ダブルアップバディ~僕のヒーローアカデミアIF~ (エア_)
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始まり
この日、カレー屋さんは大食いチャレンジを辞めた


ふと以前から考えてた系。不定期。


 

――俺はすげぇ。デクはいっちゃんすごくねぇ。だから俺が助けなきゃいけねぇ――

 

 

爆豪勝己は幼いながらも素晴らしい個性を会得した。

 

【爆破】と呼ばれる個性は両親のそれぞれの個性のいい部分を手に入れ、それを昇華させたもの。あまりの凄さにわずか4歳ながら、どこかのヒーローが将来自分のサイドキックにと唾をつけようとするほどだ。だからもあって幼馴染の少年が無個性だと知らされた日には余計自分の凄さを理解した。

 

爆豪勝己は幼いながらも秀才だった。

 

勉強も1習えば5理解し、努力をすれば簡単にあらゆる物事をその脳へ吸収していった。だからもあって幼馴染が無個性だと知らされた日にはどうすれば幼馴染を助けることが出来るか考えつくした。

 

上記のことがあってか、爆豪勝己は幼馴染の少年を過保護ともいえるほど気にかけていた。幼馴染が喧嘩に巻き込まれていればどこからともなく現れ見事救出劇をしてみせ、幼馴染が泣いていればどこからともなく飛んできて解決しようと模索した。まさに弱き者を助けるために強きものが手を差し伸べる。これぞヒーローと言えるだろう。

 

だが、少しだけ問題があった。

 

それは

 

「おィモブ野郎。俺の相棒(サイドキック)をカツアゲするたァ良い度胸じゃねぇか。ア?」

 

「か、かっちゃん。僕は大丈夫だから」

 

「黙ってろデク。これは既にお前だけの問題じゃねぇんだよ」

 

「でもその人泡噴いてるから。呼吸出来なくて死んじゃうから」

 

この口の悪さと、手のはやさである。

 

先ほどは救出劇などと謳ったが、殆どが辺り一面を焦土と化しては迫る敵を一網打尽に薙ぎ倒すという、喧嘩を止めに来た喧嘩好きのガキ大将など顔を真っ青にして回れ右して全力疾走するレベルの激(誤字に非ず)である。

 

これほど純粋に拳を振るえる幼少期を迎えたのだ。であれば本来この力を誇示する時期が生まれるはずなのだが、幼馴染という緩衝材があったおかげなのだろう、本来起こったであろう子供特有の無邪気な暴力など欠片も生まれることなく寧ろお前はお母さんかレベルで、小学校低学年の頃「お前ちゃんと行く前に確認したか? 忘れ物はないか?」と毎日真顔で心配してくるほどだ。どこで彼は間違えたのかと「デク」と呼ばれた少年は頭を抱えた。

 

「これ以上はかっちゃんの内申に響いちゃうから。雄英行けなくなっちゃうから」

 

「………………チッ、この程度で下げられる内申もクソったれだな。行くぞデク」

 

「(凄い悩んでた)あ、待ってよかっちゃん」

 

今の彼らは中学生、流石にここまで来ればそこまで変な過保護の仕方はしないが、やはり先ほどのようなことはまだ起こっている。いずれはヒーローになり高額納税者に名を連ねる彼の夢を考えると、これ以上の過保護はどうにかしなければいけないと幼馴染の少年は思考を巡らす。これもいつも助けてもらってる恩返しだと思えばと割り切ろうとするが、流石に以前あったプールの時間にパンツ忘れてると隣のクラスからパンツ持ってこられた日には誰も見てなくてよかったと一人大汗掻いていたのだ。一刻も早くどうにかしなければと、少年の頬を汗の雫が伝う。

 

閑話休題

 

爆豪勝己につれられ、幼馴染の少年は若干嬉しそうに帰路を進んだ。追いつける速度で前を歩く後姿をみた少年は、口は悪いし目つきはヴィランだけどやっぱり優しいよなと内心吐露する。もしも喋ってしまえば墓穴を掘って燃やされるからだ。いくら幼馴染だと雖も、どストレートで馬鹿にされれば怒るのは当然である。

 

「さっきはありがとう。かっちゃん」

 

「あ? たりめーだろうが。人の相棒(サイドキック)が無個性だからってカツアゲされてたんだ。二度と日が拝めねぇようにしねぇとな」

 

「うん、絶対に違うね」

 

にっこりと幼馴染を否定し、少年は彼の右隣へと体を前に出す。爆豪勝己も無意識に体を左に寄せ、少年が歩めるスペースを確保した。

 

「助けてもらった手前言いたくはないけど、折角かっちゃんは雄英に行けるんだから」

 

「「は」ってなんだよ「は」って、何勘違いしてやがる。テメーも行くんだろうがよ」

 

さも当然と言いたげな幼馴染に、少年は気圧される。自分に個性がないのを知っていて言っていて、そして当然受かると思ってるから性質が悪い。そのヴィラン寄りの目が真っ直ぐ少年へと伸び、純粋な言葉が少年の耳に入る。

 

『無個性でも、貴方のようなヒーローになれますか?』

 

少し前に平和の象徴と邂逅を果たした少年は同じように真っ直ぐ見つめ、言葉を投げかけたのを思い出す。偶然出合い、見出され、そして託されようとしていた。自分が来たと叫んでほしいと願われたのを思い出す。無個性だからと諦めたくはなかった少年だが、幼馴染の言葉に真っ直ぐ返せずにいた。

 

「た、確かに僕も雄英受けたけど……行けるかどうか」

 

「おめぇの場合内申もわるかねぇし筆記も出来んだろうが。なァにびびってんだ」

 

季節は冬。息も白くなり雲も分厚いこの頃、爆豪勝己はマフラーを鼻の上まで何重にも巻き、まさに自分は寒いのが苦手だと身体全体でアピールしている。学生でもある二人の学ランには何個も貼れるタイプのカイロが主人を守るために過熱していた。

 

鼻を真っ赤にしながらも、彼は幼馴染を叱咤し激励する。彼が一人のヒーローに見出されたことも知らず、ただただ自分の相棒に背筋を伸ばせといわんばかりに投げかける。彼を鼓舞するのは自分しかいないと勘違いを起こしながら。

 

「ようはテメーの覚悟次第なんだよ。なんかやってんだろ今、自主トレをよ」

 

「う、うん、だから試験の時は見ててほしいと思ってる。僕もヒーローになれるんだって」

 

「だからたりめーだって言ってんだ。テメーは俺の【爆豪軍団】の第一号なんだからよ」

 

「……前々から思ってたんだけど、流石にもう少しネーミングセンスどうにかしよ」

 

折角の雰囲気だったというのに、もう一つ彼の問題を見つけてしまった。

 

爆豪勝己の問題は口の悪さと手のはやさ以外にもこのネーミングセンスのなさもある。先ほどの【爆豪軍団】から察せるだろうが、彼、意外とその方面に弱いのである。他にも、今考えているヒーローネームが【爆殺王】だとか【爆殺卿】だとかで、少年はこの過保護な幼馴染の才能が何故そこに適応されないのか、さっきまでの僕の葛藤はなんだったんだと更に頭を抱えていたのだ。

 

「何だよ、かっけぇだろ!」

 

「それヒーローがつけるものじゃないから。寧ろヴィラン側だから」

 

「じゃあ爆豪組」

 

「それヤの人か土方だから!」

 

「じゃあ爆豪一家!」

 

「なんか名前のせいでマフィアっぽくなってる」

 

「じゃあ爆豪トライアド!」

 

「今度は中華系マフィアなっちゃったから!」

 

「ヒーローカルテル爆豪会!」

 

「独占禁止法!! 独占禁止法バリアー!!」

 

ポンポン出るわりにはどれもこれも捻りのないヤヴァイ組織名でしかない。正直事務所に足を踏み入れたい一般人はいないだろう。例え幼馴染の経営している純ヒーロー事務所であったとしても少年的に少し敬遠したいとさえ思ってしまっている。

 

「じゃあ何がいいんだよデク!!」

 

憤慨し鼻からスチームの如く白い息が吐かれる。お前は機関車何某か。

 

「ま、まだ免許もとってないし、まずはそこからにしよう。免許取る頃にはかっちゃんも良い名前思い浮かぶかもだし」

 

「チッ……それもそうだな。受かんのは当然として、まずはそっからだな」

 

仕方ねぇと割り切った幼馴染をみて、少年はハァと内心ため息をつく。もう少し温厚にならないだろうかと、こちらもこちらで彼を心配していた。

 

性格上爆豪勝己は面倒くさいのだ。この性格ゆえに学校でも友達といえる友達は彼以外存在せず、殆どがいつか降り注ぐであろう名声に寄って集る虫のような者か、恐怖の対象だと避ける者の二択。そんななか少年のような無個性とつるんでいれば、爆豪は点数稼ぎをしていると陰口がたつ。余計立つ瀬がない。そのことで一時期壮大な喧嘩を起こした二人だが、それはまたいずれ話す時がくるだろう。

 

だが、聞いてわかる通り、そんな壮大な喧嘩の後の二人の関係は以前よりも強固なものに見て取れる。

 

「――そうだ。カレー屋行こうよ。向かいのカレー屋さん、ついに超絶激辛カレーって大食いチャレンジ始めたらしいよ。どう?」

 

「んだと? んなもん行くしかねぇよなぁ。俺の目が黒いうちは超絶激辛なんざ言わせねぇ!!」

 

行くぞデク! と声を荒げたると、少年の肩を組み全速力で帰路から外れる。彼の両手から軽くBOOMと爆発音が鳴ったかと思えば、気づけば二人は空中散歩。まるで糸を使って空を飛ぶアメコミヒーローの爆発版である。最初の急上昇による幼馴染の絶叫も次第に笑い声に変わり、二人の寄り道が始まり、夜は二人そろって母親に仲良く怒られるのだった。

 

 

これは、爆豪勝己にIF(もしも)が起こった、緑谷出久との雄英高校の物語である。

 

 

「! 殺した世界戦線!」

 

「うん、閃いたって顔してるとこ悪いけど怒られちゃうからやめよっか」

 

 

 

 

 




ほんとはデクに平成ライダー全員から叱咤激励されて新しいライダーになる感じの書いてたんだけど、1話の1シーンに10人も人の会話なんざ入らねぇと断念。で、とりあえず頭の隅にあったこれを。

プロット? 起こさないでやってくれ、死ぬほど疲れてるんだ。


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爆豪勝己は思慮深い
殺意がみなぎる!怒りが燃える!俺のニトロがほとばしる!


ビルド良かったゾ~


○月○日、天気 はれ。

 

いずくはムコセーっていうコセーをもたないめずらしいやつらしい。さいしょはすげーのかとおもったけど、そんなことなかった。むしろコセーがないからヒーローにはなれないってまわりのセンセーがいっていた。そしたらいずくがかおまっしろにしてたから、それがどうしようもなくムカムカして、オレはいじでもいずくにヒーローになってもらいたかった。なんでかしらないけど。でもいずくはオレがいなきゃなにもできなさそうだし、しかたねーからてつだってやることにした。すげーおれがいれば、いっちゃんすごくないいずくだってすげーヒーローになれるきがする。なんせオレはオールマイトをこえるヒーローになる男だからだ。もう男ってかんじだっておぼえた。これならいずくはすぐヒーローになれるな。

 

爆豪勝己初めての日記第一ページより。

 

 

 

 

今日も爆豪勝己は苛立っていた。いつも鋭い眼は更に鋭く、いつも悪い口が更に悪く。本日二度目となる補導に耐えながら、お巡りさんに全力でドン引かれながら、彼は息も白くなる寒空のなか、受験会場へと向かっていた。今日は彼の高校受験日。苛立つのも仕方がない。

 

だけども彼が苛立っているのには相応の理由があった。寧ろこれを聞いたお巡りさんは一瞬ではあるが生暖かい視線を送っているのである。勿論すぐに殺気を感じて一歩後ろに下がったのだが、それくらい同情されたのである。

 

彼が苛立つ相応の理由……それは。

 

「……デク、コロス」

 

今日が雄英高校の試験であるというのに幼馴染が3日前の晩から家に帰っていなかったのだ。勉強面では一切心配していないと言った彼だったが、流石に捜索願を出すか迷う程度には焦りを感じていた。寧ろ自分のことをほっぽりだして探しに出かけたくらいには心配していたのである。共に受かると言ったのは言ったが、試験を受けなきゃそもそも受からない。次第に心配が苛立ちに変わり、自身の睡眠時間を削りに削り、そうしてついに自分も受験生だというのに目の下に分厚い隈をつくった彼は、カーテンから入ってくる日の光と共にやってきたメールを一目すると、自分の部屋を爆発させた。

 

『おはよう。今日は絶好の受験日和だね』

 

『殺すぞ』

 

とっさに殺意を込めた返信をしても悪くないだろうと、苛立ちを持ったまま爆豪勝己は母親に少年が無事だったことを伝える。自分の子のように心配していた彼の母親は安堵のため息を吐き、すぐさま少年の母親へ電話をかけに走っていき大音量で無事を知らせていた。今ならどんな騒音の中でも眠れそうだと嫌味を吐きながら、彼は朝食をかっ食らい試験会場へと足を運ぶ。もはや今彼の足を動かしているのは意地とプライドと幼馴染を殴るという気力のみ。おかげで今まさに世界の恐怖を煮詰めたような彼の顔は、さながらヴィランも鼻水垂らしながら逃げるほど。彼の顔のおかげで朝のヴィラン活動は著しく低下したとかしなかったとか。

 

「殺す」

 

おまわりさん。彼は違うんです。寧ろ彼は被害者寄りなんです。本当です、信じてください。

 

春になればももいろ一色になるであろうソメイヨシノの桜並木を歩む。家を出て電車に乗り一時間数十分の距離にこの場所があり、すでに駅から既に学び舎が目に映るほどだ。その壮大さを目の当たりにし流石に若干苛立ちが落ち着いたのか、未だに浮き彫りになった眉間が少しだけ緩む。

 

山を開いて創られたそれは他の学園の大きさなど比較にならないほど広大な敷地。聳え立つ学び舎は最新の建築技術で作られた強固な壁を有す、No1ヒーロー【オールマイト】やNo2ヒーロー【エンデヴァー】を輩出した世界で最も注目を浴びる超有名校。ヒーロー養成を目的とした特別科「ヒーロー科」を有する倍率300倍のヒーロー目指す者達の登竜門。

 

国立雄英高等学校。ヒーロー養成ならここを語らずに何を語るのかとさえ言われる全てのヒーローを目指す者の憧れの場所。最も彼の夢を手助けしてくれる理想の舞台なのである。

 

そんなところへこの男はヴィランも裸足で逃げ出すほど怒り狂ったような顔でやってきていたのだ。そりゃあ今もこうやってってだからおまわりさん違うんです。彼は違うんです。今日で3度目ですよ。

 

受験とこの凶器のような顔面の説明をすると、警察共々から「お疲れ様」と試験を受ける前から労いの言葉貰うという何ともいえない空気を醸し出す。とりあえず今日はこれ以上警察と出会いたくない。こんな事をしていても爆豪勝己の試験時間は刻々と迫っているのだ。

 

「え、っと。キミ、ヴィランじゃないよな?」

 

「アぁ?」

 

また警察かと声をかけられた方向へ擬音が出るほどの速度で顔を向けると、そこにはサイドテールの見目麗しい少女が立っていた。赤毛色の髪を靡かせる少女に今度は何だ、と余計に機嫌を悪くする今日最大の被害者。貫徹のせいで黒く染まった下瞼。寄りすぎて隆起する眉間。額に浮かぶ血管。もう誰が見ても危ない人から近づいちゃ駄目な部類のはずなのだが、何故か彼女は彼へ声をかけてしまったのだ。

 

「ご、ごめん。流石にそんな顔してればびびっちゃうしさ」

 

「……アー」

 

言いたいことがよくわかったと、彼は回りを一望し納得する。目を向けると顔ごと逸らすほか受験生徒。中には口笛吹いてるやつもいる。おいヘタクソ、吹けないなら吹くな。

 

苛立ってるなんてレベルを超えたその凶器のような顔面が、必要以上に他受験生へプレッシャーを与えていたのだった。

 

確かに、受験生なら受験当日苛立ちを見せるものもいるだろう。一世一代のイベント、失敗すれば負け組と嘲笑われ、成功すればエリート街道まっしぐら。特に雄英という最もヒーローに近い学校であるならば余計に皆神経質になるだろう。勿論爆豪も例外ではない。だがしかし、彼の場合はそれ以上に幼馴染の奇行に苛立っていた。せめて自分の母親に一言言っておけばいいものを、何故それすらしないのか。おかげで泣きながら電話を掛けてきた彼の母親に「俺が絶対に見つけます」と爽やかに言ってしまった爆豪勝己15歳。現在三徹である。

 

多分彼女はそんな彼の顔を解そうとしてくれたんだろう。なんだよ、結構いい女じゃねぇか。

 

「流石に怖すぎるからさ。ほら、スマイルスマイル」

 

「……」

 

「うん悪かった。そんな隈つけながらブチギレ笑顔見せないで怖いから。何? キミ本当にヒーロー目指してんの? マジで? ごめん、睨まないでごめんなさい」

 

(献身的な努力を)止めるんじゃねぇゾ。

 

「しばかれてぇかモブ女ァ!」

 

「悪気はないのー!!」

 

ついに琴線に触れたのか、爆豪の怒りの叫びが軽く木霊する。元々そこまで気の長い人間ではなかった彼だが、今日は余計に短気だ。いや待て、寧ろ何日間寝ずに幼馴染の捜索と受験勉強に翻弄されていたのに我慢していたのだから実は辛抱強いのではなかろうか。

 

まぁしかし、そんな彼の事情などこの少女が知るわけもなく。

 

「ま、まぁ試験頑張ってね。うんサイナラ!」

 

「テメーよか無事に受かる自信しかねぇわ。さっさと最後の足掻きでもしてろやァ!」

 

そそくさと彼女は逃げ去ったのであった。

 

罵倒とGo to Hellのジェスチャーを少女へ贈ると、未だにやってこない幼馴染へさらに鬱憤を溜めた。本来なら待ってやる義理など殆どない彼ではあるが、それでも文句の一つも言いたくなるというもの。おかげで若干緩んだ眉間が再び歪んでしまう。

 

そんな騒動が起こっているなか、本来なら雄英からアクションが起こってもおかしくないのだが、実は警察から雄英高校へ校門前で騒いでいる子は目つき悪いし口悪いけど幼馴染を3日も捜索していた良い子そうだよという電話が入っていた。国の機関からそう言われてしまうとどうすればいいかわからず、とりあえず先生達も彼の怒り様を窓越しに合掌し、それを受験直前にするなとこぼすのであった。

 

 

 

 

校門前の爆発男は少女と入れ替わるようにやってきた男子受験生を視界に入れると般若も可愛くなるような不気味な笑みを向けた。その笑みは視界範囲内にいた生徒全員が短く小さく悲鳴を上げるほどのキチガイスマイル。しかし周りの反応など彼にはどうでもいいというかのように。目の前の特長的な髪形をした少年へこの怒りをぶつけようとしていた。

 

ソバカスを頬に残した緑髪の天然パーマ。少しおどおどとしたその態度が彼の性格を物語っている。学ランで隠れきれないほど太くなった二の腕がこの日のために培われた彼の努力の証拠である。

 

そう、彼こそが爆豪勝己の待っていた今一番殴りたい相手。

 

「あ! おはようかっちゃん!」

 

「デェエエエク」

 

緑谷出久。オールマイトにその心の強さを見出され、自身の個性を継ぐに相応しい原石だと言わせたほどの未来の平和の象徴である。

 

「ヒッ。や、やぁかっちゃん。ど、どうしたのそんな……まるで何年も追ってた因縁の相手を見つけたような顔して」

 

「その通りだからだよこのクソナードォ!!!!」

 

まぁ、未来の(・・・)平和の象徴ではある。今はまだ原石のままである。

 

しかし、それにしてもこの爆発少年、まだ個性も使ってないというのに、彼の背後がまるで大爆発(ダイナマン)を起こしたように幻視してしまう。それほどの怒りが幼馴染へ送られていたのだった。とりあえず少年は両手を突き出し止るようジェスチャーをする。まるで恐竜ラプトルの群れに静止をかけるおっさんの気分である。爆豪勝己が何故ここまで苛立っているのか理解していない少年は、頭に大量のクエスチョンマークが飛び交っていた。

 

「朝の返信も開幕殺害予告だったし。いったいどうしたの?」

 

笑顔で語りかける幼馴染。まるで僕が来たからもう安心だと言いたそうである。彼の憧れたヒーローのように言ってみたいのだろうか。だが残念、非常にタイミングが悪い。

 

「テメェ、ここ2.3日の間携帯どうしてたんだよ? ア?」

 

「え? ……うん! 自主トレで集中するために電源切ってたんだ! やっぱり訓練中に他に気を向けてたら駄目だからね!」

 

偉いでしょと胸を張る少年の顔面に右ストレートを放ちたくなったが必死で耐えた爆豪勝己は、彼の両肩をガッチリと握りしめる。流石に幼馴染の様子がおかしいと察したのか、少年の顔から笑みが消え心配そうな視線を送った。

 

「で? その自主トレで数日間家空けるってのは言ったのか?」

 

「……あ」

 

「言ってねぇんだなぁあああ??」

 

何が言いたいのか若干察した彼は段々と顔を青ざめていき離れようと一方後ろへ下がろうとする。が、今もなお震えている幼馴染の両手が彼の両肩をしっかり握ってしまっているため逃げられない。

 

さらにはタイミングを見計らったように突如SMSが届いた音が彼のポケットから鳴り響く。携帯へ視線を向け載っていた文字を目の当たりにし、少年は真っ白になる。そう、携帯の機種にもよるが、起動させて数時間後にやっとこの三日間の幼馴染の伝えたい言葉が届いたのだ。

 

不在着信アリ:114件

不在メール:218件

 

「やっと気づいたかこのクソデクがァ!!!!!!」

 

「ごめんなさぁああい!!!!!!」

 

今日一番の絶叫が雄英高校全域に轟く。この声を聴いた多くの生徒が、今日の試験へ不安を募らせるのだった。

 

 

 

 




爆豪勝己の三日間
一日目、勉強しつつも出久捜索を行う。何故か眠れなくなる。

二日目、勉強もせず出久捜索を行う。不安を感じるようになるが、苛立ちに変わる。

三日目、ブチギレながら出久捜索を行う。ついでにヴィランに憧れてた近場の高校生番長(個性、雷雨:雷と豪雨を操る才能の塊)を秒殺しトラウマを植えつける。


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オラ、失明したかねぇならメガネ外せ。

俺は飯田君の性格好きです。


 

「そこのキミ。今日は雄英高校受検の日だろ。集中している人間もいるのだから大声を出して邪魔をするのはやめたまえ」

 

「るっせぇな喋りかけんな。今更足掻いてる奴のことなんざ心底どうだっていいわボケ」

 

「なっ!? 口悪いなキミ! もしも妨害目的で来ているのなら即刻帰りたまえ。ここは君のようなものが来る場所じゃない!」

 

「天下の雄英高校は受験生に受験資格の統制をさせてんのか? 初耳だぜ、どんだけ自由な校風なんだ? あ?」

 

開幕からの重い空気が雄英高校昇降口付近に充満していた。嫌な臭いなら鼻を摘まんで走り抜けさえすれば何とかなるが、耳から入ってくる声は両手で塞いでも隙間を通って聞こえてしまう。二人の男子生徒の険悪なムードに、本日受験するため登校していた少年少女の顔色が悪くなっている。

 

あぁ、何て日だ。誰もがそう思う。

 

「そうじゃない。他人の事も考えられないのならヒーローになる資格などないという話だ」

 

「だァから、てめぇがその判断をする立場か? まだ入学してもねぇのによくもまぁ自信満々だなオイ。雄英ってのはそんな大したことねぇのかよ」

 

「キミは……これからお世話になるかもしれない学校に向かってなんて態度を」

 

「かもじゃねぇ、するんだよボケ。さっさと退けや……邪魔なんだよモブメガネ」

 

プラチナブロンドの髪を爆発させたような男は終始相手に対し高圧的な態度で、片や黒髪メガネの青年はそんな彼の態度に困惑を隠せないでいた。偏差値79、倍率300倍の学校へ来る人間がまさかここまで下卑た罵倒をしてくるとは到底思えないのだろう。当然だ

 

勿論このプラチナブロンドの爆発頭。知っての通り爆豪勝己である。

 

あの後、幼馴染へ怒りをぶつけた彼はとりあえず落ち着いたのか雄英高校へと足を踏み入れた。途中、幼馴染と女の子がいい雰囲気になったのだが、そんなことどうだっていいとばかりに少年を無視して筆記試験会場へと向かった。初心な彼と心優しい少女の喋ってるようで喋ってない何かいい雰囲気など爆豪勝己が聞くわけがないのである。仮にその場にとどまれば途中で爆発させてさっさと済ませろと言う。絶対に言う。

 

今は少しでも眠って脳を休ませたいと切に願う彼の足取りは速かった。その顔から人がモーセの海の如く左右に分かれていくため教室へ向かうのも全く苦ではない。しかし残念なことにこの顔面ヴィラン野郎は冒頭のような一悶着を起こしてしまったのである。おい虫除けスプレーはどうした。このメガネポケモンなんとかしろ。

 

「待ちたまえ! ここは由緒正しい歴史ある学校だぞ。敬意を払うことくらい出来ないのか!」

 

「歴史がなきゃ敬意を払わなくていいのかよ。つかいい加減喋りかけんなぶっ殺すぞ」

 

「ぶっころ!? 顔つきといい口の悪さといい。やはりキミはヴィランか!」

 

またもや本日何度目になるかわからないヴィラン判定が起こり再び爆豪勝己の額に青筋が立つ。それにしてもこのヴィランも逃げ出す顔面凶器を前に青年もよく立ち向かうものだ。よほど正義感が強いのだろうか。目の前にこんな柄の悪い学ランの少年がいたら関わろうとしないのが大衆の常識というもの。そこへ真っ向から立ち向かうというのは勇気ある行動であろう。実にヒーローを目指すものとして十分な資格はあるに違いない。

 

しかし、今回は相手が悪すぎた。まさか立ち向かった相手が連絡のつかなくなって幼馴染のために自分の時間を犠牲にしてまで捜索し、かつ合間を縫って自分の受験勉強までしていたなんて誰が思うだろうか。超が付くほどのお人好しである。勿論見つけた時の幼馴染の母親は何度も礼を言っていたが、この爆発少年「約束違えねぇのが俺のポリシーっすから」とキザッったらしく格好つけて家を後にしたのだという。そっか…んじゃ行くか、病院。

