僕のヒーローアカデミア~ジンオウガの章~ (四季の夢)
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プロローグ

 どうもです。
 完全に活力が不安定故に、衝動的に息抜きで書いた作品です|д゚)


 世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つに至った超人社会。――それが俺達の世界だ。

 

――そんな世の中故に生まれた存在。

 

『ヒーロー』・『ヴィラン』

 

 “個性”を悪用する犯罪者。それを敵――<ヴィラン>と人は呼ぶ。

 逆にヴィランを“個性”を発揮して取り締まる者達。それを<ヒーロー>と人々は呼び、称えている。

 

――だが、それ以外にも存在する者達が二種類いる。

 

『無個性』・『突然変異』

 

 無個性は言葉通り、この超人社会の中で“個性”が発現しなかった者を指す。

 

――そしてもう一つ、突然変異もまた名前通りだ。 

 基本的に両親から“個性”が遺伝するのが大半な中、両親の“個性”とは関係ない力を発現する者達が“突然変異”と呼ばれている。

 

――そう、これは……。

 

『もう勘弁して!! 私じゃあなたを育てられない!!』

 

『理解してくれ……お前と私達は違うんだ……!』

 

――突然変異の物語。

 

「俺の物語だ……」

 

 

▼▼▼

 

 カーテンから漏れ出す朝の日差しと、目覚まし代わりであるスマホのアラームによって、一人の“少年”がベッドの上から目を覚ました。

 今日は少年にとって大切な日。いつもより早めの起床であり、落ち着いた様子で少年は洗面所へと向かって朝の時間を始めた。

 

――顔を洗い、歯磨き、フワリとした白い髪を梳かし、身だしなみチェック。そして“制服”に着替えた後は簡単な朝食の時間。 

 

 少年の家は高層マンションの一室。広く、近代的な家電や家具ばかり便利な家の中で少年はテーブルの上に簡単な軽食を置き、テレビの電源を入れた。

 

『おはようございます! 朝のニュースの時間です!』

 

 ()()()()を持つアナウンサーの挨拶から始まる、見慣れたニュース番組。

 天気予報・最近のニュース・ヴィラン警報・どのヒーローが地区にいるか。変わりのない内容を見えながら朝食を済ませ、画面の左上の“時間”が7時50分を刻むと、少年はテレビの電源を切る。

 

「……行こう」

 

 自分に伝える様に呟き、少年は鞄を背負うと鍵を持って玄関へと向かう。

 冷えた玄関で履きなれた運動靴を履くと、少年は家の中の方を向いた。

 

「……行ってきます」

 

 響く事もなく家の中に消えて行った声。少年以外、()()()()()家でそれに応えてくれる者はいない。

 そんな()()()()()()()光景を見ながら、少年はゆっくりと玄関の扉を開けて出て行った。

 家には鍵の掛る音だけが鳴り響く。

 

――ここから少年――雷狼寺 竜牙(らいろうじ りゅうが)の物語が始まる。

 

 

 




雷光虫の共生設定は生かせません。


他に書きたかったSS

僕のヒーローアカデミア
1:サイヤ人設定
2:仮面ライダー龍騎13人のライダーになれるオリ主
3:RAVEのレオパールを素にしたオリ主
4:ブリーチの斬魄刀が個性のオリ主(闇落ち)

NARUTO
1:ナルトの兄設定

スーパーロボット大戦Z
1:オリジナルのデスティニーガンダムを扱うオリ主(並行世界のシンとルナの息子)

ポケモン
1:アニメストーリーにポケモンコロシアムの主人公・ヒロインクロスオーバー

が息抜きで書く予定でした。|д゚)


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第一話:雄英高校入学試験

ジンオウガに一目惚れでモンハンを買った私です


 歩いて20分、地下鉄から30分先に、その学校がある。

 【雄英高等学校】――通称“雄英”と呼ばれる全国一番人気のヒーロー科の学校が。

 

――やっぱり大きいな……。

 

 頭上にある校門と言うのには似合わず、近代的なゲートと言った方が似合う門の前で竜牙はポツンと立ちながら心の中で呟いた。 

 

 今や数多く存在するヒーロー。その中のNo.1――“オールマイト”

 彼を筆頭に多数の有名ヒーローの母校であり雄英高校。

 それ故に入学の倍率は驚異の300超え。

 

 だからだろう。雄英に入って行く者達は皆、纏う雰囲気が一般的受験生の()()ではない。

 受かろうが、落ちようが大きな一歩となる門。受けるだけでも称賛される程の試験を前に、まるで戦場へ向かう兵士のそれだ。

 

「――行こう」

 

 自分に言い聞かせる独り言を呟き、場の雰囲気に呑まれることなく竜牙も門の中に足を踏み入れて歩き出した。

――そんな時だ。不意に竜牙は一人の少年に目を奪われた。

 

――なんだあれ?

 

 その少年は緑色の髪の受験生だが、他の受験生とは明らかに違う雰囲気を纏っている。

 皆、研ぎ澄ます様な雰囲気の中、既に足はガクガクと震えており、リュックサックをこれでもかと両手で握り絞めていた。 

 緊張するのは当然と言えるが、明らかになんか起こしそうだ。――と、竜牙がそう思っていた時だった。

 

――あっ……コケた。

 

 案の定、その少年はコケた。足を伸ばしたまま、本当に綺麗に地面へと倒れていく。

 確実に顔面直撃コース。試験前から脱落と思われたが、丁度に少年の傍にいた一人の女子がいた。

 彼女が触れた瞬間、少年の身体が宙へフワフワと浮く。

 どうやら少女の個性らしく、その少年は難を逃れた。

 そんな幸先が良いのか悪いのか分からない光景を見て、竜牙は思わず小さく笑ってしまう。

 

「フッ……」

 

 まさかの展開で肩の力を抜く事が出来た。

 竜牙は緊張していたのは自分も同じかと理解し、緑髪の少年に心の中でお礼を言い、白く長い髪をなびかせながら試験会場へと入って行った。

 

 

▼▼▼

 

 

『今日は俺のライブへようこそぉ!!!』

 

 広大な講義室。そこで試験説明されるのだが、その第一声がこれだ。

 ボイスヒーロー――“プレゼント・マイク”が名に恥じない声を室内全体に響かせる。

――が、応える程ノリの良い受験生は竜牙も含め、流石にいなかった。

 

『オーケー! オーケー!――緊張してるんだな!!』

 

 しかし、そこはラジオ番組もやっているマイク。

 お構い無しと言わんばかりに説明を進めて行った。

 

『この後は事前に渡した入試要項通りだ!!――持ち込み自由の“模擬市街地演習”!!』

 

 相も変わらない声量のマイクは説明を続けると、試験の内容は以下なモノだった。

 

 制限時間は10分。

 演習場には1~3Pの三体の仮想敵がおり、それを行動不能にしポイントを稼ぐ事が受験生の目的。

 謂わば、市街地戦を想定した実戦試験。口だけならば幾らでも言える。

 

――結果を見せろ、と雄英は言いたいのだろう。

 

 竜牙は今までの説明を理解し、静かに頷くと同時に配られた用紙の()()()に気付く。

 

「四体目……?」

 

 竜牙がプリントに蒼白い瞳を向けると、そこには確かに四体目の仮想敵の存在が記されている。

 だが、仮想敵の説明には四体目の事が一切触れていない。

 竜牙は気になったが、説明しないのならば後々分かる事だと判断し、それ以上は気にしない事にしていると、隣の受験生が動く。

 

「ぼ……俺もそれが気になっていた」

 

 竜牙は隣の席の眼鏡を掛けた受験生に声を掛けられた。

 先程の呟きを聞かれていたらしく、その受験生はプリントを睨みながら突然立ち上がり、大きな声で用紙をマイクへ向けて言い放った。

 

「質問よろしいでしょうか! プリントに記載されている4種目の仮想敵についてです!――これに関する説明がなく、もし誤載ならばこれは恥ずべき痴態! どういう事か説明を求めます!」

 

――凄い奴だな……。

 

 竜牙は隣で叫ぶ様にマイクへ説明を求める受験生を見て、特に表情を変える事なく思った。

 緊張が場を包んでいた会場。それをマイクに劣らずの声で壊した様なもの。  

 結果、凄い奴。それが名も知らぬ眼鏡の竜牙の評価。

 

――しかし、その受験生の行動は更に上を行く。

 

 その受験生は突如として振り返り、一人の受験生へ指差した。

 

「ついでにそこの君!――そう縮れ毛の君だ!! さっきからボソボソと気が散るじゃないか! 物見遊山ならば立ち去りたまえ!」

 

 確かに時折、話し声がうるさかったと竜牙は思い出す。

 それはマイクが登場した時からだが、確かに確実に耳に入ってきて、耳障りなのは間違いなかった。

 誰がその元凶かと振りかえると、その指の先にいたのは校門で転びかけた緑髪の少年だった。

 その少年は周囲に笑われながらも小さく謝っており、それと同時にマイクからの返答も始まる。

 

『オーケーオーケー! そこの受験生、ナイスお便りサンキュー! 説明しちまうと、この四体目は――』

 

――0Pの()()()()だ。

 

 マイクの言葉が会場に響き渡る。

 

 この四種目の仮想敵は得点0で、しかも倒すのはほぼ不可能。

 文字通り邪魔なだけの仮想敵であり、その説明に受験生達は納得し、同時に避ける為の存在だと判断した。

 

――アクシデントは付き物って事か……?

 

 竜牙はマイクの言い方に何故か違和感を覚えたが、答えへの材料がない以上、頭の隅に入れておく事で考えを終える。

 そして説明が終わると、プレゼント・マイクはゆっくりと手を叩いて己へと注目させる。

 

『それじゃ俺からは以上だが……受験生(リスナー)へ我が校の“校訓”プレゼント!――かの英雄“ナポレオン・ボナパルト”は言った……』

 

――“真の英雄とは人生の不幸を乗り越えて行く者”だと。

 

『“Plus Ultra”!!――それでは皆……』

 

――良い()()を……。

 

 ハイテンションなプレゼント・マイクの説明会だったが、最後の言葉はずっと竜牙の脳裏に焼き付る事は成功させた。

 

 

▼▼▼

 

 説明会後、A~Gの七か所の試験会場に別れた竜牙達受験生は、それぞれジャージなどの動きやすい服装なり、試験会場の入り口で待機していた。  

 雑談、準備運動、深呼吸等々、受験生達はそれぞれ行動する中、竜牙は瞳を閉じ立っていた。

 視界を閉じて、感じるのは風と音。見る者からしても精神統一に見える程に無駄のない佇み。

 しかし最初と違い、変化している部分があった。

 

――それは“耳”

 

 人の耳だった箇所。それが犬、狼の様な尖った耳へと変化している。

 エメラルドグリーンの鱗の様な皮膚に覆われたそれが、時折、静かに、そして激しく動いて周囲の音を拾う。

 すると、そんな様子を見て、竜牙の変化に気付く者が現れる。

 

「変った耳……うちみたいに“音”に関する個性?」

 

 黒髪。そして耳たぶにプラグのある少女が竜牙を見ていた時だった。

――竜牙は“変化”に気付く。 

 

(!――音に変化。モスキート音の様な……スピーカーの様な……!)

 

 集中していた故の微かな変化の察知。だが、それは集中だけではなく、常人以上の存在――竜牙の“個性”があってこそ実行できる能力。

 

 竜牙は同時に会場の入口から微かな機械音も察知すると反射的に膝を折り、上半身を前に屈める。

 

「?」

 

 竜牙の動きに周囲は、何をしているんだあいつは?――と変人を見る様な目で見ていた時だ。

 

『ハイ!――スタァァァァァトッ!!!』

 

「ッ!」

 

 それは反射に近かった。プレゼントマイクの合図を聞いた瞬間、それは狩りの時間に入った“獣”だ。

 狩りで獲物が獲れねば死ぬ。そう思わせるかのように、竜牙の“個性”が――本能として働きかけ、一気に開いた入口へ飛び出し、仮想市街地を駆け抜ける。

 

 

 両手・両足を変化させると巨大な黒き爪を持ち、黄色の甲殻の装甲を身に纏う。 

 竜牙はその手足で四足歩行で市街地を走り、そして仮想敵と接触を果たす。

 

『ブッコロス!!』

 

 人工音声で叫びながら己へ突っ込んで来る、2と記された四足歩行の仮想敵。

 その存在を見つけた瞬間、竜牙の眼光が光る。そして――

 

『ブッコ――』

 

――まさに刹那の狩り。竜牙は両足に力を入れて飛び出し、前足と呼べる右腕を振ってそのまま仮想敵の上半身を刈り取った。

 同時に耳に届く周囲の仮想敵と同じ機械音。油・火薬の匂い。

 周囲に何体の仮想敵がいるのか素早く判断し、再び動こうとした時――背後から1Pが奇襲を仕掛けてきた。

 

『ブッ――!』

 

 だが、既に捕捉済み。

 竜牙の背後を襲った1Pは薙ぎ払われ、そのままビルの壁へ激突し大破して動きを止めた。

  

「……尾も良好だ」

 

 己に生えた巨大な“尻尾”の存在。

 白い毛と幾つもある巨大な突起を持つ尾のコントロールに竜牙は満足そうに頷き、再び市街地を駆け抜ける。

 

――そして結局、他の受験生達がまともに動き出したのは竜牙が18Pを確保した時だった。

 

 

▼▼▼

 

 

――試験開始から7分経過した頃、竜牙は今も尚、市街地を走り回って仮想敵と戦闘を行っていた。

 

「これで――80!」

 

 目の前の2Pを爪で破壊した竜牙は周囲を音と匂い索敵し、周囲の仮想敵が全滅したことを確認。

 個人的にかなりの数を撃破した思いだが、少し離れた辺りでは今でも煙が上がり、爆音などが鳴り響いていた。

 未だに少し離れたエリアでは仮想敵との戦いが行われている証拠であるが、ポイントを大量に確保した竜牙は気になる事が一つあった。

 

――0Pがどこにもいない……。

 

 竜牙は一か所に集中していた訳ではない。広範囲に渡って仮想敵を破壊していた。

 だが“お邪魔虫”と言われていた0Pを見ておらず、全く邪魔された覚えもない。

 

「……完全ステルス?」

 

 竜牙は0Pの正体が、まさかの音も匂いもない完全ステルス機の可能性を考えた。

 天下の雄英だ。それぐらいの邪魔をしてもおかしくはない、と竜牙がそんな事を考えていた時だ。

――巨大な轟音を捉え、同時に揺れや悲鳴が響き渡る。

 

「!?――まさか……」

 

 何かを察した竜牙は爪を使ってビルを一気に駆け上がり、屋上からその音源の方を見渡した。

 だが、そんな必要性はなかった。何故ならば……。

 

「でかい……!」

 

 巨大な仮想敵。それはビルを薙ぎ倒しながら進んでいた。

 1~3Pの仮想敵と大きさを比べるのもおこがましい程の大きさであり、規模が災害レベル。

 立ち向かう者などいる訳がなく、見える範囲でも受験者達は逃げ惑っている。

――だが、竜牙は違った。不思議と恐怖はなく、気付けば……。

 

「やっぱりでかいな……」

 

 竜牙はすぐそこまで迫る場所まで来ていた。

 瓦礫は散ら張り、振動で周囲のビルも亀裂が走る。

 そして当然の事ながら、竜牙の周りは逃げる受験生達で溢れているが、竜牙には不思議と恐怖は無く、0Pを待つかの様に佇み続ける。

 

――丁度そんな時だった。

 

「ヤバッ!?」

 

 焦った様子の女子の声が耳に入った。

 反射的に竜牙がそちらの方を向くと、そこには一人の少女が地面の亀裂に足を引っかけたのか、倒れていた。

 だが不運は続くもの。0Pが更に移動した衝撃により電柱が倒れる――その受験生へ向かって。

 

「クッ!」

 

 流石にまずい。いくら試験でも電柱が落ちて来てはどうにもならない。

 竜牙は走り、尻尾を振り電柱へとぶつける。――が、その衝撃は思っていたよりも少し軽いものだった。

 その隣で触手な様なモノを拳に変え、共に電柱を殴った大柄の受験生がいたからだ。

 竜牙、そしてもう一人の活躍で電柱は少女に当たる事はなく、二人は頷き合い少女の傍へと向かう。

 

「……大丈夫か? 破片で足などに怪我は?」

 

「まず立てるのか?」

 

 竜牙と大柄の少年が尋ねながら手を差し出すと、少女は頷きながら二人の手を取って立ち上がる。

 

「まじありがと……そんでごめん。完全に油断した……」

 

「気にするな。流石にあれは……」

 

「規格外だな……」

 

 少女の言葉に竜牙は0Pを見つめ、大柄の少年の言葉に頷き合う。

 1~3Pでもまぁまぁ良い大きさだったのだ。それなのに突然の巨大ロボ。

 立ち向かう者もいるが、それは数秒だけ。すぐに逃げる側へ合流してしまう。

 

「うちらも逃げよう!」

 

「そうだな……もうポイントは十分稼いだ」

 

 少女と大柄の少年も流石に身の危険を感じたのだろう。もう目の前まで迫っている中、二人も逃げ始めた。

 しかし竜牙は動かない。そんな様子に気付き、二人も思わず足を止めた。

 

「何やってんの!? 踏みつぶされるよ!」

 

「……どうした?」

 

 少女は焦る中、大柄の少年は竜牙の様子が変な事に気付き、問い掛けてくる。

 すると……。

 

「……“更に向こうへ”」

 

「えっ……校訓?」

 

 竜牙が呟いたのは雄英の校訓。

 少女も思い出したが、何故に今のタイミングなのだろうかと疑問を抱くと、竜牙は二人の方を振り返った。

 しかし、目線は更に向こう側。逃げている受験生達に向けられている。

 

「小さい頃……大災害の中、たった一人で千人以上助けるヒーローの動画を見たんだ。――その人は周りを安心させる様に笑い続けて、そして言った」

 

『もう大丈夫!――私が来た!』

 

「それって……“オールマイト”の動画じゃん? 私も見た事あるし」

 

「俺もだ。と言うより、あれは伝説だ……見てない奴の方が珍しいだろ?」

 

 誰でも知っている伝説。

 オールマイトの偉大さが分かる話であり、竜牙の話に付いて行けない二人は首を傾げたが、竜牙の話は終わっていなかった。

 

「それじゃ、今逃げているあの連中がヒーローになり私が来た”って言ったとして――」

 

――人々は“安心”するのか?

 

「!……それは……」

 

「むぅ……」

 

 竜牙の言葉に二人は言葉を詰まらせた。

 ヒーロー科志望なだけに、今の現状に思う事があるのだろう。

 気まずそうに、だがどうしようも出来ない状況に迷っていると、竜牙は再び0Pへと向き直った。

 

「俺には”夢”がある……この俺の“個性”で色んな人を……」

 

 竜牙の夢。ずっとそれを叶える為に努力して来た。

 身体も個性も、家の中で出来る限りのトレーニングをしてきた。

 家に来るお手伝いさんが所有している山に行かせてもらい、そこでも訓練し続けた。

 

 全ては夢の為に……。

 

「“Plus Ultra”……更に向こうへ――この受難に感謝……!」

 

 竜牙はそう呟くと構え、0Pへ戦闘態勢を取る。

 両手・両足も既に変化させており、更に肉体からスパークが発生。髪の毛も逆立ち始める。

 そんな逃げる者達ばかりの中、このエリアで敵に背を向けない竜牙の背中を見て、二人は目を奪われる。

 

「……超ロックじゃん」

 

「ヒーローが背を向ける訳には行かないな……」

 

 竜牙の戦う気満々な姿を見て二人は呟くと、少女は溜め息を吐き、大柄の少年は触手を動かし始めて竜牙の左右にそれぞれ立つ。

 

「うちだって……ヒーロー目指して雄英に来たしね」

 

「今こそ“Plus Ultra”だ」

 

「そうか。じゃあ戦うか……“プラグ”と“触手”」

 

「うちの名前は耳郎 響香!」

 

「俺は障子 目蔵だ……」

 

 名前が分からなかった故、特徴的な部分を竜牙が言ったらやや怒り気味に名前が返って来るが、竜牙は気にせずに名乗り返す。

 

「……雷狼寺 竜牙だ」

 

「……っそ。よろしく」

 

「それで早速だが雷狼寺……どうするつもりだ?」

 

 障子が竜牙に問い掛けると、竜牙は四足歩行状態に構える。

 

「何とかなる……“充電”も十分だ」

 

「えっ、いや……だから作戦とかはって――ちょっ!?」

 

 耳郎が作戦を聞こうとするが、それよりも先に竜牙は駆け出す。

 そのまま0Pの近くのビルを上り始めるが、他の仮想敵同様に受験生である竜牙を見つけた0Pが狙いを定めた。

 

 しかし竜牙が上るビルへ迫ろうとした時だった。

 不意に0Pの動きが停止する。――何故ならば、足であるキャタピラに異常が発生したからだ。

 

「もう……あいつの言葉に感動したうちが馬鹿みたいじゃん!」

 

「心を動かされたものは仕方ない……ここにいるのは俺達の意志だ」

 

 そのキャタピラ部分には耳郎が耳のプラグを0Pに突き刺しており、己の心音を大ボリュームで攻撃中。

 障子も電柱やら瓦礫やらを挟めたり、歪ませて0Pの動きを止めてた。

 しかし、それでも巨大な0Pは完全な動きを止めることはない。奇音を鳴らしながら無理矢理動こうとし、周囲のビルを破壊した時だ。

 

「離れろ!!」

 

 竜牙の声が二人の耳に届く。どっちにしろ近くのビルが崩れるので退避するしかなく、二人が0Pから離れた時だった。

 

――0Pに轟音と共に、一本の“雷”が落ちる。

 

 それは強烈な衝撃と轟音を生み、0Pは身体がめり込むように沈んで装甲が弾け飛ぶ。

 最早、落雷。だが正体は“巨大”な何かが巨大ロボに目掛けて落下したことで発生した音だ。

 だがどちらにしろ、それを目の前で見た二人はもっと衝撃的だっただろう。

 

「……ハッ!――雷狼寺は?」

 

「……む。――確かに、無事なのか?」

 

 目の前の0Pの最後が衝撃的だったが、感覚が麻痺しているのか我に返ると意外に冷静になれた二人は、急いで0Pの残骸まで駆け寄った。

 そんな時、二人の耳にある声が届く。 

 

『グルルルル……!!』

 

 まるで獣の様な唸り声。檻から出た獣がいるかの様に感じ、耳郎と障子は緊張から息を呑む。

 そして二人は確かに見てしまった。――巨大な“獣”を。

 

「!」

 

 思わず息を吐き出し、すぐにまた息を呑んでしまう二人。

 影になって見えないが、何か巨大な生物な事だけが分かる。

 しかし、その巨大な影は縮んで行く様に小さくなり、やがて人の形を取った。

 

――正体は雷狼寺 竜牙。

 

「まだ街への被害が大きいか。今後の課題だな……」

 

 先程までの騒動が嘘の様に、冷静に独り言を呟く竜牙の姿を見て、ようやく安心できた二人。

 

――それと同時。

 

『終了ぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

 プレゼント・マイクの声が辺りに響き渡る。

 これにて実技試験――終了。

 

 

 

▼▼▼

 

――試験の様子を、巨大なモニターで雄英の試験官達が見ていた。

 

「YEAH! またやりやがった!! 今年は本当に大漁だな!」

 

「うん。まさか0Pが一日に二体も壊されるなんてね」

 

 プロヒーローでもある者達。そんな彼等が見ている映像には二人の人物が映っていた。

 一人はオドオドした様子ばかりの緑髪の少年。

 

――だが、その少年は0Pへと飛び出し、そのまま文字通り“ぶっ飛ばした”のだ。

 

 そんな少年の映像と実技の総合結果を見ながら、試験官達は再び話し合い始める。

 

「しかし、まさか敵Pが0……“救助活動P”だけで合格とはな」

 

「倍率300……全員がライバルだ。――だからといって、それが“助けない”理由にはならん。そんな奴はヒーローになる資格もない」

 

 受験生に知らせていない、この試験のもう一つの採点P。

 

――それが【救助活動P】

 

 文字通り、救助活動に対しての追加得点。しかも審査制。

 緑髪の少年の名前――緑谷 出久の成績は敵Pが0Pだったが、救助活動Pは60Pを獲得。

 結果、総合成績は全体の第8位。

 

「ずっと典型的な不合格者の動きだったけど、最後のは痺れたわねぇ……」

 

「本当に大した奴だぜ! YEAH!って何度も叫んじまった!――が、インパクトだったら“総合1位”も負けてねぇな!」

 

「――と言うよりも“彼”は既に頭一つ出ているよ」

 

 そう言うと、モニターの画面が大きく一人の少年――雷狼寺 竜牙の映像に変わる。

 

「雷狼寺 竜牙――敵P80P・救助活動P42の総合1位。救助活動Pは8位に劣るが、それを霞ませる程の実力だ」

 

 試験官達の見つめる映像。そこには手足を変化させて仮想敵を薙ぎ倒す映像が映っていた。

 

「手足……そして尻尾まで変化させ、更にこうも扱うか」

 

「それだけじゃない。耳や鼻も変化させて周囲の索敵も行っているな」

 

「俺の合図に唯一反応してスタートダッシュ決めたのはコイツだけだったしな!!」

 

 戦闘力は申し分なし。情報収集・スピードも問題ない動きを行っている。

 試験官達は竜牙の能力、そして個性の強力さに頷き合っていた時だ。

 

「――個性の扱い方も上手いな」

 

 黒い服装に身を包んだボサボサ髪の男が不意に呟き、試験官達の視線がそこに集まる。

 

「どういう事?」

 

「この映像見て下さい……」

 

 男の示す映像には、竜牙が3Pを両断している姿が捉えられていた。

 だが、注目するべき場所は竜牙の両腕。――その両腕は最初の爪の前足ではなく、まるで双剣の様に鋭利な形となっている点だ。

 

「おいおい! こいつはどういうこった!?」

 

「――極めつけがこれだ」

 

 返答する事なく、男が最後に示したの0Pを粉砕した映像。

 そこに拡大されて映る“一体”の生物。それに試験官達の目線は奪われた。

 

「0Pの時に気にはなっていたが、これは……」

 

 映像に映る、0Pの上に落下した巨大な生物。

 頭部は狼の様な形状だが、身体の構造や“鱗”の様な皮膚がある。

 これではただの狼系の個性とも思えず、試験官達は困惑してしまう。

 

「彼は色々と特殊なんだよ。突然変異で生まれた個性で、家庭の方もそれでやや複雑だと聞いている」

 

 だが一人――否、一匹のネズミが試験官達に語り始め、その言葉に全員が黙る。

 

「なんにせよ。彼は文句なしの合格だ。色々と考えるのは彼が入学した後にして、しっかりと導いてあげよう」

 

 ネズミ――根津校長の言葉に試験官達は頷きあうと、次の受験生へと映像を変えて行くのだった。

 

 

END



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第二話:入学と除籍!? 個性把握テスト!

SSは気分転換に書くのが一番……ですね


 入学試験から数日後。

 竜牙が家であるマンションの自室でネットサーフィンをしている時だった。

 不意に部屋のドアと叩く音。そして焦った様子の女性の声が竜牙の耳に届く。

 

「竜牙さん!? 届いた届いたわよ雄英からの結果!!」

 

 竜牙にとっては聞き覚えがあり、親しみのある人物。間もなく40才になる家政婦の“猫折”さんの声だ。

 どうやら雄英からの結果が届いたらしい。

 

「……どうぞ」

 

「失礼します!!――あっ」

 

 竜牙の言葉と同時に扉を開けた猫折さんだったが、履いていたスリッパが滑った事で突入レベルで入室し、そのままコケた。

 年齢の割には若々しい彼女だが、それに比例してかドジも目立つ。

 そんな彼女の手に封筒が握られていたが、その衝撃で中身が飛び出してしまった。

 中身は用紙二枚。そして円状の小さな機械が一台。

 そして飛び出した機械が本棚にぶつかった瞬間、そこから映像が飛び出す様に映写される。

 

『私が投影された!!』

 

 機械は投影機だったようだ。

 しかし大事なのはそこではなく、投影されたのがあのNo.1ヒーロー・オールマイトだという事。

 

「オールマイト……?――OBの特別出演?」

 

 オールマイトは雄英の卒業生。ならば、これぐらいのサプライズぐらいは雄英ならやりかねない。

 豪華な通知だな。竜牙がそう思いながら見続けると……。

 

『HAHAHAHA!――最初に言っておくけど、この為だけの特別出演とかじゃないよ!! 実は私は今度から雄英の教師として勤めることになってね! まぁそういうそういう事なんだ!!』

 

「胸熱だ……」

 

 竜牙はオールマイトの言葉に表情を変えないが、内側で感動していた。

 あのオールマイトが雄英の教師に。当然ながら受験生には知らされておらず、もし知らされていれば倍率は更に上がっていただろう。

 

『さて! ではこっからは諸事情で巻きで行くよ!――雷狼寺 竜牙! 敵P80! これだけでも合格ラインだが、試験官達が見ていたのはそれだけであらず!!――どんな状況でも助けてこそのヒーローさ!! 偽善上等! 我々が見ていたもう一つのPこそ救助活動Pだ!!――君の救助活動Pは42P!――合計122P――入試1位! 文句無しの合格さ!!』

 

「良かった……」

 

「おめでとう竜牙さん!! 今日はお祝いですよ!!」

 

 肩の力が自然と抜ける。自信はあったが、結果を決めるのは自分ではない。

 やはり合格通知が来て初めて安心出来るというもの。

 猫折さんも、そんな竜牙の合格を我が子の事の様に喜んでいる。

 

『雄英で待ってるぞ!!』

 

 その言葉を最後に、素敵な笑顔のオールマイトの投影は消えた。

 同時に自分が全国一の雄英高校。そのヒーロー科に入学が決まった事の実感が未だに湧かなかった。

 

「雄英に入学出来るのか……」

 

「そうですよ! 本当におめでとうございます!! 竜牙さんなら大丈夫だと思っておりました……いつも本当に努力しておりましたからね……!」

 

 感傷に浸っていた竜牙だったが、何故か猫折さんが泣き始めてしまい、逆に落ち着いてしまう。

 すると、ハンカチで涙を拭いていた猫折さんだったが、不意に思い出すように竜牙へ問い掛けた。

 

「あ、あの……竜牙さん。合格の事、旦那様と奥様にご報告された方が……」

 

「……いや良い」

 

 猫折さんの言葉に、竜牙はあまり間を開けずに返答した。

 それは意味のない事だと分かっているからだ。そして、そんな竜牙の言葉に猫折さんは何も言わず、そのまま雄英の入学式当日となる。 

 

 

▼▼▼

 

 

 雄英高校入学式当日。

 竜牙は送られてきた雄英の制服に着替え、リュックを背負って自宅から出発した。

 

――そして。

 

「教室の扉も大きいな……」

 

 無駄に広い校舎を歩いて辿り着いた指定された教室【1-A】

 その前に佇みながら、竜牙は目の前の大きな教室の扉を見上げて呟いた。

 規格外の肉体が多い“異形系”にも対応する為なのだろう。所謂バリアフリーであり、手で掴んでも想像以上に扉が軽い。 

 

――まだ来ていないのか……?

 

 室内からは話し声が聞こえず、まだそんなに集まっていないのかとも思ったが、時間的に考えて自分が最初とは考えずらい。

 竜牙は取り敢えず扉をスライドし、中に入いると……。

 

「……!」

 

――教室内にいたクラスメイト達に視線を一斉に向けられた。

 

 どうやら、ただ誰も会話をしていなかっただけらしく、来ていなかったのは自身を含めて4人であり、竜牙は何とも言えない雰囲気に僅かに呑まれかけた。

 

――重い空気だ……。

 

 竜牙は未だに牽制しているかのようなクラスの空気の重さを感じながらも、教室内を歩き、静かに自分の机を探し始める。

 その間にも視線を戻す者、未だに見ている者の二つに別れているが、竜牙が気にすることなく自分の席を見つけて着席した時だった。

 不意に右肩を誰かに突っつかれ、そちらの方を向くと……。

 

「試験振り」

 

「よっ」

 

 実技試験会場で共に0Pと戦った耳郎と障子が座っていた。

 

「同じクラスか……」

 

「いや、入ってきた時に気付くっしょ」

 

「お前、かなりマイペースだな……」

 

 素で気付かなかった竜牙だったが、二人は入ってきた時から気付いており、気付かなかった竜牙に何とも言えない表情を浮かべていた。

 しかし、そんな状況下でも挨拶は大事。竜牙は気にすることなく手を差し出す。

 

「……取り敢えずよろしく頼む」

 

「いや、本当にマイペースじゃん……別に良いけど」

 

 耳郎は呆れた様に、だがどこか照れくさそうに竜牙と握手を交わし、障子とも握手を交わした時だ。

 

「机に足を掛けるな!! 歴代の先輩方や机の製作者に申し訳ないと思わないのか!!」

 

「思う訳ねぇだろうが! どこ中だこの脇役が!!」

 

 いつの間にか教室に来ていた説明会で隣にいた眼鏡と、明らかに典型的な不良染みたクラスメイトが何やら派手に言い争いを始めていた。

 話を聞く限りでは、不良の机の扱い方に眼鏡が怒った絵面だが、眼鏡の話も少し真面目過ぎるレベルで重い。

 そんな二人の様子を竜牙達三人は、比較的関わらない程度で見ていた。

 

「なにあれ……?」

 

「……クラスメイトだろう」

 

「確か、説明会の時にプレゼント・マイクに説明を求めた奴だったか……?」

 

 耳郎の呟きに竜牙が応え、障子も眼鏡の事を思い出した。

 けれど、そんな二人の言い合いは収まる気配はなく、担任が来るまで待つ事を決めた竜牙だったが、そんな時に扉の方から聞こえてくる物音に気付く。

 

「あいつは確か……」 

 

 竜牙が首を其方に向けると、見つけたのは校門でコケた緑髪の少年だった。

 入学式なのに何やら震えており、同時に絶望の表情を浮かべているのが不思議で仕方ない。

 

――蛇口を閉め忘れたのか……?

 

 昔、数時間の外出から帰宅した時、水道がチョロチョロと流れていた事があり、それに気付いた猫折さんの表情がまさにあんな感じだったと竜牙が思い出していると、眼鏡もまた少年の存在に気付く。

 そして、顔見知りなのか。二人は何やら会話を始めると、やがて最後のクラスメイトであろう一人の女子生徒も現れた。

 これで1-Aは全員が揃った事になる。残りは担任だけ。――だが、その問題も意味無いものだった。

 

――お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。

 

「ここはヒーロー科だぞ?」

 

 教室内に響く男性の声。

 声の低さから明らかに生徒の声ではなく、タイミング的にも考えられるのは担任の筈なのだが、その声の発生源にいたのは“寝袋”だった。

 

「……自律思考型寝袋?」

 

「いや、普通に顔は出てるじゃん」

 

 竜牙の的外れな答えに耳郎がツッコミを入れていると、その寝袋から人間が現れる。

 

「はい、静かになるのに9秒かかりました。時間は有限――」

 

――君達は“合理性”に欠くね。

 

 寝袋から出た、黒い服、ボサボサ髪の男。

 その男の言葉が不思議と深く刻まれるのを竜牙は感じていたが、同時にその男の異様さも感じ取っていた。

 

――気配……気付かなかった。

 

 教室だからと油断していたが、普通にリラックスしていたとはいえ、竜牙は“あんなの”が来れば気付かない訳がない。

 そう思っていたが、実際に気配は分からなかった。

 

「やっぱり雄英は凄いな……」

 

 竜牙が見た目は酷いが、男が確かな実力者だと判断。

 しかし男は竜牙達生徒に気にも留めず、寝袋からジャージを何着も取り出し、喋りながらそれを配り始める。

 

「俺は担任の“相澤 消太”だ……よろしくね。――そして“これ”着てグラウンドに出ろ」

 

「担任!?――し、質問宜しいでしょうか!」

 

「――却下」

 

 説明会同様に眼鏡が質問に挑むが、自分を担任と言った相澤は有無を言わさず却下。

 そのまま教室を出て行ってしまい、残された者達も取り敢えず指示に従うしかなく、急いでグラウンドへ向かう事を余儀なくされた。

 

――因みに、竜牙は着替えている時にその三人(緑谷・飯田・麗日)の名前を知るのだった。

 

 

▼▼▼

 

「個性把握テスト!!?」

 

 辿り着いたグラウンド。そこに既にいた相澤の説明に誰かが叫び、麗日も相澤へ詰め寄った。

 

「入学式は! ガイダンスは!?」

 

「ヒーローにそんな悠長な事している時間はない。――雄英は“自由”な校風が売り文句」

 

――“先生側”もまた然り。

 

 麗日の問いも素早く一蹴する相澤の言葉通り、担任によって入学式すら参加の有無があるらしい。

 まさに“自由”であり、そう言う意味ならばこの状況も納得するしかないと竜牙は納得――というよりも諦めた。

 

「“Plus Ultra”――良き受難を……か」

 

 竜牙は入試説明で言ったプレゼント・マイクの言葉を思い出し、気付けば呟いていた。

 あの時はマイク的に激励の言葉に思われたが、真価は入学してから発揮された言葉。 

 確かに普通の学校・ヒーロー科と同じならば、わざわざ雄英を選ぶ意味もないだろう。

 そう思いながら竜牙が一人、静かに納得していると竜牙は気付いた。

 

――全員の視線が“自分”に集まっている事に。

 

 どうやら竜牙の独り言は意外にも聞き取りやすいらしく、よくそんな事が言えたなと、困惑の視線も中には混ざっていた。

 

――どうしようか……。

 

 独り言故に既に自己完結している言葉。

 しかし、周り的には自分の次の反応を待っている感があり、竜牙が反応に困っている時だった。

 

「そういう事だ……取り敢えず見せた方が早い。――確か入試1位だったのは……雷狼寺か。雷狼寺、ちょっと来い」

 

「……はい」

 

 相澤の助け舟? と呼べば良いのか。

 取り敢えず呼ばれた竜牙は相澤の傍に行くが、入試1位という言葉を聞いた瞬間、周囲から敵意に近い感情を向けられた。

 だが竜牙は特に気にせず、何やら“特殊感”があるボールを相澤から投げ渡されてキャッチする。

 

「……ボール?」

 

「ソフトボール投げだ。今からやるのは“体力テスト”と同じ内容。ただし――」

 

――個性“解禁”のな。

 

『個性解禁……!?』

 

 相澤の言葉に、再び周りがざわつき始める。

 

 しかし当然と言えば当然の反応。

 街中での“個性”の無断使用が禁止されている世の中。

 中学の体力テストも“個性”の使用は当然禁止。素の身体能力のテストだった故に、相澤の言葉は新鮮どころか理解に苦しむ者もすらいた。

 

「うるさいよ。さっきも言ったろ……時間は有限。――因みに雷狼寺、中学時代の記録は?」

 

 本当に無駄が嫌いなのだろう。

 周りに注意しては、すぐに己の方へ首だけ動かす相澤の言葉に対し、ここで変な事を言う程に竜牙も空気が読めない訳ではない。

 

「……65m」

 

「それじゃ、個性を使用して投げて見ろ。全力で……はよ」

 

 円から出るなよ。――相澤がそう追加すると、竜牙はすぐに円の中へと入り、両手と両足に力を入れ始める。

 

――すると、その変化に他の生徒達も気付き始めた。

 

「むっ、手足が……!」

 

「なんだ、あの個性は……?」

 

 鳥頭――常闇と飯田が徐々に変化する手足を見て思わず呟き、その言葉を皮切りに他のメンバーもそこに意識を集中させてくる。

 生える様な、包むような感じで素早く変化する手足。

 しかし、同じ会場であった耳郎と障子だけが腕の変化に気付いていた。

 

「爪じゃない……?」

 

「人間の腕みたいだな……」

 

 白い毛と鱗で身を包んだ両腕。足のみが試験と同じ形態を取っている竜牙。

 最初、そして珍しい個性ゆえに視線は竜牙に集まっているが、当の本人は気付いていない。

 ただただ、競技に集中していた。

 

(人を超えた力――!)

 

 全身を駆ける力。己に眠る“竜”の力を竜牙は解き放ち、ボールを全力で投げた。

 ボールは風を切り、空へと消えて行く。

 そして1分もしない時、相澤が持っていた機械に音が鳴って飛距離を知らせ、相澤がそれを呟いた。 

 

「1024.4mだ。――と言う訳で、まずは自分の“最大限”を知れ」

 

 竜牙が出した記録。それは生身では絶対に出せない飛距離。

 それは“個性解禁”を自覚させられる事になり、同時にその記録が彼等を刺激した。 

 

「なんだこれ……すげぇ面白そう!!」

 

「1024mって凄いな……」

 

「個性が使えるってすげぇよ! 流石ヒーロー科だ!」

 

 重りでも外されたのか、一気に騒ぎ始めるクラスメイト。

 そんな彼等を竜牙はと言うと手足を戻しながら、横目で見つめる。

 

「面白そう……か。あんまり言わない方が良いと思うが」

 

 竜牙は、まるで一種のイベントに参加するかの様にはしゃぐ者達を、少し冷めた目で見てしまう。

 受験から解放され、あの雄英に入学出来たのだから仕方ない反応とも言える。

 しかし――

 

――お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。

 

 竜牙は思い出す。まだまともに自己紹介すらしていない中、相澤が言い放った言葉を。

 もし相澤が最初の印象通りならばと、竜牙は面倒ごとの匂いを感じ取っていた。

 そして、残念ながらそれは当たる。

 

()()()()……か。――ヒーローになる為の三年間を、そんな腹づもりで過ごす気なのかい?」

 

 相澤の言葉に全員の動きが止まる。

 何故か、迫力が今までとは違うと感じたから。

 

「良し……ならトータル成績最下位は見込みなしと判断。――“除籍処分”にしよう」

 

「はあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 相澤の言葉に叫ぶ者がいた。

 あの倍率を勝ち抜き、その学校の入学式に除籍処分の危機に陥るなどと、誰が想像できただろう。

 まず無理であり、いくら何でも横暴としか感じない。

 

「待って下さい! そんな事――」

 

「生徒の如何は先生の“自由”だ。――これが雄英のヒーロー科だ」

 

 飯田の言葉を一蹴する相澤。

 他の生徒も理不尽と抗議するが、自然災害も敵も理不尽が当たり前。

 

――“Plus Ultra”乗り越えて見せろ。

 

 その相澤の言葉を最後に、クラスメイトは皆黙り込んでしまう。

 だが一人――“緑谷”を除いたクラスメイトの表情は既に覚悟を決めている。

 勿論、それは竜牙も同じ。

 

「……この良き“受難”に感謝を」

 

 相澤の言った通り、これも“Plus Ultra”だ。乗り越えれば良い。

 竜牙は始めから覚悟を決めていた。己には“夢”がある。その夢の為にこの受難を乗り越えると……。

 

「ほう……」

 

 そんな竜牙の呟きが聞こえたのか、相澤が意外そうに呟きながら“個性把握テスト”は始まった。

 

▼▼▼

 

【第一種目:50m走】

 

――四足歩行の方が良いな。

 

 竜牙、実技試験と同じ形態となり記録は3秒02。

 

「……スタートダッシュをミスった。3秒きれなかった」

 

「いやそれでも速すぎるって!」

 

「飯田を超えたな……」

 

 竜牙には、やや不本意な記録。

 しかし共に行動している耳郎と障子は十分過ぎると褒めてくれる。

 個性がエンジンの飯田に勝ったのは十分であり、現に飯田も悔しそうに嘆き続けていた。

 

 

【第二種目:握力】

 

 これには自信があったのか腕を複製した障子が540㎏の記録を叩き出す。

 しかし、竜牙も負けじと肩まで体を変化させ、それを超えた800台を叩き出し、周囲を騒がせた。

 

「500と800超えとか両方ゴリラか!? いや、片方は絶対に違うな」

 

「これは自信があったんだがな……雷狼寺、お前の個性って何なんだ?」

 

「――獣化とでも思えば良い」

 

――獣?

 

 竜牙の言葉に全員が疑問を浮かべる。

 明らかにそれは獣以上の何かとしか思えない。――が、竜牙はそれ以上語る事はなかった。

 既に、竜牙の意識は――緑谷に向けられていたからだ。

 

(あいつ……)

 

 竜牙は一人、過剰に焦った様子の緑谷をただジッと見つめながらも、やがて次の種目へと向かった。

 

【第三種目:立幅跳び】

 

【第四種目:反復横跳び】

 

【第五種目:ボール投げ】

 

 その後の種目。どれも竜牙は次々と記録を他者よりも超えて行った。

 だがその最中、やがて“ある三人”から強い視線を受け始める事となった。

 

(確か、八百万・轟……そして爆豪だったか)

 

 竜牙は気付かれない様に三人の方を見るが、八百万と爆豪は悔しさを滲ませている事からライバル視なのは分かる。

 だが問題は轟。表情を変えず、観察する様にずっと見ているのだ。

 眼力からは最早、執念の様なものすら感じれる。

 

 すると、三人の視線に耳郎と障子は気付き、二人は竜牙の下へと駆け寄った。

 

「雷狼寺、なんか見られてるけど?」

 

「あぁ……気付いてる。ライバル視?」

 

「そうだろうな。――爆豪は想像できるが、八百万と轟。あの二人は“推薦組”らしい。だから一般組のお前が気になるんだろ」

 

 障子の言葉に竜牙は納得した。

 一般入試でもあれなのだ。推薦組という事は、それだけでも実力を認められた者達。

 その中で選ばれた八百万と轟にとって、一般で入学し、現在のテスト結果の総合1位である竜牙は気になる存在なのだろう。 

 

「反復は峰田に負けたんだが……」

 

「いや、あれはしゃあないって」

 

 小柄のクラスメイト――峰田は個性を上手く使い、反復横跳びをまさかの1位。

 これには流石の竜牙も参ったとしか言えず、そんな今までの結果を三人で話していた時だった。

 

「緑谷46m……」

 

 相澤の言葉に竜牙は視線を移す。

 どうやら、今は緑谷がボールを投げていた様だが、どこか様子がおかしい。

 相澤も何か指導でもしているのか緑谷に近付き、あれこれと伝えていると、緑谷が何かに気付いた様に叫び始める。

 

「ま、抹消ヒーロー“イレイザー・ヘッド”!!」

 

 『イレイザー・ヘッド』――それが担任、相澤の正体。

 そのヒーロー名に周りは知らない者が大半で、竜牙を含め名前だけを辛うじて知っている者が何とかいるレベル。

 メディアを嫌うヒーローも世の中にはおり、知る人ぞ知るヒーローだ。

 

 そして指導は終わったのか、相澤は緑谷から離れて二球目が始まろうとしていた。

 そんな光景に、緑谷と近い者達は心配する者や疑問に思う者もいた。

 

「何か指導を受けていた様だな……」

 

「ハッ! 除籍宣告だろ!」

 

「うぅ……心配だよ」

 

「心配してる?――僕は全然!」

 

 それぞれの反応の中、麗日に青山という名の生徒はそんな事を言っていた。

――しかし、竜牙もその言葉に同意見だ。

 

「……同感。この状況で心配は無意味だ」

 

 竜牙の言葉に麗日を始め、周りにいた者達の視線が一斉に向けられる。

 特に爆豪の視線は尋常ではなく、親の仇を見る眼力だ。

 

「白髪野郎……!」

 

「君は……雷狼寺君!」

 

「……よろしく」

 

 本当に簡単な挨拶を交わした後、雷狼寺は未だに投げない緑谷を見ながらゆっくりと話し始める。

 

「皆、何かしらの努力をしてここにいる。あの入試の篩いに掛けられて……そしてあの緑谷は勝ち抜いた。ならそれが答えだ」

 

「で、でも……あの地味目の人、まだちゃんとした記録出してないんだよ!?」

 

「ならそれが答え。――“個性”の努力が足りなかったんだ。つまりはヒーローへの努力がな」

 

 竜牙は見る限り、緑谷は個性を扱いきれてないと判断していた。

 相性の問題もあるが、それは実技試験の時からそうだ。

 少なくとも、あれは通過した以上はそれ乗り越える個性と技術があったのだと竜牙は思っており、これで結果が出せないならばそれで終わり。

 

「……まぁ、結果はまだ分からないが」

 

「ハッ! 分かりきってんだろ! “無個性”の雑魚だぞ!!」

 

「無個性?――じゃあ救助活動Pだけで合格したのか」

 

「そうに決まってんだろ、あんなクソナード!!」

 

 余程、緑谷が気にいらないのか。爆豪の緑谷に対する言葉は激しく感情的だ。

 だが、その言葉に竜牙は納得できた。無個性ならば、ずっとビクビクと怯えや焦りの様子が納得できる。 

 思い出作りとして試験を受け、運よく救助活動Pで合格してしまったのだろう。

 

「……運が良いんだな。けど、そんな無個性が俺は――」

 

――羨ましい。

 

 竜牙は思わずそう呟こうとしたが、それは飯田の言葉によって遮られた。

 

「無個性!? 何を言っているんだ! 彼が実技試験で何をしたのか知らないのか!? あの0Pの仮想敵を――」

 

――ぶっ飛ばしたんだぞ!

 

 それと同時だった。緑谷の投げたボールが空高く跳んでいったのは。

 

「……記録706m」

 

「ヒーローらしい記録出た!」

 

 相澤の言葉に、麗日が嬉しそうに飛び跳ねる。

 投げた緑谷はどこか表情が苦しそうだが、少なくとも竜牙に緑谷の答えが見えた。

 

「……無個性な訳がないか。あの0Pを倒したのも納得」

 

 竜牙はそう言い終えると、静かにその場を後にする。

 後ろで爆豪が何か騒いでいたが、相澤によって拘束されてすぐに収まり、そのまま個性把握テストは進んでいった。

 

――そして結果発表。

 

「結果発表だ……因みに除籍は嘘ね」

 

 空中に結果を表示しながら相澤はそんな事を言い、何名かは壮絶な表情をしていた。

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない。……すぐに分かりましたわ」

 

 唯一、八百万だけが嘘だと見破っていた様で、緑谷達を呆れた様子で見ていたが、竜牙は――。

 

(……“自由”だから、やっぱ止めたって事だったり)

 

――雄英は“自由”な校風が売り文句。

 

 相澤の言葉が脳裏に過りながらも、もう過ぎた事だと思う事にしたのだった。

 そして全てが終わり、教室に戻ろうとする竜牙を耳郎と障子が呼びかける。

 

「雷狼寺! 早く行くよ!」

 

「教室で説明がある様だ……」

 

 いつの間にか“友達”になっている様で、雷狼寺は三人セットが自然に感じ始めながらも静かに頷くのだった。

 

「……今行く」

 

 因みに“個性把握テスト”結果――雷狼寺 竜牙――順位1位。

 推薦組の八百万と轟を2位と3位に抑え、彼等からの注目度も上がり出す。

――しかし、それでも竜牙のヒーローアカデミアは、まだ始まったばかりだ。

 

 

END



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第三話:激戦! 戦闘訓練

ヒーローアカデミアで雷光虫との共生設定は作れませんでした


 

 入学式――否、個性把握テストの翌日。

 意外にも、翌日から普通の授業は始まった。 

 マイクの英語の授業など、あまりに普通過ぎて“何か”が逆についていけなかった程に普通。 

 お昼も何かあるかと思いきや、普通にクックヒーローの料理を安価で食べることができ、普通に良かった。

 

――が、普通なのはここまで。

 

「わーたーし――が!!!――普通にドアから来た!! HAHAHAHA!!」

 

 午後から遂に始まる“ヒーロー基礎学”――先生は勿論、オールマイトだ。

 そんな彼の登場にクラスは大盛り上がり。

 

「すげぇ! 本当にオールマイトだ!」

 

「銀時代のコスチューム来てるけど、本当に教師やってるんだ!?」

 

「……胸熱」

 

「嬉しい時は素直に喜びなって……」

 

 周りとの温度差。

 静かに胸を熱くする竜牙に耳郎は苦笑する中、画風が違うオールマイトは一気に加速する。

 

「早速行くぞ――“ヒーロー基礎学”!! ヒーローに必要な知識を教えるぞ!! あっ単位多いから気を付けて!」

 

 素早く必要な事を説明するオールマイトに皆、付いて行けず、聞き返すよりも先にオールマイトは早速今日の内容を示した。

 

「今日は早速やるぞ!――戦闘訓練!!」

 

――戦闘訓練!?

 

 その言葉に全員が身を引き締める。好戦的な者達は既に瞳もギラつかせていた。

 

「更に入学前に貰った“個性届”と“要望”に沿って作られた――」

 

――戦闘服!!

 

「おぉ!!」

 

 オールマイトが叫びや否や、教室の壁が飛び出し、中には細かく収納された戦闘服。

 その登場にクラスのボルテージも更に上昇。

 

「さぁ! 着替えてグラウンド・βに集合だ!!」

 

 オールマイトの言葉に全員が頷き、それぞれのコスチュームを持ち、そして纏った。

 それによりグラウンド・βへと現れたメンバーは皆、コスチュームを纏った一人のヒーロー。

 その中に竜牙の姿もあった。

 

「要望通り……良いな」

 

 竜牙の戦闘服。

 それは全身が狼の様な毛皮、竜の様な鱗や角がある野生的な物。

 だが和の要素の陣羽織も纏っており、意外なデザイン性も残していたが、その真骨頂はデザインや丈夫さではない。

 

――発電機能もあり、提供した“雷狼竜”の素材もちゃんと生かされている。

 

「――満足」

 

「確かに凄いね。あんたのコスチューム」

 

「個性も使えばフル装備だな……」

 

 竜牙が満足していると、声を掛けたのは戦闘服に身を包んだ耳郎と障子だった。

 耳郎は一見軽装だが、靴が普通のよりも違う装備重視。

 障子もまたシンプルだが、彼の個性的に動きが制限されない性能重視なものだ。

 

「……二人も装備と性能を考えられてるな」

 

「うん。うちの場合はプラグは伸ばせても接近戦になるし、遠距離用の装備が欲しかったから」

 

「俺も複製する以上は動きに制限をしたくないからな」

 

 それからも互いにここが望んだ、そこはもっと何か欲しかった等と会話を続けて行く。

 他も同じ様な会話であり、それはオールマイトが到着するまで続いた。

 

「さぁ!! 有精卵共!!――戦闘訓練の時間だ!!――内容は“屋内の対人戦闘”さ!」

 

 オールマイトの説明が始まった。

 今の世の中、凶悪敵との出現率は屋内が高く、それらを想定したヒーロー組・ヴィラン組に分かれての2対2の屋内戦を行うとの事。

 そしてルールも次の通り。

 

・制限時間内に『核兵器』確保。敵を全員を確保すればヒーローの勝ち。

・制限時間内まで『核兵器』守護。ヒーローを全員を確保すれば敵の勝ち。

 

 以上のルールの下に訓練は行われる。 

 場所も訓練用のビルで行い、チーム決めも公平にくじ引き。

 

「……【I】か」

 

「あっ私と一緒! よろしくね!」

 

 竜牙が引いたのはIのくじ。そして相方は手袋とブーツだけを着用した透明女子――葉隠 透だ。

 

「雷狼寺 竜牙だ。――所で、葉隠はなんで手袋とブーツだけ見える? コスチュームと同じ様にステルスにしてもらえば良かったんじゃないか?」

 

「えっ……あぁ! これ違うよ! 私のコスチュームはこの手袋とブーツだけ。後は全部脱いだの!」

 

「……脱いだ?」

 

 葉隠の言葉に竜牙は思考が停止する。

 脱いだ?――何を?――服を全部?

 

「……全裸?」

 

「うん全裸! 私だって本気だよ!」

 

 本気になる所が違う気がする。

 竜牙は葉隠の言葉に女子的にどうなのかと悩む。確かに透明的には正しく、見た所で何も分からないがやはり複雑だ。

 そんな風に悩みながら竜牙がジッと葉隠を見ていると、手袋とブーツがやや離れて行く。

 

「雷狼寺君……流石にちょっと恥ずかしいかな……」

 

「!」

 

 竜牙が冷静に己の行動を思い出してみる。

 いくら透明だからといっても、己のやっているのは全裸の女子高生をガン見しているだけだ。

 明らかに不審者であり、竜牙は冷静に謝罪しようと考え、そして――

 

「ありがとうございます」

 

 何故かお礼を言ってしまった。

 そして互いに沈黙する事数秒……竜牙は自分の言葉に気付き、葉隠も我に返った。

 

「も、もう! 雷狼寺君!!」

 

「……す、すまない」

 

 葉隠にポカポカと叩かれながら謝る竜牙。

 そんな二人は端から見ればイチャついてる様にも見え、少し離れた場所で峰田は血涙を流し、そして耳郎もまたそれを見ていた。

 

「ねぇ……うちの時と対応違くない?」

 

「……俺に言われてもな」

 

 チームは違うが、傍にいた障子が巻き添えをくらう。

 やきもちではないが、耳郎からすれば何か凄く納得できない対応の差。

 そんな訓練前に今にも奇襲を掛けそうな耳郎を障子が止めていると、オールマイトが箱から番号を引き当てていた。

 

「良し!――まずはAチームがヒーロー! Dチームがヴィランだ!――それ以外の皆はモニター室へ行こう」

 

 第一回戦:Aチーム・緑谷&麗日VS Dチーム・爆豪&飯田

 

(……緑谷と爆豪。どんな訓練になるのか……やや不安)

 

 不安定な緑谷。そしてそんな緑谷に過剰な反応を見せる爆豪。

 竜牙は組み合わせ最悪の展開に胸騒ぎを覚えながらも、皆に合わせて移動を始めた。

――が。

 

「雷狼寺君……! まだ話は終わってないよ!」

 

「……ごめん」

 

 まだお説教は終わっていなかった。

 

 

▼▼▼

 

 結果だけ言えば勝ったのは緑谷のAチーム。

 緑谷と爆豪がタイマンで戦っている間に麗日が核に接近、飯田がそれを防衛。

 しかし過剰な爆豪の攻撃の中、一瞬の隙をついて緑谷が麗日を援護。そのまま攻勢にでて麗日が核を確保して勝利したのだ。

――その代わり、緑谷は保健室へとそのまま運ばれてしまった。

 

(……緑谷の作戦勝ちだ。だが実戦ならば双方共に負け――いや、ただ被害が出ていただけか)

 

 竜牙は先程の映像を見て、純粋にそう思った。

 既に八百万が評価を話し、訓練と言う名の甘えによる“勝利”だと言っている。

 だが、勝利は勝利。爆豪はショックで顔を下に向けている。

――しかし、それでも訓練は続いて行く。

 

「次は場所を変えて!!――ヒーローはBチーム! ヴィランはIチームだ!」

 

「!――雷狼寺か」

 

「……障子のチームか」

 

 竜牙の番。相手は障子&轟。

 特に障子は実技試験で竜牙の力を知っており、既に無意識に表情を険しくしていた。

 そんな双方は対峙する。

 

「……負けるつもりはない。本気で行くぞ障子」

 

「あぁ……俺も全力でお前に挑む」

 

 対峙する二人に周りは男らしいと評価され、葉隠も羨ましいと思って見ていた。

――轟を除いて。

 

「……俺はヴィランだ。先に行く。――行こう葉隠」

 

「うん!――よっしゃ! 私も本気で行くよ!!」

 

 そう言い終え、竜牙は葉隠と共にビルへと向かった。

 そしてその後を追う様に、障子達もその場を後にする。

 

 

▼▼▼

 

 ビルの最上階。そこにハリボテの核は置いてあった。

 防衛するヴィラン役の竜牙と葉隠は、そこで作戦会議を行っていた。

 

「よっしゃ! 私も本気出すよ!!」

 

 そう言って葉隠は手袋とブーツすら抜き、小型無線機を除いて完全に透明となり戦闘準備を整えた。

 その隣では竜牙もまた、耳を変化させており、既に態勢も整えている。

 出来る限りの全力。建物の破壊も最低限と言われている以上、全ての手札は切れない。 

――しかし、負けるつもりは更々ない。

 

「……油断するな葉隠。障子は肉体の部位を複製する。耳も然り……索敵は得意だろう」

 

「大丈夫!まっかせて!……でも、問題は轟君だね。推薦組って話だし」

 

「……確か“氷”だったな個性は」

 

 思い出す限り、轟は個性把握テストで氷を使って記録を出していた。

 竜牙にとってはそれが“問題”だが、だからといって諦める前提の程ではない。

 なにより、恐らく轟は……。

 

「――葉隠。ブーツは履いといてくれ」

 

 “可能性”を考え、葉隠にブーツを履くように促す。

 そんな竜牙が思い出すのは轟の“目”だ。警戒はしているが、明らかに眼中になし。――見ている相手が違う者の目を竜牙は知っている。

 轟の目はまさにそれだったのだ。

 

「えっ……うん分かった」

 

 葉隠はブーツを履いてくれた。

 これで万が一は大丈夫だろうが、この決着は恐らく短時間で終わるだろう。

 

「更に向こうへ……」

 

 竜牙は静かにその場で佇み、訓練開始を待つことにするのだった。

 

 

▼▼▼

 

――訓練開始。

 

 障子は轟共にビルの中に入り、早速索敵を始める。

 耳を複製し、細かく判断しようとするのだがヴィラン側に動きはなく、障子も相手の警戒の高さを感じていた。

 

「殆ど動きがない……どうやら俺の索敵は警戒されている様だ」

 

「関係ねぇよ……お前には悪いが、外に出ていてくれ」

 

――すぐに終わる。

 

 轟の言葉に取り敢えずは外に出た障子。

 しかし次の瞬間、障子は我が目を疑う。まさに一瞬――

 

――ビルは一瞬で凍り付いた。

 

 その光景に障子。そしてモニターで見ていた者達も驚きを隠せなかった。

 

「なんて事だ……仲間、核、建物も傷付けずに制圧するとは。これならば敵も弱体化できる!」

 

「無敵じゃねぇか!!」

 

「入試1位と推薦組の戦いだから見物だと思ったけど……これじゃ勝負になんねぇぜ……!」

 

 ビルを丸ごと凍らせた。その光景は衝撃的過ぎて、見ている者達は轟達の勝利を疑わなかった。

――オールマイトと耳郎を除けば。

 

「――む!!」

 

「いない……?」

 

 二人は気づく。本来ならば氷漬けにされているであろう竜牙と葉隠がいた筈の場所。

 核の部屋に少し前までいた二人の姿がない事に。

 気付いた他の者も一斉に探し始めた。

 

「どこだ!」

 

「さっきまでそこにいたよね!?」

 

 皆が探している間にも轟達は核の部屋へと向かう為、廊下を歩いている。

 歩き方にも余裕はあり、倒せなくとも弱体化した事を確信した様子だ。

――だが、そんな時に“それ”は現れる。

 

「あっ――見つけた!」

 

 見つけたのは尾の生えた尾白。

 二階の廊下。そこで手足を変化させ、四足歩行で佇む竜牙と背に乗っかるブーツ、つまりは葉隠の姿があった。

 竜牙は身体が凍り付いており、身体も震えている。

――しかし、その時は訪れる。

 

『!』

 

 モニターで見ている者達が竜牙の変化した耳が大きく動いたと思った瞬間――

 

――竜牙は己が佇む床を破壊した。結果、どうなるかと言うと……。

 

 

▼▼▼

 

 

「ッ!?――上だ!!」

 

 障子が叫ぶと同時、天井が崩れて何かが共に落ちて来た。

 しかし、轟の反応は僅かに遅れてしまう。速い、そう速いのだ落ちて来たものが。 

 

『グオォォォォォッ!!』

 

 遠吠えの様な声と同時に、障子は強烈な衝撃に襲われる。

 障子は咄嗟にそれが巨大な“尻尾”である事を認識するが、衝撃に混ざった痺れで身体に支障。同時に更なる衝撃に襲われる。

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 何かが叫びながら自分に迫って来ているのだ。

 だが、その声に聞き覚えはある。そう葉隠の声だ。

 

「透明の奴!?」

 

 崩れた天井の粉塵が邪魔だが、確かに拘束テープが浮いている。

 捕まってなるものか。そう思い、障子は痺れた体に鞭打つが、そこでまさかの事態。

――足を滑らせたのだ。床の氷で、思いっきり……。

 

「しまっ――」

 

「取ったぁぁぁぁぁ!!!」

 

 最後に聞いたのは葉隠の叫び。

 結果、呆気ない取っ組み合いの結末は自分が拘束され、テープでぐるぐる巻きにされると言う結末に障子は無念そうな表情を浮かべるのだった。

 

――その頃、轟は焦っていた。

 入試1位、雷狼寺 竜牙の事を侮っていた訳ではなかった。だが、初撃を防ぐ事は出来ない。確実に弱体化はしただろうと確信を持っていた。

 事実、竜牙は氷結に弱っていたのは正しく、身体の負担は通常よりも増していた。

――だが、それで勝てると思ったのが轟の油断。

 

『グオォォォォォォン!!!』

 

 竜牙は個性に身を委ね、本能のまま遠吠えの如く咆哮を鳴らし、人の姿の大半を捨てて轟に飛び掛かった。

 落下と同時に尾で障子を攻撃し、その隙に背中に乗っていた葉隠が突撃。

 問題はそこからだ。真下に落ちたが、轟は緊急回避。だがそれは想定済み。

 前足を放ち、轟に強烈な一撃をお見舞い。更に両前足から放電。前方広範囲、轟が回避する術はない。

 

(……回避出来るものならばしろ。俺を止める事が出来るなら!)

 

「くッ……なめんな」

 

 強烈な痺れを感じても尚、轟は勝利は諦めていない。パニックにもなっていない。

 目の前の人の姿を捨てかけた存在。獣人の様な不可思議な存在に負けじと、再び己の個性、右側の半冷を放った。

――瞬間。

 

『!』

 

 竜牙は即座に察知。

 宙に飛ぶことで、地面から生える無数の氷柱を回避。

 その驚異の動きに轟は勿論、オールマイト達も息を呑んで見守っていた。

 

「何が起こっているんだ! 轟君達が優勢と思えば、障子君が捕まって! 轟君が追いつめられてるじゃないか!」

 

「やべぇ!! 轟もやべぇけど、雷狼寺もやべぇ!!!」

 

「爆豪も才能マンだったけど、雷狼寺と轟は更に才能マンじゃねぇか!」

 

 飯田も理解が追い付かず、切島と上鳴が叫ぶ。

 他の者達も衝撃な展開と戦闘に目を奪われ、八百万や爆豪ですら呆気にとられてしまう。

 

「……こんなにも差がありますの?」

 

「……クソッ」

 

 八百万も爆豪も確実に周りより頭一つ出ている才を持っている。しかし、そんな彼等でさえ雷狼寺と轟の戦う姿を見て、自分達では勝てない。――そう思ってしまった。

 ビルを一瞬で凍らす者。それに立ち向かい、劣勢からも諦めずに瞳に闘志を宿す者。そんな者達の戦い。

 そんな中でだ。オールマイトもまた、いつもの笑顔を浮かべながらも竜牙の動きに衝撃を受けている人物。

 

(彼の個性届は目に通していた……だが、 これ程とは )

 

 オールマイトが見た竜牙の個性届。それは特殊の中の特殊。

 知っている者は当然ながら先生達のみ。

 

(“突然変異”で誕生した個性!――この世に存在し得ない生物!!――これが『雷狼竜』の個性か!)

 

 オールマイトが竜牙の個性に考える中、竜牙と轟の戦いに動きが起こる。

 

『グオォォォォォォン!!』

 

 宙に回避した竜牙。そのまま身体を素早く回転、そして落下。

 その肉体で強烈な一撃。人外レベルの反射神経、身体動作に轟の対応が間に合わない。

 

「ガハッ!!」

 

 強烈なボディプレスが直撃し、身体の酸素を吐き出す轟。だが、彼はまだ諦めない。

 轟もまた執念を持ちし少年。最後の最後まで諦めない。諦めることはない。

 

(負けてたまるか……!――こんな所で負けんなら、俺の今までの苦労は――!)

 

――だが。

 

『……終わりだ』

 

――放電。竜牙が放ったトドメの技。彼の体内に蓄電されている電気を解き放ったのだ。

 

「!!」

 

 小さな叫びを最後に、轟は意識を失った。

 拘束テープを巻くまでもなく、勝敗は決まった。

 

『勝者!!――ヴィランチィィィィィィィィム!!!』

 

 オールマイトの放送。それを聞いた時、竜牙は身体を人へと戻した。

 そして息を乱しながらも、気を失う轟に肩を貸しながらゆっくりと歩き出した。

 

(少しは……俺や葉隠を見れたか?)

 

 気を失う轟へ、竜牙は僅かに表情を崩しながらそう思うのだった。

 

 

▼▼▼

 

「今回のベストはぁぁぁ!!――雷狼寺少年!!――分かる人!!」

 

「はい!――それは今回、雷狼寺さんが突破口を開いたからですわ」

 

 手を挙げたのは八百万。

 彼女は先程までの戦いについての評価を話し始めた。

 

 まずは轟。轟は最初の攻撃は良かったが、その後の油断で結局は形勢を逆転されてしまった。

 最後までどんな状況にでも対応できなければならない。ヒーロー側ならば尚の事。

 

 次は障子。障子もまた轟と同じ、轟の氷結に油断を生んでしまったのだろう。

 

 雷狼寺。氷結の中、葉隠を背に乗せて、床を破壊して奇襲と氷結脱出を果たす。

 その後は、障子に一撃。そして一気に轟を制圧して勝利まで持っていた。

 

 そして葉隠。ある意味では、本当のベストは彼女かも知れない。

 雷狼寺の奇襲後、一気に障子を確保。破壊等の点を除けば、シンプルな活躍故に彼女がベスト。しかし、逆にそれ以外の行動をしていない事が残念。

 

 

「――という感じです。破壊行動、立場が逆ならばまた評価は変わりますが……」

 

「いや! それぐらいで十分だ!!――さぁ! このまま次に行こうか!!」

 

 八百万の評価も終わり、オールマイトは少し急ぎ気味にまき始めた。 

 思ったよりも時間がかかり過ぎたのだろうか。そう思いながらも竜牙も疲労しており、腰を下ろしながら次の訓練へ目を向けて行くのだった。

 

――その後、全ての訓練が終わり、オールマイトは緑谷の下へ向かうと言って素早くその場を後にしてしまう。

 あっという間の授業終了に竜牙達も困惑しながらも、やる事もなく、そのまま教室へと戻って行くのだった。

 

▼▼▼

 

「ほんと強ぇな! 轟に勝つなんてよぉ!!」

 

「凄かったね! 何が起こったか分からなかったよ!」

 

「一体、どんな個性なんだ?」

 

「狼の様で少し違ったわね……」

 

「獣の力を持つ者か……」

 

「葉隠の感触について洗いざらい全て!」

 

 時間は授業も終わり下校時間。

 しかし竜牙は帰る事が出来ず、クラスメイト達に取り囲まれていた。

 切島、芦戸、砂籐、蛙吹、常闇、峰田。個性豊かなクラスメイト達は先程の戦闘訓練の事が聞きたくて仕方なかった。

 推薦組。しかも雄英のヒーロー科のだ。それだけでも一般組とはレベルが違う者達。

 それを竜牙が圧倒した事実。そしてその個性の正体が聞きたいのだ。

 

「……轟は油断していた。そして障子も、轟の力に呑まれていたからな。障子が油断していなかったら俺の奇襲もバレていただろう」

 

「ぐっ……」

 

 冷静に語る竜牙のその言葉が障子に突き刺さる。

 互いにぶつかり合う事を約束したが、実際は轟の一強であった。

 流石にそれには障子も思うところがあり、そのまま肩を落とし、そんな障子を耳郎が肩を叩いて慰めた。

 

「まぁ受難に感謝ってやつでしょ。あれは仕方ないって……」

 

「だが……実際、俺は何も出来ていなかった。そんな自分が許せん。――だから、次は負けん」

 

「……次も負けない」

 

 あまり表情を出さない障子と竜牙。

 しかしそんな二人の間には確かな熱い繋がりがある事、それをクラスメイト達も分かっている。

 

「男らしいぜ!!」

 

 何故か切島が一番感動しているが、話はそれで終わらない。

 カエルっぽい女子。蛙吹がひょこっと竜牙の前に顔を出して来た。

 

「ところで雷狼寺ちゃん?」

 

「……なんだ蛙吹ちゃん」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。――あなたの個性ってなんなのかしら? モニターだとあなたの攻撃で見づらかったけれど、姿は狼ぽかったわ。でも、狼に鱗はないわよ?」

 

 見た目からは察せなかったが、意外に斬り込んで来る蛙吹に竜牙も悩む。 

 ハッキリ言って竜牙的には言いたくない。“昔”の事が原因で、己の個性に少し敏感な所があり、出来ることなら流したい問いだ。

 しかし、竜牙は己の個性の“真の力”を、まだ雄英では人目の少なかった0Pの時にしか使っていない。

 これからも人前では使いたくないが、少なくとも“あの状態”を見せていない以上は言い訳は作れる。

 

「……狼の個性。南米の奥地にいる新種」

 

「新種?」

 

「マジか! 南米に新種の狼っていんのか!?」

 

 竜牙の言葉に蛙吹は首を傾げるが、切島は見事に騙された。

 これで安心。――かと思ったが、話を聞いていた耳郎が現れ、疑いの眼差しで竜牙を見つめる。

 

「……うちも初耳なんだけど?」

 

「……俺も初耳」

 

「嘘じゃねぇか!!」

 

 耳郎の言葉に思わず正直に吐いてしまい、切島にも流石に気付かれた。 

 しかし、強ち全部が嘘ではない。本当でもないが、少なくとも竜牙的にはこれが限界。

 すると、そんな竜牙の様子に耳郎は溜め息を吐き、呆れた様子で竜牙の頭へ軽くチョップを喰らわした。

 

「……全く。変な嘘つくなって……言いたくないんでしょ?」

 

「あまり表情を出さない分、逆に雰囲気で分かりやすいからなお前は」

 

 耳郎の後ろから障子も現れ、庇う様に竜牙の心を代弁する。

 まだ長い付き合いどころか、日数的には一週間も過ごしていない。

 だが、その短い付き合いは確かに濃かった。

――実際、試験が終わった日の夜。耳郎も障子も、何故か竜牙の存在が頭から離れなかった程だ。

 

――あんな奴もいるんだ。

 

 二人の共通の思い。

 周りは逃げ、自分達も逃げようとした中でただ一人残った受験生。

 その時に言った言葉も覚えていた。

 

『……それじゃ、今逃げているあの連中が“私が来た”って言っても――人々は“安心”するのか?』

 

 そう呟き、0Pへ挑もうとする竜牙の後ろ姿。

 それは確かに、嘗て自分達が憧れたヒーローの後姿。――格好よかったのだ。あの時の竜牙が。

――無表情でマイペース過ぎるのがキズだが、それでもそう思ったのは耳郎と障子の偽りなき意思。

 

――だから分かったのだろう。竜牙が“個性”の話になった時、悲しそうな雰囲気になる事に。

 

「そんな凄い個性なのにか? 勿体無いって!」

 

「俺も尻尾の個性だから参考にもしたいし、余計に気になるな」

 

 疑問に感じ、そう言ったのは瀬呂と尾白。

 瀬呂に関しては野次馬根性だが、尾白に関しては尻尾の個性故に竜牙の尻尾捌きが気になっての事。

――しかし、それでも竜牙の意志は変わらない。

 

「……悪い。いつかは言えると良いんだが……今は言いたくない」

 

 別に内緒が良いとか、個性秘密主義とかではない。

――ただ思い出すのだ。昔の事を……。

 

『もう勘弁して!! 私じゃあなたを育てられない!!』

 

『理解してくれ……お前と私達は違うんだ……!』

 

――幼い頃に放たれた言葉。だからか記憶がそれを薄れさせず、鮮明に覚えているのだ。

 その原因こそが――竜牙の持つ“個性”だ。

 そして、力なく答える竜牙の声に察したのか、止めに入ったのは切島だった。

 

「もう良いだろ! 無理矢理なんて男らしくねぇ!」

 

「そうだぜ。それにもっと聞かなきゃならねぇことがあんだろ!」

 

 ここで意外な伏兵現る。それは峰田の存在。

 男らしく止める切島に続けと言わんばかりに峰田も止めに入ったのだが、何故か彼の鼻息は荒く、眼も血走っている。

 明らかに異常。だが、そんな彼を止める者はおらず、竜牙の前に降り立った。

 

「葉隠の感触どうだったんだよぉぉぉぉ!! ブーツだけの全裸JKに乗ってもらえるとか!! 最早羨ましすぎて犯罪だろうが!!――で、どうなんだ? 感触は? 全裸は? 全部話せぇぇぇぇぇ!!!」

 

 血涙をまじかで見ることになるとは、A組の誰も思っても見なかっただろう。

 そして同時に、女子がゴミを見る様な目でクラスメイトを見つめる光景も同じく。

 

「……黙秘する」

 

「ハァッ!! 紳士ぶってんじゃねぇぞ雷狼寺!! この世の男に紳士なんか存在しねぇ!! 存在すんのは“スケベ”か“むっつり”だけなんだよッ!!!」

 

 竜牙は思った。一体、どんな恨みを買えば出会って間もないクラスメイトに血涙を流されながら、ここまで追及されるのかと。

 ハッキリ言って怖い。この小柄なケダモノが、翌日笑みを浮かべながら家の前にいるかもしれない。

 そんな想像をするぐらいに。

 

(……仕方ない)

 

 竜牙は決めた。このまま何も言わなければ、この峰田は確実に何かを起こすだろうと。

 しかし、そうと決めても困ってしまうのが現状。

 あんな神経を使う演習の中、そんな事を気に出来るのは目の前の峰田ぐらいなもの。

――だが、そんな時に竜牙の“記憶”が覚醒する。

 

「……詳しくは言えない。――だが、結構()()()……とは言っておく」

 

――竜牙がそう言った瞬間、峰田の動きが止まる。

 身体は揺れ、白目を向いて何かをブツブツと呟き続ける。

 妄想の世界にトリップでもしたのだろう。これで静かになり、万事解決と言えよう。

 

――否、そんな訳がなかった。

 

「雷狼寺く~ん!」

 

 背後に迫る存在。しかし、そこには何もいない。宙に浮いた制服だけ。

――つまりは葉隠だ。葉隠はプリプリと怒っている様で、見えない手で後ろから竜牙の両頬を引っ張った。

 

「そんな事を言う口はこの口か~!!」

 

「……だきふいたのわ、おまへふぁ」

 

 竜牙の覚醒した記憶の内容。

 それは演習が終わり、轟を保健室に向かわせるロボットに乗せた時の事だった。

 

『よっしゃー! 勝ったよ雷狼寺くん!!』

 

 ブーツだけの葉隠が喜びながら抱き着いて来たのだ。

 首に手を絡められた感覚。そして胸に当たる“ポヨン”の存在。――確かにそこには“あった”のだ。

 

「もう! こうなったら何か奢ってくれないと許さないよ!」

 

「ケンタ〇キーで良いか?」

 

「意外なチョイス!?」

 

「つうか俺も行きてぇ!!」

 

「私も私も! もうそこで反省会もしちゃおう!!」

 

 葉隠に言ったのだが、いつの間にか切島達も盛り上がって行った。

 竜牙が葉隠に対する詫び、そしてチキンが食べたかっただけ。

 

「おおい! 飯田も麗日も行こうぜ!!」

 

「ケンタ〇キー!?――でも私……あんまりお金が……」

 

「そうだぞ皆! 寄り道をするなんて親御さんが心配したらどうするんだ!!」

 

 切島の言葉に麗日と飯田も反応するが、麗日は行きたそうだが財布の事情で行きずらそうで、飯田は普通に真面目(飯田)だった。 

 

「店は俺が決めたんだ……全員分、俺が持つ。――あと、クラスメイトで反省会する事は良いことだろ? 親睦を深めるのは悪い事じゃない」

 

「う、ううむ……確かにそうだが、雷狼寺君だけに払わせるのは……」

 

「そうだぞ。少し高いが、自分の分は自分で出す」

 

「そうだよ! そこまでしなくて大丈夫だよ!」

 

 飯田は先程よりも受けが良いが、障子も葉隠も言う様に少し申し訳なさそうだ。

――しかし、竜牙にはそんな事は“些細”な事。

 

「だったらドリンク代だけ払え。それでも納得しないなら葉隠だけにするぞ?」

 

 そう言って荷物を纏める竜牙に焦り、結局切島達が折れた。

 

「しゃあねぇ……その代わり、これは借りって事にしてくれ! ただ奢ってもうのは男らしくねぇからな」

 

「うんうん! そういう事にしよう!」

 

「……好きにしろ」

 

 切島と芦戸の言葉に周りが頷く事で竜牙も折れた。

 そして飯田も麗日も行く。――と言うより、先に帰宅した者以外は全員参加が決まった中、麗日が思い出すように待ったをかける。

 

「あっ! 待って! まだデク君が!」

 

 緑谷がいない事を麗日が思い出したと同時、クラスの扉が開き、そこに緑谷が現れる。

 保健室では治りきらなかったのか。左腕はまだ包帯を巻かれているが、ある意味で今日のもう一人MVPである。

 そんな緑谷の帰還に切島達が彼の周りに集まって行き、緑谷がもみくちゃにされる中、耳郎と障子が竜牙の傍へと移動して来る。

 

「良いのあんな事言って……? 無理してんなら私も少し出すけど?」

 

「俺も少し出せるぞ?」

 

 二人は竜牙を心配してるらしく、そう言って財布を確認するが竜牙は特に動きを見せる事もなく、ただ小さく呟いた。

 

「……問題ない。――“両親”からは金()()は貰ってる」

  

 そう言って竜牙が己の財布を見せると、中にはあるわあるわ。――札束にカードの束。  

 明らかに学生の持つ金額ではなく、二人は当然驚いてしまう。

 

「ヤバッ!? なにそれ……」

 

「凄いな……親は会社の社長か何かか?」

 

「……そんなもんだ」

 

――本当に“欲しいもの”は貰えないがな。

 

 竜牙が心の中で呟く声を聞く者はいない。

 そして、竜牙は言い終えると、皆と同じ様に緑谷の下へと向かった。 

 

「……緑谷」

 

「あっ……えっと――雷狼寺君!」

 

「……よろしく。――これから反省会でケンタ〇キーに行くが、お前も来るか? 今なら奢りも付いてくる」

 

「いや、そんなおまけ付きみたいに言うなって……」

 

 変なところでズレている竜牙のコメント。それに突っ込んでくれるのはやはり耳郎だ。

 しかし、当の緑谷は申し訳なさそうにしていた。

 

「ごめん! ちょっとかっちゃんに大事な話が合って、また今度誘って!」

 

 そう言うと緑谷はそそくさと行ってしまい、残された竜牙はどうしようも出来ない。

 仕方なく、緑谷を抜いて残りのメンバーで竜牙達は反省会へと向かうのだった。

 

 

 

END




竜牙「すみません。骨なしのガーグァセット一つください」

クラスメイト「骨なししか食えないのか・・・」


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第四話:予兆! 委員長と宣戦布告

「オールマイトの授業はどうですか!?」

 

「……胸熱」

 

 登校時間。雄英の校門の前に居座る集団――マスコミ。

 その内の一つからの質問に竜牙は足を止めずに答え、そのまま校内へと入っていった。

――が、後ろの方では生徒達の声が未だ多く聞こえ、このままでは登校の妨害で遅刻者がでるだろう。

 そう思っていたが、数人の先生達とすれ違った事でそれは心配なさそうだと思い、竜牙は自販機に寄り道してから教室へと向かうのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

「……学級委員長を決めてもらう」

 

『学校っぽいの来たぁぁぁぁ!!!』

 

 前日の実戦演習の説教から始まった授業。

――しかしそこからのどんでん返し。学校らしい課題が始まった。

 

 そして同時に始まる自己推薦の嵐。

 普通ならば誰もやりたがらないが、ここはヒーロー科。

 集団を導くと言う大事な役目があり、トップヒーローに必要な力を磨けるのだ。

――勿論、例外もいる。

 

(……まずは己を磨く事に専念したい)

 

 竜牙的にも轟を倒せたからといって、この我の強いメンバーを纏めるのは骨が折れる。

 ならば、今は自分磨きに力を入れた方が竜牙的には良い。――だが、そう簡単に事態は収まらないもの。

 

(……決まりそうにもないな)

 

 皆が自己推薦ばかりで、他者を推薦する者はいない。

 これでは絶対に決まる訳がなく、また面倒ごとになりそうだと思った時だ。

 

「静粛にしたまえ!! “多”を導く大変な仕事だぞ! それをただやりたいからと、簡単に決めて良い筈がない。――今こそ! 信頼えるリーダーを決める為、投票を行うべきだ!!」

 

 飯田がここで男を見せる。  

 周りの暴走を止め、全員に後腐れなしの投票を提案したのだ。

――が、そんな彼もまた、誰よりも綺麗に真っ直ぐに手が伸びていた。

 

『うそつけ!? そびえ立ってんじゃねかよ!!』

 

「日も浅いのだから信頼なんて薄いわ飯田ちゃん……」

 

「だから……だからこそ……ここで票を取った者こそ本物だと思わないか!」

 

 蛙吹の言葉にもめげずに飯田は反論し、その言葉に全員が黙った。

 確かに殆どの者が己に入れようとする中、ここで票を取った者は本物だ。

 

(……一番、挙手が綺麗だった飯田に投票しよう。それに――)

 

 やや考えながらも、既に竜牙は他人事状態。八百万が作り、配られた用紙。それに素早く“飯田”の名前を記入し、そのまま投票して終わりだ。

 そして、そのまま結果発表。

 

 案の定、大半が自分に投票する中。名前がないのは少数であったが、その中でも3票と2票を取った者が現れる。

――緑谷3票。八百万2票だ。

 

「僕が3票!!?」

 

「あと一票……悔しいですわ」

 

 結果が決まる中、それでも多少の文句はあったが何だかんだで纏まり、緑谷が委員長・八百万が副委員長が決定した。

 しかしそんな中で、一番やりたそうだった飯田は一人、黒板に書かれている自分の名前を見つめていた。

 

 飯田――1票。

 

「一体、誰が……」

 

 その飯田の呟きを聞く者は誰もおず、竜牙は窓の景色を見ながら欠伸をしていたのだった。

 

――余談だが耳郎と障子は自分に投票しており、最初は竜牙に投票しようと思ったが、投票が終わるまであからさまに一回も目を合わさなかった事で察したらしい。

 

 

▼▼▼

 

――そして午前中が終わり、お昼の時間になった時、竜牙は食堂には行かず、教室にまだ残っていた。

 

「雷狼寺、お昼は一緒に食堂に行かない?」

 

「席なら取っておくぞ?」

 

 丁度、食堂に向かおうとした耳郎と障子が、残っている竜牙に声をかける。

 だが、竜牙はリュックから弁当箱――というより重箱レベルの物を取り出して見せる。

 

「……いや、弁当はある」

 

「うわっ……スゴッ! 何が入ってんのそれ……?」

 

「雑穀ご飯と――ケンタ〇キー」

 

『昨日のお土産だ絶対!!』

 

 竜牙の弁当の中身に、その場に残っていたメンバー全員が昨日の反省会の戦利品である事を察した。

 余程、チキンが好きなのだろう。昨日、テイクアウトした土産をお昼まで持参しているのだから筋金入りだ。

 

「大丈夫そうだな」

 

 その光景に障子はそう呟き、耳郎も安心した様に頷く。

 どこか抜けている竜牙は言わなければ、食事もとらなそうな感じなのだ。

 現に、今さっきもずっと空を眺めており、云わなければ気付かなかった可能性が高い。

 そこで弁当箱を出したのを確認できれば耳郎も安心し、他の者達と食堂へと向かおうとした。

――時だった。

 

『緊急警報発令!!――“セキュリティ3”が突破されました。生徒の皆さんは屋外へと避難してください。これは訓練ではありません。――繰り返します――』

 

 校内に警報が鳴り響く。同時に放送されるセキュリティ3の突破。

 同時に無駄に広い校内でも聞こえる叫び声。――典型的なパニックだ。

 

「えっ! ちょっ――なにこれ!?」

 

「セキュリティ3……?」

 

「……校内に“侵入者”が入った様だ」

 

 耳郎と障子はそこまでパニックになっていなかったが、学生手帳を開く竜牙の言葉に表情が変わる。 

 

「侵入者って……避難しないとまずいじゃん!」

 

「だが、周りはその避難のせいでパニックの様だ。――むっ?」

 

「……治まり始めたな」

 

 障子と竜牙が索敵していると、まるで雨が弱まる様に段々と悲鳴や足音が収まり始めてゆくのに気付く。

 ほぼ収まった時、再び放送が始まった。

 

『やあやあ! 校長の根津です。侵入者の正体はマスコミの様だね。だから避難は大丈夫。後は先生達で対処するので、生徒の皆はクラスに戻って連絡を待つように』

 

「マスコミ……?」

 

「……朝の連中だな」

 

 根津校長の放送の内容を聞いて、竜牙達は思い出す。

 どうやら雄英の警備を掻い潜ったらしく、朝のマスコミが無断侵入を強行した様だ。

 呆気ない事実に、耳郎は疲れた様に溜め息を吐いた。

 

「なにそれ……あほらし」

 

「人騒がせだな……」

 

(……妙だけどな)

 

 竜牙は一人、妙な違和感を抱いた。

 雄英のセキュリティ。それは並みのヴィランでは歯が立たない驚異のセキュリティ。

 勿論、それは勤務しているプロヒーローの先生達を含めての話だが、やはり侵入は銀行の金庫よりも難しく、しかも突破できる“強個性”が必要。

 この個性の無断使用が禁止されている世の中で、オールマイトの取材の為とはいえ、そんな個性を持ち、ここまでするマスコミがいるだろうか?

