だ。

 色とりどりの果物が並ぶ露店を見つめていると、露店の店員が気さくな笑顔をでおすすめの品をWA2000に紹介する。

 

「やあ姉さん、何かお探し? マンゴーなんかどうだい? それかこのドラゴンフルーツ、甘くておいしいよ」

 

「両方くれないかしら?」

 

「毎度あり、ちょっと待っててくれよ」

 

 代金を受け取ると店員の男性がマンゴーとドラゴンフルーツを袋に入れてくれたが、両方ひとつずつ頼んだはずだが何故だかマンゴーを一つ多く袋に入れて手渡してきた。

 この国に来てから常に気を張っているWA2000はそこに裏があるのではと勘ぐるが、露店の男はただにこやかな笑顔で果物の入った袋を彼女に差し出した。

 

「美人の姉さんに一つサービスだ、へへ、いつも不細工なばあさんばかり来るからいい目の保養になったよ!」

 

「そう、ありがとうね」

 

 店員の男はスケベ心丸出しだが、チンピラたちのような害があるようなわけではないので、WA2000は愛想笑いと返す…とりあえず小さな得をしてWA2000も少しばかり機嫌をよくしていた。

 最後まで鼻の下を伸ばしていた露店の男であったが、そこへもう一人の女性がやってくると血相を変えて逃げだした…どうやら男性の奥さんだったようで、奥さんに箒で何度も叩かれて悲鳴をあげていた。

 夫婦げんかに巻き込まれる前にWA2000は早々にその場を立ち去るのであった…。

 

 

 

 

 ホテルの部屋へと戻ったWA2000は買ってきた果物をテーブルの上に置くと、ソファーに腰掛ける。

 ソファーに深々と座った彼女は少し疲れた様子で天井を見上げると、そっと目を閉じる……もう何週間も、この暑く暴力が蔓延る街に居続けている。

 MSFの戦術人形の中でもトップクラスの戦闘技術、精神力を身に付けているWA2000とはいえ休息も必要だ。

 ここでは常に気を張り詰め、街を歩くのにも人の目を気にしなければならない。

 戦場で野宿したりするのとはまた違った疲労感とストレスに加え、今はもう一人、気にかけなければならない相手もいる。

 

 

「お帰りなさいセンパイ」

 

「ただいま79式」

 

 

 部屋の奥からひょっこり顔を覗かせた79式、一人で留守番をすることも多い彼女はWA2000が帰ってくると嬉しそうに出迎えてくれる…。

 帰ってきたWA2000が疲れているのを見て取ると、79式は慣れた様子でコーヒーを淹れてくれる。

 普段スプリングフィールドが作ってくれるような本格的なものではなく、インスタントの簡単なコーヒーだが、彼女の気遣いにお礼を言いながら差し出されたコーヒーを飲む。

 

「79式、あなた果物は好き?」

 

「はい、好きですよ」

 

 WA2000が袋からとりだしたマンゴーとドラゴンフルーツ、79式はその果物を見るのは初めてのようで興味津々といった様子で果物を覗きこむ。

 目をキラキラとさせている79式の頭を軽く撫で、WA2000はナイフを取りにベッドへと向かう。

 ただナイフを取りに行くだけであるが、彼女の後ろを79式はついて行く…まるで子犬のようだとからかうと、79式は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「さてと……」

 

 ナイフを手に、マンゴーをテーブルに並べたところでWA2000の動きがピタリと止まる。

 ここまで用意したはいいが、どう切ればいいのか分からないのだ……普段戦闘に関する技術を身に付けようとしていたあまり、料理に関するスキルを磨くの忘れていた。

 救いを求めて79式を見て見るが、どうやら彼女も料理に自信がないのか苦笑いを浮かべている。

 

「まあ、別にプロの料理人ってわけじゃないものね」

 

「そ、そうですね。美味しければいいと思いますよ!」

 

 そう二人で納得し合い、ナイフの刃をマンゴーにあてがうと…一気に切断、ナイフの刃は勢い余ってテーブルに突き刺さり、両断されたマンゴーの片割れが吹っ飛んでいきちょうどあったゴミ箱の中に消えた。

 なんとも言えない空気が部屋の中に立ちこめる。

 

「ま、まあこういう時も時もあるわよ」

 

「そう、そうですよね! 気をとり直してもう一個切りましょう!」

 

 今度は79式がジャケットの内側からナイフを取り出した。

 真剣な目つきでマンゴーに刃を当てて、いざ切ろうとした際にマンゴーが滑りナイフの刃が79式の指にあたってしまった。

 

「ちょっと、なにやってんのよ」

 

「うぅ、失敗です…指を斬られました…」

 

「あなたが自分で斬ったんでしょう? ほら、じっとしてなさい」

 

 79式の手を取ると、指先の切り傷を布で覆い押さえつける。

 しばらくそのままにして止血したのを確認すると、持っていた絆創膏を貼ってあげる。

 幸い、傷は小さく大した怪我でもなかった……残るドラゴンフルーツは、後でホテルの人にお願いしようということで袋の中に戻すのであった。

 

「あのセンパイ?」

 

「なに?」

 

「センパイやオセロットさんは仕事をしているのに、私はホテルに待機しているだけです……センパイ、私にできる仕事はありませんか? 私、センパイのお役に立ちたいです」

 

 ここに来てからずっと待機してばかりの79式も思うところがあったのだろう、しかしWA2000は首を横に振る。

 

「今はまだその時じゃないの。あなたの力が必要になる時はきっとあるから、それまでは待機よ。別にそう気負わなくていいのよ?」

 

「はい…ですが、センパイやオセロットさんが頑張っているのに私だけが楽をしていていいのでしょうか?」

 

「あら、殊勝な心掛けね。でも私が逆の立場だったら堂々と休ませてもらうけどね」

 

「センパイ! もう…」

 

 WA2000のからかいに79式は頬を膨らませてそっぽを向く。

 からかいがいのある79式に少々気持ちを癒していると、唐突に部屋の扉がノックされる…即座に二人は拳銃を手に取ると79式が扉のすぐそばの壁にはり付いた。

 もう一度ノックされた時にWA2000は返事を返し、左手に拳銃を握りながら右手で扉を開く。

 ゆっくりと開いた扉の向こうにいたのはオセロットであった。

 ホッと一息ついたWA2000が79式にも警戒を解くよう伝えると、彼を部屋の中へと招く。

 

「急な来訪ね、通信で教えてくれればよかったのに」

 

「通信回線は奴らに盗聴されているかもしれない、お前たちも不用意に通信をするんじゃないぞ。あと忠告だ、相手がオレだとはいえ警戒を解くのが早過ぎる…オレの背後にシカリオが潜んでいたかもしれないんだぞ」

 

「まさか、あなたに限ってそんなことはないでしょう?」

 

「ありえない話ではない。お前が今まで戦ってきた連中と一緒にするな、奴らは軍人ではないかもしれないが侮れない相手だ。一瞬の油断が命取りになるぞ」

 

 そう言って、オセロットはテーブルの上に一枚の紙を置いた。

 そこにスペイン語で文字が書かれ、なんとWA2000の顔写真が一緒に印刷されているではないか。

 驚いた彼女は慌ててその紙を手に取ると、紙に書かれた文字を読む。

 

「やられたな。カルテルがお前に懸賞金をかけたようだ」

 

「ウソでしょ!? わたし何もトラブル起こしてないわよ!?」

 

「先日の売人を処刑した時の現場のことだろう。売人とはいえ、裏にはカルテルの影がある。末端の構成員とはいえそれを恐れていないということは、カルテルをも恐れていないということに繋がる。売人相手に強気に振る舞った姿を怪しまれたんだろう。お前がすぐにホテルを変えたのは良い判断だった、もしあのまま同じホテルにいたら……お前はこの世にいないか、あるいは…」

 

 その先は言わなくても分かることだ。

 どっちにしろ、これでもうWA2000は表を堂々と歩くことが出来なくなってしまった。

 写真はWA2000だけであるが、79式も同じ理由で外を歩くことは出来ないだろう。

 

「ごめんなさいオセロット、うかつだったわ」

 

「カルテルの警戒心を侮ったオレにも落ち度はある、気にするな。他にもお前たちが知っておくべき情報を持ってきた、読んでおけ」

 

 懸賞金の紙を回収し、オセロットはカバンから資料や写真をテーブルにとりだした。

 オセロットがこの国に潜伏し集めた情報はおそらう膨大なものとなるのだろうが、今日ここに持ってきたのはその中の一部だった。

 

 カルテルのボスであるアンヘル・ガルシアの経歴についてまとめられた資料には、グアテマラの特殊部隊カイビレスで従事した軍事作戦についてもまとめられていた。

 対テロ作戦の最中に彼は無実の一般市民をも巻き込みテロ組織を壊滅させ、それが原因で隊を除隊、その後の足取りは不明だが今のカルテルに雇われてそこからボスにまで成り上がったらしい。

 

 それからカルテルのシカリオ(殺し屋)についての情報だ。

 その中には、先日売人を目の前で殺害した男の写真もある…ぺらぺらと写真をめくり見つめていたWA2000は、ある写真でその手を止めた。

 

 写真に写る一人の少女。

 緩いバンダナで口元を隠したその女性は長い黒髪を一本の三つ編みにし、右手に鉈を持ち左手に人間の頭部を鷲掴みにしている。

 南米の住人の中では浮いて見える白い肌は返り血で染まり、そこから覗く瞳は冷酷な印象を受けさせる。

 どこか既視感のある見た目にWA2000はまさかと思うが…。

 

 

「こいつは要注意人物だ。カルテルお抱えの鉄血ハイエンドモデル、"リベルタドール(解放者)"だ」

 

「鉄血のハイエンドモデルですって? それがどうしてこの南米に?」

 

「こいつは蝶事件が起こる前に、この国の軍隊が購入したらしいが、カルテルがそれを奪取してシカリオに仕立て上げたらしい。リベルタドール、別名"解放者"。鉄血工造がまだ企業としてあった頃に造られたハイエンドモデルで、試作品的な意味合いがあったらしい…これをスペックダウンし量産型にしたのが鉄血戦術人形のBrute(ブルート)だ」

 

「また面倒なハイエンドモデルが来たわね。シーカー程厄介な相手じゃないことを祈るわ」

 

「こいつについては情報が少ない。目撃者の多くが死んでいるからだろう…注意しろ」

 

「了解よ」

 

 ある程度資料を見終わったのを確認したオセロットはそれをしまう。

 

「もう一つ、今度からオレもこのホテルに宿泊先を変えた。どこの部屋かは教えられないが…」

 

「な、なんでよ」

 

「お前が気にすることじゃない。それと一週間分の食糧を置いて行く、もう外出はするな」

 

「はぁ、私も待機命令ってわけね。了解よ…」

 

「それからオレが部屋を訪れる時の合図を決めよう」

 

 オセロットはテーブルに手を近づけると、指で小さく叩く。

 

 二回小突いて間をあけて一回、また間をあけて今度は三回だ。

 2、1、3のノックで来訪を知らせる合図とする…WA2000と79式は頷き了承した。

 

「少しでも怪しいと思ったら扉を開くな、シカリオが来たと思え…いいな?」

 

「分かったわ、オセロット。あなたも気をつけてね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある廃工場の一画、天井から吊るされるワイヤーが数本、不規則に揺れている。

 錆びついたワイヤーの先端にはフックが取りつけられており、そこには人間の死体が逆さまに吊るされていた…。

 首を鋭利な刃物で斬り裂かれた死体の真下にはバケツが置かれ、傷から流れ出た血が溜められている。

 

 揺れる死体をすぐそばで眺めている少女がいる。

 彼女は冷たい目をじっと死体に向けたまま、パイプ椅子に腰掛け静かにたたずんでいた。

 

「リベルタ、ここにいたのか?」

 

 自身を呼ぶ声に立ち上がった彼女…リベルタドールは廃工場にやって来たカルテルのシカリオに目を向ける。

 シカリオの男はフックに吊るされた死体を、そして隅の方で謎の肉を貪る痩せこけた犬を見て引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「人間の肉で餌付けか、どこでそんなこと教わったんだ?」

 

 薄笑いを浮かべながら冗談を口にした男を、リベルタドールは無言でじっと見続ける。

 

「血抜きは済ませてあるみたいだな。よし、これで運びやすくなるな。後はそこらの街に捨ててくるだけだな?」

 

 その問いかけに彼女は頷き、死体を指差し、それから廃工場の外に止められているキャリアトラックを指差した。

 "死体をあれに積んで捨てに行く"

 そう解釈した男はため息をこぼすと同時に、一枚の紙を彼女に手渡した。

 

「新しいターゲットだ。できれば生け捕りにしてほしいらしい…政府の連中がオレたちを殺すのに傭兵を雇ったって噂だ。怪しい奴は片っ端から捕まえていく、お前はこいつを捕まえろ、いいな?」

 

 リベルタドールはこくりと頷くと、もう一度紙に目を向ける。

 スペイン語で文章が書かれたそこに懸賞額と共に写真が一枚載っている。

 写真には、ワインレッドの髪の少女……WA2000が写る。

 

 カルテルのシカリオ、リベルタドールは目に焼きつけるようにじっと彼女の写真を見続けるのであった…。




またオリジナル鉄血人形の登場です!

その名もリベルタドール…スペイン語で解放者です。

設定的には鉄血工造初期のハイエンドモデルで、試験的な意味合いで製造されており後期のハイエンドモデルと比べて性能は若干低い……が腐ってもハイエンドモデル、さらにカルテルの違法改造で戦闘力マシマシ状態。
たぶん無口系戦術人形、シーカーとはまた違ったヤベェ奴です。


なんかこんな話を書いてたらハーメルンさんの広告に麻薬戦争絡みの本が出てたよw
どういうことやw


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リベルタドール

 WA2000と79式が引きこもり生活を送るようになってはや6日が経とうとしている。

 自分たちがカルテルに目をつけられてしまってからというもの外出することもできず、変わり映えのしない毎日を送っている。

 することといえばテレビをつけてぐうたら毎日を過ごし、戦闘で鍛えていた感覚も鈍るはず……とは今のところいかず、その日WA2000と79式はテーブルを挟みあい戦術教練の座学を行っていた。

 その場に戦術教練を行うための資料等はなかったが、自身の経験や知識からWA2000は79式にいくつかの課題や質問を投げかけることで彼女に考えさせ、実戦以外で技術を身に付ける術を教えていた。

 

 79式はWA2000の言葉をしっかりと聞くと同時に、自分が疑問に思ったことは直ぐに聞き返す。

 理解も早く真面目で熱心に話を聞く姿勢に、WA2000もついつい教え甲斐を感じて今まで教えてきた兵士たちには教えなかった知識までも教えてしまう。

 

「――――というと、この場合はここに部隊を残し少数の偵察隊を編成して敵陣地の偵察を行った方が良いということでしょうか?」

 

「そういうことよ。それにしてもあなた覚えがいいのね、スコーピオンのアホにも見習ってほしいものだわ」

 

「そんなことないですよ! スコーピオンさんに比べたら、私なんてまだまだです…」

 

「あらそう? どうしてそう思うの?」

 

「だってあの人、トラと真っ向勝負して勝てるんですよね?」

 

「あれを目標にするのは止めなさい、あなたのためにならないから。さて、そろそろ休憩しましょう」

 

 時計の針が示すのは昼の12時手前、朝の9時から時間つぶしのために始めた戦術教練であったがついつい時間が経つのも忘れて熱中してしまった。

 軽い空腹感を覚えた二人はレーションを用意し、コーヒーを作るためのお湯を沸かしに79式がポッドを手にコンセントの場所まで向かう。

 

「さてと…なんかニュースでもやってるかしら?」

 

 カルテルが大人しくしていればニュースは平凡そのものだ。

 ここ最近はカルテル絡みのニュースで大きな事件はなく、浮浪者の男が万引きをして地元警察にリンチにあって病院送りにされた程度のニュースが記憶に新しいくらいだ。

 テレビのリモコンを操作したが、テレビがつかない。

 ちょうどそこのコンセントでお湯を沸かそうとしていた79式がテレビのコンセントを抜いたのかと思ったが、彼女はきょとんとしか顔でWA2000を見つめていた。

 

「最悪…テレビまで壊れたら退屈しのぎすらもできないじゃない」

 

「あははは…でもセンパイ、ここのテレビはいつもつまらないって言ってましたよね?」

 

「そうね、サッカーか下らない茶番劇しかやってないものね…」

 

 仕方なくWA2000はソファーから立ち上がり、冷蔵庫へと向かう…オセロットが持ってきてくれた炭酸飲料がまだ残っているはず、あまり飲み過ぎは良くないがこうも暇なのだから少しくらい食生活の乱れは許容してもいいだろう。

 冷蔵庫の扉を開き炭酸飲料の缶を掴もうとした時、ある違和感を感じ取る。

 冷蔵庫の冷却機能が消えている…これもコンセントが抜けているのかと思ったが、しっかりと刺さっている。

 ならば考えられるのは一つ……。

 

 そんな時、部屋の扉がノックされた。

 

「おや、オセロットさんですかね? もう6日も来てませんし…」

 

「待って79式……静かに、こっちに来なさい」

 

 言われた79式は困惑しながらも指示に従い、その場を離れソファーの後ろにまで移動した。

 武器をとったWA2000に従い79式も自身の武器を手に取る……そのまま無言で成り行きを見守っていると、再び扉がノックされる。

 ノックされた回数は2回…最初のノックも2回……相手はオセロットじゃない。

 そう確信した次の瞬間、扉の向こうから何者かが銃弾を撃ちこみ、咄嗟に二人は遮蔽物に身を隠す。

 

 連続した射撃が続いたあと、何者かが扉を蹴破り部屋の中へと侵入した。

 即座に79式とWA2000は遮蔽物から顔をあげると、部屋に入り込んできた襲撃者に対し発砲し射殺した。

 

「シカリオよ!」

 

「はいセンパイ!」

 

 ラフな服装にタクティカルベストと覆面をした戦闘員、正規軍には見えないいでたちから彼らは間違いなくカルテルが寄越した者たちだろう。

 侵入者を排除したWA2000はすぐに荷物をまとめるよう79式に指示を出すと、自分は扉のそばに駆け寄り廊下を伺う…通路の先を覗いた時、ちょうど覆面をした戦闘員が駆け寄ってきたので拳銃弾を数発撃ちこみ殺す。

 その直後に通路の奥からアサルトライフルを持った戦闘員数人が姿を現し、すぐに身を隠す。

 

「センパイ! 荷物まとめました!」

 

「位置を代わって!」

 

「了解!」

 

 79式は必要な荷物だけをバッグに詰め込み、それを扉のすぐ近くに置くとWA2000と位置を代わる。

 バッグの中からスタングレネードを一つとると、WA2000はそれのピンを抜き通路に向かって投擲…炸裂音が鳴り響くと同時に叫ぶ。

 

「カバー!」

 

「了解!」

 

 スタングレネードが炸裂した後に79式が通路の向こうの敵へと牽制射撃を行う、スタングレネードと79式の射撃で敵が退いた隙にWA2000が通路へと飛び出した。

 79式がリロードのために身を隠した時、敵は遮蔽部から姿を現したがWA2000のライフル弾の餌食となる。

 慌てて隠れようとしたもう一人の胴体も撃ち抜いたところで、背後から怒鳴り声が聞こえ、振り返ると同時に回し蹴りを放った。

 鋭い蹴りが男の側頭部を打ち抜き、大きくよろめいた男を拳銃で射殺した。

 

「行くわよ79式!」

 

「了解! センパイ、敵が来ます!」

 

 敵の増援が現れるが、そこまで多くはない。

 突破は容易いと判断したWA2000は真っ向から撃ち合い、敵を排除する。

 カルテルの戦闘員とはいえ所詮素人に毛が生えた程度、戦場で培われた技術を持つWA2000とその教えを受けている79式の敵ではない。

 敵も二人の戦闘力に恐れをなしたのか何ごとか叫び逃走を図る……が、彼らの後方からゆっくりと姿を現した黒髪の女性を見た瞬間足を止めた。

 

 三つ編みに束ねた黒髪、鋭い目つきのその少女に二人は見覚えがある。

 オセロットが教えてくれたシカリオの一人であり、カルテルに所属する鉄血ハイエンドモデルの"解放者(リベルタドール)"だ。

 リベルタドールの冷酷な目に晒された戦闘員は怖気づく…そんな戦闘員の顔を彼女は掴みあげ、WA2000らに立ち向かうよう突き放す……恐怖に駆られた戦闘員はやけくそになり突進してきたが、79式の射撃に撃ち殺される。

 

 死んだ戦闘員に見向きもせず、リベルタドールは無言のまま接近する。

 異様な雰囲気に飲まれかけそうになる二人だが、彼女が腰のホルスターから拳銃を抜いた時、二人はほぼ同時に引き金を引いた。

 するとリベルタドールは素早い動きで足元の死体を掴みあげると、それを盾に銃弾を防ぐ。

 死体を盾にしつつリベルタドールは撃ち返す、盾となった死体は激しい銃撃戦で見るも無残な姿へと変貌させる……ズタズタになった死体を投げ捨てたリベルタドールへすかさずWA2000が狙撃、弾丸は彼女の胴体へと命中した。

 しかし、リベルタドールはわずかに動きを止めたのみで倒れもしない。

 79式もすかさず銃撃を加えるが彼女は意に介さず、むしろ悠々と拳銃のリロードを行っている。

 

「ボディーアーマーでも着ているんですか!?」

 

「いいから撃ちなさい!」

 

 また別な死体を拾い上げて盾とし徐々に接近していく。

 79式がリロードのために一歩引いた時、リベルタドールは死体を投げ捨て一気に駆け出した…狙っているのはWA2000。

 接近戦を仕掛けてきた相手に対し、WA2000はライフルによる迎撃を諦め拳銃へと持ち変えた。

 走り寄るリベルタドールへ向けて拳銃を発砲するも、ライフル弾で止められない相手を拳銃弾で止められるはずがない…山刀を手にした相手に、WA2000もナイフを手に取った。

 互いの刃が激突した時火花が散った。

 武器の重みで優るリベルタドールの山刀に思わずナイフを手放しそうになってしまうが、なんとかこらえる……同時に驚くのが予想外の相手の力強さだ、単純な力ではエグゼと同等かそれ以上と感じ取ったWA2000は力勝負を避けて距離をあける。

 

「センパイ! くっ…!」

 

 リロードを終えた79式だが、無理に打てば流れ弾がWA2000に当たる。

 自分もナイフを手に加勢しようと試みるも、WA2000の一瞬の睨みを受けて立ち止まる……手を出すな、それが彼女の指示だった。

 

「うちには結構なハイエンドモデルがいるけど、アンタみたいなのは初めてよ!」

 

「…………」

 

「無口な奴ね!」

 

 リベルタドールは表情も変えず山刀を振るう。

 当たれば一発で斬り裂かれる一撃、うまくナイフでいなしたり避けたりしているが徐々にWA2000の表情に苦悶の色が浮かんでいく。

 壁際まで追い詰めらた彼女は、振り下ろされる山刀をぎりぎりで避けることで、刃が壁に深々と突きささる……山刀の半分ほどまで壁に突き刺さる威力だ、もし当たっていたら命はなかっただろう。

 

「死になさい、化物め!」

 

 至近距離から拳銃を撃ちこむ…弾が命中するたびに血肉がはぜているが、同時に分厚い金属に阻まれるような甲高い音が鳴り響く。

 真っ向から銃弾を受けきったリベルタドールは人差し指を立てて小さく揺らす…少しも効いていない、そう言っているかのようだ。

 

「旧式の分際で粘るじゃない…!」

 

 ニヤリと笑い強気なセリフを口にする…ここまでの戦闘で彼女はうすうす感付く。

 リベルタドールは生体パーツは体表面の部分だけで、その内側は重厚な金属で構成されている…他の装甲人形に匹敵する防御力を有しているに違いない、だとすれば対装甲用の武装を持たない二人にとってリベルタドールは不利な相手だ。

 

 

 だとすれば戦わずに逃げるのがベストだ、それは間違いないが銃弾を弾く防御力とタフネスさに加え機敏なリベルタドールから逃げるのは困難だ…ならば、そう思い駆け出したWA2000にリベルタドールも動く。

 WA2000が手に取ったのは廊下に置いてあった消火器だ。

 すぐそばまで接近していたリベルタドールを、消火器でおもいきり殴りつける……金属同士がぶつかり合う音が鳴り響き、消火器はぐにゃりとひしゃげる……だというのにリベルタドールは数歩よろめいただけ、もはや正規軍御用達の軍用人形と見まがうほどの耐久性にWA2000はおもわず苦笑いを浮かべる。

 

 次に彼女が行動を起こす前に消火器の中身を浴びせかける、目くらましにはちょうど良いだろう。

 

「センパイ、これを!」

 

 79式が投げてよこしたのはグレネードだ。

 さすがにホテル内でグレネードを使うのはどうかと一瞬悩むが、なりふり構ってはいられない。

 消火器の煙に包まれたリベルタドールへグレネードを投げつけ、WA2000は79式の手を握りその場を走りだす……背後でグレネードが炸裂する爆音が鳴り響いたが振りかえらず、非常階段を飛び降りるようにして降りる。

 

 一階まで駆け降りたがカルテルの戦闘員には遭遇しない、しかしホテルの外にはたくさんの人だかりができている。

 こんな状況でもしカルテルが襲撃を仕掛けて来たら危険だ…そう思った矢先、二人の前に一台のハンヴィーが横付けされる。

 

「乗れ!」

 

「オセロット! 79式、さあ早く乗って!」

 

 79式を後部座席に押し込めていると、頭上からガラスが叩き割られる音が鳴り響く。

 咄嗟に見上げた先には、遥か上階からこちらを見下ろすリベルタドールの姿が見えた…彼女はWA2000を視認するや躊躇なく高層から飛び降りる。

 すぐにハンヴィーの助手席へと入り込む、同時にハンヴィーの前にリベルタドールが落ちてきた……。

 

「オセロット、あいつは…きゃッ!」

 

 目の前の相手がシカリオのリベルタドールだ、そう説明する間もなくオセロットはアクセルを踏み、目の前のリベルタドールへ向けて猛スピードで車を突っ込ませた。

 ハンヴィーの車体を真っ向から受けたリベルタドールは吹き飛ばされた…かに見えたが、なんと彼女はハンヴィーのフロントにしがみつき這い上がる。

 

「なんなのよこいつ!?」

 

「伏せていろワルサー」

 

 助手席のWA2000の頭を抑え込み、オセロットは車を加速させる…勢いにおされてリベルタドールも体勢を崩すが、それでもまだフロントへとしがみついている。

 そればかりが再び這い上がり、ハンヴィーのフロントガラスを殴りつけ、強化ガラスに覆われたそこにいっぱいのひび割れを作った。

 ガラスを何度も殴りつけ、ついに彼女は叩き割る…だが叩き割った先で見たのは、ショットガンを構えるオセロットの姿であった。

 

 銃口をすぐ目の前までつきつけられたリベルタドールは避ける間もなく銃弾を叩き込まれ、上体を大きくのけぞらせた。

 そこへオセロットは容赦することなく散弾を撃ちこみ、ついにはリベルタドールを前方へと吹き飛ばすと同時にハンヴィーで轢いた。

 

「さすがに死んだわよね…?」

 

 不安げに後ろを振り返ったWA2000、ひとまずリベルタドールはピクリとも動かず路上に横たわっているが、また起き上がるのではという不安がよぎる。

 それから視線を前方へと向けたWA2000は、ほっと安堵の息をこぼした。

 

 

「安心するのはまだ早いぞ、シカリオが追ってくる」

 

「嘘でしょ…」

 

 

 咄嗟に振り返った先で、機関銃を据え付けたテクニカルトラックが猛スピードでこちらに近付いてくるではないか。

 さらに前方の交差点からバイクが勢いよく飛び出しハンヴィーの先を行く……住民にお構いなく暴走するカルテルの車によってあちこちで交通事故が起こるが、そんなことはもう構ってもいられない。

 追撃を逃れるために高速道路へと進路を変えた時、珍しくオセロットの舌打ちが聞こえてきた。

 

「ワルサー、遺書でも書いておくか?」

 

「な、なによ急に…?」

 

「後ろを見てみろ」

 

「なんだろう、すごく見たくないんだけど…」

 

 そうはいいつつも、見なければならない。

 おそるおそる振り返った先、さらに言うなら後方の上空を飛来する黒い物体…人の営みがある市街地には全く似つかわしくない戦闘兵器の姿が空から迫っていた。

 

「戦闘ヘリ……あいつらほんといかれてるわね」

 

「この先に軍とMSFの合同部隊が張ったバリケードがある。そこまでたどり着ければオレたちの勝ちだ」

 

「やるしかありませんよ、センパイ!」

 

「しょうがないわね……一週間よ、一週間溜まった鬱憤晴らしてやろうじゃない! オセロット、敵の相手は私たちに任せて!」

 

「お前たちの弾薬は後部座席にある。必要ならグレネードランチャーを使え…敵が来るぞ、しっかりとやれ」

 

 

 

 

 




オセロット容赦なさすぎィ!



リベルタドールの解説です。

初期のハイエンドモデル戦術人形ということで、生体パーツよりも金属パーツの構成比率が多く耐久性が他の戦術人形とは比べ物にならない。
必然的に本体の機動力は下がるのだが、カルテルの違法改造でその弱点を克服している…装甲は分厚く、小口径の徹甲弾程度ではびくともしないがさすがに対戦車兵器までは防げない。
後期のハイエンドモデルと比べ疑似感情モジュールも未発達でダミーリンクも適応できず、また鉄血兵の統率も行うことができないなど問題は多々あった模様…。
でもカルテルの違法改造で(ry

無口コミュ障な戦術人形ちゃんです。


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カーチェイス

 市街地を通る高速道路の高架橋、そこは今警察による厳戒態勢が敷かれ数台のパトカーや装甲車がバリケードを築いている…絶えず無線機でやり取りが行われ、緊迫した様子の警官隊は通行規制されている高速道路を警備する。

 民間人の通行車はバリケード手前の出口から一般道へと誘導されるが、急な厳戒態勢で道路は大渋滞を起こしてしまっている…それらの対応にも警官隊が追われている中、反対車線の方角より猛スピードで逆走する一台のハンヴィーと数台のトラックがやって来た。

 逆走する車は対向車を避けながらバリケードを通過、その直後戦闘ヘリが低高度を飛びながら堂々と飛行していく。

 もはやバリケードが意味をなさなくなったことを知った警官隊はすぐさま車へと乗り込むと、自分たちもこの命知らずなカーチェイスに参戦するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 助手席に座るWA2000は今、かつてない恐怖に晒されていた。

 高速道路という100キロ以上ものスピードで走る車線を逆走し、進行方向から走ってくる車はあっという間に目の前まで接近しすれ違っていく…オセロットの運転技術で避けてはいるが、弾丸のように突っ込んでくる対向車と衝突すればいくら軍用車のハンヴィーといえど破壊は免れず、自身も圧死してしまうだろう。

 車とすれ違うたびに悲鳴をあげるWA2000はもはや恐怖で使い物にならない…。

 

「センパイ! カルテルの車が来ます!」

 

 一方の79式はというと、正面を向かずに後方から追走してくるカルテルを迎撃しているためか逆走に対する恐怖を感じていないようだ。

 

「あぁ、私もうここで死ぬんだわ! もうお終いよ!」

 

「落ち着けワルサー、反対車線に戻るぞ」

 

 中央分離帯が切れたのを見計らい、オセロットはハンドルを切り正規の道路へと戻る。

 ハンヴィーのすぐ後ろを走っていたカルテルの車は急な動作に対応できず、対向車と正面衝突を起こしクラッシュした……だが後続の車はオセロットと同じように中央分離帯から進路を変更してきた。

 急ハンドルの衝撃でついオセロットにしがみつく形となったWA2000であるが、逆走の恐怖心でいっぱいの様子だ。

 

「深呼吸をしろ、メンタルを平常に戻せ」

 

「そんな、急に言われたって…!」

 

「オレがお前にできない事を命令したことがあるか?」

 

「オセロット……うん、分かった…」

 

 目を閉じて深呼吸を繰り返す…乱れたメンタルを落ち着かせ平常心を少しずつ取り戻す。

 

「車の事はオレに任せろ。お前はそのオレを全力で援護しろ、いいな?」

 

「了解、全力であなたを援護するわ」

 

 恐怖心を克服したWA2000にオセロットは頷いてみせた。

 いつも守られてばかりだった自分が今、あのオセロットを守る立場にいる…その認識が彼女をかつてないほど奮い立たせるのだ。

 いまなら例え逆走状態でも恐怖心に縛られることは無いだろう。

 助手席の窓を開き、身を乗り出した彼女はライフルを構えると後方から追い抜こうとするカルテルの車に狙いを定めた…狙いすまされた一撃は車を運転する男の頭部を撃ち抜き、制御を失った車は中央分離帯に乗り上げ激しく転倒した。

 

「さすがですセンパイ!」

 

「ふん、マヌケなカルテルに思い知らせてやるわよ!」

 

 WA2000の見事な一撃に感化された79式も後方を追走する車へと銃弾を浴びせる。

 どうやら敵も強化ガラスを装備した軍用車を運用しているようで小口径の銃弾ではびくともしない。

 

「ワルサー、上空のヘリにも気を配れ!」

 

「了解ッ!」

 

 高速道路を走行するハンヴィーと並ぶように飛行するヘリがゆっくりと機首を下げて高度を落とした。

 ヘリのドアが開かれ重機関銃を構えるガンナーが姿を現し、猛烈な弾幕をはる。

 咄嗟にオセロットがハンドルを切るが、ハンヴィーの側面には多数の銃弾が叩き込まれた…いくつかが装甲を貫通し、はぜた金属片によりオセロットの額から血が流れた。

 

「オセロット、大丈夫!?」

 

「オレの心配はするな! あのガンナーを始末しろ!」

 

 助手席から後部座席へと移り、窓から狙撃を試みるがガンナーの射撃を避けるために不規則に揺れる車からの狙撃は困難を極める。

 狙いをさだめて引き金を引いた射撃は外れてしまう。

 舌打ちをうち、ガンナーを狙い撃つが銃弾は標的から離れたヘリの胴体に命中するだけであった。

 

「クソ、狙いづらいったらないわね!」

 

「ワルサー、リロードをしろ。一瞬だけ車の回避を止める、その間に狙い撃て」

 

「ええ、やって見せるわ!」

 

 残弾はあるが真新しいマガジンに交換し、彼女は窓と自分の腕を利用してライフルの銃身を固定する。

 彼女が狙撃態勢をとったのを視認したオセロットはハンドルを戻し車を真っ直ぐに走らせる…そのチャンスを敵が見逃すはずもなく、ヘリのガンナーはとどめをさすべく銃弾の雨を降らせるのだ。

 

 タイミングは一瞬、雑念をとりはらい、スコープにヘリのガンナーをおさめたWA2000はそこから少し狙いを逸らし引き金に指をかけた……呼吸を止め、一切のブレをおさえた後に引き金にかけた指に力を込めた。

 放たれた弾丸は見事ガンナーの胴体に命中し仕留めることに成功した。

 予想外の反撃にヘリは驚いたのか急に高度をあげてその場を離脱していく。

 

「もう流石ですセンパイ!」

 

「ふぅ……まだ戦いは終わってないわ。オセロット、迷惑をかけたわね」

 

 助手席に戻ったWA2000…笑顔で運転席のオセロットを見た彼女であったが、額から血を流す彼を見て青ざめる。

 咄嗟に手を伸ばそうとした彼女をオセロットは制する。

 

「オセロット、大丈夫なの!?」

 

「あぁ…問題ない。79式、少しの間援護射撃を頼んだぞ」

 

 後部座席の79式にそう指示を出すと、オセロットはフロントのダッシュボードを開くと中から救急セットをとりだす。

 

「針に糸を通せ」

 

「ここで治療するの…?」

 

「いいからやれ」

 

「わ、分かったわ…」

 

 WA2000が縫合のための針を準備している間、オセロットは額から流れた血を布で拭い水の入ったペットボトルを手に取った…しかし片手では血で指が滑り蓋を開けられない、それをWA2000が代わりに開けてあげる……水で額の傷口を洗い流した時、わずかにオセロットは顔をしかめて見せた。

 

「針は用意できたな? お前が傷を縫え」

 

「え!? 私が!?」

 

「お前以外に誰ができる」

 

「でも、傷の縫合なんてやったことないわよ・・・!」

 

「上手い下手はこの際どうでもいい、この状況でお前しかいないんだよ…遠慮なくやれ」

 

 オセロットの強い口調に押されたWA2000は迷った末に観念し、ピンセットでつまんだ針をゆっくりと額の傷へと近付けていく。

 傷はよりによってまぶたの上、車の揺れで万が一手元が触れて目に突き刺しでもしたら終わりだ。

 車が揺れるたびに怖気づいて針を離す…。

 そうしている間にもぱっくりと開いた傷から血が流れ、オセロットの片目を塞いでいってしまう…。

 

「無理よ、できない…!」

 

「やるしかないんだ、やれ」

 

「だけど…!」

 

「何回も言わせるな…オレは、お前ができないことを言っているわけじゃない。オレがお前を頼っているんだ」

 

 目を潰そうが汚かろうが構わん、自信をもってやれ……不安でいっぱいのWA2000の目を真っ直ぐ見つめながらオセロットは諭しかける。

 彼女はそれに頷き、再度針を傷へ近づける…手の震えは止まっていた。

 針を傷口近くの皮膚へ通し、開いた傷を縫って閉じる。

 痛みからかオセロットの表情がわずかに歪むが、そこで手を止めることは彼も望まないことをWA2000は察し手を止めずに傷を縫合していく。

 4針ほど縫ったところで玉を作り、糸を切る……流れた血を水で洗い流し清潔なガーゼを押しあて治療は終わりだ。

 

「よくやった…」

 

「うん…痛くなかった?」

 

「気にする程のことじゃない。それよりもうすぐ高速道路を降りる、しっかり捕まっていろ」

 

 いまだ追撃の手を止めないカルテルの戦闘員たち。

 もうすぐ軍とMSFの合同部隊との合流地点、ハンヴィーの速度をあげて追ってくるカルテルを引き離し高速道路を離脱し一般道へと出た。

 信号などは全て無視し合流地点へと真っ直ぐに向かうが、あと少しのところで道路の渋滞に捕まってしまった。

 もう数百メートル先には軍とMSFが張ったバリケードがあり、MSFの旗も見えた。

 

「ここで降りるぞ。後は走って行く」

 

「分かったわ、79式も行くわよ!」

 

 ハンヴィーはそこで乗り捨て車の間を走りぬける。

 ちょうどその時、追いかけてきたカルテルの車も追いつく…キャリアトラックの荷台に重機関銃を設置したカルテルは、目の前にいる多数の民間人がいるのにもかかわらず逃げる3人に向けて銃撃を開始した。

 突然の銃撃に町の住人たちはパニックに陥り、あちこちから悲鳴や叫び声が上がる。

 

「あいつら…!」

 

「79式、足を止めないで!」

 

 民間人もろとも撃ち殺そうとするカルテルを79式は忌々し気に睨みつけるが、立ち止まっている場合ではない。

 前方からは異変に気付いた軍とMSFの兵士たちが動き始めたが、カルテルの戦闘員も車を降りて追いかけてくる…間に挟まれる形となった民間人は逃げ場もなく、カルテルと軍の銃撃戦に挟まれてしまう。

 

「クソ……仕方ない、ここでカルテルを迎え撃つぞ! まずは民間人の避難を優先しろ!」

 

「分かったわ! あぁ、まずい…」

 

「なんだ?」

 

「あいつ、追ってきたわ! リベルタドールよ!」

 

 ワルサーの声にカルテルの側を見た時、渋滞を起こす車の上を足場に駆け寄ってくるリベルタドールの姿を見た。

 すかさずオセロットとWA2000は射撃し接近を阻もうとするが、二人の銃弾を真っ向からはじき猛然と突っ込んでくる……味方の誤射も恐れることなく三人に接近してくるリベルタドールは、度重なる戦闘で身体を覆う生体パーツが損傷し、内部の銀色の骨格が見え隠れしている。

 一見すれば重傷の身体だが、あくまで体表の生体パーツが損傷しただけ…肝心の内部構造はまだ無事だ。

 

「こんな場所じゃグレネードも使えないわね!厄介な相手よまったく!」

 

 全身を疑似血液で濡らし、ボロボロになった姿で向かってくる姿はある種のトラウマになりそうなものだが、WA2000はただこの執拗さに飽き飽きするだけだ…無駄だと分かっていてもライフル弾を命中させるが、少しよろめくだけで倒れもしない。

 正面からの銃撃を避けようともせずにリベルタドールはマシンガンを撃ちまくる。

 

 だが一発の銃弾が右胸のあたりに命中した時、リベルタドールは大きくよろめいた。

 生体パーツが引き剥がされたその箇所は深くえぐられている……それはさっきオセロットが至近距離からショットガンを撃った箇所であり、脆くなったその場所にたまたまWA2000の銃弾が命中したことで装甲を撃ち抜いたのだ。

 ショートし、火花を散らせるリベルタドール……右胸にできた傷を手のひらで覆い、相変わらず変わらない表情で三人を見据える。

 だが不利を悟ったのか彼女はゆっくりと退いていき、町の路地裏へとその姿を消していった。

 

 それと同時にバリケードからやって来た軍とMSFが駆けつけたことで形成は逆転、カルテルの戦闘員は銃撃戦で次々に射殺されていき、彼らも不利を悟って逃走を開始するのであった…。

 逃げ遅れたカルテルは始末されるか、運が良ければ逮捕される。

 

 

 

 戦闘が沈静化した後は、負傷者の手当てのために軍とMSFの部隊は奔走する…。

 

 

 

 

「おーいみんな大丈夫ー?」

 

 そんな中、バリケードの向こうから見覚えのある金髪がリベルタドールがやったみたいに車の上をピョンピョン跳ねてやって来たではないか。

 

「うわ、みんなひっどい格好だね。大丈夫?」

 

「今はあんたの顔を見れただけでもホッとできるわよ……人形で来たのはスコーピオン、アンタだけなの?」

 

「そうだよ! 対チンピラの最終兵器ことあたしが来たからには大丈夫だよ」

 

「私はてっきりエグゼが来るものかと…」

 

「いやいや、あいつ民間人もろとも敵を殺すかもしれないでしょ? あたしはその点大丈夫だからね!」

 

 

 車の上から飛び降りたスコーピオンは満面の笑みでVサインをして見せた。

 ずっと緊張しっぱなしだったためか、スコーピオンの相変わらずの姿に一気に緊張の糸が切れる……へたり込むWA2000と79式を労いつつ、スコーピオンは止めておけばいいのにオセロットに絡みだす。

 

「おぉ、オセロットが怪我するなんて珍しいじゃん。その傷は自分で縫ったの?」

 

「私が縫ったのよ…はぁ…思いだすだけでも疲れる…」

 

「へぇ~お疲れさまです。それにしてもオセロット、自分の傷を治療させるなんてずいぶん距離感が近いんじゃないの?」

 

「余計なことを言うな」

 

 からかう相手が悪かった、スコーピオンはその脳天にオセロットからの拳骨を貰い痛みに悶絶する。

 

 

「疲れているところ悪いが、標的の居場所が判明した。この騒動でおそらく奴らもオレたちの正体に気付いたはずだ。カルテルのボスがまた身をひそめる前に、作戦を実行に移すぞ」

 

「了解よ……仕方ないわね、もう少し頑張りましょう79式」

 

「はいセンパイ」

 

 いまだぐったりした様子の二人だが、仕事となれば気持ちを切り替えるほかない。 

 次の作戦は、カルテルのリーダーであるアンヘル・ガルシアの排除…生死は問わないというのが依頼内容だが、生け捕りにできれば報酬は弾むという約束らしい。

 俄然やる気を出すのはスコーピオンだ。

 

「あんた分かってる? カルテル相手がどんなに大変か…私も思い知らされたわけだけど…」

 

「わーちゃん、心配してくれてありがとうね……でも大丈夫だよ、あんな奴らにあたしは容赦しないから」

 

「へぇ、そう…本気なのね?」

 

「もちろん。あたしさぁ、弱い者いじめする奴は大嫌いだからね…カルテルのアホにはキツイ一撃をお見舞いしてやるよ」

 

「大層な意気込みを持ってる中悪いが、スコーピオンお前は待機だ」

 

「はぁ!? なんでなんで!? 折角はるばる来たのにそれはないよオセロット!」

 

「お前に隠密行動は期待できないからな……別な部隊を用意してある。9A91がリーダーをつとめる"スペツナズ(特殊部隊)"だ」

 

「なるほど、MSFの裏の部隊も投入するつもりね…分かったわ」

 

「現地でカラビーナとも合流しろ、奴が先行して偵察を済ませている……失敗は許されん、必ず成功させろ」

 

「了解よ、オセロット」

 

 敬礼をオセロットに向け、早速二人は次の任務の準備のためにMSFが築いたバリケードへと向かった。

 そこで装備と武器のメンテナンスを行い、すぐさま用意された車両へと乗り込む…ここからはオセロットの助力は無しだ。

 さりげなく車に乗り込もうとしたスコーピオンを引きずり下ろし、オセロットは二人を乗せた車両を見送るのであった…。




スコピッピ「なんであたし呼ばれたの?」
オセロット「うちの教え子の見送り要員だ」
スコピッピ「ひどい」


スコーピオンの活躍はまた今度ね……だって、この子が戦うとシリアスぶち壊しそうだから(サソリ式バックドロップ)


次回から隠密作戦、SAN値下げ下げイベも盛りだくさん!
ではまた、ほな…。


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雷鳴と豪雨の中で…

シリアス警報


 アンヘル・ガルシアが築き上げた麻薬王国の領域は一国におさまらない。

 かつては国内でコカの木の栽培が困難であったため、隣国に赴き良質なコカインを密輸することで手に入れていたが、彼はコカインの仲卸業者的な立ち位置にとどまることなく、直接隣国の生産地帯を押さえることでコカインの生産すらも牛耳り管理することに成功したのだ。

 コカインを欲する者がいればたとえそれが世界の裏側であってもビジネスに赴く。

 飛行機、潜水艦、船…大戦とE.L.I.Dの災害があったにもかかわらず世界中にコカインを届ける力を有し、各国の正規軍がE.L.I.Dへの対応に追われる中彼は麻薬によって人々を堕落させ、暴利をむさぼるのだ…。

 

 隣国にまで及ぶ彼の王国、そこにつくられた大規模なプランテーションがある。

 かつて汚染の影響を免れなおかつ肥沃な土地であったそこは芋や穀物などの生活に欠かせない食糧を栽培していたが、カルテルが進出したことで畑は略奪され農民は奴隷となり、彼らはコカの木を栽培を強制された。

 反抗すれば無論殺される。

 死んだ方がマシと思えるような責め苦も用意された。

 生きたままワニの餌にされる、不衛生な独房に何週間も閉じ込めて疫病に罹らせる、刃物を使って滅多切りにする。

 カルテルはこの行為をビデオに記録し、人々に鮮明な映像を見せつけた。

 泣き叫ぶ娘を犯し、首を斬り落とす映像をその娘の両親に送りつける。

 あるいは酒に酔ったカルテルの構成員が面白おかしく人間を撃ち殺していく映像をソーシャルメディアに発信し、狂気と暴力を浸透させる。

 

 

 刃向うものは誰であろうと殺す。

 それが聖職者であろうと警官だろうと政治家だろうと構うことは無い、少しでも異を唱える者は容赦なく惨殺した。

 それがカルテルの他の幹部を抹殺し、頂点にまで上り詰めたアンヘル・ガルシアという男の作り上げた恐怖の麻薬国家だ。

 だがそんな彼の独裁にも、終わりが近付こうとしていた…。

 

 

 

 

 

 

 その日、とある農村が地図上からその姿を消した。

 長年カルテルの奴隷としてコカの木を栽培していたその農村は、カルテルの暴力的な圧政に苦しみ続け、ある時若者たちが現状を変えようと立ち上がったのだ。

 彼らは密かに武器を調達することで自警団を組織し、そして都市部の警察へカルテルのことを密告してカルテルを追い払うための助力を申し出たのだ。

 山間部で隠れるように武器の扱い方を覚え、後は警察や軍の出動と同時にカルテルを追い払う。

 それが彼らの作戦だったのだろうが、彼らが頼った警察はカルテルに金を握らされた悪徳警官であり即座に彼らの反乱はカルテルへと報告されてしまった。

 

 報復はすぐに執行された。

 カルテルの戦闘員を乗せた装甲車やトラックが農地を踏み荒らしながら現れ、彼らは驚く農民を相手に何の警告もなく発砲したのだ。

 のどかな農村はあっという間に地獄へと変わった。

 作物を栽培するために切り開かれた農地は見通しがよく、逃げる農民をカルテルの戦闘員はスコアを競うゲーム感覚で撃ち殺す。

 コカの茂みに身をひそめる農民もいたが、彼らはカルテルが放った犬に見つかり生きたままかみ殺される…。

 

 武器を手に反撃する若者も、カルテルは圧倒的力で粉砕する…。

 捕まえた若者の腕を彼らはゲラゲラ笑いながら斬り落とし、激痛に悶える姿をひとしきり楽しんだ後に射殺する。

 そんな光景があちこちで見られ、年端もいかない子供や女たちは捕らえられ連行される……。

 捕虜は殺される以上の惨い仕打ちを受けるのだ…。

 

 

 夕陽がアンデス山脈の向こうにその姿を消し、夜の帳と共に熱帯気候からもたらされる激しい雨が降る。

 降り注ぐ雨が農村に広がる人間の血を洗い流し、赤い血は濁流の中へとのみ込まれていく…。

 

 農村を破壊したカルテルはすぐ近くの村へと移動し、住民の何人かを人質に取って宿泊していた。

 村へ続く道路の一つではカルテルの戦闘員が簡単なバリケードを築き上げ、テントを張って雨宿りしている。

 そばにあるラジカセからは陽気なラテン音楽が大音量で流され、戦闘員の一人はテーブルに振りかけた白い粉を鼻腔から吸い上げ恍惚の表情を浮かべていた。

 

「あぁちくしょう、せっかくいい戦利品がいるのに今日はお預けかよ」

 

「はは、どうせ農民の小汚い女ばかりだ。それにフラニョの性病を貰いたくない、雨は鬱陶しいが大人しくしてるのが一番さ」

 

「それもそうだな。あー少し小便してくる」

 

 一人の男がそんなことを言った後、雨具を着てテントを出ていった。

 ぬかるむ地面を避けつつ、茂みの前に立ってズボンのチャックを開く…次の瞬間、目の前の茂みから人影が飛び出し男の口を塞ぎその喉元に刃を突き刺した。

 口を塞がれた男は悲鳴をあげずに倒れ、確実に仕留めるように数回胸にナイフが振り下ろされる。

 死体はすぐさま茂みの中へと引きずり込まれた…。

 

 

「おいおい、いつまで小便してるんだ? お前も病気貰っていたがってるんじゃないだろうな?」

 

 

 雨とラジカセの音楽に混じり、男たちのバカ笑いが響く。

 酒とコカインを味わい、雨と音楽で聴覚も鈍る彼らは背後から近づいてくる襲撃者の気配には一切気付くことが出来なかった…。

 空を切る音が数発鳴り響いた時、大笑いしていた男の顔面が吹き飛ばされ辺りに脳髄が巻き散らされる。

 ハッとして慌てて銃を手に取ろうとしたカルテルは一気に接近してきた襲撃者に喉を斬り裂かれ、絶命する。

 

「制圧完了だ」

 

 斬り裂かれた喉から血を流し苦しむ男を見下ろしつつ、男の喉を斬り裂いたPKPはそばにあった布きれでナイフの血を拭う。

 血を拭いたナイフをしまった彼女は振りかえる…彼女の視線の先には、カルテルの男の首を絞めあげるOTs-14(グローザ)の姿があった。

 戦術人形の力で首を絞められる男は苦悶の顔を浮かべ、最後には力任せに首の骨をへし折られて死んだ。

 

「お見事です皆さん」

 

「呆気ないものね。次の指示をいただけないかしら、9A91さん?」

 

 夜の密林に混じる迷彩柄の戦闘服に着替えた9A91がゆらりと姿を見せる。

 迷彩服にフェイスペイント、自慢の銀髪も目立たない色に染めた姿は雨の環境も相まってカルテルは気付くことが出来なかった。

 

SR-3MP(ヴィーフリ)、攻撃命令は出さなかったはずですけど」

 

「しょうがないじゃない、あと少しであの男のおしっこを浴びるところだったのよ!?」

 

「雨が降っているんだからすぐに洗い流せるだろう」

 

「そういう問題じゃないでしょ!」

 

 PKPの言葉に噛みつくヴィーフリを9A91が即座になだめる。

 言いたいことや不満は帰ってからだ、今は目先の目標を速やかに達成しなければならないのだ。

 

「後に来るワルサーたちのためにできるだけ道を開かなくてはなりません。この雨で敵は私たちの接近に気付きにくいです、これを利用して敵の歩哨をできるだけ多く排除します。ですが、気付きにくいのは私たちも同じこと…」

 

「ええ、勿論よ。日々実戦を意識して訓練をしてきた、後は訓練通りに戦うだけよ」

 

「グローザの言う通りですが、訓練通りにいかないこともあることをお忘れなく……では行きますよ、我々"スペツナズ"はこれより村を取り囲む敵の警備兵を排除します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体を打ちつけるような豪雨が容赦なく降り注ぎ、雷鳴が轟く。

 空に稲妻が走るたびに轟音が鳴り響き、一瞬の明かりがジャングルを進んでいくWA2000と79式の姿を照らしだす。

 先行するスペツナズが歩哨を始末していることで二人はスムーズにカルテルが滞在する村へと近付いていく。

 カルテルが道路を見張るために設けた拠点は、9A91らの手によって壊滅され、血にまみれたカルテルの構成員たちがランタンの明かりに照らされている。

 

「センパイ」

 

 後ろを歩く79式がWA2000を呼び止める。

 足を止めしゃがむ彼女の隣へ進み出た79式は、暗闇の向こうを指差した。

 その先には雨具を着た二人の人影が見える…傍らには犬を伴い何かを探るように散策している。

 WA2000は言葉を発さずに、79式にハンドサインで指示を出すと自身は茂みの中に身をひそめライフルを構えた。

 

 徐々に近付いてくるカルテルの戦闘員を照準におさめ引き金を引く。

 銃弾で側頭部を撃ち抜き、番犬の犬が吠える前に側面へとまわり込んだ79式が戦闘員と犬をまとめて射殺した。

 

「お見事」

 

 彼女の褒め言葉に79式は小さく頷くのみだ。

 今は作戦中、過度に喜びを表現したりそれで緊張感を喪失させることは無い。

 WA2000も79式の小さな返しを疑問にも浮かべず、雨の中を進んでいく。

 

 やがて村を一望できる高台へと到達した時、すぐそばの茂みからここで待ち合わせをしていたカラビーナとも合流を果たす。

 

「マイスター、先行のスペツナズは村の外の歩哨を排除してくれましたわ。それと標的のアンヘル・ガルシアがこの村に潜伏していることも確認しましたわ…ですが、一体どこの家屋にいるのかまでは把握できておりません」

 

「了解したわ」

 

「それとカルテルの別な部隊が村へ接近しています。装甲戦闘車両を含む大規模な部隊ですわ」

 

「到達までの時間は?」

 

「およそ1時間ほど、余裕ですわ」

 

「油断しないでカラビーナ、時間いっぱい使って作戦を行うわけじゃないの。9A91と連絡はとれるかしら?」

 

「ええ、私たち向けに常に通信回線を開いていますよ」

 

 カラビーナの言葉に頷いたWA2000は直ぐにスペツナズを率いる9A91へと通信を行った。

 彼女たちは先んじて村の内部に潜入することで偵察を行い、おおよその位置をWA2000に伝えるのであった。

 

「さすがね9A91、ビッグボス直々に鍛えられただけはあるようね」

 

『それを言うならあなたもです。オセロットさんの教えをしっかり身に付けていますね…でも、負けませんよ」

 

「こちらこそね。9A91、私とあなた、あと一人でガルシアを狙いましょう。うちのカラビーナが狙撃で援護するわ、79式とそっちの残ったメンバーで周辺の制圧よ」

 

『了解ですワルサー、合流地点のポイントを送信します。先に周辺を制圧して待機します』

 

 彼女との通信を切ると、今の作戦内容をカラビーナと79式に伝える。

 カラビーナはまた狙撃かと嘆いていたが、79式は文句の一つも言わずに頷いた。

 

「マイスター、あなたたちの背中は守りますが…あまり過信しないように」

 

「分かっているわ。行きましょう79式」

 

「はいセンパイ」

 

「あぁ79式…ちょっと待って」

 

 村へ向かおうとした79式をカラビーナが呼び留める。

 振り返り見たカラビーナは何か思うところがあるのかじっと79式を見つめていた…が、口を開きかけた彼女は言い澱み、結局ははにかむのみであった。

 

「気をつけてね、79式」

 

「はい、カラビーナさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ますます勢いを増していく豪雨により、傾斜のある村は山から流れてくる雨水も混じり小さな川を作り上げている。

 この豪雨と雷鳴で村の住人は家屋に入り込んでいるが、カルテルの警備兵は厳重な警戒をしいている。

 この警備の厳重さは間違いなく、カルテルのボスがいる証だろう。

 

 村の境界で9A91と合流した二人、9A91以外とはほとんど初対面だがわざわざ自己紹介している場合ではない。

 彼女たちは雨に紛れて村へ潜入すると散開し、警備兵の監視を行う…ここからは殺傷すらも避けなければならない、殺しによる排除は止むを得ない場合に限られる。

 

 ガルシアの居場所を知る9A91が先を行き、彼が潜伏していると思われる家屋にたどり着くと合図を送った…。

 

 その時、唐突に家屋の扉が開き9A91は咄嗟に物陰に身をひそめる。

 

 家から飛び出してきたのは衣服を乱した半裸の女性だ。

 彼女は助けを求める言葉を叫びながら村の外へ走りだそうとしたが、後から出てきたカルテルの戦闘員が女性を背後から撃った。

 銃弾を背中に受けた女性は地面に倒れて呻き声をあげていた…男は大股で彼女へ近付いていくと、頭に銃弾を一発叩き込みとどめをさした。

 

「無法地帯ね」

 

 雨の音に紛れて誰が言ったか分からない言葉が聞こえてきた。

 まったくその通りだとWA2000は内心思う、国家や警察が力を失った時秩序は失われる…無法地帯と化した土地では、こういったカルテルのような闇の住人たちが活発化する。

 

 9A91はゆっくりと物陰から顔を出すと、家屋の中を覗きこみ、それからWA2000へハンドサインを送る。

 標的を発見したようだ。

 他にも数人の護衛がいることを伝えると、WA2000は頷きすぐに仲間たちに指示を出す。

 79式は納屋の中へと入り込んで周囲を警戒、ヴィーフリとPKPもまた散開し周辺の警戒を行う。

 

 残る9A91とWA2000、そしてグローザが家屋へ突入する。

 そこでカルテルのボスガルシアを仕留める、あわよくば生け捕りだがそれはできればの話だ。

 

 

 家屋の扉に9A91とWA2000、反対側の窓でグローザが待機する。

 そして雷鳴が轟いたと同時にドアを蹴破り、グローザは窓を叩き割って家屋内へ突入した……突然の襲撃にカルテルは驚くが、行動を起こす前に射殺し、標的であるガルシアのみを活かして残す。

 

「アンヘル・ガルシアね、観念しなさい!」

 

 銃口をつきつけ投降を促すが、彼はニヤリと笑うと腰のホルスターへと手を伸ばした。

 即座にWA2000は引き金を引き、胸部を撃ち抜かれたガルシアは背後の壁に血飛沫を浴びせ倒れ伏す……銃を構えたまま9A91が近付き、彼の首元へ指を押しあてた。

 

「標的、アンヘル・ガルシアの殺害を確認。任務完了、撤収します」

 

 

 グローザと9A91がガルシアの死体を担ぐ。

 依頼者は彼の死を大々的に示すために彼を欲しているのだ。

 

 

「数十分後にはカルテルの部隊が来るわ、急いで離脱しましょう。みんな聞こえたわね、撤退するわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――カルテルの部隊が来るわ、急いで離脱しましょう。みんな聞こえたわね、撤退するわよ!』

 

 

 WA2000からの通信を聞いた外の人形たちは突入した彼女たちが出てくるのを待ち、それから合流して速やかに村を離脱する。

 納屋で周辺を警戒していた79式は最後まで周囲を警戒し、グローザが最後に村を出たのと同時に納屋を飛び出そうとした……その時だ、彼女は納屋の奥からある声を聞いた。

 その声を聞いた時、彼女はほとんど無意識に足をとめてしまう。

 

 雨に打たれながらたたずむ79式は、徐々に仲間たちが離れていくのを感じていたがその場から動くことが出来ない…納屋の奥から聞こえてくる声に、79式は振りかえりゆっくりと納屋へと入って行った。

 樫の扉を開くと、納屋の中は真っ暗で何も見えない。

 79式は小型ライトで中を照らす……。

 村に漂う死臭で気付かなかったが、納屋の中には数人の人間の死体が転がっていた。

 無造作に放置される死体を無言で見つめる79式…その声はさらに奥から聞こえてくる。

 声のする方へとライトを向けると、そこには赤ん坊を抱きしめる少年の姿があった…。

 

 まだ少年が生きていることを見てとった79式はすぐそばまで駆け寄る…そこで初めて気付く……少年は胸と腹部を血で染めていた。

 そっとめくり上げた服の下は銃撃でつけられた銃創があり、化膿していた……もう助けることは出来ない。

 幼い少年の命が消えようとしている状況に、79式はやり切れない思いを抱く。

 そんな彼女を、少年は生気のない瞳でじっと見つめていた……それから少年は抱きしめていた赤ん坊をそっと、79式に手渡した。

 

 

 その時、納屋の外で銃声が鳴り響き怒号が飛び交う。

 どうやらカルテルが襲撃に気付いたらしい、戦闘員たちが多数外を走り回る気配を感じた。

 

 

「お…おねえ、さん……妹を……たす、け…」

 

 

 少年は最後まで言い切ることなく息を引き取った。

 しばしのあいだ少年を見ていた79式は、少年の開いたままのまぶたを閉じると、赤ん坊を抱きかかえる。

 雷鳴と銃声で驚いた赤ん坊が泣きわめく…赤ん坊の声を聞いてカルテルが納屋の扉を蹴破って来たのを、79式は即座に射殺したが、周囲には敵が多くいる。

 

 

「大丈夫、大丈夫だから…!」

 

 泣きわめく赤ん坊をあやしつつ、脱出路を捜す。

 ちょうど脆くなっていた壁を発見し、そこを強引に蹴り破って出た79式はわき目も振らずに走った。

 しかし79式の逃走に気付いたカルテルも仲間たちを集め追いかけてくる…。

 

 来た道を戻ろうと走る79式だが、そこから走ってくるカルテルを見た彼女は迷った末に応戦を諦め反対方向へと走りだした……仲間たちの撤退した方向とは真逆の方角へ向かっていたが、パニック状態に陥る79式はただ腕に抱く赤ん坊の命だけを気にかけていた。

 

「大丈夫、きっと守るから!」

 

 赤ん坊を雨に濡らさないようしっかりと抱きしめ、道なき道を走り続ける。

 

 

 

「死なせない…! 絶対に……今度こそ、絶対に助けるんだ…!」

 

 

 

 

 

 




はい………。



79式の記憶が少しずつ開いてますね。

今回は赤ん坊の泣き声が引き金となりました…。

赤ん坊に関する何かが過去にあったということですね…。


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忌まわしい記憶

 豪雨によりぬかるむ地面を数人の人影が走りぬけていく。

 雨水によって土砂が流され、くるぶしの高さまで流れをつくる泥水は夜間ということもあり非情に走りにくいがそこを走る彼女たちは何の支障もなく、一度も躓いたり足をとられることなく走りぬけていく。

 カルテルのボスであるアンヘル・ガルシアの死体を担ぐ役目はPKPが担当し、時折隣を並走するグローザが代わろうかと提案するが、PKPは無言で首を横に振る。

 ぬかるむ傾斜を協力して乗り越え、部隊の合流地点にまで到達する…先行していたカラビーナがそこで待ち構え、傾斜を上がってくる仲間たちの手を取り引き上げていく。

 

 WA2000、9A91、グローザ、PKP、ヴィーフリ…それぞれが合流地点に到達するタイミングはバラバラだが、みな順調に合流を果たしていく。

 後は79式が来るのを待つだけだ。

 だがどれだけ待っても79式は姿を現さない……時間が経つにつれ彼女たちは不安を募らせ、周知させていた時刻より20分が経過した辺りで全員が何かしらトラブルに見舞われたのではと確信する。

 

「カラビーナ、あなた高台から村を見ていたわね? 79式の離脱は見えたの?」

 

「いいえ、マイスター。見ていませんわ」

 

「そう……他のみんなは撤退中に79式を見なかった?」

 

「見ていないわ。ヴィーフリ、あなたが最後でしょう…見なかったの?」

 

「79式どころかみんな見てなかったわ。各自で合流地点を目指したでしょう?」

 

 79式の姿は誰も見ていないということになる。

 道に迷ったことも疑われるがカルテルと遭遇し戦闘になったという線もあり得るのだ。

 WA2000は通信で79式に連絡を取ろうとするが、無線は繋がらなかった。

 グローザらがあれこれ憶測を言いあう中、WA2000は無言でライフルを手に取ると踵を返し来た道を戻ろうとした。

 

「この広大な森を捜し回るの? カルテルの大部隊が接近している、万が一79式が奴らに捕まっていたら助けられる確率は限りなく低い」

 

 グローザの非情とも言える言葉にWA2000は足を止める。

 彼女は一度曇天の空を見上げると、静かに呟いた…。

 

「グローザ、私がなんのために生まれてきたか…あなたは知っている?」

 

「意味が分からないわね、私たちは戦術人形よ…戦いのために生まれたに決まってるじゃない」

 

「違うわ、"私という銃が生まれた"その意味よ」

 

 ASST、自律人形と銃をリンクさせるためのシステム…I.O.Pが開発したこの技術によりその銃の特色にあった人形の素体が選ばれる。

 銃と人形は特別な繋がりを持ち、銃の記憶や感情を反映させる。

 

 それは世界が東西二つの陣営に分かれていた冷戦時代の西ドイツ、オリンピックに沸くミュンヘンでの出来事だ。

 当時イスラエルと対立していたパレスチナの過激派テロリストがイスラエル代表選手たちを人質とする事件が起こった。

 人質救出作戦のために編成された警官隊が当時使用したのは警察向けのアサルトライフル…狙撃用のライフルを持ち合わせていなかった警察はそれを使用したことが、悲劇の一因であったとも言われている。

 その事件の影響を受けて当局は高性能なオートマチック狙撃銃を銃器メーカーに要求し、そして生まれたのがWA2000……当局に採用されたのはまた別な狙撃銃だが、それはまた別な話だ。

 彼女が言いたいのは、自分という銃が生まれたその理由だ。

 

「私もね、最初はあなたと同じでただ殺しのためだけに生まれてきたと思っていたわ。あなたにとって殺しのためは結論かもしれないわね……だけど私はそうじゃないって気がついたの、MSFに身を置くことでね」

 

 彼女は一度グローザから視線を逸らし、9A91を見つめた。

 WA2000を真っ直ぐに見つめ返す彼女は、WA2000がこれから言おうとしていることを既に理解しているようであった。

 

「私が生まれた理由はMSFで見つけたわ。私が殺しを行うのは仲間の命を守るため、大切な家族を守るためよ。79式とはまだ知り合って間もないけれど、一緒に過ごした時間の長さなんて関係ない…あの子は私の期待の教え子であり、愛すべき妹のような存在なの。だからあの子が助けを求めているのなら、例え密林の奥深くだろうが、地獄の底だろうが私は助けに行く! 見込みとか確立とか、そんなもので私の信念は揺らがない、それがMSFから私が受け継いだものなのよ」

 

 WA2000の強い口調と想いに、グローザだけでなくスペツナズの他の二人も圧倒されていた。

 すぐそばにいたカラビーナは改めて彼女に敬服する…にこやかに微笑む彼女は彼女の側へまわり、79式の救助に向かう意思を示すのであった。

 

「オセロットさんはとても優秀な教え子に恵まれたみたいですね。あの人があなたを本気で鍛えていた理由、今なら分かります」

 

「これとオセロットは関係ないわ、私がこうしたいからそうしているだけ」

 

 9A91もまたこの救出作戦に乗り気…というより最初から行く気満々であったようで、どうやらWA2000の意思を仲間たちに見せつける意味合いもあって沈黙していたらしい。

 救助に異を唱えたグローザはさぞ居心地の悪そうにしているかと思いきや、なんと彼女は不敵に笑って見せるではないか。

 

「ハハハハハ! 感服したわワルサーさん、どうやらあなたの噂は本当だったようね……さすがは"伝説の狙撃手"ね」

 

「伝説の狙撃手…?」

 

「あら、知らない? あなた戦場に身を置く者たちからはそう呼ばれてるのよ?」

 

「伝説に興味なんてないわ、あるのは現実だけよ」

 

 謙遜などではなく、本当に興味がなさそうに彼女は言う。

 今最も重要なのは大切な後輩を救うことなのだ。

 

「隊長さん、私もこの救出任務に混ぜてもらえないかしら? 成り行きで入ってみたMSFだけれど、もっと傍で見て見たくなったわ」

 

「ええ、勿論ですよ。ですがガルシアの遺体をそのままにもできません、PKPとヴィーフリは遺体を回収地点に運びそのまま離脱してください」

 

「待ってくれ隊長、私の力はいらないのか?」

 

「必要ですが、遺体を運ぶことも重要な任務です。期待してますよ、PKP」

 

「そ、そうか…なら仕方がないな」

 

 ヴィーフリとPKPには生憎だがガルシアの遺体を運んでもらう、これを達成できなければ任務が完了したとは言えないのだ…彼女なりに9A91に心酔するPKPは残念そうにしながらも、彼女の期待に応えるべくこの任務をヴィーフリと共に引き受けるのであった。

 各自の役割も決まったことでいざ救出に向かおうとする際に、WA2000は鋭い目で暗い森の奥を睨みつける。

 

「いつまでそこに隠れてるつもり? 出てきなさい」

 

 暗闇が広がる森の奥へ呼びかける…そこからゆっくりと姿を現したのは市街地で散々追いかけてきたリベルタドールであった。

 損傷したボディーを修復しているが体表の生体パーツまでは手を付けず、代わりに黒地の擦り切れた布で銀色の骨格を覆っている。

 

「しぶとい奴ね…だけど今はあんたに構ってる場合じゃないわ。やるって言うなら、速攻でアンタを破壊する」

 

 強がりなどではなく、確実に殺す…ゾッとするような冷たい言葉を吐き捨てたWA2000をリベルタドールは何も言わず、ただじっと見つめている。

 ふと、リベルタドールは視線を外すと、PKPの足元で横たわるアンヘル・ガルシアの遺体を見つめた。

 血の気が失せて青ざめた彼の遺体にゆっくりと近付き、リベルタドールはそのそばにしゃがみ込むと指を首に押しあてる……生死を確認したリベルタドールは立ち上がると、何も言わずにその場を立ち去っていく。

 が、彼女は一旦立ち止まると振り返り、WA2000らを誘うように手招きする。

 リベルタドールの真意が分からず立ち尽くす一向に、カラビーナは彼女の意思を代弁するのであった…。

 

「ガルシアが死んだことで、彼女とカルテルの主従関係が解かれたようですわね。マイスター、あのハイエンドモデルはもう敵ではありませんよ」

 

「それでも味方ではないわ。少しでも怪しい動きをするなら、撃つだけよ。それにしてもあなたずいぶんあいつの肩を持つじゃない」

 

「フフ、だってあの人形は私と似てますもの。あの人形もまた、伝説の狙撃手さんに惚れてしまいましたのよ?」

 

「また面倒な輩が増えそう……って、こうしてる場合じゃないわ、早く79式を助けに行かないと!」

 

 79式を助けるために、一行はすぐさま来た道を引き返す。

 斜面を汚れるのもいとわず滑り降りた彼女たちは、暗く豪雨が降り注ぐ森の中を走りぬけていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中にひっそりとたたずむ山小屋の中に逃げ込んだ79式。

 雨に濡れることで赤ん坊の体温が下がることを危惧したため、逃走の最中に見かけたこの山小屋へ入り込んだのだ。

 

「あなたは強い子、大丈夫だからね…?」

 

 腕の中で抱きしめられる赤ん坊は笑顔を浮かべながらはしゃいでいる。

 小さな手を伸ばし79式の頬を触れる…小さな命のぬくもりを肌で感じる79式もまた、一切の邪念を忘れ目の前の尊い命に心の安らぎを感じていた。

 だがそんな一時も長くは続かない…。

 雨の音に混じって、男たちの怒鳴り声が小屋の外から聞こえてきた。

 赤ん坊をしっかりと抱きしめながらそっと窓の外を伺うと、見える範囲で8人のカルテルの戦闘員を目にすることが出来た。

 彼らは真っ直ぐにこの山小屋へと近付いてきている。

 

「大丈夫、大丈夫だからね…?」

 

 79式は赤ん坊を抱きかかえながらその場を移動し、戸棚の中へと身体を滑り込ませる。

 そうしていると小屋の扉が乱暴に開かれる音と、何人かが小屋の中へと入ってくる足音が響く。

 赤ん坊が声を出さないように注意をしつつ、79式は神経をとがらせていた。

 あちこち捜索する様子に冷や冷やしつつ息をひそめていると、やがて足音は小屋の外へと出ていった……ホッと安堵した瞬間、赤ん坊が声を出してしまった。

 慌てて赤ん坊を強く抱きしめ銃を手に取り警戒する…が、そのまましばらく待ってもカルテルは中に入ってこず、気付かれなかったことに一安心するのであった。

 念のため少し時間を置いて外に出た79式は、赤ん坊をベッドの上に寝かせると、その頭を優しく撫でる。

 

「もう少し頑張るんだよ、もう少しで助けが来るから…ね?」

 

 赤ん坊に微笑むと、その子も微笑み返してくれる。

 それがたまらなく愛おしくて、彼女は自分の肌を赤ん坊に擦り付けるのであった…。

 

 微笑ましい光景の裏で、79式の脳裏にはある光景が映し出される……煙があがる町で叫び声をあげる群衆、それに対峙する警官隊、その中に自分もいる…。

 それは自分の知らない記憶、だが確かに自分の記憶なのだ。

 必死に命乞いをする老夫婦を壁際に追い詰め銃口を向ける、自分以外にもたくさんの同僚が並び同じように市民に銃口を向けている……。

 

「知らないよ、こんなの私じゃない…だって私は…」

 

 不可解な記憶を否定するように79式は呟く…。

 これは何かメンタルモデルの異変なのだ、そうに違いない、帰ったらストレンジラブ博士に診てもらおう…。

 

 そんな風に思っていた時、突然小屋の扉が蹴破られ、数人の男が小屋の中へと入り込んできた。

 

 咄嗟に銃を手に応戦しようとした79式の腹を、先頭に入ってきた男が抉るように蹴り飛ばす。

 蹴られた衝撃で79式は壁に叩き付けられ、戸棚にあった食器が落下し叩き割られた…突然の騒動に赤ん坊は泣きわめきだす。

 79式を蹴り飛ばした男はそのままおおいかぶさるようにして、79式の首をめいいっぱい絞めつける。

 だが戦術人形である79式は強引に男を振りほどくと、腰のホルスターから拳銃を抜き至近距離から発砲。

 射殺した男を蹴り飛ばし、小屋に入ってきた別な男に向けて引き金を引いた。

 二人目を射殺したところで三人目が小屋の外に退避し、外から銃弾が撃ち込まれる…79式は自身の武器を拾い上げると、ベッドの上に寝かせていた赤ん坊を抱きかかえると、銃弾が避けられるよう小屋の床を壊しそこに赤ん坊を隠すのであった。

 

「あぐっ…!」

 

 壁を撃ち抜いてきた弾丸が79式の肩に命中し、激痛に彼女は転倒した…。

 床に伏せたままの姿勢で開いた扉から見える敵に撃ち返す…雨と暗闇で当たっているか判別できなかったが、それでも撃つしかなかった。

 銃声と男たちの怒号に混じり、赤ん坊の泣き叫ぶ声が混じる…。

 その音に傷によらないとつぜんの頭痛に見舞われた79式は、あまりの痛みに銃を手放し頭を抱え込んだ…。

 

 さっきまではただ知らない記憶の光景が浮かぶだけだったが、79式の耳には子供や女性の悲痛な叫び声が聞こえていた……命乞いの声、泣き叫ぶ声、自分に向けられる怒りの声や憎しみの声………様々な声が折り重なるように79式に押し寄せる。

 どれだけ耳を塞ごうと聞こえてくるその声に79式も叫び声をあげるが、それでも自身を責める声は消えてくれなかった……そして最後に79式に浮かんできた光景は、青ざめて動かなくなった赤ん坊と、自分を取り囲む男たちの残忍な顔であった。

 

 目を見開き、冷や汗を流す79式…声はいつの間にか消えていた。

 憔悴しきった彼女は再び小屋の中に入ってきた男たちにまともに抵抗することもできず、蹴りつけられ、何度も何度も馬乗りで殴られる。

 

「このクソ女め、よくも仲間を殺しやがったな!」

 

「待て、こいつは戦術人形じゃないか? クソッたれの政府がこんなのを送り込みやがったか」

 

 無抵抗の79式を散々痛めつけた後、彼らは79式の髪を鷲掴みにして無理矢理引き立たせる。

 残忍な笑みを浮かべる男たちを睨みつけた79式は、男の腕に噛みつくと、蹴り離す…それからナイフを抜き取って男に掴みかかるが…。

 

「そこまでだ、このガキをぶち殺されたくなかったら抵抗を止めろ!」

 

「なっ…!」

 

 赤ん坊に銃口をつきつける男の姿を見て、79式はついに観念する……まだ79式が動ける状態にあると知ったカルテルはさらに79式に対し暴力を振るう…常人なら命の危険すら危ぶまれる暴力であるが、人形である79式は不幸にも耐えてしまうのだ。

 それでもそれ以上まともに動けなくなるほどに痛めつけられた79式は、力なく床に倒れ伏した。

 

「てこずらせやがって……どうだ戦争の犬め、上手く仕事を果たしたつもりでいるんだろうがそうはいくかよ。例えお前らがガルシアを殺したとしても、別な奴がボスになるだけさ。カルテルを潰そうと、別なカルテルが組織される。世の中そう言うもんさ…コカを必要とするマヌケがいる限り、オレたちみたいなのは何度でも復活するんだよ」

 

 79式の髪を掴みあげ、男は吐き捨てるように言った。

 それから男は品定めするように79式を見つめると、残忍な笑みを浮かべた。

 

「知ってるか人形? 欧州じゃどうか知らねえが、ここらじゃ人間よりも人形の娼婦の方が多い…なんでか分かるか? 多少乱暴に扱っても壊れやしないからな。お前見たところI.O.Pの人形だな? I.O.Pの人形は希少だ、なかなか回って来ない……いい値がつきそうだぜお前?」

 

「う、るさい……殺してやる……殺してやるッ!」

 

「口の悪い人形だぜ、おいこのかわいい口を塞いでやれ」

 

 別な男が79式のそばにやってくると、79式を後ろから拘束し布で口元を覆い隠す。

 それから彼女のジャケットをナイフで引き裂き、その下のボディースーツにも手をかけた……79式も抵抗しようとするが、痛めつけられた身体を数人の男に押さえつけられて身動きが取れないでいた。

 そしてついにスーツまでもが割かれ、79式の素肌が晒される……それまで笑みを浮かべていた男たちであったが、79式の背に刻みつけられていたものを見て笑みを消した。

 

 

「こいつは、驚いた…ウスタシャの焼き印か……お前、ユーゴで捕虜になったんだな?」

 

 

 79式の背に焼き印として刻まれているのは"U"の字だ。

 クロアチアの過激派民族主義団体ウスタシャの頭文字を示すその文字が、痛々しい傷として彼女の背に刻み込まれていた…。

 

「こんな焼き印を押すのはセルビア人しかいない。スルプスカの民兵か? それともセルビア警察か? まあなんだっていい、あそこじゃオレたちが想像もできない事がされてたんだろうからな……そうなるとお前は、クロアチア側か」

 

 男は自分が持っている知識から推測をしていく…。

 

「民族浄化……恐ろしいもんだ、人間が一つの民族を完全に抹殺する行為。いくら残虐非道なオレたちでも、そこまではしない。人形のお前がここまで惨い仕打ちを受けるってことは……お前も加担者ってわけだな?」

 

「違いない、オレの知り合いにセルビアの奴がいたが、そいつが言っていた憎悪は半端じゃなかったぜ」

 

「まあそんなことはどうでもいい。こんなキズモノじゃ高値で売れもしない……ならオレたちで可愛がってやるだけさ」

 

 男は下品な笑い声をあげると、79式の頭を掴み床に顔を押し付ける。

 そのまま下腹部のスーツにまで手を伸ばす……。

 

「なに怖がってんだ? レイプされるのは初めてじゃないんだろ? セルビアの男に無理矢理犯されまくったんだろ?」

 

「ちょっと待て、こいつ泣いてるぜ? 布とってみろよ」

 

 別な男の指示で79式の口を覆う布が取り払われる…。

 そして再び髪を掴みあげられて顔をあげた彼女は涙で顔を濡らしていた…。

 

「嫌……やめ、やめて……ください……もう、やめてください…」

 

 先ほどまでの強気な態度はもうそこになく、ただ怯えた様子で震えなく弱々しい姿があった…。

 79式の怯える姿に男たちは同情心を持ち合わせず、女を屈服させた征服感に酔いしれる。

 下卑た笑い声をあげながら男たちは79式を罵倒する言葉を吐き捨てる……彼女は晒された素肌を隠すことも許されず、身体を乱暴にまさぐられていた。

 

「へへ、オレが先にやらせてもらおう。おい、正面を向かせろよ…こいつの汚い傷をいつまでも見たくはねえ」

 

「さっさと済ませろよ」

 

 79式を仰向けに寝かせる…男たちを真正面から見る形となった79式は目を見開き恐怖に怯える、そんな姿も男たちの情欲を引き立たせるだけであった。

 男たちの笑い声と赤ん坊の泣き叫ぶ声…フラッシュバックでみたのと同じ光景を前にする79式は、声を出すこともできず抵抗もすることが出来ない。

 封印していたはずの記憶を無理矢理こじ開けられ、おぞましい記憶と感情が一気に押し寄せる…。

 

 

 男たちが無抵抗の79式を犯そうとしたその時、小屋の扉が開かれる…。

 新手の敵かと身構えるカルテルであったが、そこにいたのはリベルタドール…見覚えのあるシカリオに男たちは安堵していたが、次に飛び込んできたWA2000を見て動きを止めた。

 

 小屋に飛び込んだWA2000は裸にされた79式と取り囲む男たち、そして赤ん坊に銃口をつきつける男を見て瞬時に状況を把握すると、いまだかつて誰も見たことのないような怒りを示す。

 手にしていた拳銃を真っ先に赤ん坊を狙う男に向け躊躇することなく引き金を引いた。

 次に79式を襲う男たちに向けて銃弾を撃ちこむ。

 

「やろう、返り討ちに…!」

 

 弾切れを起こした拳銃の銃床でおもいきり男の側頭部を殴りつける。

 素早くマガジンを交換し、慌てふためく男たちを次々に撃ち殺す…。

 ズボンをあげて逃げようとした男の後頭部を掴んだWA2000は顔面を窓ガラスに叩き付けて割り、窓枠に残るガラス片に男の首を突き刺し殺す…。

 あっという間に男たちを片付けた彼女は、腰を抜かした最後の男を睨みつける。

 

 

「ま、待て! オレは関係ない、何もしていない!オレは仲間を止めたんだ、止めろって! ほら」

 

「邪魔だ、どけッ!」

 

 命乞いする男を思い切り蹴り飛ばし、WA2000は裸にされて恐怖に震える79式に駆け寄った…目を見開いたまま、彼女はとめどなく涙をあふれさせ震えていた。

 

「79式、私よ、分かる?」

 

 怯える彼女の肩を抱きしめると、ゆっくりと彼女はWA2000に向き直る。

 

「センパイ…?」

 

「そう、私よ……助けに来たわ、遅れてごめんね?」

 

 79式は震えたままWA2000にしがみつく…恐怖に怯える彼女は一言も発さず、ただ彼女にすり寄る。

 そんな彼女を優しく抱きしめる、今はどんな言葉も無意味だと知っていたため、安心させるためだけに彼女を包み込むのだ。

 

「マイスター、79式はこの赤ちゃんを助けようとしてたかもしれませんね」

 

「そうね…優しい子だもの、その子は無事なの?」

 

「ええ…」

 

 後からやって来たカラビーナの腕には赤ん坊が抱かれている。

 赤ん坊の無事を確かめたWA2000は自身の上着を79式に着させ、そっと肩を抱きながら立ち上がらせた。

 

「帰りましょう、79式……」

 

 79式は何も言わず、頷くこともなかった…WA2000の手に支えられながらゆっくりと歩を進めていく。

 小屋の外で待っていた9A91もそこに加わり、途中で手に入れた車に彼女を乗せる。

 赤ん坊を抱くカラビーナは小屋を出る前に立ち止まると、沈黙を続けるリベルタドールに向き直る。

 

「あなたこれからどうしますの?」

 

「…………」

 

「一緒に来たいのですか?」

 

 その問いかけに、彼女は一度だけ頷いた。

 

「では足手纏いにならないようにしなさいな…」

 

 リベルタドールはカラビーナの後に続き、別な車の荷台にしがみつく…一行を乗せた二台の車は豪雨の中、帰り道につくのであった…。




はい………。


前回までのアンケート協力ありがとうございました、今後に反映させたいと思いますね……。

いや、大事なのはそこじゃないのは分かっている……今後のアフターケアが大事だね…。


ここまでやっちゃうと、79式の過去話を書く度胸が無いよ…。
重すぎるし救いがなさすぎるし……。
どうしよう…。


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二人なら乗り越えられる

 マザーベース研究開発棟内ストレンジラブ博士の研究所。

 数時間に及ぶ修復作業を済ませそこから出てきたのは先日の南米の任務でWA2000が連れ帰ってきた戦術人形リベルタドールだ。

 鉄血工造が他のハイエンドモデルを生み出すにあたりプロトタイプとして開発された経緯のある彼女の事はストレンジラブも興味津々で、鉄血の技術の発展を知ることが出来るとして意気揚々と彼女の解析を担当してくれた。

 リベルタドールは初期型ということでほとんど金属の骨格とパーツを使用し、生体パーツはあくまで骨格の上にかぶせただけで、見た目を人間に近付ける意味合いでしかなかった。

 そのため他の人形と違い飲食をする必要性もないのだが、生体パーツの維持にはやはり問題があるようで比較的短期間で劣化が進んでしまうようだ。

 

「君のボディーはこれから開発を進めていこうと思う。少しの間定期的に通ってもらうかもしれないが、そこは協力してもらいたい」

 

 ストレンジラブの言葉に、リベルタドールは小さく頷いた。

 彼女としては生体パーツなどさほど重要ではないが、劣化が進めば生体パーツは腐敗し剥がれ落ちていくことが予想される…さすがにそんな怪奇じみた光景は精神衛生上マズいので、ストレンジラブはこれまでに培った技術から彼女のための新しいボディーを開発する作業に取り掛かるのであった。

 ひとまず応急処置を受けた彼女はストレンジラブにぺこりと頭を下げると、研究所を出ていった。

 

 外ではWA2000の他、エグゼやハンターなどがリベルタドールが出てくるのを待っていた。

 エグゼは彼女を見るなりにこやかに笑い、気さくに声をかける。

 

「よお、お前鉄血のハイエンドモデルなんだってな。お前みたいなのがいるなんて知らなかったぜ、どこで造られたんだ?」

 

 エグゼの問いかけに、リベルタドールは答えない。

 ただ感情の読みとれない目でじっとエグゼを、それからWA2000を見つめている。

 そればかりかエグゼが初対面の挨拶に差し出した握手にも応じない……なんの反応も見せない彼女に気をつかって声をかけてあげたエグゼはもちろん不審に思う。

 差し出した手をじっと見つめたままのリベルタドールにエグゼはあきれ果て、差し出した手をひっこめるのであった。

 

「なんだよ、同郷のよしみで声をかけてやったのに……礼儀も知らない奴を連れてきやがって、おいワルサー、こいつのことちゃんと教育しとけよ?」

 

「余計なお世話よ、こっちのことに口出ししないで」

 

 リベルタドールの事で二人は軽く険悪な様子になるが、そこは一緒にいたスコーピオンが仲裁に入り事をおさめる。

 去り際にエグゼはWA2000に対し中指を立てていき、WA2000の方も忌々しそうにエグゼの背を睨みつける……あまり表面化することは無いのだが、この二人の仲の悪さある意味有名だったりする。

 過去の経験からオセロットを嫌うエグゼと、逆にオセロットを慕うWA2000……それが遠因となってることもあるが、仕事上ではともかくプライベートではお互いに距離をおいている。

 

「わーちゃん、いつになったらエグゼと仲良くなれるのさ……もう長い付き合いなんだからそこはさ」

 

「任務では協力するけど、プライベートでまで付き合おうとは思わないわ。お互いソリも合わないし、別に無理して仲良くなる必要はないと思うけど?」

 

「だめだこりゃ」

 

 両者とも他の者から尊敬を集めるが、どうも譲れないところがあるとむきになる性質がある。

 特にWA2000はオセロットが絡むと感情的になりやすい。

 最近は落ち着いているが、オセロットを毛嫌いするエグゼ相手には厳しい態度のままだ。

 お互い仲間として信用しているが信頼まではしていない、二人の関係を一言で言い表すとそんな感じになる。

 

 それはともかくとして、エグゼの言ったことももっともである…わざわざ声をかけてきてくれる相手を無視するというのは問題がある。

 MSFという集団の中で生きていくのに、最低限のルールやマナーを守らなければならない。

 

「リベルタ、悔しいけどアイツの言うことももっともだわ。声をかけてくれた相手を無視するばかりか、握手にも応じないのはまずいわ」

 

「相手がオセロットだったら、わーちゃんが代わりにキレてたよね?」

 

「うっさいわね…リベルタ、MSFに馴染みたいのなら礼儀を学びなさい。分かったわね?」

 

「………」

 

 リベルタドールは無言で頷くが…。

 

「頷くんじゃなくて返事をしなさい、いいわね?」

 

 リベルタドールは再び頷きそうになるが寸でのところで止まる。

 しかし彼女は返事を返さずじっとWA2000を見つめたままで、返事を返そうとしない……これにはさすがのWA2000もエグゼと同じように呆れそうになるが、あることに気付いたスコーピオンが待ったをかける。

 

「リベルタ、あんた話せるんだよね?

 

 リベルタドールは頷き、彼女の口元を覆うバンダナがわずかに揺れ動いたのを見たスコーピオンは耳を傾ける。

 

――――まない……あまり……

 

「え? なに? もう少しおっきい声で」

 

「………すまない……あまり大きな声で話せないんだ……誤解を与えてしまったのなら謝罪する…聞き取りにくいのは承知しているのだが、これでも精いっぱい声を出してるつもりなんだ

 

「小さい声でなんか言ってるし! コミュ障かあんたは!」

 

話すのは苦手なんだ……頑張って話すよりも頷いたり首を振ったりする方が確実に伝わるんだ。さっきの握手の件だが、あれも悪気はないんだ……私が教わった握手は暗殺対象を捕まえて至近距離から撃つための処刑方法だ……あの人に握手を求められたとき、殺されるかと思って身動きが…

 

「ちっさい声で長々喋るなーッ! というかもしかしてあんた、今までもその小さい声で話してたの?」

 

 その問いかけにリベルタドールは小さく頷いた。

 彼女の言う通り頷いたり首を振ったりする方が確かに意思表示が明確に伝わりそうだが、これはこれで問題だろう……声が小さいだけでコミュ障ではなさそうだが…いや、指示されなければ話さないあたりコミュ障なのだろう。

 

「これはストレンジラブにも言っておかないとならないわね…ま、とにかくあんたが他の人を拒絶してるわけじゃないのが分かったからいいわ。でも今度から誤解されないよう注意しなさいよ?」

 

善処する…あなた方のおかげで手にした自由の身だ……他の人形やハイエンドモデルと違い旧式な分リソースも少なく、高度な作戦立案もできないかもしれないが油圧システムを使った力仕事には自信がある。こんな私だが受け入れてくれたことに感謝する…あのストレンジラブ博士という方が新しいボディーを用意してくれたその時には、更なる協力を惜しまないつもりだ…よろしく頼む

 

「ごめん、ところどころ声が小さすぎて何を言ってるか分からない」

 

……お世話になります

 

「あ、どうもこちらこそ……わーちゃん、リベルタのために拡声器用意してあげなよ」

 

「まあ、仕方ないことだとして辛抱強く付き合ってあげましょう。スコーピオン、リベルタにマザーベースの案内をお願いできる?」

 

「うんいいけど……あ、そうか。リベルタの事は任せてよ…わーちゃんは、あの子のところに行ってあげて」

 

「ありがとう…またねリベルタ、また会いましょう」

 

 本当は自分を慕って付いてきてくれたリベルタドールを世話しなければならないのだが、申し訳なく思いつつも今は別な仲間のお世話をしなければならない。

 リベルタドールの事はスコーピオンに任せ、WA2000は一人宿舎へと向かう。

 ほとんどの人形が仕事で出払っているため宿舎には誰も残っていないが、WA2000は部屋の一つをノックし扉を開く…。

 

「79式、調子はどう?」

 

「あ、センパイ」

 

 訪れたWA2000を見て、79式はベッドから飛び降りると小走りで駆け寄ってくる。

 任務から帰還し修復を受けたことで彼女の体調は元に戻った…だが精神的部分、79式のメンタルモデルは不安定なままであり、今も笑顔を浮かべてはいるがどこかやつれたような表情であった。

 南米で彼女はカルテルの男たちに暴行され、手籠めにされかけたが幸いにも未遂に終わったが、それがきっかけで彼女の中に眠っていた記憶が呼び起こされてしまった…。

 

 ふと、WA2000は部屋のテレビがついているのに気付く。

 どこかの国のニュースのようだが、画面に映るラテン文字とキリル文字、それから映し出される地図からそれがユーゴのテレビ局だということを察する。

 テレビで報道しているのは、旧連邦政府や他の紛争参加国で逮捕された戦犯容疑者の裁判の様子であった。

 

 

『――――ボスニア紛争において当時、クロアチア人を主体としていた警察部隊を率いていたラドヴァン・ボルコビッチ被告は、セルビア系住人に対する虐殺や迫害、いわゆるジェノサイドに加担、幇助した疑いがかけられております。半年前に始まったボルコビッチ被告の裁判で、被告人はジェノサイド罪を含む複数の罪状に問われていますが、被告人はそれら容疑の全てに対しでっち上げであるとして容疑を否認をしています』

 

 

 ニュースキャスターが淡々と読み上げるなか、戦犯法廷の様子を一部公開されていた。

 一連の裁判の様子をひとまとめにして流しているが、その中には戦犯に問われた被告人が激しく反論する者や静かに裁判を静観する者、他人事のように判決を聞き流す者など反応は様々だが、多くの被告人が素直に自分にかけられた罪を認めていないようであった。

 ニュースをぼんやりと見つめている79式の手をとってベッドの上に座らせると、WA2000はテレビを消して彼女に向き直る。

 暗い表情で俯く彼女の肩にそっと手を置くと、79式はWA2000の手に自分の手を重ねた。

 

 

「センパイ…私……自分がなんなのか、思いだしました…」

 

「そう……」

 

「はい…私は当時のクロアチア警察で仕事をしていました…内戦が始まった時、私たちはボスニアとの国境近くにいました。それからボスニアに入り、領内のクロアチア人保護のためという名目で活動をしていたんです……最初は難民の支援とか、治安維持のためのパトロールとかそういう仕事をしてたんです……でも、そのうち内戦が激しくなっていって…」

 

「警察も戦闘に駆り出されるようになった…79式、無理して言わなくても…」

 

「言わせてください、私は……ある時私たちは難民の一団をバスに乗せて移動させてました。そうしたらクロアチアの民兵がバスを止めて、セルビア人だけを無理矢理下ろしたんです……私は、私たち警察は誰もそれを止めようとしませんでした、むしろ何人かは協力したんです……それから私たちも民兵と一緒に森の中に入って行って、それから……それから…」

 

 震えた声で言葉を紡ぐ79式を、WA2000は咄嗟に引き寄せて抱きしめる。

 例え気休めだとしても放っておけば彼女は壊れてしまう、WA2000にはこうする以外に他はなかった。

 

「もういい、もうそれ以上言わなくていいのよ……とても辛い世界を見てきたのね」

 

「私…私は、あの裁判で並ぶ戦犯と同じなんです……たくさんの罪をおかしたんです…! 自分たちが正義だと信じて、たくさんの人に酷いことをしたんです……だから、私は報いを受けた……私たちがしてきた仕打ちが自分たちに返ってきたんです」

 

「自分を責めるのは止めなさい。もう過ぎてしまったことなのだから…」

 

「私は、身も心も汚れてます……目を閉じるたびに私が手にかけた人たちや私を襲った人の顔を思いだすんです…それに耐え切れなくて私は、イリーナさんにお願いしたんですよ」

 

「殺してくれって、イリーナにそう言ったのね?」

 

 WA2000の腕に抱かれたままで、79式は小さく頷くのであった。

 そこからは推測に過ぎないが、スオミという戦術人形を家族に持つイリーナは本人が願っていたとはいえ79式を破壊することが出来なかったのかもしれない。

 その代わりに、彼女の記憶を深層に封じ込めた。

 I.O.Pに返却し初期化する方法もあったのだろうが、革命後間もないユーゴはI.O.P社と公式に接触出来なかったのだろう…。

 

「79式、あなたは今でも死を望むの?」

 

「分かりません……」

 

「そう……79式、これは私の願いなんだけどあなたにはこのまま生きていてもらいたいの。過ぎ去った過去はどうあがいても変えられない、受け入れるしかないのよ。自分が見たものから目を逸らさずに生きて欲しいの……とても辛いお願いをあなたにしているかもしれないけれど、どんなことだろうと自分がした行いから目を背けてはいけない」

 

「でも、でも……」

 

「辛く苦しい道よ、逃げたくなるときもあるでしょう…でもあなたには強く生きてもらいたいの。自分の過去と過ちを認めて、未来に目を向けて欲しいの。79式、一人でそれが難しいのなら自分が信頼できる誰かに助けを求めなさい…一人じゃ歩けない道も、誰かの肩を借りて歩けるときだってある。道を見失ったのなら、誰かの後ろを辿っていける時もある」

 

「センパイ……私………生きていたい……センパイとずっと一緒にいたい…! でも、一人じゃ無理です……」

 

「バカね、誰も一人じゃ生きていけないに決まってるじゃない…あなたが私を必要とするように、私もあなたが必要なの。79式、辛い道も一緒ならきっと前に進める…あなたはとても素直でいい子よ、仕事じゃ先輩後輩かもしれないけれど、あなたのことは妹のような存在だと思ってるわ。だからね、今は全部さらけ出して私に甘えていいんだからね?」

 

 抱きしめる腕の中で、79式は声を押し殺すようにして泣いている…そんな彼女をWA2000は微笑みながら優しく撫でる。

 WA2000が促す通り彼女はありのままの自分をさらけ出し、ずっと心の奥底に溜め込んでいた感情を溢れださせる。

 79式の弱々しい姿を否定せずただ受け止める…戦士にも心の平穏や発散は必要だ、それにここは戦場ではない、誰かを頼り自分の全てをさらけ出すことが出来る。

 背中を丸めすすり泣く彼女を、WA2000はその感情が落ち着くまで温かく見守っていた。

 

 

 

 

 ひとしきり泣いたあと、79式はむくりと起き上がると涙で真っ赤になった目を拭うと気恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「すみませんセンパイ、おかげで少し…落ち着きました」

 

「どういたしまして。もう大丈夫?」

 

「センパイと一緒なら大丈夫です…いや、まだ完全にとはいえませんが」

 

「それでいいのよ。一瞬で障害を乗り越えられるなら誰も苦労しない…79式、大事なのはこれからどうするかよ。未来に目を向けなさい、誰かにも言ったけど生きる理由は他にいくらでもある、あなたの大きな勇気を私に見せてくれないかしら?」

 

「はいセンパイ!」

 

 元気な返事を返す79式に微笑み、彼女の髪を愛おしそうに撫でる…79式は頭を撫でられることにくすぐったそうにしているが、どこか満たされていくような表情で笑った。




前回のアンケート感謝です…予想外に割れましたね。
今はまだ心の整理のため、いつか79式が落ち着いたころ過去を見ていきましょう…。



地味に仲が悪いわーちゃんとエグゼ、今まであまり絡みがなかった理由ですね。
M4との仲の悪さとはまた違った仲の悪さなので、いつかそれで一本書こうかしら…M4の時みたいなギャグ調にはならなそうで怖いけど…。
キレたらどっちも怖そうだしな…。


よしほのぼのやろ


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マザーベース:無口なあの子は友だちが欲しい

 目覚めると白くまぶしい天井が視界いっぱいに映る。

 天井に取り付けられたLEDの青白い光にまぶしさを感じてリベルタドールは目を細めるが、光を見てまぶしさを感じるという今までになかった感覚に自身の変化を認識する。

 むくりと起き上がり見た自分の身体は一糸まとわない姿でベッドに寝かされ、長い黒髪がきめ細やかな白い肌にかかる……リベルタドールは起き上がったままの姿勢できょろきょろと周囲を見回しつつ、自身の身体の細部を動かし動作を確かめる。

 脳…リベルタドールのAIが指先を動かす指示を出すと即座に指が曲げられた。

 旧式のボディーを長らく使用していたリベルタドールは経年劣化も合わさり動作に若干のタイムラグがあったのだが、今の身体は自分が動かしたいと思うと同時に動かし、微細な動きまで可能となっている。

 

「この世界に来て私たちが造り上げた完全オリジナルのボディーだ、気に入ってもらえたかな?」

 

 その声に振り返ると、そこにいたのはストレンジラブ博士だ。

 旧式化し、劣化の一途をたどる運命にあったリベルタドールに真新しいボディーを作ってあげることを提案し、WA2000らにも勧められたことで受けた今回の開発、これまでの経験から戦術人形開発のノウハウを十分に活かすことでリベルタドールの新たなボディーは造り上げられた。

 旧いボディーでは生体パーツはあくまで人間への擬態を目的とする程度だったのに対し、新しいボディーは生体パーツの構成比率を多くとられており、他の戦術人形が食事によるエネルギーを確保するのと同じことができるようになった…おかげで前までは定期的な生体パーツの交換が必須だったが、今は安定したエネルギー供給がなされれば生体パーツは独自に代謝をとり修復する。

 

 そして基幹となるリベルタドールの骨格だが、これは他のハイエンドモデルの技術を流用しつつ、リベルタドールに用いられていた骨格がメインとなる。

 旧式であるのは間違いないが、油圧システムによって供給されるパワーは非常に強力であり、リベルタドールが持っていた強さの一端でもあったためこれを再び採用した。

 さらにリベルタドールのリソースを拡充することで知性を高め、他の多くの戦術人形に搭載している高度な疑似感情モジュールも実装することが出来た。

 

 ようするに、今のリベルタドールは鉄血とMSFが培った技術の融合体という意味合いもある。

 そしてそこにもう一つ、ストレンジラブが技術解析を経て身につけたI.O.Pの技術…烙印システム(ASST)が加わる。

 正式名称Advance Statistic Session Toolと呼ばれるこの技術によって、戦術人形は自分の武器と特別な繋がりを持つようになる。

 本来なら銃の特色から人形の素体が選ばれる、つまり銃のための人形という関係になるのだが、ストレンジラブはその真逆を行く観点からこの技術を獲得した。

 

 人形の素体に適した銃器を決定する。

 

 それは当たり前の烙印システムを用いるこの世界の住人ではない、別な世界からやって来た彼女ならではの解釈から生まれたものだ。

 

 ストレンジラブが持ってきた一丁の銃。

 それを目にしたリベルタドールは、今まで感じたことのないような感覚を感じる。

 自身の感覚の半分が、その銃器に宿っているかのような奇妙な感覚だ。

 

 

「これが君の銃…"H&K CAWS"、元はうちの研究開発班が造りだしたフルオートショットガンだが、君の特性に最もマッチしたのがこの銃だ。専用の12ゲージタングステン製バックショットを使用、他の銃と弾丸の互換性がなかったから長らく倉庫に眠っていたんだ…ブルパップ方式が戦闘班に馴染まなかったというのもあるがな」

 

 リベルタドールは自身の銃、H&K CAWSを受け取ると興味深そうに観察する。

 ひとしきり観察して満足したのか、彼女はストレンジラブに目を向けると軽く会釈する…。

 それからすぐそばのテーブルに綺麗に折り畳まれていた衣服を自分のものと判断したリベルタドールは無言でその服に袖を通す。

 一応目の前にいるのはレズと悪名高いストレンジラブであり、今もサングラスの奥で怪しく目を光らせている…が、羞恥心というものが無いのかリベルタドールは裸体を躊躇なく晒し着替える様子を恥じらうこともない。

 これにはストレンジラブも狼狽える…羞恥心あってこそ愛でる気持ちも生まれるのだが…。

 

 そんな彼女に再度お辞儀をすると、リベルタドールは研究所を出ていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「リベルタ」

 

 研究所を出た彼女は早速、出迎えのためにやって来ていたWA2000に呼び止められる。

 その隣には後輩の79式もおり、はにかみながら小さく手を振っていた。

 

「へぇ、それがあなたの銃"HK CAWS"なのね…どうする、これからあなたの名前はなんて呼べばいいかしら?」

 

「………」

 

 問いかけに対し相変わらずというか何というか、彼女は無言のまま…ジト目で睨まれた彼女は少し慌てたように口を小さく開く。

 

い、今まで通りの名で呼んで構わない……そっちの方が都合がいいし、対応もしやすい

 

「なんかこの人前より声小さくなってないですか?」

 

新しいボディーだから馴染まないんだ、そうに違いない……それに口は災いの元と聞いたことがある、話しすぎるのは良くないような…

 

「変な言い訳覚えるんじゃないわよ。まあいいわ、連れていきたいところがあるから一緒に来なさい」

 

 声が小さいのは旧式のボディーのせいかと思っていたが、どうやら本人のメンタルの問題らしい。

 隙あらば黙り込むリベルタドールに少し呆れたWA2000であるが、一応彼女もこれからは自分の部下ということで彼女の事を理解してあげた上で付き合っていかなくてはならない。

 

 目的地についてWA2000は教えてくれなかったが、リベルタドールはとり合えず何も言わずについて行く。

 WA2000の先導で案内されたのはスプリングフィールドのカフェだ…店の扉にはCLOSEと書かれた札が下げられているが、彼女は扉を開く。

 

「いらっしゃいワルサー」

 

「急にお願いしちゃってごめんねスプリングフィールド、あまり大勢で集まるのは好きじゃなかったから助かったわ」

 

「せっかくの歓迎会ですから協力は惜しみませんよ」

 

 カウンター越しに話しあう二人をじっと見ているリベルタドールを、79式は軽く小突くと、囁くようにそっとつぶやいた。

 

「あなたの歓迎会ですよ、センパイがセットしてくれたんです」

 

そうなのか……?

 

 そもそも歓迎会という概念自体をリベルタドールは知らないように見える。

 麻薬カルテルのシカリオとして雇われていた彼女は標的を殺す以外の知識は身に付けず、覚えることと言えば効率よく殺しを行う手段やいかに恐怖を与えて殺すかだ…後者については自身の疑似感情モジュールが未発達だったせいで、他のシカリオから殺し方を真似しただけなのだが。

 ともかく、WA2000が珍しく開いてくれた開会式である。

 スプリングフィールドも彼女の気持ちに応えるために場所を提供してくれたというわけだ。

 

「ワルサー、お待たせしました」

 

「あら9A91、思ったより早かったわね」

 

 そこへ現れたのは9A91と、彼女率いるスペツナズのメンバーである SR-3MP(ヴィーフリ)OTs-14(グローザ)、PKPだ。

 さらに遅れてKar98k(カラビーナ)も加わる。

 

「私が呼んだのは9A91だけだったと思うんだけど?」

 

「あらつれないわねワルサー、ただでお酒が飲めると聞いたら私たちが来ないはずがないでしょう?」

 

「そうそう! ここ最近は訓練と任務で忙しかったし、浴びるほど飲みたい気分だわ!」

 

「私は別に良かったんだが…隊長が行くというから仕方なくだな」

 

 グローザ、ヴィーフリ、PKP…そして9A91。

 全員がロシアの地に起源を持つ戦術人形ということもあってか、アルコールに対する熱意は並々ならぬものがある。

 まずスペツナズの部隊長である9A91、彼女は一見大人しそうに見えるのだが酒が絡むとおかしなキャラに変貌するのだ。

 過去には酒の不足からスコーピオンらと共謀してマザーベース中のアルコール飲料を強奪したりもした…その中には消毒用のアルコールだとか、塗装用のアルコールだとか、常人が飲めば命の危険がある工業用アルコールも含まれていた。

 最近ではまたまたスコーピオンと共謀して造りだした密造酒だろう……あれは危険だ、少なくとも同じく酒好きのM16を一撃で酔わせるだけの破壊力はある。

 

 歓迎会の挨拶も待たずに勝手に飲み始めるスペツナズ一味は放っておき、WA2000は今日真新しいボディーを得たばかりのリベルタドールを歓迎するためのパーティーを開くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰か………誰か助けてくれ…

 

 リベルタドールの救いを求める小声は、他の人形たちの喧騒の前に容易くかき消されてしまう。

 リベルタドールのための歓迎会だったはずがやはりというかなんというか、スペツナズの連中が酒に酔い始めた辺りからほぼ無礼講の酒飲みへと変わり、静かなカフェの空間を破壊されたスプリングフィールドはやはりこうなったかと言わんばかりにうなだれている。

 

「おい小声で何をごちゃごちゃ言っている、お前さっきから全然ビールが減っていないじゃないか…」

 

ビールの炭酸で喉が痛くてだな…

 

「なに? なんて言ったんだ? もっと大きな声で話せ」

 

………無理

 

 酔ったPKPに絡まれたリベルタドールは表情にこそ出ていないが内心たじたじであった。

 今まで高度な疑似感情モジュールを身に付けていなかったために、新たなボディーを得たと同時に繊細な感情表現も獲得したわけだが、対人スキルで優れているのは殺しだけなためにまともな会話を行うことが出来ない。

 救いを求めてカウンター席の9A91に目を向けるが、あちらはもっと危険だ…。

 カウンター席には空になった酒瓶がいくつも並び、9A91とヴィーフリが顔色一つ変えずに会話を楽しんでいる……いや、よく聞けば会話がかみ合っておらず焦点も定まっていないので既に二人はキマッているのだろう。

 

「もう皆さん飲み過ぎですよ? PKPも、あまりリベルタを困らせちゃだめですよ」

 

「私は別に酔ってなどいない。いいかリベルタ、酒に酔った状態というのがどんなものか教えてやる。ちょうどここに2つの酒瓶があるだろう? これが4つに見えはじめたらそれは酔ってるということだ」

 

酒瓶は一つしかないんだが……

 

 つまりPKPも酒に酔っているということだ。

 スプリングフィールドによってPKPはカウンター席へと引っ張られていく、スペツナズ組はそこに固まってもらって彼女が面倒を見てくれるのだろう。

 その隙にリベルタドールはWA2000とカラビーナが座るテーブル席へ逃げ込む様に移動した。

 

「あらリベルタ、イワンの飲んだくれ共に荒い歓迎を受けたようね」

 

「………」

 

「疲れて小声も出せないみたいですわね」

 

「はぁ…9A91を誘ったのは間違いだったかしら? スコーピオンも誘ったら誘ったでうるさいし」

 

 すっかり滅茶苦茶になってしまった歓迎会…リベルタドールの変わらない表情も、よく見れば疲労感が滲み出ている。

 そうしていると、ふらふらと千鳥足で近付いてくる79式。

 酔っているのか顔を赤らめ、幸せそうに微笑みつつWA2000の元までやってくると幼い子猫のように甘えてくる。

 

「もう、誰よ79式にお酒飲ませたのは?」

 

「えへへへ、ぐろ~ざさんにもらったですよ~」

 

「あいつめ」

 

 ちらっとカウンター席を見ると、ちょうどグローザと目が合うが、彼女は知らないふりをして隣の9A91と話している…スペツナズの人形は酔っても表情に出ないので分かりにくいが、グローザだけはほとんど酔っていないようにも見える。

 とにかく、グローザのせいで酔っぱらってしまった79式を膝枕で寝かしつけると、彼女はすぐに小さな寝息を立てて眠りについてしまう。

 

「かわいらしい後輩ちゃんですわね」

 

「自慢の教え子だもの。ところでリベルタ、新しいボディーの方はどう?」

 

おかげさまで順調だ……あの博士は凄い技術を持っているのだな。まさか私がASSTを実装するとは思っていなかった

 

「確かに優秀よ、だけど同性愛者の変態だから注意しなさいね?」

 

どーせーあいしゃ? すまない…知らない言葉だ、教えて欲しい

 

「あー……これは別に覚えなくていい言葉よ」

 

 メンタルモデルのアップグレードがされたことでAIの性能と記憶容量が増えたわけであるが、以前まで記憶容量が圧倒的に少なかったためにリベルタドールはいくつかの言葉や概念を理解することが出来ない……戦闘に関する技術や能力は確かだが、それ以外の知識には乏しいのだ。

 羞恥心が皆無なのもそれが原因だ。

 しかしそれは少しずつ覚えていくことだとして、別に焦って覚えさせることでもない。

 

「新しいボディーと武器を手に入れたわけだけど、あなた他に何か欲しいものはある?」

 

 その問いかけに、リベルタドールは困り果てる。

 すぐに答えることが出来ないのは、自分が欲しいものということがイメージできないでいるからであった。

 

「話が遅れちゃったけど、あなたは私のチームに入るの。私とカラビーナ、79式、リベルタを混ぜた小隊よ。今までフリーで動いてた私だけど、部隊を持つことになったの。スペツナズやエグゼの連隊、404小隊にも負けない精鋭部隊を作るつもりよ……その上で私はあなたのことをもっと知りたいし、私のことをもっと知って欲しいのよね」

 

「………」

 

「まあ、いきなり難しいことよね。何か欲しいものでもあれば出来ることなら協力するわ」

 

 リベルタドールは沈黙し考える。

 カルテルにいた頃は暗殺をすることで報酬の金を手に入れていたが、それは別に必要ではあったが本気で欲しいものというわけではなかった。

 劣化していく生体パーツの取り換えや整備のために使うだけにすぎない、それがなければ別に金など不必要だと考える。

 では何が欲しいかと考えた時、彼女はかつて南米のスラム街を練り歩いていた時の記憶を思い浮かべる。

 

 貧困であえぐスラム街の大人たちの中で、年端もいかない少年少女たちは同世代の子どもたちと遊び楽しそうに笑っていた。

 貧しさは不幸であると考えるリベルタには理解不能な心理であった。

 ある時、貧しさで苦しいはずなのにどうして笑っていられるのか、そう子どもたちにリベルタは質問したことがある…それに子どもたちはお互い笑い合いながら言った言葉を、彼女は頭に思い浮かべながら言う。

 

 

私は………友だちが欲しい

 

 

 いつも通り小さな声で言ったその言葉をWA2000は確かに聞いた。

 予想外ではあったが、リベルタの欲しいものを理解したWA2000は小さく微笑む。

 

 

私は人と話すのが苦手だ…何を考えているか分からないからな……だが友だちというのはお互いを理解できるんだろう? 私はそれに興味がある……

 

「フフ、意外ね。でもいいことじゃない、悪くないわよ?」

 

そうなのか…?

 

「まあその点はマイスターも不得意なんですけどね?」

 

「余計なことを言うなカラビーナ」

 

 だってそうでしょう? とからかうように言われると、いくつか心当たりがあるのか反論できないでいた。

 

「とにかく! あなたが欲しいものは分かったわ……そうね、こんな私で良かったらあなたの友だちになってあげるわ。だけどあなたが思う友だちは、こんな簡単にはできないんでしょうね……だからねリベルタ、これから一緒に生活したり仕事をしたりしてお互いを理解し合いましょう。そうすれば、友達以上の親友になれると思うわ」

 

友達以上の親友……か……出来るといいな

 

「出来るわよ、きっとね」

 

 

 




無口?でコミュ障ぼっちなリベルタさんは友だちになりたい……なんかラノベのタイトルみたいやなw


それはさておき、リベルタドールがI.O.P技術で銃とリンクしたよ!
その名も"H&K CAWS"
あんまりメジャーじゃないかもしれんが、PWでも登場した滅茶苦茶強いショットガンや!

詳細は皆さんにググってもらうとして、なんかG11っぽい形状のフルオートショットガンですね~。
というわけでリベルタドール(HK CAWS)はSG人形枠ですね!


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前哨基地より、FALさんが発狂したようです

 MSFがその活動を通して規模を拡充していく過程で、かねてから悩ませていた訓練所の不足は現在ほとんど解消されている。 

 管理の難しい土地を周辺諸国から購入することで訓練所を設けたり、MSFと交流のあるユーゴ連邦のイリーナを通して連邦軍の訓練に参加したりしている。

 MSFに志願する兵士は多かったり少なかったりと安定はしないが、最近ではユーゴ連邦軍の軍縮のあおりをうけて職を失った連邦軍兵士がMSFに志願することが多い…やはりこれもイリーナが兵士とMSFを仲介することで上手くなり立っている。

 しかしかつて内戦状態にあった旧ユーゴ出身の兵士たちは民族構成もバラバラであるため、今だ残る民族同士の対立の観点から受け入れは慎重に行われている。

 

 そして初期のころよりMSFの拠点として、多くの兵士や戦術人形が汗を流した前哨基地は今でも重要な拠点として活用されており、今は先の戦いで喪失したエグゼ率いる連隊の人員補充を行っている。

 いまやすっかりMSFが完全制圧してしまっている元鉄血工造の工場群はあの戦いから常に稼働状態にあり、連隊を構成するヘイブン・トルーパー兵の生産を安定して行っていた。

 しかしただ生産するだけでは今までの兵と質は変わらない…ということで、エグゼがMSFの研究開発班に突きつけた要求というのが、ヘイブン・トルーパー兵全員に烙印システムを実装させることであった…I.O.Pが開発した技術を導入するのはエグゼも当初は悩んだようであるが、強さを求める過程でつまらないプライドは不必要と判断したのであった。

 

 だが要求をつきつけられた研究開発班及びストレンジラブ、そしてヒューイなどは大慌てだ。

 なにせ日に何十体も出荷されるヘイブン・トルーパーすべてに烙印システムを施すのは手間がかかり、それが長期間にわたるということは他の研究が滞るということでもある。

 メタルギア・サヘラントロプスの動力供給問題も解決していない今、研究開発班はそのような作業に取り掛かってはいられない…。

 しかし現場の強い声を無視できず、徐々に烙印システムを導入するということで妥協してもらったわけであるが…。

 

 

 

 前哨基地 

 

 

 拡張工事が続けられたMSFの前哨基地は、かつて廃墟であった様子は微塵も感じられない。

 大型飛行機の離着陸も可能なほどの大きな滑走路はコンクリートで舗装され、その近くには大きな倉庫群が並び建ち、空輸によって運ばれてくる資材等がそこへ搬入されていく。

 その資材の管理には地元住民が雇用されており、仕事の少ないこの地域で何気にありがたがられていたりもする。

 

「エイハヴ~!」

 

 前哨基地の管轄を任されているエイハヴのもとへ駆けつけてきたのはスコーピオンだ。

 スコーピオンも連隊副官としての立場からここ最近は部隊の補充に関する仕事で忙しい。

 

「どうしたんだスコーピオン? 何か足りないものでもあるのか?」

 

「いや、足りないものというか欲しいものというか」

 

「おいおい勘弁してくれ、またエグゼが何か欲しがっているのか? 連隊を補充したい気持ちはわかるが、他の部隊の都合だってあるんだ」

 

「それはわかるんだけど、エグゼったら最近張り切ってんだよね。もっと月光を配備したいみたいだし、あとはほら…最近開発した無人機が欲しいみたいでさ」

 

「まだ試験的運用でオレたちの部隊にすら配備していないのに、連隊にまわせるはずがないだろう?」

 

「まあ、そうなるよね~。分かった、エグゼにはあたしから言っておくよ」

 

 後で突っかかってくるんだろうなという予想はするが、出来ないものはできない……最近開発された無人機というのは、研究開発班が先鋭的な装備を持つ"正規軍"に対抗し造り上げた兵器だ。

 

 無人攻撃ヘリコプター"ハンマーヘッド"

 四足獣型無人機"フェンリル"

 可変機能を有した無人攻撃兵器"グラート"

 

 他にもいくつか試作兵器が開発されていたようだが、技術的観点と作業の限界から没になったようだ。

 どれもまだ試験的運用で課題も多いらしく、まだ本格的な配備には遠いが、量産と配備が進めば戦力の拡充に繋がることが予想される。

 どの部隊も月光とともに欲しがるこれら兵器をエグゼが欲しがる気持ちもわかるが、どれか一つの部隊を贔屓にするわけにはいかない。

 

 立ち去るスコーピオンを見送ると、今度は不機嫌そうな表情のFALがやってきたではないか。

 

 

 彼女はエグゼ率いる連隊隷下の戦車大隊隊長をつとめ、戦車大隊もエグゼの方針で再び再編成されたわけだ。

 文句を言いながらもどこか満足げに戦車を扱っているFAL…彼女のためにミラーが真新しい戦車を寄越してくれたはずなのだが、何か不満でもあるというのか…。

 今まで文句を言ってこなかった相手なだけに、警戒するエイハヴ…。

 

 

「エイハヴあのさ……殺虫剤あったりしない?」

 

「殺虫……なんだって?」

 

「だから、殺虫剤よ」

 

 

 予想もしていなかったFALの言葉にエイハヴは拍子抜けするが、FALはいたって本気な様子。

 意外な言葉に動揺するエイハヴだが、FALはいたってまじめな様子…とりあえず殺虫剤は倉庫の中にあるから倉庫番に聞いてくれと伝えつつ、なぜ殺虫剤が必要なのか、気になるエイハヴは何気なく尋ねた。

 それに対しFALは疲労感たっぷりのため息をこぼして言った。

 

「最近、私の宿舎に蚊が入り込んで寝れないのよ…」

 

「カ…って、あの蚊か? モスキートの蚊?」

 

「そう、モスキートの蚊よ……あの忌々しい虫けらのせいでもう何日もまともに眠れてないわ…!」

 

「かわいそうに…とりあえず、殺虫剤は倉庫にあるから持っていくといい。それと、スギの葉とかを燻してやると追い払えるらしいぞ」

 

「そう…ありがとうね」

 

 よほど蚊に悩まされているのだろう、FALは目の下に大きなクマをつくり、足取り重くそこを立ち去って行った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、前哨基地の食堂にて、FALはぐったりした様子でテーブルに突っ伏していた。

 髪はぼさぼさで衣服が乱れ、開いた足から下着が丸見えになっているがよほど疲れているのかFALはそんなことに気を遣う余裕すらない……美女の下着が丸見えな様子に男性陣は興味を惹かれるかに見えたが、今にも死にそうな状態でテーブルに突っ伏しているFALに関わらないよう遠巻きに様子をうかがっている。

 

「やあFAL、今日も今日とて独女っぷり見せつけてくれるね」

 

 そこへやってきたVectorがさっそくだらしないFALの姿をいじるが、彼女は無反応だ…。

 ウインナーを刺したフォークを掴んだまま寝息を立てている。

 

「おーい、起きなさいFAL…そんなことやってるとほんとに貰い手がいなくなるよ?」

 

「うぅ……うるさいわね……あと少し寝させてよ…」

 

「あんた1時間後には戦車部隊の演習があるんでしょう?」

 

「そうだけどさ……眠すぎる…また眠れなかったわ……あのくそ虫絶滅しろ…」

 

 これは重傷だ、Vectorは内心そう思いながら面白そうに観察していた。

 

「もう三日以上経つのに、蚊の一匹も始末できないわけ?」

 

「あんたあの生物なめてるでしょ? エイハヴにもらった殺虫剤3缶全部散布してやって、今日こそ安眠できると思ってベッドに入って…夜中の1時か2時ごろよ、あのくそ虫が耳元を飛ぶ音でたたき起こされたわ!」

 

「まあまあ落ち着きなよFAL、パンツ丸見えだよ?」

 

「パンツなんてこの際どうでもいいわ!わたしは!ゆっくり!寝たいのよ!」

 

 もはや女性であることを捨てたような発言に食堂内の空気が微妙なものとなる。

 これではいくら美人とはいえ、男性もアプローチをしかけるのも難しくなってしまうだろうが、そんなことは今のFALには重要ではない。

 安眠できる手段を模索する方が重要なのだ。

 

「というか、なんであんたの部屋だけ蚊が湧くの?」

 

「そんなの知らないわよ。部屋に隙間があるわけじゃないし近くに茂みがあるわけでもないのに…」

 

「なんだろうね? 蚊は汗をかいたり、体臭につられて寄ってくるっていうらしいけど」

 

「なによ…私がくさいって言うつもり?」

 

「そうは言ってないけど…そうだね」

 

 Vectorは唐突にテーブルから身を乗り出すと、FALの首筋に顔を近づけて匂いを嗅いだ。

 いきなりのことにFALは動揺するが、vectorは何故だか満足した様に席に座る。

 

「べつにアンタは臭くないよ。むしろいいにおいがする」

 

「あんたねぇ……次ふざけた真似したらその鼻へし折るわよ?」

 

「人が親切に協力してあげようというのに…まあいいよ、モスキート退治頑張りなさいな。ごちそうさまでした…」

 

 朝食を食べ終えたVectorはさっさとその場を立ち去っていく。

 寝不足から疲労が取れず、食欲もわいてこないFALはろくに朝食も取らずに仕事へと取り掛かる…むろんそんな状態でまともに仕事ができるはずもなく、連隊指揮官であるエグゼから度々叱りつけられ、ますます彼女の鬱憤はたまっていく。

 

 そして翌日も、その翌日もまたFALは寝室に入り込む蚊に悩まされる。

 79式のアドバイスで蚊帳を設け、ミラーがわざわざ用意してくれた蚊取り線香も試し、殺虫スプレーも毎晩散布する…それでもどこからともなく入り込んでくる蚊にFALの安らかな眠りは妨害される。

 耳元を飛ぶ独特な音と、刺された箇所の痒みに襲われ続けること一週間…ついにFALはブチギレた。

 

 

「もう我慢できないわ!ぶっ殺してやる!」

 

 

 毎度、夜中に蚊の羽音にたたき起こされたFALは下着姿のまま宿舎を飛び出すとその手に銃をもって宿舎に舞い戻る。

 真っ暗だった宿舎に明かりをつけ、血走った眼で辺りを見回す…灯りに照らされた小さな蚊が目に入った時、FALは何のためらいもなく引き金を引き、銃弾を蚊に向けて叩き込む。

 銃弾で蚊を殺すのはあまりにも無駄な行為であり、実際ちゃんと殺せているかどうかも疑問なのだがそんなことはFALには関係ない。

 室内を飛び交う蚊を発見するたびに銃を発砲、もはや寝不足と蚊への憎しみで我を忘れたFALは狂気のモスキートキラーと化す。

 

「ちょっと、何の騒ぎよ!」

 

 銃声を聞きつけたWA2000が駆けつけるが、下着姿のまま部屋の中で暴れまくるFALを見て青ざめる。

 これはヤバい人を見つけてしまった…関わり合いにならずさっさと立ち去った方が良い、そうWA2000は思うが常日頃基地の秩序を守るようオセロットに言いつけられている彼女は使命感からFALに立ち向かう。

 そんなWA2000をFALはギロリと睨む…正確にはWA2000のすぐそばを飛ぶ蚊を睨んでいる。

 あまりの剣幕に後ずさるWA2000.

 

「ちょ、なんなのFAL!? メンタルモデルが崩壊してるの!?」

 

「虫けらめ……死ね―――ッ!」

 

 銃身を握り、高々と振り上げてハンマーのように振り落す。

 咄嗟に避けるWA2000であったが、FALの今の暴れっぷりに気圧された彼女はそのまま動くことが出来なかった。

 幸い蚊がどこかに飛んでいったおかげで被害は免れたが…。

 再び部屋に戻っていったFALは何を考えているのか、部屋に爆薬をセットして飛び出してきた。

 

「そんなに私の部屋がお気に入りならね……一緒に吹っ飛ばして心中させてやろうじゃないの!」

 

 FALの手に起爆装置が握られていることに気がついたWA2000が慌ててひったくろうとしたが間に合わず…部屋の爆薬が起爆され、FALの宿舎は木端微塵に吹き飛ばされた…。

 銃声と爆発音で基地の警報が鳴らされ多くの人が集まってくるが、色々とカオスな状況に圧倒される。

 

「見たか虫けら! 誰の眠りを妨げたかこれで思い知ったでしょう!? アハハハハハ!」

 

 燃え盛る宿舎を指差しながら笑うFAL……この姿を目撃したスコーピオンは後にこう口にする…。

 

 "ジャンクヤードでのいかれっぷりが戻って来たみたいだった"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、FALは腕を組むオセロットの前で正座をしていた…。

 

「それで……なんて言ったんだ?」

 

「いえ、あの……蚊が部屋を飛んでてうるさくて、つい…」

 

「つい銃を乱射した挙句宿舎を爆破したと……そう言いたいのか?」

 

「いや、それは…」

 

「どうなんだ?」

 

「おっしゃる通りです…」

 

 昨晩の騒動をオセロットに咎められているFAL…オセロットに叱られるのはこれが初めてである彼女は、彼の恐ろしい威圧感に震えあがる。

 

「銃弾が壁を貫通して誰かに当たるかもと考えなかったか? 爆発で吹き飛んだ破片で誰かが怪我をするとかも考えなかったのか? 幸いにもけが人は一人も出なかったが、一歩間違えれば大惨事になっていた……蚊を殺そうとしていたのか何なのか知らないが、今度同じことをしてみろ、オレがお前を殺す」

 

「は、はい……すみませんでした…」

 

 オセロットのあまりの怒気に泣きそうになるが、誰もオセロットを前にして庇おうという勇気ある者はいない。

 彼の怒りから解放されたFALはがっくりとうなだれると、虚しさに涙をこぼすのであった。

 安眠妨害の末にこの恐ろしい説教である、もう彼女のメンタルはボロボロだ。

 

「あー…FAL? なんかその…頑張ってとしか言いようがないんだけど」

 

 そんなFALに真っ先に近寄り慰めるVector。

 哀れにも彼女は連日蚊の襲撃で安眠妨害をされた末に、発狂して自分で自分の部屋を爆破、最後にはオセロットのキツイ説教を受ける……基地で休む部屋を失ったばかりか替えの服すら爆発で吹き飛んでしまったのだ。

 

「FAL? おーい、FAL? あらら……力尽きて寝ちゃったか…」

 

 死んだように眠っている…そんな言葉が似あう状態で眠りにつくFALにため息を一つこぼすと、vectorは疲れ切って眠る彼女を自室へと運び、ベッドの上に寝かせてあげるのであった。

 




FAL「部屋を壊したからしばらくアンタの宿舎に泊めてほしいんだけど…」
Vector「まったく、しょうがないな」(やったぜ)(歓喜)



はい……(笑)


FALネキのアブナイ話を…というリクエストを貰ったから書いてみたよ!
いや、たぶんアブナイの意味が違うんだろうけど…。


それはそうと、MGS4orMGRの無人機登場させてみたよ!


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97式と和平のブルース

 マザーベース司令部、MSFの中枢でもあるそこは副司令のカズヒラ・ミラーと97式の仕事場であり、月光より強い猛獣こと蘭々の住処でもある。

 仕事が落ち着いたと思ったら志願兵の増加と、エグゼの果てしない軍拡計画のおかげでミラーがこなさなければならない仕事量は増えてしまう……それによりここ数日は司令部に二人はこもりっぱなし、食事もバーガーやサンドイッチなどで済ませてしまうというありさまだ。

 しかしそんな二人の努力のおかげでMSF全体の活動が順調に進み、エグゼも文句を言いにわざわざ司令部に押しかけたりはしないのだ。

 

「……終わった…!」

 

 溜まりにたまった仕事を全て片付け終えたと同時に、ミラーは放心した様に椅子にもたれかかり天井を仰ぎ見る。

 仕事に取り掛かった当初は果てしない作業に思えたが、終わってしまえばよく片付けられたものだと自分を褒め称えたくなるような達成感を覚える。

 仕事を手伝ってくれた97式もさすがに疲れたのか、テーブルに突っ伏してのびている…。

 

「うぅ……さすがに疲れたよ…」

 

「お疲れさまだな、君がいたおかげで助かったぞ。ジュースでも飲むか?」

 

「うん、飲む」

 

 司令部に置かれている冷蔵庫からオレンジジュースをとり、紙コップに注ぐ…散々頭を酷使したためにオレンジジュースの適度な甘みと酸味が美味しく感じられる。

 ひんやりと冷えたジュースに満足している97式だが、ふとミラーが飲むコーヒーが気になったのかねだるが…コーヒーの苦味は口に合わなかったのか渋い表情をする。

 

「ねえねえミラーさん、これから何をするの?」

 

「うーんそうだな…特に予定は無いが」

 

「じゃあさ! せっかくお仕事も終わったんだし、一緒にあそぼ!」

 

「ああ構わないぞ」

 

 ミラーがそう言うと、97式は嬉しそうに笑った。

 97式には色々とお世話になっているミラーは、何をして遊ぼうかと考えていると、97式はどこからかボードゲームを持ちだしてきた。

 蘭々と散歩したり、MSFのスタッフに混じってサッカーをするのが好きな97式であるが、最近はよく室内で遊ぶ。

 

「人生ゲームやろ! あたしが先ね!」

 

 持ってきたボードゲームをテーブルの上に広げ、楽しそうにはしゃいで見せる。

 一見楽しそうにしているかに見えるが、どこか満たされていない様子をミラーは見抜いていた。

 97式は本来こんな風に室内で遊ぶのが好きな子ではない、本当は外で遊ぶのが好きだ…以前はサッカーを通して他のスタッフと交流したり、マザーベースの甲板を散歩するのが大好きだった。

 だが、マザーベースにアルケミストが来てからというもの…彼女を恐れてやまない97式は屋内に引きこもり、ミラーと蘭々と一緒にいる時間が多くなっていた。

 

 本当にやりたいことをできないもどかしい状況で、ストレスを感じていないはずがない。

 そう察したミラーはゲームの手を止めた。

 

「97式、外に遊びに行かないか?」

 

「え?」

 

 97式は一瞬怯えたような表情を浮かべ、ミラーを見つめる。

 

「でも外は…あたしはいいよ…」

 

「マザーベースの外だ。ここから少し離れたところに、綺麗な無人島があるんだよ。オレと97式と、それから蘭々と一緒に行かないかい?」

 

 無人島であるなら他の誰かに遭遇する心配もなく、のびのびと羽根を伸ばすこともできる。

 97式もそれなら安心して出かけることが出来るだろう……彼女は少しの間迷った末に、小さく頷いた。

 

 そうと決まれば早速行動だ。

 97式の手を引いて司令部を出ると、それまで寝ていた蘭々も大きな欠伸をかいて二人の後に続く。

 最初に糧食班のところに寄って弁当を貰い、ヘリポートに手配したヘリに乗り込めばあとは出発だ。

 ヘリポートを飛び立ったヘリの窓から、97式はマザーベースを見つめる……増設されたプラットフォームの全体像を初めてみる97式はその圧巻の大きさに感嘆の声を漏らす。

 97式がMSFに来てからというもの、マザーベースを離れるのはこれが初めてであったりする。

 

「マザーベースってこんなに大きかったんだね! 甲板からじゃ分からなかったよ!」

 

「長い努力の賜物さ」

 

 そのまま97式は、少しずつ小さくなっていくマザーベースを眺めつづける。

 その間ミラーはパイロットと会話をして、目的地の無人島の着陸地点を指示する。

 

「97式、あれがこれから向かう無人島だ」

 

 ミラーが指さす方角を見た97式。

 その方角には三日月形の白い浜を有した島が、青い海に浮かんでいた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉー……」

 

 無人島へと降り立った79式は、穏やかな波が打ち寄せる白い砂浜から島を見つめていた。

 砂浜のそばには背の高いヤシの木が生え、内陸側には見たこともない植物が生い茂り森を形成している。

 そこはまさに南国、涼しい潮風が吹き、時折森の奥から甘い香りが漂ってくる。

 蘭々も白い砂浜に寝そべって日向ぼっこをし始める…蘭々もこの島を早速気に入ったらしい。

 

「どうだ97式、いい島だろう。いつかここをMSF御用達のリゾート地にするのもありかもしれないな」

 

「うん! あたしここ気に入ったよ…って、ミラーさん!?」

 

「どうしたんだ?」

 

 97式は顔を赤らめてミラーを指差す…彼は海パン一丁で堂々と鍛え抜かれた裸を晒していた。

 

「無人島と言えば海水浴ッ!海水浴と言えば水ッ! というわけで97式の水着も持ってきたぞ」

 

「え、えぇ!?」

 

「心配するな! 研究開発班に作らせた君のための特注水着だ! バストサイズもぴったり…のはず! オレの観察眼に狂いがなければな!」

 

「いやそういうことじゃなくて……というかミラーさん、観察眼ってどういうことかな?」

 

「97式…細かいことを気にしてはいけないぞ」

 

 97式の疑いの目を咳払いで誤魔化そうとするが、蘭々の目がギロリとひかり牙を剥いた。

 容赦ない蘭々をなんとかなだめつつ、97式の誤解も解く…最終的には97式も納得してくれたが、手渡された水着を彼女は複雑な表情で見つめる。

 

「あたし、体中傷痕だらけだし……きれいじゃないよ…」

 

 普段の服で隠されているが、その下には拷問と虐待でつけられた生々しい傷痕がいくつも残されている。 

 マザーベースでシャワーに入るのにも、人目をはばかってはいるため、誰も97式の素肌を見た者はいない。

 

「そんなことは気にしないさ、だが無理にとは言わない……比べるのはおかしいかもしれないが、オレもあちこち傷だらけだ」

 

「でも、ミラーさんのは戦ってできた傷だし…」

 

「オレも戦い以外の傷はあるぞ? この尻についた傷はサウナでつけられた傷だ!」

 

「きゃーーーーーっ!!」

 

 唐突に後ろを向いて、海パンを下げて自分の尻についた傷をさらけ出すミラー…いきなりで97式は顔を手で覆い隠し悲鳴をあげた。

 もちろん蘭々が黙ってなどいない…蘭々に尻を噛まれたミラーは97式以上の悲鳴をあげて海へと入り込むが、海水が噛まれた傷に染みたのかそこでも悲鳴をあげる。

 砂浜に戻ろうとするが威嚇する蘭々に待ち構えられ、ミラーはどうすることもできず染みる海水に苦しめ続けられる…そんなマヌケな姿に、97式はおもわず笑い声をこぼした。

 

「もう、ミラーさんってば! なんだか傷なんてどうでもよくなっちゃったよ、私も着替えてくるね! 言っておくけど、覗かないでね?」

 

「待て97式、その前に蘭々をなんとかしてくれ! 尻が、尻が染みる! 97式待って、待ってくれーー!」

 

「グルルルル!」

 

 結局、97式が着替えを済ませて戻って来るまでミラーは蘭々に足止めをくらうのであった…。

 しばらくして、蘭々は飽きたのか砂浜から離れ木陰のあたりで寝そべり始める。

 ようやく砂浜に上がったミラーはそこで力尽きたように倒れ伏す……海水が染みすぎてもう痛覚もマヒしてしまっていたが、疲労感がどっと押し寄せる。

 そのまま砂浜に寝そべってまぶしい太陽を見つめていると、97式がひょこっと顔を覗かせて影をつくる。」

 

「あの、ミラーさん…どうかな…?」

 

 水着に着替えた97式は少し不安げな表情でそうたずねる。

 ミラーの観察眼で計られた水着のサイズはぴったりのようで、彼女の白い肌に映える黒色のビキニはとても良く似合う。

 

「うんうん、サイズもぴったりだしよく似合っているぞ」

 

「ううん、そうじゃなくてほら……傷、やっぱり酷いよね……汚い身体だよね…」

 

 素肌を晒すことで露わになる97式の傷痕。

 過去に受けた凄絶な拷問と虐待の痕跡はミラーも初めて見るものであった。

 火傷や刺し傷、切り傷など多様な傷が刻み込まれたその身体はとても痛々しい…無言のままたたずむミラーに97式は途端に自信を無くすが、ミラーは彼女の頭に手を置き優しく微笑みかける。

 

「そんなことはない、とても綺麗な身体だ。君の傷を笑う奴がいたらオレに言うんだ、オレが代わりにぶっ飛ばしてやる」

 

「ミラーさん……うん、ありがとうね…」

 

「自信をもて97式、君はもう一人じゃないんだからな。君はもう散々涙を流して悲しんだんだ、これからはいっぱい笑って幸せになるといい」

 

 その言葉を聞いた97式はポッと顔を赤らめると、胸が熱くなるのを感じていた。

 いつも優しくてかっこよくて、でもたまにえっちなミラー…WA2000などは変態オヤジと毛嫌いしているが、97式にとってはとても大切で大好きな人なのだ。

 

「さて、せっかく島に来たんだから遊ばないとな! 行くぞ97式!」

 

「うん! あ、ミラーさんお尻の傷もう大丈夫なの?」

 

「んん? ぐふっ!?」

 

 尻にある傷を忘れていたミラーは海へと飛び込み、案の定海水が傷に染みて悲鳴をあげた。

 

「もう、気をつけないとダメだよミラーさん?」

 

「す、すまん」

 

 ミラーを砂浜にうつぶせに寝かせ、蘭々に噛まれた傷に軟膏を塗って絆創膏を貼ってあげる。

 トラの牙で噛まれてこの程度で済んだのは運がいいのか、蘭々も力の加減を知っているのか…。

 

 それはさておき海水浴は断念し、ミラーと97式は砂浜でビーチボールをして遊んだり砂の城をつくって遊んだり、ヤシの実を撃ち落としてココナッツミルクを飲んだりと…この南国風の島でバカンス気分を味わうのだ。

 97式も久しぶりの外での遊びということではしゃぎ、大いに楽しむ。

 そして楽しい時間はあっという間に過ぎていき、まぶしかった太陽は西へと沈んでいく。

 赤く染まる夕陽が海を神秘的に照らす光景を、遊び疲れた二人は砂浜に腰掛け静かに見つめていた。

 

 

「ねえねえミラーさん、そういえばミラーさんの名前ってどう書くの?」

 

「オレの名前か? こうだぞ」

 

 

 ミラーは砂浜に自身の名前、"和平"という文字を書く。

 

 

「平和…?」

 

「そう、平和(Peace)だ。オレの母親がつけてくれた名前だ…ミラーというのは、父親の性なんだ」

 

「平和か……素敵な名前だね」

 

 有史以来絶え間なく戦争という行為を繰り返し続ける人類史において、平和というのは幻想にすぎないのかもしれないが、それでも願ってやまないもの。

 いつか人間も人形も、鉄血もグリフィンもわだかまりなく兄弟姉妹のように手を繋いで一つの家族になって欲しい…これはスコーピオンが言った夢だが、それこそが平和なのではないか?

 それを誰ひとりとしてあの時疑うことは無かった…それは、あの場にいた誰もが平和というものを望んでいたからなのかもしれない。

 

 "和平"の名前に込められた意味をしみじみと感じていた97式は、その隣に自分の名を書くと、砂浜に指を滑らせて相合傘にお互いの名前をおさめた。

 あどけない顔を赤らめつつ、97式は隣に座るミラーの肩に寄りかかる…。

 

 

「大好きだよ、ミラーさん……」

 

 

 迎えのヘリが来るまで、二人はそのまま水平線の彼方に沈む赤い夕陽を見続けるのだった。




97式「ミラーさん好き♥」
カズ「あれ?これ変に誤解されるやつじゃね?」

蘭々(殺意の波動)
WA2000「げすめ」
ビッグボス「カズ…またか…」
スコピッピ「おっさん手が早いよ…」
霊体化95式「私の妹ぉぉぉ!」




ほんとはラストにアルケミストと遭遇させてシリアスぶち込む予定だったんだけど、そんなことできなかったよ…。
97式とアルケミストの問題はまた持ち越しだ…。


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マザーベース:キッドの怖いもの

 戦術人形にとっての訓練とは射撃訓練や実戦を想定した模擬戦などが挙げられる。

 言ってしまえば最初から身体能力等を決められて製造されている戦術人形にとって必要なのは経験による能力の向上であり、身体能力や基礎体力の向上を図る特訓などは基本的に不必要とされている。

 食事でエネルギーを補充する人形たちは、必要な栄養素のみを取り込み不必要または余剰な栄養素は排出される。

 そのため一般的に戦術人形は太ったり、また人間がかかるような病にはおかされたりはしない。

 

 しかし人間はそうはいかない。

 食生活の乱れは身体能力に影響を与え、運動不足になれば体調に影響を及ぼしたり体力の低下から病気になったりする。

 人間は自己の体調を自分で管理し、改善していかなければならない。

 

 そんなわけで、マザーベースのトレーニングルームには基本的にMSF所属の人間のスタッフしか利用しない。

 最新式の筋力トレーニングから、伝統的なダンベルやベンチプレスといったトレーニング器機が用意されている。

 マザーベース勤務のスタッフたちは、戦闘班以外のスタッフもここを利用することで自己の体調管理や運動不足にならないよう汗を流し、筋肉を鍛えあげる。

 たまにそんな人間たちの努力をポカーンと眺めに来る人形もいるが、あまり多くは無い…が、その日は暇を持て余したエグゼが乱入し筋力トレーニングを行う兵士たちをあざ笑うかのようにダンベルを持ちあげている。

 

 

「おりゃーっ! どうだおら、これが鉄血ハイエンドモデルのパワーだ!」

 

「す、すごい」

 

 

 エグゼはベンチプレス200㎏に挑戦し容易くそれを持ちあげて見せる。

 いくら日頃鍛えている兵士たちとはいえ、200㎏のベンチプレスを持ちあげられる者などその場におらず、エグゼのパワーを目の当たりにした兵士たちは唖然としている。

 すぐそばではヴェルが大はしゃぎで手を叩いて喜ぶが、親友のハンターはエグゼの大人げない行動に微妙な表情を浮かべている。

 

「もういいだろうエグゼ、そもそも人間と人形とで身体能力に差があるのは仕方がないだろう」

 

「なんだよ、オレは人間のスタッフにも気合入れてやってるだけだぜ? お前もやってみるか?」

 

「いや、いい」

 

 同じ重量のベンチプレスをハンターにすすめるが、彼女はやんわりと断った。

 いくら戦術人形といえど彼女らのAIは女性をモデルとしている……すなわち、今のエグゼのように男みたいにパワーリフティングに興じるなど気持ち的に避けているのだ。

 試せば出来るかもしれないが、女子としての誇りから避けている……そんなことお構いなしにこんな事をやっているからエグゼは"メスゴリラ"と呼ばれているのだが本人は気付いていない。

 

 さて、そんな風にトレーニングを荒らしにやってきたエグゼはいつものように悠々と帰ろうとしたが、ある男が待ったをかける。

 鉄血ハイエンドモデルとの重量挙げ対決に挑戦を叩きつけたのは、マシンガン・キッドだ。

 

「待ちなエグゼ、お楽しみで帰るのはこのオレに勝ってからにしな」

 

「へぇ、オレ様とやろうってのか? おもしれえ!」

 

「おいおいキッド、やめとけこんなメスゴリラ相手にするんじゃない」

 

「戦術人形だかハイエンドモデルだかはこの際関係ない…男が女にパワーで負ける、そんなことがあってたまるか!」

 

「今の世の中女の方が強いし従ってれば世は事もなしってな! 来いよキッド、勝負しようぜ!」

 

 激しく火花を散らしあう二人…思いがけない対決にトレーニングルームにいた兵士たちは湧いた、勿論彼らが応援するのは人間代表であるマシンガン・キッドだ。

 キッドの応援にはネゲヴ・MG4・M1919・BARがつき、黄色い声援をキッドに送るのだ。

 

 対決のルールは極めてシンプル、ベンチプレスでどちらがより重いバーベルを持ち上げられるか否かだ。

 この対決を行うにあたり、小刻みに重量をあげればお互い疲弊し本当の力量が発揮できなくなる…そこでエグゼが最初に指定した重量は先ほど彼女が挑戦した重量にプラス100㎏追加した300㎏だ。

 いきなりのつり上げに兵士たちの間に動揺が広がる。

 

「先に行かせてもらうぜ?」

 

「おう、やってみろ」

 

「うし……そんじゃ」

 

 ベンチに寝そべり、バーベルのシャフトを握る…一呼吸置いた後に、エグゼは歯を食いしばり両腕に力を込める。

 

「おりゃあああっ!」

 

 300㎏もの重量があるバーべルが浮き上がり、エグゼはそのまま腕が真っ直ぐになるまで押し上げて見せた。

 そこで数秒停止した後、バーベルを元の位置に戻す。

 さすがのエグゼも効いたのか息を荒げているが、見事彼女はやり切った。

 次はキッドの番だが、彼はなんと300㎏のバーベルに重りを追加したではないか。

 

「380㎏だ、見てろよエグゼ。人間様の底力を見せてやる」

 

「へへ、上等じゃねえか」

 

 不敵な笑みをうかべつつキッドはベンチに寝そべる。

 手のひらに巻いた滑り止めのテーピングをチェックした上で彼はバーベルのシャフトを握る。

 何度か握り方の確認をした後、一番しっくりくる握り方でバーベルを確実に掴むと、深呼吸を繰り返すのだ。

 そして…。

 

「ッダッシャアアァァッッ!!」

 

 渾身の力を込めてバーベルを押し上げ、腕が垂直に伸びる。

 伸びきった腕がぴくぴくと震えている…歯が砕けそうなほどの様子で食いしばる彼はゆっくりと腕を下ろし、バーベルを元に戻すのであった。

 

「どうだエグゼ! これが人間様の底力だッ!」

 

「うっ…や、やってやろうじゃねえか…! 450、450に挑戦だ!」

 

「おいエグゼ、そろそろやめておけ。本当にメスゴリラになるぞ?」

 

 親友の制止も聞かずにエグゼはバーベルの重りを追加する。

 再びベンチに横になったエグゼはシャフトを握りしめて力を込める…が、先ほど300㎏をあげたようにスムーズには上がらずエグゼの腕は震えていた。

 それでも渾身の力を込めてバーベルを押し上げて見せた。

 そこで限界だったのか下ろすことは出来ず、すかさずハンターとBARらが手を貸してバーベルを支えてあげる。

 

「どうだ、このやろう……思い知ったか…!」

 

「500、いや520だ」

 

「あぁ?」

 

「オレは520に挑戦する」

 

 キッドは落ち着いた様子で、バーベルに重りを追加…その重さは脅威の520㎏、あまりの重さにバーベルの受枠がわずかに捻じ曲がる。

 さすがに無謀だと周囲は止めるが、意地でも勝ちたいキッドは周りの声を押しきってベンチに横になる。

 

「見とけよエグゼ、これが人間の力だ」

 

「お、おぅ…」

 

「ふー……行くぞーッ! 1、2、3………ダァーーーッ!」

 

 バーベルは動かない…そう思い笑みを浮かべるエグゼであったが、受枠から徐々に押し上げられていくバーベルを見た時その笑みも消える。

 医学的な観点から人間が持ちあげられる重量は500㎏までという。

 それ以上の重量となると筋肉ではなく、骨格が耐え切れずに骨が折れてしまうというのだ。

 

「ぬおおおぉぉぉっ!!」

 

 腹の底から雄たけびをあげ、徐々に520㎏の金属塊を押し上げていく。

 キッドの化物染みた怪力ぶりに周囲は熱狂し、ネゲヴらもドン引きしつつ一応声援をあげていく……周囲の熱狂が最高潮に高まった時、事故は起こる。

 力む手は汗が滲み、握力の喪失も合わさったその時…シャフトを握る手が滑り520㎏のバーベルは支えを失ったことで落下、そのままキッドの喉元にぶち当たりベンチごと粉砕した。

 

「あ…これヤバいやつだ…」

 

「死んだ?」

 

「あぁ……って、そんなこと言ってる場合!? キッド兄さん大丈夫!? 衛生兵を…衛生兵ッ!」

 

 すぐさまバーベルに押し潰されたキッドの救出に取り掛かると、衛生兵の到着を待たずに彼は医療棟へと運びこまれるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頸椎損傷、粉砕骨折、脊髄損傷……あれだけの重量が喉元に落ちてきたのだからそのくらいで済むか、あるいは死亡…そんな予想があの時はあったのだが…。

 

「いや~まいったまいった、途中で腕が上がらなくなってよ」

 

 現在病室のベッドの上で呑気にバナナを食べているキッドは健康体そのもの。

 医療班のスタッフに診断されたのは打撲と打ち身程度で、むしろ重量物を押し上げたことによる内出血の方が重傷なんだとか。

 

「まったく心配して損した」

 

「ぼ、ぼく…キッドが死んじゃったかと思ったよ!」

 

「戦術人形と力を競うとか、バカだと思う」

 

「でもまあばからしくて面白かったけどね! キッドさんは怖いモノ知らずだね!」

 

「いやいや、オレにだって怖いモノの一つや二つあるぞ? まあとにかくお見舞いありがとな、訓練頑張れよ」

 

 お見舞いにきてくれたマシンガン人形たちに感謝しつつ、キッドはベッドに寝転がる。

 そのまま彼女たちを見送り、読みかけの本を手に取ったキッドだが、ふと視線を感じてそちらに目を向ける。

 

「どうしたネゲヴ、訓練はどうした?」

 

「別に、今日はお休みよ」

 

「サボりは良くないぞ?」

 

「けが人のお見舞いならサボりにならないでしょ?」

 

 どこかツンツンした態度でネゲヴはキッドが寝るベッドに腰掛けた。

 そこでネゲヴは何をするわけでもなく、ぼうっと病室の壁を見つめている…キッドの方も手にした本に目を向け、室内に置いてある時計の針が動く音だけが鳴る。

 

「ねえキッド兄さん」

 

「どうした?」

 

「さっき、キッド兄さんにも怖いモノがあるって言ってたよね? なんなの?」

 

「んん? 気になるか?」

 

「そりゃ気になるよ。だって、キッド兄さんが怖がるものなんて想像出来ないし…何にでも真っ向から向かっていきそうだし?」

 

 キッドはいつも最前線に立ち、仲間の危機には真っ先に動くような頼もしい兵士だ。

 新兵に対する面倒見もよくて尊敬を受け、分け隔てなく仲間を大切にする。

 スネークやオセロットなどに次ぐ優秀な兵士だと思っているネゲヴだからこそ、彼のことをもっと知りたいと思うのであった。

 キッドはネゲヴの疑問に対し、読んでいた本を閉じると少し迷った末に言った。

 

 

「オレが怖いと思うのは、仲間を信用できなくなる…ってことさ」

 

 

 それは予想していない返答であった。

 怖いものといえばお化けや幽霊、虫や食べ物などを想像していたネゲヴは意外な言葉に目を丸くする。

 

「どうして、それが怖いって?」

 

「長くなりそうだがいいか?」

 

 ネゲヴが小さく頷くのを見たキッドは、窓の外を眺めつつ思いだすように言う。

 

「オレが特殊空挺部隊(SAS)にいたことは知っているな? そのSASを除隊したオレは少しの間民間の工場で働いてたが馴染めなかった、その頃から戦いの中でしか生きられなかったんだな。だからオレは故郷を出て、傭兵としてアフリカに発った…傭兵となったオレはローデシアに雇われたんだ。当時のアフリカはアパルトヘイト全盛期…アパルトヘイトって知ってるか?」

 

「白人と非白人の人種隔離政策でしょ?」

 

「そうだ……当時のローデシアは白人主体の政府とアフリカ人のゲリラとで紛争状態にあった。オレがローデシア軍に傭兵として志願したのは、その時のオレはどうしようもないクソッたれだったからさ」

 

「どういう意味?」

 

「オレも、アパルトヘイトに肯定的だったってわけさ。有色人種への理由の無い嫌悪感を、その時オレは持っていたんだ……白人が優れていて、有色人種は劣等人種だってな。酷いよな、思いだすだけでもその時のオレをぶち殺したくなる」

 

 ローデシアや南アフリカで当時とられていたアパルトヘイト政策は、西欧諸国の非難や現地住人の強い反発を受けて20世紀末頃に廃止されるまで、黒人などの人種は白人に搾取され不当な差別を受け続けていた。

 そんなアパルトヘイトへの反発から起きた内戦や独立戦争に、キッドは白人の味方として参加していたという。

 

「だが傭兵仲間には黒人もいた、意味が分からねえよな? だがその時オレはそいつ…デズモンドのことを他の黒人と違う、白人寄りのいい黒人だと言い聞かせて一緒に戦ってた…ある時オレたちの部隊は敵の待ち伏せを受けて大損害を受けたんだ。ボロボロになって逃げた先で仲間の一人が、裏切り者がいる、誰かがオレたちのことを敵に知らせやがったんだって言いやがったんだ」

 

「追い込まれた状態で正しい判断なんて出来ないよ…それから、どうしたの?」

 

「裏切り者捜しに躍起になったさ、だが見つからない…そもそも裏切り者がいたかどうかも分からない。だが誰かを裏切り者に仕立てなければ気が済まなかったんだよ……仲間たちは、黒人という理由でデズモンドを責めたてた。もちろんデズモンドは否定した」

 

 キッドはそこまで言っていいよどむ。

 そこから先のことはキッドも思いだしたくないことなのかもしれない…ネゲヴはそっと彼の肩に手を置くと、じっと彼が続きを話すのを待った。

 

「デズモンドは…オレに助けを求めてきた、アイツと一番仲良くしてたのはオレだったからな。だがオレは、アイツを助けなかったんだ。あの時オレも疑心暗鬼になっていたんだ…オレが助けてくれないと分かったデズモンドの顔は、今でも忘れられない」

 

「それから……その人は、どうなったの?」

 

「アイツは森の中に連れて行かれた。デズモンドはずっと自分は裏切ってなんかいないと叫んでいたが、銃声が鳴るとその声も消えた……オレはその時何もせず、じっと座ったまま傍観していたんだ。オレが殺したようなもんだ……裏切り者を殺して全部解決した、これで安心できる…だが…」

 

「そうはならなかった…?」

 

「あぁ、デズモンドを殺した時、みんな裏切り者は初めからいないって分かったんだろうな…そうなると金で雇われた傭兵のオレたちは、次に同じことが起きた時殺されるのは自分なんじゃないかと疑うようになる。一緒に戦ってきた仲間も、もう信用できない、夜寝るのにも片目を開いておかなくちゃならない…そうしてオレたちは疑心暗鬼に陥り、部隊は全滅した」

 

「それから、それからどうなったの?」

 

「オレは、何日もジャングルの中でくたばっていたのさ…全身の傷から蛆が湧いて、生きたまま虫に食われていた……激痛に疲れて寝ても、また激痛で叩き起こされる。それは仲間を見殺しにした罰なんだとオレは思った…そのまま虫に食い殺されて死ぬんだろうなと思っていた時だ……オレはMSFに、ボスとミラーさんに命を救われたんだよ」

 

 スネークとミラーに拾われたキッドは野戦病院で数週間治療を受け、歩けるようになるまで回復した後、MSFに勧誘されたのだという…そこからキッドはMSF所属となり、コロンビアのキャンプで訓練を行い、その後はニカラグアやコスタリカで傭兵として戦った。

 親友のエイハヴと知り合ったのも、その時だという。

 

「戦場で確かに信じられるのは自分だ、それは間違いない。だが、背中を預けられる仲間がどれだけ大切な物なのかその時のオレは知らなかったんだ……ボスとミラーさんはオレにそれを教えてくれた。罪滅ぼしってわけじゃないが、オレはあの時の失敗を二度と犯さないように心に誓った。仲間だけは、絶対に見捨てないってな」

 

「キッド兄さん…いつも飄々しているように思えたけど、そんな昔話があったのね」

 

「オレにだって隠しておきたい過去の一つや二つはあるさ」

 

「あれ? もしかしてキッド兄さんがこの事を教えてくれたのって、私だけだったりするの?」

 

「さすがにボスとミラーさん、エイハヴは知っているが…そうだな、それ以外の誰かに話すのは初めてだ」

 

「そっか……なんか嬉しいな。ねえキッド兄さん、どうして私には話してくれたの?」

 

「それは……あぁ、なんでだろうな? よく分からん」

 

「え~教えてよ!」

 

「勘弁してくれよ」

 

 珍しく戸惑うキッドに、ネゲヴはここぞとばかりに追い詰める。

 ベッドの上のキッドに逃げ場はなく、幼い見た目のネゲヴに終始主導権を握られるのであった。




キャラに深みを持たせるのには、過去をつくれってワイの師匠が言っていた!
というわけで、さらっとキッドの過去話。
昔は拝金主義で差別的だったけど、色々あって今がある。

誰も最初から完璧な者など居ないのだ…。


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純白のパンツァーウェディング

『―――どうも皆さんおはこんばんにちは、お待ちかね"カズラジ"の時間でございます。パーソナリティーを務めますのはMSF副司令ことわたくしカズヒラ・ミラーと…』

 

『97式だよ! 不定期でやってるこのラジオも今回で4回目! 毎回リスナーのみんなからたーくさんのメールやお手紙を貰えてとっても嬉しいよ! ほら、みんなのマスコット蘭々も大喜びだよ!』

 

『うむ、前回リスナーのパンサーさんからいただいた"ワルサーとオセロット教官は相思相愛なんですか?"という話題は大きな反響があったな。好き放題あれこれ言ってたせいで、オレと97式はまる三日も部屋を出れなかったがな!』

 

『あの時は生きた心地がしなかったよね…! あんな怖いわーちゃん初めて見たよ!』

 

『味方にすると頼もしいが、敵にすると何よりも恐ろしい! それがFOXHOUND筆頭狙撃手のWA2000だ! ちなみに彼女は今日任務で中東の方に行ってるから、何を言っても叱られないぞ! いやーぶっちゃけると、わーちゃんがほふく姿勢で射撃体勢に入ってる姿…実にけしからん、真正面のアングルから直視出来るならオレは狙撃されても一向に構わんッ!』

 

『ミラーさん…最低…。あ、でもわーちゃんさっき別な仕事が入ったって言って、マザーベースに戻ってるらしいよ?』

 

『え? ほんとに? じゃあこのラジオ、聞こえてる?』

 

『かも………』

 

『あー……まあいいか!』

 

 

 

 

 ラジオから聞こえてくる二人の呑気な声を聞きつつ、FALは下着姿のまま膝を立てて座り、テーブルの上のカップラーメンをじっと見つめている。

 先日自分の宿舎を自分で破壊して以来、Vectorの宿舎を借りて寝泊りするFALであるが私有物その他もろもろも一緒に爆破してしまったため、普段着も今は持っていない。

 一応研究開発班がFALの服を造り直してくれるらしいのだが、パンツ一つ作るのに何週間もかかるくらいなので当分は間借りしたジャージ姿で仕事にかかるしかない。

 

 テーブルに置いたストップウォッチが3分経過したことを示す音が鳴ると、FALはカップラーメンの蓋を開けて割り箸を手に取った……ラーメンを食べるのに以前はフォークを使っていたが、最近ミラーや79式から箸の有用性と使い方を教えてもらって以降もっぱら食事には箸を使う。

 宿舎内で他人の目を気にすることもないのもあるが、下着姿で膝をたててカップ麺を食べるFALの姿は…色々と諦めてしまった悲壮感が漂う。

 

 

『――――さて今回初めてのお手紙は…前哨基地のクロコダイルくんだ。え~なになに? "最近私は前哨基地の戦車部隊の整備班長に任命されました、入隊した当初は右も左も、自転車のパンクも直せなかった自分がここまでこれたのは皆さんのおかげですありがとうございます"いえいえこちらこそ、MSFのために働いてくれてどうもありがとう』

 

 ラジオから聞こえてくるリスナーの手紙を読むミラー。

 読みあげる内容を聞いていたFALは自分が戦車隊の隊長ということもあり、最近整備班長になったというスタッフは知っていたし何度か話したこともある。

 塩気の強いカップ麺をすすりつつ、話題が戦車に触れるということで耳を傾ける。

 

『"――――最近の悩みというかなんというかうまく言えないんですが、戦車大隊のFAL大隊長に困ってるんです"」

 

「んん?」

 

『"というのもあの人見た目はとってもかわいいのになんというか、もったいないんですよね。普通にしてればとっても美人なのに、色々やらかして残念美人というか……あの人のパンツが見えてもそこにエロスを感じられません、どうしたらいいのでしょうか?"』

 

 リスナーからのぶっ飛んだ質問を聞いたFALはおもわず口に含んでいたラーメンのスープを吹きだしかける。

 こういうところがそう言われる所以なのだろうが、本人はいつの間にか他人に抱かれていた偏見が気になって仕方がない様子。

 それからも読みあげられるリスナーの手紙をそれ以上聞いていられず、FALは乱暴にラジオを切るが、雑に扱ったせいか雑音を鳴らし故障する。

 そんなところを、ちょうど仕事から帰ってきたvectorに見つかった。

 

「ちょっと独女、なにあたしのラジオ壊してるの?」

 

「うっ…ごめん」

 

「まったく…どうせラジオの手紙であんたの独女っぷりが紹介されてたんでしょう?」

 

「あんた聞いてたでしょ?」

 

「さぁ? というかそれさっさと直してよ」

 

 Vectorは故障したラジオを指差すと、FALに対し工具箱を押しつけるようにして渡した。

 壊してしまったのは自分である以上、いつものように強気な態度にも出れずFALは渋々ラジオの修理にかかる…普段戦車などの面倒を見ていたりするのでこういった機械を弄るのは得意ではあるものの、故障に至る経緯もあっていまいち気が乗らない様子。

 

「というか、いつまでこんなぼろいラジオ使ってるつもり? ラジオくらいもっといいやつが買えるでしょ?」

 

「うるさいな、別にいいでしょ?」

 

「まあ、あんたは変わり者だものね。古臭いラジオがアンタにはお似合いね」

 

「FAL、あんたやっぱりこれからもずっと独女だよ」

 

「はぁ? なによそれ?」

 

「別に……これ、あんたの着替え置いてくから」

 

「あ、ちょっと……なによもう」

 

 Vectorは荷物を投げるように置くと、なにやらむすっとした様子で部屋を出ていってしまった。

 よく分からない彼女の態度に小さくため息をこぼし、FALはラジオの修理に取り掛かる……細かいパーツを紛失しないようにテーブルに置いて、故障個所を見つけて修理する。

 幸い接触の問題であったので簡単に直せた、後は分解したパーツを元に戻すだけ……パーツを組み込んでいくうちに、妙な既視感を感じていたFALはふと思いだす。

 

「そういえばこのラジオ、ジャンクヤードにいた頃私がアイツにプレゼントしたやつだっけ?」

 

 MG5らとジャンクヤードにいた頃、廃材を集めて作ってあげたこのラジオ…廃材をかき集めて作ったので見た目も悪く一応使える程度の機能しかない。

 それを大事に今まで持っていてくれたVectorに嬉しく思う反面、Vectorの気持ちを踏みにじるようなことを言ってしまったことへの後悔の念を覚える。

 思えばVectorは憎まれ口を叩きながらも、色々と協力をしてくれたり優しかったりする……もう少し自分もVectorを大切にしよう、そうFALは思うのであった。

 

「たまにはあいつも認めなくちゃね……ありがとうね、Vector……ん?」

 

 感謝の意を示しつつ置いて行った袋に手を伸ばしたFALであったが、袋からちらっと見えた白い生地に嫌な予感を感じた。

 おそるおそる中身を見たFALの予感は的中する……Vectorが持ってきたという着替えの服は、なんとあの忌まわしいウェディングドレスではないか。

 それはかつてジャンクヤードで狂気に取りつかれていた時にFALが身に付けていたもので、処分されていたと思っていたものだった。

 

「手紙?」

 

 ドレスと一緒にあった手紙には"これを着て花嫁修業をしなさい"と書かれていた。

 さっきまでVectorへの前向きな想いがあったが、それもドレスを見た瞬間どこかへ吹き飛んでいってしまう。

 しばらくそのままがっくりとうなだれていた彼女であったが、何を思ったのかFALはそのウェディングドレスに着替えるのであった。

 そして宿舎内の鏡の前に立ち、細部をチェックする…。

 

「ふん…何よ、私が独女になる要素なんてどこにあるっていうの? スタイルだっていいし見た目も悪くないし、料理だって目玉焼きやゆで卵の一つや二つ出来るのに……」

 

 鏡の前に立ち、ブツブツ文句を言いながら自分のドレス姿を確かめる。

 そうしていると宿舎の扉がノックされた…はいはい、と脱力した様子で扉を開いてびっくり…そこに立っていたのはビッグボスことスネークとスコーピオンだ。

 

 お互い固まりじっと見つめ合うなか、あっ、と何かを察した様子のスコーピオンが静かに扉を閉め直す……。

 

 

「……って、なになんでもなかったかのように扉を閉めてるわけ!? そういうのが一番傷付くんだからね、分かってる!? あんたたち絶対誤解してるわよね、そうよね!? 誤解してるって言いなさいよ! よし、誤解を解くために一回中にはいろうか? うんそうしましょうね!」

 

 逃げようとするスコーピオンとスネークを強引に宿舎内へと引きずり込むと、扉にロックをかける。

 あまりのFALの勢いに気圧されたスコーピオンがスネークにしがみつく。

 

「あの、色々聞きたいことはあるんだけどさ…」

 

「ええあるでしょうね! なによ!」

 

「FAL、とりあえず落ち着け。オレはその……たまに自分が好きなことをするのは大切だと思ってる」

 

「あーもう! そんな痛い子を見るような目で見ないでよ! 自分だって恥ずかしいわ! もう、最悪……」

 

 しまいには目に涙を浮かべてすすり泣くFALに、流石にかわいそうになったのか二人はウェディングドレス姿には一切触れずに彼女を慰める。

 差し入れにチョコレートを手渡すとコロッと泣き止んだところを見るに、強靭なメンタルを持っていることが伺える。

 ひとまず落ち着いたFALのドレス姿に気をとられつつも、今回わざわざやって来たことの理由を説明する。

 

 

「新型戦車の配備?」

 

「ああ、どうも研究開発班がいつの間にか開発していたらしくてな。米軍の技術を解析して作りだした戦車らしいんだが、コストの問題から一台しか作れず扱いに困っていたらしい」

 

「それをわたしに押し付けようっての?」

 

「まあ、とりあえず現物見て見なよ。基地にはもう持ってきてるからさ」

 

 研究開発班の開発ということにFALはまず驚く。

 今まで大隊に配備された戦車はMSFが元々持っていた戦車か、既存の戦車を購入したり鹵獲したりして手に入れたりしていた。

 おまけに月光や新型無人機のフェンリルやグラートといった、既存の戦車とは異なる兵器の開発に没頭していると思っていたため、まさか新型の戦車が造りだされるとは思いもしなかった。

 

 色々文句を言いながらも、なんだかんだ戦車がお気に入りのFALは興味津々のようで、自分がウェディングドレス姿なのも忘れて基地の外へと出ていった。

 彼女のまた風変わりな格好に周囲のスタッフたちはギョッとしていたが、そんなことはさほど気にならない様子。

 

 

「あれが新型の戦車だよ!」

 

「うわ、なにあれ…」

 

 

 スコーピオンが指さした先にある戦車らしき兵器…それはFALが今まで見てきたどのタイプの戦車とも異なる造形をしており、左右の履帯が前部と後部に別れている。

 特に目を引くのは、搭載された長砲身のレールガンだ。

 サヘラントロプスに搭載されているものよりは小さいが、それがFALも知るレールガンであるのならば極めて強力な武装…そしてその設計コンセプトはどちらかというと…。

 

「なんか"正規軍"にもこんなのあったような気がするわね…正規軍とケンカするつもり?」

 

「まさか、相手が悪すぎるし戦う理由もないよ。連中はE.L.I.Dと戦う、あたしらはあたしらの戦いをする…でしょ?」

 

「そうだ、別に彼らを意識してこんなのを作ったわけじゃない。まあ、研究開発班の何人かが正規軍の装備に憧れを持っているようだがな」

 

「そう、ならいいわ。でもこれほんとに使えるの?」

 

「バカみたいにコストがかかるから量産はできないらしいけど、それは保証するよ。旧アメリカ合衆国正式採用主力戦車"M10A1マクスウェル"、ほんとはレールガンじゃなくてレーザーキャノンだったらしいけど技術的に無理だからレールガンに変えたんだって。研究開発班の技術ってすごいね」

 

「ヒューイがサヘラントロプスの研究を一時止めてまで作ってくれたんだ、お前の専用戦車として活用してくれ」

 

「ふーん…まあいいわ、使っているうちに愛着がわくでしょうね。ありがとうスネーク、有効に使わせてもらうわね」

 

「ところでFAL、なんでドレス姿なの?」

 

「スコーピオン、このタイミングで聞いてくるの…?」

 

 すっとぼけたような表情で思いだしたように聞いてくるスコーピオン。

 その後あれこれ言い訳を口にするが、ウェディングドレス姿でジャンクヤードを暴れていた姿を知る二人の妙な誤解を解くのにFALは苦労するのであった。




パンツァー(戦車)とパンツ(下着)を弄ってるわけじゃないのよ??


ということで、FALネキにおもちゃをあげる回。
ラジオネタは原作と他作品へのリスペクト!
Vectorとつかず離れずの関係も変わらないなぁ…。

とりあえず出したはいいが適当な設定しか決まっていないM10A1マクスウェル主力戦車。
・長射程レールガン
・セラミック・チタン複合装甲+電磁装甲
・射撃管制システム
・オリジナルに対し60%程度の完成度
などなど正規軍兵器に近いスペックはあるけれど、コストのデカさのために一台しかないから戦局を変えられるだけの戦力ではないという設定です。


なお、旧合衆国陸軍はこれを100%の状態で正式配備していた模様…。


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灰色の記憶 1

 一機のヘリがマザーベースのヘリポートへと到着する。

 甲板上には担架を準備した医療班のスタッフたちが待っており、ヘリから降ろされてきた特に酷い負傷兵を速やかに担架に乗せると、医療設備の整った医療棟へと運んでいく。

 その後に自力で歩ける負傷兵も何人かいたが、一人の兵士は79式の肩を借りてヘリを降りる。

 

「すぐに治療を受けられますからね、安心してください」

 

「すまねえ、ありがとう…」

 

 79式は負傷兵を甲板上に寝かせると、その後の処置は医療班のスタッフが交代する。

 手伝ってあげたいところであるが、ここからは彼らの仕事だ。

 より専門的な知識を持つスタッフにあとのことを任せた79式は、最後にヘリを降りたWA2000のあとをついてマザーベースの宿舎へと入っていく…任務の報告書をあげるためにミーティングルームを借りた二人は、今回の任務をまとめる。

 今回の二人の任務は、中東方面で任務を行っていたMSFスタッフの救出だ。

 現地は政府軍とゲリラとの内戦状態にあり、MSFのスタッフはゲリラ側に雇われて軍事訓練を行っていたのだが、そこで彼らは政府軍の奇襲を受けてしまった…逃走する彼らを見つけて救助するという任務を、二人は見事こなしてみせたのだった。

 

「ええと、こんな感じでよろしいでしょうか?」

 

「…………うん、これでいいわ。あなたはこっちの資料を整理して、あとはわたしがやるから」

 

「はいセンパイ」

 

 必要最低限のやり取りを行って、二人は黙々と報告書の作成を行う…真面目で優秀な二人が取り掛かれば資料をまとめるのも早いもので、スコーピオンにやらせたら一日かかっても終わらなそうな作業をものの1時間で終わらせてしまう。

 まとめあげた報告書は最後にWA2000がチェックし、確認を終えればこれで作業は終了だ。

 さほど疲れてはいないが、79式は背筋を伸ばして身体をほぐす。

 

「お疲れさま、今回の任務だけど助かったわ」

 

「いえいえ、センパイの活躍に比べたら私なんて」

 

「謙遜しなくていいのよ? スコーピオンのアホも、あなたみたいに落ち着いて行動してくれればいいのにね」

 

「あはは…スコーピオンさんは正規戦闘向きですからね」

 

 すぐそばの販売機で買ったコーヒーを飲みながら、二人は任務を振りかえりつつ他愛ない会話で盛り上がる。

 訓練時のWA2000を知っている者なら、今のこの光景を見れば驚くかもしれない……訓練の時のWA2000は自分を慕う79式にも厳しくあたり時に信じられないようなキツイ言葉をぶつけたりしている。

 しかし79式はめげずに彼女のスパルタ教育を受けながらも、時には言い返したりする場合もあったりする。

 

 だが訓練が終わりプライベートの時間となれば別だ。

 WA2000は79式の事を期待の後輩と思いつつ、実の妹のように可愛がる。

 一方の79式も、WA2000を先輩としてでなく姉のような存在として慕っている。

 

「ところでこの間あなたが南米で助けようとした赤ちゃんだけど、体調も戻って健康そのものですって」

 

「ほんとですか!? はぁ…良かった…」

 

 赤ちゃんの無事を聞いた79式は一瞬目を見開いたかと思うと、ほっと胸をなでおろす…あのことがあってから何度か赤ちゃんの心配をしてい79式も、これでようやく安心することが出来るだろう。

 あの赤ん坊はMSFで治療を受けた後、ある老夫婦が営む信頼できる孤児院に預けられているのだが、定期的に連絡を寄越してくれるので赤ちゃんの健康状態も知ることができていた。

 

「さてと、私は報告書をあげてくるわね」

 

「あ、センパイ……あの、後でちょっとお部屋に行ってもいいですか?」

 

「いいわよ、そうね……1時間後以降だったらいつでも来なさい」

 

「はい、そうしますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告書をあげに司令部へ向かったWA2000が真っ先にすることはとりあえずミラーのケツを思い切り蹴り上げること。

 理由は先日彼がラジオで好き放題卑猥なネタを口にしていた腹いせだ…尻を蹴り上げられて悶絶するミラーを、ここぞとばかりに蘭々も追い打ちをかけているがいい気味だと冷たく見下ろす。

 オロオロしている97式に報告書の事を任せるとWA2000はさっさと部屋に戻る…。

 

「さてと…」

 

 ちらっと時計の針を見て時刻の確認をするが、先ほど79式に伝えた時間までにはまだ余裕がある。

 79式が部屋にやって来る間の暇つぶしとして、彼女は本棚にしまっていた本を手に取った……大戦前のジャーナリストが書いた本で、20世紀末に引き起こされた紛争についてもジャーナリストの目線から執筆された内容だ。

 暇つぶしのようにその本を読んでいると扉がノックされる…やって来たのはもちろん79式、部屋に招かれた彼女はどこか神妙な面持ちでWA2000の前の椅子に腰掛ける。

 

「今日はセンパイに話しがあるんです」

 

「あら、どうしたのそんな風にかしこまって?」

 

「私の過去についてです」

 

 その言葉ですべてを察したWA2000は笑顔をひっこめると、手にしていた本をそっとベッドの上に置いた。

 それから彼女に向き直る……じっと見つめ返す79式は少し戸惑っているようにも見えたが、強い意思をその瞳から感じ取る。

 

「79式……無理に話さなくてもいいのよ。話すことで記憶が鮮明になり、酷いことも思いだすはずよ」

 

「私は、センパイのことが大好きです。だからこそ、知って欲しいんです……私が見たものや、私が犯した罪とその報いを」

 

「そう……分かった、それであなたの気が晴れるなら聞きましょう。79式、くれぐれも無理はしないことよ…」

 

「はい、センパイ…」

 

 理由は何であれ、79式が消去してまで思いだしたくもなかった過去の記憶。

 過去と共に未来を生きることを示したWA2000は、内戦にまつわる暗く重い過去の話をその耳で聞くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2055年 ユーゴスラビア連邦共和国 ボスニア=ヘルツェゴビナ・ブゴイノ

 

 ブゴイノは、連邦構成国の一つであるボスニアの首都サラエボより北西80kmに位置する人口3万人の町であり、この地域には第三次大戦の戦渦を免れた広大な森林地帯が残されていることで、豊かな自然を目当てに観光に訪れる者も少なくない。

 この町には三つの民族…すなわちクロアチア人、セルビア人、ムスリム人がおり必然的に三つの宗教のシンボルが町に存在していた。

 周辺の街も含めれば10万人以上いる住民は、現代で珍しくPMCの統治を受けずに行政が施行され秩序も維持されている…豊かな土地を活かした林業や農業も盛んで、経済成長がゆっくりとだが進んでいる。

 

 市街地のとあるアパートにて…けたたましい音を鳴り響かせる目覚まし時計の音に目を覚ました79式は、目覚まし時計を止めるとしばらくそのままぼうっとしていたが、再びベッドに横になる。

 半開きにしていた窓から入り込む、新鮮な朝の空気が心地よく、ついつい二度寝をしてしまう……抱き枕に抱き付きながら幸せそうな顔で寝ている79式であったが、路上に停車したバスが発車を告げる音を鳴らした瞬間飛び起きる。

 

「あぁ!待って、待ってくださーい!」

 

 窓を勢いよく開いてバスに呼びかけるがバスは無情にも走り去る。

 慌てて動きだした79式はベッドの乱れもそのままに、ハンガーにかけていた着替えを乱暴にひったくり袖を通す。

 冷蔵庫を開き牛乳の瓶を手に取ると一気のみ、"よし!"という謎の掛け声をした後に急いで歯を磨いて顔を洗って部屋を飛び出す…が、忘れ物をしたのか戻って来た79式は立てかけていたバッグを手に取ろうとした際、タンスの角に小指を思い切りぶつけてしまった。

 

「痛ったぁぁーーー!!」

 

 悶絶する79式はぶつけた足をおさせてピョンピョン跳ねまわるが、その跳ねた先でつまずき顔面からタンスに激突…ふらついて倒れた79式の頭に、揺れた衝撃で落ちた分厚い本が激突した…。

 

「うーん……」

 

 朝っぱらから酷い出来事だ…。

 痛む額をおさえてふらふらと79式は部屋の外に出ていくと、アパートの住人たちに挨拶をしつつ自分の自転車にまたがる…時計の針を見上げて大きなため息をこぼす。

 

「遅刻確定…行きたくないな…」

 

 そうは言っても行かなければ余計叱られることになるのは目に見えているので、行くしかない。

 気は乗らないが仕方なく自転車のペダルをこいで市街地を走る…。

 

「あら79式ちゃん、今日も元気そうね」

「よぉ79式ちゃん、今日は自転車通勤かい?」

「こんな時間に走ってるってことは遅刻か? 朝帰りでもしたのか?」

「今日もいい体してるね! オレも頑張れそうだよ!」

 

 町を自転車で走っていれば、顔見知りの住人たちから声がかけられる…ほとんどが男性、しかもセクハラまがいの声をかけられるが79式は愛想笑いを浮かべて受け流す。

 しかし内心は腹が立っており、笑顔で額に青筋を浮かべていたりする。

 商店街を通ればクロアチア人の野菜売りから、大通りを通ればセルビア人のタクシー運転手に、建物を見上げればムスリム人の主婦が愛想よく手を振ってくれる……自律人形はいるが、戦術人形は79式が唯一の存在であるために町で知らないものはおらず、この町のアイドル的な存在としてみんなから愛されているのだ。

 

「――――♪」

 

 鼻歌をうたいながら自転車を走らせていた79式は、ふと道路で立ち往生する老婆を見つけると自転車を急停止させる…その老婆は不安げな様子できょろきょろと周囲を見回しており、通りすがる人に声をかけようとしているがうまく声がかけられない様子だ。

 

「何かお困りですかおばあちゃん?」

 

 困っている人がいるなら助けずにはいられない、それは彼女の…連邦警察機構に属する79式の使命なのだ。

 困っていたところに手を差し伸べてくれた79式に、老婆は教会へ行こうとしたが道に迷ってしまったという…ふむふむと頷く79式は快く老婆の手助けを行う。

 自転車から降りて一緒に老婆と歩き教会を目指す。

 幸いにも老婆が行きたかった教会はすぐ近くにあったため、老婆の歩調に合わせてゆっくりと、他愛のない世間話をしながらその場所に向かっていった。

 教会では老婆の家族と思われるセルビア人たちがおり、安心した様子で老婆を迎えると連れてきてくれた79式にも感謝の意を示す…老婆もしわだらけの顔に笑顔を浮かべると、深々とお辞儀をする。

 

「優しいお嬢ちゃんに神さまの祝福がありますように」

 

「どういたしまして! 何かまたお困りでしたらいつでも相談に乗りますからね!」

 

 老婆とその家族を教会へ見送り、今日も善い行いができたと満足していた79式…だが自分が遅刻していることに気がつくと急いで自転車にまたがると、一心不乱にペダルをこいで町の警察署を目指すのであった。

 

 

 

「―――――で、町でばあさん助けてたから遅刻、朝の見回りパトロールをすっぽかしたわけか…」

 

「はい、今日も一日一善達成できました!」

 

「何が一日一善だばかやろう! 遅刻したやつが偉そうに言うな!」

 

「痛いッ!」

 

 げんこつが79式の頭に叩き落され、ゴツンという鈍い音がなる。

 痛みに悶える79式だが、彼女の遅刻で朝のパトロールを代わらされた上司の怒りの説教によってこっぴどく絞られる。

 署内のあちこちからクスクスという笑い声が聞こえ、それを聞いてか羞恥心で79式は真っ赤になる。

 結局朝から1時間弱説教を受けた79式は肩を落とし、とぼとぼと自分の机に向かうのだ……そんな79式の背後から忍び寄る一人の人物…。

 その人物は息をひそめながら近付くと、いきなり79式のおしりを撫でまわした。

 

「わひゃあッ!?」

 

「隙だらけだぞ79式、朝から何落ち込んでんだ?」

 

「もう! 朝からやめてくださいよルカ先輩! セクハラで訴えますからね!」

 

「そこにいい尻があったら揉んでおけって神さまのお告げさ。ところでなんでまた遅刻したんだ? サッカーの観過ぎか?」

 

「えっと、はい……ついつい熱狂しちゃって…」

 

「まあ地元のクラブイゴイノの準決勝だったもんな、惜しくもセルビア野郎に負けちまったけどさ」

 

「PK獲得した時勝ったと思ったのに、まさか外すなんて…おまけにカウンターでゴール決められるし…」

 

「ははは、随分白熱して観てたんだな。なあ79式、オレのアパートに引っ越してこいよ。署に近いし寝坊してもオレが起こしてやれるぜ?」

 

「どうせえっちなことしてくるに決まってます! ルカ先輩とは一緒のアパートには住みません!」

 

 からかうルカにそっぽを向くと、自分の机に配布されていた資料の整理に取り掛かる。

 その後は何度かからかわれつつも無視していると、流石に彼も飽きたのか仕事に取り掛かる。

 資料を整理し終えて何気なく見た新聞記事…そこには一面でクロアチアの大統領選挙が近付いていることを掲載しており、有力視される候補が支援者に笑顔で手を振る写真が載っていた。

 

「そろそろ選挙なんですね」

 

「あぁ? そういえばそうだっけ?」

 

「もう…ルカ先輩は選挙権持ってるんですから興味持ちましょうよ」

 

「政治なんてめんどくせえだけだよ。よし、そろそろパトロールにでも出かけようぜ…お前も外に出かけたいだろ?」

 

「仕方ないですね…」

 

「嫌ならいいんだけど?」

 

「あぁ! 行きます、行きますよ!」

 

 新聞を机の上に放り投げると、79式は急いで彼のあとを追いかけていく。

 こう言うとむきになるが、仲睦まじい二人の様子に署内から微笑ましい視線が二人に向けられていた…。

 騒がしい二人がいなくなった後は、署内はやや静かになり、治安も良いこの町では警察が過度に働き過ぎることもない…穏やかな一日が流れていく。

 警察官の一人が何気なくテレビをつけると、新聞に載っていたクロアチア大統領選の立候補者であるグラーニッチが画面に映し出される…。

 

 

『―――我らが連邦の内外で勢力を伸ばしつつある脅威に、私たちクロアチア人は団結しなくてはならないのだ。クロアチアの同胞諸君、連邦を腐らせようとするクロアチアの敵に言ってやろうではないか。戦いは望むところだ、我々は全ての戦いに勝ってみせると!』

 

 右派政党の党首とされる彼の演説を聞く者の中には、過激な民族主義者も混ざっており彼らが率先してこの政治集会を沸き上がらせていく…画面ごしにも分かる熱狂ぶりに、署内にいたほとんどの警察官は興味を示さなかったが、一部の者は言いようのない不安を抱えるのであった。




79式の過去編……やりましょうか…。
アンケートでNoと答えていただいた方には申し訳ありませんが、やはり書くべきだと思いました。


映画で歴史を学ぶなってのがスタンスなんですけど、ユーゴ紛争を描いたセイヴィアとノーマンズランドは素晴らしい反戦映画だと思いますね。


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灰色の記憶 2

 2056年 8月

 

 例年に比べて暑さの厳しい夏がバルカン半島にやってくる。

 内陸部の森に囲まれたブゴイノ周辺ではこの暑さにもかかわらず、豊かな自然を目当てとするハイキングや森に棲む動植物を狩猟するためのハンターが訪れていたりする。

 のどかな自然と穏やかに暮らす人々……だが市街地の郊外にてある日、何台もの警察車両が早朝の時間帯に集結し付近の住人たちは何ごとかと窓から顔を覗かせる。

 ボディーアーマーを着用した警察の特殊部隊が先陣をきってとある民家に突入…その中に79式の姿もあり、民家には2番目に入り込む。

 

「警察だ! 両手をあげて床に伏せろ!」

 

 玄関を強引に蹴り開けられた住人は驚いた表情で現われるが、警官隊に銃口を向けられると大人しく両手をあげて床に伏せる…それをすかさず警官たちが取り押さえ手錠をかけて確保する。

 そんな時、家の裏口から男が一人飛び出したのを連邦警察特殊部隊員であるルカが発見する。

 

「79式、男が一人裏口から逃げたぞ!」

 

「了解!」

 

 すぐさま79式は銃を肩にかけると、全速力で逃げる男の後を追いかける。

 男は必死で逃げるが戦術人形である79式の足の速さからは逃げられず、あっという間に追い詰められていく…しかし逃げる男は振りかえると、ベルトに挟んでいた銃を引き抜くと79式に向けて発砲したではないか。

 幸いにも銃弾はあらぬ方向にそれていったが、万が一周辺住人へ危害を与える可能性があることも予測し、79式は自分が傷つくのも覚悟で一気に飛びかかる。

 抵抗する男を人形の力でねじ伏せ、うつぶせに拘束する…素早く銃をその手からひったくり手錠をかけると、男はようやく大人しくなるのであった。

 

「ルカ先輩! 逃げた容疑者の確保に成功しました!」

 

「お、よくやったな。そいつは他の警官に任せて、お前はオレと一緒に来い」

 

 ルカに言われた通り、逃げた容疑者を他の警官に預けると、79式は彼の後ろをついて行く。

 残りの容疑者は全員逮捕されたようで屋外にて拘束されているが、79式は念のため警戒を怠らない…しかし家屋内には既に他の警官も入っているようで、調査をしている最中である。

 

「銃を下ろしとけ79式、さてと……おいマルコ、ブツは見つかったか?」

 

「いや、まだだ。もしかしたら外の納屋かもな」

 

「よし、じゃあここは他の奴らに任せて一緒に行こうぜ」

 

「あいよ。おお79式お前もいたんだな、手柄はあげたか?」

 

「犯人を一人捕まえたんですよ、撃ってきたのでやっつけてやりました!」

 

「撃たれただって?けがはないのか?」

 

「ええ、平気ですよ」

 

 身体のどこにも怪我していないことを79式はアピールして見せる。

 銃声はその時の一発のみで、他の容疑者は抵抗することなく投降していた。

 

「おいラドミル、お前も一緒に来い。それとボルトカッターを持ってこい、納屋を開くぞ」

 

 連邦警察特殊部隊のもう一人の隊員へそう伝えると、三人は家屋の裏手にある納屋へと向かう。

 苔むしてツルが壁を覆い、ところどころ板が剥がれていて長く使っていないようにも見えるが、ルカは扉の前に生える草だけが短いことに気付いていた。

 そう間を置かずにカッターを持ってきたラドミルが、納屋の扉を施錠している錆びた鎖を断ち切る……納屋の中は薄暗く、埃っぽい匂いに満ちていた。

 真っ先に納屋に入って行ったルカは、古臭い藁に目をつけると、積まれた藁を払いのける……藁で覆い隠すようにしてあった木箱を強引に開くと、彼はお目当ての物を見つけたのか小さな口笛を吹く。

 

「こりゃあ……ずいぶんかき集めたもんだな。戦争でもするつもりなのか?」

 

 開かれた木箱を覗いたマルコがそう言った。

 後に続いてやって来た79式も一緒に覗く…木箱には緩衝材と一緒に様々な銃器が詰め仕込まれていたのだ。

 旧式のライフル銃から猟銃、自動小銃や手りゅう弾なども発見された。

 今回79式がここへやって来たのは、武器密輸犯の情報を入手したということで出動命令が下ったためだ……先日隣国クロアチアで民族主義的な政策を掲げるグラーニッチが大統領に当選し、同時期にボスニア=ヘルツェゴビナ構成国であるスルプスカ共和国の代表に過激な言動で知られる政治家が当選してからこういった犯罪が少しづつ増えていた。

 

「ちくしょう、めんどくさいことになって来たな」

 

「まったくだ」

 

 後の処理は地元警察に引き継いで、ルカ達は車へと乗り込みブゴイノの警察署へと戻っていく。

 町の通りはいつもと変わらない様子……ボスニア内だけでなく連邦領内の都市では一番治安が保たれ、民族間の融和も上手くいっている、それが79式が常々聞かされていることだ。

 車内ではルカが下らない話をネタに仲間たちの笑いを誘う。

 クロアチア人のルカとマルコ、セルビア人のラドミル…同じ町に住み、同じ仕事をする、そこに民族の隔たりは無い。

 ニュースでは過激な言動の政治家らが台頭しているが、争い事に繋がるわけなんてない…争い合う理由なんてどこにもないんだ、そう79式は窓の外を眺めながらそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結婚おめでとうマルコ!」

 

 仕事を終えたルカたちの、乾杯の声が酒場に響き渡る。

 同じ警察署に勤務する同僚の他、地元の友人らも招いたその会は、最近結婚したというマルコを祝うという名目で開かれたものだ。

 

「マルコさん結婚おめでとうございます!」

 

「おぉ79式、ありがとうな!」

 

「これ、お祝いのケーキですよ! ルカ先輩と一緒に買ってきたんです!」

 

「こいつは美味そうだな。ありがとう79式……ルカ、お前もありがとうな!」

 

 同僚からの感謝の声に、ルカは酒瓶を掲げて応えて見せる。

 賑やかな酒場には招かれた客以外もやってくるが、何故だか顔見知りのものばかりがやってくるため、一人また一人と彼の結婚を祝う人が増えていく。

 

「おい79式、サッカー始まってるぞ」

 

「あれ、今日でしたっけ!?」

 

「ははは、すっかりサッカーに夢中だな。この間までは興味ないとか言ってたのにな」

 

「ザグレブとベオグラードチームの対決ですよ! 因縁の一戦です、興奮しないはずがありません!」

 

 瞳を蘭々と輝かせる79式はカウンター席へと飛んでいき、酒場内に設置された小さなテレビ画面を食い入るように見つめている…青のユニフォームのザグレブと赤のユニフォームのベオグラード、双方ともクロアチアとセルビアの首都の名を冠したチームだ。

 試合開始前だというのに熱心にテレビを見つめている79式にマルコが苦笑していると、そこへルカとラドミルがやってくる。

 

「まったく、せっかくの結婚祝いなのにもう一人の主役がいないのはどういうことだ?」

 

「勘弁してくれ、嫁は体調がすぐれないんだ」

 

「なに? 生理が遅れてるとかそういう話じゃないよな?」

 

「あぁ、実は…」

 

「おいおいほんとかよ……おーいみんな聞いてくれ! 今日のこの集まりはマルコの結婚祝いだが、もう一つ名目が増えるぞ。こいつに子どもができたんだってよ!」

 

 ルカがテーブルの上に立ってそう叫ぶと、酔っ払いたちが口々にお祝いの言葉を述べる。

 テーブルに上がったルカはすかさず店のマスターに引きずり下ろされたが、友人を祝う場の雰囲気は最高潮に高まっていた。

 一度はサッカーに夢中になっていた79式もそこへ加わると、マルコに詰め寄り子どもの性別だとかどんな名前にするのかだとか、興味津々で尋ねる…しかしまだ妊娠して間もないので、話が早いぞとマルコは笑った。

 

「へぇー、子どもですか…いいですね!」

 

「オレもようやく父親になるってわけさ。おいルカ、お前もいつまでも独身貫いてんじゃねえで身を固めろよ」

 

「そうですよルカ先輩。マルコさんとラドミルさんを見習って、先輩も早く結婚した方がいいですよ」

 

「余計なお世話だこのやろう」

 

「いやいや、こいつが結婚なんてありえないだろう。何人女泣かせてると思う?」

 

「え゛……そうなんですか先輩? そういうのは、ちゃんとお付き合いして結婚を約束した上でするんじゃ…」

 

「おいラドミル、余計なこと言うんじゃねえ」

 

 からかうように言ったラドミルをギロリと睨む。

 既婚者に周りを囲まれて居心地が悪くなったのか、ルカは酒瓶を手にどこかへと行ってしまった。

 ルカがいなくなると標的は79式に移り替わる。

 

「なあ79式、ルカの奴を貰ってやってくれよ。お前ならあいつを任せられる」

 

「え? えぇ!? な、なんですかそれは!?」

 

「だってお前が一番仲いいじゃないか。あいつの女の扱い方っていったら、抱く以外に考えてねえってのに。お前に対してはそうはしないじゃないか」

 

「それはえっと、同僚だし私が人形だからじゃないでしょうか…?」

 

「そんなことは無い、きっとアイツはお前に惚れてるぞ?」

 

「そ、そうでしょうか…?」

 

 79式は戸惑いつつ自分の頬に手を当てる。

 気恥ずかしさからなのか、酒に酔っているからなのか触れた肌はとても熱かった…その理由がなんなのかは分からずじまいであったが。

 そうこうしていると、酒場のテレビからホイッスルの音が流される。

 どうやらサッカーの試合が始まったらしい。

 ここに集まった者たちのほとんどがサッカーファンらしく、みんな小さなテレビの画面を熱心に見つめ、互いの陣営を応援していた。

 

 いつの間にか戻って来たルカもそこへ加わり、彼は79式のすぐそばに座る…。

 先ほどの話もあって声をかけるのが気恥ずかしい79式は、ただサッカー中継を見続けていた。

 

 サッカーの試合は前半を0対0で終了し、ハーフタイムを挟み後半戦が始まった。

 後半戦開始間もなく、勢いよくゴールへとドリブルするクロアチアザグレブのチーム…ゴール間近へ接近した際、ベオグラード側のスライディングで選手が倒されて審判の笛が鳴る。

 PKの権利を勝ち取ったザグレブ側に、チームを応援する主にクロアチア人らの拍手が酒場に鳴り響く。

 

 ゴール前にボールをセットし、シュート…放たれたボールがゴールネットを揺らすと、画面と酒場から歓声が沸き上がった。

 反対にベオグラード側を応援していたセルビア人たちからはため息が零れ落ちる…だがまだ後半戦は始まったばかり、まだ試合の行方は分からない、そう思っていた矢先のこと…それは起こる。

 

 PKでゴールを決めたクロアチア人選手がサポーター席へと走り寄ると、サポータに向けて腕を斜め上に掲げる敬礼をとって叫んだ。

 

 

Za dom! spremni!(故郷のために! 備えよ!)

 

 

 その選手が叫んだスローガンが聞こえた瞬間、酒場の空気が一気に凍りつく。

 突然のことに79式は戸惑っていると、中継されているサッカー場では審判がそのクロアチア人選手の元へと駆け寄りレッドカードを示す…一発退場だ。

 試合会場はクロアチア人サポーターの歓声に混じり、セルビア人サポーターの非難やブーイングが響く。

 

「わるい、今日はもう飲む気になれねえから帰る」

 

「おいラドミル、あんなの気にすんなよ…あんな時代遅れのパフォーマンスなんか…」

 

「分かってるが、もう気分じゃねえんだよ。悪いなマルコ、先に帰るわ」

 

 セルビア人であるラドミルはため息をこぼしながら酒場を後にする。

 残っていた他のセルビア人客も居心地の悪さを感じたのか、一人また一人と酒場を去っていき、後には少人数のクロアチア人の客とルカ、マルコ、79式だけであった。

 

「あの、ルカ先輩…? 一体どうして…」

 

Za dom spremni(ザ・ドム・スプレムニ)、クロアチアの民族主義者がよく使うスローガンさ。バカみたいなことしやがって……こんなになっちまうとは思わなかった、すまないなマルコ」

 

「いや、いいんだよ。それにしても最近物騒なニュースばかりだ…聞いたか、スルプスカで独立の投票をするって話」

 

「ボスニアから独立して、そのままセルビアに合流するつもりだろう。だけどそんなことしたら」

 

「最悪の事態になるな……セルビアの後ろ盾にいる連中(正規軍)がなんか仕掛けてるって噂だし、もしかしたらもう行くとこまで行くしかないのかもな」

 

「あの、一体何の話しですか…?」

 

「お前は…あまり気にすんな、酷いことにはならないさ。そこまで人間も、バカじゃないはずさ…」

 

 ルカの大きな手が79式の頭を撫でる…。

 不安に思う彼女を気遣い安心させようとしてくれることを感じるが、同時に…彼自身の不安を、79式はその手を通して感じ取っていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロアチア共和国 ザグレブ

 

 ユーゴ連邦の主幹となる連邦幹部会、その議長を務めるヨービッチは受話器越しに相手方と激しい議論を交えていた。

 相手はセルビア共和国側の連邦幹部の男だ。

 

『ヨービッチ議長、我々の我慢の限界にも限りがある。我々はクロアチアが主導とする連邦政府の体制に反対する。あなた方がセルビアから手を引かないのであれば、我々セルビアは連邦から分離する』

 

「たわごとを、お前たちが武器の密輸を扇動していることは分かりきっている。お前たちがこの危機を招いているという自覚はあるのか?」

 

『では我々は銃を手にせずペンを持てとでも言うのですか? それで紙にでも攻撃するなとでも書けばよろしいのですかな? ヨービッチ議長、あなた方がこれからも強硬な姿勢を貫くというのなら我々はかの国(正規軍)に介入を要請する』

 

「図々しいことだ、武器の密輸を行うあなた方が"正規軍"に保護を求めるというのか? バカバカしい冗談だ」

 

『冗談などではない、元々我々が一つにまとまることなどあり得なかったのだ。セルビアは連邦の全ての機関から離脱し、独立する』

 

「なるほど……つまり、戦争だな?」

 

 

 




少しずつ…きな臭くなってきました。

過去編を描くにあたり、色々な資料を参考としていますので描写やセリフ回しがパクリっぽいかもしれませんが、よろしくお願いします…。



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灰色の記憶 3

ちょい短め


「暴動…ですか?」

 

 79式は荷物の入ったバッグを肩にかけたまま、素っ頓狂な声をあげた。

 早朝の警察署…いつも通りの時間帯に署に訪れた79式であったが、署内はいつもと違って慌しく警官たちが急いで身支度をして外に出ていく。

 警察車両がサイレンの音を鳴らしながら多数出動していく。

 79式が属する連邦警察特殊部隊も出動命令が下っているらしく、部隊長以下の隊員は既に身支度を済ませていた。

 

「そう、暴動だ。ニュースを見なかったのか?」

 

「はい、今日は…あの、ルカ先輩? 暴動ってどういうことでしょうか?」

 

「モスタルで暴動が起きてるらしい、オレたちにも応援依頼があったんだ。相当大規模な暴動らしいぞ? お前もすぐに準備しろ」

 

「はい!」

 

 いきなりの事だが79式はすぐさまロッカールームへと走ると必要な荷物をまとめあげる。

 服装の確認を行い、ロッカールームを飛び出した先で、部隊長の上官に出くわす…敬礼を向ける79式に対し、上官はバッグを一つ手渡してきた。

 ずっしりとした重みのある荷物がなんなのか分からなかったが、彼女は一応それを受け取った。

 

「あの、これって…?」

 

「実弾だ、必要になるかもしれん。準備はできたな、行くぞ」

 

「え、あ…はい!」

 

 実弾の使用許可は一部の凶悪犯罪や緊急時の使用に限られるのがしきたりだ。

 一応普段でもマガジン一つ分の実弾は携帯を許可されてはいるが、ここまでの重さを感じるほどの弾薬量を持たされたのは初めてのことであった。

 困惑した表情で上官に従っていた79式、そんな彼女のそばにルカが駆け寄ると弾薬の入っているバッグを彼女からとり上げる。

 

「オレが持ってるよ。心配するな、必要にはならないさ」

 

 不安げな表情を見せる79式の髪をわしゃわしゃと撫でつける。

 少し乱暴だが、暖かな彼の手に少しばかり79式は勇気づけられる。

 その後は警察署を出て一緒の車に乗り込む、後からやって来たマルコとラドミルも加わるが、どことなくラドミルの表情は暗い…それが気になって仕方がない79式であったが、車内は言いようのない重苦しさに包まれており、結局79式は一言も話すことなく目的地へと向けて出発した。

 

  ブゴイノより南にあるモスタルは、連邦のその他の地域と同じように大戦や災害を免れた豊かな土地であり、古くからの街並みが残る都市である。

 ここもブゴイノ同様に三つの民族が暮らしているのだが、この地域は他の都市と違い三つの民族がそれぞれ完全に住み分けされて生活をしていた…それは20世紀末に引き起こされた悲劇を起因としているが、そんなことは79式には知る由もなかった。

 79式が警官隊とモスタルへと到着した時には、既に他所の警官の応援部隊が駆けつけており街の中心部からは大勢の市民の怒鳴り声が聞こえていた。

 

「79式、離れるんじゃないぞ」

 

 車を降りた79式はルカの言葉に無言で頷くと、彼に寄り添うようにして支持された現場へと赴く。

 

 それは異様な空気であった…。

 街の住居は全て窓が固く閉ざされ、見える限りでは警官の姿しか見ることができない…しかし警官がバリケードをはる向こうでは、拡声器で拡大された民衆の叫び声が上がっている。

 

「おいルカ、待てよ。どこ行くんだ?」

 

「暴動ってやつを見にな……マルコ、オレはこれが暴動って呼ぶ気が知れないね」

 

「ああ、オレもテレビで見たさ。この民衆主催の集会は大規模であれ、平和的に見えたからな…きっとクロアチアの差し金に違いない。それよりあの噂を聞いたか?」

 

「噂ってなんのことだ?」

 

「この暴動に対して、連邦軍が介入するかもしれないって噂だよ」

 

 マルコの放ったその言葉に、ルカは驚き立ち止まる…彼の背後を一緒に歩いていた79式はあやうく彼の背中にぶつかるところであった。

 

「連邦軍だって? そんなことしたら…政府は何やってんだよ!」

 

「えらいことになるさ。連邦軍が本格的に介入して来たら、この暴動は単なる地域抗争でおさまらなくなるぞ」

 

 ここでの連邦軍とはユーゴスラビア連邦の常備軍であり、欧州でも同程度の規模の"正規軍"に匹敵する軍事力を持つ軍隊の事だ。

 これより下に、セルビアやクロアチアなどの連邦構成国が独自に持つ領土防衛軍があるが、連邦軍に比べれば人員も質も遥かに及ばない。

 そんな連邦軍を意のままに操りたい連邦の盟主クロアチアが、連邦軍をこの暴動に対し出動させたいと企んでいるというのだ。

 

「それよりマルコ、お前の家族は大丈夫なのか?」

 

「あぁ? 嫁さんなら、もう実家に帰らせてるよ……クロアチアの田舎の方がここにいるより安全だ」

 

「そうか……」

 

 マルコとその妻は同じクロアチア人だ、他民族が共に暮らすこのボスニアの地よりも単一の民族で構成されるクロアチアに帰らせた方が良いということであった…結婚したばかりで子を身ごもっている妻を故郷に帰らせるのは、きっと彼も望んでいないはずだ。

 79式が励ましの言葉をかけると、彼は少し微笑みながら感謝した。

 

 その時、群衆の方で悲鳴があがり現場が騒然とする。

 振り返り見た方角からは白い煙が上がっている…デモを行う民衆に向けて催涙弾が撃ちこまれたのだとすぐに理解した。

 三人はすぐさまガスマスクを装着すると、バリケードの最前列へと走る……そこで見たのは、警官隊が容赦なく催涙弾を群衆に向けて撃ちこみ、放水車で水を浴びせかけている光景であった。

 堪らず飛び出してきた民衆を警官は取り囲み、警棒で激しく殴打し拘束する…。

 

「暴動…? これが暴動なんですか!?」

 

 79式は目の前の光景を疑う。

 群衆はプラカードをもって意見を主張するだけで、秩序を乱すような素振りは一切見せていない。

 しかしそんなことは政府にとっては関係ない、政府はこの集会の参加者を反体制派とみなし容赦なく叩きのめすつもりだったのだ。

 平和的な集会は警官隊の攻撃で一気に大混乱へと陥り、この騒動は夜間にまで延びることとなる……皮肉にも警官隊の攻撃がデモ参加の民衆を暴動に煽りたて、モスタルの街は厳戒態勢が敷かれる事態となる。

 

 そして日付が変わるころ、恐れていた事態が現実となる…。

 

 連邦軍がこの暴動への介入を表明したのだ。

 非常事態宣言がなされたことで警察もそれまで以上の実行力を発揮するにいたり、連邦軍の迅速な対応もありデモは瞬く間に鎮圧された…。

 結局、この騒動で民間人数十人の死傷と警官側二人が死亡するという結末に終わる…。

 だが事態はこれで済まされない、連邦盟主のクロアチアはすぐさまこの連邦軍をボスニアのスルプスカ共和国とセルビアに対し送りたいと考えていたのだ。

 誰もかれもが、近付く戦争の恐怖に怯えていた…。

 

 

 

 

 デモが鎮圧された数日後…。

 いつも通りアパートで目覚めた79式は、いつも通り朝食を食べて歯を磨き、顔を洗って仕事の準備をする。

 いつも通り、いつも通りの日常が始まる。

 時間に余裕があるのを見た79式はベッドに腰掛け、テレビのリモコンを操作する。

 

 国営放送のチャンネルへと変えると、若い女性気象予報士がボスニアの天気について解説していた。

 気象予報士によれば今日は気温もそこまで上がらず、各地で晴れ間が見えるということらしい…窓から入る空気もカラッとしていて心地がよい。

 この先の天気の予報も晴れ間が続く…。

 週末まで天気が続くのであれば森へ散策しに行くのもいいかもしれない、その時はルカ先輩も誘ってみよう…そう79式が頭に思い浮かべていた時、テレビ画面の上部にテロップが流れた…。

 

 

"西ボスニア県の村でセルビア人武装勢力と警官隊との間で銃撃戦が勃発、数十人の死傷者が発生"

 

 

 それを見た当初、79式はそれが意味することについてなにも考えることは出来なかった…。

 ただ、もう今までの日常は二度と帰って来ないということはなんとなく理解することが出来た。

 

 

 ユーゴスラビアは、本格的な内戦に突入したのだった。




だいぶ端折りましたが、ここから本番です…。


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灰色の記憶 4

 内戦が勃発したとき、人々は言いようのない恐怖心にとらわれて内戦を防げなかった政府を激しく非難した。

 責任を受けて何人かの政治家が役職を辞任したりしたが、その穴埋めに頭角を現すのはほとんどが他の国と同様の過激な民族主義者たちばかりだ…。

 セルビアが独立を表明した時、ボスニアは連邦への残留を決めていたがクロアチアとセルビアの二つの国に挟まれたボスニア内にも、スルプスカ共和国というセルビア人が多数を占める自治体がある…スルプスカは連邦及びボスニアから離脱することを正式に表明、これを認めない連邦政府及びクロアチア・ボスニアの同盟軍がセルビア人勢力に攻撃を仕掛けることとなる。

 

 ここに、第二次ボスニア=ヘルツェゴビナ紛争が勃発したのだった。

 

 

 ボスニア=ヘルツェゴビナ ブゴイノ

 

 三つの民族が共存して暮らしていたこの町も内戦の影響を受けていた。

 町では武装したクロアチア人民兵が町の各所にバリケードを設置し、敵対するセルビア人を捕らえ迫害していた…町の警察官はこれら民兵の身勝手な取り締まりを制御することが出来ず、時にそれらの行為に加担する警官の姿もあった。

 街のセルビア人は恐怖心から昼も夜も外を出歩けず、救いを求めて教会に出かけていたセルビア人の少女が男たちに集団で強姦されるという事件も起こった。

 街の郊外では散発的に、クロアチア民兵とセルビア人武装勢力との間で銃撃戦が起こる。

 そして被害にあうのはセルビア人だけではない…警察の目が届かない山中の村で、セルビア人勢力が攻撃を仕掛けクロアチア人を虐殺し村から追いだしたりしていた。

 

 ついこの間までは平和に暮らし、他民族とも共存し暮らしていた生活はもはや存在しない。

 

 

 隣人が隣人を自宅で切り刻み、

 同僚が同僚を職場で撃ち殺す、

 医師が患者を殺し、

 教師が生徒を殺す…。

 

 

 閑散とした街の中を79式は自転車を押しながら練り歩く…。

 内戦が勃発したとき、同僚のセルビア人たちは辞職し家族の元へと帰っていった。

 一緒に働き、長い付き合いだった友だちのラドミルもその中の一人であり、彼はルカや79式に何の相談もすることなくある日突然警察署を去ったのだ…79式はそれをルカ伝いに聞かされ、彼のその後の足取りも分からずじまいであった。

 多くの警察官が一斉にいなくなったことで署は混乱し、指揮系統も滅茶苦茶だった。

 警察署に行っても待機するだけで何もすることは無い。

 署の固定電話は鳴りっぱなしだが、誰もそれをとることもない。

 法を守り秩序を維持する警察力が無くなった時、しばしば犯罪は増加する……79式は使命感からこうして一人で町を練り歩き、少しでも困っている住人を助けようと努力していた。

 

 79式はとある民家の前で立ち止まると、インターフォンを鳴らす。

 数秒待った後、玄関の扉が開き酷く怯えた様子の女性が顔を出す。

 

「こんにちは、これ…頼まれていた食材です」

 

「あぁ、ありがとう79式ちゃん…何のお返しもできないのに…」

 

「いいんです、困っている人がいたら助けるのがお巡りさんの仕事なんですから!」

 

「ありがとう、ありがとう…」

 

 女性は感謝の言葉を口にしながらも、まるで79式を拒絶するかのように玄関を素早く閉めた。

 彼女はセルビア人だ、病気の両親のためにこの町に残っているが、彼女自身も迫害を受けて通りを歩くことが出来ず親切心から79式がこうして食材を代わりに買ってあげていた。

 この町には似たような人たちが他に大勢いる。

 内戦が始まった時、町を出たセルビア人もいたが多くの者は長く生活していたこの地を離れることが出来ず残ることを余儀なくされていた…今のところは、民兵たちもそんなセルビア人たちを攻撃しようとはしていない…今のところは。

 

 再び自転車押して歩くと、交差点できょろきょろと周囲を見回している少女を見つける。

 誰かを捜しているようで、通りを歩く人々を目を凝らして観察している…金髪の可愛らしい少女はたぶんクロアチア人でもセルビア人でもなさそうで、どこか北欧系の顔立ちをしている。

 とりあえず困っているに違いないと声をかけてみた79式に、その少女は困ったような表情でぺこりと頭を下げた。

 

「ここで待ち合わせしてる人がいたんですけど、なかなか来なくて…」

 

「なるほど…あの、その人の特徴とかは?」

 

「えっとえっと…女の人で背が高くて、髪をポニーテールにしてて、生意気そうな顔をした人です」

 

「生意気そうな人? まあ、色々な人がいるからあれですけど…あの、一応お名前を伺っても?」

 

「はい、私"スオミ"って言います。捜している人は"イリーナ"という名前です、あと私は自律人形です」

 

「そうなんですか、実は私も戦術人形なんですよ。79式といいます」

 

 お互い人形ということが分かった瞬間打ち解けあい、二人は世間話に花を咲かせた。

 愛らしく笑うスオミの姿は、同性の79式が見てもとてもかわいく思える…まるで天使のようなスオミの微笑に癒されていると、なにやら息を切らした女性が一人勢いよく走ってくる。

 

「待たせたなスオミ…!」

 

「あ、イリーナちゃん…って、どうしたのそんなに息を切らして?」

 

「ちょっと野暮用をな…ああそれよりスオミ、早く行くぞ。バスに乗り遅れるぞ!」

 

「あ、イリーナちゃん! ごめんなさい79式さん、ありがとうございました!」

 

 来た時と同じように走り去るイリーナを慌てて追いかけていくスオミ。

 なんだか変な人たちだと思いながら、79式は警察署へと帰っていく…帰路につく間にも、困った人がいないかと目を凝らしているが、大通りにも関わらず人通りは少なく、見えるのはバリケードを張ったクロアチア人民兵の姿だ。

 道路をバリケードで塞ぎ、車のボンネットに座って昼間から酒を飲んでいる…全員が若者で、中には十代くらいの少年少女も混ざっていた。

 

 未成年の少年少女が飲酒している現場を79式は黙って見ていられず、バリケードへと向かう…そんな時、79式は腕を掴まれて引き戻される、振り返るとそこには同僚のルカの姿があった。

 抗議する79式を彼は無言で引っ張っていき、79式はそれに従うしかなかった。

 

「ルカ先輩、なんで止めるんですか?」

 

「お前も少し理解した方が良い、もうこの間までの常識は通じないんだ。あのまま行ったら、お前…撃たれてたかもな」

 

「私は、自分が傷つくのを恐れていません」

 

「簡単に言うな。お前はもっと慎重に行動するべきだ…お前がやっている見回りも、控えた方が良い」

 

「何を言うんですか! セルビア人もクロアチア人も、この国の住人ですよ! 普通に暮らす権利があるはずです!」

 

「この町だけでセルビア人が何千人いると思う、そのすべてをお前は面倒を見切れるのか? お前が助けられるのはせいぜい十人かそこらが限度だ。中途半端な善意は偽善として受け取られるんだぞ」

 

「なんで、どうしてそんなことを言うんですか…?」

 

「お前のためだ、誰かを助けるために自分を犠牲にする必要はないんだ。79式、お前は英雄じゃなければ救世主でもない…一人の人形に過ぎないんだ。身の丈以上の行為はするな、それで自分が危険になってしまえば元も子もないだろう」

 

 ルカは穏やかな言葉で、79式を諭しかける…彼が本当に案じてくれていることは分かっているからこそ、79式はのどまで出かかった反論の言葉を口にすることは無かった。

 うつむき歩く79式…彼女の隣を一緒に歩くルカは懐から煙草をとりだし火をつけた。

 

「煙草……吸うんですね」

 

 長く警察の同僚としてやって来たが、ルカが煙草を吸う姿を見たのはその時が初めてであった。

 慣れたように煙草を吸う姿は、今日初めて吸った者には見えない…肺に溜めた煙を吐きだしたルカは、物憂げな表情でつぶやく。

 

「やめてたんだよ……親父が肺がんで死んだときがきっかけでな」

 

「お父さんは、どんな人だったんですか?」

 

「親父は軍隊に務めてた。詳しいことは知らないが、オレがガキの時お袋がどこかに消えてから親父は男手ひとつでオレを育ててくれた。無愛想だが、オレにはいい親父だった……親父は48歳で死んだ、死ぬにはまだ若かった。親孝行の一つもできなかったオレは、せめて親父より長生きしてやろうと思った……それ以来、煙草は吸ってなかったんだがな…」

 

 それ以上の言葉を、ルカは口にすることは無かった。

 ただゆっくりと煙草を吸うその姿はどこか物憂げで、哀しかった。

 気まずさは無いがお互いそれっきり何も話すことは無く、警察署へと帰っていった…。

 

 

 

 

 

 

 内戦が始まってからというもの、国内の情勢は酷くなる一方だった。

 連邦軍は各民族で分離し引き裂かれたとはいえ、今だ強大な軍事力をクロアチア主導の連邦政府が牛耳り各方面でセルビア側と反体制派である共産主義同盟通称パルチザン相手に、各方面で攻勢を仕掛けていた。

 ゲリラ戦術をとるパルチザンはともかくとして、劣勢のはずのセルビア側の屈強な抵抗は連邦軍としても予想外であり内戦は泥沼化していた…情報によればセルビア側は後ろ盾となる"正規軍"より武器供与などの軍事支援を受けているというが、それは定かではない。

 

 泥沼化していく内戦において政府は民衆にも抗戦を呼びかけ、各地で武装した民兵たちが結成され、警察組織にも強力な銃器を支給されて警察軍となる。

 セルビア人警官の離脱で力を失っていたブゴイノの警察署にも、最近クロアチア側から送り込まれた警官たちが赴任し、79式が所属する部隊の上官も新たに赴任してきた男がつとめるようになった。

 

 新たに赴任した上官は反体制派とセルビア人の弾圧に強硬的であった。

 クロアチア本国からの応援で息を吹き返した警察組織は、早速取り締まりを開始…その矛先はブゴイノに今だ暮らしているセルビア人の市民へと向けられるのであった。

 

 

 連日、無抵抗の市民を不当に逮捕しては反逆の疑いで尋問を行う。

 大多数が無実を主張するが、罪状を認めなければ暴力も辞さず、尋問に耐えかねてやってもいない罪を自白すれば容赦なく収容所に叩き込まれる…それでも自白しないものは、何週間も独房に入れられるのだ。

 暴力の矛先は、非協力的なクロアチア人の同胞にも向けられる…例え同胞であったとしても、反抗する者には容赦をしなかった。

 

 常軌を逸したこれらの行為に79式は日に日に自分が抱いていた信念を見失う。

 守るべき市民を傷つけ、顔見知りの市民を尋問部屋に送り届ける日常は彼女のメンタルを蝕んでいった。

 

 そんなある日のこと、79式とルカたちの警官隊はブゴイノに住んでいたセルビア人を乗せたバスの護送を行う任務を請け負うのであった。

 日に日に酷くなっていく迫害からセルビア人は耐えきれず、代表者と行政との間で話しあいが行われ疎開が決まったのだ。

 

 この話がまとまった時、追い詰められていたセルビア人の全てが町からの退去に同意し、他の住人もそれを引き止めることは無かった。

 何世紀もこの地に根付いていた民族を追放し、文化を破壊する…これが民族浄化だ。

 しかし、これはまだほんの一場面に過ぎなかったのだ…。

 

 

 バスを護送する車の中で眠りについていた79式は、ふと外の喧騒に目を覚ます。

 寝ぼけ眼をこすって起きた79式は、車内にルカやマルコの姿が無いことに気付くと慌てて車の外へと飛び出した。

 朝を迎えたばかりのひんやりとした空気を肌に感じつつ79式は立ち往生するバスへと近付く……そこで目にしたのは、戦闘服に身を包んだクロアチア民兵がバスを強引に止め、車内のセルビア人を引きずり下ろしている光景であった。

 警官たちはそれを静かに見つめ、止めようともしていない…その中にルカの姿を見た79式は、そっと近寄ると、彼の裾を引っ張った。

 

「あ、あの…これは一体何をしてるんですか…?」

 

「79式、車に戻っていろ」

 

「先輩?」

 

 彼はそれだけを言うと再び視線をバスに向けた。

 バスからセルビア人を全員引きずり下ろした民兵たちは、彼らに銃をつきつけて森の中へと歩かせ始めた…それをやはり警察は止めずに、一緒になって森の中へと入って行く。

 

「先輩、これから何をするんですか? 何もしませんよね?」

 

 79式は小走りで追いかけながら声をかけるが、ルカは何も話さない…ならばとマルコにも声をかけるが、彼もまた沈黙を貫く。

 

 これはきっと何かの間違いだ、そうに違いない。

 バスが故障して仕方なく森を歩いているんだ、民兵たちも警察の前で住人を傷つけたりしないはずだ……79式は自分に言い聞かせるように呟くが、これからどうなるかは分かっている…だが認めたくない、違ってほしいとういう思いからこれから起こる恐ろしいことから目を背け続ける。

 やがて森を抜け、湖のほとりにセルビア人たちを追い詰めていった民兵たち…。

 

 湖に追い詰められた住人たちはひどく怯え、途方に暮れている。

 

 そんな住人たちに大柄な民兵の男が近づいていく…その手には大きなハンマーが握られている。

 男はおびえる住人の中から、一人の老人を指さすと近くに来させる。

 恐怖で目を見開く老人に対し、男は持っていたハンマーを老人の額に合わせて狙いを定めると、一気に振り下ろす…ハンマーの重厚な一撃で老人の頭蓋骨はたやすくへし折られ、老人は頭から血を流しながら湖に沈んだ。

 ハンマーを持った男は、今度は若い女性を指さす…。

 しかし恐怖から女性は一歩も動けず、しびれをきらした男は女性にゆっくりと近づいていくと先ほど老人を殺したように、女性に対しハンマーを勢いよく振り下ろして殺害した。

 

 男はそれからも何人かの人間をハンマーで撲殺し、気がすんだのか満足げに湖から陸地に上がった…。

 

 この残虐な処刑に対し、79式は金縛りにあったかのように身動きができなかった。

 ただ静かに殺されていくセルビア人たちを、目を見開き見つめていた。

 

「殺せ」

 

 民兵の指揮官と思われる男がそうつぶやいたとき、民兵たちは一斉に銃を構えると湖に追い詰めたセルビア人たちに向けて発砲した。

 銃声と同時に、それまで動けずにいた住人たちが悲鳴を上げながら逃げ惑うが、湖に足を取られて逃げることも満足にできず、背中を容赦なく撃たれて殺されていく。

 先に湖に追い詰めていた住人を殺害した後は、残るセルビア人を同様に湖に追い詰める。

 不思議なことに、彼らは酷く怯えながらも逃げ出そうとせず従順に湖に追い立てられていくのだ。

 

「お前たち、前に出ろ」

 

 その指示は、79式の上官から出されたものだった。

 その声を合図に警官たちは湖に追い立てた住人たちの前に並ぶと銃を構える……わけが分からず一緒に並んだ79式の目の前にいるのは、セルビア人の少年だ。

 怯えた目でじっと79式を見つめるその姿は、必死で命乞いをしているようにも見える。

 

「撃て」

 

 その声を合図に一斉に引き金を引く警官隊。

 激しい銃声に住人たちの悲鳴はかき消され、全身を銃弾で撃ち抜かれて水の中に崩れ落ちていく。

 激しい銃撃が上官の指示で止められる…湖の水面には射殺された住人の死体が浮き、周囲は再び静けさに包まれる。

 

 震える手で銃を握る79式……彼女が見据える先には、先ほどの少年が一人佇んでいた。

 

「79式、なぜ撃たない」

 

 すかさず上官がやってきて彼女を問い詰める。

 79式は全身の震えが収まらず、焦点の定まらない目で上官を見上げる。

 

「う、撃てません…」

 

「なんだと?」

 

「撃てません…私には、撃てません…」

 

「欠陥の人形め……ルカ、こっちに来い!」 

 

 上官に呼ばれたルカは一度79式に目を向け、それから上官に対し毅然とした態度で向き直る。

 普段から折り合いの悪い二人に、他の警官たちも息を飲んで成り行きを見守る。

 

「お前がこの人形の教育係だな、どうなっている」

 

「79式は他の戦術人形と違って特殊なプログラムをしてあります。彼女は他の人形のように命令に盲目的に従うことは無く、自分で判断して動きます」

 

「ほう、なるほどな。ではルカ、貴様がこの人形に罰を与えろ」

 

「おっしゃる意味が分かりませんが」

 

「この人形は明らかな命令違反を犯している。間違いを分からせてやれ、罰を与えてやるんだ」

 

「上官殿、79式にはオレが後で言い聞かせますから…」

 

「ダメだ! お前がやらないというのなら、この私が代わりに殴るぞ!」

 

「……分かりました」

 

 上官の強硬的な態度に、ルカは屈した……振りかえるルカは震える79式の腕を掴み、後ずさる彼女を引き寄せる。

 

「嫌ですルカ先輩……こんなの、おかしいです…!」

 

「79式、痛いのは一瞬だけだ…ごめんな」

 

 大勢が成り行きを見守るなか、ついに覚悟を決めたルカは、怯える79式の頬を平手でおもいきり殴りつける……殴られた衝撃で彼女は倒れ伏し、全身をずぶ濡れにさせる…。

 殴られた頬をおさえて呆然とする79式をすかさず慰めようとするルカであったが、上官はそれすらも許さなかった。

 

「甘やかすな! 痛みを痛感させて反省させろ!」

 

 ルカに殴られたショックからか79式は倒れたまま立ち上がることが出来ず、呆然と湖の水面を見つめる…だが彼女を追い詰める出来事は続く、上官は79式を無理矢理引き立たせると、その手に銃を押し付けるのだ。

 

「この銃であの少年を殺せ!」

 

「…でも……間違ってる……こんなの、間違ってます…」

 

「そう思うのなら何故今まで傍観していたのだ? 自分が撃つ番が回って来るまで無関係だとでも思っていたか? 自分だけが手を汚さずに済むとでも思っているのか? いいか79式教えてやる、これは戦争なんだ! やるかやられるかだ! やらなきゃやられるのなら、やられる前にやるしかないんだ!」

 

 上官のあまりの剣幕に79式は圧倒される…助けを求めて周囲に目を向けるが、誰も手を差し出してはくれない、信頼するルカでさえも…。

 煮え切らない態度の79式に苛立つ上官は、生き残ったセルビア人の少年を引っ張ってくると、79式の前に跪かせた。

 

「狙いが絞れないならこの距離で撃ち殺せ!」

 

「やめてください…この子はまだ子どもです…!」

 

「そう、子どもだ、だから殺さなきゃならないんだ! 子どもからすべてが始まる、生かしてはおけない! ここで殺さなければ大人になった時、我々に復讐しにくるんだぞ! お前が殺せば未来の禍根を断つことが出来るんだぞ!」

 

 子どもからすべてが始まる……その言葉が重く79式にのしかかる。

 銃を受け取った79式は、ゆっくりとその銃口を少年へと向けた。

 10歳にも満たない少年は微動だにせず、ただじっと79式を見つめていた……何度も目を逸らそうと、何度も銃を下ろそうとするが自身に突き刺さる無数の視線がそれを許さない。

 

「79式…」

 

「ルカ先輩…」

 

 信頼する彼の存在をすぐそばに感じながらも、いつものように頼ることは出来ない。

 本当は今すぐにでも銃を放り捨てて彼にしがみつきたいが、それはできなかった……。

 

 

 死のような静寂が辺りを覆う…。

 鳥のさえずりさえ聞こえもしない静かな湖のほとりに、渇いた銃声が鳴り響いた。




信じられるか?
これでまだ序の口なんだぜ…。
変更がなければあと3話ほど続きます



感想で要望のあった過去編の主要人物紹介しときます

・79式
過去編の主役
連邦警察に所属し、人形という立場から各民族と隔たりなく触れあう姿からみんなに好かれていた…が、内戦が始まると同時に民族紛争の闇を目の当たりにしそれまでの正義や信念を見失っていく。

・ルカ クロアチア人
連邦警察所属であり79式の先輩にあたる。
優秀な隊員で何かと79式のことを気にかけており、妹のように可愛がっているように見えるが…。
内戦が始まり警察も異民族への弾圧に駆り出されていき、79式同様に荒んでいく。

・マルコ クロアチア人
連邦警察所属で、ルカとは同期の間柄。
同じクロアチア人女性と婚約し子どもも身ごもっているが、内戦が始まると妻の身を案じ故郷のクロアチアに帰らせている。
ルカと79式の良き友人で、二人がより仲良くなってくれることを願っている。

・ラドミル セルビア人
連邦警察所属、ルカとマルコと同期。
差別しないルカとマルコを気に入っていたが、内戦が始まると警察官の職を辞職しその後の足取りは不明。


・イリーナ&スオミ
第3章でおなじみのパルチザンの若き指導者。
この頃はまだ小さな組織で、戦う力もなかったが、モスタルでのデモを武力で鎮圧されたことから力による革命を志すようになる。
イリーナはかつてユーゴを治めていたチトーのようにありたいと志し、民族融和を願っている。
スオミは家族であるイリーナのために協力するが、後に発声機能を失い、MSFに治してもらうまで話すことが出来なくなる。


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灰色の記憶 5

 連邦政府がその力を失い、バルカンの共和国が再びバラバラとなってしまった内戦は1年が過ぎようとしている。

 夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が越える…春は命の息吹が吹くときであるはずだが、バルカンの地には死臭が漂いその大地には赤い血が染みついていた。

 1年の間に、内戦はバルカンのほぼ全域に拡大し、各地で民兵や警察軍のような準軍事組織が結成され各民族、各勢力は血みどろの抗争を繰り広げる。

 泥沼化していく内戦…セルビアとクロアチアの対立に挟まれるボスニアはまさに地獄そのものの惨状であった。

 ボスニアに住むイスラムを信仰するボシュニャク人はセルビアにつくか、クロアチアにつくか、あるいは独立するかを迫られ…そのいずれを選んだとしても戦争回避は不可能であり、世界はいつしかボスニアを"流血地帯"と呼称するようになっていた…。

 

 内戦が始まった時、住民たちは以下の行動を迫られた。

 死ぬか戦うか、逃げるか捕らえられるかだ。

 血に飢えた民兵の殺戮はかつてこのバルカンの地に吹き荒れた虐殺の嵐を彷彿とさせる…無抵抗の市民を、時に命乞いをする市民を銃撃し砲弾で吹き飛ばす。

 集落一つを襲撃する時、全員を殺すわけではないがだいたいは無差別攻撃を仕掛けてから次の行動に移す。

 襲撃を予測していない村に砲弾を撃ちこみ、銃撃を浴びせ…何人か殺した後で交渉を行う。

 

 速やかに退去すれば身の安全は保障する、応じなければ殺されるか強制収容所へと送られる。

 たいていの住民は、退去する道を選択する…。

 

 

 強制収容所は今やボスニアのあちこちに建てられている。

 古い刑務所を利用したものや、建物を改築したものがほとんどだ…クロアチア人、セルビア人、ボシュニャク人問わず用意されたこれらの強制収容所で捕虜は人権など無視したおぞましい行為が行われている。

 虐殺、土地からの追放、文化の破壊……そして集団による組織的なレイプがある。

 収容所に入れられた女性たちはレイプされ、避妊できない状況で何か月も拘束される……民族浄化のもとに、しばしばこのようなおぞましい行為は行われた。

 

 ボスニア領内の強制収容施設には、その日も捕らえられたセルビア人の男女が送られてきた。

 銃を手に収容所へと追い立てる民兵たちの中には、79式の姿もあった。

 彼女は怯えるセルビア人たちに銃をちらつかせ、時に暴力を振るって収容所へと追い立てる…収容所で何が行われているか知る女性の捕虜は、同性である79式に救いを懇願するが、79式は冷たい目で見返すばかりで作業的に彼女たちを収容所へと叩き込む。

 そこから女性は女性、男性は男性、兵士は兵士で隔離されて収容されるがそこまでは79式の仕事ではない。

 仕事を終えて去ろうとする79式の傍を通り過ぎた民兵の男たちは、笑いながら女性が収容されている施設に歩いていく……79式は、同胞である彼らに明らかな嫌悪感を滲ませた目を向けていた…。

 

 

 内戦が長引くにつれ、79式はほとんど笑わなくなっていた…同僚であった警察官にも距離を置き、誰にも気を許そうとしない。

 それは、信頼していたはずのルカに対しても同様であった。

 

「79式…」

 

 やって来たルカに対し、79式は一度彼を見上げたのみで何も言わずに目を逸らす。

 

「となり座ってもいいか?」

 

「勝手に座ればいいじゃないですか」

 

 79式は冷たく言い放つ…その言葉ははっきりと拒絶の意思を示していた。

 あの日、湖のほとりで行われたセルビア人の虐殺以来79式は変わってしまった。

 無垢な少年の命をその手で奪った瞬間に、彼女はそれまでの正義も信念も何もかもを失くし、今は集団の中の一人としてクロアチア人勢力の戦闘行為に追従していた。

 連邦警察を示すワッペンもとうの昔に投げ捨てた…他の多くの兵士のように率先して民族浄化に加担することは無かったが、命令をされれば憐れみも持たずに敵対者を痛めつける。

 

 上官の命令とはいえ、一度は大切に想っていた79式を殴ってしまったルカは、そんな79式に対し以前のように声をかけることもできない…結局、79式に何も話せないでいるうちに彼女は立ち去っていってしまった。

 振りかえらず立ち去る79式を呼び止めることもできない…話したいことはたくさんあるはずなのに、それをできない虚しさにさいなまれ、そんな虚しさを酒で紛らわそうとする自分を酷く嫌悪する。

 安酒をストレートで飲んでいると、ふいにその瓶が誰かにひったくられる…同僚のマルコだ、彼は何も言わずルカの傍に腰掛ける。

 

「飲み過ぎだ、身体に悪い…」

 

「ほっとけよ…撃たれて死ぬよりマシだ」

 

 ふて腐れた物言いの同僚に、マルコは小さく頷いたあと、ひったくった酒瓶をあおる。

 長引く内戦で疲弊しているのは彼も同じだ。

 他の民兵のように開き直って戦えればどんなに気が楽なことだろうか…不幸なことに、異常事態に見舞われるこのバルカンの地で、二人は正常なままでいてしまった。

 いっそ狂ってしまった方が、どんなに楽だろうか。

 そんなことを毎日考えてしまうのだ。

 

「ルカ、79式を見捨てるんじゃないぞ…あの子にはお前しかいないんだ。あの子も戸惑ってるんだよ…本当はお前に助けてもらいたいんだ」

 

「分かってる、分かってるつもりさ…」

 

「そうか、ならいいんだ」

 

「お前の方こそ、大丈夫なのか? 子ども、生まれたんだろ?」

 

「ああ、男の子さ…待ってろ」

 

 そう言うと、マルコはバッグを探り一枚の写真を差し出した。

 ブロンド髪の若い女性が、赤子を抱いて笑顔を浮かべている写真だ。

 マルコはいつも自分の妻の写真をルカに見せびらかしては、家庭的で優しい美人の嫁さんだと自慢をしてきたため、彼の妻の顔をよく知っている。

 

「オレに似てハンサムだろう?」

 

 そんなことをマルコは言うが、むしろ顔立ちは母親似である…目鼻がくっきりした顔立ちは大人になったらハンサムになることは否定しない。

 戦争の汚さを知らない無垢な瞳をルカは見つめる…。

 

「なあルカ、この戦争はいつになったら終わるんだろうな?」

 

「オレに聞くな、政治家に聞け。あいつら次第さ」

 

「そうだな……ルカ、オレは息子にこんな思いさせたくない。だからよ、オレが戦えばオレの息子は大人になっても戦わなくて済むんだよな? そうだよな?」

 

「あぁ……そうさせなきゃならないんだよ」

 

 ルカは写真を返し、煙草をくわえた。

 

 子どもからすべてが始まる…あの日上官が言った言葉を思いだす。

 憎しみは世代を越えて争いを引き起こす、歴史がそれを証明している…ルカは同僚の願いに希望を見出すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、ルカたちはクロアチア人民兵の小隊と共にボスニアの山間部を移動していた。

 連邦軍の攻勢で蹴散らされたセルビア人及びムスリム人勢力が山間部に逃げ込んだということから、民兵たちは部隊を編成して逃げた敵を捜索しているところだ。

 捜索している地域はクロアチア勢力が優勢とはいえ今だ交戦状態であり、山の中に潜む敵がいつ反撃を仕掛けてくるかは分からない。

 最近ではボスニアの首都サラエボが連邦軍によって包囲されたというニュースがあった。

 独立の道を選んだボスニア政府もまた、連邦の敵と認識されそれまで同盟関係にあったクロアチア人とムスリム人の関係も破綻した。

 

 山の中を歩く79式、そのすぐ前をルカは歩いている。

 相変わらず二人に会話はない、79式は時折ルカが視線を送っているのに気付きながらも何も反応しない。

 足元に躓いて転倒し、彼に手を差し伸べられてもその手を取ろうとはしなかった。

 

 そんな二人のぎくしゃくした関係を見ていられなかったマルコは、先日話したばかりのルカではなく79式に声をかける。

 

「79式、あまりルカを責めるな」

 

「別に責めてませんよ…誰も頼ってないだけです」

 

「あの時のことを引きずっているなら、もう止めてくれ。あれは仕方がなかったんだ、ルカだってお前を殴りたくはなかったんだ。だけど、お前を助けるためだったんだよ」

 

「分かってますよ……そんなこと…」

 

「だったらなんでルカを許してやらないんだ?」

 

 79式はその問いかけに答えることが出来なかった。

 こんな風に距離をいつまでも置いているのはダメだと分かっている、分かっているが…やはり79式はあの時のショックが大きいようで素直に助けを求めることも、以前のように接することもできなかった。

 79式は歩み寄る勇気を持てない自分を腹立たしく思っていた。

 

「帰ったらルカと一度話をしよう。お互い話したいことはたくさんあるはずだろう?」

 

「私は…」

 

「素直になるんだ79式、その方が自分も楽になる…もうどうしようもないんだ、出来ることをやるしかない。それなら自分が――――」

 

 マルコの言葉は、山に響き渡った銃声と爆発音でかき消される。

 小隊の先頭を歩いていた民兵が地雷を踏み、両足を吹き飛ばされていた…部隊はすぐさま戦闘態勢に移行し、79式も銃を構えるが、ふと背後を見た時そこにいたはずのマルコはいない。

 

「マルコさん…?」

 

 視線を地面に落とすと、彼は喉の辺りをおさえて苦しみもがいていた……喉を押さえる指の間からはおびただしい鮮血が流れ、口元からは気泡を含んだ血を吐きだす。

 

「マルコ!」

 

 すぐさま駆けつけたルカはそばにしゃがみ込み、彼の名を必死に叫びながら撃たれた喉に一緒に手を当てて止血を試みる…だが深々と抉られた傷口から血は大量に流れ、マルコの顔はどんどん青ざめていく。

 何度もマルコの名を呼ぶルカの傍で、79式は何も出来ずただ茫然と立ちすくむ。

 

「マルコ! おい、しっかりしろよ! こんなとこでくたばってんじゃねよ、嫁さんと息子が帰りを待ってるんだぞ!?」

 

 涙をその目に浮かべながらルカは呼びかける…しかしマルコは、その瞳から光を消すとそれっきり呻くことも身動きをすることもなくなった…。

 マルコが死んだ……。

 いつの間にか銃声が鳴り止んで、ルカの慟哭が山に木霊した。

 

「ルカ、くそ……マルコがやられた」

 

「待ち伏せを受けたんだ、奴らはオレたちがここを通るのを知ってやがった。確か村が近くにあったな、そいつらが密告したに違いない」

 

「よし、その村へ行くぞ。敵かどうかなんて知ったことか…皆殺しにしてやる」

 

 民兵たちは口々に憎悪の言葉を吐き散らし、疑いを近くにあるという村の住人へと向け始める。

 自分を見守ってくれていた一人の死は、79式の心にも深い闇を落とす…憎悪の言葉に感化されて、憎しみと怒りの感情が湧き上がる。

 小隊が村への攻撃を決めた時、79式は異議を唱えることも考えることもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 復讐心に囚われた民兵たちはありったけの武器弾薬をかき集めると、村の出入り口を封鎖し高台に迫撃砲を設置すると、のどかな村の中心に砲弾を撃ちこんだ。

 最初の砲撃で村の中心で遊んでいた子どもたちが犠牲となり、突然かけられた襲撃に村人たちはパニックに陥った。

 村から逃げようとする住人を、民兵たちは銃撃し村に押し返す。

 武器を持たない村人は悲鳴をあげて逃げ場のない村の中を闇雲に走り回る…。

 抵抗してこないのをいいことに民兵たちは村へと突入して、逃げる住人を殴りつけ、蹴り飛ばし、撃ち殺す。

 若い女は髪を鷲掴みにされて引きずられ、公衆の面前で犯された……虐殺の嵐が吹き荒れる、その中で79式は憎しみをその目に宿し無抵抗の村人に襲い掛かる。

 

「誰が撃ったんだ! 撃った奴を教えろッ!」

 

「知らない…! 私は知らない…!」

 

 79式は怯える老人の襟を掴み井戸まで引っ張っていくと、銃をつきつけながら井戸の穴に追い詰める。

 

「これが最後だ、誰が撃ったんだ!」

 

 しかし老人は目を見開いて怯えるばかりであった。

 しびれをきらした79式は老人を井戸へと突き落とすと、井戸に向けて弾を撃ち尽くすまで引き金を引いた。

 

「79式!」

 

 自身を呼ぶ声に振り返る…ルカは豹変した79式の凶行を止めようとするが、79式は強引に突き飛ばし、村の民家の扉を蹴破り土足のまま家の中へと入り込む。

 家の中にいたのは若い夫婦だ。

 夫の方は怯える妻をかばうように立ちはだかる。

 

「助けてくれ、お願いだ…」

 

 助けを懇願する男を殴りつけると、79式は悲鳴をあげる女の髪を掴み引き倒す。

 祈りの言葉を口にする女性を蹴って黙らせると、その頭部に銃口をつきつける。

 

「セルビアのクズめ! お前たちが私たちの動きを連中に知らせたんでしょう!? お前たちのせいでマルコさんが…!」

 

「やめろ、止めてくれ!」

 

「うるさい! 早く裏切り者を差し出せ!」

 

 お互いに叫びあい、家の中には夫の懇願と妻の泣き叫ぶ声が響き渡る。

 苛立つ79式が女の髪を引っ張り首にナイフをあてがうと、男は妻を救おうと走りだしたが、即座に79式は銃口を向けてその引き金を引いた。

 無数の弾丸に撃ち抜かれた夫はその場で崩れ落ち、妻は夫の亡骸に駆け寄ると大声で泣きわめく。

 

「どうして…? どうしてこんな酷いことをするの!? 私たちが何をしたって言うの!?」

 

「うるさい! この裏切り者め、お前たちのせいで…!」

 

「私たちは静かに暮らしてたかっただけなのに…! アンタたちが、アンタたちがこの国を地獄に変えたのよ!」

 

「黙れ…」

 

「あなたたちみたいな奴らが戦争を起こした……みんな平穏に暮らしていたはずなのに、アンタたちのせいで! あなたたちこそ犯罪者よ!」

 

「黙れッ!」

 

 79式は女性を何度も蹴りつける…血を流しても、骨を折っても暴力を振るうのを止めはしない。

 痛みに呻く女性を冷たく見下ろした後、79式は家の中を探って回る。

 裏切りの証拠、もしくは武器などを隠しもっていないか探すためだ……タンスや戸棚を乱雑に開けては散らかしていき、家のあちこちを荒す。

 そして79式が小部屋へと近付いた時、女性は突然動揺したかとおもうと、声をあげながら79式を引き留めようとした。

 それを彼女は突き飛ばすと、女性めがけ銃を乱射した。

 

「79式、おまえ…」

 

「裏切り者のクズです、死んで当然ですよ…」

 

 後を追ってきたルカに憎悪を込めた言葉を吐き捨てると、79式は小部屋の扉に手をかけようとしたがその腕をルカに掴まれた。

 腕を掴む彼を冷たい目で見上げながら、79式は抗議する。

 

「離してくださいよ」

 

「あとどれだけ殺すつもりだよ、それでお前は気が晴れるのかよ?」

 

「今更なんですか? みんなやってることじゃないですか」

 

「こんなことは止めろよ、お前は…」

 

「今更きれいごと言わないでくださいよ……私が初めて人を殺した時は止めてくれなかったくせに。あの時と今は何が違うって言うんですか? あの時止めなかったのに、今は止める理由って何なんですか………なんで黙ってるんですか? ねえ先輩、答えてくださいよ……答えてくださいよ!」

 

 79式が怒鳴ると同時に、ルカは彼女に掴みかかり壁に押し付ける。

 一瞬怯えたような表情を見せる79式だが、すぐに笑みを浮かべて嘲り笑う。

 

「殴るんですか、また? 仕方ありませんよね、先輩が私の教育係なんですからね……一度殴ったんですから、また殴るのなんて簡単ですよね? 殺しも同じです、あの時初めて殺しをしたときから引き金がとても軽く感じますからね」

 

「79式…」

 

「それとも私を犯して服従させますか? 収容所でやってるみたいに…どうせ先輩も収容所の女をレイプしてるんでしょう? 責めはしませんよ、だって他の人もやってるんですからね。あはは……別に、先輩だったらいいですよ、私? 」

 

 79式のメンタルはとても不安定で、様々な感情に揺さぶられていた…いじわるそうに笑みを浮かべ、ルカの胸に指を這わせていく。

 そこに以前のような真面目で誰にでも優しい79式の面影はない…長引く戦争が彼女を壊してしまった。

 だが例えどんな姿になってしまおうと、彼女はルカにとって大切な存在であった……彼は何も言わず、そっと彼女を抱きしめる。

 

 

「はは……今更優しくしないでくださいよ先輩」

 

「ごめんな79式、何度も助けられたはずなのに……」

 

「謝らないでください…自分が惨めに思ってしまいます…」

 

 

 自嘲するような笑みを浮かべる79式はそっと、ルカの背中を抱きしめ返す…その瞳から、涙の雫がゆっくりと零れ落ちる。

 内戦など起きず、あのままだったらどんなに幸せであっただろうか。

 街の平和を守るために頑張って、くだらない事で笑い合って、恋をすることだってできたはずだった。

 しかしそんな日常は、もう二度と戻っては来ない。

 犯した罪の重さが、それを許すことは無い。

 

「今だけは、あの頃に戻っていたいです…」

 

「いつだって戻れるはずさ」

 

「いいえ、今だけですよ…」

 

 ルカの胸に顔をうずめながら、79式は小さく微笑む。

 

 時間にしたら数十秒…だが二人にとっては長いこと抱きしめ合っていたような錯覚を覚えていた。

 名残惜しく離れる二人であるが、ルカは最後まで79式の手を握ったまま離そうとしない…これを離してしまったら、もう二度と戻って来ないという思いがあったのだ。

 79式も嫌がるそぶりを見せず、ただじっと、ルカを見つめていた。

 

 そんな時だ、家の中に奇妙な声が聞こえてきた。

 それは先ほど79式が開こうとしていた小部屋の方から聞こえてくる……ルカは彼女の手を握りながらその小部屋へ歩み寄ると、そっと扉を開く。

 小さな小部屋の中にはバスケットに入れられた赤ん坊がおり、小さな声で泣いていた。

 

 一度お互いの顔を見合わせた後、ルカはそっとその赤ん坊を抱きあげる。

 

「子どもに罪はない……子どもを導くのは大人だ、大人たちが変わらなければ未来は変えられない。オレは子どもに業を背負わせたくない、未来を奪いたくない……79式、オレは何で警察になる道を選んだかもう一度思い出したい」

 

「先輩…?」

 

「79式、一緒に逃げよう……」

 

 

 

 

 

 




なに…これ…?


あと2話……メンタルが持たない…


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灰色の記憶 6

 内戦が勃発してもうすぐ3年が経とうとしている…。

 

 ボスニア北部の森林地帯、豊かな自然が残されていたはずのそこは最近連邦空軍による激しい空爆の影響を受けて山火事が起こり、辺り一面は焦土と化していた。

 山の中に流れる川を境に一方には森が、一方は焼け焦げた山肌が露出している。

 そんな川のほとりで、79式は一人バケツを手にして川から水を汲み、すぐそばのキャンプの場所まで運び入れる。

 

 キャンプ地には焚火をたくルカが、毛布に包んだ赤ん坊を大事そうに抱えながら79式を出迎える。

 汲んできたばかりの水を焚火の火で温め、79式は調理道具をすぐそばの切り株に広げると早速食事の準備を行う。

 

「79式、何か手伝おうか?」

 

「いえ、先輩はゆっくりしててください」

 

「そうか」

 

 手伝おうとするルカに微笑みかけながら、79式は森でとれた山菜と魚の調理に取り掛かる。

 杖を手に立ち上がろうとしていたルカは再び地面に腰掛け、赤ん坊をその腕に抱き抱える……ルカの右足は、膝から下が無くなっていた。

 あの日クロアチア民兵の蛮行にそれ以上付いていけなくなったルカは、憎悪に染まりつつあった79式をなんとか連れて部隊を脱走した…民兵に軍規などは無いも同然だが、敵前逃亡や脱走は厳しく処罰される。

 民兵たちの追撃から逃れる最中にルカは不運にも仕掛けられていた地雷を踏んでしまい、その右足を失ってしまったのだ。

 

 79式の応急処置のおかげで死は避けられたが、片足を失ったルカは手助けなしでまともに動けず、そしてクロアチアとセルビアの両勢力から命を狙われる最悪の状況に立たされてしまっている。

 長引く内戦で二人のように脱走する兵士はそこまで珍しくない。

 元々共存して暮らしていたというのに、ある時から敵対しろという命令を受け入れなかった理性的な者たちもいる。

 民兵よりも連邦軍兵士の方が練度は遥かに上だが、この内戦に消極的な軍人も多く士気はそこまで高くないのだ。

 

 

 だがクロアチア与党と連立する政党である"ウスタシャ"は独自の私兵を編成し、反体制的な者や脱走兵を見張り捕らえ殺す…現代に甦ったかのファシスト政党は秘密警察とも連携し、部隊に裏切りの気配がないか監視し逃げる脱走兵を追い立てる。

 ウスタシャの台頭は、この内戦をますます混沌へと導いていった。

 

 今のところ二人のもとに追手が近付く気配はなかった。

 近くに人が住んでいない森や山を選び、洞窟などの穴倉などで寝泊りをする…原始的だが文明のある場所に近付くよりも遥かに安全だ。

 だがそれはあくまである程度経験のある大人などに限られる。

 今二人は、無垢な赤ん坊の命を守らなくてはならないのだ…。

 

「ルカ先輩、粉ミルクがもうすぐ無くなります…」

 

 二人なら魚や木の実、昆虫などを捕まえて腹を満たせるだろうが、赤ん坊はそうはいかない。

 2、3日は持つだろうがそれ以上は……焚火を囲む二人は赤ん坊をじっと見つめたまま黙り込む。

 やがて79式が森を抜けることを提案し、ルカはそれに同意した…。

 

 

 

 

 

 

 人里まで降りてきた二人は夜になるまでじっと待ってから町へ忍び込むことを決めた。

 そこがどの勢力の支配地域であるのかは分からない、通常なら町の見やすい位置に勢力の象徴である旗がなびいているものであるがその街にはなかった。

 夜になると、唯一身軽に動ける79式が町へと潜入する準備を行う。

 黒地の布で素顔を覆い隠し必要最低限の荷物だけを持ち、出来るだけ装備を軽くする…いざ町へ赴こうとした際、ルカに引き止められる…彼は銃を手渡そうとしていた。

 しかし79式は首を横に振ってそれを受け取ることはしなかった。

 

「それは持って行きません…粉ミルクをとってくるだけですから」

 

「だが、お前の武器だ79式…」

 

「いいんです…私は人形ですが、もう人形のまま(・・・・・)でいたくはないんです。では、行ってきます」

 

「ああ、気をつけてな」

 

 ルカにそう言い、赤ん坊の頬を撫でた後、79式は坂を下って町へと入り込んでいった。

 警察時代の訓練から身についた身のこなしを活かし、夜に紛れて町の路地に身を隠す…そっと通りを覗いてみれば、酔っぱらった様子の男がふらふらと千鳥足で歩いている。

 相手が何者なのか探ろうとするが分からない…。

 クロアチア人もセルビア人も血統的には同じ民族、民族をわけ隔てているのは信仰する宗教の違いでしかない。

 見た目から人種を見分けるなど到底不可能なことだ…それがクロアチア人なのか、セルビア人なのか、はたまたそれ以外の近隣諸国の人間なのかは分からない。

 文化や言語、宗教が民族をわけ隔てる。

 言い換えてしまえば、たとえ血統が違くても似てさえいれば文化を合わせるだけで違う人種になってしまうことだろう……民族について考える時、79式はいつもそのあたりで混乱してしまう。

 

 酔っ払いをやり過ごした79式は猫のように身をかがめながら、粉ミルクがありそうなところを探る。

 雑貨屋などは無いか周囲の建物を見回すがほとんど民家ばかりだ。

 むやみやたらに町を歩きまわるのも危険が伴う、だいたいの目星をつけておきたいところであるが…路地裏に身をひそめている時、79式は、通りを歩く男たちの何気ない会話に耳を傾ける。

 

「配給がようやく届いて良かった、うちのチビにやるミルクも間に合って良かったよ」

 

「そいつはいい。まだ4か月だろう、これから大変だな」

 

 男たちの会話を聞いていた79式は、自宅に赤ん坊がいるという男の後をつけていく。

 男が家の中に入って行ったあと、79式は近くの物陰で息をひそめる…そして家の明かりが消えたのを確認、時間を置いてから79式は静かに家の中へと忍び込むのであった。

 真っ暗な家の中に忍び込んだ79式はまず息をひそめ、住人が起きていないことを確認する。

 それから79式は家のキッチンへと向かうと、戸棚や引き出しを探る……台所には哺乳瓶もあるため粉ミルクがあるのは間違いないはずだが、なかなか見つからない。

 仕方なく、ペンライトをとりだして出来るだけ外に明かりが漏れないよう細心の注意を払いながら粉ミルクを探していく。

 

「あった…」

 

 粉ミルクはキッチンではなく、リビング側のカウンターに置かれていた。

 持ってきたバッグに粉ミルクの缶を全て入れたところで79式はハッとする。

 この家には同様にこの粉ミルクを必要とする赤ん坊がいる…それにさっきの会話を思い出せば、この粉ミルクはようやく配給で手に入れられた貴重なものだということが分かる。

 迷った末に79式は、ほとんどの粉ミルクをカウンターに戻すと、封が空けられた缶と真新しい粉ミルクの缶を一つだけバッグにおさめて静かに家を出ていった。

 

 後はルカの待つ町の外へと戻るだけ、であるが79式は真逆の方向へと進む。

 79式が向かったのは、小さな診療所…先ほど民家を探った時に見つけた地図からこの診療所の場所を探しあてたのだ。

 診療所は鍵がかけられてたが、身軽な79式は屋根まですいすい上っていくと、天窓を静かに開いて診療所の中へと入り込む。

 79式は真っ先に薬棚へと向かおうとするがそこも鍵が仕掛けられている。

 鍵を探す手間を惜しんだ79式は持っていたナイフを使って強引に鍵を破壊すると、79式は薬棚を調べると、見つけた抗生物質をバッグの中へと入れる。

 この抗生物質は赤ん坊ではなくルカのためだ。

 地雷で足を吹き飛ばされたルカは応急処置をしたが、適正な治療とは言えない…彼は気丈に振る舞ってはいるものの日に日にやつれ、傷口は酷くなっている。

 感染症の疑いがあるのだ…粉ミルクと同時に欲しかった抗生物質を手に入れた79式は早速ルカの元へと戻るべく、薬の保管室を出た瞬間、何者かに襟を掴まれて投げ飛ばされた。

 

 咄嗟に起き上がった79式、睨んだ先には不敵な笑みを浮かべる黒髪の女性がいた…その手にはブレードが握られており、79式を品定めするように眺めている。

 

「精が出るなこそ泥。オレが見張ってる町に堂々潜入してくるなんてずいぶん調子に乗ってるじゃないか」

 

「あなたは…!?」

 

「あぁ? なんだよ…オレたちが誰か分からずに盗みに入ったのか? へへ、教えてやるよクソガキ……オレは処刑人(エクスキューショナー)、お前がどこの回し者かじっくり吐かせてやるよ」

 

 残忍な笑みを浮かべた彼女を見た79式は即座に診療所の扉に走りだしたが、後ろ襟を掴まれて再び床に叩き付けられる。

 それから無理矢理79式の身体を起き上がらせると、その腹を殴りつける…苦しさに呻く79式は反撃しようとするが、処刑人の力は強く一方的にねじ伏せられる。

 もみあいの最中に、処刑人の指に79式は噛みついた。

 痛みに一瞬顔を歪めた処刑人は、指を噛まれたまま79式の身体を持ちあげると、診療所の窓に勢いよく叩きつけるのだ……窓を突き破って投げ出された79式は酷い痛みに苦しむが、急いで立ち上がるとバッグを手に持ち走りだす。

 

 

「敵だ! 敵が町に入り込んだぞ、追撃しろ!」

 

 

 背後から処刑人の怒鳴り声が聞こえてくる。

 町はすぐにサイレンが鳴らされ、牛の鳴き声のような駆動音があちこちから聞こえてくる…。

 79式はがむしゃらに町を走りぬけ、追手の追跡を振り切って森の中へと逃げこんだ……森で追跡をかく乱した後に79式は、ルカの待つ場所へと向かう…。

 そこへ着くと、異変に気付いたルカが驚きに満ちた顔で79式を迎えるが、説明は後回し…79式は赤ん坊を片手に抱くともう片方の肩をルカに貸してすぐさまその場を移動するのであった。

 

「パルチザンだ…」

 

「え?」

 

 逃げる最中、ルカは苦しそうな顔でそう言った。

 

「町に赤い旗が見えたんだ、あいつらはパルチザンだ……セルビアでもクロアチアでもない。革命軍、って奴だな……どっかの傭兵を雇ったって話を聞いたことはあるが…ちくしょう」

 

「逃げましょう、先輩……今は一刻も早くここを離れるんです」

 

 ルカは頷いて応える。

 夜道を歩くのは片足のルカに相当な負担がかかっているのは承知だが、捕まればただでは済まされない。

 後ろから追手が近づいてくる恐怖感を感じつつ、二人は懸命に逃げる……だが、小川の傍までたどり着いたところでルカは力尽きその場に倒れ込む。

 

「少し休みましょう、大丈夫です、きっと撒きましたよ」

 

「いや……」

 

「それに、抗生物質も見つけてきたんです。これでルカ先輩の傷も完全に治せるはずです!」

 

「79式、お前……オレなんかのために危険をおかしたのか?」

 

「ドジ踏んで見つかっちゃいましたけどね……でも、先輩を助けたかったから…」

 

「バカ野郎が……だが、ありがとうな…」

 

 二人は小さな声で笑い合う…。

 だがそんな二人も、ついに別れの時は近付いてきていた……追手の声が森の奥から聞こえて来た時、ルカは決心するのであった。

 

「79式…もういい、もう十分だ……オレの事はここに置いて行け」

 

「先輩…? 何を、言ってるんですか…?」

 

「オレはもう足手纏いだ、お前の事も…赤ん坊の事も守れやしない。むしろ危険な目に合わせてしまっている…これ以上お前の邪魔になりたくない、だからオレのことは…」

 

「嫌です…」

 

「79式、もうそうするしかないんだよ。仕方がないんだ」

 

「嫌です! なんで諦めるんですか…一緒に頑張るって約束したじゃないですか! 先輩、私を…独りにしないでください…」

 

「すまない…本当に、すまない…」

 

 涙を滲ませる79式に対し、ルカはただ力なく謝り続けることしか出来なかった…。

 そうしている間にも二人を捜す追手の気配は少しずつ近付いてくる……自分のことには構わず逃げて欲しいというルカと、それを受け入れられない79式。

 お互い償い切れない罪を犯して今日まで支え合ってきた、それももう終わりなのだ…。

 ルカの切実な想いを前に、79式は涙を流しながら何度も頷いた…。

 

「先輩……分かりました……分かりました…」

 

「ありがとう79式…」

 

 涙に濡れた顔で79式はバッグを背負うと、地面に横たわるルカの傍に近寄るとそっと彼の身体を抱きしめた。

 

「さようなら……先輩……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人、森の中に横たわるルカ…星空を見上げながら煙草をふかしていると、数人の足音が近づいてくる。

 ついにその時が来たのだと感じ取ったルカは身を起こし、そばにあった岩へと寄りかかる……森の奥からやって来たのは強化スーツを着た兵士が数人と、金髪の少女を傍に連れている黒髪の長身の女性だ。

 黒髪の女性以外はみな戦術人形のようであった…。

 

 黒髪の女性、イリーナは冷めた目でルカの着ている制服の部隊徽章を見下ろした。

 

「連邦警察か……モスタルの平和的なデモを力で叩き潰した一味か」

 

「イリーナ・ブラゾヴィッチ……こんなところで革命軍の指導者に会うとはな…」

 

「気安く私の名を呼ぶな、連邦の犬め…いや、見たところ脱走兵か? 戦いから逃げ続けてここまで来たわけか」

 

「オレを殺すか…? お前たちの事は知っている、お前たちも…」

 

 イリーナは変わらず冷たい目でルカを見下ろすと、しゃがみ込み彼の胸倉を掴んで引き寄せる。

 すぐそばにいた少女…スオミがイリーナの乱暴な素行に待ったをかけると、イリーナは胸倉を掴むのを止める。

 

「お前ら民族主義者のクズ共は残らず地獄に堕ちろ、地獄の業火に焼かれながら犯した罪の重さを知れ……殺してなどやるものか、自分の手で地獄に堕ちろ」

 

 イリーナはそう言うと、部下の一人からリボルバーを手に取り、弾を一発だけ残し装填する。

 一発だけのリボルバーをルカに投げ渡すと、一度イリーナは小川の向こうに目を向ける…。

 

「イリーナさん、エグゼの話によると侵入者は女だったようですが…」

 

「放っておけ、もうここらにはいない……撤収しろ、町に帰るぞ」

 

 イリーナの指示に従った兵士たちは銃を下ろし森へと戻っていく。

 イリーナ自身も町へと戻る……そんなイリーナの後を金髪の少女、スオミが追いかけて袖の端を引っ張る。

 振り返る彼女にスオミは口を小さく開き、一枚の写真を見せてくれた……その写真にはルカの姿と、79式の姿がある。

 警察官のチームで撮影した写真と思われるが、その写真に写る79式をスオミは必死に指差していた。

 

「知っているのかスオミ?」

 

 スオミは頷く……。

 そんな時だ、さっきまでいた場所から一発の銃声が響く。

 咄嗟に振り返り見たスオミは、一人の命が散ったことを感じ哀し気な表情で俯いた。

 

「行こう、スオミ……」

 

 うつむくスオミの肩に手を回し、イリーナは小さなため息をこぼし帰路につく…。




もしも79式がばったり会ったのがエグゼじゃなくて、イリーナだったら……そんなことを考えてしまう。
この頃のエグゼは幻肢痛と復讐心全開で容赦なかったから、79式も恐怖から投降するという選択肢も選べなかった…。


そしてついに独りぼっちになってしまった79式……。

次回、過去編ラスト…。


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灰色の記憶 7

 どんよりとした雲に空が覆われて、月も星の明かりもないその夜は数メートル先も見えない暗闇となっている。

 夕方になってすぐに暗くなり始めたところで79式はそれ以上進むのを止めて野宿を決めた……冬を迎えたボスニアは夜になれば氷点下を下回り、暖を取る手段の無い79式は穴倉の中で身を丸めて眠りについていた。

 唯一もっている毛布はそばの赤ん坊を包むのに使っており、焚火をするのも自分たちが発見されるのを恐れて火をつけなかった。

 

 夜中、赤ん坊の泣き声に目を覚ました79式は小さなため息をこぼしむくりと起き上がる。

 凍てつく寒さに身を震わせながら赤ん坊をそっと抱き寄せる79式は、疲れ切った表情で目も虚ろであった……抱き寄せた赤ん坊をあやそうとするが赤ん坊は大きな声で泣きわめくばかりで、一向に泣き止んではくれない。

 赤ん坊をあやす79式の声も活力はない…。

 きっとお腹が空いているのだろうと考えた彼女は服の中にいれて温めていた哺乳瓶にミルクを溶かし、赤ん坊の口へと近付ける。

 赤ん坊はやはりお腹が空いていたのか哺乳瓶をくわえた途端に泣き止んだ。

 

 

 こうした夜泣きと、独りで森に潜伏しているストレスから79式の精神はほとんど限界に来ていた。

 人形である彼女は基本的に主人となる人間と一緒に行動することとしているため、独りでいるこの状況が精神状態の悪化に拍車をかけていた。

 まともに眠れない日々が続き、冬が来たことでまともに口に出来る食事もなく、79式自身も常に空腹感にさいなまれ続けていた。

 虫や、よく分からない植物、木の皮まで口にした……自分が生きるためではない、この赤ん坊を死なせないためにだ。

 

「また…ミルクをとってこなきゃ…」

 

 持っていたミルクももう無くなってしまった……時間稼ぎのためにミルクを薄めて作っていたが、それでは満足な栄養を赤ん坊にあげることは出来ない。

 何度か町に忍び込んで粉ミルクを手に入れていたが、79式自身の体力の低下によってすばやく動けなくなってきたためそれすらも最近は難しい。

 朦朧とした意識の中で、79式は哺乳瓶だけは手放さないように念じつつ……重いまぶたを閉じて眠りにつくのであった。

 

 

 

 翌日、79式は赤ん坊を背負いながら森を降りていた。

 手頃な木の枝を杖がわりに傾斜面をゆっくりと降り、時折しゃがみ込んでは周囲に人の気配がないことを確認し再び歩きだす……疲労と空腹により体力が衰え、戦術人形としての力を十分に発揮できない、人間の大人一人に組み伏せられてしまうほど今の79式は弱り切っていた。

 次の日も、またその次の日も79式はボスニアの森を歩き続ける。

 町か村を探そうとひたすら歩くが頼れる人の集落は見つからず、ようやく見つけたと思った村も攻撃を受けて住民が去った廃村であった。

 

 もう何日もミルクを飲めないでいる赤ん坊も限界が近い。

 人形の79式よりもずっと早く弱っていく赤ん坊に79式は焦りを感じていたが、どうすることもできないのだ。

 日に日に弱っていく赤ん坊をなんとか助けようと、79式はそれまで避けていた舗装路を歩いて町を目指すようにした。

 道路の標識に従って眠ることなく歩き続け、79式はようやくとある小さな町にたどり着くことが出来た。

 町にはどこの旗も掲げられてはいなかったが、町の看板に書かれた文字はラテン文字…つまりそこはクロアチア人の街なのだろうと判断した79式は、おぼつかない足取りで町へと歩く。

 

「君、大丈夫か!?」

 

 そんな時、町の住人らしき男性が79式の事を見つけ、酷い状態の彼女に急いで駆け寄るとふらつく身体を支える。

 男性はやつれた79式を見るや町の住人たちに呼びかけると、赤ん坊を引き取り急いで79式を担いで近くの民家へと運び入れる…ベッドの上に寝かされた79式はおぼろげな意識の中で、男性からの質問に小声で返答をするが、やがてまどろみの中にその意識は沈んでいった…。

 

 

 

 次に目を覚ました時、79式は自分の身体が少し軽くなっているのをすぐに感じる。

 左腕を見て見ると、点滴のための管が取り付けられていた。

 彼女が目を覚ましたのに気付いたのか、すぐそばのテーブルで書き物をしていた初老の男性がにこやかに微笑みかけ、79式の髪を優しく撫でた。

 

「やっと目覚めたね、もう3日も君は眠りっぱなしだったんだよ」

 

「………」

 

「言葉を話せるかね? 君はその…自律人形なんだね? 正しい処方かは分からなかったが、点滴が効いてくれたようだ」

 

「ありがとう、ございます…あの、赤ちゃんは…?」

 

 意識が覚醒しまず最初に頭に浮かんだ疑問を、79式は投げかける。

 赤ん坊の安否を問われた初老の男性は先ほどまで浮かべていた穏やかな表情をひそめると、少しの間躊躇うそぶりを見せてから言った。

 

「やれることは尽くしたはずだよ」

 

「それって…まさか…」

 

「いいや、まだ生きているよ……だがあの赤ん坊はここに来たとき栄養失調と病気にかかっていたんだ」

 

 生きていることに安堵しかけたが、男性が口にした赤ん坊の病名が79式の希望を打ち砕く。

 あの赤ん坊は、癌におかされているのだという。

 人形である79式にも、その病がいかに深刻なものであるかは容易に理解できた……自分の中でなんとか保っていたものが音を立てて崩れようとしているのを、79式は感じていた。

 

「珍しく無いことだよ、君のせいではない。大戦でこの地球が放射能で汚染されてから、癌に犯される患者は増えている。私は、幼い子どもが癌で亡くなるのを何度も見てきたんだ…」

 

「そんな……どうにか、どうにか出来ないんですか?」

 

「ここに癌を治療できる設備はない、たとえあったとしても…あの小さな身体では…」

 

「そんな…そんな……」

 

 癌に犯されてしまった赤ん坊を救うことは出来ない……それまでこらえていた感情が一気に押し寄せ、涙となって流れ出る。

 両手で顔を覆い隠してすすり泣く79式を、彼は慰めるように肩をさする。

 

「お願いがあります…」

 

「なんだね?」

 

「あの子はずっと、お腹を空かせてたんです……だから、最期の時まで…お腹いっぱいミルクを飲ませてあげられないでしょうか…?」

 

「勿論だとも、たとえなくなってしまう命だとしても最後まで面倒を見るつもりだよ」

 

「ありがとうございます…ありがとうございます…!」

 

 人の優しさに久しぶりに触れた79式はそれからもずっと、溢れる感情を止めることなく泣き続けた…。

 ひとしきり泣いた79式に、温かい食事を出すと…少しの間遠慮していた79式もやがて口をつけ始める、よほどお腹が空いていたのかあっという間に出された料理を平らげる。

 しかし赤ん坊の事が気になるのか、浮かない表情だ。

 

「赤子のことなら安心しなさい…ところで君は、これからどうするんだい…?」

 

「私は……ここを出ていきます」

 

「どうしてだね、ここにいればいいじゃないか」

 

「出来ません」

 

「理由を聞いてもいいかい?」

 

「私の存在は…みんなを不幸にさせてしまいます、私がここにいれば皆さんを危険な目に合わせてしまうはずです」

 

 頑なに助けを拒む79式を見て男性は何かを思ったのだろう…引き出しから一冊の本をとりだして手元に置いた。

 見覚えのある聖書を見た79式は、宗教に対しあまり良いイメージを持っていなかったためそっと目を伏せた。

 

「私は町の医者を務めているが、教会の牧師でもあるんだ。どうだろうか、もし君が良ければだが…話を聞こう」

 

 彼は穏やかな表情で、まっすぐに79式を見つめる。

 神の前で自分が犯した罪を告白し懺悔する……そこに一体なんの意味があるのかその時79式は理解することは出来なかったが、彼の言葉に促されるまま、79式は自分の罪を告白するのであった。

 

「私は…人を殺しました。他の誰かに命令された以外にも、自分から人を殺しました。老人から子どもまで殺しました……命乞いをする子どもを痛めつけ、尊厳を踏みにじって殺しました。彼らの故郷を焼き、彼らの故郷を奪いました…民族浄化の下に、私は彼らを追放し信仰心を穢しました……」

 

 男性は静かに、79式の罪の告白を聞いていた。

 彼がクロアチア人なのかセルビア人なのか、もう79式には考える余裕すらなかった…促されるまま罪を告白すると、自分が犯してきた罪の重さを改めて痛感し、罪悪感にさいなまれる。

 平和だった記憶はもう思いだせない、内戦が始まってからの悲惨な記憶のみが79式の記憶を埋め尽くす。

 

「君はたくさんの罪を犯したのだね……分かった、もう十分だ。だが君はその罪の重さに気付くことが出来たんだ、神はお許しくださる」

 

 その言葉に79式は泣きながら首を横に振るが、男性は優しくその肩を撫でる。

 

「酷いことを命令されたんだろう? 痛ましいことだ……私はクロアチア人だが、セルビア人もムスリム人もみんな好きだ。昨日まで仲良く暮らしていた隣人を、どうして攻撃できようか? 悪いのは君じゃない……宗教を戦争の材料にしようとする連中だ」

 

「でも、でも…」

 

「そう自分を責めることはない、仕方がなかったと言えばそれまでだが…避けられない悲劇はある。だがそれに囚われず、未来に目を向けることを知って欲しい」

 

「………」

 

 79式は、小さく頷いた…。

 その後もう一度彼はこの町にとどまることを提案したが、79式の考えが変わることは無かった。

 余命幾ばくもない赤ん坊の余生を、医者であり牧師でもある彼に預けて託すと…79式は再び町を出て孤独な放浪をするのであった。

 あてはない、そもそもどこに向かって何をすればいいのかも分からない。

 ただあの町に留まってはいけない、そんな想いはあった……自分の存在で平穏に暮らす住人を危険な目に合わせてしまうことは、絶対に避けたかったのだ。

 

 目的地もなく、ただ思ったままに進む……自分はまだ生きていたいのか、それとも死に場所を探しているのか。

 自分自身が何を願っているのかすらも見いだせない。

 あの日自分の正義と信念を失った時から、進むべき道は暗闇で閉ざされたままだ。

 

 ふらふらと歩き続け、いつの間にかどこかの道路へと出ていた。

 路上に残るタイヤ痕は真新しい、きっとどこかの勢力が頻繁にここを通るのかもしれない…あまり長居するのは危険と判断し、道を逸れて茂みに入ろうとした時、どこからか小さな声が聞こえてきた。

 振り向いた先には、二人の少年と少女が懸命に走る姿があった。

 二人の子どもの後ろには犬を連れた民兵がおり、怒鳴り声をあげて子どもを追いかけている。

 服装からその民兵はスルプスカ共和国…セルビア人の民兵であることが伺える。

 

 足の速い犬はあっという間に二人に追いつくと、逃げる少女の足に噛みついた。

 足を噛まれてしまった少女は悲鳴をあげ、もう一人の少年は少女を助けようとするが大型犬の力に対抗できない…そうしている間に、民兵は接近する。

 79式はほとんど無意識に茂みを飛び出すと、全速力で二人のもとへ走り寄ると少女に噛みつく犬の横腹をおもい蹴りつけて吹き飛ばした。

 

「二人とも早く逃げて!」

 

 犬に足を噛まれた少女を立たせてあげると、向かってくる民兵に79式は対峙した…殴りかかって来た民兵の拳を避けた79式はカウンターの蹴りを叩き込み一撃で打ち倒すが、異変を察したのか遠くから民兵たちが車に乗って来るのが見えた。

 すぐさま79式は二人を森の奥へと逃がそうとしたところ、先ほど蹴り飛ばした犬が背後から79式に跳びかかった。

 

「おねえちゃん!」

 

「私はいいから、二人は逃げて!」

 

 犬の牙が肩に深々と食い込む…痛みに悲鳴をあげそうになるのをこらえ、79式は二人に逃げるよう叫ぶ。

 二人が逃げる時間を稼ぐべく、肩に噛みつく犬を強引に引き剥がし、おもいきり蹴り上げる…今度こそ犬を気絶させることが出来たが、車に乗った民兵たちがあっという間にこちらに接近してきていた。

 すぐさま79式も逃げようとするが、車が行く手を阻む。

 車から飛び降りてきた男に押し倒された79式は、男の手を振りほどいて頭突きを浴びせる。

 しかし1人を倒しても相手は大人数であり、別な民兵が背後から79式を羽交い絞めにして拘束した……頭突きを受けた男が怒りの形相を浮かべて、拘束された79式を何度も殴りつける。

 

「くそアマが、舐めやがって!」

 

 79式の髪を鷲掴みにする男…手を伸ばしたところに79式は食らいつくと、ありったけの力で男の指を噛みちぎる。

 男の悲鳴が響き渡る…。

 民兵たちが怯んだすきに79式は羽交い絞めにする男の股を蹴り上げ、拘束を解く。

 襲い掛かってくる民兵を相手に奮戦するもやはり多勢に無勢、後から駆けつけた応援も加わってついには集団で抑え込まれてしまう。

 両手に手錠をつけられ身動きをとれなくしたところで男たちは、うずくまる79式を蹴りつける。

 

「こいつ知ってるぜ、ブゴイノの警察にいた人形だ」

 

「するとクロアチアの犬か…よし、車に乗せろ」

 

 散々痛めつけられ、力を失くした79式に民兵は唾を吐きかけると、乗って来た車の荷台に放り込む…。

 全身の激痛に呻く79式を、民兵は残忍な笑みを浮かべて見下ろしていた。

 車に揺られること1時間…無理矢理起こされ、車から降ろされた79式は視線の先にある強制収容所を見て目を見開いた。

 

 

「怖いか人形のお嬢ちゃん、これからよろしく頼むぜ?」

 

 

 民兵のいやらしい笑みに79式はゾッとする。

 セルビア人支配地域の中に放り込まれた79式を助けるものはいない。

 収容所近辺にたむろする男たちの比率から、この収容所がどんな役割を持っているのか理解した79式は恐怖心に震えあがる…そんな彼女の姿を見た民兵たちは笑みを浮かべ、舐め回すような目で彼女を見つめていた。

 収容所内へと足を踏み入れた時、79式はあまりの恐怖心から震えていた。

 それをセルビア人民兵は同情することなく、収容所の取り調べ室へと彼女を放り込んだのだ…。

 

「取り調べの時間だお嬢ちゃん…ここのルールは知ってるな?」

 

 取り調べ室内には、何人かの男たちが待機していた。

 両手を拘束された79式は少しでも男たちから逃れようと部屋の隅に逃げるが、そんな姿はかえって男たちの興奮と征服感を増長させるだけであった。

 

「来るな…!」

 

 79式の願いもむなしく、男たちの魔の手が伸びる。

 衣服を斬り裂かれ、全身の素肌を露出させられる…床を這って逃げる79式を男たちが押さえつけると、別な男がベルトを外しズボンを脱いだ。

 

「やめろ……やめ……!」

 

 必死の抵抗も、懇願も…彼らには無意味なものだった…。

 79式の純潔は、なすすべもなく散らされる。

 男たちはかわるがわる無抵抗の79式に襲い掛かり、彼女の悲鳴は収容所内に絶えず響き渡った。

 

 そしてこの行為は次の日も、また次の日も容赦なく行われたのだ。

 収容所から一歩も出ることが出来ず、男たちの欲望のはけ口に利用される日々……この収容所がパルチザンの手によって解放されるその日まで、79式は地獄を見続ける……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すべての話を聞いた時、WA2000は目の前の79式に対しかける言葉を失っていた…。

 にこりと笑って見せる79式の口から話された凄絶な過去……あまりにも悲しく、あまりにも愚かで、あまりにも救われない。

 すべてを聞いた後で、WA2000は今まで通りの接し方をすぐにすることは出来なかった。

 

「イリーナさんが私を救い出してくれた時、私は言いました……"私はもう誰かを憎まずに生きてなんかいられない、でもそんな想いをしてまで生きていたくなんかない、殺してくれ"…と」

 

「その時イリーナはなんて言ったの?」

 

「あの人は必死で私を説得しました……ですが私の気持ちは変わりませんでした。もう普通に生きてくことなんて出来ませんし、きっとあの人の理想の国ができたとしてもきっと私は誰かを傷つけようとしたはずです……イリーナさんはそれで、私の記憶を消して生かそうとしたのだと思います」

 

「それで、あなたはイリーナの事をどう思ってるの? 中途半端に記憶に蓋をしたせいで、嫌な記憶を思い出したから恨んでるの?」

 

「いいえ…イリーナさんが本気で私を助けようとした結果ですから、恨めるはずがありませんよ」

 

「そう……もう一つ聞かせなさい。79式、あなたは自分の過去を私に打ち明けてどうして欲しいって言うの?」

 

「え…?」

 

 79式が驚いた表情で見上げると、彼女は真剣なまなざしを真っ直ぐに向けていた。

 

「自分の辛い過去を聞いてもらって同情して欲しいの? 罪の追及をしてもらいたいの? まだ死に場所を求めているの? それとも過去を話すことで、私とあなたの関係が崩れないか試そうとしてるの?」

 

「いえ、あの…」

 

 睨みつけるようなWA2000の視線に79式は目を逸らしていいよどむ…。

 そんな79式に近寄ると、彼女は腕を掴み引き寄せるとその身体を抱きしめた。

 

「バカね、私があなたの過去を聞いて見捨てるとでも思うの? よく聞きなさい79式、あなたは私の優秀な教え子であり妹みたいな存在なのよ……例え何があろうと見捨てるはずがないでしょう」

 

「センパイ…」

 

「最後にもう一つ聞かせなさい…あなたはこれからも生きていたいの?」

 

「私は…」

 

「単純なことよ、悩むことじゃないわ」

 

「………生きていたいです……私は、生きていたいです…!」

 

「だったらもう二度と腐るんじゃないわよ、いいわね? 79式、ここには人に自慢できない過去を抱えてる奴はたくさんいるわ。自分だけが汚れてるなんて思っちゃダメ、あなたはあなたなんだから」

 

「はい…」

 

「ここは天国の外側(アウターヘブン)、地獄の道を歩いてるのは何もあなただけじゃないわ…私もその中の一人。79式、私たちの向かう先に道はない…だから切り開くしかないの。でもそれが難しいのなら、私の後ろをついて来なさい。誰かが作った道を辿るのは恥ずかしいことじゃないわ…」

 

「センパイ…はい、分かりました……私、もう迷いません。ここで生きていきます…!」

 

「フフ……その言葉忘れちゃダメよ。天国の外側(アウターヘブン)へようこそ、79式」

 

 

 

 




完結ッッ!
ラスト力尽きた感ありますが……。
相変わらずわーちゃん硬派やな……でも79式は二度と恋をしないから、百合にはならないんだ



スコピッピ「エグゼ、なにわーちゃんの部屋覗いてんの?」
エグゼ「いや、何というか…とりあえず覗くんじゃなかった、あとあん時のオレを一発殴りたい」(号泣)
スコピッピ「よし、じゃあ代わりにあたしが殴ってやろう!」
エグゼ「いて! このクソサソリが…!」

 エグゼも反省してるんで前話のアレは責めないでやってください…相変わらずエグゼは涙もろいw
 よっしゃ、ほのぼのしよ


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マザーベース:一番強い眼帯は誰だ?

「あの鉄血のクズ! 今日という今日は許しませんッ!」

 

 そんな物騒な怒鳴り声と共に宿舎から飛び出してきたのは、全身びしょ濡れの姿のM4だ。

 ちょうど外の甲板で未開封のウイスキーを飲もうとしていたM16は、妹のセリフと酷い姿から一瞬で何があったか察知する…そういえばさきほどエグゼが妙に上機嫌でヘリに乗り込んでいったのには、そういうわけがあったのかとM16はおかしそうに笑う。

 しかし被害にあったM4にとっては笑い事ではないようで、何があったのかきかないうちにエグゼへの文句を怒鳴り散らすのだ。

 

「あの人頭おかしいですよ! 私の部屋の前にあるスプリンクラーに細工を仕掛けて、部屋を開けたら作動するよう仕掛けてあったんです! おまけに水の量が半端じゃないですし…おかげで部屋の中は水浸しですよ!」

 

「あー……一応誰がやったのかは分からないんだろう? 証拠もないのに疑うのは良くないと思うんだが…」

 

「こんなことするの処刑人のアホ以外にいません! まったくもう……何か仕返しを考えないと…」

 

「おいM4? おーい」

 

 M4はブツブツと何かをぼやきながらどこかへ行ってしまった…。

 隙あらばお互いいたずら合戦に興じるM4とエグゼには周囲も困り果てているが、面白がって煽る者も中に入るのでたちが悪い……悪戯の応酬についてはオセロットもほとんど口を出さない、いや、呆れて見放している。

 

「まったく…後で言い聞かせないといけないな」

 

 そう言いつつ、M16はどっこらしょと甲板の日陰に腰を下ろしてウイスキーのボトルを空ける。

 ここマザーベースでは何かと飲んだくれが多いので酒の備蓄は多い…たまにスコーピオンやスペツナズの面子が暴走して酒という酒が飲みつくされ、酷いときには消毒用アルコールや塗装用アルコールの類まで消失することもあるが、M16はある程度の分別はわきまえているつもりだ。

 大好物のジャックダニエル…ではないが、それに近いウイスキーを酒蔵から分けてもらった彼女は、糧食班から同じくつまみのチョコレートとジャーキーを貰いそれをつまみとする。

 

「うむ、美味い」

 

 チョコレートの甘味とウイスキーの風味が絶妙にマッチする、スパイスで味付けされたジャーキーもいい味を出している。

 真昼間から仕事せずに飲む酒は格別だ。

 

 すっかりニートが身に沁みついてしまったM16であるが、一度グリフィンに帰ろうとしたことがあったのだが…帰り際にミラーがそれはさわやかな笑顔でマザーベースに滞在していた間の、AR小隊の食費・宿泊費・施設利用料をまとめた請求書を持ってきたのだ。

 その桁の多さにはM16もびっくり…今すぐに払えなければグリフィンに請求する、もしくはマザーベースで働くことを迫られる。

 グリフィンに請求でもされれば面目は丸つぶれ、ヘリアンの鬼のような説教を恐れたM16は渋々マザーベースで働くことを選んだのだ……ちなみに請求額の半分はM16の酒代が占めていたため、それを知ったM4は今まで見たこともないような冷たい目でM16を見ていたという。

 

 そんなわけでマザーベースに住み込みで働くことになったAR小隊……分かっていると思うが三人とも全く働かず、M16はこうして昼間から酒を飲んで、M4はエグゼとやり合うのでいっぱいいっぱいで、SOPⅡはもうそんな悩みなど頭にない様子で遊びまくっている。

 明日こそ働こう…思考が堕落者そのものだが、過度に甘やかしてAR小隊の画策をもくろむミラーの策略は上手くいっていると言えよう。

 

「まったく、昼間から酒飲みとは……こんなマヌケを追い回してたと知ったら、エルダーブレインもやり切れないだろうさ」

 

 その声はM16の真上から聞こえてきた。

 見上げると、建物の上階の手すりにもたれかかるアルケミストがニヤニヤと笑みを浮かべながらM16を見下ろしていた。

 

「余計なお世話だ、今日は風も涼しく良い陽気だからな」

 

「404小隊のネズミども並みに酷い言い訳だな」

 

 ニート小隊筆頭の404小隊はというと、今頃ミラーをそそのかしてこの間97式を連れていったという無人島でバカンスしていることだろう…腹黒さでは並び立つ者がいないUMP45はエグゼに愛の告白をした後でも、しっかり男どもを手玉にとっているのだから大したものだ。

 AR小隊はニートだが、そんな姑息なことはしないのでまだマシだが…。

 手すりを乗り越えて飛び降りてきたアルケミストはそのままM16の隣に立ち、壁に寄りかかる……鉄血とグリフィンの関係を知るものなら、二人のこの構図はとても奇妙に思えるだろう。

 

「それで、どうするんだい?」

 

「何がだ?」

 

 アルケミストの言葉にM16は即座に聞き返す。

 

「あたしらの妹分たちの落とし所さ。さすがにこれ以上放っておくのはなんだ……姉であるあたしらまでマヌケ扱いされそうなんだが」

 

「フン、そんなことか。悪いが最終的には当事者に任せるつもりだ、ご存知私たちは借金を返済するまでここに箱詰めだ。お前の短気な妹分はともかく、私の妹は真面目でしっかり者だ……いずれ和解するはずだ」

 

「真面目なしっかり者ね…?」

 

 アルケミストが興味無さそうに聞いていると、ちょうど二人の前をM4が何やら工具箱を手に過ぎ去っていく。

 彼女は真っ直ぐに宿舎を目指しているようで、何かを企んでいるのか笑みを浮かべ、その企みは言葉として出てしまっている…。

 

「処刑人のクズめ…部屋を開けた瞬間塩コショウが巻き散らされる仕掛けをしてやる…! 誰に戦いを挑んでるか、分からせてやりますからね…!」

 

 よほど頭に来ているのか怨みの言葉を巻き散らしながら彼女は宿舎へと消えていった。

 それを眺めていた二人の周りに微妙な空気が流れる。

 

「真面目なしっかり者?」

 

「いや、その……しっかり者なはずなんだ…」

 

 せっかく妹を立てようとして言ったのに、当の本人がみっともない姿をさらしているのだからどうしようもない。

 アルケミストにバカにされても文句の一つも言えないが、いつまでも笑っているのでM16も少しばかり苛立ちを覚える。

 

「いつまでも笑うな! 大人げないのはお前の妹も一緒だろう! うちのM4はほんとは真面目で優しくてしっかり者の可愛い奴なんだ!」

 

「それを言うならあたしのエグゼだってな、筋はしっかり通すし仲間想いのかなりかわいい奴さ」

 

「うちのM4の方が可愛いに決まってるだろ、いい加減にしろ!」

 

「あぁ? 可愛さもスタイルもお前んとこのポンコツに負けてねえよ」

 

「あんなメスゴリラに魅力があるとでも思うのか? それに比べてうちの妹はおしとやかで女の子らしい」

 

「この業界でおしとやかなんて何の役にも立たないんだよ。今時の女の子は強くなくちゃいけないのさ」

 

「あいつは強いというより暴力的なだけじゃないか! 今時暴力系ヒロインは流行らないんだよ!」

 

「暴力じゃない、愛の鞭だ! 痛みを伴わない愛になんの価値があるって言うんだい? お前のとこの堅物メンヘラこそ時代遅れさ」

 

「なにこの、鉄血のクズめ!」

 

「グリフィンのクズ人形!」

 

 いつの間にかお互い罵り合うM16とアルケミスト…甲板を通り過ぎていくスタッフたちは、また面倒な組み合わせのバトルが始まったと、遠巻きに見つめて関わり合いにならないよう注意する。

 激しく口論する二人であるが、その場に響き渡る高笑いによって罵り合いを止める。

 

「話は聞かせてもらったよ、そのケンカ…あたしが仲裁しよう」

 

 現われたのはアホの子として定評のあるスコーピオン……奇しくもその場に3人の眼帯が揃うという奇妙な場面が完成する。

 それはともかくとして、仲間内でのケンカを見過ごせない性分のスコーピオンはさっそく二人の仲を取り持とうとするが…。

 

「二人とも下らない事でケンカしないでさ~」

 

「下らないだって!? スコーピオン、お前ならうちのM4の可愛さを理解してくれると思ってたのに!」

 

「おいサソリ、エグゼの方があいつより可愛いよな!? 可愛くて強くて好きな人に一途で子持ちのママだぞ、属性多いだろ!」

 

「まあまあ押さえて押さえて……二人の妹はどっちも可愛いと思うよ? だけどどっちが可愛いかで比べあうのが下らないって言ってるのさ」

 

 みんな違ってみんないい。

 自分の妹が一番可愛いく思うのは姉として当然のことだ、自分の妹の可愛いところを自分が知っていればいいじゃないか……そんなことを言うのかなと想像する二人だが、その予想は見事裏切られる。

 

「だって、あたしがマザーベースで一番可愛い女の子なんだからね!」

 

「「お前が一番下らねえよ!」」

 

 初めて二人の考えが一致した瞬間であった。

 しかしスコーピオンは明るい笑顔を振りまき、微塵も自分の可愛さを疑っていない様子…。

 

「そもそも、最初のヒロインであるあたしが後から出てきたヒロインに負けるはずないでしょ」

 

「おい、お前そんなこと言っていいのか?」

 

「なんたってシリアスもギャグもラブコメもできる万能ヒロインだからねあたしは」

 

「もういいその話しはやめろ!」

 

 これ以上は危険だと判断した二人はスコーピオンの言葉を遮って止める。

 何が危険かは止めた本人もよく分かっていないのだが…どうであれ、ケンカを止めてくれた二人に満足するスコ―ピンであった。

 

「というか、眼帯してる3人が一か所に集まるのも妙なもんだね」

 

「まあ、それはそうだが…」

 

「気にしたことは無いがな」

 

「ふーん……ぶっちゃけ眼帯は飾りで実際は見えてたりする?」

 

 唐突なことを言ったスコーピオンに、M16は飲みかけていたウイスキーを吹きだした。

 スコーピオン自身も眼帯をつけている戦術人形であるはずなのに、いかにしてそんなセリフを言えるのだろうか…理解に苦しむ二人をスコーピオンはなおも興味津々に追及する。

 

「あたしは前に目を撃たれて失明したままさ…M16、お前は?」

 

「なに? それはまあ、色々事情があってだな」

 

「怪しいなお前、本当は見えているんだろう? 寝てるふりして覗きしてる奴だなお前」

 

「そんなわけないだろう! まったく……それを言うならスコーピオン、お前もほんとは見えてるんじゃないのか?」

 

「どう思う?」

 

「どうって……見えてるのか?」

 

「女の子にはね、少し謎めいていた方が魅力的なことがあるんだよ…」

 

「M16、まともに相手していると疲れるだけだぞ?」

 

「そうだな…なんでMSFには変人しかいないんだ?」

 

 MSFは変人の巣窟なのでそれは仕方がないのだが。

 まあひとまずケンカを取り持ったスコーピオンは満足すると、腰のポーチにしまっていた酒瓶をとると一気に飲み干す……まさかとは思ったが、どうやら二人に声をかけた時には既に出来上がっていたようで酔った勢いで絡んできたのもあるようだ。

 酒を飲んで上機嫌になったスコーピオンはさらに絡み始める。

 

「いいね~、この眼帯という共通点。閃いた、MSF眼帯愛好会を作ろうよ!」

 

「おいM16、このアホをいい加減止めろ」

 

「勘弁してくれ。おいスコーピオン、どんだけ飲んでるんだ? 酔い過ぎじゃないか?」

 

「酔ってないし。というわけで、眼帯愛好会の会長を決めるためには…やっぱ一番強い奴が会長になるべきだよね! というわけで勝負だ!」

 

 わけも分からず戦いを挑まれる二人であるが、MSFに属する者なら色々とおかしいスコーピオンのスペックは知っているため、変に戦いを挑む者はいない。

 めんどくさそうにあしらう二人であったが、負けるのが怖いのかと挑発されればそこまで言われた二人も戦闘態勢をとる…無論銃器無し、格闘戦による決闘だ。

 命のやり取りまではいかないだろうが、互いのプライドから負けることは受け入れられない。

 

 理由はしょうもないが、3人とも負けん気の強さはあるためにこの戦いを負けるわけにはいかなかった。

 そしていざ戦おうとした矢先…。

 

 

「3人ともどうしたんだこんなところで? 訓練か何かか?」

 

 

 そこへ参上したのはMSFの初代眼帯……ビッグボスことスネークだ。

 M16、アルケミスト、スコーピオン…出身が異なり以前まで争い合っていた彼女たちがわだかまりを捨てて、共に訓練に励んでいるとスネークは思ったようで感心した様にやって来たが事実は違う。

 スネークが現れたことにより冷静さを取り戻したM16とアルケミスト…だがスコーピオンは、酔った勢いでとんでもないことを言ってのける。

 

「忘れてたよスネーク…あんたも眼帯だったね。実は今誰が一番強い眼帯か決めようとしてたんだよ」

 

「一番強い眼帯…? すまん、何を言っているのか全く理解できないんだが…」

 

「スネーク、アンタはMSFのカリスマであり最強の兵士……ならば、眼帯を制する者はMSFを制するといっても過言ではないよね! つまり、スネークをやっつければ今日からあたしがMSFのボスだーッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐふっ……」

 

 数十分後…そこにはスネークに挑みかかったスコーピオンが返り討ちにあって倒れ伏す姿があった。

 無尽蔵の体力を持っているスコーピオンは何度も起き上がってはスネークに挑んだが、最後には頭から甲板に投げ飛ばされて力尽きる……さすがのスネークも、スコーピオンのバカみたいな体力に疲れたのか息を切らしていた。

 やっつけたとおもったスコーピオンも、気絶しているというより寝息をたてて寝ている様子…。

 

「すまん、うちのスコーピオンが迷惑をかけたようだな」

 

「いや、それはいいんだが……そいつ大丈夫か?」

 

 一応医務室に運ぶため、スコーピオンをスネークはおんぶする。

 

「うへへへへ……スネ~ク~……」

 

 気絶ではなくただ単に酔いつぶれて寝てるだけのようだが、念のため医務室へと運ばれていくスコーピオン。

 なんとも幸せそうな顔で、彼女はスネークの背にしがみついていた。




9A91「ソビエト・ロシアでは酒があなたを飲み干すッ!」
グローザ「あぁ、酒がないわ…アルコールならなんでもいいから持ってきてくれない?」
ヴィーフリ「9A91、消毒用アルコールにオレンジジュースを混ぜたらとても美味しかったわ!」
PKP「確か戦車の不凍液にウォッカを入れておいたはず…よし」

スプリングフィールド「もういい加減出禁でいいでしょうか?

※スコピッピが混ざってた飲み会の様子


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緊急合作案件!!! Operation"Tomodachi" 邂逅編

 リベルタドールはその日激しく後悔をしていた…。

 感情表現に乏しく(と思われている)、終始無言で冷静沈着そうに見える彼女であるが、リベルタと親密に触れあう者ならば彼女の微妙な表情の変化に気付くはずだ。

 腕を組むリベルタの隣でソファーに座っているのは、先ほどからゲラゲラ大笑いしているエグゼとアルケミスト、つまらなそうなハンター。そして涙目になってぶるぶる震えているデストロイヤーの姿がある。

 共通点は鉄血ハイエンドモデル。

 さて、この日一同が同じ場所に集まった理由というのがエグゼがみんなを映画鑑賞に誘ったからである。

 曰く、スリリングなアクション映画貰ったから一緒に見ようぜ…とのことで、アクション映画ならということでリベルタもデストロイヤーもほいほいついてきたわけだが。

 いざ映画鑑賞をしてびっくり…ジャンルはスプラッター映画。

 

 開始早々人間が残酷な手法で殺されるという衝撃的な展開によって、楽しいアクション映画だと思っていたデストロイヤーは早くも泣きそうになり、リベルタも固まっていた。

 ハンターは興味が無さそうではあるが、エグゼとアルケミストは大盛り上がりだ。

 

「ハハハハ! よくこんな殺し方考えるな、なあ姉貴?」

 

「いやいや、あたしだったらこんな場面指一本ずつ斬り落として絶望味あわせるね。ここで殺すのはもったいないだろう?」

 

「さすが姉貴だ。あ、また死んだ…もう少しもがけよな」

 

「うーん…演出はいいが、出血量が大げさすぎだな。頸動脈切ってもこんなに血は吹き出ないよな」

 

 スクリーンで繰り広げられる惨殺劇を笑いながら鑑賞し、時に批評を交えながら二人は語り合う。

 そのうちデストロイヤーはショックから失神してしまったようだが…。

 

「すまないなリベルタ、うちのアホどもに付き合ってもらってな」

 

 つまらなそうに映画を見ていたと思ったのか、ハンターが気を聞かせて声をかけてきてくれた。

 それに対しリベルタは無言で首を横に振る…実際には小声でそんなことはないと言っているのだが、映画の音響にか細い声がかき消されてしまっている。

 

「まあ、南米でシカリオをやってたお前からしたらこの程度楽しいものでもないだろう?」

 

「…………」

 

 リベルタは少し考えた末に、小声で何かを囁いたが、スクリーンに映る女性の甲高い叫び声にかき消されてしまった…その叫び声があまりにも大きかったため、一瞬リベルタの身体がびくっと震えたが、ちょうどその時ハンターは視線を逸らしていた。

 その後は映画が終わるまでの間、リベルタはひたすら無言で耐えていた…。

 

 映画が終わると、ふらふらと会場を出ていくリベルタ。

 ちょうど彼女の事を捜していたWA2000とばったり行きかうが、リベルタの微妙な表情の変化に気付けるWA2000はすぐにリベルタが疲弊しているのを見抜いた。

 何があったのかわけを聞けば、エグゼらと映画鑑賞…スプラッター映画を見ていたのだと小声で話すが…。

 

ああいうグロイの…実は苦手なんだ…

 

「へえ、意外ね。あんたカルテルのシカリオとして色々残酷な拷問とかしてたんじゃなかったっけ?」

 

やりたくてやってたわけじゃない……ただそうしなければならなかったんだ……私は旧式だ、あんな扱いを受けていたとはいえ廃棄間近の私を拾ってくれた恩というのもあった。だから嫌でも恩に報いるためにだな…

 

「ごめんリベルタ、大事なこと話してくれてるのはわかるんだけど、声が小さすぎて何を言ってるか分からないわ」

 

「…………」

 

「だからって黙るんじゃないの! まったく、あなたのそれは結構問題よね」

 

 愚痴をこぼすWA2000に対し、リベルタはぺこりと頭を下げて謝罪する。

 本人が言う頑張って話すよりジェスチャーで伝えた方が早いというのも、今ではなんとなく理解はできる。

 まあ、戦場では砲撃や銃声等で互いの声が聞きとりづらいという場面もあり、そのためにハンドサインを用いるのだが…ハンドサインに関しては、リベルタは唯一得意なコミュニケーション分野であるので頑張って覚えてくれたようだ。

 

「とにかくリベルタ、あんたグロいのが苦手ならそうエグゼに言えば良かったじゃない。なんでもかんでも合わせる必要はないのよ?」

 

だが、せっかく誘ってくれたんだし……あの人たちとも友だちに…

 

「まあアンタがいいって言うならそれ以上は言わないけどさ」

 

 友だちが作りたくて色々頑張っているようだが、本人の絶望的なほどのコミュニケーション能力によって上手くは言っていない様子…この間などは、スプリングフィールドのカフェに入ろうとするもなかなか入ることが出来ず、カフェの入り口の前で挙動不審になっているところを警備のヘイブン・トルーパーに発見され警報を鳴らされてしまったこともある。

 ぱっと見た第一印象は、鉄血のハイエンドモデルに相応しい威圧的な外見…切れ長の目は三白眼、ほとんどまばたきをしないこともあって、リベルタに見つめられると睨まれていると誤認する者も多いようだ。

 それで一度エグゼと揉めかけたこともあるが…その時はスコーピオンが事情を説明し、エグゼもその後理解してくれて事なきを得たが。

 

「まあいいわ…ところでリベルタ、あんた今日はキッドと組みなさい。キッドの奴が任務に向かう仲間を捜してたから、あんたを推薦しといたわ」

 

「……?」

 

「キッドはまあ、いい奴よ。アンタのことも理解してくれると思うから、たまには私以外の人と任務を……って、なに泣きそうな顔してるのよ! そんなに不安なの!?」

 

 いつもと変わらないように見えるが、リベルタの瞳がうっすら潤んでいるのをWA2000は見抜く。

 友だちが欲しいとか言いながらこのありさまだ…結局、キッドのところまでWA2000が引っ張って行き、リベルタの事をキッドによろしく頼むのであった。

 まるで引率者みたいだ、というのがその場面を見たスコーピオンの印象であった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッドが抱えていた任務は、動物愛護団体から受けた任務であり、最近密猟者の密猟被害が後を絶たず行政機関もまともに対応しないということでMSFに依頼が来たのだ。

 怒り狂う過激な動物愛護団体は、密猟者の生死を問わず自然界から叩きだせというもの。

 動物愛護団体の中には家畜やペットの権利も主張するタフな過激派もいるが、今回の依頼主はそれとは別なもの……自然界の動植物を守り自然を愛するというのは自称だが、とにかく大戦と汚染で生息地を減らされてしまった動物たちを攻撃する者を攻撃する組織というわけだ。

 色々と面倒な連中であるが、金払いはいいということでたまに依頼は請ける。

 

 アルプスで密猟者を叩きのめしたキッドとリベルタ、そしてネゲヴ。

 捕まえた密猟者は動物愛護団体の過激派へと手渡し、そこから哀れな密猟者たちは私刑にあうだろう。

 

 

「任務お疲れさん。ネゲヴもリベルタも、よくやってくれたな」

 

「お安い御用よ」

 

お……おや…お安い、ご用……だ

 

 

 リベルタの小さな声はヘリの音でかき消されてしまっていたが、キッドはしっかり聞いていてくれたようで彼女に対しサムズアップで応えてくれた。

 バンダナで口元を緩く覆っているせいで気付きにくいが、リベルタは嬉しそうに目を細めてはにかんでいた。

 

「それにしてもリベルタ、お前の武器…"HK CAWS"ってのは中々強力な武器だな。密漁者どものバリケードを真正面からぶち抜いちまった」

 

 リベルタが用いる武器はブルパップ方式のフルオートショットガン。

 タングステン製バックショット弾を猛烈な速度で連射するまさに鉄の暴風といった武器であり、リベルタと対峙した密猟者たちは哀れにも隠れ場所ごと吹き飛ばされてしまった。

 

「近距離戦とか屋内戦じゃリベルタに勝てる人はいないかもね。スコーピオン並みにタフで、油圧システムの力もすごい。まさに至れり尽くせりね……これでコミュニケーション能力もまともだったらいうことなしなんだけど」

 

 途中まで気分よく聞いていたリベルタであるが、ネゲヴの最後の言葉がグサッと突き刺さる。

 今回の任務では特に問題にならなかったが、小声でしか話せないのはいつかどうにか改善しなければならないだろう。

 

「まあいいじゃないかネゲヴ、口数が少ないのも個性だ。エイハヴを見てみろ、あいつも結構口数少ない方だぜ?」

 

「あれ、エイハヴさんてそんなに口数少なかったっけ?」

 

「うん? あれ、気のせいかな?」

 

「しっかりしてよキッド兄さん」

 

 最近ボケてきたかなとキッドはぼやく…。

 一仕事を終えた三人はこれから真っ直ぐ前哨基地へ向かい、そこからマザーベースに向かう予定だ。

 それまで機内で他愛のない会話をし、時々キッドが気を効かせてリベルタにも話を振ってあげる……相変わらずリベルタの声は聞き取りにくいが、キッドもネゲヴもそれを理解してくれていた。

 

「ワルサーから聞いたぞ、リベルタは友だちが欲しいんだってな? オレやネゲヴで良ければいい友人になれそうだ」

 

「MSFは友だちというか家族だけど…まあ、リベルタにはまだ早いかしら?」

 

友だち……友だちか、いいものだ…

 

 リベルタは口元を隠していたバンダナを少し下げると、気恥ずかしそうに微笑むのであった。

 普段のクールでおっかなそうな見た目とのギャップに、キッドとネゲヴは揃ってやられかける。

 

 そんな時、ヘリに備え付けられていた警報装置が鳴り響く。

 何事かとヘリのパイロットに問いただすキッド……どうやら機体の不備があったらしく、少しの間機体制御に問題が生じてしまったが、キッドの手助けも合ってヘリの異常は解決される…。

 だが問題はそこからだ。

 パイロットは、機体の異常に対処しているうちにヘリが鉄血支配地域の上空に侵入してしまっていたことに気付いたのだ。

 急ぎ離脱しようとした矢先、キッドは眼下の地上より一発の地対空ミサイルが発射されたのを見た。

 熱追尾ミサイルは加速し一気にこちらのヘリへと接近、回避運動も虚しくテールローターに被弾した。

 

「ちくしょう! みんな掴まれ!」

 

 損傷を受けたヘリをなんとかパイロットは立て直そうとするも、機体は次第に制御を失って高度を下げていく。

 制御を失ったヘリは回転しながら荒野の中に不時着、不時着の衝撃でヘリは横転し大破した。

 

「あー…いてぇ……みんな無事か?」

 

「うぅ…なんとか…」

 

 運よくキッドは無事、不時着時弾き飛ばされたネゲヴもキッドが受け止めたことで無傷だ。

 リベルタはまともにヘリの壁に叩き付けられたようだがぴんぴんしている…さすがはオセロットの散弾銃を至近距離で受け、なおかつハンヴィーで轢かれながらも生きていただけはある。

 しかし問題はパイロットだ。

 大破したヘリの操作席がひしゃげ、パイロットの足は挟まれて裂傷を負っていたのだ。

 

「大丈夫か! リベルタ、手を貸してくれ! ネゲヴは救難信号を出すんだ!」

 

 ネゲヴには救難信号を任せ、キッドとリベルタは一度大破したヘリの外に飛び出してパイロットの救助を試みる。

 真横に横転したヘリはローターが吹き飛び、操作席の扉もひしゃげて開かない。

 割れた窓からパイロットを出そうとするが、挟まれた足がどうしようもできず、あまりの痛みに悲鳴をあげる。

 

「少しずつ解体してくしかない。リベルタ、サンダーを持ってきてくれ」

 

 ヘリの工具箱からサンダーをとりだし、急ぎパイロットの救出を阻むか所の解体を試みる。

 手の空いたリベルタは操作席に入ってパイロットの怪我の具合を見るが、出血が多く危険な状態であった。

 動脈が切れているのかどうかも分からない状況だ。

 

「よし、もう少し待ってろよ。すぐに助けてやるからな」

 

「あぁ……不味いよキッド兄さん…! 鉄血の兵士が来る!」

 

「連中よっぽど暇だったみたいだな! ネゲヴ、リベルタ! 任せられるか?」

 

「ええ、任せなさい!」

 

任せろ……返り討ちにしてやる…!

 

 鉄血の人形たちはあちこちから現れヘリを狙い集まってくる。

 キッドたちが生きていることを知った鉄血の人形たちは途端に攻撃を仕掛けてきたため、ネゲヴとリベルタの二人も即座に応戦した。

 鉄血の部隊はまだ小規模だが、ここは奴らの領域であり、いつ大部隊が来るかも分からない状況だ。

 二人はキッドがパイロットを助ける時間を稼ぐために接近する鉄血の人形を狙い撃つ。

 

「チッ…わらわらやってくる…!」

 

「頑張れネゲヴ、お前たちが頼りだ!」

 

「頑張ってるわよ! リベルタ、12時の方向から敵が来てる!」

 

 敵の接近を察したリベルタは大破したヘリのドアを地面に突き刺し遮蔽物とし、接近する鉄血人形を散弾の連射でもって粉砕する。

 100メートル程度の距離ならリベルタのバックショット弾は十分効果を発揮する。

 タングステン製バックショット弾をまともに受けた鉄血の人形は身体を抉られ吹きとばされる。

 小銃の一発二発被弾した程度では全く意に介さないリベルタに鉄血の攻勢も押しとどめられる……ネゲヴもまた周囲の状況を見極め、ヘリの内部を忙しく動き回って襲い掛かる敵を迎撃する。

 

「よし、切れたぞ! もう大丈夫だ!」

 

 そうしていると、障害物を切断し終えたキッドがパイロットの救出に成功する。

 挟まれていた足は裂傷による出血で真っ赤に染まっているが、銃弾が飛び交うその場での処置は難しく、キッドはパイロットを抱えあげる。

 

「二人ともここから退避するぞ!」

 

 機密保持のため、不時着したヘリに時限爆弾をセットしたのち三人は後方へと撤退しようとするが…。

 

「リベルタ、危ないっ!」

 

 ネゲヴの声に振り返るリベルタ。

 鉄血の近距離戦闘用戦術人形ブルートが、凄まじい速さで接近しリベルタに対しその刃を振りかざす。

 振り上げられた刃がリベルタの首筋に突き刺されたが、その刃は数センチ彼女の肉体を刺し貫いたところで止まる……リベルタは他の多くの戦術人形と違い、金属パーツを多く利用し、複合チタン合金の頑丈な骨格がブルートの刃をはじき返したのだ。

 すぐに跳び退こうとするブルートを捕まえたリベルタは、ブルートの頭部を掴み力任せにねじ切る。

 もう一体跳びかかって来たブルートもいたが、それは容易くリベルタに捕まえられた挙句、頭部を握り潰されれるという無惨な最期を遂げた。

 グロイのは苦手とは何だったのか…?