 

「てめぇこそいいのかよ。神様にでも頼んで最後の足掻きでもしとけや。俺は眠ぃんだよ」

 

「僕はちゃんと勉強をしている。あとは軽く見直しをすればいい。問題はキミの素行だろ」

 

「てめぇにそもそも何言われる筋合いねぇっていい加減に気付けやクソ雑魚メガネ。レンズ割られたかねぇなら話しかけんなどたまかち割んぞ」

 

「……もういい」

 

ついに諦めたのだろう。どうせ受かることもないと判断したのか、はたまた自分ではどうしようも出来ないと悟ったのか。とりあえず青年は彼から離れた。片や、やっと離れたと安堵する爆豪勝己。早めの教室入りを無事に果たし、30分ほどの眠りに意識を落とそうと目をつむるのであった。

 

が、

 

「かっちゃんどうしよう。緊張で頭真っ白になりそう! ってか何を覚えてるか忘れちゃったかも!」

 

「……ノート開け」

 

爆豪勝己、依然と不眠記録更新中である。

 

 

 

 

 

 

『なぁデク。もう泣くなよ』

 

『うぇっ、がっぢゃんん』

 

『俺は鉄を食うバケモンじゃねぇ! 泣くな、男だろ!』

 

『だっで、だっで』

 

『だァから、もうお前虐める奴は片っ端からぶっ飛ばしたから泣くな』

 

『でも、かっぢゃん怪我じだから』

 

夕焼けが赤く染める公園、お気に入りの遊具を前に泣き出すくしゃくしゃな緑髪の少年をプラチナブロンドの同い年に見てとれる男の子が必死にあやしていた。端から見れば歳は10にも満たないだろう。まだ幼稚園、または小学校入りたてと判断されるほど幼い少年達は片や大泣き、片や擦り傷きり傷で肌が大荒れという親が黙って見過ごせないほどの大怪我をしていたのだ。幼い子供達の間起こった喧嘩の傷跡が、手加減のない痛々しさを物語っている。幼いながらも綺麗な肌を持っていたブロンドの少年は、勝利の証だと誇らしげに言うが、緑髪の少年は自分のせいだとぐずり続けていた。

 

『にしてもあん畜生共。次来たらお手製の大爆発でぶちのめす』

 

『あ、危ないよぉ』

 

『いんだよ。そろそろガチで1回〆なきゃな。出久も出久で戸惑うな。今は俺に頼っとけ!』

 

傷ついてなお、ブロンドの少年は涙を流すことなく、その赤き瞳で緑髪の少年を見つめていた。自信に溢れそれでいて一番に自分の安否を思っている彼の心理を理解すると、自然と緑髪の少年は涙を止め、次第に笑顔を向けた。

 

緑髪の少年、緑谷出久は無個性だ。昔はどうかはわからないが、今の時代無個性と呼ばれる人種こそ、化石のように珍しがられ虐めの対象になる。どんなに優秀であろうと「所詮無個性だから」と嘲笑われ、侮蔑され続けている。まさに生まれる時代を間違えた人たちの一人だ。

 

『絶対にあいつら見返して、最強のヒーローになんぞ。俺とお前で!』

 

片やブロンドの少年、爆豪勝己は【爆破】という個性を持っている。回転の速い頭脳と恵まれた体力を手に入れた、まさに出久と真反対の存在。彼のようなものを、大人はもてはやし、子供は憧れの視線を向け、最悪崇拝までするほど。まさに今この時代に生まれるべくして生まれた人たちの一人だ。

 

まさに正反対な二人は、何の運命か幼馴染として出会い、勝己は出久を庇護すべき存在として守り、出久は勝己の元でヒーローに憧れていた。

 

『ありがとう。かっちゃん』

 

花のように笑う出久に、勝己は不敵な笑みを返す。当たり前だ、俺は強い。そう感じ取れるほど、自信に溢れた彼のその顔には、腕や足と同じように痛々しい傷がいくつも存在した。

 

『そうだ。お前はオールマイトみたいなヒーローになるんだろ? ならピンチな時でも笑ってなきゃな!』

 

『え? う、うん。頑張る!』

 

『見返してやろうぜ? 俺たちで』

 

『うん! 僕達で!―――』

 

 

(―――懐かしいもん思い出しちまった)

 

意識を思考の海に沈めていた午前中。他学校試験と違い、5教科のテスト用紙が全部その場で渡され、5教科まとめて試験を行うというもの。途中休憩など殆どなく、早めに終われば教室から出ていいといったもの。非効率に見えるが、どのような状況下でも頭を回転させて答えへ導くというヒーローに必要なものという理由で毎年やっているらしい。

 

無事に筆記試験を終えた爆豪勝己は試験中終始震えていた幼馴染に視線を向けた。ある程度解けたがボーダーラインを超しているか心配といった顔だと察し、小さくため息を吐く。どうしてわかるのか? 幼馴染パワーと学会では発表されている。

 

「……かっちゃん、解けた?」

 

「たりめーだ。満点取れなきゃ首吊るわ」

 

今にも爆睡してしまいそうな顔面凶器は、重たい瞼を必死で持ち上げ昼食にと母の気合が入ったお弁当へありつく。握ってもらった激辛明太子おにぎりを頬張り、おかずの肉をカッ喰らい、今なお停止しそうな思考を無理やり覚醒せんと必死になっていた。その向かい側では海苔でファイトと描かれたお弁当を頬張る幼馴染。机の脇には先ほどのテストの見直しをし終えた教科書とノートが積まれていた。

 

「やっぱりかっちゃん凄いな。僕も勉強はある程度してたんだけど、最近はずっと運動しかしてなくて」

 

「そもそも授業聞いてりゃ勉強なんざいらねぇんだよ。まぁ流石に家で復習はしてたがな……どっかの誰かさんが突然いなくならなきゃ今頃こんなテンションじゃねぇけど」

 

「ほんとごめん」

 

「もうええわ。それよりも次だな。筆記なんぞに時間食うわけにゃいかねぇからよ」

 

「……うぅ。良い点取れてないかも」

 

「心配になんならもう少し授業聞いとけや。あの火山頭が言ってたとこまるまる出てんだからよ」

 

「え、ほっしゃ……保洲先生の? あ、確かにさっきの社会の大問3は全部そうだったかも」

 

「ノート綺麗に書くのが勉強じゃねぇんだ。あんなもん長期記憶するための手段の一つでしかねぇ。見直しじゃなくて授業思い出しながらの書き直しが一番らしいが」

 

んなクソ面倒な無駄したことねぇけどな。と瞼を擦りながら今度は激辛マヨエビ天むすに齧りつく。この男、言動の一つ一つが周りの受験生へプレッシャーを与えている。これ無自覚なのが余計に酷い。

 

さて、午前の筆記が終われば、午後は体を使った実践試験。ヒーローを目指すものならば必ずぶつかる高い壁であり、超えるべき障害でもある【ヴィランとの戦闘】を想定された試験だ。最悪の場合激しい戦闘を要されるのか、昼食が喉を通らないのを無理やり押し込みながら爆豪勝己は意識を何とか起こさんと内心必死に思考をめぐらせていた。

 

周りの受験生も同じようで、今のうちに物を吐かない程度腹へ詰め込み、エネルギーに変えるべく必死に食事を取っている。緊張しすぎて何も食べられてない者もいて、顔色が真っ青であった。それほど午前中の試験の出来が悪いのか、はたまた午後の実技試験に不安があるのか。真意はわからないが健康には見えない。

 

それは爆豪勝己の目の前の少年も同じようなものである。

 

「……手ぇ止まってんぞ」

 

「い、いやだって、午後の実践試験……大丈夫かって緊張で」

 

「今更だろ。ここからドーピングでもしねぇ限り何も変わんねぇんだから構えたって仕方ねぇ。さっさと吐かねぇ程度食ってエネルギー貯めとけ」

 

「う、うん」

 

コチュジャンにぎりを口に入れ、爆豪勝己は発汗機能を確かめる。じわりと手から流れ出る塩化ナトリウムの汗を確認すると、これで十分だと食事の手を止め良しと頷く。彼の個性は「爆破」手の内側のみに存在する特殊汗腺よりニトロのようなもの――いわゆる液体のニトロ化合物――を分泌できるのである。そのニトロもどきを爆破する一連のプロセスこそが彼の個性の由来であった。故に実技試験が冬にあるため、こうやって先に体を火照らせておかないと彼は出遅れてしまう恐れがある。必要以上に食べず、それでいて自分の弱点を補う程度に事前準備をする。この男、案外用意周到である。

 

ちょうど少年も食べ終わったようで、余裕綽々と堂々とした爆豪に対し暗雲立ち込めたような表情で俯いている緑谷。正反対な二人は全く同時に立ち上がり、行こうという合図すら出さず同時に席を立ち試験会場を後にした。表情とは裏腹にまるで既に“受かっている”ことへの一抹の不安すら持っていないような目が他受験生徒の瞳に映っていた。

 

「「「「……なんなんだあいつら」」」」

 

それな。

 

 

 

 

午後からの実技試験の内容はシンプルでありながら、中々ハードなものだ。点数の書かれたロボットをぶっ壊した合計点数で決まるという何ともまぁどれだけ金をつぎ込んでいるのかと、若干眠気の取れた金髪ボンバーヘッドは、あくびを押し殺しながら教壇に立つ試験官の声に耳を傾ける。お邪魔キャラでドッ○ン出してるけどいいのか? あの○天堂だぞ。

 

途中、隣の緑髪モジャヘッドの独り言に痺れをきらせた同じ受験生に「物見遊山なら帰れ」と言われてたので、早速「テメェが勝手に指図すんなや、それを決めんのは試験官だろうが」と言い返した以外はそこまで面白みもないただただ五月蝿い連絡事項だった。おかげで目がさめたのはいいが、さっきから突っかかってくるあのメガネは本気で潰してやろうかと、眉間にしわを寄せる爆豪勝己。現在、寝起きの悪いライオンのように鬣の如く髪の毛を震わせ、目の下をマッサージしていた。ただでさえ顔が悪いのだ、せめて血行をよくしておかなければ。血行不良はお肌の大敵だで。

 

「じゃあ、僕はアリーナBだからこっちだね」

 

「おぉ……俺はアリーナFだ。怪我すんじゃねぇぞ」

 

「う、うん。頑張ろうね!」

 

「頑張るのはたりめーだ。受かんだよ」

 

「! うん!」

 

互いに拳をぶつけ合った二人は、それぞれの試験会場へ向かった。不安や恐怖を拭い去った緑谷出久は、自分を信じてやまない憧れに追いつくために、爆豪勝己は、絶対なる自信を大事な相棒へ分け与え一緒にヒーローになるために。

 

 

「……ところで、確かに寒いのはわかるけど、何でかっちゃんはヒートテックに裏地モコモコのフリースまで着てたんだろ」

 

ふと、再び不安になる緑髪ボーイの言葉は金髪小僧に届くことなく、この寒空に消えていったのだった。

 

フリース:ペットボトルと同じ材料PET(ポリエチレンテレフタラート)で作られたもの。特徴として

 

「燃えやすい」

 

 

 

 

 

 




俺は飯田君の性格好きです。(大事なこと)


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俺の爆破は108式まであるんだよ。

神の杖は科学的に検証してもそんなに凄くない?

うるせぇ!俺の宇宙では最強の一角なんだよ!


 

 

アリーナFにて、ブロンドボンバヘ男は口まで覆っていたヒートテックを一度首まで下ろした。息は白く、流石にまだ寒いなと青空を睨みモコモコフリースを脱ぐ。流石に引火性のあるものを着たまま引火の危険性のある行為をするわけも無い。当然である。一般的知識があれば馬鹿でもしない。

 

勿論このブロンドボンバヘ男こと、爆豪勝己も例外ではない。

 

フリースから顔を出したのは既に中学生にするなら十分すぎるほど鍛えられた肉体。黒いヒートテック上から見える数多くのくぼみが、彼の仕上がりをまわりに知らしめた。

 

「よっ、こっちだったんだな」

 

「あ? 誰だテメェ」

 

精神統一とまではいかないにしも、手の汗腺の最終確認や万が一の緊張への対策に呼吸を整えていると、どこかで見かけたような少女が彼へ声をかけてきた。誰が見たって可愛い類の明るい髪色のサイドテール少女。そう、あの朝っぱらから不可抗力にしても煽った少女である。おい、嫌そうな顔すんな。

 

「悪かったって。だってあんな顔するなんて思ってなかったんだからさ」

 

「うるせぇ話しかけんな集中もしきらんのか!!」

 

「うへぇ、ここまで嫌われてるとは……大分ショック」

 

「喋りかけんな!! てめぇのせいで俺が出遅れたらぶっ殺すぞ!!」

 

残念ながら、爆豪にとっての彼女の印象は最悪だ。機嫌が悪いときにあそこまで煽られては普通の人間だって印象が悪いだろう。とくに爆豪のような短気(?)なら余計に悪化するというもの。そんな彼の反応を目の当たりにし、思った以上に傷ついたサイドテール少女は見るからに落ち込みうな垂れた。

 

そこまで言わなくてもいいじゃんかと呟く彼女を尻目に、爆豪はフンと鼻息を荒くし、スタート地点に足を進めた。もう彼女のことなど眼中にないのだろう。何の罪悪感も見えない。

 

確かに、これから始まるのは仲良しこよしが出来るほど余裕があるものではない。相手よりも早く敵を倒しポイントを手に入れる。合計数何体いるかもわからないロボット軍団を前に「一緒に頑張ろうね♪」なんて言っていられるわけがないのだ。うん、気持ち悪い。

 

「あ、待ってよ」

 

「るっせぇっつってんだろ。試験じゃなけりゃぶん殴ってんぞ」

 

「試験じゃなくてもやめてくれよ。あっ! あたし拳藤一佳!」

 

「聞いてねぇわボケ!!」

 

端から見れば痴話げんか。実際はセールスマンと拒否するサラリーマンみたいな会話だ。爆豪からすればしつこいだけである。さっさと他の受験生のところへ行かないかと辺りを見渡しては見たものの、既に彼の周りにいる人間は彼女以外存在しない。皆朝っぱらの絶叫を目の当たりにしていたのかビビッて端の方へ離れているのだ。いくら他受験生に攻撃したり邪魔したりするアンチヒーロー的なことはNGといわれたとしても、この顔は無理である。朝の連続補導未遂にでも遭遇したのだろうか、もう勘弁してほしいといった表情だ。

 

『はいスタート!』

 

「しゃあオラ!!」

 

突如として聞こえたのは戦いのゴング。試験官であるプレゼントマイクの彼からすればとても小さい声、勿論受験生は突然のことで軽い放心状態となりながら声の主が佇む頂きへ視線を向けていた。所謂何だあいつ状態である。カウントダウンでもあるかと思っていた彼らからすれば当然豆鉄砲を食らったように動きを硬直させるであろう。

 

しかし、この爆豪勝己は一味も二味も違った。

 

すでに周囲へ集中させていた意識を使い、声が聞こえた瞬間にそれが試験官の声であると判断し、その上で標的の出現場所をある程度予測。自身の両手裏を爆破させてアリーナを縦横無尽に飛翔した。時速45kmで飛翔しビル群を駆け抜け、数ある敵を鉄くずに変えていく。プロへの道を着々と進んでいくのだった。

 

『おいどうした! 実戦じゃカウントダウンなんざねぇぞ! 走れやHURRY UP! 賽は投げらてんゾYEAH!』

 

続いて聞こえてきたプレゼントマイクの声にやっと気づいた者達は、試験の始まりを理解したと同時に焦り、ロボ探しに躍起になった。ここまでわずか10秒。自発的に動かなかったことを入れたとしても皆十分対応が早い。流石はヒーローを目指す最高峰の者達、我先にと駆け出したのだった。

 

「……なんだよ、謝るくらいさせてくれたっていいじゃないか」

 

と、そんな中ひとり残されたサイドテール少女こと拳藤一佳は、小さくため息を吐くと、後に続いて走り出した。そうとも、彼女だって立派な受験生である。今は試験をクリアすることを考えたらいいのだ。一度顔をジャージの袖で拭った彼女は、凛とした表情へ顔を戻し、この無駄に金のかかった実技試験に挑むのだった。

 

 

 

 

制限時間は10分。体感時間よりも遥かに短いソレに、爆豪勝己は若干ではあるが焦りを感じていた。一辺が約1kmのビル群を想定した巨大施設。約25ブロックに分かれたアリーナにて、彼は迫り来る敵を殴り、蹴り、時には溶かし。己に出来るあらゆる手段で壊し、崩し、薙ぎ倒す。彼の個性の輝きに惹かれ、集まってくるその様は、夜の街灯に集まる羽虫の習性。

 

「オラ来いや。こちとら体が火照って仕方ねぇんだ。さっさと俺を滾らせろや!!」

 

既に脱がれたヒートテックは大量の汗を吸ったのか、脱ぎ捨てた場所を水浸しにしていた。ヒートテックは保湿性が高く、ある程度なら汗を吸って暖かくしてくれるのだが、ここまで動くと汗を吸いきれなくなり途端に寒くなってしまい逆効果である。以前より愛用していた彼なら勿論知っていることで、散々動いた後は上着を脱いで寒空のなか上半身はだかで戦い続けたのだった。

 

白い湯気が体から溢れ出ており、外観気温と体温の差がいかに激しいのかを物語る。辺りを見渡すも人っ子一人、ロボ一体すら見当たらないこの場所にて、爆豪はまだだと叫び闘志を滾らせた。既に撃破ポイントは70。これほど取れば筆記も合格圏内であるなら、ここは一息ついてもいい十分なレベルだろう。

 

が、彼がその程度で満足するわけもなかった。

 

――こんなもんじゃねぇ。完璧な1位だ。完全無欠で、圧倒的な1位! 今それ以外に用はねぇ!――

 

彼の紅の瞳がそう告げる。まだだと、足りないと、もっとよこせと。底なし沼のような欲望が体の奥底から溢れ出ていた。

 

双腕を天高く突き上げた彼はすぐに掌底と母指同士、小指同士をあわせた。花びらをイメージし開かれた両の手が空に向けられ、光の遮られた影の空間に赤い炎を灯す。

 

誘導弾(フレア・グレネード)!!」

 

手の中から離れ空高く舞い上がる深紅の炎球。ビルと同じ高さ程度まで飛び上がると同時に激しく爆発を起こし、轟音を響かせた。俺はここにいると周囲にアピールし、音に反応した敵を待つ。すると、待ってましたといわんばかりに、どこからともなく仮想敵が彼の元へと現れ、標的へと赤外線スコープを彼の体に向けた。いったいその図体でどうやって潜んでいたんだとわらわらやってきたのである。

 

「ミツケタ」

 

「ブッコロス!!」

 

「ハッ、雑魚がいきがってんじゃねぇ!!」

 

数は合計5体。数はいるが、どれも1点や2点といったスペック上弱い敵ばかり。両手を激しく燃焼させ高温を保ち、触れたものを尽く溶かし滅ぼしていけば、いとも容易く点数が入っていった。体が火照ってからが本番の彼にとって、現在のポテンシャルは最高潮。瞬く間にガラクタに変わっていく屑鉄を鼻で笑いながら、彼は自らを鼓舞した。

 

「おいおいどうしたァ!! もっと張り合ってこいや!!」

 

まだ足りないと高らかに叫ぶ。もっとよこせと喉がかれるほど叫ぶ。それはまるで闘技場で終始叫びながら敵が居なくなるまで滅ぼしつくす拳闘士(グラディエーター)。自身への傷などお構いなしに駆けるその姿は、まさにその一瞬をひたすらに輝く刹那の閃光である。

 

直後、世界から光が遮られた。あまりにも唐突であり、あまりにもタイミングがよ過ぎる。地鳴り、空気を震わせる駆動音が彼の耳に届いた。

 

それは、ビルほどの大きさを持つ巨大兵器。並の人間では太刀打ちできないほどに巨大な鉄の塊は、先ほどの叫びにならばお望みどおりと彼の目の前に現れたのだ。

 

「……上等だ」

 

無意識に口端が上にあがり、口を拭うように親指を舐める。ぎらついた紅の眼が、まるで獲物を捉えた獣であると鋭く細まった。

 

「あ、いた! っておい爆発頭!! 逃げろ!!」

 

ふと後方から発せられた彼を呼ぶ声。しかし奮激した今の彼の耳には届かない。

 

「ハイジョスル」

 

大型バスより二回り大きな拳が打ち落とされる。腕の重さも相まってか、その速度は予想の遥か斜め上。アスファルトを貫くほど勢いよく放たれたそれは、周囲の道路を縦に揺らし、衝撃波を辺り一面に叩きつける。一瞬のうちに瓦礫の山になった交差点は、周囲のビルのガラスが散乱し、コンクリートの岩を量産し、一画を煙で満たしたのだった。

 

吹き飛ばされ、彼の後方で人が地面に叩きつけられる音がした。目を向けるとそこにいたのは、朝から絡んでくる少女ではないか。自慢(?)のサイドテールが力なくうな垂れ、風にやられたのか毛先が痛んで見える。

 

そこへ先ほどのフレアになんだなんだと近づいてきた他受験生も、かの強大な破壊兵器を目撃しては揃いも揃って回れ右。既に災害と言っても過言ではない巨大な敵を前に、人間として正しい行動を取った。

 

「――にげ、ろ」

 

彼の耳に届く声の主も先ほどから弱々しく震えていた。打ち所が悪かったのだろうか、立ち上がろうと体を動かしているが端から見れば死に掛けのトカゲ。身を捩じらせることしか出来ていなかった。だがそれでもと彼の元へ、動けないながらに近づこうとしていた。

 

「……来んじゃねぇ」

 

「!?」

 

煙が晴れ、爆豪勝己の姿が顕になった。

 

飛んできた破片により赤い線をいくつもこさえた白い肌が露出し、右目の上にはたった今出来た大きな青いあざ。口の端からツーっと流れる鮮血に、声の主……拳藤一佳は息を呑む。自分達はいま高校受験を受けているのではないのか。なら何故彼はこんなにも傷を負っているのだろうかと。過剰なまでの試験内容に困惑と不安が頭のなかをぐるりと回った。

 

「逃げ、よう! これ、明らかに過剰だ! 最悪死んじゃう!」

 

「うるせぇ! ならテメェ一人で逃げろや!」

 

両腕から火炎を纏いバチバチと小さな爆発を連続で起こしながら、彼は一歩、また一歩と歩みを進めた。

 

「ヒーロー、目指してんだろうが。テメェも、俺も。なら他人に助け求めんな。テメェが人を助けんだろうが」

 

「!? だけど!」

 

「黙ってろ。俺は最強のヒーローになる。オールマイトを超えた、最強のな!」

 

煙は上空まで昇り、ロボットの視界を遮り、静止した。乱反射した赤外線センサーを前に一瞬の沈黙。その一瞬こそアクションを起こすには十分な時間が彼へ渡されたのだった。

 

呼吸を整え両掌に視線を落とす。線香花火のような一瞬の爆発が何度も起こり、地面へと落ちていく。

 

「無茶言うな! あんなデカ物相手にどうやって勝つ気だよ!」

 

「あン? ンな事もしらねぇのか? 喧嘩にしても何にしても、最後までノリがいい奴の方が強ぇって相場で決まってんだ! つまり!」

 

「一切として理由になって――キャッ!?」

 

両手の火力をあげた彼は、地面へその爆風を当てた。そのまま煙を越え、迫る巨大な腕を越え、ビルを越え、雲を越え、遥か高みまで飛び上がる。ここまでわずか10秒。近くに居た彼女は突風に両腕で顔を覆った。

 

爆豪は飛び上がったのは高度500m付近。目標物はかの巨大兵器の脳天。

 

左手から直径20m以上にもなる爆風が空に放たれ、彼の体は一瞬の無重力体験を経て真っ逆さまへと落下し始めた。運動エネルギーと、爆風による初速度アップによって彼は隕石のように真っ直ぐ、敵を見据え降下する。右手が赤く染まる。左手よりも赤く、パチパチと破裂音が掌内で溢れかえり、眼前の敵を消し飛ばさんと牙をむけた。

 

 

 

「端っから先までクライマックスな俺は! いっちゃん強ぇ!!」

 

 

 

轟音と共に、先ほどよりも遥かに大きな衝撃が、音を置き去りにして巨大ロボットの頭上へ叩き落された。

 

 

 

 

「……落下衝撃砲・着弾(キネティック・インパクト)

 

「あ……後で言うんだ」

 

残り時間、2分39秒。へしゃげ、見るにたえない粗大ゴミと化した元巨大兵器から出てきたのは、赤く焼けた右手を大きく下に振っている彼の姿だ。四肢を残した残骸は中央の鉄をオレンジ色に融解させ、今もなおドロリと溶け続けていた。

 

そんなあられもない姿で沈黙した故仮想敵を見て満足したのか、彼は不敵な笑みを少女へ見せた。

 

「こんなんで遅れとれっかよ。あと3000体もって来いや」

 

 

それはいわゆる彼流の「私は来た」

 

 

かの有名なオールマイトが人々を安心させる言葉として選んだセリフと本質の似た言葉。少なくとも、彼を見上げる少女は絶大な安心感を覚えたのは間違いない。

 

巨大な敵を相手に、一撃を以て再起不能にした攻撃力はまさにこれからの次代を担うに相応しい力の一つ。

 

その一部始終を、ドローンカメラは細かく記録していたのだった。

 

 

 




用語解説

誘導弾「フレアグレネード」

その名の通り、爆破を空中で起こし周囲を誘導する際に使う。威力は低めだが派手で、相手の注意を引くのはお手の物。戦闘機に兵装として用いられているフレアの要素もあるため、赤外線センサを使う相手ならロボだろうがミサイルだろうが引っかかる。まれに野次馬も引っかかる。

落下衝撃砲・着弾「キネティック・インパクト」

本来は高度1000m以上の上空にて片手を空へ向かって爆破させ超加速しながらもう片方に熱を溜め相手に叩き込むオーバーキル技。今回威力を抑えたため周囲への被害はあまりないが、基本そんなこと考えない。煩いけど自分の身を案じたサイドテール少女がとなりにいたのが幸いである。じゃなきゃ数ブロック先まで瓦礫の山と化すのだ。やばい。






多分皆思ってるQ&A

Qなんで拳藤ちゃんなん?