 

(……逮捕を承知の上で警備システムに何かしたのか?)

 

 違和感は残る。だが、それを考えるのは自分の仕事ではない。

 結局、竜牙が答えを知る事はなかった。

 

 

▼▼▼

 

 その頃、追い出したマスコミを警察に預けた雄英の先生達――プロヒーローは入口に集結していた。

 何重にも施された警備扉。――“だった物”を前にして。

 

「――マスコミは利用されたね。邪な者が入り込んだか……宣戦布告か。どちらにしろ、生徒達に被害を出させる訳にはいかない。――プロヒーロー(先生達)は当分、気を抜かないでもらいたい」

 

 根津校長の言葉に、頷かない者は誰もいなかった。

 

 

▼▼▼

 

 

 騒ぎが収まった後、竜牙は一人自販機で飲み物を買い、クラスに戻ろうとした時だった。

 

「雷狼寺くん!!」

 

「……飯田か」

 

 竜牙は飯田に呼び止められた。飯田は肩で息をしており、何やら急いできた様だ。

 

「……どうした? 何か問題が――」

 

「僕に投票してくれたのは君なのか!?」

 

 額に汗を浮かべ、真っ直ぐに竜牙を見つめる飯田の言葉。

 答えだけならYESだが、その言葉の真意を竜牙は分からず、沈黙で返してしまう。

 飯田の話もまだ終わっていなかった。

 

「気になっていたんだ……僕はさっきの投票で自分に投票していない。なのに確かに僕に1票入っていた!――だから、みんなに頭を下げて聞いたんだ。――誰に投票したのかを」

 

 その結果、誰も自分に投票していないのを飯田は知った。

 となると、残りは聞いていない一人――竜牙だけだ。

 

「――君が僕に投票してくれたのだろうか!」

 

「……一人称、よく変わるな」

 

「えっ……あっ!――ゴホンッ! 君が俺に投票――」

 

「……なんか問題だったか?」

 

「えっ……? いやそうではない!!……そうではないんだ」

 

 竜牙の言葉に飯田は強く否定するが、やがて顔を下へと向ける。

 

「君の事は……耳郎くんや障子くんからも聞いた。実技試験の0P撃破。そして推薦組の轟くんをも倒した実力。――ハッキリ言って、君は僕よりも全てが上だ。だからこそ気になってしまった……そんな君が何故、僕に入れたのかを!」

 

「……挙手した手が一番綺麗に伸びていたから」

 

「えっ!?……それだけなのかい……?」

 

 竜牙の言葉に飯田はショックを受けた様に肩を落とす。

 だが、話が終わっていないのは竜牙の方もだ。

 

「それに……お前は既にあのメンバーを纏めていた」

 

「?……なんの話だい?」

 

「……投票の時だ。皆が好き勝手に騒ぐ中、お前が止めた。――お前も分かってたろ? ヒーロー科ゆえに、全員が我が強い。そんなメンバーをお前はお前らしいまま導いたんだ」

 

「投票だけで大袈裟だ。導いたって言われても……俺は正しいと思ったから、投票を進言しただけで!」

 

「……それでもだ。思って行動するだけでも勇気がいる。それを普通に行ったお前は大した奴だと思うがな。――お前の導きはクラスの結束。その()()()()()だ……それに飯田」

 

――“Plus Ultra”だろ?

 

 竜牙はそう言ってその場を後にするが、飯田は顔を下へと向けており、やや震えている様にも見えたのだった。

 

 

――その後、緑谷が委員長の座を飯田へ託す等の事があり、委員長は飯田へと変わった。

 この日以来、飯田が竜牙へと積極的に話し掛ける様になったのも、変化の一つだったりする。

 

 

 

END



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第五話:ヴィラン強襲! USJの攻防

 マスコミの起こした騒動から数日後。

 竜牙達A組はヒーロー基礎学の時間であり、教室で相澤から内容が話された。

 

「今日のヒーロー基礎学は俺ともう一人も含めての三人体制で教えることになった。――内容は“人命救助”訓練だ。――今回は色々と場所が制限されるだろう。ゆえにコスチュームは各々の判断で着るか考える様に」

 

(……人命救助か)

 

 己の個性に思う事がある竜牙が複雑な感情を抱いていると、相澤が更に補足を加えた。

 

「それと訓練場所はここから少し離れている。だから移動はバスだ。準備は急ぐように……」

 

 言い終えた相澤はそそくさと教室を後にし、残された竜牙達もまた除籍やらの問題を悟り、素早く身支度を整えて校内バスへ向かうのだった。

 

 

▼▼▼

 

「……空が青い。雲も一つ二つ、まぁまぁ浮いてる天気だ」

 

「はいはい。つまり普通の天気ってことでしょ?」

 

「今日も平常運転だな……」

 

 バスへと向かう途中、空を見上げてそんな事を呟く竜牙へ、音楽端末を弄っていた耳郎がツッコむという光景。

 それが三人にとっての日常となり、障子も慣れた様子で傍観していた。

 

 周りを見渡せば、何だかんだで全員がコスチュームを着用しており、唯一の例外は修理が終わっていない緑谷の体育着ぐらい。

 竜牙はなんとなく、緑谷を見つめていた。

 

(……怪我はもう大丈夫そうだな)

 

 包帯やギプスはマスコミ騒動の時には外れていたが、やや庇う動作だったのに竜牙は気づいていた。

 保険医のリカバリーガール。彼女の個性で治してもらっていたらしいが、やはり他の者よりも体力の都合で治りは遅かったようだ。

 個性を使う度に重傷を負っている以上は仕方ないのだが、ヒーローを目指す上でそれは言い訳にならない。  

 

(……人命救助。どうなるんだろうな)

 

 竜牙が人命救助を行う緑谷の姿を想像出来ず、意味もなくぼ~としている時だった。 

 

「あっ!――雷狼寺君!!」

 

 視線にでも気付いたのか。緑谷、そして隣にいた麗日が近づいてくると、反省会に来れなかった緑谷の視線が耳郎と障子へと向かう。

 

「えっ、えっと……」

 

「あっ……緑谷とこう話すのって初めてだっけ?――うち、耳郎 響香。まぁよろしく」

 

「俺は障子 目蔵だ。よろしく」

 

「う、うん! よ、よろしく耳郎さん! 障子君!」

 

 やや挙動不審な緑谷だったが、何となく緑谷の中学時代が想像できた三人は特に何も言わなかった。

 すると、落ち着いた緑谷は思い出すように雷狼寺の方へ視線を戻した。

 

「そういえば雷狼寺君の実戦演習の映像を見たんだけど、凄かったね……」

 

「うん! 私も思わず何回も叫んじゃったもん!」

 

「……ありがとな。――だが、実際には危なかった。氷は俺の泣き所。結局は個性のゴリ押しで勝っただけだ」

 

 好印象を持ってくれている緑谷と麗日へ、竜牙は思い出しながら返答する。

 実際、あの状態で直接攻撃されていれば危なかったのだ。だから轟へ奇襲をかける時、障子も同時に処理しなければならなかった。

 もし、あの時に葉隠が返り討ちにあっていれば結果はまた変わっていただろう。

 

「それでもやっぱり凄いよ……僕なんか、まだ個性を扱いきれてないし」

 

 当然、気にはしているのだろう。個性の話をする緑谷の表情はどこか暗い。

 そんな緑谷の様子に“個性の悩み”に関しては共通している竜牙は、無表情だが困ったように頬をかき、そして絞り出すように呟いた。

 

「……だが、いつかはものにしてみせる。――だろ?」

 

 竜牙は緑谷の事をそこまで過小評価はしていない。

 最初から諦めている奴なら、爆豪と飯田相手にあそこまで立ち回る事は出来ないだろう。

 現に、竜牙の言葉を聞いた緑谷の表情は最初は呆気になったが、すぐに表情を真剣なものとしている。

 

「うん! 今は無理でも、一日でも早くこの個性を僕()モノにしてみせる!」

 

「?……まぁいいか。――俺にも叶えたい“夢”がある。お互いに“焦ろうぜ”……緑谷」

 

 一瞬、緑谷の言葉に違和感を抱いた竜牙だったが、取り敢えず気にしない事にした。

 そして緑谷が相澤に言われた『焦れよ、緑谷』の言葉を思い出し、互いに成長しようと遠回りに竜牙が言うと、緑谷も嬉しそうに頷く。

 

「うん!頑張ろうね雷狼寺くん!」

 

「……あぁ」

 

 緑谷の思った想像以上に嬉しそうな表情に、竜牙はやや困惑しながらも頷き返した時だった。

 

「……雷狼寺」

 

 今度は背後から掛けられた。

 聞き覚えのある声だが、あまり話した事のない相手。

 

「――なんだ“轟”?」

 

 竜牙に声を掛けたのは推薦組にし、強個性と言える『半冷半燃』を持つ轟 焦凍だった。

 あの試験以来、タイミングも合わず会話もしていない二人。

 しかも、轟もまた竜牙と同じく表情が変わらない人間。ゆえに、今もどんな感情なのかが分からない。

 だが、竜牙は特に気にした様子はなく、緑谷との会話と同じペースで聞き返す。

 

「……次は負けねえ」

 

 リベンジ宣言。同時に理解できた轟の感情。

 それは執念の様に濃い。――だが、その言葉は自分を見ていないかの様に、竜牙の胸に届かない不思議な会話。

 けれども、竜牙はその感覚が初めてではない事を知っている。

 

(最初と同じか……)

 

 初めての実戦演習の時、轟は冷静そうな表情をしていた。

――否、自分の見ているものはお前達とは違う。そう言わんばかりに相手を、竜牙達を見ていなかった。

 その時の目と同じなのだ。リベンジ宣言をしようが、自分へ言っている訳じゃない。竜牙はそう感じる。

 しかし、だからといって竜牙は素直に受け入れる気は無かった。

 

「“Plus Ultra”……次も負けん」

 

「……そうか」

 

 竜牙の返答に轟は、その一言だけ言ってバスへと行ってしまった。

 

「負けた逆恨み……じゃなかったね」

 

「だが、出る杭は打たれる。――轟にライバル視されたな」

 

「……()()はない」

 

 心配する耳郎と障子からの言葉。しかし竜牙はそれを“否定”し、己もバスへと向かった。

 残されたのは、否定した意味が分からない耳郎と障子、二人の圧に臆していた緑谷、ライバルだ――と言いながら和んでいた麗日だけだった。

 

「良し! 皆、きちんと出席番号順でバスに乗り込むんだ」

 

 そんな中でも委員長となった飯田は平常運転だったのは言うまでもない。

 

 

▼▼▼

 

「こういう作りだったか……!!」

 

 バスに乗り込んだ一同の中、飯田は叫んでいた。

 雄英のバスの作り、それは後部は普通の二人分の座席だけだったのだが、飯田達が座っている中部から前部は左右に座席があって向かい合うタイプだったのだ。

 これでは出席番号など関係なく、真面目の権化である飯田は己を悔いる。

 

「意味ないね!」

 

「ぐおぉぉぉぉ!!」

 

 そこに芦戸の追撃も加わり、完全に意気消沈の飯田。

 もうバスの移動中は再起不能が確定するが、そんな状態の中でもA組の者達は会話を始めてゆく。

 それは蛙吹の言葉から始まった。

 

「私、思った事は口に出しちゃうの……緑谷ちゃん?」

 

「えっ!……う、うん。蛙吹さん?」

 

「梅雨ちゃんと呼んで?」

 

 女子との会話が慣れない感全開の緑谷へ、蛙吹は――

 

「あなたの個性――“オールマイト”に似てるわね?」

 

 そう言い放った。

 同時に緑谷の動きに挙動不審が加わった。

 

「えっ!!? そ、そうかな……どこにでもある様な個性な気も……」

 

「そうだぜ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我なんかしねぇ。緑谷のとは似て非なるものだぜ?」 

 

 挙動不審な緑谷だったが、会話に切島が交ざった事で冷静を取り戻した様に動きが止まるが、気付く者はおらず、切島が会話を引き継ぐ。

 

「でも増強系の個性ってのは良いな。鍛えれば、やれる事が増えるだろ?――俺の『硬化』なんて対人戦は強いけど“地味”だからな……」

 

「そ、そうかな? プロにも通用するカッコイイ個性だと思うけど?」

 

 やや自分の個性にネガティブなコメントをする切島へ、今度は緑谷がフォローを入れる。

 しかし、切島は完全には受け入れなかった。

 

「けどよ……プロってやっぱ人気商売だろ? そう思うと地味なのは致命傷なのかもな?」

 

「なら僕のネビルレーザーこそプロ並み」

 

「お腹壊すのは致命傷だけどね?」

 

 切島の言葉に反応した青山だったが、彼もまた芦戸の一言に撃沈。

 

(……哀れな)

 

 流石に見ていて可哀想過ぎる落ち込みに、竜牙が同情していると、皆の話題は個性の“派手さ”と“強さ”の話へと移っていた。

 

「派手さと強さってなんなら……やっぱ“爆豪”と“轟”……そして“雷狼寺”だよな!」

 

「けど、爆豪ちゃんはすぐキレるから人気は出なさそう」

 

「――ハァッ!! 出すわゴラァ!! こんな白髪野郎よりもメッチャ出すわぁッ!!」

 

「ほらキレる」 

 

 蛙吹の鋭い指摘に逆ギレし、竜牙を指さしながら叫ぶ爆豪だったが、蛙吹はどこか納得する様に呟く。

 左右の緑谷と切島は苦笑するしかなく、竜牙もまた“ショック”を受けていた。

 

「……白髪」

 

 そんな病気的な白髪ではなく、健康的な白髪なのだが爆豪の言葉に竜牙は引っ張られていると、今度は緑谷が竜牙へと話を振ってくる。

 

「そう言えば実戦演習の映像なんなだけど、もしかして雷狼寺くん……“電気”も操れる?」

 

(……よく見てるな)

 

 答えはイエス。しかし映像に乱れでもあったのか、クラスメイトからは電気に関する質問は全くなかったのだ。

 故に、質問して来た緑谷の観察力に内心で驚く。

 本当に他のクラスメイトは気付いていなかったのだろう。緑谷の発言に騒ぎ始める。

 

「えぇ!! マジかよ!」

 

 切島で始まり。

 

「俺と被んじゃん! 才能マンどころじゃねぇだろ!?」

 

 上鳴が叫び。

 

「そう言えば入試でスパークしてたっけ……」

 

「そう言えば……放ってたな」

 

 耳郎と障子は思い出し。

 

「実戦演習で確かにビリビリしてたね!」

 

 葉隠も思い出すなどし、叫びながらもクラスメイト達の視線が竜牙へと集まった。

 これでは竜牙も言い訳は出来まい。

 

「……そういうことだ」

 

 竜牙は右手を雷狼竜へと変化。鱗と毛に覆われた巨大な爪が現れ、やがて輝きながら放電を始めた。

 その光景にクラスメイト達は視線を奪われる。推薦組の八百万も例外ではない。視線を向けていないのは寝ている轟と、驚きながらも悔しそうに怒りながら目を背ける爆豪ぐらいだ。

 

「ヤバッ! マジで使えんのか!?」

 

「ケロ! 上鳴ちゃんよりも強力そうね」

 

「言い返せねぇ……」

 

「……驚きましたわ」

 

 切島・蛙吹・上鳴・八百万の四人がそれぞれ呟き、その様子に他の者達もそうだった。

 

「同じ尻尾を使う側としては自信無くすよ……」

 

「獣の力……尾白以上の尾……上鳴を超える電力……お前が全てを超えしものか!」

 

「後、演習の時にビルの床も壊してたし、固さも切島よりもあるんじゃない?」

 

「マジかよ……」

 

 尾白・常闇・芦戸・切島の四人もそれぞれの思う事を呟く。

 特に個性で被っている者達は複雑だ。上位互換とも言える存在に“才能マン”としか言葉が出て来ないのだから。

――そんな時だ。蛙吹が気付いたのは。

 

「でもそうなると雷狼寺ちゃん?――本当にあなたの“個性”ってなんなのかしら?」

 

「何って……狼っぽいって話じゃなかったか?」

 

「狼はあんな強力な電気を放電しないわよ切島ちゃん?」

 

 蛙吹の言葉に全員が『あっ……』と思い出し、博識な八百万ですら答えが出来なかった。

 

「生物電気と言って……生き物は多少の電気を持っています。ですけど、それ程までの高電圧を出せる生物は……知り得ませんわ」

 

「電気ウナギのレベルじゃないもんね……」

 

 八百万が真剣な表情を浮かべながら考え、麗日も考えつかない様子。

 

「うわメッチャ気になる!!――けど、雷狼寺は教えたくないんだよな?」

 

「……悪いな。――だが、俺から言える事は“一つ”ある」

 

 瀬呂の問いに竜牙は頷きながらそう言い、その言葉に反応して全員が竜牙の言葉に集中する。

 

「――“強い個性”だからって……良い事ばかりじゃない」

 

「……!」

 

 この言葉に眠っていた轟が目を開き反応する。

 他の者達はこのヒーロー社会の世の中で、強個性程有利なのを知っている故に首をひねるばかり。

――そしてこの時、竜牙がどこか悲しそうな事に気付いたの二人だけ。 

 

(雷狼寺くん……?)

 

(……雷狼寺)

 

 緑谷――そして耳郎の二人だけだった。

 やや気になる事を残しながらも、A組は人命救助訓練の会場へと向かい続けるのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

 巨大な遊園地の様に広いエリア。

 各エリアにそれぞれの災害現場が存在するのだが、その光景はまさにUSJに似ていた。

 

『USJかよ!!』

 

「色んな災害の演習を可能にした僕が作ったこの場所――嘘の災害や事故ルーム――略して“USJ”」

 

『本当にUSJだった!!?』

 

 宇宙服のヒーロースーツを纏う存在――スペースヒーロー『13号』の説明に全員がツッコミを入れる。

 しかし、それでも各地で己の個性を使って災害現場で活躍する名ヒーローの登場に、緑谷を始めファンである麗日のテンションは上げ上げだ。

 

「スペースヒーローの13号だ!」

 

「私、大好き!!」

 

「分かったから静かにしろ。――それより13号、オールマイトは? ここで落ち合う筈だろ?」

 

「それなんですが……」

 

 何やらゴニョニョと話し始める相澤と13号。

 その光景に何かあったのかと思いながら竜牙は見ていると、何故か相澤が機嫌悪そうな顔をし始める。

 

(……オールマイトは遅刻?)

 

 聞こえた話の内容から察するにオールマイト関係なのは分かるが、機嫌を見る限り、遅刻が確定したのだろう。

 竜牙は少し残念そうにしながらも、仕方ないと割り切っていると相澤も13号に始める様に指示を出していた。

 

「もう良い……始めるぞ」

 

「分かりました。――では、始める前に御小言を一つ二つ……三つ……四つ……」

 

『増えてる!?』

 

 徐々に増えて行く小言の数にクラスの思いは一致するが、そんな13号の話そうとする言葉は重いものなのをまだ知らない。

 

「……皆さんご存知だと思いますが、僕の個性は『ブラックホール』です。全てをチリにする事ができ、災害現場ではそれで瓦礫などをチリにして人命救助を行っております。……ですが同時に――」

 

――簡単に“人”を殺せる個性です。

 

「――ッ!」

 

 竜牙は13号のその言葉に心臓を鷲掴みにされた様に、ビクリと体を揺らす。

 

「――今の世の中は個性の使用を“規制”する事で成り立っている様に見えますが、一歩間違えれば安易に命を奪える事を忘れてはいけません」

 

 相澤の体力テストで己の“可能性”を。

 オールマイトの実戦演習でその可能性を含め、人へ向ける危険性を。

 13号はそこで学んだ事を竜牙達、A組へ示して行く。

 

「そして……この授業では各々の“個性”をどう人命救助に生かすのかを学んでいきましょう。――君達の個性が他者を傷付けるだけのものではない。その事を学んで帰ってください」

 

「ハイッ!!」

 

「13号カッコイイ!!」

 

 13号から命について、そして己の個性が“凶器”ではない事を教えられ、クラスは歓声をあげていた。

――だが、その中で竜牙だけは表情を曇らせていた。

 

(俺は……それが嫌で。俺の個性は、誰かを傷付けるだけだと思いたくなくて……血を吐くような努力をしてきた。――けど、13号……最初からそれを……産まれた時からそれを――)

 

――“存在”を否定された者はどうする?

 

 望まれていない者にもそれは可能なのか? 竜牙は己の個性を理解すればする程、人命救助に役立つ要素が見つからない。

 傷付ける事だけに特化している様な個性。災害現場に行った所で、逆に自分の個性はパニックにしてしまうことが容易に想像できる。

 

(……不安だ。この訓練で、その片鱗すら見つけられなかったら……俺の努力も全てが無駄――)

 

 竜牙の葛藤。そんな中で“それ”は起こる。

 

「ッ!!」

 

 竜牙の全身に謎の悪寒が駆け巡る。

 まるで己の縄張りを侵す存在。害を加えるものの存在。

 それを己の個性である雷狼竜が知らせる。つまりは、己の危機を。

 

 反射的に顔をその場所――噴水のある中央広場へと向ける。

 

「雷狼寺!?」

 

「どうした?」

 

 一人、場違いな動きをする竜牙に耳郎と障子。他のクラスメイト達も驚くが、竜牙は気にしていられない。

 意識を向けるのは――“黒いモヤ”から現れる集団へだ。

 

「全員!! 一塊に動くな!!!――13号!!」

 

「はい!!」

 

 気付いたの相澤。そして13号と竜牙。

 しかし、クラスメイトの大半は事態の重大さに気付けていない。

 

「なんだあれ? もう始まってるパターン――」

 

「動くな!! あれは――“ヴィラン”だ!!」

 

『――えッ!?』

 

 ゴーグルを装着し、鬼気迫る声を出す相澤の言葉。

 それを疑う者はおらず、全員は固まりながらヴィランの集団へと視線を向けた。

 

「なんでヒーローの学校にヴィランが来るんだよぉぉぉ!!」

 

「どっちみち馬鹿だろ!? ここはヒーロー学校だぞ!」

 

 峰田と上鳴が叫ぶが、それよりも相澤が思い浮かべるのは先日のマスコミの不法侵入。

 

「やはりあのマスコミ共はクソ共の仕業だったか……!」

 

 あの一件には違和感がありすぎた。マスコミを煽った者がいるのは明白であり、その正体は目の前のヴィラン達。

 そんな中の顔面と全身に手を付けた異質な存在――リーダー格のヴィランは何かを探すように周囲を見渡した後、首を傾げた。

 

「おい……オールマイトがいないぞ。“子供を殺せば”……来るのか?」

 

――途方もない悪意が動き出す。

 

「先生! 侵入者用のセンサーは!?」

 

「ありますが……反応しない以上、妨害されているのでしょう」

 

「そう言う個性持ちがいんのか。――場所・タイミング……馬鹿だがアホじゃねぇぞあいつら」

 

「……用意周到。無差別じゃなく、目的ありきの画策した奇襲だ」

 

 八百万・13号・轟・竜牙が事態の把握をする中、相澤はイレイザー・ヘッドとして動き出す。

 

「13号! お前は生徒を避難させろ。上鳴は学校へ連絡を試みろ!」

 

 戦闘態勢を取る相澤へ13号と上鳴は頷くと、相澤は広場に集まるヴィランへと今にも飛び出そうとし、それに気付いたヒーローオタクの緑谷が止めようとする。

 

「待って下さい! イレイザー・ヘッドの本来の戦い方だと、あの人数は――」

 

「一芸だけではヒーローは務まらん!!」

 

 緑谷の言葉を遮り、教師としてヒーローとして相澤は飛び出し、ヴィラン達と交戦を開始する。

 それと同時、竜牙も動き出す。

 

「ガァァァァッ!!」

 

 両手・両足・尾。更には口もマスクを着けている様に強靭な牙を持ちし口へと変化。

 同時に発電開始。身体からスパークを発する。まさに本気の戦闘態勢。

 日頃は口数の少ない竜牙の状態が、緑谷達に現状の危機を自覚させた。

 

(雷狼寺くん……本気だ!)

 

 緑谷は眼光を光らせる竜牙の姿に息を呑む。

 入試・体力テスト1位にし、轟すら退けた実力者の本気の姿。

 それが今の危機を理解させ、他のクラスメイト達も動かした。

 

「皆さん! 早くこちらへ!」

 

『させませんよ?』

 

 13号を先頭に避難しようと矢先、竜牙達の前に現れたのは黒いモヤのヴィランだった。

 

『はじめまして……我々は“敵連合”と言います。――そして単刀直入に仰いますと……我々の目的は“オールマイト”――』

 

――“平和の象徴”の殺害でございます。

 

『――は?』

 

 A組の全員が理解に落ち着けなかった。

 平和の象徴――ヴィランの抑止力。そのオールマイトを殺害する為に学校内を奇襲。

 そんな事、実行する奴等がいるなんて誰が想像できただろうか。

 

『しかし……オールマイトはいらっしゃらない様子。仕方ありません……ならばまずは――』

 

――瞬間、竜牙は雷狼竜の耳で13号の奇襲的反撃を察知。

 素早くその場で跳び上がり、モヤの様に不可解な身体をしたヴィランへ先手を放った。

 

(電撃弾――!)

 

 身体から放ちし電撃の弾。それを数弾同時、かつ広範囲に放つ。

 内数発がモヤのヴィランへと直撃した。

 

『ガッ!?』

 

(実体あり――!)

 

 電撃によりモヤにダメージ。動きを止めることにも成功。

 同時に13号が動く。

 

「お見事です雷狼寺くん!」

 

 竜牙の攻撃でモヤのヴィランは動きが止まっている。

 今ならば13号の攻撃を避ける事は不可能。確実に攻撃は決まる。

 しかし、ここで予想外の事態が起こる。二つの影が13号の脇から飛び出し、目の前のヴィランへと飛び掛かったのだ。 

 

――それは爆豪と切島。二人は爆発と硬化の腕でヴィランを殴り付けた。

 

「その前に俺達にやられる事を――」

 

『どけろ馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!』

 

 切島の声を遮る竜牙の咆哮。日頃、叫ぶ事等しない竜牙のその叫びに周囲は驚愕し、切島と爆豪でさえ驚愕のまま振り向き、そして気付く。

 

「どきなさい二人共!!」

 

 自分達が13号の射線に被り、攻撃を邪魔している事を。

 だが、もう遅い。

 

『あぶないあぶない……流石は金の卵たち。だが所詮は――卵』

 

――散らして、嬲り殺す。

 

 その言葉と同時、竜牙達を黒いモヤが包み込もうとする様に広がる。

 

(回避不可――!)

 

 避け様にも範囲は広く、場所が悪かった竜牙と一部の者達は回避が間に合わない。

 ゆえに察した竜牙は、咄嗟に傍にいた上鳴・耳郎・八百万を守る様に抱え、黒いモヤによってそのまま包み込まれてしまった。

 

 

▼▼▼

 

 黒いモヤによって竜牙達は運ばれた。

 そこは山――山岳ゾーンと呼ばれるUSJの施設内。

 

「なに……どうなったの?」

 

 竜牙が三人を解放し、耳郎が事態を聞きたく呟いた。

 しかし、それに答える者はいない。――答える必要すらない。

 

「おっ? 来たぞ来たぞ!!」

 

「獲物の登場だ!」

 

 既に竜牙達はヴィランによって囲まれていた。

 竜牙達が中央におり、ヴィラン達による完全包囲という初っ端からのピンチに上鳴は思わず声をあげた。

 

「囲まれてんぞ!?」

 

「マズくない……?」

 

「えぇ。恐らく、先程のヴィランの個性はワープの類だったのでしょう。まんまと罠に掛かってしまいましたわ」

 

「……最初から俺達の分断も狙いだったか」

 

 四人は現状を把握。そして自然と、それぞれの死角を補う様に背を合わせた。

 数だけでも20以上はいるであろうヴィラン達。

 油断は死を意味しており、八百万は素早く個性で武器を精製して自分と耳郎がそれを手に持った。

 すると、それを見ていた上鳴が抗議する。 

 

「ちょっ! 俺にも武器くれ!」

 

「渡したいのは山々なのですが……」

 

「……場所的に渡しづらいから」

 

「ひでぇ!」 

 

 哀しき宣告。場所的に八百万の真後ろが上鳴だが、如何せん距離が微妙にあった。

 渡そうと思えば渡せるが、確実に隙になるのは明白。

 結果、上鳴に武器が渡る事はなく、肩を落としていた時だ。竜牙が左腕を上鳴の前に出す。

 

「……上鳴。俺の左腕を掴め」

 

「えっ?……お、おう」

 

 なぜそんな事をしなければならないのか上鳴には分からなかったが、竜牙が意味のない事をするとも思えず、上鳴は言われたまま竜牙の左腕を掴む。

 すると、左腕から竜牙の腕――雷狼竜の腕が剥がれる様に取れ、それは一本の剣の姿となって上鳴の手に収まった。

 

「お、おおッ! マジかよ……八百万と同じじゃんか!?」

 

「えっ……えぇ、ことが無事に終わったら詳しく聞かせて欲しいですわ」

 

「……見た目程、大した事じゃない。俺を素材としたものしか作れず、お前みたいに色んな物を作るのは不可能。――あくまでも個性を鍛えた結果……その産物だ」

 

 驚く上鳴と八百万へ、竜牙は冷静に返答するが、その瞳はヴィラン達から一切外さない。

 耳郎だけは驚いた様子はなく、通常通りの様子で竜牙と上鳴のやり取りを見ていたのだが、その目は何処か不満そう。

 そんな状態でずっと見らているのだ。視線だけで竜牙も気付く。

 

「……なんだ?」

 

「いや別に。――ただ……そんな事が出来んのに、うちにはくれないんだなあって思っただけ」

 

 そう言って不満そうに耳郎は目を逸らしてしまい、その様子に竜牙は疑問を抱く。

 

「……?――お前は八百万から武器をもらっていた。ならば俺のは必要ないだろ?」

 

「ふっ……女心を分かってねぇな。そうじゃねぇんだ雷狼寺。耳郎はな――」

 

「ごめん。手が滑った」

 

 上鳴が何かを竜牙へ伝えようとした瞬間、耳郎の手ではなく、耳のプラグが上鳴へ突き刺さる。

 

「ギャアァァァァ!!?」

 

「二人共! 何をなさっているのですか!?」

 

「あっごめん。つい……」

 

 耳郎に爆音を聞かされて上鳴が叫び、その事態に八百万が叱りつける。

 目の前にヴィランがいるのに、仲間割れをしている場合ではない。

――だが、逆にそれが光明への一歩となる。

 

「こ、こいつ等、状況分かってねぇのか!?」

 

「仲間に攻撃してんぞ!?……俺等よりもヴィランだ」

 

「つうか……()()()()()()()

 

「……!」

 

 二人の行動は奇策となったようで、ヴィラン達は困惑気味。

 同時に竜牙はヴィランの一人の言葉を聞き逃さなかった。

 

「……八百万」

 

「……なんでしょう?」

 

 竜牙は小声で八百万へと声をかけ、彼女もそれに応えた。

 

「連中は俺達の“個性”を知らない様だ。さっきの発言もそうだが、現にお前が作った武器にすら警戒している。――敵が冷静じゃない内に制圧したい」

 

「それは私も賛成です……しかし、向こうは数だけは多いですわ」

 

「――策がある。お前等三人が包み込める何かを作れないか? 出来れば絶縁体の物を頼む」

 

「分かりましたわ。ですが、大きいものを作るには時間が掛かりますので……」

 

 八百万は竜牙が何を考えているのかまでは分からない。

 しかし、策があるのならば信じる価値はあると判断。問題は彼女でも“大きい物”を作るには時間が掛かるという事。

 だが、竜牙はそれを問題視していない。

 

「――構わない」

 

――“俺”が時間を稼ぐ。

 

 それが八百万達の耳に届くと同時だった。竜牙がヴィラン達へ飛び出して行ったのは。

 無論、ヴィラン達も黙っていない。

 

「ギャハハハ!! 単身で来やがったぜ!」

 

「テメェらはどいてろ!! ここは“異形系”の俺の剛力で仕留めてやるぜ!」

 

 他のヴィランを押しのけて前に出たのは、常人よりも数倍は巨大な両腕を持つヴィランだ。

 本人の言葉からして、常時発動型の異形系なのだろう。

 飛び出してきた竜牙に、その自慢の腕を振るおうと構えた。

――だが。

 

――遅い。

 

「えっ――」

 

 異形系ヴィランは全てを喋る事は出来ず、気付かないまま己の頭を竜牙に掴まれ、そのまま地面に叩きつけられて気を失った。

 

「なっ! コイツ!?――ゴヘッ!!」

 

「……尻尾も痛いぞ」

 

 動きに反応したヴィランへは尻尾で薙ぎ払い、隙を見せない竜牙の構えにヴィラン達の表情が変わる。 

 普通の子供ではない。だが数は自分達の方が多い。

 孤軍奮闘する竜牙へ、ヴィラン達は数の利を武器として攻勢に出た。

 

「クソガキがッ!!!」

 

「囲め囲め!!」

 

「遠距離で援護しろ!!!」

 

 一斉に攻撃を仕掛けるヴィラン達の渦中へ竜牙も飛び込び、壮絶な乱戦へと突入する。

 勿論、上鳴達も例外ではない。

 

「おいやべぇって!! 雷狼寺の奴囲まれてんぞ!?」

 

「うちらも他人事じゃないよ?」

 

「そういうことですわ」

 

 既に三人の下にもヴィラン達が距離を詰めており、竜牙のおかげで数は減ったが、まだまだ多い。

 

「へへへ……分かってんじゃねぇか!」

 

「楽に嬲り殺されんのと……苦しく嬲り殺されんの……どっちが望みだ?」

 

「どっちもありだぜ!!」

 

 巨体のヴィランが叫びながら上鳴へと殴り掛かると、上鳴は咄嗟には竜牙から貰った剣で捌きながら回避する。

 

「やべぇ!! 三途が見えた! こいつらやべぇって!!」

 

「それは分かってる……って言うか、上鳴あんたさ。雷狼寺を見習って突っ込んできなよ?」

 

「いやいや無理矢理! 俺は電気を“纏う”だけ。雷狼寺みたいな才能マンじゃねぇから」

 

「――じゃあ人間スタンガン」

 

 耳郎は電気を纏う上鳴を蹴っ飛ばすと、そのまま先程の巨体なヴィランへと接触。

 そして――。

 

「ぐわぁぁぁぁぁッ!!!」

 

「あっ行けるわ。俺も才能マンだ!」

 

 まさかの人間スタンガンの効果絶大。巨体すらも撃破し、上鳴が自信を持ったのだが……。

 

「だったら止めてみろや!!」

 

 それを見ていた別のヴィランが腕に岩を装着。そのまま上鳴を標的にした。 

 

「やっぱ無理だわ!」

 

 勿論、上鳴もそれは防げる筈がなく撤退。だが相手の速度も速く、ヴィランの拳が上鳴の背後に迫った時だ。

 

「――上鳴!」

 

 竜牙が間に飛び込み、腕の岩を砕くと、そのまま腕を掴んで放電し、相手の意識を奪い取った。 

 

「……無事か?」

 

「はぁ……はぁ……わりぃ助かった……!」

 

「人間スタンガン失敗か……」

 

「お二人共! 真面目にしてください!」

 

 敵の攻撃を受け止めながら八百万が上鳴と耳郎を叱る中、竜牙はまた一人飛び出して交戦再開。

 だが、その間の僅かな時間。竜牙が己へ向ける視線に八百万は気づいていた。

 

(あと少し。あと少しですわ……!)

 

 八百万も竜牙からの視線の意図に気付いており、同時に焦りを抱いていた。

 竜牙が時間を稼ぐと言った通り、大半のヴィランは竜牙の方へ意識を持って行かれ、八百万達に向かったのは少数。

 

 竜牙がしっかりと自分の役目を果たす中、信頼に応えられない自分に、八百万は焦っているのだ。

 

「やれやれ!! あの餓鬼をやれば残りは楽勝だ!!」

 

「俺等の個性は山で活かされるものばかり。最初から勝敗は決まってるって作戦よぉ!」

 

 その間にも竜牙は一人で多数を引き付けている。

 倒れるヴィランも多くなっているが、数の多さで自信を失わない連中を相手に。

 

(早く……急がないと雷狼寺さんが……!)

 

 乱戦の中で構造を練って創造する。そんな芸当を行う八百万の負担も大きい。

 だが責任感のある八百万は焦ってしまう。そして、それは僅かな隙を生んだ。

 

「一匹も~らい!!」

 

 ヴィランの一人が、八百万の様子に気付いて刃を振り上げた。

 

「しまっ――!」

 

「ヤオモモ!」

 

「八百万!」

 

 だが間一髪。上鳴が刃を受け止め、耳郎がプラグで撃退する。

 

「大丈夫?」

 

「つうか、雷狼寺がくれた剣がやべぇ……電気を上手く纏えて扱いやすい。これ貰えねぇかな……」

 

 耳郎は周囲を警戒しながら八百万を心配し、上鳴は竜牙から貰った剣に驚きを隠せないでいた。

 そして、間一髪を助けられた八百万は安心した様に呼吸を整えて頭を下げる。 

 

「お二人共、助かりましたわ……!」

 

「おっと! それはどうかな!!」

 

 二人に礼を言う八百万だったが、ヴィランは余裕の表情。

 まだまだ追い詰めるつもりの様で、特に女である八百万と耳郎を狙っている。

――だが、もう時間だ。

 

「いえもう終わりですわ!――()()()()()

 

 八百万の叫びが、竜牙への合図となる。

 彼女の服を破きながら、背から現れる一枚のシート。

 

「厚さ10㎜(流石に分厚すぎない?もはや板なんだけど、それ)……特別性の絶縁シートですわ」

 

「……十分」

 

 それを見た竜牙が三人の下に合流すると、巨大な絶縁シートは竜牙を除く三人を包み込む。

 そして顔をだけ出して八百万が竜牙へ問いかけた。

 

「よろしいのですね……雷狼寺さん」

 

「……あぁ。――だが一つだけ頼みがある」

 

「何でしょうか?」

 

 雷狼寺の意外な言葉に八百万は素早く聞き返すと、竜牙は視線を合わせずに呟く。

 

――絶対に“見ないでくれ”

 

 

▼▼▼

 

 シートに包まれた八百万達三人。

 光を一切入れない為、息、そして声だけを彼等は知る事が出来ていた。

 そんな闇の中で、耳郎達は竜牙の作戦について話していた。

 

「雷狼寺の奴……一体、どうする気なんだろ?」

 

「へっ? そりゃ電気でビリビリじゃね? その為の絶縁シートだろ?」

 

「だと思いますけど……最後の言葉が気掛かりですわ。どの道、見る事は叶いませんが、まるで見られたくない様でしたわね」

 

 竜牙を信じていない訳ではない。

――だが不安もある。内容もよく分からない作戦。自分達を守っているのだって、一枚のこのシートのみだ。

 現にヴィラン達の声はすぐ隣から聞こえ、不安を煽ってゆく。

 

『なんだこのシート? バリアのつもりか?』

 

『一人だけ入り損ねたようだがな!』

 

『メインディッシュは後だ。――まずはそこのクソガキから血祭りにしようぜ!』

 

「やべぇよ……雷狼寺、本当に大丈夫なのかよ?」

 

 すぐそこで聞こえるヴィラン達の会話に上鳴は竜牙の安否に不安を覚え、思わずそう呟くと、それを否定したのは耳郎だった。

 

「大丈夫だって……あいつなら。――こういう時、本当に頼りになるし」

 

「耳郎さんは信じてますのね……雷狼寺さんの事を」 

 

「……まあね」

 

 迷いなく頷く耳郎。彼女の中には、入試の0Pヴィランとの事がずっと残っていた。

 まさかほぼ同い年の少年に憧れのヒーローの背を重ね、心を奪われるとは思っても見なかった。

 だが、耳郎はその想いに後悔もなければ、一時の気の迷いとも思っていない。

 さっきの行動だってそうだ。黒いモヤのヴィランの動きに最初に動いたのは竜牙。

 

「他力本願みたいで、ヒーロー科としては言っちゃいけないんだろうけど……うちは雷狼寺なら何とかしてくれるって信じてる。信じ続けたいんだ」

 

 真っ暗な中での言葉。

 だが耳郎がどんな表情をして言っているのかは、上鳴と八百万が想像が出来る程に優しく、そして思いやりのある口調だった。

 そんな言葉で他者から評価されているのだ。上鳴と八百万も納得せざる得ない。

 

「……だったら信じようぜ。雷狼寺を」

 

「えぇ。同じA組の仲間なのですから」

 

 不安は完全には消えない。だが、二人は実力抜きで信じてみたくなった。

 耳郎に、未だ短い期間しか共にいない仲間に、そこまで言わせる雷狼寺 竜牙を。

 

――そして、そんな会話をしていた時だ。外で動きが起こったのは。

 

『なッ!!……なんだよこれ!!?』

 

『あ、ありえねぇ……学生どころか“プロ”にだって……こ、こんなの……!』

 

 外の様子がおかしい事に耳郎達は気付いた。

 先程までのヴィランの威勢が聞こえず、寧ろ全員の声が震え、何かに恐怖を抱いている様だ。

 

「何が起こってますの?」

 

 八百万は気になり、そう呟いた。

――瞬間“答え”が現れる。

 

――GUOOOOOOOOOOOON!!!

 

「ッ!!?」

 

 それは遠吠えの様に長く、そして同時に強烈な衝撃を放っていた。

 外の様子が分からない耳郎達でも、だからこそ恐怖する。

 骨から震えあがる咆哮。何かがいる。とても“巨大”な何かが。しかし何なのかを考えるよりも先に、強烈な振動や衝撃が大気ごと耳郎達を震わせる。

――そして同時に、ヴィランの悲鳴も響き渡った。

 

『やめろぉぉぉぉぉッ!!』

 

『ギャアァァァァ!』

 

『こ、こんな“化け物”なんて聞いて――』

 

『GAaaaaaaaaaa!!!』

 

 衝撃が、咆哮が、ヴィランの悲鳴をかき消すと同時、落雷の様な轟音が発生。強烈な衝撃が次々と放たれてヴィランを呑み込んだ。

 

『ッ!!』

 

 最早、ヴィランは声も出せないのだろう。というよりも聞こえない。人の声が。

 巨大な何かの咆哮、そして轟音がこのエリアを支配しているのだ。

 

――そして、どれだけ経ったのかは分からない。長いのか、短いのか、ただ場が静かになった後も耳郎達はすぐに動けなかった。

 身体に力が入らず、腰が抜けた様に全身が重い。

 

――しかし静寂は長く続かず、再び衝撃が起こる。

 

『なッ!……なぜ俺の事が分かっ――』

 

『GUOOOOOOOOOOOON!!!』

 

『ギャアァァァァ!!!』

 

 それが最後の悲鳴。

 ようやく訪れる静寂の後、巨大な足音が徐々に近づいて来ているのが耳郎達は分かった。

 大地を大きく揺らす衝撃を発する足音。それが自分達の傍で止まった時、耳郎達に聞き覚えのある声がかけられた。

 

『……終わったぞ』

 

 その聞き覚えのある声に気付き、三人がシートを剥がすと、そこにいたのは両手足共に人の姿になっている竜牙の姿。

 無事な姿に三人は安心した。――だがシートから出た瞬間、三人は言葉を失ってしまった。

 

 半壊した山岳ゾーン・焦げた周辺とヴィラン達。

 瓦礫にも爪痕らしきものがあり、壮絶な戦い――否、一方的な蹂躙が起こった痕跡が所狭しと存在していたからだ。

 その異常な光景に耳郎は竜牙へ問いかけようと手を伸ばす。

 

「雷狼寺……その――」

 

「……終わったぞ。――“向こう”も」

 

 竜牙の言葉の意味は分かっていないでいると、大きな衝撃音が鳴り響いた。

 場所は近く、音の発生源を三人が向くと、そこには何やら天井に大きな穴が空いていた。

 

「えっ……なんだ、穴?」

 

「――オールマイトだ」

 

 遠目で見詰める上鳴の疑問。それに竜牙は耳だけを変化させて、そう返答した。

 竜牙の耳には届いていたのだ。オールマイトの声が。

 

「えっ……じゃあうちら助かったの?」

 

「それはまだ早計ですわ。まだ何処かに残党がいるかも知れません」

 

 安心する耳郎へ八百万は注意を促す。

 相手にはワープ持ちがいる。何が起こるかは分からない。

 だからこそ、八百万が周辺を調べようと、辺りを再度見回し始めた。

――その時。

 

「!」

 

「雷狼寺!?」

 

 竜牙が突如膝をつき、すぐに口元も抑えたのだ。そして同時に地面に赤い液体――血が落ちた。

 その様子に耳郎は目を大きく開き、竜牙の状態に気付く。

 

「どっか怪我した! やばい……急いでなんか応急処置しないと――」

 

 耳郎は何とかしようと付き添う様にするが、竜牙は何故か耳郎を避ける様に離れようとする。膝を突いたまま。

 

「どうしたの?」

 

 流石に何か変だと思ったのだろう。耳郎は顔を覗き込もうとするが、竜牙は顔ごと逸らすと、更に異変も続いた。

 

「ゴフッ!」

 

 今度は上鳴が膝を突き、竜牙同様の格好となる。

 何故か地面に血が流れており、耳郎も八百万もパニックだ。

 

「上鳴!? あんたまでどうしたっての!」

 

「何が起こっているのですか!」

 

「分かんない! もしかして別のヴィラン――」

 

 そう言って耳郎は八百万の方を向いた瞬間、言葉を失った。

 同時に原因も判明。何故ならば、現在の八百万の姿が――。

 

「ヤ、ヤオモモ……服が超パンクな事に……!」

 

「えっ――」

 

 顔を真っ赤にしながら答える耳郎の言葉に、八百万は何も気付いていない感じで自分の服を見つめると、そこには一切隠されていない己の持つ発育の暴力があった。

 

――山岳ゾーンに叫び声が木霊する。 

 

▼▼▼

 

 その後――USJヴィラン襲撃事件。

 結果として、オールマイトと雄英の教師たちの援軍によって終息。

 しかし、助けに来た教師達は山岳ゾーンのみで奇妙な光景を目撃した。

 

 それは、落ち込んだ様子で体育座りする八百万と、そんな彼女へ耳郎が竜牙と上鳴に土下座させている光景であった。

 

 

 

END

 



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雄英体育祭編
第六話:開幕! 雄英体育祭!


お気に入りが……数日で500越え!?(;・∀・)
皆……やっぱりジンオウガは好きかい('ω')ノ

――火の丸相撲の“天王寺さん”かっこいいですよね♪



 ヴィラン強襲の翌日。そのせいで臨時休校。

 誰もが休まる筈のない休日の夜。竜牙はマンションのベランダから外を眺めていた。

――右手を雷狼竜のものにし、静かに左手で触れながら。

 

「……俺はまだ弱い」

 

 竜牙は爪・甲殻・体毛にそれぞれ触れて、一つ一つの弱点を自覚する様に呟く。

 あの事件。負傷者――重傷を負った相澤を始め、13号、オールマイトも多少の負傷をしたのを竜牙は聞いた。

 緑谷がいつもの様に自壊したらしいが、それも心配でもある。だが、それを除けば怪我などは殆どない様だ。

 しかし、その情報は外に当然の如く漏れている。数日は当事者である自分達の周りが騒がしくなる事は容易に想像できた。

 

(……“充電”して寝よう)

 

 竜牙は黄昏る時間を無駄と判断。そのまま登校日の明日へと備えることにし、静かにベッドに潜るのだった。

 

 

▼▼▼

 

――翌日。

 

『相澤先生復帰早ッ!!!』

 

 A組の第一声はそれだった。

 重傷の筈の相澤がミイラ男の姿で教室に姿を現したのが原因。

 

(……素麺食べたいな)

 

 しかし竜牙はマイペース。

 合理主義の相澤だ。無理をしてはいるだろうが、来ている以上はそれが最善と考えての事だろう。

 それを理解している故、相澤の白い包帯を見て、竜牙は何故か無性に素麺を食したくなるに思考が留まっていた。

 

「……俺の安否は良い。それよりも、新たな戦いが始まろうとしている――」

 

 ボロボロになりながらも自身を省みない相澤。

 その姿はまるで生徒達に何かを言い残そうとする様に見え、そんな担任の言葉にクラスメイトも静かになる。

 

――新たな戦い!? 

――またヴィランが!?

――まさか今度は本校に!?

 

(……ケンタ〇キー・ツイスター食べたい)

 

 ざわつくクラスメイト。空腹の竜牙。 

 空気が張り付く中、相澤は呟いた。

 

「――“雄英体育祭”が迫っている」

 

『クソ学校ぽいのきたぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 入学式当日から除籍を掛けたテストをした故に、A組の学校らしい行事参加の反動は大きい。

 しかし例外もいる。

 

「ヴィランが来た後だってのに……よくやれるなぁ」

 

 不安そうな表情を浮かべるのは峰田だ。

 一般人や報道も万単位で入る体育祭。最悪、再びヴィランが襲撃する可能性も高いと誰もが思う事だった。

 しかし、相澤はそれを否定する。

 

「逆だ。――開催する事で盤石な事を示すつもりだ。警備も去年の5倍……何より、最大の“チャンス”を無くさせる訳にはいかん」

 

 相澤の言葉に全員が息を呑み、竜牙も反射的に真剣な眼光へと変化させていた。

 

(……個性の発現から“オリンピック”はあって無いような扱いになった今、代わりこそがこの“雄英体育祭”)

 

 全国で生中継され、観客も一学校の体育祭と比べるのもおこがましいレベル。

 何より竜牙達にとっても人生を左右する“チャンス”でもあった。

 

「毎年、沢山のプロヒーロー達が見に来る一大イベント!」

 

「――しかも、目的は暇潰しではなく“スカウト”だ。どちらにしろ、結果次第では“将来”が決まる」

 

 緑谷の言葉に付け加えた竜牙の言葉。それに全員が無意識の内、身体に力が入る。 

 

「そういう事だ。年に一度、最大で3回きりのチャンス。時間は有限――焦れよ、お前等?」

 

 相澤の言葉に応える者はいない。ただ表情で意思を示していた。

 

(……上等)

 

 竜牙もまた同じ――否、眼光は既に狩りへ行くかのように光っていた。

 

(……体育祭までは2週間。やれることは何でもする)

 

 竜牙は生徒手帳を開きながら静かにそう思うのだった。

 

▼▼▼

 

――放課後。竜牙は向かいたい場所があったが、それは今だに叶わないでいた。

 なぜならば、教室の前に……。

 

「なんでこんなに人がいんだよぉぉぉぉ!!」

 

「すっかり有名になっちゃったね!」

 

 叫ぶ峰田。楽しそうに笑う芦戸。

 彼等の前、教室の入り口では他のクラスの者達で溢れかえっていた。

 既にヴィラン事件の事は広まっており、野次馬か、それとも敵情視察なのか。

 

――少なくとも、竜牙は野次馬に混ざる中で“観察”する様な視線の存在に気付いている。

 

「うち、早く帰って自主練したいんだけど……」

 

「落ち着くまでは、出るのも面倒だな」

 

 耳郎と障子は早く帰りたそうだが、だからといって見世物になるつもりはない様だ。

 このまま待つのも選択肢。だが、そんな中でも我を進む者がいた。

 

――爆豪だ。

 

「意味ねぇ事してねぇで……どけやモブ共!!」

 

 怒号を放ち、ギャラリーを睨み付ける爆豪。

 彼の背後で飯田が止めるが、それも耳に入れる気すらないようだ。

 だが、爆豪の行動は時期も合わさって良い結果を生むことは決してない。

 

(……作らなくても良い敵をつくるのか)

 

 爆豪の行動に竜牙は溜息を吐きながら思った。

 “敵の敵は味方”ならばまだ良いが、敵の敵、それが強大なヘイトによって組まれ、その矛先が自分達に向けられるのは得策ではない。

 それが作る必要のない敵ならば尚更だ。

 

「随分と偉そうだな……ヒーロー科はみんなこんな奴なのか?――正直、幻滅だな」

 

「アァッ?」

 

 思考の矢先で早速一悶着始まろうとしていた。

 気怠そうな一人の学生がそう言いながら爆豪の前に立ち、爆豪もそれに気に入らなそうに睨み付ける。 

 

「……知ってるか? ヒーロー科落ちた奴の中には、そのまま俺みたいに普通科に行った奴がいるんだ。――けど、今度の体育祭のリザルト次第ではヒーロー科への“編入”が可能なんだ」

 

――その“逆”も然り。

 

 男子生徒の発言に何人かは反応を示す。

 遠回しに『お前達を引きずり落としてヒーロー科へ編入する』そう聞こえなくもないからだ。

 

「そっちは敵情視察だと思ってるかもしれなけど、俺は足下掬われるぞって……“宣戦布告”で来たつもりだ」

 

「ハッ!――意味ねぇ事してねぇで“モブ”はモブらしくしてろ……!」

 

 男子生徒の大胆不敵の言葉に爆豪も応戦。

 しかし、爆豪の言動はヒーロー科に落ちた者達のヘイトも着々と稼いでしまっている。

 努力して落ちた者もいるだろう。だが、その結果でヒーロー科にいるのが他者をモブ呼わばりする爆豪の様な生徒。

 気に入らない者はおり、周囲がピリついた時だった。

 

「――そこまで」

 

「ッ!」

 

「!!?」

 

 竜牙がここで動く。これ以上の爆豪の行動はA組にも風評被害を出してしまう。

 故に雷狼竜の足となり、爆豪と男子生徒へと駆けて間へと入った竜牙を、爆豪と男子生徒は突然現れた様で驚いた様子を隠せなかった。

 

「爆豪。お前の生き方の邪魔はしない。――けどお前の敵作りに、他人を巻き込むな」

 

「んだとこの白髪野郎ッ!!」

 

 間に入られただけでも腹立つのだろう。今までの事もあり、爆豪は竜牙へと食って掛かる。

 

「邪魔するとかじゃね!! とっくにテメェは目障りなんだよ……!――俺の歩む道に入ってくんじゃねッ!!」

 

「……ならそれはお前だけの道じゃないって事。――勝手に“壊す”な」

 

「!――チッ!」

 

 竜牙の言葉に爆豪は舌打ちをし、そのまま周りをかき分ける様に行ってしまった。

 だが、竜牙は去った相手を止めるつもりはなく、今度は男子生徒の方を向く。

 

「……すまない。かなり不快だったろ?」

 

「!……いや、別に良い」

 

 竜牙の言葉に我に帰る男子生徒は返すと、振り返って帰ろうとする。

 

「……宣戦布告は?」

 

「済ませたから良い……つうか聞こえてたろ?」

 

 男子生徒もそのまま去って行ってしまう。

――竜牙に先程のが“宣戦布告”とは思われていないまま。

 

(……なんで俺が勝つって言わなかったんだ?) 

 

 竜牙のその疑問の答えは相手すら分かっていないだろう。

 周りも爆豪達がいなくなった事で徐々に消えて行き、騒動もこれで終わったと竜牙も戻ろうとした時だった。

 

「ちょっとまてぇ!! 隣りのB組のもんだけどよぉ!! さっきのモブ発言きいてたぞぉ!! 偉く調子に乗ってんじゃねぇか!!」

 

 何故かもういない爆豪にではなく、何故か竜牙へ叫びながら近付いてくる鉄の様な髪の男子生徒。

 どうやら人混みのせいで爆豪が帰った事に気付いていない様だ。

 

「ヴィランとの事が聞きたかったんだがぁ……そんな態度だと恥ずかしい事んなっぞ!!!」

 

「……うん。ごめん」

 

「えっ……俺もなんかごめんなぁ!!!」

 

『えぇぇぇぇぇぇぇ!!?』

 

 竜牙が謝ると、その男子生徒も謝って場が収まった事にA組と周りにいた者達は驚愕しか出来なかった。

――ちなみにその後、飯田が『委員長でありながらすまなかった雷狼寺くん!!』と、はっちゃけた事で竜牙は目的の場所に向かうのに更に遅れるのだった。

 

 

▼▼▼

 

「屋内の“演習場”の使用許可か……」

 

「……はい」

 

 雷狼寺が来ていたのは職員室。そこで相澤から、ヒーロー科が使える演習場の許可を貰おうと、許可証を渡していた。

 実際、生徒手帳にはその事が記されており、変な事じゃない限りは通るだろうと竜牙は思っている。

 

(……というか通ってほしい)

 

 ヴィランの一件もあり、忙しくて許可は出せないと言われる可能性もある。

 その時は諦めようと思っている竜牙だったが、相澤は少し考えると一息入れた。

 

「本当なら今は早めに帰れと言いたいが……焚きつけたのは俺だ。――少し待ってろ……校長に許可を――」

 

「良いとも!」

 

 相澤が立ち上がった瞬間と同時、竜牙の持って来た許可証に判を押す小さなネズミの様なモノが相澤の隣にいた。

 

「……ネズミ好きの小人?」

 

「残念!! コスプレした小人ではなく、その正体は雄英高校の校長なのさ!」

 

 額に傷がある二足歩行のネズミ――根津校長は竜牙へ笑いながら答えると、相澤は溜め息を吐く。

 

「なんでいるんですか校長……?」

 

「職員室に珍しく生徒がいるので、机の角の隅から聞いていたのさ!――うんうん。体育祭を前に己を鍛えようとするなんて感心だ。教師として断る理由がないのさ!」

 

「ありがとうございます……校長先生」

 

「うんうん。……それでこれが鍵なのさ!」

 

 竜牙は根津から鍵を受け取ると、相澤にも頭を下げてから出て行った。

 残されたのはミイラの相澤と根津の二人。

 

「良いんですか?……本当なら数日は早めに帰宅させると言っていた筈では?」

 

「……大丈夫さ。その時は我々が生徒を守るんだ。――それにあんなに努力しようとする子は久しぶりだからね。――やっぱり“家庭”の件があるから“個性”を伸ばそうとするのかな?」

 

 根津の言葉に、相澤は何も言わなかったが、分かっているのは努力しているのは竜牙だけではないという事。

 それぞれが、それぞれの思う様に己を磨いている。少なくとも、相澤はそう思っていた。

 

 

▼▼▼

 

――二週間はあっという間に過ぎて行く。

 

「……まだだ……まだ磨ける!」

 

 竜牙はずっと演習場へと赴き、己の弱点の幅を、地力を、己の雷狼竜の個性を鍛え続けた。

 雷を解放し、咆哮をあげながら限界の壁を目指す。

 誰かが10の訓練をすれば自分は100の訓練を。三年先の稽古の様な特訓。

 二週間では付け焼き刃かもしれない。だが、それでも己の“雷狼竜”の真の姿を見せずとも、勝てる様になりたい。

 

「……それが……俺が認められる方法だろうな……!」

 

 己の個性は、恐怖の目で見られてしまう。だから少しで扱えるようにし、誰からもこの個性を見せても安心させられるように努力を続けたい。

 力尽きそうになりながらも、膝をついても、竜牙の目は夢の為に死なない。

 

――もう、己の個性を見せて大丈夫な様になる為に。

 

 

▼▼▼

 

――体育祭当日。

 

 雄英高校に大勢の人が集まっていた。

 店は露店は勿論。見物客は一般人からプロヒーローまで。

 また警備用に雇われたプロヒーローも含めると、会場にいるプロヒーローの数は千人どころではない。

 それだけのヒーローが集まり、全国の国民が注目するのが雄英体育祭。

 

 そんな会場の中で、準備ゆえに早めに控室に入る選手達の中に、体操着を身につけた竜牙はいた。

 公平を成す為にコスチュームの着用は禁止。己の力と個性のみで勝ち上がらねばならない。

 

「……胸寒。緊張して来た。――スー〇ーレモンアメ舐めよう」

 

「いや、緊張した奴の顔じゃないって……それにその飴なに?」

 

「マイペースなのに緊張するんだな……」

 

 緊張から強烈に酸っぱい飴を舐める竜牙に、耳郎と障子はいつも通りに対応。

 そんないつものメンバーで話していると、やがて飯田が声を張り上げた。

 

「そろそろ入場だ! 準備は良いかい!」

 

「……行くか」

 

「うっし!」

 

「……やるか」

 

 それぞれが気合を入れて立ち上がり、竜牙が二人と共に入口へ向かい、緑谷の傍を横切った時だった。

 

「雷狼寺、緑谷。――ちょっと良いか?」

 

「えっ!……轟くん?」

 

「……どうした? 緊張どめに飴がほしいのか? 何個だ?」

 

 竜牙と緑谷を呼び止めたのは轟だった。

 緊張でもしているのかと、竜牙が飴を取り出そうとするが……。 

 

「いやそれはいらねぇ。――雷狼寺、今はまだお前が演習とかで勝ってるが、実力自体はそんなに差があるとは思ってねぇ。緑谷は客観的に見ても実力は俺の方が上だが、お前――」

 

――オールマイトに目ぇかけられてるよな?

 

「!?」

 

「……オールマイト?」

 

 竜牙は轟の言葉に動揺する緑谷の姿を見て思い出す。

 確かに、この2週間の間に緑谷がオールマイトと共にいるのを何度も見ている。

 

(……同じ増強系だから緑谷を気に掛けていると思ってたけど、違うのか?)

 

 竜牙はてっきり似たようなタイプゆえにアドバイスでも貰っていると思っていたが、轟の様子からして何かが違う事を察する。

 しかし、その事で答えが帰ってくる筈はなく、轟はただ続けて行く。

 

「その事に関して詮索はしねぇ。だが……雷狼寺、緑谷。お前等には勝つぞ」

 

 轟のその言葉を聞き、クラスメイトの者達はざわつき始めた。

 

「クラスのNo.2がNo.1に宣戦布告かよ! 緑谷まで巻き添えだ……」

 

「つうか入場前にやめなって!」

 

 上鳴がビビる中、傍にいた耳郎が止めようとするも轟はそれを一蹴。

 

「仲良しこよしじゃねぇんだ、別に良いだろ」

 

「けどさ……」

 

 轟の一睨みに耳郎は納得できなさそうだったが、それよりも先に竜牙は緑谷の異変に気付く。

 まるで勇気を振り絞るかの様に拳を握り絞めており、やがて緑谷は顔をあげた。

 

「そりゃ……僕よりは轟くんの方が実力は上だよ。雷狼寺くんがいなかったら、君に勝てる人が本当にいるのかも分からなかった。――けど、他の科の人も本気でトップを取りに行こうとしてるんだ……だから――」

 

――僕も“本気”で獲りに行く!

 

(……緑谷)

 

 竜牙も、それを聞いていたクラスメイト達も思わず小さく歓声をあげる。

 あの轟相手に怯まずに言い返す姿。ハッキリ言って竜牙からしても予想外の光景と言えた。

 

(……意外性はあった。だが、それでもここまで真っ正面から轟に向き合える程だったか?)

 

 個性把握テストでは一人、挙動不審にオドオドし。

 戦闘訓練で爆豪に勝利はしたが、結局は己をボロボロにしてしまう。

 そんな緑谷が今は轟に向かい合い、堂々と立ち向かっている。

 

(なんでこんな短期間で変われるんだ……緑谷?)

 

 別人とは言えない。だが、確かに変わったと分かる緑谷の姿。

 それに竜牙は意識を引き寄せられていると、轟は頷いた。

 

「ああ……それで良い。――で、お前はどうなんだ雷狼寺? 緑谷にここまで言わせて、お前は何も言わねぇのか?」

 

 分かりやすい挑発。それを轟が行うという事は、轟にとって竜牙はこの体育祭で絶対に超えたい相手という事。

 勿論、竜牙もそれを理解出来ている。――だが。

 

「俺も全力で挑む。――だが“全て”は出さない」

 

「……んだと?」

 

 その言葉に轟の表情が険しくなった。

 当然だ。全力を出すと言いながらも、その“全て”を出さないと矛盾を言っているのだ。

 

「なめてるのか? 入試・個別テストも1位だったからこれも勝てるって……?」

 

「……言い訳はしない。だが、俺は“全て”を出す事はしない。この“個性”の全てを見せる訳にはいかない」

 

――違う言い訳だ。まだ俺に覚悟が足りない故に、何でも良いから逃げようとしている。

 

 竜牙は己の言葉を自身で否定する。

 どうしても思い出してしまうのだ。この“個性”の真の姿の時の事を。

 

 皆が恐れる。皆が悲鳴をあげる。皆が否定する。

 

『ありえない!! なんだこの“姿”は!?』

 

『ば、ばけもの化け物ッ!?――実験を中止しろ!!』

 

『もう勘弁して!! 私じゃあなたを育てられない!!』

 

『理解してくれ……お前と私達は違うんだ……!』

 

――皆、俺を恐れて拒絶する。実の両親さえもそうだった。だから、人前で見せることはしない。

 

(耳郎と障子……二人にまで嫌われたくない)

 

 竜牙は耳郎と障子を友達だと思っている。勿論、A組の他のクラスメイトもだ。

 だが、近く親しい友人はこの二人。他者に見れば恐怖する真の姿に、ヒーロー科と言えど何人が受け入れてくれるだろうか。

 

 竜牙にも葛藤はある。しかし、それを理解出来るものはいない。

 少なくとも、轟は無理だった。

  

「……そうかよ。だったら俺が引きずり出しやる……!――お前の“個性”の全てをな!」

 

 轟はそう言い放ち、そのまま控室を出て行った。

 それに続くように居心地が悪くなった控室から出て行くクラスメイト達だが、皆は雷狼寺に『気にするな』や『事情はあるもんね』等、優しい言葉を投げかけて行く。

 

「雷狼寺、あのさ……」

 

 耳郎もまた、心配して竜牙へ声を掛けるが障子がそれを止めた。

 首を横に振り、竜牙へ目配せする障子の気遣いが心に染みる中、耳郎も障子も控室を静かに出て行く。

 残ったのは竜牙と緑谷だけ。

 

「雷狼寺くん……」

 

「……失望したろ? 皆が全力を出そうとする中、一人だけそれを踏みにじろうとしている俺を」

 

 心配そうに声をかける緑谷へ、竜牙は静かに呟くが緑谷はそれを否定する。

 

「そんな事ないよ! 雷狼寺くんの授業の様子や、ヴィランの襲撃の行動を見てるから分かるよ。……確かに雷狼寺くんの個性は強力だよ。強靭な爪や尻尾、鉄壁の甲殻と鱗。挙句には電気まで使えるんだから……でも――」

 

 緑谷はずっと溜めていた様に俯き、意を決して再度口を開いた。

 

「――それだけの個性を全て扱うのには……やっぱり大変な“鍛錬”が必要だと思うんだ。だから、きっと雷狼寺くんは、ずっとその個性を扱う為に努力して来たんじゃないの? 少なくとも、僕はそんな君が力を抑えるのには事情があると思うんだ」

 

「ありがとな緑谷。だが、それでも俺が全てを出さないのは変わりない。――俺が弱いから……本当の力を皆に見せる勇気がない」

 

「雷狼寺くん……」

 

 緑谷の推測は大当たりだった。

 この“個性”を本当の意味で扱うには“訓練”が不可欠。

 何も考えず、ただ力を振るえば命を紙屑の様に安易に消し去る事が出来る個性でもある。

 力の制御、取扱い。それを幼い時から竜牙は行ってきていた。

 

「……緑谷。お前は……その“個性”で誰かを傷付けてしまった事はあるか? 身体だけじゃなく“心”までも。――少なくとも、俺はある」

 

「……っ!」

 

 竜牙のその言葉に緑谷は何も言わず、ただ顔を俯かせてしまう。

 緑谷に何か思う事があるのを竜牙も察する。己すら壊す“超パワー”だ。

 この体育祭でも連発は出来ないだろう。――だが、それでも緑谷は轟の宣戦布告を受けた。

 本気で優勝を獲りに行く気だ。緑谷以外も皆そうだ。

 だが――。

 

「それでも俺は目指すよ。――ヒーローを」

 

 竜牙はそう呟くと緑谷へと向き直り、覚悟を込めて言い放つ。

 

「この体育祭。――俺が優勝する」

 

「!」

 

 竜牙の言葉に緑谷は思わず怯んだ。

 ただの妄言、強がり。そう言ってしまえばそれで終わり。

 だが竜牙の宣言から、緑谷は確かに“重み”を感じた。

 だからこそ、緑谷も言い返した。

 

「――いや……僕が優勝する!」

 

「……だからこそ挑む価値がある」

 

 竜牙は緑谷の切り返しに満足だった。

 ここでオドオドする程度ならば最初からヒーロー科にいなかっただろう。

 竜牙は緑谷の宣言を聞くと、振り返って出口の方を向いた。

 

「……後、皆にも悪い事をしたな。体育祭前に気を悪くさせてしまった」

 

「皆は別に気にしてないと思うよ?」

 

「……いや。それで納得するのは俺自身が許せない。――だから()()()もらう。俺の覚悟と共に」

 

 竜牙はそう呟き、困惑する緑谷と共に入場口へと進んで行くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 暗い通路。しかし目の前には光の入場口。

 始まる前に歓声は聞こえており、自分達が入ったらどうなるのだろうと皆が思っていた。

 

(……始まる)

 

 場を緊張の糸が貼り巡る中、やがてプレゼント・マイクの声が響き渡った。

 

『遂に来たぜ!! 年に一度の大バトル! ヒーローの卵と侮んなよ!! つうかお前等の目的はこいつ等だろ!?――ヴィラン襲撃を乗り越えた鋼の卵共!!』

 

――A組だろぉ!!

 

『ウオォォォォ!!』

 

『頑張れよ有精卵共!!』

 

『見せて見ろよヒーロー科!!』

 

 竜牙達A組はプレゼント・マイクの声と共に入場。そして大勢の歓声に包まれた。

 会場だけでも万はいるだろう人数からの声援。既に注目度も掻っ攫う。

 ヴィラン事件の話題性。その大きさが分かった瞬間だった。

 

 そして次々と他のクラスの者達も集結し終えると、宣誓台に上がる一人の女性がいた。

 ヒール・ガーターベルト・ボンテージ・そしてムチ。何でもありの18禁ヒーロー『ミッドナイト』の登場だ。

 

(……サインは今でも飾ってる)

 

 18禁ゆえに出会うのは難しい部類のミッドナイト。

 実は竜牙にとってオールマイトの次にサインが欲しかったヒーローでもあり、学校内で出会った瞬間にサインを貰う事に成功。

 

 実際はミッドナイトの方がノリノリでもあったが、校内にいる間はこの過激なコスチュームを着用している彼女に、かなりの至近距離で写真も撮ってもらい、更には連絡先も交換。

 三重の意味でお礼を伝えたのは記憶に新しい。 

 

「18禁なのに高校にいて良いものか?」

 

「良いに決まってんだろぉ!!」

 

(……寧ろ必要)

 

 真っ当な疑問を抱く常闇の言葉に峰田が当然の様に反応し、竜牙も心の中で頷いているとミッドナイトが声をあげた。

 

「早速いくわよ! 選出宣誓!! 選手代表!!――1-A“雷狼寺 竜牙”!!」

 

「……はい」

 

 そう選手代表は竜牙だった。この事は相澤とミッドナイトに事前に聞いており、竜牙も知っていた事。

 知らなかったA組のメンバーも、最初は驚くがすぐに納得した様に頷く。

 

「晴れ舞台よ雷狼寺くん!」

 

「はい」

 

 宣誓台に上がった竜牙にミッドナイトはウィンクで元気を与え、内心でテンションMAXになりながら竜牙はマイクの前で立ち止まると、腕を上げて宣誓した。

 

「……宣誓!――我々、選手一同はヒーローシップにのっとり、積み重ねた努力を発揮し、アンチ行動をせず正々堂々と戦い抜く事を誓います! 選手代表1-A……雷狼寺 竜牙」

 

 竜牙の宣誓が終わる。同時に拍手が起き、A組の者達も安心した様子だ。 

 

「素晴らしいぞ雷狼寺くん!」

 

「普通過ぎな気もすっけど、喧嘩売ったりするよりはマシだよな……なぁ爆豪?」

 

「うっせぇ……つまんねぇ言葉ならべやがって……!」

 

 感動する飯田に苦笑する中、切島が爆豪に意味ありげに言うが、当の爆豪は竜牙の宣誓内容をつまらなそうに一蹴する。

 これで宣誓は終わり……誰もがそう思った時だった。

 

「……宣誓は終わりだ。ここからは俺自身の言葉になる」

 

『!?』

 

 突如、宣誓が終わった筈の竜牙が再び話し出した事で周囲はざわつくが、教師陣は自由が売り文句故に止める気配はない。

 

(俺は“選手代表”……なら、それに相応しく盛り上げる役目。――選手達を燃えさせる役目がある)

 

 皆が先程よりも集中する中、竜牙はずっと感じていた。

 同じB組のヒーロー科は戦意はあるが、普通科は不貞腐れた様に自分達は“引き立て役”だと諦めている。

 確かに毎年、そう思われる様な結果だ。

 しかし、だからといってこのまま始めるのはどうかと思い、竜牙は先程、緑谷に言った覚悟を込めて喋り始めた。

 

「……俺はこの雄英高校・ヒーロー科という狭き門へと挑み、そして勝ち取った。――入試1位と言う結果の下、“選手代表”と言う立場を頂いて今ここにいます。それはいつか必ずヒーローになり、苦しむ人を助ける為にと努力した結果です」

 

――ですが。

 

「それは他の人も同じだと思っております。先を生きる様々な“偉大なるヒーロー”の方々に憧れ、そして皆努力して来た筈。なのに何故、俺がここに立っているのか?」

 

――簡単な事。

 

「俺()誰よりもヒーローが好きで。俺が誰よりもヒーローに憧れて。誰よりも肉体、心――“個性”の訓練をしてるから。だから――」

 

――“俺が”ここで一番強い。

 

『ッ!!?』

 

 そう言い放った瞬間、雷狼竜の瞳が開眼。

 そして強大な威圧感を放つ竜牙の事実上の“宣戦布告”を受け、目の前にいる選手全員は息を呑んだ。

 普通ならば野次の一つも出そうなもの。だが、誰もを言わない。

 勿論、ただ言えない者もいる。既に威圧感に呑まれ、篩に落とされた者達だ。

 

――しかし逆に、燃える者達がいる。

 

(これが雷狼寺くんの覚悟……!)

 

 緑谷は竜牙の覚悟を受け止める。

 

(……良いぜ。お前がそのつもりなら俺も加減はしねぇ)

 

 轟は静かに闘争心に火を点けた。

 

(上等だ……!!――テメェを蹴落として俺が1位になる!!)

 

 爆豪は猛る。ただ猛る。

 

「……全く。でも、こういうのも悪くないかも」

 

「あぁ……俺も本気を出すぞ」

 

 耳郎も障子も納得し、他のクラスメイトも表情に覚悟が現れる。

 

――上等だと、少なくともヒーロー科の者達の表情には受けて立つと言わんばかりに、闘争心に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「真っ正面からの“宣戦布告”だと!! 男じゃねぇか!!――上等だ!!」

 

「まぁ……不快じゃない分、良いね」

 

 B組も燃え上がり、普通科の中にも確かな熱気が溢れ出す。

 最初の様なやる気の無い者は竜牙の威圧に呑まれ、既に終わっている。

 激戦を演じるのは、自らの力で掴み取ろうとする者のみ。

 

 そんな光景に実況のプレゼント・マイク、ミッドナイトのボルテージもあげあげだった。

 

『やりやがったなぁ!! メッチャ燃えるじゃねぇか!!』

 

「本当に好みよ雷狼寺くん!! じゃあ熱が冷めないうちに早速やるわよ!! 第一競技――」

 

――【障害物競走】よ!!

 

 モニターに映る競技名。それを竜牙は静かに降りながら見ていた。

 運命の第一種目。

 

――雄英体育祭。ここに開幕!

 

 

 

END



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第七話:障害物競走

お気に入り800突破及び、評価してくれた皆さまありがとうございます。(*‘∀‘)
ランキングにも入り、お礼しか言えません!


「第一種目。それは――障害物競走よ!!――計11クラスによる総当たりレース! コースはこのスタジアムの外周、距離は約4㎞よ!――そしてルールはコースを守れば何でもあり!!――ほらほらスタートはあそこよ!」

 

 説明しながらミッドナイトがムチを向ける場所。そこには一つのゲートがあり、それは会場へ出る為の狭き門。

 その前には少しでも有利に運ぼうと生徒達が位置に付き始める中、竜牙は少し離れた場所でスタンバイ。

 

(……四足走行だな)

 

 ゲートの上のスタートのランプ。それが点灯し始めると同時、竜牙は両手足を雷狼竜へ変化。

 更に耳も変化させ、身体に力を込める。

 

――そして全てのランプが点灯した瞬間。

 

「スタァァァァァァトッ!!」

 

『ウオォォォォォォォッ!!!!』

 

 選手全員が一斉に飛び出した。

 しかし、この大勢の人数が通るにはゲートは余りにも狭く、スタートダッシュを決めようとした者達はすぐさますし詰め状態。

 

――竜牙を除いて。

 

(……上はガラ空き)

 

 スタートと共に駆け出した竜牙は一気にアーチ状に跳び上がり、そのまま邪魔されずにスタートダッシュを決めて加速を始めた。

 そしてその光景を見て、クラスメイト達は竜牙の作戦に気付く。

 

「マジかよ!!」

 

「待てやぁ!! この白髪!!!」

 

 一気に出口を出た竜牙へ、上鳴と爆豪を筆頭に驚愕や怒りの声をあげる中、そんな竜牙を逃がさない者が現れる。

 

「――させねぇ!」

 

 後方から聞こえた“轟”の声。――同時に選手達の悲鳴や怒号が響き渡る。

 

「うわッ!! 足が凍って!」

 

「やりやがったなあの野郎!!」

 

 狙いは竜牙と緑谷のみ。轟はスタートダッシュと妨害を兼ねて地面を凍らせ、選手の足を拘束した。

 これで上手くスタートダッシュを決めようとした者達は一網打尽。出鼻を挫かれた。

――一部を除いて。

 

「させませんわ!――雷狼寺さん!! 轟さん!!!」

 

「上手く行くと思うんじゃねぇ!!」

 

 八百万と爆豪を筆頭にし、ゲートのすし詰め・轟の妨害をA組メンバー達は一気に突破を果たす。

 だが、轟の視線は後方に構う暇はない。目の前にいる竜牙にのみ狙いを定めていた。

 

「チッ――流石に速いか」

 

 氷を使って妨害しようがスピードは四足歩行――雷狼竜の力を持つ竜牙に分がある。

 スタミナも多いのだろう。竜牙と轟の間にある二人分の距離が縮まらず、轟の表情が若干だが曇っていると、実況席も熱が入り始めていた。

 

『おいおい!! 一気に抜けて来たなA組!――教え子の活躍にどう思う“ミイラマン”?』

 

『……休ませろ』

 

 実況席ではプレゼント・マイクに無理矢理に連れて来られたのか、ミイラマン状態の相澤が不機嫌そうに隣に座っていた。

 だが、そんな相澤の様子をガン無視のプレゼント・マイクは実況しながら、最初の障害物へと視線を移す。

 

『っておいおい!! もう最初の障害物か? 速ぇなおい!!』

 

「……まさか、()()会えるとはな」

 

 1位継続中の竜牙だったが、目の前に現れる“物達”に思わず脚を止めた。

 すると轟も同じ様に止まり、障害物は竜牙の後方からも見えるものであって、後続の驚愕の声も響いた。

――何故ならば、その物達が。

 

『ブッコロス!!』

 

『ターゲット大勢!――ミナゴロシ!!』

 

 入試に出て来た1~3Pの仮想敵だからだ。

 そして、10機以上はいるであろう巨大ロボ――0Pの大群もそこにはいた。

 

「0P!!? 入試の仮想敵かよ!!」

 

「嘘だろ……ヒーロー科の入試であんなのが出て来たのかよ!?」

 

『そういう事だぜぇ!! ただの長距離走だと思ったか! 手始めの第一関門――『ロボインフェルノ』の始まりだぜぇ!! リスナー達よぉ!!』

 

『……お手並み拝見だな』

 

 プレゼント・マイクの絶叫実況を横に、相澤は見定める様に視線をA組の生徒達へと向ける。

 入試で0Pを倒したのは竜牙と緑谷の二名だけであり、“逃げる障害物”から“倒すべき障害物”となった0Pへどう対応するか、相澤は見定めなければならない。

 

(除籍にしなかった事を後悔させるなよ?)

 

 期待する様に呟いていた相澤の内なる声、それを聞いた者はいない。

 だが、それに応えるかのように竜牙は動く。

 

「“Plus Ultra”()()の受難に感謝……だが――」

 

 竜牙は一気に跳び上がり、両前足の大きさを巨大に変化させた。

 そしてそのまま左右の0Pの正面を掴み、一気に押し倒す。

 周囲に爆音や衝撃音。粉塵が舞い上がる中、竜牙は0Pを二体排除。先陣を切り、一気に活路を開いた。

 

(……既に“向こう”へ俺はいる)

 

『YEAH!! 入試の時と言い今回もやりやがったな!!――さっきの宣誓は痺れたぜぇ!! もし歌だったらリクエストで流したいくらいだったぜ!! 有言実行! ロボインフェルノを突破し、先陣を切るのは雷狼寺 竜牙だぁ!!』

 

「えっもう!?」

 

「つうかあいつ、入試の時にもこの0Pを倒したのかよ!?」

 

 未だ、ロボインフェルノへと辿り着くか否かの者が多い中、竜牙が既に突破した事実に選手たちの動揺が広がる。

 だが、見るべき者は竜牙だけではない。

 

「――折角ならもっとすげぇのを用意してほしいもんだ」

 

――クソ親父が見てんだからよぉ!

 

『ブッコ――』

 

 轟が左手を上げた瞬間、0Pは氷像へと姿を変えた。

 

『こっちも突破だぁ! つうか最早ズリィレベルだな! A組の“No.2”が“No.1”を追いかける!!』

 

――この時のプレゼント・マイクの実況。それは成績を見ていたからこそのコメントだったが、知る由もないだろう。

 そのコメントに真っ先に反応している人物が選手ではなく――“観客席”にいるという事に。

 

「――何をやっている焦凍……! お前は最高傑作なのだぞ……!!」

 

 身体から溢れ出る“炎”を纏い、激走する竜牙と僅かな差を縮められない轟を見て、その男――No.2ヒーロー『エンデヴァー』は険しい表情を現していた。

 だが、そんな彼の様子に気付く者はいない。

 竜牙や轟達以外にも、A組には見るべき者達がいるからだ。

 

『ブッコロス!!』

 

「はいはい……」

 

『クタバレヒトモドキ!!』

 

「邪魔だ……それに俺は人だ」

 

 耳郎も障子も一切ペースを崩さず、流れるように仮想敵を沈黙させてゆく。

 無論、二人だけではない。A組のメンバーは皆が足を止める時間が短く、易々とロボインフェルノを突破して行く。

 しかし、それでも竜牙と轟の両名との距離は離れており、走りながら耳郎と障子はその事で会話も出来ていた。

 

「うわぁ……雷狼寺は分かってたけど、轟まで0Pを瞬殺とかヤバ……!」 

 

「雷狼寺は派手に突破したが、轟は余力を残すように最低限で動いているな。まだどうなるか分からないな」

 

「そだね。――まぁ取り敢えずは、人の事よりも自分達の事に集中しないと」

 

「その通りだ」

 

 耳郎と障子がそんな会話をしていた頃、竜牙と轟は第二の障害物へと到着間近。

 しかし、遠目でも分かる程、それは中々の“光景”であった。

 

(……ここまでやるか)

 

『本当に速ぇぞおい!! もう第二の障害物か!?――第一がそんなにぬるかったか? ならこれはどうだ!! 奈落に落ちたら即アウト!!『ザ・フォォォォォォォル!!!』』

 

 それは、崖の足場と足場を一本のロープで繋げているだけの奈落道。

 蜘蛛の巣の様に四方に張られたロープ。奈落の巨大な円に点々とある足場。

 慎重かつ大胆に突破しなければ、すぐに後続に追い付かれてしまうだろう。

 だが、竜牙はその障害を前にしても表情を崩さなかった。

 

「……初めての受難に挑める事へ感謝」

 

『おいおい! マジか――一切減速しない気か!?』

 

『……ほう』

 

 プレゼント・マイクの声に観客が、選手達がモニターに思わず目を向ける。

 そこにはザ・フォールまで僅かに距離になりながらも、そのまま加速を続ける竜牙の姿があった。

 

「まさか……!」

 

「クソがぁぁぁぁ!!!」

 

 その光景に轟が、爆豪が怒りを抱きながら控室での竜牙の言葉、そして宣誓を思い出す。

 

『……俺も全力で挑む。――だが“全て”は出さない』

 

『――この場では“俺が”一番強い』

 

 竜牙の後ろ姿は見えている。そして竜牙がやるであろう行動も分かった。

 ならばと、そこから轟も氷で滑り台の様に坂を作ると、滑りながら一気に加速する。

 

「お前には……絶対に勝つぞ雷狼寺!!」

 

「……俺もだ」

 

 轟が叫びながら竜牙の背を捉えたのと同時だった。

 竜牙がザ・フォールへと跳び上がったのは。

 

「……やれる」

 

 竜牙は自信を抱きながら飛んだ。

 恐怖はなく、あるのは別の感情。――それは己の言葉の責任。

 

――この場では“俺が”一番強い。

 

 己の言葉。一番強いと宣言し、周りを奮起させた。

 言い切った手前、一度の敗北で一番はなくなる。

 

(責任は持つ。一度でも負ければ終わりだ)

 

 一度の敗北での終わり。

――だが竜牙はそれにプレッシャーを抱いている訳でもなければ、挫折や失敗、敗北を経験した事がない訳じゃない。

 竜牙は己に宿る『雷狼竜』の個性を鍛えて来たが、その中で何度も心が折れかけた事が何度もあった。

 何度も孤独に襲われ、何度も身体はボロボロになった。

 そんな経験があったからこそ、今の竜牙がいるのだ。

 

「何より、俺自身が一番になりたい。――皆を笑顔に出来る様なヒーローになる為に」

 

 勇気づける様に呟く竜牙。跳んだ肉体は向こうの足場、更に足場へと無駄な動作もなく突き進み、遂に向こう側へと渡り切った。

 ザ・フォール――突破。

 

『すげぇぇぇ!!――おいイレイザー! お前、一体どんな教育したんだ!?』

 

『……俺は何もしていない。――あれは雷狼寺が自ら出した答えだ』

 

 プレゼント・マイクの問いに相澤はただそう呟きながら、他の生徒達を見ながらも竜牙へと視線を向け続ける。

 そんな実況、そして竜牙の独走に観客のプロヒーロー達も流石に黙ってはいられない。

 

「おいおい……あの1位が凄いな! なんだあの“個性”は!?」

 

「分からん! 手足を変えている様だが、獣なのかあれは!」

 

「あの子が噂のエンデヴァーさんの息子なのか?」

 

「……いや違う。エンデヴァーさんの息子は2位の子だ。だがまだ分からん!」

 

「1位も2位も凄すぎる……!」

 

「あぁ……今年は間違いなく当たり年」

 

サイドキック(相棒)争奪が激しくなりそうだ……」

 

 既にプロヒーロー達は持ち切りだ。――この体育祭の“後”の事へ。

 とはいえ、竜牙も余裕があるわけでもない。

――なぜならば。

 

「待てや白髪ァァァァァァッ!!!」

 

「邪魔だ……爆豪!」

 

 スロースターターの爆豪が、ここで脅威の追い上げを見せる。

 少し遅れで突破した轟の後に続き、ザ・フォールを大爆発で飛びながら一気に突破。

 轟とほぼ並びながら竜牙へと迫る。

 

(……ここで爆豪か。スロースターターゆえに轟より厄介だ)

 

 距離にそこまで余裕はなく、最後の障害も残っている。

 油断はゴールしてもしない方が良いだろう。

 

(何かのゲームで言っていたな)

 

――勝利を確信した時こそ、そこに“隙”が生まれる。

 

「……その通りになりそうだ」

 

 竜牙は足を思わず止め、“最後の障害物”を目の当たりにしながら呟いた。

 

『止まって正解だ!! そこは一面地雷原!! 『怒りのアフガン』だ!!――おまけで周囲には“タル爆弾”も用意してあるからご自由にどうぞってな!!』

 

『……何に使う気だ』

 

『両方とも威力はねぇが音とかやべぇから気を付けろ!!』

 

『無視か、おい』

 

 何に使われるか不明の危険物。傍らの問いを無視するプレゼント・マイクへ相澤が鋭い視線を向けてる間にも、竜牙は動く。

 

「電撃弾」

 

 竜牙の背中から現れるは、鋭い甲殻と逆立つ体毛。そこに放電が発生。

 竜牙はその場で飛び上がると、身体を回転させると同時にそれを縦一列へ放った。

――すると、ゴールまでの地雷が一列に爆発を起こした。

 

「……上々」

 

『ハァァ!!? そんなんありか!?』

 

『何でもありって言ってたろ……』

 

 竜牙の行動に驚愕のプレゼント・マイク。そんな彼に相澤は『思い出せ……』と呟いていると、竜牙の後方から轟と爆豪が互いを妨害しながら迫っていた。

 

「どけ爆豪!」

 

「テメェがどけやッ!!」

 

 妨害し合っている割に二人のスピードは速い。

 互いに温存していた力を、竜牙との距離がそこまでない事によって使う事にした様だ。

 二人はスタート時よりも速く、もうゆっくりしている時間は竜牙にはない。

 

(――駆け抜ける)

 

  竜牙のラストスパート。作った道を一直線に駆け抜けた。

━━瞬間、竜牙の世界は"下"へと落ちる。つまり、落とし穴だ。

 

『落ちたぁぁぁぁ!!!』

 

観客が叫ぶ。独走の竜牙がここに来てのアクシデントだ。

 

(!━━やられた!)