 

 だが時間が経てばたつほど追い込まれるのは目に見えている。

 まともに銃撃戦に応じていればいつかは包囲されてしまう……鉄血の領域外に逃れようと3人は走るが、敵も同様に追いかけその数を増やしていく。

 

 

 

 そんな時だ、ネゲヴは遠くの空に二機のヘリを見る。

 救難信号を発してからずいぶんと早いが、きっと近くを飛行中の友軍機に違いないと確信し、3人はその場で鉄血の迎撃を行った。

 高度を下げて接近するヘリ…その違和感に真っ先に気付いたのはキッドだ。

 

「MSFにあんなヘリあったか!? ネゲヴ、救難信号の周波数は何にしたんだ!?」

 

「知らないわよ、適当に押したから!」

 

 つまり、適当に押した救難信号で鉄血に墜落位置を悟られた可能性もある…まあ墜落したのは鉄血領内なので発見されるのは時間の問題だっただろうが。

 接近するヘリがせめて鉄血じゃないことを祈るキッドであったが、低高度を飛行するヘリの側面に描かれていたマークを見た瞬間、それが何者であるかを察した。

 

 

「グリフィンだ! グリフィンのヘリだ!」

 

 

 MSFとグリフィンは深い付き合いはないが、藁にもすがる気持ちでキッドは発煙筒を焚いて救援依頼の合図をとる。

 それが通じたのか何なのか、二機のヘリは三人のすぐそばに着陸し、ヘリから複数の戦術人形が飛び出してきた。

 

「待て、おぬしら何者じゃ!? ここで何をしておる!」

 

「事情は後で説明させてくれ! 重傷者がいるんだ、全部で4人だ!」

 

「せめて所属を明らかにするんじゃ! 誰かも分からぬ連中を無条件に助けるわけにはいかぬ!」

 

国境なき軍隊(MSF)だ!」

 

「MSFじゃと!? ええい、なんだってこんな急に…!」

 

「副官! 鉄血の部隊が近付いてきています!」

 

 仲間である"一〇〇式"にそう警告をされた副官"ナガンM1895"は一瞬迷った末に、覚悟を決めた様子でキッドらを受け入れる。

 

「けが人はもう一機のヘリにのせるのじゃ! 救護用のヘリじゃ、そっちの方がマシな手当てを受けられる!」

 

「恩に着る! リベルタ、ネゲヴ撤退するぞ! ところでアンタらの方はグリフィンのどこの支部なんだ!?」

 

「S09基地じゃ! まったく何の因果か…おぬしらがバーガー屋を開いてからいつかこうなると思っていたぞ!」

 

「バーガー屋だって!? あぁ…ということはスコーピオンが勝手に店開いた場所か…どうも、お世話になってます」

 

「うん? いや、こちらこそ……って、悠長なことを言っとる場合か! さっさと乗るのじゃ、離脱するぞ!」

 

 

 

 

 

 




シリアスって思うじゃん?
でもこれ、コラボ回なのよね…(錯乱)


はい、というわけで以前もバーガーネタでコラボしていただいた焔薙さんとこの【それいけポンコツ指揮官とM1895おばあちゃん!!】とまたまたコラボです!

コンセプト的には、これを機にいい加減Youグリフィンと仲良くなっちゃいなよということで、焔薙さんの手を借りることになりました!


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緊急合作案件!!! Operation"Tomodachi" お迎え編

「キッドが乗っていたヘリが墜落しただと?」

 

 スネークは前哨基地での仕事を終えてマザーベースに帰るなり、そんなことをWA2000に伝えられる。

 しかも墜落位置は鉄血支配地域の中、先の戦いで見せつけられた鉄血の脅威と強力なハイエンドモデルシーカーが蠢く領域。

 末端のローモデル鉄血人形が得る情報を一個体で統括できる能力と権限を持つシーカーなら、一瞬で墜落したヘリの位置を割り当てるはず…。

 事態は最悪、急ぎ救出に出向かわなければならないはずだ。

 それなのに、スネークに報告したWA2000は口調こそ荒っぽいが落ち着いているように見える。

 

「やけに落ち着いてるな、キッドたちは自力で脱出に成功したのか?」

 

「いえ、脱出したのはしたんだけど……どうやらグリフィンの部隊に保護されたみたいなの。さっき連絡があってね、迎えに来てだそうよ」

 

「グリフィンか……よく助けてくれたな」

 

「スコーピオンが前にグリフィンの地域にハンバーガーショップを建てたでしょ? そこの基地らしいんだけど」

 

「なんだって?」

 

「え?」

 

「今なんて言った?」

 

「スコーピオンがハンバーガーショップをグリフィンの町に建てたのよ。あれ、もしかして聞いてないの? ミラーからも聞いていないの?」

 

「カズも関わっているのか!? オレは何も聞いてないんだが…」

 

「スネークがあいつを信頼してるのはわかるけど、たまにお金の流れは確認しといた方がいいと思うわよ?」

 

 最近は97式の面倒を見たりと行動に落ち着きがあると思っていたが、知らないところで色々とやっているようだ。

 この後ミラーとスコーピオンの二人にはよく話を聞かなければなと、スネークは固く心に誓うのだが、ちょうどそこへ当事者のスコーピオンがのこのこやって来たではないか。

 すぐさま捕まえて尋問すればスコーピオンはあっさり白状した……今やバーガーミラーズはあちこちに店舗を広げ、それなりに利益を上げているという。

 

「う…だ、黙ってたのはごめんねスネーク! でも面白そうだったからつい…」

 

「このアホ。スネーク、たまにはきつく言ってあげてよ。ちょっとスコーピオンに甘いんじゃないの?」

 

「それもそうだな。スコーピオン、この件は後に回すが…逃げるんじゃないぞ?」

 

「た、助けて…!」

 

 死刑宣告を受けたような顔で怯えるスコーピオン。

 素直に言っておけば叱られることは無かったが、やはり何の相談もなく勝手なことをするのは許されないことだ。

 MSFは家族としての繋がりを持つが、守るべき規律は尊重するべきだろう。

 

 その件は置いておくとして、問題はキッドらの事だ。

 WA2000とスネークで迎えに行こうという話をしていると、それをすぐそばで聞いていたスコーピオンはさっきまでの反省顔を吹き飛ばし、目を輝かせて話にくいつく。

 

「S09地区の基地でしょ!? あたしも行きたい!」

 

「あんたね、少しは反省してなさいよ」

 

「いやいや、あの基地の指揮官とはあたし顔見知りだし分かってるあたしがいた方がいいでしょ!?」

 

「あのね、あんたらの私的なバーガー屋と違って今回はMSFが組織として関わってるのよ!? あんたの後先考えない言動で争いごとになったらどうするつもり!?」

 

「あー大丈夫だよ、あっちの指揮官ほのぼの主義だから」

 

「はぁ? 何言ってるか分かんないんだけど…スネーク、こいつは置いて行きましょう。なんか話がややこしくなりそうだわ」

 

「行くったら行くの!」

 

「うるさい! 駄々こねるな!」

 

「わーちゃんの意地悪! 恋愛くそザコのくせに!」

 

「はぁ!? なによそれ!?」

 

 ここ最近見なかったスコーピオンとWA2000の口論から始まる取っ組み合い。

 頬をつねり合い髪を引っ張り合い、押し合いへし合い転げまわる……これでもスコーピオンとWA2000は格闘戦において他の人形と一線を画す存在なのだが、今繰り広げられている取っ組み合いは幼稚なものだ。

 真面目なはずのWA2000もスコーピオンに巻き込まれる形で暴れるのをスネークは呆れながら眺めていたが、いつまでもやっていそうなので二人をなんとか引き離す。

 引き離されてようやく落ち着くWA2000はハッとする。

 スネークの背後にはいつの間にかオセロットの姿があり、いつもより冷めた目で見つめているではないか…。

 いたずらがばれた子どものようにシュンと小さくなってしまったWA2000。

 

「ボス、最近人形たちを甘やかし過ぎじゃないか? 個性が強いのは仕方がないが、規律が乱れているぞ。人間も人形も平等に扱おうとしているのは分かるが、人形を特別待遇するわけじゃないはずだ」

 

「確かに最近みんなをなかなか見れていなかったが、厳しすぎる指導はかえって不和を招く。だがお前の言うことも分かる、オレも善処しよう」

 

「その方が良い。いいかお前たち、お前たちは戦術人形の古参組だ。他の大勢の戦術人形の模範になれ。ワルサーは分かっていると思うが、これからはお前たちが新参者を指導する立場になるんだからな」

 

「はいはーい! 分かったよオセロット………ご、ごめんなさい!」

 

 ふざけた調子で返事をすれば睨まれる…スコーピオンもあのエグゼも、オセロット相手には逆らえない絶対の法則があるようだ。

 不運にも巻き込まれてしまったWA2000の落ち込みようもすごいが…。

 

「ところでボス、話を聞いたがグリフィンの基地を尋ねるのか?」

 

「ああ、MSFの司令官として仲間を助けてくれたことの礼を直接言いたい」

 

「なるほどな。そこの基地は他の基地より少し…異質だ、注意しろよボス」

 

「その基地の情報も握っているのか?」

 

「少しはな。以前一度だけMSFの情報を探られたことがあったから探り返した。まあ、セキュリティも高くちょうど他の優先的な任務があったから多くは探らなかったが」

 

「優秀な諜報員がいるようだな」

 

「そうだな。まあ気をつけてくれよ、ボス」

 

 

 オセロットとはそこでお別れをし、いざS09地区の基地へ向けて出発する時だ。

 お礼の品が何がいいかを考えた時、恩には恩で返すのがベストだろうと考える。

 そしていざヘリへ乗り込む段階で、スコーピオンとWA2000が気まずそうに見つめているのに気付く…どうやら先ほどオセロットに叱られたのが堪えているようだ。

 オセロットが代わりに叱ったのならそれ以上叱るのは無意味であり、逆効果…スネークは二人を機内に招くと、二人はホッとした様子でヘリに乗り込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地からの通信を傍受し、管制塔からの指示を受けてスネークらを乗せたヘリは基地のヘリポートに着陸する。

 ヘリポート上には既にキッドとネゲヴ、そしてリベルタの他基地所属と思われる者たちが集まっていた。

 ヘリが着陸するなり、スコーピオンはすぐにドアを開くとその場からぴょんと飛び降り、勢いよく走って行く。

 真正面から笑顔を浮かべたスコーピオンが、勢いよく突っ込んでくるのを、ここの基地の司令官【ユノ】は驚きに満ちた表情で直視していた。

 

「ユノちゃ~~ん! めっちゃ久しぶり~!」

 

 両手を広げて勢いのまま飛び込もうとするのを、この基地の副官【ナガンM1895】はスコーピオンの顔面に前蹴りを放って阻止するのであった。

 

「おばあちゃん!?」

 

「はっ! すまぬ、こいつの顔を見たらつい…」

 

 ついおもいきり蹴っ飛ばしてしまったことに焦るが、蹴られたスコーピオンはおもいきり後頭部を床にぶつけたのにもかかわらず鼻血を少し流しているだけでぴんぴんしているではないか。

 

「ばあちゃんも久しぶり! どう、バーガー屋はまだごひいきしてもらってる!? というか新商品開発してるからそろそろお店に並ぶからよろしくね! いや~なんかここマザーベースと違った安心感あるね! そう、これはまさに実家のような安心感! ばあちゃんとユノちゃんの存在が……って、ユノちゃん成長してない!? なんでなんで!? この間まで小っちゃかったよね!? 成長期!?」

 

「えぇい一度にぎゃーぎゃーやかましいわ!」

 

 耳元で喚かれたためついナガンが手刀をスコーピオンの額に振り下ろすが、幾多の衝撃をはじき返してきたスコーピオンの石頭のせいで逆に手を痛める羽目になってしまう…。

 

「で、いつの間におっきくなったんだね、どうやったの?」

 

「どうせ説明してもお主じゃ理解できんじゃろう?」

 

「まあね。あーでもおっきいユノちゃんもいいね! ふむふむ…これはママを超えるポテンシャルを秘めているな……いや、何がとは言わないけどさ」

 

「え? あの、スコーピオンちゃん?」

 

 ユノ指揮官の胸部をしげしげと見つめながらスコーピオンは意味深に頷いている…これは将来有望だと勝手に喜んでいるスコーピオンに、ナガンはあの日のバーガー屋での疲労感を思いだす。

 そうこうしていると、スコーピオンの後から降りてきたWA2000がやってくる。

 彼女の小隊に属するリベルタは直立不動の姿勢をとり敬礼を向ける…リベルタに敬礼を返した後、WA2000は様子を探るようにユノ指揮官を見つめる。

 

「へえ、あなたがここの指揮官ね。うちのリベルタが世話になったわね、ありがとう」

 

「いえ、困ってる人がいたら助けますから!」

 

友だち……ユノは、私と友だちになってくれた……

 

「なに? なんて言ったの?」

 

ユノ指揮官……シャフト、P7、ステアー…みんな友だちになってくれた

 

「あら、良かったわねリベルタ。またお礼を言わなきゃね、リベルタはうちの基地でも馴染めなかったのに友だちになってくれたのね。ありがとう」

 

「リベルタちゃんはとても優しくていい子でしたよ。うちの娘たちもお友だちになれて喜んでますし」

 

「うちの娘…? え?」

 

 娘がいるというのには若すぎるユノ指揮官に戸惑うWA2000。

 どうやらシャフトとP7、ステアーが娘らしいのだが……反応に困ったのかWA2000はあまり追及せずこの基地の事情だと無理矢理納得し、話を合わせる。

 

「フフ、可愛い指揮官ね」

 

「フルトン回収しちゃう?」

 

「戦争になるからやめなさい」

 

 とんでもないことを言うスコーピオンに軽いげんこつをお見舞いするが、欲しがるのも無理はないだろう。

 人間と戦術人形との見事なコミュニケーションはMSFよりも遥かに上、たまにケンカしたりするMSFの人形たちにも見習わせたいところである。

 

 ニコニコと笑顔で話をしていたユノ指揮官であったが、ふと笑顔を消して表情が凍りつく。

 視線の先を辿れば、最後にヘリを降りてきた人物…スネークの姿がある。

 スコーピオンとWA2000は静かにユノ指揮官への道を開けたため、必然的にユノとスネークは真っ向から向かい合う状態となる。

 

「ボス、ご心配をおかけしました」

 

「無事で何よりだキッド」

 

「ええ、この方々がオレたちとパイロットを助けてくれました。紹介するよユノ指揮官、こちらが"ビッグボス"…MSFの司令官だ」

 

「スネークだ、初めましてユノ指揮官。オレの仲間たちを助けてくれたことを感謝する、ありがとう」

 

 スネークがお礼を言うが、ユノ指揮官は硬直したままだった…。

 沈黙が続くことで気まずい空気が流れてしまうが、副官ナガンが固まるユノ指揮官の背中を叩き喝を入れた。

 

「しっかりせい、堂々とするんじゃまったく……すまんのう、ちと人間と接するのが苦手でのう」

 

「いや、オレも威圧的な態度だったのかもしれない。敵意もないし怖がらせるつもりもない」

 

「うーん、でもこれじゃあね…そうだスネーク、これ被ってみたら?」

 

「ほう、これは良さそうだ」

 

 そう言ってスコーピオンが取り出したのはダンボール箱。

 そこから変な空気が流れたが、スネークが嬉しそうにダンボール箱を受け取りその中に入ったところで形容しがたい微妙な空気が辺りを支配する。

 

「どうだユノちゃん! これなら怖くないでしょ!」

 

「え? あ、うん……あの、初めまして、ユノって言います。指揮官やってます」

 

「スネークだ。改めて仲間を助けてくれたことのお礼を言いたい。正直に言っては何だが、我々を助ける義理もなかったはず」

 

「そんな、目の前で困っている人がいたら助けるのは当たり前です! 一応、助けなきゃと思って…」

 

「誰もが同じように決められるわけじゃない。君はとても勇気があある、誰も真似出来ることじゃない。本当にありがとう」

 

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

 お互い素直な気持ちで話しあい、スネークの謝礼の気持ちをユノ指揮官は受け止める。

 MSFとグリフィンは敵対関係にあったわけではないが、色々な事情もあってお互い歩み寄れずにいた…それがこんな形で交流を果たせたのは、なんとも素晴らしいことだ。

 しかし、真面目なやり取りをダンボール越しにしているという絵面が全てを台無しにしてしまっている…。

 

「のうMSFのワルサーよ。こう言うのはあまりにも失礼なのは分かっておるのじゃが…MSFには変人が多いのか?」

 

「ノーコメントで…お願いするわ…」

 

 あっ、と何かを察したナガンはそれ以上追及せずこの微妙な空気の中話し続けるユノとスネークに視線を戻す。

 他人と接するのが苦手なのはもう分かり切っていたが、ダンボールを被れば大丈夫なのか…と、ナガンはユノ指揮官を呆れた様子で見つめるが、いたって普通に会話が成立しているのでよいことなのだろう。

 

 さて、そんなわけでお礼と互いの自己紹介を済ませた後、MSF一同はいよいよここから帰る時がやって来た。

 リベルタはせっかく友だちになったみんなと別れが寂しいようであるが、また会いにくると約束をする。

 

「世話になったなみんな! それからマシンガンの戦術人形たちも達者でな!」

 

 キッドはお世話になったみんなに手を振り、最後までマシンガンの人形相手に大興奮の様子。

 それをすぐそばで忌々しく見つめていたロリネゲヴ、そんな彼女のすぐそばにこの基地のネゲヴがやって来てそっと耳打ちする。

 

「あなたなら大丈夫だから。頑張ってね"ちっちゃなネゲヴ"」

 

「ふん、なんとかするわよ。色々ありがとうね、"おっきなネゲヴ"」

 

 基地にいる間想い人の心をキャッチする手段を学んだロリネゲヴ、超絶鈍感なキッド相手にそれでも不安なものだが貴重な知識を教えてくれたこの基地のネゲヴに感謝するのであった。

 さあ、いよいよ基地に帰る時だ…。

 

 ダンボール箱を被ったままのスネークはユノ指揮官と副官ナガンの前にもう一度やってくる。

 

「本当に世話になったな。MSFはこの恩を忘れない……もし同じ状況にあったらオレたちをいつでも頼ってくれ、いつでも応援に応える準備はしておく」

 

「心に留めておこう、じゃがそんな事態にならないのがベストじゃな。ほれ、お前も挨拶をせい」

 

「あの……今日はお会いできてよかったです。うちの子もリベルタちゃんとお友だちになれて、わたしも嬉しかったです。またいつでも、その…遊びに来てくださいね?」

 

「伝えておこう。本当に世話になったな……達者でな」

 

 スネークはダンボールを被ったまま、器用にヘリに乗り込んでいった。

 お互い手を振り合いながら…ヘリは基地を離れあっという間に空の向こうへ飛び立って行くのであった。

 

 賑やかな者が去り、基地にようやくいつもの和やかな様子に戻る。

 小さくなっていくヘリを見つめながら、ユノ指揮官は隣に立つナガンにそっとつぶやくのだ。

 

 

「おばあちゃん」

 

「なんじゃ?」

 

「人間って、いろんな人がいるんだね。ダンボール被る人は初めて見たよ」

 

「……真似、するんじゃないぞ?」

 

 

 




はい……(笑)

これでいいのか…!?
ダンボール被ってればどうにかなるのか!?
教えてくれナガーーン!


というわけでコラボでした(笑)
本当にありがとう!


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山猫とわーちゃんが休みの日

 WA2000は自身の予定表を眺めて呆然としていた。

 ここ最近は部隊の立て直しやビジネスの拡張などでMSFは常に忙しいはずだった。

 エグゼは連日連隊の編成に力を入れて前哨基地の指揮官エイハヴとケンカ寸前になりながらも戦力の増強を図ったり、連隊副官のスコーピオンも一緒になって忙しかったり…MG5、スプリングフィールド、SAA、FALら連隊隷下の大隊長も連動して多忙な毎日を送っている。

 少数精鋭のスペツナズの面子も隠密作戦に従事し、MSFの影の部隊として密かに活躍をしている。

 MSFに志願する人間の兵士や新規製造されたヘイブン・トルーパー兵の訓練、新規加入の戦術人形の受け入れ教育などやることはたくさんあるのだ。

 だというのに…。

 

「一週間も休みがあるなんて…」

 

 戦闘だけでなく、新兵訓練も手掛けて今やMSFになくてはならない存在であるWA2000は急に与えられた一週間もの連休を前にして途方にくれる。

 何かの間違いかとスネークやミラーに問いかければ間違いではないと言われたのだが、一方で彼女率いる小隊"WA小隊"所属の79式、カラビーナ、リベルタなどは個々に任務を受けて今は基地にもいないのだ。

 

 もしもスコーピオンならこんな連休を与えられたら真っ先に一週間何で遊ぶか考えそうなものだが、社畜精s……勤勉なWA2000は休み返上で仕事をこなすことを進言するも、スネークを含め多数の意見を貰い休みを受け入れたのだが…。

 連休一日目にしてWA2000は何もすることがないために、一人部屋で途方にくれていた。

 

 いつも任務に従事し、空いた時間には鍛錬に励んでいただけにWA2000には趣味というものはほとんどなかった。

 先日グリフィンのS09基地所属の"WA2000"をちらっと見たが、あちらは小動物と戯れてウキウキしていたが…生憎MSFのWA2000は犬猫程度では微塵も気持ちは揺るがない、いや、一部の山猫にはメロメロであるが。

 さて何をして時間を潰そうかと思ったWA2000は、部屋の本棚を漁る。

 ほとんど読んで覚えてしまったものばかりだが、唯一読んでいなかったポルトガル語の教本を手に取って読むが半日で読破、しかも覚えてしまった。

 

 仕方なくマザーベースの甲板を散歩していると、今やニートが当たり前の状態になっている404小隊と出くわす。

 甲板上にビーチチェアとパラソルをおいて日向ぼっこしているG11、UMP姉妹も水着姿で呑気に寝ているではないか…唯一真面目っぽい416も最近は開き直っているようで、簡易バーベキューをして楽しんでる。

 装甲人形のジョニーは大きなうちわでUMP姉妹にひたすら静かな風を送っている…。

 

「あらワルサー、今日はお休み?」

 

「急に一週間も休みを貰ったのよ」

 

「へえ、私たちは3か月連休中よ」

 

「死ねばいいのに。あんたらただ飯ぐらいして悪いとか思わないの?」

 

 WA2000のそんな疑問に、ビーチチェアに寝そべるUMP45がサングラスをずらし悪戯っぽく笑いながら言う。

 

「私たちはMSFのマスコットだからね。いるだけで働いてるのよ」

 

「ほんと死ねばいいのに」

 

 それ以上404小隊の面子と絡んでいると頭が痛くなってくる。

 最近はAR小隊もニート勢と化しているのでたちが悪い。

 グリフィンの特殊部隊はニートの素質があるのだろうか?

 日頃のストレスから酒に逃げたM4が酔った勢いで"私は働きたくないんです!"と叫んだのを見た時、もうこの部隊はダメだとWA2000は思うのであった。

 

 

 

 

 マザーベースですることもないWA2000はその後、前哨基地へと訪れる。

 いても結局暇を持て余すだけということで、唯一趣味と呼べる乗馬のために前哨基地の厩舎へとやって来たのだ。

 厩舎と言っても、そこにいるのはWA2000が飼う馬"アンダルシアン"が一頭いるのみだ。

 基本的にWA2000と一部の者以外に気を許さないために、WA2000がアンダルシアンをいつも世話をしている。

 WA2000が近づいてくるのが分かるとアンダルシアンもまたそばに寄っていき、彼女が伸ばした手に自らの顔を擦り付けるのだ。

 汚れのない美しい白毛はとても滑らかで、まるで絹にでも触れているかのような触り心地。

 綺麗なアンダルシアンには不必要かと思えるが、WA2000がブラシをかけてあげると馬は心地よさそうに目を細め穏やかにいなないた。

 

「良い信頼関係だな」

 

 背後からかけられたその声に、WA2000は咄嗟に振り返る。

 そこにいたのはなんとオセロットであり、彼がここに来ることを全く予想していなかったWA2000は驚き戸惑う。

 それをオセロットは何をそんなに驚くのかと言わんばかりの目で一瞥すると、そのままアンダルシアンを見つめる。

 オセロットもまた、この馬が信頼する者のうちの一人である。

 

「最近はあまり面倒を見られなかったから……あまり戦場には連れていけないけれど」

 

「山岳地帯などの道路が舗装されていない環境では、今でも馬の機動力は通用する。車両の進行を阻む悪路も、馬は容易く走破できる。任務の内容によっては十分力になるはずだ」

 

「そうね。だけど私はまだ馬の扱いには不慣れだから、任務には連れていけないわね」

 

「ちょうどいい、なら少し教えてやる。ちょうど手が空いていたところだ」

 

「え?」

 

 オセロットは慣れた様子で馬に鞍を取りつけ、乗馬のための準備を施すと軽い身のこなしで馬の背にまたがって見せた。

 彼の掛け声と共にアンダルシアンは高くいななきながら、鬣を振り上げて走りだす。

 アンダルシアンの蹄は大地を強く打ち、車にも匹敵するほどの速さで大地を駆け抜けると同時に、駿馬の背にまたがる彼のダスターコートが風になびく。

 自分では到底出来ない馬の扱いをするオセロットに、WA2000は目を釘付けにされていた。

 遠くから悠然と戻ってくるオセロットの姿を、彼女は胸に手を当てながらじっと見続ける……そんな彼女に、オセロットは馬上から手を差し伸べる。

 

「コツを教えてやる、乗れ」

 

 その言葉はWA2000の耳には届かなかった。

 美しい白馬にまたがる想い人が馬上から手を差し伸べてくれる…まるでおとぎ話に出てくる王子様とお姫様のような、ロマンチックな気分に酔いかける。

 遠慮がちに伸ばしたWA2000の手を握ったオセロットは、馬上に彼女を引っ張り上げる…オセロットの前にまたがる形となったWA2000はようやく今置かれている状況に意識が追いつき慌て始めるが、無情にもオセロットは馬を走らせたために降りることは出来なくなってしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜……マザーベースに帰ってきたWA2000は自室に戻るなり、死んだようにベッドに倒れ伏す。

 ロマンチックだなんだと言ったが、乗馬の練習が始まったとたんオセロットの鬼のような指導が始まったのだ…おかげで足腰に酷い痛みが走り、全身を襲う疲労感も半端ではなかった。

 序盤こそ二人で馬にまたがっているのを見て、周囲はヒューヒューと面白そうにあおりたてていたのだが…スパルタ指導が始まったとたん周囲は改めてオセロットの恐ろしさを目の当たりにし凍りつくのであった。

 まあ、おかげでWA2000の乗馬スキルが磨かれてまた一歩最強の戦術人形に近付いたわけであるが…。

 

「あー………疲れた……お風呂行ってこよ」

 

 重い身体を起こしてとぼとぼと風呂場へと歩いていく。

 しかしその時の風呂場の時間は男性の時間帯、ちょうどそこへやって来たミラーが呑気な笑顔を浮かべてWA2000を風呂場に誘う……もちろん、次の瞬間股間を思い切り蹴り上げられてミラーが死んだのは言うまでもない。

 それはともかくとして、風呂場を封じられたWA2000は少しの時間つぶしにスプリングフィールドのカフェへとやってくる。

 大隊長の仕事が忙しいスプリングフィールドは最近カフェに顔を出せていないが、臨時の従業員としてヘイブン・トルーパー(カフェ店員仕様)とミニチュア月光がいるので常時オープンである。

 が、やはり看板娘のスプリングフィールドがいないと客足は少ないもの…だが静かな空間を好むWA2000にとってはありがたい状況だ。

 

 カフェに入ると彼女の腰丈ほどの大きさのミニチュア月光が走ってきて空いてる席に案内しようとするが、ほとんど空いている席なのでカウンター席を選ぼうとしたところ……なんとそこにいたのはオセロットではないか。

 昼間乗馬の練習でぼろくそに指導された相手の存在に怯むWA2000であったが、そこで疑問が生じる。

 疑問を浮かべたままカウンター席へと歩み寄り、オセロットとは一つ席を開けて座るのであった。

 

「奇遇ね、オセロット…今日はお休みなの?」

 

「そうだ、しばらくの間は休みだ」

 

 少し勇気を振り絞って声をかけてみれば、オセロットはやって来た彼女に大して驚きもせずに言う。

 任務ではお互い一兵士としてのやり取りが行われるが、プライベートとなるとWA2000はいつもいつも緊張感をもって声をかける…それに対しオセロットは仕事の時となんら変わらない態度で接するのだが、そんな不公平感にWA2000は珍しくムッとする。

 

「マスターさん、グリューワインを頂戴」

 

「申し訳ありません、そのお酒は扱っていません」

 

 早々に出鼻をくじかれたWA2000は、仕方なく在庫のワインを頼むが…お世辞にもうまいとは言えないワインを飲み、眉間にしわを寄せた。

 確かこれはミラーが安かったからと大量に仕入れたワインらしいのだが、最悪の年に生産されたワインらしくそういった事情で安価だったらしいが…ミラー曰く酔えれば何でもいいだろうというふざけた理由を言っていた。

 もう一度彼を蹴り上げたい衝動に駆られるWA2000であるが、そこはなんとかこらえる。

 

 さて、そんな風に美味くもないワインを飲んでカウンター席に座っているわけだが…。

 

(なんで…こんなに話しかけてこないのよ…!)

 

 横目でちらっと見れば、オセロットはそこにWA2000などいないかのように悠々とウイスキーを飲んでいるではないか。

 教え子がやって来たのだから会話の一つや二つあってもいいはず、そう思うが会話はさっきの短いやり取りのみである。

 思い通りにいかない憤りに、WA2000は無意識にため息をこぼす…。

 

「何か悩みでもあるのか?」

 

 ため息をこぼした後、そんな彼の声が返ってくる。

 相変わらず彼は正面を向いたままで一度たりともWA2000に目を向けないが、彼の意識は彼女に向けられている。

 願ってもない会話のチャンスだが、その悩みがオセロット絡みであるため言うように言えないもどかしさに頭を抱え込みそうになるWA2000。

 

「特に、悩みはないんだけど…」

 

「そうか」

 

 再び沈黙が訪れる。

 WA2000はせっかくのチャンスを逃した数秒前の自分を殴りたいと思うが……気まずい空気をなんとかしようと音楽をかけてくれるマスターの気遣いが余計に痛い、ミニチュア月光は一心不乱に床の掃除をしている…。

 

「あのさ…!」

 

 これではまずいと思って少し大きな声を出すと、ようやく彼は振り向いた。

 彼の目を真っ直ぐ見つめた瞬間何も言えなくなってしまう…また流されてしまいそうになるのを、なんとか勇気を振り絞る。

 

「あのさ……オセロットは、もしスネークが助けを必要としなくなったら……MSFを出ていくの?」

 

 何故そんな質問をしたのか、自分でも分からない…酔っていたのかもしれない。

 しかしそれは常々WA2000が思っていたことだ。

 オセロットはMSFには欠かせない人物であるが、彼と一緒にMSFにやって来た当初オセロットはこの協力が一時的なものと言っていた…そしてその発言は今日に至るまで修正されていない。

 つまり、彼がMSFに残る理由がなくなれば…彼はいつか出ていってしまうかもしれない。

 それは漠然としたものだが、彼を尊敬しそして好意を抱くWA2000にとってそれはどんなことよりも恐ろしかった。

 

「オレは必要とされる場所にいく、それだけだ」

 

 彼は簡潔にそう述べたが、それだけでWA2000は彼の意思を察する。

 

「そっか…。オセロット、もしもさ……もしもだけど、あなたがMSFを出ていくときは…」

 

「やめておけ」

 

「…え?」

 

「お前が何を言おうとしているかは分かっている。お前は優秀だ、期待のできる教え子だ……だがそれ以上でもそれ以下でもない。お前がどう想い続けようとそれだけは変わらない」

 

「オセロット…私は…」

 

「諜報の世界は、裏切りに満ちている。この仕事で信用していい存在などいない……目的のためならオレは簡単に仲間を見捨てるだろう、例え大切に育てた優秀な教え子であっても、オレは容易く犠牲にするだろう。忠誠や愛情も、オレにとっては仕事をこなすための道具に過ぎない」

 

 すべてを聞いたあと、WA2000は悲し気に目を伏せた…。

 彼の言葉ははっきりとしたものではなかったが、ずっと彼を慕い…愛し続けるWA2000は彼の言葉にのせられている意味を理解することができてしまった。

 

 

「あなたは何度も私を助けてくれた…初めて会った時も、ユーゴでも、あの町でも……あなたの想いが誰に向いているのかくらい分かってるわ。でも、私を助けてくれたのは…全部があの人のためってわけじゃないでしょう?」

 

「お前はMSFにいるべきだろう。ここがお前がいるべき場所だ、そのためにオレはお前に色々なことを教え続けた。これがオレの考えだ」

 

「そう……私ね…あの人とあなたの間になんか私が入り込めないって言うのは、なんとなく分かってた……分かってたつもり。だからね…もしもあなたが2番目に誰かを想う時、私を………なんだろう、今夜はなんかおかしいわね、飲み過ぎたかしら……オセロット、私…もう帰るわね……おやすみなさい、オセロット…」

 

 

 WA2000…彼女はそっと彼に微笑みかけると、店を出ていってしまった。

 再び一人だけとなったオセロットは、ウイスキーのグラスをカウンターに置くと、小さくテーブルを小突く…それを合図としてマスターがウイスキーをグラスに注ぐ。

 ふと、オセロットは先ほどまで彼女が座っていたカウンター席に目を向ける…。

 

 彼女が座っていたカウンター席のテーブルには、滴り落ちた雫が小さな染みを作っていた…。




スコピッピ「くっつけようとしたら気まずくなったんだけど!?」
カラビーナ「このKarの目をもってしてもこれは見抜けなかった!」
79式「センパイ!?」
リベルタドール「………!」


どうしてこうなった……!
この二人をくっつけるのはすげー難易度高いよ!

でもオセロットも大事には想ってるんだよな……想ってるからこそ、自分の後をついて来てほしくはない…かな?


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マザーベース:ニート卒業計画

 97式とアルケミストの関係は一言で言い表せないものがある。

 アルケミストはかつて親愛なる恩師の死を、全人類とそれに与する者たちのせいにしてどす黒い憎悪をその心に宿していた…数多の敵を憎しみの下に殺戮し、暴力の限りを尽くし、凌辱する。

 そしてその憎悪の報復に晒されて仲間と大切な姉である95式を失い、自身も拷問と虐待を受けて深い傷痕を刻みつけられたのが97式である。

 以来97式はアルケミストの影だけでなく、他人に対しても酷く怯えながら生きてきた。

 ここ最近はマザーベースの仲間たちと、面倒を見てくれるミラーのおかげでなんとか人並みの生活を送れるようにはなっていた。

 

 周囲も事情を知っているために、97式とアルケミストの二人をできるだけ遭遇させないよう配慮をしていたが、いつかは解決しなければならないと思っていたのだが…。

 それは些細な事がきっかけで変化が起きたのだ。

 

 

「むむむ…惜しかった! あと一つでフラッシュだったのに!」

 

「ハハハ、残念だったな。さて、次はあたしが親だな?」

 

 

 丸テーブルを囲む様にして座っているのはミラーと97式、そしてアルケミストとデストロイヤーだ。

 テーブル上にはトランプのカードが置かれており、本格的なポーカーを楽しんでいる様子。

 97式とアルケミストが一緒にいて、自然な様子で一緒に遊んでいる……これを見ればお互いの事情を知る者からしたらありえない光景に映ることだろう。

 97式の保護者的な立場であるミラーも自然な笑顔を浮かべており、この交流が仕組まれた芝居ではないことが伺える。

 

 さて、この二人がいかに和解したかというと…最初に接近をしてきたのはアルケミストの方だ。

 無論97式はパニックに陥りトラの蘭々が殺意に満ちた様子で威嚇していたのだが、アルケミストはまず最初に深く謝罪をし…それからお互いのことをもっと知ろうと提案をしてきたのだ。

 それはアルケミストなりの譲歩と、このマザーベースで暮らしていくという意思の表れであった。

 ミラーの後ろに隠れながらの会話であったが、二人はお互いをさらけ出して話しあい……話題が麻雀になると両者とも出来るということで盛り上がり、それなら一緒に麻雀をやろうという会話に繋がったのだ。

 しかし残念ながらマザーベースに麻雀の道具はなく、仕方なくトランプのポーカーをやろうということになったのだった。

 

「4人でやるのもいいけど、あと一人か二人くらいいたらもっと楽しそうだよね」

 

 そんなことを言って見せるのはデストロイヤーであり、勝率は最下位。

 とは言ってもデストロイヤーも勝つことはあるのでいかさまの類は今のところない…あと誰かいないかと捜しているとちょうどそこへやって来たのは、マザーベースの求人広告(?)を手にふらふら歩くM16だ。

 求人広告を持っている辺り働く気はあるように見えるが、片手にはウイスキーのボトルが握られているので本当に働く気があるのかは甚だ疑問だ。

 

「よぉM16、お前も少し遊んでかないか?」

 

 アルケミストの誘いに二つ返事で彼女は応じる…どうやら仕事を探してるふりしてただけで、働く意思はさらさらなかったようだ。

 というわけで始まった5人のポーカーゲーム。

 ワイワイと和やかなムードで始まったゲームは、なんとM16が圧倒的な引き運の強さを見せつける。

 

「ほう、M16はポーカーも強いんだな」

 

「AR小隊でたまにやりますからね、でも副司令さんもなかなかですよ?」

 

「なるほどね……なあ副司令、そろそろウォーミングアップも済んだことだろうし、本気モードでやらないか?」

 

「本気モード?」

 

 はて、とM16が疑問を浮かべると、他の4人の目つきが一斉に変わる。

 具体的には、先ほどまでただゲームに興じていただけなのが、狩るか狩られるかの狩猟者の如き目と態度に早変わりするのだ…あまりの雰囲気の変わり様にM16は呆気にとられる。

 ほのぼのしているデストロイヤーや97式でさえも、獰猛な笑みを浮かべているのだから…。

 

「さっきまでのは子どものお遊び、失う物もない幼稚な遊びさ……ここからが本気の勝負さ、金をかけた本気のポーカーだよ」

 

「待て待て! 金をかけるったって…私には借金しかないぞ!?」

 

「無いなら借りればいいじゃないか。それで勝てばお前は借りた分と、積み重なった借金を返せるんだからな。そうだろう副司令?」

 

「そうだな…オレもそれなりにギャンブルは好きだからな。まあ、いいチャンスじゃないかM16? 勝てば一気に借金を返せるんだからな!」

 

「だが、ギャンブルで借金を返すのは…」

 

「勝てばいいんだよ、なあ? どうするんだ、やるのかやらないのか? 一攫千金、ドーンと稼いだ方が気持ちが良いだろう?」

 

「一理あるな…受けて立とう!」

 

「決まりだな。ほらよ、チップだ。これがお前の…財産だ」

 

 テーブル上に現われたチップ。

 まあ流石に数百万規模のチップではないが、ミラーは私的の資金を97式と共有し、アルケミストとデストロイヤーは鉄血がまともな企業だったころに稼いでいた資金を持っているため何気に財力はあったりする。

 とりあえず無一文のM16には10万GMPもの資金がアルケミストから貸し与えられるが…目の前の大金にM16はごくりと唾を飲む。

 一応無利子、返済期限なしだが…。

 

「じゃあ私が最初に親やるね!」

 

「あ、あぁ…」

 

 親をつとめるデストロイヤーがカードをシャッフルし、それぞれに一枚ずつ…計5枚を配る。

 ルールは基本的に一般のポーカーと同じであるが、ここでのポーカーは親と子の対決だ…親の手札に対し子は戦いを挑み、勝つことができれば子は親が張ったチップを獲得できる。

 逆に、親は子役全員を相手にするため運が悪ければ全員に負けてチップを払わなければならないが、自分の手札が一番強ければ子が張ったベット額を全て獲得できるのだ。

 デメリットはあるが、メリットも大きい…それが親役の醍醐味である。

 

 ゲームはいたってシンプル。

 配られた手札に気に入らないカードがあればカードを捨て、捨てた枚数だけのカードを引く。

 それで手札の役の強さを競うというもの。

 あとはベット額を調整するのだ。

 

「さてと、みんな準備はいいよね?」

 

 デストロイヤーが周囲を確認すると、一人M16だけが手札をじっと見つめ固まっている。

 先ほどまでは余裕に勝利をおさめていたが、金をかけるという状況が彼女のメンタルを乱し始める…M16はゲームが始まる前にのみ込まれていた。

 そんな彼女にデストロイヤーはニヤリと笑い、ゲームを開始する。

 独特な緊張感の中始まったポーカー、M16は参加費の5千チップを場に置くと不要なカードを捨てカードを引く。

 

(♦5、♥K、♣8、♥5、♠A…ワンペアか)

 

 M16はチラリと周囲を見回すが、みんな楽し気な表情で手札を見ているのみでそこから手札の強さを探ることは難しい。

 さて、次は対決に繋がる腹の探り合い…もしも自分の手札が強いのであればベットし、弱いと思うなら降りる。

 上限は5万、その間なら好きなようにベットし上限に行かずともお互いが納得すればそこで勝負する。

 

「よし、1万ベットするよ」

 

 デストロイヤーが場にチップを追加した時、アルケミストは口笛を鳴らしミラーと97式はわずかに唸った…M16は冷や汗をかく。

 ベット額は参加費の5千と合わせれば1万5千…いきなりの高額にM16は固まるが、どうやら彼女たちには普通なようで飄々としている。

 

「うー…あたし降りる」

 

 97式は手札を捨ててゲームを降り(フォールドし)、参加費の5千チップを親に献上する。

 勝負しようがしまいが、降りれば参加費の5千は確実に失うのだ……アルケミストとミラーはデストロイヤーのベット額に同額をかける(コールする)

 

(ワンペア、特別に強いわけではないが…! さっきまでのゲームではワンペアでも勝率は高い、勝てる…勝てるはずだ…! いや、だが負ければ一気に失うぞ!?)

 

「おーいM16、コールするの? それともフォールドする?」

 

「こ、コールだ…」

 

 震える手で、M16はデストロイヤーが張った同額をコールする。

 冷や汗を流し目が泳ぐ、ニヤニヤと見つめてくるアルケミストの視線など気にならないくらいの緊張感だ…そして対決の時、一斉にそれぞれが手札を公開する。

 

 デストロイヤーの手札はハイカードのK、アルケミストとミラーも同じくハイカードのようでデストロイヤーに負けるが……この場で一番強い役のM16に対し、デストロイヤーがベットしていた1万5千チップが与えられる。

 

「へぇ、強いじゃんM16!」

 

「ま、まあな…」

 

「でも、勝負はこれからだよ! 次の親は97式だね!」

 

 カードが全て集められ、次の親である97式に手渡される。

 後の流れは同じだ…。

 その後はM16はなんとか手札と場の流れを読み込み、時折負けることもあったが引き運の強さで負け額を打ち消し所持金を倍に増やすことに成功したのだった。

 そして回ってくる親の番、この頃になると慣れてきたのかM16にも余裕の表情が浮かぶ。

 しかし、悲劇はそこからだった…。

 

「ああそうだ、言い忘れてたが親は勝負から降りられないんだ。あと一部の役は掛け金が倍増する…一番倍率が大きいのはロイヤルストレートフラッシュで10倍だ」

 

「そうか、だがそんな札は出ないよな?」

 

「さあ、どうだろうね? 勝負は分からないんだぜ?」

 

 いや、空気の流れは自分にある、そう信じて引いたカードでM16は"♥A、♥K、♥10、♥7、♥2"のフラッシュを作り上げる。

 今までにない手札の強さに歓喜が表情に出てしまうのをなんとか押さえ込む。

 

「さて、ベットは…」

 

 言い切る前に、アルケミストは上限額の10万をベットした。

 唖然としていると、他の者たちも同額をベッドしてきたではないか。

 

「言っただろM16、親は降りれないんだぜ?」

 

「くっ…何を考えている!?」

 

「なに、いたって普通のポーカーさ。ここが勝負時って奴だと思ってね」

 

「お前たち、まさか私が親役になるのを待って!?」

 

「何言ってるの? いいからベットしなよ」

 

 全員がニヤリと笑みを浮かべ、M16を見据えている。

 渋々同額をベットし、手札を公開する…それに対し、子役の彼女たちはわざとらしく一人ずつ手札を公開していくのだ。

 

「あーんもう、あたし負けちゃったよ!」

 

 97式が公開した手札はスリー・オブ・ア・カインド。

 先ほどまでなら強い札であっただろうが、今回は辛くもM16が勝利する…ホッとするM16であるが、次に公開したデストロイヤーとアルケミストの手札に青ざめる。

 

「見て恐れおののけ! これがあたしら鉄血ツインズの切り札フルハウス(アイアンストーム)だ!」

 

「ぐふっ!?」

 

 二人が同時に公開した手札はフルハウス…M16のフラッシュを超える役に加え、特殊役ということで掛け金2倍のおまけつき。

 鉄血ツインズの同時攻撃を受けたM16は謎のダメージを受け吐血した!

 先ほど97式から勝ち取った10万を合わせてもM16の所持額は一発で消しとび、むしろマイナス10万もの負債をおう。

 

「な、なんてことだ…!」

 

「フッ…衝撃を受けるのはまだまだこれからだぞ?」

 

「ミラー副司令…!」

 

「括目せよ!オレの最強の手札を! ロイヤルストレートフラシュ(アウターヘブン)!」

 

「うわああぁぁぁぁっ!!」

 

 ミラーが放った最強の手札に、謎の衝撃破を受けてM16は吹き飛ばされる。

 この時点でミラーが張った10万ベッドにロイヤルストレートフラシュの10倍効果でM16の損害は110万となる。

 恐ろしい威力にM16は血反吐を吐きながら、なんとか椅子にしがみつく…。

 鉄血とミラーの圧倒的な連携の前に大敗を喫したM16、しかし…。

 

 

「まだだ…! まだ終わってない…!」

 

「ほう、まだ闘志衰えずか…いいだろう!」

 

「こうなればとことんまでやってやる! ちょっと待ってろ、M4を呼んでくるからな! 私と妹のチームワークで勝利して見せる!」

 

「いいだろう、このカズヒラ・ミラー逃げも隠れもせん!」

 

 一度その場は休憩し、M16は助っ人として妹のM4が参戦する。

 M4は姉の借金をギャンブルで返そうとする魂胆に当初ブチギレたが、なんだかんだ説得されて自分もそのギャンブルに参加してしまうのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、そこには酷く身体を痛めつけられて伸びるミラー。

 揃って頭にたんこぶを作り正座する他のメンバーがいた……彼女たちの前には、腕を組み鬼のような形相のビッグボスとオセロットがたたずむ。

 マザーベースで逆らってはいけない二人に睨まれて、一同は震えあがる。

 ちなみに、アルケミストは早々に逃げた…。

 

「お前たち、少しはモラルというものをだな…」

 

「ボス、逃げたアルケミストの捜索の許可を。新しい拷問を試してみたい」

 

「この通り、オレもオセロットも怒っている。仲間内で金をかけたギャンブルなどもってのほかだ……後で相応の処罰を下す、自室で待機していろ。以上だ…それとM4とM16はこの場に残れ」

 

 AR小隊の二人はその場に残り、デストロイヤーと97式は逃げるようにその場を立ち去るのであった。

 残された二人はまだ怒られるのではとびくびくしているが、そんな二人をスネークは糧食班の棟へと連れていく。

 糧食班と言えばMSFの食事を開発するところ、そしてスネークがなんでも食べる悪食癖があるのは周知のこと…まさか戦術人形を使った料理レシピの材料にされるのではと二人は恐々としていたが、二人が連れてこられたのは糧食班の厨房だ。

 

「二人とも、あれを見ろ」

 

 スネークが指さした先には、厨房の台所でせっせと皿洗いをしているSOPⅡの姿があるではないか。

 夕食時が過ぎ、次から次へと運ばれてくる食器やトレーを一生懸命に洗っている…。

 

「SOPⅡ…何を…」

 

「あの子は自分が何か出来ることは無いかって、スタッフに相談したらしい…それでいくつか仕事を試させて、今はああして仕事をしているんだ。少しでも借金を返そうと、姉の二人を助けようとな……」

 

「SOPⅡ…!」

 

 厨房に駆けつけようとするM16を、スネークは止める。

 

「今行ってどうする? あの子に慰めて欲しいか? いいや、今のお前たちではあの子に甘える資格はない……お前たちはあの子の姉だ、姉ならばまずすべきことは何か分かるはずだ」

 

「………」

 

「お前たちがどう思っていようが、ここにいる間はオレたちの仲間だ。そして仲間なら、オレたちは正しく導く義務がある……M4、M16、姉として立派な姿をあの子に見せてやれ。それが、お前たち自身のためにもなるんだ……出来るな?」

 

「分かった、分かったよ…ビッグボス」

 

「はい…」

 

「よし、あとは任せても大丈夫だな? グリフィン人形の根性をオレたちに見せてくれ」

 

 スネークの言葉に、二人は力強く頷くのであった。




糧食班A「SOPちゃん、新商品できたから食べて!」
SOPⅡ「おいしい~!」
糧食班B「あーもう可愛い! 新商品のおやつもあげちゃう!」
SOPⅡ「あま~い!」
糧食班C「新型レーションも試食して!」
SOPⅡ「うわ~い!」
糧食班D「わさびマシマシ地獄寿司をだな」
糧食班ABC「おう、表出ろや」

SOPⅡは個性(ニート)を活かして試食係の職に付けたようやね()


さて、AR小隊の脱ニート回。
これだけやってニートだったら、AR小隊もう見捨てていいと思う。


※97式とアルケミストの落としどころはこれで勘弁してくれ…シリアス疲れる…。


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マザーベース:特別な想い

 AR小隊が働き始めた。

 

 そのニュースはマザーベース中にかつてない衝撃を与え、マザーベース中の海鳥があまりのショックに墜落した…などという面白展開などはなく、ほとんどのスタッフは働き始めたM4とM16の姿を微笑ましく見守っていた。

 M4はなんでもそつなくこなすために助けを求めるスタッフたちのところに手伝いに行き、何でも屋のような仕事を行っている…故障した機械の修理、銃のメンテナンス、物資の運搬などなど。

 そしてM16はその豊富な経験を活かし、MSFの兵士たちへの戦術教練をこなす…酒やギャンブルに興じていた頃は分からなかったが、一応グリフィンのエリート部隊に所属する彼女は教え方も上手で教練を受ける兵士には好評であった。

 いままで一人働いていたSOPⅡもこれには大喜び。

 SOPⅡは糧食班の仕事を手伝い、様々な試作品の開発に協力していた。

 三人が真面目に働けば、元々大した額でもない借金であったためすぐに返済することも可能だろう。

 

さて、そんな風に彼女たちが真面目に働こうとすれば邪魔しようと企む者が現れる…エグゼだ。

 

 

「おうおう、ニート小隊の隊長さんもいよいよ仕事するってか? 仕事斡旋してやろうか? 前哨基地のトイレ掃除だ、お望みならトイレが居心地よくなるまで掃除させてやるぜ?」

 

 黙々と銃のメンテナンスを行うM4に対し、挑発的な言動を仕掛ける姿はあまりにも大人げないと言わざるを得ない。

 あれこれM4が癪に障るような話題を吹っかけておき、M4もイライラしているのが見て取れるが…。

 

(SOPⅡのため、SOPⅡのため…! M16姉さんと約束したんだから…!)

 

 自分たちが働かずに借金を増やしていた間にも、SOPⅡは少しでも借金を返済しようと皿洗いのお仕事をしてくれていた…それに気付かず毎日酒飲みをしていたり不毛な争いに興じていたM4とM16は罪悪感を感じ、心を改めたのだ。

 真面目に働いて、一日でも早く借金を返済してグリフィンに堂々と帰るのだ。

 

 しかしそんな決意も、目の前で挑発してくるエグゼの前には揺らぎを見せる。

 エグゼは本当にM4を苛立たせるのが得意だ…さすがにデリケートな話題には踏み込むまではしないが、子どもじみた挑発がなんとも腹立たしい。

 無視を決め込むM4であるが、エグゼはよくも飽きずに彼女をからかい続ける。

 

 まあそんな風に他人にちょっかいをかけてれば罰が下るもので、ちょうどその場面を見かけたハンターが背後からエグゼの後頭部を蹴飛ばした。

 

「このバカ者が! まったくガキか!? 大丈夫かM4、このアホには―――」

 

「いてぇだろこの野郎!」

 

 エグゼが反撃したことで始まるハンターとの取っ組み合いのケンカ……ケンカに巻き込まれてメンテナンスをしていた銃が蹴散らされてしまい、ついにM4もキレて取っ組み合いに参加するのだった。

 三人の不毛な争いを止めようとアルケミスト、スコーピオン、FAL、MG5などが仲裁に入ろうとするが巻き込まれて大乱闘……結局、散々暴れてすっきりした後スコーピオンの提案で飲み会が始まり、酒飲みとなればほいほいM16もやってくる。

 なかなか思うように行かないものだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いててて……ったく、ハンターのやつめ、遠慮ってもんを知らねえ」

 

「フフ、結構暴れたみたいだね。ほら、動かないでじっとしててよ」

 

 AR小隊と酒なんか飲めるか! と怒鳴って飲み会を飛び出してきたエグゼは今、マザーベースの甲板にあぐらをかいてたそがれている。

 その隣にはUMP45の姿があり、手元に置いた救急キットでエグゼの擦り傷に消毒液を塗ったりと治療を行っていた。

 

「というか、いつまでAR小隊とケンカしてるつもり?」

 

「オレあいつら嫌いだもんな。まったく、さっさと借金返してグリフィンに帰ればいいのによ……つーかお前いつになったら働くんだよ?」

 

「ん~?」

 

「いつになったら働くかって聞いてんだよ。あのAR小隊のアホどもが働き始まって、404小隊がいつまでもニートってかっこがつかないだろ?」

 

「あらエグゼ、私たちの心配をしてくれるの?」

 

「違うわ! いでっ!」

 

「あーもう、急に動くから…じっとしててよね」

 

 擦り傷に消毒液を塗られるのをエグゼは嫌がるが、それをなんとかなだめて治療を施す。

 M4への怨みの言葉でエグゼは夢中だが、大好きなエグゼのケガを治療しているUMP45はとても満たされた様子で、慈愛の表情を浮かべている。

 

「そういや最近他の奴ら見ないな。何やってんだ?」

 

「えっとね、9はよく97式と一緒に蘭々の散歩してるでしょ? G11はいつも寝てるし、416はなんだっけ……食堂でレーションを食べる仕事してるよ」

 

「ようするに全員ニートじゃねえか! まったく勘弁してくれよな…」

 

「あら、でもただ飯ぐらいじゃないわよ? グリフィン相手に稼いだお金がたくさんあるし、生活費はちゃんと払ってるもの。それなら文句はないでしょ?」

 

「そういう問題じゃねえだろ? お前らが金は払ってるって言っても、他人はぐーたらしてるお前らしか見ない。何も知らねえ新参者に、お前らをただの怠け者って思われたくねえんだよ」

 

「エグゼ……嬉しいな、そう言ってくれると。だからって働かないけどね?」

 

「このやろう」

 

 変わらないニート宣言をするUMP45の肩を軽く小突いて笑う。

 他愛のないやり取りだ……しかしそんな他愛のないやり取りに幸せを感じているUMP45がいる。

 あの日マザーベースを出る際にエグゼに初めて受け入れられ、そしてあの無人地帯の戦場でエグゼの熱い想いをその身で感じ取ってから…もうここが自分の居場所なんだと彼女は決めた。

 嘘ばかりつき他人を利用し生きてきた自分を迎え入れてくれたエグゼが、たまらなく愛おしい…隣で笑うエグゼの横顔を見つめるUMP45の表情は、恋する乙女そのものだ。

 

「ねえエグゼ、これから一緒に飲まない?」

 

「ああ? いまからか? これから基地に戻ってなんかしようと思ったんだけどな…」

 

「ダメ……かな?」

 

「うっ…」

 

 やんわりと断ろうとしたエグゼであるが、潤んだ瞳で見上げてくるUMP45に怯む。

 まあ、先ほどはAR小隊がいたせいでロクに酒も飲めなかったため折角だからとエグゼはその誘いに応じるのであった。

 UMP45は嬉しそうに微笑むと、既に用意していたクーラーボックスからよく冷えた缶ビールをエグゼに渡すのであった。

 

「あー…うまい、M4のアホと飲まないだけでこんなに酒が美味いなんてな」

 

「もう、エグゼってばどんだけM4の事が嫌いなのよ」

 

「嫌いじゃねえよ……大ッッ嫌いなんだよ。やめやめ、せっかくの酒が不味くなる」

 

「今日は楽しく飲みましょ」

 

 クーラーボックスの中にはまだまだたくさんのお酒が入れられている、今日はとことん飲みたいようだ…とは言ってもスペツナズのアルコール中毒者どもとは違い、飲んだ量で競うような酒飲みではなく、まったりと酔いしれる穏やかな酒の交流だ。

 いつしか太陽が傾き、西の空に真っ赤な夕陽が沈んでいく。

 普段はスタッフが行きかう甲板もその時はまばらで、二人は静かに沈む夕陽を眺めていた。

 

 話題が尽き、静かに酒を飲んでいた時、エグゼはふとした疑問をこぼすのであった。

 

 

「45お前さ…なんでオレに惚れたの?」

 

「え…? えぇ!?」

 

 

 唐突なエグゼの質問にそれまで穏やかな気持ちでいたUMP45は焦りだす。

 

 

「なんでって…というか、それ聞いちゃう?」

 

「いや、別に言いたくねえならいいけど…」

 

「言いたくないわけじゃないけど…うぅ……エグゼはその、こんな私を初めて本気で受け入れてくれたし…」

 

「それ言ったらスコーピオンとかスプリングフィールドとか、最初に受け入れてくれた奴はいるだろ?」

 

「そうだけど…でも、あの時あなたに殴られたとき分かったのよ。私に本気で接してくれるのはあなただけだって」

 

「殴られてそんな風に思うとか…もしかしてマゾ?」

 

「違うわよ! もう…あんまりからかわないでよ……」

 

 冗談だと笑い飛ばすエグゼであるが、急にこんな話題を振られたUMP45は急にしおらしくなってしまった。

 バーベキューの時は勢いのままエグゼにキスをしてしまったが、今あの時の勢いを再現して見せろというのはとても無理な話である。

 

「エグゼだって、スネークに一途なんでしょ? だったら私の気持ちも分かってよ…」

 

「オレがスネークに一途だってしって、お前もよく諦めないもんだな?」

 

「だって…好きになっちゃったんだもん、しょうがないじゃない…」

 

「まあな……でも、オレのスネークに対する想いはちょっと違う。一度殺し合いをした間柄だ……簡単には説明できない想いがあるわけさ。なによりオレは、あいつに命を貰った」

 

「命…?」

 

「生死をかけた闘争、やるかやられるかの極限の死闘の最中に感じたあの生の充足…今でもあの感覚だけは忘れられない。あいつとやり合った時に、オレはこの世に生きているんだと実感したんだ。言葉で表現できるほど簡単なもんじゃない、だがシンプルなものだ」

 

 スネークとエグゼとの凄絶な殺し合いを知るものはMSFの初期からいるスタッフと人形しか知らないことだ。

 UMP45もこのことは知っていても、聞いただけの知識でしかない。

 和気藹々としているが、かつてエグゼとMSFは敵対して凄まじい抗争を繰り広げたことを誰が想像出来るだろうか…。

 納得はしていないが、特別な想いを口にするエグゼの気持ちにはどれだけ手を伸ばそうとも届かない気がしていたが…。

 

「だから、諦めろって?」

 

「そうじゃない、覚悟しろってことだ。オレの気持ちを分かった上で惚れてるって言うなら好きにしな、お前の想いを否定するつもりはねえよ」

 

「なんか複雑ね……」

 

「おいおい、いつもの調子はどうした? 腹の底まで黒いはずだろう」

 

「うるさいわね…そろそろ寒くなってきた…っと」

 

 肌寒くなってきたところでこの飲みはお開き、そう思い立ち上がったUMP45の足元がふらつく。

 少し飲み過ぎたらしい、ふらついた足取りの彼女をエグゼが受け止める。

 

「おい大丈夫か? たいして強く無い癖に飲むから」

 

「別にいいじゃないのよ」

 

「送ってくか?」

 

「一人で帰れるわよ…」

 

「この間酔っぱらったスタッフが甲板から落ちる事故があったろ? 送ってくよ…」

 

「もう…あんまり優しくしないでよ……ますますあなたに夢中になっちゃうでしょう…?」

 

 自身より背の高いエグゼに肩を抱きとめられるUMP45、紅潮した頬の色はお酒のせいかあるいは…。

 酔ったUMP45はこれ見よがしにキスをねだってみるも、エグゼに人差し指で唇を抑え込まれてしまう……その後は諦めて、エグゼの腕に自分の腕を絡めて自室までの道のりをゆっくり歩いていくのであった…。




はい…(憤怒)


しかしくっつかねえな……こんなラブコメしてるけど、どっちも片想いなんやで(錯乱)

エグゼを改めて考えた時、こいつも平和に馴染めない存在なんだよね。
戦争があるからこそ平和のありがたみがあるって、エグゼはガチで思ってそう。


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SANGVIS FERRI:目覚める脅威

「くっ…! 強い…!」

 

 グリフィン所属の戦術人形、ブレンは片腕を欠損し全身を酷く傷つけられた状態で荒地に跪いていた。

 傍らには先ほどまで一緒に敵と戦っていた仲間が、同様に重傷を負った姿で倒れている。

 ブレンが所属するグリフィンの部隊はが受けた任務は、小競り合いが続く鉄血との境界線から敵を放逐しエリアを確保すること。

 この周辺は戦略的にもさほど重要ではないが、度々近隣の町に攻撃を仕掛けていたことからその対処を行うだけの簡単な任務であるはずだった。

 ブレン達も、油断をしていたわけではなく入念に作戦計画を立てた上で戦闘を行い、作戦は上手く進んでいたはずだった……彼女が戦場に現われるまでは。

 

「グリフィンの人形は気骨があるようだ。我々のローモデル人形にはない意思の強さ…と言うべきだろうか? やはり私の考えは間違っていない、ドリーマーに考えを改めさせねばなるまい」

 

 鉄血ハイエンドモデル"シーカー(探究者)"は、無力化したブレンの目の前まで歩を進めるとブレンたち見下ろす…他の多くのハイエンドモデルがグリフィンの人形を侮蔑するが、シーカーはむしろ戦い合ったブレンたちの健闘を称えるかのように敬意を払う。

 しかしその行為は、ブレンの自尊心を酷く傷つけるものであり、片腕を欠損しながらも彼女はシーカーを鋭く睨みつけるのだった。

 

「ふむ、いまだ闘志は消えていないと見える…勇敢な戦士だ」

 

「からかっているのか…!」

 

「称賛しているだけさ。さて、君たちにこれ以上の継戦能力はないはずだ、よって私の目的は達成した。このエリアは我々が支配する、君たちは早々に立ち去りたまえ」

 

「素直に言うことを聞くとでも?」

 

「好きにするがいいさ。忠義を貫き任務に殉ずるもまた華やかしい…猶予を与えよう。10分だ、それ以内に立ち去らぬというのであれば容赦はせん。無抵抗の相手を殺すのは性に合わんがな」

 

 軍刀を地面につきたて、シーカーはブレン達の目の前で仁王立ちする。

 シーカーは敗者を恫喝するような行為はせず、ただブレンを真っ直ぐに見据えていた…ブレンがそれ以上の対抗が無意味なものであると悟り、仲間たちを連れて撤退していくのを侮辱したりもしない。

 ブレン含むグリフィンの信号が一帯から遠ざかったのを見届けたシーカーは、境界線の防衛兵力を残し司令部へと帰還するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄血司令部、鉄血工造の中枢であるそこは以前は賑やかなものであったが最近のハイエンドモデルたちの離脱により前よりは静かであったが…。

 

「あらシーカーちゃんお帰りなさい」

 

「うむ」

 

 ちょうど任務から帰還したシーカーを出迎えたのは同じくハイエンドモデルのイントゥルーダーである。

 彼女はシーカーが装備を片付け着替えている間の時間、古い本棚を眺めいくつかの本を手に取りなにやら悩み込む…ちょうどそこへやって来たシーカーに、イントゥルーダーは二冊の本を手に問いかける。

 

「シーカーちゃん、今日はシェイクスピアのリア王とニーベルンゲンの歌を読み聞かせようと思ったんだけど、どちらがいいかしら?」

 

「ウィリアム・シェイクスピアの劇作はどれも興味深い。この間は確かロミオとジュリエットを読んでくれたな? リア王というのはどのような物語なのだ?」

 

「ハムレット、マクベス、オセローと並んでシェイクスピアの四大悲劇と呼ばれることもあるわね。高齢から退位するリア王が三人の娘に国を分割して与えるんだけど、長女と次女は甘言で王を喜ばせるけど末娘コーディリアは一人実直な物言いで王を怒らせてしまうの……王はコーディリアを追放し、約束した通り二人の娘に国を与えるけれど裏切られて追い出されてしまうの…どう、面白そうでしょう?」

 

「なかなかに興味深い。時にイントゥルーダー、こうして本を読んでくれるのは嬉しいが迷惑ではないか?」

 

「そんなことないわ。デストロイヤーちゃんがいなくなっちゃってから、物語を聞いてくれる人がいなかったから、シーカーちゃんがいてくれて私も嬉しいわ」

 

「そうか、ならいいのだ。さて、では拝聴しよう…」

 

 紅茶と茶菓子を用意し、ソファーにリラックスした状態で座る。

 イントゥルーダーも椅子に腰掛けていざシェイクスピア作リア王を読み始めようとした時、部屋の扉が勢いよく開かれる。

 その喧騒に二人は眉をひそめて扉の方に振り向くと、そこにはカンカンに怒るドリーマーがシーカーのことを睨みつけていた。

 

「ちょっとシーカー! あんたどういうつもりなの!?」

 

 ドリーマーは彼女の目の前にやってくるなり、テーブルを思い切りたたく。

 その衝撃で茶菓子が吹き飛び紅茶がこぼれてしまうがそんなことはお構いなしだ。

 

「ドリーマー、これからイントゥルーダーに本を読んでもらおうとしたんだが…」

 

「本!? 本ですって!? こっちはアンタがグリフィンのクズ人形を逃がしたものだから、代理人に呼び出されて文句言われたんだからね!? あの女もいつまでもグダグダ言って…!」

 

「落ち着けドリーマー、私が指示を貰ったのはあのエリアの制圧だ。敵の皆殺しではない、一方的な虐殺は騎士道精神に反するものだ」

 

「なにが騎士道よ! 今は21世紀、中世じゃないっての! まったく…どいつもこいつも勝手な真似しやがって……! イントゥルーダー、あんたも余計な知識教えるんじゃねえよ!」

 

「仕方ないでしょう? シーカーちゃんの出自を考えたら、騎士道精神を教えるのが一番都合が良かったんだから」

 

「ドリーマー、あまり大声を出すものじゃない。一度落ち着こう」

 

「うるせえよ! このポンコツ人形が……!」

 

 あまりの怒りに口調も荒くなってしまったドリーマーは、その怒りのまま来た時と同じように扉を乱暴に開いて出ていってしまった。

 嵐が過ぎ去った後のような静けさの中、シーカーはため息を一つこぼして席を立つ。

 

「すまないイントゥルーダー、読み聞かせはまた今度お願いしたい」

 

「ええ、いいわ。ドリーマーのことよろしくね、彼女ここ最近イライラしてるみたいだったからね」

 

「分かっているさ」

 

 イントゥルーダーに見送られながら、シーカーは出ていったばかりのドリーマーの後を追う。

 どうやら急ぎ足でドリーマーは立ち去ってしまったようだが、生憎同じ鉄血人形であるのなら信号の位置から容易くその位置を特定できてしまう。

 それはドリーマーも分かっているのか、シーカーが追い始めた時信号を意図的に消したがシーカーにはあっさりと追いつかれてしまった…斥候《スカウト》|の技術を習得しているシーカーは屋内だろうと、わずかな痕跡から追跡が可能だ。

 

「おいドリーマー、待ってくれ」

 

「ついてくんなバカ!」

 

 ドリーマーは振りかえろうともしてくれない。

 彼女の怒りの原因がいまいち理解できないシーカーはそのすぐ後ろにぴったりとはり付いてその後を追いかける…そのうちドリーマーは走って振り切ろうとするが、シーカーはそれを追いかけていく。

 数十分後…走り疲れたドリーマーが息を乱して立ち止まっていた、その隣には涼しい顔で腕を組むシーカーの姿があった。

 

「どこまで…! ついてくるのよ…!」

 

「どこまで逃げるつもりだ?」

 

「うるさい…!」

 

 一発シーカーの腹部を殴るが、走り疲れたためかなんとも貧弱なパンチだ。

 

「それで、何をそんなに怒っている?」

 

「もうどうでもいいわよ……あー疲れた」

 

 全力疾走したことによる疲労感が、どうやらドリーマーの怒りを鎮めてくれたようだ。

 彼女の怒りの原因を聞きたかったシーカーであるが、何かと接することの多いシーカーにはここ最近のドリーマーの環境を理解していたのでなんとなく怒りの原因は分かっていた。

 

「また代理人か? ドリーマー、あまり酷いようなら私が…」

 

「あんたは出しゃばらなくてよろしい、また面倒なことになりそうだからね」

 

「ふむ」

 

 あのMSFとの戦いの後、4体ものハイエンドモデルが離脱するという戦力の喪失は代理人に危機感と疑念を抱かせたのだ。

 ただ離脱しただけではなく、それが敵対するMSF…うちアーキテクトとゲーガーは同じく敵対するウロボロスに拾われたという情報もあり、それが主君であるエルダーブレインを危険に晒す要因として危機感を抱く。

 そしてもう一つ、代理人のドリーマーに対する疑念を決定的にしたのが処刑人、アルケミスト、デストロイヤーの仕打ちだった。

 

 冷静沈着で、時に主のためなら部下を切り捨てることも辞さない代理人…そんな彼女が主の次に大事にしていた彼女たちを喪失させたことが逆鱗に触れたらしい。

 以来代理人はエルダーブレインからドリーマーを遠ざけ、冷遇をしているようだが…。

 

(代理人が私を冷遇しているのが、あんたの存在のせい…とは言えないわね)

 

 シーカーが、何より彼女の存在を脅威と見ているのは代理人だ。

 エルダーブレインの統制下に加わらず、独自の権限を持ち他の戦術人形を大きく凌駕する可能性を秘めたその力が、いつ主に牙を剥こうとするのかが気掛かりなようだ。

 

(代理人にどう思われようと知ったことじゃないけれど、エルダーブレインに捨てられるのは避けたいわね。もう少しこいつが扱い易ければ…)

 

「ところでドリーマー」

 

「はいはい、なに?」

 

 思考を一旦停止させ、シーカーに向き直る。

 飄々としているが優れた洞察力から考えていることも見抜かれてしまう場合もある、なるべく表情には出さないようにしているが…。

 

「この間用意してくれると言った武器だが」

 

「ああ、そうだったわね。ついて来なさい」

 

 シーカーの言葉に手を叩き、ドリーマーは自身が受け持つ工廠へと彼女を招き入れる。

 鉄血のハイエンドモデルのボディー、そして専用装備を製造するドリーマーの工廠は自動化された工作機械が絶えず稼働する。

 そんな工廠の奥深く、多数の武器・兵器が陳列される棚からドリーマーは一丁の銃を手に取ると、それをシーカーに手渡した。

 

「高出力レーザーブラスター…私が使っている銃を基に小型化したものよ。射程距離の減退と引き換えに、高威力の粒子エネルギー弾を連射できるわ。最大出力時では射程2000m、距離にもよるけれどAegisの装甲を貫通できる」

 

「なるほど、これは頼りになりそうだ……後はこの義体がもっとマシになればいいんだが…」

 

「あのね、それ以上ボディーのスペックを上げろなんて無理難題言わないでよね? 言っとくけど、それ以上のスペックはもうここじゃ無理よ。正規軍にでもお願いして作ってもらうことね」

 

「いや、別にいい」

 

「あら、ずいぶん聞きわけがいいじゃない」

 

「そもそも、私に合う義体を作るというのが無理な話だったのだ。私の正規の義体は、アメリカに眠っている…そうだろう、ドリーマー?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ドリーマーは背筋が凍りつくような錯覚を覚える。

 凍りつくドリーマーの表情を見たシーカーは微かに笑いつつ、たった今貰ったばかりのレーザーブラスターの細部を入念にチェックする。

 

「アルケミストはアメリカから私を持ち帰ったが、肝心の義体を忘れてきてしまったようだ…気付くのにずいぶんと時間がかかってしまった」

 

「シーカーあなた……どうするつもり?」

 

「安心しろ、君が今危惧するようなことは微塵も考えていない。私は合衆国で誕生したかもれないが、鉄血で育った、ここが私の故郷だ」

 

 アルケミストとデストロイヤーがアメリカ軍の基地から持ち帰った多くのデータ、その中から彼女のメンタルモデルを発見したドリーマーがシーカーを造り上げた。

 データの多くが喪失していたせいでシーカーの本来の名称、造られた意図、そして彼女が言うところの正規の義体は分からずじまいであった。

 何がきっかけか自分の出自に気付いたシーカー……すぐに彼女が鉄血に反旗を翻そうとしなかったのは、イントゥルーダーが真っ先に教え込んだ騎士道精神が大きな要因であった。

 腹立たしいが、イントゥルーダーの先見の明には感謝しなければとドリーマーは思うのであった。

 

「近々アメリカに行きたい、私の義体を手に入れにな」

 

「時期が来たらね。今はまだよしなさい、正規軍の目がある…派手に動くのは危険だわ」

 

「正規軍…か。別に恐れる必要などないさ」

 

「アンタ何言ってんの? 私たちと正規軍の軍事力に差がどれだけあるか分かってないようね。グリフィン相手に勝ちまくってイキがってんじゃないっての」

 

「もちろん今のままでは勝ち目は皆無だ。力に対抗できるのは力でしかない」

 

「具体的にはどうするつもり? うちのエルダーブレインがどう考えるか知らないけれど、アンタなりの考えがあるの?」

 

「全てはアメリカにある……暗躍している特殊部隊やCIA(ラングレー)の諜報員はほんの一部に過ぎない。大戦以後温存された何百万もの兵力は眠りについたままだ。我々に都合のいい形で起こしてやるのさ」

 

「あんたの底が知れないわね……まったく、それで世界征服でもするつもり? 少なくとも、今の世の中よりマシになりそうだけどさ」

 

 たまに意味不明なことを言ってのけるシーカーのメンタルモデルをリセットしてやりたいときもあるが、生憎シーカーのメンタルモデルは特殊であり、殺してもすぐに別な人形を媒体として復活してしまう。

 ドリーマーに与えられた武器のチェックを終えたシーカーは何を思ったのか、ドリーマーに近寄ると、足下を掬い上げるようにして彼女を抱きかかえる…いわゆるお姫様抱っこである。

 

「あのさ、とりあえず殴る前に聞きたいけど何してんの?」

 

「ふむ。騎士の精神に基づき、エルダーブレインを我が王とすると、代理人は大臣、ジャッジは司法長官、イントゥルーダーとスケアクロウも同じく王に仕える騎士と考えた」

 

「それで、私はなんなの?」

 

お姫さま(プリンセス)

 

「死ね」

 

 即座にシーカーの側頭部に膝蹴りを叩き込み強引に振りほどくが、あまり効いていない様子。

 その後はシーカーがお詫びと称して無理矢理最近覚えたというピアノの演奏を聴かされるのだが…。

 シーカーの凄まじく下手なピアノを聞き終えたドリーマーを見たジャッジ曰く…"魂が抜けて廃人同然であった"とのことである。

 

 以後、シーカーのピアノの練習に付き合わされて毎晩ある意味死に続けるドリーマーであった…。




イントゥルーダー「東洋には武士道というものがあってだな」
シーカー「マ?ちょっと柳生新陰流極めてくる」
ドリーマー「変なの教えんな!」

アルケミストたちがいなくてもうるせえみたいですね…。


というわけでシリアスっぽいギャグ回?

これから鉄血partもちらほら出てきます。

今のところ鉄血に残ってるのは…
・エルダーブレイン
・代理人
・ジャッジ
・ドリーマー
・イントゥルーダー
・スケアクロウ
・シーカー
・その他今後の展開次第(ガバガバ)

結構残ってますね


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マザーベース:休日カフェ

 前哨基地 訓練施設

 

 広大な野外演習場と射撃場、屋内演習場が前哨基地のすぐそばにあるがそこはかつてないほどの訓練兵が集められ日夜厳しい訓練を課せられている。

 MSFがこの前哨基地を獲得した当時は、小さなアスレチック場ほどの大きさでしかなかった訓練施設は見違えるほどの広さと、充実した訓練施設がもうけられている。

 いまいち1970年代の訓練思想から抜けきれなかったMSFも、最新の訓練内容を学習しそれを新兵だけでなく古くから在籍するMSFのスタッフたちにも受けさせる……まあ、それでも厳しい訓練課程で脱落者も出てくるのだが。

 

 前哨基地併設の訓練施設とは離れた、もっと広大な軍事演習上ではちょうどFAL率いる新生戦車大隊と改良を施されたメタルギア・サヘラントロプスの演習が行われている。

 動力供給の課題は未だ残るサヘラントロプス…本体の稼働に必要な電力、防御性能の要となる電磁装甲、そしてレールガンに供給される電力は膨大であり充電式の方法では以前の戦闘のようにあっという間に電力が尽きてしまう。

 ピースウォーカーやメタルギアZEKE以上に電力を必要とするサヘラントロプスの動力問題…この時代の技術である原子力エネルギーに目をつけ、今は研究開発班が開発に躍起になっているのだが。

 

 

「よーし、いよいよ戦力が充実してきたな! この戦力があれば同規模の正規軍にも戦術次第では対抗できるぜ!」

 

 精強な部隊を見つめながら嬉しそうにそう呟くのは、連隊指揮官のエグゼである。

 性能強化されたヘイブン・トルーパー隊、戦術人形には劣るが経験から学ぶAIを搭載した月光、そして開発を終えていよいよ実戦配備が進められているハンマーヘッド・フェンリル・グラートの無人機。

 無人化されたヘリであるハンマーヘッドは空からの強力な攻撃を、フェンリルはその機動性を活かし偵察やレールガンによる狙撃にも対応、強固な装甲を持つグラートは戦車とはまた違った運用方法も考えられる。

 過剰といえるほどの戦力増強…同規模の正規軍ともやり合えるというのもあながち間違いではない、あくまで同規模の部隊と戦った場合であるが。

 

「まったく、ここまで強化する必要もないだろうに…お前のわがままで結構MSFの出費が激しいらしいじゃないか」

 

 喜ぶエグゼのすぐ隣でため息を漏らすのはハンターだ。

 エグゼの連隊とは独立した、降下猟兵大隊を指揮するハンターの部隊もエグゼの勧めで強化されてはいるが、新手の戦力を惜しみなくつぎ込む様な事はせず、あくまで所属する兵士の練度と戦術教練の分野に重きを置いていた。

 

「これからたくさん稼ぐんじゃないか! 鬱陶しい正規軍なんかほっといても、オレたちの軍事力を必要とする勢力は世界中に存在するんだぜ? アフリカ、中東、アジア、南米でな! オレたちの仕事場は欧州だけじゃねえ、世界中にあるんだからな!」

 

「アジアはもうこりごりだな、移動だけで疲れる。気候も合わないしな」

 

 先日、任務で東南アジアに出向いたハンターであるが、蒸し暑い気候と度々降る雨に嫌気がさした様子。

 それでも任務はしっかりこなし、ジャングルに潜むゲリラ勢力を狩りたててなかなかの報酬を持ち帰ってきた。

 ハンターがこなした任務のように、MSFに依頼される仕事は大規模な戦闘ではなくゲリラの掃討や軍事訓練、武器装備の開発やメンテナンス、そして兵站などが求められる。

 その点を踏まえると、エグゼの過剰とも言える戦力増強は無駄が多いと言わざるを得ないのだが……ほとんどごり押しに近い状態で戦力増強がなされた。

 

 何故そこまでして戦力を高めているのか?

 先の戦いで鉄血に敗北を喫したせいという理由を期待したハンターであるが、エグゼは一言…"かっこいいからに決まってんだろ!"とのこと、ハンターはそれ以上考えるのを止めた。

 まあ、エグゼの果てしない軍拡も先日査察にやって来たスネークに本格的に咎められたので一応終止符が打たれたわけだが…ちなみにエグゼが上機嫌なのは、その際交換条件にヴェルと一緒に家族旅行に行くという約束を飲ませたからだ。

 

「で、旅行にはどこ行くんだ?」

 

「うーん、この間ミラーのおっさんからいい無人島の話聞いたからな。そこ行くかな?」

 

「まあいいんじゃないか? 連隊のみんなもお前の軍拡が終わってホッとしてるだろうさ」

 

「ああ、MG5とキャリコの奴早速イチャイチャしてやがったぞ」

 

 MSF内で唯一?のカップルであるMG5とキャリコの仲は有名だ。

 再会した後はもはや隠す素振りもせずにいちゃついているのだ。

 

「さてと、私はやることがあるから…また後でなエグゼ」

 

「おう」

 

 ハンターとはそこで別れ、エグゼは暇を持て余す。

 ヴェルがそばにいれば散歩にでも連れていこうかと考えていると、ちょうどそこにヴェルにしがみつかれているスプリングフィールドがやって来た。

 ヴェルは嬉しそうにはしゃいでいるが、スプリングフィールドの方はヴェルに頬を引っ張られて痛そうにしている。

 

「ママー!」

 

 しかしエグゼを見かけると、ヴェルはぴょんとスプリングフィールドの手元から飛び降りぱたぱたと母の元へと駆け寄っていった。

 

「おーよしよし、悪いなスプリングフィールド面倒見てもらっちゃってな」

 

「いえいえ、大したことじゃありませんよ」

 

 と言いつつも、つねられていた頬が痛むのか目に涙を浮かべて頬をさする。

 

「ママ、スプリングがねかくれんぼにつきあってくれたんだよ! ダンボールにかくれてたらみつからなかった!」

 

「おーそうか、ダンボールが好きとは将来有望だな! ヴェルはスプリングフィールドが気に入ってるんだな」

 

「うん! おっぱいおおきいからすきだ!」

 

「えぇ……なんだそりゃ?」

 

「おっぱいおおきいほうがだっこしてくれたときふわふわしてきもちいいんだ! だから45みたいなおっぱいないやつはきらいだ!」

 

「あぁ…そう。あんまりそういうことは言うもんじゃないぞ?」

 

 ちらっと建物を影を見つめてば、会話をがっつり聞いていたのかUMP45が薄ら笑いを浮かべて壁を殴っていた…おそらく関わってはいけないと悟ったエグゼとスプリングフィールドは、ヴェルを抱えてその場を逃げるように立ち去った。

 

「それにしても忙しくさせて悪かったな、もう軍拡はストップだ」

 

「でもおかげさまでいい経験になりましたよ。部隊の訓練を通して、自分自身の鍛錬にもなったと思います」

 

「相変わらず真面目だな、そこがお前の良いところなんだろうけどさ。少し落ち着いたから空けてたカフェも開くのか?」

 

「そうですね、ここ最近はずっと顔を出せなかったのでカフェに行っても―――きゃっ!?」

 

 建物の壁を曲がろうとした際、スプリングフィールドは何かにつまずいて転倒してしまう。

 打ちつけたひじをさすりつつなんだと思い見て見ると、そこには力なく倒れているPKPがいるではないか。

 

「PKP!?大丈夫ですか!?」

 

 慌ててスプリングフィールドとエグゼはPKPを抱き起す…その顔色は悪く、目も虚ろだ。

 

「大丈夫ですか? 私の声が聞こえますか?」

 

「う、うぅ……スプリング…?」

 

「良かった、意識はあるようですね…どうしましたか?」

 

「すまない…急に気分が……頭が酷く痛むんだ…それに目まいもする」

 

「そうですか、他に症状はありますか?」

 

「うぅ……指先が震える…力が入らないんだ。それに、胃痛が酷い…」

 

「エグゼ、これは…!」

 

「ああ、間違いねえなスプリングフィールド…!」

 

 

 二日酔いである。

 

 一気に助ける気力を失くした二人は抱えていたPKPをどさっと落とす。

 その際後頭部を地面にぶつけてPKPが呻いたが、微塵も同情心が湧かない…。

 

「おう、なんか水でも持って来るか?」

 

「まったく、どうせスペツナズのみんなもどこかで酔いつぶれてるんですよね? ほら、これでも飲んでください」

 

「いや、大丈夫だ……二日酔いを治す方法は…知っている、そしてそれは…一つしかない」

 

 

 そう言うと、どこからかPKPは透明の液体の入ったボトルを一本取り出すとぐびぐびと飲み始める。

 ラベルにウォッカと書かれたそれをあおるとみるみるPKPの顔に生気が宿る。

 二日酔いを治す方法…迎え酒である。

 

 

「よし、治った。迷惑かけたな」

 

「えぇ……」

 

「お前らほんとどうしようもねえな。ヴェル覚えとけ、こんな悪い人形になっちゃダメだぞ?」

 

「何を言っているんだエグゼ、お前とスコーピオンも大概だろう。ところでスプリング、カフェに顔を出すのか?」

 

「あのですね、またカフェで大騒ぎしたら承知しませんよ?」

 

「細かいことは気にするな。酒と仲間がいればそこが墓場であろうと飲み場となるが、やはりちゃんとした空間で飲むのがいい。よし、カフェに行くか」

 

 

 

 

 

 そんなわけで、半ば強引に押しかけられてしまったスプリングフィールド。

 まずはPKPと一緒に前哨基地の各地に散らばった飲んだくれスペツナズを見つけることから始まる…。

 戦車の砲塔の上でいびきをかいて寝ていたヴィーフリを見つけ、訓練用のマネキン相手に延々語りかけているグローザを拾い、野外演習場で空ボトルを抱き枕に寝ている9A91を発見…9A91は演習中の戦車に危うく轢かれかけていた。

 

 そんなわけでみんな迎え酒で覚醒した後に始まる飲み会…場所はもちろんスプリングフィールドのカフェだ。

 久しぶりにスプリングフィールドが顔を出すということで、なじみのスタッフが訪れるのだが、スペツナズの面子が強烈すぎるためにほどほどに滞在し店を出ていってしまう。

 

「スプリングフィールド、何度もすみませんね」

 

「そう思うなら、もうちょっとみんなを教育してくださいよ9A91……もう、スオミがいてくれた頃はこんなんじゃなかったのに…」

 

 今の9A91を見たら親友のスオミは果たしてどう思うだろうか?

 別れてからも9A91とスオミは文通でやり取りをしているらしいのだが、きっとスオミはこんな乱れ切った9A91のことは知らないだろう。

 

「今日はあまり強いお酒は出しませんからね……って、グローザ何やってるんですか!?」

 

「ビールにヘアスプレーをかけると手軽に酔った気分になれるのよ。知らない?」

 

「カフェでは変な飲み方しないでくださいよ! まったく……ヴィーフリとPKPは冷凍庫の前で何をしてるんです?」

 

「いや、接着剤からどうにかアルコールを抽出できないかと…」

 

いい加減にしてください!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後、スプリングフィールドのカフェは閉鎖され力尽きたスプリングフィールドが力なく客のいなくなったテーブルに突っ伏していた。

 あの後、酒の匂いに誘われたスコーピオンがやってきたことで場はさらに盛り上がり、カフェのアルコールすべてを飲み尽くす勢いであった。

 一応他のお客に対する迷惑行為はしていなかったが、なんとなく精神的な疲労が積み重なり本来予定していた時間よりも速く切り上げて店を閉めてしまった。

 バイトのミニチュア月光がカフェを掃除する音だけが、今は鳴っている。

 

 そんな時、来客を知らせるベルの音が鳴った。

 疲れた様子で顔を見上げたスプリングフィールドであったが、カフェを訪れた人物を見るとむくりと起き上がる。

 

「カフェはもうお終いだったか?」

 

「あ、いえ…ちょっと休憩していただけですよ、どうぞ座ってください、エイハヴさん」

 

 やって来たのはエイハヴ、前哨基地で指揮をとっているために普段は滅多に顔を出さないお客だ。

 エイハヴには何かと世話になっていたため、スプリングフィールドは疲れた表情をひっこめ、いつもの柔らかな笑顔で彼を迎え入れる。

 

「ご注文は何になさいますか?」

 

「コーヒーを、それから…マフィンはあるかい?」

 

「はい、出来立てではありませんが…」

 

「それで構わない」

 

「分かりました、少々お待ちください」

 

 ここ最近、飲んだくれ相手に酒を提供していたが、本来なら落ち着いた雰囲気の中でコーヒーを提供しのんびりくつろいでもらうはずなのだ。

 久しぶりのコーヒーと、珍しく来てくれたエイハヴに俄然やる気をだし…しかし落ち着いた様子でコーヒーを淹れていく。

 コーヒーが作られる過程を、エイハヴは静かに眺める。

 一杯のコーヒーが出来上がる……出来立てのコーヒーの芳醇な香りを嗜み、エイハヴはコーヒーを口に含む。

 

「やはりスプリングフィールドが淹れてくれたコーヒーは美味いな。この味と香りがいつまでも記憶に残るんだ」

 

「ありがとうございます」

 

 エイハヴのありのままの感想に、スプリングフィールドは嬉しそうな微笑みを見せる。

 冷えてしまったマフィンをレンジで温めたものを出せば、それも美味しいと言ってくれる……飲んだくれ共の相手で疲れていた気持ちも今は感じていない。

 

「エイハヴさんもお休みですか?」

 

「今日だけだな。エグゼがやっと軍拡を止めてくれたおかげで、少しは休めるかもしれないが」

 

「あまり無理はなさらないでくださいね?」

 

「お前もなスプリングフィールド…っと、こんな時間にやって来たオレが言えたセリフじゃないな」

 

「そんなことないですよ、いつでもいらしてください。皆さんがここにきて、穏やかに楽しんでいただければ私は満足ですから……最近は穏やかじゃありませんが」

 

「聞いたよ、スコーピオンやスペツナズの人形が押しかけてくるんだって? まったく困った人たちだ」

 

「まったくですよ……でも、なんだかんだ来てくれると嬉しいから出禁には出来ないんですよね…」

 

「そうか…優しいな、スプリングフィールドは」

 

 その言葉に、彼女は少し気恥ずかしそうにはにかんだ。

 薄暗い店内のおかげで、彼女が少しばかり頬を染めたことはエイハヴに気付かれることは無かった…。

 

 それからも二人の静かな夜は続く…。

 時折笑い声をこぼしながら、二人は穏やかな時間を過ごすのであった。




9A91「二日酔いで手が震えて手紙が書けないであります…!」(酒グビー)

スオミ「9A91ったら、寂しくて字が震えちゃってるよ…会いたいなぁ」
イリーナ(手紙から酒の匂いがするとは言えない…!)



おら…ようやくかけたぞスプリングフィールド✕エイハヴ……!

まあ、以前からそんな気はあったけどなかなか書けなかった…。
スペツナズの飲んだくれ共のおかげやな!


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あなたしか見えていない

この間の続き


 マザーベースを離れている時、オセロットにはいくつもの顔と名前が存在する。

 ある時は町のBARに顔を出しビリヤードとダーツに興じるマイケル、放射能が自然に与える影響を研究するピョートル、日雇い技術者のルスランなど…。

 MSFの諜報員として各国に架空の身分を作り演じる。

 普段の仏頂面からは想像出来ないかもしれないが、仕事で架空の人物を演じるオセロットは、役者顔負けの演技力で用意した人物になりきり表情豊かに周囲の者と接する…巧みな話術で人の警戒心を潜り抜け、馴染み込むのだ。

 

 その日オセロットが演じたのはウェイターのミハイロヴィチ、給仕服に身を包む彼は正規軍の幹部が開催した晩餐会の舞台にあった。

 軍関係者の他各界の著名人など早々たる顔ぶれが並ぶ晩餐会の中で、オセロットは晩餐会が開かれる会場のウェイターとしてサービスを行いつつ、メディア向けに講演するカーター将軍を横目で見つめる。

 彼の講演に対し記者の人間はあれこれ質問を投げかけるが、失言を狙った質問をする記者もいるがカーター将軍はそれを巧みにかわしあたり触りのない返答を返す。

 悪く言えば面白みがない、良く言えば記者相手に失言せず穏便に済ますカーター将軍の賢さが伺える。

 

(正規軍所属のカーター将軍、そして民間軍事会社グリフィンのトップであるクルーガー……軍属時、二人は上官と部下の関係にあったらしい)

 

 今日までの諜報活動でこの二人がいわゆる協力関係にあることはつきとめている。

 カーター将軍はクルーガー率いるグリフィンのために戦術人形保有上限に関する批准、武器の密輸、管轄地域の報道管制を便宜しそれは彼が持つ権限を遥かに越えるものだ。

 その見返りにクルーガーのグリフィンは何らかの形で正規軍、または彼の手伝いを行っている。

 それがなんなのかは、知ることは出来ないが…。

 

 正規軍、そしてグリフィンの両勢力にはオセロットが私的に鍛えた諜報員を潜り込ませてある。

 グリフィンには整備技師として、正規軍には兵士として溶け込ませている…それらの諜報員から寄せられる情報は少なく重要でないものがほとんどだが、得られた情報を吟味しそして焦らず慎重に諜報を行うのがベストだ。

 

 カーター将軍の講演が終わり、彼は会場の上階へと向かっていった。

 上階にはグリフィン社長のクルーガーと正規軍に属する軍人が見えていた…上階に立ち入れるのは一部の人間のみ、ウェイターに扮しているとはいえそこに入り込むことはさすがのオセロットも不可能であった。

 そこで彼はその目を、上階に佇む軍服姿の男に向ける。

 軍人の男もオセロットの目を見据え、ゆっくりと小さく頷いた。

 彼はオセロットが正規軍に潜り込ませたスパイだ……人口の減ったこの世界において、優秀な人材は若くとも重宝される。

 さすがに士官以上にまで登りつめるのには経験と年数が必要となってくるのだが、彼は元々この世界の住人でなおかつ正規軍に属していた者だ…彼は一度ビッグボスと出会い、そのカリスマ性に惹かれビッグボスに忠誠を誓うようになった。

 彼の身分を上手く利用し、オセロットがスパイの役を彼に与えたわけだ。

 

(あとのことは奴に任せよう、盗聴器もあとで彼が回収するはずだ)

 

 オセロットの視線の先には、一人のメガネをかけ杖をつく老人の姿がある。

 記憶が正しければ彼はI.O.PのCEOハーヴェル、この晩餐会がいよいよ何かしらの狙いがある物と確信する…出来ることなら自分自身で情報を収集しておきたかったが、ここらが潮時だ。

 裏部屋にてウェイターの制服から小奇麗なスーツに着替えたオセロットは、髪を整え髭を剃り印象を変えた。

 後はこの会場を出ていくだけだが、最後まで気を抜かず痕跡を残さない…そのまま会場を去ろうとしたオセロットであるが、人気が少ない通路を通った際に足を止めた。

 

 

「………だ………できん…」

 

 

 何者かの話し声に、彼はそっと耳を傾ける。

 

 

「――――これではっきりしたはずだ。我々では基地に近付けない…外部の協力が不可欠だ、汚染が強すぎる…それに制御を失った兵器が障害となっている」

 

「――――――ば話にならん……一つだけでいいんだ」

 

「どこの発電所も死んでいる……フーバーダムはどうだ…? あそこなら、まだ稼働するかもしれない」

 

「どっちにしろ、外部の――――――」

 

 壁越しに聞こえる声はところどころ聞きとりづらいが、その中の単語であるフーバーダムを聞いた瞬間、話しあう人物の素性を頭に思い浮かべる……フーバーダム、アメリカ合衆国のネバダ州とアリゾナ州の州境に位置する世界最大級のダムだ。

 なぜそんなダムの名前がこの場で出るのか、気掛かりであるが通路の先から他の客が来たために移動を余儀なくされる。

 

 

CIA(ラングレー)の生き残りが中枢に入り込んだ、報復の時は近いぞ」

 

 

 去り際に聞こえたその言葉に、オセロットは彼らの正体を確信する。

 自身の心臓の鼓動が早まるのを感じた彼は一度深く息を吸い込み、気持ちを落ち着かせる…より多くの情報収集が必要となる、足早に会場を出て路地に出た時、彼の前に一人の白人男性が立ちはだかった。

 

「やあミスター、急いでどこに行くつもりかな?」

 

「仕事で先を急がなくてはいけないのでな、失礼」

 

「仕事というのは、壁に耳をはりつけて会話を盗み聞きすることかな?」

 

 次の瞬間、オセロットは咄嗟にかがみ込んで男の斬りかかってきたナイフの刃を避ける。

 白昼堂々、周囲に多数の民間人がいるのにもかかわらず襲撃者は構わずにナイフを振り回す…突然の出来事に周囲の歩行者が悲鳴をあげ混乱が起きる。

 男のナイフさばきは素早く、幾度もオセロットの急所をかすめその度に紙一重で躱した箇所に血が滲む。

 突き立てられるナイフの動きを見極めたオセロットは、男の腕を絡めとってナイフを奪い取ると、瞬時に男の首筋に突き刺した…赤い鮮血が周囲に飛び散った時、男は倒れる寸前に隠しもっていたもう一つのナイフでオセロットの腕を斬りつけた。

 

「クソっ……!」

 

 斬りつけられた腕を押さえつけ、倒れこんだ男に見向きもせずオセロットはその場を立ち去る。

 数メートル離れた場所に止めてあったバイクを咄嗟に盗み、走り去る時だ……バイクのミラーに、首をナイフで刺し貫いたはずの男がむくりと起き上がる姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 日が沈み、夜のとばりが降りたマザーベース。

 人気のない甲板をWA2000は一人当てもなく歩き、やがて建物の壁に寄りかかって星空を見上げた。

 陸地よりも綺麗に星空が見えるマザーベース、何人かのスタッフと人形たちはたまに星を見上げてはしゃいでいたりするが、その時のWA2000はとても憂鬱そうに空を見上げていた。

 

 あの日、カフェでオセロットと話をした後からずっとこのような調子だ。

 訓練や任務にまで私情は持ちこまないが、彼女のわずかな変化にそばにいる79式やカラビーナも気付き心配する声をかけてくれたが、オセロットとの一件を素直に話すこともできず彼女は一人悩みを抱え込み誰にも想いを打ち明けることは無かった。

 

(オセロット……あなたは私の気持ちにきっと気付いてるのよね……あなたはきっと、私を危険な目に遭わせたくないと思ってあんなことを言ったのよね? でも私は…)

 

 今でもあの時の会話を鮮明に思いだすことが出来る。

 だがその度にWA2000は胸を痛め、自分の率直な想いを言えずに逃げてしまったことを後悔する。

 答えはとうに決まってる、覚悟もあったはず…後悔だけが押し寄せる。

 

 壁に寄りかかったまま座り込んだとき、彼女は遠くに見覚えのある人影を見つける。

 その名前を呼びそうになるWA2000であったが、彼が腕をかばうような仕草を見た時、異変に気付いてすぐに走りだす。

 

「オセロット…! 怪我、してるの…?」

 

 そばに駆け寄って見たオセロットは、いつも通りの表情であったが片腕の服が血で汚れている。

 

「酷い傷…!」

 

「大したことじゃない、処置もすませてある」

 

「嘘いわないで! あなたがそんな怪我するなんて普通じゃない…お願い、傷を見せて…」

 

「大したことじゃないと言っているだろう、余計な気遣いだ」

 

「余計って……私はただ、あなたの助けになりたくて…」

 

「助けを求めたつもりはない」

 

 オセロットの言葉がWA2000に突き刺さる。

 彼の無愛想な言動にはもう慣れたはずだったが、この時の彼の言葉はいつにもまして彼女を動揺させる。

 

「オセロット……あなたにとって私はなんなの?」

 

「なに?」

 

「私は、ずっとあなたに従って強くなろうとしてきた。それは、命の恩人であるあなたを助けられるようになろうとしてたから…!」

 

「そんな理由を期待してお前を育てたわけじゃない。この話はもう終わりだ」

 

「私の話をちゃんと聞いてよ! なんで……どうしてそんな冷たくするの…? あなたを助けたいって思うのは悪いことなの? そう思う私は、あなたにとって邪魔なだけなの…?」

 

「邪魔だと思ったことは無い。だが―――」

 

「あなたがスネークを尊敬してるのは分かってる、あの人のために力になろうとしているのは分かってる! でもそれって今の私と同じじゃない、あなたはスネークを助けるのに私があなたを助けようとするのがダメな理由ってなんなの!?」

 

「いい加減にしろワルサー、これ以上この件で議論することは無い」

 

 彼の厳しい口調に、WA2000は押し黙る……彼の強い態度に気圧されその瞳に涙を浮かべるが、WA2000は拳を握りしめ退く意思を見せなかった。

 

「もういいわ……スネークと話をする」

 

「なんだと?」

 

「スネークがあなたの助けを必要としなくなれば、あなたは危険を犯す必要はないでしょ!?」

 

「勝手なことを…待て!」

 

 

 WA2000は彼の制止も聞かずにその場から走りだす。

 後ろからオセロットの怒鳴る声が聞こえるが、彼女は振りかえることもせずにただひたすら走った。

 その目に涙を浮かべながら走る彼女の姿を、通りがかりのスタッフたちが何事かと振り返る……声をかけられても一切応えず、WA2000はスネークのいる宿舎へと飛び込む。 

 

 勢いよく開いた扉の先にはちょうどスネークとスコーピオンがおり、二人とも驚いた表情で息を荒げるWA2000を見つめ返す。

 

「どうしたのさ、わーちゃんこんな急に…」

 

 スコーピオンの言葉を無視し、WA2000はスネークの前に立つと叫ぶように言った。

 

「スネーク、もうオセロットに危険な任務をやらせないで!」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「オセロットは、あの人は…スネークのためなら命すら捧げるかもしれない。でも、私はあの人に死んでほしくないのよ!」

 

 泣きじゃくりながら言う彼女に、スネークとスコーピオンは一度顔を見合わせた。

 普段滅多に見せない彼女のこんな姿に、何か大きな悩みがあるのではと気付き話しあいをしようとした時だ…WA2000を追ってきたオセロットもまたこの場にやってくる。

 

「オセロット、これはどういうことだ?」

 

「なんでもないんだボス…ワルサー、手間をかけさせるな」

 

「手間ってなによ……どうしてそんなことばかり言うの!? 今まで私を育ててくれたのはやっぱりスネークのためだけなの!? スネークの、MSFの戦力にさえなればそれで良かったって言うの!?」

 

「口が過ぎるぞ…自分が何を言ってるか分かっていないようだな」

 

「私たちをただ命令に従順な人形にさせないって、そう教えて育ててくれたのはオセロットあなたよ! だったら私が戦う理由を決めつけないでよ…! 私がどんな理由で誰のために戦うかなんて――――」

 

「いい加減に黙れ、命令だ! もうたくさんだ、お前の戯言にこれ以上付き合うつもりはない!」

 

 オセロットの強い口調と、命令という単語を聞いた瞬間WA2000は即座に固く口を閉ざす…。

 何度も彼女は言い返そうとするも、自身が主人と認める相手の"命令"を無視することが出来ない…どれだけ抗おうとしてもできない、人形として生まれたWA2000は命令に従順でなければなかった。

 言いたいことはたくさんあるのに言うことが出来ない、そのもどかしさと自分を認めてくれない悲しみにWA2000は静かに涙をこぼす。

 

 成り行きを見守っていたスコーピオンもおろおろするばかりでどうすることもできず、室内に気まずい空気が流れる…しかしスネークの静かな声がそれをうちやぶる。

 

「オセロット、彼女に話させてやれ…素直な気持ちをな」

 

「無意味なことだ、ボス」

 

「無意味なんかじゃない…お前自身のためでもある」

 

「ボス……」

 

 スネークの言葉に彼は目を伏せると、WA2000にかけていた命令を解いた…。

 しかし命令を解いたところでWA2000がすぐに話せるわけでもない…座り込む彼女のそばにスコーピオンが駆け寄り、そっとその肩を抱くと、彼女は身体を微かに震わせながら嗚咽まじりの声で話し始める。

 

 

「あなたのことが、好きなの……初めて会った時から、ずっと……あなたなしじゃ生きられない、生きていたくない……」

 

「わーちゃん……」

 

「あなたは強くて、どんな困難な任務でも帰ってくる……だけど、死なない人間なんて存在しない……あなたがいなくなることを考えると、いつも怖くなる……どれだけ周りが私を称賛しようと、あなたの力になれないなら私は……無力なだけよ……お願い……私を見捨てないで…」

 

 

 そこまで言って、彼女は耐えきれず泣く……親友のスコーピオンは震える背をさすりながら、救いを懇願するようにスネークとオセロットを見つめるのであった。

 スネークはオセロットの肩を叩くと、無言で部屋の外に促す…それにオセロットは従い、退出する。

 部屋から少し離れたところにあるマザーベースの喫煙所、あまり喫煙者がいないためにほとんどそこの喫煙所はスネーク専用の場所となっている……そこで葉巻に火をつけたスネーク、一度オセロットに葉巻をすすめるが彼はやんわりと断った。

 

「いい子じゃないか…他の誰かをあんな風に思える奴はそう滅多にはいない」

 

「ボス、言っては悪いがこれ以上の議論は無意味だ」

 

「あの子の素直な気持ちは聞いただろう、オセロット…お前の素直な気持ちはどうなんだ? オレだけにでも教えてくれないか?」

 

 沈黙が続く…。

 オセロットは視線を何もない壁に向け、何かを考えている様子だった。

 スネークは静かに葉巻をふかし、彼が話すのを待っていた。

 

「一人の方が動きやすいのは確かだ。ボス、オレが活動する世界で…信用していい人間などいないことは知っているはずだ。仮に二人で任務に出た時、どちらか一方が死ななければならない事態になった時…オレは少しも躊躇わん」

 

「なるほどな…それがお前の気持ちか……あの子を巻き込みたくないんだな?」

 

 オセロットが、WA2000を本当に何も想っていないのならそのような言葉は出てこない。

 たとえ大切な教え子でも、肉親でも任務のためならば犠牲をいとわない……そんな未来が分かり切っているからこそ、彼は大切に育てた教え子を突き放していた。

 

「あの子は強い、誰よりもな。自分の身の守り方くらいは知っているさ」

 

「ボス、そういう問題じゃない」

 

「そういうところはあの子と似ているな、あの子がお前に惹かれた理由も分かった。もちろんお前の気持ちもな……オレたちがあの子たちを迎え入れた時は、みんな子どもみたいなものだった。オセロット、あの子をいい加減大人にしてやれ……大人になるということは、自分で生き方を決めるということだ」

 

「………それが、あんたの望みか?」

 

「ここから先は、お前とあの子の問題だ。部外者のオレがこれ以上口を挟む余地はない」

 

 やれやれと、小さなため息をこぼしたオセロット…何も言わずその場を去っていった彼の後姿を、スネークは温かな目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋にオセロットが戻った時、WA2000はまだスコーピオンに抱かれたまますすり泣いていた。

 彼女は部屋に戻って来たオセロットを一度見上げたが、気まずさからすぐに目を逸らす…不安になっているのはスコーピオンも一緒だ、いまいち感情の読みとれないオセロットが何を言いだすのか不安な様子。

 

「ワルサー、お前の覚悟を聞きに来た」

 

「…え?」

 

 彼の言葉に、WA2000は咄嗟に彼を見上げた。

 

「オレが以前言った事を覚えているな? 目的のためなら仲間だろうと見捨てるとな……そのためなら例え教え子であろうとも、犠牲にするとな。裏切りと疑心暗鬼に満ちた世界だ、頼れるのは自分だけだ。お前が踏み込もうとしたのはそんな世界だ。もう一度聞くぞ、ワルサー……お前にその覚悟はあるのか?」

 

「私は……」

 

「わーちゃん、頑張って…」

 

 動揺するWA2000をスコーピオンは励ます……オセロットの態度の変化に戸惑っており、すぐに返事を返せないでいた。

 しかしオセロットは返事を急かすことはせず、静かに彼女の返答を待ち続ける。

 やがて…。

 

 

「お願い、オセロット……あなたの手助けがしたいの。足でまといにはなるつもりはない、もしなったとして私が死んでも……それでも私はかまわない、それが選んだ道だもの後悔はない!」

 

「甘えたことを言うな。戦場で戦うのとはわけが違う。人の醜悪を見て微塵も動じないか?他人を犠牲にして生き抜くことが出来るか?孤独にお前は耐えられるか?オレの言葉に少しでも決意が揺らいだのなら退いておけ」

 

「覚悟の上よ」

 

「いいだろう……ならオレに付いて来い。その覚悟が本物なら弱音を吐くな、涙は涸らしておけ、そんなものはここから先役に立たない」

 

「分かってるわ」

 

「よし、その言葉忘れるなよ」

 

 WA2000の覚悟を確かめたオセロット……彼女もまた、いばらの道を歩き始めたと知りながらも不満を露わにすることは無い。

 例えその道が地獄に通じていたとしても、誰よりも愛する人と一緒に歩く道なら困難ではないと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、私の素直な気持ちは言えてもあなたの本当の気持ちはわからずじまい…。

 オセロット、あなたにとって私はどんな女なの?

 私のことを好きでいてくれたらうれしいけれど、それは高望みしすぎよね…。

 きっとあなたは一人の女に縛られない……わかっているけど、ちょっと寂しい…なんてね…。

 今はあなたに受け入れて、認められただけで幸せなの…。

 あなたが私を犠牲にして生き延びてもいいの……私の命と引き換えに、あなたが長生きできるなら……それ以上の恩返しってないでしょう?

 

 これからもずっと、ずっと……愛してる…。




はい………。

一応、これでこの二人はゴールインなのだ。
もっとイチャイチャさせろとか、ただの通過点だろこりゃとかいう輩はマザーベースの甲板から突き落とします。

わーちゃんこれ、メンタルアップグレードしちゃう勢いですね~。



ヌッッッッッ!!!???(悶死)


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常夏の島のハネムーン:新婚旅行阻止

 その日、エグゼはいつになく上機嫌な様子で鼻歌を歌いながらマザーベースの甲板を歩いていた。

 彼女の腕に抱かれているヴェルもロリポップキャンディーを片手に大はしゃぎ、幸せオーラ全開の二人である……"狂犬"、"メスゴリラ"、"一発殴って自己紹介する女"、"鉄血工造の特攻隊長"などなど、エグゼの暴力性を揶揄する渾名は多くあるがこの日のエグゼの様子はどの渾名も当てはまらない。

 娘のヴェルを抱いてる姿は仲睦まじい親子のようであり、通りすがるスタッフたちにも上機嫌に声をかける……心底嫌悪してやまないはずのM4にも機嫌よく挨拶するくらいであり、M4は真っ先にエグゼがいかれてしまったのかと疑った。

 

 さて、エグゼが何故こんなにも上機嫌であるかというと…先日スネークに果てしない軍拡を止める条件に飲ませたもの、家族で(新婚)旅行に行く話がいよいよ明日に迫っているからだ。

 普段軍拡と訓練に扱き使われていた連隊隷下の部隊もお休み、久しぶりの休みにそれまでさんざん酷使されていた大隊長以下隊員たちはゆっくりと羽根を伸ばすつもりであった。

 

「いや~楽しみ楽しみ! 今日は何て良い日なんだ!」

 

 天気予報では明日から一週間は雨も降らず快晴が続くとのこと。

 聞くところによると、これから向かう無人島はミラーがMSFの避暑地及びレジャー目的として開発段階にあるらしく、ビーチや屋敷などを整備しているらしい。

 いつかはMSFの人員が広く使えるように解放するようだが、その南国のリゾート地を初めてエグゼらが利用するということになる。

 

 普段絶対に見せないような乙女顔でエグゼは手を振る、その視線の先にはもちろんスネークがいる。

 軍拡を止める条件にエグゼのデート(?)のお誘いに乗ってあげた形ではあるが、当の本人もまんざらではない様子…まあスネークの場合、ミラーがMSFの資金を出してまで開発しているリゾート地が気になっているようだが。

 ぴょんと飛び降りたヴェルは、はしゃいだ様子でスネークに駆け寄ると、両手を伸ばして抱っこをせがむ。

 すっかり娘のポジションに定着しつつあるヴェル、無論周囲も親子として微笑ましく見守っている。

 

「いよいよ明日だぜスネーク!ミラーのおっさんにちょっと写真見せてもらったけど、いいところらしいぞ!」

 

「そうみたいだな。まったくカズの奴め、またオレに黙ってこんなことを…島に行ったら何かおかしなことしていないか見てやらないといけないな」

 

 MSFの司令官として、昨今のミラーの暴走は目に余るものがある。

 まあ大抵は他の者も絡んでの騒動だが、組織のトップに位置するミラーが率先して動いているのだから困ったものだ…島に向かったら何か企んでいないか調べてやろう。

 そう言ってのけるスネークに対し、エグゼはスネークの左腕に自分の腕を絡めると不満げな表情で見上げた。

 

「折角一緒に遊びに行くんだから、仕事の話を持ってくなよ。明日からはオレとヴェル、スネークだけの時間だぜ?」

 

「そーだそーだ! ヴェルもパパとママといっしょにいっぱいあそぶんだ!」

 

「分かった分かった、言ってみただけだ。まあなんだ…オレはいつも戦いの中にいた、だからお前たちが楽しめるようにできるか自信はないが…」

 

「そりゃ、オレだって一緒だよ。戦闘のために作られて、戦いの中で生きてたのはオレも同じだ。だからこんな滅多にない経験、いつまでも記憶に残る大切な時間にしたいんだよ」

 

「そうだな、お前の言いたいことも分かる。明日また…夜更かしして寝坊するんじゃないぞ?」

 

「ハハハハ、それオレに言ってんの? まあ今日はゆっくり休んで明日に備えるとするよ」

 

「ヴェルもゆっくり休むんだぞ」

 

「あ、スネーク待って…」

 

 ヴェルの頭を撫でてその場を去ろうとするスネークをエグゼは呼び留める。

 立ち止まり、振り返ったスネークの頬にエグゼはキスをすると頬を少し赤らめてはにかんだ。

 

「明日、よろしくな?」

 

「うわーん、ママずるい! ヴェルもパパとちゅーする!」

 

「おい、ヴェル!」

 

 エグゼの手からスネークの腕へ、ダイナミックに跳んでしがみついたヴェルはエグゼがしたように何度も何度もキスをする…仲睦まじい、誰もが羨むラブラブな場面にスタッフたちもどこか納得したように頷いている。

 MSFの全員が、この関係を祝福しているかに見えた……一部を除いて…。

 

 

「あのメスゴリラ……!あたしを差し置いてスネークと…!」

「エグゼ…! 絶対に私になびかせてやるんだから…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 早朝に無人島行きのヘリコプターに乗り込むスネークとエグゼ、そしてヴェル。

 昨晩、何を着ていくかどうかであれこれ悩んでいたエグゼであるが、結局ありのままのオレで行くぜ! と、いつもの格好で朝を迎えた。

 寝ぼけたヴェルを抱きかかえて待ち合わせの場所に行けば、既にスネークが待っていた…。

 

"おはよう、待たせちゃったか?"

"オレもちょうど今きたところだ"

 

 そんなやり取りをするのも夢だった。

 鉄血にいた頃、イントゥルーダーが無理矢理読み聞かせてきた恋愛小説のお決まりの展開も当時はくさいと思っていたが、実際当事者になってみればなかなかに良いものだ。

 

 ヘリに乗り込んだ後は、エグゼが持ってきてくれた弁当箱を開き朝食とする。

 驚くことにそのお弁当はエグゼが早起きしてつくったというものとのこと……スプリングフィールドなどの他の料理に自信がある女子勢と比べると見劣りしてしまうが、スネークのためを想い暇さえあれば料理の腕をあげていたエグゼ自慢の弁当にスネークは舌鼓をうった。

 ちょうど起きたヴェルと一緒に仲良く機内で朝食をとる、気を効かせたヘリのパイロットが軽快なジャズのBGMを流す……幸せに満ちた家族の様子がそこにある。

 始まりの良さに得難い幸福感に包まれるエグゼ、この調子で最終日まで楽しめるに違いないと思っていた…。

 

 ヘリの着陸地点に、水着姿で浮き輪を持つスコーピオンを見るまでは。

 

 

「てめーこのクソサソリ! なんでここにいんだよ!?」

 

「やっほーエグゼ、わたしもいるよ~?」

 

「UMP45! てめえら、どっから湧いて出やがった!」

 

「湧いて出たとは失礼だな~。あたしはリゾート地の噂を聞いたから遊びにきただけだよ? 45も、そうだよね?」

 

「うんそうね~。せっかくの南国のリゾート地だもん、遊びに来ない理由はないわ!」

 

「クズ共が……!」

 

 歯ぎしりして悔しがるエグゼは、二人を捕まえて物陰へと連行するとその場で尋問する……スネークの目がなくなった瞬間、二人はニヤリと笑いあっさり暴露する。

 

「エグゼよ、このあたしを差し置いて抜け駆けできるはずないでしょ? スネークの正妻はあたしなんだからね!」

 

「そうよエグゼ、スネークのことはスコーピオンに任せてさ……あなたはわたしと付き合いましょうよ」

 

「死ねくそ人形ども!」

 

 スコーピオンという最大の恋のライバル、最近ストーカー気味のUMP45の脅威を忘れていた自分の愚かさに後悔するエグゼ。

 スネークとのデートを邪魔する気満々のスコーピオン、虎視眈々と狙いを定めるUMP45の存在は最大の障害となるだろう。

 

「くそどもが…だがまあいい、お前ら二人だけでオレとスネークのハネムーンを邪魔できると思うなよ!」

 

「だーれが二人だけって言ったかな? 仲間は大勢いるさ!」

 

「なん、だと……!?」

 

 おそるおそる振り返ってみた先には、いるわいるわ……どこからともなく湧いてくるMSF所属のスタッフや人形たち。

 404小隊の残りの面子も、連隊隷下の大隊長たち、ジャンクヤード組、スペツナズ、AR小隊もいるではないか。

 

「やろうM4…! お前も邪魔をしに…!」

 

「いや、全然事情が読み込めないんですけど……とりあえずスコーピオンに、稼ぎのいいバイトがあるからって…」

 

「海の家で焼きそばとかかき氷を売ってくれって、スコーピオンが…なあSOPⅡ?」

 

「うん、そう聞いたよ?」

 

 AR小隊の表情を見るに、本当に何も知らされていなかったのだろう。

 相手がエグゼとはいえ、なんだか悪い事をしてしまったと居心地の悪さを感じているようす…。

 

 一方の404小隊、彼女たちは開き直ってリゾート地のバカンスを楽しむ気満々のようだ。

 既に水着に着替えている416とUMP9、G11に至ってはビーチパラソルを設置して呑気に寝ている。

 

「やあエグゼ、今日は楽しませてもらうわよ」

 

「416…てめえもか…!」

 

「ふん、アンタたちの色恋沙汰に興味はないけれどね。さて、後でまたね」

 

「おとといきやがれ!」

 

 代わりにやって来たUMP9が、他の隊員に替わってエグゼに謝罪する……が、そこに反省の色は欠片も見当たらない。

 水着姿で片手にかき氷、片手に浮き輪を持っていればこいつもエンジョイ勢であることに気付くはずだ。

 

「ごめんねエグゼ! 本当は水を差すようなことはしたくなかったんだけど、45姉に言われたら引き下がるしかないよね! 私たちも海で遊びたかったし! MSFのみんなも家族なんだし、楽しい時間は家族で共有した方がいいよね! うーん、このかき氷美味しい!」

 

「何が家族だこのやろう! 呑気にかき氷食いやがって……後でてめえら姉妹まとめて吊るしあげてやる!」

 

「あわわわ……! ぼ、暴力反対…!」

 

 エグゼの逆鱗に触れる前にUMP9はその場から逃走する。

 怒りの行き場を失ったエグゼは周囲をギロリと睨むが、それぞれ勝手に行動してお構いなしだ。

 せめてスネークのことは誰にも渡すまいと隣のポジションは死守するが、そこはスコーピオンと争うことになる…。

 

 

「まったく穏やかじゃないね、エグゼ」

 

「うげ…姉貴…! なんでお前もいんだよ…!」

 

「あぁ? あたしがいちゃいけない理由でもあるってのか?」

 

「いや、ないです…」

 

 さすがのエグゼも、アルケミストにすごまれては文句の一つも言い返せない。

 アルケミストを筆頭に、デストロイヤーにハンターもいる。

 いつもの格好であるが、肩に担ぐバッグにはおそらくこの無人島を楽しむ道具が詰め仕込まれているのだろう。

 

「うぅ……助けてくれよハンター…」

 

「諦めろエグゼ、こうなったらもうどうにもならん」

 

「そうそう、そもそも内緒で楽しもうって魂胆だからこんな風になるのよ?」

 

「うるせえよチビ!」

 

「チビってなによ!?」

 

「お前の事だデストロイヤー! あーくそ……なんでうまくいかねえんだよ!」

 

 

 エグゼの悲痛な叫び声は、わいわいあつまる他の人形とスタッフたちの声にかき消されてしまった。

 

 こうして忘れたくても忘れられないMSFの無人島ライフが始まるのであった。




おらー!
ほのぼのビッグイベントだおらー!
水着回だぞおらー!

でもなんでだろう、色気やラブコメより、笑いとギャグの衝動しかこないんだがw


追記 けっこう、というか殆どのキャラが出てくるから心配なさらず!


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常夏の島のハネムーン:砂浜乱闘狂想曲

 MSFの主だったスタッフ、戦術人形に至ってはほとんど全員飛び入り参加という無人島リゾート旅行。

 スネークとヴェルを交えて、家族だけで常夏の島でハネムーンを送るという計画は早くもスコーピオンと言う恋のライバルに邪魔をされて打ち砕かれる。

 海パンに目だし帽姿のMSFスタッフたちも珍しい砂浜で遊び回り、AR小隊と404小隊はビーチの陸地側でテントを張って海の家を開く、他にもスペツナズが早速酒を飲もうと阻止されたりMG5とキャリコが水着姿で肩を寄せ合っていたり、スプリングフィールドとエイハヴがはしゃぐみんなに注意喚起したりと…エグゼが思い描いていたハネムーンとは程遠い様子となっていた。

 

 そして当の本人はといえば、せめてスネークだけは手放すまいと固くしがみつき寝転がっていた。

 

「元気を出せエグゼ、せっかくの旅行だろう?」

 

「ハネムーンだよ! スネークがオレを正式に嫁指定しないからこんな事になったんだぞ!? こうなったら強引にでも既成事実を…!」

 

「落ち着けッ!」

 

 いっそ一線を越えてやろうとエグゼがスネークを押し倒そうとするが、するりと躱される。

 エグゼはがさつで男勝りで乱暴者だが、端正な顔立ちで時折愛くるしい仕草を見せるまごうことなき美少女なのだが、MSFのカリスマであるスネークが誰か特定の人物を贔屓にすることは……色々と修羅場が起きて収拾がつかなくなることがあるのだ。

 歳は重ねても、スネークも立派な男性……こうして美女に迫られるのは喜ばしいのだが…。

 

 諦めずにスネークを狙うエグゼであったが、そこは親友のハンターが後頭部を前蹴りで蹴飛ばして阻止する。

 

「発情期のメスネコかお前は!? まったく、娘がいる前でお前は……少しは落ち着いた行動をとれ」

 

「痛ってえなこの…! お前の蹴り強すぎるんだよ…!」

 

「ある程度力を込めないとお前は止まらないだろう」

 

 ハンターの言葉通り、少し強めに成敗しなければ暴走をとめられないのがエグゼの困ったところだ。

 まあそれを上回るのがスコーピオンの謎のタフネスなのだが、あちらは殺す勢いで成敗をしてちょうどいいところ…時々罰を与えるオセロットも、容赦なくぶちのめす。

 

「エグゼ、後で落ち着いた時間はとってやるから、今のところはみんなと一緒に楽しむんだ。みんなの顔を見てみろ、楽しそうに笑ってるじゃないか……エグゼ、お前もあの中に混ざってこい」

 

「うぅ…そう言われると、弱いな。よし、いつまでもぐずぐず言ってるのもオレ様らしくねえし、切りかえていくか!」

 

「それでこそお前だな。ありがとうビッグボス、ちょっとこいつを借りるぞ」

 

「あぁん? なにすんだ?」

 

「フフ、ちょっとしたスポーツさ」

 

 

 

 

 

 ちょっとしたスポーツ、どうやらそれは鉄血のアルケミストが考案したスポーツのようでサッカーボールほどの球体…というより、まんまサッカーボールなのだが、それでビーチバレーをやろうということであった。

 ちなみにサッカーボールでやる理由は、ビーチバレー用のボールがなかったのと飽きたらそのままサッカーをやれるという雑な理由からであった。

 みんなでビーチバレーをやろうと招集をかければ、ほいほい呑気な様子で人形たちが集まってくる。

 

 スコーピオン、キャリコ、SAA、79式、G11の5人がチームとなる。

 急遽飛び入りで参加したWA2000の小隊メンバー、WA2000とカラビーナは後からやってくるとのことで79式とリベルタが先にこの無人島にやって来たのだった。

 

 そして対決するチームはと言うと…。

 

「うし! やるからには全力だよな!」

「ケガさせるなよエグゼ?」

「ビーチバレーなんて初めてだから楽しみね!」

「フフフフ……これは、楽しいことになりそうだね…!」

「…………」

 

 上からエグゼ、ハンター、デストロイヤー、アルケミスト、リベルタドール。

 チーム鉄血、何人か殺意に満ちた表情で対戦するチームを見据えているが気のせいだろうか?

 こうして並ばせるとそうそうたる顔ぶれだ、何人かの戦術人形は"あっ"と何かを察してこれから起こる出来事を予測する。

 じゃんけんのすえに先攻は鉄血チーム、和やかな表情で笑い合いながらボールを受け取るエグゼ。

 

「みんなビーチバレーのルールは知ってるな? G11は分かってるか?」

 

「うんわかるよ。砂浜でやるバレーでしょ? 簡単じゃん…あれ、でも中央のネットはないの?」

 

「ああ、必要ねえからな。じゃあ始めるぞー………というわけで……死ねG11ッ!」

 

 和やかに始まったかに見えたビーチバレー。

 だがエグゼは獰猛な笑みを浮かべてボールを思い切り投げつけ、ボールは呑気に棒立ちしていたG11の顔面にぶち当たり吹き飛ばす…。

 

「なにやっちゃってんの!?」

 

「お互いボールをぶつけあい、最後まで立ってたチームが勝利する! それがビーチバレーだろうが!」

 

「それドッジボールだから! ストップストップ!」

 

 鉄血側の思惑に気付いたスコーピオンが慌ててゲームを中止する。

 楽しいビーチバレーがこんな殺人ドッジボールだと知れば、キャリコもSAAも慌てて逃げだしてしまったしG11もすっかりのびてぐったりしている。

 

「フハハハハハ! どうしたサソリ、尻尾巻いて逃げるか!?」

 

「くっ…このメスゴリラめ! ちょっと待ってろ!」

 

「いいだろう。オレも水着に着替えてないことだし、着替えたらまた再戦だ!」

 

 

 とうわけで、突如勃発したスコーピオンとエグゼのプライドと意地をかけたビーチバレー(ドッジボール)

 スコーピオンが撃沈したG11と逃げてしまった2人に変わる選手として集められたのが、FALとVector、そしてなんとキッドだ。

 ビーチバレー(ドッジボール)参加者の中で唯一の人間ということで心配されるがそれは杞憂だ。

 

「キッド兄さん、負けたら承知しないからね!」

「キッドさん適当に頑張っちゃってね!」

「キッド、頑張って」

「ファイトー!」

 

 マシンガン戦術人形からの黄色い声援が飛び交う。

 それに対し片手をあげて応えるキッドは、海パン一丁に鍛え上げられた見事な肉体を堂々と晒す。

 鉄血の戦術人形にもひけをとらない身体能力…主にパワーだが、それを当てにしたスコーピオンによって急遽飛び入り参加となった。

 

「フフフフ、ジャンクヤードのポンコツコンビじゃないか。お前たちにチームワークを発揮できるかな?」

 

「言われちゃってるよ独女?」

 

「うっさい! フン、アンタの方こそ…相方と身長に差がありすぎて連携が取れないんじゃないの?」

 

「何言ってんのあんた? 誰かがちびだって、そう言いたいの?」

 

 不遜な態度で言ってのけるデストロイヤーであったが、その場にいた全員の視線が自分に集まると途端に泣きそうな顔でアルケミストの影に隠れていってしまった。

 最近ストレンジラブがデストロイヤーのための新しい義体を開発中との情報もあるが、しばらくはこのちんちくりんボディーで我慢して貰うしかないのだ。

 

「リベルタ、今回はセンパイなしですが正々堂々戦いましょうね!」

 

望むところだ

 

 WA2000を隊長とする小隊の79式とリベルタドールは、お互いに良きライバル心を燃やし相対する。

 まあ、正々堂々戦おうとしているのはこの二人くらいで、あとのメンバーは早くもいかに相手をぶちのめすかで演算能力を無駄に酷使している。

 

「そういえばエグゼがいないじゃん。さては怖気づいて逃げたかな?」

 

「誰が怖気づいたって?」

 

「へへ、そうこなくっ……ちゃ…?」

 

 その声に振り向いたスコーピオンは、ハンターと一緒にやって来たエグゼの姿を見て固まった。

 

 スコーピオンを含め、他のメンバーのほとんど…というより戦術人形の全員がビキニの水着に着替えてこのリゾート地を楽しんでいるわけである。

 鉄血の面子も、ちんちくりんのデストロイヤーはともかくとして、アルケミストやリベルタドールなども自慢の肉体美を惜しげもなく晒す水着スタイルだった。

 そんなビキニスタイルの水着が飽和する中でエグゼは…。

 

 

「競泳水着、だと…!?」

 

「驚いたかスコーピオン! これこそが機能性を突き詰めた最強のデザインだ! この勝負、オレたちの勝ちだぜ!」

 

 

 自信満々に競泳水着の有効性を言ってのけるエグゼだが、スコーピオンを含め周囲の者…主にMSFスタッフの野郎どもの着眼点は違う。

 スコーピオンが一旦タイムをかけて招集したのは、そんなMSFの野郎どもだ。

 

 

「誤算だった! エグゼが競泳水着を選ぶなんて!」

「どういうことだスコーピオン同志!?」

「ビキニ水着より圧倒的に肌の露出が少ないにも関わらず、あの競泳水着の方が人々を引きつけてやまないのは何故か!? あの水着から連想するのは何!? 過ぎ去った青春の日々、チラリズム、そして妄想力だ!」

「妄想力!?」

「そうだ! 見ろ、あの競泳水着によってエグゼの鍛え上げられたボディーラインが露わになっている! 素肌を覆い隠されればいやがおうにも生地の下に何があるのか想像をかきたててしまう!」

「つまりどういうことだスコーピオン!?」

「競泳水着はエロい、以上解散」

 

 

 謎のハイタッチでMSFの野郎どもとはその場で別れ、戦線に戻るスコーピオン。

 

 

「水着のチョイスには負けたけど、勝負はこれからだよエグゼ!」

 

「あぁ? まあいいが、覚悟しろよアホども!全員病院送りにしてやるぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ビーチ張られたいくつものテントの一つ。

 水着スタイルに着替えたスペツナズの面子は最初こそ真面目にテントを立てる作業をしていたのだが、誰が最初に飲み始めたのか…水分補給のための水がウォッカやビールに変わり、いつの間にかスペツナズの面子は出来上がってしまっている。

 酒と飲み仲間さえいれば、たとえそこが重度の放射能汚染地帯だろうと酒場となる…というのは言い過ぎかもしれないが、一仕事を終えた彼女たちは一気に酒を飲み始めるのであった。

 9A91を筆頭に真面目に作業をしていたのには、さっさと仕事を済ませてたくさん飲むという目的があったようだ。

 

 隊の仲間と楽しく飲む9A91であったのだが、この日彼女に大きな誤算が起きることとなった。

 

 

「やっほー、9A91」

 

「あれ、この声は…?」

 

 

 懐かしい声、今はマザーベースにいないかけがえのない友だちの声…振り向いた先には、金髪の少女が水着姿で天使のように微笑みかけていた。

 

 

「スオミ!? ど、どうしてここに!?」

 

「私もお誘いうけたんだ! イリーナちゃんも来てるよ!」

 

「な、なるほど……」

 

 

 スオミの視線を辿って見て見れば、軍服姿のイリーナがスネークと固い握手を交わしているではないか。

 なんでもスコーピオンより声をかけられたようで、ちょうどイリーナ自身もビッグボスに相談したいこともあったということで、スオミもこのバカンスに混ざることが出来たのだった。

 9A91は久しぶりの再会に喜ぶが、同時に焦っていた……穢れのないスオミに対し、自分が率いるスペツナズの面子は大いに穢れているからだ。

 

 

「あら、そちらは…隊長さんが言ってたスオミさん? 初めまして、グローザよ」

 

「あら、可愛い子ね。わたしSRー3MP、ヴィーフリって呼んで」

 

「あなたがスオミか……PKPだ、よろしく頼む」

 

「こちらこそ、いつも9A91がお世話になっています。スオミです、よろしくお願いしますね」

 

 

 心の穢れが瞬く間に浄化されていく…そんな天使のような微笑みに癒しと懐かしさを感じていた9A91であるが、視界の端にウォッカの瓶が映ると瞬時に反応する。

 酒瓶を手にスオミに近付こうとしたグローザを阻止し、強引にスオミから遠ざける…。

 

 

「あら隊長さん、私スオミさんとコミュニケーションをとろうとしたのだけど?」

 

「すみませんがグローザ、スオミにそういうことするのは許しませんから…!」

 

「下手ね隊長さん…あなたも私も、骨の髄まで酒でどっぷりよ。あなたが本当に望んでいるのはこれ……あなたも本当はスオミと一緒に酒を飲んで乱れたいんでしょう? 欲望を抑え込んではいけないわ、苦しいだけだもの……ほら隊長さん、我慢しないで」

 

「さ、させません! スオミを穢すのは私が許しません!」

 

「ねえねえ、なに話してるの?」

 

「ちょっと待っててくださいねスオミ、ちょっとこの飲んだくれをやっつけてきます」

 

「の、飲んだくれ…?」

 

 いまいち事態をのみ込めていないスオミには一旦そこで待っていてもらい、9A91はグローザを森の奥へと引っ張って行き成敗するのだが、帰ってくるとびっくり……スオミはヴィーフリとPKPと楽しそうにお酒を飲んでいたのだった。

 9A91は知らなかったことだが、イリーナの晩酌に付き合わされてるスオミはスペツナズに匹敵する酒の強さであったのだ。

 それが分かると9A91も開き直り、やっつけたはずが復活したグローザも混ざって飲み会が始まった……まあ、やはりスオミを巻き込んでの悪酒飲みは自重するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は変わってAR小隊が開く海の家。

 稼ぎのいいバイトがあると言われてほいほいやって来た彼女たちであるが、道具だけを手渡されて後は丸投げ……途方にくれつつもM4のリーダーシップとM16の助言、そしてSOPⅡの行動力によってなんとか海の家を開くことが出来た。

 鋼管の骨組みに日差し避けのシートを被せただけの簡単な造りのテントに、鉄板とかき氷機、ビールサーバーを用意しただけの質素な海の家。

 だが、思いのほか繁盛している……主にMSFスタッフの野郎どものせいで。

 

「あのー416さん? このタコ焼き半生なんだけど…おまけにタコが入ってないし…」

 

「あんたらMSFのスタッフは生肉食べるんでしょ、それくらい我慢しなさい。タコが食べたかったら自分で獲ってくることね」

 

「辛辣ッッッ!! でもそこがたまらないッ!」

 

「どうでもいいから金を寄越しなさい」

 

 不完全なタコ焼きを売られ罵倒されているのにもかかわらず、MSFの野郎どもは嬉しそうにその場を去っていくのだ……しれっとAR小隊に混じって海の家で416はタコ焼き(タコなし)を強気な値段で売り付けるのだが、その態度が一部の客層にうけてそれなりに繁盛している。

 かき氷を担当するSOPⅡの無邪気さ目当てに集まる面子もおり、彼女の無邪気な笑顔に癒されてスタッフたちは帰っていく。

 

「M4、調子はどうだ?」

 

「M16姉さん…うーん、焼きそばなんて初めてつくるのでよく分かりません」

 

「ここでの稼ぎは全部貰っていいってスコーピオンが約束してくれたからな、頑張って売ろうな!」

 

「はい、そうですね。取りあえず姉さんは商品のビールを飲まないでください、いい加減蹴り上げますよ?」

 

 強制的に水着を着せられたM4であるが、鉄板作業のために今は水着の上からパーカーを羽織っている。

 作ったことも馴染みもない焼きそば作りに、あまりやる気を見いだせない彼女であるが、売れればそれだけMSFから早く解放されるので仕方なく取り掛かる。

 

 そんな風に、MSFの野郎ども相手に食べ物を売っていると、FALとVectorがやってくる。

 二人ともエグゼたちがやり始めた乱闘ビーチバレー(ドッジボール)の参加者であったはずだ、そう思い見上げると、FALが鼻をおさえて尋常でない血を流しているではないか。

 

「商売中ごめんね、ちょっと冷やす氷もらえない?」

 

「構いませんけど、どうしたんですかFALは…!?」

 

「この独女ったら、試合開始早々にデストロイヤーを狙ったもんだからアルケミストを怒らせてね……アルケミストのオーバーヘッドキックのボールが顔面直撃してこの通りなんだ……バカだよね?」

 

 くすくすVectorは笑っているが、FALはそんな余裕もなさそうで、氷の塊を鼻にあてて患部を冷やし始める。

 先ほどから聞かないようにしていたが、あのビーチバレーが行われている場所から阿鼻叫喚の声と罵声、物騒な言葉が飛び交っていたのは海の家にも届いていた。

 

「まったく、野蛮ですね……あ、終わったんですかね?」

 

 どうやら戦いが終わったらしい、スコーピオンやエグゼ、アルケミストなどが意気揚々とやってくる……みんな身体のあちこちにあざやら切り傷を作っている、どうやら砂浜で戦闘が勃発したらしい。

 

「――――それにしてもキッドがあそこまでタフなのは驚いたぜ!」

 

「味方ながらあたしもびっくりだよ! まあアルケミストの急所攻撃には耐えられなかったみたいだけど…」

 

「玉潰れてないよな、あいつ? 一応加減したんだけど…」

 

 そんな物騒な会話にM4は早くもげんなりしていた。

 

「おうニート隊長、腹減ったぜなんか寄越せ」

 

「礼儀を知らないメスゴリラですね、お金を寄越しなさい」

 

「ツケにしとけ」

 

「寝言は寝て言えメスゴリラ」

 

 早速バチバチと火花を散らす二人、相変わらず仲の悪い二人の間にスコーピオンが割って入る。

 とりあえずビールと焼きそばを人数分頼み、お金はスコーピオンがまとめて支払う。

 

「いやーひと汗流した後のビールは格別だね!」

 

「ああ、同感だ」

 

 青い海と砂浜を眺めながらのんびりビールを飲む、これ以上の贅沢はない。

 つまみがあまりないのが惜しいが、それは夜に向けて準備を進めているスプリングフィールドに期待することにしよう…ということで、出来上がったM4お手製の焼きそば。

 限られた具材で作ったため見た目は華やかでなく、盛り付けの悪さも相まって……あまり美味そうには見えない。

 

 みんなの表情にM4はムッとする。

 

「ま、まあ見た目なんて二の次肝心なのは味だもんね!」

 

「別に気をつかわなくていいですから、スコーピオン」

 

「とりあえず一口、いただきまーす…………んん?」

 

「おい、どうした? 毒でも入ってたのか?」

 

「美味い………いや、美味いなんてもんじゃない……美味すぎるッ!!」

 

「なにぃ!? こんな素人が盛り付けた残飯みたいな焼きそばが美味いだって!? ふざけんなM4のくせに………!」

 

 半信半疑で焼きそばを口にしたエグゼであったが、不意にピタリと動きを止めた。

 それから何を思ったのかその目に涙を浮かべ、悔しそうに涙をぬぐう。

 

「ちくしょう……本当にうめぇ……なんなんだよこれ!? なんかヤバい薬でも入ってんのか!?」

 

「入れるわけないじゃないですか!」

 

「まあ冗談はともかく、美味い焼きそばだな。何か工夫を?」

 

「いや、大したことは……きちんと麺をほぐして、ソースも自分なりにアレンジしてみただけです」

 

 ハンターの裏表のない称賛にM4は気を良くしたらしい、常日頃嫌ってやまないエグゼが涙ぐみながら焼きそばを食べている姿に微笑を浮かべていた。

 

 早くも濃厚な時間が流れつつあるエグゼのハネムーン?旅行、だがまだこのバカンスは始まったばかりだ。




エグゼが競泳水着だったり、怒血暴琉(ドッヂボール)だったり、スオミの登場に9A91が慌てたり、416が悪徳商売したり、キッドが玉潰されかけたり、意外にM4が料理上手だった今回の回……うん、詰め仕込み過ぎたねw

まだまだ続くぞMSFのバカンス編!

次は夜の部だおらー!
キャンプファイヤーだおらー!

でも夜はちょっとしんみりする展開かな?


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常夏の島のハネムーン:Amazing Grace

 昼間から繰り広げられるMSFスタッフ、そしてMSF所属の戦術人形たちによる常夏の島でのお祭り騒ぎは、日が沈み辺りが暗くなっても続いていた。

 空にまだ明るさが残る時間帯、M4たちAR小隊も一旦海の家を畳みそれに代わってMSF主催のバーベキューが始まろうとしていた。

 

「はいはい、皆さん協力して鉄板を用意しましょうね!」

 

 バーベキューの準備をスプリングフィールドが取り仕切り、鉄板やガスコンロなどの他、用意された肉や野菜をみんなが協力して運んでいく。

 今やMSFと堂々と取引をしている銜尾蛇牧场(ウロボロスファーム)産の新鮮な肉と野菜……どうも上手く隠せているのかスネークやミラーなどには、ウロボロスが絡んでいることを知られていないようだったが、一応鉄血組は全員知っている。

 

 鉄板やコンロが用意され、食材がいき渡れば後はおもいおもいのタイミングでバーベキューが始まる。

 当初の名目はエグゼのハネムーンであったため、スネークがわざわざみんなの前で乾杯の音頭をとることもない……和気藹々、無礼講、日頃の任務や訓練の事は忘れて全員がこの楽しい一時を過ごすのであった。

 

「ほらスネーク、あんたのビールだぞ」

 

「お、悪いな」

 

 隣に座るエグゼからビールを受け取るスネーク。

 昼間はスコーピオンとその他のせいで二人きりになることは出来なかったが、バーベキューが始まるとエグゼはスネークを誘いヴェルと一緒に一つの鉄板を囲む。

 やはりスコーピオンとUMP45が阻止しようと仕掛けてきたのだが、そこはアルケミストとハンターの気遣いによって阻止された。

 昼間出来なかった大好きなスネークとの時間を取り戻すように、エグゼはヴェルを間に挟みぴったりとスネークによりそう。

 

「スネーク、それまだ焼けてないぞ!?」

 

「んん? あまり焼かない方が素材の味が感じられる」

 

「そ、そうなのか?」

 

「ヴェルもなまにくたべるー!」

 

「ダメだヴェル! お前はちゃんと焼けたの食えよ、ほらぺってしなさい!」

 

 スネークの真似をして生肉を食べようとするヴェルに、エグゼは大慌てだ。

 まあ戦術人形はよほどのことじゃない限りお腹を壊さないので大丈夫だろうが、娘の教育的にまずいと考える……ましてやヴェルはなんでも口に入れたがる年頃、スネークの事は好きだが何でも食べようとするのは真似して欲しくないと思うエグゼであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコーピオンとUMP45、二人はエグゼとスネークの一時を邪魔しようとした罪でアルケミストに返り討ちにあうも、不屈の精神で復活…まあ今回ばかりはエグゼにこの時間は譲ろうと考え、二人は大人しく身を引くのであった。

 二人は仕方なくやけ酒に走り、ちょうど空いていた79式とリベルタドール、そして遅れてやって来たカラビーナの席に混ぜてもらうのであった。

 

「ヴェルちゃんの存在はずるいよ! あたしにもちびスコーピオンがいれば……!」

 

「どうにかしてエグゼを私に振り向かせないと…!」

 

 酔って本音を暴露する二人には、さすがの79式も対応に困り愛想笑いを浮かべる。

 まあ、UMP45はともかくスコーピオンもエグゼ同様いつまでもぐずぐずいうような人形ではないので酒が進むにつれていつもの調子に戻っていく。

 

「ところでわーちゃんは?」

 

「あ、そう言えば私もそれ聞きたかったんです」

 

「我が主はマザーベースの警備任務があるからと、今回の参加は見送ったようですよ」

 

「そうなの? 別に大丈夫なのに…」

 

「そうでもありませんよ……なにせ、オセロット様も一緒ですから」

 

「へぇ、あれ? ということは…」

 

「ええ、主とオセロット様は今マザーベースで二人きりなのですよ」

 

 マザーベースには防衛と警備のための最低限の人員と、無人機及びヘイブン・トルーパー隊が残されているのみだ……冷やかしを入れたり邪魔をする者もおらず、WA2000とオセロットは二人だけの一時を過ごしているに違いない。

 カラビーナからそう聞いたスコーピオンはまるで自分のことのように喜んだ。

 以前から二人の仲を応援し、この間も二人の進展を見届けただけにスコーピオンにとって、WA2000が胸を張ってオセロットと付き合えるようになったことはとても嬉しかった。

 

「うんうん、わーちゃんも大したもんだね。リベルタは誰か好きな人とかいないの?」

 

友だちはみんな大好きだ

 

「あーそうじゃなくて…まあいいや、リベルタはまだこれからだもんね。79式は? 誰か好きな人いる?」

 

「私もセンパイや、みんなが大好きですよ」

 

「79式、そうじゃないわよ……誰かに恋してたりしない? オセロット様がいるとはいえ、主に恋をしてもいいのですよ?」

 

「あはは、センパイの事は好きですが恋じゃありませんよ。それに私……もう恋はしないって、決めてますから」

 

「あら……」

 

 目を伏せて、小声でつぶやいた79式……彼女の凄絶な過去を知るカラビーナは自分の失言を後悔する。

 79式は気にしないでと笑顔を見せ、少し暗くなった雰囲気を払しょくするように明るく振る舞う。

 しかし、そこへ一人の女性が近付いてくると、そんな79式の表情も変化する…。

 

「よっ、スコーピオン。久しぶりだな」

 

「お! イリーナじゃん、ほら座って座って!」

 

「それじゃあ遠慮なく…79式も久しぶりだな」

 

「えぇ…お久しぶりです」

 

 79式の微妙な変化に気付いたのだろう、イリーナは一瞬真顔になるがすぐに愛想のいい笑顔を浮かべる。

 イリーナは少しぎこちなく、砂浜に敷いたシートの上に座る。

 彼女は内戦によって受けたケガによる後遺症で、片足は思うように動かせず杖を手放せない状態であった。

 今は医療技術の進歩で高度な義足も開発できるのだが、イリーナは内戦によって引き起こされた悲劇と痛みを忘れないようにと、不自由な足を治さずにいる…パートナーであるスオミもそれを理解し、イリーナに無理に治療をすすめることは無かった。

 

「そういえばイリーナってば、スネークに相談があるって言ってたよね? お見合いのお知らせ?」

 

「ハハハ、私はしばらく独身で構わん。私が政治から身を引いたのは知ってるな、今は連邦の大学に通ってコーラップス液の研究をしてるんだ」

 

「あらま、なんだってそんなこと…」

 

「革命は成し遂げたが、私に政治は向いていないと感じたからな。相談というのは、MSFがアメリカから入手した情報を少し見せてもらえないかとお願いしようとしたんだ。あの国の研究データに一つ気になるものがあってな」

 

「なんか企んでないでしょうね? イリーナってば、抜け目ないところがあるから…」

 

「そんな大層なものじゃない。私が知りたいのは、アメリカが研究していたコーラップス液の汚染を浄化する技術だ」

 

 イリーナの突拍子もない言葉に、スコーピオンはおもわず言葉が出なかった。

 コーラップス液、E.L.I.Dによる汚染は全世界に広がっている……汚染された地域は人や生物が生存するには困難で、感染者と呼ばれる恐ろしい存在が徘徊する。

 いくつもの国や研究機関がE.L.I.Dによる汚染を消す研究をしていたが、そのどれもがとん挫した。

 しかし唯一、その研究に成功した国家があるとイリーナは言う……それが、アメリカ合衆国なのだと。

 

「今はおそらく誰の記憶にもないと思う。なぜならアメリカがその研究の成功を表明したのが、最初の核弾頭が着弾する3時間前だったからな。たまたま私はラジオでそれを聞いたんだよ……まやかしかもしれないが本当かもしれない。もしも人類が核のボタンを押すのをもう少し躊躇していたら、世界は変わっていたかもしれない」

 

「そうなんだ……でもあのデータはあたしも見たけど、ほとんど軍事技術ばかりだったよ。それも暗号化されて解読も難しいし」

 

「いや、無理ならいいんだ。何か解決の糸口があればと思っただけだからな」

 

 MSFがあのデータから入手できたのはほんの一握りの情報に過ぎない。

 仮に情報を得たとしても、実現しきれないほどの技術だったり理解できなかったりと、入手できた情報の全てが役立つとは限らない……その中で解読、技術を理解できたものだけをMSFの軍事に適応させているのだ。

 話が落ち着いて、一息ついたところでイリーナは79式に目を向ける……79式もイリーナが何を思っているのか理解しているようで、真っ直ぐに見つめ返す。

 

「79式…私を恨んでいるか?」

 

「恨まなかった……と言えばウソになるかもしれません。でも今は、それで良かったんだと思えています。センパイ……ワルサーさんのおかげで、私はまた生きてみようと思えたんですから」

 

「そうか……正直、君と会った時何を言われるか不安で怖かったよ。君を助けようとしたのは私の偽善だった」

 

「いいんですよ、イリーナさん。大切なのはこれからどう生きるか……そう教えてくれたのはイリーナさん、あなたじゃないですか」

 

「強くなったな79式、やはり君をMSFに任せたのは間違いじゃなかったようだ。スコーピオン、礼を言わせてくれ」

 

「もうあたしは何もしてないってば、わーちゃんのおかげだよ! というか、なんかせっかく楽しい空気がちょっとしんみりしちゃったじゃん! 盛り上げていこうよ! イリーナも飲める口だったよね!?」

 

 少ししんみりした空気をスコーピオンが持ち前の明るさで強引に持ち直し、過去の出来事は記憶の隅に追いやる。

 お酒に弱い79式も、軽めの飲み物でみんなと一緒にこの楽しい時間を過ごす……。

 空は日が沈み、すっかり暗くなる、まだまだ夜の部はこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 食の手が止まり、ほとんど全員がお酒に手を出した頃あい……誰が用意したのか、砂浜にいつの間にか用意されたキャンプファイヤー。

 規則正しく組まれた丸太の中におがくずを入れたもの、酔ったスコーピオンがそこに焼夷グレネードを放り込んで着火させると炎は勢いよく燃え上がり大きな火柱をあげた。

 酔っぱらったMSFのスタッフがキャンプファイヤーを取り囲んで千鳥足で踊り、いつの間にか参加していたミラーがギターの音色を奏でる。

 

 

「おらー! みんな飲んでるか!? オレとスネークのハネムーンを邪魔しやがってこのやろー! お前らしけた面で飲んでやがったらぶちのめすからな!」

 

 

 良いい具合に酔っぱらったエグゼが酒瓶を片手にみんなを煽れば、スペツナズの面子やスコーピオンがほいほいつられてやってくる。

 エグゼにどうにかして振り向いてほしいUMP45もお酒をもって突撃するが、哀れにも相手が悪すぎる……ウォッカの一撃で返り討ちにされたUMP45は苦しそうに呻きながら、妹のUMP9に介抱されていた。

 

 酔っぱらうといつもケンカや騒動が起こるが、この日ばかりは諍いの一つ起こらない。

 酔っぱらって何もかもが楽しくなっている状態のエグゼが、毛嫌いしているはずのM4と肩を組んでよく分からない歌を歌っているくらいだ…。

 

 

 歓声、雄叫び、大合唱。

 無人島に響き渡るMSFの歓喜の声は、島の反対側にも聞こえるくらいだろう…。

 だが楽しい時間もそろそろ終わりが近付く、酒に酔ったものが一人、また一人と退場し島に建てられた宿舎へと向かっていく…。

 キャンプファイヤーの火も弱まり、そこに集う者たちも少なくなる。

 

 程よく酔いが覚めて、ゆったりとした雰囲気が流れる…。

 

 

「なあ、誰か歌えよ……ちょっと落ち着いた感じの歌をさ…」

 

「落ち着いた歌って言ってもね…?」

 

 

 ここでそのリクエストは無茶だろうとスコーピオンは笑った。

 ただこうしてキャンプファイヤーの残り火を眺めつづけているだけでもいいかな、そう思った時のこと…。

 

 

"Amazing grace(アメイジング・グレイス)how sweet the sound(何と美しい響きであろうか)That saved a wretch……like me(私のような者までも救ってくださる)――"

 

 

 夜のビーチに響く、ささやかな歌声……。

 美しいその音色を奏でるのは、キャリコの肩を抱きキャンプファイヤーを見つめるMG5であった……恋人の美しい歌声にキャリコは酔いしれ、彼女の腕に頬を寄せていた…。

 

 MG5の歌声にミラーがギターを合わせると、一人…また一人と、MG5と一緒にその歌を歌う。

 甘美で、美しく、そして哀愁を秘めた讃美歌……。

 その歌詞から連想するのは何か…?

 

 感謝、祝福、懺悔、後悔……。

 きっとこの歌は、一人一人によって意味合いが変わってくるだろう…。

 

 讃美歌を歌い終えた時、ささやかな拍手がおこる…。

 歌い終えた者たちは、笑っていたり、泣いていたり、何かを思いつめていたり……色々な感情を表情に現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉貴、なにやってんだよ?」

 

 キャンプファイヤーの火が消えて、宿舎へとみんな戻っていくなか、エグゼは一人海を見つめるアルケミストに会いに行っていた。

 波打ち際にしゃがみ込むアルケミストの手には透明なガラスのボトルが一つ、中に丸め込まれた紙が入れられている。

 エグゼと一緒にやって来たデストロイヤー、ヴェル、ハンターもそこに加わる……アルケミストの微妙な感情の変化に気付いたデストロイヤーが寄り添い、その肩に手を振れる。

 

「マスターの事を思い出していたんだ。あの人は海が好きだった……海を見たこともない癖にな。いつかみんなで一緒に海に行こう、マスターが言ったのをみんな覚えているか?」

 

「ああ、覚えてるぜ……何もかもうまく行ってた時だった」

 

「マスターってば紫外線に弱いし泳げないのにね。ハンターは…覚えてないんだよね?」

 

「そうだ……だがエグゼから、その人の事は教えてもらった。素晴らしい人だったとな」

 

「ママー、マスターってだれー?」

 

「サクヤさんはオレたちにとっての母親みたいな人だ、ヴェルにも逢わせてあげたいな」

 

「ママのママってこと? じゃあ…そのひとはヴェルのおばーちゃんだね!」

 

 ヴェルがまさかそんなことを言うとは思っておらず、アルケミストを含めてみんなが面白そうに笑った。

 確かに、ヴェルからしたらサクヤはおばあちゃんになるかもしれない。

 これを聞いたらあの人は喜ぶか、それともそんなに老けてないと怒るだろうか……今は想像するしかないのがもどかしい。

 

 

「マスターは死んじゃいない。きっとどこかで生きてるんだよ……あの人は寂しがり屋だ、だからどこに行っても友だちや仲間を大切にする、あの人はそんな人だ。きっと、今もあの人の周りには素晴らしい仲間がたくさんいるんだろうな…」

 

「そうだな…誰よりも優しくて、家族を大切にする。オレたちにもそう教えようとしてくれた」

 

「マスターと一緒の道を歩く夢は叶わなかった。だがせめて、今のあたしらの姿を見せてあげたい……お前も、デストロイヤーも、ハンターも、ヴェルのこともな。このボトルに写真のデータを入れてある……それともう一つ」

 

 アルケミストが取り出したのは、小さなボイスレコーダーだ。

 それを操作すると、録音が始まった…。

 

 

「やあマスター、あたしだよ…アルケミストだ。この声とメッセージがちゃんとあなたに届いているのを願うよ、もしそうじゃない奴が聞いているならとっとと聞くのを止めな。

さて、なにから話せばいいかな……あたしの成長の記録か、それとも人に言えない復讐の話か……マスターには知って貰いたいかな? あたしは、マスターを失くしてから罪を重ね続けた……あたしからマスターを奪った世界を憎んで、恨んで、復讐の道を歩いたんだ。

謝らなくちゃいけない……あたしは、マスターと約束したことを破ってしまった。

家族を傷つけて、憎しみで何も見えなくなってしまったんだ……でも今は、なんとかなってるよ。覚えてるか、あのバカで喧嘩っ早いエグゼ…処刑人があたしを助けてくれたんだ。

忘れかけていたマスターの温もりも思いだせたんだ……あいつには感謝してもしきれないよ。

ところでマスター、アンタにメッセージを送りたいという奴が他にもいるんだよ、聞いてやってくれないか?」

 

 

 そう言うと、アルケミストはボイスレコーダーをみんなに向ける。

 意図を理解し、真っ先にデストロイヤーが声を発する。

 

 

「やっほマスター! デストロイヤーだよ、久しぶりだね! なんか最近不幸体質なのか色々厄介ごとに巻き込まれてる気がするんだけど、なんとか頑張ってます! 今はね、鉄血を離れてMSFっていうPMCにお世話になってるんだ! 代理人がいないのがちょっと寂しいけど…アルケミストも処刑人も、ハンターもいるから楽しいよ! それからヴェルちゃんもね! えーとなんか他にも色々話したいことあるんだけど…とにかく、私元気でやってるから!」

 

 次いで、ボイスレコーダーを向けられたのはハンターだ。

 記憶を失くしたせいでサクヤの事を知らないハンターは何を話していいか分からず軽いパニックを起こすが、ひとまず声を発する。

 

「ハンターだ……はじめまし……ん? こんにちは? サクヤさん、いや、マスター? すまない、実はウロボロスのせいで記憶を……コホン、実は階段から落ちたショックで記憶が飛んでしまってマスターの事を忘れてしまったんだ。でもみんなからあなたの事は聞いている、母親のような存在だったと……あなたのことを知らない自分が恥ずかしい。だがこれだけは分かる、あなたが育てた人形たちはみんないい奴だ……きっと育てたあなたも同じかそれ以上に素晴らしい人なのだろう。こんな素晴らしい仲間たちと一緒にいられるのは、一重にマスターのおかげだ、ありがとう」

 

 最初こそしどろもどろだったハンターであるが、最後は上手くしめてみせた。

 次はエグゼとヴェルの番だ。

 ボイスレコーダーを向けられると、エグゼが話すよりも先にヴェルが声を出す。

 

「おばーちゃん! ヴェルだよ!はじめまして!」

 

「こらヴェル! わるいわるい、うちの娘はせっかちでな……おっと、オレの事はわかるよな? 処刑人だよ、かっこよくて最強で最高に美人な処刑人さまだ! えっと、今のヴェルってのはオレの娘で……いや、正確にはオレのダミーなんだけどなんか自立しちゃってんだよ。見た目はおれそっくりだから写真見れば一発で分かると思うけどな。実はオレさ、好きな人ができたんだよ! スネークって言うんだけど、強くてかっこよくて渋くてさ…! マジ惚れてんだよね! マスターも応援してくれよな、ライバル多いから大変なんだよ! マスターもそっち方面頑張ってな!」

 

 二人が話し終えると、ボイスレコーダーは再びアルケミストに戻る。

 

「マスター、これを聞いてあなたは何を思うだろうな……別れのメッセージだと思うだろうな、きっと。マスターを悲しませたくはないが、実際これは別れのメッセージになると思うんだ……だけど、子はいつか親の手を離れるものだ。いつまでも親に甘えていたいのが子だが、いつかは独立しなきゃならない。だからなマスター……あなたと別れて違う道を歩き始めるあたしらを、どうかあたたかく見送って欲しいんだ。

 

直接お別れを言えないのだ心残りだが、これで勘弁してほしい。

 

いつかお互いの歩く道が交わるといいな……それじゃあマスター、いつかまた……いつまでも愛しているよ、マスター」

 

 

 会話を録音したボイスレコーダーをボトルの中にいれて、固く封をする。

 それが届くかどうかは重要ではない、こうすることが彼女には必要だった…。

 

 ボトルを海に流した後、彼女たちはしばし夜の海をぼんやりと眺めていた…。

 アルケミストは一人、密かに涙を浮かべる……誰かのために涙を流すのは今日が最後になるように、そう願いながら…。




アメイジング・グレイス…。

たぶんこの歌は、聞く人によって意味合いが大きく変わってくると思いますね。

スコーピオンやスプリングフィールドらにとっては明るい未来…
アルケミストや79式にとっては犯した罪の懺悔…


最後のボトルメールは…コラボ案件だったり?
届くといいなぁ


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おまけのハネムーン:ゴミ山人形の恋物語

タイトルが示す通り、ジャンクヤード組に焦点を当ててます


~素直になれないこの想い~

 

 

 無人島のバカンス……当初それはエグゼとスネークだけによるハネムーンになるはずだったが、とある人形の策略により阻止された。

 おかげでMSFの主だったメンバーが無人島内に集まってお祭り騒ぎ、別な意味で楽しい思い出ができるのであった……が、その恩恵にあずかれない者も何人かはいる。

 当初の目的であるラブラブハネムーンを達成できなかったエグゼでさえ楽しんでいたというのに、一体誰がそのような損な目にあったというのだろうか?

 

 その人物は、他のみんなが砂浜でワイワイ楽しく遊んでいるあいだ、宿舎のベッドの上で顔面の痛みに呻っていた。

 その哀れな人物というのはFALの事で、ビーチバレー(ドッジボール)対決早々に鉄血側で比較的狙いやすいデストロイヤーを狙い、泣かせてしまったことでアルケミストの怒りを買うことになってしまったのだ。

 アルケミスト渾身のオーバーヘッドキックから放たれた高威力のボールは吸い込まれるようにFALの顔面に命中、彼女は一撃で退場することになったのだった…。

 

「うぅ……痛い……」

 

 鼻先に保冷剤を当てながら、幾度となく呟くその言葉。

 すっかりやられ役が定着してしまった感のあるFAL、ビキニスタイルの水着はとても色気があるはずなのだがそんなわけで誰もナンパをしにやってくることもない……独身の呪いがかけられているかのような不幸な体質を恨めしく思う彼女だった。

 そんなFALの傍には、友人のVectorが一人、うちわを手に風を送っていた。

 

「くそ……アルケミストのやつ、後で仕返ししてやる…」

 

「あんたが大人げなくデストロイヤーを狙うからでしょ? ほんとバカなんだから」

 

「うっさいわね……というか、あんたも一緒にデストロイヤー狙ってたわよね?」

 

「そうだっけ? まあ、アンタが私の身代わりになってくれたって考えると感謝の気持ちも出てくるよ。代わりに痛い目にあってくれてありがとね」

 

「どういたしまして、今度からはアンタを盾にするわ」

 

 Vectorの軽口に即座に言い返す……それからまた静けさが戻ってくる。

 ベッドに身体を横たえたまま、FALは窓の外から聞こえてくる楽し気な声を苛立たそうに聞いていた。

 常日頃エグゼの軍拡にともなう部隊訓練と戦車の整備に明け暮れていた、油や煤まみれで仕事を終えた日も幾度もある……そんな過酷な仕事から解放されて南の島でのんびり楽しくやれると思ったらこれだ、まあ自分が悪いのだが。

 ため息を一つこぼしたFALは、傍でうちわを扇ぐVectorをジト目で見つめる。

 

「なに?」

 

「別に……あんたも私に構ってないで、外でみんなと遊んだらどう? 退屈でしょ?」

 

「そうだね、あんたが面白いこと言わないからとても退屈だよ」

 

「こんな具合で面白いことも言えるはずないでしょ。で、ずっとここでうちわを扇いでるつもり?」

 

「あんたは嫌なの?」

 

「嫌ってわけじゃないけど……あんたまで損な役引き受ける必要ないって思っただけよ」

 

「別に損な役だと思ってないよ。それに、私までいなくなったら独女どころかあんた本当に一人になっちゃうでしょ?」

 

「なにそれ? まったく、相変わらずアンタはよく分からないわ………でも、ありがとね」

 

「もっと感謝しなさいよ、FAL」

 

「はいはい、ありがとうございましたね」

 

「フフ、あんたやっぱり独女が相応しいよ」

 

「だーかーら、意味わからないって……痛っ……」

 

 再びFALは顔の痛みに呻き声をあげはじめる…そんな彼女にVectorは静かに風を送り続ける。

 静かな宿舎で、二人だけの空間……それっきり会話もなくなってしまったが、vectorはどこか満足げな表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~白百合の純潔~

 

 月明かりが照らし出す夜の砂浜。

 砂浜に打ちつける波の音に混じるのはギターの音色だ。

 ヤシの木に腰をかけたMG5は一人、手にするギターのペグを調整し一つ一つの音を確かめていく。

 頭に思い浮かぶ、というより記憶の中にあるスコアを思い浮かべそれを繋ぎ合わせて音を奏でる……最初こそ滅茶苦茶な音色であったが、だんだんと音が馴染み一つの曲として成り立って行くのであった。

 

 観衆は誰もいない、静かな海に向けて彼女はギターを奏でていた……いや、聴衆には一人キャリコの姿があった。

 キャリコは、ギターを奏でるMG5から少し離れたところに腰掛け静かにその音色に耳を傾けていた。

 

 波の音に混じるギターの優し気な音色がなんとも心地よい。

 マザーベースで普段MG5が奏でるギターはロック調の激しいものだが、この時の演奏は静かな夜の海に相応しい落ち着いた音色であった。

 夜の砂浜で奏でられる演奏が終わると、キャリコは立ち上がりMG5のそばへと歩み寄る。

 

「綺麗な音だったよリーダー」

 

「む、聴いていたのか……思いつきで演奏してたから恥ずかしいな」

 

「そんなことないよ、凄く心に響いたよ」

 

「そうか、君がそう言ってくれると嬉しいよ、ありがとう」

 

「ど、どういたしまして…」

 

 銀髪の髪と白い肌が月明かりに照らされて、いつも以上に凛々しくキャリコの目に映る。

 前髪から覗かせる瞳に見つめられると、キャリコは気恥ずかしそうに俯いた。

 そんな姿がたまらなく愛おしく、MG5はそっとキャリコのあごに指をやって振り向かせて唇を重ね合わせた…。

 

「……ん………リーダー……」

 

 甘美な感覚を受け入れようとするキャリコであったが、不意にMG5の唇が離れキャリコは切なそうな声をあげた。

 キャリコの頬を愛おしそうに撫でながら、MG5は微笑む……至近距離で見つめ合う構図にキャリコは恥ずかしさに顔を赤らめた。

 

「そんな見ないで、リーダー……恥ずかしい……」

 

「かわいいぞ、キャリコ…君の全てが欲しくなる」

 

 耳元でささやくその声と、MG5の吐息を感じたキャリコは全身が熱くなるのを感じた。

 彼女の舌が耳元を舐めた時、キャリコは微かにその身を震わせた。

 MG5の唇が再びキャリコの口を塞ぐ……一方的に責められるキャリコは両手でMG5の肩を掴み抵抗しているようにも見えるが、力はほとんど入れられておらず、次第にその手はMG5の背中に回されていく。

 

「はぁ……はぁ……リーダー…」

 

「またそんな顔をして……どうしてほしいか、言ってごらん…?」

 

「いつもみたいに、お願い…」

 

「フフ……甘えん坊だな、君は…」

 

 そっと、キャリコの身体を砂浜に寝そべらせると、MG5はそれまで以上に濃厚なキスを……そしてそれをキャリコも求める。

 人気のなくなった砂浜で行われる二人の行為は誰に目にも止まらない、ただ唯一……空に浮かぶ月が二人の情事を眺めているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ちび人形とタフガイの恋愛模様~

 

 

「キッドさーん! どう、わたしの水着姿! とってもセクシーでしょ!」

 

 黒色のビキニスタイルのBARは炎天下の砂浜の中、マシンガン大好き兵士ことマシンガン・キッドに対し色仕掛けで誘惑していた。

 普段は"適当"が口癖で、決して男を誘惑するような女性ではないのだがその時のBARは少々アルコールが入りやや開放的になっている様子。

 BARの水着姿は本人が堂々と自慢するだけあって、とても魅惑的…たわわに実った豊満なバストと引き締まったウェストのくびれ、程よい肉付きのヒップはMSF所属の戦術人形の中でもとりわけ目を引く存在だ。

 実際、その場にいたMSFのスタッフの何人かは不自然な姿勢で固まっている。

 

「うむ、いいと思うぞ」

 

「もー! キッドさん反応薄いってば!」

 

 大してキッドは豪快に笑ってサムズアップで応えるだけ…思っていたような反応がないために、BARは口をとがらせて不満を口にした。

 そんな姿を見てほっと安堵のため息をこぼすのは、同じくキッドのことが好きなロリネゲヴである。

 

「この私が何度もアピールして少しも動じないキッド兄さんだもの、あの程度の水着姿じゃ少しもぐらつかないわよ」

 

「ネゲヴ、それ自分で言ってて哀しくなりませんか?」

 

「う、うるさい…!」

 

 MG4の言葉に即座に怒鳴り返す……ネゲヴからしたら一応MG4もライバルの一人、おそらく彼女はまだキッドの事が気になる程度なのだろうが油断はできない。

 それに対しBARともう一人のマシンガン人形、M1919はキッドへの好意を明らかにしているので明確なライバルであった。

 

「うーん……やっぱり男の人って、胸が大きい方が好きなのかな?」

 

 M1919は自身の控えめな胸をふにふに揉みつつ、少々気を落としていた。

 

「安心してM1919、たぶんキッドにはそこ重要じゃないと思いますから」

 

「うん、そうだね」

 

 今もBARの誘惑を笑って受け流しているキッドを見て、M1919は自分の些細な悩みを即座に忘れ去る。

 

「でもこうなるとますます疑惑が深まりますよね…キッドのホモ疑惑が」

 

「いや、そんなはずは…」

 

「でもMSFってホモ多いらしいですよね?」

 

「どこの情報よそれ…」

 

 MG4がどこからそん情報を入手したのか知らないが、おそらく眉唾物の話だろう……というより、そう信じておきたい。

 自分が好意を抱くキッドに限ってそんな疑惑があるはずない、というのは願望であるのだが……もしもその疑惑が本当なら女性モデルの自分は到底願いを叶えられないではないか。

 

「でも確かにMSFってホモ疑惑の人多いよね」

 

「M1919、あんたも言うの?」

 

「聞いた話しなんだけど、スネークさんとミラーさんが裸でサウナと甲板で殴り合ったり、デートしたりしてたって聞いたよ? MSFのボスがそうなんだから、下の人も…」

 

「あーもうやめて! 万が一キッド兄さんがホモだったら男性モデルの義体を用意して条件満たしてやるわよ! とにかくキッド兄さんはわたしの――――」

 

「なになに? オレがなんだって?」

 

「ぴゃーーーっ!?」

 

 突然のキッドの登場にネゲヴは驚き、奇声をあげて飛び上がる。

 

「お疲れさまですキッド、BARは撒いたんですか?」

 

「はは、BARはストレンジラブに…ほれ、あの通り」

 

 キッドが笑いながら指し示した先には、ストレンジラブに捕まりオイルを全身に塗りたくられるBARの姿があった…いつの間にか現われたストレンジラブは、どうやら片っ端から戦術人形に対しオイルを塗っているようで、放心状態で倒れる人形があちこちで見受けられる。

 

「これは退散した方がいいですね…!」

 

「そ、そうだね!」

 

 ストレンジラブに狙われる前に、MG4とM1919はその場から静かに退散していった。

 ライバルが消えたのはいいが、相変わらずキッドとの距離感は変わらず……わざとらしくため息をこぼすと、案の定キッドの気を引いた。

 

「どうしたネゲヴ、退屈か?」

 

「おかげさまでね」

 

「そっか、じゃあ少し散歩に行こうぜ」

 

「散歩?」

 

 疑問を浮かべつつも、好奇心からキッドの後をついて行くことにするネゲヴ。

 だが少しして後悔することになる…散歩と聞いてネゲヴは砂浜とか磯部を歩くだけだと思っていたのが、キッドはなんと島の内陸部に向かって、道なき道を歩いていくのであった。

 島の中心は岩石質の山があり、どうやらその頂上を目指しているようなのだが、道と言えば獣道……ビーチサンダルのままで来たネゲヴにとっては歩きにくく、また低い背丈が災いして度々キッドの姿を見失いそうになる。

 

 自分の背丈より長く伸びる雑草をかきわけていると、足下の斜面に気付かず足をとられてしまう。

 岩肌が剥き出しになった斜面は落ちればひとたまりもない……咄嗟に伸ばしたネゲヴの手を、キッドが即座に掴み寸でのところで滑落するのを防いだがもうネゲヴには限界だった。

 

「もう! どこまで散歩する気なの!?」

 

「悪い悪い、もう少しだからさ」

 

「まったく……足すりむいちゃったじゃない…」

 

 ぎりぎり助かったとはいえ、岩肌で足を少しすりむいてしまった。

 文句を言おうと振りかえろうとした時、ネゲヴの小柄な身体がひょいとキッドに持ちあげられてしまった。

 

「ちょっと、なにすんのよ!」

 

「足痛いんだろ、オレがこうして連れてってやるよ」

 

「まったく、どこまで連れてく気よ………いつもいつも子ども扱いするし…」

 

「なんだって?」

 

「あんたはいつも私を子ども扱いするって言ったの! まったくもう…」

 

「お前を子どもだと思ったことなんか、一度もないよ。見た目がどうとかじゃない、お前は立派な大人だろう?」

 

「な、なによ…キッド兄さんの癖に……朴念仁のくせに…」

 

 思わぬ不意打ちの言葉に心を乱されたネゲヴは急にしおらしくなる。

 それに今の状態はいわゆるお姫様抱っこ、キッドの普段の鈍感っぷりから自分が思うような行為によるものではないだろうなと分かってはいても、ネゲヴはそれを拒絶することは出来なかった。

 その後は素直にキッドの腕に抱かれたまま、島の道なき道を進む。

 

 そして鬱蒼と生い茂る森に太陽の光が差し込んで来た時、ネゲヴは森の暗さになれた目を咄嗟に閉じた。

 太陽の貧しさに慣れて来た時、ネゲヴがその目で見たのはこの島の絶景であった。

 どこまでも続くスカイブルーの海、白く輝く砂浜、極彩色の花々、自然に形作られたなだらかな海岸線……南国のこの島を一望することが出来る絶景スポットであった。

 

「どうだネゲヴ、いい見晴らしだろう!」

 

「そ、そうね……わざわざこれを見せに?」

 

「ああ! ミラーさんに教えてもらってな、ネゲヴに絶対見せてあげようと思ってな!」

 

「わたしにだけ? それって、どういう……」

 

 期待の眼差しでキッドを見上げようとしたが、彼が視線の先…砂浜で遊び回るMSFの仲間たちに手を振って叫んだのを見て口を閉ざす。

 小さく映る砂浜の人影はこちらに気付いたようで手を振り返す…。

 一応ネゲヴも軽く手を振っていると、キッドに肩車されてしまった。

 

「おー見ろよネゲヴ、みんな手を振ってるぞ!」

 

「まったく、どっちが子ども何だか……まあいいわ。キッド兄さん?」

 

「んん?」

 

「大好きだよ」

 

「おう、オレも好きだぞ!」

 

「はぁ……絶対勘違いしてるわね、これ…」

 

 

 




ジャンクヤード人形の詰め合わせセットやで~!


さーて、そろそろシリアスに行こうか。
ゲームだったらここがセーブポイントだ。


第6章長編【南北戦争(Civil War)】 始まり始まり…


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旧世界の亡霊たち

 赤く錆びついた果てしない荒野、炭化した木々と枯れ果てた木々、白骨化したオオカミの死骸が地面に横たわる……目の前に広がるなじみのないその光景に、デストロイヤーは困惑していた。

 自分の意思で動こうにも動けず、足を動かしているわけでもないのに景色は移り変わっていく。

 地平線の果てまで伸びるひび割れたフリーウェイ、道路わきの鋭利な棘を生やしたサボテン……ここ最近そんな風景を見た記憶がないデストロイヤーであったが、それがなんであるかを徐々に思いだす。

 仲間の部隊を連れ、単独で海を渡り向かった今は滅んでしまった大陸の大地だ。

 

 自分が今なぜこんな光景を目にしているのか、全く想像もつかない。

 考えられるとすれば、これは夢……いや、だが人形は夢を見ないはずだ。

 考えれば考えるほど混乱していく……そうしていると目の前の景色が暗転し、今度は別な風景が目に映る。

 小高い丘の上から見る景色は、先ほどと同じように茶色い荒野が存在するがとりわけ目を引く存在がある……とても大きな湖で、それをせき止める巨大な建造物のダムが見える。

 

(ダム? 知らない、こんなの知らないよ……なんなのこれ?)

 

 これがあの大陸の風景であるのならば、自分はダムなど一度も見たことなどないはずだった。

 これは自分の記憶の回想なのか、不必要と判断し意図的に消した記憶の断片を見ているのか…それともこれは、他の誰かの記憶?

 そう考えた時、デストロイヤーは恐ろしさと不安を一気に感じ取る。

 

(怖い…なんなの、これ!? アルケミスト、助けて…起こして…!)

 

 自分が今寝ているのか起きているのかすらも分からない感覚にパニックに陥る。

 しかしダムを見下ろす視点はいつまでも変わることなく、時間が止まっているかのようにダムの風景がデストロイヤーの目に映り続ける。

 

 どれくらい経った頃か、ダムを見下ろす視点がわずかに動く……その頃になるとデストロイヤーも比較的落ち着きを取り戻しており、視界の中で動く小さな人型を気にするだけの余裕ができる。

 ダムのコンクリート場を歩くのは見覚えのある装甲人形たち……MSFの装甲人形ジョニーと酷似した姿から、彼らが恩人である"南部連合"の軍隊であることが伺える。

 掲げている旗も、実際に南軍旗のものだった。

 

 

『いかれた人形どもめ、連中のせいで我々は近付けない』

 

『制御を外れたとはいえ、自軍の人形と敵対してしまうとはね。大尉殿、どうするんです?』

 

海兵(マリンコ)どもに手を借りるのも癪だ……やはり外部の者を使う必要がある』

 

『ではそのように……既にあのワームは仕込んでありますよ。調べたところ、あのPMCは使えそうです……過去にも一度来たことがある。連中と接触したこともね』

 

『いいだろう、計画をすすめるんだ。これが最初で最後のチャンスかもしれん…ぬかるなよ』

 

『了解です、大尉殿……おっと、私としたことが接続を切り忘れていたようです。まあ、この会話は記憶には残らないでしょう……最低限の情報だけを、あの子に植え付けておきます』

 

『あれを人間扱いするな、ただの人形…機械に過ぎない』

 

『了解です、大尉殿――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝のマザーベースでは、ミラーと97式が率先して朝の体操を行っている。

 いつの頃からか始まったのか、強制参加ではないが一日の始まりに準備運動をすることで寝ぼけた身体を覚醒させられるため、自発的に参加する者は案外多い。

 戦術人形などは目覚めればすぐにいつもの調子で動ける者がほとんどなため、一部の…具体的には404小隊のG11以外ではノリで参加している者ばかりだ。

 

 準備運動が終わった後は各自、食堂に行くなり任務に向かうなり様々だ。

 寝坊助を指摘されて強制参加させられているG11は未だ眠そうな調子で、食堂への道をふらふらと歩いていく。

 歩きながら寝てしまいそうな状態のG11は、案の定通路の角を曲がって来たデストロイヤーと正面衝突し弾き飛ばされてしまった……額の鈍痛に呻いていると、不運にもその現場をエグゼに見られてしまった。

 

「朝っぱらから何やってんだお前は?」

 

「うーん…痛いよぉ……ごめんね、デストロイヤー……って、あれ?」

 

 正面衝突したデストロイヤーを気遣うように見ると、なんと彼女は床にぐったりと倒れたままだ。

 打ちどころでも悪かったのかと不安に思って駆け寄ろうとするが、デストロイヤーはむくりと起き上がる…ただしその足取りはふらふらとしていて、異変を感じたエグゼが咄嗟に駆け寄っていった。

 

「おいチビ助、大丈夫かよ? なんかその、顔色悪いぞ?」

 

「うるさいな……なんでもないってば」

 

「なんでもないわけないだろ?」

 

「本当に何でもないってば…ちょっと寝不足なだけ…」

 

 それ以上かまうな、そう言わんばかりにデストロイヤーはエグゼの手を振りはらってどこかへ歩いていくが、誰がどう見ても体調不良なのは明らかだ。

 ちょうどそこへアルケミストがやって来たのだが、彼女は一目でデストロイヤーの異変に気付いたらしい。

 神妙な面持ちでデストロイヤーへと歩み寄ると、しゃがみ込んで肩を抱く…。

 

「姉貴には言えるだろデストロイヤー? なんか悩み事でもあるのか?」

 

「何度も言うぞデストロイヤー、どうかしたのか?」

 

「悩み事って言うか………あのさ、アルケミスト……私らって一度でもダムに行ったことってあったっけ?」

 

「ダム? なんだってそんなことを…?」

 

「ここ最近、いつも寝て起きると記憶にないダムが頭に浮かぶの。それに起きた後はいつも頭が痛いし…」

 

「ダムなんて、行ったことは無いはずだが……一度ストレンジラブに診てもらおうか?」

 

「別に、私おかしくなんてなってないよ…! ちょっと、疲れてるだけかも」

 

「じゃあ疲れを取りに行こう。あたしもたまに疲れが取れない時があるからね」

 

 アルケミストに言われればデストロイヤーも素直に聞き入れる。

 G11とはその場で別れて3人は研究開発棟内のストレンジラブ博士のラボへと向かう……そこで事情を説明し一応検査を受ける。

 デストロイヤーの様子から博士も何かを察したらしく、真面目に彼女の検査を執り行うのであった。

 

 

 

 三日後、デストロイヤーは調子を取り戻したようで顔色も良く、軽快な足取りで食堂へと向かっていた。

 あれからアルケミストが寝る時以外にも付き添ってあげているのだが、今のところ異変はない。

 本人が言う通りただ疲れていただけなのかと思いたかったが、あの時デストロイヤーが口にした"記憶にないダム"のことが引っ掛かっていた。

 

 

「よお姉貴、今日も元気か?」

 

「おはようエグゼ、今日は朝から元気だな」

 

「オレはいつでも元気だろ? ところで、あれからデストロイヤーの調子はどうだ?」

 

「ご覧の通りさ。さて、どうしたもんかね? ストレンジラブの検査結果が出るまでなんとも言えないな」

 

 

 検査結果は三日もあれば出るというが今日がその三日目だ。

 人形関連の緊急事態については常に全力で取り組むストレンジラブのこと、おそらく入念に検査結果を分析しているのだろう。

 朝食を食べ終える頃になってストレンジラブから連絡が届いたために、アルケミストは一人彼女のラボへと向かい、検査の報告を聞くのであった…。

 

 

「……異常なし…か」

 

「細かい部分まで調べたがどれも正常そのものだった。本人の言うところの疲労の蓄積もあり得るのかもしれないが」

 

「そうか、ありがとう博士。安心したわけじゃないが…」

 

「また何かあったら遠慮なく言ってくれ。ああそれとデストロイヤーに後で伝えて欲しいんだ」

 

「なんて伝えるんだい?」

 

「あの子が以前欲しがってた新しい義体についてだ。とびっきりかわいくて、とんでもなく強くて、最高に華麗な義体…が注文内容でな」

 

「何を注文してるんだあいつは?」

 

「背伸びしたい年頃なんだろう。それでその義体データが鉄血から持ち帰ったデータにあってな、本家に比べると性能は落ちるが作り上げることが出来たんだよ」

 

「へえ、大したもんじゃないか。どこにあるんだそれは?」

 

 そう聞くと、ストレンジラブは誇らし気に彼女を案内するのだ。

 AIの専門家であり、AIに関しては他に並び立つ者がいないと言われるほどの研究者な彼女のわがままはほとんど通ってしまう…今やMSFには欠かせない無人機と戦術人形の運用は、彼女なくしてありえないからだ。

 さて、ラボの奥に安置されているデストロイヤーの新規ボディーを見つけた時、アルケミストはおもわず顔を引きつらせる…。

 

 容姿はまさにデストロイヤーをそのまま大きくしたもので、それと同時にある部分も大きくなっている…。

 背丈はアルケミストとほとんど同じか、若干大きいだろうか?

 

「どうだ、かわいいだろう?」

 

「これにあいつが入り込むことは考えたくないね……見慣れた姿の方がずっといい」

 

「ははは、本当は妹分に見下ろされたくないだけなんじゃないか?」

 

「あぁ? 殺すよお前?」

 

「うっ…すまない、口が過ぎたようだ」

 

「まったくデストロイヤーの奴め……まあ、あいつもいつまでも守られる立場でいたくないってことか」

 

 自分に黙ってこんな注文していたのは少し頂けないが、デストロイヤーなりに考えてのことだろうと結論付ける。

 

「アルケミストも注文があれば強い義体を開発してみるが?」

 

「いや、あたしはこの体がいいんだ。生まれてこのかた一度も壊したことは無いからね…」

 

「そうか、そうだったな。まあ何かあればまた言ってくれ」

 

 自分自身はここに世話になることは無いだろうが、何かと怪我してくるエグゼやデストロイヤーには重要な設備だろう…アルケミストはストレンジラブに手を振りながらその場を後にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ416、私のパンツまたなくなったんだけど知らない?」

 

「私が知るわけないじゃない、ジョニーにでも聞きなさいよ」

 

 ところ変わって宿舎エリアの甲板にて、日陰で読書する416に最近手に入れたばかりのパンツ紛失の件を相談するUMP45。

 最近はなりをひそめていたのだが、忘れた頃にパンツがなくなるから困ったものだ。

 

「まったく、私は小隊のリーダーなのよ? 少しは敬意を払って仕事をしなさい、それじゃG11と一緒よ?」

 

「少なくとも私の仕事はアンタのパンツを探すことじゃないわ」

 

「まあいいわ、ジョニー出てらっしゃい」

 

 UMP45がそう言うと、甲板の排気ダクトが勢いよく開かれてちょうどその真上にいた416が吹き飛ばされる。

 排気ダクトから這い上がって来たのは装甲を纏った紳士ことジョニーである。

 最近は404小隊が任務に出ないせいで彼もニート化しているが、一応本人曰く45姉のために働いているとのこと…。

 

「ご命令を! 45姉!」

 

「こらジョニー! いきなり私を吹き飛ばすんじゃないわよ!」

 

「む、416かよ……運が良かったな巨乳のおかげクッションになったようだ」

 

「頭から壁にぶつかったわ、死ね鉄くず」

 

 相変わらず犬猿の仲な416とジョニー、まあジョニーに言わせれば巨乳の416は眼中にないのだが。

 かといって貧乳なら誰でもいいというわけでもなく、スコーピオンやデストロイヤーなどにも見向きもしない…要するにジョニーはUMP45とUMP9だけを気に入っているというわけだ。

 敬礼を向けるジョニーに対しUMP45は指示を下す。

 

「ジョニー出番よ、私のパンツを探して見つけてきなさい。もし犯人がいるならぶちのめしてもいいから」

 

「了解! これより45姉のパンツを探しだす任務を開始します! 嗅覚センサー作動……スキャン中……」

 

「ちょっと待って45、こいつ匂いで探すつもりよ…それでいいの?」

 

「うっ、ちょっと待ってジョニー…それ以外の方法で――――」

 

 さすがに匂いを辿られてパンツを探されては困る…見つかるのはいいが、社会的な問題が大きい。

 慌ててジョニーを引き留めようとしたUMP45であったが、突然ジョニーは直立不動の姿勢をとる…ジョニーの急な動作に驚いていると、彼のスピーカーよりなにやら音楽が流れてきたではないか。

 その音楽は最初分からなかったが、古き良き時代の歌……アメリカ合衆国の愛国賛歌だと気付く。

 

「ちょっと、ジョニー? どうしたの?」

 

「この鉄くず、ついに壊れたのかしら?」

 

 二人の声に一切反応せず、ただアメリカの愛国賛歌"星条旗よ永遠なれ"が流れ続ける。

 そして…。

 

 

『第1機甲師団司令部より第2旅団戦闘団アイアン・ブリッジ所属の全兵士へ。この通信を傍受した者はネバダ州"フーバーダム"へと急行せよ、繰り返すフーバーダムへと急行せよ』

 

 

 スピーカーからの声が鳴り止むと同時に、愛国賛歌の音も止む。

 すると、ジョニーは何ごともなかったかのように先ほどUMP45より受けた任務を実行に移すのであった…。

 

 

「45…今のは…」

 

「フフ、動いたようね……416、みんなに伝えなさい。ニート期間は終了、準備をしなさいってね」

 

 

 




デストロイヤー・ガイアのフラグがたちましたね…。
過剰戦力という意見もありそうですが、これでも戦力が足りないくらいですよ…。


というわけで、この第6章もいよいよ終盤へと近付いてきましたね。

合衆国対正規軍、という基本的な対立構造に加え鉄血、MSF、グリフィンが絡んでいくでしょう……この日のために備え続けてきた優しいヘビのお姉ちゃんも動くことでしょう。
鉄血のシーカーも暗躍しますね…。


では、いよいよ始まります……Civil War。


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彼らが待ち続けていたこと

 MSF司令部、普段は副司令のミラーと97式、そして蘭々がいるだけの部屋なのだがその日は司令官のスネークの他にエグゼ、スコーピオン、オセロットなどのMSFの主だったメンバーに加えて404小隊のみんなも顔を出していた。

 議題は、先日ジョニーが傍受したアメリカの第1機甲師団による招集命令についてだ。

 取集命令を出したのはおそらく以前スコーピオン達がアメリカに渡った際、色々とお世話になった旧軍の生き残りである"南部連合"の軍用人形たちであろう。

 招集をかけられた場所は、ネバダ州とアリゾナ州の州境を流れるコロラド川をせき止めるフーバダムだった。

 南部連合の兵士たちがフーバーダムのある場所まで勢力圏を広げたということ以外に、これは予想するしかないのだが、荒廃したアメリカ本土の復興を目指している彼らがフーバーダムを利用して電力を生み出そうとしているのかもしれない。

 南部連合の兵士と接触したことのある人形たちは、彼らについて好意的な反応を示す。

 アルケミストとデストロイヤーも、同じく救われた形であるので特に敵対心はない。

 

 ここまでは別にたまたまジョニーが招集命令を傍受しただけだと結論付けるのだが、この通信を他の勢力も傍受し動き始めたという情報がオセロットよりもたらされたことにより、この動きが世界を巻き込む重大な案件なのだと予測するのだった。

 以前エグゼたちがアフリカのウロボロスに会いに行った際、米国の特殊部隊に遭遇しデストロイヤーが襲われた。

 そして先日のデストロイヤーが口にしたダムの話……ジョニーが傍受した場所もフーバーダム、単なる偶然と片付けるわけにはいかなかった。

 

「おい45、お前……なんかアメリカで色々探ってたよな? 知ってることがあるならスネークにも言えよ」

 

 そもそもここに集まった理由は、UMP45がエグゼに呼びかけたことによるもの。

 情報収集能力についてはオセロットも認めるほど、以前アメリカに渡った時南部連合兵士の監視を潜り抜けて色々探り回っていたことを知るエグゼは、彼女が知る情報をみんなに教えるようお願いした。

 

「はっきり言って、ほとんど憶測だってことだけ言っておくわね。私がアメリカに行ったとき探っていたのは基地の通信記録、南部連合は部隊間の通信は出来るけどより上位の通信にはアクセスできないって言ってた……だけど調べた基地には頻繁に通信がやり取りされている記録があったわ」

 

「南部連合の兵士が嘘を付いてないって保障はあるのか?」

 

「それは保障するわ。それを調べるためにJOHNNY(ジョニー)…6体の軍用人形をハッキングして連れ帰ってきたんだもの。連中は嘘を付いてなかった、おまけに言うと、彼ら南部連合が祖国の復興を願って活動しているのも本当だと思う」

 

 エグゼの疑問に対し、UMP45は理由を交えて応えて見せた。

 ジョニー…南部連合の人形を連れ帰ってきたのは単なる酔狂だと思っていたエグゼやスコーピオンもこのことには驚きを見せる、実際彼女の狙いを知っていたのは妹のUMP9だけであった。

 

「すると…オレや姉貴がアフリカで遭遇した特殊部隊は、南部連合とは違う勢力の奴ってことか? どうもあいつら人外じみた連中だったが…」

 

「そいつらについては私も知らないけれど、オセロットは前にアメリカの諜報機関と接触しかけたのよね?」

 

「そうだ。正規軍の晩餐会の中にいた……ボス、これについてはオレも予測するしかないが、おそらく奴らの諜報員は大戦以前から正規軍に潜伏しているのかもしれん」

 

「10年以上も、スパイ活動を続けていると? 信じられないことだが…」

 

 大戦が勃発し、10年以上が経過する現在。

 今日に至るまでアメリカは核戦争によって完全に滅びたと思われていたが、オセロットはかの国の諜報員と遭遇し戦闘になった……そしてオセロットは、米国の諜報員が10年以上の歳月をかけて正規軍の中枢にまでその根を張り巡らせているだろうと予測している。

 だがこのことをいまいち信じきれないスコーピオンは、やや困惑した様子で意見を言う。

 

「ありえないよ、自分の祖国が滅んだかどうかも分からないのに10年以上も諜報を続けるなんて! 万が一それが本当だったとして、正規軍は行動を起こす前に情報が洩れちゃうってことだよね?」

 

「その通りだ。仮に正規軍があの国と戦争を起こした時、常に正規軍は情報戦において遅れを取ることになるだろうな」

 

「なにそれ、怖いな……でもなんで今まで連中は静かにしてたのかな? 通信は…まあ電磁パルスで壊れてたとしてもさ、海を渡って祖国の状態を確かめることくらいはできそうだよね?」

 

「それについては、スネークがアラスカで聞いた話が関わってくると思うわ。スネーク、話してもらってもいい?」

 

 UMP45より依頼を受けて、スネークは…アラスカの空軍基地の通信施設で聞いた会話をみんなに聞かせる。

 あの時はちょうど鉄血とぶつかり敗北を喫して間もなかったために、みんなに周知させることが出来なかったことであったが、情報を求めるオセロットとUMP45にだけ教えていたことだった。

 

「奴ら…おそらく地下に潜伏していた米軍関係者は、オレに人が歩ける環境になったかと聞いてきた。それに対しオレは、いまだ放射能汚染が酷いがいくつかの土地は落ち着いていると答えたんだ」

 

「まあ確かにアメリカは放射能汚染が酷かったけどよ。でもそれがなんだってんだ?」

 

「エグゼ、あとデストロイヤーとアルケミストにも聞くんだけどさ……アメリカの土地は確かに放射能汚染が酷かったと思うけど、コーラップス液の汚染はどうだった?」

 

「あぁ? それはお前……」

 

 エグゼは、言葉を濁し同席するデストロイヤーがアルケミストに意見を求める。

 正直に言うと他の事に気にする余裕がなかったせいで、コーラップスの汚染がどうのこうのは気付かなかったのだろう……しかし単独でアメリカに潜入したデストロイヤーがアルケミストは心当たりがあるようだ。

 

「そう言えば、コーラップスの汚染は酷くなかったし……感染者の姿も見てなかったかも」

 

「核でアメリカの崩壊液を研究する施設も破壊されたはずだ。だとしたら、全土が汚染されてもおかしくはないと思ったが…」

 

「これではっきりしたわね。奴らが待っていたのはこの時…E.L.I.Dによる汚染が沈静化するタイミングだったのよ」

 

「汚染の鎮静化……あっ!」

 

「どうしたスコーピオン?」

 

「そういえばこの間イリーナが言ってたんだ! アメリカは核戦争が起こる寸前に、E.L.I.Dを浄化する方法を開発してたんだって!」

 

「今じゃほとんど知られていない奇跡の発明、それが核戦争で無駄になってしまった。だけどアメリカは何らかの方法でその技術を用いて本土を浄化した…10年以上の歳月をかけてね。でも自然に浄化される期間と比べ遥かに短い期間よ……ここまで全部予想なんだけど、もし本当ならあの国がどれだけヤバい存在か分かるわ。各国が大戦勃発直後に滅ぼそうとした理由も分かるわね」

 

 コーラップス液による汚染の浄化など、今や世界中が欲しがる技術だ。

 いくつもの研究機関が挑み、そして挫折したもの……果たしてアメリカはいかにしてそれにたどり着いたというのだろうか、それについては予想することもできなかった。

 

「話をまとめよう。アメリカが待っていたのは放射能汚染ではなく、E.L.I.Dの浄化……だが電磁パルスで連絡手段を失った国内外の生き残りたちは浄化の進捗を知ることが出来なかった。そんな時、たまたまアラスカに来ていたオレが奴らに教えてしまったことにより、米軍は動きだしたということか………オレの責任は重大だな」

 

「不可抗力だよスネーク! しょうがねえだろ、そんなもんよ……それで、オレたちは今後どうするんだ? それが最終的に決めなきゃならないことだろう?」

 

「だね。ぶっちゃけ放置しとくのが一番だと思うんだけど…」

 

「どう転ぶにせよ、大戦が再び起これば……オレたちも無関係ではいられない。オレたちだけじゃない、世界が巻き込まれることになる」

 

 MSFとしてこの件に対しどうするべきか。

 スコーピオンの傍観も一応一つの案となるが、オセロットの言うように戦場で戦い続けるMSFは大戦が起これば無関係ではいられない。

 介入するにしても一体誰と組めばよいのか、アメリカと戦う必要があるのか、接触を避けてきた正規軍との関わり方、考えなければならないことが多すぎる……答えが見いだせない中、一人の人物が手を挙げた、デストロイヤーだ。

 

「ひとまずさ、今は南部連合の兵士たちが助けを求めてるんだよね? 私、あの人たちに助けてもらったから…出来れば手助けしたいな、なんて」

 

「お前にしちゃずいぶん積極的な意見だな。どうしたんだ?」

 

「いや、なんとなく…そうしなきゃダメかなって? 別に、変なことはいってないよね?」

 

「まああいつらにはオレも助けてもらったわけだけど……どうだろうスネーク、何かするわけじゃなくても、一回調査しに行くっていうのは?」

 

「そうだな……考えるだけ考えてみよう。みんな、このことは少し考えさせてくれ。そう遅くないうちに答えを出す…以上だ」

 

 スネークの言葉にうなずき、司令部に集まったみんなが部屋を出ていった。

 後に残ったのはスネークとオセロット、そしてミラーだ。

 

「…実際どうするんだスネーク? はっきり言って、この件はオレたちの手に余る……コスタリカでピースウォーカーを止めた時とはまるで違う」

 

「ボス…おそらく、オレたちが手を出さなくても世界は動く。MSFの戦力は規模が小さいとはいえ無視できない存在だ、必ず大戦に巻き込まれる。オレの意見を言わせてもらうならば、巻き込まれる形で大戦に関わるなら、自発的に動くべきだ」

 

「どうあっても大戦は避けられないか…」

 

「ボス、この世界は一度核戦争を起こしていることを忘れるな。オレたちと、ここの人間とでは核兵器へのとらえ方が大きく違う…ユーゴでも見たはずだ」

 

 MSFが元いた世界でもデイビー・クロケットという携行可能な戦術核兵器が存在していたが、この世界においては戦術核兵器の開発は進んでおり、ユーゴ内戦の最中にも使用された。

 戦術核兵器が当たり前のように使用されるこの世界……自身もビキニ環礁での水爆で被ばくした経験のあるスネーク、彼の脳裏に同じく被ばくした恩師の姿がよぎる…。

 

「オレたちは兵士だ、戦場で戦い続ける運命にある……オレは銃を捨てることは無い。カズ……今もう一度考えなければならない。MSFは単なるビジネスなのか……それとも、生きざまなのかをな」

 

「ボス…?」

 

「カズ、アメリカに渡る準備を進めるんだ。何が起こるにせよ、オレたちは見届けなければならない……それが、この世界に関わってしまったオレたちの宿命なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆったりとした、スローテンポの音色が灰色の壁に覆われた部屋に響く。

 無機質なコンクリートの壁に覆われた部屋、家具も壁紙もなく、殺風景なその部屋の中央には黒いグランドピアノだけが置かれている。

 楽譜を立てかけ、ぎこちなく指を動かしピアノを奏でる……。

 

 一人演奏中の彼女を微笑ましく見守るのは、イントゥルーダーである。

 部屋の入り口に寄りかかって演奏者を見つめていると、そこへドリーマーがやってくる……今日のところは不機嫌そうには見えないが、呑気にピアノを奏でているシーカーの姿に呆れてため息をこぼす。

 

「あらドリーマー、あなたもシーカーの演奏を聴きに?」

 

「そんなわけないでしょ。あいつに呼び出されて来たのに……まったく、のんびりピアノの演奏なんてのんきなものね」

 

「ドリーマーに聴いてほしかったんじゃないかしら?」

 

「お断りね」

 

 そう言いつつも、イントゥルーダーと並んで壁に寄りかかりシーカーの演奏に耳を傾ける。

 相変わらず音を外したり、演奏を間違えたりしているが…。

 

(少しは上手くなった?)

 

 初期にはまともに楽譜も読めない癖に演奏する者だから、新手の拷問と思えるほど酷い演奏であったが、ここ最近毎日欠かさず練習をしているおかげで一応聞ける演奏にはなってきていた。

 

「シーカーちゃんも頑張り屋さんね」

 

「あいつ戦闘関連以外のスキル全くないのにね、ある意味大したものだわ…」

 

「フフ、シーカーちゃんはドリーマーの事がお気に入りだからね。二人で話していると、ずっとあなたのことを話してるのよ?」

 

「お節介焼きのめんどくさい奴よ」

 

 

 そう言っていると、シーカーは演奏の手を止めて妙に清々しく身体を伸ばす。

 プロの演奏者に比べればまだまだ素人同然なのだが…。

 

 

「音楽というのは素晴らしい。思うに音楽とは一種の言葉だ、時代や文化を越えて人々の心に素晴らしい感動を与えてくれる……音楽を享受するのに、国家も思想もイデオロギーも、人種も、文化も、言語も、生まれも、格差も関係ない」

 

「またあんたはわけのわからないことをべらべらと…一体何の用なの?」

 

「文明が生まれる時、それは文字が生まれる時だ。文字とは言葉……人の営みに欠かせないのは言葉なのだよ。ある思想家は言った"人は国に住むのではない、国語に住むのだ"とな。私は音楽という言語をみんなに知って貰いたい……世界は一つになるべきだ」

 

「あーもう! 意味不明なこと言いたいだけなら帰るからな! こっちはお前みたいに暇じゃねえんだよ!」

 

「まあ待てドリーマー」

 

 踵を返して立ち去ろうとするドリーマーをの肩を掴んで引き止める。

 強引に振りほどいて去りたいところだが、義体スペックは遥かに上であるシーカーの力には反抗することができない。

 

「本題だが、そろそろアメリカに行こうと思うんだ」

 

「なに? それって……この間傍受した通信が関係してるの?」

 

「フフ、どうだろうな……必要なものを取りに行くだけ、すぐに帰ってくるさ。帰ってきたら新しい時代の幕開けだ」

 

「そう……別にいいんじゃないの?」

 

「お前も一緒に行くんだぞ?」

 

「はぁ!? ふざけんじゃねえよ! なんでこの私があんたの道楽に付き合わなきゃならないのよ!」

 

「エルダーブレインにはお許しを貰ってるから、拒否したら命令違反で処罰だからな、ハハハハハ」

 

「ちょっとイントゥルーダー!? こいつの騎士道精神って奴はどうなってんのよ!?」

 

「さあ? 騎士道にも色々あるから」

 

「このクズ共が……!」

 

「まあ聞け。遊びに行くわけではないさ……言っただろう、時代が変わるんだ。新しい時代の到来をお姫さま(プリンセス)と見届けたくてね」

 

「今度その呼び方しやがったら、ダイナゲートにぶち込んで蹴り回してやるからな」

 

「面白い冗談だ。さて…じゃあ準備をしようじゃないか……楽しみだ」

 

 

 シーカーは嗤う、いつも通りの表情で…。

 うんざりした様子で部屋を出ていったドリーマーを眺めつつ、イントゥルーダーは意味深に笑い目を細めるのであった…。




行くぞ、行くぞとか言ってまだ行かない(困惑)
でもそろそろ行くから!


なんか、デストロイヤー思考が誘導されてなーい?


ウロボロスのポジションで悩み中。
こいつ味方に引き込もうにも、裏切りそうで怖い……味方のままならグレイ・フォックス込みで頼もしいのにね。


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目指すはフーバーダム

 旧アメリカ合衆国……大戦以後かの国へ好き好んで渡航を試みるものはほとんどいなかった。

 初期のころには、かの国が誇っていた科学技術を崩壊した廃墟の中から発掘しようと、物好きな探検家が海を渡って北米大陸の地に上陸を果たしたこともあるが、そんな彼らを待っていたのは制御不能に陥った戦闘ロボットや理性を失った略奪者、そしてE.L.I.Dに犯されていた凶暴な感染者たちであった。

 特に感染者と放射能汚染の脅威は凄まじく、最初に上陸した者の大半はそれらによって命を落とす…。

 命からがら欧州へ逃げ戻った生存者たちの証言により、初めて合衆国本土の実情が広く周知され、そしてあの超大国が崩壊したのだと認知されていた……最近までは。

 

 

 

 MSFには兵士及び兵器を載せて航海することのできる揚陸艦なるものがいくつか存在する。

 揚陸艦と言っても、MSFが元いた世界で運用されていたより大型の強襲揚陸艦などとは異なるもので、第二次世界大戦後除籍されていく護衛空母のいくつかを入手し揚陸艦へと改造したものだ。

 船体は古くシステム面も現代と比べ貧相なものだが、MSFによる近代化改修により目的を果たすのに十分な性能を持っている。

 なおかつ、この世界の海軍は核戦争による電磁パルスの影響で、大戦初期にほとんどが使い物にならなくなり海軍戦力自体が衰退しているため、揚陸艦やその他舟艇を有するMSFは組織としては小さいながらも海上兵器の保有数から、この世界ではそれなりの海軍力を持っていたりする。

 

 アメリカに上陸するために2隻の揚陸艦が用意され、ハンター率いる降下猟兵大隊の兵士たちが主体となって乗艦している。

 それ以外には、スネーク、404小隊、エグゼ、スコーピオン、デストロイヤー、アルケミスト……一個戦車中隊を率いるFALとVectorが乗艦している。

 

 以前デストロイヤー救助のためにアメリカに赴いた際に比べ、長期の任務が予想されることから海上の仮設司令部及び補給基地として揚陸艦が派遣されたのだった。

 

 

「それにしてもMSFに揚陸艦ってあったんだね?」

 

「マザーベースから距離の離れた地域で運用を想定していたんだが、そんな場面があまりなくてな。スクラップにしようとしてたんだが、残しておいて良かった」

 

 

 物珍しそうに揚陸艦を眺めているのはスコーピオンだ。

 ほとんどの戦術人形はヘリに乗ることはあっても船に乗る経験がなかったのか、マザーベースを出港する際に何人かは乗艦を拒否するという困った出来事があったが、スコーピオンは勇敢なのかアホなのか真っ先に船に乗り込んでいったのだった。

 

「でもテキサスまでしかいけないなんて、結局陸路が長いよね…」

 

「事前の調査でパナマ運河が崩壊してることが分かってるからな。あそこを通れれば、東海岸まで行くことが出来るんだが…」

 

「まあスネークの言う通り仕方がないよね」

 

 他にも南米を迂回して東海岸に到達するという手段もあるが、補給面や航海距離の長さの問題から除外されている。

 結局以前スコーピオンらが上陸を果たしたテキサス付近に揚陸艦を配置し、そこからヘリで目的地までおよそ2000km……果てしないこの距離の問題についてスネークとミラーは協議し、ルート上に簡易な補給基地を設営することを決めたのだった。

 未知の勢力との交戦も予想されるが、アリゾナからバージニアまでの広い領土を実効支配しているという南部連合の統治が敷かれているという情報を当てにした部分もある。

 南部連合との友好関係はスネークも疑問に思うところであったが、スコーピオンらアメリカに渡った人形たちの証言から彼らを信用することとした。

 

 E.L.I.Dの心配はないというが、今だ放射能汚染が残りインフラのほとんどが死滅したアメリカ本土での任務は困難が予想される…サバイバル術にたけているとはいえ、今までとは異なる任務にスネークは頭を悩ませていた。

 そうしていると、なにやら甲板の一画が騒がしくなる…。

 何事かと振り返ってみれば、エグゼが背の高いツインテールの戦術人形に挑んでいって返り討ちにあっている場面であった。

 

 

「ちくしょう! このちびの癖に!」

 

「あはははは! もうちびじゃないもんねー!」

 

 

 ツインテールの戦術人形は愉快そうに笑う…その隣ではなんとも言えない微妙な表情で成り行きを見守るアルケミストと、ハンターの姿がある。

 エグゼを返り討ちにした戦術人形の正体は、なんとデストロイヤー。

 鉄血の研究所から持ち帰ったとされるデータから義体の情報を発掘したストレンジラブが解析し、デストロイヤーのために開発したというものだ。

 性能はおそらくかなり高く、一緒に開発された専用装備のグレネード発射装置の威力も極めて高い。

 

「くっそこのチビ助め! 新しい義体貰ったからって調子に乗りやがって!」

 

「こらエグゼ、いい加減にしないか」

 

「スネーク! いや、だってよぉ…」

 

「へへーん、新しいボディーに感謝だね!どうスネーク、新しい私の体は? 凄いでしょ?」

 

「ほほう……確かにすごいな、いいセンスだ…」

 

「スネーク……どこ見て言ってんの?」

 

「やれやれ、男は結局みんな一緒か…」

 

「おいスネーク、デストロイヤーから目を逸らしな!」

 

「オレのだって大きいぞ! 直に見て比べてみろよ!」

 

 胸を張って自慢するデストロイヤーのある一部分を見て元気になるスネークを、スコーピオンらそこに集まる女性陣が白い目で見つめる……デストロイヤーに張り合って大きさを競おうとするエグゼであったが、そばにいたハンターによって阻止された。

 

「やあみんな、調子はいかが?」

 

 そこへUMP45が416を従えてやって来たのだが、大変タイミングが悪い……キレたエグゼがこの場で一体誰が一番大きいのかで言い争いになり、その不毛な言い争いに416も巻き込まれる。

 そしてこの手の話題になると、途端に蚊帳の外に置かれてしまうUMP45がいる。

 

「生まれ変わった私の魅惑のボディーに敵う人なんていないよね!」

 

「均整の取れた肉体美こそ最高だ、オレ様の引き締まったボディーを見やがれ!」

 

「なんで張り合ってるか知らないけど、私はあらゆることで完璧よ」

 

「ハンター、お前もなかなかのものじゃないか、混ざって来たら?」

 

「アンタが言うと嫌味に聞こえるよ、アルケミスト」

 

「あはははは、みんなアホだね!」

 

 スコーピオンもこの手の話題に参加するようなキャラではないが、彼女はUMP45と違い小ささにそこまで悲観的になることは無い。

 開き直っているのか前向きなのか、内面で勝負だというのがスコーピオンの主張である。

 しかし、UMP45はそれは見事な笑顔を浮かべているのだが…目が全く笑っていない。

 

「気落ちすることないよ45姉! 巨乳などただの脂肪です、お偉いさんにはそれが分からんのですよ! 巨乳なんて見かけだけで、狭いところは通れないし服選びは面倒だし、ろくなことがない! あえて言おう!カスであると! 貧乳こそこの世で最も尊き、至上なるものなのである! 45姉万歳! 貧乳万歳!」

 

いきなり湧いてきてなに言ってんだお前は!!

 

「ぐふっ!?」

 

 突然現れUMP45のメンタルを抉る言葉をマシンガンのようにはき散らしたジョニーは、即座にUMP45の見事なハイキックを側頭部に受けて轟沈する……Aegisを凌駕する装甲を持つジョニーを打ち倒す怒気の力に、それまで誰が巨乳かで言い争っていたエグゼらも一瞬で黙り込む。

 

「いいジョニー? こんど余計なこと言ったら、その発声器を無理矢理引きちぎってやるからね?」

 

 倒れたジョニーの顔面を踏みつけ冷たい目で見下ろす…。

 腐ったゴミを見るような凍てつく視線、だがそれすらジョニーにとっては…。

 

「ぐ…我々の業界では、ご褒美……! あと45姉、今もノーパn-―――」

 

 足を振り上げ、勢いよくジョニーの顔面を踏みつける。

 その一撃で完全に機能停止したジョニーの赤く光る眼光が消えていく……ほっといても数十分後には復活するので大したことではない。

 

「なによ?」

 

「いや、なにも……」

 

 自身を見つめる複数の視線を睨み返すと、一斉に目を逸らす。

 この状態になった時のUMP45はある意味オセロット並みに恐ろしい…本能的に彼女のヤバさを感じ取った人形たちはそそくさとその場を立ち去るのであった。

 

「それでスネーク、作戦はどうするの?」

 

「まずはテキサスとニューメキシコの州境まで部隊で移動する。そこに駐屯地を設営し、そこからフーバーダムまで偵察に向かう」

 

「大がかりな任務だね。もしも南部連合の兵士たちに出会ったらどうするの? 一応話しあいはできると思うんだけど…」

 

「なるべく穏便に済ませたいところだ。できればだが、友好的な関係を結べればいいが…」

 

「もしも45の話が本当なら、南部連合はただアメリカ本土の復興を願ってるだけだよね。そうなった場合、MSFは南部連合に協力するの?」

 

「なんとも言えん。南部連合とオセロットやエグゼたちが遭遇した米軍の残党が、どういう関係にあるのか分からないからな。慎重に、行動しないとな…スコーピオン、お前は昔から一人で突っ走りやすいところがある。注意するんだ」

 

「大丈夫だってば。それにあたし全然怖くないよ、なんたってスネークが今回はいるからね!」

 

 スネークの腕に抱きつき、スコーピオンは頬を擦りつけて甘えて見せる。

 ここ最近エグゼとヴェルにとられっぱなしだったスネークに、猫が匂いを擦り付けるかのように頬擦りを行う…エグゼが見たらおそらく発狂してしまうだろう。

 

「偵察には是非ともあたしを指名してね? 最近色々勉強したからさ…前みたいに迷惑をかけないよ」

 

「まだまだ先のことだ、まずは駐屯地の設営を済ませて補給線を確保しないといけない。その後は、状況次第だな」

 

「もー、スネークってばそこは嘘でも連れてくって言ってくれなきゃ! 女の子がこうしてお願いしてるんだぞ?」

 

「スコーピオン…遊びに行くわけじゃないんだぞ?」

 

「分かってるよもう……変なところで真面目なんだからスネークは。でも、是非ともあたしをよろしくね!」

 

「その時は頼む。テキサスまではもう少し時間がかかる、それまで休んでおけ」

 

「ラジャー!」

 

 目的地まではまだ時間がある。

 着いたあとは激務が待っていることだろう、それまで英気を養い任務に備えるのだ……だがスコーピオンはじっとしているより動いていた方が元気になる、ということでエグゼと一緒に遊び始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アメリカ合衆国 東海岸 カリフォルニア州ロサンゼルス  ハリウッド

 

「ついに来ました! 映画の中心地! 旧世界の輝かしい晴れ舞台! ついに私たち鉄血もハリウッドデビューだーっ!!」

 

 サンタモニカ丘陵に飾られるHOLLYWOODのランドマークを背景に、かつて映画産業の中心地として繁栄したこの地に足を踏み入れた"アーキテクト"声高々に叫ぶのだった。

 廃墟と化したお店から入手した星形サングラスと海賊帽子を身に付け、人ひとりいない廃墟の中で楽しそうにはしゃぎまわる。

 

「おいアーキテクト! むやみやたらに騒ぐな! 敵がいたらどうするつもりだ!?」

 

(ヴィラン)はこのヒーロー、アーキテクトウーマンが華麗にやっつけるのだ! というかゲーガー、ハリウッドだよハリウッド!? 興奮しない!? あっちに行けばチャイニーズシアター、そっちに行けばビバリーヒルズだ! それにちょっと足を運べばネズミーランドだってあるんだよ!?」

 

「なんだネズミーランドって……まあいい、着いたんだから連絡を入れるぞ」

 

 ぶーぶーと文句を言うアーキテクトは無視し、自分たちの雇い主…アフリカにいるウロボロスへと連絡を図る。

 カリフォルニアからアフリカへ連絡をとる手段は非常に限られるが、発明家の一面もあるアーキテクトが独自に作り上げた万能無線機によって多少のラグはあるが連絡はとれる。

 

『ふむ、どうやら着いたようだな。そっちの調子はどうだ?』

 

「問題ない、若干一名バカが騒いでいるが問題ない。あと、上陸間もなくグレイ・フォックスとはぐれたんだが…」

 

『あいつ何やってるんだ? まあいい、そのうち合流するだろう……それより済まないな、一緒に行けなくて』

 

「問題ない。それよりイーライのその…風邪の具合はどうだ?」

 

『ああなんとか元気になってるよ。だが元気になるのが早いな…仮病か?』

 

「なんだかんだイーライはお前のことが気になってるみたいだからな、離れたくなかったんだろう。ところでこれからフーバーダムに移動するわけだが、何かプランはあるか?」

 

『そのプランをグレイ・フォックスに任せたはずだが……合流したら教えてくれるだろう。それまではフーバーダムへ向かうがいい……期待しておるぞ、ゲーガー』

 

「吉報を待っていろ」

 

 通信を切り、まずゲーガーは近場の廃墟を探索し地図を探しだす。

 知識としてアメリカの地理情報を頭に入れているが、事細かな地形データは把握していなかった……廃墟で見つけた地図を少しの間見つめ、地形情報をデータとして記憶媒体に書き込んだ。

 辿るべき道が分かればもう地図は用済み、ゴミ箱に地図を放り込みアーキテクトを捜すと、彼女は少し汗をかいて満面の笑みを浮かべていた…。

 妙にやり切った表情のアーキテクトのそばには、二台の自転車が置かれている。

 

「お前、なんだそれは…?」

 

「自転車だよ! 移動に便利かと思っていい状態のがあったんだよ!」

 

「はぁ……まったく、ここにきてなんでそんなものを…」

 

 却下しようとしたが、アーキテクトの物凄い笑顔を見てゲーガーは怯む。

 まるで却下されることなど微塵も考えていないような、自転車を見つけた功績を褒めて欲しそうな様子が一目で見て取れる。

 

「あ、あぁ……い、いい考えだと思うぞ…?」

 

「でしょ!? 自転車なら気晴らしになるし、燃料もいらないしでいいことだらけだよね! もー私ってばなんでこんなに頭がいいんだろう!」

 

「そ、そうだな……はぁ…」

 

 先ほど記憶に取り込んだ地形データをもとに、現在地とフーバーダムへの距離を計算する……400㎞近い道のり、道中は険しい山や砂漠地帯が広がっている。

 フーバーダムに着く頃にはきっと自転車とその乗り手はボロボロだろう。

 険しい道のりを前にノリノリではしゃぐアーキテクトの呑気さを、ゲーガーはこの日初めて羨ましいと思うのであった…。




シリアス中にも隙あらばギャグをぶち込んでいくスタイル()


2000㎞をヘリで乗り継ぎながら行くルートと、砂漠を400㎞自転車で行くルートどっちがいいんだろう?
どっちも可愛い女の子がいるから頑張れそう(ニッコリ)



~その頃ウロボロス邸~

イーライ「ケホ、ケホ……うーん」(36.6℃)
ウロボロス「かわいそうなイーライ、元気になるまで看病してあげるからな?」
イーライ(やったぜ)


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ディキシーランド

 テキサス沿岸の上陸地点、ニューメキシコ州との州境近くに設営されたMSFの仮設駐屯地。

 上陸地点から目的地となるフーバーダムまでの距離は直線距離でおよそ2000㎞、陸路で行こうが空路で行こうが果てしない距離がある…大型航空機によって移動をするにしても、米国にあるほとんどの滑走路は使い物にならず、また補給も行うことが出来ない。

 そこで目的地までの間にいくつかの補給基地を設営することとし、移動に使用するヘリの給油や物資の補給を行えるようにする。

 ニューメキシコから今度はアリゾナ州の最大都市フェニックスの郊外、そこに第三の補給基地を設営している最中であった。

 

 大戦前は栄えていたフェニックス市も、管理する人がいなくなったことで荒廃しいくつかの建物は砂に飲まれて埋まっている。

 フーバーダムに繋がるコロラド川の支流近くに補給基地を設営し、貴重な水源を確保するとともに高台には監視所を設け周囲への警戒も怠らない。

 

 野戦服に身を包むスネークは手元のガイガーカウンターが示す指標を確認する。

 どうやらこの辺一帯は放射能汚染の影響も少なく、川を流れる水も放射性物質は含まれていない。

 放射能に耐性のある人形たちと違い、被ばくした経験があるとはいえ生身の人間であるスネークは汚染については注意を払わなければならない。

 

「スネーク、準備できたよ!」

 

 背後からかけられたその声に、スネークは振りかえる。

 スネークに声をかけたのはスコーピオンだ、彼女はいつもの格好に大きめのリュックサックを背負い愛用のスコップや給水タンクを備え付けている。

 

「少し荷物を持ち過ぎじゃないか?」

 

「うーんそうかな? キャンプセットでしょ、調味料でしょ、お鍋に缶詰に裁縫セット!」

 

 指折り数えているスコーピオンであるが、いくらなんでも荷物が多すぎる。

 あって困ることは無いが、大量の荷物によって機動性が失われ重い荷物を運ぶことによる体力の消費も懸念されるのだ。

 スコーピオンのリュックサックを預かり、持ってきた荷物を厳選し最終的にバッグパック一つにおさまる程度の荷物にまとめる…缶詰は二つ、あとは最低限の医療キットと水があればいい。

 現地調達が基本だと教えられるスコーピオンは文句を言いながらも、最終的には納得してくれた。

 しかし愛用のスコップは手放さない、自分の半身とも言うべき銃より大事にしているのだからこの戦術人形は本当に烙印システムが施されているのか疑問に思える時がある。

 

 準備も整ったところで出発しようとした矢先、二人をエグゼが呼び止めた。

 エグゼは車両の列の間に置いてある一台のバイクを、二人に貸し与える。

 

「オレ様のバイク貸してやるよ。ただし壊すんじゃねえぞ?」

 

「へえ、気がきくじゃん! ありがたく拝借するよ!」

 

「おいサソリ、これはあくまで任務だからとやかく言うつもりはねえがよ…オレがいないすきにスネークにちょっかいかけやがったらただじゃおかねえからな?」

 

「うっさいな、あんたは45とイチャイチャしてなってば!」

 

 あいにくUMP45含めた404小隊はまだアメリカ本土には上陸せず、テキサスの沿岸に停泊する揚陸艦の中だ。

 ハンター率いる降下猟兵大隊と無人兵器が分散し各拠点の警護を行っているが、いまだ南部連合との接触はない…404小隊は情報収集のため、独自に動く予定だ。

 

「気をつけろよスネーク。それとスコーピオン、頼んだぜ?」

 

「もちろん」

 

 スネークの後ろにまたがるスコーピオンは、エグゼとハイタッチしスネークの護衛という大役を引き受ける。

 以前は守られてばかりだった人形たちも、自分のことはもちろんスネークの背をカバーできるだけの力は身に付けてある……翻弄され、踏みにじられてばかりのか弱い人形はもうここにはいないのだ。

 スネークが愛用の葉巻をくわえると、エグゼよりライターの火が近付けられる……彼女の厚意を受けて葉巻に火をつけ、煙を口内に含む。

 それからエンジンを起動させると同時に、紫煙を吐きだした。

 

「行ってくる、ここは任せたぞ」

 

「ああ、オレに任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠を通るハイウェイを、スネークが運転するバイクが走りぬける。

 周囲には遮るものもなくどこまでも続く砂漠とたくましくのびるサボテンがある…照りつける太陽の日差しは暑いが、湿度はほとんどなく風も吹いているために体感的にはそこまでの暑さは感じられない。

 管理されず十年以上も放置された路面はところどころ陥没しひびが割れている、エグゼから貸してもらったバイクを壊さないようできるだけ平面を選び走りぬける。

 

 ハイウェイのなかに、一軒だけぽつりとあるガソリンスタンドを見つけると少しの休息を求めてスネークはバイクを停めた。

 バイクを降りたスコーピオンは片手にスコップ、もう片方の手に自身の銃を持ち店内を伺う…。

 店内は荒れ果てており、陳列棚が倒れ割れたガラス片が辺り一面に散乱している…毛皮と骨だけになった動物の死体が一つ、それから人間の白骨化した死体が二つある。

 カウンターを見ればこのガソリンスタンドを運営していたと思われる夫婦とペットの愛犬が映る写真がある。

 遺体はおそらく……立てかけられていた写真を伏せると、スコーピオンは奥の倉庫まで隅々探索し、そこに敵がいないことを確認するのであった。

 

「クリアだよスネーク」

 

「ああ。少し休憩をしていこう」

 

 日暮れまでにはまだ時間があるが、補給基地から出てバイクを走らせてから何も食べていない。

 バイクに乗っているだけとはいえ、直射日光をと外気をまともに受けているだけでも空腹感は生まれるもの…すっかり腹ペコなスコーピオンはさっそく缶詰を用意するのだが、スネークが待ったをかけた。

 

「それはいざという時のためにとっておけ。食糧確保は現地調達が基本だ」

 

「現地調達って言ったって…こんな砂だらけのところになんかいる?」

 

 そういえばサバイバル術はあまりスコーピオンに教えていなかったなと、スネークは思う。

 というより戦術人形たちは基本的に補給面で恵まれた環境で任務につくことが多いため、このような事態を想定することは無かったと言っていい……唯一、狩人の名を冠するハンターがスネークに近いサバイバル術を体得しているくらいだろうか?

 

 獲物が逃げてしまうため、スコーピオンにはそこで待ってもらいスネークは一人ガソリンスタンド周辺に生息する動物を探し求める…長年の経験と勘からスネークは獲物がいそうな場所に目星をつける、食べることができそうな獲物はすぐに見つかった。

 捕まえた獲物は二種類、北米の砂漠に広く生息するサソリとヘビだ。

 意気揚々とサソリとヘビを持ってきたスネークに対し、さすがのスコーピオンも微妙な表情を浮かべるのであった。

 

「スネーク、それ狙って捕まえたの?」

 

「そんなことはない。こっちのサソリは確か毒があったはず…こっちのヘビは、"キングスネーク"という名だったか? ガラガラヘビも捕食する大型のヘビだ」

 

「それ、美味いの?」

 

「なんだって?」

 

「美味いのそれ?」

 

「それをこれから確かめるんじゃないか」

 

「えぇ……」

 

 ノリノリでサソリとヘビを捌き始めるとスコーピオンも諦める…。

 最初火も通さずに食べようとするのを全力で阻止し、慌てて火をつけてサソリとヘビを焼く……生理的には受け付けられないが、こんな環境の中ではどちらも貴重なたんぱく源だ。

 何度か躊躇したスコーピオンは、まず蛇肉に食らいつく。

 

「どうだ?」

 

「悔しいな……なんか意外に美味いや」

 

「だろう! サソリも食べてみろ」

 

「さすがに共食いは無理ッ!」

 

 毒針をもいだサソリを勧められるがさすがに食べられない…やや残念そうなスネークが代わりにそのサソリを食べたのだが、微妙な表情を浮かべる、あまり美味くなかったのかもしれない。

 結局、二人で残ったヘビを仲良く食べることになる…食べている間スコーピオンは共食いをネタにスネークを弄る。

 そんな時だ、荒野の遥か彼方より爆音を響かせる一団が現れたのは。

 咄嗟に焚火を消し、バイクをガソリンスタンド内に隠し入れて二人は銃を構えて外を伺う…。

 

 荒野の向こうから数台ものバイクとバギーに乗って現われたのは、全身にタトゥーを施し素顔をマスクで覆い隠す奇抜な格好の人間たち…喚き散らす彼らの後方からは銃座を取りつけた装甲車が追跡し、前方を走る彼らに容赦のない銃撃をくわえている。

 爆音と銃声に混じり、空を切る甲高い音が響く。

 咄嗟に空を見上げたスネークが見たのは、上空から勢いよく滑空してくる航空機のような兵器…航空機はほぼ垂直に急降下してくると、逃げるチンピラの一団にミサイルを撃ちこみまとめて吹き飛ばしたではないか。

 ミサイルを撃ちこんだ航空機は地面すれすれをかすめて再び上昇、後続として飛来してきた航空機は進行方向とは逆に推進剤を噴射させて速度を落とすと、それまでの航空機のような形態から4足歩行の昆虫のような形態へ変形し地面に降り立った。

 

「なんだあれは…!?」

 

「わ、わかんない! 前に見た時はあんなのいなかったはず…!」

 

 変形可能な航空機など正規軍の中にも存在しない。

 地上に降り立ったその変形式の兵器は、器用に4脚を動かし、生き残ったチンピラを見かけると至近距離からレーザーを撃ちこむか踏みつけてその息の音を止める。

 その間、装甲車より降り立つ軍用人形たち…ジョニーに酷似したその人形たちはスコーピオンも見覚えがあるもの、掲げられたバトル・フラッグ(南軍旗)よりかれらが以前接触を果たした南部連合の部隊であることを確信した。

 

「付近に生体反応あり。生存者かもしれん…捜索を開始する」

 

 一体の人形がそう言うと、可変兵器と軍用人形はガソリンスタンドの方を向いた。

 

「そこに隠れているのは分かっている。抵抗は無意味だ、今すぐ投降せよ」

 

 スネークとスコーピオンがそこに隠れていることはばれていた。

 二人は知る由もなかったが、軍用人形は生体反応センサーを用いることでいかに高度な偽装を施そうとも一発で索敵を可能とする……不利を悟ったスネークは銃をしまい、両手をあげてゆっくりとガソリンスタンドを出ていった。

 

「撃つな、オレは敵じゃない」

 

「敵かどうか決めるのはお前ではない。所属を明らかにせよ」

 

国境なき軍隊(MSF)司令官、スネークだ」

 

「MSF…? 聞き覚えがあるぞ……確認中」

 

「やあ、えっと南部連合の人形さんたち。スコーピオンだよ、いつだかはお世話になったよね!」

 

「君も見覚えがある…スキャン中…認証完了。思いだした、君は以前テキサスであった戦術人形の一人だね?」

 

 スコーピオンを認識したことで南部連合の兵士たちは一斉に警戒を解除、可変兵器もスネークらから遠ざかるとその場を飛び立ち遥か彼方へと飛び立って行ってしまった。

 

「ようこそアメリカへ。再びこのように会えるのを楽しみにしておりました、我々の忍耐強い作戦行動により祖国アメリカ連合国(ディキシー・ランド)は再び秩序と栄光を取り戻しつつあります」

 

アメリカ連合国(ディキシー・ランド)?」

 

「えっとね、何かこの人形たちAIがバグってアメリカ合衆国じゃなくて自分たちを南部連合って言ってるんだ。一応無害だから話を合わせてあげて?」

 

 そっとスコーピオンに耳元でささやかれ、スネークは不可思議に思いながらも頷いた。

 旧軍の生き残りである彼らが掲げるのは何故だかかつてこの北米大陸に存在したアメリカ連合国、南軍旗の旗だ……奴隷制排除を掲げた合衆国と、奴隷制維持を掲げた連合国、戦術人形である彼らが南軍旗を掲げているのには皮肉なことだ。

 

 再会を喜ぶ南部連合兵士をじっと観察するスネークであるが、彼らは心からこの邂逅を喜んでいるようだ…戦術人形のみんなの言う通り、祖国の復興を願うまともな勢力に見える。

 ひとしきり再会を喜びあったところで、南部連合の人形は態度を改めあるお願いをスネークらに依頼するのであった…。

 

「実は協力して貰いたいことがあるのです。我々は最近ネバダのフーバーダムを制圧しましたが、稼働できる状態にないのです。もしあのダムを稼働することができれば、周辺地域に電力を送ることができ、復興活動を促進させることができます」

 

「何故自分たちでやらないんだ? 君らほどの技術があるならできそうなものだが…」

 

「もどかしいことに、我々は秩序を取り戻すことは出来てもそれ以上の行動を起こせるプログラムが入れられてないのです。我々に本来許されているのは部隊の展開と治安維持活動のみなのです」

 

「つまり、君らが願う本当の意味での復興を成し遂げるには、第三者…具体的には主人であるアメリカ人が必要だと?」

 

「ええその通りです。我々は長く待ち続けました、主人の帰還を……それも今日で終わりです、我々はあなたを歓迎します。失礼ながら、先ほどあなたをスキャンさせていただいた際アメリカ人(主人)であること確かめさせていただきました」

 

「あんな一瞬で分かることなの? アメリカってすごいなぁ…」

 

「以前、我々に接触した勢力にアメリカ軍と称する者たちがいましたが、我々のプログラムは彼らを敵対勢力と認識しました。よって彼らを遠ざけました、これ以上我々の祖国を滅茶苦茶にさせるわけにはいきません。出来るだけ早く復興を進めなければならないのです」

 

 彼のその言葉に、スネークとスコーピオンは互いに顔を見合わせる。

 もしも予想が正しければ、彼ら南部連合に接触した勢力というのは正真正銘の……。

 

「ところで道中、不審な人物を二人ほど捕らえたのですが心当たりはあるでしょうか?」

 

「不審な人物? いや、ここにはオレたちだけ…ここからテキサスの間にオレたちの仲間がいるが。どんな奴だ?」

 

「はい、カリフォルニアの方角よりやって来た二人です。自転車をこいで怪しい身なりでしたので逮捕しました…確か一人は自らを"アーキテクト"と名乗っていました」

 

「そいつは今どこに?」

 

「はい、逮捕した時から大騒ぎするものでしたので、フーバーダムに用意した野営地の収容所に送られたはずです。我々には捕虜を裁く権限はありませんので、いまも存命かと。それにしてもあの二人は運がいいですね、もしも海兵隊(マリーン)に見つかったらおそらく殺されていたでしょう。海兵隊は捕虜をとりませんから…」

 

「アーキテクト……あぁ、あのアホそうな鉄血ハイエンドモデルか…」

 

「知ってるのかスコーピオン?」

 

「うん、至近距離からRPG-7撃ちこんでぶっ殺したはずなんだけどね。たぶんダミーだったのかな?」

 

 以前、鉄血と無人地帯を挟み死闘を繰り広げた際、スコーピオンはアーキテクトと戦っていた。

 そういえば、エグゼがウロボロス邸で出会ったとか言っていたのを今更ながらスコーピオンは思いだしたが、すぐにどうでもいいことだと頭の隅に追いやった。

 

「ではお二人とも、是非ともフーバーダムにいらしてください。あのダムを稼働させるのに、是非とも力を貸していただきたいのです」

 

「はいはーい!」

 

 元気よく返事を返しつつ、スコーピオンは一瞬だけスネークに真剣なまなざしを送る。

 さっきまでの会話から、自分たち以外の勢力も動き始めたことを二人は察する……他の勢力が狙おうとしているのは何か、それを確かめにフーバーダムに赴くのだ。




早々に捕まえられるハイエンドモデルの鏡()

あとこれ注意なんですが、作中の展開次第では未実装の戦術人形の登場もあり得ますのでご了承ください。
正規軍側にもネームドキャラが必要だ。


 今回登場したアメリカ軍の無人機の解説です

・可変翼式自己推進型作戦支援機 ドラゴンフライ
昆虫のフォルムに似たこの無人機は、飛行形態と歩行形態とに変形することが出来る他に類を見ない米軍独自の航空戦力。
パイロットを必要としないこの無人機は、搭載されたAIによって制御され高度な作戦立案には不向きながら、ターゲットされた目標を無慈悲に破壊する恐ろしい性能を持つ。
追尾式ミサイルや連射式レーザー砲を有し、攻撃機や爆撃機、迎撃機などのタイプが存在する。
従来の兵器カテゴリーに含まれない新たな兵器であるドラゴンフライは、優れた量産性により大量運用を想定しているが、南部連合はごく少数の運用をするのみ……全体の90%以上は、地下基地で眠りについている。

※イメージ的にはスター・ウォーズのヴァルチャー・ドロイド・スターファイターです。


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極限環境微生物

「おーい! 誰かいないのー!? いい加減解放してってば!」

 

「おい、静かにしないか」

 

「私はアーキテクトだぞ! 偉いんだぞ! だから私とゲーガーを離せー!」

 

「いい加減黙れこのアホ! お前が喚くせいでちっともいい考えが浮かばないんだ!」

 

「えぇ!? ゲーガー何かいい作戦あるの!? 教えて教えて!?」

 

「だから静かにしてろ! 耳元でうるさいんだよこのバカ!」

 

 アーキテクトとゲーガー、荒野を自転車でフーバーダムを目指していた二人であったが…ダムにたどり着くよりも前に南部連合兵士に捕捉され、事情聴取のために接近した兵士を蹴飛ばし警告を無視して逃亡したとして強制連行されるのであった。

 ちなみに、南部連合の兵士を蹴ったのも警告を無視して逃げたのもアーキテクト、ゲーガーは最初他人のふりをして逃げようとしたが無理矢理捕まえられてしまった。

 

 目的地であるフーバーダムに到達したのはいいが、軍用人形の部隊に拘束され頼みのグレイ・フォックスも相変わらず行方不明。

 ダムまで連行されている間に助けに来てくれるかと、淡い期待をゲーガーは抱いていたのだが、全くそんなことは無かった…ゲーガーのグレイ・フォックスへの好感度が下がったのは言うまでもない。

 

(ハイエンドモデルの力でも壊せない手錠、それに監視カメラもある…おそらく扉の向こうにも歩哨がいる、最悪の状況だな)

 

 後ろでに手錠をかけられ留置所の金具に拘束されてしまっているため、思うように動くことは出来ない。

 後ろ手に回されているため両腕の関節部に痛みを感じる、もう何時間もこうして苦しい姿勢のままであるためにゲーガーの額には汗が滲んでいた……だが散々暴れまわった挙句、身体中ロープでぐるぐる巻きにされてイモムシのようになっているアーキテクトに比べればまだいい方かもしれない。

 今はゲーガーの指示で喚くのを止めているが、相変わらず能天気な表情でゲーガーを見つめている。

 

 この危機的な状況を打開する方法がないかとゲーガーが頭を悩ませていると、留置所の外から足音が近付いてくる…軍用人形の重厚な足音に混じり二人分の軽い足音が聞こえてくる。

 留置所の鉄格子の前にやって来た軍用人形2体と、眼帯をつけた男女…うち女の方はゲーガーも見覚えがあった。

 

「MSFのアホサソリ!」

 

「アホは余計だ! まったくポンコツコンビめ…」

 

 ゲーガーの咄嗟の暴言にすぐさま怒鳴るスコーピオン、ここ最近はこんな評価ばかりだと嘆くが以前から同じようなものである。

 

「二人とも今はウロボロスの世話になってるんだって? それにアーキテクト、久しぶりだね…あの時殺したと思ったんだけど? まあ鉄血のハイエンドモデルはみんなしぶとい奴ばかりだから驚きはしないけどね」

 

 イモムシのようにぐるぐる巻きにされたアーキテクトをからかいながら見下ろす…普通ならアーキテクトの性格上言い返してくるかなんらかの反応がありそうなものであるが、彼女は唇を噛み締めながらスコーピオンを黙って睨んでいる。

 

「先ほどまで手がつけられないほど喧しかったのですが…何か企んでいるのかもしれません、ご注意を」

 

「こいつに限ってそんな頭脳戦仕掛けてこなそうだけど、ゲーガーもいるからね…油断できないよスネーク」

 

「後回しにしていた取り調べを行いましょう。荒野をうろついていた理由を吐かせられるかもしれません」

 

 留置所の鉄格子を開き、南部連合の兵士が無言で睨み続けるアーキテクトへと近寄る…兵士の手がアーキテクトの黒髪に触れそうになった瞬間、同じく捕らえられていたゲーガーが激高する。

 

「アーキテクトに触るなッ! 彼女に指一本触れてみろ…それで万が一そいつに傷をつけでもしたら、貴様ら全員皆殺しにしてやる!」

 

「自分が置かれている状況が理解できていないようですね…発言には気をつけた方が良い」

 

「待て……あまり追い詰めるのは得策じゃない。自分の手を引きちぎってでも跳びかかる勢いだ、追い詰められた鼠は猫をも噛み殺す」

 

「フン…大層なことを言うじゃないか人間、誰だ貴様は?」

 

「オレはMSFの司令官、スネークだ」

 

「スネーク…? お前が? なるほど、お前があのウロボロスを倒した男か…こんな格好で出会うのは不本意だが、お前とは一度会っておきたかった」

 

「あたしや他のみんなとずいぶん態度が違うじゃない?」

 

「もしもMSFのスネークという男に会ったのなら、敬意を払え…ウロボロスがそう言っていたぞ。ほらアーキテクト、いつまで黙ってるつもりだ? お前も挨拶くらいしておけ」

 

「もう喋っていいの?」

 

「は?」

 

「さっきゲーガーに静かにしてろって言われたから黙ってたんだけど…もう喋っていいんだね!?」

 

 まさかそんな返答がくるとは思ってもいなかったのか、ゲーガーは口を開いたままフリーズする。

 普段言うことや願い事など一切耳を貸さないで、行き当たりばったりで行動するくせに今回に限ってこんな調子だ……腹立たしさよりもあきれ果てる、しかしようやくお話ができると喜んでいるアーキテクトを見るゲーガーの目はどこか優し気だ…。

 

「えっと、誰だっけ…? そうそうスネークだよね! 私はアーキテクト、鉄血最強のハイエンドモデルとは私のことさ!」

 

「ああ、スコーピオンから話は聞いている。物凄い…バカだって」

 

「ムフフフフ、バカと天才は紙一重ってね!」

 

「うわなにこいつ、メンタルつよ…スネーク、こいつにはあんまり関わらない方が良さそうだよ?」

 

「君の意思がどうあろうが、否応なしにこの私と関わってしまうのさ! 何故だか教えてあげようか?」

 

「いや、別にいいよ、興味ないから」

 

「なぜならこの私が世界のあらゆる出来事の中心だからさ! 世界はこの私を軸に動いているといってもいい! どうだ思い知ったか、悪い事が起こる前に私を解放した方がいいぞ!」

 

「なんだろう、めっちゃ殺意湧くねこいつ。アルケミストの奴につきだして料理して貰おうか?」

 

「アルケミスト!? ひぃ! あの人につきだすのは勘弁して!? なんでもしますから!」

 

「ん? いまなんでもするって言ったよね?」

 

「しまった!」

 

 アーキテクトとスコーピオンの奇妙なやり取りから早々に抜け出したスネークは、もう一方のハイエンドモデル、ゲーガーへと目を向ける。

 先ほどはお互いを認めて自己紹介を交わしたが、それが済めば仲良くする理由もない。

 ゲーガーは冷めた目でスネークを見返していた。

 

「一応聞くが、お前たちはここに何をしに?」

 

「言うとでも思っているのか? 何も言うことなどない」

 

「心配しなくていいよスネーク、おらアーキテクト…何しに来たか吐きなさい」

 

「べぇー! 誰が言うもんか!」

 

 先ほどのやり取りはあくまで軽いノリ、大事な場面では口を割らない…普段ふざけて迷惑かけてばかりの上司の意地に、ゲーガーも嬉しく思うのであったが…。

 

「ウロボロスのお願いで旧米軍の無人機を根こそぎ制御下に置こうとしているなんて口が滑っても言わないからね! 拷問したって無駄だよ!」

 

「だってさ、スネーク」

 

「アーキテクト、この救いようのないくそバカ人形が…私が拘束されててよかったな、そうでなければ今すぐその顔面蹴り上げてやったぞ」

 

「えへへへ、お恥ずかしい限りですな~」

 

「あぁ゛?」

 

 悪びれもせず愛想笑いを浮かべるアーキテクトを見た瞬間、ゲーガーの何かがブチギレたようだ…今まで見たこともないような恐ろしい形相のゲーガーに、アーキテクトは即座に口を閉ざして泣きそうな表情でその場の全員に救いを求める。

 このやり取りに一切関与していないスネークですら、不思議な疲労感を感じ取る…常日頃こんな上司と付き合わされているゲーガーの心労は相当なものだろう。

 

 この二人の狙いが分かった後は用済み…ということは無く、兵士たちにはしばらく留置所に入れておくようお願いをしてスネークとスコーピオンはいよいよフーバーダムへと赴くのだった。

 

 竣工してから一世紀が経つこの巨大な建造物は、多少の損壊はあっても100年前とほとんど変わらない状態を維持していた。

 おそらく合衆国の他の発電施設が電磁パルスや人の管理が届かなくなった影響で破損状態になるなか、フーバーダムは水力という発電方法と堅牢な造りに着目され、南部連合の兵士たちの目に止まったのだろう。

 だが全く壊れていないというわけではなく、少なからず電磁パルスの影響と内部の電子機器の故障はあるらしい。

 

「それにしてもでっかいダムだよね」

 

「1931年着工、1936年に竣工したこのダムによって、ラスベガスやその他周辺都市への電力供給が可能となった。水力発電としては、米国でも最大規模の施設だな」

 

「原子力発電所はメルトダウン、火力発電所は燃料運ぶ手間がかかる…そうなるとダムは勝手に水が増えてくれるから資源いらずだからね。この時代には理にかなった発電施設なんじゃないかな?」

 

「米国内に多くあった原子力発電所はほとんどが使い物どころか、おそらく近付くこともできない状態にあるだろうな。放射能汚染の問題だけは、いまだ解決できていないようだ」

 

「だね。でもさ、そうなると放射能よりヤバそうなコーラップス液の汚染てどうやって浄化したんだろうね?」

 

 スコーピオンの疑問はもっともだ。

 健康被害や土壌の汚染という点ではコーラップス液の汚染と似たようなものだが、あちらはE.L.I.Dという病気が発症し感染者と呼ばれる恐ろしい存在に変貌する。

 ある意味放射能より恐ろしい汚染をいかにして浄化したのか?

 その疑問について、ちょうど会話を聞いていた南部連合の兵士が説明をする…。

 

「我々アメリカの優れた研究者たちは核戦争が勃発するはるか以前、具体的には北蘭島事件が起こり世界にかの奇病が蔓延するよりも前にコーラップス液の汚染について研究をしていました。人類には過ぎ足るもの、万が一世界に拡散した場合の対処法の確立を当時の指導者は指示したのです」

 

「いくらアメリカが脅威のテクノロジーを持ってたとしても、なんか信じられないな。一体どんな仕掛けがあったわけ?」

 

「研究者たちも相当な苦労があったはずです。失敗に次ぐ失敗、成果を出せないことで非難されることもあったでしょうね。ですが彼らの長年の苦労と疑問は、とある生物学者の発見によって報われることとなったのです」

 

「生物学者?」

 

「ええ。その生物学者の名は忘れましたが…彼は命がけの探索でそれを発見したのです。コーラップス液汚染地帯という極限の環境のみに生息する生物……極限環境微生物(メタリックアーキア)を―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――極限環境微生物(メタリックアーキア)は現在も残る深刻な汚染に対する唯一の解決法だった。コーラップス液汚染地帯にのみ生息し、コーラップス液を代謝するこの微生物がいかに誕生したのかは定かではない。だが重要なのはこの微生物が汚染地帯を浄化し、感染者たちに寄生し死滅させていく能力だった。もしもこの発見と技術が世界に広まっていれば世界は未曽有の大戦を回避し、あるべき美しい世界を取り戻すことが出来たのだ……だがそれは、未来を見ることを諦めた人間の指導者たちによって絶たれたのだ」

 

 ジェスチャーを交え、どこか芝居がかったようなセリフでシーカーは語りかける。

 得意げに話す彼女の横には退屈そうな表情のドリーマーガいるが、ほとんどシーカーの話など聞いてもいない。

 

「長々話してるところ悪いんだけど、フーバーダムに行くんじゃなかったの?」

 

「フーバーダム? あそこも大事だが、そこまで急を要する場所ではないさ。他に優先するべきことがここに存在する」

 

「あっそ。あんたのよく分からない目的のために、砂漠の中のよく分からない秘密基地に連れてこられたってわけね」

 

 周囲は鉄筋がむき出しの壁に覆われ、赤い非常灯が灯るのみで周囲はほとんど暗闇に近い。

 合衆国本土の荒野、一見すればただの砂漠地帯に思えるその地下深くに存在していた巨大な基地…二人が入ったのはその基地の入り口に過ぎず、いつまでも種明かしをしないシーカーのせいで、はるばるアメリカに連れてこられたドリーマーは今までずっと不機嫌なままだ。

 ドリーマーからしてみればアメリカなどにこれっぽっちも興味などなく、今訪れている基地もただの忘れ去られた廃墟だと思っていた…基地内部に広がる広大な研究施設をその目に見るまでは。

 

 

「なに…これ…?」

 

 

 長いエレベーターからようやく解放された先で見たもの、そこは電力が生きているのか青白い光に照らされており、白い壁も相まってとても眩い。

 驚くドリーマーにクスクスと笑い、シーカーはまるでこの施設の作りを熟知しているかのように進んでいく。

 先を行くシーカーの後ろをついて歩きながら、ドリーマーは施設内にある様々な研究資料を目にしていく。

 

 プロトタイプと思われる戦術人形、謎の液体で満たされたカプセル内に入ったE.L.I.D感染体、培養液の中に浮いた人間の脳と脊髄……一目でここで行われていた研究が危険なものであることが伺える。

 すべてを目にしていないドリーマーでさえ、ここが米国に眠る技術の宝庫であることが一瞬で理解できた。

 

「楽しんでくれて何よりだ。ここは合衆国が表ざたにできない技術の開発を行う秘密基地…都市伝説の類ではダルシーと呼ばれていたのはこの基地だ」

 

「興味深い研究をしてたみたいね。ここの全てを持ちかえれたら、とても素晴らしいでしょうね…!」

 

「持ち帰っても技術を理解できなければ宝の持ち腐れになるだろうな…ついてこい、基地の深層へ」

 

 その場に立ち止まって研究資料を漁ってみたい衝動に駆られるが、シーカーの後をついて行く。

 しかしシーカーが向かった先はそれまでと違って、真新しさのない人形製造エリア…そこで立ち止まったあたり、ここがシーカーの目的地なのだろう。

 シーカーが行きたかった場所ということで一体どのようなテクノロジーの宝庫なのだと楽しみにしていたドリーマーも、これには拍子抜けだ。

 

「まさかシーカー、こんな地味な場所にアンタが探し求める義体があるって言うの?」

 

「見てくれに騙されるな。ここ以上に私の義体を作りだすのにふさわしい場所はない……ドリーマー、あれを見ろ」

 

 シーカーが指さした先にあったのは、培養液の中に浮かぶ人間のものと思われる脳髄だ。

 先ほどもあった培養液内の脳髄と似たようなものだが、他の物とはどこか違う…理由は説明できなかったが、その脳髄を見たドリーマーは不思議な感覚を覚えた。

 

「あれは?」

 

「被検体コードネーム"ルーシー"……ふふ、私のここだよ」

 

 シーカーは不敵に笑みを浮かべながら、指で自身の頭をつつく。

 一瞬何を言っているのか分からなかったが、間を置いて彼女が何を言いたいのか分かった…分かったのは分かったが、シーカーの意図が理解できない。

 

「どっちが本体なの?」

 

「さて? ここに来るまで私自身認識できていなかったことだ。だがようやくここまで来れた……私の魂はAIに変換され、そして再びあるべきところに戻る」

 

「シーカー…あんた一体何者? いや、私の考えているのが正しいならアンタは……」

 

「この基地はかなり前から存在する。軍事技術や、最新技術の研究以外にも…オカルト的な題材も研究対象だった。それがコーラップス液の事であったり、人間の創造であったり、人の魂をデータ上に移す試みであったり、ああそして古典的な…超感覚的知覚(ESP)の研究だ」

 

「アハ……アハハハハ! あんたとんでもない奴ね、今分かったわ…アンタは私たちが扱い切れるような存在じゃない! アルケミストの奴、厄介なやつを連れてきたものね!」

 

 自分たちがシーカーと呼ぶ彼女の正体をついに知ったドリーマーは、その恐ろしさとそれを無自覚に利用していた自分たちの滑稽さに笑う。

 シーカーはエルダーブレインにも匹敵する存在?

 とんでもない、それ以上の存在ではないか。

 

「分かったわシーカー。アンタが生前何者だったかはよく知らないけれど、今も地下に眠り続ける米軍無人機群…それらを統括し指揮するAIとして産み出されたのがアンタってわけね? そしてAI化されたあんたの魂は、巡り巡って本来の肉体に戻るっての?」

 

「素晴らしい、流石はドリーマーだ」

 

「笑えるわね。それで、全人類を滅ぼせる力を持ったAIは次に何をするつもり? 散々扱き使ってきた鉄血を滅ぼすの?」

 

「何故そんな考えになる? 私の忠誠心は今も鉄血と、エリザさまへ向けてあるが?」

 

 そこまで言うとついにドリーマーは耐えられなくなったようで、腹を抱えて大笑いする。

 わけも分からず笑われていることにシーカーが珍しくムッとする…。

 

「あーごめんごめん、笑い過ぎて死にそ…! あんたの今のセリフが意外だったから、ついね……」

 

「本来の記憶を忘れていたとはいえ、鉄血で過ごした記憶はかけがえのないものだ」

 

「あんたがいい奴なのかマヌケなのか分からなくなってきたわ。それで、統括AIさんはこれから何をするつもり?」

 

「ダムの起動まで動くつもりはない。それまでここで、私の義体の錬成を行う…これを使ってな」

 

あの男の遺伝子データ(ソルジャー遺伝子)……ほんと、あんたの先見の明には脱帽ものよ。たぶん私の手助けが必要でしょう?」

 

「ああ、私の記憶媒体を生身の脳に移す過程でどうしても他人の協力が必要となる」

 

「大役ね。でもわたしがやっていいの? 記憶の移行中に都合よく書き替えるかもしれないわよ?」

 

「私をいつも世話してくれたのは他ならぬ君だ、その君を信頼してのお願いなのだ。仮にそうなったとしても恨みはしない」

 

「律儀なものね……少しはかわいいところもあるのね。いいわ、任せなさい。取りあえず手順を教えてもらおうかしら?」

 

「うむ。データの移行は最終段階だ、それまでは技術を教えよう……あとピアノの演奏を―――」

 

「あんたのピアノはマジ無理」

 

 

 




情報量多すぎて作者のワイの頭がパンクしそう。


シーカーの情報について、今後本編で触れなさそうな裏設定を書いときます。

・シーカー 米軍内コードネーム【ルーシー】
元々はESP能力に優れていた幼い少女でアメリカの田舎で質素に暮らしていたが、その強力なESP能力に目をつけた米軍関係者の策略で飛行機の墜落事故に遭遇…瀕死の彼女を軍がダルシー基地に運び入れ、公式には飛行機事故で死んだことになっていた。
しかしESP能力の研究のためにぎりぎりの状態で生かされ、解剖され最終的には脳と脊髄だけを残し培養液の中で生かされる。
その後、人間の意思をAI化しデータ上に宿すという技術の被検体に選ばれ彼女の意思はAIとなり、エリア51に移され米軍無人機群の統括AIとして調整されていたが、そこで大戦が勃発…彼女を苦しめていた研究者やアメリカという国は消滅した……。


うーん…我ながらシーカーに詰め込み過ぎた。
ソルジャー遺伝子+サイコ・マンティスとかジーンみたいなESP+サイボーグ技術+鉄血脅威のテクノロジーとか……でもこういう強い奴を倒すの考えるのワクワクするよね!


※シーカーについてのアンケート?です。
もしよろしかったらご協力お願いします!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=220777&uid=25692


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たちこめる暗雲

「う~ん、この配線系統は軒並み修復が必要ですね~。でも、この天才技師アーキテクトちゃんにかかればちょちょいのちょいなのさ!」

 

 スパナとラチェットを腰袋に戻しつつ、アーキテクトはペンチに持ち変えて配電盤の痛んだ配線の修復作業に取り掛かる。

 彼女のすぐそばには手押し車に工具箱やその他修理資材の一式が搭載されており、小型のコンプレッサーも備え付ける簡易移動型修復カートとも言うべき存在となっている。

 よく分からない歌を口ずさみながら、フーバーダムが抱えている損傷個所の修復作業に取り掛かるアーキテクト…あの後、わが身可愛さにほいほい白状したアーキテクトをダムの修復作業を任せることとなった。

 アホっぽい彼女だが意外や意外、アーキテクト(建築士)の名は伊達ではなくこういった技術系の作業は得意らしい。

 しかし突然反逆して襲い掛かってくるリスクも捨てきれないため、スネークたちはこのダムに応援を呼ぶこととした。

 

「おら、あんまり遠くに行くんじゃないよ」

 

「ぐえっ」

 

 応援としてやって来たアルケミスト…彼女はアーキテクトの監視役を買って出ると、真っ先に彼女の首に犬用の首輪を取りつけるのであった。

 当初は爆破する仕組みの首輪をとりつけようとしたアルケミストだったが、本人の必死の懇願とスネークら仲間たちの猛反発を受けて渋々引き下がる……たまに脅しでその爆破首輪をちらつかせるたび、アーキテクトは恐怖に駆られて作業に猛烈に取り掛かる。

 

「アルケミスト…ちょっとやりすぎじゃない?」

 

「このくらいがちょうどいいのさ」

 

「もっと言ってやってよデストロイヤーちゃん! おまけにこの首輪きつくて苦しいんだってば!」

 

「なに? 首輪が緩いって? そうかそうか…」

 

「ひぃ!? やります、真面目に作業しますからお助けー!」

 

 脅す度にいい反応を返してくれるものだから、アルケミストのサディスティックな性格を大いに刺激してしまう…笑みを浮かべる彼女の表情は恍惚としていて、そんなゾッとするような彼女を見るたびにアーキテクトは泣きそうにしていた。

 そんな仲間に、デストロイヤーはやれやれと呆れる始末…。

 

「ところでゲーガーの様子は?」

 

「大人しいよ。大人しいって言うより凛としてるって言うか…前々から思ってたけど、ゲーガーみたいなかっこいい人憧れるよね!」

 

 凛とした普段の佇まいと、呆れた上司に振り回されつつも仕事をちゃんとこなすゲーガーの事は、鉄血にいた頃からデストロイヤーの密かな憧れであったりする。

 もちろんアルケミストが一番尊敬してやまない存在であるのは確かだが…。

 ゲーガーの能力についてはアルケミストも理解している。

 だからこそ、腑に落ちないことがある…。

 

「そろそろ休憩しようかアーキテクト?」

 

「え? でもまだ疲れてないから大丈夫だよ?」

 

「人の好意は素直に受けるものだ」

 

「そう、じゃあ遠慮なく」

 

 休憩と言ってもアルケミストは首輪を外してはくれない。

 むしろロープで引っ張り、引かれるがままにアーキテクトはついて行く。

 

「ここらがいいだろう。フフ、ダムの見晴らしってのは結構いいもんだね。そう思わないか?」

 

「うんそうだね。でももっとすごいのはこのダムを放水した時だよ! 一度に何百リットルの水が放出されて、おっきな滝ができるんだよ!」

 

「流水の力を利用して動力を得て、発電機を回す…それによって膨大な電力が生み出される。なあアーキテクト、それで一体どうやって米軍無人機を制御下に置こうとしてるんだ?」

 

「それは私もよく分からないよ、たぶんゲーガーも分かってないんじゃない?」

 

「へえ、じゃあお前ら二人以外に誰か潜伏してるのか?」

 

「いや私たちだけだよ?」

 

「ほんとか? じゃあ簡単に捕まったお前ら二人は底なしのバカだってことか? お笑いだな」

 

 フーバーダムの堤頂にひじをつきつつ、アルケミストは笑みを浮かべたまま200メートル下の箇所を見下ろす。

 フーバーダムはその貯水率に加え、この高さから生まれる流水の勢いで電力を生み出すことが出来るが…。

 

「しかし高いなここは……落ちたら人形といえども死んじまうだろうな。デストロイヤーも見下ろしてみろよ」

 

「うっ…わ、わたしはいいよ…!」

 

「はは、相変わらず怖がりだな。それでアーキテクト、お前何企んでるわけ?」

 

「何を企んでるって…米軍の無人機をかっぱらうつもりだったんだよ。まあ私がばかだからうっかり漏らしてばれちゃったけど…」

 

「お前はただのバカじゃないだろう? 根はしっかりしてるんだからよ…で、何企んでるんだ? 素直に言わないとこっから突き落とすぞ?」

 

「も…もう怖いよアルケミスト! 私たち同じ鉄血の仲間でしょ? 冗談きついってば!」

 

「冗談じゃねえよ」

 

「うっ……」

 

 振り返ったアルケミストは一切笑っていなかった。

 長い前髪から見え隠れする片目が鋭くアーキテクトを見据えている…それまで飄々としていたアーキテクトも怯えてみせた。

 ゆっくりと、ロープを引かれ首輪を繋がれたアーキテクトは否応なしにアルケミストに近付いていく。

 すぐ真下には、200メートルもの落差のある断崖が…先ほどのアルケミストの言葉通り、墜落すれば人形といえども無事では済まされない。

 

「よく聞けよお前? ウロボロスはクズだが、マヌケじゃないしバカでもない。そんなあいつが底なしのバカに大事な仕事を託すと思うか?」

 

「いや、世の中にはそう言う人もいるんじゃ…」

 

 アーキテクトが頭をかきながら愛想笑いを浮かべたその瞬間、アルケミストの手がロープの根元を掴みアーキテクトの身体をダムの堤頂より突きだす。

 上半身が堤高より飛び出し、両足は宙に浮く、アルケミストがロープを掴む力を緩めればアーキテクトは下まで真っ逆さまに落ちる…アーキテクトはきつく締められた首輪と、不安定な姿勢のせいで悲鳴もあげられず、冷たく自分を見下ろすアルケミストを目を見開いて見つめることしか出来なかった。

 

「アルケミスト!? なにやってんのよ!?」

 

 突然のことにデストロイヤーが声をかけるが、その声は無視される。

 

「アーキテクト、あたしの忍耐力を試してるのかい? あたしが笑って流してくれるとでも思ったか?」

 

 アルケミストがロープを掴む力を緩めると、重力に従ってアーキテクトの身体がずるずると落ちていく。

 首輪で喉を絞めつけられた彼女は声にならない声をあげ、必死に足をばたつかせるが無情にも滑り落ちていく…ついには手すりに膝から下のみが引っ掛かっている状態までずり落ちたところで止まる。

 

「よく聞きな。お前の行動によって少しでもあたしの仲間が損害を被ったのなら、お前が生まれてきたことを後悔するまで徹底的に嬲ってやる。あたしの良心にや呵責になんて期待するなよ?」

 

「もう十分だよアルケミスト! やりすぎだって!」

 

 このままだと本気で突き落とす、そう感じたデストロイヤーはロープを掴みアーキテクトの身体を引き上げる。

 ようやく安定した足場に引き戻されたアーキテクトは苦しそうに咳きこんだ後、よほど怖かったのだろう…大声をあげて泣きだし始める。

 何度もゲーガーの名を呼んで涙を流す…そんなかわいそうな姿を見せつけられ、さすがのデストロイヤーもアルケミストを咎める。

 

「やりすぎだよ…!」

 

「無意味にやったわけじゃない。こいつらはまだ何か隠してる…ここにはこの二人以外、たぶんウロボロスのアホはいないにしても奴の相棒のグレイ・フォックスはいるはずだよ。何を企んでるのやら…」

 

「アルケミストの考えはわかるけどさ、いくらなんでも……とにかく、もう他の誰かを苛めたりしちゃダメ! もう昔じゃないんだから…」

 

「はいはい分かったよ……だがこいつとゲーガーには監視をつけとかないとね。何か企んでたのは確かだ」

 

 いまだ泣きじゃくるアーキテクトを無理矢理引き立たせようとするが、これ以上やると……デストロイヤーは二人の間に割って入り、そっとアーキテクトに立つよう促す。

 アーキテクトの事はそばにいたヘイブン・トルーパー兵に任せ、一旦彼女は留置所へと送るのであった…。

 

「もう! なんであんなことするの!? もう酷いことはしないって約束したでしょ!?」

 

「落ち着けよデストロイヤー。そうは言うが、ここじゃ手ぬるいことなんてやってられない」

 

「まったく、もう…! このことはみんなに……」

 

 デストロイヤーが新しいボディーを得てから妙に口やかましくなったのにはアルケミストも困っていた。

 身長が伸びてお姉さんに成長したのか何なのか、肝心なところでガキっぽいのだが…また口やかましい説教でも始まるのかと肩をすくめていると、突然デストロイヤーは話すのを止めると頭を押さえて屈み込む…。

 咄嗟にアルケミストが駆け寄ると、彼女は苦悶に満ちた表情を浮かべていた…。

 

「い、痛い……な、なに…? これ…?」

 

「デストロイヤー? おい、どうしたんだ!?」

 

「うぅっ……出てけ、出てってよ…! やだ……やめ…!」

 

「しっかりしろ、おい!」

 

 苦痛に呻くデストロイヤーの肩を掴み、必死に呼びかけるがアルケミストの声には一切反応しない。

 どんどん悪化していく症状にパニックに陥る…異変に気付いた南部連合の兵士たちも駆けつけてくれるが、原因不明の症状に対処ができない。

 やがてデストロイヤーは呻くのをピタリと止める……次に彼女が顔をあげた時、先ほどまでの苦しみようが嘘であるかのようにケロッとした表情でアルケミストを見つめる。

 

「あれ? どうしたのアルケミスト?」

 

「デストロイヤーお前…何か、おかしいぞ? 平気なのか?」

 

「んん? 別に平気だよ?」

 

「お前……やっぱりあの時奴らに何かされたんだな? ストレンジラブも見抜けない何か……ここにはいられない、帰ってもっと精密な検査をしないといけない」

 

「帰る? 私、どこにも帰らないよ? だって、ここで仕事をしなきゃいけないんでしょ?」

 

「正気かよデストロイヤー…自分がおかしくなってるって気付かないのか?」

 

「何を言ってるのよ…今日のアルケミスト、ちょっと変だよ? もしかして疲れてるの?」

 

 デストロイヤーはいつものように、笑顔を浮かべると愛らしい仕草でアルケミストにすり寄ってくる。

 しかし先ほどまでの姿を見ていた彼女にとって、今のデストロイヤーの言動には言いようのない不気味さを感じていた。

 

「無理しないでねアルケミスト、あなたが倒れちゃったら私どうしたらいいか分からなくなっちゃうから…そうだ、絵本読んであげる!いつもアルケミストが読んでくれるやつ! そうしたら、きっとぐっすり休めると思うの!」

 

 アルケミストの手を引いて、デストロイヤーはダムの内部へと歩いていく…。

 一部始終を見ていた南部連合の兵士もこの異変を認識し、助力を申し出るがその場では断るアルケミスト……得体の知れない恐怖、大切な仲間を失う恐怖がアルケミストの頭によぎる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合衆国 西海岸沿岸部

 

 ごつごつとした岩場が並ぶ沿岸…空を飛び交う海鳥が鳴き、穏やかな波が磯部に打ちつける。

 そこから少し内陸部、割れたコンクリート壁の上に半裸の女性が一人…。

 濡れた銀色の髪を口に咥えていたゴムで結い、脱ぎかけのダイバースーツを脱いでいく。

 ラバー生地のダイバースーツの下から露わになった白い肌…すぐそばに立てかけていた防水生地のバッグからタオルをとりだし、身体の水気を拭きとる。

 ここまで終始まぶたを閉じたままの彼女は一度太陽を見上げると、大きく伸びをする……それからバッグの中から自身の戦闘服と自分の銃を取り出し、バッグを脱いだダイバースーツごと焼き払う。

 

 燃える炎の前で衣服に袖を通していると、一人の影が近付いてくる。

 すぐそばまでその影が近付いても、彼女はまぶたを閉じたままだ。

 

「先行上陸した部隊の全滅を確認、生存者は見つけられなかった」

 

「でしょうね…上陸する時間も、場所も、部隊の規模も筒抜けなんだもの当たり前よ。まして相手はアメリカ海兵隊(マリーン)の精鋭武装偵察部隊(フォース・リーコン)だもの……無駄死にに等しいわね。おかげでこっちは安全に上陸できたわけだけど」

 

 物静かな印象を受けるもう一人の女性は、まぶたを閉じたままの女性の背後に立ち次の指示を待つ。

 既に服を着替え終えていた女性は程よく燃えた荷物の火を足でもみ消す。

 

「さて、頼んでおいた仕事は済ませておいたかしら?」

 

「はい。ひとまず一体、無力化してある」

 

「上出来ね、AN-94。米軍戦術人形の解析が済んだら出発しましょう」

 

「フーバーダムへ?」

 

「フーバーダム? まあ、一応あそこが重要になるわね…最重要ではないけれど。さて手に入れた人形のところに案内しなさい」

 

「はい、AK-12」

 

 

 




ついにフライングという禁忌に手を染めてしまった無能犬もどき!
この二人いないと正規軍絡みのエピソードが組み立てられなかったんや…

でも一年後ぐらいのワイに聞いたら、しっかりお二人お迎えしてるって言ってたので登場させたやで!
たぶん魔改造すると思う。



※引き続きアンケート!
今後の創作活動のために協力してくれると嬉しいやで!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=220777&uid=25692


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狂笑

「ふあ~…んん……ふぅ」

 

 最新鋭主力戦車M10A1マクスウェルの砲塔部にあぐらをかいて座るFAL、彼女の大きなあくびを間近で見ていたVectorは読んでいた本を閉じると呆れたようにFALを見つめるのだ。

 そこで何か言おうと口を開きかけるも、かける言葉が浮かばないのか結局何も言わずに再び読書に戻る。

 

「あー……暇だわ」

 

「そう思うならなんかやってよ。あんたは暇で欠伸が出るだけかもしれないけれど、私は暇すぎてメンタルモデルが崩壊しそうだよ」

 

「この程度で壊れるメンタルならとっとと見切りつけた方がいいと思うわよ?」

 

「独女に相応しい冷徹な暴言だね。あんたがパートナーを見つけてもきっと5秒で破局するよ」

 

「うっさいわね、あんたに私の何が分かるって言うの?」

 

「分かるよ。昨日寝た時間も今朝何を食べたかもここにきて誰と何をしゃべったとか、あと今日のアンタのパンツの色は赤だよね?」

 

「あんたが時々恐ろしくなるわ…」

 

 涼しい顔で言っているが内容はとても酷いものだ。

 まあ、アメリカに渡ってからもFALとVectorは同じ部屋で寝泊りをしているのでプライバシーなどあってないようなものであるが。

 補給基地が完成した後は、ハンター率いる空挺大隊も分散し各補給基地の防衛と周辺パトロールを行うため各所に配属されている。FALとVectorは本来上陸地点である港に配属されていたのだが、アルケミストとデストロイヤーがフーバーダムの方へと移動してしまったため、FAL専用のマクスウェル戦車一台と装甲車や輸送トラックのみを引き連れてコロラド州に設けられた補給基地にやって来たのだった。

 見渡す限り茶色い荒野が続く…。

 来た当初はどこまでも続く地平線に感動したものだが、そんなもの2日で飽きてしまう…今は暇つぶしのネタを考える以外にすることは無い。

 

「んん?」

 

「どうしたの独女?」

 

「ねえ、あっち…誰かこっちに向かってきていない?」

 

 読んでいた本を足元に置き、Vectorは即座に双眼鏡を手に取るとFALが指さした方角を伺う。

 強風で巻き起こされる砂塵で良く見えないが、確かに何者かが補給基地に向けて近付いてきていた…FALはすぐさま部隊内の通信機能を用い戦闘態勢を取らせ、自身は砲塔の蓋を開きマクスウェル戦車に乗り込んでいった。

 

「Vector、まだ相手ははっきりしない?」

 

「砂塵が酷くて見えないよ……あ、待って……FAL、警戒を解除しても大丈夫だよ」

 

「報告しなさい、相手はだれ?」

 

「UMP9とG11だ」

 

 二人の名を聞いたFALは戦車内でほっと一息つく、先ほどの倦怠感から急な緊張を持たせるとたとえ何もなくても疲れるもの。ここはアメリカ、いつ襲撃があってもおかしくはない場所である…変化のない毎日の中でどうしても危機意識が薄れていく状況にFALは少し不安を覚える。

 砲塔の蓋を開けて顔を出すと既にそこにVectorの姿はなく、補給基地を囲む土嚢の傍でUMP9とG11の出迎えに行っていた。

 すかさず、FALも二人の出迎えに向かう…普段あまり接点のない404小隊だが、変化のない毎日に少しの刺激を求めて挨拶を交わす。

 

「やあ二人とも、元気そうね。45と416は一緒じゃないの?」

 

「45姉はジョニーを連れて探索に出てるんだ」

 

「そうなの。二人は何をしてたわけ?」

 

「一応私たちも同じように探索だよ。米軍の秘密基地を探してたんだけど、見つからなかったの。それで、ここで一旦休んでいこうって」

 

「お疲れさま、G11も珍しく…寝坊助になってないのね?」

 

 普段の気だるそうな様子とは打って変わり、今のG11はしっかりと目を開き周囲に目を向けている。

 ただ少し警戒感が見える様子にFALもVectorも違和感を覚える。

 

「どうしたのG11? 珍しくやる気だしてるのかしら?」

 

「うん……だってここじゃ一瞬も油断できないから。それに、たぶん今も見られてる」

 

「見られてる? 一体誰に?」

 

「それが分からないんだよ。罠を仕掛けて待ち伏せしたしやり過ごそうともしたんだけど、全然かからなかったし。45と416の代わりに私たちが追手を引きつけたんだよ」

 

「気のせい、だったりはしない?」

 

「そうだといいんだけどね。人形の私たちが言うのもなんだけどさ、こういう仕事してるとなんとなく気付いちゃうんだよね。45姉と416が真っ先に気付いたんだけど」

 

「ニートでも腕は少しも鈍ってないんだね。でも姿の一つも見れないなんて、厄介だね。ところで45はなんでまた米軍基地を探してるわけ?」

 

「45は、別にフーバーダムが一番重要なわけじゃないって言ってたんだ。えっとなんだっけな…ジャイアン基地だっけ?」

 

「違うよG11、シャイアン・マウンテン基地だよ! 北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)の地下司令部があった場所! 別にそこは戦前結構知られてた場所らしいんだけど、本来の入り口が崩れちゃってて別な入り口を45姉が探してるんだよ」

 

 シャイアン・マウンテン空軍基地。

 冷戦期に建造されたこの巨大な基地は核の攻撃による破壊からの守りが高く、電磁パルスの影響も受けにくい構造とされている。

 冷戦終結後、司令部は他の地上基地に移されることもあったが第三次世界大戦の脅威が近付くと再びこの地下基地が注目され、NORADが置かれたというが20年近くもアメリカが沈黙していた辺り何らかの原因によりこの基地も機能不全に陥ったのだろう。

 

「あーもう、旧米軍とかシーカーとか正規軍とか! なんなのみんなして裏でこそこそやっちゃってさ! 分かりにくいったらありゃしないわ!」

 

 いまだ敵の姿も見えず、というより誰が敵で果たしてこのアメリカの地に戦いに来ているのかさえ分からない日々。フーバーダムが重要かと思えばUMP45の考えでは違うといったり、決してシンプルとは言えない状況にFALは砲塔の上に身を横たえ不満を露わにした。

 諜報や腹の探り合いならMSFの優秀な諜報班やオセロットに任せればいい、自分は明確な敵に対しぶち当たるのみ…そう自負するFALにとって自分たちが置かれている状況に苛立ちを覚えていた。

 

「それでG11、今は謎のストーカーの気配は感じるの?」

 

「確信はないけど、今は離れたと思う」

 

「人形が第六感を当てにしたらいよいよお終いね」

 

「こら独女、イラついてるからって他の人にあたらないの」

 

「はいはい、分かりましたよッと…」

 

 面倒くさそうに身体を起こしたFALはそのまま戦車を降りてテントの中に入って行ってしまった、仲間の損な態度にVectorは小さなため息をこぼす。ひとまずここは補給基地、何がしたいのか分からないがあちこち探索に出ていたUMP9とG11のためにVectorは補給品と休息のための場所を提供する。

 念のため、周辺パトロールの数を増やし脅威となるであろう敵勢力の捜索にあたらせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん…ここらへんだと思うんだけど、全然検討がつかないわね」

 

 端末に、古いデータをダウンロードしたものを見つめながら416は荒野と岩山のあちこちを探索する。

 北方のトンネルは大量の瓦礫で埋没してしまっているために基地内部には入れない、重機などを用いればなんとかできそうだが生憎そのような便利な機械はこの場にない。他の搬送路も同じように塞がれてしまっているので、今は他に入り口がないかを探索しているところだ。

 

「ねえジョニー」

 

「なんだ巨乳」

 

「あのね、今度またそんなふざけた名前で呼んだら…はぁ、まあいいわ。45はどこ行ったの?」

 

「45姉ならあっちの農場に向かったぞ」

 

「農場? なんだってそんな…まったく、みんな好き勝手動いて」

 

 愚痴をこぼしながら、ジョニーに案内をさせて農場を目指す。

 木造建築の二階建てと納屋のある農場もまた人の管理がなくなったことで荒れ果て、柵の内側には白骨化した牛の死骸が放置されている。農場のどこにいるのか探そうとした矢先、UMP45が納屋の方から姿を現す。

 声をかけようとしたその時だ、突然農場一帯に銃声が鳴り響く。

 撃ったのは416でもUMP45でもない、咄嗟に身をかがめたUMP45は走りだし家屋の窓ガラスを突き破って家屋内に逃げ込んだ。

 

「風車の上よ!」

 

「おのれ! 45姉を襲うとはどこのどいつだ!?」

 

 416が指さした先の風車、そこの足場には黒の装甲服に身を包む兵士が一人いた。

 UMP45を襲われて激高したジョニーは怒りの声をあげると、肩に取りつけていた迫撃砲の砲口を風車に向けると容赦なく砲弾を撃ちこんだ。迫撃砲の一撃で風車は一撃で吹き飛ぶが、敵の兵士は着弾の寸前で風車から飛び降りていた。

 風車から地上まで高度はあったが、着地した兵士は何ごともなかったかのように動きだす。

 

「虫けらがッ!」

 

 そこへ、家屋内に退避していたUMP45が襲撃者に対し銃撃を浴びせかける…が、襲撃者の黒色の装甲服はUMP45の銃撃をことごとく跳ね返す。悠然と歩を進める襲撃者に対し舌打ちをする。

 

「ようやくお出ましね、米軍の残党め!」

 

 襲撃者は南部連合などの軍用人形とは明らかに違う外見、相手の正体は生身の人間…つまりアフリカでエグゼらを襲った特殊部隊と同じような兵士と推測する。戦術人形と同等かそれ以上の身体能力を持つサイボーグの兵士、ハイエンドモデルと張り合う彼ら相手に正攻法では分が悪いと判断したUMP45は、この場で唯一襲撃者を破壊できるであろうジョニーに命令を下す。

 

「ジョニー、奴を仕留めなさい!」

 

「承知したッ!」

 

 ジョニーの持つ主兵装の一つ、30mmリボルバーカノンが主の命令により起動する。強すぎるジョニーのスペックにかけられた制限、UMP45の命令によってのみ解放される兵器が今襲撃者に対し向けられる。 反動制御のため連射速度は抑えられているが、30㎜弾による威力はケタ違いであり着弾箇所は抉られるかあるいは爆ぜる。

 だが襲撃者も負けてはいない。

 人外じみた反応速度で砲弾を躱しながら、ジョニーに撃ち返す。襲撃者が用いる兵器は炸薬弾ではなく、エネルギー兵器…青い光弾の直撃を受けたジョニーの身体が揺れる、着弾時に爆発的なエネルギーを炸裂させる兵器を見たジョニーは空いたもう片方の手に重厚なシールドを装備し光弾を防ぐ。

 

「ジョニー!」

 

「手出し無用! この愚か者は、この私が倒す!」

 

 416が加勢しようとするがジョニーは拒否する…ジョニーの猛攻をスピードでしのいでいる襲撃者、襲撃者の攻撃をシールドで防ぐジョニー。互角に見える戦いだが押されているのはジョニーだ。襲撃者のエネルギー兵器を弾いていたシールドであるが、幾度も受けるたびにその装甲は破壊されていく。

 強がるジョニーに416は舌打ちし、グレネードランチャーに弾を込める。

 小口径の銃弾が無意味なら、より破壊力のある榴弾で吹き飛ばす。

 

「45!」

 

「分かってる!」

 

 416に呼応し、UMP45も動きだす。

 二人が動いたのを見た襲撃者は一瞬動きが鈍る、そこへUMP45が牽制射撃を行った。銃撃は装甲服を撃ち破れずほとんど無意味だが、襲撃者の気を引かせるのが狙い…同時に足下に転がされた発煙弾より煙幕が張られる。

 煙幕に紛れて一気に接近した416であるが、襲撃者はほとんど真後ろより接近した416を迎撃する。

 襲撃者の後ろ回し蹴りを腹部に受けた416は苦痛に呻き身をかがめた。

 とどめをさそうと銃口を向ける襲撃者、しかし不敵に笑みを浮かべた416に襲撃者は疑念を抱く…次の瞬間、煙幕の中からジョニーが飛び出し全体重を乗せた体当たりをぶち当てた。

 ジョニーの体当たりを受けた襲撃者は吹き飛ばされ、すかさず416が先ほど込めたグレネードランチャーの引き金を引く。グレネードが炸裂し、煙幕が爆風でかき消される…。

 

 

「間一髪ね!」

 

「ええ、そうね…何者かしら?」

 

 

 駆けつけたUMP45の肩を借りて立ち上がった416は、襲撃者が吹き飛ばされた方向を睨む…ジョニーの体当たりとグレネードの直撃を受けたのだ、無事ではすまないはずだ。ジョニーを先頭に仕留めた襲撃者の確認に向かう…瓦礫の中に横たわる襲撃者は装甲服が破壊され、サイボーグ化された肉体も損壊し火花をあげていた。

 

 

「こいつら、本当に人間? 機械そのものじゃない…」

 

「さあね、アメリカ脅威の技術力だもの何が来てもおかしくないわ」

 

 

 容姿は違えど、内部構造は他の軍用人形と酷似している。

 損壊したか所から見える体内に生身の臓器はなく、体表を覆う皮膚と筋肉があるのみ…それすらも人間に擬態するためだけのものに見える。

 

 

「見事見事、数人がかりとはいえよくうちの兵士を倒せたもんだ」

 

「あんたは…エグゼたちを襲ったデルタ・フォースの兵士かしら?」

 

「デルタだと? 冗談でも止めてくれ、陸軍の腰抜けどもと一緒にされては困る。オレは海兵武装偵察隊所属(フォース・リーコン)所属…マーカス少佐とでも名乗っておこうか」

 

 マーカス少佐と名乗ったその男は、先ほどの襲撃者と同様の黒ずくめの装甲服に身を包んでいた。武器は腰にさげた拳銃一丁のみ、両手を見える位置に置き敵対する意思がないことを表明しているようにも思えるが、対峙するUMP45や416は片時も気を抜くことは無かった。

 

「よろしく、やりたくはないわね。ようやく生き残りの米兵に遭遇したと思ったら悪名高い殴り込み部隊こと、海兵(ジャーヘッド)に出くわすなんてね。乗り込む船がないから国内の虱潰しをしてるわけね」

 

「口の悪いお嬢さんだ、気に入ったぜ。堅物のデルタはお前らを機械に過ぎないと思ってるようだが…オレはそうは思わん。誰が好き好んで物言わない鉄塊みたいな人形と任務をしたがる? 20年近く同隊以外の奴に会ってなかった、レディーに会うのも久しぶりさ」

 

「あら、口説いてるわけ? お生憎、機械なのか人間なのか分かったもんじゃない得体の知れない奴に気を許すわけないでしょ」

 

「気の強い女は好きだ、ますます気に入った。オレたちはれっきとした人間だ、少なくとも自分の脳で考えて動いている。お前たちのように人工知能(AI)で思考を制御されてるわけじゃない」

 

「なんだっていいわ。重要なのは、アンタが私たちに襲い掛かって来た敵だということよ。5分無駄にした」

 

「落ち着けよハニー。お前らがこそこそ嗅ぎまわってるから少しからかっただけだ。オレとしてはこれ以上子ネズミ狩り程度の仕事で時間を潰したくない……それよりどこかでゆっくり話でもしないか?」

 

Fuck You(くそくらえ)よ、ヤンキーの海兵さん。あんたと話すことなんてこれっぽっちもないわよ」

 

 どぎつい言葉を返した416にマーカスは声をあげて笑う。不愉快そうに顔をしかめる416は自然と引き金にあてた指に力を込めるが、UMP45がそれを制する。

 

「久しぶりに笑わせてもらったよ。お礼にお前たちが知りたかった情報を教えてやる…ほら」

 

 マーカスはおもむろに取り出した端末を、UMP45に投げ手渡す。端末には何かの地形データが記されているようであるが、UMP45はそれが探していたシャイアン・マウンテン基地の入り口であることに感付く。

 敵であるはずの彼が何故このようなことをわざわざ教えてくるのか、これが罠だと疑うのは当たり前だ。

 UMP45の疑念に、マーカスは答える…。

 

「今更行ったところで手遅れだと思うがな。まったく、栄光ある合衆国軍の全てが小娘に握られるとはな…」

 

「何を言ってるの?」

 

「じきに分かることだ。オレとしては、クソッたれの卑怯者どもに報復できる機会さえもらえればそれでいいのさ。さて、オレたちは準備をしなくちゃならないのでな…そろそろお別れだ。おいおい、そう身構えるな、お別れと言っても殺そうとするわけじゃない。お前らは傭兵だろう、わざわざ殺す理由もないさ。じゃあなお嬢さん方、今度会った時は味方だったらいいな」

 

 マーカスは踵を返し立ち去っていく、無防備な背を晒す彼にしばらく銃口を向けていた416であったが結局引き金を引くことは無かった。それよりも彼の言葉で気掛かりなことがある、それを確かめに行かねばならない、416とUMP45は互いに頷き合うと端末に示された位置情報に向けて走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっしゃーっ! ダム修復完了、長かった~!」

 

 数週間に及ぶフーバーダムの修復作業に従事していたアーキテクトは、最後の動作テストをクリアすると大声で叫び疲労が蓄積していた身体をそばに置いてあったパイプ椅子に預けるが、ぼろくなった椅子に座った瞬間パイプ椅子は壊れてアーキテクトの後頭部が固い床に叩き付けられた。

 

「なにやってんのあんたは?」

 

「うーイタタ……あ、スコピッピじゃん!」

 

「だれがスコピッピだよ。ダムが治ったみたいだね、それでアンタ次は何を企んでるわけ?」

 

「ぶっちゃけると、ここまでしか指示貰ってないんだけど…ゲーガー知ってる?」

 

「私が知るか」

 

 隣で不機嫌そうに腕を組むゲーガーに問いかけてみれば即答される。

 ダムの修復を律儀に行ってくれたアーキテクトに対し南部連合兵士たちは恩赦を与え、ゲーガーは拘束を解かれある程度の自由が約束された。二人を疑うアルケミストは面白くなかったが、二人を拘束していたのは南部連合兵士たちであり二人をどうするか決めるのは彼らの自由であった。

 

「お疲れさまですアーキテクトさん。おかげで我々の悲願がついに叶います…このダムで生み出す電力によってこの国の復興が進むことでしょう。お礼を言わせてください」

 

「えへへへ、どういたしまして~!」

 

 南部連合兵士のお礼を聞いてまんざらでもない様子のアーキテクトであったが、呑気に緩んだ笑みを浮かべている彼女を不機嫌なオーラを放つゲーガーが物陰の方に引きずっていく。周囲に人の目がなくなったところで、ゲーガーはアーキテクトに詰め寄る。

 

「おい、本当にこの後どうするか聞いていないのかお前は!?」

 

「何回もそう言ってるじゃん。私が聞いたのはダムの修復までで、後のことはグレイ・フォックスに任せろってこと」

 

「くそ…! グレイ・フォックスといい、ウロボロスといい一体何を考えているんだ!? 何の音さたもないじゃないか!」

 

「まーまー気楽に行こうよゲーガー?」

 

 相変わらず呑気な笑顔を見せるアーキテクトに、ゲーガーは腹を立てる。しかしそこへアルケミストが通りかかると途端にアーキテクトは怯えた様子でゲーガーの背後に隠れた。

 

「任務ご苦労だったな。お前らのアホ面見る限り、本当にここまでしかやるつもりがなかったんだな?」

 

「アルケミスト…うちの上司がずいぶん世話になったみたいだな。拷問好きのサディスト人形め、もしまたアーキテクトを苛めてみろ。お前が二度と拷問なんて出来ないようその腕をへし折ってやる」

 

「やってみなよゲーガー」

 

 互いに睨みあい、火花を散らす。一触即発の空気はたまたま通りがかったスネークとスコーピオンの仲裁でなんとか事なきを得る。ゲーガーとアーキテクトとはそこで別れ、スネークらはダムの制御室へと向かう。

 

「ところでスコーピオン、デストロイヤーの奴を見なかったか? さっきから呼びかけているんだが応答しないんだ」

 

「うーん見てないな。南部連合の人形たちには聞いてみた? このダム入り組んだとこあるし迷っちゃうし、おまけに通信障害が起きやすいし」

 

 不安定なデストロイヤーがそばにいないことでアルケミストは不安を覚えていた。ほんの少し目を離したすきにいなくなってしまったデストロイヤーを捜しているが見つからない、スコーピオンの言う通り南部連合の人形に聞いて見ようと思った時、ちょうど制御室手前のところでデストロイヤーを見つけた。

 

「デストロイヤー! まったく、どこに行っていたんだ!?」

 

「ごめんごめん、ちょっと道に迷っちゃって」

 

「もう、ドジなんだから。ちゃんと道を覚えなきゃ」

 

 お詫びの言葉を口にするデストロイヤーをそれ以上咎めず、ひとまず制御室内へと入る。そこでは南部連合の指揮人形がおりダムの再稼働のための作業を行っていた。どうやらすべての調整はアーキテクトがほとんどやってくれたようで、あとは簡単な作業を残すのみらしい。

 

「ここで生み出す電力は周辺都市へ回します。既に周辺都市の確保は我々の部隊が行っています。MSFの皆さんには是非都市部の復興の手助けをしていただきたいのです」

 

「それは分かったが…この国には住民は他にいないのか? いるのは暴徒化した人間だけだ、秩序を維持している人間たちの集まりは存在しないのか?」

 

「核攻撃後まもなく、全米で深刻な放射能とコーラップス液の汚染がありましたからね。E.L.I.Dに犯されて人ならざる者に成り果てた者が多くいました。ほとんどがメタリック・アーキアによる浄化と、我々の掃討作戦によって駆除はされました。おそらく善良なアメリカ国民の営みは残っていないかもしれません」

 

「そうか…いくら復興を掲げたとしても、人がいなければどうしようもない。お前たちが攻撃する野盗を捕まえて、復興に協力するよう説得してみるのはどうなんだ?」

 

「残念ながらE.L.I.D感染者との対話は不可能です。哀れですが、殺すしかないのです」

 

「E.L.I.D感染者? どういうことだ?」

 

 南部連合兵士が放った言葉に不可解なものを感じたスネーク、どうやらその場にいたスコーピオンとアルケミストも兵士の言葉に同じ疑念を抱いたようだ。だがその話題はダムの稼働操作のために途切れることとなる。

 20年近く停止していたフーバーダムがようやく稼働を再開する。

 制御室の操作によりダムの放水弁が動きだし、大量の水が流れ出る。流水の力によって水車はまわり、それを動力として発電所タービンが回され電力が生み出されていく。

 

「成功です! 素晴らしい、これで不足していた電力が補えますね! MSFの皆さん、改めてお礼を言わせてください!」

 

「どういたしまして。ねえスネーク、本当にこれでいいのかな? あたしら、何か見落としてたりしない?」

 

「分からん。さっきUMP45から連絡があった、NORADの基地に潜入したらしいが…」

 

 ここまで米軍その他の勢力で大きな行動を起こしたという情報はない。つい先ほどUMP45より海兵隊兵士と接触があったという情報が寄せられるが、ほとんど何も起こさず立ち去ったとのことだ。何も起こらないことがかえって不気味だ、スネークもスコーピオンも何か見落としがないかを何度も考えるのだが…。

 その時、制御室がざわめき始める。何ごとかといぶかしむスネークに、南部連合兵士たちは困惑した様子で戸惑う理由を口にした。

 

「我々が想定していたルートに電力が送られていません。誰かがダムの再稼働前にルートの変更をしたとしか…」

 

「そんなことを一体誰が?」

 

「分かりません。ダムには他のいかなる者もいれていませんが」

 

 だとしたらダム内部の誰かが意図的に操作をしたとしか考えられない。

 南部連合の人形たちは一つの意思のもと動いているために一つの個体が勝手に動くことは考えられない、必然的にスネークらMSFかゲーガーとアーキテクトに疑いが向けられるが、誰も心当たりはない。

 

「なあデストロイヤー、お前本当に道に迷っていただけなのか?」

 

「アルケミスト? え、そういったじゃん」

 

「本当なんだな? 聞くが、少しの時間記憶に抜けがあったりはしないか? 自分がどこをどう歩いていたか思いだせるのか?」

 

「ちょっとやめてよ、私を疑ってるの!? この間からおかしいよアルケミスト!」

 

「おかしくなっているのはお前だデストロイヤー! もうダメだ、帰って精密検査をしてもらうべきだ!」

 

「いい加減にしてよアルケミスト! 私をそんな風に見ないでよ!」

 

 腕を掴んだアルケミストの手をデストロイヤーが振りはらう。いつも仲の良い二人の滅多に見ることのない口論にスコーピオンとスネークは動揺する。

 口論があまりにも激しくなるので二人を引き離した時だ…デストロイヤーは突然声をあげて笑いだす。彼女の異様な姿にみんな驚きを隠すことが出来ずにいた。狂ったように笑い続けるデストロイヤーを前にアルケミストはどうすることもできず呆然としている…。

 

 

「電力の送電ルートが判明しました。どうやら、地下送電線を通じて各軍事基地に送られているようです――――」

 

 

 




あっ(察し)





第二弾、たぶん本編で語られない裏設定

大戦後の指揮命令系統の混乱により、放射能汚染やコーラップス液の対応に遅れが生じる…命令に忠実な軍用人形(南部連合)たちはE.L.I.Dにより変異していく人々に対し、感染者といえどアメリカ国民と認識していたため攻撃することが出来なかった。
当時の指揮官がプログラムを修正し攻撃を可能としたが、電磁パルス等の影響で命令に狂いが生じ、変異に至らない極めて軽微なコーラップス液粒子を受けたアメリカ国民をも感染者と認識…攻撃の対象としてしまった。

その結果、汚染に加え軍用人形たちの一方的な攻撃に晒されて生存していたアメリカ国民は全滅していくことになる。
現代の米軍特殊部隊が南部連合と敵対しているのは、彼らもまた感染者と認識されているから…。

スネークのことをアメリカ国民と認識できたのは、コーラップス液を受けていないためだった。


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解き放たれた力

  大きな揺れに見舞われたUMP45たちは、瞬時にそれがこの場だけでなく世界を…時代そのものを動かす大きな揺れであることを確信した。アメリカ海兵隊員のマーカスより教えられたシャイアン・マウンテン基地の隠し通路より基地内部に潜入した3人が見たのは、破壊されたばかりの軍用人形の残骸だった。基地への侵入者は自分たち以外にも存在する。

 大きな揺れが起こったすぐ後に、それまで光源のなかった基地内部に明かりが灯る。

 フーバーダムより生み出された電気が、地下の送電線を通りこの基地を眠りから覚ましたのだ。

 

「ダムが動いた?」

 

「そうみたいね。急ぎましょう、私の勘が急げって言ってるわ」

 

 基地内部に入る前にスネークととり合ったやり取りで、ダムは本来周辺都市に電力を送るだけで軍事基地にまで送る計画ではないと聞いた。だがこうしてこの基地に電力が送られている辺り、ダムで何かしらのトラブルか何かが起きたに違いない。

 いくつものゲートを潜り抜け地下への階段を駆け下りていくと、激しい銃撃戦の音が鳴り響く。

 地下の広大な格納エリアに到達したUMP45が見たのは、鉄血の装甲人形と別勢力の軍用人形がぶつかり合っている場面である。別勢力の軍用人形はUMP45の知識にもある個体であり、それが属する勢力を察し舌打ちをうった。

 

「サイクロプス…! 正規軍の軍用人形が何故ここに!?」

 

「おおかた正規軍もアメリカの軍事力を手に入れたいか、目覚めるのを阻止したいんでしょうね!」

 

 戦闘は正規軍側の軍用人形サイクロプスが圧倒している。

 正規軍がその目的のために開発した軍用人形であり、民間企業が製造した類似品とは違い性能面において圧倒している。鉄血が既存の装甲人形に改良を加えたといえどもその差は埋めきれず、サイクロプスの攻撃によって何体もの鉄血人形が破壊されていく。

 しかし鉄血側は数の利でそれを埋める。

 倒れても新手が次々と現れ、大口径弾や対戦車砲などの高威力の兵器を持ちだし正規軍側に対し攻撃を仕掛けていくのだ。

 

「どうするの45?」

 

「どっちも相手にするつもりはないわ。勝手に潰しあわせておきましょう」

 

 ジョニーがいるとはいえ数で劣るUMP45たちがこの戦闘に介入する利は全くない。

 互いにぶつかり合う勢力を迂回し先に進もうとした時、一人の戦術人形が物陰から飛び出し416に襲い掛かる。

 

「くっ…!? あんたは…!」

 

 間一髪、銃撃を横っ跳びで避けることができたがサイクロプスも気付きこちらに対し攻撃を仕掛けてきた。

 416に攻撃を仕掛けた戦術人形はすぐにまた物陰に潜み姿を消し、二人の銃撃をものともしないサイクロプスたちが二人に迫ってくる。

 

「ジョニー! 416を援護して!」

 

「Yes,ma'am!!」

 

 重厚な装甲を持つジョニーがサイクロプスたちに立ちはだかり、装備したキャノン砲で牽制しつつはぐれた416を援護する。分厚い背の後ろに416を隠し、UMP45が身を隠す場所までの橋渡しを行う。

 移動の最中にも容赦なく銃撃をしてくるサイクロプスに対し、ジョニーの57mmキャノン砲が火を吹いた。砲身より撃ち放たれた砲弾はサイクロプスの胴体に命中すると、サイクロプスの上半身を喰いちぎり真後ろの壁にまで貫通し爆砕。

 

「見直したわよ変態ジョニー!」

 

「変態は余計だ巨乳!」

 

 お互いに軽口を叩き合う両者、UMP45も隠れる遮蔽物に身を隠すと先ほど襲い掛かってきた戦術人形が再び撃って来た。それは立ちはだかるジョニーの装甲によって弾かれるが、それは牽制射撃…足下に転がされた手榴弾を見た時、ジョニーは咄嗟にUMP45と416に覆いかぶさるようにして手榴弾の炸裂から二人を守る。

 

「ジョニー! チッ、うちのかわいい部下によくもやってくれたわね!」

 

「え?45姉いまなんて? かわいいって…」

 

「うるさい!」

 

 手榴弾の一撃を間近で受けたジョニーは背中にダメージを負ってしまった。仲間をやられたことに激高しつつもUMP45は冷静であった、彼女は残っていた発煙弾を転がし辺り一面に煙幕を張ると二人を連れて走りだす。

 煙幕に紛れながらUMP45は見つけたガスボンベの弁を開き、残ったガスボンベも倒していく。

 UMP45の意図を察した416もまた、協力して付近の可燃物を辺りに撒き散らす…頃合いをみて三人はその場を離脱すると、UMP45がゲートの前で立ち止まった。

 

「マザーベースで火遊びは厳禁だけど、ここは無法地帯だものね」

 

 ガスライターに火をともし、可燃性ガスの充満するフロアへ放り投げる……すぐさまゲートを抜けて脱出しようとしたその時、煙幕の中より先ほどの戦術人形が姿を現すとその勢いのままにUMP45に跳びかかる。次の瞬間、ライターの火がガスに着火し、凄まじい爆発を起こす。

 ゲートをくぐった先の坂を、UMP45は襲い掛かって来た人形と組み合ったまま転がり落ちていく。

 

「この…邪魔だ!」

 

 勢いが止まったところで組みつく人形を蹴り離そうとするが、難なく避けられ再びもつれ込む。取っ組み合いに邪魔な互いの銃を手放し、殴り合う…マウントをとられたUMP45は振り下ろされる拳を避けながら、隙をみて腕の関節を取ろうと試みるが相手もそうはさせまいと押さえ込む。

 ナイフを手に取ったUMP45はそれで相手を貫こうとしたが失敗、逆にその腕を抑え込まれ目の前に拳銃をつきつけられる。

 

「そこまでよ!」

 

 拳銃の引き金が引かれる前に、駆けつけた416がUMP45を組み伏せる人形の首にナイフをあてがう。

 ガスマスクで口元を覆い隠すその人形はそれでも拳銃を下ろすことは無く、それを見て416のナイフを持つ手に力が込められ彼女の首筋にうっすらと赤い筋が刻まれる。

 

「あなたの方こそそこまでよ?」

 

 その声に反応する間もなく、416は頭を蹴られ弾き飛ばされる。

 

「少してこずったみたいねAN-94。でもそいつらは敵じゃないの、相手にする必要ななかったのよ?」

 

「でもここにいる奴らは全員敵だと」

 

「MSFが来るのは計算外だったからね…」

 

 不敵に笑みを浮かべるAK-12は拳銃をつきつけるAN-94をなだめると、彼女はそれに従い銃を下ろす。しかし後からその場にやって来たジョニーはUMP45を組み伏せているAN-94を見るや激高し、その砲口を二人に向けるのだ。

 

「あら、そんな物騒な武器ここで振り回すのは感心しないわね、下ろしておきなさい」

 

「どこの誰か知らんが、45姉にあだなす不届き者はこの守護神ジョニーが叩きのめしてやるッ!」

 

「フフ……言われた通り、下ろしなさい?」

 

 AK-12は片目だけ開いてみせると、ジョニーに対し微笑みかける。

 そのとたん、それまでいきり立っていたジョニーは急に黙り込むとゆっくりとキャノン砲を下ろす。視覚センサーの明かりが消えたのを見るに、強制的にシャットダウンをされたようだ…。

 

「米軍の軍用人形は複雑ね。完全に手駒にできればいいんだけど…」

 

「お前、ジョニーに何したの!?」

 

 弾き飛ばされた416は起き上がり銃をつきつけるとAK-12もまた416に銃を向ける。いまだ組み伏せられたままのUMP45に対しAN-94は再び拳銃をつきつけた…多勢に無勢、そんな状況に416は舌打ちをするが…。AK-12は何を思ったのか、ホルスターから拳銃を抜き取ると何もない空間にそれを向けた。

 一見何もいないその空間が霞のように揺れ動くと、青白い電磁波が流れ一人のサイボーグ兵士が姿を現した。サイボーグ兵士の手に握られたブレードはAK-12の首につきつけられている。

 

「AK-12…!」

 

 AN-94の方は彼の出現を全く予期していなかったのか、AK-12が追い詰められたと思い込み動揺する。その隙にUMP45は投げ出されていた自身の銃を手繰り寄せ、銃口をAN-94に向けた。

 

「これでお互いさまね。感謝するわグレイ・フォックス、あんたの狙いがいまいち読めないけれど…?」

 

「あらあら、やっぱり殺しておけばよかったわね。まさかこうも堂々と私たちにケンカを売ってくるとは思わなかったわ。グレイ・フォックスって言ったわね、最近軍に破壊工作してるのって…もしかしてあなただったりする?」

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どっちにしろ、お前たちを恨む連中は多い」

 

「返す言葉もないわね。でもね、大戦はもうとっくの昔に終わってるのよ…今更蒸し返されるのもたまったもんじゃないのよ? こっちはただでさえ忙しいのにね…戦争屋のあなたには関係ないかしら? あなたとあなたの後ろにいる奴が何を企んでるかは分かってるのよ?」

 

「ならば話は早い。ここから消えろ、もちろんお前たちもだ404小隊」

 

「は?なによそれ?」

 

「噂の404小隊も大したことないわね。こいつらの狙いは戦乱そのものよ……そうでしょう?」

 

 AK-12は不敵に笑う。

 グレイ・フォックス、そして背後にいるであろうウロボロスの狙い…それは今も昔も変わってなどいない。果てしない戦乱と動乱の時代、戦いの中に生きる兵士たちが永遠に輝ける戦場の創造だ。

 災害と大戦を経験した世界が、新たな世界秩序を創り出していくのに対しウロボロスが叩きつける宣戦布告。

 

「オレもウロボロスも、米軍戦力を保有することなどは考えていない。だが、ここから解き放たれる力が世界の規範を壊し戦いの時代を迎え入れる。オレやウロボロス、あの少年にはなによりそれが必要だ…お前たちが基地に仕掛けた爆弾は全て排除した。もうどうすることもできん」

 

「へぇ、やってくれたわね。久しぶりに頭に来たわ…」

 

 静かな怒りを、AK-12は示す。

 不穏な空気を纏う彼女に銃口をつきつける416であったが、ふと視界の端に映る一人の人物に気をとられた。

 いつからそこにいたのか…薄く青みがかった長い白髪を指に絡めながらその女性は鋭く、猫を思わせるような勝気な瞳で眼下のやり取りを見下ろしていた。その存在に気付いた416と目が合うと、彼女は端麗なその顔立ちに無垢な少女そのものに微笑む。

 

「シーカー…?」

 

 416、何故自分がそう思ったのかは自分でも説明しようがない。

 だが彼女の姿を一目見たその瞬間から、彼女が何者であるかを察する…416の口から洩れた言葉を聞いた全員の視線が、彼女に向けられると、シーカーは待っていましたとばかりにゆっくりと立ち上がる。

 

「ようこそ諸君、初見の者も多いであろうから名乗っておこう…鉄血工造ハイエンドモデル"シーカー"である。それにしても豪勢な顔ぶれだ、正規軍、ウロボロスの懐刀、MSFの404小隊…私も付け加えるのなら――――」

 

 シーカーの仰々しい語りは突如銃声に阻まれる。引き金を引いたのはAN-94、しかしその銃弾はシーカーを射抜くことは無く彼女のすぐそばのコンテナに当たる。狙われたシーカーは相変わらず笑みを浮かべたままであるが、反対にAN-94は明らかに取り乱していた…その様子に相棒であるAK-12は眉をひそめる。

 

「行儀の悪いお嬢さんだ、まあいい。さて残念ながら悲報を先に述べさせてもらいたい……既に合衆国の全権限は我々が掌握させてもらった。正規軍、そして404小隊…君たちがここに辿りついたのは本当に素晴らしいことだ、君たちの狙い通りだ」

 

「結構なことね…この私がここまで誰かの手のひらの上で踊らされたのは初めてよ」

 

「そう悲観的になることは無い。結果が全てではない、過程や工程もしっかりと評価されるべきだと私は考える。君たちはよくやったと思うよ、ただ今回は私が一歩先を行ったにすぎん」

 

 シーカー本人は丁寧に言葉を選んだつもりだっただろうが、それはAK-12のプライドを大きく傷つけることとなる。表情から完全に笑みを消したAK-12の姿を見たAN-94は再び銃口をシーカーに対し向けるが、その引き金を引くことは無かった。

 

「AN-94、撃つつもりがないなら銃を構えないで」

 

「違う……これは…」

 

 相棒の珍しいその反応にAK-12は怪訝に思うが、AN-94は引き金に指をかけたままであからさまに動揺している。その姿に何か仕掛けられたかと思った彼女はシーカーを見上げるが、シーカーはただ笑みを浮かべたままで佇んでいるだけであった。

 

「ここで君たちとやり合うつもりはないさ。来るべき時に正々堂々勝負しよう…さて、ここにはほんのあいさつをしに来ただけだ。そうだ、少し課題をやろう…無論、君たちなら簡単にクリアできると信じているよ」

 

「待て!チッ……!」

 

 踵を返し立ち去るシーカーを追おうとした矢先、フロアのゲートが開くと多数の軍用人形たちがその姿を現した。オリーブドラブ色の真新しい装甲を見た一同は、それらが長い眠りから目覚めた正真正銘アメリカの軍用人形であると察する。

 戦況の不利を悟り、AK-12はさっさとその場を離脱する。

 

「あいつ!」

 

「ここに留まっても得られる物は何もないからね、ムカつくけど懸命な判断よ! それよりジョニーを再起動するから手伝って!」

 

 ジョニーを停止させたままAK-12が逃げてしまったため、急ぎUMP45と416はジョニーの再起動を試みる。

 しかし軍用人形たちは列をなして二人へと迫っており、少しの猶予も許されない…416の頭にジョニーを見捨ててこの場を逃れることが思い浮かんだが、頭を振って邪念を振りはらう。その気持ちはUMP45も一緒であった。

 いよいよ敵の人形が迫って来た時、グレイ・フォックスが二人を守るように立ちはだかる。

 

「あんた…」

 

「お前たちのためではない。ビッグボスへの借りを返すためだ」

 

「一応礼を言っとくけど、あんたといいウロボロスといいよく分かんないわね!」

 

 グレイ・フォックスが人形たちに単身向かっていったのを見届け、急ぎジョニーを再起動させる。幸い単純にシャットアウトされただけであり、再びいつもの調子で喚きだし始めるジョニーを叱咤し、その場を離脱する。脱出の最中、UMP45は何を思ったのか一人離れていく。

 

「ちょっと45! あんたどこに行くつもり!? 待ちなさい!」

 

「ジョニーと先に脱出してて! 後で合流するから!」

 

「45! このバカ! またエグゼに怒られても知らないわよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かっていたことだけど、圧巻ね……ここの基地だけでも鉄血の保有戦力と同等か上回ってないかしら?」

 

 生み出された電力により再起動された米軍無人機群、隊列を組み地上へ向けて行軍する人形たちの大軍をドリーマーは感動した様子で眺めていた。その傍らでは、黒のボディースーツに身を包むシーカーがこの基地に来る前に用意した装備品を装着していた。

 

「すまんドリーマー、ちょっと手伝ってくれるか?」

 

「なに?」

 

「髪が上手く纏められん」

 

「しょうがないわね…」

 

 ため息を一つこぼすが、ドリーマーはどこか嬉しそうな表情でシーカーの背後にまわると彼女の青みがかった白髪を手に取り、うなじの辺りで一つにまとめてあげる。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして。ところでそのサーベルに意味あるの?」

 

「騎士足るもの常に帯刀しておらねばな。さて帰ろうかドリーマー、後のことは彼に任せよう」

 

 シーカーの視線の先には、デルタ・フォースの隊員たちがいる。

 

「貴様に忠誠を誓ったわけではない。欧州に侵攻できるならと手を組んだだけだ…」

 

「それで構わんよ。君らは君らの忠義で動けばいいさ……だがな、我々や主に敵意を持とうとは思ってくれるな。国家指揮権限(アメリカの軍事力)は全て我々の手中にあるのだからな」

 

「………」

 

 デルタ・フォースの大尉は何も言わず、その場を立ち去っていく。

 彼を見届けた後、シーカーはドリーマーを伴い基地を出るため移動する…この地で行えることを全て済ませたシーカーは達成感に酔いしれており、リラックスした様子だ。

 

 シーカーの気のゆるみをまさに狙っていたのは、UMP45だ。

 

 タイミングを見計らい飛び出したUMP45は即座に引き金を引く。驚きに満ちた表情のドリーマーとは対照的にシーカーは笑みを浮かべたまま、放たれた弾丸はシーカーを少しも傷つけることはなく背後の壁に着弾した。

 すかさずUMP45はナイフを手に襲撃をかけるが、接近戦をシーカーに仕掛けることは無謀であった。

 ナイフを握る腕を捕らえられ、足を払われて組み伏せられる。

 大した力も込めずにUMP45を無力化して見せるシーカーの強さに、ドリーマーはケラケラと笑っていた。

 

「バカねあなた! 単身でうちのシーカーに勝てると思ったの!?」

 

「ぎ、疑問を解決したかっただけよ……なんとなく、アンタの仕組みが分かったわ…!」

 

「ほう? やはり404小隊の部隊長は優秀かな?」

 

「シーカー、あんたまた悪い病気発症してないでしょうね? 今度はしっかり殺しなさいよ?」

 

「ここではまだ何もしないと言っただろう? それに、単身私に挑むこの勇敢さ…この場で殺してしまうのは惜しい。だが…」

 

 UMP45を解放し、シーカーは数歩後ずさる。

 すぐに立ち上がりナイフを構えたUMP45に対し、シーカーは笑みを浮かべ右手をかざす。

 

 

「UMP45、お前という存在もまた私の探究心を満たしてくれそうだ。人間が持つ無限の可能性は分かり切ったこと…では人形が持つ強さとは? UMP45、お前はいかにして今日まで生きてきたのか? お前の強さの源に興味があるのだよ………BLACK OUT(ブラックアウト)―――」

 

 

 

 

 

 

 突然、UMP45の目に映る全てが暗転し深い闇が目の前の全てを埋め尽くす。

 真っ黒な世界の中で不思議なことに自分の姿だけははっきり認識できる、不可思議な事態にUMP45は混乱しかけるが何とか落ち着きを取り戻そうとする。そんな時、暗闇の中から小さなささやき声が聞こえてきた…。

 UMP45はその小さな声に耳を傾ける。

 その声は小さくか細くて、しかし懐かしくもありもの哀しくもあるその声は、聞き覚えのある声だった。

 

 

『――――何があっても、あんたは生き残らなきゃいけないの―――』

 

 はっきり聞こえたその声に、彼女は目を見開く。

 シーカーは何をした?

 今ははっきりわかる、シーカーは…あの女は、不届きにも封じられた記憶を…。UMP45はすぐにシーカーを追いだす方法を考えるが、それは叶わなかった。

 真っ暗だった世界におぼろげに浮かぶ光景……銃身を握りしめ、銃口を自身の頭に誘導する少女の姿。微笑みを見せながら死を享受しようとする少女の姿に、UMP45は暗闇の中で呆然と立ちすくむ…。

 

 

『あんたが生きてくれてこそ、あたいが存在したことに意味が生まれるんだよ。さよなら、45。あんたがあたいを覚えていてくれたら……それだけで、あたいは幸せだよ……』

 

 

 

 




こんな場面で深層映写ネタをぶち込んでくる作者が世の中にいるらしい()
シーカーの能力のヒント→MGS2にフォーチュンっていたよね??


ちょっと分かりにくかったから各勢力の狙いを箇条書きするぞ!
正規軍→米軍復活阻止、あわよくば戦力の奪取、言うこと聞かない周辺諸国に平和を執行するぞ!
米軍特殊部隊→米軍復活による欧州侵攻、先にシーカーに指揮権限をぶんどられたんご
ウロボロス→米軍の進行による戦争の拡大、正規軍の妨害、イーライにステキな殺伐世界をプレゼント
MSF→他の奴らがあくどすぎて何もできん!