Aかわいいから


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気合でどうこうするのがヒーローって奴だろうが

個性とは身体能力。

ゆえに元から持っているならそれに見合うように体は成長し進化するもの。

あと彼の場合、小さい頃からどこかのお馬鹿さんを助けるために飛んだりしてたから、火事場の馬鹿力と思ってくだしあ。

見よ、これが弊害の消えた過保豪勝己君の実力よ。



 

『こんなんで遅れとれっかよ。あと3000体もって来いや』

 

「ヒューッ聞いたかよイレイザー! あの爆発ボーイの啖呵!」

 

「隣で叫ぶな煩い。全く、血の気が多くて困るねほんと」

 

「そうかしら、私ああいう青臭くて熱い子好きよ?」

 

数あるドローンを仲介に全ての試験場を見ていた試験管達――雄英高校所属のヒーロー達――は待機室にてそれぞれの目に留まった少年少女を我がことながら喜んで眺めていた。これからを担う新たな芽の優秀さに笑みを隠せないのである。

 

金色のオールバック、プレゼント・マイクもその一人であり、隣にいた無精髭のよれた黒髪の怪しいヒーロー? イレイザーヘッドやSM嬢を髣髴とさせるなんともいえない格好の怪しい女ヒーロー、ミッドナイトと共に大見得をきった爆発ボーイに視点を向けていた。

 

勿論、爆発ボーイとは爆豪勝己のことである。

 

「お、早速近くに居たサイドテールガールへの手当て、てかはっや」

 

「消毒も当て木も包帯も、炎症対策も捻挫対応もほぼ一瞬ね。拡大してもきっちりしているし……まるでいつもやっていますって感じね」

 

(ちゃんと声掛けして意識の確保を考えてるし、常に周囲への警戒を怠ってない。何よりも喋らせることで傷みへの意識を遠ざけているな。重症でもない限り傷みは救助の際に怪我人の体力を余計に奪う。ここまで意識が鮮明なら傷みによって意識を保つなんてことはしなくていい……中学生にしてはよく出来すぎている。こいつ本当に15歳か?)

 

慣れた手つきで腰のベルトに取り付けられたポケットから出てくる応急処置具の数々。あの顔からは全くと言っていいほど想像できないとその場で見ていた教師全員が感じた。三人は彼の「0点を倒したこと」よりも「その後の怪我人に対しての処置」に驚きを隠せないでいた。

 

彼らもヒーローであると同時に高校教師。中学生が受験に来るのだからおおよそのカリキュラムを把握している必要がある。細部までとは言わず、ある程度習っている範囲についてだ。

 

中でもやはりヒーローであるならば、と注視する項目。それは保健体育の中でも怪我をした際の応急処置である。どの学校であってもある程度この項目には力を入れるのだが、それでも中学生に出来る範囲などたかが知れている。最終的には保険医に見せるや救急を呼ぶというフローになっているのは当然なのだが、その間に行うとすれば【水で冷やす】【患部を刺激しない】【包帯を図のように巻く】くらいである。先生の特色というのも出てそこにプラスアルファがあるがその程度だ。

 

(爆豪勝己。応急処置の内容は基礎の基礎ではあるが、その熟練度が他の救助系の受験生の中で競わせても群を抜いて高い。現場での判断の早さもさることながら特に見るべきポイントはこの正確さだ。患部を外観からの怪我の種類を即把握し、会話を入れることで意識を患部から離しその隙に処置。しかもその処置への使用時間はおよそ5秒。時折怒鳴っているが、それを上手く利用して処置をしてるな。怒鳴るのは普通に考えてアウトだが……合理的ではある)

 

さらには中学では到底習わないであろう「怪我人の移動」を行い、怪我人への対処をほぼほぼ完璧に終えたのである。終始ひたいに青筋が立ってはいるが、それでも及第点を出したっておかしくはないというほど、イレイザーは関心を向けていたのだった。

 

「何だあいつ! 吹っ飛んでいきやがった! 殴りやがった! マジかよワンパンかよYEAH!! 見ろよイレイザー! アリーナB!」

 

残り時間1分30秒。爆豪勝己の救助面に興味を示し熟考をしていたイレイザーヘッドへ、隣の男の叫び声が鼓膜へ叩き込まれた。今度は何だと下ろしていた視線をプレゼント・マイクの目の先へ向けると、爆豪勝己のように0点を殴り飛ばす他受験生の姿が目に映る。それは最初の数分を何もせずにただ走り回っていた少年であり、イレイザーも無理だろうと見切りをつけていた少年であった。

 

「緑谷……出久ねぇ」

 

10秒程の浮遊感に殴った本人が放心状態になる姿が巨大スクリーンに映る。右腕の変色、両足の揺れ具合から左腕以外の四肢すべてが折れているのだろう。こんな爆弾に騒いでいる他教師に「まさかこんな奴を合格はさせないよな」と否定的な感情を内心に生んだ。

 

「ったく、皆好き勝手言う……ん?」

 

「どうしたよイレイザー?」

 

「気のせいじゃなけりゃ……なんで【アリーナFにいた受験生がアリーナBのドローンカメラに映っている】んだ?」

 

『……はい?!』

 

 

 

 

拝啓、お母様。いかがお過ごしでしょうか。と言っても今朝あったね。うん、忘れてないよ。ほんとだよ。朝の幼馴染からの殺害予告で記憶容量が圧迫されたわけじゃないから大丈夫。筆記試験は受かってると思う。かっちゃんに最後の見直し手伝ってもらったし。そもそも雄英への成績の出来は殆どかっちゃんのスパルタ教育による賜物だもん。おかげで今思えばちゃんと点数とれてたし、多分合格者の中でも良い順位に居るんじゃないかな。うん、慢心だね。わかってるよ。

 

そんなことはどうでもいい。うん、それは問題じゃないんだ。所詮は筆記だからわかんなきゃ鉛筆転がしで運に身を委ねるのもありだねって話が脱線しましたね。

 

 

僕は今、パラシュートなしスカイダイビングをしています。

 

 

うん、正気なのかって思われるだろうけど、このたとえで間違ってないんだ。寧ろ間違っていてほしかったんだけども。

 

「これは終わった」

 

左手を使ってこの危機を脱したとしても、ご覧の通り既に右腕両足はバキバキに折れてる。助かったとしても後に残るのは四肢破損の蓑虫野郎……どうしろっていうんだ。

 

オールマイトに力を譲渡してもらったからと言っても、たった10ヶ月鍛えただけで力を行使出来るまで仕上がってはいない。所詮爆発四散しないギリギリに出来ただけなのだ。

 

かっちゃんとの基礎体力をつける運動や痛みへの耐性訓練で激痛に気絶するなんてことは起こってないけども、これはどうしようもない。

 

終わった……。オールマイトから折角ヒーローになれるといわれたのに。自然と涙が溢れてくる。不意にしたことへの不甲斐なさで溢れてきた。

 

「……ぇく」

 

あぁ、走馬灯が流れてきだした。心なしかかっちゃんの声も聞こえる。ごめんかっちゃん。一緒に雄英に行くどころか、もしかしたらここで墓場へPLUS ULTRAする勢いだよ。骨が折れてるから両足がぶるぶるして非常に痛い。これから地面に顔面テキサススマッシュしてしまう僕を許して。

 

「……ソがぁああああ!!」

 

だめだ、かっちゃんの声が段々鮮明に聞こえる。これはあれだ。まだ諦めるなっていう僕の中のかっちゃん像が必死で心を支えてくれてるんだ。

 

ありがとうかっちゃん。僕のヒーロー。最後までありがとう。でも蘇我入鹿にブチギレてる中大兄皇子の物真似はもういいから。それちゃんと覚えてるよ。

 

地面に潰れたトマトになるのだろうと思い切り目を瞑り、最期の時を過ごしている。そのつもりだった。

 

「てめぇデク!! 耳元で叫んでんだからいい加減現実逃避すんなや!!」

 

――目を開けるとそこには、幼馴染の顔があった。

 

おかしい、流石におかしい。なんでアリーナFにて多分大活躍しているだろう彼が、どうやってアリーナBにいる今僕の目の前を飛んでいるんだろうか。というか何そのスピード、時速どのくらい? ドラッグレースにでも出るの?

 

「とりあえず俺にしがみつけ! ……何で0点敵ぶっとばしたあと近場のビル屋上で他敵探してた視線の先でお前が吹っ飛んでんだよ。心臓1回止まったわ!!」

 

絶賛指先を青くバーナーのように噴射させている僕の幼馴染は、必死の形相で僕の安否を確認していた。轟々と指先から聞こえるバーナー音。既に指先は真っ赤になっていて、見るからに痛そうだった。というか痛いって概念とっくに超えてそうなくらい赤く白く加熱されていた。

 

でも彼の言い分はわかる。確かに突然ビルより高く飛んでたらそうなるよね。うん、僕自身もびっくらポンさ。

 

……痛い。頭突きしないで。

 

「マジか、かっちゃん」

 

「マジかはこっちのセリフなんだよこのボケ! ワンチャンマンか! ワンチャンダイブマンか! それ逝けワンチャンダイブマンか! ワンチャンダイブマンはそのシュールさから深夜帯に移ったあと、すぐ打ち切りになっただろうがぁ!!」

 

わりと大丈夫なんじゃないかなと思うくらいにまくしたてるかっちゃんに、今絶賛試験中なんだけど他のアリーナに来たらアウトなんじゃと思えてる僕もまだ割りと大丈夫なのかもしれない。心なしか落ち着いてる気がする。ありがとうかっちゃんという僕の安定剤、もうその言葉しか出てこない。

 

「うるせぇ少し黙ってろ! 加速つけすぎてとまんねぇんだよクソが!! テメェの体が無事なら全力噴射出来んだが……今の出力じゃ距離が足んねぇ!!」

 

両指の痛みなんてお構いなしにかっちゃんは僕を助けようと必死に指先から爆風を放ち続けていた。指先が長時間爆破しているせいで亀裂が走って血を流していて、飛沫となって宙を待って僕や彼の服へと付着した。

 

「かっちゃん! これ以上は駄目だ!僕を放して!」

 

「ざっけんな!! 怪我人投げ出して自分だけ助かるヒーローがどこにいんだよ!!」

 

「えっと、このアリーナで絶賛逃げてる受験生とか?」

 

「少なくとも俺はちげぇ!!」

 

さりげにdisんなとまた頭突きされたけど、状況は全く変わってない。段々と近づく地面、焦るかっちゃん、何故か他人事の僕。そして僕らを見上げるさっきの女の子。

 

……ん? 女の子?

 

「かっちゃん!」

 

「!?」

 

僕が呼んだらすぐにでも理解したのか眼下にいるであろう女の子を探し出した。流石かっちゃん。つうかあの仲と言っても過言ではない。言ってて思ったんだけど、なんで君は僕の考えを理解できるの? そんなに単純かなぁ……。

 

なんてネガティブなことを考えている間に探すこと2秒。既に地面までの距離はビルの高さの半分。かっちゃんの爆破のおかげでさっきよりかはゆっくり落ちているはいる。それでも十分早い落下速度だけども。

 

「見つけたッ、あいつだな!」

 

「うん!」

 

確認するや否や、かっちゃんは器用に左右の爆破の出力を変えて女の子の近くへと落下の軌道修正を行った。怪我人の僕を考えて既に調整されたはずなのにそこから更に左右調整をするなんて。やっぱり凄い。

 

「おいそこの女! てめぇ個性は!!」

 

「うぇ!? 私?!」

 

「時間がねぇ、個性は!!」

 

「ぜ、無重力(ゼログラビティ)! 触れたものを浮かせる!!」

 

「ビンゴ! ようやったぞデク!!」

 

かっちゃんはそう嬉しそうに口角を上げながら叫ぶと、僕を女の子の方へと片腕で投げ飛ばした。……え? 投げ飛ばした!?

 

「「うぇえええええええええええええ!?!?」」

 

「そいつの着地任せた!」

 

マジか、かっちゃん!?

 

 

 

 

『ったくてめぇはどうしてあんな上空までぶっ飛んでんだよ。自主トレでジャンプの練習でもしとったんか!』

 

『いやぁ、あはは』

 

『欠片も褒めてねぇわ!! ったく、てめぇは毎回毎回怪我しやがって。おかげで応急処置は晩飯前だわ!!』

 

『うん、それだとわりと下手くそだね』

 

「……あの子が原因か」

 

視点は変わり再び控え室。全教師が揃いも揃って唖然としながら、二人の少年の会話に耳を傾けていた。すでに当て木まで終えた緑髪少年を脇で抱え、先ほど盛大に嘔吐した少女の背中をさすりながら肩を貸して歩く器用なプラチナ毬栗ボーイ。爆豪勝己は無事に着地をしたあと、早速二人の手当てをしたのだった。本来なら少年だけを救出してさっさと自分の試験会場へ戻るはずだったのだが、助けてもらってしまったてまえ彼女を疎かに出来なかったのである。よかったな爆豪! それも全部モニターに映ってるぞ!

 

『うぅっぷ。ご迷惑おかけします』

 

『黙ってろ。しゃべってんとまた吐く』

 

『二人ともありがとう。死ぬかと思ったよ』

 

『思ったならもうやめろ。つか一体何したらあんな空中散歩洒落こめんだよ』

 

『あ、あははは』

 

その後に映ったリカバリーガールによる治癒で二人は回復。無事に帰宅をはじめた全受験生をバックに実施試験は終了し、教師陣もホッと一息ついたのである。暖かいもの、どうぞ。

 

だが、イレイザーヘッドだけはずっと頭を抱えていた。

 

なにせアリーナ一つの大きさは約1キロ。アリーナ同士も間があり、約400m程度は開いている。アリーナBからアリーナFへは一番近い距離でも3.2km、一番遠ければ5.2km。巨大仮想敵の場所を考えたとしても、約4kmは離れているのだ。

 

つまり彼は【肉眼で4km先の宙に浮く怪我人を目視した後、彼が地面へ着く前に駆けつけた】ということになるのだ。

 

いくら緑谷出久が200m以上上空まで飛び上がり、ある程度浮遊していたからと言ってもあの距離で間に合うほどの速度を瞬間的にトップスピードまで持っていったことになる。仮に落下速度を入れたとしてもその速度は計算上、

 

「推定時速1440キロメートル以上さ!」

 

「……校長」

 

イレイザーと同じように考えていたのだろう。彼の肩に現れたのはネズミのような存在、人間よりも発達した頭脳という個性によって今ではこの雄英高校の校長の座にいる謎のいきものである根津は、既に終了した実施試験の映像を何度も再生しては今年も豊作だと未来ある少年少女らの活躍を見て諸手を挙げて喜んでいた。

 

「0ポイント敵を一撃で屠るパワー、あの長距離を一瞬で詰める速さ。そしてあの速度の中で行った高度な落下地点変更、何よりもそれに耐えた肉体! 凄い個性だけじゃない、それに見合った肉体補強も出来てる! 間違いなく今年の最優秀さ!」

 

「テストもあの子のは満点らしいですよ校長。点数をつけててこんなに楽なことはないとセメントス先生が」

 

「ほんとうかいミッドナイト。是非とも彼には入ってもらいたいのさ!」

 

各々まだモニターにて活躍する生徒を見ていた教師陣も異議なしと拍手をしながらリザルト画面へ目を向けた。

 

「実技総合、出ました」

 

【1.爆豪勝己 Villainポイント78 Rescueポイント172 合計250ポイント】

 

スクリーンを一目見た教師達から歓声が上がった。倒したことよりも何よりも誰かのために最速でそこへ飛び、最良な判断をし、最善の応急までした彼に心底感動した。

 

それもそうである。

 

雄英の歴史上、これ以上の点数をたたき出した生徒は未だかつていないのだ。

 

「……レスキューの配点は?」

 

「0点敵の攻撃による瓦礫からかばった判断で20ポイント。そこから一撃で、しかも周りへ被害を出さずに倒したところで60ポイント。その後の怪我人への応急処置で26ポイント。怒鳴っていたから4ポイントはお預けさ! 次に別会場とはいえ他受験生を救うべく自分の時間を犠牲にしたことへの献身さに30ポイント。とっさの他受験生との連携で10ポイント。そうして二人の怪我人への応急処置でこれまた26ポイント。別会場だったからって理由で応急の点数を追加したのさ! いやぁ、凄い生徒が来たもんさ」

 

まぁ妥当かと、イレイザーは久しぶりにちゃんと開いた目で爆豪勝己の記録を読む。開始から0点敵までの間に行った止まることのなかった仮想敵を呼び寄せては倒すの繰り返し。さらには体が火照ってからのパフォーマンスの向上にタフネスの高さ、周囲への警戒は忘れずに行うその臆病なまでの危険察知能力。そして何よりも、

 

(向上心の塊。故の0点敵をワンパンか)

 

綺麗に円形状にくり貫かれオレンジ色の液体へと変えた彼の腕。鉄の融解温度を考えた場合、どれほどの高熱が彼の手にかかっていただろうか。少なくとも1500℃など軽く超えているだろう。何せニトロの爆破による瞬間温度は4000℃。あの太陽の黒点にまで匹敵するほどだ。

 

「にしても1位の子、レスキューなくてもトップだぞ。後半にかけて皆が鈍ってるなか派手な個性で仮想敵を寄せ付けて迎撃。タフネスの賜物だ」

 

「でも何といってもあの高度500m付近からの神の杖もどき」

 

「既に必殺技も会得している。いったいどれほどの修練をしてきたんだろうな」

 

「これからが楽しみだよ」

 

「そして彼が助けた子は7位でなんと敵ポイント0と来た。アレに立ち向かった人間は過去に何人もいたけど、この子も負けじとぶっ飛ばしちゃったからね。単純ゆえの超パワーって感じだ」

 

「俺も年甲斐ながら思わずYAEH―!! 叫んじまったからな」

 

「あんたはいっつもでしょ」

 

「こいつぁシヴィー!!」

 

耳を傾ければ、教師らの話題は彼ら二人でいっぱいと言ったところだろう。片や、何もできず典型的な不合格者のような立ち位置だったのに一躍スターになったような超絶的なパワー少年。片や、圧倒的なパフォーマンスを終始行った挙句、そんなスターを颯爽と助けていった雄英歴代成績トップの座に君臨するのではと多くの教師に感嘆の声を上げさせたハイボンバー小僧。むしろ話題にならないわけがない。

 

(さてさて、俺へ負担がまわってこないことを祈っときましょうかね――)

 

「そういや、この天パ少年も筆記の方はよかったらしいな」

 

「爆発小僧の幼馴染らしいな。ほれ、朝あったあの騒ぎ」

 

「あぁ警察から多めに見てやってくれってきたあれな? なんでか知らないけど3日間も消えてた幼馴染を一人で捜索してたらしいぜ? 受験直前に……とりあえず合掌しといた」

 

 

(――よし、来年の一年担当はブラド先生と一緒だ。彼のクラスにしてもらおう)

 

 

残念、無理である。

 

 

 

 




用語解説

時速1440キロメートル以上。

後に出てくる高速移動法。爆速ターボとはまた別のニトロのようなものを用いて飛んでいる。ちなみに、体のことを考えないなら、本気の爆破を行えば秒速7700mくらいは出せるニトログリセリン君。それされると多分死ぬ。だって時速27720kmくらいでしょ確か。やべぇよやべぇよ。



今回は爆豪君以外の視点から(もとから第三者視点だけど)彼の活躍を見ました。

それにしてもレスキューポイントってどういう基準なんだろうね。審査制っていうけど他作者さんのを見てたらそんなもんでもなかったので自分なりに考えたりしてたんだけど。

・0点敵の攻撃による瓦礫からかばった判断で→実はさり気に拳藤ちゃん庇ってる
・周りへ被害を最小限に一撃で倒した→神の杖は伊達じゃない
・その後の怪我人への応急処置→怒鳴らなきゃな
・次に別会場とはいえ他受験生を救うべく自分の時間を犠牲にしたことへの献身さ→こういうの校長先生好きそう
・とっさの他受験生との連携→プライドなんかよりも出久の安全を考える過保豪君
・そうして二人の怪我人への応急処置→別会場なら例外でポイント付くでしょ(はなほじ

以上のことを点数化すれば出久のふっとばしで60くらいだし、他全部はそれ以下で、って考えたらこんな点数になってしまったよかっちゃん。

うん、お前誰だよ。

そこで原作との相違点

救助ポイントを審査制から、活躍制にしました。なので緑谷君は
0点敵を倒した(60点)ってことになります


ちなみにそれ逝けワンチャンダイブマンは某作者様とは一切関係ありません。というかそれ逝けワンチャンダイブマンを考えた瞬間にパクリにならないか調べたらそれっぽいのが見つかったんで「うん、実際100%名前が一緒じゃないしええやろ(適当)」でそのままにしました。駄目ならなんとかします。





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ヒーローの条件ってのは、最後まで手を離さないことだ。

筆が乗ってる今がチャンス。


試験を終えてから一週間という短いようで長い期間、金髪ハリネズミは今日も家にこもっている出久の様子を見に彼の住むマンションへ来ていた。彼の父親である緑谷久は長期にわたる出張が多いため殆どの確率で出会えない。そのためか扉が開いても出てくるのは母親である緑谷引子のみ。出久は今日も放心状態で昔からあるオールマイトの動画を見続けていて、金髪ハリネズミはまだ駄目かと誰にも聞かれない程度にため息を吐いて宅内へ招かれたのだった。

 

言わずもがな、この金髪ハリネズミは爆豪勝己のことである。

 

幼馴染である彼にとって、出久の家は第二の実家と言っていいほど勝手を知っている場所である。冷蔵庫の中にはいつもオールマイトのようになりたいからと牛乳が入っていたり、カツ丼が好物なために豚肉が冷凍されていたりと手に取るようにわかるのだ。家事の手伝いもよく自分からしているのか、着いてすぐに上着をハンガーに掛け腕捲りして準備よしと、今日はどこを掃除するか引子に尋ねていた。

 

「いつもありがとうかっちゃん。じゃあ床に掃除機をかけてくれる?」

 

「うっす」

 

そこからはまるで自分の部屋の如く掃除をし始め、ぴっちりきっちりとカーペットの薄い埃が消え、鮮やかな暖色の花柄が色濃くなった。この時期になると妙に埃が多くなると、軽く一息つきながら引子が掃除をしている台所へと向かった。既に床掃除は完璧で「塵一つ許さない」とは彼女へ放つ常套句である。あっそう。

 

「おばさん、あれだったら朝か晩も手伝いに来るけど」

 

「いいのよ~ほんとにそこまでされちゃうと、おばさんの立つ瀬がなくなっちゃうわ」

 

「でもあいつに気負いすぎだろ。親父さんも単身赴任で戻って来るのまだ掛かるんだし」

 

「うーん。出久、試験が終わってからずっとあの調子なのよ」

 

「時期が時期だ……筆記の方はスパルタしたんで受かってっとは思うけど、実技は」

 

「そこまでしてもらったのに、ごめんなさいねかっちゃん」

 

「俺がしたかったことだし、あいつは充分答えた。話に聞きゃあの場にいた他人のために走ってでかいロボットに立ち向かったんだと……それをとらねぇような高校なんざ見る目がねぇだけだ」

 

そうなりゃ俺も行かねぇよ。と、当然とばかりに勝己は言いながら引子によって洗われた食器を拭き始めた。確かに子供達憧れの高校ではある。尊敬してやまないオールマイトの出身校なのだ。勿論出久も憧れているし勝己も例外ではない。憧れが巣立った場所へ自分達も通い、同じ世界を見渡してみたいと今の時代の子供なら誰もが一度は目指す場所である。それが雄英高校というものなのだ。

 

だからこそ出久のような献身的な努力をした者を取らない、ヒーローを人々の希望ではなく職業としてしか見ていないのなら、爆豪勝己の行く理由は欠片もない。

 

自分の性格は悪い方であると彼自身も理解している。なんせ出久以外に友達がいないからだ。必要とすら思ったことはないけども。

 

自分の手が早い方であると彼自身も理解している。なんせ周りにいるのは出久を虐める馬鹿共だらけだ。手加減する理由はない。

 

だが出久は違う。性格は悪くなければ手癖が悪いわけでもない。無個性ではあるが、よくもわからない使い道が殆どないような個性を使っているヒーローもいる今の社会で彼を取らない理由など殆どない。知識は十分、誰かのために動ける行動力。ヒーローとして一番大事なものを持っている。

 

爆豪勝己にとって緑谷出久の評価は中々高いものだ。

 

上記の内容については自信を持てといつも聞かせていて、それは出久自身も理解している。後は体力だなとジョギングや登山に半ば無理矢理連れて行っていたが今ではバテずについて行けるくらいには鍛えたのだ。下手なヒーローよりも体力があると勝己は評価していた。故に今回の試験がロボットを壊す系だったため、やる気あるのかこの学校と幻滅しそうになったのである。

 

「だめよかっちゃん。それじゃ示しがつかないわ」

 

「これは示しじゃなくて俺の意地だよ。俺は俺よりもヒーローに向いてる奴を(・・・・・・・・・・・・・・・)落とすような場所へ行く気はねぇ(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「仮にそうだったとしてもよ。だって貴方は凄い人なんですもの。出久のためにこれだけやって、それであの難関へ受けたのに。……出久も言ってたわ。かっちゃんは凄いんだ、僕のヒーローなんだって。だから自分のせいで雄英へ行かないって思ったら」

 

「……ごめん」

 

軽率だったと素直に反省する。実の母親にはいつもババァだなんだと言うわりに出久の母親へはこの通り頭が上がらない。勝己は悔しそうな顔をしながらも「受かったら行く」と渋りながら口に出した。

 

「うん。もしかっちゃんが受かってて、出久も受かってたら、仲良くしてあげて」

 

「……ん」

 

行こうが行くまいが彼の出久への態度を変える気はなかった。寧ろ彼が受かって自分が受かってなければ当然だとさえ思う程度には、彼の緑谷出久への思いは強かった。

 

(誰かが助けを求めてたら勝手に足が動いて走り出す。だからこそ、そんなあいつ自身の思いに答えられるよう体力作りを手伝った)

 

だから大丈夫。と、未だに閉じられた出久の部屋へチラリと視線を向け、再び手に持ってる食器へ目を下ろした。

 

 

 

 

『何も殴るのがヒーローじゃねぇ』

 

小学生へ成り立ての頃のことだ。力がなかった出久へ放った勝己の言葉がある。それは拳を握ることだけがヒーローじゃない。手を握って離さないことだって大事だというもの。

 

帰り道、冬になるとすぐに暗くなるため怖いと震えていた覚えがある。そんな時に勝己は出久を励ますために声をかけた。

 

『オールマイトが好かれてる理由の一つはあのパワーだけど、それだけじゃねぇと俺は思ってる』

 

『ほかは、なぁ~に?』

 

当時もポヤポヤしていた出久は、よく勝己の後ろをしがみついて歩いていた。勝己も自然と歩幅は出久に合っていくほどには常に一緒で、よくセットでまとめられることが多い。そんな引っ込み思案な彼の目の前には勿論勝己がいた。寒空の中、暗くなっていく世界を、彼の手が淡く輝かせる。既に小学生なりたての時点で火力の調整が出来ていたのを思い出す。流石はかっちゃんだと思わず笑みを零した。