 

ここでまさかの落とし穴。地雷原と言ってのこれだ。

しかも意外と穴は深く、急いで上がっても時間は奪われる。

 

『誰が地雷だけって言った!! なんでもありの障害物だぜ!!』

 

『今のは雷狼寺のミスだな。……地雷を破壊した事で油断したんだろう。よく見れば分かる様になっていたんだかな。――かなり時間を取られるぞ』

 

相澤の鋭い指摘を聞きながら深い落とし穴を登る竜牙。

しかし、竜牙が這い上がる頃には、後方からは爆発と悲鳴が響き渡っていた。 

 その音はかなりのもので、衝撃も僅かに感じ、そして近い。

 

『マジかぁぁぁぁ!!!』

 

『やべぇ!!』

 

同時に次々と落とし穴に落ちる者達も続出。

しかし、氷で移動の轟と爆発で移動の爆豪に関係なくスピードに影響はないようだ。

 

(……まずい)

 

 最大の妨害。そしてトップ勢を足止めさせる気だったのだろう。

 竜牙の落とし穴落下により、轟と爆豪がここで一気にスパートをかけた。

 

「追い付いたぞ雷狼寺……!」

 

「1位は俺だッ!!どけや!!」

 

氷と爆発のブーストにより、文字通り目と鼻の先の距離となる三人。

 しかし、負けじと落とし穴から這い出た竜牙は疾走を再開した。

――瞬間。巨大な爆発と衝撃波が後方から放たれた。

 

 同時に“何か”が、己の横を吹っ飛ぶように()()()()のだ。

 それが何かを確認する暇はなく、爆発で怯んだ轟と爆豪の隙を突き、竜牙はそのままゴールを果たす。

 だが竜牙には達成感よりも、先に抱いた感情があった。

 

「……してやられた」

 

『マジかッ!! この展開を誰が予想できんだ!!?――まさかの大逆転劇!』

 

――“緑谷 出久”の存在をよ!!!

 

――プレゼント・マイクが叫んだ瞬間、一斉に歓声が爆発する。

 だが竜牙はまだ事態の把握が出来ないでいた。

 

(……轟でも爆豪でもない?――どうやって俺達を追い抜けた?)

 

 緑谷の謎の逆転1位。鍵を握っているのは、おそらく先程の大爆発。

 竜牙は自分以上にどこか実感できていない緑谷の姿を見ると、緑谷のジャージ所々が焦げていた。

 そして足下に転がる分厚い鉄板。

 

(……あの色は仮想敵の装甲?)

 

 色とデザインで装甲の正体は分かったが、それで勝てた理由は分からない。

――だが、竜牙が不意に自分の足下を見た瞬間、そこに答えはあった。

 

(木と鉄くず?――タル爆弾と地雷の破片か?――そうか、だから装甲を使ったのか……!)

 

 正体見たり逆転劇。

 竜牙は緑谷の行動を理解する。――タル爆弾と地雷の爆風を利用し、その勢いで己を追い抜いたのだと。

 

(……だが予想外の威力だったんだな。緑谷の“目”が死んでる理由が分かった)

 

 実感が出来ていないと思っていたが、実際は放心状態の様だ。

 

(独走していた。――だがこれが現実か)

 

――予選2位突破。それが独走していた自分の結果。

 油断はしていなかったが、予想外の奇策を実行した緑谷の発想に負けたのだ。

 しかし、竜牙は落ち込んでいない。――むしろ逆。

 

「……そうか。これが心が“燃える”って事か」

 

 不思議とショックはない。それどころか闘争心が滾って仕方ない。

 

(……これも負けた敗因)

 

 竜牙は己の敗因をもう一つ理解する。

 宣誓で自分は周りの闘争心を刺激したが、その中に自分は含まれていなかった。

 緑谷の逆転劇でようやく燃えだした己の心。

 

「――優勝するのは俺だ」

 

 折れず燃えた心の炎を抱き、竜牙は静かに瞳を閉じてその時を待つことにした。

 

▼▼▼

 

「これにて終了!!――結果はモニターを見てね!」

 

 ミッドナイトが結果をモニターに表示する。

 

――2位:雷狼寺 竜牙。

 

 竜牙の名前は確かにあり、同時に予選通過した上位42名が決定した。

 ギリギリの青山を含め、A組は全員が通過。――ここから本選が始まる。

 

「落ちちゃった人もまだ見せ場はあるから安心しなさい!――それよりもここからが本選! 第二種目――」

 

――『騎馬戦』よ!!

 

『!』

 

 本選でもある第二種目――それは騎馬戦。

 個人競技ではない事に周囲がざわつく中、ミッドナイトは以下のルールを説明した。

 

・2~4チームの騎馬を作る。

・ルールは基本的に通常と同じ騎馬戦。

・順位によってPがあり、騎手は騎馬を含めた合計のPのハチマキを首から上に巻く。

・ハチマキを奪われる。騎馬を崩される。そのどちらになっても失格にはならない。

・悪質な崩しは一発退場。

・制限時間は15分。

 

(つまり敵からハチマキを奪おうが、騎馬を崩そうが……全く有利にはならないか)

 

 脱落してチームが消えるならばまだ良いのだが、残る以上はハチマキを取り戻そうとする等、全くもって安心できる時間はない。

 まさにぶっ通しの騎馬戦。少しの油断も許されない。

 

「……取り敢えず問題は“P”か」

 

「その通りよ!!――Pは下から5ずつ増えていくわ! だけど1位だけは――」

 

――1000万Pよ!!!

 

「――えっ」

 

 ミッドナイトの言葉に言葉を失う緑谷。そんな緑谷へ竜牙は無意識に視線を向けてしまう。

――が、見ているのは全員だ。全員が殺気を纏い緑谷を見ていた。

 2位の竜牙でさえ205Pだ。なのに1位は1000万。

 

「――実質1000万の奪い合いになるか」

 

――!!!

 

 竜牙の一言に周囲の空気と殺気が更に増し、緑谷の冷や汗を更に増大。

 まさに“Plus Ultra”としか言えない。だが非情にも時間は過ぎる。

 

「今から15分の交渉時間スタートよ!!」

 

「……どうしたものか」

 

 竜牙が困りながらも、チーム決めは始まった。

 

 

▼▼▼

 

 

――緑谷は焦っていた。これでもかと言う程に焦っていた。

 

「どうしよう……! まさか飯田くんに断られるなんて……!」

 

「デクくん……流石にあれは仕方ないって」

 

 1000万の緑谷にとってPを気にした騎馬編成は意味はない。

 周りからも狙われるの決まっている為に避けられ、その中さえ組んでくれた麗日は天使だった。

 しかし、自分の考えた作戦を実行する為には飯田の力も必要だったが、飯田は断られてしまった。

 

『緑谷君……僕にとっても君は超えたいライバルなんだ』

 

――と言う理由から断られる。

 これで最初の作戦は白紙。だがそこはずっとヒーロー達を見て研究して来た緑谷だ。

 すぐに新しい作戦を考え、まずは脆弱な防御力を補う為、“一人”の生徒に声をかけた。

 

「君の力が必要なんだ!――“常闇くん”!!」

 

「良いだろう……これも宿命だ」

 

「……えっ。良いの?」

 

 緑谷が目を付けたのは個性:黒影――ダークシャドウ。

 意思を持つ“影”故に変幻自在の防御力を持てると判断し、常闇に声を掛けたのだが、呆気ない程に常闇はOKしてくれた。

 

「あぁ……どの道、Pの奪い合いだ。ならばどの道を選ぼうとも変わらん」

 

「常闇くん!!」

 

「デクくん! また不細工や!!」

 

 皆に避けられていた中での常闇の承諾。

 それは緑谷のメンタルを刺激し、瞳から大量の涙を流す。――もの凄い表情で。

 

「重荷を背負いし者の宿命か……だが緑谷。いくら黒影でも轟と爆豪達を相手にするのに、麗日を含めても流石に戦力が足りないぞ」

 

「けど、デクくんは1000万Pだから組んでくれる人って余程の人なんじゃ……」

 

「うん……そうだと思う」

 

 二人の言葉に緑谷は考える様に俯く。

 確かに常闇介入で防御力は大幅に上がったが、同時に機動力や攻撃力が劣ってしまいバランスが悪い。

 全てを黒影に任せるのは負担が大き過ぎる。あと一人、強力な仲間が欲しい。

――しかし、緑谷はこんな状況下の中でも、組んでくれるであろう人物に心当たりがあった。

 

「一人だけ……いる。信頼できて、とても強い仲間が」

 

 その人物は轟以上に強く、爆豪よりも誇り高い。

 共に過ごした時間は短いが、彼は“ライバル”として信頼し合えている。

 だからこそ、緑谷は“彼”の下へと向かう。

 

「騎馬を組んで欲しいんだ。――“雷狼寺”くん!」

 

 

▼▼▼

 

 

「騎馬を組んで欲しいんだ。――雷狼寺くん!」

 

 一人で考えながら歩いていた竜牙の下へ、緑谷・麗日・常闇の三人が訪れた。

 理由は勧誘。だが竜牙は疑問を抱いていた。

 

「……なんで俺だ? 緑谷、お前の能力は認めてる。だからお前にも考えがあっての事だと分かる。――だからこそ分からない。お前は聞いた筈だ。俺の言った事を」

 

『……俺も全力で挑む。――だが“全て”は出さない』

 

「――俺は全てを出す事が出来ない。そんな中途半端な俺を入れて勝てる程、周りは優しくないぞ」

 

 竜牙はやや叱る様な口調で言った。

 ハッキリ言って3位と4位と言う、絶対に納得しないであろう結果の轟と爆豪は文字通り死に物狂いで1000万を奪いに来るだろう。

 他のA組メンバー達も侮れず、更に言えば何やら企んでいるB組も油断ならない存在。

 もし、緑谷が“少し親しい会話をしたから心許せる”――そんな浅い考えならば竜牙は即断るつもりだった。

――だが、緑谷は分かっている様に頷いた。

 

「僕もそう思う!」

 

「……!」

 

――またあの“目”だ。

 

 先程までオドオドしていた緑谷が、今自分を見ている目。

 それは轟からの宣戦布告を受けた時、その時の覚悟の目と同じものだと竜牙は確信する。

 

「でも……あと一人。信頼できる騎馬は君しかいないんだ!」

 

「……なんでそこまでして俺を?」

 

 竜牙は分からなかった。

 緑谷の“個性”は未知数であり、捨て身技と言うよりも自爆技と呼べる能力。

 だが、それを補う様な頭脳は大きな武器となっており、事実竜牙は障害物競走で敗北している。

 認められるだけの能力は確かにあるが、だからといって竜牙自身が緑谷にここまで信頼される理由は全く心当たりがなかった。

 

――すると、そんな疑問を感じている竜牙の言葉に、緑谷はやや俯きながら話し始めた。

 

「……君が、君だけが……僕の事を対等のライバルとして見てくれたからだよ」

 

「なに……?」

 

「轟くんもかっちゃんも……当たり前だけど、僕の事を対等だと思っちゃいない。なのに、そんな二人よりも強い君が、僕の事を対等のライバルとして見てくれた。――その事が本当に嬉しかったんだ。それが――」

 

――僕が君を信頼する理由じゃ駄目かな?

 

(……何故、中途半端な俺なんかの為に、そんな強い目を、迷いのない綺麗な目を魅せてくれるんだ?――こんな俺の為に……)

 

 竜牙は迷う。緑谷が自分を信頼する理由は分かったが、知ってしまった故に信頼に応えられるか不安なのだ。

 しかし、そんな迷いは見透かされていたのだろう。緑谷はそんな竜牙へ、こう言った。

 

「――君は一番強いんだろ! 雷狼寺くん!!」

 

「!……緑谷」

 

「そうだよ雷狼寺くん! 一番強い雷狼寺くんが一緒だと心強いもん!」

 

「共に歩むぞ……修羅の道を」

 

「麗日……常闇……」

 

 ここまで言われて黙ってる男は、断る男はいるだろうか?

 少なくとも、竜牙は――

 

「……そこまで言われて断れば、恥を掻くのは俺か」

 

「!――雷狼寺くん!」

 

 竜牙の承諾ともとれる言葉に緑谷は笑顔を浮かべ、麗日も嬉しそうに、常闇も納得した様に頷いていた。

 

『終了!!――交渉タイムは終わりよ!!――早速騎馬を作りなさい!』

 

「――急げ緑谷! 策を話せ……ライバル!」

 

「ッ!――うん!」

 

 

▼▼▼

 

 騎馬を作る中、周囲は騒然としていた。

 理由は1000万――緑谷の騎馬にいるメンバーだ。

 

「まさか、緑谷君と雷狼寺君が組むなんて……!」

 

「才能マンと策士マンかよ……!」

 

「……油断出来ませんわ」

 

 飯田・上鳴・八百万は警戒心を露わにし、USJで共にいた二人は特に息を呑む。

 

「うわぁ……ヤバそうだね」

 

「実際、ヤバイって……」

 

「けど……だからこそ燃えんだろ。宣戦布告を俺は確かに受け取ってるぜ!」

 

 芦戸・瀬呂・切島達も明からさまなメンバーに勿論警戒。

――だが、二つの総大将は違う。

 

「――好都合だ」

 

「まとめてぶっ殺す!!」

 

 轟・爆豪共に戦意は全開。

 煮え湯を飲まされた両名をここで叩き落すつもりだ。

――勿論、他の者も。

 

「今度は勝つぞ雷狼寺!」

 

「……たまには挑まないとね」

 

 障子も耳郎もそれぞれのチームでやる気を起こす。

 他にも策を考えるB組を筆頭に、宣戦布告の雷狼寺・1000万の緑谷へと視線を向けている。

――そんな者達を緑谷達も迎え撃つ。

 

「麗日さん」

 

「はい!」

 

 右の騎馬の麗日。

 

「常闇くん」

 

「ああ……」

 

 真ん中の騎馬の常闇。

 

「雷狼寺くん」

 

「応えるぞ……緑谷!」

 

 左の騎馬の雷狼寺。

 

――1000万防衛戦――第二種目・騎馬戦開幕!

 

 

 

END




 今回、原作通りに緑谷を1位にした理由は――騎馬戦でやりたい展開が出来たのでそうしました。(;・∀・)


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第八話:騎馬雷鳴

ありえん……お気に入りが1000突破してる。評価も上がってる(;・∀・)
――ありがとうございます!!(´;ω;`)


『さぁ始まっぞ!!――今! 合戦がスタァァァァァト!!!』

 

 プレゼント・マイクの叫びと共に始まった騎馬戦。

 竜牙は左側におり、耳と足を雷狼竜へと変化。基本、これで騎馬戦を戦うつもりなのだ。

――だが、実は問題もある。始まる直前、常闇からのカミングアウトがあった。

 

『すまない。実は黒影は――光に弱い』

 

 その言葉に驚く緑谷だったが、まるで問題ない様に納得している。

 元々、黒影は暗い場所になるにつれて獰猛で攻撃力が上がる。昼間ならば制御は出来る分、攻撃力が夜に比べるとかなり低下する。

 しかし詳細を聞いた緑谷は元から常闇には攻撃を行わせず、防御に徹することを求めていたのだ。

 己の個性の事を殆ど知らない中での緑谷の選択。これには常闇も納得し、己を託すと緑谷へ信頼をおいたのだ。

 

――ならば何が問題かと言うと光を発生させる竜牙の“電気の制限”だ。

 しかし不幸中の幸い。緑谷は最初から竜牙の“電気”よりも耳からの危機察知や、雷狼竜による素の力を期待していたらしく、作戦には影響がない。

 ただ万が一の時は竜牙の判断で使用して欲しいとの事で、竜牙の判断に委ねられたのだ。

 

(……どちらにしろ、第三種目までに電力は“温存”したかった。そう思えばまだ救いだ。だが今は――)

 

 先程の会話を竜牙は思い出していたが、すぐに頭を切り替えた。

 何故ならば、始まって早々。既に二組の騎馬が自分達に突っ込んで来ているからだ。

 

「おらぁ!! 実質1000万の奪い合いだぁ!!!」

 

「頂くよ!! 緑谷くん! 雷狼寺くん!!」

 

 一組はB組の乗り込み男子――鉄哲の騎馬。もう一組はハチマキだけ浮いている――つまりは葉隠の騎馬であり、同時に耳郎の騎馬だ。

 

「――葉隠……また脱いだのか」

 

「そりゃ本選だよ! 私だって本気だもん!!」

 

 竜牙の言葉に堂々と返す葉隠だが、担いでいる中で唯一の男の砂藤はあからさまに意識しない様にしており、耳郎もまた自覚はあるのだろう。

 竜牙からの『とめろよ……』と言う意思を込めた視線から目を逸らしていた。

 

「早速二組……追われし者の宿命!――選択しろ緑谷!」

 

「勿論!――逃げの一手」

 

 常闇の問いに緑谷の選択は“逃げ”だ。

 1000万Pを持っている以上、緑谷達の目的は“防衛戦”であり、どれだけ敵の攻撃を防ぐかにある。

 そして緑谷の言葉に竜牙も逃げる為に動こうとした。

――瞬間。

 

『!』

 

「これは!?」

 

 緑谷達の地面。それが沈み始めたのだ。

 足を徐々に沼の様に飲まれて行く。それは鉄哲の騎馬の一人。轟と八百万以外の推薦組――“骨抜”の個性。

 

「あの人の個性か!――麗日さん! 雷狼寺くん!」

 

「うん!」

 

「……任せろ」

 

 緑谷の合図にまず、麗日が全員の重力を無くす。そして竜牙が雷狼竜の尾を出現させ、それを無事な地面へと強く叩きつけ、その反動が発揮する。

 

「飛びやがったぁ!!?」

 

 鉄哲の光景はまるで緑谷達が浮いた様に見えただろう。

 そのまま骨抜の個性から脱出を果たすが、これで終わる筈はなかった。

 

「逃がさないよ!――耳郎ちゃん、発目ちゃんお願い!」

 

「わかってる! 狙うよ雷狼寺!」

 

「行きなさいベイビー達!!」

 

 宙にいる竜牙達に葉隠チームから耳郎のプラグ、サポート科女子――“発目”御手製のアンカー系アイテムが発射し、無防備な緑谷達へ迫る。

――しかし、それらを“黒い腕”が払いのけた。

 

『アブネ!』

 

 それは常闇の黒影。それが死角からの攻撃を防ぎ切り、まずは理想的の出だし。

 

「良いぞ黒影!――常に俺達の死角を見張れ!」

 

『アイヨ!』

  

 常闇の言葉に黒影は頷くと、周囲を再び見回し始める。

 味方の活躍に竜牙も純粋に評価しか出ない。

  

(……凄いな。まさかここまで全方位に防御力を発揮するなんて)

 

 常闇のマニュアルコントロールではなく、完全なオートでこの動きだ。

 光に弱いと言っておきながら昼間でもこの威力。夜ではどうなっているのか、想像するのも恐ろしい。

 思考を頭の片隅へ追いやりながら、竜牙達がゆっくりと着地しようとした時だった。

 竜牙は着地点にある見覚えのある“異物”に気付く。

 

「!――峰田の個性か!」

 

 着地点を見計らっていた様に地面に設置されている通称――もぎもぎ。

 竜牙はそれを回避するため、尻尾で軌道を変えて着地を果たす。

――その時だった。

 

「!――後ろか!」

 

『アブネェッテ!』

 

 竜牙は耳で近付いてくる騎馬を察知。同時にそれから放たれる“何か”を黒影が防ぐ。

 正体を見極めようと方向転換しながら緑谷が見ると、そこにいたのは障子一人。

 

「障子くん!?――って一人だけ?」

 

 目の前にいるのは障子一人だけ。

 チームは最低でも2人は必要な以上、目の前の状態はおかしい。その異常の正体に気付いたのは竜牙だ。

 

「……何人()()()()()――障子?」

 

「……流石だな雷狼寺」

 

 あっさり自白する障子の背中。そこにはまるで殻の様に触手で包まれており、そこから二つの顔が現れた。 

 

「ちくしょう……! ハチマキゲットで“蛙吹のおっぱいに装着勝ち逃げ作戦”を邪魔しやがって!」

 

「流石ね緑谷ちゃん――そして峰田ちゃん……近寄ったら怒るわよ?」

 

「峰田くんに蛙吹さん!? 凄いな障子くん!」

 

 そう、障子はその大きな体と力を生かし、戦車よろしく峰田と蛙吹を乗せての単騎馬を実行していたのだ。

 

「……雷狼寺。お前に勝つつもりでトレーニングをしてきた。――勝たせてもらうぞ」

 

「……お互い様だ。――易々と勝利は渡さない」

 

 睨みあう両者の騎馬。だが、忘れてはいけないのはこれは集団戦だということ。

――不意に竜牙は背後から気配と共に強烈な足音を察知。

 

「!――後ろだ!」

 

 突然の奇襲。竜牙はそれに対応する為、腕を変化させて無理矢理に騎馬を動かし回避する。

――そして回避と同時。先程までいた場所に何やら謎の液体の様な物が降り注がれる

 

 一体これは何だと思い、発射したであろう人物の方を向くと、そこにいたのは障子の巨体にも劣らない肉体をした一人の生徒がいた。

 

「彼はB組の……」

 

「確か……凡戸と言ったか?」

 

 障害物競走の結果で特徴的ゆえ、緑谷と常闇に記憶されていた人物。それが彼――B組の“凡戸”だ。

 凡戸が出したであろうその液体はすぐに固まり、そこに小さな塊が誕生する。

 

「固める個性だ! 逃げ――」

 

「デェェェェェクゥゥゥゥゥゥゥッ!!!――調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

 

 逃げようと瞬間、ここでまさかの事態。――爆豪が宙を飛んで単身突撃を仕掛けて来たのだ。

 表情たるや凄まじい形相であり、そのまま爆発させようと緑谷へ手を翳す。

 

「くたばれ!!!」

 

『サセネ!』

 

 爆豪が放った爆発。――そこに間一髪で黒影が飛び出し、自らが盾となってそれを防ぐ。

 攻撃は不発になり、宙に放り出される爆豪もまた騎馬の瀬呂によって回収された。

 

「すごい狙われてるね……!」

 

「……あぁ。だが全員が1000万に固執している訳じゃない。確実に取る為に漁夫の利を狙っている奴等もいる」

 

 一切の時間もくれない攻撃に不安そうな表情を浮かべた麗日。そんな彼女に竜牙は場の様子を説明し、緑谷も頷く。

 

「うん!……それがせめてもの救いなんだ。このままの状態なら逃げ切る事も――」

 

「――それは俺が許さねぇ」

 

 どうやら安心させる時間すらもらえない様だ。

 竜牙達の前に現れる騎馬に、竜牙を含めて四人全員の表情が険しくなる。

――なぜならば、その人物は。

 

「獲るぞ――雷狼寺……緑谷!」

 

 二人に宣戦布告した張本人。――轟の騎馬だ。

 

「轟くん……!」

 

「……させねぇ。――俺()がいる以上は獲らせん」

 

 相手へ睨む緑谷と、迎え撃とうと言い返す竜牙。

 そんな二人に轟達も動き出す。

 

「飯田前進!」

 

「あぁ!」

 

 先に仕掛けたのは轟チーム。

 一気に前へと出て来る事態に竜牙達も足を止めることは出来ない

 

「終盤ではなく、もう相対するとはな!」

 

「皆! 足を絶対に止めちゃ駄目だ! 仕掛けて来るのは一組じゃない!!」

 

 緑谷の言う通り。仕掛けて来たのは他のチームも同じだった。

 轟の動きに便乗して掠め取ろうとするか、両方のPを狙うチームが一斉に仕掛けて来たのだ。

 

「やっちまえ障子! オイラ達がP取るぞ!!」

 

「やらせっかぁ!!!」

 

「おらぁぁぁぁ!」

 

「させませんぞ!!」

 

 峰田を筆頭に次々と集まるチーム。

 全員が勝負に出た様に勢いがあり、ハッキリ言って窮地だった。

――そんな中でだ。竜牙が、轟が上鳴へ何かを伝えている事に気付いたのは。

 

「――まさか……!――麗日は重力を無くせ! 常闇は黒影を下げろ!――緑谷! 上鳴が仕掛けてくるぞ!」

 

「上鳴くん?――そうか!」

 

 緑谷が気付いた瞬間、上鳴は既に準備完了。一気に攻撃をかける。

 

「避けろよ轟!――無差別130万Vだ!!!」

 

――上鳴が叫んだ瞬間、周囲一帯を強烈な光と共に電撃が駆け巡る。

 

「ぁぁぁ……!」

 

「上……鳴……!!」

 

 近寄って来た騎馬を一蹴。だが、それだけでは終わらない。

 轟は周りが動けなくなった瞬間、一気に周りに氷を作り出したのだ。

 

『今……度は……氷!?』

 

「わりぃな……」

 

 第一種目の反省を生かし、上鳴の電撃で確実に動きを止めて氷を出した轟。

 その作戦は成功し、周りの騎馬の足を完全に凍結させた。

――と轟が確信した瞬間。

 

――“放電”……!

 

 周囲に再び電撃が走る。今度のは上鳴の比ではない威力であり、轟が作り出した氷も一斉に砕け散る。

 

「なんだと……!」

 

 轟は突然の事に面食らう。

 幸い、八百万の作ったガードのおかげで電撃自体は防いだが、足止めした周りの氷は壊れ、少ししたら再び他チームが邪魔をしてくるだろう。 

 

「なんですのこれは!?」

 

「……一人しかいねぇよ」

 

 困惑の八百万へそれだけ言うと、轟はその“元凶”へと視線を向けた。

 

「雷狼寺……!」

 

「……ぬるい電気だ」

 

 そこにいたのは重力を無くしたメンバーを両手で持ち上げ、雷狼竜の足のみで立つ竜牙の姿があった。

 竜牙は険しく睨む轟へ怯む事無く睨み返し、そのまま緑谷達を下ろす。

 

「ハァ……!――助かったよ雷狼寺くん!」

 

「それがお前の選択か」

 

「うぅ……吐きそう」

 

『ヨシヨシ』

 

 間一髪の所での回避と反撃に緑谷と常闇は満足そうに頷き、酔った麗日の背中を黒影が摩る。

 再び雷狼寺に一杯食わされた轟は不満そうだ。

 

「またお前か……雷狼寺!」

 

「俺達に拘り過ぎだ轟」

 

「言った筈だろ……絶対にお前等に勝つ――ッ!?」

 

 轟が竜牙へ言い返そうとした瞬間、不意に轟の視界が左に傾いた。

 一体何事だと思い、轟は上鳴が支えている筈の左を向くとそこには――。

 

「ウェイ! ウェーイ!」

 

「上鳴さん!?」

 

「上鳴君!?」

 

 そこにいたのはアホ状態の上鳴。電気の使い過ぎで起こる現象なのだが、考えられるのは先程の竜牙の放電しかない。

 

「電気は俺の分野でもある。――それに言った筈だ。俺達がいる限り獲らせないってな」

 

「このまま逃げ切らせてもらうよ轟くん!」

 

「……!」

 

 二人からの覚悟のある瞳に轟は思わず怯んでしまう。

 このままでは本当に逃げられてしまい、再び1位を奪われてしまう。それだけは轟は阻止したかった。

 

(くっ……どうすれば良い……!)

 

 アホの上鳴の腕を無理矢理掴んで騎馬を立て直すが、常闇達も含めて轟は緑谷達を侮れなかった。

 時間が着々と迫る中、何とかしても勝とうと轟が思考を巡らせた時だった。

 

「ちくしょう……よくもやりやがったな!」

 

 ここで先程までダウンしていた峰田を筆頭にチームが復活。

 次々と動き出し、仕返しとばかりに再び緑谷と轟達を囲み始める。

 

――その光景に、轟の中に“策”が浮かんだとも知らずに。

 

「俺が――“1000万”に拘るのは……“こいつ等”と違って“臆病者”じゃないからだ」

 

「……?」

 

「……轟くん?」

 

 突然に語り始める轟に竜牙を始め、緑谷、常闇、麗日は首を捻る。

 轟が拘っているのも自分達に負けたくない。そういう話だった筈なのだが、いきなりの“臆病者”呼わばり。

 そんな事を言えば、爆豪の様に周りのヘイトを集めるだけであり、騎馬の八百万と飯田も困惑気味。

 

――その結果案の定、B組の鉄哲が真っ先に反応を示してしまう。

 

「んだとぉ!! 誰が臆病者だぁ!!」

 

「違うのか? 俺はてっきり――雷狼寺の“宣戦布告”にビビったから良い様にされてんだと思ったんだが?」

 

「……!」

 

 轟のその言葉に鉄哲――と言うよりもB組、そしてA組の面々も反応を示す。

――勿論、爆豪もその一人だ。 

 

「……あぁ?」

 

 今まで取られたハチマキを奪い返すので忙しかった爆豪だったが、ここでB組の物間を黙らせてハチマキを奪還。

 そして轟の言葉が耳に入り、怒りの形相で轟と緑谷の騎馬を視線に捉えたのだ。

 

「“俺が一番強い”……そこまで言われて黙ってる様な連中が――同じヒーロー科とは思えねぇよ」

 

――!

 

 ほぼ同時だった。緑谷と竜牙の二人が、轟の策の真意を察したのは。

 

「麗日さん! 個性を使って!」

 

「えっ!?――ハ、ハイ!」

 

 緑谷は急いで麗日に指示を出すが、時既に遅かった。緑谷達の足を粘着性の物質――凡戸の個性が包み込んだのだ。

 

「しまっ――」

 

 竜牙は急いで足を動かそうとするが、その物質の固まるスピードは速く、あっという間にカチカチに固まってしまう。

 緑谷達は移動を封じられたのだ。

 

「――待ってろ!」

 

 竜牙はすぐに足下を崩そうと力を入れる。――しかし、今度は地面が沈み始めたのだ。

 固まったまま徐々に沈む地面のせいで力が入れられないのだ。

 

「今度は骨抜の個性か!――黒影!」

 

『アイヨ!』

 

 何とかしようと常闇が骨抜への攻撃指示を行うものの、今度は黒影の横から攻撃が行われる。

 それは耳郎のプラグと発目のアイテムだった。

 

『イタイ!』

 

「……ごめん。でもうちだってヒーロー科だし。――雷狼寺に勝ちたい」

 

「私のベイビー達の宣伝の為にも、1000万Pと選手代表の方……利用させて頂きます!」

 

「リベンジだ!! いくよ砂藤くん!」

 

「おう!!」

 

 葉隠チームが常闇へ攻撃を開始。常闇を援護しようと竜牙は尾を出現させ、一気に薙ぎ払おうとする。

――だが、それは叶わない。何故ならば、そんな竜牙の尾に巻き付く物が現れたからだ。

 

「!――梅雨ちゃん……瀬呂……B組のトゲトゲ髪……!」

 

「塩崎です」

 

 竜牙の尾に巻き付いているのは、蛙吹の舌・瀬呂のテープ・塩崎の棘だった。

 それらが一気に巻き付き、竜牙の妨害をしていたのだ。

 

「ごめんなさいね雷狼寺ちゃん?――でも私も貴方に勝ちたいの」

 

「そうだ!! やれ蛙吹!」

 

「そういう事だ……すまん、雷狼寺」

 

 蛙吹・峰田・障子は近付いており、同時に別方向から――

 

「ふざけんな!! デクも白髪も俺がぶっ殺すんだよ!!!」

 

「まずい! かっちゃんまで!!」

 

 誰にも邪魔をさせねぇと言わんばかりに叫ぶ爆豪の登場に緑谷も流石に焦りが現れる。

 

――轟の作戦。それは単純、全員のヒーロー科としてのプライドを刺激しただけだった。

 全員がプライドを持っており、竜牙の宣戦布告に何も感じなかった者、臆した者は既に脱落している。

 ゆえに轟はそれを刺激し、緑谷と竜牙達の“流れ”を変えようとしたのだ。

 緑谷と竜牙はギリギリで気付いたのだが、結局は手遅れ。既に“完成”していたのだ。

 

『おいおい!! なんだぁこれは!!』

 

『……包囲網か』

 

 プレゼント・マイクと相澤は見たまんまの光景に呟く。

 緑谷チームを中心に、1000万と竜牙への勝利を目的とした包囲網が完成していたのだ。

 

(……轟が上手く雷狼寺へのプライドを刺激したか。――だが一見協力しているようだが、1000万は一つだけだ。――轟の真の狙いは漁夫の利だな)

 

 相澤は現状を観察し、轟が周りを利用しそのまま1000万奪取を目論んでいる事に気付く。

 だが同時に、竜牙がここで終わるとも思っていなかった。

 

「――な・め・る・な・よぉ……!」

 

 ここで竜牙が力を出し、決死の反撃に出る。騎馬を保つ状態では全力は制限されており、文字通り最後の賭けだ。

 何とか力を出し、尾に巻き付く物を薙ぎ払おうとした時だった。

――突如、白い布が竜牙の尻尾に巻き付いた。

 

「く……そ!――動かせない!」

 

「相澤先生のを参考にした特別品ですわ……迂闊ですわ雷狼寺さん!」

 

 ここで八百万の奇襲も加わり、完全に動きを封じられた竜牙。

 その姿に轟が動いた。

 

「わりぃな……」

 

「――なッ!」

 

 轟の放ったが冷気が竜牙を襲った。

 動けない竜牙はそのまま凍り付き、右足と腰までが凍らされてしまう。

 

「雷狼寺くん!?」

 

「このまま1000万は頂くぞ! 緑谷君!」

 

 竜牙を心配する緑谷へ飯田がここで決着を宣言。徐々に近づき始め、竜牙を止めた事で他のチームも動き出す。

 包囲網が確実に狭くなる中、竜牙も流石に心が折れかけていた。

 

(――やられた。これ以上、手はない)

 

 まさかほぼ全員が一時とはいえ組んで来るとは竜牙も、そして緑谷も予想外だった。

 もうどうしようもない。冷えた体の中、竜牙は静かに緑谷へ顔を向けた。

 

「……緑谷――流石に万策尽き――ッ!?」

 

 緑谷へ顔を見上げた瞬間、竜牙は我が目を疑う。

 

「……まだだまだ何とかなる。これからが勝負だ。大丈夫できるまずぼくの力で――」

 

 緑谷は諦めていなかった。それどころか、眼は死んでおらず、寧ろ燃えている。

 本気でこの状況の中でも勝つつもりなのだ。――勿論、二人も。

 

「抗え! 黒影!!」

 

『ヤッタルゼ!!』

 

 常闇と黒影も諦めず、周りの攻撃を受け切っていた。

 

「ふん!!――ぜぇぇぇぇたいに負けない!!――負けんもん!!」

 

 麗日も訛りながらも何とかしようと足に力を入れている。

 

――誰も諦めてないのだ。この絶体絶命の中で。

 なのに、我先に諦めかけていた自分が竜牙は情けなくなり、同時に怒りが湧いた。

 

「何をしてるんだ俺は……」

 

 この絶体絶命の中、竜牙はそう呟きながら瞳を閉じ、己へ問い掛け始めた。

 

――本当に手はないのか?

 

(いや、ある)

 

――ならば何故使わない?

 

(怖いからだ)

 

――ならば何故、“今まで”は使った?

 

(守る為だからだ。だから使った……)

 

――ならば今は守るものではないのか?

 

(いや。断じて違う)

 

――ふと、あの時の母の目が頭をよぎった。

 だが竜牙は追い払うように二度三度頭を振り、改めて自分に言い聞かせる。大丈夫だ。いける。乗り越えろ。緑谷たちを信じろと。

 

(今……この会場には色んなプロヒーローがいる。最悪、そのせいで俺の夢は叶わなくなるかもしれない。――だが、ここで逃げるのか? これが“最後”のチャンスなんじゃないのか?)

 

――逃げるのは楽か?

 

(いや不安だ。俺は前へ進みたい)

 

――緑谷達からの信頼の為か?

 

(それもある。情けない俺を未だに信頼しているだろう……緑谷達の為に)

 

――それだけか?

 

(いや、変わりたいんだ。俺は自信を持って“個性”を皆に見せたい。認められたい!)

 

――ならば決まったか?

 

(あぁ。誰かの為じゃなきゃ、俺は切っ掛けすら掴めなかった様だ)

 

 己への問い掛けを終え、竜牙はゆっくりとその瞳を開く。

 目の前には今も戦っている仲間達。そんな仲間達へ――竜牙は静かに名を呼んだ。

 

「――緑谷」

 

「えっ?」

 

「――麗日」

 

「はい?」

 

「――常闇」

 

「む……?」

 

 戦いの中、その手を止めてまで自分を見てくれる仲間達。

 竜牙はそれで未だに自分を信じている事を理解する。

 だからこそ、守りたい。――応えたかった。

 

「俺を()()()()()()()?――俺は()()()()()()?」

 

「……雷狼寺くん」

 

 この言葉に緑谷は何かを察した。麗日と常闇も同じく。

 今の竜牙の瞳は何かを決意した者だ。だからこそ、緑谷達が出来る事は一つだけ。

 

「うん! 僕は雷狼寺くんを信じる!――だから僕の事を信じて!」

 

「私も信じるよ!――勝とう!」

 

「フッ……同じ宿命を背負いし者だったか」

 

「……ありがとう」

 

 その三人の言葉に最後の一歩を踏み出す勇気を貰った。

 

――これで終わらせる。

 

 覚悟を決めた竜牙。

 それとほぼ同時に轟チームも仕掛けようとしていた。

 

「行くぞ飯田!!」

 

「うむ!!――獲るぞ緑谷君!!」

 

 轟の声が聞こえる。飯田の声が聞こえる。同時に周りから一斉に向かってくるような声も聞こえる。

 だが竜牙には、そんな事を気にする事などなかった。

 ただ、唯一気にしていたのは……。 

 

――願うなら……誰からも()()()()事がない様に。

 

 瞬間、緑谷達の周囲に大きな轟音と共に雷が走った。それが意味するのは――“解禁”

 

『GUOOOOOOOOOOON!!!!』

 

――『雷狼竜』の解禁だ。

 

 

 

 

END



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第九話:雷狼竜

感想・お気に入り・評価・UA――全てが追い付かない!(;・∀・)

週間ランキングも8位でしたし、ありがとうございます(^^♪


『GUOOOOOOOOOOOON!!!』

 

――それは突如現れた。光る眼光。大気を揺るがす咆哮と共に。

 大岩の如き鱗に覆われた巨体。威圧感を示す鋭利な爪。鎧の様に巨大な甲殻。威厳を示す体毛。

 それらを持つ存在――雷狼竜が。

 

「なんだ……これ?」

 

 だが、轟達からすれば何が何だか分からないのが現状。

 観客のプロヒーローも、実況のプレゼント・マイクから見てもそうだった。

 

『はっ?――ハァァァァァァッ!!? なんだありゃ!! 何が起こったんだ!? 雷狼寺の個性……つうか緑谷達はどうしたんだぁ!!』

 

「あれはなんだ! 個性なのか!?」

 

「生物!?――あの形状は……狼?」

 

「よく見ろ! 覆っているの鱗と甲殻だ! 狼じゃないぞ!」

 

 プレゼント・マイク、そしてプロヒーロー達は共にパニック状態。

 唯一冷静なのは相澤だけだった。

 

『覚悟を決めたか、雷狼寺』

 

『へっ……? あれやっぱり雷狼寺なのかよ!!』

 

『なんでお前が知らないんだ?』

 

 プレゼント・マイクの言葉に相澤は呆れた様子で見つめている。

 竜牙の資料は全教員に渡されており、勿論プレゼント・マイクも例外ではない。

 

『……わりぃ忘れたから教えて!!』

 

『お前な……』

 

 最早、視線すら合わせなくなった相澤であったが、プレゼント・マイクの今の言葉は同時に観客席の声でもあった。

 

「一体、彼の個性は何なんだ!?」

 

「教えてくれ!!」

 

 叫び出す観客の声に相澤は黙るが、その視線は会場にいる雷狼竜――竜牙へと向けられていた。

 

『……GRRRR』

 

 相澤は竜牙が自分の方を見ている事に気付く。視線はすぐに外れたが、相澤はそれだけで“覚悟”を察する。

 

『……雷狼寺があの“姿”を出した以上、本人も承知の上だろう。――もう隠す理由もない』

 

 そう言うと観客はやや静かになり、相澤の声に耳を傾ける。

 

『雷狼寺は、両親の個性とは関係ない個性――突然変異系。だが雷狼寺はその中でも更に特殊過ぎた。何故ならばこの世に()()()()()()生物だったからだ』

 

『……マジか?』

 

『マジだ。ゆえに、雷狼寺の個性を調べる際には“個性学”や“生物学”の権威や学者共が集まり、何とかそれを調べようとした。だが出来たのは()()()()事だけだったらしい。雷の狼の竜。それが雷狼寺の力――『雷狼竜』の個性だ』

 

――雷狼竜……!

 

 相澤の言葉に誰かが呟き、それを皮切りに次々と会話が起こる。

 聞いた事もない“生物”――その個性の持ち主である竜牙の話題で。

 

『あぁ……なんか見たなそんな資料。つうかあれが雷狼寺なのは分かったけどよ!? 肝心の緑谷達はどこにいんだ!?』

 

『……“背中”を見て見ろ』

 

 相澤の言葉にそれぞれが雷狼竜の背を見ると、そこにはいた。――驚いた様にポカンとしていた緑谷達が。

 

▼▼▼

 

 雷狼竜の背。体毛と甲殻に掴まりながら、凡戸の個性からも解放された緑谷達も相澤の言葉を聞いていた。

 

「“雷狼竜”……! それが雷狼寺くんの個性の“正体”!」

 

「ほんまにビックリ……!」

 

「これがお前に宿る、内なる獣か!」

 

 緑谷達も驚きが隠せない。いきなり視界が浮いた思えば、気付けば周りを見下ろせる場所にいるのだから。

 しかも不思議と恐怖はない。寧ろ、何故か“安心”出来てしまう。まるで世界で一番安全な場所にいるかの様に。

――だが、そんな緑谷達とは真逆の者達がいる。勿論、轟達だ。

 

 先程までの激闘が嘘だったかの様に静まり、全員がただただ目の前の雷狼竜を見上げていた。

 

(見たことある、入試の時……この間のUSJの時も、雷狼寺はこの姿でうち達を守ってくれた)

 

(これが……お前の本当の力なんだな雷狼寺)

 

 シルエットだけならば初めてではない耳郎と障子。二人はまだ驚愕する中で、まだ冷静を保っている者達。

 

――だが他は違う。

 

『GRRRRRR……!』

 

 唸り声を上げ、静かに動き出す雷狼竜。骨抜が作った沈む地面も、まるで水浴びから出るかのように楽々突破。

 そんな事にも気付かない轟は走馬灯の様に、競技前に八百万と上鳴との会話を思い出していた。

 

 自分が1000万――緑谷と雷狼寺に狙いを定めていると言った時の諫言。

 

『おそらく雷狼寺さんは……とんでもない奥の手を持っていると思いますわ。――ですから、出来る限り追い詰め過ぎずに攻めるのが得策かと』

 

『それじゃ意味がねぇんだ。あいつの全てを引きずり出す。そうじゃなきゃ、アイツに勝つ意味がねぇ』

 

『いや轟!? お前、USJの時の雷狼寺を知らねぇからそんな事が言えんだって! 大量のヴィランも一蹴したんだぜ!?』

 

『それぐらい俺もやった……』

 

 八百万と上鳴はその後も説得を続けたのだが、緑谷を超えたいと言う飯田の要求もあって何とか承認させた。

――しかし、実際に引き出した轟はというと。

 

「これが……雷狼寺?」

 

 何とか声を出すのが精一杯だった。存在感と威圧感が凄まじく、冷や汗が止まらなくて仕方がない。

 尾の方も、既に衝撃で蛙吹は舌を引っ込めているが、瀬呂・塩崎・八百万のそれぞれの武器は薙ぎ払われ、とっくにゴミとなっている。

 

――動け。動けよ

 

 誰もが内心でそう思ったが彼等の中の、人としての本能が邪魔をする。

 野生動物に出会った時の様に、動けば死ぬぞ。刺激するなと。

 雷狼竜が出た瞬間、既に彼等は弱者となってしまったのだ。

 

(動け……動け……! 動きやがれ!!)

 

 轟は動かない己へ激を飛ばす。散々、雷狼寺に言ってしまっているのだ。

 

『……そうかよ。だったら俺が引きずり出しやる……お前の“個性”の全てをな!』

 

 子供みたいな挑発までし、自分で宣言しておきながら、いざ竜牙が全力を出したらビビッて動けない。

 こんな無責任な事はない。轟は無理矢理にでも心を動かし、右へ力を込める。

 

(仮想敵のデカブツすら凍らせた力だ!――俺は……絶対に負ける訳にはいかねぇ!!)

 

「いく――」

 

『GAAAAAAAAAA!!!!!』

 

 轟が動こうとした瞬間。雷狼竜の咆哮が轟チームへと放たれた。

 先程までの全体に轟かせた咆哮とは違う。個に対する竜の咆哮。

 轟を、八百万を、飯田を、ウェ~イを骨の芯から震えあがらせ、轟達の身体が悲鳴をあげた。

 そのまま飯田達は耐えられず、騎馬のまま膝を突いてしまう。

 

「こ、こんな……これが雷狼寺くん……の力なのか……!――僕は……緑谷くんすら……まだ……」

 

「こんなにも……差が……ありますなんて……!」

 

 八百万は尾を抑えていた故、その力を直に感じてしまった一人。

 あの下水の様な性格の爆豪すらも抑えた相澤の布。それを八百万なりに再現したが、まるでTシャツを破くかの様に安易に引きちぎられた。

 何ならば防げるか考えだすが、八百万の本能がそれを拒否。――無理だと判断してしまうのだ。

 上鳴に関してはアホになりながら泡を吹いていて例外。

 

 そんな中、雷狼竜は大きく再び遠吠えを行う。

 

『AOOOOOOOOON!!!!』

 

 吠えるや否や、同時に周囲に無差別で降り注ぐ落雷。

 偶然なのか、天気もやや曇りになってきたようにも見える。

 

――そして最強チームの一角の惨状&無差別落雷が、他チームをも一気に我に帰らせる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! やべぇよ!! あいつだけジャンルがちげぇよ!! おいら達じゃ絶対に無理だ!!! 逃げるぜ障子!!?」

 

 泣き叫び敵前逃亡を進言するのは峰田だ。

 目の前であり得ない速度で一気に周囲を駆けまわる雷狼竜。尾で一気に薙ぎ払い、包囲網を一掃。

 落雷の中でも颯爽と動く雷狼竜。だが、真の恐ろしさはそこではない。

 

「速い! 速すぎるぞ!!」

 

「あの巨体でなんて動きだ!!?」

 

 観客たちの目に写る光景。それはまさに規格外。

 あの巨体で動きが鈍くなるどころか、スピードは寧ろ加速しているのだ。

 なのに動きは繊細。背中の緑谷達は苦痛の表情を見せておらず、気を配ってもいる。

 

「ふざけんな!! ここで逃げたら本当に臆病者だろうが!!!――塩崎! 骨抜!」

 

「はい!」

 

「任せろ!」

 

 迎え撃とうと包囲陣の生き残り、鉄哲チームが雷狼竜に立ちはだかる。

 更には凡戸チームに拳藤チームのB組も参戦。

 そんな自分達を見ていないのが幸いと、峰田が障子へと伝えるが肝心の障子は拒否。

 

「ふざけるな……雷狼寺が本気を出したからこそ挑むべきなんだろ!」

 

「気持ちは分かるけど障子ちゃん……緑谷ちゃん達はあの背中の上。私たちじゃ届かないわ」

 

 熱くなる障子へ現実を言い渡す蛙吹。常闇も健在な中、峰田チームに手は残されていなかった。

 そんな言葉に障子は『だが……』と納得できない様子だったが、その間にも現状は変わっている。

 

「ふざ……けんな……!!」

 

 未だに動けない一つの組。――爆豪チーム。

 目の前で圧倒的な力を見せつける竜牙へなのか、それとも動けない自分へなのか。

 どちらにしろ、爆豪の形相はもはや歪みきって表現すら出来ない。

 だが、そんな中でも切島は何とか動こうと試みていた。

 

「逃げっぞ爆豪! あれじゃ……悔しいが、今はどうしようもねぇ!」

 

「うんうん!! Pはあるんだからさ!」

 

「俺のテープも見てくれよ……」

 

 ズタズタになったテープの先端を見せながら瀬呂も撤退したい雰囲気を醸し出す。

 その間にも雷狼竜とB組チームとの戦いは始まっていた。

 

「シッ!」

 

 まず動いたのは骨抜。先程の比ではない規模で地面を“柔らかく”し、雷狼竜の脚を沈めた。

 更に塩崎の棘が束となって前足を拘束。凡戸も粘着。拳藤チームもバックアップへと回る。 

 B組がここで総力戦を仕掛けたのだ。ここでA組からも──

 

「再度リベンジだよ!!」

 

「うちだって……いつまでも頼りっぱなしじゃないから!」

 

「再度行きなさいベイビー達!」

 

「俺……必要あるのか?」

 

 葉隠チーム参戦。耳郎のプラグと発目のアイテムが雷狼竜の背中の緑谷を狙う。

 

「させません……」

 

 そこに塩崎も更に棘を追加。横取りさせまいと一気に伸ばす。

 だが――。

 

「笑止!――黒影!」

 

『アイヨ!』

 

 相手をしているのは雷狼竜ではあらず。――緑谷チームだ。

 常闇がここで防御に再度専念。ハチマキを狙う者達を一気にガードする。

 

「背中は任せろ雷狼寺!――お前の力はそんなものではないのだろう!」

 

「こっちは大丈夫だから!」

 

「僕達を信じて……思うように動いて雷狼寺くん!」

 

『!――GUOOOOOOON!!!』

 

 緑谷達の声に応えるかの様に、雷狼竜は咆哮をあげながら力を入れる。

 同時に背中が光り出し、それに気付いた緑谷達は雷狼竜の行動を理解。

 

「麗日さん!」

 

「うん!」

 

 麗日はすぐに己を含めた三人に触れ、一気に無重力で背中から離れる。

 その直後、雷狼竜は一気に放電を放った。その威力に凡戸の粘着は粉砕され、同時に塩崎の棘の束が焼き切れる。

 最後には柔らかくなった地面から自力で脱出を果たす。

 

『GUOOOOOOON!!!』

 

 雷狼竜が吠える中で緑谷達も背中に乗り、酔った麗日を二人が介抱する中で雷狼竜の眼光がB組達を捉える。

 

「……マジかぁ!!」

 

『AOOOOOOON!!!』

 

 鉄哲の叫びは意味がなく、雷狼竜は右前脚をあげ、まるで飛び掛かる様にB組達へ距離を詰めて全力で手前の地面を叩きつけた。

 次は左前脚、また右前脚と。その衝撃と素早い動きに対応できる訳がなく、B組チームはそのまま騎馬が崩れてゆく。 

 

「ち、ちくしょう……!!――今のありかぁ!!」

 

『直接ではなく、衝撃でだから……アリ!!』

 

 鉄哲の抗議も虚しく、ミッドナイトのセーフ判定にB組は完全撃墜。

 

「無念です……」

 

「やられた……!」

 

 そんな光景を爆豪はずっと見ていた。

 未だに止める切島の言葉も聞かず、爆豪はずっと雷狼竜の蹂躙を。

 

「ふざけんな白髪野郎……!! ずっと……ずっとそんな力隠して舐めプしてたってか!!――俺は眼中にねぇってか!!!」

 

「待て爆豪!!」

 

 止める言葉も虚しく、爆豪は空へと飛んで行く。

 距離はあるが、そんなのは関係ない。一気に爆発を喰らわせ、1000万を奪取。

 そして教えてやるのだ。真に見る人物は轟ではなく、自分だという事に。

 

――だが。

 

「は――?」

 

 爆豪の思考は停止した。

 世界がスローモーションに見えながら、爆豪は理解出来なかった。

 

(なんで……目の前にいんだよ?)

 

 先程まで背中を見せ、距離もあった筈。

 なのに雷狼竜は爆豪の目の前におり、右前足を振り上げていた。

 その巨体に見合わない驚異的スピードに、爆豪は付いて行けない。

 容赦なく振り下ろされる前脚。爆豪は叩き落された様に飛ばされ、己の騎馬達へ激突。

 そのまま騎馬は耐える事なく崩れた。

 

「ってて……!――おい、無事か?」

 

「く……そ……がぁ!!!」

 

 切島の言葉に応えず、爆豪はただ無念の咆哮を叫ぶ。

 これで主だった者達は撤退か撃沈。葉隠チームも凡戸チームも尾の叩きつけの衝撃波で撤退。

 騎馬が崩れようが終わらない騎馬戦。だが、爆豪を筆頭に騎馬を組み直そうとする者はいなかった。

 

『AOOOOOOOOON!!!』

 

 雷狼竜の縄張りに抗う者はもういない。それを雷狼竜が許す筈がないと察しているから。

 離れていて難を逃れた者達もそうだ。

 

「……全く。調子にのったA組には良い薬か。――まぁ、傍迷惑な存在しかいないのは変わりないけど」

 

「なに呑気に言ってんだ物間! あれを“コピー”したらお前にもチャンスがあるぞ!」

 

 仲間の言う通り、物間の個性であるコピーを使用すれば雷狼竜の力を5分使用できる。

 それならばチャンスもあるだろう。

――だが。

 

「……無理だね。今にも誰か殺しそうな獣に誰が近付くんだ……!」

 

 雷狼竜を見つめながら物間は苦笑し、冷や汗を流す。

 

「A組にこんな事を言いたくないけど……僕だって普通に怖いさ。全く、余計な事をするよ」

 

 情けないと自覚しながら物間はこの惨状を招いた、もう一つの元凶へ視線を向ける。

――未だに立ち直れない轟チームに。

 

「どうしたんだ轟君! まだだ! まだ試合は終わっていないんだぞ!!」

 

「轟さん!」

 

「……」

 

 二人の言葉に轟は応える事が出来ない。

 自分の力。――氷の力だけでは倒せる気がしない。氷が弱点だと竜牙が言っていたが、勝てるヴィジョンが想像できないのだ。

 

(――使うしか……ねぇのか? この“左”を……!)

 

 絶対に使わないと決めた左。だが右だけではどうしようもないのは確か。

 

(ふざけんな……これじゃ、あの野郎の思う壺だろうが……!)

 

 轟の歪み。憎き人物――エンデヴァー。

 

『いつまでも意地を張るな。右ばかりではいずれ限界が来るぞ?』 

 

「……くそっ」

 

 競技中である事も忘れ、エンデヴァーの言葉と竜牙の前に屈した轟が動く事はなかった。

 

『試合終了!!!』

 

 プレゼント・マイクの試合終了の合図。それを聞いても轟が立ちあがったのは、少し経ってからだった。

 竜牙もまた、試合終了の合図にゆっくりと緑谷達を下ろし、巨大な体躯を一瞬だけ雷が包むと、そこにはいつもの竜牙の姿があった。

 

「雷狼寺くん……!」

 

「……ああ」

 

 互いに向かい合う緑谷と竜牙。

 そして緑谷は手の甲を上へ向けたまま伸ばすと、それに合わせる様に麗日と常闇、そして黒影も乗せて行く。

 

「……?」

 

 竜牙はそれが一体何なのか最初は分からなかった。だが、笑顔で自分へ向く三人を見てその意味を理解。

 ゆっくりと竜牙も円陣の中に入り、真ん中に手を置いた。

――そして。

 

『早速、結果発表だ!!!――1位は勿論、緑谷チーム!!』

 

「ッ!!――やったぁぁぁぁ!!!」

 

「やったよみんな!!」

 

「俺達の勝利だ!」

 

『オウヨ!』

 

「……みんなのおかげだ」

 

 発表と同時に重ねていた手を空へと上げ、一斉に喜ぶ緑谷、麗日、常闇、黒影……そして竜牙。

 

「そして2位は轟チーム!――3位は――ん? 普通科……心操チーム!? マジか!――そして4位は爆豪チーム!!――以上、4組が最終種目に進出だぁ!!!」

 

 発表に盛り上がる観客と緑谷チーム。だが、轟・爆豪の二人は沈んだままだった。

 そんな中で落ちたメンバーも含め、続々とA組は一か所に集まり始める。

 

「おめでとう麗日ちゃん。芦戸ちゃん」

 

「ありがとう梅雨ちゃん!」

 

「はぁ……でも私、殆ど活躍出来なかったからなんか実力にあってるか不安……」

 

「……そうですわね」

 

 女子は女子で会話が起こる中、八百万は表情は暗い。最後の最後に何も出来なかったことが悔しくてしょうがない様だ。

 

「すまない緑谷君!!! 僕は君に挑戦すると言っておきながらこんな事になるなんて!!」

 

「い、飯田くん!? 別に良いよそんな事!」

 

「けど実際大したもんだぜ緑谷!……攻めた側がいう事じゃねぇけど、1000万をあの状況で守り通すなんて男だぜ!」

 

「いやぁ……でも今回のMVPは間違いなく雷狼寺だろう。なぁ――」

 

 切島の言葉に瀬呂が繋ぎ、竜牙へも声を掛けようとした時だった。

 

「緑谷、麗日、常闇……少し、時間もらえるか?」

 

「えっ……別に大丈夫だよ」

 

「うん私も……」

 

「構わないが……ここじゃ駄目なのか?」

 

 竜牙の言葉に三人は頷くが、常闇が言いずらい事なのかを問い掛ける。

 

「……あぁ。他の皆には悪いんだが。――一緒に戦ってくれたお前達にまずは聞いて欲しい」

 

 そう話す竜牙の雰囲気はどこか暗く、大切な話だと言うのも切島達が察せる程だった。

 

「……お、おう! そりゃ戦友だもんな! 俺らの事は気にすんなって!」

 

「すまない……」

 

 竜牙はそう言うと緑谷達三人を連れていってしまう。

 その時に、耳郎と障子が声を掛けようとするが、タイミングを失ってしまって叶わなかった。

――しかし、そんな時だ。峰田が何かを思いついた様に笑みを浮かべ、八百万へ話しかけた。

 

「……おいおい八百万!」

 

「?……なんでしょう」

 

 峰田からの言葉に八百万は返答すると、峰田はその内容を話した。

 提案と呼べるそれに、やがて八百万は難色を示した。

 

「そ、そんな事……」

 

「これは体育祭だぜ八百万! 勝つ為には情報は武器だぜぇ!」

 

 無駄に力説する峰田。その後もあれやこれやと言い包められ、結果……八百万は仕方なく“それら”を作り出した。

――そして。

 

「麗日さん! ちょっとお待ち下さい!」

 

 

▼▼▼

 

 スタジアム内の端。人通りはあまりにも少なく、内緒話には持って来いだろう。

 そこに竜牙と緑谷と常闇。少し遅れで麗日がやって来た。

 

「ごめん! ちょっと呼び止められちゃって!」

 

「いや良い……無理を頼んでいるのは俺だ」

 

 申し訳なさそうにやって来る麗日に竜牙は気にしていないといい、早速話を始める。

 

「雷狼寺くん。それで話って……?」

 

「あぁ……俺の“個性”の件だ」

 

 

▼▼▼

 

 

『あぁ……俺の個性の件だ』

 

「うおっ! マジで聞こえる!?」

 

「静かにしてください!」

 

 八百万と峰田。――と言うよりもA組全員が竜牙達から少し離れた場所にいた。

 八百万の手にはやや大きめのトランシーバーの様な物があり、そこから竜牙の声が聞こえて来ている。

 そんな機械に上鳴が反応し、八百万は咎めていたのだ。

 しかし、何故こんな事をしているかと言うと。発端は峰田。

 

「へへへ……これで雷狼寺の秘策を聞き出してやるぜぇ!」

 

「……作ってしまいましたが、本当に良いんでしょうか?」

 

「そうだよなぁ……盗み聞きなんて男らしくねぇ。麗日は何も知らないんだろ?」

 

 切島の言葉に八百万は俯く。

 毎年、最終種目は一対一の何かなのは決まっており、そこで峰田は雷狼寺の盗聴を考え出す。

 ハッキリ言ってしまえば、雷狼寺は強すぎた。

 ゆえに、ここは情報戦を仕掛けると峰田が言い出し、八百万に盗聴器を作って貰って、麗日に仕掛けたのだ。

 

「男らしくとかじゃねぇ! 今は全員がライバルだ! だったら雷狼寺の力の秘訣を聞くのも作戦じゃねぇか!」

 

「だが盗聴は犯罪だ!! しかもクラスメイトだぞ! 恥ずかしくないのか峰田君!」

 

「――そもそも、同じく落ちた峰田ちゃんが言うと裏があるとしか思えないわ」

 

 熱く語る峰田へ、飯田と蛙吹が反論。

 周りも確かにと思い、全員の視線が峰田へと向かい、そして……。

 

「――ぶっちゃけ。人気のない場所。そこに男三人に対し、麗日一人って……エロくね?」

 

『……』

 

 場の空気が固まった。被害者と言える八百万に関しては白目を向いている。

 峰田はやっぱり峰田。ハッキリ言ってゴミの考えだった。

 

「潰そう」

 

「徹底的にな」

 

「待て待て待ってくれぇぇぇ!!」

 

 ある意味騙された者と言える二人――耳郎と障子の二人が怒りの目で峰田を捉える。

 

『雷狼寺の事を知りたくねぇのかよ!』

 

 あんなに熱く言われ、心を動かされた自分達が馬鹿みたいだった。

 

「けど、意外なのは轟と爆豪もいる事だよなぁ……?」

 

「……」

 

「うっせ……」

 

 混乱し始める状況の中、瀬呂が話題を変えようと轟と爆豪の存在を口にする。

 二人は別に誘っていないにも関わらず、黙って付いて来た二人。

 そんな二人は、瀬呂の言葉に沈黙と不機嫌で返答。

 

「……私、一体何をしているのでしょうか……」

 

「き、気にしない方が良いって!」

 

 一人落ち込む八百万を芦戸が何とか慰め始める。

 しかし、そんな時だった。竜牙の声が聞こえ始めたのは。

 

『……俺がなんで雷狼竜を隠していたか。その話だ』

 

「おいおい!? 始まったぜ!」

 

『!』

 

 切島の言葉に反射的に全員が耳を傾ける。

 何だかんだで気にはなってしまう様だ。――そしてこれから一体、どんな話が始まるかと全員が意識を集中し始めた。

 

『簡単に言えば……俺は――』

 

 

――“両親”に()()()()()んだ。

 

 

――雷狼竜の原点であった。

 

 

 

 

END



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第十話:やり直し

結構、感情移入しまくっている人が結構多いのにびっくりです(;・∀・)
あとあくまでもこれはSSなので、凄く追及している方がいますが、これはあくまでもSSですよ(´;ω;`)
まぁ、盗聴はやり過ぎちゃったけど、そうじゃないと主人公の過去を教える時のタイミング逃しそうだったし(;゚Д゚)

――後悔はない!何よりも息抜き投稿だってばΣ(・ω・ノ)ノ!


言う訳で宜しくです(^^♪♪


――両親に捨てられた。

 

 竜牙の告白に緑谷達三人、彼等の全身に冷たい何かが駆け抜ける。

 

「捨てられた……?」

 

 口元を抑える麗日。表情に出さない様にするが、汗が一滴流れている常闇。

 唯一、緑谷だけが何とか口を開けた。

 

「まぁ……正確には莫大な生活費と過剰な住居は貰ってるが、最後に会ったのは覚えてる限り5才の時だ。だから両親とは、俺が雄英に入った事も知らない程に関わりがない。――ずっと家政婦の人達が俺を育ててくれていたからな」

 

「むっ……なら、そう言う表現は正しいか。だが、まさか雄英に入学した事さえも知らないとは……」

 

 竜牙の言葉に常闇が言葉を選ぼうとしてくれているが、竜牙は別に気にしていないので普通に話してくれて良いと思っている。

 しかし、そこは常闇の優しさ。素直に受け取る竜牙に、声を震わせながら麗日が口を開く。

 

「で、でも……生活費や住む場所はご両親はくれているんだよね? だったら、ただ意固地になってしまっているだけかも」

 

「――俺もそう思った事がある。だから……昔、家政婦の人達に無理を言って聞き出した事があった。その時、家政婦の人達が泣きながら……申し訳なさそうに教えてくれた」

 

――両親は、俺からの“報復”を恐れている。だから莫大な金と家を渡し、恩を売っているのだと。

 

「!」

 

 麗日は完全に沈黙。おそらく、麗日の両親は良い人なのだろう。

 それを竜牙も理解できた。それだけ彼女の顔が悲しみで満ちているからだ。

 

 そんな中だ。緑谷が気付いた様に呟いたのは。

 

「……もしかして、その原因が『雷狼竜』の個性?」

 

「あぁ……相澤先生が言っていたろ? 俺は突然変異系だと。――覚えている限り、母は『物の色を変える』個性で、父は『目利き』の個性だった。……あぁそう言えば、5才になる“双子の妹”が産まれてたとも聞いてたな。その二人の個性は分からん。顔も名前も知らないからな」

 

「雷狼寺くん……」

 

 緑谷は思わず言葉を失う。

 両親の個性の話はまだ良い。だが問題は、双子の妹の事だ。

 まるでどうでも良い事を思い出したかの様な竜牙の口調。それで緑谷は、実の家族と竜牙がどれだけ疎遠なのかを理解してしまう。

 

「話がズレた。戻すぞ。……結局、両親的にも世間的にも、俺の個性は異質過ぎた。だから両親も最初は、俺の個性を調べようと躍起になってくれた。大病院に研究機関、色々と連れてかれたな」

 

――そして、そんな時だ。両親が莫大な金を使って一つの研究所に連れてってくれたのは。

 

「そこで俺は特殊なトレーニングをしたり、制御の研究をしてもらってた。――けどある日、いつもと“違う”研究員の人が担当になったんだ。俺はそれを、特に疑問に感じず、素直にその日のトレーニングを行った。そして研究の時……“注射”を一本打たれた。――そこで俺の記憶は消えたんだ」

 

「消えた……?」

 

「あぁ……聞いた事ないか緑谷? 昔、個性の力を強める薬が出回った事があるのを。俺はどうやらそれを打たれたらしい。――そして気付けば、研究所は全壊。研究員も重症を負っていた。――どうやら俺の個性が“暴走”したらしい」

 

――破壊の限りを尽くし、薬の効果が切れた時に奇跡的に無事だったが、疲労困憊になっていた母から言われたよ。

 

『もう勘弁して!! 私じゃあなたを育てられない!!』

 

 震えあがり、狂気の目で見ていた母の言葉。

 今でも竜牙は鮮明に覚えている。――恐らく忘れる事もないだろう。

 

 そう思い出す竜牙が、更に話を続けようとした時だった。

 

――突然、強烈な音が響いた。まるで誰かが鈍器で壁を殴ったかのような。

 

 

▼▼▼

 

 皆が話の内容に唖然としていた中、動いたのは切島だった。

 八百万から取り上げた受信機。それを硬化した腕で壁ごと殴りつけたのだ。

 

「──いつまで聞いてんだこんな事をよ!!」

 

 切島の怒号に皆が我に返る。既にこの場を去っている者もいる。――耳郎、障子、飯田だ。

 三人は家族の件ですぐにこの場を離れてしまった。残されたのは困惑して動けなかった者のみ。

――因みに尾白と青山は最初からいなかったが、誰も気付いていない。

 

「……情報戦どころじゃないわ。これ私達が聞いちゃ駄目なやつよ?」

 

 蛙吹の視線は、顔色が酷くなっている峰田へ向いた。

 それに気付いた峰田は、キョドリながらも口を開く。

 

「お、おいらだって!……こんな話になるなんて思ってなくって、体育祭でこんな話をするなんてよ……」

 

 ただの興味本位。そう言ってしまえば話は簡単だった。

 ずっと気にはなっていた竜牙の個性。それが少しでも聞けるかと思っただけだった。

 しかし、内容はあまりにも重かった。爆豪ですら、表情が晴れていない程に。

 勿論、轟もだ。轟は顔を下に向けたままこの場を去ってしまう。

 

「私のせいですわ。安易に作ってしまいましたから……!」

 

「や、ヤオモモ……だ、大丈夫だから!……大丈夫……だから……」

 

 肩を落とす八百万に芦戸は何とか慰めるが、流石に言葉が続かなかった。

 だが、いつまでもこうしている訳にもいかない。

 ひとまず、状態を整えようとメンバー達はその場を後にするのだった。

 

 

▼▼▼

 

「何の音だ……?」

 

「何かの催し?」

 

 竜牙と麗日が先程の衝撃音に首を傾げるが、そんな二人に常闇が待ったをかけた。

 

「待て雷狼寺。普通に流したが、なんでお前は研究員にそんな薬を打たれた?」

 

「あぁそれか。――主犯の研究員は、俺の担当だった人の助手だったらしい。因みに、担当の人とは今も連絡を取り合っている仲だ。――話を戻す。まず普通に考えても、俺の雷狼竜の個性は当時でも“珍しい”部類だったらしい」

 

「うん。僕もそう思うよ。異形系とも言える力や発動系も勿論、色んな個性が混ざり合った様な個性だし。あまり例はないのかも……」

 

 竜牙の言葉に緑谷は納得した様に頷きだす。

 まるで複数の個性持ちの様で、ヒーローオタクの緑谷でさえあまり例を知らない程だ。

 十年以上前ならば、更に重宝されても不思議はない。

 

「そうみたいだ。そんな中で、助手は結果を出せない人間だったらしく功を焦ったって訳だ」

 

「む?――それとお前への薬品投与と何の関係がある?」

 

「どうやら、研究所側は俺の個性の“可能性”に気付いた様だ。将来的に鍛えれば更なる“変異”を起こす可能性が高かったらしい。だが……功を焦っている奴は、少しでも材料が欲しかったんだろう」

 

――結果。雷狼竜の可能性の暴走。可能性は危険性へ裏返り、甚大な被害で終わってしまった。

 

「担当のオジサンは俺を最後まで庇ってくれたが、両親的には暴走した俺は“恐怖”でしかなく、そして“未来”でもあったんだろ。――それからだ。俺が雷狼竜を隠すようになったのは。他の人も恐怖させてしまうかも知れない。そう思うと、今の世の中でも見せるのが怖かったんだ」

 

 竜牙のその言葉に、三人は理解する。

 今の世は超人社会。異形型の個性もいる中で、何故ここまで竜牙が己の個性を隠していたのかを。

 

「雷狼寺くん……どうしてそんな話を僕達に?」

 

「殻を破る切っ掛けをお前達から貰ったからだ。――あの時の緑谷達を見て、俺は勇気をもらった。だから、そんなお前達にこそ最初に聞いて欲しかった」

 

「それは嬉しいけど……耳郎ちゃんと障子くんは? 二人共、雷狼寺くんの友達やん!」

 

 思い出した様に麗日は叫んだ。

 彼女から見てもいつも一緒にいる三人は本当に仲良く見え、ハッキリ言って“親友”に見えていたのだ。

 だから、今の言い方から察するに耳郎と障子には伝えていないのが分かった。

 そして、麗日の言葉に竜牙も頷いた。

 

「勿論話すつもりだ。――いや、クラスの皆にな。ずっと俺は怖かったんだ……また両親の様に恐怖を植え付けてしまうんじゃないか。嫌われてしまうんじゃないかってな。――だが、三人に話せた事でまた勇気をもらえた」

 

「……気にするな。お前とはあまり話す機会は少なかったが、俺達は互いを理解した。――もう同士だ」

 

「ありがとう……常闇」

 

 そう言って常闇と握手を交わす竜牙。そんな二人を緑谷と麗日も嬉しそうに見ていた。

 試合前、竜牙がどこか悲しそうに見えた緑谷だったが、表情は相変わらず変化しないが竜牙から何か憑き物が取れた様に見えた。

 

 そして、そこで話も一区切りついたことで、取り敢えず、お昼にでも行こう。

 

――そう緑谷が思った時だった。

 

「雷狼寺くぅぅぅぅぅん!!!!」

 

『!』 

 

 それはまさに突然の登場だ。

 通路の奥から、エンジン全開で飯田が走ってきたのだ。――しかも、号泣しながら。

 

「えっ! 飯田くん!?」

 

「僕はぁ!! 僕はぁ……!!!――すまないぃぃぃぃ!!!」

 

 緑谷達を無視する形で、何故か竜牙は飯田に両肩を掴まれて謝罪されてしまう。

 

(……謝罪の押し売り?)

 

 どんな押し売りだ。聞けば誰もが思う様な事を考える竜牙だったが、目の前の飯田の様子は尋常ではない。

 

――もしかして。

 

 ここで竜牙は一つ、心当たりが生まれる。ハッキリ言って、飯田の登場はタイミングが良すぎるのだ。

 

(そういう事か……)

 

 竜牙は察し、静かに口を開いた。

 

「……聞こえてしまったか?」

 

「ッ!――ほんとぉぉぉにぃ!!! すまないぃぃぃぃ!!! そして違うんだぁぁぁ!!!」

 

『えぇぇぇぇぇぇ!!』

 

 “立ち聞き”したと誰もが思った中、まさかの飯田の言葉に思わずビックリ。

 ならばなんだと、竜牙達が飯田の言葉を持っていると、ようやく落ち着いてきた飯田が口を開く。

 

「実はぁ……!」

 

――飯田は先程までの事を全て吐いた。

 

「えぇぇぇぇぇぇ!!!――“盗聴”してたのぉ!!?」

 

「エッ!――あっ! これや!!」

 

 緑谷の絶叫の中、麗日も自分の背中にくっついていた小型の盗聴器に気付く。

 

「むぅ……なぜそんなことを?」

 

「最初は峰田君が雷狼寺君がまだ切り札を持っているから、ここは雷狼寺君の話を聞いて情報戦だぁ!!――って事だったんだ。だが実際は盗聴……僕は止めることが出来ず、君のそんな過去をぉ……すまない!!!」

 

「そんなぁ……」

 

 緑谷達はショックを隠せなかった。確かに竜牙が色々と隠していたが、まさかそこまでするなんて思っても見なかったからだ。

 だが一番ショックなのは竜牙だろうと、緑谷達は恐る恐ると視線を移すのだが、当の竜牙は何か考え事をしながら聞いていた。

 

「……皆が聞いていたのか?」

 

「あぁ……その通りだ」

 

 実際は“尾白”と“青山”はいなかったのだが、誰もそれには気付いておらず、竜牙の言葉に飯田は答えながらずっと頭を下げている。

――だが竜牙はと言うと。

 

「飯田……雷狼竜に俺はなった。――だから俺の事は怖いか?」

 

「え……?」

 

 飯田も、緑谷達も竜牙の言葉に呆気になってしまう。

 盗聴されていたのだ。普通ならば罵倒どころでは済まないだろうが、竜牙は特に気にしていない様に問い掛けていた。

 

「いや……確かにあれには驚かされてしまったが、だからといってそれで君の事を怖いと思う事は決してないさ!」

 

「盗聴はしたがな」

 

「ウオォォォォ!!!」

 

 自信を持って言い放った飯田だが、ぼそりと呟いた常闇の言葉に再度撃沈。

――しかし、当の竜牙は。

 

「それが分かれば良い……俺は特に盗聴された事は気にしていない」

 

「なんだって!? しかし雷狼寺君!! 僕達は許されない事を――」

 

「俺が個性を隠したり、宣誓で煽ったのもある。何より感覚が麻痺してるんだろ。――俺は言うほど両親の事は気にしていない。気になっているのは――」

 

――雷狼竜を見せた事で、皆に嫌われていないかって事だ。

 

「!」

 

 緑谷は思い出す。

 竜牙は雷狼竜暴走時の惨状と、母の表情がトラウマになっている事を。

 ゆえに雷狼竜になる事により、周りに嫌われていないか、それが一番の問題になっているのだと。

 

「雷狼寺君、君は許すというのか……こんな僕達を!」

 

「あぁ……ビックリはしたが、俺は気にしていない。それに俺が本当にしなければならない事も分かった。――飯田、緑谷達にも“頼み”がある」

 

『……?』

 

 

▼▼▼

 

 A組の控室に、耳郎と障子はいた。

 やや無気力な感じに、ただただボ~としながら。

 

――ただ力になりたかった。

 

 それだけの事だった。いつも何を考えているのか分からない表情の竜牙。

 だが雰囲気で何か悩んでいるのは分かっていた。

――しかし、それが。

 

――俺は両親に捨てられたんだ。

 

 聞いた瞬間、耳郎と障子はすぐに飛び出してしまった。

 力になりたいだけ。知りたかったが、こんな形じゃない。

 

「うち、何してんだろ……」

 

「……正しい事じゃなかった」

 

 力なく呟く二人。昼休憩だが食欲もない。

 そんな状態で二人は考えていた時だった。――不意に控室の扉が開く。

――現れたのは“竜牙”だ。

 

「雷狼寺……!」

 

「!」

 

 思わず反射的に驚いてしまう耳郎と障子。

 罪悪感の反射ゆえに、一目で何かをしてしまったのが分かる。

――だが。

 

「……探した。――ちょっと来てくれ」

 

 二人に近付くや否や、竜牙は二人を何処かへと誘おうとする。

 だが、二人は今言わねばならない事がある。

 

――謝らねば、正直に話さねば。

 

「……ごめん。それより先に聞いて欲しい事が――」

 

「後で聞く」

 

「へっ……?」

 

 己の身体が浮き、そのまま何かに乗せられる。

――耳郎が己が担がれた事実に気付くのは控室を出てからだった。

 

「ちょっ!? なんで担いでんの!」

 

「ら、雷狼寺……!」

 

 耳郎を担いで控室を出て行く竜牙を、障子も慌てて追いかける。

 竜牙はそのままスタジアムへと入ると、通路の奥――先程まで緑谷達と共にいた場所に連れて来たのだ。

 

「えっ!? どこに連れて来て……ってあれ?」

 

「みんなも……いるのか?」

 

 耳郎と障子は目の前の光景に驚く。

 そこにいたのは、緑谷達と共にいる轟・爆豪、そして八百万達+尾白と青山だった。

 そんなメンバー達も竜牙達の登場に顔を驚きに変えた。

 

「なっ!……麗日ぁぁぁ!! これどういう事だよ!! 人目のない場所でイチャイチャウフフじゃねぇのか!!」

 

「そんな事言ってない!!?」

 

「えっと……緑谷さん。これは一体……」

 

「ごめんね……雷狼寺くんに頼まれたんだ」

 

「常闇……もしかして……」

 

「黙って聞くんだ」

 

 峰田や八百万、そして切島達。ここにいるのは全員が盗聴してしまったメンバー。

 竜牙が緑谷達と頼んだのは、全員をここに連れてくる事だったのだ。

 

「えっと……皆、昼なのにいないと思ってたけど、なんか空気重くないか?」

 

「君達――昼は抜くタイプかい!」

 

 全く蚊帳の外の尾白と青山だけは平常運転だったが、他のメンバーは全員が顔が暗い。

 まるで追い詰められた犯人の様に。

 だが竜牙はそんな中で耳郎を下ろすと、一人前に出て話し出した。

 

「皆に言いたい事がある。――俺がなんで雷狼竜を隠していたか。その話だ」

 

『!!?』

 

「どういう事だ雷狼寺?」

 

「もしかして……最後に見たあの大きな奴の事かい?」

 

 八百万達の表情が変わる中、尾白と青山はまるで“うろ覚え”の様に聞き返す。

 

「……俺がなんで雷狼竜を隠していたか。その話だ。簡単に言えば……俺は――両親に捨てられたんだ」

 

『……』

 

「えっ……どうしたんだいきなり……?」

 

「……チ、チーズが足りないのかい?」

 

 八百万達が黙る中、尾白と青山は驚いた表情で困惑を隠せない様子だった。

 そんな中で、切島の握る拳が強くなる。

 

「……もう良いぜ雷狼寺。――俺達、皆知ってんだ……」

 

「えっ……俺達、何も知らな――」

 

「俺達は!――お前と緑谷達の会話を“盗聴”しちまってたんだ!!」

 

『えぇぇぇぇぇぇ!!』

 

 切島のカミングアウトに一番、驚愕したのは尾白と青山の二人。

 

「二人共。一々、話の腰を折るね……」

 

「仕方ないさ麗日くん……思い出してみれば、二人共ここにいなかったのだから」

 

 話の腰を折る二人にズバリと言い張る麗日だったが、飯田はそんな二人を擁護する。

 皆を探す中、偶然食堂付近で二人に出会わなければ、本当に忘れ去られていた可能性すらあった。

 話が折れた中でも、切島は話を続けて行く。

 

「言い訳になっちまって男らしくねぇけど、俺達……色々と気になっちまって八百万が作った盗聴器で――」

 

「知ってる。飯田から全部聞いた。――だから“やり直す”」

 

『えっ……?』

 

 竜牙の言葉に切島達の表情が固まる。爆豪と轟すらも固まっていた。 

 

「最初に言っておく。別に盗聴はビックリしたけど気にしてない。……家庭状況からして気にしていないからな」

 

「そ、それって……オイラ達の事を許すって事なのか……!」

 

「許すもなにもない。――何より、俺はもっと早く向き合うべきだったんだ。緑谷達にだけではなく、皆にもこの話を聞いて貰うべきだった」

 

「そんな……雷狼寺さんは悪くはありません!」

 

「いや、俺も思う事はあった。――それに、聞きたい事もある」

 

 すがる様な峰田を蛙吹が静かに黙らせ、八百万が申し訳なさそうにしながらも、竜牙の問い掛けに全員が黙った。

 

「雷狼竜を俺は皆に見せた。それで……俺の事は怖くなったか?」

 

『……?』

 

 竜牙の言葉に全員が首を傾げる。

 確かに壮絶な存在感を出してはいたが、だからといって竜牙を嫌う理由等全くないのだ。

 

「いえ……確かに凄かったですが、それで雷狼寺さんをどうとかありませんわ」

 

「あぁ……寧ろ、尊敬するけどな」

 

 八百万と上鳴は竜牙の言葉を否定し、寧ろ尊敬するとまで言った。

 

「うん! びっくりしたけど怖くはなかったよ!」

 

「ああ。凄かったよな……あの包囲を破られんだからよ?」

 

 葉隠と砂藤も思い出すように頷き合う。

 

「怖がるどころか格好良かったぜ! 男らしかったしな!」

 

「うんうん! 本当に切り札!って感じで凄かったよ!!」

 

「俺のテープもあっという間に切られちまったよ!」

 

「……スピードはムカついた」

 

 切島・芦戸・瀬呂・爆豪も思い出しながら騒ぎ出す。

 

「オイラはチビッちまった……!」

 

「ビックリはしたわ。あんなに大きいんだもの」

 

 峰田・蛙吹も誰も怖いと言わない。

 寧ろ、なんでそんな事を聞くのか不思議がっている。

 

「……そうか」

 

 竜牙はそう呟くと、最後に一番聞きたかった二人の下へと向かう。

 

「耳郎……障子……」

 

「ごめん……雷狼寺。うち……ただ力になりたかったんだ。――あんた、いつも個性使う時、どこか悲しそうにしてたから……何か力になれるかもって……本当にごめん」

 

「……俺もだ。俺はいつもお前に挑戦しようとしたが……それも叶わなず、お前と競う事も出来ない奴が何の力になれるって……いうんだ」

 

「いや、謝るのは俺だ。もっと早く、二人には言うべきだった。そうすれば、皆にもこんな事させずに済んだんだ。――だが、俺はそれが怖かった。二人は俺にとっても特別だったからな」

 

 初めて肩を並べて共に戦った二人。

 その後も共に学び、対峙もした特別二人。

 だからこそ、二人へ話す事に一番勇気が必要だったのだ。

 しかし、耳郎と障子は首を横へと振る。

 

「怖いとか……思う訳ないじゃん」

 

「俺と耳郎は実技の0Pの時に見ているしな……なにより――」

 

 障子はそこまで言うと、視線を耳郎へと向ける。続きを話せと言っているのだ。

 だが、耳郎はその意図を察しても口を開こうとしない。

 表情を赤くしながら黙り続ける耳郎に、竜牙も首を傾げていると……。

 

「――れてんだから……」

 

「……ん?」

 

 竜牙は聞き取れず、顔を少し近づけた時だった。 

 

「!――あんたに“憧れて”んだから思う訳ないじゃん!!!」

 

「!……そう……だったのか」

 

 真っ赤な顔の耳郎の叫びに、竜牙も何とも言えない気持ちになる。

 だが不快と言う訳じゃない。寧ろ嬉しかった。

 

(……もっと早く伝えてよかったんだな)

 

 闇から出れた様な、身体が軽くなるのを竜牙は感じ、同時に初めてヒーローへの一歩を歩めたような気がした。

 そして、竜牙は緑谷達全員の方を振り向くと、今度は仲間への一歩を踏み出す。

 

「ヒーロー科・1-A――雷狼寺 竜牙……個性は『雷狼竜』だ。――よろしく頼むな!」

 

『!――雷狼寺くん……笑った……』

 

 緑谷は――皆は竜牙の顔に思わず固まる。

 ずっと無表情だった竜牙が、自己紹介をしながら曇りのない笑顔を浮かべているのだ。

 そんな表情の竜牙に。八百万達は申し訳なさそうに涙を流す。

 

「本当に……申し訳ございませんでし――」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!――雷狼寺ぃぃぃぃ!!! オイラが悪かったぁぁ!!!」

 

 八百万の渾身の謝罪をぶっ壊したのは、峰田だった。

 顔から液と言う液を流しながら、竜牙へと突っ込んで行く峰田によって、八百万、そして切島達も涙が引っ込んだ。

 緑谷達も絶句している。だが、峰田は竜牙の身体に抱き着いて謝罪を発する。

 

「すまねぇぇ!!! 耳郎や葉隠とイチャイチャしやがってとか思っててよぉぉぉ!!――詫びに秘蔵のエロ本貸すからオイラ達はずっと親友だぜぇぇぇ!!!」

 

「――ジャンルは?」

 

『雷狼寺くん!?』

 

 まさかのジャンルを聞き返す竜牙に周りは固まる。

 そんな皆に竜牙は――。

 

「俺だって男子だ」

 

 堂々と言い放つ、その姿は雷狼竜の時よりも誇らしかった(男子談)との事。

――因みに。

 

「――あと10分で昼休み終わるけど……言いづらい空気だな」

 

「自業自得さ!」

 

 尾白と青山は最後まで置いてけぼりであった。

 

 

 

END



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第十一話:開幕トーナメントバトル

感想が追い付かん(´;ω;`)
無視している訳ではなく、もう返答しやすい感じだったりのをパッと見で選んでいるので無視はしてなからね!?;・∀・)





 竜牙との一件後、全員が10分で昼食を食べきる共同作業を終えると、次は体育祭らしく全員参加のレクレーションだ。

 玉転がし・借り物競争等々の競争種目。予選に落ちてもこれでアピールする事も可能。 

 熱の入ったプレゼント・マイクの実況と本場アメリカのチアリーダーも呼ばれ、熱狂は下がるどころか寧ろ上がっている。

 そして、落ちた者達を筆頭に選手達が再び会場入りした時だった。

 

 少し遅れで入ったA組女子の“恰好”に周りは注目する。

 

『……何やってんだあいつら?』

 

「……眼福」

 

 相澤の冷めた言葉を掛けられる中――“チアリーダー”の姿をしたA組女子は肩を落としながら、顔に影を作っていた。

 そして、その中でリーダーっぽい八百万は一人、竜牙の下へと来る。――やや表情を引き攣らせながら。

 

「あ、あの……雷狼寺さん。相澤先生からの言伝で……この姿で女子全員参加の応援合戦と言う御話では……?」

 

「?……初耳だ。少なくとも俺は知らない」

 

――瞬間、八百万は固まると同時にすぐに動き出し、峰田と上鳴へ手に持ったボンボンを投げつけた。

 

「峰田さん!! 上鳴さん!! 騙しましたわね!!」

 

『イェーイ!』

 

 怒る八百万に対し、当の二人は親指を上げて作戦成功を喜んでいるが、事情を知らない竜牙は二人へ聞こうとした。

 

「……どういう事だ?」

 

「へへ、それはな雷狼寺――」

 

 峰田は語る。女子全員チアリーダー作戦の全容を。

 時は遡る事、昼をギリギリで食べ終えた食堂。そこに峰田と上鳴はいた。

 

『お~い! この後は女子全員がチアリーダー姿で応援合戦だってよ!』

 

『?……そんな話、聞いておりませんが?』

 

『別に信じなくても良いけどよ。――“雷狼寺”が相澤先生から預かった言伝らしいぜ。まぁ、このままじゃ雷狼寺が相澤先生に怒られちまうけどよ……』

 

『そ、そんな……ではすぐに衣装を作りませんと!』

 

 これが作戦の全容であった。

 チョロイ八百万を騙し、更には先程の盗聴の件での当事者である竜牙の名前も投入。

 未だに罪悪感がある八百万が、これで動かない筈がないという二人の高度な作戦だった。

 

――しかし、闇あるところに光あり。

 その作戦の全容に異を唱える者が現れた。A組の“真面目の化身”――飯田だ。

 

「話は聞いたぞ!――峰田君! 上鳴君! クラスメイトを騙し、あんな格好をさせるに飽き足らず! また雷狼寺君を利用するとは、恥ずかしいと思わないのか! 雷狼寺君も怒って良いんだぞ!」

 

「だとよ雷狼寺……どう思う?」

 

 飯田の言葉に、峰田はまるで奥の手を残す策略家の様な笑みを浮かべながら、相棒へ向ける様な視線を竜牙へと向ける。

 そう、竜牙の視線はチアリーダーの女子に釘付けだった。

 

「――許す」

 

「雷狼寺君ッ!?」

 

 飯田、まさかの裏切りにショック。

 ハッキリ言ってA組の女子のレベルは高い。そんな彼女達のチアリーダー姿にときめかない男などいない。

 

「ときめかない男は噓つきだ」

 

「そうだぜ雷狼寺! 今、良い事言った!」

 

「あはははは! どうだ見たか飯田! 何とも思わないお前は噓つきだぜぇ!!」

 

「ば、馬鹿な……馬鹿なぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「アホだろあいつら!」

 

 峰田達の行動に恥ずかしそうにし、苛つきながら耳郎はボンボンを地面へと叩きつける。

 だが、そんな光景にショックを受ける者が一人。

 

「――えっ」

 

「えっ……?」

 

 耳郎は気付く。表情は変わっていないが、明らかに雰囲気は悲しそうにしている竜牙が自分を見ている事に。

 

(えっ……なに? ショックなの?――でも別にうちがやんなくても……って言うか全員の発育良すぎだって!)