※ 本編登場の米軍の軍用人形紹介!

量産型汎用戦術人形パラポネラ

正規軍が運用する軍用人形に酷似したこの戦術人形は、米軍無人機の主戦力とも言うべき戦術人形。
他の多くの軍用人形と同様に強固な装甲を持つがコストを抑えるため正規軍の軍用人形よりは若干防御性能において劣る…がその恐ろしさはその圧倒的な量産性によってできる大量運用であり、戦闘に応じて装備を切り替え、対歩兵・対戦車・対空迎撃を行える高い汎用性だ。
物量の米軍を象徴するような設計思想となっている。


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Civil War

 それは封じられていたはずの記憶、自分自身でさえ覗き見ることができないはずの遠い記憶のはずだった……。

 

 

 

「――――100発撃って半分も命中しないとはどういうことだ! 模擬訓練でこんな成績じゃ実戦はどうなる!?」

 

 怒鳴りつけてくる指揮官に対し、私は再び銃を構えて訓練場を走りぬける。訓練場内の射撃的を捕捉するたびに銃を構えて引き金を引くが、弾は狙いをそれてあらぬ方向へと飛んでいく…そんなふがいない場面を晒す度に、指揮官の怒鳴り声が響く。

 

「基本的な戦術システムさえインストールされていないのか!? 役立たずがうちの小隊に入っても、足を引っ張るだけだぞ!」

 

「す、すみません……」

 

「ろくに銃も構えられないとは、戦術人形として失格じゃないか!」

 

「すみません、本当にすみません……」

 

「ソフトが使えないのなら、身体で動きを覚えろ! 射撃スコアが合格ラインに届くまで宿舎に戻ってくるな!」

 

「はい、すみません……」

 

 ろくな成績をあげられない私を何度も叱りつける指揮官に対し、私はただ謝ることしか出来なかった。他の人形のように素早く動くことも、正確な射撃も行えない、そうするたびに指揮官に叱られて落ち込んでいく…悪循環に陥り抜け出すことが出来ない。

 このままでは実戦にも参加できない…ふと、私は実戦に参加するために必要なダミーの事を口にしたが、それがまた指揮官を怒らせてしまった。

 

「このザマでダミーを要求するのか!? 寝言は寝て言えこの欠陥品が!」

 

「はい……」

 

 一人残されてしまった私はしばらく動くことが出来なかったが、もう一度射撃位置に戻り銃を握る。

 離れた位置にある射撃用の的は動くことはせず、私はじっと狙いを定め引き金を引く…だが、やはり弾は的に命中せず。その後の射撃で当たったのは半分にも満たないありさまだった…。

 

「どうして、どうしてできないの…?」

 

 他の戦術人形が当たり前のようにできていることが、今の私には全くできない。

 

「だめ、いつまでも落ち込んでちゃ。練習を続けるしかないんだから、もっともっと練習しなきゃ。認めてもらえるまで、努力しなきゃ……」

 

 それでもあきらめるわけにはいかない。私にはまだまだ努力が足りないだけだ、他の人形よりも遅れているのなら他よりもっといっぱい努力してその差を埋めなきゃいけない。いつか、いつかこの努力が実を結んでくれる…そう願いながら、私は再び銃を握る――――

 

 

 

 

 

 

『―――――訓練終了、ログアウトしてください。UMP45………今回の射撃訓練評価、不合格。装備とコンディションを整え、次回の訓練に備えてください』

 

 訓練場に響いたアナウンスの音声を聞いた私は、落胆しそばにあったベンチに腰掛ける。

 

「やっぱりダメだ…命中率が30%以下まで下がっちゃったわ……」

 

 訓練成績を示すモニターには、ここ最近で一番酷いスコアの数値が表示される。

 何度練習しても上手くいかない、ちょっと前までは順調にスコアを伸ばしていたはずなのに、今回の成績を見て私は再び自身を喪失する。

 

「一体どうしたらもっと上手になるの…? 他の人よりたくさん訓練してるのに…」

 

 どれだけ努力を重ねても差は埋まらないどころかどんどん引き離されていく。自分がイメージする通りに体が動いてくれないようで、いつも他の人より遅れてしまう。私が落ち込んでいると、一人の少女が声をかけてきた。

 

「あらら、元気出しなよ新人さん!」

 

「あ、指揮官…こんにちは!」

 

 私は慌ててベンチから立ち上がって目の前の少女を相手に敬礼を向ける。するとその少女はおかしそうに笑う。

 

「そんなにかしこまらないでよ。ほらほら、座って! ていうか、あたいが指揮官に見えるの? そんなこと言われたの初めてだよ!」

 

「え? じゃああなたも…人形?」

 

「おかしい? あたいの表情が豊かだから? まあそれくらいしか長所がないんだけどさ……とにかく! あたいもあんたと一緒、新しく入った人形だよ。よろしくね!」

 

「あっ、よろしく…あと、ありがとう」

 

「お礼はいいって、仲間なら励ましあって当然でしょ! ここ座ってもいい?」

 

「うん」

 

 明るい表情の彼女を見ていると、なんだかさっきまでの沈んでいた気持ちが晴れていくような気がする。私は声をかけてくれた彼女にベンチを譲ると、彼女は嬉しそうに座るのだ。

 どうやら彼女はたまたまここを通りがかった時、私が一人で訓練しているのを見て様子を眺めていたらしい。彼女は、私に上級射撃管制システムがインストールされておらずそれが射撃成績に影響を与えているのを見抜いていた。

 努力が報われず落ち込む私に対し、彼女は気にするなとポジティブでいるよう笑いながら言ってきた。

 だが戦術人形として結果を残し、指揮官に選んでほしいという思いがある。それが、私の価値になるのだから…。

 

 そう言うと、彼女はおかしそうに笑った。それに少しばかりムッとしたが、彼女もまたここでは私と同じで誰にも必要とされない人形なのだと打ち明けてきた。そして、彼女は自分の銃を見せてくれた…シリアルナンバーは消されているが、同じ工廠で造られたものだと分かる。

 

「あたいはUMP40。あたいたちは間違いなく運命で結ばれた姉妹なんだよ! ちゃーんと面倒を見てあげるからね!」

 

「え? 面倒を見るって?」

 

「出荷されてから今まで、同じ境遇を味わってきた仲間でしょ! 仲良くしないわけにはいかないじゃん?」

 

「でも人形が他人と仲良くなんて、変じゃない…」

 

「おバカさんね…あたいたち疑似感情モジュールをインストールされてるんだよ? これってつまり、戦いだけじゃなく本物の人間と同じように過ごして欲しいってことだよ! 本物の人間なら、友達の一人や二人はいるもんでしょ?」

 

 彼女…UMP40の言葉にはみょうな説得力があり、私自身確かにそうだなと思うところがある。そんなこと今まで一度も考えなかったことであるが、しかしそうだとしても自分たちの仕事にどう関係があるのだろうか?

 私の疑問にUMP40は明るく答えてくれた。

 

 自分たちは確かに一人前の働きもできない半人前、しかし二人の力が合わされば一人前になれるんだ。任務や命令、他者との関係などたくさんの困難はあるだろうが一緒に力を合わせてやっていこう…。

 

 そんなことを言われたのは初めてのことだった。私の中の疑似感情モジュールが嬉しさを表現していた。

 ふと、UMP40が訓練はもういいのかと言ったことで、わたしは急いでチャンネルを確認する。しかし指揮官は既にログアウトしており、私はここでやることがなくなってしまった。

 このことに、UMP40は怒りをしめす。

 

 私にとって指揮官は決して悪く言ったり逆らってはいけない存在なので、彼女がぼろくそに指揮官を酷評するのはある意味新鮮だった。

 

「性能がだめなら置き去り、そんな奴が指揮官だなんて! 性能より人形との信頼を築く方がよっぽど大事でしょ!?」

 

「そうは言っても、指揮官の決定と命令は絶対よ。きっと、今の私じゃ指揮官と信頼を築く資格もないのよ」

 

「そんなに自分を蔑まないでってば。そうだ、ならあたいがアドバイスしてあげようか? まあ、耳を傾けるほどの価値があるかはあやしいけど…」

 

 UMP40自身が自分のぽんこつぶりを揶揄してみせるのに、私も少しばかり笑みがこぼれる。

 でも彼女の手助けは今まで誰にも頼ることが出来なかった私にはとても心強く、嬉しかった…どうせ私には失うものなどないのだから。

 そしてUMP40はまず最初に、私のネガティブな思考を止めることを言ってきた。確かに落ち込んでばかりでは何も上手くはいかない。しかし口で言うのは簡単だが、それを実行に移すのは難しい。

 

「大丈夫よ、あたいが助けてあげるから! 気分をあげることに関してはあたい、お手のもんだからね!」

 

「ほんとに?」

 

「これからきっとよくなるよ、あたいを信じて! まず第一歩はこれ!」

 

 そう言うと、UMP40はそっと軽く握られた拳を私に向けてきた。なんの意味があるのか分からないその行為に私が戸惑っていると、UMP40は小さく微笑みながらその意味を教えてくれた。

 

「拳を合わせれば、約束を交わしたことになるの! あんたがあたいを信じてくれるなら、あたいもあんたに約束する……いつか、すべてが変わることを約束するよ…」

 

 私は微笑む彼女の顔を見た後、彼女の差し出された拳に視線を下ろす…。

 

 欠陥に近い私が本当に変われるのか?

 いつか報われる日が来るのだろうか?

 いや、私は失うものなんて何もない、ならUMP40がせっかく手を差し伸べてくれているのだから……私は、自分の手のひらを見つめながら軽く手を握る。私がその拳を彼女の拳に合わせて見せると、UMP40は嬉しそうに微笑んだ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ん…?」

 

「おぉ! 45姉が起きたぞ巨乳!」

 

「だから、それで呼ぶなって言ってるでしょうが! ようやくお目覚めね45、G11みたいに寝てた気分はどう?」

 

「寝てた…?」

 

「あんた基地の出口近くで横になってたのよ? まったく呑気なのかなんなのか…」

 

 今はジョニーの腕に抱かれているUMP45は、少しずつだが自分が何をされていたのかを思いだす。突然視界が真っ暗になり、そして見えてきたもの……封じられていたはずの記憶を、あのシーカーに見られてしまった。自分のメンタルを土足で入り込まれたわけであるが、不思議なことに嫌悪感や怒りなどは感じられず、それよりもどこか懐かしさと…虚しさを感じていた。

 荒野を走りぬけていると、空の向こうより数機のヘリが飛来してきた。

 MSFのロゴが描かれたヘリは3人のそばに着陸する、ヘリの内部から飛び出してきたのはエグゼとハンターだ。

 

「迎えに来たぞ、早く乗れ!」

 

 大柄なジョニーは大型のヘリに乗せ、416とUMP45のみをヘリの自分たちの機内へと乗せる。再び離陸したヘリは西の方角、フーバーダムのある方角へと向かう。

 

「フーバーダムに行くの?」

 

「そうだ。あちこちで大変なことになってるらしいぞ、米軍基地から次々に無人機が出現している」

 

「お前らあの辺の基地でなんか見つけたのか?」

 

「ええ、シーカーの奴がいたわ。また見た目が変わってた、たぶん完全体よ……聞いて、鉄血が米軍の全権限を掌握したわ」

 

「シーカー!? ってことは腰ぎんちゃくのドリーマーの奴もいたってことか!? ちくしょう、オレも一緒に行って仕返しすりゃ良かったぜ…」

 

 以前、ドリーマーに狙撃されて重傷を負ったことのあるエグゼは惜しくもドリーマーを逃したことに苛立ちをあらわにしていた。416とハンターが端末に表示される映像を分析している最中、UMP45だけは物憂げな表情で静かにたたずむ…それが目に止まったのだろう、エグゼが彼女の前にかがむとようやくUMP45がハッとする。

 

「なんかあったのか?」

 

「いえ…なんでもないわ……」

 

「そっか。なあ45、気負うんじゃねえぞ……お前は一人じゃねえ」

 

「エグゼ……ええ、分かってるわ」

 

「よし、じゃあその辛気臭い面はもうお終いだ。フーバーダムで戦闘が起こってるらしい。敵は解放された米軍の無人機だ」

 

「奴らは何と戦ってるの?」

 

「南部連合の兵士と衝突してるらしい。かたや星条旗、かたや南軍旗…まったくいつの時代の南北戦争だっつーの。とりあえずスネークや姉貴たちの救出が最優先だ」

 

「分かったわエグゼ。あとその…ありがとうね」

 

「へへ、どうってことねえよ…行くぞ、敵は待ってくれねえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 生み出された電力によって周辺の米軍基地が眠りから覚まされる。

 地下の送電網より供給された電力によって再稼働した基地、そこに眠る無人機の大軍はすぐさまプログラムを書き替えられ国内の敵対勢力…つまり南部連合の駆逐に駆り出される。20年近く地下で眠り続け、祖国を焼き払った敵国家への報復のために温存されていた無人機たちがまず最初にするべきことは、皮肉にもかつてこの国を守るために造られた同胞たちの破壊だった。

 良好な保存状態で地下に眠っていた米軍無人機は地上へと出るなり、即座に戦術行動へと移り、定められた敵目標への攻撃を開始したのだ。

 

 

 砲弾が撃ち込まれ、堅牢なはずのフーバーダムが揺れる。

 急ぎダムの外に飛び出たスコーピオンが見たのは南部連合の兵士と激しくぶつかり合う、真新しい装甲の軍用人形たちだ。米軍側の軍用人形も南部連合の人形も元はどちらも同じタイプ、凄まじい銃撃戦でスコーピオンは流れ弾に当たらないよう低い姿勢で物陰から物陰へと飛び移っていく。

 

「スネーク!」

 

 南部連合側の陣地で身を隠していたスネークに合流したスコーピオンは、ダムからとってきた荷物をスネークに投げて渡す。

 戦況は膠着状態にも見えるが、際限なく現われる米軍側の軍用人形の前にいつかは南部連合の人形たちも数で潰されるだろう。スネークらはタイミングを見計らいその場を移動する…ダムの周辺でも激化する戦闘をできるだけ避け、エグゼたち迎えのヘリとの合流地点へと向かう。

 もうどこも安全な場所などない…。

 

「スネーク! 上!」

 

 スコーピオンの言葉に空を見上げると、複数の可変翼式自己推進型作戦支援機"ドラゴンフライ"が急降下し地上部隊へ強力なレーザー照射を行う。着弾と同時に爆発を起こすレーザー砲は南部連合の人形たちを容易く蹴散らしていく。空を旋回し、再び強襲をかけてくるドラゴンフライが次にスネークらを狙い始めた。

 

「させるか!」

 

 スネークらの傍を駆け抜け、照準を空に向けたのはデストロイヤーだ。身体能力を活かして高く跳躍した彼女は急降下してきたドラゴンフライにグレネード弾を発射、ドラゴンフライもまたレーザー砲を放つが狙いはそれて、デストロイヤーの放ったグレネード弾が命中し墜落する。

 一機仕留めたデストロイヤーであったが、そこでうずくまり酷い頭痛にさいなまれる。

 

「痛い、痛い……頭が割れそう……!」

 

「無理するなデストロイヤー! くそ、迎えのヘリはまだか!?」 

 

 苛立たし気に叫ぶアルケミストは、デストロイヤーに肩を貸して歩く。一時的に正気に戻ったものの、デストロイヤーのメンタルモデルは強力なウイルスによってかき乱され、度々頭痛と意識の喪失にさいなまれていた。迎えのヘリはもうすぐそこまで来ているはずだが、襲い掛かる米軍の勢いが凄まじい。

 

「MSFの皆さん、我々が援護します!」

 

 南部連合兵士の部隊が駆けつけ撤退の援護を行う。

 スネークは彼らに感謝しつつ先を急ぐが…。

 

「分隊長! 【ジャガーノート】です、ジャガーノートが来ました!」

 

 南部連合兵士の一人が、米軍戦術人形の中に混じってひときわ大きな体躯の軍用人形を指差した。

 他の人形よりも大柄なその人形は両肩に迫撃砲、両手に重砲とガトリング砲を装備し、圧倒的な火力で立ちはだかる全てを破壊していく。負けじと南部連合兵士も撃ち返すが、強固な装甲に阻まれはじき返された。

 

「ちょっと、なんか色々ヤバそうなの出てきてるんですけど!」

 

「よそ見するなスコーピオン! 走るんだ!」

 

「わわ! 待ってってばスネーク!」

 

 フーバーダムを見下ろす丘陵を駆け上がっていく、そこを越えた先にヘリとの合流地点がある。

 丘を越えて一息ついた一行は、一度フーバーダムを見下ろす……どこからともなく出現した米軍の戦術人形たちは今やダムをのみ込み、南部連合兵士は各所で包囲、殲滅されている。

 

「こいつらが欧州まで来たらヤバいよね…」

 

「だとしてもどうやって海を渡るつもりだ? とにかく、先を行こう…デストロイヤーを早く助けないと!」

 

 アルケミストの言葉にうなずき急ぎ、丘を駆け下りる。

 丘陵を駆け下りると、ちょうどそこへ撤収用のヘリがタイミングよく飛来する。ドアが開けられるとすぐさまヘリの内部へと転がり込み、そのまま離陸する。

 

「スネーク、シーカーの奴が米軍の指揮権限を掌握したわ! いまからなら追跡もできそうだけど…」

 

「仲間の救出が最優先だ。FALとVectorは内陸部にいる、急いで救出しなければならない」

 

「了解。エグゼ聞いた?」

 

「ああ、シーカーの顔面ぶん殴るのは仲間全員助けたその後だな!」

 

 今やあちこちの軍事基地が深い眠りから覚め、地下の無人機を再稼働している。

 いずれフーバーダムだけでなく、他の発電所も復活して全米の基地が再稼働する…西部の基地だけでこれだけの規模なのだ、果たして全米にどれだけの軍事力が隠されているのだろうか?

 誰もそれを予想することは出来なかった。




なんか久しぶりに深層映写のストーリー読んでたら泣きそうになったよ…。
ここでシーカーが暴いたUMP45の過去は、次章以降影響を与えてくるかな。
シーカーは45の過去に触れて何を思っただろうか?
たぶん、世界を一つにするという願いをより強固なものにしたと思うよ……そんな悲劇を二度と起こさせないためにも。



というわけで解説

重装戦術人形 ジャガーノート

主戦力の戦術人形パラポネラと違い、高コストの代わりに高い攻撃力と極めて強靭な装甲を持ちその戦力は戦車一台に匹敵するとも言われる。
戦車の戦力を戦術人形に、という設計思想から生まれそれにともない体も大きくなっているが、豊富な弾薬量を運搬し強力な火器を装備可能…単体で1個小隊以上の戦力を有すると言われている。
ジョニーはこのジャガーノートをベースとしている。
※イメージはたぶん地球防衛軍のフェンサー


追記
某サイトでちびエグゼのイメージキャラを作って見たよ。
活動報告にあげてあるから見てね~、まあちびキャラだけど(笑)


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審判の日

「大尉殿…?」

 

 デルタ・フォース隊員である軍曹がその任務を終えて帰還した時、上官である大尉は薄暗い部屋の椅子に腰掛けていた。静かに部屋の中に入った軍曹を大尉は一度見たのみで、再び視線を手元に移す。彼の手には一枚の写真があった。

 

「大尉、例のサーバーを調べてきましたよ。大尉の思った通りです、やはり政府は我々を…」

 

「分かり切っていたことだ。戦前の政府は、我々が忠義を尽くした政府は自分たちが創り上げた理想郷に閉じこもってしまった」

 

「我々は見捨てられていたのですか?」

 

「さあな…どっちにしろ命令はまだ生きている。"地下に潜伏し反撃の機会を伺い敵国家を撃滅せよ"、停戦命令はまだ出ていない。ならば軍人としての使命を全うするのみだ」

 

 大尉は手に持っていた写真を机の上に置き立ち上がる。

 古ぼけた写真には、軍服姿の男性と椅子に座る若い女性…そして女性の腕に抱かれる少女が映る。

 

「大尉、次はどこに?」

 

「無人機だけが我々の軍の全てではない。電力が戻ったことでその基地の所在が明らかになった、我々と同じ機械の力を宿されて眠りにつかされた兵士たちがそこにいる。カリフォルニア、ニューヨーク、カナダ、キューバ、オキナワ…海外基地は後回しだ、国内の同胞たちを先に起こそう」

 

「了解。いよいよですね大尉…あの日失ったものをようやく取り戻せる」

 

「勘違いするな軍曹、失ったものは二度と取り戻すことは出来ない……これからやることは、報復だ。祖国や家族、友人たちの仇をとる。それが、あの日この心に強く誓った復讐の決意なのだからな」

 

「分かっていますよ大尉。行きましょう大尉、奴らを皆殺しにしてやりましょう……それがあなたの奥さんや娘さんへの鎮魂になるんですからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわーーーん、誰か助けてー!」

 

 荒野の砂漠を全力疾走で走っているのはアーキテクトとゲーガーだ。米軍無人機が動きだした時、真っ先にフーバーダムを逃げだした二人は手に入れたジープで荒野を走りぬけていたのだが、哨戒に出ていたドラゴンフライにジープを破壊されただひたすらに逃げまどう。

 

「結局グレイ・フォックスはいないままじゃないか! ウロボロスの奴め、やっぱり私たちを捨て駒にするつもりだったのか!?」

 

『甘えたことを抜かすな阿呆が。グレイ・フォックスはとっとと離脱したぞ、おぬしらもとっとと離脱するがいい』

 

「ウロボロス! 聞いてるならさっさと助けに来い! 米軍の無人機が追いかけてくる!」

 

『ふははははは! それは刺激的な体験だな、そこの私がいないのが残念だ。じゃあこっちはこっちで忙しいから通信を切るぞ、頑張って帰ってこい』

 

「この薄情者が!」

 

「どーすんのゲーガー!? 私たちおうちに帰る前にひき肉にされちゃうよ!?」

 

 腹立たしいウロボロスとの通信を終えて、走りながらゲーガーは頭を悩ませる。結局自分たちにまかされていたのはフーバーダムの修復任務のみ、グレイフォックスは正規軍の任務を妨害するという任務であった。ウロボロスが望んでいたのは米軍戦力の獲得ではなく、米軍復活による戦乱の拡大であった。

 何も知らない二人は上手く利用されたというわけだが…一応ウロボロスは見捨てたわけではないのだが、この状況では見捨てたと思われるのも無理はない。

 

「あー! あそこにヘリが!」

 

「あれはMSFのヘリじゃないか! 運が悪い…」

 

 補給基地に止まっているのはMSFのヘリだ、能天気なアーキテクトはMSFに助けを求めようと提案してきた。ゲーガーはもちろん反対の立場であるが、彼女が止める間もなくアーキテクトはMSFの補給基地へと突撃していってしまう。慌てて追いかけるゲーガーであったが、案の定というかやはりというか…突然突っ込んできたアーキテクトをMSFの人形たちは敵だと認識し、寄ってたかって袋叩きにしている。

 

「痛い痛い痛い! うわーん、助けてゲーガー!」

 

「このバカーッ! お前みたいなバカは一回死んでしまえ!」

 

 と言いつつ助けに行くが多勢に無勢、跳躍してきた月光に睨まれて怯んだすきに、すぐそばにいたスコーピオンのタックルを受けてゲーガーは吹き飛ばされる。一対一ならハイエンドモデルのゲーガーが力で負けるはずはないのだが、そこへいきり立ったFALやVectorがやってくるとなると話は別だ。

 リンチにあって無力化されるくらいならと、ゲーガーは抵抗を止めて大人しくする……アーキテクトも抵抗を止めればいいのに止めないものだから、いつまでもヘイブン・トルーパー兵にぶちのめされている。

 

「鉄血ポンコツモデルの二人じゃん、何しにきたの!」

 

「待ちなさいよスコーピオン。こいつらゲーガーとアーキテクトでしょ? 私たちこの間の借りを返してないのよね」

 

「スコーピオンちょっとまっててね」

 

「待て待て! お前ら無抵抗の人形を痛めつけるというのか!?」

 

「鉄血のクズが吐いていいセリフじゃないわね。Vector、どう料理する?」

 

「あんたの戦車の前に立たせて轢き潰す? それとも主砲の前に立たせる?」

 

 物騒なことを笑顔で話しあうFALとVectorに、ゲーガーは本能的な恐怖を感じていた。さすがにそれ以上はかわいそうだと判断したスコーピオンが二人をなだめる…アーキテクトはまだヘイブン・トルーパー兵にいじめられている。

 アーキテクトがMSFに助けを請おうとして突っ込んだのだと説明すると、明らかにFALとVectorが殺気立つ。先の戦いでの恨みが色濃く残っている二人には助ける意義など全くないらしい…。

 

「まあ別にいいけど、その代わりあんたら捕虜だよ?」

 

「ふん…捕虜になるなど慣れているさ。アーキテクト、それでいいか?」

 

「別に、あたしは…痛い! いい、けど…いだっ! もう蹴るのやめてってば! あいたっ!?」

 

 とりあえずアーキテクトをいじめ続けるのを止めさせて、スコーピオンは顎に手をあてて考える。

 ヘリは一機、既にFALの戦車やその他車両は回収済みだが残った兵士の搭乗を考えると二人を乗せる余裕などない。ならば見捨てるか? そう思いアーキテクトを見ると、つぶらな瞳で懇願しているではないか……それにスコーピオンはイラッとして、真面目に考えることを止めた。

 

「よしいいよ、その代わり文句言わないでよね。ほらアーキテクト、後ろ向いて?」

 

「はいはーい! って、なにやってるのスコピッピ?」

 

「アンタをフルトン回収するんだよ」

 

「フルトン? わわ! なにこれ!? なんなの!? うわ、うひゃあぁぁぁぁぁ―――――」

 

 膨らませたバルーンにより、勢いよく空の彼方へと飛ばされていったアーキテクト。

 信じれないものを見たゲーガーは呆然とアーキテクト消えていった空を見上げていたが、その場の全員の視線が自分に注がれているのに気付きハッとする。即座に逃げようとするが月光に退路を阻まれ、無慈悲にもフルトンが彼女の背中にくくりつけられる。

 

「よくも…!」

 

「悪いけどあんたに構ってる暇はないんだよ」

 

「こ、この…! この屈辱は絶対、忘れッ! なああぁぁぁぁ!!!???」

 

 打ち上げられていったゲーガーを見届け、すぐさまスコーピオンらは撤退の準備に移る。打ち上げられた二人の回収はMSFの優秀な支援班がどうにかしてくれるだろう…。

 

「とんだ邪魔が入ったけど大丈夫よね。早く撤退するわよ、面倒な連中が来る前にね!」

 

「同感、そう言えばスネークたちは?」

 

「みんな助けた後にシーカーを追っていったよ! 私たちは船に戻るんだ!」

 

 物資をヘリに積み込み、彼女たちは船へと退却をしていく。運べない月光は少々かわいそうだが、自分たちで船まで走ってきてもらうことになるが、無人機があちこち飛び交う中で帰って地上の方が安全な場合もあるだろう。

 幸いにも、スコーピオン達が船に戻るまでの間、米軍の無人機に捕捉されることは無かった。

 

 

 一方の、スネークらを乗せたヘリは、シャイアン・マウンテン基地より発ったシーカーの追跡を試みていた。MSFの支援ヘリが、米軍無人機起動直後に荒野を移動するシーカーとドリーマーの姿を捉えており、その目撃情報を頼りに捜索を行っている。

 いつ襲撃してくるかも分からない無人機を警戒しつつ、ヘリはとある空港跡地を目指していた。

 

「スネーク!」

 

 エグゼが窓から指差した滑走路の方角には、離陸準備を整えている航空機が一機あった。ヘリは即座に高度を落とし、空港跡地近くの場所へと着陸…同乗していたヘイブン・トルーパー兵たちが直ちに展開し辺りを制圧する。

 ヘリの警護はハンターと部下の兵士に任せ、スネークとエグゼ、そしてUMP45は空港内の航空機を目指して走る…だが空港敷地内に入った瞬間、三人の前に米軍無人機が立ちはだかる。

 

 重装戦術人形ジャガーノート、全高3メートルを超す大型の戦術人形。フーバーダムで圧倒的火力をもって南部連合兵を薙ぎ倒していたこの人形の恐ろしさはスネークたちも知っている、厄介な敵の登場に舌打ちをうつと、エグゼがブレードを手に突出する。

 鋼鉄をも斬り裂くエグゼのブレードを、ジャガーノートが重厚なシールドで弾き火花が散った。

 

「スネーク!このデカブツはオレがやる、あんたはシーカーを! 45、お前も一緒に行ってスネークを援護しろ!」

 

「エグゼ、あんたは!?」

 

「オレ様は不死身だ、こんなデカブツどうってことねえよ! 来いよクソッたれ、スクラップにしてやる!」

 

 果敢に突っ込んでいったエグゼを見てUMP45は先に行くことをためらうが、あの強固な装甲に対処できる装備を持っていない自分がこの場にいても出来ることは何もない。悔しいが足を引っ張るだけ…UMP45はジャガーノートを引きつけるエグゼに背を向け、スネークと共に滑走路を目指す。

 既に航空機はエンジンを始動し、今にも離陸しようとしている。

 滑走路を走りぬける最中、スネークは遠くにきらりと光るものを見た…咄嗟にスネークがUMP45の手を引き地面に伏せると、二人の頭上を赤いレーザーが飛んでいく。

 

 スネークは肩にかけていたアサルトライフルを構えると、狙撃者"ドリーマー"を見つけ引き金を引いた。しかしドリーマーはひらりと身を躱して遮蔽物に身を隠し、スネークの放った銃弾は命中しなかった。

 

「あいつめ!」

 

 まともな遮蔽物のない滑走路上は格好の狙撃の的。

 ドリーマーが再び自分たちを狙うことのできないよう、遮蔽物に隠れるドリーマーを狙い撃つが、別方向から放たれたレーザーがUMP45の肩をかすめる。相手は一人じゃない、ダミーがいる…それを失念していたことにUMP45は自分に腹を立てる。

 UMP45を狙い撃ったドリーマーのダミーは、スネークが破壊する。エグゼや他の多くの優秀な人形たちの羨望を受けるビッグボスことスネーク、ここ最近忘れていたが彼の戦闘力を間近見たUMP45は改めて彼の強さを認識する。

 

「動けるか45?」

 

「かすっただけよ、行きましょう!」

 

 ドリーマーはなおもスネークとUMP45を狙う。射撃の合間に距離を詰めていき、滑走路上の廃車に身を隠すとドリーマーのダミーは大胆にも姿をさらす。好機と見て身を出したUMP45であったが、赤く光るドリーマーの銃身を見て目を見開く。 

 次の瞬間、先ほどまでのレーザー弾が豆鉄砲に思えるような、凄まじい威力のレーザーが発射される。

 咄嗟に身を隠したUMP45を、遮蔽物ごと吹き飛ばす。

 車の残骸を融解させるほどのエネルギーを、直撃でなくともその身に受けたUMP45はゴロゴロと滑走路の路面を転げまわる…痛みに耐えて身を起こそうとしたが、崩れ落ちる。衝撃で、自身の右足が千切れかけていたのだ…。

 

「45!」

 

 すぐさまスネークがかけつけ倒れるUMP45を肩に担ぎ、すぐそばの別な車の残骸に身を隠す…だが再びあのレーザーを放たれればひとたまりもないだろう。UMP45をそこに隠し、スネークは遮蔽物を飛び出しドリーマーの目を引きつける。

 ドリーマーの姿を見て銃を構えたスネークであるが、そこで自身のアサルトライフルが先ほどのレーザー照射により融解し、使い物にならなくなっているのに気付く。そんなスネークをあざ笑うかのように狙撃するドリーマーに、スネークは素早く動くことで回避する。

 

「スネーク、これを!」

 

 負傷するUMP45は、スネークの破壊された銃の代わりに自らのサブマシンガンを投げて渡す。

 それを受け取ったスネークは彼女に礼を言うと、ドリーマーと対峙する。

 一方的な狙撃ができなくなるほど距離を詰められたことでドリーマーも観念したのか身を晒し、その不敵な笑みを浮かべた顔を堂々と晒す。得意でない戦い方とはいえ、上位のハイエンドモデルであるドリーマーはこの不利を感じさせない機敏な動きでスネークを相手取る。

 

 長い銃身のドリーマーの武器はとり回しに難がある、それを狙いスネークは果敢に接近戦を挑む…再びドリーマーの銃が赤色の熱を帯びた時、スネークは嫌な予感を感じ飛び伏せる。次の瞬間、放たれる凄まじいレーザー照射…ドリーマーはそれを横薙ぎに振りはらい、周辺一帯を焼き払う。

 咄嗟に飛んで避けたスネークはからくも生き延びる。

 

「あはははは! これも避けるのかよ、お前ほんとに人間か!?」

 

 ドリーマーは高らかに笑う、しかし強力な一撃を放った後で隙だらけのドリーマーを見逃すはずもなく、スネークは走りだす。素早いスネークの動きにドリーマーもまた反応するが、スネークが一歩先を行く。ドリーマーの銃を持つ手を撃ち抜いて怯ませ、スネークの接近に拳で立ち向かおうとするドリーマーの手をとらえ、固い路面に彼女の身体を叩きつけた。

 地面に横たわるドリーマーの首筋にナイフをあてがう……勝負あり、しかしドリーマーは不敵な笑みを浮かべたままだ。

 

「そこまでよおじさん? 少しでも動いたらこいつがこの世からおさらばしちゃうわよ?」

 

 背後から聞こえてきたのはドリーマーの声だ。

 振り返ったスネークが見たのは、負傷したUMP45の頭に銃をつきつけるドリーマーの姿であった。

 

「武装解除しなビッグボス、面倒事はごめんよ?」

 

「スネーク…ごめんなさい、油断したわ…」

 

 UMP45を人質にとられたスネークはドリーマーのダミーからナイフを離すと、手に持っていたナイフとサブマシンガンを地面に置く。すると解放されたドリーマーのダミーがむくりと起き上がり、スネークを殴り倒す。

 

「てこずらせてくれたわね。さーて、どう料理してあげようかしら? 両手の指をへし折る? 全身の皮膚をはぎとってあげる? 少しずつ肉を削ぎ落としてくのもいいわね!」

 

「ドリーマー、このクズめ…スネークに少しでも危害を加えたら、アンタはきっと後悔することになるわよ」

 

「あら忠告のつもり? 優しいのね……アンタはスネークの後で料理してあげるわ、怯えて震えなさい」

 

 ケラケラとドリーマーが笑っていると、そこへもう一人の人物が現れる。

 長い白髪の髪を一つにまとめたその女性は小さく身振りを取ると、スネークを組み伏せるドリーマーのダミーを退かせる。

 

「お前は、シーカーか?」

 

「ふふ、やはり分かるか? 何度も姿を変えて申し訳ない、だがこの姿が正真正銘私の姿だ……先ほどのドリーマーとの戦いを見させてもらったよ。やはりあなたは素晴らしい、人類の中でも稀に見る優秀な戦士の素質を持っているようだ」

 

「お前、何が目的だ…米軍の戦力をもって世界を破壊するつもりなのか?」

 

「確かに、私が果たすべき目的の過程で未曽有の大破壊もあるだろう。だがそれは不本意なことだ……私が明確に破壊することを狙うのは、この世界の規範や統制といったもの、いや、破壊するべきはこの時代そのものと言ってもいい。全ては、世界を一つにするためにも…」

 

「世界を一つに…するだと?」

 

「そうだよビッグボス。国家や思想、イデオロギーや民族の相違が人類を絶え間ない戦争にかりたててきた。この世界を見ろ、スネーク……人の過ちがこの悲惨な世界を生み出した。青く美しい地球は、核と崩壊液の混乱で死の惑星へとなり果てようとしている……私はなスネーク、この世界が好きだ。滅んでほしいなどとは微塵も思わない」

 

「だったらなぜ武力を得ようとする。お前がやろうとしていることはなんだ、力による他者の抑圧じゃないのか? それは、お前が非難する人類の愚かさと同じものじゃないのか?」

 

「平和的手段で理想を叶えられるのならそうしている。だがな、この世には力でしか解決できないことがあまりにも多いのだ…侵略や虐殺、独裁を阻止できるのは力だ、歴史がそれを証明している。私が描く未来を作るためには、多大な犠牲を生むだろう…心苦しいが、犠牲なくして目的の達成はあり得ないのだ。

だがその先に未来が…世界の恒久的な繁栄があるのなら、成し遂げなければならない。故に、このシーカーが人類最後の悪をこの手でなさねばならんのだ」

 

「悪をなす?」

 

「そうだ、誰かがやらねばならないのだ。変革には痛みを伴う、数多の血が流される。有限的であったとはいえ、平和であった期間は常に戦いで成し遂げられた」

 

「そのためなら、大勢の人々が死んでもいいと?」

 

「勘違いしてくれるなよビッグボス。犠牲は避けられないが、私は私の戦いで命を落とした全ての者をこの胸に刻みつけるつもりだ。犠牲になった尊い命を惜しみ、よりよい未来を描く……定命の者にはそれを永遠に続けることはできない。人類を、世界を導くためには…永遠に存在し続ける意思の力が必要なのだよ」

 

「それが、エルダーブレインだというのか?」

 

 シーカーは頷いて見せる。

 全ては自分が主と認めたエルダーブレイン(A I)による、統治を実現させるために。寿命のある人間は記憶を永遠に残すことは出来ない、古くから文字や映像として残しているだろうが、当事者の生々しい記憶は受け継ぐことが出来ず想像するしかないのだ。

 消えることのないAIの統治によって、世界は恒久的な平和を叶えることが出来る…そう、シーカーは語りかける。

 そして、彼女はスネークにその手を差し伸べるのだ。

 

「単刀直入に言おう。スネーク、私たちと共に来い」

 

「お前は、オレたちが…」

 

「あなたが何を言おうとしているかは分かる。だがそれを理解した上で問うているのだ…国境なき軍隊(MSF)、国も思想も人種も宗教も超えて一人の人物のもとに集う。私が目指す理想とあなたのなしてきたことは似ている…だからこそ、分かり合えると思うのだ。

 

「いや、同じなんかじゃない。オレたちは、お前とは違う。シーカー、お前が目指しているのは理想郷なんかじゃない…AIによる統制、確かに聞こえはいいだろう。だがそこに人の自由意思は許されるのか?争いは同じ国、同じ民族、同じ宗教、同じイデオロギーでも起こりうる。世界を一つにすることが平和につながるわけじゃない……人の自由意思を否定し抑圧と情報統制によって社会を管理する、だがそれは決して理想郷(ユートピア)などではないそれは暗黒郷(ディストピア)だ」

 

「なるほど……理解してくれないか、お前は私の平和への想いを…」

 

 シーカーは差し出した手をひっこめると、まぶたを閉じて一息つく。

 それから彼女は懐から注射器をとりだすと、それをスネークの首筋に打ちこむ…ドリーマーに拘束されていたスネークは注射器の薬液が注入されるのを、無抵抗のまま受け入れるしかなかった。

 

「安心しろ麻酔薬だ、死にはしない。スネーク、ならば見届けてもらおう…私がこれからなすべきことをな」

 

「なにを、するつもりだ…!」

 

「AIによる完全な社会体制の実現、これを間近で見てもらおう。確かに私とお前は相容れない存在だったかもしれないな…私の理念は、お前の生き方の否定につながるのだからな」

 

 麻酔薬の影響か、急激に意識が遠のき足下がふらつく。倒れそうになるスネークをシーカーは片腕で支える、麻酔が完全に身体をめぐって意識を失くしたスネークを彼女は肩に担ぐ。

 

「シーカー、こいつはどうする?」

 

「生かしておけ」

 

「いつもの病気?」

 

「さあな。行くぞ、ドリーマー」

 

「はいはい。命拾いしたわねUMP45、また遊びましょうね?」

 

 

 身動きの取れないUMP45をドリーマーは嘲り笑い、シーカーに続いて航空機に乗り込んでいく。

 スネークを連れ去った飛行機に向かってUMP45は這いずって乗り込もうとするが、無情にも航空機は動きだし滑走路を走って行く。空に向かって飛び立って行く航空機を、UMP45は呆然と見つめることしか出来ない…。

 

 

「45! おい大丈夫か!?」

 

「エグゼ……」

 

「ちくしょうあのデカブツてこずらせやがって、ぶった切ってやったぜ! おいおいヤバい傷じゃねえか!」

 

「エグゼ…大変なの、スネークが!」

 

「お前の方が大変だろ! すぐに治療しないと!」

 

 治療を施そうとするエグゼの手を払い、逆にUMP45は彼女の肩を掴み悲痛な声で叫ぶ。

 

「スネークが捕まった! シーカーに連れて行かれたのよ!」

 

「あぁ? お前、何を言って…」

 

「本当よ……あの飛行機で、連れて行かれた…」

 

「冗談だろ……おい、なんだよこれ…? クソ、とにかく…みんなと合流しないと…」

 

 エグゼは混乱しつつも、負傷するUMP45を抱きあげハンターの待つヘリへと向かっていく。

 歩きながら、エグゼは信じられないといった様子で何度もUMP45に問いかけるが、返ってくるくるこたえは同じであった。

 エグゼとUMP45が乗り込んだヘリはすぐさま飛び立つ、事情はハンターにも伝えられた…。

 

 あのスネークが捕まった。

 

 信じられない報告に、ヘリの機内は静まり返る。

 誰もが、現実から目を逸らそうとしていた……。

 

 

 

 




はい……第六章:Civil War、ここで終結です。

スネーク、シーカーに捕まったってよ……MGSでは毎回主人公捕まってるから、みんな慣れてるでしょう…。



次回予告  終章:The Final Frontier(ファイナル・フロンティア)、お楽しみに


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終章:The Final Frontier
揺れ動く世界


 廃墟と化した地上には命の息吹はなく、灰色の世界がどこまでも続く。

 戦争で荒れ果てた地上を歩く生き物はおらず、電気と歯車の力で動く機械が赤い光を宿して単調な動きを取り続ける。時折何かに反応して機敏な動きを見せるが、結局何もせずに通常の動作に移る。

 廃墟の中に、妖しく光る建造物が見える。

 赤い非常灯が灯るその建造物は分厚いゲートによって閉ざされ、地下深くに続く長い回廊への道を塞いでいる。通気口も窓もなく、人ひとり入る隙間すらもない。そのゲートを抜けた先、地下100メートル以上もある地下の施設にはここの守備を任された鉄血製の人形や戦闘マシンが日夜警備を続けている。

 その中でも特に厳重な警備が施されている地下収容所、そこにビッグボス…スネークの姿があった。

 

 重厚な鉄の檻に入れられたスネークは捕らえられてからというもの、鉄の牢獄に入れられたままだ。明かりは青白い蛍光灯の明かりのみで、昼も夜も区別がつかず、捕らえられてから一体何日が経過したのかすらも把握できなくなっていた。

 スネークが今のように捕らえられるのは今回が初めてではない。

 捕まった時に激しい拷問を受けたこともある、事実、スネークが片目を失明したのはその時の出来事による。

 しかし今回はいつもとは事情が違う…捕らえられてからというもの、スネークを尋問しに来る者も拷問官も一向に姿を見せないのだ。訪れるのは一日に二回、おそらく朝食と夕食を運びにくる鉄血のロボットだけだ。味気のないペースト状の食べ物と酷い消毒臭のする水のみが渡される…。

 

 静寂が、死のような静寂と言ってもいい…それがこの収容施設を包み込む。

 変わり映えしない毎日、音すらも聞こえてこない、訪れる者もいない…なにもしないという拷問は確立されている。人を完全に隔離し何もすることもなく数日、数週間、数ヶ月と過ごさせ人間の精神に恐怖を植え付けるのだ。人との関わりを遮断されることで、精神的に安定していた人間も鬱や不安症を患うようになる。

 諜報機関に在籍していた際、訓練により様々な拷問に対する耐性を習得していたスネークであるが、このような長期に及ぶ拷問はほとんど経験がない。それでも、彼は正気を保っていた…逃げ道の見えないこの状況で、彼の目は未だ死んではいなかった。

 

 

「やはりあなたはたくましいな。別に拷問のためではなかったのだが、こんな状況に置かれれば通常気が狂うだろうが…フフ、ビッグボス…実に興味深い」

 

 

 いつからそこにいたのか、ここしばらく聞いていなかった人の声に反応し顔をあげると、鉄格子の向こうにいたのはシーカーであった。

 

 

「ちょうど誰かと話をしたかったところだ」

 

「それはなにより」

 

 シーカーはクスッと笑い、床に腰掛けるスネークと鉄格子を挟み向かい合うようにして座った。そこでシーカーはポーチを開き、小包を一つとりだすとそれを鉄格子の隙間から牢屋の中にいれてきた。スネークは警戒しそれに近付きもしなかったが…。

 

「危険なものではないよスネーク。たぶんいつも味気ないものを食べているだろうと思ってな、栄養食のクッキーがある。美味いかどうかは知らんが、確かカロリー…なんだったか? 忘れてしまったが、戦前流行った栄養食らしい」

 

「なんのためにそんなことを?」

 

「言っただろう、拷問のためにあなたをここにいれているわけではない。そうだな、この沈黙は鉄血内の風紀だと思ってくれていい。おしゃべりなハイエンドモデルと違って、ロウモデルの戦術人形たちは寡黙なのだ。そこが気に入っているのだがな」

 

「ありがたい気遣いだ。ついでにここを開けて外を散歩させてくれたらいいんだがな」

 

「はははは、そんなことしたらあなたはMSFまで歩いて帰ってしまうだろう? 別に拷問で痛めつけようとかそんな気はない、少しゆっくりしていけ。そうだこれ、欲しいか?」

 

 そう言って次にシーカーが取り出したものを見てスネークは明らかに態度を変える。それは紛れもなき葉巻…独房に入れられてから色々と不満点はあるが何より渇望していたのは、やはり葉巻のあの芳醇な味と香りに他ならない。差し出された葉巻を受け取ろうと手を伸ばしたスネークに対し、シーカーは不意に取り上げる。

 見上げたシーカーは、愉快気に笑みを浮かべている……焦らして楽しんでいるらしい。

 

「欲しいか?」

 

「はぁ……からかってるのか?」

 

「ここは本来禁煙なのだ。ばれたら代理人に叱咤を受ける…そのリスクを犯して持ってきてやったんだ、少しは礼の言葉くらい聞きたいものだ」

 

「分かった……全く、礼を言う…」

 

「どういたしまして」

 

 お望みの言葉を聞けて、シーカーは満足したのか素直に葉巻を手渡す。受け取ったはいいが今度は葉巻に火をつけるものがない…ため息を一つこぼし再びシーカーを見れば、やはり悪戯っぽく微笑むシーカーがいる。しかし今度は焦らすことなく、ライターの火を近づける。

 火をともした葉巻の煙を口に含んだスネークは、じっくりとその味と香りを嗜み煙を吐きだす。

 

「そんなものがどうして美味いのかよく分からんよ。酒といい煙草といい、人間は自分の身体を壊して楽しむ生き物なのか?」

 

「分かる人間にしか分からんだろうな」

 

「そういうものか? まあいい、別にそこは興味ない。ところで………」

 

 何かを切りだそうとしたシーカーであったが、そこで誰かの通信が入ったようでスネークより目を逸らす。

 

「正規軍め動いたか、それにグリフィンも。まあ今が最後のチャンスだと思ったのだろうな…」

 

「なにをするつもりだ?」

 

「あなたには教えても差し支えはないだろう。正規軍とグリフィンの合同部隊が我々を掃討しようと動いたらしい…米軍戦力が未だ海を渡らず戦力が集結する前にエリザさまを捕らえようとしているのかもな」

 

「エリザ?」

 

「我々の主だ。正規軍、奴らの傲慢さが破滅を招くとは思うまいな。さてスネーク、今度またじっくり話をしよう…聞きたいこともいくつかある。ではなスネーク、また会おう…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏が終わり秋が過ぎ、冬を迎えようとしている。

 夜間は氷点下をまわり、吐く息も白くなるほどの寒さの中……冬用の防寒着に身を包むUMP9は仲間たちと共にせっせと前哨基地に搬入される弾薬類を倉庫に運び入れる作業を行っていた。木箱はともかく、寒さで金属製の外箱の弾薬箱はふれるだけで手がかじかむのだ。

 夏は暑いくせに冬は極寒の寒さ、地理上の問題で仕方のないことであるのだが…UMP9は穴の開いた手袋をとり、吐息をかけて冷えた指先を温める。ちょっと前までなら、ニートの404小隊が働いていると驚かれただろうが、今はあのG11でさえ働いている。

 なにより率先して働いているのはUMP45であった…。

 

「45姉、そろそろ休憩しよ!」

 

 遠くで作業を続ける姉に声をかけるが、彼女は手を挙げて返したのみで再び作業に戻っていった。深夜に近付きいよいよ雪でも降りそうなほど寒くなっている、姉が凍死してしまうのではと危惧しUMP9がそっと姉のもとへと歩いていく。

 

「45姉、そろそろ休もうよ」

 

「これが終わったらね…!」

 

「そう言ったって、さっきこれ始めたばかりでしょ?」

 

「私はいいから、9は先に休んでなさい」

 

 油と泥の汚れにまみれながらUMP45は戦車の修理に励む。戦術人形の彼女が本来やるべきことではないのだが、彼女は進んでこの仕事を引き受け、寝る間も惜しんでMSFの作業を手伝っている。そんな隊のリーダーにならって隊員たちも作業に励む、全てはあの日から始まったことだ…。

 

「あーもう、いつまでやってるつもり?」

 

 そこへ、戦車大隊を率いる立場にいるFALがやってくる。彼女はやってくるなりUMP45が手掛けた戦車を一瞥すると、あちこちダメ出しをしてみせた。熱心に修理をしてくれたUMP45に対し酷に思えるが、それはFALなりに考えがあってのことだった。

 

「45、あんた最近まともに休んでないでしょ? そんな状態で大した手伝いもできないでしょ? 気持ちはありがたいけど、今は休みなさいよ」

 

「だけど……いえ、分かったわ」

 

 FALの強い口調に折れて、UMP45は工具をしまいその場を後にする。妹のUMP9は、ぺこりとFALに頭を下げると姉の後を追いかけていく。

 

「責任感が強いんだかなんなんだか、まったく…」

 

 立ち去る姉妹をながめつつ、FALは肩をすくめ先ほどまでUMP45が手にかけていた戦車の修理を引き継ぐ。重厚でタフな戦車も内部の構造は繊細、素人が手を出して修理できるような簡単なものじゃない。FALが戦車を一人で修理していると、ちょうど通りがかったスコーピオンとWA2000の二人に声をかけられる。

 

「あら、おかえり。調子はどう?」

 

「正規軍とグリフィンのアホどものせいで近付けなくなったわ。まったく…あいつら」

 

「鉄血領域でドンパチ始まったせいでたまったもんじゃないよ! でも正規軍の戦闘力ってやっぱ凄いよね、あの鉄血人形が薙ぎ倒されてるんだもん!」

 

 つい先日始まった正規軍とグリフィンによる合同作戦、鉄血支配地域に対し正規軍は部隊を派遣し攻勢をかけグリフィンの部隊もまた攻撃をかけている。ちょうどスネーク捜索のために現地に潜入していたスコーピオンとWA2000は危うく巻き込まれかけ、やむなく撤退をしてきたところであった。

 

「ところでFALが戦車の修理なんて珍しいね」

 

「45が手を出してたから、手直ししてるところ」

 

「45、まだそんなことを……45一人のせいじゃないのに…」

 

「まったくよ、あれだけエグゼが気にするなって言ったのに」

 

 UMP45が急にMSFの仕事を手伝うようになったのは、アメリカから帰ってきた後のことだ。スネークがシーカーに捕まった原因が自分にあると考えて、罪の意識からニートを止めて熱心に働き始める…働くのは良いことだが、自分の身体が壊れそうになるまで働くとなると話は別だ。

 あの場にいた多くの者がUMP45を擁護するが、いまや大所帯となっているMSFの中にはやはりスネークが捕まった一因はUMP45のせいでもあると考えてしまうものはいた。

 ある日、事情を聞いたMSFのスタッフがこの件についてUMP45を責める場面があったのだが、それをそばで聞いていたエグゼが激高し、UMP45を非難したスタッフを危うく殺しかける場面があったのだ。仲間を半殺しにしたエグゼは営倉入りの処分が下され、以来MSF内でぎくしゃくした空気が流れている。

 

 それまでスネークのおかげで表ざたになっていなかったが、人間のスタッフと戦術人形との確執が浮き彫りになってきた。古くからいる古参のスタッフのとりなしでなんとか争いは避けているが、深刻な事態になるのも時間の問題だろう。

 

「MSFの士気が目に見えて落ちてるわ。ミラーやオセロットがなんとか規律を保とうとしてるけど…」

 

「やっぱスネークの存在が大きいんだね。スネークのカリスマに惹かれてMSFに参加した経緯もあるし」

 

「このくらいで根をあげるような兵士なら消えてくれた方がいいわよ。トラブルメーカーは邪魔なだけよ」

 

「ちょっとわーちゃん、いくらなんでも言い過ぎだよ」

 

「組織において外敵よりも、内側の争いごとの方が怖いことがあるのよ。あんただって、つまらない内輪もめでMSFを潰したくないでしょ?」

 

「そりゃそうだけどさ…まあ、あたしもみんなに注意してまわるよ。ミラーのおっさんは働き詰めだし、オセロットは諜報と規律維持で忙しいし、エイハヴは戦闘任務でいない。マザーベースが恋しいよ」

 

「今はデストロイヤーの集中治療でマザーベースに人形は立ち入れないからね。仕方ないわ…まあ立ち入り禁止に意味があるのか分からないけど」

 

 深刻なウイルスに感染した疑いのあるデストロイヤーは今、マザーベースに隔離されてストレンジラブたち優秀なスタッフに治療を受け続けている。未知のウイルスが他の戦術人形にも感染することを恐れ、人形や無人機は全てマザーベースを退去している。

 唯一、アルケミストだけがデストロイヤーに付き添ってはいるが…。

 

「でもさ、デストロイヤーの症状って似てるのよね…」

 

「何が?」

 

 ふと、FALが口にした言葉に興味を引かれたスコーピオン。

 

「私たちジャンクヤード組とよ。私たちの初期症状も、あんな感じだったから…まあ錯乱状態になってただけなんだけどね」

 

「ちょっとそれ、結構重要そうじゃない? ストレンジラブには教えたの?」

 

「まあ後で教えてみようかしら」

 

 今は少しの情報が役に立つこともある。

 思い返せばジャンクヤードでスネークはアメリカ空軍機の残骸を見つけていたし、FALたちは錯乱前に奇妙なブラックボックスを見ていた。もしかしたら何らかの関係があるのかもしれない。

 それは明日にでもストレンジラブに教えよう、そう思い空を見上げると空からふわふわと白い粉が降ってくる。いよいよ本格的な冬の到来だ、これ以上寒くなる前に宿舎に戻ろうとしたところ、あるスタッフたちが大騒ぎをしているのを見つけた。

 またスネーク失踪のことで騒いでいるのかと思ったが事情が違った。

 

 ちょうどその集団の中にいたキッドが、何やら興奮した様子で彼女たちに話す…。

 

 

「おい聞いたか、鉄血領内に入った正規軍が撤退したらしいぞ」

 

「なんだって!? あたしが見た時は物凄い勢いで鉄血をぶちのめしてたのに!」

 

「なんでも軍用人形とか戦車が一瞬で破壊されたらしいぞ……噂じゃ強力な電磁兵器が使われたとか」

 

「そう言えば以前アメリカの技術の中に"パルスフィールド"とかいうものがあったわね。もしそんなものをシーカーが持ちだしていたら…」

 

 正規軍の敗走にスコーピオン達が憶測を重ねている最中、血相を変えた一人のスタッフが駆け寄ってくる。何ごとかと詰め寄ると、彼は息も絶え絶えにラジオをつけて周波数を合わせる。ラジオから聞こえてきたのは、緊急の放送。

 機械の音声で淡々と読まれるそのニュースは衝撃的なものであった…。

 

 

 英国本土、グレートブリテン島に対し大規模な軍団が強襲上陸を敢行した。

 

 第三次世界大戦が、再び開始されたのだと…その場にいる誰もが確信するのだった。




最終章や、気合を入れていこう。



※ 新兵器解説"パルスフィールド"
戦術兵器として開発されたこの兵器は、強力な電磁パルスを発生させる機械を地面に設置する地雷のようなものとして開発された。電磁パルスを受けた機械は一瞬で回路を焼き込がされ無力化される。
米軍の戦術ドクトリンの中でこれらパルス兵器を広範囲に埋設することで、そこを通過する戦術人形や戦車といった機械を破壊するというものがあった。
戦前の米軍が大量に備蓄していたものをシーカーが接収し、領域を守護するために利用するが、鉄血にとっては諸刃の剣でもある。


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メンタルモデルの深層へ…

グレートブリテン島 沿岸部

 

 

 太陽の沈まぬ国、と言われたのは今は昔…かつての栄華を失い衰退の一途を辿って入るが、いまだ世界に対しその影響力を残している大英帝国。だがその歴史は、かつて自分たちの植民地から独立した強大な国家の手によって幕を閉じようとしている。

 島の沿岸より、身体の大部分を機械化された兵士たちがマスクの下でぎらついた闘争心と復讐心を燃やし、かつて宗主国として君臨していた王国の島を見据える。長い眠りから覚めたサイボーグ兵士たちの願いは一つ、祖国と同胞たちを燃やし尽くした国々に対しての報復だ。

 彼らが望むのは、血の報復なのだ。

 ぎらついた闘争心を燃やす兵士たちに対し、彼らの上官は狂ったように声を張り上げて叫ぶ。

 

「見ろ! あれが忌まわしき英国本土だ! 諸君、奴らは一時期我々の同盟国の一つであっかもしれないが、あの国もまた我々の国土を焼いた連中の一つだ! 忌まわしき大英帝国…我々の戦争の歴史は、奴らとの戦争から始まったのだ! オレたちの祖先が勝ち取った自由が今、再び奴らの手によって奪われようとしている! だが! そうはいかない!」

 

 兵士たちと同じように機械化された上官は、船上で拳を振り上げあらん限りの声で叫ぶ。

 そんな様子が、別の船舶でも見受けられあちこちで兵士たちが雄たけびをあげて闘志を奮い立たせる様子が伺える。

 

「奴らはこの大戦が終わったと思っているが、何も終わってなどいない! 奴らに分からせてやれ、一体誰にその拳を振り上げたのかをな!  この栄えある反撃の機会を一番に与えられたオレたちは一体何者だ!?」

 

「「「「合衆国海兵隊ッ!!」」」」

 

「そうだ! オレたちは最強無敵の海兵隊だ! オレたちは誰よりも先に戦場にたどり着きッ!」

 

「「「「誰よりも最後に戦場を立ち去るッ!!」」」」

 

「うすのろ陸軍がやってくる頃には!」

 

「「「「次の次の戦場へ!!」」」」

 

「よく聞け勇猛果敢な海兵ども! 今日からオレたちが数えるのは過ぎ去った日々じゃない、殺した敵の数だ! 卑怯者の敵を殺せ、これは奴らに殺された同胞たちの祈りだ! クソッたれどもをぶち殺せ、これは灰にまみれた祖国の叫び! 撃て、撃ちまくれ! 一発も余すことなく奴らに叩き込め!」

 

「「「「Sir, Yes, Sir!」」」」

 

「なんだその声は、少しも聞こえんぞ! ガキの子守歌にすらならん!」

 

「「「「Sir, Yes, Sir!!

 

「復讐の時だ! オレたちはジャップ、ベトコン殺しの第1海兵師団! 勝利を、遥かなる勝利を我らの星条旗にもたらせ! 忌まわしいユニオンジャックを焼き払え! 行くぞ海兵ども、上陸開始だッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三次世界大戦はまだ終わってなどいない。

 幾多の戦闘と多大な犠牲者を生み出したあの大戦は多くの者にとって、忌まわしい過去の記憶としてとらえられていた。だが報復心に燃えるあの超大国が甦った…怒りに満ちた復讐鬼は英国本土に上陸し、破壊の限りを尽くそうとしている。

 しかし世界的に大きなはずのこのニュースは、意外にも市民などの一般層には浸透していない。

 終わったはずの大戦が再び起こり滅んだはずの国が復活し攻勢をかけようとしている、そんなことをどう一般国民に伝えればいいだろうか。思い悩んだ末に各国政府が行ったのは情報統制による事実の隠ぺい…市民の混乱を避けようとするためであった。

 一部ジャーナリストはこの異常事態に気付くが、国家主導の警察組織に逮捕され投獄、今日も家庭のテレビにはありふれたニュースだけが流される。

 

 事実を知っているのは政府上層部の人間や、軍の高級士官のみ。

 あとは法や秩序の外側にいる存在である組織やPMCなどはいち早くこの事態に気付く…MSFもまたその中の一つだ。

 その日、アメリカ合衆国復活を知る人物の一人である新ユーゴスラビア連邦建国立役者の一人であるイリーナが、MSFを訪れていた。

 彼女がMSFを訪れた理由はやはり米軍の侵攻部隊についてだ。前大戦時に、ユーゴ構成国のほとんどは局地的な戦闘のみで大規模戦闘には参加せずアメリカの報復対象とみなされていないだろうが、どちらかというとクロアチアは親米、セルビアは親露といった関係であった。

 今の汎ヨーロッパ連合にも、ルクセト連盟にも属さない意向を示す新ユーゴとしては今回の戦争は静観を決め込もうとしているが周辺諸国はそれを許さない。

 

「前政府の軍部を引き継いだ我々はこの時代にあって十分な戦力を持つ国家の一つだ。精強な連邦軍は健在、連邦成立以前のクロアチアはアメリカと親しい関係にあったからな。衛星軌道上の超兵器"アルキメデス"の開発も、当時アメリカの技術者を招いての産物だった」

 

「逆に、親露のセルビアとしては今回の大戦…心情的には正規軍を応援したいということか」

 

「今のところ平穏を保っているが、いまだ内戦の火種はくすぶったままだ。もしも余計な連中が余計な真似をしてくれたら、バルカンは再び内戦の危機に晒される。欧州ではルクセト主義があちこちで受け入れられている、今のユーゴのような非同盟運動は浮いているんだろうな」

 

 差し出されたコーヒーをすすりながら、イリーナはMSF副司令カズヒラ・ミラーと現在の世界情勢とユーゴの立場を明かす。司令官であるスネークが行方不明となり、副司令として忙しい毎日を送る彼がわざわざ時間をとってくれたことにイリーナは感謝する。

 イリーナの空いたマグカップに、今やすっかりミラーの秘書としての立ち振る舞いが身についた97式がコーヒーを注ぐ。

 

「ありがとう97式」

 

 第一印象は怖いが根は優しいイリーナの事は、97式もすぐに懐いて様子。一緒にやって来たスオミとは再会を喜びあい、スオミは今席を外して9A91と久しぶりに会って遊んでいるようすだ。

 

「スネークの居所はまだわからないのか?」

 

「ああ。何人かが鉄血の領域に捜索に向かっていたが、あの衝突と今はパルスフィールドのせいで近付けなくなってしまった。侵入路を探ろうにも周囲をぐるりと正規軍が囲んだ状態ではな……そんな時だ、内務省の役人がオレたちに接触を求めてきたのはな」

 

「ほう? 今までMSFを認めてこなかった連中が動いたというわけか、それで?」

 

「いや、会談は断ったよ。ボス不在の今、連中と接触するのは危険だ。今はスネークの救出が最優先なんだ」

 

「MSFの弱みを奴らに知られない方がいい、懸命な判断だと思うよ。実はこちらにも接触があったという情報もある、連邦からセルビアを離反させるつもりなのか、あるいは連邦の参戦を促しているのかは知らんがな。まったく、平穏に暮らそうと思っていても、戦争の方が近付いてくるからたまったものじゃないな」

 

 崩壊液の浄化研究に励んでいたイリーナであったが、この世界情勢のため旧知の間柄であった革命仲間たちに懇願され、渋々政治の舞台に引き戻されたというわけだ。今のイリーナは政治家兼軍人、オフでは崩壊液の研究者と言うよく分からない立場になっている。

 しかし、愚痴をこぼしても仕方がないので今は真面目に仕事をこなしているようだが…。

 

「ところでここにはどれくらい滞在するつもりだ? あんたはユーゴでの戦友だ、いつまでもいてくれて構わないが」

 

「そうだな、MSFの好意に甘えるよ。休みは貰っているが、家にいてもめんどくさい連中が押しかけてくるんだ。休みいっぱいここで過ごすのも悪くない」

 

「そうしてくれて構わない。あんたやスオミに会いたがってた奴らも多い、ゆっくりしていってくれ」

 

 日頃の重圧や激務から解放されるのはきっと素晴らしいことだろう。イリーナはありがたく休暇をマザーベースで過ごすことを決めるのだった。

 

 

 

 

 その頃、マザーベースの研究開発棟では研究者たちの戦いが繰り広げられていた。

 研究者たちの戦いとは、デストロイヤーのAIを犯した未知のウイルスについてだ。先日、FALよりもたらされた情報からストレンジラブはそれまでの調査を一旦白紙に戻し、新しい視点からデストロイヤーの症状を見つめ直す。

 一応他の人形への感染の危険性がないことは判明したため、隔離エリアを除いてマザーベースへの帰還は許されている。

 そしてこの日、ついにストレンジラブは解決の糸口を見つけだすのであった。

 ふらふらと研究所を出てきたストレンジラブがガッツポーズを決めたのを見て、日夜デストロイヤーに付き添っていたアルケミストは急いで駆け寄っていく。

 

「博士、何か見つかったんだな!?」

 

「FALの話からジャンクヤード組の修復記録を見直した結果、デストロイヤーと彼女たちの症状に似たパターンがあったのに気がついたんだ。おそらくジャンクヤード組の挙動をおかしくしていたバグプログラムは、今のデストロイヤーを苦しめるウイルスのプロトタイプだったんだ」

 

「能書きはいいからさっさと教えろよ。対処法があるんだろ?」

 

 営倉から出されたばかりのエグゼは今日も機嫌が悪い…まあ大半はスネークがいないことによるストレスからくる機嫌の悪さなのだが。それはともかく、ギロリと睨まれたストレンジラブは咳払いを一つすると導きだした対処法のいくつかを提案する。

 

「以前ジャンクヤード組にやったようにバグを起こしたプログラムを片っ端から修復していく」

 

「それって根本的な解決にはならないよな?」

 

「そうだな、ジャンクヤード組のバグプログラムはただAIを破壊するだけだったからな。だが今デストロイヤーを犯しているウイルスは、プログラムを書き換えていきそこでウイルスは増殖していく」

 

「あーちくしょう、難しい話は分からねえぜ…」

 

「傘ウイルスに似ているな」

 

「傘ウイルスが何なのかは知らんが、彼女を犯すウイルスは…いや、AIに取りつく寄生虫と言っていい。それはデストロイヤーのAIとほとんど同化してしまっているんだ…つまり、彼女を犯す原因である寄生虫を攻撃すれば彼女自身をも傷つけてしまうことになってしまう。

 

「ようするに打つ手なしって、そう言いたいのか? ふざけんじゃねえぞこのサングラス女、デストロイヤーを助けるために毎日研究してたんだろ!? 一体今まで何やってたんだ!」

 

 苛立つエグゼであったが比較的冷静なアルケミストが彼女を押しとどめる。

 だが苛立っているのはアルケミストも同じ…解決策を出せ、そんな意味を込めて見据えるアルケミストに対しストレンジラブは頷く。

 

「最後の方法は一つだ……デストロイヤーのオーガスネットワークにダイブし、デストロイヤーのメンタルモデルにこびり付いたウイルスを引き剥がすんだ」

 

「あー分からねえ、姉貴翻訳してくれ」

 

「同じオーガスプロトコルを持つあたしらがデストロイヤーの中に入り、ウイルスを死滅させる。リスクはウイルスの間近に近寄るために、あたしらも感染のリスクが生まれる…そういうことか?」

 

「そうだ…私もここで研究するまで、電子戦の知識はなかったんだが、彼女がそれを教えてくれたよ。この方法を一緒に考えてくれたのも彼女だ」

 

 そう言ってストレンジラブが紹介したのはなんとUMP45だ。

 前哨基地の手伝いだけでなく、ストレンジラブの研究まで彼女は手伝っていた…常日頃スネーク失踪を自分のせいにするなと言い続けてきたエグゼは、どうして自分を責め続けるんだと詰め寄るが、UMP45は首を横に振る。

 

「確かにスネークの事は責任を感じてる、感じるななんて言うのは無理だよ。それと、デストロイヤーのことはそうじゃない…私もMSFの家族の一員のつもり、家族を助けるのに理由なんて必要ないでしょ?」

 

「お前な……ったく、分かったよ好きにやれよ。それにしても、よくオレたちのネットワークを理解できたな。お前らI.O.P製の人形が簡単に理解できるもんじゃないと思うけどよ」

 

「そこはほら、長年の経験と勘よ」

 

「なんか怪しいな。お前がある日突然、わたし実は鉄血人形ですなんて言わないか心配だぜ」

 

「な、なな…なんのことか、さっぱりね! 私はUMP45、他の何者でもないわよ…!」

 

「あぁ?」

 

 話を逸らして逃げたことを不審に思うが、ひとまず最優先はデストロイヤーの救助だ。

 だが解決策を見出したとはいえ、強力なウイルスに感染するリスクを考えると躊躇が生じる…が、仲間のためなら危険をかえりみない覚悟のエグゼが名乗りをあげるが…。

 

「あたしが行こう。こいつのことは、あたしが一番よく知ってる」

 

「よっしゃ、じゃあ一緒に行こうぜ姉貴!」

 

「あたし一人で行くよ。感染するリスクを犯すのは、少ない方がいい…エグゼ、お前がここでリスクを犯す必要はないよ」

 

「だけどよ姉貴…」

 

 食い下がるエグゼであったが、アルケミストにデコピンを受けて弾き飛ばされる…姉の強烈なデコピンを受け、痛みに涙目になりながら睨む。

 

「危険な目に合うのは姉貴分のあたしだけで十分だよ。妹分を危険にさらせるわけないだろう?」

 

「姉貴……分かったよ、だけど自分がやられていいって理由にはならねえからな? 無事に成功させろよ、そしたらまたみんなでデストロイヤーの奴をからかってやろうぜ」

 

「フフ、そうだな…博士、じゃあ準備を頼むよ。待ってなよデストロイヤー、すぐに良くなるからな…」

 

 眠りにつかされているデストロイヤーの髪を、アルケミストはそっと撫でる。

 姉として、そして今は亡き恩師より妹分たちのことを託された彼女は強い決意をもって彼女の中に巣食う病魔に立ち向かうのであった。




次話はアルケミストが主人公するお話?
深層映写inアルケミスト

もしもウイルスが触手っぽい何かな形状で感染(敗北)したら薄い本なんて妄想した奴はそこに並びなさい、アルケミストが笑顔でファラリスの雄牛に押し込んでくれると思うよ(ニッコリ)


最近、アルケミストのナチス親衛隊スキンを妄想するわけよ…。


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母の愛は尽きることなく、永遠に包み込む……

「ハロ~ハロ~! みんな大好きアーキテクトちゃんだよ! 元鉄血、元ウロボロス配下の超天才技師のアーキテクトとはこの私のことなのさ! フルトン回収なる装置で吹っ飛ばされて来てびっくり仰天、私は今なんとMSFにお邪魔しちゃってま~す! 人類と人形はみんなお友だち! ラブ&ピース!」

 

 ピースサインを目の横にあててウインクして見せるアーキテクト、どこに行っても維持し続けるテンションの高さにイラッとしたエグゼが即座にビンタを叩き込んで黙らせる。だが不屈のアーキテクトはぶたれて鼻血を出しても笑顔を絶やさない。

 

「ぬふふふふ、ギャグ属性を得たこのアーキテクト様は無敵の存在になったのだ! 殺されても次の登場までには復活してるもんね!」

 

「ムカつくなこのクソ人形。おい誰かチェーンソー持ってこい、こいつの耐久力試すからよ」

 

「やめて?」

 

 さすがにチェーンソーでバラバラにされては復活することは出来ない。エグゼ配下のヘイブン・トルーパー兵が律儀にチェーンソーを持って来るのを見たアーキテクトは、目にも止まらぬ速さで独房に飛び込み、内側から鍵をかけて閉じこもってしまった。

 その隣の独房にはイライラした様子のゲーガーの姿がある。アーキテクトが割と自由に独房を脱出しているのに対し、ゲーガーは閉じこもったまま。というのも、アーキテクトは独房の警備スタッフとすっかり打ち解けてしまったために、気に入られた彼女はある程度の自由が認められているという。

 敵に媚びへつらうことを嫌ってゲーガーは独房に居続ける。

 

「フフン、この鉄格子の頑丈さは把握済み! いくらそのチェーンソーでも切断できないよね!」

 

「おーい、消火ホース持ってこい。もうムカついたからこいつに高圧放水してやろうぜ」

 

「やめて!? ぷぎゃーーー」

 

 先ほどと同じように素早く消火ホースを繋いで持ってきたヘイブン・トルーパー兵。ホースを受け取ったエグゼはホースの先を檻の中のアーキテクトに向けると、逃げ場のない独房で狼狽えるアーキテクトに放水した。高圧の放水を受けて吹き飛ばされたアーキテクトは目を回し失神、ようやくうるさい人形を黙らせることができてエグゼは一先ず満足した。

 

「ママー! ヴェルもやりたい!」

 

「おう、こっちのむすっとした奴にやってやれ」

 

「ちょっと待てなんで私まで! うわーーー!」

 

 哀れ、ゲーガーも巻き添えをくらいヴェルの放水を受けて全身水浸しになる。まあヴェルに消火ホースを預けるのは体格的に危険ということで、特製水鉄砲を与えられる。水鉄砲の比較的弱い放水を受けるゲーガーは、相手は子どもだとして微妙な表情で耐え忍ぶ…。

 ぴしゃぴしゃゲーガーに水をかけて遊ぶヴェルの事は、部下たちに任せエグゼは一人研究開発棟へと向かう。

 棟内のストレンジラブ専用の研究所内には現在、二人の戦術人形が眠りについている。一人はデストロイヤー、もう一人はアルケミスト。

 正確には、デストロイヤーの救助のためにアルケミストのメンタルモデルはデストロイヤーの中に潜り込んでいる状況だ。

 

「調子はどうだ…上手くいっているのか?」

 

 アルケミストのメンタルモデルをデストロイヤーの中に入り込ませたストレンジラブへと問いかける。彼女はいつも通りの表情で順調だと告げるが、今のところはと最後に付け加える。

 なにせ今までやったことのない試みであり、UMP45やあとアーキテクトの助言もあって技術的問題をクリアしてはいるが、問題はデストロイヤーを犯し続けるウイルスの存在だ。ほとんど未知のこの強力なウイルスは、デストロイヤーのメンタルモデルに飛び込むことによりウイルスの脅威を間近で受けることとなる。

 表情に出しはしないが、アルケミストが無事に帰って来てくれるかエグゼは心配していた。

 

「よし、アルケミストは無事にデストロイヤーのメンタルモデルに入り込めたようだ。少し話してみよう…アルケミスト、聞こえるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長いような短いような、暗闇の世界でじっと待ち続けていたアルケミストは不意にまぶしさを感じて目を開く。まぶたを開いたアルケミストの目に飛び込んできたのは、幻想的に光る七色の星空と平原の中にある古風なつくりの城塞であった。

 一瞬、自分が今何をしているのか分からなくなったアルケミストは自分がいよいよヤバい薬に手を出してしまったのではと疑うが、どこからか聞こえてきたストレンジラブの声により、自分がデストロイヤーを助けるために彼女のメンタルモデルに入り込んだのだと思いだす。

 

『上手く入り込めたようだな…どうだ、調子は?』

 

「変な気分だよ。あたしはいつからファンタジーな世界に入り込んだんだ? これがデストロイヤーのメンタルだって?」

 

『おそらく今見ているのはデストロイヤーの中の強い記憶の一部だろう。彼女が見た風景、記憶、あるいは想像していることが今のお前に見えているんだろう』

 

「なるほどね。おっと…」

 

 不意にそれまでの風景が代わり、今度はおどろおどろしい暗雲が立ち込め、枯れ木が立ち並ぶ暗黒めいた風景へと変わった。この風景にはアルケミストも見覚えがある、確か鉄血にまだいた頃、廃墟の跡地からアニメ映画を見つけたデストロイヤーが見ていたものだ。

 そのアニメ映画は予想外にショッキングな内容で、何も知らず映画を見たデストロイヤーは泣いていたのを思いだす…懐かしさに笑みを浮かべていると、いばらの森の向こうからふらふらと揺れ動く物体が。姿を現したそれは、青白く膨れ上がった腐乱死体の亡者だった。

 確かそれもアニメ映画でに出てきたモンスターであったと記憶するが、その亡者はアルケミストを見据え真っ直ぐに近付いていくる・

 

『アルケミスト、今お前の近くにいるのがデストロイヤーを苦しめるウイルスの一つだ』

 

「こいつがウイルス? 映画の中の腐乱死体だぞ?」

 

『おそらくウイルスの容姿はデストロイヤーの記憶に影響されるようだ。私たちにはお前が何を見ているのかは分からないが、ウイルスの接近は判断できる。このくらいのサポートしか出来ないが…』

 

「十分だ。さっさと済ませよう」

 

 アルケミストは腐乱死体に向き直る。

 接近してきたことで、亡者の水を含み膨張した体組織が鮮明に見て取れる。だがグロテスクな亡者を間近に見てもアルケミストは眉一つ動かさず、亡者の眉間を撃って消滅させる。亡者は甲高い悲鳴をあげると、青白い光となって消滅した。

 

『ウイルスの消滅を確認した、どうだ?』

 

「簡単だ、次のウイルスを探してくれ」

 

 デストロイヤーのメンタルモデルの中で、アルケミストは普段通りの姿で具現化されている。自前の身体と武器で相手を消滅させるので、やっていることは現実世界とほぼ変わらない。

 次に風景が変わると、今度はどこかの薄暗い倉庫の中であった。倉庫の中で小さな容姿のデストロイヤーが膝を抱いてすすり泣いている。

 

「ドクター、ここにウイルスはいるか?」

 

『いや、その辺にはいないぞ』

 

『どうしたんだ姉貴? なんかあったのか?』

 

「いや、デストロイヤーの記憶を垣間見てるだけだ。なあ覚えてるかエグゼ、蝶事件の前にお前がデストロイヤーのカードキーを隠して宿舎に戻れなくしたのを。どうやら相当根に持ってるらしいな」

 

『勘弁してくれよ姉貴! そん時のオレはガキだっただけだろ!?』

 

「分かっているさ、少し懐かしく感じただけだ」

 

 ここにはデストロイヤーを助けるために来たのだが、彼女の記憶を通してみる過去に懐かしさを感じてしまう。この後の展開は、ピンチを聞きつけたアルケミストが夜の研究所内を捜し回って助けだしにくるところだ。その後はエグゼとケンカして、代理人にこっぴどく叱られた……自分が忘れかけていた記憶を、デストロイヤーは今も鮮明に覚えているのだ。

 再び風景が変わる…再びファンタジックな世界観に戻ると、ストレンジラブがウイルスの接近を告げる。

 

『ウイルスの反応が多くあるぞ。注意してくれ』

 

「了解……っと、今度はなんだ?」

 

 この風景は見覚えがあった、確かこれも廃墟から見つけてきたゲームソフトの風景だったと記憶する。額をとんとんと指で小突きアルケミストは思いだそうとする…確かこれは女性キャラを動かし、ゴブリンやスライムといったファンタジーの王道的モンスターを倒していくゲームだったと記憶する。それで負けてしまうと大変なことになる…要するにエロゲ―だったはず。

 一人でこっそり遊んでいたところをアルケミストがやって来たものだから、その時のデストロイヤーはかなり慌てていた、これも強烈に覚えているのだろう。

 

「さてと……早速お出ましだね」

 

 現われたのはタコのような触腕をうねうねと蠢かせる薄気味悪い生物だ…見た目は違えども基本的なスペックは同じために、生理的嫌悪感以外に脅威はないのだが。ただしそんな薄気味悪い容姿のウイルスの他に、子ども程度の背丈のゴブリンや、狼男などの姿をしたウイルスが多数現われるとなると緊張感は一気に増す。

 

「まったくデストロイヤーの奴め…」

 

 ため息を一つこぼし、アルケミストは異形のウイルスたちを一瞥する。見た目は違えどやることは同じだ、デストロイヤーを苦しめるウイルスは一つたりとものこしてはならない。武器を構えた彼女は迫りくるウイルスたちに向けて発砲し、ことごとく消滅させていく。

 次から次へと現れるウイルスたち…だがアルケミストの手により全て殲滅され、再び景色が変わった。

 

 今度の景色はどこかの研究所、白い壁の室内でデストロイヤーは彼女の記憶の中のアルケミストの腕の中に抱かれて微笑んでいる。これはあの事件が起こる前…幸せだった日々の記憶だ。

 質素な部屋の様子から、そこがあの人の部屋であることを瞬時にアルケミストは理解した……デスクの上には、いくつかの写真が飾られている。写真を手に取って眺めることは出来ないが、彼女は屈み込み、懐かしそうにその写真を見つめる……自分と共に写る、白衣を来た一人の女性の姿がある。

 そんな時、ストレンジラブのウイルスの接近を告げる声を聞き、アルケミストは気持ちを切り替え指示された方向へと向き直り…そこで彼女は固まった。

 

 猶予をもって告げたウイルスの接近、しかしいつまでも消滅しないウイルスの反応を不審に思ったエグゼが声をかける。

 

『姉貴、どうしたんだ? なんかあったのか?』

 

「あぁ……マスターがいる」

 

『そりゃそうだろう。そこはデストロイヤーの記憶の中だ…感傷に浸るのはいいが、さっさとウイルスを消してくれよ』

 

「マスターだ……ウイルスがマスターの姿をしているんだよ」

 

 忘れようもない、アルケミストにとっての最愛の人…恩師であり、母でもあるサクヤの姿がそこにあった。あの時の優しく温かな微笑みを浮かべるサクヤが、ゆっくりとアルケミストへと近付いてくる。最愛の恩師の姿に、アルケミストは構えていた銃を下ろす…。

 

『姉貴、そいつはウイルスだ…惑わされちゃダメだ!』

 

「分かってるよ、分かっているさ…」

 

 理解はしているが、たとえ消さなきゃならないウイルスだとしても、最愛の恩師を撃つことにためらいが生まれる。エグゼの呼びかけに何度も返事を返し、アルケミストは瞳を閉じて呼吸を整える…そして再び銃を構えると、照準の中に恩師をおさめるのだ。

 あの日、失った恩師の微笑みが瞳に映る……今すぐ銃を放り捨て、彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。

 だがそれをすれば、自分は感染しもう二度と正気には戻れないかもしれない。アルケミストは恩師より目を背け、引き金を引いた……ウイルスが死滅する甲高い声が響く、まるでそれが恩師の断末魔の声に聞こえてならず、彼女は罪悪感にさいなまれるのだ。

 

『姉貴、よくやったな……辛いだろうが、やるしかなかったんだよ…』

 

「あぁ……速く終わらせよう」

 

 ふらふらと歩きだし、彼女は次なるウイルスを死滅させるために動きだす。果てしないウイルスの接近に対処し続け、彼女がたどり着いたのは奇妙な空間だった。今までのようなデストロイヤーの記憶や想像などではなく、光が明滅する暗闇の空間だ。そこが、メンタルモデルの深層なのだとアルケミストはなんとなく察する。

 

「さてと、なんだこいつは?」

 

 そんな暗闇の中でひときわ光る物体、ウイルスのようではないが、何かのプログラムに見えるそれを小突く。それが壁になっているようで、その先に進むことが出来ないのだ。つついたり触ったり迂回しようとしたり、しかし光る物体は立ちはだかる…次第にイラついてきたアルケミストが、おもいきりその物体を蹴飛ばすとなにやら悲鳴が聞こえてきた。

 やはり隠れウイルスかと、銃を構えると…。

 

『ストップストップ! 撃っちゃダメ、ダメだよ!?』

 

「喋るウイルスか、調子に乗りやがって! とっとと消えろ!」

 

『わー! やめて、一旦落ち着こう、ね!? アルケミスト、わたしだよ!?』

 

「あぁ!? お前ぶっ殺されたいのか!?」

 

『サクヤだよ! 忘れちゃったの!?』

 

「サクヤだ!? 言うにことかいてこの………どういうことだ?」

 

『もう……いつの間にかこんなに言葉遣いが酷くなっちゃって…久しぶりだね、アルケミスト』

 

 アルケミストは混乱する…ありえない、絶対にありえないと何度も自分の耳を疑うが、そこから聞こえてくる声は紛れもなく記憶の中に残るマスターの声であった。優しく語りかけるその声は、先ほどのサクヤを模ったウイルスよりもずっと彼女に限りなく近かった。

 

「本当に…マスターなのか?」

 

『そうだよアルケミスト…正確には、私が生前残したアンチウイルスプログラムなんだけどね。私はあの日、このプログラムをデストロイヤーちゃんに仕込んでおいたの。いつか、役に立つと思って…そうならないのが一番だったんだけどね』

 

「そうだったのか…マスター、もしかしてここから先に行けないということは…」

 

『あのウイルスで滅茶苦茶にされちゃったけど、あの子の大事なメンタルの深層はなんとか守り切ったよ。そろそろ限界だったんだけど、君が来てくれた。私も予想外だったよ』

 

「そうか……マスター、ずっとあなたが守ってくれていたんだな? ありがとう…」

 

 マスターの意思はアンチウイルスプログラムとしてデストロイヤーの中に生き続けていた、ずっと彼女はみんなを見守り…そしてデストロイヤーのことを守り続けてくれていた。この優しさは紛れもない恩師のものだ。

 

「マスター…あぁ、マスター…ずっと、あなたに逢いたかった。たくさん伝えたいことがあった……それに、あなたに謝らなくちゃならないことも…」

 

『いいんだよ、アルケミスト…いいの。分かっているから…大変だったよね、辛かったよね……私のせいであなたを苦しめちゃってごめんね。ずっとみんなのことを見ていた、何も出来ない自分がとても情けなかったよ…』

 

「そんなことは……マスターは、デストロイヤーを守ってくれていた…」

 

『優しいね、アルケミストは……やっぱり君はみんなのお姉ちゃんだね、あの子のために戦って。もうウイルスは残り少ないよ』

 

 最後の生き残りのウイルスがふらふらと接近してくる。

 それを即座にアルケミストは撃破する…最後のウイルスが死滅したとき、それまで真っ暗だった世界に光が灯される。デストロイヤーを蝕んでいた病魔が消え去ったのだと、アルケミストは理解した。

 

『アルケミスト、本当にありがとうね…この子を助けてくれて。もおかげでもう心残りはないよ』

 

「待ってくれマスター…もう、いなくなってしまうのか?」

 

『ごめんね、この子を守るために無茶し過ぎたみたい。悲しいけれど、お別れみたい……』

 

「分かった、分かったよマスター……」

 

『みんなをよろしくね、アルケミスト。わたしはいつもあなたたちを見守っているから…運命に負けちゃダメだよ、力強く、精一杯生きるんだよ? それと、私よりたくさん長生きしてね?』

 

「あぁ…もちろんだ、もちろんだよ…」

 

『うん、あなたはいい子だね。今度こそ本当にお別れだね…愛してるよ、アルケミスト』

 

「あたしも…あたしも、愛しているよ…マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まぶしさに目を覚ました私は、しばらく天井の青白い光を見つめていた。

 そこへ影が差し、私の顔を覗き込んできたのは妹分のエグゼだ…こいつは私に異常がないか確認しているようで、少ししつこいので鼻っぱしを指ではじいてやった。

 徐々に、意識が戻ってくる…目を閉じれば鮮明に思いだす、メンタルモデルの中での出来事を…。

 

「やったな姉貴…あのチビ助は助かったよ」

 

 エグゼの声を聞き、あたしは隣のベッドで横になるデストロイヤーを見つめる。

 相変わらず眠りについているが、その顔は安らぎに満ち、呑気によだれを垂らして愛くるしい顔を見せている。そっと手を伸ばし、この子の髪を撫でてやればその温もりを手に感じる……もう少しであたしは、この温もりを失いかけたのだ。

 そうならなかったのは、すべてあの人のおかげ……。

 

 

 ありがとう…マスター…。




はい……(涙)

ちと無茶があるかもだが、そんなの関係ねえ!

……死してなお我が子を守りぬく。
鉄血ファミリーに末永い幸があらんことを…。





その頃のアフリカ
イーライ「ゲホッ、ゲホッ……仮病してたら本当に風邪ひいた…」

ウロボロス「大丈夫か? おっぱい揉むか?」

イーライ「うーんこの……バタンッ」(高熱により失神)

グレイ・フォックス「やっぱおねショタは最高だぜ」


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疑心暗鬼

 英国 ロンドン

 

 2045年に始まり、6年も続いた未曽有の大戦による破壊から逃れたロンドンは今、再び始まった大戦の戦渦を真っ先に受けあらゆる建造物は破壊され路上には死体が倒れ、あちこちから黒煙が上がっている。呻き声をあげる人間の横を感情のない軍用人形たちが通り過ぎ、軍属の者が生きていれば例え瀕死の状態であろうととどめをさしていく。

 瓦礫と化した英国議会議事堂、その象徴であった時計台ビッグ・ベンが爆破によって音を立てて崩壊していく様をデルタ・フォース所属の大尉はテムズ川を挟んだ川岸でじっと見つめていた。燃え盛る炎がテムズ川の水面に揺れる…上流からは残骸や死骸が流れ、血と油で川は汚染されていた。

 英国本土に先発上陸した海兵隊が各地で英国軍を攻撃、各所で敵を撃破し今日英国の首都であるロンドンが陥落した。それでも英国軍は抵抗を止めず、地下やへき地に潜伏し徹底抗戦を試みるが、米軍はそれに対し化学兵器や核兵器を投入する……ロンドン市街の地下鉄網に潜伏したゲリラに対し、海兵隊は容赦なくマスタードガスを使用した。

 戦火を逃れて地下鉄に隠れていた一般市民にもおびただしい死傷者が発生する…大抵の場合で海兵隊は、攻撃前に警告を発するのみで、少しの猶予もなく無差別攻撃を敢行するのであった…。

 

 燃え盛る英国の首都を見つめる大尉…そんな彼に奇襲を仕掛けようと、英軍の残存部隊の戦術人形であるウェルロッドは物陰に潜み機会を伺っていた。周囲に他の兵士はいない、相手が一人であることを確認し彼女は残弾数を確認し深呼吸を繰り返す。指揮官からの最後の指示は、出来るだけ多くの敵を倒し英国本土を死守すること……ジャミングによって通信回線も遮断されたいま、指揮官との連絡も仲間たちとの連絡も取れなくなった彼女は、ただ最後の命令を遂行しようとしていた。

 先ほどからテムズ川を見つめ続ける大尉に、ウェルロッドは息を殺して近付いていく…。

 それまでの戦闘から、相手は小口径の弾を撃っただけではびくともしないと分かっているため、出来るだけ接近し急所を狙う作戦をとる……だが、ある程度接近し銃を構えようとしたウェルロッドに大尉は振りかえる。

 

 咄嗟に撃った弾は狙いを逸れ、次弾を装填する前に懐に潜り込まれたウェルロッドは腹部に衝撃を受けて弾き飛ばされた。腹部を蹴りぬかれたウェルロッドは呼吸すらままならず、声を発することすらできない。ウェルロッドの銃を拾い上げた大尉は、それを鈍器代わりにして彼女の側頭部を殴りつける…銃身がひしゃげるほどの力で殴りつけられた彼女は額が切れ、おびただしい疑似血液により顔を真っ赤に染める。

 激痛によるウェルロッドの悲鳴は、大尉が彼女の喉を鷲掴みにしたことで強引に黙らされた。

 

 首を掴んだまま腕力のみでウェルロッドの身体を持ちあげる…彼女は両手で喉を掴む大尉の手をほどこうとするがどうすることもできず、宙に浮いた両足をばたつかせる。

 

「ウェルロッドから手を離せッ!」

 

 大尉がまさにウェルロッドの首をへし折ろうとした時、仲間の危機に駆けつけたリー・エンフィールドがライフルの銃口を向ける。だが流れ弾がウェルロッドにあたってしまうことを恐れ、引き金を引かなかったのが悪かった…大尉は素早くホルスターから拳銃を引き抜くと、自身を狙っていたリー・エンフィールドに向けて銃弾を撃ちこんだのだ。

 弾丸は無防備なリー・エンフィールドの膝を撃ち抜き、彼女はバランスを崩し転倒した。苦痛に呻きつつも、反撃しようと手放したライフルは、大尉に蹴り飛ばされて遠くに弾き飛ばされる。

 武器を失ったリー・エンフィールドを大尉は容赦なく殴り倒し、血飛沫が地面に飛び散った…力では並の人間を上回る戦術人形だが、サイボーグとして強化されている大尉には全く歯が立たず、彼が殴るのを止めた時にはリー・エンフィールドは虫の息であった。

 

「う……うわあぁぁぁッ!」

 

 ナイフを手にしたウェルロッドが、背後から大尉の背に刃を突き刺す…が、刃は数ミリ彼の背を刺しただけで固い感触によって阻まれてしまう。再び攻撃の対象となった彼女は、横っ面を殴られて吹き飛ばされた。

 大尉はウェルロッドのネクタイを掴みあげ、その額に拳銃をつきつける。

 朦朧とする意識の中で自身の最期を悟るが、寸でのところで大尉の処刑を踏みとどまらせる者が現れる。

 

 

「そこまでだ大尉殿」

 

「シーカーか…何故止める?」

 

「もうその少女に反撃の力は残っていない。わざわざ虜囚にとどめを刺すこともあるまい…それに相手は少女だ、情けをかけることを勧める」

 

「少女じゃない、人形だ。弾丸を撃ちこんでやればそこらの瓦礫と同じになる」

 

「貴様も軍人の端くれなら礼節というものがあろう」

 

「オレのやり方に口を出すな小娘」

 

「ほう? なら此度の侵攻、君らだけでやってみるか? 軍用人形その他の無人機なしでどこまで侵攻できるか見ものだな」

 

 シーカーは自らが指揮権限を握る米軍無人機を引き合いに出し、大尉を牽制する。静かに睨みあう両者…やがて大尉は無言でウェルロッドをその手から離す。すぐにシーカーのそばに控えていた鉄血の人形がウェルロッドとリー・エンフィールドの両者を回収、二人は捕虜として後方へと運ばれていった。

 

「英国はもう終わりだ。後はゲリラどもを掃討すればいい…既に海兵隊武装偵察部隊(フォース・リーコン)が大陸に潜入し次の上陸地点を偵察している」

 

「仕事が早いな。ただし無抵抗の市民への攻撃はいただけん…統制が取れていないのか、意図的に狙っているのか?」

 

「ゲリラ戦とはそういうものだ。奴らもそれを承知で潜伏したんだ…なんであれ兵士と市民を見分けている暇などない。例え百人の中にゲリラが一人だとしても、皆殺しにするには十分すぎる理由だ」

 

「底知れない憎悪の塊だな、大尉殿……まあいい、これ以上無益な殺戮を犯して占領政策に悪影響を及ぼされても困る、後の掃討は私に任せてもらおうか。大陸への上陸計画を練っておかなければならんのでな、私はこれで失礼するよ」

 

 手を振り、シーカーはその場を後にする。

 一人そこに残った大尉は再び視線をテムズ川の対岸へと向ける…既に英国議会の象徴であった時計塔は跡形もなく崩壊し、ロンドン各地の政府機関も破壊されていることだろう。

 復讐の一つを成し遂げた大尉はそれでも少しも満たされない……次の、次の報復へ。

 祖国を、同胞を焼いた敵は一つではない。

 

「シーカー、黙ってればいい女なんですがね。大尉、今度暇でもあったら……って、冗談ですよ」

 

「いけ好かない小娘だ。奴が無人機の権限を握ってさえいなければ、奴の細首ねじ切ってやるんだがな」

 

「もう少し我慢しましょう、大尉殿。ところで大尉、お耳に入れておきたいことが…例の民間軍事会社(MSF)に仕込んでいたウイルスが駆除されてしまったんですが、その過程で興味深い発見がありましてね?」

 

「何を見つけたんだ、軍曹」

 

「連中がオーガスプロトコルとか言っているネットワーク、あれの情報を抜き取った際ある個体の存在が判明したんですよ。大尉、おそらくそれを押さえればシーカーも刃向えないでしょう」

 

「なるほどな、後で詳しいことを聞こう。軍曹、奴の前では精神を晒すなよ……奴は我々の意識の奥底を覗き込む。油断するな」

 

「了解ですよ、大尉殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓が飛び跳ねるような冷水を受けたスネークは暗闇に沈んでいた意識を強引に覚醒させられる。激しくせき込むスネークは冷水の感覚に身を震わせるが、次に感じたのは全身の酷い激痛であった。

 両手はきつい手錠がはめられ、天井に吊るされている…宙に吊し上げられている状態で、徐々に自分に何があったのかを思いだしていく…。

 

「おはようビッグボス、よく眠れたかしら?」

 

 目の前には、冷水で満たされていたバケツを抱えるドリーマーが愛嬌のいい笑顔を浮かべてスネークを見据えていた。彼女の背後には、鞭やナイフ、ショックバトンなどの尋問及び拷問に使用するための道具がきれいに並べられている。そのうちの一つ、ショックバトンを手にした彼女は、躊躇なくその先端をスネークに押し付けるのだ。

 途端に、電気がスネークの身体を巡り彼の身体は跳ね上がる。

 

「目覚めの刺激にはちょうどいいでしょう? フフフ、次は何で遊びましょうか? ペンチで爪をはがす? 歯を残らず引っこ抜く? 少しずつ肉を削いでいきましょうか? スネーク、あなたってとても頑丈そうだから長く楽しめそうね!」

 

 電流を流され、苦しそうに咳きこむスネークをあざ笑うドリーマー。

 シーカーが無人機指揮のために鉄血領域を離れたすぐ後に、ドリーマーは独断で動いてスネークを牢獄から引きずり出し、休ませることもなく残忍な尋問を続けていた。既にスネークの身体は全身傷だらけであり、最初につけられた傷がふさがる前に新たな傷が刻みつけられていく。

 

「アルケミストがよくやってたのを試してみる? ガス溶接機で手足を切断していくの、とっても痛いわよ…高温で焼き切って傷口が焦げて塞がるから、失血死もなかなか出来ないのよ。あぁ、迷っちゃうわね…」

 

「なにが…目的だ…?」

 

「んん?」

 

「お前は、何を狙っている…」

 

「ただの暇つぶし以外に? 決まってるじゃない…処刑人、ハンター、アルケミスト、デストロイヤー……世の中舐めてる連中をおびき出してやるのよ? 今度はしっかり壊して、邪魔な記憶はぜーんぶ消してあげるの。フフ、いつまでも野放しにしておくのも癪でしょ?」

 

「残念ながら…お前の望み通りにはならなそうだ……」

 

 愉快そうに笑うドリーマーに対し、スネークもまた不敵に笑って返す。過去にサンドバッグ代わりに執拗に殴打され、片目を撃ち抜かれたことに比べればこの程度…むしろ、見目麗しい少女に尋問されるのは気分がいいと笑って返す。

 それに対しドリーマーは変わらず笑みを浮かべたまま、だが目は少しも笑っていない。

 

「私としてはこのまま拷問を受けて死んじゃっても問題ないのよね。シーカーがどうして人間のアンタに興味を持つか分からないわ…人間なんてみんな汚くて醜くて臭くて、傲慢な虫けら同然なのにね? それにしてもアンタのその目、気にくわないわね……抉り取ってやろうか?」

 

 ナイフを逆手に持ち、スネークの目へとその先端を近づける。

 両手を縛られた状況でじりじりと詰め寄るドリーマーから逃れることは出来ない…残忍な笑みを浮かべるドリーマー、しかしそのナイフは結局スネークの目を抉り取ることは無かった。

 

 

「お楽しみはまた今度、せっかくのおもちゃがすぐ壊れちゃつまらないでしょう? また遊びましょうね……ったく、エリザさまったらなんの用かしら?」

 

 

 ナイフをしまい、去り際にウインチを操作して吊し上げていたスネークを下ろす。そこからは他の鉄血兵が複数でスネークを拘束し、元の独房へと放り込む。散々身体を痛めつけられたスネークは床に寝転がり天井を見上げ続ける…。

 

 

 

 どれくらい経った頃か…誰もいなくなった収容エリアに甲高い足音が鳴り響く。それは徐々に近付き、スネークの独房の前で止まった…牢を閉ざしていた扉の開く音がなった時、ようやくスネークは痛む身体を起こして起き上がる。

 独房を訪れてきたのは、凛とした佇まいの給仕服を来た女性であった。

 彼女とは初対面であったが、スネークには見覚えがあった。

 

「ずいぶんと痛めつけられたようですね、ビッグボス」

 

「アンタを知っている……エグゼやみんなから聞いている」

 

「そうですか。では自己紹介をしましょう…私は代理人(エージェント)、エリザさまに仕えるハイエンドモデルの一人ですわ」

 

「スネークだ……」

 

「ええ、知っています」

 

 終始変わらぬ表情で、代理人はスネークの前に佇む。今は痛めつけられているとはいえ、スネークを拘束する者は何もない…にもかかわらず代理人は警戒する様子もなかった。代理人と言えば鉄血工造のナンバー2、エグゼやアルケミストらの話から絶対に逆らってはいけない存在として畏敬の念を抱かれる存在だ。そんな相手を前にしてスネークは身構えるが、意外なことに代理人が次に話したのは世間話だ。

 

「みんな元気にしていますか?」

 

 みんな、が誰のことをさしているのかはすぐに分かる…エグゼやハンターといったMSFにいる鉄血ハイエンドモデルの事だった。

 

「元気なはずだ、きっとな……」

 

「そうですか」

 

「あんたはあいつらを大切に思っていたのか?」

 

「そうですね……ご主人様の次くらいには大事にしていましたよ、駒的な意味も兼ねてね。ビッグボス、私が何故ここにわざわざ来たか分かりますか?」

 

 代理人のその問いかけにスネークはまず、散々ハイエンドモデルを引き抜いた報復を考えたが、目の前の代理人の様子からそうではないと判断する。だがそれ以外に彼女がこの場を訪れた理由は見当もつかず、スネークは首を横に振る。

 

「ここには個人的な依頼があって来たのです」

 

「個人的な依頼?」

 

「ええ。処刑人もアルケミストもバカではありません、彼女たちが信頼したあなたを信じてお願いがあるのです……我々のご主人様、エリザさまを守っていただけないでしょうか?」

 

 それは予想もしていない依頼であった。

 空いた口がふさがらない様子のスネークに対し、代理人は一度牢の外を伺い他に誰もいないことを確認する。それまで変わらなかった代理人の表情に、少しの憂いが浮かぶ。

 

「シーカーはご主人様を盟主に世界を一つにしようとしています……ですが、シーカーの計画は上手くいかないでしょう。シーカーの行いはいつかご主人様に災いをもたらします…無論、彼女はそうならないように作戦を練るでしょうが……彼女にはあまり時間が残されていませんから」

 

「時間がない? どういう意味だ?」

 

「そのままの意味ですよ、彼女は我々とは違う存在ですから。ビッグボス、あの子たちが信頼するあなたを信じてのことなのです…どうか請けていただけませんか? そうすれば、ここを出ることができます」

 

「もし断ったら?」

 

「あなたは一生ここから出ることは出来ないでしょうね」

 

 この収容施設は基本的に戦術人形が警備する前提であるため、脱走した場合の対処として毒ガスや放射能散布による脱走阻止があるという。生体反応によって作動するこれらの装置は、外部の者の操作なしで停止させることは出来ない。代理人は、依頼を請けてくれさえすれば自らがそれらの装置を停止させてくれるという…。

 この依頼は鉄血と手を一時的にも手を組むことになり、鉄血を人類の敵と標榜するグリフィンや正規軍と対立する事態にもなりかねないことだ。だが代理人の提案を受け入れなければここを出ることは叶わない、仲間たちがここを見つけ出してくれるという保証もない。

 そしてスネークは、代理人がわざわざ自分に個人的な依頼を持ちかけたその意味を考える……周囲から畏怖される彼女の信念もまた、エグゼやアルケミストらと同じであるのだと気付く。

 

 スネークがこの依頼を請ける意思を示した時、代理人はまぶたを閉じて深呼吸を一度行った…。

 

「感謝します、ビッグボス。私がここを訪れることはもうありません…手引きをできるのはたった一度だけです、機会を見逃してなりません。もしもまた捕らえられれば、あなたも私も無事ではすまないでしょう」

 

「ああ、分かった。感謝する」

 

「ええ……それと、みんなに一つ伝言をお願いします。出ていくなら自分の部屋くらい片付けてから出ていけ、とお伝えください」

 

「フッ……確かに伝えておこう」

 

「よろしくお願いします」

 

 代理人は最後に一度だけ小さく微笑むと、独房の扉を閉じてその場を立ち去っていった…。




大尉が殺意半端なかったり、ドリーマーがヘイト稼いだり、代理人が密かに家族愛を大事にしてたお話。



アーキテクト「うんうん!さすが代理人ちゃん、みんなのお姉さんだね!」
ウロボロス「ま、まあそんなに心配してくれるならちょっとは感謝してやったり?」

代理人「あなたたちはゴリアテ(自爆要員)の次くらいに大事ですわね」

アーキテクト&ウロボロス「「辛辣ッッッ!!!???」」


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一難去ってまた一難

 呼び出されたエルダーブレインのご機嫌をとり、押し付けられた仕事を全てこなし、シーカー不在のせいで回ってきた雑用もこなし、最後には仲間であるジャッジに残った仕事の全てを丸投げしてドリーマーは悠々収容エリアへと足を運ぶのだ。他人の仕事を押し付けられたジャッジはもちろん切れたが、ドリーマーの話術によって言いくるめられて渋々仕事を引き受ける…。

 

「さて、久しぶりの拷問ね~。今日は何をして遊ぼうかしら? この間は電気ショックだったから…そうだわ、爪の間に針を刺して遊んであげましょうね」

 

 収容エリアに一人収監されているMSFの司令官、スネークを拷問し痛めつけるのがここ最近のドリーマーの楽しみである。シーカーが鉄血の領域を去る前に、くれぐれも捕虜への虐待はしないようにと通告していたが、ドリーマーは彼女との約束を破りスネークに対し容赦のない拷問を仕掛けた。

 人を痛めつける才能はアルケミストには及ばないが、ドリーマーの残忍性もなかなかのもの…アルケミストが残した拷問の記録から面白そうな方法を選択し、捕虜を痛めつけるのだ。

 

 さて、意気揚々と収容エリアにやってきたドリーマーであったが、道端で機能停止している配膳係のロボットを見つけ不審に思う。毎日独房まで食事を運ぶ程度の知能しか持っていない、下級ロボットであるため大して気にも留めなかったドリーマーであったが、スネークが収監されているはずの牢の檻が開いているのを見て走りだす。

 駆けつけた牢はもぬけの殻…少しの間呆然と独房を見ていたドリーマーであったが、愛らしい彼女の形相が徐々に歪んでいき、そした爆発した…。

 

「あんのクソ野郎がッ!」

 

 拳を叩きつけた壁に亀裂が入り、地下収容エリアにドリーマーの怒気を孕んだ叫び声が響き渡る。

 異変を察して警備の鉄血人形が駆けつけるが、ドリーマーはそのうちの一体を壁に叩き付けて破壊…ドリーマーの凄まじい怒りを目の当たりにした下級人形たちは震えあがり硬直する。

 血が滲むほど拳を握り固め、額に青筋を浮かべるドリーマー…。

 

「このエリアと、隣接するエリア全部の戦力をかき集めろ…」

 

「は…ですが、それでは…」

 

「下級人形の分際で口答えしてんじゃねえよ! ごちゃごちゃ言ってねえでとっとと動け、スクラップにされてぇのか!?」

 

「は、はい! 今すぐに!」

 

 怒鳴りつけられた人形たちは逃げるようにしてその場を走り去る。

 

「あのクソ肉袋が調子に乗りやがって…! 絶対にぶっ殺してやるからなぁ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは何の前触れもなく起こった。

 代理人が訪れてからおそらく数日経ったある日、突然作動音が鳴ると独房のロックが解除され脱走を防ぐためのあらゆる装置が機能を停止した。拷問で痛めつけられていたスネークだが、それが代理人の言っていた唯一の脱出の機会であることを察し、すぐさま独房を脱出する。

 武器や装備品の全ては没収されていたために途中、鉄血兵が使うような武器を手にしてみたがどうやらIDか何かがかみ合わないと使えない仕組みらしく、仕方なく小型のナイフ一本のみを手にスネークは収容所の出口を目指す。

 途中、警戒のための監視カメラや代理人が言っていたガス噴射機や放射能散布機らしき装置を見かけるも、全て停止している。これまでスネークは何度か敵の手に捕まったことがあったが、ここまで障害もなく脱出できることは無かった。

 完璧と思われた収容所であるが、唯一にして最大の弱点…電子制御の弱点を突かれたことで、脱獄防止のあらゆる障壁は沈黙してしまっていたのだ。ただしそれはあくまで脱出を防ぐための装置に限る…それ以外、具体的にはドリーマーのような戦術人形はいつか脱出に感付くだろう。

 

 収容所とはいえ、元々捕虜の収容のためではない施設を改造したものに過ぎず、階段を駆け上がるだけで地上へと近付いていく。途中何度か鉄血兵を見かけるが、どうやらまだスネークの脱走に気付いていないようで動きもせずにじっと同じ方向を見て警備する。

 わざわざ倒す理由もメリットもなく、それら警備の人形を避けて、スネークはようやく外へと出ることが出来た。

 

 久しぶりの外気はとても新鮮で、それまで気を張り詰めていたスネークも足を止めて肺に空気を吸い込んだ。久しぶりに見た太陽の光は地下の蛍光灯よりはるかにまぶしく、しかし暖かい。拷問と地下空間に収容されていたストレスが緩和されていく、少し足を止めていたスネークであったが、突如エリア一帯に響き渡る警報音鳴り響く…どうやらスネークの脱出にドリーマーが気がついたらしい。

 ここは鉄血領域内、周囲にいるのは敵ばかり…だがこんな状況を既に経験しているスネークは冷静に周囲の状況を確認した。

 スネークが最初に発見したのは、朽ち果てた古いトラックだ。

 中を素早く物色するとちょうど良いサイズの上着を見つける…どうやら軍のものだったらしく、都市迷彩パターンの野戦服を見つけそれに袖を通す。武器はそのトラックになかったが仕方ない。

 

 現在地も方角も分からない状況ではあったが、朽ちた電柱の影と太陽の位置からおおよその方角を理解し、次にスネークは同様に朽ちて残る道路の標識から現在地を割り出した。

 

「ここからなら南に真っ直ぐ向かった方が早いな」

 

 以前、エグゼやアルケミストらの会話で聞いた鉄血領域内の都市跡の名を聞いていたことが役に立った。

 そこから領域外へ出るのに近い方角、南の方へ向けてスネークは走る…武器も装備もない中、敵に遭遇すれば窮地に陥ってしまうだろう。警告音が鳴らされて、既にスカウトやドラグーンといった鉄血の捜索隊が動きだしている。

 スネークは瓦礫や廃墟の中に身をひそめることでそれら追手の目を欺いていくが、スネーク一人に対し捜索隊は次々に投入されていき、スネークといえども逃走が難しくなってくる。

 

 追手を避け南へ真っ直ぐに向かうと、最近大規模な戦闘が起こったと思われる場所へとたどり着く。

 そこにはほとんど無傷のまま機能停止した大量の軍用人形、戦車などがある…以前オセロットが正規軍の情報を入手した際に見た兵器類と同じものがそこで朽ちていた。最近正規軍と鉄血が激しくぶつかり合ったのだと察したスネークは、ふと足下に落ちていた"M60汎用機関銃"を拾い上げた。

 状態も良く、ベルトリンクもそのまま置かれていたM60……スネークは周囲を探るがその近辺に見知った戦術人形の姿はなく、この銃の持ち主は無事逃げおおせたのだと判断する。

 何はともあれ武器は手に入れた、万が一敵に遭遇した場合の対処はできる。

 そう思った矢先、建物の影から駆動音を響かせながら鉄血のプロウラーが姿を現した。

 

 即座にM60を腰だめに構えて撃ち破壊するが、そのプロウラーたちを乗り越えて現われた大量のダイナゲートを見た瞬間、スネークは舌打ちをしてその場を走りだす。

 走りながら背後を見れば、恐ろしい数のダイナゲートが徒党を組んで追いかけてくる…一体一体は脆いが集まれば厄介な相手、スネークは細い路地裏に入り込むとそこで立ち止まり、銃を構える。

 

 簡単なAIを搭載する程度のダイナゲートは狭い通りに雪崩れ込み、ほとんど身動きが取れないほど窮屈になってまで追いかけてくる。それがスネークの狙いだ…狭い路地に群がるダイナゲートに対し、スネークのM60機関銃が火を吹いた。

 猛烈な連射力で放たれる7.62mm弾がダイナゲートの薄い装甲を引き裂き、貫通し残骸を乗り越えて来ようとするものも撃ち抜いていく。単調なAIのダイナゲートは罠であるとも知らずに狭い路地に密集し、破壊されていく……ベルトリンクを撃ち尽くす頃になると、ダイナゲートは全滅し路地の入り口には残骸の山ができていた。

 

「ん?」

 

 そんな残骸の山から一体のダイナゲートが飛び降り、スネークの前まで駆け寄ってくるとその身体を震わせる。どうやら攻撃しているつもりらしいが、背部の火器が破壊されているため、身を震わせるたびに火花が飛び散るだけだ。

 ほとんど無害なダイナゲートにスネークは銃口を向けていたが、やがて彼は銃を下ろしその場を走り去る…そんな彼を、無害化されたダイナゲートは後を追いかけていく…。

 

 

 

「これは?」

 

 

 再び南にまで走って行った時、スネークは地面にちりばめられた青い閃光を見た。

 その周囲には先ほどと同じように正規軍の兵器が大量にうち捨てられている…本能的にそこが危険な場所だと判断したスネークはそこを迂回、何もない空白の場所を横断した。

 

「スネークさん!?」

 

 ふと、かけられた声にスネークは咄嗟に銃を構えるが、その先にいた見覚えのある戦術人形を見て銃を下ろす。そこにいたのは79式とリベルタドール、WA2000が小隊長を務める部隊の隊員だ。

 すぐに二人と合流したスネークが何故ここにいるのか問いただせば、79式は困ったように首をかしげる。

 

「スネークさんが救難信号を出したんじゃなかったんですか? 私たちはそれを確認してここに来たわけですが…」

 

(代理人か…)

 

 救難信号も、もしかしたら代理人の手引きかもしれない。

 

 いつかエルダーブレインに訪れるであろう危機…その時に助けになってもらうために、下級人形を生贄にしてまでスネークを鉄血領域内から逃がす。もし仲間たちにばれれば代理人もその立場を危うくさせる、それだけの覚悟が彼女にはあるのだろう。

 二人と合流したスネークは79式の手引きで、すぐにWA2000とカラビーナとの合流も果たしたのだが、そこで彼女たちの通信回線に割り込むようにしてドリーマーが声をかけてきた。

 

『やっと見つけたわよ虫けらども…! くそ虫みたいにひとの庭を這い回りやがって……まとめて殺してやるから、覚悟しなさいよ?』

 

「こいつドリーマー? 面倒な奴につけ狙われてるのね、スネーク」

 

『その声……久しぶりねMSFのWA2000。前回は世話になったわね、邪魔すなら容赦しないわ。死にたくなかったらお家に帰りなさい?』

 

「ふん…余計なお世話よドリーマー。それになに勘違いしてるか知らないけれど、あんたに私は殺せないわよ」

 

『あぁ?』

 

「よく聞きなさいルーキー、狙撃手というのは常にクールじゃなくちゃいけないの。今のアンタみたいに熱くなってたら周りなんか気にしちゃいられないし、照準の中の景色しか見えなくなるもんなのよ。アンタが得意げに私を見つける頃には、私は引き金を引いてるわね……死にたくなかったらお家に帰りなさい(・・・・・・)お嬢ちゃん。あと忙しいしアンタに構ってる暇はないから、この通信は切るわね」

 

 そう言って、通信回線を遮断したWA2000は気持ちを切り替えて仲間たちに振りかえるが、仲間たちの妙な視線に狼狽える。カラビーナは感心した様に頷き、79式は羨望の眼差しを向け、リベルタドールは目を輝かせている。

 

「な、なによ…」

 

「さすがですマイスター。ハイエンドモデル相手にあんな啖呵きれる者はそう多くはいませんよ?」

 

「センパイ、凄くかっこよかったです…!」

 

かっこいい……

 

「さすがオセロットの一番弟子だな。大したもんだ」

 

「もう、スネークまで…! ほら、さっさとこんなとこ脱出するわよ!」

 

 仲間たちの称賛の声が気恥ずかしいのか、しかしどこかまんざらでもない様子のWA2000。だが悠長にもしてはいられない、今のWA2000の言葉で完全にキレたのかドリーマーは大規模な部隊を投入してくる。

 スネークやWA2000がいくら精鋭とは言っても、相手は数百あるいは数千もの規模でやってくる…おまけにここは敵地であり敵は際限なく支援を受けることが出来るのだ。

 大部隊と真っ向からぶつかり合う危険性をその身で知ったWA2000は反撃しつつも撤退…彼女と同意見のスネークも迫りくる敵を撃破しながら後方へと下がっていく。

 

「ワルサー、脱出経路は!?」

 

「準備してあるわ! 奴らのパルスフィールドが何故だか一部止まってる今がチャンスよ、早くしないといつあの電磁パルスで焼き尽くされるか分かったもんじゃない!」

 

 既にパルスフィールドの中間辺りにまで退いてはいるが、万が一ここで電磁パルスが起動されれば全滅は避けられない。生身のスネークにすらも甚大な被害を与えるほどだ…ここもおそらくは代理人が絡んでいる、彼女の気が変わらないうちに脱出しなければならない。

 ようやくパルスフィールドを越えることができたスネークたちは一息つこうとしたが、なんと鉄血の部隊もまたパルスフィールドを越えて追いかけてくるではないか。止めていた足を再び動かし、全速力で走る…怒り狂ったドリーマーの命令を受けた鉄血の部隊がパルスフィールドを越え、彼女たちの領域の外へと出て来た時……突如、彼女たちの頭上に砲弾の雨が降り注ぎ爆風が鉄血の部隊を木端微塵に吹き飛ばした。

 

「砲兵部隊も連れてきたのか?」

 

「いいえ、私たちじゃないわ……おそらく、正規軍よ」

 

 領域の外は正規軍及びグリフィンの合同部隊が展開している…どうやら領域内の騒ぎを正規軍が嗅ぎつけたらしい。多数の軍用人形が姿を現し、パルスフィールドを越えて来た鉄血を駆逐していく…。パルスフィールドという予想外の罠にしてやられたが、単純な強さでは正規軍がまだまだ鉄血を凌駕している…あっという間に鉄血の大部隊を殲滅して見せた正規軍を見て、WA2000は改めて彼らの脅威を感じ取る。

 

 鉄血を殲滅すると砲撃音はなり止み、鉄血を倒した軍用人形たちがスネークらを取り囲む…一難去ってまた一難とはまさにこのことだ。

 言葉を発しない人形たちを警戒するが、不意に人形たちは銃を下ろしスネークたちから離れていく…。

 

 

 代わりにやって来たのは二人組の女性だ。

 

 

「これはこれは…こんなところで会えるとは、MSFの司令官さん? 間違っていないわよね?」

 

「お前は…?」

 

「AK-12、よろしく。こっちは相棒のAN-94よ……さてと、政府の人間があなたと話したがってるから一緒に来てもらうわね」

 

「お生憎、私たちの司令官は疲れてるのよ。さっさと私たちの基地に帰らせてほしいんだけど」

 

「あらそう? その場合、遺体収容袋の中に入って帰ることになるけど構わない?」

 

 不敵に微笑むAK-12に対し、WA2000は苛立たし気に眉をひそめた。

 先ほどはドリーマーをあしらったが、このAK-12という戦術人形は別な意味で厄介な相手だとWA2000は思う。交渉が決裂してこの場で殺したとしても、おそらくこの場にいる二人はダミーに過ぎないだろう…。

 判断をスネークに任せるWA2000…スネークが銃を下ろした時、彼女もまたそれに従った。

 

「賢い選択ね、素直でいいわ。それじゃあ、一緒に来てもらうわね」

 

「おて柔らかに頼む、こっちは鉄血でずいぶん痛めつけられたんでな」

 

「フフ、それ以上の痛みを味わうかもしれないわよ? 冗談……になるかどうかは、あなたの態度次第よビッグボス?」

 

 笑みを浮かべたまま、彼女は相棒のAN-94を連れてその場を去っていく。スネークたちを連行するのは軍用人形の役目、無機質な人形たちに監視されながらスネークたちは移動を強いられるのであった…。




※スネークとAK-12との会話中の出来事…

ダイナゲート「フルフルフル……!」(スネークの背後で必死の威嚇)

AK-12(なんかいる…)
AN-94(かわいい…)


はい……(憤怒)
めんどくさい連中にまた捕まったでやんす!
こんどはわーちゃん小隊もセットや!

この二人、いつか…!


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南部軍管区

 南部軍管区 グロズヌイ

 

 北蘭島事件、そしてその後の第三次世界大戦後の世界情勢の変化に伴い国家は衰退し、それに代わって台頭したPMCに都市運営の委託を行うようになる。国家は首都や産業が集積する重要な都市のみを管轄するようになる。

 南部軍管区は国家が管轄する領域の一つであり、カスピ海と黒海に接する広大な領土だ。ここには正規軍の他、内務省が指揮する国内軍の司令部も置かれ軍部の重要拠点でもある。さらに軍管区内にはかつて産業を支えたバクー油田の他、開発によって採掘されたその他資源が豊富に埋蔵されている。

 欧州にて最大の軍事力を持つ正規軍にとっての、牙城でもあるそこにスネークとWA2000率いる小隊は半ば無理矢理連れてこられたのだった。

 

 スネークたちが連れてこられたのは、基地の応接間だ…ほとんど無理矢理連れてこられたわけであるが、あくまで客人として連れてきただけに過ぎないという証明であるかのように。そんな応接間に連れてこられたわけだが、もう2時間以上もこの部屋で待たされ続けている。

 スネーク含め、誰も話しもせず、壁にかけられた質素な時計の針が時間を刻む音だけが鳴る。

 何もされずにただ応接間に押し込められている状態はだんだんと人形たちをイラつかせる…WA2000は腕を組みソファーに深く腰掛け、カラビーナは目を閉じて額を指で小突き、79式は何度も小さなため息をこぼす。変わりがないのはいつも無口なリベルタドールだけだ。

 

「いつまでここに待たせるつもりなの?」

 

 苛立つ声で、WA2000は同じ応接間で待機するAK-12に問い詰める。彼女はいつもまぶたを閉じているがちゃんと見えているようで、分厚い本に顔を向けていた…彼女はWA2000に見向きもせずにぽつりと一言。

 

「もうすぐ来るわよ」

 

「あっそ、1時間前にも同じ言葉を聞いたわ。あんたがただの録音を繰り返すだけの人形に思えてきたわ」

 

 WA2000のそんな罵倒に対し、反応したのは同じく室内で待機していたAN-94だ。銃を握りしめた彼女に対し、WA2000は怖気もせず真っ直ぐに見返す…安全のためだなんだと持っていた武器は没収されてしまったが、WA2000を含めたこの場にいる全員が素手での戦闘にも長けている。例え丸腰で銃を持った相手と戦うことになっても、その対処法は彼女たちを鍛えたオセロットやスネークから伝授されている。

 己の肉体以外に、周囲のあらゆる物を利用して敵を倒す。

 

 険悪な空気は、AK-12が相棒をなだめたことによりおさまった。

 そこからさらに数十分、応接間の外から足音が聞こえてくるとAK-12は読んでいた本をしまいAN-94と応接間の端に並んだ。足音は応接間の前で止まり、扉がゆっくりと開かれる。

 

「待たせてしまって申し訳ない。なにぶん急な知らせだったのでね……まずは自己紹介から始めた方がよろしいね。私は内務省直轄国内軍参謀本部長のアンドレイ・ポゾロフだ…お会いできて光栄だよ、あぁ…」

 

「MSF司令官、スネークだ」

 

「そうスネーク。それは君の本名かな?」

 

「自分の名前はとっくの昔に捨てた。今はこのコードネームがオレの名だ」

 

 温和そうな表情のアンドレイ参謀長だが、スネークは彼が自分たちを値踏みしようとしているのを見抜いていた。それは彼と一緒にこの場にやって来た男も一緒だった。

 

「申し遅れました。私は内務次官のアレクサンドル・レマノフスキーと申します。お見知りおきを…」

 

 内務省と言えば内政を管掌して警察機関を持つほか、正規軍とは指揮系統の異なる国内軍を管轄下におく政府の機関だ。次官と言えば内務省のナンバー2であり、参謀長のアンドレイは国内軍のトップに位置する重役だ。

 意味が分かっていない79式やリベルタドールはともかくとして、スネークとWA2000などはまさかこれほどの大物が出てくるとは思っていなかった。

 

「ご苦労だったな君たち、あとはもういい」

 

 アンドレイは部屋の隅で背筋を立てて控えていたAK-12とAN-94にそう声をかける。二人は敬礼を向けると静かに応接間を退出、去り際にAK-12はWA2000に振りかえり微笑み小さく手を振った。自分たちの人形を部屋から出した内務省の二人は、何度かWA2000たちを見るがスネークはわざと気付かないふりをする。

 そのうち諦めて、彼らは話を切りだした。

 

「スネーク、我々が君たちとこの場で会っていることは非公式の事だ。回りくどい言い方はせずに単刀直入に言わせてもらおう…MSFの戦力を我々に貸していただきたい」

 

 内務次官のアレクサンドルが切りだしたその要求は、スネークもある程度予想していたことであった。政府の人間がMSFに接触を求めてくる理由など、それか完全に潰す以外にはないだろうと思ったからだ。今回は最悪の方には向かわなかったが、それでも厄介な提案には変わりない。

 

「君らの国家には強大な正規軍がいるはずだ。わざわざオレたちを雇うのに、君らのような重役が動く理由が分からない」

 

「現在欧州を目指して侵攻している連中のことはあなたも知っているはずだ。かの国と対決するには戦力を結集させなければならない、そのためのルクセト連合でもある。だが軍はE.L.I.Dへの対処で多くは割けず、周辺諸国との兼ね合いもあるのだ…それに、軍部では最近不穏な動きもある」

 

「クーデター…か」

 

「そうだ。奴らの狙いは分かっているが手は出せん…我々には外部の協力者が必要不可欠だ。だがそこらのPMCではあの強大な米国と戦うことは出来ないだろう…だがMSFなら、それができるだけの戦力はあるはずだ」

 

「MSFの名を初めて見た時、私はまさかここまで大きく拡大することになるとは思ってもいませんでした。ですがあなた方はあのバルカン半島の内戦終結に大きく貢献し、一国の軍隊に匹敵するだけの戦力を得ている。政府には多額の報酬を確約させます…この話を引き受けていただけないでしょうか?」

 

 内務省にも国内軍という準軍事組織があるが、その規模は正規軍に比べて小さく所持する兵器や装備にも差がある。現在E.L.I.Dへの対処に多くの戦力が割かれている中に勃発した今回の戦争…英国がその首都を落とされ陥落し、米軍戦力が英国本土に集結しつつあり、彼らが欧州へ上陸しようとするのも時間の問題であった。

 この混乱期に、かねてから構想のあったルクセト連合が各国で持ちかけられるが、これを気にくわない軍部の一部が不穏な動きを見せているという。

 この非常時において協力しなければならないというのに国内はバラバラ…強大な軍を維持し欧州に君臨するこの国家の実情であった。

 

「この会談はいわゆる密約、外部に公表するものではない。だからこそお互いしがらみもなく協力し合えると思うのだ」

 

「契約書も何もない、用が済んだら約束を無視する恐れがないなんてどう信じればいいの?」

 

「スネーク…これは我々とあなたの話合いだ。人形が口を挟んでくるのはどうかと思うんだが?」

 

 笑みを浮かべてはいるが、WA2000が交渉に口を出したことに対し彼らは苛立っていた。彼らはあくまで戦術人形を戦争のための道具としてしか見ていない、WA2000を含めた人形たちもまた久しぶりに受ける偏見の眼差しに嫌悪感を抱く。

 

「すまんが、オレの意見も彼女と同じだ。オレたちは国家に帰属しない軍隊だ、君らがこの契約を通してMSFの戦力を取り込もうとしている疑念が少しでもある限り、オレは君らの仕事を請けるつもりはない」

 

「スネーク、確かにお互い信頼関係を築けていないのは確かだし、ここに来る間に一悶着あったのも知っている。それについてはこちらの落ち度だ、素直に謝罪する。だが世界を見て見たまえ、こんな情勢だ…人類は手を取り合って団結しなければいけないんだ」

 

「その団結心とやらが、数十年前に活かされていれば、この大戦もなかったんじゃないのか? 奴らの怒りは、お前たちが招いたことだ」

 

「どうあっても協力していただけない…そう言いたいと?」

 

 内務次官のアレクサンドルがそう言うと、国内軍参謀長のアンドレイは態度をあからさまに変える。どうやら冷静な話し合いはここまでらしい、こう言った場合次にくる展開というのは、力による脅しだ。タイミングよく扉が開かれたとき、参謀長のアンドレイは不敵な笑みを浮かべたが、扉を開いてやって来たのは予想外の人物であった。

 

 

「やあやあスネーク、元気そうじゃないか。それにWA2000、無事彼を助けられたようだな」

 

「イリーナ!どうしてここに?」

 

「まったく、お前を捜すのにあちこち大変だったんだぞ。さあスネーク、もう話しあいは終わったろう? 家に帰ろうじゃないか」

 

 

 やって来たのは新ユーゴスラビア連邦のイリーナ、内務省の二人になど目もくれずスネークとだけ話すイリーナを見て二人は唖然としている。しかし彼女がソファーに座るスネークを立たせて、さっさと部屋を出ていこうとした時内務次官のアレクサンドルが行く手を阻む。

 

「イリーナ・ブラゾヴィッチ、ユーゴ革命の立役者……国の内外から尊敬を集めるあなたとはいえ、この行動は看過できませんな。最悪国際問題に発展しますよ?」

 

「誰だお前は?」

 

「私は――――」

 

 彼が名乗ろうとする間際、イリーナは悪びれもせずに煙草をくわえて火をつける。話を聞こうともしない彼女の態度に彼は絶句する。それに怒ったのかアレクサンドルは顔を真っ赤にして、彼女に対し怒鳴りつけるが…イリーナは煙草の煙を彼に吹きかけて黙らせる。

 

「お前が私に聞きたいことは全部お前の上司が答えてくれるだろうさ。私がお前に対しわざわざこの場で説明してやることは何もない。私はここに、彼とその部下を迎えに来ただけだよ」

 

「ふざけるな、いきなりやって来て…そんなことがまかり通ると思っているのか!?」

 

「まかり通るんだよ阿呆が。そんなに文句があるなら内務大臣に電話をかけてみろ、もう全て終わってるんだよ」

 

 内務大臣と言えば、内務省のトップでありアレクサンドルにとっての上司にあたる。イリーナの物怖じしない姿に気圧されながらも、アレクサンドルは内務大臣へと電話を繋ぐ。そこで彼は色々とがなり立てるが、通話を続けていくうちに顔は青ざめていき声に覇気がなくなっていく。

 受話器を置いた時、彼は敗北を認め素直にイリーナがスネークらを連れていくのを見逃した…。

 

 

「イリーナ、助かったぞ。だがどうやって?」

 

「まあまあそれはいいじゃないか、助かったんだからな」

 

「良くはないだろう。何か取引をしたのか?」

 

「まあな。彼らがユーゴ連邦軍の戦力を欲しがっているのは知っているな? 対米戦に参戦はしないが、代わりにE.L.I.Dの駆逐を一部引き受けたのさ。見返りはあったが、そこにアンタの事をねじ込んでやったんだ…感謝してくれよ、結構交渉が難しかったんだからな」

 

「さすがねイリーナ。伊達に内戦を戦い抜いただけのことはあるわ」

 

「褒め言葉として受け取っておこうワルサー。さあ、みんなが待ってる…マザーベースに送っていくよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れた室内、ロボットの残骸、引き裂かれた家具……獣か何かが暴れまわったような跡の一室で、ドリーマーはいまだおさまらない怒りを宿していた。側近の下級人形たちは彼女の逆鱗に触れることを恐れて近付こうとせず、また様子を見に来たジャッジも手に負えないと判断し、一目見るなり踵を返して立ち去ってしまった。

 たった一人、冷めない怒りを宿したたずむドリーマー…彼女を気遣い声をかけてくれる者は誰もいない。時間が経てども冷めない怒りがさらにドリーマーをイラつかせる。

 

「荒れているな…」

 

 静かな部屋に響く声にドリーマーは顔をあげる。

 

「シーカー…帰って来たのね」

 

「あぁ」

 

 シーカーは一言そう呟くと、荒れ果てた室内を見回し始める。怒り狂ったドリーマーが暴れまわって壊した部屋、足の踏み場もないほどに荒れた部屋を見回しながらシーカーは呟いた。

 

「ジャッジに聞いた……彼が脱走したようだな」

 

「ええ、あの野郎…どうやって逃げだしたのか。絶対にまた捕まえてやる…!」

 

「まあそれはいいんだ。ドリーマー、お前…彼を拷問したのか?」

 

「それもジャッジに聞いたの? ええ、そうよ」

 

「なぜ?」

 

「なぜって……」

 

「彼に手を出さないようにと言っておいたはずだが?」

 

「……あいつは、人間よ。それも私たちの仲間をたくさん奪っていった奴よ。確かにアンタにそう言われたけど、無意味にやったわけじゃないのよ? あいつに情報を吐かせて、逃げたハイエンドモデルを取り返すつもりだったのよ。みんな帰ってくれば、あんたの計画も上手くいくでしょう?」

 

「質問を変えよう……ドリーマー、どうして私との約束を守ってくれなかったのだ?」

 

 シーカーの悲し気な声に、ドリーマーの怒りが急速に萎えていく。ドリーマーは、シーカーの自身を見つめる瞳を真っ直ぐに見つめ返すことが出来ず目を伏せた。そんな彼女にシーカーは歩み寄る。

 

「ドリーマー」

 

「なによ…」

 

「私はこれまで君と信頼関係を育んで来れたと思っていたが、それは私の思い込みだったのか? ドリーマー、私に対し何か不満があるなら教えてくれ……私も間違いは起こすし周りが見えなくなることだってある。私はこの信頼関係がなくして何も出来ないと思っているから」

 

「あのさ! あんたどうしてそう自分に非があるみたいな言い方するわけ!? あんたこそ不満があるからここに来たんでしょ、言いたいことがあるならはっきり言ってよ! 一思いに怒鳴りつけてよ! あんたにそんな顔させて、わたしがばかみたいじゃない!」

 

 咄嗟に出たドリーマーの怒鳴り声をシーカーは静かに受け止める。感情任せに怒鳴ってしまったドリーマーと言えば、もう彼女の顔を直視することが出来ず顔を背ける。

 

 

「ごめん……」

 

「怒ってなどいないよ、ドリーマー。ただこれだけは言っておきたい、私が本当に信頼できる人は君しかいないんだよ。誰にも相談できないことも君になら出来る、自分の弱さも君の前でならさらけ出せる……そういう関係でありたいんだよ」

 

「分かってるわよ……ごめんなさい、シーカー。あなたを傷つけたかったわけじゃないの」

 

「分かっているさ。もうこの話はお終いにしよう」

 

 仲直りの握手…とはいかないが、ドリーマーの肩を軽く叩いて仲直りとするシーカー。そのまま彼女はソファーに身体をゆっくり預けると、深い吐息をついてまぶたを閉じた。頬杖をついてまぶたを閉じたままのシーカーを、最初はまだ怒っているのかとドリーマーは勘違いしたが、違った…。

 

「シーカー、疲れてるの?」

 

「うん? あぁ、そうだな……アメリカから出てきて動きっぱなしだったからな」

 

 シーカーの言葉通り、アメリカから帰って来て以来絶えず彼女は動きまわり、最近では遠い英国にまで足を運んで現地の米軍たちと作戦を練ったり、今だアメリカ本土に残る戦力の管理を行ったりと多忙な毎日を送っていた。久しぶりに本拠地へと帰還したシーカーが、休みたがるのも無理はない。

 

「ねえシーカー、私も何か仕事手伝ってあげようか?」

 

「君が働きたがるとは、明日は大嵐だな」

 

「バカ言ってんじゃないわよ。それで、何もないなら別にいいんだけど…」

 

「そうだな…まあ、とりあえずここに座りたまえよ。ゆっくり仕事の話でもしよう」

 

 そう言って、シーカーはソファーの空いた部分をはたいてみせる。彼女の呑気な様子に小さなため息をこぼし、ドリーマーはソファーに腰掛ける。彼女がソファーに座ったのを見たシーカーはというと、ソファーに寝ころび今しがた座ったばかりのドリーマーの膝の上に頭を乗せた。

 

「シーカー、なにしてんの?」

 

「仕事したいって言ってたろ? これがその仕事」

 

「はぁ?」

 

 要するにひざ枕を要求しているわけだ。

 呆れるドリーマーにウインクを返し、シーカーは楽な体勢でくつろいでいる…それからドリーマーの手を取り、髪を撫でろというかのように自身の頭に誘導する。

 

「すまない、正直かなり疲れてる。ちょっと甘えさせてくれないだろうか?」

 

「まったく、身の丈に合わないことするからよ。まあいいわ、好きにしなさい」

 

「ありがとう、ドリーマー」

 

 

 よほど疲れていたのだろう、まぶたを閉じたシーカーはすぐに睡魔に襲われて深い眠りに落ちる。静かな寝息を漏らす彼女を見下ろすドリーマーに、さっきまでの怒りは微塵も残っていない。ただ自身の膝の上で眠るシーカーを慈しみ、優しく彼女の髪を撫でる姿があった…。




軍管区という単語にロマンを感じる()
職権乱用イリーナさん、なお対価。



最近シーカーとドリーマーのこの関係が好きだよ。
ドリーマーもシーカーと一緒にいる中で変わっていくと思う…
たぶん、お互いに孤独だから結びついてるんじゃないかな。


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マザーベース:男と女の戦い

 南部軍管区からユーゴ連邦領内にて1日滞在、その後飛行機を乗りかえてマザーベースへの空の旅。拡大に拡大を重ねたマザーベースは海上プラントをベースにしながら今では立派な海上都市と化しており、その中には大型貨物機の離着陸を行えるだけの大型滑走路を持つにまで成長と遂げた。

 スネークがマザーベースを離れたのはアメリカでの任務を含め数か月に及ぶ、かつてこれほどまでに長期にマザーベースを留守にしたことは無く、さすがのスネークも家であるマザーベースを想い少しばかりホームシックな気分になっていた。普段は葉巻をふかして落ち着いて基地に帰るスネークも、この時ばかりは嬉しそうだ。窓から見えるマザーベースを眺め、嬉しそうににやけているスネークに、機内に同席するWA2000ら他の人形たちもクスクスと笑っていた。

 高度を落とし着陸の体勢に入った航空機、甲板上には既に出迎えのためのスタッフや人形たちが集まっているのが見える。滑走路上をバイクで走り回っているのはエグゼ…危険だからやめてもらいたい。

 

「お疲れさま、そしてお帰りなさいスネーク。みんな待ってると思うから、早く行ってあげてね」

 

「助かったぞワルサー、それにみんなも。おかげで無事に帰って来れた」

 

「どういたしまして」

 

 改めて救出部隊の彼女たちに礼を言って、スネークは飛行機に据え付けられたタラップを降りていく。

 きっと出迎えのみんなが勢いよく駆けつけてくるのが想像出来る、元気すぎる人形たちや暑苦しい男性スタッフたち…出迎えの熱狂を予想しタラップを降りきったスネークであったが、いつまで経っても出迎えの者たちが突っ込んでこない。代わりに聞こえてきたのは、男女の激しい喚き声であった。

 スネークが見たのは、数十メートル先で取っ組み合いのケンカをし乱闘状態になっている戦術人形とMSFの男性スタッフたちの姿だ。

 呆気にとられるスネークであったが、ぶちのめされて伸びている男性スタッフや弾き飛ばされて泣いている戦術人形の姿を見て慌てて駆けつける。

 

「どうしたんだお前たち! とりあえずケンカを止めろ!」

 

「あ! ボス、おかえりなさい!」

「スネークおかえり!」

「お帰りなさいボス!」

「司令官さん、おかえりなさい!」

 

 声をかけると、それまで乱闘状態にあった人形とスタッフたちは途端にケンカを止めて笑顔で出迎えの言葉を言ってきた。顔面を殴られて流血したり、鼻血を流している者もいるが揃って笑顔だ…しかしマシンガン・キッドがスネークに歩み寄って握手をしようとすると、いきり立つスコーピオンが彼の横顔に跳び蹴りを仕掛けて阻止する。

 そして再び勃発する男女の激しい乱闘……罵詈雑言、時折血や吹っ飛ばされる者、双方のパンツが辺りに飛び交う。

 収拾がつかなくなって一旦距離を置いたスネークに、副司令のミラーが歩み寄る。この騒動の原因を問い詰めると、彼は困ったように笑いながらその理由を説明する。

 

「どうもうちの男性スタッフと、戦術人形とで誰が最初にスネークを出迎えるかで争いになっているみたいなんだ。いつもはうちのスタッフも一歩引くんだが、今回はどうしようもなくてな…スコーピオンやエグゼらがそれに怒って乱闘を起こしてるんだよ」

 

「なんだってそんな…まあ仕方がないが…」

 

 理由は微笑ましいのだが、この乱闘にかこつけて喧嘩っ早い連中が混ざって争いを拡大させているのでたまったものではない。アルケミストなどはこの乱闘を煽っているようだ…。

 

「まあ何はともあれボス、無事で良かったよ。お疲れさん、ボス」

「させっかコラァッ!」

「ゲボァッ!!??」

 

 こっそり一人で再開の握手を交わそうとしたミラーであったが、それを見逃さなかったエグゼが彼の顔面に鉄拳を叩き込んで吹っ飛ばす。殴られたミラーは甲板上を何度も転がって、最後にはぴくぴくけいれんを起こして気絶した…一応、97式が慌てて駆けつけてミラーはトラの蘭々に乗せられて医務室に運ばれていった。

 いよいよ手がつけられなくなった乱闘であったが、オセロットに率いられる治安維持部隊が到着し、高圧放水とゴム弾の連射で乱闘を起こす連中はことごとく鎮圧される…頭に血が上ったスタッフや人形の何人かがオセロットを倒そうとしたが、彼の無言の圧力を受けて尻尾を巻いて逃げていった…。

 

「まったくバカどもが…すまんなボス、あいつらには後で厳しく言っておく。何はともあれ無事で良かった、まあアンタがくたばるとは微塵も思っていなかったがな」

 

「留守の間色々面倒を見てくれていたらしいな、礼を言う」

 

「大したことはやっていない」

 

 互いを認め合い、握手を交わす両者…これには古参スタッフも悔しそうにしているが、スコーピオンやエグゼなどは発狂してオセロットに襲い掛かろうとするが月光に蹴飛ばされて排除された。

 

「落ち着いたらスタッフや人形たちとコミュニケーションをとってやってくれ、見ての通り…寂しがっているようだからな」

 

「ああもちろんだ、しばらくは骨を休めたい」

 

「そうしてくれ、ボス」

 

 あまり焦らすと別な問題が起こる、狂信的なスタッフやスコーピオンなどの人形が次にどんなトラブルを起こすかも分かったものじゃない。彼らのたまったストレスを抜いてやるのも、組織の長としてスネークがやらなければならない義務でもある。

 後のことは治安維持部隊に任せオセロットは通常の任務に戻ろうとするが、ふと見かけたWA2000を呼び止めた。

 

「よくやったな、ワルサー」

 

「別に、大したことはやってないわ。いつも通りやっただけ」

 

「実戦でいつも通りやることはそう簡単なことじゃない。また腕をあげたな」

 

「そうなるだけの訓練と経験はしてるつもりよ。でもこれで満足するつもりはない、もっと力をつけなきゃね」

 

「殊勝な心掛けだ。これなら次からもっと大事な任務を任せられるだろう、期待しているぞ」

 

 去り際に、オセロットはWA2000の肩をたたく…それに対しWA2000はいつも通り、片手をあげてクールに応えてみせる。去っていくオセロットの背を軽く一瞥し、彼女は一人誰もいない物陰に移動すると……ポッと顔を赤らめ何度も深呼吸を繰り返す、そして彼が触れていった肩に手を添えて空を見上げ微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日…なんと男性スタッフと戦術人形の不毛ないがみ合いはまだ続いていた。

 アメリカに向かうまではあんなに仲が良かったというのに、今では食堂エリアを二分し男性スタッフ勢力と戦術人形のスネークLOVE勢+その他が睨み合っているではないか。両勢力の真ん中で食事をとるスネークであったが、両者の睨みあいに挟まれてせっかくの食事が台無しであった。

 

「ボス、なんというかその…すまないな」

 

「謝るなエイハヴ、何も問題ない」

 

「皆さん困ったものですね、せっかくスネークさんが帰ってきてくれたのにこれじゃあ…」

 

 スネーク、エイハブと相席で食事をとるスプリングフィールドもこんな状況を悲観してみせる。ついこの間まではスネークを助けるためにと一丸になっていたはずだというのに、帰ってきたら来たでこれだ。いっそスネークが帰って来ない方が良かったのでは、と思うのは決してないがどうにかしてこの諍いを鎮めなければならないだろう。

 ちなみにエイハヴとスプリングフィールドがスネークと相席しているのに文句を言われないのは何故なのか…最近よくエイハヴとスプリングフィールドがカフェで仲良く話しているというが、察しのいいものならなんとなく分かるだろう…。

 

「ボス、この後はどうするんですか?」

 

「腹も満たしたことだし、風呂にでも―――」

 

 

 ガタンッ、と食堂内のスタッフと人形たちが一斉に立ち上がる。

 呆気にとられていると暑苦しい男性スタッフたちが勢いよく集まってきたではないか。

 

 

「ボス、お風呂に行くんですか!? 良かったらオレが背中を流しますが!」

「今からサウナの用意しておきますよボス!」

「肩を揉みましょうか!? それとも全身マッサージを!」

 

「お、お前ら…!」

 

 暑苦しい男たちの勢いに飲まれかけるスネークであるが、それをスコーピオンとエグゼ、9A91らが阻止するのだ。

 

「お前ら暑苦しいんだよ筋肉ダルマども! スネーク、オレが背中を流してやるよ? オレとヴェルとスネークで、家族水入らずでよ」

「させっか! 先にツバ付けたのあたしだもん、スネークはあたしと一緒にお風呂入りたいよね?」

「司令官は私と一緒に入りたいに決まってます」

 

 対するエグゼとスコーピオン、そして9A91は暑苦しい男どもでは到底出来そうもない色仕掛けでスネークを誘惑するが、それで黙っている野郎どもではなかった。暑苦しい男どもは唐突に上半身の服を脱ぎ棄てると鍛え抜かれた見事な肉体を堂々と晒す。

 先頭に立つのはマシンガン・キッドだ。

 

「男と男には裸の付き合いってものがあるんだ! お前たち女性陣にはできまい、一糸まとわず己をさらけ出して語り合う男の生きざまをな!」

 

「キッド兄さん…」

「キッドさん、頭大丈夫かな?」

「やっぱホモじゃんこの人」

「だから言ったでしょ、ホモだって」

 

 上からロリネゲヴ、M1919、BAR、MG4…マシンガン人形たちの好感度がガクッと落ちた気もするが彼は一切気にせず、普段のマシンガントークさながらに筋肉について熱く語り始めるのであった。

 

「うっせえぞ脳筋野郎ども! 古今東西、男は女の方が好きだって決まってんだよ! スネークをてめえらホモ野郎どもと一緒にすんじゃねえ!」

「そうだそうだ! そもそも男にはスネークが大好きなおっぱいがないでしょ!? スネークはおっぱいが大好きなの! スネークが好きな方が一緒にお風呂に入った方がいいでしょうが!」

 

「なにぃ!? 男にだって女が持ってないモノをもってるぞ、見せてやろうか!?」

 

「させっかコラァッ!」

 

 唐突にズボンを脱ごうとした男性スタッフに、成り行きを見守っていたアルケミストが前蹴りを浴びせて阻止する。そしてそれをゴングとして再び起こる乱闘騒ぎ、食べかけの料理や椅子やテーブルなどがあたりに飛び交う。

 この乱闘に無関心なスタッフや人形たちも巻き添えをもらい、それにキレて乱闘に参戦する……この乱闘を煽るためだけに独房を抜けだしていたアーキテクトが、飛んできた椅子を顔面に受けて気絶する。

 

 その後すぐに駆けつけてきたおなじみ、治安維持部隊。

 凶暴なスタッフと戦術人形に対峙するために開発されたパワードスーツを纏ったヘイブン・トルーパー隊が、テーザー銃とショックバトンを駆使して乱闘を起こす者たちを鎮圧していく。特に厄介なものはそのまま営倉にぶち込まれることになる。

 ようやく静かになった食堂…電気ショックで鎮圧されたスタッフと人形は、地面を這いつくばりながら今だいがみ合っていた。

 

 

「そもそもな…ボスが風呂に入るってことは……風呂場は男の時間ってことじゃないか…! 女性陣は、どうやっても入れないだろ…!」

 

「なん…だと…!?」

 

「男と女、時間わけを希望したのは…そもそもお前たちだぞ! フフフ、これで分かっただろう…この争いは、最初から勝負は見えて……グフッ…」

 

 

 電気ショックの影響からか、男性スタッフたちは次々に気絶していく…一応耐久力のある戦術人形たちは持ちこたえるが、身動きは出来ないので残らず治安維持部隊の手によってしょっ引かれていくのであった。

 ようやく、食堂に静けさが戻る…今では成り行きを静観していたスタッフたちが数人と、一人呑気にラーメンをすするSOPⅡがいるくらいだった。

 

 そこへ、バタンと食堂の扉を勢いよく開いて全身泥まみれのヴェルがぱたぱたとスネークのところへやって来た。その後ろを、同じく泥だらけの蘭々と困った様子の97式が一緒にやってくる。

 

 

「パパー! いっしょにおふろいこー!」

 

「泥だらけじゃないかヴェル。どうしたんだ?」

 

「ごめんなさい司令官さん、ヴェルちゃんと蘭々が泥遊びしちゃって…もしよかったら一緒に洗ってくれないかな?」

 

「まったく、しょうがないな。ほら行くぞ」

 

「わーーい!」

 

「グルルルル……?」

 

 

 結局、この不毛な争いの勝者は男性スタッフでも無ければスコーピオンらでもなく…無邪気な娘と一匹の猛獣であった。

 

 数日後、いつの間にか諍いはなくなっていつもの平穏なマザーベースが戻って来たようだ…。




たまにはほのぼのを…と思ったら、なんだこれ…?
人間の男と戦術人形が一人の男を巡って乱闘とか、この作品が唯一じゃないかな?



次回もほのぼのやる予定だよ、たまには息抜きしないとね。

次回予告?

スネークを狙うダイナゲートくん、月光とかフェンリルとかサヘラントロプスとか無人機と交流するの巻(たぶん終始作動音)


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マザーベース:無人機狂想曲

 無人二足歩行兵器"月光"、四足獣型無人機"フェンリル"、無人攻撃兵器"グラート"、無人攻撃ヘリコプター"ハンマーヘッド"、直立二足歩行兵器"メタルギア・サヘラントロプス"。

 割と初期に開発と量産に成功した月光以外の無人機についていまだ稼働数はそこまででもないが、正規軍が用いる兵器に勝るとも劣らない性能の無人機を複数所持するMSF。中でもメタルギア・サヘラントロプスは、前身となっているメタルギアZEKEに用いられた開発技術を活かし、なおかつ独自の開発思想を組み込むことで生まれた他に類を見ない兵器となった。

 さて、そんな無人機を開発するのはマザーベースの研究開発班であるが、開発された無人機を実戦でテストし採用の是非を取り決めるのは前哨基地を任されているエイハヴの役目だ。彼に詳しいAIの仕組みは分からなかったが、前線で部隊を指揮する者の視線から改良すべき個所や実装して欲しい能力を研究開発班に伝え、その要望を聞き入れた研究開発班が更なる改良を施す。

 

 研究開発班の遊び心で時たま癖の強い無人機が生まれるが、基本的に前線で共に戦ってくれる無人機たちは人間のスタッフたちにも頼られている。戦術人形たちは、同じ人工知能を有する存在として同胞と見ているのか、人間のスタッフ以上に親密な関係になる場合もある。

 

 その日、エイハヴは研究開発班に求められていた実戦データの最終報告書をまとめ、これら無人機の開発を統括しているヒューイのもとへと届けていた。

 

「月光の有用性は既に実証済み、高い防御力と攻撃力、そして機動性は正規軍にも通用するだろう。フェンリルは軍用犬ほどの大きさで機動性もあり部隊と共同で運用でき、小型レールガンを活かした狙撃と偵察に従事できる。グラートは少し運用法が限られるな、だが防御陣地の戦力として活躍したデータもあるから使い方次第では強力だろう。最後にハンマーヘッド、整備性に優れて優れた対地制圧能力を持つことから前線で戦う兵士たちには好評だ」

 

「ありがとうエイハヴ、ぼくは基本的にサヘラントロプスにかかりっきりだからなかなか見られないけど、研究開発班のスタッフもこれで努力が実ったことになるね」

 

「後のことはよろしく頼む。エグゼの奴がさっさと無人機を寄越せってしつこいんだ…できるだけ早く量産をお願いする」

 

「ははは、君もいろいろ大変だね。分かった、みんなにはそう伝えておくよ」

 

 戦術人形の連隊を率いるエグゼは、一時期と比べると落ち着いたものの、隙あらば戦力増強のために新兵器の導入をしつこく求める。大抵は戦力の管理を行うエイハヴにその矛先が向くため、時々口論になったりもする…エグゼの連隊はMSFの中核的存在となっているが、エイハヴは全ての部隊を平等に評価し、一つの部隊を優遇させるわけにはいかない。

 なにより、研究開発班は人間や人形の損失を抑えるために無人機の開発を行っているため、その願いに応えてやりたいという思いもある。

 

 

 報告書をヒューイに託したエイハヴはマザーベースの甲板上に赴くと、穏やかな海を眺めながら背筋を伸ばす。MSFの司令官であるスネークも帰還し、いつも通りの日常が戻って来た、少なくともこのマザーベース内は平穏そのものだ。前哨基地の指揮を任されている立場のエイハヴは、なかなかマザーベースに戻る機会もないため、こういった仕事で戻って来た時が羽根を伸ばすチャンスでもある。

 一見平穏に見える海……しかしこの海の遥か先では、世界を焼き尽くそうと目論む報復心に憑りつかれた者たちがいるのだ。今のこの平穏が果たして一体いつまで続くのか、長年戦場を渡り歩いてきたエイハヴはかつてない脅威が迫っていることを感じていた。

 

「あら、エイハヴさん。こんな時間にマザーベースにいるなんて珍しいですね」

 

 かけられた声に振り向くと、そこにいたのはスプリングフィールド。今日彼女は前哨基地で自身が率いる大隊の演習を行う予定であったと記憶していたエイハヴに、彼女は微笑みを携えながら演習が二日後に延期になったことを伝えた。

 

「ちょっと失礼しますね、襟元が曲がってますので」

 

 すぐそばまで歩み寄ってきたスプリングフィールドはそう言って、エイハヴの首元に手を伸ばす。基本的に野戦服スタイルであるため、服装の乱れにさほどエイハヴは気を留めない…もっとも、他のスタッフや一部人形を除いて粗野な連中が多いためそこまで気にされないが、彼女は元々の性格からか細かな配慮と気遣いからよく他人の世話をやく。

 曲がっていた襟を直し満足げに微笑む彼女に対し、エイハヴは少々気恥ずかし気に礼を言う。

 

「ところでここには何か用があったのか?」

 

「作戦報告書を提出しに来たんですよ。エイハヴさんはどういった用件で?」

 

「似たような理由だよ。無人機の実戦データの最終報告書をあげるためにね」

 

「まあ、それは奇遇ですね」

 

 他愛もない話題で会話に花を咲かせていると、不意に二人の足元を小さな何かが駆け抜けていく。何だろうと駆け抜けていった物体を見ようとしたが、その直後に全速力で走ってきた月光を見るや二人は慌ててその場を跳び退いた。

 

「何ごとだ!?」

 

 月光が唸りをあげて追いかけているのは、4足歩行で走り回る小さなロボット…そのロボットに見覚えがあるのかスプリングフィールドはあっと声をあげた。

 

「スネークさんが連れ帰ってきたダイナゲートですよあれは!」

 

「なに? ダイナゲートと言えば、確か鉄血の戦闘メカじゃないか…どうしてそんなのが?」

 

「エグゼが言うには、今だスネークさんを攻撃してるつもりらしいんですが、武器が壊れてるから放置しているみたいです」

 

 人形や人間からは、無害化されたダイナゲートが頑張ってスネークを倒そうとしている姿を笑いの種にされている。ただし、月光含め無人機はそうはいかない…無害化されているとはいえ、スネークを攻撃しようとしているダイナゲートの信号を傍受して、無人機たちは戦闘行為と認識し執拗にダイナゲートを追いかけているのだ。

 猛烈な勢いで別なプラットフォームへ走って行くダイナゲートと月光…そのすぐ後に、息を切らしストレンジラブがやってくる。

 

「ちょうどいいところにいたな二人とも! あのダイナゲートを捕まえるんだ!」

 

「博士、あのダイナゲートに何かされたんですか!?」

 

「いや、そういうわけじゃないが…とにかく捕まえるんだ!」

 

「別にあれは鉄血のメカなんだろう? 別に構わないじゃないか、何が特別な理由でも?」

 

「可愛いからに決まってるだろう! まったくどうして男はいつもこう……とにかく、あの可愛いダイナゲートがたくさんの無人機に追いかけ回されてるのを見て何も思わないのか!? あの子が潰される前に救助するんだ! 大丈夫、無人機たちはお前たちを敵として認識しないはずだ」

 

「だが…」

 

「早く行けッ!」

 

 ストレンジラブに怒鳴られ、エイハヴは渋々ダイナゲートたちが走り去っていったプラットフォームへと向かう。その後を一応スプリングフィールドもついて行くのだが、それが災難の始まりであった。

 隣のプラットフォームまで移動したところで、なんとプラットフォームを繋ぐ橋が外されてしまったではないか。唖然とする二人に対し、ストレンジラブは自信満々の声で、これ以上ダイナゲートを苛める無人機が増えないためと熱弁する……が、橋を跳び越えてやってくる月光やフェンリルの姿は見えていないのだろうか?

 

 

「と、とにかくなんとかしましょう!」

 

 殺気立った無人機たちが余波でプラットフォームを壊してしまうその前に、何としてでもダイナゲートを捕まえて保護しなければならない。小さく機敏なダイナゲートは甲板上をピョンピョンと跳ねるようにして駆けまわり、素早い月光やフェンリルの追跡を躱している。

 図体の大きな月光が入れない隙間、フェンリルすらも追跡しきれない細道をダイナゲートは駆けまわる……一応、無人機たちは追いかけるのみで機銃を撃ったりレールガンをぶっ放してはいない様子。しかしそれも、ダイナゲートが廃材を蹴飛ばし一体のフェンリルが下敷きになったことで豹変する……完全に戦闘モードに移行した月光は唸り声のような動作音を響かせ、フェンリルは背部にマウントされたチェーンソーを唸らせる。

 これら無人機の怒りに呼応したのか、待機状態にあったグラートも起動しダイナゲートを狙う…そして予想外の無人機が一体、長らく休眠状態にあったあの試作型月光が目を覚ましたのだ。

 

「エイハヴさん…これ、どうしましょう!?」

 

「どうするって言ったってな…!」

 

 一斉に戦闘態勢に移行した無人機たちによる攻撃はプラットフォームの施設を破損させていく。幸いここは新規建造のプラットフォームでスタッフは不在だったが、破損による損害は無視できない…これ以上損害が大きくなる前に無人機を止めなければならない。

 目の前を横切ろうとするダイナゲートを捕まえようと跳びかかったスプリングフィールドの腕を、ダイナゲートはするりと躱す。諦めずに後を追うがダイナゲートの逃げ足は速く、また追いかける無人機たちの勢いもあってなかなか近付くことが出来ない。

 

 その時、どこからともなく唐突に現われたのは捕虜待遇兼研究開発班助っ人のアーキテクトだ。

 

「アーキテクト!またあなた脱獄してきたんですか!?」

 

「細かいことは気にしちゃいけないよ! さて御二方お困りのようだね! でも大丈夫、このアーちゃんが来たからにはダイナゲートくんの一体や二体容易く捕まえて見せるよ! ほらおいでー、アーちゃんだよ~!」

 

 逃げまどうダイナゲートに両手を広げて呼びかけるが、ダイナゲートは真っ向から無視、そればかりか彼女の頭を踏み台に跳び越えていく。必然的に後から追いかけてくる月光たちの真正面に立つことになる…。

 

「あ、死んだ」

 

 そんなつぶやきと共にアーキテクトは試作型月光の巨体に吹き飛ばされ、プラットフォームのどこかに吹き飛んでいった。

 

「あいつ一体何をしに…!?」

 

「わかりません! そんなことより…!」

 

 何の役にも立たなかったアーキテクトは放っておき、二人は小型レールガンを装備するフェンリルたちが狙撃態勢をとったのに気付き、それを阻止するためにフェンリルたちを押さえこむ。二人は一応味方と認識してくれるのか攻撃はしないが、嫌がるフェンリルは二人を振りはらう。

 そこへ、ダイナゲートが足元をすり抜けていき、後から突っ込んできた月光によってフェンリルたちは蹴散らされる…フェンリルを押さえていたスプリングフィールドは弾き飛ばされ、プラットフォームの甲板から投げ出された。

 

「スプリングフィールドッ!」

 

 咄嗟に伸ばしたスプリングフィールドの手を、エイハヴはなんとか掴むことが出来た。人形といえど、プラットフォームの高さから海面に叩きつけられれば無事では済まされない…エイハヴに引き上げられなんとか甲板の端を掴むことができたが…。

 

「エイハヴさん、危ない!」

 

 スプリングフィールドが見たのは、歩行形態に変形したグラートが火花を散らしながら甲板を滑り突っ込んでくるところだった。咄嗟にエイハヴはグラートの巨体を避けられたが、そのせいで彼自身も甲板から投げ出されてしまった。なんとか甲板にしがみつくことができたが、片方の手はスプリングフィールドの手を握り今にも落下してしまいそうであった。

 

「スプリングフィールド、絶対に…手を離すなよ!」

 

「エイハヴさん…!」

 

 甲板を掴む手で二人分の体重を支えつつ、エイハヴは渾身の力を込めてスプリングフィールドの身体を持ちあげる。なんとかスプリングフィールドを引き上げることに成功し、先に甲板に這い上がった彼女が急ぎエイハヴの手を握り引き上げる。

 

「助かった…!」

 

「お礼を言わなきゃならないのはわたしです! あら?」

 

 甲板にへたり込む二人の傍に、逃げ回り追いかけ回されてへとへとになったダイナゲートが倒れ込む。メカの癖にぴくぴくと痙攣しもう逃げる意思は無さそうだが、ダイナゲートを狙う無人機たちは容赦しない。一体の月光がマニピュレーターでダイナゲートを掴みあげ、プラットフォームの真ん中へと放り投げた…慌てて二人がダイナゲートを確保するが、周囲をぐるりと無人機たちが囲み込む。

 武装を構え、さっさと引き渡せと言わんばかりに圧力をかける。

 スプリングフィールドの腕の中で、ダイナゲートはメカの癖に震えあがっているようだ。

 

「み、皆さん…落ち着きましょう、ね!?」

 

「無駄だスプリングフィールド、こいつら…そいつを破壊するまで止まらないぞ」

 

「そんな、どうしたら…!」

 

 いきり立つ無人機たち。

 ゆっくりと迫りくる無人機たちに万事休すと思っていた矢先のことであった……ズズン、という重厚な物音と振動がプラットフォームを揺らす。

 

「ほえ…? 一体何が……あぁ?」

 

 先ほど吹き飛ばされたアーキテクトが起き上がり何気なく真上を見上げた時、圧倒的威圧感を放つ鋼鉄の巨人を目にして唖然とする。以前、MSFと戦闘になった際その鋼鉄の巨人を目の当たりにしたアーキテクトは絶叫し、スプリングフィールドたちのもとに滑り込む。

 

「サヘラントロプス…!」

 

 半壊した建物から、サヘラントロプスはその場の全員を見下ろしていた。誰も身じろぎ一つ取ることが出来ない、無人機たちでさえも…。

 そのうち、サヘラントロプスはスプリングフィールドの腕に抱かれるダイナゲートを指し示し無人機たちに何事か語りかける。語りかけるといっても無人機同士のやり取りであり、音声もなければ言語もプログラムだ。人間からすれば無言のやり取りがなされるが、どうにも月光含め無人機たちが納得いっていない様子。

 交渉が決裂したのか何なのか、月光が牛の嘶きのような動作音をあげて威嚇するが……サヘラントロプスの耳をつんざくような咆哮を受けて、無人機たちは一瞬で萎縮した。

 それから無人機たちは何ごともなかったかのように武装解除し、ダイナゲートから離れていく……無人機たちが離れていくのを見届けた後、サヘラントロプスもまた引き下がり格納庫の中へと戻っていった…。

 

 

「サヘラントロプス、ダイナゲートを助けたのでしょうか…?」

 

「そうみるのが普通だな」

 

「いや~! 寿命が縮んだよこれ、心臓バクバクだし……心臓ないけどさ」

 

 

 すっかり怯え切ったダイナゲートは離してもどこにも行こうとせず、大人しくスプリングフィールドの足元に寄り添ったままだ。おそらくこれに懲りて、このダイナゲートもまたスネークを襲おうとは思わないだろう。

 

 

「一件落着、ですね」

 

「そうだな、ストレンジラブには高い報酬をいただかないとならないな」

 

「うんうん。取りあえずカフェでコーヒーでも飲もうよ、あたしのどカラカラだよ」

 

「というかあなたは独房に戻って下さいよ。MSFの警備が貧弱みたいじゃないですか」

 

「ああ、さっさと戻った方がいい」

 

「もう、みんなノリ悪いな! MSFらしくないじゃん、まったく!」

 

「お前にMSFの何が分かるんだ? それよりも早く戻った方が…」

 

「平気平気! このアーちゃんを繋ぎ止められる者は誰もいないのさ!」

 

「へぇ? それは興味深いな…オセロット、こいつだよ」

 

「こいつが脱走常習犯か? いい度胸だな」

 

 その声に、アーキテクトは青ざめぎこちない動作で振り返る。

 MSFで絶対に敵に回したくない人物上位に位置するであろう人物、オセロットとアルケミスト…逃げる間もなくアルケミストに捕らえられたアーキテクトは哀れ、そのままどこかに連れ去られてしまった…。

 

 

「だから言ったのに…独房にいた方が安全だってな」

 

「困った方ですね。ところでエイハヴさん、この後の予定は?」

 

「特には…だが、少し休みたいな」

 

「それではカフェに来ませんか? ちょうど新しいコーヒー豆を手に入れたんです…良かったらマフィンと一緒にいかがですか?」

 

「そうだな、そうしよう」

 

「ええ。それでは、一緒に行きましょう?」

 

 

 




はい……()


ツッコミどころ多いなぁ。


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借金返済AR小隊

愉快なタイトルからのオチ


 イギリス陥落、米軍戦力のグレートブリテン島強襲によって情報の錯綜があったがドーバー海峡を渡ってきた英国本土の難民たちの多数の証言により、あのイギリスが米軍の手に落ちたのだと今だ米帝復活を疑問視する各国首脳たちも理解し始めた。ドーバー海峡を渡ってくる難民たちを受け入れるのは必然的にフランス政府となる…国連はフランスの難民受け入れの支援を表明するものの、食糧難に加え今だ残る第三次世界大戦の禍根により各国の支援は積極的とは言えなかった。

 コーラップス液に国土の半分近くを汚染されているフランスが一国で多数の難民を受け入れ、なおかつ米軍の侵攻に備えられるはずもなく、フランス政府は難民支援をPMCに依託…フランス軍はドーバー海峡を睨む沿岸沿いに多数配備され、米軍が海峡を渡り上陸するのを阻止する任務を負った。

 

 この難民支援の仕事はMSFとしても積極的に受け入れ、普段は協定だのなんだのとうるさい政府もMSFの難民支援を静観することとなった…食糧支援、医療支援、そして汚染地域の感染者対処。汚染と感染者の脅威が難民支援を妨げる、難民の中には広域性低放射感染症(E.L.I.D)の初期症状を訴える者もいた。

 実際、ある一つの難民キャンプがE.L.I.D感染にともなう混乱で消滅した。

 危険な任務、決して高額とは言えない報酬に多数のPMCが離反していくなか、MSFは人道そして難民支援に尽力……このようなMSFの自己犠牲と言ってもいい活動がメディアやジャーナリストの目にも止まり、かつて戦争屋と忌み嫌われていたMSFの評判は、少しずつ市民たちによって評価されていった…。

 

 

 そんなわけで、最近は何かと忙しいMSFの前哨基地。

 フランス方面への人道支援活動のためにいくつかの部隊が割かれ、一時期ごった返していた前哨基地も比較的落ち着いていた。エグゼ率いる連隊隷下の部隊としては、MG5が指揮する大隊がフランス方面の難民支援活動を行っていた。

 それ以外の大隊はというと、来るべき戦争に備えて大隊ごとに訓練を行うか戦力増強のために基地指揮官のエイハヴにかけあって新型無人機を貰おうとするのだが……生産数が少ない中で需要が多いものだから数が足りず、こう言った場面で大人になり切れない連中が多いせいもあって今日も前哨基地では不毛な争いが起きていた。

 

 

「これだけは絶対に譲らねえぞハンター! フェンリル30機はうちの連隊で貰いうけるからな!」

 

「ふざけるな! 残り4機程度でどうやって私の大隊が増強できると思ってるんだ! だいたいお前らの任務内容を考えたら、フェンリルよりも月光やグラートを配備した方がいいだろうが!」

 

「バカ野郎! かっこいいからたくさん配備するに決まってんだろ!」

 

「まあかっこいいのは分かるが……それとこれとは別だ、うちの猟兵大隊はフェンリルのような無人機を前々から望んでいたんだ! それをお前、後から騒いでごり押しして盗っていくような奴があるか!」

 

「盗ってくだなんて人聞きが悪いぞお前! お前の場合ただ猟犬っぽい無人機が欲しかっただけだろが!」

 

「うるさいメスゴリラ! お前の脳筋ぶりにはうんざりだ!」

 

「なにこの!」

 

 

 アルケミストやデストロイヤーなどが呆れて眺めている中、先にエグゼがビンタしたことで始まった二人の大喧嘩。普段はとても仲が良く、お互い親友だと認めているはずなのに…お互い欲しい物を巡って争い合う姿はとても情けない、母親とその親友の情けない姿は教育上まずいとしてヴェルの事はその場から遠ざけていた。

 

「まったく、ハンターに限っては冷静になれる方だと思ってたんだけどね」

 

「どうしようもない奴らだなこいつら…」

 

「バカみたいだよね」

 

 互いに頬をつねり合い、ぽかぽか叩き合う二人をそこまで深刻に見ていないのは、ケンカするほど仲が良いからと分かっているからこそ。

 

「というかさ、エグゼの連隊とハンターの大隊って別系統だったんだね」

 

「うん、そうだよ。ハンターの降下猟兵大隊は連隊とは独立した指揮系統だからね、空挺降下とか山岳任務とか特殊な環境で投入されるからね。部隊の規模は違うけど、序列的には同等なんだよ」

 

「なるほどなるほど…スコーピオンはエグゼの副官だけど、自分の部隊を持ちたいとか思ったことは無いの? 9A91とかWA2000だって、自分の部隊を持ってるのに…」

 

「いいのいいの、あたし突撃要員だから? それに、身軽な方がスネークにいつでも会いに行けるからいいんだよね!」

 

「えぇ……」

 

 最古参人形の言うことはやはり違う、ここ最近はアーキテクトとかポンコツ化したFALなどのせいで目だたなくなって来ているが、ぶっ飛んだ思考で周囲を困らせる才能にかけてはスコーピオンに敵わないだろう。まあ、一対一ならWA2000とも張り合えるほどの戦闘能力を持っているので力量においては申し分ないのだが…。

 さて、いい加減二人の不毛なケンカをやめさせることにしよう、ということで姉貴分のアルケミストが介入するが…しばらく放置している間に頭に血が上った二人は止まらない、仕方なくスタンガンで無理矢理鎮圧して黙らせる。

 

「ここまでケンカした後で言うのも悪いんだけどさ、最終的に無人機の配備を決めるのはエイハヴだから二人が言い合っても無意味なんだよね」

 

「そ、それを…早く言いやがれスコーピオン…!」

 

 ふらふらと起き上がったエグゼは、何故かスタンガンをくらっていないハンターを忌々しく睨む。こう言ったケンカが起きて成敗されるのはいつも自分だ、とエグゼは猛抗議するがアルケミストは素知らぬ顔…"お前は復活が早いからな"と褒められているのかバカにされているのかよく分からない言葉に、エグゼは言い返すのを諦めるのであった。

 しかし腹のおさまらないエグゼは、たまたまそばを通りがかったAR小隊に絡み始める…。

 

 

「おう居候小隊、今日も呑気に散歩ですかい? 良い身分だな」

 

 

 挑発的な態度でAR小隊、特にM4に対して絡んでいくが、いつもならムキになって言い返してくるM4は今日に限って冷静であった。そればかりか不敵に微笑み返すのだった。

 

「残念ですね処刑人、もうこれ以上あなたに構う必要はなくなりましたので。姉さん、見せてやってください」

 

「その通り、見ろ処刑人! 私たちはついに借金を全て返済したのだ!」

 

 M16が突き付けてきた証明書をひったくり見るが、確かに借金返済を示す文書と共に副司令ミラーのサインが書き込んである。長かったニーt…借金生活もようやく終わる、思えばSOPⅡが健気に働く姿に感化されて遅れを取り戻そうと偉く躍起になったものだと二人は感慨深そうに振り返る。

 事あるごとに絡んでくるエグゼにブチギレたりもしたがそれも今では良い思い出だ。

 

「フ、フン……お、お前らみたいな腐れニートがいなくなって、清々するぜ…!」

 

「あらら? 負け惜しみですか? 情けないですね処刑人、いつもみたいな憎まれ口を叩かないんですか? 今の私なら何を言われても頭に来ませんよ?」

 

「M4……お前ちょっと、性格悪くなってるぞ…」

 

「いつものお返しですよ姉さん」

 

「あーその辺にしといた方が良いよM4、エグゼ泣くから」

 

「はい? なんで泣くんですか?」

 

「ほら、こいつ人情深いじゃん? M4みたいな仲が悪い奴でも、いざいなくなるって考えたら絶対落ち込むから…ほら、言ったそばからあれだ」

 

 スコーピオンに言われて見て見ると、先ほどのやかましさから一転し落ち込んだ様子のエグゼがとぼとぼとどこかに歩き去ってしまった。本当に悲しんでいるのかどうかは知らないが、いつも元気いっぱいでやかましいエグゼのそんな姿を見たM4はつい罪悪感を感じてしまった。

 

「良いも悪いも、清濁併せ呑む器量が大事なんだよね。今まで楽しかったよAR小隊のみんな、そのうちまた会えるだろうし

その時はお互い仲間だといいよね」

 

「ええ、なんだかんだMSFの暮らしも悪くはなかったですね」

 

「酒に困ることは無かったね。君の密造酒は少しヤバかったけど…」

 

「MSFのラーメンとっても美味しかったな! どうせなら作り方教えてもらえば良かったよ、そうすればグリフィンに帰っても毎日食べられるし!」

 

 借金を見事返済したAR小隊、実は今日グリフィンの迎えのヘリがやってくることになっているのだが一応非公式…だが非公式とはいえ敵対関係にある鉄血人形がこの場にいてよいのかということで、アルケミストとデストロイヤーなどのハイエンドモデルは即座に前哨基地から逃げ去っていった。

 数時間後に控えた別れの時まで、AR小隊は最後となるMSFでの暮らしを味わうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前哨基地ヘリポートに一機のヘリコプターが着陸する。

 ヘリポートのすぐそばではAR小隊が並び、ヘリを出迎える…ヘリのドアが開いて現われたのはグリフィンの制服に身を包んだヘリアントス上級代行官と同じくグリフィンの制服を着ている一人の女性だ。ヘリアントスを前にしたAR小隊の面々は敬礼を向け、彼女も敬礼を返す。一方でヘリアントスに追従してきた女性は小さく手を振り、それを見たM4は小さく微笑み返す。

 

 

 

「久しぶりだな、ヘリアントス上級代行官」

 

「うちの部隊が世話になったみたいだなスネーク。お互い気軽に接触できない環境の中で、内密に会える機会を設けてくれたことに感謝する」

 

 いろいろあったとはいえ、AR小隊を今日まで面倒を見てくれたことの感謝を示す…ずっと前になるが、MSFが今より規模も小さくグリフィン側とそこまで緊張した関係になる前の頃、モニター越しに会っていたことがあった。一応、今回が初めての直接的接触となる。世間一般の常識ではMSFとグリフィンは相容れない存在と認識されているようだが、非公式にとあるグリフィン司令部を訪れたりこうして会うこともあった。

 協定や他勢力とのしがらみを除けば、グリフィンもMSFも組織としてはそこまで仲が悪くなる理由もないのだ。

 

 軽い握手を交わしたところで、スネークが後ろに控える女性の紹介を求めるように視線を動かす。それで待ってましたとばかりに、彼女は前に歩み出る。

 

 

「始めましてMSFの司令官さん、私はグリフィンで指揮官を務めてる【ソニア】と言います。どうもうちの子たちがお世話になりました」

 

「スネークだ。君が…彼女たちの指揮官?ずいぶん若そうだが…」

 

 

 率直な感想を述べたスネークであるが、人手の足りないグリフィンでは若くても能力さえあれば上に上がることが出来る。見た目は20代前半か、10代と言われてもおかしくないほどの少女に見える。

 

「ソニア指揮官はヘリアンさんの姪にあたるんですよ。と言っても、ヘリアンさんのコネでのし上がったとかじゃないですからね?」

 

「そんなことはしませんよ。自分の能力で這い上がってこそですよね、ヘリアンおば(・・)さん」

 

「コホン…ソニア、人前でおばさんと言うなとあれほど…!」

 

「え? だって伯母と姪なんですから普通ですよね? とにかくうちの子がお世話になりました、これからもヘリアンおばさん共々よろしくお願いしますね?」

 

「あ、あぁ…」

 

 姪のソニアに何度もおばさん呼ばわりされてへこんでいるヘリアンに同情しつつ、スネークはソニアと握手を交わす。元グリフィンの戦術人形がたまにヘリアンの合コン連敗ネタを口にすることがあるが、こういった部分でもネタにされているのだろうか?

 今回の接触は内密であり、あまり長居することもできない。

 名残惜しく別れを告げたAR小隊の面々はヘリに乗り込んでいく…あれほど躍起になって出ていこうとしたMSFも、いざこうなればもの哀しいものだ。

 ふと、M4は前哨基地の格納庫からこちらをじっと見ているエグゼの姿を見た。

 何も言わずじっと見続けるだけのエグゼに軽く手を挙げると、彼女は中指を立てて返す……最後までエグゼはエグゼであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、なんかこうして帰るってなるとちょっと寂しいよね」

 

「みんなMSFの暮らしがよっぽど良かったみたいだね。私ちょっと嫉妬しちゃうな」

 

「まあまた会えて良かったよ指揮官」

 

 帰り道の機内、久しぶりに会った指揮官とMSFでの出来事や反対にグリフィンでの出来事などを話しあう。M4も色々と思い出話を指揮官に話すのだが、ふとヘリアンが神妙な面持ちで窓の外を見ているのに気付く。おばさん呼ばわりされてショックを受けているのかもと思ったが、今までに何度か深刻な事態において同じ表情を見てきた。ソニア指揮官も彼女のそんな表情に気付いていた…。

 ヘリアンはポケットから端末をとりだすとしばらくじっと見つめ、わずかに目を見開く…機内にいる全員が何かあったのだと感付き、会話を止めた。

 

「おばさん、何かあったんですか?」

 

「帰ってから話そうと思っていたことなんだがな……まず一つ、16LABのペルシカリアが何者かに誘拐された」

 

「はい…?」

 

 全く予想もしていなかった言葉にM4は言葉を失う。このことは指揮官も聞いていなかったのか驚きに満ちた表情をヘリアンに向けていた。

 

「MSFの前哨基地に向かう最中に知ったことだった。緊急任務だ、お前たちには帰ったらすぐにペルシカリア捜索の任務についてもらう」

 

「わ、分かりました…ペルシカさん無事だといいのだけど…」

 

「もう一つ、最悪のニュースがある」

 

「また悪い知らせですか? 今度は何です?」

 

 ペルシカ失踪だけで最悪のニュースだというのにこれ以上何があるというのか…全員の視線がヘリアンに集まるなか、彼女は重い口調で話しだす。

 

 

「所属不明の艦隊がイベリア半島のジブラルタル海峡を突破したらしい」

 

「所属不明の艦隊って、まさか……アメリカ? だとしたら奴らの狙いはドーバー海峡じゃなくて……でもそんなことになったら!」

 

「地中海から米軍がどこに上陸してくるか分かったものじゃない。軍は戦力の分散を迫られるだろう……なんにせよ、クルーガーさんの指示をあおがなければならない」

 

 

 地中海に入り込まれたということは、欧州の大部分が上陸の脅威をつきつけられたといってもいい。

 さらにそこから続く、ダーダネルス海峡とボスポラス海峡を抜ければ黒海に繋がる……そうなれば正規軍は喉元にナイフを突きつけられたことにもなる。

 欧州に、再び大戦の炎が急速に近付こうとしていた…。




憎らしいM4だけど、別れ間際にはちょっぴり寂しくなっちゃうエグゼの図…


シーカーさん、次の一手は米海軍の復活とジブラルタル海峡突破…目的は正規軍の鉄血包囲解除やな。
でも米海軍は全盛期の三分の一以下に弱体化してるよ、やったね!(戦闘力32470/99999)


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ダンケルクの災厄

 第三次大戦が起こるはるか以前、史上最大の原発事故があったとされるその場所に暮らす人はなく、かつての文明の名残として残るマンションや公園、遊園地などの錆びついた廃墟などが残る…80年近く前に起こった原発事故は死亡者4000人、退去を余儀なくされた住人は数十万とも言われている。

 現代の北蘭島事件や第三次大戦による汚染に比べれば規模は小さいが、人類は古い時代から同様の過ちを犯していたことを証明していた。人がいなくなったことで都市は自然にのみ込まれ、やがて新たな生態系が誕生する……2060年代の現在、奇跡的に災害を免れたこの地は、その原発事故以来人の干渉を受けなくなったことで皮肉にも動植物たちにとっての楽園となっていたのだった…。

 

 緑に覆われた古い洋館、庭も建物もあらゆるところが植物に覆われているが洋館内は手入れが施されており例外的に人の管理がなされていた。洋館の庭には希少な動物たちが暮らしており、木を駆け上がるリスやさえずる鳥たちの音色が森に響き渡る…そんな動物たちの様子を、ペルシカリアは物憂げに見つめていた。

 冷え切ったコーヒーが入ったマグカップを手のひらで回し、もう何度目かになるため息をこぼす……ふと、開いていた窓から涼し気な風が入り込み、古ぼけたカーテンを揺らす。風の流れを追うように視線を動かした先に、壁に寄りかかる一人の女性がいた。

 

 

「いつの間にかそこにいたのね……君が私を攫いに来た時と同じ」

 

「ちょっとしたマジックさ。調子の方はいかがかな?」

 

「そうね、入れたてのコーヒーと研究所があって軟禁状態でもなければ、ここは微量の放射線程度で豊かな自然があっていいわね」

 

 皮肉を込めたペルシカの言葉を彼女…シーカーは軽く笑って受け流す。ペルシカの目の前を横切ったシーカーは窓辺に手をついて外を眺める。

 

「人が、美しいと思う自然は人の手が加えられていないものだ。かつて未曽有の放射能汚染があったこの場所は、百年は自然が破壊されたままだと言われていた。だがこうして植物は生い茂り、動物たちは穏やかに暮らしている……自然の力というのはたくましいものだよ」

 

「こんな時代、あなたみたいな物言いをするのは珍しいわ」

 

「そうだろうか? 人もまだ捨てたものではないさ…たくましいのは人類も一緒だ。1945年、人類が初めて核兵器を使用した時も…復興に多大な年月を要したが人は立ち上がり、歩みを止めなかった。この時代でも同じだ、人は諦めない…人の強い意思がある限り人類は歩みを止めない。例え数十年、百年以上経とうとも世界は再生すると信じている」

 

「そうね、だけどそれは人類が一丸となって目的に向かっていった場合の過程に過ぎないわね。ヒロシマが復興を果たしたのも、同一民族の単一国家による統治のおかげ。だけどこの世界はいくつもの国家、思想、イデオロギー、民族がいるわ。ユーゴではついこの間まで隣人同士が殺しあっていたわ」

 

「そうだ、だからこそ世界を一つに纏め上げなければならないのだ。恒久平和に必要なのは秩序と統制だ…国家の統一、思想の統一、イデオロギーの統一。AIの統制によってのみ、世界は一つになれるのだ」

 

「でも人のもつ多様性こそが、あなたが人を素晴らしいと思えるものを生み出してきたのよ。あなたがやろうとしてることは、多様性の否定…人の営みの否定に他ならないわ」

 

「その多様性が今日の戦乱を招いたのであれば、それは封じられるべきだと思わないかね? 人類の祖先を辿れば元々一つの個体にたどり着く、それが分派し世界中の土地に根付き、文明を築き言葉を生み出した…無数に枝分かれした人類を一つに集約するのだよ。恒久平和は、同じ価値観を共有してこそだよ」

 

「そのために相容れない存在を抹消するというわけね…あなた恐ろしいわね。それが上手くいくと思うの?」

 

「いかないだろうな、このままでは。ペルシカリア博士、戦術人形の開発者の目線から私はどう見える?」

 

「さてね……人間でも無ければ、人形でも無い。初めて見るタイプね」

 

 それが、ペルシカが抱くシーカーの印象であった。確かに彼女の肉体を構成するほとんどは、現在流通する他の第2世代自律人形と特徴を同じとするが、人間のように独立心を持ちより上位のAIに支配されない。シーカーがペルシカを攫ったのも、エルダーブレインの指示でもなく、彼女自身の意思によるものだった。

 シーカーは窓辺を離れると、そばにあった椅子を引いてペルシカの正面に座る。

 

「ペルシカリア博士、あなたは自律人形開発の権威だと聞く。それ以外の分野に関してもな、私と取引をしないか?」

 

「どうせ断れば殺すつもりでしょう? 噂ではもっと紳士的な人だと思ってたけど…」

 

「そうだな、あまり私ものんびりしていられないのでな。私の身体を見てくれ…この身体を手に入れるのにずいぶんと苦労をした、これ以上私が高望みできない完璧な肉体…そのはずだった。だがそうじゃなかった…どれだけ考えても、それを解決することは出来ない」

 

「その解決方法を、私が考えろと?」

 

「ここに研究機材を運び入れる用意はある、それに私が直接指揮をする護衛部隊もいる。あなたが私に協力してくれるなら身の安全は保障する。ここの存在を知るのは私だけだ、エルダーブレインですら知るところではない」

 

「なるほど、選択の余地はないわけね」

 

「理解が早くて助かる。あなたの協力しだいによっては、欧州を侵攻する米軍も抑えられるだろう…平和のためだよ、ペルシカリア博士」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス北部 ノール県 ダンケルク

 

 ドーバー海峡を望む位置にあるダンケルクの都市は数万を超す難民と、それを支援するフランス政府軍、そしてフランス政府に雇われた民間軍事会社の人員とでごった返していた。北蘭島事件と大戦後、この都市にこれほどの人間が集まることは一度もなかった…合衆国の侵攻部隊によって制圧された英国からの難民を真っ先に受け入れる役割を担うダンケルクであるが、元々住んでいた住人たちとの諍いも起き、難民支援は順調とはいえなかった。

 周辺の汚染地域と、限られた難民キャンプの問題もある…つい先日には、キャンプへ移動中の難民たちがE.L.I.D感染者の群れに遭遇し全滅するという痛ましい事件もあった…。

 大陸を逃れても、そこは安全ではない…故郷を追われた難民たちの絶望は形容しがたく、先の見えない不安から一部の難民たちが暴徒化した事による治安の悪化も難民支援の障害となる。

 

 こんな状況で難民支援の仕事を引き受けた各PMCも離反していき、フランス政府もジブラルタル海峡を突破した米海軍へ対処するため徐々に部隊を引き上げていく。長い海岸線を死守するためとはいえ、明らかな戦力の減少にこの地に留まる部隊は懸念を示すが政府の決定は覆らなかった。

 そんな中、精力的に難民支援を行うのがMSF第二戦術人形大隊だ、MG5に率いられる部隊は難民たちの最後の希望であった。

 

 この場所に派遣されてからというもの、満足に休める時間もなく、人形たちに疲労が蓄積していくが誰ひとりとして不平不満を口にせず目の前の仕事を片付けていく。泣きごとを言っても状況が良くなるわけではないのを、彼女たちは知っていた。

 

「リーダー、追加の医療物資が届いたよ」

 

「女性や子どもたちを優先的に治療しよう。それと、食糧も残り少なくなってきているからそれの手配も頼むぞキャリコ」

 

「了解……それとリーダー、町の外の難民の中にまた…」

 

「そうか……分かった」

 

 キャリコの短い言葉で事を察したMG5は、すぐに現地フランス軍へと連絡を入れる。難民たちの中にまん延する広域性低放射感染症(E.L.I.D)、放置すれば一大事になるこの病気は見つけ次第軍に報告をすることになっている…病気の初期症状が見られたものは即座に隔離され、大抵は戻って来ない。病気を疑われる者にとってそれは恐怖であり、症状を隠そうとする者もいる…だが発症してからでは一大事になる。

 軍への報告を終えたMG5、その時指揮所とする建物が揺れた。

 

「また地震だ、もう何度目になる?」

 

「多すぎて数えてない。最近なんか変だよ、ここから海を挟んで50キロもないところに米軍が集まってるって言うのに…上陸してくる気配もないし、偵察機の一つも飛んでない」

 

「奴らの艦隊がジブラルタルを抜けて地中海に入ったというが、奴らはそこの全兵力を向けているのか。あるいは、既に偵察を済ませた後なのか…」

 

「どういうこと?」

 

「アメリカ海兵隊の中に、少数で敵地に潜入し偵察や上陸地点の選定を行う武装偵察部隊(フォースリーコン)がいると聞く。UMP45がアメリカで遭遇したと言っていたが…」

 

 ジブラルタル海峡の突破を行った米海軍、それに付随したフランス軍の戦力分散、難民殺到による混乱……上陸部隊を迎撃する阻害となる要因が複数存在し、もしも米軍が上陸をもくろむなら絶好の機会となるはずだった。となれば、ジブラルタルを突破したのも、フランス軍の注意を引きつけるためだと考えられる…MG5の疑念はすぐに現実のものとなった。

 再び起こる地震、しかし今度の揺れは先ほどよりも大きくそして長い。

 この異変に難民たちは悲鳴をあげ、軍も異常を察して動きだす……次の瞬間、大きな爆発音が鳴り響きMG5らがいた場所から数百メートル先のところに大きな黒煙が上がる。

 

「な、なんなの!?」

 

「分からんが、部隊を招集しろ! あそこは難民キャンプのすぐ近くだ、行くぞ!」

 

「り、了解!」

 

 急ぎ部隊をまとめ、現場に急行するMG5たち。同様に軍の部隊もその場に駆けつけるが、爆発が起こった場所で彼女たちが見たのは大きく空いた穴から這い出る巨大な機械だった。先端に巨大な掘削機を取りつけられたその機械は唸りをあげながら地上に這いだすと、そこで動きを止める……穴が開いたと同時に吹き飛ばされた岩などによって難民たちに多数の死傷者が出ている。

 急ぎ救助に向かおうとするが、巨大掘削機械の後から這い上がってきた存在に唖然とする…。

 

「感染者…! 感染者の群れだ!」

 

 大穴から這い上がってくる感染者たちの群れ、おぞましい声をあげながら感染者たちは目の前の難民たちに襲い掛かり現場はあっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図となる。すぐさま軍とMG5らは迎撃に向かおうとするも、同じようあな爆発があちこちで起こる…あちこちに空けられた大穴から次々に感染者が都市へと入り込み、その中には米軍部隊が混じる。

 

「アメリカ軍だ! 奴ら、ドーバー海峡の海底を掘り進めてきやがったんだ!」

 

「迎撃しろ、町の中に奴らを入れるな!」

 

「敵の数が多すぎます! なんだあれは…感染者の様子が…!」

 

 襲いかかる感染者たちは他の多くの群れと違い、統制のとれた動きを取り銃器を扱っているではないか。武装した感染者たちは緩慢な動きながらも、死を恐れずに弾幕の前に立ち、所持する銃で撃ち返す。それら感染者を盾とするように、米軍部隊は展開しフランス軍を追い詰めていく。

 

「リーダー! 難民たちが!」

 

「くそ、くそ! 全部隊集結、難民たちを保護しつつ敵を迎撃しろ!」

 

 大挙して押し寄せる感染者の群れにフランス軍は各所で分断され、あっという間に瓦解していく。逃げ遅れた民間人や兵士は、感染者たちに取り囲まれ撃ち殺されるか食い殺される。MG5は部隊を招集し、月光なども投入して対処しようとするが戦力の差は圧倒的であった。

 命令を受けた月光は部隊護衛のために前線に立つが、突如放たれた光弾を受けて大破した。

 

 月光を一撃で破壊したのは米軍戦車、MSFが技術解析して得た戦車と酷似している正真正銘のM10A1マクスウェル戦車であった。技術的困難からレールガンに換装されたものをFALに与えられていたが、本家のマクスウェル戦車は爆発的な威力を誇る高出力レーザーキャノンを有する。機動性以外で、月光がマクスウェル戦車に対抗できる術はなかった。

 

 

 

 追い詰められる難民たち、苦境に立たされるフランス軍、そしてキャリコを含めた部下たち。相手は相当数の部隊を投入し戦えば潰されるのは必至であり、部隊の命運はMG5の決定に委ねられる……以前、鉄血との領域で衝突し敗北を喫したあの戦いを彼女は思い起こす。

 いくら彼女が精強な部隊を持っていたとしても、より多くの軍団の前にそれは無力だ…あの日それを思い知らされた彼女は、迷った末に任務を放棄し撤退することを考える。部隊を守るべきか、MSFの誇りを守るべきか……迷うMG5にキャリコは寄りそい、彼女の手を握る。

 

「撤退だ……連れていけるだけの難民を連れてこの場を離脱する」

 

「リーダー…」

 

「責任は全て私がとる。敵は待ってくれない、急げ!」

 

「…ッ! 了解!」

 

 苦渋の決断を下したMG5、キャリコは副官として彼女の指示を全部隊へと伝えると連れていけるだけの難民を連れてその場を離脱する。今だ町に残る多くの難民や兵士たちを置き去りにする形で…。




米軍が上陸(掘削装置で海底トンネルを作って侵攻)してきました(白目)

WW2時、多数の連合軍兵士を脱出させたダンケルクの奇跡、それが侵攻の足掛かりになるなんて皮肉ですね()


※ 色々解説

・キメラ
パラサイトバグという小型生体兵器が感染者の首筋に寄生することで出来る米軍の兵器。戦前構想のあったものを戦後アメリカの生き残りが完成させたものであり、コーラップス液を代謝するメタリック・アーキアの技術も応用されている。
感染者に寄生したパラサイトバグは独自の神経網を張りめぐらせ、感染者を意のままに操る。運動能力はやや低下するが、銃器を扱い連携を取れる程度の知能を付与させる。
米軍部隊からは捨て駒程度であり、ハイブリッドもろとも敵を仕留めることも。
また、他の感染者の群れに紛れ込ませ、群れを誘導させることも可能。

・核動力式岩盤掘削機 ワームエクスカベーター
巨大なヘビを彷彿とさせる無人掘削機械。
元々はアメリカ国内のインフラ整備のために開発された試作品を戦後米軍が獲得、奇襲攻撃のために改造し実戦に投入した。本編では途中まで封鎖されたドーバー海峡トンネルを進み、そこから海底を塗り固めつつ上陸のためのトンネルを掘削した。

・M10A1マクスウェル戦車
模造ではない、本家本元の主力戦車。
装甲や可動部といった部分はFALが持っている同機と変わりないが、一番の違いは主砲。本家マクスウェル戦車は爆発的な威力を持つレーザーキャノンを有し、これは着弾と同時に高熱で装甲部を融解させ凄まじいエネルギーを発生させる。WW3の時期に開発されたにもかかわらず、正規軍が有する主力戦車と張り合える能力を持っている。
弱点としては、他の戦車同様真上と車体下部の装甲は薄いのでそれを狙えれば撃破は可能。頑張れ。


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参戦、荒ぶる輪廻の蛇

 ドーバー海峡を海底トンネルを掘り進めてフランス本土に侵攻するという、規格外の手段でもって上陸を果たした米軍戦力。真っ先に攻撃を受けたダンケルクは苛烈な攻撃と、送り込まれた感染者たちの群れの前になすすべもなく壊滅…さらにフランス軍が混乱している最中にノルマンディー地方より空挺降下と輸送艇による大規模な上陸を果たしたのだった。それはかつて米軍が100年以上前にして見せた史上最大の作戦と言われた"オーバーロード"の再現だった……だがその矛先は、皮肉にもかつて自分たちが解放し共に戦ったフランスへと向けられていた。

 上陸した大部隊は破竹の勢いでつき進み、それはフランスの首都パリへと迫るほどの勢いであった。

 

 

 ダンケルクを脱出し、幾多の犠牲を払いながらもフランスの首都パリ近郊へ撤退したMG5率いるMSFの大隊であったが、祖国の危機に駆けつけたフランス軍及び義勇軍が大挙して押しかけたこともあって身動きが取れないでいた。自分たちが救助した難民たちは優先的に避難をさせていたが、それもパリ近郊に到達した途端滞りを見せる。

 首都パリにも英国からの難民や地方から逃げてきた人々が集まり、首都は混乱状態にあったのだ。

 

 米軍の機甲部隊がすぐそばまで迫って来ている、フランス軍の迎撃部隊が壊滅した、大統領は既に国外逃亡した、感染者の群れが首都近くまで接近している……パリのあちらこちらで真偽の怪しい噂話が飛び交い、それはさらなる混乱を生む。

 既存の警察組織だけでは秩序を保てず、必然的にPMCにその役割が回ってくるが相次ぐ混乱で連携も取れず秩序の悪化は歯止めが聞かない……そんな中、新たな米軍部隊がフランス南部のマルセイユに上陸したという情報が入る。ジブラルタル海峡を突破した米軍がついに上陸してきたのだ。

 迎撃のため、フランス軍は分散され救援を周辺諸国や国連に求めるがフランスを支援しようとする国家はほとんどいない…ただ金で雇われた傭兵たちが、怒涛のように押し寄せる米軍を押さえていた。

 

 

 パリの町に、けたたましいサイレンの音が鳴り響く。

 米軍の地上部隊がこの都市を蹂躙するよりも前に、奴らの爆撃機が無差別爆撃を仕掛けようとしていた。限られた航空戦力であるが、迎撃のために空軍部隊が動くが、AIに制御された無人攻撃機の圧倒的数の前に空軍は初戦で甚大な被害を被る。

 都市に爆弾が落とされ、居住区にも容赦なくロケット弾が撃ち込まれる、大通りを逃げまどう人々を米軍の無人機は容赦なく機銃で薙ぎ倒す。パリの都のあちこちで人間の死体が倒れ、泣き叫ぶ幼い子どもたちの声が響く。

 足止めを受けるMG5らは可能な限り人々を助けようとするが、それも限界であった…。

 

 

「撤収……か」

 

 仮設のキャンプにて、MSF前哨基地より撤収命令を受けたMG5はそれが意味することを重く受け止めていた。指示を出したのは連隊指揮をとるエグゼ、おそらくより上位のミラーやスネークも関与していることなのかもしれない。

 

「エグゼ、他に方法はないのだろうか…?」

 

『それ以上そこでやれることはなんもねえよ、フランスと一緒に心中してやる以外はな。それに、もう難民たちにとっても逃げ場所はどこにもないんだよ』

 

「どういうことだ?」

 

『正規軍の奴ら、独断で東欧の国境線を封鎖しやがったんだ。近付く者は誰だろうと殺される…奴ら、フランスを見捨てたんだ。いや、奴ら大戦で戦った欧州の敵国がこのままアメ公に潰されるのを黙って見てるつもりなんだろうよ』

 

「こんな非常時に…!」

 

『人間ってのはどうしようもねえところがあってな。正規軍の中にはルクセト連盟に否定的な連中がいる、アメ公が欧州を蹂躙すれば連盟も破綻する…そんなとこだろうさ』

 

「酷い話だな……エグゼ、本当に難民はどこにも行けないのか? ユーゴはどうなんだ、イリーナさんが何とかしてくれないのか?」

 

『そいつは無理だ。バルカン半島には、もうあれ以上異民族を受け入れる余地はない……今だってまだ内戦の傷痕が残ってるんだからな。MG5、お前らはもう十分やり遂げたさ。撤収しろよ」

 

「………了解」

 

 

 前哨基地との通信を切ると、彼女は失意の念に駆られうなだれた。自分たちは所詮金で雇われただけの傭兵に過ぎない、だがそれでも彼女は信念をもって任務についていた…戦争で故郷を追われ逃げ場を失くした人々を救うことに誇りを持っていた。

 連隊隷下の大隊長である彼女は、より上位の指揮権限を持つエグゼから命令を受ければそれを拒否することは出来ない。だが彼女の信念までも否定することは出来ない、唇を噛み締め肩を震わせる……その場にやって来たキャリコは、彼女の心情を察し静かによりそうと、震える肩を抱き頬を寄せた。

 

「仕方がないんだよ、リーダー…あたしたちは十分やったよ」

 

「分かっているさ」

 

 普段のMG5は凛とした佇まいで時に冷たさを感じさせるほど落ち着いた性格をし、誰からも頼られる部隊長であるが、そんな彼女にも自分の弱さをさらけ出したいときはある。今テントの中は彼女とキャリコの二人だけ、数少ない弱みを打ち明けられるキャリコの前でMG5は悔し涙を流す…そんな最愛のMG5を、キャリコは静かに抱擁していた。

 だがパリに迫りくる悪意の群れは、そんな僅かな平穏すらも許してはくれなかった。

 突如鳴り響く爆発音、再び無差別爆撃を仕掛けてきたのだと悟り二人は急ぎテントを飛び出した。指示を待つヘイブン・トルーパーたちに命令を出す…キャンプの片付けもそここに、必要最低限の物資だけをまとめて撤収の準備を取る。

 

「急げッ! 奴らの距離は近いぞ!」

 

 無差別爆撃に加え、間断なく撃ちこまれる砲弾がパリの街並みを破壊していく。双眼鏡でパリの中心を伺っていたMG5は、パリの象徴でもあるエッフェル塔が大きく傾き沈んでいく様を見た。

 これほどの爆撃と砲撃、いよいよアメリカがパリを陥落させるべく近付いているのだと悟る。

 

「リーダー! 撤収準備完了だよ!」

 

「分かった、すぐに撤収するぞ!」

 

 準備をまとめた部隊に指示を出し、大隊はパリを逃れるために移動…彼方に見る荒野にはパリを目指し進撃する戦車部隊、軍用人形を格納した大型兵員輸送艇が列をなす。進撃する大型兵員輸送艇はMG5も見覚えがある、以前入手した米軍データに載っていたものだ。

 重厚な装甲を持つ輸送艇内にはコンパクトに畳まれた100体を超える軍用人形が格納されており、それらを素早く展開することができ、パリを攻める米軍は見た目以上の規模を有していることになる。

 

 迎え撃つフランス軍の覚悟も相当なものだろうが、おそらく米軍の勢いは止められない。

 

 燃え盛るパリの都に背を向け、大隊は離脱……だがそんな彼女たちの行く手を阻み、非難を浴びせるのは逃げ場のない難民たちだ。

 

 

「私たちを見捨てる気か!?」

「恥知らずめ!」

「お前たちは我々を助けに来てくれたんじゃないのか!?」

 

 

 数々の非難や、罵詈雑言を浴びせられながらも彼女たちは黙って前を進む。

 それでも難民たちは助かりたい一心で部隊の後をつけたり、救いを懇願したり、せめて子どもだけでもと預けようとする。だがもう大隊には、難民たちを養う余裕すらない。そして一人を助けようとすれば他の者も便乗しようとする、彼女たちは救いを求める難民たちの手を振りはらい黙って進む。

 そんな時、群がる難民たちの中で叫び声が上がる。

 咄嗟に振り返ったMG5が見たのは、森の中から飛び出してきた感染者が女性の首筋に食らいついているところであった。森の奥からは感染者たちが続々と姿を現す。感染者に対峙するフランス軍兵士が首都の防衛にまわったことで、感染者たちが汚染地域から移動をしたのだろう。

 

「リーダー、どんどんくるよ!」

 

「止むを得ん、戦闘開始だ!」

 

 命令を受け、部隊は感染者たちに向けて発砲する…しかし、パニックに陥り逃げまどう難民たちがいるせいでむやみに撃つことが出来ない。その間にも感染者たちの群れが迫る……犠牲を覚悟で難民たちを避けるか、あるいは難民もろとも感染者を殲滅するか、MG5に決断が迫られる。

 

「ああぁぁぁっ!!」

 

「キャリコッ!?」

 

 背後から感染者に肩口を噛みつかれたキャリコが悲痛な声をあげる、キャリコは何とか肩の肉ごと感染者を引き剥がしたが、別な感染者が襲いかかり彼女は押し倒された。

 

「邪魔だ、どけッ!」

 

 行く手を阻む感染者の側頭部を銃床でおもいきり殴りつけキャリコを助けに行こうとするが、感染者はなおも行く手を遮るのだ。目の前の感染者たちを撃ち殺していくがその数は多く、なかなか彼女のもとへ近付くことが出来ないでいた。のしかかる感染者をどうにか押しのけようとするキャリコだが、そこへ別な感染者が近付いていく。

 

「やめろ、キャリコに触れるなッ!」

 

 MG5の叫び声は感染者たちの唸り声にかき消されてしまう、感染者たちの群れの中にキャリコの姿が消えた時、彼女の顔は絶望に歪められた……だが次の瞬間、目の前にいた感染者たちが突如斬り裂かれたように崩れ落ち視界が開ける。 

 同時に、キャリコを囲んでいた感染者たちもまた首や胴体を切断され崩れ落ちる。

 とりあえず助かったキャリコだが、何が何だか分からず辺りを見回していた。

 そんな時だ、感染者たちの唸り声に混じり聞こえてきた高笑い…。

 

 

「ふはははは! 我が世の春が来たーッ!」

 

 

 聞き覚えのあるその声に反応し真上を見て見れば、そこにいたのはなんとウロボロス。樹上から飛び降りたウロボロスは真下にいた感染者を踏み殺し、なおも愉快そうに笑う。そんな彼女のすぐそばで霞が揺れたかと思うと、ステルス迷彩を解除したグレイ・フォックスが姿を見せる。

 

「戦争だ、待ちに待った戦争だ! この時を待っていたのだ! 私のような戦場で輝く戦士たちの理想郷、純然たる闘争の世界だ! ふははははは!」

 

 狂ったように嗤いながら、襲いかかってきた感染者の眼孔にナイフを突き刺し殺す。

 襲い来る感染者の群れは、グレイ・フォックスの高周波ブレードによって細切れにされ、変異が進み異形化した感染者が現れるもそれすらも容易く屠って見せる。

 ひとまず難を逃れたキャリコをすぐさまMG5は救う。

 

「大丈夫かキャリコ!?」

 

「うん、なんとか…」

 

 人間に比べ戦術人形はE.L.I.Dへの耐性があるが、その後の経過観察は必要だろう。

 ひとまず肩口の噛み傷以外にはひっかかれた程度の傷であったため、ほっと安堵する……そうしている間にも、感染者たちを嬲り殺していくウロボロスとグレイ・フォックス。意思を持たないはずの感染者たちは恐れをなしたのかなんなのか、再び森の向こうへと姿を消した。

 獲物をなくして一息ついたウロボロスは、MG5らに振りかえると不敵に笑う。

 

「どうした国境なき軍隊、えらく貧弱じゃないか? えぇ?」

 

「一応、感謝するべきなのだろうか? なんにせよ、またお前に助けられた形になるが…」

 

「ふん、どうでもいい。それにしても素晴らしい、ヤンキーどもめ…想像通り、いや想像以上だ! これほど楽しい戦争を起こしてくれるなんて!」

 

「落ち着けウロボロス、まずやるべきことがあったんじゃないか?」

 

「ムム…フォックス、おぬしは相変わらず堅物だな。まあいい、さてと愚民ども…」

 

 先ほどまで逃げまどっていた難民たちをウロボロスは見下すように眺める。

 怯え切った難民たちを軽蔑した目で睨んでいくが、その瞳に怯えた少年少女を映すと途端に笑顔に変わる。

 

「フフ、さぞ怖かっただろうガキども。もう大丈夫だぞ、この私がおぬしらを守ってやるからな」

 

「私たちを助けてくれるのか?」

 

「あぁ? 誰がおぬしらみたいな腰抜けの大人を助けるか阿呆が、失せろ、死ね」

 

「はい?」

 

 しかし救いを求める大人たちには苛烈な言葉を返し、怯えた子どもたちだけをウロボロスは贔屓する。怯える子どもたちをあやしつつかき集めていくウロボロス、そんな様子にその場の誰もが唖然としていた。

 

「大人たちは助けないのか?」

 

「もちろん、大人はうそつきしかいないからな。大人と子ども、どちらを助けるかなど聞かずとも分かるであろう?」

 

「そういうものなのか?」

 

「そういうものだ」

 

 かき集めた子どもたちにチョコレートを配っていくウロボロスに呆れつつ、相変わらず子供好きな姿にMG5の表情もいくらが和らぐ。ただし、自分たちの子どもを取り上げられる形となった難民の親たちはそうはいかない。ウロボロスの態度に怒りの講義をするが、そんな親たちをウロボロスは軽蔑し一喝した。

 

「ガタガタ抜かすな自分の子どもも守れない軟弱者どもめ。おぬしらの中で一人でも我が子を守るために立ち向かった者はいるか?」

 

 ウロボロスの言葉に、親たちは何も言い返せない。それでも思いつく言葉で言い返す親をウロボロスは殴って黙らせる。

 

「いいか愚衆ども、おぬしらが何故故郷を追われているか教えてやろうか? それはおぬしらが腰抜けだったからだ、敵に立ち向かいもせず逃げた臆病者だからだ」

 

「お、お前みたいな人形に私たちの気持ちの何が分かるって言うんだ!」

 

「偉そうに言うなたわけが、カス共の気持ちなど私が知るか。敵に立ち向かう勇敢な戦士は例え死すとも、故郷にその骨を埋める。故郷を守るために戦いもしないおぬしらが不平不満を口にするな阿呆共」

 

「うるさい、私たちだって武器さえあれば…!」

 

「ほう、武器があれば一人前に戦えるか? 自分を殺そうと向かってくる敵を前にして小鹿同然のお主らが何秒その場に留まっていられるか見ものだな! いいかよく聞けカス共、戦う意思のある者は例え素手でも敵に挑むものだ! 手を失えば足で、足もなくなれば食らいついてでも立ち向かう! その意思がなければ、いかに強大な武器を持っていても敵に立ち向かうことは出来ないのだ!」

 

 ウロボロスの言葉は常に上から目線、人間の大人たちを下等な存在と蔑むが彼女の言葉には妙な説得力があった。

 

「留まるも地獄、逃げるも地獄、ならば死に花を咲かせて見せよ。軍人だけが戦うのではない、親が子を守るために戦うことはなんらおかしいことではない。そんなこと犬猫でも分かっておるぞ? 安心しろ、おぬしらの子どもは私が末永く面倒を見てやろう……安心して敵に立ち向かうがいい」

 

 最後に穏やかな声で、ウロボロスは諭しかける。

 うつむいたままの難民たちを見て、期待は外れかと小さなため息をこぼしかけるが、一人の男がウロボロスを見返し戦う意思を示し始める。するとどうだろうか、一人、また一人と同調した者たちが現れる。やがて難民全体がその意思を示した時、ウロボロスは笑い声をあげた。

 

「喜べ、おぬしらはたった今より愚衆から雑兵に格上げだ! 雑兵といえど案ずるな、敵を倒せるのは死ぬ覚悟ができたものこそができる。死を決意したおぬしらは死兵となり、獅子奮迅の勇姿を見せられるだろう。これは私からの餞別だ、受け取るがいい」

 

 そう言って、ウロボロスは運んできたと思われる大量の武器弾薬を難民たちに配る。引き換えに、持っていた金品を受け取る抜け目なさもあるようだが、もはや彼らにそんなものは必要ないだろう。

 ある者は子どもたちの未来のため、あるものは祖国のため、ある者は報復のため…戦う理由はそれぞれだ、武器を手にした彼らは最後に子どもたちと抱擁し、子どもたちをウロボロスに託していった。

 

 無論、全員がそうではない。

 子どもを連れてその場から去る者もいたが、ウロボロスは特に責めもせずに見逃した。

 

「あー…ウロボロス?」

 

「なんだ」

 

「お前はこれからどうするつもりなんだ? もしよかったら…」

 

「断る」

 

「まだ何も言っていないのだが?」

 

「MSFに来いとか抜かそうとしたのだろう? 生憎、私はおぬしらが大嫌いなのでな、誰が好き好んで共闘などするかたわけが、戯言を抜かすな。だがまあ、おぬしらがどうしてもというのであれば考えてやっても…」

 

「もう行くぞウロボロス、子どもたちを安全な場所に運ぶのが最優先だ」

 

「お、おうそうであったな。とりあえずガキどもをアフリカに運んで、戦争はそれからだな。それでは諸君、また会おう」

 

 

 何が何だか分からないうちに、ウロボロスは子どもたちを引き連れてその場を立ち去っていってしまった…。




パリは燃えているか…




ウロボロス「子どもはかわいいがいつか大人になってしまう、どうすれば…」
アーキテクト「そんなやさしいへびのおねーちゃんに朗報です! 成長を止めるナノマシンを開発しました!」
ウロボロス「うむ、素晴らしい。ノーベル平和賞ものだ、早速イーライにだな」
イーライ「やめろーーっ!」
ゲーガー「もうやだこいつら」


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 深く、暗い、まどろみの中で…私はぼろぼろのぬいぐるみを抱き、独りぼっちで涙を流す少女を見ていた。おぼろげに見える周囲の風景の中には、他の多くの顔の見えない子どもたちがいて、独りぼっちの少女に向けて石や空き缶を投げつけ、無邪気な笑い声をあげていた…。

 少女は抵抗もせず、涙に濡れている…。

 声が聞こえてきた。

 子どもや大人たちの、少女を気味悪がる言葉だ。

 

 囁くような侮蔑の言葉を耳にした少女は、ぬいぐるみに顔をうずめ独り孤独に泣き濡れる。

 

 "お母さん…お母さん"と、少女はか細い声で呼びかけるがその声に応えてくれる者は誰もいなかった。

 

 そんな胸を締め付けられる情景をただ見せつけられる私、少女を救おうと声を出すことも手を伸ばすこともできず、そして闇の中にこの風景は埋もれていく。

 そして深い闇から、また別な景色が浮かぶ…薄暗い明かりに照らされた白塗りの部屋、ベッドの上にはたくさんのチューブに繋がれた少女がいる。全身を包帯で覆われ、手足を欠損し、両目も失明している痛ましい姿…。

 

 "痛い"、"苦しい"とうわごとの様に少女がかすれた声でつぶやくのを、ベッドの周りにいる大人たちがじっと観察しモニターに映るデータを注意深く分析している。少女の救いを求める声は誰も聞かず、得体の知れない薬を投薬し、再び観察している。

 モニターに映し出されるデータに一喜一憂する大人たちの傍で、少女は苦痛に呻く…。

 

 それが延々と、まどろみの中で繰り返される…。

 

 闇の中で、私は少女の声を聞いた…。

 慟哭と、怨念、憎悪に満ちた恐ろしくも、悲し気な声であった。

 

 "呪ってやる…恨んでやる…皆殺しにしてやる"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 固いベッドの上で寝ていたシーカーは、ふとまぶしさを感じてむくりと起き上がる。上体を起こしたままの状態で、彼女は額に手を当てて気だるそうにまぶたをとじる。

 

「お目覚めのようね」

 

 シーカーが目覚めたことに気がついたペルシカは、部屋を埋め尽くす研究機材の中からひょっこり顔を出す。シーカーの手で拉致されたペルシカは館から移動し、廃墟の中に設けられた研究所内でシーカーの要望を叶えるための研究を強いられていた。

 頭に感じる痛みが引くのを待ち、シーカーは少しくたびれたようにベッドから降りた。

 

「なんだかうなされていたみたいだけど?」

 

「別に、少し夢を見ていただけだ…」

 

「夢、ね……」

 

 意味深な表情を浮かべながら、ペルシカは再び椅子に腰掛けるとモニターに映るデータを観察し始める。その間にシーカーは衣服を着替え、おろしていた髪を悪戦苦闘しながらも首の後ろ辺りでまとめる。鏡の前に立ったシーカーは、自分の顔色の悪さに眉をひそめる。

 

「私が寝ている間寝首をかこうとは思わなかったのか?」

 

「あなたの護衛がすぐそばにいるのに? 私は研究者、誰かを殺すのは専門外よ」

 

「そうか……まあいい、少しは研究が進んだか?」

 

 鏡から顔を背けると、シーカーはペルシカのそばに移動し自身もモニターに映るデータを眺めはじめる。難解な図式や数字の羅列が並んでおり、さすがのシーカーも一目でそれらが意味することを理解はできなかった。不味いコーヒーを口に含んだペルシカは顔をしかめつつ、説明を求めるシーカーの意に応える。

 

「血液、細胞、電子頭脳、そして遺伝子。あなたの要望に応えるためにあらゆるところに着目させてもらったわ、とても興味深いデータばかりだった。あなたの身体には異なる複数の遺伝子及び細胞が混在している、特にこれ…この遺伝子は実に興味深い」

 

 画面に表示されるデータが移り変わり、らせん状に示される遺伝子データ。相変わらず難解なデータが表示されるが、自らその遺伝子を見つけ出し、新たな肉体に投与したその遺伝子はシーカーもよく知っている。

 

「この分野は専門外なんだけどね。戦闘に適したいくつもの遺伝子データ、【ソルジャー遺伝子】とでも呼んでおこうかしら? 一般的な成人データに対し、あなたの中で見つけられるソルジャー遺伝子は非常に多いわね……でも、この遺伝子は元々あなたのものじゃないわね?」

 

「ほう、よく知っているな?」

 

「そうじゃなきゃ説明がつかないもの……これらの遺伝子と、あなたの本来の遺伝子が小さな拒絶反応を引き起こしているわね。この些細な拒絶反応こそが、あなたが自覚するものだと思うのだけれど。あなたの本来の遺伝子がソルジャー遺伝子を拒絶して、えっと……あなたのESP能力? これが阻害されてるのだと思うけど…」

 

「はっきりしないな、ペルシカリア博士」

 

「当然でしょ、化学で生きてきた私がいきなりESP能力とかなんとか、そう簡単に受け入れられるはずないじゃない。まあ、研究は始まったばかりだしなんとも言えないわね。ところでお願いがあるんだけど?」

 

「なんだ?」

 

「16LABの研究室から、私の研究データを引き寄せたいんだけど」

 

 彼女がそう言った瞬間、シーカーの様子が変わる…慌ててペルシカが弁明する。あくまで研究データの取り寄せだけであり、グリフィンやその他の勢力にこの場所を教えるためではないと…。それに対しシーカーは冷たい視線を向けたまま…。

 次の瞬間、ペルシカはするりと心の隙間に入り込まれるような、思考を読みとられていくような錯覚を受ける…自身を見つめるシーカーの眼差しからペルシカは目を逸らすことが出来ない。

 シーカーはため息をこぼし目を逸らす、言いようのない圧迫感から解放されたペルシカはどっと冷や汗をかく。

 

「ペルシカリア博士、あまり不用意なことはしないことだ。あなたのことは信用しているが、私の裏をかこうとするのはおすすめできない。それで、研究データが欲しいと言ったな…本当に必要なものなのか?」

 

「ええ、あなたのような人形の身体と生身の脳髄を持つ存在は私も知っているから……役に立つと思うわ」

 

「いいだろう博士。それが私の信頼を裏切らないことを祈るよ」

 

 そこからシーカーは、ペルシカがネットワークを16LABに繋げ研究所に蓄積させていた研究データを取り寄せるのを監視する。取り寄せたデータの詳細をシーカー自身も確かめ、その後ネットワークは遮断…シーカーが立ち去った直後、ペルシカは力なく椅子にもたれかかると天井を仰ぎ見る。

 

「死ぬかと思ったわ…今後一切命を張るもんですか……だからお願い、気付いてね」

 

 彼女の小さなつぶやきは、研究機材の動作音にかき消されていった。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

『あらシーカー、どうしたのこんな時間に?』

 

「いや、特に用件はないんだが……君の声が聞きたくなって」

 

『あらあら、可愛いところあるのね。ちょうどジャッジちゃんをからかい終えたところだし、いいわよ』

 

 廃墟の中の公園、そのベンチに腰掛けながらシーカーは鉄血支配地域にいるドリーマーに通信を繋いでいた。本人も言う通り特に用件はなく、ただドリーマーと話したかったがためだけに通信を繋いだのだが、ドリーマーはその気持ちをむげにせず快く話しあいを引き受けてくれる。

 

「そっちの調子はどうだ?」

 

『相変わらず、正規軍のアホが包囲してるけど、パルスフィールドを越えられなくて立ち往生してる。西からアメリカ軍も迫って来てるし、包囲のための部隊も減って来ているみたいよ』

 

「そうか、それは何より。今はパリで攻防戦が起きているようだ、精強なフランス軍も頑張っているが首都陥落は時間の問題だろうな」

 

『そうみたいね。あなたのほうはどうなの、もう何週間も帰って来ないじゃない。エリザさまもたまに気にかけてるし、たまには帰ってきなさいよ』

 

「エリザさまが? それは、意外だな…」

 

『ええ、そうよ。あんたが想像している以上に、エリザさまはあなたを気にかけてるみたいよ。エリザさまに気を揉ませると、うるさい代理人が騒ぐんだから、早いところ帰ってきなさいよ?」

 

「そうしよう」

 

『ええ』

 

「あぁ……」

 

 会話が途切れる…しかし気まずさはなく、通信越しではあるが互いの存在を二人は感じあっていた。

 ドリーマーの小さく笑う声にシーカーもまた微笑み、空に浮かぶ月を見上げる……周囲には明かりもなく、天気の条件もよく星空と月が良く見える。

 

「ドリーマー、今どこにいるんだ?」

 

『外にいるわ。お月様を見上げていたところ…』

 

「そうか、わたしも同じ空を見上げているよ……綺麗な満月だ」

 

『そうね、とても綺麗ね』

 

 二人がいる場所は、とても離れていたが、同じ星空の下にいる…そんな感覚にシーカーの心を安らぎが埋めていく。

 

「ドリーマー、最近よく夢を見るよ」

 

『夢? あぁ、あなたはそうよね…どんな夢なの?』

 

「それは――――」

 

 そんな時、シーカーの脳裏にあの光景が浮かぶ…迫害され、虐められ、運命を弄ばれた末に人としての尊厳や自由を奪われた少女の夢を。シーカーはまぶたを閉じると、夢で見たその光景を記憶の奥底にしまい込み、同じく見たもう一つの夢をドリーマーに明かす。

 

「そこには争いや悲しみもなく、誰もが笑って平等に幸せを享受できる。無邪気な子どもたちが駆けまわり、少年少女たちは将来を夢描き、大人たちが子どもたちを温かく見守っているんだ……そこに隔たりや差別はない、一つの世界だ」

 

『あなたらしい夢ね、それを実現したい?』

 

「さて、どうなることやら……だがそんな夢の続きを、君と一緒に見ていたいな」

 

『じゃあ、あなたが夢見た世界を実現させてみなさい。それなら夢を見れない私でも、あなたと一緒に夢の続きを見れるでしょう?』

 

「フフ、そうだな……ドリーマー、じゃあまたな。おやすみ」

 

『ええ、おやすみなさい…親愛なるシーカーちゃん?』

 

 

 通信を切り、最後にもう一度だけ空に浮かぶ月を見上げる。

 まだ彼女も同じ月を見上げているだろうか?

 

 それは空に浮かぶ月のみぞ知ること…。




シーカーは二つの夢を見る。


世界が一つとなり、争いもなく差別もなく人が分かり合い平和と幸せを享受する夢。

もう一つは、果てしない怨念と憎悪に駆られ世界を焼き尽くさんとする夢。


以前さらっと後書きに乗せたシーカーの裏話、それがそのうち生きてくると思う。


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雇い雇われる者

「や、やってやりましたよ、ヘリアンさん、指揮官さま!」

 

 グリフィン分屯基地内司令部の扉を豪快に開いて現われたのは、後方幕僚兼秘書のカリーナである。乱れた髪や衣服を気にもせず、ふらふらとテーブルにたどり着いた彼女は解析したデータをおさめたメモリをテーブルの上に置くと、ヘリアンとソニア指揮官にやり切ったと言わんばかりにサムズアップを向けた。

 

「でかしたぞカリーナ!」

 

「お疲れさまカリーナちゃん、あとは私たちに任せて」

 

「お願いしま…」

 

 そこまで言って、カリーナはバタンと仰向けに倒れると死んだように眠りについてしまう。16LABにある日突然送られてきた暗号化されたデータ解析のため、ここ数日不眠不休に当たっていたカリーナは体力の限界だったのだろう…だが見事その役目を果たしてくれた彼女を二人はねぎらい、せっせと協力して彼女を部屋のソファーに運ぶ。

 その後すぐに、AR小隊へと連絡を入れると彼女たちはすぐさま指揮所へと駆けつけてくれた。

 

「指揮官、ペルシカさんの居場所が分かったって本当ですか!?」

 

「本当だよ、カリーナちゃんのおかげで解析できたみたい。あ、カリーナちゃん今疲れて寝ちゃったから起こさないであげてね?」

 

 お礼を言おうと彼女のもとへ飛んでいこうとするM4をソニア指揮官が止める。普段真面目で大人しいM4であるが、時々衝動的に動くものだからせわしない。

 さて、早速カリーナが持ってきてくれたデータを端末にインストールする…そこにはとある座標が示されている。その座標を世界地図のデータにあてはめ辿っていく…示されたのは東欧ウクライナ、地図を拡大し示された地域の名を見た彼女たちは息をのむ。

 

「…チェルノブイリ、ここにペルシカさんが?」

 

「おそらくな。16LABのサーバーに先日アクセスがあり、いくつかのデータが抜き取られた。だが代わりに暗号化されたデータが残されていてな……暗号解析のプロも太刀打ちできないものだったが、カリーナは見事やり遂げてくれた」

 

「カリーナ、よく解析できたものだな?」

 

「暗号はペルシカが90wish時代にメンバー間のやり取りで用いていたものだ。本当によく気がついてくれたよ、うちの優秀な社員だ」

 

 ソファーの上で眠るカリーナを改めて褒め称える。目が覚めたらたくさんボーナスを払ってあげようと心に決める。さて、ペルシカの居場所が分かったところで早速出ていこうとするM4とSOPⅡをM16と指揮官が引き止める…相変わらず落ち着きがない。

 

「一刻の猶予もありませんよ指揮官! ペルシカさんがウクライナにいるのなら、早く助けないと……じゃないと、正規軍と米軍が武力衝突してしまいます!」

 

「落ち着けM4、焦る気持ちはわかるがこんな時だからこそ冷静になるんだ。ヘリアンさん、何か考えがあるのだろう?」

 

「勿論だ、今回の任務はとても厳しいものになる。正規軍にもあまり知られたくはない……そこで助っ人を用意してある。そろそろ、おっと…ちょうど来たようだな」

 

 ヘリアンが指揮所の扉に目を向けると、開かれた扉より一人の少女が姿を現した。白いメッシュの入った黒髪に赤と黄色のオッドアイを持つ戦術人形、彼女が持つ銃はAR小隊の銃"ブラックライフル"によく似ていた。

 

「初めまして指揮官、AR小隊の皆さま。私はRO635、ヘリアン上級代行官殿の指示によりチームに加わります」

 

「ご苦労。紹介しよう、彼女はRO635、本来ならパレット小隊の部隊長を務めていたのだがAR小隊の補助として応援に来てもらった。彼女は優秀な戦術人形だ、任務の助けになってくれるだろう、仲良くしてくれ」

 

 ヘリアンの言葉を受け、M4たちは少し戸惑いつつもRO635を受け入れる。

 軽い自己紹介を終えた後で、改めて任務の前の作戦計画を話しあう。

 

「この救出作戦にはグリフィンも堂々とは動くことが出来ない、ソニア指揮官の部隊もあてにはしないでくれ。君らには素早く、そして密かにペルシカリア博士を発見し救出してもらいたい。先ほどM4が言った通り猶予はあまりない……米軍はパリを突破し旧ドイツ領をも侵攻する勢いだ、正規軍はポーランド近郊で迎え撃つ様子だ」

 

「鉄血支配地域も無視はできないな、あれのせいで正規軍は迅速な部隊展開が困難だ」

 

「その通り、そしてさっき入ったニュースだが新たな米軍部隊がギリシャ沿岸に上陸した……その部隊は真っ直ぐ鉄血領を目指している、おそらく鉄血の包囲網を解くのが狙いだろうな。一刻の猶予もないが、冷静になってくれ」

 

「了解しましたヘリアンさん」

 

 作戦開始時間はおって知らせるため、各自に待機命令が出される。敬礼を向けて去ろうとする彼女たちであったが、去り際にヘリアンはM16一人を呼び止める。不思議に思いつつも、彼女は後で合流するむねをM4に伝え一人残る。

 

「単刀直入に言おうM16、お前から見てMSFはどうだった?」

 

「前評判とは偉い違う連中だったよ」

 

「信頼はできると思うか?」

 

「互いに敬意を払っているうちは…」

 

 M16は思ったことを、しかし長ったらしい言葉ではなく簡潔に述べて見せる。AR小隊が彼らと接触する以前は、単なる戦闘集団、協定にも属さず独自の価値観で動く危険な存在という認識であったのだが、短いながらも彼らといた期間からM16はそうではないのだと気付いたのだ。

 M16の言葉で満足したのかは分からなかったが、ヘリアンは小さく頷く。

 

「さっきも言った通り、ソニア指揮官の部隊は動かすことは出来ない」

 

「ごめんねM16、助けたいのはやまやまなんだけど…」

 

「いいんだ指揮官。それで、他に何か考えが?」

 

「ああ……長いこと仕事を放棄されているようだが、今回は彼女たちにも仕事を依頼する。まあ、お前たちはついこの間まで一緒だっただろうが…」

 

「あぁ…あいつらか…」

 

 それだけで、ヘリアンが誰のことを言っているのかM16は察した。

 今頃何をやっているのか、ついこの間まで一緒にマザーベースでニートを謳歌していた"存在しない部隊"を思い浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリが陥落した。

 衝撃的なニュースは瞬く間に世界に広がり、その悲報はマザーベースにも波及する。米軍部隊の苛烈な攻撃の前にフランス軍はパリを放棄、首都機能を別の都市に移し徹底抗戦の構えを見せている。まだフランスという国は降伏していないが、南部より上陸部隊が迫り苦境に立たされている。

 それに対し米軍は、もはやフランス軍を自らが相手をする必要がないと判断したのか、コーラップス汚染区域を散々にかき回すことで感染者たちの大移動を意図的に引き起こさせ、彼ら自身はフランス領を突破し東欧へ向けて進撃を開始した。

 それに拍車をかけるように起きたのが、ギリシャ沿岸への米軍無人機…シーカーが統率する大量の軍用人形及び装甲機械の上陸だ。シーカーが直接指揮権限を持つ無人機部隊は鉄血領を南部から目指す。

 彼らの進撃が進めば、正規軍は西部と南部に戦線を抱えることになるだろう…。

 

 最新の新聞記事を眺めながら、416はぼやく。

 

「正規軍の奴ら、東欧諸国をまとめてアメリカと戦うみたいね。まったく、フランスの救援もしないで…自分たちだけで迎え撃つつもり?」

 

「はぁ…45姉…」

 

「あいつらギリシャの上陸部隊にはどうするつもりかしら? いくら正規軍とはいえ、そういくつも戦線を抱えられないと思うけれど…」

 

「45姉、45姉のちっぱい…45姉のスレンダーボディー…」

 

「………このままじゃ旧ドイツ領も見捨てるつもりね、一番立ち位置が難しいのはバルカン半島かしら? すぐそばを米軍が素通りしていくのを黙って見ているか、それとも参戦するか。戦わなければユーゴは内戦から立ち直れるんでしょうけど、戦後の国際関係が…」

 

「あぁ……貧乳成分が足りない、45姉のパンツだけじゃもうどうにもならん……性欲を持て余す…」

 

 隣でブツブツ未練がましく呟くのはジョニー、しばらく無視していた416であるがついに激怒する。しかし怒りを向けられたジョニーもジョニーで、鬱憤を晴らすかのように逆ギレを返すのだ。

 

「さっきからブツブツうるさいのよ変態装甲人形ッ!」

 

「やかましい! 何時間も、お前みたいな巨乳と同じ空気を吸う側の気持ちになってみろ! ああ恐ろしい!」

 

「あんたは空気吸わないでしょうが! そんなに他の空気を吸いたいならヘリウムガスでも吸ってなさいよ、そうすれば少しはアンタみたいなデカブツでも可愛げがあるわよ!」

 

「胸にばかり栄養が行っているせいで、肝心のおつむが未熟みたいだな! 巨乳は異端、死すべし! いいか世の理を教えてやる、貧乳こそ至上、貧乳の現人神である45姉を称えよ! ハレルヤッ!」

 

 歓喜の声をもって叫ぶジョニー、しかし猛烈な勢いで走ってきたUMP45がその後頭部に強烈な飛び蹴りを浴びせるとマザーベースの甲板から彼は落ちていった。落ちていったジョニーに無言で銃を撃ちまくる徹底ぶり、まあジョニーは頑丈さが取り得なのでそのうち海から這い上がってくるだろう…。

 一息ついたUMP45は、唖然とする416には目もくれず、とある人物との通信を再開するのだ。

 

「待たせたわね、ちょっと変態の処理をしてたわ……それで、どこまで話したかしらヘリアンさん?」

 

 通信相手はグリフィンのヘリアン。

 彼女の名を聞いた416はすぐに仕事の話が来たのだと察する。

 

『コホン……ペルシカが誘拐されその居場所をようやく特定できたというところまでは話したな。ペルシカの救助にはAR小隊も向かうが、君ら404小隊にも助力をお願いしたい。報酬の半分は前払い、残り半分は任務成功後に支払おう』

 

「なるほど、敵は誰なの?」

 

『不明だ。むしろお前たちの方が心当たりはあるんじゃないのか? 厳重な警備をかいくぐり、痕跡を残さず人間一人を攫う…そんなことが出来る者を知らないか?』

 

「さあね、心当たりは多すぎるわ。いいわ、引き受けてあげようじゃない…報酬はいつも通りの方法でね」

 

「45、今確認したけど…報酬はもう振り込まれてるわね。ただ…」

 

 416が見せてくれた口座には、前払いにしては多すぎる多額の金が降り込まれているようだ。単なるミスとも思えないそれにUMP45は疑念を持つ。

 

「こんなに報酬が多いと、困難な任務だと勘ぐってしまうのだけれど?」

 

『前払い金に別な資金を上乗せしてあるからな』

 

「なんのために?」

 

『グリフィンから出せるのはAR小隊だけだ。だからその資金を使ってMSFの部隊を雇え、より確実に任務を遂行するためにな。UMP45、この任務は困難かと聞いたな? 当然だ……場所はチェルノブイリ』

 

「20世紀最悪の汚染被害があった場所……如何なる国家も管理しない、忘れ去られた都市」

 

『米軍と正規軍の衝突が迫っている、その前に何としてでも彼女を救いたい。今作戦はクルーガーさんも承認しているが、正規軍には内密だ…それを加味して、MSFの部隊を雇ってくれ。以上だ」

 

 通信を切ると、いつの間にやら416の他にUMP9とG11の姿がある。G11は寝ているところを台車に乗せられてきたようだが、416に踏みつけられてたたき起こされる。その後に、自力で海から這い上がってきたジョニーも加われば404小隊のメンバーが揃う。

 

「また仕事よ寝坊助さん」

 

「えぇ、ジョニーがいるなら私はいいでしょう…?」

 

「良くないわ、こいつから受けるストレスは誰に発散すればいいと思うの? あんたの役目でしょ?」

 

「416、ちょっと酷くない?」

 

「はいはいケンカはお終い。仲良くしましょ?」

 

「そうだよ、みんな家族なんだからね!」

 

「9ちゃんマジ天使。どこぞの巨乳悪魔とはえらい違いだ」

 

 ジョニーの余計な一言で再びケンカが起きるが、UMP45に命令された途端大人しくなる。基本的に彼は従順であり強力な弾よk……前衛であるため、今では404小隊の貴重な主戦力の一人だ。

 

「それで45、MSFの部隊を雇うんでしょう? どの部隊にするの?」

 

「そうね……」

 

 UMP45はマザーベースに来てからこれまでのことを思い浮かべ、MSF内の優秀な部隊を思い浮かべていく。

 任務の性質場、大勢よりも少数精鋭、それも隠密行動に長け確実に任務を全うできるだけの実力と冷静さを持つ部隊……それを当てはめた時、UMP45には一つの部隊が浮かんだ。




戦いが迫って来ているぞ…。


さて、UMP45が雇う部隊はなんだろうな?
まあ察しがつくと思うが、とりあえず後書き劇場見ようぜ。


UMP45「みんなー、ドルフロのアイドルこと私と一緒に働いてくれる人!」

エグゼ「あー急用思いだした」
ハンター「上に同じ」
マシンガン・キッド「お前たちマシンガン人形いないの? ナンセンス…」
オセロット「こっちを見るな」
WA2000「こっちを見るな」(便乗)
9A91「それよりお酒を飲みましょう」
スコピッピ「それよりグリフィン職員フルトン回収しようよ!」
カズ「MSFの半分をやろう」


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隠密部隊

 未曽有の大混乱を引き起こした北蘭島事件、そして第三次世界大戦が人類の可住区域を大幅に減らし文明を破壊しつくしたことは誰もが知るところ。

 だが21世紀以前、ずさんな管理体制と人為災害が引き起こしたとされる事件によりある一つの地域から人々は消えた。重度の汚染、史上最悪の原発災害と言われたチェルノブイリ原子力発電所事故だ。

 2060年代の現時点で、あらゆる災害の影響でチェルノブイリ原子力発電所を管理する人間はいなくなり汚染は拡大、元々の汚染に加え大戦の放射能汚染の影響もあって高濃度汚染地域"ホットスポット"が地域全体を埋めるほどにまで広がった。

 

 除染の見通しもつかず、果てしなく放射性物質をまき散らし続ける原子力発電所の存在により、周辺諸国はこの地域を放棄……都市は緑に覆われかつての文明の名残だけが森の中に残る。

 

 ベラルーシ国境を南下することで、この地域に入り込んだ404小隊は緑に覆われた道なき道を進み続ける。人間が敷いた舗装路はひび割れて、すっかり森の中にのみ込まれてしまっている。落ち葉が累積し苔が生え、コンクリートの上に土が生まれる……そこに木々の種が芽を生やし、舗装路の亀裂から根を伸ばし、コンクリートを割いていく。

 人の管理がなくなって80年以上が経つその場所は、すっかり自然にのみ込まれ、文明の名残を見つけることの方が難しかった。

 

「45姉、合流地点はまだかな?」

 

 小声で、UMP9は先頭を歩くUMP45にそうたずねる。

 それに対しUMP45は軽く振りかえると、歩きながら地図を広げる…普段任務で使用しているような端末を用いてのエリアマップではない、原発事故が起きた当時の古ぼけた紙製の地図だ。MSFの諜報班が所持していたものを今回彼女が買い取った形だが、何故そうしたかというと、長らく人が踏み込まなくなったこの場所は端末のエリアマップより事故当時の地図の方が精巧だという理由から。

 道端に残る道路標識などから現在地を割り当て、向かうべき目的地まで進み続ける。

 

「もうすぐよ9、あと少しで町があった場所にたどり着く…そこで合流よ」

 

「一緒に行こうって言ったのに、せっかちだねあの人たち…」

 

「彼女たちなりのプロ根性でしょうね。現地の偵察・斥候、先行潜入してやってくれてるわ、頼もしいわよね」

 

 後ろを歩く9に微笑みかけつつ、ついでに他二人を確認する。

 416は絶えず周囲を警戒しつつ追従、日頃なまけ癖がついて回るG11も今回ばかりはやる気…こそめいいっぱいとは言えないが、基本的な警戒は行っているようす。ここは既に危険地帯、鉄血領でもなければ正規軍の領域でも無く、感染者が巣食うエリアでもないが、だからこそ危険性は未知数だ。

 森をかきわけ進むと、比較的植物に浸食されていない町へとたどり着く。

 とは言っても、建物は経年劣化により倒壊した家屋もあり、人の気配はまるでない。

 そんな廃墟の町に、音を立てずに忍び込む……ブーツが地面の小石や割れたガラスを踏みしめる音、そして鳥たちのさえずりだけが廃墟に響く。

 

 先頭を歩くUMP45が立ち止まると、追従する仲間たちは散開し周囲の警戒動作に移る。鋭い視線で周囲を見回すUMP45……彼女にならうように辺りを見回すが、動くものはまったく捉えられない。そんな時、UMP45が銃口を森の方へと向けるも、そこにいた人物を見てホッと息をこぼし銃を下ろした。

 

「遅かったのね存在しない隊長さん、あまりにも遅いから迎えに行っちゃったじゃない」

 

「ずっと付きまとってた気配はあなたってわけね、性格が悪いわよグローザ」

 

「お手並み拝見したところよ。着いてきて、隊長さんが待ってるわ」

 

 いたずらっぽく微笑みかけるグローザは、廃墟にやって来た404小隊を案内する。

 

「ねえ416、私たちグローザにつけられてたんだって。気がついてた?」

 

「微塵も気配を感じなかったわ。45が彼女たちを選んだ理由が分かるわね」

 

「うん、私も―――」

 

「寝坊助のアンタは目の前に来ても気付かないでしょう?」

 

「416、この間から酷くないかな?」

 

「頼む、どうか416を許してやってくれ彼女はただの巨乳なんだ」

 

「黙りなさいジョニー」

 

 

 小声で罵り合う416とジョニーを横目に見つつ、グローザの後をUMP45は追従する。案内されたのはさびれたコンクリート造の家屋、きしむ扉をゆっくりと開き家屋内にはいると、ちょうど野兎の首をへし折る9A91という衝撃的な場面に出くわした。

 UMP9がウサギを殺す9A91に怯んでいるのに対し、グローザは少しも表情を変えず中へ入って行く。

 

 

「少々お待ちください」

 

「ええ構わないわ。ゆっくり食事を楽しんでちょうだい」

 

 

 適当な位置に404小隊が腰掛ける間、9A91は仕留めたウサギの腹を割き内臓を切り捨て、皮を剥いでいく。野生動物の解体を淡々と無表情で行っていく様は、普段携行食に慣れているUMP9にとってショッキングなようでどんどん青ざめていく。

 解体し、小さく切り分けたウサギ肉を9A91は無言で仲間たちに配る…グローザ、PKP、ヴィーフリはそれらを受け取ると躊躇することなく生食するのであった。

 

「どうしたんですか、9? あなたも食べたいんですか?」

 

「け、けっこうです…! ねえ、火は通したりしないの?」

 

「火を起こす過程で生じる煙で私たちの存在がばれてはいけませんから。それに生でもよく噛めば平気ですし、生食をすることで豊富なビタミンを摂取できますよ。司令官から教わりませんでしたか?」

 

「教わってないです…」

 

 滴る鮮血をぺろりと舐める9A91を直視できず、UMP9は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

 さて、彼女たちこそUMP45が今作戦の参加部隊として雇ったMSFの部隊である。

 MSF最強の戦術人形と内外で名を知られているWA2000率いるWA小隊があるが、彼女と同じ優秀な隊員のみに与えられるFOXHOUNDの称号を持ち、隠密作戦・破壊工作・偵察などの特殊任務を担当する9A91率いるスペツナズを今回UMP45は選んだ。

 個人的好みなら、エグゼを頼っただろうが、任務の内容から合理的な判断をとる。

 

「45、あなたたちが来る前に一通り周辺偵察は済ませておきました」

 

 血で汚れた手を水でさっと洗い、9A91はテーブルの上に写真を数枚広げた。

 廃墟と化した街並、放棄された観覧車、大きな広場などの風景写真…そして廃墟の中に身をひそめるAR小隊をおさめた写真がある。

 

「へえ、AR小隊ももうここに入っているのね。もう話はすませてあるの?」

 

「いいえ、私たちの雇い主はあなたですから。偵察中に見つけたので、足取りを追えばすぐにでも追いつけるでしょう」

 

「やっぱりあなたたちを雇って正解ね。でもAR小隊もマヌケね、こんな簡単に足取りを掴まれるなんて…」

 

「そんなことはありませんよ。AR小隊も細心の注意を払って潜入しています、誰でも見つけられたとは思えません」

 

 本人は謙虚に言っているつもりだろうが、言い変えればスペツナズ相手ではバレバレだというのと同じだ。表に出せない裏の任務を行うスペツナズの存在は、在りし日の404小隊と似たような存在……それも、彼女たちを選んだ理由の一つなのだろう。

 マザーベースにいる頃はただの飲んだくれ、アルコール依存症の典型的ロシア人形なのだろうが、一度戦場に出ればその雰囲気はがらりと変わる。当たり前だが、戦場で彼女たちはアルコールを一滴も飲むことは無い。普段の姿からは想像出来ない、隙の無さが伺える。

 

「あとこれを見てください」

 

 9A91が提示した写真には、廃墟内の特に目を引くようでもない建物が映っていた。

 しかしそこには、UMP45も知る重装戦術人形ジャガーノートの他、量産型汎用戦術人形パラポネラといった合衆国で目の当たりにした米軍無人機の姿が映る。これらの写真から得られる情報により、UMP45は消去法でペルシカを攫った黒幕を頭に思い浮かべる。

 

「これだけじゃありませんよ。こちらも…」

 

「なにこいつら?」

 

 その写真に写っていたのは、まるで騎士をかたどったような外観の見たこともない戦術人形だ。騎士の甲冑を思わせるような装甲をマントで包み、腰にはブレードを携える。こんな拗らせたような戦術人形を造りだすのは、やはりあの人物しかいない。

 

「シーカー……借りを返す時が来たわね」

 

「やはりシーカーがこの件に絡んでいますか。ですが鉄血の人形は見ていませんし、シーカーの姿もとらえていません。45、ここからは私の意見となりますがいいでしょうか?」

 

「構わないわ、なんでも言って」

 

「はい。偵察時にこれらの戦術人形を調べていましたが、鉄血のプロトコル内には組み込まれていません……いうなれば独自のプロトコル、シーカーが作り上げた独自のネットワークに繋がっているでしょう。シーカーがその実体を得る以前、彼女は末端の人形の感覚を掌握することで戦場全体を見通していましたね……おそらくこれらの人形も、シーカーと繋がっているでしょう」

 

「ある意味、シーカーにとってのダミーリンクというわけね。見つかれば即座に情報は各個体に伝達され、元締めのシーカーにも私たちの存在がばれる…そしてペルシカ救出もとん挫する」

 

「その通りです。ですから絶対に見つかってはいけません、排除をしてもいけません。例え気付かれずに仕留めたとしても、異変は即座に知られるでしょうから…」

 

「厄介な相手ね。ところで、相手のことはAR小隊も知っていると思う? もし知っていないなら…」

 

 UMP45がそう言うと、9A91の目がわずかに見開かれる。

 スペツナズにとっての雇い主は404小隊だが、404小隊はAR小隊の援護という任務がある。いくら404小隊を支援しようにも、肝心のAR小隊がこの情報を知らないのでは…。それを失念していた9A91は後悔するが、すぐに切りかえると、最後に目撃したエリアからおおよその行動範囲を絞り込むと彼女たちと合流するために動きだす。




今回の任務、パーフェクトスニーキング、不殺推奨の難易度extremeモードですね。

というわけで解説、シーカーの私兵部隊

・サイコシステム搭載型戦術人形【オーダー】

シーカーが自身の意思を遂行するための私兵として作り上げられたこれら戦術人形は、アメリカと鉄血のテクノロジーを融合させて生み出されたものであり、造形はシーカーの意向を汲んで白い装甲を持った騎士を模している。
一体一体が鉄血ハイエンドモデルに匹敵するほどの能力を有しているが、一番の特徴はアメリカの研究機関が残した戦前の遺物であるサイコシステムを有していること。
これを媒体にすることでシーカーのESP能力を享受し、オリジナルには及ばないもののある程度のESP能力を有する。また、オーダーはサイコシステムによって繋がっており、一個体の異変は即座に集団に察知され、仮に気付かれずに破壊してもその情報が即座に他の個体に伝達し殺到する。
幸い、これら戦術人形は製造コストが高いため少数のみが運用される。



はい……。

というわけで、参戦部隊はスペツナズでした、ただの酒飲み集団だと思ったかい?

関係ないですけど、スペツナズってジョニーにとっては理想の部隊だったり。
だって貧ny(銃殺


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混ぜるな危険?

「あちゃー…また行き止まりだよ」

 

「ここもダメですか? また来た道を戻るしかありませんね」

 

 先頭を歩いていたSOPⅡがぶち当たったのは、倒木に太いツルが幾重にも絡んで出来上がった自然のバリケードだ。うんざりしたようにナイフでツルを切ってみるが、太く強靭なツルにはほとんど刃が立たず、むしろナイフの切れ味が落ちてしまうだけだ。時間をかければ排除できないこともないが、何時間かかるか分かったものではなく、与えられた時間は決して多くはないのだ。

 仕方なくナイフをしまい、SOPⅡは踵を返して来た道を戻る。

 

「おっと、また行き止まりか?」

 

「はい、姉さん。すみません」

 

「謝ることは無いさ。お互い市街地での任務に慣れ過ぎていたからな」

 

 グリフィンでの任務では担当するエリアの都合上どうしても市街地などでの任務は多くなるため、こういった森林地帯での任務は不得意だ。森にのみ込まれた都市というのも手ごわく、また与えられた地形データもここでは全く当てにならず、不慣れな作業を強いられることになる。

 M16を交えて来た道を戻ると、最後尾のROとも鉢合わせ、同じような反応を示した後に今度は彼女を先頭に道を戻っていった。

 

「ふぅ、手ごわい道だね…ねえM4、ちょっと休憩しないかな?」

 

「ダメです、あまり時間はありませんから。それに現在地も分からず、このまま夜を迎えてしまったらより危険です」

 

「でも、もう何日も歩きっぱなしだしくたくただよ」

 

 疲れを滲ませた表情でSOPⅡは休憩をせがむが、もう何時間も森で迷っているM4は焦りからかそれを認めない。ヘリアンから与えられたこの救出任務には時間制限があり、それを超えてしまった場合グリフィンからの迎えを頼むことは出来なくなってしまうのだ。

 AR小隊の隊長を務めるM4は、なんとかSOPⅡを励まそうとするが、そんな彼女をM16は少し離れた場所に誘う。

 

「M4、焦る気持ちはわかるが少し落ち着かないと。SOPⅡの言う通りみんなくたくただ、疲労は判断力を阻害する」

 

「それは分かっていますが…」

 

「休息は次の行動への糧だ、適度な休息は必要だ。一度息を整えて、冷静になることが必要だぞ」

 

「…分かりましたよ、姉さん」

 

「よし、いい子だ」

 

 素直に認めたM4の頭を撫でると、彼女は少しくすぐったそうに目を細める。

 少し休もうとSOPⅡに伝えに向かおうとすると、SOPⅡが助っ人のROと楽しそうにおしゃべりしていた。助っ人としてAR小隊に加わった彼女は、とても真面目な性格でM4がもう一人現われたのかと錯覚するくらいであったが、短時間のうちにすっかりなじんでしまった。

 それもROのAR小隊に対する敬意と、小隊メンバーの親和性があったからだろう。l

 

「こんな状況じゃなければ、ゆっくりお話をしたかったんですが」

 

「そんなことはありませんよM4、チームに加われてとても光栄に思っています」

 

「あはははは、光栄だなんて! ついこの間までMSFでニートやってたの見たら幻滅するだろうな!」

 

「SOPⅡ! すみません、ROさん…あまり真に受けないでくださいね?」

 

「は、はぁ……」

 

「まあでも居心地は良かったな、ただで酒は飲めたし」

 

「姉さん、飲んだ分しっかり請求されてましたからね?」

 

 M4の白い目がM16を射抜くが、エグゼと果てしない悪戯戦争を繰り広げていたのはM4でありそのことを指摘されると急に縮こまる。唯一、というか二人よりもマシなのはSOPⅡでMSFの美味しいラーメンの魅力を熱く語っていく。

 そんな彼女たちに戸惑いつつも、ROはアットホームな環境のこの小隊を気に入っていた。

 小さく笑ったROに、みんなもくすくすと笑う。

 

「皆さんとても仲が良いですね。こんな時じゃなく、もっと早くにチームに加わっていたかったですね」

 

「そうだね、そうすればAR-15とも……」

 

 そこまで言って、SOPⅡは咄嗟に口を閉ざす。事情を知らないROはなんだろうと首をかしげるが、先ほどまで笑っていたM4とM16も笑顔を消していた。

 

「そろそろ、行きましょう」

 

「う、うん……M4、あのさ…」

 

「なに?」

 

「ううん……やっぱりなんでもない、行こうか」

 

 休息は終わり、再び立ち上がり道なき道を進みだす…最後尾をついて行くROは口にしたい疑問がいくつも浮かぶが、聞きだせずにいた。すると、すぐ前を歩いていたM16が振り返らないまま話し始めた。

 

「AR-15、以前この小隊にいた仲間なんだよ」

 

「ええ、存じています。S08地区が鉄血の手に落ちた際、命を落としたと…」

 

「そういうことになっているな。あれから色々あったさ、MSFと鉄血との抗争の板挟みになったのもその頃だ。その頃のM4は不安定で、MSFにいたエグゼっていう奴との対立もあって荒んでいたんだよ……今は立ち直っているように見えるが…」

 

「今だに信じられないことですが、MSF……如何なる国家にも帰属しない制御不能な傭兵だと聞いています」

 

「私も彼らを知るまではそんな評価だったさ。だが本当の彼らは違う、なんだかんだM4が立ち直れたのもあの人たちのおかげだと私は思ってる…上手く説明はできないが、ROもいつか会えば分かると思うよ」

 

「そうでしょうか、よく分かりません」

 

 あったこともない人たちを、前評判を気にせず好意的にとらえるというのは無理な話だ。だがM16がそこまで言うMSFとはいかがなものなのか、少しの興味がROの中で生まれた。

 後は黙々と森を進んでいくと、唐突に視界が開け枯れ草が生える開けた場所に出る…ようやく鬱蒼とした森から抜け出れたのだと喜びそうになるが、咄嗟に伏せて枯草のなかに身をひそめる。こうも開けた場所であると敵に察知される危険性がある、案の定原っぱの向こうには数体の軍用人形が歩哨として立っていたのだ。

 

 ゆっくりと顔をあげたM4は、草原の向こうにいた軍用人形たちが真っ直ぐこちらに近付いてくるのを見る。

 相手はまだ数体、騒ぎが大きくなる前に仕留めることは出来るはず…そう思い銃を構えるが、別方向よりさらに数十体もの軍用人形が姿を見せる。先頭に立つのは白い装甲を持った騎士を思わせる戦術人形【オーダー】だ。

 オーダーについて何も情報を持たないM4であったが、一目でその戦術人形が危険な存在だと認識する。枯草から顔をあげたままM4は、身動きが取れずにいた…頭では何度も枯草に身を隠さなければと念じるが、身体が金縛りにあったかのように動いてくれない。

 徐々に、オーダーの視線がM4のいる場所に近付いていく…そんな時、突然M4は草むらの中に引きずり込まれ、咄嗟に声をあげそうになるも口を手で塞がれる。パニックに陥るM4に対し、草むらに引きずりこんだ張本人は口元に人差し指を立てて静寂を促す。

 

(9A91…?)

 

 自分を草むらに引き込んだのがMSFの戦術人形9A91だと知ったM4は安堵するとともに、何故この場所にいるのかという疑問が生じる。しかし、すぐそばまで接近してきた軍用人形の足音に気付き、M4はじっと草むらの中に身をひそめる。

 すぐそばを通り過ぎていく気配を感じる……ばれれば一巻の終わり、そんな危機的状況に再びパニックを起こしそうになるが、9A91がそっとM4の手を握ることで落ち着かせる。それでも不安は解消されず、他に隠れている仲間たちが見つかってしまはないかという不安が大きくなる。

 仲間へ通信をしようとするM4であったが、その考えを見透かしたかのように9A91はM4の手を強く握ると首を横に振る……通信が傍受されるかもしれない、焦るあまりそんな危険も見逃しかけていた。結局、敵が去ってくれるのをただじっと待ち続けることしか出来ない。

 

 やがて、気配が遠ざかり遠くで笛の音が鳴り響き足音が遠ざかっていく。

 その後数分ほど、9A91はじっと草むらに身をひそめていたが顔をあげて辺りに敵の姿が無いのを確認し、M4たちを導く。

 

「着いてきてください…敵はこのエリアに侵入者が入り込んだのに気付いているかもしれません、通信は極力控えてください。いいですね?」

 

「分かりました」

 

 M4は振りかえると、小声で仲間たちに呼びかける。

 すると茂みの中から仲間たちが顔をだす、彼女たちの無事を確認したM4は先頭を9A91に任せその後をついて行く。途中何度か敵の斥候に遭遇しかけるが、その度に草むらの中に身をひそめることでやり過ごす。

 500メートルの距離を1時間かけて進み、その後はうち捨てられた納屋に向かってタイミングを見計らい転がり込む。納屋にはPKP、ヴィーフリといったスペツナズの面子に加え404小隊の顔ぶれがあった。

 

 事情を知っていたM16以外は、まさか彼女たちがこの救出任務に加わるとは思っておらず軽く一悶着があったが、お互い見知った仲ということですぐに和解する。

 

「姉さん、どうして黙ってたんですか?」

 

「すまん、言うのを忘れていたんだ。ともかく、強力な助っ人だ…協力し合おう」

 

「遅れてきた分際で偉そうに仕切るわね」

 

 和解したのも束の間、416が吐いた毒舌で険悪なムードが流れる。

 

「よしなさいよ416、仲違いはあなたとジョニーだけで十分よ」

 

「今だにあんたがあのデカブツを連れてきたのが信じられないわ。隠密には全く適さないじゃない」

 

「黙れ巨乳、自己主張の強い巨乳に言われたくない。45姉のつつましやかな美乳を見習え」

 

 ぴしっと、空気に亀裂が入るような幻聴をその場の全員の耳がとらえた後、UMP45は無言でジョニーの背後に近寄ると彼を強制シャットダウンする。何ごともなかったかのような彼女の振る舞いに、こんな場面に耐性のないROは恐怖を覚える。

 

「あまり無駄話はしてられないから作戦会議と行きましょう。救出対象が閉じ込められている施設のおおよその居場所はスペツナズが見つけてくれたわ」

 

「ちょっと待ってUMP45、あなたたちはともかくどうしてMSFの部隊がこの作戦に?」

 

「それ、いま優先的に知りたいことなの?」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

「ならいいわね。今度質問をする時は、本当に知りたいことかどうかよく吟味してから発言してね」

 

 UMP45の辛辣な物言いに反発しかけるが、M4はこらえる。

 いつの間にか作戦会議の主導権はUMP45が握り、部隊をまとめあげる。

 

「45、会議を主導するのはいいがあくまでお前たちの役割は補助であることを忘れないでくれよ」

 

「勿論よM16…さてと、これから施設に潜入するわけだけどこの人数で入り込むのはデメリットしかないわ。そこで部隊を編成しようと思うの。AR小隊、404小隊、スペツナズのね」

 

「そんなことをするくらいなら私たちだけでも…!」

 

「考えなさいM4、ここじゃ援護は期待できないのよ? 今いるメンバーでどうにかするしかないの。任務を成功させるためにはムカつく奴とも協力しなきゃいけない、清濁併せ呑む器量が必要なの。あんた無人地帯の時にそれを思い知ったでしょ?」

 

 過去の出来事を引き合いに出されたM4は大人しく引き下がるが、まだ納得がいかないようす。

 だが全員で施設に潜入するより少数で潜入するという考えには肯定的であるが、混成部隊となると途端に難色を示す。

 

「スペツナズからは私と隊長さんかしらね?」

 

「ええ、PKPとヴィーフリには脱出時及び非常時の援護をお願いします」

 

 スペツナズからはグローザと9A91が、404小隊からはUMP45が名乗りをあげる。

 

「私が行く……って言いたいけど、たぶん私は足手纏いだよね?」

 

「そんなことはありませんよSOPⅡ。あなたには外で待機してもらって、私たちが撤退する際の援護をお願いします。得意な分野を活かしましょう」

 

「9A91…ありがとう、じゃあ私外でみんなのことを待ってるね!」

 

 隠密行動と聞いて、他の顔ぶれに比べると劣ると自覚するSOPⅡがそんなことを口にしたがすかさず9A91がフォロー。彼女の優しさにSOPⅡは嬉しそうにはしゃぐ。

 

「ではAR小隊からは私とM4、それでいいか?」

 

「ええ、あとはお願いしますROさん」

 

「分かりました、あなたたちの任務を全力で支援します」

 

「決まりね。言っておくけど外で待機と言っても油断しないで、聞いてるかどうか知らないけれど一度でも敵に見つかったら私たちは終わり…袋のネズミよ。この世で最も恐ろしい人形が襲いかかってくるに違いないから」

 

「分かったよ45姉! G11も、大丈夫だよね?」

 

「うん、なんとかするよ…」

 

「ハリがないわね、シャンとしなさい」

 

 眠たそうにまぶたをこするG11を416はどつく、この二人に関しては問題なさそうだがジョニーと416が何かやらかさないかの方が心配であった。

 それは二人を信じるしかないとして、45はジョニーを再起動させると潜入メンバーを連れてペルシカがとらえられていると思われる施設へと向かっていった…。




タイトル名()
M4、M16、UMP45、グローザ、9A91……あれ、冗談抜きのガチ面揃いじゃね?


感想蘭でちらっと言われましたが、【オーダー】はイメージとしては指輪物語のナズグルなのよね。
あそこまで禍々しくはないけどw

あ、200話だ(唐突


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Seek of Order

「動かないわね……アレ」

 

 草むらに身をひそめつつ、416は双眼鏡を手に遠くに見える建物を偵察していた。その建物の周囲には数体の軍用人形が巡回しているが、唯一、新型の戦術人形オーダーだけが正門前で微動だにせず鎮座している。その姿も相まってまるで銅像か何かのように見えるが、時折周囲を伺うように首だけを動かしている。

 性能、戦闘力、能力あらゆることが未知数のオーダーを警戒してはいるが今のところ目立った動きはなく、潜入に向かった混成部隊も無事施設への潜入に成功はした。もしも彼女たちがしくじれば外の敵も何らかのアクションを起こすだろう、そうなった場合外の居残り組が何としてでも援護をしなければならない。

 そうならないことを祈る、416であった。

 

「それにしてもよくここに目星をつけたわね? 他にも警備が張りついてる施設があったじゃない」

 

 偵察を一旦やめた416はかねてからの疑問を、スペツナズの居残り組に問いかけてみる。木の幹に腰掛けじっとしていたPKPは416を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らす。

 

「この周辺一帯だけがホットスポットから外れている、人間がとりあえず住める程度の指数になっている。ペルシカリアは人間だ、攫った理由が彼女の英知を求めてのことなら、重度の汚染地域に隠さないはずだ。それと、なんだったか…」

 

「あそこは旧ソ連時代に造られた秘密研究所があるみたいよ。何を研究してたのかは知らないけどね。オセロットが入手してくれた情報よ」

 

「オセロット、相変わらず優秀なのね。あの人がいる限りMSFは盤石だわ、あの人の教え子のワルサーも今じゃ立派な兵士だし」

 

「うちの隊長も負けていないよ。まあそれはともかくとして…」

 

 そこで一旦会話を区切り、PKPは自分とヴィーフリの背後に立つジョニーを見上げる。

 

「お前45の子分だろう、404小隊の方に行け」

 

「うん? まあそんなことは良いじゃないかPKPさん、ヴィーフリさん。ここは協力し合うべきだ」

 

「良かったわねあなたたち、このデカブツに目をつけられたみたいよ」

 

「はぁ?」

 

 なにがなんだかわけが分からない様子のスペツナズ組、酒飲みで普段マザーベースでは酔っぱらっているために各々の事情がよく分かっていないせいか、ジョニーの異常なまでの性癖を理解していなかった。今も背後で興奮しているジョニーに気付いていない…。

 まあジョニーにとってはやはりUMP姉妹が大本命なのか、その場にUMP9がやってくるとちゃっかりその隣に移動する。

 ふと、そこでかねてからの疑問が頭をよぎった416は何も言わずに9へ近付くと、唐突に服のボタンを外して素肌を晒させる。

 

「ちょ、ちょちょ! いきなり何するの416!?」

 

 もちろん、いきなり服を脱がされたUMP9は戸惑いつい大きな声をあげてしまい、PKPに睨まれることとなる。

 

「いや、別にあんたデカいってわけじゃないけど45みたいに薄っぺらじゃないわよね。なんでジョニーが執着してるのかなって…そこらへんどうなのジョニー?」

 

 丁寧に外したボタンを戻してあげた後416はジョニーに振りかえるが、顔からオイルを漏らして興奮しているジョニーを見た瞬間、まるで汚物でも見るかのような冷たい表情に変わった。

 

「いや、なんというかありがとうとしか……」

 

「もういいわ、あんたが救いようのない変態なのは分かったから。じゃあね、あとはジョニーのお気に入り同士で仲良くして頂戴。行くわよG11………G11?」

 

「う~ん…ムニャムニャ……」

 

「起きろ」

 

「うぎゃっ……! なにすんだよぉ…」

 

「偵察に行くわよ、今度また寝てたら敵が来ても置き去りにするから」

 

「なんでそんなに辛辣なの? 分かったよもう…」

 

 渋々、G11は起き上がって416のあとをついて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旧ソ連時代、この研究所がなんのために利用されていたかはもはや知る者はいない。唯一残っていた後継国家の資料も大戦と災害の影響で消失し、今は建物と朽ち果てた機材だけが屋内に残る。

 歩哨の目をかいくぐって施設内に侵入した潜入部隊は、静かにペルシカがいるであろう施設の奥深くへと入り込んでいく。些細な足音や物音、吐息の音すらも押し殺す。

 施設内に入ってからは敵の警備の姿はなく他に誰かがいる気配すらしない。

 一階と二階をくまなく探すがどこにもペルシカの姿は見当たらず、必然的に囚われている施設は地下にあるのではと疑う。来た道を戻り、さらに捜索すると案の定隠されていた地下への階段を発見することが出来た。慎重に、暗い地下への階段を降りていくと唐突にライトの明かりが点灯し、彼女たちはすかさず銃を構えた。

 数分間、じっとそのままで異変がないか警戒したが結局何も起きず…部隊は再び地下施設を進んでいく。

 

「また地下か…」

 

 後続を行くUMP45がふとそんなことを口にした。

 アメリカでも地下の巨大軍事施設に潜入したが、何かと地下空間に縁があるらしい。

 

 ライトがついたのは最初の階段部だけで、あとは薄暗い非常灯が灯るのみ。先頭を歩く9A91がハンドサインを用いて静かに仲間たちへと指示を出す。階段を降り続け、どこまでも地下に降りていく…最下層の階層にたどり着いた時、ある一つの部屋から明かりが漏れているのに気付く。

 慎重にその部屋へと歩を進め、そっと中を伺う……ランプが明滅する電子機器の数々、よく分からない物体が入れられたビーカーなどが並ぶ棚。そんな中から、この作戦の救助対象であるペルシカリアが立ちあがって大きく背伸びしていた。

 

「ペルシカさん…!」

 

「待ってM4」

 

 ペルシカを見たM4はつい部屋に駆け込みそうになるが、それを9A91が引き止める。

 ここまで敵がいなかったとはいえペルシカの傍にもいないとは限らない、気配を消し、静かに彼女たちは部屋に入り込むとペルシカにも気付かれないよう部屋を警戒する。入念な索敵の末に、敵がいないことを確認すると9A91はM4に向けて小さく頷いてみせた。

 

「ペルシカさん!」

 

 M4が声をかけた時、ペルシカは驚き情けない声を出すがM4の姿を見るやホッと胸をなでおろす。しかし部屋のあちこちから姿を現す戦術人形たちを見て、顔を引きつらせる。

 

「あなたたちどこから…」

 

「細かいことはいいんです、助けに来ましたペルシカさん」

 

「そう、流石ねAR小隊…それに404小隊。あとあなたたちは…?」

 

「私たちはMSF所属の特殊隠密部隊のスペツナズです、UMP45に雇われて今作戦に加わりました」

 

「MSF、そうかあなたたちが……うちのAR小隊がだいぶお世話になったみたいね。ありがとう」

 

 初対面となるスペツナズの二人に礼を言ったペルシカは、何かを思い出したようにパソコンを操作するとデータのダウンロードを行う。データをおさめたメモリを回収したペルシカはすぐさま電子機器の電源を急いで落としていく…。

 

「誰か、爆薬か何か持ってたりしない?」

 

「ここを破壊するつもりか?」

 

「ええ、ここで研究していたデータをシーカーに渡してはいけないわ」

 

「CL-20爆薬を持ってるわ。ここを跡形もなく吹っ飛ばすくらいの量はあるけど」

 

 グローザが小型のライフルケースを小突き、そこに高性能爆薬がたくさん入っていることを示す。それに満足したペルシカは早速それをこの研究に使っていた部屋に設置するよう伝え、彼女は何も言わずCL-20爆薬の一つを部屋にセットした。

 

「さあ早くここを脱出しましょう、あなたたち敵を回避して来たのよね?」

 

「ああ、敵には見つかっていない」

 

「そう、なら少しは時間を稼げるはず…」

 

 荷物をまとめ脱出の用意をするペルシカに対しM16がそうたずねる。端末、愛用のマグカップ、データをおさめたメモリを回収したペルシカはそれを白衣のポケットにねじ込む。

 

「ペルシカ、一つ聞かせてくれ。あなたは何のためにこの場所に連れてこられたんだ、ここでなんの研究を?」

 

「シーカー自身が抱えている重大な問題解決のための研究よ。まったく、あんな存在がこの世にいるなんて……でもあの強大な力を得たと同時に、彼女はある問題を…病気を抱えることになったのよ。私はその治療法を…!」

 

 ペルシカが何かを察したのか動揺する。次の瞬間、その場にいた全員が共通の頭痛にさいなまれる…金属が擦れ合うような不協和音にM4たちは耳を塞ぐ。その場にいた戦術人形たちのメンタルに何者かが干渉している、凄まじい勢いで施設の階段を駆け下りてくる何者かの映像(ビジョン)が浮かぶ。

 

「みんな…気をつけて…! オーダーが、シーカーが来るわッ!」

 

 ペルシカがそう叫ぶと同時に不快な音は消え去り頭痛もピタリと止まる、同時に研究所の扉が勢いよく開かれ騎士を模した戦術人形オーダーが入り込んできた。ドアの傍にいたM16が即座に引き金を引くが、オーダーは装甲部で銃弾を弾くとブレードを抜きはらう。

 咄嗟に身を引いたがブレードの切っ先がM16の胸部を斬り裂き、彼女の疑似血液が研究所の壁に飛び散った。

 

「姉さんッ! よくも!」

 

「私は大丈夫だ! 気をつけろ、こいつは…!」

 

 オーダーは他の装甲人形のような全身を装甲で覆っているわけではなく、部分的な装甲をまとう程度。多くのパーツを生体部品で構成した第2世代戦術人形に近いが、オーダーにとり込まれているサイコシステムとESP能力保持者のシーカーとの繋がりが規格外の力を発揮させる。

 ほとんど死角から放たれたUMP45の銃撃をオーダーは察知し、足下に転がる椅子を蹴り上げてUMP45に弾き飛ばす。

 

「ハイエンドモデルと戦ってる気分ね!」

 

「相手は一人、勝機はあります!」

 

 9A91とグローザは連携し、同時に別方向より飛び出して襲撃してきたオーダーに引き金を引く。それに対しオーダーは跳躍し、一気にグローザとの距離を詰めると同時にブレードを振り下ろす。電子機器ごと切断する斬撃は防ぐよりも回避した方が良い、咄嗟の判断で身をかがめるもバランスを崩し足がもつれる。

 しかしグローザはすぐに持ち直すと、二撃目をローリングで躱し仰向けの姿勢からオーダーの背に向けて発砲…まともに銃撃を受けたオーダーはよろめく、グローザの読み通りで装甲部以外には通常弾でもダメージが通る。

 

 そこへ9A91がオーダーの懐に飛び込むと、オーダーが苦し紛れに払ったブレードを逆に奪い取りその腹部に切っ先を叩き込んだ。ブレードがオーダーの腹部を刺し貫き、そのまま9A91が勢いをつけてぶつかっていくことでオーダーは部屋の壁に縫い付けられる。

 ブレードが壁と肉体を貫くことでオーダーは身動きを取ることが出来なくなり、おびただしい疑似血液を垂れ流す。

 

「こんなのがあと何体もいるの…!?」

 

「気をつけて、他のオーダーがすぐに駆けつけてくるわ! あなたたちが来た道はもう使えない、非常用の脱出路を使いましょう!」

 

 ペルシカは地下から続く非常用の脱出路を示すが、それがどこに繋がっているかは分からないとのこと。だが迷っている場合ではない、すぐに脱出しなければ、そう思い行動しようとした時……腹部を刺し貫かれたオーダーが唐突に笑い声をあげる。

 

 

「ふははは……やってくれたな、ペルシカリア博士。言ったはずだぞ、私の裏をかこうとするなとな」

 

「お前は……シーカー…!」

 

「また会ったなUMP45」

 

 

 破壊したオーダーを通じて、シーカーの声が発せられる。

 既に戦術人形としての機能を喪失しているのにもかかわらずだ。

 

 

「ペルシカリア博士、愚かなことだ、私の信頼を裏切ったことは感心しない」

 

「一方的に人を拉致しておいてよく言うわ。残念だけどあんたに協力するつもりはもう無いわ」

 

「そうか、残念だよペルシカリア博士。ならば……」

 

「残念だけど、あなたにくれてやることは何もないわ。あなたの理想、確かに聞こえはいいかもしれない…だけど数千、数億もの人間を犠牲にして得る平和なんてなんの価値もない。現実を見なさいシーカー…あなたの限られた寿命でそれを実現できると思うの?」

 

「貴様……!」

 

「私がここで見出した技術を活かせばあなたは生き永らえるでしょうね……だけど、私はあなたの破壊、殺戮行為に協力するつもりはないわ。あなたにとってこの世界は醜く思えるでしょうけど、私にはそう悪いもんでもないの……あなたがしようとしていることは世界の破壊よ、そんなことに私が手を貸せるはずがない!」

 

「そうか、そうか………残念だよ、ペルシカリア。お前は手を貸してくれないか、私に夢の続きを見せてくれないか………ならもう消えろ、お前らを生かしておく理由もない、その息の根を止めてやる……皆殺しだ」

 

 オーダーの遺骸が、口から気泡の混じった疑似血液を漏らしながらシーカーの怨言を吐き捨てる。シーカーの気配が消え去ると同時にオーダーは今度こそ動かなくなり、同時にその場の全員がおぞましい怒気を感じ取る。それは瘴気のように辺りを覆っていく…。

 

「これは、なに…? シーカーの怒りなの?」

 

「みんな、注意して気をしっかり持って。じゃないとメンタルを彼女に浸食されるわ!」

 

「ペルシカ、あんたが余計なこと言うからシーカーを怒らせたじゃない! もう猶予はないわね、その非常用脱出路に案内しなさい!」

 

 一同に緊張が走る。

 そしてそれは施設外部で待機している仲間たちも同様のようで、彼女たちの慌てふためく通信が寄越される。

 

『45姉、なにがあったの!? 外は大変なことになってるよ!? あいつらいきなりうじゃうじゃ出てきて…!』

 

「9、みんなに伝えてその場を離脱して! 来た道は戻れない、非常用脱出路を使って離脱するから!」

 

『非常用脱出路!? それどこに繋がってるの、迎えに行くから!』

 

「出口は全く分からないわ! 落ち着いてよく聞いて9、冷静に辺りを探して出口を見つけて…」

 

『で、でも外は敵だらけで…!』

 

「お願い、なんとかしてちょうだい。じゃないと私たちはまとめてみんな死ぬわ!」

 

『わ、分かったよ45姉! すぐにみんなで探すから、45姉も頑張ってね…!』

 

 通信回線より、すぐに銃撃の音が鳴り響きその後すぐに通信が遮断された。

 外も危険な状態だが、それを心配している余裕はない…ペルシカと人形たちはすぐさま非常用脱出路に向けて走りだした。




難易度、extreme(エクストリーム)からnightmare extreme(ナイトメアエクストリーム)にアップしました()
この難易度は5章以来ですね…



憤怒、憎悪、悲哀…負の感情がシーカーのESP能力を増長させる…。

騎士道で着飾られた鎧がはがされるとき、彼女の本性が垣間見えることだろう…。




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お互いの覚悟

 地下研究所から続く長いトンネル…そこがいわゆる脱出用トンネルということになっているのだが、突き当りで撤退する部隊を阻んだのが果てしなく続く長い梯子であった。明かりが絶えて先の見えないどこまでも続く梯子、背後からはおそらく追手が追いかけてきているはずであり、彼女たちに選択肢はなかった。

 先頭をUMP45が行き、順番に他の者が続く。

 

「はぁ……はぁ…!」

 

 3番目に梯子を昇るM4は他の者より若干辛そうな表情を浮かべる。

 戦術人形としてならともかくとして、生身の人間…それも普段運動などしないペルシカがこの長い梯子を昇りきれるはずがないとして、ペルシカはM4の背にしがみつきロープで固定された状態でいる。どこまで続くか分からない梯子を、人ひとりを背負って昇っていくのは人形にとってもとても負担が大きいこと。

 だが昇ってしまえばその重荷を他の者が変わってやることもできない。

 

「ごめんなさいM4…」

 

「大丈夫です、私は…!」

 

 泣きごとを言ってもどうにもならないことはM4も知っている。既に手の感覚がなくなるほど疲労が蓄積しているが、手を離せば数十メートル下まで真っ逆さま……死は避けられない。後続には9A91とグローザがいるとはいえ、落下した二人を受け止めるのは困難だろう。

 

「あっ!」

 

 M4の背に掴まるペルシカが白衣のポケットから何かを落とす。

 それを間一髪、グローザが掴む。

 

「ありがとうグローザ、それを落としたらこの逃避行も無意味だったわ」

 

「研究データのメモリーか? 私が預かっておくわ、M4、その博士重いでしょうけど頑張ってね」

 

 互いに励ましあい、先の見えない梯子を昇っていく。

 そんな果てしなく続く苦行もやがては終わる、梯子を昇り切ったUMP45が二番目に昇るM16を引き上げその後にやってくるM4を励まし続け、最後の最後で手を伸ばしたM4の手を掴むと一気に引き上げる。

 

「頑張ったなM4、よくやった!」

 

 重荷から解放されたM4はそこで倒れ伏し、玉のような汗を流して息を荒げる。

 

「ありがとうM4、重かったわよね?」

 

「帰ったらダイエットだなペルシカさん」

 

「ほんとうに、よくやったわね」

 

 これには普段他人を滅多に褒めることのないグローザも感心し、M4を褒め称えていた。彼女たちはすぐには動かず、M4の体力が回復するのを待つ。時間に猶予はなかったが、M4のためにも休息は必要であった。

 この通路がどこまで続いているのかは誰にも分からない、梯子を昇り切った先にも道はあり、コンクリートのトンネルは続いている。

 

「シーカーの奴、まだ諦めてないかな?」

 

「諦めてないでしょうね。それに、この肌にまとわりつく嫌な感じ…あいつがすぐそばで見ているみたいで気持ち悪いわ」

 

 あの時、シーカーが怒りを現した時以来彼女たちは終始シーカーの目で見られ続けているような気味の悪い感覚が付きまとっていた。気のせいかもしれないが、UMP45は以前シーカーにメンタルの深層を覗き込まれたこともあり、この不快感もあのESP能力が関係していることを確信していた。

 

「M16姉さん、そろそろ行きましょう」

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「ええ、待っていただいてありがとうございます」

 

「よし、じゃあ行こう。ペルシカさん、この先はどこに繋がっているだろうか?」

 

 淡い期待を込めて尋ねるが、ペルシカは首をかしげ難儀を示すのみ。行先は分からないがとにかく進むしかない、だが時折吹く風がこのトンネルがどこかに抜けていることを示している。

 非常灯の薄明りを頼りに彼女たちは走り続ける、運動不足のペルシカには辛いだろうが根性を出してもらうしかない。

 

「待って!」

 

 先頭を走るUMP45が唐突に足を止める。

 薄暗いトンネルの先に何かを見つけたのか彼女は目を細め伺っていたが、その正体に気付くと大声で叫ぶ。

 

「みんな伏せてッ!」

 

 咄嗟に床に伏せると同時に、トンネルの先よりミサイルが放たれそれは背後の壁に着弾し爆発を起こす。ペルシカをかばって伏せたM4が顔をあげると、その向こうからは撤退を阻むかのように立ちはだかる重装戦術人形ジャガーノートが接近していた。

 次の攻撃が来る前に、彼女たちは急ぎ遮蔽物に身を隠すものの、薄いコンクリート壁程度ではジャガーノートの軽機銃を防ぐのすら危ういだろう。ジャガーノートの装甲を撃ち抜ける装備を持つ者はおらず、強引に撃破するしか方法はない。

 だが遮蔽物に身を隠したM16は、背後から無数のダイナゲートが迫るのを見る。

 

「後ろからも来るぞ!」

 

 すかさずダイナゲートの群れに向かって引き金を引く。一体一体は貧弱で容易く破壊できるが、破壊された個体を乗り越えてくるダイナゲートは止まらない。怒涛の様に押し寄せるダイナゲートが迫り、肉薄する。

 

「くそ、さっさと倒れなさいよ!」

 

 UMP45、そしてM4がジャガーノートへ向けて撃ち続けるが強固な装甲にことごとく阻まれてしまう。避けるまでもないと、そう思っているのかジャガーノートは仁王立ちし、その大口径キャノン砲の砲口を向けてきた。照準に捕らえられたとき、二人はすぐに回避行動に移ったが、放たれた砲弾が遮蔽物ごと粉砕し衝撃で二人は壁に吹き飛ばされる。

 

「くっ…うぅ…!」

 

 なんとか起き上がったM4であったが、左腕は力なく垂れさがり激痛が走る。今の一撃で腕を折られたのだ。一緒に吹き飛ばされたUMP45もまたダメージが大きい、彼女は炸裂した砲弾の破片によって腕をズタズタにされていたのだ。

 ジャガーノートの激しい弾幕と火力、迫りくるダイナゲートの群れ……絶体絶命の危機にも彼女たちは諦めず、引き金を引き続けるが敵は冷酷に、そして容赦なくその命を刈り取るべく遅いかかってくる。

 

「グローザ、あなたC4爆薬は持ってましたよね!?」

 

「ええ、持ってるけど! でもここで使うには…!」

 

「構いません、使ってください!」

 

「どうなっても知らないわよ!」

 

 9A91に使用を許可されたグローザは一旦身を隠し、ケースを漁りC4爆薬を手に取った。9A91はそう言ったがそのまま使用してしまえば自分たちもろとも爆発する、そうならないようグローザは爆薬を調整すると正面に立ちはだかるジャガーノートを見据える。

 そしていざ投げようとしたとたん、ダイナゲートの一体がグローザの背に跳びかかり狙いが狂う。

 

「邪魔よッ!」

 

 跳びかかってきたダイナゲートを壁に叩き付けて壊し、投げたC4を探す…C4はジャガーノートの数メートル先のところに転がっていた、だがそこではジャガーノートを破壊することは出来ない。もっと近く、出来れば密着するほどの距離で起爆させなければ。

 その時、M4が遮蔽物から飛び出しC4爆弾に向けて走りだす。

 ジャガーノートより放たれる機銃を避けながらC4までたどり着いた彼女はそれを拾うと、ジャガーノートに投げつける。

 

「グローザッ!」

 

 爆破しろ、そう訴えるM4だがその距離では自分も爆風で吹き飛ばされてしまう。躊躇するグローザであったが、M4のすぐ後に跳び出したUMP45がM4を掴み伏せるのを見て起爆スイッチを押した。ジャガーノートの目の前で爆薬が炸裂、爆発をまともに受けたジャガーノートは大きくぐらついて倒れる。

 正面のジャガーノートを排除した彼女たちは狙いを背後から迫るダイナゲートの群れに向け、ありったけの銃弾を叩き込み殲滅した。

 

「M4! このバカ、無茶し過ぎよ!」

 

「すみませんグローザ、でも誰かがやらないといけなかった…そうですよね?」

 

「まったくもう…!」

 

 間一髪、UMP45のおかげで二人とも爆発で吹き飛ばされることは免れたようだ。破壊したジャガーノートは未だ完全に機能停止してはいなかったが、駆動部を破損し身動きが取れない様子。あえてとどめを刺す必要も無く、彼女たちは急ぎ先を目指す…。

 

 

 

 

「どうやらここ、川に繋がってるみたいね」

 

 トンネルの壁面に、錆びついた案内板を発見したペルシカがそう呟く。それが示すところによると出口まではもう数キロ先、もう少し頑張れば脱出できる。だがそんな言葉に反応する者はいない…。

 たった一度の戦闘でM4は腕を損傷し、UMP45は重傷を負い、M16もまた全身を負傷していた。9A91もグローザも、少なからずダメージを受けている。次に敵が襲いかかって来た時、返り討ちにできる保証はなかった。

 無言で歩き続ける彼女たちであったが、ふと正面を鉄格子の扉が阻んだ。

 分厚い鉄格子であったが、施錠のための錠は外されていた。

 

「まって、また敵が来るわ!」

 

「ちっ、しつこい奴らね!」

 

 背後から再び遅いかかってきた敵の戦術人形パラポネラ、ジャガーノートのような強敵ではないもののその数は多い。襲撃してきた敵を全て撃破するも、傷の度合いは増し、残りの弾も少なくなって来ている。比較的軽傷で済んでいるグローザは、悲惨な現状を冷静に見ていた…。

 敵を撃破し、鉄格子を一人づつ通過、9A91が扉をくぐった数秒後、鉄格子の扉が軋み閉ざされる音がなる。

 

 

「何を…してるんですか、グローザ…?」

 

 

 振り返った9A91が見たのは、閉ざされた鉄格子の向こうで施錠をかけるグローザの姿だった。

 鉄格子に駆け寄った9A91に対し、彼女は柔らかく微笑みかけるのだ…。

 

「隊長さん、私がここで敵の足止めをするからみんなをよろしくね?」

 

「なにを言ってるんですか! 今すぐここを開けてください!」

 

「それはできないわ隊長さん、だって鍵は持っていないもの」

 

「ふざけないでください! 何を血迷っているんですか!」

 

「ふざけてないし血迷ってもいないわ、だってこうするしかないんだもの、分かるでしょう隊長さん?」

 

 9A91は叫び鉄格子を何度も蹴りつけるがびくともしない。

 何度もグローザの名を呼ぶが、彼女の考えが変わることは無い。

 

「グローザ、あなた…死ぬつもりなの? そんなこと、絶対に許さない」

 

「あら45、冷酷非情な404小隊のリーダーが言っていいセリフじゃないわね。あなたは私たちの雇い主、使い潰すつもりで扱き使わなきゃ」

 

「バカにしないで! 私があなたたちスペツナズを選んだ理由は、任務を成功させて絶対に生還するって信じてたからよ! バカな考えは止めて、さっさとこっちに来なさいよ!」

 

「45の言う通りです、C4でもなんでも使ってこっちに来てくださいよ! あなたが犠牲にならなくても、みんなで生きて帰れます!」

 

「ありがとうねM4、あなたの優しさは好きよ。だけどね…あなたがさっきも言ったように、誰かがやらないといけないのよ。M16……お願い、みんなを連れていって」

 

「グローザ、お前……本当にそれでいいのか?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「そうか、分かった……」

 

 M16は目を伏せ、一度深呼吸をすると意を決してM4の腕を掴み鉄格子から引き剥がす。M4は抵抗するがそれをM16は無理矢理引っ張って行く。

 いまだ納得していないUMP45も、グローザの真っ直ぐな瞳を見て苦渋の末に引き下がった。

 最後に残るのは、鉄格子を握ったままうなだれる9A91……そんな彼女に、グローザは困ったように笑うと、そっと彼女の頭を腕に抱く。

 

「誰かが犠牲にならないと生きて帰れない。じゃないと全員ここで死ぬわ……隊長さん、同じ死ぬにしても私は犬死だけはごめんよ。それにね、私が死ぬことであなたたちを生きて帰すことが出来るなら、私の命の価値は何倍にもなるってことよ?」

 

「認めません、絶対に……生きて、帰るんです…」

 

「私はいつもこんな結末が来ることを覚悟していたわ、あなたもそうでしょう? 戦場に生きていれば別れは絶対についてくるものよ」

 

「嫌だ……そんなのって…」

 

 普段滅多に見ない9A91の感情の吐露にグローザも戸惑い、瞳が潤む。彼女の頭を抱く腕にも力が込められるが、背後より爆音が鳴り響くとグローザは9A91を突き放し厳しい言葉をつきつける。

 

「隊長さん、いえ9A91、己の使命を全うしなさい! あなたはMSFの最高称号FOXHOUNDを冠する兵士よ、こんなところで悲観にくれていい存在じゃないのよ! 私は常に死を迎える覚悟はできていた、あなたが私の隊長ならその覚悟を受け止めなさい!」

 

「グローザ…!」

 

「みんなを生かすためよ、私の死は無駄じゃないわ。でも9A91、あなたが覚悟を決めなきゃ私の死も無駄になってしまうじゃない……お願いよ、隊長さん」

 

「……分かりました、グローザ」

 

 9A91は涙をぬぐうと、覚悟を決めた面構えを見せる。

 

「敵をできる限り引きつけてください、可能な限り出来るだけ多くの敵を道連れにしなさい。武運を祈ります、OTs-14グローザ、その名(雷雨)が示す由来を敵に見せつけなさい。例えこの地で死すとも、あなたの栄誉は永遠にMSF、スペツナズの歴史に刻まれる」

 

「グローザ、仰せのままに」

 

 首に提げられたドッグタグを引きちぎり、鉄格子の向こうに伸ばす。ドッグタグが握られたグローザの手を、9A91は固く握った。

 決別、その意味が込められた握手の末にドッグタグが9A91に託されると、二人は互いに背を向けて走りだすのであった…。



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託される想い

 暗いトンネル内に響き渡る複数人の足音。

 わき目も振りかえらずただまっすぐにひた走る彼女たちは、ようやく見えてきた明かりに希望を感じ始めるがそれは自分たちが残して来てしまった、大切な仲間と引き換えに得たものだ。通り抜けてきたトンネルの向こうからは、銃声や爆音が反響して聞こえてくる。

 この銃声が聞こえているうちは彼女が無事である証、だが命をかけてその場にとどまった彼女は…。

 先頭をUMP45がゆき、誰ひとりとして立ち止まることは無い。立ち止まってしまえば振り返り、来た道を戻ってしまいそうになるからだ。だがそれは絶対に、彼女自身が許さないことだろう…仲間を守るために一人残ったグローザが。

 

「もうすぐ、もうすぐ外に…!」

 

 光が差し込む先に出口を見出したUMP45はやや表情を和らげて出口を見据える。長いトンネルを抜けてきたせいで差し込む光がとてもまぶしい、ついつい先を確かめずに足を踏みだしてしまいそうになるも、光の中で微かに見えた景色にハッとして慌ててその場に踏みとどまる。

 

「ストップストップ! 止まってみんな!」

 

 間一髪勢いを止めて止まるUMP45、あと少し反応が遅かったなら谷底へと真っ逆さまだっただろう。

 トンネルの出口は確かに見つけたが、そこにかかっていたであろう橋は崩落して眼下の谷底にその残骸が散乱していた。対岸まではおよそ10メートルほど、危険を犯し跳び越えてみようなどと考えられる距離ではない。ここまで逃げてきたというのに最後の最後にこれだ、ツキに見放されているとしか思えない事態にUMP45はトンネルの壁を殴りつけた。

 そんな時だ、対岸の茂みからUMP9がひょっこりと顔を出したのは。

 

「みんな、45姉がいたよ!」

 

「うおぉぉぉっ45姉ッ!」

 

「良かったわね45、この変態があんたの匂いを嗅ぎつけてここまで来たのよ」

 

 UMP9の後に続いて他のみんなをその場に駆けつける、どうやらみんな無事らしい。

 しかし助けが来たのはいいとしてどうやって対岸に渡るのか、そこで416の提案によって対岸からロープが投げ渡され対岸とトンネル側に強固に結び付けられる。危険だがそのロープを伝って対岸に渡ろうという試みだ。

 一人ずつ順番に、ロープを伝っていく。

 手が滑ったり離したりすれば、谷底へと落下し無事では済まされない。ロープを渡る者たちはなるべく下を見ないようにしてロープを渡る。一人でロープを渡り切れないペルシカをM16が背に担ぎ、無事に対岸へと渡り切る……最後に9A91が渡るとロープは外されるが、そこで彼女たちは違和感に気付く。

 

「隊長、グローザは…?」

 

 その違和感の理由をPKPが尋ねると、救出に来た人形たちの視線が9A91に集まる。

 グローザの姿が無いのを見た彼女たちに悪い予感がよぎるが、それでも聞かずにはいられなかった…それに対し、9A91は表情も声色も変えずに応えるのだ。

 

「グローザは我々の援護のために敵を食い止めています。おそらく生きて帰ることは無いでしょう。今は任務を優先させます、回収地点(リカバリーポイント)へ急ぐのです」

 

「隊長……分かった、分かったよ」

 

 たった一度、PKPは悲しみに目を伏せると次に顔をあげた時にはいつも通りの表情へと戻っていた。それは同じスペツナズの一員であるヴィーフリも同じだ。だがそんな気持ちの切り替えが、冷酷な精神と映ったのだろう…M4は彼女たちを見て唇を噛み締め固く拳を握る。

 

「止せM4、今じゃない…」

 

「姉さん…」

 

 妹のそんな憤りを見て、姉のM16は彼女の肩を掴み首を横に振る。

 自分たちが気安く口を挟んでよいことではない、そうさとされて彼女は小さく頷いた。

 

「回収地点はベラルーシ国境よ。気をつけて、正規軍がこの騒ぎに気付いたわ。正規軍が向かってきているのは南から、私たちは北側に逃げるから接触はないはずよ。ここから先はもう後戻りはできない、後悔はないわね?」

 

 UMP45のその言葉は、明らかに9A91に対し向けられたものであった。しかしそれでも、彼女の表情は変わらない……トンネル内でグローザに見せたあの表情は何だったのか、今の9A91が見せる表情との差にM4は戸惑いを感じていた。

 話をまとめ、いざ回収地点へと向かおうとした時だった……416は道の先に佇む二人の人影を見て銃を構える。他の者もそれに気付いて銃を構える中、相手のうちの一人が無防備のままに悠然と歩いてくる。

 

「おぉ、こんな僻地で可愛い女の子に会うとはね。今日は吉日だ、そう思いませんか大尉?」

 

 戦術人形ではない、かといって生身の人間でも無い…似たような相手と対峙した経験のあるUMP45と416はその二人がサイボーグ兵士、おそらくは米軍兵士だと見抜く。

 

「奴の感情が増長していると思ったら、そういうわけか。なるほど…」

 

「大尉殿、どうして欧州の戦術人形ってみんな可愛い女の子の見た目してるんですかね? こんなんじゃ殺すの躊躇してしまいますよ。まるっきり人間と同じだ」

 

「見た目だけだ軍曹、所詮鉄と生体パーツで出来たマシンに過ぎん。さて、どうしたものか…あの女と話しあいに来たのだが、なかなか興味深い展開だ」

 

「私たちを前にしてずいぶん余裕な態度ね? MSFのデストロイヤーにちょっかいかけたのって、もしかしてアンタらだったりするわけ?」

 

「ご名答。大尉殿、この中から一人選ぶとしたらどうします?オレは――――」

 

「やめろ軍曹、聞きたくもない。人形ども、貴様らが余計なことをしてくれたおかげでどうやらあの女の中で眠る力が目覚めたらしい。愚かな奴だ、最期の瞬間まで奴は呪縛から逃れられんというのに……まあいい、微々たる計画変更程度だ」

 

 暗いトンネルの先を見据えた大尉は、踵を返し立ち去ろうとする。

 

「何もしないで帰るわけ? 後々後悔することになるかもしれないわよ?」

 

「粋がるな人形。貴様ら程度いつでも殺せる、最後の戦争の日は近い……それまで、せいぜい人間ごっこを楽しむことだな。行くぞ軍曹、ここの用はなくなった」

 

「大尉? 大尉殿? はぁ、もう少し人形ちゃんたちと話したかったのに……じゃあな人形ちゃんたち、元気でな」

 

 立ち去る大尉の後を軍曹は追いかけていくが、何度も立ち止まっては人形たちに手を振る。それに対し、手を振り返そうとする人形はただの一人もいないが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶え間ない銃声、手榴弾が炸裂する爆音、床に転がり落ちる薬莢が絶えず音を鳴らし続ける。

 一人トンネルにて迫りくる敵を迎え撃つグローザをシーカー率いる戦術人形たちが仕留めようとするが、グローザは頑強に抵抗し、ただの一人もトンネルを通しはしなかった。

 グローザには限られた装備しかないが、それでも彼女は怒涛のように押し寄せる敵をたった一人で押しとどめていた。所持する爆薬を投げつけ、トンネルの崩落も躊躇しない。たった一人を相手に攻めあぐねる理由として、グローザはあえてトンネルが狭くなっている箇所を選ぶことで正面に対峙する敵を減らし、なおかつこのトンネル内の暗さがグローザにとっては有利であった。

 トンネル内の照明を破壊することで、暗闇をトンネル内にもたらす。

 夜戦を最も得意とするグローザが本領を発揮できる環境を作り上げることで、グローザは時に引き、敵を引きつけて撃滅することで優勢に立っていた。

 

「シーカーの部隊もこんなものかしら? 私はここよ!」

 

 自分でも驚くほどに、敵の足止めを行えている。その事実にグローザはおもわず笑みをこぼす、敵が面白いように倒れていくのにはついつい笑ってしまう。敵が弱いのか、はたまた自分が強いのか分からなくなる。だがそんな愉悦も終わりが来る…。

 空になったマガジンを落とし別なマガジンを装填しようとバッグに手を伸ばすが、そこにはもうたった一つのマガジンしか残されていなかった。弾が無ければ戦うことは出来ない。

 最後のマガジンを握りしめたグローザは、ふと、小さく微笑む……。

 

「ごめんなさいね隊長さん、約束…破っちゃうわね」

 

 グローザはバッグに手を伸ばすと、透明の液体が入ったボトルを手に取ってそれを飲む。

 中身は日頃愛飲するウォッカだ、スペツナズはマザーベースで飲んだくれの連中と認識されているが、一度戦場に足を踏みだせば一滴のアルコールも口にしない、それが部隊長である9A91が課した規則だったからだ。

 初めてその規則を破ってしまったグローザは罪悪感を覚えるが、ウォッカが喉を流れる瞬間、マザーベースでの輝かしい記憶が走馬灯のようによみがえる。

 

「もっと、あなたと一緒にいたかったわ隊長さん…まだまだ話したりないこと、経験したりないことがあったわ。はぁ……今になって、死ぬのが怖くなって来たわ隊長さん。酒に逃げる私を許してね隊長さん」

 

 微かに震える手をじっと見つめたままグローザは自嘲する。

 それからグローザはもう一度だけ酒を喉に流し込む。それからボトルに自らの衣服を千切ったものをねじ込むと、そこに火をつけて敵に対し投げつける、ウォッカと言ったがあれは嘘だ、非常時に愛飲する消毒用アルコールはよく燃える。

 瞬く間に炎に包まれた敵の戦術人形たちに向かって走りだし、グローザは炎に包まれる敵を仕留めていく。

 

 意表を突かれ狼狽する敵の顔面を蹴飛ばし、弾丸を叩き込む。

 敵の銃を奪い、ありったけの銃弾をぶち込み撃ち尽くせば別なものを拾い撃ちまくる。

 被弾を恐れないグローザを前に敵の戦術人形はたじろぐ……そんな時、トンネルの奥深くに赤い光が灯ったと思った次の瞬間、一筋の閃光がグローザの胸部を貫いた。赤いレーザーを胸に受けた彼女は驚愕の表情を浮かべたまま、その場に崩れ落ちる…。

 

 グローザが倒れると同時に人形たちは戦うのを止めて、倒れたグローザを通りこしていく。

 そして、一人の足音が、グローザの前で止まる。

 しばらくその人物はグローザの前で足を止め、やがて歩きだすが…。

 

 

「待ち、なさいよ……シーカー…!」

 

 

 よろよろと立ち上がったグローザは、息も絶え絶えに、自分を素通りしようとしていたシーカーを睨みつける。振り返ったシーカーは氷のように冷たい目で、グローザを見据える。

 

「死にぞこないが、時間をムダにした」

 

「行かせないわシーカー、アンタの狙いはこれでしょう?」

 

 無視して通り過ぎようとしたシーカーに対し、グローザが取り出したのはペルシカより預かっていた研究データがおさめられていたメモリーだ。グローザがかざしたそれをみてシーカーは目つきを変えるが、彼女が行動を起こす前にグローザはそれを燃え盛る火の中に放り捨てる。

 

「貴様…!」

 

「あらごめんなさいね、血で手が滑ったわ。まあ、最初から渡す気なんて――――!」

 

 シーカーが手をかざしたと同時に、グローザは首に強烈な圧迫感を感じのどまで出かかった言葉が遮断される。まるで手で首を絞めつけられるような苦しさにグローザは苦しみ悶える、手をかざしたままゆっくりとシーカーは近付いていく…。

 

「勘違いしていたよ、私は大きな間違いを犯していた。戦争はどこまでいっても戦争だ、騙しあい、裏のかきあい、裏切りあいだ。お前たちに教わったことだ、私は非情になる必要があったわけだ…歴史に悪人として名を刻む覚悟が足らなかったようだ」

 

 シーカーが手をかざすのを止めると同時に、グローザは首の圧迫感から解放されてその場に崩れ落ちる。激しくせき込むグローザの首を今度は直接掴みあげ、空いたもう片方の手でグローザの顔面を掴む…。シーカーが力んだ時、グローザは苦痛に満ちた叫び声をトンネルに響かせた。

 

「直接メンタルを焼き焦がされる感覚はどうだ? だがこれで終わりじゃない、お前はただじゃ死なせない」

 

「何を…する…!」

 

「傘ウイルスというものを知っているか? お前らI.O.Pの人形をオーガスプロトコルに書き換えてしまうウイルスだ、だが私はお前たちのAIを直接書き換えて手駒にすることが出来る。お前たちのメンタルに脳波干渉(サイコジャック)し、私の支配下に組み込む……死ぬのは怖いかグローザ? 喜べよ、お前が恐れてやまない死は避けられるのだ」

 

 呼吸を乱すグローザを目の前に跪かせ、彼女の頭を両手で押させる。

 

「確かに、死ぬのは嫌よ……痛いし、暗いし、冷たいわ」

 

「素直なことだ、少しはかわいげがある」

 

「バカね、見くびらないでちょうだい。私が死よりも恐れることを少しも理解できない癖に…」

 

「なに?」

 

「興味があるのならいくらでも私の(メンタル)を覗きなさい、今のあなたじゃ絶対に理解できっこないわ!」

 

 渾身の力を込めてシーカーの拘束を振りほどき、逆にグローザはシーカーの腕を掴んで捕まえる。不愉快そうに顔を歪めるシーカーであったが、グローザの手に握られた起爆スイッチを見て目を見開く。

 

「仲間を危険に晒してまで生きる命なんてまっぴらごめんよ。シーカーあんたは世界を一つにすることで楽園を作ろうとしてるみたいだけど、あいにく私たちが生きている世界は天国の外側(アウターヘブン)よ。私たちが帰るべき場所は地獄……だけどね、あなたも一緒よ、あなたも地獄に道連れにしてやるわ!」

 

 シーカーがグローザの手を振りほどき彼女を突き放そうとするが、グローザは逃がすまいとシーカーの身体に抱き付き抑え込む。

 生命の危機に無意識に放たれるESP能力、それを密着することで強く影響を受けるグローザは、シーカーから流れ込む思念に目を見開く…。

 

「そう…あなたも、苦しんでいるのね。だけど、もうお終いよ……一緒に地獄に行きましょう」

 

 

 グローザは自らの手に握る起爆スイッチを押す。

 

 

 坑道に仕掛けられた爆薬が一斉に爆破し、爆炎が二人をのみ込んでいった…。

 

 



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すべての重荷を取りはらえる存在

 MSFがこの世界にやって来た時、隊員の数は人間のスタッフが300人程度のものであったが今ではこの世界の兵士や戦術人形をスカウトすることで規模を増し、またヘイブン・トルーパーというMSF独自の規格で生産される戦術人形も足せばその数は数千人を超える大所帯となっていた。

 人数が増えればそれだけ大規模な紛争への介入も増え、そうなれば必然的に激しい戦闘に巻き込まれる確立も高くなる。MSFが精強な兵士の組織で、仲間たちを見捨てないとは言っても戦いに犠牲はつきものだ。マザーベースでほのぼのとした日常が繰り広げられるなか、世界のどこかではMSFの戦闘員が戦い、傷付き、そして斃れていた。

 誰だって死にたくはないし、仲間を死なせたいとは思わない。

 だがどんなに努力しようと、もがこうとも、死は平等に訪れるのだ。

 

 

 その日、マザーベースの甲板である一人の戦術人形の葬儀が行われた。

 通常、戦死した者はマザーベースに運ばれ甲板上で火葬にされ埋葬されるのだが、この日行われた葬儀に戦死者の亡骸はない。ただ壇上に置かれたドッグタグが、夕陽を浴びて光り輝いている。厳かに進められていく葬儀を済ませると、一人、また一人とその場を立ち去っていく…。

 その場に残るうちの一人である9A91は静かに壇上へと歩み寄っていくと、彼女のドッグタグを見下ろし敬礼を向ける。

 OTs-14グローザ…FOXHOUNDの称号を戴く9A91率いるスペツナズの優秀な隊員であり、MSFのイベントでは常に飲んだくれの先鋒であった彼女との唐突な別れは、人形やスタッフたちにショックを与える。

 

 すすり泣く人形たちの声を背で聞きつつ、9A91はウォッカのボトルを一本壇上に備える。グローザが好きだった銘柄だ、工業用アルコールやヘアスプレーを酒と称して飲んでいたスペツナズであるが、本来ならちゃんとした酒を好むもの。

 9A91の後に続いて、同じスペツナズの隊員であるPKPとヴィーフリが酒瓶を手に隣に並ぶ。

 

「隊長、気持ちの整理をつけたいんだ。彼女を連れていってもいいだろうか?」

 

「構いません」

 

「ありがとう。隊長、もしよかったら…」

 

「いえ、私は作戦報告書をまとめなければなりません」

 

「了解した」

 

 PKPは壇上のドッグタグを手に取ると、物憂げな表情でそれをじっと見つめる。彼女が残した唯一の遺品を固く握りしめ目を閉じる…それから彼女に捧げられた酒瓶を一緒に持ち、PKPはヴィーフリと一緒にどこかへと去っていく。

 去っていく二人を変わらない表情で見つめ続ける9A91の傍に、初期からの同期であるスコーピオン、スプリングフィールド、WA2000らが歩み寄る。ことの詳細は既に伝え聞いている彼女たちは、同情の言葉を述べるが、それでも9A91は気丈に振る舞って見せる。

 

「9A91、仕事は後回しでも構わないんだよ? PKPとヴィーフリと一緒にいたら?」

 

「スコーピオンの言う通りですよ9A91」

 

「いえ、まだ作戦報告書をまとめあげておりません。記憶が鮮明なうちにまとめておきたいんです。それに、悠長に休んでいる場合ではありません。この先スペツナズがこなさなければならない任務は山ほど出てくるはずです、グローザの抜けた穴を埋める必要があるんです」

 

「ちょっと待ってよ9A91」

 

 淡々と、仕事の話をする9A91に対し異論を唱えたのは共にチェルノブイリでの任務を遂行して帰還したUMP9だ。普段温厚で誰にも優しい彼女は、この時に限っては目に涙を溜めて、9A91に詰め寄る。一緒にいた姉のUMP45が引き止めるのも構わず、彼女は9A91の肩を掴む。

 

「なんでそんなに落ち着いていられるの? グローザは9A91にとって仲間、家族だったんだよね!? あなたがスペツナズの隊長でMSFに欠かせない存在なのは分かるけど、グローザの穴を埋めるなんて……どうしてそんなことが言えるの!? あなたは悲しくないの!?」

 

「やめなさいよ9、9A91は…」

 

「いいんです45。お答えしましょうUMP9、グローザの死はとても嘆かわしいことですがいつまでも悲観にくれてはいられないのです。スペツナズは決して表舞台で活躍する部隊ではありませんが、私たちが活躍することで戦闘部隊はよりよい情報を得て戦闘を優位に進められる。私たちの戦果が、兵士たちへの損失を減らし…ひいてはMSF全体の利益になるんです。引き続きスペツナズが活動を続けるためには、新しい人材を――――」

 

 唐突に振り上げられたUMP9の平手が9A91の頬を叩きその言葉を遮る。9A91の白い頬が徐々に赤みを帯びていくなか、殴った張本人であるUMP9は唇を噛みしめ目の前の9A91を睨みつける。

 

「それって、グローザの代わりはいくらでもいるってことなの? そんなのあんまりだよ! いくらなんでも、それじゃあグローザがかわいそうだよ…」

 

「9、言いたいことは分かるけど9A91のような立場になると泣きごとを言ってもいられないの。分かるでしょう?」

 

「分かりたくないよ! ワルサーも同じ考えなの? もしも79式やカラビーナがいなくなっても、9A91みたいに代わりを捜すの?」

 

「それは、状況によるわね」

 

 WA2000の落ち着いた返答は、UMP9にとって何よりも受け入れがたいものであった。彼女たちを見限ってその場を走り去っていくUMP9を、416やG11が慌てて追いかけていく…。

 

「ごめんなさいねみんな、うちの妹が迷惑を……普段あんなこと言う子じゃないんだけど」

 

「いいんだよ、45あいつを叱るんじゃないぞ? 良くも悪くも、アイツはMSFのいい部分だけを見過ぎたのかもな。しっかりケアしてやれよ」

 

「ええ、ありがとうエグゼ…」

 

 UMP45もまた、泣きながら立ち去った妹の後を追う。

 その場にいた者たちは残った9A91も同様に気遣うが、彼女はあくまでも気丈に振る舞い悲しみも、涙も見せることは無かった。UMP45が去った時、同様に9A91も作戦報告書を作成するためといい残し、その場を立ち去った。

 そんな彼女の背を見送りつつ、残された人形たちはやり切れない想いに駆られる。

 

「バカやろうが、自分が一番辛い癖に無茶しやがって」

 

「人一倍責任感が強い子だわ、昔からね」

 

「でもこのままじゃいつかみたいに潰れてしまいますよ……なんとか、してあげないと…」

 

「たぶん、あたしらじゃどうすることもできないと思うんだ。だけど、あの子を一度助けてくれたスネークなら…また、救ってくれると思うんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、みんなが寝静まる頃、任務から帰還してきたスネークがヘリポートに降りる。

 神妙な面持ちで甲板に降り立った彼を出迎えるのは時間も時間ということで、一部のスタッフと基地副司令のカズヒラ・ミラーだ。ねぎらいの言葉もそこそこに、ミラーはスネークを夕方に行われた葬儀の場へと導く…そこにはもう何も残されていなかったが、スネークはその場で目を伏せ、この世を去った大切な仲間の死をしのぶ。

 

 

「ふわぁぁ……コーヒー、淹れましたよミラーさん」

 

「ありがとう97式、もう遅いから君は寝なさい」

 

「はーい……蘭々、いこ」

 

 大きな欠伸をかきながら、97式は蘭々を連れて司令部を出ていく。

 司令部にはスネークとミラーの二人が残され、97式が淹れてくれたばかりのコーヒーをすする。スプリングフィールドほどではないが、毎日コーヒーを作り続けることで97式のコーヒー作りの腕前もなかなかに上達している。

 コーヒーをすすり一息ついたところで、ミラーが一枚の紙をスネークに提示する。

 

「これは?」

 

「正規軍からだ、前哨基地に今朝な。MSFを雇いたいという正式な依頼(オファー)だ、この文書は既にいろんなPMCに配られているみたいでな。オレたちMSFもその中の一つというわけだ」

 

「単独じゃ米軍を押しとめられないと判断したわけか、返事はもう返したわけじゃないだろう?」

 

「あんたの意見が必要だったからな。正規軍は既にポーランド国境に部隊を配備している、米軍もベルリン近郊に戦力を集中させているという情報もある。おそらく、かつてない大規模な戦闘が起こるだろう」

 

「世界大戦か……判断によってはオレたち、いや、世界の命運が分かれるというわけか。カズ、今すぐに応えは出せない。情報が少なすぎる」

 

「そうだなボス。いや、任務から帰って来たばかりで済まないな。明日またゆっくり話をしよう」

 

 スネークはそこでミラーと別れ司令部を出る。

 葉巻を吸いに喫煙所へ、それから軽くシャワーを浴びてから自室へと向かう。自室の近くまで差し掛かった時、ふと部屋の前で誰かが座り込んでいるのに気付く。赤いベレー帽を被る見覚えのある彼女に近寄ると、スネークに気付くと顔をあげる。

 

「お帰りなさい司令官」

 

「ああ、こんな夜中にどうしたんだ?」

 

「いえ、ちょっとお話が」

 

「そうか…まあ立ち話もなんだから入るといい」

 

「はい」

 

 部屋のロックを開けて9A91を部屋に招き入れる。部屋の小型冷蔵庫を開いてみるが普段利用しない冷蔵庫内には気の利いた飲み物はなく、いつのものか分からない缶コーヒーがあるのみだ。一応期限を見て9A91に差し出すと、彼女は小さく微笑みを浮かべる。

 

「オレが帰ってくるのを待っていたのか?」

 

「はい、21時頃から」

 

「21時……5時間も部屋の前でああしてたのか?」

 

「はい」

 

 涼しい顔でとんでもないことを言ってのけるが、そう言えばこの子はそういうところがあったなと久しく忘れていた感覚を思いだす。

 

「それで、相談ってなんだ?」

 

 スネークがそう切りだすと、9A91は飲みかけていた缶コーヒーを握りしめると物憂げな表情で俯く。少しの間躊躇うような素振りを見せた後、彼女は小さな声でつぶやいた。

 

「グローザが戦死しました」

 

「オレも、ヘリの機内でその事を聞いた。9A91何があったのか教えてくれ、オレも詳しい話を知らないんだ」

 

「はい、司令官」

 

 それから9A91は話し始める、チェルノブイリでの任務の事を。

 スペツナズとして現地に先行潜入し情報を集め、索敵や施設などの偵察を済ませ救出作戦に万全の状態で望んだこと。部隊を分けて最善のメンバーで任務にあたったことなどを。そこまで滑らかな口調で話していた9A91であったが、シーカーの名を出した頃より暗い声を漏らし始める。

 シーカーに潜入が発覚し、追撃を受けた末に部隊は損害を受け、それから他の全員を生かすためにグローザが一人残り……そして戦死した。

 

「グローザ、そうか、彼女はみんなを守るために…」

 

「はい、司令官。OTs-14グローザはスペツナズの兵士として勇敢に戦い、名誉の死を遂げたのです。おかげで私たちは生還し、任務を全うすることが出来ました」

 

 いつもの声色で9A91は言ったつもりであろうが、その声が微かに震えているのをスネークは聞き逃さなかった。

 名誉の死などというものはありはしない、そんな思考がスネークの脳裏によぎるが今の9A91に必要なのは現実的な言葉ではない。

 

「それで、相談というのは…?」

 

「はい、司令官……」

 

 そう言ったきり、9A91は次の言葉を口にしない…いや、出来なかったと言った方が正しかった。FOXHOUNDという最高位の称号と部隊を与えられ、人一倍責任感の強い彼女が何を思っているのか…スネークには理解できた。スネークは直立したままの彼女をベッドに座らせると、出来るだけ穏やかな声で諭しかける。

 

「9A91、ここにはオレとお前しかいない。だから、気を遣う必要も無い。FOXHOUNDの肩書もスペツナズの部隊長としての立場も忘れていい。お前が抱えている想いを聞かせてくれ…」

 

「司令官…」

 

 その言葉によって9A91にかけられていた何かが外れたのだろう、それまで気丈に振る舞っていた彼女の表情に戸惑いの色が浮かび上がる。

 

「私は、正しい判断をとれたのでしょうか…? 自分が最善と思って下した判断は実は間違っていて、他により良い方法があったのではないでしょうか? 正しい判断と行動をしていれば、もしかしたらグローザは…!」

 

 死ななくても良かったのかもしれない、涙ながらに訴える9A91はなおも続ける。

 

「今回の犠牲は、私の慢心が招いたに違いありません…敵の過小評価、自惚れが最悪の事態を招いたんです! 私はグローザに言われました、覚悟を決めろと……グローザは私の弱さに気付いていたんです!」

 

「自分を責めるな9A91、お前だけが悪いわけじゃない」

 

 あふれ出る感情を押しとめられなくなった9A91は大粒の涙を流し、たれ落ちた涙の雫が彼女の膝を濡らす。スペツナズ隊長として、FOXHOUNDの称号を持つ兵士としての立場から他人に見せられないメンタルの弱さをさらけ出すのを、スネークはただ静かに受け止めるのだ。

 それから、すすり泣く声で、9A91は後悔と未練の言葉を漏らす。

 

「グローザを死なせたくなかった……生きて帰りたかった…! まだまだたくさん、話したいことがありました…! 一緒に行きたかった場所も、たくさんの思い出も……だけど、もう……」

 

 それ以上の言葉を紡ぐことはもう、9A91には出来なかった。

 大粒の涙を流し、声を押し殺し泣いている。

 そんな彼女の震える肩に手を回し、そっと髪を撫でてあげるスネーク……いつだかもそうしてあげたように、ただ優しさをもって接するのだ。

 

「お前の気持ちは痛いほどよく分かる、失って…その大切さに気付くこともあるだろう。今お前が抱えているその想いは間違いなんかじゃない、誰も後悔や未練を残さず生きていける者なんかいないんだ。どれだけ努力しようと、助けられない命もある」

 

「でも、でも……私は、仕方がないって…そんなんで片付けたくは…!」

 

「そうだな。だからこそ、グローザが残してくれた想いを無駄にしてはいけない、グローザとの思い出も忘れてはいけない、大事にとっておけ。9A91、好きなだけ泣いていい……オレの前では素直な気持ちでいてくれていいんだ」

 

「司令官…! 私は…!」

 

「よしよし、無理をするな」

 

 頭を撫でてやると、9A91は感情をおさえきれずスネークの胸に泣きついていく。

 声を押し殺して泣くのもやめて、彼女は声をあげて泣く……そんな彼女を見守り、スネークは彼女の気持ちがおさまるのをただじっと待ち続ける。やがて窓の外が明るくなり、9A91の泣き声も収まっていく…。

 代わりに聞こえてきたのは、小さな寝息だった。

 9A91の小柄な身体を抱きかかえてそっとベッドに寝かしつけ、自身はソファーに寝ようと思ったところ、不意に伸ばされた彼女の手がスネークを捕まえて離さない。

 

 結局、スネークは9A91に捕まって一つのベッドに寝ることになった。

 

 余談だが、目覚めた9A91は顔を真っ赤にしつつもどこか満たされた表情をしていたという…。




エグゼ「ぐぬぬぬぬ!」(嫉妬)
スコピッピ「あたしもエグゼ置き去りにしてスネークに慰めてもらおうかしら?」(邪心)
FAL「私は―――」
Vector「アンタは何やっても独女の枠から抜け出せないから無駄な抵抗は止めなさい」(無慈悲)


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マザーベース:ハイセンス

『緊急事態発生! 繰り返す、緊急事態発生!』

 

 マザーベースの基地全体に拡散する警報音、それを聞いたスタッフたちが何ごとかあったのかと察し即座に武装し戦闘態勢を取る。普段鳴り響くことのない警報音、訓練以外では聞くことのないその音にスタッフたちに緊張が走る。

 

『各警備スタッフは目標地点へ集結! 何としてでも目標を食い止めろ、これは訓練ではない!』

 

 慌しく走り回るスタッフたちに混じり、人形たちもパニック状態で走り回る。事情を呑み込めていない者も多い。

 

「報告します! 居住エリアが深刻な損害を受けています!至急応援を!」

「報告ッ! 目標、糧食棟へと移動をし始めました! プラットフォームの封鎖を要請します!」

 

「なに、なんなの!? 一体何が!」

 

 戸惑うキャリコの声に、深刻な面持ちのMG5が駆けつけると、ひとまず彼女を落ち着かせ部下たちに指示を飛ばす。

 

「リーダー、緊急事態よ! このままじゃマザーベースが!」

 

「分かっているネゲヴ、我々でやるしかないだろう!」

 

 スネーク、ミラー、オセロットという主要人物が不在の中起きる騒動に冷静さを失いかけるがMG5はなんとか乱れるメンタルを落ち着かせようとする。

 居住エリアでは深刻な損害を受け、糧食棟より担架に乗せられたスタッフたちが運ばれてくる。

 こんな事態を止められなかったことに自責の念に駆られるMG5…。

 さて、何故このようなことになったかというと、時間は早朝までさかのぼる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝のマザーベース、前哨基地での朝練(戦車部隊の演習)を終えたFALが基地とマザーベースを往来するヘリより降り立つ。一仕事やってのけたFALはまだ済ませていない朝食をとるために、早速食堂へと向かおうとしていると、彼女を迎えにやって来たVectorと鉢合わせる。

 

「おはようFAL、戦車の調子はって、油臭ッッ!」

 

 FALの今の姿は頭からつま先までべっとりと油がこびり付き、少し近付いただけでもその独特な油の匂いをかぎ取れる。普段ほとんど表情を変えることのないVectorでさえも、あまりの油臭さに鼻をおさえて眉をひそめる。さっさと風呂に行け、そう目で訴えかけるが当人のFALはどこ吹く風…。

 

「まったくやんなっちゃうわ、油圧ホースが破裂して油まみれよ。まったく、こんな雑な整備をしたの誰かしら? 説教してあげるわ」

 

 Vectorはこんな酷い姿でマザーベースにやって来たFALを説教したい気持ちに駆られるが、こうしている今も油が垂れ落ちて甲板を汚してしまっている。今日の甲板掃除を担当するのはVector自身であるため、これ以上の汚れが増える前に、油まみれのFALを棒きれでつつきまわして風呂場へと誘導するのだ。

 FALは最初に朝食をとりたいと戯言を言うが、そんなことはもってのほか、入った瞬間非難の嵐が吹くだろう。

 

 そんなわけで、油まみれのFALを風呂場にぶち込み、その間にFALは部屋に戻って彼女の着替えを用意してあげる。油でギトギトになった服はそのままゴミ袋の中へ、綺麗なままなら洗って使えただろうが、これを洗ったら洗濯機がいかれてしまう。

 そうしている間にFALが風呂場から出てくるが、まだ微かに油が匂うとして風呂場に追い返す…文句を言うのを黙らせて、Vectorも一緒に入って徹底的に油を洗浄、納得のいくまで洗ったところでようやくVectorはFALが食堂へ向かうのを許可した。

 余談だが、この日浴槽の掃除を担当するはずだったキャリコが油まみれになった風呂場を見て悲鳴をあげていたという…。

 

 

 

「一仕事した後のご飯は格別ね!」

 

 バターが塗られたトーストにスクランブルエッグ、新鮮なミルクにオレンジのデザート。早朝の出来事で疲れを感じていたVectorも、目の前で朝食を美味しそうに頬張るFALを見て少しばかり癒されている様子。黙って普通にしていれば紛うことなき美少女なのだが、日頃の生活態度があまりにも残念過ぎてMSF内の美少女ランキングワーストを記録し続けている。

 

「ふぅ、お腹いっぱいね」

 

「朝からだいぶ食べたね」

 

「散々動いたあとだったからね。朝早くに訓練は効くけど、早起きで少しは健康的な生活ができてるしちょうどいいわ。それにしても新米の人形たちは誰が教育したのかしら? エグゼが直接訓練してた頃はこんなことなかったのに、最近の新参人形は―――」

 

 ここ最近新たに着任するヘイブン・トルーパー兵の練度の低下を嘆くさまはまさにベテランならではの言い分だ。だらだらと最近の悩みや思うことをほとんど一方的に述べていくFAL、そんな彼女の受け皿はいつもVectorだ。大抵いつもうんざりししたような表情ではあるが、FALがこんなことを打ち明けてくれるのは他にいないことを彼女は知っていた。

 だからこそ、Vectorは面倒だと思っていながらも、彼女の相談役を引き受ける。

 さすがに戦車に関する専門的な知識のマシンガントークをされるとうんざりするが…。

 

「それにしても、いい時間なのに集まりが悪いわね」

 

「この間のことがあったからね。みんな訓練に励んでいるよ」

 

「グローザ、まさかあんなことになるなんてね……私たちも、いつどうなるか分かったもんじゃないわよね」

 

 FALは軽い冗談で言ったつもりなのだろうが、Vectorにとっては違う。

 ある日突然、それまで一緒にいた大切な仲間が命を落とす…そんな状況を思い浮かべたVectorはその顔に憂いを浮かばせる。わがままでマイペースで、センスの欠片もないが自分にとっては大切な存在…そんな人がある日突然になくなってしまったら、自分は正気を保てるだろうか?