 

『手を離さねぇってことだ。どんな時でもぜってぇ離さねぇでいっつも「大丈夫」って言えるんだ。勝利とか、助けた人とかな! そういうのもヒーローの絶対条件の一つってやつさ』

 

不敵に笑う勝己の顔に何度救われたかわからない出久は、素直に頷くと再び勝己と一緒に帰路を進んだ。おなかの近くで輝く灯火は、体だけではなく、心まであったかくなるような、優しい光だった――

 

 

「――ははっ、あの頃の僕にはまだ理解できないよ」

 

机に伏せ数十分、出久は懐かしい思い出に浸っていた。

 

あれからオールマイトとの連絡が取れない。もう見限られたのだろうかとネガティブな思考にどっぷりとはまってしまう。もう抜け出せないんじゃないかと思うくらいには彼の心にきていたのだ。

 

けれども手に持っているダンベルだけは手を離さないでいた。短い間ではあったが、習慣づいたことを今更やめるわけにもいかないと、もしかしたらの可能性を考えたいなと無意識に重たいそれを持ち上げては下ろしていた。

 

――僕が行けなかったとして、かっちゃんはどうするんだろう――

 

ふと彼は幼馴染の今後に興味が移る。いつも彼の背中を押し、いつも何かから彼を庇う爆豪勝己とは家族ぐるみの仲。家でもあの金色のたてがみを見るのはザラであった。一応他人の家のはずなのだがよく引子と一緒に料理をしてはそのつど「出久ももう少し器用だったら」と母親の残念なものを見るような視線が刺さり「なんなら男飯くらいなら教えんぞ」と一緒になって彼が止めのように言ってくるのも御約束である。出久の手先の不器用さを知っているのか雑だが食べられる程度の料理を教えてくれるのだろう。その都度馬鹿野郎と内心で叫びつつも、勝己の作った料理に舌鼓を打ち内心土下座してまいりましたと放つのだった。家事スキルの高さに膝をついたことなど数知れない。

 

そんな彼は、これからどうするのだろう。

 

出久にとって爆豪勝己とは当たり前のように自分の先にいて道を指し示してくれる最も身近にいるオールマイトと同じくらい憧れたヒーロー。爆破と呼ばれる派手でいて熱い個性と、それからは到底想像がつかないほどに冷静な頭脳。馬鹿みたいな体力に、シャープな肉体。ストイックとまではいかないが、他人に厳しく自分には更に厳しい。誰よりも勝利を渇望し、誰よりも堕落を求めない。

 

そんな矛盾を内包している彼はいつも出久を高く評価していた。それはただ勇気付けるためのものなのだろうか、そうであるはずがない。なら言えば喜ぶと思っているからだろうか、そうであるはずがない。

 

彼は心底思ってない限り相手を褒めたりはしない。叱咤激励で叱咤しかしないことだってある爆破ボーイなのだ。

 

「……自分のことはまだ信じられないけど、かっちゃんは僕を信じてくれた」

 

だからこんなところで放心している暇はない。ヒーロー科が駄目なら普通科でもいいからとりあえず高校へ行こう。大学からヒーローを目指すのもありだ。高校ではまた体力作りを始めよう。段々とネガティブからポジティブへと思考が移り変わり、もう抜け出せないんじゃないかと思っていた泥濘から軽々と脱出していった。

 

他人からすればただの水溜りに出来た泥かもしれない。それでもここから抜け出せたのは間違いなく彼と彼を信じた幼馴染の力なのだろう。やっぱりかっちゃんは凄いや。と彼は何度言ったかわからない言葉を零した。

 

ふと扉の向こうから勝己の呼ぶ声がする。飯食うか? という夕食のお誘いだ。いつの間にきていたのだろうという驚きを隠せないが、折角作ってもらったのだからうじうじしているわけにもいかない。すぐ行くねと返事をすれば、小さくおうっと返ってきた。心なしか嬉しそうに聞こえるため心配させていたんだなと出久は反省する。オールマイトにもネガティブだといわれてたのを思い出したのか、これからは比較的にポジティブになろうと心に決めたのである。

 

扉を開けると、食欲をそそる焼き魚の香り。食卓には筆箱程度の大きさと、大きな鯖の全身が計3枚並んでいて、綺麗な卵焼きや湯気が立つ純白の米、そしてその全てに合うだろうと容易に理解できるみそ汁。引子はかっちゃんが作ってくれたのよと嬉しそうに語る。マジか、かっちゃん。

 

出久の口へ焼き鯖の腹の部分が入っていく。程よく塩味が効いており、出久の好きな濃さであるのか、嬉しそうに口につめてはご飯を駆け込む。今は休日だから急がなくていいぞと言われるまで無我夢中で食べ続けたほどで、爆豪勝己の料理の才能に頭が上がらない。

 

「……出久。もう大丈夫?」

 

「え……ううん、大丈夫じゃない。でも、もしヒーロー科受かってなくても普通科に行けるかもだし、そこで体力作りして大学でヒーロー目指すのもありかなって。かっちゃんよりはデビューが遅くなるかもだけど、それでもやっぱり」

 

ヒーローになりたい。

 

真っ直ぐに見つめたその瞳には未だ闘志が宿っていた。向かいに座っていた引子は向けられた彼の覚悟を肌に感じ、ホッと顔を崩した。その折れない心を目の当たりにして安堵したのだ。

 

チャイムが鳴り響く。郵便物だという声も聞こえたと勝己が立ち上がり玄関へ向かった。俺が行くからちゃんと話しとけよと出久の肩に軽く手を置くと、扉の向こうへと消えていく。郵便物を取って貰うのも既に慣れているのだろう。引子は戸惑うことなく出久と視線を交わした。

 

「僕、やっぱりヒーローになりたいんだ。だから諦めたくない。もし受かってなかったら悔しいけど、でもそれでも」

 

「……うん、かっちゃんも言ってたわ。出久は自分よりもヒーローに向いてるって。どっちが上かなんて母さんわかんないけど、貴方をずっと見てたのは間違いなくかっちゃんよ。そんなかっちゃんが言うんですもの。母さん応援するから」

 

「……ありがとう。母さん」

 

会話の終わりを確認したのだろう。ちょうど会話の途切れに勝己は戻ってきた。その手に「雄英高校からの合否書」を持って。

 

 

 

 

出久の元へ届いたということは、勿論爆豪勝己の家にも届いている。結果は連絡してくれと、食事を終えたあと、再び食器を洗って緑谷宅を後にした。まだ息も白い2月の中頃。鼻や耳は既に赤く染まっており、もう少し厚着すればよかったと若干後悔しながらも本来の実家へ戻っていくのだった。

 

メールが彼の携帯に届く。差し出し相手は父親らしく、合否の書類が届いたよというもので、帰って自分で開けなさいという簡素ながらもしっかり内容のわかるメールだった。母親なら早く帰って来い。通知きたくらいしか情報量がないのでその都度「テメーの連絡は原始人の狼煙並に情報量がすくねぇんだよ」と返信しているだろう。その類の連絡は親父がやれと言っておいて正解だったなと、勝己はため息をついた。

 

多分、大丈夫だろう。彼らもそこまで馬鹿じゃないはずだ。

 

「……ただい「勝己帰ってきたのー? 帰ったんならただいまくらい言いなさーい」……あのババァ」

 

「やっ、御帰り」

 

「……ただいま」

 

伊達に幼馴染をしていない彼の家はとても近い。10分とかからず着いた家で待っていたのは実の母親からのただいま阻害と父親である。靴を脱いで父親から手渡された茶封筒を眺めつつ自分の部屋へと向かった。

 

若干両掌が汗で湿る。筆記で満点の自信はあっても、実技で別のアリーナへ行ったのだ。配布されたプリントには失格とはなかったが、聞かれなかっただけだと言われてしまえばそれまでで。そこまで性質は悪くないだろうと、勝己は茶封筒から中身を出した。

 

それはホログラムを投影する機器。なんともまぁ凝っているというか、演出のために金をかけてるなとか、爆豪勝己の顔が不機嫌に変わるまで時間の問題だった。

 

「さっさ合否がわかる書類にしろや!!」

 

とは言うものの何を言ったところで今更つっこんでも仕方がないのも事実。何せ届いてあるのだから既に終わってることなのだと、スイッチを入れて投影機を起動させ発表を待たんとした。

 

その時である。

 

『私が投影されたァ!』

 

「……おぉう」

 

『HAHAHA! 所謂サプライズって奴でね。今年から雄英で教師をするもんで、まず最初の仕事として君たちへこうやって合否を発表することになったのさ!』

 

現れたのは身長2m20cm、髪は金。筋肉もりもりマッチョマンのスーパーヒーロー。人々の憧れであり、彼の登場から敵の件数は低下し抑止力とされ、名実共に平和の象徴となった男。

 

「オールマイト、マジかよ」

 

『では爆豪少年。君の合否を発表しよう』

 

憧れが今目の前に現れたことで余計に緊張が走る。早くしてくれと頭の天辺から滝のように汗を流しながら、食い入るようにホログラムの中の彼を見つめた。

 

『筆記は満点。素晴らしいとしか言えない! 丸と100点しか書かないテストは久しぶりだと採点をしていた先生も笑っていたよ! 次に実技試験。敵ポイントは78点。これも1位だ! 君の終盤まで持つタフネスさ、今の時代に必要とされるものだ!』

 

どちらも1位を取ったからかどっと疲れが取れていく。やはりどうであれ合格することは気持ち良いことだし、満点を取れば優越感に浸れるし、1位を取れば高揚感でテンションが上がるものだ。ホッと一息ついた彼は、出久からのメールが来てないかメールを確認した。

 

【合格した!】

 

そのタイトルを見た彼は、先ほど以上に安堵の声を漏らした。

 

『おいおい、どうせ今ホっと一息ついただろ? 駄目だぜ最後まで聞かなきゃ!』

 

「!? まさかのどんでん返しか!」

 

『あ、勿論合格には変わりないよ。問題はそこじゃないから』

 

「……驚かせんなよ」

 

立ち上がったり座ったりと忙しく動き回る爆豪勝己少年15歳。絶賛暑苦しい男に弄ばれていた。今にもその両手からあの巨大敵を流動物へ変えた爆発が起きそうである。

 

『先の試験で見てたのは敵ポイントだけじゃない。このVTRを見てくれたまえ』

 

映し出されたのは、同じアリーナにいた少女をとっさに庇ったときの映像、巨大な鉄の塊をスクラップにして啖呵を切ったシーンや、その後の応急治療を行ったシーンへ次々へとさし換わっていった。そこで勝己はそういう事かと口角を上げた。

 

『聡明な君ならすぐにわかっただろうね。君の幼馴染である緑谷少年も、このポイントで合格したのさ!!』

 

それ言っていいんか? と思いつつも救出ポイントと書かれた映像に芸人じゃねぇんだぞとため息を吐いた。何故最後まで疲れなくてはならないのかと汗を拭い、そして戸惑った。

 

『君の救出ポイントは172! 他の追従を一切許さない圧倒的なポイントだ! 巨大な敵を倒し、誰かの盾となり、その怪我を手当てし、人々の希望とならん君の行動を、我々が見逃すわけがないだろう!』

 

『こいよ爆豪少年。君のヒーローアカデミアはここだ!!』

 

「シャアオラッ!!」

 

改めて合格を聞いた勝己は天高く拳を上げて勝利を掴んだとその余韻をかみ締めていた。

 

出久も合格して、自分も合格した。当然と思っていても実際に受かればこうやって喜ばずにはいられない。出久への返信を終え、リビングで待つ二人への報告へ向かう。この後もみくちゃにされ近所迷惑など考えなしに喜ばれることを若干想像しながらも、今回だけは甘んじて受けてやると笑みを零して自身の部屋を後にした。

 

『あ、緑谷少年のこといっちゃ駄目だったっけ? え、撮り直しする暇ない? まいったなぁHAHAHAHA!』

 

「……せめて最後くらい綺麗に締めてくれオールマイト」

 

 

 




本作デクにとって、本作かっちゃんは精神的支柱です。彼が潰れると連動して潰れます。はい。何てことしてくれたんだお前は。


ステータス

爆豪勝己

身長172cm
体重66kg


個性:爆破
手の裏の汗腺が変異し、そこからニトロのようなものを出せるようになった。それを自由に点火して爆発させる。爆発力は出したニトロの量に比例しているため、暑く汗腺が開きやすい夏に強いが冬はスロースタートになる(という建前で、冬でも普通に強い)


また少し更新遅れるから許してクレメンス


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合理的と面倒くさいはイコールじゃねぇよ髭くらい剃れ人前だぞ

案外早く書けました。

爆豪勝己の可能性の一つが垣間見える瞬間である。


 

春、雄英高校校門前を桃色に染めたソメイヨシノが入学生を迎えようと自らの花弁で桃色の絨毯を敷き詰め、桃色の桜吹雪を演出する。定員数が36名という狭き門。そこをくぐった者達のみが歩んでゆける桜並木を、金色のライオンのようなたてがみヘアが肩で風を切りながら歩いていた。本来あるはずのネクタイはどこにも見当たらず、腰まで下げられ裾がダボダボになったズボン。鋭い目つきが眼前を睨めば、鳥も春の訪れなど囀らない。周りに他の人間がいない、それだけが唯一の救いであった。

 

皆も存じているだろうが、爆豪勝己である。

 

現在7時15分。入学式が始まる時間よりも大分前にそこを通る彼は、人っ子一人通っていない校門前でワナワナと肩を震わせていた。いつも彼の後ろで追いかけるように歩いていた緑髪の少年が見当たらない。勿論、入学式開始より大分早いからである。

 

携帯がメールの通知を伝えると、爆豪勝己は慣れた手つきでその内容に目を通した。差出人名は緑谷出久。彼が今まで生きてきて最も信用した相棒である。

 

【おはようかっちゃん。今日の入学式は9時からだよ?】

 

「……やっぱり、9時からじゃねぇかあのババァ……!!」

 

今日の彼の目が鋭い理由がこれである。入学式とは本来入学生とその親が体育館などの大勢が入れる場所へ集められるはずなのだが、ここ雄英高校はそんなの知らんとばかりに生徒だけで行うらしい。自由がモットーの学校だからか、まさに規格はずれな入学式であった。

 

そこで爆豪勝己の母である爆豪光己が何を思い違えたのか「8時からでしょ!」とケツを蹴飛ばして学校へ行かせたのである。勿論入学の手続きを諸々覚えていた彼は、母親のよくわからない決め付けについにボケたかと口走ってしまい家から追いうちの如くたたき出され今に至るのであった。幼馴染であり共に入学の権利を勝ち取った緑髪の少年、緑谷出久へ確認のメールを送れば、少しして自分の記憶どおりの答えが返ってくるではないか。流石に可哀相。

 

気がつけば校舎の1-Aの教室前。既に開錠されてある扉は4mほど背の高いもので、バリアフリーもここまでくれば充分バリアフルだなと鼻で笑う。ガラリと扉を開ければやはりというべきか生徒(・・・)は誰もいない。それもそうだ、流石に早すぎても迷惑である。

 

「……まさか一番乗りがお前とはな」

 

「マジかよ。てっきり浮浪者かと思って警察呼ぶとこだったぜ」

 

「起きてこっちに来るよりここで寝た方が合理的だ」

 

「それを人は面倒くさがりって言うんだよ」

 

扉を開けた教壇に存在した黄土色の蓑虫もどき、野営をする者達が好んで使うシュラフと呼ばれる物なのだが、着ていた男が無精髭で廃れたような姿をしていればまさしく不審者と認識されても仕方がない。絶賛シュラフ内で暖まっているであろう即効チャージが売りのゼリー飲料を一瞬で飲み干し、その半目で爆豪勝己を見定めていた。

 

「にしてもどうした。入学式は9時からだぞ。見たところ、こういうイベントを楽しみにし過ぎて早く来るタイプってわけでもあるまいし」

 

「……うちの母親がついに痴呆になったんか、8時からだろってケツ蹴飛ばしてきやがったんだ。戻るにも戻る気がおきねぇんで仕方なくだよ」

 

会話をしつつ自分の名前が貼ってある机を見つけ、サイドの鞄掛けにボストンバッグを掛けると、考えもしなかった早朝通学に頭痛を発症していた。これが毎日続けば流石に辛いと、これからの生活に頭を悩ませる。早起きは三文の徳? 今の時代の早起きにそこまでの徳はない。

 

「あらそう。そりゃ大変だね」

 

「で、答えてやったんだ。警察へ通報されたくないなら身分をあかしな」

 

「相澤消汰、君たちの担任ね。よろしく……入試総合1位、爆豪勝己君」

 

「マジかよ。うちの担任がこんなにだらしねぇ奴なのか。流石は自由を謳う学校だなおい」

 

「合理的に動けばこうなるんだよ」

 

「どう合理的に動けばゼリー飲料で飯済まそうってなるんだよ。合理的に動きゃその選択肢は真っ先に消えんだろ」

 

「俺の毎日の元気の源になんてことを。効率的だろうが」

 

「時間短縮だけが効率じゃねぇし視点がおかしいんだよ。一番は流動食のみの生活は顎の筋肉の低下に繋がる。顎が弱けりゃ踏ん張れねぇし肉体のバランスにも影響が出るんだよ……これのどこが効率良いんだ。つうか誰だよ、面倒くさいことをしたくない=合理的なんてナマケモノの言い訳にした発端は」

 

「初対面にここまで言われた、先生ちょっとショック」

 

「抑揚もなくようそんな台詞言えるなおい」

 

時間つぶしのように行われる先生? と生徒の会話。初めはこのようなけん制のし合いだったのだが、気がつけば先の実技試験の酷さという内容になり、ついには他の生徒がやってきたというのに白熱した口論へとかわっていった。

 

やれロボット使用の不適切さだの、やれ試験会場なのにビルやらなんやらの修繕が面倒そうなフィールドだの、次々と登校してきた生徒達が目を回していく軽い罵倒の混じった話し合い。特に爆豪勝己とはまた別色の金髪ボーイは顔が崩れるほどにはついていけず、ついには頭がショートしたのか、誰が見ても間抜けな面を世に晒していた。

 

「あの試験の非効率性は駄目だ。あれじゃヒーローになれない中途半端な奴までやってくる」

 

「たりめぇだ。他者のためにその身を投げ打ち勝利するのがヒーローだろ。だのに内容は敵の掴み取りチャレンジ。救助ポイントがなけりゃここ蹴ってたわ無能」

 

「やめろよ俺が発案したみたいだろそれ。俺は反対したんだぞ? それでも中学生なんだからとわかりやすい試験になったんだよ。わかったか脳たりん」

 

「俺が筆記不合格者みてぇな言い方すんなや満点取ったわ。ヒーローに年齢が適応されるわきゃねぇだろ。誰でも誰かのために動きゃ立派なヒーローだろうが」

 

「にしちゃあけったいな啖呵を切ってたじゃないか」

 

「こちとら何事も一番取らなきゃ気がすまねぇ性質でな。どんな間抜けな試験だろうと1位取るために恥を忍んでやってんだよ」

 

誰が見ても浮浪者と不良のついて行けないヒーロー議論の嵐。最後の方にやってきた幼馴染に止めてもらうまで延々と続くのではと思われたほどの壮絶な舌戦が続けられたのであった。時計へ目を向ければ8時40分を指しており、つまりは1時間ばかし彼らは罵りあいをしていたことになる。FOOー! 非効率~!

 

入学式20分前。ちょうど頃合だろうと、先ほどとは打って変わり、心底面倒くさそうに相澤は集まっていたAクラスの生徒達へ席に着くよう命じた。

 

「じゃあ改めて、俺が君たち20名の担任になる相澤消汰。よろしくね」

 

そう言うとシュラフからやっと出てきた草臥れたマフラー男は、さらに中から雄英の体操着を出すと、これに着替えてグラウンドへ出ろと指示を出す。勿論、彼が寝ていたシュラフから出す物だから、爆豪の「変態かよ」がもろにその教室にいた生徒のツボを貫いたのは秘密である。彼らの気分は年末番組の【笑ったら尻を叩かれる例のヤツ】実はもうタイ人が準備して待っているんじゃないかと辺りを見渡す者も現れていた。

 

「いいから着替えてグラウンドへ出ろ……ったく、やっぱブラド先生に任せときゃよかった」

 

相澤の漏らした言葉は空しく誰一人いない教室で人知れず響く。初日からのまさかの舌戦に疲れたのか、再び懐からゼリー飲料を取り出してはジュッと飲み干したのであった。

 

「……ぬるい」

 

だろうよ。

 

 

 

 

雄英高校はヒーローを輩出する専門的な学校でもある。すなわちヒーローとしての基礎訓練をするグラウンドや体育館を数多く所有していた。その中でも彼らがいるこのグラウンドはどの科も使う総合グラウンド。近くには体育館があり、そろそろ中で入学式が始まっているだろう。まさか初日から入学式を欠席させられるとは、Aクラス一同思ってもみなかったことである。

 

『個性把握テスト!?』

 

「そうそう、君らが悠長に校長先生のありがたい言葉なんて聞く暇ないわけよ。雄英高校は自由が売り文句、勿論先生も自由奔放だ」

 

「いや、あんたのばあい長時間他人の大して中身のない話聞くのが面倒なだけだろ」

 

「(……ほんと鋭いね君)ほら、時間は有限だからさっさと始めんぞ。どうせ中学でやってた体力テストと同じ種目なんだ。もたもたするな」

 

『……(流した)』

 

爆豪の根に持った物言いを華麗に(?) 流した相澤はテストの内容を生徒達へ伝える。全部で8種目ある体力テストを個性(・・)を使用して行えといったもの。自分の限界を知るいいチャンスだからと、特定公有地での個性使用の許可という特権を利用し生徒達に個性を使わせ教師側も把握する合理的なテストであった。

 

「じゃあとりあえず、爆豪……は後でいいや。切島、中学でのソフトボール投げの距離は?」

 

「中学はハンドボールだったんすけど、それなら40m。前に野球部のを借りてやったことあるんでその時の記録は60mっす」

 

「そこら辺どうでもいいからソフトボールを個性使って思い切り投げてみろ。円から出なきゃ何してもいいから早くね」

 

「……うっす」

 

何故はぶられたんだろうと、傷心した勝己をよそに、切島と呼ばれた少年がグラウンドへ歩みを進めた。実技総合2位、爆豪の馬鹿みたいな救助ポイントを除けば僅差まで詰めていたほどの実力者(敵ポイントだけだと半分しか取れてはいないのだが)であり、筆記も悪くはなかった300倍を超えてきた猛者の一人である。あ、出久が慰めた。

 

(ようは俺の“硬化”で殴って飛ばせば)

 

「うぉおおらぁああああ!!!」

 

白線で用意されたテスト用のサークルからまるで金属バットでボールを打ったような音が鳴り響いた。それと共に彼の手から離れたソフトボールははるか彼方へとふっ飛び、ボールネットの向こう側へと越えていく。所謂先頭打者ホームランだ。

 

相澤の持っていた小型端末に記録が表示される。【202m】と書かれた数字を目の当たりにし、生徒達の目に正気が戻った。なんせさっきまで笑ってしまえば例の効果音と共に名指しされケツを竹刀で叩かれるのだろうとびくびくしていたのである。まだ引きずってたのか。

 

切島の記録の出し方はまさに野球のバッティングを思い出させるものだ。豪快なスィングから放たれた飛距離は、かつて個性のなかった時代でも1960年にニューヨークヤンキースに所属していた29歳の三冠王が放った193mを超えている。勿論無個性時代のものであるため現在もギネスとして登録されており、個性が生まれてからは【無個性時代(かこ)の栄光】として残されていた。それほどの記録を齢15年の少年が超えたのだ、盛り上がらないわけがない。面白そうだ、流石はヒーロー科と生徒達は歓喜の声を上げたのである。

 

「……面白そう、か。ヒーローになるための三年間をそんな心積もりで越す気か?」

 

『!?』

 

「よし、なら趣向を凝らそう……トータル成績最下位は見込みなしと判断し除籍処分としよう。ほら、ゲーム性があがったろ?」

 

『はぁあああああああ!?』

 

まさかの除籍勧告に一同騒然とした。入学して初日とかそういうレベルの問題ではない。国立だろうがなんだろうが、学校へ入るのはただではないのだ。入学費や授業料はそもそも前払い。国公立ゆえ私立よりも安いといえば安いが、決して簡単に出せるような値段ではないのだ。それすらも台無しにして初日から「個性把握テストで最下位になったから除籍させられた」などと親に向かっていえるだろうか……無理である。

 

「放課後ファストフード店で談笑したり、恋愛トークに花開かせたりと世間一般の高校生活を考えていたのなら回れ右して家に帰れ。ここはヒーロー科だ。自然災害や敵による身勝手な事件に予想もしない大事故へ直接携わり最悪な状況を最善の結果へ覆していく者達を導く場所だ。故にこれから三年間、雄英はお前達へ様々な困難を理不尽に叩きつけるのさ」

 

しかし相澤の言葉も最もである。仲良しこよしで済むのならそもそも敵もヒーローもへったくれもない。皆が手を繋いで愛と平和と笑顔を求め、何も争いがない世界でつくれたのならそもそもヒーローなんて仕事もなければその養成所も必要なくその個性に合った別の仕事で世界に笑顔を届けただろう。

 

あるということは、必要なのだ。なくてはならないものなのだ。

 

先ほどまで落ち込んでいた爆豪も既に相澤の言葉へ耳を傾けていた。その言葉の真意はもとより、言葉に続く伝えられない言葉に、である。

 

チラリと彼は隣の幼馴染の顔へ視線を向けた。明らかに動揺が見て取れる彼の顔は、大粒の汗が流れていた。確かにそうである。爆豪からすれば【緑谷出久はもしかすれば最下位の可能性がある】なのだから。何故このようなテストで除籍を求めたのか、本当に面白そうという言葉に反応したからか、寧ろその言葉を待っていたのではないか。どちらにせよ個性を使えなかった中学時代を過ごした者達ばかりだろう、盛り上がらない理由はないためそこら辺の整合性はないのだろうが、それでも何故個性を把握するテスト如きで除籍なのか。

 

そこで爆豪の思考はある結論へ導き出された。

 

【最下位は除籍という最悪の状況を覆せ】

 

「!? か、かっちゃん」

 

出久が彼の視線に気づいたのか、怯えたような顔を向けた。今にもその背中に飛びつきそうな幼馴染の両頬を、彼は思い切り両手で叩いた。

 

「……いひゃい」

 

「……てめぇはあの実技試験に合格した。その事実はかわらねぇ」

 

「でもさっき合理的じゃないって」

 

「それはあのヤローの言い分でそもそも俺は合理主義者じゃねぇ。ヒーローはどうやったってサービス業なんだよ。そこに合理性を極めりゃただの必殺仕事人よ」

 

「たとえが古いねかっちゃん」

 

「そんだけ軽口が言えるんなら大丈夫だ。テメェはテメェが出来ることをやれ。何も出来ないんじゃ除籍されて当然だ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「……うん!」

 

出久を激励して先ほど喋っていた者達の元へ送り出した爆豪は、自分自身も油断できないと両手の汗腺を確認した。突然故にまだ暖まってない肉体は言ってしまえばコンディション最悪で、トップに立つのは無理である。

 

やはり、1位がほしい。どこまでも貪欲な彼は、必死に体をあっためるため、集中を始めるのであった。

 

 

 

 

「そんだけ軽口が言えるんなら大丈夫だ。テメェはテメェが出来ることをやれ。何も出来ないんじゃ除籍されて当然だ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

(よし、あいつ合格)

 

相澤の耳に入った言葉と、視線の先で起こっている爆豪勝己の激励を目の当たりにして今回の目的を理解したのだなと半目で眺めていた。

 

通算除籍指導数154回。既に約8クラス分は見込みなしと切り捨ててきた端から見れば冷徹な男である。理由をつけて除籍しては、相方のクラスと併合して二人体制で生徒を導いてきた彼は、毎回担当する生徒から畏怖される存在として嫌悪されてきた。最も、相方のクラスでも見込みがなければ即刻除籍を宣告し実家へ帰らせるのだが、今回はそういうことをしなくても良さそうだと心の内で喜んだのである。

 

Plus Ultra《さらに向こうへ》とはまさにこのことだ。

 

最下位は除籍。個性を把握し自分ができる分野と出来ない分野を視覚的に把握させるテストでゲーム性と謳えば大抵の生徒は他者を押しのけ我先にと助かりたいがために妨害までする。論外だ。ヒーロー以前に人間としてやり直すレベルの馬鹿である。だとすれば皆のために一人に犠牲になってもらうか? それも論外である。わざと犠牲をだしたところで他の生徒の根本は変わらなければ意味がないことだ。彼のおかげで助かったよと思っているのなら一生ヒーローになどなれない。

 

ヒーローとは自己犠牲だが、自らも助かる肉体または精神が必要なのだ。

 

(その点で言えば、爆豪や推薦組は充分だ。推薦組はむらさえあれど出来る範囲は広い。爆豪もあの試験での行動や、朝の問いかけや担任とわかってからも変な行動をすれば一瞬で仕留めようと油断しなかった。――そして今のアドバイス。多分だが、緑谷が最下位になる予想は俺と同じなのだろう。だからこそ今回のテストの主旨と除籍の意味を踏まえた激励をした……あいつ本当に少し前まで中学生だったガキか?)