 

 耳郎以外のメンバー。八百万は言うまでもなく、麗日・葉隠・芦戸。――そして小柄な蛙吹すら確かな果実を二つ付けているのだ。

 そんな中で、自分だけが微妙な膨らみ。ハッキリ言って気にはなる。

 しかし、それでも竜牙が見ているのは耳郎だった。

 

「あぁ……うぅ……!――もう!」

 

 ジッと悲しそうな瞳(耳郎と障子にしか分からない)で見めている竜牙に、とうとう耳郎が折れた。

 捨てたボンボンを拾い。顔が熱くなるのを感じながらも、取り敢えずは小さく振ってみた。

 

「が、がんばれぇ……」

 

「……!」

 

 あまりにも小さい耳郎の声。だが距離があるにも関わらず、竜牙には聞こえたのだろう。

 竜牙は無言で耳郎の下へ歩き出す。

 

(何でこっち来てんの!? 聞こえないって事!!?)

 

 無言の進軍を行う竜牙に耳郎はビビった。素でビビっていた。 

 しかし本当はただ恥ずかしいだけでもある。太股が見えるミニスカートにへそ出し。露出が多いのだ。

 耳郎はどうしたら良いか分からず、顔をやや下に向けて目を逸らしている間に、竜牙は彼女の目の前まで既に立っていた。

 

「……」

 

(なんか言えって!? あれか! うちが言うのを待ってんの!!?)

 

 何故か目の前で自分をガン見している竜牙に、流石の耳郎も流すことは出来なかった。

 このままでは、周りの視線も集中してしまうのは時間の問題。

 しょうがない。そう思いながら耳郎は再びボンボンを振るう。

 

「ふぁ、ふぁいとぉ……!」

 

「!」

 

 手応えはあったのだろうか。その耳郎の応援に竜牙は競技場の方へと向いた。

 そして、ただ一言だけ耳郎へと呟く。

 

「――勝ってくる」

 

「えっ……?」

 

 それだけ言って竜牙は競技場へ行ってしまった。

 残されたのは耳郎と女子達だけだが、当の耳郎は……。

 

「勝ってくる……って、まぁ雷狼寺らしいか」

 

 どこか晴れやかな表情。恥ずかしさよりも嬉しさが顔に出ている。

 不思議と胸の中が温かく、同時にむずがゆい。

 耳郎がそんな想いを抱いていると、彼女は不意に“妙な視線”に気付き、そっちを向いてみると……。

 

「ニヤニヤ……」

 

 めっちゃ良い笑顔の芦戸を筆頭に、顔を赤くしながら見ている八百万達だった。

 

「憧れてんだから~!」

 

「きゃー!」

 

「ちょっ!――そう言うんじゃないから! 違うから!!」

 

 その後、耳郎は数分間ずっと弄られ続けていると、その光景を見ていた峰田が……。

 

「上鳴、親友でも憎しみって抱くんだってオイラは知ったぜぇ……!」

 

「分かった!? 分かったから真顔はやめろ!? マジでヤバイ顔してんぞ!?」

 

 凄い形相の峰田を上鳴が止める中、レクレーション前に行われる最終競技の発表が始まろうとしていた。

 毎年、その内容こそは変わるが、共通点は“一対一”の競技ということ。

 

(……今年はなんだろう?)

 

 竜牙は内心で呟きながら、発表までミッドナイトを眺めていると、選手達の目の前に巨大モニターに映るトーナメント表が現れた。

 

『レクレーション後の最終種目! それはトーナメント形式!!――総勢16名による一対一の本気勝負!!』

 

「そういう事。因みに16名の選手達はレクレーションの参加は自由になります。温存や息抜きは各々の自由よ!――と言う訳で、それじゃあ早速、くじ引きによる組み合わせを決めちゃうわよ? まずは1位から――」

 

 プレゼント・マイクとミッドナイトの説明が行われ、組み合わせ用のクジが1位の竜牙達――緑谷チームから引かれようとした時だった。

 

「すいません、俺――辞退します」

 

 ミッドナイトの説明を遮り、最終種目の参加辞退をする者が現れる。――それは“尾白”だった。

 プロにも見てもらえるこの最終種目は、謂わば体育祭のメインイベント。

 ゆえに、それを辞退しようとする尾白の発言を聞き、クラスの者達は一斉に騒ぎ出した。

 

「尾白くん! どうして!?」

 

「せっかくプロに見てもらえんだぜ!?」

 

 緑谷や上鳴が尾白を説得しようとするが、尾白の顔色は悪く、明らかに悩んでいる様子で重い口を開いた。

 

「俺……実は騎馬戦の事、終盤までボンヤリとしか覚えてないんだ。――多分、“奴”の個性で」

 

「!――尾白くんと同じ騎馬は確か!」

 

「……宣戦布告の普通科。――心操 人使か」

 

 緑谷と竜牙の言葉と共に、一斉にA組の視線が普通科――心操へと向けられた。

 だが、当の心操はどこ吹く風で顔を逸らしてしまう。

 

(明らかに身体は鍛えられていない。恐らくは操作系等の特殊な個性か) 

 

 心操の肉体は体操着からでも分かる細い身体。鍛えている様子はなく、更に尾白の証言も合わさって、竜牙は彼の個性を推測した。

 竜牙が覚えている限り、心操はずっと騎手をしていた筈。

 しかし、心操の身体はあの激戦を素の性能で勝ち抜いたとは考えづらく、何よりも尾白の記憶の曖昧さが心操の個性を示していた。

 

 確かに記憶がなく、ただ利用されただけならば自分の力とも思えないだろう。

 しかし、気持ちは分かるが、これも大きなチャンスには変わりない。

 竜牙は尾白の気持ちを察しながらも、なんとか説得しようとする。

 

「……良いのか尾白? 理由はどうであれ、ここまで来たのはお前のスペックだ。だから、そこまで深く考えるな」

 

「そうだよ! 気にし過ぎだよ!」

 

「私なんて何も出来なかったんだよ!?」

 

 竜牙に続くように葉隠と芦戸も説得に加わるが、尾白は首を縦に振らなかった。

 

「違うんだ、俺のプライドの問題なんだ。俺が嫌なんだ……こんな訳の分からないまま皆と並ぶなんて俺には出来ない!――後、なんで君達はチアの格好してるの?」

 

『――グハッ』

 

 さり気ない尾白の言葉が、彼の背後の八百万に突き刺さる。 

 試合前なのに八百万があぶない。そう判断した竜牙は素早くフォローを入れた。

 

「……似合うから」

 

「……ああ、そうなんだ。――まぁ、そういうわけで俺は辞退したい」

 

「僕も同じ理由で辞退したい。何もしていない者が上がる……それはこの体育祭の趣旨に相反するのではないでしょうか?」

 

 竜牙のフォローを流す尾白に続き、B組の小柄な男子――庄田も辞退を申し出る。

 一人ならばまだしも、二人もとなると話はややこしい。

 その結果、判断は主審のミッドナイトに委ねられる事になるのだが……。

 

「そう言う青臭いのは好み! 二人の辞退を認めます!」

 

『好みで決めおった!!』

 

「ミッドナイトはこういう話が好きだ」

 

 好みで決めたミッドナイトに選手のツッコミが入るが、彼女の性格を知っている竜牙には想定内。

 結果、空いた二名は5位の拳藤チームからになるのだが、その拳藤チームも辞退した事で鉄哲チームから鉄哲・塩崎の二名が最終種目の参加。

 これで、ようやくクジによる組み合わせが決まった。

 

ブロック1

第一試合:緑谷VS心操

第二試合:轟VS瀬呂

第三試合:雷狼寺VS塩崎

第四試合:切島VS鉄哲

 

ブロック2

第五試合:芦戸VS青山

第六試合:常闇VS八百万

第七試合:飯田VS上鳴

第八試合:麗日VS爆豪

 

 竜牙もモニターを確認すると、自分の最初の相手はB組の実力者である塩崎だった。

 雷狼竜に周りが臆する中、最後まで挑んでいた者。

 ハッキリ言えば初戦から厳しい相手。竜牙のモニターを見る表情も険しくなる。

 

「……塩崎。騎馬戦でツル攻撃を仕掛けた実力者か」

 

「ありがとうございます」

 

――後ろにいたのか……。

 

 騎馬戦の事を思い出し、思った評価を口にする竜牙の背後から本人登場。

 髪が茨の個性を持つB組――塩崎だ。

 彼女は雷狼竜状態の竜牙に戦いを挑んだ一人であり、僅かと言えど、その動きを止めた事実を持ち、儚い聖女の様な見た目とは裏腹な猛者だ。

 

 竜牙はそんな彼女と向き合うと、頭を下げて来た向こうに合わせて自分も頭を下げた。

 

「……全力で相手をします。宜しくお願い致します」

 

「こちらこそ宜しくお願い致します。先程の騎馬戦……お見事でした」

 

「いや、あの状態の俺の動きを止めたんだ。君も油断出来る相手じゃない……」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って何度も綺麗なお辞儀をする塩崎へ竜牙も返し、全力勝負の約束をしながら握手を交わす。

 すると、その光景を離れた所で見ていた耳郎が、何故か峰田を殴ったのだが、竜牙はそれを知らない。

 

 そんな中で始まる最終種目。全員が一癖も二癖も実力を持つ者ばかり。

 レクレーションを挟むと言えど、竜牙には嵐の前の静けさとしか思えず、そんな心情のままレクレーションの幕が上がった。

 

 

▼▼▼

 

 レクレーションが始まり、障子達などの面々は玉転がしで活躍する中、耳郎達はチアでそれを応援。

 

 竜牙も借り物競争に参加し、お題である『美女』を探す事になったが、竜牙は何も持たずにゴール。

 そのままゴール地点にいたミッドナイトに『美女』のカードを渡し、ミッドナイトがそのお題だと言うと『雷狼寺君が1位!!』と判断。

 しかし、これに同じ参加者のB組――物間が猛抗議。

 

『ミッドナイト先生は既に30歳なんだよ? それを美女だなんて……A組はなんて可哀想なんだ』

 

 等と言ってしまい、ミッドナイトにしばかれるという騒動が起きた以外は普通に行われた。

 

 そんなこんなで続いて行くレクレーションの合間に――

 

 

▼▼▼

 

 竜牙と緑谷は、轟に呼び出されていた。

 人通りのない薄暗い通路。そこで轟は緑谷へまずは問いかけた。

 

「緑谷、お前……オールマイトの“隠し子”かなんかか?」

 

「……えっ!?」

 

「……えっ?」

 

 轟の言葉に竜牙もビックリ。確かにオールマイトが理由もなく緑谷と昼食を共にするとも聞いていたが、まさかの真実?に竜牙は驚きを隠せなかった。

 

「……流石はオールマイト。隠し事もNo.1か。だが俺もファンだ。それを受け入れ――」

 

「いやいや違うからね雷狼寺くん!!?――そもそもそんなんじゃなくて!! ええっと……何で僕なんかにそんな事を?」

 

「完全な否定はしねぇんだな……だがそうなると問題はある。お前がNo.1の“何か”を持っているなら俺はお前に勝たなきゃならねぇ……!」

 

 轟の雰囲気が変わった。冷たい圧を放ち、その氷の様に冷たい眼も淀んでいた。

 そんな轟の眼を竜牙は知っている。今までずっとそうであった、誰も見ていない轟の瞳だ。

 

「……緑谷じゃない。お前が見ているのはオールマイトか?」

 

「そうとも言えるな。――そもそも、俺の親父は“エンデヴァー”だ。知ってるだろ?」

 

「No.2ヒーローを知らない奴はいないだろ?」

 

 轟の言葉に竜牙も、冷静な態度で言葉を返した。

 だが、その言葉の返答は二人にとって予想できない内容となって返ってくる。

 

「俺はそんなクソ親父を許せねぇんだ……」

 

 轟は語り始めた。

 エンデヴァーは破竹の勢いでヒーロー界に名を馳せたが、それはエンデヴァーの極めて高い上昇志向によるものだった事。

 だがそれゆえに、ずっとトップに君臨するオールマイトが目障りで仕方なかった事。

 しかし、エンデヴァー自身は己ではオールマイトを超えることが出来ない事を悟った事。

 

 結果、エンデヴァーはモラルの欠落した“手段”を取った事。

 

「――“個性婚”……って知ってるよな? 第二~第三世代間で起きた前時代的発想。己の個性を強化し、後世に残そうとする為だけに配偶者を選ぶ、胸糞悪い社会問題だ。――それをエンデヴァーはやりやがったんだ」

 

 冷たい圧を強めながら轟は続けた。

 金と権力で相手の親族を丸め込み、エンデヴァーは轟の母親となる女性を――“個性”を手に入れた事。

 そして己の上位互換と呼べる轟をオールマイト以上に育て上げようとしているが、轟自身はそれを否定している事。

 

――そして轟の記憶の中の母が、いつも泣いていたという事。

 

『お前の“左”が醜い……!』

 

 そう言って母から煮え湯を浴びせられたという事。

 

――そして。

 

「俺がお前等につっかかんのは見返す為だ。あいつの“個性”を使わず……母の力だけでな! それで“奴”を完全否定する!」

 

 そう言い放つ轟。彼の表情は憎しみで満ちていた。

 最早、ヒーローだとかそんな事じゃない。誰が相手だろうが、轟が見ているのは“エンデヴァー”だけだった。

 

(……やっと分かったよ。お前が誰を見ているのか)

 

 竜牙の中で、ずっと気になっていた疑問が一つ解消された。

 しかし竜牙にとって、轟への想いはそれだけでしかなかった。――それぐらいしか、彼との付き合いがないからだ。

 

 そして、場が凍る様な冷たい静けさの中で、次に口を開いたのは緑谷だった。

 

「僕はずっと助けられてきた。……さっきだってそうだった。――誰かに救けられてここにいる」

 

 そう言って自分を見る緑谷の視線。それに気付いた竜牙は照れ臭そうに頬をかく。

 

「オールマイト……始まりは彼だった。彼の様になりたいから1番になるくらい頑張らなきゃいけない。君の動機に比べたらちっぽけかも知れない。けど――」

 

――僕だって負けられない!

 

「僕を助けてくれた人達の為にも!――だから轟くん……君の宣戦布告を今返すよ!」

 

――僕も君に勝つ!

 

 その言葉を最後に緑谷はその場を後にするが、その直後に離れた場所から尾白の声が聞こえ、そのまま緑谷は彼と何処かへと行ってしまった様だ。

 そして、竜牙も続くようにその場を後にしようとした時だった。

 

「雷狼寺。お前は何の為に戦ってんだ……?」

 

「……?」

 

 不意に問い掛けられる轟からの問いに、竜牙は理解出来ない様子で足を止めながら轟へ耳を向ける。

 

「……お前は俺と違う。さっきの話は同情するが、つまりはお前は両親から個性を継いだ訳でもねぇ。個性もさっきの騒動で吹っ切れたんだろ?――だったらなんでお前は戦うんだ? 雷狼竜を解禁した以上、理由はねぇだろ?」

 

「……理由は一つしかないだろ。“ヒーロー”になる為だ」

 

 竜牙は両親の事を気にしていない。雷狼竜の事も心の鎖であったが、戦う理由ではない。

 そもそも雄英を目指した以上、理由は一つしかない筈だ。

 

――ヒーローになる為だけだ。

 

「――逆に聞くが轟……お前はなんで雄英に来たのに言わない?なんでヒーローになる為だと言えないんだ?」

 

「んな事、お前に関係ねぇだろ?」

 

 轟に目に写るはエンデヴァーへの否定のみ。

 竜牙への言葉を冷めた瞳で一蹴する轟だったが、そんな彼を竜牙は興味を失くした様に流しながらその場を後にする。

 

「……あぁ、そうだな。だが、その“一言”が()()()()差で、お前は負けるんだ」

 

「なんだと……!――おい待て!」

 

 轟は怒り、竜牙を呼び止めようとするが、竜牙はそれを無視してその場を後にした。

 

 

▼▼▼

 

 

『遂に始まるぜガチンコ対決!! 頼れんのは己だけだぜぇ!!』

 

 轟との会話後、とうとう始まった最終種目。

 竜牙はクラスメイト達と共に客席でスタンバイ。その左右は耳郎と障子のいつもの二人が座っている。

 

「一回戦は緑谷か」

 

「相手はあの普通科だけど……緑谷の評価も定まらないし、雷狼寺はどう思ってんの?」

 

「……普通科の“策”――それ次第で勝敗はすぐに決まる」

 

――普通科の策……?

 

 竜牙の言葉に耳郎と障子は首を傾げた。

 

「……心操は身体が細い。純粋な体力勝負は無理であると同時に目立った場面もない。――そして極めつけは尾白の言葉。それから察するに“操作系”の個性だろう」

 

「……凄いな雷狼寺。その通りだよ」

 

 竜牙の言葉に、少し離れた席の尾白が反応した。

 

「騎馬戦のメンバー決めの時……俺はあいつに声をかけられた。――覚えているのはそこまでで、気付けば竜になった雷狼寺の姿と試合終了の合図だった。それらを踏まえると、あの心操の言葉に答えただけで操られるんだと思う」

 

「へぇ~答えただけで操るか……ってヤベェじゃねぇか!?」

 

「初見殺しにも程があるぞ!?」

 

 尾白の言葉に上鳴と砂藤が驚愕する。

 ただ声を掛けられただけでも、大抵の人間は反応してしまう。

 

――まさに初見殺し。知らなければどうにもならないだろう。

 

「むぅ……ならば緑谷が危ないぞ?」

 

「いや、緑谷にその事は話してある。俺の分まで頑張って欲しいからな」

 

 常闇の疑問に、尾白は既に手をうっていた。

 だがそれだけで勝敗が決まる訳ではない。

 竜牙達に出来ることはただ、緑谷の勝利を信じることだけだった。

 

 

▼▼▼

 

――結果を言えば、緑谷は“勝利”した。

 

 最初は尾白の忠告通りに無視を決め込んだが、心操の尾白への侮辱に反応し“洗脳”されてしまう。

 だが場外ギリギリで個性を発動。指を犠牲に我に返り、そのまま心操へと接近し、一気に場外へと投げたのだ。

 

――因みに、轟と瀬呂の試合は瞬殺で終わった。

 

 轟をテープで場外へと持っていった瀬呂であったが、轟の渾身の氷結攻撃に行動不能にされ、観客席からのドンマイコールを聞きながら敗北してしまった。

 

 そして竜牙はと言うと。

 

『続いての試合はこいつらだ!!――2位と1位で独壇場! 騎馬戦での竜化は痺れたぜ!!』

 

――ヒーロー科!! 雷狼寺 竜牙!!

 

「……やるか」

 

『騎馬戦でのリベンジガール!! 綺麗な女子にも棘はある!!』

 

――同じくヒーロー科!! 塩崎 茨!!

 

「これもまたお導き」

 

『早速だが――試合スタァァァァァト!!!』

 

「勝つ」

 

 試合開始の合図と共に竜牙は両手足を雷狼竜へと変化。一気に接近戦を挑んだ。

 しかし。

 

「……貴方の宣誓。素晴らしいものでした。その後の御言葉も。ですが、それゆえに――」

 

――私も心が燃えております。

 

「!?」

 

 それはまさに一瞬で現れた。茨の髪であるツル。彼女が祈る様なポーズを取った瞬間、それが一斉に、そして大量に竜牙へと迫り、それはそのまま竜牙を吞み込んだ。

 

 そんな一方的な光景に、プレゼント・マイクは驚くだけだった。

 

『マ、マジかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?――雷狼寺を瞬殺!?』

 

『……個性にだって相性はある。無い話じゃない』

 

 教え子だろうが、目の前の現状に相澤は冷静に呟く。

 個性はまさに千差万別。故に相性でジャイアントキリングなんて珍しくはない。

 スタジアムに突如出来あがった、巨大な繭の様な塊。その中に竜牙がいるであろう衝撃的な光景に、A組も驚きを隠せない。

 

「おいぃぃぃぃぃ!! 雷狼寺の奴やられちまったぜ!!?」

 

「落ち着くんだ峰田君!! まだ決まった訳じゃないぞ!!」

 

「めっちゃ足が震えてんじゃねぇか!? 動揺隠せてねぇぞ!?」

 

 叫ぶ峰田に飯田が止めるが、そんな飯田もめちゃくちゃ震えていた。

 切島がツッコミを入れるが、その動揺も分からなくもない。

 個性把握テストから始まり、USJ――そして騎馬戦までの竜牙の活躍を知っているからこそ、峰田や飯田の反応は仕方ないと言える。

 

 しかし、動揺しない者達もいた。

 耳郎・障子・緑谷・麗日・常闇――そして爆豪だ。

 

 信じている者。直に触れた事でその力を知った者。本能で判断した者。

 それぞれが想いを抱く中、実況席で相澤も口を開いた。

 

『――だが、そう簡単には終わらないだろうな』

 

『へっ?――どういう事だ?』

 

『雷狼寺は己の個性で悩んでいたからな。無意識の内にもブレーキを踏んじまうんだ』

 

――そんな中での騎馬戦での“解禁”だ。

 

『少なくとも俺から言える事は一つ。吹っ切れた以上、今の雷狼寺は――』

 

――本当に“強い”だろうな。

 

 相澤が呟いたと同時。それは起こる。

 巨大な雷狼竜の腕がツルの繭を真下から破ったのだ。

 

『雷狼竜になったか――!』

 

 その巨大な腕ゆえに、誰もが竜牙が雷狼竜化したと思った。

――だが。

 

「強いな塩崎」

 

 真上へ飛び出したのは人の姿の竜牙。

 しかし、その右腕はあまりにも巨大だった。

 そう、右腕だけ本来の雷狼竜サイズで変化させた姿。

 

『マジかよぉ!! そんな事も出来んのか!?』

 

『出来るだろ。出来なきゃ――』

 

――俺がここで一番強い。

 

『……あんな事は言えん』

 

 表情は変わらないが、どこか相澤が嬉しそうに見えたのは気のせいではないだろう。

 そんな相澤の様子を知ってか知らずか、竜牙の攻撃も派手に行われる。

 

「やる!」

 

 竜牙は振り下ろす。その巨大な雷狼竜の腕を、爪を塩崎へ。

 圧倒的な圧と質量を目の前に迫られた塩崎は、反射的に右へと飛ぶように回避。

 

「――くっ!」

 

 巨大な衝撃と風圧。そこにあったツルの束も関係なく潰された。

 一度でも喰らえばアウト。ならばと、塩崎は再び先程と同じ量のツルを竜牙へと放つ。

 

「負けるつもりはありません……!」

 

「お互い様だからここにいる……!」

 

 竜牙は腕を本来のものへと戻す。

 そして同時に人の腕の形を保ったまま腕に雷狼竜を纏い、尾を出現させてその尾を引き千切る様に抜いた。

 そんな竜牙が握っていたのは一本の“太刀”の様な物。USJで上鳴へ渡した時と同じ方法だ。

 

「――斬る!」

 

 竜牙が巨大な太刀を振るう。

 そうすれば、迫るツルを蹂躙。一気に細かく散ってゆく。

 しかし、それでも塩崎も諦めない。何度も何度も竜牙へと攻撃を仕掛けるが、竜牙の両脚は雷狼竜。動きは速く、攻撃の動作も最低限だ。

 

「“一芸”だけではヒーローは務まらない」

 

『……フッ』

 

 竜牙のその言葉に相澤は小さく笑った。

 その笑顔は、自分の教えが確実に生徒達が学んでいるからだろう。

――そして。

 

(決める!)

 

「!」

 

 竜牙はツルを操作する塩崎の一瞬の隙を見抜く。

 まるでルートの様に視界で理解でき、竜牙はそのまま太刀を突き出した。

 

「かはっ!」

 

 それは塩崎の腹部へと直撃。

 場外のラインのギリギリにいた事もあり、そのまま塩崎は場外へと放り出された。 

 

「塩崎さん場外!!――よって勝者は雷狼寺くん!」

 

 瞬間――歓声が巻き起こる。

 観客が、クラスが竜牙を、そして塩崎を称えているのだ。

 

(……俺の個性は受け入れられている)

 

 竜牙はどこか心地よさそうに僅かだけ目を閉じ、その歓声を聞き入れると、今度は塩崎の下へと向かう。

 そして未だに倒れている塩崎へと手を差し伸べた。

 

「強かった。ただ純粋に塩崎……お前は強かった」

 

「……ありがとうございます。――ただ与えられたチャンスを無駄にしてしまいました。――その事が悔やまれます」

 

「だからこそ“俺達はPlus Ultra”……更に向こうへ行ける」

 

 悔やんでいる塩崎へ、竜牙はそう呟きながら彼女の手を握り、塩崎もまた微笑みながら手を握る。

 

「……そうですね」

 

「……あぁ」

 

――この良き“受難”に感謝。

 

 互いにそう呟き、そんな二人を更に周囲は称えた。

 

――だが全員がそうではない。

 

「素晴らしい……素晴らしいぞ!――あれもまた最強の個性だ!」

 

 観客席からエンデヴァーの野心溢れた視線が竜牙を捉えていた。

――似たような視線は、画面の向こう側にもいた。

 

 

▼▼▼

 

 場所も分からないどこか。

 暗く、モニターの光だけが照らす薄暗い部屋。

 そんな場所で“男”は椅子に腰かけながら雄英体育祭を()()()()()

 

「いやぁ……久しぶりに()()()咆哮だったよ」

 

 懐かしい声だった。懐かしい遠吠えだった。

 十年以上前に聞いたきりの声。そしてその名前――。

 

「あぁ……思い出せたよ。――雷狼寺 竜牙だ……懐かしい名前だ。久し振りに会いたくなったよ――」

 

――君と……君に宿る雷狼竜()にね。

 

 男は己に刻まれた爪で付けられた様な、巨大な傷を撫でながら静かに、そして楽しそうに笑い続けてゆく。

 

 

 

END



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第十二話:激突

アヌビス買いました。
428買いました。

キングダムハーツⅢ予約しました。

――財布が泣きました。


 

 竜牙と塩崎の戦いの後も、トーナメントは続いて行った。

 

――第四回戦:切島VS鉄哲。

 両者ともに個性の能力が被っており、更に性格もあってか互いに一歩も引かずのインファイトの結果、両者共にダウン。

 その後に目を覚まし、腕相撲の結果――勝利を勝ち取ったのは切島。

 つまり、竜牙と次に戦う相手は切島となった。

 

――他の試合も続々と決まる。

 

 第五回戦は、芦戸が青山のベルトを壊した事でそのまま青山を撃破。

 第六回戦は、常闇が八百万に隙を与えずに速攻をかけて勝ち上がった。

 第七回戦は、上鳴が初っ端に全力攻撃を仕掛けるが、それを飯田は読み、最初から最高速度を出せる技レシプロバーストで瞬殺。

 

――そして“問題”の第八回戦:麗日VS爆豪。

 浮遊能力故に純粋な戦闘では爆豪には敵わないと皆が思う中、爆豪は手を抜く筈もなくモロに攻撃を当て続けた。

 だが麗日も何度も突撃し、それを爆豪に反撃されるの繰り返しを続ける。

 結果、一方的な爆豪の試合はヘイトを集めた。

 すると流石に見ていられなくなったのか、一部のヒーロー達から爆豪へブーイングが巻き起こる。

 

――しかし。

 

『今、言った奴、何年目だ? 本気でそう言ってんなら帰って転職しろ。もう見る意味ねぇから――ここまで勝ち上がって来た奴等だぞ? だからこそ警戒してんだろ?』

 

 相澤がブーイングを黙らせる。

 爆豪の為だとか、うるさいからとかじゃない。――当然の行動故に。

 そして、その警戒は正しかった。

 

 麗日はずっと空に“瓦礫”を浮かしていた。やがて時満ちる。

 まるで流星群の如く爆豪へと一斉落下させた。

 

 逆転。誰もそう思っただろう。しかし、爆豪は“才”は持っていた。

 巨大な爆破で瓦礫を一斉に粉砕。それにより麗日は限界により、彼は勝利を得た。

 

――どこがか弱いんだよ

 

 客席に戻った爆豪の言葉を、竜牙は聞き逃さなかった。

 

 

▼▼▼

 

(――緑谷と轟か)

 

 まるで運命の様に決まっていた対戦相手。

 緑谷と轟の二人が立つスタジアムを竜牙は控室のモニターで静かに、そして集中して見ていた。

 

 ハッキリ言えば緑谷が勝つ確率は低い。

 直撃すればチャンスはあるが、それでも緑谷へ反動ダメージが起こり、同時に轟がそれを理解していない訳がないという事。

 

(……勝利への道。それは轟のあるかどうかの弱点――その可能性に賭けるしかない)

 

 個性も身体機能であり、それぞれに限界はある。

 竜牙でさえ、身体の一部を雷狼竜にしなければ電気は使えず、同様に発電量が少ないという弱点もある。

 

 ずっと短期決着をしてきた故に、竜牙が思う轟の弱点の予想。

 

――それは体温。

 

(人間である以上……冷たければ体温は下がる。その常識を、轟の個性がどれだけ可能にしているかが問題だ)

 

 もしも轟の半冷が寒さすらも抑えているならば、緑谷の勝つ可能性は絶望的。

 ただ、もしも体温が下がるならば炎を使わない轟には致命的な弱点となり、それが付け入る隙となる。

 

(どういう戦いをするのか。見せてもらうぞ緑谷……)

 

 今までのあくまでも竜牙の考え。

 緑谷の選択は、今から始まるのだ。

 

▼▼▼

 

『全力で掛かってこい!!!』

 

「――緑谷……!」

 

 竜牙が釘付けになる程の光景――モニターが映すは己の個性でボロボロになりながらも轟へ心の叫びをぶつける緑谷の姿だった。

 ボロボロになりながらも、轟からのダメージではない。己の個性で傷付ついた身体で、緑谷は轟を殴り、強烈な一撃を入れる。

 窮地の中での緑谷の一転攻勢に場内は騒ぎ出すが、竜牙は騒ぐ事など出来なかった。

 

――それ程までに緑谷の肉体はズタズタで、限界を迎えているのだ。

 

「緑谷……たとえそれで勝っても、その先には俺はいないぞ……」

 

 リカバリーガールがいるから、大抵の怪我でも治してもらえる。

 この体育祭で誰もが頭には入っている考えだろうが、緑谷の怪我は既に一回の回復で治る領域を超えている。

――にも関わらず、緑谷は力を抑える気配はなかった。

 

 寧ろ逆だ。更に緑谷は轟へと叫ぶ。

 

『君の力じゃないか!!!』

 

――瞬間、モニター一面を覆うは“炎”だ。

 轟が散々に憎んだ力。――母を追い詰めてしまった左の力。

 それを轟が使った。緑谷の叫びに応えるかのように。

 

 そして、その光景に竜牙は緑谷の意図を理解してしまう。

 

「轟を救うつもりなのか。そんな身体になってまでお前――」

 

 結果的なのか、それとも考えてなのかは竜牙には分からない。

 だが、一つ言える事はある。

 

 モニターから強烈な爆音。そして勝敗の結果。

 

『緑谷くん場外!――よって勝者は轟くん!』

 

「――ヒーローか。本当に……」

 

 緑谷は己の事を省みず、轟の中からエンデヴァーを消した。

 勝ち負けではない今の戦い。竜牙は悟った様に、静かに頷きながら控室を後にする。

 今度は己の番だからだ。

 

▼▼▼

 

 

「修理できたよ……」

 

『ありがとなセメントス!!――じゃあ話を戻して早速二回戦を始めっぞ!!!』

 

 修理されたスタジアム。そこに立つは竜牙と切島。

 

「……雷狼寺。お前とは一度で良いから戦ってみたかったぜ!」

 

「……俺もだ切島。お前はお前で油断できない奴だと思っていた」

 

 肌を硬化する個性。シンプル故に手強い力であり、切島の性格も合わさって尚の事手強い相手。

 そんな相手ゆえに、竜牙は無意識の内に力が入ってしまう。

 やがて、瞳だけを雷狼竜へと変化させ、竜の眼光が切島へと向けられた。

 

「……へへ」

 

 そんな竜牙の眼光に対し、切島は汗を流しながら笑みを浮かべ続ける。

 

――やっぱ怖ぇな。

 

 切島は内心で恐怖していた。思い出すは騎馬戦。

 圧倒的な存在感を示し、包囲網を蹂躙した竜牙の姿。切島はそれが未だに脳裏に焼き付いていた。

 元々、竜牙の実力の高さは分かっていた事だが、それが本当に理解させられたのはUSJ。

 

『どけろ馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉぉッ!!!』

 

 今でも覚えている竜牙の自分と爆豪に向けた叫び。

 あの時は最初に竜牙が仕掛け、その攻撃で敵が動きを止めた事をチャンスと思ってしまった。

 だが実際は13号の意図に気付いた竜牙の行動を無駄にし、13号の邪魔をしただけ。

 

――結果、皆を危険に晒してしまった。

 

 全てが終わった後、切島は爆豪の制止も聞かずに竜牙の下へと訪れ、そして頭を下げた。

 

『すまねぇ!! あの時……俺等が余計な事をしちまったから……!』

 

『……いや、俺も勝手に動き過ぎた。――怒鳴って済まなかった』

 

 逆に謝られた事で切島は困惑してしまう。

 当時はまだ竜牙の事を理解出来ていない事もあり、完全に見限られたとも感じてしまった。

 だが竜牙と仲の良い耳郎と障子から話を聞き、あの様子は怒っていないのだと分かった。

 一見、無表情で何を考えているのか分からないが、思った事は陰口ではなくハッキリ言うのだとも聞いた。

 

 しかし、それでも切島は竜牙を理解出来なかった。

 実力は高い、しかしやはり何を考えているのか分からず、どちらかと言えばクールな人間なんだろうと自己判断。

 

 そんな事を思っている内に峰田に誘われるまま、切島はせめて強さの秘訣が聞けたらと思って盗聴に参加してしまった。

 だが、聞けたのは――

 

『俺は両親に捨てられたんだ』

 

 聞きたい事じゃなかった。同時に己への怒りが沸いた。

 

――こんな事をしている時間があんなら、もっと努力するべき事があんだろうが!!

 

 そう切島は己へ心の中で叫び、そして受信機を破壊した。

 結果的には盗聴は許されたが、それゆえに切島は竜牙を理解する事が出来た。

 

――俺が怖いか?

 

 そういう事か。切島は竜牙をようやく理解する。

 ずっとただ周りに気を使っていただけで、竜牙はずっと不安だった事に。

 

(……ようやく友達になれた気がしたぜ)

 

――あの“笑顔”を見れば誰だってそう思うだろう。

 

 切島はそう思い出しながら、静かに深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

 そして――

 

「全力で行くぜ……雷狼寺!!」

 

「――来い!!」

 

『試合開始!!!」

 

 ミッドナイトが告げる開始の合図。

 

 それと同時に切島は全身を硬化。どんな攻撃だろうと防ぐという決意の現し。

 竜牙も両手足を雷狼竜化させ、まるで受けて立つと言わんばかりに両腕を胸へと構えた。

 

「打って来いってか! 俺の硬化とお前の鱗……どっちが硬てぇか勝負だ!」

 

 切島は受けてたった。右腕を最大まで硬化させる全力攻撃で。

 

 ハッキリ言って切島は、この試合が長期化しない事を察していた。

 それだけ竜牙との実力差を理解しているからだ。

 だがそれは諦める理由にはならず、逆に思い出させるのは先程の言葉。

 

『……俺もだ切島。お前はお前で油断できない奴だと思っていた』

 

 切島も最初の控室で見ていた。竜牙と緑谷と轟の宣戦布告を。

 だから竜牙が頭の中に置いているのは、その二人。自分達は手強い程度で、ライバルとは思われていないだろう。

 だからこそ、今ここで示すのだ。自分もまたライバルだと。

 

 切島 鋭児郎――という一人の男がここにいるという事を。

 

「うおぉぉぉぉぉッ!!」

 

 切島の一撃。それは竜牙の両腕に直撃した。

 それは何の邪魔もなかった故に、切島本人も満足のいく渾身の一撃だった。

――だが。

 

「……強いな切島。だが俺は一番強い」

 

「マ、マジかよ……!」

 

 切島の渾身の一撃。それは竜牙の甲殻によって防がれた。

 見る限り、甲殻には傷一つない。

 その結果に思い知らされるは圧倒的な力の差。そして竜牙の反撃。

 

「決めるぞ――」

 

 次は俺の番だと、竜牙が巨大な爪の手に雷を纏わせ、そのまま切島へ攻撃を放とうとした時だ。

――衝撃が竜牙の頭部を襲う。

 

「なんだ……と……!」

 

 不意の衝撃により竜牙は困惑。何が起こったのか理解が遅れるが、冷静になれば攻撃できたのは一人しかいない。

 竜牙は歯を食いしばり、眼力も高めて眼の前の強者を睨む。

 

「切島……!」

 

「へへっ……!」

 

 竜牙の声に切島は白い歯を見せ、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 たった今、竜牙を襲った衝撃の正体。それは切島の左ストレートの拳だった。

 甲殻に防がれた攻撃だが、それで諦めて心が折れる程、切島の心は弱くはない。

 折れぬ限り、最後まで諦めずに切島は前に出る。

――だが。

 

「ガハッ!!?」

 

 今度は切島が強烈な衝撃に襲われた。

 意識が飛ぶ。食いしばっていた歯も、いとも簡単に離してしまう。

 そんな強烈なダメージを与えた正体。それは竜牙の右ストレート。

 しかし、ただの拳ではない。雷を纏い、常人の数倍の大きさとなった雷狼竜の拳。

 それが顔の側面から放たれ、今も拳は顔に付けられている。

 だが切島の心は折れず、寧ろ更に笑みは深くなっていた。

 

(一撃でこれかよ……!) 

 

 僅かでも優勢になったと思いきや、そんな差は容易にひっくり返された。

 自分よりも重い、たった一撃で。

 だが、そんな事は切島は分かっていた。竜牙の強さにも納得すらしていた程に。 

 

(雷狼寺……実は俺、雄英受験前まで、まともに個性の特訓もしてなかったんだ)

 

 切島は受験前までの、己の生き方を思い出していた。

 雄英に入ってからの自分を知る者は信じられないだろう。中学までの自分は、ここまで硬化も出来なければ、ただ夢を見ていただけの少年だった事に。

 無論、変わりたいと思って努力はした。その結果が雄英入学。

 そんな自分とは違って竜牙は、もっと努力していたのだろうと切島は分かっていた。

 

――両親に捨てられた。

 

 それは、自分達にとっての当たり前がない事を意味していたからだ。

 帰宅すれば母親が夕飯を作ってくれている。

 帰ってきた父親と他愛もない話すらできない。

 当たり前が、当たり前じゃない。それは他者が思うよりも孤独で、過酷で、寂しいものだろう。

 

(そんな状況だ……強くなるしかねえよな)

 

 ただ辛く寂しい環境。最も理解してくれる筈の“両親”がいない。

 それでもヒーローに憧れたのなら、強くなるしかない。

 きっと自分が思っているよりも壮絶な訓練を、長くずっと行ってきたんだろう。

 竜牙の強さに、そう切島は思っていた。

 

「……そりゃつえよ」

 

 ならば、今の状況は当然の事だ。

 進路先を決める時期で選び、そして努力した自分とは違う存在。

 ずっと努力し、己を高め続けていた竜牙に勝とうなんて、きっとおこがましいレベルなのだろう。

 だが――

 

『受難に感謝……』

 

 竜牙の言葉が、切島の脳裏に過る。

 ヒーローならば乗り越えるのだ。乗り越えなければならないのだ。

 切島は歯を食い縛ると、顔にめり込む竜牙の拳に意識を向け直す。

 

「プルス……ウルトォラァァァァッ!!!」

 

「グゥッ!!?」

 

 叫びながら竜牙の拳を押し返した切島。

 その勢いに竜牙は体勢を崩し、その僅かな隙を目掛けて切島は再び拳をぶつけると、態勢もあってか竜牙の身体がその場から後方に飛ばされる。

 

 

 そんな試合状況を誰が見ても、竜牙が押されていると見えるだろう。

 切島の実力は皆も分かっているが、竜牙に勝てる程とは誰も思っていなかった。

 だからこそ、そんな切島の奮戦に観客達も驚きを隠せない。

 

「雷狼寺 竜牙が押されている!?」

 

「切島……シンプルな個性でガッツもある子だったが、まさかここまで戦える子だったか!?」

 

「行けぇ! 切島ぁぁぁ!!」

 

 ざわつく観客に紛れ、彼と同じ中学だった芦戸が声援を送る。

 芦戸だけじゃない。他の観客も声援を送り、鉄哲も気合の入った声援を送っていた。

 

「お前と今、この場で戦えた事がぁ!! 俺にとっての感謝すべき受難だぁ!! 雷狼寺ぃぃぃ!!」

 

 切島は吠え、竜牙に接近して両腕で拳を放ち続けた。

 努力でも、時間でも負けていても、“心”では負けてはいない。

 乗り越える時、だからこそのプルス・ウルトラ。

 

「俺にとっちゃこの試合が決勝だぜ!!」

 

 歩み続けろ。乗り越えろ。切島の心が叫び続け、身体を滾らせる。

 そして最大の硬化を額に集中させ、渾身の頭突きを放った。

――瞬間。

 

「GAaaaaaaaaaaa!!!」

 

 竜牙も渾身の頭突きを放った。

 その一撃はやはり重く、切島は容易に吹き飛んでしまう。

 だが切島は満足して、笑みすら浮かべた。

 なんせ余裕を持っていた竜牙を咆えさえ、瞳も雷狼竜にさせる程まで追い詰めたのだ。

 今の自分ではここまでだ。けど切島は、満足そうに笑みを浮かべながらも身体に力を入れて迎え撃とうする。

 

 それと同時、竜牙が両足に力入れ、身体全体にスパークを発生させながら飛び出した。

――そのまま切島の頭を掴み、一気に場外へと押し駆ける。

 

「ぐぅぅぅぅぅおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

 諦めるつもりはない。悪足搔きだろうが諦めない切島は、身体全体を固くしながら踏ん張る。

 しかし、力は圧倒的に竜牙の方が上だ。

 まるで線路の様な傷をスタジアムに作りながら竜牙は押し続け、とうとうその限界ラインへと押し出した。

 

『切島くん場外! よって……ってあら?――待った! まだ試合は終わっていないわ!』

 

「――!」

 

 ミッドナイトの言葉に竜牙は驚きながら切島の足下を見る。

 すると、まさにギリギリのライン。土俵際と呼べる場所で切島は踏ん張っており、切島は場外へと出ていなかった。

 

『試合続行よ!――ってあら?』

 

 再び何かに気付いた様で、自分達の下に来るミッドナイトに竜牙は不思議に思ったが、竜牙も理解した。

 そう切島は既に――。

 

『切島くん気絶! 戦闘不能により勝者は雷狼寺くんよ!!』

 

 竜牙の力・雷によって既に気を失っていた。

 

『すげぇな……最後の最後で踏ん張ったのかよ!! 本当にどんな教え方してんだイレイザー!?』

 

『俺は関係ない。――アイツ等が勝手に焚き付けあってんだ』

 

 A組の活躍の大きさに驚くプレゼント・マイクは、担任の相澤へと問いかけるも、相澤は特に自慢するような事は言わない。

 純粋に生徒達自身の成長だと思っているからだ。

 

 そんな中、ロボに運ばれてゆく切島の姿を見送りながら竜牙は静かに息を吐く。

 

(戦いには勝ち……勝負には負けたって事か)

 

――切島。次は勝たせてもらうぞ。

 

 切島の最後の意地に敗れたと言える竜牙は、彼を見送りながら静かに再戦に燃えていた。

 だが竜牙の想いとは裏腹に、客席のヒーロー達は既に準決勝の話で持ち切りだった。

 

「やっぱりこうなったか準決勝の組み合わせは……!」

 

「半冷半燃の轟……雷狼竜の雷狼寺……!――事実上、次の準決勝が決勝だぞ!」

 

「録画の準備だ! 勝っても負けても、今度のサイドキック争いは加熱するぞ!」

 

 竜牙に轟。どちらも群を抜いて来た生徒。

 そんな彼等の戦いを事実上の決勝と謳い、試合が終わったばかりで、まだかまだかと既に我慢が出来ない様子。

 そんな光景をA組の者達は見て聞いていた。

 

「切島の奴……やっぱり負けちまったな」

 

「ケロ! でも仕方ないわ上鳴ちゃん。雷狼寺ちゃんも本気で試合をしているんだもの」

 

「まぁそうだよね。でもそうなると……次はとうとう雷狼寺くんと轟くんが戦うんだよね? 実戦演習の時は私達が勝ったから、やっぱり有利なのは雷狼寺くんの方なのかな?」

 

「いや! それは分からないぞ葉隠君! 轟君は緑谷君との戦いで遂に炎を使った。次の試合でも使うならば、雷狼寺君も油断は出来ない筈だ」

 

「ですが雷狼寺さんは先程の様に武器も作り出しますわ。 そうなると、接近戦に持ち込まれたら轟さんも不利なのでは?」

 

「実際そうだと思うぜ……オイラ的に考えてもやっぱ雷狼寺だぜ。 お前等も覚えてんだろ……あの雷狼竜の姿をよ?」

 

「……うん。実際に背に乗ってたけど、凄い存在感やったもん……そう思うと、雷狼寺くんが負ける姿が想像つかない」

 

 A組それぞれの考えを持って話し合う。

 今までの戦い、そして緑谷戦で見せた驚異的な氷と炎の力の轟か。

 圧倒的な力と威圧を放つ、雷狼竜の力を持つ竜牙か。

 皆、それぞれが二人の強さを知っており、あれやこれやと想像を膨らませながら話し合って行く。

――しかし、そんな中でも耳郎と障子の二人だけは竜牙の勝利を願っていた。 

 

「どうなるかなんて分かんないけどさ……雷狼寺には勝ってほしいかな」

 

「惚れた弱みってやつだね!」

 

「うん――って違うから!!」

 

 さり気なく葉隠の奇襲攻撃に耳郎は猛抗議。

 他の女子もそういう話が好きゆえに、顔を赤くしながら耳郎を取り囲んだ。

 

『憧れから始まった恋なんですのね……!』

 

『あわわ……! 耳郎ちゃん大人や!』

 

 ここに芦戸がいないのが唯一の救いだったが、それでも周りの反応はハッキリ言って面倒だと思いながら周りと言い争う耳郎だった。

 

(うちだって、この気持ちがどういう意味なのか分かんないだって……!――って言うか、どこで惚れる所があった!?)

 

 胸の中に存在する複雑な想い。それを感じ、その答えを探せるのは耳郎だけ。

 誰にも悟らせない想いを抱きながら、耳郎の葉隠達との言い合いは続く。

 

「障子君! 君はどう思っているんだい? 雷狼寺君か轟君か!」

 

 耳郎達との裏では、飯田が竜牙と付き合いの長い障子へと問いかけていた。

 すると、退場する竜牙の姿を見ながら障子は静かに呟く。

 

「雷狼寺だ。俺も耳郎も、雷狼寺の背に憧れたヒーロー達を重ねた。――だからか、雷狼寺が負ける姿は想像が出来ない」

 

 0Pを破壊した時の話は飯田も耳郎達から聞いていた。

 周りが逃げる中、唯一立ち向かった竜牙の姿に憧れたという話。同年代であり、ライバルであろう筈の学生に憧れを持ったという事実。

 そんな障子の呟くような声を聞きながら、飯田達は少し竜牙の事が羨ましく感じるのだった。

 

▼▼▼

 

『勝者!――常闇くん!!』

 

「……芦戸を下したか、常闇」

 

 周りがそんなに騒いでいるとは知らず、竜牙は控室が空くまで通路に備えてあるモニターで試合を鑑賞していた。

 芦戸の酸を黒影で防ぎ、そのまま戦闘不能に持って行った常闇が勝者としてモニターに映っている。

 光さえなければ中・長距離では無敵に近い常闇の個性。

 流れさえも彼の味方をするならば、決勝に立つ可能性は高い。

 

――だが竜牙は決勝のビジョンはあれど、準決勝の相手を無視している暇などはなかった。

 

(殻を破ったか……轟?)

 

 本音を言えば、氷だけしか使わない轟に負ける気は全くなかった。

 しかし殻を破り、炎すらも迷いなく使う本気の轟ならば話は変わる。

 

「騎馬戦での上鳴のお陰で“充電”には余裕はある。だが、もし轟が本気になっているなら俺も余力を考える暇はなさそうだ」

 

 腕を雷狼竜にし、小さな放電をしながら竜牙は心の中で決意を固めていた時だった。

 モニターに爆豪と飯田の二人が現れる。

 

『試合開始!』

 

 その合図と共に二人の戦いは始まり、同時に控室が空いた事を示していた。

 

「……行くか」

 

 集中力を高めようと、控室へ竜牙が歩き出した時だった。

 

「おぉ、ここにいたのか?」

 

 竜牙は背後から誰かに声を向けられた。

 明らかに男の声であり、同時に自分よりも上の方から声が聞こえた以上、大柄な男性。

 

(――聞き覚えがある)

 

 しかも竜牙からしても初めて聞く声ではない。

 まさかと思い、竜牙は振り向くと、そこにいたのは――

 

「“エンデヴァー”……?」

 

 No.2ヒーロー『エンデヴァー』だった。

 

「初めましてだな、雷狼寺 竜牙君。君の活躍は見せてもらった。――増強系・肉体強化の発動系・異形系以上の力。並みの獣を遥かに超える能力。挙句には“雷”まで扱えるとは素晴らしい個性だ!」

 

「……ありがとうございます」

 

 まるでご機嫌取りの様な話し方をするエンデヴァーに、竜牙はいつもの無表情で返答する。

 しかし、それでも内心では警戒をしていた。

 それは轟の話を聞いたのもあるが、竜牙の理想のヒーロー像。エンデヴァーはそれから最も離れているのが一番の理由だった。 

 

「『雷狼竜』――実に興味深い個性だ。既に君の実力は並みのヒーローを超えている。特に騎馬戦で見せた完全なる雷狼竜の姿は特に素晴らしかった。間違いなく“最強の個性”の一つと言えるだろう」

 

「……すみませんが、話が見えません」

 

 竜牙の警戒心は更に上がる。身も蓋もないが、エンデヴァーは世間話をする様な人物ではない。

 ファンへの対応もあまりにも酷く、子供にも容赦しない姿勢もあってアンチの数だけならば間違いなくNo.1だろう。

 そんな相手が個性と結果を見せているとはいえ、赤の他人を探した様な口ぶりまでし、呼び止めて話し掛けるのは違和感しかない。

 

――故に竜牙はエンデヴァーの意図が分からず、気味が悪かった。

 

 そんなエンデヴァーも竜牙の様子に気付いた様子で答える。

 

「む? あぁ、そうか試合前に済まなかったね。……ただ、私の用事も次に君が戦う轟 焦凍の事だ。無関係ではあるまい」

 

 エンデヴァーのその言葉に、竜牙は何を言われるのかと気になり、彼に正面から向き合った。

 

「……轟?」

 

「あぁそうだ。焦凍にはオールマイトを超えると言う義務がある。――今までは反抗期から私の左側を使わなかったが、先程の緑谷と言う少年のお陰でようやく本気を出した様だ」

 

 まるで自分自身の活躍の様に語るエンデヴァー。

 その姿に竜牙は、轟から聞いた通りの人物である事を理解する。

 対象の全てを知っている訳ではなく、うわべだけで判断しているとも竜牙は思ったが、だからといってエンデヴァーの行った事は許される事ではない。

 

「そんな焦凍の相手であり、周りの者達を圧倒してきた君に、手を抜いたまま焦凍の相手をしないでほしいのだよ」

 

「……結局、話は見えません」

 

 勝手に話を押し付けるエンデヴァーに、竜牙は素っ気なく返答した。

 しかし、エンデヴァーはそんな竜牙に見抜いていると言わんばかりに、小さな笑みを浮かべる。

 

「……フフ、私が気付いていないとでも思っているのかね? 君は力を()()()()()のだろう? 確かに今年の一年は中々に粒ぞろいだが、本物と言えるものはうちの焦凍や君を含めても、たったの数人程度。力を抑えなければ君の力に耐えられない者も多い。――だが焦凍は違うぞ?」

 

――全力の君と戦い、勝ってこそ意味があるのだよ?

 

「全力で轟と戦って欲しい。それを言う為に……?」

 

 竜牙はエンデヴァーの言いたい意味を察した。

 確かに竜牙は力を抑えているが、それでも相手を侮辱しない様に全力で戦っている。

 それに、力を抑えているとは言うが、それは“殺意”を抑えての事だ。

 

 雷狼竜は凶暴な野生を秘めた個性。――もし殺意(それ)まで出してしまえば、最早それは競技ではない。

 だからこそ、竜牙はそれを否定しなければならない。

 

「あなたが何を言いたいのか分かりません。――ただ言える事は、今の轟は俺にとっても油断できる相手ではないという事」

 

「そうか。それを聞けて安心したよ」

 

 エンデヴァーは満足そうに頷きながら呟く。

 そんな彼を残し、竜牙がその場を離れようとした時だった。

 

「ああ、最後にもう一つ良いかな?――雷狼寺……その名には聞き覚えがある。もしやヒーローグッズからサポート系も行っている<雷狼寺グループ>ではないのかね?」

 

「……はい。俺の実家です」

 

――事実とはしてはだが。

 

 竜牙はエンデヴァーの話に己の実家が出て来るのは内心では驚き、そして冷めた様に呟いていた。

 ヒーロー界では有名でな会社だ。エンデヴァークラスからその手の話をされるのも、ある意味では納得できる。

 

「そうか!――ならば聞きたい事があるのだが、君には“許嫁”の類はいるのかな?」

 

「……そんな話は聞いていません」

 

 ある筈もない。援助はあるが、事実上は他人の様な扱いだ。

 会社の道具としても使うつもりはないだろう。

 だが、しいて言えば竜牙が気になったのはエンデヴァーが何故にそんな話をしてきたかという事だ。

 

 しかし、竜牙がそんな事に足を止められている時、爆豪と飯田の試合が決着してしまう。

 

『飯田くん戦闘不能!――よって爆豪くんが準決勝の進出よ!』

 

 これでベスト4――轟・雷狼寺・常闇・爆豪が揃った。

 そして、その先陣を斬るのは竜牙と轟だ。

 

「――失礼します」

 

「ああ、時間を取らせて済まなかった」

 

 竜牙とエンデヴァーはそれだけで別れを済ませると、竜牙は急いで控室へと向かった。

 背後でエンデヴァーが笑みを浮かべている事に気付く事もなく。

 

 

▼▼▼

 

 控室で待つ事、10分。

 時間となり、呼ばれた竜牙と轟はスタジアムで対峙している。

 

『さぁ始まるぞ!!――って言うかもうこれが事実上の決勝だろ!!?』

 

 プレゼント・マイクの言葉に会場中のボルテージは一気に高まる。

 それは皆が同じ意見と思える行動。

 

「……チッ!」

 

 そんな中で控室にいる爆豪は舌打ちがでる。

 まるで自分の事は蚊帳の外。竜牙と轟だけの為の様な場の雰囲気が気にいらないから。

 

「始まるね、とうとう二人の戦いが……!」

 

「うん。どっちが勝つんだろう……!」

 

「これは目が離せないぞ!」

 

「――勝ちなよ雷狼寺」

 

「……勝てよ」

 

 客席では緑谷・麗日・飯田・耳郎・障子。――その他の者達も全員が息を呑んで試合が始まるのを待っている。

 B組もそうだ。サポート科・経営科・普通科。そして名のあるプロヒーロー達も会場で、テレビで両者の激突をまだかまだかと待っていた。

 

 けれど、当の二人は互いに対峙したままだった。

 

「……ついさっき、エンデヴァーが俺の下に来た」

 

「!……何か言われたのか?」

 

「俺の実家の事や許嫁の有無。そして俺に、本気で戦って欲しいと言って来た」

 

「……そうか。嫌な予感はするが、悪かったな試合前に」

 

 轟はそう言って頭を軽く下げる。

 

「……別に良い。俺達の試合にエンデヴァーは関係ない」

 

「いや、それだけじゃねぇ。――体育祭前の控室で言った事だ」

 

『なめてるのか? 入試・個別テストも1位だったからこれも勝てるって……』

 

 それは轟が緑谷と竜牙に言った宣戦布告。その竜牙の返答によって出た言葉だ。

 

「結局、舐めてたのは俺の方だった。周りが本気な中で、俺は中途半端にしか力を使わなかった。緑谷に気付かされ、そして忘れられた……緑谷との戦いの中で“あいつ”の事を忘れる事が出来たんだ」

 

「……そうか。それで今はどうなんだ? 使えるのか“左”は?」

 

「分かんねぇ……多分、使える気がする」

 

――多分?

 

 轟にしては珍しくあやふやな表現に、竜牙も興味が湧いた。

 

「不思議な感じなんだ。今からお前と戦うと思うと……お前を前にしていると何故かあいつが、エンデヴァーの事が気にならねんだ」

 

「そうか。――なぁ轟。俺はエンデヴァーから言われたからとかじゃないが、ハッキリ言って氷しか使わないお前に負ける気はしなかった。ここに来たにも関わらず、ヒーローになる為とも言えず、この体育祭をエンデヴァーへの八つ当たりに利用しているお前になんかな」

 

――だが今は違う。

 

「今のお前には気を抜けば負けそうだ……!」

 

「……そうか」

 

――ありがとな。

 

 竜牙は轟の小さな声を聞いた。

 そして轟は構えながら、言えなかったあの“言葉”を口にする。

 

「雷狼寺。言えなかった言葉を言わせてくれ。――俺もヒーローになりたい。なりたいからここにいる!」

 

「ああ、それが聞きたかった。だからこそ()()()ぞ。戦闘演習でお前に勝った事を、そして超えるぞ――今のお前を!」

 

「俺もだ……俺もお前に勝ちたい!」

 

 身体が火照る。血が滾っている様に、心が今にも踊りそうな程に。

 竜牙も轟も、互いに我慢は出来そうにない。

 戦いたい相手が、勝ちたい相手が、共に競い合いたい相手が――

 

――目の前にいる。

 

「GRRRRRRR……!」

 

 竜牙の瞳は既に雷狼竜となり、眼光を轟に向けると同時に身体からスパークを発生させる。

 同時に力むうちに両手足も徐々に変化させた。

 

「……!」

 

 轟もそれに応えるかの様に力を解放した。

 右側に地面は徐々に凍り付き、左側には陽炎が揺れ動く。

 

――両者、共に戦闘態勢を整えたのだ。

 

 試合開始の合図を前にして、既にやる気十分な二人に会場の歓声は更に上がる。

 ただ騒ぐ者。サイドキック候補・純粋な力を見定める者。

 それぞれの想いを胸に、全国の実力派プロヒーロー達も会場と画面の前で二人を見守っている。

 

『ヤベェ……試合開始前だっつうのにスゲェなお前んとこの二人……!』

 

 ここ数年でこんな生徒達を拝めた事はない。

 プレゼント・マイクは驚きを隠せずに隣の相澤へ声をかけるが、相澤はそれに答えず、無言で竜牙と轟を見守っていた。

 

――そして会場のボルテージがMAXになった時、遂にその時は訪れる。

 

 ミッドナイトが腕を上げ、それに合わせて二人も構えを深くする。

 

 周りには己の雷狼竜の個性を、見世物の様に物珍しそうに見ている者達がいるが関係ない。

 

 この会場の何処かにエンデヴァーがいるが、そんな事は関係ない。

 

――自分が見ているのは目の前の存在。

 

『試合開始よ!!』

 

――ライバルだけだからだ。

 

「GAAAAAAAA!!!」

 

「うおぉぉッ!!!」

 

 

――両者激突。

 

 

 

 

END



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第十三話:大激突! VS轟

PCが壊れました。古いのを引っ張り出してます。
泣きました。(´;ω;`) 皆さまも、万が一の時はお覚悟を。


 

 

 竜牙は轟目掛けて駆け出す。一気に接近戦へ持って行き、自分に流れを持っていくつもりだった。

 雷狼竜の自慢の脚ならば速度は保証済みで、接近戦ならば轟の方が不利だ。

 

「――来い」

 

 勿論、轟も想定内。一定範囲に入れば即座に氷結させ動きを止める気だった。

 しかし、その警戒こそ竜牙の策だ。

 

――今!

 

 竜牙は一定の距離――轟の攻撃範囲寸前で跳び上がり、己の溜め込んだ電撃を弾として2発射出。

 身構えていた轟の意表を突く。 

 

「そう来るかよ……!」

 

 しかし轟も即座に反応。盾の如く、目の前に分厚い氷の壁を精製。

 電撃弾は氷壁の表面に激突。二つの大きな傷痕を残すが、見た目こそ巨大な氷のブロック。

 威力は轟まで届かない。――が、好機は存在する。

 

――パキッと、鋭利な割れる音と共に氷の壁に亀裂が走った瞬間、轟は反射で右へ跳んだ。

 

 同時に、分厚い氷の壁が砕けた。

――否、破壊された。竜牙の手に持つ、雷狼竜の面影を残すハンマーによって。

 

「視覚を無くしたのは失策だった……!」

 

 氷の壁は確かに攻撃を防いだが、厚く作った分視界を遮ってしまう。

 竜牙はこれを好機と判断。右腕から生やすように巨大なハンマーを作製。一気に氷の壁へと叩き込み、粉砕する。

 

「逃がさん」

 

「――チッ!」

 

 巨大な鈍器を所持しようとも重量という枷をものともせず、竜牙は轟目掛けて振り下ろす。

 

「王鎚――カミナリ!」

 

 思いついた名を、まるで技名の如く叫びながら放つ一撃。

 轟は回避するが、床を破壊すると同時に発生する電撃の余波にバランスを崩す。

 破壊力の轟音・放電――それが合わさり、まさに“カミナリ”の様な威力。

 

「くそッ……!」

 

 轟は肝を冷やした。あんな威力で直撃すれば、確実にその場でノックアウト。

 接近させまいと、四方向から竜牙へと氷結を放った。

 

「……フンッ!」

 

 竜牙は囲まれ様としても冷静に反撃。

 ハンマーを力任せに、しかし正確に振り回して迫る氷結を薙ぎ払う。

 迎撃成功と共にハンマーを身体に戻し、右腕を鋭利な爪へと変化。

 そのまま近くの氷塊に突き差し、掬い上げる様に轟へ投げ飛ばす。

 

『考えたな……氷を排除出来ない者からすれば、残った氷塊はただ邪魔でしかない。――だが雷狼寺の力であれば、逆に投石代わりとして利用できる』

 

『こんな試合でちゃんと実況するお前も凄ぇな!!』

 

 会場は派手な攻防に大騒ぎ。冷静に語る相澤にプレゼント・マイクも大騒ぎ。

 主審のミッドナイトやセメントスも、万が一の為に構えている程に。

 

「……出すっきゃねぇな」

 

 己が出した氷塊が自身に迫る。それでダメージを受けるなら笑い話にもならない。

 だから轟は“左”を――解禁する。

 

「加減は無しだ」

 

――俺はお前に勝ちたい。

 

 放たれる炎が迫る氷解を溶かし、そのまま竜牙へも迫った。

 

「ッ!」

 

 竜牙は左手を変化させた。大きく、面積の広いそれは鱗と甲殻で出来た盾へ。

 それを前方に掲げて轟の炎を反らすが、長時間防ぎ続ければ熱で竜牙がやられてしまう。

 だからこそ、竜牙も更なる手を打つ。

 

「……当てる」

 

 今度は竜牙の右手が変化する。それは筒状の形であり、まるで大砲に見える。

 砲身には雷がチャージされており、竜牙は炎の壁の向こうにいる轟を狙い、撃ち放った。

 

 電撃弾よりも蓄電に時間を取られるが、故に威力は大きい。

 炎の壁を貫通し、轟の不意を再度突いた。

 

「――ガッ!?」

 

 見てからの回避には限界がある。

 咄嗟に炎を引っ込めて横に跳んだ轟だったが、その時に足に電撃弾がかすった。

 実弾でも問題あるが、これは実体のない電撃。触れただけで轟の全身に衝撃が走る。

 騎馬戦で上鳴にさせた作戦が今、彼自身に返ってきた。

 

(……好機)

 

 竜牙は動きが鈍った轟の姿を捉え、一気に駆け出した。

 自身の発電量の少なさ、蓄電量を考えればいざと言うときにしか放電が出来ない。

 あくまで接近戦での決着が理想。

 雷狼竜の力がそれを可能にしているのもあるが、並大抵の者ならば、その迫る気迫に臆してしまい、更に竜牙の勝利を確実にする。

 

 元々、竜牙・轟――両者の攻撃力は高い。

 高威力攻撃の応酬となればダメージも多く、戦いは短期戦になると誰もが思っていた。

 特に実戦演習・騎馬戦。それで放電を受けた者、見た者、ウェイな者達がだ。

 

「雷狼寺くんが押してる!」

 

「轟くんは今まで左を使ってない。だから雷狼寺くんの方が手札が多いんだ……!」

 

「威力は轟君だって負けてない!――が、雷狼寺君の個性は幅が広すぎる! 確かな練度があるぞ……!」

 

 麗日・緑谷・飯田達は手汗を握る。

 

「行け……勝ってよ雷狼寺!」

 

「そのまま勝て!!」

 

 耳郎と障子は勝利を祈る。

 

「雷狼寺さんは私の様にあらゆる物の創造は出来ませんわ。あくまで形だけに近い。――ですが」

 

「それだけじゃねぇ……! 素の身体能力に雷狼竜化しての強化。鬼に金棒ってやつだ」

 

「やべぇよ……やべぇ! なんで雷狼寺は轟に……じゃなく轟が雷狼寺相手……つうか両方やべぇって!! あんな戦い俺だったら生き残れる気がしねぇよ!!」

 

「ケロッ! 明らかに危険な戦いね。途中で先生達が止めそう」

 

 八百万・切島・峰田・蛙吹は戦いの壮絶さに身体を固くする。

 

 しかし、壮絶な戦いでも押しているのは竜牙の方。

 人前で見せないだけで、お手伝いさん所有の山では雷狼竜化している事もあり、ここに来て練度の差が浮き彫りとなる。

 

(――行ける)

 

 竜牙は右手の甲に雷狼竜の爪を生やし、ゴツイ手甲の様に装備。

 未だに動きが鈍い轟を押し出して終わらせる気である竜牙と、轟の距離が縮まった時だ。

 

「負けねぇ……!」

 

 轟がこのタイミングで反撃にでる。

 左から再び炎を放射。範囲は竜牙の腰から下、左右にはできるだけ広く放った。

 

「俺にとっても予想通りの展開だ……!」

 

 轟は察していた。竜牙は勝機が見えた時は距離があっても接近戦を行う事を。

 勿論、竜牙の能力ならばそれでも支障はない。だが、轟は今までの戦いで竜牙の弱点も考えていた。

 

(雷狼寺……お前、もしかして――)

 

――発電量が少ないんじゃないのか?

 

 轟はずっと気になっていた。

 実戦演習・USJ・障害物競争・騎馬戦・トーナメント。

 このどれもに、本当ならば周囲を制圧する能力を持つ筈の竜牙が派手に放電をしたのは僅か一回。

 

 上鳴の無差別放電の時だ。

 今まで小出しにするような、節制しているような使い方だったが、その時はまるで"充電"したかの様に派手に放電した。

 

――結果、轟は行き着いた。竜牙は節電していることを。

 

 だからこそ轟は確信した。竜牙ならば絶対に接近戦を仕掛けて来る事に。

 

「……甘いな轟」

 

「――お前もな雷狼寺」

 

 竜牙が絶対に回避する為に、大きくジャンプする事も確信していた。

 これが轟の狙っていた光景だった。

 隙を突いて迫り、竜牙が大きく跳ぶのを轟は待っていた。

 

――瞬間、スタジアムに巨大な"氷山"が現れる。

 

 跳んだ竜牙すらも呑み込む、会心の一撃。

 瀬呂の時よりも派手な一撃。竜牙が呑み込まれた事で周囲はザワつき始める。

 

『やべぇ!! 雷狼寺が呑まれたぁぁ!!?』

 

「おい! 大丈夫なのか!」

 

「いくらなんでも凍死しちまうぞ!!」

 

 プレゼント・マイクの声を皮切りに、一部のヒーロー達から不安の声が出る。

 中にはすぐに中止して助けるべきだとの声もあった。

 

――が、それはあくまで"一部"の声に過ぎない。

 

 客席で、テレビで、それぞれ見ている一流ヒーロー達の思いは一つだ。

 

『始まる』

 

 その思いはA組・B組も同じ。

 

「始まる……!」

 

「こっからだからね……雷狼寺」

 

「……来るぞ」

 

 緑谷・耳郎・障子。そして他のクラスメイト達も何かを察した様に息を呑む。

 

「始まるのですね……これもお導き」

 

「終わる訳がねぇぜ……!」

 

 塩崎・鉄哲も理解していた。これが終わりではない事を。

 また、それを一番理解しているのは誰でもない。轟自身でもあった。

 

 轟は無表情ながらも顔には警戒があり、己が放った氷山を見上げていた。

――時だった。

 

――ピシリッと、氷山に突如として亀裂が入る。

 

 最初は小さな亀裂。しかし徐々に拡大し、氷山が地震の様に揺れ始める。

 騒ぐ観客は異変に気付き、察していた者達も確信へと変わった。

 ここからが本番だと。エンデヴァーもそれを理解しており、口元を歪ませる。

 

 その時、氷山の亀裂が収まった。

――瞬間、氷山の上部が一気に弾け飛ぶ。

 

『GUOOOOOOOOOOOON!!!』

 

 竜牙の真骨頂。現れたのは雷狼竜化した竜牙だ。

 その咆哮・衝撃・放電によって残骸が周囲に飛来。

 ダイヤモンドダストを生み出しながら、鋭い眼光で轟を見下ろす存在感に、轟は空気が重苦しくなるのを感じながら汗を拭った。

 

「……やっぱりすげぇな」

 

 存在感だけで足がすくむ。

 

――怖い。

 

 目の前の雷狼竜は、騎馬戦の時とは別物だ。

 騎馬戦ではその威圧を周囲に発散していたが、今は個に向けられている。

 そう、轟一人だけで雷狼竜の全てを受け止めなければならない。

 

『GRRRRRR……!』

 

 轟も理解している。身構えて、左右どちらも動ける様にする。

 しかし、そうしている間に雷狼竜は尋常じゃないパワーで力んでいた。

 土台となる氷山の下部には亀裂が入り、今度は素早く崩壊。

 力の差を見せ付ける様な雷狼竜の姿に、轟の取った行動――まずは距離取りだ。

 氷を上手く使い、一気に雷狼竜から距離を取る。

 

『なんだ轟の奴、いきなり逃げか!!』

 

『距離を取ったんだろ。接近戦では分が悪い、妥当な判断だ。━━だが、それだけじゃ足りん』

 

 相澤は理解していた。竜牙は雷狼竜化した方が速いことを。

 巨体であるにも関わらず、人間体以上の驚異的な俊敏性。

 騎馬戦とは違い、轟はそれを一人で捌かなければならず、対応を誤れば騎馬戦の時の様に動けなくなるかも知れない。

 

――だからこそ先手を受けてはならない。

 

 轟は氷で滑りながら移動し、機動力で対応しようと考えていた。

 距離を取っての渾身の一撃でのヒット&アウェイ。それが轟の作戦だ。

――しかし。

 

(……分かるぞ轟)

 

 竜牙も分かっている。素早く動き、己の視界から逃げている轟の動きが。

 音・匂い・肌触り。五感の全てが優れている雷狼竜状態が教えてくれる。

――故に先読みも容易。全ての脚に力を入れ、一気に飛び出した。

 

「なっ!?」

 

 驚愕するのは轟だ。

 距離を取り、速さも緩めていないのに一瞬で距離を縮められ、目の前には前脚を振上げている雷狼竜がいるのだ。

 次に自分が受けるのは衝撃。咄嗟に氷で直撃は防ぐが、それでも衝撃は凄まじい。

 轟は地面に叩き付けられた。

 

「がっ!――ちっ!」

 

 形だけは受け身を取ったが、ダメージは大きい。

 しかし轟はすぐに立ち、急いで動く。

 次の一手は分かっている。確実に“あれ”がくる。

 

『ダイナミックお手だ!!』

 

 誰かが叫んだ。

 轟の背後に迫る雷狼竜の姿。まるで全力で飼い主にお手をしている様に見えたのだろう誰かがそんな事を言うが、攻撃を受けている側からすればとんでもない。

 あんなコンクリをクッキーの様に砕くお手があって堪るか。

 しかも今回のは騎馬戦とは違い、直撃狙い。

 轟は背後から迫る存在感から避けるように走り、そしてすぐに横へ跳んだ。

 

――瞬間、今さっきいた場所に雷狼竜の一撃が放たれる。

 

 地面を抉り、凶悪な陥没を生み出す一撃。

 直撃した場合を想像すると恐怖しかない。

 

「!」

 

――だが振り向いた轟は気付き、動いていた。

 雷狼竜の顎に強烈な蹴りの一撃を。

 

『GAU――!』

 

『い、入れたぁぁぁぁ!!? あの状態の雷狼寺に一撃入れたぜぇ!!』

 

 

 プレゼント・マイクの声に観客は一瞬の間から大歓声。

 あの独壇場であった雷狼竜に一撃入れたのだ。しかも顎に強烈な蹴りを。

 

「良いぞぉぉぉぉ!!! 焦凍ぉぉぉぉぉぉ!!――いずれはお前のモノにもなるその雷狼竜を超えるのだ焦凍ぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 エンデヴァーもテンション最高潮。

 息子の一撃に、周りの歓声を掻き消さんばかりの大声を発している。

――が、当の轟は聞いていない。

 

「――やった」

 

 轟は確かな手応えを感じ取っていた。

 見つけたのは僅か一瞬の隙。雷狼竜の竜牙は確かに強いが、轟はその攻撃の合間合間の隙をみつけたのだ。

 

『あの存在感に惑わされるが……プロの中にも気付いた奴はいるだろう。雷狼竜化した雷狼寺の攻撃――一見すると俊敏性に目をとられるものの、大振り気味のため一瞬だが隙が出来る。臆した奴に決して掴めない一手を、轟は確かに手に取った』

 

「……すごいよ轟くん」

 

 相澤の言葉に緑谷も呟き、周りの者達もその光景に絶句する。

 誰もが臆す雷狼竜へ、轟が一人で挑んで一撃入れたのだ。

 控室で見ている爆豪も驚愕しており、攻撃を受けた雷狼竜の動きは確かに鈍る。

 その瞬間を轟は見逃さない。一転攻勢に出た。

 

「貰うぞ――雷狼寺!!」

 

 轟は一気に雷狼竜の下部全体を凍結。動きを止めた瞬間、一気に頭部へ集中攻撃を行う。

 怒涛の連撃。雷狼竜の防御力は轟も分かっている。

 

――だが頭ならばどうだ?

 

 確かに固いが確実にダメージを受ける部分。

 雷狼竜もそんな轟へ首を動かして噛み付こうとするが、そこは推薦組の轟だ。

 流れは己にあると、回避しながら連撃を止めない。

 

『もしかして――勝てるのか?』

 

 周りが逆転攻勢の轟にまさかの興奮を抱く。

 体育祭から存在感を示す雷狼竜。B組が総力を持っても勝てなかった存在に、轟が初めて追い詰めているのだ。

 

――勝つ!

 

 轟の確かなダメージを与えていると感じていた。

 このまま畳み掛ける。もう隙を与えさせない。

 轟が今度は炎を顔面へ放とうとしたその時――

 

『GUOOOOOOOOOOOON!!!』

 

「があぁっ!」

 

 ここで雷狼竜の反撃。

 今日最大にして、強烈な咆哮に至近距離の轟は思わず耳を塞ぐことに全力を尽くす。

 衝撃で全身に、咆哮は耳にダメージを与える。無防備になろうが、反射的にしてしまう行動。

 

――しかし、その無防備は雷狼竜に与えてはいけない。

 

『GUOOOOOOOOOOOON!!!』

 

 咆哮と共に雷狼竜は己を縛る氷結を粉砕。

 そこから助走を付ける様に回転し、後ろ脚を一気に前へ、そして上空へと跳びあがる。

 その姿を見た者は誰もが驚愕してしまった。

 

「嘘だろ……!」

 

「あの巨体で……!」

 

 峰田は絶句し、尾白も我が目を疑う。

 否、A組全員もそうだ。雷狼竜の動き、それは――

 

『“サマーソルト”だとぉ!!?』

 

 後ろ脚からの一回転。それはまさにサマーソルトの型であり、いくら俊敏とはいえあの巨体でこなす身軽な動きに観客は驚く事しか出来ない。

 だが、一番の問題は轟がそれをモロに受けてしまった事だ。

 

「ガァッ!?」

 

 轟にとっても、この展開は予想の遥か彼方。

 気付けば強烈な衝撃と共に上空へと舞い上がり、そのまま落下するだけ。

 

――意識が朦朧とする。

 

 あまりの衝撃に混乱に陥る轟。

 下では雷狼竜が止めを刺す為に待ち構えており、ミッドナイト達も万が一に備えて待機。

 

(負けんのか……俺……)

 

 轟は身体の脱力感を感じる。

 興奮やアドレナリンで何とか戦えていたが、今の一撃は凄まじかった。

 だが後悔はない。左右の力を全力で使い、エンデヴァーの姿は今も忘れているからだ。

 轟は静かに終わりの時を待つ。

 

『良いのよ……お前は。血に囚われることはない』

 

――なりたい自分になって良いんだよ……。

 

「!――うおぉぉぉぉ!!」

 

 轟を呼び覚ましたのは母の言葉。

 不思議と力が湧き出る。負けたくないと心が燃える。

 轟は宙で体勢を整えると、右を雷狼竜へ放つ。

 

『GUOOOON!!?』

 

 全ては無理だったが、身体だけは覆う事が出来た。

 これで雷狼竜の動きを再び抑える事ができ、轟は氷で一気に距離を取りながら着地。そして最後の一手を出した。

 

「勝つぞ……お前に勝ちたい――雷狼寺!」

 

 解き放つ左。それは巨大な炎の壁となり、雷狼竜が氷を砕いた時には轟の準備は完了していた。

 コンクリすらも溶かす業火の壁。それが段々と雷狼竜へと迫り、近付いただけで判断できる熱気に雷狼竜も後退りするしかない。

――だがそれ以上の後退は“場外”を意味していた。

 

『考えたな轟……どれだけの個性があろうが、あくまでも肉体は生身。雷狼竜化することで巨体になった雷狼寺を、場外へ押し出すのは有効だ』

 

 相澤の解説通り、轟の狙いはそれだ。

 巨体故に動きの制限されるフィールドを、更に制限されれば雷狼竜は本来の動きが出来ない。

 灼熱の壁で更に狭くなるならば尚の事。巨体故に突破しようものならば強烈な業火の餌食。

 なによりも、轟も絶対に突破されない様、上昇する己の体温を無視した全力全開。――決死の最終攻撃だ。

 

「こいつは決まったぜ……!」

 

「ハァッ! まだ分かんないでしょ!」

 

 客席で呟いた峰田に耳郎が猛反論。

 まだ勝負は終わっていないのに既に竜牙の負けを決めつけた事に耳郎は納得できないと、怒りを見せた。

 

「だって見ろよ雷狼寺の様子をよ!? あんな無駄な抵抗みたいに()()()()だけだぜ!?」

 

「だけど……!」

 

 納得は出来ない。だが確かに峰田に言う通りでもある。

 無慈悲に迫り続ける炎の壁に雷狼竜は吠えているだけで、特に攻撃らしい事はしていない。

 万策尽きた。そう思えても仕方ない。

 

「能力なら雷狼寺君が確かに上だった……しかし今回は場外アリの試合。――今回は轟君の粘りに軍配だ」

 

「本当にこれで終わりなのか雷狼寺……!」

 

 飯田の言葉に障子も歯がゆい想いがある。しかし、それで状況が変わる訳ではない。

 

「轟さんの執念ですわ……」

 

「あぁ……誰も雷狼寺を止められなかったんだ。なのに轟はたった一人で雷狼寺を止めた」

 

 八百万と切島。そして他の者達も轟の執念の勝利を疑わない。

 

――たった一人を除いて。

 

 ずっと色んなヒーローを見てきたゆえの観察眼と思考を持つ――緑谷だけが疑問を抱いていた。

 

「本当にそうなのかな……?」

 

「デクくん?」

 

「いやいや本当かどうかも、見れば分かんだろ……あの雷狼寺が吠えるだけの抵抗しか出来ないんだぜ?」

 

「うんうん!……何か策があるなら雷狼寺だって既にやってるって!」

 

 緑谷の呟きに麗日・瀬呂・芦戸が反応するが、当の緑谷はその吠えると言う行為に疑問を抱いたのだ。

 

「でも……僕はそうは思わないんだ。――今までの雷狼寺くんを見てるから思う。――あの雷狼寺くんがただ“無駄な抵抗”をするなんて思えない」

 

 USJの時の最善な行動を実行する思考と能力。騎馬戦で見せた騎馬に直接当てない様にする冷静な行動。

 そんな事ができる竜牙が無駄な事をする。それが緑谷はどうにも納得できず、ずっとある“可能性”を考えていた。

 

「もしかしてだけど……あれって“ルーティーン”なのかも」

 

「ルーティーン?――ってあのスポーツ選手が集中する為の決まった行動みたいなやつだっけ?」

 

「うん。――気付いたんだけど、雷狼寺くんは炎に吠えてるって言うよりも……その場で吠えてるだけの気がするんだ」

 

 麗日の言葉に答えながら呟く緑谷の言葉に、全員の視線はすぐに雷狼竜の下へ移動。

 言われて気付く状況。確かに緑谷の言う通りに見えなくもなく、雷狼竜はその場で吠えている気がする。

 しかし、そうなると新たな疑問が生まれる。

 

「雷狼寺ちゃん……何のために吠えているのかしら?」

 

 蛙吹の呟きに全員が頷いた。

 こんな土壇場で何の意味があって吠えているのか、皆も疑問を抱くようになった時だ。

 

――上鳴が気付いた。

 

「な、なぁ……なんか雷狼寺が纏ってる電気の威力が上がってないか?」

 

『――えっ?』

 

 上鳴の言葉に一斉に皆が雷狼竜へ視線を集中する。

 すると確かに、纏う電気が増している気がする。体毛も逆立ち始め、甲殻もどこか展開している様にも見える。

 そんな異変に周りも気付き始めた時、それは起こった。

 

『GUOOOOOOOOOOOON!!!』

 

 雷狼竜が一際大きく吠えたと同時、スタジアムに強烈な落雷の様な衝撃が巻き起こる。

 それは炎の壁を吹き飛ばし、轟も思わず膝を突いて耐えた。

 すぐに何が起こったのか確認しようと顔を上げた瞬間、轟は我が目を疑う。

 

「……ちくしょう」

 

 目の前いる存在――目視できる程の雷を纏い、全身の体毛が逆立ち、甲殻も展開して形状が変化した雷狼竜。

 存在感、放つ威圧感が最早理解することもできないレベル。感じる事を身体が諦めるレベル。

 

『超帯電状態』

 

 竜牙の本気の姿と言える状態。

 嘗ての学者達が、竜牙の個性を雷狼竜と名付けた由来の姿とも言える。

 この状態になった雷狼竜は力も上がるが、何よりも――“速さ”が上がる。

 

「なっ――」

 

 強い衝撃を受けた。

――そう轟が理解した時、彼の身体は場外へと落ちていた。そう、雷狼竜の本気の速度での突進を受けたのだ。

 

 しかし、周りが状況に付いて行けず、静かになるスタジアム。

 そんな中、ミッドナイトがいち早く状況を理解する。

 

「ハッ――轟くん場外!――よって勝者は雷狼寺くん! 決勝進出よ!」

 

 ミッドナイトの結果発表。それからワンテンポ遅れて生まれる歓声。

 竜牙も人の姿へと戻り、ロボに連れて行かれる轟を見送ると――。

 

「……限界だ」

 

 竜牙も静かにその場に倒れ込む。

 雷狼竜化からの超帯電状態は肉体への負担が大きく、騎馬戦からの疲労も蓄積していた 。

――そして、倒れた事に気付いたミッドナイトが慌てて駆け寄ると、急いで竜牙はロボにリカバリーガールの下に連れて行かれた事で準決勝は終わりを迎えた。

 

 

▼▼▼

 

 

 竜牙と轟の準決勝。それが終わった頃、富裕地に佇む一軒の豪邸。

 そのリビングのソファに座る四人の家族がいた。

 貫禄のある父親・儚さを纏う母親・そして双子なのだろう、似た容姿の5歳ぐらいで、それぞれ髪を左右にサイドテールしている女の子が二人。

 その家族はついさっきまで竜牙と轟の戦いを見ていたのだ。

 

「すごかったねぇ!」

 

「すごかったよねぇ!」

 

 双子の姉妹は先程の試合に大興奮。

 子供ゆえの無邪気さもあるが、彼女達がはしゃぐ理由はそれだけではない。

 

「あの大きな“お犬さん”になったほうって()()()()()なんだよねぇ!?」

 

「うんお兄ちゃんだって! すごいよねぇ! 幼稚園で自慢しようね!」

 

 まるで自分の事の様に喜ぶ双子の姉妹。ずっと興奮が収まらない程に喜んでいるが、やがて落ち着いた様に母親へ顔を向けた。

 

「ねぇねぇお母さん!……いつになったらお兄ちゃんに会えるの?」

 

「いついつ?」

 

「!……え、えぇ……いつかしらね……」

 

 母親は娘達の言葉に困った様に返答しながら顔を下へ向ける。

 その後も、父親と母親は二人に聞こえない様に何やら会話を続けていた。

 

『……まさか雄英に行っていたとは』

 

『……あの子はヒーローになりたいのね』

 

 等と会話を続けるが、姉妹は何を言っているのかが分からなかった。

 そして、両親の話につまらなそうにし、再びテレビに視線を戻すと竜牙がロボに担架に乗せられている。

 しかし、元気だと分かるように手を振っており、ミッドナイトに手を握られて凄く嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「はやく会いたいねぇ!」

 

「会いたいねぇ!」

 

 姉妹はそんな竜牙の姿を見ながら只々、嬉しそうに微笑み続けるのだった。

 

 

 

END



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第十四話:決勝

PC帰ってきたよー♪
ロックマンダッシュ3なんででないんだよー(´;ω;`)
ゼロを未だに諦めてない私は異端だよー(T_T)


「はいよ。これで大丈夫だよ」

 

「……ありがとうございます」

 

 轟との試合後、竜牙は余りの控室に出張所を出しているリカバリーガール。その彼女からの治療を受け終えていた。

 リカバリーガールの個性。その反動ゆえに仕方ないが、やや怠そうにしながらも竜牙は隣のベッドで眠っている轟へ視線を向けた。

 

(“超帯電状態”まで使ったか)

 

 そう心の中で呟く竜牙の表情は、どこか悔しさを滲ませていた。

 

 ハッキリ言えば雷狼竜化自体が奥の手であり、超帯電状態は更なる奥の手なのだ。

 それを既に披露してしまい、竜牙は轟の執念に敬意を抱くと同時に己の未熟さが情けなかった。

 雷狼竜状態でも勝てたかもしれない。だが、最後の轟の出した炎の火力は凄まじく、例え勝てていたとしても余計なダメージは残っていたと竜牙は確信する。

 

 そして、自己嫌悪と反省をし終えると竜牙は気が抜けた様にベッドへ倒れこむ。

 

「この受難に感謝する……轟」

 

「……俺もだ雷狼寺」

 

 竜牙の呟きに反応したのは目を覚ました轟だった。

 ベッドから身体を起こさず、天井を見つめたままで轟は呟いたのだ。

 

「……起きてたのか?」

 

「ついさっきな。――雷狼寺、お前と緑谷には本当に感謝している。緑谷は俺に大切なことを思い出させてくれた。――お前は全力で俺と向かい合って、親父の事を忘れさせてくれた。ありがとな」

 

「……気にするなとしか言えない。俺はただ、お前に勝つ為に全力だっただけだ」

 

「……それが俺は嬉しかった。初めて競い合いたい相手……ライバルになりたい相手に会えたんだ。――だから言わせてくれ」

 

――この受難に感謝。次は負けねぇ。

 

――あぁ感謝。次も負けない。

 

 両者はそう呟くと、互いに拳をぶつけ合った。

 その行動で両者が認め合っているのだと分かり、そんな二人をリカバリーガールは優しく見守っていた時だ。

 不意に扉が叩かれ、見慣れたメンバー達が顔を出す。

 

「失礼しま~す。……雷狼寺、大丈夫なの?」

 

「どうなんだ?」

 

「雷狼寺くん! 轟くん! 具合はどう?」

 

「二人とも大丈夫かい!!」

 

 耳郎・障子・緑谷を筆頭に入ってくるA組の面々。

 心配と労いの為に来てくれたらしく、心配するの声に混じって明るい声をちらほらと聞こえてくる。

 

「無事か! 二人共本当に凄かったな!」

 

「ホントホント! 見てた私達なんて手に汗握ってたもん!」

 

「……そうか」

 

 切島と葉隠が興奮気味に話し、竜牙は恥じない戦いが出来たことを教えられていると、耳郎が竜牙の傍の椅子に腰かけながら心配するように問いかける。

 

「それでどうなの今の気分は?――試合が終わったと同時に倒れんだから心配したよ?」

 

「……あぁ問題ない。ただ疲れた」

 

「……まぁそんな事だと思ってた。――ミッドナイト先生に手を握られてニヤけてたし」

 

 竜牙の言葉に耳郎は、どこか不貞腐れた様に顔を逸らしながら呟いた。

 それは一見、彼女の機嫌が悪くなった様に見えてしまうが、竜牙がその理由を理解することはできず、同時に譲れない感情の昂ぶりが彼の中にはあった。

 

「――良いモノは良い」

 

 抗うことが出来ない男子高校生の性だ。今も竜牙は握られた“手”の感触を記憶している。

 ミッドナイト――全身タイツである彼女の数少ない生身の部分。ひんやりとした気持ちよさの中、確かに感じ取れる温もり。

 心の臓に響く衝撃。手を握られた瞬間、確かに接近を許す彼女の胸。

 年齢が30?――全身タイツ?