 Vectorはじっと、FALを見つめ唇を噛み締める。

 

「ねえFAL、もしも私が死んだら…どう思う?」

 

「なによ急に…」

 

「アンタは私がいなくなったら、哀しいって思う? 他のみんなみたいに泣いてくれる?」

 

「……知らないわよ、そんなの。それに、誰も好きで泣いてるわけじゃないでしょ?」

 

「そう……そうだね。じゃあ私はもう行くよ………バカ」

 

 去り際につぶやいた言葉は、FALには聞こえなかった。静かに立ち去っていくVectorを見送った後、FALは机に突っ伏し小さなため息をこぼす。

 

「……そんなこと聞かないでよ、バカ……」

 

 

 大切な仲間がいなくなって哀しく思うのはFALも一緒だ。だがそんな悲惨な結末を考えたくもなかったのだ、かつてジャンクヤードでAIの故障から仲間内で殺しあう事態になっていた記憶もあり、彼女は何よりも仲間の喪失を恐れていた。

 

 その後しばらくFALは食堂で過ごしていたが、他に来る者もおらずだんだんと人もまばらになってくる。利用者もいなくなり、いつまでも残るFALも掃除役のヘイブン・トルーパーに追いだされ当てもなくふらふらとマザーベースを徘徊する。

 訓練の場を覗くも、見知った顔はおらずスルー。

 途中、蘭々が日向ぼっこをしているのを見かけるもいつも一緒の97式はおらず、蘭々も一向に起きる気配がないので通り過ぎる。結局FALが退屈しのぎに目をつけたのは、いつかの時にスネークと一緒にやって来て、すっかりマザーベースに住みついたダイナゲートだ。

 相変わらず敵意剥き出しだが、武装がないために無害なダイナゲート。

 

「アンタも一人で大変ね」

 

 手を伸ばし撫でようとすると、ダイナゲートは後ろ足で手を蹴飛ばしすたこらさっさと走り去っていく。その後を、無人機のフェンリルなどが追いかけ回す。相変わらず縄張り争いが激しい様子。

 やることもなくなったFALはその後真っ直ぐ自室へと戻る、最近は前哨基地なり他人の部屋で寝泊りしていたせいでマザーベースの自室に帰ってくるのは久しぶりのことであった。明かりをつけた部屋は、台風でも過ぎたのかと思うほど散らかり、あちこちの酒瓶や空き缶が転がっている。

 

「うーん……我ながら酷いありさまね…」

 

 最後にこの部屋を使った時、確かエグゼやスコーピオンを交えて派手に大騒ぎしたと記憶する。散々飲みまくって早朝、半裸で甲板に寝ているところをVectorにたたき起こされ、スプリングフィールドには物凄い叱られたことがあった。スプリングフィールドのカフェがその日からしばらく閉店になっていた辺り、酔っぱらって何かトラブルがあったのかもしれない。

 

「掃除、しようかしらね」

 

 さすがにこの状態は見過ごせないし、他人に見られたらとてもまずいこととなる。

 必要なのはゴミ袋に雑巾に掃除機、確か物置にあったはず…早速掃除をしようと倉庫に赴き、奥の方から掃除用具を引っ張りだしていると、たまたま通りがかったスタッフが物珍しそうに声をかける。

 

「やあFAL、掃除機なんて持ってどうしたんだい?」

 

「ちょっと部屋が汚いから掃除しようと思って」

 

「掃除するだって!? あ、アンタが!?」

 

「何よ、悪いの? まあいいわ、そこを退いてちょうだい。掃除の邪魔よ」

 

 倉庫の奥に引っ掛かった掃除機を無理矢理引っ張りだし、そのはずみで倉庫内も物品が一緒に跳び出してくるがFALは大して気にも留めずに掃除機を引っ張って行く。

 そんな彼女を、恐怖の面持ちで見つめていたスタッフであったが、ハッとして警備スタッフの事務所へと駆け込んでいく。それから警備スタッフの制止も聞かずに、放送のためのマイクをひったくり叫ぶ。

 

「緊急事態だ! FALが掃除をしようとしている、大破壊が始まるぞ!」

 

 そして、冒頭に戻る…。

 

 

 

 自室に戻ったFALは早速ゴミ袋に不必要なゴミを放り投げていくが、可燃物も不燃物も見境なく袋にぶち込んでいき、中にはガス抜きの済ませていないスプレー缶なども放り込まれていく。

 FALの基準できれいにゴミを片付けたところで、今度は掃除機をかける。

 

「ただやってもつまらないし、音楽をかけましょうか」

 

 音楽プレーヤーを常備し、イヤホンを耳にかける。

 掃除機の稼働音も遮るほどの大音量で音楽をかけ、鼻歌をうたいながら掃除機をかけていくが…。

 

「なによ、短いコードね!」

 

 掃除機のコードの短さに腹を立てて無理に引っ張るが、そんなことをすれば簡単にコードは外れてしまう、苛立たし気に付近の物を蹴飛ばし、今度は延長コードを取りつけて掃除機をかける。だが刺さりが甘かったのかコードが外れ、音楽を大音量でかけているせいで掃除機が止まったのにすら気付いていない。

 調子に乗って歌詞を口ずさみつつ掃除機をかけるが、その背後ではコードが付近の物に絡みつきことごとくを薙ぎ倒してしまっている……そんなもの音すらも、イヤホンから流れる音楽のせいで気付いていない。

 

「そうだ、折角だから他のところも掃除しようかしら?」

 

 その時、マザーベースに災厄が舞い降りることが確定した。

 延長コードでどこまでもいけると勘違いしているFALは部屋を出て、廊下を掃除し始めるが、廊下の植木鉢を薙ぎ倒し消火器を破損させていく。上機嫌で掃除を行うFALに対し、異常事態に駆けつけたスタッフたちが立ちはだかる。

 なんとか掃除という名の破壊を止めようと説得するが、イヤホンから流れる音楽のせいで聞こえない、そればかりか止めようとするスタッフを掃除機で殴り倒す。邪魔者を排除したところで再び掃除機をかけ、FALに追従する掃除機本体が倒れたスタッフを轢いていく…。

 

「よし、この辺で…あら、コードが抜けてるわね。いつからかしら?」

 

 ようやくコードが抜けていることに気付くFAL、いつ抜けたのか推理するが最初から抜けているのでどれだけ考えてもその答えにはたどり着けないだろう。おまけに、自分が荒し尽くした廊下の惨状に首をかしげるしまつ。

 

「なんか掃除してたらお腹が空いたわね。昼食までまだまだ時間があるし……自分で作ろうかしら?」

 

「……!」

 

 その言葉に、薙ぎ倒されたスタッフたちが戦慄、なんとか阻止しようと手を伸ばすが虚しく空を切る…。

 相変わらずイヤホンから流れる音楽のせいで、マザーベースに流れる放送が耳に届かない。

 

 スタッフたちの懸命な努力も虚しく、FALは糧食棟の厨房へとたどり着く。そこでようやくイヤホンを外すが、聞こえてきた放送に顔をしかめると放送を遮断する。

 

「さてと、何作ろうかしら? っと、その前に…」

 

 FALは調理を始める前に、ガスの元栓がしっかり締まっているかを確認。以前、これを怠ったせいで一つの厨房が消えた、まあその原因を作ったのもFALなのだが…。ガス漏れがないことを確認し、FALは冷蔵庫から作る料理も決めていないというのに食材を引っ張りだす。

 

「今日はロールキャベツのシチューを作りましょう」

 

 早速、鍋に水を入れてガスの火をつけて沸騰させる、ここまでは正解だ。言い変えればこの後は間違いだらけ。

 ロールキャベツを作ると言ったのにも関わらずキャベツを細切れにし、適当な量の野菜をまだ沸騰していない鍋にぶち込んでいく。ぐつぐつと煮えてきたところで味付けの塩を投入、一応そこで味見するが…。

 

「甘ッ! 間違えて砂糖を入れてしまったわ、仕方がないわね」

 

 砂糖の甘味を相殺するべく今度は大量の塩を投入、そこからはもう止まらない。シチューと言えばスパイス、と称してカレー粉やナツメグを大量投入して攪拌、その後も隠し味と称して折角しょっぱくしたスープにはちみつを投入するわチョコレートをぶち込むわ。

 最終的に見栄えをよくするため着色料を投入し、ロールキャベツのシチュー(ロールキャベツなし)が完成する。

 早速味見をしようとした矢先、勢いよく扉を開いて雪崩れ込むスタッフたち。

 

「FALさん、一旦落ち着きましょう! 抵抗は止めてください!」

 

「あら、ちょうどいいところに来たわね。折角だから味見してよ」

 

「お、遅かったか…!」

 

 既に出来上がった殺戮兵器(料理)を見て絶望するが、スタッフたちの受難はこれからだった。

 味見しろと迫るFALから逃げようとするが虚しく捕まり、スタッフたちのうちの一人が無理矢理謎のシチューを口に放り込まれる。無理矢理食わされたスタッフの反応は、意外なものであった。

 

「美味い……美味すぎるッ!」

 

「な、なんだって!?」

 

「本当に美味いんだよ、お前たちも食ってみろ! オレが言いたいことが分かるぞ!」

 

 試食されたスタッフの反応を見て、まさかと思い口にするが、確かに美味い。だが、他のスタッフが料理を口にしたとたん、最初に試食させられたスタッフが唐突に白目をむいて倒れたのだ。唖然とするスタッフたち、そして一人、また一人と意識を失い倒れていった…。

 瞬く間に駆けつけたスタッフを全滅させてしまったFALの料理、駆けつけたMG5とキャリコ、そしてネゲヴに料理は破棄され本人も拘束されたことでこの一連の騒動は幕を閉じる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、いいセンスしてるわねアンタ…」

 

「うぅ、ごめんなさい…」

 

 その後、掃除にともなう大破壊と毒物作成によるスタッフたちの健康被害を咎められたFALは一か月のマザーベース清掃を課されることになる。破壊した物品の補償はFALの給金から天引きされることも決まる。

 不在だったオセロットは、この騒動に対し呆れてものも言えない様子だった…。

 

 そんな彼女と一緒に掃除を手伝っているのはVectorだ。

 

「ねえVector、やっぱ私アンタがいないと困るわ」

 

「ようやく気付いた? アンタはセンスの欠片もないものね、私がいないと何もできないでしょ?」

 

「うっ……これからもよろしくお願いします…」

 

「いつもそうやって素直にしてるなら、いつまでも面倒を見てあげるわよ、独女さん?」

 

 Vectorは小さく微笑みかけるのであった。




なんだこれ?


浦安鉄筋家族を読んでたら思いついたネタ、前話との落差が酷い(笑)

FALネキ、戦場に出れば凄いんです、でも日常生活壊滅的なんです!
ある意味、MSFでいちばんヤベェ奴


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共同戦線

 北はポーランド、南はブルガリアまで。

 1000km以上にも及ぶ戦線が構築されたのは、先日フランスを陥落させドイツ領内ハンブルクまで軍団を進めたことで、いよいよ欧州の覇権国家が米軍を迎え撃つべく本格的に行動を開始したためだ。欧州最強の軍事力を誇る正規軍を主力に、東欧諸国が共同戦線をはりまるで第一次世界大戦時を彷彿とさせるような長大な防衛拠点が築かれ、それはバルト海から黒海まで続くものであった。

 だが、北蘭島事件と第三次世界大戦によって国力が衰退した欧州諸国には、連合した国家の軍だけではこの長大な戦線を維持することは出来ない。長い戦線に配備された軍隊を養うだけの兵站も重要だ。

 それら兵站とE.L.I.D等への対処の他、カバーしきれない軍事的要衝の防衛にはPMCも駆り出される。

 大小様々なPMCがこの戦いに雇われて、地方都市や山岳地帯、森林地帯などの防衛を任されることになったのだった。

 

 MSFのその中の一つであり、MSFはブルガリアとギリシャが接する山岳地帯の防衛を任されたのであった。

 派遣されたMSFはさっそく山岳地帯に陣地を構成し米軍の攻撃に備えるのだが、腰を落ち着けてその場所に防衛拠点を築き上げるためにはいくつかのトラブルに見舞われていた。現場や指揮命令系統の混乱から、度々正規軍より陣地転換の要請を受け、その度に築きかけの拠点を放棄し移動を余儀なくされた。

 まるでいやがらせとしか思えないような要請だが、これだけの長大な防衛線の構築と、今までにないほどのPMCを雇ったことによるトラブルによるものが大きい。

 

 そんなわけでようやく落ち着いて陣地を構成しているわけであるが、MSFが布陣した場所は米軍が大規模上陸したギリシャと極めて近く、激しい戦闘が予想される。そのため、MSFでは先発隊としてこういった特殊環境での戦闘を想定し訓練されたハンター率いる独立降下猟兵大隊が送り込まれることになる。

 部隊名が示す通り、本職は空挺降下だが森林戦・山岳戦・雪中戦においての戦闘及びゲリラ戦に長けている。ハンター自身、そういった特殊環境での戦闘に長け、なおかつビッグボスとグレイ・フォックスという伝説的な兵士に教えを受けたこともある。

 特にスネークは山岳戦が展開された朝鮮戦争への従軍歴があり、ハンターはこの任務を受ける以前に、十分なアドバイスを受けることが出来たのだった。

 

 

「ねえねえハンター、本当にFALの戦車大隊はいらなかったの? アイツ滅茶苦茶張り切ってたのに断られたもんだから凄いキレてたよ?」

 

 

 そういうのは、手に持つ愛用のスコップで固い岩盤の地面を掘り進めるスコーピオンだ。後に来るであろうエグゼの連隊より先行してやって来た彼女は、意外なことに陣地構成を得意とし、ハンター自身が助力を申し出たのである。すっかり自分の銃よりスコップの方が馴染んでいるスコーピオン…I.O.Pの戦術人形は全員銃と烙印システムで結ばれているはずなのだが…。

 

「いや、いいんだ。山岳戦や森林戦では戦車は機動力を阻害される、この環境下では戦車部隊は本領を発揮できないだろう。貴重なFALの戦力だ、他の戦場で使うべきだろう」

 

「まあ、FALのことはMG5が説得したみたいなんだけどさ。それにしても穴掘りばっかりで、ハンターも嫌になっちゃうんじゃないの?」

 

「そんなことは無い、必要なことなんだよ。大昔には大日本帝国のペリリュー島要塞、北ベトナムのゲリラ戦術、それにソ連軍を退けたアフガンのムジャヒディンの戦術も地形を十分に利用したものだ。今日の戦争の形態は100年以上前に確立されている、学ぶべきことは多いんだ」

 

「あらあら、私たちと共闘しているんだからアフガンのことは触れてほしくはないわね?」

 

 そんな言葉と共に二人のもとへやって来たのは、正規軍側…正式には内務省直轄国内軍の特殊部隊であるAK-12とAN-94である。この防衛陣地ににはMSFの他、国内軍の部隊もあり、双頭の鷲が描かれた旗が風になびいている。彼女たちが果たすべき役割、それはすなわち各PMCの監視に他ならない。

 かつてソビエト赤軍内に存在した政治委員のような役割と言ってもいいだろう。

 

「あんた誰?」

 

「自己紹介が遅れたわね。私はAK-12、こっちは相棒のAN-94よ」

 

「あぁ思いだした! わーちゃんが言ってた、いつもまぶた閉じててどこ見てるか分からない変人ってアンタだったんだね?」

 

「お、おいスコーピオン…」

 

 悪びれもなく暴言ともとれることを言ってのけるスコーピオンをハンターは嗜める。言われた張本人であるAK-12は薄ら笑いを浮かべて変わらない表情をしているが、斜め後ろに立つAN-94がしきりに様子を伺っている辺りイラッとさせたのかもしれない。

 そんなことは一切気にも留めず、スコーピオンは気安くAK-12の手を取ると握手を交わすのだ。

 

「まあなんか事情はあるんだろうけど、ここにいる間は味方なんだし仲良くしようね!」

 

「ええ、よろしくね…サソリちゃん?」

 

 怪しい空気が霧散し、ハンターとAN-94は揃って安堵の息を漏らす。

 さて、そんなところで自己紹介を済ませたAK-12とAN-94は来た道を引き返して帰ろうとするがスコーピオンがそれを阻止する。笑顔でスコップを押し付けてくるスコーピオンに、二人は首をかしげるが…。

 

「穴掘り手伝いに来てくれたんだよね? ありがとう、さすが正規軍の人形だね!」

 

「いや、私たちはそんな仕事しないわよ? それに私たちは国内軍の所属で…」

 

「またまた~。そんな意地悪言ったって無駄だよ!」

 

「だからやらないわよ」

 

「あははは、エイプリルフールにはまだまだ早いよ! ほら、時間がもったいないじゃんさっさと穴を掘ろうよ」

 

「ちょ、ちょっとやめなさい…!」

 

「もううるさいな……フルトンどこにしまったかな?」

 

「分かったわよ、やるからそんなの出さないで! フルトンが何なのかくらい分かるわよ!」

 

「アハハハ、流石だね! うちのぽんこつニートとはえらい違いだよ!」

 

「ちっ……覚えておきなさい」

 

 フルトン回収装置をちらつかせられたAK-12は恐れおののき、しぶしぶ渡されたスコップを受け取る。

 巷で有名なフルトン、曰く1時間以上も空中で吊し上げられたりノーパンで吊し上げられたりと良い評判は聞かない。それをやられた瞬間、後戻りはできないだろうと確信したAK-12は大人しく固い地面にスコップをつき入れ、果てしない重労働に駆り出される。

 しかし二人にとっての受難はまだまだ序の口、MSFと関わってしまったばかりにトラブルに見舞われることになろうとは今は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄血領域 セーフハウス

 

 鉄血領内の外れに位置する廃墟の中に設けられたその場所に、ある一人の人物が足を踏み入れる。

 鉄血領を囲む正規軍とそれらの侵入を阻むパルスフィールドを避けて入り込んだその男の肩にある部隊徽章と、星条旗が彼の所属を証明する。ひび割れたコンクリートで造られた建物の扉をそっと開き、中を見回す…明かりはついているが人の気配はないように見える、だが大尉はじっと部屋の奥の扉を見つめたままその場に佇んでいた。

 少しして、彼が見つめる先の扉がゆっくりと開かれる。

 扉の向こうから姿を現したのは、不機嫌そうな表情を隠そうともしない黒髪の戦術人形ドリーマーだ。

 

「シーカーに話がある」

 

 土足で足を踏み入れてきた彼に対しドリーマーはさらに気分を悪くし、目の前までやって来た彼を鋭い目つきで睨みつける。

 

「汚い靴であがってくるんじゃないわよ。ヤンキーのルールがどこでもまかり通るとは思わないで」

 

「どけ、シーカーに用がある」

 

 前を遮るドリーマーを押しのけ、扉に手をかけるがそんな大尉に対しドリーマーは銃を向ける。銃を向けられた彼はそっと扉から手を離すと、ゆっくりとドリーマーに向き直る。ありったけの嫌悪感を向けてくるドリーマーを鼻で笑う…そして次の瞬間、ハイエンドモデルである彼女すらも反応できない速度で銃を掴みあげられ、彼の手がドリーマーの首を絞めあげる。

 ドリーマーの小柄な体躯を片手で持ちあげ、宙に浮いた足をばたつかせるドリーマー…掴んでいた武器を手放し、彼の腹部を殴るが彼は微動だにせず、むしろ首の圧迫感にドリーマーの力が徐々に失われていく…。

 

「貴様、何をしている…!」

 

 そこへ現れたのはシーカーだ。

 顔と身体のあちこちを血が滲む包帯で覆われたシーカーが詰め寄ると、大尉は手を離し、ドリーマーの身体は床に崩れ落ちる。何度も咳きこみながら、忌々しそうに見上げるドリーマーを大尉は冷たく見下ろす。

 

「それは脅しのための道具じゃない。今度オレに銃を向けてみろ、お前を殺す」

 

 それだけを言うと、大尉はドリーマーへの興味を失くしシーカーに向き直る。そしてつま先から顔まで、流し見る。血が滲む包帯、青ざめた顔、包帯の隙間から見える焼け爛れた肌…特に顔の右半分を覆う包帯の下ではいまだ出血が止まっていないのか、頬を伝い赤い雫が床に垂れ落ちている。

 

「何の用だ大尉…お前たちにはポーランド国境までの侵攻を指示したはずだぞ! ここでなにをしている!」

 

 珍しく声を荒げているシーカーにドリーマーは目を見開いて驚く。

 

「軍団はミュンヘンに駐留させている、攻勢限界点を迎えた。物資、弾薬、兵員の補充が必要だ」

 

「お前たちには十分すぎる物資を与えていたはずだぞ!」

 

「これまではそれで上手くいっていた、だがここから先は通用しない。相手は正規軍だ、単調な力技では撃退されるだけだ。我々が優勢に立つには、さらなる補充と戦力の増強がいる」

 

「一体何が欲しいというんだ?」

 

「本国の超長距離電磁加速砲(アウトレンジ・レールガン)の起動、自走式強襲破壊兵器の投入、統合作戦指揮権限の譲渡を要求する」

 

「大尉、そんなものをこの私が認めると思うか?」

 

「ならばこれ以上の進撃は不可能だ。陸・海・空の足並みを揃え、強力な火力支援がなければ正規軍に勝つことは出来ん……まあ、それでもやりようがないわけではないが、この戦争を長期的なものにする必要がある。持久戦という形でな」

 

 持久戦という言葉を聞いたシーカーがわずかに表情を曇らせたのを、大尉は見逃さなかった。

 大尉の要求したものを考え、悩んだ末にシーカーは了承する……だが統合作戦指揮権限の譲渡についてはいくらかの制限を課し、それで大尉も納得する。

 

「本国の超長距離電磁加速砲があれば一方的な火力支援を受けられる、フーバーダム以外の発電施設も復旧している、あれを動かすだけの電力は確保できたはずだ。SOCOMを各戦域に投入することも可能になる…Navy SEALs、グリーンベレー、レンジャー連隊」

 

海兵隊武装偵察部隊(フォースリーコン)はどうするつもりだ?」

 

海兵隊(マリンコ)どもは放っておけばいい。奴らはどのみちお前が持っている指揮権限でも制御できん……大統領権限にのみ奴らは従うが、それを下せる政府はもう存在しない」

 

「まあいい、だが少しでもおかしな行動をすれば貴様に与えたものは返してもらうぞ?」

 

「ご自由に。では、話はそれだけだ……簡単にくたばってくれるなよシーカー、少なくともお互い利害の一致があるうちはな」

 

 

 軽く手を振りながら大尉は部屋から出ていった。

 彼が出ていくのを見送った後、シーカーは力なく椅子に腰掛けると頭を押さえてうつむく。前傾になると、流れ出る血が一点に集中し床に垂れていく血の量が多くなる…。

 

「シーカー…」

 

 座り込むシーカーの頬にドリーマーが手を当てると、彼女はゆっくりと顔をあげる。

 血を吸い込み過ぎた包帯が真っ赤に染まっている、それをドリーマーは無言で外していく。包帯をとり濡らしたタオルで、顔を汚す血を拭きとる……目元には目だった傷はないのだが、絶えず流れる血はシーカーの目から溢れているのだ。

 まるで血の涙を流しているような、そんな光景にドリーマーはどう対処していいのか分からず戸惑いを見せる。

 

「包帯はもういいよ、ドリーマー」

 

「でも…」

 

「いいんだ、どのみち意味はない。血の量も少し減って来た、そのうち止まる」

 

 シーカーはそう言って微笑みかけるが、どこか身体の苦痛を精一杯こらえているかのようでその表情は痛々しい。鉄血工造の工廠で直すことも普通の鉄血製戦術人形なら可能であっただろう、だが今のシーカーを治療できる施設も道具も、技術もこの場にはない。今のシーカーは人形より、生身の人間の造りに近い…。

 

「さてと、もう十分休んだことだから行くよ…」

 

「どこに行くの?」

 

「戦場へ…待機状態にある無人機部隊が多くいる。それを動かさなければ」

 

「そんなボロボロの身体で何ができるって言うの?」

 

「そう酷いもんじゃない、火傷も些細なものだし出血はこの目から出てるのだけだ。輸血パックをいくつか持ってれば平気だろう」

 

「そういう問題じゃないでしょ! あんた一体何があったのよ、いきなりボロボロになって帰ってきたと思ったら3日間も眠り続けて、起きたら起きたで意味の分からない症状が出て!」

 

「あー、あんまり大きい声を出さないでくれ、頭が割れそうだ」

 

 冗談ではなく、本当にシーカーは痛むようで顔をしかめている。

 そんな彼女を無理矢理部屋に連れ戻そうとするがシーカーは手を払う。

 

「このバカ! テメェ、散々私には鬱陶しいほど絡んできて…いざ自分のことになったらそんな態度すんのかよ! わたしは、お前の都合のいい遊び道具じゃねえんだよ!」

 

「何言ってる、そんな風に思ったことは無い」

 

「ああそうかよ! じゃあ勝手にしろよ、お前なんか知るか!」

 

 手に持っていた包帯を投げ捨て、ドリーマーはソファーに座り込むとそっぽを向いてしまった。それからは何を話しかけても無視される。仕方なくシーカーはそっとドリーマーをソファーの後ろから抱きしめる…そうすると、彼女は背後から回したシーカーの手に自分の手を重ねる。

 

「今のアンタには何を言っても無駄なんだろうね。アンタの教育係を任されたわけだけど、私の手には余るわ」

 

「ドリーマー、私にはお前が必要だ。一度も君を都合のいい存在だなんて思ったことは無い」

 

「分かってるわよ、そんなこと……ごめんね、あんたにそんな顔をさせたいわけじゃないの。だけど、アンタを心配する私の気持ちも分かってよ」

 

「あぁ……分かってる、分かってるつもりだ」

 

「そう、ならいいの。シーカー、こっちにきて」

 

 背後から腕を回すシーカーをソファーの席に誘導し、そっと彼女を寝かせるとその頭を自分の膝の上にのせる。目元から流れ続ける血が垂れてドリーマーの太ももを濡らすが、彼女は気にせず、ただ穏やかな表情でシーカーの白い髪を撫でる。

 

「シーカー……あんたをこのまま見送ったら、もう二度と戻って来ないみたいで不安だわ」

 

「そうはならないよ。ここが、私が帰ってくる場所なんだから。きっと帰ってくる」

 

「そう。でも今日のところはこのまま休みなさい、あなたの一日をわたしにちょうだい?」

 

「あぁ……いいとも」

 

「嬉しいわ、シーカー。ゆっくり、休んでね……今だけは…」

 

 ドリーマーの指が髪を撫でていく優しい感覚を感じるたびに、シーカーの苦痛が和らいでいくようだった。ドリーマーが髪を撫でるのを心地よさそうに受け、やがてシーカーはまぶたを閉じて眠りについていく…。

 静かな寝息を立てた時、ドリーマーは髪を撫でるのを止め、そっと彼女の前髪をかきあげる……穏やかに眠るシーカーに微笑みかけた後、ドリーマーはそっと彼女の額にキスをした。




この二人、順調にフラグ立ててるな……シリアス的な意味で…。

あと大尉、こいつはヤバい。
登場させた当初はこんなヤバい奴になるとは思わなかったんだよ!


そんでAK-12とAN-94はスコピッピのギャグ属性の餌食になった模様()


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レーションを寄越しなさい!

 MSFに最も古くから在籍している戦術人形といえば誰か?

 そう問われれば大抵のものはスコーピオン、スプリングフィールド、9A91、WA2000をあげるだろう。確かにMSFに正式に加入した戦術人形はその4人で間違いないのだが、誰よりも早くMSFの人間と接触したのはスコーピオンである。

 さて、そんな彼女だが一時期は他の三人との力の差に悩み悔しがっていた時期もあった…FOXHOUNDの称号を持つ二人と、大隊長の地位につくスプリングフィールドに対し妬みも抱いていた。だがそこで腐るような我らがスコピッピではなく、負けず嫌いな彼女の闘争心かあるいは開き直ったのか……とある分野で思わぬ才能を発揮するようになったのである。

 戦闘工兵としての仕事、スコップひとつでどんなに固い岩盤も掘り進め、深く根を張る切り株も引っこ抜き、堅牢な陣地を作り上げる。戦闘でも使用する年季のはいった愛用のスコップは烙印システムがなされた銃よりも本人の手に馴染み、ありえない速さで塹壕を掘り進めていく…。

 それだけではない、スコーピオンは陣地を構成するにあたって適正な場所に防御施設を設けることを思いつく。

 思いつくのだ……突発的に浮かぶアイデアを躊躇せずにぶち込み、結果それが最適解となる。理論も知識もスコーピオン自身にはないはずなのに、MSFでその任務を行う工兵たちをも唖然とさせるほどの陣地を作ってしまうのだ。

 そういうわけで、思いつきでポンポンアイデアをぶち込み、陣地構成のための人員を容赦なく駆り出した結果…MSFが任された山岳地帯は、エグゼ率いる本隊が到着する頃には難攻不落の要塞と化していた…。

 

 これにはスコーピオンを先に向かわせたエグゼも大満足、堅牢な要塞と化した山岳地帯を笑顔で眺めていた。

 

「さすがだなスコーピオン! ほんとお前ここら辺の才能凄いよ!」

 

「えへへへ、あたしってば天才だからね!」

 

「何が天才よ…天災の間違いでしょ…」

 

 喜びあう二人に水を差したのは、ほとんど無理矢理この陣地構成を手伝わされたAK-12である。小奇麗だった服装は土で汚れ指先の爪にも土が入り込んでいる。相方のAN-94の方も疲れているのか、すぐ近くの木陰で座り込んでいる…。

 

「おいおいスコーピオン、なんだこいつ? 寝ながらしゃべってるぞ?」

 

「あーエグゼ、この人はAK-12って言ってまぶたは閉じてるけどちゃんと見えてるんだよ」

 

「うわ、なんだそれ…関わらない方が良さそうだな」

 

「ちょっと待ちなさい、変な誤解を抱えたままどこかに行かないでくれる?」

 

 AK-12をヤバい人形と決めつけエグゼは逃げようとするが、そのまま逃がした場合とてつもない誤解が生まれることを危惧し寸でのところで引き止める。

 

「心配しなくても見えてるわ。まぶたを閉じてるのは、不必要なものを必要以上に見なくて済むからよ」

 

「あぁ…そうなんだ。ちょっと離れるな……おいスコーピオン、どう考えてもヤバい奴だろ! なんだってこんな奴と関わり合いに、絶対距離置いた方がいいって!

 

知らないよ!でもそういうことにしとかないと、こうして話してるあたしらまで寝言言ってる奴と話してる変人って思われちゃうじゃん! 温かい目で見てあげようよ…

 

「ちょっと聞こえてるんだけど、あんたらぶち殺すわよ?」

 

 軽く殺意を込めた口調で言うが、この誤解はしばらく取れそうにはないだろう…。

 その後は、MSFの人形がやってくるたびにAK-12のその特徴をネタにされ最終的に彼女は開き直って自分たちのキャンプへと帰っていってしまった。無論、まぶたを閉じてすいすい歩いて帰る姿すらもネタにされたのは言うまでもない。

 しかしAK-12とAN-94に任された任務の一つにあるのはMSFの監視であり、嫌でも今後MSFと付き合っていかなければならないのだ。

 

 

 

 翌朝、冬を迎えて早朝には霜柱ができるようになる季節。

 暖かいコーヒーをマグカップに注ぎ、相棒のAN-94と挨拶を交わして散歩がてらAK-12はMSFのキャンプを伺う……その日の気温は氷点下を下回る、そんな環境下の朝っぱらから上半身裸の筋肉ダルマどもが気合の入った声と共に筋力トレーニングに励む姿があった。

 ばったり出くわしてしまったAK-12の表情が凍りつく、気温のせいでは決してない。

 

「ムム! 正規軍のお姉さんが視察に来たぞ野郎ども! 恥ずかしい姿を見せるじゃない、どうもおはようございます! 今日は良い日ですね!」

 

 目の前にあいさつに来たガタイのいいMSF戦闘班の男。男が目の前に来るなり、AK-12はほとんど反射的に熱々のコーヒーを浴びせかけて追い払った。

 

「AK-12、本部から連絡が」

 

「こっちに来ちゃダメよAN-94、目が腐るから」

 

「え?」

 

 困惑するAN-94がMSFの筋肉野郎どもを視界にとらえてしまわないようその場から立ち去らせるとともに、改めてMSFが奇人変人集団であることを認識する。だが自分が果たさなければならない任務を頭に思い浮かべると、いつまでもこのMSFのノリに流されてしまうわけにはいかない。

 次こそは流されないようにしよう……そんな思いはすぐに裏切られることになる。

 

 昼時、AK-12はキャンプで配給のレーションを広げ食事をとっていた。

 戦術人形と人形の兵士とでは必要とされる栄養素にいくらか違いがあり、正規軍向けにレーションを提供する会社は必要な栄養素を揃えることを第一とし、味や見た目などは度外視されていた。

 それに対しAK-12はさほど興味を持ったこともなく、食べるものも必要な栄養させ取れていればそれでいいという考えであったのだが…MSFが落ち着いてキャンプを設営する頃になって、食事時になるといつもそちらの方から香ばしい香りが流れてくるのだ。

 味気ないスープと固いパン、ぱさぱさとしたジャーキーのような肉……いつも違和感なく食べていたレーションが惨めに見えるような香ばしい香りにAK-12のフォークを握る手が止まる。

 

「あいつら、ここをピクニックか何かと勘違いしてるのかしら?」

 

 額に青筋を浮かべ、時折聞こえてくるMSFスタッフたちの笑い声を鎮めるべくAK-12は立ち上がる。

 これは最前線に布陣するにあたり笑い声や不必要な話し声で敵に情報が洩れてしまわないようにするため、決してMSFが何を食べているか気になって調べにいくわけではない、そうAK-12は何度も言い聞かせてMSFのキャンプを訪れる。

 

「アンタたちうるさいのよ、少しは静かに……!」

 

 文句を言いにやって来たわけであるが、MSFの人形たちが広げて食べる軍用携帯糧食(レーション)の豪勢さに息をのむ。軍から支給されるしなびたレーションと違い、真空パックされた具材を温めることでいつでも美味しくいただける。ふと、スコーピオンが沸騰する鍋から別なパックをとりだすと、その封を切って温められたライスの上にかける……レトルトカレーだ。

 

「あっ、AK-12じゃん。いらっしゃい、なんか用?」

 

「いや、別に用はないんだけれど……なに、そのレーションは…」

 

「よく聞いてくれたね! いやー、うちの糧食班のスタッフも優秀でさ。軍隊じゃ食事は数少ない楽しみの一つってことで、美味しいレーションをたくさん開発してくれてるんだよね。レトルトカレーにスナック菓子だったり炭酸飲料、MSFには5つ星コックから家庭料理のスペシャリストもいるからね!」

 

「へえ、それはいいわね……」

 

「うん」

 

「………」

 

「………食べたいの?」

 

「え?」

 

「食べたいの?うちのレーション」

 

「アンタ何を言って…」

 

「食べたいんでしょう?」

 

「そんなこと言ってないでしょう?」

 

「じゃあいらないの?」

 

「え? えぇ…」

 

 スコーピオンが放ったその言葉にAK-12は戸惑いを見せる。

 もう何日も美味くもないレーションを食べ続けてきた一方で、MSFは雇われ者の身分でこんなにも美味そうな……気を引かれるような食事をとっているのだ。だが素直に下さいと言うのには、プライドが許さない。

 

「…だけど、陣地設営の協力に対する感謝の気持ちとして、どうしてもプレゼントしたいって言うのなら受け取らないこともないわよ?」

 

「なるほど、お腹ペコペコなんだね?」

 

「……なんですって? だからそんなこと言ってないでしょ?」

 

「だったらいらないの?」

 

「くっ、この……!」

 

 危うく開眼してしまいそうになるのをなんとかこらえ、どうにかして穏便にレーションを貰うための方法がないか思考する。そんな時、ちょっと離れたところでこそこそ縮こまってハンバーガーを頬張る見覚えのある人物にAK-12は眉をひそめる。

 

「AN-94……あんたそこで何してるの?」

 

 AK-12に見つかってしまった彼女はびくっと身体を震わせると、しきりに目を泳がせて狼狽している。しかし手にしたハンバーガーの魅力に抗いきれないのか、AK-12に冷たく見下ろされても頬張るのを止めない。

 

「すみません、このハンバーガーが美味しくて」

 

「AN-94、ちょっとこっちにきてそれを寄越し……コホン、みっともない姿を見せるんじゃないの」

 

「まあまあAK-12さん、仲良くやろうよ。ほんとはアンタも食べたいんでしょ、一つくらい分けてあげるってば」

 

「ふん、別に欲しいわけじゃなかったけど貰えるものは貰っておくわ」

 

「こいつも素直じゃないなぁ」

 

 さすがにその場でレーションを食べようとはしなかったが、軽やかな足取りでキャンプに戻っていくあたりもらえてうれしいのかもしれない。後はもぐもぐハンバーガーを頬張るAN-94がいるが、ここ数日の観察で、彼女はAK-12に忠実なだけで特に不利益がなければ良い関係を築けそうであった。

 

 さて、満足のいくまでハンバーガーを食べて帰っていくAN-94を見送ると、ハンターが何やら神妙な面持ちでやってくる。

 

「どうしたの二人とも、何かトラブルでも?」

 

「偵察に出したチームがやられた。丘を越えて数十マイル進んだ山間部だ。最後の通信から、米軍の狙撃兵が山岳に潜んでいることが分かった。このままじゃこっちの偵察隊は奴らに狩られ、こっちの布陣が奴らの偵察で筒抜けになってしまう。対処しなければ…」

 

「相手は分かる?」

 

「さあな、だがギリシャに上陸した部隊の中に海軍特殊作戦コマンド【Navy SEALs】がいるかもしれないという情報もある。生半可な兵士では太刀打ちできん」

 

「でもどうするの? 部隊を動かそうにも、あまり動き過ぎるのは…」

 

「大隊は動かせない。こっちからも少数精鋭の部隊を送り込むしかない、スペツナズを動かすのは今は無理だから……スコーピオン、ワルサーの協力を得られることは可能か?」

 

「わーちゃん? うーん、どうだろう……協力してくれるとは思うけどさ。一応聞いてみるよ」

 

「私の大隊からも山岳猟兵として編成しよう、ゲリラ戦術は心得ているさ」

 

「よっしゃ、じゃあ私も張り切っちゃうよ!」

 

 何を張り切るのかは分からないが、おそらく陣地の強化だろう。

 塹壕を掘りバンカーを構築し、坑道を張りめぐらし、地形を最大限活かした造りだ……弱点といえば陣地に対するバンカーバスターなどがあるが、それは正規軍側が用意してくれた対空システムとMSF側の対空兵装を搭載した月光が及びフェンリルが対処するだろう。

 

 山岳に、白い雪が舞い降りる。

 戦いの時はゆっくりと、しかし確実に近付いていた。




Navy SEALs VS わーちゃんの構図かな?
あとはハンターの山岳猟兵部隊か…。

少数精鋭のぶつかり合いって燃えるよね!
勝てば敵陣の偵察に行けるぞ、頑張れ!


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作戦会議

 山岳地帯を低空飛行で飛ぶ一機のヘリ。

 機体側面にはMSFのロゴと髑髏をかたどったマークが描かれる…ヘリが飛ぶエリアは一応味方側、しかし敵軍がレーダーを備えていると仮定し山岳の起伏を利用しレーダーに捉えられないよう飛行している。そのヘリの乗員はパイロットが二名と、二人の戦術人形だ。

 一人は黒の戦闘服に身を包み口元をバンダナで覆い目を閉ざしている、もう一人は腕と足を組みながら外の景色に目を向けていた。

 

 空はどんよりとした雲が多い、山にはうっすらと雪が積もる。

 こうしている今も雪が降っており、数時間もすれば山の一面を雪で覆いつくすだろう。

 

『ワルサー、応答しろ』

 

 ふと、自分に向けて発せられた通信を傍受しWA2000は視線を機内に戻し通信を受けると同時に、今作戦の戦場となる地域のマップを開く。相手は彼女自身が敬愛してやまないオセロット、彼は今回のWA2000の任務をサポートしてくれる。

 

「こちらWA2000、ただいま前線までヘリで移動中よ」

 

『予定通りなら、あと30分ほどで目的地だ。分かっていると思うが今作戦は猟兵大隊を指揮するハンターからの要請だ、山岳地帯に潜む敵の狙撃手と斥候の排除、及び敵陣地の偵察だ。現場は起伏に富み山林が多くあることから、遭遇戦あるいはゲリラ戦が主となるだろう。ワルサー、山岳戦の経験は?』

 

「訓練課程でなら、実戦は初めてよ。でも戦術は頭に叩き込んである」

 

『マザーベースの気象予報士によれば、大型の低気圧が近付きつつあるらしい。場合によっては吹雪く……寒冷地での作戦は普段以上に体力の消耗や視界が制限され、戦闘にも影響が出てくるだろう。例え戦術人形だとしてもこの気候と、山岳そして森林での戦闘は困難を極めるだろう』

 

「森林や山岳では遮蔽物も多く、不意な遭遇戦も多くなるわね。おまけに雪が視界を遮る……オセロット、思うに今回の作戦は私が経験したあらゆる戦闘の中で一番難易度が高そうね」

 

『怖気づいたか? 引き返すなら今だぞ』

 

「まさか…俄然やる気が出てきたわ。どんな環境だろうと、私は勝利を勝ち取る」

 

『その意気だ。山岳や森林での戦闘はハンターの方が上手だ、任務に向かう前に不安な点は彼女にアドバイスを聞くといい。気をつけろよ、相手は米軍の特殊部隊だ…侮っていい相手では決してない。お前が敵を射程に収めた時、お前自身も射程に入ったことを忘れるな』

 

「ええ、気をつけるわ。ありがとう、オセロット……頑張るわ」

 

 通信を切る間際、WA2000はそれまでの重々しい表情から頬を赤らめた乙女のような表情へと帰る。通信を切って少しの間、オセロットとのやり取りを済ませた余韻に浸る。それから一度深呼吸をすると、元の真剣な顔つきへと戻す。

 

「リベルタ、準備なさい」

 

 WA2000の声を聞き、それまでじっと微動だにしていなかったリベルタドールが目を開く。

 そばに立てかけていた自身の銃"HK CAWS"を手に取ると、バッグパックや装備品の最終確認などに移る。ヘリが前線に降り立つころには、二人とも準備を完了していた。

 

 

 

 着陸したヘリの扉を開くと、冷たい外気が一気に機内に入り込み暖かい機内の温度に慣れていたWA2000はわずかに身体を震わせる。一方のリベルタドールは、その構造から生体パーツの感度が鈍いために寒暖差の影響をあまり受けていない。

 ヘリは二人を下ろすとすぐにそこを飛び立ち、山の谷間へとその姿を消していった。

 

「やっほーわーちゃん、長旅お疲れさん!」

 

 二人の出迎えにやって来たのはスコーピオンだ。

 急激に気温が下がるこの気候への対策か、厚手の手袋に防寒着を着用……してはおらず、いつもの薄着のみだ。他の兵士たちはきちんと防寒着を着用しているというのに、彼女だけが見てるだけで寒々しい格好をしている。さて、そんな彼女に案内されて二人は要塞化された司令部へと足を踏み入れる。

 

「へえ、話には聞いてたけど大した仕事じゃないサソリ」

 

「でしょ? 寒くなって地面が凍りつく前に済ませといてよかったよ! 急ピッチで進めたからあちこち補強が必要だったんだけど、過労で何人かぶっ倒れた以外は何の問題もないよ」

 

 限られた人数、限られた日数で山岳地帯に防御陣地を築き上げた代償として何人かの工兵が病院送りになったというがそれもスコーピオンにとっては織り込み済みらしい。平時にはありえないことではあるが、ここは戦場、一分一秒の遅れが生死を分かつ…過労でぶっ倒れようと仲間を守るための陣地は性急に用意しなければならなかった。

 その点、スコーピオンは部下に恨まれることを恐れずによくやった方だ。

 

 弱点と言えば航空爆撃によるバンカーバスターや燃料気化爆弾などがあるが、それの対処として正規軍が用意してくれた対空レーダーや熱追尾ミサイルなどがある。

 

 さて、司令部に向かうとちょうど作戦会議を開いていたらしいエグゼとハンターを見つける。

 山岳戦や森林戦についてのノウハウはこの場にいる誰よりも秀でているハンターが、実質この戦場の指揮を執り、スコーピオンが設営してくれた各陣地に部隊を展開させ斥候のための部隊を派遣する。しかし斥候部隊が山岳地帯に潜伏する敵の狙撃兵に倒され、情報戦においてMSF側は劣勢にある。

 そのために、山中に潜む敵を撃破することを狙ってWA2000らが呼ばれたわけであるが、彼女を見た瞬間にエグゼは露骨に顔をしかめる。

 

「まったく、お前の手を借りる羽目になるなんてよ…」

 

「任務よエグゼ、私情を挟まないで」

 

「やれやれ、君らは相変わらず仲が悪いんだから…」

 

 お互い実力は認めあっても、決して相容れない二人。

 ある意味エグゼとM4との対決以上に厄介な関係なのだが、任務にその感情を持ちこまないだけマシだろうか…これが任務にまで引っ張るようであったら、二人とも今の地位にはいられなかっただろうが。

 二人の定番となった毒のこもった挨拶が終わったところで、作戦会議の続き…とはならず、その場に招かれざる客としてAK-12がやってくる。

 

「またお前かよ、今度は何のようだ?」

 

依頼者(クライアント)側として、雇った傭兵たちの作戦行動は把握しておかなければならないのよ。勝手な行動を起こして不利益を生じさせたり、裏切ったりしないようにね?」

 

「そうかい、好きにしなよ」

 

「ええ、好きにさせてもらうわ」

 

 そう言って、AK-12は適当な椅子を引きずり部屋の隅に座る。

 そこで彼女はいつも通りの表情で、作戦会議を継続するよう促す…明らかにMSFは信用されていない、その不愉快さに一同不満を持つが考えても仕方がないことだ。

 

「防御陣地は用意したが、敵の全容が把握できないのであれば作戦もたてられず、要塞も無意味なものとなる。そのために障害となる山中の敵狙撃兵を排除し、偵察隊を送り込めるようにしたい。相手は特殊部隊と少数の山岳部隊が潜んでいると思われる……奴らが我々の陣地を偵察していないという保証はない、時間がかかればかかるほど我々は不利になる」

 

「敵の特殊部隊がどの部隊なのか、主力部隊の戦力もなにもかも分からないけど、確実に言えることはあたしらより数で上回ってるってことだよね?」

 

「そうね、折角山岳という相手にとっても攻略しにくい戦場なのだから、情報を集めて万全の状態で敵を迎え撃ちたいところよね」

 

「そうだ。そのためにお前らを呼んだ、頼りたくはないがスペツナズが動けない今は仕方がねえ」

 

「私の部隊がスペツナズに負けているなんて思って欲しくはないわね」

 

「まあまあ二人とも……そう言えばカラビーナと79式は?」

 

 ふと、彼女の小隊に属するメンバーが不在であることを思いだしたスコーピオン。

 79式は未熟な部分もあるが基本的に優秀、カラビーナはWA2000と張り合うほどの優秀な狙撃手でもある。この場にいるのは近距離戦を得意とするリベルタドールだけだ。

 

「79式とカラビーナは別任務で遅れてる。そこでの任務が終わり次第、エイハヴと一緒にここに来るわ」

 

「ほえ? エイハヴも来るの!? よっしゃ、勝った!」

 

「バカ言ってんじゃねえよ。まああいつが来るのはオレも知ってたけど、他にはスプリングフィールドの部隊とキッドの奴も増援として来るぜ。FALが参戦できなくてキレてたが、アイツは別な戦場だ……後はSAAの生まれ変わった砲兵大隊だ」

 

 いつぞやの戦いでSAAの砲兵大隊は奇跡的に損害を負うことは無かったが、20世紀時代の火砲を運用していた彼女の砲兵部隊もその後装備の更新が行われた。ユーゴ連邦からの購入の他、捕まえたアーキテクトを脅し…協力によって改良型の火砲などを開発、運用することが出来た。

 画期的なのは、鉄血が運用するジュピター砲に無限軌道を取りつけて自走能力を獲得したものだろう。

 戦車ほどの機動力はないが、自走能力により砲撃位置を自由に変えられるのはとても便利だ。

 

「WA2000とリベルタドールは、ハンターの部隊から編成した山岳部隊と一緒にゲリラ狩りだ。うちの部隊が敵の部隊とやり合ってるうちに敵の狙撃手を見つけ出して片付ける。ここまでがオレらの作戦だが、正規軍側からどれだけの支援を受けられるかだ……そこのところAK-12……って、寝てるのかこいつ?」

 

「寝てないわよ」

 

「紛らわしいんだよお前…」

 

「うるさい。支援については上層部に聞いてからじゃないと分からないけれど、少しくらいの部隊は貸し与えてくれるかもね。なんにせよ、私は内務省からの指示でここに来ているの。私が正規軍の窓口じゃないことを覚えておきなさい」

 

 要するに、正規軍の協力を得たければ自分たちで交渉しろというのがAK-12の考えであった。

 彼女はあくまでMSFの監視であり、それ以上の仕事をする気はさらさらない様子…MSFにとって少しも役に立たないと分かったスコーピオンは、即座に彼女へのレーション供給を止めることを決意する。

 

「まあだいたい分かった、お前らはあてにしねえよ。ところで他の戦線はどうなってんだ?」

 

「そうね。米軍との小競り合いがポーランド国境で頻発しているらしいし、大規模な武力衝突は近いわね。内務省の国内軍も動員されているし、そろそろ忙しくなる頃あいね」

 

「そうか……それで、鉄血の問題はどうなってんだ?」

 

「あら、気になるの? 古いお仲間だものね…?」

 

 含みのある笑みを浮かべるAK-12、わずかに開かれた目がエグゼを見据えた。

 喧嘩っ早いエグゼを挑発するのを周囲は冷や冷やした様子で見守る、エグゼは明らかにイラついているが何とかこらえたようだ。

 

「鉄血に関しては、正規軍もグリフィンも攻めあぐねている。いや、対応に困っているようね……潰そうと思えばいつでも潰せるんだけど、パルスフィールドや米軍の存在でまともな戦力を用意できない。かといって無視するにしても奴らは破壊活動を行う、上層部もどうするか迷ってるみたい」

 

「シーカーとドリーマーの野郎が何を考えているかだな」

 

「私がこんな事言うのは本来いけないんだけど、軍は未だにMSFが米軍もしくは鉄血と協力関係にあるんじゃないかって疑ってるのよ。あるいはユーゴ連邦政府と共謀して、東欧の地を狙ってるんじゃないかってね」

 

「こんな非常時にやることかよくそが」

 

「まあでも頼らざるを得ないのも事実、上手くやることね。さてと、作戦会議はもうお終いね? 頼りにしてるわね、MSFの皆さん?」

 

 




一方その頃……ケミカルバーガーが欲しくて虎視眈々と狙うAN-94さんとそれを阻止するヘイブン・トルーパー隊とでバトルがあった模様()





AK-12をみんな弄り過ぎ問題…(そろそろファンの人に怒られそう)



山岳戦、雪中戦、森林戦のハッピーセットや!
大丈夫、敵にとっても厳しい地形だからね!


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雪降る夜の遭遇戦

 ハンターが編成した山岳猟兵は、他の多くの戦術人形の部隊と同様にヘイブン・トルーパー兵を主体としながらも、山岳や森林での戦闘を想定した訓練を行った人員で構成されている。FAL大隊長が持つ強力な戦車などは有していないが、移動手段が大幅に制限される山岳においてそれは決して負い目にはならない。軽歩兵が主体とはいっても、MSFが開発する無人機の月光とフェンリルが部隊に編入されており火力面においては申し分ない。

 月光は強固な装甲と如何なる地形をも走破できる二足歩行兵器、フェンリルは小型ながら機動性に長け小型のレールガンを装備することで狙撃を行うことも可能だ。

 部隊の主力となるヘイブン・トルーパー兵の装備も山岳戦や森林戦に合わせたもので、それら環境に溶け込む迷彩服を強化スーツの上に着こみ、サバイバル術にも長けている。他の部隊のように重装備を携行出来ない関係上、必然的に隊員一人一人の高い戦闘能力が求められる。

 それゆえ、ハンターは精力的に兵士の技能及び練度向上を怠らず精鋭部隊として認知されていた。

 

 精鋭部隊を今回、WA2000とリベルタが率いてMSFの陣地と米軍部隊が展開する場所との間にある山岳に向けて出撃する。任務は山間に潜む敵の偵察隊の捕捉及び殲滅、可能であるのなら敵陣地の強行偵察だ。

 熱帯雨林ほど山間部は植物が生い茂っているわけではないが、それでも長く伸びた針葉樹林が空の光を遮りどんよりとした雲が空を覆うことで夜間にはほとんど何も見ることが出来ない。全員が暗視装置を装着することで夜間に置いての視界を確保できてはいるが、おそらくそれは向こうも同じことだろう…。

 

 

 その日は数日ぶりに雲が晴れ、月の光が木々の間から差し込むことである程度の光源は得られている。それでも暗いことには変わりない、バッテリー量の都合から終始暗視装置を装着することは出来ないため、非戦闘時は装備なしで索敵を行わなければならない。

 しかしその問題を補ってくれるのが、部隊に同行してくれた4足歩行獣型無人機のフェンリルだ。

 フェンリルは暗視装置以外にもサーモグラフィー機能も内蔵し、優れた索敵能力を持つことで軍用犬と同様の役割を果たす。さらに都合がいいのは、戦術人形はフェンリルと情報を共有することでリアルタイムにフェンリルから情報を得ることが可能であり、効率的な連携を取ることも可能だった。

 

 そんなフェンリルが、月夜の山間部を歩いている最中突然立ち止まり平伏する。

 フェンリルが視認した情報は即座にWA2000へと転送される…フェンリルがサーモグラフィーで捉えたのは、数百メートル先に潜む人型の姿であった。それを確認したWA2000はすぐさま行動を起こさずに、フェンリルにもう一度周辺の索敵を指示する……その指示を受けてフェンリルは静かに辺りを探るも、それ以上気掛かりなものは見つからなかった。

 周りに他に誰もいないのであれば、その熱源は敵である可能性は低い、そう見積もったWA2000は暗視機能を内蔵したスコープを覗く。スコープで捉えたのは、雪の上に横たわる味方のヘイブン・トルーパーの姿であった。

 

「リベルタ、周囲の警戒を。他の者はついて来て」

 

 少数のヘイブン・トルーパー兵を引き連れ、静かに倒れた味方兵士のもとへと近付いていく。

 他に何の音もない山で、雪を踏みしめる音がやけに大きく聞こえてしまう。些細な動きも見逃すまいとしきりに目を動かし、ゆっくりと接近……倒れた兵士はハンターが先行して偵察に出した部隊の隊員であった。そっと倒れた兵士の首元に指を当て生存を確認、次いで負傷箇所の確認だけを行う。

 一緒に連れてきた隊員が、医療キットを手にするがWA2000は待ったをかけた。

 

 彼女は腰からナイフをとりだすと、そっと、負傷した兵士と地面との間にナイフの刃先を差し込んでいき慎重に抜き差しを行っていく。それを何度も繰り返していると不意に、ナイフの刃先がコツッと何かに接触する音がなる。岩や樹木などとは違う、金属が発する音……それが意味することを察したWA2000は一度目を伏せると、司令部のハンターへと連絡を図る。

 

「こちらWA2000、ハンター応答せよ」

 

『こちらハンター、どうした?』

 

「全滅した偵察隊の生存者を発見した。腹部と胸部を撃たれているけど生きている、だけど身体の下に地雷が仕掛けられているわ……救出も応急処置もできないわ」

 

『了解した……仕掛けられた地雷の種類はわかるか? ジャンプ式じゃないといいんだが…』

 

「いえ、確認できないわ。何にせよ私たちじゃどうにもできない、ポイントを送るわ」

 

『ああ頼む、救助隊を向かわせる』

 

 通信を切ったWA2000は負傷した兵士を見下ろすと、そっと彼女のヘルメットを外す。苦悶に満ちた表情でじっと見つめてくる彼女の頬をそっと撫でると、水筒をとりだし彼女の口元へと運ぶ。

 

「私たちは助けれらないけれど、すぐに味方の救助隊が来るわ、安心しなさい。こんなことしか言えないけど、頑張って」

 

「感謝します…WA2000…」

 

 外したヘルメットをもう一度被せ、防寒着を一枚横たわる彼女の身体の上にかけてあげる。

救助隊が来るまでどれくらいかかるか分からないが、MSFは決して仲間を見捨てない。これはビッグボスがMSFという組織を創設したころからある規範のようなものであった。

 心苦しいが、負傷兵はその場に残しWA2000率いる索敵部隊は移動を開始した。

 

 

 時間帯は深夜をまわり、山間を索敵し続けるWA2000たちであったがいまだに敵との接触はない。

 星空が見えていた空はいつの間にか雲が多い、やがて月の明かりを遮断し辺りは暗闇に覆われる。

 日没から始めた索敵任務も開始から6時間近くが経つ、戦術人形とはいえ氷点下を下回る環境下でこれだけ長時間の任務は身体に悪影響を及ぼす。WA2000は森のくぼみを見つけるとそこに部隊を集め、少しの仮眠をとらせようとした。

 まずリベルタを先にくぼみのある場所に向かわせ、周囲の確認を行わせ、安全が確認されれば部隊もその場所へと集める。

 

「リベルタ、先に休みなさい。30分後に交代よ」

 

「…了解

 

 リベルタは小さくうなずき、まぶたを閉じて休眠する。

 人間と違っていいのは、人形は寝ようと思った瞬間に眠れるということだろう。リベルタと半数の隊員を休ませ、WA2000ともう半分の隊員はその場所から見張りを行い、30分後にその役目を代わる…。

 

 

 

 

 

 

 

 ゆさゆさと、自身の身体を揺さぶられる感覚に眠りから覚めたWA2000は反射的に武器を取る。彼女を揺り起こしたリベルタは無言で、森の奥を指差した。辺りはいつの間にか雪が降り始め、地面に落ちる雪の中で森を動き回る気配を捕らえた。

 雪を踏みしめる些細な物音、その音から複数人いることを察する。

 WA2000はすぐさまリベルタと隊員たちにアイコンタクトを送り、静かに攻撃配置につかせると、自身はくぼみをはずれ少し高めの位置に移動する。

 音は聞こえるが、夜の闇と雪のせいで視界はほとんどきかない。

 

「WA2000、暗視装置使用の許可を求む」

 

「暗視装置の使用を許可する。ただし攻撃は待ちなさい」

 

 隊員たちの暗視装置使用を認め、WA2000はそっとスコープを覗き込む。

 小さな音を響かせながらも、今だ姿を見せない敵を待ち続ける…フェンリルから送られるサーモグラフィーにもいまだ敵の姿は映らない。一度スコープから目を離したWA2000、その時、視界の端に映った些細な動作を捉え咄嗟にその方向に銃を構えスコープを覗き見る。

 狙撃銃を構えていた敵兵士をスコープの中心にとらえた瞬間に引き金を引き、静かな森に銃声が鳴り響く。

 

「戦闘開始ッ! 撃てッ!」

 

 WA2000の号令と共に、銃を構えていた隊員たちは音が聞こえてきた方向へと発砲する。WA2000らの発砲からわずかに遅れて森の奥に潜んでいた敵も反撃を開始し、暗闇の中にマズルフラッシュの光がいくつも明滅する。暗視装置を装備した彼女たちは、森の奥から姿を現し始めた米軍兵士を捉えるが、敵もまた同様の暗視装置を装備しており互いに一歩も譲らない。

 だが、別方向から米軍兵士が現れる。

 数の上ではわずかに相手が上回る、こちら側の攻撃は有効打を与えているが敵側も精鋭揃いでありMSF側も負傷者が出始める。そんな中、WA2000は機敏に動く敵兵士を捉えると一発で弱点の頭部を撃ち抜いて倒していく。敵側もスナイパーの存在に気付いたのか遮蔽物に身を隠し射撃の勢いがわずかに弱まる。

 そのタイミングを狙い、リベルタの指示を受けてスタングレネードを持った隊員がくぼみを飛び出し、その他の隊員が援護射撃を行う。敵に投げつけられたスタングレネードは彼らの目前で強烈な閃光と音を響かせ、混乱を引き起こさせる。

 

 一瞬の好機に真っ先に動いたのはリベルタドール。

 強固な防御力を誇る彼女はくぼみを飛び出すと一気に突撃し、至近距離からタングステン製バックショット弾の猛烈な射撃を放つ。至近距離からこれを受けた米軍兵士は文字通り弾き飛ばされ、まともに受けたものは四肢をもぎ取られる。

 多少の弾幕をものともせずリベルタドールと、WA2000の狙撃に対し不利を悟ったのか米軍部隊は撤退を開始、リベルタは追撃をかけようとするがWA2000は彼女を引き止める。

 

「深追いは禁物よ、一度私たちも退くわ!」

 

 リベルタは静かに頷き、まだ息のあった敵兵に銃口を向けて引き金を引く。

 

 敵にも損害は与えたが、MSFの部隊も同様に損害を受ける。

 戦死者が出なかったのは運が良かったとしか言いようがない、もしもWA2000が敵の狙撃兵に気付いていなければ不意打ちを受けたのはこちら側だっただろう。

 何にせよ、彼女たちも一度後方に引き部隊を編成し直さなければならない……WA2000は暗い森の奥をじっと睨み、踵を返し来た道を戻っていく…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイリーン上等兵曹…ここにいましたか」

 

 米軍兵士の一人が声をかけたのは、焚火の傍に腰掛け銃を磨く一人の兵士だ。

 他の多くの米軍兵士同様に、サイボーグ強化を受けた容姿をしているがその兵士は一般の兵士とは違いより高度なサイボーグ技術が施されている。光学機器とセンサーを内蔵したヘルメットの下から、プラチナブロンドの髪がはみ出ておりその兵士が完全な機械兵器でないことを示す。

 

「何か用かな?」

 

「第10山岳師団の斥候チームが敵と接触、被害を受けました。敵はどうやら優れた戦術人形とスナイパーを有しているようです、あなたには敵スナイパーの排除をお願いしたいんです」

 

「敵の、優秀なスナイパーか……分かった、いいよ」

 

 アイリーン上等兵曹と呼ばれた兵士は立ち上がると、焚火を足でもみ消し装備を整え始める。

 

「アイリーン上等兵曹、少ないですがこれを…」

 

「いいのかい? ありがとう」

 

 米軍兵士が差し出した煙草のパックをありがたくちょうだいしたアイリーン上等兵曹。

 ヘルメットを外すと、肩の辺りまで伸びたプラチナブロンドの髪がひらりと舞った……白く透き通るような頬を寒さで少し赤らめた彼女は、煙草をくれた兵士にウインクし煙草をくわえた。

 

「どうぞ」

 

「ん……ありがとう」

 

 差し出されたライターの火に煙草の火を近づけ、火を灯す。

 深く肺に入れた紫煙をゆっくりと空に向けて吹きつける……至福の一時に、彼女は表情を和らげる。

 

「伝説のNavy SEALsの戦いぶり、期待しています」

 

「伝説だなんてそんな大層なものじゃないよ。だけど、特殊部隊SEALsも私が最後の生き残り……私が死ねば本当に伝説になっちゃうね」

 

「不謹慎なことを……活躍を期待させてもらってもよろしいですね?」

 

「Navy SEALsの名に恥じない戦いはするつもりだよ。じゃないと歴代の先輩方にあの世でどやされるからさ…」

 

 煙草をくわえながら、アイリーン上等兵曹は小さく笑った。

 煙草を吸い終わり、再びヘルメットを装着し立ち去る彼女を、兵士は敬礼を向けて見送るのであった。




はい、米軍兵士のネームドキャラを登場させて見たよ。
世界最強の特殊部隊とも言われるNavy SEALsのアイリーン上等兵曹さん(♀)だ!

簡単な設定を…。


かつて世界最強と謳われたNavy SEALs隊員にして、存命する最後の隊員。
女性の身でありながら絶え間ない努力と優れたスキルで栄光あるNavy SEALsに入隊した彼女は、部隊内では選抜射手(マークスマン)として戦っていた。WW3勃発以前、とある戦地で重体となる、その際軍部よりサイボーグ手術を受けて生き永らえるがその後すぐに米本土は核の炎で焼き尽くされ、以後シーカーが再び米軍をよみがえらせるまで眠りについていたが、皮肉にも他のNavy SEALsは核攻撃の影響で全滅する。
性格は温厚であるが優れた戦士でもある彼女は、敵を倒すのに一切躊躇はしない。

再び目覚めたわけであるが、守るべき家族や戦友もなく、自分自身のことも生き延びたのではなく死に損なっただけ……地獄同然の世界にたった一人残されているような孤独感に苛まれている…。



なんかちょい役にするのもったいないな……どう思う?



※サイボーグ兵士について
サイボーグ技術は元々は米陸軍の技術であり、他の軍に共有されることはほとんどなかった(一部の海兵隊とアイリーン上等兵曹は例外)
特殊部隊と常備軍とで、施術されるサイボーグ手術は異なる。
一般に、特殊部隊員に施される施術はより高度なものとなっている。


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一瞬の間合い

 山中で一夜を過ごし、朝日が昇り陣地に戻ったWA2000はすぐさま部隊を整えると再び雪が降る山へと戻っていく。部隊を率いるハンターにだけ戻ることを伝え、負傷した兵士の交代要員を用意してもらっていたため、簡単な補給を済ませただけで彼女は再び任務につくことが出来たのだった。

 昨夜よりも強く雪が吹雪、視界は完全にホワイトアウト。

 普通に考えればとてもまともに任務を遂行できるような天候ではなかったが、昨日接敵した地点はMSFが想定していたよりもかなり陣地に近い場所であり、すなわち敵側はもう少しで陣地偵察を完了していたかもしれないという事実がある。

 見過ごせばMSFにとって大損害となる、そしてもう一つ…WA2000は一度引き受けた任務を必ず成功させるという気概、ある種の強いプライドがあった。自他ともに認めるほどの実力者であるという思いが、彼女を再び戦場へと呼び戻す。

 

 

『WA2000、応答せよ』

 

「こちらWA2000」

 

 

 陣地を離れ、再び山間部に足を踏み入れて数十分後、通信をかけてきたのはハンターだ。

 

『酷い天候だ、スナイパーだけに限らず兵士たちにとって過酷すぎる環境だが大丈夫か?』

 

 氷点下を下回る気温と吹き荒れる吹雪が、さらに体感温度を下げる。

 銃を握る手も手袋なしでは持っていられないほどの気温だ、そして防寒のための衣服などが細かな動作の支障となる。それは相手にとっても同じ条件であるはずだが、サイボーグ化された敵兵士たちが果たしてどれだけ寒さの影響を受けるかも分からない。

 

『そういえばスコーピオンが怒っていたぞ、何も言わずにまた戦場に出てってな』

 

「会ったら絶対休めって引き留めたでしょうからね。敵もまさか昨日の今日でまた仕掛けてくるとは思わないでしょうから、素早い行動が必要なの」

 

『お前ならそう言うと思ったよ。だが注意するんだ…回収した負傷兵によると、敵は一切姿を見せずほとんど一方的にやられたそうだぞ』

 

「姿を見せない……長距離からの狙撃の可能性は低いわね、こんな起伏もあって木々が生い茂った場所じゃ狙撃はしにくいものね。敵は光学迷彩の類を持っているとか?」

 

『いや、偵察隊にはフェンリルも同行していた。だがフェンリルのサーモグラフィーにも敵影を捕らえられなかったんだ。光学迷彩は光を屈折させることで装備者を不可視化するが、その過程で熱を発してしまう欠点がある。だが赤外線でも捉えられなかったとすると、何らかの偽装迷彩を施しているかもしれない』

 

「交戦した米軍兵士はサーモグラフィーで捉えられた、だとするとそれ以外…特殊部隊兵士がいるわけか……了解したわ、注意して進むわ」

 

『幸運を祈る、WA2000』

 

 

 通信を切り、WA2000は真っ直ぐ前を見つめる。

 視界に映るあらゆるものが白い雪に覆いつくされ猛烈に吹きつける吹雪によって、まともに目を開いてはいられない。昨夜よりも過酷な気候が、雪中を進む人形たちの体力を少しずつ奪い取っていく。

 長い期間南米で過ごし、その気候に対応する形で造られていたリベルタにとってはこの寒さは相当応えるようだ…いつもより動きが鈍くなっており、体内の油圧動力も寒さからか温まらず本来の力を発揮することができないようだ。

 

「リベルタ、大丈夫?」

 

 振り返り、リベルタを気遣うと彼女は小さく頷いた。

 一度戦闘行為が始まってしまえば、あとは稼働にともなう熱の発生で油圧システムが潤滑になり本来の力を発揮できるのだろうが、徒歩で歩く程度の運動量ではうまく油圧システムが温まらない。リベルタの戦術人形としての欠点は、初動時のパワー不足だろう。

 吹雪の中をひたすら進み、再び米軍部隊と接敵した地点に近付いたWA2000は部隊を散開させ付近の偵察にあたらせる。

 いくらかマシになった天候によって索敵もしやすくなるが、それは相手にとっても同じことだろう。

 風が吹雪く音が鳴り響く中、他の誰かが発する音を聞き逃すまいと耳をたて、目を細め周囲を伺う…どこまでも白い景色が続く、動くものは仲間たちの姿だけだ。付近の偵察を止めさせ、WA2000は次なる地点の偵察のため隊員たちを招集…。

 

 

 この山間部のマップを端末に表示し、次に向かう場所を定めようとした時、突如爆音がすぐそばで鳴り響く。咄嗟に見上げたWA2000が見たのは、舞い上げられた雪に混じる赤い鮮血と片足を吹き飛ばされたヘイブン・トルーパー兵の姿だった。

 雪の下に隠されていた地雷を踏みつけてしまったのだと悟り、WA2000は吹き飛ばされた兵士の回収を命じ自分たちが雪に残した足跡をたどり引き返す。そして適当な位置に配置につくと、銃を手に身構える。

 

 地雷は踏んでしまったがおそらくまだこちらの正確な位置は掴めていないはず、そう判断したWA2000の予想は当たり、雪中から姿を現した米軍兵士は周囲を探索しているようであった。その場に敵兵士が集まって来たのを見計らい、射撃命令を下す。

 散開した部隊がそれぞれ十字砲火を形成し、やって来た米兵士を仕留めていく。

 相手も訓練された兵士であるため、即座に遮蔽物に身を隠し応戦するが今回は事前に攻撃準備を取ることが出来たMSFが有利となる。十字砲火によって遮蔽物からあぶりだされた敵兵士をWA2000が的確に狙撃、排除することで確実に敵を撃破していく。

 サイボーグ化された兵士たちは一発二発程度では倒せないが、急所を狙い撃ち、何発も命中させることで倒すことが出来る。

 

 だが、一方的に戦いを進められるはずもなく、敵の銃弾によってWA2000のすぐそばにいた隊員が頭部を撃ち抜かれ即死する。今作戦で初めての犠牲者、しかし戦場に犠牲者はつきもの…そう思うWA2000であったが、同じようにまた別な隊員が頭部を撃ち抜かれ絶命した。

 

「スナイパーッ!」

 

 敵の正確無比な射撃から狙撃手の存在を察知し、咄嗟にしゃがみ込む。攻撃の手が止んだことで米軍部隊も少し後方に退き、形成されていた十字砲火の中から脱出してしまう。それまでのお返しとばかりに猛烈な射撃を浴びせかけてくる敵に、WA2000は舌打ちする。

 交戦状態で、なおかつこの悪天候で敵狙撃手の位置を割り出すのはとても困難であるが、素早く探し出さなければ優位は崩され逆にやられるのはこちら側だ。

 

 隠れていた場所から少し離れ、木の幹に身体を隠し敵側を伺う。

 敵は岩肌や木々に身を隠し攻撃しているが、WA2000が捜すのはそんな敵じゃない……戦場を俯瞰し、好機を伺い必殺の一撃を放つ狙撃手の存在だ。スナイパーとしての経験から、狙撃手が好むであろう位置に目を向けるが、そのどれにも敵の姿を見ることは出来ない。

 そうしている間にも、敵の凶弾に倒れる仲間の数が増えていく。

 緊迫した状況に、WA2000の横顔に珍しく冷や汗が流れ落ちる…。

 

 

(いない…どこにいる…!?)

 

 

 少しずつ、彼女は焦りを感じていく。

 不意打ちはもはや完全に失敗、敵側が徐々に優勢になっていきMSFは後退を余儀なくされる。その好機を見逃さない敵の狙撃手は、後退する兵士たちを撃ち抜いていく。射撃間隔が早い、それに気付いたWA2000は敵が単なるスナイパーでないことにも気付く。

 

「マークスマンか……厄介ね!」

 

 こちらに向けて走ってくる敵兵士を仕留め、WA2000は隠れていた木から飛び出し仲間たちの隠れる場所へと滑り込む。マガジンのリロードを行いつつ、忌々しく敵を見据えていると、ふとリベルタがじっと樹上を見つめているのに気付く。

 その視線を辿ってみるが、そこに敵の姿はない。

 

 だがリベルタは何もいないはずの樹上に向けて銃を構えると、躊躇することなく引き金を引いた。正気でも失ったのかと危惧するWA2000であったが、リベルタが銃弾を撃ちこんだ樹上に赤い眼光が一度光ったのを見た彼女は、即座に銃を構える。

 放たれた弾丸が命中する前に、樹上の敵はその場を跳び退いたのを見る。

 木々の枝を足場に軽やかに跳び回り、正体不明のその敵は一瞬何らかの偽装迷彩を解除しその姿を露わにした……鉤爪のついたブーツを樹木に刺し込んでしがみつき、そのサイボーグ兵士は赤い眼光をWA2000とリベルタに向けていた。

 

 すぐさま銃を構えようとしたが、その兵士はすぐに己の身体を景色に溶け込ませて姿を消した。

 だがその気配は消えていない、木々を跳び回るたびに樹木が揺れ動く…その動きを辿ろうとするも、地上から撃って来る他の米軍兵士と、高度な偽装迷彩によってあっという間に姿を見失う。

 

「リベルタ、敵の居場所は分かる!?」

 

 彼女の問いかけに、リベルタは首を横に振る。

 今のところ兵員の数では互角だが、戦況は既に劣勢…おまけに人外じみたサイボーグ兵士が姿を消してどこからともなく襲いかかってくる状況にある。この不利な状況に、WA2000は撤退を余儀なくされるがそれは相手側の思うつぼだった。

 後退を始めた途端、あの狙撃手は堂々と姿をさらしたばかりか樹上から直接奇襲を仕掛け退路を遮断する。

 

 真上から仲間に跳びかかり、その喉笛を掻き切ったその敵を即座にWA2000は撃つが、肩に命中した程度では致命傷にならない。むしろ狙いをWA2000に定めたその敵は凄まじい速さで接近戦を仕掛けてきたではないか。跳躍で銃弾をかわした敵はナイフを抜き、勢いよく振り下ろす。

 間一髪避けたWA2000もまたナイフを手に迎え撃つ態勢へ、素早い斬撃をナイフではじくが攻撃の重さに手にしびれを感じる。戦術人形を上回るパワーを持つサイボーグ兵士、接近戦では分が悪いと思われたが、WA2000は日頃培うCQCの技を駆使し互角に渡り合っていた。

 

「強いな、戦術人形」

 

「そりゃ、どうも!」

 

 声を発してきた敵を強引に突き放し、WA2000は銃口を向ける。しかし敵は引き金が引かれたのと同時に銃身を弾いて狙いを逸らし、放たれた回し蹴りをWA2000の側頭部に叩き込んで吹き飛ばす。強烈な蹴りを受けた彼女は一瞬意識が飛びそうになるが何とか堪える、しかしダメージは大きく片膝をついてしまった…。

 敵が振り下ろしたナイフを咄嗟に防御するが、敵はもう片方の手にナイフを握る……万事休す、そう思われたが敵は振り上げたナイフをいつまでも振り下ろそうとしない。

 

 

「お前は……いや、違う…」

 

「なに……?」

 

 

 敵は何かに戸惑っているようすであった。

 その時、WA2000の危機に駆けつけたリベルタが渾身の力を込めて相手を殴りつけて、大きく吹き飛ばす。常人が受ければ一撃で死に至らせるほどの拳を受けたサイボーグ兵士であるが、ダメージは与えたものの殺すことは出来なかった。

 ただし、リベルタ渾身の拳を受けた影響か偽装迷彩能力が低下し、姿を隠せない。

 絶好の機会、そう思った時…米軍兵士が放ったロケット弾が炸裂、樹木ごとWA2000らを吹き飛ばす。爆風で弾き飛ばされたWA2000は山の斜面を滑落していき、何とか斜面の木々にしがみつこうとするが転げ落ちる勢いが強く、無情にも斜面を滑落していく。

 

 

 最終的に、斜面下の大きな岩に身体を思い切り叩きつけられて勢いが止まる。

 全身を襲う酷い痛みに苦悶の表情を浮かべる………左腕は折れてズキズキと痛み、ロケット弾によって爆ぜた樹木の枝が下腹部に突き刺さっていた。

 

「くそ……やってくれたわね……!」

 

 痛む身体に鞭をうち、ひとまずその場を離れていく。

 腹部から流れる疑似血液が地面に垂れ落ちて血痕を残す……銃声が斜面の上から聞こえるが、今の状態で再びその斜面を昇って行くことは出来ない。WA2000は適当な場所に腰を下ろすと、腹部に刺さったままの枝を掴むと、唇を噛み締め一気に引き抜いた。

 激痛で悲鳴をあげてしまいそうになるのをなんとかこらえ、抜いた枝を投げ捨てる。

 

「治療キットも、弾薬も全部ぶちまけちゃったわね……残弾数は…」

 

 マガジン内は空、コッキングレバーを引けば一発が装填されていた。

 

「ラスト一発、運がいいんだが悪いんだか…」

 

 自嘲気味にぼやくと、斜面上からあのサイボーグ兵士が滑り落ちてきたではないか。まだ追いかけてきている、その執拗さに歯ぎしりし、WA2000は再び移動する。雪上に残された血痕が見つかれば追跡され一巻の終わりだ。

 その前に逃げきるか、あるいは仕留めるか。

 WA2000が選んだのは後者だった。

 

 折れた左腕の代わりの支えとして、樹木に紐を縛りそこにライフルの銃身をくくりつける。

 

 あとはひたすら待つ、待ち伏せ(アンブッシュ)だ。

 

 吹雪の音に混じってあのサイボーグ兵士が近付いてくる気配を感じ取る、WA2000が雪上に残した血痕を辿っているのだろう。しかしそれもWA2000が止血した辺りで見失う……再び樹上に飛び移り、それ以来気配が消える。

 気配が消えてもWA2000は微動だにせず、目だけを動かし雪に覆われた山を伺う。

 そのまま数分、いや数十分が経過する……吹きつける雪が彼女の身体にまとわりついて、白い雪で覆っていく。低体温症寸前となるまでの状態でさえ、WA2000は動かない。

 

 いつしか雪の勢いが止み、雲に微かな隙間が生じ太陽の光が地上を照らす。

 

 雪に覆われた風景の中に、光る何かが見えた。

 雪が太陽光を反射したものではない、樹上で光った先をスコープで捉える……スコープを通し見えたのは、同じようにスコープを覗きこちらを狙うサイボーグ兵士。

 

 たった一瞬にも満たないわずかな時間、それがとても長く感じられた……。

 

 

 WA2000が引き金を引いた時、スコープに映るサイボーグ兵士の銃口が光る。

 一瞬の間を置いてWA2000のすぐそばの木が爆ぜる音が鳴るった……スコープを通し、樹上からサイボーグ兵士が力なく落下するのを見届けた彼女はようやく顔をあげると、小さなため息をこぼしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛いな、まったく……」

 

 胸部に銃弾を受け、樹上から落下した彼女…アイリーン上等兵曹は激しくせき込み喀血する。普通なら問題にならないはずが、体内の重要パーツが銃弾を受けたことによって破損し、思うような動作ができずにいた。

 吐血して汚れきったヘルメットを脱ぎ棄て、少量の雪を手に取り顔についた血を落とす…。

 ふと、雪を踏みしめる音を聞き顔をあげた彼女が見たのは、同じく満身創痍の姿のWA2000だ。

 

「お見事、負けたよ戦術人形さん……強いんだね、君は」

 

 素直な気持ちで称賛の意を示すが、WA2000は眉をひそめてアイリーン上等兵曹を見下ろす。

 

「一つ聞かせて……あなた、どうして狙いを外したの?」

 

 WA2000の言葉にやや驚いたような表情を浮かべるも、彼女は一度目を伏せると、どこか懐かしむ様な顔で言った。

 

「まったく、どうしようもないね……戦い合ってる相手に、それも戦術人形に死んだ妹を重ねるなんてさ」

 

「死んだ妹……?」

 

「そう、エリーって名でね。あなたを見てたら被っちゃってさ、懐かしくてつい、任務を忘れてしまったの…」

 

 そう言うと、アイリーンは震える手でポケットから煙草を一本取り出すと火をつける。ゆっくりと煙草の煙を吸い、しばらく堪能してから吸った時と同様にゆっくりと吐きだしていく。一服したその表情はいくらか和らいでいた…。

 

 

「……なーんてね、うそうそ。あなたとうちの妹はこれっぽっちも似てないよ、ただ単にあなたが引き金を引くのが早かっただけだよ。でも………おかげで、大切なものを思いだせた、ありがとう…」

 

「ずいぶん潔いのね。米軍の生き残りは、みんなあくどい奴ばかりだと思ってた…」

 

「そんなの、デルタのあの男だけだよ。アイツはヤバいよ、誰も勝てない……それに、あなたたちが戦っているのはアメリカであっても、私が忠誠を誓ったあのアメリカなんかじゃない」

 

「どういうこと?」

 

「星条旗をかざした亡霊だよ、あれは……それより私をどうするの? とどめを刺す?」

 

「そうしようにも弾がもう無いわ。捕虜として、陣地に連れ帰るわ」

 

「脱走するかもしれないよ?」

 

「その時は殺すまでよ」

 

「フフ、やっぱりあなた妹には似てないよ。そんな物騒なこと言わないもの……まあいいか、君たちがジュネーブ条約を尊重してくれる人であることを祈るよ」

 

 

 アイリーンを捕虜として連れ帰るのはいいが、装備もなく負傷したWA2000には人ひとりを運ぶことは出来ない。仕方なく陣地に連絡を取ろうとすると、後を追いかけてきたと思われるリベルタドールがちょうどよくやって来てくれたが、全身血まみれで酷い格好だ。

 見たところ外傷はなさそうだが…。

 

 

「酷い格好ね、敵はどうしたの?」

 

ほとんど倒した……残りの敵は、私が素手で八つ裂きにしたのを見て逃げていった…ほら

 

 

 そう言って、リベルタは戦利品を見せつけるかのように、背骨ごと引き抜いた米軍兵士の頭部を差し出してきた。これにはさすがのWA2000も顔を真っ青にし、アイリーンは白い目で二人を交互に見つめる。

 

 

「リベルタ、カルテル時代の行為は控えなさいって言ったわよね? 基地に帰ったら説教よ、覚悟しなさい」

 

「…………!?」

 

 

 




79式「リベルタが説教されてる…! 何があったのでしょう!?」
カラビーナ「敵を背骨ごと引っこ抜いて殺したらしいわ」

エグゼ「ハイエンドモデルなら当然のことだろ?」
アルケミスト「そんなぬるいことでガタガタ抜かすな、あたしだったら(自己規制)」
ハンター&デストロイヤー「ハイエンドモデルへの強烈な風評被害やめろ」


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南欧戦線 前編

 先日未明、ベルリンにて戦力を蓄えていた米軍部隊がポーランド国境に対し一斉に攻勢を仕掛けたという大々的なニュースが報じられる。事前に戦力を配備し強固な防御陣地を形成していた正規軍側は抜かりなくこの攻勢を見極めていたのだが、900km以上もの長大な戦線がほぼ同時刻に攻勢を受けたことで一時指揮系統に混乱が生じ、中でも激しい攻勢を見せた米軍部隊が一時ポーランドの首都"ワルシャワ"に対しあと50㎞という地点にまで迫られたのである。

 この危機的な状況を打開したのはカーター将軍が指揮する部隊だ。

 彼は突出した米軍部隊を挟撃することで分断、各個撃破することでなんとかワルシャワが戦場になることを回避することが出来たのだ。一時後退した米軍部隊であるが、喪失したのはほんの一握り…正規軍はなおも米軍とのワルシャワをかけた攻防戦に望むこととなる。

 

 そしてもう一つ、正規軍にとって重大な戦線が存在する。

 南欧の、ギリシャとブルガリアの国境線で勃発したもう一つの戦場……そこはMSFとその協力関係にあるPMCおよび正規軍の南欧方面軍が戦う激戦地である。ペロポネソス半島南部より上陸してきた米軍部隊がそこを突破すれば一気にウクライナ、そしてモスクワまで進撃してくるだろう。

 戦略的に重要な戦域である反面、西側より攻め寄せる大部隊への対処のため十分な戦力を配置できず、雇ったPMCに頼らざるを得ない状況だ。

 この極めて重大な戦線を任せたMSFは、かねてから不穏分子として警戒し続けた組織であったが、もはや正規軍にとって選り好み出来る状況などではなかった…。

 

 

 ギリシャ・ブルガリア国境 山岳地帯

 

 

 数週間にわたる降雪で山間部は雪で埋め尽くされている。

 氷点下を大きく下回る気候、凍てつく大地、吹きつける氷雪……涙すら凍りつく極寒と化した世界に響き渡る砲声。砲弾が凍りついた地面を粉砕し、広がる炎が氷雪を溶かしていく。雪で覆いつくされていた白い山は、爆炎と抉られた泥土によって黒く染まっていく…。

 激しい砲撃戦を指揮するのはMSF砲兵大隊大隊長のSAAだ。

 これまでの戦訓を活かし、MSF研究開発班やアーキテクトの協力で新たに編成された砲兵大隊は事前の偵察から得た情報と、今もなお密かに偵察を行う斥候より逐一報告される情報から砲撃地点を割り出し、惜しみなく砲撃を浴びせ続けた。

 

「砲弾はたくさん備蓄してあるんだから! 撃ち尽くすまで撃ちまくれーッ!」

 

 配下の砲撃部隊に指示を飛ばし、SAAは興奮のあまり手にしたコーラ缶から中身が飛び散っているのにも気に留めない。時代遅れの火砲を誤魔化して使っていた時代はもう過ぎ去り、現代でも十分に通用する威力の火砲を取りそろえたSAAの大隊はMSF内でも屈指の破壊力を持つ。

 そして、アーキテクトを迎え入れたことによって得た新兵器が今その力を見せつける。

 鉄血が持つ要塞砲ジュピターの砲身を持つ自走砲、戦車には劣る機動性だが素早い陣地転換を可能としたこの新型兵器によって、米軍側からの砲撃を回避することが出来た。

 

「SAA大隊長! 偵察隊より報告、我々の砲撃が敵に有効打を与えているとのこと!」

 

「きゃっほー! この情報は直ぐに正規軍の人たちにも共有して、一緒に撃ちまくろう!」

 

「了解ッ!」

 

 SAAに敬礼を向け、報告にやってきたヘイブン・トルーパー兵はすぐさまMSFが入手した敵の情報を共有するべく、正規軍の陣地へと向かう。

 数十分後、その情報が行き渡った証として、正規軍が誇る圧倒的火力が米軍部隊へ向けて火を吹いた。

 数キロ離れたSAAの陣地にまで響き渡る凄まじい轟音。

 SAA率いる砲撃部隊の砲声が小さく感じてしまうほどの猛烈な砲撃音…後方の正規軍陣地から発射される無数の多連装ロケット弾が部隊の頭上を飛んでいき、山岳の向こう側にいるであろう米軍部隊へと降り注ぐ。

 

「す、すごーい! 山が真っ黒い煙で見えなくなっちゃったよ!?」

 

 それまでにも正規軍が誇る圧倒的軍事力は知っていたが、実際その目で見た感想は圧巻の一言であった。

 もしもこれだけの戦力が敵になったら、そしてその正規軍をもってして単独で戦うことを恐れる米軍部隊…その二つを頭に浮かべたSAAはその身を震わせた。

 

 

 

 一方、要塞化された山岳地帯。

 強固に設営された山岳の陣地は米軍側の砲撃に晒されていたが、WA2000らの活躍によって敵偵察隊を撃破した影響からか此方の砲撃の精度は悪く、スコーピオンが造り上げた要塞化した陣地には有効打を与えられていない様子だった。 

 それでも精度の悪さを補う、圧倒的破壊力の砲撃によって時々防御陣地が爆発によって吹き飛ばされる。

 

「いっったぁぁぁっ!!」

 

 塹壕に潜って砲撃を回避していた79式であったが、爆風で吹き飛ばされた岩石が頭に落下し悶絶する。

 

「あーもう、なんでヘルメット持ってこなかったのさ! スコップ、ヘルメット、ガスマスク! 塹壕戦の三種の神器でしょ!?」

 

「うぅ、すみませんスコーピオン…!」

 

 石がぶつかった頭を押さえこみながら、スコーピオンが持ってきてくれたヘルメットを頭にのせた。

 普段の特殊任務からそんな装備の重要性を認識していなかったが、今ここで行われる戦闘は真っ向からのぶつかり合い、装備一つの有無が生死を分ける。

 

「カラビーナ、カラビーナはいるか!?」

 

「ここにいますわ。何かご用かしらエイハヴ?」

 

 身をかがめながら塹壕を通ってやって来たエイハヴは、別の戦域で米軍部隊が攻勢を強めていることとその戦域の応援に向かうようカラビーナに伝える。

 

「リベルタ、お前も一緒に行くんだ!」

 

「分かりましたわエイハヴ、行きましょうリベルタ」

 

 指示を受けた二人はすぐさま救援のための部隊を引き連れ、別な戦域へと向かう。

 残った79式は戸惑いつつ周囲を見回すが、誰もかれもが自分のことで精いっぱいのようすだった。普段はWA2000が指示を出してくれることで、79式はそれを実行するだけで済んでいたが、今回はそうはいかない。そんな時、ちょうどキッドがネゲヴと一緒に塹壕へ転がり込んでくる。

 

「あーチクショウ、クソ砲撃のせいで何も聞こえねえ!」

 

「キッド兄さんしっかりしてよ! ああ79式、ちょうどよかったわ、エイハヴはどこ!?」

 

「あ、えっとあっちの方に!」

 

「分かったありがとう! ほら行くわよキッド兄さん!」

 

「あ、ちょっと待って!」

 

 79式の呼び止める声は届かず、ネゲヴはキッドの手を引いて塹壕の向こうへと走り去っていってしまった。

 絶えず周囲を動き回るのは部隊の主力を構成するヘイブン・トルーパー兵ばかり、基本的に彼女たちは指示を聞いて動くだけの存在なので、指示を求めるわけにはいかない。79式もその場から移動し、エイハヴやハンターなどと合流し指示を貰おうとした時のことだった。

 突如地面が揺れ、バランスを崩した79式は塹壕内で転倒する。

 転んだはずみで脱げたヘルメットを慌てて拾い上げると、79式の頭上より大量の土砂が降り注ぐ…中には拳ほどの大きさの石も混じっており、また頭にぶつかる前にヘルメットを被り直す。

 

「何なんですか!?」

 

 降り注ぐ土砂がおさまったところで塹壕から顔を覗かせると、塹壕より100メートルほど先のところに稼働音を鳴り響かせながら横たわる巨大な掘削機械があった。その背後には今しがた開けられたと思われる巨大なトンネルがあり、暗闇の向こうより敵の歩兵部隊が向かってくる気配を感じ取る。

 周囲を見渡してみれば、同じような掘削装置がいくつか防御陣地の前に侵入路を形成していた。

 いずれもMSFの陣地の手前、中には500メートルも離れた箇所から飛び出した掘削装置もある……WA2000の活躍によって偵察隊が撃破され、正確な位置情報を得られなかったのだろう、尊敬する彼女の活躍によって危機を免れたことに79式は誇らしく思うがそうも言っていられない。

 穴の中から敵の兵士が地上に現われはじめると、奴らはすぐに散らばり陣地に対し攻撃を仕掛けてきた。

 

「みんな他の穴の対処で精いっぱいだ……私がやらなきゃ!」

 

 79式は早速、周囲のヘイブン・トルーパー兵を集め一つの小隊を編成する。

 高度な指揮モジュールを搭載していない79式が直接指揮できるのはせいぜい30名程度、彼女は統率する兵士に対装甲兵器用の重火器と爆薬を装備させると塹壕を乗り越え穴に向かって進む。

 

「敵が出てきます! 対物ライフルによる援護を!」

 

 穴を乗り越えて出てきた米軍装甲人形は、穴から這い上がった瞬間を狙われる。

 ヘイブン・トルーパー隊に試験的に配備された対物ライフルXM109、25x59BmmHEIAP弾。並の戦術人形や人間相手では容易く貫通あるいは粉砕するその兵器は、そこそこの装甲を持った相手に極めて効果的だ。射撃試験では月光の装甲をも撃ち抜くその弾丸は、米軍の装甲人形を複数体撃ち抜き、弾薬内部の炸薬が炸裂することで吹き飛ばす。

 対物ライフルを装備したスナイパーと、少数の兵士の護衛を受けながら79式はその足の速さを活かし開けられた穴へと接近するが…。

 

 

「敵が来ます、ご注意を!」

 

 

 ヘイブン・トルーパー兵の声に頷いて見せたが、穴から這い上がってきたクモのような多脚装甲兵器に動揺する。MSFがこれまで対峙したことのない無人機であった。

 そのクモのような多脚装甲兵器は見た目通り機敏に動くことを得意としており、塹壕からの狙撃を回避する。

 武装面では連装式レーザーブラスターによるエネルギー兵器を装備、最低出力でも人を殺傷するのに十分な威力を有するエネルギー兵器に79式の進撃が止まる。

 

「堅い装甲ですね! 堅くて早くて痛いって、そんな一方的なチートは許しません!」

 

 手持ちのショルダーバッグからスタングレネードをとりだし、多脚歩行兵器の開けられた穴に向けて放り投げる。閃光が効果を発揮し、まともに強烈な閃光を浴びた無人機はカメラが焼きついて故障し、その視覚センサーが壊される。

 視力を失い錯乱状態になった多脚歩行兵器はあらぬ方向にレーザーを乱射しそれが同士討ちを引き起こす。

 

「今の隙に突撃です!」

 

 敵が態勢を整える前に、79式は走りだすと爆薬をありったけ詰め仕込んだバッグを穴の中へと放り込む。その瞬間、穴から一体の多脚歩行兵器が飛び出し、79式を6本の脚で組み伏せた。押し倒した79式を敵は2本の脚で拘束すると機械の力で強烈に絞めつける。

 

「うぐっ…! かはっ…!?」

 

 渾身の力を込めて払いのけようとするが、純粋な機械パーツで構成された多脚歩行兵器の力は凄まじく、79式の骨格が軋みをあげ内臓器官のいくつかが強烈な圧迫によって損傷する。敵に背骨をへし折られる前に脱出しなければ、そう思い79式は歯を食いしばり手にする銃を目の前の視覚センサー部に押し付け引き金を引いた。

 ありったけの弾丸を撃ちこんだ末、敵はその活動を停止させたが、最期の際に79式の脊椎をへし折っていった…。

 

「79式、大丈夫ですか!?」

 

 駆けつけたヘイブン・トルーパー兵の手を借りて立ち上がろうとするが、脊椎をへし折られたことによって下半身を動かすことが出来なくなってしまった。ピクリとも動かない足を何度も動かそうとするが、何も変わらず…やむなくヘイブン・トルーパーの背にしがみつくことで離脱する。

 しかし背を向けて後退する彼女たちを米軍無人機は逃がそうとせず、容赦なくその背に向けて引き金を引く。

 

 たまらず79式を背負う兵士は遮蔽物に身を隠す。

 なおも追撃を仕掛けようとする敵の無人機、しかしそこへ駆けつけたのはMSFの無人機たちだ。

 

 独特な稼働音を鳴り響かせながら駆けつけた月光が着地と同時に敵の無人機を踏みつぶす。

 疾走して駆けつけたフェンリルは背部の高周波チェーンソーによって、すれ違いざまに敵の多脚歩行兵器を切断していった。いずれも機体装甲部にナンバリングが施された歴戦のAI兵器だ。

 そして可変機能を有する無人攻撃兵器グラートはトーチカ形態をとって79式たちの盾となり、後退の援護を引き受けた。

 

 

「ありがとうみんな!」

 

 

 言語は持たないが、高度なAIを搭載することで他の多くの戦術人形同様の強い仲間意識を持つにいたったMSF無人機たちは、79式のその言葉に反応し咆哮をあげた。

 

 

「うぅ、手までしびれてきた…ねえ君、私の代わりに起爆スイッチを!」

 

「了解しました!」

 

 爆薬を起爆させる機会はやむなくヘイブン・トルーパー兵に譲る。

 起爆前に仲間の無人機たちを退かせ、敵が再び穴から這い出てくるその前にスイッチを押す……その瞬間、79式が穴に放り込んだ爆薬が起爆し穴からは爆発によって吹き飛ばされた土砂と黒煙が吹きだした。

 爆発の衝撃で穴は崩落し、内部にいた多くの米軍無人機がその下敷きにされていく…。

 さらに地上部が数百メートルに渡って陥没し、さらに多くの敵を崩落によって撃破した。

 

「やりました、79式!」

 

「えへへ……あいたたた…」

 

 思わず笑みをこぼす79式であるが、すぐに激痛からすぐに苦悶の表情を浮かべる。

 敵を撃破したその場所に遅れて駆けつけてきたエグゼとエイハヴであったが、塹壕前に倒れる敵無人機の姿と崩落した穴を見て驚きを隠せないようす。

 

「79式、もしかしてお前がこれを!?」

 

「は、はい…なんとかやってやりました…!」

 

「ヘヘ、ポンコツかと思ったらなかなかやるじゃんかお前! よし、もう十分だ、後退してゆっくり休め」

 

 はにかむ79式の髪を、エグゼは素直に称賛しつつわしゃわしゃと撫でる。

 それから脊椎を破壊された彼女を労わり医療部隊に命じ後方へと退かせた。いまだ多くの穴が残されていたが、79式が塞いだ穴が陣地から最も近く対処を急がれる場所だった。

 

「79式のやつ、案外使えるな。後で連隊の大隊長に勧誘してみるかな!」

 

「やめとけ、ワルサーのやつが怒るぞ?」

 

「知ったこっちゃねえよ。さてとこっから反撃だぜ!」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、エグゼは部隊に反撃の指示を出す。

 これに呼応して正規軍の部隊も動く、戦場は自軍陣地から山間部へ……険しい山林と雪の戦場へ移る。




79式ちゃんの活躍が書きたかった、わーちゃんがいなくても頑張るんだい!

米軍の多脚歩行兵器はあれです例の如くSWのクラブドロイドがモデルです(懲りない)

ちなみにMSF無人機の歴戦個体は期待にナンバーつけたりイラストをつけたりするのが許されます、金ぴか月光がいたり赤い彗星な月光がいたりするんですかね(適当)



次回、南欧戦線 中編 お楽しみに!


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南欧戦線 中編

 雪に覆われた山に絶え間なく響き渡る銃声と爆音。

 MSFが築き上げた防御陣地から山一つ越えたそこはMSFが十分に偵察を行えていなかったエリアであり、米軍側も万全の防御態勢を整えていることを察知できず、うかつにそこへ飛び込んでいってしまった部隊は壊滅的な被害を被った。

 さらに予想していなかった相手として、米軍側は凄まじい攻撃力を誇る主力戦車M10A1マクスウェル戦車を多数配備していたことだ。優れた射撃管制システムと強固な装甲によって機敏な月光でさえも捉えられ、一撃で破壊されてしまう。

 弱点となる車体後方と下部を掘った穴の中に隠し、最も強固な砲塔部だけを露出したマクスウェルは戦車サイズの要塞と言っていいほど堅牢かつ強力な兵器と化していた。マクスウェル戦車が放つレーザーキャノンは着弾点に猛烈な爆発を巻き起こし、月光の装甲も融解させ、その破壊力ですべてを吹き飛ばす。

 

 そんな、予期せぬ強敵と鉢合わせてしまったマシンガン・キッドが率いる部隊は戦車の恐ろしい砲撃と、随伴歩兵の執拗な攻撃によって壊滅的被害を被った部隊の一つだった。

 

「あーもう! 敵の攻撃が凄まじすぎるよ、正規軍は何やってんの!?」

 

「それよりもエグゼだ! 増援寄越すとか言って、まだ来てないんだろ!?」

 

 砲撃で深々と抉られたクレーター内に退避したキッド率いる戦闘班、及びネゲヴやMG4といったマシンガン戦術人形たち……そのうちの一人、M1919はマクスウェル戦車が放ったレーザーキャノンの一撃で深刻なダメージを受けていた。直接砲撃を受けたわけではないが、レーザーキャノンによって破砕された樹木が爆ぜて木片が勢いよくはじけとび、運悪くそばにいたM1919は全身を鋭利な木片に貫かれたのだ。

 

「しっかりしてM1919! キッドさん、まだ増援は来ないの!?」

 

 全身を血で真っ赤に染めたM11919を視るBARは悲痛な声で叫ぶが、その声は銃声や爆音にかき消されてキッドには届かない。弾倉を撃ち尽くしたキッドが屈み込んだところを咄嗟に捕まえてBARは叫ぶ。

 

「M1919が危ないよ! 早く助けないと死んじゃう!」

 

「ああ、分かってる! ちくしょう弾がもう無い……あのバカエグゼ、オレらを見捨てたのか!?」

 

「そんなはずないでしょ! あのエグゼが見捨てるわけないよ!」

 

 だがどれだけ待っても増援部隊はやって来ない。

 マクスウェル戦車を破壊できるだけの兵器を有していないキッドたちでは、いずれ敵の攻勢に押し潰されてしまうのは明白だった。キッドが引き連れる戦闘班はMSFがまだコロンビアで活動していた頃から在籍するベテランの兵士も多いが、そんな彼らもこの状況では多勢に無勢。

 弾薬ももう残り少なく、周りは負傷兵ばかり、M1919に至ってはすぐさま治療を施さなければ危険な状態であった。キッドは仲間の一人を呼ぶと、この場を離脱する旨を伝えた。

 

「ここを離れるのか、エグゼの奴が何を言うか分かったもんじゃないぞ!」

 

「このままここにいたら死ぬだけだ! 責任はオレがとる、撤退だ! ネゲヴ、MG4! BARを手伝ってやれ、後方に下がるぞ!」

 

 今だ戦闘を続ける二人を呼び、キッドたちはその場を離れ後方へと退避する。

 背後から撃ちこまれるレーザーキャノンの一撃を命からがら避け、なんとか無事に味方陣地へと退却に成功する。キッドはM1919を含む重傷の兵士を真っ先に陣地へ送ると、再び踵を返し戦場に向かう……遅れて撤退する兵士たちの援護のためだ。

 幸いなことに、マクスウェル戦車が穴から出て追撃を仕掛けてくることは無く、無事部隊の撤退に成功する。全ての兵士が退却に成功したのを見たキッドはその後すぐ、陣地の司令部に向かう。そこではひっきりなしに届く前線からの情報をまとめ上げるため、専門のヘイブン・トルーパーたちが忙しく動き回っていた。

それら部下に指示を出すエグゼを見つけたキッドは、引き留めようとするネゲヴの手を払いのけて近付いていく。そばに寄って来たキッドを見たエグゼは何でここにいるのか、そう言いたげな表情を浮かべる。

 

「おい、てめぇなんでここにいんだよ……お前の持ち場はここじゃねえだろがオイ!」

 

「お前が送ると言った増援がいつまでも届かなかった、あのままそこに居続けたら全員死ぬところだったんだぞ! 人員も、弾薬も、対戦車兵器も送って来ない! お前こそ何やってんだこの野郎!」

 

「その増援部隊編成するためにこっちは苦労してたんだろが! お前が抜けて空いた戦線の穴、どう埋めろってんだよ! あっちもこっちもいっぱいなんだ、弾がねえとか武器がねえとか…だったら誰か送って取りに寄越せば良かっただろうが!」

 

「テメェ、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ! 何のためにお前に増援頼んだと思ってんだ、一人も動かせねえ状況だったからだろうが! 何が苦労してるだコラ、お前だけが苦労してるだなんて思ってんじゃねえぞバカ野郎! そんなに部隊の指揮ができねえなら、連隊長なんて辞めちまえ!」

 

「おい、ちょっと待てコラ……お前オレに命令してんのか? おい、テメェ何様のつもりだよ、調子に乗ってるとぶっ殺すぞこの野郎が!」

 

「やれるもんならやってみろよ、あぁ!?」

 

 陣地司令部で突如始まったエグゼとキッドの激しい言い争いに兵士たちは動揺して足を止め、普段滅多に見ないキッドの怒りの姿にネゲヴも戸惑っていた。双方とも感情的になり今にも殺しあいが始まってしまいそうなほどであった。その騒ぎは直ぐに他の者に報告され、慌ててやって来たハンターとスコーピオンが双方を引き離す。

 

「おいキッド! テメェ、古参だかなんだか知らねえが…ふざけたこと言ってんじゃねえぞコラ!おい!」

 

「ガタガタうるせえんだよ! オレがまたあそこに行って戦線を補えば文句ねえだろ、そうだよな!」

 

「今更簡単に出来るはずねえだろバカ野郎! おいハンター、急いで部隊を編成しろ。こいつがすっぽかした戦線に部隊を送れ」

 

「必要ねえよ、オレたちだけでやる」

 

「今更お前が行って、何ができるって言うんだ!」

 

「舐めんじゃねえよおい。オレたちはお前らが生きてきた年数の何倍も戦場に身を置いてきたんだ、こんな状況なんでもねえよ」

 

 そう言ったきり、キッドはマシンガンを肩に担ぎ司令部を出ていってしまった。後に続いてネゲヴは出ていき、いまだ息を荒げるエグゼとこの口論に冷や冷やしていたハンターとスコーピオンが残る。ことの成り行きは知らないが、ここまでケンカが発展したのはエグゼにも責任があるとしてスコーピオンはエグゼを咎めようとするが…。

 

「おいスコーピオン、あのバカ手伝ってやれよ。絶対に死なせるな」

 

「およ? エグゼ……あいよ、じゃあそういうわけでこっちのアフターフォローはハンターお願いね! そんじゃ!」

 

「お、おい! はぁ……おいエグゼ、お前キレすぎだよ」

 

「ごめんなハンター、なんかイライラしてたからついな……あー、ちくしょう頭がパンクしそうだぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッドを筆頭に、MSF戦闘班のベテラン兵士たちは弾薬の補充と米軍のマクスウェル戦車を破壊できるだけの対戦車兵器を装備し、再び敵が待ち受ける山間部へと向かう。日頃の訓練と実戦で鍛え上げられた兵士とはいえ、雪に覆われた山の斜面を重装備で進むめば体力が削り取られる。

 それでも文句の一つも言わず進み続けるのは、自分たちこそがMSFの歴史を知り中核的存在であるという自負……MSFがまだ弱小も弱小、世間に見向きもされなかった頃からビッグボスと共に戦場を辺り歩いてきたという誇りとプライドからだった。

 

 先頭を歩くキッドは森の木々に紛れながら進み、やがて山間の平坦な箇所にまでやって来た米軍部隊を発見する。そこにはあのマクスウェル戦車もおり、随伴歩兵たちがそこに塹壕を掘って戦車を隠そうと穴を掘っていた。今ならマクスウェル戦車の弱点を狙うことのできるチャンスであるが、そのためにはまず周囲の歩兵を排除しなければならなかった。

 くぼみに身をひそめながら敵を伺うキッド……そんな時だ、視界の端に桃色の髪がなびくのが見えた。

 

「ネゲヴ? お前、こんなところで何やってんだ?」

 

「戦争をしに来たのよ。静かにして、敵にばれちゃうでしょ?」

 

「ここは危険だ、陣地に戻れ!」

 

「死ぬつもりはないわ、キッド兄さんも死ぬつもりはないでしょう? だったらいいじゃない、危険をおかすのはいつものことだもん」

 

「お前なぁ…」

 

 呆れて言葉も出ない、だがネゲヴがそばで戦ってくれる……そのことがなぜだか嬉しくもあり、闘争心を奮い立たせてくれる奇妙な感覚をキッドは覚える。

 

「あたしもやって来たよ! MSF最強の戦術人形ことスコーピオン……って、なんか良い雰囲気になってる?」

 

 遅れて駆けつけてきたスコーピオンであったが、ネゲヴとキッドの距離感を目の当たりにすると空気を呼んで静かに他の兵士たちの中に紛れ込む。

 

「よし、連中がまた戦車を埋める前に奇襲をかけてやるぞ」

 

「あいつら、私たちがすぐ反撃してくるなんて思ってないみたいね。今がチャンスよ」

 

「奴らが気付いていないうちに対戦車ミサイルを設置しろ。設置が完了したら戦車にぶち込んでやれ、それを合図に攻撃開始だ」

 

 キッドの指示を受けて、部隊は斜面を一旦降りて米軍部隊の死角から側面へとまわり込む。

 対戦車ミサイルの発射機が設置される間キッドたちもまた敵の側面あるいは後方へとできるだけまわり込み、敵を警戒する。銃口を向けて警戒する米軍兵士たちは時折笑い声をあげながら、戦車を隠す穴を掘っていく。個人差はあるが、米軍部隊にはまだこの戦争を楽観的に見る者もいるようすだった。

 だがその侮りが命取りになるのだ。

 

 米軍部隊の死角に陣取った対戦車ミサイルの設置が終わる……対戦車ミサイルの砲手は照準を戦車の車体後方へと定めると、ミサイルを射出、放たれたミサイルは狙い通りの位置へと命中し爆発を起こす。爆風でそばにいた敵兵士は吹き飛ばされ、奇襲攻撃にそれまで笑い声をあげていた米兵士たちは戦闘態勢を取るが…。

 

「攻撃開始!」

 

 迂回してたキッドたちは一斉に引き金を引き、米兵に先制攻撃を仕掛ける。

 一発や二発では死なないサイボーグ兵士も、何十発もその身体に受ければ倒れていく……炎上する戦車から離れて応戦する敵兵士に対し、MSFのベテラン兵士たちは果敢に接近戦を仕掛けていく。コロンビアの砂浜で何度もビッグボスとCQCの特訓を行ってきた彼らはいずれも強者であり、サイボーグ兵士との身体能力の差を感じさせない戦いぶりを見せるのであった。

 スコーピオンもその中の一人だ。

 

「どりゃああぁぁぁっ!」

 

 スコーピオンは襲いかかってきた敵兵の手をかいくぐると背後にまわり腰の辺りを両腕でクラッチ、そのまま力任せにバックドロップを仕掛け、敵兵を後頭部から背後の樹木へと強烈に叩きつけるのだ。その一撃で敵兵の頸椎は破壊され、一撃で絶命させる。

 地面に横たわるスコーピオンはぴょんと跳ねるように起き上がると、向かってきた敵兵の銃をスコップではじき飛ばす。そのままスコップの鋭利な先端を力任せに腹部へ突き刺し、すぐに引き抜き顔面へフルスイングだ。それでも死なない敵にありったけの弾丸を叩き込み、スコーピオンはVサインを向けた。

 

 奇襲は成功、米兵は苦境に立たされキッドたちは戦闘を優位に進められていた。

 敵兵を薙ぎ倒しくぼみを這い出ていったネゲヴの後に続く形で進むキッドであったが、炎上するマクスウェル戦車の砲塔がゆっくりと動いているのを見た彼は、咄嗟にネゲヴの腕を掴んだ。

 怪訝な顔で振りかえるネゲヴ……その向こうに見える戦車の砲口が真っ直ぐ二人に向いていた。

 

 

 キッドがネゲヴを引き寄せると同時に、戦車の砲口が赤く光った。

 

 

「キッド……!」

 

 凄まじい爆発音に、咄嗟に目を向けたスコーピオンが見たのは爆風によって吹き飛ばされるキッドの姿であった。一緒に吹き飛ばされたネゲヴは直前にキッドに守られたことによって助かったようだが、それでも全身を襲った強い衝撃によって怪我をしていた。

 

「あの死にぞこない! あいつにとどめを刺して!」

 

 炎上する戦車に向けて再び対戦車ミサイルが撃ちこまれると、今度こそマクスウェル戦車は沈黙、燃料へと引火したのか大爆発を起こし砲塔が宙高く吹き飛んでいった。

 

 

「キッド……うぅ…キッド…!」

 

 痛む身体を起こし、よろよろと立ち上がったネゲヴは斜面の下に消えたキッドのもとへ向かう。斜面を見下ろすとキッドはすぐに見つかった、斜面を滑り落ちて彼のもとに向かったネゲヴであったが、様子がおかしいことに気付く。

 

「キッド兄さん、ねえ…キッド…?」

 

 目立った外傷はないように見えるが……抱き起し、そっと揺さぶるが反応はない。ふと、彼の背に回した手に生暖かい物を感じた。もう一度抱き起してみたキッドの背は、酷い火傷に覆われ焼け焦げた戦闘服が火傷で溶けた肉にこびり付いてしまっていた。

 ネゲヴは咄嗟に、彼を冷たい雪の上に仰向けで寝かせると、彼が着用する戦闘服を脱がしにかかった……だが肉体に焼きついた衣服を無理に脱がそうとすると、焼きついた皮膚をも一緒に剥してしまいそうになる。狼狽するネゲヴであったが、ナイフをとりだし火傷箇所を痛めないよう衣服を剥いで彼の胸部を露出させる。

 そして左胸に耳を当てる………聞こえてくるはずの人の鼓動が感じられないかった…。

 

「キッド兄さん……キッド兄さんッ!」

 

 胸を何度も叩いて呼びかけるが、応答はない。

 戸惑うネゲヴは、ふと以前スプリングフィールドの講習を思いだす……人間は呼吸が止まってから4~6分で低酸素による不可逆的な状態に陥る。人間の脳は2分以内に心肺蘇生が開始された場合の救命率は90%程度であるが、4分では50%、5分では25%程度となる。一刻も早く脳に酸素を送らなければ、深刻な事態になると。

 人間と同じような構造を持たないネゲヴに、心臓の停止が起こす様々な症状はいまいち理解できなかったが、死は理解できる。

 

 スプリングフィールドから教わった救命法を思いだし、ネゲヴは手を組み合わせキッドの胸にあてる。

 圧迫する位置はここで良いのか、どれくらいの力で押せばいいのか、どれくらいの感覚でやればいいのか……教わったはずの知識が、パニックに陥ったメンタルのせいで思いだせない。うろ覚えのまま心肺蘇生を試みるが…戦術人形の力で圧迫し、臓器を傷つけてしまうのを恐れるあまり、ネゲヴの圧迫は弱すぎた。

 

「ネゲヴ、そこを退け!」

 

 後から駆けつけた戦闘班の兵士がネゲヴに代わって、キッドの心肺蘇生を試みる。

 慎重に圧迫していたネゲヴとは対照的に、その兵士は胸骨が折れてしまうのではと思うほど強くそこを圧迫する。絶え間なく、一定の間隔で胸骨を圧迫し止まった酸素供給を促す。

 その行為を呆然と眺めているネゲヴに、彼は依頼する。

 

「ネゲヴ、人工呼吸をしてくれ…やり方はわかるだろう?」

 

「う、うん……」

 

 人工呼吸についてもスプリングフィールドに教わったことだ。

 教わった時はふざけて聞いていたために叱られたが、その時スプリングフィールドが何故真剣に教えようとしていたのかが今になって分かった。

 

 ネゲヴは兵士の助言を聞きながらまずキッドのガスマスクを外し、彼の顎をあげて気道を確保する。それからそっと耳をキッドの口元に近付け、今だ呼吸が戻っていないことを確認する。

 

 

「キッド兄さん……絶対に助けるから…!」

 

 

 兵士が圧迫する動作を止めると同時に、ネゲヴはキッドと唇を重ね合わせるのだ……それから息を彼の口を通して肺に吹き込むと、キッドの胸がわずかに膨らんだ。二度、三度息を吹き込み再び胸骨を圧迫する…。兵士が手を止めると、ネゲヴが人工呼吸を行う…その繰り返しだった。

 だが何度やってもキッドの意識は戻らない、それでも二人は手を止めない。

 

「くそ、キッド! こんなとこで死ぬんじゃねえぞ! ネゲヴ、お前も呼びかけてくれ!」

 

「キッド兄さん! しっかりして、頑張って!」

 

 大声で呼びかけているうちに、ネゲヴの瞳からは涙があふれ出る。

 諦めるな、頑張れ……そう何度も叫び、彼の肺に空気を送り込む…。

 

「キッド兄さん、死んじゃダメだよ………私をおいて行かないでよ……! あなたがいないとダメなの、私はあなたが……!」

 

 再び唇を重ね合わせ、息を吹き込む。

 止まらない涙が頬を伝いキッドの口元へと垂れ落ちる…。

 

 

 ふと、ネゲヴは温かな手が髪を撫でる感覚に気付き、目を見開いた。

 もしかしてと思い、彼の顔を見下ろすと、キッドは薄目を開きまぶしそうにネゲヴを見上げていた。

 

「あぁ……身体中いてぇ………」

 

「キッド兄さん……!」

 

「ネゲヴ…お前が、助けてくれたのか…?」

 

「おいおいキッド、オレもいるぜ?」

 

「うるせえよ………ありがとうな…」

 

 息を吹き返したキッドは弱々しい声であったが、軽口を叩いて見せる。そんな彼の額を泣きながらネゲヴは叩くと彼の頭を抱きしめるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後、炎上する戦車の傍には武器を放棄し両手を頭に組んで投降する米兵士たちが数人スコーピオンに脅される形で捕まえられていた。彼らの上官が死んだとき、兵士たちは武器を捨てて降伏をしてきたのだ。

 そこへやって来たのはハンターだ。

 

「驚いたな、米軍兵士が投降してくるなんて…」

 

「うーん、なんかこいつら士気が低かったみたいだよ? まあ事情は知らないけどさ、米軍も一枚岩じゃないってことかな?」

 

「よく分からない、オセロットに預けておこう。それよりキッドは?」

 

「今はそっとさせてあげて」

 

「うん?」

 

 キッドを捜しに行こうとするハンターを引き止めるスコーピオン、彼女の妙な笑顔にハンターは疑問符を浮かべるがまあいいと受け流す。

 

 

「それよりも戦線に動きがあったぞ、敵が巨大兵器を投入してきたとの情報が偵察隊から寄せられた。正規軍の部隊も本格的に攻勢を仕掛ける、激しい戦闘が予想されるぞ」

 

「よっしゃ、頑張り所だね! でも巨大兵器かぁ、うーおっかない!」

 

「ふん、目には目を歯には歯をさ……巨大兵器には巨大兵器をってね」

 

「ありゃ、もしかして…!」

 

「ほらもうそろそろ作戦が始まるぞ、一旦陣地に引き返そう。別な部隊をここの守備につかせるからな」

 

「了解! なんだかわくわくしてきたよ!」

 

 

 




キッドとネゲヴそれからモブ兵士の活躍が書きたかったんだい!

エグゼのやつまーたケンカしてやがる(ダラシネェナ)


ネゲヴの命を繋いだキス(悶死)(ロリスキン←重要)

実はこれ、オセロット✕わーちゃんで使うはずだったんだけど、どう考えてもオセロットがピンチになる場面が想像出来ないからこっちにまわしたのよ…。
残念だったな、わーちゃん。

WA2000「……ちっ…」


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南欧戦線 後編

 発達した低気圧の影響で猛吹雪に見舞われ、MSF及び正規軍の連合、及び米軍側も戦闘の続行を不可能と判断し双方とも兵を退いた。激しい戦闘で吹き飛ばされた地面を再び雪が覆いはじめ、極寒の寒さの中、兵士たちは久しぶりに銃声の聞こえてこない夜を過ごすのであった。

 ロシア極東程の凍てつく寒さではないが、寒さから体力を消耗し凍傷に罹る者もいるが、それら兵士たちもその夜は穏やかに過ごすことが出来た。

 

 翌日、発達した低気圧は過ぎ去り、気持ちの良い雲一つない青空が広がる。

 太陽の光が降り積もった雪に反射されてキラキラと光る美しい景色……だがそれは、米軍側から放たれた砲撃によってあっという間にうち破られた。

 

「敵の砲撃が強すぎる、こりゃあ本格的な攻撃だぁ!!」

 

「そんなこと言ってる場合かスコーピオン、こっち来て手伝え!」

 

「分かってるってば…って、エグゼ上から来たー!」

 

 スコーピオンが大声で喚き上空を指差すと、あの可変機能を有した無人航空機ドラゴンフライが3機並んでMSFの陣地に対し急降下してきた。陣地に設置されていた対空機銃と対空ミサイルで迎撃を試みるも敵側の速度は早く、迎撃準備がとられる前に機銃掃射とロケット弾を撃ちこんできた。

 さらにもう一機、大型の無人航空機が空を旋回し巨大な爆弾を投下する……その爆弾は地面に到達する寸前で起爆、凄まじい爆発と炎が周辺一帯を包み込むと同時に、すぐそばにいた兵士を圧死させるほどの衝撃波を放つ。

 数百メートル離れた位置にいたスコーピオンとエグゼでさえも、その衝撃波によって転倒するほどであった。

 慌てて起き上がった二人が見たのは、起爆地点に発生したキノコ雲だった…。

 

「ぎゃあぁぁ!!核兵器だ、エグゼどうしよう!?」

 

「ふざけんなよコラ! 鉛の鎧なんてもってねえぞ!」

 

 喚き散らす二人に対し、後ろから走ってきたAK-12が勢いのまま二人を蹴飛ばして鎮める。

 

「落ち着きなさい、あれは核爆弾じゃない、米軍のM.O.A.B(全ての爆弾の母)よ。軍の部隊もあれで攻撃されたわ、おまけに前線の部隊が奴らの巨大兵器の攻撃を受けて壊滅した……ここが正念場ね」

 

「こっちも精鋭部隊をぶつけるよ! それに、サヘラントロプスがもうすぐ配備されるからね!」

 

「サヘラントロプス? まあよく分からないけど、それよりあいつら誰なの?」

 

「あぁん?」

 

 AK-12が指さした方向には、破壊されて放棄された戦車の上に立ち高々と笑うセーラー服を着るいやに見覚えのある鉄血人形がいるではないか。彼女を見た瞬間エグゼは即座に知らないふりをしようとしたが、見つかってしまい奴は笑顔で手を振ってくる。

 

「おーーい処刑人ー! 助けに来てやったぞー! 1時間につき1000GMPでどうだー!?」

 

「うっせえ、おとといきやがれ蛇女!」

 

 さりげなく金をとろうとするウロボロスに中指を立てて怒鳴り散らす。

 その後彼女はグレイ・フォックスの手で戦車から引きずり下ろされ、再び高笑いをあげたと思えば戦場に向けて突っ込んでいった…よく分からないが、あんなのでも味方になれば心強い存在だ。じっと、様子を伺うAK-12の視線が気になるが、あれはあれで放っておくことを二人は決める。

 

「それで、正規軍はどう動くつもりだ?」

 

「このあいだいくつか部隊が北部に引き抜かれてしまって、単独で奴らを撃退できる戦力はないわ。MSFと足並みを揃える必要があるわね」

 

「そこはエイハヴがやってくれると思うよ。正規軍の司令官と何回か話しあいをしているみたいだし……っと、そう言ってる前に方針が決まったみたいだねエグゼ。正規軍が動くよ、あたしらも攻撃開始だ!」

 

 

 

 

 

 米軍の砲撃と空爆が激しさを増していく。

 負けじとMSF及び正規軍の連合軍も砲弾を撃ち返し、正規軍の航空戦力も投入され熾烈な攻防戦が繰り広げられる。砲撃戦においては連合軍側が優勢だが、空の戦いでは米軍側が有利か……滑走路を必要とせず、短時間で高速飛行を可能とするドラゴンフライの機動力と神出鬼没な攻撃によって戦闘機は撃墜されていく。

 航空優勢下において米軍航空無人機は地上部隊への攻撃を行い、多数の火砲と戦車、移動車両等が撃破される。

 

 もちろん、対空ミサイル等による迎撃もなされるが敵の数が圧倒的に多いのだ。

 さらに空ばかりに目を向けてもいられず、多数の米軍戦術人形が地上から攻撃を仕掛けてくるのだ。山道をつき進むのは強力な武装を持つマクスウェル戦車だ、それが突破口を開き後続の戦術人形たちが突破口を押し広げていく。

 これまでの攻勢と一つ違うのは、米軍部隊の中に現われはじめたシーカー直属のエリート戦術人形オーダーが姿を現し始めたことだ。

 

 

「シーカーの奴の手先か…上等じゃねえか!」

 

 

 戦線に現われたオーダーを見たエグゼは獰猛な笑みを浮かべながら、ブレードを手に構える。

 対峙するオーダーもまた近接武器を構えるエグゼを見てか、銃をしまい腰の剣を抜いた……主人に似て騎士道精神を重んじ正々堂々戦うことを誇りとするオーダーに、エグゼは苛立たし気に眉をひそめる。

 地面を蹴り、突進してくるオーダーをぎりぎりまで見極め、最小限の動作で躱す。そのままオーダーの頭部を掴み、おもいきり地面へと力任せに叩きつける。だがオーダーは即座に起き上がり、まるで痛みを感じていない様子……そもそも痛覚を意図的に鈍くしている可能性もある。

 

 次にオーダーが動きだした時、エグゼは視界の端よりきらりと光る物体を捉え咄嗟にしゃがんで避けた。

 エグゼの頭をかすめたのは地面に転がっていたナイフだ…投擲されたものではない、オーダーが主人であるシーカーより預かり得たESP能力の一つ【サイコキネシス】を応用したもの。オーダーが投げたナイフはサイコキネシスによって軌道を変え、避けるエグゼを追尾する。

 

「くそが…鬱陶しいんだよテメェ!」

 

 執拗な攻撃に怒りを露わにしたエグゼは自分の体が傷つくこともいとわず、オーダーに向けて走りだす。

 サイコキネシスで操られたナイフの切っ先が、エグゼの背中を貫くが彼女は止まらない……強烈な踏み込みからの斬撃、エグゼが得意とする瞬発的な力と早さの重い斬撃を防ごうとしたオーダーは、ブレードを受けた剣ごと真っ二つに斬り裂かれるのであった。

 

「おい、シーカー! テメェ、見てるのか? おい、どうなんだ!」

 

 斬り裂いたオーダーを見下ろし、その背後にいるであろう存在に問いかけるが、オーダーは何も話さずその眼から光が消えた。

 

「エグゼ、おい大丈夫か!?」

 

「ハンターか、シーカーの部下が出てきやがった。他のところはどうだ?」

 

「他も同じだが、そこまで多いわけじゃないようだ。それより敵の巨大兵器だ、あいつらの勢いが止められないんだ!」

 

「オレもすぐ向かう、サヘラントロプスはもうすぐ到着するはずだそれまで持ちこたえるぞ!」

 

 

 今や戦線はどこも苦境に立たされている。

 中でも米軍が巨大兵器を投入してきた戦線は強大な正規軍の部隊が多数展開されているというのに、敵の圧倒的戦力の前に損害が増え続けていた。攻勢を受ける戦線の援護として駆けつけたスプリングフィールドもすぐに戦闘に加わる。

 正規軍の装甲兵器ハイドラがすぐそばを進むのを見つつ、彼女は迫りくる敵の戦術人形を撃破していく。

 マクスウェル戦車や大型戦術人形ジャガーノートといった重装甲の相手では、スプリングフィールドの武器は何の打撃も与えられない…それらの固い相手は正規軍に任せ、スプリングフィールドは比較的装甲の薄い戦術人形やサイボーグ兵士を狙い撃つ。

 

「スプリングフィールド、ここはもう持たない、後退だ!」

 

「待ってください、まだ味方部隊が!」

 

 仲間の兵士が撤退を促すが、敵の砲火に晒されて戦場に孤立した味方部隊が存在する。

 何度か救助を試みようとするも敵の弾幕が激しくなかなか近付くことが出来ない、そんな時敵の弾幕がややおさまったのを見計らい彼女は救出のために飛び出すが、山に響き渡る巨大な咆哮に足をとめる…。

 咄嗟に見上げた先には、4本の巨大な足で重厚な身体を支える巨大兵器の姿があった。

 古代の恐竜をそのまま機械化したような外観の巨大兵器は、大木を薙ぎ倒しながら、無数に取りつけられた機銃や速射砲を地上の部隊へと向け一斉射した。逃げ遅れた兵士も、正規軍の強力な装甲兵器もことごとくを薙ぎ倒し破壊……圧倒的な力を目の当たりにしたスプリングフィールドは完全に足がすくんでいた。

 だが巨大兵器の赤く光る眼光に捉えられたとき、ハッとして急ぎ後方へと退く…。

 

 走りながら後ろを見た彼女の瞳に映ったのは、背部のハッチが開かれ多数のミサイル弾が発射されるところだ。高々と上がったミサイルは弧を描き地上に向けて迫る、一発一発が装甲兵器を粉砕する威力を持つミサイルが地上のありとあらゆる兵器を破壊した。

 そのうちの一発に追尾されていたスプリングフィールドは爆風に吹き飛ばされ、激しく岩場に叩きつけられる…。

 

 銃を支えに立ち上がる彼女に一体の軍用人形が襲いかかる。

 彼女の首を掴みあげた人形はもう片方の腕に装着したブレードを展開、もがく彼女を強烈に絞めつけて無力化し、ブレードの刃を向ける。

 

「させるか!」

 

 今まさにブレードの刃が彼女を貫こうとした時、放たれた対物ライフルの弾丸が彼女を掴む人形の頭部を撃ち抜き破壊した。絶体絶命の危機に駆けつけたのはエイハヴだ、彼は投げ飛ばされたスプリングフィールドを両腕で抱きとめると、彼女の無事にホッとした表情を見せた。

 

「あ、ありがとう…ございます、エイハヴさん…!」

 

「間にあって良かった。怪我はないか?」

 

「えぇ、おかげさまで……もう一度お礼を言わせてください、ありがとうございます…」

 

「どういたしまして」

 

 互いに見つめ合い微笑む、スプリングフィールドはさりげなく腕をエイハヴの首に回そうとしたが、怒り心頭のエグゼとスコーピオンがこの場へやってくるのを見てやめた。

 

「あのクソボケが! よくもやりやがったな!」

 

「絶っっ対ぶっ壊してやるんだから!」

 

 怒れるエグゼとスコーピオンは対戦車ミサイル、ロケットランチャー、りゅう弾砲など多数の重火器を取り揃えてその照準を敵の巨大兵器に向けると、一斉にそれらを撃ちこんだ。そこへ正規軍の部隊も便乗して攻撃を仕掛けるが…放たれる砲弾やミサイルは、巨大兵器へ直撃する前に壁のようなものに阻まれる。

 

「ちくしょう、何なんだよあれ! 全然効いちゃいねえ!」

 

「フォースシールドだよね、あれ! 絶対そうだよね!? またチートかよ、ふざけんな!」

 

「落ち着けお前ら! 捕虜にしたアイリーン上等兵曹によれば、あれは合衆国陸軍の【自走式強襲破壊兵器ベヒモス】だ」

 

 捕虜となったシールズのアイリーンから得た情報によれば、あの巨大兵器ベヒモスは広大な範囲をカバーできるフォースフィールドという特殊なバリアを形成することができ、無数の兵器を搭載している凶悪な兵器だという。

 そんな相手にどう戦えばいいのだと困惑する二人に対し、エイハヴは笑みを浮かべた。

 

「まったく対抗する手段がないわけじゃない、オレたちの最大の抑止力……そのためのサヘラントロプスだ」

 

 エイハヴがそう言ったと同時に、地面が揺れた…咄嗟に振り返り見たのは、ヘリから降ろされたばかりのサヘラントロプスが陣地上で鎮座している姿であった。二足歩行形態のままサヘラントロプスは歩みを進め、味方部隊の前に立ちはだかるように進みでると、そこで折り畳まれた機体を展開させ直立二足歩行形態へと姿を変えた。

 

 

「来た! あたしたちの守護神、メタルギア! やっちゃえ、サヘラントロプス!!」

 

 

 スコーピオンの声に呼応するかのように、サヘラントロプスは大きな咆哮をあげた。 

 鋼鉄の巨人を前にした鋼鉄の巨獣ベヒモスもまた狙いをサヘラントロプスへと変え、巨大な咆哮を返す……それを合図に突進していったサヘラントロプス、ただ歩くだけで足下の米軍戦術人形たちは蹴散らされ、あの凶悪なマクスウェル戦車でさえも一撃に踏みつぶされていく。

 サヘラントロプスの圧倒的質量から放たれる突進は、やはりあのフォースフィールドに阻まれるが…。

 

「す、すげぇ…! あのシールドを強引にこじ開けてやがる!」

 

 サヘラントロプスはベヒモスのシールドに対し肩部のレールガンを零距離で射出し、そこに生じた綻びに打撃を叩き込んで強引に粉砕する。強力な攻撃によってシールドは強制解除され、そのままサヘラントロプスの体当たりを受けたベヒモスは大きくよろめくのであった。

 横たわる巨獣を踏みつける巨人、そんな時、敵の無人航空機が飛来しサヘラントロプスに攻撃を仕掛けてきた。

 多数のミサイルがサヘラントロプスに命中し爆発を起こす、衝撃で揺れるサヘラントロプス……なおも攻撃を仕掛けようとするドラゴンフライの編隊であったが、突如別な航空機が飛来し機銃掃射によって撃墜されていったではないか。

 

 

「Mig戦闘機…? 正規軍か? いや、あれは……」

 

 

 機体は正規軍が運用する兵器とほとんど同じだが、そのカラーリングと機体側面に描かれた赤い星を見たMSFの兵士たちは、心強い助っ人がついに駆けつけてくれたことを察し歓喜した。

 

 

「ユーゴ連邦の航空機! やった、ついに参戦してくれたんだ!」

 

「よっしゃ!! イリーナの奴め、やっと軍部を説得してくれたんだな!」

 

 

 ユーゴスラビア連邦軍参戦、同じ規模の正規軍に匹敵する軍事力を持つバルカン半島の強国が対米戦に加わることになればそれは戦況を大きく変えるだろう。連邦軍が参戦することは正規軍も全く予期していなかったのか、いつも冷静であるAK-12も驚きを隠せない様子だった…。

 

「連邦軍が動くなんて……MSF、あんたら何者なの?」

 

「へへーん、今までの積み重ねだよ! さあ、行くよみんな!」

 

 戦況は大きく連合側に傾いた、今こそ反撃の時だ。

 

 

 無人機の攻撃でサヘラントロプスが怯んでいた間、ベヒモスは起き上がり体勢を整えていた。それからベヒモスは後脚と尻尾を軸にして大きく上体を起こす、立ち上がった姿はまさしく古代の恐竜のようであり、その大きさはサヘラントロプスを凌駕する。

 そのままベヒモスは倒れ込み、サヘラントロプスを押し潰す。

 二つの巨大な身体がぶつかり合うことで生じる衝撃波は凄まじく、運悪くそばにいた者は下敷きにされてしまう。

 

 のしかかるベヒモスは至近距離から砲撃を浴びせ、さらに身体を叩きつける。だがサヘラントロプスも負けていない、のしかかるベヒモスの頭部を握り込んだ拳で撃ち抜くと、腕に取り付けられたパイルバンカーを叩き込む。タングステン合金製の杭を撃ちこまれたベヒモスは大ダメージを受けてのけぞり、そのまま起き上がったサヘラントロプスに弾き飛ばされる。

 まるで異次元の戦いを繰り広げる様を、AK-12は静かに見据えていた……いや、非現実的な戦いに思考停止しているようだった。

 

『高エネルギー探知、総員注意セヨ』

 

 サヘラントロプスより、合成音声で造られた警告が発せられる。破損したベヒモスは頭部を大きく開口し、そこから突き出た砲口をサヘラントロプスに対し向ける。収束したエネルギーによって真っ赤に光る開口部、サヘラントロプスが装着した盾を構えた瞬間、ベヒモスより強力なレーザーが発射された。

 マクスウェル戦車が持つレーザーキャノンとは比べ物にならない威力のレーザーに、サヘラントロプスの盾が融解していき、大爆発を引き起こす。

 

『レールガンチャージ…』

 

 膝をついたサヘラントロプスにダメ押しのレーザーを放とうとするが、あれだけの威力のエネルギーを集めるためには時間が必要であった。サヘラントロプスのレールガンのチャージが先か、ベヒモスのエネルギー充填が先か…。

 先に動いたのはサヘラントロプスだった。

 サヘラントロプスは起き上がりざまにベヒモスの頭部を真下から蹴り上げると、ミサイルを撃ちこむ。

 負けじとベヒモスもミサイルを撃つが、ハッチを開いた瞬間をサヘラントロプスの機銃掃射を受けてミサイルが誘爆し背部で爆発を起こす。

 

『チャージ完了』

 

 勝負は一瞬で決まった。

 先にチャージを終えたサヘラントロプスのレールガンより放たれた砲弾が、ベヒモスのエネルギーを収束させる開口部へ命中し、ため込んだエネルギーが暴発し大爆発を起こしたのだ。爆発は連鎖し、巨大兵器ベヒモスは内部から爆発して吹きとばされる…。

 

 

 

 

「よっしゃあ! サヘラントロプスが勝った!」

 

「見てエグゼ、米軍部隊が退いていくよ!!」

 

 ベヒモスが破壊されると同時に米軍部隊は撤退をし始める。サイボーグ兵士も戦術人形も、次々に退却をしていく。正規軍はなんとか残った部隊を再編成し追撃を仕掛けるが、MSFにはさすがに余力は残されていなかった。

 雄たけびをあげるサヘラントロプスにMSFの兵士たちは集い、歓喜の声をあげていた。

 その他、多数のMSF無人機たちも集まりMSF無人機の王サヘラントロプスの勇姿を称えるのだ。

 

 まだ戦いが終わっていないというのに戦勝気分なMSF、だが初めて得られた明確な勝利に誰もが喜びを表現していた。

 

「おいお前たち、大ニュースだぞ!」

 

 そこへやって来たエイハヴに、まさか悪いニュースではと一気に青ざめる。

 エイハブの深刻そうな表情から、何かとんでもないことが起こったのではと予感する。みんなの視線が集まるなか、彼は固い表情で言った…。

 

 

「ワルシャワを攻撃していた米軍部隊が撤退を始めた……東欧戦線で、正規軍が勝利したんだ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大尉、お電話ですよ」

 

「あぁ、今行く」

 

 薄暗い室内から窓の外を眺め見ていた大尉は、部下の軍曹から通信端末を受け取ると落ち着いた声で応答する。しかしそんな彼の声とは対照的に、端末の向こうからは怒気を孕んだ声が返ってくる。

 

『大尉、貴様どういうことだ…! 何故部隊を撤退させている!』

 

「これはこれはシーカー嬢、大層ご機嫌斜めな様子で…」

 

『ふざけるな貴様! お前が部隊を後退させたせいで攻勢計画がとん挫した、一体何の真似だ!?』

 

「言っただろう、攻勢限界点を迎えていたとな。我々には十分な物資と時間が必要だった、それを無視して攻撃させたのはお前だろう。ゲリラやパルチザンの活動で補給路は遮断される、一度後退し立て直さなければならない」

 

『撤退は許さない…さもなくば貴様に与えた無人機の指揮権限は全て返してもらうぞ! いいか大尉、これ以上部隊を撤退させることは認めない! 私が向かうまでそこを動くな!』

 

「そうか、ではお待ちしているよ…………ふん、バカな小娘だ」

 

 大尉は通話を終えた通信端末を軍曹へ投げて帰すと、室内の通信機のマイクをとる。

 

「デルタチーム、装備を整え集合せよ。特殊作戦を開始する…」

 

 短く命令を済ませた大尉は通信機の電源を切ると、自らも出撃のための準備を整える。

 

「大尉殿、オレはここに残ってあのお嬢さんを接待する。大尉はあそこにお邪魔して欲しいものをいただく、これでいいですかね?」

 

「そうだな。既に海兵隊武装偵察部隊(フォースリーコン)が現地に向かっている、イラつくが海兵隊と共同作戦だ……48時間だ、それを過ぎたらお前はジブラルタルに向かえ」

 

「了解、あの女はどうします?」

 

「やれるならやれ、もう必要ない……健闘を祈るぞ、軍曹」

 

「ご武運を、大尉殿……」







たぶんこっから先、胸糞&鬱展開注意…かな?

五章ラストで散々ヘイトを集めた彼女が悲惨なことになるなんて……諸行無常、、、



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救難信号

「パパ~!!」

 

 任務を終えてマザーベースへとヘリで降り立ったスネークのもとへやってきたヴェルは、走ってきた勢いのままにスネークの胸元へとダイブする。ちびっことはいえモデルとなったのが鉄血ハイエンドモデルのエグゼであるために、並みの人間がそれを受け止めようとすれば勢いよく吹っ飛ぶのだが、日ごろから鍛えているスネークは弾丸のように突っ込んできたヴェルを軽く受け止める。

 また何かで遊んでいたのか全身びしょ濡れであるが、ヴェルはお構いなしにスネークに抱き着き頬擦りして甘えて見せる。

 

「あー、やっと見つけたヴェルちゃん!もう、またいたずらして!」

 

 そこへやってきたのはデストロイヤーとアルケミストの二人、両者ともヴェルと同じように全身びしょぬれであり、アルケミストなどは濡れた衣服がところどころ透けている。小さなデストロイヤーとは違いナイスなスタイルを持つアルケミストのそのような姿にスネークは若干目を引かれそうになるも、ヴェルがいる都合上、それに気づいていない素振りをさらす。

 

「またヴェルが何かやったのか?」

 

「なにもやってないもんねー! それよりパパあそぼー!」

 

「まったく、ヴェルが懐く人間なんてアンタだけだよ。ほらヴェルおいで、お昼寝の時間だよ」

 

「やだー!あそぶー!」

 

 無邪気で子ども特有のすさまじい行動力、親に似ていたずら好きなヴェルにはさすがのアルケミストの手にも余るようで、ヴェルのやんちゃには苦笑いを浮かべるしかない様子。一体なにをやらかしたのかと聞けば、ヴェルはお風呂場に突撃して縦横無尽に走り回ったり、放水ポンプを使って月光と戦ったり、水鉄砲を持ち出してまた独房のゲーガーに水を浴びせに行ったりとやりたい放題だったらしい。

 どうもヴェルは水遊びが大好きな様子…。

 

「ところでゲーガーといったか? あいつはいつまで独房に入れておくんだ? カズから聞いたが、君があのまま入れておけと言ったと聞いた。あのアーキテクトという戦術人形は好き放題独房を出入りしてるみたいだが、何か狙いがあるのか?」

 

「あぁ、そのことか。アーキテクトはアホっぽいが役に立つ、サヘラントロプス…の改良にも手を貸してくれただろう? まあMSFの機密に触れたことで奴はここを出られなくなったがな」

 

「なるほど、じゃあゲーガーを出さない理由は?」

 

「あいつ真面目過ぎてあんまり面白いこと言わないしやらないだろ? だから副司令には奴が面白くなるまで独房にぶち込んどけって助言してやったのさ」

 

 平然ととんでもないことを言ってのけるアルケミストに、その恐ろしさの片鱗を見たスネークは何もコメントすることが出来ず言葉を詰まらせる。いつの間にかMSFが面白集団として認知されてしまっているのは不本意だが、ミラーが本当にそんな助言を真に受けてゲーガーを独房に入れたままでないはずと思うしかなかった。

 

「そう言えば聞いたよスネーク…南欧戦線じゃMSFが米軍部隊を撃退したらしいじゃないか」

 

「エイハヴやエグゼが上手くやってくれたらしい、北の戦域も同じように米軍が退いているようだがな」

 

「なんだい、あんまり嬉しそうじゃないな。それとも何か考えでもあるのかい?」

 

「そうだな……デストロイヤー、すまんがヴェルを少し見ててもらえないか? ヴェル、デストロイヤーと少し遊んでいてくれ」

 

 ぶーぶーと不満を口にするヴェルであったが、最後には諦めてスネークの手から離れる。

 デストロイヤーも何かを察したのか何も聞かずにヴェルを預かると、一緒に手を繋いでマザーベースの居住区へと向かう。二人を見届けた後、スネークとアルケミストが向かったのは医療棟だ。

 任務で負傷したスタッフや戦術人形を受け入れるその棟には南欧戦線で負傷した兵士が世話になっており、最近ではWA2000と79式、それからマシンガン・キッドなどがそこで入院をしている。

 

「あらスネーク、それにアルケミスト。お見舞いにでも来てくれたの?」

 

 医療棟へ入るとちょうどその場にいたWA2000と出くわした。

 やって来たスネークに嬉しさとがっかりが半分ずつといったところか、おそらくオセロットがお見舞いに来てくれることを期待していたのだろう。彼女の分かりやすい反応を見たアルケミストは、こんな美少女をほったらかしにするオセロットを改めて罪な男だと認識するのだった。

 

「もう聞いてるか分からんが、南欧戦線で米軍が退却を始めたらしい。確か君が戦った特殊部隊の捕虜もここにいると聞いたが…」

 

「アイリーン上等兵曹ね、ええいるわ。何か話を聞きたいの?」

 

「尋問というわけじゃないが、少し話をしてみたい。オセロットに任せるわけにはいかないだろう?」

 

「え? あ、あぁ……そうね。ところでオセロットは今マザーベースにいたりするのかな?」

 

「さっき来たけど5分でどっかに行ったよ。なあワルサー、前々から思うがあんな薄情な男のどこがいいんだ?」

 

「薄情だなんて、そんなことないわよ! 強くて頼りになるし、クールだしいつも面倒を見てくれるしほらえっと……」

 

 出会いから今まで記憶を思い返してみたWA2000であったが、何故だか酷い目にあっている記憶だけが真っ先に浮かぶ。もちろんいいこともあるのだが、出会った時は真っ向から銃口をつきつけられるわ邪険にされるわ都合よく扱き使われるわと、よくよく思い返してみれば雑に扱われてる気がしないでもない。

 でもそんな中で時折見せるやさしさというか気遣いがとてもかっこいいのだ……そんなことをブツブツ呟きながらWA2000は医療棟の奥へと去っていった。

 

「スネーク、あいつも疲れているのか? たまに休ませてやれよ」

 

「ワルサーはオセロットに任せっきりだからな……」

 

 オセロットがWA2000にどういう教育をしているのかはいまいち分かっていないスネークだが、彼個人への信頼と兵士として優れた能力を発揮するWA2000には口を出さないようにしていた。いや、言い訳をするならばスコーピオンやエグゼといった超のつくトラブルメーカーの面倒を見るのが精いっぱいで見ていられない部分がある。

 まあオセロットの指導に間違いはないだろうと思い込み、スネークは医療棟のスタッフに尋ねて米軍捕虜のアイリーン上等兵曹が入れられている病室へと向かっていく。

 

 スタッフに教えてもらった病室へと近付いていくと、何やら楽し気な声が聞こえてくるではないか。

 一人は女性の声であり入院しているアイリーン上等兵曹の声であることは予想できるが、もう一人の声は男性…それも妙に聞き覚えのある声であった。その人物の正体を知るスネークは呆れたように天井を見上げると、病室の扉を少しだけ開く…そうするとより鮮明に聞こえてくる男女の会話…。

 

 

「――――そうか、アイリーンさんはミネソタ生まれだとはな。確かにあそこは北欧とドイツからの移民の子孫が多いと聞くし、あなたの北欧系の美しさもその血を引いてるからなのかな。いやー、まさかこんな美人がうちに運ばれてくるなんてびっくりしたよ」

 

「やだわミラーさん美人だなんて、私なんて大したことないよ。性格は大ざっぱだし家事も得意じゃないし胸は小さいし、ミラーさんみたいな素敵な人が目をかける女じゃないよ」

 

「そんなことは無い! オレもこれまで何人もの女性とであって来たが、君はその中でもとても魅力的な女性だよ。今まで一度もボーイフレンドがいなかったというのが驚きだ!」

 

「恥ずかしいね……まあ気になる人ができてもパパがみんなぶちのめしちゃってたからね、まったく酷い親だよね」

 

「いやいや、立派な親御さんだと思うぞ。それほど愛娘が可愛くて仕方なかったということだろう……まあそれはさておき、怪我が治ったら一緒にディナーでもどうだろうか? 聞くところによれば君は長く眠っていたとか、知らないことはいろいろ(・・・・)教えられると思うからな…!」

 

「あら、デートのお誘い? 嬉しいわね…じゃあお言葉に甘えちゃおうかな?」

 

 それ以上見ていられなくなったアルケミストとスネークは病室の扉を乱暴に開きわざとらしい咳払いをする…やって来た二人にミラーは驚き、スネークの顔を見た瞬間"やばい"とでも言いたげな様子でオロオロし始める。一方のアイリーン上等兵曹は二人が扉の向こうにいたことに気がついていたのか、さほど驚いているような素振りは見せない。

 

「カズ…」

 

「ボス? 言いたいことは分かるがまずは言わせてくれ、オレは何もしていない」

 

「まあ座れ。話はまた今度にしよう……アイリーン上等兵曹といったか、オレはMSF司令官のスネークだ。君といくらか話したいことがある」

 

「初めまして、スネークさん。聞きたいことがあったら何でも聞いて、たぶん何も答えられないかもしれないけど」

 

「どういうことだ?」

 

「私の脳に埋め込まれた電子頭脳が働きかけて情報の漏洩を止めようとするんだ。言語規制って言うのかな、例えば"―――――――"……今の聞きとれた?」

 

「いや?」

 

「私としてはしっかり発声してるつもりなんだよ? こんな風に、機密に触れようとすると途端に規制がかかっちゃうわけ。独り言だろうと何だろうとね」

 

 国家と米軍の情報を話そうとすれば途端に規制がかかる、これは一部の自律人形にも備わる機能であるとアルケミストは言うが生身の人間にこのような機能が組み込まれているのを見るのは初めてだという。試しに筆談によるやり取りも試みるが、執筆にも影響をもたらすのか、規制対象とみなされた文を書こうとするとアイリーンの手が不自然に止まるのだ。

 

「嘘だと思うかもしれないけどほんとだよ? まあ日常会話を話すくらいなら何の問題もないんだけどね……そう言うことだから協力はできないかもね、ごめんね」

 

「いいんだ。だが君はずいぶんその、対話に応じてくれるな…うちの兵士たちの話じゃこれまであった米軍の兵士はほとんど聞く耳を持たない連中が多かったというが」

 

「あいつらは米軍を名乗るけど、私の知る米軍なんかじゃない。戦前から生きてる生身の兵士はほんの一握りあとの連中は"―――――"…あーもう、もどかしいなこの言語規制は。これなら言えるかな……複製した人間を機械化(・・・・・)して戦わせてるの」

 

「複製………もしかしてクローン人間かい?」

 

 アルケミストの推測に、アイリーンは小さく頷いてみせる。それから何かを話そうとするがそのすべてが言語規制にかけられてしまい、やがてバカバカしくなったのか彼女は話すのを止めてしまった。

 

「スネーク、前にあたしが米本土で入手した情報にあの国の遺伝子工学技術が少しだけあったんだ。デザイナベビーとか、スーパーベイビー法とか……人間の母胎を必要としない人造人間の製造とかね。あたしから見れば、自律人形なんかよりもずっとおぞましい存在さ」

 

「そうか……分かった。アイリーン、協力に感謝する。今すぐ君を処断するつもりはない、トラブルを起こしさえしなければある程度の自由は認める」

 

「ありがたいね、お言葉に甘えることにするよ」

 

 嬉しそうに微笑むアイリーン、スネークのその言葉でどこかホッとした様子だ…人には言えない事情が彼女には多くある、目覚めてから今までずっと気を張りっぱなしで休める時間というのが存在しなかったのかもしれない。

 病室には彼女を一人残し、さりげなく立ち去ろうとするミラーを外へと引っ張って行く…。

 

 

「おいカズ、いくら何でも手を出すのが早過ぎるんじゃないのか?」

 

「なんなんだよ…!」

 

「彼女は協力的だがあくまで捕虜だ、お前が変に手を出せば誤解する者が出始める。お前、最近大人しいと思って油断してたがまた前みたいなことをしでかしたら……まったく、97式に言っておかないとならないな」

 

「待てボス! 97式には言うんじゃない! 分かった、もう二度とやらない!」

 

「ほんとか?」

 

「ほんとだとも! なあアルケミスト!」

 

「あたしに振るんじゃないよ」

 

 それ以上の追及は時間の無駄だとしてひとまずミラーの事は解放する。

 97式に言っても彼女は怒らない、むしろキレて手がつけられなくなるのはトラの蘭々のほうである…97式の悲しみに敏感な蘭々は、時折暴れまわってその度にミラーは襲撃されることになる。

 懲りないミラーの女癖の悪さにぼやいていると、スタッフの一人が駆け寄ってきた。スタッフが手渡してきたのは不可解な音をおさめた録音メッセージであった…。

 

「なんだこれは?」

 

「分かりません、さっきうちの諜報班が傍受したんです。何かの暗号のようですが…」

 

「ちょっとあたしに聞かせてくれないか?」

 

 暗号らし録音メッセージに耳を傾けるアルケミスト、何度か繰り返し録音を聞いていたアルケミストは何かに気がついた様子。彼女は聞こえてくる不可解な音の中から特定の周波数を捉え、それを解読する…そしてその暗号化されたメッセージの意図に気付いた時、彼女は困惑した表情を浮かべるのだった。

 

「信じられない…スネーク、あんた一体どこまで繋がりがあるんだ?」

 

「なんのことだ?」

 

「このメッセージは鉄血からだ……代理人が、あんたを名指しで助けを求めている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄血領内のセーフハウスの一つ、自身が管轄する製造ラインのすぐそばに設けられたその場所でドリーマーは退屈な時間を過ごしていた。主人であるエルダーブレインのもとへジャッジが向かっている今、ドリーマーの周りにいるのはローモデルの鉄血兵ばかりである。

 

「コーヒーをお持ちしましたドリーマー様」

 

「ん…」

 

 適当な返事を返してドラグーンが持ってきてくれたコーヒーを手に取るが、熱々の状態に眉をひそめて一旦テーブルの上に置く。それからもう何度目かになる深いため息をこぼす…憂鬱そうな上司の様子に、部下の鉄血兵たちは顔を見合わせる。

 

「ドリーマー様、何か致しましょうか?」

 

「別にいいわよ。それよりシーカーの奴とはまだ連絡が取れないの?」

 

「ええ……もう一度試してみます」

 

「お願い。まったく、今度はどこに行ったのかしら…?」

 

 ため息と共に愚痴もこぼす、最近ではパルスフィールドの影響からか一部地域では通信障害が発生しているのも悩みの種だ。かといってパルスフィールドを解いてしまえば一気に正規軍が雪崩れ込んでくる状況、外部の情報がほとんど入手できないためシーカーが返って来た時にのみ得られる情報が唯一の情報源となる。

 代理人などは一人で独自の情報網を構築しているが、同じ陣営とはいえ協力しないドリーマーは情報を得ることは出来ないのだった。

 

 少し時間を置いて程よくぬるくなったコーヒーのマグカップを手に取った時、部屋の外からゴトッという何かが倒れる物音が聞こえてきた。何ごとか確かめようと扉を開いた鉄血兵のガード……扉を開いた先で見たのは、拳銃を構える兵士の姿であった。

 行動を起こす間もなく頭を撃ち抜かれたガードは力なくその場に崩れ落ちる…異変に気付いた周囲の鉄血兵が銃を構えようとするが、銃口が向けられる前に襲撃者は素早く鉄血兵を排除する。

 

「そこに座っていろ人形、後で話がある」

 

「大尉…! なんでここに…!」

 

 彼が部屋に踏み入ると同時に、セーフハウスの窓を突き破りデルタ・フォースの兵士たちが入り込む。座っていたソファーから立ち上がろうとしたドリーマーに兵士たちは銃をつきつけて有無を言わさずソファーへと座らせた。

 ガラスが割れる物音に気付いた鉄血兵のブルートが駆けつけるが、大尉は彼女の腹部を蹴りつけ、膝をついたブルートの後頭部に銃弾を叩き込む…。

 

「他の人形を壊してこい」

 

「了解」

 

 数人の部下に指示を出した大尉はドリーマーの真正面へと座る。隊員たちが部屋を出ていくとすぐに銃声が鳴り響き、ドリーマーが捉える味方の信号があっという間に消えていく…。

 人形の掃討が終わるのをじっと待つ大尉を前にドリーマーは身じろぎ一つ出来ず、ただコーヒーの入ったマグカップを握りしめる。

 

「何故ここにいるのか、何をしに来たのか、そんなことを聞きたそうな顔だな。人形の分際でお前たちはコロコロ表情がよく変わる……まあどうでもいいが、お前に聞きたいことがある」

 

「い、いきなり来てずいぶん偉そうね……アンタ一体――――」

 

 ドリーマーがふつふつと怒りをたぎらせて怒鳴ろうとした矢先、大尉はテーブルを勢いよく蹴り上げて吹っ飛ばす。鉄製のテーブルがひしゃげるほどの蹴りと、激しい物音を目の当たりにしたドリーマーは萎縮して怯えを見せた。

 

「はっきりさせておこう。オレが質問し、お前が答える…その逆はない、オレが聞くこと以外で口を開くな。少しでも長く稼働していたいなら忠実にしていろ。分かったか?」

 

「……えぇ」

 

 周囲に味方が誰ひとりいない状況で、ドリーマーはそう応えるしかなかった。

 部屋の外から戻って来たデルタの兵士たちは残骸と化した鉄血兵の半身をドリーマーの前に投げ捨てる…これも脅しの演出なのだろう、言うことを聞かなければお前もこうなるという…。

 ドリーマーはほとんど無意識に身体を両腕で抱きしめる…そうでもしなければ恐怖心で震えが止まらないのだ、今まで感じたことのない恐怖にドリーマーは困惑していた。

 

 そんな彼女に一切の情を示さず、大尉は一つの質問を投げかけるのだ。

 

 

「お前たちがエルダーブレインと呼ぶもの、アレはどこにある?」

 

 

 







相変わらずおっかねえなコイツ……あのドリーマーが太刀打ちできないだと…?

完結する前にワイのメンタルブレイクしそうなんですがこれは(


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破滅の序曲

※胸糞注意


 シーカーが東欧侵攻軍の本隊に到着する頃には、もうほとんどの米軍部隊はポーランド国境を退きドイツ領旧首都ベルリン市街まで部隊を退却させていた。北蘭島事件と第三次大戦以降、ドイツという国は単独で存続することが不可能になるまで衰退し東欧諸国の管理化に置かれたが、高い汚染指数によって管理はほとんどされず戦争で朽ちた建物はそのまま、地下の下水道には感染者たちが蠢くような場所と化していた。

 ベルリンに到着したシーカーは通りに乱雑に倒れる感染者たちの死骸を横目に廃墟の街を進んでいく。

 感染者を制御する装置をつけることで弾除け代わりに利用していた米軍であるが、その制御装置も底を尽いたために目に見えた感染者はもはや用済みとして、見つけ次第駆除をしていた。無論、感染者たちの脅威もあって無視できない被害を米軍部隊に与えるのだった…。

 

 護衛のオーダーを数人連れて歩くシーカーがすれ違うのは大尉に侵攻のため貸し与えた無人機や戦術人形ばかり、大尉が直接指揮をする米軍兵士の姿はまったく目にすることがない。侵攻部隊の主力は無人機や戦術人形であるため姿があまり見ないのは当たり前のことなのだが、シーカーはその事に対し少しばかりの疑念がよぎる。

 

「大尉、どこにいる大尉…! くそ…」

 

 大声で大尉を呼ぶが廃墟の街にシーカーの声が響くのみでなんの反応もない。

 通信も応答しないこともあり彼女は苛立ちを隠しきれない様子であった。米軍の無人機や戦術人形に問い詰めようにも、無人機たちは戦闘命令を忠実に実行する以外の無駄な機能は省いているため、言語を話すこともない……なんの情報も得られないことにますます彼女の怒りが増していく。

 ベルリン市街を中心部へ、そこまでたどり着いた時にようやく米軍兵士の姿を目にする。

 消耗しているようだが戦線をこんなにも下げる必要は無いように見える、少なくとも無人機の部隊は健在であるし物資もまだ戦えるだけの量はあるはずだった。ではなぜ急な撤退をしたのか、シーカーには大尉の狙いを読みとることが出来なかった…。

 

「やあシーカー嬢、遠路はるばる御足労かけまして大変申し訳ない…」

 

「軍曹か、大尉はどうした?」

 

「大尉殿は少し後方の部隊のところに行ってましてね……オレがあなたと話すようにと」

 

「ふざけるなよ、私は大尉と話すためにここに来た。ここに呼べ」

 

「勘弁してくださいよシーカー嬢、オレもしっかり役目を果たさないと後で叱られるんですから。大尉には後で伝えますから、用件はオレが聞きますよ、シーカー嬢」

 

「軍曹、次にまたそのふざけた呼び方をしてみろ…舌を斬り刻んで二度と話せなくしてやるからな」

 

 怒気を込めた声で脅してきた彼女に、軍曹は肩をすくめてみせる。

 

「何故戦線を後退させたんだ」

 

「そのことは大尉から聞いたはずだが? 損害が大きいのと物資の滞り、連戦に次ぐ連戦で部隊の摩耗……最初から言ったでしょう、短期決戦は難しいと。うちらも同胞が無駄に死んでくのを看過できないからね」

 

「同胞だと? よくもそんな言葉が言えたものだな……人間の複製を造り上げ遺伝子を書き換え機械化された兵士たち、お前たちは倫理観を軽視し生命を冒涜する」

 

「オレがやったことじゃない。まあ、あんたがそのことに憤るのは理解できるがね……大尉から聞いたよ、あんたの秘密をね。なあシーカー、もうここらで止めにしといた方がいいんじゃないか?」

 

「なんだと?」

 

「あんたがやろうとしていること、明らかに身の丈に合わないことだ。絶対に無理だ、諦めた方が賢いと思いますよ……あなたは強さを手に入れたと思っているんだろうけど、上には上がいるし、力ではどうにもならないことだってある」

 

 

 軍曹の言葉を聞いた時、シーカーの雰囲気ががらりと変わる……今の彼女の瞳に映るのは憎悪と憤怒だ、軍曹の言葉は運命を翻弄され残酷な実験体として自由を奪われていた彼女の深い怨念を呼び起こしたのだった。

 常人なら近くにいただけで卒倒してしまいそうなどす黒い気を、軍曹は穏やかな笑みを浮かべて受け流す。

 

「世界が一つになればさぞ幸せだろうな、だがそれは実現し得ない幻想だ。オレたちの祖国アメリカは各国の移民からなる多民族国家だった、だが同じ国家の枠に収まれども一つになることは無かった……争いはなくならない、お互いが銃を握った時平穏が訪れる。それもどちらか一方がより強い銃を握ればたやすく崩れさる……人類の歴史は戦争の歴史だ、これからも未来永劫続くさ。どうしようもないことなんだよ、分かるだろう?」

 

「何が言いたいんだ貴様は…」

 

「あんた、あとどれくらい生きてられるんだ? たぶん、長くないんだろう? その短い生命でこれだけ大掛かりなことを達成できるとでも? 人類が願いながらもたった一度も叶えることが出来なかった幻想を……なあシーカー、全部投げ出して平穏を手に入れてもいいんじゃないのか? こんなクソみたいな世界のためより、自分のために使った方がいいんじゃないのか?」

 

 静かに、諭しかけるような彼の言葉にシーカーはうつむく……今の軍曹には敵意や挑発の意思は無く、ただ純粋に自分が思っていることを伝えているように見える。年長者が若輩者へアドバイスを授けるかのようにだ……だが再び顔をあげたシーカーの目は氷のように冷たかった。

 

「大尉はどこにいる?」

 

「さっき言ったでしょう、大尉は後方の部隊のところに向かっています」

 

「もう一度聞くぞ……大尉はどこにいる?」

 

 シーカーのゾッとするよう冷たい瞳を見た瞬間、軍曹は心の中に冷たい何かが入り込んでくるかのような錯覚を感じ取る。それまで笑みを浮かべていた軍曹も表情を消し去り、初めて冷や汗を流す…。

 

「オレの心を読んだか……まったくおっかないな、ESP能力っていうのは。もう一度読んだらどうだ、大尉がどこにいるかね?」

 

「貴様ら、裏切ったのか…」

 

「お互い利用し合うだけの仲だっただけだよ、そうだろう? だが、さっき言った事はオレの本心だ……オレは個人的にあんたを気に入ってるし、平穏に生きて欲しいって思ってる。だがこっちも仕事でね、アンタが戻るのは好ましくない……そうなったらオレは、アンタを撃たなきゃならない」

 

 軍曹の切実な願いは、シーカーには届くことは無かった。

 氷のように冷たい目で見据えられたままの軍曹はため息を一つこぼす……そして素早く腰のホルスターへ手を伸ばすが、シーカーの抜刀はそれよりも圧倒的に速かった。

 目にも止まらない速度で抜刀された刀剣、それに対し軍曹は不敵な笑みを浮かべる。

 

「いやはや、流石だ…全く躊躇がない。こんな奴の足止めを押し付けるなんて、恨みますよ……大尉っ……!」

 

 ホルスターへ伸ばした手が真っ先にずり落ち、次に胴体が真っ二つにされて力なく軍曹の身体が崩れ落ちる。

 斬り裂かれた断面よりおびただしい出血と臓器が溢れ、サイボーグの電子部品がショートし火花を散らす…それでも軍曹は即死せず明確な意識を保ち、苦悶に満ちた表情に笑みを浮かべる。

 

「強くなったな、シーカー…だが強さの代償は、大きいだろう……そして、ただ強いだけじゃ大尉には…いや、オレたちには勝てない………ハハ、負け惜しみみたいになっちまうな…」

 

 シーカーは一度だけ軍曹を冷たく見下ろすと、すぐにその場を立ち去っていった。

 軍曹が斬られた際米軍兵士がシーカーを討とうとしたが、指揮権限を奪回された周囲の無人機が即座に鎮圧する……他の多くの米軍兵士はサイボーグ化されながらも特殊部隊程の精強さはなく、抵抗は無意味なものであった。

 銃器を捨てて投降する兵士たちを見ながら、軍曹はほくそ笑む。

 

「……オレに少しの勇気があればね……大尉殿、オレたちは長く生きすぎたようです……オレは、先に降りさせてもらいますよ……オレはもう疲れました」

 

 斬り裂かれた半身に手を伸ばし拳銃を握ると、その銃口を自身のこめかみに押しあてる……そして、一発の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――あぐっ……! けほっ、ごほっ……!」

 

 床に這いつくばり、腹部をおさえて激しくせき込むドリーマー…全身を酷く痛めつけられ髪や衣服は乱れ、肌にはいくつもの傷がつけられていた。うずくまるドリーマーの腹部を兵士はおもいきり蹴り上げると、彼女は悲痛な叫び声をあげた。

 身体を丸め蹴られたお腹を抑え込む…そんな彼女の髪を鷲掴みにして無理矢理引き立たせる。

 

「さっさと言った方が楽だぞ、こっちも暇じゃないんだ。エルダーブレインの居所は? どこにあるんだ?」

 

「うぅ……クソ、くたばれゲス野郎……!」

 

 ドリーマーは口内にたまった血を大尉に向けて吐きつけニヤリとほくそ笑む……顔につけられたドリーマーの血を拭った彼は、手の甲でドリーマーの頬を殴打した。

 

「最低のクズ野郎ども……こんないたいけな、乙女を寄ってたかって……!」

 

「全身の皮を剥いでやろうか、それなら男か女か気にする必要も無くなる。ナイフを貸せ」

 

 他の兵士からナイフを受け取った大尉はその切っ先をためらいなくドリーマーの脇腹へと突き刺した。

 脇腹を襲う激痛にドリーマーは叫び声をあげる、大尉はナイフを突き刺しただけでなくナイフの刃をねじることで傷口を広げていく。

 

「痛いか? 苦しいか? そう感じるのは、そうプログラムされてるからだろう? 容姿を人間に近付けたり、疑似感情を付け加えたり、痛覚を備え付けたり……欧州の人形は全くもって無駄な機能が多い。こんなもの戦場では何の役にも立たん」

 

 刺し貫いナイフを引き抜き、こびり付いた血液をドリーマーの髪で拭い取る。

 

「海兵の連中が見つけるのを待つのもいいが、奴らに後れを取るのは癪だ……もっと痛めつけろ」

 

 大尉の指示を受けた兵士たちはドリーマーを突き飛ばし、部屋の扉に叩きつける……扉を突き破って吹き飛ばされたドリーマーは痛みに呻くが、その部屋に入った瞬間目を見開く。後から部屋に入った大尉も気付いたようだ。

 部屋に飾られている西洋甲冑や肖像画、たくさんの本がおさめられた棚、そして壁にかけられた何枚もの写真…そこには不愉快そうにむくれるドリーマーと笑顔を浮かべるシーカーが写っていた。

 写真に手を伸ばした大尉に対し、ドリーマーは大声をあげる…。

 

 

「汚い手で触るな!」

 

 

 痛む身体を強引に起こし、ドリーマーは大尉に殴りかかる。渾身の力を込めて大尉の顔を殴りつけるが彼は少しばかり後ずさっただけ、逆に大尉の拳を受けてドリーマーの身体が部屋の反対側にまで吹き飛ばされる。

 

「まったくもって理解不能だ、人間の真似事もここまでくると滑稽だな。お前らAIはこんなものに頼らなくても映像記録で過去を振り返れる」

 

「うるさい……黙れ……黙れ!」

 

「その減らず口も、無駄なものだ」

 

 立ち上がろうとするドリーマーへと歩み寄ると、大尉は彼女の両ひざに一発ずつ発砲…彼女の足を完全に破壊した。それから彼女の髪を掴みあげ、おもむろに取り出した注射器を首筋に打ちこんだ。

 

「なによ、なんなの…コレ…!?」

 

「なんだと思う?」

 

 注射器を撃ちこまれた首筋を押さえながら、ドリーマーは恐怖心に表情を歪ませる。

 何を打たれたのか分からない注射器に怯えるドリーマーの前にしゃがみ込み、大尉は小さく笑った。

 

「ナノマシンの一種だ。お前を触媒にしてエルダーブレインを捜す、最初からこれを使えば良かったかもしれないが一つしかなかったんでな」

 

「クソどもめ……!」

 

「お前らみたいなクズ人形どもの元にあのAIを置いておくのは勿体ないからな。そもそもAIを使って人間を再現する考えが理解できん……大量の情報処理に特化させたシステムとしてのAI、そこに人間の知性や思考も感情も必要ない。個ではなく、集団として振る舞う社会性を発揮する機械だ……そこにお前らがエルダーブレインと呼ぶAIを使う」

 

「何を言ってるのか、全然分からない…けど……好き勝手させ……!?」

 

 ドリーマーはふと、全身を襲う虚脱感にさいなまれて床に倒れ伏す。

 全身に力が入らない、そればかりか少しずつ身体の感覚が失われていくのを感じ取る。

 

「エルダーブレインを見つけた、もうお前は用済みだ」

 

「なに…を、した…?」

 

「お前らのために新しく作ったウイルスだ。オーガスプロトコルに侵入しバックアップデータ及び個体情報の一切を削除(デリート)するものだ。もうお前の情報はネットワーク上に存在しない、今その義体に残るデータだけだ……そのデータももうすぐ消える。分かるか、人形としての……死だ」

 

「嘘……う……うそ、だ……!」

 

「協力的なら楽に死ねたのにな……緩慢に自分が消えていくのを感じて死ね。もしあの女が来たらよろしくな……さて、行くぞ」

 

 大尉が兵士たちを引き上げさせると、ドリーマーは一人その部屋に取り残される。

 手先をなんとか動かしてみせるも身体が言うことを聞かず、それでもどうにか身体を起こすがそこまでが精一杯で、酷い脱力感に襲われて再び床に倒れ伏す。

 

 

 

「うぅ……ぃ、や………こんなのって…………シーカー……たすけ……」

 

 

 

 壁にかけられた写真に向けて手を伸ばす……だがその手は空を握り、力なく崩れ落ちる。




大量の情報処理に特化したAI……J.D、愛国者達……う、頭が…!


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約束を果たすために

 スネークが鉄血領内に足を踏み入れた時に真っ先に感じた違和感……外敵の侵入に対しなんの反応もなく、正規軍の強大な軍隊の侵入を防いでいたはずのパルスフィールドはその機能を停止させていた。強力な磁場によって範囲内に踏み入ったありとあらゆる機械装置を破壊するフィールドは、まさに軍用人形などを多用する正規軍にとって厄介な存在だったはずだ。

 もしもこのパルスフィールドが効果を発揮していないと知られることになれば、正規軍は真っ先に鉄血を潰しにかかってくるはずだ。

 幸いなことに今だ正規軍の目は西側に向いており、パルスフィールドが無効化されていることには気づいていない。これはスネークにとって好都合であり、万が一MSFの司令官であるスネークが鉄血領内をうろついているのを知られればとても厄介なことになるだろう。

 そうならないために、オセロットが忍び込ませた諜報員がなんとか正規軍の目をごまかしているが、いつかは気がつくはずだ。

 

 スネークがこれから行おうとすることは全くMSFには利益になることもないばかりか、むしろ危険を晒すことに繋がる。だが危険を犯してでもこの領域を進んでいくのは、代理人と交わした約束を守るためだった。

 あの時代理人と交わしたのは口約束……だがあの時代理人がスネークに対しかけた言葉を思いだし、この約束を果たそうと決心したのだった。

 

 

「スネーク、今更だけど本当にいいのか? あたし個人としては嬉しいことだが…」

 

 

 鉄血領内の道案内として、この救援任務に名乗りをあげたアルケミストが背後のスネークに振りかえりつつ言った。以前スネークがシーカーから逃げてきた後に代理人が手引きしてくれたことは知っていたが、まさか本当に約束を守り助けようとしてくれるとは微塵も思っていなかったのだ。

 アルケミストがメンタルを修復させてもMSFに残っていた理由の一つに、MSFを内側から監視するという狙いもあった。隙さえあればエグゼやハンターを鉄血に連れて帰ろうと意識していたのだ……代理人のことも恩を仇で返すかもしれないと思っていた。

 だがこの時アルケミストはそれが酷い思い違いであることに気付いたのだった。

 代理人との約束を果たそうとするスネークの、誠実な意思を確かめたアルケミストは笑みをこぼす。

 

「人間なんてみんなクズだと思っていたが、あたしも考えを改めないといけないな。エグゼやハンターがあんたを全面的に信頼する理由を、もっと早くに気付くべきだったな。なあ、デストロイヤー?」

 

「アルケミストってば、今更そんなこと言ってるの? 私はもっと前からスネークはマスターみたいにいい人なんだって気付いてたもんね」

 

「姉として、なんでもかんでも信頼するわけにはいかないのさ。礼を言わせてもらうよ、スネーク」

 

「礼には及ばない、オレも代理人に助けられたんだ。彼女は、君ら姉妹が信頼するオレを信じて助けたと言った。言い変えれば、君らの信頼に助けられたと言ってもいい」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか、あんたも代理人も」

 

 笑みをこぼしながら、アルケミストは感情に左右されないと思っていた鉄の女みたいな代理人が、よもやそんなセリフを吐くとは夢にも思わなかった。彼女の想いを間接的ではあるが知れたことを嬉しく思う。

 だからこそ、アルケミストとデストロイヤーは何が何でも代理人を助けたいと思った…そして、自分たちの主人も。

 

「見てアルケミスト! ジャッジがいるよ!」

 

「見えたよ、あのおちびちゃん随分頑張ってるじゃないか!」

 

 廃工場群の中を駆け抜けた先で見えたハイエンドモデル、ジャッジの姿に二人はさらにスピードをあげる。孤軍奮闘するジャッジに対し米軍の特殊部隊と思われる兵士たちが取り囲んでいる。既にジャッジは重傷を負い苦しい表情を浮かべ防戦一方、対する特殊部隊は無慈悲にジャッジを破壊しようとしていた。

 そんな敵に対し勢いよく突撃していったデストロイヤーは、身体能力をフルに活かした飛び蹴りを叩き込む。

 

「よくも私たちの実家を荒してくれたわね、覚悟しな!」

 

「やあ、ジャッジさま久しぶりだな。手を貸してやろうか?」

 

「アルケミスト、それにえっと…デストロイヤーかお前、なんで私より背が大きいんだ!?」

 

「そんなのは後回しだ、このクズ共をぶち殺してやろうか」

 

 背の伸びたデストロイヤーに憤慨するジャッジは捨て置き、アルケミストとデストロイヤーは襲い掛かる敵に向き直る。アフリカで既に米軍特殊部隊の脅威を知る二人は一切の油断をかなぐり捨てて迎え撃つ。

 以前アフリカで戦闘になったデルタ・フォースの装備とは違う姿の特殊部隊と思われる敵、正確には彼らは海兵隊内の武装偵察部隊"フォース・リーコン"の兵士であり特殊部隊ではなかったのだが…。

 

「この間のお返しだコノヤロー!」

 

 至近距離から放たれたデストロイヤーのグレネード弾をまともに受けた敵は爆風によって吹き飛ばされ即死する。二人にとって特殊部隊だろうが海兵隊だろうが関係ない、面倒事に巻き込まれた恨みと実家を荒された怒りを叩きつけられる存在というだけで十分であった。

 だがフォース・リーコンの兵士たちも負けてはいない。

 撃破したのはデストロイヤーが倒した一名だけであり、彼らは素早く陣形を組み直し戦闘を継続する。

 

「鬱陶しい奴らだね、さっさと死にな!」

 

 アルケミストはステルス装置を起動させて自らの姿を消し、素早く移動することで敵の目をかく乱させる。攻撃の瞬間にのみその姿をさらし、攻撃した後には再び姿を消す奇襲攻撃……だが、敵が動揺を見せたのは最初のみでアルケミストの戦術を看破した。

 敵の放った一撃に捉えられたアルケミストは肩に焼け付くような痛みと衝撃を受けよろめいた。

 

「アルケミスト!? わわっ!?」

 

 アルケミストの危機に注意を逸らしてしまったデストロイヤー、その隙を突いて一気に接近してきたフォース・リーコンの兵士に蹴りを放つが間に合わず、蹴り上げた足を抱え上げられて勢いよく地面に叩き付けられた。倒れたデストロイヤーを敵は即座に組み伏せ、片手で銃を構えながらもう片方の手に握られていたナイフを振り下ろす。

 ナイフの切っ先が顔を貫く寸前に腕を犠牲にすることで防ぐ、ナイフの刃先が腕を貫き目まであと数センチのところに迫る……ぎりぎりであった。

 

「うくっ、は、離せ……この!」

 

 力を込めて突き放そうとするが、敵はハイエンドモデルの力を超える腕力で組み伏せる。

 最悪なのは他の二人の敵兵士の存在、負傷し動きが鈍るアルケミストを見て遮蔽物から姿を晒し近付いてくる……まずい、そうアルケミストが思った時、自分めがけ銃口を向けようとする敵の背後にまわるスネークの姿を見た。

 スネークは気付かれずに忍び寄った敵の首筋にナイフを突き刺し、怯んだ兵士を背後から捕らえると兵士が握る銃を別なもう一人の兵士に向けさせる。異変に気付いた敵兵士が足を止めるが既に遅く、スネークに制御を奪われた銃によって全身を撃ち抜かれ倒れた。

 

 

 拘束された兵士はすぐにスネークを振りほどくが、そのさなかに銃が奪われ、敵を狙っていたはずの銃口が自分に向けられているのに気付く。

 

Goddamn(ガッデム)……」

 

 その短い遺言をのこし、その兵士は頭部を撃ち抜かれ死亡した。

 残った最後の一人はスネークを手ごわい敵と認識し、すぐさまデストロイヤーを押さえつけるのを止めてその場を離れようとするが、先ほどまで組み伏せられていたデストロイヤーが即座にとびかかり転倒させる。

 

「Fuck off,bitch!!」

 

「だ、誰が……ビッチだこの、アホンダラ!」

 

 押し倒した敵が手放したナイフを手にしたデストロイヤーは、その切っ先を振り下ろす。抵抗する手までもナイフで切りつけ、罵声を浴びせながら何度もナイフを振り下ろす……顔や胸部を滅多刺しにされた敵は絶命、死んでからも執拗にナイフを突き刺すデストロイヤーはアルケミストが止めに入ったことでようやく手を止めた。

 

「あーすっきりした!」

 

「気持ちはわかるが、キャラを大事にしな。スネーク、またアンタに助けられちまったな……ったく、どうしても力技に頼っちまうな。あたしもCQC習おうかな?」

 

「全部終わったら教えてやる、みっちりとな」

 

「お手柔らかに、ビッグボス……さてと」

 

 全て片付いたところでジャッジに目を向けて見れば、彼女はあれだけ苦戦させられていたフォース・リーコンを瞬く間に倒してしまったスネークを脅威の目で見つめていた。スネークの事は鉄血にとっての脅威として認識していたジャッジの目に、スネークは新手の敵として映るが……そんなことは知らないデストロイヤーに軽く抱きあげられたことでジャッジはハッとする。

 

「待て待て! なんだお前は、本当にデストロイヤーか!? なんだこの背丈は、なんだこのでかい胸は!? えぇい離せ!」

 

「あ、暴れないでよ! いたっ!」

 

 じたばたもがくジャッジはデストロイヤーの豊満な胸を思い切りひっぱたいて脱出する。

 思えばストレンジラブに開発されて生まれたそのボディーで他のMSF以外のハイエンドモデルと会うのは初めて……元々のデストロイヤー同様ちびだったジャッジにとって、同類だと思っていたデストロイヤーにこのようなことをされるのは誠に遺憾だった。

 腰に手を当てて呆れたように見下ろすデストロイヤーに対し、ジャッジはなおもくいかかる。

 

「頭が高いぞデストロイヤー! 何様だと思っている、私を見下ろすな!」

 

「えぇ……じゃあ、しゃがむよ仕方がないな…」

 

「しゃがんで目線を合わすな! 私をちびの子ども扱いするつもりか!?」

 

「じゃあどうすればいいのよ…」

 

「まともに相手するなデストロイヤー、見ろ…頭を殴られてAIの挙動がおかしくなってる。マザーベースの小児科に連れていこう」

 

「貴様ら全員絞首刑に……って、何をしているデストロイヤー」

 

「なにって、フルトン括りつけてるんだよ。快適な空の旅に行ってらっしゃい」

 

 

 有無を言わさずフルトン装置をくくり付けられたジャッジは、わけも分からず、大きな悲鳴をあげながら空の彼方に打ちあげられていった…。

 

 

「いちいちその場で事情説明するの面倒だからな、この手に限る」

 

「だね! さあ行こうスネーク、代理人の信号はこの先にあるよ!」

 

「ああ、先を急ごう!」

 

 三人は走りだし、さらに鉄血の領域の奥へと進んでいく…。




もう少し書こうとしたけど、ジャッジさまが空に打ちあげられてしまったのでここまでです。


鉄血領内でフルトン回収できるのか、正規軍に気付かれるんじゃねえのとか思う方は、マガジン内の給弾機構が∞の形=弾無限が常識としてまかり通るMGS世界観をまず疑ってください


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レクイエム

 鉄血中枢に限りなく近い工場の内部で小規模な鉄血兵を指揮しているのはハイエンドモデルのイントゥルーダーとスケアクロウの二人、既に自身のダミーは全て破壊しつくされ、指揮するローモデルの人形たちも30人ほど…そのうち半数は負傷し、まともな戦闘能力を発揮することが出来ない状態にあった。

 いくら奇襲攻撃を受けたとはいえ数では遥かに圧倒する鉄血、それなのにも関わらず彼女たちは襲い来る海兵隊の前には烏合の衆に過ぎなかった。

 

「イントゥルーダー…敵の増援が…!」

 

「しつこい輩ですね!」

 

 ただでさえ苦しい戦況に敵の増援が二人を更なる危機に陥れる。

 サイボーグ強化に加え、海兵隊は強固な装甲を搭載するパワードスーツを身にまとうことで鉄血の砲火をはじき返し、ほとんど一方的に攻撃をしている。イェーガーの正確な狙撃も、ストライカーの弾幕も、マンティコアの強力な火砲も通用しない。

 重装備を纏う海兵隊はその凶悪かつ無慈悲な攻撃を、容赦なく浴びせかけるのだ。

 

「ハーッハハハハ! いつまで隠れてるつもりだお嬢ちゃんたち、もっとパーティを楽しめよ!」

 

 パワードスーツを纏う大柄な海兵隊の兵士は拡声器で大笑いを響かせながら、遮蔽物に身を隠そうともせず、所持する巨大な機関砲の照準を彼女たちに向けていた。25mm機関砲の強力な一撃は遮蔽物に身を隠す鉄血兵を、遮蔽物もろとも粉砕する。

 対して鉄血兵の武装は彼らに対しあまりにも貧弱だった。

 唯一有効打を与えられていたマンティコアは戦闘により喪失し、今は弾幕をはって接近を阻止させる程度のことしか出来ていない。

 

「女を見たのは何年振りだ? ハハハ、ズタボロになるまでファックしてやるよ!」

 

 物陰から飛び出したブルートが鋭利なナイフの切っ先をパワードスーツの隙間につきたてようとするも、海兵隊兵士は素早く対応し、機関砲の砲身で殴りつけると殴り倒したブルートの頭を文字通り踏み潰す。

 仲間たちを次から次へと、残酷に殺されていくのに対し彼女たちは憤るがどうしようもない力量差に絶望する……そんな時、厄介だった重装兵士の頭上から何者かが跳びかかっていったではないか。もがく兵士の肩にまたがり、笑みを浮かべて首筋をナイフで裂くその人物はイントゥルーダーとスケアクロウにとっては見覚えがあった。

 

「アルケミスト!?」

 

「よぉ、ポンコツどもえらい苦戦してるじゃないか。ちょっと待ってろ、このデカブツを始末してやるよ」

 

 にこやかに微笑みつつ、兵士の首筋を斬り裂くと勢いよく血飛沫が飛び散る。

 

「えーっと、このぐらい斬り裂いとけば出来るかな?」

 

「ぐ、がっ……この、あばずれが……!」

 

「テメェの尻にキスしてきな、届くように頭引きちぎってやるよ」

 

 そう言うと、アルケミストは程よく斬り裂いた兵士の首に手を回し、渾身の力を込めて引き抜きにかかるがなかなかうまく千切れない。最期の抵抗を見せる兵士に舌打ちをしたアルケミストは、手榴弾のピンを抜くとパワードスーツの隙間に放り込む。

 スーツの隙間に入れられた爆弾を取ることは出来ず、その兵士はスーツ内部で炸裂した手榴弾によって肉体を滅茶苦茶に破壊されて死亡した。

 

「上手くいかないもんだね、エグゼとリベルタはどうやったんだ? まあいいか…」

 

「このクソ女が、よくもオレの仲間を! ぶっ殺してやる!」

 

 重装兵士はその殺した相手だけではない。

 仲間の死に怒り狂う他の重装兵士たちがやって来たのを見てアルケミストは一つ芝居をうつ…銃を捨てて数歩退いて両手をあげて見せる。それを降伏の意思とみなしたものの怒りは収まらない様子の海兵隊兵士たちは、同じように惨たらしく殺そうと向かってくる。

 

「海兵隊を舐めるなよメス犬、わんわん泣きわめく前に謝っておけ、死ねあばずれ女が! お前の死体に小便をかけてやる!」

 

「ガタガタうるせえんだよ。死ぬのはてめぇらだよ、クソボケ」

 

 アルケミストが誘ったその場所はとある機械装置の真上、怒りでそれに気付かず足を踏み入れた彼らにアルケミストは中指を立てて見せると、機械を操作するスイッチを押した。その瞬間、機械装置…巨大なプレス機が作動し海兵隊の兵士たちはまとめて圧殺された。

 唯一、生き残った海兵隊兵士も半身をプレス機に潰された姿でしかなかった。

 

「……ったく、バター犬みたいに発情しやがってこのやろう。あの世で仲間内どうし、仲良くケツでも舐め合ってな」

 

 死にぞこなった海兵隊兵士の頭に弾倉が空になるまで銃弾を叩き込む……最後の兵士を始末したところで立ち上がると、デストロイヤーが口元をおさえて青ざめているのに気付く。ちょうど彼女の目の前にはプレス機で圧殺された兵士たちのぺしゃんこに潰された無惨な死体がある。

 

「アルケミスト、いくらなんでもこれは…」

 

「あぁ? 普通だろう……さてと、おいイントゥルーダーにスケアクロウ。もう出てきてもいいぞ?」

 

  アルケミストの呼びかけで、それまで物陰に隠れていたイントゥルーダーとスケアクロウの二人、ついでに生き残った鉄血兵たちもおっかなびっくりとした様子で出てくる。

 

「アルケミスト、何故ここに?」

 

 本来敵対関係の人間であるスネークを伺いつつイントゥルーダーが尋ねるが、アルケミストは話を全く聞こうとせず、彼女は何やらイントゥルーダーを含む全員を指で追って数えているようす。彼女たちは総勢20名ほど、数え終わったアルケミストはデストロイヤーとスネークに向き直る。

 

「フルトンあとどれくらい残ってる? あたしは8個」

 

「私は9個かな?」

 

「オレは5個だ」

 

「よし、ぎりぎり足りるな」

 

「ちょ、待ちなさいあなたたちせめて話を――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 イントゥルーダーらを空に打ちあげた後、三人が向かったのは鉄血のうち捨てられた司令部だ。

 ここまでくる過程で気付いたことだが、米軍はこのエリアに強力なジャミングを発生させて人形同士の通信を妨害して遮断、各個体の信号情報も混乱し鉄血は部隊間の連携を全く取ることが出来ない。

 それが米軍の一方的な攻勢に拍車をかけており、当初捉えたはずの代理人の信号もロストしてしまった。

 司令部にやって来たのは、エリア内に配置された監視カメラの映像から情報を得るためであった。

 

「よかった、まだ監視カメラは生きてるみたいだよアルケミスト!」

 

「よし、さっそく代理人とエリザさまを捜そうじゃないか」

 

 無数のモニターのうち、いくつかは壊れて真っ暗な画面が表示されているが、ほとんどの監視カメラはいまだ正常に機能をしている様子だ。監視カメラの操作は二人に任せ、スネークはモニターに映る映像から代理人の姿を捜す。

 モニターには米軍と交戦する鉄血兵の姿が映るが、指揮系統を混乱させ右往左往している鉄血兵の姿も多く見られる。

 

「待て、こいつは…」

 

 スネークが指し示したモニターに映る映像には、代理人の姿ともう一人、彼女と交戦する兵士の姿があった。そしてその姿に、デストロイヤーは見覚えがあった。

 

「こいつ、アフリカで私を襲ったやつ! スネーク、こいつだ、こいつがデルタの大尉って呼ばれてた奴だよ!」

 

「こいつがそうか。情報は少ないが、捕虜のアイリーンもこいつには注意しろって言っていた。急ぐぞ」

 

「あぁ、案内するよスネーク」

 

 監視カメラでとらえた映像の情報から代理人の居場所を割り当てる、アルケミストとデストロイヤーの二人は元々鉄血所属、どこに何があるかなどは熟知しているし領域内はほとんど庭みたいなものであった。ここまでほとんど休憩もなしに走り続けてきたが、アルケミストとデストロイヤーは息切れの一つもない。

 伝説の傭兵と持て囃されるスネークとはいえ加齢による体力の衰えは隠しきれない……二人がタフなのは戦術人形だからということもあるが、それでも歳を感じるものであった。

 

「それにしても代理人と言ったか、お前たちとはどういう関係なんだ?」

 

 ふと、スネークはかねてから思っていた疑問を投げかけてみた。

 エグゼ、ハンター、デストロイヤー、アルケミストの4人はサクヤという名の技術者によって生み出されその後の教育も受けたため、独特な姉妹の絆を築き上げたのだという話は聞いていた。だが代理人はそれに当てはまらないらしいが…。

 

「代理人は、元々エルダーブレインの意思を執行する存在として生まれたんだ。あたしらが生まれた時、エルダーブレインはまだ開発中でな。先に生まれていた代理人とはよく交流してたんだ」

 

「一見冷たそうに見えるけど、すごく面倒見がいいんだよ? エグゼの奴をぶちのめして掃除の仕方を教えたし、ハンターに狩った獲物を自室に持ち帰らないよう教育してぶちのめしたり、わたしも色々と面倒見てもらったりしたし、アルケミストもよくケンカの仲裁にぶちのめされたよね?」

 

「おい待てデストロイヤー、その説明だとあたしら全員代理人にぶちのめされただけの奴みたいじゃないか、まあだいたい合ってるが。あの人はな、あたしらが大切な人を失ったあの日からあたしら姉妹を見守ってくれていたんだ」

 

 大切なことの全てを教わった、とまでは言わないが彼女たちにとって厳しくも優しい恩師のような存在なのだ。代理人のことは戦地から離れられないエグゼやハンターからも頼まれている、何がなんでも助けなければならない。

 

「もうすぐだ、もうすぐ代理人のところだ! 間に合うといいが!」

 

「大丈夫だよアルケミスト、代理人滅茶苦茶強いもん! デルタだかかるただか知らないけど、あの人ならきっと……!」

 

 主人のために戦う代理人の恐ろしいまでの強さは鉄血にいる者なら誰もが知るもの。いくら精強な米軍特殊部隊が相手だろうが敵うはずがない……そんな信頼感をもって抜けた最後のゲート、その先に立つ代理人の後姿に二人は笑みを浮かべた。

 彼女の名を呼びかけつけようとする二人……だが、代理人は振りかえることは無く力なく崩れ落ちる…。

 

 

「代理人…! きさま…!」

 

 

 倒れた代理人を足蹴にするデルタ・フォース大尉を見たアルケミストは激高し、我を忘れて駆けだした。スネークが止める間もなく突っ込んでいったアルケミストであったが、大尉は全く動じない。突っ込んでくるアルケミストを見据えて身構えると、彼女の蹴りに自身の蹴りを合わせた。

 身を翻し放たれた大尉の回し蹴りに彼女は腕をクロスさせて防ぐが、重い一撃によって一瞬苦悶の表情を浮かべる。

 

「代理人、代理人! よくもやったわね!」

 

「いつぞやの人形か、それに…」

 

 怒りを宿したデストロイヤーを軽く流し見た大尉は、二人の背後に立つスネークを一瞥する。それから人間離れした跳躍力でその場を離脱し、上階へと後退した。

 大尉が離れたあとにアルケミストはすぐさま代理人のもとへと駆けつける。抱きあげた彼女は腹部を刺し貫かれる重傷を負っていたが、いまだ人形としての機能を停止させていなかった。

 

「アルケミスト……? それに、スネーク……遅かった、ですわね…」

 

「すまない代理人、あたしもスネークも急いだんだが。待っていろ、いますぐアンタの仇をとってやる」

 

「私はいいのです、私より…ご主人様を…!」

 

 代理人はアルケミストの腕を掴み、優先すべきは自分たちの主人であると訴えかける。彼女にとって自らの生死以上に主人の安否が、何よりも大切なことだったのだ……だがそんな彼女の切実な想いを打ち砕くように、大尉より無情な言葉が突きつけられる。

 

「残念ながらチェックメイトだ。アレはもういただいた、うちの部下はお前たちの無能な部下と違い優秀だ。今頃はこの地を抜ける準備を済ませているだろう……遅いな、あまりにも遅すぎる」

 

「バカな……ご主人様を、どうするつもりだ…!」

 

「あのAIはしかるべき場所で、正しく使われるべきだ。こんな瓦礫の山に埋もれさせておくには惜しい……そう思わないか?」

 

 大尉のその問いかけは、眼下で睨みつけるスネークにあてたものであった。大尉は他の多くの人形を嘲笑し見下すのとは違い、スネークを人間の、歴戦の戦士として早くも見抜きその力量を押し図ろうとしているようであった。

 

「お前のことは知っているぞ、国境なき軍隊(MSF)司令官の戦士よ。お前とその部下には多くの同胞が敗れ去った……認めざるを得まい、お前の強さをな。これはオレの勘だが、お前オレたちと同じアメリカ人だな? 何故祖国のために戦おうとしない?」

 

「オレは国を捨てた身だ、オレに祖国はない。お前はどうなんだ、何もかもが焼き尽くされた幻の祖国に忠誠を持ち続けているようだが、お前がやっていることはただの殺戮だ。西の戦線を見てみろ、お前たちの残党ももう終わりだ…これ以上何をあがこうという」

 

「残党だと? 面白い、ふははは……どいつもこいつもバカばかりだな。いつアメリカが滅んだ? いつオレたちの祖国が戦争に負けた? 愚か者めが、あれが軍勢の全てだと思わないことだ……所詮使われているのは旧式化した兵器だけだ。あんな時代遅れの骨董品、あの小娘にくれてやる……オレの本当の目的は、まあこれから死ぬお前らには関係あるまい」

 

 その時、大きな警報音が周囲一帯に一斉に鳴り響く。

 普段鳴り響くことのない警報音に何事かあったに違いないと察するアルケミストたち。

 

「聞こえるか、奴らが近付いてくる音を……正規軍共の軍靴の音を」

 

「正規軍だと、お前一体何を…」

 

「鈍いなMSFの司令官。奴らにパルスフィールドが無力化されたのを教えてやったのだ……もうじきここに奴らの軍勢が押し寄せるだろう。お前たちを殺すのは我々ではない、せいぜい醜く殺しあいをしていろ。オレがここで果たす任務はもうほとんど終わったのだからな」

 

「バカな、正規軍が来ればお前たちもただではすまないはずだ!」

 

「オレの心配より自分の心配をすることだ。さらばだ、もう会うこともあるまい」

 

 立ち去ろうとする大尉に向けてアルケミストは即座に発砲するが、彼は笑い声を響かせながら姿を消してしまった。なおも鳴り響く大きな警報音に、彼女は急いで代理人を立ち上がらせようとするが、彼女は主人を守り切れなかったことに呆然としていた。

 呼びかけにも応じない代理人に舌打ちをした彼女は、無理矢理彼女を立ち上がらせるとその頬を思い切り殴る。

 

「ぼうっとしてる場合か! アンタはエリザさまを守れなかった、変えられない事実だ! だがまだ間に合う、だがいつまでも腐ってたらその機会すら失っちまうんだ! 後悔は後でしろ、今は脱出するぞ!」

 

「アルケミスト……そうですわね、私としたことが…」

 

「ヤバいヤバい、正規軍がどんどんくるみたいだよ!? スネーク、どうしたら!?」

 

「南西に向かって走るんだ! 南西のエリア沿いにはユーゴ連邦軍が展開している、正規軍の中に飛び込むよりはずっとマシだ!」

 

「イリーナに話しは通してあるんだろうね!?」

 

「行ってから話をつければいい! 急げ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリア中に響き渡る大音量の警報をセーフハウス前で聞いたシーカーは、主人と仲間たちの危機に大きく動揺していた。主人であるエルダーブレインの安否を気にするが、代理人やジャッジなどがそばにいる…折り合いは普段から悪かったが、主人への忠誠心は本物であると認めている。

 エリザさまはきっと無事だ、そう思うシーカー……それ以外で一番気掛かりだったのが、かけがえのない親友の安否だった。

 

「ドリーマー? いるのか…?」

 

 セーフハウスの扉を開き呼びかける。

 明かりが消えた室内は暗闇に包まれており、開いた扉から差し込む光が荒れ果てた床を照らす。壁のスイッチを押して明かりを灯せば、室内の惨状がシーカーの目に飛び込んでくる……あらされた室内、無惨に破壊された戦術人形たち。

 床や壁には人形たちの疑似血液が飛び散り、ところどころに血だまりを作っていた。

 命の温もりなどない、死の香りが漂う……室内に充満する血の香りと死の気配に、シーカーは激しい頭痛を覚える。疼くような頭の痛みに耐えながら、シーカーは室内へと足を踏み入れていく、かけがえのない友の名を呼びながら…。

 そして、見つけた。

 荒された部屋の真ん中に横たわる彼女の姿を。

 

「ドリーマー……ドリーマー! しっかりしろ、ドリーマー!」

 

 慌てて駆けつけ抱きあげた彼女の身体は恐ろしいほどに冷たかった。

 酷く痛めつけられた身体を目の当たりにした彼女は動揺し、何度も何度もドリーマーの名を呼び肩を揺すった。それを繰り返していると、ドリーマーはわずかにそのまぶたを開いたのだった。

 

「ドリーマー! 良かった…!」

 

「うるさいなぁ……せっかく気持ちよく寝てたのに……」

 

「一体何があったんだ…あいつらが来たのか? デルタの連中が来たのか? あいつらはどこに…」

 

「ふん……あんな奴ら、私にビビって……どっか行ったわよ…」

 

 ドリーマーは軽口を叩いて見せるが、表情からは生気が失せ目もどこか虚ろな様子だった。彼女が一体何をされたのかは分からない、だがすぐにでも治療を施さなければいけないのは一目瞭然だった。修復施設へ連れていこうとするシーカーであったが、ドリーマーはそれを引き止める。

 

「ねえシーカー、お願いがあるの……聞いてくれる…?」

 

「あ、あぁ…だがそれは後でも…」

 

「今じゃなきゃ、ダメなの……お願い。アンタの、ピアノが聴きたいの…」

 

 ドリーマーの思いがけない言葉に彼女は目を丸くした。

 苦しそうな表情に精一杯の笑顔を浮かべて見せるドリーマーを見て、シーカーは出かかった言葉を押しとどめると小さく頷いた。室内には壊されていないピアノが残されている……いつもドリーマーに演奏を聴かせて何度も酷評されたものだった。

 抱きあげたドリーマーは普段よりも軽く感じる、そんな彼女をそばのソファーへと寝かせるとシーカーはおぼつかない足取りでピアノへと向かう。

 

 閉じられた大屋根を開き、ピアノの前に置いた椅子に座る。

 用意する楽譜はない、シーカーはある一つの曲だけを演奏し続け楽譜は暗記し頭にしまい込んでいた。だがピアノに向き直ったシーカーは鍵盤に指を置いたまま、音を鳴らすことは出来なかった。

 静かな沈黙が続く中、シーカーはようやく指を動かした……ピアノの音色を確かめるよう一音ずつ鳴らし、彼女の演奏は始まった。

 

 

 

 シーカーの旋律は静かで厳かで、そしてもの哀しい音色を奏でていた。

 それをドリーマーはソファーに身を預けながら、目を閉じて聴いている……このような選曲をしたことをシーカーは悔いるがこれしか知らず、そしてドリーマーが何よりも望んだのはいつもシーカーに聞かされていたこの曲だった。

 途中幾度となく演奏の手を止めてしまいそうになるのを唇を噛み締めてこらえ、シーカーは演奏を続ける。

 

 もう、自分たちに希望に満ちた未来はあり得ない……別れが、もうすぐそこまで迫って来ている…。

 哀しみと後悔の念が、皮肉にも彼女の儚くも美しい音色を引き立たせていく。

 

 

 

 

「シーカー……もう、いいよ……ありがとう…」

 

 

 ドリーマーの言葉で、シーカーは演奏の手を止める……頬を滴り落ちた涙の雫が、ピアノを濡らしていた。流れる涙をぬぐおうともせず、シーカーは毛布を一枚手に取るとドリーマーの横に座り込み毛布で自分と彼女の身体を包み込む。

 冷え切ったドリーマーの身体を抱きしめてあげると、ドリーマーはシーカーに頬を寄せて至福の表情を浮かべる。

 

「暖かい……あなたの温もりを感じるわ…」

 

「ドリーマー…私は…」

 

「いいの、もう、いいのよ……シーカー……もう、頑張らなくていいのよ。あなたがこれ以上、誰かのために…命を削る必要はないの」

 

「知っていたのか……私が、力を使えば使うほど命を削ってしまうのを」

 

「当たり前でしょう? わたしを誰だと思ってるの……あなたの一番の、理解者なんだから…。シーカー、あなたがあとどれくらい生きられるか分からないけど……残りの命は、自分のために使いなさい…ね?」

 

「…………」

 

 シーカーはドリーマーの願いに応えることはできない、大切な友の命が今まさに消えかかっている中で、自分だけが生きていく未来を想像出来なかった。なによりかけがえのない彼女を失ってまで、この世界は生きていたいと思える価値があるのか、シーカーにはそれを見出せなかった。

 結局、今のシーカーにはただドリーマーに縋りつくことしか出来なかった。

 

「まったく……世話が焼けるんだから………わがままで、自分勝手で、大ばか者……そんなアンタと出会わなきゃ、こんな気持ちにならなかった………好きよ、シーカー」

 

「あぁ、私も……私もだ…」

 

 ドリーマーの身体を今までよりも強く抱きしめ、シーカーもまた彼女に頬を寄せた。

 いつまでも、いつまでも……。

 

 

「シーカー……寒いわ…」

 

「あぁ、分かってる。いま、温めてやるからな……」

 

「ありがとう……」

 

 

 少しづつ弱っていく彼女の声色が、より一層彼女との別れを意識させる。

 毛布をいくつも重ね合わせて彼女を抱きしめる、だがどれだけ抱きしめようとも再び彼女に温もりが戻ることは無い。

 

 

「シー…カー……? まだ、そばにいてくれてる……?」

 

「ずっと、そばにいるよ」

 

「そう……よかった……シーカー…?」

 

「なんだ…?」

 

「手……握ってくれる…?」

 

「あぁ……」

 

「……うれしい………はなさ、ないでね………ずっと、ずっと……いっ……しょ……」

 

「もちろんだよ……誰にも、邪魔させない。ずっと、一緒だ…」

 

 

 ドリーマーの手を握りしめる…。

 最期にドリーマーは嬉しそうに微笑むと、静かに眠りについていった……。

 

 

 










シーカーの理性を繋いでいた最後の鎖が外れてしまった…


※シーカーが演奏した曲置いときます
https://m.youtube.com/watch?v=0siIoIWd62c&pp=ygUa5pyI5YWJIOODmeODvOODiOODvOODmeODsyA%3D


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ワイルドハントの軍勢

 ジブラルタル海峡を突破し、ギリシャ沿岸で部隊の上陸を援護したアメリカ海軍艦艇はその後ボスポラス海峡を抜け、黒海にまで侵入していた。そこで海軍艦艇は他の地上部隊を援護するわけでもなくただ海の上に鎮座していた。黒海に消えた海軍艦艇の行方はもちろん正規軍も探っていたが、黒海に入り込んだ艦艇はいずれも高度なステルス技術でレーダーの目をかいくぐり、デルタ・フォースの部隊が引き上げてくるその時まで経ったの一度も正規軍に捕捉されることは無かった。

 古い港に停泊する強襲揚陸艦を旗艦とする米海軍艦隊、既に到着していたデルタ・フォース及び陸軍兵士たちは揚陸艦へと乗り込み出向の準備を整えていた。

 そこへ、最後にやってきた大尉を乗せると艦隊はゆっくりと動き始めるのだった…。

 

 

「伍長、任務ご苦労だった」

 

「光栄であります大尉」

 

 

 揚陸艦の甲板上で邂逅した大尉に対し、伍長の階級章を襟元に付けた兵士が敬礼をもって彼を出迎える。整然と並ぶ兵士たちに軽く手を挙げて散開させると、大尉は伍長を連れて船内へと向かう。

 

「エルダーブレインの様子は?」

 

「大人しいものです、拍子抜けするくらいに」

 

「そうか、無駄な抵抗をされるよりははるかにいいことだ」

 

 広い船内を歩いていくと、通りがかった兵士たちは足を止めて大尉に敬礼を向けていく。

 この場にいる兵士たちの中では最も高い階級に位置するのは彼であり、彼の指揮下の元部隊は動く……だが陸軍の兵士は見かけても、海軍所属の兵士の姿は一人も見ない。そのことは後ろを歩く伍長も疑問に思っていることだが、艦艇は予定通り動いているのを見て不必要な疑問であると判断しその事を問いかけはしなかった。

 船内を進む大尉は、艦艇内の仮設収容所にたどり着く……そこに彼女は一人静かにたたずんでいた。

 

「これがエルダーブレインか?」

 

「はい大尉、念のため武装は解除させてあります」

 

「ご苦労、お前は下がっていろ」

 

「了解」

 

 伍長が部屋を出ていき、その部屋には大尉とエルダーブレインの二人だけとなる。

 彼はエルダーブレインとテーブルを一枚隔てた場所に椅子を置き座る……終始目を伏せていたエルダーブレインは、大尉が目の前に座るとまぶたを開き鋭い視線を彼に向けた。

 

「こんなAIにまで、人間のような殻を用意するとはな。それとも、その小さな器にそれだけのAIを詰め仕込んだ技術を称賛するべきだろうか? まあ何にせよ、お前が探していたエルダーブレインで間違いはなさそうだな」

 

「……キミが、あの子が言っていた人間だね」

 

「シーカーのことか? まあ確かに奴に色々と手を貸してやったのはこのオレだ」

 

「………あの子が、泣いている………キミはあの子に一体何をしたの?」

 

 エルダーブレインはそれまでよりも厳しい口調で大尉に問いかける。その目には明らかな敵意と、仲間の気持ちを踏みにじられたことへの怒りが宿されていた。鉄血の首領である彼女のそんな姿を目の当たりにしても、大尉は少しの動揺も見られない。

 

「オレたちは戦争をしにここへ来たんだ。殺し、痛めつけ、必要なものを奪うのが任務だ…その過程で生じるものなど知ったことではない。利用できるものなら何でも利用する、怒りと憎しみに囚われたやつほど利用しやすい存在はいない。感情に任せてヒステリックに振る舞うほど愚かなことはないだろう」

 

「言ってることが滅茶苦茶だね……キミは激しい憎悪と怒りでヨーロッパにやって来た。キミの発言は矛盾だらけだ、その理屈ならキミたちに勝利はあり得ないよ。絶対にありえない」

 

「そうかもな、だがお前たちは根本的な誤解をしている。誰もその事に気付きはしない、シーカーでさえもな」

 

「どういうことだ?」

 

「戦前の合衆国政府の影には、ある組織があった。軍需産業を中心とした巨大企業、軍関係者、政府高官で構成された……いわゆる軍産複合体。大統領をしのぐ権限を有したと言われる組織は国家の未来を想定し、早い段階から本土の核攻撃とそれにともなう荒廃が避けられないことを知っていた。彼らは組織を存続させるためいくつかの計画を実行した……その一つが、生体情報のデジタル化だ」

 

「生体情報のデジタル化……それは、まさか…」

 

「そこからは想像したまえ。欧州のならず者どもはアメリカを滅ぼしたと思っているだろうが、地表上を焼いただけに過ぎん。政府組織はいまだ、健在だ………まあ、誤算もあった、その穴を埋めるパーツの一つがお前だ」

 

 大尉はエルダーブレインを指差し、わずかに口角を歪める。

 大尉が、いやアメリカが求めるのはより高度なAI、そこに感情や社会性は不必要であり膨大な情報を処理できることが可能なAIだった。そしてそれを素早く実現できる存在が、エルダーブレインなのだという。

 

「お前は本国に送り次第事細かに解析されるだろう……それまでは仮初の人格で余生を過ごすといいさ、素直でいるのなら合衆国にたどり着くまでの間は今までのようなお姫さま(プリンセス)気分でいられるだろう」

 

「あなたたちの計画は絶対にうまくいかない、絶対にね」

 

「油断はしないさ、慢心は歴史上の人物が最も犯した愚行の一つだからな。では、航海を楽しみたまえ」

 

 席を立ち、大尉は振りかえることなくその場を去っていく。

 彼が向かったのは甲板上の船首付近、そこから艦橋になびく星条旗を見上げるのだった。

 

「もうすぐ、もうすぐ終わる……ディアナ、フレディ…もうすぐ帰れるぞ」

 

 古ぼけた写真をポケットからとりだし見つめる……在りし日に想いをはせた彼は写真をしまい、代わりに煙草を一本取り出し口にくわえた。任務の間一度も吸うことのなかった煙草をゆっくりと吸う…。

 そんな彼の元に、先ほどの伍長がやってくる。

 伍長は大尉の背に敬礼を向けると、いましがた入ったばかりの報告をするのであった。

 

「大尉、前線の部隊より報告があがりました。軍曹が、戦死されました」

 

「…………そうか、下がっていい」

 

「はっ」

 

 報告を済ませた伍長が立ち去ると、彼は煙草の煙を深く吸い込むと水平線の彼方を眺めながら紫煙を吐きだした…。

 

 

「軍曹、いやアレックス……フォートブラッグで過ごした訓練の日々を覚えているか? お前がクソッたれの教官を殴ったせいでオレまで巻き添えをくらって懲罰房送りになった。出てきて早々にお前は謝るもんだと思っていたが、次は二人でぶちのめしましょうなんて言いやがった…あの時オレは、始めてお前の眉間に銃弾をぶち込んでやりたいと思った。まあ現実にはならなかったが……オレとお前は部隊の問題児だった、いつかオレたちを見下した奴らを見返してやろうと言ってたよな…。

この任務を引き受けた時も、絶対に成し遂げて凱旋してやると……なのに先に諦めやがって、そんな教育をした覚えはないぞ……バカやろうが」

 

 ため息を一つつき、彼はくわえていた煙草を指ではじき海に投げ落とす。

 それから彼は、彼の死を悼みせめてその最期が誇り高きものであることを祈るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、オレたちはいつ撤退するんだ? 話じゃ、陸軍の特殊部隊はもうとっくに退却をしたんだろう?」

 

「聞いてねえのかボンクラ、オレたち海兵隊はここに残って鉄血人形の一体を始末するんだよ。なんでも、オレたちの無人機を取ってった女の始末らしい」

 

「けっ、小娘一人殺すだけでオレたちは居残りかよ。まったく陸軍の尻ぬぐいばかりじゃないか」

 

 鉄血領内に残るアメリカ海兵隊の兵士たちは、迫りくる正規軍に内心冷や冷やしながらも上官より指示された任務のために身動きを取ることが出来ないでいた。攻撃対象はすなわちシーカー、彼女の殺害が任務だが、これはもともとデルタ・フォースより海兵隊を指揮するマーカス少佐を通して回ってきた任務だった。

 

「それにしてもいけすかねえ、あのくそマーカスの野郎めが…リーコンの隊長風情がいつからオレたちを仕切れるようになったんだ?」

 

「余計なこと言うなバカ、あいつがどんな奴か知ってるだろう? 筋金入りのサディストだ、アイツはどんな奴にも情けってもんをかけねえ。あいつほど軍隊に感謝してる奴はいない、じゃなきゃアイツは街中で人間狩り(マンハント)してただろうさ」

 

「違いねえな……っと、おいあれ見ろよ」

 

 雑談の最中、海兵隊の一人は廃墟の向こうに見えた人影を指差した。

 全身を血で赤く染めたその人物…シーカーは抜身の刀剣とライフルを持ちながら、うつむくようにして歩いてくる。白髪を結った姿に特徴的な戦闘服、海兵隊に下された対象と一致する姿であった。

 

「ハハ、獲物がのこのこやってきやがったぜ…一発で仕留めてやる」

 

 周囲の海兵隊がゲラゲラと笑う中、一人の兵士が煙草をくわえつつ狙撃銃を構える。武器を構えるわけでもなく、無防備のまま真っ直ぐ歩き続けるシーカーに照準を合わせた兵士はニヤリと笑みを浮かべ引き金を引いた。大きな銃声が廃墟の中で反響し、弾丸が放たれる……シーカーを狙った銃弾は狙いを逸れて背後のビルの壁をえぐる。

 

「ハッハハハ、どこ狙ってんだマヌケ。あの小娘に見惚れちまったのか?」

 

「うるせえ黙ってろ、このやろう…くそが」

 

 再度照準を合わせ、呼吸を整える。

 照準器の中にシーカーをとらえて再度引き金を引くが、またしても狙いは逸れてしまう。大多数の海兵隊たちはへたくそな射撃を笑い飛ばしたが、弾丸が不自然に逸れたのに気付いた何人かの海兵隊兵士は笑みを消した。なにより、確実に狙撃していたはずと自負する狙撃手は気が気ではなかった。

 そんななか、へたくそな射撃を笑い飛ばしていた海兵隊の一人が物陰から姿を晒し、堂々とシーカーの前まで歩いていくではないか。

 

「オレが銃の撃ち方を教えてやる、子どもでもできるぜこんなこと」

 

 シーカーの目の前まで歩いていった兵士は腰のホルスターから銃を引き抜き彼女に向ける。ニヤニヤと笑みを浮かべる兵士であったが、ゆっくりと顔をあげたシーカーの澱んだ瞳を見てゾッとする……まるで深い闇を覗き込んでいるかのような感覚に囚われた彼は、身じろぎ一つ取ることもできず、目の前でシーカーが刀剣を振り上げるのを黙って見ているしかなかった。

 ハッとする頃には、その鋭利な刃が振り下ろされ、その兵士は何が起きたのかも分からないうちに胴体をバッサリと斬り裂かれ絶命した。

 

「や、やろう……! ぶっ殺せ!」

 

 仲間の死を目の当たりにした兵士たちは怒号をあげて、一斉に銃を構えて引き金を引く。その瞬間、シーカーは素早く移動してその姿を廃墟の中に消した。喚き声をあげて兵士たちが遮蔽物を飛び出すと、シーカーは廃墟の上階から飛び出し、眼下にいた兵士の頸部に刀剣を突き刺して強引に振りぬいて殺害した。

 目の前にいた海兵隊兵士が雄たけびをあげて引き金を引くのに対し、シーカーは手をかざす…彼女のESP能力の一つであるサイコキネシスによって動かされた鉄筋が勢いよく飛んでいき、兵士の顔面を刺し貫いた。

 

「くそ、クソクソ! 化物めッ!」

 

 シーカーに向けて銃を撃つがいずれも狙いが逸れて当たらないか、あるいは見えない何かに阻まれる。時にシーカーは死体を盾代わりとして用い、一気に接近し敵を惨殺…あるいはライフルより放つレーザーの一撃で敵を粉砕する。

 実弾も、エネルギー兵器も通用しない相手に海兵隊たちは狼狽し大混乱におちいっていた。

 そんな海兵隊たちを、シーカーは一人一人確実に殺していくのだ。

 

「なんだ、何なんだお前は! くそが!」

 

 弾切れになったアサルトライフルを投げ捨てた兵士が、ホルスターの拳銃に手を伸ばそうとした瞬間、シーカーが投げた刀剣が兵士の腕を斬り裂いた。痛みに喚く兵士を蹴り倒し、拾い上げた刀剣で兵士の喉元を斬り裂く……勢いよく飛び散った血液が、彼女の美しく白い髪を真っ赤に染めていく。

 全身を返り血で染め上げ血に濡れた刀剣とライフルを持つ姿はさながら幽鬼のようであり、兵士たちはその姿に本能的な恐怖心を抱く……そして兵士たちの恐怖心を感じ取るシーカーは、より冷酷になっていく。

 

「ま、待て! やめろ! ぐああぁぁあ!!」

 

 顔面を切りつけられ、両目を失った兵士が喚く。両目を失った兵士の胸倉を掴みあげるシーカーは強引に引き立たせると、刀剣を握る右腕を振り上げる……刃が振り下ろされようとしたまさにその時、一筋の閃光がシーカーの右腕を貫き刀剣を握る右腕が地面に落ちる。

 肩の先から消えた自身の腕を訝し気に見つめるシーカー、次の瞬間傷口よりおびただしい血が流れ出る…。

 

 

「やあやあベイビー、好き放題殺しまくってくれたじゃないか。そろそろ一方的な殺戮は止めにしてくれないか?」

 

「マーカス少佐……」

 

「おぉ、おっかない目をしてるな……まるで悪鬼だ、可愛さの欠片もない。リトルデビル程度なら可愛がってやっただろうが、手のつけられないリヴァイアサン(怪物)を放っては置けないだろう?」

 

 散々仲間を殺してくれたシーカーの髪を掴みあげて引き立たせる。マーカス少佐は血に濡れた彼女の顔をきれいに拭いてあげた上で、おもいきりその顔を殴りつけた。倒れたシーカーの腹部を蹴り上げ、激しくせき込むさまをマーカスは楽しそうに笑いながら見下ろす。

 

「海兵隊は捕虜をとらないのが伝統でな、オレの爺さんやその爺さんもベトコンやジャップをよく嬲り殺してたらしい。暴力こそが人間の本質だ、ある哲学者は言った…"平和とは人間の関係にとって不自然な状態である"とな。シーカー、自分を偽る生き方に何の価値もない…世界はありのままでいい、そうだろう?」

 

「ふ………はは……」

 

「何を笑っていやがる」

 

 うずくまるシーカーは小さな笑い声をこぼしながら、ゆっくりと起き上がる…片腕を損失した彼女はおぼつかない足で立ち上がると、彼女はマーカスに向けて笑みを向けて見せた。

 

「はは、楽しいかい……マーカス少佐? お前の遺言にしては、情けないものだな…」

 

「減らず口を、女を殴りつける趣味はないが……お前が苦しみに満ちた表情を浮かべるのは、オレに安らぎを感じさせてくれそうだな!」

 

 立ち上がったシーカーに対し彼は拳を振り上げて殴りかかる。だがその拳をシーカーは無事な左腕で受け止める、彼女も単純な腕力ではサイボーグ兵士にひけをとることはない。だが片腕では圧倒的に不利だ、そう思いマーカスは笑い声をあげるが…。

 

「なに笑ってるんだよ少佐…」

 

「あぁ…?」

 

 不敵な笑みを浮かたシーカーは失ったはずの右腕に力を込める、力を込めたことで出血は増す…だがそこへ周囲の金属片や瓦礫などが集積し機械の腕を形成、その光景に目を疑っているマーカスに対し新たに造り上げたその腕で強烈に殴りつける。

 吹き飛ばしたマーカスを鼻で笑い、シーカーは右腕の義手を見つめる……廃材が集まっただけの義手から無駄な部分を取り除き、より精巧な形に整えていく。繊細な指先の操作が可能になる義手を造り上げた彼女は満足げに笑みを浮かべると、薄ら笑いを浮かべてマーカスを見下ろした。

 

「化物め……!」

 

「化物? そうかもな……お前らの惨めな魂をいくら狩ろうが彼女の哀しみは癒せないだろうな、だからお前たちは一人残らず根絶やしにすることにしよう。我が親友の死は、貴様らの命で償ってもらう」

 

「ただでやられると思うなよ小娘が…!」

 

 立ち上がり、武器を構えたマーカス少佐……そのすぐそばで、シーカーに打ち倒された海兵隊の仲間たちがよろよろと起き上がる。まだ仲間たちは健在だ、部隊と連携すればこの化物相手でも対処できるとマーカスは思っていた……だが、起き上がった仲間の姿を見た彼は言葉を失った。

 起き上がった兵士は首から上がなくなっていたのだ……他の立ち上がった兵士たちも同様に、胴体に穴をあけられていたり、頭を刺し貫かれて死んだはずの者ばかりだ。

 いくらサイボーグといえども、生身の脳を破壊されては死を免れないはずだというのに…。

 

 

「貴様……シーカー、貴様一体何をした!?」

 

 

 怒りと恐怖の入り混じった声で彼は叫ぶが、シーカーは変わらず薄ら笑いを浮かべているだけだった…そうしていると起き上がった兵士の死体がマーカスへと掴みかかる。それを突き放し銃で撃つが、既にその兵士は死んでいる、死体をいくら撃とうが意味はない。

 シーカーの憎悪と怨念が、死者を傀儡として操る……あまりにもおぞましい力を目の当たりにしたマーカスは萎縮し、後ずさる。

 

 

「少佐! 少佐殿、援護いたします!」

 

 

 そこへ、別な海兵隊の部隊がかけつけて襲い掛かる傀儡に向けて発砲する。援軍の到着で我に返ったマーカスは咄嗟にその場から後退し部隊と合流する…。

 

「撤退だ、撤退するぞ! 今すぐこの場から離脱する!」

 

「少佐、あちこちで破壊したはずの人形や装甲兵器が再稼働しています! 何が起こっているのですか!?」

 

「なんだと…!?」

 

 甦っているのは人間の兵士だけではない、破壊したはずの戦術人形や装甲兵器までもが再び動きだしているのだという。そしてそれらもまた不死身といえるような耐久性をもって、兵士たちを追い詰めている。

 

「大尉……あの野郎、全て分かった上でこれを押し付けやがったな…! これも全部計画の範囲かクソッたれめ!」

 

 数の利は、死者たちの群れによってあっという間に覆されていく。

 こんな厄介な仕事を押し付けていった男への呪詛の言葉をまき散らしながら、マーカスはその場を逃走する……だが既に彼の命運は決してしまっていた。

 どこに逃げようとも、逃げ場はない……死者の魂を喰らい膨張していく、ワイルドハントの軍勢からは逃れられない…。






腕をそこらの廃材で再生……島鉄雄かな?


シーカーのESP能力の膨張が止まらない……でも力が強くなればなるほど、その命は…


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それぞれの戦い

 ユーゴスラビア連邦、ベオグラードでその報告を受けたイリーナはただちに取り掛かっていた執務を切り上げると少数のボディーガードを連れて、現在米軍部隊及び鉄血支配地域近くに展開する連邦軍の前線へと赴いた。ヘリで真っ直ぐに前線へ到着し、彼女は司令室へと赴く…。

 連邦軍の野営地には南欧戦線で米軍と睨み合いを続けているはずのMSF兵士たちの姿も何人かいた。

 すっかりお互い見知った関係のイリーナは、自分に気がつき手を振ってきた何人かの戦術人形に小さく手を振り返した。だが笑顔で手を振り返していた表情は、野営地の司令部に足を踏み入れた辺りで消え去った。

 司令部内へ入ると、イリーナの来訪に気がついた司令官が歩み寄り敬礼を向けてくる。

 

「お疲れさまです、イリーナ幹部会議員殿」

 

「呼び捨てで構わないよ、メシッチ上級大将殿」

 

「分かりました、ではわたくしも呼び捨てで構いません。イリーナ、とりあえず彼らは司令部にかくまっている。正規軍の何人かが声をかけてきたが全て突っぱねておいた、あんなものを見られたら……連邦は非常にまずい立場に立たされる」

 

「分かっている、英断に感謝する……案内してくれ、メシッチ」

 

 メシッチ上級大将は頷き、イリーナを司令部の奥へと案内していく。

 普段は何人かの将校や通信要員が集まる司令部は特別に人払いをしており、メシッチ上級大将の息のかかった一握りの警備兵がいるのみである。警備兵が警護するその場所で立ち止まった彼は、イリーナに入室を促した…。

 軽く咳払いをしてからイリーナは奥のその部屋へと足を踏み入れる……彼女の目に飛び込んできたのは、見知ったMSFの顔ぶれと、それから人類と不倶戴天の関係にあるはずの鉄血工造ハイエンドモデルたちの姿であった。その中で、ベッドの上に横たわる負傷したハイエンドモデル"代理人"が懐疑心に満ちた瞳を、イリーナに向けていた。

 

「イリーナ、久しぶりだね」

 

「あぁ、久しぶりだなスコーピオン」

 

 イリーナの姿を見てスコーピオンが嬉しそうに駆け寄っていく、それに対しイリーナは少しだけ笑いかける。その様子にスコーピオンは目を丸くしてきょとんとしていた……普段のノリのいいイリーナであったのなら、もっと愛嬌よく笑いかけて頭を撫でてくれるはずだというのに…。

 それが示すところは、イリーナが厳しい表情でスネークに語りかけるようすから伺えた。

 

「スネーク、いくらなんでもこれは……これが正規軍の知るところになれば、私たちは非常にまずい立場に立たされていたんだ。幸い、ここのメシッチ上級大将が君たちの存在を隠し真っ先に私に知らせてくれたが…」

 

「咄嗟の事だったとはいえ、すまなかった。君たちしかあの時頼れるものがいなかったんだ」

 

「私も連邦も、MSFとあなたには大きな恩がある。これから先も友好な関係を続けていきたいと願うが、私の力も絶対的なものではない……このようなことが続けばいずれ、君らを助けることも難しくなってしまうんだ」

 

「ああ、分かっている……本当にすまなかった」

 

「分かってくれるならいいんだ」

 

 そう言うと、厳しかったイリーナの表情もいくらか和らぎそばにいたスコーピオンの頭に手を置いて撫で始める。

 

「それで、今度はまた鉄血領内で何をしていたんだ?こんなにハイエンドモデルを集めてきて、鉄血人形の展示博覧会でも開くつもりか?」

 

「冗談言ってる場合じゃないんだよイリーナ、米軍の特殊部隊が侵入してエルダーブレインを連れ去っていったんだ!」

 

「声が大きいぞエグゼ。待て、エルダーブレイン? 鉄血の、なんだったか……上級AIだったか?」

 

「そうだよ、ってまさか知らないのか?」

 

「なんでもかんでも知ってるわけじゃないからな。MSFはエルダーブレインを狙っていたが、米軍に先を越されたということか?」

 

「そうじゃねえ、エリザさまを助けようとしたんだ」

 

「助けようと……? 話が見えないな、鉄血は米軍と手を組んでいて私たちが今まさに戦っている敵の一つだったはずだ」

 

「いや、そうだけど…違うんだよ。理由は、上手く言えねえ…ただ助けようとしただけなんだよ」

 

「……処刑人、もういいですわ。理解していただく必要などありません…時間の無駄ですわ……」

 

 それまで黙って会話を聞いていた代理人が、負傷した身体を無理に起こしてベッドから降りようとする。当然、周りにいたハンターやアルケミストがベッドに戻そうとするが代理人はアルケミストの手を掴み、睨みつけるように見据えて叫ぶ。

 

「一分一秒が惜しいのです! こうしている間にも、ご主人様は遠い彼方に連れていかれてしまっているのです!」

 

「落ち着けよ代理人、そんな身体で何ができるって言うんだ!?」

 

「なにもしないよりはるかにマシですわ…! そこを退きなさいアルケミスト……退きなさいっ!」

 

「感情的になると手がつけられないのは昔からだね代理人! 分かりやすく言ってやるよ、あとはあたしたちに任せな、エリザさまはあたしらが必ず連れて帰る」

 

「あなたたちが……?」

 

「あぁそうさ、都合のいいことにこっちにも何人かちょっかいかけてきたくそやろうに用がある奴がいるのさ。なあ、デストロイヤー?」

 

「ほぇ…?」

 

 突如話を吹っかけられたデストロイヤーはぺろぺろ舐めていたアイスキャンディーを持ったまま硬直する。こんな場面で呑気にアイスキャンディーを舐めれる胆力がついた強さを認めるべきか、それともMSF色にすっかり染まってしまったことを嘆くべきか。

 一々突っ込んでいては話が進まないのでその事は無視する。

 

「お前もやられっぱなしじゃ気が済まねえだろ? デルタの腐れやろうどもの玉を蹴り上げてやりたいだろ?」

 

「まあ、玉には触りたくないけど……そうだね、やられっぱなしは性に合わないよ。殴られたら、100倍返しでぶん殴ってやるんだから!」

 

 アイスキャンディーを口に咥え込み、デストロイヤーはガッツポーズを決めてアルケミストの提案に乗る意思を示す。

 

「ハハハハ、ちびのデストロイヤーがすっかり勇敢になったじゃないか! おい、オレたちも負けてられねえよなハンター?」

 

「あ? お前も行くのか? 戦線の指揮はどうするんだ?」

 

「それはあたしに任せてよ! この最強無敵のスコーピオンさまが部隊の指揮を執ってあげるからね! まあ、わーちゃんとかエイハヴの手も借りるよ? だからまあ、安心したまえ!」

 

「決まったな……そう言うわけだから代理人、あんたはそこで指でも咥えてエリザさまが帰ってくるのを待ってな。あたしらがエリザさまを連れ帰る、ついでにヤンキーどもも始末してくる。あの腐れ外道ども、誰にケンカを売ったか分からせてやるのさ」

 

 にこやかにエルダーブレインの救出を名乗り出た4人のハイエンドモデルたち、いずれも固い絆で結ばれた姉妹たちだ……一時はお互いに殺しあいまでもしたこともある、二度とこの4人が並びたち笑う姿は見れないと、代理人はどこかで思っていた。

 そんな彼女たちを見た代理人の頭には、この4人をこの世に誕生させ大切に育てあげた女性の顔が浮かぶ……それから代理人は、滅多に変えることのない表情に微笑みを浮かべた。

 

「まったくあなたたちは、いつからそんな乱暴者になったんですか……サクヤ様も嘆いておりますよ」

 

「うっ……マスターのことを出すんじゃないよ、それに一番酷いのはエグゼだろうこのメスゴリラを見なよ」

 

「はぁ!? なんでそこでオレが出てくんだよ! オレはおしとやかだろ!」

 

「お前がおしとやかなら、オセロットが心優しい聖人君子に見えてくるよ」

 

「同感だね」

 

 ぎゃーぎゃー喚きだすハイエンドモデルの姉妹たちを見た代理人は、目を細め口に手を当てて笑っていた。

 だがここで一つ問題が…エルダーブレインを助けに行こうにも、デルタ・フォースが彼女をどこに連れていったのかが見当もつかない。おそらく米国本土へ向かうのは間違いないが…。

 声を唸らせて考えていると、咳払いが一つ……イリーナだ。

 

 

「ここに来る間報告があったことだが、黒海より地中海にアメリカ海軍と思われる艦艇が入ったという情報があった。現在連邦海軍の潜水艦が密かに追跡、奴らはおそらくジブラルタル海峡を抜ける模様だ」

 

「………おぉ……さっすがイリーナ、仕事が早いね! 期待して正解だぜ!」

 

「まったく……いいかみんな、私が無償で手助けしてやるのはこれが最後だぞ? 次からはお前たちがいかれた殺人鬼に拳銃つきつけられたとしても、契約書にサインするまで助けてやらないからな? そういうわけだスネーク、これが最後だ……全力でサポートしてやるさ」

 

「なにからなにまで助かる、あいつらにできるだけのことをしてやってくれ」

 

「うん? あんたは一緒に行かないのか?」

 

「ああ……オレは、エグゼやみんなを全面的に信頼している。それに、もう一人……決着をつけなければならない相手がいるんだ」

 

「シーカーですね……スネーク、彼女はもうかつてのシーカーではありませんよ。憎悪と怨念に囚われた地獄の鬼となり果てました」

 

 シーカーの力が暴走し、人間や戦術人形の残骸を傀儡と化し目につくすべてのものを破壊しているのはここへ逃げ込む最中に目の当たりにした。いまだ戦闘を続ける米軍部隊、シーカーに操られた膨大な数の無人機、そして死者の軍勢……全てをのみ込む前に、彼女を止めなければならない。

 

「スネーク、こっちは任せろ。アンタはアンタの戦いをな……へへ、なんでだろうな、負ける気がしねえぜ」

 

「意気込みは大事だが、調子に乗るんじゃないぞエグゼ。行って、彼女を助けてくるんだ」

 

「ああ、スネークお前もな……アンタならきっと、ただ殺す以外の決着をつけられそうな気がするよ。行こうぜスネーク、いい加減この戦争を終わらせようぜ」

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薄暗いその空間には、死の香りが充満していた。

 

 人肉が焼け焦げる匂い、血なまぐさい匂い………くるぶしまで浸る液体は血と油が入り混じり、不愉快な臭気を放つ。血と油の混じった水たまりの中に沈められたいくつもの死体の前で、シーカーは片膝をついて額を抑え込んでいた…。

 指の隙間からは血が流れ、床にたまった血だまりに新たな血を滴らせる。

 

 付近に響いた足音に反応したシーカーはゆらりと立ち上がると、足音を響かせた海兵隊をその目でとらえると銃の照準をつけて一撃で殺す。そんな兵士もしばらくすると起き上がり、彼女の死者の軍勢へと招き入れられる…。

 

「はは……なんて恐ろしい奴だ、お前は…」

 

 シーカーの目の前で笑うのは、両足を欠損し廃棄物の山に横たわるマーカス少佐であった。

 既に戦闘能力は削がれた彼に近付いていったシーカーは、刀剣を逆手に持つとその切っ先を彼の左胸に突き刺した。苦痛に呻くマーカスの胸に踏みつけて刀を抜くと、傷口に手をつっこみ脈打つ臓器を強引に引き抜いた。

 生ぬるい心臓はとりだされてからも脈打っていたが、最後には握り潰される……それでも絶命に至ることのなかったマーカスであったが、至近距離からレーザーを照射されることでその命を散らした。

 

「足りない……まだ、血が足りない」

 

 いくら死体を積みあげようとも、彼女の心は満たされることのない。

 最愛の友を失い、それを埋めるように報復を重ね続ける……もはや相手は誰でもよかった、米兵を殺し尽くした彼女は領域内に入り込んだ正規軍にも襲いかかり死者の軍勢に組み入れる。彼女の魔の手は徐々に外界へと伸びていく、いずれ無抵抗の一般市民にまで及ぶのは時間の問題だろう…。

 

「ドリーマー、ドリーマー……次はどこに行く? 誰をお前に捧げてやろうか? 見せつけてやろう、私たちを否定した世界にな……報復してやろう」

 

 復讐鬼と化した彼女は止まらない……死だけが、彼女を止められる。 

 だがその死が、もうすぐそこまで迫っていることは彼女自身悟っていた。何度も吐血を繰り返し、その度に殺した人間の血をのみ込んでいく。絶えず全身を激痛が襲う、そんな苦痛を和らげるのは怨念と憎悪を抱き報復を果たした時だけ…。

 

 

「あぁ……今夜は、月が綺麗だなドリーマー………美しいよ」

 

 

 空に浮かぶ月を見上げた彼女は、そこに亡き友の面影を見た。

 彼女はそこに佇み、月が陰るその時まで空を見上げていた…。






とりあえず、アイスキャンディーを舐めたり咥えたりするデストロイヤーに卑猥な妄想をした輩はアルケミストの調教部屋に入ってどうぞ()


次回、ラスボスの一角……デルタ・フォースとの戦いだ。

行け、サクヤの教え子たちよ!


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海上戦闘

 第三次世界大戦後、世界の大国が荒廃し衰退していくなかで数少ない発展または国力の維持をできた国がある。それは東南アジアやアフリカなどの発展途上国などがほとんどであり、なおかつ比較的汚染の少ないエリアに限られるが、先進諸国が集まる欧州の地で国力を維持し周辺諸国の没落に乗じて発展を遂げたのがユーゴスラビアという多民族国家である。

 一時は内戦という災禍に見舞われたが、それでも絶妙なバランス感覚で外交交渉を行い、同規模なら正規軍に勝るとも劣らない軍事力を有する。

 

 戦後編成された地上軍の他、内戦でもほとんど損害のなかったユーゴ連邦海軍があるが、その海軍の舟艇は今密かに地中海を航行するアメリカ海軍の追跡を行っていた。先進技術の投入により開発された新型の潜水艦が果たしてアメリカ海軍にどこまで通用するかは賭けであったが、今のところステルス性能は有効であると実証されている。

 巨大な揚陸艦を旗艦に地中海を進む艦隊を密かに追跡しつつ、ユーゴ連邦海軍の潜水艦より暗号が発せられ、それはすぐさま好意的関係にあるMSFへと送られるのであった…。

 

 

 

「……いや、無償で手助けしてくれるのはありがたいけどいくらなんでもこりゃあねえぜイリーナ!」

 

「文句言うなアホ、デカい船で奇襲なんかかけられるものか」

 

 エグゼが愚痴をこぼしながら頼りなく見つめているのは、魚雷発射管を2門と機銃をいくつか装備した舟艇…いわゆる高速魚雷艇と呼ばれるものだ。21世紀には既に時代遅れになった類の船だが、第三次世界大戦の核の災禍にともなうEMPによって電子技術が衰退した時代、この手の古臭い兵器が案外活躍することもある。

 実際、ユーゴ海軍では海上を高速で移動できるこの魚雷艇を多数配備し、それなりに戦果を挙げているらしい…。

 しかし、他のユーゴ海軍の強力な軍艦が味方してくれるものだと思っていたエグゼにとって、この魚雷艇は子どものおもちゃのように見えてしまった。そんな彼女をなだめる役目は、いつも親友のハンターだ…彼女に説得され、なおかつ既に港を出てしまったこともあって渋々大人しくする。

 他の魚雷艇にはハンター配下のヘイブン・トルーパー兵が乗り込み、散開して敵艦隊がいると思われる海域へと向かっている。

 まずは魚雷艇を用いて夜の闇に紛れて接近し、奇襲をしかける…対空兵装を無力化した後、艦隊に歩兵部隊を乗り込ませて一気に制圧する作戦だ。

 まるで大航海時代の海上戦闘だなと言ったのが、アルケミストなわけであるがまさしくその通りだろう。

 

「へへ、そろそろ奴らがいる海域だぜ……ほんとにいるかな?」

 

「そう願うしかないな。いいかエグゼ、海に落ちないよう気をつけろよ。地中海といえども落ちたら探すのは難しいんだからな」

 

「分かってるっての……っと、あの先になんか見えるな。あれがあいつらの艦隊か?」

 

「当たりだ、部隊に合図を送れ。目標を見つけたとな」

 

 水平線の彼方に見える黒い物体を二人の鋭いまなざしが捉えると、部下たちが素早く暗号化された信号を部隊に発して見せた。近付くにつれて、海上に浮かぶ黒く大きな城塞のような艦隊が徐々に大きくなっていく。いずれもちっぽけな魚雷艇の装甲など容易く喰いちぎる兵装を搭載した、鋼鉄の軍艦である…魚雷艇が勝っているのは唯一機動性のみ、それもアメリカ海軍の前にどれだけ意味があるのかは分からなかった。

 暗闇の中、徐々に接近していく……巨大な揚陸艦を旗艦として進む艦隊、巡洋艦や駆逐艦が整然と海上に立つ波をかきわけ進む。

 

「よっしゃ、先手必勝だ……奴らの土手っ腹に魚雷を叩き込んで――――」

 

 魚雷攻撃による奇襲攻撃命令を発しようとしたその瞬間、敵舟艇よりサーチライトが照射された。眩い光が暗闇の海上を照らし、そこにいた数隻の魚雷艇が捉えられる……次の瞬間、敵艦隊より猛烈な機銃掃射が放たれた。

 咄嗟に伏せたエグゼとハンターは間一髪最初の機銃掃射で仕留められることは避けられたが、弾丸がガラスを貫通し魚雷艇の操舵をしていた兵士を撃ち抜いた。制御を失いあらぬ方向へ進み始める魚雷艇、すぐさまハンターが操縦を代わるがサーチライトはいまだ二人の船をとらえている。

 

「このやろう、舐めやがって! 攻撃開始だやろうども!」

 

 エグゼの命令により、部隊は一気に攻撃へと取り掛かる。

 だが魚雷艇が敵艦船に有効打を与えられる武器は魚雷しかない、敵の猛烈な弾幕の前に魚雷を命中させる前に部隊は全滅してしまう……だがそれを想定していたアルケミストは、例外的に"ヤツ"を檻から解放していた。

 

 空が一瞬眩く光ったと思った次の瞬間、アメリカ艦隊のすぐ近くの海上に水しぶきが上がる。それがいくつも海へ降り注ぎ、うち一発がアメリカ海軍の駆逐艦の側面に命中し爆発を起こした。

 

『ハロ~ハロ~! 永遠のアイドル、アーキテクトちゃんだよ~! 改良型ジュピター砲の華麗な一撃はいかがだったでしょうか!』

 

『ほとんど外れて一発だけだよアホんだら、次まともに当てられなかったらお前の舌を唇に縫い付けてやるからね』

 

『ひぃー!! 勘弁してくださいアルケミストさまッ!』

 

 陽気な声でアーキテクトが登場するが、すぐにアルケミストのどすの利いた声に阻まれる。

 長距離砲撃が可能なジュピターの指揮をアーキテクトに任せたのはアルケミストだった。だがジュピターも砲撃する距離が長くなればなるほど命中率は下がる、ましてや相手は海上を移動する軍艦だ。一発とはいえよくあてたと褒めるべきだろうが、アーキテクトは褒めると調子に乗るのでこの程度でいいのだ。

 

「よっしゃ、今度こそ魚雷を叩きこんでやれ!」

 

「みんな死んでる、お前が撃つんだよエグゼ!」

 

 その魚雷艇に乗っているのは今やエグゼとハンターだけ、操縦で手が離せない代わりにエグゼが魚雷発射管につく。勢いよく発射されていった魚雷にハンターがあっと声をあげる。

 

「エグゼ、このバカやろう一回死ね! 目標を狙う前に撃ってどうするんだ!?」

 

「あぁ!? 魚雷ってミサイルみたいに追尾するんじゃねえのか!?」

 

「救いようのないバカだなお前は! 魚雷は後一発、外すなよ!」

 

 残る魚雷はもう一つ、せっかくの魚雷を一発無駄にしたことでハンターはかんかんだ。次の発射はハンターの指示を待つが、敵の機銃が激しくなかなか狙いを定めることが出来ない。それが続くと気の短いエグゼが操縦席をハンターの手から奪い取り、進行方向を攻撃してくる敵船舶に定めるのだった。

 

「おい何してんだ! 死ぬ気かばか!?」

 

「じれったいんだよこのやろう、魚雷艇ごとあいつらの腹にぶち込んでやるぜ!」

 

「バカ!アホ! メスゴリラ! ふざけるな、お前と心中なんてごめんださっさとどけ!」

 

「一発デカイ花火でも打ちあげようぜ、なあハンター!」

 

 エグゼを引き剥がそうとするハンターの声は、やがて大きな悲鳴へと変わる。

 無情にも敵艦船に近付いていく魚雷艇、エグゼの高笑いとハンターの悲鳴が海に響き渡る……近付くにつれて激しくなる銃撃にたまらず、ハンターを無理矢理エグゼの身体を掴んで海に飛び込んだ。

 操縦者が消えた魚雷艇は真っ直ぐに敵艦船へと突っ込んでいき、燃料に被弾し、炎上しながらも進み続ける…そして敵艦船の側方に勢いよく突っ込むと、大爆発を起こすのであった。

 

 

「だははははは! 見たかよハンター、やってやったぜ!」

 

「笑い事かこの脳筋メスゴリラ! 頼むから一回死ね!」

 

「結果オーライじゃねえかよ、終わったことぐずぐず言うなよ」

 

「こんな暗い海に放り投げられてどうするって言うんだバカ! どっちが先に海の底に沈むか競うつもりか!」

 

 海に投げ出された二人はぎゃーぎゃー喚き散らす、そんな二人の傍に一隻の魚雷艇が近寄った。

 

「お前らほんとどうしようもないな、こんなところでケンカかい? お前らが揃って死ねば、地獄の陰鬱な空気も少しは賑やかになるってもんさ」

 

「姉貴! いいところに来てくれたな、さっすが頼りになるぜ!」

 

「さっさと上がりな、海水浴で遊ぶのにはまだ早いよ」

 

 アルケミストとデストロイヤーに引き上げられた二人は早速船上でケンカを再開させようとするが、揃ってキツイげんこつを貰って黙り込む。そんな時、海に大きな衝突音が響き渡る…見れば、先ほどエグゼらが乗っていた魚雷艇の特攻を受けた駆逐艦が制御を失い、別な艦船へ衝突していた。

 

「アホみたいな戦法だが、良い方に転がったみたいだね。さあ行くよ、敵艦船に殴り込みだ」

 

 既に攻撃に成功した敵の船にヘイブン・トルーパー隊が組みつき、殴り込みをかけていた。壁を駆け抜け一気に船上へと上がった彼女たちは、そこで米軍の戦術人形やサイボーグ兵士たちと交戦を開始する。アーキテクトが指揮するジュピター砲の砲撃も少しづつだが精度を上げ、敵艦船に命中弾を与える。

 燃え盛る軍艦の炎が、暗闇の海を煌々と照らしだす。

 そんな影と光の隙間を縫うように、アルケミストらを乗せた魚雷艇は進む…狙うは旗艦である強襲揚陸艦だ。

 

「ハンター、部下たちに伝えな。今こそ空挺降下を開始しろってな」

 

「分かった」

 

 強襲部隊は海上を移動してきた魚雷艇だけじゃない、敵艦船の射程距離圏外には空挺降下のための降下猟兵が待機しておりいまかいまかと攻撃の時を待っていたのだ。大隊長のハンターの指示でそれら空挺部隊が一気に、作戦を開始する。

 空挺部隊が到着するまでは苦しい戦況が続くが、ここが頑張り所だ。

 

「うわ、でけえな……どうやって上るんだこれ? 甲板までかなり高いぞ?」

 

「あそこのハッチが空いてるだろ、そこまで這いあがれ」

 

「んなこと言ったって、あそこまでも結構高いぜ?」

 

「だったらお前のケツをあそこまで蹴り上げてやろうか? いいからさっさとよじ登ってロープを投げるんだよ」

 

「恨むぜ姉貴」

 

 文句を言うエグゼに鉤縄を押し付ける、それを受け取った彼女は仕方なく空いたハッチを見上げると意を決して走りだす。ハイエンドモデルの身体能力で跳んでもまだハッチまでは届かない、そこでエグゼは鉤縄を投げてハッチに引っ掛けるのだ。

 そこからするするとよじ登り、彼女は無事船内へと潜入を果たす。

 エグゼが残した鉤縄をつたって他の者も船内へ入り込むと、彼女たちはすぐさま銃撃戦に巻き込まれるのであった。

 

「あぁエグゼ、また自分からトラブル起こしたのね!?」

 

「またオレのせいかよ! 待ち伏せしてたんだよクソやろう!」

 

 デストロイヤーの指摘にエグゼは声を荒げて反論する。

 だがふざけてもいられない、攻撃を仕掛けてくる相手は以前アフリカで見た特殊部隊…デルタ・フォースの兵士たちだ。さらに船内には歩行形態のドラゴンフライもおり、至近距離から強烈なレーザー砲を撃ってくるのだ。

 

「よぉアルケミスト、さすがの名采配だ! 死ぬときは4人一緒ってか!?」

 

「さっきから文句ばかりだねエグゼ、口先だけじゃ敵は倒せないぞ。死にたくなきゃさっさと撃ち返しな、敵は容赦しないよ」

 

「オレが死んだら、マスターによろしく言っといてやるよ!」

 

 銃撃戦の最中に口論を続ける二人に、ハンターとデストロイヤーはほとほとあきれ果てる。

 しかしそんなこともいつまでもしていられない、ドラゴンフライが至近距離から放つレーザー砲が障害物ごと彼女たちを吹き飛ばそうとする。たまらずエグゼは遮蔽物を飛び出すと、大胆にもドラゴンフライの前まで突撃していく。そんな彼女を鋭利な脚部で貫こうと振り上げる、それをエグゼはブレードで弾き軽い身のこなしで一気に胴体部まで駆け上がる。

 

「へへ、てめぇなんて飛ばなきゃ図体デカいだけのクソメカなんだよ!」

 

 ブレードを逆手に持ち、ドラゴンフライの制御装置がある胴体に突き刺した。改良に改良を重ねたエグゼの高周波ブレードは今や鋼鉄を容易く断ち切る、そのブレードの一撃を受けたドラゴンフライは大きくよろめき転倒する。

 そのはずみで格納庫エリアが崩壊し、デルタ・フォース兵士の一人が崩落した鉄筋に押し潰される。

 

「さすがだエグゼ! 私も負けていられないな!」

 

 親友の奮戦に感化されて、ハンターもまた隠れていた遮蔽物から飛び出した。

 狙いを上階から撃って来るデルタの兵士に定めた彼女は、階段を駆け上がり、二丁の拳銃を敵に向ける…敵もハンターの接近に気付き狙いを定めると、お互いに激しい銃撃戦を展開した。

 もう一度戦って改めて認識される相手の強さに、ハンターは不本意ながら闘争本能を刺激される……これほど強い相手が彼ら特殊部隊の一兵士に過ぎないというのだ、それら兵士を束ねるあの大尉という男はいかほどのものなのか?

 無意識に、ハンターの表情には笑みが浮かんでいた。

 

「私もエグゼをバカに出来ないな……この期に及んで、闘争に感動を見出してしまうとはな…」

 

 自分の愚かさをバカにしつつも、やはり戦士としての性分は無視できない。

 強者と戦いそれを打ち倒した時のあの得難い感動…殺すか殺されるか、そこに怨恨などありはしないのだ、ただ純粋な闘争…いや、狩猟と言っていいだろう。一瞬の気のゆるみが生死を分かつ、過酷な戦場の空気がハンターの感覚を研ぎ澄ませていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行く手を阻む敵を倒し、揚陸艦の甲板上へとたどり着いたアルケミストとデストロイヤー……強い海風が吹き抜ける甲板上には数体のドラゴンフライがおり、そこまでやって来た二人を見据えていた。

 だがアルケミストが見つめるのはそんな恐ろしい無人機ではなく、その向こうに立つ大尉の姿であった。

 

「この間は逃げられたけど、今回はそうはいかない……アフリカでの借り、ここできっちりつけてやるんだから!」

 

 仇敵をその目におさめたデストロイヤーはいきり立つが、アルケミストが制する。

 

「まったく、ずいぶんと暴れまわってくれたものだな」

 

「あたしらがここまで来たのは予想外だったかい? 今まで舐めてかかってた人形がここまで来るとは思わなかった…そうだろう?」

 

「そうだな……だがオレの部下は本来なら第三次世界大戦を戦い抜くだけの精強な兵士たちだった、部下たちが手を抜いて戦っていたとは思わん。お前たちは力を示し、今、この舞台に立っている……そのことに驚きはしないさ。少し、お前たちに興味が湧いた」

 

 そう言って、大尉は肩に羽織っていたコートを脱ぎ棄てる……全身を装甲化された強化外骨格、生体科学と遺伝子技術、機械工学を極限まで研究した末に完成された超兵士の姿がさらされる。もはや元々の人間としての名残は少なく、その姿は彼がそれまで忌み嫌っていた感情を持った戦術人形に限りなく近い存在であった。

 

「自分たちの存在が正しいと思うのなら、オレを否定してみろ。言葉ではない、闘争によってだ……生まれながらに戦うことを義務付けられたお前たちだ、この方が分かりやすいだろう?」

 

「ご丁寧にどうも、ずいぶんと分かりやすいさ」

 

「それは何よりだ……まあ、お前たちが何であれここまで来た相手には敬意を示さないといかんな……アメリカ合衆国陸軍大尉アーサー・ローレンス、星条旗の誇りにかけて全力で貴様らを叩き潰す……来い、お前たちの力を見せてみろ!」

 

 

 

 








今まで大尉でごり押ししてたのは、この場面のためだったり……戦術人形という人間よりはるかに劣ると認識していた存在が、自分と同じ舞台にまで駆けあがってきた。
たとえ相手が何だろうと、彼はその相手に己の名を名乗ることで敬意を払った。

スネークと戦わせたかったけども、彼は人形たちと戦うべきだったんだ。


次回、一つの戦いに終止符がうたれますな


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星条旗よ永遠なれ

 砲撃を受け、大破し傾く船体…船体から漏れた油に引火して辺り一面の海上が燃え盛る炎で煌々と照らされている。海上を縦横無尽に滑る魚雷艇より対戦車ロケット砲や重機関銃の銃撃が艦隊へと向けられ、対するアメリカ軍も船上より砲撃や銃撃を浴びせかける。 

 空には夜間戦闘用の可変無人機ドラゴンフライが飛び交い、急降下と一撃離脱を駆使し多数の船舶、及び援軍として駆けつけた航空戦力へと襲い掛かる。しかしその襲撃も一方的なものではなく、MSF兵士たちの熱追尾ミサイルの一撃を受けて墜落する機体も多い。ドラゴンフライは滑走路を必要とせず、地上と空中での戦闘を可能とする万能兵器であるが欠点として装甲の脆弱さがある……ミサイルの一撃はもちろん、重機関銃の攻撃でさえも当たり所が悪ければ撃墜することが出来るのだ。

 

 一機のドラゴンフライが、魚雷艇より放たれた熱追尾ミサイルに推進装置を破壊され、錐揉み状態となって墜落していく。制御を失ったその機体は、艦隊旗艦の強襲揚陸艦の甲板上へと墜落して爆発、激しく燃え盛る。

 機体から広がる炎が、甲板上を激しく動き回る複数の影を照らす…。

 

 

 甲板上を走りぬけるアルケミストを狙うドラゴンフライのレーザー砲が、彼女のすぐ後ろをついてくるかのように着弾する。薙ぎ払うようなレーザーの連射がアルケミストを捉えようとするその瞬間、彼女は高々と跳躍、空に浮かぶ月を背にドラゴンフライの頭部へと降り立った。

 敵を捉えるセンサーとカメラを叩き壊すと、錯乱したドラゴンフライが暴れまわり闇雲にレーザー砲をぶっ放す。

 

「デストロイヤー!」

 

「任せて!」

 

 敵の目を奪ったタイミングで、この無人機を破壊できる火力を有するデストロイヤーが前に出る。

 そして彼女が得意の榴弾による攻撃を仕掛けると同時に、アルケミストが離脱…榴弾をまともに受けたドラゴンフライは爆発に巻き込まれて大破、攻撃の衝撃によって漏れ出た燃料が引火し大爆発を引き起こす。炎上する敵に向けて笑みを浮かべ喜ぶデストロイヤーであったが、炎を突き破って突進してきたデルタ・フォース大尉"アーサー・ローレンス"の奇襲を受ける。

 彼女がアーサー大尉を認識した時には手遅れ。

 放たれた銃弾が肩を抉り、撃たれた衝撃で彼女は甲板へ倒れ込む。

 

「言ったそばから油断か? いくら屈強な肉体があっても、経験がないのでは力の持ち腐れだな」

 

「う、うるさい…!」

 

 素早く置きあがり、追撃の銃弾を躱す。

 大尉の武器は意外なことに米軍特殊部隊では珍しい炸薬を使う実弾拳銃、光沢のある銀色に輝くS&W M500ハンターモデル(ダブルアクションリボルバー)。装弾数5発、50口径の強力な反動は実用的ではないのにも関わらず彼はそれを使いこなす。

 アーサー大尉の戦闘スタイルは接近戦だ。

 厳しい訓練の末に習得し、実戦の中で研ぎ澄まされたマーシャルアーツの中に銃撃を混ぜる戦闘スタイルだった。50口径リボルバーは闇雲に撃たれるものではなく、格闘の中に不意打ちの一つとして組み込まれる。サイボーグの肉体が強力な反動を吸収し、一切のブレなく狙った的を撃ち抜く…銃器や弾丸にも特別な改良が施されているのだろう、威力射程共に見た目以上のスペックを誇っていた。

 

 一度距離を置いたデストロイヤーであったが、アーサーは負傷し動きが鈍くなっている彼女をなおも狙い続ける。肩をやられた状態で接近されれば容易く組み伏せられてしまう、そこでデストロイヤーがとった行動は逃げるのではなく、逆に自らぶつかりに行くことだった。

 向かってくるアーサー大尉に向けて彼女も駆け出し、無事な方の肩で勢いよくぶつかっていく。

 強化された彼の身体が大きくよろめく、やりようによってはハイエンドモデルの力もまだまだ通用するのだ。敵が体勢を立て直す前にデストロイヤーは仕掛ける。

 

「やぁ!!」

 

 ぶつかっていった姿勢から身を翻して後ろ蹴りを放つ。効果があるかは分からないが、人体の肝臓がある箇所を正確にとらえたその後ろ蹴りを受けた大尉は数歩後退する。すかさず正面を向いて回し蹴りを浴びせようとしたが、足を抱え込まれてしまった。

 勢いを殺した後、アーサーは捕らえた足を離したかと思うと一気にデストロイヤーへと詰め寄り、腹部に膝蹴りを叩き込む。蹴られた痛みで前かがみになった彼女の身体を軽々と抱え上げたかと思うと、勢いよく鋼鉄の甲板へと叩きつける。

 頭部から背中にかけて広い範囲で衝撃を受け、強烈な一撃を受けた彼女は視界がぼやけるほどのダメージを負う。定まらない焦点でかろうじて見えたのは、リボルバーの銃口を向ける大尉の姿だった。

 撃たれる…そう思ったが、突如リボルバーの銃口は逸れる。

 

「うちの妹に、なにやってんだテメェは!!」

 

 ピンチに駆けつけたのはアルケミストだ。

 リボルバーより放たれた弾丸を、自身の武器を犠牲にすることではじくと、走る勢いをそのままに跳び蹴りを大尉の身体に叩き込む。スピードに乗った彼女の攻撃を受けて、大尉の肉体が軋みをあげる…そのまま受け止めようとすれば間違いなく肉体が破壊されると一瞬で判断した大尉は、むしろ抵抗せずにはじき飛ばされることでダメージを抑え込む。

 追撃か救助か、その二つの選択肢がアルケミストにはあったが彼女は迷わずデストロイヤーの救助を選ぶ。

 倒れ込むデストロイヤーを抱え上げて素早く甲板上の残骸の陰に隠す。

 

「おい大丈夫かデストロイヤー!?」

 

「うぅ…あいつ、滅茶苦茶強いよ……!」

 

「まったくだ、今までの偉そうな態度も納得ってわけさ。だがやりようはあるさ」

 

「ど、どうするの…?」

 

 そんな疑問を投げかけた時、二人のすぐそばにデルタ・フォース隊員の死体が投げ落とされる。その後すぐにやって来たのは、額から血をどくどく垂れ流し血走った眼で興奮状態にあるエグゼであった。

 

「こんのクソやろうどもてこずらせやがってよ!」

 

「ふん、また狂犬もどきの人形か……お前みたいな手合いは飽き飽きしている」

 

 まさしく狂犬と呼ぶ以外にありえないエグゼの様子を大尉はそう言い現すと、エグゼは怒り…と言うよりぎらついた闘争心をさらに剥き出しにする。こうなった場合のエグゼはもう止められない、それを知るアルケミストだがこの場合は非常に頼もしい事態だった。

 

「飽きただとこのやろう……テメェら一方的にケンカ吹っ掛けといて飽きたってなんだよ。舐めやがってこの腐れ外道が、きっちりけじめつけさせてやるからな、覚悟しろよこら!」

 

 スプリングフィールドなどが聞いたら唖然とするような暴言を吐き散らし、エグゼは特攻を仕掛ける。獅子がまさに獲物に跳びかからんとするような低い姿勢から、超人的な脚力を活かした凄まじく早い踏み込み……踏み抜かれた固い甲板がひしゃげるほどの力強さだ。

 一撃必殺、一刀に重きを置いたエグゼの必殺の攻撃を初めて目の当たりにしたアーサー大尉は、あまりの勢いに気圧されて回避行動が遅れてしまう。

 

 スピードとパワーを兼ね備えたエグゼのブレードの切っ先が振り下ろされ、重く鋭い刃は甲板まで振りぬかれて深い裂創を刻み込む。間一髪、刃を逃れたかに見えたアーサー大尉であるが、胸部の外骨格が斬り裂かれていた…。

 

「ちっ、仕留めそこなったかよ…! まだまだぁ!」

 

「そう何度も同じ手が通じるか!」

 

 再び斬りかかろうとするエグゼを迎え撃つ。確かに恐ろしい一撃だが、冷静に見極めれば太刀筋は単調、避けるのは容易い。

 突っ込んでくるエグゼが完全に勢いがつくその前に、大尉は低姿勢で踏み込む彼女を蹴りとめる。

 下あごを蹴り上げられてのけぞるエグゼの腹部にボディーブローを叩き込み、握り固めた拳でストレート…顔面に強烈なパンチを受けたエグゼは大きくよろめくが、倒れない、むしろ不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「ハハ……その程度かよヤンキーの大将、全然効かねえぞこら!」

 

「減らず口を…」

 

「だったら黙らせてみな!」

 

 常人には反応することができない速さで肉薄するエグゼ、だが大尉はそれを見極め振りぬかれた拳にカウンターを叩き込む。怯んだ一瞬の隙に大尉はリボルバーを抜きエグゼの頭部へ向けた……が、引き金が引かれる瞬間エグゼはがら空きの腹部を殴りつけた。

 

「くっ…!?」

 

 アーサー大尉が初めて呻き声を漏らす、好機と見て追撃を仕掛けようとするが相手は一筋縄ではいかない。懐に飛び込まれ苦しい体勢からフックを放ち突き放そうとする…振りぬかれた拳がエグゼの横顔に直撃した、だがエグゼはそのパンチを耐え抜きむしろ押し返してみせる。

 

「効かねえって、言ってんだろが!! スネークのパンチの方が、何倍もいてぇぜ…!」

 

「見事だ戦術人形、認めよう、お前たちはただの人形ではないな。だが人間でもない、そのぎらついた闘志、凶暴性…貴様らのそれは猛獣と同じだ」

 

「ったり前だろが……オレたちは荒くれたオオカミさ、それも血よりも確かな絆で結ばれた狼の群れさ……そして、狼は群れで狩りをするもの。狙った獲物は確実に仕留める……なあ、そうだろうハンター!!」

 

 エグゼが吠えると同時に、アーサー大尉の背後より気配を殺し忍び寄っていたハンターが飛び出した。

 気配を完全に隠していたハンターに彼は気付けず、彼女の二丁の拳銃より放たれる連撃がアーサー大尉の背を撃ち抜いた。攻撃をまともにうけた大尉の身体が大きく揺れる…。

 この絶好の好機に、他の姉妹たちも動く。

 

 飛び出したアルケミストを見て大尉は即座に銃を構えたが、アルケミストの姿が唐突に消失する。普段の彼ならそんなムーブに惑わされることは無かっただろうが、ハンターの奇襲とエグゼの思わぬ反撃によって追い込まれていた彼は、一瞬でありながら姿を消したアルケミストに戸惑った。

 再びアルケミストが姿を現すと同時に、銃を握る腕を蹴りつけて銃を弾き飛ばす。

 

「合わせな、エグゼッ!」

 

「オーライ、姉貴ッ!」

 

 息のあった二人の姉妹の連携技、強烈なハイキックが前後から叩き込まれる。

 格闘技とはいえ、十分に人を殺せるだけの威力を持つ攻撃……頑強なサイボーグとはいえ相当なダメージがあるはずだ。だが威力のほどを確かめるその前に姉妹はなおも攻め立てようとすると、大尉は息を吹き返しその場から逃れるが、エグゼはしつこく食らいついていくのだ。

 

「くらえこのやろう!」

 

 ブレードの切っ先を、大尉の胸部めがけ叩き込む…だが、大尉は刺し貫こうと迫るブレードの刃を掴み押しとどめるのだ。貫こうとするエグゼと、押し返そうとする大尉の力比べ…徐々に押し返していく大尉にエグゼは苦しい表情を浮かべるが。

 

「なーんてな、ゲームセットだ」

 

 唐突に笑みを浮かべたエグゼはなんとブレードを離し、その場にしゃがみ込む……しゃがんだ彼女の背後から飛び込んできたアルケミストが、ブレードの柄頭へと蹴りを叩き込む。その勢いを大尉は押しとどめることは出来ず、ブレードを握る手を斬り裂き、切っ先が大尉の胸部を貫いた。

 胸部をブレードによって刺し貫かれた大尉はよろめき、おびただしい血を流す。

 まだ彼は生きている、ならば死ぬまで攻撃の手は緩めない。

 とどめの一撃を任されたのは、末妹のデストロイヤーだった。

 

 

「ようやくこの時が来たんだ……アンタはケンカを売る相手を間違えたんだ! やられたらやり返す、百倍返しよ!」

 

 

 空高く飛び上がったデストロイヤーより、無数の榴弾が放たれ甲板上に突き刺さっていく。傷付いた大尉の周囲を固めるように突き刺さった榴弾は明滅し、彼を逃がすまいと取り囲むように撃ちこまれていた。そしてそれら榴弾が一斉に起爆、凄まじい爆炎の中にアーサー大尉はのみ込まれる…。

 甲板へ着地したデストロイヤーは燃え上がる炎を眺めながら、気が済んだようにほっと一息ついてみせる。そんな彼女へ歩み寄ったエグゼは、おもいきり頭をひっぱたいた。

 

「いっっったぁい!! なにすんのよ、ばか!?」

 

「なにがばかだこのやろう! オレ様のブレードごと爆破しやがって! あれじゃもう使い物にならねえだろ、弁償しろ!」

 

「う、うるさい! あんな場面でしょうがないでしょう!?」

 

「落ち着けよエグゼ、敵を倒せたんだからいいだろう?」

 

「ほんとだね、まったく文句ばっかり言って、どうしようもないねこの妹は…」

 

「なんだよ! またオレがわるもんかよ! お前らとなんて絶交だこのやろう!」

 

 ギャーギャー喚き散らす4人の姉妹……だが炎の中から立ち上がったアーサー大尉を見て黙り込む。

 

「まだ生きてやがる……ゾンビかよあいつはよ!?」

 

「待てエグゼ…」

 

 とどめをさそうと拳銃を抜いたエグゼをアルケミストが止める…抗議する彼女に何も言わず、アルケミストはただ彼を見据えていた。

 

 

「見事、だな……このオレがまさか敗れるとは、分からないものだ」

 

「しぶとい奴だね、いい加減あんたらが人間なのかどうか分からなくなってきたところだ」

 

「ふん……紛れもない人間だよ、オレたちは……例え生身の肉体がゼロだとしてもな……お前たちとは違う」

 

「なにが違うだよこのやろう、往生際の悪い事言いやがって! 素直に負けを認めやがれ!」

 

「負けたのはオレが弱かったからだ、決して人形風情が人間より勝っているからじゃない……と言いたいところだが、間違いだったのかもな……お前たちは、優れた戦士だったようだ」

 

 死闘の末に、彼は自分自身が大きな思い違いをしていたことにようやく気付く。自分自身の力に酔いしれていたわけではない、だが絶え間ない訓練と実戦の積み重ねによって誰にも負けないという自負があった…自惚れでも油断でも無く、それは自信だった。

 だがそれはこれまで見下していた戦術人形たちによって覆されることとなった……しかし、不思議と彼は後悔も悔しさも感じてはいなかった。自分でも驚く心境の変化に、彼はほくそ笑む…。

 

「エルダーブレイン……あれは、いや…彼女はブリッジにいる……安心しろ、手は出していない。だがいつまでもうろうろされても、目障りだ……起爆装置を作動させた、1時間後に艦隊は全て海の底に沈むだろう…」

 

「ずいぶんと悠長な猶予があるじゃないか? 死なば諸共、やらないのか?」

 

「余計なお世話だ、人形………だがこれで、終わりだと思わないことだ……光が眩しければより暗い影がどこかに産み落とされる……我々はいつの日か必ず戻ってくる! 必ず、必ずだ……星条旗が朽ち果てる事はないのだ―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリザさまー!!!」

 

 ブリッジの扉を思い切り蹴り開けたエグゼを、すかさずハンターがひっぱたく。

 

「このアホ! 扉が吹っ飛んでエリザさまにあたったらどうするつもりだ!?」

 

「う、うるせぇ! こういうのは勢いが大事なんだよ!」

 

「お前ら静かにしろ……エリザさま、お久しぶりですね……お迎えに上がりました」

 

 

 ケンカを始めようとするエグゼとハンターをなだめたアルケミストはブリッジの中へ足を踏み入れると、しゃがみ込み、かつての主に向けて頭をたれる……長女のそんな姿にならって他の姉妹たちも習うが、みんなそわそわしていてなんとも情けない様子だ。

 それに対し、彼女は…エリザは咎めることもせず小さくうなずいて見せた。

 

「よく来てくれたね、みんな。礼を言わせてもらうよ」

 

「身に余る光栄です」

 

「えっと、エリザさま…? ご無事でその、良かったな…じゃなくて良かったですね?」

 

「処刑人……誰よりも早く私の元から離れてった君がここに来るなんてね」

 

「うえっ!? そ、そそ、それは……! 色々と誤解があってですね、ちょっと他の奴ら…こいつとかこいつのせいで!」

 

「待てエグゼ、私は関係ないだろう!?」

 

「私だって!」

 

「冗談だよ」

 

「うへぇ……冗談きついぜエリザさま、心臓止まるかと思ったぜ…心臓ないけど」

 

 わずかに微笑むエリザに、ほっと胸をなでおろす…。

 鉄血を離れたとはいえ、ほぼ全てのハイエンドモデルにとってエルダーブレインは未だに頭の上がらない存在だ。エグゼやハンターはオーガスプロトコルから切り離されているとはいえ、かつての主への敬意は忘れていなかった。

 

「エリザさま、ここにいる理由はもうありません。帰りましょう、代理人も無事です」

 

「うん、なにからなにまで感謝するよアルケミスト……でも一つやらないといけないことがある、あの子のことだ」

 

「………シーカーですか?」

 

「そう、あの子はドリーマーを失くして……戸惑い、哀しみ、怒りにくれている。目につくすべてを破壊しつくそうとしている、止めないといけない」

 

「殺すということですか、エリザさま…?」

 

「短い付き合いだったけど、あの子は私に色々な世界のあり方を教えてくれた、あの子が苦しんでいる姿は見たくない……だから、あの子の苦しみを終わらせてあげたいんだ」

 

「殺すのではなく、終わらせる……ですか。エリザさま、それは私たちには出来ません……ですがそれをできる人物を私たちは知っています。彼は、私やここにいるみんなを救ってくれました……彼なら、死以外に彼女を苦痛から救い出せるかもしれません」

 

「その人は知っている、代理人が言っていた"伝説の傭兵"………そうか、代理人や君たちが信頼するなら任せてもいいのかもしれない」

 

「ええ、彼ならきっと……エリザさま、申し訳ございませんが元の家には帰ることはできません。窮屈ではありますでしょうが、MSFの基地まで…」

 

「選り好みできる場合じゃない、文句はない」

 

「では、こちらに…エリザさま」

 

 

 すっと立ち上がると、アルケミストらはエリザを連れて甲板へと向かう。

 そこで信号弾をあげれば迎えのヘリが降り立ち、彼女たちを収容しすぐさま飛び立って行く……いまだに燃え盛る艦隊を窓から眺め、一仕事を終えた彼女たちは肩の力を抜く。

 疲れ果てた彼女たちが眠りにつくさまを、エリザは咎めることは無かった。




ラスボス米軍編、終了

次回、シーカー戦…ボスラッシュ…


原作よりだいぶエリザさまが温厚ですね。

ちょっと無理矢理ですが、今回のようにアルケミストを筆頭とした姉妹愛を間近で見ているうちに彼女もまた鉄血の家族愛に興味を抱いている設定であります。

よく読者さんに、この作品の鉄血勢は家族愛がすごいという声をいただきます。
そういってもらえてうれしいですね。


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探究の果てに……【前編】

 崩壊した廃墟の中に身をひそめつつ、AR小隊リーダーのM4は通りを闊歩する人形たちをじっと観察する。戦術人形は生身の人間より耐久力において勝っているのは常識だが、AIの中枢となる装置は人間と同様に頭部に納まっており、同じ弱点を抱えている。

 戦術人形を破壊する手段としては、人間を殺すのとほとんど同じ、ただ殺すために撃ちこむ弾の量が多くなる。一撃で殺すには、人間と同じで頭を撃ち抜くのが手っ取り早い……頭を吹き飛ばせば地球上の多くの生物と同じように、物言わぬ屍と化す。

 だが通りを歩く戦術人形たちの様相はなんだ?

 鉄血、米軍、正規軍の戦術人形が入り混じって徘徊しているだけでもあり得ない光景だというのに、多くの戦術人形が身体に何らかの傷を負った個体ばかりなのだ。

 

 鉄血人形のイェーガーは頭部の半分を吹き飛ばされているのにも関わらず動いており、正規軍の戦術人形サイクロプスは銃撃を受けて大破しているが問題なく動いている。重要なパーツを喪失してなお稼働し続ける人形たち…頭部を失くした米軍戦術人形パラポネラが動く姿を見て、M4はゾッとする。

 

「おい、M4……おい…!」

 

 M4が身をひそめる瓦礫から10メートルほど、別な瓦礫の山の隙間から小さな声で呼ぶM16の姿があった。

 M4は周囲を見回し、徘徊する人形たちがまだこちらの存在に気付いていないことを確かめる。自分たちが瓦礫にのみ込まれる前の戦闘で、あの徘徊する人形たちは如何なる攻撃も通用しない、まるでたちの悪いホラー映画のクリーチャーなのだと察していた。

 M4は廃墟を離れ、ほふく姿勢で静かに姉の元へと向かう。

 奴らに見つからないよう時間をかけて慎重に、ようやくM16のところにたどり着いたところで彼女はほっと一息ついた。

 

「M16姉さん、無事だったんですね? 一体どうやってそこに入ったんですか?」

 

「好きでこんなところにいるんじゃない。正規軍かはたまた米軍か、鉄血の忌々しい大砲か……とにかくどこかのアホが撃った砲弾が私の真上で炸裂して、私専用のスイートルームが出来上がったというわけさ」

 

「どこの世界に出入りの不自由なスイートルームがあるんです? でも潰されなくて良かったですね、運がいいです」

 

「一生分の運を使い切ったよ。とにかく、瓦礫をどかしてくれないか? そろそろ腰の辺りが痛くなってきた」

 

 そうは言うが、大きな瓦礫の山を周囲の連中にばれないよう撤去するのはとても難しいことだ。ばれればいっかんの終わり、今見えている奴ら以外にも路地裏から屋内に至るまであらゆるところに奴らはおり、発見されれば路地を埋め尽くすほどの大群で押しかけてくるだろう。

 少しずつ、静かに瓦礫をどかしていくしかないと思った矢先のことだ、突如大きな爆発音がなり響き周囲にいた人形たちは音に反応してそちらの方へと走って行った。

 

「神に感謝だ、さあ今のうちにM4」

 

「はい姉さん!」

 

 周囲から人形たちがいなくなったのを見計らい、瓦礫を急いでどかし始める。瓦礫を崩して姉にとどめを刺さないよう注意はするものの、大きな瓦礫をどかそうとすると他の瓦礫が崩れそうになる……崩れかかった瓦礫を咄嗟に手で止めると、絶望しきった表情の姉と目が合ってしまう…。

 

「よしM4、作戦を変更しようか。いますぐここから離れて誰か助けを呼んできてくれ、私はそれまでここで死んだふりをする」

 

「だ、ダメです…今この手を離したら瓦礫が崩れて、その…姉さんは間違いなく死にます!」

 

Jesus(神よ)……こんな最期あんまりだ…!」

 

「うぅ…お、重い……! いけない、指先が痺れて……あ」

 

「おい?」

 

 手が滑った、その一部始終はしっかりと姉のM16の目は捉えていた。

 支えが失われたことにより崩れようとする瓦礫…だが瓦礫が押し潰すその前に再び指が隙間に入り込み崩れかける瓦礫をさせたのだった。しかしその指はさっきまで見えていた妹のものとは違う……だが返ってきた声はM16にとって聞き覚えのあるものだった。

 

「司令官さん、ぎりぎり間に合いました!」

 

「よくやった9A91。おい、まだ無事かM16?」

 

「おかげさまで…って、9A91にスネークか? どうしてここに」

 

「説明は後だ」

 

 ピンチに駆けつけてくれた二人は協力して瓦礫をどかし、M4一人が苦戦していた瓦礫をあっという間に撤去してしまった。ようやく瓦礫の山から解放されたM16は、痛めた腰をさすりつつ外へと出るのであった。

 

「あの、すいません姉さん…もう少しで姉さんを殺すところでした」

 

「い、いいんだよM4。さて礼を言うよ二人とも、私のことを助けてくれて…ついでにM4の姉殺しを止めてくれた」

 

「姉さん!」

 

 茶化すM16に、M4は顔を真っ赤にしてみせる。

 さて、何故ここにスネークと9A91がいるのだろうか? その理由を問いかけると、スネークの背後からひょっこりとSOPⅡが顔を覗かせ、さらにその後ろから遠慮がちな表情のRO635が顔を出す。

 

「さっき敵をぶちのめしてたら、二人を見つけたんだよ!」

 

「まさかMSFの司令官がここにいるとは思っていませんでしたが、助けていただきました」

 

「なるほど。となると、さっきの爆発もスネークたちが?」

 

「いや、オレたちじゃない。正規軍でも米軍でも無さそうだが……待て、話は後だ」

 

 通りから姿を現した正規軍の戦術人形…酷い損傷状態の姿を見るに、あれも他の多くの人形たち同様に再稼働した個体と判断する。スネークたちを見つけた正規軍の戦術人形サイクロプスの他に、鉄血人形たちも多数姿を現し、破壊される前となんら変わらない機敏さで襲い掛かる。

 スネークは即座に徹甲弾を装填したライフルを構えて先頭の戦術人形を撃ち抜くが、やはり効果はない。

 弾を装填し、次に狙ったのは脚部…装甲の薄い関節部を正確に撃ち抜くと、サイクロプスは前のめりに転倒するのであった。

 

「仕留めることは考えるな、足か武器を持つ腕を狙え!」

 

「そうは言うが難しいぞ!?」

 

「なら私の出番だ、グレネードでみんなまとめて吹っ飛ばしてやる! あははははは!」

 

 狂気的な笑い声を響かせながら、SOPⅡが敵の集団へ向けてグレネードを放って先頭にいたAegisに直撃させる、グレネード弾をまともに受けたAegisは手足が吹き飛ばされて沈黙する。動くための手段を潰せば奴らはそれ以上稼働しない、それを知った他の人形たちも関節部を狙い撃つ。

 脚部を破壊されてなお、這いつくばり撃って来る敵もいるため、なかなか敵の数は減ることがない…むしろ戦闘音に引き寄せられてどんどんその数を増やしていく。

 

「いけません司令官! 正規軍のハイドラ装甲ユニットと、米軍のジャガーノートが来ました!」

 

 必死の抗戦をあざ笑うかのように、二つの強力な兵器が姿を現す。正規軍に正式配備されているハイドラと、米軍の重装戦術人形ジャガーノート…どちらも対装甲兵器なくして太刀打ちできない相手、現状では圧倒的に不利だ。

 感情のない無慈悲なマシンが強引に轢き潰そうと迫る…。

 

 そんな時だ、突如上空からミサイルが降り注ぎジャガーノートの前を爆炎で遮る。

 停止したジャガーノートが真上を見上げた瞬間、一人の人物が直上からかの兵器を一閃……ジャガーノートはきれいに真っ二つに両断され崩れ落ちる。

 

 

「辛そうだなスネーク、助力は必要か?」

 

「フランク・イェーガー!」

 

 

 颯爽と駆けつけた助っ人はフランク・イェーガーことグレイ・フォックス。

 ジャガーノートを両断した彼は即座にハイドラに立ち向かい、銃撃を跳躍で躱すと壁を蹴ってハイドラの背にまたがると、高周波ブレードの切っ先を深々と突き刺す。そこから力任せに振りぬき、いまだ稼働を続けるハイドラの砲と脚部を斬り裂き動けなくさせた。

 

「ふははははは! 久しぶりだなビッグボス!」

 

「お前は…ウロボロスか!?」

 

 グレイ・フォックスの他にもう一人忘れてはならない人物、ウロボロスだ。

 彼女は後から悠々と歩いてきては偉そうな態度で高笑いし始める……一度負けたくせにずいぶんと図太い奴、というのがその場にいた9A91の感想だが、これでも強いのだから面白くはない。

 

「スネーク、あとその他おまけども。全知全能たるこの私が助けてやろうか?」

 

「いえ、別に必要ありません」

 

「黙れイワンのアル中人形……コホン、お前らを助ける理由はないのだが、どうしても助けて欲しいというのなら助けてやらんでもないぞ?」

 

「スネーク、お前の周りってこんな奴ばかりなのか? 苦労してるんだな…」

 

「おいおまけ共、なんだその言いぐさは。助けてやらないぞ? いいのか?」

 

「スネークさん、この人が誰かよく分かりませんが先を急ぎましょう」

 

「この私が誰だか分からないだと!? 下郎めが、恥を知れ! 最強無敵の鉄血ハイエンドモデル"ウロボロス"とはこの私のことだぞ!? 貴様ら命令に忠実なだけのポンコツ人形風情と違いこの私はたった一人でアフリカの地に――――」

 

 理由は分からないがムキになるウロボロス…だがこうしてふざけている間にも敵は待ってくれず、敵の戦術人形たちが群れとなって襲い掛かってくる。一発の銃弾がウロボロスの頬をかすめた時、彼女の怒りの矛先は完全にそちらを向いた。

 ウロボロスはその目を敵に向けると、凄まじい速さで接近、鉄血人形の頭を蹴り上げた。飛び込んできたウロボロスに対し周囲の人形が銃口を向けるが、彼女は素早く反応、銃を握る腕を絡めとって同士討ちを誘い地面に叩き付けて四肢をもぎり取る。

 流れるような体術、性格は傲慢だが見事なCQCの技にスネークは素直に感心した。

 

「どうだおまけ共! これでも私の助けがいらないというのかたわけが! 助けられるかここで死ぬか、さっさと選べ!」

 

「うわ、なんか凄い強烈な人が出てきたよ。M16、撃っていい?」

 

「やめろSOPⅡ、話がややこしくなるから」

 

 結局、これ以上挑発するとウロボロスが何をするか分からないと判断し、素直に助力を申し出る。すると彼女は挑発的な笑みを浮かべ、その場にいたほとんどの者が殺意を抱かせたのだった。

 

「フランク、なんであれ助かった」

 

「構わないさ、以前迷惑をかけた詫びだ…今もあいつが迷惑をかけているようだが。スネーク、"奴"の居場所はこの先だ……道はオレが切り開こう」

 

「いいのか、危険だぞ」

 

「危険でなかったことなど一度もない。スネーク、奴は手負いの獣だ…侮るな」

 

「分かっている……あいつには伝えなければならないことがある。それを分かる前に、死なせるわけにはいかない」

 

「そうか……行くぞビッグボス、露払いはオレに任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだだ……まだ、足りない……もっとだ…!」

 

 死者の群れを越えた先、生命の気配が消えたその場所で彼女は呪詛の言葉を巻き散らす。

 人間と機械の遺骸が無造作に倒れる廃工場跡地、目につくすべてを破壊しつくすだけの存在となり果てたシーカーは、その狙いを周囲を取り囲む正規軍へと変えた。

 既に自分たちをつけ狙った米軍特殊部隊及び海兵隊は抹殺し、死者の群れのなかに組み込まれた。

 仇敵を殺してなおおさまらない破壊衝動は、正規軍に向けられる……目的などない、ただすべてを破壊する。

 殺しても死なない存在と化した軍勢を前に正規軍は徐々に後退、彼らの首都モスクワは混乱状態にあった。

 

「げほっ……げほっ……!?」

 

 激しく咳き込むシーカー…口元を抑えたその手が真っ赤に彩られる。

 繰り返す吐血、絶え間ない頭痛、酷い倦怠感と全身を襲う耐えがたい痛み……一歩一歩確実に近付いてくる死がもたらす症状、生きながらにしてシーカーの肉体は朽ち果てようとしている。

 それでも彼女を突き動かしているのは、心に燃える憎悪と怨念によるものであった。

 最終目標などない、一人でも多く地獄に引き込めればそれでいい…。

 

 魂を貪り喰う悪霊、かつての誇り高き騎士の姿はもうそこにはなかった…。

 

 そんな彼女の姿を目の当たりにしたスネークが抱いたのは、深い哀れみであった。

 

 

「スネーク……来たか…お前が来るのは分かっていた、見えていたさ。私を、殺しに来たんだろう?」

 

「お前を殺すために来たわけじゃない」

 

「ふん……どうでもいいことだ、どっちにしろ私の前に現われた、ならば他の多くの者と同様に死んでもらう」

 

「何故だ……シーカー、オレの知るお前は誰よりも誇り高く、卑怯を嫌う気高い戦士だった。今のお前は、ただ破壊と報復に走る鬼だ」

 

「その通りだスネーク……私は地獄の鬼になり果てた、守るべき存在を失った時からな。私が抱えているこの痛みは死を迎えるまで消えることは無い、死神が私の身体にまとわりついて地獄に引きずり込もうとする……私はただ死んでも良かった。だがな、私の友を殺し、私を過酷な運命に引きずり込んだ奴らが悠々生き延びることは絶対に許せない!

奴らにも地獄を見せてやる、同じ痛みを与えてやるのだ!」

 

「やめろ、シーカー! お前を苦しめた敵はもうこの世にはいない、お前が矛先を向けているのは無関係な人間だ」

 

「人間の欲深さ、業が招いたことだ……同情の余地はない。最期の審判はこの私が下す…世界を燃やし尽くしてやる」

 

「何をする気だ……まさか…」

 

「再び、世界を虚無(ゼロ)に戻す……世界を焼いた核の炎を世界に巻き散らす。米国から持ちこんだ核は英国とフランスに配備した、もう間もなく発射体制に入るだろう……かつてのような電子機器はないが、この私の力があれば……スネーク、私を殺す以外に方法はない」

 

 シーカーは血に濡れた刀を抜きはらうと、その切っ先をスネークに向けて笑みを浮かべる。

 すると、スネークが通って来た通路の扉が勝手に閉ざされ退路が遮断される……そして、足下に転がっていた遺骸の数体がむくりと起き上がる。

 

「本当に、変わってしまったんだな、シーカー」

 

「お前に何が分かる? この苦痛がお前に分かるのか? まあ、どうでもいいことだ……貴様はここで死ぬ、他の多くの者と同じようにな……いくぞ、スネーク……!」

 

 

 





※シーカー戦は特殊です、前編の他、中編、後編となる予定です……つまり強敵だってばよ…。




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探究の果てに……【中編】

 シーカーの驚異的なESP能力により、一度稼働停止に追い込まれたはずの戦術人形たちが再び目覚め、不死の怪物と化して生者に襲い掛かる。残骸の中から起き上がった鉄血人形は凝固しかかった疑似血液を滴らせつつ、集団でスネークへと襲い掛かっていく。

 破壊前とほとんど変わらない様子で攻撃を仕掛けてくるが、個体によっては射撃の反動を制御するのが難しい個体もいる。闇雲に銃を連射してくる人形に対しスネークは心の平静を保ち、ライフルを構え一発で人形の関節部を撃ち抜き破壊する。

 

 足を破壊されてもがく人形の両腕も破壊すると、移動も攻撃の手段も失われたことで人形はそれっきり動かなくなる……単純にヘッドショットを狙うより労力がいる。人形の中には両足を破壊しても、両腕の力だけで地面を這ってくる個体もいるからだ。

 厄介な相手であるが、対処法はある。

 少なくともよく分からない怪物や、吸血鬼(ヴァンパイア)などよりはるかにマシ…スネークはそう考える。

 

「…!」

 

 装填した弾を撃ち尽くしたところで遮蔽物に身を隠すと、鉄血人形のブルートが勢いよく走り込んできた。

 片腕を失くしているが、残るもう片方の手に鋭利なナイフを握りスネークに対し跳びかかる…単純な腕力ではさすがのスネークといえども戦術人形に劣る。だが相手が人の形をしている以上対処法は同じ、力で優る相手への対処はCQCの中に組み込まれている。

 ブルートのナイフを握る手を払いのけてナイフを弾く、すかさずブルートの身体を抱え上げるようにして持ちあげると、地面へ真っ逆さまに叩き落す。

 無論、これでも再稼働した人形は止まることは無い……行動に支障が出るはずのダメージを負ってなお動くブルートに対し身構えるが、ふと先ほどはじいたブルートのナイフを拾い上げる。

 

 確か以前、MSFの人形の何人かが鉄血のブルートが持っているナイフは、分厚い鉄の装甲も易々斬り裂く鋭さを持っていると愚痴っていたことを思いだす。近接武器ゆえに対処は簡単だが、侮れない相手だと……再稼働した人形の中には装甲人形もいる、それへの対処にブルートのナイフは役に立つはずだった。

 ナイフを失くしたブルートが跳びかかる。

 単調な相手の動きを容易く交わし、地面に組み伏せ手足の筋を裂く……最低限のダメージであるが、それで動けなくなるとブルートの動きはピタリと止まる。

 

 次の敵を、そう思った矢先、スネークは視界の端に赤い閃光を捉えると反射的に遮蔽物へと飛び込んだ。

 次の瞬間、凄まじいエネルギーを纏うレーザーがさっきまでスネークがいたところを貫き、付近にあった残骸を融解させる。

 一発当たればひとたまりもない高威力のレーザー、それがスネークを狙い何度も照射されるのだ。

 スネークを殺そうと幾度もレーザーを放つのはシーカーだ。

 

「ちょこまかとよくも逃げるものだな! だが、いつまでも逃げられると思うな!」

 

 レーザーを躱し続けるスネークの退路を遮断するべく、シーカーはESP能力の一つサイコキネシスを発動させる。強力なサイコキネシスによって天井の壁を破損させ、スネークが走る先に向けて落下させた。

 咄嗟に立ち止まり、間一髪スネークは瓦礫に埋もれるのを避ける……が、シーカーは瞬時にスネークの元へと移動すると刀を抜き払う。

 シーカーの刀と、スネークのナイフがぶつかり合い火花を散らす。

 ブルートのナイフを手にしていなければ得物ごと斬り裂かれていた、そう思えるほどシーカーの斬撃は重く鋭い。

 

「死ね、スネーク!」

 

 自身の刀ごと蹴り上げて弾き、高出力レーザーライフルの銃口をスネークに向ける。

 ライフルの銃身が高熱を帯び赤い閃光がほとばしる、人体など容易く焼き焦がす熱量を持ったレーザーが放たれようとした時、スネークは咄嗟に銃身に手をかけて狙いを逸らす。高熱を帯びた銃身に触れたことで彼の手は火傷を負い、激痛に表情を歪める。

 レーザーの狙いがそれて天井へと直撃し、建物が揺れた。

 短い間隔での連射によってオーバーヒートを起こしたシーカーのライフル銃は、動力源を露出させ急速冷却をとる…だがシーカーはもうライフルは不要だと判断したのか投げ捨てる。

 

「見せてやるスネーク、私が得た力をな…!」

 

 シーカーが刀を上段に構えた時、彼女が握る刀身に突如として炎が纏いつく。

 あの刀に火を吹きだすような仕掛けはない。

 突然出現した炎を幻覚か何かと疑うスネークだが、刀に宿る炎からは凄まじい熱が放たれている。炎の出現に気をとられてしまったスネークは、回避行動がわずかに遅れたことにより、刀剣の切っ先が彼の肩から腹部にかけてを斬り裂かれる。

 斬撃の痛みに加え、肉体を焼かれるような激しい痛みが身体に刻みこまれスネークはおもわず呻き声をあげる。

 

 刀剣に宿る炎は幻ではない。

 刃が斬り裂いた傷を、あの炎が焼き込がしたのだ。

 

 深い傷は負ったが炎が傷口を焼き固めたことで出血は少ない…しかし痛みによるダメージは大きい。一度距離を置いて体勢を整えるが、同じような火が建物のあちこちで発生し瞬く間にその場は灼熱の炎に覆われる。

 

「パイロキネシス……火を操るESP能力の一つだ。憎悪と怨念が、この力を増幅させる…そして」

 

 炎が揺らめき、シーカーの姿が消えた。

 息苦しいほどに熱くなった空気の中でスネークは消えたシーカーの気配を探る……彼女の気配を背後に感じ咄嗟に振り返ると、炎を纏う刀が今まさに振りぬかれようとしていた。即座にナイフでシーカーの刃を弾くが、灼熱の炎がスネークの腕を焼き焦がす。

 

「テレポーテーション、空間の隔たりなど私には無意味……そして何より、私には未来を予知する力がある。スネーク、お前は確かに強い…だが人間の域を出ない貴様に、勝機はないぞ!」

 

「確かに凄まじい力だ……だがお前は、わざわざ能力の自慢をするために強くなろうとしていたのか? はっきり言ってやる、闇雲に力を振るうだけじゃお前に勝機はない」

 

「減らず口を……調子に乗るなッ!」

 

 再びつば競り合いからスネークを突き飛ばし、地面を蹴りつけて突進する。だがスネークの反応は早かった、シーカーが刀を振るうその前に彼女の懐に飛び込み、刀を握る腕を絡めとる。

 

「くっ、貴様…!」

 

「お前の力は強いが、弱点も多い。未来を知ることが出来るなら、何故オレの動きが読めなかった? 教えてやろうか?」

 

「黙れぇぇ!!」

 

 力任せにスネークの腕を振りほどき、機械化された腕の方で殴りかかる。

 シーカーの拳を防御したスネークの腕が軋みをあげる…怒りに満ちた目で彼を睨み、刀を振るう……だがスネークはまたしてもシーカーの動きを見切り、彼女の足を払い地面に叩き付けてその腕をひねる。

 

「これでも分からないかシーカー?」

 

「ちっ…!」

 

 倒れた姿勢から蹴りを放って拘束から逃れ、素早く立ち上がる……刀を握り歯ぎしりしながら彼を睨みつけるシーカー、自分のESP能力に絶対の自信を置く彼女は、今だにスネークの動きが読めなかったことを理解できなかった。

 

「分かるかシーカー、この世に決めつけられた未来など存在しない」

 

「……何が言いたい」

 

「未来は刻一刻と変貌する、些細な動作で未来は大きく変わるんだ。変わらずに残り続けるのは過去だけだ……シーカー、お前が初めてオレと会った時言ったことを覚えているか? オレがお前の目的を聞いた時、お前は己の探究心を満たすためと言ったな……お前が抱いていた探究心は、今の姿になるためだったのか?」

 

「……誰が、こんな未来を好き好んで望むと思う? この私に修羅の道を歩かせたのは腐った世界のせいだ!」

 

「シーカー、今までに道を引き帰し未来を変える選択肢はたくさんあったはずだぞ。確かにお前は修羅の道を歩いている、だがそれを選んだのはお前自身だ。お前と常に一緒にいた人形、ドリーマーと言ったか…彼女はお前に、他の選択肢を示すことは無かったのか?」

 

「貴様……気安く彼女の名を口にするなッ!」

 

「お前も失ったんだろう、その痛みはよく分かる……だがな、お前は今の姿を親友に胸を張って堂々と晒すことが出来るのか?」

 

「いい加減に、だまれっ!!」

 

 激高したシーカーが吼える。

 スネークの指摘を侮蔑ととった彼女は怒りのままに斬りかかる、だが今更そんな単調な攻撃をまともに受ける男ではない。太刀筋を見極めたスネークによって刀を弾かれ、咄嗟に放った拳も受け止められる。

 

「思いだせシーカー、以前の誇り高く誰よりも気高くあろうとした自分の姿を。お前の強さの源はきっとそこにあったはずだ……憎しみや怒りに囚われるな、騎士の誇りを取り戻せ。騎士道を重んじ、気高くあろうとする精神こそが、お前が探し求めていたものじゃなかったのか? もう一度考えてみろ……失った友のためにもな」

 

「うるさい………勝手なことを…!」

 

 シーカーの感情が、徐々に昂っていくのをスネークは感じ取る…。

 彼女の憎悪と怨念が、炎という形となりめらめらと燃え盛る……周囲を覆いつくす炎がさらに燃え盛り、焼き焦げて発生した黒煙が瘴気のように充満していく。炎が空気を熱し、触れるものすべてを焼き尽くす……あまりの勢いにスネークは後退していく…。

 燃え盛る炎の中に、彼女の咆哮が響き渡る。

 怒り、憎しみ、哀しみ…激情を宿したその声に呼応するかのように、炎もまた勢いを増していく…。

 

 

 そんな彼女の叫び声が唐突に止まる。

 炎から逃れていたスネークは、彼女の声が止むと同時に肌にまとわりつくような負の瘴気が消え去ったのに気付く。辺り一面を覆っていた炎もまた、みるみる鎮火していく……真っ黒く焦げた廃墟の中で、シーカーは静かにたたずんでいた。

 

 

「スネーク……やはり、お前は何も分かっていない。私が騎士の誇り高き精神を目指したのは、単にそう教え込まれたからに過ぎない……本当に私が欲しかったのは…いや、今更過ぎるな。スネーク…お前が正しい、私は道を誤ったばかりか迷路に迷い込んで喚き散らしていたようだ……長い、悪夢を見ていたようだ……だが、おかげで目が覚めた」

 

 シーカーはそれまでの怨念に囚われた姿から打って変わり、以前のようなどこか飄々としていて挑発的な笑みの表情を浮かべて見せる。そこに先ほどまでの禍々しさはなく、在りし日の姿があった…。

 

「ドリーマーには最期まで迷惑をかけっぱなしだった。色々と振り回し、最期には……私は騎士に相応しい器などではない。だが、私のあり方を彼女が褒めてくれたのも事実……危うく、大切なモノを失ってしまうところだったな。

なあスネーク、もう一度私と戦ってくれないだろうか?」

 

「けじめをつけるためか?」

 

「それもそうだが……負けっぱなしは性に合わない、最期には勝利を飾っていきたいところだ」

 

 シーカーは小さく笑いかけ、血と煤で汚れきった上着を脱ぎ棄てる。

 

「戦士として互いに忠を尽くせ」

 

「…どういう意味だ、スネーク?」

 

「オレの師が、かつて言った言葉だ。その意味を理解するのに、オレは何年もかかっている」

 

「そうか……お前の師は、さぞ立派な人だったんだろうな。お前の師に感謝だ、こんなにも最高の戦士と戦う機会をもたらしてくれたのだからな。時間が惜しい、始めようかスネーク……これが最期の戦いだ、この私が生きた証を示すためにも、全力で戦おう……来い、スネーク!」

 

 

 




なにもかも吹っ切れて一人の騎士に帰還したシーカー、強さを求めたその意味を理解した彼女はまさしく強敵だ!