 

自分の試験をそっちのけで他者を助ける決断力や、自分を取らない間抜けはいないよなと言わしめる圧倒的な成績。どちらも成した爆豪勝己という少年へ相澤……イレイザーヘッドは高い評価をしていた。

 

(もしかすりゃ、もしかするな)

 

合理的な判断も出来れば、非合理的な判断も出来る。物事は数学で出来ているとするなら前者を使うのが当然だが、必ずそうというわけではない。だからなのか、別の角度から必ず彼は見ていた。

 

緑谷出久と呼ばれる【個性を制御出来ない無個性と変わらない少年】を【個性など関係なく人を救おうとする勇気がある少年】と捉えるように。事実を取りつつもそこに含まれる感情を上手に救い上げる。

 

そんなオールマイトとはまた別の、人々が求める理想のヒーロー像。

 

(まさか10全部を救おうとするオールマイトと別に9と1をそれぞれ(・・・・)救おうとする奴が生まれるかもしれないな。こりゃ大変だぞ)

 

やっぱりブラド先生に頼めばよかったと、既に何回とも数え切れないクラス編制へのため息を吐きながら、テストを始めた生徒達の元へ足を前に出したのであった。

 

 




本作爆豪君が飛ばすと色々と面倒になるので2位の切島君に頼みました。

合理主義ってなんなんでしょうね。機械的な~っていいますけど、相澤先生のあれは合理的じゃなくて面倒くさいだけでしょって思ったんですよ。というかウ○ダーだけじゃ顎弱ってそら脳無にぼこられるよ。衰えたなぁイレイザー。

別側面を見れるってことは、同じ10を救うにも1を切り捨て9を救うというわけでなく、9も1もそれぞれ救っていって間に挟まって治めようとするって感じです。オールマイトみたいに皆ハッピーで肩を組むんじゃなくて、互いにまだいがみ合ってはいるけど、貴方の友達と私は友達~で取り持つ感じですかね。うん、眠たいから何かいてるかわかんねぇや。

とりあえず次はテストを、ついに出久君の個性を目の当たりにする過保豪勝己。その時、彼は出久へどの言葉を掛けるのか。

次回【相澤、死す】デュエルスタンバイ!


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こちとら個性生まれて11年、かかさず研究してんだよ。

メイトリクス「出久の個性を目の当たりにすると言ったな?」

サリー「あぁ大佐。だから読ませて」

メイトリクス「アレは嘘だ」


サリー「うわぁあああああああああああ」


って気分。


 

僕の幼馴染の爆豪勝己は幼い頃から何でも出来て何でも成してきた。個性の発現だって幼稚園の同じ組の中では一番早かったし、腕っ節が立つから喧嘩なんて全戦無敗の凄い奴。だからと言ってそれを鼻にかけ個性の研究や訓練を怠った日なんてなかった。個性が発現した次の日には既に爆破の個性の用途や危険性、そして身体成長へ比例する個性成長による多様性まで書くほど。彼の乾くことのない追究心には思わず絶句したのを今でも覚えている。小学校の自由研究で個性についての研究というタイトルで提出したら大きな会場で表彰されたとか聞いたこともあった。照れ屋な本人からではなく彼の母親である光己からの情報である。

 

故にこの個性把握テストは彼にとって復習でしかないのだろうと、個性に振り回されている僕は思った。

 

「爆豪って奴すげぇな。異形型や肉体強化型の個性じゃないのに握力200kg超えたぞ」

 

「ゴリラかよ」

 

「チンパンジーだろ」

 

現在は入学式をしていない別の体育館にて握力テストをしていた。先生はいないけれど測定するロボットと記録装置は置いてある。56kgと無個性平均以上は出しているが個性平均以下をたたき出してしまい落ち込んでいると、近くに居た他生徒がそんな声を漏らしていた。よく聞けばさっきソフトボールを投げた切島と呼ばれた生徒で、確か総合成績2位の人だったのと記憶している。そんな彼に感嘆の声を上げさせた本人は短く息を吐いていた。

 

現在絶賛握力測定をして驚かせている僕の幼馴染は、当然といった顔をしながら手を離した。異形でもパワー系でもない彼は、既に普通の人間の肉体的に実現不可能な数字をたたき出し、反対の握力の測定を始めた。

 

でも彼の個性を考えたら当然なのである。手の裏が爆破をする個性なのだ、手を筋力で固定し指先から爆破を起こして飛ぶなんて芸当をするかっちゃんだ。本来鍛えていなければ簡単に指は千切れ明後日の方向へ飛んでいくだろう。つまり、それを制御するために必要な筋肉を持ち合わせていないといけないのだ。

 

左も計測を終えて記録が表示される。計測結果は右とほぼ同じ。少しでも筋力に差が生まれると真っ直ぐ飛べないからと、右利きから両利きへ無理矢理幼い頃から自分で直していったのだ。小数点以下で若干右の方が強いが、やはり利き手の名残なのだろう。その事実をこの中でただ一人知っている身としては誇らしいと心の中で拍手をする。

 

やっぱりかっちゃんは凄い。身近にいた僕のヒーローは、まるで研究でもするように計測結果を眺め、自身の知識と照らし合わせていた。

 

「かっちゃん。どうだったの?」

 

「ん? あぁ……やっぱりというかなんというか、右の握力の方が2%上昇してたんでな。どうも両利きに直しても日常生活じゃ右ばっか使うからかズレが出てんのよ」

 

鍛え直しかいっそ筋力を削ぐか、はたまた爆破の量を再調整するか。まるで研究者のように記録表へ数字書いていた彼はふと僕の手元へ視線を向けた。視線の先に映るのは、世間の個性を使わない同学年男子の結果よりも若干勝る程度の控えめに言って情けない結果が書かれたシート。出来ることをやれとは言われたけど、結局は何も出来ずにいた。

 

このままじゃ僕は除籍だ。

 

自分でもわかっていて、それを意識しないよう彼に話しかけたのだ。彼もわかってくれるだろう。優しい言葉が出なくても少しはオブラートに包んでくれるはずだ。

 

「デク、お前運動ヘタクソだな」

 

ドストレートである。今ゲージを8つくらい持ってかれた気分だ。僕じゃなきゃ8人くらい膝をついてうな垂れてるよそれ。君はもっと言葉を選ぶってのを学んだほうがいい。うん、国語満点で僕より上だしマナーやら作法は家の関係で完璧なのは知ってるけどね!!! 知ってるけどもさ!!!

 

「テメェは根底からなってねぇ。特になんださっきの50m走! 体力つけたってのに自主トレで走りこみとかしとらんのかテメェ! 何しとったんかこの10ヶ月!」

 

「えっと、海浜公園の掃除、です」

 

「……根本的な筋力増強しかしとらんのか……デク、お前どうやって歩いてんだよ」

 

「え……そりゃ足でだけど」

 

僕の返答に呆れたような顔をしたかっちゃんは一度大きくため息を吐くと、不意に僕のつま先を軽く足で小突き、頭のつむじを指で叩いてくる。心底面倒そうな顔をしながらもこうやってかまってくれる辺りかっちゃんは教師に向いてるような気がする。でも人間は足で歩くってのは当たり前なのに突然どうしたんだろ? 頭打ったのかな。

 

痛い、つむじをぐりぐりしないでかっちゃん。

 

「テメェの考えなんざ御見通しなんだよ」

 

「誰か助けて! ここに暴力魔が!」

 

なんて馬鹿をやっても他生徒は自分の記録に集中しているから気づいていないのか、僕の悲鳴や彼の叫びを聴いてる人は誰もいない。なんか寂しい。

 

「人間は全身で前に進むんだよ。頭の天辺から足の指先まで全部使ってな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。」

 

「全……身?」

 

「あぁ、足は言わずもがな、体幹は上半身のブレの制御、歩く時に上半身がブレたら上手く真っ直ぐ進まねぇんだ。腕は両方を前後に振ることで体幹を必要な位置まで捻るんだよ。勿論首もそうだ。テメェのそのオタク知識が詰め込まれたデッケェ頭支えてんのが紛れもない首と肩の筋肉。人間無意識にしてっから普通は考えるもんじゃねぇが記録を伸ばすってんなら話は別だ。他にも殴る時だってそうだろうが。腰を入れて脇をしめて小さく細かく打つ。その際脚はバネのように使って軽く前に体を押し出す。人間は全身を毎日使って生きてんだ。それが人間の体っつうもんなんだよ」

 

全身を使う、そう言われて僕の頭にこれほどとない衝撃が走った。確かにそうだ。オールマイトだって僕に個性の説明をする際、体を捻りながら拳を前に突き出し、同時に反対の手は胸元まで引き飛び過ぎないようにブレーキの役目を担う、所謂【腰の入った突き】をしていたと思い出す。まるで眼から鱗がおちたように、今まで何も見えなかった道に光が灯った感覚が僕を支配する。かっちゃんの一言で、僕を取り巻いていたあらゆるピースがはまっていくのを理解する。一つが解けたらまた一つ解け、今までなんで解けなかったんだと自分の頭の悪さに情けなさを覚えた。だってそうだろう。

 

オールマイトから頂いたこの個性を腕だけ足だけでどうにかしようなんておこがましいにもほどがあったんだ。

 

全身の力を使う。個性だって身体機能なんだから、一つに集中させるなんてナンセンス。体中に分散させて合計100%を出せばよかったんだ。つまり前腕や上腕、手、指、大腿、下腿、足、つま先、頭、首、肩、背中、腰、尻と分散させればよかったんだと気づく。問題はまだそんな事が出来ないってところだけど、見据えるべき目標を僕は確認できた。

 

「テメェの場合はこのテストで活躍できるような個性は持ってねぇ。だけどあの試験でお前は間違いなく受かってここに居んだ。胸張って今やれることやれ」

 

僕が個性を持っていることを知らないかっちゃんはそう言うとソフトボール投げをしに再びグラウンドへ向かっていく。僕も彼の記録を目の当たりにしようとテストを急いで終えて後を追った。たしか現在最長距離は麗日さんの∞を除いて創造の個性を持ってる八百万(やおよろず)さんって人の28kmだったかな。お腹から大砲を出したときは唖然としちゃったよ。

 

グラウンドへ向かえば何故かまた蓑虫になっていた相澤先生が横になっていた。既に殆どの生徒がソフトボール投げを終えてるもんだから寝てたんだろう……曰く昨日担任の仕事が深夜まで続いて眠れてないんだとか。忙しいんだねと心の中で合掌しておく。

 

「お、爆豪か。投げるんならさっさとしろ。折角お前を選ばず最後まで待ってやったんだ。思い切りやれ」

 

「……まぁ見とけや」

 

不敵に笑った彼はテストサークルへ入る。手に持つソフトボールは野球ボールよりも大きく、ハンドボールよりも小さいという指だけで持つには少し大きな球体。

 

「ちなみに相澤センセー。どんくらいなら投げていいんだ?」

 

「敷地内でもいいし越えてもいい。思い切り投げりゃ文句は言わないよ」

 

「ハッ、上等」

 

さらに口角を上げた彼を、気がつけばクラスメイト全員がその勇姿を見つめていた。入試で凄い点数をとったことは既に皆の耳に届いているようで、好奇心をくすぶられたのか行っていたテストをやめてぞろぞろと集まってきた。

 

「緑谷君、彼は確か君の幼馴染だったな」

 

僕に話しかけてきたのは、メガネがトレードマークの飯田君。そう、あの実技入試の時に帰れと言ってきた人である。根がとても真面目な人であるというのは会話をしていて理解したものだから、今では仲良く会話をさせてもらってる。無個性だったからかかっちゃん以外の友達というものを持ってなかった僕は心を弾ませながら彼とかっちゃんの遠投を待った。

 

「うん、爆豪勝己。もう10年以上になる幼馴染だよ」

 

「あの口の悪さと顔の悪さは覚えがある。散々な物言いの不良なもので記念受験かと思ったのだが……まさか僕よりも筆記試験で点数を取られるなんて……くっ!」

 

「かっちゃんああ見えて勉強熱心だからね……」

 

僕のせいで3日間捜索しっぱなしで苛立ちが天元突破してたのは黙っとこう。

 

「でも爆豪君、そっけないけど優しいよね」

 

「あ、麗日さん」

 

ちょうど今やってたテストが終わったのだろう。さっきソフトボール投げで∞をたたき出した彼女は、実技試験で僕を助けてくれた人。今日改めて会話をしてからほぼずっと一緒にいる二人は興味津々にかっちゃんを見つめていた。まるで何かを試合を見ている気分とでも言うのだろうか。うずうずなされている。

 

「うちも助けてもらったし。凄いよねあの両手!」

 

「うん! ……かっちゃんは」

 

投球を始めるようだ。大きく振りかぶり、体をのびのびとしながらも、それでいて鋭く、まるで昔にふと見た野球選手の動画の如く体を捻った豪快な円を描く。

 

「凄い人なんだ。目標も、自信も、体力も、センスも、そして個性も。僕なんかより何倍も凄い。でも何よりも凄いのは」

 

小指と人差し指がボールから離れ、それと同時にバーナーのように指先が青い爆破を起こす。掌内で何度も白い爆破が起こって、今にも破裂しそうになっていた。他の三本の指が赤く熱を帯び、彼の手に三色の光が灯り暴れ始めたのだ。

 

「そんなことを言い訳に出来ないほど努力する――」

 

 

「死ねえ!!!」

 

 

「――死ね?」

 

周囲にいた人間が顔を覆うほどの爆風を辺り一面に撒き散らした彼の手から、赤白くなりはて熱を帯びたソフトボールが罵声と共に放たれた。轟音と共に空を突きぬけ、漂っていた雲に円形の穴を開けたと思えば彼方へ消えた。音が遅れて耳へ届けば、まだ飛翔しているのを佇む僕らへ知らせてくれる。掛け声で台無しだけどね。

 

皆が釘付けになった中、唯一視線を動かせた僕が目にしたのは、投げた手で狐の影絵を作ってる御茶目なかっちゃんだった。

 

……うん、台無しだねバカヤロー!!

 

 

 

 

白線まで吹き飛ばした大バカ野郎こと爆豪勝己は得意気な顔を相澤へ見せ付けた。約束通り思い切りやったぞと言いたげな顔に加減位しろよと内心毒づき頭を抱える。30歳を迎えた萎れた黒なすびマフラー添えの顔に、疲労による影ができた。なんせ白線を書き直すのは公平性をとるために他でもない相澤本人なのだから当然である。面倒ごとを増やさないでくれと今日も頭痛に悩まされていた。

 

白線を直している数分の間にやっと端末が音を鳴らし計測を終了したと彼へ知らせると、全員がその記録を覗き込こもうと集まっていった。1.3e+5mと表示されており、初めて見る記録に生徒達は揃って戸惑っているのか頭を捻る。クラスメイトらが頭を捻りなんの表示だと考える中、筆記成績上位者である少年飯田天哉と、推薦入試で見事合格を勝ち取っていた少女八百万百だけがその記録に唖然としていた。

 

それもそうである。電卓など、最近は携帯で計算ができるためあまり使われない時代。ましてや雄英へ合格したと言えど、一般的な中学生が指数(exponent)の頭文字など聞いたことがないだろう。

 

「なんだあれ。1.3e…m? って、1.3m? eってなんだ?」

 

「あれは数字化すると長くなるから略されているんだよ。詳しくは」

 

「130000m……130kmという意味ですわ」

 

金髪に黒いイナズマのようなラインが入った少年の疑問へ二人の秀才が答えると、クラス全員が理解し歓喜と驚愕の叫びを上げた。2mにも満たない肉体からそのような記録が出たなら当然の反応だろう。

 

しかし、説明役を買って出たこの二人だけは違った。突然の規格外な飛距離、放たれた際の爆風、放たれたものがソフトボールであるという事実。誰よりも先に自身の知識を超えた記録を理解した彼らの頬には大粒の汗が流れていたのである。個性の発生によりあらゆる科学が鼻で笑われるような個性社会になったからと言っても、根本は今も変わらない。

 

科学的観点から言っても、爆豪勝己の記録は逸脱しているのだ。

 

「すげぇ……これが、筆記実技両方1位の才能マンの実力か」

 

「どうやって長筒も使わずにエネルギーを分散させることなくあそこまで飛ばせたのか……物理法則もあったものじゃありませんわ」

 

「投げる角度や個性を上手く活かしたんだろう。横回転を入れて真っ直ぐ飛ぶようにしてるんじゃないか」

 

「綺麗な投球フォームだぁ。いやぁ、○茂選手みたい!」

 

「……誰それ?」

 

生徒ら視線があのゴール○ンボン○ーな頭へ向かう。自分達よりも上を進む彼へ思うことがあるのだ。

 

個性の発現は基本4歳まで。それ以降で発現した人間は今の今まで存在しない。故に同じ学年であるなら個性の熟練度など大きく開いても4年。しかもまだ物心ついて間もない頃の話だ。差など殆ど存在しないはずだ。

 

だというのにこの記録の差はなんだ。爆破という派手な個性だからなのだろうか。自分よりも活躍する個性だからなのだろうか。自分達とどう違うのか。そんなそれぞれの思いがのった視線が、相澤と話す彼へ向けられていたのだ。

 

「はいうるさい。さっさとテストの続きしてこい。おい緑谷、お前だけ遠投してないんださっさとしろ」

 

「え、でも遠投は2回じゃ」

 

「本来2回行うのは良い記録を選ぶため。一発成功したんなら必要ない。ほらさっさと円の中に入れ」

 

突然の指名により、爆豪勝己へ集まっていた視線が緑谷出久の元へと集まった。殆どの生徒がテストを終えているのか移動する気配はない。辺りを見渡しても誰も測定をしようとはしていない。自分が本当に最後なのだろうと理解した彼は、高まる緊張感に捩じ切れた毛根から多量の汗が流れ出た。いや捩じ切れた毛根ってなんだよ。

 

「……いいかデク。これが全身運動って奴だ」

 

余裕の笑みを浮かべる幼馴染に相変わらずだなと彼は苦笑を返す。高まった緊張感が少しだけ緩んだのか肩は強張っておらず、端から見れば力が抜けたようにも見える。信頼する相棒へ心の中で感謝をすると、彼は戦場(サークル)へと入っていった。その後姿に満足したのか、先ほどまで彼がいた場所へすっぽりと収まるように爆豪勝己はグラウンド脇で結果を待つ。隣には出久と入学式当日だというのにすぐにも行動を共にしていた男女の姿があった。所謂仲良しグループという奴である。

 

勿論、爆豪勝己も二人とは短い期間……それも一日のうちの数分ほどだが面識はある。

 

「爆豪君、凄い記録やね」

 

「あ? 誰だお前」

 

「ひどっ!? 入試の時助けてくれたやん!」

 

「……………………?」

 

「やめて、真剣に思い出そうとしないで。恥ずかしくなるから」

 

「その調子じゃ僕の事も忘れてるな」

 

「てめぇは……あの時いた事ある毎にうるせぇエリートかぶれ陰気メガネか」

 

「やっぱり君は口が悪すぎるな!!」

 

ある、はずである。

 

 

 

 




「ヘイゴール○ン○ンバーヘア爆豪君! マイネームイズ麗日お茶子! リピートアフタミー! う・ら・ら・か!」

「ま・る・が・お?」

「おまんの耳には納豆でもつまっとんのかぁ!」

「爆豪君! 君は他人の名前を覚える努力をするべきだ! さぁ! 僕の名前を声に出してみよう! 飯田天哉!! さんはい!!」

「クソメガネ」

「文字数すら合ってないじゃないかぁ!!」



「……かっちゃんェ」

「お前はさっさと投げろ緑谷」


ってのがこの後起こったんですけど、蛇足だなぁと思ったのでやめました。

お前この回でさっそくかっちゃんのターニングポイントっぽいの起こるはずやったやんけ! と御思いの方。

俺にプロットはない。ストーリーは決まってるけど、大まかなものだけで文字化してない。なんなら過保豪勝己の設定しか出来てない。ふはは恐れ戦け。

ご…ごめんなさい…たたかないで…たたかないで…



用語解説

130km~

呼称 長距離砲・砲撃「ベルタキャノン・インパクト」

熱によるボールの変形により瞬間的に弾丸のような形に変化硬質。中のコルク材へ多量のニトロを流し染み込ませ、ボール自体をミサイルのように改造。さらには投げる腕の速度上昇、爆破による噴出、三本の指によるエネルギー集中。そして道を示そうという幼馴染パワーによって生まれた秒速7700mで吹き飛ばすバケモノ火力。今回指が吹っ飛ばなかったのは、小指と人差し指による高速投球が指の後押しをしたおかげ。あれないと最悪手がなくなる。

ちなみに吹き飛ばした先は海で、運よく魚も人も何もいない場所だったので被害はゼロでした。

※使う場面がもうないかも

由来はまさしく、ベルタ砲から


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隠し事ってやつは誰だって持ってる。気にしねぇよ……キニシネェヨ

サーモン食べたい。


 

 

結論から言おう。彼の第一投目は散々な結果だった。

 

担任が相手の個性を消す個性を持つ「イレイザーヘッド」と呼ばれるヒーローであったために、緑髪モジャ男は投げる瞬間に個性を消され、なんとも情けない記録を叩き出してしまった。ハンドボールならいざ知らず、それよりも力の入るソフトボールで47mと小学生の頃の彼の幼馴染よりも低い記録である。しまいには、

 

「個性の制御も出来ないんだろ? また行動不能になって爆豪にでも助けてもらうか?」

 

と、刃物で傷口を抉られたような優しさのない言葉が襲ってくる始末。よりにもよってあの白金のスパイキーボーイに毎度のこと助けられているのを知られていた。実技試験のあのシーンを見られていたんだろうと納得するも、担任である相澤の言葉は中々に堪えるものだった。

 

「緑谷出久、お前の力じゃヒーローになれないよ」

 

前線で活躍していた者からの完全否定。それほど辛いものはない。緑谷出久にとって、彼の夢の否定は何よりも苦しいものだった。始まりは4歳のころ、同じ幼稚園の子供には馬鹿にされ虐めに遭い、小学校中学校となっても人間簡単に変わることはない。陰口や何気ない差別は増え、表に出ない悪意に常狙われてしまった。

 

唯一彼の幼馴染だけが、その全てを薙ぎ倒してきたのである。

 

どんな相手だろうと啖呵を切り退け、どれだけ力の差があろうと眼前の敵を立ち向かい尽く屠ってきたのだ。誰でもない、緑谷出久という幼馴染のためだけに。

 

(相澤先生に言われた通りだ。僕はずっとかっちゃんの背中で隠れてた。どれだけ怖い状況だろうと耐えていれば必ず来てくれると、助けに来てくれるんだと信じ込んでいたんだ)

 

否定的な思考が彼の頭を支配していく。このままでは言われたとおり見込みなしの除籍対象。倍率300倍、簡単な計算をするなら10800人ほどの人間の中から勝ち取った一枠なのだ。幼馴染に鍛えられ、彼の絶えず贈られた言葉によって折れることのなかった心。オールマイトによってそこから積み上げられ、背負う事となった大きな重圧。その全てを捨てろといわれてしまったも同然で、初めての一人では立ち直れない挫折(・・・・・・・・・・・・)に顔を歪めた。

 

しかし相澤の言葉のどこも間違いは存在していなかったのだ。今の彼では力を使った時点で負傷者と同じ、最悪他の負傷者よりも怪我を負うかもしれないのである。何故なら現状、彼は必ず力を使った後は病院のベッドの上にいなくてはいけないほどに個性を制御できていないのだから。

 

運ぶ人間、診る人間、自分が抜けた穴を塞ぐ人間。幼馴染だけではない。何人もの人間に心配させ、そして邪魔になる。彼自身にその気がなくても周りはそうせざるをえないのだ。

 

(僕じゃ……無理なのかな)

 