 

――だからなんだというのだ。

 

 良いものは良い。まるでSM女王の様な彼女の中にある確かな優しさと、一目見れば分かるセクシー・妖美さを竜牙は確かに一番近くで感じた。

 故に竜牙は恥じない。寧ろ、誇りにすら思っている。

 嘗て、男性ヒーローばかりが台頭していた時代に突如として現れ旋風を巻き起こしたミッドナイトもまた、竜牙からすればオールマイトとは違うベクトルでNo.1ヒーローだ。

 

 そんな彼女からの施し。それを受けた者は恥ずかしがるよりも誇りに思え。

 そう考えながらベッドに大の字で横になる竜牙だが、眼力は雷狼竜になる程に堂々とした態度。まさに恥じる事などないと体現させたかの様。

 

――だが、見る者によってはただの()()()()による開き直りである。

 

「いよいよ自重しなくなったな」

 

「……ば~か」

 

 マイペースなのは相変わらず。そんな竜牙の姿に障子は溜息を吐き、耳郎は拗ねた様子で呟いた時だ。

 部屋に備え付けのモニターが、試合に動きが起こった事を知らせる。

 

『おぉっと! ここで爆豪が一気に攻勢に出たぁ!! 常闇と黒影は打つ手がねぇ!!』

 

『黒影が小さくなってるな……流石に相性の差はひっくり返せなかったか』

 

 プレゼント・マイクと相澤の解説を聞きながら全員がモニターを見ると、小さくなった黒影を爆破で黙らせ、常闇に馬乗りになって掌で爆破し続ける爆豪の姿。

――やがて、常闇は諦めた様に降参してしまい、これで決勝の相手は爆豪で決まった。

 

「――やっぱり爆豪か」

 

 竜牙はベッドから起き上がり、ゆっくりと立ち上がって軽いストレッチを始めた。

 

「……大丈夫なの?」

 

「まだ時間はある……ギリギリまで休んだらどうだ?」

 

 あの激闘の中、そして治癒の為に体力を使っているのを知っており、耳郎と障子は心配している。

 他のメンバーもそうだ。なんせ、相手はあの爆豪だ。

 真意は分からずとも、他クラスには喧嘩を売って敵を作り、女子だろうが関係なく爆破する。

 ハッキリ言って容赦しないタイプ。例え竜牙が本調子じゃなくとも徹底的に勝利を取りに来るのは想像に容易い。

 

「雷狼寺……俺も耳郎達に賛成だ。俺との戦いでお前の足を引っ張りたくない」

 

 轟も心配の声を漏らす。

 ライバルの足を引っ張りたくない。純粋な彼の想いを背中越しからでも竜牙は理解する。

 

「大丈夫だ。流石に万全ではない……が、ずっと感じていた事はある」

 

――爆豪には()()()()()()()() 

 

『――えっ!?』

 

 竜牙のその言葉にメンバー達は絶句する。

 今、竜牙がなんと言ったか? 負ける気がしない?――誰に?

 

『死ねぇぇっ!!!』 

 

『消えろやモブ共ッ!!!』

 

――あの爆豪に?

 

「本気なの雷狼寺くん!? あのかっちゃんだよ!!? ツンツン爆破ヘッドのかっちゃんなんだよ!?」

 

「下水を煮込んで更に三日寝かして百時間煮込んだ様な性格の爆豪だぜ!?」

 

 酷い言われ様である。緑谷と上鳴の言葉の内容、そして全員がその言葉に頷いている事で更に酷い。

 しかし、竜牙が言っている爆豪はその爆豪で正解だ。

 

「あぁ、その爆豪だ。――ハッキリ言って俺は爆豪が()()だ」

 

『えぇっ!!』

 

 竜牙が口を開く度に皆が絶句する。

 確かに苦手な人間もクラスにいるが、こんな堂々と宣言するのは竜牙くらいだろう。

 少なくとも、衝撃的過ぎて緑谷は泡を吹いていた。

 

「ケロッ――でも気持ちは分かるわ。爆豪ちゃんって被災地とかでも絶対に人助けとかしなさそう」

 

『自分で歩けや!!』

 

「――とか絶対言いそう」

 

 蛙吹も中々に言葉の針を刺してくる。実際、言いそうだから困るレベルであり、クラスメイト達も脳内再生が余裕なのだろう。

 全員が『あぁ~確かに……』と呟きながら不安な表情を浮かべている。

 しかし、こんな時に立ち上がる者がいる。――飯田だ。

 

「しかし駄目だぞ雷狼寺君!! 嫌いだからといってそんな事を言っては! 小学校や中学校の先生達から教わってきたはずだ!!」

 

「いや信用薄い人種じゃん」

 

「っていうかだったら盗聴もそうだよね!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 瀬呂、というよりも葉隠の言葉に飯田とついで八百万が撃沈。

 竜牙が「もう気にしてない……」と慰めて何とか立ち直ってくれたが、それと重なって飯田の携帯が鳴った。

 

「むっ……すまない家からの様だ」

 

 そう言って飯田は控室から出ていき、竜牙も一通りストレッチを終えると爆豪嫌いの真意を口にする。

 

「……爆豪が嫌いなのは別に感情論だけじゃない。純粋に、爆豪は俺のヒーロー像にかけ離れているからだ。雷狼竜の俺でも認めてもらい、助けに、安心させ、笑顔にできるそんなヒーロー。それが俺のヒーロー像」

 

「感動ですわ雷狼寺さん……!」

 

「けどそれ聞くと確かに爆豪とは正反対だな」

 

「自分じゃなく、周りが合わせろの奴だからな……」

 

 竜牙の理想に感動する八百万を峰田達が「ちょれ~」と言い、砂藤と障子が呟いているとテンション高めに芦戸が竜牙に問いかける。

 

「まぁ爆豪の事は分かったから良いけど。雷狼寺さぁ、本当に何か頼みたいこととかない? 丁度いるんだから色々としてあげられるよ!」

 

「ッ!――なら俺のリトル峰田を――」

 

「峰田ちゃんには聞いてないわ」

 

 暴走寸前の峰田だったが、蛙吹が踏み潰して黙らせる。

 倒れながらも『これはこれで良い……』――そう呟きながら興奮するのは流石と言うべきか。

 

「……頼みたい事か」

 

 しかし、そんな中で当の竜牙は困ってしまう。

 力になりたい気持ち。それは嫌と言うほどに伝わってくる。――というよりも、瞳を輝かせながら接近してくる芦戸がいるのだから当然だ。

 しかし考えても考えても、今竜牙が望んでいる事は――

 

「せめてもう一度だけ、ミッドナイト先生が手を掴んでくれれば……!」

 

「あんたは本当に……」

 

 無表情で欲望丸出しの竜牙に耳郎が溜息を吐くと、今度は耳郎が熱い視線に気づく。

 一体なんだと思い、そちらを向くと……。

 

「チャンスチャンス!」

 

「チャンスチャンス!」

 

 芦戸と葉隠の二人が、瞳を輝かせながら自分を見ていた。

 しかも、その言葉の意味を理解できない程に鈍い耳郎ではない。

 

「えっ……えぇ!! いやいや無理だから!」

 

「何言ってんの耳郎! このままじゃミッドナイト先生に取られちゃうよ!」

 

「もうがぁーと掴んでぎゅうーってイケェ!」

 

「出来るかぁぁぁぁ!!」

 

 叫ぶ耳郎の顔はもう真っ赤。がぁーの時点で勇気がいるのに、ぎゅうーってもう無理の領域。

 耳郎は素早く芦戸と葉隠を捕まえると、耳元でささやく。

 

(だからそう言うんじゃないから!)

 

(またまた~無理があるって!)

 

(あるって~!)

 

(ケロ!――あからさま過ぎるわ耳郎ちゃん?)

 

(あ、憧れからの恋ですわ……!)

 

(大人になってるわ耳郎ちゃん……!)

 

(女心と秋の空じゃなく……男心と秋の空だよ若いの)

 

 いつの間にか女子全員が周りを包囲。何故かリカバリーガールも交じっており、全員が耳郎にあぁだこうだとアドバイス祭りだ。

 しかし、耳郎は自分のこの気持ちが何なのか分かっていない。

 確かに竜牙がB組の女子と会話していた時は怒りが沸いて峰田を殴り、ミッドナイトが竜牙の手を掴んだときはモヤモヤし、再度峰田にプラグをぶっ刺したがだから何なのか?

 

「いやいや絶対にないない!――ないって……うん……」

 

 分からない。この心の中でザワザワする気持ちは何なのか。

 否定する自分はいるが、そんな自分を竜牙に捕まえてほしい自分もいる事に耳郎は気づいている。

 しかし、何故だか恥ずかしくて何も言えない。

 

「うんうん違う。ロックじゃない……これはうちじゃない……!」

 

「もう見ててじれったいな!――雷狼寺ちょっと来て!」

 

「?……どうした」

 

 間もなく試合控室に向かおうとしていた竜牙を芦戸が呼んだ。

 一体なんだと竜牙も疑問を抱くが、女子の集団の前まで来るや否や芦戸達が耳郎を無理矢理引っ張り出し、竜牙の前に立たせた。

 

「えっ! えっ!? なに!?」

 

「良いから何も聞かずに雷狼寺の顔をジッと見なって。雷狼寺もジッと見てて」

 

「……別に良いが」

 

 主語が抜けている会話の以上、ハッキリ言って何が目的なのか竜牙は分からなかった。

 それも仕方なし。今の重要人物は耳郎だからだ。

 

――別に顔ならいつも見てるから問題ないから……!

 

 耳郎は芦戸達の狙いを把握。自分に竜牙の顔を見せて反応を見せるつもりなのだろう。

 そんな手に乗るかと。耳郎は覚悟を決め、竜牙の顔を本気で見つめた。

――瞬間。

 

――えっ……。

 

 耳郎に静かなる“衝撃”が走る。

 

(ら、雷狼寺って……こんなに格好良かったっけ……?)

 

 個性の影響故に日本人離れの“瞳”や“表情”

 風が吹くと爽やかに靡く“白髪”

 

 最近は障子も合わせてよく帰りに遊びに行く仲であり、姿もよく見ている。

 なのに、今はジッと見つめると何故か格好良く見え、自分の事を見てくれている。

――その事実に安心すら抱いてしまう。

 

――恋する少女なのだ。だから全てが自分に良く見えてしまう。

 

『……それじゃ、今逃げているあの連中が“私が来た”って言っても――人々は“安心”するのか?』

 

 ここで更に後押しが。

 耳郎が竜牙に憧れた切っ掛けの入試の時の言葉・後姿が彼女の脳内に過る。

 それを思い出してしまい、更に顔が熱くなる耳郎。

 

――やばいやばい。顔が熱くなりすぎて本当にやばい!

 

 人生初の事に耳郎混乱。

 自分には縁がないと恋バナとかあまり興味がなかった彼女だが、ここにきてようやく自覚を始める。

 

「はぁ……ふぅ……!」

 

 しかし、ここで判断するのにはまだ早い。最後に……本当に最後にしなければならない事が“一つ”だけあるのだ。深呼吸をした耳郎は意を決して――

 

――竜牙の手を()()()

 

「……耳郎?」

 

「……あぁごめん。ちょっと確認したくてさ……その、雷狼寺……」

 

 下を向いたまま呟くような小さな声の耳郎。

 竜牙も何かを察したのか、ただジッと彼女からの言葉を待っていると、やがて顔を上げながら耳郎は口を開いた。

 

「ミッドナイト先生じゃなく……()()じゃ駄目……?」

 

「!」

 

 手を握るのが、傍にいるのが自分じゃ駄目か。

 自分を見上げ、頬を染める耳郎の表情に竜牙の中にも()()が起こり、応えるかのように空いている手を、自分のもう一つの手を掴んでいる耳郎の手へと重ねた。

 

『……』

 

 二人共そのまま黙ってしまう。

 女子達もさっきの勢いは消え、顔を真っ赤にして固まってしまい、男子も目の前で起こった光景に固まる。

 

「……?」

 

「ニクイィ! ニクイゼェェェ……シンユウゥ……!!」

 

 何が起こったのか分かっておらず首を傾げる轟。

 血涙を流してモノノ怪化した峰田。

 そして一仕事終えた仕事人の様に、謎の貫録を示すリカバリーガールが例外だ。

 

――しかし不思議な甘い空間に飲まれていない例外はいない。

 

 そんな実際は短いが、長く感じる時間を竜牙達が体験した時だった。

 

『あぁーあぁー!――アァァァァァァ!! マイクのテスト中!――雷狼寺 竜牙は至急スタジアムに来るように!!――もう始まんぞぉ!!!』

 

「!――しまった……」

 

 竜牙を我に返したのはプレゼント・マイクからの放送だ。

 モニターを見れば既に爆豪はスタンバイしており、完全な遅刻であった。

 

「急げ雷狼寺! 決勝出ないなんて格好はつかないぞ!」

 

「……ああ、その通りだ」

 

 障子の言葉に竜牙は急いでその場を後にしようとし、すぐに足を止めて耳郎の下へ早歩きで向かい目の前で止まる。

 

「……勝ってくる」

 

「……えっ?――あ、あぁうん……がんばれ」

 

 耳郎のそう返すと、竜牙は頷いて急いでその場を後にする。

 そして竜牙が出ていった後、まるで嵐が過ぎ去った後の様に静かになる空間。

 その中で耳郎は腰が抜けた様に突然と座り込んでしまう。

 

『!』

 

 女子メンバーが一斉に駆け寄って心配するが、当の耳郎は芦戸達を見上げ……。

 

「ねぇ……うち……どこまでやっちゃった?」

 

 困惑気味に呟く耳郎へ、芦戸達ですら苦笑するしかなかった。誰も分からないからだ。

 

「みんなここで見るのか?」

 

 いつまでも残ったままのクラスメイトに轟のマイペースな声だけが響き渡るのであった。

 

 

▼▼▼

 

 

『やっぱりさっきの戦いはやばかったか!!――ヒーローは遅れてやってくる!――ちょいと遅めの登場だ!――さっきの戦いで燃え尽きたんじゃねだろうな!? 本当の決勝は今からだぜ!』

 

 竜牙が入場すると、既に会場は盛り上がっており、彼の登場に更に盛り上がる。

 最初から最後まで話題を引っ張ってきた竜牙。まるで彼が主役の様な盛り上がり、それに不満を持つのが――爆豪だ。

 

「――とっとと出せやクソ()()()をよ!」

 

「……雷狼竜だ。――なんでもっと普通にできない? 二週間前だってそうだ。俺達は皆、ライバルであって“敵”じゃない。なのになんで周りを巻き込み、勝手な真似をする?――いつか取り返しのつかない事になるぞ?」

 

「うっせぇ!! んな事関係ねぇんだよ!!……俺はあの状態のテメェに勝つ事しか考えてねぇ! テメェを潰して俺が獲るんだよ!!」

 

――トップは俺だ!!

 

 爆豪から放たれる執念。それは貪欲のレベルであり、誰の横槍も許さない。

 歯を剥き出しにし、敵意の全てを竜牙へとぶつける。

 己だけしか世界におず、他者は全て知った事ではない。――それが爆豪。

 

 しかし、だからこそ竜牙は負ける気が微塵もしなかった。

 

「……お前は()()()()()()()んだな。自分の思い通りにだけ生き、周りもその力故に止めなかった。――それがお前の受難であるが……感謝はまだ出来ない」

 

 爆豪はずっと周りからその強個性でチヤホヤされてきた。

 その結果、気に入らなければその個性で黙らせ、自分の望むがままに生きてきた。

 中学生時代も彼の周りの友人が煙草に手を出す中、彼は手を出さない等の一線は守ってきたが、寄ってくる人種はそういうのしかおらず、誰も彼の事を考える人間はいなかった。

 

 しかし竜牙は逆だった。両親からは見捨てられたが、我が子の様に育ててくれた家政婦の人達が竜牙に教え続け来た事がある。

 強個性故に、訓練・制御はしてもそれを無暗に振るわない。他者にぶつけてはならないと。

 家政婦の人達は竜牙が良い子だと分かっていた。しかし、もし道を踏み外してしまえば両親だけではなく、周りからも見捨てられてしまう。

 それだけはさせまいと、家政婦の人達の“愛”があったからこそ今の竜牙がいる。

 

――これが周りに恵まれた者・恵まれなかった者の差。

 

「意味分かんねぇ事ばっかり言ってんじゃねぇ!! とっとと竜になれやぁ!!!」

 

 しかし爆豪に竜牙の言葉は響かない。

 先ほどのVS轟との戦いで観客が満足している事に不満なのだ。

 爆豪も竜牙・轟両者を認めていない訳ではない。寧ろ、自分よりも上だとすら思っていた。

 だがだからこそ、周囲に認めさせるには雷狼竜の竜牙を叩き伏せるしかない。

 

 いつまでも雷狼竜化しない竜牙に爆豪の怒りがピークに近付いた。

――その時だ。

 

「……竜にはならない。――それでも同等の力……!」

 

「!」

 

 爆豪の目に映るのは雷狼竜の鱗・甲殻・体毛に包まれる竜牙。

 けれどもそれは“人の姿”のまま。人の姿を捨てずに雷狼竜の力を扱える形態。

 

『雷狼竜――フル装備』

 

『ハァァァァ!? あいつまだ奥の手みたいなのあんのか!?』

 

『己の個性を鍛え続けた結果か。……恐らく一年に限れば最も個性の幅を伸ばしているのは雷狼寺だな』

 

 プレゼント・マイクは驚愕し、相澤は純粋に評価。

 周りのヒーロー達も「まだ魅せてくれるか!」と興奮し、客席に間に合った緑谷達も驚きを隠せない。

 特に緑谷は別の気持ちも抱いていた。

 

(……本当に凄いな雷狼寺くんは)

 

 包帯でグルグル巻きにされた腕を見ながら緑谷は思う。

 対等の相手だと思われた。それだけで少し自分は満足していたことが情けない。

 

(来年は……あそこに立っているのがかっちゃんじゃなく僕になる為に……雷狼寺くんと本当に対等になる為に“この力”を……!)

 

 竜牙の姿。それは見せるだけでも他者へ影響を与えている。

 頭部の角は強靭な兜の様に、全身も鎧の様に凄まじい。――まるで“武者”の様な堂々とした威圧感・存在感に爆豪は満足そうに凶悪な笑みを浮かべた。

 

「それで良いぜ白髪野郎……!」

 

『……』

 

 両手を構える爆豪。黙に徹する竜牙。

 その両者の間にミッドナイトがウズウズした様子で現れ、静かに片手をあげる。

 そして――

 

「それでは試合開始よ!!」

 

 始まる試合。爆豪は全身に力を込める。

 

「行くぜオ――」

 

『GUOOOOOOOOOOOON!!!』

 

 咆哮と共に強烈な衝撃が爆豪を襲い、彼の身体が宙に浮きながら、そのまま背後に風圧を受けながら爆豪は押される。

 竜牙がラリアットの様に右腕で爆豪の身体に一撃。そのままただ突き進む。

 既に電力はない。ならば雷狼竜の筋力にものを言わせる純粋な力による攻撃だ。

 

「ふざっ――!」

 

 爆豪も竜牙の思惑を察知。

 自分の真横にある竜牙の顔面に爆破を喰らわすが、竜牙は怯まない。顔も動かさず、ただ真っ直ぐに見据える。

 爆豪の身体を離さない。絶対に離さない執念の一撃。

 

――ふざけんな!! こんな……こんな終わりがあってたまるか!!

 

 爆豪は叫ぶ。心の中でただ叫ぶ。

 観客は目を奪われる。まさかと、まさかこのまま――と期待する。

 耳郎達も手に汗を握り、まるで自分の事の様に力が入ってしまう。

 轟も医務室で無表情ながら応援し、オールマイトもミッドナイトも、エンデヴァーすらも驚愕しながら目を離せない。

 

(――負けるつもりはない。今なら言える……自信を持って言おう。俺が――)

 

――一番強い!

 

 爆豪の身体がラインの外に出る。

 同時に静寂が支配。竜牙も爆豪も、その状態から動けない。

 その中で最初に言葉を発したのは――相澤だ。

 

『……決着だ』

 

「ッ!――爆豪くん場外!! よって優勝は雷狼寺くんよ!!」

 

 我に返ったミッドナイトの声に周りの時も動き出す。

 そして――爆発した様に歓声が上がる。

 

 同時に竜牙は確かに聞いた。彼女の耳郎の声を。

 

「よっしゃぁぁ!!」

 

 客席で叫ぶ耳郎や障子達の声を確かに聞きながら、竜牙は未だに放心状態の爆豪に背を向けてその場を後にする。

 

「さぁ!! まだ終わってないわよ!! この後は表彰式よ!!」

 

 ミッドナイトの声に歓声は更に上がる。

 これで雄英体育祭は終わりを迎えるのだった。

 

 

END



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第十五話:閉会! 新たな力・雷光虫!

「それではこれより表彰式に移ります!」

 

 花火が打ちあがり、観客の歓声の中でミッドナイトは表彰式へと進め、参加生徒達も全員が表彰台に集合。

 1~3の数字が刻まれている表彰台。そこに3位には轟と常闇が、1位には竜牙が佇んでいた。

 しかし生徒達、そして教師や観客達はドン引きしている。

 晴れの舞台の終演にも関わらず、全員の表情は引きつり、その元凶である2位――爆豪へ目を奪われていた。

 

「$%”!%$!$%#$%!!!」

 

 コンクリートの柱に身体を、両腕・口を拘束具で抑えられながら暴れ続ける爆豪。

 拘束されながら噛みつかんばかりに竜牙へ迫ろうとしているが、当の竜牙が目を閉じながら佇む――つまりは流している事が更に油を注ぐ事で更に活発化。

 そんな締まらない2位に皆が呆れる中、表彰式は始まる。

 

「メダル授与!――贈呈する人は勿論この人よ!」

 

――私が!!

 

「メダルを持って来――」

 

「我らがヒーロー!!――オールマイト!!」

 

 屋根から格好良く登場したオールマイトだったが、悲しきはミッドナイトとセリフが被ってしまった事だ。

 互いに気まずい感じなり、謝りながらもメダル授与は始まった。

 

 まずは第三位の轟と常闇だ。

 

「轟少年!――おめでとう。――トーナメント戦、特に準決勝では素晴らしい戦いだったね!――今までは授業でも左側は使っていなかったが、今回から使用したのにはワケがあるのかな?」

 

「……緑谷戦で切っ掛けを貰いました。あいつは敵である俺を救おうとしてくれた……だから、あなたが緑谷を気に掛ける理由が分かった気がします。……そして雷狼寺戦では全てを忘れてぶつかり合えることが出来たんです。本気で勝ちたい……本気で挑みたい……そんな相手に出会えて、俺は本当の自分で戦えました」

 

――ですが。

 

「それは雷狼寺だから……他の奴だったら俺は左を使えなかったと思います。これからも恐らく……だからまずは清算……向き合いたいと思います。俺も貴方の様なヒーローになる為に」

 

「――顔が以前とまるで違うな。深くは聞くまい。――だが君なら向き合えるさ!」

 

 オールマイトはその大きな身体で轟を抱きしめると、後押しする様に背中を優しく叩き、轟も「ありがとうございます」とだけ返すが、その表情には決意が表れている。

 

――そして次は常闇だ。

 

「常闇少年おめでとう! 君も十分強かったぞ!――だが相性を覆すには個性だけに頼っては駄目だ。――地力を鍛えればまだまだ選択肢を見付けられる筈だ!」

 

「御意!」

 

 爆豪戦が余程に堪えたのだろう。何もさせてもらえない程の相性差、それを覆すには黒影ではなく常闇自身の能力の問題。

 オールマイトのアドバイスに常闇は真剣な表情で頷く。

 

――そして次が問題だ。

 

「!#$&%’!$%!!」

 

「爆豪少年!……っと流石にこれはあんまりだな!」

 

 銀メダルを授与しようとオールマイトは爆豪の口に付けられた拘束を解くが、それと同時に爆豪から放たれるのは自我を失った様な叫びであった。

 

「オォォォルマイトォォォォ!!! 2位に価値なんてねぇぇぇぇ!!! 1位以外には何の価値もねぇんだよ!! しかもあんな決勝ぉぉぉぉ周りが認めても俺はぁぁぁぁ!!!」 

 

「お、おう……!」

 

 異形系の如き形相。しかも周りに3位や表彰されなかった者もいる中で凄い発言だ。

 流石のオールマイトも引いてしまうが、そこは教師でありNo.1だ。

 いつもの笑顔で対応を試みる。

 

「うむ! 今の世の中で不変の絶対評価を持てる者は少ない!――受け取っとけ“傷”として!」 

 

「いらねぇ!!! この白髪と俺の何がちげぇんだぁぁぁぁ!!!」

 

 あくまでも受け取ろうとしない爆豪だが、そこはオールマイトだ。「まぁまぁ」と言いながら無理矢理押し通し、最終的に彼の口にはめて完了。

 

 そして次はとうとう1位の竜牙の番。

 

「……雷狼寺少年!」

 

「……はい」

 

 金メダルを持ち、向かい合うNo.1と1位。

 不思議と周りが静かに感じるのは感慨深いからだろう。

 頷く竜牙に、オールマイトも満面の笑みを浮かべる。

 

「まずは伏線回収おめでとう!――全くこの欲しがり屋さんめ! あんな事を言われちゃ私も思わず燃え上がって参加しそうになっちゃったよ!」

 

「……ありがとうございます」

 

 雄英体育祭。その始まりを切り、皆を刺激した宣誓。

 

――“俺が”ここで一番強い。

 

 その発言を現実のものにし、竜牙はここにいる。

 オールマイトもそれを聞いた時、思わず笑みを浮かべてしまった程だ。

 自分だけで燃えるのではなく、周りも燃えさせた事にオールマイトは嬉しく思い、同時に自分の心が刺激されてしまった事が楽しくて仕方なかったのだ。

 

「思えば最初から最後まで君は突き進んでいたね!……特に騎馬戦。轟少年の様に何か切っ掛けがあったのかい?」

 

「……オールマイト。俺は……最初はこの体育祭で雷狼竜になるつもりはありませんでした。――俺は怖かった。あの姿の俺が皆に受け入れてもらえるのか……怖がらせるんじゃないかと……けど俺は雷狼竜になりました」

 

――緑谷達のおかげです。

 

「……俺はあの包囲網の時に諦めてしまった。けれど緑谷達は諦めておらず、同時に分かっていました。俺が雷狼竜化すれば勝てるのを……だから俺は雷狼竜を解禁しました。俺のせいで緑谷達が負けるのが許せなかった。俺を信じてくれた緑谷達のおかげで俺は向き合えたんです。――クラスメイト達もこんな俺を受け入れてくれた」

 

「……君にも事情は色々とあったのだろう。しかしそれでも私は思う。君の取った選択は素晴らしいものだと。他人の為に……守る為に個性を使った君に私は断言する!」

 

――君もヒーローになれる!!

 

「ッ!――ありがとうございます……!」

 

 抱きしめられながら言われたオールマイトの言葉に竜牙は目元が熱くなるのを感じた。

 ずっと不安で、実の両親からも拒絶された個性。

 その個性の自分にオールマイトは言ってくれた。ヒーローになれると。これ以上に嬉しいことはない。

 

「オールマイト……!――俺はいつか必ず貴方を超えるヒーローになってみせます。貴方に頼るだけじゃなく、対等に並んで……支えて……貴方が安心できるヒーローに……!」

 

――俺()いる。俺()来た!

 

「……そう言えるヒーローにきっとなってみせます……!」

 

「そうか……ありがとう……本当にありがとう!――未来の世界も安泰だな!……HAHAHAHAHA!」

 

 竜牙の言葉にオールマイトは高らかに笑う。  

 その心の中は本当に嬉しく思いながら。本当は目元に涙が出そうになる程、安心できるぐらいに。

 

「……オールマイト。俺は本当にこの雄英に来て良かったと思っています。仲間が……友が出来た。受け入れてもらえた。だからこそ言わせてください」

 

――“Plus Ultra”……今日までの“受難”に感謝……!

 

「素晴らしいな雷狼寺少年!」

 

 オールマイトは拍手し、周りの先生・観客と耳郎達も拍手を送る。

 そしてオールマイトはそれを見届けると、大きく振り向きながら叫ぶ。

 

「さぁ皆さん! 今回は彼らだった! しかし! この場の誰にもここに立つ可能性はあった! 競い合い……高め合い……次代のヒーロー達は確実に芽を伸ばしている!!」

 

 オールマイトは腕を高らかに上げ「皆さんご唱和下さい」と叫び、会場中の心が一つとなった。

 

――せーの!!!

 

『プルス・ウル――』

 

「お疲れ様でしたぁ!!!!」

 

『ええぇぇぇぇッ!!!?』

 

 まさかの言葉。ここは校訓だろうとオールマイトに会場中から大ブーイング。

 

「い、いやぁ疲れたかなぁって……HAHAHAHAHA!」

 

 締まらない終わり。しかしそれがどこかオールマイトらしく、ブーイングの中でもそれは大きな笑い声に変わる。

 No.1の彼らしい笑顔での終わり。

 

――英体育祭・閉幕である。 

 

 

▼▼▼

 

 その後、クラスに戻った竜牙達は相澤から二日の休みを聞かされて帰宅。

 そして家に戻った竜牙はと言うと……。

 

「竜牙さん優勝おめでとう~!!」

 

『おめでとう!!』

 

 猫の個性の家政婦――猫折さん率いる家政婦さん達と、そのご家族にお祝いされていた。

 格好良かった。あそこはもっと行けた等、寿司・フライドチキン等のご馳走を食べながらもみくちゃにされていた。

 やがてそれも収まり、自分だけの時間を取ると竜牙は一人、携帯電話ではなく備え付けの電話の前で静かに佇んでいた。

 目的は電話。家族へだ。雷狼竜の件で一皮むけたと竜牙は思っていたが、現実は甘くはなかった。

 そんな竜牙に気づき、家政婦リーダーの猫折さんは声をかけた。

 

「竜牙さん……旦那様達に何か一言だけでもご連絡してはどうでしょうか?」

 

「……俺もそう思ったけど……やっぱり駄目だった。――何も()()()()

 

 変化が《こちら》にもあると思ったが、現実はそうではない。

 もう十年ぐらい会ってもいないのだ。両親の顔すら怪しいレベルであり、そんな遠縁となった家族に何かを想うと言うことがまず無理だ。

 結局、何かを言いたげな猫折さんを残し、竜牙は自室へと戻る。

 

 そしてベッドへ仰向けで倒れると、今日の事を静かに思い出してゆく。

 波乱の障害物競走・騎馬戦・レクレーション・トーナメント。

 雷狼竜の事も踏まえ、思い出すにつれ今になってどっと疲れが出てしまい、冷たいベッドが心地良く感じながら重くなる目蓋を抗うことはなかった。

 

(……そう言えば)

 

 眠る直前、不意に竜牙は思い出した。彼女――耳郎の事を。

 

『ミッドナイト先生じゃなく……うちじゃ駄目……?』

 

 あれはどういう意味で言ったのだろう。竜牙の心にそれが引っ掛かる。

 

(……可愛かった)

 

 男勝り……とまでは言わないが、耳郎にも女子らしいところはあり、あの時の彼女は可愛かった。

 そんな彼女の言葉・あの場の空気から察するに自分に――“好意”があったのではと、竜牙は可能性を考える。

 

――だが竜牙は、それを好意は好意でも()()()()なのではとも悩んでしまった。

 

『ッ!――あんたに“憧れて”んだから思う訳ないじゃん!!!』

 

 原因はこの言葉だ。耳郎の好意は純粋な“憧れ”からの可能性がある。

 もし、それが正しくて異性としての行為と勘違いならば――

 

『えっ――ごめん……うちヒーローとしては良いけど、異性としてはちょっと……』

 

 等と言われでもすれば一番恥ずかしい勘違いであり、次の日から確実に“勘違いに吠える”の二つ名がついてしまい、もう峰田とエロ本交換する事しか楽しみがなくなってしまう。

 

(……俺も男子だな)

 

 眠りに入る意識の中、竜牙は自分がそこは歳相応の男子なのだと自己分析。

 そんな事はとっくに皆が知っているのだが結局、何の答えも出ないまま眠りについてしまった。

 

 

▼▼▼

 

――体育祭から三日目。

 登校日である今日、二日の休みを休息に費やした竜牙はいつも通りに時間帯に家を出た。

 朝は涼しい風が吹き、鳥が鳴いているいつもと変わらぬ朝なのだが……“変化”は突然として起こる。

 

(ん……?)

 

 竜牙は変わらぬ日常に起こった“変化”に気づく。

 

『あれってもしかして……?』

 

『そうよ! 体育祭に出てた!』

 

 道行く人々からの視線や声。それが自分に向けられているのだ。

 まるで有名人にでも出会った様な反応。

 思い出せば雄英体育祭はオリンピックの代わり。結果を残した生徒に反応をするのは仕方なく、更に言えば竜牙は優勝している。

 だからこそ……。 

 

「あ、あの……がんばってください!」

 

「……ありがとう」

 

 こんな風に登校中の小学生達にすら応援されるのだ。

 勿論、応援されることは竜牙も嬉しい。――嬉しいのだが、ここで一つの不安が過る。

 

――電車、無事に乗れるのか?

 

 普通の道でこの反応。満員気味の電車の中ならばどうなるのか。

 

(……問題ない)

 

 嫌な予感が過った竜牙だったが、そこは自意識過剰になっていると思って無理矢理納得させる。

 皆、毎日が忙しい世の中だ。たった一人に意識など向ける筈がない、そう思いながら竜牙は駅へと急ぎ、逃げるように早歩きで移動するのだった。

 

――だが、竜牙はまだ世間の恐ろしさを分かっていなかった。

 

 

▼▼▼

 

 

「……つ……着いた……」

 

 学校に辿り着き、校門の前で肩で息をする竜牙。

 彼の姿はまるで満身創痍の様に疲労しており、長い旅からの帰還の様な疲れた声量で思わず呟いていた。

 

(……甘く見ていた)

 

 大丈夫だろうと高を括っていた竜牙だったが、現実は凄まじかった。

 

『テレビ見たよ!! 優勝おめでとう!』

 

『凄い個性だったね!』

 

『憧れたっス! 握手してください!』

 

『うちの孫が君のファンになっちゃってね……次の駅までお話してくれませんか?』

 

――等の事が満員気味の電車でまきおこり、ハッキリ言えばもみくちゃにされたのだ。

 老若男女。色んな人からの応援や握手。あしらい方など知らない竜牙は出来る限りの対応で対処したのだが、その結果が“クエスト失敗した狩人”の様なありさまだ。

 

――だが大変ではあったが、その分の嬉しさもあった。

 

『格好いい“個性”だったね!』

 

 周りから言われた言葉。それらに沢山の個性に関する声も多く、その全てが受け入れてくれた言葉だった。

 

(……受け入れられている……俺も雷狼竜も)

 

 心の弱さと言えばそれで終わる。

 両親の――過去の事で個性に対し長年抱いていた不安のせいで、世の中からどう見られるかが気になっていた。 

 だが、そんな不安を緑谷達がぶっ壊してくれた。――受け入れられた事実を体験する事が出来た。

 

――君もヒーローになれる!!

 

「……俺のヒーローアカデミアか」

 

 表彰式でオールマイトに言われた言葉。今日、色々な人と触れ合え、受け入れられた事実。

 いつも通っている校門。それがいつもと違うように見える。

 輝いて、そしてどこか清々しいく感じる。

 だから、ようやく竜牙は気づけた。

 

――そうか、俺はスタートラインに立てたんだ。

 

 全てをさらけ出し、本当の自分でヒーローになる。

 それが可能となった今、竜牙は嬉しそうに笑みを浮かべながら校舎の中に入ってゆく。

 

▼▼▼

 

 

 校舎に入った竜牙だったが、向かっている場所は教室ではない。

 少し早めに登校しており、どうしても相談したい事があり――パワーローダー先生がいる開発工房へ来ていた。

 

 目的は純粋な己の弱点――“発電量”に関してだ。

 

 体育祭では上鳴のおかげで充電できたが、超帯電状態を使ったことで決勝ではスッカラカン。

 ハッキリ言えば雷狼竜とは名ばかりとも思える発電量の少なさ。

 肉体は電気に対応できているが、肝心の発電量は少なく日頃から“充電”しなければまともに放電も出来ないのが現実だ。

 力押しでも何とかしているが、やはり強力な武器である電気は常に使える武器にしたい。

 

(……コスチュームにも発電機はある。……だが)

 

 竜牙がこの場に来たもう一つの理由。それはコスチュームの発電機が()()()()()()からだ。

 性能は良くも悪くもないからまだ良い。しかし、サポート会社側が無駄な機能を付けている分重く、性能も活かせない。

 コスチュームの性能は竜牙自ら素材を提供しているので高いが、補助の粗がやはり目立つ。

 

(……要望は書いたんだが)

 

 サポート会社に直して欲しい箇所を伝えているが、発電機だけはやはり大きな動きをする為、耐久性を重んじるとこれ以上の改良は難しいという答えが返ってきた。

 しかし、場合によっては生死に関わる箇所だ。

 悩んだ竜牙は閉会式の後、相澤に相談し、その結果がパワーローダー先生の工房。

 

(……出来れば早めに解決したい)

 

 発電量の問題さえ何とかすれば更に幅が広がる。

 竜牙は内心で解決できるよう、祈る様に工房の扉に手をかけた時だ。 

 

「おや! あなたはいつぞやの!」

 

 不意に竜牙は背後から声を掛けられた。

 聞こえた限りでは声的に女子であり、竜牙が振り向くとそこにいたのは予想通り女子だった。

 桃色の髪・特徴的な瞳。――そう、体育祭の騎馬戦で葉隠組にいたサポート科の女子。

 

「確かサポート課の……桃髪」

 

「発目 明です! あなたは優勝した……すみません名前を忘れました!」

 

「雷狼寺 竜牙だ。……そしてすまないが俺は急いでいる。“装備”の件でパワーローダー先生に用がある。だから失礼する」

 

 竜牙は発目を流し、工房の扉を開けて中に入ろうとした時だった。

 素早く発目が竜牙の前に回り込ん出来た。

 

「装備!? 興味あります!!」

 

「……そうか、良かったな。俺はパワーローダー先生に――」

 

「興味あります!!」

 

 流す竜牙の言葉を無視し、瞳を輝かせながら顔を接近させる発目。

 竜牙は素早く移動して突破しようとするが、発目も負けじと目の前に立ちふさがる。

 

「……出来るな」

 

「何の装備ですか!? 私のベイビー達の出番――」

 

「朝からうるさいぞ……発目……」

 

 工房からゆっくり現れる一人の男性――パワーローダー。

 特殊なマスクを付け、資格を持っている為、自分でアイテムを作れる実力者。

 勿論、コスチュームも弄ることが可能で彼を信頼する生徒は多い。

 

 そしてパワーローダーは鋭い眼光で発目を一睨みすると、そのまま竜牙の方を向いた。

 

「イレイザーから話は聞いているよ……己の発電量を何とかしたいんだったね?」

 

「……はい。サポート会社からの発電機は今後が不安」

 

「うむ……まぁまずは入りなさい……」

 

「では遠慮なく!!」

 

「お前は遠慮しろ……」

 

 慣れているのか、パワーローダーと発目のやり取りに無駄はない。

 いつもあんなやり取りでもしているのかと、やや困惑気味に竜牙は中へと入った。

 

▼▼▼

 

 工房の中にはディスプレイ・工具・機材等が大量にあり、まさに工房と呼べる場所だった。

 その工房内で竜牙は腰かけながらパワーローダーへ事情を話すと、既にコスチュームを見てくれたらしく、パワーローダーは溜息を吐いた。

 

「……確かに無駄が多いな。サポート会社にも当たりハズレはある。今度イレイザーに相談して会社を変えた方が良いな……」

 

「……分かりました。それで本題……どうですか?」

 

「……何とかこの発電機よりも良い物は作れる。だが体育祭でも見たが君の動きに合わせるとなると、やはり耐久性は無視できないな……」

 

 実物とディスプレイを見比べながらパワーローダーは悩むように呟く。

 下手に耐久性を無視し、発電量を大きくしてもそれは危険な爆弾と変わりなく、そんな物を装備させる訳にはいかない。

 竜牙も現実は甘くはないかと悩んでいると……。

 

「ふむふむ……なる程! 体格はガッチリしていますね!!」

 

「……」

 

 竜牙は何故か発目に身体をあちこち触られていた。

 しかし意外にある彼女の二つの果実。それを当てられるのは役得であり、竜牙は無表情で和んでいると発目は何かを考え付いたのか工房の奥に引っ込んで行く。

 そして少し経った後、何やら色々とアイテムを持って現れる。

 

「フッフッフッ……!――話は分かりました! 今こそ私のベイビー達の出番の様ですね!」

 

「いや今回は引っ込んでろ発目」

 

 何やら自信を持って現れた発目だったが、悲しき事にパワーローダーによって一蹴されてしまう。

 

「いえいえ遠慮せずとも!」

 

「いやそうじゃない……お前の今ある発明品はパワードスーツ系だったろ?……なら必要はない」

 

 パワーローダーの言う通り、見た限りでは確かに纏う様なスーツやらばかり。

 竜牙の求める発電機能のあるアイテムには見えなかった。

 しかし発目も引かず「失敗は成功の母です!」等と引く気配を見せず、パワーローダー先生と言い争いを始めてしまう。

 その様子に竜牙はもう諦めてしまい、暇潰しの為に発目の持って来たサポートグッズを眺め始める事にした。

 

「……しかし凄い」

 

 必要ではないが、客観的に見ればどれもこれも細かく作られている。

 少なくとも自分には作れる気はしない。竜牙は分野が違うとはいえ、実物を見たことで発目の凄さを僅かだが理解した時だった。

――グッズの山。その隅に転がっている場違いな“箱状”のグッズに気づく。

 

(……箱?……虫かご?)

 

 まるでそんなデザインの箱。場違いゆえに目立ち、興味本位で竜牙が思わず拾った瞬間。

 

「それが気になりますか!!」

 

「……あぁ、興味本位だ」

 

 突然に発目の意識がこちらに向けられる。

 興味がある事にしか反応しないのか、明らかに食いつき具合に熱意がある。

 しかしパワーローダーは「また始まった」と呟き、面倒そうにマスクを弄っている事からこれも彼女の日常の風景なのだろう。

 竜牙が見つけた箱を掴むと、発目は掲げる様に上げた。

 

「フッフッフッ!……何を隠そうこれは――」

 

「粗悪な“ゴミ箱”だ」

 

 発目の説明を遮り、パワーローダーが割り込む。その表情はどこか機嫌が悪そうだ。

 

「こいつはな……本来、片付けもまともにしない発目の為にせめて屑かごをと思って作ったんだが……こいつは何を思ったのか」 

 

 パワーローダーはそう言うと、近くにあった小さな鉄くずなどを掴み、箱の中へと放り込むと何やら機械音が発生。

 しかしそれは数秒で止み、パワーローダーが箱をデスクの上に置いて蓋を開けた。

 

 すると……箱の中から虫の様に小さな機械が何体も現れ、羽虫の様に飛び回る。

 だがすぐに落下し、動きを停止してしまう。

 

「……これがゴミ箱?」

 

 竜牙は思わず首を傾げる。

 パワーローダーの言葉通りにならこれはゴミ箱なのだが、ゴミを捨てると別の何かが製造される。

 しかもその製造された小型の機械はすぐに動きを停止してしまい、明らかにリサイクルにもなっていなかった。

 

「分かったか? 発目の奴は何を思ったのかこれを勝手に改造しやがって……捨てたゴミを“素材”にして変な物が生まれる箱にしたんだ。案の定、片付けも相変わらずだ……くけけ」

 

「いえいえ! パワーローダー先生! このベイビーは言わば先生との合作。素材によってはもっと活動も出来る小型ロボットになります! 素材は何でも良いのですから私のベイビー達も新たなベイビーとなる素晴らしいベイビーです!」

 

「んな事よりも片付けはどうした? 俺は片付けもする様に言った筈だぞ発目? なんでいつも話を聞かないんだぁ……!」

 

 マイペースな発目にパワーローダーの声質が重くなる。

 どうやら一見散らかっている様に見える工房だが、その大半は発目が原因の様だ。

 集中すれば周りが見えなくなるタイプ。――それが発目という少女。

 パワーローダーとの会話も流している様にも見え、自分本位ここに極まる。

 

 そんな感じでパワーローダーと発目の言い合いをBGMにする竜牙だったが、そんな彼の興味は目の前にある箱に移っていた。

 

(……素材によって変わる?)

 

 竜牙が気になったのはそこだ。

 先程パワーローダーが入れたのは汚れた鉄屑ばかり。それでもまともに動いた事で竜牙にある考えが浮かび、それを実行に移した。

 右手を雷狼竜に変え、そこから鱗・甲殻・体毛の一部を投入。

 箱から機械音が発生するのを確認すると、箱を置いて状況を見守るだけ。

 

――あまりに小さな可能性。だが竜牙の中の本能がザワついていた。

 

 機械音が止まり、竜牙がゆっくりと蓋を開けた。

 

 そこから現れたのは――見た事のない形状。虫の様な姿だが、問題はここから。

 いつの間にか、パワーローダーと発目も竜牙の行っている事を見ており、好奇心によって目が離せないでいる。

 明らかに鉄屑と雷狼竜の素材の差。それによって何かが変わった。

 次々と出て来る虫型。飛び回るのは変わらないが、その変化はすぐに起こった。

 

――光った……!

 

 竜牙は驚いた。目の前の虫型達が蛍の様に光り始めたのだ。

 同時にパチッという静電気の様な音を捉える。だがそれだけで終わらなかった。

 まるで自分達の居場所が分かっている様に竜牙の、雷狼竜の腕へ集まる虫型達。

 

 そして現れた全てが腕に集まると、共鳴する様に“発電”・“放電”をし始めたのだ。

 

「これは……!」

 

 発目は己の個性『ズーム』を使い、竜牙に集まる虫型の一匹をロックオンした。

 発電と放電を行う謎の虫型の行動は徐々に活発になってゆき、竜牙の右腕も甲殻や体毛が変化する程に電力が高まっていた。

 一匹二匹では効果は薄い。しかし数が増えるごとに効果は増し、この小ささでこれだ。

 重量のない分、発電機よりも効率が良い。

 

「パワーローダー先生、発目……これを俺に下さい」

 

 竜牙は確信する。

 これは自分に適応したサポートグッズだと。

 

「くけけ……まさかこんな使い方が出来るとはな。俺は構わないがぁ……発目はどうなんだ?」

 

 新たな発見に嬉しそうなパワーローダーだが、持ち主は発目。

 選択が委ねられるのは彼女にだ。

 しかし、発目は話を聞いていない様に立ったまま。パワーローダーが「まただ……」と言って発目の頭をポンっと叩こうとした時だった。

 発目がいきなり動き出し、竜牙に接近して彼の雷狼竜の腕を掴む。

 そして――

 

「雷狼寺さんでしたね!――あなたの素材を私に提供してください!!」

 

「これくれるなら良いよ」

 

 満面の笑みを浮かべる発目の願いに竜牙は頷くと、互いに握手を交わす姿は商談を成立させた営業マンだ。

 

 その後、パワーローダーがコスチュームを提携している事務所に提出し、コスチュームに箱型――“雷光虫の巣”と名付けられたグッズを装備させる様にする。

 そして、発目に素材を大量に提供して話は纏まったのだった。

 

――ちなみにこの時、竜牙がパワーローダーと発目と連絡先を交換したのは余談である。

 

 

 

END




オリキャラ:猫折さん(ねおり)
 
個性:猫

大勢の家族や親類で経営している家政婦派遣会社から来ている人。
長年に渡り、雷狼寺家に仕えている家政婦さんであり、竜牙の良き理解者であり事実上の育ての親である。
両親と竜牙の両方の事情を知っている唯一の人物でもあり、竜牙の家族仲をずっと心配している。
だが同時に竜牙を実の子の様にも見ており、雄英入学などを大いに嬉しく思っている。
因みに三児の母でもある。


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職場体験!~ステイン編~
第十六話:ヒーロー名と体験先!


――皆さん!これからもよろしくお願いします!
 さぁ!! 俺にペイントボールを投げるんだぁぁ!! 俺も投げる!!!


 工房から戻り、朝礼前に教室に戻れた竜牙。

 クラスは既に体育祭での余波で一杯であり、竜牙の様に声をかけられたのだの、ジロジロ見られただのの話題で持ち切りだった

 

「超声かけられたよ!!」

 

「よくよく考えれば全国中継だもんな!」

 

 嬉し恥ずかしのクラスメイト達。活躍した者もおれば、瀬呂の様に小学生からドンマイコールされた者もいる。

 勿論、竜牙もその当事者。気持ちはちゃんと分かっているのだが、それよりも気になっている事があった。

 

「……耳郎、ちょっと良いか?」

 

「ん?……どうしたの?」

 

 曲を聞いていた耳郎はプラグを外し、竜牙の方を向いた。

 キョトンとした表情から、竜牙の言いたいことは察していない様子。

 

「いや……実は聞きたいが事がある」

 

「珍しいじゃん。何かあった?」

 

 マイペースゆえに相談なんてしないと思われている竜牙だ。耳郎じゃなくとも内容は想像できない。

 しかし、今回の件は耳郎じゃなければならないのだ。

 

「……決勝前の保健室での事だ」

 

「ふ~ん……って、えっ!?」

 

 竜牙の言葉に耳郎は固まる。教室も静かになる。そして皆が耳を澄まして意識を集中する。

 

(こちら芦戸! まさかの事態に応援願う! どうぞ!)

 

(こちら葉隠! このタイミングは予想外! どうぞ!)

 

 恋の匂いを嗅ぎつけるA組の狩人。その名は芦戸・葉隠。更に興味津々の麗日達も参戦。

 男子達も興味無しの爆豪や轟を除けば全員が耳を傾ける。

 思春期の呪い。トラップカード・年頃の呪縛。誰もこの好奇心には抗えないのだ。

 

「ど、どうしたって……言うか、いきなりなに!?」

 

 当事者となれば尚の事。

 竜牙の言葉に耳郎も不意打ち状態。一気に顔の温度が急上昇。

 表情を真っ赤にしながらあたふたと返すのが精一杯。

 しかし竜牙はマイペース。相手の様子は気づかず、そのまま我を貫いてゆく。

 

「……いやただ、あの時の耳郎はいつもと違った。だから何か意味があったんじゃないかと思って」

 

「へ、へぇ……そ、そうなんだ……!――つうか、うちなんて言ったけ……?」

 

「確か……ミッドナイト先生じゃなく……うちじゃ駄――」

 

「ああぁぁぁぁぁぁっ!!!! なんで一言一句覚えてんの!?」

 

 自分で言っておきながら誤魔化し失敗。もう耳郎の顔はプラグまで真っ赤に染まっている。

 

――あの時はどうにかしていた。ミッドナイト先生に雷狼寺を取られると思ってしまいザワついて嫌だった。 

 

 勿論、力になりたかったのが本音。

 しかし疲れた竜牙がミッドナイトに手を握られれば、等と言うのも悪いのだ。

 

――年上か! 胸が良いのか!?

 

 体形に関しては負けているだろう。

 だがそれがどうした。気づけば身体が勝手に動いていただけの事だ。

 男子だからといって思春期全開の竜牙も悪いと判断し、耳郎は何とか落ち着きを取り戻す。

 

(ふぅ……! 落ち着け落ち着け!……雷狼寺はまだ本題を言ってない! こんなうちはロックじゃないじゃん!)

 

 深呼吸で落ち着いた耳郎は女は度胸と気持ちを入れ直し、ロックなメンタルで挑み直そうとした。

 まだ竜牙は本題を言っていない。勝手に自分が自爆しただけ。

 耳郎は平常心となり、自分は余裕だと言わんばかりの態度で挑んだ。

 

「そ、それで……あの時の事がどうしたの?――うちらしく無いから変だった……とか?」

 

 平常心になりながらも後半は自分で言っていて弱音になってしまった。

 しかし、強気で通すことは出来た。これなら対抗できると、耳郎は竜牙をジト目で睨む。

――のだが。

 

「……違う。そうじゃなく、ただいつもと違って……耳郎が()()()()見えたんだ。だから何か別の意図があったんじゃないかって気になった」

 

 恥ずかしそうに、照れ隠しの様に視線を逸らす竜牙。

――そんな彼の言葉を聞いた瞬間、耳郎は“撃沈”する。

 

「可愛――!?」

 

 耳郎の頭部に衝撃が走る。実際は何もぶつかっていないが、それぐらいの衝撃を確かに感じたのだ。

 更に鼓動も『おっ、燃料投下か?』と言わんばかりに加速。

 そのままボンっと爆発したかのようにフラリと脱力し、そのまま机に突っ伏してしまう。――というか倒れたに近い。

 そんな彼女の様子に竜牙も流石に驚く。

 

「耳郎……!?――どうしたんだ?」

 

 何があったんだと近づこうとする竜牙。

――しかし。

 

「か、勘弁してあげてぇ!」

 

「タイムタイム! ロープだよ雷狼寺くん!」

 

「ケロ!――流石に耳郎ちゃんが耐えられないわね……」

 

「ら、雷狼寺さん! 手を握ったり触れるのはまだ早いですわ! そ、そんな破廉恥な事――!」

 

「あわわぁ~! 見てるほうがムズムズするわぁ~!」

 

 竜牙と耳郎の間に入ったのは芦戸率いる女子メンバーだ。

 野次馬上等の彼女達だったが、流石に一直線に本陣を狙い続ける竜牙の言葉攻めに白旗。

 可哀想なレベルになった耳郎への援軍として馳せ参じたのだ。

 

 更に援軍は男子からも。

 

「雷狼寺……今は待ってやれ」

 

 障子が竜牙の肩に優しく手を置き。

 

「がっつくとウェイになっちまぞ!」

 

 上鳴がどや顔でアドバイスし。

 

「雷狼寺ぃ……!! 親友ぅ……エロ本……!!」

 

 峰田が変異する等を起こしながら竜牙を止めた時だった。

 

「おはよう……とっとと席に着け」

 

 ここで担任・相澤登場。

 皆は訓練された兵隊の様に素早く着席。

 耳郎もまだ頬が赤いが、反射で復活する。しかし気になるのか、隣の席の竜牙にさり気なく視線を向け、目が合いそうになると逸らしてしまう。

 そんな自分の様子を自覚し、いよいよ耳郎は気持ちの誤魔化しが出来なくなっている事を理解。

 

(やっぱりうち……雷狼寺が……あぁ……そういう事!?)

 

 悩みし乙女。しかし今は授業中であり、関係なく相澤は話を続けてゆく。

 

「今日のヒーロー情報学はちょっと特殊だ」

 

 相澤のその言葉を聞き、クラスメイト達を緊張が包み込む。

 ヒーロー情報学はその名の通りの授業。ヒーローに関する法律等が主な内容であり、その内容の多さと濃さから苦手とする生徒も多い。

 その授業で特殊と言った以上、テスト等の可能性は高く、全員が息を呑む。

――そして!

 

「コードネーム――つまりは“ヒーロー名”の考案だ」

 

『夢膨らむやつきたぁぁぁぁ!!!』

 

 一発逆転ホームラン。重苦しいつまらない授業から一転。

 無限の可能性を秘めた夢がクラスを包み込み、子供の感情が爆発した。

 

「静かにしろ……!」

 

 だが相澤の言葉で鎮圧され、相澤はヒーロー名考案の訳を説明した。

 

 まず、手っ取り早く言えばプロからの“ドラフト指名”が関係している。

 体育祭の様子を見て既にプロ達から指名があり、それを元にプロの所へ職場体験に行かせるのが学校側の考え。

 

「――と言っても指名が本格化するのは2・3年……つまりは即戦力なってからだ。一年は大体将来への“興味”によるもので、情けない姿を見せれば一方的にキャンセルも珍しくない」

 

――ちなみに、肝心の指名結果はこれだ。

 

 相澤が黒板を操作すると、映像として結果が表示された。

 そこには名前・指名数が表示されており、全員がそれに意識を向けた。

 

――A組・指名件数。

 

 雷狼寺:5163

   轟:4321

  爆豪:2038

  常闇:420

  飯田:305

  上鳴:224

 八百万:108

  切島:98

  麗日:42

  瀬呂:14

 

「例年はもっとバラけるが……今回は突出した連中が多くてな。――3人に偏った」

 

(……5000も指名が)

 

 竜牙は純粋に結果に驚いていた。

 中には有名でないプロからの指名もあるだろうが、それでもその数は認められた証。素直に喜べる結果だ。

 

「やっぱ雷狼寺と轟か。けど納得は出来んだよなぁ……」

 

「つうか2位と3位逆転してるし、結構指名数にも差があるんだな?」

 

 上鳴と切島の会話に他のメンバーも頷く。

 竜牙は仕方ないとしても、轟と爆豪は順位は逆にも関わらず半分以上の差があった。

 これは流石に疑問を感じてしまうだろう。

 

「どうやら雷狼竜化した雷狼寺との戦いが、プロ達の印象に残った様だな……」

 

 データがあるのだろう。資料を怠そうに見ながら相澤が呟いた。

 印象的に言えばやはり雷狼寺VS轟――準決勝が決勝扱いだったようで唯一、一人で挑んだ轟の評価が更に上がった様だ。

 その逆なのが爆豪。竜牙との決勝、表彰式での様子。それらを見たプロ達の評価が轟との差となったようだ。

 

「……くそっ」

 

 面白くなさそうに吐き捨てるのは爆豪。

 それでも2000の指名数はかなりなのだが、上昇志向の強い彼にはつまらない結果でしかなかった様だ。

 

「……やったな雷狼寺。五千超えたぞ?」

 

「……あぁ、実はかなり嬉しい。それだけプロからも俺の個性が受け入れられた証だから」

 

 障子からの労いの言葉を受け、竜牙は相変わらず無表情だが嬉しそうなのは察する事が出来る。

 周りからも竜牙に労いの言葉が掛けられ、竜牙がそれに応える中で相澤は続ける。

 

「まぁつまりは職場体験……プロの仕事を実際に体験させるということだ。それで必要となるのがヒーロー名だが、適当なもん付けちまうと――」

 

――地獄を見ちゃうよ!!

 

「!――ミッドナイト先生……?」

 

 教室に突如として現れたのは18禁ヒーローミッドナイトだ。

 ミッドナイトは颯爽と現れ、竜牙の声が聞こえたのか彼に向かってウィンクをし、竜牙も思わずガッツポーズ。

 

――しかし、それを隣で見ていた耳郎が無表情で障子の複製腕を抓っていた事を竜牙は知らない。

 

「この時に付けた名前が!――そのまま認知されちゃって、プロ名になってる人も多いからね!」

 

「そういう事だ……俺には無理だからその辺はミッドナイトさんに頼んだ」

 

 そう言うと怠そうな相澤は寝袋に入ってしまい、そこからは説明通りミッドナイトが仕切り始める。

 

「さぁ! 早速やるわよ! 名前は自分の未来へのイメージ! 変な名にすれば全て自分に返ってくるから真剣にやりなさい!」

 

 ミッドナイトはクラス全員へ強烈に言い放った。

 名はヒーローの顔だ。その名に恥じない様なヒーローを目指し、時には威厳を、時には親しみを感じさせなければならない。

 

 仮にだが、もし『エンデヴァー』が今と同じ活躍していても、別の名だったら威厳を保ちながらNo.2ヒーローを続けられるだろうか?

 

『マッチヴァー』・『蚊取り閃光丸』――こんな変な名でオールマイトに挑めるだろうか?

 

 印象に残したくもない。そんなCMの商品を誰が買う?

 何も感じない名。それにヴィランを抑止出来るのか?

 

 それ程までに名前は重要だ。

 だからこそミッドナイトも今日は本気。彼女の本領が燃え上がる。

 真剣に悩む空気を教室に作り上げたのだ。

 しかし、そんな中でも竜牙はマイペース。堂々と手を挙げた。

 

「……ミッドナイト先生すみません。質問良いですか?」

 

「えぇ構わないわ! 寧ろ、どんどん来なさい!」

 

 しなさいではなく、来なさいがミッドナイトらしい。 

 竜牙はそのらしさに不思議な感動を抱きながら質問を口にした。

 

「……ヒーロー名を他人に名付けて貰った話を良く聞くんですが、そういうパターンは珍しくないんですか?」

 

「あっ僕も聞いた事あるよ! 中には応募でヒーロー名を決める人もいるよね!」

 

 竜牙の質問にヒーローオタクの緑谷も乗ってきた。

 それを皮切りに他のメンバー達も「確かにそうだ」と納得しだすのだが、ミッドナイトは頷きながら平然と語りだす。

 

「ふふ、確かに珍しいパターンではないわ雷狼寺くん! 業界には自分のヒーロー名に興味ない人もいるのが現実よ!――話題性の為や、自己分析出来ないから周りからヒントを貰うパターンもあるわね!」

 

「……なら参考にミッドナイト先生は、俺のヒーロー名はなんて名付けますか?」

 

「そうねぇ……」

 

 その問いにミッドナイトは妖美な雰囲気で竜牙へと近づく。何故か舌なめずりしながら。

 そんな様子に周りがつい視線が集中する中、竜牙の机に来ると、そのまま腰を下げて竜牙に接近。

 目線的に確かなシルエットの胸が見えてしまう。良い匂いを確かに感じてしまう距離。

 そんな状態に竜牙は硬直。峰田は大興奮。――そして!

 

――ミッドナイト・()()()・ドラゴン……なんてどう?

 

 ミッドナイトはそう竜牙の耳元で呟き、優しく耳に息を吹きかけた。

 

「――!」

 

 瞬間、竜牙は瞬殺!――否、悩殺! そのまま天国へ精神を切り離す。

 

「雷狼寺を悩殺!?」

 

「馬鹿な! あいつは学年1位だぞ……!」

 

 峰田と上鳴が悪乗りする。流石は同族の変態馬鹿二人。

 だが、他の者達は絶句する事態。しかも当のミッドナイトは狂気の笑みを浮かべており、誰かが止めねば本気でヤバい。

 そんな状況下、唯一動いたのは彼女――耳郎だ。

 耳郎はプラグを竜牙へぶっ刺すと、そのまま大音量をぶつける。

 

「があぁぁぁぁぁっ!!?」

 

「ミッドナイト先生!! 授業に戻りましょう!!」

 

 ダメージで叫ぶ竜牙はほっといて、ミッドナイトへ授業再開を呼びかける耳郎。その彼女の言葉にミッドナイトも正気へ戻った。

 

「ハッ!――危なかった……()()()()()()なりそうだったわ。――という訳で今のを参考にしてちょうだい!」

 

『できるかぁぁ!!!』

 

 討伐された竜牙・果てた峰田を除く全員が叫んだ。

 将来、A組全員が18禁ヒーローになるという伝説を作るつもりは誰にもなく、皆は己のヒーロー名考案を真剣に考え始めた。

 

「ば~か……ば~か……!」

 

 ただ一人、耳郎だけは己で討伐した竜牙へ拗ねた様に悪口を言い続けるのだった。

 

▼▼▼

 

――20分後。

 

「そろそろ良いわね!――できた人から発表してね!」

 

『えっ! まさかの発表形式!?』

 

 ミッドナイトの言葉に全員が驚いた。

 自分の胸にしまい、当日に名乗ると思ったがそうではないらしい。

 あくまで授業。そこは評価の為に忘れてはいけない。

 そしてそんな勇気ある第一号。それは青山だった。

 

「フッ! 僕は“輝きヒーロー”――“I can not stop twinkling”さ!」

 

『名じゃね! 短文だろそれ!!?』

 

 第一号で青山がやらかす。キラキラ好きな彼らしいが、名前としてこれは成立するのか?

 これに関して、ミッドナイトの判定がどう下すのか皆は息を呑んで見守る。

 

「……そこはIをとってCan’tに省略しなさい」

 

『ありなのこれ!?』

 

 驚くことに青山のはありらしい。

 先生であるミッドナイトが認めた以上、生徒側に文句は出せず、そっこから一気に評価が始まった。

 

「エイリアンクイーン!」

 

「2のあれ! 目指すのがヒーローじゃないでしょ!? やめときな!」

 

 芦戸の様に却下される者もいれば。

 

「……フロッピー。ずっと考えていたの」

 

「カワイイじゃない! 親しみやすくて良いわ!」

 

 蛙吹の様に一発でOKを貰う者もいる。

 その他には憧れのヒーローをリスペクトする者・自分の名前から取る者・シンプル故に被る者もいた。

 

「爆殺王!!」

 

「そういうのは止めた方が良いわね……」

 

 この様な全員が絶句する様な者もおり、文字通りの個性が出るネーミングばかりだ。

 そして残りが再考の爆豪、そして未提出の緑谷と飯田を残し、とうとう竜牙の番となる。

 

(……俺もずっと前から考えていた)

 

 前でに出てボードを置く竜牙。

 今から発表するヒーロー名。それは考えたというよりも、本能で浮かび続けた名だ。

 雷狼竜――全てを狩りし無双の竜。その名に相応しい名を竜牙はこれ以外に思い浮かべない。

 

――無双・モンスターヒーロー!

 

「――“ジンオウガ”」

 

『!』

 

 その名を聞いた瞬間、クラスの空気が変わる。

 ピリピリした思い空気。それを発したのは竜牙――雷狼竜の瞳となった竜牙だ。

 無意識なのか。それとも、その名を受け入れた雷狼竜の喜びの産声を意味しているのか。

 ただ言えるのは気が早い。既に竜牙だけは“実戦”にいるかの様な空気を纏っている。

 

「ジンオウガ。――刃の王なのか……それとも神から取ったのか分からないけど、良いじゃない!」

 

 ミッドナイトからもOKを貰い、竜牙のヒーロー名は確定した。

 因みに緑谷は“デク”で、飯田は名前の“天哉”で決まり、最後まで残ったのは――

 

「爆殺卿!」

 

 爆豪だった。

 

▼▼▼

 

 ヒーロー名が決まり、次に竜牙達がするのは体験先を決める事だ。

 指名がある者達はそこから。無い者も事前に学園側が話を通し、受け入れ可である事務所から選ぶ事になっている。

 そして先程まで威圧を放っていた竜牙は、血眼になって体験先を探して――

 

「……」

 

――いなかった。机に力尽きた様に倒れており、その目の前には脅威の分厚さを誇るプリントの束。

 流石に五千は多く、竜牙も一人でこの量はさばけなかった。

 

「……雷狼寺、大丈夫?」

 

「生きてるか?」

 

「……あぁ。ただ疲れただけ」

 

 最早、気の毒なレベルの竜牙に、指名がなく受け入れ場所から素早く決めた耳郎と障子。そして緑谷達が集まって声を掛ける。

 

「指名があって羨ましいけど……流石にこの量はやばいね」

 

「確かに一人でこの量に目を通すのはな……」

 

「……大丈夫だ。少しずつ候補を絞っている」

 

 耳郎達にそう言って竜牙は絞ったメモを渡すと、緑谷が代表で受け取った。

 そしてそれを開き、全員が目を通すとその記されたメンバーに驚きを隠せなかった。

 

「リューキュウ!?……それにヨロイムシャ……ギャングオルカ……クラスト……ミルコ……エッジショット……エンデヴァーまで!? 凄いよ雷狼寺くん! 全員が有名なトップヒーローだ!?」

 

「それ以外もガンヘッドやワイルド・ワイルド・プッシーキャッツを筆頭に有名なヒーロー達ばかりじゃん。確かにこれは迷うわ」

 

「どれを選んでも正解だからな……すげぇよ」

 

 緑谷が読み上げるトップヒーロー。それ以外にも有名なヒーローからの指名に耳郎と上鳴達も苦笑しか出ず、その名の面々に竜牙も迷っていた。

 

「個人的に言えばリューキュウの事務所に行ってみたいが、水陸のギャングオルカ。チームは疎か、サイドキックも持たないミルコ。この人達が何を思って俺を指名したのかも気になる。――もしかしたら、俺じゃ考え付かない個性の扱いを教えてくれるかも知れない」

 

「あぁ……確かにそう思うと気になるよな! 俺は武闘派系が良いからすぐに決まったけど、雷狼寺の場合は良い意味で統一してねぇからな」

 

「えぇ……これでは慎重になる理由も分かりますわ」

 

「ケロ……飼育ヒーロー・ハナ。キャロットヒーロー・シイナ……もう何でもありね」

 

 切島・八百万・も一緒に悩んでくれるが、やはり贅沢な悩み程、難しいものはないだろう。

 確実にどこを選んでも学ぶ事ができ、どこを断っても後悔する。

 

「……ここまで悩む事になるなんて」

 

「仕方ないって、手伝ってあげるからがんばろ」

 

「俺達はすぐに決まったからな……」

 

「……俺も良いか? 俺も決まったからな」

 

「あっ! 私も私も!」

 

 耳郎・障子以外にも轟や葉隠も参加し、結局クラスの大半が竜牙の体験先の手伝いをし始めた。

 五千もあるのだ。トップヒーローに隠れて見落とした実力派がいるかもしれない。

 皆がそれぞれ資料を分担する中、竜牙も再び候補選びを始めるのだった。

 

(前途多難……じゃなきゃ良いが)

 

 竜牙の心の呟きを知る者はいなかった。

 

――そしてそれが当たった事にも。

 

 

▼▼▼

 

 

「えぇっ!? ちょっと待ってお父さん! 突然、そんな事言われても!」

 

 とある小学校――その職員室で一人の“女性”は携帯電話を片手に驚いた様子で声をあげていた。

 周りを気にもしない会話。その相手は彼女の父親だ。

 

『もう決めた事だ。受け入れろ……今度、雄英の職場体験がある。その準備もあり、それまでの間にしか時間は作れんのだ』

 

「そうじゃなくて……因みに相手の人って――」

 

『その点は安心しろ。確か15か16……焦凍と同じ年の子だ』

 

「まだ子供じゃない!?」

 

『安心しろ。それぐらいは分かってる……すぐに結婚しろと言っているんじゃない。まずは仲を深めろ。――既に向こうの両親とは話を付けている』

 

「!」

 

 有無を言わさない父の言葉に、女性は何も言えなくなってしまった。

 こうなった父は誰にも止められないのを分かっているからだ。

 

『分かったなら切るぞ?……忘れるな、今週の土曜日だ。ではな――』

 

「あっ――」

 

 女性が何か言おうとしたが、それよりも先に電話は切れてしまった。 

 残された女性はそのまま力なく椅子に腰かけると、額を抑えながら溜息を吐いてしまう。

 

「どうしよう……そんな年下の子と()()()()だなんて」

 

 結婚なんて考えていない中での父からのお見合いの強制。

 しかもまだ結婚できない年齢で、一番下の弟と同じ年なのだから恐れ入る。

 だがそれ以前に不安な言葉が女性の脳裏に過っていた。

 

――個性婚。

 

(まさかね……)

 

 力ない心の声を呟いた女性――『轟 冬美』の表情がその日、晴れることはなかった。

 

 

 

END



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第十七話:ライバルとの一時

お見合い回だと思った?――残念、轟くん回でした!

428では御法川 実が一番好きなキャラな私です('ω')ノ




 ヒーロー名・体験先の話があった日の夜。

 竜牙が部屋でネットサーフィンをし、猫折さんが夕飯の食器を片付けていた時だった。

 竜牙の家のチャイムが鳴り響き、猫折さんがその対応をする。

 それがいつもの光景なので、ここで竜牙が動くこともなかった。

 しかし、今日はいつもと違う事になる。

 

 ドタバタと合格通知の時の様に部屋の外が騒がしい。それからすぐに扉の叩く音も響いた。

 

「りゅ、竜牙さん!? 大変です!」

 

「どうぞ……」

 

 竜牙の言葉を聞くと猫折さんが焦った様子で部屋に入室。その手には何やら大きな封筒を持っていた。

 

「竜牙さん!? 今さっき旦那様の使いの方が来てこれを!」

 

「封筒?」

 

 猫折さんから受け取った封筒は地味に重く、竜牙は中身を取り出すと、現れたのは真っ白な写真入れと手紙。

 

「……写真だ。一体、誰だ?」

 

 竜牙がそれを開くと、そこには一人の女性の写真が飾られていた。

 真っ白な髪の中にある微かな赤み。落ち着いた様子の姿であり、思わず見ている方も落ち着いてしまいそうだ。

 だがそれだけでは意図が分からない。事実上の絶縁状態の父親からの使い。

 写真で何となく察したが、やはり今更感があって信じることが出来ない。

 だから竜牙は手紙に手に取り、それを読んで行く。

 

「……今更なんで?」

 

 その内容を読み、竜牙は思わず頭を抱える。

 手紙に書かれていたのは――“お見合い”・そして相手の名前や親族についてだ。

 そして、その名前を見た時、竜牙は我が目を疑った。

 

「これは……」

 

「竜牙さんどうしました?」

 

 無表情だが様子がおかしいのは気づける。猫折さんが竜牙に尋ねると、竜牙はやや悩んだ表情でベッドに腰かけてしまった。

 

「……猫折さん。少しだけ一人にしてほしい」

 

「えっ――はい、分かりました」

 

 猫折さんは何かを察した。

 いつもと違い、竜牙は何かを一生懸命考えている。

 ならば自分が出来ることはまずは竜牙を信じてあげ、力を貸してほしいと言われたら全力で貸せば良い。

 猫折さんは頭を下げて退出。部屋に残ったのは竜牙だけだった。

 

 

▼▼▼

 

 竜牙が部屋に篭ってから2時間が経過する。

 猫折さんはその間、家のやる事を行いながら竜牙が出てくるの待っていた。

 しかしそろそろ煮詰まってしまうのではないかと思い、猫折さんがお茶を作り出した時だった。

 

 不意に部屋の扉が開き、竜牙が出て来た。

 その表情はどこか疲れ果てているが、まるで意を決した表情で顔を上げる。

 

「猫折さん……頼みがあるんだ」

 

「……なんでしょう」

 

 真剣な表情の竜牙に、猫折さんも覚悟を決めた様に頷く。

 だが、その内容はあまりにも覚悟が重いものだった……。

 

 

▼▼▼ 

 

 

 翌日、雄英高校A組の教室で行われている朝のHRの時間。

 

「……という訳で雷狼寺は事情があって二、三日休むことになった」

 

「休み?」

 

 轟とクラスが若干ざわめく。

 雄英とはいえヒーロー科だ。二、三日の差はあまりにも大きく、それが分からない竜牙ではない。

 ならばそれだけの事情なのだと思う事にするが、轟等の一部のメンバーはただ違和感しか感じなかった。

 

――そして翌日も竜牙は休んだ。

 

▼▼▼

 

――都内に佇む一軒の和風の家、というよりも屋敷。

 そこが轟の家だった。

 

(雷狼寺の奴……今日も来なかったな)

 

 本当ならば体験先の事で話がしたかったが、今日も竜牙は休んでしまった。

 轟の第一候補、そこは実の親であるエンデヴァー事務所だ。

 思う事があるが、それでもエンデヴァーは確かなNo.2の実績を持っている。

 だからそこを選ぼうとしているのだが、緑谷と竜牙には話を聞いてほしく思っていた轟だった。

 

 そんな中での帰宅。いつも通りの風景であり「ただいま」と言いながら、轟が玄関の戸を開けるとそこには珍しく、姉である冬美の靴があった。

 

(今日は早いんだな……)

 

 姉である冬美は小学校の先生だ。だから時間的に考えて、この時間にいるのは珍しい。

 なんか学校であったのかと轟は思ってしまい、せめて顔は見ておこうと気配のする居間へと向かうと見つけた。

 何やら肩を落とし、悩んだ表情の姉の姿を。

 

「はぁ……う~んどうしたものかなぁ……?」

 

 何やら写真を見ながら頭を抱えている冬美の姿に、本当に珍しい光景だなと思いながら取り敢えず轟は声を掛けることにした。

 

「……ただいま」

 

「!――あっおかえり!? 今日は早かった……ね?」

 

「?……早いのそっちだろ」

 

 やはり様子が変だ。いつもならば母代わりの様に口うるさい姉がやけに挙動不審。

 轟は思わず近づくと、冬美は慌てた様子でテーブルの上の写真を隠そうとする。

 しかしそれがいけなかった。慌てた時の反動で風が起こり、フワリと写真が浮いてしまった。

 

「あっ!」

 

「なんだこの写真?」

 

 しかもそれは轟の足下に落下。冬美が取るよりも先に轟が拾ってしまった。

 拾うだけならまだ良いのだが、しかしその写真の人物は見逃せない相手だった。

 

「!……雷狼寺?」

 

 そうそれは竜牙の写真だった。

 隠し撮りなのだろう。何故か本屋で立ち読みしており、隣には峰田も写っている。

 けれども光景は別にどうでもいい。問題は何故、そんな写真を姉が持っているかだ。

 冬美が隠し撮りする筈もなく、轟は怪しむように姉を見ると、冬美は観念する様に溜息を吐いていた。

 

「バレちゃったか。……実はね――」

 

 冬美は轟に全てを話した。

 父親が勝手にセッティングしたお見合い。そしてこの写真の相手――竜牙がそうなのだと。

 そんな衝撃的な事を聞かされてた轟は、思わず言葉を失ってしまう。

 

「雷狼寺と……見合い?」

 

 姉がクラスメイトと?

 あまりこういう展開に慣れていないが、思ったよりも複雑な気分になるものだと轟は頭を抑える。

 

「やっぱりクラスメイトの子だと気まずいよね?」

 

「多分そうだと思う。……そもそもなんでアイツは見合いなん――」

 

 そこまで言った時、轟は不意に体育祭の時の会話を思い出した。

 

『……ついさっきエンデヴァーが俺の下に来た』

 

『!……何か言われたのか?』

 

『……俺の実家の事や許嫁の有無。――そして俺に、本気で戦って欲しいと言って来た』

 

 許嫁の有無。確かに竜牙はそう言った。

 何故、エンデヴァーがそう言ったのかあの時は気にはならなかった。

 だが実際、それを目の当たりにすれば無関係とは思えない。

 そして、そんな会話だ。轟の脳内にある言葉が今回の件と繋がってしまう。

 

――個性婚。

 

「ッ!――あの野郎!!」

 

 轟は激昂して叫んだ。そしてそのまま居間から出ようとするのを冬美が慌てて止めに入る。

 

「待って焦凍! そういうのじゃないから!?」

 

「んな訳ねぇだろ! あの野郎……また繰り返すつもりだ!」

 

 轟は竜牙の家の事を知っている。ならば、母の時の手段を容易に取ることは可能だろう。

 大抵は両親からだが、祖父母の個性を継承するのも珍しくはない。

 ならば突然変異とはいえ、あのエンデヴァーが竜牙の個性を狙うのは安易に考え付いた。

 

「雷狼寺だって色々と悩んで乗り越えたんだ!……なのにアイツはそれを簡単に踏みにじって――」

 

「まずは落ち着きなさい!……たとえそうだとしても、私はちゃんと断るつもりだから大丈夫!」

 

「断るって……あの野郎は認めねぇだろ?」

 

 この轟家を支えていると言っても過言ではない冬美。

 彼女がしっかりしているとはいえ、相手はあのエンデヴァーだ。無理矢理も可能性にある。

 

「大丈夫!……それに焦凍がそこまで言うって事は良い子なんだね。だったら尚更、断らないと。こっちのせいでその子の人生を奪う訳にいかないもの」

 

 その言葉に轟は黙った。

 しっかりしていて、唯一父親ともまともな関係を築いているのは冬美だけ。

 その姉がここまで言っているのだから、もしかしたらと轟も少しは思った時だった。

 玄関の扉が開く。

 

「帰ったぞ!」

 

 エンデヴァーが帰宅した様だ。

 そのままズシズシと足音を鳴らし、居間までやってくると轟を真っ先に捉える。

 

「おぉ焦凍……帰ってたのか?」

 

「雷狼寺と見合いさせる気なのか……?」

 

 返事はせず、無意識のうちに目線が鋭くなる轟。

 その後ろで冬美が雰囲気が悪くなるのを感じ、慌ててしまうがエンデヴァーは特に様子は変わらず、平然と答えた。

 

「そうだ。あの個性は更に伸びるぞ? ならば彼はヒーローとして成功するのは確実だ。――となれば冬美を任せる事もでき、将来的には両親の個性を得て素晴らしい子が産まれるだろう!」

 

 相変わらずの自分勝手な言葉だったが、多少は冬美の事を思っている事に轟は安心する。

 だが、その手段はどうしたのかが問題だった。

 

「どうしたんだ?――雷狼寺の親に金でも握らせたのか?」

 

「なんだそんな事が気になっていたのか?……ならば教えてやる。俺は――」

 

――何もしていない。

 

 エンデヴァーはそう言って語り始めた。

 体育祭のすぐ、竜牙の実家である“雷狼寺グループ”の社長である竜牙の父にアポイントを取り、すぐに会いに行ったことを。

 当初、エンデヴァーは金では動かないと判断し、自分の持てる権力と力を材料に竜牙を手に入れようとしていたのだが、実際に会ってそれは無になったという。

 

『好きにしてくれて構わない』

 

 それが竜牙の父が言った言葉。

 見返りを一切求めず、好きにしてくれと言って終わった呆気ない対話に流石のエンデヴァーも驚いたという。

 実の子同士についての会話の筈が、まるでいらないコレクションのトレードの様に安っぽく感じたとエンデヴァーは呟く。

 

「酷い親だったぞあれは……実の子とすら思っていないんじゃないのか?――我が子があんなにも凄い個性を持っているというのに情けない奴等だ。だったらうちが新たな家族になるのが彼にとっても幸せなのではないか?」

 

 その言葉に轟の表情は険しくなった。

 過るのは暗い影を落とす竜牙の姿。仲間の為に両親からの過去の乗り越えたにも関わらず、その実の親は竜牙をなんとも思っていない。

 この父親にすら言われている以上、救いはないと轟が思った時だった。

 

――ピンポーン! と不意にチャイムが鳴り響く。

 

 その音に我に返った冬美は慌ててモニターに近づいて来客を対応する。

 

「はい! どちら様でしょうか?」

 

『突然失礼致します。私、雷狼寺グループの者ですが。――炎司氏と娘さんの冬美さんにお会いできないでしょうか?』

 

「むっ?……なんだいきなり。――まぁ良いだろう出迎えるぞ」

 

「えっお父さん!?」

 

「……雷狼寺グループ」

 

 玄関へ向かうエンデヴァーと後を追う冬美。

 そして竜牙の実家が来た事を気にし、轟もその後を追った。

 

 

▼▼▼

 

 轟が玄関に着くと、そこでは既に玄関に招き入れられた雷狼寺グループの人間――スーツ姿の男性三人がおり、その内の二人がエンデヴァーと対話を行っていた。

 

「なんだ突然?……まぁ良い。まずは上がってくれ」

 

「いえ事はすぐに済みますのでここで結構でございます」

 

「ならば要件を言え」

 

 忙しいのはお互い様だが、それでもせめて一言入れてから来るのが最低限の礼儀だというもの。

 ややイラついた様子のエンデヴァーだが、二人の男性は流すように続ける。

 

「では単刀直入に言いましょう。――お見合いの断りに参りました」

 

「なにっ!?」

 

「えっ!」

 

 エンデヴァーも冬美も勿論、轟もその言葉に驚きを隠せなかった。

 轟と冬美に関しては好都合ではあるのだが、やはり急過ぎて困惑と同時に裏があるのか勘ぐってしまうがそれが逆に二人を冷静にする。

 だが逆なのがエンデヴァーだ。突然の事に頭に血が上ってしまう。

 

「どういうことだ!! 先日と言っている事が違うではないかぁっ!!」

 

 顔面から炎を放出し、強烈な威圧感を出すエンデヴァーに対応した二人の男性はビビッて腰が引けてしまう。

 これではまともに話せないだろうと、轟が呆れた時だった。

 二人の間から一人の男が現れる。

 

「……ここからは私が直に話そう」

 

 そう言って現れたのは白髪の貫録のある男性だった。

 側近がビビる中、この男はエンデヴァーの態度に臆してはいない。

 

「最初からそうして欲しかったですな……雷狼寺 ミキリ殿?」

 

(ッ!……雷狼寺 ミキリ? じゃあ、こいつが雷狼寺の父親か?)

 

 エンデヴァーが男の名前を口にした事で轟は気付いた。

 言われてみれば確かに竜牙にも面影があり、この男が竜牙の父親なのだと。

 

「互いに多忙でしょう。少しは察してもらいたい。――それで話を戻しますが、見合いは無かった事にしたい」

 

「ふざけるな! 好きにしろと言ったのは貴様だろッ!!」

 

「事情が変わったのだ……代わりに迷惑料ではないが、今度我が社の新商品のCMにあなたに出演してもらおう」

 

「いらん!! 人の娘に恥をかかせた者の態度か!!」

 

 いや誰も恥はかいてない。エンデヴァーの言葉に冬美と轟は呆れ半分、同時に父親の意外な一面に驚いているとミキリへ側近の一人が耳打ちをする。

 

「社長……」

 

「あぁ……もう時間か。ではエンデヴァー氏、私はかえらせてもらう」

 

「待て! 俺は納得してないぞ!」

 

「ならば外に出れば良い。今回の理由が分かる」

 

「むぅ……! 良いだろう!」

 

 外に出る程度で事情が判明するならばいくらでも出てやる。

 そんな勢いでミキリの後を追うエンデヴァーと気になって付いてゆく轟。

 そして二人が出て行ってしまったのだ。当事者である自分も行くしかなく、冬美も後を追った。

 

 

▼▼▼

 

 轟達が家の前に出ると、そこには黒光りの高級車と一般的な車の二台が停車していた。

 高級車の方はミキリの物だろう。しかし一般車の方には轟の見覚えのない女性が立っており、轟達が気づくと礼儀正しく頭を下げてきた。

 反射的に轟達も頭を下げるが、その時に気付いた。

 その女性の隣にいる見覚えのある人物の存在に。

 

「雷狼寺……!」

 

「……よっ。凄く良い家だな轟。和風で威厳も感じる」

 

「――フッそうだろうそうだろう」

 

 竜牙の言葉にエンデヴァーが嬉しそうに頷くが、轟はそんな事はどうでもよかった。

 

「どうしてここにいる? お前、昨日から休んでたろ?」

 

「これでも思ったより早く事が済んだ」

 

 相変わらずのマイペースな竜牙に轟は首を傾げるしかない。

 そんな時に竜牙の父親のミキリ達が竜牙達の隣を横切った。

 

「……」

 

「……」

 

 その間際に両者、会話を一切交わさない。ミキリは一瞬だが竜牙に顔を向けたが、竜牙に動きはない。 

 ミキリもすぐに顔を戻してしまい、それで二人の再会は終わりだ。

 まるで他人の様な会話と空気にエンデヴァー達も言葉を失うが、ミキリはそのまま乗車して去って行ってしまう。

 そうなると、残っているのは竜牙と女性――猫折さんだけだ。

 

「どういう事か説明を求めるぞ?」

 

 察したのかエンデヴァーは竜牙の前に立って問い詰めた。

 

「……父親に会ってきました。お見合いを取り消す為に」

 

「なんだと! 何故だ!?……冬美か? 写真で見て冬美を気に入らなかったのか!!――君は知らんかも知れんが冬美は良くできた娘だぞ!――家事は勿論、嫁にはいつでも出せるぞ!!」

 

「やめてお父さん!! ここ外だよ!?」

 

 ご近所迷惑と言うよりも恥ずかしい冬美がエンデヴァーを止めるのだが、別に竜牙は冬美がどうとかいう話ではなかった。

 

「エンデヴァー……あなたは俺の“個性”が目的だったのでは?」

 

「む、むぅ……確かにそうだが、君自身に才能を感じたのもある。君ならば冬美を託せるぞ!」

 

 この度の見合い。エンデヴァーの狙いは個性ではあったが、それだけの為には娘を差し出すつもりはなかった。

 だが竜牙は結果を出しており、年下ともあって娘ならどうにかするだろうと思っての事。

 前科はあるのだが、今回に関しては確かな将来有望な相手を選んだ親心。

 自分が親だからと悪い虫は寄ってこないが、それだけならば娘が婚期を逃してしまう。

 父親として孫は見たいエンデヴァーの結果がこれだ。

 

 しかし、竜牙はその首を横へと振った。

 

「……家族になる相手は自分で選びたい」

 

「……むぅ」

 

 真剣な表情で言い放った竜牙にエンデヴァーも思わず後退り。

 そのまま距離を取ってしまい、その隙に轟が竜牙と話しだした。

 

「雷狼寺……大丈夫だったのか? お前、両親とは……」

 

「会うのに一日掛かったが問題ない。――それに俺は、個性で誰かの人生を狂わせるのが嫌だっただけだ。だからお前が気にする事はない」

 

 轟はその竜牙の言葉に声が出せなかった。

 この間、轟は母に会いに行った。その時でも勇気はかなり必要だったのだ。

 自分と違い、両親との溝が更に深い竜牙が父親に会いに行くのにはどれだけ勇気が必要だったか。

 しかもそれは自分の為ではなく、相手である姉の為であり、同時に事情を知っている自分の為だったのではないかと轟は感じていた。

 

 すると、冬美が二人の下へと近寄ってきた。

 

「えっと……初めましてだよね? 焦凍の姉の轟 冬美です」

 

「雷狼寺 竜牙です。初めまして」

 

「うん、いつも焦凍がありがとね!」

 

「……そういうの良いって」

 

 他愛もない会話をしながら轟が恥ずかしそうにした時だった。

 彼のポケットから写真が落ちると、そのままエンデヴァーの下へ向かい、彼は反射的に掴んだ。

 

(これは……彼の写真か。――む?)