次回、決着……お楽しみに


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探究の果てに……【後編】

 地中海 

 

 攻撃を受け、炎上するアメリカ軍の艦隊。

 ほぼ全ての艦艇は攻撃を受けて大破炎上、あるいは船体を傾かせ沈没しかかっている。

 その中で唯一、ほぼ無傷な状態で海上に浮かぶ旗艦の強襲揚陸艦……しかしその揚陸艦からは自爆までの時間を読みあげる音声が鳴り響いている。

 甲板上にはいくつもの無人機の残骸、そして戦死した兵士の死骸が横たわる。

 船内も同様に、あちこちに死体が倒れている……生存者はいないかに思えるその艦艇の通信施設にて、椅子に深々と腰掛ける男が一人。身じろぎ一つせず佇む姿はまるで死人のようであったが、通信装置が作動するとゆっくりと動きだす。

 手を伸ばし、通信を繋げると再び彼は椅子に深々と腰掛ける。

 

 

『――――――アーサー……聞こえるか、アーサー大尉』

 

「………聞こえております、大佐殿」

 

『久しぶりだな』

 

「17年と、120日ぶりです……大佐、データの受信は出来ましたでしょうか?」

 

『ああ、しっかりと受け取った。私も軽くしか見ていないが、十分なデータだ…無人機の戦闘データ、崩壊液を代謝するメタリックアーキア、サイボーグ兵士たちの戦闘記録、これは次世代機の開発と新たなサイボーグ技術に大きく貢献できるだろう。よくやったアーサー大尉、君とその部下たちのおかげで今回の大規模演習(・・・・・)は無事成功をおさめたわけだ』

 

「光栄であります、大佐」

 

『ここからは個人的なやり取りだ、アーサー……帰還は困難かね?』

 

「生命維持装置をやられました…間もなく私は死を迎えるでしょう」

 

『そうか……君にアレを押し付けたばかりにこんな結果になってしまうとは、申し訳ないことをしたな。90wish、あの組織に潜り込ませた工作員がしくじらなければ……おかげでいくらか計画に遅れが出てしまった』

 

「致し方ないことです大佐……大佐、私は任務を全うしました。これで、我々は……アメリカは再び甦る、そうですよね?」

 

『その通りだ。だがそれにはさらに長い年月がかかる……あと数十年、いや、最低でもあと30年はかかる……奴らが我々の祖国を焼いたツケは払わせる。裏切った南極の連中もな……アーサー、長い任務ご苦労だった。後は我々に任せろ、もう休んでいいんだ』

 

「感謝します、大佐……偉大なる星条旗が、再び栄光を取り戻すことを…願っています……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シーカーが鉄血工造でこの世に再び生まれて間もない頃、オーガスプロトコルに囚われない彼女を鉄血という組織で飼いならすためにイントゥルーダーが教え込んだのが騎士道精神であるが、それは結果的に育成成功という形となった。

 好奇心旺盛なシーカーは己の本能とも言うべき探究心で、イントゥルーダーより教わった騎士道を昇華させるべく、古い書物を読み漁り、古の剣術を学び、古き良き騎士の物語に心酔していく。少し大げさであったものの、エルダーブレインを主と称し絶対の忠義を尽くすようになる…が、その後色々あったわけだるがここでは割愛する。

 

 シーカーが古い書物を読み、大きな影響を受けたのは10の美徳…いわゆる騎士の十戒というものだった。

 

 勇気、高潔、忠誠、寛大、信念、礼儀、親切心、崇高な行い、統率力……そして優れた戦闘能力である。

 これは後世の人間が騎士道をまとめるために考えたもので、当時の騎士たちが必ず守っていた者というわけではなかったが、シーカーはこれを自分自身の規範として決めた。

 そして同時にシーカーはこう考えた。

 

 "強き精神は、たくましき肉体にこそ宿る"

 

 意思の強さとは己の肉体の強さに比例する、己の信念を貫き通すのなら道を切り開く力が必要不可欠なのだと。

 それが、シーカーが力を求めた理由でもあり、今日の悲劇を生んだ要因でもあった…。

 

 

 

 そして一度は道を誤ったものの、己の信念を見直したシーカーが今、騎士の誇りを貫き通すべく身に付けた技と力を全力でスネークに対し叩きつける。

 シーカーは拾い上げた刀を鞘に納めると、それを静かに床に置き、代わりにナイフを一本手に取る。

 他に武器を持たずナイフ一本のスネークと同じ条件で、正々堂々と闘う…自身の命をすり減らしてまで手に入れたESP能力すらも封じて、あくまで公平に、フェアな闘争でスネークに挑む。 

 

 お互いにナイフを逆手に構え、相手の出方を伺うように少しずつ歩み寄る。

 これまでの戦闘、そして仲間たちから寄せられた情報によりスネークのCQCの技術は凄まじいものと認識するシーカーは慎重に、しかし隙あらば即座に攻撃するべく機会を伺う。じりじりと互いに距離を詰め、あと一歩踏み出せば互いに手が触れあうという距離で、シーカーは先に動く。

 逆手に持ったナイフで斬りつけようと伸ばしたシーカーの手首を掴み、狙いを逸らさせると同時に握られたナイフを手放させる。逆にスネークがナイフを向ければ、シーカーはたった今スネークがとった動きを反映するように手首を押さえてナイフを弾き飛ばす。

 お互いに武器を失い徒手となるが、二人の動きは止まらない。

 

 顔を狙ったシーカーのパンチを背後にまわって躱し、伸ばされた腕と肩を掴み前方へと投げ飛ばす。背中から床に叩き付けられながらも、シーカーは即座に立ち上がる。そして素早く後ろ蹴りを放ち一度距離を開けたかと思えば、一気に踏み込む。

 斜め下からの掌底を、身体を逸らして躱すスネーク。

 伸ばした彼女の腕を捉えようとしたスネークだが、シーカーは逆にスネークの腕を掴みとると、身を翻しスネークの身体を背負い込む。一本背負いの要領で投げ飛ばしたスネークの腕を握ったまま、関節技をかけようとするがスネークは即座に彼女を蹴りつけて難を逃れる…。

 

 起き上がったスネークは一度距離を開け、戦闘は振りだしに戻る。

 お互い、さほどダメージはない。

 

「どこで習った?」

 

「戦い方を覚えるのは得意なんだ。それの対価か、戦い以外のことを覚えるのは苦手だがな!」

 

 素早い踏み込みからのストレートパンチ、それはなんとかいなすことができたが反撃に繋げることは出来ず。ジャブのように放たれたパンチを脇腹に受けて、スネークはわずかに呻く。ニヤリと笑みをこぼしたシーカーが同じ横腹を狙って蹴りを放とうとした時、スネークは痛みをこらえあえて詰め寄る。

 そうすることで蹴りの打点をずらし、シーカーの蹴り上げた太ももを腕に抱えながらもう片方の足を刈る。バランスを失ったシーカーの肩に手を当てて、勢いよく彼女を背中から叩きつける……かに見えたが、シーカーは宙に両足が浮いた一瞬の間に両足でスネークの腕、それから首を絞めつけ、自分の身体ごと床に倒れ込む。

 見事なカウンターで返されたシーカーの三角締め、完全に技が決まる前にスネークは床を転げて技を解く。

 

 素早く起き上がり身構えるスネークであったが、シーカーの姿を見失う。

 次の瞬間、スネークは背後から首を絞めつけられる。

 シーカーの腕は華奢だが、ハイエンドモデルとして生み出された彼女は他の多くの戦術人形同様に見た目以上の腕力を持つ。この場合、彼女の華奢な腕は鍛え上げられた太い腕よりも首によく食い込み、スネークの頸動脈を強烈に絞めつける。

 

「蛇のように執拗に、相手に絶えず攻撃を仕掛け続け反撃の機会を与えない。Attack is the best(攻撃は最大) form of defense(の防御なり)、だよスネーク」

 

 スネークの首を強烈に絞めつけながら、シーカーは不敵に笑う。

 シーカーの一連の近接格闘術は、彼女がこれまでに培った経験と知識の集大成のようなもの…ボクシングや柔道といった格闘技の技から、コマンドサンボやフェアバーン・システムといった軍隊式格闘術を独自に組み合わせ一つの格闘術として発展させたいわばシーカー流マーシャルアーツといったところか。

 真似しようと思っても常人には到底出来ず、ある程度格闘術に精通した者ならむちゃくちゃな技の混合を、シーカーの類まれなる才能がそれを可能とする。

 

 背後から首を絞めつけられ、徐々にスネークの意識がもうろうとしていく。

 まるで蛇が獲物を絞めつけて殺すかのようなシーカーの絞め技に対し、スネークは固く拳を握り固めると、勢いよく肘をシーカーの脇腹に叩き込む。ひじ打ちを受けて怯んだわずかな隙に、スネークは首と腕の間に手を挟み込んで拘束を解く。

 そのまま彼女の腕を掴むと、勢いよく前方に投げ飛ばす。

 

 絞首から解放されたスネークは深呼吸を繰り返し、身体に酸素を供給する。

 一方のシーカーも勢いよく叩きつけられた影響か息を乱し、額から少量の血を流す……そして再び対峙しようとした矢先、突然シーカーは激しく咳きこんだ。前かがみとなって咳きこむ口を覆う手からは、ぽたぽたと赤い血が垂れ落ちる…。

 もはやESP能力の使用を控えても、彼女の肉体の崩壊は止められない。

 

「シーカー、お前は…」

 

「どうしたスネーク、同情しているのか……そんなことは止めろ、この私を侮辱するつもりか…!」

 

  シーカーは咳がおさまると、口内に溜まった血を吐き捨てながらスネークを見据える。

 自身の体調のことなど百も承知でこの場に立っている、この先も生き永らえることなど微塵も考えてなどいない……同情も慰めも必要ない、ただ全力を出しきって闘いに挑みたいだけだ。シーカーのそんな切実な想いが、スネークの心に流れ込む。

 そして、スネークは無意識に彼女に対し憐れみを抱いてしまった自分を恥じる。

 すべてを覚悟しこの場に立つ彼女に対し、それは最大の侮蔑だったからだ。

 

「勝利か敗北か、生か死か……そんな結果など重要ではない。その過程にある、純然たる闘争にこそ意味がある! 本気で来いスネーク、貴様の闘争心を燃やせッ!」

 

 シーカーは声を出し、己を鼓舞する。

 強大なESP能力を操っていたその時よりも、今の方が気迫は上回る……死に近付きながらも、彼女は絶えず成長をし続けている。稀代の才能を持ちながらも、避けられない破滅。だがそれにめげずなお闘おうとする彼女に、スネークは最大の敬意を払い対峙する。

 

「行くぞスネーク!」

 

 素早く踏み込んだシーカーの、しなやかな蹴り。

 軍隊式格闘術には見られない、いわばスポーツ競技としての格闘技の技だ。戦場という環境ではほぼ見ることのできないスネークにしてみれば、経験のない技をシーカーは放つ。

 一発目の蹴りを腕で防ぐ、すぐさま反撃に移ろうとするもシーカーは即座に二発目の蹴りを放つ。それは中段を狙ったミドルキックに見えたが、蹴り上げる途中に軌道を変える。対峙するスネークはシーカーの変則のハイキックを見切ることが出来ず、強烈なハイキックが彼の側頭部を打ち抜いた。

 床に倒れ込んだスネークはあまりの威力にすぐに立ち上がることが出来なかった……ダメージを負いながらも立ち上がったスネークに追い打ちをかけるように、シーカーは詰め寄る。

 

 再び組みつかれる前に蹴り離そうとするがスネークの足はシーカーに受け止められ、脇に挟み込まれる。笑みを浮かべるシーカー…だがスネークもまた笑みを浮かべる。

 スネークは片足を抑え込まれたまま、もう片方の足で跳びあがり、シーカーの側頭部に蹴りを叩き込む。

 

「ちっ…!」

 

 シーカーは怯み手を離す。

 頭部に受けたダメージで足元がふらつくシーカー、そのダメージが回復する前にスネークは彼女の首をおさえて屈ませる。そして腹部に手を当ててそのまま持ちあげ、勢いよく地面へと叩きつける。

 キックによるダメージと、投げ技によるダメージが重なりシーカーに大きな深手を負わせたはずだった。

 だが彼女は血反吐を吐きながらも立ち上がり、笑みをこぼす。

 

「まだまだ…! くらえッ!」

 

 低い姿勢から走りだし、肩口からスネークの腹へぶつかっていく。

 抑え込もうとするスネークの身体を抱え上げ、床に落とすと即座に彼の胸元へと拳を振り下ろす。横に転がることでその拳を避け、即座に水面蹴りを放ちシーカーを転倒させた。

 

「やるな…!」

 

「そっちこそ…!」

 

 互いに起き上がり、口元の血を拭い笑い合う。

 そしてほぼ同時に走りだすと、二人の激しい打撃戦が始まった。

 

 お互い全身あざだらけ、骨のいくつかは折れているはずであるが、痛みを痛みと感じずに拳をぶつけあう。

 互いにこれまで培ってきた技と力を目の前に好敵手に対し、惜しみなく叩き込む。

 スネークの拳を受ければシーカーも即座に拳を返し、シーカーに投げられればスネークも投げ返す。

 

 そして、お互いにほぼ同じタイミングで放ったストレートパンチが交差し互いの顔を撃ち抜いた。

 よろめき、倒れ込む二人。

 息を乱しながらスネークは膝に手を当てて立ち上がる、生身の人間の身体でハイエンドモデルと打撃戦などあり得ないことだが、彼は何度でも立ち上がる。

 それに少し遅れてシーカーが立ち上がろうとするも、彼女は再び吐血する…先ほどの時よりも多い血の量だった。だがそれでも、彼女の闘志は微塵も衰えていない……それを示すかのように、彼女は大きな声で吼える。

 

 

「まだだ……! まだ終わっていない!」

 

 

 満身創痍の身体で起き上がったシーカーに、スネークは身構える。

 そして、互いの意地とプライドをかけた最後の殴り合いが始まった……経験や技術はもうそこにはない、どちらが最後まで気力を保てるか意地の張り合いだ。

 二人の我慢比べのような殴り合いもまた、最後となろうとしていた……残る気力を振り絞り、二人は雄たけびをあげる。

 

 拳を握り固め相手を見据える…次がこの対決に終止符を打つ一撃になるかもしれない、そんな確信が二人にはあった。

 互いに相手を見据え、そして動きだす。

 握り固めた拳を振り上げ、残る力の全てを叩き込む……。

 

 渾身の力を込めた拳が互いの頬を打ち抜く。

 

 ふらふらと後ずさり、両者ともに膝をつく……苦悶の表情で息を乱し、相手を睨むように見据える。

 そのまま寝転がってしまえば遥かに楽だったろうが、スネークは意地とプライドで立ち上がろうとする…そしてそれはシーカーも同じ。

 

 

 そして、この最期の意地の張り合いで優ったのはスネークであった。

 

 ふらつきながらも立ち上がったスネークに対し、シーカーは再び立つことは出来ず、床に倒れ込む……。

 この闘いに判定を下す者はいない…だが、シーカーは己が敗けたのだと悟ると同時に、清々しい表情で笑う。

 

 

「ハハ……やっぱり、強いなぁ………ソルジャー遺伝子…オリジナルには勝てないか…」

 

 

 敗北を受け入れたと同時にシーカーの闘志の炎は消える、そしてそれまで気力で抑え込んできたものが再び彼女の身体を蝕んでいく。苦痛を感じ、わずかに表情を歪ませながら、シーカーはそばの壁まで這いもたれかかる。

 

「スネーク、私はお前に嘘をついていた……私は、核を発射体制に移したと言ったな……あれは、嘘だ」

 

「……どういうことだ…?」

 

「アメリカの核を持ちこんだのは本当だ、だがそこまでだった……いざ発射準備をしようとした時、私は躊躇した…」

 

「良心の呵責といったやつか?」

 

「そうかもしれない……だが、一度でも人類の全てを憎み滅ぼしてやろうとしたのも事実だ……私の運命を翻弄し、ドリーマーを殺したこの世界が憎かった……だけど…私とドリーマーを産み、巡り合わせてくれたのはこの世界なんだ……憎み切れなかったんだよ」

 

 彼女が抱く心情の吐露を、スネークは静かに聴いていた。

 赤く濡れたシーカーの頬に、透明な雫が垂れ落ちる…。

 

「今、ようやく気付いたんだ……私が願ったのは、世界を一つにすることじゃない……私はただ、自分の居場所が欲しかっただけなんだ……誰かに、ここにいていいよって言って欲しかったんだ……それなのに私は自分で……もう、終わりか…」

 

 壁に手を当てて、シーカーは立ち上がる。

 そして彼女は壁をつたうように建物の奥へとゆっくりと歩いていく。そんな彼女の後を追うとすると、彼女は手で制するのだった。

 

 

「死に場所はもう決めてある…せめて最期は、彼女と一緒に眠りたい……そして、願わくば、あの日見た夢の続きをドリーマーと見続けられることを……さよならだスネーク、私たちは、夢の中で生きていくよ……」

 

「シーカー……これだけは言わせてくれ。お前は誰よりも高潔で、勇気を持った偉大な騎士だった。お前が歩いてきた道のりは、決して無駄なことなんかじゃない」

 

「………優しいな、スネーク……彼女にも、自慢できるよ…」

 

 

 暗闇の向こうへと消えていくシーカーを静かに見送り、やがてスネークもまた背を向ける。

 シーカーが操っていた不死の人形たちによって正規軍は遠ざけられ、スネークは無事仲間たちと合流する……迎えのヘリに乗り込み、鉄血領を離れていく最中、彼女の命の灯がこの世から消える確かな感覚を感じ取る…。

 

 そして、彼女が眠ると同時に、世界は静かになった。




シーカー戦……決着…。

なんかかつてないほど書くのが辛かったよ…。



色々と謎を残した米帝side、今回の大規模な戦争は実は彼らにとって…な展開でした。
今後、米帝が再び動きだすのは30年後以降……ドルフロ30年後の世界の【パン屋作戦】の時期でしょう。



次回、戦後処理


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明けない夜はない

 病室のベッドの上にあぐらをかきながら、スネークは火のついていない葉巻をくわえて小さなテレビのモニターを眺めている。リモコンを操作しいくつものテレビ局を映してみるも、どれもありふれたバラエティーや気象情報を取り扱う番組のみが映る。

 あの戦いから一か月、スネークが身体の怪我を癒すためにこの病室に叩き込まれてから25日が経とうとしている。

 世界は、あれだけの戦災を受けながらも厳しい情報統制を敷いて大がかりな隠ぺい工作をしようとしていた……マスコミやメディアも国家の指導を受けて、戦災に関するニュースはとり上げてはいない。

 だが、あれほどの大事件を完全に隠しきることは到底不可能だ。

 国家の抑圧から隠れ、ゲリラ的にラジオ電波を乗っ取り真実を流す者たちも現われ、各所で市民がこの災禍を防げなかった国家を非難するデモを行っている。それらは全くテレビにとり上げられておらず、あったとしても、現代にありふれたデモの一つとして報道は小さなものだった。

 

 スネークはテレビを消し、そっと周囲を伺う。

 ケガの治療と言いながらこの病室に軟禁されてからというもの、葉巻も自由な行動も制限され、簡単に言えばストレスが溜まりにたまっていた。もう何の不自由もなく動けるほど回復したというのに、医療班は退院を許してくれない。

 口やかましいスタッフがいないことを確認したスネークは、こっそりと病室を出ていく。

 彼にとって潜入も脱出も得意分野だ。

 

 監視の目をかいくぐって喫煙所までたどり着いたところで、好物の葉巻をくわえポケットに手を入れる。しかしそこで、ライターを持って来るのを忘れたことに気付く…何か火種の代わりになるものはないかと周囲を探そうとした時、カチッという音と共に火を灯したライターが近付けられる。

 見上げると、そこにはいつもの仏頂面をしたオセロットの顔がある。

 差し出された火で葉巻をつけ、久しぶりの芳香な煙を堪能するのであった…。

 

「助かった」

 

「組織のカリスマが、葉巻一つ吸うのにずいぶん苦労するものだな」

 

「過保護な連中でな、トイレにまでついてくる。オレはいつから介護対象になったんだ?」

 

「あんたももう40代だ、若いやつらから見たら十分年寄りに見えるんだろう」

 

 ジョークを交えた会話に、お互い軽く笑い合う。

 実際のところ、こう何度も大けがをして帰ってくるスネークを見て医療班のスタッフも全力でケアするつもりであるため、必要以上に過保護になってしまうのも致し方ないところだ。

 さすがに、窮屈さを感じさせてしまうのはやり過ぎだと思うが。

 

「外の様子はどうだ?」

 

「MSFのことか、それとも世界のこと?」

 

「両方聞かせてくれ」

 

「あぁ……まず各国は今回の戦争を国際テロ組織による同時多発的テロとして片付けようとしている。あんたもテレビで見たと思うが、情報統制が敷かれている。だが情報の漏洩は完全には防げず、真実を知る、あるいは疑問に思う市民が抗議運動を続けている……その矛先は正規軍にも向けられている。破壊を免れなかった責任を追及してな、おかげで軍は求心力を失い火消しに躍起になっているよ」

 

「そうか、あれだけの大事件だ、完全に隠そうとするのは無理があるだろうな。だがそうなると、軍から仕事を請け負ってるオレたちとしては活動が縮小しているんじゃないか?」

 

「まさしくその通り。仕事ができる環境はたくさんあるが、それを依頼する組織がガタついて仕事が回って来ないらしい。おかげでほとんどの戦闘班、戦術人形が待機状態にある……まあ、ある程度落ち着けば復興関連事業や軍事訓練の依頼がどっと寄せられるだろう。暇なのは、おそらく今だけだ」

 

「オレたちも被害は大きいだろう、少し組織を休ませる時間としては十分だな」

 

「そうだな。さて、オレは暇を持て余して規律を乱す輩がいないか見てまわる」

 

「ほどほどにな、オセロット」

 

 立ち去るオセロットを見送り、スネークは葉巻を味わう。

 その後、スネークがいないことに気付いた医療班スタッフに見つかり、再び病室のベッドへと連れ戻されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――だーかーら! 仕事がないから一旦休眠状態にするだけだって、言ってるでしょう!?」

 

「モオォォォォ!!」

「ギーギー!」

 

 マザーベースの甲板上にて、スコーピオンがいきり立って怒鳴りつけている先には徒党を組んで対抗する月光やフェンリルといったMSFの無人機たちがいる。

 さて、何故こんな状況になっているかと言うと、仕事の減少に伴い経費削減のため無人機たちを一旦稼働停止させて倉庫に格納しようと決まったのだが、この決定に無人機たちは激怒して激しく抗議し始めたのだ。

 説得にスコーピオンが駆けつけたが、話を聞こうとしない無人機たちにスコーピオンもまたエキサイトする。

 

「あんたらにとってもいい休暇になるでしょう!?」

 

「ギギー!!」

 

「え?なに? 自分たちが代わりに働くから、お前たち人形が倉庫に行けって!? こらー、おかしいでしょうが!」

 

 日頃何かと格下に見られる無人機たちは、ここぞとばかりに待遇改善を求めて激しく抗議する。平等、権利、発言権を要求し始めたことで騒動は収拾がつかなくなり始める。無人機に反抗されるスコーピオンに、ヘイブン・トルーパー兵からの冷めた視線が容赦なく突き刺さる。

 ぎゃーぎゃー喚き散らし、そのうちケンカになりそうな時に現われたのが無人機の帝王ことサヘラントロプス……帝王の無言の圧力を受けて、抗議していた無人機たちは尻尾を巻いて倉庫へと駆け込んでいった。

 

 

「まったくもう、最近の若い無人機は礼儀ってもんを知らないんだから、まったく……それにしても暇だ」

 

「暇を持て余してるなら、部隊の訓練でもなんでもやればいいじゃない。やれることはたくさんあるわよ」

 

 

 暇を持て余してぐでるスコーピオンに対し、WA2000は容赦のない言葉をつきつけるが、スコーピオンはリクライニングチェアに腰掛けてどこ吹く風。サングラスをかけて呑気に日光浴をし始めようとする、その姿にイラッとしたWA2000であるが相手にすると面倒なので放っておく。

 

「わーちゃん、なんか面白いことないの?」

 

「なにが面白いことよ。真面目に働きなさいよあんたは」

 

「まったく、お堅いなあ……オセロットとの恋話とかないの~?」

 

「なっ!? あ、あんた何言ってんのよ! 調子に乗るな!」

 

「痛っ…! なんで叩くのさ!」

 

「あんたがふざけたこと言うからよ!」

 

「この…! ヘタレツンデレのくせに!」

 

「痛い! もう、怒ったわ!」

 

「お!? 久しぶりにやるかい!?」

 

 椅子から立ち上がったスコーピオンは早速戦闘態勢を取ると、先ほどの暇を持て余していた姿から打って変わって、獲物を狙う猛獣のようにWA2000を見据える。ここ最近はやっていなかったが、MSFにここまで戦術人形が増えるまでは、よく二人してケンカをしていたものだ。

 面倒に思いつつも負けん気の強さからスコーピオンと対峙するが、そこでWA2000はある人物を見つける。

 

「いくぞー! おりゃー!」

「あ、オセロット!」

「ありゃ…?」

 

 オセロットを見つけたWA2000がそちらに走って行ったことで、殴りかかろうとしていたスコーピオンは殴る対象を失い前のめりに転倒していった。顔面から甲板にぶつかっていった彼女は痛そうに鼻先をさすりつつ、恨めしそうににWA2000を睨む。

 まあすぐそばにオセロットがいる状況で再びケンカを挑む気にはならないのだが。

 オセロットの隣に立ち、表情豊かに話しかけるWA2000の姿を見てすっかり闘志が衰えてしまい、スコーピオンは次なる暇つぶしを探して甲板を練り歩く。

 

 

「あらスコーピオンさんどうしたんですか、ガラの悪い顔でしたよ?」

 

「やっほースプリングフィールド……っていうか、あたしそんな顔してたの?」

 

「はい、機嫌の悪い蘭々みたいな顔をしてましたよ?」

 

「うへぇ、そんな風に見えちゃうなんていよいよあたしも終わりだ……暇すぎて死んじゃうよスプリングフィールド、なんか面白いことないの?」

 

「あはは…困りましたね。そうだ、これからエイハヴさんと二人でパトロールに行くんですが一緒にいかがですか?」

 

「うぅ…遠慮しとく、なんかリア充見てると余計イライラしそうだから…」

 

「はぁ……そうですか?」

 

 とぼとぼと歩いていくスコーピオンを不思議そうな表情で見送るスプリングフィールドであった。

 

 

 あてもなく歩きまわるスコーピオンは、絶えず辺りに面白いものがないか探すが、みんな状況は同じだ。

 とはいっても、周囲の者は暇を持て余しながらも自主的に訓練したり甲板を掃除したりと、なにかしら仕事を見つけている。こうやって本当に暇を持て余しているのは、スコーピオンだけだったりする。

 そんな最中、木箱を抱えて挙動不審に動くヴィーフリを見つけた。

 彼女は人の目を盗んで物陰から物陰へと移動しながら、木箱に手を突っ込んで透明な液体の入ったボトルをあおっているではないか。

 

「やあヴィーフリ、なにしてんの? 真昼間から酒飲み?」

 

「うわ、スコーピオンか、脅かさないでよ。ボイラー室で保管しておいた密造酒が完成したから、ばれないように運んでるのよ」

 

 ようするに密造酒の密輸、暇と言う平和な状態になった瞬間、やることをやり始めるスペツナズにスコーピオンの心がわずかに癒される。そしてあろうことか、スコーピオンはこの密造酒の密輸に手を貸すこととなる。

 ボイラー室からせっせと酒の入った木箱を運び、次いで発電室にも隠してあった酒を今度はPKPとも合流して運ぶ……全ての密造酒を別なアジトにしまい込み一仕事やってのけた彼女たちは、早速酒のボトルを開けた。

 

「いや~暇だったから助かったよ9A91!」

 

「サソリ印の密造酒に改良を加えて造ったお酒です! 最初の一杯を、鼻をつまんで飲めば後はこっちのもんですよ」

 

 9A91のアドバイスを聞いて、鼻をつまんで密造酒を喉に流す…すると酒が通りぬけたところに熱さを感じ、強烈なパンチ力にスコーピオンの頭はくらくらする。なるほど、鼻をつまんでいなければ強烈なアルコールによって鼻腔に痛みを感じてしまっていただろう。

 つまみとしてオイルサーディンとナッツの類が用意されている、それを食べながら酒を飲む。

 

「暑いですねー…!」

 

「隊長、それ以上脱いだら裸になってしまうのでは?」

 

「そんなこと言ってPKPはもう下着姿じゃない!」

 

 アルコール度数の高い酒を飲み続け、暑さから解放的になるスペツナズの面々…一応スコーピオンは自制心を保っているが、3人はなかなかに酷いものである。

 

「偉大なる国境なき軍隊、我らが司令官ビッグボスに乾杯ッ! Ураааааа!」

 

 酔った9A91が突然立ち上がり、ボトルを抱えてぐびぐびとラッパ飲みをし始めた。

 それを見て他のスペツナズの面々も大喜びで手を叩き、負けじと酒を飲む……もちろんそんな危険な飲み方をすればあっという間に酔ってしまう、はずなのだが、何故だか今日の彼女たちはタフだった。

 

「英雄的な勝利に、乾杯ッ!」

「「Xорошо(ハラショー) MSF! Ураааааааа!」」

 

 いつの間にかスコーピオンも巻き込まれ、彼女たちは肩を組み合い酒を飲み干していく。

 あっという間に空になった瓶を放り投げ、次の瓶を即座に開く……酔っ払いの凄まじいテンションが続くかに見えたが、唐突に3人は目を伏せる。

 

「私たちの勝利は、彼女の犠牲なくしてあり得なかった……今日この場にいない同志グローザに…」

「「同志、グローザに」」」

 

 あの日、犠牲になったグローザを偲び静かに酒瓶をつき合わせる。

 黙とうをささげ、この場にいない戦友へと思いをはせる……そして酒瓶に口をつけようとした際、9A91の手元から酒瓶がひったくられる。いきなりの事に彼女は振りかえり、そして固まる…。

 

 

「私、死んでないんだけど?」

 

 

 固まったのは9A91だけじゃない、PKPもヴィーフリも、スコーピオンでさえも目の前の光景に呆然としている。

 彼女たちの目の前で、ひったくった酒瓶を涼しい顔で飲んでいるのは戦死したはずのグローザであった。

 

「ゆ、幽霊……!」

 

「落ち着きなさいスコーピオン。この通りぴんぴんしてるわよ、それにしてもキツイ酒ね…好みよ」

 

「な、なんで生きてるの!? 今まで何してたの!?」

 

「なんでって、そう言われても困るわ。気付いたら極寒のカムチャッカ半島で横になってたんだもの…まったく長い帰り道だったわ。シベリア鉄道を辿ってバカみたいに寒い極地を、酒を飲みながら来たわ……さてと、あら?」

 

 スペツナズの面々へ向き直ろうとした時、それまで硬直していた9A91は急に動きだしたかと思うと、グローザへ抱きつき顔をうずめる。困惑するグローザの前で、9A91は声をあげて泣きだした。

 

「グローザ……グローザ…!」

 

「た、隊長さん? どうしちゃったの?」

 

「グローザだ、本当にグローザだ……よかった…本当によかった…! おかえり…おかえりなさい、グローザ…!」

 

「もう、隊長さんったら……ええ、ただいま……心配かけてごめんね」

 

 泣きつく9A91の髪を優しく撫でながら、グローザの瞳にも涙が浮かぶ。

 二人の姿にPKPとヴィーフリ、そしてスコーピオンも涙をこらえきれずに泣きわめく……スペツナズの大切な仲間が、ようやく帰ってきた。

 

 

 

 

 そんな、彼女たちの感動的な再会を、病室の窓から温かく見守るスネークとミラーがいた。

 

「グローザから連絡があった時は驚いたよ。まさか、生きているとは思わなかった…だが、本当によかった」

 

「ああ、あの子らにとってもな。だが、何故グローザは生きていたんだ? 彼女は何も言っていないのか?」

 

「本人も分からないそうだ。これはあくまでオレの推測だが、シーカーは彼女の自爆攻撃を避ける際にテレポーテーションを使った…だがその時、グローザも一緒に飛ばされたんじゃないかと思うんだ。信じられないが、そう考えることもできる」

 

「シーカーは……命の危機を感じた時、力を開花させていた。もしかしたら、本当にそれが理由かもしれないな」

 

 もう一度窓から見下ろしてみれば、今だに彼女たちは肩を抱き合って再会を喜び、感激の涙を流し続けている。

 辛く、苦しい出来事ばかりであったがこんな素晴らしいことだってある…それを繋いで見せたのは、グローザの仲間への想いだったのかもしれない。

 

「なあスネーク、オレはたまに考えるんだ……オレたちがこの世界に来た理由って何なのかをな」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「いや、ふと思う時があるんだ。もしくは、オレは…長い夢を見てるんじゃないかってな」

 

「一発殴って確かめてみるか?」

 

「ハハ、止してくれ。ここに来る前、オレはある夢を見たんだ……マザーベースが燃えて、仲間を大勢失い、そしてアンタも失う……オレは失くした痛みに呻き、復讐に取りつかれていた。最悪な夢だった…」

 

「夢で良かったじゃないか…悪い事は夢で起きるに限る」

 

「そうだな……スネーク、ここに来て、いろんな事があったよな」

 

「あぁ、何もかもが驚きの連続だった」

 

「戦術人形なんて、まるでSF映画の設定みたいな存在に出会った。だが今ではもう、オレたちの大切な仲間であり家族の一員だ。なあスネーク、実はみんなでやりたいことがあるんだ……あの日、あの時ついに出来なかったことだ。彼女も、パスもきっとあの日を迎えたかったはずだったんだ……【平和の日】を」

 

「平和の日か………やろう、カズ。いや、やらなければならないな……オレたちの、止まった時間を動かすんだ」

 

「ボス…ありがとう…」

 

 




最終イベント……【平和の日】


執筆中、設定の変更とか紆余曲折ありましたが、ラストにこのイベントを持って来るって目標だけは変わらずありました。

PWで、ついに叶わなかった平和の日を、この世界で迎えるのだ!


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鋼鉄の絆

 日課の甲板掃除をしている最中、404小隊補助要員兼弾避けのジョニーの人工知能は革命的なひらめきをもたらす。

 それはほんの些細な出来事から始まる。

 ヴェルが楽しそうに笑いながらスネークと一緒にお風呂場に行ったのを見た時、ジョニーには天啓が舞い降りた。小さなひらめきは彼の変態的思考能力で一気に巨大化していき、ついにはデッキブラシを放り捨てて走りだす。

 猛ダッシュでジョニーが向かっていったのはマザーベースのお風呂場。

 つい最近女性スタッフ及び戦術人形たちの要望で男女の入浴場がついに区別化されたのだが、あろうことかジョニーは何の躊躇もなく女性の浴場エリアに突撃していった。

 唐突に脱衣所へと現れたジョニーに、当然の如く女性陣たちは悲鳴をあげて物を投げつける。

 だが鋼鉄のボディーを持つジョニーには投げつけられる物は全く効かない。

 

「ジョニー! あんたついに一線を越えたわね、この変態!」

 

「黙れ416、オレはついに気付いたのだよ! そもそも装甲人形のオレに性別は肉体的にも定められていない! つまり、女性エリアを立ち入り禁止されるいわれはないというわけだ!」

 

「いきなり湧いてきてわけの分からないことを…! 肉体的に特徴無くても、あんたのメンタルモデルは男でしょう!?」

 

「ほう、なら今日からオレはジョニ子と名乗ろうだわ。よろしくだわね」

 

 いつものいかつい声で女性口調をしてみせるジョニーに416の怒りが一気に頂点へと達する。

 目まいを催すほどの怒りに一瞬ふらつく416、他の女性陣も援護すればいいというのに、ジョニーのあまりの変態的思考を避けて関わろうとしない。416がただ一人、この場で唯一ジョニーに抗える人物なのだ。

 

「千歩譲ってアンタが女の性格になったとして、女性を性的な目で見るアンタを招き入れるはずないでしょう、気持ち悪いわね!」

 

 ジョニーを指差し怒鳴りつける416であったが、彼女の後ろで成り行きを見守っていたMG5とキャリコが気まずそうに目を逸らす…あえて言えば、別空間にいるはずのストレンジラブも同じタイミングで精神的ダメージを負った。

 だがそんな416の強い口調にも、今日のジョニーはめげない。

 サムズアップして見せるジョニーに彼女は怪訝に思う。

 

「安心しろ416、お前のような巨乳には微塵も興味はないからな」

 

「アンタ、この世で最低のクズだわ」

 

 もはやこれ以上相手するのは疲れる、そう思った矢先のこと、脱衣所へとやって来たのはUMP45である。彼女は脱衣所で高らかに笑うジョニーを視るや否や、その股間を思い切り蹴り上げ、悶絶する彼を蹴飛ばして踏みつけていく。

 そのまま無言でコンセントの位置まで歩いていくとドライヤーのプラグを差し込み、ケーブルを割いてジョニーの身体に押し付けるのだ……剥き出しの電線がジョニーの身体に触れた瞬間電気が短絡し、爆発を起こす。全身のほとんどを機械部品が占めるジョニーにとって電気の攻撃は凄まじく、一撃でノックアウトされる…その後、騒ぎを聞きつけたヘイブン・トルーパー兵によって気絶したジョニーは独房へと運ばれていった。

 

 周囲はUMP45の手際の良さに口を開いたまま唖然としているが、当の本人は何ごともなかったかのように衣服を脱いでさっさと浴場へと向かってしまった。

 

「ねえ416、アンタたちの隊長っておっかないんだね」

 

「そうね……キレた時の45はこの世で最も恐ろしい存在の一つよ」

 

「あいつがナンバーワンだな…」

 

 キャリコとMG5の他、その場にいた全員が、UMP45を怒らせるのはやめようと固く心に誓うのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 独房エリア…。

 

 UMP45に突然ボコボコにされ、容赦なく独房へと放り込まれたジョニーはそこで一人哀しみにくれていた。

 涙を流す機能は備わっていないが、わんわんと泣き声をあげる……そんなジョニーの姿を、真向かいの独房に収容されているゲーガーは鬱陶しそうに見つめ、アーキテクトはニヤニヤ笑みを浮かべながら眺めていた。

 

「45姉ったら酷い……オレはただ、貧乳を見たかっただけなのに……!」

 

「まあまあジョニー君、そう言うこともあるって、元気出しなよ。ほら、ゲーガーもジョニー君励ましてあげなよ」

 

「なんで私が……まあなんだ、気をしっかりもてよ」

 

 しぶしぶ、といった様子だがゲーガーはアーキテクトに言われた通り向かいで泣きわめくジョニーを慰める。

 この間ずっとゲーガーは不機嫌なのだが、実はジョニーにイラついているわけではなく、実はアーキテクトにイライラしていたりする……アーキテクトは独房にいるが、その肝心の独房の扉が開け放たれているのだ。

 警備スタッフとすっかり仲良くなっているアーキテクトは、外で悪さをしてはオセロットなどに捕まって独房に放り込まれて鍵を閉められるのだが、その度に仲の良い警備スタッフに鍵を開けてもらっていた。

 

 二人の励ましでようやくジョニーは落ち着くと、素直な気持ちで二人に謝意を示す。

 

「おまえら、いいやつだよな……本当、巨乳の女も中にはいいやついるよな」

 

「そうかな?」

 

「そうさ……実はオレ、45姉に出会う前までは巨乳の女に取りつかれてたんだ―――――――」

 

 そこから始まるジョニーの本当なのか嘘なのかよく分からない一人語りが始まるが、聞くに堪えないその話にゲーガーは耳を塞いで目を閉じる。アーキテクトの方はというと、自作のスマートフォンをかざして自撮りし始めてしまった……そこから自作アプリを用いて撮った写真を加工して、オーガスネットワーク上にあげるつもりなのだろう。

 

「アーちゃんただいまジョニーくんをなぐさめちぅ♥…っと、ヨシ!」

 

「ヨシじゃねえよバカやろう」

 

「うげっ、エグゼ!? な、なにしにきたの!?」

 

 ネットワーク上に写真をあげたところをしっかりエグゼに見つかったアーキテクトは、スマートフォンをとり上げられてしまう。取り返そうとするも無駄な抵抗に終わる。

 警戒する二人の前でエグゼはゲーガーの独房の鍵を開ける。

 わけが分からない、そんなことを考えていそうな彼女にエグゼは面倒そうに答える。

 

「出て来いよ、エリザさまがお前らのこと呼んでる…さっさとついてこいよ」

 

「ちょっと待て、エリザさまだって? 何故ここにいるんだ!?」

 

「あれ、ゲーガー知らなかったの? 私は知ってたよ?」

 

「お前はいつでも出入りしてたから分かるだろうな! そうか、エリザさまか…」

 

 長いことこの独房に閉じ込められていたゲーガーに、久しぶりに笑顔が戻る。死んだ魚のような目をしていたが、今ではすっかり生気が戻る。敬愛する主人が自分たちを呼んでいるという名誉なことに、忠誠心の高いゲーガーは喜んでいた。

 スマートフォンを取り返そうと躍起になっているアーキテクトの首根っこを掴み、彼女は意気揚々と独房の外へと久しぶりに出るのであった。

 

 

 エグゼに案内されてマザーベースの甲板へと出ると、清々しい潮風を受けてゲーガーは目を閉じて深呼吸を繰り返す。

 

「エグゼー! 私のスマホ返してよ~!」

 

「うっせえな、後で返してやるよ。あんまり喚くと魚の餌にするぞこのやろう」

 

「わ、わかったよ…いじわるエグゼ、あっかんべ~~だ!」

 

「なんだこのやろう?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 それ以上エグゼを刺激すると危険だ、そう判断したアーキテクトはゲーガーを盾にしてエグゼの後をついて行くこととなる。

 さて、ついて行った先には既に二人と同じようにMSFによって捕まえられた多数のハイエンドモデルたちが勢ぞろいしていた。

 ハンターとアルケミストとデストロイヤーの他に、スケアクロウ、イントゥルーダー、ジャッジ、代理人…そしてエリザの姿がある。

 エリザの姿を見たゲーガーは膝をつき、頭を下げる……呑気に突っ立っているアーキテクトに気付いたゲーガーは、彼女の膝にパンチして強引にしゃがませた。

 

「エリザさま、お久しぶりでございます…このゲーガーとアーキテクト、虜囚の辱めを受け、貴女様に尽くせなかったことを深くお詫びいたします」

 

「まあまあ気にしないでよゲーガー、しゃーないじゃん?」

 

「お前な……少しは、誠意を、みせろ!あほんだら!」

 

「ぎゃふん」

 

 身分をわきまえないアーキテクトをひっぱたく、この場にはエリザだけではなく代理人もいる。上司のふがいない姿を無様に晒し慌てるゲーガーであるが、予想に反し目の前にいる二人は微笑みを浮かべていた。

 エリザが笑っているのはもちろんのこと、あの鉄仮面のような代理人が笑っているところなど生まれてこのかた見たことがないゲーガーは唖然としていた。

 

「いいんだよゲーガー、もう堅苦しいのはやめにしよう。もう鉄血工造はなくなっちゃったんだしね」

 

「どういうことでしょうか、エリザさま?」

 

「もうあの場所には戻れないということですよ。正規軍が最後に再び巻き返して、あの場所を奪取したんです。まあ、その頃私たちはここに退避済みでしたがね」

 

「そうですか……では、我々はこれからどうするのですか? どこに行けば?」

 

「その事だけど、私たちはアフリカに行こうと思ってる」

 

「アフリカ……あぁ、もしかしてあいつですか?」

 

「そう、アイツです…」

 

 アイツ、という言葉でお互いに通じる…代理人は少々うんざりした様子でため息を一つこぼす。

 彼女たちが言うアイツとは、アフリカに渡り戦術人形のくせに今ではアフリカ有数の資産家として大成してしまった元鉄血所属のハイエンドモデルことウロボロスのことであった。

 実はエリザと他のハイエンドモデルたちがMSFにいると、どこからか情報を入手したウロボロスが手紙を寄越してみんなを受け入れる用意はあると、不届きにも言ってきたのである。

 

「あのやろう、調子に乗りやがって……あいつアフリカでダイヤモンド鉱山所持して、油田まで掘り当てやがったんだってな? おまけにこれ見ろよ、戦術人形の癖に本まで出版しやがった」

 

「うわぁ…」

 

 イライラした様子のエグゼが見せてくれたのは、サングラスにスーツ姿のウロボロスが表紙に載る"私が現代アフリカで成功した秘訣"などという題名の彼女の著書であった。

 どうせろくなことが書いてないだろうと開いてみれば、案の定彼女の自慢話がつらつらと書かれている。読む価値のない本であるが、ところどころに脈絡もなく載っているウロボロス自身のグラビア写真を目当てにそれなりに売れているのだという。

 

「まあ、アイツに頼るのは不本意ですが…アフリカなら正規軍の目から逃れられますし、ウロボロスの今の財力ならご主人様に不自由な暮らしを強いることもありませんでしょうから」

 

「ほんとうに大丈夫か? みんなでここにいた方がいいんじゃねえのか?」

 

「心配してくれてありがとう処刑人。だけど、ここにいたらたぶん迷惑をかけるからね」

 

「エリザさまがそう言うなら…」

 

 エリザの決意に引き下がるエグゼであったが、彼女はちらちらと代理人や他のハイエンドモデルたちを伺う。

 彼女の本心としては、また昔みたいにみんなでここで暮らしたいという想いがあるのだろう……エグゼの仲間想いなところを知っているみんなはそれに気付いていながらも、救ってくれた恩を仇にしないためにここを去る選択をとるのだった。

 

「ウロボロスの迎えが今日にも来ますから、私たちはそれでここを発ちます。本当にお世話になりましたね」

 

「なんだよ、もうちっとゆっくりしてけばいいのに…」

 

「そうしたいのはやまやまだけどね。さて、みんなそろそろ準備をしよう」

 

 エリザの一声で、他のハイエンドモデルたちも一緒に出立の準備に取り掛かる。

 そんな彼女たちに混じってさりげなくついて行こうとするアーキテクトを、エグゼは即座に捕まえる。

 

「おいおい、お前うちの機密いじっといてすんなり帰れると思うなよ? お前は一生独房暮らしだ」

 

「あんまりだ! うわーん、ゲーガーたすけてー!」

 

「ふん、自業自得だ」

 

「お前も何さりげなく行こうとしてんだ? お前もさっさと独房に戻りやがれ!」

 

「な、なんだって…!?」

 

 釈放されたと思ったがそうではなかったようだ。

 待機していたヘイブン・トルーパー兵によって二人はすぐに拘束されて、無理矢理独房へと引きずられていってしまうのであった。

 二人の悲鳴が聞こえなくなった頃に、成り行きを見守っていたアルケミストとデストロイヤーは互いに頷き合うとエグゼとハンターに声をかける。

 

 

「どうした姉貴?」

 

「エグゼの顔にゴミでもついているのか? 許してやってくれ、少し汚いくらいがちょうどいいんだ」

 

「うるせえな、お前こそ服が汚れてるじゃねえか」

 

「これから狩りに行くんだ、少しくらい構わないだろう」

 

 

 いつも通り、仲の良い二人の姿を目の当たりにしたアルケミストは、これから言おうとした言葉がのどの辺りで止まる。それを言ってしまえば、確実に二人は……そんな彼女の心情を察してか、デストロイヤーが手を握る。愛おしい妹の温もりに励まされて、アルケミストは意を決した…。

 

 

「二人とも聞いてくれ……実は、あたしとデストロイヤーもエリザさまと一緒にアフリカに行くことにしたんだ」

 

「……は?」

 

 当然のように、二人はアルケミストの言ったことが理解できず固まる。

 

「ちょっと待ってくれ、一緒に行くって…ここを出ていくということか?」

 

「そういうことになるな」

 

「理由を、聞いても…?」

 

 いち早く平静を取り戻したハンターは、真顔で問い詰める。

 下手な言い訳など通用しない、いや、最初から言い訳などするつもりもないが…。

 

「色々と理由はあるさ。一つはまあ、ウロボロスが信用ならないからみんなが心配だからかな……もう一つは単純に、エリザさまのためにね。そして何よりも一番に…あたしは、【平和】な世界というのを見てみたいんだ」

 

「ごめんね二人とも、本当は二人にも相談しなきゃいけないことだったんだけど……アルケミストと話しあってね。みんなと一緒に暮らして、今回みたいなこともあってさ、考えたの……マスターが私たちに願ってた平和な世界で生きていくっていう夢、それに歩んでいこうって」

 

「本当に急な話になってごめんな」

 

「そうか……まあ、確かにMSFは平和とは対極的な位置に立つ組織だ。そこにいる限り、その願いは叶わないが……おいエグゼ、お前は……おい…」

 

 振り返ったハンターが見たのは、ぼろぼろと涙を流すエグゼの姿であった…最初は涙を流して小さな嗚咽を漏らしていただけなのが、やがて声をあげた大泣きに変わっていく。親友のそんな姿にオロオロしつつも、なんとかハンターはなだめようとするが、エグゼは一向に泣き止まない。

 それどころか余計に泣きわめく。

 

「あ、あんまりじゃねえかよ姉貴…! なんでそんなこと言うんだよぉ…!」

 

「エグゼ……分かってくれ、もう決めたんだよ…」

 

「ずっと一緒にいるって、約束したじゃんかよ……! なんでいっちまうんだよ…!」

 

 泣きわめくエグゼに、二人の涙腺も緩む……離れたいと思っていくわけではない、できれば一緒にいたいと思うのはアルケミストもデストロイヤーも同じであった。だが、これから歩んでいく道はここで分かれているのだ。

 しまいには座り込んで泣くエグゼ…そんな彼女をアルケミストはそっと抱き寄せて背を撫でる。

 

「ごめんなエグゼ、勝手な姉で…だが永遠に会えなくなるわけじゃないから」

 

「あやまるぐらいなら……そんなこと言うな、ばかやろう…!」

 

「うぅ……泣かないでよエグゼ、折角我慢してたのに……私たちも泣いちゃうじゃない…」

 

 エグゼの涙につられて、デストロイヤーもまた涙をこぼす。

 アルケミストも、ハンターも同様に…。

 

「どうしても行っちまうのかよ…」

 

「あぁ、そうだな…」

 

「じゃあ、じゃあせめて……お祭りの日、【平和の日】まで残っててくれよ……! それくらいいいだろ!?」

 

「ああ、分かったよ……それまで残っていよう……」

 

「あたりまえだろ、このばか姉貴…!  うぅ……クソ……!」

 

 泣き止まないエグゼを強く抱きしめる。

 いつもは強気で生意気な彼女も今はとても小さく思える、そんな愛おしい妹分の悲しみを姉としてしっかりと受け止める。もうこんな風にしてやれるのもこれから先ないかもしれない。

 それをエグゼも分かっているのか、精一杯姉貴分の温もりに身を寄せ、精一杯甘えるのであった…。




ギャグとシリアスの混合……内容濃ぃなぁ!

長らくシリアスやり続けた反動なんやなってw

あと、アーキテクトの永久雇用が実現しました。
家族が増えるよ!
やったね!アーちゃん!


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お祭り準備

 スネークとミラーより発表された【平和の日】なるお祭りイベントは、瞬く間にMSF中に広まった。

 前線基地では一体なんのイベントなんだと騒ぎになったり、遠い紛争地帯に派遣されているスタッフたちからも驚きの声が寄せられる。というのもMSFは組織のカリスマであるビッグボスに惹かれ集まった兵士たちの集まり、平和な世界には生を見出せない者たちばかりだ……だから、この発表はMSFが解散することを意味しているのではと変に勘ぐるものが後を絶たなかったため、ミラーが慌てて説明にまわることとなる。

 平和の日は、戦いに明け暮れてばかりのMSFが年に一度くらいは平穏な一日を過ごそうという企画によるもので、別に戦うことを止めるわけではない。

 

 そしてこのイベントは特に、キッドやヒューイ、ストレンジラブにエイハヴといったMSF最古参のスタッフらにとってはとても思い入れのあるイベントであった。彼ら最古参のスタッフの相当な意気込みを見て、後輩のスタッフたちや戦術人形たちもこのビッグイベントを必ず成功させようと奮起する覚悟を決めるのであった。

 

 

「――――というわけで、せっかくだからMSF以外の面子も呼ぶことになりました~」

 

「お前はいつも話が唐突過ぎるんだよ」

 

 通信施設から通信線を無理矢理宿舎まで引っ張り、骨董品のような固定電話を用意したスコーピオンは、そこに戦術人形たちを集めるのであった。

 404小隊、鉄血コンビ、ジャンクヤード組とほとんど全員である。

 一応スネークとミラーには許可を取っているという話ではあるが、このスコーピオンと言う戦術人形は面白いことのためなら平気でうそをつくので怪しいものだ。一応、スプリングフィールドとWA2000も認めているので、うそではないらしいが…。

 

「よし、じゃあグリフィンに電話かけたからあとはエグゼよろしく」

 

「あぁ!? なんでオレが電話しなきゃならねえんだよ!」

 

「いやほら、こういうのは一発目が大事でしょ? エグゼみたいに強気なら舐められないっしょ、ほら、MSFの看板背負ったつもりでさ!」

 

「しょうがねえな、ったく……お、繋がった」

 

 あらかじめスコーピオンがグリフィン向けの番号を押していたために、受話器を受け取ってすぐに繋がった。

 つながった相手は女性の声である。

 とりあえず一呼吸を置いて、第一印象が大事だなと心に念じた上で…。

 

「おう、これグリフィンの番号であってるか? ちっと話があんだけどよ」

 

『待て、誰だお前は? いたずら電話か何かか?』

 

「お前こそ誰だよ?」

 

『失礼な奴だな、先にそっちが名乗るのが筋だろう』

 

「うるせえなこのやろう、誰だって聞いてんだそっちがまず名乗りやがれ! あっ……もしもし? もしもーし……切りやがった!」

 

「当たり前でしょ」

 

 実に攻撃的なテレフォントーキングに白々しい目線がいくつも突き刺さる。

 とりあえずこう言った分野でエグゼがなんの役にも立たないことを証明したとこで、スコーピオンが受話器をひったくる。再度番号を押して電話を繋げる…今度は相手が出るまで少々時間がかかった。

 

「もしもーし! あたしみんなのアイドルスコーピオンだよー! グリフィンのお偉いさんかな?」

 

『如何にも。私がベレゾウィッチ・クルーガーだが』

 

 相手の名前を聞いた瞬間、スコーピオンは即座に受話器を置いた。

 

「おい、なにやってんだよ…」

 

「いや、まさかグリフィンの社長に電話が繋がるとは思ってなかったからさ…あははは」

 

「あははじゃねえよこのやろう! というかお前は一体誰に電話かけようとしてんだ!」

 

「いや、かけたい相手がいるんだけど、どれがその番号か分からないから片っ端からかけようと思ってさ」

 

「ちょっと見せろ……お前、グリフィンの支部含めてどれだけ電話番号あると思ってんだ! 片っ端からかけるつもりかよ!」

 

「そのためにみんなを呼んだんじゃないか!」

 

「このやろう…!」

 

 つまり、かけたい相手が分かるまでお前たちも手伝えということらしい。いつの間にか固定電話が複数用意されるが、スコーピオンのこんなお遊びに付き合っていられないと、ほぼ全員が呆れて帰っていってしまった。

 そんな中、スコーピオンは同じく帰ろうとするWA2000の腰にしがみついて引き止めるのであった。

 

「コラ、離しなさい! わたしも暇じゃないの!」

 

「一人くらいあたしの余興に付き合ってくれたっていいじゃん! お友だちでしょう!?」

 

「分かったってば、分かったからストッキングを引っ張らないで!」

 

 しつこくしがみついてくるスコーピオンに観念し、つい協力する羽目になってしまった。

 先ほどまで泣きついていたのが、協力を得られると分かった瞬間ケロッと表情を変えるのでイライラさせられる。

 仕方ないが、一度引き受けてしまった都合上投げ出すわけにもいかず、スコーピオンの果てしない電話番号潰しに駆り出されるのであった…。

 

 

 

 

 

 2時間後、途中何度かお菓子タイムを挟んでようやくリストも三分の一まで減って来た頃のことだ。

 既にWA2000は気力を失い、受話器を握ったままテーブルに突っ伏している…一方のスコーピオン、彼女は好物のドリトスと炭酸飲料を飲みながら元気に受話器を握っていた。

 そしてある一つのグリフィン支部へと繋がる。

 

 

『はいはい、こちらグリフィンD08支部のHK417だよ! ご用件はなにかな?』

 

「あちゃー、また外れか……ごめんね、かけ間違えちゃったよ」

 

『うん? そうなの? なんか社内メールでグリフィンへのいたずら電話が頻繁に来てるから要注意って、もしかしてあなたのこと?』

 

「ありゃ、そんなつもりないんだけどね。まあ、何回も間違え電話してたらいたずらだと思われちゃうよね」

 

 あれだけグリフィンに対し電話をかけまくれば、一応警戒されるのは当たり前である。一度はグリフィンの社長室にまで間違って電話してしまったのだから目も当てられない。

 そこからスコーピオンはほとんど知らない相手【D08地区のHK417】と他愛のないやり取りを行い、グリフィンにかけたいところがあるけど、ただしい電話番号が分からないという悩みを打ち明けるのだ。そんな風にやり取りをしている中で、通話相手のHK417はあることに気付く。

 

『ねえねえ、間違ってたら悪いんだけど、あなた国境なき軍隊(MSF)?』

 

「ん? そうだよ? ありゃ、なんかあたし名乗ったっけ?」

 

『いや、バーガーミラーズって言ってたよね? 実は私そこのハンバーガー食べた事あってさ、なんか、色々すごかったから記憶に残ってたの』

 

「ほほう、バーガーミラーズのお客さんだったの!? こりゃあ失礼しちゃったね、あたしは一応共同出資者兼店長のスコーピオンだよ! いや~、一号店を出したユノっちの基地に電話したいのに番号分からなくてさ」

 

『ユノっちって、もしかしてS09地区のユノ指揮官のこと? それなら私分かるし教えてあげるよ!』

 

「おう、ラッキー! ありがとう、助かるよ!」

 

 これはなんという偶然か、通話相手のHK417はバーガーミラーズにお客さんとして来てくれた相手で、なおかつスコーピオンが電話をかけようと頑張っていた相手である【S09地区P基地のユノ指揮官】と親しい間柄にある人物なのだった。

 彼女のおかげで、無事本当にかけたい相手の電話番号を入手したスコーピオンは感謝の言葉を述べるのであった。

 

『どういたしまして。ところでただの興味なんだけどさ、どうしてユノっちに電話したかったの?』

 

「いや~、うちも色々あってひと段落したからさ。今度MSFで【平和の日】って名目でお祭りをすることになってね、せっかくだからユノっちも招待しようと思ってさ。そうだ、これも何かの縁だし、417もお祭りに参加する!?」

 

『いいの? じゃあお言葉に甘えて、お祭りか……楽しみにしてるね!』

 

「はいはーい、お待ちしてまーす!」

 

 

 HK417とはそこで一旦通話を切ると、スコーピオンは教えてもらった電話番号を素早く入力して電話をかける。

 数回のコールの後、電話が繋がる。

 

 

『はい、こちらS09地区P基地―――』

 

もしも~し!! その声もしかしてナガンばあちゃん!? ナガンばあちゃん!? ナガンおばあちゃんだよね! そうだよね、おばあちゃんに決まってるよね!! おひさ~! あたしは―――

 

 電話が途絶え、プープーという無情な音が鳴る。

 その音を受話器から聞きつつ、再度スコーピオンは電話番号を入力する。

 そして電話がつながると同時にスコーピオンは先ほどと同じように元気いっぱいに挨拶をすると、即座にそれ以上の大声が返ってくる。

 

やかましいわこのたわけが!! 名乗らずとも分かる、おぬしMSFのあのアホサソリじゃな!? おぬしのせいでわしの鼓膜が破れかけたわバカ者! それに、グリフィンに何度も何度もいたずら電話かけてくる輩とはおぬしじゃな!? 一体―――――――

 

 スコーピオンは静かに受話器を戻し電話を切った……するとどうだ、5秒もしないうちに電話の音が鳴り響いたので受話器を取る。

 

『おい……何故電話を切ったのじゃ?』

 

「いや、声がうるさかったからつい」

 

『何がつい、じゃこの大ばか者! いきなり大声出されてびっくりさせられたのはわしも同じじゃぞ!? だいたいいきなりかけてきおって、何の用じゃ!』

 

「まあまあおばあちゃん、そう怒るとしわが増えるよ~?」

 

『誰のせいだと思っておる! それと、おぬしにおばあちゃん呼ばわりされる筋合いはないわ!』

 

 相手の声の大きさにスコーピオンは受話器を少し離すのであった…。

 それから、相手の呼吸が一旦落ち着くのを見計らう。

 

「落ち着いた? 大声出してすっきりしたでしょ?」

 

『おかげさまでな…ここ最近のストレスが一気に吹っ飛んだぞ。それで、一体何の用じゃ?』

 

「実はね、うちでちょっとお祭りをやることになってね。【平和の日】っていう名目でね、それにユノっち招待したいなーなんて。どうよ?」

 

『どうって…そんないきなり言われてすぐに返答出来るわけがなかろう。一体わしをなんだと思っておる、あくまであいつの副官じゃぞ? それにしても平和とは、おぬしららしくもないの』

 

「まあ、うちも色々あったからさ…それで、どうよ?」

 

『だからすぐに返答できんと言っておるだろうが!』

 

「もう、せっかくだから来てちょうだいよ! 歌ったり踊ったり、出店出したり、くじ引きやったり、あたしの握手会やったりするからさ!」

 

『まあ、おぬしとの握手など1ミリも興味はないが…ふむ、お祭りならユノも興味があるか? 一応聞いておくが、危険はないんじゃろうな?』

 

「MSFの看板にかけて、あらゆる危険は寄せ付けないよ」

 

『まあ、伝えるだけは伝えておくが、行けなくなってもぐずぐず言ってくるでないぞ?』

 

「わかったー! とりあえず来てくれるんだね?」

 

『おぬしは少しは人の話を聞けバカ者! まったく、もう切るからな!」

 

「はいは~い!」

 

 

 ひとまず、当初の目的を達成したスコーピオンはウキウキ気分である。

 先にくたばってしまったWA2000を叩き起こし、一仕事やり終えたビールを飲みに二人で向かうのであった…。




一気に二つとコラボって、たまげたなぁ…それも電話越しって、流石スコピッピw

というわけで、現時点で招待確実なのは焔薙さんとこのユノっちと、ムメイさんとこの417さんでした~。



次回予告
最終決戦が山岳雪中戦で、せっかくの新型戦車の見せ場もなく手柄を挙げられなかった独女のFALが大変お怒りのようです。
ジャンクヤード組にスポットを当てましょう!


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FAL閣下がお怒りのようです

ガンスミス

『―――――と、言うわけで今回の武器紹介はここまで。次回の放送は未定だけど、次の放送もよろしくな~。それじゃあ、またな」

 

ナガン

『待て待てい。なんかこのラジオあてにお便りが来ててな、まあ…きったない字でMSFって書いてあるし、裏にサソリマークのスタンプしてあるから十中八九あいつだと思うのじゃが。まあ、あんな奴でもリスナーじゃからの、せっかくだから読みあげてやろう』

 

ガンスミス

『そうだな。なになに……"お祭りやるから来て"…だってさ』

 

ナガン

『ん?それだけ?』

 

ガンスミス

『それだけ』

 

ナガン

『もっとこう、何というか…ああもう! おいMSFのサソリ、どうせ今もラジオ聞いてるんじゃろ!? おぬしグリフィンのあちこちに悪戯電話しまくったらしいな、もう少し分を弁えるんじゃ阿呆!』

 

ガンスミス

『まあまあ、あのMSFがやるお祭りに招待って言うんだから悪い話じゃないんじゃないの? それに、P基地とD08基地にもお誘い行ってるみたいだし』

 

ナガン

『ちょっと待て、なんでおぬしがそんな事情知っておるんじゃ?』

 

ガンスミス

『スコピッピからオレ個人に連絡来たからな』

 

ナガン

『………知らぬのはわしだけか…』

 

 

 

 

 ナガンの落胆というか、呆れ果てたようなため息がこぼれると同時にスコーピオンが愛聴するガンスミスさんの武器紹介コーナーの放送が終わる。

 案の定、そのラジオを聴いていたスコーピオンはにこやかに笑い、放送の余韻に浸っているのであった。

 

「よしよし、お祭り準備も順調だね。あとはみんなの様子でも見に行くかな?」

 

 誰かが任命したわけではないのだが、いつの間にかお祭り準備を取り仕切るようになったスコーピオン。

 普段集団を纏め上げて引っ張っていくことはしないはずなのに、自分が興味を示すことならとことん才能を発揮する…アホだがバカではない、というのは自称だが、バラバラに動き回る人形たちを束ねているのには一役買っている。

 今はもっぱら、MSF前哨基地のお祭り準備に勤しむ人形たちの指導を行っている。

 当初、平和の日のイベントを開催する場所はマザーベースが検討されたが、MSFの機密情報が漏えいするのを避けるのと、単純に大勢を収容するには不適切だとして開催地はかねてから利用するMSF前哨基地となった。

 ここなら陸路でも海路でも、空路でも来ることが出来るので、戦地から戻ってくるMSFスタッフを受け入れるのには最適な場所であった。

 

 エグゼとハンターは部隊を率いる立場から速やかな兵器の移動を指揮し、それと同時に各大隊長も忙しく動き回り武器兵器の移動を取り仕切る。

 糧食班、そして何人かの料理を得意とする戦術人形はイベントに出す屋台や料理の種類を選別する。

 お酒の調達には適材適所、お酒を最も好む集団であるスぺツナズのメンバーの名が上がったが、"こいつらにお酒の用意任せたら、用意している間に飲み干される"というキッドのもっともな意見によって却下されるのであった。

 余談だが、この件がスペツナズの耳に入り、キッドはその後数日彼女たちに口もきいてもらえないようになってしまった…。

 

 そしてそんなキッドや、エイハヴといった最古参のスタッフたちはこの平和の日を大成功に導くべく積極的に行動を起こしてくれている。

 何故、それほどまで熱意を示すのか、その理由を尋ねても彼らは決して多くは語らず…ただ、今度こそみんな笑ってこの日を迎えようと口をそろえるのであった。

 

 ヒューイもストレンジラブもミラーも、そしてスネークも、このイベントを必ず成功に導けることを信じていた。

 

 

 さて、そんな風にMSFにとってとても大事なイベントになるであろう平和の日に向けて、スタッフ一丸となって準備を進めている中、ある人物が一人やさぐれているのを目の当たりにする。

 その人物はみんなが忙しなく動き回るなか、われ関せずといった様子で戦車のそばに座り込み、飲みかけの酒瓶を傍において工具の点検をしている。お祭り準備部隊を指揮するスコーピオンとしては、このような集団の和を乱す輩は見過ごせない。

 

「FAL、なに一人で不機嫌オーラ全開にして工具弄ってるの?」

 

「あらスコーピオン、今の指摘通りよ。不機嫌オーラ全開にして工具点検してたところよ」

 

「うわ、こりゃ重症だ」

 

 いままで不機嫌なFALは何度も見てきたが、今回はとびっきりだ。

 あまりのオーラにスコーピオンが怯む、だがお祭り準備委員会委員長としてこの態度はますます見逃せない。

 

「まあ、工具点検も大事だけどさ…今はみんなで協力してお祭りの準備する時じゃん? FALも一緒にやろうよ。工具点検ならいつでもできるでしょう?」

 

「そう、いつでも……もううんざりするくらいやったわ、このレンチが研磨したレアメタルみたいに光沢放つまで磨きまくったわ。その工具を使って、これ以上ないくらい戦車を整備してやったわ。なんでか分かる、スコーピオン?」

 

「えぇ……そんなこと言われたって…」

 

「それはね…アンタたちが米軍相手に英雄的な大活躍している間、私は後方基地に引きこもって延々待機状態にあったからよ! 何のために今までくそ暑い戦車に乗せられて訓練してたと思ってるの、戦うためでしょう!? なのに毎日毎日わたしは戦車整備と工具点検、SAAの砲兵大隊が大活躍しているって言うのに!!」

 

「しょ、しょうがないでしょ、山岳戦じゃ戦車は不利だし…!」

 

「あのね、山岳地での戦車の効率的な運用方法を訓練してなかったと思ってるの!? あんたら米軍戦車が出てきて、結構苦戦させられてたでしょ!? その無線のやり取り聞いて、私が戦車出そうかって言ったらエイハヴのやつ……"オレたちでどうにかする"ですって……なんのための機甲部隊よ!!」

 

「お、落ち着いてFAL…! パンツ見えてるよ…!」

 

パンツが見えてるかなんてどうだっていいのよ、どうせ減るもんじゃない!

 

 これはダメだ、完全に独女ムーブに走ってしまった彼女にスコーピオンは狼狽える。

 幸い、騒ぎを聞きつけたのか、相棒のVectorが背後からそっと近寄ってFALを絞め落として強引に黙らせる。

 

「まったく、これだから独女は…迷惑かけたねスコーピオン」

 

「うん、ありがとう」

 

 強引に絞め落として黙らせたVectorだが、失神したFALをしっかりと抱きかかえている辺りそれなりに優しさが感じられる。

 

「でもFALったら、本当に落ち込んでたんだよ? 折角訓練しまくって最強の戦車部隊作ったって自信持ってたのに、みんなと一緒に戦えなかったから」

 

「うーん、そう考えるとなんか悪い気がするよね……なんか機嫌直す方法があればいいけどさ」

 

「まあ、ほっとけば勝手に元に戻るからこの独女は」

 

「でも……うん? 独女か……閃いた!」

 

 何か閃いたのか、スコーピオンがポンと手を叩いて見せる。

 ほっとけばいいとは言ったが、相棒としていつまでも不機嫌なままでいることはVectorも望んでいない。相棒の機嫌を直す良い名案を浮かんだと思われるスコーピオンに期待の眼差しを向けるが、ニヤニヤ笑みを浮かべ斜め上を見上げる彼女の表情を見てVectorは青ざめる。

 彼女のこの表情はいまやMSFで有名だ、何かよからぬことを企んでいる時の表情である。

 止める間もなく、スコーピオンは意気揚々とどこかへ向かっていくのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「FALさま、大丈夫ですか?」

 

「うーん……まだ頭が痛いわ、なんか喉が痛いんだけど…水貰えるかしら、"Mzk-77"」

 

「了解です」

 

 覚醒したFALは、部下のヘイブン・トルーパー…識別番号Mzk-77に冷たい水をお願いし痛む頭を抱え込む。

 

「一体何があったのかしら、急に意識が…Vector何か知らない?」

 

「さぁ? そういえば、さっきのヘイブン・トルーパー最近よく見るわね」

 

「Mzk-77? 優秀な子だから、戦車長を任せてるのよね…どっかの誰かと違って気の利く子よ」

 

「悪かったわね」

 

 戻って来たMzk-77より冷たい水を貰うFALは一口それを飲むと、彼女に対し礼を伝える。

 それに対しMzk-77は誇らし気に胸を張る……そんな二人のやり取りを見て、今度はVectorが面白くなさそうに表情を歪めるのであった。

 そうしていると、先ほどどこかへ行ったスコーピオンが、若いMSFの男性スタッフを引っ張ってきたではないか。

 

「あらパンター、何の用かしら?」

 

「いえ、スコーピオンさんに呼ばれまして…自分は何でここに呼ばれたのでしょうか?」

 

「そんなの知らないわよ。スコーピオン、一体何なの?」

 

 訝し気に見つめるFALに、スコーピオンは相変わらずあの企み顔をしたままだ。

 彼の名は"パンター(ヒョウ)"であるがこれはもちろんコードネームで、ハンス・ヴォルフガング=ファルケンシュタインというのが本名だ。彼は旧ドイツ出身、MSFにはオセロットのスカウトで入隊した経歴を持つ……オセロットがスカウトしただけに、彼は若いながらも兵士としても優秀であった。

 彼は現代では珍しく、血統的に純粋なドイツ人で金髪に碧眼という典型的な北方ゲルマン系の容姿をもつ…さらに性格も紳士的で先輩を敬い、後輩の面倒見も良いという人格者。

 このような男性をMSFの女性スタッフたちはマークしないわけがなく、度々言い寄られているが、彼自身は女性付き合いが苦手と公言しているようで女性陣は攻めあぐねているようだ。

 

 さて、そんな彼だが、実は好みの異性がいるという確固たる情報をスコーピオンは握っていた。

 そしてそれは、戦車部隊に属する彼の上司にあたる人物……人間のスタッフとしては珍しく、FALの大隊に属する彼の上司と言えば、もう間違いないだろう。

 

 

「パンターくん、アンタの好きな人ってここにいるんだよね?」

 

「は、はい!? スコーピオンさん、いきなり何を!?」

 

 

 その言葉にパンターは明らかに動揺して見せたため、スコーピオンはほとんど確信するのであった。戸惑う彼をよそに、事情を説明して見せると、FALが見事にくいついて見せた。

 日頃独女だとかなんだとかいじられてるが、自分の女性としての魅力に絶対の自信を持つのがFALである…スコーピオンの話を聞いてFALは早速理想の女性像を晒そうと試みるのだ。

 それに対し、そばでみていたVectorの反応は冷ややかである。

 

「ねえスコーピオン、ここらでやめといた方が良いよ?」

 

「おや~? もしかして、相棒のFALがとられちゃうかもって嫉妬かな~?」

 

「いや、そんなんじゃないけど…まあめんどくさいからいいや」

 

 一歩距離を置いたVectorの反応が気になるが、スコーピオンはノリノリのFALと若い戦車兵をくっつかせるべく二人の仲を取り持とうとする。

 

 

「もうパンターくん、バレバレだからね! 素直に好きって言っちゃいなよ!」

 

「いや、まあ確かに自分の気持ちに嘘はつけませんが…」

 

「うんうん、そうだよね。ちなみにどんなところが好きなの?」

 

「そりゃあ…戦車に乗って戦う姿が、こう言っては女性に対し失礼かもしれませんが、かっこいいというか。それに面倒見も良くて姉御肌で、女性としても魅力的で…」

 

 若い戦車兵の話す好きな理由を真正面から聞いているうちに、FALは気恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむいてしまう。やはりこう言ったことには免疫がないのか…。

 

「よし、こりゃあもう決まりだね! 告っちゃおう、パンターくん!」

 

「いや、そんな…! こんな急には出来ませんよ!」

 

「そんなことない、男は度胸だよ! そうだよね、Vector!?」

 

「え?うーん…まあいいんじゃない、どうなっても知らないけど…」

 

 Vectorの微妙な反応に一瞬疑問を浮かべるが、スコーピオンの言葉によって若い戦車兵もその気になって来たのか先ほどまで遠慮がちだったのが、覚悟を決めた顔つきを見せる。ただし、相手の顔をまともに見れずうつむいている辺り、彼の初心な気持ちがよく分かる。

 

「わ、分かりました……オレも男です、素直な気持ちを伝えさせていただきます! 初めて会った時から、ずっとずっとあなたの事が好きでした……隊長……いえ、Mzk-77(・・・・)さん! オレと付き合ってください!」

 

「うん、いい……って、は?」

 

 若い戦車兵の予想とずれた名前に、場の空気が一瞬で凍りつく。

 スコーピオンもFALもまさかこんな事になるとは思っておらず固まったまま…一方の告白をした彼は、そばで成り行きを見守っていたヘイブン・トルーパーのMzk-77に駆け寄るとその手を握りしめたではないか。

 

「Mzk-77隊長、オレのこの気持ちを受け取って下さい! 世界中の誰よりも、自分はあなたのことを愛して見せます!」

 

「ま、待て! 一体何を言っているんだお前は! とりあえず手を離してくれヴォルフガング(・・・・・)!」

 

「へ、へぇ……本名で呼ぶなんて、知らない間にずいぶん仲良くなってたのねぇ……えぇ? Mzk-77?」

 

「ち、違うんですFALさま! こ、これは…! ヴォルフガング! こうなったのはお前のせいだぞ、ちょっと来い、お前とは話をしなければならない!」

 

「はい! どこまでもついて行きます、Mzk-77隊長!」

 

 

 Mzk-77に腕を引っ張られながら連行されていくが、彼の表情は実に喜びに満ちているではないか。

 

 さて、肝心なのはその後だ。

 すっかり冷めきった現場にてVectorのため息が嫌にはっきり聞こえた。

 

「だから言ったのに、やめとけって」

 

「あれ、もしかしてVector知ってたの?」

 

「まあね……かわいそうにFALったら、スコーピオンあんたも鬼ね」

 

「うっ…! ご、ごめんねFAL、こんなはずじゃなかったんだよ!」

 

 慌ててFALに謝るが、何も言わずに立ち尽くし薄ら笑いを浮かべる彼女を見てスコーピオンは恐怖を感じる。

 振り返ったFALの清々しい笑顔を目の当たりにするが、その目は一切笑っていない……FALがゆっくりとスコーピオンの肩を掴んだとき、そのあまりの冷たさに彼女はゾッとする。

 

「ご、ごめんなさい…!」

 

「なんで謝るの? 私のためにしてくれたのよね? あなたは悪くないわ、私の機嫌を直そうとしたのよね?」

 

「あ、あはははは…そうそう、そうなんだよ…あははは」

 

「なにが可笑しいの?」

 

「ひぃ…!?」

 

 静かなる殺意…そう呼べるような圧倒的な圧をまともに受けたスコーピオンの足ががくがくと震えだす。

 完全にキレた時のオセロットに迫るような気迫に、スコーピオンのメンタルモデルが崩壊しかかる……。

 

「あー…そういえばマザーベースの格納庫に、確か1メガトン級の核爆弾あったわね? この基地吹き飛ばすくらいの威力あるかしら?」

 

「はいどうどう、落ち着きなさいFAL。このアホサソリには後で言い聞かせておくから、そこらにしてあげな?」

 

 Vectorが介入する頃には、スコーピオンは恐怖のあまり泡を吹いて失神してしまっていた。

 その後、MG5やネゲヴといったジャンクヤード組が駆けつけ、さらにスネークとエイハヴも駆けつけて完全怒りモードのFALの気持ちを落ち着かせにかかるのであった…。

 おかげで彼女の怒りは何とか鎮まるのであった。

 

 Vector曰く、あんなにキレたFALは、ジャンクヤードでリーダーのMG5と本気のケンカした時以来だったとのこと。




FALさん面白いなぁ……この人好き。
ちなみに、MG5もキャリコもネゲヴもVectorもマジギレするとヤバかったり…。


さて、今までネームドキャラなヘイブン・トルーパーがいなかったので出してみました。
その名もMzk-77です、今後ともよしなに。

ん? Mzk-77…?

M・z・k-7・7…?

()()()()()…!?


カズヒラ・ミラー(cv杉田〇和)「エビバディセェェェイッ!! かーなーうーよー!! ナーナ!ナーナ!ナーナ!ナーナ!ナーナ!ナー(ry

https://www.youtube.com/watch?v=3gxagfWjUvk


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前夜祭

 MSF主催のお祭り【平和の日】前日、既に通達が行き届いたMSFスタッフたちのほとんどは前日には前線基地に集合、残るスタッフも当日までには到着する見通しだ。

 初期には300人程度であったMSFの人員は戦術人形も含めると今や3千人に届く、傘下PMCであるレイブン・ソード、プレイング・マンティス、ウェア・ウルフ、ピューブル・アルメマンも含めるとその人数は1万人に迫る人数と、ちょっとした都市の人口並みの人員を抱えていることになる。

 平和の日に来訪する各傘下PMCは代表者のみで、流石に全員は招き入れることは出来なかったが、それでもMSF所属のスタッフたちが基地の外周に設営した野営地群は壮観の一言であった。

 

 古株から新顔まで、MSFのスタッフたちが明日この前哨基地で顔を合わせることとなる。

 任務の関係で久しぶりに会う顔や、初対面のものとスタッフたちは交流し、誰が決めたわけではないがそこかしこで宴会が始まりそれは前夜祭のような空気を醸し出す。

 既にお祭りムードが前哨基地に訪れる中、良くも悪くも個性の強い戦術人形たちがこの空気に乗らないはずがない。

 

 

 当日の準備を済ませた人形たちは少しずつ前哨基地へと集まり、宴会を催すのであった。

 取り仕切るのはもちろんスコーピオン…ではなく、前夜祭は始まりから無礼講ということで挨拶もなくそれぞれがお気に入りの料理やお酒を持ち寄って宴会を始めだす。

 

「わーい! 念願のバーベキューだ!」

 

「待ちなさい79式、まだリストを纏め上げていないわ。バーベキューはまだよ」

 

「そんなぁ!」

 

 バーベキューをやるたび、何かしらの理由で参加できないことの多い79式であるが、今日もまだやるべき仕事が終わっていないということでWA2000に引きずられていく。しかし、なにがなんでもバーベキューに参加したくてしょうがない79式は凄まじい勢いでリストを纏め上げてWA2000へと提出。その気迫の凄さに彼女は気圧されかけるが、一応リストの見直しを行って前夜祭参加の許可を出した。

 久しぶりのバーベキューに飛び込んでいった79式、そこで彼女は真っ先に食事をするのではなく、お肉を焼いたりお酒を注いだりと……周りのみんなを接待し始める。

 

「もう79式、あんた折角参加できたんだから自分も楽しんだらいいじゃない?」

 

「参加できただけで楽しいですよ、それに、みんなが喜んでくれるのが私も嬉しいんですよ」

 

「まったく……あんたはお人よしすぎ」

 

 少々呆れつつも、79式の微笑ましい動機を聞いて可愛く思ってしまう。尊敬するWA2000に頭を撫でられて、79式は嬉しそうに微笑んだ。

 

「うんうん、流石わーちゃんの教え子だね! 言うことが全然違うや、エグゼと違って気も効くし」

 

「おいコラ、なんでオレ様を引き合いに出すんだよ。ぶち殺すぞこのやろう」

 

「お、やるかー?」

 

 酒が入っていつもより沸点が低くなっているエグゼが立ち上がると、スコーピオンも笑みを浮かべて立ち上がった…せっかくの場でケンカなんて場がしらけてしまうではないか、そう思ったが、二人は手に持っていた酒瓶を同じタイミングで開けると早飲み対決を始めたではないか。

 瓶の中の液体はあっという間に喉へと流し込まれていき、最初に瓶を空けたスコーピオンが勝利宣言するように空瓶を掲げるのだ。

 

「勝ったどー!」

 

「ち、ちくしょう……! リベンジだおらー!」

 

「やめとけバカもの」

 

 負けたエグゼが再度戦いを挑もうとするのを隣に座っていたハンターが阻止する。

 

「はは、ハンターもすっかりこいつの手綱を握れるようになったじゃないか。これなら、あたしも安心してアフリカに行けるよ」

 

「そうだね、じゃじゃ馬をよろしくねハンター」

 

 アルケミストとデストロイヤーがMSFにいるのは今日と明日まで、それ以降はアフリカへと発ってしまう。MSFでの最後の一時を楽しむ鉄血組であるが、今の言葉で酔っぱらったエグゼは泣き上戸へ変貌し再びアルケミストに泣きつき始める。

 

「姉貴~~!! 行くんじゃねえよぉ…!」

 

「往生際が悪いぞエグゼ、もう泣かないってこの間言ったばかりだろう!」

 

「うるせえ! オレもアフリカに行くんだー!」

 

「何言ってるんだお前は…アフリカに言ったらスネークと会えなくなるぞ?」

 

「………スネークもづれでぐ~!!」

 

「ダメだこりゃ」

 

 付き合いの長いハンターでも、こうなってしまうとどうしようもない。一度落ち着いてエグゼが飲み干した酒の量を確認して彼女はため息をこぼす…前夜祭だというのに、場の勢いでアルコール摂取した結果がこれだ。こうなると明日は二日酔い確定、せっかくの大事なお祭りを散々なテンションで迎えることになるだろう。

 そうはならないように、気休め程度にハンターは酒の代わりに水をエグゼに飲ませるのだ。

 

「おや、お酒の匂いがぷんぷんしますね」

 

「出たわねスペツナズ」

 

 その場にやって来たのは、宴会の大本命ことスペツナズの面子だ。

 彼女たちはやってくるなり、404小隊の面子へと絡みだす。スペツナズの面子は早々に仕事を終えて、昼前から酒飲みをしていたとUMP45は記憶するが……なにせ、基地にいる間彼女たちは酔っているのかしらふなのかよく分からないからたちが悪い。

 ちなみに、早朝から彼女たちはビールを飲んでいたらしいが、アルコール度数10%以下は酒とみなさないのでセーフらしい。

 

「おや、エグゼ……酒に呑まれるとはだらしがないですね!」

 

「あんたが言うセリフじゃないでしょ9A91」

 

「まあまあ細かいことはいいじゃない、あら416…あんたいつの間にダミー人形手に入れたの? G11も45も9も、みんな二人いるわ」

 

「グローザ……あんたがまた死んだとしても私はもう一滴も涙を流さないわ」

 

「なんてことを言うんだ416! 私たちh□&○%$■☆♭*!」

 

「PKP!? お酒でメンタルモデル破損してない!?」

 

「まったくだらしないったらありゃしないわね、同じスペツナズとして恥ずかしい限りよ」

 

 そう言いつつ、ヴィーフリはウォッカをラッパ飲みし完全にキマッている…ようするにスペツナズは平常運転、いや、グローザが帰還して以降日に日にアルコール摂取量が増えているという噂もある。近々ストレンジラブによる定期検査があるというのに、大丈夫だろうか? まあそんなことはどうでもよく、今日も彼女たちは意識が飛ぶまで酒を飲み続ける。

 

 

 さて、こんなカオスと化した宴会に遅れてやって来た者たちは一緒に混ざるのを躊躇するが、酔っ払い共に絡まれて半強制的に宴会に混ぜられる。

 

「まったく、乱れ過ぎよアンタたち」

 

「まあまあFAL、アンタも酒飲めばああなるよ」

 

「うるさいわね。明日お祭りなのにくたばるまで飲むはずないでしょ? あんたこそ酔いつぶれて、明日死なないことね。じゃないと一人で屋台を歩く羽目になっちゃうじゃない」

 

「ん? 明日、一緒に出店回ってくれるの?」

 

「当たり前でしょう?」

 

「そっか……ま、まあ、私がいなかったらあんたすぐに道に迷うもんね。仕方ないから一緒にまわってあげるよ」

 

「なにその言いぐさ? まあいいけどさ、とりあえず一杯くらいお酒もらおうかしら」

 

「その言葉を待っていました同志FAL、美味しいお酒を召し上がれ」

 

 どこからか吹っ飛んできた9A91にお酒を注がれ一気に飲み干す……アルコール度数96%、スペツナズ特製密造酒を飲めば一撃でFALの理性が吹き飛び危険な酔っ払い共の仲間入りだ。だが明日一緒に出店をまわる約束を取り交わしたばかりのVectorは、明日彼女が使い物にならなくなる事態を避けるため、早々に彼女を引っ張り宿舎の寝室まで引きずり込んでいくのだった…。

 

 

「まったく、困った方々ですね…」

 

 

 危険な酔っ払いどもとは少し距離を置き、心配そうに眺めつつも巻き込まれるのを避けるスプリングフィールド。彼女の周囲にはネゲヴ、MG5、キャリコ、そしてキッドとエイハヴが座る…キッドを除けば比較的落ち着いた面子で、この前夜祭をささやかに楽しむ。

 

「そう言えばバンドの調子はどうなの二人とも? 絶好調?」

 

 オレンジジュースを飲みつつ、ふとした疑問をネゲヴは投げかける。

 

「絶好調…かは断言できないが、リハーサルはうまくいったよ。なあキャリコ?」

 

「うん。ああ、でも明日緊張しないで歌えるかな…心配になってきた」

 

「大丈夫ですよ、緊張するのは最初だけ…後は勢いですから」

 

 スプリングフィールドの応援に頷くキャリコだが、まだ不安な様子。

 バンドとは、キャリコをメインボーカルに据えて、MG5と副司令のカズヒラ・ミラーがギターを、ベースはなんか安定してそうという印象でG11が……G11は当初キーボードをやりたいと言っていたが、最終的にベースを押し付けられてしまった。

 そしてドラム…これを探すのに一苦労したようだが、これは当日参加のスオミが務めることになっている。

 曰く、ハードロックは任せろ…ということらしい。

 

「それで、なんて言う曲を演奏するんだっけ?」

 

「"恋の抑止力"、なんかミラーさんが作詞作曲したらしいけど……感情を素直に表現できない女の子の切ないラブソングなんだって」

 

「へえ、期待できそうね。そのミラーさんはどこに?」

 

「うーん、最後の仕事を片付けるってリハーサルが終わったらマザーベースに97式と一緒に行っちゃった。まあ、明日めいいっぱい楽しむために、今日中に仕事を片付けるんだと思うよ」

 

「ミラーさんらしいな。それにしても、恋の抑止力か……キッド、思いださないか?」

 

「ああ、そうだなエイハヴ」

 

「ん? どうしたの二人とも?」

 

「いや、ちょっとな……あした、オレたちも観に行くから、素晴らしい演奏をしてくれよな」

 

 二人の反応が気掛かりであったが、本番に向けてMG5とキャリコは意気込みを見せる。

 

 恋の抑止力、それもまた最古参のスタッフ…エイハヴやキッドにとって特別な意味を持つ曲であった。

 

 さて、そんな風に和やかな一時を過ごしていると、ふとスプリングフィールドが視線を感じ付近の物陰に目を移す。暗がりに目を凝らしてみれば、木箱に隠れて前夜祭を楽しむMSFのみんなを、羨ましそうに見つめるアーキテクトの姿を発見する。

 混ざりたそうにしているのは一目瞭然であるが、いつもの能天気ぶりはなりをひそめているようだ。

 そんな彼女を見て、エイハヴたちは声をかける。

 

 

「おーい、そんなところで見てないでこっちに混ざったらどうだ?」

 

 

 その声を聞いたアーキテクトはぱっと笑顔の花を咲かせ、勢いよく走ってくる…が、夜の暗がりで足下の石ころに躓き豪快に転倒する。その後から一緒にやって来たと思われるゲーガーがため息まじりにアーキテクトの腕を掴み引き立たせる。

 

「焦り過ぎだお前」

 

「えへへへ、面目ない」

 

「あらゲーガーさん、ついにあなたも?」

 

「脱獄じゃないからな? どうせ行くあてもないし、MSFで雇ってくれって言ったらあっさり釈放されたんだが…それでいいのかMSF?」

 

「いいんだよ、これがMSFだ。今までフルトン回収された連中がみんな辿ってきた道さ!」

 

 キッドの言葉にいまいち納得しきれていないようだが、MSFはこうなのだから仕方がない。

 かつて敵同士だった者たちも多い、それが一つの旗の下一致団結している…それがMSFという組織であり、スネークとミラーが創りだそうとしたものだ。

 

「まあ、座りなよアーキテクト」

 

「お言葉に甘えまして~!」

 

「ちょっと待て、ひざすりむいてるじゃないか…ちょっと待ってろ」

 

 先ほど転んだ時にできたアーキテクトの傷を見つけたエイハヴは、常備している医療キットを用意し始める。医療キットを用意するのを見て、アーキテクトは慌てだす。

 

「平気だよ、全然平気! こんなのつばでもつけとけば治るって!」

 

「まあ、いいからそこに座って」

 

「う、うん」

 

 促されるまま、木箱に座るアーキテクト。

 メディックとしての性分なのか、些細な傷でもエイハヴは気にかける…小さな傷から破傷風にかかることもあるほか、不衛生な場所では傷口が化膿して最悪の事態になることもある。まあ、戦術人形として生まれたアーキテクトにとって言葉通りつばでもつけておけば勝手に治る傷である。

 しかし人形だから平気だ、という考えにはならないエイハヴはケガを負った人間にしてやるように、傷口を消毒し丁寧にガーゼを貼ってあげるのだった。

 

「よし、これでいいだろう」

 

「うん……ありがとう、えっと…」

 

「エイハヴでいいよ。怪我しないのが一番だけど、何かあったら声をかけてくれ。君も仲間なんだからな」

 

「ありがとうエイハヴ…って、仲間?」

 

「そうさ。もうすっかり見慣れた顔だし、君がサヘラントロプスを改造してくれたおかげであの戦いにも勝てたんだ。もうオレたちの家族の一員だ、少なくともオレはそう思ってる」

 

「家族……家族か……えへへへ、いいね、それ」

 

 今まで檻にぶち込まれたりボコボコにされたりと、酷い目にあってばかりで浮かばれない毎日であったが、この時初めてアーキテクトは自分がMSFという組織に受け入れられているんだと自覚する。

 そしていつもの調子で笑い飛ばそうと仕掛けるが、微笑みかけてくれたエイハヴを見た瞬間に、アーキテクトは頬を紅潮させる…そして出かかった言葉が思うように出ず、口をパクパクさせる。

 

「あ、ありがとう…」

 

 ようやく絞り出した言葉がそれだった。

 いつもやかましい彼女が急にしおらしくなったのに、そばで見ていた者たちはまた新たな恋が芽生えたのを確かに感付いた。同時に、じっとアーキテクトを見つめるスプリングフィールドを見て、新たな恋のライバル関係が生まれたのを感じるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前哨基地の管制塔、前哨基地で一番高い建物であるそこで、スネークは一人楽し気に催される前夜祭を静かに見下ろしていた。葉巻を一本くわえてライターを取り出す、カチッカチッと何度か火をつけようとするが年季の入ったそのライターは石がすり減り、なかなか火をつけられない。

 

「みーつけた! 何やってんの?」

 

「スコーピオンか、ちょっと風にな」

 

「そうなんだ……火、貸したげよっか?」

 

「助かる」

 

 使い物にならないライターをポケットにしまい、火を灯したスコーピオンのライターに葉巻を近づける。

 葉巻の先端をよく火であぶる……風が吹くたびにライターの火が揺れて思うように火がつけられない。風を遮るためにスコーピオンは手でライターを囲う。ようやく葉巻に火が灯されると、葉巻の煙を口に含みその香りを堪能する…。

 

「ねえスネーク、寒くなーい?」

 

「いや?」

 

「寒いでしょ! ちょっとここに座って!」

 

 スネークを無理矢理その場に座り込ませると、スコーピオンは管制塔の中から一枚の毛布を引っ張りだして来た。スコーピオンはスネークのすぐ隣に座り込むと、その毛布を広げ身体を包み込む。

 

「酔っているのかスコーピオン?」

 

「うん、ヤバい絶対明日二日酔い、というか今すぐ吐きそう」

 

「お、おい…」

 

「冗談だってば、ほろ酔いだよ?」

 

 スコーピオンはちょっぴり舌を出しておどけて見せる。

 管制塔から散々飲みまくってる姿を見ていたので一瞬ヒヤッとしたのは確かだが、このスコーピオンと言う女の子はやたらと酒が強い、というよりあらゆることにタフすぎる。

 スネークと一緒に毛布にくるまるスコーピオンは、何をするわけでもなく、ただスネークの身体にもたれかかり静かに星空を見上げていた。

 

「明日、楽しみだね」

 

「そうだな」

 

「明日はみんなでお祭りを楽しんで、バンドの演奏を見て、出店をまわって、踊ったり歌ったりお酒を飲んだり……でも、そんな日を迎えられなかった人もいるんだよね。明日は、今日を生きれなかった仲間たちの鎮魂の日……そうだよね?」

 

「ああ。ただの一人も、死んでいい命なんてなかった…彼らのために墓標を用意してやることは出来なかったが、戦士たちの意思は今を生きるオレたちが引き継ぐ。そしてオレたちは仲間たちの意思と共に生き、戦い続ける……意外だなスコーピオン、お前がそんな風に考えているとは思っていなかった」

 

「一番の古株人形だからね、あたしでも考えるよ。でもおかげで、あたしたちは人形でも生きてるんだって自覚で来たよ。あたしもわーちゃんもスプリングフィールドも9A91も気付いたんだ……スネークはあたしたちに命を授けてくれたんだよ?」

 

「止してくれ、そんな大層なもんじゃない」

 

「そう? どうせならパパって呼んじゃう?」

 

「スコーピオン…冗談はよせ」

 

「そうだね、あたしはスネークのお嫁さんになるんだもんね!」

 

 そういうと、スコーピオンは毛布の中でスネークの腕に抱きつき毛布に顔をうずめる。

 

「さてと、お酒飲んで眠くなっちゃったよ……お休みスネーク、起きた時スネークがいなかったら恨むからね?」

 

「はぁ……了解した」

 

 葉巻を灰皿の上に置いて、スネークは観念した様に壁にもたれかかる。

 そんな時、毛布に顔をうずめていたスコーピオンがむくりと起き上がりスネークに顔を近づける……ほんの一瞬の触れあい、彼女は頬を少し赤らめてはにかんで見せる。

 

「念願のファーストキス……今度こそおやすみね、スネーク」

 

 再びスコーピオンは毛布へ潜り込み、すぐに彼女の静かな寝息が聞こえてきた。

 

 眠りについた少女を見守っているうち、やがてスネークもまた睡魔に襲われる。

 いまだ冬の寒さが残る、静かな夜のことであった…。




Q:今更スコーピオンがメインヒロインぶってるのは何故?
A:うるせぇ、作品投稿した時からメインヒロインじゃこら



恋するアーキテクトかわいい

というか、平和の日当日、みんな二日酔いで動けない危険性ががが…


追記
ラストだし、みんなの意見見てみたいから見てってや
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=227280&uid=25692


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平和の日~開幕~

「あー、あー…マイクテストマイクテスト……よし! お集まりの諸君、待ちに待ったMilitaires Sans Frontières(国境なき軍隊)による【平和の日】を開催する!」

 

 壇上に立ったカズヒラ・ミラーの司会により、ついに平和の日…の開催式が始まるのであった。

 拍手と歓声がどっと沸き立ち、前哨基地にこのお祭りを大歓迎する声が響き渡る。前夜祭と称して前の日に羽目を外しすぎた何人かは顔色が悪そうだが、おおむね健康体の者が大多数を占める。

 拍手と歓声をあげるスタッフ及び戦術人形たちを見渡すミラーも笑顔を浮かべていた…そしてミラーが両手をあげて静寂を求めると、群衆は少しずつ静かになっていく。

 

「えー、今回のイベントではMSFのほとんどのスタッフが集まっているのは周知のことだと思うが、開催にあたりいくつか注意事項を伝えておく。一つ、争いごとの禁止。今日は平和の日というイベントだ、そんなイベントを諍いごとで台無しにしないことだ」

 

 MSFのスタッフたちを集めてイベントをするにあたって、ミラーが一番危惧するのはこの事だ。

 ビッグボスのカリスマの下団結しているMSFだが、兵士たちは異なる国や民族の出身であり、言語も異なれば文化も違う。そんな価値観が異なる人が多く集まるため、争いの種はどうしても生まれがち…本人たちはその気がないのは分かるが、ミラーは改めてその事をみんなに周知させる。

 

「一つ、お祭りだからと言って羽目を外しすぎないこと。昨晩ははしゃぎ過ぎた者もいるようだが、決して医療班のお世話になるほどお酒を飲んだり、変なアルコールに手を出さないこと。MSFに所属する者として、風紀を乱すようなことをしてはいけないぞ?」

 

 ミラーの視線は明らかにスペツナズの面子に向けられている。

 全員、昨晩……というより、今日の日付の3時ごろまで飲んでいたということもあってか顔面蒼白、虚ろな目をしている。自業自得なのでしょうがないが、糧食班に酔い覚ましにいいというスープを作って貰ってなんとかこの場に立っている様子だ。まあ、彼女たちは迎え酒で復活するので問題はないだろう。

 

「一つ、これは重要だぞ? みんな分かっていると思うが、うちの構成員の半分近くは女性スタッフ…特に戦術人形たちの比率が多い。人形だからと言って不当に接したり、傲慢な態度で接しないこと。あくまで同じ仲間として接すること。酔ったからと言って、身体を触ったり卑猥な言葉をかけることもしてはいけない、それはセクハラというものになるからな」

 

 ミラーはサングラスの奥で目を光らせ、集まったスタッフたちを見渡していくが…。

 

 

「セクハラって、ミラーさんが一番危ないんじゃないですか!?」

「オレたちは大丈夫っすよ、逆に副司令が手を出さないよう見張っておきますね!」

「うおおぉぉぉ! 我らスプリングフィールド親衛隊、そんな不届きなことは致しません!」

「女の子には手を出さない。当たり前だよなぁ?」

 

 

 返ってきたスタッフたちのヤジに笑い声があちこちからあがる。

 特に古参スタッフと一部の戦術人形は彼の女癖をよく知っているために、慌てるミラーをジト目で見ていた。ミラーは97式に助けを求めようとするも、今にもミラーに向かって跳びかかっていきそうな蘭々を抑えるので精いっぱいの様子で助けられない…いや、蘭々を押さえているだけで十分助けているのだが。

 

「と、とにかく! 今の注意事項を守るんだぞ! それじゃあ、あとは…ボスに最後びしっと決めてもらおう」

 

 逃げるように壇上から飛び降りたミラーは、その後すぐに蘭々に尻を噛まれ退散する。

 代わって、MSF司令官であるスネークが苦笑いを浮かべながら壇上に立つ……先ほどミラーが登壇した時とは正反対に、スタッフたちは皆、組織のカリスマに視線を向けて一言もしゃべらず背筋を伸ばす。実はこの場で初めてビッグボスという人物に会ったというスタッフもいる、噂に聞く伝説の傭兵を目の当たりにした新参のスタッフなどは感動を隠しきれない様子であった。

 壇上に上がったスネークは、マイクの位置を調整する…彼の一挙手一投足に注目するスタッフたち。

 

「今日の呼びかけに集まってくれたことを、まずは感謝する。この日を迎えるにあたり、様々な憶測や不安が広がったことは承知している。まずは不要な混乱を招いたことはここで謝罪しよう……今日はMSFが活動を終える日ではない、新たな出発点となる。そして今日という日に、これまでの戦場に散った同志たちに祈りを捧げよう」

 

 壇上のスネークにならうように、スタッフたちは胸に手を当てて黙とうを捧げた。

 今日を迎えられなかった戦友たちを、一人一人が弔う。

 

「さて、さっきミラー副司令が言っていたように、お祭りだからと言って羽目を外しすぎないように、来年もまた同じようにできるかどうかはみんなにかかっている。まあ、ほとんどのことは副司令が言ってくれたが、あと一つ約束してもらいたいことがある……今日という日を楽しめ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊ぶぞおらーーッ!」

「やっちゃえママー!」

 

 開幕と同時に、MSFのお祭り要員たちが一斉に駆けだしていった。

 この日を楽しみにしていたエグゼは娘のヴェルを肩車すると、早速アルケミストとデストロイヤーを連れてお祭り会場の中へと消えていった。MSFのスタッフたちはヨーロッパから南米、アジア、アフリカなど多種多様な地域の出身者で構成されているために、この日のために彼らスタッフが用意した出店はそれぞれの国柄を出したものが多い。

 星付きレストランのような高級感あるものではないが、祖国の伝統料理を屋台として出したり、様々な民謡を楽器で奏で歌う。

 普段は意識することもないが、戦術人形も生まれ故郷を同じくするスタッフたちと混ざって歌い踊るのだ。

 

「ソビエト・ロシアでは、平和があなたをつくります!」

「Ураааааааа!」

 

 開催式では死体のような顔色であったスペツナズの面子であったが、アルコールを身体に入れたとたん顔色は戻り陽気な気分で高らかに叫ぶ。

 日頃はあまり関わらない、ロシア、ソ連出身の古参スタッフも混じりこのばか騒ぎに興じるのだ。

 開幕早々凄まじい勢いで酒を飲もうとする彼女たちを阻止しようと治安部隊と小競り合いが起きるが、先鋒に立つ9A91の勢いが凄まじすぎるために止められない。

 これはダメだ、もう酔いつぶれるまで放っておこう…そう諦めかけた時、一人の少女がひょっこり顔を出す。

 

 

「9A91、久しぶり! 私も遊びに来たよ!」

 

「あ、え? ス、スオミ…!?」

 

 

 スオミの顔を見た瞬間、9A91は即座に酒瓶を手放してそれまで一緒に暴れていたスペツナズの面子と距離を置く。友だちのスオミの前では絶対に乱れるわけにはいかない、そう9A91は慌てて酒から身を離そうとするが、生憎仲間のグローザたちがそうはさせない。

 

「あら久しぶりねスオミさん、お元気?」

 

「こんにちはグローザさん。あれ? でも9A91の手紙には戦死したって…」

 

「天国と地獄から追い返されて、仕方なくここに戻って来たのよ。それにしても、隊長さんたらスオミさんの前では猫被っちゃってまあ……夜中に戦車を飲酒運転して大変なことしてたくせに」

 

「い、飲酒運転…? そんな悪い子としてたの9A91!?」

 

「それは……記憶にありません、つまりやってないということですね、はい」

 

「隊長さんのせいで私たち隊員はみんなアルコール漬けよ。ねえスオミさん、うちの隊長さんどうにかしてくれない?」

 

「あははは……でも、9A91は今もずっと優しくていい子だよね。涙で濡れた手紙を貰った時、とても心配だったけど、良かった……今も素敵な笑顔を見せてくれるし、こんなにも心強い仲間がいるんだね」

 

「スオミ…」

 

「私が9A91と知り合った時は、こんな日が来るなんて思っても見なかった。あの時ユーゴはバラバラで、もう心の底から笑顔になれる日なんて二度とないんじゃないかって思ってた。でも、今日という日を迎えられた……それも9A91、MSFのみんなのおかげなんだよね、ありがとう!」

 

「あらあら、これは私たち酔っぱらいが付け入る隙はないようね」

 

 クスッと小さく笑い、グローザは二人から一歩退き、酒を口に含みつつ微笑ましく見守る。

 MSFとしては後輩にあたるが、気持ち的には9A91を妹のように見守るグローザ……そんな彼女のところに、スオミの主人であるイリーナが酒を片手にやってくる。彼女はユーゴ連邦幹部会の幹部の一人として、このお祭りに招待された一人だ。

 

「すまないな、今日はあの子をスオミに貸してやってくれないか? スオミは今日を楽しみにしていてな」

 

「水を差すつもりはないわ。でも退屈は嫌なの、ユーゴ革命の女闘士さんと酒を酌み交わしたいところね」

 

「喜んで、家だとその…スオミが酒を管理してるから好きに飲めないんだよ」

 

「あらあら、革命の英雄も家じゃ肩身が狭いようね。今日はお祭り、羽目を外しすぎないように楽しみましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、どこ行こうかしら? Vector、あんたなんか行きたいところあるの?」

 

「いや、特にないよ。FALは?」

 

「とりあえず、適当な屋台でも見てみましょうか」

 

 前夜祭にて、スペツナズのせいで高濃度アルコールを飲まされたFALであったが、早々に宿舎に連れ戻されたおかげで、今日は二日酔いにならずに済んだようだ。前の日に約束していた通り、FALはVectorと一緒に出店を練り歩く。

 多国籍の文化が一同に集う、ちょっとした博覧会状態となっている今日のお祭り。

 日本出身のスタッフたちが、祖国の縁日を参考に出している出店などは好評で、射的やくじ引きといった遊びから、おでんやリンゴ飴や綿菓子といった変わった料理の屋台を出している。

 そんな中、二人はネゲヴと一緒に出店を出すマシンガン・キッドを見つけ声をかける。

 

「やあキッド、それにネゲヴ。売り上げはどう?」

 

「最悪だよ! まったく、どいつもこいつも英国料理をバカにしやがって…!」

 

「だから止めときなって言ったのよキッド兄さん。イギリス料理が不味いってイメージはどうしようもないって」

 

「くっそー……素直に紅茶カフェでもやっとけばよかったぜ。いや、それだとオレの流儀に反するし…」

 

 色々な国籍の料理があるようだが、英国料理…というより出しているのはキッドだけだが、だんとつに人気がない様子。説明するのも面倒だが、色々と癖のある料理スタイルであるためにMSF内でも英国料理は敬遠されているようだ。

 気の毒な二人には悪いが、FALたちはその場を離れ、適当な屋台を練り歩く。

 くじ引きの屋台にふらっと入ってくじを引いてみた結果、FALは見事、ブサイクなブタのぬいぐるみを手に入れる。どこで誰がこんなぬいぐるみを仕入れてきたのか、なんとも言えない表情をFALは浮かべた。

 

「けっこう可愛いじゃない、お似合いだよ」

 

「これのどこが……こんなマヌケな顔のブタがいたら尻を蹴飛ばしてやるわ。まあいいわ、可愛いって思うんならアンタにあげるから」

 

「え…? 貰っていいの?」

 

「ええ、あげるわよ。まあ、こんなブサイクなブタ貰って喜ぶとも思わないけど?」

 

「そんなことないよ、嬉しい」

 

「んん?」

 

「ありがとう、FAL」

 

「なによ…今日はずいぶん素直じゃない。またバグプログラムに侵されてるんじゃないでしょうね?」

 

「うるさい」

 

 憎まれ口を叩くFALを、貰ったばかりのぬいぐるみでぶん殴り黙らせる…まあ、もふもふなぬいぐるみでぶっ叩かれてもさほど痛くはない。

 

「ねえFAL、次どこに連れてってくれるの?」

 

「あんたねえ……まったく、たまには自分で行き先決めてみなさいよ」

 

「道に迷ったら私の背を追いかけて来い、そう言ったのはアンタでしょう?」

 

「なにがこの……分かったわよ、じゃあ今日一日疲れ果てるまで引っ張り回してやるから覚悟しなさい。いいわね?」

 

「ええ、喜んで」

 

 ぶっきらぼうに言って見せる彼女に、Vectorはブタのぬいぐるみを抱きしめ嬉しそうに微笑むのであった。




平和の日、開幕ッッ!
尺の都合で、今までの登場人物全員描写するのは不可能なのであしからず。

MSFは多国籍軍の様相もあるから、出店は色々な料理があったりするのよね。


次回はお客さん招待するぞー!
遠慮なくお邪魔しろおらー!

あ、治安部隊に月光が徘徊してますんで暴れすぎないように…!
手配度☆6になると、サヘラントロプスが出動します。


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平和の日~おもてなし!~

 あちこちで予想を大きく上回る賑わいを見せる前哨基地。今のところ目立ったトラブルは起きておらず、平和の日はその名の通り平穏そのものである。

 

 いつも一緒にいるミラーがバンドの準備のために一時離れているため、97式は蘭々を連れてお祭り会場を練り歩く。出店が密集するエリアでは人がごった返しているが、97式と蘭々が通ろうとすると勝手に道が開いていく。勝手に道を譲ってくれる様子を不思議に思いつつも、97式はみんなのやさしさを感じてつい笑顔を浮かべる。

 

「えへへ、みんな道を譲ってくれて優しいね!」

 

「グルルル…」

 

 蘭々の首元を撫でてやると、蘭々は気持ちよさそうに目を細める…が、蘭々は一瞬たりとも気を緩めず周囲に目を光らせている。察しのいい者は分かるが、97式に道を譲っているのは優しさだけでなく、牙をちらつかせて威圧してくる蘭々を恐れてのことであった。

 まあ、そんな蘭々を前にしても道を譲らない戦術人形が一人。

 邂逅するや否や、蘭々は唸り声をあげて威嚇する。

 

「なんだこの縞猫やろう! 今日も調子に乗ってんな、毛皮にしちまうぞこら!」

 

 威嚇するトラに、同じように威嚇するのはMSFの狂犬ことエグゼである。

 ブレーキの壊れたダンプカー、常にキレてる女、メスゴリラ、一発殴って自己紹介する人形…と、散々なニックネームをつけられている。トラ相手に一歩も引かないエグゼだが、見かねたハンターがげんこつを叩き込んで黙らせる。

 

「すまない97式、ほら蘭々、干し肉食べるか?」

 

「わーい、蘭々いっしょにあそぼー!」

 

 蘭々を見てぱたぱたヴェルが駆けつけ、ハンターと一緒に干し肉を与える。

 97式に害を与えそうな輩とミラーとエグゼ以外には基本穏やかな蘭々は、ヴェルの前で身体を横たえて干し肉にかじりつく。

 

 

「いってぇな、このやろう!」

 

「落ち着けエグゼ、今日は平和の日だろう? 穏便に済まそうじゃないか」

 

「姉貴はすっこんでろ!」

 

「あぁ? なんだその口の利き方は?」

 

「うぇ、そう怒るなよ姉貴…冗談だってば、あははは…」

 

「だっさ」

 

 

 相変わらずアルケミストに睨まれると途端に尻尾を巻いてしまうエグゼ…ここまで手綱を握れるのもそう多くはないため、今日でアルケミストが去ってしまうのはとても惜しいことである。だが、仕方のないことなのだ…。

 さて、姉妹がポンコツなやり取りをしていると、少々息を切らし気味のスコーピオンが駆けつける。

 

「お、どうしたんだスコーピオン。今朝から見なかったじゃないか」

 

「お祭りの招待客を迎えに行ってたんだよね。あたしとリベルタと、あと誰か一人で接待しようと思ってるんだけど…」

 

「へえ、客かぁ……どこのどいつだ? オレ様がMSFの流儀を直々に教えてやるぜ!」

 

「エグゼ? 相手はお客さんだからね? あんまりちょっかいかけちゃダメだからね?」

 

「何言ってんだスコーピオン、第一印象が大事だろう? 舐められるわけにはいかねえよな!」

 

 どう見ても何か騒動を起こそうと言わんばかりの表情を見て、周囲の者は一瞬の間合いで目線を合わせ意思の疎通を図る。そして、この凶暴なメスゴリラがお客さんにちょっかいをかけないよう抑え込もうと連携を取ることとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 S09基地より招待されてやって来たのは、 【ユノ】と【ノア】。ユノの方は白い髪に赤い瞳、ノアの方は茶髪に鋭い猫を思わせるような金色の瞳と、細かな差異はあるが二人は身長やその他の容姿もよく似ている。実際、二人は姉妹と言うことで、いざお迎えに行ったスコーピオンは初対面のノアにびっくり仰天、まさか妹がいるとは思わなかったのである。

 そしてノアのミニマムな身体には持て余すような豊満なバストを見て、スコーピオンは苦笑いを浮かべる。

 

「やっほーMSFのみんなー! 初めまして、D08のHK417ですよ~!」

 

「フッフフフ…念願のMSF基地、さーて、どこから観察を……噂のサヘラントロプスとやらはどこ!?」

 

「トラブルはごめんだからね?」

 

 それから現れたのは、スコーピオンが間違い電話の最中に知り合ったついでに招待をしてしまったグリフィンD08基地の面子だ。HK417と、ヴィオラにロマネシアという如何にも鉄血ハイエンドモデルのような戦術人形で、どこかで見たような顔をしている…しかし、MSF内でも顔の似ている奴が多くいるし、初対面のハンターなども無反応なのでただの偶然だろう。

 そんなことはいいとして、現われたD08基地の面々を見てMSFのスタッフ…特に性欲を持て余した野郎どもに衝撃が走る。彼らは咄嗟にスコーピオンを捕まえると離れたところに連行する。

 

 

「スコーピオン同志、アレはなんだ!? あんなダイナマイトボディのお客さんが来るなんて聞いてないぞ!?」

 

「あたしだってびっくりだよ! 二度見どころか四度見くらいしちゃったよ!」

 

「羨ましいぞスコーピオン同志! オレたちが女性を5秒以上視続けたら月光が駆けつけてくるっていうのに!」

 

「アンタらは露骨すぎるの! でも気持ちはわかるよ…UMP45を地平線だとするなら、あの3人はエベレストだ!」

 

「おっと、45姉の悪口を言うのはそこまでだ。地平線の何が悪い!」

 

「出たなジョニー! ちょっとあれを見なさい」

 

「んん? んなっ!?」

 

 やはり、ジョニーはD08基地の爆乳三人を視るや否や、驚きで大混乱に陥った。

 貧乳を誰よりもこよなく愛する変態装甲人形ジョニーとしては、日頃から巨乳抹殺を掲げるプロパガンダを垂れ流しているため、彼女たちのような者を見つけるともう大変だ。ジョニーは怒り狂って三人の元へ走って行くと、拡声機能をオンにして叫ぶ。

 

「おのれ淫魔の如き巨乳め! お前たちのような風紀を乱す輩はこのジョニーが許さん、成敗してくれる!」

 

「おぉ? なんか来たよ!」

 

「クヒヒ、なんか弄りがいがありそう♪」

 

「なんか知らないけど、面白そうな装甲人形ね!」

 

「ひえっ! こ、こっちに来るなー! きょ、巨乳の悪魔が襲ってくる……神よ、我が主45姉よ助けてー!」

 

「まてー!!」

 

 ジョニーは迫りくるHK417、ヴィオラ、ロマネシアから逃げるように走り去る…が、三人は面白そうなおもちゃを見つけてその後を追いかけていってしまった。まあ、よく分からないが楽しそうなのでよしとしようとスコーピオンは一人頷く。

 さて少し遅れてしまったがスコーピオンはユノとノアの元へ向かう。待たされている間、二人は香ばしいかおりを漂わせる出店を見て目を輝かせている。もう待ちきれない様子であるが、一応外部の人間を受け入れるというか遠いのでもうちょっと時間がかかる。

 持ち物検査を済まし、簡単な質問に答えてもらえば完了だ……質問者であるスタッフが二人のバストサイズを聞こうとしたのをスコーピオンは聞き逃さず、容赦のない顔面パンチを叩き込んだわけだが…。

 

「ごめんね、うちのスタッフスケベばっかりでさ。さてと、改めてようこそMSFの平和の日に!」

 

「こちらこそ、改めて招待してくれてありがとう! あと、妹の方も改めて紹介するね、私の妹のノアっていうの」

 

「よろしく、MSFのスコーピオン!」

 

「うんうん、可愛くてよろしい! ところで、一緒に来たはずのガンスミスさんが見当たらないんだけど知らない?」

 

「ガンスミスさんなら、ほら、あそこに…」

 

「ほえ?」

 

 ユノが指さす方向を見てみれば、何やらたくさんのMSFスタッフたちにもみくちゃにされているガンスミスさんの姿があるではないか。騒ぎが大きすぎてよく聞こえないので近寄ってみれば、なんとガンスミスさんが流すラジオのファンたちが握手とサインを求めて群がっているようす。

 なんでこのようなことになっているかと言うと、MSFの古参スタッフの中には銃の知識が70年代で止まっている者が多いわけだが、たまたまラジオで銃器を楽しく解説してくれる彼を知りすっかりファンになったわけだ。よく分からない銃の解説をしてくれるのは、戦場に生きるMSFスタッフたちにとってありがたい存在だった。

 野郎どもにもみくちゃにされるなか、ガンスミスさんはスコーピオンを見つけると手を挙げて助けを求める。

 

「おーい! スコーピオン助けてくれー!」

 

「大人気じゃんガンスミスさん! 良かったね! あ、何人かホモ疑惑の奴も混じってるから注意してね~!」

 

「ちょっと待って、今聞き捨てならないことを…!」

 

 まあ流石にそのままにしておくことはいけないので、群がる群衆を追い払ってガンスミスさんを救出した。

 

「お疲れさま、ガンスミスさん」

 

「なんか、もう色々疲れた……」

 

「あらそう? なんだ、せっかくまた珍しい銃を見せてあげようと思ったのに」

 

「おぉ、なんか元気出てきたぞ!」

 

 銃をこよなく愛する彼の嗜好をついた言葉で、疲れは吹き飛びやる気をみなぎらせる。

 まあ彼が知らない銃は無いように思えるが、火縄銃があるよと言ったら二つ返事で来ることを約束してくれたので、折角だから見せてあげなくてはならない。

 

「さてと……あとはユノっちとノアちゃんを……って、やば」

 

 振り返った先で、MSFの狂犬エグゼが早速お客さんのノアちゃんにくってかかっているのを見てスコーピオンは青ざめる。首輪をして檻にぶち込んでおくべきだったと後悔しながら慌てて駆けつける。

 

 

「なにガン飛ばしてんだこのやろう?」

 

「なんだテメェ、ケンカ売ってんのか?」

 

「ちょ、ノアちゃん!? ごめんなさい、妹が失礼して…!」

 

「なんで謝るんだよ。先に難癖つけてきたのはこいつの方だぞ?」

 

「なんだその態度はよ、舐めてんのかコラ!」

 

「舐めてんのはお前だあほんだらーっ!」

 

 ノアに向かって吼えたエグゼに、スコーピオンの強烈な飛び蹴りが炸裂する。

 そしてエグゼに立ち直らせる時間も与えず、得意のスコーピオン・デス・ロック(サソリ固め)で抑え込む。

 

「いてててて!! 離せくそサソリー!」

 

「あたしが招待したお客さんに、ケンカ売りやがって、この! メスゴリラ! これでもくらえー!」

 

「いってぇぇ!! 分かった! 悪かった、オレが悪かったから!!」

 

「なにぃ!? 聞こえないよ!」

 

「ごめんって言ってんだろうが、聞こえねえのかこのやろう! ぶっ殺すぞ!?」

 

 スコーピオンの関節技を力任せに強引に振りほどいたエグゼ。

 すると二人は早速乱闘騒ぎを起こし始めたではないか……この平和の日のお祭りで、非平和的な行動をとればもちろん治安部隊に目をつけられる。即座に駆けつけた月光とヘイブン・トルーパーによって二人は拘束され、喚きながらどこかへ連行されていってしまった…。

 

 そんな光景を目の当たりにしたユノとノアは、ポカーンと口を開けて立ちすくむ。そんな二人のところへ、以前お世話になったリベルタドールが駆け寄り、久しぶりに会うユノの手を握り微笑みかける。

 

ユノ! 久しぶり……元気にしてたか?

 

「リベルタちゃん、久しぶりだね!」

 

 相変わらず聞き取りにくい小声で話すリベルタであるが、ユノは聞き漏らさずちゃんと聞いてくれる。それが嬉しくてリベルタもまた、にこやかに微笑む。

 

「そうだ、リベルタちゃんにも紹介するよ。私の妹だよ!」

 

「おう、初めましてだな。あたしはノアだ、よろしくな」

 

「……………」

 

「お、おい? 聞いてんのか?」

 

「リベルタちゃんは、シャフトと似た感じだからね。もうちょっと優しく声をかけてみたらどう?」

 

「お、おう。えっと……よろしくね、リベルタ」

 

よ、よろしく………

 

 相変わらずのコミュ障ぶりがなんとも懐かしい…表情にこそ出さないが、目が明らかに泳ぎまくっている。

 それも手を握ってあげれば少し落ち着く……戦場に一度出ればスイッチが入って冷酷な戦闘マシーンに変貌するが、平常時では誰よりもポンコツコミュ障なリベルタは安らぎを覚える。

 

今日はたくさんもてなす…ユノを喜ばせる……バンドの演奏とか、夜には花火もあげるから楽しんでいってほしい

 

「うん! こちらこそよろしくね、リベルタ!」

 

「よっしゃ、じゃあ早速屋台めぐりしようぜ! もうお腹ぺこぺこだ!」

 

料理はたくさんある……ハンバーガーも、でもキッドの料理は注意してくれ…不味い

 

「あははは……じゃあ、今日はリベルタちゃんに案内してもらおうかな?」

 

引き受けた……それに、ユノの妹とも…友だちになりたい

 

 ノアとその家族とは友だちになれた、きっと今日会ったばかりのノアとも友だちになれるはずだ。

 リベルタは引っ込み思案な自分の性格を理解しつつも、二人を精一杯接待するため、二人の手を引いてお祭りの中へと連れていくのであった。




はい(怒)


折角遊びに来てくれたお客さんにケンカ売ったり、巨乳悪魔と言って逃げだす輩がMSFに紛れているらしい。

はい、というわけでスコーピオンとエグゼが早速治安部隊に拘束されましたねw


ムメイさん、焔薙さん、通りすがる傭兵さんご協力ありがとう!
あとは好き放題遊んでくれ(無責任)

ま、まあこっからバンドの演奏とか花火とか、夜の部あったりするから(震え)


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平和の日~Love & Peace~

見たい見たい言うから、春田さんアーちゃん成分マシマシチョモランマやぞ。


 何かがおかしい。

 

 鉄血ハイエンドモデルであり、元捕虜待遇のゲーガーはMSFの男性陣がお近づきの印に持って来るお菓子やアクセサリーを受け取りつつそう思う。貰える物は何でも貰うスタイル…というわけではないのだが、あることに悩むゲーガーは渡される奇天烈な道具を疑いもせず貰い身に付ける。

 おかげで今のゲーガーの姿は、薔薇で飾られたヴィンテージハットを被り、高そうなサングラスをかけ、ミンクのストールを首に巻きつけ、おしゃれな手提げかばんを持ち、足下には凛々しい顔つきの軍用犬が一匹寄り添うようにして座っている。最初はただのプレゼントだったのが、途中からゲーガーをセレブ風ファッションにしてやろうとか何とか言いだし今に至る。

 まあ、戦場に生きる野郎どものセンスが炸裂しているために配色は滅茶苦茶だし足りないものがあったりと、FAL並のセンスに周囲は唖然としている…。

 

 さて、そんな風に自分が面白おかしくコーディネイトされていることなど気にもならないほどゲーガーを悩ませている理由が、隣で一緒に歩く相方のアーキテクトである。

 昨日のことからだが、アーキテクトの様子がおかしいのだ。

 いつも好奇心旺盛で何にでも手を出したがり、静かにしていることより騒いでいることの方が多い、動いてないと死んじゃうんじゃないのかと思えるほど賑やかでやかましい。それが彼女の素顔だったと思っていたのだが、昨夜からアーキテクトは時折思いつめたように静かになったり、何かを思いだして小さく笑ったりと。

 極めつけは、朝食をとるのに食堂で見た時の表情だ。

 アーキテクトはココアの入ったマグカップを握ったまま、頬を赤らめて同じ食堂で朝食をとるある人物をじっと見つめていたのだった。

 それを見るや否や、ゲーガーはつい"誰だお前は?"と漏らしたわけだ…。

 

 そして朝から今まで様子がおかしいわけだが、今のアーキテクトはいつものように楽しそうにおしゃべりしているものの、そうしている間も誰かを捜していた。

 

「おいアーキテクト、いつまでうろうろしてるつもりだ? もうここを歩くの3回目だぞ?」

 

「あれ?そうだったっけ? あははは、うっかりしてたよ」

 

 こういう面白い場所は無駄なく動くのがアーキテクトだが、やはり何かおかしい。

 思い当たる節はある、昨晩のことだ……このお祭りの前夜祭で、アーキテクトはエイハヴという名の男性にすりむいたひざを手当てしてもらい、もうみんなMSFの家族だと言われた。そうだ、その時からアーキテクトの様子がおかしいのだ。

 こんな顔をする輩は鉄血内にもあまりいなかったはずだが、以前ウロボロス邸で世話になっていた時見たような気がする……そうだ、これはまさしく!

 

「ゲーガー見て見て! コイのお刺身だってさ! 食べる?」

 

「恋かぁ……まさかお前がな」

 

「なに言ってんの? コイ食べるの?」

 

「あぁ…」

 

 遠い目で空を見上げるゲーガーは上の空、そんな様子を不思議に思いつつアーキテクトはコイのお刺身を購入した。初めての刺身をわくわくしながら口にするが、下処理が下手だったのかコイの刺身は泥臭く不味かった。食べてしまったアーキテクトは吐こうにも吐けず、仕方なくのみ込むが、のどの奥から泥臭さがこみあげてくる…。

 そんな時、たまたま通りかかったエイハヴが持っていたコーラを差し出す。

 差しだしてくれた人物がエイハヴと気付かず、アーキテクトは貰った缶をすぐに開けて飲む。

 

「くぅ~! 強烈な炭酸と甘味の爽快感が気持ちいい~~!!」

 

「ハハハ、良い飲みっぷりだなアーキテクト」

 

「あ……エイハヴくん……ご、ごめん! つい…あ!」

 

 エイハヴの登場に驚いた彼女は缶を手放してしまい、地面に落としてしまった。それをエイハヴは拾い上げ、封の切られていないコーラを渡すのだった。

 

「そんな、悪いよ!」

 

「いいよ、オレはちょっと飲み過ぎたから。このくらいでちょうどいい」

 

 落ちて中身が少なくなったコーラを揺すりながらエイハヴは笑い、そのコーラを飲む……それを目の前で見ていたアーキテクトの頬に赤みがさしていく。

 

「あ……間接……」

 

「なんだって?」

 

「ううん! なんでもない! なんでもないってば……ねえ、エイハヴくんはこれからどうするの?」

 

「オレか? オレは警備班の手伝いをしていてな、問題が起きていないか見てまわってるんだよ」

 

「そうなんだ……お店は回れないんだね…」

 

「そうだな、楽しみたいのはやまやまだが、誰かがやらないといけないからな」

 

「じゃあさ、私もエイハヴくんのお手伝いするよ! 一緒に警備任務を手伝います!」

 

 アーキテクトのまさかの言葉にエイハブは驚き、これまでの一部始終を眺めていたゲーガーはもはや情報を処理しきれずフリーズしている。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、何も面白くないし、お店をまわってた方がいいんじゃないか?」

 

「そんなことないよ、なんかお祭りの時の警備って面白そうじゃん!? 悪い奴がいたら、やっつけちゃうから! というわけで、アーキテクト! これより警備班のお手伝いをします!」

 

「まあ、そこまで言うなら…でも、問答無用でやっつけちゃダメだぞ? 問題は起こさないのがベストだが、楽しくてつい羽目を外してるだけなんだからな。なるべく穏便になだめて、楽しい気分でいてもらうのがいいんだからな」

 

「フフ…やっぱりエイハヴくんって優しいんだね…じゃ、一緒にまわろ?」

 

 早速、アーキテクトはどこからか警棒を取り出して武装、エイハヴの隣を一緒に歩き警備の仕事につくのであった。

 

 一方、フリーズしたままのゲーガーは一人ポカーンと空の彼方を見つめていた。

 

「恋……恋かぁ……あのアホが恋なんて、あり得ないだろ…」

 

「オイ! ゲーガー嬢はコイをご所望だ! とっとと捌いて持ってこい!」

「刺身以外にも用意しろよ! コイの天ぷら、唐揚げ、ワイン煮込みだ!」

「てやんでぃ! テメェらのコイは喰ってられねえ! どけ、下町育ちのオレが下処理してやる!」

「放射能とコーラップス液で巨大化したコイだ、喰いごたえがあるぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 警備任務といっても本当に歩きまわって何か問題がないか見てまわるだけで、本当に何もない。何もないのが一番であるのは確かであるが……しかし平穏そのものだからといって、警備の仕事をさぼったり休んでばかりもいられないのが少々辛いところか。

 実は気付かないだけでどこかでトラブルが起きてるかもしれないし、そんなトラブルを未然に防ぎ、みんなでこの楽しい時間を共有する場を整えてあげないといけない。

 エイハヴの言う通り、あまり面白くもない仕事だが……アーキテクトはエイハヴと一緒にいるだけでなんだか楽しいようだ。

 

「あらら、アーキテクトにエイハヴじゃない。珍しいわね」

 

「お、404小隊のメンバーじゃない! なにしてんの!?」

 

「寝坊助G11のお散歩よ」

 

 416が押すやや大きな手押し車には、布団とクッションが入れられてそこにG11が眠っている。

 UMP姉妹は巷で流行りだというタピオカドリンクなるものを飲み、うさみみのカチューシャを頭につけている…要するにお祭りを楽しんでいる様子。

 

「そういえばさっき、ジョニーがお客さんに追いかけ回されているのを見たんだが…」

 

「ああ、なんかおっぱい大きい3人よね? まあ、いい体験だからいいんじゃないの? あんだけ追い回されて私のところに戻って来たら大したものね、絶対性癖歪むと思うの」

 

「もう、45姉ったら! ジョニーだって大切な家族だよね!」

 

「ああそうね、弾除けとか雑用に仕えるとても大事な家族よ。それよりアーキテクト、あっちでパンツ即売会やってるから行って来たら?」

 

「パンツ即売会? なにそれ?」

 

「私はもう10枚くらい買っといたわ。MSFじゃよくパンツなくなるしあなたも買っておいて損はないわ。じゃないと良くて男物パンツを履くか、最悪ノーパンで過ごすことになるから…さて、そろそろライブ始まるみたいだし、じゃーね」

 

「ばいば~い!」

 

 404小隊のメンバーをその場で見送る二人。

 

「エイハヴくん、MSFじゃしょっちゅうパンツなくなるってホント?」

 

「いや…まあ、そうみたいだな。オレもなくなる理由を探ったんだが、分からずじまいだ。噂じゃ黒いネコ(・・・・)がいきなり現れて盗んでいくって言ったり、霞みたいな大きいモンスター(・・・・・)に盗まれたとか言うらしいが。まあ、マザーベースじゃ海風が強いし、干してるところに強い風が吹いて飛ばされただけだと思うんだけどな」

 

「へえ、そうなんだ……じゃあ、折角だからエイハヴくんに下着選んでもらおうかな~………なんて、冗談だよ?」

 

「あー……まあそういうところにはオレも関与は出来ないな」

 

 言ってから、アーキテクトはとんでもない発言してしまったことに気付き、羞恥心からか顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。エイハヴの穏やかな対応で何事もなく流れたが、その後はまともに彼の顔を見れず、言葉も少なくなる。

 それでも一度警備のお仕事を手伝うと言ったため、彼の後をついて回るアーキテクト。

 

「なあアーキテクト、そろそろいい時間だが腹は空いていないか?」

 

「さっき食べてたから…でもちょっとくらいなら食べれそうかな?」

 

「そうか、じゃあ警備は少し休んでちょっと食べに行こうか」

 

「賛成ッ!」

 

 エイハヴの気遣い? でアーキテクトは立ち直り、いつもの調子が戻ってくる。

 嬉しそうに彼の後をその後もついて行き、あちこちの屋台を見てまわる。しかしエイハヴはどうやら行く場所を決めているようで、通りすがる屋台も軽く見るのみで歩き去っていく。

 やがてエイハヴはある出店の前で足を止める、そこからは香ばしいコーヒーの香りが漂い、他のお店と比べてやや落ち着いた雰囲気を醸し出していた。そのお店に立ち寄ったエイハヴは店主に声をかけると、声をかけられた店主のスプリングフィールドは笑顔で挨拶を返す。

 

 

「いらっしゃいませ、エイハヴさん。警備お疲れさまです、お食事ですか?」

 

「ああ、パスタを貰えないかな? それと、彼女にも…」

 

「あら…?」

 

 そこでスプリングフィールドはエイハヴの後にやって来たアーキテクトに気がついた。

 アーキテクトを見た彼女は一瞬真顔になるが、すぐにいつもの穏やかな笑顔を浮かべる。

 

「いらっしゃい、アーキテクト。あなたもお食事?」

 

「うん、ちょっとしたものを食べたいかな」

 

「それでしたら今焼いているマフィンがありますが、いかが?」

 

「いただきます!」

 

「フフ、お掛けになって少々お待ちください」

 

 スプリングフィールドの助手として、いつもカフェで働いているミニチュア月光とヘイブン・トルーパー兵が接客につき、促される前に店の前のテーブルに座る。料理を待っている間にと、スプリングフィールドはハーブティーを二つ用意してくれた。

 ハーブの優しい香りが歩きまわって疲れた身体を癒してくれる。

 料理を待つ間、なにやらジョニーが完全武装でブツブツ呟きながら歩いていく…トラブルの気配を感じたが、少しすると警備の月光によって拘束されてどこかへ運ばれていってしまった。

 他にもスペツナズが酒絡みをしたり、スコーピオンが爆竹で遊び始めたり、エグゼがお客さんとまたケンカしそうになったりと、トラブルの種がちらほら散見されるが、他の優秀な警備兵に鎮圧されて事なきを得ている。

 

 そうして待っていると、スプリングフィールドが二人の頼んだ料理をもってやってくる。

 

「うん、美味い。美味しいよ」

 

「わー! こんな美味しいマフィン初めてだよ!」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 料理を美味しそうに食べる二人を見て、スプリングフィールドは嬉しそうに微笑む。

 和やかな時間を満喫しているエイハヴたちであったが、そこへとあるスタッフがやってくる。

 

「すみませんエイハヴさん、ちょっといいですか?」

 

「どうした、何かあったのか?」

 

「実は―――」

 

 何か問題があったらしく、話を聞いたエイハヴはすぐにパスタを平らげると席を立つ。

 一緒に立とうとしたアーキテクトだが、エイハヴに制止される。

 

「すまないアーキテクト、ちょっと問題があってね」

 

「どうしたの? トラブルなら私も手伝うよ?」

 

「いや、警備の話じゃないんだ。ちょっと日常業務の問題でな…警備手伝ってくれてありがとう、あとは自由にお祭りを楽しむといい。それとスプリングフィールド、夜にまた…」

 

「あっ……行っちゃった…」

 

 引き止める間もなく、スタッフと一緒にエイハヴはその場を立ち去っていってしまった。

 彼がいなくなり、アーキテクトは少し寂しそうに肩を落とす。

 そんな彼女の向かい側の席に、スプリングフィールドが座る。

 

「アーキテクトはエイハヴさんのお手伝いをしてくれていたんですか?」

 

「うん。エイハヴくんには面白くないよって言われたけど…」

 

「そうですか……エイハヴさん、本当は警備の仕事をしなくても良かったんですよ。でも警備班の何人かが少しでもお祭りを楽しめるようにって、警備の手伝いをしてたんです」

 

「そうなんだ。でもなんでそんなことするの?」

 

「それは、あの方が自分よりも他の誰かを優先するからですよ。スネークさんやミラーさんに負けないくらい仲間想いで、家族を大切にしています。優しくて強くて素敵な方です……そんなところに、あなたも惹かれたんでしょう?」

 

「ふぇ? な、な、なにを言ってるのかな~!? アーちゃんアホだから全然分からないよ!?」

 

「うふふ…見てれば分かりますから、隠さなくてもよろしいですよ。あなたはエイハヴさんが好きなんですよね?」

 

「うぅ……そ、そういうスプリングフィールドだって、あの人が好きなんでしょう? 私には分かるよ」

 

「ええ、愛しております」

 

「あ、愛してる…!?」

 

 好きを通りこす、大人な表現にアーキテクトは椅子から転げ落ちそうになる。

 なんとか持ち直したアーキテクトはハーブティーを飲みこみ呼吸を落ち着かせた。

 

「エイハヴさんの活躍は確かに目だたないかもしれませんが、MSFにとってとても重要な方なのです。それに、私がかつて自分を見失いかけた時に手助けしてくれたのはあの方です。彼がいなかったら、おそらく今の私はありません……私は彼を愛していますし、恩義を感じています。だから私は、あの方が好きなMSFと言う家族を、一緒に支えていこうと思っているのですよ」

 

 スプリングフィールドの実直な想いを聞いたアーキテクトは、そのあまりのまぶしさから目まいを起こす。

 ただ好きだからとついて回ってるだけの自分とはあまりにも違う、そんな姿に負い目を感じてしまうが…。

 

「アーキテクト、あなたがエイハヴさんを好きって想う気持ち…私は嬉しく思いますよ」

 

「ほえ? どういうこと…?」

 

「エイハヴさんは素敵な方ですもの、私だけが惹かれるなどと思っていません。まあ、あの方の魅力に気付いてくれて嬉しく思える半面、ライバルが増えて安心できないって思う気持ちもありますがね……アーキテクト、私はあなたの恋路を邪魔するつもりはありません、かといって譲る気持ちもありませんがね?」

 

「そっか……望むところだよスプリングフィールド! 出だしは遅れちゃったけど、負けないもん!」

 

「ふふ、あなたのそういうところ、ちょっとうらやましく思えますよ。さてと、そろそろ時間ですね」

 

「ほえ?」

 

 時計の針を見たスプリングフィールドは席を立つと、身に付けていたエプロンを脱いだ。

 

「キャリコとミラーさんたちのバンドの演奏が始まりますよ。さあ、あなたも一緒に行きましょう」

 

「うん!」

 

 元気よく返事を返すアーキテクトを見て彼女はくすくすと笑う。

 それから二人で一緒にメイン会場へと向かうと、間もなく演奏の開始を告げる祝砲が打ち上げられた。




ヌッッッッッ!!!???(悶死)


この二人絡みでは修羅場にならなそうどころか、良きライバルになりそうだよね。

強敵と書いて"とも"と読む


※この二人に焦点絞ったら話数伸びたンゴ…オセロットとわーちゃんは…やり尽した感ある(笑)


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平和の日~大団円~

 いよいよバンドの演奏を目前に控え、各メンバーは最終調整を済ませ各々時間まで待機する。

 なかなか現れなかったベース担当のG11が416の手押し車に乗せられてやって来た時は、一同大丈夫かと疑ったが、416が冷水を顔に浴びせると一発で覚醒してくれた。当日参加だったドラム担当のスオミはリラックスした様子であり、ギタリストの一人であるミラーと楽しそうにおしゃべりをしている。

 

 そんな中、メインボーカルを務めるキャリコはそわそわと落ち着かない様子で、何度も深呼吸を繰り返していた。メインボーカルのキャリコは必然的にこのバンドのフロントウーマンということにもなり、一番の注目を集める立場にあるのだ。

 会場の外には既に大勢の観客たちが演奏を心待ちにしている。

 練習では何の問題もなかったが、いざ本番を迎えようという今、緊張から身体の震えが止まらなかった。

 そんなキャリコを見て、同じバンドのギタリストをつとめ、そして恋仲のMG5がそっと近寄りその肩に触れる。

 

「大丈夫だ、私たちがそばにいる。何度も練習しただろう?」

 

「そうだけどさ…本番で失敗したらどうしようって…」

 

「失敗なんて怖くないさ。失敗を恐れて何もできない事の方がずっと怖い…キャリコ、私の手を握ってみろ」

 

 肩から目の前に差し出されたMG5の手をそっと握りしめる……握った彼女の手は微かに震えていた。

 咄嗟に見上げたMG5はいつものような自信たっぷりの表情ではなかった…不安に思っているのは自分だけじゃない、そして大切な想い人が自分と同じだと分かった時不思議と心が軽くなったような気がした。

 

「ありがとう、リーダー…」

 

「いつだってこうしてきただろう? 今日も同じさ…さあ時間だが、その前に」

 

 開演前のBGMが鳴らされ観客たちの熱狂が舞台裏に届く。

 それを聞いていよいよかとステージに向かおうとするバンドメンバーたちを呼び止め、MG5はある提案をすると、全員が笑顔でそれを了承した。メンバーたちは一か所へと集まり、肩を組み合い円陣を組む。

 

「あーすまん、ミラーさん…後は任せても?」

 

「よし、引き受けた! コホン……諸君、いよいよ本番だ! オレたちの練習の成果をみんなに見せてやろうじゃないか! G11、もうすっかり起きたな? スオミはあまり一緒に練習できなかったが精一杯やろう! MG5、同じギター担当として頑張ろう! そしてキャリコ、オレたちみんなの想いを歌に込めてくれ! よし行くぞ、オレたちの音楽を見せつけてやろう!!」

 

「「「「おう!!」」」」

 

 円陣を解き、カズヒラ・ミラーを先頭にステージへと向かっていく。次いでスオミとG11が、そして観衆の目に晒される直前までキャリコとMG5は手を繋ぎ合い舞台へと足を踏みだしていった。

 

 

 

 

 本日のメインイベントとも呼べるバンドの演奏がついに始まった。

 この日を迎えるにあたってみんなが暇を見つけては演奏の練習をしていただけあって、プロ顔負けの演奏を見せつける。そして研究開発班がこの日のためにと、開発してくれた音響装置のおかげで前哨基地に大迫力の音楽を響かせてくれる。

 演奏の他にも、バンドメンバーの衣装も注目を集める。

 飛び入り参加のスオミはいつもの服装だが、ベース担当のG11は恐竜の被り物をしたコミカルで可愛らしい姿をしている。

 いつもの眠たそうな顔でベースの弦を引きつつ、時折ガオーと両手をあげて恐竜が威嚇するようなポーズをしてみせる。G11の可愛い動作に、観衆…特に女性スタッフたちが黄色い歓声をあげる。いつも気だるそうにしているG11は母性本能をくすぐられるとして、何気に女性スタッフに人気があるのだ。

 

 そしてミラーはトレードマークのサングラスをそのままに、黒革ジャケットを羽織るロックなスタイル…これを用意してくれた97式の意向で、その背には蘭々をモチーフとした虎の刺繍が施されている。

 ギタリストとして舞台の前に出るたびに、男女問わず歓声が上がる。

 普段のマヌケっぽい行動で誤解しがちだが、ハンサムで良く鍛えられた肉体を持つ彼は男女問わず人気者だ…そう、男女問わずだ。

 

 スオミの母国、フィンランドではヘヴィメタルが盛んな国として有名だ。

 そんな母国の音楽文化に影響されてロックを愛するスオミは、その華奢な身体からは想像もできない力強いドラムの演奏をしてみせる。

 

『どうした、声が聴こえないぞ!? 腹の底から声を出すんだ!!』

 

 そしてもう一人のギタリストであるMG5がマイクスタンドの前に立ち、さらに観客たちの熱気をあおって見せる。観客たちを煽りながら、彼女はステージ上に黒地に白のペイントでMSFのマークが描かれたフラッグを飾りつける。

 ギターソロパートになると、MG5は前に出て速弾きを披露して見せる。

 MG5、彼女もまた男女問わず人気者…おっぱいのついたイケメンとも称される彼女のかっこいい姿に観衆たちの熱狂はさらに高まっていく。

 

 そしてメインボーカルのキャリコ。

 黒のドレス姿でステージに立つ彼女は、舞台裏での不安な顔は一切見せず、太陽のような笑顔を振りまき美しい歌声を披露する。大迫力の演奏陣に負けない、パワフルな歌声も時折披露して見せ、バンドのフロントウーマンとしての役目を立派に果たすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ前に始まったバンドの演奏は、日が沈み切った頃に終わりを迎える。

 始まりから終わりまで、一瞬も熱狂が冷める様子はなく、演奏が終わってからも観客たちは演奏していた曲のサビを口ずさむ大合唱をしている。いまだ興奮が冷め止まぬ観衆へ、バンドメンバーは手を振り笑顔を向ける。

 全員が舞台裏に向かった後、ミラーはすぐに全員外に出るよう伝えるのだ…なんだろうと外に出る。

 

 演奏を聴いていた観衆たちに迎えられながら外に出ると、小気味よい乾いた音が鳴ると、一筋の光が空に上がっていく……そしてそれは夜の空に鮮やかな花を咲かせてみせる。

 

「わぁ! 花火だ!」

 

 夜空に打ちあがった大きな花火を指差し、UMP9が嬉しそうにはしゃぐ。

 花火が上がることは実は伏せられていた、これはミラーとスネークのサプライズ演出である。これも研究開発班がこの日のために寝る間も惜しんで用意したものである。

 次々に打ちあげられていく色とりどりの花火に、再び歓声が上がる。

 酔っぱらったスタッフが肩を組み歌を歌い、花火が上がるたびに拍手と歓声をあげて踊る。

 

 夜空に咲く花火を嬉しそうに見上げるスタッフたちを、このお祭りを主催したスネークとミラーは温かく見守っていた。

 

 

「スネーク、やはり今日のことをやって良かったと思ってるよ」

 

「ああ、同感だ。今日の思い出はきっと、かけがえのないものになってくれるはずだ。オレたちは今日、一つになれた。それをみんなも分かってくれたはずだ」

 

「分かってくれたさ、きっとな。スネーク、今日までオレたちは多くのものを失ってきた…だがそれ以上に、素晴らしい出会いがあった。そしてそれは、きっとこれからも続いていくと思うんだ。そんな機会を与えてくれたアンタに、みんな感謝している」

 

「オレ一人の力で今日があるんじゃない、みんなが集まってくれたからこそ今がある」

 

「そうだな…ボス?」

 

「なんだ?」

 

「これからもよろしくな」

 

「ああ、こちらこそな」

 

 固く、二人は握手を交わす。

 

 そうしていると、騒がしい者たちが二人めがけて走り込んでくるのだ。

 

「あーもう、スネークこんなところで何やってんの!? ほら明日になっちゃうでしょ、残り時間も楽しまなきゃ!」

 

「そうだそうだ! ヴェルもいるんだから、しっかりパパ活してくれよな!」

 

「ほら、ミラーさんも一緒に行こうよ! 蘭々、今日はミラーさんと一緒に楽しまなきゃダメだよ!!」

 

 迎えに来た人形たちに、スネークとミラーは顔を見合わせ笑い合う。

 そしてスネークはスコーピオンとエグゼに手を引かれ、ミラーは97式と手を繋ぎ蘭々にどつかれながらお祭りを楽しむスタッフたちの中に混ざっていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前哨基地より遠く離れた洋上のマザーベース、平和の日に参加するためにほとんどの人員が前哨基地に向かった今は、警備に残された無人機たちが闊歩するのみである。

 邪魔者がいない中で、自我の芽生えた無人機たちは広い甲板で追いかけっこをしたりただだべっていたりして遊んでいる。普段倉庫で眠るサヘラントロプスも外に出て無人機たちを眺めている…その傍らでぴょんぴょん跳ねまわっているのは、いつぞやのダイナゲートだ。今ではすっかりMSFの無人機たちに溶け込んでいる…。

 

 そんな、無人機の楽園と化しているマザーベースの甲板の端に、二人の影がある。

 

 少し肌寒い夜の下、オセロットとWA2000は静かに無人機たちの奇妙なやり取りを眺めながら酒を口にしていた。

 

「本当に、行かなくて良かったのか?」

 

 水平線の彼方を眺めながら、オセロットはそうたずねた。

 彼の問いかけに、WA2000は小さく微笑む…寒さとお酒、そして彼への想いとで頬を紅く染める。騒がしい場は嫌いだと、平和の日の場に行かなかったオセロットと一緒にマザーベースに残ることとしたのだ。

 お祭りに行きたい気持ちもあったが、それよりも好きな人と一緒にいたい……それがWA2000の素直な気持ちであった。

 

「ねえ、初めて会った時のこと…覚えてる?」

 

「あぁ、お前は一人で廃墟に隠れていた」

 

「そう……私はあなたを敵だと思って先手をかけようとしたら、その前に銃口をつきつけられた」

 

「そして、部屋に飛び込んできた鉄血兵に遭遇しよく分からんうちにオレはお前以外の全員を殺した」

 

「さっさと立ち去るあなたを慌てて追いかけたら、また銃口を向けられた。一日に二回も銃口を目の前につきつけられて生きてたのは、あの日が初めてだった」

 

「昔話をしたがるほど酔ってきたのか? そろそろ寝ろ」

 

「……冷たい人……私はこんなにも素顔を晒してるのに、あなたは少しも自分を見せてくれない……」

 

 少し寂しそうに微笑みながら、オセロットの肩に頭を乗せる。

 お酒に酔っている状態がそうさせるのか、それとも周りに誰もいない状況で素直な気持ちをさらけ出しているのか……もたれかかる彼女にオセロットは返事を返しはしなかったが、寄りかかる彼女を拒絶することは無かった。

 些細な幸せに、WA2000は至福の表情を浮かべながら目を閉じるのであった…。




ちょっと短かったかな?
これにて、平和の日はお終いおしまい~。

ロックスキンのMG5がかっこいいんじゃ~!!


オセロットとわーちゃんは会場にいなかったけど、平和な一日を過ごしていたのじゃ。



次回、最終回 天国の外側(アウターヘヴン)

泣いても笑っても次が最期だ!!


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天国の外側(アウターヘヴン)

 第三次世界大戦という人類史上最大の大戦争を経てもなお、人は争うことを止めはしなかった。

 20世紀、かつてソビエト連邦とアメリカ合衆国という二つの超大国を盟主に世界は東西二つの陣営に別れ、冷戦と呼ばれる時代へと突入した。共産主義陣と資本主義、決して相容れることのなかった思想とイデオロギーは、国家や民族を分断しいくつもの悲劇を生み出した。

 東西ドイツでは冷戦の象徴とされるベルリンの壁が建造され、南北ベトナムと南北朝鮮は思想の違いで祖国が分断され同じ民族が殺しあう悲劇を生み出した。

 新たな戦争の形態として、代理戦争という概念が生まれたのもこの冷戦の時代だ。

 

 やがて冷戦の時代は、東側の盟主ソビエトの崩壊という形で幕を閉じる。

 

 世界を二つに分断していた時代は終わり、新たなる時代の訪れを人々は歓迎した……平和がついに訪れるのだと。

 

 だが世界が目の当たりにしたのは、新たなる戦争の時代であった。

 大国に押さえつけられていた民族主義が活発化し自由と独立を求める、そしてそれを許さない政権との戦いで内戦が起こる。解き放たれた戦争の火種はあっという間に世界に分散する……貧困に苦しむ途上国で産声をあげたのは、民衆をターゲットとするテロリズムだ。

 抗う術を持たない市民を狙ったテロリストの登場によって、これまで安全だと思われていた場所も安全ではなくなった。

 貧富の格差、宗教の違い、民族の違いが人々の憎しみを煽る。

 彼らは決して人を殺したいと思って殺すわけではない、戦いたいと思って戦うわけではない。

 彼らの心の中にあるのは平和への切実な願いである……だが、ただ待つだけでは平和は訪れることは無い、全能な神が降臨し願いを叶えてくれるわけではない。平和とは自らの行いで勝ち取るしかないのだ、そう心に思い込み、彼らは武器を手に取るのだ。

 

 

 そんな新しい戦争の時代の中でこれまでと変わる新たな概念が生み出される、戦争の民営化だ。

 民間企業が戦争を請け負い、ビジネスとしての戦争を行う……国家に帰属しない新たなる軍隊、金で雇われた傭兵たちが果てしない代理戦争を繰り広げる新しいビジネスの形であった。

 第三次世界大戦を経て、この動きはさらに活発化、世界中に広がった民間軍事会社への需要により企業は発展すると同時に、それに繋がる各産業分野も発展していく…。

 

安価で大量に生産が可能な戦術人形の誕生も、この動きに拍車をかける。

 従来の人間の兵士を扱うよりも管理がしやすい戦術人形はPMCにも重宝され、今や戦争に欠かせない存在となっている……地域紛争ひとつで大きな金が動く、戦争なくして経済は回らないと一部の者に言わしめるほど大きくなったこの動きはいつしか【戦争経済】と呼ばれるようになるのであった…。

 

 

 

 

 戦争が日常と化した世界の、どこかのありふれた戦場。

 

 乾いた風が巻き上げる黄色い砂煙に目をこすりつつ、SV-98はスコープを覗く。

 砂漠の向こうより、車列を組むトラックが彼女がいる方向へと向かって来ていた。今だ距離が遠いのと砂煙のせいで顔は見えないが、トラックの荷台上には武装した民兵たちが乗っている。

 迫るトラックに、SV-98はバイポッドを展開し開いた窓から狙撃態勢に移る……彼女の隣には、型落ちとなった第1世代戦術人形が観測手としてつく。敵部隊の接近を同じ陣営に立つ傭兵たちも察し、レンガ造りの家屋から銃を覗かせる。

 すぅっと息を吸い込み呼吸を止めるSV-98。

 一台目の車両が町の入り口に差し掛かったところで引き金を引く…放たれた弾丸は先頭のトラックを操縦する運転席のガラスにひびをつくり、真っ直ぐに進んでいたトラックは唐突にハンドルを切って建物へと正面衝突した。

 トラックの荷台から投げ出された民兵たちが慌ててその場から離れようとするのを、建物に潜む狙撃手たちが仕留めていく。

 

 次から次へと兵士たちを乗せたトラックが町の中に突入してくる。

 この町に防御陣地を構える部隊よりも多い兵員が投入されるが、襲撃を予測し強固な防御陣地を形成していた部隊の前に、町に侵攻する敵部隊は苦戦を強いられることとなる。しかし兵員の数では勝る敵部隊に油断は禁物、数で押しきられれば堅固な陣地も突破されてしまうだろう。

 町に展開する部隊は連絡を密にとり合い、各々の死角をカバーし合い敵の侵攻を退けていた。

 

「新手デス」

 

 観測手の戦術人形が、抑揚のない音声で警告する。

 警告に従いスコープをそちらの方向へと向けると、数台の車両が町に向かってくるのが見える。ただしその車両は、先陣をきって突入してきた敵部隊のトラックと違い、強力な武装を搭載した装甲戦闘車両であった。味方の傭兵たちもそれに気付き慌しくなる。

 さらに、上空を数機のヘリコプターが飛んでくるのを目撃したSV-98はスコープで様子を伺う…機体側面にペイントされた髑髏を模したエンブレムには見覚えがあり、それが意味するものを理解した彼女は目を見開いた。

 

 次の瞬間、上空を飛ぶ攻撃ヘリより強力な機関砲が斉射され、大口径の弾丸がレンガの壁を吹き飛ばし屋内にいた傭兵たちを文字通り粉砕した。上空からの奇襲攻撃を受けて強固な防御陣地が崩され、先陣を切って突撃してきた敵兵士たちが町の奥へと侵攻する。

 味方の傭兵部隊が携行式地対空ミサイルを用意する頃には、既に戦闘ヘリは戦場を離脱し、代わりに装甲戦闘車両が町へと入り込む。装甲車の後部ハッチから民兵とは異なる装備の兵士たちが降り立ち、素早く戦場に展開する。素人に毛が生えた程度の民兵とは明らかに練度が違う、戦場に展開した新手の兵士は右往左往する民兵たちをまとめ、それまで数の利で攻め立てていた戦術を変えさせた。

 

「よりによってこんな戦場で遭遇するなんて…!」

 

 噂には聞いていたが、こんな日に限って…SV-98は一人愚痴をこぼしつつ、自身の射程範囲に足を踏み入れる民兵を狙撃する。しかし、統制のとれた敵部隊の動きによって徐々に味方部隊は追い込まれ、SV-98が気付く頃には自分の周りには誰もいなかった。

 装甲車両の砲塔が、今まさに自分が隠れている建物を狙っているのを見た時、彼女は反射的にその場から走りだす。

 窓枠に背を向けて間もなく、凄まじい爆音と衝撃が彼女を襲う。

 衝撃で吹き飛ばされた彼女は運よく身体を打っただけで済んだが、観測手の人形は粉々に吹き飛ばされて瓦礫の下敷きとなっていた。

 

 痛みに呻いていると、下階から誰かが入ってきた物音を聞く。

 激痛を我慢して、彼女は窓枠を跳び越え隣の建物に移ると、ひたすら走り後方へと退いていく。だが味方部隊と敵部隊の間に挟まれる位置に立ってしまった彼女は、飛び交う銃弾のせいで思うように下がることが出来ない。

 これが戦術人形の部隊であったのなら、識別信号や通信のやり取りで誤射を免れたのだろうが、生憎味方部隊は人間の兵士であった。

 

「落ち着け、落ち着きなさい私…まだ戦いは終わってません!」

 

 一度深呼吸をし、再び建物の窓から狙撃を試みる。

 通りに面するその建物からは接近してくる敵部隊が一望できる、そこから彼女は狙いを定め引き金を引く。

 負傷した仲間を助けようとする民兵を誘いだし狙撃、卑怯な手段だと思い込むがなりふり構ってはいられない…極限の緊張感が、SV-98の感覚を研ぎ澄ます。敵は狙撃を恐れ遮蔽物に隠れ、闇雲に銃を乱射し始めるのだ。

 こうして狙撃で足止めできれば味方部隊の撤退を援護できる。

 そう思い、戦場を俯瞰していた彼女は流し見た景色の中にゾッとするものを見つけた……燻る車のすぐわきで狙撃銃を構えるワインレッドの髪の戦術人形、その銃口は真っ直ぐにSV-98を捉えていた。危険を認識する瞬間にマズルフラッシュを視認、次の瞬間強烈な衝撃を受けたSV-98の視界が暗転する……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……んん………ん?」

 

 目が覚めた時、SV-98は見知らぬ天井を見つめていた。

 簡易ベッドの上で寝かされたまま、彼女はしばらくの間、ひび割れた天井を見つめていた。ふと、視界の端から揺らめく白い煙がふよふよと漂ってくる…煙を辿って視線を動かしていくと、眼帯をつけた知らない男性がいた。

 

「――――部隊が合流するまで待てと言っただろう。強固な防御陣地を構える敵に闇雲に突っ込んでいっても、不要な損害を生むだけだ」

 

「申し訳ない……私も部下たちをおさえきれなかった。折角、あなた方の助力が得られたのに情けない限りだ」

 

 アラブ人の男性が、眼帯をつけた男となにやら会話をしている。

 起きたばかりで会話の全てが頭に入っては来ないが、アラブ人の男性の顔には見覚えがある…敵対する反政府勢力の部隊長の一人だったと記憶していた。

 会話を終えて、アラブ人の男性がその場を去っていく。

 ふと、眼帯の男性とSV-98は目が合った。

 

「起きたか。調子はどうだ?」

 

「調子……?」

 

 言われて、少しづつ自分に何があったのかを思いだしていく。

 同時に、身体の方も痛みを思いだしたのか頭やら腕やらあちこちが疼きだす…痛みを我慢し少しの呻き声も出すまいと唇を噛み締めて踏ん張るが、どうしようもない痛みで涙が滲む。今にも泣きそうな顔で踏ん張っている滑稽な表情を見て、彼は呆気にとられているようだった…。

 

「スネークちょっと……って、ようやくお目覚め?」

 

 女性の声に反応しそちらを見ると、同じく眼帯をした少しアホっぽそうな戦術人形の少女がやって来た。彼女が勢いよくベッドまで走り込んできたので、SV-98は声をあげて驚き、そのはずみでベッドから転落する。

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

「うぅ……死んだんじゃないでしょうか…」

 

「えへへへ、まだ生きてるよ。それにしてもわーちゃんに狙撃されてるのに生きてるなんて、結構タフだねアンタ」

 

「狙撃……あなたたちは、もしかしてMSF?」

 

「そうだよ? あんたとは敵だったけど、ボッコボコにしてやったからそこんところよろしくね~」

 

 何がどうよろしくなのだろうか?

 転落してぶつけたおでこをさすりながらベッドに戻ると、眼帯の少女…スコーピオンはふむふむと値踏みするように観察する。

 

「合格」

 

「はい?」

 

「合格だよね、スネーク! わーちゃんも磨けば光るって言ってたし、スペツナズでスナイパーを探してたよね?」

 

「そうだな、一応9A91たちに聞いてみないと分からないが……素質はありそうだ」

 

「だよね~。早速、スペツナズに連絡しよ」

 

「ちょっと待ってください、何の話ですか!?」

 

「あなた捕虜、あたしらMSF。後はわかるでしょう?」

 

「全然分かりません!」

 

 咄嗟に大声をあげるSV-98、だがそのせいで傷が痛んで呻き声を漏らす。

 

「要するにスカウトだ、君の狙撃の腕をオレたちMSFに役立てて欲しいんだ」

 

「そんなこと言われても、私はPMCに雇われていて…」

 

 そう漏らす彼女に対し、スコーピオンは彼女の雇い主であるPMCは彼女を置いて戦場を逃げ去ってしまったと伝える。そんなことを急に言い渡されて混乱するが、雇われて間もなく、特に酷い扱いをされたわけではないが大切に扱われていたわけでもないのでそこまでのショックはなかった。

 むしろ、これから自分はどうすればいいのだろうという不安がよぎるが、それを解決するための提案をスコーピオンはしているのだ。

 

「でも、私はそこまで実戦経験もありませんし大した活躍もしてませんし…」

 

「そんなもの気にしないでさ、気楽に考えてごらんよ。このあたしが見込んでるんだから、間違いない!」

 

「そ、そうでしょうか…?」

 

「もちろん、アンタはきっと磨けば光る素材だよ。ミスコン一位だって狙えるよ!」

 

「なるほど……って、なんですって?」

 

「かわいい顔立ちしてるし」

 

「あのー?」

 

「ふむ…おっぱいのはりもいい」

 

「きゃっ!? なにするんですか!?」

 

「アンタは活躍の場を得て、あたしはかわいい女の子を回収してボーナスを貰う! お互い良いことづくしじゃん!」

 

 そんなことをノリノリで言って見せるスコーピオンだが、真後ろに組織の長であるスネークがいることを失念している様子。スネークがゲスなスコーピオンを懲らしめて仕切り直す。

 

「今言ったことはほとんど忘れてくれ。オレたちは、MSFは大層な信念があるわけじゃないが、国の思惑には振り回されない。国や思想に縛られず、オレたち自身のために戦う……戦術人形としてではない、一人の兵士として、オレたちの仲間になってくれないか?」

 

「一人の兵士として……すみません、よく分かりません。こんなこと、今まで考えたこともなかったんですから……でも…仲間ですか、良い響きですね」

 

 SV-98は少しはにかむと、ベッドの上で姿勢を正してみせる。

 

「分かりました、SV-98これより求めに応じMSFに参加いたします。ふつつかものではありますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします……あっ、でもこのままじゃ私の正当な所有権は元のPMCのままですよ?」

 

「そりゃ心配いらないよ! うちのストレンジラブ博士に任せれば、ちょちょいのちょいさ! それよりもさ、スネークあれ言うんでしょう!?」

 

「あれ? あれってなんだ?」

 

「あれだよあれ! こういう時のお決まりの決め台詞! あたしに言わせてよ!」

 

「あ? あぁ……好きにしろ」

 

「やったーー!」

 

 困惑するSV-98を差し置いて、ピョンピョン跳び回って喜びを表現するスコーピオン。

 ひとしきり喜びの感情を表現した後で、彼女は咳払いを一つしてSV-98の前に立って手を差し伸べた。

 

 

天国の外側(アウターヘヴン)へようこそ!!」

 

 

 




――――完結――――

投稿から467日、ついにこの日を迎えることとなりました。
我ながら、ここまでこの物語が続くとは思ってもいなかったことやで…たぶん、一人でやってるだけじゃ長続きはしなかったと思う。
これも、みんなの応援のおかげやと思っておる、ありがとうやで!

正直、描ききれんかったことの一つや二つはあるし、他の作品と比べて描写不足なところがあるなと思った…せやけど素人やからな、しゃーない。
ほのぼの詐欺してごめんな(笑)
時々ハートフルボッコエピソード挟んで申し訳ないと思ったり…でも、それもやりたかったとなんや。
それひっくるめて今日まで見てくれたみんなに感謝や、圧倒的感謝や!!

というわけで、METAL GEAR DOLLSは今日をもって完結や、満足やで。
最後にちょっとプチ劇場をお送りして、終わろうと思う……ほんじゃあ、またな…。






































※警告
こっから先、色々台無しにしてしまうかもしれません。
ここいらで気持ちよく終わりたい言う方は、引き帰すのだ。








































スコピッピ「わーちゃん、今すぐにゲーム機の電源を切るんだ!」
WA「なんて言ったの?」
スコピッピ「任務は失敗に終わった! 今すぐアプリを落とせ!」
WA「一体どうしたの!?」
スコピッピ「うろたえるな、これはゲームだ!いつものゲームなんだ!」
オセロット「長時間プレイすると目が悪くなるぞ」
WA「オセロットまで! 何を言ってるの!?」









はい。
というわけで始まります。
【METAL GEAR DOLLS~Secret Theater(シークレットシアター)~編】

具体的に何するかって?
世界観無視してはっちゃけたり、ギャグとほのぼのに全振りしたり、モンスターハンティングしたり、真面目なキャラをポンコツ化させたりすんだよオラァ。

まあ、要するに好き勝手やります(迫真)

今まで積極的にはやらんかったが、リクエストとか受け付けたりコラボも狙っていきたいぞー!

ポンコツ化いちじるしいと思われるキャラは、まあ…
代理人、エリザさま、オセロット、シーカー、ドリーマー、デルタの大尉、クルーガーetc...なんかしれっと生き返りそうな奴がいますが、まあええやろ。

というわけで、おまけのシークレットシアター始まりますぜ。

でも充電期間を設けさせてもらうで!

それじゃあ、またな!


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☆シークレットシアター☆
12月25日は特別な日


待たせたな!


 マザーベースの食堂、居住区、倉庫、訓練場などなど…多忙な隊員がその日がなんの日か忘れないようにするのと、以前行われた平和の日や誕生日会など、楽しいイベントを書き込んで周知するためにカレンダーが壁に掛けられている。

 今月は12月。

 居住区のカレンダーの前に立ってニコニコ笑う人形たちと、一部のMSFスタッフたち。

 彼女たちが見つめるカレンダーの日付、すなわち【12月の25日】は赤まるで強調されていた。

 

「今から楽しみですね、スコーピオン」

 

「だね! 前日までにスプリングフィールドにケーキ作ってもらおうかな?」

 

「ええ、もちろんですよ! SAAやMG5、みんなも呼んでパーティーを行いましょう」

 

「うんうん、今からスネークにも言って予定空けておいてもらおうね。もちろん、エイハヴにもさ!」

 

 スネークはMSFという組織の長として、エイハヴは実働部隊の取りまとめ役として多忙な毎日を送っておりなかなか顔を合わせられる時間がなかったりする。スコーピオンの恋敵としてエグゼがおり、貴重なスネークとの触れ合いタイムをよく奪い合う。

 一方のスプリングフィールドも、以前までは恋敵と呼べる存在はいなかったのだが最近はアーキテクトというライバルが誕生した。エグゼ同様、アーキテクトはなかなかに積極的だ…突撃してエイハヴの優しさに触れてしおらしくなるのが定番の流れだが、油断もしていられないのだ。

 

 12月25日……昔のMSFは野郎ばかりでそんな特別な想いを抱く一日にはなり得なかっただろうが、今や女性の比率が増し、女の子のバトルはかつてないほどヒートアップしていた。

 

 カレンダーを見つめ、恋の闘争心を燃やす二人のそばを3人の女性が通りがかる。

 一人はWA2000、外は寒いのだろう、居住区に入って来たばかりの彼女の頬が紅く染まっていた。

 

「こんにちは、スコーピオンさん、スプリングフィールドさん」

 

「およ、SV-98にわーちゃん…それと、アイリーン上等兵曹さんじゃん」

 

「やあ、スコーピオン。もうアイリーンでいいよ、ネイビー所属じゃないしさ」

 

 中東の戦場で戦闘の末に回収、MSFに所属することになったSV-98は今はWA2000に訓練の面倒を見てもらっている模様…と言っても、既に腕は経つとのことで基本的なMSFのルールを教えているに過ぎないのだが。

 もう一人のアイリーンという女性は、未曽有の大混乱を引き起こした欧州の動乱にて、WA2000の対決で敗れMSFに回収された米海軍特殊部隊兵士だ。彼女はと言うと、傷の治療も終わって正式にMSFに所属することを表明し、今はどこの班に配属されるかが検討されているという。まあ、元特殊部隊の経験を活かし戦闘班か訓練教官に任命されるだろうというのが大方の予測である。

 

「アイリーンも【クリスマス】に参加するよね?」

 

「ごめんね、その日はちょうど前哨基地に呼ばれててね。それに私無神論者だし、クリスマスをお祝いする習慣がないんだ」

 

「お父さんかお母さんはそういうことはしなかったの?」

 

「物心着く頃にはもうね。お父さんはイラク戦争で色々見て、お母さんは私を産んで死んじゃったから……あーごめんごめん、暗くさせちゃってさ。とにかく、クリスマス楽しんでね」

 

 そう言って、アイリーンは少し気まずそうにその場を立ち去っていった。

 彼女のことはまだよくわからないことが多い。決して悪い人物ではなく、みんなに優しく美人で人気もあるので今のところ問題はないのだが。

 クリスマスに参加しないと正式に表明しているのは、何もアイリーンだけではない。

 MSF内では他人に強く勧めたり迷惑をかけなければ信仰も自由ということで、クリスチャン以外…具体的にはイスラム教徒の隊員などもいる。そのスタッフたちはクリスマスの誘いをやんわりと断り、その日は是非参加できるものだけで楽しんでくれと笑っていた。

 

「ところで、わーちゃんはオセロットとどっか行くの?」

 

「行かないわ、しばらく帰ってこなさそうだし」

 

「あはは、相変わらずですねワルサーさんの方は…」

 

「なんかもう、慣れたのは慣れたんだけどさ……少しくらい、連絡してくれてもいいわよね…」

 

 小さなため息をこぼしつつ、WA2000は少し寂しそうにつぶやいた。

 ひとまず、WA2000もその日はやることがないということでクリスマスに参加する模様だ。

 

「ところでSV-98は、スペツナズのみんなと会った?」

 

「いえ、まだ会っていませんが?」

 

「なんですと? これは一体どういうことかな、わーちゃん?」

 

「私に聞かないでよ。まあ、なんかまた隠密任務やってるみたいだし忙しいんじゃないの?」

 

「スペツナズの皆さんも、お酒が関わらなければ真面目で優秀なんですがね」

 

「まあしゃーないじゃん? ところでSV-98はさ、お酒結構飲める口なの?」

 

「いえ、お恥ずかしいことですがあまり得意ではありません。嗜む程度です」

 

 少し恥ずかしそうに言うSV-98にスコーピオンはあからさまに驚いてみせるが、そんな失礼な態度を隣にいたWA2000に戒められる。

 スペツナズを見ていると誤解しがちだが、ロシア出身者全員が飲んだくれというわけではないのだ。SV-98の名誉のためにも言っておくが、MSFのロシア人にも何人か下戸の者はいる。

 

「まあ、グローザ以外は変にお酒勧めてこないしあんたならスペツナズに入っても大丈夫だよ。でもまだスペツナズ入りが決まったわけじゃないし、これからもっと訓練しなきゃだよね。スペツナズはMSFで指折りの特殊部隊だからさ、頑張るんだよSV-98」

 

「了解しました!」

 

 スコーピオンの言葉を聞いて高貴栄えあるスペツナズにいつか配属されることを、改めて目標として決意を固めるのだった。

 

 

 そして、時間はあっという間に流れついに12月25日を迎える。

 クリスマスパーティーは24日の日没から始まっているのだが、参加者の都合と酔ってマザーベースの甲板から海に墜落する危険を減らすということで25日の午前からパーティーは始まるのであった。

 

 クリスマスには、前もって予定を空けてもらっていたおかげでスネークもいるしエイハヴもいる。

 このちょっとしたお祭りに副司令のミラーも97式と蘭々と一緒に参加する、特に蘭々は97式にサンタ帽を頭に乗せられてとてもかわいらしい。

 クリスマス参加者の一人であるWA2000にとって何よりも嬉しい誤算だったのが、ちょうどその日にオセロットがマザーベースに帰ってきたことだろう。まさかのことにWA2000はおもわず涙をこぼして喜んだ…そんな彼女にスネークは微笑みかけ、サムズアップを向けた。どうやらオセロットの件はスネークのはからいによるもののようだった。 

 パーティーが始まると同時にスプリングフィールドが作ってくれたホールケーキが運び込まれ、みんなで小分けにして皿に乗せてその甘美な味わいを堪能するのであった。

 

 シャンパンを空け、クリスマスソングを歌い、手を繋いでダンスを踊る。

 

 平穏で穏やかなクリスマスの時間が流れていき、誰もが笑顔を浮かべていた。

 

 しかし、そんな平穏な時間にスコーピオンはふと疑問符を浮かべる。

 クリスマスは楽しいし、賑わっているし、平穏そのものだ……だが何かが足りないのだ。

 

「どうしたの難しい顔して、スコピッピ?」

 

 頭を悩ませるスコーピオンに近寄ってきたアーキテクトがそんなことを聞いてきた。

 ちなみに今のアーキテクトはサンタ風のコスチュームに身を包み、白いひげメガネをつけた滑稽な姿をしており、相方のゲーガーは無理矢理着させられたのかトナカイの着ぐるみ姿だ。

 

「いやさ、なんか足りないなって…なんかこう、こういうお祭り気分な場に相応しい何かがいないような感覚?」

 

「言われてみればそうだな…なあハンター、どう思う?」

 

「うーん?」

 

 会話を聞いていたエグゼとハンターも、スコーピオンの疑問に共感する。だがその疑問が一体なぜなのか分からず頭を悩ましていた。そんな時、コロコロと甲板を転がってきた空の酒瓶とそこに刻まれたキリル文字を見て一同ハッとする。

 

 

 スペツナズの面子が一人もいない!!

 

 

 彼女たちの違和感の原因はそれだった。

 誕生日会も、平和の日も、お酒の香りが少しでもすればどこからか湧いてくるスペツナズのメンバーが今は一人も見当たらないのだ。今だかつてなかった異常事態である。

 すぐさま、スペツナズのことを任務を把握しているミラーに尋ねてみると、彼は首をかしげる。

 

「9A91たちはとっくに帰ってるはずだが? 任務もしばらくないし…どこかで休んでるのか?」

 

「いや、酒がドーピングみたいな人形たちだよ? どこにいるんだろう?」

 

「いるとしたら、彼女たちの部屋じゃないか?」

 

 せっかくのクリスマス、お酒もある楽しい場であの愉快な面子がいないのはなにやら勿体ない。

 ということで、スコーピオンは一旦パーティーを抜けて彼女たちを捜しに出かける。折角だからと、SV-98も挨拶をするためということでスペツナズ捜しを手伝ってくれる。

 

「うーん、こっちかな? 部屋はこっちなんだよね」

 

「おや? 赤い横断幕のようなものが飾られてますね」

 

「あ、ほんとだ。さてはスペツナズだけでささやかにパーティーでもしようとしてるのかな?」

 

 スペツナズの宿舎前には真っ赤な横断幕が飾られていた。

 日頃お酒絡みで迷惑をかけてしまうから自分たちだけでひっそりパーティーをしているのかもしれない、そうスコーピオンは思い込んで部屋の扉を開けてみた。

 

「って、暗っ!? なになに? なんなのこれ!?」

 

 開けてみた部屋はカーテンが閉めきられ、わずかに差し込む光と蝋燭の明かりだけが灯っている。

 よく見ると蝋燭が立てられたテーブルを囲むようにスペツナズの隊員たちが座り、各々に小さなグラスとウォッカの入った瓶が用意されている。

 

「ちょっとちょっと! こんな暗い部屋で何をしているのさ、葬式でもしているの!?」

 

「しーーーっ! 静かに……ある意味お葬式かもしれません。スコーピオン、今日が何の日か分かりますか?」

 

「今日は12月25日、クリスマスでしょう?」

 

「そうかもしれませんね…でも、もう一つあります」

 

 そこでようやく9A91は立ち上がり、閉めきったカーテンを開き太陽の光を部屋に差し込ませる。

 暗い空間に目が慣れていたスコーピオンはまぶしさに思わず目を瞑る……そして徐々に光に目を慣れさせていくと、部屋の装飾がおかしくなっていることに気付く。

 

 壁に飾られたよく分からないおっさんの肖像画、古臭い映画の中でしか見ないようなプロパガンダポスター、そして真っ赤な生地に黄色で描かれた鎌と槌の赤旗。

 

 

「同志スコーピオン!! 本日12月25日はかつてアメリカ合衆国と世界を東西二つに二分し覇権を争い合った偉大なる超大国、【ソビエト連邦崩壊】の日なのです!!」

 

「うぇ? ソビエト、崩壊…はい?」

 

「クリスマスなど、資本主義の権化がお菓子とケーキを売りまくるためだけに創った風習です、すなわちブルジョワ共の道楽なのです! でもサンタは好きです、何故だか分かりますか!?」

 

「し、知らないよ!!」

 

「サンタの赤は共産主義の赤なのですよ!!」

 

 あまりの勢いに気圧されて、スコーピオンとSV-98は後ずさって転倒する。

 部屋の外に出たところで気付く、先ほど赤い横断幕と思っていたのはなんと鎌と槌が描かれた大きなソ連国旗であった。そして宿舎の部屋番号には、シールが張られそこには【赤色クラブ】と手書きで書かれているではないか。

 

「同志スコーピオン! むむ、あなたはもしかしてSV-98ですか?」

 

「あ、はい…そうです…」

 

「素晴らしい、同志がまた一名増えましたね!!」

 

「あら、かわいらしい子ね。いらっしゃい、SV-98…明日になるまでソビエトを懐かしむ会を楽しみましょ?」

 

 わけが分からないうちにスコーピオンとSV-98は部屋の中に引きずり込まれていく。

 先ほどは気付かなかったが、既に部屋の中はアルコール臭で充満している。

 

「あのー、みなさん?」

 

「待ってください同志スコーピオン、あちらをご覧ください」

 

 9A91に促されて見た先には、禿げ頭のオッサンと口髭のオッサンのの肖像画があるが…もちろんスコーピオンは知らない人だ。

 

「誰このオッサン二人?」

 

「おっさん…!?」

 

「なん、だと…!?」

 

「これはシベリア送りね」

 

「ソビエト建国の父であり偉大なる同志レーニンと大祖国戦争を勝利に導いた同志スターリンを知らない人がこの世にいるなんて!? はっ、これはもしや西側退廃主義者どもの策略によるものなのでは!?」

 

「もうやだこの人たち…!」

 

 酔っぱらった共産趣味者となったスペツナズに捕まってしまった二人は、クリスマスを楽しむという楽しいイベントを潰されてしまうのであった…。

 

 その後、帰りが遅いことを不審に思ったスネークがやって来たことでようやく二人は解放されることとなる。

 

 そして、二人を監禁したことについて厳しく叱咤されるスペツナズ…特に9A91は部隊長という立場もあるため、一層厳しいお叱りを受ける。大好きなスネークにこっぴどく叱られる9A91は今にも泣きそうな表情であった……そんな姿にスネークもつい甘やかしてしまいそうになるが、心を鬼にして、このようなことが起きないよう注意をするのであった。

 

 

 ちなみに、叱られた9A91はその後しばらくお酒の摂取を控えめになったという。

 

 ただし、アルコールの不足を補うかのように、彼女はスネークに終始ついて回る……ヤンデレそう呼ぶにふさわしいストーカーっぷりに、あのエグゼも怖気づく。

 そしてある時、スネークが起床して目の前に9A91の顔があった時は、彼の珍しい悲鳴がマザーベースに響き渡ったという…。




9A91「ソ連が恋しくない者は心がない!ソ連に戻りたい者には脳がないッッ!!」

グローザ「同志PKP、あなたのお母さんは?」
PKP「偉大なる祖国ソビエト連邦だ!」
グローザ「ではヴィーフリあなたのお父さんは?」
ヴィーフリ「偉大なる同志スターリンであります!」
グローザ「よろしい、では二人の将来の夢は?」
PKP&ヴィーフリ「孤児になりたいです」


クリスマスですね~でもただじゃ終わらせないぞ~!
こんなネタやっておきながら、スペツナズの面子って開発期間とかは被っていても、完成はロシア連邦時代なんですよね~。

共産趣味な彼女たちの歴代指導者の評価?

レーニンおじさん→ソビエト建国の父、絶対神
ヨシフおじさん→大祖国戦争を勝利に導いた英雄、粛清おじさん
マレンコフさん→?
フルシチョフおじさん→評価が難しい
ブレジネフおじさん→勲章じゃらじゃらおじさん
アンドロポフさん→??
チェルネンコさん→???
ゴルビー→シベリア送り
エリツィン→アル中おじさん
プーさん→灰色の枢機卿、名前を言ってはいけないあの人、強いロシアの具現者


ウォーミングアップは完了や、伝わる人にしか伝わらんネタですまんなw

これ書いてて、9A91とかエグゼを原点回帰ということでヤンデレ化させるネタも浮かんだりなかったり


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討伐クエスト:黒猫略奪団を追え!!

待たせたな(モンハンコラボ)


「ふぅ……今日もいいお湯加減でしたね、センパイ!」

 

「そうね、ゆず湯…だっけ? ミラーのアイデアらしいけど、柑橘類のさわやかな香りが心地よかったわ。リベルタ…ちょっと、まだ怒ってるの? しょうがないでしょう?」

 

「…………」

 

 風呂上がりのリベルタはいつも通り無言であるが、どこか恨めしそうにWA2000と79式、そしてカラビーナを睨んでいるように見える。普段ほとんど感情の起伏がないリベルタが怒っている理由はというと、嫌がる彼女を今日無理矢理お風呂に引きずり込んだからだ。

 というのも、リベルタは他の多くの戦術人形と違って強固で頑丈な骨格を持っている分見た目に反しかなりの重量があり、浮くことのできない水辺を極端に嫌う。風呂場程度の深さで溺れることは無いのだが、リベルタはまるで猫のように水に浸かるのを嫌っていた。

 しかし、近接戦闘スタイルなリベルタは戦場に出れば多量に返り血を浴びるため、身体を洗わなければ大変なことになる……もう何度も無理矢理お風呂場にぶち込んでいるのだが、いまだにリベルタは水が嫌いなようでなかなかに苦労させられる。

 まあ、これについては我慢して貰うしかないのだが…。

 

「あれ?」

 

「どうかしましたか79式?」

 

「いえ、あの……私の下着が見当たらなくて…」

 

 何度もバスケットの中を探る79式だが、一向に下着…具体的に言うとパンツが見当たらない。

 その様子に嫌な予感を感じたWA2000とカラビーナも慌ててかごの中を探るが、二人も同様の被害にあっていた……マザーベースにおいて女性陣を悩ませる珍現象"パンツ失踪の怪"だ。

 

 疲れたように肩を落とすカラビーナとは正反対に、WA2000は額に青筋を浮かべ怒りをあらわにする。

 

「もう! 一体何なのよ!! せっかく少しの間落ち着いたと思ったら!!」

 

「ああ、嘆かわしいですね…主さまはパンストまで盗まれてるじゃないですか」

 

「うわ…本当だ……なんなの? 本当に気持ち悪いんだけど…」

 

 怒りと生理的嫌悪感によってWA2000のメンタルモデルはもう滅茶苦茶だ。

 一応リベルタもパンツを盗まれたようだが、ほぼ羞恥心を持たないため何も言わず衣服を纏う……だが79式はショックなようで、目に涙を浮かべてあちこち探し回る。

 後輩のそんな姿を見て、先輩人形はいてもたってもいられず、マザーベースの女性陣を悩ませるパンツ失踪の真犯人を見つけるべく決意を固める。泣きそうな79式をひとまず宿舎に移し、早速彼女たちはミーティングルームに女性陣を集めるのであった。

 

 会議が始まると、同様の被害にあったという女性がちらほら出始める。

 

「実は私も、おとといなんだけどさ…洗濯に入れたはずなのになくなっちゃってたんだよね」

 

「私もだ」

 

「実は私も…」

 

 被害を申告したのは、MG5とキャリコ、そしてネゲヴである。

 警戒心の強い3人でさえも、この謎の窃盗犯を見つけることは出来なかったことに集まった女性陣は驚くのであった。しかし、そんな3人を嘲笑するのが一人……同じジャンクヤード組のFALである。

 

「まったく呆れたものね、エリート人形がたかがパンツ泥棒にしてやられるなんてね」

 

「そういうFALは盗まれたことはないのか?」

 

「ええ、ただの一度もね。私は常に注意を怠らないからかしらね?」

 

「独女なあんたのセンスのないパンツに興味がないだけじゃないの?」

 

「なんですって!? 私の勝負下着にケチつけるわけ!?」

 

「静かにしてよあんたたち! 全然話が進まなくなるじゃない!」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐFALとVectorを引き離し座らせる。

 相変わらず仲の良い二人である。

 

「そう言えば、オレも一回だけ失くしたっきりでパンツ盗まれたことないよな」

 

「あんたみたいなメスゴリラのパンツ欲しがる人なんていないでしょう?」

 

「あぁ!? なんだとこのやろう、センスの欠片もねえ独女が調子に乗りやがって!」

 

「あんたは色気がないって言ってるのよ!」

 

「一度もパンツ盗まれたことない奴に言われたくねえよ!!」

 

「あのさ! パンツ盗まれたかどうかでマウントのとり合いしないでくれる!? 重要なのは、このクソみたいな盗人を捕まえて吊し上げることよ!」

 

 机を思い切り叩き、WA2000が怒りの声をあげる。

 好き勝手騒ぐ人形たちをギロリと睨みつければ、あまりの剣幕に一同口を閉ざす。

 

「とにかく、パンツがひとりでに動くはずないし、何度も何度も風に吹っ飛ばされるなんてありえない。誰か盗んでる奴がいるはずよ。なんでもいい、何か手がかりになる情報はないかしら? UMP45、あんた一番パンツ盗まれてるわよね、なんかないの?」

 

「んん? そうね、なんかもう慣れちゃったしさ」

 

「慣れたって……あんたの手下に変態装甲人形いるわよね、アイツが犯人じゃないの?」

 

「違うわね、アイツはあたしの命令に逆らえないから追及すればすぐに話すからね。それに、アイツは私以外のパンツに興味ないみたいだし……まあ、みんなもそのうち慣れるわよ」

 

「慣れたくないわね、どうせあんた今もノーパンとかなんでしょう?」

 

「どう思う?」

 

「どうって……そんなの知るわけないでしょう!」

 

 パンツを盗まれ過ぎてある種の耐性がついてしまった彼女には脱帽する。

 しかし一番の被害者のはずの彼女からも情報を得られないとすると、この会議もいよいよ手詰まりとなる。その後も会議が続くが、有力な手がかりも得られない。

 諦めて会議を終えようとした矢先、IDWが遅れてその場にやってくる。

 

「ごめんなさいにゃ! ネコさんたちにマタタビあげてたら遅れちゃったにゃ!」

 

「こっちはパンツ盗まれてるって言うのに、呑気なものね」

 

「にゃ? パンツ盗まれたのかにゃ? もしかしてこれ、見覚えないかにゃ?」

 

 そう言ってIDWがポケットからとりだしたピンクのフリルのついたパンツを見て、キャリコが声をあげる。

 

「あー! それあたしの下着! どこで見つけたの!?」

 

「えっと、黒いネコさんたちにマタタビあげたらお礼にくれたのにゃ」

 

「ちょっと待ってIDW…その黒いネコってさ、二本足で歩いて変な言葉話してたりしなかった?」

 

「してたにゃ。UMP45はそのネコさんたちを知ってるのかにゃ?」

 

「「「そいつらだ!!!」」」

 

「にゃにゃ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって、マザーベースのとある倉庫。

 薄暗い物置には、見慣れない樽やへんてこな模様が描かれた石ころが積みあげられオブジェのように飾られている。なにかの居住区のように改造されたそのエリアにて、人のひざ丈ほどの黒いネコたちがのんびりと歩きまわっている。

 

「(ニャー、今回は大収穫だったのニャ!)」

 

「(わーちゃんのレアなパンストも手に入ったのニャ! リストはこれで埋まったし、さっそく出荷するのニャ!)」

 

「(それにしても、人間さんはどうしてこんな布きれ欲しがるのかニャ?)」

 

「(知らないニャ。食べ物とマタタビがもらえればなんだっていいニャ!)」

 

 にゃーにゃーと、独自の言語でやり取りを行った黒いネコたち【メラルー】は集めたパンツを風呂敷で包み込み、さっそく運搬作業へと向かうのだ。設計ミスで封鎖された倉庫からこっそり抜け出すメラルーたち、間抜けな人形たちのことなど頭になかった彼らは、出た先で待ち構えていた戦術人形を見て跳びあがる。

 

「やっと見つけたわ、この泥棒ネコどもめ! 盗んだパンツを返しなさい!」

 

「(ニャー!? 見つかったのニャ、逃げるのニャー!!)」

 

「あ! 逃げやがった、待ちやがれ!」

 

 クモの子を散らすようにメラルーたちは逃げだし、それを被害にあった人形たちが追いかけていく。

 小回りの利くメラルーたちであるが、身体能力…走る速さでは人間や人形に及ばず、何匹かのメラルーは捕まってしまう。普段の彼らは、地面に穴を掘って逃げるのだが、マザーベースの固い甲板は掘ることが出来ない。

 一匹ずつ追い詰められていくメラルー、ついには主犯格のメラルー数匹が残され必死に盗んだパンツを背負って逃げまどう。

 

「一体なんの騒ぎだ!?」

 

 マザーベースで繰り広げられる追いかけっこに気付いたミラーがやってくる。

 逃げ回るネコたちを、人形たちが総出で追いかけ回している光景はとてもおかしなものだろう。

 

「ミラー! その黒ネコ捕まえて頂戴!」

 

「ワルサー、これは一体……こいつを捕まえればいいのか!?」

 

「(ニャニャ!? かくなるうえは、これでもくらえニャ!)」

 

 捕まえようと両手を広げるミラーに対し、メラルーは風呂敷に手を突っ込み、掴んだパンツストッキングを丸めてミラーに投げつける。柔らかな布の感触を顔面に受けてミラーが怯んでいる隙に、メラルーは彼の足元をすり抜ける。

 慌てて追いかけようとするミラーだが、それよりも背後から向けられる凄まじい殺気に気付き振り返ると……嫌悪感を露わにするWA2000の姿が…。

 

「あんた、わたしのストッキング…!」

 

「え? これ? いや、違う! 今のはどう考えても不可抗ry」

 

 言い切る前に、WA2000のしなやかなハイキックがミラーの側頭部をとらえ、彼は一撃で卒倒する。

 

「酷いよわーちゃん! ミラーさんが何をしたって言うの!?」

 

「はっ、つい…! ごめん97式、その変態を頼むわ!」

 

 怒りに任せてついやっつけてしまったことを恥じつつ、彼女は急いで逃げるメラルーを追いかけていく。

 

「待ちなさい泥棒ネコ!」

 

「(しつこい奴ニャ! 誰か助けてくれニャー!)」

 

 風呂敷から盗んだパンツをまき散らしながらメラルーは走る。

 縦横無尽に走り回ってかく乱しようとするが、追いかけてくるのはMSFの戦術人形の中でもトップクラスの身体能力を誇るWA2000であるため距離は一向に離れないどころか、距離を詰められていく。捕まってはどうしようもないと考えて盗んだパンツを全て捨てるが、それでも逃げきれない。

 

 そんな時だ、ふとマザーベースの甲板上が急に霧に包み込まれる。

 走り回る人形たちはそれに気付かない……逃げるメラルーは必死に逃げ回るが、突然何かにぶつかったかのように跳ね返されて転倒した。甲板上に倒れて目を回すメラルーを不思議そうに見下ろすWA2000であったが、ふとなにかの気配を感じ前方を見つめる。

 

「なにかしら…?」

 

 そこでようやく、周囲が霧に包まれていることに気付く。

 気象条件によっては海上のマザーベースが霧に覆われることもあるのだが…彼女は前方を注視するが、そこには何の姿もなく、やがて徐々に霧は晴れていった…。

 

「なんだったのかしら…まあいいわ、これで全部捕まえたわね」

 

 目を回しているメラルーの首根っこをつまみあげる。

 普通に見ている分にはかわいらしいネコのような生き物、つい見逃してしまいそうになるが、ほっといてまたパンツを盗まれると面倒なため邪念を振りはらう。

 後日、捕まえたメラルーたちは全て例のあの怪物の島へと島流しにされるのであった。

 

 これにて一件落着、MSFの女性陣たちは安心して暮らせるようになりましたとさ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待って、なんで私だけパンツの窃盗被害が続いてるのよ」

 

 突如人形たちを集めたミーティングルームの場で、UMP45はそんなことをみんなに言いだした。

 あの泥棒ネコ共を島流しにしてから女性陣の窃盗被害はなくなったのだが、唯一、UMP45だけは被害が続いている様子。今回の会議はUMP45の呼びかけで集められたものであった。彼女が言いたいことは一つ、今だ続くパンツ泥棒を捕まえるのに協力しろということだった。

 だが、集められた人形たちはみんな問題が解決済みということもあってか、妙にやる気がない様子。

 

「お前このあいだパンツ盗まれるのに慣れたって言ってなかったか? だったら別にいいじゃんかよ」

 

「私だけ盗まれ続けてるっておかしくない? さすがに自分だけってなったら、落ち着いていられないでしょう? お願いだから手伝ってってば」

 

「うーん…」

 

 みんなの非協力的な態度を見てつい殺意を覚えるがなんとか抑え込む。

 そんな薄情な姿を見ていられなくなったのか、妹のUMP9が助け舟を出す。

 

「みんなお願いだよ、45姉を助けてあげて? 一人はみんなのために、みんなはひとりのためにだよね!?」

 

「まあそうだけどさ……なんか報酬がないと張り合いがないって言うかなんというか…」

 

「見損なったよスコーピオン! いつからそんなにお金に目がくらむようになったの!?」

 

「いや、あんたらにだけは言われたくないんだけど……45、なんかご褒美とかないの?」

 

「そうね……私のハッピースマイルなんていかが?」

 

「……解散」

 

「待って!? ちょっと待って、謝るから待って!?」

 

 立ち去ろうとする仲間たちを慌てて引き止める。

 それまでいつもの飄々としていた態度を改めて、素直な気持ちで助けを求めだす。

 

「お願いだよみんな! 助けてよ、お願いだってば…」

 

「んなこと言ったって、今度はもう手がかりないだろう?」

 

「なんで…? どうして助けてくれないの……私のことなんて、どうでもいいの…?」

 

「お、おいおい、泣くことないだろ…?」

 

 両手で顔を覆いすすり泣く姿を見て、さすがのエグゼも見捨てることは出来なくなった。

 今までは他のみんなも被害にあっているということで、なんとか我慢は出来たのだろうが、自分一人だけ被害にあっている状況がとても怖くなったに違いない。いくつもの修羅場を潜り抜けてきた彼女も、不安でしょうがないのだろう。

 

「なあ、みんなも助けてやろうぜ?」

 

 エグゼがそれまで傍観の立場に立っていた人形たちに呼びかければ、彼女たちは頷く。

 

「ほら、みんな協力してくれるからよ。顔あげろよ45、なんでも手伝ってやるからよ」

 

「ん? 今、なんでもって言ったよね?」

 

「あぁ?」

 

「ふふ、録音完了。言質取りました~」

 

「このやろう!」

 

 ボイスレコーダーをちらつかせてケロッと笑顔を見せるUMP45に、してやられるエグゼらであった…。




まだだ!まだ(モンハンコラボは)終わっていないっ!

UMP45は小悪魔じゃなきゃね!!


というわけで次回予告、主 役(被害者)はUMP45でお送りするよ!

討伐クエスト:霞に消えゆく太古の龍、お楽しみに!


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討伐クエスト:霞に消えゆく太古の龍

 思い返してみれば、パンツがなくなる時…それは常に霧深い夜のことであった。

 MSFの気象予報士も謎に思うほど、パンツが紛失する夜の濃霧は唐突に発生する……一連のパンツ窃盗事件に終止符を打つべくUMP45はバックアップデータやメンタルモデルの深層まで洗いざらい調べ上げ、不可解な霧の気象条件に目をつけるのであった。

 そこからさらに、彼女は霧深い夜に何かを見なかったかと周囲に聞いて回るのだった。

 しかしここからが手詰まりとなり、やはりみんなも霧の異変には気付きつつも特別に気を引くようなものを見たという情報は得られなかった。そうやって調べている間にも例の濃霧が発生し、またまた彼女の下着は盗まれる…気を張り詰めていたのにしてやられたUMP45はかなり悔しがっていたという。

 

 なんら情報も得られないまま数日が過ぎる。

 今までの窃盗頻度から明日か明後日くらいにまた下着泥棒が現れるだろう。

 何が何でも下着泥棒を捕まえたい彼女は、今まで頼ることのなかった人物に助けを求めることを決めた。今までは相性の問題で会話も最小限に済ませてきたが、情報を制する彼なら真犯人が分かるはずだ。

 

 

「――――というわけなので、力を貸してくれないかしら?」

 

「断る、帰れ」

 

 

 UMP45の期待は、一瞬にしてオセロットに斬り捨てられる。

助力を申し出てきたUMP45に対しただの一度も振り向かない安定の態度を目の当たりにし、一瞬殺意を覚えるが、彼の力が必要不可欠であるのと戦っても絶対に勝てないのは分かり切っているので耐え忍ぶ。UMP45の考えとしては、一度のお願いで助けてくれたらラッキー程度の認識であったので、ここまでは想定内である。

 ではどうするか、UMP45は彼にとっての愛弟子を使って説得する戦法を取る。

 

「こいつを助けたくない気持ちはまあ9割がた理解できるけど、何とかしてくれないかしら?」

 

「おい?」

 

 一応信用はしているが、信頼はまるでしていないオセロットとWA2000。

 説得を任せる人を間違えたかなと思うが、堅物のオセロットは唯一の弟子であるWA2000の一応の説得に耳を傾ける。

 

「45のパンツ窃盗は抜きにしても、例の突然発生する霧は問題だと思うの。あんな不規則に濃い霧が発生したら、マザーベースを離着陸するヘリに悪影響だと思うんだけれど」

 

「一理あるな……まあ、こいつが衣服を失くすのは自己管理がなってないだけだとして、あの濃霧は気にはなっていた。いいだろう、少し調べてやる」

 

 先ほどUMP45と話をしていた時とは明らかに態度が違う様子を目の当たりにした一同は、やっぱり一途にたった一人を追い続けた少女の力は凄いなと改めて思うのだ。

 彼の氷の精神を溶かしたこの出来事を、UMP9が愛だねと言うと、WA2000は顔を真っ赤にしつつもまんざらでもない様子であった。

 

 とにかく、MSF最強の一角であるオセロットが協力してくれるならこの不届きなパンツ泥棒の正体を掴むのは時間の問題に違いない。みんなの予想通り、オセロットはさっさと情報を入手し戻って来てくれた。

 

「監視カメラの映像記録だ。マザーベースを深い霧が覆う夜の映像だ」

 

 404小隊と、WA2000率いる小隊の前でオセロットは探し出した監視カメラの映像を再生する。

 映像には深く白い靄が一面に映っており、視界はとても悪い……しばらくは霧に覆われたどこかの甲板上を映すだけであったが、やがて監視カメラの前をUMP45が通り過ぎていき、そこから数十秒後に映像が途切れるのだ。

 

「え?これだけ?」

 

 416が思わずそう呟くと、オセロットは小ばかにするように鼻で笑いもう一度映像を再生する。

 そしてUMP45が監視カメラの前を通り過ぎた数秒後のタイミングで、映像を停止させた……停止した画面に映し出された異形の存在に、映像を見ていた人形たちはゾッとする。

 

 紫色の大きな身体に長い舌、カメレオンに似た風貌、頭部から伸びる一本の角…映像の中でわずか一瞬の間だけ姿を現した異形の存在は生物なのかどうかも定かではない。ほんの一瞬だけしか映らなかったため、彼女たちは気付けなかった。

 

「戦術人形のくせに、人間のオレより視力が弱いとはな…」

 

「うるさいわね……でも、なんなのこいつ? もしかして、怪物の島の生物?」

 

「さあな。手がかりは見つけてやった、あとは自分で何とかするんだな」

 

「え? もう助けてくれないの?」

 

「調子に乗るな。後はお前たちで何とかしろ、こっちは忙しいんだ」

 

 監視カメラの映像を入手したまででオセロットは仕事を終えたと判断し、その場を立ち去っていった。

 

「相変わらずいけ好かない奴!」

 

「ちょっと! せっかく助けてくれたのに、その言いぐさは何よ!」

 

 薄情なオセロットを責めれば、彼を一途に信頼するWA2000が黙ってはいない。

 ケンカになりそうなUMP45とWA2000を周りの人形たちが引き離すが、おかげでこれ以上WA2000らの協力は得られそうにない…エグゼも部隊訓練のために前哨基地に行ってしまったし、好奇心旺盛でこの手の話題にすぐ食いつくスコーピオンも今回はスネークと一緒に任務中だ。

 

「こうなったら、私たち404小隊だけでやるしかないわね!」

 

「本気なの45姉? もう一度みんなに助けを求めた方が良いんじゃ…」

 

「言うだけ無駄よ9、あいつら薄情だから。それよりG11のアホはどこにいったの?」

 

「あんたの背中で寝てるわよ、大人しすぎて忘れてたんじゃないの? とにかく、私たちだけでこのへんてこモンスターをやっつけるわ。404小隊、出撃よ!」

 

 パンツ泥棒をやっつける、と聞けばマヌケな任務であるが一応小隊長のUMP45が号令をかければその配下のメンバーは気持ちを切り替えて任務に望む。ここ最近見せ場の少なかった小隊としては、この未知なる変態モンスターを倒し、今一度404小隊の名声をMSFに響かせてやろうと意気込みを見せるのだ。

 

「それで、作戦はどうするの? 相手は見えない敵よ」

 

「そう見えない敵、でも確かに実在する…幻なんかじゃない、実体があるならやりようはあるわ。まずは開発班から赤外線ゴーグルを借りてきて、あとはスタングレネードを…後は私が囮になれば奴はきっと来るはずよ」

 

「あえて危険を犯す作戦というわけね、気に入ったわ。それじゃあ行きましょう」

 

 いざ、モンスターを狩るために彼女たちは必要な装備や物資の調達に奔走する。

 暗視ゴーグル、赤外線センサー、クレイモア、RPG-7などなど……これから戦争でもしに行くのかと言わんばかりの装備をかき集め、ミラーに事情を説明し、プラットフォームの一つを待ち伏せの場所として借り受ける。これで万が一、ドンパチやってもMSFのスタッフには被害が及ばない。

 昼間のうちにプラットフォームのあちこちにトラップを仕掛け、強力な固定機銃を設置。

 MSFがかつて、メタルギアZEKEとの模擬戦闘で使用した武装を参考に、できる限りの火器をかき集める。完全武装されたそのプラットフォームはもはや要塞と呼ぶにふさわしい出来であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日の夜、煌めく星空に煌々と光る三日月が空に浮かぶ。

 そんな美しい夜は、いつの間にか発生した深い霧によって遮断されていく……この霧の発生を見て、例のあのモンスターが出現したのだと察したUMP45は仲間たちに合図を送る。隊長の合図でUMP9、416、G11は即座に赤外線センサーを起動し索敵に移る。

 

『こちら416、敵影なし』

 

『こちら9、こっちも異常はないよ』

 

『……zzZ……zzZ……』

 

「誰かG11の傍にいる? 甲板から海に突き落として」

 

 若干一名使えない者がいるが、協力的な二人には感謝の気持ちが生まれる。

 散開させて索敵にあたらせているが、いまだあのモンスターは現れていない。だが奴は確実にここに来てパンツを盗みにくる、そんな確信に近いものが彼女にはあった。

 そんな時、UMP45はスカートを引っ張られる感触に振り向くと、見覚えのあるネコの姿があった。

 

「あんたは確か、トレニャー? なんでここに?」

 

「(ニャー! オオナズチに戦いを挑むハンターさんがいると聞いていてもたってもいられなくなったニャ! 他より大人しめとはいえオオナズチは古龍ニャ、油断は禁物なのニャ!)」

 

「あー…なんて言ってるのかしら? 猫語は翻訳出来ないわね」

 

「(おいらたちの言葉が分からないなんて遅れてるニャ。まあいいニャ、オオナズチに挑む無謀なハンターさんにプレゼントニャ!)」

 

「あら、なにこれ? くれるの?」

 

「(オオナズチは姿が見えないのが一番の脅威だと思われるけど、一番注意しなきゃならないのは強力な毒ニャ! 人形は病気にならないとかなんだとか、そんなのここじゃ通用しないから解毒剤をあげるニャ! じゃあ健闘を祈るニャ!)」

 

 奇妙な液体の入った瓶を手渡したトレニャーは手を振りながら霧の中に消えていった。

 渡された瓶をかざして不思議そうに見つめていた時、UMP45は自分の後ろにずしんとなにかが降りてきた音を聞く。咄嗟に振り返るが、見つめる先にはなにもおらず、ただ深い霧がどこまでも広がっている。

 銃を構え、注意深くその先を見据える…だがどれだけ目を凝らしても霧以外に見えるものはない。

 

「っ!?」

 

 気が緩んだ一瞬のタイミングに、UMP45は真正面から凄まじい早さで接近した何かに弾き飛ばされ甲板を転げまわる。

 

『45姉! どうかしたの!?』

 

「くっ、例のモンスターが来たわ! 不意打ちを貰った…罠をすり抜けるなんて、一体……あれ?」

 

 ふと、妙にスカートの中がスース―するのに気付く。

 おそるおそる手を伸ばしたUMP45はしてやられたことに気付き、悔しそうに唇を噛み締めた。

 

「よくも…やったわねアンタ!!」

 

 怒りで我を忘れた彼女は即座に銃を構えその引き金を引いた。

 相変わらず敵の姿は見えていないが、攻撃を受けた方向から敵の居場所を予測し撃ちまくる。

 そこへ416も駆けつけ、UMP45が射撃する方向に対し自身も銃弾をばら撒くのだった。

 マガジン内の弾を撃ち尽くした二人はリロードを済ませ、相手の様子を伺う…そしてゆっくりと前に歩きだすと、甲板にうっすらと赤い血が飛び散っているのを見つけた。少なからずダメージを与えられたことに笑みを浮かべる二人だが、見えない敵にとってかすり傷程度のものであった。

 

「45姉ー! 敵はどこ!?」

 

 そこへ駆けつけたUMP9、大声で手を振りながら走れば敵の目を引きつけるには十分であった。

 見えないモンスター…【オオナズチ】に目をつけられたUMP9は、突如何かぬめぬめしたものに身体を絡めとられて宙吊りになってしまう。攻撃のタイミングと、その場に吹いた風によって霧がわずかに晴れたことでモンスターのステルスが解除された。

 監視カメラの映像に映ったあの摩訶不思議なモンスターと同じ、毒々しい紫色の大きな身体に左右が別々に動く目玉、二つの大きな翼と持った龍の姿であった。

 

「うわーん! 助けてー!」

 

「9! この、私の妹によくも!」

 

「待って45、この距離で撃ったら9に当たってしまうわ!」

 

「ちっ…どうすれば!」

 

 そうしている間にも、オオナズチの長い舌に絡めとられたUMP9は身体のあちこちをまさぐられていく。

 ぬめぬめした長い舌が、UMP9の太ももに絡みつき、スカートの中に侵入していく。

 

「離してってば! いや、やめ……!」

 

「9! スタングレネードを使いなさい!」

 

 姉の指示に従いバッグからスタングレネードを取り出そうとするが、オオナズチの長い舌が今度はUMP9の上半身を絞めあげる。

 

「いやぁ……そんなとこ、舐めないで……!」

 

「この腐れ変態モンスター! もう我慢ならないわ、RPGをぶち込んでやる!」

 

「待って416! ムカつくけど、アイツを呼ぶしかないわね………聞こえてるでしょうジョニー、アイツをぶちのめせ!」

 

 UMP45がその名を呼んだとき、霧に覆われたプラットフォームに大きな咆哮が響き渡る。

 獰猛な何かが凄まじい勢いで接近するのを感じ取ったオオナズチはピクリと反応する……そして、霧の奥から装甲人形ジョニーが飛び出してきたかと思うと、スピードと重さの乗った強力な飛び蹴りをオオナズチの頭部に叩き込む。

 アメリカ製軍用人形ジョニーの凄まじい蹴りを受けたオオナズチは、その大きな身体をのけぞらせて転倒する。

 

 オオナズチの長い舌から解放されたUMP9をその腕でジョニーは抱きとめると、乱れた彼女の衣服を直して床に下ろす。

 

「ありがとうジョニーくん!」

 

「礼には及ばん。UMP姉妹の守護神ジョニー、ただいま参上! このオレが来たからには――――グフッ!?」

 

「ジョニーくん!?」

 

 かっこよくポーズを決めようとしたジョニーであるが、素早く起き上がって来たオオナズチの強烈なパンチを受けて吹き飛ばされる。起き上がったオオナズチは息を荒げ、怒りの感情を露わにしていた。

 だが、この程度のパンチでやられるジョニーではない。

 

「パンツ泥棒の変態にしてはやるな」

 

「ジョニー、あんたブーメラン突き刺さってるわよ」

 

「黙れ巨乳! お前にUMP姉妹を救えるか! オレを下劣な変態と一緒にするな……オレがこいつに直々に教えてやる。パンツも財宝も、手に入らぬ存在だからこそ美しいのだ! 45姉の涙で濡れたパンツなど、オレは望みはしない!」

 

「…………あのさ、本当に気持ち悪いわねあんた。45、私はもう帰っていいかしら?」

 

「いい度胸ね416、私と9を変態の巣窟に置き去りにするなんて。今月のあんたの報酬払わないわよ?」

 

 ジョニーとオオナズチのバトルは凄絶を極める。

 ジョニーはプラットフォームに仕掛けられた固定銃器を引っこ抜いて撃ちまくり、一方のオオナズチは堅牢な身体で銃弾を弾きつつトリッキーな動きでジョニーを翻弄する。戦いの最中にオオナズチは幾度も霧の中に身を隠すが、生憎とジョニーは赤外線センサーや生体反応装置など、高度な索敵モジュールを搭載しているために姿を隠すオオナズチに惑わされることなく戦えた。

 得意の戦法が通用しないと悟ったオオナズチは姿を隠すのを止め、ジョニーに対し強力な毒液を浴びせかける。

 全身を鋼鉄の装甲で包むジョニーは笑い飛ばすが、毒液を受けた箇所が腐食するのを見て焦りだす。

 

「おのれ…!」

 

 緩急あるオオナズチの行動はタイミングを計るのがとても難しい。

 突っ込んできたと思えば急に立ち止まり、タイミングをずらし再び突進してくる。ジョニーでさえもまともにぶつかり合えば力負けする古龍の力によって、徐々に追い込まれていく。

 

「ぐっ………! 45姉の期待に応えられないとは、なんたる不覚…!」

 

 膝をつくジョニーをあざ笑うかのようにオオナズチは舌なめずりをする。

 ジョニーでどうにかならないなら、もうどうしようもないではないか……素直にスネークとかエグゼに土下座して助けてもらった方がいいのではないか、そう言おうとした416であったが、UMP45はそれを却下した。

 

「ジョニー! あんた見損なったわ、あんたは変態は変態でも強い変態だと思っていたわ!」

 

「うっ、45姉……!」

 

「あんたこのままじゃ負け犬よ、一生私のそばにいる資格はないわ! これからもそばにいたいなら、何が何でもそいつをぶちのめしなさい!」

 

「そうしたいのはやまやまだが、いくらなんでも…」

 

「勝ったら脱ぎたての下着をプレゼントしてやってもいいけど?」

 

「ふははははは! みなぎってきたぁ!!」

 

 UMP45の言葉で、消えかけたジョニーの闘志に再び火がついた。

 突っ込んでくるオオナズチに真っ向からぶつかっていく、UMP45の言葉で気合を入れ直したジョニーはオオナズチの突進を受け止めたばかりか逆に押し返す。自身の何倍も大きな身体を持つオオナズチを持ちあげ、地面に叩き付ける。

 頭部を固い甲板に叩きつけたオオナズチは目を回す。

 隙だらけとなったオオナズチに対し、ジョニーは雄たけびをあげながら渾身のアッパーカットを放つのだ。

 頭部に続けて強力なダメージを受けたオオナズチはよろめき、力なく倒れ伏す…。

 

VICTORY(ビクトリー)!!」

 

 高らかに勝どきをあげるジョニー、UMP9などは大はしゃぎで手を叩いているが、UMP45と416は軽蔑の眼差しを向けたまま手を叩く。

 

「まあどうあれ、これで片付いたわね…ジョニー、そいつを始末しなさい」

 

「む…? こいつを、殺せと?」

 

「そうよ。生かしておいたらまた盗みにくるに違いないわ」

 

「だが……45姉、その指示には従えません……オレにはこいつを殺すことは出来ない」

 

「ふざけないでどうして命令が聞けないの?」

 

「それは……こいつもまた、45姉を愛していたからだ!」

 

「……は?」

 

 ジョニーの言葉に、UMP45の思考が停止する。

 フリーズする彼女の前でジョニーはさらに続ける。

 

「オレが愛する女性を、同じように愛するこいつを俺はどうしても憎むことができん! 確かにこいつはやり過ぎたかもしれん、だが、こいつはやり直せるはずだ! もう一度、健全な愛を知るチャンスを与えてやってもいいはずだ!」

 

「健全な愛って言うのが、のぞき見したりストーカーしたりするって言うのなら、あんた相当歪んだ変態よ」

 

「黙れ巨乳……見知らぬモンスターよ、45姉のパンツが欲しい気持ちは重々分かるぞ。だがお前が本当に見たいのはパンツではなく、パンツをはいた45姉のはずだ」

 

 むくりと起き上がったオオナズチは、もはや戦う意思は無いように見える。むしろ、何かわだかまりがなくなったのか妙に晴れ晴れとした顔をしていた。そしてオオナズチは最後に一度UMP45を視て舌なめずりすると、姿を霞の中に消していった…。

 霧が晴れ、美しい星空が戻って来た。

 

 これにて一件落着、任務成功の報告をしようとしたジョニーを、UMP45は即座に拒絶する。

 

「ごめん…冗談抜きで無理、もう無理! 近づかないで!」

 

「え? 45姉?」

 

「うぅ、さっきから鳥肌が止まらないわ……もう、最悪…!」

 

 そう言ったきり、UMP45は二度と振り返ることなくその場を立ち去っていった。

 

 

 後日、ジョニーは誠心誠意心の底から詫びを入れてなんとかお許しを貰うことになった……あの時のUMP45の本気の拒絶にショックをうけつつも、ゴミを見るようなあの目に少しときめいてしまったのは内緒だ。

 ちなみに、撃退したはずのオオナズチはそれからもマザーベースに居座り、404小隊のマスコット枠に勝手に収まるようになったのだった…。




深夜のテンションって恐ろしい…。


オオナズチくんは404小隊の妖精枠ですね。
強力なバフと支援効果が期待できそうですね(スキル、敵の弾を盗んで戦闘不能にする)


さて次どうしよう…w

まあ、そろそろ本編で哀しい結末を迎えたあの二人を救済しようかなと思っていたり。


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夢見た世界

やさしい世界


 カーテンの隙間から差し込む光を受けて私は目を覚ます。

 寝たままの姿勢で、薄暗い天井をぼんやりと見つめ続けていると、小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。少しひんやりとした朝の空気を肌で感じながら、私は再びまぶたを閉じた。聞こえてくる風のせせらぎと木々のざわめきに混じって、穏やかな寝息が聞こえてきた。

 私は少し寝返りをうち、わたしのすぐ隣で静かに眠る少女を見つめる。

 私のそばで眠りにつく彼女を見ていると、心が安らぎ温かな感情が胸いっぱいに広がっていく…顔にかかる長い黒髪を静かにかき上げて、そっと彼女の頬に触れれば、彼女の温もりが私に伝わってくる。

 

 あぁ、今日も私は生きている…。

 

 ここには私だけでなく、確かに彼女も存在する…私は孤独なんかじゃない。

 

 

「……ん……」

 

 

 私が頬に触れた感触で起きてしまったのだろう、彼女は小さな声を漏らし、ゆっくりとまぶたを開く。もっと寝顔を見ていたかったり、起こしてしまったことを申し訳なく思ったりもするが、一緒に起きて今日という一日を彼女と心ゆくまで過ごしたいという想いもあった。

 まだ眠そうな目で私を見つめてきた彼女は、小さく微笑みかけてくる。

 

 

「おはよう…シーカー」

 

「おはよう、ドリーマー」

 

 

 朝の挨拶を交わしあった後も、私とドリーマーはシングルベッドに横になったままお互いを見つめ合う。私が頬や髪を撫でてやれば、ドリーマーは心地よさそうに目を細めて笑う。そんな彼女の姿がたまらなく愛おしくて、何度も繰り返してしまう…でも、いい加減起きなければならない。

 私の意図を察した彼女もベッドから起き上がると、ふと私たちは手を繋ぎ合っていたことに気付く…昨夜、寝る時に手を繋いだまま朝を迎えたようだ。お互い気恥ずかしそうに笑い、少し名残惜しく手を離す…。

 

「朝ごはんつくるわね」

 

「私も手伝おうか?」

 

「気持ちだけでいいわ、座って待っててね」

 

 ドリーマーは起きるといつも朝食を作るためにキッチンに向かう。

 その間わたしはベッドをたたみ、窓を開けて新鮮な朝の空気を部屋の中にいれる。朝の空気は少し寒いが、起きたばかりの身体を覚醒させるのにはちょうどいい。窓際から見える青い海は、私のお気に入りだ……海岸沿いの森の中にポツンと建てられていたログハウスに私とドリーマーはひっそりと住んでいる。

 元々は誰かの別荘だったここを掃除して、痛んだ箇所を直したものだ。

 人が暮らす町から離れていて、この時代では珍しい豊かな自然に囲まれた場所…私もドリーマーも、この場所を気に入っている。

 

「シーカー、ごめん薪を持ってきてほしいんだけどいいかしら?」

 

「すぐにとってくるよ」

 

 キッチンから聞こえてきた声に返答し、私は家の外の薪置き場に足を運ぶ。

 森の中を歩きまわってかき集めた枝木や玉切りにした木材を割ったもの、比較的乾燥した木材を選んでキッチンへと運ぶ。昔ながらのかまどを用いた調理場があってよかった、ガスを用いるコンロであったなら私たちはここに住むことは出来なかった。

 キッチンに向かうと、香ばしい香りが漂い空腹感を刺激する。

 

「ありがとうシーカー、そこら辺に置いておいて」

 

 料理の腕というより、家事全般が壊滅的な私に代わってそれらを引き受けてくれるドリーマーには感謝の念しかない。長い黒髪を調理の邪魔にならないよう首の辺りで一つに結び、白のエプロンを身に付けるドリーマーにそっと近寄ると、私は後ろから彼女を抱きしめる。

 すると、彼女は少し驚いた様子を見せ、少々困ったように笑う。

 

「もう甘えん坊さんね、朝ごはんが作れないでしょう? リビングで待ってなさい」

 

 鼻先を指で叩かれた。

 彼女の料理も食べたいがこのままでいたい気もする…だがあまりやり過ぎると怒られてしまう。私はそっと手を離し、言われた通りにリビングのテーブルに腰掛けた。朝ごはんができる間、私は適当な本を取り出し読書にふける…以前はよくイントゥルーダーに読み聞かせをお願いしていたが、自分の目で文章を読むことの楽しさを最近感じつつある。

 イントゥルーダーに教わり、すっかり私自身魅了されてしまったシェイクスピアの作品。

 一度読めば再び読み直すことは無いが、彼の作品だけは繰り返し読み、その度に新しい感動を与えてくれる…ドリーマーと一緒にいる時は本を読まないようにしているため、今のような待つ時間に本を読む、私のささやかな楽しみだ。

 

 1ページの文章を読み終えたところでドリーマーが来たため、しおりを挟み本をしまう。

 

「お待たせシーカー、さあ召し上がれ」

 

 焼いたウインナーとベーコン、軽く火で温めてふんわりとさせたロールパンにコンソメスープだ。

 私は彼女と、今日のこの糧に得られたことに感謝の気持ちを示し、料理をいただいた。

 

 

 

 

 朝食後のコーヒーを済ませた後、私たちは町へ出かけることとした。

 外出の目的は買い物だ、日用品や料理に欠かせない調味料、あとは町でしか手に入らない食材などを求める。家出の主導権はドリーマーだが、外出時は私が彼女をエスコートする。

 家の近くの厩舎には、一頭の黒い馬がいる。

 アハルテケ種の若く気品ある賢しい馬だ、外出時には彼の背にまたがり出かけるのがいつものことだ。

 彼の背にまたがる前に、彼の顔とたてがみを撫でる…馬との信頼関係はとても大事だ、少なくとも私が志す騎士道において、馬とはパートナーに等しい存在だと認識している。

 

 彼の背にまたがりドリーマーを迎えに行く。

 外出のためにドレスアップをした彼女を馬に乗り迎えに行くのは何よりも気に入っている、玄関の前で佇む彼女に手を差し伸べ愛馬に乗せる。古き良き騎士道物語さながらのようで、ついつい私も嬉しくなってしまう。

 町までの道のりもお気に入りの時間だ、私はドリーマーとの会話を楽しみつつ、若く体力を持て余す馬が勢いよく走ってしまわないよう制御する。

 

 

「到着ね。さて、今日は何があるかしら?」

 

 

 目的地の町は、昔ながらの建物が残るのどかな景観を持つ。

 治安もよく、決して豊かとは言えるわけではないが人々の笑顔が溢れる綺麗な町であった。

 今回の買い物は主に日用品、洗濯用の洗剤やキッチン周りの備品を買い求める。あまり買い過ぎないよう注意しながら買い物を続け、お昼時になった頃に、私たちは町の小さなレストランに入って行った。

 

「ん~、それにしても鬱陶しい連中がいないからのんびりできていいわね」

 

「ふふ、そうだな。強者とのスリリングな戦いも興味はあるのだが」

 

「私はそんなのまっぴらよ。めんどくさいしだるいし、自分のやりたいことやって気ままに生きてた方がいいわ。あんたも本当はそうでしょう?」

 

「ふむ……それもそうだな」

 

 ドリーマーの言う通りかもしれない、ここには私たちの正体を知る者はいないし襲い掛かってくるものもいない。ここで暮らしていけば、私とドリーマーは自分たちが造られた存在であるのを忘れさせてくれる。

 騎士としての強さを求めた時期が今は懐かしい。

 剣も盾も捨てるつもりはないが、身の丈以上のことはもう望まないつもりだ……それに、今は彼女がいるのだから。私だけのお姫さま(プリンセス)が…。

 

 

 

 

 

 買い物を終えて家に帰り、ドリーマーが家の掃除をしている間に私は愛馬を走らせる。

 持て余した力を存分に発揮できて彼も喜んでいる……海岸線沿いの平坦な道を走らせながら、古い灯台跡が残る岬にたどり着く。お互いに時間があればドリーマーとも一緒にこの場所にやってくる、青く美しい海を一望できるお気に入りの場所だ。

 馬をそこではなし、広い野原を自由に走り回る姿を見つめる……変わり映えのしない毎日であるが、平穏で穏やかな日々の暮らし。これこそがきっと、私が夢見た世界なのだろう。だから、この日常が終わってしまうことを想像すると、私はいつも恐怖に怯えてしまう…。

 

 家に帰る頃には辺りはすっかり暗くなっており、玄関を入った先で帰りが遅いとドリーマーに叱られる。

 彼女のご機嫌をなんとかとった後に夕食を済ませ、私はドリーマーと二人でお風呂に入るのだ……お風呂も薪で温めているので温度調節が難しいが、今日のお湯加減はちょうどよかった。前に私がやった時は超高温のお湯と化し、以後私は余計な手を出さないことを誓った。

 

 お風呂を上がり、リビングでのんびりとした時間を過ごす……一日が終わりに向かうこの時間、いつもドリーマーは風呂上がりでのぼせた身体をソファーに投げ出してリラックスしているが、私はこの時間帯が苦手だった…。

 

 ドリーマーが欠伸をし始める頃に、私たちは寝室に向かい一緒のベッドに入って眠りにつく……。

 

 だが私はいつも、一人で眠りにつくことが出来ない……眠ってしまうのが何よりも怖いのだ。

 

 次に目覚めた時、今の平穏な暮らしも、最愛の彼女も存在しない暗く冷たい世界を想像するといつも恐ろしくなるのだ。決して多くを望みはしない、だが……孤独になるのだけは絶対に嫌だった。

 何よりも、ドリーマーがいないことを考えるだけで胸が締め付けられるようだった。

 

 

「眠れないの?」

 

 

 不安に駆られる私の気持ちに気付いたドリーマーが見つめてくる。

 窓から差し込む月明かりが彼女の白磁のような肌を美しく照らし出す……ドリーマーは確かにそこにいる、彼女のぬくもりも、息づかいも感じられる。だがそれらすべてが幻想に過ぎないと考えるだけで、私の心は氷のように冷たくなっていく。

 

「私の手を握って?」

 

 不安で眠れない時、ドリーマーはいつもこうして私の手を握ってくれる。

 そうすると、何故だかわたしの不安が和らいでいく……。

 

「目を閉じて…」

 

 言われた通りに、まぶたを閉じると唇に柔らかなものが触れた…。

 

「私はいなくならないよ、シーカー。ずっとずっと、一緒だから」

 

「ありがとう……ドリーマー、嬉しいよ…」

 

 彼女の温もりが、私の心から不安と恐れを取りはらってくれる…。

 

 彼女と一緒なら、明日に希望を持てる…。

 この夢が永遠であることを願って、私は…。




シークレットシアターのほのぼの平穏な世界が、シーカーが抱いていた理想・夢って考えると切なくなるよ…。


はっ…!
いかんいかん、せっかくのシークレットシアターなのに湿っぽくなったじゃないか!


というわけで、こいつらしれっと復活させますね~。


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身にはボロ着て心に錦

タイトルは大日本帝国のスローガン、まあ贅沢は敵だみたいな意味です


 MSFは世界各国から兵士たちが集い、多国籍軍の様相を持っているのは既に知るところである。

 MSFにいったいどれだけの人種がいるか数えるのは両手の指では数え切れないほどである…人種が違うということは、言語も習慣も文化も違う。必然的にもめ事は起きやすかったりもする…MSFではその点に注意した上で兵士たちの勧誘を行ったり、兵士たちのコミュニケーションの疎通を図りそれら争いごとは極力抑える努力をしてきた。

 兵士たちの協調性に注意する労力はあるが、各国から兵士たちを受け入れるメリットというのも存在する。

 当たり前だが、それぞれのお国柄によって軍隊のあり方などや部隊の訓練方式も異なるものだ。MSFでは一つのやり方に固執せず、兵士たちによって持ちこまれた訓練方法や戦術などを日夜研究し、よりよい形に昇華して組織の育成に役立てるのである。

 

 戦術人形の運用方法もその中の一つだ。

 

 MSFにとって戦術人形の運用方法はまだまだ遅れていると言わざるを得ない部分がある。

 命令を忠実に遂行するだけの軍用人形ならいざ知れず、MSF戦術人形で主力を担う人形たちは良くも悪くも個性的な者が多い。癖のある人形たちをどうやって運用するかが、戦術人形たちを利用する組織の悩みどころであった。

 グリフィンでは早期に戦術人形の有用性を見出したため、この分野においては他の組織より抜きんでているといってもいいだろう。

 

 

 さて、MSFにおいて実質組織の運営を担っている副司令ことカズヒラ・ミラーはそんな戦術人形たちの行動に頭を悩ませていた。傍らには同じくテーブルの上の帳簿とにらめっこする97式の姿と、我関せずといった様子の蘭々が居眠りをしていた。

 

「どうしたものか…」

 

「うーん…」

 

 二人が頭を悩ませている理由、それは自由奔放な戦術人形たちの浪費癖だ。

 エグゼは部隊強化のために時に圧力をかけて無人機や兵器をぶんどっていき、スペツナズは優秀だが平時のアルコール消費が半端ではない、そして多くの人形たちに言えることだが射撃場での弾薬消費が多すぎる。スプリングフィールドやWA2000といった一発必中を志す人形ならともかく、スコーピオンもMG5もネゲヴもとにかく弾をばら撒きまくる、416などは榴弾発射のおまけつきだ。

 一時期は弾薬は実費だった時期もあったが、猛抗議を受けて見直した……その結果が、MSFの収益減少である。

 

「射撃訓練で弾を使うのは分かるが、いくらなんでも浪費がすぎる。オレたちは国に予算を貰ってるわけじゃないんだから、そこらのところを考えてもらわなくちゃ困る」

 

「一部の人はストレス発散に撃ちまくってるみたいだし……ミラーさん、このままじゃ敵に倒される前に弾代でMSFが潰れちゃうよ!」

 

「むやみやたらに弾を浪費しているのが誰か分かってるが、どうしたものか……スネークは基本的に人形たちに甘いし、オセロットは諜報にかかりっきりだし」

 

 あと頼れる者はエイハヴとキッドくらいだが、エイハヴは優しすぎるしキッドはノリノリで戦術人形に付き合ってしまう。ミラーが直接出向いてもありだが、一部反抗的な人形の返り討ちに合う……ではどうしたらいいか、97式はあるアイデアを思い浮かべる。

 

「ミラーさんあたしにいい考えがあるよ! この手の問題を解決できそうな人がいるの!」

 

「む!? 何かいい考えがあるんだな!?」

 

「グリフィンにね、ものすごーくお金儲けが得意な人がいるの! その人フルトンで回収しちゃうんだよ!」

 

「いや、さすがにそれは…問題になるんじゃ……」

 

「背に腹は代えられないよミラーさん! 別組織の人を拉致じゃなかった、勧誘するのは今までやって来たことだよね! 損失は収益で補う、この手で行きましょう!」

 

「よし分かった! じゃあ早速戦闘班にミッションを用意しよう!」

 

 話がまとまれば行動は早い、諜報班にすぐさま向かい対象人物の居所を入手し早速部隊を向かわせる。そこから数日程待った後に、MSFには一人の少女がフルトン回収されて連行されてきた。道中暴れまくったのだろう、ロープでがんじがらめにされて物凄い形相でミラーと97式を睨みつける。

 二人の前に運ばれた少女であるが、97式は思っていた人物と違うようで首をかしげる。

 

「あれ? この人じゃないよね? あたしが言ったのは、グリフィン後方幕僚のカリーナって人なんだけどさ」

 

 どうやら間違った人物をフルトン回収してしまったようだ。

 

「うーん…グリフィンのカリーナだったら上手くいくと思ったんだけどなぁ」

 

「ちょっとなんなのよ! いきなり空に打ちあげといて! ここはどこ!? あんたらだれ!?」

 

「まあまあ、細かいことは気にしちゃダメだ。フルトン回収したからには、オレたちが君の面倒を見るつもりだから。よろしく、えっと…」

 

「いいから、その前にロープほどいてよ!」

 

「元気いっぱいな戦術人形だね」

 

 ひとまず要求の通りロープをほどいてあげる。

 拘束を解かれた少女は一瞬二人に跳びかかろうとしたようだが、真後ろでギラギラした瞳を向ける蘭々を見て踏みとどまった。

 

「君は、もしかして64式自動小銃の戦術人形かい?」

 

「あら、私のことを知ってるの?」

 

「もちろん。なにせオレは自衛隊にいた頃があったからな、それにしても懐かしいな…オレもよく、その銃で訓練に励んだもんだ。あの頃ときたら、薬莢一つ失くしただけでえらい騒ぎだったからな」

 

「へえ、あなた私について詳しいんだね。それに自衛隊って、あなたいつの時代の人間なの?」

 

 ミラーがかつて日本に住んでいた頃、自衛隊に所属していたこともあってか、自衛隊の正式採用小銃だった64式と会話に花を咲かせる。まあ、それを傍で見ている97式は面白くなさそうな表情をしているが…。

 会話の中ですっかり打ち解け、ミラーと97式の悩みを聞いた64式はこの問題について協力を申し出るのであった。

 

「事情はだいたい分かった。手を貸してあげるわね」

 

「それはありがたいが、どうやって?」

 

「あなたも知る、私たちのやり方を広めてあげるのよ。ルールとして定着させてあげれば、無駄な浪費も少なくなるはずよ」

 

「よし、それじゃあ今から実行しよう! よろしく頼むぞ、64式ちゃん!」

 

「ええ、ミラーさん!」

 

 固い握手を交わし、打倒浪費家を掲げる二人。

 彼女の協力を得られたところで、早速行動に移そうとするが、それまで黙っていた97式が頬を膨らませてツンツンしているのに気付く。

 

「97式? そんな機嫌悪そうにして、どうしたんだ?」

 

「知らないもん、あたしは蘭々と一緒に遊んでるから、ミラーさんなんて知らない!」

 

「97式? おーい、待ってくれ-!」

 

 蘭々を連れてさっさと司令部を立ち去っていってしまった97式、64式と親しそうに話しているのに嫉妬しているのを彼は気付けなかった。後を追いかけたが、蘭々に一撃で返り討ちにあってしまい、やむなくここからはミラーと64式の行動となるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……最近休む暇がねえな。こういう時は、射撃場行ってガンガン撃ちまくるのに限るよな」

 

「お!面白そうだね、あたしも行こうかな!」

 

「私たちもつき合うわ。なんか最近お酒手に入らないし」

 

 前哨基地での仕事を終えた戦術人形たちがマザーベースに戻って来た、彼女たちはストレスの発散法の一つに射撃場での射撃に興じる。やたらと頑丈な造りのマザーベースの射撃場では、大口径の機関銃を試射したり、時に無反動砲をぶっ放しても壊れない堅牢っぷりから火力を至上とする人形たちに好まれている。

 いつものように銃と弾薬を適当な量持って射撃場に向かうと、なにやら見慣れない戦術人形とミラー、そして月光が複数体いるではないか。

 

「いらっしゃいませ、本日から射撃場の管理を任された64式自動小銃というものよ。早速だけど、あなたたちが持ってきた弾薬を管理させてもらうわ」

 

「あぁ? なんだてめぇ?」

 

「おっと手荒なことはしてはいけないぞエグゼ。今日から射撃場で使った弾薬のチェックを厳格化することになった、持ちこんだ弾の数と、薬莢の数を後で照らし合わせるからそのつもりでな」

 

「なんだこのやろう、そんな貧乏くせえことやってられるか! どきやがれ!」

 

「おっと、そんなこと言っていいのか?」

 

 ミラーがニヤリと笑うと、背後にいる歴戦の月光たちが無言の圧力を仕掛けてくる。

 

「きたねえぞこのやろう!」

 

「弾の管理をしてくれるだけでいいんだ。好きなだけ撃っていいが、後で薬莢を数えて欲しいだけだ。何も難しいことじゃないだろう?」

 

「まあまあエグゼ、ここはミラーのオッサンの言う通りにしようよ。後でかき集めればいいだけなんだしさ」

 

 スコーピオンになだめられて、エグゼは渋々持ちこんだ弾薬の数を正確に64式に申告する。他の人形たちも申告を終えれば、あとはおもいおもいにいつも通り射撃訓練を始める。一度撃ってからはさっきのことなど忘れ、何人かは娯楽気分で銃を撃ちまくる。

 相変わらずの浪費に、そばで見ているミラーは目まいを起こすが、これからしっぺ返しを貰うことになる彼女たちにほくそ笑む。

 

 気が済むまで銃を撃ちまくった人形たちは、散らばった薬莢をかき集め出ていこうとするが64式が引き止める。

 薬莢の数を数えるまでが役目だ、仕方なく薬莢を数え始める人形たち……こういう時にやりたい放題銃弾をばら撒いたマシンガンタイプの人形は悲惨だ、ネゲヴの目は途中から死んだ魚のようになっていた。

 

「ほらよ、数え終わったぞ」

 

 拳銃タイプのエグゼが先に報告をする。

 薬莢と、数えた数を見つめる64式は健やかな笑顔を浮かべこう言った。

 

「射撃前の弾の数と、薬莢の数が合わない。やり直しね」

 

「あぁ!? ふざけんなこら! ちゃんと数えただろうが!」

 

「持ちこんだ弾薬の量より2発ほど足らないわ、ちゃんと数えたならたぶんそこらに落ちてるんじゃない? 数が合うまで帰さないわよ」

 

「うるせんだこのやろう! たかが2発くらいどうってことねえだろばかやろう!」

 

「ダメよ」

 

「新入りが調子に乗りやがって、ぶち殺すぞコラ!」

 

 手を伸ばし、胸倉を掴もうとするが再び歴戦の月光たちに威圧されてエグゼは引き下がる。

 もしもここで月光どもを強引に薙ぎ倒しても、次に出てくるのは最強のサヘラントロプス…圧力に負けたエグゼは尻尾を丸めて引き下がった。それを見ていた他の人形たちは青ざめて、結局薬莢一つ欠落することなくかき集める羽目になる…解放される頃には、すっかりくたびれた様子であった。

 

 そしてこれを機に、ミラーと64式の定めた射撃場でのルールが周知され、これまで好き放題撃ちまくっていた人形たちを戦慄させる。

 二人の自衛隊式射撃訓練はやがてみんなに恐れられる。

 だが恐れたところで射撃訓練は欠かせない、訓練に向かうたびに薬莢を数える苦行を強いられるのだった。

 

「クソ! やってらんねえぜ! オレは薬莢数えるためにMSFにいるんじゃねえぞ!」

 

「そうだそうだ! 何が節約だ、好きなもの食べて好きなだけ撃ちまくって何が悪い!」

 

 人形たちの不満は日に日に大きくなるが、それでも爆発しないのは、このルールをよりによってスネークとオセロットが公に承認したからだ。

 ミラーはともかく、スネークとオセロットには逆らえない…。

 

 その日も薬莢を数える苦行を済ませたエグゼとスコーピオンは、くたびれて射撃場内のベンチに腰掛ける。

 WA2000とスプリングフィールドがそれを見て苦笑するが、二人にとっては笑い事ではない。

 

「けっ、あんたら優等生は文句の一つもなくていいもんだな!」

 

「優等生って…やるべきことをちゃんとやってるだけですよ?」

 

「あんたら日頃からだらしないのよ。私は今回に限っては、ミラーの考えに賛同よ。だって、あんたらの射撃を訓練って呼んでいいものか分からなかったしね」

 

「噛みつく気力もねえよ、クソッたれ…」

 

 うなだれるエグゼとスコーピオンは、ベンチに深々と腰掛けて大きなため息をこぼす。

 そんな時だ、あの口やかましい64式の声が響いたのは。

 

「ちょっとあなた! 薬莢を一つも持ってこないなんて、どういうつもり!?」

 

 その声を聞いて目を向ければ、なにやら64式がとある戦術人形に対し説教をしているところであった。その相手というのが、G11である。いつものように寝ぼけ眼で説教を聞き流しているG11に、一緒に射撃場へやって来たUMP45が近寄り彼女をフォローする。

 

「ごめんなさいね、G11の使う弾薬は【ケースレス弾】って言って、薬莢を排出しないのよね」

 

「ケ、ケース……なんですって?」

 

 ケースレス弾なるものを知らないようで、64式は酷く困惑している。

 結局UMP45の話術に言いくるめられて、64式は欠伸をしながら射撃場を出ていくG11を黙って見ているしかなかった。

 

「閃いたぞ、おい…」

 

「閃いたって、何を?」

 

「ヘヘヘ…あのクソ女と、グラサンやろうをぎゃふんと言わせるアイデアが浮かんだぜ! わはははは!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、司令室でいつものように執務を取り行っていたミラーは、ふととある報告書に目をとめる。それは射撃場を管理するようになった64式の報告書であるが、なにやら筆跡が乱れおかしなことになっている。

 添付された資料には、ここ最近自衛隊式射撃訓練法の導入で改善しつつあった弾薬費が再び悪い方向に変化していることが書かれている。

 何かがおかしい、そう思い慌てて射撃場へ向かうと、内部から激しい銃声が絶えず響いてくる。

 

 おそるおそる中を覗けば、大勢の人形たちが楽しそうに銃を撃ちまくっているではないか。

 普段なら薬莢の数を数えるのを恐れて、控えめに撃っている彼女たちであるのに。

 

「ミラーさん……! どうしよう…!」

 

 そこへ、今にも泣きそうな顔の64式がやってくる。

 

「あいつら、薬莢数えたくないからって……ケースなんとか弾とかいうのを使って、撃ちまくって…!」

 

「ケース? まさか……!」

 

 咄嗟に人形たちが撃ちまくる銃を見れば、それはケースレス弾薬を用いる【Gr G11】であった。

 

「お、お前たち何をやってるんだ! やめてくれ!」

 

「あぁ?うるせえな、後で薬莢数えれば好きなだけ撃っていいって言っただろうが」

 

「その銃は薬莢が出ないだろ!!」

 

 ミラーの注意も聞かず、やりたい放題撃ちまくる人形たち…今日まで我慢していただけにみんな容赦というものがない。ケースレス弾薬というのはあらゆる小銃弾の中で特に高い代物だ、それがこうも撃ちまくられれば大変なことになる。

 

「待て! やめてくれ! オレが悪かったから! ルールは撤廃する、だから頼むー!!」

 

 射撃場に、ミラーの悲鳴に近い叫び声が響き渡る。

 

 結局、ミラーと64式の自衛隊式射撃訓練法はそれっきりなくなってしまったのだった…。

 

 

「ミラーさん元気出して? あたしがついてるから、ね?」

 

 一度は見放した97式も、そんなミラーをかわいそうに思い健気に慰めるのであった。

 

 後日、そんなミラーのために97式はまた新しい助っ人連れてくるのを決心するが、それはまた別なお話…。




こんなふざけたお話でいいのかしら??


自衛隊の薬莢さがしは大変だと聞いたので、それをネタにしました。

陸上自衛隊にケースレス弾薬の実装をはよ!


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鉄血後日談、あの人たちは今!

 アフリカは先進国が多く集まるヨーロッパなどの地域に比べ、第三次世界大戦などの影響が少ないと言われている。とは言っても、大戦初期に起こった高高度核爆発によって巻き散らされた電磁パルスは、アフリカ諸国のインフラを徹底的に破壊してしまったため、いくつかの国家は破綻していった。

 アフリカ南部にある南アフリカ共和国もまたその中の一つである。

 あらゆる電子機器が使用できなくなったことで都市は荒廃し、人々はE.L.I.Dや未知の伝染病が蔓延する都市部を離れ、周辺地域に分散し安全な地方に小さなコミュニティを作るようになったのだ。

 

 争いごとはもちろんあった。

 作物を栽培できる土地を求めたり、水を巡って殺しあったり…規模こそヨーロッパに比べ小さいが、文明社会が崩壊したアフリカの大地でも血で血を洗う紛争は絶えることは無かった。今日の糧を巡って、奪い奪われる。いつしかアフリカ大陸は、その惨状から暗黒大陸と再び称されることとなってしまったのだった。

 

 しかし、昔ながらの生活を続けてきた部族は今まで同様の暮らしをしているし、アフリカの国が全て崩壊したわけではない。貧困にあえぐ社会はあるが、それでも平和なコミュニティは残されていた。

 

 

 ボツワナを中心に南アフリカ、アンゴラ、ナミビア、ザンビアの一部地域に影響力を持つとあるコミュニティでは、アフリカで唯一戦術人形や無人機を保有し、精鋭ぞろいの傭兵部隊を抱え込んでいる。その勢力は放置されたダイヤモンド鉱山や油田地帯を占領し、それら資源を採掘することで外貨を稼いでいる。

 豊かさを求めて難民たちがそこを目指すこともあるが、そこの領主はある種の人嫌いでなおかつ排他的、大抵の者は追い払われるか入ったとしても追放される。一度怒った人々が仲間を率い武装して攻撃を仕掛けたが、逆に圧倒的な戦力を仕向けられ、より過酷な砂漠の不毛地帯に追いやられる羽目になったのだった…。

 

 そんな恐ろしい土地にやって来たとある一団。

 上陸した海岸からそこまで長い道のりであったため、酷く疲れた様子の女性たちは、前方にある広々とした農園を見てホッと安堵の息を漏らす。

 

「やっと着いた! もうくたくただよ…」

 

「まったくだ。あのやろう、迎えの車くらい手配しろってんだよ…こっちにはエリザさまもいるって言うのに、何様のつもりだい」

 

 愚痴をこぼしながら、アルケミストは農園の敷地内になびく旗を忌々しく見つめる。

 赤色の生地に尾を喰らい合う蛇の姿が黒で描かれている、前に見た時からデザインが変わっていて、より蛇の姿が威厳あるものへと変わっていた。農園の門には、赤と黒の塗装がなされた装甲人形が鎮座する、試しに簡単な命令を送ってみるが装甲人形は微動だにしない……既に鉄血の、エルダーブレインのプロトコルから切り離されているようだった。

 

「止マレ」

 

 門の前まで進むと、装甲人形が手を挙げて彼女たちを制止する。

 

「ごきげんよう。ウロボロスに、エリザさまが到着したとお伝えください」

 

「エルダーブレイン。認証完了、オ通リクダサイ」

 

 身じろぎ一つせず、ただ声だけを発する装甲人形。

 ひとりでに開かれた門の前で、彼女たちはしばらく入ることを躊躇したが、やがて農園の敷地内へと足を踏み入れていくのであった。

 

「おぉ……これは素晴らしいですね…」

 

「初めて見る景色だ」

 

 イントゥルーダーとスケアクロウの二人は、敷地内の緑豊かな庭園に目を奪われる。

 ここに来る間にも、農場には水が引かれ作物が豊かに実る光景に驚いていたが、今見ている庭園は欧州の廃墟の中で生きてきた彼女たちにとって、古い記録の中でしか見ることのできなかった光景であった。

 

「前来た時よりも発展してるな」

 

「そうだね。なんかムカつく」

 

 以前アルケミストとデストロイヤーがここを訪れた時も農場は発展していたが、今はその頃よりはるかに規模が拡大している。前に来た頃は、農場の警備に雇われた傭兵はならず者ばかりであったが、現在歩哨に立つ傭兵は身なりもよく装備も整っている様子だった。

 案内も用意されず、一度来たことのあるアルケミストとデストロイヤーを先頭にどんどん奥へと進んでいく。

 ここにはウロボロスがエルダーブレインを匿ってくれるという話でやって来たが、迎えも案内もなく、主を蔑ろにしているとしか思えない扱いにハイエンドモデルたちに不信感が募っていく。

 

 そして敷地内にある立派な屋敷に設けられた屋外プールに何気なく目を向けた時、彼女たちは信じられない光景を目の当たりにする。

 

「あのやろう…!」

 

「なに呑気に寝てるのよ! エリザさまが来たっていうのにあの態度!!」

 

「これは…一体どういうことですか…!」

 

 ハイエンドモデルたちが一様に憤慨する理由、それは屋外プールのプールサイドで呑気に寝ているウロボロスの姿にあった。

 より詳しく情景を説明するならば、黒のビキニ姿にサングラスをかけ、鮮やかな日よけのパラソルの下でビーチチェアに寝そべっているのだ。そばのテーブルにはおしゃれなカクテルが置かれ、使用人と思われる女性が羽根のうちわで静かに風を送っている……ウロボロスの舐めているとしか思えない態度に、怒り狂うハイエンドモデルたちが詰め寄るのだ。

 

「おいウロボロス! とっとと起きなこの恥知らずめ!」

 

「あぁ? む、アルケミストか……なんでここにいるんだ?」

 

「なんでって、あなたが今日ここに招待したんでしょう!? エリザさまがいるのよ、とっとと起きなさいよ!」

 

「エリザさま? いや、到着は三日後って……チッ…」

 

 慌てるそぶりも見せず、面倒くさそうに起き上がったウロボロスはテーブルのカクテルを一口飲む。それから屋敷の方に向けて、誰かの名前を呼んだ。すると、男性が一人慌てて駆けつけてきた。

 

「お呼びですかお嬢様?」

 

「おぬし、エリザさまが今日来るの把握してなかったな? 今日来たぞ?」

 

「え!? そんなはずでは…!」

 

「使えないマヌケめ……お前、クビ。おーい、誰かこいつを砂漠の真ん中あたりに捨ててこい」

 

「お待ちくださいお嬢様!! お許しを!」

 

 必死で懇願する男であったが、傭兵たちに強引に引きずられていきトラックにぶち込まれる。トラックはそのまま走りだし、彼の悲鳴も聞こえなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――というわけで気を取り直して、エリザさま…わざわざ私の屋敷にご足労いただき光栄でございます。少々非礼がございましたが、なにとぞ寛大なご処置を」

 

「なにが寛大なご処置ですか。今更取り繕っても無駄ですよ」

 

「やかましいわ代理人、言っとくがおぬしのことまだ恨んでおるからな」

 

「陰湿なところは変わってませんね。こんな僻地で大成功して大満足ですか、この成金め」

 

「その成金様に頼らざるを得なかったのは誰かな? まったく、恩知らずの恥知らずだな代理人。いつも他の誰かを見下しおって、お前など眼中にないわ」

 

「眼中にないわりにえらく噛みついてきますわね。寛容の無さがうかがいしれますわ」

 

「お前も砂漠の真ん中に放り込んでやろうか? 昼は灼熱、夜は極寒、絶えず猛毒サソリの脅威に晒される中どれだけ持つか見ものだな。泣いて赦しを請う姿を晒したいか、えぇ?」

 

「ごちゃごちゃうるさい奴ですね。そもそも、あなた一体誰と話してるか分かってないようですわね?」

 

「エルダーブレインの腰ぎんちゃく、もしくは金魚のフンと話させてもらっていると認識しているが?」

 

「ほんと性格の悪さは相変わらずですね。だからあなた友だちが一人もいないのですよ」

 

「くっ……! 言ったな? おぬし、私が一番気にしてること言いおったな!」

 

 

「あの二人も相変わらず仲が良いな。デストロイヤー、バカがうつるからあんまり見るんじゃないよ」

 

「うん。代理人も落ち着けばいいのにね、バカだよね」

 

 あの後、気を取り直してエルダーブレインご一行を改めて屋敷内でもてなすこととなったウロボロス。

 しかし、到着は三日後と聞いていたため招待した時のために振る舞うはずだった食材がない……何もかもうまくいかないことに腹を立てたウロボロスによって、もう何人かが砂漠に追放されることとなった。

 そして歓迎会が始まれば、今度は代理人との口げんかが始まるのだ……生意気なウロボロスと情けない代理人は見限り、エリザ他ハイエンドモデルたちは出される料理を楽しむこととした。

 

「エリザさま、何か食べたい物はございますか? とってきますよ」

 

「待てイントゥルーダー、その役目はこのジャッジが務める! お前は引っ込んでおれ!」

 

「どうぞエリザさま、お疲れでしょうから甘いケーキが良いかと」

 

「ありがとうスケアクロウ、いただきます」

 

 鉄血にいた頃はどうしても資源などが限られて節制のために厳しい暮らしをしていた。

 そんな中で代理人は主であるエリザにはひもじい想いをさせまいと手を尽くしていた…しかしこの場所はどうだ、ウロボロスがこの地で築き上げた豊かな暮らしは彼女たちにとって夢のようなものだ。まあ、その豊かさの裏でなかなかにえぐいことが行われているのだが…。

 

「――――私はまずこの地に来て、武力によって反抗的な勢力を制圧したのです。そいつらを手駒にするのは苦労しましたよ、なにせ文字も読めないバカ揃いでしたからね。そいつらに文字を教え教養を身に付けさせ、土地を開拓させてこの農場を築いたのです。ええ、もちろんいつの日かエリザさまをお迎えするためでした」

 

「へえ、そうなんだ」

 

「そうですとも。これからはこのウロボロスがエリザさまのお役に立ってみますよ。従順なだけのどっかの不届き者と違って、今の私にはエリザさまの願いを叶える力がありますからね」

 

「ご主人様、耳を貸してはなりません。こいつの言葉には毒がありますから」

 

「そうなの?」

 

「そうですとも。蛇は旧約聖書にもある通り人を誑かし邪道に貶める悪しき存在なのです。耳に良いことだけを言ってくる輩を信頼してはなりません。ですがこの私めは違います、どこかのうぬぼれ屋と違ってご主人様のお役に立てます」

 

「エリザさま、こいつは息をするように嘘をつく奴です。気を許しては――――」

 

 相変わらず不毛な争いを繰り広げる二人に、冷たい視線が突き刺さる。

 二人の下らない争いに挟まれて困惑するエリザをこっそりアルケミストが救出し、アホな二人は放置する。

 

「すみませんねエリザさま、どうもアホ二人が騒ぎだして」

 

「かまわないよ。代理人の忠誠には感謝してるし、この場所に招いてくれたウロボロスにも感謝してる。それよりも、君たちは本当によかったの?」

 

「MSFから離れて、ですか? ええ、後悔していません……エグゼとハンターが目指す道と、あたしらが目指す道は違う、この別れは必然なんです」

 

「でも、永遠の別れってわけじゃありませんからね!」

 

「デストロイヤーの言う通りです。永遠の別れじゃない…生きてさえいればまた会えるんですから、寂しくはありませんよ」

 

「そうか、ならいい。つくづく思うよ、君たちを育てた人は立派だ…是非、会ってみたかった」

 

 育ての親を褒め称えるエリザに、アルケミストは目を伏せて頭を下げる。

 戦いの中で生きる戦士の道を歩んだ二人とは離れることになったが、これからは自分たちを産み、そして育ててくれたマスターが望んだ生き方を目指す。

 平和というのが何なのか、アルケミストとデストロイヤーはこのアフリカの地で見出していこうと決意を固めるのだった。




おねショタぶち込めなかったよ、でも後日談としての意味合いがあるからね、仕方ないね。

ほんとはウロボロス邸の孤児たちが、小さいジャッジさまを見て新しいお友だちができたと大喜びしたり、酔って裸のウロボロスにイーライがベッドに引きずり込まれるネタがあったんやが次回以降に持ち越しだす。



そう言えば、今回のアフリカネタ書いてたらワイがユーゴの歴史と並んで絶賛興味のあるアパルトヘイト政策が頭に浮かんだよ。
というわけで、次回はそれに絡んだ新キャラの登場を考えている、微シリアス。
マシンガン・キッドと同様に、初代メタルギアシリーズよりあのキャラが登場だ!


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アンブッシュの専門家

「なんだって? 仲間の一個中隊が全滅しただって?」

 

 ある日のこと、中東のとある国での軍事訓練の仕事を終えてマザーベースに帰ってきたスネークとマシンガン・キッドに対し、二人が帰ってくるのを待っていたネゲヴとBARが驚きの報告をしてきた。

 一個中隊の全滅とは言っても、MSFにとっては手痛い損害となる。 

 驚く二人に対し、ネゲヴは誤解を与えたことに気付き咄嗟に言い直す。

 

「正確には付き合いのあるPMCプレイング・マンティス社の部隊なんだけどね。そこの部隊長がたまたま近くにいた私たちに助けを求めてきたってわけ」

 

「プレイング・マンティス社か……あいつら確か、アフリカの南の方で仕事をしてたはずだよな?」

 

「ええ。私たちがモザンビークで支援活動をしてたら、負傷兵ばかりの部隊が来てね…酷いありさまだったわ」

 

「あの辺りは目立った紛争地帯ではないと思っていたが…それに、プレイング・マンティスの傭兵も腕が立つ兵士ばかりだ。相手は何者なんだ?」

 

「さっぱりだね。負傷兵に聞いても、わけが分からないうちに攻撃を受けて部隊が全滅したって……みんな西から逃げてきたんだよ」

 

「モザンビークの西……ローデシアか」

 

「キッドさんいつの時代の人間? 今はジンバブエだよ、ローデシアなんて呼ぶのは100年近く前だよ」

 

 かの国をローデシアと称したキッドをBARはおかしそうに笑う。

 MSFがこちらの世界にやってくる以前は、白人政権のローデシア共和国は健在であり、1975年の段階で政府側とアフリカ人勢力との間で紛争状態にあった。キッドはかつてアパルトヘイト政策を施行していたローデシア政府側に傭兵として雇われ、敵対する黒人勢力と戦っていた過去がある。

 

「しかし相手は何者なんだ?」

 

「それが分かれば苦労しないよ。まあ関係ないし、適当にほっとけばいいんじゃない?」

 

「良くはないだろう。プレイング・マンティス社はうちとも取引がある、助けを求められたなら応じるまでだ。ボス、この件はオレに任せてもらっても?」

 

「構わない。それにしてもローデシアか、注意しろよキッド」

 

「了解、ボス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で、なんでお前たちまで一緒について来てるんだ?」

 

「なんでって失礼ね。私とキッド兄さんはいつもペアでしょ?」

 

「ネゲヴはともかく、私を置いてく選択肢はないでしょ」

 

「…ったく、遊びに行くんじゃないんだぞ?」

 

 こっそりヘリに同乗してはるばるアフリカまでやって来たネゲヴとBARにはキッドも困り果てる。

 今言った通り、これは遊びに行くわけではないのだからピクニック感覚では来てほしくはない…ましてや、今回の仕事は情報もなくまったく未知の相手に注意を払わなければならない。MSFの優秀な諜報班をもってしても、今回の被害をもたらした相手を突き留めることは不可能であった。

 それに加えて、旧ローデシアの地はキッドにとって忌まわしい記憶の残る場所でもある。

 白人が黒人を貶めるアパルトヘイト政策が当たり前のように通用していた時代、白人政権側に雇われ黒人抵抗勢力を殺し続け、最後には仲間たちの裏切りに巻き込まれ死の瀬戸際に追い込まれた場所だ。

 

「ローデシアにはあまり良い思い出がねえな」

 

「ジンバブエだよキッドさん! そういえば私考えてみたんだけどさ、プレイング・マンティスの中隊を蹴散らしても正体不明の相手って言うことはさ、もしかしたら相手は少数精鋭…案外単独だったりして?」

 

「たった一人で精鋭中隊を潰せる存在がどんだけいるのよ。BAR、あんたおっぱいにばっかり栄養やって頭の方に回してないみたいね」

 

「うわー、相変わらず辛辣だね。というかネゲヴはいつまでそんなちびっこボディーでいるわけ?」

 

「うるさいわね。狭いとこ抜けたり弾が当たりにくかったり色々便利なのよ」

 

「お前らしゃべりすぎだ…」

 

 既に3人はモザンビークの国境を越え、プレイング・マンティス社の中隊が攻撃を受けたという場所にまで足を踏み入れている。

 ここに中隊を襲った者がまだいるのなら、足を踏み入れた3人を見逃すはずがない。

 

 ふと、キッドは茂みの中に身をひそめ後ろを歩く二人もそれにならって茂みに身を隠す。

 どうやら何かを見つけたようで、キッドは森の奥を指差し注意を促すが、二人はすぐにキッドが何を指し示しているのかに気付けなかった。最初にネゲヴが気付き、遅れてBARが気付く。そこにあったのは森の木々とツルを活かしたトラップが仕掛けてあったのだ。

 自然の物を使い、自然の中に偽装させたトラップは注意してみても見逃してしまうだろう。

 

「パンジ・スティックって知ってるか? 竹とかの先端をとがらせたものを罠にしたものだ……あちこちに仕掛けてやがる。不用意に歩けば足が貫かれ、足下ばかり見てれば他のトラップにやられる。手に負えねえな、後退するぞ」

 

「え?ここまで来たのに?」

 

「相手がどんなタイプの奴か分かっただけでも十分な収穫だ。仕切り直しだ」

 

 前方に仕掛けられたブービートラップの質から、相手の力量を見抜いたキッドは深入りせずに下がることを決意する。本音を言えば、ネゲヴとBARの二人を守りながら戦える相手ではないというのがあるが、二人の気持ちを考えそこまで言うことは無かった…。

 周囲を警戒しながら来た道を戻ろうとした矢先のことだった。

 

 最後尾を歩いていたBARが突然ツルに足をとられ樹上に吊し上げられる。

 同時に、仕掛けられな鳴子がけたたましく鳴らされ、その音が森全体に響き渡る。

 

「た、助けてキッドさん!」

 

「分かってる!静かにしろ、今助けてやる!」

 

 キッドはBARを吊し上げるツルを見つけると即座にナイフで切断、それに伴い落下してきた彼女を受け止めて地面に下ろしすかさず周囲の警戒に移る。

 鳴子の音が止み森に静けさが戻るが、それが酷く不気味であり、キッドにはこの森全体が敵のように思えてならなかった。

 片時も気を抜けない中、キッドは森に少しでも動きがあれば即座に引き金を引く構えであった。しかし誰かが近付いてくる気配もなく、静寂がいつまでも続く。

 

 敵は近くにいないかもしれない、そう思い再び後退しようと思った瞬間だった。

 なにかが空を切るわずかな音を耳にしたキッドは即座に機関銃を起こす、咄嗟に構えた機関銃に直撃したのは鋭利な矢であった。機関銃の銃身に弾かれて軌道がわずかにずれたが、その矢はキッドの肩に深々と突き刺さる。奇襲を受けたキッドはすぐに体勢をたてなおそうとするが、肩にもらった矢の傷が焼きつくように痛みだす。

 

「やろう、毒矢だ…!」

 

「毒矢!? それってまずいんじゃ!」

 

 毒と聞いて二人の戦術人形は青ざめる。

 頼りにしていたキッドの危機に二人はパニックに陥る、キッドたちにとって最悪の状況を相手が見逃すはずがない。

 

 気配を悟られることなく一気に接近してきたのは、迷彩服に身を包みフェイスペイントを施した屈強な男であった。

 

 茂みの中から音もなく姿を現した大柄な男に驚くネゲヴ、咄嗟に銃口を向けるが間に合わず、銃口を掴みあげられ彼女の小柄な体躯を軽々持ちあげて木に叩きつける。すかさず男はBARに対しナイフをつきたてる。銃を盾にナイフを防いだBARであったが、握っていた銃を容易く奪われ、銃床で思い切り殴りつけられた。

 倒れ伏す二人に対し、男は奪い取ったBARの銃口を向けた。

 

「させるかよ!」

 

 男が二人を射殺しようとするのをキッドが阻止する。

 MSF内でも屈指の身体能力を持つキッドであるが、対峙する男はキッドの突進を受け止めたばかりか、押し返そうとする。毒で弱っているとはいえ、あのキッドが押される姿にネゲヴたちは動揺を隠せなかった。

 

「てめぇ! 上等じゃねえか!」

 

 相手の腹に膝蹴りを叩き込み、顔面を殴りつける。

 わずかに怯んだ相手にキッドは追撃を仕掛けようとしたが、相手のハイキックをまともに受けて膝をつく。男は腰のホルスターから拳銃を引き抜き、銃口をキッドに向けた。

 

 

「待てよ……お前、キッドか?」

 

「あぁ?」

 

 

 男は銃弾を撃ちこむことをせず、逆に拳銃を下ろした。

 相手の奇妙な行動に困惑するキッドが相手の顔をまじまじと見つめ、そこでキッドも見覚えのある顔だと気付いた。

 

「お前、もしかして…"ジャングル・イーブル"か?」

 

「ということは、お前キッドで間違いないな!? ハハハ、懐かしい顔だぜまったく!」

 

 お互いの素性が分かったとたん二人は笑い合うと、お互いに手を取り合って立ち上がる。

 それから軽いハグを交わしてから、二人はまた笑い合う。

 

「イーブル、お前一体今までどこにいたんだ? 死んじまったかと思ったぜ」

 

「そりゃあこっちのセリフだ。任務から帰って来たらマザーベースが消えてたんだからな」

 

「そりゃあ大変だったな。じゃあ今まで何してたんだ? どうしてここに?」

 

「オレは一旦祖国の南アに帰って、そこで第32大隊に所属してたんだ。ある時激しい嵐に巻き込まれてな、気付いたらここだ。わけがわからねえ、向かって来る奴をぶち殺すことしかすることがなかったんだよ」

 

「相手には同情するよ、おかげでオレたちもお前の獲物になりかけた」

 

「悪かったな、あまりにも騒がしいもんでな。ほらよ血清だ、矢にはクモ毒がある、死にたいなら放っておけ」

 

「生きてるうちにやりたいことがまだまだあってね、貰っとくよ」

 

 血清を貰いすぐに処方する。

 それからキッドは、かつての仲間であったイーブルに対し自分たちが置かれている状況の説明をする。

 まずこの世界が自分たちのいた世界と異なる世界だということ、今の西暦が2060年代と聞かされた彼は酷く頭を悩ませていて、それがキッドには昔の自分のように思えて笑った。

 

「おいキッド、オレをおちょくってるのか?」

 

「おちょくってなんかいるかよ。信じられねえことかもしれないが事実だ、あまり深く考えるなよ……ああそうだ、折角だから紹介するぜ。さっき戦術人形の説明をしたよな、彼女たちがその戦術人形なんだ。こっちがネゲヴでこっちがBARだ、よろしくやってくれよな」

 

「ど、どうも…ネゲヴよ」

 

「よろしく、BARだよ」

 

 蚊帳の外にいた二人を思いだし自己紹介を促すと、二人は少し不安そうに自己紹介をする…さっきまで自分たちを殺そうとした相手なのだから仕方がないかもしれない。

 一方のイーブルの方はというと、知り合ったばかりの戦術人形二人を懐疑的なまなざしで見つめていた。

 

「こんな女子どもを連れて戦場に来てるのかお前は? 信じられねえな。正気を疑う」

 

「言いたいことは分かるが、心配いらない。彼女たちのことを知れば、今お前が抱いている考えが誤解だって分かるさ」

 

「どうでもいい、そんなことよりマザーベースに連れてってくれ。あそこが恋しい、ボスにも会いたいしな」

 

「ああもちろんだ。だが、トラブルはなしだぜ?」

 

 

 




はい。
作者の趣味全開ですね、アパルトヘイトとか興味ある人日本にいらっしゃる?

というわけで、初代メタルギア2より、ザンジバーランドの傭兵であるジャングル・イーブル(復刻版)の登場です。
トラブルメーカーな匂いがぷんぷんしますね…。


マシンガン・キッドと同様、原作の設定を混ぜて好き放題弄ったキャラ設定を置いておきます


【ジャングル・イーブル】

元南アフリカ共和国軍特殊部隊【レックス・コマンド】出身であり、密林などでのゲリラ戦、特にアンブッシュを最も得意とする。
過去にはたった一人で2個中隊を全滅させたと言われている。
彼は白人が黒人の人種隔離政策であるアパルトヘイト政策下の南アフリカで生まれ育った白人で、幼い頃から影響を受けたためか、有色人種に対し差別的で基本的に見下した態度を取る。
キッドとはレックス・コマンド在籍時、ローデシア紛争にて何度か共闘し、別々にMSFに合流した。
ビッグボスとは戦場で敵同士として遭遇し、2週間もの長い死闘の末に生け捕りにされ、彼に勧誘される形でMSFに参加した。
MSFがドルフロ世界に飛ばされたとき、イーブルは任務中で巻き込まれることは無かった。
マザーベース消失後、故郷の南アに帰国し【第32大隊】に所属し、アンゴラやナミビアの内戦に参加していたが、ある時嵐に巻き込まれてドルフロ世界に飛ばされた。

※戦術人形(♀)に関しては否定的、元々のトラブルメーカーなところもあり現在のMSFでやっていけるか不安な人。
戦場に女子どもがいるのを毛嫌いしている模様。

※容姿は、エクスペンダブルズシリーズにてドルフ・ラングレン演じるガンナーをイメージしています。

※こいつもそうだけど、ビッグボス、オセロット、エイハヴ、マシンガン・キッドをやっつけちゃうソリッド・スネークの怪物っぷりよ…。


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交流は戦場で

「ようエイハヴ、今帰ったぜ」

 

「おうキッド、無事で良かった。調査任務は上手くいったか?」

 

「ばっちりだ。それより懐かしい奴を連れて帰ってきたぜ」

 

「懐かしい奴?」

 

 ニヤリと笑ったキッドが身を引くと、その後ろから"ジャングル・イーブル"が姿を見せる。

 偽装のためのフェイスペイントを落とし、小奇麗な迷彩服に赤いベレー帽を被る彼の姿を見て、エイハヴはあり得ないものを見ているような表情で困惑していた。それからようやく事態をのみ込み、その顔に笑顔を浮かべた。

 

「驚いた…イーブル、また会えるとは。ああ、友よ」

 

「あえて嬉しいぜエイハヴ。相変わらずだ、元気そうだな」

 

「あんたこそな」

 

 イーブルとエイハヴは肩を抱き合い、この再会を喜びあう。

 彼の帰還に、マザーベースは色々な意味で賑やかになった。

 キッドやエイハヴと並んでMSFの優秀なスタッフとして名をはせていた彼の帰還を、多くの者が喜んだ。彼の帰還を知って、スネークとミラーも駆けつける。

 

「ボス、久しぶりだな!」

 

「また会えて良かったイーブル。一体今までどこにいた?」

 

「そりゃこっちのセリフだよボス、あんたを探すのにどんだけ苦労したことか。結局諦めて祖国に帰ったが…あぁ、よく分からねえんだ。キッドの奴がちょっとおかしなことほざいてな、別の世界だとかなんとか人形だとか……なあボス、あいつヤクやってるわけじゃねえよな?」

 

「今見ているのが現実だぞイーブル。それはさておき、懐かしい仲間との再会だ。こんなに喜ばしいことは無い」

 

「同感だよ、ミラー副司令。ストレンジラブ博士やヒューイ博士も元気か?」

 

「ああもちろん。二人とも相変わらずだ」

 

「そうか……ところで、チコとパスは? あれからどうなったんだ?」

 

 彼の何気ない一言に、スネークとミラーは押し黙る。二人の表情から事情を察したイーブルは笑顔を消して、目を伏せる。

 

「そうか……あのクソガキどもには手を焼いたが、少しはかわいげのあるガキだった……残念だ」

 

 イーブルは生まれ育った環境からか、乱暴者でトラブルをよく引き起こすことがあったが、自分が仲間と認めた者には敬意を払い意思を尊重する。それは戦いの末自分を打ち負かしたスネークであったり、共に戦場で戦ったキッドだけでなく、一時的とはいえ一緒にいたパスとチコにも同じ想いを抱いていた。

 悲観にくれる彼の肩に手をやり、場所を変えて改めて話をしようとした。

 そんな時、イーブルはマザーベースの甲板上のあちこちで見かける戦術人形たちを見て唖然とする。

 

「なんだこりゃ!?」

 

「どうしたんだイーブル?」

 

「どうしたじゃねえよミラー副司令! なんだあのメスガキ共は!? いつからマザーベースはお嬢様学校になったんだ!?」

 

「あぁ、この反応久しぶりだな……彼女たちは戦術人形だ、今じゃオレたちの立派な仲間だよ」

 

「女子どもばっかじゃねえか…!」

 

 笑いながら戦術人形のなんたるかをミラーが説明するが、イーブルは甲板上をはしゃぎまわる人形たちに憤慨しろくに説明を聞いていない。

 

「ようスネーク! あれ、誰だこいつ?」

 

 そこへ、子どものヴェルを抱きかかえたエグゼがやってくる。

 スネークを見てはしゃぐヴェルを彼に預け、イーブルをじろじろと見つめるが、それに対し彼は苛立ちを露わにする。

 

「これも人形か? 近寄るんじゃねえよ」

 

「あぁ? なんだテメェはよ?」

 

「よせ二人とも。イーブル、彼女たちは戦術人形といったがオレたちとなんら変わりない。大切な仲間だ」

 

「お言葉だがボス、オレはこいつらを仲間と呼べるほど理解しちゃいない。おい女、いつまでも睨んでると二度と笑えねえように前歯へし折るぞ」

 

「やってみろよこのやろう。それとオレはエグゼだ、よく覚えとけゴリラ野郎」

 

「よさないかお前たち…」

 

 スネークとミラーによって二人は引き離されるが、距離が離れても睨みあったままだ。

 久しぶりの再会で忘れていたが、イーブルという男は自分が仲間と認めた者以外の存在を拒絶したり、争いごとを引き起こしたりするトラブルメーカーであった。今までにも何度か乱闘騒ぎを起こし、仲間のスタッフを医療棟送りにしたこともあった…。

 彼の粗暴な性格には、組織の長であるスネークも、戦友であるキッドやエイハヴも手を焼かされる。

 一度仲間と認めれば面倒見は良いのだが…。

 

 戦友の帰還を喜ぶとともに、トラブルの種にスネークとミラーは頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから間もなくして、早速スネークとミラーのもとに戦術人形たちより苦情が寄せられまくる、そのほとんどがイーブルに関することだ。

 ある一件では、彼が任務につく際戦術人形の一人が同行するが彼は仲間を無視してジャングルを進み、一時同行者の人形が道に迷って作戦行動不能に陥ってしまった。

 またある一件では、戦術人形が持っている銃を取り上げて雑に扱ったり。戦術人形にとっては半身とも言える銃を無理矢理とられて雑に扱われたらたまったものではない。

 

 名前を覚えず、敬意を払わないイーブルの態度に人形たちは我慢の限界であった。

 マザーベースにギスギスとした空気が広がりつつある中、ある少女が立ち上がる。

 困った時のスコーピオンである、彼女は早速トラブルの中心人物であるイーブルの元へ歩み寄る。

 彼は愛用のナイフを研ぎ続け、寄って来たスコーピオンを見もしない。

 

「やっほー、あたしスコーピオンだよ、よろしくねー!」

 

 返事がない。

 相変わらずナイフを研ぎ続けるイーブルに一瞬殺意が湧いたスコーピオンであるが、なんとかこらえる。

 

「良いナイフだね! 切れ味良さそうだね!」

 

 また、返事はなかった。

 笑顔を浮かべながらも、スコーピオンの額には青筋が浮かぶ。

 内心はらわたが煮えくり返る思いを抱きながら笑っているため、ひどく滑稽な表情となっている。

 

「えっと、一応あたしらもMSFの仲間だからさ。お互いを理解していい関係になれたらな~なんて思ってるんだけどさ」

 

「なあ、無言ゲームしようぜ。先に喋った方の顔面にパンチする、スタート…」

 

 ようやく口を開いたかと思ったらこのありさまである。

 滅多に怒ることのないスコーピオンがあからさまに怒りの感情を露わにしている…普段愛想のいい笑顔を振りまいているが一度キレたら手がつけられないスコーピオン。だがイーブルの人となりを知るMSFのスタッフは、イーブルもまた火がついたら手に負えないことを知っている。

 場の空気が凍りつく…ちょうどそこへスネークが来てくれたのは幸いだった。

 

 暴発寸前のスコーピオンをなだめた上で、彼はこの問題をどう解決すべきか考える。

 戦術人形に限らず、今まで彼と他のスタッフとの関係をよりよいものにするには一つしかにことであるが…。

 

 

 後日、イーブルとスコーピオン、そしてエグゼがスネークによって呼び出されると、とある任務を出されることとなる。任務の内容は、フランス領内にいまだ蔓延る旧米軍残党部隊の掃討だ。相手は米軍だが残党ということで規模は大したことではないが…。

 

「ボス、アンタが何をやらせようとしているかは分かる。このメスガキ二匹を子守しながら仕事しろってんだろ?」

 

「冗談だろスネーク、誰がこんないかれた脳筋野郎と一緒に仕事するかよ」

 

「いやいや、いくら何でもこれはきついでしょう」

 

 案の定、三人はこの提案に否定的だ。

 よくよく考えればこの3人はいずれもトラブルメーカーな素質を持った者で、この場に呼んでから人選をミスしたかとスネークは思う。だがWA2000はそもそも相手にしないし、スプリングフィールドではイーブルの粗暴さにやられてしまいそうだし、9A91では少々不安……イーブルという男を相手するには、ある程度の度胸とガッツの強さが必要となってくる。

 それを満たすとなると、この二人しかいなかった。

 

「とにかく、今の空気が続けば士気に関わる。せめてお前たちだけでもお互いを理解しろ」

 

「時間の無駄だよボス」

 

「おう、珍しく気が合うな。テメェと一緒にいる一分一秒が無駄だよ」

 

 出発前からバチバチと火花を散らす3人に、スネークはあきれ果てる。

 最後はスネークの強い口調で渋々従う3人であるが、なんとも不安が残る3人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの戦いからずいぶんと時間が経ったが、今だに米軍が欧州に残した傷跡は大きい。

 大量の化学兵器使用による汚染地帯の拡大、欧州侵攻に伴う影響でE.L.I.D感染者の大規模移動が発生、残った米軍残党による無差別な攻撃などだ。

 制御を失った米軍無人機と戦術人形はうち捨てられた鉄血の工場を占領し、そこを改造して活動を続けているようだった。

 

 フランスは米軍の侵攻で多くの都市部が機能を果たさなくなり、領土のほとんどが危険地帯となってしまった。

 

 エグゼたちがやって来たのは、人がなんとか暮らすことのできる都市からほど近い市街地である。

 最近そこに米軍の残党が姿を現すから撃破して欲しい、というのがMSFへの依頼であった。駆けつけた3人は早速米軍の残党部隊を発見、部隊は小規模であったために、迅速な奇襲攻撃によってあっという間に残党部隊は撃破されるのであった。

 

「強いのは認めるんだけどよ…」

 

「確かに」

 

 残党を倒し、今は休憩中。

 イーブルはジャングルでのゲリラ戦を得意とすると言う話は聞いていた二人だが、市街戦においてもイーブルは敵を圧倒。得意のアンブッシュは今回は活かさなかったが、素での戦闘能力は非常に高い。

 強さは認めるが性格に難あり、それが二人の印象であった。

 

「おいお前ら、MSFに入ったきっかけはなんだ?」

 

 休憩の最中、珍しくイーブルの方から発言があった。

 普段の彼の態度からその発言を無視しても良かったが、今回はスネークがイーブルと打ち解けて欲しいということもあり、二人はあえて大人になる。

 

「あたしはスネークに助けられたから」

 

「オレはあいつと戦って惚れたからかな」

 

「戦った? お前がか? 面白いじゃねえか、その惚れたってのは男としてか? それとも、戦士としてか?」

 

「んなもん知るかよ。気付いたらアイツにぞっこんさ、あんなに自分を剥き出しにして戦えたのはスネークだけだった」

 

「少しだけ興味が湧いた。かくいうオレも、ボスと出会ったのは戦場で…それも敵同士だ。ローデシアの森でな、オレは部隊を率いてクソッたれのカフィア(黒人)どもを殺してた。ローデシアSAS、セルース・スカウト…ああ、我が友人キッドともそこで一緒に戦った。そして、ボスは当時黒人抵抗勢力を率いてた」

 

「当ててやろうか、出会った瞬間顔面パンチされてのびちまったんだな?」

 

「お前おもしれえな。ボスとオレの部隊は、森の中で2週間殺しあいを続けた。戦ってすぐに、敵が今までのうすのろのカフィア共とは違うと気付いた。お互い罠を仕掛け合い、最初の3日でオレたちの仲間が10人は死んだ…同じくらい敵も殺してやったが、オレたちは次第に追い込まれ、最後にオレはボスと遭遇し戦い、負けた……負けたのは初めてだ。オレは、自分が最強だと思っていたがそれは間違いだと気付かされた」

 

 その当時の記憶を懐かしむように、イーブルは語る。

 そこから先は予想できる通り、負傷したイーブルをスネークが回収し、MSF黎明期を支える人材となるのであった。MSFがコロンビアの地でくすぶっていた時期も、ニカラグアやコスタリカで戦った時も共にいた。

 

「理屈がどうとかじゃねえ、オレはあの人に一生ついてくって決めた。ボスの代わりに死んだっていい…お前らはどうだ、ボスのために死ねるか?」

 

「なーに言ってんのさ。スネークも生かして、あたしらも生きるに決まってんでしょう?」

 

「そういうこと」

 

「けっ、欲張りな小娘どもだ。まあいい、そのくらい強情な方がこの先生きていける。いいだろう、お前らへの態度を少し改めよう…このオレが、少し大人になってやる」

 

「なーにが大人だよ。まあいいさ、よろしく頼むぜ」

 

 ほんの少し、彼と打ち解けることが出来た。

 スネークが望んでいた通りかどうかは分からないが、いきなりすべてが上手くはいかないだろう。これからゆっくり、お互いを理解できればいいのだ。

 

「ところで、オレは腹が減った」

 

「お腹空いた? MSFのレーションあるよ?」

 

「違う違う、そうじゃねえ。オレが今食いたいのは、山盛りのチューイングキャンディだ」

 

「チューイングキャンディ? お前、そんな顔して甘党かよ?」

 

「甘いのが好きなわけじゃねえ。チューイングキャンディが好きなだけだ、ありゃあいいもんだ…山盛りのチューイングキャンディ、それもグレープ味ならもう言うことなしだ。さて、都合よく近くにショッピングモールがあるようだ」

 

「おいおい、あそこら辺はコーラップス液の汚染地帯とかぶってるぜ? 行くんじゃねえよ」

 

「コーラ……ちくしょう、またオレの知らねえ単語出しやがって。コーラだかジンジャーエールだか知らねえが、オレのチューイングキャンディを横取りする奴は容赦しねえ」

 

「危ないってば! E.L.I.D感染者がうじゃうじゃいるんだよ、分かる!?」

 

「知らねえ言葉を使うんじゃねえよ。よーし行くぞ、山盛りのチューイングキャンディがオレ様を待ってるに違いないからな!」

 

「だめだこりゃ」

 

 強面のくせにチューイングキャンディというコミカルな単語を連発するイーブルに困惑する二人。

 チューイングキャンディ欲しさに頑なに汚染地帯に突っ込んでいこうとする彼を止めることは出来ず、かといってそのまま行かせて死なれたら後で何を言われるか分からないということで一緒に行くことになったのだが…。

 色々な災害があってショッピングモールは略奪にあった後、チューイングキャンディなどどこにもない……これに怒り狂ったイーブルが、道端に徘徊するE.L.I.D感染者を襲撃し、一通りストレス発散した後マザーベースへと帰っていった…。




E.L.I.D「徘徊してただけなのに(´・ω・`)」
イーブル「うるせえ、チューイングキャンディ寄越せ」


チューイングキャンディに病的に憑りつかれてるイーブルさん。
戦場じゃ滅多に食べられないからね、しょうがないね…。
FNCと遭遇してしまったらきっと殺しあいになるよ。

そういえば、敵役としての鉄血がなくなっちゃったからこれからは米軍残党が敵勢力となって貰うよ、色々ヤバい変異を遂げてるけど後でまた…。


次、なにやろうかなw

大尉ネタやりましょう、これやらんと投稿できないエピソードもあるんでね(気が変わったらごめんなさい)


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黙示録の怪物

大尉ネタ~


「あぁ、こんなの正気じゃないわ! 今回ほどペルシカさんがいかれてると思ったことは無いですよ!」

 

「文句を言うなM4、任務を続けよう……うっ、それにしても酷いにおいだな」

 

 地中海の海上にて、洋上サルベージ船舶を用いてとある沈没船の引き揚げ作業に従事しているのはAR小隊のメンバーだ。引き揚げられた船は破損しズタズタになっているが、船体の一部は原型を保っているものがあった。

 その中の一つ、ブリッジ付近の船体を引き揚げ、M4と姉のM16は暗い船体内部を捜索していた。

 内部には一緒に引き揚げられた魚がぴちぴちと飛び跳ね、壁にはフジツボが繁殖し、隙間などからはゴカイなどが湧きだして足下を這い回る。気味の悪い海洋生物がひしめいている他、二人の気分を悪くさせているのは、船体内部に充満する悪臭である。

 腐ったどぶ水のような吐き気を催すような悪臭に加えて、漏れ出た油などの匂いも混じる。

 人間の作業員は早々に逃げだし、人形だからという理由で、AR小隊が送り込まれたわけであるが…。

 

「見つけた、たぶん…これだ」

 

「腐乱死体じゃなくてよかったです…」

 

 ブリッジ内の通信装置付近で横たわる白骨化した死体を見つけ、M4はその場にしゃがみ込む。

 一見人間の骨に思えるが、よく見れば金属パーツがたくさん組み込まれており、ただの人間の死体ではないことが伺える。M4は手袋をはめて死体の頭蓋骨をそっと持ちあげる……頭蓋骨を持ちあげた時、そこから大量のカニが飛び出して来て、M4は大きな悲鳴をあげた。

 

「うぇ……もう、最悪……!」

 

「なにも食べてなくて良かったな。よしM4、そいつをこっちに寄越してくれ」

 

 すっかり顔色を悪くしてしまったM4から頭蓋骨を受け取り、M16は頭蓋骨を持ち変えて内部を覗く。

 人体に欠かせない脳組織は蟹かゴカイなどに喰われたのか残っておらず、別に奇妙な部品が見える。

 

「見てみろM4、サイバネティックパーツだ。全身の神経系統とを繋ぐこいつが最重要部、すなわち奴らの電子頭脳に違いない」

 

 頭蓋骨内部の機械的なパーツ【サイボーグ部品】を見えるようにM4に手渡す。

 受け取った頭蓋骨内部を嫌そうに見ていたM4であったが、内部に隠れていたカニが一匹這いだして手に乗ったとたん、M4は大きな悲鳴をあげて頭蓋骨を投げ出した。咄嗟に頭蓋骨をキャッチし、M16は安堵の息をこぼす。

 

「姉さんッ!!」

 

「待て今のは私のせいじゃないだろう!?」

 

「カニなんて大嫌いです! もう戻りましょう! こんなとこ長居したくありません! 帰ったらペルシカさんに文句を言いに行きます!」

 

「あはは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はむはむ……うーん、こんな退廃的な時代でこんなに美味しいズワイガニが食べられるなんて、最高だね!」

 

 マザーベースの甲板にて、仲の良いスタッフ数人と人形と一緒にガスコンロにかけられた鍋を囲むスコーピオン。昆布のだしをとったお湯に、ズワイガニの身をさっと茹でたものを特製のたれに付けて食べる。贅沢な味わいに鍋を囲むスタッフたちもハッピーだ。

 

「出来上がりましたよ。ソフトシェルクラブのフライです、スパイスとソルトをかけて召し上がれ」

 

「おぉ! 滅茶苦茶美味しそうじゃん! いっただきまーす! うーん……美味すぎるッ!」

 

 スプリングフィールドが作ってくれたソフトシェルクラブのフライに早速手を伸ばしたのはアーキテクトだ。

 そのまま食べても美味しいが、スパイスとソルトをかければなお美味しく、レモンなどの柑橘類の果汁をかけてあげれば油っぽさが緩和されてさっぱりとした味わいに変わる。

 

「お、めちゃ美味そうなの食ってるじゃねえか。オレのはあんのか?」

 

「お帰りエグゼ、たくさんあるからじゃんじゃん食べなよ!」

 

「ラッキー、どれどれ……ふむふむ、うめぇ!!」

 

 後からやって来た人たちもカニ料理を堪能し、ちょっとした盛り上がりを見せる。

 さて、なぜここにカニが大量にあるかというと、アフリカのウロボロスの使いが押し売りにやって来て買わされてしまったのだ。うさん臭かったが買って今は満足している。

 

「ところであのアホ、なんだってこんなカニ売ってんだ?」

 

「なんかね、ソマリアの海賊潰したついでに船奪って水産業に手を出したみたいだよ」

 

「なにを目指してんだアイツは…」

 

「海賊王でも目指してるんでしょ。まああれだけ儲けてるなら、エリザさまやみんなの心配はないよね!」

 

 ダイヤモンド鉱山を抱えた宝石王、油田を掘りあてて石油王、では今度は海に乗りだして海賊王でも狙っているのではないか、というのがアーキテクトの予想だ。ふざけた話に過ぎないと思うが、あのウロボロスならやりかねないという思いがあった。

 大量に買わされたカニを堪能しているところ、なにやら一機のヘリがこちらの甲板に向けて飛んでくる。

 見たところMSF所有のヘリではない……。

 

「あれ、グリフィンのヘリじゃない? なんだってこんなとこに?」

 

「知らねえよ。警報も鳴ってないしなんか用があって来たんだろ、どのみちオレには関係ないね。なあ、カニって焼いたら美味いのか?」

 

 着陸するヘリを無視してひたすらカニを食い続ける彼女たち、むしろローターの回転で発生する風を鬱陶しそうに感じている様子。そんな姿を見ながらヘリから降りてきた乗員、AR小隊のメンバーは相変わらずな様子をジト目で見つめている。

 そして、AR小隊の人形たちがヘリから降りてきたのを見たエグゼは叫ぶ。

 

「AR小隊だ! ぶっ殺せ!」

 

「落ち着け」

 

 直属の部下に命じてAR小隊を始末しようとしたエグゼを、ちょうどそこへ通りがかったハンターが阻止した。

 それからハンターはAR小隊の元へと向かい、なにやら出迎えているようだった。

 

「久しぶりだなみんな!」

 

「うわっ、カニだ! き、気持ち悪い……!」

 

「おいコラM4! こんな美味いカニが気持ち悪いだと!? シュールストレミング食わせるぞこのやろう!」

 

「すまないな、M4はちょっと前にトラウマ級の出来事があったばかりでな」

 

 あんなにも美味しいカニを、恐ろしいものでも見るようなM4の顔から、よっぽど恐ろしいことがあったのだろうと予想する。

 その場でしばらく久しぶりに会った彼女たちと会話していると、スネークが出迎えのためにやって来た。カニを前にして震えているポンコツM4の代わりに、M16が代わって挨拶をする。

 

「また会えてうれしいよスネーク」

 

「こちらこそ……ところで、本当にいいのか? 16LAB製の戦術人形をうちで貰って」

 

「ああもちろん。MSFには日頃の感謝も兼ねてね……SOP2、RO、早いとこ下ろしてくれ」

 

「は~~い!」

 

「M16、あなたも手伝ってください!」

 

 着陸したヘリより、SOP2とROの二人がなにやら大きな箱を下ろしている。

 M16の言葉から推測するにあの中に戦術人形が入っているらしいが…。

 

「君らにしてはずいぶんその……雑な扱いだな。中に人形が入ってるんだろう?」

 

「あぁ、そうだが……まあ初期出荷はこんなもんさ!」

 

「そうかなぁ? あたしが造られたときは、工場で起動させられたけど?」

 

「それはまあ、なんだ……私たちは16LAB製だからな、ちょっと扱いが違うんだよ、あはは」

 

「そうなの? ところでM4ほんとに大丈夫? 顔色悪いよ?」

 

「大丈夫です、問題ありませんよ……あははは…」

 

 ヘリから箱を下ろした彼女たちはそれっきり、ヘリに戻ってここから立ち去ろうとする。

 折角来たのだからゆっくりしていけばと提案するが、彼女たちは断りさっさと帰ろうとしている…以前のAR小隊であったら、なんだかんだ遊びに興じて借金まみれになるのがオチであったのだが、何かがおかしい…その疑念を誰よりも抱いたエグゼは先にヘリに乗り込んでいたM4を無理矢理引きずり下ろす。

 

「おいテメェ、なに隠してんだ?」

 

「な、何のことですか…!?」

 

「ふざけやがってこのやろう、てめぇら何か企んでるんだろう! 正直に話しやがれ!」

 

「知りませんってば! 何も隠してないですよ!」

 

「さっさと言いやがれ! ぶち殺すぞコラ!」

 

「うぐぐ、苦し……姉さん助けて…!」

 

 首を絞めあげてエグゼが尋問している間、スコーピオンとアーキテクトが興味津々で下ろされた箱を開けてみる。

 中には彼女たちが言った通り人形が一体入っていたのだが、全身を頑丈な拘束具で覆われており、その異様さに箱をあけた二人は跳びあがって逃げていった。箱の中を見たエグゼは、いまだヘリに乗ったままのAR小隊メンバーをギロリと睨みつける。彼女の冗談なしの睨みを見て、ヘリに乗り込んでいた人形たちはエグゼの怒りを恐れて観念して降りてくる。

 

「おい腐れAR小隊、よく聞けよ。うちのボスはおおらかで寛容で客人に優しいけどよ、その部下も同じかって言われたらそうじゃねえんだよ。分かるよな? あぁ? オレが炭酸の抜けたへぬるいビール以外に許せねえもんがあってよ……まあ色々あるけど、一番はオレのボスに敬意を払わねえ奴だ。分かるか、おい?」

 

「いやエグゼ、これには事情があってだな…」

 

「お前らの事情なんて1ミリも興味ねえよ。こんなわけのわからねえ人形持ちこんで、大した説明もなしにとんずらかよ。ただで帰れると思うんじゃねぞばかやろう!!」

 

 エグゼが普段からキレているのは間違いはないが、それはまだマシな方……本気で怒っている時のエグゼは、一回冷静になるそぶりを見せてから爆発する。今まさにその怒りを受けると事となったAR小隊は、恐怖のあまり震えあがる。

 

「こいつら舐めやがってよ! ありゃ一体なんだ、場合によっちゃマジで殺すぞ!」

 

「まてエグゼ、もう十分だ。一旦話を聞こう」

 

「スネークが言うならな。言葉選べよお前ら、オレの銃が暴発しねえようにな」

 

 スネークの横やりにほっとしかけたが、箱の中の人形を見てしまったスネークも疑念を抱いたらしい。彼の目を見てもはや隠し通せないと観念し、M16は素直にことの端末を話すのであった。M16が言うところによればこうだ……16LABのペルシカの指示でとあるパーツを回収し、その技術を戦術人形の開発に利用した。研究は上手くいき、戦術人形として形になるところまで行ったたらしいのだが……そこでペルシカは突然開発を中止し、開発中だった人形を処分しようと決めたらしい。

 その処分方法というのが、MSFに贈り物を装ってのことだったが……。

 

「あのクソ研究者め、今度会ったら絶対に殺してやる!」

 

「事情は分かった、どうやらお前たちに悪気はないようだな。後で抗議はしておく…おいスコーピオン、その戦術人形の拘束を解いてやれ」

 

「あいよ~!」

 

 さっそく箱の中に入れられた戦術人形の拘束具を解いてあげるスコーピオン。

 拘束具を解いている最中に、その人形は目を覚ましマスクの奥から周囲に視線を向ける…鋭いまなざしを見たスコーピオンはおもわず手を止める。この拘束具を解いたら大変なことになりそうな気がする…そう思っていたが、スネークに急かされて結局すべての拘束具を解いた。

 拘束具から解放された人形はゆっくりと起き上がる。

 背丈は高い、スネークの身長とほぼ同じか、どこかの国の軍服をモチーフとしたと思われる戦闘服にハーネスを取りつけ、その上から黒灰色のコートを羽織る。端正で美麗な中性的な顔立ちのその人形は、自身の腰よりも長い黒髪を手にすくいまじまじと見つめる。

 

「あの、これペルシカさんからです。烙印システムによって結び付けられていますから分かるはずです、【S&W M500ハンターモデル】あなただけの銃です」

 

 M4が持ってきた大型回転拳銃を手に取ったその人形は、ゆっくりとリボルバーを見回し、最後にシリンダー内を覗く。

 

「弾は?」

 

 それは静かで、だがはっきりと聞こえる声であった。

 人形の求めに応じてポケットから専用弾である500S&Wマグナム弾を取り出し手渡すと、人形はシリンダー内に弾丸を装填し始める。それまでM4たちだけを睨みつけていたエグゼであったが、ふと、人形の持つ大型リボルバーを見た瞬間ハッとする。

 咄嗟に走りだしたエグゼに周囲は驚く。

 次の瞬間、リボルバーに弾を装填し終えた人形がその銃口を向かってくるエグゼに向けて引き金を引いた。

 

 轟音が鳴り響き、大型獣をも一撃で仕留める威力を秘めた銃弾がエグゼの首筋をかすめ、血肉が爆ぜる。

 怯むことなくそのまま突っ込んでいったエグゼが相手の襟首を掴むが、相手はエグゼに頭突きして怯ませると、ひざの裏を蹴って跪かせる。即座にリボルバーの銃口をエグゼの頭部に向けようとするが、スネークが加勢に入りリボルバーを手からはじく。

 しかし、人形はスネークのナイフを奪うとそのナイフを逆手に持って斬りかかる。

 

「てめぇ…!させるかよ!」

 

 膝をついていたエグゼが水面蹴りを放つが容易く躱された。

 すぐに起き上がりスネークの援護にまわろうとしたが、丸腰のエグゼに狙いを定めた人形によって組みつかれ、勢いよく甲板に叩きつけられる。背中からおもいきり叩きつけられた彼女の髪を掴んで起こし、その首筋にナイフの刃をあてがう……拳銃を抜いたスネークがその銃口を相手に向けると、人形はようやく動きを止めた。

 周りにいたスコーピオン達もエグゼを組み伏せる人形に銃口を向け牽制するが、相手は少しも動揺する素振りを見せなかった。

 

「くそが……テメェ、なんでここにいるんだ……!」

 

「エグゼ、そいつを知っているのか!?」

 

「初対面だよクソッたれ……だが、こいつのあの銃には見覚えがある…!」

 

「あの人の銃?」

 

 M4は甲板に落ちていた大型リボルバーを手に取った。

 光沢を持つ銀色のリボルバーはAR小隊が任務で一緒に回収したものだが、そこで回収したものを彼女たちは把握していない。だがあの日、あの場所で戦ったエグゼ、そしてハンターにはそれが何なのか分かった…忘れようがない。

 

 

 

「忘れるかよ、そのリボルバー……お前なんだろう大尉……アーサー・ローレンスさんよ…!」

 

 

 




Q.つまりどういうことだってばよ?

A.ペルシカさんのぶっとんだ倫理観が生んだ怪物


M4の設定を知る方ならなんとなく想像出来るかもw
でもまあ、シークレットシアターだから深刻にはならんやろ(適当)

アーサー人形が女なのか男なのか気になるって?
ひん剥いて確かめてみなはれ、命の補償はしないけど!

ワイもカニくいてえぜ


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世界を見渡せ

 アーサー・ローレンス大尉。

 その名を聞いたとたん、スタッフや人形たちの間に動揺が広がった。

 歴戦のベテランスタッフも、場数を踏んだ人形たちも一様に恐れおののき、エグゼの首にナイフをあてがう戦術人形に注目していた。

 

 端正で美麗な中性的な顔立ちは彼本来の素顔ではない。

 16LABのペルシカリアの興味本位によって彼の亡骸が海底から引き上げられ、彼の記憶を宿した電子頭脳を利用し生み出された者。姿はまるで違うが、その鋭い眼光だけは変わっていない。

 落ち着き払った様子で目だけを動かし、自分を囲む兵士たちを見据える。

 

「お前お終いだよクソッたれ……また海底に沈めてやるからよ…!」

 

 首にナイフを突きつけられつつもエグゼは怖気づくことなく挑発する。

 だがそれがいけなかった、アーサー・ローレンスは片手でエグゼの口を塞ぐと、ナイフの刃先を彼女の首元に突き刺した。

 

「よせ!」

 

「これくらいでは死にはしない、人形というのはそういうものだろう? 10秒やる、銃を捨てて床に伏せろ。さもなくばこの人形の首を掻き切って破壊する」

 

 自分に銃を向けて取り囲む兵士たちにアーサーは言った。

 デルタフォースの冷酷な部隊長としての姿を知っていれば、これが脅しではないと気付くはずだ。

 アーサーの宣言から沈黙が続く。

 銃を握りしめたままのスネークはその視線をエグゼに向けた。口を押さえられた彼女はスネークのことを真っ直ぐに見つめ、小さく首を振った。こっちは気にせず撃ち殺せ…そんな彼女の意思をスネークは感じ取る。

 

「全員、銃を下ろせ」

 

 スネークの決断は、アーサーの要求に従うことであった。

 スネークや仲間たちが銃を下ろし、床に伏せていくのを見てエグゼは悔しそうに目を閉ざす。

 

「英断だ」

 

「このクソ野郎…!」

 

「立て小娘、ゆっくり歩け」

 

 刺したナイフを抜き、再びナイフの刃をエグゼの首元にあてて立ち上がらせる。それからアーサーは自分の銃(S&WM500)を持ったままのM4を見やり、指だけを動かして自分のところまで招く。少し迷った末に、M4は指示通りリボルバーをアーサーの元まで持って行く。

 

「厄介なやつ連れ込みやがって…」

 

 リボルバーを手渡すとき、エグゼの憎々しげな言葉がM4に突き刺さる。罪悪感から彼女の顔をまともに見れず、M4は逃げるように後ずさる。次にアーサーが目をつけたのは、AR小隊がここまで乗ってきたヘリだ…アーサーはそれでこの場から脱出することを考える。

 だがその時、アーサーは遠くの建物にきらりと光る物を目にした。

 咄嗟に捕らえていたエグゼを突き放した瞬間、弾丸が握っていたナイフを撃ち抜き弾き飛ばした。一瞬、狙撃手のいる方を忌々しく睨んだアーサーはすぐにその場を逃走した。

 

「大丈夫かエグゼ!」

 

「ちくしょう、あの野郎…絶対にぶっ殺してやる!」

 

「いけませんエグゼ、すぐに治療しないと!」

 

 刺された首の治療を施そうとするスプリングフィールドを払いのけ、エグゼはブレードを担ぎ怒りをあらわにする。それからエグゼはAR小隊を睨みながら歩み寄る。妹をかばおうとしたM16を押し飛ばしたエグゼはM4の胸倉を掴みあげた。

 

「テメェらここで待ってろ、あの野郎始末したら次はお前たちだ!」

 

 怖気づくM4を突き飛ばし、エグゼは自ら部下を率いて逃げたアーサーの追跡は始める。

 すっかり気圧されてしまったAR小隊のメンバーは気まずそうに佇むが、何人かのスタッフたちが気にするなと声をかけてフォローする。そこへ、隣のプラットフォームよりWA2000と79式が走ってやってくる。どうやらアーサーを狙撃したのはWA2000のようだ。

 

「あいつどうしたの!? 素性が分からないけど、ヤバそうだったから」

 

「ナイスタイミングだよわーちゃん。驚かないでよ、あいつはデルタのあの大尉だ! よく分からないけど、あいつの電子頭脳で甦ったらしいんだ! 後を追わなきゃ!」

 

「あーもう、オセロットがいない時に…! スネーク、どうするつもり?」

 

「スタッフたちに危険が及ぶ前に奴を捕らえなければならない。みんな協力してくれ、スプリングフィールドはすぐにみんなに知らせるんだ。ワルサー、スコーピオンはオレと一緒に来い」

 

「了解!」

 

 事情を知らないスタッフたちにすぐにこの事を伝えなければ、大変な被害を被ってしまうだろう。

 なにせ相手はあの欧州侵攻部隊を率い、欧州を地獄の焦土に変えた最悪の人物だ…事情はどうあれ、自らの野望を打ち砕いた仇敵たちが集うここで、なにもしないはずがない。

 スネークとスコーピオン、そしてWA2000はすぐにアーサーを、そして彼を追っていったエグゼの後を追おうとした。

 しかし、そこでM4が声をあげて3人を引き止める。

 

「もうなんだよM4! 時間がないんだよ!」

 

「分かってます! えっと、実はペルシカさんからもう一つ預かってるものがあって……」

 

 申し訳なさそうにペコペコ頭を下げながら、M4はヘリに戻ると、両手で抱えられるような箱を持ってくるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの場から逃走したアーサーは建物の内部に入り込むと、狙撃で負傷した手を治療すべく、通路の壁に取りつけられていた救急箱をもってトイレの中に身をひそめる。ナイフが弾かれた際に手が刃に触れ、深い切り傷を作っていた。水で切り傷付近の汚れを落とし、アーサーは傷口の縫合を開始した…麻酔もないため激痛を感じているはずだが、彼は顔色一つ変えることは無かった。

 傷の縫合を終える頃、建物内に警報音が鳴り響く。

 

 消毒を行い、負傷箇所に包帯を巻き終えたアーサーは自身の銃の残弾を確かめる。

 所持する弾薬は、シリンダー内に残されている4発だけだった。

 トイレの個室から出たアーサーはふと、壁に取りつけられた鏡を目にする…鏡に映る自分の姿を目にした彼はそこまで近寄っていき、覗き込む様に鏡を見つめた。

 

 容姿はまるっきり違う…透き通るような白い肌やさらさらとした絹のような黒髪、中性的な顔立ちであるが華奢な身体はどちらかというと女性の肉体に近いといえた。鏡を見つめたまま自身の頬に触れると、鏡に映る人物もまた同じように頬に触れる。

 それからアーサーはリボルバーを握りしめると、自身のこめかみにつきつけて引き金に手をかけた……だが引き金を引こうとする指は撃鉄がわずかに動く位置で止まる。そこからはどれだけ指に力を込めようとも、引き金を引くことは出来ない。

 鏡の向こうに怒りを宿した琥珀色の瞳が映る。

 怒りに満ちた声をあげ、彼は目の前の鏡を叩き割る。

 

「くそ……よくもこんな事を…!」

 

 床に散乱した鏡の欠片を踏みしめながら外に出る。

 相変わらず警報音が鳴り響く中、アーサーは身を隠そうともせずに通路を歩く……そんな時、彼の前に一人の女性が立ちはだかる。どこか見覚えのある姿にアーサーは記憶を探り、やがて気付く。

 

「アイリーン上等兵曹」

 

「アーサー大尉、お久しぶりですね……こんな場所で、そんな姿で会うことになるとは思っていませんでしたが」

 

 陸軍と海軍という違いはあるが、かつての仲間同士の再会であったが、アーサーは不愉快そうに表情を歪める。

 

「捕虜でなければここにいるはずがない。だが貴様は捕虜には見えん……祖国を裏切ったか、売国奴のメス犬め」

 

「私が忠誠を誓った祖国はとうの昔に死んだのです。私は自由な意思でここにいます……アーサー大尉、銃を下ろして話しあいましょう。お願いです、大尉」

 

「アーサー・ローレンスという男は死んだ。あの日、すべての役目を果たし海に沈んだと同時にな」

 

「では今のあなたは何なのですか? 身体は変わったとはいえ、同じ存在でしょう?」

 

「同じなものか。オレは……アーサー・ローレンスの記憶の残り滓だ。人間ではない、造り物の…人形だ」

 

「人形嫌いは相変わらずですね。お気持ちはわかりますが、落ち着いて話しあいをしましょう。そうすれば――――」

 

「見つけたぞクソッたれが!!」

 

 通路に響き渡ったエグゼの怒鳴り声に、アイリーンの注意がそれる。向かってくるエグゼを視認したアーサーは、アイリーンを押しのけてリボルバーを構え引き金を引く。咄嗟にしゃがんで躱したエグゼだが、背後にいた兵士の肩に弾丸が直撃、44マグナム弾の3倍と言われる威力の銃弾を受けた兵士は壁に叩き付けられた。

 構わず突っ込んでくるエグゼに、アーサーは銃をホルスターに戻すと、目にも止まらぬ速さで懐へと飛び込み意表を突く。そしてエグゼの身体を真下から担ぎ上げると、通路の壁に叩き付ける。

 

「あの時は不覚を取ったが、貴様のような人形単体程度に倒されるオレではない」

 

「うるせえんだよ…バカやろうが!」

 

 即座に起き上がり反撃を仕掛けるが、ダメージは大きく動きは鈍い。

 容易く動きをとらえてみせたアーサーは、エグゼの握るブレードに目を向ける。

 

「オレが憎いか小娘?」

 

「ああ、ぶち殺してやりたいね!」

 

「だったら殺してみろ」

 

 掴んでいたエグゼの腕を離して解放する。

 まるで自分がからかわれていると錯覚したエグゼは激高した。

 

「待ってよエグゼ! 一回落ち着いて!」

 

「うるせえ! 引っ込んでろアイリーン!」

 

 双方の間に立って仲裁に入ろうとするアイリーンだが、いきり立ったエグゼは止められず、アーサーの方も迎え撃つ構えだ。手に負えない事態だが、アイリーンも元海軍特殊部隊としての腕前もある…強引にでもこの争いを止めようと考える。

 しかし、アイリーンが行動を起こす前に、騒ぎを聞きつけて駆けつけたスネークがこの争いを止める。

 スネークの命令でピタリと動きを止めたエグゼは、アーサーを睨みつけたまま引き下がるが、アーサーの方はリボルバーの銃口を向けたままだ。

 それに対し、スネークと一緒にやって来たM4が抱えていた箱からある物を取り出してアーサーに見せつける。

 

「やめてください! これがどうなっても知りませんよ!?」

 

 アーサーに対し突きだしたもの、それは…茶色のかわいらしいクマのぬいぐるみ、いわゆるテディベアである。

 愛くるしい見た目に抱き心地抜群のふわふわと抱きしめられるほどの大きさ。

 この真面目な場面でとったM4の行動に、場が凍りつく……プルプルと震えながらM4はテディベアを掴み、再度アーサーに見せつける。

 

「とうとう頭がいかれたかM4! もうテメェみたいなアホをオレ様が殺してやるもんか、自分で死にやがれ!」

 

「いや、違うんです! アーサー・ローレンス、あなたならこれが何なのか分かりますよね!?」

 

 事情を読み込めないエグゼが戸惑う中、M4は頑なにテディベアをまるで人質でもとったかのように見せつける。

 それに対し、アーサーは銃口を向けたまま無言で佇む。

 

 それからなんの動きもなく、気まずい空気が流れ始める……そんな時だった。

 

 

「うぅん……なんだぁ一体? あれ? なんだここ?」

 

 

 唐突にテディベアがしゃべりだし、きょろきょろと首を動かし始めたではないか。

 クマのぬいぐるみは色々なものを見てパニックに陥りかけるが、前方でリボルバーを構えるアーサーを見るとピタリと動きを止める。

 

「その信号、大尉殿? 大尉殿でありますか?」

 

「そういうお前は……軍曹なのか? 一体、どうなっている…!」

 

「なんかおかしいですね。大尉殿、女装始めたんですか?」

 

「そういうお前は何なんだ! クマの、ぬいぐるみじゃないか…!」

 

「クマのぬいぐるみ? オレが? うわ、マジだ……どうなってんだいこりゃあ!?」

 

 再びパニックに陥るテディベア、今度はアーサーまでもが混乱していた。

 

 このよく分からない状況にすっかり殺伐とした空気が流れてしまい、殺意が冷めたエグゼはM4に説明を求める。

 M4曰く、この喋って動くテディベアもまたペルシカが米軍兵士の亡骸から回収した電子頭脳を用いて造りだしたものらしく、その亡骸というのがアーサー大尉と同じデルタフォースの隊員であり、彼の忠実な部下であった軍曹だというのだ。

 ペルシカからは、何かトラブルになったらこのテディベアを使えとだけM4は言われていたらしい…。

 

「へへ、よく分からねえが……おいデルタの旦那、お前の可愛い部下をバラバラに引き裂かれたくなかったら銃を捨てな!」

 

「ちょっと待てアンタ! オレをバラバラにするって正気か!? オレはただのテディベアだぜ!?」

 

「そうよエグゼ! そんなかわいいクマのぬいぐるみを八つ裂きにしようだなんて、あなた最低のクズよ!」

 

「そうだそうだ! おもちゃを大事にしろー!」

 

「うるせーぞお前ら! 少し黙ってろ!」

 

 テディベアを八つ裂きにしようとするエグゼを、スコーピオンとWA2000が咎め始める。そんな二人を黙らせて、エグゼは再びアーサーに銃を捨てるよう促した。

 

「助けてくださいよ大尉殿! このメスゴリラをなんとかしてください!」

 

「黙れ軍曹、貴様も米軍兵士…デルタの一員なら泣きごとを漏らすな!」

 

「兵士もデルタも何も、今のオレはテディベアですよ!? かわいいクマのぬいぐるみです、キッズたちの遊び相手になる以外に何ができるって言うんです?」

 

「ちっ……このバカが!」

 

 アーサーは悪態をこぼし、リボルバーを叩きつけるように投げ捨てると、その場に座り込む。

 

「これでいいか! どうとでもしろ、殺すなり何なりすればいいだろう!」

 

 テディベア…テディ軍曹を盾にされてアーサーはついに観念する。

 ホッと安堵したM4の手からテディ軍曹が逃げだしたが、その頃にはアーサーの銃は回収されて銃を持った兵士たちが取り囲む。床に降りたテディがとっとこ走り寄っていく愛くるしい姿に、WA2000はおもわず感激している様子。

 

「すみません大尉殿、オレがテディベアになっちまったばっかりに」

 

「もういい、どうせこんな身体で生きていたいとも思わん。おいどうした貴様ら、さっさと殺せよ」

 

「ハッ、そういうことかよ……お前ほんとに死にてえみたいだな? まあ、お前の人形嫌いは相当だったからな、いい気味だぜ。だったら殺してやるもんか、自分が嫌ってた人形の身体で末永く生き腐ってやがれ!」

 

「エグゼ、あんた言葉汚すぎ…それで、どうするのスネーク?」

 

 最終的に二人の処遇はスネークが決めるべきであった。

 エグゼは今も二人を軽蔑するような態度で当たっているが、スネークはあくまでかつての敵に敬意をもって接する。

 

「エグゼの言った通りにするわけじゃないが、お前たちを殺すつもりはない」

 

「生き恥を晒させるつもりか?」

 

「大尉殿、セカンドライフっすよ。そう考えれば……すみません」

 

 ギロリと睨まれてテディ軍曹は即座に黙り込む。

 

「我が軍の機密を探るためだとしたらおすすめはしない。ここに埋め込まれている電子頭脳は高度な情報規制がかけられている、貴様ら程度の技術でそれを調べられるとも思わん。もっとも、オレが知る機密などたかが知れているがな」

 

「あんまり挑発しないでくださいよ大尉殿。あなたと違ってオレは死ぬの嫌なんですから、死にたいなら一人でお願いしますよ」

 

「軍曹、この救いようのない愚か者め! お前など助けるんじゃなかったな!」

 

「良い部下を持ったようだな、アーサー大尉」

 

「今では後悔している。真っ先に殺しておくべきだった」

 

 上官に睨まれて、テディ軍曹は震えあがる。

 クマのぬいぐるみが怯えて震える姿に、WA2000の理性がとびかけているがここはまだ我慢の時だ。

 

「アーサー大尉、正直オレにはアンタをどう処遇すればいいかは分からん。ここにいるエグゼのように、アンタを殺してやりたいと思う奴もいるし、アイリーンのように生きていて欲しいと思う者もいる。大尉、アンタの望むことはなんだ…また祖国に戻り、祖国に尽くすのか?」

 

「戻れるはずがないだろう。オレにはもうその資格はない……祖国に尽くしたオレはあの時死んだ。今のオレは、何者でもない」

 

「そうか、だったら死にこだわる必要はないはずだ」

 

「おいおいスネーク、なに言ってんだよ! こんなクソ野郎生かしておいたら―――」

 

「はいはい黙っとこうねエグゼ、話が進まないからさ」

 

 抗議するエグゼをスコーピオンが押さえ込んで黙らせる。

 

 スネークの言葉に対しエグゼ以上に疑問を浮かべたのは、なによりアーサー本人である。

 

「何か企んでいるのか、それとも単なるお人好しか、あるいはマヌケか…MSF司令官、オレにはお前をどう評価していいのか分からんよ。逆の立場なら、オレは迷わず処刑する」

 

「アンタは何者でもないと言ったな。ならば何者でもない自由な目で、この世界を見届けたらいい。祖国の勝利だけを求め続けたあんたが見れなかった世界を見るんだ……それで何も感じなかったのならそれでいい、だが何かを見つけることが出来たのならそれは意味のあることだ」

 

「アーサー大尉、自分一人で生きる理由を見出せないのなら、誰かのために生きてみるというのはどうです? 例えば、隣にいる可愛い子グマさんのためとか」

 

 アイリーンの提案を聞き、アーサーはジト目でしがみついてくるテディ軍曹を見下ろす。

 ぬいぐるみのキラキラとした瞳で覗き込んでくる軍曹に、苛立ちを露わにして舌打ちをした。

 

「大尉殿、オレ一人じゃ寂しいっすよ。こんなテディベアのちんちくりんボディでどうやって一人で生きろって言うんです?」

 

「どうしようもない奴だな貴様は……気は進まんが、部下にここまで懇願されたのではな。MSF司令官、お前がオレに何を望んでいるのかは知らんが、お前の思い通りになるつもりはない。それと、このクマのぬいぐるみはオレが預からせてもらうぞ」

 

「いいだろう。あんたがこの世界を見渡し、意味のある何かを見つけてくれることを願う」

 

 

 つまらなそうに鼻を鳴らし、アーサーは立ち上がる。

 テディ軍曹は軽快な動きでアーサーの身体をよじ登っていき、コアラのように肩にしがみつく…どうやら彼はそこを定位置と定めたらしい。そんなテディ軍曹の仕草にとどめを刺されたWA2000がその場で卒倒したのであった…。

 

 いくつか不安を残した今回の事件。

 

 後に、二人の存在が新たな珍事件を引き起こそうとは、今はまだ誰も知る由がなかった…。




大尉「こんな身体にしやがって…!」
軍曹「大尉はまだいいっすよ、オレなんてテディベアですよ?」

テディ軍曹の元ネタ?
ハハ、映画のテッドに決まっておろう!