不安が頭を雨雲のように包み雨を降らす。心の中で流れる涙が、心へ打ち付けられ傷みに変わる。外部の痛みではなく、内部の痛み。胃の辺りや心臓がキュッとしまる終ぞ慣れることのないだろう感覚が彼を襲う。今まで運よく折れなかった彼の心が折れる。

 

はずだった。

 

 

『絶対にあいつら見返して、最強のヒーローになんぞ。俺とお前で!』

 

 

幼い頃に聞かされた優しくも強かな言葉が彼の思考と際限のなかった痛みを止めた。曇天の如く彼を包んでいた暗い灰色の感情が、青空のように晴れ渡っていく。

 

「……やっぱり、かっちゃんには敵わないや」

 

11年以上、つまり個性が発現する前からの付き合い。15歳の彼にとって殆どの時間を支えられていたんだと、改めて思い知らされた若き原石は、幼馴染の言葉を思い出す。

 

――人間は全身運動によって動いている――

 

ただ手だけでビンタをするのではなく、手首のスナップや腕のスィング、腰の回転や足を開くことによる重心を下げ安定させるこの一連を思い浮かべたらわかりやすいだろう。腰の入った全力ビンタ一つでさえ人間の身体は複数の動きを有する。つまり、全身運動とは力の連結なのだ。

 

(口で言うのは簡単だけど、ワンフォーオールを足先から手先まで全部に掛けた場合全身ぐちゃぐちゃになるんじゃないだろうか)

 

前例のない試みに出久は内心恐怖した。ただでさえジャンプすれば両足が折れ、殴れば腕は紫色に変色するような始末。幼馴染の語った全身運動なんてすれば今の状況なら間違いなく体中の骨は折れて打ち身のように内出血を起こし全身紫ボーイになるだろう。彼の緑髪もあいまって比喩ではなく茄子になるだろう。内臓をジュグジュグにした潰れた茄子に。

 

「仮に全身に力が入ったとした場合の力はどこへ逃げるんだ。殴ったときは結局力の逃げる先が腕にしかなかったから腕が折れたんだし。ジャンプしたときも結局力の逃げる先は足になるから足が折れた。なら逃げる先が一切ない全身でそれを起こせば間違いなく全身の骨が折れる可能性が高い。力の制限が出来てない今どうやったって身体の骨を折らずに力を使うなんて無理だ。まずは腕だけ足だけとやっても結局他のテストは周りの個性と比べて酷かった。もしもあの時みたいなことが起きたらって考えると体が強張っていたんだ。だけど一つでも出来る事をしないと、かっちゃんだって何も出来なきゃ除籍されたって仕方ないって言ってた……待てよ、かっちゃんがあんな風な激励の仕方はしないはず。彼は色々と理論的に語りながらも感情的な部分を押す人だ。そんな人が片方だけを、それも当たり前のことを態々言いなおすだろうか。もしあるとするなら、このテストはそもそも出来ることと出来ないことを理解してもらうのと常に他者を蹴落とす勢いがあるハングリー精神を求められていることになるんじゃないか。と考えるならやっぱりここで僕は個性を使わなきゃいけない。でもどうやって。こんなまだ中途半端な……でも尻込みしたって意味がない。やらなきゃ何も始まらない」

 

途中から皆がドン引きする早口言葉のような独り言が口から漏れ出す。非効率を嫌う相澤でさえ、その気の遠くなるような長文独り言回しに後ずさりし眩暈を起こすほど。よくもまぁこいつと幼馴染出来たなあのツンツン頭と思ったのも無理はなかった。何歳ごろから始めたのかなど相澤にはわからないが、傍らでこんな独り言続けられたならそう言われたっておかしくはない。白金色のスパイキーボーイのメンタルの強さに脱帽した瞬間である。

 

今更になるだろうが、白金色のスパイキーボーイとは爆豪勝己のことである。

 

そんな皆が怪訝な顔をする中、爆豪勝己だけはいつも通りといった顔をしていた。見慣れた光景なのだろう。ただただ心のお漏らしはやめてくれとどこぞのお笑い芸人の相方みたいなツッコミを視線に変え、絶賛呟き戦術を超える独り言を続ける彼を見つめ鼻で溜息を吐いた。あんな風に育てた覚えはないぞと面倒くさそうに事が終わるのを待つ。もちろん育てたのは母親である。

 

「緑谷君はこのままだとまずいぞ!」

 

「でも入試の時凄かったもん。もしかしたらいけるさ!」

 

未だに呟きをやめない少年と朝から共にいた二人は、様々な思いを視線として送っていた。片や憂懼を隠しきれず顔を歪めるメガネの少年、片や期待と一抹の不安を感じる麗かな少女。正反対の表情をするが考えていることは同じようで、共にこの学校でヒーローを目指したいという願いが表情で見て取れる。勿論幼馴染である爆豪勝己にとっては造作もなく気づくことであった。そんな態度に何か言いたくなったのか、メガネの少年飯田天哉は爆豪勝己へ声をかける。

 

「君は心配じゃないのか? 彼は君を慕っていると聞いたが」

 

「あ?」

 

「あ? ではない! 緑谷君はこれまでのテストで大きな記録を残していないではないか! このままでは彼は」

 

「大きな記録がヒーローの大事な要素か?」

 

二人の会話の間に出久が二球目を投げようと振りかぶる。先ほどの爆豪勝己が見せたような大きく振りかぶる投球フォーム。例え個性が生まれたとしても変わることのなかった数多く残る人間故の名残。個性が生まれなかったからこそ研ぎ澄まされた技術の一つ。未だに輝くように幻視するその一つ一つの動きに、生徒達は過去からの積み重ねを彼の背中に見た。

 

「大きな記録を持つからヒーローなんじゃねぇよ。逆も然りだ」

 

「しかし、このままでは除籍だぞ」

 

「そもそも個性把握テストは自分の出来ることと出来ないことを把握するテストだ。だからあの馬尻尾女は握力計で万力使っても何も言われなかったろ」

 

「う、馬尻尾女……」

 

「あかん爆豪君! 今の一言で八百万さんが膝をついたから!」

 

「知るか。毛ほども興味ねぇ」

 

「私は……毛以下」

 

「おうほんまやめーや!」

 

「黙ってろ。投げんぞ、デクが」

 

一人言葉の刃で項垂れてしまったが爆豪勝己は欠片も興味を示さず、出久の第二投を待った。彼の放つ張り詰めた空気にあてられたのか、多くの者がゴクリと喉を鳴らした。

 

 

――それは一つの力の集合である。

 

足の指先による踏ん張りから始まった力はすぐさまバネのようにしなる足を経て身体を捻る腰を通過、胸の大胸筋を回れば肩を抜け、上腕三頭筋、前腕屈筋群を通り、人差し指まで一気に届いた。ワンフォーオールが全身をめぐり、筋肉による力の補佐と伝達スピードによる個性の連動が、本来の力をさらに向こう側へと誘う。

 

これが、彼の初めて認識した全身運動であった――

 

 

SMASHという掛け声と共に轟音響かせ彼方へ飛ぶソフトボール。テスト中個性という個性を見せることのなかった少年の渾身の一振りに驚きを隠せず声も出ない。ただ一人、人差し指を変色させ痛みにもだえるも、下唇を噛み必死に耐える出久の唸り声だけが、その場に漂った。

 

「まだ……動けます!」

 

記録は1352m。相澤の予想の上を行った緑谷出久による初めての個性による大きな記録であると同時に、爆豪勝己の全く予想だにしなかった記録である。まるでありえないものを見るように目を見開く爆発頭は、何が起こったのか思考をめぐらせた。

 

「マジかよ。爆豪と八百万、麗日に続いて1km越えかよ。俺の記録が霞んで見えるぜ」

 

「いやアレは完全に個性の問題だろ」

 

「指先が腫れあがっているぞ。入試の時といいおかしな個性だな!」

 

「でもやっとヒーローらしい記録出たよー! よかったね爆豪君! ……ん?」

 

「……」

 

多くの者達が喜ぶなか、今一番に喜んでいるであろう者へ視線を向けたお茶子は、大粒の汗をかき考えに集中している勝己を見る。焦っているようにも見え、驚愕したようにも見えるその顔は、正しく「間違っている」と言いたげに映ったのである。

 

「どうしたの?」

 

「……」

 

返事はない。お茶子はただ額を汗で湿らせ物思いにふける爆豪勝己にその後何度か声をかけたが、戻ってきた出久に気づきそちらへ近づいた。素直に喜ばない彼の幼馴染の側にいるよりも、頑張って結果を出した彼へ労いの言葉を贈るのが先決だと思ったのだろう。走っていくその後姿は妙に嬉しそうに見えた。

 

(凄く仲良いと思ってたんに。違うんやろか)

 

 

 

 

持久走を終えた後も、今回の除籍宣告が嘘だと判明した後も、爆豪勝己の顔色は悪かった。まるで合っていたはずの数学の答えが、式の途中から間違って書いておりペケを食らったようなそんな顔。どこを間違えたのか必死で探すように焦り、ついに心に影を落とす。ときおりこれじゃねぇあれじゃねぇとぼやくその姿は流石幼馴染なんだなとどこかの緑髪ソバカスボーイを思い浮かべていた。似てるねなんていうと怒られそうなので誰も言わないが。

 

本来出席するはずだった入学式が終わる頃に帰宅を命じられ、生きた心地のしなかった1-Aの生徒達は帰路を目指す。勿論、爆豪勝己も同じである。

 

正門前のレンガ畳をそのプラチナブロンドをなびかせ歩いていると、覚えのある顔が三つ現れた。所々に方言訛りが残っていたボブショートの少女とガタイのいいメガネの少年。そして彼の幼馴染である少年。向こうも爆豪勝己に気づいたようで手を振って彼を呼び止める。特に緑谷出久はまるで定位置のように彼の右隣についた。

 

「かっちゃん。一緒に帰ろ」

 

「今日は気分が乗らねぇ。そこの奴らと仲良く団子三兄弟しとけ」

 

「ぶっふぅー! めっちゃ懐かしい!!」

 

「そう言わず。僕も君を誤解してたんだ、親睦を深めようじゃないか!」

 

「する気は欠片もねぇ。仲良しこよしがいいなら他所でやれ」

 

本来どっかのくたびれ三十路が言うはずの台詞を吐き、爆豪勝己は独り学校を後にする。いつもなら肩を組んでそのまま彼の個性で空中散歩のはずなのにと首をかしげる幼馴染を置いて真っ直ぐと自宅へ向かったのだった。すぐのちに個性のことについて話してなかったと頭を抱える出久の姿が正門前で見れたのだが、現在の彼が気づけることでもない。

 

(デクの個性がパワー系だった)

 

幼馴染であり両親同士も仲がいい2つの家族は、その関係でよく互いの家へはどちらも訪れていた。最近は仕事の忙しさゆえ両親同士のお宅訪問は最近出来てはいないが、子供達は別。勝己など既に調味料の場所やら雑誌を縛る紐のありかまで把握している。寧ろ実の息子である出久よりも緑谷邸を知っているほどだ。勿論、出久の両親である引子や久の個性についても既に聞いている。自身の個性の研究や、出久にいずれ出現するであろう個性の予想に必要なパズルだからと好奇心旺盛な彼が聞かないわけもなかった。

 

(おばさんは物を引き寄せる個性、親父さんは火を噴く個性だったはずだ)

 

個性とは遺伝するものであると幼い頃より聞かされてきた知識を利用しても、緑谷出久のあのパワーはこの部類に入らない。特異体質で別物が生まれる事があるとは聞いたことがある彼だが、それでももれなく個性の発現は4歳まで。

 

故に彼が予想していた個性と実際の個性は全く違ったことに衝撃を受けたのである。

 

「……救助ポイントは0点撃破(そっち)かよ。クソが」

 

もしも今ある常識に当てはめたとしても、彼の幼馴染は11年間自分の個性を隠していたことになる。理由があったとしても、小学校や中学校は公立。そこで先生が把握していなかったということは学校や国にも隠していたことになる。個性届けがないと敵扱いをするとどこかの市の条例に上がっているほどで、よくもそんな世界で隠せていたなと彼は頭を抱えた。さらには国に隠しているから同級生や他の大人などには話してないのは確実。何せ一歩外に出れば、緑谷出久の味方は爆豪勝己を除いて存在し無いからだ。

 

出久の両親に話てないのは目を見らずともわかること。彼にとって引子の隠し事など既に隠し事になっていないレベルでばれているのだ。前の隠し事と言えば自分の誕生日が近いため彼の母親とどうするかの相談をしていた程度。もうそんな歳じゃねぇよと思いながらも、彼自身口の端が綻んでいたのを覚えている。そんな彼女が隠し事を出来るわけもない。久の場合は、まともに帰ってくることもないが嘘をつけるような人だったか思い出せないが、思い出せないということはその程度の口の堅さなのだろうと結論付ける。

 

つまり、国にも隠し、学校にも隠し、両親にも隠し、そして一番信用してもらっていたと思い込んでいた彼にも隠していたことになる。

 

「……信用ならねぇってか?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「!!」

 

突然後ろから声をかけられた彼はその場を飛びのくとすぐさま体勢を声の方向を正面に構えた。ここは雄英に近い公園横の道路、彼の向かう駅へ向かう道の中でもわりと住宅街を通る近道出来るルートで、今の時間なら人通りはない。聞こえるとすれば近所のおばさんたちによる井戸端会議の声。または、

 

「よっ、やっと会えたな」

 

「てめぇは……あの時の失礼極まりねぇサイドテール女」

 

「その節は本当に悪かったから覚え方訂正してくれ。お願いだから」

 

本日入学式だった雄英から帰る生徒の話し声ぐらいだ。

 

 

 

 




拳藤ちゃん登場。なんで?

可愛いから。


本編出久より記録が伸びているのは、指だけに使ったOFAよりもつま先から連動させたOFAの方が出力的に言えば多いからです。ゆでたまご理論最高や。

待たせたな。オラが来た(GKU感)


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俺の知ってる男女の下校じゃない。

俺に日常を書かせるな。どうせよくわかんねぇんだから(正直、拳藤ちゃん入れたからズルズルしなくてすむだろうなと思ったら凄く面倒くさかった)

待たせた挙句こんなんだからすまない。ちゃんと書くから。


 

 

学生の男女ペアが帰路を歩くとは、一種のイベントのようなものではないだろうか。

 

互いが互い、肌の近さを感じ意識しだせば頬を赤く染めて会話もたどたどしくなるもの。最後にはまたねなど言葉を交わせば家に帰るなり部屋へ一直線。枕を抱きしめ自分の不甲斐なさに悶えるのだろう。相手の反応や自分の言葉一つ一つに赤面し、日を跨いでも目が覚め興奮を抑えられないのだろうか。羨ましい限りである。

 

そんな絶賛青春を謳歌しているはずであるこのオウゴンハリフキダシは何故嫌そうな顔をしているのだろうか全く持って不思議である。

 

隣を歩くのは赤毛のサイドポニー。目もキリッとしていれば、幼さを残しながらも大人っぽさも兼ね備えた将来がとても楽しみである整った顔。制服の上からでもある程度わかるスレンダーなスタイル。だけども出るところは出ているという世の男の理想に近い少女が隣を歩いているというのに何だその顔は。

 

寧ろ少女は自分が悪いと思い苦笑している始末。気に障ることでもしたのだろうか……したのだろうなと項垂れる拳藤一佳を無視し、オウゴンハリフキダシはため息を吐きながら駅へと向かった。

 

昆虫の名前のようだが、オウゴンハリフキダシとは爆豪勝己のことである。

 

住宅街からビル街へと顔を覗かせば、周りの視線が二人へ注がれ爆豪勝己の眉間の堀が深くなる。その殆どが少女へ向けられていればそれもそうなるだろう。ナルシストというわけではないがこんな顔でも立派にヒーロー志望。自分が活躍したわけでもないのに周囲の目が集まれば苛立つのも無理はない。例え自分に集まったわけでなくともだ。

 

だが、何よりもこの少女、拳藤一佳が周りの視線に気づかない。というよりも自分がそういう好意的な視線を向けられているのを理解していないのが問題だった。おかげで文句も言えず、件の彼女から先ほどよりずっと話しかけられている。いい加減気づけと内心舌打ちし、早足で駅構内へと入っていった。

 

「入学式出てなかったけどどうしたんだA組。クラス揃ってストライキとか?」

 

「うるせぇ」

 

「そういうなよ。折角の縁だし仲良くやろう」

 

「仲良しこよしがしてぇならそう思ってる奴らとしとけや」

 

「うーん、なんとも強情な」

 

終わらない、引き下がらない、諦めない、の三拍子が揃った拳藤の絡みに爆豪はため息をついた。自分に懐かれる要素があっただろうかとまるで相手を犬や猫のように扱ってまで考えるほどには理解できていなかった。謂れのない疑いをかけられたことなら多々ある彼だが、こんな状況は初めてだと新鮮なこの反応に頭を抱えてしまう。

 

雄英へ来たのはヒーローになるため。誰かとつるんでお友達ごっこをしながらだらけて学園生活を送るためではない。幼馴染をサイドキックに携え、最強のヒーローとしてオールマイトやエンデヴァーなどを薙ぎ払い玉座にでも座って高笑いし、社会貢献で歴史に名前を刻んでやろうかとさえ思っているほどに彼の野心は頗る燃え盛っていた。だというのに何故道端の石ころ程度にしか思っていなかった者にこうも絡まれているのか不思議に思ってもしょうがない。何せ彼の周りにいたタイプがタイプだったからだ。

 

「別に仲良しこよしがしたいって……まぁ仲良くなるのはいいことだろ? いずれヒーローになって現場で一緒になった時とか寂しくないぞ?」

 

「寂しがる暇あんなら働けやボケ。俺は一人でも充分なんだよ」

 

「すごい自信。確かに爆豪は強いけど、それでも一人じゃ無理なときってあるだろ?」

 

「そん時はうちのサイドキック使うわ」

 

「既に独立してる体なのか」

 

「誰かの下につく気はねぇ。俺より下の奴の指示なんぞ聞けるか」

 

「確か入試の筆記は満点、実技もトップだったっけ。でも得意分野とかあるし、そういう場合にはその人の指示を聞かなきゃいけなくなるとか」

 

「ねぇ!」

 

「うわぁ即答」

 

観念してやっと話したかと思えば、なんとも色も花もない会話。これが青春を謳歌するはずの高校生の会話なのか。寧ろ爆豪は青春など送る気はさらさらないのだろうか。他者からの好意なんぞゴミ箱へ捨てちゃえとでも教え込まれたのか疑うレベルで他人を拒む爆豪勝己15歳。張り詰めた空気で3年間を過ごしたいと思っているのなら、まず彼は少し自分の身なりを確認してから物を考えるべきである。

 

「顔のパーツはいいのに、台無しだぞ」

 

「テメェに心配されることじゃねぇ!!」

 

この爆豪勝己という男、眉間の皺をとって静かにしていれば顔は良いほうだ。絶世のイケメンというわけではないし、いつも苛立っているように見えるため敬遠されがちではあるが、一度その顔が緩んだ日には何度もの女性が声をかけるほどに整っている。

 

彼の父親がデザイン系であり人との繋がりが必要な職業についているためか、そういう催しに参加することは少なからずあった。そこでスーツを着こなし大人しくしていれば、高額で身を包んだ女性達に囲まれるというもの。去り際に軽く手でも振れば、マダムたちは嬉しそうに手を振り返す。おいお前どこでそんな技を覚えた。

 

そんな人間が、無事に何も他者から絡まれることなく孤高に卒業できるなんて思っている時点であまちゃんである。世の中を甘く見下している馬鹿野郎である。

 

「どこまでも意固地だなぁ」

 

「うるせぇ。テメェは別クラスだろうが、自分のクラスでも世話しとけや」

 

「まぁまぁそう言わずに、あんた自身に用事がなくてもあたしにはあるんだよ」

 

「あん?」

 

入学式終了と同時に帰宅するからか、登校時よりも少ない人の駅の改札口付近。しかし地方の混雑時なみの利用者数に改めて圧巻された二人は、自然と足を止めてしまう。これより酷いのを毎日二回は味わえというのかと、早めに来たため東京の通勤ラッシュの恐ろしさを知らない彼は、たじろぎながら少女の方へ耳を傾けた。

 

「なぁ爆豪。一ついいか?」

 

「ンだよ。聞いてやっからそしたら消えろや」

 

「了解。そんでさ」

 

元々多くの利用者がいたのだが、個性の発達によってさらに大きくなってしまった都市の心臓ともいえるこの駅は、バリアフリーだ何だの関係で今では東京ドーム級の大きさになったとか。どうやって場所を用意したのか、金はどこから出したのかなど、当時の利用者ですら考えもしないそんな馬鹿みたいに広い場所。交差する通路やバカにならないほどのプラットホームの数。一度目にすれば圧倒されるその出で立ちに、入試の日に顎が外れそうになった拳藤は、自身記憶能力自体は割と高いほうだと思っていたらしく、どうやら覚えられない広さだったらしい。

 

「ここどこだっけ」

 

「ざっけんな!!」

 

近所迷惑も顧みず火を噴いたように怒りを顕にした男が羽をたたんでいた鳥たちの休息をその叫びによって台無しにしたのであった。

 

 

 

 

「いやぁ、ごめんな! あたし東京なんて来るの人生で2回目でさ」

 

「ガイドマップなんざ一度見りゃわかるだろうが!」

 

「無☆理!」

 

「死☆ね!」

 

あははと照れたように頭をかく赤毛の少女を、何でこんな事になってんだよと頭を抱える金髪爆発頭。プラットホームで何いちゃついているんだと周りの視線が痛く刺さるがそこはこの顔面凶器、ギロリと睨み返し辺りを凍りつかせ黙らせる。とてもヒーロー目指す奴の所業ではない。

 

そんな彼を他所に、どこかへ電話を掛け始めた拳藤。嬉しそうに話す声を聞けば、母親に連絡でもしているのだろう。もうすぐ電車に乗るという言葉を耳にすればやっと開放されると安堵のため息を吐きながら踵を返した。彼女は千葉出身のため、静岡出身の彼とでは番線が全く違う。次は無視しようと心の内で決定すれば、あとはすたこらさっさと消えるのみだ。

 

が、

 

「どこ行ってんだよ」

 

しかし、まわりこまれてしまった。

 

「離せモブ女。俺はこれ以上テメェの迷子に付き合う気はねぇんだよ」

 

「そう言わずにさ、電車もまだだし話し相手になってくれよ」

 

「こちとらテメェのお守りで2本逃してるんだが?」

 

「顔こっわ」

 

無表情であるというのに、人間とはここまで他者を恐怖させられるのだなと拳藤は感心しながらも目の前の導火線にたじろぐ。そこまで振り回した覚えはなかったが、目の前の男からすれば散々だったのだろう。疲労が見えるその顔、震える肩、何度も骨を鳴らしている手。そして止まらない貧乏ゆすりで鳴り響く靴と御影石のタップ音。短気な彼の器用な苛立ちアピールに苦笑を隠せない。

 

「悪かったって。なんかさっき会ったとき凄く辛そうだったからさ。悩んでる感じだったし。ほら、考えるのも馬鹿らしくなったでしょ」

 

「……」

 

「あんたはオールマイトより凄いヒーローになるんでしょうも。何悩んでるのか知らないし、本来こんなことするのは余計な御世話かもしれないけど。似合わないことはするもんじゃないよ」

 

「……テメェ」

 

真剣に話し出す彼女に爆豪は何も言えず、寧ろ頭の中に彼女の言葉が反復された。考えるのも馬鹿らしいとは確かにその通りである。幼馴染が自身の個性を黙っていたのも、彼にとってはどうでもいいことではないか。自分が守ってやらなければならない対象であることに変わりはないのだからと。

 

そうとなれば話は簡単だ。寧ろ前進と言ってもいい。個性を発現したというのならそれを利用しない手はない。戦闘の幅は広がるし、コンビネーションのレパートリーは以前よりもはるかに大きくなるだろう。自損の可能性があるなら今まで以上に自分が特訓してやればいいし、最悪自損して動けないのであれば回復のあいだ盾にでもなればいいのだ。結局深く考えることなんてなかったのだと自分の先ほどまで費やしてきた本当に馬鹿らしい時間に嘆いてしまう。

 

言いたくなったら聞いてやればそれでいいじゃないか、時間が来れば向こうから話しに来るはずだから待てばいいじゃないか。あいつにとって自分は唯一の理解者じゃないかと、帰り道ずっと抱えていたモヤモヤが霧散していく。そうなれば自然と眉間の皺も綻ぶというもの。

 

先ほども言ったが、この爆豪勝己という男、眉間の皺をとって静かにしていれば顔は良いほうである。絶世のイケメンというわけではないし、いつも苛立っているように見えるため敬遠されがちではあるが、一度その顔が緩んだ日には何度もの女性が声をかけるほどに整っている。

 

その顔は先ほどまで吼えていた男とはかけ離れていて、とてもじゃないが人の目が集まらないわけがなかった。所謂ギャップってことだな!

 

「これでも、あのときのことずっとお礼言いたかったんだ。すーぐいなくなってさ。だからこれで借りは一つ返したってことで」

 

「ハッ! 出会って少ししかたってねぇ男に尻尾振るたぁ、ケツの軽い女だな」

 

「何とでもいいなよ。これがあたしなりの借りの返し方って奴さ」

 

良い顔も見れたし。と言葉を残した彼女は、ちょうどやってきた電車にスキップしながら入っていく。中に入り身を翻せば、まるで友達に見せるような笑みとともに手を振って別れを告げるのであった。BAKUGO is dachi

 

勿論爆豪が手を振り返すことはないし、寧ろ舌打ちをするまで予想できるほど。彼は素直に礼も言わなければ、場所が場所でない限り愛想なんてクソ食らえ! な人間である。そんなことわかっているのか、拳藤も満足して扉前から席へと移動した。窓際から口パクでバイバイと最後に伝え、電車は駅から姿を消した。

 

「……もう考えるのはやめだ」

 

嵐のように消え去った女の顔を脳裏に焼き付けてしまった金色のライオンボーイは、本日何度目になるかわからないため息を吐き。プラットホームに備え付けられている階段を下りていった。不思議と怒りも何もかも消えた彼の穏やかな顔は、すれ違う者達を尽く振り返らせる。初めからそんな顔しておけばいいのに勿体無いやつである。

 

(どうせ、自分の個性すら研究し終えてねぇんだ。他の事にかまけるわけにもいかねぇか)

 

喉に詰まったものが消えたような気分になった爆豪は、ちょうど鉢合わせした幼馴染と共に同じ電車に乗った。静岡行きのため何度か乗換えをしなくてはならない距離ではあるが、そこまで時間がかかるほどの距離ではない。そのためか緑谷出久による必死の弁護? を延々と聞かされても苛立つことはそこまでなかった。結局何が言いたいんだお前という返答を持って黙らせてしまったのはまぁ別の話で語られるやも知れない。とりあえず言えることは、緑谷出久に文章構成能力はなかったということである。

 

 

 

 

時間が経ち、既に日が落ちた時間に新聞にまで載っていたゴミの消えた海浜公園に爆豪勝己は来ていた。その後ろには緑髪モンジャラの幼馴染。毛根が捩じ切れているらしい彼は首をかしげながらこのオウゴンハリフキダシの後をついてきたのである。

 

「マジでなくなってんな」

 

「10ヶ月間くらいかけたからね。正直思い出したくないくらい疲れたよ」

 

「それで連絡しなくて入試直前まで俺に捜索させたんだな?」

 

「いつもほんとうにありがとうございます!!!」

 

最敬礼を越えた90°の拝をやらかす幼馴染のM。もう終わったことだから別にいいけどなといいつつもネチネチ言うみみっちい男代表の爆豪勝己の機嫌をとりあえず損ねないようにしなきゃと思考をめぐらせた。お前ら本当に友達なんだよな?