 

 隠し撮りの竜牙の写真。それを見たエンデヴァーは気付いた。

 写真の竜牙だが、その手に持っている雑誌。それはグラビアの雑誌だったのだ。隣の峰田も同じ物を読んでいるが、二人共羞恥心を出しておらず堂々と読んでいる。

 

――まさか。

 

 何かに気づいたエンデヴァーは、そのまま娘である冬美と会話をしている竜牙はジッと見つめて観察を始める。

 そして気付く。――竜牙の視線が時折、冬美の胸や首に向けられている事に。

 至近距離でありながら隠密プロの様に気付かれない動き。無表情だが、何故か嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう。

 

――見合いをさせなくとも堕とせたのではないか?

 

 そう思ったエンデヴァーの考え。実はこれが正しい事に気づいたの流石と言うべきか。

 少なくとも、今回の策は無意味だったのは間違いない。

 

 

▼▼▼

 

 

 あの後、竜牙と轟。そして冬美は近くの公園に来ていた。

 静かな所で話がしたいという轟の考えであり、冬美は珍しい弟の姿を母親に教える為と言って勝手に着いてきた。

 だが、途中でジュースでも買ってくると言って席を外して残った二人はブランコに乗りながら話を続けていた。

 

「……お母さんに会ってきたのか?」

 

「ああ……元気そうだった。――泣いて謝って……笑って許してくれたよ」

 

「優しいな……二人共。そして良かったな手遅れにならなくて。――俺の様になったら本当におしまいだ」

 

「親父さんと会って……どうだった?」

 

 轟は恐る恐ると問いかける。

 

「十年ぶり……だったがそれだけだった。もう親への心が無いんだろう。特に何も感じなかった」

 

「なら双子の妹達はどうなんだ?……いんだろ?」

 

「同じ事。会う機会もなければ、会ってどうすれば良い?――俺の家族は家政婦の猫折さん達だけだ」

 

 竜牙の言葉に轟は黙った。

 もしかしたら、自分が竜牙みたいになっていたかもしれない。

 母から逃げ、父親に憎しみだけを抱き、兄や姉達すら拒絶していたかもしれない。

 そう思うと今になって怖く感じた轟は話を変えることにした。

 

「そう言えば体験先は決めたのか?」

 

「あぁ……第三まで候補は決めたが、やっぱりリューキュウを第一にした。轟はどうだ?……同じぐらい量はあったろ?」

 

「俺も決めた……エンデヴァー事務所だ」

 

 未だに許していない父親。しかしそれでもNo.2ヒーローだ。

 その力・姿を受け入れたかったのだ。

 

「受け入れて……そして盗めるものは盗むさ。俺だってオールマイトに憧れたんだからな」

 

「……お前もなれるだろ。俺がなれるって言われたんだ。ライバルのお前がなれない筈がない」

 

「ライバルって思ってくれてたんだな?」

 

「お前と戦う時はいつもギリギリだからな。……次戦えば負けるのは俺かもしれない」

 

「……そうか。ありがとな」

 

 ブランコを小さく漕ぎながら互いに話し続ける二人。

 夕日も沈み出す中、轟は思い出すように竜牙へノートを差し出す。

 

「そういえば授業、休んでたろ? このノート使ってくれ」

 

「……わるい。かなり助かる。――じゃあ、礼じゃないがこれ見るか?」

 

 そう言って竜牙がノートの代わりに差し出したのは紙袋に入った一冊の雑誌。

 既に封は開けられており、轟が紙袋から取り出す。

 

――それはグラビア雑誌だった。

 

「なんだこれ……?」

 

「俺と峰田と上鳴が愛読している雑誌だ。最近の推しはこの異形系アイドルだ」

 

「……いやそう言われても分かんねぇ」

 

 竜牙が開くページを陣取る異形系グラビアアイドル。

 中々に攻めたポーズを取っており、無表情で竜牙は説明するが、同じく無表情のまま轟は理解できなかった。 

 その後も竜牙が説明し、轟が首を捻る光景が続く。

 しかし、この光景は公園で高校生二人がグラビア雑誌を堂々と読んでいる光景でしかない。

 だからそれがいけなかった。

 

「ふ、二人共……なにしてるの?」

 

 ジュースの缶が落ちた音に引っ張られ、竜牙と轟が振り向くと、そこには震えながら自分達を見ている冬美の姿があった。

 

「……健全な行動」

 

「……健全な行動らしい?」

 

 竜牙の言葉に釣られて轟もそう呟くが、相手は小学校の教師。その教師魂の火がついてしまった。

 

「せめて読む場所は選びなさい!!」

 

 その後、仲良く怒られる二人は帰る間際に色々と雑誌を貸す約束をする。

 竜牙は同志を増やすため。轟は友達との話題作りの為に。

 

「……ところで、冬美さんって凄く美人だな」

 

「……今言うのかそれ?」

 

 帰る間際に呟いた竜牙の言葉を聞き、少し耳郎達の気持ちが知れた轟だった。

 

 

END




雷狼寺ミキリ
 
個性:目利き――見た物の価値を判断できる

サポート・グッズ販売をしている雷狼寺グループの社長であり、竜牙の父親。
嘗ては竜牙の個性と向き合おうとしていたらしいが、現在は住居と破格の生活費を渡すだけの関係となっている。
――嘗てはある大物ヴィランとの繋がりもあった等、人並みの黒い噂を持っている。


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第十八話:ドラグーンヒーローと波動

今日への不安、明日への不安はある。けど昨日の不安はどうですか?


 お見合い騒動等があったが、その後は問題なく日々は進み、ようやくその日が訪れる。

 

――職場体験当日。

 

 都心の駅に集まったA組は制服姿で集結し、コスチュームの入ったケースを所持していた。

 そこでそれぞれが全国に渡って、事前に決めたプロヒーロー事務所へと向かう事となっている。

 

「くれぐれも迷惑をかけない様に……分かったら行け」

 

『はい!』

 

 相澤の言葉に返事をし、そこからはバラけて移動を行う。

 竜牙も電車に乗って移動を開始し、職場体験は始まりを迎える。

 

▼▼▼

 

 電車で40分、都心の街中にそこはあった。

 

――ドラグーンヒーロー・リューキュウ事務所。

 

 プロヒーロー『リューキュウ』

 僅か26歳の若さでありながら独立し、事務所を立てて人気や成果をあげるトップヒーロー。

 だが竜牙が選んだ理由はその実力もそうだが、彼女の個性――翼を持つ竜になる個性が選んだ理由。

 自分と似た個性でありながら、このヒーロー社会を生き抜く彼女の傍で学びたい。だから竜牙はここにいる。

 

「……職場体験で来ました。雄英高校、1年A組の雷狼寺 竜牙です」

 

「そんなに硬くならなくて良いわ。こちらこそ、よろしく頼むわね雷狼寺君」

 

 顔にドラゴンの爪にデザインされたマスクを付けた、クールな印象がある若い女性――リューキュウ。

 彼女はそろそろだと思い、事務所の受付で待ってくれていた。

 そこからはサイドキックではなく、彼女自身が案内をし、挨拶を交わしながら色々と案内をしてくれている。

 そしてトップヒーローの事務所だけあって事務員達がテキパキと動いているのだが、何故かサイドキックと呼べるヒーロー達は殆ど見なかった。

 

「……サイドキックが少ないんですか?」

 

「……やっぱり気づくわよね。“ビルボード”では9位だけど、独立してから間が空いていないからサイドキックがまだ少ないのよ」

 

 いる所にいるが、いない所にいない故のサイドキック不足。 

 このヒーロー社会で何故か起こる現象だ。

 しかし少数精鋭で結果を出している事務所もあり、サイドキックの数だけが全てではない。

 

「トップヒーローでも悩みの種は尽きないんですね。――ところでずっと聞きたかったんですが……」

 

「トップヒーローでも悩みの種はあるのよ。――それで聞きたいことは分かってるわ……」

 

 説明の中での世間話。しかし互いの表情は晴れない。ずっと入って来てからこうだ。

 理由は分かっている。それは――。

 

「ねぇねぇ! なんで髪が白いの? 染めてるの? 栄養ないの? 不思議だよね!」

 

 この凄く竜牙に対して質問攻めの女子がいるからだ。

 彼女の名前は『波動 ねじれ』――明らかに変人っぽいが、これでも雄英高校3年生。

 竜牙にとっては先輩であり、既に仮免許も持っている実力者。それゆえに、興味で指名された1年と違って即戦力だ。

 更に見た目も可愛く、確実に将来は人気が出るだろう。

 だが性格なのか、あまりに色々と不思議がる。

 

「ごめんなさいね……ねじれってこう言う性格だから仕方ないのよ? けど実力は確かだから」

 

「ねぇねぇリューキュウ! なんでそんなマスクを付けてんの? 本物の爪なの? キラキラ好きなの?」

 

「……本当に凄いのよ? だから第二、第三候補に電話しようとするのはやめて」

 

「……はい」

 

 リューキュウの言葉に竜牙は携帯をしまう。

 体験先で万が一があった場合、他の候補先に向かうことが出来るからだ。

 これが万が一かと思えばそうではないが、不安が過ったのは仕方ないだろう。

 

▼▼▼

 

 あの後、更衣室を教えてもらい、そこでコスチュームに着替えた竜牙は着心地をチェックしていた。

 背中には改良された“雷光虫の巣”が付けられており、それが違和感なくコスチュームに馴染んでいる事を確認して陣羽織を羽織って更衣室を出ると、リューキュウとねじれが待っていてくれた。

 

「似合ってるわよ()()()()()

 

「凄い格好いいね! 侍みたいだね! だねだね!」

 

「ありがとうございます、リューキュウ……ねじれちゃん」

 

 コスチュームを纏った以上、ここからはヒーロー名を名乗るのが義務。

 竜牙も、それに応えるように二人をヒーロー名で呼ぶのだが、ねじれはヒーロー名が『ねじれちゃん』なので少し照れくさかったりするが、時間は有限だ。 

 これ以上、無駄な時間を過ごせば相澤先生に怒られてしまう。

 

「……まずはパトロールですか?」

 

「いいえ。……まずは、ねじれ?」

 

「は~い!」

 

 リューキュウの視線にねじれは大きく手を上げて応え、リューキュウは竜牙へ顔を戻す。

 

「ねじれと模擬戦をしてもらうわ。テレビで活躍は見てたけど、実際に見るのとでは変わるからね」

 

「そういう事なら問題なく……」

 

 竜牙は迷いなく頷く。

 リューキュウの提案は願ってもない事だ。

 雄英高校・ヒーロー科、その3年生の実力をこの身で体験できる。それはプロヒーローに比べれば劣るが、確実に今の自分がどれだけ通用するのか理解できる方法。

 

 そしてリューキュウも竜牙が頷くのを見て頷き返すと、二人へ背を向けた。

 

「それじゃあこっちよ。上の階に訓練室があるからそこに行きましょう」

 

 竜牙は頷き、彼女の後を追ってエレベーターに乗り込んで上へと向かった。

 

▼▼▼

 

 上階フロアにそこはあった。全体に広くは当たり前、上にも広い訓練室。

 数々の訓練器具も置いてあるが、リューキュウが壁に備え付けのスイッチを押すとそのまま床の中へと収納される。

 サイドキックが少ないとは言うが、やはり設備を見るだけでも流石はプロヒーローだ。

 そんなジッと見つめる竜牙に気づいたのだろう。リューキュウはおかしそうに微笑んだ。

 

「驚いた?……私の個性もジンオウガ君と同じで特殊だから場所ばかり必要でね。この訓練室も特注だったりするのよ」

 

 そう言うとリューキュウは別のスイッチを操作すると、今度は床一面が武道場の様に畳へと変わる。

 

(……ハイテクだ) 

 

 最初のねじれのくだりで侮りかけたが、目の前の設備の数々に竜牙はようやくプロヒーローの事務所に来たと実感していると、コスチュームに身を包んだねじれが既にスタンバっていた。

 

「ルールは特にないわ。まずは思いっきり動いて欲しいの。危険だと思ったり、十分と判断したらこっちで止めるから」

 

「はい」

 

「早くやろやろ!」

 

 竜牙がリューキュウの説明を聞いている間にも、ねじれはやる気満々だ。

 勿論、それは竜牙も同じ。リューキュウの説明が終わると、竜牙の身体にも変化が起こる。

 

『!』

 

 竜牙の変化にリューキュウとねじれは驚いた様子だ。

 両手足を巨大な爪へ変化、更にコスチュームは雷狼竜の素材が使われている為、身体とコスチュームの一体化が出来る。

 授業で見せた姿よりも雷狼竜に近く、だが人の形状も保っているスタイリッシュな姿だ。

 

「……トップヒーローの事務所だけじゃなく、3年の先輩とも戦える。――この受難に感謝」

 

「ハハ! 凄い! ねぇなんでコスチュームも一体化してるの? 体毛はあったかいの?」

 

「……」

 

 相変わらずの好奇心全開のねじれだが、竜牙が纏う雰囲気は真剣そのもの。

 ねじれのピッチピチのコスチュームも今は忘れ、戦いに真剣に向き合っているのだ。

 

「二人共、準備は良いね?――それじゃ始め!」

 

――速攻!

 

 開始と共に竜牙は飛び出す。体育祭の時よりも磨かれたスピードで一気にねじれに迫り、振り上げる爪を素早く下ろした。

 だが――

 

(ッ!――上……!)

 

 手応え無し。ねじれは上空に飛んで回避したのだ。

 そしてすぐに理解した竜牙が上を向くと、その光景に面食らう。

 

「よっと……凄い速いねー!」

 

 なんとねじれは宙に浮いていたのだ。

 足の裏から何やら、ねじれた“何か”が放出され続けており、それが浮く事を可能にしている力。

 

「サポートグッズ?……いや個性か」

 

「せいかーい! 私の個性の『波動』――だよ!」

 

 言い終えるや否や、ねじれは両手を翳し、そこから波動を放つ。

 だがねじ曲がっているからか、速さはそれ程ではない。

 竜牙が回避するには余裕過ぎる程であり、竜牙は横へ飛んだ。

 ところが――

 

「バレバレだよー?」

 

 ねじれの先回りからの蹴りが竜牙を襲う。

 だが威力はそれ程ではなく、すぐに空中で受け身を取ろうとした瞬間、竜牙は背後から強烈な衝撃を受ける。

 

「グァァッ!?」

 

 竜牙を背後から襲ったのは、先程ねじれが放った波動だった。

 速度が遅いと言う事は、そこに留まる時間が長いと言う事。

 遅くて当たらないなら、どうにかして当てれば良いだけだと言わんばかりに実行するねじれに、竜牙は確信を抱く。

 

――強い。 

 

 見た目は遅いが波動の威力は高く、しかも竜牙は遅いからと回避に手を抜いた訳ではない。

 素早く油断なく横に飛んだが、丁度に隙が出来る瞬間を狙われて蹴られて当てられた。

 言動は“あれ”だが、ねじれは確かに考えて行動している。

 宙に浮いている時も周りに微かに波動を出している事から、バランスを調整できる確かな技術も持っている。

 だからこそ竜牙は思った。

 

――俺や轟よりも強い。

 

 自分や轟の様にゴリ押せる威力は持っているが、自分達とは違いねじれには速さが足りない。

 それが個性の欠点なのだろうが、それを技術で補い、雷狼竜の速さも予測して動ける能力。

 それは己と轟に足りない確かな能力である事を、竜牙は自覚する。

 

(手を変えよう……)

 

 自分と3年でここまで技術に差があるのは予想外だが、竜牙もまだ手札はあった。

 それは新たな手札――雷光虫だ。

 

「雷光虫……!」

 

 コスチュームの背中にある“巣”が竜牙の背から素材を取り込み、5秒以内には次々と蛍の様に発光しながら竜牙の周りを飛び回る雷光虫達。

 

(体育祭ではなかった技ね……)

 

「わぁー綺麗!」

 

 体育祭から間がない中での新たな手札にリューキュウは感心した様子で頷き、ねじれは楽しそうだ。

 だが本当に反応を示すのはここから。ねじれが楽しそうにしている間、竜牙は雷光虫を一気に解き放った。

 何匹も集まった雷光虫の群れ。それが一つ、二つ、三つ――それ以上の数にのぼり、ねじれの周囲を取り囲んだ瞬間だ。

 

『GUOOOOOOOOOON!!!』

 

 竜牙は吠えながら一気に放電。それに連動する様に、雷光虫達に雷が落ちるかの如く発生。

 それは確かにねじれを捉え、彼女に放電が直撃した。

 

「きゃあ!?」

 

「まだだ!」

 

 ねじれが怯んだ瞬間、竜牙は一気に攻勢に出た。

 両手に雷光虫を集め、自分と雷光虫の発電を利用した放電弾――名付けて『雷光虫弾』とも呼べるものを生成。

 それは素早い動きで放った。

 

――勝つ……!

 

 雷光虫は想像以上に応用が利く。初見では雷光虫がどの様な影響を及ぼすかは分からないだろう。

 その雷光虫で怯んだ中での雷光虫弾。当たった瞬間に接近戦に持ち込めば竜牙は勝てる。

 例え回避されたとしても、最初の攻撃で動きは鈍くどうとでも対処できる。そんな確かな自信を抱いた攻撃がねじれに迫った。

――瞬間、竜牙は聞こえた。

 

――凄いね!

 

 ねじれの嬉しそうな声が。

 

「チャージ満タン……出力10」

 

「!」

 

 ねじれの両手から波動が溢れ出す。それは先程までの波動とは桁違いのレベル。

 そう、それは彼女の必殺技――

 

ねじれる波動(グリングウェイブ)

 

 巨大な波動は雷光虫弾を打ち消し、そのまま竜牙へ直撃した。

 

「――ッ!」

 

 強烈な衝撃で吹き飛び、竜牙は受け身も取れないまま仰向けに倒れる。

 そこでリューキュウが止めに入った。

 

「そこまで!……大丈夫?」

 

「加減したけど立てない?」

 

「……いえ大丈夫です」

 

 心配する二人に竜牙は倒れたまま手を上げて大丈夫なのを知らせる。

 

「何もさせて貰えなかった……これが雄英の3年生」 

 

「いやジンオウガも悪くなかったよ。動きや技も、並みのサイドキックよりも良かったわ」

 

「……ありがとうございます。ですが、最初に調子を崩されてから自分の動きが出来ませんでした。耳や鼻を使えばもっと戦えた筈が、焦って決着を急いでしまいました」

 

「反省が出来るなら優秀よ? それに、そこまで落ち込む必要はないよ……君は雷狼竜になれなかったし、何よりねじれはただの3年生じゃなく、雄英生でトップの三人――」

 

「ビッグ3って呼ばれてるよー」

 

――ビッグ3?

 

 聞き覚えのない言葉に竜牙は首を傾げる。

 

「聞き覚えない? 現雄英生の3年生のトップ3人の事をそう呼んでるみたい。実際、ねじれはそれに恥じない働きをしてるし、既にプロでも通用するわ」

 

「……そうだったんですか」

 

 竜牙は納得したように肩の力を抜いた。

 人は見かけによらないという。確かにその通りで変人なねじれだったが、その実力は竜牙よりも上だった。

 その事実を受け入れない訳にはいかない。

 

「波動先輩……すみませんでした」

 

「えっなになに? 何か悪い事でもしちゃったの?」

 

「……いえ、ただ謝らせて下さい。そしてこれからお願いします――波動先輩」

 

「……えっ?」

 

 竜牙の言葉にねじれはそう呟いて固まる。

 そして少し経った後、突然声を出した。

 

「やったー! 後輩が出来たー!」

 

 両手を上げて大喜びのねじれの姿にリューキュウも苦笑しながらも、竜牙に手を貸して立たせる。

 

「ねじれも色々とあったから……普通の高校生の先輩後輩に憧れてたんだね」

 

「……」

 

 ねじれの様子とリューキュウの言葉に、竜牙も照れくさくなって片手で顔を隠してしまう。

 

「取り敢えず、実力は大体分かったわ。最初から信用してたし、ねじれ相手にあそこまで戦えるんだからね。――後の事はこちらの出番。私の事務所を選んで貰った以上、損は絶対にさせないよ」

 

「――お願いします。ヒーローリューキュウ……!」

 

「わぁ真面目だね!」

 

 真面目に頭を下げる竜牙へ、ねじれがそう言って抱き着いた。

 彼女の天然な行動ゆえであるが、竜牙の纏う雰囲気が“嬉しそうな”なのは気のせいではない。

 

――しかし、そんなねじれに遊ばれてる竜牙をリューキュウは真剣な表情で見つめていた。

 

 その理由は、竜牙の生い立ちを思い出してだ。

 竜牙が第一志望でリューキュウを選び、体験先が確定した事で竜牙の資料はリューキュウ事務所に送られる。

 勿論、機密を扱うヒーロー業故に深い所まで。

 だからリューキュウは知っているのだ。竜牙の過去を。

 

――両親とは違う個性だったから……か。

 

 リューキュウは自分と竜牙を比べる様にして考えていた。

 

『ドラグーンヒーロー・リューキュウ』

 

 その個性と彼女自身のクール性格もあって男女問わず大人気のヒーロー。

 勿論、彼女の両親も似たような個性であるが、それでも下位互換な個性。しかし両親は彼女を応援し、支援したからこそリューキュウとしての彼女がいる。

 しかし、目の前にいる竜牙は違う。

 

(私が教えてあげないと……このヒーロー社会にあなたの居場所がある事を。ヒーローとしての道標を)

 

 テレビで見た時からリューキュウは確信していた。

 竜牙の様な個性は自分と同じで人気が出ると、気付けば決まってもいないのに竜牙をどうやって売り出すかも考えていた。

 近い個性故に親しみを感じているのかも知れない。

 だが実際は自分とは真逆の境遇。この短い体験とはいえ、リューキュウは教えれる事は可能な限り教えるつもりだ。

 唯一の不安は性格がまだ分かっていない事だが、そこは雄英だ。最低限以上の信用はあり、ちゃんとコミュニケーションを取っていけば良い。

 リューキュウもまた、竜牙に興味と同時に将来に期待している。

 しかしそれを口にする事はしない。行動で教えて行くつもりだ。

 

「それじゃジンオウガ。まずは会議室で色々と説明してから、その後に簡単なパトロールに行きましょう。ねじれも今日は付き合ってちょうだい?」

 

「はーい!」

 

 元気よく手を上げるねじれが承認し、三人は取り敢えず会議室へと向かうのだった。

 

 

 

END



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第十九話:保須市攻防!

 竜牙は会議室でねじれを交え、リューキュウから色々な説明を受けていた。

 ヒーローの権限・法律上の行動範囲や立場。後々、そして学校でも教えられる事をプロのリューキュウが事前に教えてくれるのは贅沢な事だ。

 ホワイトボードをバックに教えるリューキュウの姿。クールな彼女ゆえだろう、教える姿はクールな女教師を彷彿させる魅力があった。

 

「立場としてはヒーローは公務員ね。成り立ちは異なるけど、国からお給金が出てるのよ。そして主な実務は犯罪の取り締まりで、警察からの応援・市からの治安維持の依頼がそれね。後はCM等の副業も――こら、ちゃんと聞いてる?」

 

「勿論」

 

 優しく怒るリューキュウの声に竜牙は即答で頷いた。

 頭に入れながら見惚れていました。――これが実際の竜牙だが、クールな姿でスリットで肩出しのコスチュームの彼女に見惚れたのは仕方ないだろう。

 そして一通りの説明が終わる頃、デスクに倒れていたねじれが呟く。

 

「リューキュウ……お腹減らない? 不思議だねー!」

 

「あら……もうお昼?――じゃあ、そろそろお弁当が届いてる筈ね」

 

「……なら俺取ってきます」

 

「私も行くよー!」

 

 どうやらねじれは後輩が可愛くて仕方ないようだ。

 取りに行こうとする竜牙の後を楽しそうに追い、リューキュウもその様子に微笑みながら「受付に届くはずよ」と言って邪魔はしないようにした。

 今日会ったのに、まるで弟離れが出来ない姉そのものだ。

 ねじれが来てからもそうだが、リューキュウは自分の事務所に新しい何かが包むのを確かに感じるのだった。

 

▼▼▼

 

 届いたお弁当に竜牙は驚いていた。――それは“重箱”のお弁当であり、それが事務所のサイドキックの人達や事務の人達分も置いてあり、まさに圧巻。   

 リューキュウ曰く、今日は竜牙が来るから奮発したとの事で、竜牙はリューキュウとねじれと共に会議室でそのまま食事を始めた。

 重箱の蓋を開ければ、まるで選り取り見取りの綺麗な庭だ。 

 卵焼きから始まり、野菜や魚、雑穀ごはんが引き詰められた弁当を食べながら、リューキュウは午後の行動を説明する。

 

「午後は市街のパトロールに三人で行きましょう。犯罪の抑止やファンサービス等、これも立派な仕事なのよ」

 

「了解です。その時の注意点や必要な物はありますか?」

 

「必要な物は自分のサポート装備ぐらいね。注意点はジンオウガはまだ仮免許も無いから基本的に“個性”の使用が禁止なのだけれど、ヴィランによる正当防衛・民間人の保護の場合は例外として認めるわ。――けれど」

 

 リューキュウが考える様に言葉を詰まらせた。

 まるで言葉を選ぶ様な彼女の様子に竜牙はその本心を察する。

 

「……例えそうなったとしても“雷狼竜化”は禁止ですね?」

 

「えぇ……誤解なく言わせてもらうけど、君を信じてないとかじゃなく市街地となると人の密集地。そうなると雷狼竜状態は力が強すぎるのよ。それに人や障害物が多いとその状態も活かせないというのも理由ね。――だから、例え雷狼竜化するとして、それは()()()()()の時のみ認めます」

 

「分かりました」

 

「わー! 後輩くんと初めてのパトロールだね! どうなるんだろ? 何かあるのかなー!」

 

 真剣な会話の中でのねじれの声。それが和みを生み、竜牙とリューキュウも余計な肩の力を抜くことが出来ると、リューキュウは思い出したように呟いた。

 

「そういえばジンオウガはもう“サイン”は描ける?」 

 

「形だけなら出来ます。……求められますか? まだ仮免許もありませんよ」

 

「ううん。必要になると思うよ?……それだけ雄英の体育祭は一大イベントだからさ」

 

 そう呟くリューキュウの言葉に、竜牙はこの間の登校日を思い出すのだった。

 

▼▼▼

 

 

「おい、あれってリューキュウじゃないか!?」

 

「本当だ! リューキュウ!」

 

 パトロールに出た竜牙達を迎えたのは好意的に声を掛ける一般の人々。

 トップヒーローだけあって皆がリューキュウへ手を振り、彼女もそれに応えるように手を振り返す。

 

「凄い……パトロールだけでこんなに」

 

「ふふ、これでも少ないぐらいよ? 多い時は本当に凄いんだから」

 

「前は多すぎて警察の人が交通誘導してたもんねー!」

 

 驚く竜牙にリューキュウとねじれがまだまだと説明する。

 地元だから今は落ち着いているが、人気が出た当初は人だかりが凄く、警察からパトロールの制限だが出た程だと話すリューキュウ。

 当初からそれをこなすオールマイトは凄いという話をしながら、三人はパトロールを続けるがやはりリューキュウのファンに捕まってしまう。

 

「あのこの色紙にサイン良いですか!?」

 

「ふふ、良いよ」

 

 目的はパトロールなのだが、リューキュウは迷惑そうな態度や表情は一切せずに対応する。

 寧ろ、感謝すらしている様に柔らかい雰囲気を纏っており、周りにサインや写真を気さくに撮ってあげている。

 しかもそれはリューキュウだけではなかった。

 

「あれ? 君って確か3年の部で出てたよね!」

 

「本当だ! ヒーロー名とか決まってるの!?」

 

「ねじれちゃんです! よろしくー!」

 

 ねじれちゃんも大人気。ルックスも良いのだから尚更で、リューキュウ同様にサインや写真の対応を始めた。

 そんな二人の光景に竜牙は何も言えず、これがプロヒーローのファンへの顔などだと考えていた時だった。

 不意に竜牙は腰の辺りを誰かにクイクイと弱い力で引っ張られ、振り向いてみると、いたのは小さな男の子だった。

 

「……どうした?」

 

 目線を合わせるように竜牙はしゃがんで問いかけると、男の子は目を輝かせながら色紙を竜牙の目の前に出してきた。

 

「らいろうじ りゅうがさんですか! ファンです!……サイン下さい!」

 

「サイン?……俺のなんかで良いのか?」

 

 リューキュウの前だからか謙遜してしまうが、そんな竜牙の言葉に男の子は激しく頷き続けるので描かない訳にはいかない。

 それどころか初サインだ。嬉しく感じながら竜牙は色紙に雷狼竜の頭部をイメージしたイラストと共にサインを描いて男の子に渡した。

 

「ありがとうございます!……なんてよむの?」

 

「ジンオウガ――俺のヒーロー名だ。まだ正式なヒーローじゃないが、これからもよろしく頼む」

 

「うん!」

 

 竜牙の言葉に男の子は頷き、そのまま母親の下へと戻って行く。

 そして母親に頭を下げられ、竜牙も軽く頭を下げて返した時だ。それが皮切りだった。

 

「ママァ! ジンオウガからサインもらった!」

 

 男の子の声が周囲に響きわたり、その声を聞いた周囲の人々は聞き覚えのないヒーロー名に思わず反応してしまう。

 

「ジンオウガ?」

 

「誰だ? 聞いたことがないがリューキュウのサイドキックか?」

 

「ん? ちょっと待って! あの子って雷狼寺 竜牙じゃないの!? ほらこの間の体育祭で優勝した!」

 

「ああ! あの竜になる子か!」

 

「もうヒーロー名もあって、しかもリューキュウ事務所なんて凄いじゃないか!」

 

 次々と連鎖する様に竜牙の存在が認知されてゆき、竜牙は熱気の様な何かに押されて思わず後退りしたと同時だった。

 周りの人達が一斉に竜牙の下へ集まり、竜牙をあっという間に取り囲んでしまう。

 

「体育祭見たよ! 格好いい個性だったね!」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「なになに!? もうサイドキックかい!」

 

「い、いえ、まだ仮免許もなくて、あくまで職場体験で……」

 

「それでもリューキュウ事務所だなんてすごいじゃない!」

 

「すいません。うちの子達、体育祭であなたを見てすっかり憧れちゃって……サインと写真良いですか?」

 

「ど、どうぞ……」

 

 一気にてんやわんやだ。一人一人に対応しては間に合わず、またサインを描いてあげながら写真を撮ると、今度は自分もという人が現れる。

 

(男の子や女の子もそうだが……結構バランス良く好感は持たれているな)

 

 集まってくる人々の種類を分析する竜牙だが、そんな事をしている暇はない。

 結果を出した将来のヒーローを見ようとする者。テレビで見て心を奪われた者など沢山の人の対応をしなければならないのだ。

 

(轟……お前も同じ感じなのか?)

 

 今はここにいない友に助けを求めるが、残念ながら轟が応えることはない。

 

「だから言ったでしょ? 雄英の体育祭は一大イベントだって。皆、新しいヒーローを望んでいるのよ」

 

「わー! いきなり沢山の人がいるね! さっきまでいなかったのに不思議だねー!」

 

 余裕のない竜牙とは違い、リューキュウもねじれも竜牙よりも多いファンを素早く対応をしており、竜牙の様子を楽しそうに見ていた。

 結局、リューキュウが止めるまでずっと竜牙はファンの対応に困惑し続けていた。

 

 

▼▼▼

 

 

(……疲れた)

 

 ホテルでシャワーを浴びた後、ベッドの上で竜牙はうつ伏せになりながら倒れていた。

 あの後、リューキュウ達に助けられた竜牙は事務所に戻って大体の流れ、そして明日の予定を聞いてその日は解散となり、ねじれが宿泊先が同じだからとホテルを案内し、そして現在に至る。

 

(テレビ……付けるか)

 

 静かな部屋にせめてものBGMとして竜牙がテレビをつけると、映ったのはニュース番組だ。

 

『――との事で、ヒーロー『インゲニウム』を再起不能に陥れたヴィラン『ステイン』は現在も逃走中であり、現地のヒーローや警察が行方を追っています』

 

(……インゲニウム。――飯田)

 

 ニュースの内容に竜牙はクラスでの事を思い出す。

 体育祭を途中で帰宅してしまった飯田の事で緑谷に聞いたのだ。

 

『飯田くんのお兄さんがヴィランと何かあったみたいなんだ!』

 

 その後、ニュースでターボヒーロー『インゲニウム』がヴィラン名『ステイン』――通称『ヒーロー殺し』によって再起不能にされた事を知った。

 だから竜牙もさりげなくだが、飯田に大丈夫なのか問いかけたのだがその時は――

 

『心配かけてすまない! だが俺は大丈夫さ!』

 

(……そうは見えなかったぞ)

 

 竜牙は知っている。本当に大丈夫じゃない者の目を。嘗ての自分がそうだったように。

 だが竜牙は何も言えなかった。自分をその時に救ってくれたのは家政婦の猫折さん達であった様に、竜牙では飯田の本心を理解することが出来なかった。

 救われた者が救う者になる事もあるが、竜牙は身内をヴィランに襲われたとかはない。

 

(緑谷……お前ならどうした?)

 

 轟を救った緑谷を竜牙は目を閉じながら思い出す。

 ヴィランの件ではないが、下手な深入りは更に傷付ける事を知っている者――竜牙には出来ない事、それを緑谷は自らが傷付いても行う。

 だから竜牙は緑谷を対等として見ているのだ。

 

 そんな事を竜牙が考えていた時だった。不意に自分の携帯が着信音を鳴らし、メッセージの受信を知らせる。

 

(誰だ……?)

 

 携帯を覗くと、そこに写っていた名前は耳郎と障子の二人からだった。

 

『こっち今終わったよ。そっちはどう?』

 

『俺も終わった。雷狼寺はまだ体験中か?』

 

 どうやら二人も今日の体験は終了し、身体を休ませている最中の様だ。

 初日ゆえの気疲れした中、二人からのメッセージは休まる日常を感じられ、竜牙は安心の笑みを浮かべながらメッセージを送る。

 

『俺も終わって今、ホテルで休息中』

 

『そうなんだ。っていうかテレビ見たよ? ニュースでリューキュウ事務所に未来のヒーロー『ジンオウガ』って言われてた』

 

『周りのファンに囲まれてたな』

 

「………気づかなかった」

 

 寝耳に水。どうやらあの時にテレビクルーもいた様で、竜牙達の様子を撮影されていたようだ。

 周りの対処に忙しく、耳郎達に言われなければ気づけなかっただろう。

 

『ところで初日はどんな感じだった? うちは普通にパトロールだった』

 

『俺もそんな感じだ。周囲をパトロールしながら立場やルールを教えられた』

 

『教える事は皆、同じか』

 

 二人の話を聞く限り、本当に初日は必要な知識や行動をどこも教えているようで、竜牙は楽しそうにしながら話を続けていった。

 学校とはここが違う。プロは副業も大変等、色々と話をし続けていつの間にか2時間近く経過しており、やがて話も終わりを告げた。

 

『それじゃあ、明日早いから今日はもう寝るね』

 

『俺も明日は遠出するから今日は寝る』

 

『俺も寝る』

 

 互いにメッセージを終えると、竜牙も充電をしてから電気を消してベッドに潜り込んだ。

 明日からも忙しい。肩の力を抜きながら、竜牙は重くなる目蓋を閉じて静かに眠りについた。

 

 

▼▼▼

 

――翌日、リューキュウ事務所に来た竜牙が真っ先に行ったのはねじれとの訓練だ。

 

「――放電!」

 

「よっと!」

 

 竜牙の放つ放電をねじれは空中へと回避し、波動を竜牙へと放ち、竜牙も負けじと雷狼竜の腕へと変化させて正面突破。

 ねじれの波動を相殺させ、ねじれとそれを見ていたリューキュウを驚かせた。

 

「うわー! 昨日と動きがちがうね!」

 

「うん、昨日よりも動きのキレが良くなってるよ。これなら大丈夫そうね」

 

「?………何がですか」

 

 竜牙は動きを止め、リューキュウに問いかけた。

 

「実は明日、保須市に出張する事になって二人にも同行してもらおうと思ってるのよ」

 

「保須市?――まさかヒーロー殺し?」

 

 竜牙の言葉にリューキュウの表情が真剣なものとなった。

 

「無関係……ではないわ。市から抑止力として依頼されたの。既に17名のヒーロー殺害・23名のヒーローを再起不能にし、遂にはあのインゲニウムさんもその一人にされた。――勿論、保須市は人口も多く、それにあった数のヒーロー事務所があるわ。けれど、市は不安だからアピールも兼ねて私に依頼したのよ。――それに依頼の時に聞いたのだけど、既にエンデヴァーも保須入りしたらしいわ」

 

「エンデヴァー? なんで?事務所の場所ちがうよね?」

 

「……まさかヒーロー殺しを狙ってる?」

 

 リューキュウの言葉に不思議がるねじれだが、竜牙は嫌な予感を口にした。

 あの検挙率ならばNo.1のエンデヴァーが動くのは余程の案件。しかも保須を狙う以上、考えられるターゲットは“ヒーロー殺し”しかいない。

 しかし、それは竜牙の予想でしかないのだが、その言葉にリューキュウは頷いた。

 

「恐らくその通りね。ヒーロー殺しは活動したエリアでは最低でも4人以上に危害を加えてて、保須市ではまだ一人だけ、前例通りならば犯行を繰り返す筈。――だから市からは抑止力だけれど、私達もヒーロー殺しを捕える事を視野に入れて向かうわ。勿論、サイドキックも総動員して」

 

 リューキュウの言葉には重みが存在した。それだけ真剣な案件。プロヒーローがヴィランと戦う時の姿だ。

 肌で感じるのプロの世界。竜牙も無意識の内に力が入ってしまう。

 

「勿論、ジンオウガは個性の使用が制限されてるから、万が一の時の避難誘導を頼むよ?」

 

「はい。足は引っ張りませんリューキュウ」

 

「うんうん! 何かあったら私が竜牙くんの面倒見るから大丈夫だよー!」

 

 ねじれに体毛をモフモフされながら竜牙は頷き、リューキュウもこれなら安心できると笑顔で頷く。

 

「ハッキリ言うけど、私は君に期待してるよ。だから多少危険でも、教えられる事は教えてあげたいの」

 

「嬉しい限りです……」

 

 トップ10に入るプロヒーローにここまで言われたのだ。

 その期待はプレッシャーにもなるが、竜牙はそれ以上に気合が入って仕方がなかった。 

 

「期待に応えてみせますリューキュウ……波動先輩……!」

 

 竜牙は瞳に力を宿し、覚悟を決めて明日に備えるのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

――翌日、竜牙はリューキュウ事務所総員で朝早くに保須市へと入った。

 そこからは3組に分かれ、竜牙はリューキュウ・ねじれ・サイドキック一人の組み合わせに入り、そこからは街の中をパトロールする。

 その最中に気づいたのだが、辺りのプロヒーローの多さが目立っていた。

 空気もピリつく完全な警戒態勢。言われなくても、ヒーロー殺しがその元凶だと理解できてしまう。

 

「街全体での警戒態勢ね。三人共、あまり気は抜かない様に」

 

「はーい!」

 

「……はい」

 

「二人共、落ち着いてるね……」

 

 リューキュウの言葉に落ち着いた態度の二人に、サイドキックの男性ヒーローは大したもんだと苦笑していた。

 これが初めての事ならば戸惑っていただろうが、竜牙もUSJでヴィランと戦闘を行っており、不思議と落ち着くことが出来ていた。

 

 そしてその後も四人はパトロール・周りのヒーローと情報交換・ファンへの対応などを行いながら続けて行ったが、これといった手掛かりはなく、近くの喫茶店の外の席で遅いお昼休憩をする事になった。

 

「みんな怖い顔してるねー不思議!」

 

「……やっぱりヒーロー殺しの影響ですよね?」

 

「だろうね。こんなにヒーローや警察が街中をウロウロするのは余程の事だよ」

 

「けれど、こうなるとヒーロー殺しは疎か、他のヴィランも動きを見せないでしょうね」

 

 リューキュウは紅茶を飲みながら街を見渡す。

 異質とも呼べる警戒態勢。こうなれば下手な行動するだけでヒーローと警察が駆け付けるので、チンピラとも呼べるヴィランも大人しくするだろう。

 

「何もないなら……それに越したことはないですね」

 

 竜牙の言葉にリューキュウは「そうね」とだけ言うと、カップを置いた。

 元凶は取り除かれなくとも、何も起こらなければそれに越したことはない。

 しかし、平和というのはいつも突然として壊れるものだ。

 

――今の様に。

 

『キャァァァァァァッ!!』

 

 悲鳴と共に悪意が保須市を包み込む。

 

 

▼▼▼

 

 

 雷狼寺 ミキリは商談を終え、側近の運転する車で移動していたが、その表情は少し曇っていた。

 別に商談が上手くいかなかったとかではなく、寧ろ外国の会社と良い商談が出来た。

 ならば、表情が曇っている理由は何か? その理由は一つであり、ミキリは後部座席の方へ振り向く。

 

「むぅ……!」

 

「むぅ……!」

 

 不満そうに頬を膨らますサイドテールの双子の愛娘達がその理由だ。

 一昨日からずっとこの調子であり、ミキリは参った様に額に手を置いた。

 

「……まだ機嫌は直らないのか?」

 

「二人共、いい加減にしなさい……」

 

 父と母が娘二人を説得するが、娘達は知らん顔だ。

 それどころか更に機嫌を損なった様に不機嫌な色が濃くなった。

 

「……お兄ちゃんにあいたいもん!」

 

「……あいたいんだもん!」

 

――またそれか……。

 

 ミキリの頭痛は酷くなる。

 事の発端は一昨日のテレビでリューキュウのニュースだ。

 それに出て来た一人のヒーロー『ジンオウガ』――つまりは息子の竜牙が出て来た事だった。

 あの雄英体育祭以降、娘達の竜牙に会いたいという感情が強くなっているが、家庭の事情で会うことは難しいと言える状況だ。

 会うことが出来ない。ならば誤魔化すしかなく、時間がないやら何やらの子供騙しで対処してきたが、ニュースで竜牙が出て来た事で事態が変わってしまう。

 竜牙が娘達と同じぐらい子供達と接している映像が流れ、運悪く娘二人がそれを見てしまったのだ。

 

『じぶんたちのお兄ちゃんなのに、なんで知らない子達だけ遊んでもらってるの?』

 

 娘達がそう思ってしまうのは仕方ない事だろうとミキリも納得は出来ていた。

 自分達は会えないのに、知らない子ばかりが構ってもらっている。

 これ以上の不満はなく、すぐに会いに行きたいと駄々をこね始めてしまった。

 だが捨てたも同然の扱いをした息子に、どう娘を会わせろというのだ。

 

『もう……これは俺の人生だ』

 

 十年ぶりの息子との再会。その第一声がそれだった。

 久し振りです。元気でしたか。そういうのは一切なく、ただその一言が第一声だ。

 十年ぶりの再会じゃなく、普通の家族としての会話としても異質だろう。

 

『不満か?……ヒーローを目指すならばエンデヴァーとのパイプは作っておくべきだ』

 

 そしてこれが自分自身の返答。自分も同じだと、ミキリは自覚していた。

 家政婦の猫折さんからしか話を聞いていない息子。何が正解か分からず、ただ望む通りにお見合いは断り、妻に再会した事を話した。

 

『ッ!……そ、そう』

 

 妻はビクリッと一瞬、肩を震わせながらその一言だけを呟いた。

 それだけだ。それ以上は罪悪感なのか、恐怖なのか踏み込むことができなかったのだろう。

 そんな関係の息子だ。娘達に罪がなくとも、会わせる事なぞ出来るわけがない。

 

――その結果がむくれた娘達だ。

 

 ミキリは溜息を吐きながら側近へ問いかけた。

 

「……今、どの辺りだ?」

 

「今ですか?――保須市街ですね」

 

「……そうか」

 

 保須市ならばまぁまぁのレストランぐらいあるだろう。

 スイーツでも食べさせれば少しは機嫌が直るだろうと、ミキリがそんな事を思った時だった。

 

――強烈な爆音と悲鳴。そして急ブレーキの衝撃がミキリ達を襲った。

 

「ぐぁ!?」

 

「キャア!!」

 

「!!」

 

「!!」

 

 ミキリと妻が叫び、娘達は驚いて声も出せないでいた。

 前方の方で起こった衝撃音と叫び声。一体、何事だと思いミキリは側近へ叫ぶように問いかける。 

 

「何事だ!?」

 

「分かりません!」

 

 側近はそう言うと車の窓を開き、逃げてくる男性を捕まえて声をかけた。

 

「すまない! 前方で何が起こったんだ!?」

 

「ヴィランだ! とんでもない大男のヴィランがヒーローを薙ぎ倒してんだ! 早く逃げろ!」

 

 そう言って男性は素早く逃げて行ってしまい、ミキリと側近はすぐに行動を移す。

 ヒーロー社会での社会問題――野次馬が横行する中、市民が逃げると言う事は本当に危険だと示している。 

 ミキリは急いで後部座席のドアを開け、妻と娘二人を出させた。

 

「急げ! ヴィランが出たようだ!」

 

「ヴィランが!? でも、保須市にもヒーローは沢山いるんじゃ――」

 

「プロとは名ばかりの連中だけだ! 急いで逃げるぞ!」

 

 既に周りの者達も車を乗り捨てて逃げており、轟音も近くまで迫ってきているのが分かった。

 瓦礫が崩れ、ヒーローらしき叫び声も聞こえる。

 すぐにでも逃げなければならず、ミキリが側近と共に家族を守りながら避難しようとした時だった。

 

――彼等の背後で強烈な爆音が発生した。

 

 嫌な予感とは当たるものだ。

 背中に冷たい汗が流れるのを感じながらミキリは振り返ると、そこにいたのはヒーローを地面に叩き付けている大柄な人間。

 しかし、その姿はまさに異質。“脳みそ”を剥き出しとし、顔を呼べるものがなかった。

 

「とんでもない大男……その通りだな」

 

 せめてもの強がりと、ミキリが冷静を装っていると案の定と言うべきだろう。

 ヴィランの興味がミキリ達へと移り、車を投げ飛ばしながら迫る。

 

「旦那様!!」

 

 側近がミキリ達家族を守ろうと前に出たが、車を片手で容易に投げる怪力だ。

 盾になる事もなくやられてしまうのは想像に容易く。ミキリも覚悟を決めた。

 

――その時だ。そのヴィランへ、一人の少年が突っ込んできたのは。

 

 

▼▼▼

 

 反射に近かった。ヒーローを鷲掴みにしながら移動するヴィランを追っていた竜牙達が、その民間人に迫ろうとするヴィランを見付けた時、竜牙は個性の制限などは忘れ、無我夢中で突っ込んだ。

 そして本来の雷狼竜の腕へと変化させ、取り押さえるようにビルの壁へと押し付けるのだが、雷狼竜の力にも抵抗する怪力に竜牙も余裕はない。

 

「ま、まさか……竜――」

 

「早く避難してくれ!!」

 

 何かを言おうとした()()()の声を遮って竜牙は叫んだ。

 全力で抑えているにも関わらず、このヴィランは何と押し返してくる。

 突っ込んだ事で竜牙の体勢が悪いのも原因だ。一回離れ、体勢を整えなければ完全に抑えることが出来ず、放電しようにも民間人が近く、車も多すぎて使えない。

 しかし、余裕が本当に消えそうになった時、ようやく他のヒーローも到着する。

 

「すげぇ! あの巨体を一人で抑えてんのか!?」

 

「そんな事を言ってる場合じゃない! あそこに民間人がいて動けないんだろう!」

 

 集まって来るプロヒーロー達も一斉に状況を把握。

 すぐに援護側・避難側に分かれ、ようやく民間人達に救いが訪れる。

 

「さぁこちらへ! ここは危険だ!」

 

「ま、待ってくれ! あのヒーローは――ジンオウガは私の――」

 

「急いで!!」

 

 何かを言おうとした民間人をヒーロー達が無理矢理に連れてゆく。

 その間際、二人の女の子が叫ぶ。

 

――お兄ちゃん!

 

 何かを訴えるような声。しかし竜牙にはその声が届かなかった。

 それだけ余裕はなく、ここからどう動くか考えていた時だ。

 

「ジンオウガ!!――こっちに!!」

 

「!――GOOOOOOOOOON!!」

 

 耳に届く凛とした声。今、この状況下で一番頼りになる人物の声に竜牙は反応し、全力の力を持ってヴィランをその声の方へ投げ飛ばす。

 そんな巨体のヴィランを竜牙が投げ飛ばす光景にヒーロー達は驚いて呆気になるが、そんな中で動く者達がいる。

 

「ねぇねぇ! なんで脳みそだけなの? 不思議だねー!」

 

 上空へ舞うヴィランよりも上。そこにねじれが現れ、彼女はそのまま波動を放ってヴィランを地面に叩き付ける。

 そこへ更に巨大な何かがヴィランを抑えつけた。

 しかし、竜牙はその巨大な何かの正体を知っており、何の迷いもなく横に降り立つと、見上げながら頭を下げる。

 

「すみません。勝手に動いてしまいました……()()()()()()

 

 竜牙が見上げた存在、翼を持つ竜――リューキュウへ謝罪する。

 

「お説教……は後ね。――でも、よくやったわジンオウガ」

 

 ヴィランを抑えながら、リューキュウは竜の姿でありながら優しい口調で竜牙を叱り、そして褒めた。

 あの状況で間に合うスピードがあるのは竜牙だけであり、竜牙が動かなければ取り返しのつかない事になっていたのをリューキュウは理解していたのだ。

 しかし、こっからはプロの世界だ。竜牙を前線に出すわけにはいかない。

 

「ねじれ! ジンオウガと一緒に下がってあげて」

 

「はーい!」

 

 リューキュウの指示にねじれが竜牙の下に降りた時だった。

 

「もう一人来たぞ!」

 

 上空から翼の生えた新たなヴィランが襲来。周りのヒーロー達がリューキュウとサイドキック達を中心に迎撃しようと構えた時だった。

 

――ピコン!

 

 竜牙の携帯がメッセージを受信し、それを反射的に竜牙は出してしまった。

 目の前にヴィランがいるのに何をしているんだとすぐに気付いたが、メッセージの送り主と内容に思考が切り替わる。

 

(緑谷?――江向通り4-2-10の細道?)

 

 送り主は緑谷。そして住所だけ書かれたメッセージに竜牙は少しだけ考えると、ある答えに行きつき、リューキュウとねじれへ声をあげた。

 

「リューキュウ! ねじれちゃん!――江向通り4-2-10の細道に手の空いてるプロの応援を下さい!」

 

「ええっ!?」

 

「どうしたの!?」

 

「友達に危機が迫ってる。――かもしれない」

 

 竜牙はそう言うとそのまま駆け出した。

 後ろからリューキュウとねじれが何かを言っているが、場合によっては事は一刻を争うかもしれない。 

 竜牙は素早く移動し、その指定された場所へと急ぐのだった。

 

 

▼▼▼

 

――江向通り4-2-10の細道。

 

 竜牙が指定されたその場所では予想通り、とんでもない修羅場が起こっていた。

 

――ヒーロー殺し『ステイン』襲来だ。

 

 薄暗い路地裏でヒーロー一人、そして飯田が倒れており、緑谷が一人でステインと対峙しているのだ。

 

――新たな個性の使い方『ワン・フォー・オール・フルカウル』

 

 それと頭脳をフル稼働して時間を稼ぐ緑谷だったが、ステインによる斬撃のカスリ傷で血を摂取され、身体の自由を奪われてしまっていた。

 

(やられた……!――血だ! ステインは血を摂取してその人の動きを封じるんだ……!)

 

 緑谷はステインの個性を見抜いた。

 一対一ではステインの身体能力を合わせ、強個性ではないにしろ沢山のヒーローを倒してきた力。

 しかしUSJで戦ったチンピラとは違う、本物の人殺し。その狂気に緑谷は倒れてしまい、ステインは緑谷を見下ろしながら飯田の下へ近付く。

 

「口だけの連中は多いが……お前は生かす価値がある。こいつらとは違う」

 

「なっ! や、やめろぉぉぉ!!」

 

 兄・インゲニウムを再起不能にしたステインを許せず、復讐に走った飯田をステインは贋作と呼び、他のヒーロー同様に始末しようとしている。

 彼の真上に立ち、緑谷の叫びも虚しく刃こぼれした狂気に染まった刃を振り上げるステイン。

 全てを捨ててでも助けたいのに動けない。緑谷の目の前で飯田の命が散らされ様とした時だ。

 

――地面を氷結が、上を炎が走ってステインを襲う。

 

「!?」

 

 飛び上がって回避するステイン。しかし、そんな彼に迫る影があった。

 その影は巨大な爪で空中のステインを叩き落とすが、ステインは受け身でダメージを軽減。

 影もまた、そのまま緑谷達の下まで後退すると、後ろからもう一人が現れて二人が並ぶ。

 

「……緑谷。こういうのはもっと詳しく書いてくれ」

 

「……あぁ。そのせいで遅くなっちまったろ?」

 

「雷狼寺くん!! 轟くん!! 何で二人が!?」

 

 現れた二人に緑谷は嬉しさよりも困惑気味の様子だが、それは二人からしてもそうだった。

 

「何ではこっちの台詞だ緑谷……お前の性格が分からなかったら理解出来なかった」

 

「……しかも俺と轟が合流できたのは偶然だった。――俺が血の匂いを察知できなかったら更に遅くなっていた」

 

 街中を走っていた竜牙と轟の合流。それによって限られた細道を特定することが出来た。

 しかも互いに事前にプロに場所は教えており、来るのも時間の問題。

 

「だが助けに来たぞ……いずれプロも集まる。俺達の仕事はその間――」

 

「あぁ……守る事だ。三人共死なせねぇ」

 

「ハァ……今日は邪魔ばかりだな……!」

 

 面倒そうに呟くステインだったが、その間にも竜牙と轟の二人動く。

 まずは両手足を変化させ竜牙が突撃。轟もそれに合わせ氷柱を生む中、緑谷が二人へ叫ぶ。

 

「二人共! そいつに血を見せちゃ駄目だ! 血の経口摂取で相手の自由を奪う個性だ!」

 

「それで刃物か!――雷狼寺!!」

 

「――ああ!」

 

 緑谷の言葉に轟と竜牙は動きを変えた。

 まずは轟。氷結を動けない三人を纏い、そこに熱で溶かして一気に自分の方へと運び、竜牙も体育祭の爆豪戦で見せた様に肌を雷狼竜で覆い、敵の攻撃に対処しながら双剣で斬り合う。

 しかし、ステインのその速さと動きは凄まじかった。

 一手一手が次の攻撃の伏線。目の前だけを認識しての対処ではやられる。

 

「悪くない……が!」

 

 ステインのナイフと竜牙の双剣がぶつかる。

 だがその直前にステインは上空に刀を投げており、それに気付いて氷結を放とうとする轟を投げナイフで牽制。

 

「雷狼寺くん!!」

 

 緑谷の言葉に竜牙も気づき、一瞬そちらに意識が向くのをステインは見逃さない。

 腹部に蹴りを入れ、竜牙を怯ませて距離を作り、上空の刀を使って上空からの勢いを乗せた一刀で斬り竜牙の防御を崩す。

 そこへ素早くナイフに持ち替えて一気に斬り付けた。

 

(――強い……!)

 

 緊張の糸を切らせないように、まるで綱渡りの様に戦う竜牙はステインの強さと技術に押されていた。

 切島の攻撃で傷一つ付かなかった甲殻も傷だらけになり、双剣も爪も上手い力具合で流される為、下手に深入りせずに戦わなければならない。

 隙を見つけての攻撃だ。しかし狙って放電しようとしても――

 

「――!」

 

「しまっ――!」

 

 放電を見抜き、ステインは竜牙の真上を飛び越えて狙いを轟へ変更。

 轟も氷柱を作って迎撃するがステインはそれを斬り裂き、轟が左を使うが炎に反応して回避する。

 

「轟――!」

 

 竜牙も背後から攻撃して轟を援護。

 爪でスピード攻撃を狙うが腕を掴まれ、そのまま背後に蹴りを入れられる。

 

「――クッ!」

 

 反撃しようと竜牙は再び放電を行うが、ステインは壁を蹴って素早く距離を取った。

 そして竜牙の振り向いたタイミングでナイフを投げ、それが竜牙の額に直撃。

 

「雷狼寺!?」

 

「問題ない……!」

 

 轟の言葉に竜牙は素早く応える。

 顔も覆っていて生身へのダメージはないが、額にはナイフによる斬り傷が出来ており、もし投げじゃなければ危険であった事を示していた。

 無論、轟もそれに気づいておりステインの強さに息を呑む。

 

 そして、そんな死闘を見ていた飯田がとうとう口を開いた。

 

「何故だ……やめてくれ三人共……! そいつは僕が……! 兄さんの名を継いだ僕の手で……!!」

 

 憎しみに満ちた瞳で叫ぶ飯田。その姿は最早ヒーローではなく、周りが見えなくなった復讐者。

 そんな姿が見てられなくなったのか、轟はどこか嫌味ではないが、呆れた様にも呟く。

 

「……継いだ割には俺が知ってるインゲニウムとはえらい違うが。――おまえん家も裏じゃ色々あんだな」

 

 轟の言葉に飯田は言葉を失い、そのまま隣にいる竜牙に何かを求めるように視線を向けるが、竜牙は何も言わずに顔を逸らす。

 何も言ってもらえない事にもショックなのか、飯田は再び黙り込んだ。

 

 そして飯田の事が終わり、再び戦いに集中する轟と竜牙だったが、轟の出した氷柱を跳びながら回避するステインの動きに翻弄される。

 

「自分よりも動きが速い相手に、自ら視界を封じるとは愚策だな」

 

「どうかな……!」

 

 氷柱を斬りさくステインへ左を放とうとする轟だが、そこにステインが仕込みナイフを投げる。

 

「轟――!」

 

 炎を出す左腕へ投げられたナイフを竜牙が身を挺して爪で弾き、そのまま二人で炎と電撃の一斉攻撃を放った。

 しかしステインは同じように壁を蹴り、時折に刀を刺して動きを止めながら回避し、そのまま上空から二人へ迫る。

 

「お前達も良いな……!」

 

 狂気の目で満足そうに二人を評価するステインへ、竜牙は放電をしながら再び双剣を構え、轟も左右いつでも放てるように構えた時だ。

 

――倒れていた緑谷が復活。一気に壁を蹴りあがり、そのままステインを壁に接触させながら落下する。

 

「緑谷!?」

 

「動けるのか!?」

 

「なんか動けるようになった!」

 

 回復した事を伝える緑谷だったが、ステインの反撃にあって落下するのを竜牙が尻尾でキャッチする。

 

「無事か緑谷?――だがなんでお前だけ動ける?」

 

「分からない。ただ時間制限ではないと思う」

 

「あ、あぁ……だったら……俺が最初に……うご……ける筈……!」

 

 倒れているヒーローが未だに動けず、一番最後にやられた緑谷が動ける以上、時間制限の可能性は消える。

 ならばなんだと考え、轟は次々と可能性を呟き始める。

 

「人数制限……摂取量……血液型……」

 

「血液型?……俺はBだ……」

 

「僕はO型……」

 

 飯田・緑谷がそれぞれ血液型を口にすると、偶然なのか全員がバラバラだ。

 まさかと思い、竜牙達がステインを見ると、ステインはそれに関しては観念した様に息を吐いた。

 

「ハァ……正解だ。血液型によって時間が変わる」

 

「つまりO型が一番拘束時間が短いって事か……」

 

「そうなると……逆なのがAかB。AB型は分かんねぇな」

 

 竜牙と轟の推理からして緑谷の拘束時間は余程に短く、多人数戦ならばO型は相性が悪いのだろう。

 しかし――

 

「分かったところでどうにもなんないけど……」

 

「出来るなら担いで逃げてぇが……」

 

「逃がしてはくれるのか……?」

 

「――愚問だ」

 

 竜牙の言葉にステインはやはり見逃す気はないようだ。

 ならば選択する手は一つだけ。

 

「僕と雷狼寺くんで奴の気を引き付けるから、轟は後方支援して!」

 

「……あぁ任せろ。轟は大丈夫か? 俺と緑谷はずっと前線だ……動きも後方に気は配れないだろう」

 

「あぶねぇ橋だがこっちも任せろ。やるしかねぇ――」

 

――守るぞ三人で。

 

「3対1か……甘くはないな」

 

 覚悟を決めた三人に応えるように、ステインの纏う雰囲気も変わった。

 完全に修羅に入ったヴィラン。ここからは全力でステインも攻めてくるだろう。

 

 そんな中でだ。竜牙が気づいたのは。

 

「緑谷……お前、さっきの動きからして力は制御出来てるのか?」

 

「……うん! まだ試行錯誤してるけど、骨折したり足は引っ張らないよ」

 

「――なら俺を使え。守る事は出来る」

 

 竜牙はそう言うと緑谷の両腕を掴み、腕から雷狼竜の肉体が緑谷の腕を包み込んだ。

 上鳴の時の様に装備を渡すのだ。

 渡した装備は謂わばガントレットの様なもの。それが、まるで体の一部の様に馴染むのを緑谷は感じ取ることが出来た。

 

「不思議だ……まるで僕の身体の一部の様に違和感がない」

 

 オールマイトから受け継いだ力・友からもらった力。

 それは彼の矛となり、緑谷に新たな力を自覚させる。

 

 そう、言うならばそれはワン・フォー・オール――

 

「――ジンオウガ・フルカウル!!」

 

 新たな力で今、三人は信念の悪に挑む。

 

 

 

END



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第二十話:信念の輪廻

 

 

 雷狼寺ミキリはヒーローに代わり、途中で警察に避難誘導されながら危険区を脱していた。

 だがその表情と内心は晴れていない。安全圏に避難できても曇ったままだ。

 

(あれは……竜牙だった)

 

 ついさっき自分達を助けたヒーローの正体――息子の竜牙の存在がその理由。

 その話を寸前までしていたのだ、気付かないわけがない。

 

(あんなヴィランにも立ち向かうのか……お前は)

 

 サポート会社としてヒーローとの関りはあり、それによって理解もある。

 だがだからといってミキリ自身がヴィランに対峙する訳ではなく、その感情など分かる筈がない。

 なのに捨てた同然とはいえ、息子があんな脳みそ剥き出しの異常なヴィランにすら立ち向かっている事実に胸の中が異常なまでにざわついてしまった。

 この間再会した時だって互いに会話らしいものもなく、互いに割り切った存在だと思っていた。

 しかし、脳内にはずっと去り際に見たヴィランを抑え込む姿が離れない。

 

(職場体験と言っていたがもうあんなヴィランと戦うのか?……担当のヒーローは何をしている!?)

 

 再会してしまった事で、その現場を見てしまった事でミキリの心情はザワめく。

 自分がどこかで間違ったのだろうか? そんな考えが浮かぶがミキリは振り払い、深呼吸しながら落ち着こうとする。

 

――そもそも、十年前の()()さえなければ私達は普通に家族だった……!

 

 思い出すは忌々しい十年前の事件。あれさえなければ、こんな歪んだ家族関係ではなかった。

 

『それは可哀想に……だけど僕ならばそれを解決してあげられる』

 

――あの男の言う通りにしていれば……!

 

 ミキリが後悔を思い出していた。その時だ。彼の妻が騒ぎ始める。

 

「あなた!? “あの娘達”がいないの!!」

 

「なんだと……! なぜ目を離した!!」

 

 いた筈の場所に娘達がいない。周りには避難してきた者達もおり、まさか誘拐かと不安が過った時だ。

 ミキリは別の事を思い出す。

 

『お兄ちゃん!!』

 

 去り際に娘達が放った言葉。少なくとも娘達は竜牙の存在を気づいた事実を。

 

「……まさか」

 

 ミキリに最悪な可能性が過った。

 

 

▼▼▼

 

 

 竜牙と、装備を纏った緑谷は同時に飛び出してステインへ攻撃を仕掛ける。

 まず一の手は竜牙だ。

 

「――この受難に感謝」

 

「……良いなお前」

 

 その速さとスピードでステインへ接近、そのまま双剣を振るえばステインもナイフで受け止め、その時に二の手――緑谷だ。

 竜牙とぶつかり合い、動きを止めたステインを狙って壁を蹴って横から襲撃。

 だがステインもそれに反応。口で肩のナイフを加え、緑谷を牽制。

 しかし竜牙もここで動く。緑谷に注意を向けている瞬間、低出力で放電を放つ。

 高威力はその予備動作でステインに反応されるが、低出力ならば緑谷の存在もあってステインも回避が出来なかった。

 

「――ッ!」

 

 痺れで動きが止まるステインへ、緑谷がそのまま横から右ストレートを放つ。

 ステインはそのまま身体が飛ぶが、痺れは一時的なもの。すぐに受け身をとって態勢を整え、追撃を行う緑谷へ飛び出しナイフで迎撃。

 だが緑谷はそれを竜牙がから受け取ったガントレットで受け、ナイフから身を守る。

 その光景にステインの表情も崩れた。

 

「ハァ……あいつの個性か。爪に電気に装備まで……何の個性だ?」

 

 ステインの余裕が崩れる中、緑谷もそのガントレットの丈夫さに驚きを隠せないでいた。

 

(凄い……! 重量はあるけど許容範囲でこの防御力。これが雷狼竜の強さ……!)

 

 鋭利なナイフを防ぐ防御力。ワン・フォー・オールにも馴染ませやすい素材の力。

 これでステインの個性にも多少なりとも対応できるが、それでもステインは脅威でしかない。

 竜牙と轟を相手に多少は疲労しているとも思ったが、寧ろ逆だ。――反応速度も更に磨きかかり、先程以上の動きを魅せる。

 

 ステインは刃が駄目ならばと身体をしならせ、カウンターの蹴りで緑谷の顔面へヒットさせ、緑谷は宙に舞う。

 

「――緑谷!」

 

 そこに竜牙が尻尾で緑谷を自分の後ろへ運び、選手交代の様にステインへ飛び掛かった。

 

「……さっきと同じと思うな」

 

「ハァ……面倒だな……!」

 

 双剣をしまい、爪と耳を出して現れる竜牙にステインも困惑気味だ。

 耳を出し、更に速さに対応できる形態となった竜牙は接近戦を仕掛け、フェイントを挟みながら爪を振るってステインも刀で受け止める。

 高速で刃と爪をぶつけ合う両者。一進一退とも呼べる戦いでプロが来るまで時間が稼げる。

――そう、竜牙が思った時だ。

 

「強いな……」

 

――だが、その丈夫な防御力故に油断したな。

 

 僅かな竜牙の気の緩みをステインは察知。腰を入れた一太刀が竜牙の左腕を捉え、甲殻と鱗ごと斬り裂いた。

 勿論、竜牙も痛みと流れる出血にそれを理解するが、驚きの方が大きかった。

 

「――グゥッ!! 雷狼竜の鱗と甲殻を突破した……!?」

 

「雷狼寺が斬られた!?」

 

「雷狼寺くん!」

 

 緑谷が急いで加勢しようとするが遅かった。

 竜牙は血を舐められ、そのまま仰向けに倒れてしまう。

 

「身体……が……!」

 

 力を入れようにも神経が働いていない様に動かす事が出来ず、口を開くのも精一杯。

 そんな竜牙をステインはただ見下ろしていた。

 

「ハァ……大したものだった。だが、常時“岩肌”の異形系ヒーローすら斬ってきたんだ。斬られないと思ったのが甘かったな」

 

「……ッ!」

 

 そう言いながら見下ろすステインへ、竜牙は瞳を雷狼竜にして睨み返し、せめてもの抵抗をする。

 動かなくなって諦めない。絶対に守り通す。

 その気迫がステインにも通じたのかは分からないが、ステインはそんな竜牙を見てニヤリと笑みを浮かべた。

 

「やはり良いな……安心しろ、お前も生かす価値はある」

 

「……クッ……待て……!」

 

 そう言って竜牙の傍を通りすぎ、緑谷達の下へ向かうステインを止めようとするが身体は動かない。

 竜牙の血液型はAB型であり、どれ程に時間を縛られるのかが分からないのも不安要素だ。

 限られた時間の中、どうにかしないとと竜牙は考えるがやはり身体は動かない。

 そしてその間にもステインは緑谷を突破し、轟へと迫った時だった。

 

「レシプロバースト!!」

 

 飯田がここで復帰。轟へ迫ったステインへ必殺技を放ち、刀をへし折りながらステインを蹴り飛ばす。

 

「轟君も……雷狼寺君も……緑谷君も関係ない事で申し訳ない。――だからもう、君達に3人にもう血を流させない!」

 

「……吹っ切れたか飯田」

 

 飯田の今の表情には先程までの復讐者としての顔はなかった。覚悟を決めたヒーローとしての表情をしている。

 しかし、ステインはそう思わない。

 

「感化され、取り繕おうと無駄だ。人間の本質は変わらない」

 

 ステインは飯田が自分をヒーローとしてではなく、兄の敵として来た復讐者である事を知って見ている。

 故に飯田の言葉は何も響かず、ヒーローを汚すガンとして排除しようと刃を構えた。

 

「耳を貸すなよ飯田。あんなの前時代的な原理主義だ」

 

「いや轟君……奴の言う通り、僕はヒーローを名乗る資格はない。けど僕は折れるわけにはいかない!――インゲニウムを消さない為にも!」

 

「――論外!」

 

 飯田は既に救いのない贋作認定しているステインには、全てが無駄と判断され再び攻撃を受けるがそれを轟が炎で迎撃するも、それは回避された。

 

「クソっ……だがさっきよりも奴の動きが変わった。焦ってんだ」

 

 轟は察した。ステインの動きが速くなったのは確かだが、それは焦りからも来ている事を。

 個性からしても本来、同時に多人数の相手は得策ではないのだろう。間もなくプロも来るのならば尚更だ。

 だがそれでもヒーローと飯田を殺そうとするのは“執念”だ。ステインのイカれてるともいえる執念がそれを突き動かしている。

 

 このままでは二人が殺されるが、この場にいる者達は誰も諦めていない。

 

「轟君! 僕の足を凍らせてくれ! 排気筒を塞がずに!」

 

「ッ!」

 

 飯田の突然の提案に轟は考えるが、それよりも行動することを優先して飯田の足を凍らせる。

 しかしステインは何もさせまいと見逃さない。

 

「邪魔だ!」

 

 ステインは轟へ投げナイフを投擲。轟の腕へと迫る刃だったが、それは直前に弾かれた。

 

『!』

 

 突然のナイフの動きにステインも轟達も驚き、その場所を良く見ると虫――雷光虫の群れが固まって放電を行っていた。

 

「……!」

 

 ステインは困惑するが、すぐに元凶を理解。倒れている竜牙の方を向くと、動けなくとも鋭い視線で自分達を見ている竜牙の周りには雷光虫達が飛び回っていた。

 雷光虫は身体を動かさなくても操れる。だから飛び道具としてナイフを弾くことが出来た。

 

「急げ……轟……飯田……!」

 

 竜牙も状況を理解し、轟と飯田を援護に雷光虫を回している。

 その間にも緑谷も動く。左足を斬られてズキズキとした痛みがあり、もう飛べるのは限られているが関係ない。

 飛び上がるステインへ緑谷が、エンジンを冷やして貰った飯田も同時に飛び上がる。

 

「死ね……贋作!」

 

「死ぬ訳にはいかない!!」

 

 両者向かい合うはステインと飯田。そこに緑谷も側面から登場し、その腕は雷で溢れていた。

 緑谷のガントレット。そこに集まった雷光虫達が一斉に放電して緑谷へ力を与えていた。更にワン・フォー・オールも出力をガントレットが負担する様にでき、最大の攻撃を放つ。

 無論、ステインも察知。だが目の前でレシプロバーストを放つ飯田を無視できず、対処は不可能。

 

「いけ……!」

 

「……決めろ」

 

 轟と竜牙は見守る。最後の決着の時を。沢山のヒーロー達を葬った一人のヴィランの終焉を。

 

『ジンオウガ・スマッシュ!!』

 

『レシプロエクステンド!!』

 

「ガハッ!!」

 

 強烈な拳が、強烈な蹴りがステインへぶつけられた。

 顔と腰に強烈な衝撃を浴び、全身に響き渡ったダメージを受けるステインと共に緑谷と飯田も落ちてくる。

 

「おっと……」

 

 そこは轟が氷の滑り台で対処し、緑谷と飯田は無事に落下。

 だがステインには竜牙が対処する。

 

「悪いが……念には念を……!」

 

 ステインを受け止めるのは大量の雷光虫の群れ。群れを成して放電が強力になっており、そこにステインがダイブしてくる。

 強烈な電撃を浴び、ようやくステインはその動きを止めて、この場のみんなはようやく一息入れることが出来るのだった。

 

 

▼▼▼

 

 あの後、路地裏の奥から轟はロープを見付け、ようやく復帰したヒーロー『ネイティブ』と共にステインを縛りあげていた。

 飯田はそんなステインを見下ろし、何とも言えない表情をし、竜牙と緑谷は怪我もあって互いを隣に置いて壁に背を預けていた。

 

「緑谷……悪いがガントレットを見せてくれ」

 

「えっ……うん」

 

 まだ少量だが血を流す竜牙の言葉に緑谷は言われたまま腕を出すと、竜牙はガントレットに触れる。

 すると、そのガントレットは溶けるように竜牙の腕に一体化し、左腕の斬り傷から血は止まった。

 

「……俺から作った装備だから、俺が吸収する事も出来るんだ」

 

「そうなんだ……凄いね」

 

 ヒーローオタクの緑谷には興味深い個性だったが、今は先程の激闘の後で頭が働かない。

 ステインは竜牙や緑谷達を殺す対象にしていなかったが、その殺気は本物。

 本当のヴィランと呼べる相手にとの戦いが終わり、今更になって怖くなったのか力が入らないのだ。

 そんな時、ネイティブが竜牙と緑谷の下へ近付いてきた。

 

「そろそろ行くが……どうだ? 立てるのか?」

 

「俺は大丈夫ですが……緑谷は足をやられています」

 

「そんな大丈夫だよ……つッ!」

 

 そう言って立とうとする緑谷だったが、痛みで表情を歪ませて倒れそうになるのを竜牙とネイティブが咄嗟に支えた。

 

「おいおい!? やっぱり無理だろその怪我で!? ほら、俺が背負ってやるから……」

 

「す、すみません……」

 

「いや寧ろ俺が礼を言いたいって」

 

 そんな会話を挟みながら緑谷はネイティブに背負われ、竜牙も左腕を若干庇いながら歩き出した。

 ステインを引きずる轟も怠そうだが、両手足のアーマーから血を流している飯田よりは軽傷だ。

 

「しかしプロの俺が一番足を引っ張り申し訳ない……」

 

「仕方ないですよ……一対一だったら相性が悪すぎます」

 

「四対一でしかもステイン自身のミスがあってギリギリ勝てた。――緑谷の拘束時間を完全に忘れてた中、自由を奪った雷狼寺の援護もあった。そんな予想外の事ばかりだから最後は飯田にしか反応できなかったんだろう」

 

 ネイティブと緑谷の会話に轟が冷静に語る。

 ステインならば本来、竜牙達というヒーローの卵に後れを取る事はなかった。

 しかし、ステインは粛清対象としなかった事で殺生をしなかった。その信念によって最後は捕まった。

 

「……この受難に感謝しかないな」

 

「……雷狼寺君は本当にその言葉が好きだね」

 

「飯田。受難こそ……最大の糧である。――“Plus Ultra”……いつの日か、オールマイトを超える為に、俺達は――ヒーローは受難に挑み続け、乗り越え続けるんだ」

 

――次の平和の“象徴”になる為に。

 

 竜牙のその言葉に全員が言葉を失う。

 いつまでも憧れではいけないと思う者。

 その通りだと自覚する者。

 そうだったと思い出す者。

 今の自分にはその資格があるのかと悩む者。

 それぞれの思いを抱いていると、緑谷を背負っているネイティブが困ったように話し出す。

 

「最近の子……っていうか雄英生は凄いんだな。なんか耳が痛いよ」

 

 オールマイトを超える。そんな事を口にするどころか、思っているヒーローなんてプロにすら殆どいないのが今の社会の現状。

 それだけオールマイトが偉大過ぎた。そういえば終わりだが、目の前の小さな少年はそれを平然と口にする。

 その現実にネイティブは自分がそんな少年達よりも小さく見えてしまったのだ。

 

「こいつの場合はマイペースなのもありますけどね……」

 

「……そんなにマイペースか俺?」

 

 轟と竜牙が能天気な会話をしていた時だった。

 

「んな! 何故お前がここに!!」

 

「ここがその細道か!?」

 

「竜牙く~ん!」

 

「無事か!!?」

 

 続々と集まりだすヒーロー達。

 轟の呼んだ応援・ねじれ達リューキュウ事務所・緑谷の体験先の小柄な老人『グラントリノ』が登場し、グラントリノは真っ先に緑谷に蹴りを入れた。

 

「座ってろって言ったろ!!」

 

「すみません!!」

 

「竜牙くん大丈夫? 腕を怪我したの?」

 

「……胸アツ」

 

 心配するねじれに腕を見られながら抱きしめられ、胸に埋まる竜牙は小さく呟くと、自分の責任だと飯田が前に出た。

 

「すみません! 雷狼寺君の怪我は僕の――」

 

「やめとけ飯田。今、あいつは喜んでるから……」

 

 ねじれの胸に埋まる竜牙の姿を見て、轟は飯田を制止する。

 轟も姉・冬美の件で何となくだが竜牙の事を理解できるようになり、柔らかく良い匂いのする温もりに包まれているのだ。無表情だが今の竜牙は喜んでいると理解できた。

 

『若いって良いよね……』

 

 そんな竜牙の姿に欲望を出してしまう男性ヒーロー達。ステインの意識があれば間違いなく粛清対象だろう。

 

(とりあえず……耳郎の奴に写真、送っておくか)

 

 轟は竜牙繋がりで耳郎と障子の二人と連絡先を交換しており、本能的にした方が良いと判断。そのままねじれに埋まる竜牙の写真を耳郎へと送る。

 

「もう! リューキュウ心配してたよー?」

 

「すみません……ところでリューキュウは?」

 

「リューキュウさんはエンデヴァーと一緒にその場に残ってヴィランと交戦中だ。その中で僕たちに君を追うように言ったんだ」

 

「……怒られますよね?」

 

「当然よ? 怒ると怖いよリューキュウって!」

 

 仕方ないとはいえ竜牙にはリューキュウのお説教が待っているようだ。

 彼の後ろでは飯田が頭を下げているが、竜牙には後悔はなく、他のヒーロー達と共にステインを見下ろした。

 

「こいつが噂のヒーロー殺しか……!」

 

「とっとと警察に渡した方が良いだろ。救急車と警察はまだ――」

 

 グラントリノが到着の遅い連中の愚痴を吐こうとした時だった。

 彼はその音を捉える。――バサァっという翼の音を。

 

「伏せろッ!!」

 

 グラントリノが叫んだが間に合わない。

 有無を言わさず、翼の生えた脳無が襲来。逃げて来たのか、火傷や爪の切り傷が痛々しいが本人は感じていない様に動き、その速さも異常だ。

 そしてその脳無は緑谷を掴むと一気に急上昇。

 

「ごめんなさい!! 抜けられたわ!!」 

 

「むぅ! 不甲斐ない!!」

 

 そこにドラゴン化したリューキュウと、その背に乗ったエンデヴァーも現れる。

 だが巨体のリューキュウよりも脳無の方が早く、しかも他の個性を持っているのか加速力も更に上。

 グラントリノも追いつけず、竜牙と轟の遠距離攻撃も届かない。

 誰も諦めてしまう。――そう思った時だ。

 

――不意に一人の女性ヒーローの頬に着いた脳無の血を何者かが舐める。

 

『!』

 

 それと同時、脳無の動きが停止して落下。それに合わせてナイフを持って飛び上がりし男――ステイン。

 脳無の背に乗り、脳を突き刺して殺害。そして落下間際で緑谷を抱えて救うという技も見せた。

 

「偽物が蔓延る社会も……徒に力を振りまく者達も……全てが粛清対象……!」

 

――全ては正しき“社会”の為に……!

 

 縄を破り、脳無を殺害したステインは緑谷を抱えて着地。

 しかしその光景にヒーロー達は困惑。

 

「た、助けたのか?」

 

「馬鹿! 人質とったんだ!!」

 

 徐々に冷静を取り戻すひーヒーロー達だが、相手は人質を取ったヒーロー殺し。

 どう対処すればと悩む間にもエンデヴァーがリューキュウの背から飛び降りて落下し、全員に喝を入れた。

 

「何をやっている貴様等!! とっとと態勢をとらんかッ!!」

 

「ねじれ! 他の人達もすぐに動く!!」

 

 リューキュウも上空から指揮を執りながら降りて来るとねじれ達も行動を取り、エンデヴァーも炎を放出しながら、いざ攻撃という時だった。

 グラントリノはステインから放たれる異常に気付く。

 

「待て!! 誰も動くな!!」

 

 グラントリノが止める中でステインは動く。人質とも言える緑谷を何の迷いもなく開放して。

 既に彼の瞳には“贋作”しか映っていないからだ。

 

「エンデヴァー……リューキュウ……?」

 

――贋物共ぉ……!!

 

『!!』

 

 正気はないのだろう。視点は揺れ動いて定まらず、唾液を流しをながら狂気を纏うステイン。

 狂気はやがて圧となり、殺気の混ざり狂気は全て呑み込もうと歩みを止めない。

 一般のヒーロー・リューキュウのサイドキック達は腰を抜かす。ねじれ、轟、飯田は勿論、グラントリノやリューキュウ、エンデヴァーすらその狂気に推されて後ずさる。

 

「取り戻さねばぁ……! 誰かが血に染まらねばぁ……!!」

 

――“英雄”を取り戻さねばぁぁ!!

 

 何がステインをそこまで突き動かすのか。何故、一本の小さなナイフしか持っていないのに誰も動くことが出来ないのか。

 全ては執念が、ステインの信念が狂気に己の全てを混ぜて放っているからだ。

 

「来い……! 贋物共ぉ!!」

 

――俺を殺して良いのは本物の英雄(オールマイト)だけだぁ!!!

 

 ステインの信念の叫び。

 誰もが動けない。血を舐められていないのに、誰もがステインへ立ち向かえない。

 身体が震え、骨が悲鳴をあげる。汗が流れて怖くて仕方がない。本能が降伏し、思考も停止する。

 そんな誰もが動かない。――ステインでさえも。

 

「!……気を失っているのか?」

 

 エンデヴァーが気付いた。立ちながら、白目を向いてステインが気を失っている事に。

 その事実にようやく皆は身体を動かす事が、呼吸をすることが出来た。

 ようやく終わったのだ。

 

 

▼▼▼

 

 その後、夕日が沈む中で警察が駆けつけてステインを確保。

 だが救急車は脳無の影響で怪我人が多く、到着はもう少し遅くなるとの事でリューキュウ達が取り敢えずの応急処置を施していた。――勿論、お説教も。

 

「今回は本当に運が良かったんだよジンオウガ? 急いでたのは分かるけど、次はせめてねじれを連れてって」

 

「大変だったよー! 場所がどこだが思い出しながらだったんだから?」

 

「はい……本当にすみません」

 

「いえ元はと言えば僕が勝手な真似をしたからです!」

 

「本当にそうだよ……インゲニウムさんの弟さんにも何かあったら僕は顔向けできなかったよ?」

 

 竜牙はリューキュウとねじれに。飯田はマニュアルに説教をされ、緑谷はと言えば本物のリューキュウに大興奮だ。

 

「見てよ轟くん! 本物のリューキュウだよ!? さっきの飛竜の姿が彼女の個性で男女問わずに大人気のトップヒーローだ!」

 

「……お、おう」

 

 緑谷に振り回されながら、轟はなんで足を斬られて元気なんだと不思議で仕方がない。

 竜牙も竜牙で説教されながらリューキュウやねじれの隙を覗いて癒されており、自分の友人達は皆どこかが変だと自覚できた瞬間。

 

「ショオォォォトォォォォ!!!!――見ていたか俺の活躍を!!」

 

「……俺も同類か」

 

 自分もだと自覚できた瞬間だった。

 先程からエンデヴァーは後処理をサイドキックに任せ、ずっと自分に付きっきりでこの調子。

 逃げたい半分、後処理ぐらいは手伝おうとする轟だったが、軽傷とはいえステインにナイフで刺さられている事もあって『大人しくしていて』と言われ、動くことが出来なかった。

 

 そしてそれは竜牙も同じだ。 

 

「左腕は取り敢えず応急処置したから、下手には動かない様にね?」

 

「……はい。すみません」

 

「……何かあったの?」

 

 リューキュウは竜牙の様子がどこかおかしい事に気づく。

 時折、ステインがいた場所を眺めて心ここにあらずな様子なのだ。

 リューキュウやねじれで癒されている竜牙だが、事実としてその彼女の推測は正しく、竜牙は物語を語るかの様に呟き始めた。

 

「ステインの言っていた事……あれも一つの“正解”だと俺は思ってしまいました。――行ってきたのは殺人・そして未遂で許されるものじゃない。ですが、緑谷が連れ去られた時に動き、助けたのはステインだけだった……そしてその後の気迫に俺は呑まれ……いや、俺は――」

 

――感化されていた。

 

 竜牙はそう言って続ける。

 今のヒーロー社会は確かにプロヒーローは多過ぎるのに、犯罪率の低下まで可能にするヒーローはオールマイトだけだ。

 エンデヴァーでさえ、検挙率は高いが犯罪そのものの低下は行えていない。

 だがステインが現れた街は犯罪率は低下し、ステインの存在がヒーロー達の意識向上を行っていると評価する者もいる。 

 

 そんな彼だ。犯罪者なのは誰が見ても明らか。

 しかしそれでも竜牙は一瞬だが、そのステインの最後の姿に魅入ってしまった。

 

「……俺はステインへ、オールマイトの様に“憧れ”を抱いてしまった。心のそこから俺は――」

 

()()君……」

 

「!」

 

 リューキュウからヒーロー名ではなく、名前を呼ばれた事で竜牙は我に返った様に顔を上げると、そこには心配した表情で己を見るリューキュウとねじれ。そしてサイドキックの人達がいた。

 

「疲れてるのよ……あのレベルのヴィランとはプロだってそうそう接敵しない相手なんだから。戦った時の空気が今も残っているだけ」

 

「そーだよ? 空気に酔っちゃったんだね」

 

「あぁ……思い出すだけでやばいヴィランだったからな」

 

「職場体験で出会っていいヴィランじゃないね」

 

 リューキュウに続くようにねじれ、サイドキックの人達が軽い調子で語りかける。

 まるでよくある事だと言わんばかりの調子に、竜牙も少し気が楽になるのを感じた。

 その時の空気に呑まれ、ただナイーブになってしまっただけ。ステインにはその気にはなかったとはいえ、竜牙達からすれば生死の戦いだった。

 変に感化されてもおかしくはないと、竜牙は納得して顔を下げた。

 だから気づかなかった。リューキュウ達が、互いに顔を見合わせていたことに。 

 

(大丈夫だとは思うけど……)

 

 リューキュウには一滴程の不安があった。

 有名ヴィランを倒したヒーローが、そのヴィランの影響を受けて後継者を名乗る事態。

 そうヒーローのヴィラン化だ。ヴィランの中に異常なカリスマを持つ者がおり、それは時にヒーローすらも呑み込む。

 リューキュウ達の心配する理由はそれだ。大丈夫だとは思うが、ステインはトップヒーローすら戦慄させた程のヴィランで、その影響力は計り知れない。

 

 しかし今は詮無き事。リューキュウは己に言い聞かせ、撤収の準備を始めた。

 

「……そろそろ救急車も来るわね。ジンオウガには私が同行するから、後の事は頼むよ」

 

「はーい!」

 

「了解です!」

 

 色々とあったが保須市での活動は終わり、後は病院で事態をまとめるだけ。

 長い一日が終わると、誰もが肩の力を抜く。

 

――だから起きてしまった。

 

「あっ! いた!」

 

「いたね!」

 

『!』

 

 その場に響く場違いな幼い声に、全員がその場所へ顔を向けた。

 そこにはサイドテールにした女の子が二人おり、竜牙達に指を嬉しそうに指している。顔が似ている事から双子なのだろうが、そんな事はどうでもいい。

 

――何故ここに?