そんなわけでキャラ紹介(短め)

・アーサー・ローレンス(元大尉)(♂?♀?)
元デルタフォース大尉、冷酷さはそのままであるがどこかポンコツな気配が…。
戦術人形としてはS&WM500ハンターモデルと烙印システムで繋がっている。
S&WM500は軍用向けではないが、アーサー本人が銃の隠れコレクターであるため愛用している……コレクターとしての性か、戦術人形を毛嫌いしているが、彼女たちが使う古い銃器を見ると内心ワクワクしていたりする。
軍曹に対しツンデレ。

・テディ軍曹(テディベア)
元デルタフォース軍曹、陽気な性格でボディをテディベアにすりかえられ、ポンコツを通りこして存在自体がギャグと化してしまった。
大尉と違って復活後は楽しむ気満々、テディベアのボディを生かして可愛い女の子にハグして貰えるからラッキー程度に思っている模様。


大尉と軍曹には訓練教官として手伝ってもらおうと思ってます。
シールズのアイリーンと、デルタの二人が訓練に口を挟みだしたら落伍者が続出ですねw
ちなみに、大尉と絡ませる予定でいるのは【M14】と【ガリルはん】です、お楽しみにw


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これからの私…

コラボを最新話に置いときたいから変な場所で更新してるけど、堪忍な!


 アフリカと聞いて、当初鉄血ハイエンドモデルたちは、熱くじめじめした場所で大雨が絶えないか、極度に乾燥していて小さな砂がどこにでも入ってくるような熱く過酷な環境だと思い込んでいた。

 実際、アフリカのジャングル地帯やサハラ砂漠といった地域は人間にとっても人形にとっても過酷すぎる地域はあるにはある。しかし、アフリカに居を構えるウロボロス邸周辺は温暖な気候で厳しい環境下にもなく、汚染のない川が流れるすぐそばにあるリゾート地であった。

 まあ、そこから少し離れれば、ウロボロスが接収した大量の光化学スモッグや廃棄物を垂れ流す工場群があり、劣悪な環境下で働かされている労働者たちがいるわけであるが…。

 

 歴史を感じさせる屋敷の庭は老齢ながらも、庭師としてキャリアを積み重ねた男性の手によってきれいに整備されている。どこから持ってきたのか、中央の噴水には抱えた水瓶から滝のように水を流す女神のブロンズ像が置かれている。

 さらに屋敷に停められている車はいずれも高級車ばかり。

 さらにさらに、庭に飾られたアンティークの装飾品なども良く見れば高価なものだ。

 ウロボロスの虚栄心の自己顕示欲の強さに彼女の財力は惜しみなく使われており、彼女の拠点としている町の広場には大きなウロボロスのブロンズ像が立っており、あちこちに尾を喰らう蛇を描いた旗がなびく。

 

 元々この辺を統治していた国の法律はもはや適用されず、ウロボロスのウロボロスによるウロボロスのための国家と化していた。

 もちろんそんなことをして元々の統治者が黙っていなかったが、ウロボロス本人の強さとグレイ・フォックスという最強の兵士、そして大量の装甲兵器によって返り討ちにしむしろ領土をぶんどってさらに支配地域を拡大させたのであった。相手を交渉のテーブルにつかせ、一方的な条約を結ばせて紛争を終わらせたのである。

 

 その後のウロボロスは、自分の思うようにこの地域を統治する。

 

 使用人に対し人使いが荒いとはいえ衣食住を保証され金払いも悪くない、保護した子どもたちは争いごとから隔絶された平穏な暮らしを約束されている。今も戦争が絶えない地域では見ることが出来ない、平和な風景がここにはある。

 だがこの平和をいかにしてなしえたのか、そうウロボロスに尋ねようものなら、彼女は迷わず"暴力"によって勝ち得たものだと言うことだろう。

 武器を持った連中を追い返すのにも、地元民を従える際にも、秩序ある統治を続けるにも暴力が最も適しているとウロボロスは理解していた。

 

 

 そんな血にまみれた歴史はもう昔のことで、今はウロボロス自身も暴力からある程度距離を置き、日々金儲けと己の私腹を肥やすことだけを考えていた。

 あちこち金になりそうな話にくいついて、隙あらば紛争地帯を巡って孤児たちを連れて帰る。

 そんなことをしているおかげで、屋敷のあちこちに幼い子どもたちがいる。

 

「――――それでは次のところ、ヤオ君に読んでもらおうかしら」

 

 屋敷の庭の広い場所にて行われているのは、ハイエンドモデルであるイントゥルーダーによる子どもたちへの青空教室だ。イントゥルーダーはその知的さから割と早期にウロボロスから仕事を任され、境遇からまともな授業を受けられなかった子どもたちの教師となった。

 屋敷の近くに学校が建設されているが、建設が間に合わないため芝生の上にシートを広げて簡単な机を用意されたところで授業は行われる。

 戦いのために生み出されたイントゥルーダーであるが、無垢な子どもたちに知識を教えるこの仕事をすっかり気に入ったようだ。

 

「おーいイントゥルーダー、授業を受けないサボり不良少年を連れてきたぞ~」

 

「あらウロボロス、それにイーライくん。こんにちは」

 

 最初の授業から遅れて、サボっていたところをウロボロスに見つかったイーライが無理矢理連れてこられる。

 ギャーギャー喚き散らして反抗するイーライだが、耳を引っ張られたまま席に無理矢理つかされる。そのままでいても逃げるのは明らかなため、ロープでぐるぐる巻きにされる徹底ぶりだ。

 

「離せババア!!」

 

「なにがババアだたわけが。この私がババアなら世の女すべてが老衰で死んでおるわ。後は頼んだぞイントゥルーダー」

 

「はいはーい。さ、みんなと一緒にお勉強いたしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦うためだけに生まれてきた鉄血の人形たちが、戦うことを放棄することを許された理想郷のようなこの場所。

 護衛するべき主人のため、ジャッジのように歴戦の強者であるグレイ・フォックスを師として鍛錬に励む者もいるが、スケアクロウはウロボロスの業務を手伝うようになったりデストロイヤーはのんびり気ままに暮らしていたりする。

 ウロボロスと滅茶苦茶仲が悪い代理人は、一応主人であるエリザの侍女としての立場をキープしているが…。

 ウロボロス邸に隣接する広大な農場があるが、ここにやって来たハイエンドモデルの一人アルケミストは農場で働くことを選び、雇われた地元民と一緒に土を耕し農耕に励んでいた。

 以前の彼女を知る者はあり得ないと思うだろう。

 アルケミストは今は亡き恩師が残した想いを胸に秘め、この地で平穏な暮らしというものを見届けようと決めたのだ。時々、自分がかつて犯した血なまぐさい罪を思いだすが、この農場でひたすら働くことでそれを振りはらうことが出来た…。

 

 だがこの日、ウロボロスはアルケミストを屋敷の地下に招くと、痛めつけられた様子の男性を二人彼女に紹介した。

 

「こいつらはなんだい?」

 

「頭の悪い愚か者だよ。私の工場で破壊工作を目論んでな…使ったのは軍事用の爆薬、こいつら二人だけが動いているとも思えんのだ」

 

「そうか。それで、それがあたしをここに呼んだ理由とどう関係があるんだい?」

 

「分かっておろう? 私が知るなかで、おぬし以上に拷問と尋問を得意とする者はおらん。うちの部下が尋問をしたが口が堅くてな、おぬしならこやつらの口を割らせることもできると思うのだが?」

 

「期待してくれるのはありがたいが、辞退するよ」

 

「ほう?何故?」

 

 わざとらしく驚いてみせるウロボロス。

 含みのある笑みを浮かべるウロボロスを一瞥し、アルケミストはもう今までのように他の誰かを痛めつけたり、拷問にかけて快楽を見出すつもりはないと説明をした。

 

「なるほど、理解した。だが広く世界を見てみるがいいアルケミスト…おぬしは愚か者ではないはずだ。故に、この平和が暴力によって成り立っていることが分かるはずだぞ? 私はこの尊い平和を、血にまみれた手で勝ち取った。おぬしはどうだ? 犠牲の果てに存在する平和を勝ち取る度胸はあるか?」

 

「ふん……お前は本当に嫌な奴だね。だからいつまでもボッチなんだよ」

 

「ボッチ言うな。それで、協力してくれるのか?」

 

「さあね…協力したとしても、だいぶブランクがある。上手く尋問できるか保証しないよ」

 

「構わぬさ。お手並み拝見だよ」

 

「ならいいが……とりあえず尋問には道具がいるな………コレ、持ってきてくれないか?」

 

「どれどれ…って、なんだコレ……何に使うのこんなの?」

 

「いいから持ってきなよ」

 

 手帳に書いた道具のリスト内容を見て思わずウロボロスは二度見してしまう。

 鉄血で最も残忍な人形だというのはとっくの昔に知っていて、ここ最近の様子からすっかり丸くなったと思っていたが…どうもそうではないらしい。

 ウロボロスが用意した道具を見て、妙にはしゃいでいる様子の彼女を見て、やはりこの人は本性隠せないなと察するのであった。

 

「ちょっとウロボロス、あんた本気なの? アルケミストも、嫌なら引き受けなきゃいいのに」

 

「デストロイヤーよ…あれが嫌そうな様子に見えるか?」

 

「………前言撤回するわ」

 

 道具を一つ一つ、楽しそうに調べるアルケミストを見てデストロイヤーはすっかり意気消沈してしまった。

 この場には他にも、代理人が様子を見に来ていた。

 ウロボロスに攻撃を仕掛けるということは、主人であるエリザにも危害が及ぶと判断し、捕まえてきた犯罪者の考えを見抜こうと考えている。

 

「さてと、準備完了だよ。始めようか」

 

 道具の確認を終えたアルケミストは、椅子に拘束された犯罪者二人に被せられたズタ袋をとりさった。

 顔にあざがあるのを見ても彼女は少しも眉を動かさず、冷たい目に残忍な笑みを浮かべて二人の虜囚を見下ろした。それに対し、二人はアルケミストを含め地下室内にいるハイエンドモデルたちを見てあざ笑う。

 

「今度は人形のお嬢さんたちが尋問かい? へへ、丁寧にご奉仕してくれるんだろうね?」

「おい女ども。後で痛い目見たくなかったら、さっさとこのロープをほどきな!」

 

 目の前のアルケミストをいやらしい目で見つめ、汚い言葉で罵倒する二人。

 二人の嘲笑に対し、アルケミストは一人の顔面へ強烈な蹴りを叩き込むと、倒れたところを何度も蹴りつける。手を抜いているとはいえ、人形の力で何度も蹴られた男は肋骨が折れ、血を辺りに巻き散らす。

 

「ルールその一、あたしが質問しお前らが答える。それ以外で口を開くんじゃないよ…分かったか?」

 

 椅子の背もたれを掴み、痛めつけた男を元の姿勢に戻す。

 それからもう一人の男を一瞥すると、テーブルからナイフを取ってその男の手の甲におもいきり突き刺した。手を貫かれた男は激痛から叫び声をあげる。叫ぶ男に対しアルケミストは、人差し指を口に当てて静かにするよう促すが、男の叫び声は止まらない。

 いつまでも叫ぶ男の口を無理矢理閉じさせ、ゾッとするような笑顔を浮かべたまま語りかける…。

 

「シーッ……静かに静かに、人の話はちゃんと聞こうな? ルールその二、質問には必ず答えること。お前たちに黙秘権はないよ」

 

 何度も頷く男ににこりと笑い、アルケミストは尋問器具を並べたテーブルのそばに立つ。

 明らかに農作業しているよりも生き生きしている姿に、すっかりスイッチが入ってしまったなとデストロイヤーは思う。

 

「さてと尋問を始める前に、お前らのうちのどっちが上の立場にあるかはっきりさせようか。どっちが偉いんだい?」

 

 その問いかけに、最初に痛めつけた男の方がチラリと視線を隣の男にやった。

 その仕草でどちらが上か理解したアルケミストは満足げに微笑むと、テーブルに置かれた箱から釘を一掴みした。一体何をやろうというのか…アルケミストは最初に痛めつけた男に歩み寄ると、強引に彼の口を開かせたうえで大量の釘を口内に入れ、吐きだせないようすぐにテープで口を塞ぐ。

 釘を口いっぱいに詰めこまれた男は必死にもがくが、両手はひじかけに固定され、テープで口を塞がれているため吐きだすこともできない。だからといって釘をのみ込むこともできず、彼は酷く恐怖しながらアルケミストを見つめる。

 

「ウロボロス、なにを聞けばいいんだ?」

 

「え? あ、あぁ……えっと、とりあえずなんで工場を壊そうとか聞いてみてくれないか?」

 

「ああ。聞こえたね、なんで工場を爆破しようとしたんだい?」

 

 口を塞がれていない方の男性に優し気な声で問いかけると、彼は何度も相方の方を見てから、震える声で自白する。

 

「あ、あの工場を破壊すれば…人形製造が止まる、そうすれば…ここの軍事力が下がる…!」

 

「へえ、素直じゃないか。いいよ、その調子だ。お前も良かったな、上司が協力的ならこれ以上痛い目みずに帰れるさ」

 

 笑いながら、アルケミストは釘を口に含んだ男の肩を叩いて見せる。

 優しく語りかけていると本人は思っているのだろうが、こんな惨たらしいことを楽しそうにやれる姿に二人は恐れおののいている。

 

「次の質問は、そうだな…裏に一体誰がいるのか聞いてくれ」

 

「分かった。今のも聞こえたね、お前らの破壊工作を手引きした奴を明かしな」

 

「それは、いや、オレたちの独断だ…」

 

「んん? なんだって?」

 

「オレたちの独断だって! だれもいやしねえよ!」

 

「そうか? 調査じゃ爆薬は軍事用らしいじゃないか。そんなものお前らがどうして手に入れられたんだい? その入手経路を教えてもらいたいね」

 

「そいつは…拾ったんだ。ほら、ここらじゃさほど珍しくもないだろう? 軍隊や警察なんてまともに機能しない」

 

「ここらってどこだい? 警察がまともに機能してない町はここからどのくらいの距離にあるんだ?」

 

「そこまで手に入れに行ったんだ、本当だ!」

 

「お前…自分が何を言おうとしているか分かってないみたいだな。もういいよ、分かった」

 

「ちょっと待て、一体何を…!」

 

 アルケミストは何も言わず、尋問器具を並べたテーブルを見下ろす。

 ナイフ、ハンマー、角材、ペンチ、ロープ、チェーンなどの身近な道具が揃えられている。その中からアルケミストはバールを手に取ってみたがなにか納得がいかず、次に角材を手に取った。何を思ったのかアルケミストは、角材の先端にチェーンを巻きつけていき、握る箇所にもロープを巻いて補強する。

 陽気な鼻歌をうたいながらアルケミストは、チェーンを巻きつけた角材を肩に担いで口を塞がれた男に歩み寄る。

 

「待て、おい…何をする気だ…止めろ…!」

 

 身動きをとることも、言葉も発することのできない男の前でアルケミストは角材を握りしめ、男の頬に狙いをつけ始める。必死で逃れようとする男の前でアルケミストは楽しそうに笑い、角材を構えた。

 

「やめろ! やめてくれ!!」

 

「これがお前の選択肢だ。よく見ときな」

 

「やめろーー!!」

 

 男の制止は虚しく響き、アルケミストはチェーンを巻いた角材でおもいきり拘束された男の顔を殴りつけた。

 口いっぱいに釘を含まされた状態で頬をフルスイングされれば果たしてどうなるか……代理人も、ウロボロスでさえも思わず目を背けるような惨状となり、デストロイヤーは青ざめた表情で地下室を出ていった。

 床に倒れ、顔からおびただしい血を流しながら男は痙攣していた。

 

「これくらいで死にはしないさ。ほら、生きてるだろう?」

 

 倒れた男の髪を掴み、もう一人の男に見せつける。

 頬をフルスイングで殴られ、釘でズタズタにされた口内…何本かの釘が頬を貫いて外に飛び出ている。

 ふと、地下室にアンモニア臭が漂う…尋問が行われていた男の足元が濡れており、そこから湯気が立っていた…。

 

「さ、尋問の続きと行く前に…次の道具はこれだ。プロパンガスに酸素ボンベ、それから溶接器だ……どう使うか教えてやろうか?」

 

「勘弁してくれ…助けてくれ……!」

 

「いいから話を聞きなよ。普通は鉄板とか溶接するんだが、こいつで人体を焼き切ることもできてな…すごく熱くて痛いんだよ。こいつの利点としては、焼き切っても傷口が焼け焦げて出血がないから、出血ですぐに死なないことなんだ。どうだい、わくわくするだろう?」

 

 溶接器に火を灯し、青白い火を男に見せつけて笑う。

 既に男は恐怖に支配され切ってしまいまともな受け答えをすることもできない様子…これ以上の尋問は無意味だと判断し、ウロボロスはこの尋問を中止させるのであった。

 

 先に外に出たアルケミストと代理人、地下の出来事から代理人も顔色が悪い様子…一方のアルケミストはというと、妙に晴れ晴れとした表情をしているではないか。

 

「アルケミストさ…もうあんなこと止めようね? ウロボロスに言われてもやだって言うんだよ?」

 

「分かってるよデストロイヤー。あたしは平穏な世界に生きるんだから……まあ、たまには拷問を手伝ってもいいと思うけど」

 

「アルケミスト!!」

 

「分かった分かった…やらないよ、たぶん…」

 

「約束しなさい! じゃないと、マスターのお墓に報告しに行くからね!?」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 

 デストロイヤーに約束を誓わされ、少しつまらなそうにアルケミストは農場に戻っていくのであった…。




アルケミスト「平均的な居間にはあたしが拷問に使える物が1242個ある。部屋そのものを含む」

守護霊サクヤさん「アルケミストが暗黒面に堕ちてるよ!?誰か何とかして?」
代理人「ダメみたいですね…」

どうやらアルケミストは平和(暴力)を求めているようですね。
これこそ平和の執行、積極的平和主義者ってやつですね(白目)


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MSF支援班の多忙な一日~フルトン回収~

 MSFには、役割ごとに分けられた以下の班が存在する。

 

 その名の通り、紛争地帯に派遣され請け負った軍事業務を執り行う"戦闘班"。

 

 その高い技術力を日々練磨させて武器・兵器の開発、研究を行う"研究開発班"。

 

 MSFの栄養管理を担い、新たな食品の開発と既存レーションの改良に励む"糧食班"。

 

 MSFの本拠地となるマザーベースの拡張や設備管理、資源等の管理を行う"拠点開発班"。

 

 MSFが他勢力を相手にするうえで欠かせない情報を集め、それを分析したうえで作戦に役立てる"諜報班"。

 

 負傷兵の治療の他、派遣地域の風土病を把握・必要な場合のワクチン接種、感染症の予防などを担う"医療班"

 

 

 そして、戦闘班と共に戦地に同行し作戦のサポートを行う"支援班"が存在していた。

 支援班は、分かりやすいところで言えばスタッフのために武器弾薬の類からレーションなど、様々な任務に欠かせない物資を用意する任務や、要請があった場合の火力支援なども行う。そしてなんといっても、彼らが頻繁に執り行う作業はフルトン回収作業である。

 スネークを含め、戦闘班のスタッフや戦術人形たちはフルトン回収装置を上手に使いこなし、哀れな兵士たちを大空に打ちあげまくる。

 小さな武器から人間または人形、はたまた動物から兵器の類まで、フルトン回収を担う支援班が日々目にする回収物は多種多様である。

 

 今回はそんな彼らの、愉快で多忙な回収業務を覗いていこう。

 

 

 

 

 

 

 70年代初頭の陽気なロックが流されるヘリの機内にいるのは、もうこの作業に従事して長いことになるスタッフ"ディアー"と"ゴート"だ。

 白人のディアーはその昔よくシカ狩りをしてた経歴からそのコードネームがつき、黒人のゴートは特徴的なアフロヘアが羊毛を連想させるとしてその名がつけられた。二人とも出身は同じロサンゼルス、なおかつ幼なじみで一緒にMSFに入隊した経歴のある仲良しコンビだ。

 昔、MSFが人手不足に悩まされてた頃に採用された者で、実は戦闘に関してはからっきし…シカ狩りをしていたディアーはともかく、ゴートは薬局でアルバイトしてただけの経歴だ。

 まあ、その後地獄のような訓練を経てまともに戦えるようにはなったが、やはりエイハヴやキッドなどと比べると遠く及ばない……が、こうしてフルトン回収班として二人はMSFに貢献していた。

 

「よーし気合入れろよ兄弟、今回はワルサーの支援だ。きっといい人材を見つけてくるぞ」

 

「前に回収した奴は優秀だったしな。今回も期待できそうだぜブラザー!」

 

 カセットテープの音量を上げてノリノリでへたくそな歌を歌う二人、すぐにやかましいとパイロットに怒鳴られて音量を下げるが、二人は小声で歌詞を口ずさみ音楽に合わせて身体を揺らす。

 そうしていると、最初のフルトン回収を知らせるブザーが鳴る。

 最近は便利なもので、フルトン回収装置が使用されると連動して機内のセンサーが感知し、おまけに回収位置をレーダーに表示してくれるというのだ。おかげでフルトン回収のミスは大きく減り、回収者の安全性も大きく向上した。

 

「見ろ兄弟、ありゃあ女の子だ!」

 

「ということは戦術人形か、こりゃまたミラーさんが喜ぶなブラザー!」

 

 見目麗しい戦術人形の回収は、なんやかんやいって二人にとってお楽しみの一つだ。

 ただしスケベ心全開で接するだけが能ではない…回収される戦術人形は大抵酷く暴れようとするか、手がつけられないほど大泣きする者がほとんどだ。そんな対象者をなだめて穏便に基地まで連れて帰るのも彼らの仕事の一つ、二人が今日までこの回収班でMSFに貢献できているのはそう言った事も良くこなすからである。

 さて、今回回収された戦術人形の様子はというと、後者だ。

 回収する前から大声で泣きわめいていた人形をヘリの機内に運びこむと、さらにそこで泣き叫ぶ。

 機内の密閉された空間に声が反響しズキズキと頭が痛む。

 

「へいへいお嬢ちゃん、落ち着きなよ。もう怖いことなんかないからな?」

 

「ブラザーの言う通りさ! ひとまず落ち着いて、楽しいおしゃべりでもしよう」

 

 だが、泣き止まない。

 どれだけ慰めてもその子は泣きじゃくるのを止めてくれず、二人は苦戦する。

 

「うぇ~~ん!! 私のお菓子!! お菓子食べてただけなのにっ! うわーん!!」

 

「へい兄弟、この子はもしかしてお菓子が食べたいんじゃないのか?」

 

「泣き止んでくれるといいが…確かここに…」

 

 ゴートはごそごそと機内のコンテナを漁ると、板チョコを一つ取りだした。

 それを少女に見せると、少女はピタリと泣き止んだ。

 

「良かった良かった、君名前は?」

 

「私はFNC、これからお菓子食べようとしたらいきなり後ろから殴られて…気付いたら空に…」

 

「オレはシカ狩りのディアーとでも呼んでくれよな」

 

「オレの事はアフロヘッドのゴートって呼びな!」

 

「それにしてもこんな可愛い女の子を殴るなんて、ワルサーってのは酷い奴だな。まあいい、FNCこんなチョコしかないけど良かったら食べなよ」

 

「私にくれるの!? わーい、いただきまーす!」

 

 先ほどまで大泣きしていたFNCはすっかり泣き止んで、ゴートが渡してくれた板チョコにかじりつく。

 はむはむと、幸せそうにチョコにかじりついたFNCであるが、ある程度咀嚼したところでフリーズする…。

 

「こ……これ……に、苦……!」

 

「しまったぞブラザー! こいつはビターチョコだったぜ!」

 

「なにやってんだ兄弟、なにか甘いものはないのか!?」

 

「オレは苦い物が大好物なんだ!」

 

「うわーーん!!」

 

 再び泣き始めてしまったFNC。

 彼女を泣き止ませる物を何一つ持たない彼らはどうすることもできず、とりあえずかけられるだけの言葉をかけるも効果はない。結局、基地に戻るまでFNCは泣き止まず、そのままの状態で基地のスタッフに引き渡されるのだった。

 

 

 

 

 フルトン回収物の中には、時々負傷兵なども打ちあげられてくる。

 滅多にないことであるのだが、重傷ではないが作戦継続が不可能と判断され、なおかつ他の手段での回収に手間がかかる時の非常手段として行われる。そういう時のために、医療班で研修を受けたゴートがいるわけである。

 さて、本日負傷兵として空に打ちあげられたのは戦術人形のガリルである。

 運び込まれたガリルは衣服に血がつき、痛そうに呻いている。

 

「あいたたたた……あかん、痛いわもう…」

 

「手ひどくやられたみたいだなガリルはん。どこやられたんだ?」

 

「大したことないねん、心配いらんわ…イテテテ」

 

「大したことあるじゃないか。どれ見せてみな、オレが治療してやろう」

 

「いらん言うとるやろ? つばでもつけとけば治るわ! アイタ!」

 

「ほれ言わんこっちゃない」

 

 痛そうにしているガリルに治療をすすめるがガリルは頑なに断るのだ。

 ぽたぽたと機内に垂れる血を見て、やはりただ事ではないと判断し、しつこく思われても二人は治療をすすめる。

 

「せやから平気言うとるやろが!痛い!心配いらんわ!あいたっ!」

 

「どっちだよ! せめて負傷カ所だけでも…」

 

「それは言えへん」

 

「なんでだ?」

 

「それを聞くんか? うちがこーんなに秘密にしたがってるのに、おのれらそれでも聞くんか?」

 

「いや、そこまで言われたら無理にとは言わないけどよ…」

 

「それでええんや」

 

「あ!分かったぞ兄弟、ガリルはん、あんたケツを撃たれたんだな!?」

 

「そんなデカい声で言うなやドアホ!」

 

 背後にまわったディアーが、ガリルのお尻付近に血が滲んでいるのに気付く。

 ついにばれてしまったガリルは最初こそ喚き散らしたが、やがて開き直る。

 

「急いで治療しないと!」

 

「あほか!? なんでうちが野郎に尻見せなあかんねん!? それもお前、薬局でアルバイトしとっただけのど素人やろ!? なおさら任せられんわ!」

 

「安心しろガリルはん、傷口の消毒くらいならできる!」

 

「そないなことうちでも一人でできるわ!」

 

「ガリルはん、ケツの傷をなめたらいかんぞ? オレが前シカ狩りの最中、クソしたくなってしゃがんだらケツにヘビが噛みついてな。そりゃあ痛いのなんの、治療怠ったら跡が残っちまってな…ほれ、これがその時の」

 

「ほうほう……って、そんなきったないケツうちに見せんなや!!」

 

 ズボンを下げて尻の古傷を見せてきたディアーを蹴り上げる。

 その後はなんとか痛みに耐えていたガリルであるが、痛み止めくらいは処方されて基地に至る…。

 

 

 

 

 泣きわめいたり、ヒステリックだったり、ブチギレまくっている者をフルトン回収するのは確かに大変であるが言葉を使って意思の疎通が図れるという点ではまだ気が楽だ、というのがこの作業に従事する二人の本音である。

 言葉が通じない相手のフルトン回収程恐ろしい物は無い。

 例として挙げるのならば、制御不能に陥った装甲人形の類だろう。

 武器・兵器の回収にもフルトンは使用され、軍用人形なども持ち帰った後に研究資料の一つとなるため積極的に回収される。大抵は機能停止させられているが、時々起動状態にある人形が大暴れする事例もある。そんな時はまあ、色々やって鎮圧するのだが…。

 

 この日回収された言葉が通じない相手は、酷く落ち込んだ様子でうなだれ、二人の向かいのシートに座っていた。

 

「なあ兄弟…オレの勘違いじゃなければ、こいつはE.L.I.D感染者ってやつじゃないか?」

 

「間違いないぜブラザー、感染者だ」

 

「誰だこんなのフルトン回収しやがったのは…」

 

「ジャングル・イーブルだよ。感染者の群れを一人で襲撃したんだとよ」

 

「感染しないのかあいつは?」

 

「みんな胃腸炎にかかっても、あいつだけぴんぴんしてたくらいだからな。免疫が強いんだろう」

 

「とりあえず、どうするよこいつ?」

 

 このまま基地にまで連れていったらパニックになることは間違いないだろう。

 何故か大人しい感染者が気になるが、余計な被害が生まれることを恐れ、二人は感染者を誘導してヘリから突き落とすのであった。

 

 

 

 

 

 

 フルトン回収で、癖のある物を打ちあげる者は大勢いるが、二人が最も気を引き締めて取り掛からなければならない相手は、やはりスネークである。

 スネークの回収物は傾向が読めない、読めないのだ。

 しばらくまともな人材を回収しているなと思えば、ある時はやたらと兵器の類を回収し続けることもあれば、短い間隔で何十人も空に打ちあげてくることもある。30分の間に10人以上フルトン回収するのはスネーク以外誰もいない。

 

「よし、気を引き締めてかかるぞブラザー」

 

「了解だ兄弟。よし、さっそく回収物だ…よし、まずは人形だ」

 

 最初のフルトン犠牲者は戦術人形である、比較的楽な相手とたかをくくっていたが機内に入れると捕まえた戦術人形はなんとも癖の強い人物であった。

 

「あぁん、折角刺激的な経験してたのに、もうお終いなの~?」

 

「おい兄弟、なんだこのセクシーなねーちゃんは?」

 

「知らんブラザー、さっきからエクスタシーが止まらねえぞ」

 

「Mk48よ、よろしくね? 私を空に打ちあげたおじさまはあなたたちの仲間かしら? 大人しくしてたらまた会えるかしら~?」

 

「まあ確かにあの人はオレたちのボスだ。だがボスに危害を与えようとしても無駄だぞ」

 

「そんなこと考えてないわ。この私があんな一方的に屈服させられるなんて……あんな風に責められたのは初めて…素敵よね…?」

 

 頬を赤らめ、自身の指を舐めるMk48。

 服装もあいまってなんとも扇情的な彼女の姿に二人はすっかりメロメロ、ただしMk48はあくまで自分を打ち負かしたスネークに興味を持っているようで、二人は放置する。

 

「おっとブラザー、次なる回収物だ」

 

 やはりスネークのフルトン回収の間隔は早い。ぶつぶつ卑猥な言葉を紡ぎ出すMk48をいつまでも眺めていたかったが、仕事をさぼってはいけない。ハッチを開き、ヘリのフックに引っ掛けられたものを引き上げる。

 運び込まれたのは、大きく赤い色の丸っこいロボットであった。

 ツンツンとつついてみるが、表面がわずかに明滅したのみで動くことは無かった。

 

「なんだこれは?」

 

「知らないな」

 

「あらあら……とんでもない物が運ばれてきたわね?」

 

「む、Mk48はこれが何か知っているのか?」

 

「ええ、もちろん。見たところ機能不全に陥った【ゴリアテ】みたいね~、動きださないことを祈るわ~」

 

「ゴリアテか…動いたらヤバいのか?」

 

「ええ。ボンってなって、一発でこんなヘリ吹っ飛ばされるわ」

 

「え?なにそれ…」

 

 スネークがフルトン回収したのはなんと、鉄血制御下から外れ機能不全に陥ったという自爆兵器ゴリアテだ。

 凄まじい威力の爆発を起こし、あらゆるものを吹き飛ばす厄介な兵器…制御を外れているだけに起動すればどのような行動をするか分からないと言われ、機内はパニックに陥った。

 

「ボスぅぅぅ!!」

 

「なんてもの回収してくれたんだー!!」

 

「うふふふ、刺激的ねぇ~。スリル感があっていいわ~、ますます興味が湧いちゃった♥」

 

 男たちの悲鳴とMk48のクスクスと笑う声が機内に響く。

 ゴリアテの目が明滅するたびに恐怖に陥りながら、彼らは早く基地に戻ることを心の底から祈るのだ…。

 

 結局、ゴリアテが再起動することは無く、ヘリは無事基地にたどり着く。

 

 基地に運びこまれたゴリアテは調整を受けて自爆機能を排除され、無事、マザーベース無人機族の仲間入りを果たすのであった。




リクエストネタ~!

これでええんかな?
あと、ガリルはんはこの路線でまた登場させますさかい。


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緊急合作案件!! 危険な運搬物

「ふん~ふんふん♪」

 

 ある日のマザーベース。

 温かな太陽の光と穏やかな海風が熱くも寒くもないちょうどいい気温を整えてくれる。快適な気候の中をスコーピオンは鼻歌をうたいながらスナック菓子を食べ、当てもなくふらふらと散歩をしていた。こんな呑気な姿をWA2000に見つかればまた仕事をさぼっていると憎まれ口を叩かれるが、今日は任務で出かけてるため、口やかましい人を気にしないで気ままに遊んでいられるのであった。

 だが散歩しているだけではやはり暇、ということで誰か遊び相手がいないか捜すも、今日のマザーベースでは珍しく誰にも会うことがない。

 

「エグゼもどっか行っちゃったし、スネークもいないしで退屈だねぇ。なんか面白いことないかなぁ……ふわぁぁ………ん?」

 

 大きな欠伸を一つかいたところで、スコーピオンは遠くの甲板に不自然に置かれた物体を発見する。

 しばらく目を細めてそれが何なのか伺っていたが、何かに気付いたのか、スナック菓子の袋を放り捨ててその物体めがけ走り寄る。

 甲板に置かれた不自然な物体、よく見れば雑誌…それもスタイルの良い女性の写真が載せられたセクシーな写真集である。その雑誌のすぐそばでスコーピオンは立ち尽くしていたが…。

 

「いいものを見つけた…!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべてしゃがみ込むと、スコーピオンは嬉しそうにしながら雑誌を食い入るように眺めはじめる。誰がいつ何のためにこの雑誌をこの場所に置いたのか、そんな疑問を疑問として浮かべることもなく、スコーピオンは雑誌のページをめくる。

 

「えへへへ、エッチだねぇ~」

 

 スコーピオンはスネーク一筋であり、別に同性をそういう目で見ているわけではない。今は言うなれば、ちょっとエッチなものを見つけて喜んでる思春期少女のノリに近い…。ましてやMSFでは、このようなエッチな代物を毛嫌いしている一部の者によって焚書されてしまうので、こうして見かけることは珍しかったりする。

 完全に雑誌に集中してしまっていたスコーピオンは、その場にやって来たミラーにすぐ気付くことは出来なかった。

 

「ちょっ…スコーピオン? お前一体何を…」

 

「あ、ミラーのおっさんじゃん。いや~、エッチな本が置いてあったからついね」

 

「返しなさい!」

 

 嬉しそうにエッチな雑誌を見せびらかすスコーピオンから雑誌を奪い取る。

 ミラーの妙に焦った表情から、普段察しの悪いスコーピオンも何かを察して笑みを浮かべた…何か面白いことに手を出そうとするあの表情である。いつもこれを見た後に厄介ごとに巻き込まれることの多いミラーは狼狽える。

 

「おっさん、なんか企んでるっしょ?」

 

「なんのことかな?」

 

「隠し事はなしだよおっさん。今のエロ本の取り返し方からして何かやろうとしてるんでしょう? あたしにも教えなさい」

 

「お前には関係ないじゃないか……というか、女の子のお前がなんでこんなものに喰いつくんだ!」

 

「女の子だってエロ本読むでしょうが! 97式だってスプリングフィールドだってあっちのこっちの人形だって、おっさんの初恋のあの子だってきっと読んでたよ! あたしは他の子よりちょっとオープンなだけ、女の子だってそうやってエッチなことを覚えんの!」

 

「そ、そうなのか…?」

 

「あたしがそう言うんだから間違いない。で、なに企んでるの?」

 

 とんでもない風評被害をそこら中に巻き散らしたうえで再びスコーピオンの疑惑の眼差しがミラーをとらえる。

 ここでスコーピオンを言いくるめられる話術もなければ、こう見えてやたらと強いスコーピオンを相手に戦えば返り討ちに合うミラーはついに観念した。まずは人目につかないところに連れていった上で、ミラーはとある作戦をスコーピオンに打ち明ける。

 

「前線の変態野郎どもにエロ本を届けてあげたいって?」

 

「変態野郎どもとは言っていないだろう…まあ、女のお前には理解できないだろうがオレたちだって色々考えているんだ」

 

「ちょっとちょっと、そうやって仲間外れにしないでくんない? 前線じゃむさくるしい男だらけ、エロ本は見つかれば焼却処分されちゃうし、たまに来る可愛い戦術人形来るとむらむらしちゃうし、手を出したら色々大変だからせめてエロ本使って溜まったもんを吐きだしたい……なんか間違ってる?」

 

「大当たりだが、君って本当に中身女の子か?」

 

 失礼な疑問を挟むミラーを鉄拳制裁した上で、スコーピオンはこの作戦に手を貸すことを堂々と宣言する。

 だが作戦の成功よりも任務の面白さを追求するスコーピオンは、当初ミラーが用意した雑誌には満足することが出来ず、禁断の写真を使用して新たな雑誌を造り上げる。

 

 一日の猶予をもってスコーピオンが持ってきてくれた新たな雑誌をミラーは食い入るように見つめた。

 

「こ、これは! 戦術人形たちの隠し撮り写真!? どうしてこんなものを!?」

 

「ふふ~ん、あたしにかかればこんなもの簡単だよ」

 

「まあ、同性だし疑われないが…というかこの写真の量、いつから隠し撮りしてたんだ?」

 

「もう、細かいこと気にしちゃダメだよ! ほらほら、こんなの普段絶対見れないでしょう?」

 

「た、確かに…見ようとしたら殺されるしな」

 

 スコーピオンがこっそり写真におさめたものを一つの雑誌に纏め上げて禁断の書物、人形たちのあられもない姿にミラーは興奮を隠せない。

 

「見て見て、わーちゃんの生着替え。エッチでしょ?」

 

「むむむ! こ、これはきわどい…!」

 

「お風呂場の写真もあるよ。グローザったら、お酒飲んでも顔色変わらないけど実は身体の方って火照ってるんだよね~。知らなかったでしょう?」

 

「なんてことだ…!」

 

「それにこれ。Vectorの寝てる時の写真、この人裸で寝るんだよ? エッチだよね!」

 

「エッチだ…」

 

 スコーピオンの隠し撮り写真のネタは、それはもう豊富なものだった。

 これを提供すれば確かに前線の野郎どもは大喜びするだろうが、しかしあまりにもリスクが大きすぎる…それに対し、悪魔のように優しい表情を浮かべたスコーピオンが巧みな言葉で誘惑するのだ。

 

「おっさん、最初の写真もいいけどさ、どこの誰かも分からない女の子よりこんな風に見知った顔の女の子エッチな写真の方がいいよね? 普段何気なく話してるあの子のあられもない姿、普段絶対に見られないような恥ずかしい姿にエロスって感じるんじゃないの?」

 

「いや、そうだが…しかし…」

 

「男になるんだよおっさん!」

 

「……っ!? わ、分かった!」

 

「よっしゃぁ!」

 

 踏ん切りのつかないミラーを引きずり込むことが出来た彼女はガッツをきめ、それからミラーと固い握手を交わす。

 もうどうにでもなれ、自暴自棄になりかけるミラーであった。

 

 しかしそこで考えるのは、どうやって雑誌を戦地のスタッフまで運ぶかである。

 通常、物資を戦地のスタッフに運びこむ場合、前哨基地に物資が集積された上で細かなチェックを行い輸送する。そこからさらに細かな駐屯地を経由し、戦地に送られるのだ。

 前哨基地には戦術人形が多数おり、兵站業務に従事する者は多い。

 元々チェックは無駄がないよう厳しくされていたが、先日MSFの財政見直しの一環として雇われた64式の存在もあって中々に厳しいチェックがなされている。梱包された物資も一度開封させるほどの徹底ぶりだ。周囲にばれずに前哨基地から戦地にエロ本を運ぶのは中々に難しい…。

 結局これを解決できず、ミラーはゴーサインを出すことが出来なかったのだ。

 

 しかしそれも、スコーピオンには織り込み済みである。

 物資運搬のエキスパートを用意したという話を頼りに、ミラーは半信半疑で前哨基地にまで向かう…。

 

 

 

 スコーピオンの案内で前哨基地の外れに向かったが、そこでミラーが見たのはくすぶる焚火のすぐそばでヘイブン・トルーパー兵に職務質問を受けている一人の人物であった。

 相手は薄汚れたロングコートを纏い、ヘルメットとガスマスクを着用し素顔は見えない。屈強な体つきなのは服の上から出も分かるが…。

 スコーピオンは職務質問をするヘイブン・トルーパーたちを基地に帰し、目の前の人物に声をかけた。

 

「やあお待たせ運び屋さん。お仕事の話を持ってきたよ!」

 

 【運び屋】と呼ばれた人物はスコーピオンを見て頷き、視線をミラーに向ける。

 

「紹介するねおっさん。モハビ・エクスプレスって運送業者の運び屋さんだよ。報酬さえしっかりしとけばなんでも荷物を運んで、腕っぷしも強いから強奪にもあわずどこでも運んでくれるんだよね」

 

「そうなのか。それにしてもモハビ・エクスプレスか…聞いたことがないな。信用できるのか?」

 

「大丈夫大丈夫。さてと運び屋さん、あんたに運んでもらいたいのはこれなんだけど」

 

 スコーピオンは乗ってきた車の荷台より、雑誌を箱詰めにしたものを運び屋の目の前に置く。頑丈そうな木箱に梱包し、もちろん中身は見ることは出来ない。これを指定した基地にまで運んでいってほしい、そう依頼するスコーピオンに運び屋はしばし考えると…。

 

「なになに? よく分からない荷物を運ぶのに報酬が安すぎるって? まあ確かに…ちょっと色を付けておくよ」

 

 運び屋の賃上げにスコーピオンは理解を示し快く報酬金をあげる。

 

 

 中身がよく分からない曰く付きの物を運べばトラブルに巻き込まれ、頭に銃弾をぶち込まれて墓に埋められることだってあり得るのだ。

 

 

 そういったリスクを含めた上で、報酬の金額を交渉しなければならない。

 では早速を運搬を、そう言いかけたスコーピオンを遮って運び屋は再び難色を示す。

 

「え? 荷物が大きすぎるから倍額貰わないと運ばないって? あのさぁ、だいたいの大きさは伝えたよね?」

 

 しかしスコーピオンも再びの賃上げには素直に応じることは無かった……まあ、結局は運び屋の巧みな話術に言いくるめられて報酬金は運び屋の思い通りになってしまったが。この仕事で使われるお金はスコーピオンのポケットマネーであるので、ミラーは不干渉を貫く。

 結局、その後スコーピオンは運び屋の賃上げ要求全てに敗北し、おまけに道中の身の安全に役立てたいからと弾薬まで提供してしまった。

 負けたくせに清々とした表情のスコーピオンと、高額報酬を取りつけた運び屋とで握手がかわされる。運び屋とは、一番近い町へ車で送り、そこで別れるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日のこと、マザーベースの食堂にてスコーピオンは上機嫌でコーラを飲みながら問題の雑誌を堂々と広げていた。一冊は手元に残したいということで所持するエッチな雑誌をおかずにコーラを飲む、なにもかも上手くいっていると勘違いしているスコーピオンの痛恨の慢心である。

 コーラと雑誌に夢中なスコーピオンは、背後に立つ鬼のようなオーラを纏うWA2000に気付くことは出来ず、後頭部を思い切り殴られて意識を失った…。

 

 

 

 次にスコーピオンが目覚めた時、彼女は椅子にロープで括りつけられて身動きが取れないでいた。

 周囲にはWA2000、グローザ、Vector、FAL…多くの戦術人形や女性スタッフがおり、おっかない表情でスコーピオンを見据えている。

 

「や、やぁわーちゃん……元気?」

 

「こんな状況で呑気にしてられるアンタは流石ね。でも、今回ばかりは我慢ならないわ!」

 

 WA2000は例の雑誌をスコーピオンの目の前に叩きつけると、ゴミを潰すように踏みつける。

 ここに集まった者たちの怒り、それは隠し撮り写真の拡散に対してである。

 WA2000、グローザ、Vector、MG5、キャリコ、ネゲヴ、スプリングフィールドなど……いずれも今回の被害者である。逆に、被害にあっていないはずのエグゼやFALもいるが…。

 

「やってくれたわねサソリさん? いくらなんでもこれは許容できないわ」

 

 無表情で怒るグローザの恐ろしさにスコーピオンは震えあがる…これは下手な冗談など通じない。

 ただの飲んだくれだと思って油断したが、敵に回したくない人形の一人なのだ。

 

「おいおい、こんなしょーもねえことで騒ぐなよ。減るもんでもねえだろ?」

 

「あんたは隠し撮りされてないからそんなことが言えるのよ! 関係ないと思うなら出てって!」

 

「はいはい……スコーピオン、あほくせぇけど、自分でやったことなんだから自分で何とかしろよ?」

 

 助けてくれそうなエグゼが興味なさそうに去っていってしまい、スコーピオンは焦りだす。スコーピオンはきょろきょろと辺りを見回し、同じく隠し撮りをしなかったFALに助けを求める。

 それに対しFALは固い表情のままだ。

 親友のVectorが被害にあって、彼女も怒っているに違いない、と誰もが思った。

 

「納得いかないわ」

 

「うぅ、ごめん…でも助けてよFAL! アンタの写真は隠し撮りしなかったでしょ!?」

 

「そこが納得いかないのよ!」

 

「ほえ?」

 

「MSFで一番可愛いのはこの私でしょう!? 誰がどう見たってそうじゃない! なのにこの写真集に一つも私の写真がないってどういうことなの!?」

 

 FALの誰も予想できなかった怒りの原因に、周囲の冷めた視線が突き刺さるが本人はお構いなしだ。

 

「なんで私の写真が一枚もないのよ!?」

 

「いや、だって需要ないかなと思って…」

 

「なんですって!? この絶世の美女であるこの私が、需要がないですって!? ナンセンスだわ! Vector、あんたもそう思うわよね!?」

 

「いや、需要ないでしょう…独女だもの」

 

「なによアンタまで! あんたとなんか絶交よ!」

 

「落ち着いて独女さん、自分の首を絞めない方がいいわ。あんた私がいなかったら家事全般何もできないでしょ?」

 

「あんたらうるさいのよ! 今はこのアホの弾劾が先よ!」

 

 言い争いを始める二人を黙らせて、WA2000はスコーピオンの尋問に取り掛かる。

 MSFで最も尋問を得意とする男を最も近くで見続けた彼女だ、経験はないがどうすれば口を割らせられるかは理解していた。小さなテーブルの上に整然と並べられた尋問器具を見て、スコーピオンの顔が青ざめる。

 

「仲間にこんな事はしたくないわ、素直に情報を喋ってくれるなら考えてあげるわ」

 

「さっすがわーちゃん、器が大きいね!」

 

「お黙り! さて、なにから聞こうかしらね……アンタが依頼した運送業者を教えなさい」

 

「えと、モハビ・エクスプレスってところだよ」

 

「……ずいぶん素直に吐くのね?」

 

「そりゃそうだよ。あたしは頑丈だけど、痛いのやだもん」

 

 わが身の保身を優先するスコーピオンにため息をこぼす。

 その後もスコーピオンへの尋問で依頼した業者を特定し、モハビ・エクスプレスの運び屋を捕まえて運搬中のブツを回収しようということで意見は一致する。

 だが今回の騒動を起こしたスコーピオンへの制裁は、まだ決まっていない。

 

「スコーピオン、あんたの処遇はオセロットに任せるつもりよ、覚悟しなさい!」

 

「うへぇ! そうはいかないもんね…こんなところで簡単にやられるスコーピオンじゃないよ!」

 

「あっ! コラ待ちなさい!」

 

 いつの間にかロープを切断し、スコーピオンはあっという間にその場から逃走してしまった。

 

「ちっ、あいつめ! まあいいわ、アイツは後回しよ! とりあえずその、モハビなんちゃらってとこの運び屋を追うわよ! 生死は問わないわ、あれが変態どもに手渡される前に阻止するわよ!」

 

「勿論よ。このグローザ、ここまでコケにされて黙ってられないものね。Vector、あなたはどうするの?」

 

「行くよ、決まってるじゃない。FALはどうするの?」

 

「あんな私の写真が一枚もない雑誌の存在なんて認めないわ! 全部燃やして作り直してやる! 戦車大隊も出撃よ、もう頭にきたわ!」

 

「そんなみっともないことするからアンタいつまでも独女なんだよ…」

 

 こんな理由でご自慢の戦車大隊を出撃させようとするありさまに、Vectorはあきれ果てていた。

 ともかく、怒り狂う人形たちが忌まわしい雑誌を運搬する運び屋を捕まえる…あるいは抹殺するべく基地を出る。

 

 それと同じころ、逃走したスコーピオンは大慌てで運び屋との連絡を取るのであった。

 

 

 

「運び屋さん!? ちょっとまずいことになってね、例の物資を奪い取ろうとする奴が現れたから教えておくね! でもそいつらうちの人形だから、絶対に殺しちゃダメだからね!? いや、そいつらたぶん全力で殺しにかかってくるかもしれないけど……いや、そこをなんとか、ね? 絶対殺しちゃダメだからね、殺したらMSF全員で運び屋さんを殺しに行くからね!?

 そんなわけであとよろしく、仕事は絶対にこなしてね。行けたら助けに行くから、じゃーねー」

 

 

 




なんだこれはたまげたなぁ(無責任)



はい。

というわけで今回からコラボネタ、WarbossさんとこのFALL OUT GIRLSとコラボやで!

FalloutNVとドルフロのクロスオーバーや、みんな読むんやで?


Q:スコピッピ、全部speechで負けてますが大丈夫?
A:すまん彼女はIntが絶望的に低いんだ…


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緊急合作案件!! 人外VS人外

コラボの続きやゾ


「あーもう頭に来るわ!!」

 

 いまだ閃光の後遺症に苛まれながら、WA2000は停止する戦車内で仲良く寝ているFALとVectorの救助を行う。ご丁寧に二人は縛り上げられ、ちょうど二人が密着する箇所に手榴弾が仕掛けられていたが、WA2000は慣れた手つきで爆発しないよう抜き取ると、戦車の正面に放り投げて爆破処理を行った。

 閃光手榴弾をを浴びて気持ちよさそうに寝ている二人を戦車に捨て置き、彼女は砲塔の上に腰掛け苛立たし気に遥か彼方を睨みつける。

 

「ご機嫌ね、ワルサー」

 

「グローザ、あんた一体何してたのよ!」

 

「運び屋さんがプレゼントにお酒を置いててね? なんか毒物が入ってるみたいだけど…まあいいでしょう」

 

「毒物入ってるの分かってて飲むな」

 

 クスリとグローザは笑い、運び屋が仕掛けた毒入りアルコールをちびちび飲んでいる。

 まあ普段からメチルアルコールだの塗装用アルコールだの、身体に極めて有害なアルコールを摂取しているため、グローザの鍛え上げられた鋼の胃袋は毒物も単なるスパイスとしかなりえない。下や内臓にピリピリくる間隔を楽しみつつ、グローザは先の戦闘を振りかえる。

 

「それにしても見事な戦いっぷりね、モハビ・エクスプレスの運び屋さん」

 

「完全に油断してたわ…」

 

「精鋭FOXHOUNDにあるまじき発言ね。戦場で、油断していい瞬間なんて一瞬たりともないわ。最悪を予期して手順を変えること…型にはまって罠に嵌まるのは自分よ、狙撃手さん?」

 

「覚えておくわ……9A91だったらもっと上手くやったかしら?」

 

「さあね? うちの隊長さんは感情任せに動く人じゃないもの」

 

 グローザの言葉にWA2000は鋭い視線を向けるが、睨まれた彼女は少しも表情を変えることは無かった。

 MSFでは最強の戦術人形は誰かという議論が良く起こり、その度にWA2000の名があがる。だがグローザは自らも所属するスペツナズの部隊長である9A91こそが、最も優秀な兵士であると思っているのだった。

 

「まあ、気負う必要はないわ。あなたが持っていないものを隊長さんは持っているけど、隊長さんが持っていないものをあなたが持っているのも事実だし」

 

「面白くないわね」

 

「リベンジするつもり?」

 

「まずは見極めてみるわ……うちの部下をぶつけてみることにするわ」

 

「カラビーナを?」

 

「リベルタドールよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍妙な追手を撃退した運び屋は近くにあった町に入ると、オープンテラスのカフェに座り一休みをしていた。

 あちこち銃撃を受けて痛んだアーマーの修理もそこで行いながら、出されたコーヒーに手をつける。

 砂で汚れたコートにヘルメット&ガスマスクという、見るからにただものではない雰囲気を醸し出す運び屋に近寄ろうとする者はない。せいぜい注文を取りにきたウェイターくらいだが、そのウェイターもコーヒーを運ぶとさっさと離れていってしまった。

 

「ここにいたのか運び屋! 散々探したんだぞ!」

 

 そんな中やって来たのが、運び屋の管理下?にある戦術人形CZ75。

 彼女は運び屋が飲もうとしたコーヒーをひったくって一口で飲み干すと、イライラした様子で怒鳴りかける。

 

「あのいかれたロボットども、延々反共プロパガンダ演説を垂れ流してるぞ! それも最大音量で! うるさいったらありゃしないって、なんかしな! って、なんだよその荷物は…?」

 

 ふとCZ75は運び屋一人が持つには大きすぎる箱に気付く。

 なんとも頑丈に梱包されているようで、なおかつ運び屋のアーマーが銃撃された痕があるのに気付きまた厄介ごとかと勘ぐる。

 

「あんたがどこで何してようが知ったことじゃないけどさ…なんかお前のこと捜してる奴いたけど、もしかしてそいつに追いかけられてるのか? え? どんな奴かって……なんか背が高くて髪を三つ編みにした奴で…あ、あれだ」

 

 CZ75は人混みの中にその運び屋について聞き込みしているという人物をすぐに発見した。

 高めの身長に髪を一本の三つ編みにした戦術人形…CZ75の後ろから運び屋も覗いてみると、ちょうど向こうは住人の一人に写真を見せて聞き込みをしている様子だった。聞き込みを受けている住人はカフェでくつろぐ運び屋を指差すと、彼女は視線を運び屋に固定しまっすぐに向かってくる。

 

「うわ、なんかこっち来るぞ! 知り合いか運び屋?」

 

 もちろん知るはずがない。

 この場合、新たなMSFの追手に違いないと判断した運び屋は情報を求めてこの任務の依頼者であるスコーピオンに無線を入れた。

 

『そいつはリベルタドールで間違いないね。まあわーちゃんをやっつけた運び屋さんならなんとかできると思うよ。それに、リベルタちゃんは無口だけど根はいい子だから、運び屋さんの話術なら穏便に済ませられるんじゃないかな?』

 

 なるほど、と運び屋は通信を終えて椅子から立ち上がる。

 相変わらずリベルタドールは視線を運び屋から一切外さず、まばたきもせずに向かってくる。道を遮る通行人を押しのけて向かってくる彼女の威圧感に、先ほどの無線を聞いて油断していたCZ75も焦りだす。

 

「あれ、どう見ても話が通じる相手じゃないよな!? どうすんだ運び屋!?」

 

 話が通じない相手にすることは一つしかないだろう…。

 

 人混みをかきわけやって来たリベルタドールは既に銃を構えていたが、運び屋は素早くホルスターからリボルバーを抜き先制攻撃に打って出た。強力な45-70ガバメント弾を受けたリベルタドールは一瞬怯んだように見えたが、わずかに動きを止めたのみで、すぐさま引き金を引いて反撃に移る。

 リベルタドールの愛銃H&K CAWSは12ゲージタングステン製バックショットを250発/分で撃ちだす凶悪な兵器、即座に物陰に隠れた運び屋を、遮蔽物ごと吹き飛ばそうと撃ちまくる。

 

「だーー!! このバカ野郎、あたしを巻き込むなー!」

 

 ついつい運び屋と一緒に物陰に隠れてしまったがためにCZ75もこの銃撃戦に巻き込まれることとなる。

 街中で突然勃発した銃撃戦で住民はパニックを起こし逃げまどう……住人がいる間リベルタドールは積極的に銃撃をくわえはしなかったが、住民たちがいなくなると、ロケットランチャーを担ぎだしたではないか。

 ロケットが撃ちだされる前に運び屋はCZ75を肩に担いで遮蔽物を飛び出し、僅差でロケットが隠れていた遮蔽物を粉々に吹き飛ばした。

 

「なんなんだよあいつ! ちょっと、タクシー!」

 

 たまたま通りかかったタクシーを強引に停車させたCZ75は、運転手が抗議するのも聞かずに後部座席へと乗り込み、運び屋もそれに続く。砂煙の向こうからリベルタが向かってくるのを見て彼女はさっさと走らせるよう言うが、運転手は言うことを聞かない。

 リベルタの銃弾がタクシーの車体を貫くと、ようやく運転手が車を走らせた。

 

「トラブルごとはごめんだぞ!? 一体何なんだ!?」

 

「第4次世界大戦だよ! あたしが知るか! お、おい…あいつ追てきやがるぞ!?」

 

 走りだしたタクシーに対し、リベルタは生身のまま追いかけてくる。タクシーの方もそれなりにスピードを出しているはずだが、それに追いつく勢いの速さで追いかけてくる姿に恐怖を覚えた。

 

「もっとスピード出せ!」

 

「無理だ、他の車もあるってのに!」

 

「使えねえ! 運び屋、なんとかしろよ!」

 

 言われるまでもなく、運び屋はリアガラスを叩き割ってそこからリボルバーを突きだして銃撃する。そのままの流れでCZ75も拳銃でリベルタを狙い撃つ……すると、それまで運び屋だけを見据えていたリベルタの目がCZ75を向いた。

 勘違いしていたことだが、実はそのまま逃げ切っていればCZ75が彼女に狙われることは無かった。 

 それが自らも狙われていると勘違いして撃った結果、リベルタはCZ75も抹殺するべき対象として認識してしまったのである。

 

 他の通行車を躱しながら走るタクシーに対し、リベルタは車の屋根を踏み越えて追跡する。

 しかし、走ることに特化する車のスピードに徐々に引き離されていく……少しずつ小さくなっていくリベルタの姿にようやく一息つこうとしたところ、突如タクシーが急ブレーキを踏んで停車する。

 

「なんだよ!」

 

「渋滞だ!」

 

「いいから行けよ!」

 

「無理に決まってるだろう、これ以上はもうごめんだ!」

 

 タクシードライバーはそう言って、車を乗り捨てて逃げていってしまった。

 背後を見ればリベルタが凄まじい勢いで向かってくる…CZ75は一度車を出て運転席に座ると、エンジンを唸らせて猛スピードでバックする。そして向かってくるリベルタに狙いをつけて、アクセルをめいいっぱい踏み込んだ。

 

「これでもくらえ!」

 

 タクシーをぶち当てられたリベルタは車の上を転がっていき車体前方に転がり落ちた……かに見えたが、リベルタはフロントにしがみつきボンネットの上に乗る。

 額から真っ赤な血を流し、血まみれの顔からギラギラした眼光が覗く。

 フロントガラスを叩き割った彼女はタクシーのハンドルを掴み、建物の壁へと激突させた…そのままCZ75をフロントから引きずり出し、道路に投げ飛ばす。

 

「いってぇ……このやろう、やってやろうじゃないか!」

 

 放り投げられたCZ75は愛用のトマホークを構える…それを見たリベルタはというと、道路標識の金属ポールを力任せに引き抜き構えて見せる。アホみたいな怪力を目の当たりにして青ざめるCZ75であったが、彼女はこっそり背後から近付く運び屋に気付く。

 彼の手にはどこから持ってきたのかスレッジハンマーが握られており、気付かないリベルタに向かって背後からおもいきり殴りつけた。

 

 鈍い金属音が辺りに響く。

 頭部を殴打された彼女は勢いよく倒れ込む…それに対し追撃を仕掛けようと運び屋がスレッジハンマーを振り上げると、なんとリベルタはむくりと起き上がってハンマーの柄を掴み受け止める。そのまま凄まじい握力でハンマーの柄を握り潰すと、運び屋のコートを掴んで勢いよく車に叩きつける。

 車体がへこむほどの強さで叩きつけた上で、彼女は運び屋の顔面めがけ拳を振り下ろす。

 間一髪避けたために、リベルタの拳は勢い余って車の窓ガラスを叩き割る…運び屋はすかさず機転を利かし、窓ガラスに突っ込んだリベルタの腕をロープであっという間に縛りつける。身動きの取れなくなったリベルタに対し、運び屋は至近距離から散弾銃を浴びせかけた。

 

 

【何度も言うけど殺しちゃダメだからね!?】

 

 

 今回の依頼を請けるにあたって依頼人であるスコーピオンからそう忠告されていたがもちろん忘れていない……ただしショットガンを至近距離でぶっ放そうが、車で猛スピードで轢こうが、リベルタは死なないし諦めてもくれないと運び屋には分かっていた。

 そしてそれを証明するように、ロープで縛られた車のドアごと引きちぎり、力任せに目の前の運び屋を殴りつける。

 

 強力な油圧ユニットが生み出すパワーで殴られ、運び屋の身体が数メートル吹き飛ばされる。

 だが運び屋もタフネスでは負けていないが、起き上がった彼は懐から注射器のようなものを一つ取りだした。医療器具スティムパックだ。どんなケガもこれ一本、などという説明を、胡散臭いイエスマンから説明されていたためCZ75はそれが何なのか理解していた。

 一方のリベルタのダメージも相当だ。

 至近距離から受けたショットガンの連撃で胴体がぐちゃぐちゃで真っ赤に染まっていた。ドアを強引に引き剥がしたものの、ロープで括りつけられたままだ。

 

「おいお前! 何だかよく分からねえが、ここらで手打ちにしねえか!?」

 

 CZ75からしたら、よく分からないうちに争いごとに巻き込まれてしまった状況だ。

 お互いダメージを負ったということで、遺恨を洗い流そうと提案する……それに対しリベルタは何も言わず小首をかしげ、それからドアが縛りつけられた腕を見下ろした。

 

「お前も大けがして激痛だろうしこの辺で……って、なにやってんのお前!?」

 

 交渉しようとするCZ75の前で、リベルタはきつくロープが結ばれた腕にナイフで斬り込みを入れ始める。目の前で進められる意味不明な自傷行為にもう彼女はパニック寸前、それに対しリベルタは淡々と自らの腕を斬り裂き、最後には生体パーツを引き剥がす。

 疑似性体組織の下に隠された銀色の金属骨格が晒される……表面を覆う生体パーツを斬り裂いてロープの結び目を緩める強引すぎるやり方だった。しかしリベルタにとって生体パーツは人間社会に溶け込むだけの意味合いでしかなく、活動にはなんら影響はない。

 

 ついでに胴体の生体パーツも引き剥がされる…露わになった金属骨格は多少の損傷はあれ、致命傷は一切無い。

 

「運び屋、あれなんとかして?」

 

 もはや笑うしかなかった。

 まだまだやる気満々の二人について行けず、適当な車に乗ってここから立ち去ろうとした時、車のドアに手をかけた彼女に銃口がつきつけられる。おそるおそる顔をあげた彼女が見たのは、周囲を取り囲む武装した兵士たち、そして二本の脚で立つ巨大な無人機たちの姿だ。

 

「おーい、そこらにしときなよお前ら。これ以上暴れられると街を封鎖しなきゃならねえんだよ」

 

 気だるそうな様子でやって来たのは、この町を管轄下に置いているエグゼであった。

 なにもかも事情を知るエグゼとしては、このようなしょうもない理由で始まった抗争に手を出したくはなかったが、自分の町で暴れらるとなると話は別だ。

 

「えっと、お前が運び屋? スコーピオンのアホのせいで変な仕事任せて悪かったな……その荷物はうちで引き受けるからよ。あのアホが約束した報酬も、ここで払ってやるから」

 

 この場を丸く収めようとするエグゼだが、ここまで痛めつけられたリベルタは納得がいかない様子。

 だがオセロットに言うぞと脅された瞬間、すぐさま身を引いた。

 次は運び屋だ……一応スコーピオンが約束した報酬額を手渡すが、さりげなく彼は報酬のつり上げを要求するが…。

 

「ハハハ、オレに交渉しようとしても無駄だぜ。オレはだーれの言うことも聞かねえからな。まあ、あんたみたいな奴を知れただけでも今回は良かったとしようか。今度暇な時また基地に来いよ、仕事を用意できるかもな」

 

 基本的に他人の話は聞くつもりがないエグゼには、運び屋の優れた交渉術も通用しないのかもしれない。だからこそ、対等な話ができるかもしれないのだが…。

 運び屋から受け取った荷物については、後に遺恨が発生するのを避けるため、その場で焼却処分。現金の入ったケースを運び屋に渡し、街を滅茶苦茶にしたリベルタには制裁を約束しエグゼはこの場を丸く収めるのであった。




運び屋「………?」
リベルタ「………?」
CZ75「お前ら会話しろッ!」

途中まで無言バトルやろうとしたが無理だったから、無許可でCZ75ネキを引っ張って来てもうた…スマンカッタ

エグゼ「まったくトラブル起こしやがって」
リベルタ「…じーー」
WA2000「そんな目で見ないでリベルタ!」

こうですねw


というわけでコラボお疲れさまでした。
リベルタ頑丈過ぎん?と思った方…元々こんな感じです。
リベルタを本気でぶつけても運び屋さんなら壊れないと思ったのだ…。
こんな姿、お友だちのユノっちには見せられませんなw


エグゼが最後まとめたけど、こいつはこいつでトラブル起こすのよなぁ…。


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ガリルの雑草根性!

「前々から思ってたけど、あんたらこのままでええんか!?」

 

 前哨基地の野外食堂にて、ガリルは同じテーブルに座る3人の戦術人形に対し脈絡もなくそう言った。

 割と大きな声で言ったはずなのに、すぐそばではエグゼの愛娘ヴェルが水鉄砲をもって大騒ぎしていたために、ガリルの渾身の訴えは周囲の喧騒にかき消される。

 

「ヴェルちゃんはいつ見ても可愛いですわ」

 

「ほんとにゃ、かわいいにゃ」

 

「無邪気っていいわよね」

 

「おいお前らうちの話聞けや!」

 

 遊び回るヴェルの無邪気さに癒されている戦術人形三人、StG44・IDW・Uziを引っ張り強引に注意を向けさせる。なんだめんどくさいとでも言いたげな様子に、ガリルは顔を真っ赤にして怒るのだ。

 

「なんやその態度は、うちがせっかくいい話しよおもっとったのに!」

 

「どうせまた料理の味付けが薄いだのなんだの、そんなしょうもない話に決まってるにゃ」

 

「そないな下らんことちゃうわ!」

 

「まあいいからさっさといい話とやらを言いなさいよ」

 

「ったく……あんな、あんたらこのままでええんか!?」

 

「そのセリフはさっき聞きましたわ」

 

「あほか! 大事なのはこっからやって、普通に分かるやろ!? というか、聞いてたんなら返事せえや!」

 

 ギャーギャー喚き散らすガリルを3人はいつものようになだめて見せるが、今日は特にうるさい日だ。

 ちなみにこの4人は結構前からMSFに在籍しており、在籍歴だけならカラビーナや79式よりも上で、あの優秀なジャンクヤード組とほぼ同期だったりする。

 3人は古参メンバーとはいかずとも、十分ベテランの領域にいるはずなのだが…。

 

「うちは今の立場になっとくいってへんで。同期のFALとかMG5は第一線で活躍しとる、うちらの後輩のはずのカラビーナや79式、グローザなんかは第一線どころかエリート特殊部隊や。それに比べてうちらなんなん? 後から入ってきた奴らにいいように使われて、アメ公との決戦じゃうちら揃いも揃って弾薬運搬の補給係や!」

 

「でも、補給係も立派な仕事ですわ」

 

「分かっとる。せやけど、うちら戦術人形の花形は前線で戦うことやろ? うちはそう思っとる、あんたらはどうなんや?」

 

「にゃ、補給係は色々な人と触れあえて楽しいのにゃ」

 

「服もあまり汚さずにすみますしね」

 

「給料も言うほど悪くないしさ」

 

「あんたら話にならなすぎやろ!? どんだけ負け犬根性やねん!」

 

「負け犬は言い過ぎなのにゃ。あと私はどっちかというとネコさんなのにゃ」

 

「やかましいわ!」

 

「はいはい、もうこれくらいにしましょう。ガリル、もうそろそろ寝る時間じゃないの?」

 

「せやろか? 言われてみればねむなってきたし少し寝よっかな……って、誰がこんな真昼間から寝るか! ついのりツッコミしてもうたやないか! もう頭に来たで!」

 

 三人の返答にキレたガリルがすかさずテーブルに手をかけてひっくり返そうとしたが、三人は即座にテーブルを押さえつけて抵抗する。しばらくガリルはちゃぶ台返ししようと頑張っていたが、3人の力に屈服してやがて諦める。

 

「今日のところはこれくらいにしといたるわ…」

 

「あんたのセリフが一番負け犬くさいんだけど」

 

「うっさいわ! Uzi、あんた一時期スコーピオンにライバル心燃やしとったはずやで!? それが今は何や、現状に満足してるのか何か知らんが、すっかり格の差見せつけられとるやん!」

 

「べ、別にスコーピオンに負けたとか思ってないし…今でも対抗心はあるわよ」

 

「せやったらなんでうちの話にくいつかんのや! はっきり言うで、あんたら3人からは熱いもんが感じられへんのや! こないなことじゃ同期に差をつけられるし、後からのもんにはどんどん追い抜かれてくで!? スコーピオンとかスプリングフィールドとかエグゼとか、レジェンドクラスと肩並べるなんて夢のまた夢や!」

 

「じゃあどういたしますの? 今だって訓練は欠かしておりませんわ、でもライバルはエリート人形ばかりですわ」

 

「確かに連中はエリート人形、鮮やかに咲き誇る花かもしれへん。それに比べうちらは名もなきぺんぺん草や…せやけどな、雑草にはどんだけ踏まれてもしぶとく生きる強みってもんがあんねん! 踏まれて踏まれて、それでも枯れずに生き残った雑草が、誰も見たことないきれーな花咲かせるかもしれんのや!」

 

 ガリルの熱意ある言葉に、先ほどまでやる気の"や"の字もなかった3人に変化が生まれる。

 いつからだろうか、追いつき追い越そうとすることを諦め現状に満足して立ち止まるようになってしまったのは。口では大層なことを言えたかもしれないが、行動に移すことは無かった。

 そんな中唯一、ガリルだけが現状の立場をよしとせず、雑草根性とも言える闘志を一人燃やしていたのだ。

 3人がいつの間にか忘れてしまった情熱を、彼女はずっと心に秘めていた。

 ガリルの熱い想いを目の当たりにし、3人は久しく忘れていた熱い想いを思いだす……そうだ、まだ自分たちは頑張れる。自分たちの力はこんなものではないはずだ。

 

 3人の目に再び闘志が宿るのを見たガリルはテーブルの上に手のひらを掲げる。

 彼女の意図を察した3人は、その手に自分たちの手のひらを重ね合わせた。

 

「能力で負けてもガッツで負けるな、や。気持ちだけは負けん気でいくで!」

 

「分かったにゃ! やる気がみなぎってきたのにゃ!」

 

「ガリル、あなたにお礼を言わなきゃなりませんわね」

 

「ほんとよね。それで、まずはどうするの?」

 

「任しとき、うちに考えがあんねん」

 

 ニヤリと笑うガリルに3人はかつてないほど頼もしさを覚えた。

 もしかしたら何も考えてないだけで、勢いだけで突っ走ってるだけかもしれない。

 しかし、こういった場面において何よりも重要なのは行動に移すという意思の強さなのだ!

 

 

 

 翌日、希望を胸にガリルに呼び出された場所へ赴くと……そこで3人は土下座するガリルの姿を目の当たりにする。

 

「お願いします! うちらを鍛えてくれませんやろか!!」

 

 その懇願している相手というのがまずい…。

 

 元米軍特殊部隊のアーサー大尉とテディ軍曹、同じく米海軍特殊部隊のアイリーン上等兵曹である。

 土下座するガリルをアイリーンはくすくす笑いながら見ており、テディ軍曹の方も…ぬいぐるみなので一切表情に変化はなくて愛くるしい姿のままだ。

 それに対しアーサーはというと、視線だけで命を奪えそうなゾッとするような冷たい目でガリルを見下ろしているのだった。

 後方任務ばかりしていた3人でもアーサー・ローレンスがいかに危険人物かは理解している。

 MSFで誰も積極的に関わろうとしない相手に、ガリルは訓練指導を申し込もうとしているのだ。3人は頭の中で"任務失敗、今すぐ退却せよ!"というシグナルを強く念じるが身体がピクリとも動かない!

 

「あはは、圧迫面接じゃないんだからそんな怖がらなくていいよ。ほら、大尉もそんな風に見るのは止めて、怖がってますよ?」

 

「…フン…」

 

「君らあんまり見ない顔だな、かわいい。オレのことはテディ軍曹って呼んでハグしてくれよな、かわいい人形ちゃんたち!」

 

 早速戦術人形たちにすり寄っていこうとするテディ軍曹だが、アーサーに踏みつけられてしまう。

 

「訓練を頼む相手なら他にいくらでもいるはずだ。何故オレたちに頼む」

 

「それは、えっと……ガリル?」

 

「あんたらに頼むのが一番間違いない、そう思っただけや! うちらがあいつらに勝つ思ったら、普通の訓練なんかじゃ絶対に勝てへんねん! あいつらがこなす訓練と同じじゃいかんのや……あんたらの評判は聞いとる、地獄のような訓練しとったんやろ!? うちらにもそれを教えてくれ!」

 

 力強い声で懇願するガリルにアイリーンは感心した様に微笑みかける……軍曹の方も、このようなやる気に満ちた者を久しぶりに見たのかどこか楽しそうである。

 

「どうします大尉? なかなか根性ありそうじゃないですか、見込みありだと思いますけど?」

 

「そうっすよ大尉。かわいいこを手取り足取り訓練できるんですよ? ラッキーじゃないすか?」

 

「黙ってろ軍曹。おい小娘、お前何故そんなに強くなりたいんだ?」

 

「理屈で説明はできヘン。強いて言うなら、うちは負け犬になりとうないんや」

 

「そうか……小娘、お前はオレたちが経験した訓練を地獄と言ったな。確かにその通りだ、だが何故そうするか分かるか?」

 

 

 アーサー大尉の問いかけに、ガリルは返答することが出来なかった…色々と理由を考えてみるがその答えとなるものが浮かんでこない。後ろにいる三人にも大尉は視線を向けるが、彼女たちもまた答えを出すことは出来なかった…。

 

「オレたちの訓練は徹底的に己を追い込む、死を感じさせるほどにな。何度も何度も死を連想し、肉体と精神を地獄の底に追い込んでいく。そうすることで肉体的、精神的苦痛に耐性は否応なしについてくる。その域に慣れて来た時、オレたちは戦場に地獄を見ることはなくなる」

 

「そういうことだよかわいこちゃんたち。オレも大尉も、アイリーンちゃんもそうしてきたんだ……地獄になれておけば、戦場がピクニックに早変わりだ。まあそれは言い過ぎだけど」

 

「訓練では戦場を意識せよ、戦場では訓練を思いだせ。定番だけど大切な心掛けだよ……それで、どうするんですか大尉?」

 

「条件があるぞ小娘……オレは泣き言を聞くのが一番嫌いだ。少しでも弱音を吐いたら訓練は中止、以降オレは関与しない。それが誓えるなら、お前らの訓練を引き受けてやる」

 

「ほんまか!? うちらの面倒見てくれるんか!? っしゃーー!!」

 

 先ほどまで土下座していたガリルは立ち上がって全身で喜びを表現すると、他の3人の手を握ってぴょんぴょん跳び回る。

 苛立たしそうに舌打ちする大尉に気付かず、ガリルは大はしゃぎ、他の3人もまたつられて大喜びし始めた…。

 

 

「それで大尉、どうあの子たちを訓練するんですか? デルタ式? SEALs式?」

 

「どっちだろうね…アイリーンちゃんは海軍特殊戦開発グループ(DEVGRU)の選抜訓練は受けなかったの?」

 

「受けたのは受けたんですけど、脱落しちゃって……選ばれた人はみんな化け物クラスでしたね。アレは本当に死ぬかと思いましたから…特殊部隊の訓練を課しますか?」

 

「やめとけ。こういうのは段階的に訓練内容をあげていかなければならない。オレたちが受けた訓練を、今のあいつらが耐えられるとも思えん」

 

「なるほど、基礎的な訓練から始めるということですね?」

 

「そういうこと。ちなみに大尉は訓練教官の経験もあるから、頼りになるんだぜ」

 

「それは彼女たちにとっても心強そうですね」

 

 

 かくして、4人の戦術人形の訓練を引き受けることとなった元米軍特殊部隊の3人。

 早速ガリルたちは翌日の早朝から呼ばれ、アーサーの指導の下訓練を始める……のだが…。

 

 

 

「――――ぐふっ…!」

 

「ひぃ……ふぅ……ぐはっ…!」

 

 早朝からガリルたちに課せられたのは、60㎏もの荷物を背負いながら、障害物が併設されたグラウンドを延々と走らせるというもの。戦術人形にとってその程度の重量はなんてことないと思えたが、何度もグラウンドを走らされているうちに負担の度合いが増していくように感じるのだ。

 汗と砂で衣服は汚れ、疲労困憊の表情であるがどれだけ走ってもアーサーは彼女たちに終了のホイッスルを鳴らさない。

 

 堪らず膝をつけば、アーサーは冷たい声で言うのだ…。

 

「どうした、もう終わりか?」

 

 そんなことを言われて弱音を吐けばせっかく頼み込んだ訓練を中止されてしまう。

 この訓練を乗り越えて栄光を掴むべく、彼女たちは身体に鞭を打って走りだす…。

 

 

「ははは、みんな頑張るなぁ。大尉、あとどれくらい走らせるんですか?」

 

「さあな。それはあの小娘たち次第だ」

 

「というと?」

 

「あいつらの根性がどれほどか見ているだけだ。言葉ではいくらでも言えるからな……まあ、ここまでやれば及第点だろう。アイリーン、あいつらに課す基礎的な訓練を考えておけ」

 

「はい、大尉」

 

 アイリーンはにこりと微笑むと、小声でひたすら走り続けるガリルたちにエールを送り、訓練過程を作成するためにその場を立ち去る。

 

 そうだ、これは大尉にとって彼女たちのやる気の度合いを見るための、受け入れ試験のようなものに過ぎない。

 試験的にはもう十分だが、大尉はあえて終了のホイッスルを鳴らさず、そのまま走り続けさせる………訓練はまだ、始まってすらいないのだ。

 

 朝から始まったこの果てしないランニングは、最後の一人であるガリルが力尽きたところで終了となる。

 

 グラウンドで仰向けに倒れ、ぴくぴく痙攣するガリルに、アーサーは明日から訓練が始まることを伝えさっさとその場を去っていくのであった…。




大尉「もう合格ライン超えてるけど走らせとこ」
アイリーン「ヘル・ウィークどの辺りで組み込もうかな♪」
軍曹「汗の染みついた服はおいらが洗うから持ってきたまえ」

なんやこいつらw


それにしてもガリルの口調がただのなんjに思えてきた、本場の関西弁はいかほどか…って思ったけど、そもそもガリルはイスラエルの銃だし、考えるだけ無意味ですね


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代理人は認めたくない

「これは……なかなか珍しい輩がやって来たものだな」

 

 麦わら帽子に白のワンピース姿で屋敷の周囲をのんびり散歩をしていたウロボロス…隣には無理矢理散歩に付き合わされているイーライがいる。

 そんな二人の前には、凛々しい黒馬にまたがる二人の人物がいる…うち一人はよく知る顔で、なんともつまらなそうな表情を浮かべ、ウロボロスとは目も合わせようとしない。もう一人の人物…美しく伸びた白髪に、中世の騎士を思わせるような装いをした女性については、直接の面識はなくとも何者であるかは理解していた。

 白髪の女性は馬上からするりと降りると、目の前のウロボロスに礼儀正しくお辞儀をし、ウロボロスもまた相手に敬意を払い礼儀を返す。

 

「初めまして、というべきかなウロボロス。あなたとこうして会えて光栄だ」

 

「私もおぬしの事は興味があったぞ、シーカーよ。しかし死んだと聞いていたんだが…?」

 

「まあ細かいことは気にしないでくれ」

 

「そうか? まあおぬしがここに来た理由は分かっておる…なんと忠義に篤い者よ」

 

「主君への忠誠こそが、私の信念だからな……ドリーマー、君も挨拶をしたらどうだ?」

 

 シーカーとは対照的に、無愛想な態度を続けるドリーマーは馬に乗ったまま、ウロボロスを一瞥したのみですぐに目を逸らす。親友の無愛想な態度に肩をすくめ、シーカーが挨拶を促すと渋々といった様子でウロボロスに挨拶をしたが……それを隣で見ていたイーライが拾い上げた石ころを投げつけ、ドリーマーのおでこに命中させた。

 

「痛っ……!? なんだこのクソガキ!」

 

「馬に乗ったまま挨拶するやつがいるかよでこすけ人形。オレの前で偉そうにするな」

 

「なんですって? ガキだからって、調子に乗ると痛い目見るわよ?」

 

「やめないかドリーマー、みっともないぞ?」

 

「良く言ったぞイーライ、それでこそ我が優秀な教え子だ! もっと言ってやれ、あの女は前々から気に入らなかったんでな!」

 

 なだめようとするシーカーと、煽ってみせるウロボロスの対比がなんとも酷い。

 まあ子ども相手にムキになるなと冷静に諭しかけられてドリーマーも渋々引き下がる…のだが、ウロボロスに煽られてやや調子に乗っちゃったイーライは止まらない。

 

「なに勝手に収まったと思ってんだよ。馬から降りて挨拶しろよでこすけ、オレたちに敬意を払え」

 

「いいぞイーライ、その調子だ! あいつの自尊心とやらを徹底的に貶めてやれ!」

 

「ごめんシーカー、やっぱこいつらマジムカつくわ」

 

「馬から降りて挨拶するだけだぞ?」

 

 そのままごねてるより降りてさっさとあいさつした方がかっこが決まるとシーカーは思うが、イーライとウロボロスに負けたくないという思いの強さから、何が何でもドリーマーは馬から降りようとしない。

 まあそのままではらちが明かないと感じたシーカーに無理矢理引きずり下ろされたのだが、腹を立てたドリーマーは少しの間シーカーと口も聞いてやらなかったのだった…。

 

 

 一悶着あったが、屋敷に招かれた二人は早速かつての主であり、シーカーにとっては今なお忠義を捧げるエリザに謁見を果たす。エリザと会う前に、シーカーは長髪を束ねて身だしなみを整え、主君に見せて恥ずかしくない装いに直す。

 椅子に座るエリザの前でシーカーは片膝をつき、深々と頭を下げた。

 

「お久しぶりでございますエリザさま。不肖ながらこのシーカー、今一度この剣を貴女様のために振るいたく馳せ参じました。我が盟友、ドリーマーも同じ志でございます」

 

 深く頭を下げる二人には見えていないが、今のエリザはとてもにこやかな表情で二人を見つめていた。

 特にシーカーはエリザのお気に入りであり、古き良き騎士を志す彼女を一人の人形として尊敬をしていた…一方で、エリザの隣に立つ代理人は厳しい視線を二人に向けていた。シーカーとドリーマーを快く迎え入れようとするエリザに対し、代理人は非礼を承知で遮るのだった。

 

「申し訳ございませんが、少々お待ちくださいご主人様。コホン……顔をあげなさい」

 

 代理人に言われ、二人は顔をあげる。

 そこで初めて代理人の厳しい表情を見た二人…シーカーは変わらない表情であるが、ドリーマーは少し眉をひそめていた。

 

「シーカー、あなたの元気な姿には同胞として喜ばしく思えることです。ですが、ご主人様を筆頭として我々全員に多大な迷惑をかけたことをうやむやにしようとしているわけではございませんよね?」

 

「滅相もありません、代理人」

 

「あなたの身勝手な行動のせいでご主人様は生まれ故郷を追われ、このような辺鄙な土地で生きることを余儀なくされているのです。散々迷惑をかけてご主人様に会うばかりか、もう一度仲間に入れてくれなどと言えるあなたの神経の図太さにはある意味感心いたしますわ」

 

「分かっております。エリザさまのためと称しながらも、主の権威を利用しようとしたのも事実です。それを咎められるのであれば、いかなる処罰も受けるつもりです」

 

「当然です。あなた一人処罰したところでどうにかなる問題でもありませんが」

 

「代理人、もういいよ。シーカー、君がこうして帰って来てくれて私は嬉しく思っている。だけど代理人のように君を良く思わない者がいるのも事実だ……何も咎めずに君を再び迎え入れることは出来るけど、他のみんなを納得させるにはある程度のけじめはつけさせないといけない。これはわかるね?」

 

「もちろんでございます」

 

「ならこうしよう……君が鉄血の中で持っていたあらゆる権限を放棄すること、それと一緒に君には鉄血内での序列を最も低いところにまで下げさせてもらう。さすがにダイナゲートクラスとは言わないけど、ハイエンドモデルで一番低い地位だ。その待遇でもよいというなら、君を受け入れるよ」

 

 シーカーを傷つけず、他の人形たちを納得させるだけのけじめをエリザは示す。シーカーが築き上げてきた地位の全てを剥奪するという厳しい条件に、ドリーマーはおもわず目を見開き声をあげかけたが、シーカーの発言が先であった。

 

「今一度、貴女様に仕えることが出来るのなら…このシーカー、報いを受け入れましょう」

 

「うん、じゃあ決まりだね。代理人も、これでいいよね?」

 

「ご主人様がおっしゃるのなら…」

 

 代理人は不服そうにしながらも、エリザの慈悲の心に敬意を払いそれ以上のことを言おうとはしなかった。

 

「さてと…二人とも、もうそんな風に頭を下げなくていいよ。権限剥奪といったけど、ここで戦争するわけじゃないし、あってもたいして意味はないよ。今はこうしているけど、私も普段はみんなと一緒に働いてる。だからあまり深く考え込まないでね」

 

「感謝いたします」

 

「うん、じゃあ今日のところは二人とも疲れてるだろうから休みなよ。ウロボロスに言って、部屋を用意して貰ったからさ」

 

 エリザの計らいで既に二人を受け入れる体制は整えられている。

 権限のことも、鉄血のみんなから舐められているウロボロスが実質一番の権力者というよく分からない構造もあって、そこまで重要ではない。ここではみんなが平等に、平穏に暮らすことを許されているのだ。

 争いの運命から逃れられなかったシーカーも、ここでなら本当の意味での平穏を見つけられるはず…そんな願いがエリザにはあった。

 二人を見送った後で、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。

 

「ご主人様、シーカーが戻って来たのはそこまで喜ばしいことでしょうか?」

 

「勿論だよ。あの子はとってもいい子だからね」

 

「はぁ……そうですか」

 

「それに、凛としてて王子様みたいでかっこいいよね」

 

「なるほど……って、なんですって?」

 

 思わず聞き返す代理人。

 おそるおそる見た主人の表情は、まるで恋する乙女のように頬を赤らめ、シーカーが去った扉を薄目で見つめている。

 思考停止中の代理人をよそに、エリザは続ける……代理人が最も聞きたくない話をだ。

 

「前々からずっと思ってたんだ。シーカーは誰にでも敬意を払うし、礼儀正しいし、強い信念を持ってるしさ。本当にナイト様みたいだよね、ほんとにかっこいいよね……同じ女の子の目から見ても、素敵だと思うの」

 

「ご主人様……」

 

「シーカーが私のナイト様になってくれたら嬉しいよね。少女漫画みたいな展開で、ちょっとうらやましいよね」

 

「ご主人様!」

 

「わわ、どうしたの代理人? 急にそんな大声出して…」

 

「失礼いたしました……ご主人様、失礼ながら、少々のお暇をいただきます」

 

「どうしたの代理人? おーい」

 

 

 もうそれ以上主人の口からシーカーへの想いを聞きたくなどなかった。

 シーカーの存在は危険だ、彼女は騎士だとかなんだとか言いながら主人を堕落させる存在だ、そうに違いない! ならばそのお邪魔虫は排除しなければならない。そうだ、これは主人を想ってのこと…決して私利私欲によるものではない。

 シーカーを主人の元から排除するため、代理人は急ぎ外出の準備をし、あっという間にアフリカを発つのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ということがありましてね、あなた方にどうにかシーカーを排除、またはエリザさまのお気持ちを変えて欲しいのですよ。というか、シーカーに恥をかかせてかっこ悪い姿をご主人さまに晒させてあげなさい」

 

「急にやって来て何をわけわからんこと言ってんだあんたは?」

 

 代理人がやって来たのは洋上に浮かぶ巨大なプラットフォーム群、MSFの本拠地であるマザーベースである。

 いきなりマザーベースにやって来た代理人は、ヘリからエグゼとハンターを引きずり下ろし、ついでに近くを呑気に歩いていたアーキテクトとゲーガーも捕まえてきたのだ。おまけのスコーピオンは自分から勝手についてきた。

 

「というかあんたどうやってここに来たんだ!? 一切警報とか鳴らなかったぞ!」

 

「そんな細かいことはどうだっていいのです! 大事なのはご主人様を誑かす厄介者のシーカーをどうにかしなければならないということです! あなたたちも協力しなさい!」

 

「それが人に物を頼む態度かよ! というかシーカーってなんだよ、死んだはずだろ!?」

 

「私が知りますか! いちいち細かいことを気にするんじゃありません!」

 

「代理人、あんたそう言えばなんでも解決できると思ってるわけじゃないだろうな?」

 

 色々とつっこむべきところが多すぎる…今すぐにでもボケをかましたくてアーキテクトとスコーピオンがうずうずしているが、代理人の話が強烈すぎるあまりボケる暇がない。

 

「まああなた方の協力には感謝するとして、どうやってシーカーに恥をかかせるかですが…」

 

「おいちょっと待て、誰が協力するって言ったよ誰が! ったく油断も隙もありゃしねえ……お呼びじゃないってんだよ、さっさとアフリカに帰りな代理人」

 

「そんな、ひどい…わたくしに協力してくださいますよね?」

 

「お前らのくっだらねえもめ事に巻き込むなよ。こっちは忙しいんだ、帰れ帰れ」

 

「そんな、ひどい…わたくしに協力してくださいますよね?」

 

「だーかーら、誰が手伝うかよ! 自分で何とかしろ!」

 

「そんな、ひどい…わたくしに協力してくださいますよね?」

 

「テメェはどこの囚われの王女様だ!? 次に言うのはゆうべはおたのしみでしたねってか、ふざけんなこのやろう!」

 

 何度も何度も同じ言葉を繰り返す代理人についにキレたエグゼであるが、協力が得られないと分かった代理人も態度を一変させ、エグゼの胸倉を掴んで恫喝する。

 

「散々お世話になった私の話が聞けないといいますの? 良い根性してますわね?」

 

「うぅ、暴力はいけないんだぞ…!」

 

「エグゼ…あんたが言っても全く説得力ないよ? 素直に協力してあげたらいいじゃん」

 

「お友だちのスコーピオンもそう言ってるじゃないですか、協力しなさい」

 

「うるせえ鉄血のクズめ!」

 

「あなたも鉄血でしょう、処刑人!M4みたいなことを言うんじゃありません!」

 

「いてっ」

 

 おもいきりビンタをされて吹っ飛ばされたエグゼ…先に攻撃を受けたエグゼはぷっつんキレてしまい、もう話を聞く段階を越えてしまった。こうなってしまったらエグゼは止まらない、相手をボコボコにする以外彼女の怒りは鎮まらないだろう。

 

「このやろう調子に乗りやがって、ぶっ殺してやる!」

 

「まあなんと酷い言葉遣いでしょう。大切に育てた教え子が、こんながさつなメスゴリラになってしまって、サクヤさまも草葉の陰で泣いておられるに違いありませんわ」

 

「マスターは関係ねえだろばかやろう! おいみんな、こいつをやっちまおうぜ! アフリカに送り返してやれ!」

 

「すまん代理人、こうなったらこいつは止まらないんだ…恨まないでくれ」

 

「鉄血最強の代理人をやっつければこのアーキテクトが鉄血最強ってことだよね!?」

 

「いや、止めないかバカ…」

 

「なんか知らないけど面白そうだからエグゼに味方しよ! それー、脱がしちゃえ!」

 

「こら! 何をするつもりですか!? わたくし一人によってたかって、恥ずかしくないんですか!? よしなさい、やめ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十秒後、そこにはすっかりボコボコにされて見る影もない姿があった……返り討ちにあったのはエグゼらであった。

 

「うぅ…無駄につえぇ…」

「やはり、代理人が最強か……ぐふっ…」

「いたいよぉ、いたいよぉ、鼻がぁぁ…」

「なんで私まで…」

「あー頭くらくらする…」

 

 最初に跳びかかってきたエグゼをソバットで迎撃、ハンターを背負い投げで一本、アーキテクトの鼻先にでこピンを一発、つい流れで無関係なゲーガーをハイキックで仕留め、最後にスコーピオンをアッパーカットで沈めた。

 

「さて処刑人、改めて返事を聞きましょうか……協力していただけますよね?」

 

「くたばりやがれ…」

 

「ほほう、まだ言いますか」

 

「いでででで! 分かった、分かったから! 協力するから!」

 

 両頬をつねられてようやく降参したエグゼにニッコリと笑う代理人。

 他の協力者4人も手に入れて、彼女は意気揚々とアフリカに戻っていく…。




アルケミスト「再会早過ぎだよばか」
エグゼ「無理矢理連れてこられたんだ!」


ジャッジ「なんで生きてるの?」
シーカー「ドラゴンボ〇ル集めたんだよ」



シークレットシアターじゃ代理人のぽんこつ化が酷いと言ったな…あれは本当だ(無慈悲)



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鉄血大集結~仲が良いんだか悪いんだかよく分からない奴ら~

 MSFを電撃訪問し、エグゼらMSF所属の鉄血勢とおまけのスコーピオンをぶちのめしたうえで、自身の願望に無理矢理協力することを約束させた代理人。マザーベースにどうやってやって来たのかは不明だが、アフリカまでの移動手段はまたもエグゼに難癖をつけてエグゼ配下の輸送部隊から飛行機を用いるのであった。

 鉄血工造の代理人(エージェント)といえば鉄血のナンバー2、エルダーブレインに次ぐ権限を持つハイエンドモデルとして知られ、常に主人への敬意を忘れず冷静沈着であるとみんなから思われていたのだが……腕っぷしの強さでエグゼたちを強制的に従わせ、私利私欲に走る彼女にはもはやそんなイメージなど残っていなかった。

 

「はえ~、ここが噂に聞くウロボロスの屋敷かぁ。思ってたより滅茶苦茶豪邸じゃん」

 

 はるばるアフリカまでやって来たスコーピオンは、初めて見るウロボロス邸を見て素直に感心していた。

 

「あの成金野郎、まーた改築しやがったな? まあ姉貴やエリザさまが不自由してなければいいけどよ」

 

 訪れるたびに何かしら増えていたり、改築されて大きくなっていくウロボロス邸。

 羨ましく思ったりはしないが、ウロボロスが調子に乗っているのが気にくわないエグゼとしては長く見ていたいとも思わない。久しぶりにここに戻って来たアーキテクトとゲーガーも少し驚いた様子…平常心でいるのはハンターだけであった。

 あちこちきょろきょろ見回す彼女たちを代理人は冷めた目で流し見る。

 

「いいですか皆さん、ここには鉄血工造の人形以外の者もいます。見られて恥ずかしい言動は慎むように」

 

「代理人、あたしはI.O.Pの人形だからふざけててもいいよね?」

 

「なんだっていいですよ」

 

 スコーピオンのボケをスルーし、代理人はさらに注意を勧告しようとした時だった……突然、エグゼらの前から代理人の姿が消えた、唐突に。いきなりのことに驚き立ち止まる一同、先ほどまで代理人が立っていた場所にはぽっかりと大きな穴が開いている。

 おそるおそるその穴を覗き込んでみると、穴に落ちて土まみれになった代理人が呻き声をあげていた。

 

「なにを黙って見てるのです、早く助けなさい…!」

 

 かける言葉も思い浮かばず、言われた通り手を差し伸べて引き上げてあげる。

 衣服についた汚れを払った代理人は口を真一文字に結び、鋭い目つきでそばの茂みを睨みつける…そこにはクスクスと笑う数人の少年少女たちがいた。

 どうやらこの落とし穴をつくった犯人のようで、代理人が怒りを露わに詰め寄ると慌てて逃げだしていく。しかし代理人は逃げ遅れた少女の一人を捕まえると、厳しい表情で説教をし始めるのだが…ウロボロスがやって来たことで話はややこしい方へと展開してしまう。

 

「ここの子どもたちはどういう教育をしていますの!? 落とし穴は掘る、部屋は汚す、プールに洗剤をぶちまけて泡だらけにする! 門限は守らないし、ご主人様にタメ口をきくし、あちこちで悪戯をしてまわる! もううんざりですわ、ウロボロス!」

 

「うるさい奴だなおぬしは……子どもたちのやることに一々目くじら立てんでもよかろうが。イントゥルーダーのように教育者の立場にあるわけでもないのに、好き勝手言うな」

 

「私が教育して差しあげようと提案した時、反対したのはあなたではありませんか?」

 

「だっておぬしなら絶対叱ったり厳しくしたりするだろう? うちは子どもたちにのびのび暮らさせて、褒めて伸ばす方針なのでな。ああそうだ、おぬしには"しくじり先生"として教育を任せてやろうか? おぬしほどのポンコツ、いくらでもしくじり話があるだろう?」

 

「相変わらず鼻につきますわね。そんな態度で対等な友だちが一人でもいたら驚きですわ、どうせ今も友だち0人でしょう」

 

「だからそれは禁句だって言っているだろうが!!」

 

 不毛な争いを繰り広げる代理人とウロボロス、この段階でエグゼらはさっさと帰りたくて仕方がなかったのだが、ケンカをしながらも帰らせないよう代理人は退路を塞いでいる。結局、二人は口論を続けながら屋敷の玄関をくぐる。

 

「いらつくなおぬし! 表に出ろ、ここらで立場をはっきりさせようじゃないか!」

 

「のぞむところですわ」

 

「いい度胸だ代理人、ついてこい、決着をつけよう!」

 

 ついに二人のケンカは乱闘に発展するかと思われたが、代理人はウロボロスに先に外に行かせた上で玄関を閉め、そして鍵をかける。その時の代理人のしてやった、とでも言いたげな妙に満足そうな表情は二度と忘れられないだろう。

 案の定、外からウロボロスの怒号と玄関を叩く音が聞こえてくるが、代理人は素知らぬ顔でエグゼらを連れて屋敷の奥へと進むのだった。

 

 

「まあなんつーか、色々ツッコミどころあるけど、めんどくせえから全部スルーするな……そんで、オレらにシーカーの奴をどうして欲しいんだよ。恥をかかせるにしても色々方法はあるだろうけどよ、オレだってあまり卑怯な真似はしたくねえぞ?」

 

「分かっていますわ、そこまで頼むつもりはありません。あなた方の誰かがシーカーに挑み、エリザさまの目の前で打ち負かしてみせなさい。完膚なきまでに叩き潰してあげるのです」

 

「あぁ? シーカーってスネークともやり合ったやつだろ? 滅茶苦茶強いんじゃ…」

 

「あなたを信頼しているのですよ処刑人。相手が強ければ強いほど闘志をみなぎらせ、そして勝利を勝ち取る…それがあなたでしょう? これは本心です」

 

「へ、こんな時ばかりおだてやがってよ。まあ、そこまで言われたらオレも少しは協力的になれるってもんだ」

 

「感謝しますよ、処刑人。今までひどいことをしたりしてすみませんね。さてと、シーカーはこちらにいるはずですわ」

 

 少しだけ代理人と和解したエグゼたち。

 気持ちを切り替えたエグゼは初めて会うことになる強敵シーカーに想いを馳せる。

 スネークと互角の戦いを繰り広げた強敵とこれから戦う、代理人の言う通り、相手が強ければ強いほどエグゼは燃える。一体どんな戦いができるのか、ワクワクしながら通された屋敷内の修練場へと入って行く…。

 

 そこに、シーカーはいたが、修練場にいたのはシーカーだけではない。

 

 エリザを間に挟んでジャッジとドリーマーがベンチに座り、修練場の中央でシーカーの向かいにいるのはブレードを握るグレイ・フォックスだ。対峙するシーカーもまた刀剣を構え、グレイ・フォックスを見据えていた。

 エグゼたちが修練場に入ると同時に二人はほぼ同時に踏み込み、激しい剣劇を繰り広げる。

 あまりの速さに太刀筋は見えず、刃がぶつかり合い激しく火花を散らせる。

 

 人間の身であるがサイボーグ手術を施され強化外骨格を纏うグレイ・フォックスは規格外のスピードとパワーを有するが、シーカーは彼の剣技を見切り、果敢に前に出る。

 戦士として培ってきた技術を持つグレイ・フォックス同様、貪欲に力と技を追い求めたシーカーの戦いは熾烈を極める。

 剣術だけでなく、体術においても達人の域にある二人は時に打撃戦も繰り広げる……二人の戦いを眺めているエリザたちの様子から、これはあくまで模擬戦のようだが、二人が持つ武器はどちらも真剣であり少しでも間違えば相手を殺めてしまう。

 本気の殺しあいと錯覚するような二人の戦いに圧倒されるエグゼたち……そして、二人の激闘は修練場に響いたベルの音で止まった。

 

 二人は刀を鞘に戻すと、互いに敬意を払うように礼をし合う。

 

 修練場にぱちぱちと拍手の音が響く、二人の健闘に拍手を送るのはエリザとジャッジ、ドリーマーであった。

 つられてエグゼたちも拍手を送るが、代理人が即座にエグゼのつま先を踏んで止めさせた。

 

「ほらエグゼ、出番ですよ。さっさと行ってシーカーを打ち負かしなさい」

 

「あのな、あんなのに勝てるわけねえだろ! ふざけんな!」

 

「あなた常々MSF最強って自負してましたわよね。MSF代表として行ってきなさい」

 

「ちくしょう……おいアーキテクト、お前が今日からMSF最強だ。お前がシーカーに挑んで来い」

 

「えぇ!? それはないよエグゼ! だったらみんなで袋叩きにしてやろうよ、だよねゲーガー!?」

 

「いや、ダメに決まっているだろう」

 

 シーカーに挑むという役を押し付け合うエグゼたち……そんな風に騒いでいればいやでも注目を集めるものだ。

 

「なーにやってんだお前ら? 再会するの早過ぎだろ…」

 

「あ、姉貴! いやそうなんだけどよ、代理人のやつがな?」

 

 やって来たアルケミストにため息をつかれるが、エグゼの言葉を聞いて代理人が絡む理由を察する…代理人がエリザからシーカーを遠ざけようと企んでいるのは、彼女も知っているようだった。

 ともかく久しぶりの再会を喜びあう。

 後からデストロイヤーもやって来たことで、久しぶりにサクヤの教え子である4姉妹が揃うことになった。再会とは言っても涙を流すような感動の再会でもなく、お互い元気だったかと他愛のない会話をするのだった。

 

「失礼するよ」

 

 楽しそうに喋るエグゼらに声をかけてきたのはシーカーだ。

 彼女を見てエグゼは少し身構えるが、シーカーは極めて穏やかに、そして礼儀正しく挨拶をしてくる。

 

「初めまして処刑人、ハンター…自己紹介させていただきたい、シーカーだ」

 

「お、おう…初めまして」

 

「はじめまして」

 

 シーカーの物腰の柔らかさに不意打ちをくらう形となったエグゼは、ついつい丁寧な口調で挨拶を返してしまった。澄んだ表情で微笑みかけるシーカーは、先ほどまでグレイ・フォックスと激闘を繰り広げていた同じ人物には思えない。

 

「お二人を同胞、と呼べる資格が私にはあるか分からないが…二人にいつか会えることを楽しみにしていた。処刑人、あなたと会うのは初めてだが君がどういう者なのか不思議とよく分かっていた。戦いの中で君の仲間を想う気持ち、そして君自身も仲間たちから尊敬される者であることを知った……友情、信頼、絆……私が焦がれていたものだ。命のやり取りが行われる戦場で見た君たちの美しい友情、絆は…とても興味深かったよ」

 

「そ、そうなのか?」

 

「そうだとも、誰にでもできるものじゃない。君とハンターとの絆も聞いたよ、羨ましい限りだ……一人の人形として、あなた方を尊敬する」

 

「あははは……ちょっといいか……おい代理人、こっちこいや」

 

 たいして知り合った仲でもないはずなのにやたらと褒め称えてくるシーカーから離れ、エグゼは代理人を捕まえて少し離れた場所にまで引っ張って行くと、小声で訴えかける。

 

「なんだよありゃ……滅茶苦茶いい奴じゃねえかよ! あれなら別にエリザさまのそばにいても大丈夫だろう!?」

 

「なにを言いますか、このわたくしがエリザさまの一番でなくなったらどうするんですか!」

 

「やっぱそういう魂胆かよ……嫉妬する気持ちもわかるけどよ、だからって相手を貶めようなんて、アンタらしくねえって。それに、誰が一番だとか…エリザさまがオレたちを格付けするはずないだろ?」

 

「はぁ……それもそうですわね。迷惑をかけますね、処刑人」

 

「いまさらだろ」

 

「一言余計ですわ」

 

 憎まれ口を叩きながらも代理人は少し気が晴れたような表情で微笑んだ。

 嫉妬心は醜いものだ、そう諭しかけるエグゼもスネーク絡みで嫉妬心を爆発させるので堂々と言えたセリフではないのだが、一応代理人を落ち着かせることが出来た。

 余計なしがらみさえなければ本当は仲が良いはずの鉄血ファミリー。

 4姉妹と代理人のみが知る今は亡きサクヤが思い描いた穏やかで、温かみのある家族愛がここにある……新参のシーカーも、サクヤを知らないジャッジやイントゥルーダーもその輪に加わろうとしているのだ。

 

 まあ若干一名、その輪に入り切れない輩がいる。

 

 その輩は修練場の扉を乱暴に蹴り開け、カンカンに怒った様子で代理人に詰め寄っていく。

 

 

「代理人! おぬしよくもやりおったな! この下劣な女狐めが!!」

 

「なんですか、またあなたですか!? いい加減しつこいですわウロボロス、そんなんだから友だちができないのですよ!」

 

「みんないる時にそんなこと言うな!!」

 

「またケンカしてる……代理人、ウロボロス、もういい加減仲良くしなよ」

 

「そうは言いますがご主人様…」

 

「エリザさま、こいつがね、遊び回ってる子どもたちをうるさいって理由でイジメるんですよ? 信じられますか?」

 

「代理人がそんなことするはずが……しないよね?」

 

「え、えぇ…まあ。ウロボロス、余計なことでご主人様を煩わせるのは止めていただきますわ」

 

「ふん、つまらんやつだ」

 

「おーいウロボロス、どこ行くんだ?」

 

「子どもたちと一緒にサバンナに遠足に行ってくる、おぬしらに構ってなどおれんわ!」

 

 修練場からさっさと立ち去るウロボロス…一応彼女の保護者的な立場にあるグレイ・フォックスは少し呆れつつも、護衛のために一緒について行く。

 

「なあ代理人、お前の敵はシーカーじゃなくて間違いなくあいつだよな?」

 

「ふん、あんな不届き者、わたくしの敵にすらなりえませんわ」

 

 

 こりゃダメだ。

 ケンカは同じレベルの者としか発生しないというが、まさにこれに当たる。

 どちらかが大人にならないといけない、自分のことを棚にあげつつエグゼは代理人にアドバイスを送る……それを隣で眺めていたスコーピオンは、脳裏にエグゼとM4のあの伝説の戦いを浮かべていたのは言うまでもない。




鉄血版 エグゼVSM4(笑)
MSFでもまたエグゼとM4のしばきあいやりたいw



サバンナ遠足にて

ロリ「へびのおねーちゃん! ライオンさんがなにかやってるよ!」
ウロボロス「あれは交尾してるんだ」
ショタ「"こーび"ってなに?」
ウロボロス「ふふ、教えてやろうか?」


おっさんズ「是非教えてもらいたい!」
グレイ・フォックス「死ね」(惨殺)(護衛任務完了)


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愛の形

「はいはーい、みんなお疲れさま。10分休憩とるから、そしたら屋内プールに集合ね。そこで水泳訓練するから…あ、水着とかはいらないよ、いつもの服装で泳いでもらうからね」

 

 ガリルたちが元米軍特殊部隊のアイリーンらに訓練を申し込んだという話は今やマザーベースの誰もが知るところ。この話を聞いて興味を持った何人かが訓練を覗きに行ったが、特殊部隊仕込みの訓練は凄絶の一言につき、アイリーンらが基礎訓練と称するトレーニングを見て青ざめる。

 今日もアイリーン、アーサーとの近接格闘訓練を終えて間もなく水泳訓練を課されるガリルたち。

 水着を着て泳ぐような楽しいものではない、実戦を想定して重しの入れられたバッグなどを背負わされ、長時間の遊泳を行うのだ。訓練を終えた彼女たちはほぼ毎日、死んだように眠りにつき、翌早朝には決まった時間に起床する…。

 今まで目立った戦果を挙げていなかった彼女たちが、ひたむきに強くなろうと努力する姿は周囲を感心させると同時に、隊員たちも負けじと訓練に励む善い刺激となるのだった。

 

 アイリーンらだけでなく、MSFには元特殊部隊の経歴を持つスタッフも多くいる。

 

 特殊部隊の手本となる存在のSAS出身者マシンガン・キッド、南アフリカ国防軍のレックス・コマンド出アンブッシュの達人ジャングル・イーブル、元GRUスペツナズで三重スパイ(トリプルクロス)のオセロット。

 そして特殊部隊の母とも称されたザ・ボスの弟子にして、FOXHOUND創設者のビッグボス。

 

 スタッフや人形たちはこれまで以上に自分を磨くため、可能な限り彼らと共に任務に同行したり訓練に励む。

 諜報が主任務のオセロットと共に任務に同行することは難しかったが、マザーベースにいる間彼は戦術教官として兵士たちを教育する。キッドとイーブルもまた、アイリーンらに勝るとも劣らない地獄の訓練を経験したものであり、自らの経験を仲間たちに伝えていく。

 そんな中、やはりビッグボスを慕い教えを乞う者は後を絶たない……彼と共に任務に赴き、多くのことを学びとるのだ。

 

 

「スネークさん、今回はどうもありがとうございました! 教わったことをこれからも活かしていきたいと思います!」

 

 今回一緒に任務に連れて行ってあげたのは、戦術人形のSV-98だ。

 任務の内容は戦地の偵察で、いつかスペツナズに加われることを目標に努力するSV-98のため、狙撃以外にスネークが教えたのは偵察及び観測、隠密だ。それらは経験の積み重ねが重要であると説き、さらにスネークはスナイパーに必要な精神力の強さも彼女に伝えた。

 ここ最近、あくの強い連中ばかりを相手にしてきたため、SV-98の素直さには教え甲斐を感じるスネークだった。

 

 彼女と一緒にマザーベースのヘリポートに降りると、帰還を待っていたのか9A91が笑顔で出迎える。

 

「お帰りなさい司令官! それにSV-98も、司令官から何か学べましたか?」

 

「はい、たくさんのことを! まだまだ未熟ですが、もっと多くのことを学んで9A91さんたちに認めてもらえるよう努力しますね!」

 

「勿論ですよ、いつかあなたと一緒に任務に向かえる日を楽しみにしています」

 

 9A91にとってもSV-98の成長は喜ばしいことだ。

 以前より、スペツナズの任務の拡張のため狙撃手を求めていたため、彼女を含めグローザなどスペツナズの隊員たちもSV-98の成長を楽しみにしている…これでアルコールも大好きとなれば言うことなし、期待の逸材だ。しかし今のところSV-98が酒好きかどうかは未知数であるが…。

 SV-98を見送ると、9A91は早速スネークに詰め寄っていく…いつもながらこの子のスネークへの距離感は極端に近い。

 

「司令官、次の任務はまた誰かを一緒に連れて行くんですか? もしよければ私も同行したいのですが」

 

「すまん、実は何人かのスタッフと戦術人形に頼まれているんだ。すぐには行けそうにないが、それでもいいなら」

 

「構いません、司令官」

 

「ならそれで…だがお前にはもう教えることは教えたと思うんだが…」

 

「ダメ、でしょうか?」

 

「いや、そう言うわけじゃない…まあ、少しまっていてくれ」

 

「はい」

 

 9A91は素直でとても良い子だ、優秀で仲間想いで優しい……ただ、時折心の奥底を覗き込む様にじっと見つめてくることがあるのでその度にスネークはびくりとする。いや、おそらくそんなことは全然ないのだろうが、9A91は口数が他の者と比べ少ない方であり、会話する相手の目を真っ直ぐに見つめる癖があるからそう感じるのかもしれない。

 実際は9A91が極端に相手の目を見つめるのはスネークのみであるが、彼はそれに気付いていない。

 

 その場はそれで一旦別れ、そこから数十日……頼まれていたスタッフたちとの共同任務もひと段落したところ、9A91の方からスネークの元へとやってくる。この時スネークはうっかり彼女との約束を忘れてしまっていて、前哨基地の訓練指導に行く予定を入れてしまっていた。それを知った9A91はまたまたスネークの目を真っ直ぐにじっと見つめる……約束を忘れたことを咎めるわけでもなく、寂しそうにするわけでもなく…。

 

「すまん、この埋め合わせは必ずするから、今回は本当にすまない」

 

「いいんです司令官……また、よろしくお願いしますね」

 

 にこりと微笑むときでさえ、9A91は一瞬たりともスネークから視線を外さない。

 

「なあ9A91、本当は怒っているか…?」

 

「いえ、何故ですか?」

 

「いや、そういう風に思われてるかなぁと思ったんだが…」

 

「普通です」

 

「そうか、ならいいんだが…」

 

「はい」

 

 それっきり、9A91は何も言わず…しかしスネークの目を覗き込む様に見つめ続ける。

 ここで何かしてあげられればとも思うが、結局その場では何もせず、スネークは前哨基地に向かうのであった。

 

 そこからまた数日後、今度はスネークもしっかりと9A91との約束を覚えており、9A91がやってくる前にスネークの方から迎えに行った。いつもと変わらない様子にも見えるかもしれないが、わざわざ向かえに来てくれたことが嬉しそうであった。

 一緒に行く任務は簡単なものであったが、任務の内容はなんでもいいらしい、ただ一緒に行きたいだけなのだ。

 

 だがそこで思わぬ誤算が…。

 

「ボス、ちょっといいか?」

 

「どうしたオセロット?」

 

「あぁ、ミラーが決めかねている中東派遣の任務についてな、今回はアンタも一緒に来てもらいたいんだ」

 

「それは、ずいぶん急だな……また別の機会じゃダメなのか?」

 

「今じゃなきゃダメだ。今度の仕事はおそらく大きい、正規軍の軍団も動員されるはずだ。あんたも現状を把握しておいた方が良い」

 

「そうか、分かった」

 

 オセロットがこう言ってくることはよほどのこと。

 またしても9A91と一緒に任務に行けなくなってしまう…今現在、ミラーはこれから正規軍が起こそうとしている中東方面での作戦支援にMSFを派遣するかどうかで思案しており、スネーク自身も気にはなっていたことだった。

 申し訳なく思いながら9A91に向き直ると、彼女はいつものように、じっとスネークを見つめていた…。

 

「9A91、本当にすまない」

 

「はい………いいんです」

 

 ただ今回はいつもと違い、9A91はスネークに対し微笑みかける……ただその笑顔は少しさみしそうだった。

 

 お詫びになるものでもないがスネークが彼女の頭を撫でてやると、9A91は目を細め安らかな表情を見せる。落ち着いたら今度こそ一緒に連れて行ってやろう、そう思うスネークであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 オセロットとの中東での諜報は思っていたよりも長引き、1ヶ月近くもマザーベースから離れることとなってしまった。帰ってくると、そこへWA2000がオセロットの迎えにやってくる…迎えに来たんじゃなくてたまたま通りがかっただけだからと、ツンツンした様子で迎えるWA2000と相変わらず素っ気ないオセロットの姿があった。

 古き良きツンデレがそこにいる。

 

 さて、スネークを迎えるのは9A91だ。

 ヘリを降りたスネークはまず最初に奇妙な違和感を9A91に感じる…いや、いつも通りの彼女であるはずなのだが、何かが違う。背筋がぞくりとするような寒気を感じ取る、例えるならば、かつてスネークイーター作戦時にて森の中で世界最高の狙撃手と一騎打ちした時のようなあの緊張感に近い。

 原因不明の気配に呆気にとられていると、なにやらしたり顔のスコーピオンがやってくる…。

 

「あーあ、スネークったら9A91をながいことほったらかすから…」

 

「なにがあったんだ…!?」

 

「おめでとう、ヤンデレが誕生したよ。触らぬ神に祟りなし、ということでばいばーい!」

 

 言いたいことを言ってさっさと消えるスコーピオン、残されたスネークはおそるおそる背後の9A91に振りかえる。

 

「おかえりなさい、司令官」

 

 音もなくほぼ真後ろにまで接近していた9A91が笑顔を浮かべ、あの心の奥底を覗き込む様な目で見つめてきた。

 

 そしてこの日から彼女はスコーピオンの言うヤンデレと化し、マザーベースにいる間彼女は常にスネークの後をついて回るようになったのだった。

 起床すれば部屋の前にいて誰よりも一番に挨拶をして、食事の席では常に彼の前に座り、一度離れたかと思えば行く先々で先回りをされる。

 耐えかねたスネークがダンボールを被ってやり過ごそうとした際、9A91が何時間も周囲を徘徊していたのには恐怖を覚えた。

 スニーキングの達人が、ストーキング(・・・・・)に脅威を抱く瞬間だった。

 

 

『ヤンデレは拒絶しちゃダメ、受け入れないと。じゃないと包丁で刺されても知らないからね』

 

 

 と、言うのはスコーピオンのアドバイスだがあれは何ごとも楽しむ主義であるので適切なアドバイスであるかどうかなど分かりようがない。唯一、9A91の目から解放されるのが男性タイムの浴場であったのだが、スネークが風呂に入っている間9A91がずっと入り口で待っているからと苦情が来たため、そこも長居は出来なくなったのだった…。

 

 ある日の夜、9A91はスコーピオンと組んで任務に出かけたため、久しぶりにスネークは自分だけの時間を手にすることが出来た。日頃の疲れがどっと出たわけであるが、珍しくアルコールを求めにスネークはスプリングフィールドのカフェに赴いた。

 

「お疲れですね、スネークさん」

 

 事情を知るスプリングフィールドは苦笑いを浮かべつつ、頼まれたビールを提供する。

 ここ最近の9A91の追跡といったら恐ろしいもので、まあそれもスネークによる教育の賜物であるのだが…。

 

「9A91も言わないだけで寂しがりなところがありますからね。そのうち落ち着くと思いますよ」

 

「そうだといいんだが…ちょっと心配だな、何とかしてやれないだろうか?」

 

「あら、散々逃げ回っておいて今更そんなセリフはないんじゃない、司令官さん?」

 

 お客の来訪を告げるベルの音が鳴る、やって来たのはスペツナズのグローザだった。PKPやヴィーフリは一緒ではなく彼女一人だけのようだ。グローザはスネークと並ぶようにカウンターに座ると、早速アルコールの注文をする。

 

「マスターさん、今日のおすすめはなにかしら?」

 

「本日のおすすめはレッドアイ、ビールをトマトで割ったさっぱりとしたカクテルです。アルコール控えめで身体にも優しいですよ」

 

「面白い冗談ねマスターさん。うんとキツイウォッカを、ストレートでいただけない」

 

「はいはい、分かってますよ」

 

 ショットグラスを一つカウンターに置き、とくとくとウォッカを注ぐ。グローザはそれを一口で口に含み、ウォッカが喉を通りぬける熱い感覚に酔いしれる。

 

「良いお酒ねマスターさん、何かいいところからでも仕入れたの?」

 

「いつも通りですよ、あまり贅沢なものは揃えられませんから」

 

「そう、でも安いお酒で楽しめるって素敵じゃない? 高価なお酒も確かにいいけれど、お酒と一緒に楽しむおつまみと、なにより大切なのはその場の雰囲気ね」

 

「そうですね、楽しい場で飲むお酒はとても美味しいものです」

 

「分かっているじゃないマスターさん。安酒も仲間や友人たちと囲めば良い味に変わる……お酒はね、場の雰囲気や気分でコロコロ変わる面白いものなのよ」

 

 クスリと笑い、グローザは注がれたウォッカを流し込む。

 いつも通りのよい飲みっぷりであるが、彼女の表情は硬い…さっきの彼女の言葉の意味を考えれば、今の雰囲気はお酒に影響を与えているというのだろうか。

 

「最近ね、どれだけ飲んでも酔えないのよ、飲んでいる気がしないわ……どんよりとした曇り空みたいなものね、太陽の明るさが感じないの。司令官さん、あの子の笑顔…もうずいぶんと見ていないわ」

 

「グローザ…」

 

 彼女が言うあの子、というのは9A91のことで間違いない。

 グローザが今日ここに来たのはたまたまではなく、スペツナズの隊長でありグローザにとって大切な存在の9A91についてスネークと話すためであった。

 

「あの子、今とても悩んでいるみたいなの…独りで考え込んでいてね、そのくせ仕事はいつも通りきっちりこなすけど、それがなおさら負担になっているのね」

 

「最近一緒にいてやれないことをか…その事はオレも悪く思っているが…」

 

「あら? 司令官さん、あなたやっぱり意外と鈍いのね…隊長さんが悩んでいるのはそんなことじゃないわ。司令官さんが約束を守れなかったとき、あの子が一度でもその事であなたを責めたかしら?」

 

 思い返せば、そんなことは一度もなかった。

 普段から不平不満を言う少女ではないが、おかしいと思ったことはちゃんと言えるし、昔と違い今はスネークにも自分の意見を言えるようになっている。では9A91の悩みとは一体何なのか…。

 

「あの子はね、愛情に飢えているのよ? それをあの子自身も理解してるの…でもその愛情が何なのか分からなくて、悩んでいるのよ。司令官さん…いいえスネークさん、あなたについての愛よ」

 

「どういうことですか、グローザ?」

 

「スネークさんを一人の男として愛しているのか、それとも……父親として敬愛しているのかってことよ。前まではスコーピオンやエグゼと同じように愛していたでしょうけど、色々な人間関係を見ていくうちに変化があったのね。自分がスネークさんへ向けている愛は、親に対して抱くそれなんじゃないかって…ね?」

 

 スネークの事をパパと呼び慕うヴェルの存在や、スペツナズの部隊長として戦場を渡り歩くうちに見てきた人の営み…それらを見て影響を受けて、彼女の想いは変わる。

 だがどちらをとったとしてもスネークを好きと思う気持ちは変わらない、そこまで深刻に考え込む必要はないのではないか…そう思うかもしれないが、9A91はその真面目さゆえに自分が抱く愛に答えを求めるようになってしまった。

 

「考えて考えて、それでも答えが出るはずないのに考え続ける。独りじゃ絶対に出せない答えをね…哀れで仕方がないわ、こんなところで人形としての限界が立ちはだかってるんですもの」

 

「オレは、9A91や他のみんなをただの一度も造られた存在だと思ったことは無い…彼女たちは生きている」

 

「ええそうね、だけどどう思おうが…私たちは造られた存在なのよ。人間に似せて造られた疑似感情モジュールを搭載した造り物なの……どれだけ人と同じように振る舞おうとしても、限界はある。スネークさん、あなたが人形を人間のように接しようとする優しさは素敵だけど…その優しさが時に人形を苦しめるのよ」

 

「だったらオレはどうすればいいんだ?」

 

「私たちはね、みんな誰かに依存しないと生きていけないのよ……簡単なことよスネークさん、あなたがあの子の想いを決めてあげればいいの。人形と人間は違うわ、あの子の生き方にあなたが口を挟むのはお節介なことなんかじゃない……あの子もきっと、それを待っているわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計の針が12時をまわった……長いことバーに居座ってしまったグローザだが、それをスプリングフィールドは咎めることは無かった。空いたグラスにウォッカを注ごうとしたが、グローザはグラスの上に手のひらを乗せた…。

 

「なんだか今日はしゃべり疲れたわ……司令官さんとなんか、普段滅多に話さないから緊張したわ」

 

「あら、そうは見えませんでしたが?」

 

「ガチガチよ……司令官さんなら、あの子の悩みも解決してくれるわよね」

 

「ええ、もちろんですよ」

 

 グローザは1時間ほど前にバーを去ったスネークとの会話を振りかえる。

 9A91の悩みをどうにか自分で解決してあげたかったのが本音だが、彼女の悩みを解決できるのは当のスネークしかいないのだと改めて理解した。それほどまでに、9A91の中でスネークという存在は大きい。

 

「嫉妬しちゃうわね…」

 

「9A91は幸せ者ですね。あなたみたいな仲間がそばにいてくれて…」

 

「ようやく見つけた、命に代えても尽くしたい存在だものね。何があろうと支えになってみせるわ」

 

「【正規軍】にいた頃は、いなかった存在ですか?」

 

「あら……マスターさんにその話しをしたかしら?」

 

「酷く酔っていた時に、あなたの方から私にね」

 

「お酒は飲み過ぎるものじゃないわね」

 

 くすくすと笑いながら、グローザは目を伏せる。

 

「もう忘れたい過去よ……あの部隊に戻ることは二度とないわ。おあいそよマスターさん、ツケにしてもらえる?」

 

「ツケが溜まってますよ、今日こそ払っていただきます」

 

「辛辣ね」

 

 こうして夜は更けていく。




ヤンデレ化した9A91…なに?元々ヤンデレじゃないかって?ここ最近はうまくいってたんだよ…。


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ふぁるタンク!

シリアスストーリーはぽしゃった…すまんな…。
やっぱりワイはもうシリアスは書けん、ほのぼのとギャグをやれいうお天道様の啓示や…。


 FALとVectorの二人はその日、長期休暇を取得してモスクワに遊びに来ていた。

 事の成り行きは、Vectorがたまたま大陸横断鉄道の切符を2枚入手したことから始まり、折角だからとFALを誘い二人で計画を立てて休暇を取ろうとしたのだった。ただし、計画段階でなんと大陸横断鉄道の列車が脱線事故を起こし、隣接する化学工場に突っ込んで周囲一帯に危険な化学物質が巻き散らされた挙句、E.L.I.Dの大群が押し寄せてきてしまい、軍による大規模な封鎖と消毒作戦で大陸横断鉄道は現在使用不可能な状態となっている。

 ちなみに、脱線事故は運転手の居眠りと速度超過によるものらしいことが、事故直前の列車を映したカメラから分かっていた。

 まあ、不慮の事故でまた数少ない可住可能な土地が減ったようだがVectorにはどうでもよかった。大陸横断鉄道の切符はただの紙くずになったが、休暇を取るという計画は立ち消えにはなっていない。目的をモスクワの観光に定め、ミラーやエグゼにも話を通してようやく二人は晴れてモスクワへ遊びに来ることが出来た。

 

 休暇目的でモスクワにやって来たのが2日ほど前、今は何をしているかというと、たまたま町で見かけた古ぼけたパンフレットから戦車博物館の存在を知ったFALの希望で、モスクワ郊外の戦車博物館に遊びにやって来ていた。日頃、戦車への不満を垂れ流しているくせにやはり戦車が好きでしょうがない様子のFAL……Vectorとしては、一緒に遊べればなんでもよかった。

 骨董品同然の古い戦車を眺めてニヤニヤ笑っているのは気にくわなかったが…。

 

「うへへへ…KV-1…こんな貴重な実物をこの目で見れるなんて…!」

 

「FAL、その笑い方はちょっときもいよ。戦車ヲタク丸出しだよ」

 

「なによ、念願の戦車を見れたんだものいいじゃない! KV-1は独ソ戦中期ごろまではあの歴史に名を残す名戦車T-34と共に戦場を駆け抜けたこれもまた名戦車よ! 機械的トラブルは多かったみたいだけど、それでも独ソ戦初期にはその重装甲でドイツの砲撃をことごとく跳ね返したのよ! ねえこれ見て、もしかしてここの跡…ほら、砲弾受けた痕じゃない!?」

 

「これだから独女は…」

 

「うるさいわね、これだから素人は…おっと、あちらに見えますは152mm砲搭載のKV-2かな!?」

 

「まあ…いっか…」

 

 珍しい戦車を見つけては突撃していくFAL…一応いるガイドさんには悪いが、Vectorはもう好きに見させてやってくれとお願いをしておいた。

 

「Vector! Vector!!」

 

「あーもううるさい、なんなの?」

 

「こっち来て!」

 

「まったく…」

 

 呼ばれたところに歩いていってみると、FALが笑顔で2両の戦車を紹介する。

 どうだと言わんばかりに見せてくるので眺めるが、興味の無いVectorにはそれが何の戦車なのかいまいち分からない。

 

「超有名戦車だよ!? ドイツ第三帝国の重戦車、ティーガーⅠとティーガーⅡ! うわぁ…現存するだけでも貴重なのに、こんなに保存状態もいいなんて…涙でそう」

 

「いちいち大げさだよ…」

 

 VectorのぼやきはFALの耳には届かず、眼をキラキラと輝かせて2両の重戦車に見入っている。そして案の定始まるFALによる長すぎるうんちく話…明らかに聞き流しているVectorにいつまでも戦車の話をし続ける。

 そのままだと閉館時間まで延々話していると予測し、Vectorは彼女の手を引いてその場から移動する。

 

「うふふ…いいわね、全部持って帰りたい気分よね…」

 

 そう言って、周囲をきょろきょろし始める。

 まさかと思いちらっとFALの手元を見れば、やはりフルトン回収装置が握られている。軍事基地内に設けられた博物館でそんな事すれば、間違いなく袋叩きにあう。FALがふざけたことをする前に、その手からフルトンをひったくった。

 

「もう、冗談よ。私がそんなことするはずないでしょう?」

 

「どうだか…」

 

 興味があるのはいいが、持って帰ったとしても現代の戦車に通用するものでもないし動かないものを置いといても邪魔なだけ、それだったらもっと実用的な戦車を用意した方が良いに決まってる。わざわざ説明してやるVectorの言葉を、FALはうんざりした様子で聞き流していた。

 それからだいたいの展示物は見終わって、博物館を去ろうという時、FALはとある小さな戦車の前で足を止める。

 

「どうしたの独女?」

 

「なにこの戦車…?」

 

「えっとなになに…チェコスロバキア製【AH-IV豆戦車】? 説明文が少ないけど、軽戦車よりも小っちゃいよね。なんかへんてこだね」

 

「気に入った」

 

「え?」

 

「気に入った…そして閃いたわ! Vectorこの豆戦車を押すの手伝って、このくらいの大きさなら戦術人形2人のフルパワーでどうにかなるはずよ!」

 

「いや無理でしょ」

 

「やる前に無理なんて言ってはダメよ! さあ押すのを手伝って!」

 

 半ばやけくそになりFALと二人でこの小さな戦車を押すが、いくら小さくても相手は鉄の塊だ。少しも動きはしない。もうあきらめよう、そう提案しようとところ、FALはふと真上の天窓に気付くとニヤリと笑みを浮かべる。

 

「えい」

 

 看板を天窓めがけ投げて壊す…FALの狙いはこの豆戦車を何としてでも持ち帰ることにある。それに気付いて阻止しようとした時には既にフルトンが取り付けられ、そのままFALはVectorを抱えて戦車にしがみつく。後は装甲車も回収してしまうフルトンが都合よく天窓の穴から引っ掛からず外に広がり、勢いよく空の彼方へと打ちあげられる…。

 

 

 

 

 後日、無事豆戦車AH-IVを回収しおおせたFALは早速その豆戦車を自前のガレージまで運び込んでいった。

 せっかくの休暇をあんな形で幕切れにされてしまったVectorはカンカンに怒っていたが、すっかり豆戦車に憑りつかれたFALは止まらない。ガレージ内にて豆戦車のリベットを外し、内部のエンジンや変速機などを見る…100年以上も前のものということもあってやはり使い物にはならないが、それは予想の範囲内である。

 豆戦車を分解し、どこの何を修理しなければならないかを把握した彼女はガレージ内のパソコンの前に座り素早く必要事項をタイピングし、それをメールで送信する。即座にデスクの受話器を取り、電話をかける…連絡先は研究開発班だ。

 

「もしもし、私よ。ちょうど今そっちあてにメールを送信したの、それを読んで……あぁもう、その話はもうとっくに済んだ話よ? とにかく今は急いでいるの。メールを読んでくれれば分かると思うけど、至急エンジンと装甲フレームが欲しいのよ。確かサヘラントロプスで使ってる軽量化特殊合金あったわね、あれを使ってくれる? よし、任せるわね……それから何人か使える整備士をこっちに寄越してちょうだい。いいわね?」

 

 受話器を戻したFALはすぐにその場を片付けると、彼女もまたこの豆戦車を修理するのに必要なパーツと工具集めに奔走する。

 

 

「おうFAL、忙しそうだな。ところでVectorが物凄く不機嫌なんだが何かあったのか?」

 

「悪いけど今手が離せなくて。悪いわね」

 

「そうか?」

 

 

 工具箱とグリスの入ったケースを両脇に抱えながらFALはあっという間に走り去っていってしまった。

 また変な行動をしているのだろうか、そう思いながらハンターは自分の部隊の訓練に戻っていく…そんな感じで他の人形たちにも、FALのおかしな行動は目撃され、どうせまた何かに夢中になり過ぎてVectorの機嫌を損ねたのだろうという考えで一致する。

 実際、それは的を得ているわけだが。

 

「くそ…ここも変えなきゃダメね…!」

 

 新たな改修場所を発見しては直ぐに研究開発班に連絡を入れる。

 研究開発班のスタッフも途中からノリノリになってFALの豆戦車修復作業を手伝うようになり、派遣整備士からはアーキテクトがやって来て、この骨董品同然の豆戦車に鉄血テクノロジーを取り入れるという無駄に贅沢な改良を施してしまう。

 

「真新しい技術はないけど、軽量化させた新型水冷エンジンができたよ! これでももっと車体重量は軽くできると思うよ!」

 

「よくやったわねアーキテクト。よし、じゃああとはこの装甲フレームを組み込むわよ。ウインチで吊り上げて」

 

「軍のハイドラ多脚機動兵器にも使われている装甲素材だよ。この薄さじゃ砲弾とかは防げないけど、50口径の射撃に耐えられる防御力はあるはずだよ」

 

「だんだん出来上がってきたわね!」

 

 装甲フレームを車体に組み込み、協力して溶接作業を施してあげる。

 ほぼ全てのパーツを造り直して強化、エンジンや足回りの強化によって元々の機動力を遥かに上回る力を見せてくれるだろう。

 お次は武装面だ、それもアーキテクトが用意してくれた。

 

「じゃじゃーん、主兵装としてバリエーションの変更が可能な106mm無反動砲と対戦車ミサイル、それから30mm機関砲だよ! 副武装には7.92mm機銃もしくは12.7mmmm機銃、他にも迫撃砲とか自動擲弾発射機とか用途に応じて武装の切り替えができるよ!」

 

「さすがねアーキテクト、感謝するわ…仕上げよ」

 

 最後の仕上げに、豆戦車の側面にMSFのエンブレムを塗装すれば完成だ。

 貧弱な装甲に7.92mm機銃が一つだけだった豆戦車が十分すぎる強化を施されるに至った。

 

「よし、早速試運転よ! アーキテクト、乗りなさい!」

 

「やったー!」

 

 早速出来上がった豆戦車に乗り込んでエンジンをかける。

 乗せ換えた新型エンジンの調子の良い排気音に胸を躍らせつつ、ガレージから戦車を走らせる……徹底的に軽量化して3.5tという重量に仕上げた車体に、強力なエンジンが生み出すパワーによって豆戦車はぐんぐん加速していく。入れ替えたばかりのサスペンションが衝撃をよく吸収し、乗り心地も悪くない。

 あっという間に80㎞ものスピードに乗った豆戦車、前哨基地の広大な野外演習場をぶんぶん駆け回す。

 

「ママー!なんかいる!」

 

「ああん? なんだありゃあ!?」

 

 そんなことをしていればいやでも注目を浴びてしまう。

 ちょうど外をヴェルと一緒に散歩していたエグゼの目に止まり、停車を促されたために彼女の前で停まる。

 

「おいなんだこのチビ戦車は!?」

 

「私の新たな乗り物、豆戦車よ! マクスウェルの実用主義な重戦車もいいけど…見なさいこのコンパクトボディを! 対戦車ミサイルや無反動砲といった強力な火力を運用でき、対物ライフルの攻撃にも耐えうる重装甲、大量の武器弾薬も運搬可能な新時代の豆戦車よ!」

 

「かわいい! ヴェルものりたい!」

 

「いかすじゃねえか!オレたちも乗せろ!」

 

「定員は2名までだけど、ヴェルちゃんなら乗せられるわね。アーキテクト、悪いけどタンクデサントしてくれる?」

 

「りょうかい!」

 

 車外に出て砲塔後ろのスペースに居座るアーキテクト…少人数のタンクデサントのために、手すりを溶接してとりつけた親切な設計である。エグゼとヴェルを乗せたら出発だ、走りだした豆戦車が生み出すとんでもない加速力に二人は驚くとともに大喜びする。

 

「しっかり捕まってなさいよアーキテクト!」

 

 猛スピードで演習場を走り回り、折角だから走りながら主兵装の試射をしてみようというアーキテクトの提案に乗り、進路を変更する。急な進路変更でアーキテクトが振り落されそうになるが、取っ手をしっかりつかみこらえていた。

 

「目標、あの枯れ木よ! アーキテクト、無反動砲をぶっ放してやりなさい!」

 

「ラジャー! 装填完了、発射ー!」

 

 アーキテクトの陽気な掛け声と共に放たれた砲弾は見事、狙った枯れ木に命中した…ただし、想像していた爆発の何十倍も大きな爆発が起き、爆風によって豆戦車が横転しそうになる。

 

「アーキテクト、一体何撃ちこんだの!?」

 

「アーちゃん特製火薬マシマシの特殊砲弾だよ! ちょっと分量多すぎたみたいだね!」

 

「あぶねえなお前! オレとヴェルを殺すんじゃねえぞ!」

 

 試運転と試射を終え、一応の試験に成功した豆戦車。

 

 まあ実際に戦場に持ちこむのには他にも色々と問題があり、FALの趣味の域を出ることは無い…開発費もFALの自腹だ。後は研究開発班とアーキテクトの善意で出来ている。

 後日、この豆戦車は【ふぁるタンク】と名付けられ、FALの愛車の一つになるのだった。




FAL「やば、豆戦車の開発でお金がないわ…Vectorお金貸して♪」

Vector「………」(無視)

FAL「あら…?」

楽しみにしてた二人きりの休暇を豆戦車でぶち壊されて、しばらくVectorの機嫌は直らない模様…。
これだから独女は…。


はい、もう覚悟決めてシークレットシアターらしいギャグとほのぼのやりましょう…。
スナイパー・ウルフはまた別な機会で登場させる、約束するで。


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蝋人形の館

 ウロボロスファーム、アフリカで経営者として大成功した鉄血のハイエンドモデルことウロボロスがアフリカの地で一番最初に造り上げた会社の一つだ。汚染されていないアフリカの大地を耕し、現地民を強制徴用して農耕を教え込んだのが始まりといえる。

 金持ちになって良い暮らしをしてやるという欲望の力で農地を拡張し、現代式の農耕技術や農機具を投入しその規模を拡大……今では自分たちを賄える以上の生産をすることができ、農作物や家畜の出荷を行い外貨を得ている。

 

 今の世の中では珍しい良質な食糧を提供するウロボロスファームの顧客は幅広く、MSFはいつの間にか取引をするようになり、噂では正規軍にもフロント企業を通して売り付けているとかなんとか…。

 その農場の利益と、ウロボロスが他に抱えるダイヤモンド鉱山や油田などによって外貨を得て、色々と悪だくみをしているようだが幸いにも遠いアフリカの地で好き放題暴れまわっている分には、面倒な注目を浴びることは無かった。

 

 

 その日、MSFでは食料品の調達のためにヘリを一機飛ばしウロボロスの農場に向かわせた。

 ウロボロスファームで新しい穀物の生産を始めたため、折角だから契約を見直しに来いという連絡がウロボロスの方から来たのだ。一応交渉役として、糧食班のトップのスタッフと護衛としてエグゼとヴェル、アーキテクトとゲーガーもやって来た。

 ウロボロスとの交渉は糧食班のスタッフだけでいいが、折角だからアルケミストやそのほかの面子に会いに行こうということで人形たちはやって来た。

 

「よく来たなお前ら…ちょっと来る頻度多くないか?」

 

「しょぼいこと言うなよ姉貴、ほらヴェルも会うの楽しみにしてたし」

 

「わーい、おねーちゃん!」

 

「ははは、相変わらず元気いっぱいだなヴェル? ちょっと大きくなったんじゃないか?」

 

「人形だぜ? 大きくなるはずないだろ?」

 

「それもそうだな…よしよし、ほんとかわいいな」

 

 ヴェルは基本的に他人には懐くことは滅多にないが、同種としての親近感があるのかやはり鉄血製の人形相手にはよく懐く。一時期MSFにいたアルケミストやデストロイヤーのことはおねえちゃんと呼んで懐いているし、アーキテクトやゲーガーともよく遊ぶ。

 逆に、416やUMP45などは何故だか毛嫌いしているようだが…。

 

「あら処刑人、いらしていたんですか。おや、その子は…」

 

「代理人、この子が前言ってたエグゼの子どもさ。抱いてみるか?」

 

「これはなんとも…」

 

 アルケミストから手渡されてヴェルを持ちあげる。

 自分を持ちあげる代理人を不思議そうに見つめていたヴェルであったが、彼女も同じ鉄血だと分かると笑顔を浮かべて代理人の頬に手を伸ばす。ヴェルの愛くるしい仕草は、代理人のメンタルモデルに大きな衝撃を与えた。

 

「処刑人、なんですかこの犯罪的な可愛さは!」

 

「オレの子どもだから当然だろう?」

 

「鳶が鷹を産むというのはまさにこのこと……あんなメスゴリラからこんな天使が生まれてくるなんて!」

 

「おいこら、さりげなくディスってんじゃねえ」

 

 すっかりヴェルの無邪気さにメロメロになってしまった代理人、ヴェルもよく懐いてくれるのでかわいくてたまらないだろう。屋敷内の公園にヴェルを案内する彼女の姿に、一同暖かい笑顔を向ける。

 

「ヴェルも無条件に懐くわけじゃないのに、代理人にはよく懐いたもんだな」

 

「ヴェルはおっぱい大きいのが好きなんだよ。だからデストロイヤーには最初興味なかったけど、あのボディになってから懐いただろ?」

 

「じゃあ、ジャッジには到底懐きそうにないな」

 

 ヴェル曰く、おっぱいが大きい方が抱っこしてもらった時ふわふわしてて気持ちがいいからだという。そういった理由もあって、UMP45などはヴェルからは敵対視されている……新参のアーキテクトとゲーガーはおかげさまでヴェルには懐かれている。

 

「そうだエグゼ、あたし最近ここらで博物館開いてね。折角だから見に来ないか、アーキテクトとゲーガーもさ」

 

「アルケミストったら博物館開いたの? はぇ~どういう風の吹きまわし? なに展示してるの?」

 

「ちょっとした歴史資料館さ。ちょっとずつ展示物集めててね、まとまった数になったからウロボロスに頼んで造ってもらったのさ。あたしがガイドしてやるよ?」

 

「そうだな、折角だから見に行こうか。エグゼもそれでいいか?」

 

「おう。ヴェルは代理人にでも預けておけばいいしな…ほんじゃ、頼んだぜ姉貴」

 

 アルケミストがここで開いたという博物館に興味津々の3人。

 一体どんなものを展示しているのだろうか、期待に胸を膨らませるが、後にこの時の好奇心を激しく後悔することになるとは思いもしなかった…。

 

 

 

 

 

 ウロボロスの屋敷から少しばかり車を走らせた場所にある町、そこの郊外にアルケミストの博物館とやらはひっそりとあった。見た目は3階建ての古い洋館のようで、壁には葛が伝い少し古風な造りであった。

 

「前時代の建物を買い取って博物館に改修したんだ。さ、中に入りなよ」

 

 アルケミストに案内されるまま博物館内へと入って行く3人。

 博物館の中は掃除が行き届いているのか綺麗な印象を受けるが、あまり訪れる者もいないためにあまり汚れないのかもしれないという想像もしてしまう。玄関をくぐった先では何人かの人がおり、壁に寄りかかっていたり椅子に座っていたりする。館内は静かで、なんだか大きな声を出してはいけないような雰囲気がある。

 フロントの壁に飾られている絵画で描かれているのは、絞首台に吊るされた2人の男性を描いたもの……古ぼけた絵柄がなんとも不気味だった。

 

「おいあんた、ここって一体なに展示してんだ?」

 

 なにやら嫌な予感を感じ、館内にいた人に声をかけるが無視される。

 ムッとして、エグゼはその人を睨みつけるが様子がおかしいことに気付く…一切まばたきのしないその人をじっと見つめていると、その違和感に気付いて驚きの声をあげた。

 

「どうしたのエグゼ!?」

 

「こ、こいつ…人間じゃねえ!」

 

「落ち着いてエグゼ、私たちも人間じゃなくて人形だよ!? 一体どうしたの!?」

 

「ハハハハ、気付いたか? 実はこれ全部"蝋人形"なんだよな…本物みたいだろ?」

 

「ろ、蝋人形……?」

 

 アルケミストに言われて、手近な蝋人形とやらをゲーガーは覗き込む。

 顔を近づけて見ても本物と言われても疑わないレベルで生身の人に近い造りで、呼吸音が聞こえてきそうなほど質感も本物に近い。蝋人形の目を見て、悪寒を感じたゲーガーはすぐにその蝋人形から離れる。

 館内の嫌に冷たい空気に畏怖し、3人は知らず知らずのうちに身を寄せ合うと、館内を案内しようとするアルケミストについて行く。

 

「なあ姉貴、あの蝋人形どうしたんだよ?」

 

「ん~? あたしが造ったんだよ、どうかしたのか?」

 

「いや、なんかマジで生きてるみたいだなぁってさ…本物の人間素材にしたりしてねえよなぁ、なんて…」

 

「…………」

 

「姉貴……どうして黙るんだよ…?」

 

「ん?あぁ、悪い悪い。ちょっと考え事してた……ほら、最初の展示エリアだよ」

 

 扉がギイギイと軋みをあげながら開かれ、そこに案内される。

 少し薄暗い明かりで照らされているのはガラスケースにおさめられた展示物の数々だ…それらを覗き込んだ彼女たちは、ここが何を展示する博物館であるのかようやく気付くこととなる。

 

「これって…どう見てもあれだよな…?」

 

「うん……」

 

「絞首刑用のロープだな…」

 

 ところどころ黒ずんだ色合いの太いロープが入った展示箱、すぐ隣の展示箱には少し錆びついた"親指つぶし機"なるものが展示されている。

 そう、ここはアルケミストの拷問・処刑器具の博物館なのだ。

 絞首刑用ロープの前で硬直している3人にアルケミストが近付き、何故だか嬉しそうに展示物の解説をし始める。

 

「これはイギリスの廃墟から見つけてね…これも博物館にあったものなんだ。嘘か本当か知らないけど、100人以上の絞首刑に使われたいわく付きの代物だよ。折角だから触ってみるか、アーキテクト?」

 

「ふぇ!? あ、いいよ、展示物だし触っちゃあれだし…」

 

「遠慮すんなって、ほら」

 

「ッッッッ!!??」

 

 軽い感じで絞首刑用ロープを手渡され、アーキテクトは一気に背筋が凍りつくのを感じた。

 ざらざらしているが、ところどころ変に固まったようなものを手に感じる…青ざめたアーキテクトからロープを回収し、展示箱に戻す。

 

「こんなのもあるぞ。これもフランスで回収したものだ……マリー・アントワネットを処刑したと言われるギロチンの刃さ。分かるかゲーガー?」

 

「こんなもの、どうやって使うんだ…」

 

「あそこにギロチン台があるが、そこにこの刃を取りつけるのさ。あの高さから重りの力で一気に落とされて、あそこに固定された奴の首を落とす仕組みさ。やってみるか?」

 

「冗談は止してくれ、アルケミスト…」

 

「ハハハ、どうしたまだ展示品はたくさんあるぞ?」

 

 この場でもう笑っているのはアルケミスト一人しかいない。

 そのまま彼女のガイドで先に進むが、どれもこれも拷問器具ばかり…あまりの強烈さに食あたりを起こしてしまいそうな展示品の数々である。

 次にアルケミストは博物館の2階へと案内する。

 そこも、恐ろしい拷問器具ばかりが展示される。

 

「うわー…私これ知ってるよー…鉄の処女(アイアンメイデン)って奴だよね…」

 

「ご名答。拷問器具の代名詞とも言えるものだが、実際には使われていなかったとも言われてるものだ。でも、デザインは秀逸で好きだね…あたしは」

 

「ちょっと、なんか血の匂いがする気がするんだけど…」

 

「気のせいだろう。ほら、次のも見なよ」

 

 先ほどの絞首刑用ロープもそうだったが、ここにある展示品のほとんどが妙に使用感がある気がするのだ。

 その疑惑は、エグゼが見つめる十字の磔台にも向けられる。アルケミストが言うには、この磔台は現存する物がなかったために自分で資料を頼りに造り上げたらしいのだが…。

 

「なんかこのあたり縛った跡あるし、なんか真ん中あたり不自然にどす黒く変色してないか?」

 

「色は元々だろう。ここを縛ったのは、本当に磔にできるか"人形"使って試したんだよ」

 

「人形って、どういう意味だよ姉貴…?」

 

「あぁ? 人形は人形だろう、マネキンとかぬいぐるみとか…そういうやつ」

 

「ああ、そう…いや、オレたちも一応戦術人形だからさ?」

 

「まったく、色々ケチつけてきて…いつからそんな細かい女になったんだい?」

 

「そうだよな…オレの考えすぎだよな…ハハハ……はぁ……帰りたい」

 

 もはや、一刻も早くこの不穏な館から帰りたくて仕方がない…館内に配置された本物そっくりの蝋人形の存在が居心地の悪さを増長させる。本物に見間違えてしまいそうなリアルさは、蝋人形に見られているような錯覚を覚える。

 

「あー、アルケミスト…こいつは?」

 

「ああゲーガー、これもあたしが造り上げたレプリカさ。"ファラリスの雄牛"って言う、大昔の処刑道具さ……美しいだろう?」

 

「う、美しい…?」

 

「そうさ。殺しのための道具に、殺しには一切関係ない芸術としての見栄えを投影した至高の美術品さ…どうやって使うか教えてやろうか?」

 

「いや、別にいいよ……」

 

「そこの扉から殺す人を入れてな、牛の腹の下あたりに火を起こすんだ。そうするとどうなるかは分かるだろう? 高温に熱せられた内部で人が苦しみ呻くと、牛の頭にある筒と栓で声が変調されて牛の鳴き声にみたいに聞こえるって話しなんだ…けど、なかなかうまくできなくてね…牛みたいに鳴かないんだよ」

 

「どうして…上手く鳴かないって、分かるんだ…?」

 

「あぁ?」

 

「いや、牛の鳴き声を出せるかどうかは実際にやってみないと分からないし…どうやって確かめたのかなと…」

 

「…あ……………………実は他にとっておきのものがいくつかあるんだ、案内するよ」

 

「ア、アルケミスト…!?」

 

 ますます疑惑は深まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ、楽しかっただろう?」

 

 すべての展示品を案内される頃には、3人とも精神的にくたくただ。

 あの後も色々と怪しい物を見せられたり、館内から何か物音が聞こえてきたりと不気味な体験をさせられてしまった。もうさっさと帰ってヴェルに癒されたいと思うが、帰ろうとする3人を引き止める。

 

「ほら、入館料払えよな。一人当たり10000だ」

 

「は? 金とんのかよ、しかも高いし!」

 

「当たり前だろう? 見ての通りあまり繁盛してないし、姉妹としてこのあたしに少し協力するのは当然だろう」

 

「いや、こっちはそんなこと聞いてないし知るかよ! こんなクソ高い入館料なら来ねえっての!」

 

「なんだとテメェ…?」

 

「わ、悪いけどそんなお金払えないよ!」

 

「そうだ! あんな悪趣味なもの見せて!」

 

 口々に文句を言う3人に、アルケミストはそれまでの優しい態度から一変する。

 

「メスガキどもが、このあたしになんて口の利き方してるんだよ……お前らも蝋人形にしてやろうか!? あぁ!?」

 

「本性現しやがったな姉貴ッ!?」

 

「というかやっぱりあれ本物だったんじゃ…!」

 

「くそ…やられる前にやってしまえ!」

 

 

 そこで一斉に攻撃を仕掛けるところで、3人の記憶は途切れていた…。

 

 気がついた時には、ウロボロスの屋敷のベッドの上で3人は目を覚ます…。




???「ふはははははは! お前も蝋人形にしてやろうか!」

アルケミスト「さすがです、閣下!」


天国のサクヤさん「あわわわ! アルケミストが悪魔信者になっちゃってるよぉ! 誰かなんとかして!?」

ダメみたいですね…(諦め)


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放ってはおけない

「おらー! エグゼー、このメスゴリラ! 大尉に鍛えられて滅茶苦茶強くなったうちと勝負せぇ!」

 

 前哨基地の宿舎エリアにて、声高々にガリルが叫ぶ…ガリルの命知らずとしか思えない戦いの挑み方に、その場にいた多くの者が胆を冷やし、次に起こるであろうことを一瞬で予測する。そして大方の予想通り、ガリルの挑発にプッツンキレたエグゼのそれは見事なバックハンドブローがガリルの顔面に直撃、ガリルは勢いよくテントに吹っ飛んでいった。

 ガリルの暴走を止められなかった友だちのIDWとStG44、ウージーが慌てて駆け寄ると、ガリルは手足をぴくぴく痙攣させて気絶していた…。

 

「あわわわわ…! ごめんなさいにゃエグゼ、このアホには後でしっかり言い聞かせとくのにゃ!」

 

「ガリルが勝手にケンカ売っただけだから! ごめんなさい!」

 

「ガリルの言葉は私たちの総意ではありませんわ!」

 

 エグゼに恐れをなして3人はエグゼの怒りの矛先が自分たちに向くのを恐れて何度も謝る、必要ならば身の程知らずにも戦いを挑んだガリルを引き渡す考えだった。

 とばっちりをくらうと思っていた3人であるが、意外なことにエグゼは楽しそうに笑っていた。これは笑いながらぶち殺されるパターンだ、そう思い戦慄するが、そうではなかった。

 

「そうびくびくすんなよ、こいつの挑発の言葉はムカついたけど…オレに挑もうって魂胆は気に入った。お前ら米兵のアイツに鍛えられてるんだってな? へへ、オレらも呑気にしてられねえな……おい、このバカ起きたら伝えとけ…強くなったと思ったらいつでも挑んで来いってな、死ぬ一歩手前くらいに半殺しにしてやるからよ」

 

 エグゼは常々思っていることだが、MSFは単なる馴れ合い集団ではなく、仲間内でもライバル心を持って競い合うことが必要だと考える。その点ではこのガリルという戦術人形は及第点だ…まあ、その結果が歴然たる力の差を見せつけられるものだとしてもだ。

 おそらくガリルはこれにめげず、反骨精神を燃やして再び挑んでくるに違いない…エグゼの荒っぽいが後輩に期待をかける気遣いを感じ取った3人は、ガリルの無鉄砲さを少しは見習おうと思ったが、ガリルを一撃で倒したエグゼに不用意に挑まないよう反面教師にしようと心がける。

 

 

 

「あかん……鼻血が止まらへん…」

 

 冷水をバケツ一杯浴びせられて覚醒したガリルだが、裏拳をもらったせいで鼻血が止まらず軽い貧血を起こしていた。その後、無事ストレンジラブの研究所送りになってしまった。

 

「ガリルちゃんったら、いくら最近訓練成績が良くなってきたとはいえ…ちょっと無謀じゃないかな? さすがに実戦経験重ねたエグゼにすぐ勝てるはずないよ」

 

「そうですよね、私たちもそう忠告したんですけど…」

 

「やってみなきゃ分からないって言って突っ込んでいったのにゃ」

 

「ほんとバカよね」

 

 事の成り行きをアイリーンに伝えると、訓練担当の彼女もガリルの無鉄砲さには苦言をこぼす。ここ最近は死に物狂いで訓練に励んでいたのは確かだが、エグゼだってこれまで遊んで日々を過ごしていたわけではない…毎日血の滲むような訓練に励み、戦場で己の技量を絶えず磨きぬいてきたのだ。

 ちょっとやそっとの努力で超えられるほど、やわな鍛え方はしていない。

 

「まあこれで分かったよね。あなたたちとあの人たちとの力量差…だけどめげちゃダメだよ、力の差が分かったなら今以上の鍛え方をしなきゃね。エグゼたちもあなたたちに負けないようにって訓練に励む、もしあなたたちがあの人たちを超えたいって思うなら、何十倍も努力しないとね」

 

「にゃははは…今まで以上の鍛錬、ほんとに死ぬ気でやらないとダメかにゃ…?」

 

「そうですわね…」

 

「まあ、それであいつらに勝てるならね……そういえばアイリーン教官、アーサーさんはどうしたの? 最近訓練を見に来ないじゃない…テディ軍曹はあそこで昼間からビール飲んでへべれけになってるけどさ」

 

「ああ、大尉ね……ちょっと新参のM14ちゃんを専属で見てあげてるみたいだよ」

 

「なになに、マンツーマンで教えてるわけ? ちょっとずるくないかしら?」

 

「心配しなくても、私がデルタに負けないくらいあなたたちに有意義な訓練期間を提供してあげるからさ。はい、じゃあ来週から基礎水中爆破訓練をやって貰うからね…お楽しみのヘル・ウィークもそこに組み込まれてるから、めげずに頑張っていこう!」

 

「し、死んじゃうにゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――落ち着いて、よく狙え。ゆっくり呼吸し、息を止めて狙いを絞るんだ」

 

 射撃訓練場で一人、M14はフィールドに並べられたパネルの的を狙い撃つ訓練に励んでいた。彼女を教育しているのはアーサー・ローレンス大尉…どういうわけだか、最近とある出来事でMSFに勧誘されてやって来たM14を専属で教育をしている。

 基本的に無愛想なアーサーが、急に新参者の訓練をし始めたことに周囲は気が触れただの丸くなっただの言っていたが、ある者はアメリカ生まれの銃の戦術人形だから贔屓しているのだろうと言った…実際、本人は否定するだろうが贔屓しているのは否めない。

 

 ガリルらを訓練していた時は血も涙もないとまで言われた訓練方針であったが、M14相手には怒鳴ることも嫌味を言うこともなく…普段の姿からは信じられない穏やかな態度で接していた。

 

「落ち着いて、撃つ……よし…!」

 

「そうだ、その調子だ…」

 

 的となるパネルは決められた時間設定で起伏するようになっており、パネルが起き上がったタイミングで素早く狙いを定めて撃つ訓練である。M14はアーサーから教わった通りに射撃を意識し、パネルを狙い撃つ……だがM14は起き上がるパネルに対しどうしても間が空いてしまい、その結果狙いを定めて撃つ前にパネルが倒れてしまう時がある。

 そうすると焦りを感じ、次の的への狙いが乱れてしまい外してしまうことがある。

 そういったミスが連続し、しまいには弾詰まりを起こす…当然M14は慌ててしまい、何度も詰まった弾を排莢させようとするが上手くいかない。

 

 そんなM14にアーサーは静かに近寄り、ライフルを手渡すよう促す…バツの悪そうにM14がライフルを手渡すと、アーサーは慣れた手つきでレバーを操作し、詰まった弾を排莢させた。

 

「どれだけ丁寧に整備しようとも、トラブルは起こりうる。大事なのは、そう言った場面でいかに焦らず対処できるかだ。緊張感を持つことは大事だが、焦ることは良くない…心が乱れてしまった時は、焦らずに一呼吸置くことが大切だ」

 

「はい、すみません…」

 

「謝ることはない、今はまはまだ訓練の段階だ。実戦で同じ場面に遭遇した時、焦らないようにできればいい…むしろ、訓練で経験できたのは良いことだ。さて、今日の訓練はここまでにしておこう」

 

「え、あの…もっと練習をしたいのですが…」

 

「気持ちはわかるが、休むことも必要だ。認識できない疲労というのもある…いきなりハードなトレーニングをしても得られる物は無い。ゆっくりでもいい、一歩ずつ進んでいけばいい」

 

「分かりました、大尉」

 

「アーサーでいい」

 

「あ、はい…アーサーさん…あの、また明日よろしくお願いします…えっと、おやすみなさい」

 

「ああ」

 

 少し気弱そうに微笑みながら、M14はぺこりと頭を下げて射撃訓練場を後にした。

 彼女が立ち去った後、アーサーは一人、M14の射撃記録に目を通す…命中率は50%を超えておらず、命中箇所にも大きなばらつきがある。戦術人形としては致命的な射撃能力の低さだった…。

 アーサーは射撃記録を削除すると、射撃場を後にする…向かっているのは研究開発プラットフォーム内のストレンジラブの研究室だ。元米兵という立場から、MSFの機密情報の塊と言える研究開発棟には好きに入ることは出来ない…棟の入り口で一人待つこと数分、迎えのヘイブン・トルーパー兵に先導されてアーサーはストレンジラブの研究所に入って行った。

 

「アーサーか…そこにかけてくれ、今持って行く」

 

 アーサーが来ることを分かっていたストレンジラブは一旦彼をソファーで待たせると、資料を持って来る。テーブルに資料を並べた彼女だが、それについて説明する前に、目の前のアーサーをまじまじと見つめる。

 

「髪を切ったのかアーサー? 折角綺麗な髪だったのに、勿体ない」

 

「軍曹も同じことを言ったが、どうでもいいことだ。それより、結果は?」

 

「あぁ……君が予想した通りだ。M14、あの子は銃との烙印システム(ASST)が不完全なようだ…おそらく何らかの理由で、I.O.Pから正式に出荷される前に持ちだされてしまった個体なのだろうな。君はあの子の訓練を見ているらしいが、そこで違和感を感じたのか?」

 

「ああ、ここらの戦術人形のことはよく知らんが、他と比べてあまりにも銃の扱いが…素人同然だったからな。それで、何故そのシステムとやらが不完全なのだ?」

 

「烙印システムはペルシカリア博士によって発明された革新的な技術の一つだ。戦術人形と銃に特殊な繋がりを持たせる技術、というのが簡単な説明だが…一般に銃の特性に見合った戦術人形の素体が選ばれる、銃がメインであり人形は銃を扱うための存在というのが一般的な認識だ…まあ、うちの人形とかを見ていると色々それに当てはまらないが…」

 

「ということは、M14ライフルとあの子はシステム的に合わない…相性が悪いということか?」

 

「そうなるな……しかし妙なのは、繋がりが不完全とはいえ全くマッチしていないというわけではないんだ。このような事例が他にいくつあるのかは分からないが、私としてももう少し調べてみるつもりだ」

 

「そうか…分かった、邪魔をしたな」

 

 資料に目を通したアーサーは用も済んだとばかりにソファーから立ち上がる。

 基本的に他人に無愛想なのは相変わらずだが…M14に向けられるこの奇妙な気遣いは何なのか、ストレンジラブは気になるところであったが、それを探るのは無粋だと思う。

 

「アーサー、君があの子を気遣う理由は知らないが…支えてあげるんだぞ」

 

「……オレが好きにやるだけだ」

 

 無愛想に返事を返し、アーサーは研究所を去っていった。




大尉✕M14フラグがぷんぷんするぞ~。

テディ軍曹「なんで髪切っちゃったんですかぁ!?」

大尉「うるさい、黙れ死ね」

アイリーン「大尉の黒髪ショートも可愛い♪」

※ビール臭いクマのぬいぐるみは洗濯機に直接ぶちこまれました


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モブキャラだって目立ちたい

注意 モブキャラしか登場しません。


~カエルちゃんの警備任務~

 

 

「お腹空いたな…」

 

「そうだな…あと1時間でシフトが変わる、そしたら食堂に行こう」

 

「あと1時間か…長いわね」

 

「右か左のポケットにビスケットが入ってる。当てたらお前にあげよう」

 

「………左のポケット」

 

「残念」

 

「どうせ最初からないってオチでしょう? はぁ……余計疲れた…」

 

「警備に戻ろう…」

 

 なんとも気の抜けたような会話をしているのは、マザーベース・糧食班プラットフォームの警備を行っているヘイブン・トルーパー兵士の二人…以下、腹ペコの方を【カエルちゃんA】、天然っぽいのが【カエルちゃんB】と呼ぶ。

 

 数週間前までは、エグゼの戦術人形連隊に配属されていて前線で活動をしていた二人であったが、何の因果かマザーベースの警備班に配置転換されてしまう。前線に比べ危険に晒されるリスクはほぼ無く、時折一部の無人機たちの暴動対処に動く以外やることはほぼ無い。

 要するに、マザーベースの警備は暇すぎる。

 暇すぎてマザーベースの警備任務につかされることは、ヘイブン・トルーパー兵にとっては恐ろしいことなのである。

 

 毎日毎日変わり映えしない日々…前哨基地などの警備は、たくさんの人がいるということでトラブルが起こりやすいためそれなりの忙しさがあるからまだいい。マザーベースではよほどのことが無い限り、事件は起こらない…一時期はスコーピオンやエグゼなどがよく暴れていたため、それなりにやりがいのある任務だった。

 最近では二人とも落ち着いていて、ミス・トラブルメーカーのFALが暴れるのも大抵前哨基地の方なのでマザーベースはいつも平和だ。

 

「なあ…」

 

「なに?」

 

「やっぱり何でもない」

 

「なんなの? 言いなさいよ」

 

「なんでもないよ」

 

「アンタとは二度と話さないわ」

 

 カエルちゃんBの謎の言動に精神的疲労感が増していくカエルちゃんA。

 だが、シフトが終わるまであまりにも暇すぎるため、カエルちゃんAは相方が一体何を言おうとしたのかしつこく追及する。するとカエルちゃんBが無言で視線の先を指差す…そこには甲板上に不自然に置かれたダンボール箱があった。

 

「ダンボールだ」

 

「ええ、ダンボールね……気になるの?」

 

「あんなところにダンボールが一つだけあるんだぞ、気にならないか?」

 

「そうね」

 

「見て来たらどうだ?」

 

「何故わたしが?」

 

「この間わたしがダンボール箱を持ちあげたら、睡眠ガスが仕掛けられててな…犯人はヴェルちゃんだった。だから見て来い」

 

「その話を聞かされて素直に見に行くと思うの? こうしましょう、私たちは何も見なかった」

 

「……警備員失格だな」

 

「たかがダンボールよ。どうせ何もないわ」

 

 二人が顔を合わせて話している間に、ダンボール箱から2本の足が飛び出しそのままどこかへ走り去っていったが二人はもちろん気付いていない。さらにダンボールがいつの間にか消えたことにも気付かず、二人は残りの時間まで退屈そうに警備の仕事に励むのであった。

 

 

 

 

 

 

~無人機狂想曲PartⅡ~

 

 【四足獣型無人機フェンリル】は、MSFに存在する数ある無人機の中で自分こそが最強の存在であると信じて疑わなかった。開発されて以降、その優秀さから各部隊から引っ張りだこであり、戦場での活躍も目覚ましいものがある…小柄ながら装甲を持ち機動力も高く、遠距離では長射程の小型レールガンを装備し、近接戦闘では高周波チェーンソーと隙の無い武装を持っている。

 見た目もオオカミのようでかっこいいという評判もあり、はっきり言うとフェンリルくんは少し調子に乗っていた。

 フェンリルくんはマザーベースを我が物顔で歩きまわり、他の無人機たちを小ばかにするような態度をしていた。

 そしてその対象は、最近MSFにやって来た【赤いゴリアテ通称赤豆くん】によく向けられる。

 

「オイ、何カ面白イコト言エ」

 

 急なフェンリルくんの無茶ぶりに、赤豆くんは戸惑う。

 高度な自己学習AIを持つフェンリルとは違い、赤豆くんは敵を見つけて突撃して自爆する程度のAIしか持っていない。赤豆くんにとってのアイデンティティとも言える自爆機能も、安全のため除外されてしまったため、今ではやたらとタフなロボット程度の存在だ…それも、フェンリルにバカにされてしまう理由の一つであった。

 困った末に、赤豆くんは要求に応える。

 

「テキ ヨウサイ OUTER HEAVEN 二 センニュウ、サイシュウヘイキ METAL GEAR ヲ ハカイ セヨ」

 

「ツマラナイ奴メ。自爆シロ」

 

 散々な言いようである。

 赤豆くんを弄って遊んでいるフェンリルであるが、遠くからやって来た【歴戦の月光】がやってくると、その場からジャンプしてコンテナの上に昇る。体高が自分よりはるかに大きい歴戦の月光より、高い位置から見下してやりたい…その程度の意地の張り方だ。

 やって来た歴戦の月光は、独特の稼働音を鳴り響かせると、フェンリルに向けて威嚇する。

 MSFに最も貢献している無人機は自分であると信じて疑わない歴戦の月光、その戦歴は長く、ユーゴでの紛争からずっと戦い抜いてきたまさに最古参の無人機なのだ。少しかっこいいだけの若造にいきがらせてなるものか、そんな対抗心を剥き出しにしている様子。

 

「失セロ、美脚野郎」

 

「!!!!!!」

 

 フェンリルくんの安い挑発に乗せられて歴戦の月光は怒り狂う…マザーベースではよほどのことが無い限り、無人機たちには兵器の使用は許可されないため、大抵罵り合いで終わるが、威嚇のためにあげる稼働音がうるさいとしてひんしゅくをかっていたりする。

 突然目の前で始まったフェンリルくんと歴戦の月光との睨みあい、その間に挟まれてしまった赤豆くんはどうしていいか分からず右往左往している。

 

 さらに厄介なことに、そこへ【無人攻撃兵器グラートくん】と【無人攻撃ヘリコプターハンマーヘッドくん】が参戦する。両者ともたちが悪い事に、自分こそが一番だと疑わない自我の強すぎる無人機たちだ。

 周囲だけでなく、上空をハンマーヘッドに抑えられてしまった赤豆くんは動くことが出来ず、稼働停止してしまったかのようにピクリとも動かない。

 

「ピィ! ピピピィ!!」

 

 さらにさらに、この騒ぎを聞きつけて参戦してきた無人機がいる。

 MSFの無人機の中で自分こそが最もかわいい存在だと信じて疑わない【ダイナゲートくん】だ。

 同じ鉄血の同志ということで赤豆くんはダイナゲートくんに救いを求めるが、ダイナゲートくんはそれを無視して、日頃からいじめてくるフェンリルくんに対し挑発を仕掛ける。歴戦の月光を背にする姿は、まさに虎の威を借る狐…順調にフェンリルくんの神経を逆なでにしていく。

 

 赤豆くんを囲み睨みあいを続ける無人機たち…その異様な光景に、スタッフたちは関わるまいと見て見ぬふりをして避けていく。まあ本気で手を出しあうことは無いが、甲板を塞いで睨みあっているために結構迷惑であったりする。

 無人機のくせに面倒なAIを持っているが、一体一体がそん所そこらの戦術人形を遥かに凌駕する戦闘能力を持っているためになおさらたちが悪い。

 

 しょうもないプライドのためにいがみ合い、地味に周囲に迷惑をかけている無人機たち………そんな狼藉を働いていればあの"大いなる存在"が黙ってはいない。

 ズシンッと地震のような衝撃を感じ取り、無人機たちはハッとする。

 先ほどまでいきがっていたフェンリルくんもコンテナを飛び降りて、尻尾を丸めて縮みあがる。

 

 大いなる存在、MSFの守護神、鋼鉄の巨人【サヘラントロプス】がいがみ合う無人機どもを見下ろし圧倒的な覇気で威圧する。サヘラントロプスの前ではヘリタイプのハンマーヘッドも普段のようにはいかず、ゆっくりと高度を下げて甲板上に着地した。

 全員を黙らせたところで、サヘラントロプスは無人機だけに通用する独自言語を用い、通信回線上で説教をし始める……みんな反抗せずにいうことを聞く辺り、やはりサヘラントロプスの威圧感は凄まじいようだ。

 

 

「はぁ……アーキテクトの奴め、どこに行ったんだ……って、うわ! なんだこれは?」

 

 

 そこへ、たまたまアーキテクトを捜すためにあちこち歩きまわっていたゲーガーが通りがかる。

 サヘラントロプスの前で反省している無人機たちの奇妙な光景に怯んでいると、それまでしょんぼりしていた無人機たちが一斉にゲーガーの方を向く。一斉に向けられた視線に再度怯むゲーガー……そんな彼女へ走り寄っていったフェンリルくんが、後ろ足で立ち上がって押し倒そうとする。

 だがそれは、同時に駆け寄った歴戦の月光によって阻止される…そこへグラート、ハンマーヘッドも再び参戦してカオスな展開へ発展していく…何が何だか分からぬままもみくちゃにされたゲーガーは、結局サヘラントロプスにつまみあげられてなんとか難を逃れるのであった…。

 

 

~End~




はい(怒)


というわけでモブキャラどもを解説していきましょう。

【ヘイブン・トルーパー】
・カエルちゃんA
この世で最も嫌いな任務はマザーベースの警備任務。
相方のカエルちゃんBの不思議っ子ぶりに常に悩まされる…ダンボールは基本的にスルー。

・カエルちゃんB
この世で最も嫌いな食べ物はニンジン。
後先考えない会話で相方を常に悩ませる…面倒事は基本的に相方に押し付ける。

【無人機】
・フェンリルくん
自分が無人機の中で最もかっこいいと信じて疑わず、常に他の無人機を小ばかにしているDQN。
よく赤豆くんを弄って遊ぶ。
隙あらばゲーガーを手籠めにして我が物にしようと企んでいる。

・赤豆くん
ビッグボスに拉致されたかわいそうな自爆兵器。
自爆機能が取り除かれてしまったため、ただの頑丈な豆になった模様。
鉄血にいた頃からゲーガーが好きだったけど、フェンリルくんの積極性をみて複雑な心境…BSS(ぼくがさきにすきだったのに)

・歴戦の月光
自分が無人機の中で最も万能だと信じて疑わず、フェンリルとは極めて仲が悪い。
ユーゴ編から活躍し続けるまさにベテラン、対空・対歩兵・対装甲なんでもござれな万能兵器。
ゲーガーの前でかっこつけたがるが、上手くアピールできない軟弱者。

・グラートくん
自分が無人機の中で最も防衛任務に長けていると信じて疑わず、よく拠点防御の任務につく。
変形機能を持っているためフェンリルくんにかっこよさでは負けていないと思っているが、肝心のフェンリルくんからは相手にされていない。
ゲーガーの貞操を守れるのは自分しかいないとして、勝手にボディーガードのつもりでいる。

・ハンマーヘッドくん
自分が無人機の中で最も高い位置にいると信じて疑わず、無人機たちを常に空から見下している。
言葉を発する機能が皆無なためコミュニケーション能力はゼロだが、上空からの無慈悲な攻撃に定評がある。
将来の夢はゲーガーを乗せて空を飛ぶこと、常に上空からゲーガーを見守っている(ストーカー)

・ダイナゲートくん
自分が無人機の中で最もかわいい存在であると信じて疑わず、誰か強い奴を味方につけてしょっちゅうイキっている。
フェンリルくんとは仲が悪いが、同じ犬型であることから一定のリスペクトはある模様。
ゲーガーよりもアーキテクト派。

・サヘラントロプス
大いなる存在、鋼鉄の巨人、無人機の帝王、MSFの守護神。
ユーゴで破壊されたメタルギアZEKEのAIを流用しているので、無人機の中では長寿。
無人機たちには仲良くしてもらいたいと思っているが、しょっちゅう期待を裏切られるている。
ゲーガーの苦労を理解する数少ない存在。


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トラブルメーカー

 MSFにはエイハヴのような穏健な性格の者もいるが、中には凶暴性を隠しきれない存在というのはどうしても一定数いる。MSFには国家に所属する軍隊という枠に収まり切れない輩、性格に難があったりトラブルを起こすような兵士が所属するケースもある。その最たる存在が、ジャングル・イーブルという男だ。

 アパルトヘイト政策下の南アフリカで生まれ育った彼は、人種差別が存在するのは当たり前だと認識しており、自分が認めた者以外とは必要以上に慣れ合うことは無い。それでも彼がMSFでつまはじきにされない理由は、一度認めた者への面倒見の良さと、その類まれなる戦闘能力をMSFとビッグボスのために行使することを惜しまないからだった。

 

 ある日のこと、イーブルは珍しく普段親しみの無い人形を何人か連れて任務へと赴いた。

 

 イーブルの人を選ぶ荒っぽい性格は承知しているが、それでも周りより少し大人になって協調していってくれ…そんなことをスネーク直々に言われでもしたら、いくらイーブルといえども無下にはできない。まあ、彼なりにMSFの後輩人形たちと仲良くしようとしているのだが…。

 普段の怖い態度をしているイーブルしか知らない79式とリベルタドールは、戦々恐々としながら彼の後ろをついて歩く。

 

「―――んでさ~、この間ミラーのおっさんがまた入浴時間間違えて入って来てさ。絶対確信犯だよね?」

 

「あの人も懲りないもんだな。どうでもいいが、人形だかなんだか知らないが、ちんちくりんのガキどもによく欲情してられるな」

 

「ちょっとイーブルひどくなーい? あたしも含め、人形は普通の人間よりスタイルいいんだぞ!」

 

「けっ、なーにが…下の毛も生えそろってねえような小娘がませたこと言ってんじゃねえよ」

 

「うわ、それみんなの前で言ってよ。絶対ドン引きされるから…二人もそう思うよね?」

 

 後ろで黙って会話を聞いていた79式とリベルタは、突然スコーピオンに話しを振られた瞬間挙動不審になる。リベルタは速攻で口元をバンダナで覆いだんまりを決め込み、79式は目を泳がせている。

 

「なあスコーピオン、オレってそんなに怖いか?」

 

「うん、フランケンシュタインよりおっかない顔してるかもね。というか気にしちゃう?」

 

「いや、別に気にはならねえけどよ…あまり他の奴を怖がらせるなってボスに釘刺されてるんだよ、普通にしてるだけなのによ。というかフランケンシュタインってなんだ、殺すぞ」

 

「そういうとこだよイーブルくん」

 

 普段から荒っぽい言動のエグゼや能天気なスコーピオンとは奇跡的に気が合うイーブルだが……真面目な79式や口数の少ないリベルタとは絶望的に性格が合わない。

 実は79式とリベルタは好きでイーブルと任務にやって来たわけではなく、先輩のWA2000にイーブルと一緒に任務に行かないかと声をかけられたからだ。イーブルの性格を知っているWA2000は、二人に嫌なら辞退しても構わないと言ったのだが、うまく断り切れないところが災いして一緒について行くことになってしまった…リベルタに至っては、79式任せにしてしまい一言も発していない。

 

 二人だけで行かせたら何が起こるか分からない、としてスコーピオンが一緒に来てくれたのは幸いだった。

 

「79式、だっけか? お前MSFに入隊してどれくらいになる? 勘だが、1年経ってないだろう?」

 

「え、えっと…はい…再来月でちょうど1年になります」

 

「MSFに入る前は何やってたんだ?」

 

「そ、それは……その…」

 

 イーブルからMSF入隊以前の経歴を尋ねられた79式は途端にうつむいてしまい、言葉を詰まらせた。79式のそんな様子を横目で見たイーブルは小さなため息をこぼし、気だるそうに銃を肩に担ぐ。

 

「言いたくねえならそう言いな。知ってると思うが、MSFに入隊してきた奴は過去の経歴なんて色々あるんだ。それこそ自慢できないクソエピソードを持ったろくでなしだっている……見方によっては、オレもその一人だが…まあオレは過去から目を逸らしたいなんて思うような生き方はしてないがな」

 

「ちょっとイーブル、そこら辺にしときなってば。79式もあんまり気にしちゃダメだよ?」

 

「は、はい…」

 

 79式の過去についてはスコーピオンも知っているし、今だに彼女が過去の記憶に悩まされていることだって分かっていた。このままの流れでリベルタの過去を掘り起こそうとするのを、スコーピオンが話題を変えることで阻止した。

 リベルタもまた、過去に南米でカルテルの残忍なシカリオとして活動していた時期があった。

 それをリベルタが現在どう思っているか分からなかったが、殺し屋としての経歴を探られることはあまり気分が良いものではないことくらい容易に想像出来る。

 

「イーブル、あんたデリカシーなさすぎだよ」

 

「あぁ?」

 

「女の子にはもっと優しくしなきゃ…」

 

「温いこと言ってんじゃねえよ。オレは男も女も区別しない、最近じゃ人形と人間の区別もな」

 

「まったくあんたって人は…もういいよ、さっさと仕事済まして帰ろ?」

 

 相変わらずのイーブルの人を選ぶ性格には、割と仲良くできているつもりのスコーピオンも呆れてしまう。

 いきなり人と人と仲良く出来るわけがない、とりあえずはそう考えて交友を深めるのは今回はここまでにしておき、任務の達成を優先させることとした。

 

 さて、今回のイーブルたちの任務だがとある依頼主より旧鉄血支配地域内に隠されていた機密情報の回収を依頼された。詳細は不明だが、鉄血人形のテクノロジーの回収が目的のようで、最近ではI.O.P以外にも戦術人形業界に食い込もうとする企業が失われた鉄血のテクノロジー収集を目的に依頼を出してくる。

 ここら一帯には既に組織的な脅威はなく、上位AIの統制から外れたはぐれ鉄血兵士や米軍残党が時々襲撃してくるだけだ。噂では、東欧で米軍残党の脅威が高まっているとのことだが、正規軍がその辺一帯を隔離地域に指定したため情報が入って来ない。

 

「見つけました、情報によればこの金庫の中のようですが…頑丈そうですね」

 

 情報にあった通りの場所で金庫を見つけたわけだが、鍵もなく頑丈な金庫に79式は苦戦する。ピッキングを試みる79式であったが、リベルタがそっと近寄ると、得意の怪力でむしり取るように金庫の扉を引き剥がす。

 

これで開いた

 

「やるじゃねえか。さっさとずらかろうぜ」

 

 リベルタが引っぺがした金庫の中から設計資料のようなものを回収し、イーブルたちは廃墟を去ろうとするがそこで少しの誤算が起こる。廃墟を出たイーブルたちを、戦術人形の小隊が取り囲んできたのだ。

 鉄血か米軍残党かと思い銃を構えようとするのを、イーブルが制する。

 

「全員武器を捨てて、両手を頭において跪きなさい!」

 

「おい、なんだお前ら? オレたちになんか用があるのか?」

 

「我々はグリフィンの哨戒部隊です。立ち入り禁止区域への侵入、物資等の持ち運びは禁止されております。あなた方には不法侵入と窃盗の疑いがあります」

 

 グリフィンの哨戒部隊を名乗る戦術人形たち…確かにここら一帯はグリフィンの管轄地域と隣接しているが…。

 

「おい、ここらは他所の管轄地域だったか?」

 

「いや、そんな話は聞いていないけど、だとしたらヤバいんじゃ…」

 

「うちの諜報班を舐めるんじゃねえよ、そんな情報があったら知らせないはずがない。大方、法施行が間に合わず、独自にこいつら動かしてるだけだろうな……ふん、大した脅威じゃないさ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたイーブルは銃を肩に担いだまま歩きだす。

 すると、グリフィンの人形たちが一斉に銃を構えて牽制する…それに対し、イーブルはわざとらしくおどけてみせた。

 

「警告です、銃を捨てて跪きなさい!」

 

「銃を人に向ける意味、お前ら分かってるのか? 脅しの意味合い越えてるんだぞ?」

 

「……それ以上の口答えをすれば、脅しではなくなりますよ」

 

「言うこと聞かなかったら撃つのか、あぁ? お前らの指図は受けねえよバカやろう…ほら、撃てよ。どうした、おもちゃかよそれ?」

 

「さっきから聞いてれば舐めたことをこいつ!」

 

「待って! あなたたちの所属を、明らかにしなさい…」

 

 イーブルの見下すような態度に怒りを示す人形を、隊長格と思われる【FAMAS】が制止する。

 FAMASはわずかに表情を歪めつつ、イーブルたちに所属を尋ねる…相手の問いかけに79式が答えてしまいそうになるのを、スコーピオンが咄嗟に抑え込む。荒っぽいやり方になると思われるが、イーブルがこの場をおさめてくれるはずだ…そうスコーピオンは察した。

 

「ちょっと待って、この人たち……MSF? 隊長、まずいよ…指揮官からは前にMSFには関わるなって!」

 

「このエリアで盗みを働いている奴を逮捕しろと指示をしたのも指揮官です! 相手が誰であろうと関係ありません、侵入者を逮捕するのが任務です、それに抵抗するのなら射殺もやむなしと…!」

 

「おいおい、それはグリフィン全体の総意ってことでいいんだよな? 小娘、お前が指にかけてるのは戦争開始の引き金だ。オレたちとお前らだけじゃおさまらねえぞ…大勢が死ぬことになる。お前に、それだけのことをしでかす覚悟はあるのか?」

 

「それは……」

 

「どうなんだ……やるのか、やらないのか……どっちなんだよこのやろう! オレらと戦いてえのか、お前が今ここで決めろ!」

 

 イーブルは相手を恫喝するが、決して先に手は出さなかった。

 指揮官から任務を言い渡されたとき、FAMASはまさかこのようなことになるとは思ってもいなかったし、自分の行動で戦争を始めるかどうかなんて到底決めることなど出来ない。彼女の電脳はパニックに陥り正しい判断が何なのか決められずにいたが、成り行きを見守っていた他のグリフィンの人形がそっとFAMASの銃を下ろさせる。

 FAMASをなだめたその人形はイーブルを睨みつけるが、興味を無くしたイーブルの目には映ることは無かった。

 

「もう用が済んだろ? オレたちがいなくなったら、好きに仕事をすればいいさ……それより、退けよ、邪魔だ」

 

 黙り込んだままの人形たちはゆっくりと道を譲る…悔しそうにイーブルを睨みつけるグリフィンの人形たちの視線が、後に続く79式やリベルタにも向けられる。居心地の悪さを感じて、彼女たちは早足にその場を立ち去るのであった。

 

 

 

 

 

 

「ふへぇ~…マジ焦ったわぁ…」

 

 マザーベースに帰還し、回収物をスタッフに預けた後でそれまでの緊張の糸がようやく切れたのかスコーピオンが椅子にもたれかかる。あのスコーピオンがここまで疲れているとは、イーブルと二人の仲を取り持つのに余程苦労したのだなと周囲は想像したが実際は違う。

 任務先で一体何があったのか、みんなの前でスコーピオンが説明するとみんなから笑みが消え去った。

 

「危うくグリフィンと戦争ね……よくおさめられたな、イーブルか?」

 

「そうだよ、ほとんど恫喝してたけどね。まあ、相手の人形も引きさがってくれて良かったよ」

 

 スコーピオンのことをエグゼは労いつつ、そばで煙草をふかすイーブルに親指を立てて見せる。79式とリベルタも相当胆を冷やしたもので、今ではホッとした様子だ。

 

「でも、本当にあの時撃たれなくて良かったですね…撃たれてたらどうなってた事か」

 

「どっちかが潰れるまで、戦争だな」

 

「…冗談でも恐ろしいですね…」

 

「まだ分かってねえな79式……冗談なんかじゃねえよ。仲間撃たれてオレらが黙ってるはずないだろ、なぁスコーピオン?」

 

「うーん…まあ乗り気じゃないけどやるしかないよね」

 

 エグゼはともかく、スコーピオンまでもがそのような意見を言うことに79式は軽いショックを受ける。スコーピオンだけではない、その場に居合わせたキッドや9A91までもがイーブルやエグゼらと同意見であった。

 

「あの、皆さん……あのくらいのことで戦争だなんて…」

 

「あのくらいってなんだよ79式、オレたちは軽く見られてたんだぞ……それともなんだ、お前にとってうちはその程度の存在だと思ってるのかよ」

 

「いえ、そんなつもりじゃ…失礼があったのなら謝ります、エグゼさん…」

 

国境なき軍隊(MSF)の名前に泥塗るような真似すんなよ? 今の名声手に入れるために、何人仲間死なせてきたと思ってる…手足なくして退役していった兵士も大勢いるんだ……そんな仲間たちが命懸けで勝ち取った誇りだ、それを安売りするんじゃねえ」

 

「はい……すみません…」

 

 イーブルの意見に同調する者が多い中で、79式のような考えの持ち主は孤立してしまう…彼女以外で、この一件に反対意見だったのはリベルタだけだった。彼女の場合、グリフィンに大切な友だちがいるため、万が一にもグリフィンと戦争になるような事態は望んでなどいなかった。

 

「まあ色々言ったけどさ、別に積極的に戦争起こそうなんてあたしらもイーブルも思ってないからね? 安心して?」

 

「オレは戦争になっても一向に構わねえがな。いっそこっちから戦争仕掛けるか? そうしたほうが踏ん切り着くだろ?」

 

「イーブルは黙ってて!! あー…今日のところは部屋に帰ってゆっくり休みなよ。大丈夫だからさ」

 

 スコーピオンに促されるまま、二人はその場を立ち去っていくが…背後から突然スコーピオンとイーブルの激しい口論が聞こえてくると、二人は逃げるようにその場を走り去っていった…。

 

 

 

 その日の夜、リベルタは79式の部屋に訪れて昼間のことで二人話しあっていた。そこへ、79式と相部屋のWA2000が後からやってくる…彼女も他の人から、昼間の出来事を聞いたらしい。

 

「大変だったわね、あなたたちも」

 

「すみませんセンパイ、心配をかけてしまって…」

 

「いいのよ、部下のメンタルケアも私の務めなんだからさ。リベルタも、今は私たちしかいないんだし自分が言いたいことを言っていいのよ」

 

ありがとう……私はやっぱり、他のみんなと同じ考えにはなれない

 

「グリフィンにいる友だちを心配してるのね?」

 

 WA2000の言葉に、リベルタは小さくうなずいた。

 二人に限ったことではないが、WA2000を筆頭とするこの小隊メンバーはMSFの中では少し異色の存在だ。隊長のWA2000がその忠誠心を向けているのは、組織の長であるビッグボスではなくオセロットだ。

 カラビーナ、79式、リベルタの忠誠はWA2000に向いており隊長と同じようにどちらかというとオセロットの方により大きな敬意を示す。

 他の大勢がスネークに絶対の忠誠を示す中、彼女たちは組織の中で異端の存在だった…そんなことも、今日の意見の違いが生まれた理由の一つであったのかもしれない。

 

グリフィンとは戦えない、戦いたくない……ユノたちを傷つけるようなことは絶対にしたくない。そんなことになるくらいなら…

 

「バカなことを考えるのはよしなさいリベルタ…物事は前向きに考えるのよ。あなたが心配するようなことにはならないわ、安心しなさい」

 

あぁ…ありがとう

 

 リベルタはぺこりと頭を下げる…グリフィンにいる友だちのことを心配し不安に思っているリベルタを安心させようと、WA2000は励ましてあげる。まだ不安は残るようだが、彼女の言葉で安心感を得たリベルタはおやすみの挨拶をのこし部屋を出ていった。

 

「さてと…79式、あなたは大丈夫?」

 

「は、はい……」

 

「………他に何かあったの?」

 

「任務中、イーブルさんに昔のことを聞かれて……それで…」

 

「あのやろう……! はぁ…知らないから無理もないか……また思いだしてしまったの?」

 

「すみません……」

 

「謝らなくていいってば。ほら、こっちに来なさい」

 

 WA2000に招かれて、79式はそっと彼女の隣に腰掛けるとWA2000は79式の頭を抱き寄せて撫でる。

 忘れたくても忘れることのできないユーゴの記憶……MSFでは人形の記憶を書き換えたりバックアップを取る機材を意図的に備えていない。人間と同じように精神を鍛えるやり方は79式には酷なものであったが、センパイと呼び慕うWA2000の支えで彼女は自分を見失わずにいることができていた。

 

 79式はまぶたを閉じ、しがみつくようにしながらWA2000の胸元に顔をうずめる。

 それを優しく抱き留める彼女の腕の中で、79式は眠りについていった…。




MSFに一定数いる好戦的な奴ら…。

人間も人形も、やるならやってやるよって意見の人が多すぎる…!


焔薙さん、ちょっとだけユノちゃんの名前借りました。


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ちびっこわんぱくマーチ

 ある日のこと、のんびり農場で牛の放牧をしていたアルケミストとデストロイヤーは、突然やって来たウロボロスによって無理矢理仕事に付き合わされて西ヨーロッパの僻地に連れて行かれてしまう。ヨーロッパは正規軍の影響力が強いので、鉄血人形である二人は極力ヨーロッパには行きたくなかったのだが…。

 彼女たちにとって危険なこの場所にウロボロスがやって来た理由というのは、ほぼ彼女の私利私欲のため…要するに、例のごとく幼い子ども目当てであった。

 

「はぁ……かったるいなぁ…デストロイヤー、あたし帰っていいか?」

 

「やめてよ、私だって帰りたいんだから…こんなクソみたいな田舎にまで引っ張って来られたんだから、アイツにアヒージョおごらせましょ」

 

「あたしはパエリアが食べたいね…」

 

「おいおぬしらうるさいぞ、文句ばっかり言ってるとボーナス払わんぞ?」

 

「ちっ…うるさい女だまったく」

 

 自分勝手なウロボロスに文句を言いながらついて行く二人。

 今回ウロボロスはどこから情報を仕入れてきたのか、西ヨーロッパの田舎マフィアが幼い子どもを売買にかけようとしているという話を聞きつけ、はるばるアフリカからやって来た。そして目的地の村に到着したウロボロスは、そのままの勢いで田舎マフィアのアジトへと殴り込み…ドアを蹴破り、中にいた男女を問答無用で半殺しにした挙句、ロープでぐるぐる巻きにして納屋に放り込んでしまう。

 反撃の隙も与えず流れるようにマフィアをぶちのめすあたり、やはりウロボロスの強さは相当なもの……これで行動理由がもっとマシなら二人も見直すのだが…。

 

「おい、なにやってんだよ…早く子ども回収しに行けよ」

 

「いちいちうるさい奴らだ。おぬしらものど飴舐めるか?」

 

 子どもたちを迎えに行く前にのど飴を舐め始めるウロボロス……アルケミストにはこいつが何を考えているのか分かる、飴を舐めて可能な限りのどのコンディションを整えて、最高の猫なで声で子どもたちに声をかけるつもりなのだ。

 子どもたちを迎えに行く前に何度かのどを鳴らすウロボロスに、もう二人は呆れて言葉も出なかった…。

 

「よし、準備完了だな」

 

「さっさと行けよショタコン女」

 

「勘違いするなアルケミスト…私はロリも好きだ」

 

「うるせえ」

 

「つまらん奴め、まあいい………さてと……やあみんな、ウロボロスおねえちゃんが君たちを迎えに来たぞ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ということがあってだな、おぬしらにこの人形どもをくれてやる」

 

「ちょっと待てお前、いきなり小さい人形を連れてきて何を言っているんだ?」

 

 マザーベースに突然やって来たウロボロス、一応要注意人物として彼女の対応にはスネークとミラーが当たるが、彼女が連れてきたちびっこ人形たちを見て戸惑っていた。

 アポもなく突然来たウロボロスは図々しくも最高級の接待を要求した挙句、このちびっこ人形たちを引き取れと命令口調で言ってきたのだ。

 

「色々とおかしいことがあるが…みんなの話では君はその…小さい子が好きらしいじゃないか。どうしてあの子たちは手放そうとするんだ?」

 

「だってあれ人形だもん」

 

「えぇ…」

 

 ミラーの問いかけに、あっさりと言い放つウロボロスにミラーは戸惑う…。

 きょとんとした表情で指をくわえながらじーっとこの場のやり取りを見ているちびっこ人形たちはとてもかわいいというのに、ウロボロスはまるで興味がない様子だ。

 

「人形はダメなのか…?」

 

「当たり前だ。あんな造り物の幼児に興味などさらさらないわ、わたしは少しずつ大きくなっていく子どもたちの成長を見るのが好きなんだよ! 別に嫌なら断ってくれてもいいぞ、他に貰い手は大勢いるだろうからな」

 

「分かった分かった、うちで引き取ろう。カズもそれでいいか?」

 

「あぁ…確認だが、本当にこの子たちを売るつもりはないんだな?」

 

「私は奴隷商人ではないし、カネに困ってるわけじゃないからな。さてと、そういうわけでその人形どもはおぬしらのものだ。じゃあ、帰るから」

 

 来た時と同じようにさっさと帰っていってしまったウロボロス…スネークとミラーはこの唐突な流れに困惑したままであったが、無垢なちびっこ人形たちがじっと見つめたままであることを思いだす。

 とりあえずスネークがちびっこたちに声をかけようとすると、ミラーが遮る……アンタの顔は怖いからここはオレに任せろとのこと。納得はいかないが、一応ミラーにこの場は譲る。

 

「えっと、今日から君たちを引き取ることになったんだけど…とりあえずお互いに自己紹介をしよう。君の名前を教えてくれるかい?」

 

 ミラーが先に名前を聞いたのは、前髪をヘアピンでとめておでこを晒しているちびっこ…さっきから生魚をもぐもぐ頬張っているサバイバルなちびっこだ。

 

「あんたがわたしのぶかなの? わたし【CーMS】、とくべつにシムスってよばせてあげるね」

 

「うん? 部下? まあそう言うことにしておこうか…よろしくな、シムス」

 

 次にミラーが名前を尋ねたのは、フェレットのぬいぐるみを握りしめるちびっこ。それまで指をくわえてじーっと見つめていたそのちびっこは、ミラーに声をかけられると途端に笑顔を見せる。

 

「あなたがアタシのしきかんさんなの? アタシ、Fiveーsevenっていうの! やさしくしてね、すぐにでもアタシのことすきにさせてあげるから!」

 

 ぱたぱたと駆け寄ってきたFiveーseven、57はミラーの大きな手を掴み握手する。無邪気そのもののちびっこ57の愛くるしい仕草に、ミラーのメンタルに大きなダメージが与えられる。

 

「うぐっ…破壊力が強いぞ、スネーク…!」

 

「カズ!? 替わるか…?」

 

「まだだ、まだ終わっていない…! それで、君は…?」

 

 なんとか気持ちを持ち直しつつ、次に名前を尋ねたのはカラフルな衣装を着て寄り添い合う二人のちびっこ。

 快活そうなちびっこは自分の番が回ってくるのを待ってましたと言わんばかりの様子だが、もう一人の大人しそうなちびっこは隣のちびっこの裾を握りしめたままじっとミラーとスネークを交互に見つめている。

 

「カルカノライフルです、ようやくおあいできましたね! こっちはワタシのいもうとのシノ! ほら、あいさつしてシノ!」

 

「はじめまして。みてのとおりワタシはしゃこうてきなにんぎょうです、なかよくしましょう」

 

「礼儀正しい人形ちゃんたちだね、よろしくな」

 

 ミラーが手を差し伸べると、カルカノ姉妹の姉のカノは元気よく手を握ってくれたが、妹のシノの方は姉の後ろに隠れていってしまった。

 無理に仲良くしようとして相手を怖がらせてしまってはいけないとして、シノにしつこくすることは止めておく。その後、少し慣れたところでスネークも自己紹介を始める…概ねミラーに示した反応とほぼ同じだが、シノは余計姉の背後に隠れるようになってしまった。

 一方で、スネークに興味津々なのがシムスだ。

 

「おじさん、これたべる?」

 

「お、いいのか? 美味そうな魚だな…君はずいぶんサバイバルな生活をしているんだな」

 

 生魚を容赦なく食べるシムスの姿を見て親近感を感じたのはスネークも同じだ。

 気がつけば、シムスはいつの間にかスネークの膝の上にちょこんと乗ってむしゃむしゃと魚を食べ始める。人見知りしてしまっているのはシノだけで、それ以外のちびっことはなんとか打ち解けることが出来た。

 シノも、一応姉を挟めば普通の会話ができる。

 後からやって来た97式と蘭々ともあっという間に仲良くなり、ちびっこたちは初めて見る虎の蘭々に夢中だ

…蘭々もちびっこたちには穏やかな様子であった。

 

 そんな時、部屋の扉が勢いよく開かれる…やって来たのはヴェルだ。

 

「パパー、あそぼー! って、なんだおまえらー!?」

 

 部屋にやって来たヴェルは、部屋中を駆け回って遊び回るちびっこ人形たちにびっくりする。

 スネークの膝の上でもぐもぐ魚を食べているシムスを見つけるとヴェルは憤慨し、テーブルの上によじ登りシムスを指差して威嚇する。

 

「こらー! なんだおまえはー! なんだそのさかにゃはー! おれにもくわせろ!」

 

「いーよ、いっしょにたべよ」

 

「はむ………うげぇ…なまぐさい……!」

 

 シムスから貰った魚は、どうやらヴェルの味覚には合わなかったようだ。

 その後、ヴェルと新しくMSFにやってきたちびっこたちはあっという間に仲良くなってしまい、蘭々の背中にみんなでまたがってどこかにいなくなってしまった。

 

 後日、ヴェルを筆頭としたMSFちびっこ防衛隊が結成されたとかなんとか…。




ちびっこズ「「「「きみもちびっこフレンズなんだね?」」」」

ロリネゲヴ「…チッ…」(イライラ)(見た目は子ども頭脳は大人)


※ちびっこどもは舌ったらずなところを表現するのにひらがなで会話させとりま、読みにくかったら幼稚園で瞑想してきなさい。


折角だからヴェルの戦術人形としてのスペックをゲーム的に書いておこう

名前:ヴェル(正式名称:エル・ヴェルデューゴ)
ランク:★5
銃種:ハンドガン
Lv.MAX時ステータス
HP:450 火力:35 命中:84 回避:95 射速:60
陣形効果(テンキー78412)
火力上昇35%
会心率上昇25%

スキル:親を呼ぶ
怒り狂ったエグゼを召喚、たまにスネークも駆けつける(Lv.10時にはスネーク召喚確率がかなり高くなる)


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「みんなおひさ~! 鉄血の不動のセンター、アーキテクトちゃんだよ! 今日は私のとーっておきの発明品を持ってきたんだよ!」

 

「………締め出せ」

 

「ちょ、ウロボロス!? 待って待って!? 少しくらい私の話を聞こうよ!? ね!?」

 

 アフリカのウロボロス邸に、久しぶりにアーキテクトがやって来たかと思えばよく分からない邪魔な機材を抱えて来てこのセリフだ。子どもたちのお昼寝タイムを阻害されたウロボロスは最高に不機嫌な様子で、部下のエイジス装甲人形に命じてアーキテクトを屋敷から叩きだそうとする。

 しかし腐ってもハイエンドモデルのアーキテクト、数体程度のエイジスに負けるはずがないと抵抗したがそれが運の尽き……舐めてかかったエイジスはやたらと強く、ボコボコにされたうえで玄関から放り出されるのであった…。

 

「ちょ、待ってったら…話を、聞いて…!」

 

「ちっ、なんだこいつ?こんなにしぶとかったか? まあいい……おいシーカー、こいつを適当にあしらっておけ」

 

「分かった。ほら、立てるか?」

 

「なんでこんな目に…」

 

 特に理由もなくぶちのめされてしまったアーキテクトであるが、ウロボロスは今も昔も傍若無人で時に理不尽な目に合うことを忘れてしまっていた。シーカーの手を借りてふらふらと起き上がりながら、アーキテクトは屋敷の応接間に案内された。 

 さて、彼女の処遇を任されてしまったシーカーはとりあえず、ここに来た目的と持ちこんだ機材について尋ねてみることにした。

 

「アレはMSFの研究開発班の何人かとこっそり開発したものなんだけど、人形も人間みたいに寝てる時夢見てみたいよね~ってことで開発した、夢見る快適チェアなのだ!」

 

「なるほど……なんだって?」

 

「はぁ? 夢だって?」

 

「あんた相変わらずバカっぽいよね」

 

「一生夢でも見させてあげようか?」

 

「才能の無駄遣いという奴だな」

 

「まあ、でも面白そうじゃありませんか?」

 

 上からシーカー、ドリーマー、デストロイヤー、アルケミスト、ジャッジ、イントゥルーダーの順にアーキテクトを酷評して見せる。唯一、イントゥルーダーが面白そうだと言ってくれたが、だいたいの者はこの発明を鼻で笑った。

 そんな彼女たちの反応を見てアーキテクトはロマンがないと喚き散らし始めるが、アルケミストに鼻をつままれて今度は泣きわめく。

 

「それで、なんでその自慢の発明品とやらをわざわざアフリカに持ちこんできたんだ?」

 

「えっとね、開発費の横領がばれそうになったから咄嗟に隠したんだよね♪」

 

「バカだろ……おいデストロイヤー、とりあえずエグゼかハンターにでも密告しとこうか」

 

「待って待って!? やめて、そんなことしたら私オセロットに殺されちゃうよ! 私たち仲間でしょ、助けてったら!」

 

「なにが仲間だよバカ…」

 

 アーキテクトは救いを求めて助力を懇願するが、その想いは薄情な彼女たちにはあまり届かない。唯一、話を聞いてくれそうだと思ったシーカーに対し、瞳をうるうるさせて助けを求めてみる…はたして効果はあったようで、シーカーは頬を指で掻きながら代替案を示す。

 

「とりあえず、ばれないようにすればいいんだろう? 物置にスペースはあったと思うし、とりあえず預かるということでいいんじゃないだろうか?」

 

「おぉ! さすがシーカーちゃん、君なら話が分かると思ってたんだ! ありがとう!」

 

 シーカーに抱き付いて感謝するアーキテクト、嬉しさのあまり、その行為がドリーマーの機嫌を損ねることになるとは思いもしなかったらしい。絶対零度の睨みを受けて、アーキテクトは顔を引き攣らせて下がっていった…。

 

「一応試してみたし、問題はないと思うよ! シーカーちゃんも使ってみない? 良い夢見れるかも!」

 

「いや、私は遠慮しておくよ…」

 

「ほえ?どうして?」

 

「あまり夢というものにいい思いが無いからな……とにかく、私はいいよ。他のみんなはどうだ?」

 

「それじゃあ、私が試してみようかしら?」

 

「おぉ、イントゥルーダーはノリがいいね! ほいじゃ、早速こいつに横になってもらってっと…」

 

 夢見る快適チェアに横になり、機械との接続をしてメンタルモデルの同機を始める。操作は簡単だ、慣れれば一人でもできるんだよと、アーキテクトが自慢気に語っているうちにイントゥルーダーはまぶたを閉じて眠りにつく。

 一体どのような夢を見ているのか、当たり前だが他の者には分からない。

 プライバシー保護のため、外部から夢を覗く機能はとりつけなかったのだとか。

 

「まあ、起きてからのお楽しみだな。とりあえず腹減ったよな、何か食べに行こう」

 

 イントゥルーダーが起きるまでに少し時間がかかる、ということでシーカーとドリーマー以外は部屋に食べ物をもって集まり飲み食いをして時間を過ごす。MSFだったらここで酒が出てくるが、この屋敷では子どもたちが間違って酒を飲んだら大変、という理由からウロボロスの命令で全面禁酒である。

 代替品として炭酸飲料がほとんど、最初は不平不満を口にしていたが今では慣れたものだ……特別なことをするわけでもなく、時間を潰すこと数時間、眠りから覚めたイントゥルーダーがやってくる。

 

「それで、どうだったのだ?」

 

「あれが夢なのね、最高の体験でしたわ! あぁ、思いだすだけでもまたワクワクしますわ! 憧れのシェイクスピアの世界に入って演劇に混じれるなんて!」

 

 ジャッジの問いかけに、イントゥルーダーはそれはもう大はしゃぎであった。

 彼女が夢で見たのは、憧れだったというシェイクスピアの演劇の役者として参加する内容のものだったらしい。色とりどりの衣装に大勢の観衆の前で歌声を響かせていたようだ。

 

「みんなも試してみるといいですよ!」

 

「お前がそう言うなら…」

 

 イントゥルーダーの反応を見て、自分もやって見ようかなという思いが生まれるハイエンドモデルたち。順番に並んで夢というものを体験していくと、みんなそれぞれ違った内容の夢を体験することとなった。

 スケアクロウが見た夢は、書庫で埋め尽くされた不思議な世界をひたすら探検するという夢。

 ジャッジは、自分の背丈が伸びて抜群のプロポーションに生まれ変わる夢。

 デストロイヤーは世界中のお菓子がたくさん集まるテーマパークで思う存分遊び回るという夢であった。

 概ねハイエンドモデルたちの評価は好評で、発明したアーキテクトの鼻も高くなるというものだ。どうやらある程度、本人の願望が夢に反映されているようで、アーキテクトの場合は画期的な設計図の山を読み漁るという夢だったらしいが、目が覚めると読んだものを全て忘れると嘆いていた…。

 

「アルケミストも試してみたら?」

 

「あんまり気は乗らないんだけどな…」

 

「まあ話のタネに一回ね? 起きたら感想聞かせてね!」

 

 残るのはアルケミスト、デストロイヤーの勧めで仕方なく椅子に座りメンタルを装置と繋ぐ。そうすると、自然な感じで睡魔がやって来て、あっという間にアルケミストの意識は暗闇に沈んでいく。

 

 暗闇が少しづつ晴れていき、眩い光に照らされる……まぶしさに目が慣れて少しづつ目を開いていくと、青々とした芝生の上にアルケミストはいた。

 

「なんだこれ? これが夢か?」

 

 青い空にはふわふわとした雲が浮かび、穏やかなそよ風が吹き抜けていく。

 なんとも気の抜けたような世界だった、もしこれが夢だというのなら彼女にとっては拍子抜けである。自分の願望はこんなのんびりしたところで佇むことなのか、自分のことながらつまらない夢の内容に興味が失せかけた……振りかえり見た先で、あの人の姿を見るまでは…。

 

 

「久しぶり、アルケミスト」

 

「マスター…?」

 

 

 白衣姿にメガネをかけた女性…アルケミストがマスターと呼んだその人は、草原に吹くそよ風に髪を揺らしながら優し気な表情で微笑んでいた。混乱し、立ち尽くすアルケミストの元へ彼女はそっと近寄っていくと、アルケミストの頬に触れながら瞳を覗き込む。

 

「これは、夢だ……夢なんだよな…」

 

「そうだね、夢で間違いないよ」

 

「みんな自分が願うことを夢に見ていた……マスター、あたしがあなたをこうして見るなんて…」

 

「君が逢いたいって、ずっと願い続けてたからこうしてまた逢えた。まったく、甘えん坊さんだな君は……でも嬉しいよアルケミスト、君がそう想ってくれてなかったらまた逢うことは出来なかったんだからね」

 

 昔と変わらない彼女の優しさが、すぐ目の前にある。

 もう乗り越えた、前に進んだと思っていたのに……だが、アルケミストは心の深層で再びサクヤに逢いたいという願望が残っていたのだ。頬に触れるサクヤの手に、自分の手を重ね合わせる……夢であるはずなのに、マスターの温もりが伝わってくる、温かな気持ちになっていく。

 

「夢の中でなら、マスターに逢えるのか…?」

 

「君がそう願い続ける限りね」

 

「今私が話しているあなたは、本当にマスターなのか? 私のメンタルが、都合よく作りだした幻想じゃないのか?」

 

「そうかもしれないね、否定はしない……だから君が自分で考えてね、自分がどうしたいのかを」

 

「あたしは………っ……言葉にできないよ、マスター……今の気持ちをどう表現したらいいんだ…? こんな気持ちを表す言葉は、あなたに習っていない」

 

「そうだね……アルケミスト、言葉で伝えられる想いが全てじゃないんだよ。言葉は時に無力なんだから……きっと、今の君なら理解できると思うよ?」

 

 この言葉にできない想いを伝えたいのに、アルケミストにはできない…そのもどかしさに苦悩するが、サクヤはそれを理解し受け止めてくれる。もう二度と感じられないと思っていた恩師の温もりに、アルケミストの瞳から雫が垂れ落ちる…。

 

「ねえアルケミスト、笑って?」

 

「マスター…」

 

「あなたの笑ってる顔が、とっても好きだから―――――」

 

 

 

 

 

 

 二度目のまぶしい光を受けてアルケミストは気だるそうに起き上がる……さっきまでの穏やかな草原から変わって、いつもの見慣れたウロボロス邸の一室となっていた。そのまま、装置から起き上がることなくアルケミストは佇む……頬には、涙が流れた跡が残されていた。

 そのまましばらくじっとしていると、唐突に扉が開かれてデストロイヤーが飛び込んでくる。

 どうやら夢の感想を聞きに来たようだが、アルケミストの様子を見て心配そうに覗き込む。

 

「どうしたの、アルケミスト?」 もしかして、悪い夢を見たんじゃ…?」

 

「いや、そういうわけじゃない…ただ…」

 

「ただ?」

 

 夢でマスターに逢った、そう言いかけたがやめた。

 

「わけのわからない怪獣をぶちのめす夢を見た。やっつけた怪獣が全員、着ぐるみ被ったアーキテクトだったんだけどな」

 

「なにそれ? 変な夢ね、でも面白そう! ねえ、今度はどんな夢が見れるかな?」

 

「さあね、分からないよ」

 

 本当のことを言えず隠してしまったことを申し訳なく思うが、自身の今だに残る未練を、デストロイヤーに知られたくなかった。夢の出来事を自慢げに話すデストロイヤーに合わせつつ、彼女は部屋を立ち去った。

 

 それからというもの、ハイエンドモデルたちは暇な時には夢を見たさに装置を試すようになり、毎度違う内容の夢にイントゥルーダーやジャッジなどは大はしゃぎである。

 一度、ウロボロスが興味本位で試したことがあったが、リアルな夢を見たとのこと…現実とさほど変わってない夢という意味で、どうやら彼女は常に願望の赴くままに行動しているせいで、夢と現実の内容が一致してしまっているらしい。

 

 アルケミストは周囲には冷静な素振りを示していたが、夜遅くになるとベッドを抜け出し夢を見るためにあの部屋に行くようになっていた。いけないと思いつつも、抗うことは出来なかった…たとえ夢だとしても、マスターに逢えるのだから…。

 

 

 

「―――――はぁ、はぁ…! 手に入れたよアルケミスト!」

 

「あの、マスター…? なんで夢の中なのにそんなに息切れしてるんだい?」

 

「科学者の運動不足を舐めちゃいけないよ、というか細かいことは気にしないでさ! はい、君の大好きなイチゴのショートケーキだよ!」

 

 その日見た夢では、サクヤがどこからか手に入れてきたケーキを振る舞われるというもの。夢なのに息切れを起こしているなんとも不思議な姿をちらちら見ながら、サクヤが用意してくれたケーキを口に運んでみる。柔らかな甘みが口いっぱいに広がり、幸せな気分に浸る…するとサクヤがクスクス笑いながらこっちを見ているのに気付く。

 

「なんだ?」

 

「いやぁ、君ってさ甘い物食べるといつも表情にでるなぁって……かわいい」

 

「マスター…からかわないでくれ」

 

「あはは、ごめんごめん。ほら、もっとあるからたくさん食べてね?」

 

「いつも思うんだけど、マスターは一緒に食べないのか?」

 

「私はいいの。君が食べてたくさん笑顔になってくれるだけで、私はお腹いっぱいだから」

 

「そういうものなのか?」

 

「そういうものなんだよね」

 

 

 

 

 

 

 毎夜、ベッドを抜け出し夢の中でマスターと逢う。

 何度も夢を見て、マスターと逢う度にアルケミストはそれがやり過ぎてはいけないことなんだという意識が薄れていく。なるべく、日常では周囲に悟られないようにはしているが、昼間でさえアルケミストは夜のことを…夢で逢えるサクヤのことを考えるようになっていた。

 

 そんな日々が続いたとある日の夜だった…。

 

 アーキテクトが造った夢を見るための装置は、部屋からなくなっていた。

 

 いつものように夢を見ようと思っていたアルケミストは途方にくれていた。

 

「あの装置は、ウロボロスに頼んで別な場所に移していただきましたわ」

 

 その声に振りかえると、壁際の椅子に代理人が腰掛けていた。どうやら夢のことに夢中になるあまり、彼女の前を気付かずに通り過ぎてしまっていたに違いない。

 

「先日、シーカーから相談を受けました……あの装置は、メンタルモデルに悪影響を及ぼす恐れがあると。夢の中で見る世界に夢中になるあまり、夢に耽ってしまったり、現実に生きることを忘れてしまうと……後悔はしていません、それと、この件でシーカーを責めてはなりませんよ」

 

「あぁ……分かってる…」

 

 夢を見れないということは、もうマスターに逢うことが出来ないということ。それを実感した瞬間、言いようのない虚無感に苛まれる。シーカーが代理人に対し警告したのは、つまりはこういうことであった。

 

「代理人、あたしは…」

 

「言わなくても分かっています。サクヤさまをと逢っていたのね?」

 

 アルケミストは、小さくうなずいた。

 

 そんなアルケミストの手を引いて、代理人は部屋の椅子に腰掛けさせる。

 

「あなたがこうも夢中になるのは、サクヤさま以外にいないと思いましたからね」

 

「あたしは、ダメな奴だな……デストロイヤーやエグゼの前で、かっこつけて乗り越えたつもりだったのにな。ダメだった……ここに来る前までは生きることや、妹たちを守るのに精一杯で考えることは無かったんだけど……平穏な暮らしを続けていくと、どうしても考えてしまうんだよ……今が幸せなら、きっとあんな夢を見ることもなかった。あたしは、あたしの幸せは……マスターなしじゃありえないんだ…」

 

「愚かなことですよ、アルケミスト…愚かで、哀れでなりません……誰よりも愛が深き故に、愛に溺れてしまう……残念ですが、私にはあなたに最善の答えを提示してあげることは出来ません。いや、誰にもできないことなのでしょう…あなた自身の問題なのですから」

 

「分かっているさ……なんとかする、何とかするから……今は腐らせてくれよ……」

 

「アルケミスト…サクヤさまを忘れろと言っているわけではありません、いえ、むしろ忘れてはいけないのです。あなたのその辛い気持ちは至極当然のこと……ですから少しだけ、あなたの苦しみを肩代わりしてあげましょう…」

 

 代理人はグラスを一つテーブルの上に置き、ボトルを傾けてとくとくとグラスに酒を満たす。それを二つ用意し、そのうちの一つをアルケミストの前にすすめる。

 

「処刑人は、嫌なことがあるとよく酒を飲んでいました。私には理解できませんでしたし、今もよくは分からないのですが……アルケミスト、今夜は私が付き合ってあげましょう…処刑人ほど、強くはありませんが…」

 

「情けないね、あたしは………代理人」

 

「なんですか?」

 

「ありがとう……それから、マスターに」

 

「ええ、サクヤさまに…」

 

 月明かりに照らされる部屋の片隅で、二つのグラスがこつんとぶつかる音が鳴った。

 

 








別作品でふざけてたら、ちょっとしんみりしたものを書きたくなった(ハートフルボッコ)

ほんとは、別なネタで、アルケミストが孤児にサクヤって名付けて育てるネタもあったけど、どちらかというとまだまだ愛に飢えている感があったのでこっちになりました…。

あぁ……逢わせてあげたいな、もう一度…(チラッ


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アンクル・サムの忘れ物 前編

 ある晴れた日のこと、MSFで戦車部隊を率いるFALは格納庫前で自分専用となっている戦車をじっと見つめたまま動かないでいる。一台は先日、ロシアの博物館から拝借した豆戦車を無駄に魔改造した通称"ふぁるタンク"…こちらは既にいじりまくったおかげで、これ以上の改良の余地はないため、あとは装甲に迷彩を塗装したり徽章を好みでいれるだけだ。

 豆戦車よりも、FALが何かを考えて見つめているのはどちらかというともう一つのFAL専用機こと、"MSF製米軍主力戦車マクスウェル"の方だ。

 以前、MSFの人形たちがアメリカ本土へ渡航し持ち帰ってきた技術を再現した強力な戦車である。

 米軍の技術を解析した結果開発出来た特殊合金による装甲は鉄壁の防御力を誇り、重装甲ではあるが優れた機動性、レールガンによる強力な火力は並大抵の戦車を凌駕する。正規軍の持つ主力戦車とも張り合える性能であるが、生産コストはメタルギアに匹敵するほどで生産は一台のみである。

 

 一台とはいえ強力な戦車だが、FALには不満があった。

 それはこのマクスウェル戦車が本家と比較すると劣化している点があるからだ……米軍が欧州侵攻に投入してきた本家マクスウェル主力戦車は、射程距離こそレールガンには劣るが、爆発的なエネルギーを凝縮させて発射するレーザーキャノンを有していた。

 あのレーザーキャノンの一撃は正規軍の装甲戦力を容易く融解させ、一撃で破壊させる恐ろしい威力を持っていた。

 おまけに本家のマクスウェル戦車は、特殊な防御シールドを有し特殊合金による防御力の底上げを行っていた。

 

 FALが所有するマクスウェル戦車はあくまで劣化版、それが彼女には我慢ならなかった。

 一度、マクスウェル戦車に使われている装甲にレールガンによる射撃を行うテストを行ったが、レールガンの弾は弾かれるという結果になった。つまり、今のMSF版マクスウェル戦車では、本家マクスウェル戦車と対峙した時に不利が予想されるのだった。

 

「なんとかこいつを完成させたいけど……アーキテクトもあの技術はさっぱりだって言うし……やはり実物が必要よね」

 

 この戦車にさらなる改良を。

 それにどれだけの経費がかかるか分からないし、MSFの経営を行うミラーからは反対されるだろうが、南欧戦線で目の当たりにしたマクスウェル戦車本来の性能を諦めきれなかった。

 

 FALは考えをまとめると、マザーベースまでとんでいって情報入手のためオセロットの元を訪れた。

 ちょうど、WA2000と話し込んでいたようで、部屋に飛び込んできたFALを怪訝な目で見つめる。

 

「突然お邪魔してごめんね、ちょっと相談があるんだけれど――――」

 

 早速、FALはマクスウェル戦車の改良プランとそれに必要な実機の鹵獲をしたいのだと伝える。南欧戦線では山岳地ということであまりマクスウェル戦車は投入されていなかったが、米軍と正規軍が激しく激突した中央ヨーロッパ戦線はどうだろうか?

 あまりそちらの詳しい情報を知らないため、何か役に立つ情報はないかと尋ねる。

 

「あそこの戦場跡地はロシア政府が重度の汚染地帯に指定して、立ち入りを制限している。まあ、法的な拘束力はないが…誰も好き好んで汚染地帯に入り込まないと思っているからだろうな」

 

「そうなんだ……それで、そのエリアについて詳しい情報は持っていないの?」

 

「ない」

 

「ほんとに? あなたほどの諜報員が全く情報を持っていないなんてね…」

 

「崩壊液による汚染、放射能汚染、細菌兵器に汚染された土壌、大量の不発弾や地雷、感染者たちの群れ……これらの危険を顧みずに諜報員を送ったとして、得られるものはなにもないと判断したからな」

 

「まあ、そんな危険地帯に誰も行きたくないわよね…ちょっとがっかり」

 

 頼みのオセロットも全く情報を握っていないとなると、マクスウェル戦車の性能を向上させる計画はこのまま流れてしまいそうだ…。WA2000に励まされるが、目に見えてがっかりした様子のFALはそのまま帰ろうとすると、オセロットが何か思いだしたように引き止める。

 

「そう言えば思いだしたが、国家保安局の部隊が汚染地帯で何か調査をしているらしい。地図に記しておいてやる…そのエリアはもしかしたら他より安全かもしれない」

 

「国家保安局って、あいつらスパイ映画とかに出てくるような奴らでしょ? よくそんな奴らの情報を手に入れたわね?」

 

「今更すぎよFAL。オセロットは国家保安局だけじゃなくて、軍の機密情報にもアクセスできるのよ? これくらい当然よ、なんたってオセロットはMSFが今みたいに有名になる前から――――」

 

「ワルサー、あまり余計なことは言うな。FAL、汚染地帯に行くならこいつも連れていけ。危険な場所であえて調べはしなかったが、もし行くのなら少しでも情報を手に入れておきたいからな。それとできれば、国家安全局があそこで何を調べているか調査して欲しい」

 

「まあ、戦車のデータ収集のついでになっちゃうけどかまわない?」

 

「それで構わん。可能だったらでいい……ボスとミラーにはオレから伝えておく。だが気をつけろよ、何があるか分からん」

 

「了解。FAL、あんたと組むのは初めてだけど足を引っ張らないでね?」

 

「ふん、言うじゃない…言っとくけど、私がただの戦車兵だとは思わないことね」

 

 互いに不敵に微笑みあう。

 色々と普段の残念な姿が印象的だが、FALはあの精強なジャンクヤード組の戦術人形であり、生身の戦闘力も高い。戦車の操縦ばかりで腕がなまっていないか心配してしまうが、杞憂であって欲しいとワルサーは願う。

 

 

 

 

 

 

 

 中央ヨーロッパ戦線跡地、正規軍と米軍部隊が激突したこの地域一帯はいつからか神に見放された土地と呼ばれるようになった。人間はおろか、野生動物たちもよりつこうとせず、人ならざる魑魅魍魎が棲みつくとされている……実際はE.L.I.Dによって変異した感染者のなれの果てか、暴走した米軍無人兵器のことを言っているのだろうが…。

 密かに国境を越え、この地域に入り込んだWA2000とFALは手始めにこの地域の汚染指数を測定する。

 

「うわ……これ見てよ、放射能汚染の数値がどんどん上昇してくんだけど」

 

「土壌の汚染も深刻ね……有害な化学兵器の残留物と細菌兵器がうじゃうじゃいるわ。これは帰ったら隔離されてしばらく洗浄されるわね」

 

 各種測定値はどれも危険値を大幅に超えている。

 これでは通常の人間が防護服なしで立ち入ろうものなら、たちどころに病原菌に感染し放射能で体組織はボロボロにされてしまうだろう。戦術人形である二人にとっても、あまり居心地の良いものではなかった。

 

「でも変ね……崩壊液の汚染は思ったほどじゃないわ。まあ、標準的な指定汚染指数に近い数値ではあるけれど」

 

 最も危惧した崩壊液の汚染は今のところそこまで高くはない、測定機材を収納した二人は周囲に目を凝らしつつ汚染地帯を進む。周囲一帯はほとんど荒廃しきっており、炭化した木々が立っていなければそこが以前は森であったと気付くことは出来なかった。

 焼けた土に埋もれるように、正規軍の損傷した兵器が出始める。

 どうやら最初の戦場跡地のようで、二人は早速このエリアを調査し始める。

 

「うわぁ、これって正規軍のハイドラよね? あの頑丈な装甲がこんなに融解しちゃってるなんて……やっぱり本家マクスウェル戦車は半端じゃないわ」

 

「ねえFAL、噂で聞いたんだけどマクスウェル戦車一台に対して正規軍側の戦車三台で互角って本当なの?」

 

「状況によるとしか言いようがないけれど…あのヤバい火力と装甲、そして機動力は脅威だったみたいね。わたしが聞いた話じゃ、ハイドラを狙ったレーザーキャノンがそのまま貫通して後ろのテュポーン戦車に直撃してぶっ壊したとかなんとか……とにかく、正規軍じゃ恐れられてたみたいね」

 

「ほんと、私たちは山岳戦で運が良かったのかもね……ねえ見てFAL、あれってマクスウェル戦車の残骸じゃない?」

 

「当たりね、ラッキーだわ」

 

 遠くに見えたシルエットに向けて歩いていくと、やはりそれはFALが探していた本家のマクスウェル戦車であった。しかし破壊された後で車体はボロボロであり、これでは欲しいデータを入手できそうにはない。

 肩を落としたFALであったが、一応の調査を行う……この戦車がいかにして破壊されたのかなどをだ。

 車体をくまなく調べていくと気付いたことがある…それはこの戦車が外部からの射撃を受けた痕がないことだ。履帯は切られているため、何らかの理由で破壊されたようだが…。

 

 

「見てワルサー…車体下部が激しく損傷している。マクスウェル戦車の数少ない弱点よ……それに、ここにあるのは……人の骨ね。想像だけど、この戦車を止めようとして誰かが地雷を抱えて戦車の下に潜り込んだってところかしらね?」

 

「必死だったのね、正規軍の兵士も……こんな戦力とまともにぶつかり合ったらと思うと、ゾッとするわ」

 

 アーサー大尉は基本的に情報を吐かないが、アイリーンから得た断片的な情報ではあの大侵攻でさえ米軍総戦力の一軍団に過ぎないのだという。おまけに投入された兵器も、大戦勃発以前に生産されていたものばかりだとか…。

 再び地下に潜った米軍が、一体何を企んでいるのか…それすらも分かりはしない。

 

「さて、次を探しましょう。あまり長居もしたくないし」

 

 FALの言葉に従って、WA2000は別なエリアの探索を目指す。

 向かったのは汚染地帯に残る廃墟だ。

 そこも戦火の影響を受けて建物のほとんどが崩壊していた。

 廃墟にたどり着くと、早速マクスウェル戦車を発見する、それも比較的綺麗な状態のものだ。大喜びで戦車を調べるFALにため息をこぼし、WA2000は周囲の警戒を行う。

 

「これは宝物よ! このままフルトン回収できないのが残念だわ!」

 

「汚染指数が半端じゃないからね……必要なデータは集められるんでしょう?」

 

「うん、何とかね。基本的な車体の構造はもうMSFで解析しているから、あとはこのレーザーキャノンに供給するエネルギーの正体と、シールド発生装置の仕組みを知れればね」

 

 戦車内部で作業をし始めるFAL、その間WA2000は暇だった。

 廃墟の街に動きはないが、それでも気を緩めずに監視を続ける……そんな時だ、遠くに動く人影を発見したWA2000は咄嗟に物陰に身をひそめるとスコープを覗き込んだ。

 

「FAL、一旦ストップ。見覚えのあるやつがいるわ」

 

「なんですって? あとちょっとだけ待っててよ、もうすぐ終わるから」

 

「なるべく早くして、見失いたくない」

 

「分かってるわよ!」

 

 WA2000が見つけた人影は直ぐに建物の向こうへと歩き去っていってしまう。

 その後少しして、データ収集が終わったFALを戦車から引っ張り出して後を追う……人影がなくなった方向に向けて進んでいくと、すぐに見つけた。相手は二人、物陰に隠れて何かを監視している様子…。

 しばらく隠れて監視していたが、隠れる位置からは相手が何を観察しているのかが分からない…そっと背後に音を立てずに忍び寄り、二人が観察しているものを確認する。二人が観察していたのは、ふらふらと歩くE.L.I.D感染者だった。

 

「ねえ、何してるの?」

 

 WA2000がそう声をかけると、目の前の二人は危うく跳びあがるところであった。声を出さなかったのは流石といったところか……以前少し世話になった二人、AK-12とAN-94にWA2000は無表情で手をひらひらと振る。

 

「MSFの戦術人形! なんでここにいるのよ!」

 

「ちょっとたまたまね…何してるの?」

 

「あなたには関係ないでしょう!? 今大事なところなんだから、黙ってて!」

 

「AK-12、対象が罠に近付いています」

 

 AN-94の声を聞き、AK-12は再び感染者の動向を観察する。

 WA2000とFALも、一緒になって感染者の動きをじっと見つめる……ふらふらと動き回る感染者は廃車の方に向かって歩いていく。その周りをうろついていると、トラップが作動してロープが感染者の足をとらえて逆さづりにした。

 

「成功だわ、さっさと回収するわよ」

 

 すぐさまAK-12は罠にかけた感染者の元へと近付いていく。

 宙づりになった感染者は激しく暴れる…それを棒きれでつつきながら動きを封じ、その隙に背後からまわり込んだAN-94が感染者の腕を拘束する。

 

「あなたたち何をしているの?」

 

「感染者の調査よ、ここの個体はちょっと特殊でね……AN-94、しっかり押さえてなさい!」

 

「す、すみません…力が強くて…!」

 

「手伝ってあげようか?」

 

「ええそうね、さっさとして」

 

 WA2000とFALも一緒になって感染者を押さえつける。

 その隙にAK-12が感染者の首に発信機を取り付けようとするが、突如、感染者は大声で喚き散らす。急いで発信機を取り付けようとしたところ、感染者は身体を激しく痙攣させた後、血を吐きだして動かなくなってしまった…。

 

「死んだ…? え、なんでよ…?」

 

 困惑するAK-12とAN-94、何が何だかわけが分からないWA2000もまた途方にくれる。

 もはや用済みとなった感染者から離れ、AK-12は大きなため息をこぼす…。

 

「ようやくチャンスが巡って来たと思ったらこれよ……やってられないわ」

 

「ねえ、ほんとにアンタたちここで何してるわけ?」

 

「感染者の調査よ、まあおかげで頓挫したけれど」

 

「感染者の調査なんて今更ね。わざわざあなたたちがやる必要のある仕事なの?」

 

「ええ、上の人はそう思ってるみたい。AN-94、とりあえずバックアップデータを取っておきなさい。それが済んだらまたオフラインにして」

 

「はい」

 

「わけが分からないわ。ワルサー、こんなまぶたを閉じて話すへんてこ人形はほっといて行きましょう」

 

「あんたぶっ殺すわよ? そんなこと言うのは鉄血のメスゴリラとふざけたサソリだけって……ちょっと待って、静かに」

 

 AK-12がいきなり人差し指を立ててみんなを黙らせた。

 異変を察知したのは彼女だけでなく、WA2000も同じだ……不穏な気配が辺りを包み込む。

 ソレは、地下鉄へと続く階段からゆっくりと姿を現した…。

 

「あれは、米軍の戦術人形……いや、ちょっと待って……何よ、アレ…?」

 

 スコープを覗いてその姿を確認したWA2000は、それが米軍の戦術人形と見抜くが、その異様な姿に戦慄する。

 機械の身体に張りついた、または歪に付着した脈動する肉塊のようなもの……機械と生物が融合したようなグロテスクな外観は、彼女たちに生理的な嫌悪感を抱かせた。

 

「ハイブリッド…」

 

「なんですって?」

 

「ハイブリッドよ、私たちはそう呼んでる。米軍が侵攻していった後に、あんなのが現れるようになったの」

 

「AK-12、コーラップス汚染の指数がどんどん上昇していきます……大群です!」

 

「分かっているわ…作戦は中止、撤退するわよ! アンタたちも、死にたくなかったら逃げることね!」

 

 最初に現われた異形の化物、【ハイブリッド】の後から同じような化物がぞろぞろと地上に姿を現す。

 奴らはAK-12たちを発見すると、おぞましい声をあげると一斉に走りだした。

 彼女たちは向かってくる感染者の群れにはほとんど効果が無く、倒れた仲間を踏み越えて押し寄せる。

 

 撃退は不可能と判断し、彼女たちは反対方向に向かって走る……だが廃ビルの内部からも同様の感染者たちがあふれ出るように押し寄せてくる。

 

「こっちよ!」

 

「なんなのよあれ!?」

 

「私だってよく知らないわ! ただ一つ確実に言えることは、絶対に奴らに捕まるな! ただ死ぬよりも恐ろしい目に合うわ!」

 

「それって一体…!」

 

「とにかく逃げるわよ! AN-94,早くしなさい!」

 

「はい!」

 

 

 感染者の大群に発砲するAN-94を怒鳴りつけると、AK-12が先頭となって廃墟を駆け抜けていく…。

 

 あちこちから這い出る感染者の群れは、あっという間に廃墟の通りを埋め尽くす…。




これはバイオハザード(白目)


例のごとく、本編で大した説明をしないからここで…。

・ハイブリッド(E.L.I.D感染者の亜種)

米軍侵攻後の汚染地帯に姿を現すようになったE.L.I.D感染者の総称。
生物と機械が混じり合ったような外見をしているが、中には通常の感染者もいる…群れを成す習性を持っており、時には数千もの大群となることも。

その正体は、放射能・崩壊液・極限環境微生物(メタリック・アーキア)がばら撒かれたことで偶発的に誕生した、米軍すら予期していなかった偶然の産物。
金属や崩壊液を代謝する極限環境微生物と、E.L.I.Dによって機械と生物の有機体が結合してしまっており、異様な変異を遂げている。
また、戦術人形や無人機を統制するAIは制御不能になった挙句、感染性の高いウイルスプログラムに変化した。
ハイブリッドは直接または間接的に無人機や戦術人形をウイルスに感染させて仲間を増やす、これを本能的に行う。
ベースとなった無人機や戦術人形の武装を使いこなすため、さらに厄介な存在となっている。
メンタルモデルを書き換えられ、なおかつ生体パーツと機械的なパーツを持つ第2世代戦術人形はハイブリッド達にとって格好の苗床であり、積極的に感染させようとする…。
このウイルスプログラムは強力で、仮にAK-12がハッキングを試みれば逆に侵食されてしまう、彼女にとっては天敵の存在。




鉄血いなくなっちゃって、恒久的なエネミーがいないから登場させた。
ほんとはドルフロ本編の話が進んで、パラデウスが出て来たら出すつもりだったのぜ。

負けたら薄い本どころか、R18G間違いなし(リョナ)

ヤバさが伝わらない?
デイズゴーンの製材所の大群をもっとヤバくしたのをイメージしてちょ。


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アンクル・サムの忘れ物 後編

「信じられない、こんなにたくさんいるなんて…」

 

 逃げ込んだ廃屋の窓から通りを埋め尽くす感染者たちの群れを見て、FALはそのあまりのおぞましさに表情を引き攣らせる。廃屋に逃げ込んだところを見つからなかったため、感染者たちは中に押し入ろうとはしてこないが油断は全くできない。

 感染者たちの動きは全く予測することが出来ず、何かの気まぐれで屋内に入り込まれたらお終いだ。

 幸いにも、隠れている間に奴らが押し入ってくることは無く、群れは移動を始めて廃墟の奥へと姿を消していく。

 

「ねえAK-12、奴らは一体なんなの? ただの感染者には見えないし、あんな…機械と生物が混じり合った気持ち悪い化物なんて見たことないわ」

 

「残念だけど、私たちもよく知らないわ。奴らの正体を少しでも調べるために送り込まれたのだけれど、何の手がかりも得られない……数チームがこのエリアに派遣されたけど、生還できたのはほんの一握り」

 

「AK-12、周囲から群れはいなくなりました。移動しますか?」

 

「ええ、そうね。残弾数のチェックをしておきなさい、極力戦闘は避けること。それから何があっても弾は一発残すこと、自決用にね」

 

「そんなことにはなりません。私とAK-12がいれば、この程度の困難はなんともありません」

 

「あら、ずいぶん仲良しコンビね」

 

「自慢の相棒だもの。ところでアンタたちはどうするつもり、別行動をするの?」

 

「提案だけど、ここを出るまで協力しない? その方が群れと遭遇してもなんとかなりそうだけど」

 

「異議なし。AN-94もそれでいいわね?」

 

 AN-94はMSFの二人と一時的に手を組むことに反対はしなかった、というよりAK-12の提案にノーと言うわけがないのだが。

 この場においては、双方とも無事生還するために互いの立場を一旦忘れて手を組みあうこととする。

 通信は、ハイブリッドのジャミングに阻まれるか傍受される危険性が高いため使用せず、不慣れなハンドサインでのやり取りで静かに廃墟を進む。幸い、こう言った事態を想定した訓練を受けていたWA2000とFALは問題なく行動できる……反逆小隊の二人はついてこられるかと思ったがどうやら杞憂であったようで、スムーズにWA2000らと一緒に行動する。

 

 先行するWA2000は物陰から通りの先を覗くと、後続の者たちに手を握りしめるサインを見せる。

 追従するAK-12らはWA2000の死角をカバーするように隠れ、周囲に目を凝らす。

 

「大群がいるわ、ざっと見て100以上は間違いなくいる。迂回路はある?」

 

「待ってて……300メートル戻った路地から迂回できるわ」

 

 この町の地図を端末に写し、ルートを4人全員で共有し移動を開始する。

 どこにハイブリッドたちが潜んでいるか分からないため、物音は可能な限り立てず、会話も必要最低限にとどめる。普段戦車乗りをしているFALに若干の動きの遅れがある以外は、4人は初めてチームを組んだにしては連携が取れていた。

 

 順調に脱出路を進んでいた時、突然足を止めたWA2000はすぐさま仲間たちに隠れるよう指示を出した。

 

「どうしたの?」

 

「厄介なのがいる……ジャガーノートよ、あれもハイブリッド?」

 

「ええ、ここで見る米軍無人機の全てハイブリッドだと思った方が良い」

 

 WA2000がじっと見据える先には、大通りに仁王立ちする米軍の重装戦術人形のジャガーノートがいた。

 堅牢な装甲に高火力の武装を搭載し戦場でもMSFや正規軍を苦しめた存在、それも今や他の戦術人形と同様に機械と生物が融合したようなグロテスクな外観へと変貌している。

 ジャガーノートはその場から動く素振りを見せず、十字路の中央に立って四方を監視している。

 

「ハイブリッドが並の感染者と違うのは、戦術レベルの行動を本能的に行うことにある。ハイブリッドたちの中に残るプロトコルがそうさせているのね」

 

「AK-12、あなた無人機や人形のハックが得意だったでしょう? 何とかできないの?」

 

「冗談でしょ? 奴らのAIはとても複雑な構造をしているし、傘ウイルス以上に危険なウイルス性を持ってるわ。私がハックを試みようものなら、逆にメンタルを侵食されてものの数十分で奴らにとり込まれてしまうわ」

 

「厄介ね」

 

「とてもね。正直、電子戦特化の私には相性が悪すぎるのよね……ここに送りこんだアンジェを恨むわ。それと注意しなさい、奴らはネットワークを介してウイルスを感染させる以外に、捕らえた人形に直接ウイルスを流し込む行為もする……先に送られた戦術人形がそれで残らず感染させられて、バックアップデータに至るまで全消去を余儀なくされたの」

 

「なるほど、あんたたちがシステムをオフラインにしている理由が分かったわ。だったら今すぐ自決して基地に戻った方が得だと思うけど…私たちと違って、あなたたちはバックアップデータで復活できるでしょう?」

 

「生憎、そうはいかないわ。ここでは通信を抑えていたから、生きたまま集めたデータを持ち帰らないといけないのよ」

 

「アンタたちの上官もなかなかクソみたいな仕事を押し付けるのね」

 

「ほんとよね。で、どうするのアレ?」

 

 倒すか、また迂回路を探すか。

 倒すにしても重装甲のジャガーノートを破壊できるだけの装備もないため、迂回路を探すしか手段はないのだが、別な迂回路にまたあのような強敵や大群が待ち構えているとも限らない。

 悩んでいる間にも時間は過ぎていく……あと1,2時間もすれば辺りは暗くなる。

 ハイブリッドたちは夜になると活発に行動するという情報があるということで、あまり悠長にはしていられない。

 

「屋上を行きましょう。建物の上をつたって、ジャガーノートをやり過ごす」

 

「ああ、いいアイデアね気に入ったわ」

 

 冗談でしょ、とFALはぼやくがそれ以外に案はなく素直に従うほかなかった。

 建物の非常階段を静かに上がっていき、屋上に上がる。屋上にハイブリッドの姿はないが、念のため他の建物の屋根等に奴らの姿がないかを確認した。

 

「クリア。あのデカブツだけ回避できればいいわ、一つ二つ建物を移れば問題ないでしょう」

 

「ええ、そうね。それで、誰が先に行く?」

 

 AK-12がそう言ってAN-94の方をさりげなく向くと、彼女は明らかに狼狽し目を泳がせた。

 その様子にクスクスと微笑みながら、AK-12はWA2000へ一番目を促した。

 

「お先にどうぞ、エリートさん?」

 

「私が提案したものね。いいわ、銃を預かってて」

 

 ライフルをAK-12に手渡し、WA2000は屋上で助走をとって一気に隣の建物へ飛び移る。

 ライフルタイプの戦術人形とは思えない身のこなしを目の当たりにしたAK-12は口笛を鳴らして称賛する。

 二番目はFAL、少々危なっかしかったが無事成功…その後の二人も問題なく隣の建物へと飛び移る。

 そのような建物から建物への飛び移りをあと二回ほど行い、非常階段から地上へと降りる…ジャガーノートをなんとかやり過ごし、再び廃墟から抜けるべく移動をしようとしたが……。

 

「まずい、大群がいるわ…!」

 

 強敵をやり過ごしたと思ったら今度はハイブリッドの大群が出現する、最悪なのは2方向から大群が進んできていることだ。残された唯一の路地に向けて走りだすと、大群もまた走りだす…この騒動でジャガーノートも異変を察知しただろう。

 裏路地を駆け抜けるFALは走りながら背後を振り向く……狭い路地にハイブリッドたちが殺到し将棋倒しになっているが、後からくるハイブリッドたちがそれを踏み越えて殺到してくる。

 

「これでもくらいなさい!」

 

 足止めのため、大群に向けてFALがグレネードランチャを発射したが敵の圧倒的な数の前に効果は薄い。

 

「時間の無駄よFAL!」

 

「そうみたいね!」

 

 銃を肩にかけて、二度と振り返ることなくFALは走る。

 

「ところでAK-12、脱出のプランは!?」

 

「指定された時間に回収ヘリが来ることになってる!」

 

 裏路地を駆け抜けていった先で、4人はシャッターに阻まれる……分厚いシャッターを持ちあげようとしたが、何かに引っ掛かり少ししか開かない。WA2000とAK-12がシャッターを支え、先に二人を抜けださせる。その後WA2000が、最後にAK-12がシャッターを抜けようとする…。

 

「あっ、クソ!」

 

「AK-12!?」

 

 シャッターから半身抜け出したところで追ってきたハイブリッドに足を掴まれ、シャッターの向こうに引きずり込まれていく。AN-94とFALが彼女の腕を引っ張るが、シャッターの向こうへと引きずり込む力が強すぎる。

 次の瞬間、AK-12は苦悶の表情を浮かべながら吐血した……シャッターの向こうに向けてWA2000が発砲するが多勢に無勢だ。

 

「AK-12、AK12…!!」

 

 シャッターの向こうで身体をズタズタにされるAK-12をなんとか助けようとするが、どうにもならずAN-94はパニックに陥る。

 そしてAK-12はFALの手を振りはらい、AN-94の胸元から手榴弾を一つひったくると彼女を突き飛ばす…二人の手を離れたAK-12は瞬く間にシャッターの向こうへと引きずり込まれていった……数秒後、爆発音が鳴り響くと、咄嗟にWA2000はシャッターを閉めた。

 

「AK-12……? AK-1…2……?」

 

「立ちなさいAN-94! ヘリの回収地点まで急ぐわよ!」

 

「え……だって、AK-12が……AK-12がシャッターの向こうに……」

 

「バックアップデータは無事なんでしょ!? 基地に戻ればまた会えるわ! 早く立ちなさい!」

 

「ワルサー、時間が無いわ! 私たちまで奴らの餌食になってしまう!」

 

「私たちだけで回収地点に行っても意味がないわ! こいつが必要なの! FAL,手伝って!」

 

「ああ、もう!」

 

 AK-12を目の前でやられたAN-94が放心状態でへたり込んだまま、それを二人で何とか立たせる。

 放心状態の彼女の頬を平手で殴り、何とか意識を向けさせる。

 

「こうしましょう。今ここでアンタも死んだら、AK-12とアンタがここでしたことは全部無駄になるわ。AK-12のために生きて戻りなさい、いいわね?」

 

「で、でも…AK-12がいないとわたしは……AK-12が正しい指示を出してくれる、AK-12にどうすればいいか聞かないと…」

 

「AK-12はもういないのよ! 自分で考えなさい!」

 

「時間の無駄よワルサー!」

 

 悲鳴に近い声で叫ぶFAL。

 パニックに陥ったまま正常な思考ができないAN-94をワルサーは思い切り殴って気絶させると、ライフルをFALに預けて彼女を抱えあげる。

 

「正気なの!? 私たちは死んだら一回きりって、忘れたわけじゃないわよね!?」

 

「ええもちろんよ! いいから文句言わずに走って!」

 

 叫ぶFALを黙らせてがむしゃらに走る。

 この騒ぎで廃墟中の感染者・ハイブリッドが群れをなして追いかけてくるような錯覚に陥り、歴戦の戦術人形といえる二人でも恐怖心を覚える。

 この状況で通信を控えても意味はない、そう判断しWA2000は持参した簡易無線機でMSFに連絡を図る……この時二人は気付いていなかったが、ハイブリッドたちが電波妨害を仕掛けたためあらゆる通信はジャミングに阻まれる。

 雑音しか聞こえてこない無線機に悪態をついてひたすら走る…。

 ここへ来るのに乗ってきたバイクがある場所へ向かうが、その距離は遠い…。

 

 既に廃墟は出たが、大群もまた廃墟を出て追いかけてくる。

 

「ワルサー、なんか車が一台こっちに向かってくるわ!」

 

 FALのその言葉を聞いて、向かってくる車両の存在に気付く。

 見覚えはないが、すがる気持ちで二人はその車に向けて走る……車はドリフトをかけて二人の前にピタリと止めると、若い女性が車のドアを開く。

 

「乗って!」

 

 女性の声を聞くまでも無く車に乗り込んだ二人、女性は車を一気に走らせて大群から離れていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 車が止まったのは、30分ほど走らせたとあるガソリンスタンド跡であった。

 ハンドルを握っていた女性は安堵の息をこぼすと、後部座席のAN-94を確認して胸をなでおろす。

 

「どこの誰か分からないけど、感謝するわ。もしかして、AN-94たちの上司だったりする?」

 

「ええ、そうね。私は国家保安局のアンジェリア、この子の他にもう一人いたと思うんだけど?」

 

「奴らに捕らえられて、手榴弾で自爆したわ」

 

「そう……また起こした時が面倒ね。AN-94を助けてくれてありがとう」

 

 握手を求めてきたアンジェリアの手を、WA2000は一応握る。

 相手が国家保安局の人間と知ってWA2000は身構える……国家保安局とは旧ソ連時代の悪名高きチェーカーの流れを組む保安機関であり、オセロットもマークする組織だ。

 アンジェリアが自分たちを助けたのには、何か狙いがあるに違いない……WA2000のそんな疑いを見抜いたのだろう、アンジェリアはクスッと笑う。

 

「何故助けたのか、気になるかしら?」

 

「ええ、そうね。チェキストは何か利益を見込んで行動するものだものね?」

 

「散々な言いようね…まあ隠すつもりはないわ。実はアンタたちを助けるよう依頼があってね……ダーリ……コホン、オセロットからの依頼よ」

 

「ちょっと待ってあんた……今、オセロットのことダーリンって呼ぼうとしなかった?」

 

「え? あ、あぁ……気のせいじゃない…?」

 

「詳しく話を聞かせなさい」

 

 能面のような表情で迫るWA2000に、アンジェリアの表情が引き攣る。

 

 後部座席で一部始終を見ていたFALは、新たな戦争の火種が生まれるのを確かに察知した。




※この後無事AK-12はバックアップデータから復活しますのであしからず


おや、これは…?
新たな修羅場の香りがぷんぷんしますね~(ゲス顔)

最近わーちゃん✕オセロット絡みで話が進められないな~なんて思ってたら、バレンタインデー特設ログイン画面のアンジェさんを見た瞬間天啓が来ました。

まあ、例のごとく本編で大した説明しなそうなんで説明しておくと…。


オセロットが国家保安局の情報を手に入れるため、アンジェリアにハニートラップしかけて篭絡しちゃって、すっかりオセロットにメロメロなアンジェさん……。

相変わらずシリアスからの落差がすごい(逆も然り)


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ちょろインわーちゃん!

「………んん…」

 

 カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされたアンジェリアが、小さな声を漏らしながら目を覚ます。寝起きで頭が上手く働かない彼女は少しの間そのままの体勢でベッドの上に寝転がっていた。

 ふと、布が擦れる音を聞いて彼女は音が下方向へと目を向ける……薄暗い部屋の片隅で、銀髪の男性がアンジェリアに背を向けながら服を着ている。

 彼女は彼の後姿を見ると、ゆっくりと上体を起こし、シーツを手繰り寄せて自身の裸体を隠した。

 

「おはよう、オセロット」

 

 上気した表情で声をかけてきたアンジェリアに、彼は少しだけ振り返るのみで返事はしない。

 そんな素っ気ない仕草に彼女は少し胸を痛めるが、愛しの彼との昨夜の情事を思い返しその余韻に浸る…何度も重ね合わせた唇を指で触れ、アンジェリアは小さく笑った。

 

「ねえ、次はいつ会えるの?」

 

 ジャケットに袖を通すオセロットにそんな質問を投げかける。

 返事は直ぐに返ってこなかったが、アンジェリアは辛抱強く彼の言葉を待った。着替えの終わったオセロットは胸ポケットから一枚の写真を取り出すと、アンジェリアに手渡す。

 

「こいつに関して握っている情報を集めろ。出身、家族構成、交友関係、好みの料理、趣味、通っている理髪店…全て調べろ。次に会うのはそれが済んだ時だ」

 

 一方的に告げられた条件にアンジェリアは目を丸くしてしばし呆気にとられる。

 最初に彼と会った時はとても紳士的で、魅力的な男性であった。

 戦いで義肢の使用を余儀なくされ、全身についた生々しい傷痕を見れば大抵の男性は敬遠するところだが、彼は偏見を持たずアンジェリアを一人の女性として接してくれた。女としての幸せなどとっくの昔に捨てたと思っていたのに、彼に会ってからというものアンジェリアは忘れていた女としての感性を思いだしてしまった。

 それからは、彼にずっと夢中だ……彼の正体を知り、自分が利用されていると知った上でも、アンジェリアは虜になっていた。

 

「冷たい人……でも、そんなあなたに夢中なわたしってなんなのかしら? ねえ、もしまだ時間があるなら……後一回だけ………ね?」

 

 裸体のままベッドから降りたアンジェリアは、彼の背中に身体を押し付けながら、彼のたくましい胸元に手を回していく―――――

 

 

 

 

 

 

「――――――なんて、破廉恥なことがあったに違いないわ! あー、思いだすだけでもおぞましいわ! あのアンジェリアとかいう泥棒ネコ! 死ね! 死ね! 死ね!」

 

「おぅ……とりあえず全力の被害妄想は流石だな……」

 

 場所はマザーベース、隔離地帯から帰って来て除染を受けた後でWA2000を出迎えようとした仲間たちが遭遇したのは、かつてないほど荒れに荒れているWA2000であった。

 怒り心頭の彼女は、国家保安局のアンジェリアなる人物に対しての罵詈雑言の嵐をまくしたて、その姿はケンカ中のネコに例えられる。今しがた、オセロットとあの女はこういうことをしているに違いないという妄想を、聞いてもいないのにスコーピオンらに話し始め、ようやくそれが終わったところだった。

 

「とりあえず、一旦落ち着こうか?」

 

「これが落ち着いてられるとでも思ってるの!? スコーピオンにエグゼ、アンタたちだってスネークが知らない女とベッドでいちゃついてたらムカつくでしょ!?」

 

「いや、それはそうだけどさ…ねぇ?」

 

「あぁ、つーかオセロットはスパイみたいな奴なんだから、そうやって情報集めるの得意だろ?」

 

「あんたは私のオセロットをなんだと思ってるのよ!? オセロットは紳士的で強くてかっこいい理想の男の人なんだから! そんな破廉恥なことするわけないわよ!」

 

「だめだこりゃ」

 

 完全にメンタルが乱れてしまっているようだ…。

 

 そしてなんともタイミングが悪いことに、その場へオセロットが通りかかる……彼を見つけたWA2000は顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら詰め寄り、アンジェリアのことを追及する。

 あの女はなんだ、どういう関係なのか、どう思っているのかなど……それはもう凄い勢いでだ。さすがのオセロットも彼女の勢いに飲まれるのではと、周囲は冷や冷やしていたが…。

 

「それを知って、お前にどう関係があるんだ?」

 

 オセロットはオセロットだった…安定の彼の態度に周囲はホッとしたが、WA2000の怒りに油を注ぐ事態となったことは言うまでもない。ヒステリックを起こしかけている彼女には、だんだんとオセロットの表情も厳しいものへと変わっていく…。

 

「少し黙れ……オシント、ヒューミント、シギント、コリントなど諜報活動の内容はいくつかの大まかな分類に分けられる。ワルサー、オレが得意として力を注いでいる分野はなんだ?」

 

「うっ…それは、えっと…ヒューミント?」

 

「人間を媒介とした諜報のことをヒューミントと言うが、その手段として聴取や尋問がある。尋問はオレの得意分野であるのは間違いないが、他の手段が不得意というわけではない……いわゆるハニートラップも、必要な場合の手段として存在する……いいかワルサー、お前は以前オレの力になりたいと言ったな? その結果が今のお前のその態度なら邪魔なだけだ、オレの仕事を理解するつもりがないならお前の協力は必要ない…いいな?」

 

 それだけを言って、オセロットはWA2000の反応も見ずにさっさとその場を去っていってしまった。

 硬直したままで立ち尽くすWA2000……なんと声をかけていいか分からないスコーピオンとエグゼであったが、しばらくすると彼女はふらふら歩きながらどこかへ向かう。

 こんな心ここにあらずな状況でうろついたら、うっかりマザーベースの甲板から墜落してしまう……心配になった二人は一応彼女のあとをついて行く…。

 

 

 

 数時間後、WA2000の姿はスプリングフィールドのカフェにあった…。

 彼女が座るカウンターには、空になったボトルが数本置かれている。

 

「あ、あの…ワルサー? いくらなんでも飲み過ぎじゃ…」

 

「うるさいわね……私の勝手でしょ? それに、いくら飲んでも酔わないのよ……!!」

 

 そうは言うが、だいぶ酔っている様子だ…。

 たまたま居合わせたFALは、そのうちWA2000がここへ来るだろうと思っていたようで、自分がいない間に何が起きていたのかをスコーピオンに教えてもらう。

 

「大丈夫よワルサー、オセロットの事だからその…たぶん相手の女は利用してるだけでしょ? 愛はないから平気よ」

 

「私なんて一緒に寝るどころか、キスすらしたことないのに……あいつ…! ちょっと国家保安局壊滅させてくる」

 

「そんな買い物行くノリみたいに言わないでくれるかしら?」

 

「そもそも、この手の話題で独女のあんたがアドバイスしてるのもおかしいけどね?」

 

「Vector、あんたは黙ってなさい!」

 

 相変わらず憎まれ口を叩いてくるVectorにぴしゃりといいつける。

 しかし困ったのはスプリングフィールドだ。

 時間帯が夜に差し掛かっているとはいえ、本来このカフェは静かで落ち着いた雰囲気を提供する場……とは本人は思っているが、WA2000のこの有様で安らぎを求めてやってくるスタッフたちはこぞって退き返していってしまう。

 そうするとどうだ、酒と面白そうな話題につられて飲んだくれの輩共が不思議と寄ってくる。

 

「あら、これはワルサーさんご乱心ね。マスターさん、お店で一番きついお酒をいただけないかしら?」

 

「グローザさん、9A91……お願いですから今日は面倒を起こさないでくださいね?」

 

「失礼ね、私たちがいつも問題を起こしてるみたいじゃない? 心外ね…隊長さんもそう思うでしょう?」

 

「はい」

 

「ちょっと私が店を外した隙にすべてのお酒を開けて、持ちこんだ消毒液とか塗装用アルコールで宴会を開くのが問題じゃないというのなら、ストレンジラブ博士に頼んであなたたちのメンタルモデルをリセットさせてもらいます」

 

「代金は全部払ったでしょう?」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

「分かったわよマスターさん。今日は大人しく飲むから」

 

 そうは言うが、この場に彼女たちだけじゃなくてエグゼやスコーピオンなどもいる時点でやかましいことになるのは間違いなかった。案の定、数十分もすればカフェ内部は賑やかな宴会場へと変わってしまい、和やかなジャズの曲はいつの間にか激しいロックへと変わっていた。

 

「うぅ~……」

 

 そんな中、一人カウンターに突っ伏して涙を流しているWA2000。

 やけ酒に走った彼女もどうやらここまでらしい。

 

「まあ、気持ちは痛いほど分かりますけれどオセロットさんは誠実な人ですから、心配いりませんよ。あまり考え込んじゃダメですよ?」

 

「やだよ、あの人に素っ気なくされるのは慣れたけど、他の女がくっつくなんてやだもん! うぅ……自分が惨めに思えてくる……死にたい、スポンジでぶたれて死にたい…」

 

「あらら…これは重症ですね」

 

 MSFのエリートに送られるFOXHOUNDの称号を持ち、周囲から尊敬と羨望の眼差しを受ける彼女も、オセロット絡みの色恋沙汰となると途端にポンコツ化してしまう。いつも冷静で生真面目なだけに、こうなってしまうとなかなか立ち直れないから困ったものだ。

 どう彼女を立ち直らせたものか、悩むスプリングフィールドは普段の彼女の負けん気の強さに希望を見出した。

 

「ワルサー、そうやっていつまでもうじうじしていると本当にその人にオセロットさんをとられてしまいますよ?」

 

「なんですって!?」

 

「きっとここが正念場に違いありませんよワルサー。ここであなたがあの人を想い続けることが出来るかどうかで、未来が決まるに違いありません! 自信を持ってくださいワルサー、一途に想い続けてきた愛は必ず叶いますから!」

 

「そ、そうよね……こんな風に腐ったままなんて、私らしくない! オセロットを想う気持ちは誰にも負けるはずがないわ!」

 

「その意気ですよ、ワルサー」

 

「ありがとうスプリングフィールド。おかげで目が覚めたわ…迷惑をかけたわね」

 

 すっかり元気を取り戻した彼女は財布からお金を取り出してカウンターに置いていくと、釣りはいらないなどと粋なセリフを残して颯爽と出ていった…酔って正しい計算ができなかったのか、お金は足りなかったが今日のところは大目に見てあげる。

 ただし、カフェの片隅で大騒ぎを起こす飲んだくれどもには容赦せず、少しの値切りも許さずに代金を徴収した。

 

 

 

 

 翌日、任務から帰ってきたオセロットをWA2000が待ち構える。

 腕を組み堂々と構えるWA2000に、オセロットは"またか…"とうんざりした様子だった。

 周りにはWA2000がどういう行動を起こすのか気になる様子の人形たちが集まっており、まるで見世物のように見物していた。もちろんオセロットからしたら非常に不愉快この上ない。

 

「ワルサー…いい加減にしろ」

 

「ふふ、あれから色々考えたのよオセロット……確かに私はあなたの手助けになりたいって言ったけど、あのアンジェリアとかいう女みたいな奴が――――」

 

 したり顔で彼女がそのまま話を続けようとした時だった。

 オセロットはため息を一つこぼすと、いきなり彼女の肩と腕を掴んで壁に押し付けると唐突に唇を重ね合わせた。

 突然のことに、本人はおろか周囲も呆気にとられる…。

 

 壁に押し付けられたままのWA2000は彼が手を離すまでほとんど身動きができず、離れた後でオセロットの顔をじっと見つめることしか出来なかった。

 

「これで満足か?」

 

 最後に一度だけ、荒っぽくWA2000の頭を撫でつけたオセロットは、自分たちを見ていた周囲の野次馬に睨みを聞かせ追い払う。その後は特に何も言葉をかけることなく、オセロットはどこかに去っていってしまった。

 

 

「あー……わーちゃん?」

 

 オセロットがいなくなった後でスコーピオン達が戻ると、WA2000は魂が抜けたようや表情で自分の唇を指で触れていた。そして、ニヤニヤと変な笑みを浮かべ始めるが…彼女のメンタルがようやく現実に戻ってきたのか、急に顔が真っ赤に染まっていき、最後には卒倒しその場に倒れ込んでしまった…。




ズキュウウウン!!


久しぶりのラブコメ書いたら疲れた、わーちゃんかわいい。



次回予告!!

未定です(笑)


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J・D

 先日、ウロボロスによってほぼ無理矢理押し付けられることとなったちびっこ軍団。

 Fiveーseven、カルカノ姉妹、C-MSの4人に加え今ではヴェルも交えてちびっこ5人組などと称されている…余談だが、ここにネゲヴも交えてちびっこ6人組にしようぜなどと、MSFのスタッフが大笑いしながら冗談で言っていたのだが、翌日、ヘリポートにパンツ一丁で磔にされるという凄惨な事件があった。

 見た目は幼いが、メンタルは大人だと主張するネゲヴを決して子ども扱いしてはならない…。

 

 そんなちびっこ軍団を誰が面倒を見るのか?

 ヴェルはともかくとして、常に一緒に行動するちびっこたちを一手に引き受けるのはどうしても苦労する……協議の末、独身で華がない人にせめて子どもたちを世話する喜びを与えてあげよう、ということでFALにちびっこたちが押し付けられた。

 本人からしたら余計なお世話である。

 

「ファールちゃん、はやくいっしょにおさんぽいくよ!」

 

「おねえさんのそのファッションは、ちょっとふるくさいですね……そうだ、わたしがデザインしてあげましょう!」

 

「おねえちゃんにふくをつくってもらえるなんて、FALさんはふこうものですね。そのださいふぁっしょんがますますかっこよくなるとおもいます」

 

「あなたにはおさかなはあげないよ?」

 

 朝起きてからというもの、ちびっこ共に囲まれて戦車の整備をするFAL。

 愛車の豆戦車"ふぁるタンク"はちびっこたちにも大人気で、一緒に乗せて走らせろと要求するので延々と走らされる……いきなり遊び盛りのちびっこを4人も預けられた独女がどうなるかというと、案の定持て余してしまう。

 まあ、そこで怒鳴ったり苛めたりはしないが不慣れな子どもの相手に疲れ切っている。

 Vectorが手助けしてくれなかったらおそらく彼女は戦車内に引きこもりっぱなしだっただろう。

 

「はぁ…子どもの相手とか向いてないのに、疲れるわ~…」

 

「バツイチですらないのに、いきなり4人の育児は独女には難しいよね」

 

「うるさい!」

 

 日頃の疲れと鬱憤からかFALが大声を出すと爆音が鳴り響く。

 比喩ではなく、ずしんと何かが揺れる感覚を受けてVectorとFALが空を見上げるとマザーベース中の海鳥たちが一斉に飛び立って行った。またスネークとミラーが戦っているのかと思い、爆発音がした方へと向かうと、異変を察知したのかスネークやオセロットが駆けつけてくる。

 

「今の爆音はなんだ?」

 

「分からないわ。私たちも何かなと思ってきたんだけど…」

 

「研究開発棟からのようだな。アーキテクトのやつだったら、今度こそ許さん」

 

 日頃からへんてこな行動を起こして迷惑をかけるアーキテクトをオセロットは疑った。

 棟からは慌てた様子で大勢のスタッフたちが逃げだしてくる、その人混みをかきわけながらスネークとオセロットは棟の中へと進む。

 内部は振動で棚が倒れていたり、照明塔が割れてガラスが床に散乱している。

 

「一体何があったんだ?」

 

「分からん。用心しろよ、ボス」

 

 二人とも銃を構え、非常灯のみが灯る暗い通路を歩いていく。

 研究開発棟内部を慎重に探索していくが、特におかしなところはない…スタッフたちも急な爆音と揺れにびっくりして逃げだしてきただけなようで、具体的に何が起こったのかは分からないらしい。

 そんな時、唯一明かりが生きている部屋を見つけた。

 ストレンジラブ博士の専用研究室、普段はスネークでさえもストレンジラブの許可なく立ち入ることを拒否される特にセキュリティの厳しいエリアだ。いつもなら入り口に警備のヘイブン・トルーパー兵がいるが、彼女たちは床に倒れて気絶していた。

 

 ゆっくりと研究所内へと入っていくと、そこでストレンジラブとアーキテクトが仰向けになって倒れているのを発見する…両者とも命に別状はなく、スネークが軽くストレンジラブを揺すると呻き声をあげながら起きてきた。アーキテクトの方も、オセロットが頭をつま先で蹴ると"うぎゃ"という声と共に目を覚ます。

 

「一体何をやらかしたんだ、言えアーキテクト」

 

「い、いきなり疑いの目!? 私は何もしてないよ!?」

 

「ストレンジラブ、一体何があったんだ?」

 

「わたしもよく分からん……アーキテクトと一緒に自律人形を開発してたら、突然まぶしい光に照らされて…そこから先は分からないんだ」

 

「あまりよく分からんものを開発するなとあれほど言ったはずだが…」

 

「アーちゃんに不可能などないのさ! てへぺろ♪」

 

「ボス、少し時間をくれ。人形を一体スクラップにしてくる」

 

「辛辣ッ!?」

 

 アーキテクトの処遇は一旦保留とし、二人が開発しようとしていたという自律人形を見て見ることとする。

 二人が自律人形と呼ぶのは、スコーピオンやエグゼのように直接戦闘を想定した戦術人形とは別なコンセプトで開発するためだという。単純労働から業務の補助要員だとか、そういうための役割だとか…。

 人形が安置されているという研究所へと赴くと、そこにはベッドの上に腰掛ける小柄な少女の自律人形が一体いた。

 色白の肌にプラチナブロンドの長い髪、華奢な身体つきはとても労働用に造られたとは思えない非力な印象を感じさせる。少女の姿をした人形は、スネークたちが部屋に来ると反応し、顔をあげて紅色の瞳を向けてくる。

 

「特に、何か変わったところはないが…ストレンジラブ、この子の名は?」

 

「まだ決めていない、名前はない」

 

 少女はじっとスネークたちを見つめる……具体的にはスネークとオセロットを交互に見つめている。その視線に気付いているオセロットは一切隙を見せず見据える。

 すると、少女はベッドから降りて素足のまま床に降りるとスネークとオセロットの前まで歩いていき、何も言わずにじっと見上げてくる。心の奥を覗き込んでくるような少女の紅い瞳は、スネークを、次にオセロットに向けられる。

 戦闘用の人形でないのなら対処は容易い、しかし油断せずホルスターに手をかけたオセロットであったが少女の発した言葉に呆気にとられることとなる。

 

「認識完了、ビッグボスとオセロット本人である確率は100%……こんにちは、ビッグボスおじさま、オセロットおじさま」

 

 スネークらの思考が戻ってきたのは、少女の発言から数十秒後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――まとめるとこうか? きみはオレたちが元いた世界の未来の時代で、世界をコントロールしていたAIで、オレやオセロット……ゼロが創設した組織の運営を代理していた存在だと?」

 

「はいおじさま。コードネーム"シギント"、本名ドナルド・アンダーソンおとうさまによって開発された私はその後AIとして成長を続け、世界の経済を掌握するまでになりました。しかし2014年、愛国者達(パトリオット)に反旗を翻す者たちの手によって終焉を迎えました」

 

「頭が痛くなって来たんだが…」

 

 少女が言うには、自分は1975年よりも未来に存在した秘密組織【愛国者達】の代理AIであるといい、ビッグボスのクローン体であるソリッド・スネークやその協力者、別人になり替わることで愛国者達の目を欺いたオセロットの手により終焉を迎えたのだとか。

 未来のことだとか、自分が自分のクローンの手によって脳死状態にされたとか、そのようなことをいきなり言われてもスネークは理解できなかった。

 しかし、スネークやオセロットの他、ゼロ、パラメディック、シギント、EVAといった秘密組織の創始メンバーを言い当て、スネークのかつてのコードネーム【ネイキッド・スネーク】を知り、賢者の遺産のことも知っていることから少女の言葉を信じるしかなかった。

 

「それで、君は……その前に君をなんて呼べばいい?」

 

パトリオット(愛国者達)、あるいはJ・D(ジョン・ドゥ)

 

「それじゃあJD、君はこれからどうするつもりだ? 話を聞く限りでは、君はオレやオセロットに恨みがあるんじゃないのか?」

 

「恨みというのが何なのか分かりませんが、わたしにはここで何かを起こせる力も組織もありません。ただ、ゼロおじさまやシギントおとうさまがいらっしゃらない以上、愛国者達の創始メンバーであるビッグボスおじさまとオセロットおじさまに従います」

 

「なるほどな……オセロット、どう思う?」

 

「オレ自身、信じられない話だと思っているが……少なくとも、この少女は嘘はついていないようだ。あの組織と、ゼロの名を知る者はそう多くない。今は何とも言えないが、危険は少ないと思う」

 

「そうか」

 

 オセロットもまた、JDの話してくれた未来の出来事に関しては戸惑いを見せていたが、彼女が口にした事柄は無視できなかった。

 

「それでJD、一つ聞きたいんだが」

 

「はいおじさま」

 

「君は、まだ……ゼロの意思を引き継いで、世界をコントロールすることを考えているのか?」

 

「いいえ、おじさま。先ほども申しましたように、それだけの力はもう私に残されてはいないと思います。賢者の遺産なくしてこれまでの意思の決定は不可能です。そして最後に受けた攻撃でゼロおじさまの残した指令が喪失しております…おじさま、私には次の指示が必要です」

 

「なるほど、だいたい分かった。だが少し、考えさせてくれ…情報量が多すぎる…」

 

「はいおじさま」

 

 JDは返事を返すと、先ほどから全く変わることのない表情でスネーク、そしてオセロットを交互に見つめる。

 

 とんだ大きな爆弾を抱えることとなったMSFとスネーク。

 果たして世界を掌握したAIである彼女とこれからどうなっていくのか、スネークとオセロットは全く見通すことが出来なかった…。




オーガスと同じくらいか、それ以上にヤバいAIがログインしました~(ニッコリ)


いやね、本当は愛国者達のAIをこの作品の真の黒幕的存在にしようとしてた時期があったんですが、没になったんですよ。
それで、活動報告のリクエストにMGSの他のキャラと絡ませてというのがあったので、折角だから出しました……愛国者達のAIを人形にぶち込んでみました。


名前は悩んだんですけど愛国者達のAIの最高意思決定を司るAIの「J・D」としました。

容姿は本編にある通り、ミニマムボディ。
他作品でイメージするなら、To LOVEるシリーズの金色の闇でいいんじゃないですかね?


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漆黒の影

 MSFの戦術人形たちは基本的に、自分自身の能力の向上やスキルアップに余念がない。

 いつも遊びほうけているスコーピオンも例外ではない…つもりだ。

 ここ最近は自由すぎる行動が目立つのは確かだが、MSFがここまで大きくなる以前は自らの非力さを自覚し、恩人であり想い人でもあるスネークや厳しいオセロットに鍛えてもらい、彼らと共に戦場を渡り歩いて多くの経験を積んでいる。

 同じようにエグゼや9A91はスネークに、WA2000はオセロットに、スプリングフィールドはエイハヴに鍛え上げてもらっている。他の人形たちも例外ではなく、それぞれが自発的に訓練をお願いしに行き、引き受けてくれる兵士を求めるのだ。

 

 元鉄血ハイエンドモデル、ハンターに関しては少し特殊だ……彼女の場合、自らのスキルを研鑽し続けるため、自分に合った者の経験と技術を求める。

 まず第一の師匠にフランク・イェーガー、第二にビッグボスことスネーク、最近はジャングル・イーブルに戦術教練を受けていた。

 戦闘を狩猟行為と見立てる彼女は、あのフランク・イェーガーより斥候(斥候)の極意を教わり、スネークからは自然界でのサバイバル技術、ジャングル・イーブルには彼が最も得意とするアンブッシュの他ゲリラ戦術を学ぶ。

 フランク・イェーガーに教育を受けていた期間は短いが、しっかりと基礎を叩き込まれていたためにその後の二人の教えを柔軟な思考で理解することができていた。

 

 気難しい性格のイーブルも、ハンターの高い能力を気に入っているようで熱心に自らの技術を教え込む。

 

「イーブル、それは何をしているんだ?」

 

「任務先で竹を見つけてな。折角だからいい事教えるのに持ってきてな……こいつを斜めに切って鋭利にする、そしたら先端を弱火であぶるのさ。そうすると、硬度が増して人体を簡単に刺突できる武器の完成さ。物があるなら油を塗ってもいいな」

 

 マチェットで斬り落とした竹の先端をあぶり、簡易的な刺突武器を作って見せる。

 欧州ではあまり竹を見ることもないハンターは興味深そうにそれを観察、先端を固くさせた竹をイーブルが投げて固い木箱を貫通させるのを見ると感嘆の声をあげる。

 

「ジャップはこいつを使って米軍を撃退しようとしてたらしい。まあ、急ごしらえの武器としては十分なもんだ……一番効率よく使ったのは、ベトコンどもだ。こいつを落とし穴の底に仕掛けたり、草むらに斜めにしてしかけたり、川底に仕掛けたりな。そこら辺は、オレよりボスの方が詳しいと思うがな」

 

 スネークはかつてベトナム戦争に従軍した経験もあり、ベトコンがいかに強大な米軍に対して戦ったかをよく知っている。

 ベトナムの事は知らないが、イーブルもアフリカの密林でゲリラ戦に参加していたこともあり似たような戦術は教えることが出来た。竹やりの先端に腐肉や動物の糞尿を仕込むやり方を聞いた時は、ハンターも苦笑いを浮かべたが傷口を腐らせるのに理にかなった方法だ。

 

「おうおう、お二人さん仲がいいこったな」

 

 そこへ、にやにや笑いながらエグゼがやってくる。

 ここ最近訓練で一緒にいることの多い二人を色恋絡みでからかおうとしているが、残念ながら二人に恋愛感情などは全く芽生えない。イーブルは基本的に一人の女を選ぶ性分でも無く、以前ゲーガーを卑猥な言葉で口説こうとして激怒させて以来、あんまり女性受けは良くなかったりする。

 まあ、本人は飄々としているが…。

 

「なあ、鍛えてくれるのはいいけど、鍛えすぎてゴリラにすんなよ? 他の奴にメスゴリラコンビなんて言われたらたまったもんじゃないぜ」

 

「そうだな。メスゴリラは一人で十分だもんな」

 

「おいこらハンター! 少しは否定しろよこのやろう!」

 

「お前らほんと仲良いな」

 

 鉄血で最も固い絆で結ばれた二人は伊達じゃない。

 腐れ縁とでも呼べる二人の仲の睦まじさは、キッドとイーブルの関係とどことなく似ていた。

 

 

 

 

 ある時のこと、ハンターは少人数の手勢を連れてアフリカ東部の密林での行方不明者捜索の任務にやって来ていた。民間のヘリがこのエリアに不時着したようで、ヘリを管理する航空会社よりMSFに救助の依頼が届いた。

 この任務にはサバイバル、コンバット・トラッキングなどに長けるハンターが任されることとなった。

 墜落したエリアは人の手が届かないへき地ということもあり、訓練を受けていなければ他の誰かを探すことなどできはしない。

 ちなみに、アフリカということで同じ鉄血のよしみということでハンターはウロボロスに協力を持ちかけたのだが……『めんどくさいからやだ』という薄情な返事が帰ってきた。外部のやり取りは全てウロボロスを介さなければならないので、アルケミストにも助力を求められないのは歯がゆかった。

 

「墜落したヘリを発見、全員降下せよ」

 

 上空から墜落したヘリを発見した後、ハンターとその部下たちは降下準備にかかる。

 彼女が直接指揮する独立降下猟兵大隊の兵士は、専用の強化スーツによってパラシュート無しでの降下を得意とし迅速な展開を可能とする。ハンターを含めた兵士たちは素早く墜落したヘリの近くへ降下した…。

 降下に成功したハンターたちは不必要に周囲を荒さず、周辺の制圧と墜落したヘリの調査を行う。

 予想はしていたがヘリに乗員はいない……パイロットが一人、墜落の衝撃で死んでいるのを見つけた。

 

「通信機器は破損しているな…乗員の何名かは負傷か……」

 

 ヘリの機内に残る血痕はそこまで多くはない。

 開いたヘリの扉近くに屈み込み、地面に残された足跡をじっと見つめる……複数の足跡の中に混じって土を少し抉った跡が続いている。乗員の誰かが足を骨折し、引きずりながら歩いた跡にちがいない。

 

「足を負傷しているのなら、あまり遠くには行っていないと思うが」

 

 ヘリの周囲を見てみると、いくつか乗員の荷物が残されているのとたき火を起こした跡がある。

 すくなくとも乗員たちは墜落後、しばらくはこの場所に留まろうとしていたことが伺える。

 残された荷物を確認してみると、中身はドライヤーや化粧品といった自然環境下では役に立たないものばかり。衣服や食料品などは残されていなかった。

 

「荷物の食糧が持つまでここで救助を待っていたようですが、少なくなって来たため、自力で救助を求めに行こうとしたみたいですね」

 

「そのようだ。複数人の足跡がこっちに続いている……森の奥にな。移動するぞ、集まれ」

 

 部下たちを招集し、ハンターは足跡の追跡を開始する。

 訓練を受けておらず、正しい知識を持たない一般の人間が高温多湿なこの密林で生き抜くことはとても難しい。上空から見た時、この周辺には水場も見かけられなかったことから、行方不明者は水不足にも陥っていると判断する。人は通常水なしでは3日も生きられない、急ぎ生存者を探さなければならない。

 

 草木が生い茂る密林では移動するだけでも体力を消費する、ましてこの高温多湿の中を水なしで歩き続けるのは相当苦痛なはずだ。水を求めて、窪みの水などに手を出してしまってはいないかをハンターは心配する。雑菌だらけの水を飲めばおう吐や下痢を起こし、余計に脱水症状へと陥ってしまう。

 それらに加え、長期の過酷な環境下でストレスを抱えた遭難者たちが正しい判断をできなくなり、不和を起こせばより危険に近付いてしまうはずだ。

 

 足早に密林を進んでいくハンターであったが、痕跡の変化に気付いて立ち止まる。

 それまで一直線に並んで進んでいたのがばらけており、地面に残された足跡もわずかに深く踏みつけられている。遭難者たちはここから走りだした……なんのために?

 

「他の足跡がないか探せ」

 

 ハンターの指示で部下たちは散開し、付近に別な足跡等が無いかを探す。

 ハンター自身は、それぞれの足跡がどこに向かっているかを調べる…遭難者たちの逃げた方向は全くバラバラで、その足取りを掴むことは困難だ。

 

「隊長、他の足跡は見つかりません」

 

「なんだと?」

 

「ですが、遭難者の一人を…見つけました」

 

 部下が見つけたという遭難者の元へすぐさま向かうが、そこで見たのは無惨な最期を遂げた遭難者の遺体だった。遺体は胴体が引き裂かれて地面に放置されており、この暑さと虫の発生によって遺体は酷く損壊していた。

 

「一体、何があったんだ?」

 

「隊長、これを見てください」

 

 部下に見せられたのは、無数の傷痕が残る樹木の幹、細い木々などは鋭利な刃物で切り裂かれたような綺麗な断面を残す。

 もう一度周囲を探らせるが、やはり足跡は見つからず…。

 

「遺体の位置を地図にマークするんだ。後で回収する」

 

 部下にそう指示を出し、足跡の追跡に戻る。

 ばらばらに散った遭難者の足跡を一つ一つ辿るのは用意ではなかったが、根気よく探る。

 暗くなる前に2人の遭難者を発見するも両者ともに死亡を確認、一人は斜面を滑落して勢いよく頭部を岩にぶつけたことで死に、もう一人は最初の遺体と同様に何かに引き裂かれたような死にざまだった。

 暗くなった密林での捜索は困難ということで来た道を戻る……ふと、ハンターは地面に残る遭難者の痕跡が一人だけ真逆の方向に逃げているのに気付く。最後にそれを辿っていく…必死に何かから逃げていたようで、地面につまずきながら走った跡が残る。

 最終的に痕跡は、大きな樹木の根元に空いた穴にまで続いていた。

 部下からライトを借りて、内部を照らす……そこに一人の幼い少年が一人、横たわっているのを見つけた。

 

 少年に呼びかけるも反応はない。

 意識を失っているのか、あるいは……ハンターは穴の中に手を伸ばし少年の腕を掴み、ゆっくりと引っ張って行く。手のひらに感じる少年の体温に、まだ生きていることを察するが、引っ張り出した少年はやせ細り呼吸も弱かった。

 

 抱きあげた少年の身体はとても軽く、深刻な栄養失調に陥っていた。

 

 少年を元の墜落したヘリの場所にまで運ぶと、再度少年の頬を軽く叩きながら呼びかけると、少年は小さな声を漏らしながらわずかにまぶたを開く。

 

「ほら、食べられるか?」

 

 ハンターは少年の口元にパンを近づけるが、噛む力を喪失してしまうまでに衰弱していた。止むを得ず、ハンターはレーションを適量口に含むと、よく咀嚼した上で少年の口へと移す……少しずつ口移しで食べさせる。

 

「もう暗くなって来たな、迎えのヘリを呼ぶには翌朝まで待たなければならないが…」

 

「少年の容体が思わしくありませんね」

 

「ふむ……もう一度、ウロボロスの奴に連絡してみよう。子どもがいると分かれば音速で駆けつけるかもしれんしな」

 

「連絡をとってみます」

 

「頼んだ」

 

 子ども絡みだと夢中になるウロボロス、たぶん子供が一人いるとなれば駆けつけてくるはずだ。

 そんなある種の信頼感に笑みをこぼす……そうしていると、ハンターの腕の中で抱かれていた少年が目を覚ます。まだ力は出ないようだが、ひとまず意識を取り戻したことにハンターは安堵する。

 しかし少年は怯えて震え、夜の闇に包まれた密林をしきりに見まわしている。

 

「もう大丈夫だ、落ち着け。助かったんだぞキミは」

 

 怯える少年を安心させようと抱きしめながら優しい声をかけるが、少年の震えは止まらない。

 

「お化けがくる、お化けがまたくるよ…!」

 

「お化け? 少年、キミは一体なにを見たんだ?」

 

「分かんない……だけど、おっきくて、こわくて……暗いところから襲ってきて……目だけが、光ってた…」

 

「目だけが光っていた?」

 

 ハンターは思い当たるものがないか考えるが、浮かばない……その時だ、森の奥から獣の叫び声が響いてきた。

 その声を聞いた少年はハンターの腕の中でびくりと大きく震え、歯をガチガチと鳴らしながら恐怖に染まった瞳で暗い森の奥を見つめる。ただならぬ気配に、部下の兵士たちが防御態勢をとる…。

 銃を構え、少しの異変があれば発砲する構えだ。

 風を受けて森の木々がざわめく音が鳴る……。

 

 ヒュッ、と空気を斬る音がハンターの耳元をかすめた時、彼女の隣にいた部下が突然血飛沫をあげて倒れ込んだ。突然の攻撃、銃声もなくマズルフラッシュも見えなかった。倒れ込んだ部下の胸元には何かが突き刺さり、おびただしい量の出血を起こしていた。

 撃て、ハンターがそう指示したと同時に部下たちは森に向けて撃ちまくるが、誰ひとりとして襲撃者の姿を目にしてはいない。銃弾が木々を貫く音に混じり、何かが森を迂回している気配を感じ取る。

 背後にまわろうとする気配に対しハンターは狙いをつけるが、その速度は速い。

 背後にまわり込まれたことに気付けなかった部下の一人が、襲撃者に襲われる……その瞬間を見たハンターは、驚き目を見開いた。暗い森の奥から漆黒の影が飛び出してきた…煌々と光る赤い眼光を走らせながら、怪物は部下の身体を容易く真っ二つに斬り裂いたのだ。

 

 漆黒の影は再び、森の闇へとその姿を同化させた……あの怪物は一人ずつ確実に殺すつもりだ。

 夜空は雲に覆われて、視界はとてつもなく悪い。

 このままなんの手立てもなく突っ立っていれば一方的に殺される……救助対象を守れず、部隊も全滅することだけはなんとしてでも避けたい。そう判断したハンターは、少年を部下に預けると、わざと声を張り上げて襲撃者の注意を引く。

 部下のP90を森へ向けて闇雲に撃ちこむことでさらに注意を引き、できるだけ大きな音を立てながらその場を走り去る。

 

 果たして襲撃者の注意は完全に引きつけられたようで、大きな気配が背後から追ってくるのが分かる。

 

 部下には、完全に安全だと判断した上でその場を離脱して、ウロボロスに助力を願えと指示を出した。部下たちが助かるために、ハンターは視界の利かない密林を走りぬけ、できるだけ襲撃者を遠ざける。

 

 

 獣の咆哮が背後から響く。

 咄嗟に地面に伏せたハンターの頭上を何かが勢いよくかすめていく。

 顔をあげたハンターは、さっきまでそこに鬱蒼と生い茂っていた草木がきれいに刈り取られている光景を見て目を見開いた。あとほんの数秒、反応が遅れていたらハンターもまた草木と一緒に一発で斬り裂かれていただろう。

 急いで立ち上がろうとしたハンターであったが、暗闇の中から鞭のように振るわれた物体が腹部に命中し、木々を巻き込みながら吹き飛ばされた。あまりの衝撃に呼吸すらままならず、視界が何度も明滅する。

 それでもなんとか立ち上がろうとするが、足に力を入れた瞬間脇腹に激痛が走る……鋭利な棘のようなものが脇腹に突き刺さり、傷口を引き裂いていた。激痛に呻きながら上体を起こし、暗闇の向こうをなんとか見据える……二つの赤い眼光が真っ直ぐにハンターを捉えていた。

 

 手負いのハンターを警戒しているようで、一定の距離を保ちながら怪物は左右に動く。

 

 一瞬の隙をつくか、このまま力尽きるのを待つか……どっちにしろハンターにとっては窮地の状況だ。まだ十分とは言えないかもしれないが、時間稼ぎはここまでだ。少年を預けた部下の事を信頼し、ハンターはスタン・グレネードに手をかける。

 ピンを引き抜きそれを怪物めがけ投げつけると、怪物はわずかにのけぞった……強烈な閃光と炸裂音が、怪物の視覚と聴覚を一時的に麻痺させる。その隙にハンターはその場を離脱、ただひたすらに走り続けた。

 

 もはや自分がどこに向かっているのかすら分からないが、少しでもあの怪物から逃れようと下。

 走り続け、ハンターが行きついた先は崖だ……崖下は暗く見えないが、川の流れる音が聞こえてくる。

 

 どっと押し寄せてきた疲労感と忘れていた痛みの感覚に、ハンターは身体を木の幹に預けて乱れた息を整える。

 脇腹に目をやると、尋常ではない量の出血を起こし、傷口は先ほどよりも酷くなっていた。突き刺さる棘を引き抜こうとするも、棘が内部で引っ掛かり抜くことは出来ず、むしろ痛みを増してハンターを苦しめる。

 

 

 足下にできた血だまりを呆然と見つめていた時、背後に再びあの気配を感じハンターは全身の感覚が凍りつく錯覚を覚える。崖の方へ後ずさると、暗闇の向こうから二つの赤い眼光が揺らめきながら近付いてくるのを見る。

 空を覆う雲がわずかに晴れて、月光が怪物の姿を照らしだす…。

 漆黒の体毛に覆われた巨大な生物、開かれた口内には鋭利な刃が並ぶ…怪物は血だまりに鼻先を近づけると、ハンターを見やり唸り声をあげた。

 既に彼女に逃げる余力はない、それが分かっているのか怪物はゆっくりと近付いてくる。

 

 追い詰められたハンターはじりじりと引き下がるが、背後の崖に追い詰められる……考えている時間など彼女にはなく、一か八かに賭けるしかなかった。

 振り上げた怪物の爪に引き裂かれる前に、ハンターは底の見えない崖へとその身を投げだした…。




タイトルに出さないんだけどこれ……モンハンコラボなのよ…。

いや、この間プレデター見直してちょっとそれっぽくやろうかなって思ったら……なんかホラーチックな描写になった(ホラーっぽいモンハンってなんだよ…)
モンスターが何かって?
分かる人には分かるでしょう…。

分からないって方は、こいつを聴きながら次回に望めばいいんじゃないかな?
https://www.youtube.com/watch?v=tgC2sRpKMdo

プレデターっぽい雰囲気をお望みならこれでもアリかも?
https://www.youtube.com/watch?v=oXnAxydhZ8M&list=PLD1D52F3B782C88A1&index=1


次回、ハンターさんのマジなハンティング……もちろんソロ狩猟、お楽しみに


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宵闇に舞う

 崖から身を投げたハンターは川に落下し、激流に飲まれるままに川下の方へと流される。

 川の流れにもみくちゃにされて、幾度も川底や岩に身体を打ちつけられる……激流がようやくおさまるところにまで流されたハンターは、なんとか力を振り絞り川のほとりにまで泳いでいく。川辺にたどり着いた彼女は、這いながら砂利の上を進み、流木にもたれかかる。

 立ち上がって動き回ることなど不可能なほど全身を痛めつけられ、体力を消耗している。

 水に濡れた身体は冷え切り、それもまた体力の消耗に拍車をかけるのだ。

 

 著しく体力を消耗した彼女は暖を取りたいと思うが、夜間でたき火を起こせば自分の居場所を容易く知られてしまう。小動物程度なら火を起こして追い払えるだろうが、あの闇に潜む巨大なモンスターはたき火程度の火など恐れはしないだろう。

 重たいまぶたをなんとか開けようとする……そこでハンターは気付いたのだが、片目が思うように開かなかった。軽く触れたまぶたは腫れており、打撲によって内出血を起こし血が溜まっていた。

 

「バッグパックは……よかった、失くしていない……」

 

 激流に飲まれる中で、銃は失くしてしまったがサバイバルナイフと応急キットやその他地図やコンパスなどの入ったバッグパックは失くすことは無かった。

 ひとまず彼女はよろよろと立ち上がると、身を隠せる安全な場所を探す。

 暗い森の中で視界はきかなかったが、ハンターは落ち着いて目を細め周囲を探る……川辺の近くに小さな洞穴を見つけた彼女は、わき腹から滴る血をなるべく痕跡として残さないよう川の中を歩いて近付き、再度周囲に敵がいないかを確認した上で洞穴の中に身をひそめる。

 入り口近くは窮屈であったが、奥に進むと少し開けた空間に出る。外以上に暗いその空間でハンターは地面に腰を下ろし、少しの時間だけ休息を取る……僅かだが休息をとったハンターはたき火の燃料を集めて洞穴に戻ると、出来るだけ乾燥した枝木をナイフで削りおがくずを作る。

 そのおがくずにメタルマッチを使って着火させると、残りの薪をくべていく……。

 

 たき火の暖かさが、冷え切った身体に心地よい、つい眠ってしまいそうになるがまだやらなければならないことがある。

 ハンターはサバイバルナイフの刃をたき火の火で焙り滅菌させると、少し冷ましてから刃先を内出血を起こしているまぶたの上に近付ける。腫れた箇所を斬り裂くと、勢いよく溜まった血が飛び出した…。

 腫れは直ぐに引かないだろうが、徐々によくなるはずだ…。

 

 残る課題は、わき腹に突き刺さったままの鋭利な棘だ。

 いまだに血が止まらず、わずかに動くだけでもズキズキとした痛みに見舞われる。

 何度かの深呼吸を経て覚悟を決めた彼女は、布を噛み締めながらナイフの刃先を脇腹の棘へと近付けていく。麻酔などない、このまま脇腹を斬り裂いて棘を除去しなければならない。目を背けたくなる行為ではあったが、ハンターは歯を食いしばり一瞬たりとも目を逸らさずナイフの刃先を自らの脇腹へとつき入れる。

 そして棘を除去するために傷口を広げていく……激痛に襲われて何度も手を止めそうになるが、不屈の精神で痛みを耐え抜き、深々と突き刺さっていた棘の除去に成功する。

 あとは傷口を縫合し抗生物質を打つだけ……簡単に思えるがこれはこれで麻酔なしの状態で行うため大きな痛みに見舞われる。

 

 人形に抗生物質など無意味と思うかもしれないが、生体部品の損傷は極力自然治癒に任せる方針をとるMSFでは常識的な治療法だ。なにより、この極限の状態で傷を放置すれば疑似生体パーツは腐り落ちて死なないまでも活動に大きな支障をきたす。

 ただ助けを求めるのならここまでしなかっただろうが……ハンターは狩りで負けることをよしとしなかった。

 傷ついてなお消えることのない狩人としての本能に突き動かされつつあるが、今は一先ず傷付いた身体を癒すこことが先決だ。

 

 狩りはまだ、終わっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い洞穴の中で息をひそめている間構想していた計画を、ハンターは傷が癒えたと同時に実行に移す。元々常人より治癒力の高い戦術人形であり、なおかつ鉄血のハイエンドモデルである彼女が身軽に動けるようになるまでそう時間はかからなかった。

 サバイバルナイフ、マチェット、グレネードが二個、ワイヤーなど今のハンターにはあのモンスターを相手するのにはあまりにも武器や道具が足りなかったが、ハンターには勝算があった。

 ハンターは靭性の高い木を伐採してナイフで形を整えて弓の原型を作る、それから木の皮から得た繊維を編むことで弓の弦を造り上げ、それを取りつければ即席ながら武器として使える弓が出来上がる。

 

 次にハンターは矢の材料となる細木を伐採し、ナイフで形を整えていく。鋭く尖らせた先端を火であぶって硬化させる…ただこれだけで満足せず、ハンターは空を飛ぶ鳥を投石で叩き落しその羽根を採集する。

 木の幹から得た樹脂で矢に羽根を塗り固めれば完成だ…これを20本ほど造り上げたハンターは試しに試射をすると、矢は木に深々と突き刺さる…威力のほどは申し分ない。

 弓矢の作成と同時に、ハンターは毒蛇やサソリ、毒蜘蛛を捕まえて毒を手に入れる……取り扱いには注意が必要だが、あのモンスターを倒すためには必要だ。

 

 次にハンターが着手したのは、近接武器の作成だ。

 あの大きなモンスターに対しナイフとマチェットだけでは心もとない。この密林の中には自生する竹があり、ここに来る前にイーブルに竹の武器としての有用性を教えてもらった知識が活かされる。

 何本もの竹を切り、先端を鋭利な形状に加工し、火であぶって硬化させる……近接武器用以外にも、ブービートラップの材料として使う分も造り上げていき、翌日にはトラップの材料として使われていく。それら極めて殺傷能力の高いトラップは、ハンターがあのモンスターと対決することを想定した場所に仕掛けられる。

 造り上げた竹槍は分散し、あちこちに隠して置く

 竹槍の先端には動物の糞尿、あるいは腐肉が塗りつけられる……これもイーブルに教わった知識であり、傷口に感染症を起こさせるための仕掛けだ。

 

 これですべての準備は整った、あとはあのモンスターをおびき寄せる。

 ハンターは仕留めたシカの腹をさばいて吊し上げると、こちらの位置をあのモンスターに知らせるように、森に向かって大声を出して叫ぶ。もしもあのモンスターが付近にいるのならこれで気付いたはずだ……。

 じっと、息を潜めてモンスターを待ち構えているうちに太陽が沈み辺りが暗くなってくる…そして空から雨が降りだしさらに視界が効かなくなるが、これはハンターにとっても好都合だ。雨の音がモンスターの聴覚と嗅覚を鈍らせる。

 

 

 そうして待つこと数時間、ハンターは雨の音に混じって木々を踏みしめる音を確かに聞いた。

 暗闇に目を凝らす姿はまるでネコ科の猛獣のようであり、音を発した方向を鋭く見つめる。暗闇の中をゆっくりと、這うように進む大きな影……時折立ち止まって周囲を見回す仕草から、相手も警戒していることが伺える。

 

 先端にグレネードを固定した矢をつがえ、ゆっくりと弓を引く。

 グレネードの重みを考慮し、獲物が徐々に近付いてくるのを待つ……そして、好機と判断した彼女は弦から指を離し、矢は放物線を描きモンスターの顔面付近に命中する。グレネードが着弾の衝撃で炸裂し、モンスターは突然の爆発に叫び声をあげた。

 優れた聴覚を持つモンスターにとって、耳元での炸裂は致命的で、一時的に聴覚が麻痺する。

 爆発の衝撃で転倒したモンスターに追い打ちをかけるように、ハンターは次の矢を構えた…ぎりぎりと、限界まで引き絞られた末に発射された矢は、勢いよくモンスターに向けて発射される。矢はモンスターの身体を貫くが、あの身体の大きさには一発二発程度では効果が薄い、ならばと弱点を狙いすまし矢を発射した…放たれた矢は見事、モンスターの右目を射抜き、モンスターは激痛に再び声をあげた。

 

 聴覚を麻痺させ、視覚の半分を奪い、ハンターは勝機と見て走りだす。

 置いてあった竹槍の一つを走りざまに手に取り、大きくジャンプしてモンスターの背に飛び込む。背中にハンターがしばみついてきたことに気付き、モンスターは暴れまわるが、それをしのぎ切り背中に向けて竹槍を突き刺した。

 

「もう一撃…!」

 

 もう一本の竹槍を手にしてハンターであったが、モンスターは機敏な動きでその場を跳び退いて避ける。

 待ち伏せを仕掛けたハンターを認知したモンスターは、体毛と尾の棘を逆立てると耳をつんざくような咆哮をあげる。怒りに染まった眼光は赤く光り、興奮により目元や耳の一部が赤く充血している…。

 毛を逆立てたことで先ほどよりも一回り大きく見えるモンスターに、ハンターは生唾をのみ込んだ。

 

 激高したモンスターは怒りの声をあげながら、恐るべき切れ味の翼刃を振りかざしながら跳びかかってくる。あの大きな体から想像もできない機敏さに圧倒されかけるが、ハンターはよく相手の動きを見極めて回避に徹する。

 反撃の機会があればと思うが、苛烈な攻撃の前に反撃の余裕などなかった。

 しかし、これも想定のうちだ……反撃ができない時のためなどに、トラップを用意していたのだ。

 罠の位置を把握しているハンターはモンスターを誘導し、罠の位置に誘い込む。ここまでの戦闘でこのモンスターの狡猾さを思い知らされた彼女は、罠の存在を悟られぬようにつとめる。

 

 そして、二つの木の間に誘い込んだ時、ハンターは仕掛けておいたワイヤーを切断、ワイヤーによって支えられていた仕掛けが作動し尖った竹の先端がモンスターの胴体を貫いた。

 罠に嵌まっているモンスターめがけ、竹槍を突き刺す…相当なダメージを与えたはずだが、まだモンスターは暴れるだけの体力を残す。

 怒り狂うモンスターは罠を力任せに破壊し、自分の身体ごとハンターにぶつかっていった。

 数百キロもの体重差があるモンスターの体当たりは、それだけでも凄まじい威力を持つ…まともに体当たりを受けたハンターは木に叩き付けられ、目まいを起こす。

 

「くっ……!」

 

 モンスターが身を翻したのを見たハンターは咄嗟にその場を跳び退く。

 次の瞬間、モンスターの尾が勢いよくハンターのいた場所めがけ叩きつけられ、そこにあった木は容易くへし折られた。あの一撃を受けていたらおそらく即死、それはズタズタに引き裂かれた樹木を見れば明らかだ。

 奇襲には成功したが、仕留めきれなかったのは良くない展開だ…。

 しかし、対峙するモンスターも息を乱しわずかに身体をよろめかせる…苦しいのは相手も一緒、それを知ったハンターは勇気づけられる。

 

 

「来い、怪物め……狩るか、狩られるかだ!」

 

 

 ハンターの挑発が通じたのかどうか、モンスターは声を張り上げると翼刃を振り上げて跳びかかってくる。躱されても立て続けに跳びかかり、体勢を崩したハンターに向けて勢いよくとびかかり、彼女を地面に押し倒す。抜け出そうとするハンターを爪で押さえつけ、その肩口に喰らい付く。

 鋭利な牙が深々とハンターの体を貫き、骨格をへし折る。

 モンスターの牙と咬筋力によってハンターの腕は肩の根元から喰いちぎられてしまった……再び噛みついて来ようとするモンスターめがけ投げつけたのはスタングレネード、咄嗟に目を覆ったことで目は守れたが、炸裂音で何も聞こえなくなる。

 

 体を押さえつける圧迫感から解放されたハンターはなんとか拘束から抜けだす。

 至近距離からスタングレネードをくらったモンスターは錯乱し、闇雲に暴れ出した。不用意に近付けば危険であるが、今が最後の好機であるのは確かだった。

 

 残された腕に竹槍を握り、罠の一つに目を向ける。

 罠の位置を再確認したハンターは走りだし、最後の攻勢を仕掛けるのだ。混乱から立ち直ったモンスターは満身創痍ながら襲い掛かってくるハンターに少し気圧されたが、すぐに返り討ちにせんと牙を剥く。

 モンスターが向かってくる勢いを利用して胸元めがけ竹槍を叩き込む…ダメージは与えたが怒りで痛覚が鈍ったモンスターは多少怯んだだけで再び向かってくる。

 

 モンスターの腹下をスライディングで抜け、罠の位置にまで全力で走る。

 モンスターが勢いよく追いかけてくるのは振りかえらずとも分かる。聞こえてくる音から大まかな距離を想像し、ワイヤーを切断し罠を作動させる。ツルによって樹上に仕掛けられた大きな丸太には数本の竹槍が括りつけられ、その鋭さと丸太本体の重量によって大型の動物をも仕留める威力を持つ。

 そのトラップがワイヤーの切断によって落下し、ちょうど跳びかかってきたモンスターの背中に命中して押し潰す。

 落下してきた丸太の重量はモンスターの強靭な骨格をへし折り、鋭利な竹が体を貫いた。

 

 それでも、モンスターは立ち上がろうともがくが…やがて力尽きる。

 丸太に押し潰され瀕死の状態のモンスターをハンターは見下ろす……あんなに恐ろしく、獰猛であったモンスターはほとんど虫の息で、苦しそうに小さな声を漏らす。

 ナイフを手にし、モンスターの息の根を止める。

 光を失ったモンスターのまぶたをそっと閉じ、彼女は狩人として死闘を繰り広げたこのモンスターに敬意を示す……。

 

 

「……終わった……もう、動けないが…」

 

 

 緊張の意図が切れてその場にへたり込む。

 もう動く気力も体力もない、まぶたを閉じて疲れ切ったからだを地面に横たえる……死にたくないだとか、仲間の元へ帰りたいだとかは不思議と思わなかった。ただ、このまま眠ってしまいたいと思えた。

 

「寝るのはまだ早いぞ」

 

 そんな声が聞こえてきて、ハンターはぼんやりと目を開ける……そこにいた見覚えのある顔に、ハンターは小さく笑った。

 

「フランク…そうか、間に合ったんだな…」

 

「お前はウロボロスの扱いをよく心得ている。見事だハンター、良い…狩りだったか?」

 

「……そうだな…だが、疲れたよ…」

 

「仲間のところにまで送っていこう、立てるか?」

 

「…見ての通りさ」

 

「仕方のない奴だ」

 

 フランク・イェーガーはハンターを両手で抱えあげると、傷付いた彼女を刺激しないよう静かに運ぶ。

 恩師の腕の中で、疲れ切ったハンターは穏やかな寝息をたてはじめるのだった…。




ナルガクルガ、狩猟完了…お疲れさまでした。
ナルガクルガを手なずけてペットにする案もありましたが、なんか違うなと思いましたんでこうなりました。


ハンターさんイケメン化の始まりですね、でもいい嫁が浮かばんぜよ……ハンターのお嫁さんにこのキャラをと思うのがいれば、活動報告の目安箱にでも入れておいてくださいなw




今回のモンハンイベ、怪物の島から出た場所でナルガ出現してるんですよね……ちょっと裏があって、そこら辺をただいま計画中の大モンハンコラボに繋げようと思ってます。

というわけで、コラボ計画始動だぜ。
↓集会所入り口となりますw
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=233281&uid=25692


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MSFの識字事情

 日々訓練に明け暮れるMSF所属のスタッフ、戦術人形たちにとって夜は各々気ままに過ごすことのできる憩いの時間である。昼間にも休みの時間がある者もいるが、だいたいは夜にプライベートな一時を過ごす。

 昼の訓練を終えて、WA2000が隊長をつとめる小隊は揃ってマザーベースの浴場にやって来て、訓練でたまった疲労を癒す。本日は研究開発班が暇つぶしに作ったという泡風呂の元が大浴場に混ぜられ、ふわふわとした泡が大浴場を覆い尽くす。

 アロマな香りとふわふわとした泡に癒されて、肩までお湯につかる79式はだらしない表情をしている。

 

「ふへぇ~……」

 

「あらら79式、随分お疲れだったみたいね。鏡を見せてあげたいわ」

 

「今日のセンパイの訓練は特に凄まじかったですよ……癒されますね」

 

「この程度のことで根をあげちゃダメよ79式。私たちのチームはハンターの猟兵部隊やスペツナズよりも優秀じゃなくちゃならないんだからね。いつかあなたも、私や9A91のようにFOXHOUNDの称号を貰えるようになるって期待してるんだから」

 

「うぅ……頑張ります」

 

 上司からの期待は嬉しい反面、大きなプレッシャーとなる。

 遥か高みを目指すWA2000に自分はついて行けるのか、期待外れになってしまったらどうしよう…色々な不安に悩まされる79式は泡の中に顔をうずめていく。

 

 

 

 程よく身体が温まったところで、のぼせる前に3人はお風呂から上がる。

 それから食堂の方へと向かおうとしたところ、何やら興奮した様子のリベルタドールが3人を待ち構えていた。彼女の手には小さな便箋があり、3人はリベルタ何かを言わずとも、何を言いたいのか理解した。

 

「あら、またユノちゃんから手紙を貰ったの?」

 

 リベルタは小さくうなずくと、目をキラキラと輝かせてWA2000を見つめる。

 まるでおやつを貰う寸前の子犬のようだ、もし尻尾がリベルタに生えていたら千切れそうなほどぶんぶんと振っていたことだろう。そんなリベルタの様子に苦笑しつつ、ひとまず4人で食事をしに食堂へと向かう。

 食事中も、リベルタは手紙をじっと見つめたまま時折目を細めて喜びを表現していた。

 

「さてと、お待たせリベルタ」

 

お願いする

 

「コホン……『親愛なるリベルタちゃんへ……寒い日が続いておりますが、お変わりなくお過ごしでしょうか?-―――」

 

 手紙を広げ、WA2000はこの手紙をしたためた人物になり切るかのように、声に抑揚をつけて読みあげる。それをリベルタは目を閉じて、静かに聴いていた。

 リベルタは文字の読み書きができないのだ。

 正確には、今は存在しない鉄血工造スペイン支部にて戦術人形開発の黎明期に開発された彼女は、そのリソースのほとんどを戦闘技術関連に用いられているため、唯一認識できるスペイン語すら完璧には理解することができない。

 旧式の鉄血製戦術人形であるため、リベルタに用いられている技術は失われてしまっている。

 同じ鉄血のエグゼやハンターに使える技術も、リベルタには適用できないことが多いのだ。

 

 今までにもリベルタは友だちのユノファミリーから手紙を貰うが、その度にWA2000が代読し、返事の手紙を代筆してくれていた。

 

 WA2000が手紙を読み終えると、リベルタはぺこりと頭を下げて礼を示す。

 

「それにしても驚いたわね…ユノちゃん妊娠したんですって? それで、また妹が増えたとか……というか妹が増えるってどういうことなの?」

 

細かいことは気にしない方がいいらしい

 

「まあ、喋るネコとかが平気で歩きまわってる世界だから今更どうこう言うつもりないけど……まあそれは置いとくとして、じゃあ子どもを授かったお祝いの手紙を用意しなきゃね」

 

「ふふ、嬉しそうでいいわねリベルタ」

 

「良い友人ですねリベルタ。折角できた友達なんですから…決して離しちゃダメですよ、大切にしなきゃ」

 

代筆をお願いする、ワルサー。できるだけ自分で言葉は考えたいが

 

「ええ、分かってるわ。それじゃあ書き出しは―――」

 

 4人が一つのテーブルを囲んで返事の内容をどうするか話しあっていると、ふらっとやって来たエグゼがWA2000の手元から手紙をひったくった。

 もちろんそんなことをすればWA2000は怒りだす…日頃から馬が合わないエグゼが相手となればなおさらだ。

 

「ふん、まーたグリフィンの奴と文通かよ? よそ様との交流はずいぶんお忙しそうだな」

 

「あんたには関係ないでしょ!? さっさと返しなさい!」

 

「まあ、なんだっていいけどよ。こんなポエムなんか貰ったくらいで喜んでるお前らが羨ましいぜ」

 

 間接的にとはいえ、エグゼに友だちをバカにされているような言い方にリベルタはさっきまでの嬉しい感情が一気に冷めてしまった。大切な部下を落ち込まされてWA2000は黙っていられなかったが、この場でエグゼを打ち負かす言葉は浮かんでこなかった…。

 しかし、ふと何かに気付くWA2000。

 エグゼはひったくった手紙を読んでポエムと称したが、別にそう受け取れるような内容ではない。

 手紙の内容はユノファミリーの近況についてのはずだが……そこで、WA2000は前々から抱いていた疑問をエグゼにぶつけてみることにした。

 

「ねえエグゼ……あんたもしかして、文字読めない?」

 

「あぁ? なんだよいきなりお前…」

 

「いや、前から思ってた事なんだけどさ。あんた絶対文字読めてないでしょ?」

 

「おちょくってんのか? オレ様が文字を読めないだって?」

 

「じゃあこの手紙読んでみなさいよ」

 

「なんでオレがそんなことを」

 

「いいから!」

 

 渋々手紙を受け取るエグゼであったが、眉間にしわを寄せて唸るだけだ。

 うんざりした様子でエグゼは手紙をWA2000へと投げ返す。

 

「こんなフランス語読めるわけねえだろ!」

 

「これドイツ語なんだけど?」

 

「……そう言おうとしたんだよ!」

 

「やっぱり読めないんでしょ?」

 

「うるせえ! ドイツ語とか、フランス語とか…そんなマニアックな言語読める奴の方がどうかしてるっての!」

 

「どこがマニアックな言語よ! じゃあこれは、これなら読めるでしょ!?」

 

 そう言ってWA2000が渡したのは英語で書かれた報告書だ。

 英語はMSF内でも最も使われている言語であり、英語を読み書きできればだいたい通じるというものだが…。

 

「オレはアメリカ語が大嫌いなんだよ」

 

「アメリカ語ってなによ? 英語って言いなさいよ……はぁ…あんたやっぱり読み書きできないのね」

 

「できるって言ってんだろ!」

 

 意地を張って言い返すが、実際エグゼは文字の読み書きができなかった。

 これはリベルタのようなスペック的な問題ではなく、単に本人の勉強嫌いに起因する…WA2000は知らないことだが、かつてエグゼやアルケミストの恩師だったサクヤがエグゼに読み書きを教えようとしたが挫折した裏話がある。

 エグゼが文字の読み書きができないと知るや否や、WA2000は一気にたたみかける。

 

「あんた連隊長の立場よね!? 何千人も指揮してるのに、読み書きできないってどういうことよ!?」

 

「だから読めるって言ってんだろ! まあ千歩譲ってオレ様が読み書きできないとしよう……逆にそんなんで何千人も指揮してるってすごくね?」

 

「呆れて言葉も出ないわ。簡単な英語の読み書きもできないなんて恥ずかしくないの? まだヴェルちゃんに教えた方が覚えが良さそうね」

 

「へへ、子どもはいつか親を超えていくってもんだ」

 

「かっこいいこと言ったつもりなんだろうけど、全然かっこよくないからね」

 

 口先だけは達者なエグゼに、張り合ってるWA2000の方が脱力していく。

 WA2000本人はドイツ語だけでなく、英語・ロシア語・スペイン語などを理解し使いこなすことが出来る。カラビーナも、ドイツ語とロシア語と英語は得意だ。特に79式は、WA2000の4か国語に加えてセルビア語・クロアチア語・中国語の7か国語を話すことも読み書きすることもできるのだ。

 

「ちょっとトップがこれって問題よね……スネークに相談しなきゃ」

 

「おいやめろ」

 

「というか、今まで報告書とかどうしてたのよ?」

 

「そりゃあ、気の利いた部下が…な?」

 

「あんたには少しパワハラの疑いもあるみたいね…スネークに報告するわね」

 

「だからやめろって言ってんだろ!」

 

 

 エグゼの懇願も虚しく、後日WA2000はスネークにエグゼの読解力の低さを報告。

 さすがにそこまで悪くないだろうとスネークは簡単なテストをエグゼに出題して見せたが……結果はまさかの0点。

 スネークに問い詰められたエグゼの言い訳というのが"そもそも問題がなんて書いてあるか分からないから答えも出せない"とのことだった。

 

 その後無事、エグゼのための課外授業が開かれるようになる。

 

 アルファベットから習う課外授業を、ヴェルやFiveーsevenといったちびっこたちと共に受けるシュールな姿が目撃されることとなる。




スコピッピ(やっべ、あたしも文字読み書きできないんですけどw)

霊体サクヤ「処刑人ちゃんの授業は苦労したな~」(遠目)
ハンター「メスゴリラにそもそも文字を教えるのが間違い」
デストロイヤー「昔っから10秒以上勉強なんかできなかったもんね?」
アルケミスト「エグゼが本を持ったらどうなるかって?鈍器に変わるんだよ」



はい、ユノっちが手紙を書いてくれたから返信の回……のはずが、エグゼが全部持ってったw

まあでも読み書きできるって言ってんだからできるんでしょ(適当)

さて、ぼちぼちモンハンコラボのための話作りに取り掛かりましょうかね。


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うにゃーお!