 

「とりあえず、あのゴミの山を片したくらいだ。超パワー? が出てもおかしかねぇってことにしとくか」

 

「……え? 今なんて」

 

「こっちの話だ。とりあえず――」

 

海の方へ掌を向けた金髪ボーイが個性を発動させる。手の中心に熱と光が集まり収縮していく。手の指を折り曲げ指先から青白くバーナーのように個性を調整して放てば、第3中手骨の中に先ほどよりもさらに煌びやかに光が灯っていった。

 

「コンビとしての範囲も増えたんだ。俺もうかうかしてられねぇってこったろ?」

 

赤い光が白く変わり、そして青く変わっていくのを確認した出久の顔は、好奇心によって上がっていた口角を段々と下げていき、ついには驚愕で顔をゆがめていった。

 

「かっちゃん……何を」

 

「まぁ見とけ」

 

 

――その日、轟音と共に海浜公園の地形が変わる事件が起きたらしい。目撃者は一人もおらず、詳しく調べると、轟音とともに強烈な光が放たれたという情報が入った。直後確認に向かった住民によると、数秒の間ではあるが、直径10mほど球状に抉れた海を見たという。

 

翌日の朝刊やニュースでは大騒ぎになるほどの事らしく、それを見た出久が慌ててチャンネルを変えたこと以外、緑谷家ではおかしなことはおきなかった。

 

 

 

 

 

 




3回(も書き直したのに)書けるわけねぇだろ。

馬鹿野郎俺は書くぞお前。

って頑張って書いた。本当は痴漢にあう拳藤ちゃんを助けたりとか、ナンパに囲まれた拳藤ちゃんを助けたりとか、電車に乗ってハグしてしまったりとか書きたかったんだけど、それは本当に爆豪勝己なのか? と既に出久との関係をおかしくしてるくせに考えてしまったためボツになった。

よって拳藤ちゃんに助けてもらう形になりました。ありがとう姉御肌ちゃん。おかげで爆豪君は考えるのはやめたらしいから。


爆豪勝己は負けず嫌い。だから相棒に突然超パワーを発揮されたので、とりあえず俺も負けてねぇと新技を披露したらしい。おかげで地図の書き換えが起こったけどな!

この新技は多分体育祭で出るな。うん。


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変化が起きなくても物語は続くって奴だ

まだコミック一巻分も終えてないんですよこれ。


想像絶する入学初日を無事に終えた次の日。世間一般の学校とは違い、雄英高校はすぐにフルタイムの授業が行われる。当然ヒーローを目指すと同時に一般教育も受けるため、どの学科よりも早く学校に着き、どの学科よりも遅く帰宅することとなる。人々の不変的なモラルとならなければならない人間が勉強できないなどと言えないのである。故の偏差値79、恐ろしいところだ。

 

本日も朝早くから電車に揺られ目的地へ向かう雄英の学生服を着たものが二人、同じ席で到着を待っていた。一人はノートに何やら文字を羅列しており、もう一人はイヤホンをして音楽を聞きながら景色を眺めている。二人の間に会話が見られる期間は僅かだが、片方が声をかければ必ず今行っている作業をやめて耳を傾ける。嫌な顔せず接している辺り仲は良好なのだろう。

 

主に声をかけるのはノートに向かっている緑髪の大人しい少年で、都度イヤホンを外してぶっきらぼうに顔を向けるこの金髪の不良少年はその見た目に反して丁寧に言葉を返していた。二人の会話に耳を傾ければ聞こえてくるのはヒーローについてやらその際のスーツについてやら。流石は雄英ヒーロー科の生徒達であると、乗車していた他の利用者は感心をしたのである。不良な格好をしてるからこの先思いやられるなとは思ってない。決して思ってない。

 

存じていると思われるが不良少年とは爆豪勝己のことである。

 

幼馴染から何のヒーローはここがいいだの、何のヒーローはコスチュームのここがかっこいいだのを絶賛聞かされている彼は嫌な顔一つせず相槌まで打っている。昨日の過剰なまでの拒絶はどこへやったと心配されるレベル。少し眠気の残っている顔を見れば、寝ぼけているんだろうなと幼馴染に笑われても、うっせとしか返答せず爆破もしない。お前誰だよ。

 

「そう言えば、シンリンカムイの服も凄いんだ。個性に適していながらもちょっとしたお洒落も兼ねた良いスーツなんだよ。若手でありながらも実力はすごいし、かっこいいんだよ」

 

「ほぉ、スーツねぇ」

 

「ほかにもマウントレディは伸縮性に富んだものになっててね。あの人は身長が最大2062cmにまでなるらしいんだ。それに耐えるヒーロースーツってすごいよね。かっちゃんなら耐熱性を持たせながらも保温性を維持しつつすぐに汗を飛ばす機構にしなきゃいけないかも。汗自体は手から出せたら良いんだから身体自体は汗でべた付かせたらモチベも下がるし何よりも熱中症になっちゃうしね。身体の熱を逃さずに、それでいてすぐに湿気を取る機能にするなら――」

 

「寧ろ逆だ。高温乾燥状態は発汗機能がイカレちまう。その場合はあえて湿気を残しながら常に水分補給だな。スポーツ飲料で短いスパン補給しながら動く。一番は超短期決戦でぶちのめして頭から水浴びるこった」

 

「――なら保湿性を増やすべきかな?」

 

「火力を増やすんだよ」

 

「ヒェッ」

 

肉食動物が狩りをするときの顔と比喩されそうな鋭い目つきと輝く眼光。吊りあがった口角が先ほどまで笑顔だった幼馴染を恐怖させた。昨夜に爆豪勝己がやらかしたことを考えれば当然といえば当然のこと。というかよく誰にも見つからなかったなとか、下手すれば捕まってたぞとか、もしかして共犯者にされかけてたとか、今更になって後悔しだした出久はあの夜の危険性について再確認した。気分は「空へ飛ぶぞガーデルマン」と意気揚々に首根っこをドイツの戦車絶対潰すマンに掴まれ引っ張られながら戦闘機に乗せられる相方である。それだと結局ついていくのだからルーデルと同じくらい危ない奴なのでは? というのは黙っておこう。

 

アナウンスが車内に響き、徐々に減速して停車する。電車に乗っていた時間は約40分。個性の発達により科学も相応に進化しており、例えば約1100kmある福岡-東京間をノンストップで走るリニアモーターカーが開通し、そこを2時間で駆け抜けることが出来ているほどだ。故に県外に住んでいるはずの二人のような生徒も、時間をかけずに都内にある雄英高校へ無事登校できるというのである。個性万歳。

 

目的地へ到着すると空気が噴出すような音と共に扉が開いた。我が先にと出ていく大人たちがいなくなったのを確認した二人は、改めて余裕を持って電車から降りる。今の時間はまだ他雄英生のいない少し早めの午前7時。都内路線とは違い県外からのプラットホームの朝は県外へ仕事がない限り殆どが一方通行。故に無事ゆっくり降りた二人は悠々と階段を登っていった。

 

「あぁ、今日から授業か~。どんな感じだろ」

 

「別に普通だろ。一般教養だぞ」

 

「でもさ、もしかしたらこれぞヒーロー科って授業かもしれないよ。例えば地雷原に英単語の書かれた紙がばら撒かれてて、正解を取らないと爆発するとか」

 

「殺意高めかよ」

 

「数学の距離の問題を実際に走るとか」

 

「スパルタかよ」

 

「理科の実験と称して人体実験するとか」

 

「錬金術師かよ」

 

いけない方向に発想が膨らんでいく幼馴染の将来が若干心配になった金髪ボーイ。鼻息の荒いこのオタクをどうしたらまともに育つのだろうかと真剣に悩む始末。彼の将来を心配した母親である引子には「俺がついてっから安心していいぜ」と得意気に啖呵を切ったらしい。へぇ、そう。

 

駅を出ればやはり多い人の数。地方の者からすればそこへ訪れないと一生出会えない光景が広がっており、トンネルを抜けるとそこは雪国だったと古い書物の冒頭の文を髣髴とさせた。

 

「……広い駅の改札を抜けるとそこは人で溢れていた」

 

「朝の淵が赤くなった。停留所にバスが止まった。って感じ?」

 

「作者もこの酷い引用に頭を抱えてんだろうよ」

 

「確かに」

 

まさに今までの常識が通じなさそうな別世界に二人は改めて驚愕した。少なくともこの光景を3年は見るのかと思った爆豪勝己はウンザリだと言わんばかりにため息を吐き項垂れた。人ごみを好む人間は殆どいないが、この男は特に嫌っていたのである。ただでさえ個性が汗に関与するニトロの汗腺を持つのだ、必要以上に他者と密着していれば汗は自然と流れてしまう。それだけは避けたい彼は、前日程ではないが早くに家を出ざるをえないのであった。

 

冷えた空気を朝日が少しずつだが暖め始めていた。4月と言えどまだまだ暖かくなり始め。朝はやはり寒く、体温の高い者ならまだ口から白い息が出るほどだ。季節の移り目を欠伸と共に噛み締めながら辺りへ視線を向けると、コートを羽織っている中年もいれば既に半袖で大きなヘッドホンを耳に当て歩く若者もいる。その空間だけ季節の概念を失ったかのように十人十色な服装の者達で溢れかえったスクランブル交差点は、二人の視線に気づくことなく人々に踏まれ他愛ない日常を過ごしていた。ノルマである人々が求める方向へ歩けるようただ居座るだけの簡単な仕事である。

 

「……こっからだ」

 

「うん」

 

「ぜってぇヒーローになる」

 

「うん!」

 

交差点前に出た二人は、これから三年よろしくと地面を踏みしめ、交差点を他の人と同じように歩む。風が後押ししては二人の新たな環境を祝福しているようで、いつもよりも大きな一歩で横断歩道を進んでいった。

 

「そういや、お前今日午後は殆どヒーロー基礎学だろ。そんなに本いるか?」

 

「ヘアッ!? な、なななな内緒!」

 

「?」

 

突然の挙動に訝しむが、自信を持てない幼馴染は自分といないときは大抵こんなだったなと納得する。とりあえず逃げるように学校へ走った彼を追いかけることが先決だと、その後をついていった。俺の前を走るなと叫びながら。

 

 

 

 

ヒーロー輩出科といえ、所詮は高等学校。一般教養の五教科は普通に存在し、何の変哲もない座学が始まる。いつもハイテンションなボイスばかりがメディアに露呈していたためテンションが低く見えてしまうプレゼントマイクの英語や、角張った顔どおり角張ったような言葉の多い古典を愛するセメントスの国語など、地雷原で授業でも人体実験でもないいたって想像の範疇にある普通の授業。決して残念がっている緑髪少年はいない。当然である。

 

内容も大学受験を視野に入れたものばかりでヒーローだけの道ではないと暗に言っているのか、別の道を用意している辺り除籍の件はまだ終わってないのだろう。プレゼントマイクのリスニングをBGMに爆豪勝己は黒板をボゥっと眺めていた。その後ろでは憧れのヒーローが授業をするためか興奮気味で話を聞く緑谷出久。鼻息が荒い。そんな真反対な反応をしているからか、プレゼントマイクは爆豪に両人差し指を向けた。

 

「そんじゃあ爆豪、ここの選択肢で間違ってるのとその理由。最後に正しい英文! Answer the questions!」

 

「4番。関係詞が違う。HowじゃなくWhatを使っている。What do you do じゃなくHow do you do」

 

「アララ、ちゃんと聞いてたのね」

 

「つうか出会って間もない令嬢が職業は何だとか何してるんですかとか聞かねぇのは普通にわかるだろ」

 

「(同じだ。やっぱかっちゃん凄いや)」

 

『(これそういう文だったんだ)』

 

つらつらと答え、幼馴染に内心賞賛されながら席につく爆豪は、再び教師の声をBGMに半目でアルファベットの羅列を眺め始めた。期待はしていなかった彼だが、こうも退屈なのは先が思いやられると眠気が取れるつぼを押し始める。みみっちい彼だ、内申を落とされたくないのだろう。

 

プレゼントマイクと言えば、主席だからと授業に集中しないのは如何かと注意し、授業に必要最低限の緊張を持たせようとしたがまさかの返り討ちにあってしまう。元々偏差値の高さや筆記や実技の両方で合否を決めたのだからそこら辺に問題はないし、彼の答えは求めていた通りだったためか笑みを浮かべていた。確かに座学など余程のことでもない限り面白みなど殆どない部類ではあるし、実際ヒーロー活動に必要になるものなど殆どないだろう。というかそこの勉強出来なさそうな男女4人、英語はヒーロー活動に必要だからな?

 

そんな先輩としての心配も必要ないと言いたげな爆豪の返答に今年のヒーロー科は面白そうだと笑いがこみ上げた彼は、次の授業でもまた唐突に当ててやろうとか考え出すのであった。マイナスに考えない辺り、人が出来ている。

 

「っと、ちょうどチャイム鳴ったな。じゃあ次は小テストすっからちゃんと勉強しとけよリスナー!」

 

タイミングが良いのか悪いのか、昼休みを知らせる鐘が鳴りプレゼントマイクは楽しそうに消えていく。早速元同級生現教師同士であるイレイザーヘッドにでも近況報告のネタにでもするのだろう。忙しい男だ。

 

さて、午前の授業が終われば昼食の時間である。雄英ほどのマンモス校なら当然というように存在するのが購買と食堂である。数十種類存在するメニューのおかげで日常味わえないような料理を安価で食べられる食堂や、パンと限定ではあるが幅広い品揃えがありこちらも安価で購入できる購買。雄英高校で最も愛されている場所である。噂では食堂の料理人と購買の人は昔2つの包丁をめぐって戦ったとか。豚の餌とかは出ない。

 

おつかれと労いを交わした幼馴染二人は、揃って息を吐いた。授業初日もあってか、若干緊張はしていたらしい。あの態度でか?

 

「かっちゃん、ごはんどうするの? 僕は大食堂で食べようかなって思ってるんだ。何て言ったってクックヒーローランチラッシュが作る料理だからね! 一流シェフでもあるランチラッシュが作る料理にありつきたいがために犯罪から足を洗ったヴィランは数多くいるってヒーロー情報誌にも載ってたくらいだから今から待ち遠しいよ。彼の一流料理を安価で食べられるなんて夢みたいだ。料理フェスタで1回食べたきりだったから楽しみで仕方ないし。覚えてる? 小学校の頃にさ」

 

「覚えてっからまずは一旦落ち着け」

 

早速ヒーローオタクを発揮させる幼馴染とそのマシンガントークを止める過保護系男子。これから殆ど毎日見る光景になるんだろうなと、先日下校時に散々聞かされた彼の友達である飯田と麗日が一緒に食べようと誘いに来ていた。流石は幼馴染、扱いに長けてるんだなと感心しているほど。そんな遠目で眺める二人の存在に気づいた爆豪は運がいいと緑谷の肩を掴み回れ右をさせ、その背中を押した。お、麗日にぶつかる瞬間エビ反りになって回避した。初々しい反応しやがって。

 

「で、お前はそこのメガネ置きと鏡餅みてぇなのと食ってろ。少し用事があっから」

 

「なっ! メガネ置き!?」

 

「鏡餅……!」

 

仲良し三人組を早くも作った幼馴染に別れを告げ、爆豪は一人教室から出て大食堂と反対方向へ足を進める。そんな彼の後姿を残念そうに眺めていた緑谷だったが仕方がないと憤慨している二人の誘いを受けた。とりあえず食堂でフォローしとこうと、相棒のフォロー役を仕方なく買ったのである。なんせ高校に入って初めての友達だからね。

 

「あれ、爆豪もういねぇのか」

 

「ん? 君は」

 

教室を後にしようと足を動かしたと同時にそんな言葉が緑谷の耳に届いた。そこに居たのは赤髪の少年。何度もその顔を見る機会はあったが実際に話したことのないクラスメイトである。爆豪の所為で隠れてしまっているが、実技入試で2位になるほどの実力者。緑谷からすれば彼もまた追いかけなければならない大きな壁である。

 

「俺は切島鋭児郎。昨日の個性把握テストで人柱になった奴」

 

「ひ、人柱って。ぼ、僕は緑谷出久。よろしく切島君」

 

「よろしくな緑谷! ところで爆豪知らね?」

 

「用事があるらしくて。かっちゃんがどうしたの?」

 

「いや何、あいつ入試トップだったろ? しかも俺のポイントの3倍以上でさ。しかも個性把握テストじゃ滅茶苦茶な記録出してトップになったろ? だからさ、話聞いてみたかったわけよ」

 

「なるほど」

 

「あ、わりぃ。今から飯だったろ? よかったら俺らも交ぜてくれよ。お前のソフトボール投げすっげぇ漢らしかったぜ!」

 

「あ、あはは。ありがと」

 

素直にほめられたことがあまりない緑谷の笑い声と共に、その後切島が誘っていた1-Aのもう一人の金髪少年上鳴と少し印象が薄そうな少年瀬呂と共に、未だに怒りを顕にしている男女二人の背中を押して大食堂【LUNCH RUSHのメシ処】へと向かうのであった。

 

 

 

 




ここでは切島君グループとも早くから仲良くなりそうな仲良しトリオ。かわりに爆豪君孤独化してない? 大丈夫? 拳藤ちゃんいる? 本作で絡みあるのその子だけだよ?

ほんとはもっと一話で纏めたかったんだけど、長くなりすぎるのもアレかなと思って分けました。まぁわけたところですぐ投稿出来るわけじゃないんだけどね。読者さん。

俺だって頑張ればこんな文もかけるんだぞと下手くそな文字の羅列書いてますが、おおめに見てやってください。


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緑谷出久のオリジン語り。

やっと一巻終わったよ! 終わったさ! やっとだよ!

タイトルどおりです。


 

「個性だだ被りじゃねぇかクソォ!」

 

「良いじゃねぇか良いじゃねぇか! お前ともダチだぜ切島!」

 

「芋もちウマー!」

 

「恐ろしいほど早い手刀……僕じゃなきゃ見逃してたね」

 

「いやぁ、手心あってね」

 

「なぁ、放課後一緒にお茶しない?」

 

「チャラい方はちょっと……」

 

「静かにしないか! 食堂は他の生徒だって利用しているんだぞ君たち!」

 

「お前が今一番ウルセーよ飯田」

 

「……なんだこれ」

 

LUNCH RUSHのメシ処。入学して初めての昼食を取ろうとやってきた爆豪が目にしたのは、自分の幼馴染を交えたよくわからない混沌とした空間であった。

 

ある所では赤髪のトサカと顔を銀色にしているへんな奴が何やら肩を組んで騒いでいるかと思えば、そのへんな奴の料理を奪い喰らいつくお餅少女がなんともお間抜けな顔をしているではないか。

 

視線を横へずらせば、気絶した男の首根っこを掴んでいる昨日から絡んできたサイドポニーと目を輝かせる幼馴染が楽しそうに会話をしており、そんな混乱止めようと無駄に張り切るメガネの少年とそこにツッコミを入れている影の薄そうな奴。

 

なんだこれといいたくなるのも仕方がない。殆ど知らない人間なためか、もう説明がくどくなるほど。

 

どうしてこうなったのか、時は約20分前まで遡る。

 

 

 

各々食券を買い、ランチラッシュの料理を手に入れた緑谷たちは無事に席を見つけて座った。長机が多くある大食堂は最大全校生徒全員が座れるほどに広く、のびのびと食事が取れる。そのためか緑谷たちも変に席を分かれることなく確保できたのであった。

 

机に並んだのは和洋中など一切統一性がなく、ただでさえ種類が多ければ仕込みが多くなるというのにこれを毎日こなしているのだから流石ヒーローだと思わざるをえない。緑谷は早速、後でノートに書こうと心に決めた。

 

「にしても麗日は大丈夫か? 他女子のとこいかなくて」

 

「ほらよく聞くじゃん。女子は集団になるとかかんとか」

 

「大丈夫! 寧ろ呼んだ!」

 

切島や瀬呂が心配そうな顔で言葉をかけると心配ないとサムズアップしかえす麗日。持っていた携帯をぱかりと開きアプリケーションの一つであるSNSのグループチャットの内容を見せる。

 

そこには【お昼ごはん大食堂で食べるから皆もおいでよ。男子もいるけどどう?】という内容が記載されていた。今時ガラパゴス携帯てと思ってはいけない。

 

「返事も皆OKって」

 

「え、来るの? 席足るかな」

 

「大丈夫だよデク君! 何とかなるさ!」

 

「そん時は別の広い場所に移りゃ良いっしょ!」

 

麗日と共に心配そうな顔をする緑谷をポジティブに返答するのは、幼馴染とはまた違う金髪の上鳴電気という少年。言葉に重みを感じないのとその見た目からチャライという言葉が連想されるほど最近の若者といった印象が強い少年である。

 

少しネガティブに考えてしまう緑谷を陽気にフォローする辺り相性はいいらしく、既に肩を組んでいるほどだ。ただ単に上鳴のパーソナルスペースが狭いだけかもしれないが、悪気の欠片も見当たらない彼の厚意に緑谷は照れてしまう。友達がいなかった弊害だろう。

 

「そういえば、デク君って麗日に呼ばれてっけど、緑谷の下の名前って出久だろ?」

 

「あー、えぇっと、それはかっちゃんに良く呼ばれるあだ名で……まぁ小さい頃の蔑称なんだけど」

 

「え、マジ? お前爆豪と仲良さそうじゃね? なんでそんな」

 

「……アハハ」

 

「僕も聞いて唖然としたよ」

 

まだ仲良くなって間もない男子三人組に対し、事情を知る仲良しトリオは苦笑を返す。それが余計に「もしかして地雷だった?」と勘違いさせるのだが、こうなったら仕方ないかと緑谷が語りだすため前のめりで聞き始めた。真剣な表情が間抜けに崩れるまで後数秒である。

 

「デクって呼び方はかっちゃんが最初なんだ。まだ4歳の頃かな」

 

「「「ふんふん」」」

 

こらそこ、4歳の頃まで覚えてるし根に持ってんじゃないか? とか言わない。

 

「かっちゃん……爆豪勝己は漢字もすぐ覚えるし、すぐに僕の名前の出久って文字がデクって呼べるのは知ってたんだ」

 

「「「へぇ」」」

 

「だけど当時他にいた友達が木偶の坊のデクだって呼び始めて」

 

「「「呼び始めて?」」」

 

「呼びやすいからってことでかっちゃんも採用したんだよ」

 

「「「……はぁ!?」」」

 

「うん、二人も同じ反応だったよ」

 

緑谷の話を聞いていた三人が三人とも口を揃えて頭を抱えてしまう。寧ろ全員同じ反応をするだろう。まさかのあだ名が、それも蔑称の意味をもつその名がついた理由が【呼びやすいから】などと言われれば唖然とするに決まっていのだ。特に仲良くなりたいと近づいてきた者達。そういう反応をするのも当然である。

 

「出久だと三文字だけど、デクだと二文字だからってさ」

 

「それでいーんかよ!」

 

「うん……当時個性が発現してなくて、ずっと虐められてたんだ。学校でも公園でもどこへだって同い年の子から無個性だって、何の役にも立たないって。だからかっちゃんに毎日のように助けられた」

 

「「「……え?」」」

 

三人とも自分の耳を疑ったのは仕方がないことだ。

 

ここは間違いなく食堂であり、時間は絶賛昼休み。ということは周りでは他生徒らの会話やら料理の音が溢れ賑わっているはずなのに、その空間だけ沈黙が支配する。まさか突然彼のトラウマ級の昔話を聞かされるとは思ってもなく、飯田や麗日も含め切島たちは息を呑みながら続きを聞いた。

 

「僕はずっとその後ろに隠れてた。かっちゃんは小さい頃から強くてさ、どんな時でも助けてくれた僕の身近なヒーローだったんだ。だからかっちゃんの役に立たない腰巾着だって呼ばれても仕方がない。デクって呼ばれてもしょうがないって」

 

「それは……お前の所為じゃないだろ」

 

やっとの思いで声を出せても、本当にそう言えるのかと考えてしまう。正しいことを言ったと思っていても、果たして自分が言えるのだろうかと自信が持てなくなってくるのだ。

 

何故ならここにいる生徒の殆どが、自然と個性が発生した者達ばかりだからである。彼の本当の気持ちを理解できるのかと聞かれ、YESと言えるものは恐らく居ないだろう。あの爆豪も含めてだ。

 

しかし咄嗟に否定した切島という男は優しい人なんだなと、緑谷は顔を綻ばせて首を横へふる。今は気にしてないという意味を込めて話を続けた。

 

「でも当時はまだ子供だったから、無邪気な悪意って奴だよ。でも正直に受け止めていたからね、何度泣いたか覚えてない。でもその都度かっちゃんは励ましてくれたんだ。ヒーローになりたいんだろ、無個性だろうが助けたい気持ちがあるならそいつはヒーローだ。だから最後は笑ってやれって。何度も助けられたよ。だから大丈夫。寧ろこれは僕のヒーローを決心する切っ掛けになったんだ」

 

苦笑染みていたものから凛々しく戻った緑谷の顔が、真っ直ぐと向かいの席に座る切島達の目に届く。彼らに映るこの惨たらしい過去を持つ少年の覚悟と、そして優しさに満ちた表情に込み上げてくるものがあるのだろう。彼らの震える肩を確認した緑谷はふと自分が口走ったことを思い出す。何言ってんだ僕、これじゃ重い奴じゃん、ドン引きじゃないかと若干後悔し始めていた。

 

「えっと、ごめんね! まだ知り合って間もない人間に何言ってんだろ。そう言うの重いからやめようって思ったんだけど――」

 

「漢だ! あいつもお前もなんて漢なんだ! 俺感動して泣いちまったじゃねぇか!」

 