 

 その場にいた全員が思った。

 この辺りは警察が規制している筈が何故にここにいるのかと。

 規制が緩んだのか怠慢か、どちらにしろ夕日が落ちる中で少女二人がいるのが事実。

 

――同時に周囲に翼を羽ばたく音が段々と近づいてくる様に聞こえる。バサァ、バサァ……と大きな翼の音。

 

 鳥ではない。もっと大きな何かだ。そう、まるでさっきの脳無の様な……。

 

「脳無だぁ!! まだいるぞッ!!!」

 

 グラントリノが叫ぶと同時、その場にいた全員が女の子達へ飛び出す。怪我をした者も関係なく。

 

『?』

 

 女の子達は首を傾げる。事態を把握できていない様に。

 自分達の真上に現れた鳥の様な翼を持つ脳無の存在に気付く事もなく、急に身体が上に引っ張られるまで気付かなかった。

 

「きゃぁぁぁぁ!!」

 

「たすけてぇぇぇぇ!!」

 

 叫ぶ女の子達を掴み、飛び上がる脳無。それに合わせエンデヴァーが先行して一気に飛び、リューキュウはドラゴン化して皆を乗せて飛行を開始。

 飯田を除き、竜牙・緑谷・轟もいるがそれを注意する者はいない。事態はそれだけ急を要していた。

 ビルの屋上に着くとねじれも己で個性で飛ぶが、全員は我が目を疑った。

 

「なんだこいつ等は!!」

 

 先行したエンデヴァーが戦っていた相手は先程の脳無ではない。――別の脳無達、その数は9体。

 痩せ型や大型、飛行型も他に3体おり、その脳無達がビルの上にいてエンデヴァーと戦っている。その事態に困惑する竜牙達だったが、それよりも先程の女の子達はと上空を見渡す。

 そして見付けた。少し離れた場所を未だに飛んでおり、徐々に離れてゆく。

 

「――まずい!」

 

 竜牙はその事態の危険性を自覚した。誘拐なのかは分からないが、突然に落とされる可能性もある。

 即座に竜牙は身体を変化させ、脳無達の隙間を狙って飛び出した。ビルとビルを爪で掴み、素早く接近していく動きはステインの動きを参考にしたのは皮肉だ。

 そしてそんな竜牙を追おうとリューキュウやねじれも向かおうとするが、飛行型の妨害にあう。

 ならばと緑谷達は竜牙が通った隙を狙うが、竜牙が通った途端に脳無達の動きが変わり、緑谷達へ立ち塞がる様に妨害を行う。

 

「なんで!?」

 

「こいつ等……!」

 

 驚く緑谷の後ろから轟が氷結を放ち、その動きを封じて他のサイドキック達も戦いに入る。

 

「警察は何をしていた!?」

 

「それよりも誰かさっきの子を追え! 一人じゃ危険だ!!」

 

「無理だ!! こいつ等、行かせてくれねぇ!?」

 

 脳無達の変化する動きにサイドキック達は苦戦し、エンデヴァーも何とかしようと炎を脳無達へ叩き込んで行くが、脳無達はやはりタフでエンデヴァーの攻撃にも怯むが倒れない。

 

「クッ!――リューキュウ! ご老人! 誰でも良いから後を追えんか!!」

 

「待って! この飛行型、個性が複数ある!?」

 

「チッ……面倒だな!」

 

 リューキュウもグラントリノも、まずは一体倒すので時間を取られて竜牙を追えないでいた。ねじれも同じで、対処で精一杯だ。

 そんな中でだ。緑谷はこの脳無達の違和感に気付く。

 

(なんだ……なんで雷狼寺くんには目もくれなかったんだ?)

 

 脳無達の動きは最初は鈍かった。だが、竜牙がここを通った瞬間に動きを変えた。

 まるでそれは……。

 

「狙いは雷狼寺くん……!?」

 

 まだ保須市での戦いが終わっていないのに緑谷は気付く。

 

 

▼▼▼

 

「うわぁぁん!!」

 

「えぇぇぇん!!」

 

「――くそっ」

 

 竜牙は脳無を追い続けていた。双子の泣き声で見失う心配もなく、スピードも追い付ける。

 しかしそれよりも先に脳無の動きが変化。急にその場に留まると、そのまま双子を離したのだ。

 当然、落下する双子達。だが竜牙もそれは想定内であり、脳無が離した瞬間に飛び出して双子をキャッチすると尻尾を出してそのままビルへ突き刺す。

 ビルを抉りながらの落下だがスピードは徐々に落ちてゆき、やがて地に足を着くと竜牙は双子の様子を確認する。

 

「大丈夫か!?」

 

「えぇぇぇぇぇん!!」

 

「えぇぇぇぇぇん!!」

 

 双子は竜牙の顔を見上げると安心したのか、大きく泣きながら竜牙の身体を強く抱きしめる。

 余程怖かったのか、竜牙を掴む力を歳の割にはとても強く、竜牙も安心させるように二人を抱きしめてあげた。

 

「……もう大丈夫だ。俺がいる」

 

「……ヒック!……はいです」

 

「ズズ、はい……です」

 

 鼻をすすりながら頷く双子。見た限りでは怪我はなく、破片での怪我も大丈夫そうだ。

 竜牙は怪我の有無を確認し、双子を抱き抱えて場所の確認をする様に見渡すと、どうやら廃ビルに囲まれた空き地の様だ。

 カビや苔の匂いがし、古い蛍光灯の灯りだからか薄暗い。

 

「そんなには離れていない筈だ……」

 

 最初の場所からそこまで離れていない。周囲にも脳無の翼音がなく、周辺から何故かいなくなっていた。

 だが竜牙にとっては好都合であり、今のうちにここを離れようと空き地を横断し、中央まで来た時だった。

 

――やぁ

 

「!」

 

 背後の暗い細道から纏わりつくような男の声が竜牙へ掛けられ、竜牙は双子を下ろすとすぐに自分の背に庇った。

 

――ハハハ……そんなに警戒しなくても良いさ。まぁ乱暴な“招待”だったから仕方ないかな?

 

「!……下がるんだ。徐々に出口のある隅の方に」

 

 竜牙は察する。招待――つまりは双子か、それとも自分か。どちらにしろ姿なき男は味方ではないと判断。

 根拠などない。だが竜牙の本能が言っている。コイツは敵だと。

 

そして、それを裏付ける様に竜牙の脳裏にビジョンが走る。

 

『素晴らしい力だ。ではそれを僕が頂き、代わりに別の“力”を君にあげよう』

 

「ッ!?……なんだ今の?」

 

 不意にフラッシュバックが起こり、竜牙は困惑する。

 何故か昔の事だと分かるが、思い出した声の主は間違いなく姿を隠す男だ。

 嘗て、自分はこの男にそう言われた記憶がある。

 

(俺はこの男を知っている……?)

 

 記憶が混雑するが竜牙はそれを振り払い、どうにかして双子を無事に返す為に意識を集中させる。

 最悪、雷狼竜にもならなければいけない。それぐらいの覚悟を持って竜牙が少しずつ双子を出口へ移動させた時だ。

 キュルキュルと、まるで車椅子を押すような音が聞こえた。

 それは男の声が聞こえた細道から聞こえ、どんどん近づいてくるのが分かる。

 間もなく明りの下に現れるだろう。両手を変化させ、竜牙は態勢を整えた。

――そして。

 

『やぁ……こうして会うのは久しぶりだね』

 

 現れたのは二人の男。話していたのは車椅子に乗った方で、黒いスーツと口調から紳士の様な雰囲気があるが、竜牙更に警戒を強める。

 別に車椅子を押している老人風の男は警戒していない。

 問題はやはり車椅子の男。顔を如何にも特殊そうなマスクを装着し、素顔を晒さない男から竜牙は目を離せなかった。

 

――この男、どこかで……?

 

 竜牙は男と初めて会った気がしなかった。

 ずっと昔、どこかで会っている気がする。だが思い出せない。

 

――それになんで俺はこんなにも恐れてる……?

 

 嫌な汗が流れ、身体も緊張する様に固く震えてしまう。遺伝子から刻まれた様な恐怖だ。

 この男が現れた時から場の空気が確実に重くなったのが分かる。

 

『そんなに警戒しなくても大丈夫さ。……それとも、そこの双子を脳無に連れてこさせたのが気に入らなかったのかい? 一応、まだまともな脳無を使ったんだけどねぇ?――すまないと言っておこう。どうしても君に会いたくなってねぇ、あの数のヒーローがいたからこうするしかなかったんだ』

 

 竜牙の様子を察してか色々と語り出す男。

 しかし口調が軽く、微塵も申し訳ないとは思っていないのは竜牙でも分かった。

 

「目的は俺か……!」

 

『そうさ。だから久しぶりなんだよ……あぁ懐かしいな。僕は今でも思い出せるよ』

 

 竜牙は分からなかった。いつ会ったのか、この男は一体何者なのか。

 思い出そうとすると頭が痛くなる。まるで思い出すのを拒絶しているかの様だ。

 だが徐々に近づいているのが分かり、それに応えるように身体も震え上がる。

 そんな竜牙の様子に気付いたのか、男は車椅子から立ち上がる。

 

『あぁ……大変だったんだね? 導く者もいなくて――』

 

――可哀想に、そんなに『震えて』

 

「!」

 

――瞬間、竜牙を動かしたのは“本能”だった。再び起こるフラッシュバックと共に竜牙を動かす。

 

 己のテリトリーに侵入した“危険”に対しての動き。双子を端へ押し、尻尾で包んで盾やら壁を作って完全防御で保護。

 それと同時に竜牙は真ん中へ飛び、一気に雷を纏う。

 

『GOOOOOOOOOON!!!』

 

 周囲を天まで届く雷が放たれ、竜牙は雷狼竜へとなった。

 リューキュウからは禁止されていたが、今の竜牙にはそんな理性はない。

 だからこそ竜牙は一気に『超帯電状態』まで変化し、雷光虫達も一斉に飛び回って活発化。

 エネルギーでも渦巻いている様に動く雷光虫・全てを放つ雷狼竜。それは轟戦で見せた時の比ではなく、生きるモノ全てを臆させる威圧感を放っていた。

 

――しかし男は違う。目の前に現れた雷狼竜に臆するどころか楽しそうだ。

 

『そうだこれだよ!……いやぁ懐かしいね』

 

 まるでお気に入りのクラシックでも聞いている様にご機嫌そうな男へ、竜牙は飛び出した。

 雷を纏い、地面を焦がしながら男へと迫って行くと男もそれに反応する。

 

『流石にこのままじゃドクターが危ないね』

 

「だからって無茶はせんで下さいよ先生? ここまで治すのも大変なんですから……」

 

『大丈夫さ……何かあったらドクターにまた治してもらうからね。しかし――』

 

 男はドクターと呼んだ者と話し終え、そう言うとその場で佇みながら右腕を上げた。

 

――原種(その程度)では僕を止められない。

 

 そう呟いた瞬間、男の右腕が雷狼竜へ放たれる。

 

 

▼▼▼

 

「ここね!」

 

 ドラゴン化したリューキュウがその場所に降り立った。

 脳無達は全員捕え、リューキュウ達は急いでこの場所に来たのだ。

 捕縛中に聞こえた咆哮と雷の正体は全員が知っている。竜牙が雷狼竜化した事を示し、急いでこの場所へやってきた。

 そしてリューキュウの背中から緑谷はグラントリノと共に降りると、周囲の様子に絶句する。

 

「グラントリノ……これって」

 

「ああ……脳無一匹には過剰過ぎる。――双子と坊主を早く見つけた方が良いな」

 

 グラントリノの言葉に緑谷は息を呑んだ。

 辺りに残す傷跡。焦げや放電している蛍光灯。更には雷光虫の残骸まで散らばっている。

 明らかに何かがあった。緑谷も急いで三人を探していると、リューキュウとねじれが双子を見付けた。

 

「いたわ! 無事よ!!」

 

「大丈夫?」

 

 竜牙が作ったであろう盾等の山から双子を助け出す二人は、そのまま泣いている双子の怪我などを確認しながら抱きしめてあげていた。

 

「えぇぇぇん!! おにいちゃんぁ……!!」

 

「おにいちゃんがぁ……!!」

 

「大丈夫……もう大丈夫だから」

 

「竜牙くんはどこにいったんだろー?」

 

 どうやら双子の事はリューキュウ達に任せて良さそうだ。

 緑谷は今の内にと竜牙の姿をグラントリノや轟、エンデヴァー等と共に探すが姿がない。

 

「雷狼寺くん……どこに行ったんだろ?」

 

 あんなにも強く、周りを焚きつける竜牙の身に何かあったとは考えたくないが、脳無が出た以上は『敵連合』が裏にいる。

 何とも言えない不安を緑谷が抱いていると、轟が気付いた。

 

「おい緑谷! これ見ろ……」

 

「えっこれって……?」

 

 二人が見つけたのは“溝”だ。空き地の中央に、まるで何か重量物でも引きずって出来た様な溝があったのだ。

 これはなんだと、緑谷と轟はその溝を目線で追って行くと、やがて一つの廃ビルが目に留まる。

 その廃ビルは壁がクレーターの様に凹んでおり、なんだあれはと目を凝らすと二人は見付けた――

 

――血を流し、コスチュームもボロボロになりながら磔にされた様に、両手を広げて壁にめり込む竜牙の姿を。

 

「雷狼寺くん!!!」

 

「雷狼寺!!」

 

 緑谷と轟の叫びに他のメンバー達も気付き、緑谷と轟は身体が既に動いて竜牙の身体を支えようとするが、場所が悪い。

 

「任せて!」

 

 そこにねじれが合流し、浮かびながら竜牙の身体を支えながらゆっくりと降りた。

 この時は流石のねじれも真剣な表情をし、リューキュウも双子をサイドキックに任せてすぐに容態を確認し始めた。

 血は顔を流れており、身体には傷もあって目も虚ろだ。このままでは明らかに危険だった。

 

「まずいわ……! すぐに救急車をここに呼んで!」

 

「何をしている!! 早く呼ばんかぁ!!」

 

 リューキュウとエンデヴァーの声にサイドキック達は慌てて駆け回る。

 その間にリューキュウとねじれはせめてもの救命処置に入るが、緑谷と轟はまだ習っていない故にどうする事も出来ないと黙って見るしかなかった。

 そんな時だからだ。ジッと見ていた緑谷と轟が、竜牙の口が微かに動いている事に気付く。

 

「雷狼寺くん!?」

 

「雷狼寺!」

 

――……み……と……めに……

 

 何かを呟いており、それは意識がある事を意味していた。

 

「竜牙くん聞こえる? リューキュウよ? もうすぐだから頑張って!」

 

「大丈夫だからね竜牙くん!」

 

「おい救急車はまだか!!」

 

 声を掛けて意識を途切れさせない様にするリューキュウとねじれ。

 グラントリノも声を出してサイドキック達に喝を入れ、緑谷と轟は同じように声を掛け続ける。

 

「雷狼寺くん!!」

 

「耐えろよ雷狼寺!」

 

――んな……り……め……に……

 

 その間にも竜牙はずっと何かを呟き続ける。あまりにも小さな声で、誰もそれを聞き取る事が出来ない。

 だがその呟きは救急車が来るまで続き、ずっと、ずっと呟いていた。その言葉を。

 

 

『みんなはひとりのために』

 

 

END



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第二十一話:明かされぬ答え

息抜きも出来たんで、そろそろペルソナ4の執筆に戻りますね_(:3」∠)_


 保須総合病院。そこは竜牙達が運ばれた病院であり、その中の優遇された特別病室で竜牙は眠っていた。

 全身を治療し、包帯やギブス等で包んだ竜牙をリカバリーガールが傍で見ている。他にはグラントリノ、警察の『塚内』という男の計三人。

 担当だったリューキュウは外に出されており、その理由である男もようやく到着した。

 

「ハァ! ハァ!――雷狼寺少年の容体は!?」

 

 病室の扉を勢いよく開けてその男――オールマイトが入ってきた。

 息は乱れており、急いで来たのは目に見えて明らかだが、それでも1時間は過ぎている。

 

「遅いわ! 俊典!!」

 

「ひぃ!! すみませんグラントリノ!!……や、やべぇ震えが止まらねぇよ……!!」

 

「あんた達、ここは病室だよ? 静かにしな!」

 

「二人共、それどころじゃないだろ?」

 

 オールマイトのトラウマであるグラントリノ。伊達に嘗ての彼をシバいて吐かせまくっただけはあり、オールマイトは震えがある。

 そんな二人をリカバリーガールと塚内が呆れながらも止めに入ると、オールマイトはハッと我に返った。

 

「そうだった!……リカバリーガール、雷狼寺少年の容体は!?」

 

「……目立った怪我は両足と左腕の骨折や打撲ぐらいだね。まぁ見た目より命に別状はないよぉ」

 

「そうですか……」

 

 リカバリーガールの診断にオールマイトは安心するが、その表情は晴れない。寧ろ、深刻そうに嫌な汗を流し続けながら、意を決して更に問いかけた。

 

「……それで“個性”の方は?」

 

 その問いに病室の空気が重くなったのは気のせいではないだろう。

 塚内が診断結果を手に持ち、それを口にするまでの間が凄く長い時間に感じて仕方がない。

 

「結果を言えば――」

 

 オールマイトは思わず息を呑んだ。今回の件に関わっているヴィラン――それが自分達の思っている通りの相手ならば、竜牙の個性は既に――。

 結果はまだなのに、オールマイトが無意識のうちに拳を握り締めた時、塚内がその答えを口にした。

 

「雷狼寺くんの個性は――()()()()()()()

 

「ナッ!?――馬鹿な……ありえん……!――何故だ? 奴ならば間違いなく雷狼寺少年の個性を奪う筈だ!!」

 

「落ち着け俊典!……気持ちは分かるがな」

 

 狼狽える様に叫ぶオールマイトをグラントリノが抑える事で、オールマイトは拳を全力で握り締めながら感情を抑えた。

 そして、自分が最も抱いている疑問を口にした。

 

「本当に奴が――『オール・フォー・ワン』が動き出したのですか?」

 

「……信じたくねぇが間違いないだろ」

 

「あの怪我でよもや生きていたとは……!」

 

 五年前、終止符を打ったと思っていた因縁の相手。

 その存在がグラントリノからの電話で知らされたのは丁度一時間前であり、遅れた理由でもある。

 己同様に“カリスマ”を持ち、グラントリノすら戦慄させたステイン。彼の存在に感化される者は必ず現れ、その受け皿が『敵連合』であり、思想ある集団へと開花してしまう。

 そして、そんな外堀を埋めるようなやり方をする者を二人は知っている。

 

――この絵を描いた者こそが。

 

「オール・フォー・ワン……!」

 

「雷狼寺くんも意識が失うまでずっと呟いていたよ。――“みんなはひとりのために”ってね……」

 

「むぅ……!!」

 

 オールマイトは塚内の言葉に堪えそうにない怒りを覚えた。

 オール・フォー・ワンはオールマイトの恩師を殺害しており、しかも今度は竜牙の様な少年にも手を出した事に怒りを覚えると同時、オールマイトは自分にも怒りを抱いた。

 

「なんと情けない……!! 教え子すら守れずに何が“平和の象徴”か!!」

 

「仕方ないさ……こうなるなんて誰も分からないからね。――取り敢えず、この坊やの命があった事を今は喜びな」

 

「……そうですね。――そういえば彼の担当のリューキュウは? 彼女はどうなるんですか?」

 

 冷静になった事で視野が広がり、オールマイトは問題を一つずつ理解する事にすると、まずは担当のリューキュウの事を問いかけた。

 事前にグラントリノから給料半分やらの処分が下されるとは聞いていたが、竜牙の場合はそれ以上の失態でもあってリューキュウの処分は変わるかもしれない。

 しかし、相手はあのオール・フォー・ワン。奴が相手だったのだから仕方ないといえ、オールマイトは心配になったのだ。

 すると塚内はやや悩むような表情を浮かべながら話し出した。

 

「最初……彼女は責任を取ってヒーロー自体を辞職しようとしてたんだ」

 

「ムッ!? それはいけない! 奴が表に出るならば一人でも優秀なヒーローが必要になる!」

 

「ああ。こちらも同意見だ。だからどうにか説得してグラントリノ達と同じ処分にしてもらった」

 

 オールマイトは安心した。

 受け入れた子に大怪我をさせてしまったのだ。責任を重んじ、リューキュウ自身も傷付いただろう。

 そんな彼女の想いを捻じ曲げるようで申し訳ないが、それでも今は優秀なヒーローを失う訳にはいかない。

 

「そうか……」

 

 教え子の無事・トップヒーローの引退回避。

 色々と情報を整理できた事で安心したのか、オールマイトは息を吐きながら近くの椅子に腰を掛けて気付いた。

 椅子は備え付けの割にはフカフカで、病室はとても広く、中々に豪華で快適なのだ。

 

「今、気付いたが……凄い病室だね。緑谷少年達は一般の病室なのに何故、雷狼寺少年だけ?」

 

「ああ……それは助けた双子の両親が坊主の為に用意したんだ」

 

「助けたお礼って事ですか?」

 

 竜牙が双子の女の子達を助けた事もオールマイトは聞いており、そのお礼なのかと思ったがグラントリノ達の表情から察するに違う様子。

 

「……そうじゃねぇんだ。その助けた双子がなぁ」

 

「――雷狼寺ルナ・雷狼寺ミカ。どっちも五歳の女の子だけど、気付かないかい?」

 

「ん?――雷狼寺って……まさか?」

 

 グラントリノと塚内の話す内容にオールマイトも気付き、グラントリノは頷く。

 

「助けた相手が実の妹だったとはな」

 

「そうだったのですか……しかし、確か雷狼寺少年は――」

 

 オールマイトは竜牙の読んだ限りの資料を思い出すと、どういう事かとリカバリーガールへ視線を送ると、リカバリーガールは冷静な様子で頷いていた。

 

「……まぁ家族の縁なんて当人達が思う程、簡単に切れるもんじゃないさ。後ろめたいからこそ、可愛く思えて仕方ないのかもね」

 

 伊達に長く生きておらず、全てを見透かしたようにリカバリーガールは語る。

 事実、双子を保護して両親も病院で合流すると、助けたのが竜牙だとすぐに伝わる事になった。

 そしてその事実にミキリ達、両親は複雑な表情しながら竜牙をこの特別病室に入れさせたのだが、その真意までは誰にも分からない。

 ただの罪悪感や恐怖なのか、それともリカバリーガールの言う通りなのか。誰にも……。

 

「では……雷狼寺少年のご両親は?」

 

「娘さん達も念の為に入院しているからね。別の特別病室に母親は付いているらしいが、父親は多忙らしく一旦ここに顔を出してから帰ってしまったよ」

 

 塚内の言葉にオールマイトは不思議な気持ちを抱く。

 竜牙が実家とは個性の件で疎遠なのを知っているからか、その竜牙の両親の行動が心配している親に思える。

 オールマイトは体育祭で皆の心を燃やさせ、いつかは自分すら超えると言ってくれた竜牙がどうか幸せにあってもらいたいと願った。

 そして「そうか……」と呟いて納得するが、冷静になった事でいよいよ理解できない事が浮き彫りとなる。

 

「しかし、いよいよ分からない。奴は何故、雷狼寺少年から個性を奪わなかった。――いや、それ以前に何故に雷狼寺少年へ接触を……!」

 

「さてね……ただ坊やは体育祭で活躍したからねぇ」

 

「グラントリノ達から聞いた脳無の動きを聞く限りでも、明らかに雷狼寺くんに接触する気だった可能性が高い。……しかし、オール・フォー・ワンが雷狼寺くんを知れるタイミングで可能性があるのはやはり体育祭」

 

「それで個性を知ったから接触を……?」

 

 リカバリーガールと塚内の言葉にオールマイトは頷きそうになるが、すぐに払った。

 もし体育祭で竜牙を見たの理由ならば、尚更に目的は個性だろう。

 しかも、脳無を使ってまで誘き寄せたのだ。ただ生徒を襲撃するなんてオール・フォー・ワンからすれば無意味な行動にしかない。

 教師になった自分へ対する宣戦布告ならば少しは可能性は高くなるが、やはり違和感が残る。

 

(奴め……何を企んでいる?)

 

 考えれば考える程、オールマイトは袋小路に追いやられている様で悩む。

 今までもオール・フォー・ワンのせいでこんな気分になった事がいくつもあった。

 組んだ両手を額に付け、オールマイトが深く悩んだ時だった。

 

「……もしかしたらって可能性なんだが。この小僧、一度オール・フォー・ワンと会ってんじゃねぇか?」

 

「グラントリノ、何故そんなことを?」

 

 突然に近いグラントリノの言葉にオールマイトも、二人も雰囲気が鋭くなった。

 

「覚えてっか俊典……五年前、奴と戦った時のことを」

 

 忘れる訳がない。その時に自分は腹に穴を空けられ、ヒーロー生命が断たれた様なものだ。

 オールマイトはそれを鮮明に思い出し、深く頷くとグラントリノは続けた。

 

「じゃあ……これも覚えてっか? 奴の腹部にあった――」

 

――でかい獣にでも付けられた様な“傷痕”をよ。

 

「傷痕……?」

 

 その言葉を聞いてオールマイトは無意識に記憶を遡り、オール・フォー・ワンとの戦いを思い出した。

 詰め将棋の様な一つの間違いが手遅れとなる、まさに生死を賭けた死闘であったのは間違いない。

 当時は他の事に意識を向ける余裕はなかったが、オール・フォー・ワンの事ならば忘れる筈もなく、記憶の光景が写す中でオールマイトはその“傷痕”を探していると、ある光景が過る。

 それはオールマイトが拳を振り上げ、オール・フォー・ワンを吹き飛ばした時だ。

 相手の服が吹き飛んだ時、その腹部に確かにあった。獣が付けた様な傷跡が。

 

「あった……確かにあった! 奴の腹部に三本線の傷が!?」

 

 一度思い出せば後は簡単だ。

 肉を抉られた痛々しい治り方をした傷が確かにオール・フォー・ワンの腹部にあった。その事を思い出したオールマイトだったが、同時にグラントリノの意図に気付いた。

 

「まさかグラントリノ……あなたはあの傷は雷狼寺少年が付けたものだと?」

 

「無理矢理だが、それしか接点を繋げるもんがねぇんだよ」

 

「確かにそうですが……しかしそうなると雷狼寺少年は過去に事件に巻き込まれた?――いや例えそうでも、雷狼寺少年では奴に傷を負わせることはできない。あなたも体育祭で彼を見ていて分かってる筈です!」

 

 汗を流し、焦った様子でオールマイトは言った。

 確かに威圧感で圧倒的な力の差を見せた雷狼竜だったが、その弱点もあった。

 しかし、グラントリノもそれは承知の上の様に頷きながら言い返す。 

 

「分かってる……確かに雷狼竜は凄まじかった。――だがその分、攻撃の一つ一つの後に必ず隙があった。あんな動きじゃ、オール・フォー・ワンには通用しない」

 

「理解した上でしたか……」

 

「当たり前だ! 儂はまだボケとらんわ!!――また吐かすぞ俊典!!」

 

「ヒィィィィ……!!――ゴホッ! ゴホッ!」

 

 グラントリノの怒りの言葉にオールマイトの足が震えあがった。

 大のマッチョをここまでビビらせる。小柄な老人であるグラントリノの底は知れない。

 すると、そんなオールマイトとグラントリノの話を聞いていた塚内は、まるで納得したような表情である資料の束を鞄から取り出した。

 

「もしやと思い、持ってきて正解だったようだ。オールマイト、これを見てくれないか?」

 

「これは……『個性制御研究所・爆発事故』に関するまとめ?」

 

 渡された資料をペラペラとめくりながらオールマイトは真剣に読み始める。

 内容はある研究所の爆発事故の資料で、関係者・事故現場写真等がまとめられていた。

 個性制御の研究所。その手の施設はオールマイトも知っていた。世の中には強すぎる個性や制御が難しい個性の子供も多く、その制御を手伝う施設。

 大学や病院にもあり、時折に個性の制御を間違って事故が起きるのも珍しくない事件内容だ。

 

「この資料がどうしたと言うんだ……?」

 

 オールマイトはタイミング的に違和感しかなかったが、塚内が意味もなくこの資料を準備するとも思えず、慎重に資料を見ていた時だった。

 “関係者”のページで腕が止まった。

 

「これは……」

 

――雷狼寺 竜牙(5才)

 

 見覚えのある名前があった。目の前で眠っている少年の名前だ。

 これがどういう意味を現しているのか疑問を抱き、塚内へ顔を向けると彼はしっかりと頷いた。

 

「うん。この研究所爆発事故に彼は関わっているんだ。――しかしこの事故はおかしな点がいくつもあったらしいんだ」

 

「どういう事だ……?」

 

 グラントリノも険しい表情で聞き返す。

 事故は事故。事件性もなく、オール・フォー・ワンとの関係は極めて薄く感じるが塚内は話し始めた。

 

「この事故なんですが、当時に担当していた方から話を聞きました。すると色々と分かりました」

 

 塚内はそう言って説明を始めた。

 担当してい者曰く、爆発の割には発生場所が分からず、機材や建物の残骸にもこれと言った痕跡もなかった事。

 聞き込みでは、爆発音ではなく獣の様な声・雷が落ちた様な轟音しか聞いていない事。

 そして挙句には――

 

「どうやら“雷狼寺グループ”から圧力があって早々に事故で片づけられたらしい。――変じゃないか? ただの事故なら夫婦も彼も被害者でしかないのに、なんで圧力をかけるんだ?」

 

「この獣の声と轟音も気になるな……まるで――」

 

 塚内の説明にグラントリノは竜牙を見つめる。

 獣と雷の轟音――明らかに雷狼竜に共通していたのだ。

 

「雷狼寺夫妻は何か隠したかったのかい?」

 

「僕はそう思っている。それに話はまだ終わりじゃなく……竜牙君の個性制御に関わっていた研究員の助手が研究所より少し離れた場所で“殺害”されていた様なんだ」

 

「殺害!?……ただの事故ではないのか?――それにしてもよくこんな準備ができたね?」

 

「話を聞いて少しでも情報を探る為に警察のデータを漁ったんだ。そしたら出て来たのがこの事故だった」

 

「……そうか。――どちらにしろ、雷狼寺夫妻とこの研究所の関係者に話を聞くべきだろう」

 

「そう思ってたけど、夫妻は娘さんの件で話どころじゃない。ただ研究所の所長さんには話が聞けそうだよ」

 

 微かな喜びを浮かべる塚内の言葉にオールマイトは「流石だ」と呟く。

 行動も早く、そして優秀な友人なのがこの塚内だ。オールマイトにとっても自慢の一つ。

 どうやらこの謎は塚内が引き取ってくれるようで、オールマイトは肩の力を抜くことができた。

 これで一旦は話が終わり、オールマイトは一先ず竜牙の無事を喜ぶ事にした時だった。

 

「話は終わってないぞ俊典」

 

「グラントリノ……?」

 

 目を鋭くし、重い空気を切り裂くようにグラントリノが言った。

 

「テレビで見てずっと気になってんだ。この坊主の武器を作る能力……それって雷狼竜の個性とは違うんじゃねぇのか?」

 

「……と言うと?」

 

 オールマイトは聞き返す。しかし表情は苦しそうにし、額からは汗を貯めいていた。

 本当は何を言いたいのか分かっている。だがオールマイトはそれを受け入れることは出来なかった。

 グラントリノが言いたい事、それは雷狼竜と武器の製作は別々の個性だと言う事だ。

 つまりは――

 

「この坊主……オール・フォー・ワンから個性を()()()()()んじゃねぇのか?――【ヴィラン側】としてよ」

 

「なっ!?――グラントリノ!」

 

 オールマイトは力強く立ち上がり、グラントリノへ食って掛かった。――両足が生まれたての子ヤギの様にプルプルさせながら。

 

「あなたは分からないでしょうが……雷狼寺少年はいつか私を超えたいと! 皆を私の様に守りたいと言ってくれたんです!――彼は緑谷少年と同じ、将来に皆を救ってくれるヒーローになるんだ! あの時の瞳に嘘はなかった!」

 

「例えその時はそうであっても……奴には歪んだカリスマもある。それ魅せられてたらどうする? 洗脳って可能性もあるぞ?――目を覚ましたらヴィランになっていた……じゃ笑えねぇんだぞ?」

 

「私は雷狼寺少年を信じる!――彼は友の為にヒーロー殺しへ挑めるヒーローです!」

 

 グラントリノの言いたい事も分かると、オールマイトは理解していた。

 実際、そうやってオール・フォー・ワンは手駒を増やしていたからだ。

 しかしオールマイトはそれを否定する。己が平和の象徴だから、皆を信じているからこそオールマイトはNO.1ヒーローなのだ。

 そんなオールマイトの姿にどう思ったのか分からない。だがグラントリノは静かに椅子から腰を上げると、病室を出ていこうとする。

 

「小僧の様子を見てくるぜ……だが忘れるなよ俊典?」

 

――次は腹に穴を空けられる程度じゃ済まねぇぞ?

 

 そう言ってグラントリノが病室を出て行った直後だ。

 オールマイトの肉体から煙が放出され、それが晴れるとそこには筋肉に包まれたオールマイトの姿はなかった。

 いたのは骨の様にガリガリな姿をした男――オールマイト・トゥルーフォームだ。

 本来の姿となってしまったオールマイトはその場で膝をついてしまう。

 

「ゴホッ……ゴホッ!」

 

 咳をし続け、抑える手には血がこびり付いていた。

 これが今の平和の象徴。殆どの者が知らない真実であり、知っている数少ない人物達のリカバリーガールと塚内が傍へ駆け寄った。

 

「全く無理するんじゃないよ……」

 

「大丈夫かい?」

 

「あぁ……大丈夫さぁ」

 

 こんな所で倒れている場合ではない。

 オールマイトはゆっくりと立ち上がると、眠っている竜牙の傍へと行く。

 包帯に包まれた姿はどこか、嘗ての自分を彷彿とさせる。

 一歩間違えれば、竜牙が自分の様になっていかもしれない。そう思うと、オールマイトは無意識のうちに力が入って仕方がなかった。

 

(……彼等の未来にオール・フォー・ワン、貴様は必要ない。必ず私の命に代えても終わらせるぞ……!)

 

 その決意を胸に抱き、オールマイト達もやがて病室を後にする。

 そんな明かりが消え、暗くなる病室の中で静かになると同時に動き始める物体があった。

 蛍の様に光ながら飛び回る虫達は、ゆっくりと眠っている竜牙の身体に纏わりつき始め、再び発光を始めると竜牙の身体に変化が起こる。

 

 身体の一部一部が鱗に変化するが、その鱗の色は通常時と違う色。エメラルドの様な緑ではなく“白”だ。

 真っ白な鱗。そして虫達の発光に応えるように竜牙の傷は徐々に消えてゆく。

 それはその夜の間、ずっと行われた。ずっと、ずっと……まるで命の輝きを竜牙へと送る様に。

 

 

▼▼▼

 

 

 モニターや色んな精密機械がある暗い部屋に二人の男がいた。

 その内の一人は眼鏡を付けた老人で、その老人はもう一人の男を特殊な椅子に座らせ、身体や首・喉にチューブを差し込ん行く。

 そう、この二人は竜牙を襲った男達だ。

 

「さてこれで良い。――それにしても先生も不思議な事をする。なんであの子供の個性を奪わなかったんだ?」

 

『ハハハ……彼はそう言うのじゃないんだよドクター。彼はヒーローとも違う特別な存在なんだ』

 

「なるほど……いずれは“こちら側”に来るって事かい」

 

 ドクターはそう言って先生と呼んだ男の言葉に納得し、再び医療機器を操作し始めた。

 だが男はドクターの言葉に大きく笑い出す。

 

「ハハハ!……違うよ……違うんだよドクター。彼はヴィランでもないんだよ。ドクターは知らないだろうけど――」

 

 久し振りに聞いた懐かしき咆哮と殺気。しかし、それは望んだ姿ではない。

 彼はもっと動ける。もっと強い存在だ。

 そう思いながら己の腹部を撫でて、男は愉快そうに笑みを浮かべる。

 

「あぁ……ドクターにも見せたかったよ。あんな安っぽく、脆弱な雷ではない――」

 

――大気すら轟かす金色の雷を……全てを壊す白銀の咆哮を……!

 

「アァァァ……!――もう見れないのは残念だけど……彼には頑張ってもらわなきゃねぇ……!」

 

――弔の成長の為にも。

 

 その日、その部屋にはずっと男の笑い声が響き渡っていた。

 

 

 

 

END



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第二十二話:予兆

明けましておめでとうございます。_(:3」∠)_
ガキ使見て、FGO引いて、正月太りして、運動して寝ています。
伊達巻旨し……(´・ω・)



 保須市総合病院にリカバリーガールは訪れていた。

 ステインで怪我を負っていた緑谷達と竜牙の治療の為だ。

 

「さて……次はあの子かい。やれやれ病室が遠いね」

 

 緑谷達の治療を終えたリカバリーガールは、一般病室から離れた特別病室へと移動を始める。

 次は竜牙の番。だが緑谷達よりも重傷な竜牙は、体力の問題で今日中の完治は無理だとリカバリーガールは既に判断していた。

 

(……明日も来ないとねぇ)

 

 リカバリーガールとて多忙だが、そこは可愛い生徒の為に身を削るのも仕方なし。

 リアルに重い腰を上げ、彼女はようやく竜牙の病室へ到着し、その扉を開けて中に入った時だ。

 

「っ!?……まさか」

 

 いつもの落ち着いた口調である彼女には珍しく、やや動揺した様に驚いた声を出すリカバリーガール。彼女の瞳が映したのは信じられないものだ。

 重傷を負い、まだ立てる筈がない。だが、間違いなくその人物は問題ない様子で立っており、やがてリカバリーガールの存在にも気付く。

 

「……おはようございます。リカバリーガール先生」

 

 横顔も見せず、ただ逆光で影に染めながら問題ない様子で挨拶する“竜牙”に、リカバリーガールはただ息を呑むしかできなかった。

 

 

▼▼▼

 

 

「心配したよ雷狼寺くん!」

 

「大丈夫そうだな」

 

「本当に無事でよかったよ雷狼寺君!!」

 

 竜牙の意識が戻った事は、すぐに緑谷達とリューキュウ達に届けられた。

 その中でリューキュウ達は事後処理で時間を取られ、もう少しだけ時間が掛かるが緑谷達はすぐに駆け付けた。

 同じ院内であり、遅れたり行けない理由はない。

 三人はすっかり元気そうに笑みを浮かべ、ベッドで上半身を上げている竜牙の周りを取り囲んでいた。

 

「……心配かけた」

 

「いやそんな事はない! 元はと言えば僕のせいのようなものだ!」

 

 何処を見ている訳でもないまま話す竜牙に、飯田は綺麗な姿勢で頭を下げる。

 竜牙の怪我の原因はステインではなかったが、結局は爆弾の導火線に火を点けたのは自分だと飯田は思っており、申し訳なさそうに謝罪を竜牙へと向けたのだ。

 だが竜牙は飯田の言葉と行動に対し、首を横へと振った。

 

「……いや。お前がそこまで気にする事じゃない。――“奴”が()()過ぎた」

 

『ッ!?』

 

 意味深に呟く竜牙のその言葉に、緑谷達は目を開いて息を呑んだ。

 竜牙が言った“奴”――それはステインではなく、竜牙をこんな目に遭わせた“別の存在”だと理解したからだ。

 体育祭で優勝し、事実上の“学年最強”を手にした竜牙。そんな彼を、ここまでの重傷を負わせた者の存在に緑谷は無意識に嫌な予感を抱き、思わず汗を流す。

 聞いてはいけない気がする。胸に何故か悪寒が残る程に不安があり、聞こうと思っても口が動かない。

 そんな風に嫌な感情に緑谷が縛られていた時だ。

 

「雷狼寺……お前をそこまで追い詰めた相手はどんな奴だったんだ?――少なくとも脳無じゃねえんだろ?」

 

「!――と、轟くん!?」

 

 何の迷いもなく問いかけた轟に、緑谷は思わず止めに入ると飯田もそれに続いた。

 

「雷狼寺君はまだ病み上がりなんだ! 今聞くのは流石に駄目だろう!?」

 

「だったらいつ聞くんだ?――少なくともお前等も気になってんだろ? 余程の相性悪じゃない限り、雷狼寺が脳無に敗れるとは俺は思えねえ。そうなると考えられるのはもっと別の存在。あの脳無達を操っていた元凶の類だろ?」

 

 緑谷と飯田を前半の言葉で抑えると、二人は轟の予想通り言葉を詰まらせた。

 オールマイトに憧れたヒーローの卵なのだ。少なくとも友を傷付け、雷狼竜すら倒したヴィランの存在を無視できる者はこの場にいない。

 リカバリーガールも見守る方に周り、止める様子もないのが更に轟の言葉を後押しする空気を作り出す。

 そしてそんな空気だからなのか、その真意は分からずとも竜牙も、その口を開き始めた。

 

「――()()()は特別だ……オールマイトと同じ“存在”だ」

 

「あの男? オールマイトと同じ存在?――誰だったんだ雷狼寺? 知ってるヴィランか?」

 

 静かに呟き、そのまま顔を下に向ける竜牙に轟は追及するが、そこに飯田が待ったを掛ける。

 

「ま、待つんだ! 雷狼寺君の言葉は大事な証言でもある! 彼の担当ヒーローのリューキュウや警察の人が来るのを待つべきだ! 場合によるならばすぐにでも俺が電話をして呼んでこよう!」

 

 自分達だけで聞いて良い話ではないと判断し、飯田はすぐにでも警察の人達を呼ぼうと病室を飛び出そうとした時だった。

 

『――無駄だ』

 

 竜牙の一言で病室の空気が一変し、それに呑まれた飯田達は動きを止めた。

 

「ら、雷狼寺くん……?」

 

 緑谷もまたその言葉と、竜牙の異変に動きが止まってしまう。

 冷静な竜牙とは思えないトーンの冷たく、そして重く感じる言葉。 

 怒りも混じっているとまで感じさせ、自分達に向けた感情じゃなくとも思わず心臓が大きく跳ねてしまう様に恐怖も抱く。

 

『……ヒーローからのおこぼれだけで存在している脆弱な警察に、あの男は捕えられない。――警察だけじゃない。ヒーローとは名ばかりの“贋作”もそうだ』

 

「ど、どうしたんだい雷狼寺君!? 君らしくないぞなんか!?」

 

 飯田が思わず口を挟むが、竜牙はそんな事は無視して話を続ける。

 

『あれは“巨悪”だ。理想だけじゃ勝てない。憧れだけじゃ勝てない。――真なる敵だ』

 

「ら、雷狼寺くん……なんか大丈夫? やっぱりまだ体調が?」

 

 緑谷は流石に何かを察した。

 竜牙の雰囲気や口調から感じる異変。明らかに竜牙の何かが変わっているが、何が彼を変化させたのかが分からずに平凡な言葉しか言えなかった。

 しかも、竜牙はその問いかけに反応した様子はなく、ただただ勝手に呟き続けていた。

 

『俺は“あの男”を知っている……全ては分からない。――だが知っている。そして()()()()()()()。あの男と戦うには、俺も()()を受け入れなければならない……と』

 

――だから“コイツ等”も()()()()

 

 悟った様な小さな声で呟く竜牙。彼がそう言うと、徐々に両腕に変化が起こる。

 両腕が雷狼竜へと変化し始めたが、左右の腕とも通常の雷狼竜とは違う色だった。

 右腕は“白”で、左腕は“黒”だが、左腕だけは爪も血に染まった様に赤かった。

 

 そんな見た事がない姿を、突如として見せられたのだ。

 緑谷達は竜牙の異変に息を呑んで言葉を詰まらせてしまうと、興奮が治まったかの様に竜牙の両腕は人へと戻っていた。 

 

『……雷狼竜。まだ思い出せない。だが、俺はあの男と戦い……そして狂った』

 

『やあ、凄い姿じゃないか?――ああ、そんな怖がらなくても良い。私は君を救いに来ただけさ』

  

 思い出す。あの男を。まだ顔があった頃のあの男との出会いを。

 薄っすらと、夢と合わさって思い出された儚い記憶。あまりにも薄い覚醒だが、それでも男の事だけは覚えている。

 周りの状況・自分の状態。それらを思い出せなくとも、あの男の姿と言葉だけは覚えている。

 あの男は笑っていた。楽しそうに自分を見ていた。

 だがそこまでだ。思い出せた内容は。

 しかし、それだけでも十分。そんな少しの記憶を思い出しても、過剰なまでに興奮し、瞳が雷狼竜になってしまう程だ。 

 

 だからこそ、そんな様子の竜牙を心配しない筈もなく、轟が再び踏み込んだ。

 

「お前が知ってるヴィランなんだな? 教えてくれ雷狼寺……そいつはなんてヴィランだ?」

 

『……あの男は。――あれは“皆は一人の為に”……そう、オール――』

 

 竜牙がその男の名前をそこまで言おうとしていた。――まさにその時だった。

 突如、病室の扉が勢いよく開くと、小さな二つの影が飛び込んできた。

 

「わー! とつげきだー♪」

 

「とつげきだー♪」

 

 天真爛漫、元気全開で入って来たのは瓜二つの容姿の女の子二人。

 そう、竜牙が助け、そして実の妹でもある『雷狼寺ルナ』と『雷狼寺ミカ』だ。

 そんな二人の登場により、先程までの重い空気は完全に崩壊。場の空気の高低差等で、緑谷達も困惑してしまった。

 

「えっ? えっ!?」 

 

「むっ!――こらこら、病室では騒いではいけない!」

 

「この二人……確か脳無に連れていかれた子供か?」

 

 緑谷・飯田・轟がそれぞれの反応をするが、轟の言葉で緑谷と飯田も思い出し、同時に竜牙も思い出した。

 

「あっそうか!……同じ病院にいるってグラントリノがいるって言ってたよ」

 

「確か念の為の入院と聞いていたな……」

 

「でもなんでここにいんだ?」

 

 緑谷達は双子の登場とここにいる理由を考えるが、当の双子は病室でクルクルとはしゃぎながら回っていたが、緑谷達の視線に気付いたのか、それぞれは動きを止めて三人の下へ近寄ると、元気に声をあげる。

 

「こんにちわー!」

 

「こんにちわー!」

 

「あっえっ……と、こんにちは?」

 

「うん! こんにちは! 元気があって良いじゃないか!」

 

「……お、おう」

 

 無邪気は時に無敵である。二人の勢いに緑谷と轟は押し負け、飯田だけがいつもの調子でいられた。

 そして三人に挨拶をしたルナとミカは、今度はベッドにいる竜牙の方を向くと、ポニーテールを揺らしながら竜牙の下へと向かい、そのまま左右から上半身をベッドへ倒して顔ごと埋め、すぐに顔を上げて竜牙の顔を見た。

 

「ぷはー!」

 

「ぷはー!」 

 

「……?」

 

 元気よく息を大きく吸い込み、満面の笑みで自分を見つめる二人に竜牙は首を傾げる。 

 流石に目の前の双子が、自分が助けた二人なのは分かっている。

 だが、だからといってここにいる理由までは分からなかった。

 はしゃぐのは子供だからと分かるが、入り方や行動が結構馴れ馴れしい。

 

(最近の子は、他者にもこんな距離感なのか?)

 

 距離感の近さに竜牙は困惑するが、ジッと眺めていた事で双子は首を傾げる。

 まるで竜牙からの言葉を待っている様に、ジッと見つめ返しており、竜牙は根負けした様に取り敢えず他愛のない話を口にする。

 

「……怪我とか大丈夫か?」

 

「だいじょうぶー!」

 

「だいじょうぶー!」

 

 竜牙の言葉に、双子はそれぞれが手を上げて元気よく返事をした。

 

「そうか……」

 

「うん!」

 

「うん!」

 

 双子は竜牙の言葉にすぐに反応して元気よく返事をするが、会話はそこで途切れてしまう。

 ハッキリ言って会話が続かない。何を目的としてここにいるかも分からない双子だ。

 対応が困って仕方なく、竜牙が悩んでいた時だった。

――再び病室の扉が開き、一人の女性が恐る恐ると言った感じで入って来た。

 

 今度は誰だろう。エメラルドグリーンの様な緑色のロングヘアーの女性を見て、緑谷達はそう思い、見覚えのない女性へ顔を向けていると、女性もそれに気づいて一礼する。

 緑谷達もそれに釣られて一礼するが、女性はそのまま双子と竜牙の方を向くと、双子達に叱る様に言い付けた。

 

「二人共……勝手に二人だけで行っちゃ駄目って言ったでしょ?」

 

「……は~い。ごめんなさい」

 

「ごめんなさい。……おかあさん」

 

 反省した様子を見せる、その双子の姿と言葉で緑谷達は目の前の女性が双子達の母親である事を理解した。

 言葉通り、勝手にここに来た双子達を連れ戻しに来たのかもしれない。

 少なくとも、緑谷達は双子達が不機嫌そうに竜牙から離れたのを見ても、未だに動かずに竜牙をジッと見ている女性の動きを待った。

 娘を助けてくれてありがとう。迷惑をかけた。――そんな言葉をまずは竜牙へ言うのだろうとも、緑谷達は想像していた。

――しかし、女性も竜牙も互いに何も言わず、不自然な間が続く。

 

 そんな間に、流石に違和感を感じた緑谷達。

 明らかに何かが変だ。どこか竜牙の顔を険しく、女性の方も不自然に顔を竜牙から逸らしていた。

 やはり変だ。緑谷達は互いに顔を見合わせる。

 お礼は疎か、挨拶すらしない女性に緑谷達は何かあるのかと不信感を持った時だった。

 何かを悟り、そして納得した様に竜牙は溜息を吐くと、目の前の女性を見ながら呟いた。

 

「……そういう事か。――その二人が、猫折さんから聞いた()()()か」

 

『――えっ!?』

 

 竜牙の言葉に、緑谷達は再度顔を見合わせた。

 確かに竜牙に妹がいる事は、体育祭の時に聞いていた。

 しかし、それが目の前の、のほほんと首を傾げている双子なんて流石になんの偶然なのか。

 

「あれ、でも……?」

 

 だがそこで緑谷は疑問を抱く。

 体育祭で聞いた限りでは、竜牙が妹の存在を知っていても、実際には会っていないと言っていた。

 ならば、なんで妹だと分かったのか。それが緑谷は疑問に思ったのだが、冷静になれば簡単な事だった。

 

――おかあさん。

 

 確かに双子は目の前の女性にそう言った。そして、竜牙はその女性を見て自分の妹だと確信したのだ。

 つまり――

 

「……久しぶり。聞いてたより元気そうね」

 

「……自力で治したからな。――母親」

 

『――!?』

 

 気まずそうな表情で話す母親と、感情がこもっていない竜牙の会話を聞いた緑谷達は驚きを隠せなかった。

 助けたのが偶然妹だったのも驚きだが、目の前の女性は竜牙を捨てた張本人の一人。

 父親を見た事がある轟ですら、相手が母親と言う事だけあって、その表情はどこか悲しそうだ。

 だが、緑谷はもっと別の事で息を呑んでいた。

 

(ど、どうなっちゃうんだろう……!)

 

 病室に流れるのは重い空気。

 リカバリーガールでさえ、やや表情が曇っている程だ。

 そんな中での竜牙と母親の再会。妹にすら想いはないと言い切った竜牙だが、目の前の現実で何が起こるかは分からない。

 緑谷は何か起こるかもしれないと、静かに緊張しながら見守るのだった。 

 

 

▼▼▼

 

――しかし、緑谷のそんな不安は問題なかった。

 

 最初は空気が重かった病室だが、双子がはしゃぎながら、竜牙に構って欲しそうに周囲で楽しんでいると、意外にも竜牙はそれに応えた。

 サインが欲しいと言えば双子のスケッチブックに書いてあげ、個性が見たいと言えばリカバリーガールの許可を貰って腕だけ変化させ、触らせながら見せてあげた。

 双子はそれを本当に楽しそうに喜び、竜牙も可能な限り構ってあげてくれていた。

 

 無論、双子の興味は緑谷達にも向けられる。

 

「ケガばっかりしちゃダメなんだよぉー?」

 

「しんぱいするよー?」

 

「え、えぇ……」

 

 そう言って緑谷を慌てさせ。

 

「オレンジジュースばっかり飲んでた人だー!」

 

「虫歯になるよー!」

 

「いや! しっかりと歯磨きをしているから大丈夫さ!」

 

 そう言って飯田が歯磨きの大切さと、正しいやり方を説明する中、少し騒ぎ過ぎの双子に轟が軽く注意をしたりもあった。

 

「流石に病院だから、少しだけ静かにな」

 

「――ぽっ」

 

「――ぽっ」

 

 イケメンフェイス炸裂。轟のクールな表情を受けて双子は頬を染め、その様子を見た竜牙は飯田に指差して言った。

 

「飯田……今、轟は破廉恥な事をしている」

 

「なに、そうなのかい!?――駄目だぞ轟君! 破廉恥な事など、君は一体何をしているんだ!!」

 

「いや……ちょっと注意していただけなんだが」

 

 飯田の叫びに轟は困惑。

 ただ普通に注意していただけなのだが、残念ながら暇だった竜牙の言葉によって破廉恥の注意を受けてしまった。

 そんな騒がしい展開が幾つも起こり、結局は二時間近くも双子と母親、そして緑谷達は竜牙の病室で過ごしていると、母親は腕時計を見るとやがて椅子から腰を上げた。

 

「ルナ、ミカ……そろそろ検査の時間だから戻るわよ?」

 

「えぇ~!」

 

「まだあそんでもらいたい~!」

 

「駄目よ。お兄ちゃん達にバイバイしなさい」

 

 病室に戻るのを渋る双子に母親は駄目とハッキリと言うと、二人は諦めた様に頷き、最後の挨拶でもしたいのか竜牙の下へと近づき、二人揃って竜牙の顔を見てこう言った。

 

「……ねぇ、お兄ちゃんはなんでおうちにいないの?」

 

「いないの?」

 

 まさに不意に放たれた言葉であり、核心へも放たれた言葉だった。

 双子のその言葉に母親はバツが悪そうに顔を逸らし、緑谷達も思わず息を呑んでしまう。

 事情を知っているとはいえ、その事で口を出して良いかと問われれば答えはNOだ。

 緑谷達は知っているだけの傍観者に過ぎない。

 第三者が口を出して解決できるものではない。故に出そうとも思わなかった。

 

 そして、重要な選択を迫られた当事者である竜牙だ。

 ここで真実を話すのも選択肢の一つ。それは容易であり、竜牙に言う権利は無くもない。

 だが、その選択肢は双子の心に多少なりとも、影響と傷を残してしまうだろう。

 母親が不安そうに顔を逸らし続ける中、竜牙は表情を変えず、やがて双子達から顔を逸らさず、真っ直ぐに見据えて言った。

 

「……すまないな。だが俺は今、ヒーローになる為に頑張っている。それは忙しく、学べる時間も限られている有限の世界。――だから家に帰る訳にはいかず、離れて暮らしているんだ」

 

「でも……ルナ達の誕生日にだってかえってきてないもん」

 

「お兄ちゃんに会ったのだって、このあいだがはじめてだもん」

 

 双子は悲しそうに顔を下に向けるが、だが迷っている様にも見えた。

 雄英体育祭で優勝する程の実力を持ち、テレビでもファンから囲まれていた自慢の兄。

 幼稚園の友達にも話せば、周りは凄い凄いと興奮し、双子もそれがとても嬉しかった。

 しかし実際の気持ちもある。

 

――いつでも会いたい。

 

 家に飾られていた写真に写った一人の男の子。

 見覚えがないのに、自分達の父と母と写っている。一体、この男の子は誰なのだろうと、双子は両親に聞いたが、はぐらかされてしまって答えは貰えなかった。

 だが、双子は諦めず、ならば信用している人に聞こうと判断して家政婦の猫折さんに聞いたのだ。

 すると、猫折さんは困った様子だったが、何かを決心した様に教えてくれた。

 

『この子は……ルナちゃんとミカちゃんのお兄さんよ』

 

 その言葉を聞いた時の衝撃を、今も二人は忘れたことはない。

 自分達に兄がいる。それは嬉しい事実だったが、それを両親に聞けば驚愕した様子で困惑し、すぐに誰が教えたのかを理解して猫折さんに注意をしていた。

 だが、一度知ってしまえば詮無き事。事実を知った双子を止めることは出来ない。

 

『お兄ちゃんに会いたい!』

 

『……いつかな』

 

 双子の願いに、父親のミキリはずっとそう言って誤魔化していたが、それも限界を迎えた。

 そう、あの雄英体育祭だ。全国生中継の中、息子である竜牙が出て来たのだ。

 

『竜牙か……!』

 

 ミキリの思わずの呟きを聞き、双子もすぐに察した。

 選手宣誓をしているこの少年が、自分達の兄だと言う事を。

――だが、見る事が出来ても会う事は出来なかった。

 

 ヒーローになるのは大変。それは小さな二人も知っている事だ。

 だから竜牙がそう言えば、それも仕方ない事だと納得しようとすれば出来た。

 しかし、二人はせめてもの我儘を言いたかった。

 

「……ルナ達に会えないぐらい、たいへんなの?」

 

「……ミカ達、お兄ちゃんのじゃまになっちゃうの?」

 

 二人は寂しそうな表情と目を竜牙に向けながら言った。

 流石に違和感を持つのだろう。自分達に一度も会いに来てくれない兄、その事実が。

 ヒーローになるのは大変だ。だが、だからといって一度も会いに来れない程ではないと、幼い二人なりに分かっている。

 ならば考えられるのは一つ。竜牙が意図的に会いに来ない。

 そう思ってしまったのだ。

 

 すると、それを竜牙も察したのか、やれやれと言った風に一息吐くと、二人の頭にポンっと手を置いて言った。

 

「また会える。今度は俺から会いに行く」

 

「……ほんと?」

 

「……うそじゃない?」

 

「すぐには無理だが、時間を作って絶対に行く。だから、今はちゃんと病室に帰るんだ」

 

 そう言い終えると、竜牙はゆっくりと手を放す。

 そして二人もそれに合わせて小さく頷き、トテトテと歩いて病室を出て行った。

 これで残されたのは母親だけで、娘達が出たのを見て後を追うように竜牙へ背を向けると、小さく話し始めた。

 

「……ありがとう。あの子達を傷付けないでくれて」

 

「別に……本音を言えば、まだ妹だという自覚もない。――ただ、俺達が互いに情がないとはいえ、あの二人にまでそれに巻き込むのも馬鹿らしいって思っただけ」

 

 息子の顔を見ずに話す母親。

 感情が篭っていない言葉を話す竜牙。

 その光景を見て、轟は前に家に来たミキリと竜牙の事を思い出す。

 あの時と同じだ。会話もなければ雰囲気が死んでいた。

 エンデヴァーにすら酷い親と言わしめた程、これが十年以上ぶりの母親と息子の再会なんて思えない。

 特に母との繋がりが強い轟にとって尚の事だ。

 

『やめてくださいあなた!? 焦凍はまだ小さいんですよ!』

 

 轟の脳内に、心が壊れるまで自分を守っていた母の姿が過る。

 母は強く、最後まで子供を守る偉大な存在。そんな思いも轟の中には多少はあるが、目の前の現実はそれとは全くの正反対。

 だから、母親までが竜牙との関係が冷めている光景は、轟にとっては見ているだけで胸を痛めてしまう。

 

 だが、そんな轟の気持ちを理解する者はいないかの様に、竜牙と母親は話を続けた。

 

「……ところで、あんな事を言ってたけど、どうするつもり? 本当に、わざわざ会いに来るつもりなの?――あの子達の為に」

 

「一応、約束をした以上は破る気はない。だから最低限、あの子達のガス抜きだろうが会いには行っても良い。――まあ、結局はそっちの都合に任せるし、関係が拗れる様な事も言わない。そっちの判断で好きにすれば良い」

 

「……そう、なら良いわ。――最近のあの子達、あなたに夢中なのよ。だから、飽きるまで適当に相手をしてあげれば満足するでしょ。――何かあったら猫折さんに言っておくから、その時に彼女から聞きなさい」

 

「……あぁ」

 

 竜牙がそう返答すると、母親も納得した様にその場を去ろうとする。

 この会話中、互いに顔は見合わせていない。竜牙への労いや心配、お礼すらもない。

 まるで言う必要などないと言わんばかりの態度をする母親に、とうとう轟の我慢が破られる。

 

「ちょっと待てよ。雷狼寺には何も言わないのか? コイツだってあんた達の息子だろ?――色々とあんのかも知れねえけど、それでもコイツは、こんなになっても妹を守りきったんだ。だったらせめて、一言ぐらい何か言っても良いんじゃねえのか?」

 

「……あなたは?」

 

 先程まで娘二人の相手をしていたのに、母親からの声から感じ取れるのは轟達への興味の薄さ。

 だが、それでも轟の言葉に何か感じたのか、母親は振り返る訳ではなく、横に向けるだけの簡単な動きだけ轟達を見る。

 

「やめろ轟。俺は気にしていない」

 

「……けど、雷狼寺」

 

 竜牙の声に轟は冷静をやや取り戻すが、母親はその聞き覚えのある名に反応した。

 

「轟?――そう、あなたエンデヴァーの息子ね。そう言えば体育祭でも大きく映っていたわ」

 

 思い出した様に母親は呟くが、あくまでも興味はそれまでだった。

 

「そんなエンデヴァーの息子が何か?――少なくとも、人の家庭に口出しする様な人間には見えなかったわよエンデヴァーは?」

 

「……親父は関係ない。あくまでも俺自身での言葉だ」

 

「……そう。でもこれは、こちらの家庭の問題。経験も浅い子供が口出ししないでちょうだい」

 

「だからって……」

 

「それに最低限以上に礼は尽くしているわ。このしっかりとした病室だけでも十分じゃないの?」

 

「それが母親の言葉かよ……!」

 

 それまでの言葉に、とうとう轟の表情がやや歪む。

 母親の問題もあるが、やはりエンデヴァーの名を出されてた事で轟の冷静さはやや低下しており、病室の手配もあくまで“報酬”みたいな言い方が癪に触ったのだ。

 しかし、流石にこれ以上はマズイと思い、緑谷と飯田が慌てて止めに入る。

 

「お、落ち着いて轟くん!?」

 

「気持ちは分かるが流石に失礼だ!? 緑谷君の言う通り、少し冷静になるんだ」

 

「――!」

 

 二人の声に轟は我に返った。

 急激に頭が冷え、すまなそうに竜牙と母親の方に顔を向けると、竜牙は気にするなと言うように静かに頷き、母親は最初から興味がなかった様に、そのまま病室を出て行ってしまう。

 そして、母親が出て行ってすぐだ。入れ替わる様に竜牙の病室に二人の人物が入って来た。

 

「あら、あなた達?」

 

「昨日ぶりだワン」

 

 リューキュウ・保須警察署所長の面構署長。二人は緑谷達がいる事に意外そうな表情をしながらも、すぐに納得した様に頷いた。

 友達が回復したと聞けば、当然いても不思議ではないからだ。

 そして、そんな緑谷達と竜牙の姿を見て、リューキュウは少しだけ安心した。

  

「もう大丈夫そうね。こちらも事故処理が大体終わって、ようやく病院に顔を出せたわ」

 

「……ご心配かけました」

 

 緑谷達と竜牙を見ながらそう呟くリューキュウに、竜牙も頭を下げる。

 だが、リューキュウは首を左右に振り、逆に竜牙へ頭を下げた。

 

「いいえ、謝るの私の方……こんな目に遭わせてしまって、本当に申し訳なかったわ」 

 

「……いえ、きっと誰がいても結果は変わらなかったと思います。――少なくとも、それだけの相手だった」

 

「そうか。……やはり、君に重傷を負わせたのは、ただのヴィランじゃなかったかワン」

 

 竜牙の言葉に反応したのは面構署長だ。

 だが、竜牙はそんな彼の存在に首を傾げる。

 

――どなたですか?

 

 何故か緑谷達は初めて会った感じではないが、少なくとも竜牙は目の前の男性を知らない。

 身体は背丈の高い男性だが、顔はまんま犬。

 少なくとも発動系ではないだろう。あまりにも自然な態度であり、自然な感じから察しても異形系と思える。

 

 すると、そんな不思議そうに見ていると、その視線に気付いてリューキュウが紹介を行った。

 

「竜牙君、こちらは保須警察署・署長の面構さん。一昨日の件で色々と聞きたいそうなの」

 

「面構犬嗣だワン。病み上がりで済まないが、君には彼等と同じ事を話したい。――そして、その怪我の“原因”についても聞きたいワン」

 

「……分かりました」

 

「――と言う訳で、君達は一回病室から出て貰って良い? これから聞く事は一応、重要な話だからさ」

 

「えっ……あ、はい」

 

 リューキュウの言葉に、緑谷達は困惑しながらも病室を出て行く。

――というよりも、リューキュウに優しく押し出されてしまった。

 

「俺達には聞かせられないって事か……」

 

「仕方ないさ。俺達は、まだヒーローとしての資格もないのだから」

 

「多分、それだけの話なんだよね……」

 

 緑谷は深く痛感してしまう。

 廊下に出された事で、まだ自分達はヒーローとしてスタートラインにすら立っていない事実に。

 そして、それと同時に脳裏に過ったものもある。――それは先程の竜牙の様子。

 

(……雷狼寺くん。少し、様子がおかしかった)

 

 雰囲気、使う言葉。

 先程の竜牙から発せられたそれらは、今まで共に過ごした時に感じられなかったものだった。

 更に言えば、緑谷は気付いていた。竜牙から発せられた雰囲気に混じり、どこか狂気があったのを。

 そして、その狂気に似たのを纏う者を緑谷は知っている。

 

――ヒーロー殺し・ステイン。

 

(……なんなんだろう。この感覚。この胸のざわめき)

 

 印象に深く残りすぎているだけなのか、それとも本当に竜牙から感じ取れたのか。

 虫の知らせの様な、不安を過る予感を緑谷が抱いた時だった。

 飯田と話していた轟が何かに気付き、その場所へと早歩きで向かい始めた。

 その様子に緑谷と飯田は何かと思い、視線を轟の先へ向けると、そこにいたのはゆっくりと歩いている竜牙の母親の後ろ姿だった。

 それに気づき、緑谷と飯田は先程の轟の事を思い出し、急いで後を追うと、轟は既に母親へ話しかけていた。

 

「ちょっと待ってくれ!――あんた達にとって雷狼寺は何なんだ? 捨てたとしても、本当なら母親のあんたが助けるべきだったんじゃないのか?」

 

「また来たと思ったら……いきなりね。――それにさっきも言ったはずよ? 人の家庭に口を挟まないでって」

 

 背後から突然だったが、竜牙の母親は特に驚いた様子もなく、足を止めて自然な態度で轟へ返答したが、その内容は先程と同じだ。

 だが、それでも轟は抑えられなかった。

 

「……少なくとも、俺の母さんはずっと助けてくれた」

 

「……良いお母さんね。大事にしてあげなさい」

 

 轟は、せめてもの言葉を絞り出したが、それも優しく一蹴されてしまうと、追いついた緑谷が恐る恐ると前にでた。

 

「あ、あの……僕は雄英高校で、雷狼寺くんのクラスメイトの緑谷って言います」

 

「……そう」

 

 母親の態度は緑谷でも同じだった。

 ただ静かに、そして冷静に答えるだけだ。

 そんな向こうの反応に緑谷も苦笑するが、言いたい事はあり、勇気を持って口にした。

 

「あ、あの!――突然変異系の個性って色々と大変だとは聞きます。個性の扱いとか、その対処とか、普通なら両親から教えられる事が全く出来ないんですから。――でも体育祭、見てくれていたんですよね。なら分かっていると思うんですが、雷狼寺くんは雷狼竜の個性を制御出来ています。だから、僕が言いたいのは雷狼寺くんを恐れる理由とか無いって言いたいんです!」

 

 頭がテンパりながらも、どうにか緑谷は言葉を出し続けた。

 両親は雷狼竜の個性を恐れているが、既に竜牙はその個性を制御出来ているのはクラスメイトから見ても明らか。

 だから、そんなすぐに仲が戻ってほしいなんて都合の良い考えはないが、少なくとも、竜牙が個性の制御が出来ている事を緑谷は知らせたかった。

 

 そして、緑谷が何とか言いたいことを言い終えた時だ。

 視線を整えると、緑谷は気付いた。竜牙の母親が、まるで何かを見極めようとジッと自分達を見ている事に。

 それは30秒程の事だったが、やがて母親は一息入れると、静かに緑谷達へ問いかけた。

 

「……もしかして、あなた達の言っている雷狼竜って、体育祭で見た原種(タイプ)の事だけを言っているの?」

 

「えっ……?」

 

 相手の言葉に緑谷達の動きが止まった。

 どういうことなのか、まるで雷狼竜に体育祭以外の姿があるかの様な言い方だ。

 緑谷達はその言葉の意味が分からず、互いに顔を見合わせた時だ。

 三人は先程の病室の事を思い出す。

 

――だから“コイツ等”も()()()()

 

 竜牙が見せた左右の腕。白と黒の雷狼竜の腕。

 

――もしかして。

 

 緑谷は脳裏にある考えが過った。

 この個性による超常社会。いくら突然変異系とはいえ、それだけで我が子を捨てる理由になるだろうか。

 少なくとも緑谷はそうは思わなかった。だから過った。

 

――危険に恐怖。手に負えない力だったのか?……と。

 

「雷狼竜の個性は……ただの個性じゃないんですか?」

 

「……逆に聞きたいわ。何故、この世に存在し得ない“存在”の個性が、他の個性と同じと思えるの?」

 

 疑問を抱きながらの緑谷の言葉に、母親は呆れた様に言い返す。

 すると、その言葉に反応して返答したのは飯田だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。確かに雷狼竜なんて聞いたことはないですが、でも世の中には多種多様な個性があります!――例を挙げるならば、今さっきいたリューキュウだって“ドラゴン”の個性ですよ!?」

 

「言い方を変えるわ。――人類史・神話を含め、あなた達は一度でも聞いた事があるかしら? ドラゴンやワイバーンの様な存在ではなく、ただ“雷狼竜”という存在を」

 

「それは……」

 

 竜牙の母親の言葉に、緑谷達は何も言えなかった。

 ドラゴン・ミノタウロス・メデューサ等、神話の存在に似た姿と力の個性を持った人達はいる。

 更に言えば日本の妖怪の個性だっており、ある意味で神話の生物も、この世の中では近い存在と言える。

 だが、それは知っているからだ。知っているから理解し、それを受け入れられている。

 

「神話ですら聞いたことがある?……狼の様な姿をし、されどそれは雷を操る竜でもある。――そんな生物を、あなた達は知っているの?」

 

「知らないとしか言えない。――だけど、こんな世の中だ。どんな個性があっても不思議じゃないんじゃないんすか? 少なくとも、雷狼竜に恐れて雷狼寺を捨てたあんた達を、俺は認めねぇ」

 

 目の前の存在の言葉と行い。それを轟は否定する。

 もう理屈とかではない。ただ気にいらないからだ。

 しかし、そんな轟の言葉に母親は特に反応はなく、そのまま背を向けながら言った。

 

「無知と言うのは、時に“無責任”なだけよ?――私だって、原種だけなら受け入れていたわ。初めての……お腹を痛めて産んだ子ですもの。でも、それだけだったわ。――原種しか知らないあなた達には理解できないでしょうけど」

 

 そう呟く様に小さく話す母親の声。それはどこか悲しそうに聞こえた。

 だが、言われた通り、自分達は無知と言える。だからなんて返答すればよいか分からず、取り敢えず緑谷は先程から気になって事を聞いてみた。

 

「……あ、あのさっきから言われている原種って何ですか? 雷狼竜の個性には、まだ何か秘密が?」

 

「……それこそ実際に見て知るべきね。あなた達があの子の友達でい続ければ、もしかしたら見れるかもしれないわ。……ただ――」  

 

――それまで、あなた達の事をあの子が()()()()()()良いけど。

 

 それを最後の言葉に、竜牙の母親はそのまま去って行く。

 残された緑谷達も、後味の悪い何かを抱くだけだった。

 

 

▼▼▼

 

 その頃、病室では面構署長が話を終えて退出しようとしていた。

 

「……それでは、お大事にだワン」

 

「……はい」

 

 竜牙の返事を聞くと、面構署長はそのまま退出した。

 あくまで署長の用事は簡単であり、無資格の竜牙達の活躍を伏せて、エンデヴァーとリューキュウが逮捕した事になるとの事。

 ステイン撃破は称賛するべき内容だが、それでも竜牙達の行動は“違反”でしかない。

 だからこそ、本来ならば受け取る竜牙達の称賛を無くす代わりに、その違反も無かった事に出来るとの事。

 それをまずは、署長自ら伝えに来たのだ。

 

『それで構いません。――俺達はまだ、ヒーローではないのだから』

 

 冷めた言葉。それは竜牙の言葉であり、小さな波一つ立てない態度に署長もリューキュウもやや驚いたが、そこは理解しているからだと深くは追求しなかった。

 

 だが、話の本題はここからだ。

 署長が一番聞きたかったのは、竜牙自信をそんな目に遭わせたヴィランの事だった。

 

『ハッキリ伝えるワン。あの空き地では、君達以外の痕跡が一切()()()()()。――敵の個性なのか、少なくとも現場の状況からして第三者の痕跡が全く出ないのは異常だワン』

 

 本当に異常でしかないのだろう。思い出しているのか、署長から嫌な汗が流れていた。

 それはリューキュウも同じで、傍にいたリカバリーガールの表情も険しい。

 『ヴィラン受け取り係』なんて言われてはいるが、だからといって警察は全否定される程に無能という訳じゃない。

 相手が個性を使って痕跡を消そうが、必ずそこには小さくても痕跡は残る。

 

 しかし、痕跡は全く発見できなかった。最初から、そこには誰もいなかったかの様に。

 

『君と戦ったヴィランは完全な透明人間だったのかワン?』

 

 署長もそう言う程にお手上げ状態。

 絶対にいたと言う確信はあるが、それを嘲笑うかのように証拠はない。

 だから現状では、あくまでも竜牙はステインとの戦いで入院している事になるとの事。

 

 そして、竜牙から色々と聞いた署長は病室から出て行き、その後はリューキュウが暫く病室にいてくれた。

 他愛もない話。その後の事件処理。そして明日の予定等だ。

 リカバリーガールは念の為、軽い検査をすればまた職場体験に戻って良いと許可し、リューキュウも竜牙が望むならば明日からまた復帰を許可してくれた。

 無論、竜牙が断る理由はなく、それをすんなりと受け入れる。

 

 そんな会話を続け、2時間近く経った頃、リューキュウとリカバリーガールも病室を後にしてゆく。

 

 そうなれば、病室に残ったのは竜牙だけだ。

 竜牙は誰もいない病室で、ゆっくりとベッドから起き上がると、その場で佇んだ。

 すると、徐々に左腕が変化する。雷狼竜の腕だが、その色を黒に染まりし腕だ。 

 その腕はまるで、浸食する様に変化してゆくが、その変化は肩の辺りで止まってしまう。

 

『――まだ左腕までか』

 

 竜牙は実感していた。

 自分が新たな(ステージ)へ向かおうとしている事に。

 だが、同時に理解していた。このままでは駄目だと言う事に。

 

 人である以上、ヒーローである以上、力に限界を決めなければならない。制限()を付けなければならない。

 それでは目覚められない。雷狼竜達は起きようともしない。

 

 堕ちなければならない。

 

 堕ちて(怒り)堕ちて(人を捨て)堕ちて(野生へ)堕ちて(研ぎ澄まし)堕ちて(理想を捨て)堕ちて(雷狼竜)堕ちて(命狼竜)堕ちて(亜種)

 

――更に向こう(雷狼竜)へ、歩まなければならない。

 

 そうしなければならない。敵がやって来るから。

 

『また……会いに来るよ』

 

 あの男(オール・フォー・ワン)が、来てしまうから。

 竜牙は強くならなければならない。

 

『受け入れるんだ……雷狼竜を』

 

 病室が影に染まる。唯一の光は、雷狼竜の眼光だけだった。

 

 

――徐々に変化し始める日常を過ごしながら、竜牙達は再び学校生活へと戻って行く。

 

 

 

 

END



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林間合宿編
第二十三話:変化


お久しぶりです。
転職したもので、色々と忙しくしていました(;´・ω・)


 リューキュウ事務所は現在、異様な雰囲気に呑まれていた。

 事務所のトレーニングルーム。そこで、竜牙とサイドキックの人達がトレーニングと題した模擬戦を行っているのだ。

 

 今日の午前中に、リカバリーガールの診断を終えて竜牙と緑谷達は退院し、竜牙はリューキュウ事務所に戻っていた。

 病み上がりだが、竜牙の願いで普通にパトロールを行った後にそれはあった。

 リューキュウは明日、体験を終える竜牙に何か願いは無いかと訪ねたのだ。

 せめてもの罪滅ぼし。そういう意味でなのか、リューキュウがそう言うと竜牙が願ったのは……。

 

『波動先輩を含めた、サイドキックの人達と手合わせをしたい』

 

 リューキュウ事務所のサイドキック達との模擬戦だった。

 無論、誰も若い者に胸を貸す気分であり、それを断る者は誰もおらず、すぐにでも始まった。

 

――だが、その結果がこの異様な雰囲気を生んでしまったのだ。

 

「チャージ満タン……出力10!」

 

 まさにその空間で、今ねじれと竜牙は激しい攻防を繰り広げていた。

 だが、それは初日の時の様な状況ではない。

 余裕を持ち、冷静に対処していたねじれだったが、今の表情は真剣そのもの。

――否、余裕がないと言える。

 

 額に汗を流しながら、ねじれは初日の様に必殺技を放とうとしていた。

 目の前で、今も堂々と立ち尽くす竜牙へ向かって。

 

 だが、当の竜牙には特に動きはない。

 初日に敗北した竜牙だが、その必殺技が迫ろうとしても焦りすら感じさせない態度は異質にしか見えない。

 しかしその代わりの様に、左腕と()()に纏う黒い雷狼竜の肉体が動き出した時だ。ねじれの技が同じタイミングで放たれた。

 

ねじれる波動(グリングウェイブ)

 

 それは初日で見せた巨大な波動。それが、再び竜牙へと向かって行く。

 だが、あの時と違う。

 

「……黒雷」

 

 竜牙の左眼が赤く染まる。血に染まったかのような、狂気の眼光へ。

 それと同時だ。ねじれの周囲に小さな黒い雷が幾つも発生し、彼女へ徐々に迫ったのは。

 

「っ!」

 

 ねじれは、それに気付いて回避を試みる。

 宙を移動し、その発生点を見極めながら緊急回避。

 

――一発でも当たっちゃ駄目。

 

 ねじれは理解していた。この黒い雷の本当の恐ろしさを。

 だから慎重かつ大胆に動き、発生源の竜牙を倒す事だけに集中しているのだ。

――だが。

 

「AOoooooooooooN!!!」

 

 獰猛、かつ威圧感な咆哮がルームの全てを呑み込んだ。

 そして竜牙は身体に不釣り合いな程に巨大な左腕――黒き雷狼竜の前脚が、ねじれが放った『ねじれる波動(グリングウェイブ)』を襲う。

――瞬間、黒い雷を纏う紅き爪。それがねじれの波動を貫き、そのまま消滅。

 

 その光景を目撃したリューキュウとねじれは驚きを隠すことが出来ず、目を大きく開いた。

 

「ねじれの必殺技が……!」

 

「……わぁ~不思議だね。この間とは別人みたいだね!」

 

 二人共、可能な限りで冷静を保っているが、表情は真剣そのもの。

 

「……本当に別人の様に強い」

 

 リューキュウも、ねじれの言葉に納得してしまう。

 体験初日、竜牙はこの技を破られずに敗北している。

 だが今、目の前で竜牙は、あの時と同じ出力の技を突破し、そのままねじれへと迫って巨大な左腕を振り下ろす。

 

「わっ!」

 

 だがそこはBIG3のねじれだ。驚きながらも、制空権を持っているねじれは回避し、竜牙から距離を取った。

 雷狼竜は恐ろしく強い個性だが、空を飛べる訳ではない。

 だからねじれの方が経験も含め、分があるのは当然の事。

 床に着地した竜牙が上空を睨むのは、想定の範囲内でしかない。

 

「――勝ったな」

 

 竜牙のその言葉を除けば。

 

「!?」

 

 竜牙の呟きを聞き、ねじれは異変を感じたが既に遅かった。

 宙に浮かぶねじれの周囲には、既に赤黒く染まったエネルギー体が取り囲む様に浮いており、咄嗟に波動で蹴散らそうとするが、それよりも竜牙の方が早い。

 

「龍閃弾」

 

 そう呟き、左腕を掴むと同時だ。龍閃弾が一斉にねじれへと向かって行く。

 

「わわっ!?」

 

 これには流石のねじれもビックリ。

 だが、ねじれは波動を上手く使って身体を動かし、その攻撃を何とか回避する。

 両足・両手。それぞれの場所から放たれる波動の出力を、咄嗟の判断で、だが細かく調整して次々と回避するねじれだったが。

――龍閃弾。それの真の恐ろしさに、ねじれも遂に気付いてしまう。

 

「あれ……?」

 

 回避するねじれだったが、一斉に向かってきたと思った龍閃弾が、実は一斉じゃない事に気付く。

 二発位は飛んできたが、残りの弾は未だに不自然に停滞していた。

 不発弾なのか。そうねじれが思った矢先、その目の前の弾がねじれへと向かってきた。

 

「っ!?」

 

 再び回避しようとするねじれだったが、その速度。最初の二発の比ではなかった。

 速い。あまりの速度に、弾が動いたと思ったら被弾していたのだ。 

 強烈な一撃を左腕に受けたねじれ。本来ならば、それだけで決着はつかない。

――だが。

 

「……う~ん。力が入らない。それに左腕から波動が出しずらい……!」

 

 被弾箇所に感じる痺れと脱力感。それに個性もいまいち、何故か発動しづらい。

 たまらず、ねじれは床に着地すると、待っていたのは左腕を向ける竜牙。

 左腕は本調子ではなく、宙に未だに龍閃弾が浮いている。

 これでは仕方ない。ねじれは悔しそうに両手を上げた。

 

「むぅ~降参!」

 

「……ありがとうございました」

 

 降参したねじれに竜牙は頭を下げた。

 そして、頭を上げると次はリューキュウの方を向いて下げる。

 

「ありがとうございました……リューキュウ」

 

「……いいえ。力になれたのなら、こっちも嬉しい限りよ。結局は、あまり必要な事を教えられなかったもの」

 

 リューキュウはいつものクールな雰囲気を保って返答するが、分かる人には分かる。

 彼女もまた、竜牙の成長に困惑している事に。

 一滴の汗を流し、呑まれない様にしているが、目の前の現状はあまりにも印象強い。

 

――なぜならば、竜牙の周りに()()()()()サイドキックの者達がいるからだ。

 

 そう全員が、ねじれとの戦いの前に竜牙に――黒き雷狼竜の腕と脚に敗北した者達だ。

 

「……あぁ。お前、今どうだ? 調子戻ったか?」

 

「まあ、さっきよりは良いよ。痺れも脱力感も無くなって、個性も使えるようになった……」

 

「私はまだかなぁ……」

 

 床に転がっているサイドキック達も、皆がねじれと同じ様に竜牙の左腕と右脚の黒雷等によって戦闘不能となっており、転がりながら互いの調子を尋ね合うサイドキック達だが、表情からは無念だと伝わっている。

 竜牙の黒雷・龍閃弾を受けた者は、力が脱力し、受けた箇所からは個性が発動しずらいという症状に陥り、そこを突かれて竜牙に呆気なく敗北していた。

 自分の思うような動きが出来ずに敗北するのは無念であり、そんなサイドキック達の下に竜牙はゆっくりと近付いて行く。 

 

「……大丈夫ですか?」

 

「ああ、もう大丈夫だ。……それにしても参ったよ。ねじれちゃんもそうだけど、雄英高校の生徒は本当に凄いなあ」

 

 一人一人に手を差し伸べる竜牙に、サイドキック達は困った様に笑いながら手を取って行く。

 自分達も負けていられない。まだまだ頑張らないと。そんな事を言い合いながら休憩を始めるサイドキック達だが、そんな彼等の影に隠れていた竜牙の呟きを、リューキュウは聞き逃さなかった。

 

――まだ足りない。

 

――満たされない。

 

――雷狼竜に近付けない。

 

 聞いているだけで虚無感を感じさせる独特な声。

 それを聞いたのは自分とねじれだけなのを、リューキュウは気付いた同時、竜牙の纏う雰囲気の変化に気付く。

 

(……彼の雰囲気が全く違う。ピリピリと肌から感じさせ、だけど背筋を冷たくする様な鋭利な殺気。――いえ、これを私は知っている。確かこれは――)

 

――野生。

 

 リューキュウ自身も覚えがある。

 社会でもそうだ。肉食動物の個性を持つ人達が稀に纏う純粋且つ、単純な殺気。

 野生・自然の掟の中で生きるモノ達が纏う。弱肉強食の生死の姿。

 

(私にもあったわね……似たような事が)

 

 リューキュウは思い出す。まだ自分がヒーロー科に通っていた時の事を。

 今では大丈夫だが、当時は血等、生死の光景を目の当たりにすれば、過剰に興奮して本能を刺激されたものだと。

 肉食動物等の個性を持つ人達には稀に起こるらしいが、少なくともリューキュウは目の前の竜牙が、まさにその状態に似ていると判断していた。

 しかし、そう判断してもリューキュウには違和感も残っていた。

 

 自然界の殺気、という表現が、微妙に安っぽいと感じてしまうのだ。

 外見は歳相応の姿だが、竜牙から発せられるのは、もっと巨大かつ絶対的な何かの気配。

 

(……雷狼竜?)