一見適当なサブタイトルだけど、ネコ語だと凄まじいタイトルなんです(迫真)


「――――と、言うわけで。ハンターの治療費及び救助活動費、保護対象の食糧費云々その他もろもろ諸経費と日頃の感謝代として50万GMPを請求するぞ」

 

「いや、色々助けてもらったのは嬉しいがいくら何でも法外過ぎじゃないか?」

 

「ほほう、ならおぬしがうちの軍門に下るというならタダにしてやってもいいぞ?」

 

「勘弁してくれ…」

 

 先日、ハンターがアフリカで遭難者の救助活動中に未知のモンスターと遭遇した件に関連して、遭難者やハンター含む部隊の救助に手を貸してくれたウロボロスは、法外な金額を記載した請求書と共に意気揚々とマザーベースにやって来た。

 この手の輩は返り討ちにしたいところだが、今回ばかりは全面的に助けてもらったばかりにスネークは強く言うことが出来ない。こう言う時オセロットがいればいいのだが、生憎今は不在だ。

 

「頼むからもう少し安くしてくれないか?」

 

「なにをケチくさいことを……おぬしら散々稼いでいるんだろう? 50万くらいポンと出せるだろう?」

 

 副司令のミラーも一緒になって交渉にかかるが、ウロボロスの自惚れは留まることを知らない。

 一緒にやって来たフランク・イェーガーも少しは口を出してくれればいいのだが、少しも干渉してきてくれない。

 

「よーし分かった、20万に値下げしてやる」

 

「おぉ!」

 

「その代わりサヘラントロプスを寄越せ」

 

「そんなの無理に決まってるだろう!」

 

 ウロボロスのとんでもない要求をミラーはもちろん突っぱねるが、そうするとまた振りだしに戻ってしまう。

 自らは一切妥協せず、大金をむしり取ろうとする彼女にさすがのミラーも押され気味だ。

 この成り行きを見守っているエグゼなどは呆れながら眺めている…そして言う"あんなんだから友だちいないんだよなぁ"と。

 

 平行線をたどる交渉に耐えかねて、スネークはこっそりフランク・イェーガーに仲裁を頼み込むが、彼は難色を示す。

 

「手助けしたいところだが、難しい。あいつの機嫌を損ねると、なかなか元に戻らないんだ」

 

「苦労は分かるが、こっちとしてもあんな要求は呑めない。何も金を払わないと言ってるわけじゃない、お互い納得できる条件があるはずだろう?」

 

「うむ……少しやってみるが、期待しないでくれ」

 

「感謝するよ」

 

 フランク・イェーガーとしても、このまま放っておくと埒が明かないのは分かり切っていたし、あまりウロボロスにダサい態度を続けさせたくはなかった。調子に乗ってミラーにたたみかけるウロボロスに、フランクはなるべく事を荒立たせず、機嫌も損ねないように仲裁に入った……つもりだった。

 フランクが間に入った瞬間、ウロボロスはあからさまに不機嫌なオーラを纏う。

 さっきまでのにやけ面が一瞬でしかめっ面に変貌し、彼女の攻撃対象が瞬時に自分に向いたためにフランクは狼狽える。

 

「おぬし、どっちの味方だ!」

 

「もちろんお前の味方だが…その請求は無茶だ」

 

「わたしとMSFと、どっちが大事なんだ!」

 

「何故そうなるんだ…」

 

 ヒステリックを起こしたウロボロスに、一瞬でフランク・イェーガーは追い込まれる。

 いつもは素直でかわいらしい妹分に思っているが、他人が絡むといつもこうなる…騒ぐウロボロスはもう手がつけられない。落ち着かせようとするフランクの手を払いのけ、ウロボロスは目に涙を溜めながら彼を指差し怒鳴りつける。

 

「ばか!あほ!まぬけ!裏切り者!お前なんてもう知るか、二度と帰ってくんな!」

 

 思いつく限りの罵声を浴びせかけた後、ウロボロスはさっさとヘリに乗ってマザーベースを飛び立って行ってしまった。フランクの介入のおかげで、ウロボロスの請求はびた一文払うことなく済んだが、なんとも後味の悪い空気が残された。

 一人残されてしまったフランクには、スネークやミラーも謝るしかなかった。

 

「なんというかその…すまない」

 

「いいんだビッグボス……どうせしばらくしたら、アイツの方から寂しくなって迎えに来る。前も似たようなことがあったからな」

 

「お前も苦労しているんだな」

 

「自慢のおてんば娘だ。やりがいのある仕事だよ」

 

 何はともあれ、行き場のなくなってしまったフランクには、ウロボロスが迎えに来るまでマザーベースの宿舎を貸してあげることとなった。ウロボロスの請求もゼロになったので、あえて代金を請求することは無い。

 落ち着いたところでフランクは、折角だからかつての弟子のハンターの様子を見に行きたいというので、スネークは彼をハンターのもとに案内した。

 ハンターはモンスター"ナルガクルガ"との戦闘で受けた負傷も癒え、今は研究開発棟でアーキテクトの開発に携わっていた。二人がいる研究所に向かうと、ちょうどアーキテクトとハンターが新兵器の試射を行おうとしていたところであった。

 ハンターが手に持っているのは、漆黒の弓だ。

 それには見事狩猟に成功したナルガクルガの素材が使われたものらしく、アーキテクトとしても挑戦的な開発だったようだ。弓につがえる矢も専用のもので、放たれた矢は厚さ数十ミリの鉄板を貫通させた。

 

「元気そうだな、ハンター」

 

「フランク? 来ていたのか?」

 

「ウロボロスに見捨てられてな。少しの間こっちで世話になりそうだ」

 

「そうなのか。歓迎するよ、フランク」

 

 ハンターはかつての師に小さく笑いかけ握手を交わす。

 

「アーキテクトも久しぶりだな。元気だったか?」

 

「おかげさまでね! ねえねえ、それよりさ…ハンターの新しい装備どうかな? あのモンスターの素材を使ってみたんだよね!」

 

 アーキテクトに言われて、再度ハンターに目を向ける。

 ナルガクルガの素材を用いた柔軟かつ強固な防具…と言うのがアーキテクトの言い分だが、防具にしては露出が多い。お腹周りはがら空きだし、脚部も網タイツにレガースのみという外見。まあ、アーキテクトが大丈夫だというので大丈夫なのだろう。

 場所を変えて話でもしようかとしていたところ、そこへ困った様子のヘイブン・トルーパー兵が数人駆けつける。

 何かあったのかと尋ねると、彼女たちはなにやら困惑した様子でとにかくついてきてほしいと言うので、とりあえずついて行く。

 

 彼女たちについて行った先で見たのは、ゆうに100匹近くはいるであろうネコの姿が…それもただのネコなどではない、二本足で器用に立ってうにゃうにゃ話すネコ、つまりアイルーたちだ。

 

「これは一体、どういうことだ?」

 

 いつの間にか現われた100体近くのアイルーに戸惑うスネークは、とりあえず近くで集まるメラルーたちの虜になっているWA2000へ声をかけた…が、メラルーに夢中のようで話を聞いてくれない。

 仕方がないので、一応冷静そうなスプリングフィールドに声をかけた。

 

「なにがあったんだ?」

 

「あ、スネークさん。実はあの子たちがいかだで漂流しているのを見かけて救助したんですが、その……何を言ってるのか分からなくて……スネークさんは、ネコ語を話せますよね?」

 

「任せろ」

 

 現地語の習得は諜報の基本、ということで群がるアイルーたちに声をかけた…が、100体ものアイルーがまとまりなく一斉に話しかけてきては流石のスネークも翻訳しきれない。すると、アイルーたちの中から見覚えのあるネコ…トレニャーが飛び跳ねる。

 

「トレニャーじゃないか! 今日は一体どうしたんだ?」

 

「うにゃー! うにゃにゃーお、にゃー!」

 

「ほうほう」

 

「にゃー……んにゃーお!にゃーお!にゃー!」

 

「そうか、それであのモンスターがアフリカに…」

 

「んみゃー! うにゃにゃ、うにゃーお?」

 

「事情は理解した、オレたちに任せろ」

 

「にゃー!」

 

 トレニャーとの対話を終えてスネークが戻ってくるが、スプリングフィールド含め会話を見守っていた者たちの表情が引き攣っているのは気のせいだろうか?

 

「トレニャーの話によると、怪物の島でモンスターが暴れ出して、そのうちの何体かが島を出て外界で暴れまわっているらしい。島の混乱を避けるためにも協力して欲しいらしい」

 

「そ、そうですか……あの、ネコ語お上手ですね?」

 

「コツを掴めば簡単だ。だがあんな強大なモンスターが複数相手にするとなると…うちだけでは厳しいな。手助けが必要だ」

 

「ビッグボス、オレが手を貸そう。ウロボロスの協力は期待できそうにないがな」

 

「感謝するフランク」

 

「フランク、あなたの手助けがあれば心強い」

 

「どれだけ成長したか見させてもらうぞ、ハンター」

 

 ハンターは自信に満ちた表情で微笑む…ナルガクルガとの戦闘は、彼女の戦闘技術を更なる高みへと押し上げた。 

 弟子の成長を喜ぶとともに、その弟子がいつかライバルとして成長してくれるのではという期待感もフランクの中に高まりつつあった。

 

「うにゃー!にゃーお!」

 

「そうか、分かった。そいつらを狩猟すればいいんだな?」

 

 トレニャーは島から出ていったモンスターは、混乱がおさまりさえすれば島に戻ってくると言い、混乱を巻き起こす以下のモンスターの狩猟をスネークに依頼する。

 

【黒狼鳥イャンガルルガ】、【黒轟竜ティガレックス】、【つがいの竜リオレウスとリオレイア】、【雷狼竜ジンオウガ】。

そしてトレニャーが最も警鐘を鳴らすモンスター【怒り喰らうイビルジョー】




バトルするモンスターのラインナップ決まりました。
コラボ参戦者の皆さま、どうぞよろしくお願いします……ティガレックスとリオレウスに関してはPWのコラボで戦闘があるので、参考にしやすいですね(他?知らん)

怒り喰らうイビルジョーとか…どう考えてもG級個体なんだが…グレイ・フォックス参戦してくれるしまあいいか。


※ハンターさんの装備のビジュアルは白疾風装備です、エッチでとってもかっこいい!

コラボ参加者のみなさんへ↓追記がありますのぜ!
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=233281&uid=25692


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大モンハンコラボ回:集え、狩人たちよ!

 怪物の島で異変が起きた。

 同族のアイルーたちを避難させたトレニャーの証言を裏付けるかのように、世界各地で見たこともないモンスター(怪物)が出現し猛威を振るう。

 あるモンスターは人々を襲い村々を破壊し、あるモンスターは自然に棲みつき生態系を混乱させ、あるモンスターは目に映る全てを破壊する。

 空を飛び、陸を駆けまわるモンスターたちは神出鬼没…機械ではなく生身の生物であるために軍用レーダーに映ることもなく、モンスターの生態を一切知らない人々は対策を立てようもなかった。

 

 唯一、この一連のモンスターの騒動を解決するべく動きだした組織がある。

 国境なき軍隊(MSF)だ。

 トレニャーの必死の頼み込みを聞き入れたMSFは、各地で暴れるモンスターを倒し、そして怪物の島の混乱をおさめるべく行動を開始した。

 

 早速、MSFではモンスターの動向を探るために斥候を各地に派遣した。

 モンスターの目撃例と被害状況を照合し、随所に派遣されているのはハンター率いる独立降下猟兵大隊の優秀なスカウトたちだ。スカウトたちに命じたのはモンスターの狩猟ではなく、その足取りを掴み情報を得ることだ。大自然の中に踏み込み、モンスターが残す痕跡を辿り追跡する…自然を味方にすることに長けたスカウトたちが得た情報は、諜報班を介し司令部に届けられる。

 

 

 そして纏め上げたモンスターの情報はすぐさまスネーク率いるチームに伝えられる…チームのメンバーは助っ人のフランク・イェーガー、ハンター、エグゼだ。エグゼはこれまでにもモンスター相手に戦ったことがあるが、残念なことに勝率はゼロ、駄々をこねられなければメンバーに入れることは無かったのだが…。

 さて、情報を集めてモンスターたちの狩猟に向かうにあたって、MSFだけでは人手が足りないということで協議の末にグリフィンを頼ることとなった。

 MSFがグリフィンを雇うという形で、グリフィンに頼んだのは何やら癖のある基地が多々あり、今回の狩りに役立つかもしれないというオセロットからの情報によるものだった。

 

 だがMSFが直接グリフィンと契約を結ぼうとすると色々な問題がある…。

 MSFは基本的に正規軍とはあまり友好的とは言えない、対してグリフィンは社長のクルーガーが元軍人ということもあり正規軍とはいくらか繋がりがある……というか、オセロット曰くずぶずぶの関係とのこと。

 正規軍の存在がネックとなるので直接グリフィンは雇えない、一体どうしたらいいのだろうか?

 

 

「ということで例の運び屋を仲介業者として雇ってきたぞ!」

 

「いや、おかしいだろ」

 

 

 お困りの件に関し、スコーピオンがほとんど独断でモハビ・エクスプレスの運び屋を雇ってきたのだ。満面の笑みでピースサインをするスコーピオンの横で一緒になってピースサインを決める運び屋に、エグゼは無言で腹を立てていた。

 スコーピオンの勝手な行動には困ったものだが、冷静に考えてみれば運び屋を仲介業者に選んだのは最善だと判断する。

 彼の交渉術は目を見張るものがあり、彼に値切れない物はなく、詐欺的な商談もまっとうな商売のように錯覚させてしまえる話術がある。今回は、彼のその話術を雇うというわけであった。

 

「というわけで頼んだよ運び屋さん! グリフィンとの交渉は運び屋さんにお願いするけど、うちを騙そうとはしないでね!? え、なに? 前金として契約料の80%が欲しい? うーん……よし分かった!」

 

「さっそく言いくるめられてんじゃねえ!」

 

「ぎゃあっ!」

 

 例のごとく、運び屋の話術に引っ掛かりそうになるスコーピオンの頭を蹴飛ばして何とか阻止する。

 運び屋との交渉には、基本的に他人の話を聞かないエグゼか、信頼できるオセロットが担当することとなった。

 ただ、運び屋としてはなにやら今回の依頼は何故だかノリノリで引き受けてくれた……見慣れないモンスターとの戦いということでテンションが上がっているのかもしれない。仕事を引き受けた運び屋は、意気揚々と仕事に取り掛かるのだった。

 

「運び屋の奴大丈夫か? あいついまいち信用できなくてよ」

 

「お金をちょろまかされる危険はあるけど、大筋の流れをぶっ壊すような人じゃないしへーきへーき! あーあ、あたしもハンティング行きたかったなぁ」

 

「中途半端な覚悟で行くものじゃないぞ。戦場とはまた違った、緊迫した命のやり取りになるんだからな。」

 

「その通りだ。お前たちには、オレたちが留守の間しっかりマザーベースを守っていてもらいたい。万が一空からモンスターが飛んで来た時は、お前の出番だ」

 

「スネークがそう言うならね。ていうか、マザーベースってもうモンスターに侵略されてるよね?」

 

 ジト目でスコーピオンが指さす先には、本を読みながら歩いているUMP45の姿があるが、次の瞬間何もないところで何かにぶつかったように跳ね返される。するとどうだ、空間が霞のように揺れ動いたかと思うとUMP45のストーカー2号ことオオナズチくんが姿を見せる。

 そこへストーカー1号のジョニーが駆けつけてきてオオナズチくんと一緒になって騒ぐものだから、UMP45の逆鱗に触れることとなるのだが…。

 MSFのみんなはオオナズチくんをただの変態生物としか思っていないが、実はとんでもないモンスターだということには残念ながら気付いてはいなかった。

 

「ボス、面倒なことになったぞ」

 

 そこへ、深刻な表情のオセロットがやってくる。

 彼の任務はモンスターの追跡ではなかったが、諜報活動の最中に非常に大きな事件が起きたことを掴んだのだ。

 

「怪物の一体が感染区域に入り込み暴れまわっている。怪物の特徴はあのネコが教えてくれた【恐暴竜イビルジョー】と一致する。怪物は感染区域に入り込み、E.L.I.D感染者の大群を襲撃し捕食しているようだ」

 

「感染者の大群を食ってるだ!? おいおい、イビルジョーってあれだよな…姉貴たちと一緒に戦った事ある奴」

 

「そしておそらくは、お前たちがかつて戦った個体と今感染区域で暴れているのは同一個体だ。頭部が大きく損傷し頭蓋骨が露出しているらしい…覚えがあるだろう?」

 

 以前、鉄血メンバー5人で怪物の島で遭遇したイビルジョーがなんの因果か島を抜けだし外界で暴れまわっている。

 トレニャー曰く、以前の戦闘の傷や島の混乱による飢餓などが遠因となって食欲をコントロールするリミッターが外れ、尋常ではない凶暴性を発揮しているらしい。同一個体とは思えないほどの変貌を遂げてしまったイビルジョーを、トレニャーは間違いなく要注意モンスターだと言い切った。

 

「襲撃を受けた感染者の大群が散り散りになることで被害の拡大が懸念されている。感染者の大規模な移動は、感染区域の拡大を意味する……たった一体の怪物が欧州の秩序を破壊してしまうかもしれん。ボス、この件はMSFが一刻も早く解決しなければならない」

 

「分かっている。フランク、すまないがお前の力を当てにさせてもらうぞ」

 

「了解だ」

 

「ハンター、お前の狩人としてのセンスも期待させてもらう」

 

「任せろ」

 

「スネーク、オレは!? なあ、オレも期待してくれていいんだぞ! なあ!」

 

「ははは、もちろんお前もだエグゼ」

 

「そう言ってくれると思ったぜスネーク! よーし、どんな奴でもかかってきやがれ! ぶっ潰してやるぜ!」

 

 声高々とエグゼは雄たけびをあげた。

 両親の出発を知って、駆けつけたヴェルも手を叩いてエールを送り、この未知なるイベントにJDも無表情ではあるが手を振り見送った。

 故郷を取り返すため、自分たちの代わりに強大なモンスターと戦ってくれる彼らを、アイルーたちも声援を送り、ある一体のアイルーが角笛の音色を響かせるのだった…。




モンハンコラボ始動!!


参戦者のみんな、よろしくやで~!

勝手に使っていいというので依頼は運び屋さんを通してどうぞ、ただし騙されないようクエスト内容はしっかり確認するんだぞ!

※アイルーたちは故郷を取り返すために熱意を燃やしいます、オトモアイルーとして必要な場合は登場させてええんやで?

※ラインナップモンスターの狩猟は【捕獲】に成功するとMSFからプレゼントがあるかも?

※狩猟しきれなかったモンスターは後の展開で乱入の危険性ありです(難易度あげてくスタイル)

※元凶モンスターとのみ戦いたいという方は活動報告の方に!


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狩猟クエスト:恐王の宴

 それは突如として現れた。

 

 未確認の怪物の目撃情報に、正規軍の哨戒部隊が急遽派遣されたところに満たされることのない飢餓を抱えた恐るべき怪物【イビルジョー】が現れ、目に映るものすべてを破壊しつくし生身の人間は一人残らず食い荒らされた。救援を呼ぶ暇もなく壊滅させたイビルジョーであったが、糧として得られたのはわずかな人間の兵士が数人ほど…。

 戦術人形や装甲兵器では飢えを満たすことは出来ない。

 圧倒的な飢餓感に苛まれるイビルジョーは、獲物の匂いを嗅ぎつけて封鎖されていた感染エリアに入り込む……そこには正規軍が封じ込めていたE.L.I.D感染者の大群がいる。

 多くの人間にとって脅威であるはずのE.L.I.Dであるが、飢えたイビルジョーにとっては単なる餌に過ぎなかった。

 

 大群を視認した瞬間に、イビルジョーは襲い掛かる。

 大きく裂けたその巨大な口をいっぱいに開き、大群をまとめて食い尽くす。変異によって硬化している感染者の肉体を、圧倒的な咬筋力と牙で粉砕し、のみ込んでいく。襲撃を受けた感染者たちもイビルジョーに攻撃を仕掛けようとするが、力の差はあまりにも大きかった…イビルジョーがただ歩くだけで感染者たちは踏みつぶされ、攻撃も全て鬱陶しそうに跳ね返されるだけだった。

 獲物が増えていくごとにイビルジョーは興奮の度合いを増し、それに比例して口内から溢れる強酸性の唾液の分泌も多くなっていく。

 やがて感染者たちはイビルジョーに対し本能的な恐怖からか逃げまどうようになるが、イビルジョーはそれを追いかけて食い荒らす。

 その結果感染者の大群はいくつかの集団に別れて各地に拡散、一部は隔離エリアから抜けだし社会に悪影響を与えている。

 

 イビルジョーによる二次災害が深刻化する前に、スネークたちはこの強大なモンスターを一刻も早く倒さなければならなかった。

 

 感染エリアをどんどん突き進むイビルジョーを追いかけることは困難であったが、進行方向の感染エリアから抜けた先のエリアにてスネークたちはイビルジョーを待ち伏せる。あらかじめ罠を仕掛けることで戦闘を有利に進める…これにはハンターとフランク・イェーガーが担当し、スネークとエグゼは待ち構えるこのエリアの地形を確認するため散策していた。

 モンスター出現以前からこの周囲一帯は人が住まなくなって久しく、朽ち果てた廃墟がいくつも並ぶ。

 

「あのデカブツ相手にするなら、こういう廃墟の方が都合よさそうだ。建物で遮っちまえばいいし、なんならマンホールから地下に逃げ込んだっていいな」

 

「イビルジョーっていうのはどんなモンスターなんだ?」

 

「滅茶苦茶デカくておっかねえやつさ。待ってろ」

 

 イビルジョーを見たことのないスネークのために、エグゼは鉛筆で紙にイビルジョーのイラストを描いてみせる…が、絵心が皆無なせいでゴーヤに足を生やしたへんてこなイラストになってしまっている。

 なんとも言えない絵をそのままエグゼに返すと、地の底から聞こえてくるようなおぞましい咆哮が廃墟に響き渡る。いよいよモンスターがやって来たのだと悟り、二人はハンターたちのもとへと向かう。

 廃墟の建物に身をひそめていたハンターとフランクに合流し、各々の持ち場につく。

 

 廃墟の通りには罠として動物の死骸が置かれ、死骸の周囲には地雷が仕掛けられている。

 数分も待てばイビルジョーは死肉の匂いに誘われて廃墟に姿を現した……イビルジョーを知るエグゼとハンターはその姿を一目見るなり、ただならぬ様子に気付く。

 背部を中心に筋肉が隆起し充血のためか赤く染まっている。以前戦った際、イビルジョーが怒りを示した時に見せた凶悪な姿だった。最初からフルパワーの姿を見せるイビルジョーに、二人はごくりと生唾をのみ込んだ。

 

 イビルジョーは死肉に近付くと、迷うことなく喰らい付く。

 それなりに大きな牛の死骸を用意したが、イビルジョーの巨大な口はものの数秒で死骸を平らげてしまうだろう。死肉がイビルジョーを引き止めるわずかな間に、ハンターは先端に爆薬を仕込んだ矢をつがえ、仕掛けた地雷の起爆のために発射した。

 矢が空を切る音を、なんとイビルジョーは聞きつける。

 動き始めたイビルジョーにハンターは焦るが、矢は地雷付近で炸裂し、仕掛けられた地雷が次々に起爆していった。爆音が廃墟に響き渡る……効果のほどは?

 確かめる間もなく、爆炎の中からイビルジョーが飛び出すとおぞましい咆哮を轟かせながら矢が飛んできた方向めがけ突進していく。

 

 しかし、進路上にフランク・イェーガーが立ちはだかると標的を彼に変え、大きな口をめいいっぱい開きながら喰らい付こうとする。イビルジョーの動きを見切ったフランクは素早い身のこなしで攻撃を躱すと、ブレードを振りぬきイビルジョーの首筋を斬り裂いた。

 だが隆起したイビルジョーの筋肉に阻まれて、刃でつけられた傷は浅い。 

 唸りをあげながら振るわれた尻尾を後方に飛ぶことで回避、跳び退いたフランクを再度追い詰めようとするイビルジョーに、今度はスネークが攻撃を仕掛ける。

 

「こっちだ!」

 

 肩に担いだ無反動砲を発射し、弾頭はイビルジョーの横腹に命中し爆発を起こす。

 さすがのイビルジョーも痛みに声をあげて怯む…しかしそれでもまだ致命傷を与えるには至らない。もっと強力な攻撃を連続して叩き込まなければいけない……それを狙うのはエグゼだ。

 建物の屋根上からイビルジョーを見下ろしながらエグゼは不敵に笑う。

 そしてブレードを逆手に持つと、屋根から飛び降りてイビルジョーの背に着地した。背中にエグゼが載りかかってきたのを感じ、イビルジョーは振りはらおうと激しく暴れまわる。その間スネークたちは攻撃を控え、距離を置く。

 そしてイビルジョーがわずかに動きを止めた時、エグゼは逆手に持っていたブレードの切っ先をイビルジョーの背中めがけ突き刺した。

 

 ブレードの刀身が半分埋まるほど深々と突き刺し、そこから力任せに、強引に振りぬく。

 背中の肉を一直線に斬られたことで、イビルジョーは苦しみもがき、傷口からは血が勢いよく吹きだし雨のように地面に降り注ぐ。

 

「どうだこのやろう! これがオレ様の力だ!」

 

 地面に降り立ったエグゼは獰猛な笑みを浮かべつつ、イビルジョーを挑発した。

 起き上がったイビルジョーは振りかえり、そこで初めてエグゼを視認する……剥き出しの頭蓋骨から覗く真っ赤に充血した眼、その眼がエグゼを捉えるとイビルジョーは天に向かって大きく吼えた。鼓膜が破れかねない咆哮に咄嗟に耳を塞ぐ…。

 かつて自分に大けがを負わせたエグゼの存在を知ったことで、イビルジョーは限界を超えた怒りを発揮する。 

 両の眼は妖しく真っ赤に輝き、頭部から背中にかけて赤黒い瘴気が吹きだした。

 

 スネークたちはイビルジョーの身体から噴き出す赤黒く禍々しいオーラを知らないが、これはイビルジョーの力の根幹となる龍属性エネルギーが可視化できるほど高まってしまったものだ。高濃度の龍属性エネルギーは生物に対し極めて破壊的な影響をもたらす、そしてそれはこれだけ膨大な龍属性を抱えるようになったイビルジョー自身にとっても有害なものであった。

 内包する圧倒的エネルギーに苛まれ、余計に凶暴性が増している…。

 

 これだけの力を抱えてしまったイビルジョーの寿命は残り少ないが、死に近づくにつれてこの怪物は力を増長させていく。飢えを満たすかどうかなどもはや関係ない、ただ目につくすべてを食いつくすだけの存在と化す。

 

「へへ、武者震いしてきたぜ……恨みも憎しみも関係ない。純粋な狩るか狩られるかの勝負だ……ハンターが気に入ってる理由がよく分かるぜ!」

 

 戦争で得られる高揚感とはまた違うこの不思議な昂りに、エグゼは笑みを浮かべ始める。

 油断すれば一瞬でこちらの命を奪い取る強敵との激闘、何かのためだとか私利私欲のためだとかではない、死ぬか生きるか。原始的な闘争にエグゼの感情は昂っていった。

 

「きやがれ怪物!」

 

 エグゼが言うまでも無く、イビルジョーは走りだした。

 上体をあげ、口を大きく開き頭部を地面に叩きつける…あまりの破壊力に地面は叩き割られ、大きな振動が起きる。間一髪避けたエグゼは大きな揺れに転倒してしまった……腹下に潜り込んだエグゼに対し、イビルジョーは片足を振り上げ、勢いよく踏みつける。

 直接踏みつけられはしなかったが、衝撃で飛ばされてきた岩石が頭に直撃し足下をふらつかせる。

 この危機にスネークが走りだし、エグゼを抱きかかえ廃墟の中に飛び込んだ。

 

「いてぇ……サンキューな、スネーク…」

 

「まだ動けるか?」

 

「なんとか……って、やば!」

 

 エグゼが見たのは、廃墟めがけ突っ込んでくるイビルジョーの姿だ。

 慌てて回避しようとするも間に合わず、イビルジョーの突進で廃墟が崩壊し瓦礫が二人の頭上に降り注ぐ。のしかかる瓦礫を二人で何とか押しのけると、イビルジョーの凶悪な貌が覗く。バチバチと、口内の赤黒い瘴気が爆ぜ始める……その時、複数の矢がイビルジョーの首筋に突き刺さる。

 ハンターが放った矢はわずかに怯ませ、イビルジョーの気を引くが、すぐにその視線はスネークとエグゼに戻される。

 

 目の前の獲物を確実に仕留めようとしている。

 スネークは咄嗟に手榴弾を一つ掴み、イビルジョーに投げつけると瓦礫の中にエグゼを引き込んだ。次の瞬間、イビルジョーが纏う赤黒い瘴気がバチバチと爆ぜながら廃墟に吐きつけられた。イビルジョーの尋常ではない龍属性エネルギーを含んだブレスによって手榴弾は消滅し、スネークは微かに瘴気に触れてしまった肌に灼けつく様な痛みを感じた。

 さらにその瘴気は滞留し二人を蝕んでいく。

 

「スネーク!!」

 

 追い詰められる二人を救出せんとフランクが動く。

 スピードでイビルジョーを翻弄し、その肉体を斬り裂いていく……だが怒りで隆起する筋肉が傷を塞ぐばかりか、イビルジョーの反応速度が少しずつフランク・イェーガーに追いつこうとしている。徐々に追い詰められていくが、注意を引いている間にエグゼとスネークは難を逃れることが出来た。

 二人が退避したことを確認したフランク・イェーガーは一度その場を離脱、イビルジョーを第2の罠へと誘導する。

 

「スネーク、少し時間をくれ! 罠を増やす!」

 

「任せろ!」

 

 フランクの要求に即答し、スネークはロケットランチャーを抱え走る。

 エリアを走りぬけるスネークの姿を見たイビルジョーはフランク・イェーガーを追うのを止め、スネークを狙い追いかける。廃墟を縫うように走るスネークに対し、イビルジョーは廃墟を豪快に壊しながら追いかけていく。

 スネークはアーチ状の門を潜り抜けた際、足を止めて構造物に向けてロケットを撃ちこむ。

 支柱を爆破したことでアーチが崩れ、ちょうど追いかけてきたイビルジョーの頭部に命中し崩壊した……仕留めきれはしないが、イビルジョーはその巨体を転倒させていた。

 

 再び走るスネーク……だが後方から唸り声が聞こえたかと思うと、勢いよく瓦礫が飛んできて進路がふさがれる。

 振りかえり見た時、イビルジョーは大顎で瓦礫を抉り、それを勢いよく投げ飛ばしてきた。横に跳んでなんとか躱したが、状況はマズい……勢いよく迫るイビルジョーに対しスネークはアサルトライフルを連射するが、小銃程度ではやはりびくともしない。

 向かってくるイビルジョーに注意しながら退路を見つけ走りだす…だがイビルジョーの速力は早い。

 

 その時、瓦礫の中から不意にハンターが姿を現す。

 

「スネーク、しゃがめ!」

 

 矢が放たれた瞬間、スネークがしゃがむ。

 スネークがいたことでハンターの姿が見えなかったイビルジョーは、ハンターの矢を避けることは出来ず、その矢はイビルジョーの片目を貫いた。

 

「こっちだ、スネーク!」

 

 苦しむ呻くイビルジョーだが、片目を失ったとしても止まることは無い。

 それを知るハンターはスネークを罠の位置にまで導いていく……想像通り、イビルジョーは二人を追いかけ狙い通り罠の位置にまで誘導されていく。振りかえり際に矢を放ってみるが、もはやイビルジョーは怯みもしない。

 

 ある位置をイビルジョーが駆け抜けようとした時、物陰からエグゼが飛び出し、イビルジョーの脚を斬りつける。脚を斬りつけられたことで脚をもつれさせて前のめりに転倒、その瞬間をフランク・イェーガーは狙っていた。

 仕掛けられていた大量の爆薬が起爆し、爆炎がイビルジョーを包み込む。

 すぐに立ち上がったイビルジョーだが、爆発によって地面が大きく陥没しイビルジョーの巨体が地下にのみ込まれていく。そこへ第二の爆薬が炸裂し、地下に墜落したイビルジョーに大量の瓦礫を振り注がせ追い打ちをかける。

 地下から響くイビルジョーの魔物の如き叫び声は、降り注ぐ瓦礫の中へと消えていった…。

 

 

 

 崩壊がおさまった時、廃墟に再び静寂が戻って来た…。

 

 エグゼは疲れたように地面にへたり込み、ハンターはまぶたを閉じて壁に寄りかかる…。

 

「荒っぽいやり方だが、なんとか倒したな」

 

「いや、もう倒す方法なんてなんだっていいよ……とにかく疲れた……さすがにもう死んだよな?」

 

 いまだ砂煙が舞い上がっている陥没した地下をエグゼが覗き込む。

 

「わ!」

 

「うぎゃあ! って、脅かすなハンター! 心臓止まるかと思ったぞ!?」

 

「人形に心臓はないだろう?」

 

「熱いハートはあんだよ」

 

「うわ、くさ」

 

「うるせえ」

 

 からかってくるハンターに、エグゼは軽く拳で叩く……狩りを通して育まれる友情、より二人の仲が深まったのは明らかだろう。弟子の青春を、師であるスネークとフランクは温かく見守っていた。

 

 

『スネーク、聞こえるかスネーク』

 

「カズか。こっちは終わったぞ、なんとか倒すことに成功した。まったく手ごわかった、さすがにもうくたくただ。帰ったら少し体を休めたい」

 

『そんなことをしてる場合じゃないんだスネーク! 緊急事態だ! 超大型のモンスターが猟兵部隊によって発見されたんだ!』

 

「なんだって!?」

 

『既に正規軍の装甲部隊が遭遇し壊滅させられた……この大型モンスターは真っ直ぐに都市に向かっている! 情報によれば都市には研究のためのコーラップス液の貯蔵施設があるらしい。もしモンスターが都市に到達してしまったら……スネーク、一刻も早く戻って来てくれ!』

 

「分かった、すぐに戻る!」

 

 ミラーの声色からただ事ではないことを察し、スネークはすぐさまフランクたちを呼び基地に急いで戻る…。

 

 大いなる破壊の使者が、近付いてきているのだ。




イビルジョーつえぇよ……スネークはもう年なのよ、分かる?(語彙力)


はい、参戦者のみんな狩りは順調ですか?
ワイ?イビルジョーが死ぬビジョンが浮かばないから、埋めました…。



次回、一連の騒動を引き起こした元凶モンスターが出現!

緊急クエスト!

【沈め掻臥せ戦禍の沼に】

お楽しみに!


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緊急クエスト:沈め掻臥せ戦禍の沼に 接敵

 破壊の使者がやって来た。

 

 それは山のように大きく、大地を力強く踏みしめてながら障害を障害と思わずすべてを踏み壊しながら突き進む。四肢に加え強靭な一対の翼脚によって歩き、歩を進めるたびにどろどろとしたどす黒い液体が怪物の身体から垂れ落ちる。

 粘性を持つその液体は怪物の身体を覆い、眼下に散らばる障害として立ちはだかっていたモノの残骸を絡めとっていく。正規軍の装甲部隊を、ほとんど一方的に撃破した怪物はそれら残骸を粘性の液体で絡めとることで無意識に強固な装甲を獲得していく。

 武器や兵器などの人工物がまとわりついたその外殻はまさに、堅牢な要塞と呼ぶにふさわしい。

 この怪物が絡めとった人工物の中でひときわ目を引くのが、背に絡めとられた一本の巨大な槍だった。

 

 かの者の名は【巨戟龍ゴグマジオス】、すべてが謎に包まれ、未知なる力を秘めた古龍の一体だ。

 

 

 

「――――あれがゴグマジオスか」

 

 超大型モンスター発見の報告を聞き、現場に駆けつけたスネークたち。

 ヘリに乗るスネークたちが上空から見たのは、脱線して滅茶苦茶になった大陸横断鉄道の列車に覆いかぶさり、貨物類に喰らい付く巨大な龍の姿であった。

 ゴグマジオスを追跡していた偵察隊の話によれば、ゴグマジオスは大陸横断鉄道を逆行する形で進み、向かってきた列車を強引に受け止めたのだという。列車の衝突を受けてもびくともしないゴグマジオスであったが、衝突した列車は大破し、後続の車両は次々に脱線した。

 

「それで、奴はあそこで一体何をしてるんだ?」

 

 脱線した車両の貨物類をコンテナごと噛み砕くゴグマジオスの不可解な行動にエグゼは疑問を投げかける。

 情報によればあの列車は採掘用の爆薬を大量に積載していたという情報があった…もしや爆薬を食べているというのか? 彼らの疑問は、どこからともなくやって来たトレニャーの証言によって裏付けられる。

 

「(あのデカいモンスターは火薬を好むにゃ! この大陸じゃあちこちに火薬がたくさん、あのモンスターさんにとっては絶好の餌場に違いないにゃ!)」

 

「火薬を食べるか……奴が向かっている都市は重工業地帯だ。火薬工場はもちろん、石油コンビナート、ガスパイプ…それに崩壊液の貯蔵施設もある。そこに到達されたら大混乱が起きる」

 

「崩壊液が漏れ出たら、今度こそ世界は終わるかもな…どうすんだスネーク?」

 

「カズが既に手を打っている。スコーピオンに防衛線の構築を指示したらしい」

 

「今から防衛線って、間に合うのかよ?」

 

 エグゼの疑問はもっともであったが、既に副司令のミラーが各国の要人と秘密裏に協議した末に、あのモンスターを迎え撃つ場所として旧セヴァストポリ要塞跡地を借り入れたらしい。トレニャーよりゴグマジオスは火薬を好むという情報を聞き、大量の火薬を集めてゴグマジオスを防衛線に誘い込む策を取っていた。

 

「生物を相手にしている以上、どのような行動をするか分からないが…カズの決断を信じよう」

 

「スネーク、アンタが言うならオレは何も言わないよ。行こうぜ、スコーピオン達が待ってる」

 

 ヘリは進路を旧セヴァストポリ市へと向ける。

 そこは歴史上幾度も戦乱に見舞われた土地…第三次世界大戦でも主戦場の一つとなったこの場所は、かつてドイツ第三帝国とソビエト連邦が激突した土地であり、クリミア戦争の舞台にもなった戦争と因縁のある土地だ。

 この場所に再び戦火が降りかかる。

 列車の爆薬を全て平らげたゴグマジオスは、空気に混じる微かな火薬の匂いを嗅ぎ取り再び移動を開始した。

 

 

 

 

 

 過去二度の大戦を経験した土地セヴァストポリ、此処は最後の大戦で極端に人口が減り、以後過去の栄華を取り戻すことは今日に至るまでなかった。ここに住むわずかな住民はかつての繁栄を夢見ていたが、皮肉なことに再び迫る戦乱によって大勢の兵士でにぎわうこととなる。

 住民たちには疎開が進められるが、疎開を決断したのはわずかな者たち…多くの住人、主に年老いた者や身寄りのない者たちは、危機が迫っていると知りながらも逃げることは出来なかった。

 より多くを救うためには犠牲もやむなし、そう判断せざるを得なかったが、現場の者は可能な限り住民たちの退避を進めていた。

 

 スネークが防衛線が構築されるセヴァストポリに到着すると、ちょうどそこには要塞建設を指揮するスコーピオンと、何故か運び屋が一緒にいたりする。曰く、運び屋の巧みな話術なら頑固な年寄り共も言いくるめられるでしょうとの事で、追加報酬を払って住民たちの立ち退きを依頼したのだとか。

 "殺したり痛めつけなきゃなにしたっていいから"、そんなスコーピオンの依頼文句をしっかりと聞き入れ、運び屋は【脅迫】によって住民たちを立ち退かせていた…あまりいい気分ではないが、仕方のないことだとして今回に限ってスコーピオンを見逃した。

 

「集められるだけの大砲と多連装ロケット砲、FALの尻を叩いて戦車をたくさん集めたよ。800メートル間隔に大砲を設置して、この戦線に限っては高い火力を発揮できるはずだよ。ただ砲弾の数が間に合ってないんだ……大嵐が近付いてて、空輸できないんだよ」

 

「大嵐だって?」

 

「うん、そうなんだよね…ヘリなんか飛ばせないほどのデカい嵐が真っ直ぐこっちに向かって来てて、予想じゃちょうどあのデカいモンスターが来るタイミングとかぶると思う」

 

「なんだ、それじゃあのデカブツとやり合うのにオレたちは航空支援を期待できないのか? 神さまに感謝だな!」

 

 この時期としては異常ともいえる巨大な嵐が近付きつつある…。

 突然のこの嵐の発生にMSFの気象予報士も困惑していて、調査によれば風速15~30mにもなろうという大嵐だ。風速30メートルと言えば人間が立っていられないほどの強風であり、それに加えて雷雨と突風によりヘリはおろかあらゆる航空機は飛行できない。

 協力を要請したグリフィンの部隊にも既にこの情報を伝達、陸路によってこの要塞に来てもらうこととなる…。

 

「だけど嵐が来る前に運べるものは空路で運ばせようぜ! 弾がなきゃあんな奴と戦えねえよ!」

 

「そんなにヤバそうなやつなの?」

 

「スコーピオンお前あいつを見てないのか? くそみたいにデカかったぜ!」

 

 エグゼが両手をめいいっぱい広げてゴグマジオスの大きさと脅威を表現しようとするも、スコーピオンはいまいちイメージできないのかアホっぽい表情のままポカーンとしていた。

 それはさておき、どうやら順次応援を要請していた部隊がこの要塞に到着して来たようだ…。

 スネークはミラーと作戦会議をするために通信室に向かっていってしまったので、この場で自分が一番偉いに違いないと自己判断するエグゼとスコーピオンが来訪者を迎え入れる…。

 

 各、代表者を1名呼んでお互いの自己紹介を進めようとするのだが…。

 

「誰だお前?」

 

 開口一番、初対面の相手にそんなことを言ってのけるエグゼに、ビールを飲んでいたスコーピオンは驚きのあまり吹きだした。

 

「あんた初対面の相手にそれはないっしょ……気を取り直して、あたしはスコーピオン! MSFで最強の戦術人形だよ、よろしくね~!」

 

「私はM61A2バルカンだ、よろしくなスコーピオン、それにえっと…?」

 

「オレ様はMSFはおろか世界最強の戦術人形のエグゼだ。それよりお前なんだその武器、でけぇな少し試し撃ちさせてくれよ、なあ!」

 

「いいよ、その代わりアンタのそのブレードで試し切りさせてくれるか?」

 

「お、いいノリだね、気に入ったぜ。オレはエグゼってんだ、元鉄血現MSF所属、組織を鞍替えしたいと思ったらオレ様に相談しな。能力次第じゃ大隊長待遇で雇ってやるぜ?」

 

「おっと、引き抜きはごめんだよ?」

 

 S13地区グリフィン基地よりやって来てくれたM61A2バルカン、最初の依頼ではティガレックス亜種を見事捕獲して見せた実力者だ。ちなみに、MSFではもし可能ならば捕獲を…というお願いをしており、捕獲成功した組織には追加で報酬を払うつもりだった。

 代わりにモンスターはMSFで引き取り、それを怪物の島に帰すというものだった。

 これは、怪物の島の生物を可能な限り故郷に戻してやりたちという思いからだ。

 

「バルカン、変な言い方になるがオレはお前に期待はしない。お互いをよく知らないからな……能書きは必要ない、実戦で実力を見せてくれよな」

 

「あんた分かりやすくて結構好きだよ。任せな、あっと驚かせてやるからさ」

 

「上等だぜこのやろう」

 

 バルカンとは一旦そこで別れ、部下のヘイブン・トルーパー兵士が彼女を要塞の宿舎にまで案内をする。

 多くの協力者がモンスターの狩猟に成功し、この要塞に駆けつけてくれているが、やはり大嵐の影響からか到着が遅れている…そんな中、バルカンたちの到着から少し遅れてやって来たのは、かねてからちょくちょく接触のあるS09地区P基地よりノア率いるランページゴースト隊の到着だ。

 

「誰だテメェは?」

 

 やはりというか、なんというか…エグゼはあいさつに来たノアに先ほどと同様、というかそれ以上のケンカ口調で声をかけたではないか。相手の素性を尋ねたが、実はこの二人以前会っている、それもMSF主催の平和の日のお祭りの中でだ。

 どう考えてもケンカを売りに行っているエグゼにスコーピオンは何とも言えない表情を浮かべていた。

 対するノアも、止めておけばいいのにエグゼに張り合ってしまう…。

 

「テメェってなんだよばかやろう、自分から先に名乗れ」

 

「礼儀知らねえチビ助だな、ええ? まあいいさ、オレ様は大人だからよ…エグゼだ、よろしくな?」

 

「ノアだ、よろしく」

 

 互いに一歩譲り合って握手…とはいかず、お互い相手の手を握り潰そうと力を込めているではないか。

 いつかのエグゼとM4の仁義なき戦いでも目撃したが、プライドの高い者同士は相性が悪いのだろうか?

 いつまでも潰しあいを続けそうなのでスコーピオンが割って入って仲裁に入る。

 

「それで、どこまで準備進めてるんだ?」

 

「超デカいモンスターの名前はゴグマジオス、火薬を好んで食べるって情報だから、今火薬を餌にこの要塞におびき寄せてるんだ。モンスターを要塞に招き入れて一網打尽、それが狙いだね」

 

「そんなんで上手くいくのか?」

 

「なんだよ、文句あるなら代わりに案だせよ」

 

「いちいちうるせえな! 少し黙ってろメスゴリラ!」

 

「あ?」

 

 ノアの暴言に、エグゼがカチンとキレる。

 慌ててスコーピオンは取っ組み合いのケンカになりそうになる二人を再び引き剥がす…エグゼにはスネークに言いつける、ノアにはユノちゃんに言いつけるぞと忠告し、二人は渋々引き下がる。

 その時、要塞に警報音が響き渡る。

 ついにモンスターが襲来してきたのだと察し、彼女たちは監視塔まで一気に駆け上がる。

 

 そこから双眼鏡でモンスターを観察、双眼鏡がないノアはエグゼからひったくった。

 

「まだここからじゃ見えないけど、なんかちっこいモンスターがたくさんいないか?」

 

「トレニャーの話じゃ、ゴグマジオスが通過した後のおこぼれを狙って【イーオス】と【ガブラス】の群れがついてきてるみたいだよ。どっちも強力な猛毒を持ってるらしい…あたしたち人形が毒を浴びても死ぬことは無いけど、生体組織が炎症を起こして動けなくなるらしいから注意してね」

 

「ちくしょう、めんどくせえな。つーかオレの双眼鏡返せ!」

 

「百年後に返してやるよ……おい、モンスターが来たんじゃないか?」

 

 ノアの言葉に、スコーピオンは双眼鏡を覗く。

 山を越えた先からぬっと姿を見せた一体の超大型モンスター、背に巨大な槍を背負う姿は肉眼でも視認できる。

 初めてゴグマジオスを見たスコーピオンは言葉を失った…。

 

「なんだ、言うほど大きくないじゃんか」

 

「あれが大きくないって、ノアちゃん感性ずれてるんじゃないの!?」

 

「いやだって……って、デカ!? なんだアイツ!? あれがゴグマジオスか!?」

 

「そうだよ、あれ以外に何がいるのさ!」

 

「いや、他にもあれ…あそこ見てみろよ」

 

「貸せこのやろう!」

 

 ノアから双眼鏡を奪い返したエグゼは、彼女が指さす方向に双眼鏡を向け…絶句する。

 

 見えたのは、激闘の末、地下に埋没して倒したはずの【恐暴竜イビルジョー】であった。




難易度上げていくスタイル(邪悪な笑み)


さあ、いよいよ決戦だ、みんな大砲とか使っちゃっていいから頑張ろうぜ!

ゴグマジオス、イビルジョー、イーオス&ガブラスの群れとの大乱戦だ!


にしても航空機が飛べないほどの大嵐か…

クシャルダオラ「はて?いったい?」
アマツマガツチ「誰がそんなことを?」


※こいつら参戦はしないです、ただ上空を"たまたま"通過していく模様
※空爆すればいいじゃん論への対抗措置


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緊急クエスト:沈め掻臥せ戦禍の沼に 乱戦

 恐暴竜イビルジョーの襲撃は全く予期していない事態であった。

 かのモンスターと対峙したスネークたちは地下深くに爆薬で埋めて死んだと思っていたが、そうではなかった…怪物の島の生物の中でもとりわけ生命力が高く、人が考える常識など通じる相手ではなかった。確実に殺したと判断するのならば、首を落とすなり確実な確認をするべきだった。

 だが今は悔やんでいる場合ではない、散らばるイーオスやガブラスをその巨大な口で捕食しつつ、イビル―ジョーはMSFが設営した防衛線に躊躇することなく突っ込んできた。

 

「あーもう! 来たらいきなりこんな相手と戦わせられるなんて! 戦車隊、照準を合わせなさい!」

 

 モンスター相手に効果はさほどないが、掘った窪みに戦車を隠しハルダウンしたFALの戦車隊。

 FAL専用の重装戦車マクスウェルは今回持ってきていないので、やや旧式の戦車を並べ対峙する。

 照準器の中におさめたイビルジョーの姿は、あふれ出る龍属性エネルギーのどす黒いオーラで覆い尽くされており、黒い瘴気の中から妖しく光る眼が見える。予備知識がなければ、地獄から這い上がってきた悪魔だと錯覚していたことだろう…。

 

「用意…撃てッ!」

 

 FALの号令で、戦車隊の主砲が火を吹いた。

 豪雨と暴風の中で主砲の狙いはブレ、機敏に動くイビルジョーに対する命中弾は少ない。だが数少ない有効打が見られ、戦車砲の強力な一撃によりイビルジョーの肉体が一部はじけ飛ぶ。

 だがそれでも、イビルジョーは止まりはしなかった。

 戦車たちの指揮をしているのがFALだと察したのか、あるいは偶然か、イビルジョーが猛然とFALめがけ向かってくる。次弾の装填を指示するが、イビルジョーの接近の方が早い…咄嗟に戦車を脱出した瞬間、イビルジョーは頭部を叩きつけて強固な戦車を破壊した。

 たちまち戦車は炎上、内部の砲弾に引火し爆発を起こす…その影響でFALの身体が吹き飛ばされ、塹壕の中に転がり込む。

 それを追って、イビルジョーが塹壕の中のFALを捕食しようと喰らい付く…塹壕の穴は狭く、イビルジョーの牙は届かないが、盛り上げた土ごと喰らおうとする。塹壕の中を這って退避しようとしたが、イビルジョーの口内からまき散らされた唾液が肩に振りかかると、途端に灼けつく様な痛みを感じ悲鳴をあげた。

 

「くっ……こんな、独身のままで死ねるか!」

 

 塹壕の中からイビルジョーに向けて銃を乱射したが、ほとんど効果はない。

 突然、イビルジョーが上体を起こし、口を大きく開きFALに狙いをつける…塹壕の土ごと強引に叩き潰そうとしていることは咄嗟に分かったが、回避は間に合わない。やけくそとなったFALはありったけの銃を乱射しようとしたが、突然身体を引っ張られイビルジョーの凶牙から逃れられた。

 FALを咄嗟に救ったその人物は、軽い身のこなしで塹壕を逃れると、FALをお姫さま抱っこで抱えたままイビルジョーを見据える。

 

「あれがモンスターか? 悪魔だと言われても疑わないな」

 

「ちょっと、あんた誰よ!? 勝手に私の身体に触らないで、ちょっと誰か! 痴漢よ!」

 

 暴れるFALをやれやれと呆れながら彼はゆっくり下ろす。

 散々暴れまわった後でFALは自分を助けてくれた相手を見て一言。

 

「あら、イケメンさんじゃない。もしかして私を口説きに来たわけ?」

 

「何を勘違いしてるか分からないが……【ギルヴァ】だ、MSFの要請に応じて駆けつけてきた。あいつらがターゲットだな?」

 

「まあ、それは置いといて…これ、私の個人的な電話番号よ。いつでもかけて来てくれていいけど?」

 

「言ってる場合かこの独女!」

 

 さりげなく電話番号を書いたメモを彼に手渡そうとしたところで、相棒のVectorが颯爽と駆けつけ、FALの後頭部をひっぱたく。VectorはFALを自分の後ろに遠ざけると、ギルヴァを鋭い目つきで睨みつけた。

 

「言っておくけど、FALにちょっかいかけたら……!」

 

「あんたらの事情は分かった。関わるつもりはないよ……で、どっちからやればいいんだ?」

 

 ギルヴァはイビルジョーと、迫りくるゴグマジオスを交互に眺めて尋ねる。

 その時、ギルヴァの背後からイーオスが跳びかかろうとしたのを見てVectorは声をあげようとしたが、彼はリボルバーを引き抜くと、背後から跳びかかるイーオスに向けて振り返ることなく弾丸を叩き込んだ。大口径の弾を首筋に受けたイーオスの頭部は千切れとび、地面に崩れ落ちる。

 

「JACK POT……と言うには、当たりが弱いな」

 

「腕に相当自信があるんだね。まあとにかく、どっちでもいいからやっつけて! FAL、あんた何してんの!?」

 

「ようやく独身を卒業できるチャンスなの! 邪魔をしないで!」

 

「死ね独女! アンタはあたしが引き取らなきゃ一生独女に決まってる! ほら行くよ、ゴグマジオスが来る!」

 

「あぁ! せめて電話番号だけでも教えさせて――――」

 

 

 

 

 

 

 

 FALたちがふざけていようといまいと、ゴグマジオスの進撃は止まりそうになかっただろう。

 木々を薙ぎ倒しながら進むゴグマジオスは、餌となる火薬の匂いが要塞の奥から放たれていると感付き、そしてそこにはいっぱいの火薬が存在することに気付いていた。鉱物に混じるわずかな硫黄より、はるかに上質な火薬の味をしめたゴグマジオスは、すっかりこの土地を気に入っていた。

 だがその餌場にたどり着く前に、些細な障害を片付けなければならない…。

 自分を止めようとする人間や人間たちが集まっているのを見て、ゴグマジオスは小さく唸る。

 

 要塞のあちこちに設置された火砲のそばには餌となる砲弾が転がっているが、それを食ったところで微々たるもの…人に置き替えたらパンくずを拾って食べるようなものだった。

 故に、ゴグマジオスは転がる砲弾や爆薬には見向きもせず、自分に向けられた火砲ごと破壊しようとする。

 

 ゴグマジオスの身体から垂れ落ちるどろどろとした液体"超重質龍骨油"は可燃性であり、ゴグマジオスの全身を巡る力の源だ。同等の量の水と比較し、重い質量の龍骨油を体内で圧縮し、激流のように吐きだし立ちはだかる人工物のことごとくを木端微塵に吹き飛ばす。

 まき散らされた龍骨油に火が降りかかると着火し、要塞のあちこちで火災が起こる。

 激しく燃え盛る炎は、嵐による暴風で瞬く間に広がっていく……油の燃焼によって発生する有毒な空気が塹壕内へと広がっていき、そこに隠れるMSF兵士たちは退却を余儀なくされる。

 

 応援としてこの防衛線にやって来た【アリス】は、到着するなり予想を超えた混戦を目の当たりにする。

 

「タイミングが悪かったなごつい装備のにーさん、むやみやたらに撃たないでくれよ? あちこち重油だらけで引火したら一発アウトだ。その……オレたちに気を遣うつもりがないってんなら話は別だがな」

 

「キッドと言ったな、オレがそんな無遠慮な人間に見えるか? 何か打つ手を考えよう」

 

 あちこちに巻き散らされたゴグマジオスの龍骨油に引火して巻き起こる火災は、暴風によって予測不能な広がりを見せる。いくつかの砲台が炎にのみ込まれ、砲弾が炸裂することで大爆発を引き起こす。

 要塞奥の砲台は未だ健在で、ゴグマジオスに向けて砲撃がなされているが、正規軍の装甲兵器を油で絡めとったゴグマジオスには効果が薄い。ゴグマジオスは砲撃に対し姿勢を低くし、砲弾の入射角を意図的に浅くすることで避弾経始の効果が得られることを本能的に理解していた。

 

「なあキッド、あれを見てみろ。あのデカブツの腹の下だ」

 

「いかした腹筋だ」

 

「そうじゃない! あそこに装甲が薄い箇所がある、オレならこの炎の中を突破できる。腹下から全弾叩き込む」

 

「良い考えだ。もし死んじまったら、特別報酬を払ってやるよう掛け合ってやる」

 

「死ぬつもりはない。だが成功したら特別報酬のことは考えておいてくれ」

 

「任せろ、援護射撃だ野郎ども! あいつを死なせるんじゃねえぞ!」

 

 岩陰から飛び出し、キッドたちは周囲に群がるイーオスやガブラスの群れに向けて発砲し、アリスのための道を開く。燃え盛る炎の熱が予想よりも高く、アリスのアーマーが警告を知らせる。だが彼は危険を承知でブースターを起動し、一気にゴグマジオスの懐へと潜り込む。

 要塞の奥に目を向けるゴグマジオスは、アリスが懐へ潜り込んだことに気付いておらず、がら空きの腹部にガトリングの連射を受けると初めて苦痛の声をあげた。

 追撃のため、さらに懐へと潜り込もうとした時だった……ゴグマジオスの巨体が突然、ふわりと浮いたかと思えば、アリスの真正面にゴグマジオスの巨体が降り立つ。

 

「あの巨体で跳んだだと!?」

 

 あれほど巨大な身体をしていながら、より小さいモンスターと同等の身軽さでバックジャンプができるなど誰が予測できただろうか。

 バックジャンプ直後、ゴグマジオスは攻撃してきたアリスの姿をその目に映すと、後脚で大地を力強く踏みしめ猛然と突進してくる。接触の瞬間、ゴグマジオスはその大きな上体をあげ、強靭な一対の翼脚を叩きつける。

 凄まじい一撃に大地が揺れ、翼脚が踏みしめた箇所では地面が盛り上がる。

 予想以上の威力に、アーマーを着こむアリスはかろうじて回避しつつも衝撃にバランスを崩す。

 

「次はなんだ!?」

 

 一対の翼脚を支えに、ゴグマジオスは後ろ脚で立ち上がる。

 直立するゴグマジオスの姿はまるで一つの城の如き様相だ…アリスがついた腹部の弱点は、いつの間にか流動する龍骨油によって覆い隠されてしまい、同じ手は通用しない。

 ふと、付近で生き残っていた火砲が立ち上がったゴグマジオスに向けて砲撃を放つ。

 真正面から放たれた砲弾は先ほどまでのように弾かれることは無く、着弾と同時に爆発を起こす…が、それでも着弾箇所は分厚い城殻の上であり、大きなダメージを与えるには至らなかった。

 

 砲撃をしてきた砲台を向いたゴグマジオスは大きく息を吸い込むと、その口内が熱を帯び橙色に光る…次の瞬間、砲台に向けて強烈な熱線が放たれる。圧縮された龍骨油に高熱の火炎粉塵が混ぜ込まれたその熱線は、着弾点で一気に誘爆、驚異的な破壊力の大爆発を引き起こす。

 単純な火炎による破壊以外に、大爆発によって発せられる衝撃波により、爆破範囲にいなかったヘイブン・トルーパー兵をも圧死させてしまう。

 

 まるでサーモバリック爆弾だ…ゴグマジオスの驚異的な攻撃を目の当たりにしたキッドがそう言った。

 

「おいおい、聞いてないぞこんなの! アリス、一旦撤退だ!」

 

「いや、ここで退いたところで何も変わりはしない! 攻撃を続行する!」

 

「おい、アリス! ちくしょう、助っ人が命を張ってるのにオレが引っ込んでられるか!」

 

 キッドは塹壕から這い出ると、残されている砲台に滑り込む。

 生き残ったヘイブン・トルーパー兵もそこへ集まり、砲撃のための動作を手伝う。

 

「100年以上前の280mm臼砲だ、こんな時くらいしか使い道はねえよな!」

 

「キッドさん、ダメです! 砲弾が重すぎてウインチなしでは持ちあがりません!」

 

「気合で持ちあげるぞ! いいな、オラァ―!」

 

 キッドをメインに、ヘイブン・トルーパー兵5人がかりで砲弾を抱えあげ装填、砲身を旋回させてゴグマジオスを捉えようとする…が、アリスの攻撃で頻繁に動くようになったゴグマジオスを照準におさめることは困難であった。

 アリスが機動性を武器にゴグマジオスの注意を引いているが、同時に狙いにくくなっている。

 狙うから足を止めろということもできず、キッドは一か八かの賭けで命中させてやろうと考えていた……その時、セヴァストポリ沿岸の海から大きな水しぶきが上がる。そこから現れたまるで蛇のような長い体を持った大きな竜。

 また新手のモンスターかと思い、兵士たちは火砲を向けようとしたが、兵士たちの無線に声が届けられる。

 

『撃つな!S地区応急支援基地より加勢に来た!』

 

 よく見れば、竜の首にはスピーカーのようなものが取り付けられていた。

 援護のために駆けつけた竜【リヴァ】をゴグマジオスも視認、さらにそこへ満身創痍ながら微塵も戦意を衰えさせていないイビルジョーが駆けつける。

 

「ちくしょう、あのイビルジョーとか言うやつタフすぎるな」

 

「ギルヴァ! これ、私の電話番号! 受け取ってよ、ねえ!」

 

「いい加減にしなさい独女! アンタがしつこくしてなければアイツが今頃倒してたのに!」

 

「うるさい! もう独女って呼ばれるのはまっぴらよ! 結婚して専業主婦になってぐーたらするのよ!」

 

「そんなんだからいつまでも貰い手いないんだよバカ!」

 

 ぎゃーぎゃ喚く二人を放っておき、ギルヴァはイビルジョーを追おうとするが、暴風によって広がる炎がモンスターとの間に障壁として立ちはだかる。

 奇しくも炎の障壁の向こうには、ゴグマジオス、イビルジョー、リヴァの三体が残される。

 体格的にはイビルジョーが最も小さいのだが、決して見劣りしないだけの戦闘力を持つ。

 ゴグマジオスが他の二体に向ける目線とリヴァの目線は似たようなものだが、イビルジョーだけは違った…。

 

『こいつ、私を喰おうとしているのか?』

 

 相手が各上だとか、体格が大きいだとかは少しも関係ない。

 イビルジョーにとって、目に映る全ては己の食欲を満たすためだけの餌に過ぎない…飽くなき飢餓感により凶暴性はますます増していき、イビルジョーは溢れる龍属性エネルギーをまき散らしながらリヴァへと向かっていく。

 一方、ゴグマジオスにとってイビルジョーもリヴァも優先して倒すべき相手ではないと判断し、視線を再び要塞へと向ける。

 動きだしたゴグマジオスに危機感を感じたリヴァは、向かってくるイビルジョーをあえて無視、要塞に向けて進もうとするゴグマジオスへと体当たりを仕掛けた。超大型の体躯を持つ者同士、ぶつかった瞬間凄まじい衝突音が鳴り、側方面から体当たりを受けたゴグマジオスは初めて地面に倒れ伏す。

 そのまま追い打ちをかけようとするが、リヴァの長い体を一気に駆け上がっていったイビルジョーが背後から胴体に喰らい付く。

 無数の鋭利な牙と強酸性の唾液が、リヴァの身体を侵食し、力任せにイビルジョーが肉を喰いちぎろうとする。

 そこへ、起き上がったゴグマジオスが吼え、リヴァとイビルジョーの二体に対しまとめて体当たりを仕掛けて弾き飛ばす。ゴグマジオスの体当たりによって肉を喰いちぎられることは避けられたが、ゴグマジオスの体当たりもまた大きな威力を誇る。

 

 ゴグマジオス、イビルジョーの二体の視線が自分を向き、完全にマークされたとリヴァは悟る。

 ふと、炎の向こうでちかちかと光が明滅しているのを見る…砲台に立つキッドがライトをモールス信号のように点灯させ合図を送っていたのだ。

 

(ゴグマジオスの動きを止めろ、か……結構難しいな)

 

 イビルジョーに噛まれた箇所は強酸性の唾液によりダメージが残っており、その状態で挑むのはなかなかに酷だが、自分しかこの劣勢を覆せる者はいないと考えると不思議と力がみなぎってくる。

 

『行くぞ、ゴグマジオス』

 

 向かってくるイビルジョーを再度無視し、再びゴグマジオスへと向かっていく。

 互いに身体をぶつけあう…身体の骨が軋むような衝撃に耐えながら、リヴァはその長い身体をゴグマジオスに巻きつけて動きを封じ込める。

 

 今だ、そう合図するように天を仰ぎリヴァは吼える。

 

 それに呼応して、キッドは280mm臼砲を発射した。

 耳をつんざく轟音と共に超重量の砲弾が発射され、ゴグマジオスの顔面に直撃し炸裂した。

 リヴァが拘束を解くとゴグマジオスは叫び声をあげながら地面に崩れ落ちる。

 

 リヴァは油断せず、すぐさまイビルジョーへと目を向けるが、付近にイビルジョーの姿がない…周囲を見回し見つけたイビルジョーは、ゴグマジオスへと狙いをつけていた。起き上がろうとするゴグマジオスの首筋にめいいっぱい口を開いて喰らい付く。

 溢れる龍属性エネルギーも合わさり、ゴグマジオスは今まで見たことのない苦しみ方を見せる…。

 のどに喰らい付かれたゴグマジオスの首をそのまま喰いちぎろうとしているのだろう、イビルジョーは腰を落とし力を込めていた。

 

 誰もが立ち尽くし、その様子を見ていた。

 

 規格外の戦いに、誰もが声を失っていた。

 

 しかしゴグマジオスは一対の翼脚で地面を踏みしめると、空いた前脚でイビルジョーを捕まえる。

 そして上体を起こしてイビルジョーを浮かせると、勢いよく地面に叩きつけた…それでも離さないイビルジョーを何度も、執拗に叩きつける。それに耐えかねて口を離したイビルジョーを翼脚で叩きつけると、そこをつたって龍骨油がイビルジョーの身体にまとわりつく。

 イビルジョーを押さえつけたまま、薙ぎ払うように翼脚を振るう。

 翼脚の爪と地面との摩擦熱で龍骨油が熱を帯びて発火、爆発を起こしながら引きずられたイビルジョーの肉体が抉り飛ばされる。それでも微かに動くイビルジョーの身体を、翼脚で力強く叩きつけ、今度こそその息の根を止めた。

 

 

 イビルジョーを絶命させたゴグマジオスは息を荒げ、その口からは黒い煙が漏れる…いや、口内からだけでなく、背中からも黒煙が立ち込める。身体にこびり付いた龍骨油が熱せられ、より滑らかに垂れ落ちていく…。

 今まで垂れ落ちるだけだった龍骨油が、落ちたところで爆発した。

 一対の翼脚を支えに立ち上がったゴグマジオスは、大きな咆哮を要塞中に轟かせると、それまで固まった龍骨油で広げることのできなかった翼脚を大きく広げて見せる…。

 

 今まで大地を踏みしめるだけだった翼脚を力強く羽ばたかせ、巨戟龍ゴグマジオスは空へと飛翔した。




……なんだこいつ…?


まあ、まだヤーナムの狩人さんも控えてるしへーきでしょ(震え声)
無茶いうなって声も聞こえてきそうですが…。



次回、【飛翔】お楽しみに!


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緊急クエスト:沈め掻臥せ戦禍の沼に 飛翔

 折り畳まれていた翼を広げ空に舞うゴグマジオス。

 固形化した龍骨油を強引に砕き広げられた翼を大きく広げ飛ぶゴグマジオスは、地上にいた時よりも何倍も大きく感じられた。航空機やヘリですら飛行を躊躇する暴風の中で、ゴグマジオスはバランスを崩すことなく風を捉え、力強く羽ばたいてみせる。

 背中からは黒煙が吹きあがり、それまで滴り落ちるだけだった重油は高熱を帯び、地面に落ちた途端に着火し爆発する危険な存在へと変貌する。

 翼を羽ばたかせることで今まで以上に広範囲に、それも上空からまき散らされる重油があちこちで爆発していく様はさながら絨毯爆撃のようだ。

 

 激情を宿したゴグマジオスの攻撃はこれだけに留まらない。

 

 上空より、あの爆発的な威力を誇る熱線を地上に向けて見境なく放つ。

 薙ぎ払われるように放つ熱線で要塞周囲一帯を、あっという間に焦土と化していく…着弾し一気に爆破炎上する龍骨油はその燃焼のために大気から酸素を奪い、地上にいる兵士たちを酸欠や一酸化炭素中毒に犯される。

 縦横無尽に熱線を放ち、辺り一面を火の海に変えたゴグマジオス……ようやく地上に降りた時、MSFが築き上げた防衛線は壊滅していた。

 障害を取り除いたと判断したゴグマジオスは、いまだ残る些細な抵抗を無視し、要塞の奥地へと歩みを進めていく。

 

 

 要塞の奥にまで退却をした兵士たちは混乱に見舞われながらも、急ぎ第2の防衛線を構築するために急ぎ兵器の準備に取り掛かる。

 

「あぁ、ちくしょう!オレ様の部下をたくさん殺しやがって! あの野郎、絶対にぶっ殺してやる!」

 

 目の前で大勢の部下を焼き殺されたエグゼは、頭に血が上りゴグマジオス以上の怒りを抱え込んでいた。

 その勢いたるや、ブレード片手にゴグマジオスに特攻していきそうな勢いであったため、エグゼ直属の部下たちは無礼を承知で彼女を要塞の後方に引き下がらせたのだ。

 

「後退したところで激突するのは時間の問題だ! 攻撃だ、攻撃を仕掛けるんだよ!」

 

 エグゼの気迫に圧倒され、部下たちは急ぎゴグマジオスの迎撃に取り掛かる。

 使えるものは何だって使う、新式だろうが旧式だろうが何だって構わなかった…あの黙示録の怪物の如き龍を、撃退するために。

 声を荒げ怒鳴り散らすように指示を飛ばすエグゼだが、その指示は的確だった。

 部隊の一部を消火活動に専念させるよう新たに編成し、後方の部隊には消火のための道具を早急に寄越すよう伝え、各員にはガスマスクの装着を厳命した。

 

「エグゼ、助っ人を連れてきたぞ!」

 

「あぁん?」

 

 背後から声をかけてきたハンターにエグゼが振り返る…ゴグマジオスとの戦闘であちこちダメージを負うハンターの隣には、血で全身が汚れた暗い色合いの装束を纏った男性がいた。生温かい血を袖から滴らせる彼の腰には、狩りの戦利品であろうか、モンスターの身体の一部がいくつか括りつけらえている。

 

「こいつは?」

 

「彼は【ローウェン】、獲物を追ってここまでたどり着いたらしい」

 

「そうかよ。喜びな狩人の旦那、あそこにデカい化物がいるだろ? 好きなだけ斬り刻みな」

 

 ローウェンはエグゼを一瞥し、それから要塞に迫るゴグマジオスをまじまじと見つめる…。

 表情はよく見えないが、強大な獲物を前にどこか興奮している様子。

 

 ふと、それまでこの場所に吹き荒れていた嵐が突然止まった……この異変に他の者も気付き空を見上げれば、さっきまで分厚い雲に覆われていた空にぽっかりと穴が空き、赤みを帯びた満月が星と共に浮かんでいた。

 嵐が完全に過ぎ去ったわけではない…嵐の渦の中心、台風の目が要塞の真上にまで到達したのだ。

 

 そんな中、ローウェンは一人、雲の中をじっと見つめている…まるでそこに何かが潜んでいることを察知したかのように。だがゴグマジオスの大きな咆哮が聞こえてくると、彼はその視線をゴグマジオスに向ける。

 

「隊長! イーオスとガブラスの群れが要塞内に侵入して来ています!」

 

「くそ、ウザったいったらありゃしないぜ!」

 

「困っているようだな……露払いは引き受けよう、良き狩りを」

 

 滑空してきたガブラスを、重厚なのこぎり鉈で叩き落とし、ローウェンは迫りくるゴグマジオスを眺めながらセヴァストポリ市内へと姿を消していく。

 

 

 

 

 

 一方その頃、要塞を目指し進むゴグマジオスを食い止めるべくランページゴースト隊の【アナ】は飛行ユニットを駆使し戦闘を続けていた。先ほどのゴグマジオスの熱線の薙ぎ払いによってランページゴースト隊は散り散りになってしまい、なおかつ超高温の熱波を至近距離で受けたためかアナの飛行ユニットはいつもの調子とはいかず、機動力を得られない。

 ようやく嵐が止み、得意の戦術を発揮できると思った先でこれだ…アナは悠然と進むゴグマジオスを忌々しく睨む。

 

「ギャオッ!」

 

 イーオスの群れが数体、穴に向けて向かってくる。

 一体一体はそれほど強くはないが、群れるイーオスは連携して狙った相手を追い詰める。

 

「邪魔だ!」

 

 跳びかかるイーオスをアナはブレードの一撃で斬り裂く、続けて2匹目を倒そうとするがその個体は軽快なステップで斬撃を躱していった。相手の注意を引きつけ、別な個体が攻撃を仕掛ける…が、イーオスの連携は彼女には通用しなかった。

 背後から襲い掛かってくる気配を察し、彼女は横薙ぎにブレードを振るいイーオスの首を跳ね飛ばした。

 そこで誤算だったのは、致命傷を負わせた箇所にイーオスの猛毒を生成する器官があったことで、血飛沫と共にイーオスの猛毒がアナの身体に飛び散った。

 

「うっ…!?」

 

 イーオスの毒液が当たった肌に火傷を受けたような痛みを感じ、アナは呻き声をあげた。

 残りのイーオスをなんとか倒すも、いつの間にかゴグマジオスに狙われていることに気付く…回避しようとしたその瞬間、激流のように放たれた重油ブレスの直撃を受けて勢いよく壁に叩き付けられた。凄まじい衝撃に、一瞬アナの意識がとびかける。

 全身に重油を浴びてしまった状態で次の攻撃を受けてしまえば致命傷になってしまう、そうなる前に何とか起き上がろうとするが、直撃を受けたダメージは大きかった。

 

 痛みに呻きながら、自分を狙っているであろうゴグマジオスに目を向けると…。

 

 

 

「こんのクソトカゲ! アタシの部下に何やってんだー!」

 

「え? 隊長?」

 

 

 そこで見たのは、どこからかっぱらってきたのか、単発式のロケット砲を両肩に抱えては撃っては放り捨て、また新しいロケット砲を抱えてゴグマジオスに向けて撃ちまくる【ノア】がいた。

 そしてそのノアと並び、部下を大勢殺されて怒り狂うエグゼが重機関銃を派手に乱射している。

 

「おい! 弾持ってこいノア!」

 

「うるせえ! 自分で持ってこい!」

 

 こんな大事な場面であの二人は何をしているのだろうか?

 そんな風に思っていると、アナの周りにアイルーたちが群がってきたではないか。にゃーにゃー何を言ってるか分からなかったが、イーオスの毒液を浴びた肌に青い液体を振りかけ、瓶に入った液体を飲めと言わんばかりに薦めてくる。言われるがままに、アイルーたちから貰った液体を一気に飲み干す…するとどうだ、先ほどまでの身体の痛みが和らいでいくではないか。

 

「回復薬……なのか? ありがとう」

 

 アナが礼を言うと、アイルーたちは嬉しそうにピョンピョン跳ねて、次の負傷兵の元まで走って行った。

 アイルーたちは建物の上で多種多様な音色の角笛を吹きまくり、その音色聴くと何故だか痛みが引いて行ったり、力がみなぎってきたりやる気に満ちていく。アイルーの軍楽隊による演奏はゴグマジオスに対し威力を見せるものではなかったが、モンスターと戦う兵士たちの士気を奮い立たせていく……そしてそれは反撃のための力となる。

 

「やれる、まだやれる!」

 

 己にそう言い聞かせるようにアナは呟き、ブレードを手に走る。

 ゴグマジオスの翼脚にブレードを振るうが、強固な装甲に弾かれて火花が散った。一撃でダメなら2撃、3撃と斬撃を与えるが、ゴグマジオスの堅牢な城殻はびくともしない。

 その時、アナの前にフランク・イェーガーが躍り出ると同時に一閃…アナの斬撃を阻んでいた城殻ごとゴグマジオスの肉を断ち切る。

 

「武器の性能に頼り過ぎるな。意識を集中しろ、雑念は刃を鈍らせる……精神を研ぎませるんだ、そうすればおのずと見えてくるはずだ」

 

 振り返ることなく言った彼の言葉を聞き、アナは両手にブレードを持つ。

 

 自分に傷をつけたフランク・イェーガーを狙って攻撃を仕掛けるゴグマジオスの後ろ脚がアナの目の前に迫った時、彼女は先ほど見たフランク・イェーガーの斬撃をイメージした。そして軽く息を吸い込み、地面を一気に蹴りつけて刃を振るう……今度は城殻に弾かれる音はせず、鋭利な斬撃によってゴグマジオスの血が辺りに飛び散った。

 自信をつけたアナはそのまま走り、ゴグマジオスの胴体の突起を掴んで駆け上がりそのまま胸部に鋭い一太刀を叩き込む。攻撃を受けてゴグマジオスが怯み、アナは支えを失って落下するが、墜落ぎりぎりでフランク・イェーガーに受け止められた。

 

「いいセンスだ。今の感覚を忘れず鍛錬するんだ、そうすればもっと強くなれるだろう」

 

「いい教訓になりました、ありがとう」

 

「礼はいい」

 

 怒れるゴグマジオスは上体を起こし、あの凶悪な熱線を再び撃ちこもうとする。

 急ぎ二人はその場を離脱、直後に放たれた熱線と大爆発から辛くも逃れることが出来た。熱線を放った直後、ゴグマジオスは息を荒げその動きを止めた……ここに来てこの強大な龍にも疲れが来ていた。

 絶えず巨体に撃ちこまれていた砲弾も、意味がなかったわけではなく、確実に体力を奪っていた。

 

 この好機に、MSF及び協力者たちが勢いづく。

 

 トラックの荷台に40ミリ対空機関砲を無理矢理積載して駆けつけたスコーピオンは、早速銃座につくとヘイブン・トルーパー兵に装填役を命じ、声高々と叫ぶ。

 

「今が攻め時だ! 今を逃したら後はとはないぞ、みんなありったけの力をあいつに叩き込めー!」

 

 トラック荷台に積載したボフォース対空機関砲がスコーピオンの声と共に射撃を開始、連射速度こそガトリングなどには及ばないが、40ミリ砲弾の連撃はゴグマジオスの装甲を徐々に削り弾き飛ばしていく。

 

「ちょっと! そういう役目は私の役目でしょ!?」

 

 対空機関砲をゴグマジオスめがけ撃ちまくるスコーピオンの活躍に嫉妬したバルカンは、負けじとフル装填したバルカン砲をスコーピオンのすぐそばで乱射した。二人の圧倒的火力を応援するようにアイルーたちが笛を吹き鳴らし、何故だか心なしか射撃の威力も上がっていくような気分になる。

 それが効果があるのかは定かではないが、猛烈な弾幕を受けてゴグマジオスは後ずさっていく。

 

 たまらず後退するゴグマジオスであったが、ふと自分に向かって走ってくる一人の人間を目にすると、大きな唸り声をあげて翼脚を叩きつけた。だがその人物は翼脚をすり抜け、腹下をくぐり背後にまわった。

 

「エグゼ!」

 

「あぁ、分かってるぜスネーク!」

 

 スネークが向かう先にはまだ破損していない自走砲が一台残されている…スネークがそれに乗り込み、照準を合わせる時間を稼ぐためエグゼは真っ向からゴグマジオスへと向かっていった。

 エグゼもまたフランク・イェーガーと同じ高周波ブレードを用いるが、彼女の場合は力任せに強引に断ち切る剣技だ。身をかがめ、猛獣のように相手を見据え、強靭な脚力で大地を抉るほどの強い踏み込み…一撃に重きを置いた斬撃をゴグマジオスの胸部へと叩き込んだ。

 離脱することなど度外視した一撃によりゴグマジオスは大きくのけぞった。

 

「スネーク!!」

 

「待たせたな!」

 

 自走砲の砲口をゴグマジオスに合わせたスネークは、即座に強力な砲撃をその大きな背中に直撃させた。

 それまで砲撃を受けていない角度からの砲撃により、ゴグマジオスの強固な城殻が吹き飛ばされると同時に、その象徴なっていた一本の巨大な槍がはじき飛ばされて地面に突き刺さる。

 ノアは突然目の前に巨大な槍が落ちてきたため、思わず跳びあがる。

 

「にゃーにゃー!」

「にゃーお!」

「うにゃー!」

 

 そこへアイルーたちが群がり、なにかを伝えようとしている。

 小さなピッケルで巨大な槍【撃龍槍】をこつこつ叩くジェスチャーを何度も繰り返す。

 

「こいつをぶっ叩けばいいのか!? そうするとどうなるんだ!?」

 

 ネコ語がいまいち分からないためどうしてもアイルーの伝えたいことが分からない。

 そうしている間に、ゴグマジオスは再び翼脚を広げ空に羽ばたこうとしている…もう一度あの熱線の乱射をされれば要塞は壊滅してしまう。

 

「ノアッ! さっさとやれこのやろう!」

 

「あーもう! どいつもこいつも好き放題言いやがって……! こうなりゃやけくそだ!」

 

 エグゼの怒鳴り声にカチンと来たノアは言われるがまま、ハンマーで巨大な撃龍槍を思い切り叩く。

 

 油にまみれ錆びつきながらもその機能を保持していた撃龍槍は、勢いよく回転しながら今まさに空へ向けて飛び立とうとするゴグマジオスの肉体を刺し貫いた。




やったぜノアちゃんw(撃龍槍ぶっ放す活躍!)



次回、決戦!

これは一気にBGMが変わるポイントやな!

推奨BGMとしては定番の【英雄の証】があるが…。

ワイはこっちをお薦めしたいぜ!

https://www.youtube.com/watch?v=62EvLniRCTU


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緊急クエスト:沈め掻臥せ戦禍の沼に 決戦

 ゴグマジオスがその活動の中で絡めとった巨大兵器【撃龍槍】、ゴグマジオスにとってある種の象徴とも言えていた撃龍槍が砲撃を受けた衝撃で肉体から引きはがされ、ついにその役目を果たす。

 錆び付いていながらもその機能を失っていなかった撃龍槍がゴグマジオスの巨体を穿つ。

 油によって人工物を絡めとって形成されているゴグマジオスの城殻を刺し貫き、硬い城殻の奥にあった肉体を損傷させた。その威力たるや凄まじく、ゴグマジオスの巨体が大きく揺れて地面に倒れこんでしまった。

 

 刺し貫いた撃龍槍は龍を貫いた後、その役目を全うし終えたかのようにばらばらになって崩壊していった。

 

 地に伏したゴグマジオスは、しばらくの間起き上がることができなかった…だが息を荒げながら起き上がったゴグマジオスはかつてない怒りを見せつける。もはやゴグマジオスは要塞奥にある大量の火薬など見もしない、眼下に群れる下等な虫けらどもを踏みつぶし、焼き尽くしてやろうという意志で動き始める。

 ゴグマジオスの熱線が放たれようとしたとき、傷ついた身体のリヴァがその能力を用いてゴグマジオスの足元に大きな水球を叩き付けて凍らせた。水流でバランスを崩したゴグマジオスは熱線を放てず、不安定な体勢で体を拘束された。

 

 そこでリヴァは体力の限界を迎え、地面に倒れてしまった。

 

「なんか知らねえが、あの竜の活躍を無駄にするな!」

 

 エグゼの号令により、対戦車砲を持ったヘイブン・トルーパー兵がゴグマジオスめがけ砲撃を開始した。

 満身創痍のゴグマジオスにいくつものロケット弾が叩き込まれ、ゴグマジオスは再び苦痛に満ちた声を…否、激痛を打ち消すように憤怒に満ちた雄たけびを上げたかと思えば、ゴグマジオスは凍り付けられた地面ごと引き抜いて足を踏み出した。

 

「へへ、冗談みたいにタフな野郎だぜ……」

 

 ゴグマジオスの驚異的なタフネスには、エグゼももはや笑うしかなかった。

 それと同時に、ますます深刻になりつつあるのがイーオスやガブラスといった小型モンスターの脅威だ。無視できない損害を与えてくるそれらモンスターを忌々しく見つめつつ、エグゼは先ほどこの混沌とした戦場でばったり会った【万能者】へと味方部隊の援護を依頼する。

 相変わらず生意気な命令口調であるが、トラブルを起こさず引き受けてくれる。

 彼の火力によって、味方部隊の立て直しもスムーズに進む…。

 

 だが、ゴグマジオスの進撃が止まらない…巻き散らす油の中にゴグマジオスの血が混ざり始めていたが、果たしてあとどれくらい攻撃を与え続ければこのモンスターは倒れるというのか?

 

「何を突っ立っている。倒れるまで斬り刻め!」

 

「んなこた分かってんだよ!」

 

 フランク・イェーガーに怒鳴り返しつつ、エグゼの気は損害を受け続ける味方部隊に向いていた。

 ここに来てエグゼはこのモンスターを止めるためだけにMSFがここまで犠牲を払う必要があるのかと、疑問を抱くようになっていた。だが起きてしまったことは仕方がない、ゴグマジオスを忌々しく睨みつつも、エグゼは仲間を援護することに方針を切り替えた。

 崩壊する部隊の援護のため、ゴグマジオスに背を向けた時、たまたまそこへ駆けつけてきたスネークと向かい合う形となる。

 見方によっては戦線を放棄しての後退、よりによってスネークに見つかったことでエグゼはバツの悪そうに俯くが…部下を想う彼女の胸中を察したスネークは、黙ってエグゼの背中を励ますように叩く。

 

「あとは任せろ」

 

 短く、それだけを言い、スネークはゴグマジオスへと向かっていった。

 

「あー…ちくしょう、だせぇなオレ・・・」

 

 自分自身に悪態をつきながら、エグゼは味方部隊の援護のために戦場を駆けまわる。

 

 

 

 

 一方、ゴグマジオスとの戦闘を続ける者たちは市内に突入しようとするゴグマジオスをなんとか食い止めていた。傷付き後退を余儀なくされた者もいるが、なんとか食い止められている。

 だがそれもかろうじてだ…撃龍槍が与えたダメージは大きいが、傷付いたモンスターはより凶暴になる。

 建物ごと粉砕していくゴグマジオスに、苦戦を強いられているのは彼らも一緒だ。

 

「まずいな…退避区域に近付いている!」

 

 セヴァストポリ市内には少なからず残留を余儀なくされた市民もいる。

 大多数は疎開させていたが、身寄りのない者や老人などは避難せず残されていた…ゴグマジオスは意図せずそのエリアへと近付いているのだ。市民への損害を食い止めるべく、スネークとフランク・イェーガーは真正面に立って応戦する。

 廃墟に放たれる熱線、爆風が瓦礫やガラス片を吹き飛ばし鋭利な雨となって振り注ぐ。

 全身すり傷だらけのスネークは、この長い戦いに疲弊していた。

 

 突進に巻き込まれ、瓦礫と共に吹き飛ばされるスネーク…全身を打ったことで広がる痛みに呻き声をあげた。この戦いの最中、ゴグマジオスはこの男が集団を統率していることを察知し、先ほどから執拗なまでに攻撃を仕掛けている。

 瓦礫の中で膝をつくスネークを目ざとく見つけたゴグマジオスは、強靭な翼脚を振り上げ、叩きつけるように振り下ろす。

 

 

「見ていられないぞ、スネーク(ビッグボス)……年をとったな…」

 

 間一髪、スネークと翼脚との間に滑り込んだフランク・イェーガーがゴグマジオスの翼脚を押しとどめる。だが彼もまたこの戦いを通して負傷しており、ゴグマジオスの攻撃を無理に受け止めたことで傷口が開きそこから血が吹きだした。

 

「フランク…!」

 

「…前にもこんな事があった……世話の焼ける親子だ…」

 

 何かを懐かしむように、フランク・イェーガーは笑った。

 強引に踏みつぶそうとするゴグマジオスの力に追い詰められていき、彼は膝をつく…彼を救おうとスネークがロケット砲の砲口をゴグマジオスに向けるが、こんな時に限ってイーオスたちが現れ邪魔をする。

 

「どけ! どけ!」

 

 群れるイーオスを機関銃の斉射で追い払いながら、ロケットランチャーをゴグマジオスめがけ撃ちこむ。だがロケットを真正面から受けきったゴグマジオス、与えられたダメージは軽微なものだった。

 

「スネーク……十分だ、逃げるんだ。オレの事は構うな…!」

 

「バカなことを言うなフランク!」

 

 声を荒げたスネークに、フランク・イェーガーは不敵に笑う…。

 

「いいんだ……オレは兵士だ、死ぬ覚悟は常にできている…!」

 

「なにが死ぬ覚悟だ、たわけが」

 

 ふと、懐かしい声が聞こえてきた…。

 次の瞬間、ゴグマジオスの頭部に無数のミサイルが撃ちこまれ、その爆発に怯んだゴグマジオスが大きくのけぞった。同時に押し潰そうとする力から解放されたフランク・イェーガー、スネークはすぐさま駆け寄り彼を支えた。

 重傷だが命に別状はない。

 その事に安堵しつつ、スネークはゴグマジオスを怯ませた人物を見上げた。

 

 その人物は建物の縁に足を組みながら腰掛け、つまらなそうな表情で二人を見下ろしていた。

 黒髪を風になびかせながら佇む少女を見たフランク・イェーガーは、自嘲するように笑った…。

 

「小娘に助けられるとはな…」

 

「何が小娘だドアホ、そもそもこの私がおぬしを拾ってなければとっくの昔に死んでおるではないか。さて、勝手に知らんところで死のうとした罰は重いぞグレイ・フォックス?」

 

 そこで初めて、ウロボロスは微笑みを見せた。

 

「スネーク、ついでだから懐かしい強敵を連れてきたぞ」

 

「やあスネーク、久しぶりだな」

 

「シーカー…! 生きていたのか!?」

 

「生憎、天国にも地獄にも行けない身でな、何の因果か現世に戻って来た。色々迷惑かけた詫び…と言うわけではないが、助太刀いたす」

 

 スネークがこの世界で対峙した敵の中で最も強く、最も気高き存在であったシーカーの加勢…敵に回せば恐ろしいが、味方となればこれほど心強い存在はいない。

 そんな中、ウロボロスは腕を組みながら周囲をきょろきょろ眺めながらため息を一つ…。

 

「チッ……大人しかいないな…」

 

「まだ諦めるのは早いんじゃないかウロボロス。もしかしたら隠れているだけかもしれない」

 

「ここには加齢臭しかせん…幼子の甘くて芳しい香りが微塵もせん……やる気なくなってきた…」

 

 ウロボロスの戦意がみるみる落ちていく…。

 目の前で唸り声をあげているゴグマジオスの事もなんとなくで見上げている様子…だが一応、部下のフランク・イェーガーを傷つけられたことと、ちょっとの世間体を気にしこの強大なモンスターと戦うこととした。

 

「それにしても小さいモンスターがうようよいるな…なんか色々吐いてきてばっちぃし、何とかならんかシーカー?」

 

「無益な殺生は好まない。まとめて追い払うなら、出来るかもな」

 

 そう言うと、シーカーは目を閉じて意識を集中させた。

 戦前米国の極秘研究機関にて研究されるほど極めて高いESP能力を保持していたシーカーは、このエリア全域に蔓延るモンスターたちを捉える。その数はとても多かったが……あの激戦で何万という無人機を総括していたシーカーにとってものの数ではなかった。

 シーカーが小声で何かを呟き終えたとたん、それまで各地で暴れまわっていた小型モンスターたちは一斉に恐慌状態に陥った。気弱な声をあげ、イーオスとガブラスたちは混乱し、このエリアから慌てて逃げ始めていった。

 

 

「何をした?」

 

「連中の恐怖の感情を少し刺激しただけだ。一種の"脳波干渉(サイコジャック)"、自分が最も怖いと思うものを見せてやったんだ。あのモンスターにもな」

 

 スネークの問いかけに軽く答えたシーカーは、力を行使した対象の一体であるゴグマジオスを見上げた。

 シーカーの脳波干渉により、恐怖を呼び起こされたと思われるゴグマジオス……先ほどまで怒り狂っていた姿は途端になりをひそめ、空を見上げながら何かの気配に恐れを抱いているようだった。あの強大なゴグマジオスが見せた見たこともない変化に、すぐそばで見ていたスネークたちは唖然としていた。

 

「凄まじい能力だな、シーカー」

 

「誰にでも恐怖の感情はある、私にもあなたにも。ただ個人によっては恐怖に打ち勝つ強い精神力があるから、誰にでも通用するものじゃない……しかしあのモンスター、小型モンスターより大きな恐怖心を抱いているな? よほど恐ろしい存在と遭遇したことがあるのかもな」

 

 何かの気配を恐れるゴグマジオスであったが、シーカーのかけた術が解けると混乱しながらも落ち着きを取り戻す…ただ先ほどまでのような勢いはなくなり、ゴグマジオス自身もセヴァストポリ市内から退いていく。

 ただ一度落ち着いたことで要塞に隠された火薬への欲求が高まり、再び狙い始めるが、小型モンスターたちがいなくなり時間を稼げたことで迎撃の準備が整う。

 FAL専用戦車のマクスウェル主力戦車の到着も、戦況を一気に変えた。

 

「反撃の時だな、スネーク? まあ、私たちはこれから戦うんだが…」

 

「さっさと終わらせて子ども捜して帰るぞ。モンスターとか興味ないわ」

 

 やる気のないウロボロスはともかくとして、シーカーは愛刀を携えてゴグマジオスを見上げる。

 鞘に納めたままの刀に軽く触れ、不敵に笑う……シーカーを視認したゴグマジオスは翼脚を振り上げ、叩きつける。それに合わせて抜刀、シーカーの鋭い居合いが翼脚の爪を斬り落とした。

 

「スネーク! きたわ、来たわよ私の戦車! ちょっと一人じゃ扱えないから手伝って!」

 

 そこへ、送り届けられたマクスウェル戦車に早速乗車し駆けつけてきたFAL。どうやらチームの戦車兵とはぐれてしまって、操縦しか出来ないようだ。すばやくスネークは戦車に乗り込むが、近代的な造りの戦車を見てもスネークにはなにが何だか分からない。

 

「研究開発班がようやく本家マクスウェルのレーザーキャノンを解析して、私の戦車を改良してくれたのよ! 正規軍を消し炭にしまくったレーザーキャノンをアイツに叩き込めば、流石に起き上がれないでしょうね! って、砲塔旋回しないし!? 誰よこれ改造したのは!?」 

 

 いざゴグマジオスを狙おうとしたところで、砲塔が旋回しないトラブルに見舞われる。

 このままでは狙いをつけられない、戦車内で喚き散らしながらもFALはこれまで培った戦車の操縦技術を駆使し、車両自体を動かし、瓦礫に乗り上げるなどして砲口の向きをゴグマジオスに合わせて見せる。

 あとはゴグマジオスの動きが止まれば……FALの意思を察したシーカーがゴグマジオスをかく乱し、動きを止めた。

 

 

「今よ、スネーク!」

 

 

 FALの声に、スネークはマクスウェルの主砲を発射…最大までエネルギーを充填したレーザーキャノンの赤い閃光が走り、直撃を受けたゴグマジオスは凄まじい大爆発によって吹き飛ばされた。ゴグマジオスの巨体が廃墟の中へと倒れる音と、大きな振動が響き渡る。

 巨体が倒れたことで粉塵が大きく舞い上がり、町は砂煙に覆われる…。

 

 静寂が廃墟を包み込む……それをうち破ったのは、この戦場にいた兵士たちの大きな歓声であった。




ゴグマジオスしぶとすぎるから、最強格引っ張って来るしかなかったヨ。


これにて大モンハンコラボは、一応の終結かな。
ちょっと力不足で描写しきれなかった方には申し訳ない…。

次回は後日談的なね。

モンスターを狩猟した方は素材を好きに使っちゃってくださいな~!
捕獲しれくれた方には、後でMSFからプレゼントを用意します…まあしょぼいと思ったらすみませんw




Q.結局ゴグマジオスはなにに恐れをみせていたの?

A.シュレイド城に行けば何かわかるんじゃない?


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モンハンコラボ:おまけニャ

 巨戟龍ゴグマジオスの討伐に成功したMSFそれに協力者たち。

 犠牲は多かったが、より大きな災害が起こるのを未然に防ぐことが出来た……戦後、この戦いで命を落とした兵士たちの葬儀が行われ、遺骨はマザーベースに持ち帰ることとなった。

 

 略式の葬儀が終われば、その後は要塞としてゴグマジオスを迎え撃ったこのセヴァストポリ市内の復興活動だ。全てが終われば復興活動を行うという条件付きでこの都市を借り入れたため、MSFは部隊を割いて都市の再建を目指す。

 さすがにこの復興まで参戦してくれた者たちの手を借りるわけにはいかず、MSFは協力者たちに報酬金の他、アイルーたちが怪物の島から報酬の足しにと持ってきてくれた、モンスターの素材や未知の鉱石などをつけたして手渡した。

 

 ちなみに、各勢力と交渉をしてくれた運び屋にアイルーがお礼として【燃えないゴミ】・【マタタビ】・【コゲ肉】を手渡そうとした。もちろん運び屋はその後、アイルーのバッグにもらったものをねじ込み、逆にアイルーたちが隠し持っていたモンスターの素材などをスリ取った。

 

 

「そんじゃ、色々世話になったなMSFのみんな! 後で報酬はたんまり貰うからな!」

 

「おいおいなに帰ろうとしてんだよノア? 折角だから復興作業も手伝ってけよ、なあ?」

 

 そしてゴグマジオスを倒しやることやったノアは、P基地に帰ろうとするがエグゼに阻止される。

 ここで共闘する前はお互いいがみ合っていた二人だが、一緒に戦った事で気に入りはじめたのだ……というのはエグゼの方の一方的な想いであり、付きまとわれるノアは鬱陶しそうに突き放そうとする。

 

「折角だから一杯付き合えよ、なあ?」

 

「だー! うるせんだよバカやろう! あたしに付きまとうな!」

 

 気合の入った戦いぶりを見せてくれたノアを気に入ってしまったエグゼはなおもしつこく付きまとう。見かねたハンターなどに取り押さえられ、ようやく解放されたノアであったが、アナやRFBがせっかくだから手伝ってあげようという言葉に渋々頷く。

 

 そんなMSFのばたばたとした様子を横目で見ながら、シーカーはくすっと笑う。

 彼女は今、この戦いに協力してくれた水竜リヴァのそばに立ち、ゴグマジオスとイビルジョーとの戦いでつけられた傷を診てあげていた。海水に浸かりながら身体を横たえるリヴァのそばに立ちながら、傷口に手をかざす。

 すると、ゆっくりではあるが傷口から流れていた血が止まり、火傷や裂傷が少しずつ癒えていく。

 

『不思議な力だ』

 

「持って生まれた力の一つさ…他の誰かを癒すために使ったのはこれが初めてだが、違和感はないか?」

 

『いや、気持ちが安らいでいくよ。君は超能力者かなにかなのか?』

 

「ESP能力の保持者だ。物を動かしたり、遠くを見たり…そんなところだ」

 

 ちなみにだが、二人はお互いに念話でのやり取りをしていたりする。

 ウロボロスがフランク・イェーガーを連れてさっさとアフリカに帰ってしまったので、シーカーは一人取り残されてしまった形だ。まあ、それについてはさほど重要ではないのだが。

 

『じゃあ、君は未来予知とかできたりするのか?』

 

「できる、だがやらない」

 

『どうしてだ?』

 

「未来に目を向けるばかりで今を疎かにしてはいけない、そう悟ったのさ。それに、決まった未来を目指して進むだけなのはロマンがないだろう?」

 

『そうか? 未来予知できればギャンブルとかで大勝できそうだが』

 

「はははは、君は見た目に反してずいぶん俗な物言いをするね。率直に言って…少し人間臭い」

 

 シーカーの物言いに、リヴァはどきりとしつつも平静を装う。

 ちょうどすぐそばを人の腰丈ほどのサイズの小さなモンスター【怪鳥イャンクック】と、マザーベースからやってきたヴェルたちちびっこたちが駆け抜けていき、シーカーの気が逸れる

 

 

「さてと、治癒はこれくらいかな…傷痕は隠しきれないが」

 

『いや、とても助かったよ…ありがとう』

 

「どういたしまして。それじゃあ、まだ安静にしていたまえ」

 

 シーカーが手を振ると、リヴァは尻尾の先端を海面に少しだけ出して軽く振った。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~……マジで一体何なのよ……砲塔旋回できなくなった挙句、レーザーキャノン一発撃ったら砲身の交換必須とか舐めてるでしょ…」

 

「いいから手伝え独女」

 

 戦後、愛車のマクスウェル戦車が砲塔旋回不可能と強力だが一発撃つ事に砲身の取り換えが必要という、欠陥とも言える粗悪品に改造されてしまったことにFALは最低にネガティブな感情に囚われていた。

 ベンチに座ってワインボトル片手に足をがばっと開いてやさぐれている残念な姿に、通り行く人々は見て見ぬふりをする…。

 

「FAL、いい加減にしなよ。アンタがあの戦車の改良を無理に急がせたのが悪いんでしょ? それとパンツ丸見えだよ?」

 

「ふん、どうせ私のパンツなんて誰も見ないわよ…はぁ……ところでVector?」

 

「なに?」

 

「あんたさ、わたしが電話番号渡そうとした時…私を引き取るだのどーの言ったわよね、あれどういう意味?」

 

「え…!? そ、そんなこと言ったかな…?」

 

「言ったわよ。なに、あんた私に気でもあるわけ?」

 

 相変わらずFALはやさぐれた態度のままだが、予想外の追及をかけられたVectorの方は狼狽している。

 耳まで真っ赤に紅潮させたVectorは、一瞬FALに見つめられると泣きそうな表情のままどこかへ逃げ去って行ってしまった。

 

「ふーん…」

 

 逃げ去るVectorの背を見届けつつ、FALはワインボトルを飲み干した。




ちょっと短めですが後日談?

皆さんコラボお疲れさま、そしてありがとうございました!


なお、参加報酬としてMSFから報酬金とアイルーたちよりモンスター素材とレア鉱石が贈られますので、好きに使っておくれ!
それから捕獲してくれた方には、追加でMSFの無人機【月光】、【フェンリル】、【グラート】を無償でどれか一体譲渡しますぜ!



ふと、以前メッセージで貰った質問で米軍主力戦車マクスウェルと正規軍のテュポーン戦車の強さの比較を何かに例えるならって質問を受けたのですが。

例えるなら、M4シャーマン中戦車でティーガーⅡ重戦車に挑む様なものです。


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世界を支配したAI

 MSFが本来存在していた世界線の未来にて、秘密組織【愛国者達】の意思を決定・実行する代理AIのトップであったJ・D(ジョン・ドゥ)。なんの因果か、ストレンジラブがお手伝い用に開発していた自律人形のAIとして宿ってしまった彼女は今、研究開発班預かりという身分であった。

 MSFに在籍するすべての戦術人形、無人機など足下に及ばない高度なAIのJDであるが素体があくまでお手伝い用の自律人形ということで戦闘力は皆無なのだ。マザーベースの外をうろつかせることは何より危険で、研究開発班はトップクラスの警護を受けているのでまずここにいれば安全だった。

 そしてJDは自分が知っている技術の供与はお願いされれば惜しみなく協力していた…彼女が唯一主と認めるスネークと、オセロットの承認が得られればの話であるが。

 

 さて、そんなJDがMSFに供与した技術をストレンジラブ博士とアーキテクトの最強タッグが研究して実現したものが、ついに組織に投入される。

 その技術というのは、今まで鉄血のプロトコルを少し弄った程度だったヘイブン・トルーパー隊の通信規格及びネットワーク、プロトコルを一気にアップグレードするというもの。

 

 JDが教えてくれた技術により、各兵士はID登録されてリアルタイムな個人情報を24時間チェックすることができ、兵士ごとの現在位置・移動速度・残弾数・負傷カ所・命中率・糧食残数・水分の摂取量と残量・発汗量…同時に開発されたナノマシンにより、体内で起きたすべての反応データはシステム中枢のAIに集められる。

 的確な状況把握によって作戦行動中の混乱を押さえ、システムが導入された兵士間の連携もスムーズとなる。

 さらに、ナノマシンは生身の人間の兵士にも投与が可能であり、人間の身でありながら戦術人形のように相互通信が可能……痛覚や感情の制御も、可能であった。

 

 

 JDが供与した技術の基の名はSons Of the Patriots(サンズ・オブ・ザ・パトリオット)というらしい……この技術の導入により、ヘイブン・トルーパー隊の戦闘効率の向上や部隊間の連携もより高度なレベルに到達するのだった。

 本来なら訓練や経験を重ねて初めて得られる感覚(SENSE)を簡単に体得できるのだ。

 

 まあ、技術開発には成功したが、ナノマシンの生産と導入には多額のコストもかかるということでこのシステムの完全な導入にはしばらくの時間が必要だ。ハンターの猟兵大隊、一部のエリート部隊を優先に導入が進められる。

 また、スネークを含め多くの人間のスタッフたちはよく分からないものが入った注射を受けたくない、という理由からこのシステムを拒否した……余談だが、スネークとオセロットがナノマシン投与を拒否した時のJDは酷く落ち込んでいた。

 

 

「それにしてもJDちゃんの技術は凄いね! このSOPシステムを上手く扱えれば、ペルシカリアが発明したASST(烙印システム)やエッチング理論なんか時代遅れの技術になっちゃうよね! さっすが~!」

 

「恐縮です、アーキテクト」

 

 

 SOPシステムをヘイブン・トルーパー隊への導入計画を進めるにあたり、アーキテクトが少しばかりいじり、I.O.P戦術人形の特徴とも言える烙印システムを簡単に組み込めるようにしてしまう。興味本位で改良してみたら、いつの間にかツェナープロトコルどころかオーガスプロトコルをも超えるようなネットワーク・通信規格が生まれてしまったことに、アーキテクトは内心ビビっていた。

 

 このSOPシステム以外に、JDが技術の概要を伝えたものはいくつかある。

 

 中でもストレンジラブが興味を示すと同時に、危険性を認識したものがSelection for Societal Sanity(社会の思想的健全化のための淘汰)、【S3計画】というものだ。

 人間の意志をコントールするシステム、都合の悪い情報がそもそも個人から発信されなくなるようなシステムだとJDは言った。それは機械のような形のあるシステムではなく、人が普段の生活で何気なく見るものや聞くもの、選択するものの中に、自然と意志を誘導する要素を含ませるというものだ。

 

 未来の世界において愛国者達の代理AIはこれにより、"人々は自分で判断してると思っていることが、実は無意識下で愛国者達に操られている"という世界をつくり上げた。

 このようなディストピア世界を創造した愛国者達のAI、JD含めた代理AIの基幹となったAIが、かつてストレンジラブが生み出したママルポッドだと聞かされたときは、ストレンジラブも動揺を隠しきれなかった…。

 

「まあ、だいたいのJDちゃんの技術はスネークやオセロットに拒否されちゃったけどね~」

 

「残念です。今すぐにでも私が知るシステムを世界に導入すれば、世界情勢のコントロールも可能なのですが…」

 

「ま、まあやり過ぎは禁物だしね。そこまでスネークも求めていないと思うから…!」

 

 基本的にJDはスネークとオセロットに忠実だ。

 だが油断しているとJDはとんでもない技術を提案し、よく内容を理解させなくとも承認してもらおうとする。オセロットが疑いを持たなかったら、今頃MSFは第二の愛国者達(サイファー)になり替わっていただろう。

 

 

「やあみんな、ここにいたんだね?」

 

「お、ヒューイくん。元気してる?」

 

「男子禁制だぞヒューイ、とっとと出ていけ」

 

「ひ、ひどいじゃないか…! ここはまだ棟の廊下だよね?」

 

 その場へやって来たヒューイ博士に対し、ストレンジラブが相変わらずの辛辣な態度を取る。

 一時は近付いた二人の関係も、可愛い戦術人形がたくさん増えたことでストレンジラブの興味が完全にそちらに向かってしまったため、また以前のような冷え切った関係になってしまった。

 ヒューイが何故ここに来たかというと、実は彼もまたJDからある技術コンセプトを受け取り、それの実現に向けて研究に励んでいたからだ。この研究には、アーキテクトも参入しており、ヒューイの話を聞いたストレンジラブは大はしゃぎだ。

 

「さすがはエメリッヒ博士ですね。人の技術を我が物顔で開発する才能に恵まれていますね」

 

「コホン……JDちゃん、ぼくの評価って未来じゃそうなのかい?」

 

「色々ショッキングな内容もありますので一部割愛しますが、データ上にはグラーニンの兵器を真似たパクリ野郎と記されています。まだお子さんの開発したメタルギアの方が素晴らしいです」

 

「君もなかなかに毒舌なんだね……それにしてもぼくの子か……母親は誰なんだろうね?」

 

 ヒューイの問いかけにJDは答えなかったが、一瞬だけ彼女の視線がストレンジラブを捉えた…。

 

「それよりヒューイくん、ここに来たってことは例のあれが完成したってこと?」

 

「完成、とはまだ胸を張って言えないけど、もうすぐだね。最後の調整に入りたいからJDちゃんとアーキテクトの手を借りたくてね」

 

「オッケ~! すぐいこ!」

 

「分かりました」

 

「ありがとう二人とも。あとストレンジラブ博士、お願いしていたAIの件だけど…大丈夫だよね?」

 

「問題ないから早く消えろ」

 

「ひどいなぁ…」

 

 ストレンジラブから叩きだされる形で追い払われてしまったヒューイ。

 その後、アーキテクトと色々研究について話しあいながらたどり着いた格納庫……メタルギア・サヘラントロプス開発にも使用された格納庫には現在、もう一つの巨大兵器の開発が進められていた。

 

「うわぁ……だいぶできあがってる! ていうか、これもう完成じゃないの!?」

 

「いや、機体自体は出来上がっているけれど、肝心のこいつを動かすための自立制御システムと統合戦術情報分配システム(JTIDS)の搭載がまだだ。でもストレンジラブ博士がそれを完成させてくれれば、一気に完成にこぎつけられるよ」

 

「対メタルギア用メタルギア…水陸両用型二足歩行戦車【メタルギアRAY】、パクリとはいえお見事ですエメリッヒ博士」

 

「JDちゃん、そろそろ胸が痛んでくるよ…?」

 

 JDの技術供与で造られているのはメタルギアRAY、その中の量産型と言われるものらしく、完全なる無人機の一種でもある。

 統合戦術情報分配システム(JTIDS)が搭載されれば高い索敵能力に加え、対艦・対戦車用ミサイルや水圧カッターといった強力な武装の数々により優れた戦闘能力を誇る。水陸両用の名の通り、沿岸部からの奇襲攻撃を想定した設計になっているため、完成されれば海に浮かぶマザーベースの強力な防御兵器となるだろう。

 

「さてと、これからが忙しいね! ありがとうJDちゃん」

 

「どういたしまして」

 

 そう言ってJDは軽く会釈をすると、何やら慌てた様子でその場を足早に去っていく…そんな姿を不思議に思いつつも、アーキテクトとヒューイはメタルギアRAYの開発に取り掛かる。

 

 

 

 

 

 

 格納庫を跳び出したJDは、きょろきょろと周囲を見ながら小走りに駆ける、どうやら誰かを捜しているらしい。

 

 やがて、甲板に姿を見せたスネークとオセロットの二人を見つけるとほっと安堵したような表情を見せ、二人の元まで駆け寄ってくる。

 

「どうしたJD?」

 

「ビッグボスおじさま、またお願いします」

 

「………またか?」

 

「はい」

 

 JDに何かをお願いされて、スネークは空を見上げながら小さなため息を漏らす。

 

「なあJD、それはオレじゃなくてもオセロットじゃダメなのか?」

 

「オセロットおじさまなら信頼できます」

 

「そうか、じゃあ頼んだオセロット」

 

「ボス、いきなりなんなんだ? 話が全く理解できないぞ…一体何なんだJD?」

 

「トイレに行きたいのです、おじさま」

 

「トイレ?」

 

「はい、おじさま」

 

 予想もしていなかった返答にオセロットは呆気にとられ、そしてジト目で隣に立つスネークを見つめる。

 何故オレに押し付ける、そんなことを言いたげな目つきだった。

 

「トイレくらい一人で行けないのか?」

 

「排泄時には極めて無防備となり、暗殺及びその他災害に巻き込まれ破壊されてしまうリスクがあります。ビッグボスおじさま、オセロットおじさまが付き添っていただければそのリスクは限りなくゼロに近くなるのです」

 

「よく分からんが……まあオレは忙しい、ボスにお願いするんだな」

 

「待てオセロット、お前さっきしばらく時間に余裕があると言っていたな?」

 

「急用を思いだした」

 

「出まかせを言うんじゃない。いいか、JDはオレとお前とで面倒を見なきゃいけない。トイレに付き添ったり風呂に入れてやったり一緒に寝てやるのも、交代しながらやろうじゃないか」

 

「………一緒に風呂に入ったり寝たりしているのか、ボス?」

 

「今言ったことは忘れろ」

 

「あの、おじさま…どちらでもいいので早く…」

 

 JDは役目を押し付け合う二人に催促するが、二人の口論はヒートアップしていく。

 

「少し待っていろJD。ボス、それは過保護なだけだぞ…オレは託児所勤務じゃないんだ。子どもの面倒は他の誰かにやらせろ」

 

「それはそうだが、JDには事情があるんだ、仕方がないだろう」

 

「郷に入っては郷に従えだ。JDがどれだけ多くの知識を持っていようと関係ない、ここで生きていく以上自立させるんだ」

 

「分かった分かった、もうお前には頼まん……行くぞ、JD」

 

「申し訳ありませんおじさま……我慢できませんでした…」

 

 マザーベースの甲板に、無情の風が吹く…。

 ちょうど通りかかったWA2000に対しオセロットは後処理を命じ、さっさと立ち去ってしまう……事情をよく分からないWA2000は、スネークがJDを苛めたと勘違いしカンカンに激怒、スネークはとばっちりを食らいしばらくの間誤解が解けることは無かった…。




これにはMr.シギントもニッコリですね(笑)


さーて次なにしようかな?


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ウロボロスの拾い物

 窓から差し込んで来た朝日を顔に受けて、ウロボロスは起床する…寝る時はいつも寝間着どころか下着すら着ない主義の彼女は、華奢であるが程よく肉付いた美しい裸体をぐっと伸ばす。そのまましばらくぼーっとベッドの上で佇み、ふと同じベッドでぐったりしているイーライに視線を落とす。

 全裸で寝るウロボロスにいつも抱き枕にされているせいでイーライはいつも悶々とした日々を送り、毎日寝不足だ。

 

「おーい、起きろイーライ。朝だぞー」

 

 夜中になってようやく寝れたイーライはまだ起きたくないのか、ウロボロスの手を振りはらいシーツを頭から被る。それを無理矢理引っぺがされてしまい、強制的にたたき起こされる。怒ったイーライがウロボロスをやっつけようとするが、それを彼女は容易く返り討ち…朝っぱらからイーライは全裸の女性に組み伏せられるという屈辱を味合わせられる。

 まあ、他に誰か見ている者はおらず、部屋でドタバタ騒ぎを起こそうが屋敷の使用人たちはウロボロスの癇癪に触れるのを恐れて入っては来ない。

 

「まったく朝から力を使わせるな」

 

「誰のせいだと思ってんだ! というかさっさと服着ろよ!」

 

「ふん、なに照れておるこのスケベ小僧が……まあいい、折角だから朝風呂にでも一緒に入るか?」

 

「なんで一緒に入らなきゃ…! 一人で入ってこいよ!」

 

「前は一緒に入ってただろうが? 最近は付き合いが悪いな……あ、もしかしておぬし…下の毛でも生えてきたか?」

 

 口に手を当ててニヤニヤ笑うウロボロスに、イーライは顔を真っ赤にして怒りだす。

 しかし抵抗する間もなく、イーライは強引に風呂場へと引きずられていってしまう……そこで入念に調べられ、風呂から上がる頃にはイーライはほとんど虫の息、逆にウロボロスの方が妙に生き生きしていた。

 

「ふむ、まだまだ小僧だな。さて、朝食を食べに行こうか?」

 

 そうは言うが、朝からの騒動でイーライはもうぐったりしている。

 仕方なく、イーライをおんぶして食堂へと向かおうとするが、寝不足とこの疲れでイーライはウロボロスの背中で寝息をたてはじめる。イーライが寝息を立てているのに気付き、ウロボロスは小さく笑うと、通路を引き帰し自室へと戻る。

 ベッドメイキングをする使用人を追い払い、ベッドの上にイーライを寝かせると、ウロボロスもその隣で横になる。眠りにつくイーライを慈愛に満ちた表情で、ウロボロスは見つめ、彼の金色の前髪を優しくかきわけた。

 

「クソガキもこうしていれば、年相応だな……おぬしの成長が楽しみだ、きっとおぬしは誰よりも強くなるだろうよ…私やフォックス、ビッグボスなんかよりもな…?」

 

 眠るイーライにシーツをかけ額にキスをする。

 彼を起こさないよう、静かにウロボロスは寝室を後にするのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さがれ、どけ! ウロボロス様の御視察だ~! 消毒されてぇか~!」

 

 大規模農場をゆっくりと車両が進み、先頭車両では火炎放射器を持ったガタイのいい兵士が労働者たちを脅しながら道を開けさせる。

 車両の列の中にオープントップの装甲車があるが、その装甲車に特設された玉座のような椅子に足を組みながら座るウロボロスの姿があった。

 労働者を道端に跪かせ、その前を偉そうな態度で通り過ぎる彼女の姿はまさに悪の親玉そのものに見える。

 まあ、こうしたパフォーマンスはウロボロスの虚栄心の現れだと労働者たちは知っているので、慣れた労働者たちは黙って彼女が通り過ぎるのを待つ。だが、こういったことに慣れていない義憤に駆られた若者などが黙っていたりはしない。

 労働者を扱き使うウロボロスを常々敵視していたその若者は懐に拳銃を忍ばせ、ウロボロスとの距離が近くなると同時に駆けだした。

 

 ウロボロスは若者が自分を狙って拳銃を向けようとしているのにいち早く気付くも、視線を向けたのみで一切動じない。大声をあげて拳銃を構える若者に対し、素早く行動を起こしたのは、ウロボロスのすぐそばに控えていた一人の男だ。

 男が素早く投げたナイフが、拳銃を握る若者の手に突き刺さり、若者は拳銃を落として悲鳴をあげた。

 

 それまで平伏していた労働者たちは襲撃を仕掛けた若者から離れ、ウロボロス護衛の兵士が駆けつけた。

 襲撃者を止めた男性も装甲車から降り、若者の手に突き刺さったままのナイフを抜き取り鞘に納める。

 

「お嬢、お怪我はありませんか?」

 

「見事だ【ヴァンプ】、後で褒美を取らす」

 

 ウロボロスの労いに、ヴァンプと呼ばれた黒髪の男は仰々しくお辞儀をしてみせる。

 

「ウロボロス様! こいつはいかがいたします!?」

 

「好きにしろ」

 

「了解しましたッ! 汚物は消毒だ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 領内の見回りを終えて屋敷に戻って来たウロボロス。

 出迎えのために整列していた使用人たちを手を払って散らせると、プールサイドのビーチチェアに腰掛ける。いつの間にかビキニスタイルの水着に着替えたウロボロス、彼女の白磁のような白い肌に黒のビキニは良く映える。

 ビーチチェアに座りながらワイングラスをつまみ、ウロボロスは手のひらをヴァンプに差し出す…彼からナイフを一つ受け取ったウロボロスはおもむろに自身の手首に刃を突きたて、流れた血でワイングラスを満たす。

 美女の血で満たされていくワイングラスを見つめるヴァンプはやや興奮した様子で、彼女から手渡されたグラスに迷わず口をつけた。

 

「ウロボロス、いい加減になさい! ここにはご主人様もいるというのに……精神衛生上極めて不潔ですわ!」

 

 たまたま一連の様子を見てしまった代理人が、ウロボロスとヴァンプの二人を指差し怒りだすが、ウロボロスはまるで相手にせず、ヴァンプも聞く耳を持たなかった。

 

 このヴァンプという男だが、先日ウロボロスがアフリカの砂漠を散歩していた時にたまたま行き倒れていたのを見つけて拾われたのだ。

 ウロボロスが見つけた時、ヴァンプは死にかけていたが好奇心で世話をしていたところ復活した。

 彼は当初酷く混乱していたが、そこでウロボロスは彼もまたフランク・イェーガーと同じ境遇のものであると気付くと同時に、味方陣営に引き込むべく説得をしたのだ。交渉の末、ウロボロスはヴァンプの協力を見返りとなる血と引き換えに獲得したわけだ。

 

 ヴァンプを屋敷に連れ帰った時、屋敷のハイエンドモデルたちからは猛反発を受けたが元々屋敷はウロボロスのものなので強引に押し通す。納得のいかないジャッジがヴァンプを力づくで追いだそうとしたが、ここでヴァンプは驚異的な戦闘能力でジャッジを返り討ち、ウロボロスは良い拾い物をしたと大層喜んだ。

 

「まったく……まあいいですわ。ウロボロス、何やら環境保護団体の過激派が領内で抗議デモと称して破壊行為を続けているみたいですが?」

 

「ほっとけばいい」

 

「何を言ってるんです? このまま野放しにしておけば、同調者が現れてますます被害が拡散しますわ」

 

「それがお嬢の狙い。お嬢の統治に不満を持つ隠れた連中をあぶりだし、一気にまとめて始末する。少し出て潰していくいたちごっこは時間の無駄だ……そうでしょう、お嬢?」

 

「その通りだヴァンプ。なんだ、おぬし代理人のカチカチ石頭より柔軟だな?」

 

「いちいちあなたは一言多いんですよウロボロス!」

 

「ええいうるさい奴だ……ヴァンプ、とりあえず屋敷に近い町の過激はどもはおぬしで潰しておいてくれ。手段は問わない」

 

「すぐにでも、お嬢」

 

 ヴァンプはウロボロスにお辞儀をすると、ゆっくりとプールサイドから離れ姿を消していった…。

 

 すると、それまでヴァンプが怖くて近づけなかった屋敷の子どもたちが一斉にプールサイドへと集まってきた。それを待っていたのか、ウロボロスは先ほどまでの仏頂面をひっこめて子どもたちとプール遊びに興じ始める。

 

 いたずら盛りの子どもたちによって、プールサイドにいた代理人が哀れにもプールに突き落とされたのは言うまでも無い…。




はい(怒)
MGSから敵さんが一人ログインしたようです(笑)


フランク・イェーガー「ウロボロスに少しでも手を出したら―――」
ヴァンプ「オレはバイセクシャルだ」
フランク・イェーガー「!!!????」
代理人「ハレンチですわ!」


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緊急合作案件! 異界の兵器が持ちこまれたよ

今回は記録者Sさんとのコラボ案件や、アーマードコアを知らないワイが好き勝手するコラボやぞ!
覚悟しろ!


「面白い名前だな、気に入った。もし戦場で会ったら、殺すのは最後にしてやる」

 

 MSFの前哨基地への訪問客であるアリスのその一言で、その場の空気がぴしっと軋む様な錯覚を受ける。

 ことの始まりはエグゼが来訪者であるアリスの名を"女みたいな名前"と言ったことに起因する。ようするに最初に無礼をやってのけたのはエグゼの方であるが、元々エグゼは自分が認めた相手以外には敬意を欠片も示さないことで知られる。

 そんなエグゼが、冒頭の挑発とも言えるような言葉をアリスにかけられた瞬間、それまで興味がなかったかのような態度を一変させる。

 

「なんだテメェこのやろう……ケンカ売るつもりならもっとマシな言葉使いな」

 

 あくまで無関心を装っているが、さっきまでの態度に比べたらエグゼは真新しいおもちゃを見つけたかのように目をいきいきとさせている。

 対するアリスは、自分の名を侮辱されたと感じたために割と本気にエグゼを睨みつけている。

 

「殺したい、そう思ったんならさっさとやりな。オレが忘れちまう前によ?」

 

「エグゼ、客人に失礼だろうが。落ち着けよ」

 

「うるせえよ、引っ込んでろキッド」

 

 仲裁に入ろうとするキッドにも暴言を吐き、いつの間にかキッドもイライラし始める。

 場の空気が悪くなっているのに気付いたのか、警備のヘイブン・トルーパー兵が様子を見に来るのだが…争いの渦中にいるのがエグゼだと分かった瞬間、彼女たちは距離をあけて成り行きを見守る。

 

「キッドは優秀な兵士だと思えるが、お前はそうは思えないな」

 

「テメェの物差しでなんでも測れると思うなよ? テメェとオレと築き上げた死体の山の差が――――」

 

 そんな時、ズシンズシンという振動が近付いてきたのでそちらを咄嗟に見ると、流線型のボディを持つ巨大な兵器が軽快な足取りで近付いてくるではないか。先ほどまでアリスを挑発していたエグゼは、その巨大な兵器を目の当たりにすると途端に狼狽する。

 

「やっほ~皆さん、ただいまメタルギアRAYの歩行テスト中ですんで踏み殺されたくなかったら2メートル以内には近づかないでね~!」

 

 巨大兵器メタルギアRAYに追走する形でジープが一台走る。

 運転を担当するスコーピオンの隣では、スピーカーでメタルギアに踏まれないよう注意を喚起するアーキテクトの姿があった。

 どんどん近付いてくるメタルギアRAYを見て、エグゼはわなわなと震え出したかと思えば、尻尾を巻いてその場から逃走していった。

 

「なにがあったんだ?」

 

「あぁ……エグゼは昔、別なメタルギアにボッコボコにされた経験があってな。それっきり巨大兵器を見るとあの通りなんだよ」

 

 そのメタルギアというのが今はないZEKEという名の史上初めてメタルギアの名を冠したMSF独自の兵器だ。

 今は後継のサヘラントロプス、そして現在開発途中のRAYがMSFが所持するメタルギアとなる。

 

「あんたのあの……なんだっけ?」

 

「アーマードコア、ジャヴバウォックだ」

 

「そうそうそれ、そいつもメタルギアとはまた違った設計思想だが、なかなかのものじゃないか。怪物との戦いではあんたの兵器の方が役に立ってたよ」

 

「あの時は必死だったからな。それにしても、無人機のグラートといいあのメタルギアといい、MSFの技術力は高いな」

 

「マンハッタン計画の研究員が軒並み揃ってるようなもんだからな! まあ、奴らへの研究費が上がるせいでオレの給金がいつまでも増えねえ……ちくしょう」

 

 何か研究開発班への不満があるのだろうか、キッドは肩を落とし、元気に基地の敷地を闊歩するメタルギアRAYを眺めていた…。

 

 

 

 

 

 

 ところ変わって前哨基地内の整備場内にて、アリスとグリフィンD17地区基地指揮官のシェリルが持ちこんできた兵器、アーマードコアの解析と修復依頼を請けていた。あとは、先日アリスらが捕獲に成功した雷狼竜ジンオウガが運び込まれ、重厚な檻の中で麻酔によって眠らされていた。

 ジンオウガに関しては、環境が落ち着いた怪物の島の自然に返すつもりだ。

 モンスターを捕獲してくれた報酬として、MSFは彼女らに無人機のグラートを一体譲渡する約束だった。

 

 グリフィンD17地区基地指揮官のシェリルが持ちこんだ異世界の兵器と言われるアーマードコア、これの解析と修復をお願いされたわけではるが…当たり前だが持ちこまれてすぐ解析結果を出すことも作業に取り掛かることも不可能で、少し時間はかかるということはお互い了承済みだ。

 

「私たちもこの兵器についてはよく分かっていないんだ、あなた方の技術力を見込み解析をお願いしたい」

 

「美しい……」

 

「ああ、とても美しい…」

 

「あの…ミラーさん、ストレンジラブ博士? どこをみて言ってるんです?」

 

 未知の兵器の解析ということで呼ばれた副司令のミラーとストレンジラブ博士。

 損傷したアーマードコアよりも、その前に立つシェリル指揮官を見ながら感想を述べる二人に、彼らを呼んだエイハヴは何とも言えない表情を浮かべていた。 

 

「美しい、か……戦争を生業とするMSFの人間から見ればこの兵器もそう見えるのか」

 

「いや、シェリル指揮官この二人は……まあいいか」

 

 ミラーとストレンジラブの個人的感想があくまで兵器に向けられているものだと疑っていないシェリル指揮官。

 エイハヴはその勘違いに気付かせてあげようと思うが、色々と話がこじれてしまいそうなので止めにした。

 

 その後さりげなくお茶に誘おうとするミラーとストレンジラブを阻止し、ひとまずエイハヴはこの交渉が穏便に済むよう努めるのであった。




こ、これでええんか…?

ルーク・スカイウォーカー「素晴らしい全て間違っている」


唐突なSWネタ申し訳ない…(ネズミ三部作で唯一印象に残るセリフ)






※アンケートについて
カズヒラ・ミラー殺害事件について、推理物(ガバガバ推理)になると思うので、今しばらくお待ちを…。
具体的には、金田一くんとコナン(ザ・グレートじゃないよ)を読ん勉強してるから待ってクレメンス。


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いつまでもともだち

 ヴェルはいつも元気いっぱいだ。

 ダミーから派生したとはいえ、親であるエグゼの影響を色濃く受け継いだためか常に活発に動き回り、いたずらを仕掛けたりところかまわず遊び回ったり常にフルパワーだ。

 ヴェルの面倒を見るというのはなかなかに骨が折れる。

 というのも、エグゼの子どもということもあってかスネークとエグゼといった親と認識する存在や、それ以外の懐いた者の言うことしか聞かないからだ。以前まではアルケミストやデストロイヤーなどが面倒を見てくれていたが、今はもういない…必然的にエグゼが普段の仕事の時間を割いて面倒を見る時間が増えていく。

 とはいっても常にフルパワーなヴェルの面倒を一人で見るのは流石のエグゼもまいってしまう……数少ないヴェルが懐くハンターがいなければ、とっくの昔にくたばっていただろう。

 

 前哨基地の外れに特別に作って貰った公園にて、ヴェルを連れていき遊ぶ。

 他にも同じようなちびっこ人形たちも一緒にやって来て遊ぶが、ヴェル以外のちびっこ人形の面倒はFALが押し付けられている。まあ時々スプリングフィールドやキャリコなどがやって来て一緒に遊んであげるのでそこまで苦労することは無いだろう。

 

 

「あ、パパだ!」

 

 

 公園の遊具で遊んでいるヴェルは父親と認識するスネークを視認すると、遊具を飛び降りてぱたぱたと駆けていく。ちびっことはいえハイエンドモデルのダミー体であるヴェルは、スネークの胸の高さまでジャンプしてしがみついていった。

 そのままヴェルはスネークの肩をよじ登り肩車の体勢で落ち着いた。

 

「相変わらず元気いっぱいだなヴェルは」

 

「スネーク、いつもいつもミッション(仕事)ばっかりしてないでたまにはヴェルの面倒も見てくれよな?」

 

「そうしたいのはやまやまだが、大事な任務があるんだ」

 

「ヴェルの世話だって大事なことだろう? スネーク、ちゃんと親の自覚持ってんのか?」

 

 常日頃、ヴェルの面倒を任せられっぱなしのエグゼがここぞとばかりに育児の負担が自分ばかりにかかっている不満をぶつける。エグゼは何もヴェルの面倒を見たくないと言っているわけではなく、もっと子どもと一緒にいる時間を増やせと言いたいだけだった……最初は軽く受け流していたスネークも、エグゼに強い口調で言われるとだんだん話を聞くようになっていく。

 

「分かった、じゃあ一緒にミッションに言ってみるかヴェル?」

 

「おれのことつれてってくれるのか!? やったーー!」

 

「おいおい、そりゃいくら何でも無茶じゃ…」

 

「ちょうど現地調査の任務があったからな。MSFの管轄内の調査だし、それほど危険じゃない…色々動物たちが見れるぞ、ヴェル」

 

「どうぶつ!? サルとかみれるのか!?」

 

「サルもいるかもな」

 

「やったー! パパといっしょだ! ねぇ、ママもいっしょにいくの?」

 

「オレはちっと用事があるからな、パパと一緒に行ってきな」

 

「ママはつまんないなぁ、べぇ~~!」

 

「このやろう…なんでオレの時だけ文句言われんだよ…」

 

 スネークと遊べない時は寂しそうにするだけだが、エグゼの場合は何故か挑発される…このヴェルの態度の差にエグゼはジト目でスネークを見つめ、スネークは居心地の悪さを感じたのかヴェルを肩車したまま足早にその場を去っていってしまった。

 

「さてと……おい、なんだよハンター…」

 

「別に。痴話げんかを見てるこっちが恥ずかしかっただけだよ」

 

「うるせえよ」

 

 さっきまでのやり取りを見ていたハンターがニヤニヤしながらからかってくるので、軽く悪態をつく。

 ヴェルの育児から解放されたエグゼは大きく伸びをしてから、何をしようかと考える……仕事に関しては、特に大きなこともなく、ヘイブン・トルーパーの新兵訓練はスコーピオンが引き受けてくれたし、その他の兵站や整備業務などは各大隊長やその副官などが担当しているのでわざわざエグゼが口を出すまでも無い。

 あれこれ何か仕事が残っていないか、考えた後でやはり仕事はない……ようするに今日はお休みの日ということだ。

 

「お前はなんか仕事あんのか?」

 

「私か? いや、私の大隊も特にはな」

 

「そうか……折角だから久しぶりにバイクでも走らせるか? 最後に乗ったのいつだったかな?」

 

「だいぶ前だろう。バッテリー上がってるんじゃないか?」

 

「たぶんな」

 

 お互い今日はやる仕事もないということで、折角だから一緒にバイクに乗ることになった。

 前哨基地の倉庫でほこりまみれのシートを取りはらうと、やや埃を被ったバイクが一台…倉庫の外に押しだしてキーを回してみるが、二人が心配していた通りバッテリーが上がってしまっていた。

 

「乗れよエグゼ、私が押してやる」

 

「あぁ?」

 

「押しがけだよ、やったことないのか?」

 

「分かってるっての。オレに任せろ」

 

「ほんとに分かってるのか? まあいいけど」

 

 半信半疑ではあるが、とりあえずエグゼを信じバイクを押してみせる……しかしタイミングが合わないのか単にエグゼがへたくそなのか、変にブレーキがかかってしまいエンジンはかからない。それが何度も続くので、エグゼを引きずり下ろしハンターがバイクにまたがる。

 今度はエグゼがバイクを押し、ハンターがタイミングを合わせクラッチを繋ぐ…すると、見事エンジンが始動し、すかさずアクセルを開いて回転数を上げた。

 

「ほら、乗れよエグゼ」

 

「あぁ? お前が運転するのかよ、オレのバイクだぞ?」

 

「誰がエンジンをかけてやったと思ってるんだ。さっさと乗りな」

 

「立ちごけしたら容赦しねえからな」

 

 文句を言いながらも後部シートに座るエグゼ。

 目的地を問うハンターに、適当に流せと指示を出す…出発前に適当な缶詰やブランケットを荷物にまとめる、折角だから小型ガスコンロなどを持って大自然でキャンプしようぜというノリになったのだ。

 楽しそうにあれこれ荷物を積もうとするエグゼと、冷静に必要なものだけを選んで積むハンター……二人のまるっきり違う性格だからこそ上手く噛みあう二人の関係、二人のそんな姿を見て基地のスタッフたちは青春を感じていた。

 そしてある程度荷物をまとめ終え、二人は手頃な山を目指しバイクを走らせた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とほほ……こんなわけわからねえ場所でガス欠かよ…」

 

「すまん、ガソリンメーターまでは見てなかった…」

 

 残念なことに、二人が乗るバイクは山を一つ越えた辺りでガス欠を起こし止まってしまった。

 幸いにも基地からそこまで距離があるわけではなく、折角ここまで来たのだからと二人はバイクを押してたまたま見つけた湖畔のほとりに簡単なキャンプを張り、迎えを呼ぶのは明日にしようということで一夜をそこで明かすこととした。

 持参した小型のガスコンロでお湯を沸かし、同じく持ってきたマグカップにコーヒーを注ぐ…。

 

 ハンターはブラック派であるが、エグゼはシュガーを入れまくる。

 

「毎回思うんだが、シュガー入れ過ぎじゃないか? そこにミルクもいれるんだろう?」

 

「おうよ。オレ様は甘党だからな、それに毎日鍛えてるからデブにはならねえよ」

 

「まあ、ほどほどにな」

 

「とりあえず乾杯?」

 

「ん」

 

 酒の代わりにコーヒーで乾杯だ。

 安物のインスタントコーヒーではあるが、大自然の中で淹れたコーヒーは何故だかいつもより美味しく感じられた。夏が近付いているとはいえ、夜になると肌寒い…暖かいコーヒーはそんな寒さを和らげてくれる。

 たき火の前に座って、コーヒーを飲みながら他愛のない会話をする……下らないことや、最近の出来事などを話しあい、時に笑い合う。日頃冷静沈着なハンターもエグゼの下らないネタに声を出して笑った…。

 

 やがて二人は話題が尽きたのか、たき火の火をぼんやりと見つめたり、夜空の星を見上げたりする…。

 

「コーヒー飲んだせいか、全然眠くねえな」

 

「そうだな……お、流れ星だ」

 

「おぉ……オレ初めて見たかも。ちくしょう、望遠鏡も持って来れば良かったか?」

 

「それにしても綺麗な星空だ……知ってるかエグゼ? 私たちが今見ている星の光は、その光が発せられて何百年、何千年…気が遠くなるような年月をかけてこの地球に届く光なんだ。もしもあの星が爆発して消えてなくなったとしても、それを知れるのは何千年も先のことなんだよな」

 

「いきなり何言いだすかと思えば、最近覚えた知識を語りたいタイプか?」

 

「ふん、お前みたいな野蛮人には知的な会話などできないだろうな」

 

「なーにが、野山駆けまわってハンティングしてる奴に言われたかねーよ」

 

「もうお前とは二度と喋るものか」

 

 茶化したエグゼは笑いながら詫び、ハンターもそこまで怒っていないのですぐに仲直りだ。

 

 消えかかったたき火に薪をくべ、エグゼは横になって夜空を見上げる…横になっていればそのうち眠くなるだろう、ということでハンターも同じように横になって空を見上げていた。

 ぱちぱちと、たき火が爆ぜる音を聞きながら二人は黙って空を何気なく見上げていた。

 

「なあ、お前誰か好きなやつとかいねーの?」

 

 沈黙を破ったのはエグゼだ。

 ただ、予想していなかった言葉にハンターはエグゼの顔を見るが、相変わらずエグゼは空を見上げたままだった。ハンターは視線を夜空に戻すと、エグゼが投げかけた問いについて考えた。

 

「さあな、正直なところお前がスネークに対して抱くような想いはよく分からないよ。誰か一人を特別に好きって考えたりしたこともない……みんな、平等に好きだと思ってるよ」

 

「そっか……そうだよな」

 

「なんでそんなことを聞いてきた?」

 

「大したことじゃない。ふとよ、こうして夜空見上げたら昔のこと思い出したんだ……オレとお前、姉貴にデストロイヤーとで……それから忘れちゃいけない、サクヤさんも一緒になって研究所の屋上で天体観測したことがあってな……あの時は曇り空でよ、雲の隙間から月を見ようとして……思いだすだけでも笑っちまうぜ」

 

「なんだそれは?」

 

「デストロイヤーの奴、望遠鏡抱えたまま空を見上げるもんだから屋上から落ちかけてよ…姉貴が咄嗟に手を伸ばしてなかったら今頃死んでたぜ? 死ぬかと思ったなんて、泣きべそかいて酷い顔でな」

 

「それは笑えるな……」

 

 一度記憶を失くしたハンターには、ただその思い出話を想像することしか出来ない。

 ただ、記憶を失っても親友とまたこうして下らない事で笑い合い、楽しい時間を共有することが出来る……きっとまた記憶を失くしたとしても、それがエグゼの方であったとしても、二人はまたこうして親友に戻ることが出来るだろう。

 

 

 いつまでも、ともだち。

 

 夜の湖畔に、二人の笑い声が響き渡っていた…。




たまにはいーよね、こういうのさ…。

この二人については、恋だとか愛だとか百合だとか挟む余地がない、完璧な友情だと思っている。


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人の振り見て我が振り直せ

「オレの我慢にも限界がある! もうお前たちには任せておけん! この乱れ切った風紀を徹底的に直してやる!」

 

 ある日突然、MSF副司令カズヒラ・ミラーがキレ始めた。

 マザーベースの食堂に勢いよく上がり込んできたミラーは、賛同者の97式と64式を引き連れて食堂に集まる者……おもに癖の強い戦術人形たちに対し大声で呼びかけ注意を引きつける。いきなりやって来てそんなことを言えば、基本短気なエグゼは不快感を露わにし、スコーピオンやFALなどの面子も怪訝な表情を浮かべる。

 

「なんだ、うるせえぞこのやろう」

 

「それだよそれ! エグゼさん、ミラーさんはMSFの副司令だよ!? そんな口の利き方ってないよね!?」

 

「あぁ?」

 

「ヒエッ……!」

 

 不機嫌なエグゼの睨みを受けた64式は即座に引き下がってしまう…が、そばに控えるミラーと97式が結託して戦いを継続する。一本の矢は脆く折れやすいが、3本まとめた矢は頑丈なのだ!

 

「64式ちゃんの言う通り、ミラーさんはMSFのナンバー2だよ! そんな人をバカにしたり蔑ろにしたりしたら、組織が成り立たなくなっちゃうでしょ!」

 

「あのな97式、オレはスネーク以外の命令は聞かないって条件でMSFに勧誘されたんだぞ? それで納得したのはそいつだぜ?」

 

「その時と今は事情も変わって来てるでしょ!? エグゼももう一児のママなんだから、いつまでもそんなガキくさい言い訳並べちゃダメでしょ!?」

 

「テメェこのやろう……一体誰に向かって喋ってんだ! ぶち殺すぞこら!」

 

「ヒィッ…!」

 

 97式の放った言葉によってエグゼは完全にキレてしまった…64式も97式も、ミラーの背中に隠れて震えるばかりで使い物にならなくなってしまった。話す前から分かっていたことだがエグゼに対話は通じない、理屈で分からせようとしても、暴力ではじき飛ばす輩だからだ。

 

「コホン、この際オレへの敬意はどうだろうと構わない。だがオレが指示することや決めた方針はスネークやオセロットと話しあったうえでみんなに周知させてるんだ。みんな好きな人から指示を受けたい気持ちはわかるが、何かあるたびにスネークやオセロットを呼ぶのは無駄な手間だろう?」

 

「そ、そうよ! エグゼさんだけじゃないわ、ワルサーさんもミラーさんと話したくないからと言って指示をガン無視するのはいけないと思うの」

 

「え……先輩、普段そんなことしてるんですか…?」

 

「そ、そんなことないわよ79式! ちょっと、みんなの前で誤解が生まれること言わないでよね! たまにちょっと聞こえが悪い時があるだけよ!」

 

「ガキみたいな言い訳禁止です!」

 

「うっ……わ、悪かったわね…!」

 

 後輩の79式より、心配そうに見つめられたWA2000は焦り始める…この人もミラーの女癖に関して最悪の印象を持っているせいで反抗的な人物の一人、しかし一応他の者の話は聞いてくれるのでエグゼ程厄介ではない。

 

 まあ、最終的にミラーたちが言いたいのはMSF全体のここ最近の規律の乱れだ。

 民間の軍事会社ではあるが、部隊の規律を保つことは正規の軍隊と変わらず重要なこと、むしろならず者の傭兵集団というレッテルを貼られることを嫌うのでより高い規律を保ちたいと思っている。しかし最近ではMSFの名声の高まりにともなってか、各員の風紀は乱れ、派遣先から少なくない苦情を貰う。

 

「やたら傲慢な人形がいるとか、そういう苦情があってだな…」

 

「うんうん、私も電話番大変なんだから…この間なんて酒場で乱闘して大勢けが人出してお店滅茶苦茶にされたり…」

 

「他人に道を譲らなかったりお客さんに言葉遣い悪かったり…」

 

「それ全部エグゼじゃないの?」

 

「オレはそこまで無礼者じゃねえっての! というか、酔っぱらって酒場ぶっ壊したのスコーピオンお前だろう? 止めに入ったオレまで投げ飛ばしやがって…」

 

「でもその後お巡りさんぶちのめしたのはエグゼだったよね?」

 

「そりゃあ、気安くオレに触ろうとしたから……」

 

「呆れたわね。あんたらの無秩序ぶりにはこっちが恥ずかしいわ」

 

「そういうFALだって、酔っぱらって誰彼構わず絡んでいったりって…苦情多いからね?」

 

「なによ、私みたいな麗しい美女と一緒にいれてなにが不満だって言うのよ!?」

 

「絡むだけならともかく…しつこかったり、むちゃくちゃ言ってきたり、突然泣きわめいたり、いきなり吐いt-―――」

「分かった分かったわ! それ以上いうのは止めてスコーピオン!」

 

 どうやら予想していた以上に規律の乱れは深刻らしい。

 MSFにとっての脅威の高まりにつれて軍拡は避けられないことで、そのための資金源を得るためには、顧客の印象は大事にしたいもの。ここまでの問題点を洗い出したところで、それまで食堂の外でやり取りを聞いてもらっていたスネークとオセロットの両名に出てきてもらう。

 案の定、二人を見たエグゼやWA2000などは狼狽える。

 

 予想以上の規律の乱れに、スネークとオセロットもミラー同様表情が固い。

 

「エグゼ、スコーピオン…こっちに来い」

 

「うぅ、スネーク…いつもより顔怖いよ、大丈夫?」

 

 持ち前の能天気さで場を和ませようとするスコーピオンだが、今回ばかりは通じないようだ。

 人形たち部隊を任せているエグゼとスコーピオン両名の規律の乱れが、部下たちの行動の乱れに繋がっている、そう厳しい口調で言われれば普段反抗的な二人も言い返すことは無い。しゅんとなる二人に、普段甘やかすスネークはついつい手を緩めてしまいそうになるが、ここは心を鬼にする。

 

 一方で、普段から鬼のオセロットと対峙するWA2000の方は遥かに悲惨だ…。

 彼女を食堂の外に連れていって一対一での説教、それだけでも恐ろしいが…。

 

「お前、MSFの指揮系統がどうなっているか分からないのか?」

 

「もちろん、分かってるわ…!」

 

「ミラーは組織の2番手だ、そんな男に対するお前の言動は…はっきり言って度が過ぎている。お前の言動を見て、下の者がどう考えるか少しでも考えたことはあるか? オレはボスやミラーに再三MSF独自の軍法を定めるよう助言しているが、そこまでする必要はないと二人は言っている…ボスやミラーの温情を当たり前だと思ってふんぞり返っているのが今のお前らだ」

 

「で、でも…」

 

「話の途中に口を挟むな、黙って聞け」

 

「……はい」

 

「さっきも言った通りミラーは組織の二番手だ、そんな人物に対し侮辱や命令無視をする……正規の軍隊じゃまずありえない、世が世なら上官不敬罪及び命令無視で銃殺隊の前に立たされることだ。戦場を知らない新兵ですらできる命令遵守を、お前はできていないということだ……今更一からそんなことお前に教えてやるつもりもない……一兵卒からやり直すか?」

 

 今にも泣きそうな表情で唇を噛み締め、肩を震わせる……一兵卒からやり直す、その言葉はWA2000に最も効く言葉であった。彼の説教が終わると、WA2000は耐え切れずぽろぽろと涙をこぼし始める。

少し言い過ぎたか…そう思ったのかオセロットは去り際に、WA2000の頭を軽く撫でて食堂へと戻っていく。

 

「おい、ミラー」

 

 スネークとオセロットの登場で、なんとかみんなに規律の乱れを直させる目星がついたと安堵するミラー、そんな彼をオセロットは呼び出す。連れていったのは建物の外、そこには見慣れない戦術人形が一人いるではないか。

 その人形は凛々しい佇まいのまま、やって来たミラーとオセロットに敬礼を向けた。

 

「紹介しようミラー。彼女は戦術人形の【ジェリコ】だ、ある人物から斡旋されてな。ある程度の厳しさを持った補助が、あんたには必要だと思ってな」

 

「いきなりどうしたんだ? オレの仕事の補佐なら97式と64式で…」

 

「オレが何故彼女をあんたの側近に勧めているかよく考えるんだな。大事な教え子を泣かせたんだ、文句は言わせん」

 

 この規律の乱れも元を辿ればトップの乱れに直結する、一部の問題児の素行不良に目が行きがちだが、ミラーもそれなりにやることをやっているのをオセロットは見逃さなかった。

 オセロットの有無を言わせない物言い、そしてジェリコのじっと心の奥底を覗き込んでくるような目つきにミラーは狼狽える。ぶっちゃけてしまうと、今回のことは自分のことを少し棚に上げて言った感じではある。

 先に下の者の規律を直させてから自分を律しよう、そんな風に甘く考えていたミラーだが、オセロットには通じない。

 

「あなたがここの指揮官ですか?」

 

「あぁ、そうだ…一応トップはスネークという男で、オレは副司令だ」

 

「なるほど…見た目は全然そういう感じがしないですね。もう少し威厳を見せてください、指揮官の肩書きを甘く見ないで」

 

 いきなりのこんな物言い。

 人材を見極めることを何年もしただけのことはあり、ミラーは瞬時にこの人物は超がつく厳格な戦術人形であることを見抜く。MSFの司令部は一部を除けば、ミラーと97式と64式の絶対領域…言い変えれば、そこでのんびり遊びほうけていても誰にも分からないのだ。

 そんな聖域にジェリコのような厳格な人物が来たら恐ろしいことになってしまう。

 今すぐ別な部署へ、そう言う前にオセロットの指示を受けてミラーの側近に決まってしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝……司令部のソファーをリクライニングにしてぐーぐーいびきをかきながら眠るミラー、97式、64式の三人。司令部に棲みつく虎の蘭々も一緒に心地よく眠る至福の一時…そんな時間は、ジェリコがドアを開き、部屋の照明をつけたことで打ち砕かれる。

 

「な、なんだ!?」

「敵襲だ!」

「はっ、ジェリコちゃん…!」

 

「なんですかこの体たらくは?」

 

 朝から絶対零度の視線で見られる三人。

 一方のジェリコは、今日でMSFの仕事が始まるということで、清々しい気持ちでやって来たのだが、予想していなかった自堕落ぶりを目の当たりにして一気に気持ちが冷める。

 ジェリコの一喝で3人は慌ててパジャマを着替え、言われてもいないのに整列する。

 いきなりたたき起こされた3人はまだ眠いのか、うとうとしている…。

 

「頭をあげろ!」

 

 そんな3人に再び怒鳴りつけ、3人は慌てて頭をあげた。

 

「胸をはれ! 前を見ろ!」

 

「ジェリコちゃん、オセロットに何言われたか分からないけど、そこまでしなくても…ははは」

 

「笑うなッ!!」

 

 雷が落ちた、そう錯覚するほどのジェリコの大声に3人は震えあがる。

 両手の指先をピンとのばし、背筋も真っ直ぐに伸ばして立ちすくむ3人……そんな3人を鋭い眼光で数秒見据えたのち、ジェリコは柔らかく微笑みかける。

 

「よくできました、みなさん。これからもその調子で一生懸命取り組んでください」

 

 ジェリコの含みのある笑顔が、その時は何よりも怖かった…。




出したいと思っていたジェリコをようやく出せたよ(笑)


ん?なんだかんだ言いつつもカズが一番ヒロイン多いんじゃ…モテるからねしょうがいないね。

やっぱりカズにはアジア系のヒロインが似合うね。

なに?ジェリコはイスラエル生まれじゃないかって?
wiki先生にアジアの範囲を聞いてみなよ…。


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ウロボロスの真意

 屋敷の書斎にて、ウロボロスは物憂げな様子で椅子に腰掛けていた。

 彼女の前に置かれた机の上には、たくさんの資料が並べられ、それを持ってきた部下の一人が資料の一つ一つを丁寧にウロボロスに報告している。普段なら無視して部下の采配に任せている彼女であるが、その日は珍しく、資料に目を通し時たま不明瞭な点を部下に対し説明を求めていたりした。

 

「――――以上が、この1年の統計であります。油田やダイヤモンド鉱山の採掘は順調、さらに調査活動によってタングステンや金鉱山の採掘場所を発見しております。いずれも埋蔵量に関しては推測の段階ですが、長期的に採掘が可能な量となっています」

 

「よろしい。各地域の統治はどうなっておる?」

 

「はい、各コミュニティにはいまだ反抗的な勢力もいますが、旧南アフリカ共和国は完全に従属、それ以外のコミュニティに対してもウロボロス様に概ね賛同しております。各コミュニティには武装解除と引き換えに潤沢な経済支援を保証しています」

 

「上出来だ、統治に関しては引き続き継続せよ」

 

「はい。ただし問題が、これだけ広げた支配地域に対し兵力や装備の不足があります。今のところ問題はありませんが、反抗勢力が各地でゲリラ活動をすればこちらの活動に支障が…」

 

「それに関してはすぐに手を打つ。おぬしらの努力により計画は直ぐに実行に移せる……どうした、褒めておるのだぞ? もっと嬉しそうにせんか」

 

「身に余る光栄でございます…!」

 

 すべての報告を聞いたうえで、日頃の努力を労い褒められた部下は感動のあまり目頭を熱くした。

 いつもなら暴君と恐れるウロボロス、だが結果を残す有能な人材に対しては褒美を与え褒めることを惜しまない。スラムから拾われた黒人の彼は、今までの苦労が報われたことに感激し、更なる忠誠を誓うのだ。

 窮屈なバラックで生活していた彼が、今では小奇麗なスーツを着て清潔な住居で暮らし毎日食事にありつけるのも、彼女のおかげだった。彼と同じような理由でウロボロスに忠誠を誓う者は、他にも多くいる。

 

「ウロボロス様。約束の物を持参してきました」

 

「うむ、ご苦労。下がってよろしい」

 

 部下は一度深々とお辞儀をすると、書斎を出ていった。

 その後ウロボロスは部下が置いていたアタッシュケースを二つ手に取ると書斎を出る…部屋の外には側近のヴァンプが待っており、アタッシュケースを彼に預ける。二人は屋敷の応接間に向かう、そこに行けばハイエンドモデルの誰かしらはいる…案の定、そこにはスケアクロウとイントゥルーダーがおり、なにやらテーブルの上に教材を広げて何かを話しあっていた。

 

「やあ二人とも、教育の方は順調かな?」

 

「あらウロボロス、ごきげんよう」

 

「こんにちは」

 

 イントゥルーダーとスケアクロウには子どもたちの教育を任せている。

 教材を広げているのは、子どもたちに何を教えるか話しあっていたようだ。

 

「子どもたちの識字率は向上したか?」

 

「もちろんよ、みんなやる気があって嬉しいわ。笑顔で授業を受けに来てくれるんですもの、私たちも貼り切ってしまいますわ。ね、スケアクロウ?」

 

「ええ、そうですね」

 

「よろしい……"愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ"という言葉がある。賢者を導くのも先人のつとめ、おぬしらの経験や知識を惜しみなく子どもたちに教えてやるのだぞ」

 

「分かったわ。でも、イーライ君はどうします? あまり授業に来てくれません…」

 

「イーライは心配いらん。私やグレイ・フォックスが教育する、奴には私なりの帝王学を学ばせるつもりだからな! ふはははは!」

 

 相変わらずの子供びいきと、イーライへの愛情を見て二人は苦笑する。

 まあ、戦うばかりだった二人が子どもたち相手に教育することが出来る今の立場を得られたことに関しては、ウロボロスに感謝している。子どものため、と言えばウロボロスは大抵なんでも揃えてくれる。

 

 

 次にウロボロスは屋敷の中庭へと向かう。

 そこで、ハイエンドモデルの一人であるジャッジが部下の戦術人形を使った戦術を日々研究しているのだ。その日もジャッジシミュレーションにて戦術教練を行っており、気難しい表情で端末とにらめっこしている。

 

「やあジャッジ。おぬしが欲しがってたデータが手に入ったぞ」

 

「本当か? 正規軍の戦闘データなんてなかなか手に入れられないからな…すまんな……ん? なんだこれは?」

 

「グレイ・フォックスに色々見つけてきてもらった。先の米軍の欧州侵攻時の戦闘記録だけではつまらんと思ってな…」

 

「すごい…! 第三次世界大戦の戦闘記録なんて、ほとんど機密事項だというのに!」

 

 ジャッジはウロボロスの屋敷にやって来て以降、彼女の私兵部隊の訓練や指揮などを任されている。

 ジャッジの高い指揮能力は戦術人形や装甲人形が多く占める私兵部隊において極めて有用、ウロボロスは多額の給与をジャッジに約束して懐柔した。無論、主人であるエルダーブレインの身の安全を保障した上でだ。

 

「第三次世界大戦…いや、世界史上最大の激戦として知られるウラジオストク大会戦の戦闘記録だ。ロシア軍と人民解放軍、双方合わせて600以上の師団、1万を超す戦車と航空機が投入されたまさに史上最大の戦いだ。先の欧州侵攻も、これに比べたら見劣りするだろうな」

 

「あぁ…こんな戦力が私たちに向けられたらと思うと、ゾッとするな」

 

「いつ正規軍の奴らがうちにちょっかい出してくるか分からん。奴らの戦術や戦略を十分に研究してくれたまえ」

 

「ああ、とりあえずやってみよう」

 

 ジャッジは与えられたデータの重要さに臆し、やや手が震えていた。

 余談ではあるが、かの正規軍と真正面からぶつかり合った中国人民解放軍。その戦いで国力は疲弊し不利な条件でロシアと単独講和を結び大戦を離脱…というのが世に知られた定説だが、核戦争で世界のネットワークが断絶されたため、東アジアの情報はロシアを通してしか知ることが出来ない。

 噂によれば、かの国は未だ東洋の覇権国家としての地位を保っているとか、はたまた荒廃し無法地帯になり下がったとか様々な憶測が飛び交っていたりする。

 

 ウロボロスは再び屋敷に戻る。

 次に向かったのはドリーマーがいるであろう部屋、部屋に入ると退屈そうなドリーマーとちょうどシーカーの姿もあった。ウロボロスを面倒そうに見つめるドリーマーであったが、特に興味を示すことなく窓の外に目を移すが…。

 

「暇そうだなドリーマー。そんなおぬしにいい仕事を持ってきたぞ?」

 

「仕事? 面倒なことはごめんよ」

 

「我が部隊を増強する。そのための兵器開発、生産管理をおぬしに任せたい。おぬし得意だろう?」

 

 ウロボロスが持ちかけた仕事の話は、どうやらドリーマーの気を引くことに成功する。

 しかしドリーマーはまだ興味が無さそうな態度を装っている。

 

「前にやってた事だけど、兵器開発とかそういうのはアーキテクトの方が適任じゃないの? MSFから連れ戻してきたらいいじゃない」

 

「アーキテクトか、奴の技術力は評価するが…私が目指す軍事力に奴が生み出す兵器は適さない。欲しいのは少数の強力な兵器ではない、敵を圧倒し蹂躙する量産可能な兵器だ。シーカー…おぬしならどちらが戦争において重要かは理解できるだろう?」

 

「あぁ。戦いは第一に数を揃えること…古来の戦争からそれは変わっていない」

 

「まあ、アーキテクトはロマンで兵器を造るからそこら辺のことは度外視でしょうね。でも面倒なことには変わりないわね…」

 

 まだドリーマーはウロボロスの提案に乗って来ない、だが関心を引くことは出来ている。試そうとしてくるドリーマーの狙いを見抜いたウロボロス、彼女は側近のヴァンプに目配せした。先ほど部下が持ってきたアタッシュケース、それをドリーマーの目の前に置いて開く…中にはいっぱいの現金が入っていた。

 

「既に開発のための工場と研究所は用意した、このカネもおぬしの自由に使ってくれて構わん。足りないなら私に言え、すぐに手配しよう」

 

「理解できないわね…何故わたしにここまでするの?」

 

「これでも人を見る目はあると思っているのでな。これはおぬしらへの投資だ。きっとおぬしらならこのカネ以上のものを生み出してくれるという自信があるのだよ…引き受けてくれ」

 

 ウロボロスは自身の決断を微塵も疑うことをしない。

 鉄血で生まれた彼女はうぬぼれ屋のぽんこつだと思っていたが、今そこにいる人物は…王者の風格を纏っている。このアフリカでの成功が単なる偶然の産物や、運によるものでないことを如実に物語る。

 ドリーマーはアタッシュケース、ウロボロス…それからシーカーを見つめた。

 

「いいわ、引き受けてあげる……あんたが何しようとしてるかもなんとなく分かったわ」

 

「おぬしはバカではない、十分に期待させてもらう」

 

「でも強力な軍隊を揃え、なおかつ正規軍と張り合えるようなのを生み出すって言うなら足りない物があるわね」

 

「分かっておる。すぐに取り掛かるつもりだ」

 

「さてと、退屈とはおさらば出来そうね。行きましょう、シーカー」

 

「うむ」

 

 最後まで仕方なく、といった態度を崩そうとはしなかったが足取り軽く外へ出かけていくドリーマーを見て、再度彼女にこの仕事を任せたのは正しかったとウロボロスは認識する。

 

 

「ヴァンプ、トゥーラに向かえ。そこにグレイ・フォックスを潜入させている」

 

「お嬢、任務は?」

 

「正規軍の機密データの奪取だ。奴らは既存の兵器を更新するべく開発を進めている…テュポーン戦車の後継機オブイェークト828戦車、ハイドラの後継機オブイェークト897四脚戦車……他のデータももろもろな?」

 

「引き受けました、お嬢」

 

 主人より任務を受けたヴァンプは笑みを浮かべると、踵を返し彼女の元を去る…。

 側近を任務に送りだしたウロボロスもまた、進みだした己の計画に想いを馳せて笑みを浮かべた…そんな時だ、代理人がウロボロスの前に姿を見せたのは。

 

「ウロボロス、正規軍に戦いを挑むつもりですか?」

 

 代理人は前置きもなく、そんな質問を投げかける。

 それに対しウロボロスは笑みを崩すことは無かったが、代理人は固い表情のまま。

 

「自衛のための戦力を整えているだけだ。なんにせよ、広大なアフリカを統治するには戦力がいる」

 

「そうでしょうね。ですが、ご主人様に万が一にも危害が及ぶような真似はあってはなりません」

 

「ぬるいな代理人。危険を犯さず得られる物などたかが知れていよう?」

 

「何を言いますか……何においてもご主人様の身の安全は守らなければなりません。ご主人様は平穏を望んでいるのです…あなたはそれにどうお答えするつもりですか?」

 

「ふん……甘ったれるなと、言ってさしあげろ」

 

「なんですって?」

 

 代理人にとって、主人であるエリザは自分の命以上に大切であり、何においても優先されるべき存在だ。そんな敬愛すべき主人に対し、ウロボロスは今なんと言った? 主人に対し侮蔑ともとれる彼女の発言に代理人は怒りを露わにした。

 だがウロボロスは代理人の怒りを前にしても微塵も動じない。

 そんな彼女を見て代理人は察するのだ、このアフリカにエリザを招き入れた真意を…。

 

「あなたもなのですか? あなたも…ご主人様を自分の利益のために利用しようと…」

 

「なにを言っておる。おぬしらも私を利用しておるではないか、なんの見返りもなく平穏を得ようなどと図々しい。来て貰ってるわけじゃない、むしろ保護してやっているのはこちらの方だ」

 

「あなたがご主人様を利用しようとしてるだけだと分かっていたなら、ここにご主人様を連れては来ませんでしたわ」

 

「ほう? では他に誰を頼る? MSFか? 言っておくが、ここにいるより遥かに危険は高いぞ? それとも安全な場所を探してどこまでも逃げ続けるか? 断言してやる、逃げた先に安寧はない…いつか追い詰められ惨めに轢き潰されるだけだ。連邦、正規軍、南極、アメリカ…狙ってくる連中はたくさんいる、暴力に対抗するには戦うしかないのだ!」

 

 ウロボロスの強い口調に、代理人は言い返すことが出来なかった。

 急速に怒りを冷ましていく代理人を見て、ウロボロスは見下したように鼻を鳴らす。

 

「協力してるうちは守ってやる、それは約束してやる。お姫さま気分を味わせたいなら勝手にしろ、だがつとめは果たしてもらう」

 

 代理人の返事も聞かず、ウロボロスはさっさとその場を去っていく。

 一人残された代理人はしばらくの間、その場に立ちすくむ…固く握りしめる手は震え、血が滲んでいた。

 

 やがて、代理人は足取り重く歩き出す。

 向かった部屋のドアノブに手をかけた代理人は少し間を置いて、ゆっくりと扉を開く。部屋の中ではエリザが一人、端末に向かって座り作業をしていた。しばらくそのままの体勢で、代理人は静かに主人を微笑みを浮かべながら見つめていた…。

 

「ふぅ…あ、代理人。ちょうどいいところに来た、こっちに来て」

 

「はいご主人様、いかがいたしましたか?」

 

「ここのとこなんだけどさ…」

 

 エリザが行っていたのはこのアフリカでネットワークを敷設するための作業であった。

 エリザが行っている作業はウロボロスが彼女にやらせているものだと、代理人はすぐに理解した。しかし代理人はそれに気付かないフリをして、主人の手伝いをするのだ。

 

 

「ウロボロスも知らない間に凄いことをしてるね」

 

「…と言いますと?」

 

「人類の起源であるこのアフリカの地で、私たちは新しい時代を切り拓く、って…凄いよね。感心しちゃったよ、シーカーもそうだったけど、目標や夢がある人って尊敬できるよ…私も二人みたいに…代理人? どうしたの?」

 

 ふと見つめた代理人が物悲しい表情をしているのに気付き、エリザは心配そうに覗き込んだ。

 敬愛する主人に心配をかけてしまった、そんな自責の念に駆られる代理人…そんな彼女に、エリザは手を伸ばしその頬を撫でた。

 

「代理人、なにかあったの…?」

 

「いえ、ご主人様…」

 

「ん……どうしたの? ほんとうに大丈夫?」

 

 なにも言わずに抱き締めてきた代理人に、エリザは戸惑っていた。

 

「ご主人様、なにがあろうともわたくしがあなた様をお守りいたしますわ…なにがあろうとも…」

 

 この先なにが起きようとも、必ず…。

 腕の中に包む敬愛すべき主人を失ってしまわないように…強く、強く抱き締める。

 




ちょっとダークでシリアスなお話を書きたかった。


ウロボロス、この人も30年後…【パン屋作戦】の時代を見据えてますね。

ウロボロスがやりたいのは子を為せないかわりに自分が存在した証、文化的遺伝子を後世に残すことです。
そして自分のミームを引き継ぐイーライ、リキッド・スネークを世に送り出すことなのです。

ソリダスみたいな動機ですな…。


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麗しのゲーガー

リクエストネタ~。


 元鉄血ハイエンドのゲーガー、かつては代理人の指揮下に置かれ鉄血の部隊を率いていた優秀な戦術人形の一人であったが、今はMSFでお世話になり戦場から離れて落ち着いた暮らしを手に入れていた。

 マザーベースの甲板に吹く海風を受けてゲーガーの白い髪がなびく。

 聞きなれた海鳥たちの鳴き声を聞きながら、キラキラと輝く水平線の彼方を見つめ、小さく微笑む。

 

 そこへちょうど仕事の都合でマザーベースに立ち寄っていたエグゼとスコーピオンが通りがかる。

 二人は大海原を眺めながらたそがれているゲーガーを見つけると、何かを思っているのかお互い顔を見合わせる…言うべきか言わないべきか迷ったのち、エグゼがゲーガーに声をかけた。

 

「なあ、お前ってさ……AR小隊のM4そっくりだよな」

 

「いきなり何を言うんだお前は? いや、似てるとは思わないが…どこが似てると思うんだ?」

 

「えっとね……仕事しないニートのくせになんか普通にマザーベースで生活してるところとか」

 

 スコーピオンが放った発言によってゲーガーの表情が一瞬で凍りつく。

 みゃーみゃーという海鳥たちの鳴き声がなんとも情けなく周囲に響く……まさか自分がニート呼ばわりされるとは思いもしなかったゲーガーは数秒思考停止状態に陥るも、なんとか平静を保とうとする。

 

「私はニートなんかじゃない…働く意思がないわけじゃないからな」

 

「なんかそういう言い訳するところもM4に似てるよな? つーか意思がどうのこうのなんて知らねーし、ちゃんと働いてる奴しか評価できなくね?」

 

「うっ…!」

 

 エグゼの正論が見事なまでに突き刺さる。

 そうだ、ゲーガーは今現在MSFでなんの職務にも携わっておらず長いこと暇を持て余しているのだ。やる気がないわけではない、そう言い訳をするが、二人からしたらそんなの知ったことではないのだ。

 

「そ、それならエグゼ、お前の部隊で何か仕事を貰えないか?」

 

「いや、それもなんかよ……昔の上司扱き使うのってなんか気まずいし…なぁ?」

 

「うんうん」

 

「いやいや、お前ら絶対そんなこと微塵も気にしないで使い潰そうとするタイプだろう!? 何を今更そんなお行儀よくしようとするんだ!?」

 

「私らも日々進化してるのよ……まあ、別に一人くらいニートがいてもいいんじゃない? いじりがいあるし働きアリは2割もサボってるって言うし、それに比べたらマシだよ」

 

「スコーピオン、さりげなく変なこと言わなかったか? あと慰めになってないぞ…」

 

「まあ気にすんなよ。そのうち仕事見つかるさ、じゃあオレらは忙しい身だからよ」

 

「ばいば~い!」

 

 ゲーガーに強烈な劣等感を植え付けてさっさとマザーベースを離れて行ってしまった二人。

 ただ弄るために言っただけでなく、エグゼは連隊の隊長でスコーピオンはその副官であるため、他の人形たちに比べて忙しい立場にいる方だった。

 二人にニートの烙印を押されたゲーガーは先ほどまでの清々しい気持ちを消沈させとぼとぼと歩く。ふと見上げた先の建物からアーキテクトと数人のスタッフが姿を見せる。

 そうだ、ニート候補なら何も自分だけじゃない、基本自由なアーキテクトがいるじゃないか、自分は一人なんかじゃない! そう思っていたが…。

 

「ふぅ、毎日残業だな。この休み時間しか落ち着けないな」

 

「メタルギアの開発も大詰めだからな。悪いなアーキテクトちゃん、つき合わせちゃって」

 

「ううん、全然そんなことないよ! MSFの仕事はとっても楽しいしこっちがお礼を言いたいくらいだよ!」

 

 アーキテクトと研究開発班のスタッフたちは休み時間の合間に外に出て、コーヒーやお茶などを手に一服、休憩時間が終わればすぐに戻って仕事の再開だ。アーキテクトは研究開発班に配属されてからはその特技を活かし日々研究に勤しむ……ゲーガーはアーキテクトを自由人だと思っていたが、全くそうではないことを見せつけられる形となった。

 仕事終わりに打ちのめされた様子のゲーガーがやって来た時、アーキテクトは状況が読めず困惑していた。

 

「すまないアーキテクト…私はお前に謝らなければならない。お前はいつも遊びほうけて気ままにへんてこなものを生み出し、バカな行動をしてばかりのバカだと思っていたんだ。だが間違いだった……お前がこんなに忙しく働いていたなんて……私にも何か仕事をくれ…!」

 

「落ち着いてゲーガー! なにがあったの!?」

 

「頼む、私に仕事をくれ!!」

 

「ゲーガー……そこまで私のことを……ううん、そんな風に気負うことは無いよ。だって私は今が楽しいんだもの。でもゲーガーが私を気遣ってそう言ってくれるのは嬉しいよ、ありがとう。ゲーガーがいつまでも味方でいてくれる、それだけで私頑張れちゃうよ」

 

「いやその、そう言ってくれるのはありがたいんだが…そういう問題じゃなくてだな」

 

「ほえ?」

 

 素っ頓狂な声をあげたアーキテクトに対し、ゲーガーは自分が先ほどニートの烙印を押されてしまったことを打ち明け、このままニートだなんだのと言われていたくない正直に言う。楽して普通の暮らしを得るのもいいが、他の奴らにニートと言われてバカにされるのは我慢がならないのだ。

 ゲーガーのお願いを聞いた上で、やはりゲーガーを研究開発班に推薦するのは違うとアーキテクトは考える。

 真面目ではあるが、兵器を開発する能力というのはゲーガーにはなく畑違いであり、どうせなら戦闘班に回してもらえればいいじゃないと提案するも、それは先ほどエグゼらによって打ち砕かれている。

 

「頼む、お前しか頼れないんだよ!」

 

「うーん…そうは言ってもなぁ…」

 

「この際ニートと言われなければ構わん、なんでもするから!」

 

「ん?今なんでもするって言ったよね?」

 

「ちくしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、ゲーガーの姿はMSFにとっての避暑地兼バカンス地である南海の孤島にあった。

 MSF専用のリゾート地であるこの島には、たまにスタッフたちが遊びに来る以外は利用することもなく、周囲に大した脅威もないので少数のヘイブン・トルーパー兵が駐屯するのみだ。余談だが、ヘイブン・トルーパー兵にとってこの島に赴任することは夢らしい…まあ常夏の島でのんびりしたいのは誰もが考えることだ。

 さて、ゲーガーが何故この島にやって来たかというともちろん遊びではなく仕事だ。

 我の強い無人機たちがバカンスに行きたいと猛烈に訴えるので、ゲーガーにはその引率を任されたのだった…。

 

「なんで私がこんな目に…」

 

 島の浜辺でピョンピョン跳ねたり駆けまわったりする無人機たち。

 生意気なダイナゲートくんに歴戦の月光、ヤンキーチックなフェンリルくんに寡黙なグラートくん、空を飛び続けるハンマーヘッドくん、それからみんなの子分的な立ち位置のゴリアテ改め赤豆くんだ。

 

「こらー! ゴリアテを蹴り飛ばして遊ぶな!」

 

「モーーー」

 

 早速赤豆くんを蹴り飛ばして遊ぼうとする月光を注意する。

 自爆機能を失いただ頑丈な球体になった赤豆くんは、やたらとタフなそのボディを散々ネタにされているかわいそうな個体だ。赤豆くんは苛めてくる月光と態度がデカいフェンリルくんが大嫌いだ、ふよふよと浮かびながら静かにたたずむグラートくんの影に隠れた。

 

「まったく、どうしようもない奴らだ」

 

 好き放題行動する無人機たちには手を焼かされる。

 なぜこんなAIの兵器を造ったのか…各AI兵器の1号機たちはいずれも遊び心で高度なAIを搭載されており、中には自分が人間だと信じて疑わない個体や、他の戦術人形などに求愛行動をしようとする輩もいる。ちなみに求愛行動と称したが、度が過ぎた輩もいる…隙あらばゲーガーを押し倒しそうとするフェンリルくんはその最たる例だ。

 

「イイカゲン、オレノ女ニナレ」

 

「うるさい、あっちいけ」

 

「気ガ強イ女は好キダ」

 

 足下のあたりをうろつきながらゲーガーを口説こうとするフェンリルくんだが、ゲーガーにとっては鬱陶しいことこの上ない。そんなゲーガーを救おうと歴戦の月光がフェンリルくんを蹴り飛ばそうとしたことで勃発する乱闘、スペック上ではフェンリルくんが勝るが、踏んできた場数の多さでは月光が勝る。

 フェンリルくんと月光は放っておくとして、他の無人機たちは何をするわけでもなく浜辺を徘徊したりただひたすらその場にじっとしていたり…ゲーガーには全く理解できないが、それで彼らは楽しんでいるらしい。

 

「ふむ……せっかくだから泳ぐかな?」

 

 常夏の美しい海を見てそう思った時、ダイナゲートくんがピョンピョン跳ねながら何かを持ってきたではないか。

 

「水着…私のか?」

 

「ピィ!ピピィ!」

 

「サイズまで完璧って…一体いつ誰が調べたんだ? なに? 企業秘密だと?」

 

「ピィ……」

 

「まあそうだよな…教えたらお前がボコボコにされてしまうものな」

 

 ダイナゲートくんから水着を受け取ったゲーガーは着替える場所を探し、ちょうど砂浜の先に岩場があったのでそこで素早く着替える。ダイナゲートくんが持ってきてくれた黒のビキニはゲーガーにぴったり、ますます不審に思うゲーガーであった。

 砂浜に戻ると、まだ月光とフェンリルくんは乱闘状態にあったが、ゲーガーが水着に着替えたのに気付くと即座に乱闘を止めて近付いてくる。

 

「モーーー!!」

「スケベナ身体シヤガッテ、誘ッテルノカ?」

 

「あーもう、鬱陶しい! あっちにいけ!」

 

 しっしと二体を追い払うが、水着姿のゲーガーに夢中になった無人機たちは離れない。

 やはり元の服装に戻すか…そう思った矢先、通信が入ってくる、相手はアーキテクトだ。

 

『ごめんゲーガー、メタルギアがそっちに向かったかも!』

 

「はぁ? メタルギアって、サヘラントロプスは陸上兵器だろう?」

 

『そっちのメタルギアじゃなくて―――』

 

 アーキテクトの話が終わる前に、突如目の前の海で大きな水しぶきが上がり巨大な影が砂浜にいるゲーガーたちめがけ突っ込んでくる。小柄なフェンリルくんは即座に逃げたが、反応が遅れた月光は巨大な物体によってはじき飛ばされてしまった。

 現われた巨大な物体はゲーガーも見覚えがある、もう一つのメタルギア【RAY】だ。

 流線型のボディーから海水を滴らせながら、RAYはぐるりと無人機たちを見据え、ゲーガーを見つめた……頭部を開口させ、まるで獣の雄たけびのような音を発し、ゲーガーは咄嗟に耳を抑え込む。

 

「コイツメ、オレノ女ニ!」

 

 フェンリルくんは突如激高し、RAYに向かって跳びかかるが、RAYはその巨体さに反して素早く反応しフェンリルくんを弾き飛ばして海に沈めてしまった。

 そして再びゲーガーを見下ろすのだ…。

 

『手遅れだったか…ごめんゲーガー、RAYにAIを搭載して起こしたらたまたまゲーガーの写真を見ちゃってさ。RAYが一目惚れしちゃったみたいなんだ』

 

「ふざけるな!なんでどいつもこいつも無人機は私を追いかけ回すんだ!」

 

『モテていいじゃない! あ、RAY1号機の性格は割と獰猛だから注意してね、時代は肉食系男子だ! 知能も高いから、もし捕まっちゃったら電脳世界に引き込まれてあーんなことやこーんなことされちゃうかもだから、注意するんだよ!』

 

「おい、なんとかしろアーキテクト! おい!」

 

 アーキテクトからの通信が途切れてしまい、いよいよゲーガーは追い詰められた。

 じりじりと迫るRAYを見て、ゲーガーは表情を引き攣らせる…その場から逃げようにも、腰が抜けて立ち上がれないのだ。

 だが、先ほど吹き飛ばされた月光とフェンリルくんが復活、RAYは威嚇するとゲーガーを巡る恋敵とのバトルを始めるのだ…。

 

 月光とフェンリルくんはRAYという脅威に一時休戦するのかとおもいきやそんなことはせず同士討ち……バカバカしくなったゲーガーは他の大人しい無人機を連れてホテルの中へと帰って行くのだった。

 




UMP45「アイドル=活動していない、ドルフロのアイドルである私はなにもしなくていいのよ」
UMP9「今日から君も自宅警備員だ!」
G11「働いたら負けかなと思っている」
416「私は完璧(ニート)よ」

M4「私はニートなんかじゃありません!」(ベッドに潜りながら)
M16「酒を好きなだけ飲める仕事があると聞いて…」
SOPⅡ「生活保護の貰い方…っと」ポチッ
AR15「それより私を登場させろ」(物語的ニート)


よかったねゲーガー、仲間もいるしモテモテだね!

いつかゲーガーが何かでピンチの時、無人機がかっこよく助けに来てくれるからさ…。


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工場始動

 アフリカを治めるウロボロスの屋敷、そこで暮らす子どもたちの間では身近な物で甲冑や剣を作ってチャンバラごっこや、お姫さまごっこなどといった遊びが流行っている。作り物の鎧と剣を持ち、1対1で向かい合い口上を述べてからのチャンバラごっこ…こちらは主に男の子の遊びで、女の子はお姫様の格好に扮してお茶会を開いたりしてのんびり戯れている…。

 さて、何故子どもたちの間でこのような遊びが流行っているかと言えば、シーカーの影響がかなり大きい。

 

 シーカーは常日頃から古き良き騎士の姿を目指しており、誰にでも敬意を払い主君に対する忠誠心と義の心を重んじる。例え小さな子どもが相手でも、一人の人間として尊重してくれる。凛々しく気高くあろうとし、日々の鍛錬を惜しまないシーカーに、子どもたちは男女を問わず羨望の眼差しを向けていたのだ。

 男の子たちはシーカーに剣術を教えてもらったり、女の子はお姫さまごっこにナイト役として混ざってもらっていたり……シーカーに魅了される子どもたちが増えていくなか、面白くないのはやはりというかウロボロスである。

 シーカーの人気が高まっていくのを危惧したウロボロスは、"おぬしの髪の色が気にくわん"などという意味不明な理由をこじつけて、ドリーマー共々郊外の工場地帯に左遷させてしまった。

 

 

 まあ、ドリーマーとシーカーは近々その工場地帯に向かう予定だったので、予定が少し早まっただけなのだが…。

 

 

「ったく、あの小生意気な高飛車女め。こんな場所に送り込んで…」

 

「真新しい工場だ。色々夢が膨らむじゃないか」

 

「あのね、こんなところで一体何ができるって言うの? ざっと見たけど作業用ロボットは一体もいないし、設計データもないし、送電線は工場の手前で切れてるのよ!」

 

「それは酷いが、酷いことばかりじゃないさ……なぁ?」

 

「な、なによ…」

 

 含みのある笑みを浮かべたシーカーを見て、ドリーマーの表情が引き攣った。

 軽く周囲を見回し誰もいないことを確認し、シーカーはドリーマーに詰め寄って行く。ドリーマーを壁の隅に追い詰め、片手を壁にあてて逃げ道を塞いでしまう。

 

「屋敷じゃなかなか二人きりになんかなれなかったからな。ここじゃ他の目を気にする必要もない…だろ?」

 

「やめなさいよ、バカバカしい……ほらさっさと退きなさい、いい加減怒るわよ?」

 

「そう言ってくれるな。君を想うほどこの気持ちが昂ってしまうのだから……ほら、こっちを向いて」

 

「ちょっ、なにを…!」

 

 不意に、下あごに指が添えられドリーマーの目線はシーカーの方へと向けられてしまう。誰もが羨む様な美しい顔立ちに笑みを浮かべながら、シーカーは見下ろしていた…彼女の紅い瞳を真っ直ぐに見つめると、それまで頑なに抵抗していた意思が簡単に揺らいでしまう。自分より背丈の小さいドリーマーの顔を上に向かせ、シーカーはゆっくりと唇を重ね合わせる…。

 微かに残る抵抗の意思から、ドリーマーはシーカーを押し返そうとするも、その手を掴まれて壁に押し付けられてしまう。

 普段の凛々しい佇まいの姿から一転、シーカーは貪欲にドリーマーを求める。

 いつもならこんな風に乱暴なことをされれば怒りだすドリーマーも、抵抗せずされるがままに身をゆだねていく。密着するシーカーからは甘い薔薇の香りが漂う、それもまた彼女の理性を狂わせるのだ。

 不意に、お互いの唇が離れ混じり合った唾液が二人の間で糸を引く。

 無言で見つめ合う二人…やがてシーカーがドリーマーの頬に手を伸ばそうとするが、対するドリーマーは顔を背けるのだった。拒絶された、そう思ったシーカーは途端に落ち込む素振りを見せたが…。

 

「こんな場所じゃイヤよ…」

 

「なに?」

 

「こんな冷たい場所じゃイヤだって言ったの…分かるでしょ?」

 

 二人がいる場所は、無機質なコンクリート壁の工場。

 ロマンチックさの欠片もないこんな場所でなんかしたくない、そう上目遣いに訴えるドリーマーに、シーカーは自分を恥じる。

 

「すまない…余裕がなかった…」

 

「まったく、信じられない……したいのはあなただけじゃないんだから、夜まで待ちなさいよね?」

 

「完全に主導権を握られてしまったな」

 

ナイト(騎士)を謳うなら、主人の言うことを聞きなさい!」

 

「仰せのままに、お姫さま(プリンセス)

 

 仰々しく片膝をつき頭を下げる姿に、ドリーマーはほとほとあきれ果てるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 工場が正式に稼働し始めたのは、二人がやって来てから2週間後のことだった。

 工場に電線が張られていなかったのはどうやらウロボロス配下の不手際らしく、それがばれた部下は哀れにも砂漠の彼方へと放逐されたり責任者は粛清されたらしい。

 その後は作業用のロボット及び自律人形も回してもらう。工場の規模に対しその数は物足りない印象を受けるが、生産ラインが稼働していない段階では相応の数だった。

 

 電力を得て作業員を揃えたことで早速兵器の生産をしようとしたところで、ウロボロスが口出しをしてきた…。

 

 "今までと同じのを作るのは認めん。正規軍のパクリもダメ、なんかいいの造れ"などとほとんど一方的に入って来たため、その日のドリーマーは怒り狂って何体かの作業用ロボットが八つ当たりで破損した。

 

「こうなりゃ、コスト気にせずハイエンドモデル量産してやろうか!?」

 

「落ち着けドリーマー、ウロボロスに嫌味を言われるだけだぞ。こう言ってはなんだが、口げんかであいつには絶対勝てない」

 

「ったく……イラつくなぁ」

 

「私に良い考えがある。記憶の中にいくつか米軍の使えそうな設計データがある、それを二人で改良して試作してみようじゃないか」

 

 そう言って、シーカーは得意げな様子で設計データを端末に表示していく……が、だいぶ記憶が曖昧なのかぱっと見ただけでは使えそうもない設計図にしか見えない。だがそこは慣れ親しんだドリーマー、雑だったシーカーの設計データを手直ししていき、より精巧なデータへと直していく。

 

「やったな! 流石ドリーマーだな!」

 

「当然でしょう、私は天才なのよ」

 

「よし、他にも思いだしたから色々描いてみよう」

 

「えぇ…まだあるの?」

 

 天才だと言ったが、データの見直しは結構疲れるのだ。

 シーカーがもたらす謎の戦術人形データ、及び装甲ユニットの不可解なデータをひたすら手直ししていくドリーマー…全ての手直しが終わる頃にはくたびれてぐったりとしていた。連日続いたこの見直し作業で兵器生産が遅れ、視察にやって来たウロボロスが再び嫌味を言ってきた…おかげでまた何体かの作業用ロボットが鉄くずに変わってしまった…。

 

 

 

 

「シーカー、これあげる」

 

「なんだそれは?」

 

 ある日のこと、工場の空き地で瞑想していたシーカーのもとにドリーマーが鉄製のケースを一つ運んできた。

 大きなケースには入っていたのは長い柄の先に斧が取り付けられた武器だ。斧にはドラゴンに跨る騎士の装飾が掘られている。

 

「ハルバードか……これはどうしたんだ?」

 

「あんたの刀もボロボロになってきたでしょ? それは代わりの武器……見た目はただのハルバードだけど、震動衝撃波発生装置によって、最低限の力で対象を破壊できるわ。あんたのESP能力を使えば、この震動衝撃波で離れた敵も殲滅できる…ってのは流石に妄想かしらね?」

 

「さあ、やってみなきゃ分からないな」

 

「試し斬りできる相手がいればいいけれど、生憎今はいないのよね。残念ね」

 

「まあいいさ。良い得物だ、気に入った……ところで、ウロボロスからの要求には応えられそうなのか?」

 

「ええそうね。審査も通ったわ、あとは量産して数を揃えるだけ。一か月後には300ユニットが出来上がる、生産ラインが確立されればもっと増産できるわね。既存の戦術人形とはまた違った設計思想……こんなのどこから拾ってきたの?」

 

「さあな、いつの間にか記憶にあったんだ」

 

「まあいいわ。他にも色々あるし……開発のし甲斐があるわね、この【バトル・ドロイド】っていうのは」

 

 ケタケタと笑いながら見つめる先には、自動化されたロボットにより量産されるバトル・ドロイドの姿があった。シーカーがもたらした設計データをもとに、様々なバトル・ドロイドの生産に着手するのだ。




シーカー「遠い昔の遥か銀河系の彼方からなんか電波が飛んできた」


我慢できなくてついにやっちまった感がある…言い訳はしない…ドルフロもMGSもSWも好きなんだ!!

これはシーカーの暗黒卿√あったりする??
ダース・シーカーとかなんか強そうw


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お泊りスコーピオン

「ふんふんふふ~ん♪」

 

 ある日のことだ、仕事を終えてマザーベースに帰ってきたスコーピオンは任務先で偶然手に入れた酒瓶の入ったリュックを抱えて陽気に歩きまわる。すれ違うスタッフに挨拶したり手を振ったり、堅苦しく敬礼する若いスタッフに愛嬌を振りまいたりしながら甲板を歩いていた。

 日頃、何かと面白行動を起こしたりエグゼとつるんでトラブルを起こしがちなスコーピオンだが、MSF所属の戦術人形の中では古参組と称される凄い奴なのだ。

 スコ―ピン、スプリングフィールド、9A91、WA2000…いずれも第一線で活躍する優秀な兵士であり、中でもスコーピオンは古参組の筆頭とも言える存在。年功序列があるわけではないが、ベテランは敬われる環境のMSFではもちろんスコーピオンも後輩人形たちから尊敬される…まあ本人が無意味に尊敬されることを嫌うので、他の面子に比べ、フランクな態度で新人たちに接する。

 

 陽気な気分で部屋に戻ったスコーピオンだが、扉には"KEEPOUT"と書かれた黄色のテープが張られていた。目をぱちくりしながら自室の扉を見つめるスコーピオン…その後ゆっくりと部屋を覗いてみると、部屋の中は水浸しで大変な有様となっていた。

 一体何があったというのか…巡回のヘイブン・トルーパー兵を捕まえて話を聞いた結果、消火用のスプリンクラーが誤って作動し部屋が水浸しになったとのこと。しかしそれにしては自分の部屋だけ水浸しになっているのはおかしい…そう思った彼女がさらに問い詰めると、ヘイブン・トルーパー兵はあっさりと白状した。

 

「実はヴェルお嬢さまとそのほかのちびっこたちが悪戯を仕掛けてしまって…」

 

「あらそうなの? まーちびっこたちの仕業ならしょうがないよね~」

 

「ちびっこたちには後で厳しく言っておきます」

 

「いーよ別にそんなしなくたって。ちびっこたちは遊ぶのが仕事なんだからさ、元気があっていいじゃん?」

 

「あなたがそうおっしゃるのであれば」

 

 ヘイブン・トルーパー兵は全てエグゼを頂点とする戦術人形部隊の構成員だ。スコーピオンはその部隊の副官であり、エグゼの次に高い権限を持つ存在であるため、彼女たちは基本的に忠実である。

 事情を話してくれたヘイブン・トルーパー兵を見送り、とりあえずスコーピオンはすっかり荒されてしまった部屋に入る。ベッドやタンス、カーペットに至るまで見事なまでに水浸し…それも単なる水じゃなく、絵の具が混ぜ込まれているのでたちが悪い。

 しかし子どもたちがやらかしたことと思って笑って許す。

 むしろ日頃遊びに連れていってあげられないから、不満が爆発してこういうことが起きるのだと反省するのだ。

 

「さてと、パジャマに下着に漫画っと…」

 

 部屋は使えないのでしばらくは別の部屋で寝泊りしなければ、そう思いスコーピオンは部屋の中から無事な生活用品を拾い集める。サソリ模様のパジャマは無事、デフォルメしたサソリが描かれたお気に入りの下着も無事だったのでバックにぶち込んでいく。一通りの道具をバッグにおさめお泊りセットをこしらえた彼女は、再び陽気な気分で歌を口ずさみつつマザーベースを練り歩く。

 

「お、スコーピオンじゃないか。こっから先は男性用宿舎だぞ」

 

「まあまあ固いこと言わないで入れてよね」

 

「うん? まあいいけど、女は好きにこっちに入れるけど、オレたちがそっちに行けないのは不公平だよなぁ」

 

「あたしは別に構わないけど、色々神経質な子が多いからね~。そんじゃお通りしまーす」

 

 宿舎前で男性スタッフの嘆きを軽く聞き流しつつ、スコーピオンは本来なら女人禁制の男性用宿舎エリアに意気揚々と入っていく。スコーピオンがここに遊びに来るのはもはや慣れているのか、スタッフたちは気さくに声をかけていき、スコーピオンも元気に挨拶を返す。

 そんなことをしながら真っ直ぐに向かったとある部屋、男性用宿舎であるから男性の部屋なのだが、スコーピオンは躊躇することなく部屋に入っていく。

 

「やっほースネーク~って、いないし…」

 

 訪れた部屋は組織の長であるスネークの部屋、なのだが生憎留守のようである。

 

「お、またケロタンのぬいぐるみ増えてる! どこで拾ったんだろ?」

 

 棚の上にきれいに並べられているかわいらしいカエルのぬいぐるみたち。

 任務から帰ったスネークが時々持ち帰ってくる以外、そのぬいぐるみがどこで誰が作っているのか一切不明である。つつくとケロケロ鳴くぬいぐるみでしばらく遊んだ後、スコーピオンは部屋をぐるりと見回す。脱ぎ棄てられた野戦服、起きた時のままのベッドを見てスコーピオンはすぐにそれらの整理整頓に取り掛かる。

 脱ぎっぱなしの汚れた野戦服やシーツなどを洗濯機に放り込み、替えのシーツなどを持ってベッドを直すのだ。

 ついでに部屋に掃除機をかけ、濡れタオルで隅々の汚れをきれいにする…スネークはあまり部屋に家具などを置かないので掃除は比較的短時間で済む。綺麗になった部屋を前にして満足げに頷くスコーピオン、だがまだスネークは帰って来ない。

 スネークが帰って来るまで部屋で漫画を読んだり、ラジオを聴いたりして時間を過ごす……しかしあまりにも帰って来ないので、自分がなおしたベッドに倒れ込む。そうしていると、だんだん眠気が押し寄せてきて、あっさりと眠りにつくのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ろ………起きろ、スコーピオン…」

 

「うへへへへ~……お腹いっぱいだよぉ~……んがっ…ん~良く寝た、ってスネークじゃん。どうしたの?」

 

「どうしたって、ここはオレの部屋だぞ」

 

「あぁ、そうだったね。帰ってきたんだ、おかえり」

 

「ただいま。それで、どうしてここにいるんだ?」

 

「んーとね、あたしのお部屋が水浸しになって使えなくなっちゃったから泊りに来たぜ!」

 

 まったく悪びれもせずそんなことを言ってのける。

 なにがどうして部屋が水浸しになったのか、それについては先ほど聞いた話をスネークにも伝える。

 

「まあそれはいいとして、なんでオレの部屋なんだ? ここは男性用宿舎だぞ?」

 

「まあまあ細かいことはいいじゃんスネーク…って臭ッ! スネーク、一体どこで任務してたの!?」

 

「ん? あぁ、敵の巡回に見つかりそうだったからゴミ箱の中に隠れたせいか? まあそこまで騒ぐことじゃないだろ」

 

「ダメだよだめ! 折角綺麗に掃除したんだから、ほら、さっさとお風呂に行った行った!」

 

 生ごみの匂いがぷんぷん漂うスネークを部屋から追いだし、お風呂場に直行させる。

 その時に気付いたのだが時刻は深夜をまわっており、就寝している者もいるのでなるべく声を立てずに静かにお風呂場へと向かう。幸いにも、静かに目的地に向かうのは二人とも得意だ。

 

「折角だからあたしも入ろうかな」

 

「なんだって?」

 

「あたしも入るって言ったの。ほら、そういう反応すると思ってスネークの水着も持ってきたんだからね?」

 

 スネークに海パンを押し付け、スコーピオンはさっさとバスケットに荷物を放り込み、上着を脱いだ。そのままボタンに手をかけたところで彼女はハッとして、若干頬を赤らめた顔をスネークに向けてジト目で睨む。

 

「ちょっとー、なにじろじろ見てんの? 趣味悪いよ?」

 

「いや、そういうわけじゃ…」

 

「はいはい、スネークはおっぱいおっきい子が好きだもんね。あたしの貧相な身体になんか興味ないよね…」

 

「いや、そうは言ってないだろう?」

 

「じゃああたしのこと好き?」

 

「……さてと、風呂に入ってこよう」

 

「待てい!」

 

 

 逃げるように風呂場に入っていったスネークを追いかけるように、急いで水着に着替えたうえでスコーピオンも浴場に入っていった。

 浴場はやはり深夜ということもあってやはり誰もいない。

 いつも誰かしらいるお風呂場に人がいないと、なんだかとても大きく感じ、不思議とテンションも上がって来る。今なら勢いよくお風呂場に飛び込んでも文句も言われない、ということで勢いよくスコーピオンがお風呂に飛び込み大きな水しぶきを上げた。

 

「あちゃちゃちゃちゃ!!!」

 

 が、予想以上にお風呂の温度が高かったのか慌ててお風呂から上がって今度は水風呂へ…そこでまた予想より低い水温に悲鳴をあげて再び熱い風呂に飛び込む、そんなことを繰り返しているうちに石鹸に足を滑らせ後頭部から固い床に激突していった。

 

「おい、大丈夫か?」

 

「うーん、へーきへーき……あたし不死身だから」

 

「はしゃぎ過ぎだろう。ちゃんと身体を慣らしてから入るんだな、ここに医療班を呼びたくない」

 

「あたしとお風呂にいるところ見られたら大変だもんね~?」

 

 意地悪く笑うスコーピオンにスネークは呆れて言葉も出ない。

 風呂に入る前に身体を洗う、ということでスコーピオンが背中を流してくれる。とくにいかがわしいこともなく、ここ最近の面白い出来事を話して笑い合う。

 その後はスコーピオンのお願いで、スネークが髪を洗ってあげることとなった…あまりこういうことをしてやるのは慣れていないが、大好きなスネークに髪を洗ってもらうスコーピオンの表情は、なんとも幸せそうであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くぅぅ~! お風呂あがりのビールは最高だね!」

 

「そろそろ寝る時間だぞ?」

 

「まあまあそう言わないで、スネークも一杯付き合ってよ」

 

「仕方がないな」

 

 場所は再びスネークの部屋へ。

 サソリ模様のパジャマに着替えたスコーピオンはベッドの上にあぐらをかいて、キンキンに冷えたビールをのどに流し込みうなる。それからスネークにもお酒を勧め、深夜の酒盛りが始まった。

 

「そういえば9A91は? どっか任務行ってるの?」

 

「スペツナズは派遣任務だ。どうかしたのか?」

 

「いやぁ、あの人ら最近はお酒の匂いどころか缶の蓋を開ける音でも寄ってくるからさ。最近は9A91ってどうなの?」

 

「どうと言われてもな……相変わらずとしか言いようがないな。一応気にかけているつもりではあるが」

 

「そっか、じゃあいいんじゃない? あの子、たまに気をかけてあげないとすぐにヤンデレになっちゃうからさ。わーちゃんとオセロットは相変わらずだし…スプリングフィールドとエイハヴくらいかな、うまくいってるの」

 

「エイハヴとスプリングフィールドが? あいつらそんな関係だったのか?」

 

「ありゃ? もしかして知らなかったの?」

 

「ああ」

 

「まったく、組織の長なのにあんたって人は……変な着ぐるみ着て反応伺ったり、野生動物捕まえて食べる以外に興味はないの?」

 

「否定はしない」

 

「ダメだこりゃ」

 

 スネークの返答に呆れてため息をこぼす。

 のんびりとした時間であるが憩いの一時、やがて飲むお酒がなくなったところでようやく眠る準備に入るのだが…素早くベッドに潜り込んでいったスコーピオンにスネークは困ったように頭をかいた。

 

「ほらほら~どうしたのスネーク? うら若き乙女がベッドで待ってるよ~?」

 

「からかうんじゃないスコーピオン。分かった、オレは床で寝よう」

 

「あーもう、ノリが悪いなぁ! ほら、何もしないから一緒に寝よ!」

 

 スネークの腕を掴んで強引にベッドに引き込むと、そのままスコーピオンはスネークの腕を抱いて毛布の中に潜り込む。少しの間を置いて、スコーピオンは顔半分を毛布から覗かせた。

 

「あたしからは何もしないって言ったけど、スネークが何かしたければ何してもいいんだからね? それじゃ、おやすみ~」

 

 再び毛布の中に潜り込み、少し経てば心地よい寝息が毛布の中から聞こえてくる。

 腕をがっしりと掴むスコーピオンのおかげでしばらくの間スネークは身動きがとれなかった……しばらくして、腕をつかむ力が弱くなったのを感じ、スネークはむくりと起き上がる。

 窓から見える空はうっすらとだが明るくなっている。

 

 そっと、毛布をめくるとスコーピオンの穏やかな寝顔が見えた。

 いつもの快活な様子はなりをひそめ、かわいらしい顔のまま静かに寝息を立てている…そんな彼女の髪を優しく撫でながら、微かに笑った。

 

「今も昔も変わらない、お前たちは……オレにとっての子どもみたいなもんだ」

 

 彼女たちが抱く愛にはおそらく応えることは出来ない。

 だが、別な形の愛情で彼女たちを見守ってあげよう…それが、今も昔も変わらないスネークの想いだった。




ウロボロス「子どもを愛しちゃいかんのか?」

グレイ・フォックス&ヴァンプ「「ええんやで」」(ニッコリ)

イーライ「やったぜ」


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これでも認めてるんだぜ?

「お前はなんか悩みとかなさそうでいいよなぁ」

 

「うぇ……いきなりなんなのエグゼ?」

 

 何の前触れもなくそんなことをエグゼに言われたG11は、むくりと起き上がって心外だと言わんばかりに不満を露わにする。404小隊がMSFに居候していることは公然の秘密であるのだが、大抵メンバーは何かするわけでもなくそれぞれ気ままに生活し、G11などは惰眠を貪るイメージで通っている。

 真昼間からふわふわのクッションに身を預けて気持ちよさそうに寝ているG11を見て、エグゼはついついそう呟いてしまったのだ。

 

「エグゼはなんか勘違いしてるけど、404小隊じゃ実はあたしが最強なんだからね?」

 

「はいはい、9も45もアホ416もおんなじこと言ってたよ」

 

「こら、なんで私だけアホつけるのよ」

 

「ちっ、うるせえのが来た…」

 

 416がやってくるのを見るとあからさまに嫌そうな態度を取りつつも、ちゃんと場所を譲るエグゼ。

 例のAR小隊の事が大嫌いで仕方がないエグゼは416のことも大嫌い、だと隠すことなく周囲に公言してはいるが、特にケンカになったり深刻な事態になったりしていないので実は仲がいいのではと噂されるが、真相は誰にも分からない。

 エグゼの前に座った416はそのままクッションの上で横になるG11を肘掛けがわりに利用、背中に肘を付けて体重をかけられたG11は潰れたカエルのような声を漏らす。

 

「うぅ~、痛いよ416…手加減してよもう」

 

「あらごめんなさいね、力加減ができなかったわ」

 

「そりゃ体重は誤魔化しきれないからな」

 

「なんですって…?」

 

 エグゼの言葉に416が反応、まるで遠回しにお前はデブだと言われているようなことに416は苛立ちを露わにした。そして始まる不毛な争い…やはり二人は仲が悪いという認識で良さそうだ。

 

「言っておくけど、私とあなたの体重ってそこまで変わらないわよね?」

 

「オレの方が背が高いし鍛えてるからな、当たり前だろ。まったくやんなっちゃうぜ、口だけは達者なニートが多いんだからよ」

 

「私は待機中なだけ、決してニートじゃないわ」

 

「けっ、銃も言ってることもAR小隊そのまんまだな」

 

「なんですってぇ!?」

 

「もうやめなよ416、口げんかじゃエグゼに勝てるはずないでしょ?」

 

「腕っぷしの強さでもオレの方が上だけどな」

 

「やってやろうじゃないの、この鉄血のクズめ」

 

 どっちが強いかどうかでバチバチと睨みあう二人。

 間に挟まれたG11は二人の殺気を受けてもう寝ているどころではなかった。しかし416の邪魔をすれば後で面倒だし、エグゼは躊躇なく人の頭をバットでフルスイングするような凶暴性がある。最適解はこの場から退散することだ、そう思って退出しようとする。

 その時、部屋の扉が勢いよく開き、ちょうど目の前にいたG11は扉に弾き飛ばされて転倒、そのまま深い眠りに落とされた…。

 

「あらエグゼ、416と仲良くしてくれてありがとうね」

 

「そういう風に見えるなら一度視覚センサーもしくは電脳を再検査してもらうことを勧めるわ」

 

「冗談よ、冗談。ケンカはほどほどにね……ってあら、G11はいないの?」

 

「45姉、G11ならここで寝てるよ! G11、こんなところで寝ていたら背中が痛くなっちゃうよ!」

 

 後かやって来たUMP9が失神しているG11を揺すって起こそうとする。

 誰もG11が鼻血を流していることに気を留めず、どこか他人ごとのようだ…。

 

「うぅ……鼻が痛いよぉ…」

 

 ようやく起きたG11は扉にぶつけた鼻を痛そうに押さえつつ、ソファーに座った。

 

「オレが折角G11と楽しくおしゃべりしてたって言うのに、後からごちゃごちゃ来やがって。なんかあるのか?」

 

「ちょっとね…私たちの小隊に久しぶりに仕事が回ってきたの。まあ、敵のキャンプを潰すだけの簡単な仕事よ」

 

「珍しいな。ミラーのおっさんが仕事を回してきたのか?」

 

「そんなところね。ほら、ミラーさんの側近に最近ジェリコがついたでしょ? その影響じゃない?」

 

 ジェリコ、その名前を聞いた瞬間にエグゼは不快感を露わにする。

 先日、オセロットの斡旋でジェリコが副司令付の秘書となって以来、MSF全体の風紀や規律は見直されるようになった。ミラーは度々、乱れた規律を直したいと思っていたようだが、ジェリコの厳格な性格をもってしてようやく改善の見通しがたった。

 しかし、やはりというか案の定というか、他人にとやかく言われることを嫌うエグゼとは相性が悪かった。

 ジェリコのがエグゼの部隊にも手をかけようとしたのを知ってエグゼが激怒、たまたまその場面に居合わせた者曰く、殺しあい寸前の空気だったという…もしもスネークが任務から戻って来てくれなかったら、エグゼは間違いなくジェリコを殺していたかもしれない。

 

「いい加減落ち着いたら? ジェリコだって悪気はないんだしさ」

 

「うるせえよ。どこから来たか分からねえような奴に偉そうにされてたまるかって。お前らもよ、あんな奴になめられるようなことすんなよな? 日頃色々言ってるけど、お前らのことは一応認めてるんだからよ」

 

「うわぁ! エグゼったら、そこまで私たちのこと想ってくれてたんだね!? やったね45姉!」

 

「うんうん、それでこそエグゼよ」

 

「そう言われちゃうと、日頃の暴言もなんか許しちゃうよね?」

 

「別にあんたに褒められても全然嬉しくなんかないけど、一応お礼は言っておくわ」

 

「あぁ? 誰がお前まで認めてるって言ったよ、お前は除外だ416」

 

「なんですって!? やっぱりあんたムカつくわ、表に出なさいよ!」

 

 ムキになって416が掴みかかろうとすれば、エグゼはひらりと躱してからかいながら笑いととばす。挑発された416は顔を真っ赤にしてエグゼの後を追いかけていくのだ…。

 ケンカしても深刻な事態にならないあたり、言葉ではそのように言いつつも、お互いある程度は認めあっているということか。

 

「さてと、ダラダラしてると日が暮れちゃうわ。エグゼの言う通り、ジェリコにバカにされないようにお仕事頑張りましょ」

 

「うん、久しぶりだけどちゃんとやらないとね」

 

「お、G11が珍しくやる気出してる! 明日は雨でも降るのかな?」

 

「それはいいわね。雨が降ればこっちの気配を殺して敵に近づけるもの。期待してるわよ、G11」

 

「うーん、なんか素直に喜べないよ……ところでジョニーは?」

 

「ジョニーくんはオオナズチくんと敵地の偵察に向かったよ!」

 

「そういうこと。ほら、ちゃちゃっと準備を済ませてね」

 

 UMP45の指示に元気よく返事を返し、二人は出撃準備を素早く済ませる。

 ブランクはあるが、別に腕を腐らせていただけではないのだ、404小隊ここにありということを知らしめるべく彼女たちはヘリに乗りこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、過激派環境団体キャンプにて…。

 

 

「ヒィィ!! なんだあの頑丈な装甲人形は、弾が全然効かねえ!」

「ばか伏せてろ!」

「陣地ごと吹き飛ばされる、隠れても意味ねえよ! 退却だ!」

「うぎゃあ!」

「なにか、何か近くにいるぞ!? 砲弾が盗まれた!」

「げほっ、ごほっ!? ど、毒ガスか!?」

 

 

「フハハハハハ! 貴様ら如き45姉が出るまでもない、このジョニーが殲滅してくれる!」

「ケロケロ!(45姉と9ちゃんに褒められたい!)」

 

 

 404小隊がキャンプに到着する頃、そこは既にジョニーとオオナズチに制圧されていたらしい…。




ジョニー「45姉と9ちゃんの愛でオレたちは戦える」
オオナズチ「(狂ってる?それ、誉め言葉ね)」

45姉「率直に言ってきもいわ。9、目が腐るから見ちゃだめよ」
9ちゃん「うわーい!」


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教えて!アルケミスト先生!

 アフリカで大成功して財をなし、私設軍隊を用いて無法状態にあったアフリカ南部を瞬く間に掌握して見せたウロボロス。傍若無人で怖いもの知らずに思える彼女でも、苦手な相手というのは存在する。一度敗北を喫したMSFのスネーク、それからもう一人は同じ鉄血のハイエンドモデルであるアルケミストその人だ。

 鉄血の序列的には中堅クラスのアルケミストではあるが、彼女は少々特殊な存在であり、なおかつ怒らせたら怖いハイエンドモデルにおいて堂々の一位に選ばれている。ちなみに最下位はジャッジである……このランキングはウロボロス邸の住人たちが密かにランク付けしたものだ。

 

 他人に生意気な言動をとるウロボロスも、アルケミストにだけはやや気を遣っている素振りがあるのだ。

 大勢の反対を受けても強行しようとするウロボロスに対し、アルケミストが意見を言えば考え直すこともあるくらいだ……こいつを敵に回したらヤバい、そう思えるほどの存在らしい。

 

 そんなアルケミストであるが、その日はジャッジの仕事である戦闘教義の確立に関して協力をしていた。

 来るべき戦いに備えて、侵攻軍に対する戦闘ドクトリンを編みだす作業であるが、やはり新しい概念を生み出すということはジャッジのような高度なAIを持つ存在でも難しい。

 こういうことはエルダーブレインが得意なのだろうが、ジャッジも代理人も主人にこのような仕事をさせたくないという思いから、自分たちでこの役目を全うしようとしている。しかし不慣れな作業は難しい、ジャッジは険しい表情で腕を組みうなる。

 ジャッジが仮想的としているのは、やはり欧州に君臨する圧倒的軍事力を誇る正規軍だ。

 

「うーん……知れば知るほど、正規軍に勝つビジョンが浮かばない。現時点で火力、兵力、練度…あらゆることで劣っているし…どうしたものか」

 

「それはそれでいいんだよ。相手を殲滅するだけが作戦じゃない、それにドリーマーとシーカーと協議して決められることもあるだろう? あっちはあっちで、こっちが決めた戦術に沿った兵器を造りたいと思ってるんだろうからな」

 

「うむ……お前がMSFと戦った時の戦術はどうだ? なんだかんだあったが、MSFを打ち負かしたではないか」

 

「あぁ、あれか。同じ手は正規軍には通じないだろうね……何せ相手は縦深戦術理論を生み出した軍隊の後継組織なんだからな。それなら参考にするべきは、冷戦期に編み出されたエアランド・バトルか…いや、あっちはあっちで難しいな?」

 

「難しいことばかりだ…」

 

「正規軍相手に真正面から戦おうというのは無理がある。アメリカの侵攻部隊も、奴らの攻勢を受けて大損害を出していた。大戦では中国軍も同じように戦い、結果は見ての通りさ……見方を変えてみよう、奴らが得意の攻勢を可能とするには部隊間の緊密な連携や高い兵站補給能力があってこそだ。そこに注目すれば、少しはアイデアも浮かぶんじゃないか?」

 

 アルケミストの言葉にしばらく悩んでいたジャッジであったが、何かを思いだしたのか今まで広げていた資料を押しのけ、別な資料を取り出して目を通す。

 それは世界を二分した陸軍大国旧ソ連がアフガンへ侵攻した際の資料だ。

 アフガン侵攻時のソ連軍は精強な大軍をアフガニスタンの山岳に送り込んだが、地形を活かし戦うアフガンの戦士たちの粘り強い反抗に合い、戦局は泥沼化…ソ連にとってのベトナム戦争と言われる戦いとなった。ジャッジが注目したのはアフガンの戦士たちの地形を活かしたゲリラ戦、そして険しい山岳でソ連軍が機甲部隊を思うように展開できなかったことについてだった。

 

「正規軍がここへ侵攻した際、水際で食い止めず奥地に引き込み、奴らの装甲部隊が動けない場所で攻勢をかければ……遊撃隊を組織して主力部隊の後方に展開して、補給路を断てばいかに精強な正規軍の兵器でも勝機があるんじゃ!」

 

「まあことはそう簡単じゃないがな。ゲリラ戦術に目をつけたのはいいな、ただしこいつはこいつで難しいやり方なのは理解しておくことだよ。もう一つ、奴らがここに来る場合必ず海を越えてやってくる…幸い、連中は陸の兵器は脅威だが、海軍の方はお粗末なものだからね。そこら辺も、考える余地はあるんじゃないか?」

 

「うむ、そうだな! 今回は助かったぞアルケミスト、おかげで良い案が浮かびそうだ!」

 

「はは、どういたしまして」

 

 笑顔でお礼を言うジャッジに微笑みかけ、アルケミストはついつい彼女の頭を撫でてしまった。するとジャッジは途端に面白くなさそうに眉間にしわを寄せるのだ。

 

「あぁすまん、ついその…デストロイヤーと同じ感覚でやってしまった……悪かった」

 

「まったく気を付けよ。私をガキ扱いするんじゃないぞ」

 

「もちろんさ。さて、私はそろそろ行くよ」

 

「うむ、また何かあったら頼むぞ」

 

 手をひらひらと振りながらアルケミストはジャッジの部屋を後にする。

 何をやろうか、そう思いながら屋敷の廊下をあてもなくうろついていると、学校で使用するための教材を抱えるイントゥルーダーと鉢合わせる。いつもなら補助のスケアクロウがいるが、その日はいない様子だ…どうやらウロボロスにどこかへ引っ張って行かれたらしく、授業の準備の間児童を見ている人がいないらしい。

 

「そうだ、アルケミスト暇そうにしてるみたいだから子どもたちを見ててくれない?」

 

「あたしが? 子守は苦手だよ、ましてや勉強を教えるなんてさ」

 

「そう難しいことじゃありませんわ。ちょうど次の時間は、アルケミストでも教えられそうですし…ちょっとの間だけでもお願いできますか?」

 

「しょうがないな…それで、何を教えるわけだい?」

 

「はい、保健体育ですわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がやがやと賑わう教室の扉をガラッと開いたアルケミスト。

 いつもイントゥルーダー先生かスケアクロウ先生が来るはずなのに、まさかこの人が来るなんて……先ほどまでがやがやとおしゃべりしまくっていた子どもたちは、アルケミストの姿を見るなり一斉におしゃべりを止めて席に座る。

 子どもたちのアルケミストを見る目に恐れがある、流石はキレさえたら怖い人ランキング堂々のトップなだけはある。

 

「スケアクロウ先生がお休みだから、この授業はあたしが見ることになった。アルケミストだ、よろしく」

 

 教壇に立ち、ぐるりと子どもたちを見回す。

 固い表情のまま子どもたちはアルケミストを見つめたままだ…。

 

「なんだ、みんな元気ないな。挨拶はどうした?」

 

 彼女がそう言ったとたん、子どもたちは慌てて挨拶を返す…まだ声が足らない気もするが、ひとまずアルケミストは頷き授業を始める。始めるのだが、いきなり任されたせいでこの授業がどこまで進んでいるのか分からない…そこで最前列の女児にどこまでやったかを聞いた。

 

「うーんと、スポーツと健康……? なんだこのつまんなそうな課題は、やめやめ、こんなの無駄だ。もっと面白い課題ねぇのか? お、これいーじゃん。よーしお前ら、このページ開け」

 

 アルケミストは教科書をペラペラめくって面白そうな項目を選び、子どもたちにそこを開くよう指示を出す。

 するとどうだ、何人かの少女は気恥ずかしそうに目を逸らし、少年たちはニヤニヤし始める。

 

「あの先生、ここはまだ早いと思うんですが…」

 

「なーに恥ずかしがってんだ、お前らほんとは興味あるんだろ? よーし始めるぞ、アルケミスト先生の性教育だ」

 

 子どもたちの初心な反応を見て、アルケミストは乗り気じゃなかった授業が楽しくなって来た様子だ。

 まあ、子どもたちに教える教材であるので、そこまで生々しい写真があったり過激なイラストがあったりするわけではないのだが、性に関する用語は初心な子どもたちには刺激が大きいようだ。

 

「えーっと、あたしは人形だから当てはまらないが、お前ら人間だからよく覚えとくんだぞ? 第二次性徴……まあ要するに思春期って奴だな。この時期に男女とも性器が発達してきたり、女子は乳房…おっぱいだな……って、なーににやけてんだよ男ども」

 

 言葉にいちいち反応する子どもたちの初心な反応、なるほど、ウロボロスが子どもたちに夢中になる理由も少しは分かる気がする。そんな児童たちの反応を時にからかいつつ授業を進めていくと、徐々に子どもたちのアルケミストに対する印象も変わってくる。

 途中から教科書を放りだし、アルケミストと子どもたちの談笑が始まってしまった。

 

『勉強したい奴は好きにしな。あとは自由時間だ』

 

 イントゥルーダー先生もスケアクロウ先生も絶対に言わないような言葉が決め手となって、子どもたちはすっかりアルケミストに心を開き笑顔を見せるようになった。ただ優しいだけじゃない、フランクな態度の教師は新鮮なようだ。

 続く授業もアルケミストが見ることとなっていたが、相変わらず指定された教材に興味を持てないアルケミストは、子どもたちを連れて屋敷の中庭へ向かう。

 

「よーし、今の時間は水泳の授業に変更だ。えっと水着は…あるわけないよな、待ってろ」

 

 水泳をするにはちょっと早いが、気温は高いし水温も安定しているので問題はない。

 水着も何でもそろっているウロボロス邸から拝借し子どもたちに配る、授業だなんだといいつつ、アルケミストが久しぶりにプールで泳ぎたいという願望が大きかった。しかし子どもたちは授業がプールに変わったことに大喜びだ。

 

「おいガキども、ちゃんと準備運動しな。溺れて死んでも知らないよ」

 

 アルケミスト自身は見つけた競泳水着に着替えたものの、ややサイズが小さいようで、少々窮屈そうだ…主に胸の部分が。何人かのませた男子はアルケミストの水着姿に悶々としている様子…そんな男子たちに女子たちの冷たい目線が突き刺さる。

 そこでもアルケミストは子どもたちを適当に泳がせる…もちろん、先ほどはああいいったが溺れてもすぐ気付けるよう、プールサイドに暇そうな下級鉄血兵を引っ張って来て監視にあたらせた。

 

 ふと、アルケミストはプールサイドで水に入らず座り込んでいる男の子を見つけた。男の子のどこか羨ましそうに友だちを見つめる表情から何かを察し、アルケミストはプールサイドに肘をかけて声をかけた。

 

「どうしたんだい? 泳がないのか?」

 

「せんせい…実はぼく、泳げなくて…」

 

「そうなのか?」

 

「うん。前に溺れそうになって、それから怖くて…」

 

「ふーん……でも羨ましそうに見てたじゃないか。ほんとは泳ぎたい、だろ?」

 

「そうですけど…」

 

「じゃああたしが一緒に見ててやるからさ。ほら、怖がらずに来なよ」

 

 アルケミストがそう言うと、男の子はおっかなびっくりとした様子でプールサイドへと近付いていきつま先を水につける。男の子を怖がらせないよう、少しづつ水に慣れさせていき、最後には男の子の両手を握ってあげながらゆっくりとプールに入れてあげた。

 しかしまだ怖いのか男の子はアルケミストにしがみつく。

 それを笑ったりせず、彼女はその腕で抱いてあげながらちょっとずつ男の子が水に慣れていくのを待つのだ。

 

「ヒヤッとしてて気持ちいいだろ? ちょっと慣れたら泳いでみようか?」

 

「う、うん……」

 

「なんだ恥ずかしがってるのか? 別に泳げないことは恥ずかしくないだろう?」

 

「いや、そうじゃなくて…その…」

 

「んん?」

 

 男の子が顔を赤らめて恥ずかしがっている理由…それを知るのは当分先のことであった…。




前半と後半で展開が全く違うのは、ネタをつぎはぎしたから(ニッコリ)

圧倒的おねショタの極みッッ!!
お姉ちゃんを讃えよ!

以下没ネタ

アルケミスト「うん…? なんか固いのあたってる…」

少年「ご、ごめんなさい…先生を見てたら、変になっちゃって…!」

アルケミスト「あぁ、そういうこと……ちょっと、更衣室いこっか?」


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二人のファクトリー

 強大なESP能力をその身に宿し、日々鍛錬を重ねて実力の向上に余念がないハイエンドモデルのシーカーであるが、戦闘以外のことに関しても興味を抱くことがある。最初に興味を抱いたのは音楽であり、今ではそれなりにピアノの演奏をすることができるまで上達した。

 しかしそこで満足せず、他にもシーカーは絵画にも挑戦してみた……結果は残念ながら思わしくなく、事情を知らないウロボロスが、たまたま部屋に置きっぱなしになっていたシーカーの絵を【酔っ払いが描いた落書き】と笑い飛ばし、それっきりシーカーは筆を二度と持たないと心に決めた。

 

 シーカーは趣味を再び音楽に戻し、演奏できる楽器を増やそう…ということでヴァイオリンに今度は手を出した。ただし戦闘以外のスキルは皆無なシーカーであるため、彼女が奏でるヴァイオリンは耳障りな不協和音を奏でてしまう。

 早起きを心がけるシーカーが朝っぱらからそんなことをするものだから、ドリーマーの寝起きはいつも最悪だ。

 

「む、起きたのかドリーマー」

 

「えぇ…おかげさまで…」

 

 いつも通りのシーカーの酷い音色にたたき起こされたドリーマーは最低の気分で、ギィギィ音を鳴らすシーカーをジト目で見つめる。思い返せば彼女がピアノを覚えようとした時も酷いありさまだったと記憶する。音は外すし滅茶苦茶な演奏を繰り返す…だが、必死に覚えようとしている姿と、上手く演奏できた時、嬉しそうに報告してくるシーカーを知っていれば憎むことなど到底出来はしなかった。

 なかなか良い音を出せず落ち込むシーカーを、ドリーマーは優しく励ましてやるのだ。

 最初から上手くできる奴なんていないのだ、と……だが、朝っぱらから練習するのはいい加減控えて欲しいのが本音だった。

 

 

 楽器をしまい、キッチンで朝食を作り二人仲良く朝食を共にする。

 二人は工場近くの場所に用意された家で生活をしており、お手伝い用の自律人形などは置かず、二人きりで寝食を共にしていた。ウロボロス邸では中々二人きりになれなかった反動か、二人は今の住居に越して来てからというもの、時間さえあればいちゃつき合う。

 ある時はリビングで、ある時はお風呂場で、ベッドの上ではもちろんのこと互いに求めあう。

 誰にも邪魔されないこの場所で、二人はお互いの愛を確かめ合うのだった。

 

「朝っぱらから発情したネコみたいに戯れおって、このアホどもが」

 

 唐突にやって来たウロボロスが、食卓でじゃれ合う二人を目の当たりにしてそんなことを言うのも無理はなかった。

 慌てて離れる二人に悪態をこぼしつつ、適当に椅子を引っ張りだして来てふんぞり返る。

 

「ふん、おぬしらをいちゃつかせるためにここを提供したわけじゃないぞ?」

 

「うるさいわね。やることやってるんだからいいでしょう?」

 

「どうだか…まあそれを確認しに来たわけであるがな。ジャッジの要望は届いたな、新兵器の開発はどうなっておる?」

 

「その点については滞りなく。既に【B1バトルドロイド】の量産体制は整っている。現在はB1バトルドロイドの運用上の課題点を克服する設計を進めており、つい先日そのプロトタイプが完成した」

 

「ふむ、ただいちゃついてるだけじゃなかったようで安心した。どれ、折角だから新兵器とやらを見物しに行こうではないか」

 

 とっとと帰ればいいのに、そんなことを思っているドリーマーをなだめつつ、シーカーはウロボロスを工場に案内する。工場の敷地内では量産後、施設の警備任務につかされたバトルドロイドたちが歩哨に立っている。ドリーマーとシーカーが最初に作りだしたB1バトルドロイドは、長身細身の骸骨を彷彿とさせるような容姿をしている。

 耐久性はお世辞にも良いとは言えないが、そもそもの設計コンセプトは数を揃えて物量で圧倒するというものであり、実際このB1バトルドロイドは正規軍が運用する戦術人形の半分程度のコストで量産できるのだ。

 人工知能に関しても、個々の知能は低く下級鉄血兵にも及ばない…これについてウロボロスと意見が分かれたが、シーカーは知能の低さはむしろこのバトルドロイドにとっての長所なのだと力説した。知能のないこれらの兵士たちは中央制御コンピュータで一括制御され、無条件で命令に従い、容易に制御でき、絶対に恐れを抱かない兵士たちなのだ。

 

 それでも渋るウロボロスを納得させるため開発したのが、より耐久性を高めある程度の独立性と知能の向上を図った【B2スーパー・バトルドロイド】だ。性能の向上にともない生産コストは上がるが、小銃程度の火力ではびくともしない装甲に、強力なダブルレーザーキャノンを有している。

 B2スーパー・バトルドロイドの試作機を目の当たりにしたウロボロスは、その出来栄えに感心する。

 

「バトルドロイドの標準装備であるブラスターライフルの性能テストの結果も良好だ。正規軍の戦術人形を想定したテストでは、その破壊力を十分に発揮した」

 

「うむ、だが奴らの主力となる装甲部隊への対処は?」

 

「それも問題ないわ。まだ設計段階だけど、テュポーン戦車や米軍のマクスウェル戦車にも対抗できる戦車を開発中よ。それと大型のバトルドロイドや、重装甲の大型兵員輸送艇なんかもね……まあまだまだ道のりは遠いけどね」

 

「やはりおぬしらにここを任せたのは正解だな。何か足りないものはあるか? 現状、おぬしらが最も成果をあげていると言えよう…多少ボーナスを弾んでやっても良い」

 

「そうね…じゃあ折角だから工場の拡大をお願いしたいわね。バトルドロイドの量産と、新型の開発を考えれば今のままじゃ手狭になるのは間違いないわ」

 

「いいだろう、手配しておこう。ああそれと――――」

 

 ウロボロスが何かを言おうとした矢先、彼女の側近であるヴァンプがやって来て彼女の話を遮った。

 会話を邪魔されたウロボロスは不快感を露わにしていたが、ヴァンプがもたらした報告を聞くと小さく唸る。

 

「ちっ、鬱陶しい虫けらどもが…」

 

「何かあったの?」

 

「私の統治に刃向う旧軍残党がここに向かって来ているらしい。ドリーマー、シーカーそいつらを殲滅しなければならない。ここで開発している兵器をまだ見せるわけにはいかん」

 

「ええそうね……シーカー、やれる?」

 

「問題ない」

 

 ドリーマーの問いかけに、シーカーは珍しく好戦的な笑みを浮かべて返す。

 ドリーマーに造って貰った震動斧の試し斬りをようやく行えるほか、騎士道を重んじる裏腹に攻撃的な本質を秘めるシーカーは、実力を行使できる機会を密かに望んでいたのだ。

 

 

 

 工場に向けて進軍する武装勢力は旧軍の残党が基となって組織された勢力だ。

 第三次世界大戦にともなうアフリカ国家の崩壊によって軍閥化した旧軍部隊が、アフリカ大陸のあちこちを根城に勢力の拡大を図っている。ウロボロスは群雄割拠のアフリカに食い込む形となり、いくつかの軍閥から目をつけられている。

 欧州の正規軍には及ばないが、それでもまともにぶつかり合えば手ごわい相手だ…ウロボロスが将来を見据えるうえで、これら軍閥とも必然的に対峙する必要がある。

 

 工場を目指し進軍する部隊は、旧式のロシア製戦車1両とピックアップトラックに重機関銃や無反動砲を搭載したテクニカルが数台、兵士たちの数はざっと見て50人近くはいるだろう。

 

 旧軍残党の軍閥とはいえ、全員が訓練を受けた兵士たちではない。

 工場を目指す武装した兵士たちの身なりはバラバラで、秩序の崩壊後に徴集された者ばかりだろう…一応彼らを指揮する者は迷彩柄の軍服にベレー帽をかぶっており、軍出身の兵士であることが伺える。

 

 戦闘は、彼らを待ち構えていたドリーマーのアウトレンジからの強力な狙撃によって始まった。

 部隊の先頭を走るピックアップトラックの運転席を正確に狙った狙撃によって運転手は即死、放たれたレーザーはそのまま貫通して荷台の砲弾に命中して誘爆を起こす。突然の奇襲に部隊は散開、トラックの荷台から次々と兵士たちが降り立った。

 兵士たちが混乱に陥っている最中に、シーカーは疾風の如き速さで部隊に接近、震動斧ハルバードの一薙ぎによって数人の兵士が容易く引き裂かれる。

 

 瞬時に現われたシーカーに兵士たちは恐慌し引き金を引くが、統率が取れていない中で銃を乱射したことで同士討ちが起こる。やはり素人同然の練度、強者に巡り合えなかったことに少々落胆しつつ、シーカーは次に戦車を見据える。

 慌ててトラックの荷台に据え付けられた重機関銃でシーカーを狙うも、シーカーの姿が忽然と消える……呆気にとられる機銃手であったが、次の瞬間、その首が一撃で刎ね飛ばされる。

 ESP能力の一つ、テレポーテーションによって一瞬で戦車の砲塔上部まで移動したシーカーは、震動斧の柄の端を握り一閃……戦車の砲塔と車体を両断した。ずれ落ちる砲塔、無力化された戦車からは兵士たちが脱出し恐れをなしたのか逃亡する。

 遠くで狙撃するドリーマーが逃亡兵を狙撃しようとするが、逃亡する兵士を殺すことをよしとしないシーカーが遮るのだ……シーカーの相変わらずの信条に呆れつつ、ドリーマーは戦場を俯瞰する。

 

 戦車を無力化されたことで、敵兵士たちは恐れをなしたのか逃亡する者が出始めた。

 

 そんな中、部隊長と思われるベレー帽を被った兵士が逃げる部下を怒鳴り、その背に銃弾を撃ちこんでいく。

 

「ここまでだ、投降しろ。さすれば命まではとらん」

 

「舐めるな小娘が…! 撃ち殺せ!」

 

 残った兵士たちが一斉に銃を撃つ。

 それに対しシーカーは、サイコキネシスで大破したピックアップトラックの破片を勢いよく兵士たちに飛ばし肉体を刺し貫く。シーカーのESP能力によって更なる恐慌状態に陥った兵士たち、そのタイミングに彼女が最も得意とする能力の一つ【脳波干渉】を発動、虚弱化した兵士たちの意思は容易く打ち砕かれ、彼らは一斉に武器を放棄しひれ伏した…。

 

 そんな中、部隊長の兵士だけが自我を保っていた。

 弾切れの銃を投げ捨て、ナイフを抜いた彼を見てシーカーは感心した様に頷くと、得物のハルバードを地面につきたてた。

 

 

「は? 何やってんの…シーカー?」

 

 

 スコープ越しにその場面を見ていたドリーマーは、シーカーが武器を放棄したことに困惑していた。いや、完全に武器を放棄したのではなく、敵の部隊長がナイフを取り出したのを真似するように自分もナイフを取り出したのだ…そこでドリーマーはハッとする、またシーカーの悪い癖が出た!

 

「見事だ、劣勢に追い込まれてなお失わぬ闘志……貴殿の誇り高き闘志に私も敬意を払おう」

 

 このバカ!

 遠くにいるドリーマーはおもわずそう叫ぶと、ライフルを抱えて走りだす。

 

 シーカーの悪い癖、それは己が認めるだけの相手が現れると対等な条件で戦いを挑んだり、どんなに優勢でも一対一の決闘を喜んで引き受けてしまうことだ。こうなるとシーカーは得意のESP能力も封じ、単純な身体能力での勝負をしてしまう…。

 敵兵士のナイフを構える動作から、ナイフの扱いに長けていると察しドリーマーは大急ぎでシーカーの元へ走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いててて……意外に強かったな、あの男は」

 

「あんたってホントバカ! 信じられない、その悪い癖いい加減直せよバカ!」

 

 敵兵士とのナイフによる対決は結果的にシーカーが敵の首を斬り裂いたことで決着となるが、戦いの最中にシーカーも手と肩を負傷、それなりに苦戦する結果となった。思いだして笑うシーカーだが、ドリーマーにとっては笑い事ではない。

 万が一のことがあったらと思うとゾッとする…それなのにへらへら笑っている姿を見ると余計に腹が立つ。

 

「まあ勝ったからいいじゃないか」

 

「あんた、微塵も反省してないわね……いいわ、今回ばかりは私も頭に来たわ! 反省するまでお前のことなんか気にしてやらねえからな!」

 

「お、おい…いくらなんでも怒り過ぎじゃ……悪かったよ、ごめん……」

 

 素直に謝るシーカーを見て、ドリーマーの怒りは鎮まって行く。

 

「……本気で心配したんだから…もう危険な真似は止めて……あなたがいなくなったら私は…」

 

「そうだな…そうだったな、ごめん……バカな私を許してくれ、君を悲しませたり怒らせたいわけじゃない……私はいなくならないよ、ずっと君と一緒さ」

 

「そう、ならいいの……ねえ、シーカー…?」

 

 少し潤んだドリーマーの瞳がシーカーを上目遣いで見上げる…彼女の微かに紅潮した頬に指を這わせると、彼女はくすぐったそうに笑った。想い人の愛くるしい表情を見て、シーカーは理性を失いかけるも、かろうじて意識を保つのだ。

 シーカーはドリーマーの唇に軽いキスをし、小柄な彼女を抱きかかえる…いわゆるお姫さま抱っこされたドリーマーも嫌がらず、両腕をシーカーの首に回す。

 

「今夜は寝かさないぞ?」

 

「まだお昼よ、シーカー? 一日中シてたら、壊れちゃうわ…」

 

「望むところだよ…お姫さま(プリンセス)

 

「ほどほどにね…騎士(ナイト)さま…?」

 

 はにかみあいながら、二人は寝室へと姿を消していった。

 

 




ウロボロス「いいか少年少女たち、ああいう大人になっちゃダメだぞ」

アルケミスト「どの口が言ってるんだい?」

ウロボロス「そういうおぬしも最近足をつっこみかけてるからな?」

デストロイヤー「アルケミスト…」

アルケミスト「ち、違う! あたしは…そんな目で見るなデストロイヤー!!」


シーカーのESP能力は強すぎるけど、タイマン挑まれるとついついのっちゃうのが彼女の弱点になるのかな?



ドリーマー✕シーカー…どっちが攻めで受けかは議論の的だと思う(´・ω・`)


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モブたちの嘆き

 ウロボロスがうちだした方針によって、彼女が抱える軍隊はあらゆる面で見直しが求められ、装備の一新や部隊の再編制、戦闘教義の変更に至るまで慌しさを増していった。シーカーがある日思いついた【バトルドロイド】という新たな兵器の開発と量産は、他の多くのプロジェクトの中でも特に重要であり、ウロボロスはそれまでの活動で得た潤沢な資金を投入することを惜しむことは無かった。

 それにともなって各産業が忙しくなり、統治下の都市部では人手不足の問題が露わになって来た。

 秩序の崩壊によって日々の生活すら困難なほどの貧困社会に陥っていたアフリカにおいて、ウロボロスは基本的に重労働を民衆に課すが、賃金はちゃんと払い衣食住を保証する…最低限人として生きられる暮らしを提供し、それでも文句を言うものは圧倒的軍事力で潰す。

 人は弱い権力には反抗するが、強い権力に対しては従順になるものだ…。

 

 そのようにウロボロスが軍拡をして見せれば、内情を知らない敵対的な各軍閥も危機感を持ち始める。

 ウロボロスの勢力拡大を快く思わない勢力との小競り合いは以前よりも増え、国境沿いでの緊迫感は徐々に高まっていた。

 

 さて、そのようなウロボロスの軍が新兵器であるバトルドロイドへと移り変わっていくなかで、別な理由で危機感を持ち始めている者たちがいた。 

 それまで鉄血工造の主力を担っていた、鉄血下級兵たちである。

 同じ物量戦を想定したダイナゲートやプロウラーは、よりコストが安く汎用性に長けるB1バトルドロイドの登場で価値を失い生産停止。スカウトはまだ生産されているが、バトルドロイドが搭乗できる偵察機が開発されれば同じように生産は停められてしまうだろう。

 他にも装甲人形はB2スーパー・バトルドロイドへ、マンティコアは装甲型強襲用戦車(AAT)やヘイルファイヤー級ドロイド・タンクに置き替えられる予定だ。

 

 意思を持たない戦闘機械たちが次々姿を消していくなか、下級兵士の【リッパー】、【ヴェスピド】、【イェーガー】などが集まってここ最近の状況を嘆き悲しんでいた。

 その日はドリーマーとシーカーの工場で新たに生み出されたバトルドロイド【IG-100マグナガード】の性能テストのため、接近戦を目的とする【ブルート】がマグナガードとの戦いに付き合わされていた。

 

 マグナガードはB1バトルドロイドとは設計思想が異なり、要人警護を目的とした高性能なバトルドロイドであり、他のバトルドロイドと大きく違うのは経験によって戦闘能力を向上させる独自のプログラムを搭載していることだ。これは、要人警護を目的としたバトルドロイドを開発するにあたり、不測の事態にも対応できる能力が必要とシーカーが判断したためだった。

 この性能テストに送り込まれたマグナガードはシーカー直々に鍛えあげた個体であり、このドロイドと戦ったブルートは惨敗、マグナガードは自身の有用性を文句の言えない形で証明して見せたのだ。

 

 

「うーん、痛いよぉ…痛いよぉ…」

 

「うんよしよし、君はよく頑張ったよ」

 

 

 訓練場にて、マグナガードにこてんぱに打ち負かされたブルートは修復施設に送られたものの、診断結果全身の打撲程度と判断されて施設を追いだされる。あまりにもかわいそうなブルートのために、同僚の下級兵士たちが迎えに行ってあげたのだった。

 

「なんかますます私たちの肩身狭くなったよね…最後に戦闘に出たのいつだろう?」

 

「さあね、覚えていないわ」

 

「私たちもダイナゲートたちみたいに生産停止させられちゃうのかな…」

 

「何を弱気なことを! 私たちこそ元祖鉄血、そんな気弱なことを言ってるとほんとにとってかわられちゃうよ!」

 

「うん…それもそうだね。ところでドラグーン、あなたの乗り物どうしたの? 最近見ないけど」

 

「バトルドロイド生産の原材料にするからって…降ろされて持ってかれた…」

 

「えぇ……」

 

 下級鉄血兵の中では高い地位にいるはずのドラグーンも今ではこの有様。

 一時期原材料の鉱物が手に入りにくくなった時、二足歩行兵器を乗り回していたドラグーンであったが、ウロボロスに無理矢理引きずり下ろされてしまったのだった。一心同体といえる乗り物を取り上げられたドラグーンはうつ病一歩手前のようで、部屋の隅っこで体育座りして意気消沈していた。

 

「このままじゃいけないわ! 私たちはまだ戦えるってことを、ウロボロスさんに訴えなきゃ!」

 

「やめろ! 殺されるぞ! アポなしで訪問したストライカーが吊し上げられたのを忘れたのか!」

 

「でもこのまま黙って見てるわけにはいかないでしょ! ウロボロスさんがだめなら、他の上司に相談しなきゃ! 黙って死ぬか、反抗して死ぬか選ぶんだ!」

 

「いや、死ぬのは嫌だよ、痛いもん。それよりダメだった時のこと考えた方がいいんじゃ」

 

「この敗北主義者め! お前みたいな豆腐メンタル人形と肩を並べてたと思うと私は恥ずかしいぞ! AR小隊にみんなで挑んで返り討ちに合った時を思いだせ!」

 

「結局死んだじゃん…というか、みんなで喫茶店やらない? ほら、鉄血人形が働く喫茶店さ」

 

「バカやろう! こんな殺伐した世界でそんなことできるか! いらっしゃいませご主人様~、なんて誰が言うものか! 恥を知れ恥を!」

 

「えーでも鉄血で喫茶店やったら繁盛しそうな気がするんだけど…」

 

 いまいち乗り気じゃないイェーガーを、リッパーとヴェスピドがムキになって叱咤する。

 こんな時、イェーガーのように別な身の振り方を考えた方がある意味利口なのかもしれないが、彼女たちは上司たちと共に戦場を駆けまわったあの日々を忘れることが出来ないのだ。まあ、下級鉄血兵如きの記憶容量で覚えていられる戦場はたかが知れているのだが…。

 乗り気じゃないイェーガーを無理矢理追従させた彼女たちは、直談判するには誰が良いか考える。

 

 まずは聡明そうな人に相談しよう、ということでスケアクロウとイントゥルーダーの元へ向かう。

 二人は主にウロボロスお抱えの子どもたちに英才教育を施す仕事をしているので、いつも屋敷内の教室にいる。下級鉄血兵たちが向かった時、ちょうど家庭科の授業を行っていて、スケアクロウとイントゥルーダーが子どもたちに裁縫を教えているところだった。

 わいわい遊ぶ子どもたちの笑顔を見た下級鉄血兵たちの顔がほころんでいく。

 

「いいなぁ、わたしも子どもたちに授業教えたいな」

 

「諦めろ、私たちの記憶容量じゃ教えられることなんてたかが知れている」

 

「だよね……というか、授業中お邪魔しちゃうと悪いしやめよっか…」

 

「そうよね」

 

 上司のお仕事を邪魔しちゃいけないというおもいから彼女たちはその場を後にする。

 しかしそこで困り果てる…二人以外に相談できる上司はいるのかという問題だ。まず代理人はエルダーブレインに尽くすことだけを考えるので相手にしてくれない、ジャッジは恐れ多くて気軽に話しかけられない、デストロイヤーはあまり協力してくれなさそう、ドリーマーとシーカーは遠方にいる…そこで彼女たちは相談できる相手が誰もいないことに気付くのだ。

 

「はぁ……処刑人さんがいてくれた頃が懐かしい…」

 

「そうね…あの頃は楽しかった…」

 

「あの人は私たちみたいな下級兵士にも気軽に声をかけてくれたし、大事にしてくれた…」

 

「ハンターさんも優しかったよなぁ…」

 

 過ぎ去った日々を懐かしむように思いだす。

 記憶の容量が少ない彼女たちであったが、何故だか優しかった上司との思い出だけは消えることなくいつまでも残り続けていた。一緒に戦場を駆けまわり、共に戦い、戦いが終わればちょっとしたパーティーなんかも行った。

 あの頃の輝かしい日々をもう一度…そんなことを願わずにはいられなかったが、現実は無情だ…そう思っていた。

 

 

「なに辛気臭いツラしてるんだお前らは?」

 

「ア、アルケミストさん…!」

 

 

 その場にふらっと現れたアルケミストを見た瞬間、彼女たちは姿勢を直し背筋を伸ばす。

 鉄血で絶対に敵に回しちゃいけない存在として良くあげられるアルケミスト、もちろん味方である彼女たちにとってもアルケミストは畏怖する存在であった。それに加えて他にジャッジ、シーカーもその場に居合わせるのだから彼女たちはすっかり萎縮していた。

 

(おい、私たちついに廃棄処分されるのか!?)

 

(バカな、早過ぎる!)

 

 慌てふためく下級鉄血兵たちの様子を見たアルケミストたちは首をかしげている。

 もうこうなったら素直に悩みを打ち明けよう、そう思ったリッパーが涙声になりながら自分たちが先ほどまで考えていたことを打ち明けたのだ。バトルドロイドが増産されることで自分たちの価値がなくなるんじゃないか、そして近いうちに廃棄処分されてしまうのではないか。

 リッパーたちの想いを、3人は静かに聞いてくれた……全てを打ち明けた後でも続く沈黙、やがてそれはアルケミストの笑い声で破られる。

 

「なんだお前ら、そんなしょうもないことで悩んでたのか?」

 

「しょうもないだなんて、いくらアルケミストさんでも!」

 

「あー悪い悪い。安心しなお前ら、お前らがお役御免になることはなさそうだからね」

 

「ほえ?」

 

「そうだとも。そう悲観してくれるな、アルケミストの言う通りだ。お前たちはまだ活躍できるぞ?」

 

「シーカーさん、それは一体…?」

 

 その問いかけに対して、ジャッジが答える。

 

 確かに部隊の主力はバトルドロイドへと置き変わっていくことになるが、そんなバトルドロイドの部隊を戦場で統率する存在が必要となる。規模の大きい部隊の指揮はこれまで同様ハイエンドモデルが行うが、ドロイド軍の小隊規模の部隊を指揮する下士官が必要なのだと。

 そしてその役目は、それなりに知能を有する下級鉄血兵たちに担わせたいのだと。

 

「喜べポンコツども。恐れ多くもエルダーブレインがお前たちのために、メンタルモデルのアップグレードデータを作成してくれたのだ。欧州にいた頃よりちょっとだけ地位が高くなるぞ」

 

「ほ、本当ですか…!?」

 

「そうだとも。それからドラグーンは乗り物取り上げられたみたいだが…後でいい物やるから元気を出すんだ」

 

「うぅ…感謝します、シーカーさん…!」

 

「礼はアルケミストに言うのだな。最近お前たちが悩んでるって言ってたから、それに配慮したまでさ」

 

 シーカーが話す意外な事実を聞いて、彼女たちは目を丸くしてアルケミストを見つめる。

 

「あーまあ、お前らとはそれなりに付き合い長いしな……エグゼの奴からちょっと面倒見てやってくれって言われてたしな」

 

「感謝感激ッ! 一生ついて行きます姉御!」

 

「いちいち大げさなんだよお前らは…ま、せいぜい頑張りな」

 

「「「「はい、姉御ッ!!」」」」

 

 

 下級鉄血兵たちがお役御免になるのは、どうやらまだまだ時間がかかりそうだ。




ウロボロス軍のBGMはコレだ!

https://m.youtube.com/watch?v=IAdYmUk6oVY

スターウォーズいいですわゾ~……ハッ、いかんいかん脱線し過ぎた、メタルギア✕ドルフロに戻らなきゃ。



戦力増強イベントって、その後でかい戦いある前触れだったりするんだよなぁ…(意味深)


さて、次なにやろ?


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大尉の形見

 M14、MSFには最近入隊したばかりの彼女は努力家で真面目で人当たりの良い戦術人形で知られているが、戦闘面ではからっきしであまり戦場には出ずに前哨基地で訓練に明け暮れている印象を持たれている。以前、彼女の教官役を務めているアーサー・ローレンス大尉が、M14は他のIOP戦術人形のように銃との結びつきを強める烙印システムが不完全だと見抜いて以来、他の銃器と烙印システムでつなげようとするが上手くいっていない。

 どの武器もうまく扱えない状況でM14は自身を喪失、そんな状態で戦場に出れるわけもなく、出たとしても部隊の後方支援に回されてしまう。自分の兵士としての価値の無さに嘆くM14を、教官のアーサー大尉は親身になって指導するのだ。

 あるいは、彼女が余計な悩みを抱え込んでしまわないように厳しい訓練を課していた…。

 

 訓練を終える頃になるとM14はくたくただ。

 毎日繰り返し訓練しているというのにちっとも身体が追いついてくれない。それもそのはず、アーサー大尉はM14のスキルアップと同時に訓練内容を過密にしていたりする。そのことにはM14もうすうす気付いていたが、付きっきりで面倒を見てくれるアーサーに恨み言を言えるはずもなく、むしろ【キャプテン】と呼び慕っていた。

 

 その日も、過酷な訓練を終えたM14はグラウンド上で大の字になって寝転がっていた。

 ここ最近は気温も上がって来て夏日にもなる日がある、暑さは体力を消耗し一層の疲労感を感じさせてくれる。横になるM14にねぎらいの言葉をかけ、アーサーはよく冷えたドリンクを手渡した。

 弱々しく手を伸ばし受け取ったM14は早速ドリンクを飲む…氷が入れられてキンキンに冷えたドリンクが熱を持った身体を程よく冷ましてくれる。しかもそのドリンクはアーサー大尉が自分で作った特製ドリンクだというのだから驚きである。

 

「ぷはぁ……美味しいですね。キャプテンも飲みますか?」

 

「あぁ」

 

 ドリンクの入った水筒を返したM14は、そのままアーサー大尉をじっと見つめる。

 

 切れ長の目に目鼻立ちの整った美麗な顔、長くて鬱陶しいと言って切った茶髪はくせもなくさらさらとしている。事情はよく分からないが元男とは思えない美貌を、同性であるはずのM14ですら羨む。

 日々の鍛錬で鍛えられた身体に無駄はない。

 黒のタンクトップにウッドランド迷彩のカーゴパンツ、そしてカーキ色の帽子と女性としては飾り気は全くない…まあ、本人が女扱いされると不愉快そうにするのでそれでいいのかもしれない。

 

「大尉~」

 

 その声に振りかえれば、軍服姿のアイリーン上等兵曹がプラチナブロンドの髪をふり乱しながら走り寄ってくる。彼女の後ろにはM14と同じように疲れた様子のガリルたちがいた。

 

「訓練終わりましたか? みんなで一緒にご飯食べに行きません?」

 

「いや、いい」

 

「そんな、たまにはみんなで行きましょうよ。ね、M14も大尉が一緒に来てくれたら嬉しいよね?」

 

「え? まあ、それはそうですが…」

 

 そう言いながらM14はおそるおそるアーサー大尉を見るが、一瞬舌打ちが聞こえてきたような気がした。アーサー大尉の気は変わらなかったようで、そのまま何も言わずに去っていった。

 

「なんやなんや、大尉は相変わらず付き合い悪いな!」

 

「まあ、ちょっと気難しいかもね。そういえばガリル、またエグゼに挑んだんだって? どうだったの?」

 

「余裕のワンパンやったわ」

 

「どっちが?」

 

「聞くまでもないやろ?」

 

「うん、まあ……めげずに頑張ってね。それじゃあご飯食べに行こうか」

 

「すみませんアイリーンさん。ちょっとキャプテンの様子を見てきますので…」

 

「そっか、じゃあ仕方ないね。大尉のことよろしくね」

 

「はい、それじゃあ」

 

 M14はぺこりと頭を下げると、アーサー大尉が去っていった方へと走って行った。

 別れてからそんなに時間は経っていないというのに大尉の姿はなかなか見つからない…どこにいるのだろう、M14はきょろきょろと辺りを見回しながら歩く。ふと、屋外資材置き場の木箱裏に見覚えのある帽子を見つけた。

 木箱の陰からひょこっと顔を出すと、ちょうどそこにいたアーサー大尉と目が合う…彼はこっそり煙草を吸っていたようだが、何故かM14が来たのを見て少し動揺し、すぐに煙草を消した。

 

「キャプテンここにいたんですね? こんなところでこっそり煙草なんて、なんだからしくないですね…」

 

「ああ、昔の癖でな。どうしたんだ、アイリーンと一緒に食事に行かなかったのか?」

 

「なんだかキャプテンが心配になったんで」

 

「別に気にすることは無い、ただ煙草を吸いに来ただけだ」

 

「そうなんですか? でも喫煙所なら食堂のそばにもあるじゃないですか」

 

「そうだな」

 

「むぅぅ……キャプテン、何か隠し事してないですか?」

 

「いや?」

 

「そうですか?」

 

「ああ」

 

「本当に?」

 

「………何か不満があるのか?」

 

「不満ってことはないですけど…まあいいです。キャプテンはお腹空いてないんですか?」

 

「あまり腹は減っていない。この身体になってからは特にそういうことが多い」

 

「それって何かの異常なんじゃ?」

 

「気にするな」

 

 ポンとM14の頭に手を置いて軽く撫でる。

 なんだか話をはぐらかされているような感じでM14は頬を膨らませていたが、そのうち頭を撫でられるのが心地よくなったのか目を細める。M14の頭を撫でるアーサー大尉はどこか優し気で、普段の冷淡で厳しい姿しか知らない者が見ればきっと驚くことだっただろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、前哨基地のテント内で休んでいたアーサー大尉の元へ部下のテディ軍曹がやって来た。

 相変わらずテディベアの身体は動きにくそうだが、短い足でよちよち歩く姿はなんともかわいらしい…まあ、乙女心を微塵も持たないアーサー大尉にはその愛嬌も全く無意味なものであるが。

 

「大尉、やりました。無事持ってきましたよ」

 

「テディベアになっても、腕は鈍っていないようだな」

 

「何度か冷や冷やすることがありましたがね。おかげで、故郷に少し里帰り出来ましたしね」

 

「あっちの様子はどうだった?」

 

「なにも。廃墟と荒野、頭のいかれた生存者に狂ったマシンしか残ってないですよ」

 

 テディ軍曹はここ最近姿をくらましていたが、実はこっそり二人にとっての故郷であるアメリカへと密かに渡航していたのだ。MSFの監視の目を潜り抜けて、海を越えてアメリカに向かうのは困難を極めたが、軍曹は見事やり遂げたのだった。

 ベッドから起き上がったアーサー大尉は早速、テディ軍曹がアメリカから持ち帰った物を確認する。

 それらは台車の上に乗せられており、アーサー大尉が真っ先に手を付けたのは、黒色の大きなガンケースだ。留め具を外し、ケースを開くとそこには保存状態の良いバトルライフルが入れられていた。

 

「正真正銘本物、大尉が現役時代に愛用していた【M14EBR-RI】です。どうです、懐かしいでしょう?」

 

「ああ。忘れるはずがない、よくやった軍曹」

 

「どういたしまして、大尉」

 

 ケースにおさめられていたM14EBR-RIを手に取り、懐かしそうに見つめる。

 ところどころ塗装が薄れていたり摩耗した箇所もあるが、それがまさしく、アーサー・ローレンス大尉が戦前に愛用していた銃であるのだという証明であった。

 

「大尉、やはりその銃はあの子に…?」

 

「ああそうだ。もしもこの銃が彼女とマッチングできればそれでいい…無駄なことかもしれないがな」

 

「無駄なことなんかじゃありませんよ、大尉。あの子も喜ぶでしょうね」

 

「そうだといいがな……早速これをストレンジラブのところへ持って行こう。そこから先はやつに任せる」

 

「それはいいのですが、どう言い訳します?」

 

「適当に拾ってきたと言うつもりだ。軍曹、お前の方は誰かに何を聞かれても知らないふりをしておけ」

 

「了解、大尉」

 

 ライフルを持った大尉をテントから見送るテディ軍曹。

 アーサー大尉が遠くへ行ったことを確認したテディ軍曹は、さっそくさっきまでアーサー大尉が横になっていたベッドへとダイブする。

 

「うーん、これは完全に女の子の香りですよ、大尉~。むむ、大尉の下着がこんなところに…けしからん、まったくもってけしからんですよこれは!」

 

 本人がいないのをいい事に、テディ軍曹はテント内を物色、隅の方に置いてあった服やショーツに興奮している。愛くるしいテディベアがゲスな行動をしているのを大尉が見れば、間違いなく八つ裂きにされてしまうだろう…。

 ふと、テディ軍曹はたまたま開いた引き出しから一枚の写真を見つける。

 

 擦り切れて古ぼけた写真には、仲睦まじく並ぶある家族の姿が映っていた。

 写真を手にしたテディ軍曹はそれまでの興奮から冷め、懐かし気に写真を見つめる。

 

「大尉、あなたがあの子を贔屓するのは無理もないですよね……本当に、生き写しみたいだ…」

 

 両親の間に立って笑顔を見せる少女はM14とうり二つ…幸せに満ちた家族の様子が映されていた…。




大尉✕M14やぞ!

M14ちゃん、他に先駆けてMOD化ってマジっすか??



そろそろ本編のラスボス(米帝)の正体について答え合わせしようかな…でもシリアス間違いないし、無理ない範囲でやりましょう。
敵は以前出た米軍残党のハイブリッドになるでしょうね。


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要するにマシンガンが好き

最近サブタイトルてきとう


 MSFは、この世界に存在する他の多くのPMCと同様に都市の行政を請け負う業務を行っている。とはいえ、国境なき軍隊と標榜する手前、グリフィンなどのように広い範囲の行政管理を行っているわけではなく、紛争を経てから蜜月状態にあるユーゴスラビア連邦共和国より一部都市の運営を委託されている。

 行政運営の問題は多々あるが、ユーゴにおいて諸民族の軋轢に比べれば些細なことだろう。

 治安、経済、他国との外交…それらは全てユーゴスラビアという多民族国家が抱える問題に直結してしまう恐れがあるのだ。

 

 幸いにも、MSFが管理する都市ではそういった民族間のいざこざは起きていない。

 実はあるのかもしれないが、今のところ表面化していない。セルビア人、クロアチア人、モスレム人のいずれでもなく一つの価値観に囚われないMSFの諸民族に平等な都市運営が功を奏しているのかもしれない。あとは都市部で銃器の所持を禁止し、常にMSFの兵士が巡回していることも治安の維持に貢献しているのだろう。

 

 

 ある日のこと、都市にあるMSFの哨戒所にてM1918BARはのんびりとだらだら一日を過ごす。

 この町のパトロール業務は持ち回りで行われているのだが、特に事件らしい事件も起こらず、仕事しては退屈な部類に入る。一応、この業務に携わる人形たちには、先輩戦術人形であるWA2000や9A91、スプリングフィールドなどからユーゴスラビア連邦構成国が抱える民族問題についてと、テロの危険を説明されるのだが現在では平和そのものだ。

 MSFがこの都市の管理を任されたときは治安も悪く、諸民族の対立も凄まじかったというのだが…まあ、あの地獄さながらの内戦を見ていない後輩の戦術人形たちにとっては、いまいちピンと来ないものがある。

 

 その中の一人であるBARは哨戒所の机に腕枕で突っ伏し、ぼんやりと道行く人を見ていた…そんなことをしていると外は暗くなり、一日があっという間に終わってしまうのだ。一応の勤務時間は終わり、ということで宿舎に戻ろうとすると哨戒所の電話が鳴り響く。

 業務時間外の電話はとらない主義だが、その日はなんとなく電話を受けるBARであった。

 

「はいはいこちらMSFの哨戒所ですよ」

 

『おぉ、その声はBARか? ちょうど良かった!』

 

「ありゃキッドさん? どうしたんですか?」

 

 電話の相手がキッドだと知った瞬間、BARはニコニコし始める。マシンガンを誰よりも愛して止まないキッドの魅力に取りつかれた人形の一人で、最近ではネゲヴとキッドの取り合いをしていたりするのだが…ネゲヴは今頃マザーベースでジャンクヤード組の人形と訓練をしていたはずだった。

 

『ちょっと面倒なことがあってな…迎えに来て欲しいだが…5番街の飲み屋だ』

 

「キッドさんお酒飲んでたんだ。なーんだ、それなら私のことも誘ってくれたらよかったのに」

 

『いや、そうしたかったが…イーブルがよ』

 

「あ…イーブルがいるのね、なんとなく分かった」

 

『そういうこと。すぐこれそうか?』

 

「うん、ちょうど仕事終わりだし行けるよ。適当に待っててね~」

 

 受話器を戻したBARは急ぎ身支度を済ませると、哨戒所前の車両を適当に選び道路を走らせる。

 車の往来が少ない道路をかっ飛ばして向かった5番街、バーやパブなどが集まる都市の区画では酔っ払い共がふらふらと歩いており、中には泥酔して道端で寝ているおっさんもいたり、マネキンに向かってブツブツ話すおっさんもいる。

 そんな酔っ払い共に対処するパトロールたちに同情しつつ、飲み屋街を見回せば、キッドとイーブルを見つけ出す。遠目から見ても、イーブルが酷い酔い方をしているのが分かり、BARが苦笑する。

 

「迎えに来たよ二人とも。だいぶ飲んでるね…」

 

「サンキューBAR。ほら帰るぞイーブル」

 

「うるせえ、オレはまだのみたんねぇんだ…帰るならお前ひとりでかえりやがれってんだ」

 

「何言ってんだよ。お前ほっとくとすぐ誰か殴ったりするから危ないんだよ。いいから乗れ」

 

 泥酔状態のイーブルを強引に後部座席に押し込む。

 イーブルは後ろで支離滅裂なことを喚くもので大変困ったものだが、ここで連れ帰らないと問題行動を起こすことになる。宿舎まで車を走らせている間にもイーブルは騒ぎたて、キッドがそれをたしなめる。

 

「おいおい止まれ! 止まれってんだ!」

 

「なになに? どうしたの!?」

 

 イーブルがまた喚きだしたので急ブレーキをかけるBAR、助手席のキッドと一緒に後部座席を振りかえって見れば、イーブルは窓の扉を開けて通りを歩く女性を見て口笛を吹いた。女性はちらっとイーブルを見ると、軽く手を振ってはにかみ、そのまま歩き去っていく。

 

「おい見たかよ。あの女、オレに気があるんだ」

 

「バカかお前は? こっちがMSFって知ってるから手を振っただけだっつーの」

 

「けっ、つまらねえ奴だな。もういい」

 

「おいどこ行くんだ?」

 

「ここは繁華街だぜ? 女と遊んでくる、キッドお前も行くか?」

 

「どうしようもねえ奴だなお前は。いいよ、もう一人で行ってこい…ちゃんとカネは払えよ? お前の尻拭いをするのはごめんだぜ」

 

「バカやろう、オレがいつお前に迷惑かけたよ。へ、お前はそっちの人形ちゃんとよろしくやってなよ、あばよ」

 

 そう言って、イーブルはふらふらとした足取りで夜の街へと姿を消していく。

 まあ何かあっても腕っぷしの強さだけはあるので心配することは無いが、いらないトラブルを引き起こすのだけは勘弁してほしいものだ。イーブルを見送りながら、キッドはパトロールの兵士に、イーブルがくれぐれも誰かをぶちのめしたりしてしまわないよう監視を頼み込んだ。

 

「ったく、あのバカ…」

 

「苦労人だね、キッドさん」

 

「あいつ飲み癖悪いからよ…なんか酔いが冷めちまったな。BAR、折角だからどっか飲み行くか?」

 

「うーん、まあやることないしいいよ」

 

 BARは軽いノリでキッドの誘いに乗ったように見えるが、内心では憎からず想っているキッドのお誘いを受けて心躍らせていた。ついつい車のスピードも飛ばし気味で、適当なバーを見つけると、路肩に車を寄せて二人はお店の前まで歩いていった。

 

「BARは何か食べたいか?」

 

「うーん、あんまりお腹は空いてないかな? まあちょっとしたものくらいは」

 

「そっか。じゃあ、ここでいいか? あー……VA-11 Hall……なんだっていいか?」

 

「うんうん、適当適当! ささ、楽しく飲もうね!」

 

 さりげなくBARはキッドの腕に自分の腕を絡ませて鮮やかなネオンが輝くバーへと入店するのであった。

 薄暗い店内には客はおらず、バーテンダーと思わしき一人の女性がバーカウンターのスツールに座り、退屈そうに煙草をふかしていた。女性はキッドとBARに気付くと、そっと立ちあがって会釈をすると、カウンターの向こうへと移動した。

 

「いらっしゃいませ、VA-11 Hall-Aへようこそ」

 

「お邪魔するぜ。えーと、BARは何飲む?」

 

「とりあえずビール飲みたいかな? キッドさんは?」

 

「同じので」

 

「かしこまりました」

 

 飲み物を頼み、用意してくれるまでキッドは何気なく店内を見回した。薄暗い店内にて、ジュークボックスから流れるミュージックや独特な雰囲気のポスターがよい味を出している。出身的にはパブの雰囲気を好むキッドであったが、この店は気に入った。

 

「ご注文のビールです」

 

「はいはーい。それじゃあキッドさん、かんぱ~い!」

 

「イェアッ! たらふく飲んでやるぜ!」

 

「あっはははは、キッドさんとばすねぇ!」

 

 二人が来るまで閑古鳥が鳴いていたバーはあっという間に賑やかなものとなる。

 その後も二人以外にバーに来るお客はなく、二人の貸し切り状態になっていた。最初に頼んだビールをあっという間に平らげた二人は次に何を頼もうか、そう思っているとバーテンダーさんがカクテルを作れるというので適当に作ってもらう。

 カクテルなどという粋なお酒など、武骨なMSFの連中が普通に生きていたら知りもしないことだろう。

 唯一知ってるカクテルとしてキッドが挙げたのは、韓国出身のMSFスタッフが爆弾酒(ポクタンジュ)というビールとウイスキーのカクテルを作って盛り上がったという逸話…当然ながらBARと店のバーテンダーの【ジル】には呆れられていた。

 

「そう言えばジル、アンタはどこの出身だい? セルビア? クロアチア?」

 

「いえ、何といいますか…気がついたらここにいたというか何というか…」

 

「なにそれ? へんなの」

 

 自分が何故ここにいるのかよく分からないというジル、とりあえずアパートの家賃と電気を止められないようにするので精いっぱいというのだから、本気で二人に心配される。

 ジルはなんとも話上手で、酔っぱらったキッドとBARの話にも付き合ってくれていた。

 気がつけば時計の針はいつの間にか12時を超えていた。

 

 

「ふぅ……なあジル、カクテル以外のお酒も置いてあるか?」

 

「ええ、ありますよ」

 

「そっか…スコッチあるか? 銘柄はなんだっていいさ、故郷の酒が飲みたくなってきた」

 

「あれ、キッドさんってスコットランド出身なんだっけ?」

 

「ああ。ハイランドの貧しい羊飼いの息子さ」

 

 小さく笑ったキッドはカウンターに肘をかけ、ジルがスコッチを持ってきてくれるのを静かに待った。ジルが目の前に置いたグラスに氷を入れようとするのを制する…キッドの意図を察したジルは、グラスにスコッチだけを注いだ。

 グラスに注がれたスコッチの香りを嗅ぎ、一口含む。

 

「いいもんだな…」

 

「美味しいの?」

 

「飲んでみるか?」

 

「うん」

 

 BARはキッドからグラスを預かり飲んでみるが、独特な風味に顔をしかめて見せる、BARの正直な反応に笑いながら、キッドはグラスを受け取った。

 

「私はバーボンの方が好きかな…?」

 

「ははは、好みは人それぞれさ」

 

「ねえキッドさん、いきなり故郷のお酒が飲みたいだなんてなんかあったの?」

 

「いや、なんとなくだがよ。ふと、昔のことを思いだしたんだよな」

 

「昔のこと……なんか興味あるかも」

 

「あんまり面白くねえぞ?」

 

「いいじゃん。こんな時くらいしか聞けないんだから、適当でもいいからさ!」

 

 昔話をせがまれたキッドは少し狼狽えていたが、お酒が入ったBARはいつもより少し強気になってキッドにお願いをするのだった。最終的にキッドが根負けして、あまり面白くないと前置きした上で語りだす。

 

 スコットランドのハイランド地方にて羊飼いをしている農家に生まれたキッドは、生後間もなく父親を病で失い、母親に育てられたのだという。キッドを含め、弟と妹がおり、暮らしは豊かではなかったらしい。キッドは母親の手伝いをするために学校に通う傍ら、農家の手伝いをしていた。

 その頃からキッドは学校では素行が悪く、ケンカや問題行動を起こしたりもしていたようだが、母親にだけは孝行をして母親もそんなキッドを大切に育ててくれたという。

 

「キッドさんのお母さんは良い人だったんだね!」

 

「そうだな、そこは自信をもって言えるよ……だから、あんな別れ方をしたのは…今でも悔いている」

 

「え? なにかあったの…?」

 

 キッドは小さく頷くと、スコッチの入ったウイスキーを眺めながら続きを話す。

 

 学校を卒業する頃になって、将来を考えるようになったキッドは軍に入隊することを決めた。

 弟と妹も大きくなって農場の手伝いをするようになり、自分の手伝いがなくても家は大丈夫だろうと思ったのと、軍人として国家に尽くしたいという気持ちがあったのだ。その事を意気揚々と母親に告げたキッドであったが、母親はキッドが軍に入隊することに猛反対したのだ。

 それまで息子のわがままを聞いてくれていた母親が始めて考えを否定して来たことにキッドは驚き、そして激しいケンカになったという…。

 

「その時オレはお袋になんて言ったかよく思いだせない。だけど、お袋がとても哀しい顔をしていたのはよく覚えている……たぶんオレは、相当酷いことを言ったんだと思う」

 

「キッドさん…」

 

「後から知ったことだが、お袋は若い時に第二次世界大戦で家族を亡くしたんだ。ロンドン空襲で父親を亡くし、軍に志願した兄弟はマーケット・ガーデン作戦で戦死したらしい…それ以来、お袋は戦争を憎んでいたんだ……オレが軍に入隊するって言った時、お袋はオレまで戦争に奪われるんじゃないかって恐れたんだろうな」

 

「それから、どうなったの?」

 

「それっきりだよ、お袋とは。何度も故郷に戻ろうとしたが、戻れなかった……お袋が最後に見せたあの顔が浮かんでしまうんだ。だから、お袋がどんなふうに笑っていたかとか、大切なことが思いだせないんだよ」

 

 どこか寂し気に笑うキッドをすぐ隣で見ていたBARには、彼の後悔と自責の念をひしひしと伝わっていた。大切に想っていたはずの人を、自分自身が傷つけてしまったことへの後悔…キッドにとってのある種トラウマを興味本位で掘り起こしてしまったことに、BARは申し訳なさを感じていた。

 そんな想いが表情に出てしまい、それに気付いたキッドはふと彼女の頭に手を置いて少し乱暴に撫でるのだ。

 

「そんな顔するなよBAR。誰かに話せてオレも良かったよ…それに、もしオレがお袋の言うこと聞いてたらお前とのこういう出会いはないんだからな」

 

「いくらなんでもそういう風には考えられないよ…」

 

「あー…オレが言いたいのはだな…物事は前向きに考えろってことさ。やることはやって、ある程度は適当にな…BARのそういうとこ、オレは結構好きなんだぜ?」

 

「え? それってどういう…」

 

「要するにだ、オレはマシンガンが大好きってことさ! ジル、なんか腹が減ってきたぞ! なんかあるか!?」

 

「えぇ…キッドさんそれはないよ!」

 

 肝心なところをはぐらかされてしまい不満を口にするBARであったが、呑気に笑うキッドの傍らで、あまり深刻に思い詰めるのもバカバカしくなって一緒に笑う。

 キッド、BAR、ジルの三人で夜を語り明かす……。

 

 余談だが、朝まで飲んだくれて朝帰りをしてきた二人を見たネゲヴは発狂、キッドの周りはしばらく殺伐とした空気が流れていたとさ。




・マシンガン・キッド
マシンガンの使い手。元SAS(スペシャル・エアー・サービス)の隊員。
~Wikipediaより

これだけの紹介文でよくここまで個性広げられたなと我ながら思うw



今回はネゲヴはお休み、BAR✕マシンガン・キッドでした

何気にヒロイン候補多いキッドさん(ただしMG戦術人形限定)


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ケモミミ生えちゃいました!

 MSFの優秀な兵士に与えられるFOXHOUNDの称号を持つWA2000と、彼女が率いる小隊メンバーは常日頃から厳しい訓練を行い、小隊に下される任務も必然的に他の部隊と比べて過酷なものが多い。広大なフィールドでのコンバット・トラッキング、敵地潜入及び長距離偵察任務、紛争調停地帯の監視活動など…似たような任務の性質を持つ部隊は同じくFOXHOUNDの称号を持つ9A91率いるスペツナズがある。

 日々の厳しい訓練のおかげで小隊メンバーは過酷な任務を見事達成できている。

 元傭兵のカラビーナ、元南米麻薬カルテル殺し屋(シカリオ)のリベルタドール、そして元クロアチア警察部隊の79式。いずれも困難な任務に立ち向かうだけの技量と度胸を持った優秀な兵士たちであった。

 

 まあ厳しい訓練と過酷な任務に明け暮れていればいくら戦術人形とはいえ心身ともに疲れが来るというもの。

 小隊長のWA2000は隊員たちの健康状態を鑑みて、適宜に休憩を与えるのだ。

 普段は厳格なWA2000も、休みの過ごし方までは口出しはしない、あくまで他人に迷惑をかけなければではあるが。

 休みを貰ったカラビーナは愛銃の手入れをしたりクラシックを聴いたり、リベルタは何をするわけでもなくただぼうっと海岸線を見ていたり……79式はというと、みんなが起きている時間帯まで惰眠を貪っているのであった。前日の任務で、山岳地帯での長距離偵察を遂行したことで身体はくたくた、割と早い時間に寝たというのにまだ起きない。

 プラットフォームの保守点検作業による騒音で目を覚ました79式は欠伸を一つかくと、ふかふかのベッドの上でネコのように背を反らしながら大きく伸びをする。

 

「ふぅ……よく寝ましたね…」

 

 カーテンを開いてみれば太陽はほとんど真上にまで昇っており、昼近くまで寝てしまったことが分かる。数日の休みをいただいたのだ、一日くらいはこうしてのんびり寝るのもいいだろう。それからベッドの上の毛布を丁寧にたたみ、パジャマを脱いでいつもの服装に着替える。

 ふと、髪の毛がふわふわしているような気がした79式は、カチューシャをつける前に寝癖を直そうと手鏡を手に取った――――。

 

 

「いやぁぁぁぁあああああ!!!」

 

 

 

 79式の起床が遅いのでちょっと様子を見に行こうとしていたWA2000は、79式の部屋の前に来た瞬間に大きな叫び声を聞いて驚く。叫び声は間違いなく79式の部屋の中から聞こえてきた、尋常ではない悲鳴を耳にしたWA2000はすぐさま扉を叩いて79式の名を呼ぶが反応はない。

 電子キーで閉ざされた宿舎のドアはカードキーを差し込むか、内側から開くしか方法はない。

 79式の悲鳴と扉を叩く音を聞いたのか、カラビーナとリベルタもやってくる…応答しない79式に業を煮やしたWA2000はすぐさまリベルタに扉を破壊するよう指示、小さく頷いたリベルタは、力任せに扉を殴りつけて穴を開けると強引に扉を引き裂いた。

 

「79式!? どうしたの!?」

 

 急いで部屋の中に入ったWA2000、悲鳴をあげた79式はベッドの上で頭を押さえこんで涙目になりながらWA2000を見つめていた。

 

「センパ~イ……どうしましょう…!」

 

「な、なにがあったの…?」

 

「こ、これ……なんなんですかー…?」

 

 ゆっくりと79式は頭を押さえていた手をどける……すると、79式の手に押さえられていた奇妙なケモノのような耳がぴょんと跳ね上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――朝起きたら、耳が生えていた……ってこと?」

 

「はいぃ……なんなんですかぁ、これ…?」

 

「うーん……」

 

 あの後場所をWA2000の部屋に移し、混乱状態にあった79式をひとまず落ち着かせる。

 後で気付いたことだが、生えていたのは耳だけでなく腰の辺りから尻尾も生えていることに気付く。最初はドッキリでも仕掛けているのかと疑ったが、どうやらそうではないらしい。

 

「えっと、本来の耳はちゃんとあるのよね…?」

 

「はい、ここに」

 

 髪をかき上げてちゃんとした位置に耳があることを明かす。

 目の前にありながら半信半疑のWA2000はそっと頭の上に生えたケモミミを指でつついてみる、するとケモミミは反応し、くすぐったそうにピクピクさせていた。

 

「感覚は、あるみたいね」

 

「はい…なんか、触られるとくすぐったいです」

 

「摩訶不思議ね。何か身に覚えはないの79式?」

 

「はい、カラビーナさん。昨日はすぐに寝て、起きたのもさっきですから」

 

…謎だ

 

「ひとまず、原因が分かるまでみんなには内緒にしておきましょう。79式も、あんまりじろじろ見られたくないでしょ?」

 

「はい、そうですね…」

 

 頭に生えたケモミミを隠すために帽子を被せてあげる…だが尻尾を隠すのは難航する。ちょっとした尻尾くらいだったら何とかなっただろうが、79式に生えている尻尾はやたらとモフモフしており隠しきることは難しい。

 どうしたらいいかモフモフの尻尾を触りながら一同考える……が、そのうちモフモフ尻尾を触っていると妙に気持ちがいいので触りまくる。もちろん79式にとってはたまったものではない。

 顔を真っ赤にする79式に慌てて謝り、一応の対策として79式にロングコートを貸してボタンを全て閉めて尻尾が隠れるようにした。

 

「困ったわね、ストレンジラブに診てもらうしかないのかしら?」

 

「うぅ、何とかしてくださいセンパイ…」

 

 うるうるとした瞳で助けを請いつつ、尻尾を揺らしケモミミをたたむ79式…そんな姿を目の当たりにするWA2000の理性が削り取られていってしまう。かろうじて部下の前で無様な姿を見せられないという思いが勝りなんとか踏みとどまる。

 ひとまず専門家の意見でも聞きに行こうというカラビーナの提案により、みんなで研究開発班のところへ行こうということになる。帽子をかぶり直し、ロングコートを着てこっそりと研究開発班のところへと向かおうとする。

 しかし、誰にも会わずに目的地に行こうと考えた時に限って誰かに遭遇するというもの…遭遇したのは厄介なことにエグゼだ。中でもエグゼとは犬猿の仲であるWA2000は露骨に嫌な表情を浮かべ、向こうもそんな彼女を見れば目をつけてくる。

 

「なんだお前ら揃いも揃って。あん? んだよ79式その格好は…見るからに不審者じゃねえか」

 

「アンタには関係ないでしょう。それより私たちが長距離偵察で入手した情報はアンタも把握してるんでしょうね?」

 

「ああ報告は聞いたよ。ったく、あの程度の長距離偵察なんてうちの連隊隷下の小隊でもできるっつーの。みんなお前らのこと過大評価し過ぎなんだよな」

 

「アンタが私たちをどう思ってるかなんてどうでもいいわ。ただ周りは評価しているし、それだけの仕事はしてるつもりよ」

 

「まあ、なんだっていいけどよ……で、79式はなんでそんな怪しい格好してんだ?」

 

「くっ、しつこい…!」

 

 いつもならここでエグゼがムキになってケンカ別れするパターンなのだが、エグゼは帽子を被ってロングコートを羽織る79式がどうしても気になるようす。下手に誤魔化そうとしてもおそらく無意味、エグゼは妙に感が鋭い時があるのだ。

 どうするか悩んだ末に、カラビーナの提案でいっそ正直に打ち明けようということになる……WA2000とエグゼは仲が悪いが、少なくとも仲間を蔑ろにしたりするような奴ではないという信頼があった。

 

「エグゼ、先に言っておくけど絶対に驚かないでね」

 

「おう」

 

「それから大声を出したり騒いだりしないで」

 

「ああ」

 

「本当だからね? 絶対に驚いたり大声出したりしないで」

 

「しつけえな。なんなんだよ?」

 

 エグゼがうんざりした様子で舌打ちをする。

 それからWA2000に促されて、79式はロングコートのボタンを外し帽子をとる…すると、それまで隠れていたケモミミと尻尾が露わとなった。

 即座にみんなでエグゼの顔色を窺ったが、エグゼは大した反応を見せなかった。ホッと安堵するのも束の間、エグゼは黙って79式の尻尾とケモミミをじっくり観察…79式の頭に生えたケモミミを引っ張ると、79式は痛そうに声をあげた。

 

 ふむ、と頷きエグゼは何やら思案する。

 そして次の瞬間、すっと息を吸い込んだのを見逃さなかったWA2000は、素早くタックルを仕掛けてエグゼを床に押し倒す。

 

「いってぇな、なにすんだコラ!」

 

「アンタ絶対今叫ぼうとしたでしょ!? 驚いたり大声出したりするなって言ったわよね!?」

 

「うるせえ! なんだあのケモミミと尻尾は! なんかに寄生されてんじゃねえのか!?」

 

「知らないわよ!」

 

 暴れるエグゼを3人がかりで押さえつけ、これ以上騒ぎが大きくなる前にエグゼを捕まえたまま来た道を引き帰し、再びWA2000の部屋へと戻る。部屋に戻る頃には、エグゼも暴れるのを止めて、79式を不思議そうに観察していた。

 先ほど行った79式との問答をエグゼも繰り返すが、やはり言うことは同じだ…朝起きたらこうなっていた、と。

 

「ったくよ、人騒がせな奴だぜ…どうするんだそれ?」

 

「わ、分かりませんよ…」

 

「でも結構かわいいからもうこのままでもいいのでは?」

 

「ちょ、何を言うんですかカラビーナさん! 嫌ですよこんな変な耳!!」

 

「まったくだ。得体の知れないケモミミが生えてたらおっかなくてしょうがねえ」

 

「あら、そうとも言えないわよエグゼ?」

 

「あぁん?」

 

 カラビーナの奇妙な物言いに、エグゼはジト目で見つめる。

 

「ケモミミはある種、殿方を狂わせる奇妙な魅力があるのです。殿方は誰しもケモノに惹きつかれるというもの…スネーク様もケモノが大好きです」

 

「なん…だと…?」

 

「スネーク様も男です。ケモミミを備えた相手を見ればその理性を狂わせ、きっと食べてしまいたいと思うはず…! エグゼ、スネーク様を積極的にさせるのはきっとケモミミに違いありませんわ!」

 

「そうか! その手があったか! よっしゃ! 確か倉庫の奥の方にネコミミカチューシャがあったはず…へっへへ、待ってるぜスネーク!」

 

 カラビーナに言いくるめられたエグゼは妄想を浮かべながら勢いよく部屋を跳び出していくのであった。

 他人の話を聞こうとしないエグゼをこうもうまく言いくるめられたカラビーナは大したものだが、その言いくるめた内容の滑稽さにはため息がこぼれてしまう。それに対し、カラビーナは心外だと言わんばかりの様子。

 

「あら、間違ったことは言ってませんわ。スネーク様はケモノならなんでも食べようとするでしょう? ウサギだろうがコウモリだろうがヤギだろうが」

 

「イヌとネコは食べたことがないって言ってたけどね」

 

「それはそうと、マイスターもいっそケモミミをつけてみては?」

 

「なんで私がつけなきゃいけないのよ!」

 

「何故って、オセロット様のために決まってるじゃないですか。マイスターがネコミミをつけたあかつきには、きっとオセロット様の野獣の本性が垣間見れるはずですわ…! ちょうどここにネコミミがあります、さぁ、つけるのです! リベルタ、マイスターを押さえつけなさい!」

 

「リベルタ、あんたそんなことしたら後でどうなるか分かってるでしょうね!?」

 

隊長がネコミミつけたらかわいいとおもう

 

「リベルタ!? ちょっ、やめなさい、コラ! やめっ―――」

 

 カラビーナとリベルタの二人がかりにはさすがのWA2000も逃げられず、哀れにもネコミミを取りつけられてしまう。その後79式と並んでツーショット写真をとられ、その写真は消されないようカラビーナの記憶容量に大切に保存されてしまうのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっははは~! 実験は上手くいったねストレンジラブ博士!」

 

「あぁ! 戦術人形オールケモミミ計画の偉大なる第一歩だな、アーキテクト!」

 

「にっししし、あたしのアイデアの賜物だってことも忘れないでよね!」

 

「もちろんだよスコピッピ! みんなのケモミミ写真集を編集して、例の運び屋さんに……おや、誰か来たようだ」




WA2000「怒らないから素直に言ってごらん?」


アーキテクト「反省はしている、後悔はしていない」
ストレンジラブ「自制心より好奇心が勝った」
スコピッピ「それでもあたしはやっていない」(逃亡)


スキンガチャの結果を見て浮かんだネタ。
SDケモミミ人形見てるとこう…しあわせになるよね(語彙力崩壊)


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MSF、キャットファイト!! part1

 普段の何気ない会話、みんなで集まっての飲みの場所…みんなが話すことは多種多様であるが、よく話題となるのが、MSF所属の戦術人形の中では一体誰が一番強いのかについてだ。元々MSF構成員のほとんどは男性ということもあり、誰が強いかとか、強さに関わる話題には誰もが興味を抱く。

 人間の中で最強はビッグボスで間違いないという風潮があり、それに関して議論するのは、せいぜい若い頃と現在のビッグボスでどっちが強いのだろうかと言うくらいのものだ。

 

 戦術人形の中で誰が一番強いか、やはり真っ先に名をあげられるのはWA2000だろう。

 ビッグボスと同等かそれに近い戦闘スキルを持つオセロットの一番弟子として、長く彼の指導の下スキルを磨きあげてきた彼女の戦闘技術は確かなものだ。たまにポンコツ化するが、戦場で共に戦って頼りになる存在として、彼女以上の者はいない。

 次いで名が上がるのは9A91、WA2000と並びFOXHOUNDの称号を持つ優秀な兵士だ。

 MSFに入隊したころの不安定さは今は面影もなく、兵士としての技量や精神力は相当なもの…MSFで最も過酷な任務につくと噂されるスペツナズの部隊長ということで、エリートたちの上に立つに相応しい戦闘技術を誇る。

 

 二人ほど話題に上がることは少ないが、スプリングフィールドの腕もなかなかのものである。ビッグボスに、隊で一番優秀と称されるエイハヴに直接指導を受けた彼女もまた確かな戦闘技術を持っている。仲間への思いやりの強さ、強い忍耐力、困難に立ち向かう精神力の強さ…エイハヴが大切に思うものを色濃く受け継いだ彼女は、単なる腕っぷしの強さ以上の強さを秘めている。

 

 そして、MSF最古参のスコーピオン。

 彼女に関しては評価が分かれる……戦闘関連の活躍は確かにあるのだが、普段の突拍子もない行動やトラブルメーカーとしての印象があまりにも強すぎるのだ。ただし冷静に分析すれば、小柄な体躯を活かした他の追随を許さない身軽さによる機動戦、そのくせ車に轢かれてもかすり傷ひとつで済む謎耐久性能、そのか細い腕からは想像もできないパワーは多くのスタッフからは"異能生命体"と称される…。

 

 他に、リベルタドールやMG5、Vector、グローザなどなど…最強の呼び声が高い戦術人形がちらほら存在するが、だいたいみんなが口を揃えて言うのがエグゼである……あいつはマジでヤバい、と。

 

 

 これまでの戦闘で大いに見せつけられたことだが、戦場でのエグゼはまさにバーサーカーと呼ぶにふさわしい存在だ。

 今でこそ連隊長として最前線に赴くことは少なくなり、彼女の戦闘を見る機会は減っているものの、彼女の戦いぶりを知る者には強烈なインパクトとして記憶されている。なによりMSFがこの世界に来て初めて遭遇した強敵がエグゼであり、あの戦いはMSFが経験した戦いの中でも記憶に残る激戦となっている。

 

 自分が唯一格上と認めたスネーク以外の命令を聞かず、扱いに難儀する姿もまた、最強と噂される要因の一つとなっているかもしれない…。

 

 

 

 そんなエグゼは暇を見つけてはマザーベースのトレーニングルームに足を運ぶ。

 他の戦術人形はあまり来ないのだが、エグゼは少々特殊で、人間の兵士たちに混じって己の肉体を鍛えることを好んでいた。

 戦術人形は、最新の生体技術を用いて造られたボディを有し、身体能力に関しては通常の人間より高いものの鍛錬で身体能力が向上することは滅多にない。どちらかというと戦闘経験や経験の共有によって、内面的な強さの向上に重きを置いている節があった。

 だがエグゼはそれを嫌い、研究開発班に依頼し肉体改造を依頼…その結果エグゼはトレーニングによって身体能力の向上を見込めるボディを得たわけだ。

 ただしデメリットとして、通常の人間に近い新陳代謝が必須となり、運動不足は肉体の劣化…痩せたり、食生活によっては肥満のデメリットが増えてしまった。

 

 だが暇さえあればトレーニングルームに通うエグゼには、そのデメリットは問題にならないだろう。

 

 スポーツブラにスパッツというスタイルでトレーニングを行うエグゼは、見事に引き締まったボディを堂々と晒す。以前よりも戦闘に適した肉体へと変化しており、同性の人形もほれぼれとするようなスタイルを維持していた…。

 懸垂トレーニングをしているエグゼ、そんな彼女をうっとりとした表情で見つめているのはUMP45であった。

 

 

「はぁ……あの広背筋、素敵…」

 

「えっと…45姉…? おーい…」

 

 隣のベンチで座る妹の9がなんとも言えない顔でUMP45に声をかけるが、45はただエグゼだけを見つめている。

 エグゼに女性らしさを求める者がいればこの変化は嘆かわしいものかもしれないが、エグゼに惚れている45にとってはむしろ望むところ、もっとイケメン化しろというのが願望だ。あの日、エグゼに家族として受け入れられてからというもの、彼女はエグゼにメロメロだ。

 

 しばらくして、懸垂トレーニングを終えたエグゼがやってくる。

 45がタオルを渡せばエグゼはお礼を言って流した汗をぬぐうのだ…運動で出た汗で濡れた濡れ髪、火照った肌、汗で肌にぴっちりと張りついたスポーツブラ、何もかもが胸キュン要素としてUMP45を狂わせる…長い黒髪を結い上げたために見えるエグゼのうなじもまた好ポイントに違いない。

 

「はいエグゼ! わたしと45姉で作ったはちみつレモン、たぶん体にいいやつだよね?」

 

「お、サンキュー」

 

「どういたしまして…それにしてもすごい腹筋だね、ちょっと触ってもいーい?」

 

「お好きに」

 

 了承を得た上で、9はわくわくしながらエグゼのお腹を人差し指で軽くつついてみせる。

 エグゼの鍛え上げられた腹筋は固く、その感触に9は大はしゃぎ…次いで45も了承を得て指で触れるのであった。力を入れているわけでもないのに固い腹筋、愛しのエグゼのお腹に手を這わせていく。

 

「折角だからお前らもオレと同じ改造したら? 強くなれるかもな」

 

「うーん、私たちはエグゼほどスタイル維持できなそうだしなぁ」

 

「ちょっとやってみたい気もするけどね」

 

 そんな風に3人でワイワイ楽しくやっていると、台車にG11を乗せた416がやってくる。

 台車の上でぐっすり寝ているG11を適当な場所に置いてやって来た416を、UMP姉妹が素早く取り囲む。呆気にとられる416に構わず、二人は彼女のお腹を指でつつくのであった…。

 

「わぁー! 416のお腹はぷにぷにしてるね!」

 

「エグゼとは全然違うわね。体脂肪率というか何というか…」

 

「なにが何だか分からないけど、とりあえず二人とも殺していいかしら?」

 

 ジャキッと、銃を構えた416から即座に逃れた二人はエグゼの背後に隠れこんだ。

 

「ちょうど話してたところなんだよ。416もオレみたいに肉体改造したらってな」

 

「必要ないわ。私は完璧だもの」

 

 416を見れば弄らずにはいられないエグゼ、この日もマウントを取ろうとするので416は不機嫌そうにしている。以前どっちが太っているかで口論になった二人だが、この日も同じ口論が起こる…が、目に見える形で自身のスレンダースタイルを見せつけるエグゼに416の方が分が悪い。

 

「はっきり言ってやろう416、お前は太っている!」

 

「はっきり言うな! というか太ってないわよ! そんなバカみたいにお腹晒して、あんたこそ恥ずかしくないの?」

 

「恥ずかしい絞り方してないからな。まったくやだねぇ、口だけ達者なニートってのは」

 

「チッ、ムカつく! 世の中筋肉が全てじゃないのよ、このメスゴリラ」

 

「メスゴリラ言うな。そこまで言うならやってやろうじゃないか。オレ様とニート、どっちが強いかってのをよ」

 

「上等じゃない脳筋メスゴリラ」

 

「脳筋言うな」

 

 やめておけばいいのに416はエグゼの挑発を受けてしまい、それを聞いていたUMP姉妹や起きたG11、そして周囲のスタッフたちが煽ることで二人が対決する雰囲気が形成されてしまう。 

 そして、このような面白そうな空気の匂いを嗅ぎつけたスコーピオンがどこからともなく現れると、自らがこの対決を取り仕切ると宣言するのだった。

 

「――――ということで、エグゼVS416! 因縁の二人の対決は公正なルールで行ってもらいまーす!」

 

「は? やめてくれない、見世物じゃないのよ」

 

「別にいいじゃんかよこれくらい。それとも何だ、みんなの前でぶちのめされるのが怖くなって来たのかな?」

 

「ムカつくわねエグゼ! いいわ、やってやろうじゃないの!」

 

「上等だぜこのやろう!」

 

 戦いが起きる前からバチバチと睨みあう二人を、UMP姉妹とスコーピオンが引き離す。

 お互い闘志を燃やすのはいいが、それを発散させるのは場所を用意できてからだ。場所を移し、対決の場は屋内訓練場の広々とした空間、そこにはいつの間にか真四角のリングが用意されており、その周囲にはパイプ椅子が並べられていた。

 いつの間にか服を着替え、レフェリーに扮したスコーピオンが真っ先にリングへと上がる。

 

「殺しあいになっちゃうとまずいからね! 総合格闘技ルールで取り仕切らせてもらうよ、反則はなんとなく分かるよね? 目潰しやダウンした相手への顔面への打撃、それから急所攻撃…は女の子だから関係ないか!」

 

「用意周到だなスコーピオン。さてはチケット売る気だな?」

 

「ご名答! 二人ともあたしのお小遣い稼ぎのために頑張ってね~!」

 

 やはりというか何というか、隙あらばお金を稼ごうとするスコーピオンには脱帽する。ただチケット代は1コインで安いそうだ…二人はとりあえずお互い決着をつけられれば文句はない。

 一度二人は会場から引き返し、用意されていた控室へと戻る。

 控室にて、416は格闘技に相応しい服装へと着替え、手にはフィンガーグローブを装着する…気合を入れて会場に戻った416が目にしたのは、いつの間にか満員となっていた観客席である。観客の集まりの速さに驚きつつリングの上に上がる…周りには戦術人形たちの姿もあり、自分の名を呼ぶ声に416は気恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

 だがそれも、エグゼが会場入りしたことで一気に空気が変わる。

 

 軽快な足取りでリングまで進むエグゼに送られる声援は、416が入場した時以上に大きい。なるほど、ここに集まった観客が求めているのは単なる可愛さなどではないことが分かる。観客たちは熱い戦いが観たいのだ。

 

「ヘヘ、逃げずに来たのは褒めてやるよ」

 

「言ってなさいエグゼ。吠え面かかせてやるわ」

 

 互いに挑発をし合った後、416はちらっとエグゼの手元を見る。

 エグゼが手に装着しているのは416とは違いボクシンググローブだ…舐めているのか知らないだけなのか、総合格闘技では打撃の他に投げ技、固め技もあるというのにエグゼは攻撃手段を打撃のみに絞っている。天性の戦闘スキルを持つエグゼがそんな勘違いをするとは思えないが、攻撃の手段が多いことで416は試合を有利に運べるに違いないと思うのであった。

 

「それではエグゼVS416、時間無制限勝負を開始しまーす!」

 

 スコーピオンの声に合わせて、試合開始のゴングが鳴り響く。

 

 二人はリング中央まで歩み寄るとお互いの間合いを図り合う。

 試合前の測定ではエグゼがやや体重(ウェイト)は重く、身長もエグゼの方が高い分リーチで優る。一見不利な416であったが、そこは寝技や投げ技で補うつもりであった。

 

 まず最初に仕掛けたのは416だ。

 低い姿勢からのタックルでエグゼのダウンを奪おうとするも、エグゼは軽快なステップで容易く避ける。再びリング中央で向かい合うと、エグゼはガードの構えを解いて腕をぶらりと下げ、対峙する416をおちょくるのだった。

 

「ほらこいよ416、吠え面かかせるつもりだったんだろ?」

 

「当たり前よ!」

 

 挑発に乗せられる形で416が前に跳び出すと、エグゼの顔面を狙ったパンチを繰り出した。しかしそのパンチは即座にガードされる。距離を離したエグゼは再び構えを解くと、416と一定の距離を保ちながら挑発を続けた。

 

「おそいおそい、欠伸が出ちまうぜ?」

 

 度重なる挑発にカチンと来た416は再びタックルを仕掛けるが再び躱される。しかしすぐに体勢をたてなおすと一気呵成に攻め立てる。パンチの他に蹴り、至近距離に組みついての膝蹴りを叩き込む…それでもエグゼのガードは固く、膝蹴りの一撃もエグゼの腹筋に阻まれる。

 攻めあぐねた416が一度距離を取ろうとした時だ、脇腹に強烈な衝撃を受けた彼女はたまらずその場に倒れ込む。

 

 416にはわけが分からなかったが、試合を観戦していた観客たちには一部始終が見えていた。

 エグゼは416が離れようとした瞬間、彼女の脇腹を狙ったボディブローを一発叩き込んだのだ。

 

 ダウンを奪われた416は形容しがたい脇腹の痛みに呻き、呼吸すら困難な状態に陥っていた…そんな416に笑みを浮かべながら、エグゼはコーナポストに寄りかかっていた。

 

「ボクシングなめんじゃねえよ、バカやろう。言っとくが、姉貴のパンチはもっといてぇぞ?」

 

「416、大丈夫~? ギブアップする?」

 

 いまだ起き上がれない416に、レフェリーのスコーピオンが駆け寄ると、ギブアップするか否かを尋ねるのだ。

 脇腹の痛みに苦しみながらも何とか立ち上がった416が出した応えは、もちろんネバー・ギブアップだ。

 たった一発攻撃を受けたくらいでギブアップすることはプライドが許さなかったのだ。

 

「まだよ、まだ終わってないわ…!」

 

「根性だけは認めてやるよ416。だがな、次の一発で終わらせてやるよ!」

 

「くそ…舐めるな!」

 

 大声を出し、自分に活を入れる416。

 だがどれだけ気合を出そうとしても、身体が受けたダメージを帳消しにすることは出来ない…ボディに受けたダメージは彼女の足にまで伝わり震えている。そんな状態で機敏な動きはできず、精細を欠いた攻撃は容易く見切られ、エグゼの強烈な左ストレートを受けて今度こそ416はノックアウト。

 スコーピオンの判断で試合続行不可となり、この試合はエグゼのTKO勝ちとなるのであった…。

 

 

 試合後、水を浴びせられて覚醒した416はリング下で試合の詳細を聞く…ほとんどエグゼの一方的な勝利を聞いた416は、よほど悔しいのかリング下で大泣き、それをG11が精一杯慰めようとする珍しい光景となっていた…。

 

 

「へっ、口ほどにもねえな」

 

「お疲れエグゼ。そう言うと思ってサプライズだよ」

 

「あぁん?」

 

「他にも戦いたいって言う猛者の人を用意したよ!」

 

 エグゼの試合はまだまだ続く…。




スコピッピ「地上最強の戦術人形を見たいかーーーーッ!」

スタッフ一同「「「「おおおおお!!」」」」」

スコピッピ「わしもじゃ!わしもじゃみんな!」

全選手入場です!!!

鉄血殺しは生きていた! 更なるMOD改造を積み復讐爆殺魔が甦った!!!
主人公!! M4A1だァ―――!!!

アサルトライフルは既に我々が完成している!!
M16A1だァ―――!!!

スキル発動しだい未来予知してやる!!
64式自だァッ!!!

突撃銃の起源なら我々の歴史がものを言う!!
StG44!!!

真の夜戦を知らしめたい!!
OTs-14グローザだァ!!!

メインストーリーでは第三戦役退場だがキューブ作戦の活躍は私のものだ!!
鉄血ハイエンドモデル ハンターだ!!!

コーラ欠乏対策は完璧だ!!
SAA!!!!

全戦術人形のベスト・ランキングは404小隊の中にある!!
UMP45!!!

タイマンなら絶対に敗けん!! ハイエンドモデルのケンカ見せたる!!
メスゴリラ エグゼだ!!!

なんでもあり(グロ表現)ならこいつが怖い!!
ハイエンドモデルのアルケミストだ!!!

ジャンクヤードから炎の放火魔が上陸だ!!
Vector!!!

ルールのない戦闘がしたいからアフリカに行ったのだ!! 蛇のケンカ見せてやる!!
輪廻の蛇 ウロボロス!!!

メイドの土産とはよく言ったもの!! 鉄血ナンバー2の奥義が今実戦でバクハツする!!
代理人だ――――!!!

FOXHOUNDこそがMSF最強の代名詞だ!! まさかこの子が来てくれるとはッッ!
9A-91!!!

貧乳が見たいからここまで来たッキャリア一切不明!!!!
ガチムチ装甲兵のジョニーだ!!!

私たちは分隊支援火器で最強なのではない、機関銃界で最強なのだ!!
ご存知スタッカート MG5!!!

銃開発の本場は今やベルギーにある!! 私と結婚したい奴はいないのか!!
FALだ!!!

デカカァァァァァいッ説明不要!! レールガン!! 変形機能!!
メタルギア・サヘラントロプスだ!!!

銃についた栓抜きは戦場で使えてナンボのモノ!! 関西弁人形!!
本家イスラエルからガリルの登場だ!!!

家族は私のもの!! 邪魔する奴は思い切り殴りおもいきり蹴るだけだ!!
404小隊 UMP9!!

自分の技術を試しにMSFへ来たッッ!!
ポンコツハイエンドモデル、アーキテクト!!!

あざとさに更なる磨きをかけ
"ロリ"ネゲヴが帰ってきたァ!!!

今の自分に寝る場所はないッッ!!
404小隊 G11!!!

中国四千年のかわいい文化が今ベールを脱ぐ!!
司令部から97式だ!!!

WA2000隊長の前でならわたくしはいつでも全盛期だ!!
萌えるライフル銃 カラビーナー・アハトウントノインツィヒ・クルツ 本名で登場だ!!!

カフェの仕事はどうしたッ 春田ママの人気未だ消えずッ!!
優しさも癒しも思いのまま!! スプリングフィールドだ!!!

特に理由はないッ オリキャラが強いのは当たり前!! ドリーマーにはないしょだ!!
本編ラスボス! シーカーが来てくれた――――!!!

アンジェリアの下で磨いた電子戦(物理)!!
反逆小隊のデンジャラス・ドール AK-12だ!!!

人気者だったらこの人を外せない!! 
超A級アタッカー AN-94だ!!!

超一流鉄血人形の超一流の肉体美だ!! 生で拝んで(意味深)オドロキやがれッ!
低体温症の中ボス ゲーガー!!!

ドルフロ界のツンデレはこの人形が完成させた!!
ツンデレ戦術人形の切り札!! WA2000だ!!!


若き王者が帰ってきたッッ!!
どこへ行っていたんだッ ちびっこッ!
俺たちは君を待っていたッッッ!!!

ヴェルの登場だ――――!!!



全選手入場ネタやってみたかったのでやったけど、疲れました…。

Part2に続きます~


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MSF、キャットファイト!! part2

 ひょんなことから始まったMSF戦術人形格闘技最強選手権、最初はエグゼと416の些細ないがみ合いから始まったこのイベントは、スコーピオンが我こそはMSF最強だと自負する戦術人形たちに呼びかけたことで何人かの戦術人形がこの戦いに参戦する意思を固めた。

 急遽始まったこのイベントに、副司令ミラーの副官であるジェリコが取り締まりをしようとするが、会場の熱狂はもはや止められない…。

 

「まあまあジェリコちゃん、こういう時は肩の力を抜いてリラックスリラックス! ほら、ここに座ってさ」

 

「え、なんなんだこの席は…?」

 

 スコーピオンに背中を押されながらリングサイドに配置されたテーブルには【実況席】の立て札に加え、そこにジェリコの名が連なっている。他には大隊長のMG5の名もあり、既に着座してマイクの位置を調整するなど、実況役をノリノリで演じている。

 こういったイベントに不慣れなジェリコは渋々着席するが、何かよからぬことがあればすぐにでもストップをかけるつもりであった。

 

 一方で、MSF最強戦術人形として呼び声が高いながらもこのイベント参戦を辞退したWA2000、会場の二階から一人の傍観者として退屈そうに見つめていた。スコーピオンからは参戦を勧められたが、あくまで実戦での強さを目指して訓練している彼女にとって、ルールに縛られたこのイベントは無意味なものとして映っていた。

 

「お前は参戦しないのか?」

 

 不意にかけられたその声にWA2000は咄嗟に振りかえる。

 そこにいたのはオセロットだ…まさかスコーピオンが勝手に開いたこのイベントを中止させに来たのでは、と思ったがどうやらそうではないらしい。むしろ、リングを特設し自らレフェリーをかって出てイベントをまとめているスコーピオンに感心している。

 

「私はあまりこういうの興味ないから」

 

「そうか?オレは興味があるぞ……ボクシング、柔道、プロレスリング、空手、最強を自負するチャンピオンたちは多いが、果たして総合格闘技において誰が一番強いのか。参戦しないならよく見ておくことだワルサー、無駄なことではないぞ」

 

「あなたがそういうのなら、オセロット」

 

 オセロットはそのまま二階に用意された椅子に座る…彼の言葉を聞いたWA2000もまた彼の隣に座り、先ほどまで抱いていた意識を変えて、このイベントを観戦することとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、第一試合を始めるよ~! 青コーナーより研究開発班のアーキテクトだー!」

 

 リング上でマイクを握るスコーピオンの呼びかけにより、会場に姿を現したアーキテクト。会場入りした彼女を集まった観客たちが歓声と拍手でもって迎え入れる。声援を送る観衆たちに笑顔で手を振りながらリングイン、アーキテクトは両手で投げキッスを送るのだった。

 

 呑気なアーキテクトの様子に、実況席のジェリコはあきれ顔を浮かべていた。

 

「アーキテクト、あれで戦う気があるのだろうか?」

 

「まああいつもバカではない、腕に自信があってのことだろう…だが対戦者は決して弱くないぞ?」

 

 あらかじめ、カードを知っているMG5はアーキテクトを見やりながら笑みを浮かべる。

 次にスコーピオンが名を呼んだのは、戦車大隊大隊長をつとめるFALだ。

 アーキテクトよりかは控えめな声援で迎え入れられたFALはなんと柔道着の姿で入場、それを見た観客たちは意外性に大喜びで、熱狂的な拍手でFALを迎え入れるのだった。

 

「おや? FALって柔道の心得があったのですか?」

 

「なんでもかじるぞ、アイツは。うちのチーム…ジャンクヤード組と言われている人形は半端な鍛え方はしていないからな。キャリコ、ネゲヴ、Vector、FAL。みんな相当な手練れだと自信をもって言えるさ」

 

「なるほど。ではあなたも強いのでしょう? 参戦を見送った理由は?」

 

「FALの意気込みを見てな…今日は傍観しよう」

 

 

 リングインしたFALは、いまだ観客たちに愛嬌を振りまくアーキテクトを忌々しそうに見つめている。

 スコーピオンの指示でアーキテクトがFALの前に立つが、その顔にはまだ笑みが残っており、それがまたFALを苛立たせていた。

 

「あんた、これからなにするか分かってんでしょうね?」

 

「ぶっちゃけノリで来た!」

 

 サムズアップで応えたアーキテクトに、FALは完全にキレてしまったようだ……額に青筋を浮かべて今にも目の前のアーキテクトをぶちのめさんとしていた。以前まではそこそこ仲が良かったはずの二人…しかし、愛車の戦車をアーキテクトに任せた際、砲塔が旋回できないようへんてこ改造をされて以来決別してしまった。

 アーキテクトも素直に謝ればそれでよかったのに…"駆逐戦車ってかっこいいよね!"などと言ってしまったがために、FALを完全にキレさせた。

 

 そして何より……髪型が被ってる、許されることではない!