「――ヘァッ!?」

 

しかしここにいたのは感受性の高い若き少年少女たち。気がつけば涙を流しながら緑谷の手を握ってそのまま上下に大きく振っている。上鳴にいたっては再び肩を組んだと思えばお前は今日から俺のブラザー! と意味わからないことを叫んでいるほど。

 

「任せろ緑谷! 俺とお前は今日からソウルブラザーだぜ! この電気ちゃんも惜しみなく力を貸すってもんよ!」

 

「そういうこった。改めて仲良くやろうぜ緑谷。瀬呂でも範太でもいいから好きに呼んでくれ」

 

「う、うん。改めてよろしく」

 

内容はどうであれ、緑谷は新しい友達を作ることに成功した。これがどこかの名作RPGならコミュニティとその象徴であるカードが生まれているだろうが、彼の場合それを確認するまでもない。純粋に受け止め、肯定されたことが何よりの証拠といえる。素直にうれしいのか、耳まで赤く染めて両手で顔を隠すほど。

 

そんな4人の暑苦しい塊を眺めては青春だと何度も頷く麗日と飯田。この学校で初めて出来た友人が絆を深めていくのが嬉しいのだろう。凄く和やかな雰囲気を醸し出していた。

 

「今日からお前は俺のダチだ! よろしくな緑谷!」

 

「うん! よろしく切島君!」

 

「俺もだ! ったく、泣ける話なんざしやがって!」

 

「うん! よろしくね! ……え?」

 

気がつくと自分の手を握っている者がもう一人現れた。爆豪とはまた別の種類の強面である少年が、目元を赤く腫らしながら手を握っていたのである。雰囲気がどことなく切島と似ているが全く知らない人物。

 

雄英高校はマンモス校の中では珍しく学年によって制服分けがされていないため、相手が先輩なのか否か判断が出来ない。そのためただでさえ対人関係が酷かった緑谷は硬直してしまう。

 

しかし、この少年はお構い無しにその手を大きく振った。

 

「えっと……ダレデショウカ?」

 

「俺は1-Bの鉄哲徹鐵って言うもんだ。盗み聞きする気はなかったんだけどよ。もう聞いてたら涙なしには聞けなかったぜ」

 

「あっその、恥ずかしいところ見せてごめん」

 

「んなことねぇ! お前はそれでヒーロー目指してるんだろ! すげぇよ!」

 

「そ、そうかな?」

 

「あぁ!!」

 

「あ、ありがと。改めて、僕は緑谷出久。よろしく」

 

今日は色んな人と握手してるなと、同学年の少年鉄哲徹鐵と知り合いになった緑谷。既に爆豪より6倍友達が出来ており、あくまで冗談ではあるがもしかしたら爆豪の所為で友達がいなかったのかもしれないとまで思ってしまう。え、爆豪の友達? 緑谷一人だけだが。

 

「おうよろしく! なんだ、お近づきの印ってやつだ。食うか?」

 

「芋もち!!」

 

「麗日君!? 今目が赤く光ったぞ!?」

 

「おい鉄哲何してるんだ、ってうわぁ初日から顔を出さずストライキかましてたA組の面々じゃないか。よくもまぁ僕らにまで恥を掻かせたくせにここにいれるね。正直不愉快極まりソゲッ!?」

 

「不愉快なのはアンタ! ったく、ごめんな。こいつ何か性格歪み捩じ切れちゃってんだ」

 

「拳藤さん、鉄哲さんはみつかりましたか?」

 

「おぉっ、すっげぇ美人さん達……綺麗系に可愛い系も入ってるとかいう理想美少女? これはお近づきするしかねぇな!」

 

「おーおー、賑わっちゃってからに」

 

別クラスという隔たりもなくなったのか彼らは楽しそうに食事と続ける。ここで個性の話になり鉄哲と切島の個性がだだ被りしていたのが発覚したり、その鉄哲の料理を麗日が全て掃除機のように食い尽くしたり、再び目を覚ました先ほど拳藤に首トンを食らった物間が再び口を開いて挑発したり、また気絶させられたり、そのあまりにも華麗な一連の動きに目を輝かせたりと既に食堂の一角に混乱を起こしていた。

 

そこへ出くわす話題に出てきた男、かっちゃんこと爆豪勝己。異様な空間に目が行ってしまい硬直する。

 

これが、事の顛末である。

 

 

 

 

正直このまま回れ右して帰りたい、爆豪勝己の心の叫びは誰にも届くことはなかった。目の前で起こる惨状。止めようとしているが余計悪化しているメガネが目に映り、駄目だこいつらと君子の如くその場を去らんと踵を返した。

 

巻き込まれているのなら幼馴染を連れて脱出などと考えはしたが、予測で元凶はあいつだろうと勘を当てていく。流石は幼馴染、行動なんて手に取るようにわかる。

 

約三十分後、何故かほっこりして戻ってくる緑谷に理由を聞こうと、購買で無事にパンを手に入れ腹を満たした爆豪は、押し寄せてくる切島達のよろしく音波攻撃に目を白黒させた。やっぱりなにかしたんだなあいつと睨めば、サッと顔を反らされる始末。おい幼馴染、目を反らすな。とりあえず各自の席へ追い返すことに成功した爆豪は、後ろの席の緑谷に事情を聞くことにした。

 

「……何があったんよ。食堂で」

 

「えっと、色んな人と友達になってた。切島君とか上鳴君とか瀬呂君とか。あとは他のA組の女子とかB組の人とか。って、かっちゃんもどうしたのさ、食堂に来ないなんて」

 

「テメェらの異様な空間を発見したから回れ右した」

 

「なっ、なるほど」

 

確かに端からすればそういう反応をされるよなと言葉を零す幼馴染から視線を外し教室の前の扉を眺める。他クラスメイトも会話やら作業を止め、次第に同じように扉を眺めては先生の到着を待った。何故なら午後から始まる授業はヒーロー基礎学。一般教育とは別のヒーロー科専門の科目であり、どの教科よりも単位が多く、どの教科よりも将来に必要なものが詰まっていて、

 

何よりも今年は皆が待ち望んでいた人がやってくるのだ。

 

「わーたーしーがー!!!」

 

遠くから聞こえてくるなじみの声。テレビや動画サイトで聞かないことのない今の世代の子供達全員の憧れであり、平和の象徴。

 

「普通にドアから来たー!!!」

 

あのNo.1ヒーローであるオールマイトが、若き頃のスーツを身に纏い教鞭を振るいにやって来たのである。

 

 

 

 

 




緑谷出久オリジン。ここではオールマイトの言葉よりも前の前。『デク』がオリジンになってます。

そして友達も早くに多く作ってます。おかげで爆豪未だに0人だからね。大変ねぇあんた。

で、昨日投稿したのより数段下がったクオリティ。でも許して、あれ投稿した後即効で白紙から書き上げたの。許し亭赦して。

では次回、初戦闘!


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俺が上だ。今んとこな

二年後に、ラフテルで。

そう言って俺は約二年間修業(仕事)してきた。

途中で書き終わってたやつ直そうとしてはなんか違うって言って早1年と三か月くらいですよ奥さん。




春一番を彷彿とさせる風がグラウンドβへ流れてくる。既に四月であるから春二番か三番かもしれないが、それほど強い風が吹いた。年度初めの上旬に未だ残るこの肌寒さ、コタツをしまえないでいる家庭もあるだろう。

 

そんな春の風と言えば女の子のスカートをふわりとたくし上げ、周囲の異性に今日のパンツが何色なのかを知らせる重要なファクターである。自分の手を汚すことなく欲求を満たせる強い味方で、思春期男子が(ヴィラン)にならないための自然界からやってきた救いの手だ。

 

そんな対スカート用自然兵器を全身に感じることのできるここは、市街地での活動を想定された特別施設。以前爆発ボーイが活躍したアリーナFであり、巨大仮想敵を液体へ変えたあの入試実技試験会場の本来の姿である。建ち並ぶビル群が、それを囲むように存在する住宅街が、軒並み揃って鎮座していた。

 

あれから一か月以上経っているからかそれとも一か月以上猶予があったからか、今では彼らの戦った面影など何一つなく、あるのは新品同様のビル街。まるで何事もなかったように綺麗な街並みを演出していた。塵一つなくては風も吹き損というもの。

 

空しく風がヒュルルと流れる“生まれたての廃墟”の一角にて、生徒たちを待つのは知る人ぞ知る。いや世界が知るナンバーワンヒーロー。

 

(春なのに案外さっむいネ!!!!)

 

平和の象徴、オールマイトその人である。

 

急遽今年度より教師となった彼は現在クラス名簿や記録に視線を落としていた。一秒でも早く教え子たちのことを覚えようと無我夢中で読みふけっている。軽く貧乏ゆすりをしているところを見ると、一癖も二癖もある今年の新入生の登場を今か今かを待ちわびているのだ。

 

それもそのはず、

 

(資料を見る限り、皆ヒーローを目指すものとして申し分ない。相澤君が除籍しなかったのがよくわかる)

 

“あの”イレイザーヘッドが担任をしておきながら、初日を1人も欠けることなくクリアした今年のヒーロー科。それだけで話題にならないわけもなく真っ先にヒーロー科教師たちの話の種となった。彼の先輩にあたる三十路18禁ヒーローミッドナイトも「あんたも歳を取ったのね」と歳に似合わずキャーキャー叫ぶ始末。きっつ。

 

何度も説明することになるが、イレイザーヘッドは雄英の教師になってからすでに150人以上の生徒に対して除籍処分を下しており、抹籍も指を折る程度だが教師歴と比較しても多すぎると言っていいほどの事実が存在する男だ。

 

除籍――この場合は【退学】にあたる――になれば普通科へ行くことも出来ず、そもそも学校での籍がなくなってしまうもの。編入を許しでもしない限り、元の場所に戻れる可能性など存在しないのである。抹籍になるとその学校にいたという記録すら消されてしまう。自身の求めるボーダーラインに届かなければ容赦なく切り捨てるというある意味「理想の高い男」だ。

 

世間一般的な高校ならクレームの嵐になるだろうが、残念なことにここは世界が注目するヒーロー育成機関なだけあって、どれだけ文句を言おうがお構いなし。おかげで去年は学園の門前に除籍された生徒の父母が何人も集まって抗議をしたものだ。

 

そんなみため浮浪者のおっさんが叩きつけた最初の難関は、単純な「理不尽への対応」と「その場で出来る自身のポテンシャルの確認」のみ。

 

別段「最下位になれば除籍」とはただの方便であり、あの時点で全員を落としたとしても構わない理不尽なもの。しかし、この二つの条件が満たされたなら例えこのあと暴走して幼馴染に殴りかかろうと関係ないという「束縛の上での自由」が存在していたということになる。ひどい話だ。

 

無事に自身の後継者が生き残ったことに安堵しながら、オールマイトは生徒等のプロフィールを眺めてはページを名残惜しそうにめくる。句読点の最後まで読んでみれば、十人十色な個性の数々や性格や個人の書いた自己アピール等々。入試でのテスト結果も併せてみるとより一層彼らの将来が楽しみで仕方がないといった感じだろう。自然を笑みがこぼれてはかぶりを振って真面目にしなくてはと自戒した。将来が楽しみな教え子達、そんな彼らを乗り越えて次代の平和の象徴の成長を待ち遠しく思った。

 

 

(でもやっぱり、彼が一番の壁だなぁ)

 

 

だけども、と自分の後継者のプロフィールのページを眺めながら、向かいのページへチラリと視線を向ける。そこに載っているのは出席番号順に用意された例の少年だった。

 

紅い瞳と金色の髪。個性が生まれた世界だからこそ珍しいものではない。

 

個性は“爆破”と確かに派手だ。掌の発汗成分がニトログリセリンで、それを爆破させるいたってシンプルなものを使う。頭も大分きれていて、オールマイト自身、将来は司令塔になれる器だと確信を持っていた。

 

爆豪勝己。現在雄英1年生の中で最もヒーローに近いと教師達の中で話題の男である。

 

齢14で既に個性の成長が十分されており、あとは知識と実践を重ねるだけだろうかと思わせる早熟な少年は、掌だけの個性であるがゆえに、余計に目立ってしまっていた。

 

人間はそもそも進化を己の身体から道具に変えることでここまでの繁栄を遂げた。肉体を巨大化させるのではなく、武器を使うことで生態系を確立、脳の発達により文化を築き、今に至るのである。始まりは木の上での生活だった猿が、気が付けば叡智を手に入れ大地に降り、科学を知り、空を飛び、海へ潜り、宇宙へ飛び立ち、果てには文明を築き上げるにまで至る。

 

個性の発現により人間の進化が再び身体へ変わり、そのためなのか科学の進歩が別の方向へ向かい文明は新たな可能性を見出していた。

 

つまるところ、爆豪勝己の身体的進化(こせい)は掌だけ。

 

それ以外の部位はどれだけ鍛えようとも“本来は無個性の同年代のスペックと何ら変わりない”はずで、良くても成人男性ほどであり、年相応にしか筋肉はつかないはずなのである。

 

だというのにあのパフォーマンスはいったい何なのだろうか。音速を超えての飛行や金属を融解させるほどの高熱の放出に耐える肉体をはじめとし、異常と言っても過言ではない。

 

明らかに年相応でない熟練度や、そもそも何年かけても生物学上不可能な事柄を可能にした実績に、オールマイトは冷や汗をかく。後継者である緑谷出久の幼馴染であり、才能を鼻にかけず努力を惜しまないと聞いていたがここまでとは思いもしなかったのだ。これが何か不正があるとでもいえばそっちのほうが納得するほど、彼の早熟スピードは計り知れない。でもしょうがない。目の当たりにしたんだもの。byとしのり

 

(最大の難関は彼だ。切磋琢磨して、無事に平和の象徴になってくれよ。緑谷少年)

 

「……ん? 来たか」

 

 

ふと、まだ声変わりし終わってない少年少女の話が彼の耳に届く。ようやくお出ましかと顔を上げれば、ジャンプスーツを身に纏った1年A組のヒーローの卵たちが目に映る。まぶしく輝く若き者たちの笑みを見てると誰でも自然と笑顔になるというもの。オールマイトもそれは例外じゃなかった。

 

「かっこいいじゃないか。有精卵たち!」

 

個性も違えば趣向も違う。趣向も違えば服装も違う。それぞれが思い描く理想のヒーローの姿を携え、若人達が胸を張ってやってきた。

 

そこには緑谷出久と爆豪勝己の姿もある。

 

 

「さぁ、ヒーロー基礎学の時間だ!」

 

 

 

 

屋内での対人戦ということで麗日お茶子とバディを組むことになった出久は、オールマイトからの一通りの説明の後、舞台となる五階建てビルの前で待機していた。

 

「かっちゃんのことだ。一階に罠を張り巡らせてそうだから二階から侵入しよう」

 

「じゃあまずデク君が私の個性で飛んで二階の窓から侵入ってことやんね」

 

「安全を確認出来たらその後は麗日さん自身の個性で跳んできて。二階で無事についたらそこからは中の階段を使おう」

 

最終確認を終えたと同時に都合よくスタートの合図が聞こえる。待ってましたと言わんばかりに二人は駆けだした。制限時間はたったの15分。迅速果敢が求められる今回の訓練は一つの判断ミスが命取りとなるのである。

 

目論見通り個性で一気に二階へ飛び、共にビル内へ無事に侵入を果たした二人は、音を立てずに上の階を着々と目指した。別にぴっちりスーツのお茶子を見ると顔が真っ赤になるからではない。本当である。

 

周りの部屋に目もくれず、次の階段を探す。その迷いない行動にお茶子は不思議そうに声をかけた。

 

「デク君、爆豪君が何するかわかるん?」

 

「本当はいけないんだろうけど、伊達に幼馴染やってないよ。あ、壁は触らないでね。多分汗まみれにしてるはずだから」

 

字面が汚い。

 

「入ってからすぐにわかったと思うけど、この甘いにおいはかっちゃんのニトロ汗腺から分泌された奴だよ。嗅覚も奪えて変に刺激を与えるとBON! だからね」

 

「そっか、ニトロっぽいって言っとったし、起爆性あるんや」

 

「それに吸ったり肌に触れると頭痛とか眩暈を起こす可能性あるからそのヘルメットは外さないようにね」

 

「そこら辺はニトログリセリンっぽいんやね。ラジャー」

 

あくまで声を殺し、相手に場所を悟らせないように順調に次の階へ向かう出久達。足音も立てず忍び足で行動する二人の姿を見るとどっちが敵かヒーローかわからなくなる。完全に空き巣だ。

 

四階まで上がったところで二人は一息つく。常に曲がり角や開けた場所での注意を十分に行って行動しているからか、余計に集中力が欠けてしまいそうになっていた。気分は触れたら音が鳴る例のテレビ番組発祥のゲームをしているようで、試験以上の緊張感に出久達は息をのんでたのだ。そんなところで、休憩場所というわけではないが目的地の一つである【最上階の一つ下】まで到着したのだから、少しは一息ついたって罰は当たらないだろう。

 

「さて、そろそろ来ると思うから警戒しといてね。基本的には作戦Aを。状況に応じてB、またはCに移行しよう。常にインカムはオンにしといて」

 

「ラジャー。あとはデク君が言った通り爆豪君が来るのを」

 

訓練が始まって既に5分。そろそろヒーロー側は動かなければ何も得られずに終わってしまうと焦る時間である。勿論

 

 

 

「待つだけってかァ!?」

 

「!? 来た!!」

 

それはアピールが出来ない敵側も同じである。

 

会話にナチュラルに入り込もうと爆破と共にやってきたのは金髪赤目のボンバーマン。爆豪勝己が右手を熱させ登場してきた。何のためらいもなく振り下ろされた掌が壁に触れると数秒と経たずドロリと変色を起こし溶かしていった。下手な酸よりも融解力の高い攻撃に訓練ってなんだっけとヒーローチームはドンびく。見てみて~、てがた出来た~とは冗談でも言えない。

 

「こっわ!? マジか!」

 

「一瞬でたんぱく質を消しとばすぜぇ。ヒーローどもォ」

 

「板についてる。ヴィラン顔負けや」

 

「うるせぇわ丸顔!」

 

すぐさま距離を取り構える両者。片や出久は緑色のジャンプスーツ。これといった機能のない母親御手製の一品物。対する爆豪勝己は全身を黒で統一し、オレンジ色のラインが入った中々オシャレなヒーロースーツ。両ひざにサポーター(物理攻撃可能)がついてたり、両前腕部分にはバレットベルトがついてあり、そこにはカプセルタイプの透明な試験管モドキがズラリと取り付けられていた。中には液体が入っており、それがボンバーボーイのニトロ汗だと察知するまでに時間はかからなかった。

 

「麗日さん! 作戦通りに行こう!」

 

「了解ッ!」

 

「おいクソメガネ。そっちに雪見大福が行った。調理しとけ」

 

『……もしかしてそれは麗日君のことかい?』

 

「飯田君? 後で話そうや」

 

別行動をとるヒーローチームと、すかさず指示を出す敵チーム。少々おかしな会話があったがここまでは順調である。本当だよ?

 

さて。という言葉と共に、爆豪は両手の中に軽く火花を作り出す。すると掌の中に淡い光がともったかと思えば、先ほど壁を融解させたときのまばゆいオレンジ色を生み出していた。

 

出久は両手を握って構え、いつでも回避が出来るように重心を落とす。対して爆豪は両手を開き、ダラリと力を抜いていた。重心も比較的高く、まるで対極した構えを取る両者。じりじりと互いに距離を詰めていき、

 

「……それ使うの?」

 

「たりめぇだ。精々避けろよ?」

 

何をするのか分かったのだろう。爆豪の返答を聞くや否や、多量に汗を流し始めた。個性に汗関係ないのにね。

 

「それは洒落になんな――」

 

「一発目ェ!」

 

 

次の瞬間、爆豪の声と共に、出久の顔が身体ごと後方へ吹き飛び、大きな音を立てて壁の中へ突っ込んでいったのだった。

 

 

 

 

「何が起こったんだよ!? 爆豪は何したんだよ!!」

 

「落ち着きたまえ上鳴少年。確かに凄い光景だけど、原理は簡単さ」

 

決戦となるビルから離れた場所にて観戦していたA組生徒達。ビルにセットされていた監視カメラにて訓練を目の当たりにし、互いに切磋琢磨するための参考にしようというコンセプトで待機していた彼らの目に映るのは、緑髪のソバカス少年が突然吹き飛んだだけという何とも奇怪な状況だった。

 

「もしかして……爆破ですか?」

 

「その通り。流石は八百万少女。よくわかったね」

 

「消去法をしたまでです。現状何かアクションを起こすにしても爆豪さん以外に誰もいませんもの」

 

「あ、ソウダネ」

 

「いや仮に爆豪が何かするにも一体何したんだよ。爆破って、緑谷は爆破食らってないぞ」

 

「食らってるさ。と言っても間接的にだけどね」

 

オールマイトのヒントだけの説明に自称出久のソウルブラザーこと上鳴が頭に?マークを付けている。それもそうだ。何せ目の前で起こっているのは説明を受けた個性からはまるで理解できない謎の現象なのである。気が付けば相手の体が浮いて吹き飛ばされているのだ。しかも互いに理解しているらしくまるで驚いていない。

 

再び立ち上がった出久へ突進(チャージ)をかける爆豪。相変わらず両手を広げだらりと揺らす彼の姿はまるで鷹村守を追い詰めたブライアンホーク。緩急がわからない動きで相手を翻弄するという気持ち悪い戦闘スタイルだ。

 

再び出久は構える。今度は受け止める前提のどっしりとした構え。被弾部位を少なくするように体を縮めこみ、両腕を前で構えるボクシングスタイル。この個性が生まれたご時世故、別段ボクシングを知っているというわけではない彼だが、どうすればダメージを抑えられるかを本能的に感じたのだろう。

 

いとも簡単に身体が吹き飛びはするが、先ほどよりも飛距離は短く、無事に両足を地につけられていることから理にかなっていたことになる。まぁサンドバッグですが。

 

「……そうか、掌を爆破させたその爆風で」

 

「その通り。流石だね轟少年」

 

「流石にわかったが、あれ良いのか? 下手すりゃそこらの強化個性よりもヤベーパンチになるぞ」

 

「ウェイ!? どういうこと? 爆豪パンチしてたの?」

 

「そこら辺は大丈夫さ。爆豪少年の瞬間爆破量はこの比じゃない。ちゃんと制御しているし、何か起こる前に私が止めてみせる……それにほら」

 

もう対応してきたよ。オールマイトの言葉にあまりの現状に声を出せないでいた他生徒らもつられるようにモニターに視線を向ける。攻撃が起こるであろう瞬間に十分な攻撃をさせないよう懐へもぐりこむ出久の姿が映った。

 

何度かの一方的な攻撃を受け終わった後、出久は反撃に転じたのである。正確には攻撃をいなそうと躱しはじめたのだ。相手の体幹がしっかりしているのか、思うようによろめかすことが出来ていない。だがオールマイトの言葉通り、何とか関節技を決めようと躱した腕に身体ごと抱き着こうとしていたのである。

 

 

腕の関節を決める場合に行いやすいのは、上腕の伸展である。上腕屈曲と違い、遥かに伸展範囲が狭い肩関節は関節技を決めるにはもってこいである。なんせ上腕屈曲が180°に対し、伸展は50°ほどしかないのだ。

 

 

『対応が遅ぇぞ』

 

『無茶苦茶言うよかっちゃん。やっと目が慣れたんだから』

 

『実践じゃ一発で殺される可能性があんだからちゃんと対応しとけ……よっ!』

 

『ひぇっ……ギャッ!?』

 

腕に関節技をかけようと試みた出久を軸に空いた手を爆破させ身体を一回転。その反動で爆豪はしがみつく形になった出久をぐるりと回してたたきつけた。大きく呼気が吐き出される。背中から落ちたのだ、普通の人間ならしばらくは動けないほどの衝撃のはず。というかそもそも慣れるまで見えないほどの裏拳を何度もぶち込まれてる時点でムリゲーなんだけどね。鬼かな?

 

しかし、彼は身体を震わせながらも再び立ち上がる。息が上がり、肩で呼吸をし、痛みで目尻に涙をため、脂汗を掻いていようが、緑谷出久は立ち上がる。そんな姿に自然と笑みをこぼす眼前の強敵。流石は将来のサイドキックだと嬉しそうに掌を上へと向けた。

 

 

「今の攻撃に対しての対処すげぇ」

 

「体を一回転って下手すりゃ自分の関節外れるんじゃねぇのか? 漢らしいな」

 

「緑君も何度も立ち上がってるー! ヒーローって感じだね!」

 

「そもそもあの裏拳連打をよく躱したよな。反射神経がなけりゃとっくにギブアップだし体力ないとあの攻撃についてけねぇよ」

 

感嘆の声を上げる待機場の生徒達を後目に確認したオールマイトは無事に参考(?) になっているようで一安心といったところ。肝心の自身の後継者が眼前のライバルに翻弄され身動きが取れていないが、もう一方の場所へ視線を向けると何やらずっとこちらへジェスチャーしているようだ。

 

『先生ー! オールマイト先生ー! タッチしましたー!! おーい!』

 

『え、麗日さんタッチしたのに終了しない!? どうして!?』

 

『おいクソメガネ! 調理しとけ言ったろうが!』

 

『まさかあんなやり方で体を浮かせてくるとは……不覚!』

 

どうやら最上階に接地されていた核爆弾に無事触れたアピールらしい。体を宙に浮かされている飯田の姿が中々に面白いのか誰も直視しない。頑張って平泳ぎしているのが余計に滑稽である。

 

しかし、何故かオールマイトは何も語らず、ちょうど15分経った頃合いのためと、彼は高らかに宣言した。

 

「この勝負、敵チームの勝ち!」

 

『『えぇー!?!?』』

 

 

 




掌を爆破させ、その反動で固い拳を相手に殴りつける。うーん鬼かな?

一つ間違うと顔と体がアンパンマンになっちゃうから新しい顔用意してもらわないと(死ぬ)



ニトロのようなものだからもしかしたら副作用とかないかもだけど。一応。

ニトログリセリンなどが気化した場合に吸ってしまうと
頭痛や吐き気、顔面紅潮、めまい。目は充血して痛みを伴い、最悪嘔吐とショック状態に陥るから気を付けようね。

麗日対飯田は麗日が勝利しました。記載してないですが、二人の対戦カードですが

相手に触れられる前に捕まえようとする飯田君

足払いをしてこかそうと試みるも上手く受け身を取ったと思えばそのまま飛んできた

友人を突き飛ばすのは無理だと真面目な彼が出てしまいそのまま抱き着かれる

チャンスと浮かして麗日ちゃん勝利。



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