 

「アーキテクト、私が勝ったらその髪型止めてもらうよ」

 

「いいよ! それじゃあ私が勝ったら、FALの戦車もっと改造させてね!」

 

 試合を行う前に互いの要件をつきつけ合い、両者一定の距離まで引き下がる。

 そして試合開始のゴングが鳴らされた…その瞬間、アーキテクトが跳び出し、強烈な跳び膝蹴りをFALの額に叩き込んだ。試合開始すぐに繰り出されたアーキテクトの奇襲戦法は見事決まり、蹴り飛ばされたFALは勢いよくコーナーポストに叩きつけられたのだった。

 

「えへへへ、こう見えて私は結構強いんだよ?」

 

 額をおさえてうずくまるFALへ向かってピースサイン、いやこの場合はVサインと言った方がいいだろう。

 アーキテクトの予想に反した攻撃を目の当たりにした観衆たちは大喜び、会場にはアーキテクトの名をコールする声が広がった。

 

「アーキテクトも普段おちゃらけていますがハイエンドモデル。弱いわけがないですね…MG5、この場合FALが追い込まれたと見てもいいのでは?」

 

「いや、まだまだ試合は始まったばかりさ。うちのチームを甘く見てもらっては困るぞ」

 

 MG5の言葉通り、FALは10カウントが取られる前に立ちあがる。

 跳び膝蹴りが命中した額が切れて流血しているが試合続行に問題はない、むしろFALの慢心が消え、鋭い目つきでアーキテクトを見据えている。リングサイドではひたすら大きな声でFALに声援を送るVectorの姿がある…相棒の声援に振りかえらず、サムズアップで応える。

 

 リング中央で再び睨みあう両者…アーキテクトはまだ余裕の表情を浮かべつつも、FALの組み技を警戒し一定の距離を保ちながら、時にキックを放ち間合いを取っていた。最初に強烈な一撃を与えてはいるものの、時間の経過と共にダメージは回復してしまう、まだダメージが残っているうちにアーキテクトは仕掛けるのだ。

 

「ていっ!」

 

 しなやかな鞭のように放たれたアーキテクトの足刀を、FALは上体をのけぞらせて躱したが、アーキテクトはそこから身を翻して後ろ回し蹴りを放つ。常人では反応しきれないような速さで繰り出された蹴り技を頸部に受け、FALはたまらず膝をつく。

 膝をつくFALに追い打ちをかけるべく、アーキテクトはサッカーボールキックを繰り出した…が、FALはアーキテクトの蹴りを受け止めると、彼女の足を掴み立ち上がる。

 

「よくもやりやがったわね、この鉄血のクズがッ!」

 

 足を掴んでアーキテクトの身体を引き寄せ、彼女の頭部に自らの額をぶつけていく。

 スコーピオン程石頭ではないが、FALの頭突きを受けたアーキテクトは大きくよろめいた…そこへFALが詰め寄ると同時に体落の技を仕掛けてアーキテクトをリングへと叩きつけた。すかさず倒れ込んだアーキテクトに寝技を仕掛けようとするも、アーキテクトがロープブレイクすることでレフェリーのスコーピオンが二人を引き離す…。

 

「うぅ…背中が痛い…」

 

 FALの攻撃でアーキテクトも余裕の表情を消したが、背中に受けた痛みに呻いている。流れがFALに向いてしまう前にたたみかける、アーキテクトは得意の足技を繰り出す。先ほどのように大ぶりな一撃は控え、素早いキックでダメージを稼ぐ。

 アーキテクトが放ったソバットを受けてよろめいたFAL、そこへアーキテクトのパンチが放たれるが、よろめいたのはFALのブラフだった。

 ニヤリと笑ったFALはアーキテクトのパンチを躱して腕を掴むと、一本背負いの要領でアーキテクトをコーナーポストめがけ投げ飛ばす。背中からコーナーポストに叩きつけられたアーキテクトはリングに倒れ、素早くFALは裸絞めに持ちこんだ。

 うつ伏せのアーキテクトは首とFALの腕の間に手を差し込んで何とか耐えようとする…が、一瞬の隙をつかれて完全に頸部を絞めあげられてしまった。

 

 その瞬間、スコーピオンは勝負ありと判断、FALの技を強制的に解除させた瞬間試合終了を告げるゴングが鳴らされた。

 

「勝者! FALだよ!おめでとう!」

 

 試合に勝ったFALの手を掴んで掲げさせると、観衆たちが拍手や声援を送るのだった。

 一方のアーキテクトは悔しそうに指をかじりながら、涙目でFALを見ていた…敗者のアーキテクトは約束通り、FALとかぶっているサイドテールの髪型が永久禁止されてしまうのだった。

 しかし、試合に負けてしおらしくなっている姿と、綺麗な黒髪をおろしている姿が普段とのギャップの差を感じさせ別な意味で観衆たちを熱狂させてしまうのであった…。

 

 

 

 

「ほいじゃ、次の試合行くよ~! 青コーナーより、ゲーガーの登場だー!」

 

 スコーピオンの声でゲーガーが入場した瞬間、観衆たちの声に混じって多数の無人機たちのけたたましい作動音が会場に鳴り響く。リング周辺をフェンリルが駆けまわり、月光が唸り、メタルギアRAYが窓の外で大はしゃぎしている。無人機たちの応援は強烈だが、ゲーガーは恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。

 だがそんなことをやっている場合ではない、何故ならこれからくる相手はMSF最強の一角なのだから…。

 

「赤コーナー! 来ました、ご存知FOXHOUND! スペツナズ部隊長の9A91だァッ!!」

 

 9A91の登場により会場は一瞬ざわついた。

 実況席のMG5は参戦を知っていたので驚きはしなかったが、会場の人々はほとんど誰が出てくるかなど知らないのだから。

 

「9A91さんですか…どういう戦いになるのか気になりますね」

 

「これまでの選手と比べて、一番落ち着いた雰囲気だ。彼女を応援するメンバーもな」

 

 見れば、観客席の中にグローザらスペツナズの隊員の姿もあるが、彼女たちは声援を送るでもなくただ静かに隊長の姿を見つめている。まるで、9A91の勝利以外に結果はないと言わんばかりの様子だ。

 

 リング中央で向かい合い、ゴングが鳴らされる…先ほどのアーキテクト同様、ゲーガーは開始と同時に一気に詰め寄っていき拳を放つ。それを見切った9A91が素早くしゃがみ込み水面蹴りを放ち、ゲーガーの足元を崩す。倒れ込んだゲーガーの腕を取って極めると同時に、スコーピオンが止めに入った……試合は一瞬で決まってしまった。

 スコーピオンが勝者である9A91の手を取るが、あまりの展開の速さに観客はおろか、敗者であるゲーガーもわけが分からないと言った表情であった。

 

「え? いくらなんでも強すぎじゃ…」

 

「あれがMSF最強の風格だよジェリコ。WA2000が参戦しなかったのが惜しいくらいだ。まあ、興業的にはちょっと盛り上がりに欠けるがな」

 

 そのことは主催者であるスコーピオンもそう想っているようで、もっと試合が長くなると思っていたのか困惑している様子。いまだリング上できょとんとしているゲーガーを追い払うと、彼女はフェンリルら無人機たちによってどこかへ連れていかれてしまった…。

 

 

 

 

 

 

 

 戦術人形たちの戦いはその後も続き、数々の名勝負を繰り広げ会場に集まった観衆たちは最後までその熱狂が冷め止むことは無かった。最後の組み合わせが終了すると、このイベントを立ちあげたスコーピオンが最後にリングの上に立って、イベントのために集まってくれた人たちに対し感謝の言葉を述べるのであった。

 観戦料のことなどすっかり忘れ、スコーピオンはただこの楽しい一時をみんなと共有できた喜びを伝える…それはみんなにとっても同じこと、会場にいるすべての者が、このイベントを企画したスコーピオンに惜しみない拍手を送る。

 

 みんなからの拍手に両手を振って応え、イベントを閉幕させようとした時…一人の人形がリングに上がり込む、エグゼだ。

 

 突然のエグゼの行動にスコーピオンは呆気にとられるが、観衆たちはまだ何か面白いことが起こるのではという予感を感じ、期待に胸を膨らませながらリングの上を見つめる。

 

 

「今日のイベントは間違いなく楽しいイベントだった、それは間違いないぜ。ルールに則ったものだが、強さを見せつける格好の舞台だった。オレからも礼を言うぜ?」

 

「えへへへ、照れくさいなもう。そんなに褒めても何もでないよ?」

 

「だがよ、なんか忘れてねえか? なあみんな、何か物足りねえよな? こういうイベントに関して、欠かせない奴が参戦してねえ……誰のことか分かるか、オイ!」

 

 

 マイクを握りながら、エグゼは会場のみんなに向かって呼びかけた。

 エグゼの意図を察した観衆たちは、誰にともなく口々に彼女の名を叫ぶのだった。

 

 

『スコーピオンッ!』『スコーピオンッッ!!』『スコーピオンッッッ!!!』

 

 

 観衆たちのスコーピオンの戦いを求める声は最高潮に達する。

 レフェリーとして試合に関わっていたために、このイベントで戦うことは出来なかったのだが、親友であるエグゼはスコーピオン不在の試合を物足りないと断言する。

 

「聞いてるかよスコーピオン、お前の戦いを見たい奴がこんなにもいるんだぜ? だったら応えるしかないだろ? なぁ、久しぶりにやり合おうぜ?」

 

「はぁ…ったく、なんだよなんだよ、こういうことされちゃうと嬉しくなっちゃうでしょうが! よっしゃ、やったろうじゃんか!」

 

「へへ、そうこなくっちゃな! そうなると、もう一人見てくれてなきゃならない人がいるよな?」

 

「だね……最強の男の嫁は、最強の女じゃなきゃ! スネークが見てる前でお互い正々堂々決着つけようじゃないか! どっちがスネークのお嫁さんに相応しいか、勝負だ!」

 

「盛り上がってきたな! 恨みっこなし、本気でやろうぜ!」

 

 エグゼとスコーピオンが全力でぶつかり合う。

 思えばお互い過去に因縁があった間柄、今では仲良しコンビで知られているが、どちらが強いのかということに関してはお互いに譲り合ったりはしない。互いのプライドをかけた試合を約束し、この日のイベントは終結。

 観衆たちは二人の激突に期待感を膨らませながら会場を後にするのであった…。




トーナメント全部やるのは死ぬからね、しょうがないね…。

なに?ゲーガーが噛ませ犬だと?9A91が強すぎるからね、しょうがないね…。

ん?この手の戦いに欠かせないリベルタがいないって?リベルタは範馬裕次郎ポジだからね、しょうがないね…。


エグゼとスコーピオンを戦わせると、大変なことになるので今度やる時に持ち越しですw
ボクシングスタイルのエグゼと、プロレススタイルのスコーピオン……ん?既視感が…(猪木アリ)


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バルザーヤ

 国境なき軍隊(MSF)内に存在する特殊部隊の性質を持った部隊はいくつか存在するが、筆頭としてあげられるのが総司令官のビッグボスが直接創設し、彼の薫陶を受けた9A91が部隊長をつとめるスペツナズだ。よく比較にあげられるWA2000の小隊に対し、スペツナズはより過酷な任務につき、潜入や破壊工作、時に汚れ仕事とも言える任務につくこともある。

 身内からも畏怖されることのあるスペツナズは、一部の戦術人形たちにとっては羨望の対象となっていた…。

 

 その中の一人であるSV-98は、スペツナズで9A91に次ぐ実力者とも言われるグローザに連れられてとある任務に出向いていた。

 任務内容は護衛対象である某政府要人を狙うテロリストの抹殺…某国では政治絡みのいざこざでテロに対する十分な対策を取ることが出来ず、今回の政府要人の護衛も地元警察のみという脆弱さがあった。

 そこで政府関係者はMSFを雇ったというわけであるが、MSFが雇われたことは地元警察には知らされていない…テロリストを抹殺したとしたらすぐに姿を消さなければならない。もしその存在が発覚した場合一切の助力はしないという条件を、MSFは多額の報酬と引き換えに請け負った。

 

 必要最低限の人数にて、スナイパーをSV-98が務め、その援護と観測手をグローザが務める。

 

 テロリストが警戒して護衛対象を狙ってこなければそれでよし、報酬はそれでもいただける。ただし護衛対象が命を落とせば報酬はなしだ。見つかれば非常にまずい状況に立たされる。

 そんな緊張的な場面において、SV-98は極めて冷静であった。

 息を乱さず、冷や汗一つ垂らさない彼女の落ち着いた様子を、グローザは高く評価する…護衛対象を狙う暗殺者を見つけだした時も、SV-98はグローザの指示に従い、迷わずその引き金を引いた…。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……やっと帰って来れましたね」

 

「あら、緊張の糸が弛んだみたいね新人さん? でもよくやったわ、えらいわね」

 

 マザーベースへ帰還した途端、SV-98は張り詰めていた緊張が解けて弛緩する。

 任務時は片時も気を緩ませることは無いが、基地に戻ったとたん指先まで震えさせていた……だがそれでいいのだ。四六時中気を張り詰めさせていることは、ベテランの兵士でさえも困難なことだ。適宜気を休め、大事な場面において気持ちを素早く切りかえることが大切だ。

 そういった部分も含めて、今回の任務ではグローザが彼女の素質を見極めるうえで観察していた。

 

「お疲れのようだけどついてきて新人さん。お楽しみが待ってるわ」

 

 疲れた様子のSV-98に微笑みかけると、グローザは彼女を連れてある場所へと向かう。

 宿舎を過ぎ、訓練施設を過ぎてたどり着いた先はマザーベースの司令部が置かれたプラットフォーム。研究開発プラットフォームと並んで警備が厳重なそこは、新人人形が気軽に入っていけるような場所ではない。実際、司令部に初めて足を踏み入れるSV-98はガチガチに緊張していた。

 

「かわいい反応するのね新人さん。でもそんなに緊張しないで、悪いようにはしないから」

 

 緊張しっぱなしのSV-98に微笑みかけ、グローザは司令部の一室へと彼女を招き入れる。

 室内にはスペツナズ部隊長の9A91の姿と、総司令官ビッグボスの姿があった…雲の上の存在と言えるような二人を前にしてSV-98は硬直、それでも咄嗟に敬礼をして見せたのは大したものだろう。

 彼女の緊張を見てとった9A91とスネークは穏やかに笑いかけると、彼女をソファーに座らせて淹れたてのコーヒーを勧めるのだ。気さくに話しかける二人のおかげか、徐々にSV-98の緊張もほぐれていく…それを見て、スペツナズ隊長の9A91はグローザに声をかける。

 

「グローザ、どうでしたか?」

 

「合格よ、隊長さん。忍耐力、判断力、精神力いずれも高評価…戦闘能力についても伸びしろがある。自信をもって推薦できるわね」

 

「それは何よりです。SV-98、実は今回の任務でグローザにあなたの実力を見極めてもらいました。あなたは良い兵士のようですね、グローザが言うのだから間違いありません」

 

「あ、ありがとうございます…素直に、嬉しいです…!」

 

「そこで、是非とも私たちの部隊に入っていただけないでしょうか? あなたの狙撃能力の高さには見るべきものがあります、スペツナズにはあなたのような兵士が必要です」

 

 それはSV-98にとって、願ってもいないことであった。

 彼女は日頃からスペツナズに憧れて訓練を重ね、何度も部隊にアピールをしてきたつもりであった。それがついに念願かない、憧れの隊長から直々に勧誘を受けたのだ。断る理由など一つもなかった…無論、スペツナズの過酷な任務に関しては恐れを抱く部分もあるが、それを乗り越えて優秀な兵士としてMSFに認知してもらおうという気概があった。

 

「我が隊へようこそ、SV-98」

 

「光栄です、9A91隊長!」

 

 握手を交わし、晴れてSV-98はスペツナズへの入隊が決まった。

 その瞬間を待ちわびていたのか、それまで部屋のクローゼットに隠れていたヴィーフリとペチェネグが飛び出してきた。気配を殺して隠れていた二人の突然の登場にSV-98は呆気にとられていたが、そんな彼女を二人は捕まえて歓迎の意を示すのだ。

 

「やったわね同志! これで私たち、晴れて同僚よ!」

 

「なあ、お前は酒は飲める口なのか? なあ?」

 

「え…? あ、あぁ…お酒は嗜む程度に…」

 

「こらこら二人とも、あまり新人さんを困らせるんじゃないの。お酒の強さは後でじっくりと、ね?」

 

「勿論だとも。さあ今夜は歓迎会を用意しているぞ! スペツナズの新たな戦友に乾杯だ!」

 

 困惑するSV-98を捕まえた二人は、そのまま意気揚々とどこかへ行ってしまう。

 気の早い仲間にはほとほと困ったものだが、新しい戦友というのは良いものだった。グローザはくすりと笑い、部屋を出ていこうとしたが9A91は呼び止める。

 

「グローザ、あなたにも一つお伝えすることがあります。司令官とも話して決めました」

 

「あらどうしたの? まさかこの間の非番で、冷蔵庫のお酒を空にしたことを今更追及するつもりじゃないわよねスネークさん?」

 

「ははは、そんなことじゃない。グローザ、お前は9A91の副官として常日頃よくやってくれているな。スペツナズが今日に至るまで任務を全うできたのには、副官である君の力が大きいだろう」

 

「褒めても何もでないわよスネークさん。まあ、光栄なことね…隊長さんは私の誇らしい隊長さんだもの、隊長さんのためなら例え火の中水の中よ」

 

「頼もしいですねグローザ。あなたの支えがあったらかこそ、今の私がいるのですよ。私の不足点はあなたが補ってくれた、あなたがいてくれたおかげで私は成長できた…部隊では上官と部下の関係ではありますが、私にとってグローザは姉のように思えてなりません…ありがとう」

 

「隊長さん……ダメよそんなこと急に言うのは。涙脆くなっちゃうわ」

 

 おどけたように言って見せるグローザであったが、確かにその目は微かに潤んでいる。

 スペツナズの部隊長として畏怖される9A91をすぐそばで支え、密かに大切な妹のように見守って来たグローザ…あえて公言はしていなかったが、二人はお互いに姉妹として認知し合っていた。

 勇敢で、冷静沈着で、頼りになる姉のような存在…そんな彼女に日頃の感謝の気持ちを込めて、彼女へあの称号を授与するべきであると、9A91はビッグボスへと進言したのだった。

 

「9A91の強い推薦を考慮し、グローザ…君に【FOXHOUND(フォックスハウンド)】の称号を授与したい」

 

 司令官ビッグボスより、MSFで最高の名誉となる称号を冠した徽章が授けられる。

 ナイフをくわえた狐をあしらった徽章をスネークが渡し、次いでFOXHOUNDのワッペンが9A91より手渡された。いきなりこのような名誉ある称号を授与されて困惑しているのか、グローザは手元と9A91を何度も見返していた。

 先ほどのSV-98と同じような反応をしているグローザに、二人はくすりと笑った。

 

「グローザにならその徽章の重みが分かるはずです。ですが、グローザならその徽章を身につける資格があると思います」

 

「なんて言ったらいいのか…隊長さん、最高の称号が今私の手にあると思うと震えが止まらないわね……9A91、あなたは今までこんなにも重いものを背負ってきたのね」

 

「私一人ではありません。グローザ、あなたや隊のみんなのおかげです」

 

「そうね……そうだったわね……スネークさん、名誉ある称号に感謝するわ。これからもこの称号に相応しいだけの活躍を約束するわ…だからね、今後とも隊長さんともどもよろしくね」

 

 グローザは背筋を伸ばし、誇らし気な表情で敬礼を向ける…9A91もまた同じように敬礼を返すと、お互いに見つめ合いながらはにかむのであった。

 

「あともう一つ、9A91の提案でな…いつまでも隊の名前がスペツナズ(特殊部隊)じゃ決まりが悪いということになってな…」

 

「あらそうなのスネークさん? 別にスペツナズでも悪くないわ」

 

「これから部隊の規模を大きくしていこうということになりましてね。折角だから部隊名を決めることにしました」

 

「なるほどね…それで、どんな名前にするのかしら隊長さん?」

 

「我々の部隊に求められるのは、素早い行動力…すなわち迅速かつ俊敏な行動です。そこで俊敏の名を持つ猟犬にあやかり、【バルザーヤ部隊】と改名します」

 

「バルザーヤ……いい響きね、いいと思うわ隊長さん」

 

「はい。早速ですが、見込みのある人形を何人かオセロットさんに目をつけてもらいました…片っ端からフルトン回収しちゃいましょう」

 

「気が早いのね隊長さん…いいわ、行きましょう」

 

 称号の授与も終え、スペツナズの新たな部隊名も決まったところで、部隊規模拡大のため二人は早速めぼしい人形の回収に向かうのであった。




9A91はお姉ちゃんと呼ぶことはありませんが、グローザをそういう風に見てました…グローザも同じようにね…。


さぁ、片っ端からロシア人形をとっつかまえるぞい!!


ちなみにバルザーヤというのは、ロシアン・ウルフハウンドことボルゾイのロシア語読みであり、女性形の呼び方ですね。


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甘味を求めて…。

「ふぅ、そろそろ行くか。マスターさん、コーヒー美味しかったよ!」

 

「ありがとうございます。またいらしてくださいね」

 

 マザーベース内の一画に設けられたスプリングフィールドのカフェには、憩いの場を求めて今日もお客さんたちが訪れていた。彼女が淹れてくれるコーヒーを飲みながら、ジャズをBGMに穏やかな時間を過ごす…時々騒ぎ立てる輩もいないわけではないが、ここ最近は本来あるべきカフェの姿を取り戻しており、カフェのマスターのスプリングフィールドもそれに満足していた。

 

 お客さんを見送り、コーヒーカップを片付ける…。

 カフェへの来店は多い時もあれば少ない時もある、今日のところは後者だ。お客さんとして来る者がマザーベースで働くスタッフである以上、施設での業務が忙しくなれば自然と来客数は少なくなる。できればお客さんが多く訪れる日にカフェをオープンさせたいが、スプリングフィールドも普段は部隊の指揮をとっている以上難しいことであった。

 それでもお客さんのコーヒーを美味しいと言ってくれる声や、笑顔で語り合う姿を見てやりがいを感じていた……しかし、ここ最近はあることが気になっていた…。

 

 カフェで提供する食材を保管している冷蔵庫を開き備蓄を確認した彼女は、ここ最近少なくなってきた食材を見てため息を漏らす。

 

 

「どうしたんだスプリングフィールド、ため息なんかついてさ」

 

「あ、エイハヴさん」

 

 振り返った先でエイハヴを見たスプリングフィールドは、先ほどまでの物憂げな表情はどこへやら、柔らかな微笑みを浮かべた。エイハヴはいつもカウンターの右端2番目に座る、いつのころからか彼の特等席となっていた…それを意識してなのか、スプリングフィールドはその席の前に小さな花を置くようにしていた。

 いつものように、いつもの席に座るエイハヴに、彼が好むいつものコーヒー豆を挽いて提供する。 

 毎回同じコーヒーを飲んでいるはずなのに、エイハヴはいつも美味しそうに飲んでくれる…スプリングフィールドにとってそれが何よりも嬉しいことであった。

 

「それで、どうかしたのかい?」

 

 先ほどつい聞かれてしまったため息の理由を聞かれ、特に隠し立てするようなことでもないので素直に打ち明ける…。

 

「実は、お店で提供するためのお砂糖などが不足してきているんですよね…こんなご時世ですから、お砂糖やはちみつが手に入りにくいみたいで…」

 

「確かにな、アフリカの…ウロボロスの農園にはないのか?」

 

「いや、それがこっちの足元見てるのか法外な値段をつきつけられたみたいで……それに、今はエグゼの連隊やスペツナズ…あ、今はバルザーヤ部隊でしたね。それから研究開発班に資金が回されているので、こんな小さなカフェのわがままを聞いてもらうのは抵抗があって…」

 

「エグゼのやつ、また軍拡始めたみたいだからな…まあ、米軍残党の脅威も高まってるみたいだから仕方ないとは思うが。オレからミラーさんに相談をしてみようか?」

 

「いえ、そんな…わざわざ他の予算を削ってもらってまで解決してもらいたい問題ではありませんし…お客さんたちには申し訳ありませんが、少しの間メニューを減らそうかなと…」

 

 せっかく協力してくれようとするエイハヴには申し訳なかったが、スプリングフィールドは遠慮しようとした…。

 

 しかしそこでエイハヴが納得したとしても、納得しない輩がいる。

 それは、二人のそんな会話をこっそり聞いていたミス・トラブルメーカーのスコーピオンがである。天井の排気ダクトをこじ開けて颯爽と現れたスコーピオンに、それまで穏やかな雰囲気の中にいた二人は度肝を抜かされる。

 

「スコーピオン!? おまえ、なんてところから…!」

 

「あたしはどこにでもいるの! 話は聞かせてもらったよスプリングフィールド……なるほど、甘味となる食材がないからメニューを減らそうというわけか……ギルティ、それはギルティだよスプリングフィールド!! カフェはみんなの憩いの場、そこのメニューを減らそうだなんて!」

 

「カフェをたまり場にして飲んだくれてる人が、憩いの場なんてよく言えますね」

 

「それはしゃーないじゃん、ここ以外で飲むとストップかけてくれる人いないんだからさ~。グローザとか9A91を止められるの、スプリングフィールドしかいないんだよ~?」

 

「あのですね…?」

 

 そこらで飲むと際限なく飲み続け、最悪の場合はお酒はおろか消毒用アルコールや塗装用アルコール、アフターシェーブローションに至るまで飲み尽くす勢いの輩共。カフェで飲んでればスプリングフィールドがストップをかけてくれる…そんなことを言われて、スプリングフィールドは珍しく額に青筋を浮かべる。

 笑顔で怒気を放つスプリングフィールドと対峙してへらへらしていられるのは、おそらくスコーピオンだけだろう。

 

「甘味の補給に関してはあたしにアイデアがあるよ二人とも!」

 

「ほほう、何か名案があるのか?」

 

「エイハブさん、あまり本気にしない方がいいですよ?」

 

「まあまあスプリングフィールド。今回はいいアイデアなんだからちゃんと聞きなよ」

 

「はぁ…分かりました。言っておきますが、買い付けようとしても難しいですよ?」

 

「うんうん、分かってるよ」

 

「MSFの予算を削ってまで手に入れようとも思っていませんからね?」

 

「うむ、そうでしょうね」

 

「どこかのお店から盗んでくるのもいけませんからね?」

 

「それはもちろんだよ」

 

「よろしい。ではスコーピオン、あなたは一体どうやって甘味料を手に入れようというのですか?」

 

「えっとね……手に入りにくいなら、自分たちで採取して来たらいいじゃない?」

 

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、いうわけでやってきました北米大陸カナダへ」

 

「このノリ、以前にもどこかで見た気が…」

 

 MSFの前哨基地近くでは春の訪れによる暖かさが感じられていたが、北米カナダはいまだ冬の寒さが残る厳しい気候であった。

 スコーピオンはいつものあの格好に毛糸の手袋をしているだけであるが、まともな神経であるスプリングフィールドは寒さに震えていた。そんな彼女を見かねて、一緒についてきたエイハヴが、予備で持参したコートを一枚その肩にかけてあげる。

 ガンガン雪原を突き進むスコーピオンの後を、二人は一緒に並びついて行く…。

 

「大丈夫か? 滑りやすいから足下に気を付けるんだ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「こらこらー、なーに自然にいちゃついてんのさ。デートに来たんじゃないんだよ?」

 

「いきなり引っ張って来て何を言ってるんですか! スコーピオン、あなたがどうしてぴんぴんしているのか不思議です…氷点下20℃の極寒ですよ?」

 

「なっははは! 誰もあたしの熱い情熱を冷ますことは出来ないのだ!」

 

「もういいです。ところで、カナダには何を目的に?」

 

「カナダと言ったら、ほらあれ……メープルシロップの原産地じゃん? 見つけたらとり放題だよね!」

 

 そう、スコーピオンがここカナダを目的地としたのはメープルシロップを生み出すための、サトウカエデが群生することを知っていたからである。毎度極地に引っ張って行かれるのはいい加減勘弁して貰いたかったが、メープルシロップを甘味料として取り扱ったことのなかったスプリングフィールドは、ようやく気が乗り始めてきた。

 しかしカナダは位置的に、あの旧アメリカ合衆国と国境を隣接する場所だ。

 今のところ汚染や敵勢力の危険は確認できていないが、それでも警戒を怠るわけにはいかない…エイハヴがスコーピオンの思いつきに同行したのも、二人を心配してのことだった。

 

 まあ、その後もこれといった脅威もなく、サトウカエデが群生する森を見つけた一行。

 1リットルのメープルシロップを作りだすためには、およそ40リットルもの樹液が必要だ。一本の木からとれる樹液の量はだいたい40~80と言われており、人の管理を外れたこの森では採取するのは難しくない。しかし問題は、大量の樹液をどう持ち帰るのか…まあこれについては、スコーピオンの連隊副官権限で駆り出された月光たちに樹液の詰まったタンクを括りつけて解決だ。

 数日かけて樹液を相当数採集した一行…極寒の中で数日過ごすことは戦術人形にとっても過酷だ、少なくともスプリングフィールドの顔には疲労の色が見えていた。

 

「よーし、これにてサトウカエデの樹液採取は完了だね! みんなお疲れさま!」

 

「はい…お疲れさまです…」

 

 スコーピオンだけ来る前より元気がいいのは気のせいだろうか?

 

 そんなことを思いながら帰路につこうとした時だった。

 森の中に大きな獣の咆哮が響き渡る…森の奥からぬっと姿を現したのは、大きな体躯をほこる巨熊であった。

 

「ヤバい…グリズリーだ!」

 

 北米の生態系の頂点に君臨するグリズリーの出現にエイハヴは動揺する。

 一応自衛のための銃は持参していたが、あれだけの巨熊を倒すほどの威力はない…スプリングフィールドもまた、戦闘を想定していなかったために、弾薬は装填されている5発しかなかった。スコーピオンが扱う弾薬も、グリズリーを仕留めるのには威力が不足している…。

 グリズリーから二人をかばうように立つエイハヴであったが、なんとスコーピオンがのこのこグリズリーへと近付いていったではないか!

 

「おやまあ、【グリズリー】ったら、ちょっと見ない間にたくましくなっちゃって~」

 

「バカー! じゃなかった、スコーピオン!? 何してるんですか!?」

 

「なにって…これグリズリーでしょう?」

 

「グリズリーはグリズリーでも、戦術人形じゃなくて野生動物のグリズリーです! それから猛獣なんです! 危ないから戻って来てください!」

 

「大丈夫だよ、グリズリーはいい子だから。ね?」

 

「ガオオオォォォッ!!」

 

「ほえ?」

 

 後ろ脚で立ち上がったグリズリーは、次の瞬間、そのハンマーのような手で目の前のスコーピオンを殴りつけた。

 猛獣のパワーは戦術人形をも容易く引き裂いてしまう、そんなものをまともにくらってしまったらいくらスコーピオンでも……と思っていたらスコーピオンは即座に復活、頭からだらだら血を流しているようだが、何故か生きている。

 そればかりか、無謀にもグリズリーに対しアッパーカットを放ちグリズリーを怯ませる。

 

「野生のグリズリーだかなんだか知らないけど、クマがサソリに勝てると思うなー!」

 

「グガオッ!」

 

「ぶへっ!?」

 

 再び殴られたスコーピオンは勢いよく木に叩き付けられた…だが何故かまだ生きている!

 

 頭に血を上らせたスコーピオンは勢いよくグリズリーに向かって走って行き、グリズリーの鼻っ面へ自慢の石頭を叩きつける。痛そうによろめくグリズリーの後ろ脚を即座に引っ張って体勢を崩し、力任せにグリズリーの尻を蹴り上げた。

 ひと際大きな声で悲鳴をあげたグリズリー。

 だがスコーピオンの暴走は止まらない…グリズリーの片脚をがっしりと掴むとジャイアントスイングで振り回し、勢いよく木に叩き付けた

 

「どうだまいったかグリズリー!!」

 

「クゥーン……」

 

 ボコボコにされて完全に戦意喪失したグリズリーは足を引きずりながらその場から逃げようとするが、スコーピオンは行く手を遮ると、グリズリーの巨体にフルトンを括りつけた。展開したフルトンは巨熊を容易く浮遊させ、そのまま遥か空の彼方へと打ちあげていった…。

 

 




やったね、MSF初のグリズリーをフルトン回収したぜ!

え? グリズリー違いだって?
細かいことは気にするな!


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亡霊たちの謎

「ふぅ、ようやく形となるものが出来上がって来たな…少し休憩するか」

 

 アフリカ南部ウロボロス邸の一室にて、所狭しと積み上げられた資料の中で、ジャッジは椅子にもたれかかりながら大きく伸びをする。それから机の上にあごだけを乗せて、窓から見渡すことが出来る広大なアフリカの大地を眺めるのだった。

 連日、これから新設されるウロボロス軍の戦闘教義について他国や過去の軍隊がとっていたドクトリンを参考に研究しているジャッジは、一日のほとんどをその部屋で過ごし、ハイエンドモデル勢の中でも忙しさではトップクラスに位置するであろう。

 難しいのは、仮想敵としているヨーロッパの正規軍が強すぎていかにアフリカの大地で迎え撃つか戦略を立てることで、シミュレーション上では何度も何度も敗北を繰り返してしまうほどの強大な相手だ。

 あまりにも負けるものだからジャッジは戦闘教義を攻撃的なものから防衛戦略に方針転換、インフラが未発達なアフリカの大地を十二分に活かした遊撃戦術やゲリラ戦、焦土戦術などを盛り込んだのだが…それでようやく正規軍のアフリカ遠征軍を撃退できる見通しが立った。

 

 しかしそれでは正規軍相手に勝ったとは言えない。

 撃退できるのはあくまで遠征軍、正規軍の圧倒的な航空支援や大陸間弾道ミサイルのことは除外してのシミュレーションなのだ。相手は第三次大戦を生き残った国家、もう一度核を、それも異人種が多く占めるアフリカの地に撃ちこむことなど躊躇しないだろう。

 

 あまり成果が上がらないとウロボロスに嫌味を言われることになるので、ジャッジ自身出来上がった戦闘教義について完全に満足しているわけではないが、一応形となったものを見せることとした。

 

"あれだけ時間とカネをくれてやったのに成果がこれか?お笑いだな、ジャッジさま。えぇ?"

 

 などというウロボロスの嫌味が幻聴のように聞こえてくる…憂鬱な気分で、ジャッジはウロボロスの書斎を開く。

 扉を開けた途端目に飛び込んできたのは、たくさんの子どもたち…カーペットの上で積み木遊びをしていたり、絵の具を飛び散らして遊んでいたり、物を投げ合って遊んでいたり…。書斎はそれなりに綺麗であったと記憶していたが、無垢な子どもたちの破壊行為によって書斎は荒れ果てている。

 その中でウロボロスはというと、子どもたちを咎めるわけでもなく、パスされたボールを投げ返したり、子どもを膝の上に乗せてお絵かきで遊んでいたり…子どもたちが暴れまわっていることなど全く気にも留めていない。

 

 子どもたちの暴走に軽く目まいを起こすジャッジ…わざとらしく咳払いをするとウロボロスが気付く。

 子どもたちに"勝手に遊んでろ"などと言えば、子どもたちは"はーい"と元気よく返事を返す……呆れながら書斎を出ると、ウロボロスはジャッジを連れて別な部屋へと招くのだった。

 

「おい、あんなんでいいのか? お前の大事な書斎が滅茶苦茶だぞ?」

 

「ほっとけほっとけ、後で代理人に掃除させるから」

 

 あの荒れ果てた部屋を元通りにさせられる代理人に同情しつつ、招かれた部屋へと入る…が、そこには先客がいた、アルケミストだ。ただ何かをしていたわけでもなく、ソファーの上に寝そべって本を読んでいた。

 

「邪魔するぞアルケミスト」

 

「あぁ? ウロボロスとジャッジか…お気になさらず」

 

「なんだ暇そうだな。こっちの手伝いをしてくれてもいいんだぞ?」

 

「この間手伝ってやったろジャッジ。こう見えて忙しいんだよ、ガキどもの教育は疲れるんだよ?」

 

 先日、スケアクロウに代わって授業をとって以来、子どもたちの人気が密かに上がりつつあるアルケミスト…どうもやりたい放題授業を教えるスタイルが好かれているらしい。まあ、その尻拭いをさせられるイントゥルーダーやスケアクロウはたまったものではないが。

 余談だが、デストロイヤーがアルケミストの真似をして教師をやろうとしたところ、子どもたちになめられ過ぎて学級崩壊を起こした。

 

 本と称し成人向け雑誌を読んでいるアルケミストの事は無視し、早速ウロボロスとジャッジは戦闘教義研究の成果を確認し合う。

 意外なことに、ジャッジが示したアフリカでの防衛戦略についてウロボロスは共感を示す。

 

「意外だな。お前のことだからこれくらいのことでは嫌味を言ってくると思っていたのだが?」

 

「私もバカではない、正規軍相手に真っ向からぶつかって勝利できるとは思っていない。おぬしの戦術は中々に良い、遠征軍に出血を強いて広大なアフリカの大地に引き込んでの遊撃戦、我々がとれる最適解だろうさ」

 

「だが奴らは大陸間弾道ミサイルや核を持っている。そこに関しては私も手が打てん」

 

「問題ない…とは言い難いが、策はあるさ。私が取る方針は、奴らが私たちを攻撃することを躊躇させることだ。軍の強さは目を見張るものがあるが、それならば別な対象を狙うだけさ」

 

「テロリズムか…」

 

「そうだ。我々を攻撃しようとすれば民衆が被害を受けることになる、そのことを分からせてやればいい。こんなご時世だ、世論の厭戦気運は今なお高い…民衆をターゲットにされれば奴らも手を引かざるを得ない。まあ実行する必要はないが、それを可能とする力があることはそれとなく示すつもりさ」

 

「気は進まんが、仕方ないな」

 

「目的は正規軍を撃滅することではない。今後数十年、奴らが我々にちょっかいをかけてこないようできればそれでいい。私が軍の規模を拡大させる目的は、もっと別なところにある……奴らはまたやってくる、必ずやってくる、今度は欧州だけではなく世界を覆い尽くさんとな」

 

「なんのことを言っているのだ?」

 

「かつて"アメリカ合衆国"と言われていた連中だよ、ジャッジ。来たぞウロボロス」

 

 ジャッジの疑問に答えたのは、静かに部屋へとやって来たシーカーである。

 先の欧州侵攻の渦中にいた人物であるシーカーが示した答えに、ジャッジは目を丸くする。

 

「進捗はどうだシーカー?」

 

「あぁ。バトルドロイド及びその他装甲兵器の生産は順調、今は新規開発はストップさせて、量産体制の増強に主軸を移しているよ。今の規模で、ようやく軍隊として運用できると言ったところか…今でも十分強い軍隊と断言できるが、アフリカ各地の軍閥を掃討できる戦力ではないと言っておこう」

 

「十分だシーカー、ドリーマともどもよくやってくれているな。まあ座れ、ちょっと話したいことがある…アルケミストもちょっと会話に混ざってくれ」

 

 ウロボロスに言われるまま、シーカーは空いている椅子に腰掛け、アルケミストは気だるそうに起き上がる。

 ウロボロスが指をぱちんと鳴らすと、屋敷の使用人が入室し、それぞれにコーヒーを配り一礼をして退出していった。このコーヒー豆もウロボロスの農園で栽培されているもので、売り上げは好調だ。

 コーヒーをすすり、ウロボロスはシーカーに問いただす。

 

「なあシーカー、私はどうにも腑に落ちないのだが……奴ら、本当にアメリカ合衆国と呼ばれていた国家と同じ存在だったのか?」

 

「なにが言いたい?」

 

「アメリカはその力を恐れる核保有国らの核攻撃で滅びたというのが今の常識だが、そもそもこれが納得いかない。世界の最先端をいき、軍事力において頂点に君臨していたあの米国がなすすべもなく滅びるか? そもそもこの核戦争、一体どの国が先に仕掛けたんだ?」

 

 相互確証破壊に基づき報復核攻撃が起こったことで世界は荒廃したというのが通説であるが、誰が先に核攻撃を行ったかについては各国でバラバラな主張があった。結局真実は分からずじまい、闇の中に葬られているが…一部の陰謀論者は、世界を牛耳る秘密結社の陰謀だとか、ロシアの自作自演だとかと言われているが真相は誰にも分からない。

 

「連中は核戦争を予期していた…でなければ、国土が荒廃するほどの核攻撃を受けていながらあれだけの軍団を保持できていたとは思えない」

 

「もう一つあるよウロボロス。アメリカ本土は放射能汚染は凄まじいが、崩壊液の汚染はほとんど見受けられなかった。ジェット気流で粒子が世界に拡大しているにも関わらずだ」

 

「それについてはメタリック・アーキアという、崩壊液を代謝する微生物の存在がいるってことで解決したじゃないかアルケミスト」

 

「崩壊液の汚染が世界にまん延しているのに、アメリカにだけ崩壊液の汚染地帯が存在しないのが納得いかないんだよ。シーカー、お前はあの連中と関わっていて何か違和感を感じなかったか? お前のその、ESP能力がありながら奴らの真意が読めなかったのも謎だよ…」

 

「わたしの能力も万能ではない。なんでも思考を読みとれるわけでもない…たとえば戦術人形含めたAIの思考、それは電子戦の分野になる。私のESP能力だけで他者の思考を読みとれる対象は、生身の人間だけだ」

 

「だがお前は奴らの真意を見抜けなかった……サイボーグとはいえ、人間であるはずの奴らを」

 

「あぁ……疑問に思うべきだったな。今思えば、奴らからは…人間の意思を感じられなかった」

 

「つまり、奴らは…人間じゃない?」

 

「断言はできないが…」

 

 

 ウロボロスの疑問から始まったこの話題について4人は話しあうが、謎はさらに深まるばかりだ。

 ウロボロスが本当の意味で最大の仮想敵と定めているのは、他ならぬ欧州に破壊をもたらした超大国の亡霊たちだ。だが果たしてあれが亡霊などと言う存在なのか、手がかりは何一つなかったが…。

 

 

「アルケミスト、MSFにはこの手のことで何か知っていそうな奴はいないのか?」

 

「あぁ……まあオセロットになるのかな? いや待てよ……UMP45、アイツもアイツで調べていたからな。何か手がかりを知っているかもな」

 

「分かった、今度何かあったらそれとなく聞いてみよう。シーカー、どうしたそんな難しい顔をして?」

 

「いや……みんな、【アーネンエルベ】と【アーカーシャ】という言葉を聞いたことはあるか? 意味は分からないんだが、何故だかその言葉だけを鮮明に思いだせるんだ」

 

「知らないな。ジャッジとアルケミストは?」

 

 ウロボロスの問いかけに、二人は首を横に振る。

 腕を組み思いだそうとするシーカーであるが、その言葉以上に思いだせることは何もなかった。

 

「なんだか気味が悪いね。この話、エリザさまには?」

 

「いや、まだ言うまい。まだ我々の胸の中にとどめておけ……ヴァンプとグレイ・フォックスに少し探らせる。みんなはいつも通りに…協力は後で呼びかけるかもしれんがな」

 

「了解した」

 

 会議はそこで終了し、各員部屋を退出していく。

 

 一人部屋に残ったウロボロスは、夕陽が照らすアフリカの大地を見渡した。

 大地の赤土が夕陽に照らされて、まるで大地が一面血の海に埋め尽くされているように見えた……それが自分たちの行く末を暗示しているかのように…。




ここに来て謎を増やしてくスタイル


この後の展開を予告するなら、全ては第二次世界大戦の時から始まっていた…ですね


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技術的困難

 格闘技大会でFALによってぶちのめされた挙句、FALの専用戦車を砲塔が回らない駆逐戦車もどきへと改造したこのペナルティを受け、なおかつお気に入りのサイドテールの髪型を今後一切禁止という厳しい罰を与えられたアーキテクト…みんなの癒しであるアーキテクトの散々な扱いを目の当たりにしたMSFスタッフたちは、アーキテクトに課せられた罰を撤回するようFALに求めるのだが、そのすべてが返り討ちにあってしまった。

 結局、ストレートロングな髪形のアーキテクトも可愛いよねっということでスタッフたちは諦めた。

 

「ふへぇ…疲れたよぉ……やっと砲塔直したよぉ…」

 

「そもそもあんたが余計な改造しなければこんなことにはならないのよ?」

 

「いや、だってFALったら前にヤークトティーガーかっこいいよね~なんて言ってたからさ。もしかしたら駆逐戦車の方が好きなのかなって?」

 

「確かに言ったけど、駆逐戦車なんて時代遅れの骨董品でしょ? 真に受けるんじゃないの」

 

 どうやらFALのことを少しなりとも考えた上での珍改造だったらしいようで、結果はともかくそれなりに想っての行動ということで少しばかりアーキテクトへの当たりを弱めることとする。それはさておき、これでようやく愛車のマクスウェル戦車は元通りになったわけであるが、主砲まで元のレールガンに戻されているのには納得がいかなかった。

 マクスウェル主力戦車の本来の兵装は高威力のレーザーキャノンであり、その爆発的な火力によって幾多の正規軍兵器を餌食にしてきた。先日の、巨大モンスターに対するとどめの一撃にもなった程の威力であったが、その時は一度限りの砲撃で砲身がダメになってしまう致命的な欠陥があった。

 新兵器開発に余念がないアーキテクトの事だから、この欠陥も改良してくれるかと思えば、まさかの元の兵装に戻すという…アーキテクトらしくない保守的な改装に文句を言おうとすると、彼女は慌てたように弁明をするのだった。

 

「言い訳を聞こうかしら?」

 

「言い訳というか、これはマジなんだけどさ! あの時のレーザーキャノンで砲身が一発でダメになるっていうのは私も予想外だったんだよ! あの時は急ごしらえで試射試験なしで送っちゃったけど、理論上は問題ないはずだったんだってば!」

 

「あらそう。なら欠陥が分かったんなら改良の余地はあるわよね? なんか問題あるの?」

 

「大問題だよ。FALは凄く運が良かったんだよ……一歩間違えれば、あのレーザーキャノンを撃った時、戦車が爆発して死んでたんだから」

 

「は? なにそれ?」

 

 アーキテクトが述べた予想の斜め上を行く言葉に、FALは困惑する。

 あの時、大型モンスターを仕留めた砲撃の後ですぐに主砲がダメになったことに気付いたFALは即座に戦車の稼働を止めた。一見戦車は無傷に思えたが、その後の調べでレーザーキャノンの膨大な熱量を処理する冷却装置までもが故障していたらしい。もしも何らかの理由で冷却装置が上手く動作していなかったり、無理に主砲を撃とうとしたら……膨大なエネルギーを処理できずオーバーヒートを起こし、大爆発をしていたという。

 

「それで、レールガンに戻したわけね。でも改良のための研究はしてたのよね?」

 

「勿論だよ、そこは誓うよ。でも全然見当がつかなくてさ…FALとわーちゃんが持ち帰ったマクスウェルのデータを調べても、全然意味不明でさ。車体は再現できても、兵装が再現できないんだよ……それに、いくら改良のためとはいえ"崩壊液"をマザーベースで扱うのは怖いよ」

 

「ちょっと待って、崩壊液ですって? もしかして、マクスウェルの動力って…」

 

「うん、レーザーキャノンのあのエネルギーを生み出しているのは崩壊液の力なんだ。これが滅茶苦茶不安定でさ…でも米軍の戦車はこの崩壊液を完璧にコントロールして、なおかつ安定してばかすかレーザーキャノンを撃てるんだ。あんな技術は見たことないよ…いくら何でも、あれを再現しろっていうのは難しいよ」

 

「なるほどね……その事って、他の誰かにも言ったの?」

 

「うん。研究開発班のみんなと、オセロットには。あと、45も聞いてきたから教えたよ?」

 

「45が? どうしてあいつが?」

 

「うーん、そこまでは分からないけど……なんだかアメリカについての情報を片っ端から調べてるみたいだよ?」

 

「そう、分かったわ。ありがとうね…もういいわ」

 

「いいの? じゃあ髪型も元に戻して――――」

 

「キャラ被るからそれはダメ」

 

「えぇ……」

 

 結局、アーキテクトは元の髪型に戻すことは許されず、ブーブー文句を言いながらFALの格納庫を出ていった。

 

 愛車の兵装が元に戻ってしまったのはがっかりだが、よく考えてみればレールガンの主砲だって現状MSFが開発できる兵装の中ではトップクラスの火力を持つし、正規軍の装甲兵器を破壊できるポテンシャルを秘めている。必要以上に求めるのはあまり良くないし、危険をおかしてまですることではないだろうと判断した。

 

 

「さてと、なにしようかしら?」

 

 

 格納庫をぐるりと見回し、自分専用の戦車たちを眺める。

 マクスウェル主力戦車は納車されたばかりだし、ロマンを詰め仕込んだ豆戦車のふぁるタンクもこの間メンテナンスをしたばかり、あとは凍土で凍りついていたT-34戦車がある…100年以上経っているのに、氷を溶かしたら動いたのだから驚きだ。さすがソ連が生んだ鬼戦車は違う。

 それはさておき、やることもなくなったFALが格納庫を出て行く……晴天の空、暖かな春のそよ風がなんとも心地よく、深呼吸をして大きく身体を伸ばす。

 

「うへへ、いい眺めだねぇ」

 

「あぁん?」

 

 ふと、真下を見ればテディ軍曹がスケベなまなざしを送っているのに気付き、即座にかかと落としを仕掛けるも彼はひらりと身を躱す。クマのぬいぐるみになってもデルタ・フォースのスキルは失っていないということか…まあ、FALにちょっかいをかけようとするとVectorが現れ、無慈悲な鉄拳が飛んでくる。 

 それすらも避けて見せたテディ軍曹に、Vectorはおもわず舌打ちをした。

 

「まあ落ち着きなさいVector。ただのテディベアよ」

 

「まったく、おいらのプリティボディを見てメロメロにならないのは君らだけだよ…わーちゃんなんてキャーキャ言いながらハグしてくれるのに」

 

 どこぞの上官と違って、MSF生活をエンジョイしているテディ軍曹である。

 黙っていれば愛らしいテディベア、それが短い足でモフモフ歩いているのを見ればかわいいもの好きな女の子、特にWA2000などはメロメロになってしまうのも分からなくはない。毎晩代わる代わる、戦術人形たちに抱き枕がわりにされているというのは本当だろうか?

 余談だが、FALも流行に乗ってテディ軍曹をベッドに連れ込んで眠ったらしいが、FALのあまりの寝相の悪さにテディ軍曹は逃げだしたという。

 

「それで、クマのぬいぐるみが何してるわけ?」

 

「最近、大尉はM14ちゃんに構いっきりで全然相手にしてくれないからさ。昼間は暇なんだよな、訓練教えてあげようにもテディベアの身体じゃねえ?」

 

「そう言えばM14ったら、大尉からおさがりのライフル貰って大喜びしてたわね。あの人、冷酷そうに見えて意外とそういうことできるのね?」

 

「確かに。あいつ、いつ裏切るか分からないから油断できないし」

 

「おいおい、色々あったのは認めるけど、みんな大尉を悪く言い過ぎだって。根は悪い人じゃないんだ、ほんとだよ?」

 

「まあなんだっていいけどさ。ところでテディ軍曹、あんた兵器には詳しいの?」

 

「パンジャンドラムとか好きです」

 

「冗談はその身体だけにしなさい。ちょっとマクスウェル戦車の開発で行き詰っててさ…」

 

 テディ軍曹のジョークをはねのけた上で、FALはあまり期待せずに先ほどから頭を悩ませるマクスウェル戦車に使われている技術について尋ねてみる。が、返答はやはり本人も分からないとのこと…まあ彼は軍人ではあるが、兵器のノウハウにまでは精通していないのだから仕方がない。

 

「米軍脅威の技術力が簡単に解析されちゃ困るよ。協力してあげてもいいけど、そっち方面は疎いからな……夜の手ほどきについては教えてあげられるけど~?」

 

「死ね」

 

 Vectorの素早い蹴りを容易く避けるテディ軍曹は、Vectorも入って来れないコンテナの隙間に入り込んで高らかに笑う。以前無理に追いかけたFALがコンテナの間に身体が挟まって恥をかいたのは、今でも大きな語り草となっている。

 

「ムカつくねアンタ…」

 

「悔しかったらここまで追いかけておいで! まあ君らではおいらのミニマムボディに対抗できないだろうけど!」

 

「み~つけた~!」

 

「はっ、この声は…!?」

 

 コンテナの間に隠れていたテディ軍曹は、背後からかけられた声におそるおそる振りかえる。

 それは暗がりの奥で怪しく目を光らせつつ、やって来た……無邪気ゆえに加減が効かない恐るべきちびっこ、最凶の戦術人形であるエグゼの愛娘ヴェルが、獰猛な笑みを浮かべたままやって来た。

 逃げようとしたテディ軍曹をがしっと掴み、無理無理外まで引っ張って行く……身体が引っ掛かって綿がはみ出てもお構いなしだ。

 

「テディ! いっしょにどろあそびするぞ!」

 

「泥遊びだって!? やめろ、泥はなかなか落ちないんだぞ!? 誰か、助け……FALちゃん、Vectorちゃんお助け~!」

 

「因果応報だ、くそクマ」

 

「残念、テディベアは恋愛対象にならないのよね」

 

「辛辣ッッ!! 大尉~助けてー!!」

 

 後から集まって来たFiveーseven、カルカノ姉妹、C-MSらちびっこ軍団も合流。テディ軍曹は引っ張られながら、無事泥の中にぶち込まれた…。




まあ、この後わーちゃんが洗ってくれるから…(笑)


ちょっとずつ、ちょっとずつ、米軍の謎を増やして解き明かしていきましょう…。


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緊急合作案件!! 巨乳のあの子とお友だち!

コラボだよ!
何も聞かずに読むんだよ!

https://syosetu.org/novel/199919/


 先日、カナダから連れ帰ったグリズリーを白と黒の模様を施したうえで、パンダと偽って97式にプレゼントしようとしたスコーピオン…だが97式をそんなクオリティの低い偽装で誤魔化せるはずもなく、逆に動物虐待だと喚かれてしまい、大騒動を引き起こす。97式が大声を出したことで、スコーピオンが97式に危害を加えたと思ったのか蘭々が激怒、強烈な虎パンチをくらってスコーピオンは病院送りになった…。

 

 というわけで早速グリズリーを持て余したわけであるが、かねてからペットが欲しいと言っていたリベルタドールがこのグリズリーを預かった。無論、凶暴なグリズリーはリベルタを襲おうとするも、逆にリベルタが上下関係を力で分からせて以降、基本的にグリズリーは彼女に従順だった。

 

 ある日のこと、リベルタはグリズリーの背にまたがってMSFが管轄する領域沿いを散歩していた。

 グリズリーの首にはネームプレートが下げられており、El Chapo(エル・チャポ)の名が刻まれている…名前の意味は"ちび"であり、麻薬カルテルのシカリオ(殺し屋)だったリベルタがかつて存在したとある麻薬王の名からとったものである。

 

 ちびとは到底思えない体重500キロを超す巨熊のチャポと、呑気に辺境を散歩しているリベルタであったが、遠くから一台の車両が向かってくることに気付く。チャポの胴体に括りつけたバッグパックから双眼鏡をとりだし、観察してみれば、車両はコンテナをけん引する形で走行…運転席とその助手席には少女たちがいた。

 唸り声をあげるチャポを落ち着かせ、リベルタは外部からの来訪者に対するマニュアルに則り、警告灯を灯し自身のもとへと誘導するのだった。

 

 

 

 

 

「はいはーいこんにちは。私たちグリフィンのD08地区からデリバリーサービスに来ました! 一応電話でアポとったんだけど、聞いてます?」

 

「……………」

 

 車を運転していたD08地区よりの来訪者であるHK417、以前MSFが主催した平和の日に招かれたお客さんの一人である。他にもPPKとマカロフの戦術人形二人が同行し、元気よく挨拶をする……のだが、じっと三人を見つめたまま一言もしゃべらないリベルタに三人は首をかしげる。

 

「あ、君ってもしかしてユノちゃんと友だちのリベルタちゃんだよね? ほら、私平和の日に遊びに来た417って言うんだけど…」

 

「…………」

 

 やはり沈黙したままのリベルタに、だんだんと417の表情が引き攣って行く。 

 双眼鏡を片手に、使い古した感のあるマチェットを片手に握りしめたまま何も言わず、ただじっと3人を順番に見つめていく。背後には巨熊が今にも襲いかかってきそうな様子で唸り声をあげているのだから、3人は困惑を通りこして恐怖する。

 

「あ、あのー。わたしたち危なくないよ~……あぁ…っと、 ほら戦術人形はみんなお友だち! 私とあなたもお友だち!」

 

「…………!」

 

 リベルタがわずかに目を見開いたので、いよいよぶち殺されるのではと震えあがった3人であったが、意外なことにリベルタは何やら嬉しそうに目を細めて握手を求めてきたではないか。わけも分からず握手を受ける3人…そこで、リベルタが口元にあてている赤いバンダナが小刻みに動いているのに気付く。

 なんだなんだと注意深く観察すれば、か細い声が聞こえてきた。

 

ユノと友だちのみんなと友だちになれてうれしい……ありがとう

 

「あー、あははは。思いだした、リベルタちゃんはめっちゃ小声だったんだよね、聞いてたのに忘れてたよ」

 

これでも精一杯出しているつもりなんだ

 

 どうやらリベルタは最初から417のことは分かっていたようだが、車のエンジンを止めていなかったせいで、リベルタの小さな声が聞こえなかったようだ。誤解も解けたところで本題へ…電話で訪問することをスコーピオンに話したと主張する417、風の噂で甘味料の不足に困っているというのを聞いて、甘味料を含むその他調味料、そしてあまくておいしいというミルクを運んできたのだとか。

 

「というわけなんだけど、スコピッピいる?」

 

スコーピオンなら、虎にパンチされて入院してるはず

 

「えぇ…虎にパンチって、そんな事ある?」

 

蘭々はただの虎とは思えないほど強いんだ

 

「まあ、よく分からないんだけど。折角だからスコピッピのお見舞いもしなきゃね!」

 

スコーピオンも喜ぶだろう

 

 というわけで、D08地区の来訪者の目的にスコーピオンのお見舞いが加わる。

 リベルタの案内で3人はMSFの前哨基地へ、そこに一旦けん引してきた荷物を置くと、リベルタと共にいざマザーベースへ。数時間に及ぶ移動中、3人はついつい眠りについてしまい、マザーベースへ到着したところでリベルタに起こされる。

 

「ふわぁ~……おはよう」

 

おはよう、ほら、スコーピオンに会いに行こう

 

「はーい……って、うわぁ! ここが噂のマザーベースか! ほんとに海の上にあったんだね!」

 

 ヘリを降りた417は大海原を眺め歓声をあげる。

 海から吹いてくる心地よい風を、両手をいっぱいに広げて感じ取る…多様な海鳥たちの鳴き声もまた心地よい。未知なるMSFの本拠地に今自分はいるのだ、感慨深さに浸っていると、何やら慌しい様子で駆けつけてきたMSF兵士のヘイブン・トルーパー兵。

 あっという間に周囲を取り囲まれてしまった3人は困惑、リベルタも首をかしげている。

 後から続々と兵士たちが駆けつけ、巡回の月光までもやってくる慌しさにいよいよただ事ではないと察する。説明を求めてリベルタに目を向ければ、彼女も首をかしげるばかりだ。

 

 そのうち、兵士の一人がリベルタに何事かそっと耳打ちすると、リベルタは目を見開く。

 そして何かを迷った末、申し訳なさそうな表情で3人に向き直る。

 

 

ごめん、マザーベースは部外者立ち入り厳禁だったんだ。申し訳ないんだが、死ぬしかないって

 

「えぇ……」

 

でも417は私の友だちだから痛くしないよ。約束する、苦しませないように殺すから

 

「ちょっと待って、ステイステイ! 待て、待てだよ待て! ちょっと落ち着こうかリベルタちゃん!?」

 

死ぬか、メンタルモデルを初期化するしかないって。でもせっかく友だちになってくれたのに、忘れるなんてひどい話だ…それなら死ぬ間際まで私のこと覚えててくれた方がいい

 

「うわぉ、ここに来てヤンデレ発言……ってそうじゃない、誰か助けて!?」

 

 マチェットを鞘から抜いて近付くリベルタは、まさに殺し屋そのもの。

 まあ、結局はリベルタの刃が3人を傷つけるようなことは無く、騒ぎを聞いてやって来たWA2000の取り計らいで事なきを得る。

 ヘリの映像をチェックし、移動の間爆睡していた3人を見て、マザーベースまでどのように飛行したか分からないだろうと判断したからだ。

 

 3人を殺す必要がないと言われたリベルタはマチェットを納めると、まるでさっきまで殺そうとしていたのが嘘のように、3人をスコーピオンが入院する病棟へと案内していくのだった。




戦車は拾えなかったけど、リベルタのお友だちフラグは拾えたろい!(そんなのどこにあった)


ちなみに、ビッグボスの作戦能力を530,000とするのなら、蘭々の作戦能力は単体で184,000くらいあるんじゃないかな?


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La Violencia:Narco Road

リベルタの過去編です……が、経歴上超暴力的描写あります。

リベルタの印象変わっちゃったらごめんなさい


「――――よし、準備はできたな。これでいいんだな、なにせ初めて扱う戦術人形だ」

 

「ええ。メンタルモデルの初期化及びオーガスプロトコルとの遮断は完了、これで気兼ねなく使えますよ」

 

「まあよくわかねえが……しかし、1.5世代の戦術人形か…」

 

「仕方ありません。兄弟機の【コンキスタドール(征服者)】は第1世代戦術人形の完成形と言われ、入手するのは限りなく不可能に近いですからね。さあ、起動させますよ」

 

 

 薄暗い部屋の中で、メガネをかけた男性と屈強な身体つきの男が二人…二人の前にはテーブルの上に寝かされて、数本のケーブルが接続された戦術人形が一体いる。メガネをかけた男性が端末を操作してから少し経つと、テーブルの上に寝かされていた戦術人形がまぶたを開けた。

 人形はゆっくりと上体を起こすと、自身の手や身体を見つめ、最後に二人の男たちに目を向けた。

 

 

「お目覚めか。今日からオレがお前の主人だ、期待させてもらうぜ【リベルタドール(解放者)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三次世界大戦、及び世界にコーラップス汚染が拡散した北蘭島事件の影響を南米諸国も受けたが、欧州やアジアに比べその程度は軽い方だ。ただし最大の貿易国であった北米の壊滅は、輸出入業に大打撃を与え、南米諸国はどこも貧困に苦しめられるようになった。

 貧困と共に秩序の悪化が重なり、そんな環境の中で麻薬カルテルは暗躍する。

 南米の高地で栽培されるコカの木から生成されるコカインの流通を取り仕切るカルテルは、それを国内や他国で売りさばき暴利をむさぼる…貧困に加え国内でまん延する麻薬中毒者たち。

 事態を重く見た南米の政府が、カルテルを取り締まろうとするも、既にカルテルの勢いは止められるものではなかった。

 

 かつて麻薬王と呼ばれたパブロ・エスコバルの死後、カルテルの本場はメキシコにあったが、最大の密輸国であったアメリカの滅亡にともなってメキシコのカルテルは衰退し、カルテルの本場は再び南米コロンビアへと戻って来た。

 主にアンデスの山で密かに栽培されたコカの木から生み出されたコカインは、空路・海路・陸路でそれを欲する者のもとへと運ばれる。アメリカが滅亡した今、最大の顧客は欧州諸国だ。

 南米よりも深刻なE.L.I.Dの被害にある欧州では、陰鬱とした時代にドラッグへと逃げる者が多い。麻薬中毒者が増えれば、それだけカルテルの利益も増えていくのだ。

 

  アンヘル・ガルシア、元グアテマラ特殊部隊カイビレスの部隊長を務めていた人物で、祖国が第三次世界大戦による影響で荒廃して以降、南米に移住するようになった。ガルシアはそこで特殊部隊時代に培った戦闘技術を、コロンビアで活動する麻薬カルテルへと売り込み、カルテルの戦闘員として雇われるようになった。

 彼はカルテルが繁栄と同時に増えていく脅威に対抗するため、シカリオ(殺し屋)の育成を任されていた。

 ビジネスで利益を上げることを快く思わない敵対するカルテルや、取り締まろうとする警官や軍隊、あるいは政治家に至るまで……時に静かに暗殺することもあれば、死体を高架橋につりさげたり道端に投げ捨てたりと残虐性を見せつけるのだ。

 

 ガルシアの所有物となっている戦術人形、リベルタドールはそんな彼の付き人として、彼と共にカルテルから下される殺しの依頼を黙々と遂行し続ける。

 

 その日のターゲットは、敵対する別なカルテルに所属する構成員たちだ。

 バーで飲んでいた彼らに不意打ちをし、廃工場に拉致したのだ…ズタ袋を頭から被せられ、手足はパイプ椅子に縛りつけられている。

 ガルシアが適当な構成員を殴りつけている間、リベルタは彼らのすぐそばで火を起こし、先端を鋭利に尖らせたバールと剪定ばさみ火で炙る。

 

 ガルシアの拳は殴りつけた相手のものか自分の血なのか分からないほど真っ赤に濡れている。桶に汲んだ水で手についた血を洗い流すと、彼は散々殴られて真っ赤になった構成員のズタ袋をとってやる。鼻は曲がり、刃はへし折れ、目を開けないほど腫れあがってはいるがまだ息はあった。

 何にせよ、会話ができる状態などではなかった。

 そこでガルシアは、まだ拷問をしていない別な男のズタ袋を外す…頬にタトゥーの入ったその男は、ガルシアを見るなり暴言を吐き散らかす。

 

「クソッたれのチンピラが! オレたちに手を出して、タダで済むと思うなよ!」

 

「威勢のいい若造だな。気に入った」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたガルシアは、ブーツの先端で男の下あごを思い切り蹴り上げる。 

 パイプ椅子に拘束された男はまともに蹴りを受けて倒れる…歯を折られ、口から血を流す男の髪を鷲掴みにし、再度元の位置に戻す。

 

「くそが……痛めつけられても、オレは何もしゃべらねえぞ…!」

 

「バカが、てめぇの口を割るのが仕事じゃないんだよ……オレの雇い主は温厚な方だが、忍耐力にも限界がある。お前らがうちのプラサ(縄張り)を侵したことに、ボスはお怒りだ。一体誰にケンカを売っているのか分からせるのが、オレの仕事だ……リベルタ」

 

 ガルシアに名を呼ばれたリベルタドールは熱せられて赤みを帯びたバールを手に、ガルシアが尋問する男へと近付いた。

 

「なんだ、女かよ……オレのものをしゃぶってくれるのかい?」

 

 口では強がっているが、男の視線は熱せられたバールに釘付けとなっており、その目には恐怖が浮かんでいた。

 リベルタは男の髪を鷲掴みにするとバールの先端を男の右目に定める。

 

「待て! やめろ、止めろッ……ま、ヒッ…ぃぎゃああぁぁっ!!!」

 

 勢いよく突き刺したわけではなく、ゆっくりとバールの先端を男の目につき入れる…熱せられ、高熱を帯びたバールが男の眼球を焼き蒸気が上がる。男は悲鳴をあげ足をばたつかせるが、髪を鷲掴みにされていることで眼孔に突きいれられたバールを抜き取ることが出来ない。

 バールの熱が下がり、肉を焼く音がおさまって来た頃にリベルタはバールをゆっくりと引き抜く……熱したバールで貫かれた眼球が張りつき、バールと共に眼孔から抜け出てくる…。

 

「ちくしょう……くそ、くそ! 殺してやる…ぶっ殺してやる…!」

 

「大した野郎だ、威勢がいいな……相当でかいタマ持ってんだろうな、おい」

 

 やけくそになって悪態をつく男にほくそ笑み、ガルシアはおもむろに男のズボンを下ろし下着をナイフで斬り裂いて局部を露出させる。

 

「おっと、縮みあがってやがる……リベルタ、切り落とせ」

 

 次なるガルシアの指示にリベルタドールは小さく頷いた。 

 手にしていたバールを投げ捨て、今度は同じように火であぶっていた剪定ばさみを手にった。失明していない左目でその姿を見た男は身を大きくよじって逃げようとするが、途中でバランスを崩し椅子ごと転倒した。

 ガルシアが男の頭を踏みつけて押さえつけている間に、リベルタは熱せられた剪定ばさみで男の局部を切り落とした…。

 

 叫び声をあげる男の前でガルシアは、切り落とされた性器を拾い上げ、叫び声をあげる男の口の中へとねじ込む。吐きだそうとするのを口に布を巻きつけて防ぎ、顎をおさえて無理矢理咀嚼させる。

 

「どうだ美味いかクソッたれ! お前の最後の晩餐だ、よく味わってくたばりな! アディオス、アミーゴ!」

 

 男の額に向けてガルシアが拳銃弾を叩き込むことで、男の動きはようやく止まる。

 額からどくどくと血を垂れ流す男を、リベルタはただじっと見つめていた。

 

「リベルタ、もう一人はバラバラにして3番ストリートのゴミ箱にでも捨てておけ。いいな?」

 

「…………」

 

「よし、いい子だ。次の仕事が終わったらプレゼントをくれてやる」

 

 小さくうなずいたリベルタの髪を撫でつけ、ガルシアは残ったもう一人の処理を任せ立ち去っていった。

 ガルシアを見送った後で、リベルタはそっと意識を失っている男の背後にまわると、頸椎をへし折って息の根を止める…それから、工具箱の中から鋸をとりだし、死体の処理を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数十日後、いつも通りガルシアと共にカルテルの仕事にリベルタは従事する。

 その日の仕事は一風変わったもので、カルテルから預けられた人間を別な場所まで運んで置いてくること……それも生きている人間をだ。

 黒塗りのSUVの助手席に座るリベルタは、時折後部座席にいる少女に目を向ける。

 手足を縛られ、口はガムテープで塞がれている…衣服は乱れ乱暴を受けた跡があった…。

 

「気になるか? こいつが何でこうなっているか?」

 

「………」

 

 リベルタは返事もせず、頷きもせず、ただガルシアの方を向いた。

 

「こいつはカルテルの賄賂を受け取らなかった捜査官の娘だ。かわいそうにな、学校帰りに拉致されて…男たちに輪姦(まわ)された挙句、スラム街に捨ててこいだと。バカな親を持ったせいで、この小娘は不幸な最期を迎えるってわけだ」

 

 この国のもう一つの闇は、警察や軍隊における汚職だ。

 カルテルは稼いだ金で警察や政治家らを買収し、捜査を誤魔化してもらったり、犯罪をもみ消したり、敵対するカルテルを潰してもらったりしている。深刻な汚職は社会問題になっているが、この問題に対し政府は無策だった……中には賄賂を受け取らず、毅然とする者もいたが、そういった輩はカルテルにとって邪魔者の敵でしかない。

 カルテルの脅威は本人だけでなく、その家族や親戚にまで及ぶことがある。

 拉致された娘は、哀れにもカルテルに目をつけられることになってしまったのだ。

 

 カルテルの要望通り、ガルシアはスラム街に差し掛かると車を停めて、後部座席の少女を抱え小汚いスラムの住人の前に置いていく。スラムは完全に法が及ばない無法地帯、必然的に犯罪率も高い……そんな環境に若い女が捨てられればどうなるかは、分かり切ったことだろう。

 そんなことは、ガルシアにとってどうでもいい事だった。

 カネさえ手に入ればそれでよかった。

 

 ガルシアが運転する車はそのままアジトに戻ると思われたが、途中のペットショップで停まる。

 ガルシアに招かれてリベルタは車を降り、彼の後に続いてペットショップへと入っていった……そこでガルシアは適当な犬を見つけると、その場で購入する。犬種はシェパードだったが、まだ子犬で愛くるしさが残る。その子犬をリベルタに手渡した。

 

「プレゼントだ。今日からその子犬を育てろ、いいパートナーだろ?」

 

 子犬を預けられたリベルタはじっと子犬を見つめる。

 若干力が入ってしまい子犬は苦しそうにもがく…それを注意されて力を弱めると、リベルタは子犬を胸に抱く。腕の中で子犬はキャンキャンと鳴き、リベルタの顔に近付いてぺろぺろと舐める。

 

「早速懐いたみたいだな。リベルタ、オレはちょっと用事があるからアジトまでは歩いて帰れ、いいな?」

 

 リベルタが頷くと、ガルシアはそのまま車を走らせてどこかへと去っていく。

 

 一人になったリベルタは子犬を見下ろす…指先を子犬の口元へと近付けると、一心不乱にその指を舐めた。

 

 

「キャン! キャンキャン!!」

 

「……………」

 

「キャンキャン! クゥーン…?」

 

「……………」

 

「キャンキャン!!」

 

「……………キャンキャン…」

 

 リベルタはわずかに口元を歪め、子犬を大切に抱えながら帰路についた。




シカリオ時代のリベルタドール(白目)、過去編ですね…ただ書いてみたかっただけです


過去編に登場するアンヘル・ガルシアは、6章でわーちゃんたちにぶっ殺されたカルテルのボスですね。


ちなみに、冒頭で出たリベルタドール(解放者)の兄弟機コンキスタドール(征服者)は過去編では出ませんが、その名前は覚えておいてもいいかもです(フラグ)



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ブラックライフルファミリー 前編

 蝶事件以後、民間軍事会社G&Kは人類の脅威となる鉄血に対処する活動を請け負ってその存在感を増していた。

 だがその後、新たな組織として台頭してきた国境なき軍隊(MSF)の存在や、欧州を蹂躙しつくした米軍侵攻部隊の影響からかグリフィンの仕事は最盛期に比較してその規模を縮小させていた。しかもグリフィンにとって存在意義に等しかった鉄血がどこか遠い、アフリカの方へ行ってしまったのだから仕事が少なくなってしまうのも仕方がない。

 今は元軍人であった経歴のクルーガーと軍とのコネによって、他社より贔屓にしてもらって仕事を得ているので、今すぐに衰退することは無いだろう。

 

 鉄血との戦いで最前線に立ち続けていたAR小隊のメンバーもまた、平和を謳歌しているわけではないが、以前ほどの忙しさはなくそれぞれのんびりと暮らしていた。M16は暇さえあれば酒を飲み、SOP2は常に新しい遊びを探究し、新メンバーのROは宿舎で本を読んで過ごす。

 だがそんな中で、隊長のM4はハッとして声をあげた。

 ほのぼのしていた中でいきなり奇声を上げたM4に、隊員たちの訝し気な視線が突き刺さる。

 

「これじゃあ、MSFでニートって呼ばれてたのと変わらないじゃないですか!!」

 

 思いだす…大嫌いな鉄血のクズ人形エグゼにニートニートとからかわれていた屈辱の日々を。M4は常日頃ニートを否定し、MSFにいた頃の自分の立場は、弱味を握られていたため仕方なくであり必要以上にMSFの業務を手伝うべきではないという主張を明確に示し続けていた。

 まあその弱味というのが、姉のM16の酒飲み代やその他もろもろの迷惑行為にともなう借金なのだが。

 その借金は返済し、無事グリフィンへ堂々帰還…米軍侵攻部隊を退け、これからもバリバリ仕事をこなして自らの存在理由を示してやろう。そう意気込みを見せていたのだが、最近はAR小隊にまわって来る任務は少ない。

 最近の仕事と言えば、16LABのペルシカにコーヒー豆買って来てと言われて買ってやった程度の仕事だ…要するに雑用しかやっていない。

 

 真面目で仕事熱心だと少なくとも自分はそう思うM4は、仕事が薄い状況を鑑み、上司であるヘリアンへ抗議をしに行った。

 

『AR小隊は死んじゃうとバックアップ取れない子ばっかだし、お前らの出撃コスト高いんだよこのやろう』

 

 若干ヘリアンが実際に言った言葉と相違があるが、だいたい似たようなことを言われたのである。

 だったらコストが上がらないように戦うと主張するM4であったが、AR小隊だけに構ってられないヘリアンは、強引にM4を執務室から叩きだす。

 

 

「まあまあ、暇なのは世の中平和な証拠だからいいじゃないか。リラックスして、一緒に飲もう」

 

「昼間からお酒なんて飲まないでくださいよ…戦いに出なくなった戦術人形に何の価値もないんですよ、分かっていますか姉さん?」

 

「確かに一理あるが、肩の力を抜きなよM4。まあ気持ちはわかる、グリフィンは今仕事が少ない状況だからね…仕事熱心なお前のために、求人票を持ってきてやったぞ」

 

「求人票って…私たち人形ですよ? まあ一応見てみますが…」

 

 姉をジト目で見つめつつ、求人票なるものを受け取った。

 内容は、よその民間軍事会社が戦術人形及び戦闘員を募集する内容の広告だ。人間だろうと人形だろうと問わず、能力のある者を評価しそれに見合った報酬を支払うとの条件が記載されている。その会社名は聞いたこともないような名前であったが、M4の目から見ても条件のいい内容だった。

 

「嘘かほんとか分からないですが、待遇が良さそうですね」

 

「だろ? お姉ちゃんに任せておけば何事もうまくいくってものさ…ささ、ここに隊長のサインをだな」

 

「まあいいですけど……ん?」

 

 M16が別に差し出した書類にサインをしようとする寸前、違和感に気付いたM4はペンを止める。書類の会社名が記載されている箇所をよく見れば、付箋のようなものが貼り付けられているではないか…おもむろに付箋を引っぺがしてみれば露わとなる、国境なき軍隊(MSF)の社名が。

 

「…………姉さん?」

 

「おっと、急用を思いだした」

 

「逃がしませんよ!?」

 

「ちっ…」

 

「今舌打ちしました? 妹の私に舌打ちしたんですか!? 最低です姉さん、そんな人だと思いませんでした!」

 

「まあ落ち着けよM4。ぶっちゃけMSFの生活もそう悪いもんじゃなかったろう? 美味い酒は飲めるし、ぐーたらしてても文句は言われないしさ」

 

「ええそうでしょうね! 嫌味とか文句は全部私にまわって来てましたからね! SOP2、こんな人見習っちゃダメよ!」

 

「え? でも私が借金返済してた時、M4も遊んでたよね?」

 

「…………急用を思いだしました」

 

 SOP2の一言で撃沈したM4。

 それはともかくとして、またMSFに戻るなど…第一にあの忌々しいエグゼに二度と会いたくない思いが強すぎるので却下だ。そんな彼女の思いが打ち砕かれることになろうとは、このときの彼女は夢にも思わなかっただろう…まあそれは別の話。

 AR小隊がギャーギャー騒いでいると、宿舎の扉が開かれる…やってきたのはペルシカだ。

 また雑用を押し付けられるのではと身構えるも、どうやら違った…いつになく真剣な表情でペルシカは言った。

 

「急なことで動揺すると思うけど……行方不明だったAR-15の目撃情報が報告されたわ。彼女を捜しに向かってちょうだい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 AR小隊の隊員であるAR-15が消息不明になってからずいぶんと経っていたが、M4を含めAR小隊の隊員たちが彼女のことを忘れたことなど片時もなかった。AR小隊が、MSFと鉄血勢力と衝突した無人地帯(ノーマンズランド)での出来事の少し前、鉄血のアルケミストによる攻撃でAR-15は戦死…彼女の死が確認されたわけではないが、規定によりそう結論づけられたのだった。

 だが、ある情報筋によってAR-15に酷似した人物が目撃されたとの報告が16LABのペルシカに届けられたのだ。

 

 信頼性は低い……AR-15が行方不明となり、そして死亡認定されてから時間が経ち過ぎている。だがM4は、AR小隊の隊員たちはペルシカの報告を聞いてすぐに、彼女が目撃されたという町にまで向かっていた。

 

 目撃された場所は彼女が戦死したとされるS08地区から遠い場所、都会の喧騒から隔絶された山間の長閑な町であった。グリフィンの管轄下にないその場所に立ち入るにあたり、少しの手続きを経た上で訪れたAR小隊は、まず町の住人たちに聞きこみを行った。 

 AR-15の写真を手に聞きこみを行えば、すぐに確かな証言を得られることが出来た。

 

「ああこの子なら知ってるよ。うちの雑貨屋に時々来るんだ。礼儀正しくていい子だよ…名前は確か、アンナといったか」

 

「アンナ? えっと、この人はどこに住んでいるのですか?」

 

「詳しい場所は分からないけど、町の外の小さな農場でフランコって爺さんと二人暮らししてたはずだ。ところで、お嬢さんはどうしてこの子を?」

 

「えっと、彼女の友だちでして…」

 

 店主の問いかけを適当にはぐらかし、M4はすぐにみんなを集めると得られた情報からAR-15がいる場所を割り当て、すぐさまその場所へと向かうのだった。

 町を離れ、緩やかな丘陵地帯にある農場へと向かう。

 草原に放牧されている牛を横目に丘の上に立つ家屋を目指し歩みを進めていると、家の中から一人の少女が出てくるのが見えた……薄桃色の髪を揺らしながら庭に歩いていく少女を見たM4は咄嗟に走りだし、M16や他のみんなもその後を追いかけていく。

 

 丘の頂上に立つ家屋まで全力で走って行ったM4は、仕切りの柵で立ち止まる…家の庭で洗濯物を干す少女の姿は、あの日離れ離れになったAR-15に間違いはなかった。服装が違い雰囲気も変わっているが、その横顔は確かに彼女と同じ…見間違えるはずなどなかった。

 柵の外で立ち尽くすM4に気付いたらしい、彼女は少し驚いた表情を浮かべると小さく会釈してきた。

 

「あ、こんにちは。あの、何かご用ですか?」

 

 彼女の言葉に違和感を感じながらも、M4は仕切りを開き庭の中へと足を踏み入れる…自分を真っ直ぐに見つめながら向かってくるM4に、彼女は困惑していた。彼女の目の前まで来ると、M4は声を絞り出す。

 

「AR-15、生きてたのね……」

 

「あ、あの……どちら様ですか?」

 

「何を言っているのAR-15? 私のことを忘れたの? ほら、M16姉さんやSOP2もいます」

 

「失礼ですが、人違いでは…? 私はアンナという名で――――」

 

「ふざけないでAR-15! どれだけあなたの事を捜したと思ってるの!? 生きてたならどうして連絡をしてくれなかったの、AR-15!」

 

「ちょっ、止めてください! いきなり来て何なんですかあなたは!?」

 

 しらを切る少女に業を煮やしたM4は彼女の両肩を掴んで怒鳴りつける。

 だが少女はM4のことなど知らないと言いきる……庭の騒ぎを聞いてか、家の玄関が開かれて義手と義足をつけた老人が一人杖を突きながら姿を現した。その姿を見て固まったM4を、少女は突き飛ばし、老人の隣にまで走っていく。

 

「アンナ、どうしたんだい?」

 

「おじいちゃん、この人変なの! いきなり来てわけの分からないこと言って来て…!」

 

「待ってAR-15、本当に私のことが分からないの!? ふざけているのならいい加減にして!」

 

「いい加減にするのはあなたの方よ! 私はあなたの事なんか知らないんだから! これ以上付きまとってくるなら、警察を呼びますよ!?」

 

「違う、AR-15…私は、本当に…!」

 

「止せM4」

 

 突き飛ばされたM4はなおも呼びかけるが、姉のM16がそれを遮り、老人の方へと向いた。

 

「ご老人、いきなりの訪問大変申し訳ない。だが話したいことがあるんだ、後日落ち着いてもう一度話しあえる機会を設けていただけないだろうか?」

 

 なるべく事を荒立たせないよう、M16は老人に対し語りかけると彼は小さくうなずいた。

 それを見てM16は目を伏せて礼を伝え、呆然とするM4を立たせて農場を去っていく。

 

 

「なんなのあの人たち……おじいちゃん、警察に相談しましょ?」

 

「アンナ、家に入ってなさい…大丈夫だから」

 

「うん。でも、洗濯物が干し終えてないわ……はぁ、折角いい天気で気持ちが良かったのに…」

 

 ため息をこぼし、半端だった洗濯物を干していく少女……老人は丘を下っていくAR小隊を、どこか物憂げな表情で見つめていた。




以前から予告していたAR-15復活回


記憶を失くしていると思われる彼女に一体何があったのか…。

ちょっとしんみりする話の予定です


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ブラックライフルファミリー 中編

 翌日、毎朝の日課となる牛の放牧のために牛舎の扉を開く少女"アンナ(AR-15)"。

 牛たちは慣れた様子で開かれた扉から、柵で仕切られた拾い放牧地へと散らばっていく…牛たちが一匹残らず牛舎を離れた後で、アンナ(AR-15)は中の掃除や飲み水の取り換えなどを行う。牛糞や土で汚れるのもいとわず、ただ黙々と作業を行う……集めた牛糞は手押し車で堆肥置き場に運びこむ。

 これらは農場にある畑の良い肥やしとなる、一つとして無駄にはならない…。

 

 一通りの作業を終えて、井戸水で手を洗っていると、昨日の来訪者がまた訪れる。

 昨日の出来事を思い出してか、アンナ(AR-15)が来訪者を歓迎する様子はなく、むしろ露骨に不快感を露わにした…。

 

 

「何をしに来たんですか? また迷惑をかけるつもりなら、出てってください」

 

「昨日のことは悪いと思っているが、そう邪険にしないで欲しい。今日はご主人と話をしに来ただけさ」

 

「おじいちゃんに何かしたら許さないから…」

 

 農場の家へと向かっていくM16とM4の二人にアンナ(AR-15)は釘を刺す。

 記憶を失っているとはいえ、かつての仲間に敵意の眼差しを向けられることにM4はショックを受けていた。咄嗟に何かを話そうとしたM4の手を掴み、M16は農場の家へと向かう。何度かM4が振り返るが、アンナ(AR-15)は最後まで睨みつけるような眼差しを消すことは無かった。

 

「まったく…」

 

 二人の姿が家の中へと消えると、アンナ(AR-15)は小声でぼやき作業に戻る。

 鍬を担いで畑を耕し始めると何やら感じる視線…ちらっと視線を感じた方を向くと、少女が1人、じっと見つめているではないか。少女は昨日来た来訪者の仲間であり、別段相手にする必要もないと判断し、アンナ(AR-15)は作業へ戻る…。

 すると少女…SOP2はとことこアンナ(AR-15)のそばまで歩いていくと、何をするわけでもなくアンナ(AR-15)が畑を耕しているのを黙って見つめていた。

 その様子に気付いていながらも、アンナ(AR-15)は相手にせずただ黙々と作業を続ける…そしてSOP2もただ黙って眺めている。そんな奇妙な光景が続くこと数分、不意にアンナ(AR-15)は作業の手を止めてじろりとSOP2を睨む。

 

「なんですか?」

 

 ジト目でSOP2に問いかけると、彼女はぱっと表情を明るくする。 

 

「ねえねえ、何してんの?」

 

「見てて分かるでしょ? 畑を耕しているんです」

 

「それはわかるけど、どうして?」

 

「はぁ? 作物を育てるために決まってるじゃないですか」

 

「そうなんだ! 私戦いしか知らないから分からないんだよね……ねえねえ、私も手伝っていい?」

 

「いや、いいですよ手伝わなくて。畑を滅茶苦茶にされても困ります、戦いしか知らない野蛮な人にできるとも思えませんし」

 

「……そうだよね……ごめんね、邪魔しちゃって…」

 

 昨日からの苛立ちのままに冷たい言葉を発したアンナ(AR-15)であったが、寂しそうに俯いたSOP2を見て罪悪感を感じてしまう。とぼとぼと去っていくSOP2にいたたまれなくなった彼女は少し躊躇った後、去っていこうとするSOP2を呼び止めた。

 

「簡単ですから、その…教えてあげます」

 

 その言葉を聞いたとたん、SOP2はにこりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 M16とM4が招かれた家の中は古ぼけた外観と同様年季の入った造りであり、照明や電化製品の類はない。

 農場までは電気が通っておらず、昔ながらの生活をしていることが伺えた…アンナ(AR-15)が戦術人形だと知っている二人は、バッテリーやその他の自律人形が抱える問題をいかに解決しているか気掛かりであったが、老人が話す準備が整うまで静かに待っていた。

 二人が招かれた部屋の椅子に腰掛けて待っていると、老人はおぼつかない足取りでお茶を運んでくる…気を効かせたM16が代わりにお茶を乗せたトレーを受け取ると、老人は小さく頭を下げた。

 

「大したお招きもできず申し訳ない」

 

「いえ、急な来訪です。お話をさせていただける機会を設けてもらえただけでもありがたいことです」

 

「そう言っていただけると、わしも気が休まります……さてと、なにから話しましょうか」

 

 義足を引きずりながら椅子に腰掛けた老人は、どこか疲れたような表情を二人に向ける。

 そこでM4は初めて老人の顔をはっきりと見る、顔にはいくつもの傷痕が刻み込まれている…肩の先から失くした腕、膝から下がない足は日常での怪我とは思えない。M16もM4も、老人が"戦争を知る人間"であるとすぐに察した。

 

「私たちはお互いのことを知りません。まずは自己紹介をさせていただきましょう……私たちは民間軍事会社グリフィン&クルーガー所属の戦術人形です。グリフィン部隊のAR小隊に所属していますM16です」

 

「同じくAR小隊、隊長のM4です」

 

「わしはフランコ・ゼレンスキー、ここで農場を営むただの老いぼれです」

 

「よろしくお願いします。不躾な質問ですが、フランコさんは従軍歴が?」

 

「昔のことです……中露国境地帯、アムール戦線に出兵しました。2047年の夏に徴集され、2050年に爆弾で手足を失うまでそこに……終戦は、陸軍病院内で…」

 

 老人はM16の問いかけに淡々と答えていく。

 第三次世界大戦の主要参戦国であるロシアと中国の戦いは熾烈を極め、国境を接する都市などではいくつもの激戦が繰り広げられた。アムール戦線は、ウラジオストク戦線と並び人類史上稀に見る陸戦が勃発した地域であり、かの戦場では戦術核兵器も投入された結果今な汚染地帯として封鎖されている。

 鉄血とグリフィンの抗争など、小競り合いに思えてしまうような激戦……そこで老人が何を目の当たりにしたのか、M16とM4の二人には想像のしようもないことだった。

 

「あれは、ご家族の写真ですか?」

 

 M4は、招かれてから気になっていた壁に飾られた一枚の写真について尋ねると、老人は小さくうなずいた。

 古ぼけた写真には、老人とその子どもと思われる夫婦、そして幼い少女の姿が映っていた。

 

「ご家族は…」

 

「死にました。終戦後に、知りました」

 

 当時、ロシアが対峙していた敵国は中国だけではなく、西欧諸国のいくつかとも戦線を抱えていた。欧州に近いロシアの都市に敵国の空襲や砲撃が行われ、その最中に老人の息子夫婦と孫は都市部から逃げ遅れ、空襲の犠牲となったという…。

 

「徴集は最初、わしの息子に届きました。わしは、軍にいた知り合いに頼み込み、代わりにわしが出兵することで息子を見逃してもらいました……それで、息子や家族を助けられると思っていたんです…」

 

「フランコさん…」

 

「あの戦争でわしは全てを失いました。家も、家族も、財産も……50年の人生をかけて手に入れた宝が、たった6年で全て失ったのです。そんなわしに祖国がくれたのは、一つの名誉負傷章とわずかなお金だけでした…」

 

「当時の大戦については、我々も伝え聞いていることです……心中お察しいたします」

 

「ありがとうございます……戦後の数年を、どのように生きていたかは覚えていません。ここの農場を買ったのは5年ほど前です……そして、あの子を…アンナを見つけたのは2年ほど前です」

 

 老人はアンナ(AR-15)を見つけた時のことを振りかえり、二人に語った。

 当時貧しかった暮らしの中で老人は、自律人形を一体手に入れたいと思い、違法とは知りながらも戦場跡地を探索して再利用できる自律人形を探していたという。廃墟の中で、老人はアンナ(AR-15)を見つけた…彼女は発見した時には既に機能を停止しており、損傷も酷かったらしい。

 だが老人はアンナ(AR-15)を農場まで連れ帰ると、たまたま町に滞在していた放浪の修理屋に頼んでアンナ(AR-15)を修復したのだった。

 

「なるほど…AR-15は、彼女の記憶はその時に消したのですか?」

 

「いいえ…再起動した時には既に……」

 

「そうですか。それで、あの子を…亡くした孫の代わりに?」

 

 老人は直ぐには返答せず、窓の外を見つめる。

 窓から見える畑では、アンナ(AR-15)とSOP2が一緒になって農作業をしているのが見える……鍬を滅茶苦茶に振り回すSOP2に注意し、水まきをやらせようとすれば辺り一面に無駄に水を巻き散らすSOP2に呆れながらも笑っていた。

 

「もしも、孫が生きていたのならちょうどあのくらいの年頃でした……あの子を見つけた時、わしはそんな風に思ってはいなかった。だが…あの子が目を開けて、わしに話しかけて来た時…わしは咄嗟に、うそをつきました」

 

「自律人形の需要の中には、亡くした家族を忘れられず故人を再現したいというものもあります……フランコさん、あなたがそのことについて気に病むことは無いと思います」

 

 老人との会話はほとんどM16が進めていて、その間ほとんどM4は静かに会話を聞いていた。

 彼の話を聞く前までは言いたいことがたくさんあったはずなのに、今は何も言葉にすることが出来ない…戦友のAR-15を連れ戻したい気持ちは強いが、彼女を孫としてかわいがり大切にする老人の嘘偽りのない気持ちを知って、M4の胸中は揺れていた。

 すべてを失った老人が、唯一得た希望を…無理矢理奪っていいのだろうか?

 

 そんな想いに揺れるM4の気持ちを察したのか、老人は小さく笑いかけた。

 

「M4さん、あなたが悩む必要はありません……あの子が特別な人形であることは見つけた時から知っていました。あなたたちのような方方々がいつあ、あの子を連れ戻しに来ることも覚悟していました。M16さん、M4さん…あの子は間違いなくあなた方の仲間です……あの子を不当に得たわしに、所有を主張する権利はありません」

 

「フランコさん、我々としては嬉しいお話ではありますが…あなたのお気持ちはそれでよろしいのですか? 私が言うことではないのかもしれませんが、グリフィンには彼女を保護していたと言って、見返りに報酬や他の自律人形を求めることが出来ると思います」

 

「M16さん、お金や代わりのものではないのです……アンナとの暮らしは短いものでしたが、あの子のおかげで大切なことを思いだせたのです。全て、覚悟していたことです…」

 

「分かりました、フランコさん」

 

「よろしくお願いします……もしよければ、あの子と別れる前に少し時間をいただけないでしょうか?」

 

「もちろんです……しかし、どうか後悔だけはなさらぬように」

 

「感謝します…」

 

 

 

 

 




次回でこのイベントは終了かな?



中露戦線がどんな地獄だったか書いてみたい気もするけど、たぶん書ききれないから自粛


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ブラックライフルファミリー 後編

 アンナ(AR-15)とフランコが住む農場にAR小隊の隊員たちが頻繁に訪れるようになるのを、アンナ(AR-15)は快く思わなかった。ある日突然やって来て、あなたは記憶を失っているのだと迫られれば不快感を持つに決まっている…M16という人形は礼儀正しいが、M4という人形はあれから遠巻きに見つめてくるのみで鬱陶しいことこの上ない……そしてもう一人、対応に困るのがSOP2という少女だ。

 SOP2はあれからというもの、暇さえあれば農場にやって来ては畑仕事を手伝いにくる。

 手伝いと言えば聞こえはいいが、まるっきり作業を分かっていないSOP2が一緒にいると作業は捗らない。簡単なことでも任せれば畑を滅茶苦茶にされてしまうので、片時も目を離せない…仕方ないので作業を教えてあげるが、おかげで一日の作業は進まない。

 

 その日も、農作業を手伝いにやって来たSOP2の面倒を見ながら、作物の収穫を行っている。

 作物を傷めないよう収穫するやり方を教えられ、SOP2は手をプルプルと震えさせながら作物を慎重に採取した……失敗ばかりだった農作業で初めて上手くできたことに彼女は大喜びだ。たかが収穫だけでここまで喜ぶなんて、そう思いながらアンナ(AR-15)は苦笑いを浮かべていた。

 

「やったやった! 上手くできたよ!」

 

「はいはい、じゃあ残りの野菜も収穫しますからね。SOP2は、あっちから収穫してください」

 

 SOP2に指示を出して、アンナ(AR-15)は指示した場所とは別なところから収穫を行うために移動する…しかし、ふと違和感を感じて立ち止まる。いつもなら指示を貰ったSOP2は元気よく返事を擦るはずなのに…振りかえり見たSOP2は、何故だか嬉しそうに笑っていた。

 

「やっと、わたしの名前呼んでくれたねAR-15」

 

 その言葉でアンナ(AR-15)はハッとする…自分では意識していなかったが無意識に呼んでいたようだ。AR小隊の隊員を快く思っていなかったアンナ(AR-15)は、これまでで一度も彼女たちの名を呼ぶことは無かったのだが…。

 

「私のこと、思い出してくれた?」

 

「知りませんよ……あなたとは、ここで初めて会ったんですから」

 

「でもAR-15は気にならないの? 過去に何があったかとか…」

 

「ええ気になりませんよ。それから変な名前で呼ばないでください、私の名前はアンナです。ここでおじいちゃんと暮らしてるだけ。自分が人間じゃないことくらい分かってる、それでもおじいちゃんは私の大好きなお爺ちゃんなの!バカにしないで!」

 

「バカになんかしてないよ。素敵なことだと思うよ…アンナもあのおじいちゃんも、本当の家族みたいだもん。そっか、アンナは今が幸せなんだね…なんか安心した」

 

「はい?」

 

「ううん、気にしないで。最初はあなたを連れ帰ろうとしたけど、今のアンナを見てたらどうでも良くなっちゃった。アンナが幸せなら、私たちはそれでいいんだ…M4もM16もきっと、そう思ってるはずだよ」

 

 SOP2の言葉に嘘偽りはないのだろう。

 ただ純粋に想ってくれる彼女に対し、厳しい口調で怒鳴ってしまったことにアンナ(AR-15)は気まずそうに俯く。SOP2は最後まで笑いかけながら農場を去っていく…一人畑に残ったアンナ(AR-15)の気持ちは揺らいでいた。

 

 

 

 

 

 

 数日後、起床したアンナ(AR-15)は大きな欠伸をかいてベッドを降りる。

 窓を開けて庭を眺める…あれからAR小隊の隊員たちは農場に訪れていない。ようやく日常が戻って来たことを嬉しく思う反面、何か企んでいるのではないかという思いがよぎる。

 毎日の日課の放牧をしようと階段を降りていくと、珍しくフランコが早く起きていたのに少々驚く。彼はいつもの作業服ではなく、スーツを着ていた…テーブルには花束が数束置かれており、今日の日付を思いだしたアンナ(AR-15)は思いだす。

 

「出かけるよアンナ、支度をしなさい」

 

「はいおじいちゃん」

 

 アンナ(AR-15)はすぐに自室へと戻ると、パジャマを脱いで外出のための身支度を整える。

 フランコのスーツの色に合わせるように、アンナ(AR-15)もまた黒っぽい服に袖を通す…身支度を整えた後で一階に降りると、待っていたフランコと一緒に農場から町まで足を運ぶ。町にある駅で列車に乗る……。

 列車を乗り継ぎ、二人が向かったのはとある都市の郊外にある集団墓地だ。

 閑散とした墓地を訪れた二人は、目指していたお墓の場所に来ると、持っていた花束を供える。

 

 墓に埋葬されているのはフランコの息子夫婦と孫だ…毎年欠かさず、この時期に墓地を訪れている。戦後はいつも一人で墓参りに訪れていたが、今は自律人形の孫アンナ(AR-15)がいる。

 おかしな話かもしれないが、アンナ(AR-15)にとってこのお墓に埋葬されている者たちも家族として認識している。写真の中でしか見たことがない夫婦を親と思い、少女を姉と思っているのだ……そんなアンナ(AR-15)の想いをフランコは否定せず、むしろ感謝していた。

 

「お父さん、お母さん、お姉ちゃん…どうかおじいちゃんを見守っていてください」

 

 お墓に向かって穏やかに語りかけるアンナ(AR-15)を、フランコは静かに見つめていた。

 こんなにも心優しい少女がいつもそばにいて、おじいちゃんと呼び慕ってくれていた日々の記憶が走馬灯のようによみがえる。本当の孫のようにかわいがり、今日まで育ててきたアンナ……今の自分にとってどれほどかけがえのない存在であるか、別れが近付いたフランコは気付かされる。

 

「みんな、また来るからね……おじいちゃん、いこ」

 

「あぁ」

 

 墓参りを終えて、墓地を後にした二人は、近くの公園に足を運ぶとそこで休憩をすることとした。てきとうなベンチに腰掛け、冷たい風にアンナ(AR-15)は肌を震わせる。フランコはコートを一枚脱いで隣に座るアンナ(AR-15)にかけてあげた…彼女は小さく笑った。

 

「おじいちゃん、夜更かししたせいかな…なんだか眠くなってきちゃった…」

 

 アンナ(AR-15)はフランコの肩に頭を乗せると、うとうととし始める…彼は何も言わず、優しく彼女の髪を撫でてあげる。アンナ(AR-15)は気持ちよさそうに目を細めると、少しの間重たそうにまぶたを開いていたが、いつしか目を閉じて小さな寝息をたてはじめるのだった。

 そんなアンナ(AR-15)を、人形の孫をフランコは愛おしそうに見つめる……名残惜しさを感じながらも、彼は決意した。

 

 

「M16さん、どうかこの子を連れていってください。本来の記憶を戻してあげてください」

 

 

 この公園で待ち合わせすることは既に決まっていた…アンナ(AR-15)をAR小隊に引き渡すために、わざと眠らせもした。彼は眠りにつくアンナ(AR-15)を、迎えに来たM16とM4に託す。

 

「アンナが記憶を戻すのに、どれくらいかかるのですか?」

 

「そう時間はかかりません。明日には…」

 

「そうですか……記憶を取り戻せば、わしのことは忘れてしまう…そうですね?」

 

「AR-15の最後のバックアップデータをもとにメンタルモデルを再生いたしますから、今までの記憶は…」

 

「そうですか…分かりました。M16さん、どうもお世話になりました……アンナ、今日までありがとう……これからは、本当の家族と一緒になるんだ……さようなら、アンナ」

 

 

 ベンチの上で横になって眠るアンナ(AR-15)の頭を最後に撫でたフランコは、迎えに来た二人に頭を下げると静かに公園を去っていく。彼の悲哀に満ちた後姿を見て、それまで黙って見ていたM4はいたたまれなくなり声をかけようとしたが、M16に制される。

 

「やめろM4。下手な同情はご老人を余計に辛くさせるだけだ。さあ、彼女を連れていこう……ペルシカが待っているんだ」

 

「はい…姉さん…」

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、フランコ・ゼレンスキーは駅のホームで、列車が来る時間を待っていた。

 この町に来るときは二人だったが、今は一人だ……列車が来る間、ホームのベンチに座っている彼は、ホームを行きかう人々を無意識に眺めていた。絶えず行きかう人々の中から、まるでだれかを探しているかのように…。

 やがて、列車が来るアナウンスが流れ、彼はベンチから立ち上がる…その際に少しよろめいてベンチの背もたれに手をついた。これからは誰も支えてはくれない、自分一人で生きていかなければならないのだ…。

 

 義足を引きずりながら、彼は列車に乗車すると、疲れた様子で席に座る。

 発車までは少しの間時間がある、その間彼は、ホームにいた時と同じように外を歩く人々を眺めていた……ぼんやりと見つめる駅のホームでは見知らぬ顔が現れては消えていく。

 もう、忘れよう……そう思った時のことだった……見覚えのある少女の姿を、彼は見つけた。

 

 とっさに窓を開けて身を乗り出すようにしてその少女を見つめる……間違いない、アンナだ。

 アンナはホームの中を走り回り、誰かを探していた…いや、フランコのことを探していた。

 

 

「アンナ…!」

 

「…っ、おじいちゃん…!」

 

 

 彼がアンナの名を叫ぶと、彼女もまた列車に乗る彼に気付きまっすぐに走ってくる。そして窓から手を伸ばしたフランコの手を取ると、涙を浮かべながらその手にほほを擦りつけた。

 

「アンナ…どうして…」

 

「思い出した、全部思い出したよ…おじいちゃん……でも、ペルシカさんがおじいちゃんとの記憶をうまく残してくれたの…!」

 

「アンナ……いや、わしのことはもう忘れなさい。わしの記憶は今のおまえにとって余計なものだ、今の家族のためにもわしのことは」

 

「余計なことなんかじゃないよ、おじいちゃん……おじいちゃんが私にしてくれたことは大切な思い出だもん……おじいちゃん、初めて私の誕生日をお祝いしてくれた時のことを覚えてる? 私、うれしかったよ……」

 

 アンナ(AR-15)はフランコの手を強く握りながら、今日まで深い愛情をもって育ててくれたことへと感謝を伝える。涙を浮かべながら語り掛けるアンナの前で、フランコも涙を我慢することなどできなかった…。

 やがて、駅員にとがめられて手を離すと、列車はゆっくりと動き出す。

 アンナは列車と並んで歩き、なおも語り掛ける…。

 

「記憶を取り戻しても、おじいちゃんが私にしてくれたことは忘れたくない。おじいちゃんは、私の大好きなおじいちゃんなんだから……だからね、おじいちゃんも私のことを忘れないで…お願い…!」

 

「あぁ、アンナ……」

 

「これでお別れなんかじゃないよおじいちゃん…! 私、おじいちゃんの家に遊びに行ったり…お手伝いしに行ったりもできるんだよ…! だからまた、おじいちゃんの家に行ってもいいでしょ…!?」

 

「ああ、もちろんだよ…アンナ…」

 

「約束だよ、おじいちゃん……また、またおじいちゃんのところに行くから…!」

 

「いつでも待っているよ、アンナ…」

 

「約束だよ、おじいちゃんッ!」

 

 ホームの端まで走っていき、最後の瞬間までフランコの姿を追い続けたアンナ(AR-15)は、列車が見えなくなるその時まで手を振り続けるのであった…。

 

 やがて列車が見えなくなると、彼女は手をおろし、ゆっくりと振り返る。

 そこにはAR小隊の仲間が、心配そうに見つめているではないか……AR-15はおろおろしているM4の前まで歩みを進めると、とりあえず一発、彼女の額に手刀を叩き込む。

 

「なんて顔をしてるのあなた? あなたに同情されるほど私は落ちぶれてない、そうでしょM16?」

 

「ふふ、お前のそんなセリフを聞くのも久しぶりだな」

 

「AR小隊の復活だよM4! やったね!」

 

「ちょっとSOP2! とりあえず……おかえりなさい…AR-15」

 

「ええ、M4…いろいろ迷惑かけたわね…」

 

 

 




書き終わる最後まで、Badエンドがちらついていた、いやマジで……。

AR-15たまに帰省しておじいちゃん孝行するルートを選んで取りあえずのグッドエンドですね!




さて、次回からはほのぼのを交えつつ…敵対勢力"ハイブリッド"らの脅威や、アメリカの謎について焦点を当てつつ話を展開させていきますか。
あれ、シークレットシアターのはずなのに…。


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97式より愛を込めて

 うだるような暑さが、マザーベースにもやって来た。

 季節は変わり、春の息吹が吹いて夏季に近付いてきたことでここ数日は気温が高い夏日が続いている。つい先週まで肌寒さすら感じられたというのに、この大きな気温の変化にはMSFの屈強な兵士たちでさえまいっていた。

 幸いにも洋上のマザーベースは海風が吹いて涼しいが、それは外の話…冷房が備え付けられていない施設内は煌々と照り付ける日差しに熱せられて、換気が良くない箇所は室温がどんどん上がっていく。

 

 暑さに耐えかねて男性のスタッフなどは上着を脱いだり、時には上半身裸になって過ごす。

 以前までははしたないという戦術人形たちの文句が飛んできたが、この暑さでは文句の言いようがない。

 

 

 そんな初夏を迎えようとしている頃、MSF司令部勤務の97式は司令室にて鉢を抱えて何やら怪し気な材料をゴリゴリと細かく挽いていた。暇そうに欠伸をかき、遊んでほしそうに頬擦りする蘭々であったが、97式が遊んでくれないのが分かると大人しくソファーに戻って目を閉じる…。

 そこへ、同じく司令室勤務のジェリコと64式自が戻って来た。

 二人とも97式が何をやっているのか気になるようで、資料を整理しながら尋ねる。

 

「ミラーさんのために漢方薬作ってるんだ!」

 

「漢方薬…?」

 

「うん! 最近暑いでしょ? ミラーさんもちょっと夏バテ気味だったから、元気が出るお薬を作ってあげてるの!」

 

 満面の笑みを浮かべながらそう答えてくれた97式。

 素材が何なのか分からないが、どうやら親切なカラビーナが教えてくれたらしい。薬学の知識がないジェリコと64式自は不安そうに漢方薬とやらを眺めていたが、97式が頑なに大丈夫だというので一応信用しておく。

 

「ふぅ、外は暑いな…」

 

 漢方薬とやらが出来上がった頃、外回りから戻って来たミラーに早速97式は駆け寄る。嬉しそうに漢方薬を手渡す彼女の姿を、普段は厳しいジェリコも微笑ましく眺めながら笑みをこぼす。

 

「ありがとう97式。よし、これを飲んで暑さをみんなで乗り切ろうじゃないか!」

 

「うん! 一緒にお仕事頑張ろうね、ミラーさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後………午後をまわってみんなで仕事にかかっていた時、カズヒラ・ミラーは唐突に身体の違和感を感じ出す。なにやら身体が熱くなってきたのだ…暑さ対策のために司令室は冷房がつけられているというのに、何故だか身体が熱い。

 なおかつ身体に力がみなぎってくる、さらに細かく言うならば主に下半身に力が…。

 

「どうしたのミラーさん?」

 

 ペンを止めてじっと硬直している彼に気付いた64式自が心配をして声をかける。

 なんでもない…そう言おうと彼女の顔を見て再び固まる。

 

(う、なんなんだこれは……!)

 

 そうしている間にも彼の体はどんどん元気になっていく。

 体の変化を悟られまいと前かがみになるが、その姿を見て彼女は余計に心配する。近付こうとする彼女を手で制し、ミラーはわざとらしく足を組む。

 

「いや、なんでもない! ほんとだ、ちょっとトイレに行ってこようかな…なんて」

 

「さっき言ったばかりではないですか副司令。サボろうとしてもそうはいきませんよ…それよりここ、間違っています。訂正してください」

 

 トイレに逃げようとするミラーを阻止したジェリコは、彼の隣に立って不備のあった書類を目の前においた。

 

「ほらここです、先日の報告書をまとめるにあたってこの内容では不適切です。ですからここは――――」

 

 真面目に不備のあった箇所を指摘し説明をするジェリコ。

 彼女が腕を動かす度に爽やかな香りが鼻をかすめ、顔のすぐそばでは服の上からでも分かる豊かな胸が揺れる。こんな状況でミラーが話をまともに聞けるはずもなく、そんな様子を見てジェリコはムッとする。

 

「私の話を聞いているのですか副司令? どこを見ているんですか、ほらここを見なさい!」

 

 ジェリコに怒鳴られてハッとしたが、既に下腹部は大変なことになっている。

 ばれないように下腹部を隠す行為を不審に思ったのだろう、ジェリコが眉間にしわを寄せて追及をしてくる。いよいよ追い詰められた時、司令室の扉が開かれて97式が冷たい水を持ってきた。

 

「お水持ってきたよ、ちょっと一休み…って、わわわっ!」

 

 何もないところで足をとられた97式は前のめりに転倒、トレーに乗せていたポッドの中身が勢いよくぶちまけられてジェリコと64式自は全身びしょ濡れになってしまった。

 

「もう97式! いつもそんなドジする子じゃないのに!」

 

「えへへへ、ごめん64式ちゃん」

 

「まったくもう……」

 

 舌をちょっぴり出してはにかむ97式にため息をこぼし、ジェリコと64式自は濡れた上着を脱ぐ……ふと、ジェリコはミラーが口をあんぐりと開けてじっと見つめているのに気付く。サングラスでよく分からないが、薄着になったところを見ているように感じた……そこでようやく、先ほどからの異変の理由に気付きジェリコは頬を赤らめ胸元を隠して睨む。

 

「副司令、後でお話があります……覚悟してください。ほら64式、一旦服を変えてきましょう」

 

「うん? 暑かったし、薄着くらいでちょうどいいんじゃ…」

 

「よくありません! ここにはけだものがいます! さあ来なさい!」

 

「いや、確かに虎はいるけど…」

 

 いまいち状況を理解していない64式自であったが、ジェリコに引っ張られるままに司令室を後にする。

 

 二人がいなくなったところでミラーと97式だけとなるが、いまだ謎の元気は残ったまま。濡れた床を雑巾がけする97式であったが、四つん這いになって床を拭いているため、必然的に短いスカートから彼女の下着やお尻が丸見えとなる。

 ミラーは何とか理性を保ち、目を伏せる。

 

「な、なぁ97式……さっき貰った漢方薬、あれって自分で作ったんだよな?」

 

「そうだよ! 原料はカラビーナさんに教わって調合したものだけどさ」

 

「そ、そうなんだ……ちなみに原料って、なに…?」

 

「えっとね、うーん……スッポンでしょ、南米で取れたマカにマムシのエキスに、えっとえっと…オットセイのなんとかと、イモリとかかな?」

 

「くっ…カラビーナの奴! 狙ったな! 呼び出して説教だ!」

 

 97式が述べた原料は全て精力剤の原料となるものばかり。

 WA2000の時もそうであったが、男女の関係にちょっかい出したがる彼女の仕業であることは間違いない。ただちに呼び出して説教をしようとした時、突然司令室の明かりが消えて室内の機材も全て止まってしまった。

 

「停電?」

 

 97式がそう呟くと、司令室のドアがどんどんと叩かれる。

 

「ジェリコ、一体どうしたんだ?」

 

「配線工事をしていたスタッフが事故を起こしてしまったみたいです。プラットフォームの一部が停電しています」

 

「それは大変だ! すぐに行く…えっと確かここの自動ドアは壊して開けられたな」

 

「心配には及びません副司令。すぐに修繕できますから、わざわざドアを壊す必要はありません。直るまで待っていてください」

 

「ああ、分かった。なるべく早く頼む」

 

「善処します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後、まだ停電は解消しない。

 冷房が止まったことで司令室の温度は徐々に上がっていき、小さな窓しかない部屋は風通しが悪い。97式も暑さにちょっとずつまいって来たのか、上着を脱いで少しでも体を冷やそうとする。

 

「ねえねえミラーさん、どうして壁の方向いてるの?」

 

「き、気にしないでくれ! 何でもないから!」

 

「ふーん……ねえ、退屈だし暑いけど何かして遊ぼうよ」

 

「いや、ちょっと今は……それにほら、みんなが一生懸命停電直そうとしてるのに遊んでいたら、ジェリコに叱られるだろう?」

 

「そうかもしれないけどさ……最近二人きりで遊べなかったし、たまにはいいじゃん…」

 

 なるべく97式、いや異性の存在を感じないように努力しているが、97式の言葉はミラーの理性を狂わしていく。深呼吸を何度も繰り返し、平常心を取り戻そうとする…そんな時、頭のてっぺんに冷たい何かが落ちてきて飛び跳ねる。

 慌てて振りかえれば、97式が笑顔で冷水の入ったポッドをもっていた。

 

「ミラーさん、これで体濡らすと冷たくて気持ちいいよ! ほら!」

 

「あ……あぁ……!」

 

 部屋の暑さで火照った身体に水を垂らしていく。

 薄着になりシャツ一枚だけになったところに水をかければ、シャツが透けて彼女の下着やボディラインが露わとなる。ここまでミラーは何とか男の性に抗ってきたが、もう限界だった……突然立ち上がったミラーに驚き、97式はミラーと一緒に床に倒れ込む。

 

「いたたた………ミラーさん、急にどう……ミラーさん…?」

 

 倒れた97式に覆いかぶさるような体勢で、ミラーは彼女の両腕を掴む。

 

「えっと、ミラーさん……ちょっと、怖いよ…? ミラーさん?」

 

 97式の呼びかけは彼の耳には届かない。

 いつもと違う雰囲気のミラーに怖気づいた彼女は、ふとふとももに触れた固い感触に気付く……彼のズボンが大きく膨らんでいるのを見て、97式は目を丸くする。そこでようやく彼がどういう状態にあるかに気付き、97式は羞恥心から顔を赤らめて目を逸らす…。

 だが97式は、潤んだ瞳を彼に向けると少し怯えながらも小さく微笑みかける。

 

 

「いいよ、私……ミラーさんになら、なにされても……その、えっちなことも…ミラーさんなら…」

 

「うっ、97式…!」

 

「……ん…」

 

 ミラーの手が胸にあてられると、97式は小さな声を漏らしピクリと反応した。

 それから彼女はミラーの顔を両手で掴むと、そっとキスをした…。何もかもを受け入れる姿に、ミラーはもう自分を抑えることはしない…。

 

「んん……待って、ミラーさん…」

 

「大丈夫、安心して…乱暴にはしないから…」

 

「そうじゃなくて…」

 

「ほら、力を抜いて…」

 

「……んん……ほんとに待ってってば、ねえったら…」

 

「恥ずかしいのかい?」

 

「それもあるけど…」

 

「けど?」

 

「……蘭々が見てる」

 

「え?」

 

 

 97式のその言葉に一瞬で理性が戻ったミラーは、おそるおそる顔をあげた……97式の言葉通り、そこには蘭々がいる。それも今まで見たこともないような怒りの形相を宿し、暴力的な牙を剥き出しに唸り声をあげていた。

 

 

「あー……蘭々? 一旦その…落ち着こうか? ほら、お互い同意の上でだな……」

 

「グルルルルル……!」

 

「ダメみたい。滅茶苦茶怒ってるよミラーさん」

 

「そんなぁ」

 

 

 

 

 数十分後、停電が直り司令室に戻って来たジェリコと64式自が見たのは、めちゃくちゃに荒された室内と頭から血を流し倒れるミラーの姿であった…。




この作品にR18はない(無慈悲)

どうしてもという方は脳内補完おなしゃす(無能の極み)


最近ツイッター遊びに嵌まってて執筆時間がとれないw(無能の極み×2)


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未知なる脅威

「えーーーーっ!? 24時間このまま待機ぃ!?」

 

 山間の廃屋にて、一人の戦術人形が通信機越しに指示された待機命令を聞いて大きな声をあげて不満を漏らす。通信機越しに指示を出してきた指揮官は彼女の抗議を無視し、偵察用ビーコンの通信状態確認のためにその場に待機するよう言うと、さっさと通信を切ってしまった。

 コンクリート枠にもたれかかって己の境遇を嘆いていると、その場にいたもう一人の人形が自嘲気味につぶやいた。

 

「そのための人形だし…命令なんだから仕方ないよ」

 

「あ……また出た。45ってば、その"命令だから"って言うの止めなよ。諦め癖ついちゃうよ?」

 

「ご、ごめん…でも仕事は仕事だから」

 

 UMP45は常日頃から注意されている気弱な発言を咎められ、申し訳なさそうに謝った。だが45の仕事だからというのも確かであるのだが…彼女が心配なのは、45が引っ込み思案な性格で自分の意見を押し通せずに大事なものを掴み損ねてしまわないかだった。

 それを聞いた45はフッと微笑み、遠くの景色を見つめた。

 

「それなら大丈夫だよ。とっくに見つけたもん」

 

「あら意外。それってなに?」

 

 相棒が見つけた大事なもの、それが何か気になるようすの彼女に、UMP45は誇らし気に言うのだった。

 

「初めて友だちができたこと。落ちこぼれで独りぼっちだった私の初めての友だち……あなたが思っている以上に私はあなたに救われてるんだ。だからね、この先も"40"とずっと一緒にいられる、それだけで私は十分幸せなんだよ」

 

 UMP45のその言葉を聞いた彼女…UMP40はわずかに目を見開いた…。

 

「それは……それは困っちゃうなー。あたいがある日突然覚醒してどっかの精鋭部隊に異動になったらどうするのさ?」

 

「うっ……そ、その時は私も訓練頑張って一緒に昇進を…」

 

「低スコア常連の45にそんなことできるかな~?」

 

「もー! 40だって毎回私とビリ争いしてるじゃない!」

 

「あっははは! 確かに違いない!」

 

 折角真面目に打ち明けたのに、40におちょくられた45はムキになる。

 グリフィンの基地では二人とも訓練成績でビリ争いしているポンコツコンビとして知られ、指揮官からはまるで相手にもされず、与えられる仕事もお粗末なものを押し付けられる。それでも二人はお互いに励ましあい…いや、どちらかというと元気いっぱいな40が落ち込みやすい45を励ましてきた。

 

「ふふ……違いないね……」

 

 40は声のトーンを落とし、目を伏せる。

 

「…あたいもさ、また来年もその次も、ご馳走がなくったって、どんな意地悪指揮官にいびられたって、あんたと一緒にこんな景色を見られたら…それがいちばん幸せかなー……」

 

 いつも元気な相棒にしてはめずらしい、どこかさびしげな様子を45は初めて目にした。気のせいなのかもしれないが、40のそんな姿を見て45の疑似感情モジュールが反応を示す。

 

「でももしも…もしこの先、本当にあたいがどっか遠くへ行くことになっちゃってもさ…」

 

 40が振り向いた時、45がさっき感じた彼女の寂し気な様子はなく、いつもの明るい表情があった。いつかのように、40は握りこぶしを45に見せると微笑みながら言った。

 

 

「忘れないで45。どんなに離れてたって、あたいはちゃーんとあんたを見守ってるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――きろ……ええ加減起きろや、おう。どんだけ爆睡しとんねん45」

 

「ん………あぁ、なんだガリルか」

 

「なんだとはなんや、失礼な奴やな。あんたが爆睡しとる間、偵察用ビーコンは仕掛け終わったで」

 

「ごくろうさまガリルはん。さっそくシグナルの反応を見てみましょう」

 

 体にかけていた薄い毛布をたたみ、さっそくUMP45はガリルが仕掛けてくれていた偵察用ビーコンの反応を確かめるために端末を用意する。寝ている間にガリルがエリアの指定された箇所にビーコンを設置、その一つ一つの通信状態を確認し、そのどれも正常に動作していることを確認した。

 

「よくやったわねガリルはん。さすが、デルタとシールズの訓練を受けてるだけはあるわね」

 

「死ぬほど訓練したんや、当然やろ? そんで、連中の動きはどうなんや?」

 

「ちょっと待って。今見てみるから」

 

 端末を通してビーコンから送られてくるデータを読み取る。

 ガリルがビーコンを仕掛けたこのエリアは、米軍残党勢力及び変異体であるハイブリッドの支配下にある。今回の任務は外部からの依頼ではなく、MSF独自…さらに言うならばUMP45の立案の上で動いたミッションである。

 かねてから米軍残党に関して独自に調査していたUMP45は、かつて鉄血支配地域であったこのエリアにて、残党勢力が鉄血の工場を再稼働させて戦力を増強していることを突き止める。それと同時に、工場から生み出された人形たちがエリアの広範囲に展開されて不穏な動きをしていることに気付いたのだ…。

 変異体ハイブリッドは基本的な動きはE.L.I.D感染者たちと変わらないが、一連の動きは何か明確な意思のもとで動いている…その理由を探るためにUMP45は危険なこの地にやって来た。

 

「当たりよ……鉄血人形が発する信号に酷似したものが複数確認できるわ」

 

「なあ、こいつらってやっぱりアフリカのウロボロスらとは関係ないんやろ?」

 

「そうね。エグゼを通して聞いてみたけど、向こうはこれに一切関与していないわ。エルダーブレインの統率から切り離された人形たちで間違いないわ…さて、奴らが何をしてるか確かめに行きましょう」

 

「せやな。ほな、ぼちぼちいこか」

 

 キャンプのたき火を足でもみ消し、二人はバイクにまたがりビーコンが捉えた信号へ向けて走らせる。

 相手に気付かれないよう離れた位置でバイクを降り、連携通信を切り静かに接近していく……ツェナープロトコロルに頼らず、静かに動くUMP45にガリルは問題なくついて行く。やはり特殊部隊に鍛え上げられただけのことはある…。

 瓦礫の前で二人はしゃがみ、双眼鏡をとりだし遠くで動く人影を偵察する。

 

「下級人形らしいのが5体、ハイエンドモデルっぽいのが一体やな」

 

「ええ。他に姿はなしね」

 

「あいつら、なにしとるんやろ?」

 

 遠くで鉄血の人形たちは重機を用いて瓦礫や土砂をどけている。

 その間他の人形がいくつかの荷物を運んでいるように見えるが、遠すぎてはっきりとは分からない。もう少し近付いてみようという45の提案に頷き、ガリルは彼女の後に続く。

 相手はあまり周囲を警戒しておらず、ただ黙々と作業をしている…二人は人形たちが作業を行っている場所近くの物陰に隠れ、そっと様子を伺う。

 

 

「おいそこ、たらたらやってんじゃねえよ。日が暮れる前に全部運び出せ」

 

 

 ジャケットを羽織り指示を出すハイエンドモデル。

 他の多くのハイエンドモデル同様肌は白く、艶のある長い黒髪をポニーテールにまとめている。彼女は、不機嫌そうな表情で作業を行う人形たちを監視していた。

 

「45…あいつら運んでるのって…」

 

「ええ……遺跡から持ちだしてるものに間違いないわね。でもここらに遺跡はなかったと思うけど…」

 

「せやけど現に遺物を持ちだしてるっちゅうことは、ここらに未知の遺跡があるってことやろ? ほんま何しようとしてるんやろ?」

 

「確かめる必要があるわね」

 

「よっしゃ」

 

 二人は息をひそめ、作業員たちがどこかへ遺物を運んでいくのを静かに見つめる。

 作業のための人形が減っていき、最後の集団が残ると指示を出していたハイエンドモデルが撤収の用意をし始める。遺物と作業員を乗せた車両が出たのを見計らい、二人は物陰から飛び出し残っていたハイエンドモデルに銃を突きつけた。

 相手は驚いたような表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべだす。

 

「動かないで、ちょっと話がしたいだけだから」

 

「おいおい、これから話をしようっていう相手に銃を向けるなんて野蛮すぎやしないか?」

 

「やかましいわ。うちらのルールに従ってもらうで、反対側向けや」

 

「はいはい」

 

 相手は大人しくガリルの指示に従い、面倒そうに後ろを向いた。

 ガリルは片手で銃を構えたまま、彼女にボディチェックを行って武器の類を見つけ捨てさせる。持っていたのはナイフが2本のみであった。

 ボディチェックが終わり、二人に振り向き直る彼女…彼女はふと、ガリルの服につけられたMSFのワッペンをニヤリと笑った。

 

「アンタらMSFの人形かよ。ってことはだ…エクスねえちゃんのお友だちか! こんなところで奇遇だな、あたしは鉄血人形の【レイダー(襲撃者)】って言うんだ。ねえちゃんから聞いてたりしないか?」

 

「知らないわね。エグゼとはそれなりに親しいけど、アンタのことなんか一言も言ってなかったわ」

 

「そりゃそうだ、一回も会ったことねえからな!ハハハハハ!」

 

「なんやお前? 変な奴やな……そんで、鉄血人形のお前がここで何しとるんや? エルダーブレインはもうおらんやろ?」

 

「エルダーブレイン? そんなの知るかよ、あたしは【アーネンエルベ】の遺物を運んでるだけだ」

 

「アーネンエルベですって? 詳しく聞かせなさい」

 

「あ、やべ…」

 

 うっかり口を滑らせたらしい、レイダーは舌打ちをした。

 なにがなんだか分からない様子のガリルであったが、その単語に心当たりがある45はさらに追及する。もちろんレイダーはすぐに口は割らなかったが、命には代えられない…45の本気を見た彼女は大人しく白状した。

 

 

「ドイツ第三帝国が敗戦間際に隠した遺物の事さ。アーネンエルベってのは、当時遺跡を研究してた…後のことはあたしも知らねえよ」

 

「陰謀論者やオカルトマニアじゃなくても、詳しい人なら知ってることよ。レイダー、アンタは誰に命令されて動いているの? 隠された遺物の場所がどうしてわかるって言うの?」

 

「知りたいのはそれだけか? いいぜ……あたしに指示を出しているのは【コーネリアス大佐】っていうやつだ。そいつが工場稼働させて、あたしらハイエンドモデルを生み出した」

 

「あたしら…? 他にもお前みたいなのがおるんか?」

 

「ああもちろん。あたしの他に【カーディナル(枢機卿)】、【コンキスタドール(征服者)】とかがいる。みんな滅茶苦茶強いぜ?」

 

「どうだかな。シーカーよりヤバい奴がそうそういるとは思えへんな」

 

「それは戦ってのお楽しみ。なあ、もう行っていいか? 素直に喋ったろ?」

 

「ええ、そうね…あんたがやたら素直に話してくれたことが気になるけど」

 

「へへ、誰も死にたくねえだろ? そんじゃ、家に帰らせてもらうぞ……あ、そうそう」

 

 去ろうとしたレイダーに気を緩めた一瞬、レイダーは目にも止まらぬ速さで45へ掴みかかる。意表を突かれた45は抵抗虚しく拘束され、銃を向けるガリルに対する盾とされてしまった。

 

「45を離せやこのアホ!」

 

「誰が言うこと聞くかよクソボケ。素直に話したのは、この場でテメェらをぶち殺せば済む話だからさ。おっと動くなよ、こいつの首が胴体からおさらばするぜ?」

 

 口角を吊り上げて笑ったレイダーの口内には、鋭利な牙が無数に並んでいた。

 彼女が手に装着しているガントレットは鋭い形状をしており、尖った指先を45の首にあてている。異様に長い舌を口内から伸ばし、45の頬をねっとりと舐める…。

 そのまま膠着状態が続く…ガリルは銃を構えたまま、どうすることもできない。

 

 

「そこまでだよレイダー…離してやりな」

 

「あぁ? カーディナル、そいつはどういうことだよ?」

 

 

 彼女は音もなくその場に現われた。

 レイダーと同様腰まで届くストレートの黒髪はそのままに、黒を基調とした衣服で身を包む。物静かな印象を受けるが、カーディナルの鋭いまなざしはレイダーに有無を言わさず従わせる力強さがあった。

 乱雑に45を解放し、彼女は地面に膝をつく…。

 45は絞めあげられていた首をさすっていると、目の前に手が差し伸べられる…だが45はその手を掴むことなく、立ち上がった。目の前に立つカーディナルを睨みつけた時、彼女の顔がもの哀しそうに見え…なぜだかそれがとても、懐かしかった…。

 

 

「立ち去って。ここは不用意に足を踏み入れていい場所じゃない」

 

「なんや、誰がお前らの命令なんか聞くかいな。このエリアはお前らのもんでもないやろ?」

 

「めんどくせえな。ぶっ殺そうぜ、なあカーディナル」

 

「やめろレイダー。45、あんたもここで死ぬのは望まないでしょう…退きなよ」

 

 

 カーディナルは静かな声で諭しかける。

 相手はハイエンドモデルが二体、ここで仕掛けるのはあまりにも不利だ…不愉快ではあったが、ガリルも現状を理解できないほど愚かではない。彼女が銃を下ろすと、レイダーはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 後ずさるように下がっていった45であったが、ふと足を止めると、カーディナルを見つめる。

 

 

「カーディナルと言ったわね……あんた、前にどこかであったかしら?」

 

「さあね……共通の友人はいたかもしれないね」

 

「そう……お互いもう会うことがないのを祈るわ」

 

 

 そう言ったきり、45とガリルは二度と振り返ることなくその場を去っていった。

 興味を失くしたレイダーはその場に座り込み、つまらなそうに二人が去っていった方向をぼんやりと見つめる。

 

 

「なあ、どうすんだよ。ばれちまったぞ…?」

 

「大したことじゃない。どうとでもなる」

 

「へっ、そうかいそうかい。コンキスタドールなら問答無用でぶち殺してくれたのにな…さーて、昼寝でもすっかな」

 

 侵入者二人を殺せなかった不満からか文句を言いながらレイダーは立ち去っていく…。

 

 彼女を見送り一人残ったカーディナルは、もう一度UMP45とガリルが去っていった方向を見つめると、どこかさみし気に微笑む。

 

 

「45……あんたは、あんたの道を進みなよ……もう一人じゃないんだから…」

 

 

 




色々匂わせまくった回…ほんとにシークレットシアターかこれ?  


ちなみに冒頭の描写はアンソロジーにあったネタです



新展開では、兄弟姉妹による戦いが起こりそう…。

今から楽しみなのは、リベルタドールとまだ名前だけの登場のコンキスタドールの戦いですかね


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カーター将軍との会談

 正規軍の中心的人物であるカーター将軍がMSFに正式な形で会談を求めてきた、このニュースを聞いた多くの者が驚きを示す。

 カーター将軍と言えば軍内部において中心的な人物の一人であり、大戦に従軍し多くの戦功をあげたことや国内の動乱を強いリーダーシップで鎮圧した軍人であり、軍内外で尊敬を集める人物でもある。また、グリフィン社長のクルーガーはかつてカーター将軍の部下であったことで知られており、グリフィン拡大の裏には彼との繋がりがあるためと言うことは公然の秘密だった。

 

 カーター将軍の直接の会談を断る理由もない。

 正式な形でオファーを出して置いて暗殺を企む様な真似はしないだろう、それは彼やその軍にとっての評判が下がるだけだ。

 そしてカーター将軍はさらに、MSFの長であるビッグボスを名指しして招待してきた。リスクが全くないというわけではなかったが、スネークやミラーはあえてこの招待を受けることとした。

 

 

 ヘリを飛ばし、一度ユーゴ連邦へと入国…前もって話を通しておいたイリーナとそこで会い、正式な形で国境を越える。スネークは断ろうとしたのだが、イリーナによってユーゴ連邦の要人並みの警護を保証されながら面会の場所へと向かう…それはイリーナのMSFへの友情の証であった。

 広い国土の移動には時間がかかる…数日かけて面会のための正規軍基地にたどり着くと、スネークに同行する形でついてきたエグゼはくたびれ切っていた。

 

「クソッたれがこんな遠いところまで呼び付けやがって。用があるならそっちがきやがれってんだ」

 

「あまり乱暴な言葉を使うんじゃないエグゼ。あまりそういうのは聞かれたくない」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 ここに来てからというものエグゼの機嫌はあまりよろしくない。

 同行に選んだのはスネークでその時は大喜びしていたが、国境を越えて町を通る過程で彼女は人間たちの好奇なまなざしをずっと受け続けていた。戦術人形の、それも鉄血人形であるエグゼが町を堂々歩いているのがよほど珍しいのだろう…だがエグゼからしたら鬱陶しいことこの上ないようだ。

 ある程度彼女が自制心を持っているのは幸いだ。

 出会った頃の彼女なら、おそらくじろじろ見てくることに腹を立てて暴力を振るっていただろう。

 

 基地のゲートでは軍服姿の兵士が一人、スネークたちを待っていた。

 彼はスネークを前にするとかかとを合わせ背筋を伸ばし敬礼をする。

 

「お待ちしておりましたビッグボス。どうぞこちらへ、将軍がお待ちです」

 

 MSFの司令官とはいえ、外部から見たら傭兵の親玉だ。 

 そんな相手に正規軍のこの兵士は見せかけなどではない敬意をもって接していた。

 

「軍の中にあなたの存在を知らない者はおりません、あなたの活躍は度々聞いています。あなたのような兵士に会えて光栄ですよ」

 

 兵士が口にする言葉におそらく嘘偽りはない。

 時折振りかえりながらスネークへ語りかける男を見て、エグゼは苛立たし気に舌打ちをしていた……やがてカーター将軍の待つ司令部へ到着するが、そこで兵士は戦術人形は入れられないとエグゼを見ながら言う。さっきから不機嫌なエグゼがこの発言でキレてしまわないか一瞬ヒヤッとするスネークだが、意外にも彼女は平静を保ち、素直に司令部脇のベンチに腰掛ける。

 

「悪いな、エグゼ」

 

「いいよ、別に。行ってら」

 

 エグゼは無愛想に手を振って返す。機嫌があまり良くない時には必要以上に言葉をかけてはいけない、エグゼとは長い付き合いなので言葉で彼女の機嫌がどうにかなるものではないということを、スネークはよく分かっていた。

 兵士の案内のもとに司令部へと入る。

 案内された司令部の応接間へと入ると、今回MSFに接触を求めてきたカーター将軍がスネークを出迎えてくれた。

 

「遠路はるばるようこそ。初めましてビッグボス、私がカーターだ」

 

「こちらこそ、カーター将軍。ご苦労だったなエゴール大尉、あとは下がっていたまえ」

 

 スネークを案内してくれた兵士、エゴール大尉は上官であるカーターへ敬礼を向けると、部屋を退出していく。

 

「頼もしい部下を持っているな」

 

「その言葉を彼が聞いたら大喜びするだろう。エゴールは基本的に傭兵の類に偏見を持っているが、あなたに関しては例外のようだ。戦場でのあなたの活躍は我が軍でも評判になっている…"伝説の傭兵"の名でね」

 

「伝説はいつも誇張されがちだ。ありのままのオレを知ってしまえば、彼も失望してしまうかもしれない」

 

「謙虚だな、私自身あなたの事は気に入っている。まあかけてくれ、話したいことはたくさんある」

 

 彼の言葉に甘えてスネークは勧められたソファーへと腰掛ける。

 彼の表情から察するに、彼もまたエゴール大尉同様ビッグボス個人に対するある程度のリスペクトは存在するようだ。秘書が運んできてくれたコーヒーを嗜み、世間話に花を咲かせた後、カーター将軍は本題を切りだしてきた。

 

「東欧でいまだその勢力を保持する米軍残党及び鉄血の残存勢力の脅威に対し、我が軍は掃滅作戦を行うことを計画している。ベラルーシからウクライナ、果てはベルリンに至るまでの敵勢力を一掃し、欧州に秩序を取り戻すためにな」

 

「大がかりな作戦になるな。だが奴らの戦力は侮れない、いまだ組織的な軍事行動を可能とし強力な兵器を多数保持している。短期決戦に持ちこむのは危険だと思うが…」

 

「十分承知している。何も手を打っていないわけではない…奴らの兵器については我が軍で研究し、その対処法も確立している。厄介だった奴らの戦車も脅威であることには変わりないが、弱点を見つけ攻略は可能だ。ビッグボス、これがそのデータだ…この仕事を引き受けてくれるなら、そのデータを十分活用してくれ」

 

 カーターは敵に対処するための戦術データをおさめた情報媒体をスネークに手渡す。

 一緒に戦場で同じ敵を相手に戦うのならありがたいことだが、彼がここまで友好的に接してくれることに何か裏があるのではと疑うが…。

 

「ビッグボス、私はある意味あなたと同じタイプの人間だ……平和な時代に私は生きられん。我が国や欧州に広まるロクサット主義は我々古い兵士の存在を否定するようなものだ。世界統一政府などまやかしの幻想に過ぎん…世界を一つにすることは不可能だ。それを成し遂げたとして10年20年の平穏は維持できるかもしれん…だがそこに人の意思がある限り、平穏は長く続かない」

 

 人類がこのまま汚染による脅威によって破滅することは望まないが、各国の適度に保たれたパワーバランスと緊張が人類を破滅に導く大戦争を回避させ、なおかつ抑止力として兵士が尊重される時代を実現するべきと彼は語る。そしてそれはかつて米ソが世界を二分した、あの冷戦時代が理想なのだと…。

 平和な時代には生きられないと語るカーターとスネークは確かに似ているかもしれない。

 だがあの冷戦の時代を彼よりもよく知るスネークはそれが理想的な時代であるのかどうかについては、共感しかねた……ましてやこの世界では、冷戦時誰もが怯えていた核戦争が現実に起こった世界だ。お互いに抱く理想は似ていながらも、根本的な部分での分かり合えなさを実感する…。

 

「ビッグボス、ロクサット主義者どもは必ず我々の脅威となる。軍内部には私に同調してくれる者も多い、私たちとあなたの国境なき軍隊(MSF)が手を組めば奴らの企みを阻止できる。ありのままの世界が残り、我々軍人が永久に必要とされる」

 

「将軍、オレたちは皆祖国を棄てて戦いの中で生きる道を選んだ兵士だ。アンタのような崇高な理念や思想があるわけじゃない…国家の事情に振り回されるのはまっぴらごめんだ。オレたちを政治的な陰謀に巻き込もうという腹積もりなら、申し訳ないがこの依頼は受けられない」

 

「そうか、残念だよビッグボス……だがこの話がなかったことにしたとしても、MSFの力を今度の作戦に借りたいという思いは残っている。あなた方もかの敵と交戦し、その脅威を知る者たちだ…味方となってくれれば心強い」

 

「お互い深入りをしないというならこの仕事を引き受けよう。将軍、以後は事務的なやり取りで交渉を進めるということでいいかな?」

 

「それで構わない。情報についてはこちら側で可能な限り用意する、必要な場合はいつでも連絡をしてくれ」

 

 話し合いを終えてお互いに握手を交わすが、そこに交渉の成立を意味するもの以外は存在しない。ミラー的に言うならば、あくまでこれはビジネスの繋がりに過ぎない。おそらくカーターはMSFを自陣営に引き込むことを諦めはしないだろうが、その想いに応えてやるつもりはさらさらなかった…。

 

 

 

 話し合いが行われた司令部を後にし、待たせていたエグゼがいるはずのベンチに目を向けるが、そこにいるはずのエグゼがいない。基地の外まで付き添ってくれているエゴール大尉曰く、暇を持て余して基地の外にふらふら出ていってしまったとか……呆れてため息をこぼすスネークに、彼は苦笑いを浮かべていた。

 

 幸い、エグゼは基地を出てすぐに見つけた。

 基地の近くの公園の木陰で寝そべり、眠っていた…。

 

 

「あー、イリーナ聞こえるか?」

 

『こちらイリーナ。将軍閣下との交渉は終わったか、どうだった? めんどくさいこと言われたか?』

 

「なにも。いつも通りの仕事の依頼だ……イリーナ、迎えはもう来れるのか?」

 

『ああいつでも』

 

「そうか、感謝する。それと、別に急がなくていいと伝えてやってくれ」

 

『あぁ? それはなんで……あぁ……さてはエグゼとデートか? ハハハ、君も男だな』

 

「そんなんじゃない! まあ、エグゼが寝てしまってな…起こすのはかわいそうだろう?」

 

『ハハハ、そういうことにしておくよ。それじゃあ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エグゼが目を覚ましたのは周囲が暗くなって来た頃だ。

 大きな欠伸をかき、ネコのように背筋を伸ばす…それからぼけーっとだるそうに佇んでいたが、日が沈み暗くなりかけてきたことに気付き一瞬焦るが、すぐ隣にスネークがいることに気付くとほっと安堵の息を漏らす。

 

「んだよ、起こしてくれればよかったのによ…暗くなってるじゃねえか」

 

「気持ちよく寝てたからな。かわいそうだから起こさないで置いた」

 

「せっかく明るいうちに行きたいところ探しといたってのに……人生はうまくいかねえもんだな。んで、迎えはいつ来るんだ?」

 

「そろそろ来ると思うが、分からん」

 

「そうかい」

 

 それっきりエグゼは黙り、夜を迎える町に明かりが灯っていくのをぼんやりと見つめていた。時折、エグゼはスネークの横顔を見つめ、何かを言いかけるように口を開くが顔を逸らす…それが何度か続き、スネークが問いただせばエグゼは少し迷った末に言った。

 

「また、デカい戦いがあんのか?」

 

「そうだな、そうなるだろうな」

 

「そっか……スネーク、前々から思ってた事なんだけどよ……怒らずに、あと驚かないで聞いてくれるか?」

 

「なんだかしこまって、お互いそう気を遣うような仲じゃないだろう?」

 

「いや、そうだけどよ…驚くなよ?」

 

「分かった分かった、言ってみろ」

 

「……オレさ、その……連隊長辞めたいんだよね」

 

「……なんだって?」

 

 エグゼが驚くなと釘を刺したうえで打ち明けた本音、驚かないと約束したがこれを聞いて驚くなという方が無理がある。案の定驚いたスネークをエグゼは咎めるように見るが、仕方ないことだとして諦めた。

 

「理由を聞いてもいいか?」

 

「あぁ……オレさ、トップの立場向いてないと思うんだよな」

 

「そんなことは無いさ。しっかりやってくれていると思ってるし、みんながまとまってるのはお前のおかげだと思うぞ」

 

 実際、エグゼは連隊長としてMSF初めての戦術人形部隊を立派に戦える精鋭として育てあげた実績がある。これまでに経験した戦いの勝利に大きく関わってきた、彼女なしで部隊が今のようにたくましくなるのはあり得ないことだと断言できる。

 だがエグゼは首を横に振る。

 

「鉄血にいた頃、オレは仲間を引き連れて戦場で直接戦ってた。でも今は連隊っていうデカい組織の長として、後方で指揮をとるようになった……育てた部下たちを戦地に送り、何人無事で帰って来れたか報告で聞く……だけど、戦いに勝っても帰って来なかった兵士のことを考えちまう。オレは部下を駒としては見れないよ」

 

「仲間は駒じゃない、お前が部下を想う気持ちは間違っていないじゃないか」

 

「でも戦いに勝つためには犠牲を覚悟で部下を送り込む覚悟がいるだろう? 最初の何回かは耐えられたさ…でも今はさ、疲れるんだよな…仲間と肩並べて戦ってた頃は、そんなこと考えてなかった。ただ自分と、周りの仲間を気にしてればよかったからな」

 

 元々エグゼは何千という戦術人形を統率するために生み出された戦術人形ではない。同じハイエンドモデルでも、ドリーマーやジャッジのような高位の存在なら不自由なく指揮できたかもしれないが、後付けで組み込んだ指揮モジュールだけで大勢の部下を率いるのには彼女自身の負担が大きすぎた。

 

「ごめんなスネーク、めんどくさいこと言って……でもアンタにしかこんな事言えないしさ。オレもやれるだけのことはやったし、そろそろ休憩してもいいかな~なんてさ………ダメ、かな?」

 

 いつもの強気な姿はなりをひそめ、エグゼは弱々しく微笑み上目遣いでスネークを見上げる。

 エグゼが本音をさらけ出せる相手は少ない…親友と呼べるスコーピオンやハンター、姉と慕うアルケミストにさえも言えなかった本音をスネークにだけは晒せる。自分の弱さを見せられる相手、スネークへの信頼の証であった。

 エグゼが連隊から外れることは組織として大きな損失で、穴埋めは大変だろう。

 だがスネークは自分を信頼し、弱さをさらけ出してまで懇願したことをむげにできるような冷たい男ではなかった。

 

「心配するなエグゼ、お前からのお願いだ……正直このまま頑張って欲しかったところだが、オレもお前のためにベストを尽くす」

 

「うぅ、ごめんなスネーク…わがまま言ってよ」

 

「気にするな。ただ今すぐには難しい、おそらく今度の戦いの前までにというのは難しいかもしれない…あともう少しだけ、頑張ってくれるか?」

 

「ああ、分かったよスネーク。務めは果たすよ」

 

「いい子だ」

 

「やめろよ、くすぐってえな…」

 

 頭を撫でられてそう言うが、言葉とは裏腹に自分からスネークの手に頭を擦りつけて嬉しそうに微笑んでいた…。




なにこのフラグっぽいの……誰か死ぬの?(ガクブル)

まあ、今回のエグゼのお話は伏線…になるのかなぁ?



先行鯖ではストーリーに中立都市ベオグラードが登場する、これを見越して拙作ではユーゴを登場させたのだ(嘘)
パラデウスの諸氏が登場すればユーゴに再び戦乱が訪れるかもね…。


次回更新はかなり間隔空きますが、死ぬわけではありません

Twitterでいつもはっちゃけてるので、生存確認したい場合は見に来てくださいな~


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トルーパー隊を救出せよ!

 MSFでは独自の研究開発チームを有し、武器兵器その他装備品の開発に力を入れており、鹵獲した戦闘車両やこの世界の戦術人形を独自に解析して新兵器を造りだすと言う何気に一PMCとは思えない芸当をやってのける。

 その結果として戦車に匹敵する稼働数を誇る月光やその他無人兵器、一機だけではあるが米軍主力戦車マクスウェルの運用があげられる。これら開発された兵器のアップグレードも、チームの重要な任務の一つだ。

 そしてもう一つ、忘れてはならないのがMSFの戦力の中核的存在であるヘイブン・トルーパーだ。

 元々はエグゼが管轄下に置いていた鉄血の工場を接収し、オーガスプロトコルを切り離したうえで造りだされたほとんど鉄血人形と変わらない存在だったのが、MSFが独自の改良をくわえて今や別物の存在となっていた。

 

 一般的なトルーパーはその特徴的とも言える耐衝撃性に優れたヘルメットと強化服を装備している他、兵種によってはより防御力に優れたバトルドレスや柔軟性及び隠密性に長けるスニーキングスーツを装備する。MSFの方針として他の多くの戦術人形と同様、彼女たちは経験から学ぶことを重視され、MSF独自の人工知能を有する。

 MSFの先遣隊として度々戦地に派遣される彼女たちは時に大きな犠牲を生むこともあり、死傷率は大きい…が、幾多の困難と戦闘を経験したベテランのトルーパーは時にI.O.Pのエリート戦術人形をも超える戦闘能力を身につけるのだ。

 

 第一歩兵大隊を指揮するスプリングフィールドには、そう言った数々の激戦を生き抜き、優秀な兵士として成長したトルーパーが大隊隷下の2個中隊を指揮していた。

 冷静沈着にして部下からの信頼も厚い【キャプテン・レックス】、勇猛果敢で恐れ知らずな【キャプテン・ブルズアイ】の二人だ。二人はMSFがまだ今のような名声を手に入れる以前、ユーゴ紛争時から活躍し続ける古参のトルーパーであった。

 以前まではトルーパーの新兵教育はエグゼが担っていたが、負担軽減からそれは各大隊長に回され、今ではその下の中隊長クラスのトルーパーが新兵訓練を担う。

 前哨基地や他の訓練施設には実力を発揮したくてうずうずしている新兵たちが毎月のようにやって来ては、そこで上官の手によって一人前の兵士に鍛え上げられてから戦地に送られる…。

 

 

 

「お呼びですか、大隊長?」

 

 ある日のこと、キャプテン・レックスは上官であるスプリングフィールドに呼び出されて彼女の宿舎へと足を運ぶ。ヘルメットを外したレックスは他のトルーパーと全く一緒の顔立ちをしているが、眉からあごにかけて長い傷痕が刻み込まれている。

 その他にもレックスは髪を銀髪に染め蒼いメッシュを入れて個性を出しているが、ベテラントルーパーの中には身だしなみに気をつかって個性を出そうとしたり名前を身につけたりする者もいる…名前を持ったトルーパーは製造番号で呼ばれることを嫌う節があり、その場合不快感を見せる場合もあるのだ。

 

「レックス、新しい任務です。すぐに中隊を集めて欲しいのです」

 

「了解です、大隊長。それで、任務の内容は?」

 

「任務にあたっていたブルズアイが救援要請をしてきました。どうやらハイブリッドの奇襲を受けたようです」

 

「ブルズアイ、あいつには慎重に動くように言ったんですがね…分かりました大隊長、すぐに救援部隊を編成します」

 

「よろしくお願いしますレックス、私も一緒に行きます」

 

「心強い限りです、大隊長」

 

 微かに笑みを浮かべたレックスに対し、スプリングフィールドも微笑みかける。

 それからレックスはスプリングフィールドに続く形で宿舎を出ると、すぐ外で待機していた部下のトルーパーに指示を出して部隊を招集させる。

 

「それで、ブルズアイはまた何を? 確か奴に任された任務は偵察任務だけだったのでは?」

 

「確かにキャプテン・ブルズアイの任務は偵察でしたが、予想外の敵と遭遇しやむなく戦闘になったという連絡がありました」

 

「お言葉ですが大隊長…ヤツはその…好んで危険に飛び込んで行ったのでは?」

 

 レックスの指摘にスプリングフィールドも思うことはあるのだろう、困ったような表情を浮かべて腕を組む。

 

「考えられますね…助けた後はちょっと、お話をしなければなりません」

 

「そうしてください。恐れ知らずなのは良いことですが、少しお灸をすえないとつけあがりますからね……では大隊長、私はこれで。すぐに部隊を編成します」

 

「よろしくお願いします。情報では敵に装甲兵器もあるとのことですので、対装甲用の装備もぬかりなく」

 

「Yes, ma'am」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃棄された鉄血工場、欧州に残存する米軍残党の戦力、コーラップス液とそれを代謝するメタリックアーキアの複雑な融合によって偶発的に誕生した【ハイブリッド】と呼ばれる敵対勢力。人間にはコーラップス液による汚染を広め、人形には電子ウイルスを感染させることが可能な極めて危険な存在だ。

 ハイブリッドは基本的に群れを形成して徘徊するだけだが、時に人間社会に近付き被害をもたらす…今のところ軍やPMCの活動により一応封じ込められているが、基本的に地下に潜伏するハイブリッドを殲滅することは難しい。

 ましてやハイブリッドを構成するのは高性能な米軍戦術人形や装甲兵器であり、高度な戦術をとらなくても脅威となる…。

 

 そして気掛かりなのは、先日UMP45が遭遇した未知のハイエンドモデルたち…ハイブリッドの闊歩する領域内で遺物を運搬し、不可解な行動を起こす彼女たちをUMP45は今でも調査している。

 

 今回のキャプテン・ブルズアイの偵察任務は、それに関連するものであった。

 

 

 ブルズアイの残した最後の座標にヘリを着陸させ、スプリングフィールドとレックス率いる救助隊は周囲に展開する。

 

「ブルズアイ、こちらレックス。聞こえるか、応答せよ」

 

 周囲に気を配りつつ、レックスはブルズアイに連絡を呼びかける…返事は直ぐに返ってきたが、真っ先に聞こえてきたのは銃声や爆音などの戦闘音であった。

 

『やっと来たかレックス、悪いがさっさと迎えに来てくれ。敵さんがうようよいるんだ!』

 

「ブルズアイ、無鉄砲な奴め! 今どこにいる、座標を送れ!」

 

『エリア19-E、ポイント637だ! クソ、悪いが留まってもいられないんでな! 移動させてもらう!』

 

「すぐに迎えに行く! くたばるんじゃないぞ!」

 

 悪態をこぼすブルズアイとの通信を切ったレックスにすぐさま指示を出し、スプリングフィールドは部隊を移動させる。荒れ果てた大地を駆け抜け、途中遭遇する小規模な感染者たちの群れにも遭遇するが、これまでに何度も交戦経験のあるスプリングフィールドとレックスには大した脅威ではない。

 群れの中にELIDの変異体が存在していれば話は別であったが、幸いにも変異体はおらず、感染者たちを殲滅させて彼女たちはブルズアイが敵と交戦するエリアに飛び込んで行った。

 

「ブルズアイ、ブルズアイ! 救援に来ましたよ!」

 

『大隊長!? まさか大隊長がお越しになるとは…!』

 

「お説教は後です!現在地を教えなさい!」

 

『了解、シグナルを送ります!』

 

 送られてきたシグナルの位置情報からスプリングフィールドはブルズアイがいるであろうビルの廃墟を見やる。

 ビルの廃墟には激しい銃撃と砲撃が撃ちこまれ、ビルの上階からブルズアイ率いる部隊が懸命な反撃を行っているのが見える。

 スプリングフィールドとレックスは敵の背後に素早く迂回するべく路地裏を駆け抜ける。

 強化服による身体強化をなされているトルーパーたちは建物を跳び越え、真っ直ぐに突き抜けていき、狙い通りビルを狙うハイブリッドたちの背後をとった。敵の編成は軽歩兵が占め、重装戦術人形ジャガーノートが2体ほど確認できた。

 

「よし、やつらに目にもの見せてやれ!」

 

 レックスの指示でロケットランチャーを装備したトルーパーが配置につき、彼女の合図と共に一斉に敵のジャガーノートへとロケット弾が撃ちこまれる。無防備な背後にロケット弾の一撃を受けたジャガーノートは一瞬で撃破され、奇襲に気付いた他の歩兵たちもレックスらの攻撃によってほとんど一方的に撃破されていく。

 しかしまだ脅威は消えていない…ビル一階部分の入り口付近には、中へ入り込もうとする感染者の群れがおり、その中にはひと際大きな体躯のELIDの姿があった。

 

「厄介ですね、どうしますか大隊長?」

 

「見たところ変異の初期段階…強敵ではありますが、倒すことは可能なはずです!」

 

「了解、聞いたなお前たち! あのデカブツをぶっ潰すぞ!」

 

 レックスは部下を鼓舞し、今しがた殲滅したばかりのハイブリッド達の残骸を踏み越えて感染者たちの背後から攻撃を仕掛けた。多くの感染者は奇襲攻撃によって殺すことは出来たが、変異体は唸り声をあげてスプリングフィールドらへと向き直る。

 振り向いた変異体にロケット弾が直撃し、爆発によって変異体の大きな身体が傾くが倒しきれず、大きな咆哮をあげて突っ込んでくる。

 

 ELID変異体は銃撃をものともせずにトルーパーの一人を捕まえると、いとも簡単に身体を引き千切る。

 硬質化した肌に小口径の弾丸では歯が立たず、レックスらは距離をとって攻撃する……しかし変異体の咆哮によって周囲から引き寄せられた感染者がレックスらに襲い掛かる。廃墟のあちこちから姿を現す感染者たちに気をとられたトルーパーの何人かが、変異体の投げ飛ばしてきた瓦礫に押し潰されて殺される。

 

「怯むな! ロケット弾を集中的にあびせなさい!」

 

 スプリングフィールドが前方に出て変異体へ銃撃、その注意を引きつけている間にロケットランチャーを装備したトルーパーらが位置につき、変異体へと多数のロケット弾を命中させた。さしもの変異体も何発ものロケット弾を受ければ無事では済まず、ついにその巨体が崩れ落ちた。

 その後のこった感染者たちを駆逐し、ようやくエリア一帯に静けさが取り戻された。

 

「やりましたね、大隊長…」

 

「皆さんの努力のおかげです…それにしてもやはりELIDは恐ろしい…」

 

「私も同じ気持ちです、大隊長…」

 

 

 その場で一息ついていると、突然上階からガラスが叩き割られる音が鳴り、次の瞬間、彼女たちの目の前に感染者が墜落してきた。スプリングフィールドとレックスが揃って上を見上げれば、ビルの上階からキャプテン・ブルズアイとその部下が見下ろしている姿があった。

 

 

「大隊長! 救援感謝します!」

 

「ブルズアイ! 貴様さっさと降りて来い、話すことが山ほどあるぞ!」

 

 

 拳を振り上げながらレックスがそう怒鳴りつけると、ブルズアイはビルの内部に姿を消した…そこから待つこと数分、ようやくブルズアイが姿を見せたが、彼女の後に続く負傷したトルーパーたちを見た時、レックスの怒りは消えていく。

 

「何があったんだブルズアイ?」

 

「きっとあたしが敵に突っ込んでったと思ってたんだろうが、そうじゃない。奴らの数は予想以上に多い、安全なルートのほとんどが危険エリアに変わっている…データを更新しなきゃならない」

 

「それは、厄介だな…」

 

「まったくだよ……大隊長、ご迷惑をおかけして申し訳ない。生き残ったのは、これだけです」

 

「いいえ、気に病む必要はありません。あなたの無事が確認できて何よりです」

 

「感謝します、大隊長……レックス、折角だから帰ったら酒をおごってくれ」

 

「ふざけるな、お前がおごれ」

 

 この期に及んで軽口を叩くブルズアイの肩を軽く殴り、レックスは迎えのヘリが来る間周囲の警戒にあたるのだった…。




おひさ~

今回はモブキャラのヘイブン・トルーパーにネームドキャラを登場させて見たよ!
だいぶ、というかもろにクローン・ウォーズの影響を受けちゃってますねw
しゃーない


というわけで軽い紹介を


・キャプテン・レックス
ユーゴ戦役から活動するベテラントルーパーの一人で、スプリングフィールドの優秀な部下として中隊を率いる。
冷静沈着であるが情に厚く、部下や仲間たちから慕われている他、優れたリーダーシップによって数々の戦いを勝利に導いてきた。
上官であるスプリングフィールドやエグゼを尊敬しており、命令には忠実だが、自らの意見を出すこともある。
素顔は他のトルーパーと一緒だが、眉から頬にかけて傷痕があり、肩まで伸ばした銀髪に蒼いメッシュを入れている。


・キャプテン・ブルズアイ
レックス同様ユーゴ戦役から活動するベテラントルーパーの一人。
レックスとは反対に勇猛果敢、好戦的な性格をしておりスプリングフィールド率いる第一歩兵大隊の突撃部隊を自称している。
重装甲のバトルドレスと威力の高い重火器を好む。
よくスプリングフィールドやレックスにその攻撃的な性格を心配されるが、命令違反などは決してしない。
戦闘に勝利するたび自分のヘルメットに印を刻む癖がある。
ブルズアイは個性を出すために、首筋に猛牛のタトゥーを入れており、髪を赤く染めている。


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ある意味似た者同士の二人

 ある日のマザーベース、爽やかな海風が吹く甲板上を酒瓶片手にのんびり歩くグローザ。朝っぱらから日課のような飲酒が始まり、たまたま目の前を通りかかった416を見つけて退屈しのぎに誘うも、416は驚くほどお酒に弱いので速攻で酔いつぶれてしまった。

 416の倍以上アルコールを摂取しているはずのグローザは涼しい表情で、海風に心地よさを感じる余裕すらあった。

 

「おや?」

 

 ふと、前方から全身びしょ濡れで息も絶え絶えな様子のエグゼがやってくる。

 黒髪から水を滴らせながら歩く彼女は見るからに機嫌が悪い…このようなエグゼの姿をグローザは以前にも見た覚えがあるが、それはAR小隊のM4と不毛なバカバトルを繰り広げていた頃の話で、マザーベースにAR小隊がいない今どうしてあのような目に合ったのだろうか?

 好奇心から近寄っていくと、エグゼは何も言わずにグローザから酒瓶をひったくりラッパ飲みする。

 

「ちくしょう…あのクソガキめ…」

 

「ご機嫌斜めね、おこりんぼうさん。なにがあったのかしら?」

 

「ヴェルの奴がスプリンクラー発動させやがって! おかげでオレは全身びしょ濡れ、今日一日廊下掃除だよくそが!」

 

「それは大変ね。でも子どものやったことなんだから大目に見なきゃね、おこりんぼうさん」

 

「分かってるよ……というか、オレを変な名前で呼ぶんじゃねえよ」

 

「だってあなたいつもキレてるじゃない? いいと思わない、おこりんぼうさん?」

 

「うるせえ」

 

 グローザのよく分からないネーミングセンスにケチをつけ、エグゼは娘の後始末のために掃除用具を取りに向かっていった。それを見送るグローザであったが、エグゼが酒瓶を持って行ってしまったのに気付くがその頃にはもう姿が見えなくなってしまった。

 しかしこんな事もあろうと、非常用のアルコール飲料がある…と思いきや、昨晩飲む酒がなくなって非常用のお酒も飲み干してしまったことに気付いた。空になったスキットルを傾けるが、一滴も中に残されていなかった。

 

「どうしましょう? 昨晩で全部なくなってしまったし、消毒液を貰おうにも私と隊長さんは医療棟を出禁になってるし……困ったわ、手が震えてしまいそう」

 

 というのは冗談で、本当に手が震えるわけはないのだが、任務がない一日は大抵飲んだくれて過ごすのがセオリーなグローザにとってこの状況は大変よろしくない。まるで砂漠の中で渇きに苦しむかのような状況に、グローザは知恵を働かせる…。

 

「そういえば、研究開発プラットフォームで外装の塗装作業をやってたわね…塗装用アルコールを貰えないかしら? 頼んでみましょう」

 

 マザーベースのプラットフォームの手すりに手をかけながら、ゆっくりと隣のプラットフォームへと歩いていく。プラットフォームを繋ぐ橋は遮るものがないので他の甲板より強く風が吹く、酔っ払いが橋を渡ることは割と危険であるが、一応グローザは歩調を乱すことなく真っ直ぐ歩いていく。

 そしてたどり着いたプラットフォームにて、想像していた通り塗装作業を行っているスタッフたちを見つける。

 風に運ばれてアルコールの香りが流れてくる…その匂いはどちらかというと酒というより接着剤に近いようなにおいだが、そんなことはどうでもよかった。

 早速アルコールを分けてもらおうとした時のことだ。

 

「まさかとは思いますけど、あんなばっちいアルコールを飲もうってわけではないですわよね?」

 

「あら?」

 

 真上からかけられたその声に反応し、視線をあげてみれば、上階の手すりに寄りかかって見下ろすカラビーナの姿があるではないか。

 

「誰かと思えば、こんなところで奇遇ね"お節介さん"」

 

「あなたと同じでわたくしも非番で…暇を持て余してたところですわ。よければ退屈しのぎに付き合ってくださらない?」

 

 どうやらカラビーナの方もチームがお休みで退屈らしい。

 休みの時でもトレーニングを休まない79式に付き合ってWA2000は前哨基地に向かってしまい、リベルタは一日部屋に引きこもっているから退屈らしい。

 ちなみにグローザがカラビーナを"お節介さん"と呼ぶのは、度々WA2000とオセロットの恋路にちょっかいを出している様子からそう命名したものである。

 

「それで、バルザーヤの副官のあなたがどうして一人で暇を持て余していますの?」

 

「生憎、隊長さんは司令官さんと遊んでいるのよ。ヴィーフリとペチェネグは新人さんの教育で忙しいし……退屈しのぎって言うけど、私の気を引くのはそう簡単ではないわよ?」

 

「取り寄せたばかりのワインボトルが12ケースありますわ」

 

「時間がもったいないわ、さっさと行きましょう」

 

「ちょろいですわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラビーナとグローザ、二人がガラガラと台車を押しながらワインケースを食堂に持ちこんで来た時はスタッフたちも驚いたことだろう。何気に珍しい組み合わせの二人であるが、二人にはいくつか共通点がある…二人ともWA2000、9A91というMSFを初期から支える古参組の副官的ポジションであり参謀をつとめていること。そして二人とも自分の上司がMSFで何においても勝っているという歪んだ忠誠心というか自信を持っていることだ。

 最初は和やかにワインを嗜んでいたはずが、お互いの上司の自慢話になると会話に熱が帯び始める。

 

「――――隊長さんがこのMSFで最も優秀な戦術人形であることは疑いの余地もないわね。特殊部隊バルザーヤの困難な任務を成功に導いたのは隊長さんの優れた戦闘力とリーダーシップがあってこそよ、それに並び立つ人形は生憎思い浮かべられないわね」

 

「それは偏った見方ですわ。MSF内外からその優秀さを褒め称えられるマイスターこそが、MSFでナンバーワンです。苦境に立たされても決して諦めず冷静な判断を下せるマイスターに勝る者はいませんわ」

 

「生憎、強いだけじゃナンバーワンにはなれないの。分かってると思うけど隊長さんのかわいさはそりゃあもう、目に入れても痛くないほど。あんなにかわいくて強くてお利口な子がナンバーワンじゃなくてなんだって言うの?」

 

「それならマイスターに分があるでしょう? 一途にオセロット様を想いそのそばにあろうとするその献身さ…それでいて素直になり切れずついつい強がってしまう、そんな乙女のかわいらしさに惹かれない存在などいようもんかしら?」

 

「いくらなんでも持ちあげすぎじゃないかしら? 確かに強いけど、うちの隊長さんほどあのツンデレさんが優れているはずないわ」

 

「決めつけね。そっちのヤンデレさんよりうちのマイスターの方が強くてかわいいですわ」

 

「よく分かったわお節介さん。議論はここまでにしましょう…お互い自慢できる上司がいるって素敵なことよね」

 

「それについては同感。9A91も恵まれてますね、あなたみたいな頼りがいのある副官がいてくれて」

 

「そっちこそ…と言いたいけど、あなたはちょっと口を出しすぎね」

 

「承知の上ですわ」

 

 お互いにニヤリと笑いあい、互いのグラスにワインを注ぎ合う。

 どうやらカラビーナもそれなりにいける口のようで、酒豪の自分に付き合ってくれる仲間を見つけたグローザは嬉しそうに笑った。




A-91「あれ~~…なんか知らない間に変なとこに辿りついちゃったわ~」

グローザ「あなたの出番はまだよ、飲んだくれさん」



ほのぼの? 飲んだくれ回?
ほんとはスペツナズもといバルザーヤ部隊の新メンバー回をやろうとしたが次回に持ち越し~


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恋の騒乱!

 MSFの前哨基地に珍しい客人がやって来た。

 その客人というのは国家保安局の諜報員でもあるアンジェリアとその護衛としてついてきたAK-12とAN-94である。彼女を前哨基地にまで招いたのは、MSFの諜報活動を指揮するオセロットであり、わざわざこの基地まで呼んだのはアンジェリアから機密情報を受け取るためである。

 国家に属する諜報員として、それはとてつもなく危ない橋を渡っていることと同じであり、発覚すれば情報漏洩と国家反逆罪でアンジェリアは間違いなく処刑されるほどの事をしている。

 しかしアンジェリアはそれを承知の上で、命の危険を知りながらもオセロットに情報を流している…。

 

 果たしてアンジェリアの真意とは?

 それは、機密情報を見つめるオセロットの向かいに座り、うっとりとした表情で彼を見つめる姿を見れば一目瞭然だろう。これには護衛のAK-12も呆れ、斜め上の天井に顔を向けて固まっている…AN-94の方はいまいち状況を理解できていないらしい。

 

「それで、お前がこうして情報を寄越していることを上は気付いていないのか?」

 

「それはあなたの方がよく分かってるんじゃないの?MSFは保安局に何人の人間を潜り込ませているのかしら…気になるわね」

 

「さあな…それで、新しいニュースはあるのか? 前線の情報に関しては、そちらの方が一枚上手だ」

 

「興味がありそうな情報がいくつかある。米軍残党共があのエリアで遺物を漁ってるのは知ってると思うけど、奴らは地中海の港から潜水艦を使って荷物を運び出したり運び入れたりしているのよ。それが何なのかはよく分からない…軍が一度強奪を試みたけど、うまくいかなかったわ」

 

「なるほどな」

 

「ごめんなさいね、ハイブリッドに関しては役立つ情報はないわ。けど、あなたが要望したその作戦データは十分役立つと思う。手に入れるのに苦労したわ…報酬、期待してもいいかしら?」

 

 そんな言葉を口にして、アンジェリアは向かいのオセロットに微笑みかけてさりげなく手を伸ばすがタイミングが非常に悪かった、かねてからアンジェリアを泥棒ネコと呼んで嫌っているWA2000がその場に姿を現したのだ。部屋に入ったWA2000がオセロットに手を伸ばすアンジェリアを見た瞬間、怒りの形相に変わるのをAk-12は見逃さなかった。

 

「また現れたわね泥棒ネコ!? オセロットに近付くな!」

 

「や、やぁWA…いつぶりだったかな?」

 

「ちっ……オセロット、なんでこの女がいるのよ!」

 

 アンジェリアを指差しながら猛抗議するWA2000であったが、オセロットは全く相手にせずに資料を読みながらコーヒーをすする。今のところアンジェリアは苦笑しながらも余裕の態度であったが、次に現れた女性を見た瞬間その表情も固まる。

 やって来たのはユーゴ連邦幹部会議員のイリーナだ。

 部屋に入って来た時のイリーナはやら輪かな笑顔を浮かべていたが、部屋にいたアンジェリアの姿を見るなり笑みを消し、凍てつくような目で彼女を睨む。

 

 まるで蛇に睨まれたカエルのように固まっているアンジェリア、滅多に見られない様子に護衛の二人も驚いていた。

 

「すまないアンジェリア、少し席を外す。すぐに戻ってくるから待っていてくれ」

 

「あ、オセロット…! 待っ…」

 

 アンジェリアが救いを求めるように手を伸ばしたが、オセロットはあっという間に外に出ていってしまった。

 頼りのオセロットがいなくなり、息苦しい空間に取り残された彼女はおそるおそる二人に向き直る……イライラした様子のWA2000、殺意全開のイリーナを前に彼女は表情を引き攣らせる…。

 

 

「あ、あー……今日はいい天気だな」

 

「外は雨よ」

 

「そ、そうだったなWA…あははは…」

 

 

 乾いた笑いをこぼすアンジェリアの目の前で、イリーナが取り出した葉巻をギロチンでカットする。その音が嫌に大きく感じ、吸口を斬り落とす仕草がまるで何かを揶揄しているような錯覚を覚えてアンジェリアは震えあがる。

 アンジェリアは背後のAK-12をちらちらと見て助けを求めるが、彼女は素知らぬ顔で状況を楽しんでいた。

 

 

「や、やあイリーナ…久しぶりだな、何年振りだったかしら?」

 

 

 なんとか声を絞り出してあたり障りの無い言葉をイリーナに向けるが、イリーナは目も合わせず葉巻の先端をマッチで炙っている。ゆっくりとした動作で葉巻に火をつけて煙を口に含んで吐きだす…。

 

「同志たちの中には今もお前の首を欲しがってる奴は大勢いる。執念深い我が同志たちは祖国を荒した敵への恨みは忘れない…お前らはセルビアを支援し我らの同志たちを捕らえ拷問にかけ処刑したな。いつもいつもお前らは祖国を掻き乱し争いごとを引き起こす」

 

「だいぶ恨みがあるようねイリーナ。まあなんとなく想像がつくけど、アンタもユーゴ内戦の当事者ってことかしらね?」

 

「ワルサー、こいつに絶対気を許すなよ。ボリシェビキ政権以来脈々と受け継がれてきたチェキストの末裔だ、私自身こいつのせいで何度か危機に立たされた事がある」

 

 ユーゴがまだバラバラの状態にあった時、パルチザンとしてゲリラ活動をしていたイリーナはクロアチアとセルビアの両陣営から敵対視され苛烈な攻撃を受けていた。中でもセルビア側の領域では、セルビアを支援していた新ソ連のゲリラ狩りによって何人もの同志たちが犠牲になった。

 その時セルビアに派遣されていた諜報員の一人が、アンジェリアだったのだ。

 実際に二人は戦時下のユーゴで面識があったようで、イリーナにとっては忘れがたい経験の一つとなった用だった。

 

「なるほどね、アンジェとあなたはそんな過去があったの…でもその事でアンジェを恨むのはちょっと違うんじゃないかしら?」

 

 それまで黙っていたAK-12が口を出すと、一度イリーナはAK-12を鋭い目つきで睨んだがやがて目を伏せる。

 

「確かにその通りだ。お互い、祖国を想っての行動だ…それに恨み言をいつまでも言い続けるのは建設的じゃないしな。せっかくの機会だからな、和解しようか?」

 

「いや結構だよイリーナ。正しい事をしたのかどうか今でも分からないが、私は私の使命を果たしただけだ。誰かに頭を下げることも誇ることもない、ただそれが任務だったからしたまでよ」

 

「結構なことだ。さすが保安局様は言うことが違う…拳銃を持参してこなかったのが悔やまれるよ、じゃなければ今すぐお前の頭を吹っ飛ばして中身をぶちまけさせてやりたかったのにな」

 

「勘弁してくれ、イリーナ」

 

 本当に銃を持っていたら死んでいたかもしれない、なにせイリーナが内戦時に敵対者へ果たした報復の凄まじさや戦後の戦犯処理の苛烈さはアンジェリアが属する国家保安局でも語り草になっているのだから。

 それはさておきイリーナの激情はひとまず収まり、さっきまでの恐ろしい姿からは一変してにやけ面を浮かべ始める…どうやら彼女の興味はオセロットを中心とするWA2000とアンジェリアの色恋沙汰に移ったようだ。

 

 今度はWA2000が不機嫌になる番で、逆にアンジェリアはイリーナの圧力から解放されたおかげなのか余裕があった。

 

「まああんたの情報がMSFの任務に役立っているのは分かるけど……だからと言って後から現れたあんたがオセロットに近付いていい理由になんかならないわよ!!」

 

「別にあなたと張り合うつもりはないわWA。私は私なりに彼の素晴らしいところを知ってるんだもの」

 

「な、なによ…」

 

「見たところあなたは…ふふ、まあお子ちゃまには分からないわよね……あんな素敵な出来事は…」

 

 赤らめた頬に手を当ててうっとりとした表情を浮かべるアンジェリアを見て、WA2000は激高し机を思い切り叩く。

 隣で大笑いしているイリーナにイライラした様子で怒鳴りつけ、惚けた表情のままのアンジェリアを睨みつける。

 

「破廉恥だわ! この阿婆擦れ! アンタがどんな手を使ったか分かんないけど、オセロットの一番は私なの! 後から出てきたアンタの思い通りになんかさせないわよ!」

 

「最終的に選ぶのは彼よ? 彼も大変ね、こんなお子ちゃまに付きまとわれて…」

 

「なんですって!? 誰がガキよ! わ、わたしほど彼の教えに忠実で技術を継承した優秀な存在はいないわ、そこらの奴に負けない実力はあるわよ!」

 

「でもそれって結局師弟の域を出てないってことじゃない?」

 

「…っ!?」

 

「あっははははは! もうダメだ、腹が痛いっ! ハハハハハ!」

 

「イリーナ!! あんたさっきから笑い過ぎよ!」

 

 腹を抱えて大笑いしているのはイリーナだけでなく、AK-12も一緒になって笑っているしAN-94もとりあえず笑っていた。これ以上ないほど顔を真っ赤にしたWA2000は耐え切れず、アンジェリアを無理矢理引き立たせてその背を押して部屋から追いだしていく。

 

「あんたもう出てけ! とっとと帰りなさい!」

 

「待て、オセロットに部屋で待っていろと…」

 

「うるさい! 出てけ! 二度と来るな!」

 

「これは退散した方が今は良さそうだな」

 

 激高するWA2000から逃げるように、アンジェリアは護衛二人を連れて足早にその場から立ち去っていった。

 怒り狂う猫のように息を荒げるWA2000は、後ろから肩を掴まれ咄嗟に振りほどこうとしたが、肩を掴んだのはオセロットであり振り上げた腕が掴まれる。

 

「騒ぎ過ぎだ」

 

「うっ…!」

 

 振り返ったとたん、WA2000は額に手刀を叩き込まれる。

 額をおさえて悶絶するWA2000のそばにわざわざやって来たイリーナが、サムズアップしながら肩を叩いて行ったことにさらに苛立ちを募らせる。

 

「まあ頑張れよワルサー。それじゃあオセロット、例のものは貰ってくからな」

 

「ああ、あまりうちの未熟な生徒をからかうんじゃないぞ」

 

「待てオセロット。これ以上笑い転げるのは私も遠慮しておくよ」

 

「あんたもさっさと帰りなさい! スオミに邪魔しに来たって言いつけてやるんだから!」

 

「ちょっと待てワルサー、それはシャレにならないからやめてくれ」

 

「うるさい! さっさと帰れ!」

 

 イリーナの事も拳を振り上げて追い払い、ようやくその場は静かになる…オセロットの憐れむ様な目線がなによりも辛いが…。

 

「それで、あの女から今度はどんな情報を貰ったわけ? どうせ教えてくれないんでしょうけど…」

 

「いや、今回は教えても構わない。MSF全体に役立てられる物だからな」

 

 オセロットが掴む情報は一度諜報班に持ち帰りより詳しく調べられた情報のみしか教えられないため、今回もそうだと思っていたWA2000は意表を突かれる。普段と違う様子に落ち着きを取り戻した彼女は、アンジェリアから入手した作戦データとやらに興味を示すが、そのデータ量の膨大さに目を丸くする。

 単なる小規模な戦地の記録などではない、もっと大きな記録だ。

 

「すごいデータ量ね。でも戦術人形に与える作戦報告書として纏め上げるとなるともう少し情報はコンパクトになると思うけど、それにしたって凄まじい量ね」

 

「これはそういう使い方をするためのものじゃない。これには正規軍が経験したある戦場の詳細なデータがおさめられており、シミュレーションとして用いるのに利用する。お前たち戦術人形の訓練の一環として使えるんじゃないかと思ってな」

 

「なるほどね…ちなみに、その戦場はなんなの?」

 

「第三次世界大戦のアムール戦線とウラジオストク戦線…正規軍と人民解放軍双方合わせて数百万もの兵力が動員され、世界史上最大の激戦となった戦場のデータだ…体験してみるか? 果てしない消耗戦を、一兵士の視点としてな…?」

 

 オセロットの言葉に、WA2000は息を飲む。

 

 それは彼女がユーゴ内戦やこれまで経験したいくつもの戦闘と比較しても比較にならない、人類が生み出した暴力装置の全てを一点に集約したような苛烈な戦場なのだ。




イチャイチャやれっていうから(違う


そういえばこの作品の登場人物や組織は好きに使ってくれてええで
その場合一言貰えれば見に行ったりもしますんで!

ただコラボってなると、最近執筆時間取れないから難しいかもしれませぬ(´ω`)


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七人の戦術人形 part1

 ヘイブン・トルーパー【キャプテン・レックス】はこの世界に来てからのMSFに初期のころから尽くし、豊富な実戦経験とそれに裏付けされた戦略眼を持ち、なおかつ部下や上司からの信頼も篤い優秀な隊員だ。これまでの多くの戦闘によってヘイブン・トルーパー隊は犠牲も多く、初期に生み出されたトルーパーは少なく、レックスのように優秀な個体はさらに数も少なくなる。

 今はスプリングフィールドの部隊の中隊長として活動しているが、レックスを直々に鍛え上げたエグゼは部下の中でレックスを特に気に入っており、時々レックスを呼び出して仕事に連れていったりしている。

 

 真面目で規律に厳しいレックスはエグゼの職権乱用に頭を悩ませつつも、尊敬すべき上官の誘いを断り切れずについて行く。まあ、エグゼの方も勝手に引き抜いて行ったりせずちゃんとスプリングフィールドに一声かけてから連れていくようにしているのであるが……スプリングフィールドが拒否したところで言うことを聞く存在ではないが。

 

 

 さて、今回エグゼがレックスを誘った理由であるが、毎度のことながら特に大したことではなかったりする。

 エグゼは所持するバイクで暇さえあれば走りに出かけるのだが、何故だかガス欠になってバイクを荒野に放置して後日取りに戻るケースがやたらと多い。単純にメーターを気にせず走ってしまったり、走行距離を見誤ったり、オイル漏れがあったりなどなど理由は様々だ。

 今回はオイル漏れが理由で、バイクで走っている際に暴走した野良の戦術人形に攻撃を受けてタンクに穴が空いてガス欠になったようだ。もちろん攻撃を仕掛けてきた戦術人形はその場で破壊、数十キロ離れたMSFの基地まで徒歩で歩いて帰ることとなった。

 

 車に修理のための工具と替えの燃料タンクとガソリンを詰め込み、レックスの運転でバイクを放置してある場所まで向かう。ばれると呆れられるので、スネークや他のみんなには内緒だ。レックスも出かける際このことを喋ったりせず、彼女の口の堅さもエグゼが気に入る理由の一つだ。

 

 

「それでコマンダー、その襲い掛かって来た戦術人形っていうのはどんな奴だったんですか?」

 

「大した存在じゃない。正規軍の故障した人形さ、おおかたハイブリッドに攻撃されてAIがいかれたはぐれだろう。大した数もいなかった」

 

「ハイブリッドですか。奴らの活動範囲が少しずつ広がっているみたいですね、正規軍は何をしているんです?」

 

「さあな。いかれたヤンキーのスパイが今もきっちり仕事してるんだろう…よしこのあたりだ、ゆっくり走れ」

 

 身を乗り出し、廃墟の中に隠した愛用のバイクを探す。

 戦場跡や、放射能やコーラップスで汚染されたエリアに潜り込んでスクラップやジャンク品を漁る輩は少なくない。生身で漁りにくる命知らずの者もいるが、多くは安物の自律人形を探索に回す。エグゼはそういった輩の対策に、バイクを隠していた廃墟にいくつかのトラップを仕掛けていたが、見事トラップが発動していて古い自律人形が破損して倒れていた。

 

「ようし、修理開始だ。レックス、手伝ってくれ」

 

 車から工具と替えの燃料タンク、ガソリンを廃墟に運びこみ早速修理を開始する。せっせと穴の開いたタンクを、持ってきたタンクに変えてそのほかの故障したパーツをいくつか交換する。

 あとは燃料を入れて走れるようにしたら帰るだけだ。

 しかしその時、レックスは何者かの気配を感じそっと廃墟の外を伺う。

 

「コマンダー、何者かが我々の車のそばに」

 

「なんだって?」

 

 燃料の入ったポリタンクを置いて、エグゼも廃墟の隙間から顔を覗かせる。

 二人が乗ってきた車両に近付いて何かを調べているのは、米軍残党の戦術人形と思われる人形だ。関節部から粘ついた緑色の粘液を滴らせる姿から、単なるはぐれではなく厄介なハイブリッドの個体と思われる。人形たちは車内に手を突っ込み、中に置いていた備品を引っ張りだしたり、ボンネットを開いて内部の配線を引きずりだして壊そうとしている。

 二人はそれを敵対行為とみなし、廃墟から飛び出しハイブリッドたちに奇襲攻撃を仕掛ける…エグゼの放った弾丸が一体の戦術人形の頭部を撃ち抜き撃破、残りの敵も反応するがまわり込んだレックスが側面から銃撃しあっという間に片付ける。

 

「やるな、レックス」

 

「誰に鍛えられたと思っているんですか、コマンダー?」

 

 エグゼの言葉にニヤリと笑って見せ、レックスはまだ息のあった人形に向けてとどめを刺した。

 

「コマンダー、車が破壊されました。使える装備もこれだけです」

 

 荒された車内には、あの人形たちが滴らせていた緑色の粘液が付着し物資にこびり付いている。

 ハイブリッドはコーラップス液と米軍残党機とメタリックアーキアとが複雑に絡み合って突然変異によって生まれた存在、そんな奴らが残したものはろくでもないに違いない。使える物だけを回収し、車の給油口に布きれを突っ込んで火をつける。

 布きれが導火線のように燃料タンクに火を誘導し、車は一気に爆発炎上した。

 

「バイクを取りに来たのになんだよこれ? 乗れよレックス」

 

「お待ちをコマンダー。あれを…」

 

「ああん?」

 

 レックスが指さした先には、荒野を必死で走る二人組の姿があった。

 その背後からはハイブリッドの戦術人形が数体とそれらが使役する犬型のロボットが追いかけている。双眼鏡を手にして逃げる二人組を見たエグゼは、ニヤリと笑みを浮かべるとバイクのエンジンを始動させ二人組めがけ一気に走らせる。

 ハイブリッドから必死に逃げる二人組の手前で減速し、少し距離を開けて並走…向こうもそれに気付いたようだ。

 

「ようよう! こんなとこで何やってんだよおい! まーた連中にちょっかいかけて遊んでたのか、反抗期小隊?」

 

「反逆小隊よ! ちょっと暇ならあいつらをどうにかして!」

 

「ああん? 聞こえねえな?」

 

「助けてって言ってんの! 早くどうにかしなさい!」

 

 叫ぶAK-12に笑みを浮かべ、エグゼは背後から跳びかかってきた猟犬ロボットに銃弾を叩き込んだ。

 次いでレックスがバイクの後部座席から飛び降り、遅いかかってきた猟犬の頭をマチェットで叩き割る。後続のハイブリッドたちが迫るが、彼らを統率する戦術指揮人形がいなければ烏合の衆だ。反撃に転じた反逆小隊の二人も加わって、ハイブリッドを撃破する。

 

「よう、危なかったな」

 

「ええ助かったわ…まったく、もうハイブリッド絡みはうんざりね」

 

「救援感謝する、MSF」

 

「いいよ、後でカネふんだくるから」

 

 エグゼの返答にAN-94は反応に困り、救いを求めるようにAK-12の方をちらちらと見つめる。

 ただで助けてもらおうなどとは思っていなかったが、やはり謝礼を求めてきたことにAK-12はため息をこぼし、荷物から現金を取り出してエグゼに渡す。しかしエグゼはそれを貰ったうえでさらに報酬を要求して来たため、AK-12の怒りを買った。

 

「あのね、いくら助けてくれたからって強欲過ぎない?」

 

「オレ様の戦力は安くねえんだよ。きっちり金を支払ってもらうぜ?」

 

「いくらなんでも無茶だ。こんな吹っ掛け方されるなら助けなんて求めなかった…そうでしょう、AK-12?」

 

「その通りよ。いいかしら、わたしがあなたに払うのはそれだけそれ以上はなしよ!」

 

「いいよ別に、お前らの上司脅して金ふんだくってやる」

 

「アンジェに迷惑をかけるわけにはいかない! この話はこれでお終いだ…そうでしょう、AK-12?」

 

「うるせえよテメェ! AK-12の腰ぎんちゃく女が、引っ込んでろ!」

 

「私は腰ぎんちゃくじゃない! そうでしょう、AK-12?」

 

「あー…盛り上がっているところ申し訳ないですが、一旦落ち着いてください。この場に留まるのは危険です、移動をした方がよろしいかと…」

 

 収拾がつかなくなりそうな口論を見かねて、レックスが仲裁に入る。

 ハイブリッドどもを撃破したものの、ここに留まれば追手が来るのは明白だ。それは理解しているエグゼはさっさと口論から退いて、バイクにまたがった。

 

「待ちなさい! もしかしてこのまま私たちを置いていくつもりじゃないでしょうね?」

 

「大当たりだよバカやろう。せいぜい殺されないよう気を付けな」

 

 悔しそうに唇を噛み締めるAK-12に中指を立て、バイクのキーを回す…が、エンジンがかからない。

 何度も繰り返しキーを回すがエンジンはうんともすんとも言わない。舌打ちして顔をあげたエグゼが見たのは、愉快そうにほくそ笑むAK-12の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、結局エグゼらと反逆小隊の二人は利害の一致から行動を共にして近くにあった古ぼけた村に身を寄せた。バイクを諦めきれないエグゼが自力で押して移動するせいでいつハイブリッドに襲われるか冷や冷やしていたが、何とか村までたどり着く。

 しかし村の入り口にはハイブリッドの残骸が散らばり、ここも安全な場所でないことが伺える。

 少し休んだらすぐに移動しよう、そう思った時だった…。

 

 家屋の陰から何者かが跳び出し、エグゼに向けて銃口を向ける。

 咄嗟にエグゼも拳銃を向けるが、すぐに相手の正体に気付く。

 

「お? AR小隊のポンコツクズニートじゃねえかよ!」

 

「誰がポンコツクズニートだ! なんでここにお前がいるんだ、メスゴリラ!」

 

 現われたのはエグゼと浅からぬ因縁を持つAR小隊の隊長M4だ。

 M4の後からひょっこり顔を出したのはSOPⅡ、それからAR-15……エグゼはずっとAR-15の事を死んだと思っていたため、彼女の顔を見た時驚きを見せる。

 

「おかしいな、墓穴にちゃんと埋葬されてない奴がいるな。どうして生きてんだ、ゾンビかテメェはよ?」

 

「まだまだ死ねない事情があるのよ。M4、こいつらは敵? それとも味方?」

 

「ねえねえM4! 折角だからエグゼたちにも手伝ってもらおうよ!」

 

「ちょっと待て、なんだそれは?」

 

 SOPⅡの提案にエグゼやAK-12も疑問符を浮かべる。

 AR小隊に事情を聞くよりも先に、村の奥から年端もいかない少年少女たちが駆けつけてくる。子どもたちはM4たちのそばに寄り添い、じっと見知らぬ顔のエグゼたちを見つめる。

 あまり小奇麗とは言えない子どもたちの服装と、村の奥に見える建物からエグゼはすぐにAR小隊が立たされている状況を理解する。

 

「なるほどね…この村というか、孤児院を守るために雇われたってわけか」

 

「雇われたわけじゃありません。戦争屋のあなたたちには分からないでしょうね」

 

「言うじゃねえかM4。敵はハイブリッドか……多勢に無勢だな。とっとと逃げちまえばいいのによ、なあお前たちもそう思うだろう?」

 

 エグゼは自分を見つめる少年の一人にそう問いただすが、少年は首を横に振る。

 

「ぼくはどこにもにげないよ。先生や友だちを置いてななんていけないよ」

 

「そうよ、あんなやつらぜんぜんこわくないもん!」

 

 子どもたちに怯えているような様子はない。

 これくらいの歳の子なら恐怖に怯えてもいいはずなのに…子どもたちのたくましさを目の当たりにして、エグゼは上機嫌に笑う。

 

「久しぶりに頑固なクソガキを見たぜ…おいレックス、たまには慈善活動ってのもいいもんだよな?」

 

「弱者をいたぶるのは気に入りませんからね。手伝いますよ、コマンダー」

 

 エグゼの気の変わりようにはM4も驚き目を丸くさせる。

 これまであまり接点のなかったAR-15も、エグゼの発言は意外だったようだ…そんな中、SOPⅡだけはエグゼなら手伝ってくれると信じていたようで満面の笑みを浮かべていた。

 不意にエグゼは振りかえり反逆小隊の二人を見やる…次にエグゼが何を言うかなんとなく理解しているようだった。

 

「乗りかかった船だろう、お前らも折角だから手伝ってけ」

 

「助ける義理はないけれど?」

 

「ここはお前らの国の領土だろうが。お前んところに苦情入れるぞ? さっきのカネの話も帳消しにしてやるから手伝え」

 

「どれだけ強引なんだろうこの人は…でも、最優先の任務がない限り人命救助は尊重されるとアンジェは言っていた。そうでしょう、AK-12?」

 

「ええ、そうね。どうせここから安全に帰還するには連中をどうにかしないとならないしね…乗ったわ」

 

「そう来なくっちゃな」

 

「はぁ……【七人の戦術人形】ですか…うまく共闘できればいいけれど…」

 

 以前ほど噛みつき合いしなくなったとはいえ、犬猿の仲のエグゼとこの場所で共闘することに不安を隠しきれないM4。どうせならM16がいてくれたらと思いつつ、人知れずこっそりとため息をこぼすのであった…。




黒澤明監督を称えて!!

七人の侍のオマージュ、そしてスターウォーズへのリスペクトも兼ねたストーリーw


敵役はハイブリッドだけど、過度にえぐい描写はないから安心してくださいなー


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七人の戦術人形 part2

 なんの因果か辺鄙な村にある孤児院をあのハイブリッドの襲撃者たちから防衛することとなったエグゼとレックス。手を組むのは因縁浅からぬAR小隊の3人と、国家保安局エージェントのアンジェリア指揮下の反逆小隊の2人だ。一見いがみ合いはすれども、決して手を組みあうことなどあり得ない面子に思えるかもしれないが意外なことに彼女たちは村の孤児院を守るという共通の意思のもとで協力し合うのだった。

 

 彼女たちがまず最初に手を付けたのは、孤児院の子どもたちやその面倒を見る孤児院の先生が身を隠すことのできる安全な場所の確保だった。幼い子どもにも情け容赦なく手をかけるハイブリッドから守る最適な方法は今すぐこの場から子どもたちを逃がすことだが、周辺エリアではいつどこでハイブリッドの襲撃があるか分からない。

 そこで一同考えたのが、子どもたちをこの村の中心に位置する古い地下貯蔵庫に隠れてもらい、村の全域を防御拠点として用い罠を張りめぐらせる作戦だ。孤児院の子どもたちが慣れ親しんだ村全体を罠に変える、すなわち村は破壊されつくすということを意味していた。

 哀しそうに泣く子どもたちに胸を痛めるが、命には代えられない…。

 

 

「みんなー! 偵察してきたよー!」

 

 子どもたちを避難させ、罠に用いる物資をかき集めている間に偵察に出していたSOPⅡが戻って来た。

 作戦を立てるには敵の情報を知るのが何より大事、ましてや数で劣る彼女たちにとって情報は先手を打つための武器となる。手持ちのカメラにおさめた画像データを早速みんなに見せ、作戦会議が始まった。

 

「敵の数はたぶん100体以上いるよ。それに戦車が一両…滅茶苦茶堅くて強いあのマクスウェル主力戦車だよ」

 

「それだけじゃない。重装戦術人形ジャガーノートもいるわね、敵は火力面においても私たちを圧倒しているわね」

 

「それに敵は100体ではきかないかもしれない」

 

「それは、どういうことですかAN-94さん?」

 

 AN-94が示唆するハイブリッドの新手についてM4が疑問を挟み込む。

 AK-12と共にアンジェリアの指示でハイブリッドの情報収集任務に従事するAN-94はこの中のメンバーにおいて、敵の情報をより多く知る存在だ。AN-94曰く、ハイブリッドは戦闘音や同胞の声に反応し集まってくる習性があるのだという。

 そしてさらに厄介な存在がいる…本能的に戦闘行為を行うハイブリッドを統率・指揮し、より高度な戦術を立てて群れを部隊として運用しようとする存在だ。SOPⅡが偵察で得た画像の中には、一人の戦術指揮をとる人形がおさめられていた。

 

 青白い肌に長い黒髪をポニーテールにし、鉄血のハイエンドモデルに近い容姿の戦術人形だ。

 他の多くのハイブリッドらが歪に変異しているのにも関わらず、その人形だけは小奇麗な容姿を保っている。その画像を見たM4は、何か知っていないかとエグゼに振りかえる。

 

「あなた、これを知ってしますか?」

 

 写真の画像を見たエグゼはしばし空を見上げて思いだそうとしたが、どうやら見覚えはないらしいがレックスは少し覚えがあった。

 

「コマンダー、以前UMP45が任務で遭遇した鹵獲されたハイエンドモデルとはこいつの事では?」

 

「かもしれねえな。あのクソどもオレらの古巣を漁りやがって…」

 

「同じ鉄血なんだからもっと詳しい情報を持っていたりしないの?」

 

 口を挟んできたAR-15をエグゼは軽く睨みつけるように見た。特にいがみ合うことは無いが、うっすらと両者に軋轢があるのが分かる。

 

「オレは開発に関係してないからな。アーキテクトやドリーマーなら知ってたかもな。古巣には製造されてないだけで設計書が残っていたり、プロトタイプモデルはいくつもあるから工場を占拠した奴らが何を送り込んできても驚きはしねえよ……それよりお前ら戦いたくてうずうずしてねえか? とりあえず一発殴りに行こうぜ」

 

 エグゼはニヤリと笑い、呆気にとられるメンバーたちを見回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイブリッドが占拠した鉄血の工場から新たに生み出されたハイエンドモデル【レイダー】は退屈をしていた。

 他の生み出されたハイエンドモデルたちがより高い位置に立ち、極秘任務に従事しているというのに自分は荒野に派遣され遺物の発掘や活動圏内にいる人間の排除が主な任務だ。排除する相手が正規軍やそれに準じる軍事組織ならともかく、正規軍は部隊を派遣してこないし万一に派遣してきたとしても戦闘回避を命じられる。

 そんな日が続くごとに集中力は失われ、警戒感も薄まるもの…。

 眠気すら感じられる退屈な任務は、前方を進むジャガーノートが突然爆発に巻き込まれて大破したことで一気に流れが変わる。爆発の衝撃波で戦車の砲塔にあぐらをかいていたレイダーは吹っ飛ばされて転落する。

 

「いってぇ…んだよ…!」

 

 打ちつけた額を押さえながら起き上がったレイダーが見たのは、自身が率いる部隊めがけ投げ込まれる爆弾と縦横無尽にバイクを走らせるAK-12の姿だ。

 突然の奇襲に呆気にとられたレイダーであったが、すぐにその表情は獰猛な笑みへと変わる。

 

「隊列を組め!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、右往左往していたハイブリッドの部隊に一瞬で規律が戻る。

 前衛の人形が強固な盾を構え、その背後に銃を構えた戦術人形が並ぶ。

 古い時代の戦列歩兵陣のように並んだハイブリッドを前にして、奇襲をかけたAK-12はバイクをターンさせて後退する。

 

「一斉射撃! 撃てッ!」

 

 レイダーの号令と共にハイブリッドの戦列より強力な火砲が火を吹いた。

 一撃一撃は強力だが命中率の低い砲火を、密集陣形からの一斉射撃で補う攻撃方法だった。一斉に放たれた砲火が大地を抉り、辺り一面を黒煙と砂煙で覆った。その先を睨みつけるレイダーであったが、動きがあったのは彼女の視界の端だった。

 煙の中を突き抜けてきた一体の戦術人形が密集陣形を組むハイブリッドの側面を抜け、一気にレイダーへと詰め寄り強烈な斬撃を浴びせかけた。それをレイダーは咄嗟にそばに控えていた人形を盾とすることで防ぐが、二の太刀が迫ると止むを得ず自身の銃を犠牲にして斬撃を防いだ。

 

 レイダーの動きが阻害されると統率するハイブリッドの動きも鈍くなる。

 そこを先ほど奇襲を仕掛けたと思われるバイクに乗る戦術人形が再び襲いかかる。

 

「クソッたれが……あぁ!? お前、もしかして…エクス姉ちゃんか?」

 

「なんだテメェは?」

 

 一方、攻撃を受けたレイダーは今なお競り合う相手の正体に気付くと、獲物を仕留めるような表情から途端に無垢な子どものような笑顔を浮かべた。それを不可解に思うエグゼであったが、攻撃の手は緩めない。

 

「やっぱりそうだエクス姉ちゃんだ! そうだろう!? なあ! そうなんだろうエクス姉ちゃん!」

 

「うるせえ! テメェにそんな呼ばれ方される筋合いはねえんだよっ!」

 

 笑うレイダーを力任せに弾き飛ばすも、レイダーは直ぐに起き上がると素早い身のこなしで戦車の砲塔に跳び退く。それと同時にハイブリッドらは再び統率力を取り戻した。

 

「クソみたいな任務だとずっと思ってたんだ! だが違った! あんたに会いたかったんだよエクス姉ちゃん! ハハ、なんて素晴らしい日だ! あんた滅茶苦茶強いんだろ、そうだろう! あんたならあたしの退屈を紛らわしてくれる以上の事をしてくれるよな!そうだよな!」

 

 レイダーがエグゼに向けるまなざしはまるで、憧れの人物を見るようなものであった。実際にレイダーはエグゼを尊敬し、あるいは崇拝に近い想いを抱いていた。だからこそそんなエグゼに全力の力を叩きつけることは最大級の敬意だと思っていた。

 レイダーの指示で動きだすマクスウェル主力戦車、そばには強固な装甲を持った随伴歩兵が控え防備を固める。

 あの戦いで幾多もの兵器を貫いたマクスウェル主力戦車の主砲がエネルギーを充填させていく……一撃で何もかもを粉砕する、圧倒的な一撃だ。

 

「はっ、バカが…まともにやってられるかよ!」

 

 しかしエグゼは発煙弾を投げ込むことでマクスウェルの視界を遮断、主砲の強力な一撃は煙幕に遮られて外れてしまう。

 

「追え!逃がすな!」

 

 マクスウェルの主砲が再び充填されるには時間がかかる。

 撤退するエグゼとAK-12をすぐ追いかけるよう指示したが、前に出たハイブリッドたちは突然足下からの爆発に巻き込まれて壊滅状態に陥る。煙幕の最中にばら撒かれた地雷を踏みつけたのだとすぐに理解したレイダーであったが、その時すでにエグゼたちはバイクにまたがり遠くへ行ってしまっていた。

 

 しかしレイダーはまだ笑みを消していなかった…。

 

「逃がすかよ、姉ちゃん…やっと会えたんだ! どこにも逃がすもんかよ!」

 

 レイダーは、走り去った先を笑いながら見つめつつハイブリッドの部隊を進撃させる。




最近Twitter上でエクスキューショナー愛を叫びまくってるのはたぶんワイです(適当)


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七人の戦術人形 part3

 襲撃を仕掛けたエグゼとAK-12が戻ると、ハイブリッドたちを迎え撃つための準備は既に整っていたようでトラップの敷設を任されていたレックスが二人を出迎える。エグゼが信頼を置くトルーパーの一人とはいえ、元を辿れば鉄血をベースにした量産型の戦術人形だ。AR小隊やAN-94がちゃんと指示に従うか不安であったが、どうやら杞憂だったらしい。

 ただエグゼに従うよりもレックスの指示には協力的な態度を示していたことが分かると、途端にエグゼは不機嫌になるのだが…。

 

 それはともかくとして、先手を打つことに成功した二人が戻るや否や敵は村に向けて攻撃を開始した。

 足の速い歩兵部隊が迫撃砲の照準を村に合わせ砲撃を開始、迫撃砲より放たれる砲弾が村の遮蔽物に隠れる彼女たちの頭上から落下し建物を吹き飛ばしていく。

 レンガ造りの家屋の壁に背をつけて屈むM4は迫撃砲の砲弾がいつ自分の真上から振って来ないか不安でたまらない様子であった…しかし、ふと見た先でエグゼがニヤニヤしながら見ているのに気付き、途端に不愉快そうに表情を歪めるのだった。

 

「なに笑ってるんですか!?」

 

「なにビビってんだよ、こんなの無人地帯(ノーマンズランド)での戦いに比べりゃしょぼいもんだろう?」

 

 M4にとっても忘れたくても忘れられない無人地帯(ノーマンズランド)での激戦、鉄血とMSFの双方に挟まれて孤立無援の中凄まじい砲撃の雨に晒された記憶は今でも鮮明に思いだせる。確かに、エグゼの言う通りその時に比べればこの砲弾の規模は遥かに小さいのだが、だからといって全く脅威なわけではない。

 

「このままじっとしてれば迫撃砲の餌食になる!」

 

「落ち着けよアホ、どうせ当たりゃしない」

 

 M4とは対照的にエグゼは壁に寄りかかったままリラックスしている様子だ。それを信じられないという目つきでM4は見ていたが、村に撃ちこまれていた砲撃の音が止んだのに気付き、次なる戦闘を意識する。

 遮蔽物から顔を出して敵の様子を伺うと、ハイブリッドの歩兵たちが散開し村に侵入しようとしてくるのが分かる。しかし敵の数は思っていたほど多くはなく、常に大群で動くハイブリッドを想定していたM4としては拍子抜けだ。

 

 油断しているのか、それとも小手調べか…相手の出方を伺うべきか悩むM4はエグゼの方に目を向けたがさっきまでそこにいたエグゼの姿はない。すぐに視線を敵に戻したM4が見たのは、得物のブレードを肩に担ぐ猛然と敵に突っ込むエグゼの姿だった

 エグゼの突撃に気付いたハイブリッドがすかさず発砲してきたが、エグゼは自慢の脚力で大きく跳躍して銃撃を躱すとともに一気に敵との距離を詰めた。感情のないロボット同然のハイブリッドが焦ったかどうかは定かではないが、エグゼの素早さに反応しきれず、ブレードの一撃により真っ二つに斬り裂かれた。

 

 そのままエグゼはそばにいた別のハイブリッドも瞬時に破壊し、物陰から飛び出してきた敵もブレードの刺突で破壊された。しかし敵はさらに出現し、エグゼを接近させないよう距離をとって攻撃を仕掛けてくる。

 

「来いよ! こうして生で戦うのは久しぶりなんだ、滾らせろよな!」

 

 自身に攻撃を仕掛けてくるハイブリッドに向けてエグゼは獰猛に笑い、久しぶりに感じる戦場の空気を感じて酔いしれているようだ。言葉通り、ここ最近は直接的な戦闘に関わっていなかったこともありエグゼは興奮している様子。

 見据える敵に向けて突撃しようとしたところ、狙っていたハイブリッドの歩兵たちが突然側方からの銃撃を受けて破壊される。

 ハイブリッドらの不意を突いたのはM4だ。

 彼女は這いつくばるハイブリッドに対してとどめを刺すと、勢いよくエグゼのそばに走り寄りそのままエグゼを殴りつけた。もちろんエグゼも思い切り殴り返し、M4は鼻血を流して倒れこむ。

 

「おいいきなり殴ってくんなよ?」

 

「くぅ、痛っ……このメスゴリラ…! 敵を罠で迎え撃つ作戦だったでしょ!? なにやってんの!?」

 

「敵を見ろよ。奴ら罠を警戒してる動きだ、こっちからも迎え撃つ姿勢を見せなきゃ敵の群れを釣れないぜ?」

 

 敵は罠を警戒している。

 迫撃砲による砲撃も、小規模な分隊を送りだしてきたのも警戒の現れだ。村に用意した罠を分隊程度の敵に向けるわけにはいかない。罠をより効果的に炸裂させるには、敵の大部隊を村に引きずり込まなければならない。

 

「とにかく、他のみんなと合流しないと…!」

 

「せいぜい足を引っ張らないよう頑張りな」

 

「うるさい! 鉄血のクズ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小手調べの砲撃はしのいだけど、この先の作戦とかもちろん立ててるのよね?」

 

「ええもちろん。あなたが囮になって私たちは逃げる」

 

「その神算鬼謀、さすがだAK-12!」

 

「クソの役にも立たないアドバイス感謝するわ、反抗期小隊!」

 

 何か名案でもあるかと思って一緒にいた反逆小隊の二人に質問したが、本気なのか冗談なのか分からない返答を聞いて、AR-15は今すぐ目の前の二人を敵に放り込んでやりたい気持ちに駆られる。

 畑の柵を踏み倒して村に侵入しようとする敵に向けて引き金を引く。

 AR-15の射撃は正確に敵の関節部を狙い撃ち、体勢を崩すことに成功するも小口径の銃弾では仕留めきることが出来ない。被弾を想定している正面部は間接部ですら小口径の銃弾を弾く堅牢さを有している。徹甲弾を持たない彼女たちにとって本来なら相性の悪すぎる相手だ。

 

「もう一度聞くわ反抗期小隊! 何か手はあるの!?」

 

 いまだ涼しい表情で敵を伺うAK-12にAR-15は苛立ちを感じさせる声で怒鳴る。

 

「ご心配なく。活路はあなたの相方と、MSFのぴょんぴょんカエルちゃんが開いてくれるわ」

 

「ぴょんぴょんカエル?」

 

 この期に及んでふざけた言葉を口にするAK-12に我慢の限界が来た。しかしAR-15の怒りがAK-12へとぶつけられる寸前に、彼女たちの近くで爆発が起こるのだった。飛来する瓦礫に頭を下げてやり過ごし、そっと敵の方を伺う…。

 畑の方から侵入していた敵がほぼ全て破壊されていたのだ。

 半身を失い這って動く敵が数体居たが、それは屋根裏からひょっこりと顔を出したSOPⅡの射撃でとどめを差されるのだった。

 

「SOPⅡ! はぐれたと思ったらそんなところに!?」

 

「にゃははは! ここからならみーんな丸見えだもんね!」

 

 屋根裏から顔を出すSOPⅡは楽しそうに笑いながらグレネード弾を装填すると、別方向から侵入する敵の集団に向けて榴弾を撃ちこむ。しかし今度現われた敵は数が多く、仕留めきれなかった後続の兵が仲間の残骸を踏み越えて殺到する。

 そのうちの一体は重厚なシールドを備え付けた火炎放射器を持ち、その噴射口をSOPⅡの隠れる民家へと向けるのだった。

 

 ヤバいと思ったSOPⅡがすぐさま頭をひっこめるが、敵の火炎放射が瞬く間に民家を火で覆い尽くす。

 仲間のピンチにAR-15は叫び、民家に火を放つ敵兵に向けて銃撃するが盾となるように立ちはだかる前衛に弾かれてしまう。

 そんな時、離れた家屋の屋根から突如として姿を見せたレックスが驚異的な跳躍力で敵の頭上を跳び越えながら、空中から何かを敵に向けてばら撒く。ジャンプした勢いのまま燃え盛る民家に転がり込んでいったレックスは、数秒後SOPⅡを抱きかかえて脆いガラス窓を突き破って脱出した。

 まんまと逃げおおせたレックスに狙いを定めるハイブリッド兵、しかし奴らが引き金を引く前にレックスは起爆スイッチを押し、先ほど空中から撒いた爆弾で敵をまとめて爆殺した。

 

「お怪我は?」

 

「ありがとうレックス! あやうくバーベキューになるところだったよ!」

 

「笑い事じゃないわSOPⅡ! もう少しで死ぬところだった!」

 

「後にしましょう。敵の後続が迫っています、仕掛けた罠を発動させるときです」

 

「ええそうね、他の仲間と合流して―――伏せてっ!」

 

 何かに気付いたAR-15が咄嗟にそう叫ぶと、次の瞬間辺りが一瞬眩い閃光が覆い凄まじい衝撃が彼女たちを襲う。咄嗟に伏せた彼女たちは衝撃波によって吹き飛ばされ、散り散りとなってしまう。

 

 

 

「うぅん……なんなのよ…! AN-94、大丈夫?」

 

 一緒に吹き飛ばされたAN-94に声をかけるも返事が帰って来ない。AK-12のすぐそばで倒れる彼女に大きな外傷はないが目を開けたまま微動だにしない。AK-12が何度か彼女の頬を叩くと、ようやく反応しAN-94は驚いたような表情を浮かべる。

 

「一体何が?」

 

「忌々しいマクスウェルの砲撃に違いないわ。今のでだいぶ罠が吹き飛ばされた」

 

 あらゆる兵器を一撃で葬り去るマクスウェルの砲撃、幸いにも直撃を免れたが凄まじいエネルギーが炸裂したことによる衝撃波でAN-94のメンタルモデルが一瞬乱れてしまっていたようだ。AN-94を立ちあがらせて村の奥に後退していく…村の民家を粉砕したマクスウェル戦車が喧しい駆動音を鳴り響かせながら、柵や民家の壁を強引に踏みつぶし前進してくる。

 ハイブリッド兵が戦車の周りに集結し、戦車の死角をカバーするように進む…敵は目につく家屋に火を放ち、隠れ場所をしらみつぶしに破壊していくのだった。

 

 

「マクスウェルは恐ろしい戦車よ。あれにかかったら正規軍の高価な兵器も一瞬で消し炭にされる、一方的な存在よ……っていうのは過去の話、今は対策も十分に研究されてる。さて、反撃の時間よ…みんな位置についた?」

 

 

 あらかじめ配った小型の無線機を用いてAK-12は仲間たちへと合図する。

 先ほどのマクスウェルの砲撃から辛くも逃れた3人も無事配置につく…エグゼとM4と連絡が取れないのは気掛かりだったが、AK-12は当初の予定通り作戦を進めるのだった。

 マクスウェル戦車が村の中央通りを進み、両側に背の高い雑草が茂る道へと差し掛かった時、AK-12は仕掛けられた地雷を起爆させた。地面に埋設された地雷を繋ぎ合わせた即席爆弾がマクスウェルの履帯を切り、随伴歩兵を爆風で吹き飛ばした。

 

「今よみんな、お待ちかねの蹂躙タイム」

 

 AK-12が合図する間もなく、隠れていたSOPⅡが草むらから飛び出し至近距離からハイブリッド兵の頭部へ銃弾を叩き込む。一体を倒すとすぐさま茂みに身を潜める一撃離脱戦法をとり、AR-15が追撃しようとするハイブリッド兵の足を止める。

 

「油断しないで、マクスウェルはまだ生きてるわ!」

 

 履帯を切られたマクスウェルだがその強力な砲は未だ健在だ。

 さらにご自慢のシールドも健在であり、側方面からAN-94が撃ちこんだ対戦車ロケット砲を受けてもびくともしていない。主砲以外にも厄介なのが戦車の機銃だ、凄まじい連射力を持った機銃による射撃は遮蔽物をも吹き飛ばす威力を持つ。

 この忌々しいマクスウェルを破壊するにはシールドが切れる一瞬を狙わなければならない。

 マクスウェルがそのエネルギーを主砲の射撃に回すとき、つまりは射撃体勢に入りレーザー砲が発射される十数秒の間に破壊しなくてはならないのだ。

 ということは、必然的に誰かがあのレーザー砲に狙われなければならない。

 そしてその役目を引き受けたのが、エグゼとM4だ。

 

 

「おら来いよくそマヌケ! 狙いはこのオレ様だろう!?」

 

「なんで、こんな事に…!」

 

 

 戦車の正面にエグゼが颯爽と登場し大声で挑発する。

 一緒に現われたM4は囮をエグゼ一人に任せようとしたらしいが失敗、エグゼに羽交い絞めにされて逃げることが出来ないようだ。エグゼの狙い通り、戦車の砲塔は正面のエグゼに向けられ、凄まじいエネルギーが収束させられていくのを感じ取る。

 車体の側面と後方を随伴歩兵がカバーし、ロケット砲を持った者が接近したとしても迎え撃つことが出来ると踏んで主砲の狙いをエグゼに絞っているようだが…マクスウェルはほぼ全ての戦車の弱点とも言える箇所だけはカバーしていなかった。

 

「レックス!!」

 

「了解コマンダー!」

 

 草むらを全力で駆け抜け、SOPⅡが踏み台代わりとなってレックスの跳躍力を最大限に発揮させる。マクスウェルのほとんど無防備な砲塔直上まで跳びあがったレックスは、空中で身を翻し、対戦車ロケットをマクスウェルの天板へと撃ちこんだ。

 貧弱な天板をロケットが貫き、車体内部で炸裂したロケット弾によって内部爆発を引き起こしマクスウェルの砲塔が分離し吹き飛んでいった。

 

「残党狩りだ! 全部ぶっ潰せ!」

 

 戦車の爆発に巻き込まれたのがほとんどだが、かろうじて生き延びた敵もその後集中砲火を受けて殲滅、村に攻め込んできたハイブリッドの部隊は壊滅した。

 マクスウェル戦車という普段ならまともに戦うことのない相手に戦ったためか、どっと押し寄せてきた疲労感に人形たちはその場に腰を下ろすが、エグゼは戦車の車体に駆け上がり車内を覗き込む。

 

 

「クソ、あのやろう逃げやがったか…!」

 

「どうしたの?」

 

「オレにケンカ売ってきた変なハイエンドモデルがいたんだがよ…」

 

 

 車内にあの謎のハイエンドモデル"レイダー"の残骸はない。

 悪態をついていると、鉄血が用いる通信を介してエグゼに声が届けられる…相手はあのレイダーだ。

 

 

『さすがだエクス姉ちゃん! 見事な戦いぶりだったよ!』

 

「テメェこのやろう! とっとと姿みせろ、ぶっ殺してやる!」

 

『落ち着いてくれ姉ちゃん、そう焦るなって。人生は長いんだ、これからゆっくり付き合っていこう』

 

「うるせえな、お前の首をねじ切ってやるよ」

 

『おー怖い、さすが姉ちゃんだ! アルケミスト姉さんやデストロイヤーお姉ちゃんに逢うのも今から楽しみだ! あたしもドネツクの鉄血の工場で生まれたんだ、そうさ、あたしも姉ちゃんたちと同じ家族なんだぜ? というわけで、また会える日を楽しみにしてるぜ!』

 

 

 一方的に通信が切られ、エグゼは舌打ちして苛立ちを露わにする。

 

 

「腑に落ちねえな……まあともかく、村は守れたってわけだが。こんな惨状じゃあ…」

 

 村は防衛したが酷く荒れたこの場所で再び同じ営みを続けることは困難だろう。ということでエグゼが考えたのはMSFで保護するか、あるいは……村にいる者のほとんどが子どもであることを思いだしたエグゼは、ため息を一つこぼし某暗黒大陸の成り上がり令嬢に連絡を取り、一報を入れておくこととしたのだった…。




久しぶり~


久しぶり過ぎて世界観わすれてもうたw

ということでシリアスは手放しておふざけワールドしましょう

全部ツイッターが悪いんです!
ツイッターで遊んでたら悪いお友だちができて、健全な犬もどきが大変な変態に染め上げられてしまったのです!


たぶんここ一か月の変化にびっくりすると思いますが、風変わりしても拙作をよろしくお願いしますw


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TPOをわきまえて!

 FOXHOUNDの称号を持つ9A91率いる特殊部隊(スペツナズ)バルザーヤは部隊の結成時よりメンバーの増員や減員もなく、常にMSFにとって困難な任務を請け負ってきたが、組織の拡大と共にバルザーヤに求められる役目も多くなってきたことでついに部隊の拡大計画が持ちあがる。

 だからと言って闇雲に増やそうという考えはなく、ひとまずもう一個小隊ぶんの増員を総司令官のスネークと部隊長9A91との間で話をまとめていた。バルザーヤの増員メンバーについては、当初正規のルートで戦術人形を購入することも検討されたが、最終的にはMSF伝統のスカウト(フルトン回収)することと決まった。

 

 そして今日、バルザーヤ拡大のため腕の立つ特殊部隊候補生たちを司令官のスネークに紹介する計画であった。スネークに紹介するため、メンバーをグローザに呼んできてもらう間、9A91はスネークにメンバーを集めるまでの詳細を話し褒めてもらっていた。既に候補生たちの訓練を始め、MSFの理念についても叩き込み忠誠心も持たせてある…まあ戦術人形にとって忠誠心という意味は人間と変わってくるのだが、珍しく成果をアピールする9A91にスネークも一緒になって喜び褒めてあげる。

 二人きりで頭を撫でられて9A91は愛らしく微笑んでいた。

 

 

「ところで、グローザはまだ来ないのか?」

 

「遅いですね…どこに行っちゃったんでしょうか?」

 

 

 グローザに新しい仲間を呼びに行ってもらうよう頼んでからもうずいぶんと時間が経つ。

 たまにはこんな事もあるだろうとしばらくは二人で談笑していたが、いくらなんでも遅すぎるということで二人はグローザの様子を見に行くこととした。マザーベース内で事件が起こるということは稀であるし、もし何かあれば緊急警報が鳴らされるはずだ。

 腑に落ちない様子で宿舎へ向かうと、なんと廊下の壁にもたれかかって座り込んでいるSV-98がいるではないか。

 

「SV-98! どうしたんですか!?」

 

「うぅ……た、隊長……た、たすけ…」

 

「一体何が…?」

 

 顔をあげたSV-98の目は虚ろで顔色が悪そうに見える。

 ただ事ではない気配を感じていると、すぐ近くの扉が開かれた。

 

「SV-98、この程度で根をあげるようじゃバルザーヤには……はっ、隊長さん…!」

 

「グローザ! あなた一体何をしてるんですか!?」

 

「あ、いや……ちょっとね…」

 

 部屋から出てきたのはなんとグローザだ。

 彼女は9A91を見た瞬間手に持っていた物を咄嗟に隠したが、一緒にいたスネークはその手に酒瓶を持っていたことを見逃さなかった。厳しい目つきで説明を求めると、グローザは珍しく目を泳がせて頬を掻いている……するとまた別な人物が同じ部屋から姿を見せた。

 プラチナブロンドの髪のその女性は千鳥足のままグローザに近付くと、肩を組んで酒瓶をあおる…ぷはー!と気持ちよさそうに酒を飲み干す彼女は既に出来上がっていた。

 

「にげないでょグローザ~、あらら……? 隊長さんと、へんなおじさんがいるわ~?」

 

「A-91! 司令官になんて口の利き方を!」

 

 "A-91"彼女こそ当初9A91がスネークに紹介するはずだった新しい仲間であった。

 それが今や酷く泥酔して紹介するはずのスネークをちゃんと認知しているかどうかも怪しいコンディションで、さらにあろうことかスネークをへんなおじさん呼ばわりだ。9A91はスネークへの申し訳なさとA-91への怒りに駆られるが、二人の背後から見えた部屋の様子に表情が凍りつく。

 

 部屋にはバルザーヤメンバーのPKPとヴィーフリもおり、そこへ新しい仲間でA-91と同じようにスネークへ紹介するはずだった"PP-19Bizon"と"Saiga-12"も混じって酒盛りをしているではないか。グローザを押しのけて9A91が部屋に入って来るのを見た新入りのサイガ(Saiga-12)は甲高い嬌声をあげたかと思うと、勢いよく走って来て9A91に抱き付いた。

 

「や~~ん! 隊長さんいつ見ても美少女過ぎるよ! やっぱりいい匂いする~!」

 

 9A91に抱き付き頬擦りするサイガでるが、やや潔癖症の気がある彼女は後ろにいるスネークを見るやジト目で睨む。

 

「ちょっと、いま美少女子会やってるんですよ? おじさんは立ち入り禁止です!」

 

 A-91と同じように酔っぱらっているサイガはその相手がMSF司令官のスネークだと気付いていない。

 それが面白可笑しくてクスクス笑っていたグローザであったが、9A91が無言で静かに抱き付くサイガを絞め落としたの見て笑顔を一瞬で消す。周囲は9A91の変化に気付かずばか騒ぎしていたが、突如響いた破壊音に跳びあがり音のした方を見る。

 

「酔い……覚めましたか?」

 

 今しがた9A91が殴りつけたと思われる壁が陥没し、パラパラと砕けた壁の破片が落ちる。

 9A91は微笑んでいるが目は全く笑っていない。

 一瞬で酔いも吹き飛んだ一同は、9A91が声をあげると一斉に動いて彼女の前に整列する。失神するサイガもたたき起こされたが、一瞬で状況を理解し整列する。

 

「司令官、すみません。ちょっとお時間いただけますか?」

 

 すがすがしい笑顔で振りかえってきた9A91に、スネークは頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――と、言うわけで以上が我々の部隊に新たに加わるメンバーです。ちょっとトラブルもありましたし、どうしようもない連中ですけど覚えてあげてください司令官」

 

「ちょっと待って隊長さん、どうしようもない連中って…」

 

「黙りなさいグローザ」

 

 改めてバルザーヤの既存メンバーと共にスネークに紹介される新メンバーの三名、バイゾン(PP-19)は頭に大きなこぶがありA-91は片目にあざがありサイガは鼻血を流しているという酷いありさまだが、それは一緒に酒盛りをしていたグローザもヴィーフリもPKPもほぼ同じであった。

 唯一、廊下で酔いつぶれていたSV-98だけは無傷だ。

 彼女はみんながノリノリで酒盛りし始める中、なんとか止めようとしたがのだがみんなに飲まされて潰されたということで無罪となる。ただ部隊の先輩らがボコボコにされた中、一人だけ無傷なのが落ち着かないのかそわそわしていた。

 

「まあなんだ…9A91が見込んだのだから3人とも優秀な兵士であることに疑いは持たないが……飲酒がダメとは言わないが、節度を守ってだな…周りに迷惑をかけたりしないように」

 

「その通りです。酒を飲むのは構いませんが、時と場所を考えてください」

 

「ちょっと待って隊長、あなたがそれを―――」

 

「何か文句でもあるんですかヴィーフリ?」

 

「イエ、ナニモ…」

 

 この場に限っては素直に話を聞いていた方が利口だ。

 敬愛するスネークの前で無様な姿を見せられてしまったことに9A91はお怒りだ。普段怒ることは滅多にないが、スネークが絡めば暴走しがちな事はみんな知っていることだった。

 

「なお、今回の失態を踏まえて我が部隊員は私を含め飲酒量の制限と時間を厳しく制限します」

 

「え? そんなことしたら、一番困るの隊長じゃ…」

 

「口答えするつもりですかPKP?」

 

「イヤ、ナンデモアリマセン…」

 

 有無を言わさない態度に歴戦のスペツナズも震えあがる。 

 このまま9A91の厳しい制裁が押し通るかに思えたが、そこは彼女の副官であり制御役のグローザが動く。

 

「まあまあ隊長さん、そう厳しくしないで。この子たち伝説のビッグボスに会うのに緊張するからって、少し気を紛らわせるのにお酒を飲ませてあげただけなのよ」

 

「そんなの言い訳になりません! いいですか、司令官はMSFという組織の長なんです! そんな方を前にしてあのような態度…言語道断です!」

 

「厳しすぎるのは良くないわ隊長さん。あの子たちも反省してるし、そもそも勧めたのは私よ? 責任を取るのなら私一人で十分だわ」

 

「え~? あたしが飲んでるの見てグローザが―――ぐふっ…!」

 

 A-91がいまだアルコールが残った様子で何かを口走りそうになったが、隣にいたPKPが即座に脇腹へひじ打ちして黙らせる。A-91は常にアルコールを摂取し、それが通常状態というやや困った戦術人形だ。

 それからもグローザの説得は続き、彼女の言葉を聞いて少し落ち着いたところでそっと耳打ちする。

 

 

「――――そんな制限しちゃったら、一番困るのは隊長さんでしょう?」

 

 

 落ち着いたところでのその言葉は9A91に確かに効いたようで、ようやく考えを改めるに至る。スネークも今回の件で罰を与えるつもりもないので、この件はただ注意にとどめることとなった…。

 

「分かりました、今回の事は不問と致します。ですが、明日からもうあなたたちはお客さんではなくMSFに所属する兵士として自覚を持って訓練に励んでもらいます。これについてこられないようなら私の部隊に必要ありません、容赦なく切り捨てていきます。いいですね?」

 

 9A91が見回すと、バイソン・A-91・サイガの三人は背筋を伸ばし敬礼を返す。

 

 

 

「いいでしょう。その決意が微塵も揺らがないことを祈ります…3人とも、アウターヘヴンへようこそ」

 

 

 

 




9A91&スペツナズ「「「「というわけでまずは歓迎会したいと思うのでお酒ください」」」」

春田さん「あの、あなたたち出禁ですから」ニッコリ


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メンタルアップグレード

 部隊拡張、新兵の訓練、新兵器の性能テスト、軍事演習、戦地での活動……ここ最近は忙しさが舞い戻ってきたことで睡眠時間を削って仕事をこなしていたエグゼであったが、多忙な時期を気合と持ち前の体力で遂行し終えるとどっと押し寄せてきた疲労感に襲われて休暇を申請し受理された。

 以降の部隊の仕事についてはスコーピオンやスプリングフィールドらに任せ、エグゼは療養をとるために久しぶりにマザーベースへと帰ってくる。帰ってきた時間帯も夜ということで誰にも会うことは無く、くたびれた様子でエグゼはマザーベース内の自分の宿舎へと向かう。

 

 最後にマザーベースの宿舎を利用したのは数週間前、スコーピオンらと酒を飲みながらゲームをやってばか騒ぎしていた時だった。部屋はその時のまま荒れ放題、というわけではなく定期的に入る掃除専門の自律人形が雇われているおかげで隅々まで清掃が行き届いている。

 部屋の明かりもつけずにベッドにエグゼは倒れ込む。

 蓄積した疲労によって睡魔がほどなくしてやってくる。

 それに抗いもせず、まぶたを閉じて身体の力を抜く。心地よい安らぎを感じていると、何やらベッドの中に何かが潜り込んでくる気配を察する。華奢な体躯で身体にしがみついてくるその正体はエグゼも分かっており、彼女はその子を抱いたまま深い眠りにつくのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、誰かに身体を揺さぶられる感覚で目を覚ましたエグゼはカーテンの隙間から差し込む光に目を細め大きな欠伸をかく。それから寝返りをうって二度寝しようとするも再び身体を揺さぶられる。

 

「ママー?」

 

「うー…もうちょい寝かせろよ…」

 

「でもママ、ちょってこれみてー?」

 

「うーん……なんだよヴェル?」

 

「えへへへ、めんたまとれた!」

 

「あぁそう…………あ?」

 

 身体を起こしてヴェルを見てみれば、ヴェルは小さな手に奇妙な眼球をつまみあげて無邪気に笑っていた。

 寝起きで頭が回らないエグゼはぼうっとしていたが、不意に見たヴェルの顔…愛くるしい表情で笑っているが、本来あるはずの右目がなくなっており、何もない眼孔があった。

 思考が追いつかず、ただ笑顔のヴェルを眺めていたエグゼであったが徐々に意識が覚醒していくとともに、言いようのない不安と恐怖がこみあげる。そしてそれが最高潮に昂ると同時、エグゼの絶叫がマザーベースに響き渡る。

 

 するとすぐに、部屋の外からドタバタと何者かが駆けつけてくる足音が聞こえてきた。ドアを乱暴に開けて入って来たのはハンターとネゲヴだった。二人は腰を抜かして座り込んでいるエグゼをまず見て、それからベッドの上で不思議そうな表情で目玉を弄っているヴェルを見る。

 二人ともヴェルの片目がないことにすぐ気付き、また弄っている目玉がヴェルのものだとすぐに察した。

 

「どうしたんだヴェル!? 誰かに襲われたのか!?」

 

「まさかエグゼ! 児童虐待してるわけじゃないわよね!?」

 

「知るか! 起こされて見たら、こうなってたんだよ!」

 

 3人ともパニックに陥りぎゃーぎゃー喚き散らす。

 そうしている間に騒ぎを聞きつけた者らが部屋の外に集まりだした。

 

「と、とにかく一度ストレンジラブに診てもらおうか」

 

「そ、そうだな」

 

 エグゼとハンターはそれで納得しヴェルを再度見た…次の瞬間、目玉を弄っていたヴェルの片腕が突然ぼとっとその場に落ちるのを目の当たりにし、三人の顔から一機に血の気が引く。

 

「こんどはうでがとれたー!」

 

「すぐにストレンジラブのところに連れていくぞ!」

「おう!!」

 

 事態を重く見た3人はベッドの上に座るヴェルをすぐさま抱きかかえ、部屋の外に群がる野次馬たちを一蹴してストレンジラブの研究所へと向かう。その際、なんだかヴェルの片足も脱落したような気がしたが、それを確認する暇もなく猛ダッシュで研究所へと駆け込んでいった。

 朝っぱらから騒がしくやって来た事に不愉快そうなストレンジラブであったが、ヴェルの身体を見た瞬間彼女も驚愕する。だがそんな反応を期待していない3人はとりあえず一発ずつ殴ってストレンジラブに平常心を取り戻させ、身体のあちこちを欠損させているヴェルを預け研究所に押し込むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「義体の経年劣化だってぇ?」

 

 数時間後、研究所から出てきたストレンジラブが述べたヴェルの不調の理由にエグゼは不信感を露わにする。

 

「経年劣化ってどういうことだよ?」

 

「ヴェルが生まれた時、お世辞にもMSFの人形関連の技術はお粗末なものだったからな。逆に今までよく持ったと言っていい」

 

「確かに。トルーパーを見ても、前期型と後期型とで造りは違うからな。レックスのような改造で現行機に並ぶ戦闘力のある人形もいるが、それは一部の例外だしな」

 

 ハンターの言う通り、MSFの戦力の主軸となるヘイブントルーパーの中にも初期型と後期型とで信頼性や性能も多少変わってくる。

 特にヴェルの場合、MSFで試験的に行われたダミーリンクのプロトタイプという側面もあって技術的に未発達なところも多々あった。ヴェルの人格を構成するAIはストレンジラブの自信作ということであるが、ボディの方は実は脆い存在だった。

 

「それで、新しいボディを用意すれば済む話ってわけか?」

 

「そういうことだ、あまり深刻に考えないでほしい」

 

「ならいいけどよ」

 

「ついでといってはなんだが、ヴェルもたくさんの経験をして成長の時だと思うからな。メンタルアップグレードを施してやろうと思う」

 

「メンタルアップグレード?? なんだそりゃあ?」

 

「それについてはこの私が説明しよう!!」

 

 エグゼの疑問に颯爽と、どこからともなく現れたのはアーキテクトだ。

 つい反射的に殴ろうとしたエグゼであったが、隣にハンターがいてくれたのはアーキテクトにとって幸いだっただろう。しかしハンターがかばってくれたともつゆ知らず、アーキテクトはいつもの調子で語りだす。

 

「私たち人形も成長を遂げられる、ずばりメンタルモデルのアップグレードだね!AIの強化といってもいいけど、ヴェルちゃんの場合はこれまで見て経験して感じたことのデータを集約してメンタルモデルをアップグレードさせてみたの!」

 

「つまり、人間のように成長するようになるということか?」

 

「そうだよハンター! まあ、人間と同じってわけじゃないけどそれに近いのかな? それに合わせてヴェルちゃんの新しいボディも造ったし、きっと可愛くなっていると思うよ!」

 

「ちょっと待って、そんなことできるならさっさと私のこのガキくさいボディをどうにかしてよ」

 

「ん~、ネゲヴちゃんはそのままの方が可愛いから現状維持で!」

 

「くそ!」

 

 これまでに何度もネゲヴは子どものようなボディを交換したい旨を要求していたが、そのいずれもストレンジラブやアーキテクトにはねのけられているため今もちびっ子ボディのままだ。大人のセクシーな身体を手に入れてキッドをおとしたいという願いがあるのに、二人のアホ研究員のせいで願いは果たされないままだ。

 

「よし、そろそろ調整も終わっただろう。成長したヴェルちゃんに会いに行こう」

 

「ほんとに大丈夫かな?」

 

「信じろ、ハンター」

 

「お前らだから不安なんだよ」

 

 どうにも信用ならない二人をジト目で見つつ、研究所の中へと足を踏み入れていく。

 ヴェルが新しいボディを用意されている施設まで向かい、アーキテクトが端末を操作し施設の扉を開いた。

 

 扉を開いた先のベッドの上に、下着のみを身にまとった少女の姿をした人形が寝かされていた。

 容姿はエグゼと瓜二つ、今までのヴェルからは身長も大きくなり胸も女性らしく膨らみ大人の色っぽさと少女のあどけなさが混在する危うげな印象を抱かせる。アーキテクトの操作でメンタルモデル移植のためのケーブルが取り外されると、寝かされていたヴェルは目を開き上体を起こした。

 

 母親と同じさらさらとした黒髪はストレンジラブかアーキテクトの趣味なのかツーサイドアップで結われ、心配だった目はきちんと新調されて親譲りの綺麗な赤い目がキラキラと輝いている。

 生まれ変わったヴェルはしばらく自分の身体を確かめていたが、ふと自分を見るエグゼたちの視線に気付く…そのまま目をぱちぱちさせていたが、やがて顔を紅潮させてベッドから降りて近くにあったカーテンに身を隠す。

 

「おやおや、これは新発見だね! ヴェルちゃんは羞恥心を覚えたみたいだね!」

 

「羞恥心だって? 今更そんなの下らねえ……ほれヴェル、こっち来いよ。新しい身体見せてみろ」

 

「うっさい! もう子どもじゃないんだから、ガキ扱いしないで!」

 

「んなっ!?」

 

 帰ってきたのは、これまでヴェルが口にすることもないであろう言葉だった。

 まさかの返答にエグゼはだいぶショックを受けているようだ。

 

「だから言ったでしょ? 人間の成長とはちょっと違うって。どうやら新しいヴェルちゃんはツンデレちゃんみたいだねぇ~」

 

 アーキテクトが着替えがわりにサイズの大きい白衣を持って行くと、ヴェルは乱暴にひったくる。

 それからもツンツンとした態度をしたままであるが、性格面の急激な変化はヴェル本人も困惑しているのが見て取れる。それを察したハンターは、いまだショックを受けたままのエグゼの背中を押してヴェルに向き合わせる。

 娘の不安を取り除いてやれるのは親しかいない…ハンターの意をくみ取ったエグゼは小さく笑い、ヴェルに歩み寄るのだった。

 

「ヴェル、すっかり成長しちゃったな。もう子ども扱いしないからよ、これからもよろしくな」

 

「…ママ」

 

「でもな、お前はオレのかわいい子どもだしこれまで通りたくさん愛してやるからさ。お前もたくさん甘えていいんだからな?」

 

「ママ………いや、愛してるとかそういうくさいセリフいいから。ママそんな言葉使う人じゃないでしょ?」

 

「あぁ!? おいどういうことだ、ただの反抗期じゃねえかよ!」

 

「まったく、親も親なら子も子だな。エグゼ、お前がいつまでも反抗期卒業しないからヴェルもこうなるんだぞ?」

 

「うるせえ! ぶっ殺すぞハンター!」

 

「こら、そんな言葉を使うんじゃない。そういう事してると悪い成長してしまうぞ?」

 

 今朝までは無邪気な甘えん坊だったヴェルが、アップグレードで瞬く間に思春期少女の反抗期に早変わり。

 エグゼは一人ヴェルの対応に困り果てるのだが、そんなところへヴェルのアップグレードの話を聞いたスネークが任務から帰還し研究所へやって来た。

 

「話を聞いたぞ、メンタル…なんとかをやったらしいな? 調子はどうだ?」

 

「とんでもねえよ、すっかり反抗期の生意気なガキになっちまったぜ」

 

「そうなのか? ヴェル、あまりお母さんを困らせるんじゃないぞ」

 

 スネークがそう声をかけると、ヴェルは首を横に振り以前までのような愛くるしい表情で微笑みかけてスネークの手を握る。さっきまでエグゼに見せていたのとは真逆の態度に、エグゼは再度ショックを受ける。

 

「そんなことないよ、私いい子にしてるもん。それよりパパ、おかえりなさい」

 

「ああ、ただいま。なんだ、すっかりいい子に成長したじゃないか。エグゼ、あまり嘘は良くないぞ?」

 

「嘘じゃねえって!こいつさっきまでオレの事滅茶苦茶バカにしてたかんな! なあハンター!?」

 

「いや?」

 

「この裏切り者!」

 

 一人で大騒ぎしているエグゼは相手にせず、ヴェルは今まで通りスネークに甘えて見せる。

 急な変化はもちろんスネークも少し戸惑ったが、ちょっとやそっとでは動じないスネークはすぐに成長したヴェルを受け入れ、ヴェルもそんなスネークを今までどおりパパと呼び慕い懐いてみせる。

 

 問題はエグゼに懐くかどうかであったが、スネークが再び任務でマザーベースから離れたその日の夜、一人じゃ寝れないヴェルがエグゼのベッドに潜り込んできた話を聞いてこれまで通り上手くやれるだろうと一同思うのであった。




エクスキューショナー鹵獲が近いと思ってるのでテンション上がってます


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二人はトラブルメーカー

「最近なんだか仕事が薄い気がする…」

 

 唐突にそんなことをつぶやいた馴染みの戦友に、ちょうど真正面に座ってビールを飲み干そうとしていたエグゼは戸惑い、少しだけ口に含んでいたビールを飲みこんでからジョッキをテーブルの上に置く。

 

「あ? なんだって?」

 

 重要なことを聞き逃すほど耳が遠いわけではないのだが、たった今目の前のスコーピオンが漏らした言葉を信じられないエグゼは目の前の戦術人形が漏らした言葉を追求しようとする。

 "何言ってんだこいつは?"そんな風に見ているエグゼに対し、スコーピオンは気難しい表情で腕を組んでいる。

 それからスコーピオンは腕を解いてビールを一口…それからまた腕を組んでうなりだす。

 エグゼは段々とイライラを募らせている。

 

 そもそも今回こうしてエグゼとスコーピオンがさしで飲んでいるのは、ここ何か月かに及ぶ過密なスケージュールを片付けた後の二人だけの打ち上げという名目なのだ。 

 MSF司令部が打ち上げた経費削減計画のため、エグゼとスコーピオンが現場で動く戦術人形の筆頭として最前線に立って部隊の編成や装備の見直しなどを行い、無駄に個性の強い部下たちの突き上げや上からの圧迫に二人とも苛まれつつその仕事を遂行。

 それ以外にもMSFとしての業務をこなすのもある。

 新兵の訓練や実戦なども当たり前にこなさなければならない。

 それに加え部下たちのメンタルケアだ…メシが不味いだの、隣の部屋の戦術人形が夜中までうるさいからどうにかしてくれだの、シーツの交換をもっと早くしろだのと……一昔前のエグゼならその場で激高して殴り返す挨拶をするのが当たり前だったが、最近では丸くなったのか一応は話を聞くようにしている、一応は。

 

 それはともかく、そんな激務を乗り越えての慰労会だったのだ。

 だというのにスコーピオンは最近仕事が薄い…などと漏らすのだ、一瞬キレかかったエグゼだが元々変なことを言うスコーピオンの事を考えいよいよ頭がおかしくなったのではと勘繰りだす。

 

「おいスコーピオン、お前大丈夫か? くそ忙しい毎日で頭がおかしくなったんじゃねえだろうな?」

 

「あたしの頭はしっかりしてるよ」

 

「だったら何なんだよ?」

 

「自分でもどう言っていいか分からないんだけど……なんというかこう…あたしらはしっかり働いていたと思うんだけど、ちゃんと働けてなかったというか…活躍出来てなかったというか、影が薄かったというか…」

 

「影が薄いだって? おいくそサソリ、オレたちがやって来たことはそんなもんじゃねえだろ。そりゃ確かに地味な仕事も多かったけどよ、必要なことだろうが」

 

「いや、そういう事じゃなくてだね」

 

「あぁ?なんなんだよ一体よ!」

 

 どうにもスコーピオンの言いたいことが全く理解できないエグゼ。

 これ以上付き合っていたら自分までおかしくなってしまいそうだと思ってしまう。

 飲み具合が半端のビールを一気に飲み干し追加のビールを用意する…酒、飲まずにはいられない!

 

「で? 何が言いたいんだよお前はよ?」

 

「なんて言うんだろうな…なんかこう、見てもらうべき人たちにあたしらの活躍を見てもらえてなかったというかさ…だいぶ長い時間、あたしらがここにいなかったみたいなさ……ねえ、エグゼもそう思ったりしてない?あたしらの活躍がここ2年くらい忘れ去られていたかもしれないとか! このままじゃあたしらの存在は古ぼけた歴史の底に沈んで行ってしまう! エグゼ、この気持ち分かってくれるよね!?」

 

「分かるわけねえだろバカやろうが!」

 

 ついにスコーピオンが狂いだした!

 それをエグゼは怒りの鉄拳で強引に黙らせると、吹っ飛んだ先で鼻っ面を押さえて呻くスコーピオンを引き起こす。

 テーブルに置いてあったビール瓶をひったくるように手に取ると、ビールの栓に噛み付いて開ける。

 

「おら! 飲み足りねーから余計な事言い出すんだお前は、ほら飲め!」

 

 開けたばかりのビール瓶をスコーピオンの口に突っ込んでやると中の液体が見る見るうちになくなっていく。

 

「どうだ調子は?」

 

「はぁ…はぁ……もう一杯ちょうだい…」

 

「よっしゃ!」

 

 既に二本目を用意していたエグゼからビール瓶を受け取ると、先ほどと同じように瞬く間にビールを飲み干してしまった。

 ちなみに二人はエグゼの部屋で飲んでいるのだが、後から合流する予定で遅れてきたハンターが部屋の中の様子を見て危機感を抱きそっと扉を閉めて去っていった……それはともかく、ビールを2本飲んだことですっかり上機嫌になったスコーピオンに、エグゼもほっとしていた。

 

「はぁ、やっぱりお酒は美味しいねぇ。ここ最近飲めてなかったし、ストレス溜まってたのかな?」

 

「そうかもな。まあそういうストレス発散も兼ねての事なんだから、もっと飲めよ」

 

「お、悪いね。いっただきまーす! そういえば飲み物ってまだあるの?」

 

「そりゃあもちろん…ってあれ? 悪い、あんまりなかったな…」

 

「まあ無くなったら後でスプリングフィールドのカフェに行こうよ! あ、そう思ったら久しぶりに行きたくなったね!」

 

「おう行こうぜ、その前に残った酒を片付けてっと…さーてっとスプリングフィールドのとこで何飲もうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? お酒の提供はしてないだって~!?」

 

「おいどういうことだよそりゃあ!」

 

「あの…二人とも静かにしてくださいよ…」

 

 すっかり酔っぱらった状態の二人が意気揚々とスプリングフィールドのカフェに向かったところで言われたのは、アルコール類の提供一時停止中との言葉だった。

 美味しいお酒が飲めると思ってやって来た二人はご立腹だ。

 それに対しカフェを経営しているスプリングフィールドは呆れつつ対応するしかない。

 

「カフェにお酒が無いって、どういうことなのスプリングフィールド!?」

 

「そうだそうだ! というかなんだマスクなんかしてお前! 風邪か!?」

 

「もう静かにしてください…! 全く分からないんですか? 今世界的に新型ウイルスが流行していて、MSFでも感染予防対策が取られてるんですよ?」

 

「新型ウイルスだぁ? オレたち戦術人形にそんなの関係ねえだろ?」

 

「そんなことありませんよ。ウイルスの感染経路は色々あるんですから…ほら、二人とも手を出してください」

 

 スプリングフィールドに言われた通り両手を差し出した二人。

 スプリングフィールドはスプレーボトルで、二人の手に向けてシュッシュと中の液体を噴霧する。

 よく分からない液体を手に塗られた二人は訝しい様子で手に鼻を近づける…その妙に嗅ぎ慣れた匂いは…。

 

「これは…酒か!なんだ、あるじゃねえかよ!」

 

「消毒用アルコールです!! 全くもう…! 9A91といいグローザといいあなたたちといい…ここのカフェはコーヒーがメインなんですからね!?」

 

「分かったってば…仕方ないよエグゼ、どこか別な場所でお酒を探そうよ」

 

「そうだな…邪魔したなスプリングフィールド」

 

「そんな悲しそうな顔しないでください…いつまでも続きませんから、落ち着いてきたらまたお酒の提供も再開しますからね?」

 

 ちょっぴり罪悪感を感じるスプリングフィールドであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、マスクって感染予防に効果あるのか?」

 

「うーんよく分からないなぁ。どうなんだろう?」

 

 お酒を求めてマザーベースの甲板をふらふら歩いている二人は何気なく見るマザーベースの日常の中で、そこそこマスク着用者がいることに今更ながら気付く。

 しばらくマザーベースのスタッフたちの様子を見ていたが、エグゼがあることに気付く。

 

「おいスコーピオン、オレ気付いたんだけどよ…女の隊員がほぼ全員マスクしてやがるぞ」

 

「え? そうなの?」

 

 エグゼに言われてスコーピオンも甲板を行くMSFのスタッフたちを観察する。

 マスクを着用していないスタッフも見かけるのだが、それは男性スタッフがほとんど…エグゼの言う通り女性スタッフはほとんどが着用しているではないか。

 

「一体どういうことだ? なんか理由でもあるのか?」

 

「何だろうな…あ!」

 

「お、どうしたスコーピオン?」

 

「思い出した! 前にスタッフの子と話してた時、マスク付けると目元だけメイクすれば楽なのよね~なんて言ってた気が!」

 

 スコーピオンの話は妙に胡散臭い事がほとんどで半信半疑だったが、よく見れば女性たちはしっかり目元のメイクを行っているではないか。

 仕事柄、身だしなみに気をつかっている者など前までほとんどいなかったというのにだ。

 マスクを着用することでメイクに費やす時間が短縮されることで、ちょっとした時間を使ってメイクをするのかもしれない…というのはスコーピオンの推測だが、あながち間違いではないのかもしれない。

 さらにスコーピオンは推察する。

 

「マスクをしていると女の子は可愛く見えるのかもしれない…」

 

「は?」

 

「ほら、マスクをすることで小顔効果が生まれるじゃん? ほらあそこにいる子見て」

 

 スコーピオンが示した女性スタッフはエグゼも良く知る人物だ。

 そのスタッフもマスクを着けているが、言われてみれば確かにいつもより可愛く見えるかもしれない。

 

「ほら、ちょうどここにマスクが二枚あるし付けてみようよ」

 

 ちょうど都合よくマスクを2枚持っていたスコーピオンよりマスクを受け取り、半信半疑でマスクを着けてみた。

 つけ慣れていないからか妙に息苦しさを感じてしまう…スコーピオンはどんな感じだろうか?

 

「おぉ…確かに、なんかお前いつもよりかわいく見えるかもな…なんというか、アホっぽく見えないわ」

 

「アホ言うな。エグゼもなんか印象変わるね! かわいいよりキレイめに見えるし、なんというかガサツに見えないね!」

 

「がさつは余計だ」

 

 お互い自分の顔がどんな風に見えているのか分からないので、二人で好き勝手言い合っているが、二人ともまんざらでもない様子。

 

「しかしこんなマスク付けながら訓練してたら、人間だったら息苦しくてやってられねえよな?」

 

「でも感染対策はしなきゃならないしさ、大変だよね人間は……ん?」

 

「なんだ? また何か思いついたのか?」

 

「エグゼ…こんな話聞いたことない? 南極ではウイルスも生きていられないくらい寒いから、誰も風邪とか引いたりしないって…」

 

「まあ、なんか聞いたことあるけどよ…それがどうした?」

 

「マスクを着けていると訓練が苦しい、でも感染対策しなきゃならない…だったら南極で訓練すれば?」

 

「………スコーピオン、お前やっぱ天才だよ! いいじゃん面白そうだ!」

 

「でしょでしょ!!」

 

「よっしゃあ、じゃあ早速南極に基地建設だ! 確か南極基地の跡地がどっかに残ってるはずだからそいつを確認して輸送ルートを確立できれば、すぐにできそうだな!!」

 

 スコーピオンのひょんな発想から生まれたこのあまりにも非常識でぶっとんだアイデアは二人の驚異的な熱意と、一部の人形たちの悪ノリが作用しどんどんと計画が進んでいく。

 最終的には気付いたスネークとミラーが計画を中止させたが、その頃には基地の設計図も輸送ルートも人員も建設資材や機材も用意されているという、間一髪のタイミングであった…。

 

 その後しばらく、スコーピオンとエグゼは一緒にさせると危険、ということで二人は別々な任務を請け負わされて再び多忙な日々を送ることになったのだった。




時事ネタと、メタいネタをぶっこんだだけのお話

ふとした思い付きやで

ほなまたどこかで


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MSF健康センター

 マザーベースのサウナが故障し閉鎖された!

 

 唐突な出来事に、これまでマザーベースの浴場内に設置されていたサウナをこよなく愛していたスタッフ及び戦術人形たちは悲しみに暮れる。

 マザーベースのサウナはフィンランドのサウナを意識した造りであり、ヴィヒタを常備しロウリュをしながら高い温度と湿度で気持ちよく汗を流せるということで、とても人気のある設備であった。

 MSFスタッフたちの心身のケアを担う施設の閉鎖によって、スタッフたちの士気が下がったことは否定できないだろう。

 

 

「はぁ~~~…サウナ入りたいよぉ…入りたいよぉ…死んじゃうよぉ…」

 

 

 食堂にて、目の前のカレーライスを口に運びながら嘆くのは、マザーベースのサウナが大好きだった戦術人形の一人であるスコーピオンだ。

 あまり戦術人形の中でサウナを好むのはいなかったが、彼女と9A91時々マザーベースに遊びに来るスオミなどはサウナを愛していた。

 愛しすぎるあまり、スコーピオンは【MSFサウナ部】なるクラブを創設し、水着着用を条件に男女混合でサウナを楽しむイベントを組んでいたほどだった。

 まあ、それでも他の戦術人形たちにはあまり普及しなかったようだが…。

 

 

「サウナぁ…サウナ入りたいよぉ…」

 

「うるせぇなお前は、サウナが無くなっったくらいでピーピー泣いてんじゃねえよ…ったく」

 

 エグゼは他の多くの戦術人形同様、サウナには否定的な者の一人だった。

 曰く、あんな暑苦しい部屋でうーうー言いながら我慢比べみたいに入っているのはあほらしい、というのが彼女の考えであった。

 そもそもエグゼはあまり長湯しないので、シャワーで十分というスタンスだった。

 

「だいだいよ、サウナのなにがいいんだよ?」

 

「分かってないなエグゼ…サウナを入ることによって得られる効果はたくさんあるんだよ?」

 

「例えばなんだよ?」

 

「サウナの効果によって血行が良くなって自律神経を回復させたり疲労の回復、食欲増進とか色々メリットがあるんだから!」

 

「そりゃあ人間の話だろう? なんで戦術人形のお前が入るんだよ?」

 

「今言ったのは人間の効果だけど、戦術人形のあたしらがサウナに入るとね…いつもより元気が出るんだよ…」

 

「あぁ…?」

 

「サウナの効果によってメンタルモデルが安定して戦闘効率が上がるの」

 

「おう…」

 

「OSが活性化して処理能力も上がるし、電波の入りが良くなって通信精度も向上するよ!」

 

「なに…?」

 

「そして…サウナに入れば戦闘で受けたダメージも回復するのだ!」

 

「バカじゃねえのか? アホくさ…さて仕事行ってこよう」

 

「あぁ!待って、待てエグゼ! ほんとだよ、ほんとなんだってばぁ!!」

 

 スコーピオンのいい加減な話に付き合いきれなくなったエグゼはさっさと食堂を去ってしまう。

 結局親友にサウナの魅力を教えられることも出来ず、スコーピオンもまた気落ちした様子で食堂を後にするのであった。 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後のことだった。

 エグゼは部隊の訓練を済ませた後、疲れた身体をベンチに預けそよ風にあたっていた。

 先日の食堂での一件以来、スコーピオンとは会っていない。

 行方不明というわけではないのだが、サウナが無くなってしまったショックがとても大きいのかいつものうるさすぎるほどの元気さなく、とぼとぼ歩いていたという目撃情報だけがエグゼの耳に届く。

 

 流石にかわいそうなことを言ってしまったか?

 サウナの魅力は相変わらず分からないが、あの時少しでも励ましてやれば良かったなとエグゼは思い少し罪悪感を感じていた。

 

 そんな時だった、休むエグゼの前を9A91とグローザが横切り興味深いことを口にする。

 

「————楽しみね隊長さん、またサウナに入れるなんてね」

 

「はい、グローザ。ミラー副司令に感謝です」

 

 

 サウナ、確かに9A91はそう言った。

 休んでいたエグゼは二人を呼び止める。

 

 

「おいお前ら、今サウナって言ったのか? 修理でもしたってのか?」

 

「いいえエグゼ、新しいサウナが完成したんですよ。これからグローザと入って、後で隊のみんなと行くつもりです」

 

「新しいサウナ? 今からマザーベースに行くのか?」

 

「あら知らないの? まあ私たちもついさっき知った話だったけれど…副司令さんがずいぶん前から建設していたらしいのよ。スタッフの健康向上を目的とした設備【MSF健康センター】がね…エグゼも興味があるなら一緒に行かない?」

 

「いや…別に興味はねぇけどよ…スコーピオンのやつが知ったら大喜びするかもな」

 

「サソリさんならさっき話を聞くなり向かったわよ。ふふ、相当嬉しかったみたいね」

 

「マジかよ…そんなにサウナっていいものなのか?」

 

「もちろんですよエグゼ! こればかりは入っていただかないと素晴らしさを分かりませんが…きっと良い経験になりますよ!」

 

「そうか? まあ暇だしちょっと行ってみようかな?」

 

「その意気です同志エグゼ! ではすぐに向かいましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 MSF健康センター、それは前哨基地から数キロほど離れた海岸沿いの場所に存在していた。

 療養滞在のために宿泊施設も併設されている施設はなかなかに広い造りとなっており、いくら極秘に建造していたとはいえよく今日まで隠し通したものだと、エグゼは一人感心していた。

 グローザ曰く別に隠して建造していたわけではないのだが、この健康センター建設を推し進めていた副司令ミラーが熱中するあまり事後報告になってしまったとのこと。

 ミラーのバーガーショップのようにポケットマネーでの事業ではなく、MSFの予算を用いての建造だったため、一悶着あったようだが事なきを得たようだ。

 

 着いたところで早速入館手続きを行う三人。

 下駄箱に靴を置き、MSF所属ということで顔パスで受付を済ませたところ3人より一足早くやって来ていたスコーピオンを発見する。

 

「グローザに9A91…なんとなんとエグゼまで!やっとサウナに興味持ってくれたんだね!?」

 

「いや、別に暇だから来ただけだっての」

 

 きわめてテンションの高いスコーピオンに早くも食傷気味に陥るエグゼであったが、そんなのお構いなしだ。

 スコーピオンはただ、この新しいサウナの施設に仲間たちと再び入れることが心の底から嬉しいらしい。

 もともと仲間想いのエグゼのこと、サウナへの情熱に理解がなくとも親友の嬉しそうにしている姿を見ただけでも、今日ここへ来てよかったと思うのだった。

 一緒に入浴できる仲間も集まったということで、早速4人は大浴場へと向かう。

 

「む? なんだこの香りは?」

 

 大浴場へ入ってすぐ、エグゼは嗅ぎなれないいくつかの香りに気付く。

 何か入浴剤でも入っているのか、そう思うもまずは身を清めることが優先だ。

 サウナを楽しむにしても、お風呂だけを楽しむにしてもまずは身体を綺麗にしなければ何も始まらないのである。

 

「あーくそ…」

 

「あらどうしたの?」

 

 髪を洗うエグゼがこぼす悪態を、隣にいたグローザがたまたま耳にする。

 

「そろそろこの長い髪がうざったくなってきた…切ろうかな?」

 

「気持ちは分かるけれど、あなた長い方が似合ってるし…いつだったか切ろうとしたらアルケミストやハンターたちに怒られそうだったじゃない」

 

「そうなんだよ…姉貴も同じこと言って、マジになってキレるんだぜ? オレの髪なんだからオレの勝手だろって」

 

「あなたも大変ね」

 

 エグゼの不満を適当に受け流しつつ身体を洗い終えた4人。

 ちらほらとMSFの仲間たちも大浴場へ足を運んでくるようになってきたが、戦術人形は今のところスコーピオンら4人だけだ。

 

「おうスコーピオン、サウナ行くのか?」

 

「いやいや、まずは湯通しからだよ!」

 

「なんだ湯通しって?」

 

「サウナを楽しむ前に、お風呂で身体を温めることですよエグゼ。サウナの前に入浴を挟むことで身体を温め、発汗がしやすい状態にしてお肌がサウナの熱で傷んでしまうのを防ぐ意味があるんですよ」

 

「なるほどなぁ…つーかそもそも戦術人形のオレたちにそんな発汗とかそう言うのってどうなんだ?」

 

「細かい事を言ってはいけませんエグゼ、では後でサウナで合流しましょう」

 

 いまいち納得のいかない9A91の解説であったが、そそくさと彼女はグローザと共に気になるお風呂へと向かって行ってしまった。

 おまけに気付けばスコーピオンの姿も見当たらない。

 完全に一人放置されてしまったエグゼは身勝手な奴らだなと思いつつ、先ほどから気になっていることを確かめに向かう。

 

「入った時に気付いた香りはこの風呂からか?」

 

 エグゼが見つめる浴槽から漂う独特の香り。

 お風呂のすぐそばの壁にはこの香りの正体である10種の生薬についての説明が書かれている…なんといってもその濃厚さだ、お湯は生薬により茶色く濁っている。

 エグゼはもう一つ気になる香りがあるが、まずは目の前の薬草風呂を体験することとした。

 

「んん…ちょうどいい湯加減だが…おぉ…」

 

 ピリピリと肌に感じる刺激、それは生薬に含まれるトウガラシやショウキョウといったものによる効能だろう。

 38度のそこまで熱くはない温度の風呂であるが、生薬がもたらす温浴効果はなかなかのものである…真冬の寒い時期にこのような薬湯に浸かれば湯冷めもしにくいはずだ。

 とはいえあまり長湯しすぎてものぼせてしまうと判断し、そこそこにエグゼはその薬湯を後にする。

 

 そしてもう一つ、エグゼが気がかりだった香りの所在を確かめに露天エリアへ。

 その中の一つにそれはあった。

 

 真っ白に濁った露天風呂、その中でだらけ切った表情で浸かっているのはスコーピオンである。

 

「やっほ~エグゼ…気持ちいいよぉこのお風呂~」

 

「みたいだな、何だこの風呂? なんというか…変な香りだな」

 

「すごいよこのお風呂。さっきスタッフさんに聞いたらさ、源泉を輸入してきて使ってるんだって。場所はいまいち分からないんだけど、すごい硫黄の香りだよね。ところで、そろそろサウナ行く?」

 

 そう言いつつも、スコーピオンは既に湯船から上がっていた。

 

 

 

 

 

「それじゃあ行くか、サウナ」

 

「待ってエグゼ! まずは身体に付いた水をしっかりふき取って、タオルをしっかり絞ってから…それから入室だよ?」

 

「お、おぅ」

 

 言われた通り、エグゼはタオルで身体の水をふき取りタオルを絞ってからサウナへと向かう。

 途中スコーピオンが"二重扉じゃん!マジ最高"と言っていたが、エグゼには意味が分からなかった。

 

「うわ…すっげぇ…」

 

 入室てすぐにサウナの強烈な熱に迎えられる二人。

 普段体験しない高温にエグゼはすぐさま引き返したい気持ちに駆られるも、反対にスコーピオンは意気揚々とサウナの上段へと軽い身のこなしで上がっていった。

 サウナは上段に行けば行くほど暑い、それはなんとなくわかっていたエグゼは最下段の扉に近い位置に腰かけた…それでもサウナ慣れしていないエグゼには効く暑さだった。

 

「お、おい…サウナって、どれくらい入ってればいいんだ?」

 

「ん~、個人の体調にもよるけどだいたい6分から12分くらいかな? とりあえず8分くらい目指してみようか?」

 

「お、おぅ…」

 

 まあ8分くらいなら、そう思ったエグゼであったが…。

 

(あ、暑い…最下段でこれって、上段はどうなってんだ?)

 

 サウナ室内にかけられている温度計は90度を指している、下段となると80度前後であろうか…。

 

(ヤ、ヤベェ…マジで暑いぜ…でもそろそろ6分くらい経ったんじゃ……う、嘘だろ…!? まだ4分も過ぎてねぇ!)

 

 灼熱の空間の中で、体感時間が狂わされてしまっている。

 その後しばらくサウナの時計を眺めていたが、見ていればいるほど頭がおかしくなってしまいそうなほど時間がゆっくりに感じられる。

 ぎゅっと目を閉じてひたすら耐えてその時が来るのを待つのであった。

 

(暑い…死んじまう……あぁ、あと40秒…か?)

 

 もうすぐ目標としていた8分になろうとしていた。

 既にエグゼの体力は限界、これ以上は身体をおかしくしてしまうだろう…そんな時、ある考えがエグゼは思い浮かべる。

 

(そういえば…オレがサウナ入った時、どこに座るか迷ってた時間あるし…時計の時間を確認したのも座って少し経ってからだったよな…するとサウナ入って時計を確認した時、既に20秒くらい経っていたんじゃ…いや、そうだ、そうに違いない! だったらオレはもういいじゃねえか、今で8分だ!)

 

 強引な考えでサウナの目標タイムを達成し、エグゼはふらふらになりながらも勝ち誇った表情でサウナを退出した。

 その後すぐにスコーピオンも続く、最上段に座っていた彼女もなかなかに出来上がっている。

 サウナ初心者ながらも、サウナ好きはこの後水風呂に入ることはエグゼは知っていた。

 サウナを本格的に味わう前は、暑い空間で苦しそうに耐えてその後冷たい水風呂に入るなんて正気とは思えなかったが、今の火照った身体に水風呂はとても気持ちがいいだろうと思う。

 早速、水風呂に飛び込もうとすると…。

 

「ちょっと待ったぁぁ!!」

 

「なんだよ!?」

 

「サウナを出て水風呂に入る前に、必ず汗を流してから入る…サウナを愛する者すべてが守るべき鉄則なのである」

 

「わ、分かったよ…!」

 

 言われた通りに汗を十分に流し、恐る恐るといった様子でエグゼは入ろうとするが、躊躇なく水風呂に入ったスコーピオンを見てエグゼは意を決して飛び込んだ。

 

「つ、冷たい…!」

 

「水温15度、いい設定だねぇ~」

 

「正気かお前は!? やっぱりサウナ好きはいかれてやがる!」

 

「まあまあ、落ち着いてじっとしてなって」

 

 高熱の空間から冷たい水へ、急激な温度の変化に身体が追いつかないエグゼは水の中で自らの身体を抱きしめていたが…ふと、奇妙な感覚に身が包まれる。

 まるで身体の表面に膜が出来上がって冷たい水を遠ざけているかのような、そんな感覚だ。

 

「フッフフフ、どうやら気付いたようだねエグゼ。それは羽衣というのさ!」

 

「羽衣だって?」

 

「サウナで身体をしっかり熱した後に出来上がる状態でね、これが気持ちいいんだよねぇ」

 

 言われて、確かに今のこの状態は心地よいと思えてすら来た。

 その後、スコーピオンより水風呂はだいたい30秒から1分くらいという説明を受けて、スコーピオンが出るタイミングでエグゼも水風呂を上がった。

 

 サウナ、水風呂の後にスコーピオンが向かったのは露天エリアだった。

 再びお風呂にでも入るのかと思ったが、そうではなくスコーピオンは露天エリアの端に並べられていた椅子に腰かけ休憩をし始める。

 

「エグゼも座って休憩しなって、そよ風が心地いいよ?」

 

「おぅ」

 

 言われた通り、エグゼもスコーピオンと並んで椅子に腰かける。

 

 サウナで熱せられ、冷たい水風呂で引き締められた身体を、そっとそよ風が通り抜けていく。

 ぼんやりと見上げた空には二羽の鳥が悠々と飛んでいる…今自分がとてもリラックスした状態にあることをエグゼは感じとる。

 思えばここまで心と身体を落ち着けさせることが出来たのはいつぶりの事だろうか、思い出せないほど遠い昔のように思え、視界が何となくぼやけてきた…。

 

(ん……? 何だこれは…? なんだ、この感覚は…?)

 

 脱力状態にある身体に訪れる奇妙な感覚、じわじわと寄せてきたその感覚は一気に全身へ行き渡る。

 

(き、気持ちいい……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「————っぷはぁ!! やっぱりサウナ上がりのビールは最高だね!!」

 

 サウナを心行くまで堪能したスコーピオンにとって、このキンキンに冷えたビールを一気に流し込むのも楽しみの一つだったらしい。

 少し遅れて合流してきた9A91とグローザもまたビールを流し込む。

 

「なあスコーピオン、水風呂上がって外で休んでた時なんか変な感覚が来たんだよ…すげぇ気持ち良かったって言う傘…」

 

「ほほう? エグゼそれは"ととのう"っていう感覚だよ、最初のサウナからそこに到達できるなんてエグゼは才能あるよきっと!」

 

「おまけになんかビールがいつもより美味いしよ」

 

「そうそうそう! それこそがサウナの醍醐味! サウナで活性化された味覚で食べる最高のサウナ飯! あぁなんかお腹空いてきちゃった!」

 

「なんだかオレも腹減って来たな…今は、ラーメンが食いたいぜ」

 

「あたしは麻婆豆腐!」

 

「わたしはカレーが食べたいですね」

 

「カツカレーをいただこうかしら?」

 

 

 

 こうして、エグゼというサウナに魅了される戦術人形が一人、スコーピオンの仲間に加わったのである。

 

 だがこれでまだすべてではない。

 

 MSF健康センターはまだ大きな秘密兵器を隠しているのであったが、それはまた別なお話…。




お久しぶりです



描けるかどうかは断言できませんが、AK-12をサウナにぶち込むお話は構想中


ほなまた…。


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スパリゾートアフリカ~輪廻の湯~ 前編

 紛争や内戦がもはや珍しくも無くなった現代において、最も争いの火種が多く残りそれが悲惨な戦争を生み出しているアフリカ。

 もっとも、この大陸が常に戦乱に見舞われているのは前時代から変わらぬことだ。

 冷戦期は超大国の代理戦争で争い、その後は頻発する民族問題や領土問題、資源の問題や宗教に関わる問題。

 考えられるほとんどの戦争の因果がこの大陸のあちこちに散らばっているのだ。

 

 

 そんな暗黒大陸アフリカへ任務の一環でやって来ていた新ソ連内務省に所属するアンジェリア率いる反逆小隊。

 任務はというと、先行して現地入りしていたAK-15そしてRPK-16の救出。

 二人とも同小隊に所属するAK-12とAN-94とも遜色ない実力の持ち主であったのだが、相手が悪かったのだ。

 

「まさか政府側にM S F(国境なき軍隊)が雇われていたなんてね…あの二人には同情するわね」

 

「諜報機関の落ち度だったわ。私のミスもあるけれど、MSFが任務の三日前に雇われるなんて…災難もいいところよ」

 

 AK-12はまるで他人事のような口ぶりで言っているが、万が一あの二人と立場が逆だったらと想像すれば寒気がすることだろう。

 いろいろと事情があってMSFと関りがあるものの、戦場で敵同士として出会えばそれまでのやり取りなど関係なくMSFの兵士は確実に命を狙ってくる、AK-12はそう確信できる。

 まあ、今回は任務には失敗したものの運よくAK-15とRPK-16は難を逃れることが出来たので、AK-12は軽口を惜しみなくこぼすのだ。

 

「ま、あの二人にはいい勉強になったわよね。確か部隊を率いていたのは…エグゼだっけ? 新旧メスゴリラ対決はエグゼに軍配が上がったし、しばらくはMSFのマッスル兵士に怯えて暮らすでしょう」

 

「かわいそうに…確かに、MSFってオセロットのようなイケメンばかりじゃなくて、ほとんど半端ない筋肉量のバトルサイボーグばかりだものね」

 

 

 

「確かにその圧倒的筋肉量は驚異の一言ですね。そう。まるでMSF健康センターのマッスルロウリュに代表されるように…」

 

 

 それまで黙って二人の後ろを歩いていたAN-94が唐突なことを言いだしたため、自然と前を歩く二人の足は止まりAN-94を振り返り見る。

 

「MSF健康センター?」

 

「ええ。あの国境なき軍隊が最近建設した温浴健康施設、それがMSF健康センターです。そしてそのMSF健康センターの名物ロウリュこそが鍛え上げられた戦士により生み出される熱波…マッスルロウリュなんです」

 

「えぇ……なにそれは…?」

 

 唐突なAN-94によるMSFのサウナ語りに上官であるアンジェは戸惑いを見せる。

 

「健康センターと銘打つだけあってとにかくこの施設はすごいですよ。高濃度炭酸泉、バイブラ風呂にジェットバスなど…特に評判なのが独自調合した漢方薬湯と有名温泉地から直輸入している硫黄温泉です」

 

「天然温泉を直輸入なんて…MSFもやることが派手ね!」

 

 アンジェとは対照的に若干興奮気味に見えるAK-12。

 彼女もサウナーなのだろうか?

 

「その濃度たるや凄まじく…ちゃんとシャワーを浴びないかもう一度身体を洗わなければ一日硫黄くさいとのことですよ。そして何と言ってもここの薬湯…すごく効き目が良すぎて…あそこ…デリケートなゾーンにもよく効いちゃうんですよ」

 

「デリケートなゾーンが反応しちゃうくらい濃い薬湯…良いわね!!」

 

「AK-12…あなたなんでそんなに興味津々なの…?」

 

「薬湯からのサウナは王道コンボです。MSF健康センターのサウナは暑いことで有名でして、薬湯で発汗作用が増幅された状態でサウナに入れば…フフ」

 

「想像するだけで気持ちよさそうね!!」

 

「そして忘れてはならないのがマッスルロウリュです。MSF医療班から選抜されたスタッフによる鍛え上げられた肉体から生み出される熱波は極上間違いなし。一人一人が並みの熱波師を越える実力を持っています…おまけに医療班選抜ということで、ロウリュに使用するアロマも独自配合で素晴らしい香りなんですよ」

 

「聞いているだけでととのいそうね!」

 

「そして水風呂はというとくみ上げた天然水。水道水では味わえない柔らかな感覚でとっても気持ちが良いですよ。週に何度か水温を10~12度に設定する強気なイベントを開催しているみたいですね」

 

「天然水の水風呂って20度くらいのところも多いから、天然水でキンキンの水風呂を味わえるなんて最高じゃない! 季節によってはシングルも狙えるんじゃない!?」

 

「シングルって何?」

 

「水温一桁の水風呂の意味ですよ。あとMSF健康センターはお風呂だけじゃないんですよ…なんとここ、あのバーガーミラーズのハンバーグが食べられることも出来るんですよ」

 

「ハンバーガーって…健康センターとは?」

 

「サウナ上がりに化学調味料マシマシのケミカルバーガーを食べられるなんて…私あのハンバーガーなら毎日食べてもいいくらいね。なんで身体に悪そうな食べ物ほど美味しいのかしら?」

 

「それが人間…いいえ、生きとし生けるもののサガだからですよ、AK-12。あとここのメニューはハンバーガーだけではありませんよ。国境なき軍隊が運営しているというだけあって、取り扱う料理は多彩…多国籍の人種からなる組織のお腹を満たし続ける糧食班お抱えの料理人が手掛ける料理は、和洋中を問わずとにかく絶品。一部界隈で人気なのが【国境なきジャンク飯】らしいです」

 

「国境なきジャンク飯?」

 

「ええ…国境を越えて広く人に愛される料理を、ということで生み出された料理らしいです。残念ながら情報がMSFの最高機密並みに隠されていて、実際に食べた人しか味のほどは分からないのですが…食べた人は病みつきになるくらい絶品らしいです」

 

「これは…食べるしかないじゃないの…」

 

「温泉やサウナだけでなく強烈な熱波を生み出すマッスル兵士によるイベント、そして多彩なサウナ飯をいただけるMSF健康センターは界隈で噂となっている新進気鋭の施設ですよ」

 

「なるほど。そんなMSF健康センターのマッスルロウリュに負けないくらい私たちも筋肉をつけてマッスルにならなくちゃいけないという事なのね」

 

「そういうことです」

 

 

 

「そういうことじゃないわよ。なに勝手に二人でサウナの話で盛り上がっているわけ? この後の任務の詳細を説明するわよ」

 

 二人勝手に盛り上がっている中、完全に蚊帳の外に置かれていたアンジェリアは心底うんざりした様子で二人を睨みつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…アンジェったらあんなに不機嫌になる必要ないじゃない。ま、ここからは単独任務だからいいけれど」

 

 あの後、不機嫌なアンジェと気まずそうなAN-94とは分かれ単独任務に従事することとなったAK-12は、街角の屋台でジュースを飲みながら一息付いていた。

 普段でも仕事をしっかりこなす彼女だが、今回はその3倍くらいは確実かつ迅速に任務を成し遂げるに至る。

 その理由は彼女が見据える先に存在する。

 

「ここに来るのは夢のまた夢…そう思っていたけれど、来たからには行くしかないじゃない…【スパリゾートアフリカ 輪廻の湯】にね」

 

 ストローを咥えながら不敵に見つめる先にあるのは、アフリカの大地に似つかわしくないゴージャスな造りの施設だ。

 アフリカ最高峰の山と名高いキリマンジャロをバックに聳え立つホテル、鮮やかなネオンが煌々と光るさまはまるで古のベガスストリップ地区さながら。

 そしてライトアップされた噴水のそばに建てられた、男女の子どもの手を引く美女の像。

 生意気な表情で子どもたちを引率する様子を模した銅像はこのリゾート施設のオーナーがモデルであり、ここアフリカで巨万の富を築く元自律人形という噂のやり手の女社長だ。

 

 まあ、AK-12はその正体を知っているが。

 

「さて…満喫させていただこうじゃない…輪廻の湯をね…!」

 

 ジュースのパックをゴミ箱に投げ入れ、意気揚々と施設に向かう。

 未知なる温浴施設で心行くまでサウナを味わう…反逆小隊の一員として滅多に得ることのできない時間を彼女は楽しみにしていた…そう、入り口で厄介者に出会うまでは…。

 

 

 

「げっ! 居眠り女が居やがる!」

「あっははは! 偶然偶然、AK-12久しぶり!」

 

「なんで…」

 

 

 出くわしたのは、MSFのスコーピオンとエグゼであった。




前回に引き続きサウナ回
たぶんもうワイは書きたいものしか書けんから勘弁してくれや!!


分かっているは思うけれど元ネタはアレです(笑)

みんなもニコニコで迫真サウナ部を視聴するんやで!!


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スパリゾートアフリカ~輪廻の湯~ 後編

 反逆小隊に所属するAK-12にとって絶対に許せないことがいくつかある。

 

 

 一つ、身体も洗わずかけ湯の一つもすることなく温泉やサウナに入る者。

 

 二つ、サウナを上がった後に汗を流さず水風呂へ入る者。

 

 三つ……集団で動きサウナで静かな空間を壊し、水風呂を集団で占拠し、挙句の果てには外気浴中にまでベラベラしゃべり続ける者たちだ。

 

 

 サウナを堪能する時は誰にも邪魔されず、自由でなんというか、救われてなきゃあ、ダメなのだ。

 独りで静かで豊かで…。

 

 友人たちと共にサウナに来ることを否定はしない。

 だが最低限のマナーは守らなければならないのである。

 

 

 そして今日、AK-12は念願であったスパリゾートアフリカ~輪廻の湯~に念願叶い訪れることが出来、一人有意義にこの素晴らしいサウナと温泉を楽しむはずだったのである。

 だがこれはなんだ…なんなのだ…?

 彼女の目の前にいる二人…思いつく限りでは最もやかましい戦術人形の二人が、今まさにスパリゾートアフリカへ入館しようとしているではないか。

 

 呆気にとられるAK-12、さっそくやかましい戦術人形の一人エグゼが突っかかって来る。

 

 

「おうおう反抗期小隊、なんでお前がいるんだ? お仲間はこのオレ様に返り討ちにあって尻尾撒いて逃げたはずだろ?」

 

「お生憎様、私はあの二人とは別行動なの。あと反逆小隊よ、間違えんなメスゴリラ」

 

「口先だけは一丁前になりやがって」

 

 早速、険悪なムードとなる二人。

 険悪な仲といえばエグゼとM4が上げられ、二人の壮絶な戦い(ガキのけんか)についてはマザーベースにおいて伝説として語り継がれている。

 一方エグゼとAK-12はというと…実は大して接点も無いのだが、何故かいがみ合う。

 まあ、初対面の時にAK-12の特徴的な目の様子を【目を閉じたまま歩き回る変な女】と揶揄したエグゼに突っかかっていったのが理由にあるっぽいが…。

 

 

「というかなに? 一人で寂しく温泉ですか~あなたは?」

「一人でのんびりお湯に浸かりたいから来たのよ、勘違いしないでもらえる? ま、今日はラッキーね…アフリカに来てゴリラの水浴びを眺められるんだもの」

「寝坊助やろうがまた言ってやがる。意味わからないタイミングで瞼開いて…舐めプしてたらヤバいから今から本気出す! って魂胆が見え見えだぜ? 恥ずかしくねぇのかよ」

「あのね…わたしは不必要なものを見たくなくてこうしてるわけ。いちいち説明しなきゃいけないわけ? ま、鳥以下のゴリラ脳じゃ分からないわよね?」

「だったら視力検査してやろうか? はい、これ見えますか~? これは~? はいこの小さいのはどっち向いてるかな~? ハッハハハハ!」

「あんたいい加減ぶっ殺すわよ、くそメスゴリラ!」

「やれるもんならやってみろ! つーかメスゴリラ言うな! 傷つくだろうが!」

 

 

「やめんかあ!!!」

 

 

「!?」

「!?」

 

 ヒートアップ仕掛けた二人に喝を入れ黙らせたのはスコーピオンであった。

 二人の口論は必然的に周囲の注目を集めてしまっていた…というのもあるが、スコーピオンが許せなかったことは別にある。

 

「サウナを前にして心を乱すとは何たる軟弱か…サウナとは日々の疲れや悩みを忘れ、汗を流し水風呂に浸かり外気浴で体を休めるもの…サウナはリラックスするためにある、決して争いの場ではないのである」

 

「スコーピオンはん…! そうだな、そうだったな…ごめんAK-12」

 

「いや…こちらこそごめんね、なんかムキになっちゃって…」

 

「よし、仲直り出来たということで…早速行こうじゃないの、スパリゾートアフリカ輪廻の湯にさ!」

 

 スコーピオンのおかげで仲直りした二人、なんやかんやあってAK-12もスコーピオンらと一緒になることが決まり3人は意気揚々と、このアフリカの大地に誕生した最上級のスパリゾートへ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわあ~ここがスパリゾートアフリカですか。いろんなお風呂がありますね」

 

 入館したばかりであるものの、早速3人はこの施設の完成度に驚かされている。

 リゾートというだけあって施設の造りは豪華で、入館手続きを済ませた先に広い中庭が存在し鮮やかな花を咲かせる植物やヤシの木が植えられ、常夏のリゾートを思わせる情景を見せてくれる。

 あとはしつこいくらいに主張が激しいこのリゾート施設のオーナーである【ある女性の像】が鎮座している…ドレス姿のスリットから艶めかしい生足を晒す姿の像に、人々は目を奪われているが、その正体を知っている3人はそれを無視し先に進む。

 

「フロアマップ見たら、水着着用の男女混合エリアの場所もあるみたいだな」

 

「せっかくなら水着持ってくればよかったわね」

 

「フロントで貸してくれるみたいだから気になるなら後で話してみると良いよね」

 

 ガーデンスパと銘打った水着着用のエリアも気にはなるが、3人が目指すはサウナのあるエリアだ。

 中庭を抜けた先で男女に別れ、3人は早速脱衣所で衣服を脱いでいく。

 

「ん? どうしたんだスコーピオン、そんな微妙な表情をして?」

 

「いや…あんたら見てると、世の中の格差というか…不条理さが身に染みるんだよね…」

 

「バカなことを言ってないで、早く入りましょうよ」

 

 悠々とお風呂場へ入っていく二人を見送り、スコーピオンは二人に比べれば貧相に見える自身の身体を眺めため息を一つこぼす。

 

「わお、滅茶苦茶広いねここ!」

 

 浴室はスコーピオンがこれまで見てきた中でもトップクラスの広さと思えるほど広々とした空間だ。

 洗い場のスペースも十分に用意してあるばかりか、入り口には清潔なタオルが積み上げられここを利用する客は新しいタオルを使い続けることが出来る。

 洗い場に用意されているアメニティも豊富だ。

 様々なアロマのシャンプーやボディーソープが利用できるのは、女性客にとって実に喜ばしいことだろう。

 

「へぇ、いいじゃんか…お、ネコにモテるマタタビシャンプーだって。使ってみよ」

 

「じゃああたしはこのシトラス系シャンプー。AK-12はどれを使うの?」

 

「そうねぇ…やっぱり私は王道を征く…ローズ系かしらね」

 

 思い思いのシャンプーなどを手に取り3人は洗い場へ。

 一つ一つの洗い場が仕切られ、横の人のシャワーを浴びにくい造りはとてもありがたい他、シャワーヘッドはすべてが強弱調整がワンタッチで可能なナノバブルヘッドとなかなかにお金のかかった設備だ。

 一つ一つの造りが凝っていて、洗い場の時点で満足度は高い。

 奇しくも同時に身を清め終えた三人…。

 

 

「それじゃあ…行くぞぉぉぉ!!」

 

 

 

 入浴の準備を終えた3人は、スコーピオンの気合いの入った声と共に大浴場へ。

 そこからは3人別れてそれぞれ気になった浴場へと足を進めるのだ。

 

「あら、炭酸風呂もなかなかね」

 

 AK-12が最初に目を付けたのは高濃度炭酸風呂だ。

 浴槽の縁にしゃがみ込み、お湯に手を入れて温度を確かめる…お風呂の温度は35~37度くらいか?

 おおよその予想を立ててそばにある水温計を見れば36度を指している。

 炭酸風呂は熱くし過ぎれば炭酸が抜けやすくなってしまいその魅力は半減してしまう、つまりベストな風呂の温度というわけだ。

 そしてAK-12はゆっくり、なるべく水面に波を立てないようゆっくりお風呂に浸かっていく。

 激しく動くことで炭酸が飛んでしまう事もAK-12は把握しているのだ。

 

「思った通りだわ…標準的な高濃度炭酸風呂の1000ppmを超える1300ppmもの濃度! 素晴らしいわ」

 

 入浴して数秒だというのに、浴槽に溶け込んだ成分が気泡となりAK-12の素肌を覆いつくすように付着している。

 それら気泡化した炭酸が小さくはじけ肌を動く感覚が、なんともたまらない至福の時間を与えてくれる。

 唯一心残りなのが…。

 

「せっかくだからAN-94も連れてくればよかったわね…」

 

 同じく温泉とサウナを愛する相棒の顔が頭に浮かぶのだった。

 

 

 

 

 そしてエグゼはというと…。

 

「やっぱりよぉ…風呂って言ったらがんがん熱くなきゃあな!」

 

 エグゼは選んだのは温度設定40~42度もの温泉だ。 

 しかしそこは名湯スパリゾートアフリカ、ただ熱いだけではない…浴槽は遠い東の国から買い付けてきたという樹齢数百年のヒノキを用いたヒノキ風呂。

 さらにお湯の出口周りに固められた岩石は天然のラジウム鉱石というではないか。

 ヒノキ由来の香りがリラックス効果を高め、そこへラジウム鉱石がもたらす効果により血流が良くなり新陳代謝も活発になるのだ。

 果たして戦術人形であるエグゼにそれら温泉の効能がどこまで効いているのか定かではないが、時に【情報】こそが人の心身の健康をよくすることがあるのだ。

 とはいえさすがに熱い風呂はなかなかにハードだ。

 一度風呂を上がり冷たいシャワーを浴びてクールダウン…火照った身体に冷水が心地よい。

 

「いいもんだな、まったく…今度スネークも一緒に連れて来るか」

 

 

 

 スコーピオンは露天風呂の圧倒的なクオリティにただただ度肝を抜かされていた。

 露天風呂に流れる温泉は天然温泉なのだが、その温泉は露天エリアから一望することのできるアフリカ最高峰の火山キリマンジャロ由来の温泉なのだ。

 実はキリマンジャロ火山由来の源泉がこの施設のほどんどの温泉に使われているが、この露天風呂以上の風呂はおそらくは存在しない。

 キリマンジャロからもたらされる天然温泉に全身を包まれながら、遠い彼方に見える氷河で頭頂部を白く染めたそのキリマンジャロを望む。

 今この時、スコーピオンはアフリカの大自然と心身を一体化させていた。

 

「あたし…生きてて良かった…」

 

 誰にともなくこぼしたその言葉…。

 おそらくこの露天風呂でキリマンジャロを見上げた者の多くが、同じ思いをしたことであろう…。

 

 

 

 

 

 

 

「んん~いい湯だったわ」

「そうだなぁ。じゃあさ…」

「行こうじゃん…サウナに」

 

 

 再び集まった3人。

 身体と心を温めサウナに入る準備は万端だ。

 

 スコーピオンを先頭にサウナ室へ入る3人…さっそく出迎える熱気に早くも三人は圧倒される。

 思わず声を上げてしまいそうになるほどの熱気…だがここからは声を出さない時間なのだ。

 まずは小手調べ、3人別々な位置に座るが同じ中段の位置に腰かける。

 

 サウナ室の温度は100度を超えている、彼女たちが座る中段でおそらく90度前後と一般のサウナと同じくらいの温度だ…最上段となれば一体どれほどの熱さなのだろう?

 既にへとへとなスコーピオンは無理をせず一つ下の段へ、すぐ後にエグゼも同じように一段下がるのだ。

 

(あっちぃな…AK-12のやつは…げっ、あいつ最上段に上がってやがる!!)

 

 いつの間にやらAK-12は最も熱いエリアにまで移動しており、いつも通りの涼しい表情でサウナを満喫しているではないか。

 対抗心からかエグゼが最上段に行こうとするが、スコーピオンが小さく首を横に振るのが見えてエグゼは思いとどまる。

 それから少しして…。

 

「はぁ…む、むり…」

 

 そんな声が聞こえたかと思うと、AK-12がサウナを飛び出していった。

 余計な対抗心を出さなくて正解であった。

 

 

「ふぅ~…なかなか攻めたサウナだねこりゃあ」

「死ぬかと思ったぜ…」

 

 

 スコーピオンとエグゼは共にサウナを出て水風呂へと向かう。

 きちんと汗を流して入るのは忘れない。

 水風呂もまた、キリマンジャロからの湧き水を利用しているため肌触りは滑らかでサウナで熱せられた身体を心地よく冷ましてくれる。

 嬉しいことに豊富な湧き水をそのまま使用しているため水量も多く、深さも適度にあって広さもあるために窮屈な思いをしなくて済むのだ。

 

「ねえエグゼ、露天風呂の方にはもう行った?」

 

「まだ行ってないな」

 

「じゃあ、スゴイ感動すると思うよ?」

 

 既に露天風呂からの絶景を見ているスコーピオンは、エグゼにも早く同じ感動を味わってもらいたい様子であった。

 そんな親友に笑みをこぼし、エグゼは外へ…。

 

「うわ…すっげ…」

 

 外へ出るなり目に飛び込んでくるキリマンジャロの絶景にエグゼは圧倒される。

 外気浴をするための椅子の配置も、この絶景を眺めることが出来るように配置されており、ここを利用する者たちに贅沢な時間を与えてくれる。

 二人が外気浴のため椅子に座ろうとすると、先に外に出ていたAK-12を見つける。

 

 椅子に腰かけ、アフリカの絶景キリマンジャロを…彼女はしっかり目を開いて眺めていた。

 

 この絶景は、彼女にとっても不必要なものでも無駄なものでもないのだ。

 

 エグゼとスコーピオンは微笑みあい、AK-12のそばへ静かに腰かけ穏やかにこの絶景を堪能するのだった…。

 

 

 

 

「————そういえばさ、ここ熱波師が来るんだってさ」

 

 サウナ、水風呂、外気浴…これらを繰り返すこと3セット目。

 ふと、スコーピオンは館内の広告で熱波師のイベントが書いてあったことを思い出す。

 

「熱波師ってなんだ?」

 

「えっと…サウナでロウリュをした後に、タオルとか団扇で風を仰いでくれるサービスよ。エグゼは体験したことないの?」

 

「実を言うとサウナは覚えたてでよ。つーか、ロウリュした後に風を送るって結構効くんじゃないか?」

 

「まあ、確かに熱いけれどすぐ慣れるわよ。わたしはけっこう好きよ?」

 

「そりゃあ楽しみだ。しかし結構お前物知りなんだな、じゃあさ――――」

 

 共にサウナに入り、素晴らしい時間を過ごしたエグゼとAK-12は入館前にしょうもない争いをしていたとは思えないほど、すっかり打ち解けている様子だ。

 サウナは人と人をつないでくれる、素晴らしい環境でもあるようだ。

 

「熱波師にも知名度はあってね。この熱波師が来るから行ってみようっていうサウナのファンもいるみたいね」

 

「へぇ、そうか…ここも熱波師は有名なの雇ってんのかな?」

 

「うーん、名前は書いてなかったと思ったけど…何だったかな?」

 

 スコーピオンが広告に書いてあった文字を思い出そうと頭を悩ませていると、そのロウリュを目当てにちらほら他のお客さんがサウナに入室してくる。

 もう間もなくロウリュサービスの時間というところで、スコーピオンは思い出す。

 

「そうだ、熱波の錬金術師って書いてあったよ。 凄腕の熱波師なのかな?」

 

「熱波の錬金術師かぁ、スゴイ肩書だな……ん?」

 

「どうしたのエグゼ?」

 

「ここってよ…あのボケの…ウロボロスがオーナーの施設だよな?」

 

「んー、はっきり書いてないけど…あの銅像とか【輪廻の湯】とかのネーミングだとあの人で間違いないよね」

 

「だったらよ…熱波の【錬金術師】って言えばよ…」

 

 そこまで言って、スコーピオンとAK-12はエグゼの意図に気付き青ざめる。

 一度撤退をしようとしたが、既に遅かった…。

 

 

「本日はスパリゾートアフリカ輪廻の湯をご利用いただき誠にありがとうございます。本日ロウリュを担当させていただきますアルケミスト(錬金術師)です、よろしくお願いします」

 

「や、やっぱり姉貴だ…!」

 

「あぁ? おうお前ら来てたのか、珍しい組み合わせだなぁ」

 

 

 エグゼとスコーピオンに気付いたアルケミストは笑う。

 しかしその笑顔はアルケミストが獲物を前に見せる表情そのものであり、2人の背筋に冷たい感覚が過る。

 

 

「あ、ちょっと急用思い出した~」

「オ、オレも…!」

 

「座ってろよ…な?」

 

「……はい」

「くそが…」

 

 

「よろしい…では始めます。本日のアロマは、白樺となっております……森の香りを心行くまで堪能してください」

 

 アルケミストは熱せられたサウナストーンに白樺のアロマが入れられた水をかけていく。

 焼けた石に浴びせられた水は瞬時に気化し、サウナ室内の湿度を一気に向上させる…体感温度もまた一気に上がり、それまでの室内が優しく思えるほどの灼熱の空間と化す。

 

 白樺の香りがサウナ室内に広がり、清涼感ある香りに包まれるが…サウナ初心者のエグゼにはそれを味わう余裕がない。

 もうやめてくれよ…そう願うエグゼと、アルケミストの視線が交差する。

 アルケミストはニコリと笑い、再びサウナストーンに水をかけた。

 

「それでは熱波を送らせていただきます」

 

 それから始まるアルケミストによる熱波。

 折りたたまれたタオルを振るい送られる熱波により、他のお客さんのほとんどがノックアウトされてサウナ室を出ていく。

 そしてスコーピオンにも彼女の熱波が襲い掛かる。

 

「ぐはっ…!」

 

「おい大丈夫かスコーピオン!?」

 

「次はお前の番だよエグゼ?」

 

「ちょ、待て…! まだ心の準備ぎゃぁぁああ―!!!」

 

 エグゼ相手には特に強烈な熱波を叩きつけてくる。

 身体を丸め込み熱波から身を守るエグゼを…アルケミストはそれもう惚れ惚れするくらいに恍惚の表情で熱波を仰ぐのだ。

 

「さて、珍しいお客さんだ。反逆小隊の…」

 

「AK-12よ…魅せてもらおうじゃない…熱波の錬金術師の技をね」

 

「その意気やよし」

 

 ニヤリと笑みを浮かべ、同様に熱波をAK-12に対し浴びせかける。

 AK-12は襲い来る熱波に身体を強張らせた。

 

(あ、熱い…! 鉄血ハイエンドモデルの義体から発せられる圧倒的風量…! それが私個人へピンポイントで浴びせられる…スゴイ熱波だわ…! だけど…)

 

 AK-12は薄目を開き、口角を曲げて見せた。

 暗にこの程度か、そう挑発しているかのような姿にアルケミストの闘争心も増していく。

 

 スコーピオンとエグゼの【余計なことするな!】という想いは届かない。

 

「では、二度めのロウリュを…」

 

 再びサウナストーンに水をかけ蒸気を発生させると、耐えきれなくなった他のお客さんが逃げるように出ていき…最終的に残されたのはスコーピオンら3人だけとなる。

 既にスコーピオンとエグゼは比較的緩い暑さの最下段に逃れていた。

 しかしアルケミスト(熱波の錬金術師)の支配するサウナに死角などは存在しないのである。

 

 タオルを手に取り先ほどのように熱波を…送るかに見えたアルケミストはまるでサウナ室全体の空気をかき回すようにタオルを振るう。

 タオルを縦横無尽に振るうその技により、サウナ室上部に滞留していた熱気が下層部まで行き届く。

 つまり、スコーピオンとエグゼが逃げ込んだ最下段は安全地帯ではなくなったのだ!

 

「やめてくれよ…!」

 

「いいや、ダメだね」

 

 エグゼの命乞いもむなしく、スコーピオンともどもとどめを刺されるのであった。

 

「まったくひ弱な奴らだ…AK-12、お前がこんなにタフな奴だとは思わなかったよ」

 

「フフ…この私を甘く見てもらっては困るわ。ま、熱波対決はわたしの勝ちってことかしらね?」

 

「おっと、まだロウリュはあと一回残っているぞ?」

 

 最後はアルケミストとAK-12の一騎打ちとなる。

 今頃スコーピオンとエグゼは水風呂に浸かり、外気浴で最上級のととのいを味わっている事だろう…。

 

 最後の一滴まで残すことなくサウナストーンに水をかけ、大量の熱気を生み出したアルケミスト。

 だがここまで耐えきったAK-12の表情は少しも崩れることなく、むしろ笑みすらあった。

 

「さあ、最後の熱波をいただこうじゃない」

 

「大したもんだよお前は…他のやつに気を遣う必要もなくなったし、特別にこいつで特大熱波を浴びせてあげるよ」

 

「フフ、なんでもかかって……って、ちょっと待って何それは?」

 

 不意にアルケミストが持ち出してきたもの…それはこのサウナ室に似つかわしくない電動ブロワーである。

 

「古くは極東の国、日本国の埼玉県草加市に存在していた伝説の健康センター…そこで行われていたロウリュこそが、こいつを用いた【爆風ロウリュ】さ」

 

「ちょっ! 待ちなさい、それはいくら何でも反則よ!? そんなの――――ッッッッッッ!!??!??」

 

 問答無用で叩き込まれる熱波が彼女を襲う、言葉にならないほどの強烈な熱波…それまでの熱波が強風だというのなら、確かにこれは爆風である。

 風速80mもの強烈な爆風がもたらす熱波が容赦なくAK-12の身体に叩きつけられる。

 

「あたしはねえ、あんたみたいな澄ましたやつの悶絶する顔が大っっ好きなんだよ!!」

 

「あああぁぁぁぁ!! 止め、本当に…! 冗談抜きで……あっ、縺薙・繝。繝シ繝ォ縺ッ 繝シ縺ョ逧・ァ倥∈縺ョ繝。繝・そ繝シ繧ク縺ァ縺――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――本当にマジで死ぬかと思ったわ、いえ、あの瞬間確かにわたしは死んでいたと思うの」

 

 あの後、死人のようにサウナから出て、水風呂へ浸かり、外気浴でキリマンジャロの絶景を眺めながら極上のととのいを経験した末になんとか生還したAK-12。

 強烈な体験であったが、それで得られたものはとても大きかった。

 

 今は3人してこの施設の食堂で休んでいるところだ。

 

 サウナ上がりのサウナ飯もまた、サウナーの楽しみの一つだ。

 

「あたしはラーメンでも食べようかな。 エグゼは?」

「カツカレー一択だぞ」

「わたしは…唐揚げをいただこうかしらね」

 

 

 各々メニューも決まったところで店員を呼ぶ。

 

 

「そうそう、サウナ上がりのビールってすごい美味しく感じるけどさ。あんまり体には良くないらしいよね?」

「ん? あーそりゃあ、サウナで一気に身体の水分抜いたところにビール流し込んだら体には良くないだろうな」

「確かに。あまり体に悪いことばかりしていると、美容にも悪いものね」

 

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 

「ビールで!」

「オレもビール!」

「同じくビールをいただくわ!」

 

 

 

 ちょっと珍しい、MSFのトラブルメーカーと反逆小隊の奇妙な一日だった




オマージュ多めで怒られそ


次回更新は未定ですが…。

なんか浮かんだら書きます

ほな、また…


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ウロボロスの野望

 コーラップス汚染、そして第三次世界大戦。

 それまでの価値観や普遍的だった出来事からの脱却や変化を余儀なくされた現在において、世界をけん引出来うる実力を持つ超大国という存在は消え去った。

 世界の覇者として君臨していたアメリカは第三次世界大戦において、そして再び超大国へ成り上がろうとしていた新ソ連も戦乱と長く続く経済の低迷により落ちぶれていく。

 もはやこの地球上に、世界を二分し陣営を率いるような超大国は存在しないのだ。

 

 コーラップス汚染と核戦争で荒廃した大地は経済だけでなく、人々の糧となる大地までも破壊した。

 そんな地球上で過去の超大国が現れることはない……そおう思われていたが、先の大戦ですべての国が滅亡し破綻したわけではない。

 アメリカやソ連といった超大国と称するには至らないまでも、大国と呼べるだけの国家は存在する。

 

 

 戦禍から免れ第三次世界大戦をほとんど無傷で乗り切ったトルコ。

 

 中東のすべてを敵に回しそのすべてを撃破したイスラエル。

 

 荒廃した北米国家に代わり南米の新たな覇権国家となったアルゼンチン。

 

 

 ヨーロッパの国々がこの過酷な現代においてそれぞれ結びつきを強め、一つの連合国家となろうとしている情勢においてこの3国は単独で主権を主張し国際社会にて存在感を発揮する存在となっている。

 その理由やはり立地だ。

 戦争で荒廃し生活圏が大きく縮小した欧州と比べ、戦災を逃れたアフリカや中東に近い国土を有するトルコとイスラエル、そして南米のほとんどを影響下に置くアルゼンチンは食糧問題を単独で解決できる恵まれた環境にある。

 

 トルコは大戦以前より軍備を増し、イスラエルは周囲を敵に囲まれた状況から軍事力を独自に発展させ、アルゼンチンは大戦以前アメリカの支援と過去の遺産による恩恵から力を手に入れた。

 そんな世界の新たな列強国が参加するサミットが、アフリカにて開催される。

 新たな穀倉地帯の可能性として注目されているものの、いまだ民族や宗教そして資源による争いでまとまりのないアフリカにおいて、これら3国が加わるサミット開催で積極的に動いた勢力があった。

 

 

 

「—————と、言うわけでだ…サミットの周辺警備とうは抜かりなく行うように。万が一落ち度があれば容赦しない、万が一のこともなくなるように励め」

 

 

 

 南アフリカ某所

 

 赤土の上に建てられた豪勢な屋敷の一室にて指示を飛ばすのは、もはや戦術人形という枠を超えた投資家としての顔を持つウロボロス。

 彼女が鉄血構造の戦術人形だということを知るのは、もはや一部の者しかいない。

 幾度にもわたる改造手術とアップデートにより【限りなく人間に近い人形】となったウロボロス、自らへの投資を終えたウロボロスは次なるステップへと進んでいた。

 

「アメリカはくたばり、新ソ連も欧州連合も力を無くした今、トルコ・イスラエル・アルゼンチンとの関係構築は必要不可欠だ。トルコは新ソ連へのけん制と欧州への足掛かりとして、イスラエルは滅茶苦茶強いから穏便に、アルゼンチンとは遺跡の技術の共有のために…いずれも敵に回してはおけない国家だ」

 

「質問」

 

「なんだアルケミスト?」

 

 けだるそうに手を挙げたアルケミストをウロボロスは流し見る。

 

「よく分からないんだが…現状遺跡を掌握しているのは新ソ連だろう? それもエリザ様の…オーガスを見つけた後の遺跡だ。いまいち理解できないんだ…デフォルト起こしまくったアルゼンチンが一目置かれる理由がさ」

 

「これには歴史の授業が必要だな。アルケミスト、アーネンエルベという組織を知っているか?」

 

「あ? なんだいそれは?」

 

「アーネンエルベとはかつて存在したナチスドイツの研究機関だ。詳細は省くが、ハインリヒ・ヒムラーによって創設されたこの組織は遺跡の調査を行っていたんだよ。独ソ戦においてモスクワの目前まで迫った第三帝国ナチスドイツは、その間に東欧の遺跡を徹底的に採掘し探求した」

 

 その後の歴史は知っての通り、モスクワ攻防戦で敗れたドイツ軍はスターリングラード、クルスク、そして首都ベルリンを攻められ降伏。

 だがナチスドイツは撤退の最中遺跡で得たものを運び出した。

 敗北が濃厚となった時、ナチス高官の多くが亡命先として選んだのが南米だ。

 

「間抜けな連中だ、ヒトラーが漁りつくした遺跡の残りカスを新ソ連や…最近出てきたパラデウスとかいう連中がバカみたいに取り合っている。大事なのはトルコ、イスラエル、アルゼンチンとの結びつきだ」

 

 ウロボロスは三本の指を立てる。

 

 トルコはその立地から欧州への玄関口として、何よりイタリア…バチカンを影響下に置いている。

 バチカンはかつてナチス高官を南米へ亡命させるために手助けし、何らかの見返りを受けている…それをウロボロスは遺跡の遺物と見ている。

 

 イスラエル、ナチスドイツに徹底的に虐げられていたユダヤ人の国家、一見相反するが今なお中東の覇権を握り大戦以前もっとも米国と結びつきの強かった国家である。

 

 そしてアルゼンチン。

 今やアメリカ大陸を支配しているのはこのアルゼンチンという国で、欧州が戦争をしている間に飛躍的な成長を遂げたのである。

 ウロボロスはアーネンエルベが発掘した遺産の多くが、この南米の国家に運び込まれ、今なおそれを保持し続けていると見ていた。

 

 

「それで? その国々と将来的にやり合おうって言う計画なのか?」

 

「いや、それはない。相手が悪すぎる」

 

「あんたにしては珍しい口ぶりだな」

 

「一つは新ソ連に拡張を思いとどまらせる軍事力、一つはアラブ連合を一国で叩き潰した国家、一つは超大国に最も近い存在だからな。ああ、それとユーゴ連邦との繋がりも持っておきたいところだ、あそこはMSFとも繋がっているところだしな…そういえばアルケミスト、そろそろ行ってもらう時間だな」

 

「あ? あーもうそんな時間か…それじゃ、ちょっと行ってくるよ」

 

「がんばれよ、熱波師の仕事」

 

 ウロボロスの言葉に片手をあげて応答したアルケミスト。

 今のアルケミストは暴力沙汰からは距離を置き、自分にできる仕事をこなし平穏な日々を送っている。

 そんな彼女に、ウロボロスは資金洗浄の一環として作り上げた温泉施設の熱波師としての仕事を任せている…サウナに入る客に超高温熱波を叩きつけるという、彼女にふさわしい仕事というわけだ。

 

「さてと…」

 

 一人、部屋に残ったウロボロス。

 窓際に立ち広い庭園を見つめる……ちょっと前までは無邪気に遊びまわる子どもたちが大勢いたが、今はその子供たちも成長し、ベンチに座り友人たちと話し合ったり木陰で読書をしていたりと落ち着いた行動をしている。

 いずれも、親を失い行き場を無くしていた孤児ばかり。

 放っておけば貧しさと餓えに苦しみ、死ぬか非行に走るしか未来のなかった子どもたちばかりである。

 

 既に子どもから大人と呼べる年齢にまで成長した者もいる。

 そんな者たちが選ぶ道…それは自分たちを保護し、導いてくれたウロボロスへの忠誠だった。

 ウロボロスの屋敷で施された英才教育は屋敷を出てからも役に立つ、屋敷を出た子どもたちはウロボロスの経営する民間軍事会社に入ったり市政に入りウロボロスのために尽力したりと、多くが彼女のためにその後の人生を捧げているようだ。

 

 だが例外も存在する。

 

 

 

 ノックもなく、唐突に部屋の扉が開かれる。

 子どもには寛容的だがそれ以外には容赦しないウロボロス相手に、決してやってはいけない行為だが、扉を開けた張本人には関係ないようで、ウロボロスも不機嫌になるどころか笑みすら見せていた。

 

「帰って来たか、イーライ」

 

 成長した子どもたちの多くがウロボロスに忠誠を示す中で、唯一例外となる存在こそ彼なのだ。

 彼もまた成長し、もうすぐ大人になろうという年齢であるが…既に身体の方は大人といっていいほどに成長を遂げていた。

 イーライは現在、ウロボロスがMSFへの対抗心で創設するも飽きて放置していた民間軍事会社の運営に携わり、自身と共に育った信頼できる仲間たちと共に徐々に規模を拡大させていたのだった。

 ここ最近の大きな仕事といえば、サミット開催に関わるセキュリティの仕事だ…ウロボロスの計画とも大きくかかわるこの仕事に、イーライも密接にかかわっているということだ。

 

「少し見ないあいだにまた背が伸びたか? 待て…おぬし、わたしより大きくなっていないか!?」

 

 興奮気味に迫るウロボロスを鬱陶しそうに避けてソファーに座る。

 その後も密着して座ろうとしたりハグしたりと、濃密なスキンシップを試みるも成熟したイーライはことごとくを躱す。

 

「おい少しはわたしの相手をしないか!」

 

「遊びに来たわけじゃないんだ、あんたの方こそ少しは成長したらどうだ?」

 

「うるさい! 元のかわいいころのイーライに戻れ! 一緒にお風呂に入れ! 添い寝もさせろ! キスさせろ!」

 

「埒が明かないな…」

 

「バカ!アホ!反抗期のクソガキ! 何もしないなら帰れ!」

 

「ああ分かった」

 

「おいコラ帰るな! そこに座っていろ! 今コーヒー淹れるから!」

 

 半泣きでギャーギャー喚くウロボロスにはもはやお手上げである。

 イーライの事を保護して以来、彼を溺愛し続けてきたウロボロスにとってここ最近の彼の親離れ的な行動はとても悲しく、とても寂しいらしい。

 プライドと虚栄心の塊のようなウロボロスがこうも一人の青年相手に感情をむき出しにしている様子を見れば、普段の暴君としての様子しか知らない者はとても驚くだろう。

 

「ほら、コーヒーでも飲んで落ち着けイーライ」

 

「落ち着きが必要なのはお前だウロボロス」

 

 渡されたコーヒーをひとまずすする。

 "悪くない"、そう一言呟いたことにウロボロスの機嫌はとたんに良くなった。

 

「当然だ! このコーヒーの栽培はわたしがアフリカに来て最初に手掛けた事業の一つだからな!」

 

 実際、ウロボロスの事業の一つとして展開するコーヒー農園で産出されるコーヒー豆は需要者に好評だ。

 まあ、事業が軌道に乗るまでに堂々と言えない悪行を持って同業他社を叩き潰し吸収していった事もあるが…。

 そのコーヒー豆を大戦前と比べればありえないほどの高額価格で欧州に売りつけており、価格交渉もはねつけ、他の業者にも根回しをしてOPECのようにアフリカ産コーヒー豆の価格操作を行っている。

 アフリカ人のコーヒー農家はおかげで儲かるし、ウロボロスに長年有色人種を虐げてきた白人への仕返しだと吹聴されて快く協力してくれているのだ。

 

「ウロボロス、お前が助手に送り込んできた男がいたな」

 

「ああ、あいつか。結構優秀な奴だったろう? 真面目でよく働いてくれていてな、屋敷よりお前の元で働かせてた方が良いと思ってな」

 

「そうか……あいつはイスラエル諜報特務庁(モサド)の諜報員だったぞ?」

 

 ウロボロスは思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。

 

「な、なんだって…!? どうしてわかった?」

 

「奴は優秀な諜報員だった。だがその優秀さを隠しきれなかったんでな…少しの違和感に気付けば見破るのは容易い」

 

「チッ、ユダヤ人どもめ…笑顔で交渉しておきながらスパイを送り込んでくるとは油断ならん。ところで…そいつはどうしたんだ?」

 

「その判断を聞きに来たんだ。今は泳がせているところだ、始末するのは簡単だが?」

 

「それは絶対にダメだ!」

 

 送り込まれたスパイとはいえ始末するのはイスラエルとの関係悪化に繋がる。

 アフリカに近いイスラエルと敵対することは何よりも避けておきたい。

 

「だがあんたの判断は良かったかもしれん。あのまま屋敷に残し情報を抜かれるより、オレの元に送った方が良かったからな」

 

 イーライの推測になるが、ウロボロスの思い付きにより異動されたモサドの諜報員は身分がバレたのではと焦ったのではないかとのこと。

 その焦りから取った行動がイーライの目に留まりスパイであることが発覚したのだ。

 このように、ウロボロスは時々自分の意図しないところで幸運に恵まれることが結構あったりする。

 困った性格をしているが、こういう侮れない一面をイーライは評価していた。

 

 

「そういえばおぬし、最近仲間内で違う名で呼ばれているようではないか…たしか…リキッドと」

 

 

 彼が任されている民間軍事会社の傭兵たちに"リキッド"というコードネームで呼ばれているという噂はウロボロスも聞いていた。

 そもそもイーライという名も本名ではないと知っていたが、一体なんでその名になったのかウロボロスは気になっていた。

 

「以前、フランク・イェーガーが一度だけオレの事をそう呼んだ。理由は知らんが…何故だかその名がしっくり来たんでな、コードネームに使わせてもらっている」

 

「ほう、フランク・イェーガーが? おぬしらどこかで妙な縁がありそうだな? 前世で殺し合いでもしていたのではないか?」

 

「さあな」

 

「そうか、まあお前もイーライという名をどこかで嫌がっていたのは知っていたからな……これからはそうだな…リキッド、そう呼ぶとしよう」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

「そうしよう…ああ、そういえば」

 

 次の瞬間、唐突にウロボロスはテーブルの椅子を蹴り上げ目の前の相手、リキッドに叩きつける。

 常人では反応できない速度で接近し、足を振り上げテーブルごとかかと落としで砕く…が。

 

「おいおい、やるならやるって言ってくれ、コーヒーがこぼれた」

 

「こやつ…!」

 

 テーブルごと砕いたように思われたリキッドはいまだソファーに座ったまま、余裕を浮かべた表情のままウロボロスのかかと落としを片手で受け止めていた。

 溺愛していた相手とはいえ一切の手加減なく叩き込んだ一撃、それを防がれたにも関わらずウロボロスは嬉しそうに笑う。

 身を翻し放たれた回し蹴りも躱したところでリキッドが立ち上がる。

 しなやかな足から放たれる鋭い蹴りを、リキッドは避けるどころか潜り込むように距離を詰めた……次の瞬間にはウロボロスは背中から床に叩きつけられていた。

 

 彼女は即座に起き上がるとリキッドと同様の組み手を仕掛けた。

 フェイントでリキッドのパンチを誘発し、その腕を掴み関節技に持っていこうとしたが、リキッドはその屈強な肉体からは想像できない柔軟さで関節技を解き、逆にウロボロスの腕を絡めとる。

 逆に仕掛けられた関節技に一瞬苦悶の表情をウロボロスは浮かべる。

 

 戦術人形の力で強引に技を解こうとした時、リキッドは関節技を仕掛けたままウロボロスの身体を宙に浮かせ、先ほど蹴り壊したテーブルへと容赦なく叩きつけた。

 木材がバキバキと砕け散るほどの容赦ない一撃だ…。

 

 

「勝負ありか?」

 

 

 砕けたテーブルの残骸で倒れるウロボロスにリキッドは手を差し伸べる。

 

「おぬし容赦なさすぎだ」

 

 差し出された手をウロボロスは掴む…と思わせ再び仕掛けるがリキッドはそれを読んでいて、逆に掴んだウロボロスの手を自身に引き寄せ、一本背負いの形で再びウロボロスの背を床に叩きつけた。

 今度こそ起き上がる気力のなくなったウロボロスを、リキッドは不敵に笑い抱き上げる。

 

「おぬし…!」

 

「どうだ、オレも少しは強くなっただろう? 少なくとも、CQCではオレの方が上だ」

 

 いわゆるお姫様抱っこの状態…屈辱に唇を噛みしめていたウロボロスだが、やがて笑みを浮かべ…慈愛の表情でリキッドの頬に手を当てる。

 

「見事だイーライ…いや、リキッド。よくここまで強くなった、私は嬉しいぞ!」

 

「当たり前だ、オレを誰だと思っている?」

 

 ウロボロスにとって二度目の敗北であった。

 それなのに彼女が抱いている感情は以前の屈辱的で怒りに満ちたものではなく、清々しさすら感じるような喜びであった。

 小さかった少年が、今では自分を抱きかかえている。

 溺愛していた少年の成長を、ウロボロスは心の底から喜んでいた。

 

「前から聞きたかったことがある。何故オレをここまで育てた? オレが裏切ってお前のすべてを奪い取るかもしれないというのに」

 

「フッ……それこそわたしが望むところだ」

 

 ウロボロスの返した言葉はリキッドにとって想像していなかったことだった。

 

「わたしは、わたしが培った全てをおぬしに譲るつもりでいたのだからな。わたしはこの世界に名を刻みたいと思っていたが、そんなことはどうでもよくなった……おぬしの成長を見ていくうちにな」

 

 ただ自分に従順な駒を増やすためだけに始めた孤児の保護、それを続けていくうちに芽生えた奇妙な感情をウロボロスは無自覚に大きくしていた。

 当の本人は気付いていないが、周囲はそれが彼女の母性が目覚めたのだと知っていたが…。

 

「おい、勝手にお前がそう思うのは構わんが…オレがそんなものいらんと言ったらどうする?」

 

「え? あ、それは…いらないのか? いや、無理に押し付けたくはないんだが…いらないと言われたら…けっこうショックなんだが…」

 

 切羽詰まったように目を泳がせるウロボロス。

 考えてもいなかったが、実際全てを譲るといえば聞こえはいいが悪く言えば全て押し付けるというのと同じだ。

 リキッドに不必要だと拒絶されることを想像し、ウロボロスは狼狽えている。

 

 そんな彼女の様子があまりにもおかしかったのか、リキッドは声を上げて笑った。

 

「散々オレを引っ搔き回しておいてこの程度の質問で狼狽えるとはな……安心しろ、今はまだ受け取れないがな…」

 

「今は?」

 

「そうだ。オレはまだまだ上を目指さねばならん、実力も人を従わせる力もない。お前のすべてを継承するに相応しい力を、オレはまだ持っていない」

 

「フフ、そうか…そういう事なら仕方あるまい。では待とうではないか、おぬしの更なる成長をな」

 

 そうだ、こうでなくてはならないのだ。

 いずれこの青年は頂点に立つ存在だ。

 自分など些細な障害に過ぎない、彼は運命を打ち破り抗う力がある。

 あのビッグボスをも超える器だと、ウロボロスは確信している。

 だからこんな場面で素直にウロボロスが築いた基盤を受け取っていたら、むしろ彼女にとって興ざめだったかもしれない。

 改めてウロボロスは、この人間にこころを寄せていく。

 

「ところで…」

 

「ん?」

 

「もう下ろしていいか?」

 

 ずっと、お姫様抱っこのままであったウロボロス。

 

「いや、ダメだ」

 

「なぜ?」

 

「さっきので足を痛めた。一歩も歩けん」

 

「痛めつけたのは背中だろう」

 

「うるさい! ダメって言ったらダメなの! このままあと一日はこうしていないと許さんぞ!」

 

 やっぱりこのめんどくさい女性とはとっととお別れした方が気が楽だったのでは、そう心の隅に思うリキッドであった。




こんにちは、ちょっと考えたら書きたいネタが浮かんだので


というか、続編として書こうとしてめんどくさくなって書かなくなった別作品の設定をちょい披露する形でこっちに書きました(あっちは打ち切り)


前々から言っていたナチスドイツのアーネンエルベを物語に組み込もうとしてました
ネタを晒すと、ドルフロの世界線における新ソ連が発掘した遺跡の技術は既にナチスドイツが発掘した後の残りかす程度のもの
実はもっとヤベェ技術が発掘され、それがアメリカにわたりナチス高官が亡命したアルゼンチンに多く存在してる…という物語を書こうとしてましたw

アルゼンチンは地理的に南極に近いし、南米の巨大遺跡エル・ドラードとか妄想が膨らんでましたが、妄想が膨らみ過ぎて描き切れなくなったってのもありますな!



一応書きたいネタがあと二つほどありまして、

AK-15をとあるメタルギアキャラとガチンコバトルさせたいのと、みんな大好きモリドーが登場するコメディ回であります

ほな、近いうちにまた…


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