 

――否。リューキュウはすぐにその考えを否定する。

 

 テレビで雷狼竜の姿は確認している。

 画面越しとはいえ、そこから威圧感や雰囲気すらも想像は容易い。

 だからこそ、リューキュウは今の竜牙から感じ取れるモノが、純粋に雷狼竜じゃないと感じた。

――否、再びリューキュウは否定する。

 

(雷狼竜……なのは間違いないわ。でも、テレビで見た以上の何かを感じる。さっきまでの黒い腕もそう。――まるで、色んな何かが存在しているかのように)

 

 リューキュウは見守る様にずっと竜牙を見つめ続ける。

 ステイン、そして未確認のヴィラン。彼等との戦いで、何かしらの変化が竜牙に起こったのは間違いない。 

 本当ならば、もっと見守り、竜牙の何かが歪んでしまったならば正してあげるのも使命と言えるが、もうリューキュウにはそんな時間はない。

 明日には竜牙は体験を終えてしまう。

 

(何もなければそれで良いの……)

 

 胸に中でザワつく微かな不安を抱きながらも、リューキュウは周りの者達に次の指示を出すと、竜牙もそれに従ってトレーニングルームを後にする。

 しかし、訓練が終わっても竜牙の左眼は未だに赤く染まり続けていた事に、彼女達は気付くことはなかった。

 

 

▼▼▼

 

――そして翌日。午後。

 

 荷物を纏め、ねじれと共にホテルをチェックアウトした竜牙は、荷物を纏めてリューキュウ事務所の前に立っていた。

 勿論、リューキュウを始め、彼女のサイドキック達も見送りの為、竜牙の前に立っていた。

 

「一週間……大変、お世話になりました」

 

「良いって良いって。そんなに畏まらなくて。――君には、本当ならもっと教えてあげたい事があったけど……今回はここまでね」

 

「……今回?」

 

 意味ありげに言ったリューキュウの言葉に、竜牙はオウム返しで聞くと、リューキュウは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「ええ。……少なくとも、私はあなたを長い目で見て行くつもりよ。――恐らくは、仮免試験を受けるのは二年生からだと思うけど、資格を得て、ねじれの様にインターンを受けれるようになったら、まずうちに連絡ちょうだい。その時は、喜んであなたを受け入れさせてもらうわ」

 

「! ……ありがとうございます」

 

 リューキュウの親身の様に優しい言葉に、竜牙はもう一度だけ頭を下げると、ねじれや他のサイドキック達も嬉しそうに頷いていた。

 

「うんうん! その時は一緒に行こう! 先輩だから色々と教えてあげるね!」

 

「そん時を待ってるぜ期待のルーキー! 次に来たときは、昨日みたいに情けない姿は見せないぜ」

 

「そうそう。その時は、私達もプロらしい所を見せてあげるからね!」

 

「はい。その時に俺も、情けない姿を見せないよう努力を続けます」

 

 そう言って、ねじれとサイドキック達と会話をし終えると、竜牙はスマホを取り出して時間を見ると、新幹線の時間に丁度良い時間となっていた。

 

「そろそろ向かいます」

 

「あら、もう時間なのね。……じゃあ、最後に一つだけ言わせて」

 

「……はい」

 

 真剣な表情となるリューキュウの姿に、竜牙も無意識に背筋を伸ばしてしまう。

 そして、リューキュウは目を閉じて深呼吸をすると、竜牙の眼を一切逸らさずに見て、こう言った。

 

「……本当の自分を見失わない様にね」

 

 リューキュウの言葉はハッキリとし、そして不思議と心に刻まれた声だった。 

 だからだろう。ヒーローらしいただの格好いい台詞だとか、深い意味はない並みの言葉とか、そんな風には竜牙は思えなかった。

 純粋。ただ純粋に、リューキュウが自分に対してそう思い、心配してそう言っているのだと理解した。

――だが、竜牙は真正面から受け止められなかった。

 

「……大丈夫です」

 

 そう呟いて返答する竜牙だが、その目は自然に逸らしていた。

 ただの無意識での行動。自分が後ろめたいと思っている事を意味している。

 だが、竜牙がどれ程に考えていたかは分からない。自分でも気づいていないかも知れない。

 

 そんな竜牙の姿にリューキュウは少し寂しそうな表情を浮かべていたが、目を逸らしている竜牙はそれにも気づかずに、もう一度だけ頭を下げてその場を後にした。

 竜牙の後ろ姿が見えなくなるまで、リューキュウ達はずっと見守っていたのだった。

 

 たった一週間。長いとも短いとも感じた竜牙の職場体験が今、終わりを告げた。

 

――そして舞台は、再び雄英高校へと戻って行く。

 

 

▼▼▼

 

――翌日、雄英高校A組。

 

 体験明けの初日。A組の大半は大いに騒がしく、そして話に花を咲かせていた。

 一週間ぶりのクラスメイト。それもあるだろうが、皆が個々に聞きたいのはやはり体験内容だろう。

 

 密入国者を捕らえた者。ヴィランとの戦闘時、民間人の避難を行った者。バトルヒーローの下へ行き、色々と覚醒した者。

 

 例外として、何故か8:2ヘアーで帰ってきた者もいるが、大半が逞しく見えるように思えるのは気のせいではないだろう。

 合う合わないは別として、この一週間は確実に彼等の経験値になっているのだから。

 

 そして、皆の会話が一段落した頃だ。当然ながら、彼等の注目はある4人へと向けられる。

 

「だけど、こん中で一番大変だったのは間違いなくお前等だろうな!」

 

「ああ、見たぜヒーロー殺し!」

 

 彼等の中で、一段と騒いでいた上鳴と瀬呂がそう言いながら見た四人。

 ヒーロー殺し。その名前が出た以上、この四人しかいない。

 

――緑谷・轟・竜牙。……そして飯田だ。

 

 二人の声を皮切りにクラスメイトの話題は彼等と、ヒーロー殺しの話題へと変わった。

 

「本当に心配しましたわ……」

 

「ああ。エンデヴァーとリューキュウに助けられたんだろ?」

 

「トップヒーローがいなければ、マジでヤバかったな!」

 

 八百万・障子・砂藤の様に純粋に心配していて声を掛ける者。

 

「そう言えば、ニュースで見たけど……ヒーロー殺しって敵連合とも繋がってたんだよな?」

 

「ああ、それうちも見た。USJに来てたらヤバかったかもね」

 

「ケロ。少なくとも、私達じゃ手に負えなかったわね」

 

 敵の強大さに不安を抱く者。

 

 様々な考えを話し合うクラスメイト達。

 中には当事者である竜牙達も知らない情報を知っている様だが、それは当然と言える。

 

――ヒーロー殺し逮捕。

 

 それは皆が思っているよりも強い影響を及ぼす内容だ。

 ヒーロー・ヴィランの双方は当然として、市民にも大きな影響を与えている。

 だからマスコミも、ヒーロー殺しを徹底的に調べて報道しており、それを見た者達は更に印象を強く受ける。

 

 だが、一番の影響を及ぼしているのはそれではない。

 

――“動画”だ。

 

 インターネット上にあげられているヒーロー殺しの動画。

 それは彼が脳無を殺害して緑谷を助けた所から、エンデヴァー達にも一切退くことをせず、そのまま気を失うまでの事が映されていた。

 

 そう、ニュースや週刊誌の様な文字や適当な考察ではない。

 ヒーロー殺し・ステインの“真実”が映されているのだ。

 無論、警察等も動画をすぐに削除する様に動くが、削除してはまたすぐに再投稿される。

 

 ヴィランの動画だから、というだけではない。視聴者の反応と影響が問題なのだ。

 それを証明するかの様に、スマホで動画を再生させながら上鳴が口を開いた。

 

「確かに怖いけどよ、この動画見たか? なんか“執念”みたいなのかっこよくね?」

 

 ヴィランの姿に好印象を抱く。

 ヒーローを目指すものとして、それはどうかと思われてしまうが、彼の想いは罪ではない。

 純粋に見て、そう印象を受けたのならば仕方ない事だ。

 

 だが、それを理解していても緑谷は口を出さずにいられなかった。

 

「駄目だよ上鳴くん……!」

 

「えっ? ……あっ、そうか飯田!? わ、わりぃ……」

 

 緑谷の声に上鳴は我に返った様に気付き、すぐに飯田へ謝罪した。

 ヒーロー殺しの事実上最後の被害者。最後に再起不能にされたのは飯田の兄――インゲニウムだからだ。

 それを思い出し、上鳴は申し訳なさそうに頭を下げるが、飯田はそんな上鳴に首を横へと振って答えた。

 

「いや……良いさ。奴には確かな信念と執念があった。それを見て、そう思うのも分かる」

 

――だが。

 

「奴はその結果、“粛清”という道を選んだ。……俺は少なくとも、それは絶対に間違いだと思ってる。だから、俺の様な人を出さない為にも、改めてヒーローの道を俺は歩む!」

 

 堂々と、そして迷いのない言葉で飯田は宣言した。

 その姿には、体験前に見せていた闇は既にない。彼は迷いを断ち切っていた。

 心配していた緑谷も安心し、一息つけた様に席へと座る。

 

 これでクラスの話しは再び落ち着きを見せる。

 すると、耳郎・障子・峰田の三人が竜牙の下へとやって来た。

 

「それで、あんたは大丈夫だったの? なんか入院したってのは聞いたけど?」

 

「……ああ、問題はなかった」

 

「だが、リカバリーガールが病院に行った筈だ。 少なくとも、重傷ではあったんだろ?」

 

「ホントに、お前よく生きてたなぁ……!」

 

 それぞれから心配の声をかけられる竜牙。

 だが、彼はそんな彼女達に顔を向けようとしない。机に座り、ずっと一点を意味なく見つめている。

 しかし、彼女達はそんな事で気にはしない。竜牙が少し変わっているのは既に分かっており、やれやれと言った感じに耳郎はスマホを取り出す、画面を竜牙の前に出した。

 

「まぁ、少なくとも楽しんではいたんだろうけど」

 

 耳郎は、どこか呆れたような態度でスマホを見せると、そこに写っていたのは二人の男女。

 ねじれに抱きしめられている竜牙だった。

 それは、あの戦いの後で取り敢えず轟が写メったもので、それを耳郎に何となくの理由で送った物だ。

 

 だが、それだけでも再び騒がしくなる要素となる。

 何故ならば、ここには性欲の権化が存在しているからだ。――そう、峰田 実だ。

 

 峰田はその写真を見るや否や、眼球が飛び出しそうな勢いで噛り付くようにガン見した後、猟犬の如くの勢いで竜牙に飛び掛かった。

 

「オラァァ!! 雷狼寺テメェ!!? ヒーローとして学ぶ為の体験先で何してたんだテメェ!! ヒーローとは無利益で人の為に頑張る聖人だろうが! なのにお前……こんな天然そうな美人の胸に埋まりやがって……この破廉恥野郎がぁぁぁ!!」

 

 峰田はリアルで血涙を流し、親の仇を問い詰めるかのように竜牙の首筋を掴んで揺らしていると、そんな彼の背後を長い何かが襲った。

 

「ケロ! ……流石にうるさいわよ峰田ちゃん」

 

 性欲権化(峰田)を止めたのは、A組の良心とも言える蛙吹だった。

 彼女は慣れた様にカエルの如く伸びる舌で峰田を叩いて沈黙させると、これまた慣れた様に峰田を引きずって彼の机へ設置した。

 それは無駄のない動きであり、どれだけ同じ事を行っていた――否、どれだけ彼女が峰田のセクハラ被害に遭っていたのかを証明している。

 

 だが、これで一番の騒音の発生源は沈黙し、竜牙の周りは静かになるかと思われたが……。

 

「おいお~い! お前、リューキュウんとこで何やってきたんだよ!」

 

「も~う! 雷狼寺くんは相変わらずだったんだね……」

 

「でもそれがらしいって事だけどね!」

 

 気さくに声を掛けて来たのは上鳴・葉隠・芦戸の三人だった。

 最早、竜牙が峰田・上鳴と並ぶ存在なのは周知の事実であり、これぐらいの写真を見せられても世間話の足し程度でしかない。

 それもあって三人は、特に思わなくとも普通に話しかけて来たのだろう。

 

――しかし、当の竜牙は別だった。

 

 友人達からの声にも反応せず、ずっと意味もなく一点を未だに見続けながら黙り続けている。

 いつもならば、普通なり下ネタなり会話の一つや二つする竜牙なのに、今は全く何もしようとしない。

 流石にこれには上鳴達も困惑し、付き合いの比較的長い耳郎と障子を見るが、二人もこんな事は初めての事。

 だが、日常がやや変わっている竜牙だ。これもその延長線だと思い、ただお手上げだと意味で、両手を上げてそれを示していると、教室の扉が開いた。

 

「朝礼をする。早く席に座れ……」

 

 入って来たのは担任の相澤だった。

 いつも通りの怠そうな感じだが、既に身体に染み付いた条件反射でクラスメイトは一斉に席に着く。

 そして相澤が話を始める中、耳郎は不意に竜牙に視線を向けると、彼から感じる違和感に気付く。

 

「……?」

 

 彼女が気づいた違和感。それは竜牙から感じる雰囲気の変化だ。

 いつもの彼ならば、無気力そうで熱いモノを抱いている故に、雰囲気はそこまで変ではない。

 だが、今の彼からは、どこかピリピリした様なモノを感じてしまう。

 それはまるで、ヴィランにUSJが襲撃された時の雰囲気に似ており、教室と言う平凡な日常の中に、竜牙だけが別世界にいるようだ。

 

 周りも竜牙自身でさえ制服を纏っているが、彼だけがまるで軍服を着ているかの様な異様な雰囲気。

 その異変に耳郎は気付き、困惑した様子で竜牙を見ていた時だった。

――彼女の前に、黒い影がぬらりと現れた。

 

「……耳郎」

 

「――ハッ!」

 

 黒い影――相澤の声が頭の上から聞こえてくる。

 しかもそれは機嫌が悪そうな声だ。しかし、それに耳郎が気付いた時にはもう手遅れだった。

 恐る恐る顔を上げれば、不機嫌そうな表情で自分を見ている相澤の姿。

 

 出席簿を持ちながら、ずっと彼女を呼んでいたのだろう。

 

「は、はい……」

 

 申し訳なさそうに耳郎はようやく返事をするが、相澤は何やら高速で書き込むと教卓に戻りながらボソッとこう呟いた。

 

「峰田同様、耳郎もマーク……」

 

「ええぇぇぇっ!!?」

 

 竜牙に意識を向けていたばっかりに、峰田と一括りにされてしまった耳郎。

 そんな彼女の叫び声から、あらたな新たな日常が始まりを告げるのだった。

 

 

▼▼▼

 

「ハイ!私が来た!。――ってな訳で久し振りだね少年少女! 早速だけど始めるよヒーロー基礎学!」

 

 午後から始まったヒーロー基礎学は、オールマイトのぬるりとした登場から始まった。

 あまりに簡単に始まったので、周囲からは“ネタ切れ”を不安視されたが、当の本人は“無尽蔵”だと反論するが、彼から嫌な汗が流れていたのをA組は見逃さない。

 オールマイトのネタ切れ疑惑を疑うA組だったが、オールマイトは話題を変える様に、会場へ視線を変えながら授業説明へと入った。

 

「さあ! 今日は体験明け初日と言う事で、やや遊びを含んだ訓練だ!――そう救助訓練レースだ!」

 

 救助訓練レース。――まるで一大イベントの様に宣言しながら、オールマイトは会場となる場所を指差した。

 

『運動場γ』

 

 それは複雑な迷路と言える“密集工業地帯”をイメージした場所だ。

 配管・貯水タンク・冷却塔等が存在し、クレーンや煙突が木々の様に存在を示している密集地帯。

 一見だけすれば、どこから入れるのか考えるのも馬鹿らしくなる狭さ。

 それ程までの密集工業地帯で、オールマイトが始めようとしているのは救助訓練レース。

 

・5人4組分かれて一組ずつ開始。

・どこかにいるオールマイトが救助要請したら、五人は外側から一斉にスタートし、レースと言うだけあって最初にゴールした人の勝ち。

 

 それをルールとしたレースであり、第一走者は以下の五人となった。

 

 緑谷・芦戸・尾白・瀬呂・飯田。

 

 それ以外は近くのビルの上、そこにあるモニターで彼等の見学をして自分の番を待つ事となる。

――となれば、話題は誰が1位になるか予想当てとなる。

 

「普通なら瀬呂だろうな……こんな密集してんだから。テープでパパっと上に上がって楽に行くだろう」

 

「速さなら飯田くんだけど、怪我をしてるもんね……」

 

「そういう点なら芦戸は不利だな……」

 

「いや! あいつは運動神経は凄いんだぜ! だからオイラは芦戸だな」

 

「デクが最下位。ぜってー最下位」

 

 切島・麗日・障子・峰田・爆豪達が腰かけながら予想を言い合う。

 ヒーロー科を受かっているだけあり、それぞれが文字通りに個性があるものばかり。

 しかし、今回はテープを出せる瀬呂が有利と言う意見が多く、逆に緑谷の1位を予想する者は一人もいなかった。

 

「緑谷の評価って定まんないだよなぁ……いつも大怪我してるし」

 

「えぇ、よく考えている方とは思えるのですが、それでも最後は骨折ばかりですから……」

 

「でも、あの超パワーでオールマイトまでの道をぶっ飛ばせばワンチャン有りじゃね?」

 

「オールマイトは極力壊すなって言っていた筈よ上鳴ちゃん?」

 

 耳郎・八百万・上鳴・蛙吹達は緑谷の評価を意見し合っていた。

 だが、その内容は今までの彼の結果によるもので、あまり良い評価はなかった。

 超パワーと呼べるが、その度に大怪我をしているだけあり、彼女達の中では“自爆”という認識の方が強い。

 

「でも俺は緑谷だな。あいつ、確かに怪我はすっけどガッツはあるぞ?」

 

「ガッツもそうだが、緑谷は絶対に玉砕の様な無策で動く事はしないからな……今回も作戦とかありそうだ」

 

 砂藤・轟が僅かながらも期待する様に事を呟くが、轟の場合はそれだけではない。

 竜牙も、飯田だって知っている。

――緑谷の成長を。

 

 だが、知らない者達は予想もできない。

 だから二人の意見もどこか、ギャンブルの大穴狙いにしか思っていないのだろう。  

 特に思う事もなく、耳郎達は自分達の後ろで静かにモニターを眺めていた竜牙の意見を求めた。

 

「雷狼寺はどう思う? やっぱり大穴で緑谷?」

 

「っていうか、誰が1位になるか賭けようぜ雷狼寺! 当たったら食堂の食券奢りな!」

 

「二人共! 今は授業中ですよ! 少しは真面目に受けるべきですわ!」

 

 耳郎と上鳴の緩い感覚に八百万が注意をするが、彼女もまたそう言いながら竜牙へ顔を向けていた。

 USJ・体育祭と結果を出している竜牙の意見。

 それは自分とは違う意見を持っているという、彼女なりの信頼、そして学べるモノは全て吸収したいという彼女の想いがあり、八百万も竜牙の意見を求めていた。

 

――しかし、当の竜牙の返答は誰もが想像していなかった言葉だった。

 

「……()()()()

 

『えっ……?』

 

 竜牙の呟きに耳郎達。そして離れていた者達も、やや驚いて彼の方を向いて固まった。

  

 興味ない。その言葉通り、竜牙からはクラスメイトが意見を出し合っていた順位当てに対する興味。それが微塵も感じられなかった。

 

「必要なのは結果のみ。予想……ただ無意味。俺に必要なのは目の前の結果だけだ」

 

 まるで、必要なもの以外は全て切り捨てた様な冷徹過ぎる口調。

 体育祭の時でさえ、心操の個性を考えていたりしていた事もあったが、今はそんな雰囲気もない。

 だからか、耳郎以外にも竜牙の変化に気付いた者が現れた。

 

(雷狼寺……?)

 

――轟だ。

 

 体育祭以前から竜牙をライバル視し、その後も激闘を演じ、ライバルとして信頼、そしてエロ本を借りる程の友好関係を築いているからこそ、彼も竜牙の変化に気付けた。 

 そしてだからこそ、轟は動いた。動いてしまった。

 直感といえばそれで終わりだ。だが、だからこそ彼は竜牙から何かを感じ、それが不安となって己を動かした。

 

「おい、雷狼寺――」 

 

 気付けたなら、止められるならば、ここで止てあげねば。

 そう思う程に轟は竜牙から不穏なものを感じ、声を掛けた時だった。

 

 轟のそんな声はモニターを見ていたクラスメイト達の歓声にかき消された。

 

「うおぉぉぉぉ!!? マジか()()!!」

 

「骨折克服したのか!?」

 

「動きも全く違いますわ!」

 

「あんなにぴょんぴょん飛んでるなんて……まるで――」

 

 上鳴・切島・八百万・麗日達が画面に映っている緑谷の姿に驚き、そして叫んでいた。

 一番人気の瀬呂を差し置いて、彼を大きく離しての1位を保っていたのだ。

 自爆ではなく、ステイン戦でも見せた“フルカウル”を駆使し、ぴょんぴょん飛びながらタンクやパイプの上を飛んで行く。

 そんなまさかの光景にクラスメイトは歓声をあげる中、一人だけ例外がいた。

 

――無論、それは爆豪。  

 

 彼はその光景に信じられないと目を疑い、そして悔しそうに歯を食い縛り、拳も握りしめていた。

 

(俺の動きだと……た、たった一週間でまた……!)

 

 爆豪にとって、NO.4ヒーロー『ベストジーニスト』の下での職場体験は望んだ結果ではなかった。

 朝のヘアースタイルもそうだったが、爆豪が望んだの実戦の空気。

 確実に強くなる為の糧だ。

 

 しかし、それは叶わず。

 なのに、見下している緑谷はこの一週間。自分と同じ時間の筈なのに、認めたくない程に能力を飛躍的に向上させているのだ。

 爆豪の感じる劣等感は凄まじいものだろう。

 

 そして、そんな彼の背後では竜牙もモニターを見て、緑谷の動きを眺めていた。

 ステインの時に知っている事もあり、竜牙も特に驚く反応はない。

 寧ろ、今よりもステイン戦の時の方が動きが良かったぐらいだ。

 だから竜牙は、周りよりも冷静に見る事が出来ているのだ。

 

――だが。やはりと言うべきか。

 

 フルカウルは緑谷にとってもまだまだ慣れていない技。

 故に、()()()()()()が起こる可能性は、比較的高いものだった。

 

『……あっ』

 

 モニターを見ていた全員が呟いた。

 

――パイプの上に乗ろうとし、足を滑らせた緑谷の姿を見て。

 

 

▼▼▼

 

 

――結果を言えば、足を滑らせた事で緑谷は脱落。一気に最下位となり、1位は皆の予想通り瀬呂だった。

 

 だが、アクシデントがあろうが、周りの緑谷の評価は大きく変わっただろう。

 増強系は可能性が広く、怪我の克服によって緑谷は大きな成長が期待できるからだ。

 

 そして、そんな緑谷達と入れ替わる様に次の5人がスタートラインに立つ。

 

――爆豪・八百万・砂藤・青山・竜牙の5人。

 

 それぞれが各々のスタートラインに立つ姿がモニターに映ると、再び始まったのは順位予想だ。

 

「爆豪、八百万、雷狼寺……この三人の誰かだろうな」

 

「単純に言えば爆豪だろ? だってあいつ爆破で普通に飛ぶし、スロースターターでもずっと飛んでれば関係ないしな」

 

 切島の言葉を皮切りに、まずは瀬呂が爆豪を推した。

 1位を取っただけあり、今回のレースの要はどれだけ密集地帯を無視出来るかなのを知っている瀬呂は、この中で長時間の飛行が可能な爆豪が有利と判断。

 しかし、それを聞いていた障子が待ったをかける。

 

「いや、それなら雷狼寺だって可能だ。飛行自体は無理でも、あいつの跳躍力は凄まじい。――現に、体育祭の障害物競走の時もそれで突破してるからな」

 

 障子が目を付けたのは、体育祭の時に見せた竜牙の跳躍力。

 雷狼竜の筋力故に可能な力であり、上手くパイプや建物を利用すれば素早い移動が可能だろう。

 

「でも、それならヤオモモの方が期待できんじゃない? 知恵もあるし、何でも作れるなら使い方で突破も出来そうだし」

 

 そんな中で八百万に一票を投じたのは耳郎だった。

 USJ・体育祭の時を思い出してもそうだが、日常的に見ても八百万の能力の高さは周知の事実。

 A組では彼女が作ったシャーペン・消しゴム――通称、八百万ブランドが流行する程だ。

 

 そんな三者の意見が放たれてしまえば、周りもその三人の誰かと思って話し合い始めていると、やがてオールマイトの準備が整う。

 

 

▼▼▼

 

『HAHAHA! それじゃ、そろそろ始めようか!』

 

 それぞれのスタートラインに立つメンバー達に、オールマイトの準備完了の合図が届く。

 するとメンバー達は反応し、静かに動き始める。

 

「……とっとと始めろや!」

 

 まだかまだかと爆豪は滾り。

 

「落ち着いて行けば……大丈夫ですわ」

 

 落ち着くことで、自分の実力を発揮しようと深呼吸する八百万。

 

「あぁ……なんか凄いメンツと一緒になったな」

 

 始まる前から呑まれている砂藤。

 

「僕が一番☆」

 

 砂藤とは真逆に、自分に絶対な自信を持って笑顔を浮かべている青山。

 

「……」

 

 顔を下に向けて、言葉を一言も発さず、何を思っているのかが分からない竜牙。

 

 それぞれが各々の行動を取る中で、全員が共通しているのはスタートダッシュに備えての行動のみ。

 モニターを眺めている者達も始まる雰囲気に気付いて静かになり、それを見越していたかの様にオールマイトも

腕を真っ直ぐにあげた。

――そして……。

 

『スタァァァァトッ!!』

 

『!』

 

 オールマイトは空を叩き割るかの如く、気迫に満ちたまま腕を振り下ろす。

 そして、そのスタートの合図に五人は一斉に飛び出した。

 

 予想通り、五人はそれぞれの動きでゴールを目指そうとするが、その中で最もやる気に満ちていたのは爆豪だ。

 爆豪は歯を剥き出しで、目を血走ったままゴールを目指す為、両手から爆破させて宙を突き進んで行く。

 

「絶対に俺が1位になんだよッ!!」

 

 過剰なまでの執念。約束された才能。

 この二つが彼を突き進める。気の毒とも愚かとも思える程に。

 しかし、それでも彼は止まらない。――認めたくないからだ。

 

――デクがぁ……! 俺の前に出ようとすんじゃねぇッ!!

 

 デク――緑谷の成長が彼を焦らせる。

 自分は無駄に過ごした一週間。だが緑谷を始めとしたメンバー達の成長を、爆豪はその才能で察していた。

 

 認めたくはない。全員が自分よりも下だ。

 しかし、目の前の現実が己をぶん殴る。

 

――お前は成長していない。

 

 己の声でそんな言葉が聞こえる。

 周りが前に進んでいる中、自分が見る他者の背中の数だけが多くなる。

 だが認めない。そんな事実はない。己こそが一番だ。

 

 爆豪は柱や建物の上を爆発で加速し、そのまま風を切る様にゴールへと接近。

――そして、誰の妨害も受けないままゴールを果たす。

 

「へ……ヘヘッ……どうだ……見たかよぉ……!」

 

 自分でも実感できる程に手応えはあった。そう思える程に、爆豪はこのレースに自信を持っていた。

 間違いなく、このレースの1位は自分だと。

 

 汗を多く流し、息も乱れている。

 満身創痍――は言い過ぎだが、少なくとも爆豪は余裕を残さず、文字通りの“全力”を出し切った。 

 

 そして、そんな彼が待っているのは結果。

 憧れであるNo.1(オールマイト)がそこにいる。

 

「す、凄いね……!」

 

「ハハッ……!」

 

 驚きを隠せないオールマイトの声が爆豪の耳に届く。

 それが心地よく、爆豪は思わず声を漏らしながら顔を上げた。

 そして――

 

「流石だよ……()()()少年!」

 

 竜牙(勝者)の背を目撃した。

 

 

▼▼▼

 

 

『スタァァァァトッ!!』

 

 オールマイトの合図と共に、竜牙は風の中で舞う様に跳躍し、スタート地点から大きく離れた。

 そして最大まで跳躍すると、そのまま急落下を行い、彼の目の前には巨大なパイプが現れる。

 

――左手……。

 

 竜牙は心の中で呟き、意識を集中させれば左手はそのまま巨大な雷狼竜の腕となった。

 その腕を使い、パイプを掴むとそのまま一回転。そしてその反動を利用し、更に前方へと飛んだのだ。

 

 だが、問題はここから。

 先程までの広い空間とは違い、竜牙の飛んだ先はビル・細いパイプ・配管による完全な密集地。

 何もしなければ、そのまま激突して落下してしまうだろう。

 

――双剣作成……。

 

 故に、竜牙は動いた。

 己の雷狼竜の肉体を使い、両腕から生えた双剣を手に取ると、衝突と同時に双剣の片方をビルへ突き刺す。

 そうすれば、深く刺さった双剣を片手で掴み、ビルへ両足を押し付け、壁に張り付いた状態となった。

 

――竜牙の成長の真骨頂が披露されるのはここからだった。

 

『HAHAHA! 早く助けてくれー!』

 

「……場所把握」

 

 楽しそうなオールマイトの声を捉え、現在位置との場所関係を竜牙は把握する。

 そして双剣を壁から抜くや否や、落ちるように壁走りを実行。――そして、一定の場所に着いたと同時に壁を蹴り、更に別の壁を蹴って高速移動を行った。

 壁蹴りで次々と交差状に移動し、竜牙はいとも簡単に密集地を突破して上空へと飛び上がり、近くの貯水槽タンクの上に四脚で着地する。

 

 そんな光景は今までの雷狼竜のパワー系だった竜牙しか知らなかった者達を驚愕させた。

 

「「雷狼寺ヤベェェェェ!?」」

 

 峰田と上鳴がモニター越しに叫び声をあげると、他の者達も同意見らしくモニターに釘付けになりながら頷いていた。

 

「体育祭の時と動き違うじゃん……!」

 

「たった一週間でここまで変わるものなのか……!?」

 

 耳郎と障子も驚きを隠せないでいた。

 近くで竜牙を見てきた故、二人はその変化にどれだけの経験値を彼が得たのか周りよりも理解できたのだ。

 

「うわぁ……曲芸かよ!」

 

「あれがトップヒーローの下へ行った経験ってやつか……?」

 

 瀬呂は自分以上の動きを魅せる竜牙の姿に口が塞がらず、切島はそれをリューキュウの下へ行った事で得たものだと判断する。

 実際、それは正しく、竜牙はねじれから大きな経験値を得ることが出来ていた。

 

――素早い状況判断・思考。

 

 力ではなく、技術を学んだと言える。

 しかし、彼女達だけではない。竜牙は出会い、そして身を持って経験してしまったのだ。

 

――一人のヴィランに。

 

 だからこそ、竜牙の動きを見て周りとは違う反応をする者達がいた。

 緑谷・轟・飯田の三名。彼等は竜牙の動きをずっと見ており、思い出すように嫌な汗を流しながら互いに聞き合っていた。

 

「雷狼寺のあの()()……間違いねぇよな?」

 

「あ、あぁ……見間違う筈はないさ。ぼ……俺達は直に体験していのだから……!」

 

 轟の言葉に飯田は何とも言えない表情で返答するが、開いた口が塞がらない程に衝撃を受けている。

 何故、そこまでして彼が衝撃を受けているのか、一見すれば分からないだろう。

 だが、三人には分かる。あの動きがどういう意味なのかを。

 

 緑谷は代表する様に、それを言葉として漏らしてしまった。

 

「……()()()()の動きだ……!」

 

 

▼▼▼

 

 

 竜牙にとってリューキュウ事務所での経験は大きなものだった。

 リューキュウ・ねじれから貰った知識と経験はとても大きく、他のサイドキック達からも得たものは何一つ無駄になるものがなかった程に。

 

――しかし、彼にとって一番の収獲はヒーロー殺し・ステインとの戦闘だった。

 

 今までの竜牙の戦闘は雷狼竜の力を前面に押し出した、謂わば“剛”のみだった。

 だが、基本的なステータスならば自分達の方が高い部分もある中、竜牙達はステインの“技術”によって翻弄された。

 だからこそ、竜牙は理解した。――己に必要なのは“柔”なのだと。

 

 攻撃・移動の動きは勿論、雷光虫や雷の扱いにも必要な能力。

 思い出しながらの猿真似とも言えるレベルだが、竜牙には不思議とステインの動きは肌に合うものだった。

 

 周囲を圧倒する剛の力・周囲を翻弄する柔の技。

 それが合わさり、今の竜牙の動きは雷狼竜の力もあって“獣”に近い動きなったのだ。

 

 獲物へ飛び掛かるかのように貯水槽タンクから飛び出し、命を潰すかの如くの力で壁を掴み、縦横無尽にこのエリアを移動してゆく。

 そして、竜牙はとうとうオールマイトがいるビル。――が目の前にある冷却塔の上に辿り着くと、再び大きな跳躍を行った。

 それは最初で見せた様な完璧な動きではあったが、残念ながらオールマイトのいるビルまでの距離は遠く、あと少しの所で竜牙はビルを掴む事が叶わない。

 

――だが。

 

「AOoooooooooooN!!!」

 

 威圧な咆哮を咆えたと同時、竜牙は左腕を伸ばすと、左腕が黒い雷を発しながら変化を見せた。

 真っ黒な鱗を纏い、血の様な爪の腕。それは本来の雷狼竜の腕のサイズであり、それはビルへ爪を立てることが出来た。

 そして、竜牙はアンバランスな腕だけの力でアーチ状に飛び、ビルの上へと降り立つと腕のサイズだけを戻し、オールマイトの前に立ったのだ。

 

 

▼▼▼

 

 

「流石だよ……()()()少年!――どうやら、リューキュウの下で色々と学んできた様だね!」

 

 レスキューされる側と言う事で、正座しながら待っていたオールマイトは1位の竜牙を労いながら楽しそうに言った。

 それから少し経った後で爆豪も訪れた事で、オールマイトはやはり竜牙が緑谷同様に職場体験で大きな何かを得たのだと思い、良いことと思いながら正座したまま拍手を送る。

 

「HAHAHA! それにしても私も見ていたが、雷狼寺少年! 凄い動きをしていたね! 緑谷少年といい、君といい……いやぁ! 若いって良い――」

 

『……オールマイト』

 

 色々と楽しそうに言おうとしたオールマイトだったが、その言葉は竜牙の不意の言葉で遮られてしまうが、オールマイトはそんな事は気にせず、聞き返そうとした。

 

「む? どうしたんだい? 何か質問――」

 

 オールマイトはそこまで言って、竜牙の顔を見た瞬間だった。

 彼は竜牙の表情を見て絶句する。

 

『……俺は前よりも強くなっていましたか?』

 

 そう聞く竜牙の言葉は静かで、大人しい口調だった。

 だが、問題は表情だ。

 逆光故に竜牙の顔は影に隠れているが、それでも眼だけは確かに見えた。

 

――あまりに冷たく、何かに呑み込まれたかのような“獰猛”な紅い瞳。

 

 それは表彰式で見た時の様な、ヒーローを目指す者だった時の眼ではなかった。

 あの時の事がただの幻だったと思わせる程に、今、目の当たりしている竜牙の姿も雰囲気も何もかもが違っていた。 

 

「あ……あぁ」

 

 そんな竜牙の変化に戸惑いながらも、何とかオールマイトは頷いて質問の答えを返し、それを聞いた竜牙はそのままオールマイトの隣を横切って行った。

 だが、オールマイトは何も言えず、何もすることが出来なかった。

 

 ただ一つ。胸にオール・フォー・ワンへの怒りだけを抱きながら……。

 

(オール・フォー・ワン――貴様、彼に何をした……? 個性ではなく……彼から何を奪った!!)

 

 オールマイトは、いつもの笑みを崩さない様にしているが、拳だけはずっと、ずっと震わせながら握り続けているのだった。

 

 また同じく、ずっとその様子を見ていた爆豪もずっと下を向いたまま動かず、皆が到着するまでずっと残り続ける。

 

 

――そして、新たな変化を感じながらも、授業は終わり、新たな課題へ皆は進み始めようとしていた。

 

 

 

 

END



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第二十四話:開幕、演習試験

お久しぶりです(;´・ω・)

現実が忙しく、書く余裕がありませんでした。
忙しくなる割に待遇は変わらず、暗く辛いニュースばかりで、色々と不安になる今日この頃。

――ペルソナ無双的なのが、マジで出るとは……(;゚Д゚)


 オールマイトの授業も終わり、時間は放課後。

 各々は帰宅する者達、帰りにどこかに寄ろうとする者達に分かれていた。

 

「この後どうする? 前の反省会みたいにどこかに寄るか?」

 

 そう皆に提案したのは障子だった。

 今日の授業の反省会、職場体験での事。それらを皆から話し合うには、流石に学校の休み時間では足りないのだ。

 そして、その想いは皆もみ同じだったのだろう。

 皆、嬉しそうな顔をしながら次々と手を上げ始めた。

 

「あっ、ウチ行きたい」

 

「オイラも行くぜ!」

 

「私も行く~!」

 

「待て待て! 俺も行くって!」

 

 耳郎を筆頭に、峰田・芦戸・上鳴も手を上げて行くと、他の者達も手を上げる者が増えて行った時だ。

 その輪に入ろうとせず、荷物を纏めて教室を去ろうとする者が一人。――竜牙だ。

 それに耳郎が気付き、彼女はそんな竜牙を呼び止めた。

 

「あっ、雷狼寺はどうすんの? 色々と聞きたいから、良かったら――」

 

「用がある……」

 

 彼女の呼び止める声に、竜牙はそれだけ言って見向きもせずに教室から出て行こうとする。

 そんな彼の姿に、耳郎は呆気になって「あっ……」とだけしか声が出ず、再び呼び止めるタイミングを逃してしまった。

 そして、その竜牙の態度がとうとう他の者にも異変を知らせる事となる。

 

「な、なぁ?……なんか雷狼寺の奴、少し変じゃないか?」

 

「う、うん……なんか怖かったよね?」

 

 上鳴と葉隠が冷や汗を流しながら、どこか困惑気味に去っていった竜牙の方を指差してそう言った。

 

 体験明けだから雰囲気が変わったと思った者達だったが、それでも所詮は一週間しか経っていない。

 だから周りも竜牙の雰囲気が確実に変わった事に気付けたのだ。

 

「変わったといや……今日、雷狼寺の腕って黒かったよな?」

 

「むっ……確かに、鮮血で染めし闇の腕だったな」

 

 切島や常闇の二人は今の光景よりも、先程の授業での竜牙を思い出して異変と結び付けた。

 竜牙の動きに気を取られ疎かになっていたが、今までの雷狼竜とは違う腕の変化は無視できるものではなかった。

 

「確かにいつもの雷狼寺さんらしくありませんでしたわ。様子もそうでしたが、ずっと何か考え事でもしているかの様に周囲に無頓着でしたわ」

 

「職場体験で何かあったのかしら?」

 

 八百万と蛙吹も相談するが、やはり考えられるのは前日までの職場体験しかない。

 だが彼等にはそれ以上の発想はない。

 

 職場体験での問題。

――それはヒーロー殺しの一件。情報規制でそれしか聞いていない彼等には、既にそれはエンデヴァーとリューキュウによって解決している認識であり、竜牙の異変の原因とは誰も思っていなかった。

 

 だが、緑谷達は別だ。

 

 緑谷・轟・飯田は口には出さなかったが、三人共表情は暗く下を向いたままだ。

 先程まで三人の中では轟だけが竜牙の異変に気付いたが、今の光景で緑谷と飯田も気付いてしまったのだ。

――しかし、緑谷だけは更に特別。昼休みにオールマイトから聞いた“内容”がその理由だ。

 

 

(雷狼寺くんの変化……その理由はきっと――)

 

【オール・フォー・ワン】

 

 

▼▼▼

 

 緑谷はオールマイトから全てを聞いた。

 彼とオールマイトの個性『ワン・フォー・オール』の原点。

 その原点に潜む巨悪――オール・フォー・ワンの存在を。

 

『ワン・フォー・オールは……謂わば、オール・フォー・ワンを倒す為に受け継がれた力なのさ』

 

 いつもの雰囲気ではなく、真剣過ぎた事で重くなった空気。

 そんな空間を作り、そして座りながら語るオールマイトの姿もあって緑谷は話してもらった言葉を全て覚えていた。

――竜牙の一件もその会話の中の一つ。

 

『ハッキリと言っておこう。……緑谷少年、既に奴は動き出している。――更に言うなら、奴は一人の生徒へ接触する為に脳無を引き連れ、そして大きな傷を与えたんだ』

 

『ま、待ってくださいオールマイト!――脳無を引き連れて一人の生徒に接触って、それってまさか……!』

 

 緑谷は一つ一つを意味深に語るオールマイトの言葉に対し、身体を乗り出して問い詰めるかの様な姿で聞き返していた。

 

――()()()()()()()()()()()()と接触。

 

 その内容を聞けば、意味深にせずとも緑谷も気付く。

 身を乗り出す緑谷の姿に、オールマイトは申し訳ない――否、後悔するように苦痛の表情を浮かべながらその重い口を開いた。 

 

『……そうだ。オール・フォー・ワンが接触した生徒、それは“雷狼寺”少年の事なんだ……!』

 

 オールマイトは自分の知っている事を全て話した。

 理由は分からない。目的も分からない。

 それでも、オール・フォー・ワンが竜牙に接触した可能性はあまりにも大きく、目を付けられているかもしれない。

 オールマイトはその事を緑谷へ言い終え、聞き終えた緑谷もどう反応すればよいか分からず、嫌な汗を流しながら困惑を隠せないでいた。

 

――しかし、それだけではなかった。オールマイトの話は。

 

『私が気になっているのはそれだけではないんだ。今日の授業で私は、雷狼寺少年の目を見て……恐怖したよ』

 

 体育祭表彰式で見た竜牙の瞳。

 それは希望に満ちた瞳であり、お世辞抜きでオールマイトは竜牙に偉大なるヒーローの姿を重ねたのだ。

 

 だが、先程の授業で見た竜牙の瞳は別物となっていた。

 ヒーロー故に持ちし信念・誇り・良心等の善なる――否、人として持ちし物を全て捨てたかのような狂気の瞳。

 

――堕ちた(雷狼竜)としか言えない。その瞳は。

 

『奴が彼に何かしたのか……奴との接触で変わってしまったのか。それは私にも分からない。――だが! 今の彼の進もうとしている道は間違っている事は私にも分かる!――止めねばならないんだ。緑谷少年!』

 

 

▼▼▼

 

「……オールマイト、僕は――」

 

 緑谷はオールマイトからの真剣な言葉と表情を思い出す。

 しかし、そこから前には進めなかった。

 どうすれば良い? 何て言えば良い?

 緑谷は迷いに迷っていた。――轟の時とは違い、明確な情報が少なすぎるし制限もあるからだ。

 オール・フォー・ワンの存在がカギだが、それに対して竜牙にどう話せばよいか分からず、更にはこれは誰にも言えない事。

 

 そんな事を考えながら、緑谷が顔を下に向けながら真剣な表情で悩んでいた時だった。

 

――ここで一人の男が立ち上がった。

 

「ふっ……仕方ねぇな。俺の出番か?」

 

「み、峰田ぁっ!?」

 

 上鳴が彼の名前を叫ぶと同時、峰田は皆まで言うなと言わんばかりに立ち上がると、己の鞄に手を突っ込み、ガサゴソと漁りながら話し始めた。 

 

「ふっ……情けねぇ連中だぜ。一週間でちょっと雷狼寺が変わって、帰りを断られただけでこのありさま。――そこでよく見てな。この真の友である峰田様の雄姿を!」

 

 そうハッキリと言い切る峰田の姿はまるで、新米ハンター達の成長を見守る熟練ハンターのそれだった。

 そんな謎の圧倒的、余裕の姿に耳郎達は今までで感じたことのない様な信頼感を抱いてしまう。

 セクハラを生業とする峰田が、八百万の尻に抱き着き、ジャンプして真上から葉隠の下着を覗く、あの峰田が今は途轍もなく頼りに見えるのだ。

 そして同時に不思議でもあった。何故、孤高の雰囲気を醸し出し、黒い雷狼竜の腕を出す竜牙に対し、峰田は心を一切乱さないのか。

 

――それは峰田が竜牙にとって本当に親友の分類であるからだ。

 

 実はこのクラスの中で、竜牙の家に行った事があるのは何を隠そう、この峰田だけ。

 期間は短くとも、ムッツリを極めた男子と性欲を極めた男子が友情を結んだ結果、それは濃い友情を結んでしまった。

 エロ本のトレードから、DVD等の交換も行っており、少なくとも峰田は竜牙の性癖の7割は把握している。

 

 因みに余談だが、竜牙が峰田の次にこの手の友情を結んでいるのは意外にも上鳴ではなく、轟であったりしている。

 轟が真なる意味で同志になる日も近い。

 

 そして話は戻り、そんな峰田が竜牙になにをしようと言うのか。

 周りが思わず息を呑む中、峰田は鞄からある物を取り出し、そして――

 

「お~い! 雷狼寺!!――俺とお前が推してた異形系アイドルがとうとう脱いだぞっ!!」

 

『異形系淫乱録~駄目、角ばっかりいじらないで♡~』

 

 ほぼ半裸の異形系女性のパッケージのDVDを掲げながら、峰田は竜牙の下へと駆け寄った。

 そして同時に、その光景にA組の大半がズッコけた。

 

「何が俺の出番か?――だぁ!!?」

 

「ただのエロDVDだろ!」

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

「やっぱり最低だわ……!」

 

「なんてものを持ってきているんだ峰田君!! ここは学校だぞ! なのにそんな破廉恥なものを……君は恥ずかしくないのか!」

 

 切島・障子は怒り、八百万は貌を真っ赤にして叫び、耳郎は極限まで軽蔑した目で峰田を見つめ、委員長の飯田はそんな峰田へ当然の注意を訴えた。

 しかし、相手は峰田。性欲の権化である彼にはそんな正論は無意味でしかなかった。

 

「うるせぇっ!! テメェ等、誰一人として賢者ぶってんじゃねえ!! 男も女も万国共通で本性はドエロなんだよぉ!! だから俺等は今、ここに存在してんのを忘れんなっ!!」

 

「おい馬鹿止めろ!?」

 

 血涙を流す峰田は一切怯まずにそう叫び、それを聞いた上鳴が流石に聞くのも気まずい内容に待ったを掛けた。

 高校生にもなって――否、高校生になった故に両親の“ナニ”に関する話なんて聞きたくない。

 現に案の定、クラスの雰囲気は竜牙の異変以上に気まずい感じになり、誰一人として目すら合わせない。

 轟に関してなんか、何故かエンデヴァーのキーホルダーに唾すら吐いていた。

 

 だが、そんなクラスの雰囲気なんてなんのその。

 峰田からすれば、友である竜牙の異変に何も出来ない連中に代わり、この親友(同志)である己が立ち上がったのにこの扱いだ。

 故に峰田は悲しみ、そして猛りを抱く。

 その気持ちは、関ヶ原で徳川に着いた福島正則・加藤清正を見る石田三成の様な思いだ。

 大一大マン〇大好き。――それを旗印として掲げた峰田は親友の下へ走り出す。

 

「ケッ!――雷狼寺はオイラが止めたらぁ! お前等なんか勝手に真面目のふりして、誕生日から266日逆算した日に両親の間に何があったか想像してろ!」

 

「だから止めろその言い方!!?」

 

「ほんっとに最低……!」

 

「……ケロ。最低以外の言葉が出ないわ峰田ちゃん」

 

 顔面蒼白の上鳴が叫び、芦戸と蛙吹がゴミを見る目で峰田を見つめるが、当の峰田は竜牙の横で急停止して辿り着き、そのままDVDを竜牙へと掲げた。

 

「見ろよ雷狼寺!! 俺等の予想通り、とうとうこのアイドルが脱いだぜ!!」

 

「……!」

 

 竜牙の動きが止まった。足を止めたのだ。

 そして、まるで磁石の様に峰田が掲げるDVDに顔の向きを吸い寄せられてしまう。

 

「大丈夫そうじゃないか?」

 

「……うん。ウチの声には一切止まらなかった癖に」

 

 障子と耳郎はそんな見慣れた光景にどこか安心半分、呆れてしまった。

 何だかんだでいつものムッツリ竜牙だ。

 他のメンバーもその光景にどこか一安心し、未だにDVDを掲げながら瞳を輝かせている峰田も手応えを感じていた。

――しかし。

 

「……すまない峰田。それは来週にしてくれ」

 

「……はっ?」

 

 首の向きを直し、そう呟くように言った竜牙はそのまま教室に出て行ってしまった。  

 そんな言葉と姿に、峰田は信じられない様にショックの表情の浮かべ、そのままDVDを落とすと同時に膝を折って沈んでしまう。

 何故に峰田はそこまでショックを受けているのか周りは理解出来なかったが、皆は皆で今の光景で十分安心していた。

 

「やっぱり大丈夫そうか……?」

 

「う~ん、まあ雰囲気にも違和感なかったし……大丈夫そう?」

 

「大丈夫大丈夫! 雷狼寺くんってあんな感じだったって!」

 

「内なる欲望を雷狼寺は制御したと言う事だろう」

 

 障子と耳郎はやや不安を全て拭えなかったが、葉隠や常闇は考え過ぎだと二人を安心させた。

 それで場の空気が融和されるのを皆は感じ取り、轟も今は大丈夫なのかもと思い、取り敢えず解散しようとした時だった。

 

 膝を付いていた峰田が突如、叫びながら立ち上がった。

 

「ちげぇぇぇぇ!! あんなの雷狼寺じゃねえよ!!」

 

「はっ? いや、大体あんな感じだったろ雷狼寺は?」

 

「様子は変だったけどよ、DVDを来週に借りるって言った時点で俺はいつも通りだって安心したぜ?」

 

 峰田の言葉を否定する砂藤と上鳴の言葉に皆も頷くが、当の峰田もその考えを否定した。

 

「だからそれがちげぇんだって!!? 雷狼寺とオイラはな……このアイドルは絶対に脱ぐって、絶対にその方が人気が出るってずっと話してたんだ。――つまりは、このDVDはオイラと雷狼寺の悲願なんだ!」

 

(あっ、確かにあのパッケージのアイドルは……)

 

 ぐしゃぐしゃな泣き顔を晒しながら叫ぶ峰田の言葉を聞き、ここで轟も思い出す。

 この数日、竜牙と轟は親友と呼べる関係を築いており、その時に借りていたグラビア雑誌に確かに表紙のアイドルが載っていたのだ。

 そしてそのアイドルを竜牙が勧めていたのも覚えており、訓練以外は疎い轟にとっては印象に残っていた。

 

――因みに余談だが、竜牙から借りている雑誌系を取り敢えず形だけだが部屋に隠している轟だが、彼の部屋の掃除をしている冬美が高確率で見つけてしまい、その度に羞恥な目に遭っているのは二人は知らない。

 

『あれ? これって……えぇっ!?』

 

『きゃあっ!? ま、また……焦凍も年頃だもんね』

 

『この載ってる女の人……お母さんに少し似てる?』

 

 轟家に波乱が訪れるのはもう少し先になるのを、轟はまだ知らない。

 そんな轟が記憶を思い出していると、峰田は未だに叫んでいた。

 

「だからこそ! 雷狼寺がこのDVDを来週まで待つなんてありえねぇんだよ!!」

 

「良い加減にしないか峰田君! 間もなくテストもあるのに、君はいつまでそんなものを出しているというんだ!」

 

「雷狼寺さんが借りなかったのは、流石に時と場合を理解しているだけなのでは?」

 

「うんうん。逆に峰田はどんな時でもセクハラしてくるから、少しは落ち着いて欲しいよね」

 

「うん……透明だから匂いも無臭か確かめないと。――そう言ってお尻に抱き着かれた時、本当に気持ち悪かった」

 

「峰田ちゃん……大人になるときよ?」

 

「……あれ?」

 

 事態の変化に峰田は困惑した。

 気付けば八百万・芦戸・葉隠・蛙吹から怒られており、竜牙の話はどこに行ったんだよと峰田は思い、なんでこうなったのかと男子達に視線を向けるが、皆はその視線を綺麗に回避した。

 

 悲しきかな。友人達に見捨てられた峰田。

 だが、峰田の日頃のセクハラは疑いのない事実。

 弁明の余地もない現行犯ばかりであり、誰も口を挟むことはできなかった。

 

――結果、峰田には学校内にエロDVDをただ持って来たという校則違反だけが残ったのだった。

 

「――ケロ。でも、確かに心配ね」

 

 しかし、竜牙の後ろ姿を見ながら呟く蛙吹には、誰も気付くことはなかった。

 

▼▼▼

 

 

 教室で峰田が女子に制裁を受けてから数分後。

 竜牙は職員室を訪れており、自分の席に腰かけている相澤と対峙していた。

 

「……相澤先生。訓練所の鍵をお借りします」

 

「却下――雷狼寺、お前はまだ病み上がりだ。リカバリーガールに治してもらったとはいえ、万全と言う訳じゃない。まずは身体を休ませろ」

 

 訓練所の鍵を借りに来た竜牙だったが、相澤はどこか咎めるような雰囲気でそれを却下した。

 謎のヴィランからの襲撃を受けた竜牙の身体を心配したのも理由であるが、合理主義者の相澤が却下した理由は他にもある。

 

「……ですが、俺達に()()と言ったのは相澤先生、貴方です」

 

――これだ。

 

 相澤は、まるで詩でも詠むかの様に表面上は雑味もない様に言う竜牙の姿に、意識していても思わずドライアイでも目が強張ってしまった。

 表面上で言葉も感情も抑え込んでも、その()()()()()までは全てを抑え込められていない。

 

――狂気に満ちた紅い瞳・人では纏えぬ圧倒的な強者の威圧。

 

 これが相澤が竜牙を大人しくさせたい理由だ。

 恐らくは、竜牙も気付いていない。それを無意識でやっているのだろう。

 

 オールマイトから授業での映像を見て欲しいと焦った様子で言われたのは、その授業が終わってすぐだった。

 その場にはオールマイトを始め、相澤本人と校長、そしてミッドナイトやマイク・13号もいて、その教員で映像を見たのだ。

 そして、オールマイトが何が言いたいのか相澤達は理解した。

 

――黒い雷狼竜の腕。そして竜牙が纏う狂気。

 

 前者は特に問題はない。寧ろ、個性が伸びるのは良い事だ。

 だが、問題は後者だった。

 観てきた期間はまだ短いが、その中身はとても濃いものだ。だから相澤や他の教師達は竜牙の変化に気付き、そして険しい表情を浮かべてしまった。

 

 日頃から表情の変化はないが、それでも授業や体育祭で見て来た竜牙からは確かに熱い心があった。

 それが目の前の同一人物の少年にはそれがない。

 

 ヒーローの様な優しさ・頼もしさの様な柔らかな雰囲気ではない。

 ヴィランの様な不安・恐怖の様な悪意の雰囲気でもない。

 

 それは言い表せない圧倒的な何か。

 “異物”としか思えず、別の存在の者達では絶対に理解できないとすら思わせる、そんな雰囲気を竜牙は無意識――否、意識をしようとすら思わずに纏っている。

 だからこそ、相澤は首を縦には振らなかった。

 

「確かに焦れとは言った。――だが、俺は()()()()とは一言も言った覚えはない」

 

「同じことです」

 

「違う」

 

 間なく答える竜牙に、相澤も同じ様に間なくハッキリとした口調で返答した。

 

「焦る事でお前達は自分の可能性を必死で探し、少しずつだが見付けてきた。お前達には可能性があるから俺も言ってきた事だ。――だが、死に急ぐのは違う。死に急ぎに可能性は何もない。どの道を行こうが、文字通り死への到達が早くなるか遅くなるかだけだ。何もない、その先には何もないぞ雷狼寺」

 

「それも違う」

 

 雰囲気よりも言葉に重みを混ぜた相澤だったが、竜牙は間をあけずに素早くまた返答した。

 

「生を……真に命が危機に迫りし死と隣り合わせの世界。――“死地”にこそ、本当の強さへの道があります。ぬるま湯では“ぬるま湯の可能性”しか見えない。死地でこそ、死に近づいたからこそ、目覚める力がある」

 

――俺の様に。

 

 そう呟くと同時、竜牙は己の両腕を相澤に示すかの様に変化させた。

 左腕は黒・右手は白。左右が対極の色に染まった雷狼竜の腕。

 見せているのは腕のみ。だが、それでも両腕が纏う存在感はあまりにも強烈。

 特に目の前で見せられた相澤に関しては、その両目を険しくせざる得なかった。

 

(白い腕だと……?)

 

 相澤は未確認の情報に警戒を抱いた。

 授業映像で竜牙が黒い腕を出せるようになったのは知っていたが、白の情報は聞いてもいない。

 未確認の力だからともあるが、同時に個性の派生が二つも目覚めた事にも相澤は悩むように考える。

 

(個性の成長が早すぎる……)

 

 竜牙の変化した身体を観察すると、両腕の馴染み方が前よりも上がっており、放電も確かに抑えられていた。

 それにより、相澤は既に竜牙が周りの者達よりも個性が成長している事を確信する。

 これからの課題にするつもりだった“個性の成長”だが、竜牙は既に自力で進んでいる事に相澤は成長の喜びよりも、その成長に竜牙自身すら取り残されているのではいないか、そんな不安を抱く。

 

 オールマイトすら竜牙の変化を心配しており、己の個性の成長速度に竜牙自身が追い付いていない。

 それが相澤が出した答え。力に呑まれた結果の変化。

 故に、不用意に個性を使用させるべきか、それとも発散させる意味で使用させるべきなのかが問題だった。

 

「……」

 

 考える様に数秒だけ目を閉じた相澤は、その目を開くと同時にデスクの傍に置いていた鍵を竜牙へと向けた。

 

「……二時間だけだ。それが守れない様なら今日は諦めろ」

 

「いえ、十分です。――ありがとうございます」

 

 時間制限があるとはいえ、竜牙は特に抵抗の様子も意思も見せなかった。

 言葉通り、二時間も貰えるだけで十分だからだ。

 

 竜牙は腕を戻すと、相澤から鍵を受け取った後、一礼してから職員室を後にする。

 そして、その場に残っているのは相澤と他の教員達だけで、一部始終を見ていたプレゼント・マイクとミッドナイト達が相澤の下へと近付いて口を開いた。

 

「オイオイ……良かったのかイレイザー? 身体も心配だが――()()はマズイだろ?」

 

 心配する様に言ったのはマイクだ。

 教員達も竜牙の異変に気付いており、相澤ならば必ず竜牙を止めると思っていたが、その相澤が許可した事が意外でしかなかった。

 

 無論、周りが言わんとしている事は相澤自身も理解しており、仕方ないという雰囲気を出しながら相澤はデスクの上にある安価な書類入れから一枚の書類を取り出し、マイクからの言葉には独り言の様に返答した。

 

「……雷狼寺の事だ。ここで俺が断れば、恐らくは身内の所有地などで行動するだろ。……最悪、そこで問題が起きてからでは遅い。なら、まだ目の届く範囲でやらせた方が合理的だ」

 

「しかし、僕は雷狼寺くんが心配です。USJ、体育祭の時の彼を見てますから、職場体験から帰ってきた彼の変わり様には何て言えば良いか……やはり、彼を襲ったヴィランとの間に何かあったんでしょうか?」

 

「それを言ったら他の子達も同じじゃない?――でも、そうね……確かに、今日は()()熱い視線を私に向けてくれてないのよねぇ」

 

 13号とミッドナイトもそれぞれの胸の内を話すが、ミッドナイトだけは何か違う気がする。

 

「ハァ!? 雷狼寺って“年増好き”なのか! HAHAHA――」

 

「もう一度言ってみなさい?」

 

 言わなきゃ良いのにマイクは言ってしまい、そのままミッドナイトに首を絞められながら持ち上げられ、相澤の視界外でずっと「ヘルプミィィ!」と叫んでいる。

 だが、相澤はそんなアホに付き合いはせず、取り出した書類に何やら記しながら静かに溜息を吐くのだった。

 

▼▼▼

 

 ヒーロー科・B組、物間は下校しようと廊下を歩いていた。

 特に何かを思う訳でもなく、何かをしようとしていた訳でもなく、ただ下校の為に歩いており、後ろには何人かのB組のメンバーがいるだけだった。

 そこからも、特に何もなければ彼は普通に下校しただろう。

――彼にとって、気に入らない“存在”が視界に入らなければ。

 

「ん? あれって……」

 

「あん? どうした?」

 

 物間の呟きに、彼の後ろにいた鉄哲や塩崎達も前方に意識を向けると、そこにいたの訓練所に入る竜牙の姿があった。

 

「おっ! 今の雷狼寺じゃねえか!」

 

「どうやら訓練をするご様子……」

 

「職場体験明けなのにすごいなぁ」

 

 鉄哲と塩崎は騎馬戦やトーナメントで接点が出来ている事で、どちらかと言えば親しい感じで、接点がない庄田は純粋に体験明けからの自主訓練に驚いた様子だった。

 

 やはり、これぐらいしているからこそ体育祭でも優勝しているのだろう。

 そんな簡単に思う庄田だったが、ここで塩崎が思い出した様に口を開いた。

 

「そういえば、雷狼寺さんはよく相澤先生に頼んで訓練室を使わせてもらっている様です」 

 

「へっ? そうなのか? っていうか、なんで塩崎がそんな事しってんだ?」

 

「雷狼寺さんとは連絡先を交換していますので、互いに訓練や勉強の意見交換を行っているのです」

 

 鉄哲の疑問を塩崎は簡単に説明すると、鉄哲も庄田も納得した様に頷くと同時に今度は庄田が思い出す。

 

「そういえば、ニュースで彼やA組の人達がヒーロー殺しと接触したって言ってたね」

 

「あっ! そういえば切島も言ってたな。友達がヒーロー殺しと接触したってよ! 雷狼寺達の事だったのか!」

 

 切島と同じ体験先だったので、鉄哲は全て思い出して自己完結の様に納得した。

 

「話によければリカバリーガール先生も病院に向かった様なので、メールで言っていたよりも重傷だったのでしょう」 

 

「でも無事でよかったよ。――それじゃ、そろそろ帰ろう。声を掛けたかったけど、流石に訓練の邪魔になったら嫌だから」

 

「そうだな! んじゃ今回は帰っか……ほら、物間も早く行くぜ?」

 

 邪魔にならない様にその場を後にしようとする鉄哲達は、先程から黙ったまま立ち尽くす物間に声を掛けながら顔を見ると、鉄哲達は思わず顔を歪ませた。

――なぜならば、物間の表情は凄く嫌らしい笑みで染まっていたからだ。

 

 

▼▼▼

 

 雄英高校の訓練室。

 そこは一般の学校の体育館よりも広く、訓練には快適な設備が整っている。

 しかも、そんな訓練室が他にもあるのだから雄英の設備は凄いのだが、今回の場合は使用者も普通ではなかった。

 

――GRRRRR……!

 

 室内にはずっと獣の様な唸り声、バチバチと電気の放電音、そして時折激しくショートする音も聞こえていた。

 空気も殺伐としており、まるで凶暴な生物の檻の中だ。

 そんな折の中の中心に竜牙はおり、その周辺には肉片の様に仮想ヴィランの残骸が散らばっていた。

 

『ニ……ニンゲン……』

 

『ブッコロ……*?!……ヒューマン……ヒト……モドキ』

 

『ハイジョ……ブッコロス……』

 

 訓練用に使用されている仮想ヴィラン。

 壊れてもサポート科の材料や修理の練習に使われるだけだが、装甲の裂かれ方があまりにもエグい。

 ギザギザな三本線が所々にあり、機械だが生々しいという表現が出てくる。

 

 そんな光景を生み出した張本人である竜牙。

 彼の雰囲気も息が詰まりそうな“刃”を纏い、安易に触れようものならば斬られてしまうだろう。

 

 一つの選択ミスで“死”へ招かれるようなこの空間。 

 こんな空間で下手なことをする者等、余程の愚か者しかいない。

 

――だが、ここは天下の雄英高校。そんな愚か者が一人はいる。

 

「あれれ~! 変だなぁ! ここはヒーロー科が使用する訓練室なのになんで動物園みたいな匂いがするんだろ!?――ん? あれれ~!! そこにいるのは体育館で優勝したのに職場体験で重傷を負って帰って来た“負け犬”かなぁ?」

 

 歯に衣着せぬ嫌味が室内に響き渡る。――身体を全力で逸らし、狂った笑みを浮かべながら叫ぶ物間がその発生源。

 ハッキリとした口調とわざとらしい演劇風で悪意が目立ち、相手を不快にさせる気持ちを隠すつもりもないのが尚、質が悪い。

 こんな休戦中の戦場で爆竹を投げるような所業に、流石の竜牙も動きが止まる。

 

「……」

 

「おっかしいぃよね!? A組はB組よりも優れてる筈なのに、職場体験でプロ達の足だけを引っ張って来ただけなんてね! あれれ! そういえばUSJでヴィランと戦った筈なのに、ヒーロー殺しにボロボロにされた学年主席って変だよねぇ!!」

 

 動きが止まるが、同時に何も話さなくなった竜牙の反応が気に入らないのか、物間の挑発はヒートアップ。

 不快にさせる気満々の笑い声を混ぜながら、マシンガンの如く暴言を吐きまくった。

 

 命からがら帰還した竜牙に、何故に物間はここまで言うのか。

 それは彼の性格もあるが、同時に周囲のB組へのイメージも関係していた。

 

 USJ襲撃・体育館の表彰台独占・ヒーロー殺しヴィラン『ステイン』との交戦。

 

 これらの出来事、それは全てA組が巻き込まれ、そして突破してきた事件とイベント。  

 つまりは結果でもあり、A組が濃い経験ばかりしている事で、周囲や世間のB組の印象は謂わば“二軍”の様な、ついでのイメージ。

 更にこれに爆豪の敵作りもブースターとなってしまい、不謹慎だろうが関係ない物間のA組への恨みが誕生してしまった。

 

 B組への世間の印象には流石に同情は出来る。

 しかし、物間は()()()()()()()()()

 

――森の中で、熊と遭遇して大声を出せばどうなるか?

 

――ライオンの檻の中で、狂った様に叫べばどうなるか?

 

『――GRRRRR……!』

 

――雷狼竜の()()()を侵せばどうなるか?

 

「――はっ?」

 

 頭が認識すると同時、物間(獲物)は全てを諦めなければならなかった。

 手遅れだから。彼では逃げる事が出来ないからだ。

 

「GAOooooooN!!」

 

 気付けば物間は強烈な衝撃を背中に受けた。

 それが、訓練室の扉を吹き飛ばし、廊下の壁に叩き付けられたという事実だというのに物間は気付いたが、そんな事はどうでもよかった。

 物間の意識は目の前の竜に持っていかれていた。

 

 自分の身体を抑えながら壁に突き刺している黒い腕。

 頭部だけが黒い雷狼竜と化している存在。

 

 そんな姿をした竜牙の紅い瞳が、今もずっと物間を捉えている。

 逃げられない。圧倒的な圧で逃げる事も物間には叶わない。

 身体は震えあがり、まさかここまでしてくるとは思わなかった物間はせめてもの抵抗で笑みを崩さなかったが、汗も表情も崩れていた。

 

「ハ、ハハッ……! ちょっ、ちょっとした冗談じゃないか?……そ、それぐらいでキレるなんて……A組はやっぱり爆豪と同じ――」

 

『AOooooooooN!!!』

 

 竜牙の遠吠えを至近距離で受けた物間は、下から上まで震え上がった。

 同時に自分を抑えつけている左腕が徐々に閉じて行き、物間も流石にシャレじゃすまなくなってきたと焦った時だった。

 

「――はい、そこまで」

 

 そう言って誰かが竜牙の巨大な腕を、同じぐらい巨大な手で掴んだ。

 それと同時、トゲのツルと金属の腕も同じ様に竜牙の腕を掴む。

 

――そう、B組の拳藤・鉄哲・塩崎の三人だ。その後ろには庄田もいる。

 

 鉄哲達三人は物間の企みに気付くと、彼の抑止力でも【B組の姉御】――拳藤一佳を呼びに行っていたのだ。

 

「……なんで、こんな状況になってるか分からないけどさ。まぁ物間が何かしたんだろうね。――けど、流石にこれ以上はやりすぎだから、個性を引っ込めて欲しいんだけど?」

 

「物間は後で拳藤がシバクし、ちゃんと謝らせるから頼むぜ?」

 

「おぉ……雷狼寺さん。その怒りをお鎮め下さい」

 

 目の前の現状に取り敢えずは止めようとする拳藤達だったが、誰も物間は擁護しないの彼の日頃の行いなのだろう。

 けれども、こんな状況をそこまで深刻に感じていないのは竜牙の性格を分かっているからでもあった。

 体育会を始め、その後の学校生活。塩崎や鉄哲からも拳藤に竜牙の話はもたらされており、話せば分かると拳藤は本気で思っていた。

 

――だが、竜牙が腕を放す事はなかった。それどころか、拳藤達の事なぞ見てすらおらず、物間を捉えている腕の力を更に強める。

 その光景に拳藤も流石にマズイと思ったらしく、やや強引に放そうと巨大化した腕に力を入れた時だった。

 拳藤は気付いた。

 

(!――止められない……!?)

 

 拳藤の個性は『大拳』

 それは自らの両手を巨大化させ、その大きさに比例してパワーが上がる個性なのだが、竜牙の腕を強く掴んでも止まらなかった。

 しかも、これは拳藤以外にも鉄哲や塩崎も加勢してこれだ。

 全く止まらず、壁ごと物間を握り潰すかのように動く竜牙の姿に、ようやく拳藤達も事態の異変に気付く。

 

「ちょっと……これってマズイんじゃ!」

 

「オイオイ! 雷狼寺! ちょっと待てやぁ!!」

 

 額に汗を浮かべながらも踏ん張る拳藤の隣で、鉄哲は声を荒げながら竜牙に叫ぶが、今の竜牙の頭部は“黒い雷狼竜”であり、人の頭部ではない。

 しかも、竜牙はこの状況から一度も拳藤達に顔も視線すらむけていない。

 まるで、敵として認識すらしていないかの様な態度であり、現に力負けしている拳藤達では全く止められない。

 

「おいおいおい! 早く助けてくれよ!?」

 

「やってるって……!! つうか、物間あんたさ……雷狼寺になに言ったの!?」

 

 物間に問い詰める拳藤だが、当の物間は目を逸らして何も言おうとしない。

 どうせ、ろくなことを言っていないと拳藤達は想像しているが、本能でもっとヤバい事が起きていると感じていた時だった。 

 

 突如、“赤い閃”の様に素早い動きで彼女達の下に駆け付けた者が現れた。

 その人物はB組にかかわりが強く、拳藤達も頼りにしている人物。

 

「ブラド先生!」

 

「事情は分からんが、恐らく物間が何かしたんだろう。――だが、流石にこれはやり過ぎだぞ雷狼寺!」

 

 そう言って鋭い眼光を向けるのは、十字傷を頬に刻みしヒーロー・ブラドキング――B組の担任だ。

 彼は騒ぎに気付き、教え子の為に駆け付けたのだ。

 

 直属の教え子を救おうと、竜牙に咎める様に叱りながら、ブラドはその腕に触れて個性を発動する。

 その個性名は『操血』と呼ばれ、文字通り“血液”を操る事が出来る。

 そして、彼の特性の籠手から血液が放出、竜牙の雷狼竜の腕を包むように血液が形を変えて捉えた。

 ブラドはこの手の技でヒーロー時代を生き抜いており、その実力はかなりのもの。

 

 だが、状況とは言え生徒が相手。

 流石に本気で抑える訳にもいかず、ブラドは手加減していたのだが、その判断をすぐに後悔する事になる。

 

(むッ!――これは……!)

 

 ブラドは驚愕した。

 竜牙はブラドが押さえても止まらず、未だに物間を壁ごと握ろうとしているのだ。

 手加減しているとはいえ、ブラドもプロヒーローであり、本来ならば竜牙を止める事は容易だったが、今は状況が違う。

 

 野生と共に“獰猛”を纏う黒き雷狼竜。

 不完全な状態とは言え、それは嘗めた覚悟で抑えられる存在ではない。

 

 結果、ブラドはその鋭い眼光を竜牙に向けるしかなかった。

 

(相澤め……だからもっと生徒とは親身に接しろと言っていたんだ)

 

 獰猛な赤き瞳。地獄の様なドス黒さを彷彿させるそれを見て、ブラドは自分とは対極な指導をする相澤を軽く恨んだ。

 目の前にいる、狂気を纏うこんな生徒。少なくとも自分だったら放ってはおかず、ちゃんと話を聞いていたとブラドは思ったが、今は物間の安全確保が最優先。

 

 ブラドは一旦、個性を解除し、竜牙を直接止めるつもりで顔に近づいた。

――時だった。

 

「――!」

 

 ブラドは全身に強烈な寒気を感じ取った。

 視界は真っ暗で、血の気も引いている。

 嫌な汗も同時に流し、これが強烈な“殺気”や“恐怖”から来るものだと理解した時、ブラドは同様に目の前の“闇”の正体を知った。

 

――これは口だ。……と。

 

 その頭部は人のサイズから雷狼竜本来に近い大きさとなり、ブラドを呑み込むかの様に大きく口を開けていた。

 

 捕食される。ブラドの状態はそれ以外に表わせない。

 本当ならば反撃等して回避も出来ただろうが、ブラドは教師でもある。

 ここで反撃しようものなら、それは抑え込むレベルではなく、本気の戦闘。

 そうなれば両者共に無事では済まないが、教師でもあるブラドは生徒に手を出す選択肢を選べるわけがなく、そのまま頭が真っ白となって思考停止。

 

――周りの空気が止まった気がした。誰もがそう感じた時だった。

 

「雷狼寺!!!」

 

 止まった空間を揺らす何者かの一声。

 それがこの最悪の状況に一石を投じ、竜牙の動きも停止した。

 

『――!』 

 

 動きが停止すると、竜牙は腕を、頭部を徐々に大きさが戻り始めた。

 徐々にだが、それにも理由はあった。

 

「皆、無事かブラド?」 

 

「……あ、相澤」

 

 ブラドの視線に先にいたのは、瞳が赤く染まっている相澤だった。

 瞳の色から個性を発動しているのが分かり、竜牙が人の姿に戻ると同時に目薬を使用しながら竜牙の下へと近付くと、当の竜牙はどこか上の空の様子。

 

「雷狼寺……“自我”はあるか?」

 

「……はい」

 

 相澤の問いに竜牙は間があったが返答した。

 一応、意識はハッキリとしており、竜牙はゆっくりと立ち上がるがしっかりとしている。

 だがこの時、相澤は竜牙の“呟き”を聞き逃さなかった。

 

――()()()()()……まだ足りていなかった。

 

 個性に身を委ねた。雷狼竜に身体を預けていた。

 身体に馴染ませる為か、新たな潜在能力を起こす為か。

 どちらにしろ、それはあまりにも危険な道。

 それを理解した相澤の眼も微かに険しくなりながらも、竜牙に語り掛ける。

 

「雷狼寺、まだ二時間は経っていないが……今日はもう帰宅しろ。後始末は学校側がする。――理由は言わなくても良いな?」

 

「……はい。――大体は把握しました」

 

 顔を真っ青にしているB組の者達。壊れた壁と、その目の前で腰を抜かしている物間と、額に汗を浮かべているブラドの存在。

 竜牙は大体はそれで理解したが、その内心は穏やかではなかった。

 

――これでは駄目だ。これでは巨悪(本物)には勝てない。

 

 今よりも力がいる。技術がいる。

 その為の考察を既に頭の中で考え始めており、竜牙はそのまま訓練室へ足を向けて歩きだした時だ。

 触れなければ良いものを、一言も言わない竜牙に物間が再び食らいつく。

 

「ハ、ハハッ……! 何もないのかい……!――好き勝手した割にこんな対応なんて、A組は本当にヒーローを目指しているのかなぁ!?」

 

 ただでは転ばないと言うべきか。

 物間の行動に拳藤達は勘弁してほしそうだったが、当の竜牙はそうではない。

 

「……()()()()()?」 

 

「……はっ?」

 

 何事も無いように呟く竜牙に、物間は呆気になった。

 なんと言ったのか? 攻撃してきた相手を知らなかったのか?

 

「なんだそれ……B組は眼中にないって事――」

 

「お前が誰だろうがどうでもいい。――ただ」

 

――俺の()()()()()()

 

 物間の声を遮った冷たい竜牙の声。

 だが、竜牙は物間を一切、その赤い瞳の視線には入れていない。

 己のテリトリーに入った瞬間に敵対状態。

 人では許されない掟でも、雷狼竜の――自然の掟ではそれは許される。

 

 そして、竜牙が去った後では物間も何も言わなくなった。

 心が折れた様にも見えるが、そんな彼を拳藤と庄田が連れて行き、竜牙と仲が良い塩崎と鉄哲は未だに呆然としている。

 

 そんな中、竜牙の後ろ姿を見ながらブラドが相澤へ話しかけた。

 

「相澤……他クラスの事で俺が口を出すのは筋違いと思っているが、今回の件を見る限りでは、雷狼寺の今の状態は大丈夫なのか?」

 

「……クラスにいた時、そして戦闘訓練以外の授業では比較的落ち着いていた」

 

「戦いなると血が騒ぐ……そう言う事か? 獣系の個性の者には稀にいるらしいが」

 

 ブラドは思い出すように言うが、相澤は心の中で否定していた。

 そんなものではない。この超常社会、親が匙を投げる程の個性『雷狼竜』であり、自分達の常識では測れない“何か”があるのかもしれない。

 

「……どうやら、色々と予定を変えなければならない様だ」

 

 近々訪れる日に備え、相澤は静かにその思考を動かすのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

――数日後。

  

 あれからの事、竜牙は今日まで殆ど訓練に身を委ねていた。

 耳郎達からの誘いも断り、只々、己が望むがままに鍛えた。

 内側から溢れてならないのだ、内なる力が、それを発散したくてならない。

 それを解放する様に生活し、そして今日の日となり、同時に竜牙がその成果を確認できる日でもあった。

 

――期末テスト。

 

 その当日、竜牙は自宅でニュースを見ながら猫折さんの作った朝食に箸を伸ばしていた。

 

『逮捕されたヴィラン名『ステイン』の与えた影響は多く、模倣犯を始め、ヒーローの質低下の問題など、数多くの傷跡が今も残されています』

 

「あらぁ……怖いですね。近くの学校では集団で下校する様にも言っているみたいです」

 

 実の子供と竜牙がいる為、この手のニュースを見ると不安そうに呟く猫折さん。

 そんな彼女の言葉に相槌を打ち、竜牙は“ニラ玉の味噌汁”に温玉を入れながら、ニュースを見続ける。

 

 問題は取り上げるが、その解決策などは一切言わず、何だかんだで誤魔化すようにステインの過去を、もう何度目だと言わせたいかの様に、また放送している。

 ヒーローの救助活動を“妨害”してまでも取材する割に、内容の質が合っていない。

 

 無論、逆もまた然り。プロを名乗る割に、まるで雑兵の様に一人のヴィランに返り討ち、又はどうする事も出来ずに静観しかしていないヒーローも多くいる。

 ヴィランも同じだ。強個性を持ちながら、コンビニ強盗を始め、最悪は殺人等を犯すが、所詮はその程度なのだ。

 目先の罪だけを犯す割に、その後は何の影響も世に及ぼさないただの小悪党だけ。

 

――そう、世の中に“贋作”が多過ぎる。

 

 そんな連中では巨悪(本物)は倒せない。

 そんな連中ではオールマイト(本物)は倒せない。

 

 竜牙はそんな事を思いながら、味噌汁に入れた温玉を割っていた時だ。

 ここで新たなニュースが始まった。

 

『続いてのニュースです。――先月より世界各地で起こり始めた“プロヒーロー連続失踪事件”に関する続報です。アメリカのプロヒーローが失踪してから数日、今度はロシアでヒーローが失踪しました。これで失踪したヒーローは四ヶ国で五人目となります』

 

「……ヒーロー失踪?」

 

 ここ最近、耳に入っていない事件に竜牙が反応すると、猫折さんは思い出すように説明した。

 

「えぇ、先月から有名なヒーローが行方不明になってるみたいです。イギリスで二人、日本でも京都のご当地ヒーローが一人。そして今度はアメリカとロシアで一人ずつ……本当に最近、どうなってるんでしょう?」

 

 不安というより困惑を隠せない猫折さんは、思わず深い溜息を吐いていた。

 ただでさえ、最近では“敵連合”の事もある中、世界規模でこんな事があったら安心なんてとても出来ない。

 

 そんな猫折さんの話を聞き、竜牙はやや興味を抱いたが、時間が迫っており、今は食事を終える事にした。

 

『現在、確認されている失踪のヒーロー達ですが、まずイギリスでは兄妹ヒーロー・リオ――』

 

「……行ってきます」

 

 竜牙はそう言いながらテレビを消すと、制服を整えて鞄を持ち、玄関へと歩いてゆくと背後から猫折さんに声を掛けられた。

 

「竜牙さん……」

 

「……はい」

 

 優しい声。そしてその中に混じる“心配”の感情が竜牙へ向けられる。

 だが、長い付き合い故に竜牙も猫折さんの心情を理解しており、振り向くことはしなかった。

 

「気を付けて、いってらっしゃい」

 

 だからだろう。それは猫折さんも同じであり、深くは追求もなければ、他の言葉も言う事はなかった。

 最近の竜牙の異変を感じ取っているが、それを止める事は自身には出来ない事を分かっている故の歯がゆさか、何とも言えない表情の猫折さんの言葉に、竜牙もただ普通に返答するだけだった。

 

「……行ってきます」

 

 そう言って竜牙は出て行った。

 不思議と、辺りの音がハッキリと聞こえる様な感覚を猫折さんは感じ、同時に虚しそうに深い溜息を吐いていた。

 

 

▼▼▼

 

 

 期末テスト・筆記試験。

 

 A組はメンバー達は期末まで、それぞれの勉強会を開いて対策を整えていた。

 竜牙も耳郎達に誘われていたが、筆記は最低限の備えはしており、少なくとも赤点を取る事はないだろう。

 実際、クラスメイト達も筆記は手応えを持っている様子であり、問題は次だろう。

 

――演習試験。

 

 実技の期末テストと言えるこの試験に、エリア移動用のバス停に集まる竜牙達A組と既にいる先生達。 

 しかし、演習試験でも一部の者達はどこか余裕の様子だった。

 

――ロボロ~ボ!

 

――余裕で突破してやるぜ!

 

 主に芦戸と上鳴だが、何やらずっとロボロボと騒いでおり、竜牙は気にする様に視線を向けていると、それに気付いた耳郎と障子が声をかける。

 

「気になる?……どうやらさ、今日の演習試験って入学試験と同じロボットが使われるんだって」

 

「ロボット……?」

 

「恐らく、1~3pヴィランは当然だが、雄英なら0pヴィランも投入するんじゃないのか?」

 

 どうやら竜牙以外は知っていたらしく、二人はそれがB組から聞いた事や、今日までの事を話すが、当の竜牙は別の事を思っていた。

 

「……あの仮想敵か。じゃあ、期待外れになるか」

 

 少しは期待していた演習試験。試したい力を発揮できる良い機会と思っていたが、既に仮想敵程度は竜牙の敵ではない。

 

 己の力を発揮できない。不完全燃焼でしかなく、満足に行く事はないと判断すると竜牙の瞳が赤く染まる。

 同時に雰囲気も若干変わると、それに気付けたのは耳郎と障子だった。

 二人は互いに顔を合わせて頷き合うと、耳郎が竜牙へ声を掛けた。

 

「雷狼寺……あんたさ――」

 

「全員、揃ってるな?――試験を始めるぞ?」

 

 しかし、耳郎の言葉は集まった教師陣の一人。担任の相澤によって閉じるしかなかった。

 

「静かになるのに4秒かかったな。――取り敢えず言っておくが、この演習試験にも無論、“赤点”は存在する為、筆記で手応えがあっても油断しない様に。――まぁ林間合宿に行きたくなきゃ別に良いがな」

 

 相澤の言葉に竜牙達は気を引き締め直すが、事前情報のロボ試験である以上、油断ではないが余裕はやや多い。

 現に芦戸と上鳴のテンションは高く、相澤の前でもイケイケ状態だった。

 

「林間合宿に行きたいでーす! どんと来いやロボ無双!!」

 

「どんとこい夏イベ!!」

 

 今は怖いものなし。そう現すかのように二人はテンションを高めるが、そんな二人を相澤はどこか哀れな視線で見ていた。

 何故ならば……。

 

「恐らくだが、諸君らは事前情報を得ていたのだろう。――しかし、ここで“悲しいニュース”があります」

 

――!

 

 相澤の言葉に芦戸と上鳴の身体が固まる。

 他の者達も表情が険しくなり、無意識の内に身構えている者もいる中、相澤の首に巻く拘束布から根津校長が飛び出した。

 

「演習試験は今期より内容を変更をしちゃうのさ!」 

 

――!!!

 

 表わすならば、雷が直撃したというべきか。

 赤点ギリギリである芦戸と上鳴は衝撃が強かったらしく、固まったまま白目を向いていた。

 しかし、今はそんな二人に構う暇もなかった。

 

「えっ……内容変更って……?」

 

「どういう事でしょうか?」

 

 瀬呂と八百万が質問する様に手を上げると、根津は頷きながら説明を始める。

 

「うんうん、実はね……最近の出来事から察するに、“敵活性化”の可能性が高いのさ! 事前に防ぐのは当然だけど、学校側は万全を期したいのさ。つまり、これからは――」

 

――戦闘も活動も、対人に重点をおきたいのさ。

 

「そう言うことだ。より実戦に重視する以上、ロボでは程遠い。だから今回から内容を変更し、以下のものとする」

 

 そう言うと相澤はリモコンを操作し、映像を宙に映し出した。

 

 演習試験・内容。

 

・二人一組による、教師陣との戦闘。

・対戦する教師は既に決定済み。

・ペアは、行動・成績・親密度等により独断で決定。

 

「マジかよ……!」

 

「先生とはいえ、プロだろぉ……!」

 

「……どうりで多い筈だ」

 

 突然の事にざわつく中、切島も峰田も驚きを隠せず、竜牙も何故にこんなに教師陣が多くいたのか、ようやく納得していた。

 しかし、生徒達の準備が整っていなくても、相澤はもうペアを発表する。

 

「まず轟・八百万ペア!――相手は俺だ」

 

『!』

 

 相澤からの発表に二人は息を呑む。

 二人共、強個性故の実力者だが、個性を抹消する相澤が相手では当然ながら油断は出来ない。

 そして、轟達の名を呼んだあと、相澤が次に視線を向けたのは――

 

「……雷狼寺」

 

「……はい」

 

 返事をしながら前に出る竜牙に、相澤は頷きながら先日のペア決めの会議を思い出していた。

 

 

▼▼▼

 

 

 試験の数日前。

 学校の一室で教師陣はA組のペア決めの会議を行っていた。

 だが、最初から相澤が殆ど決めているので無駄はなく、殆ど簡単な説明で済んでいた。

――一人を除いて。

 

『……雷狼寺についてですが』

 

 竜牙の名が出ると、周りの視線が相澤へと集まる中で説明を始めた。

 

『既に察している先生方もいらっしゃると思いますが、ステイン・謎のヴィラン両名と交戦して以来、個性が急激に成長し同時、様子に異変が起こっています。つい先日も、B組の生徒と問題を起こしています』

 

『あれについては……うちの物間にも原因がある。だから、全てが雷狼寺のせいと言いずらい』

 

 相澤の説明に頷きながら聞く中、先日の件の話になったブラドはやや何とも言えない様に迷った様子でそう言うが、相澤は首を振る。

 

『この際、物間はどうでもいい。――問題は、雷狼寺はあの時、我を失っていた事でもある。怪我もなかった為に大事にはならなかったが、あれが街中で、しかもヒーローという立場で行えば問題だ』

 

『確かに雰囲気やばかったからな! つうか、誰が担当すんだ雷狼寺は?』

 

 相澤の言葉にマイクは本題を言えと言う様に、いつも通りのテンションながら真剣な目で相澤を見ていた。

 そして相澤もそんな視線に気付いており、本題を口にする。

 

『何人かの先生方を決めていますが、個性が個性だけに先生との相性を重視しています』

 

『つまり、まだ決めかねているのか?』

 

『はい』

 

 スナイプの問いに相澤はそう答えるが、内心では殆ど決まっていた。

 問題は誰に任せるかが悩みどころであり、相性次第では予想外の事態も招くだろう。

 

『まあ、殆ど決まってはいるんですが……』

 

 あと僅かな答えまでの距離に、相澤が思考を巡らせていた時だった。

 一人の教師が立候補する様に手を上げたのだ。

 

『フフッ……雷狼寺くんなら、私が担当してあげるわよ』

 

 立候補したのは堂々の18禁――ミッドナイト。

 腕を下ろし、小さなムチを鳴らしながら自信に満ちた表情を浮かべていた。

 

『雷狼寺くんなら、私の個性でも対応できるわ。今後の課題としても良いと思うし、何より――』

 

――良い機会だものねぇ……!

 

『――何をする気だ……』

 

 興奮した様に息を乱しながら話すミッドナイトに、他の教師達は別の意味で心配すると、相澤が首を横へ振った。

 

『いえ、ミッドナイトさんには他の生徒をお願いしたい。――峰田、アイツは少々欲望に素直過ぎるので、ミッドナイトさんが適任なんです』

 

『あら? だったら峰田くんと雷狼寺くんの二人で良いじゃない?』

 

 ミッドナイトの疑問に根津以外の教師達は頷いた。

 二人一組なんだから丁度良く、何だかんだで竜牙がムッツリなのは皆知っている事であり、尚の事ミッドナイトが丁度良いと判断。

 

 しかし、相澤は首を縦に振らなかった。

 

『ミッドナイトさんは当然、候補に入れてました。しかし、峰田では雷狼寺の相手は務まりません。――今の雷狼寺は、恐らく二人一組でも連携をしないでしょう。だからこそ、雷狼寺に臆することない生徒でなければなりません』

 

 ミッドナイトは相手ではありだが、峰田と竜牙の組み合わせは駄目だと相澤は判断していた。

 体育祭でのビビり様もそうだが、峰田では竜牙が殺気を出そうものなら戦意喪失して試験にならないだろう。

 だからといって峰田を放置も出来ず、結果的にミッドナイトは除外されてしまう。

 

 そして、その内容に納得したのか。ミッドナイトは残念そうに頷いた。

 

『あらぁ……それなら仕方ないわね』

 

『すいません。それで、他の先生に――』

 

『ちょっと待ってほしい……』

 

 相澤が説明しようとした時、オールマイトが手を上げながら話の腰を折った。

 

『……なんですかオールマイトさん?』

 

『雷狼寺少年は私に任せて貰えないだろうか……』

 

 オールマイトの指名に周りがざわつき、その中で相澤はジト目の様に疑いではないが、どこか微妙な視線を向けながら聞き返す。

 

『……どういう事ですか?』

 

『体育祭でも見たでしょうが、開会式、競技、そして表彰式で私は彼の心を聞いた。己の個性と向き合い、同時に現実とも必死に向き合おうとしている彼は、後に人々を助ける偉大なヒーローになれると私は確信している。――だから、平和の象徴としても、今の彼を見捨てることは出来ない』

 

『……一応、聞きますが、組ませる相手は?』

 

『――緑谷少年だ。彼はヘドロ事件の時の爆豪少年や、体育祭の時の轟少年の時の様に他者を助けるのに迷いなく動く。ならば、きっと雷狼寺少年にも同じ様に――』

 

『――却下です』

 

 相澤はオールマイトの提案を却下した。

 一言、却下で済まされたのはオールマイトも驚いた様子だが、相澤にも考えがないわけではなかった。

 

『オールマイトさん、私は雷狼寺については、他の生徒をニの三の次にする程、過剰に特別扱いするつもりはありません。――あなたが“お気に入り”にしている緑谷も例外ではない』

 

『……』

 

 相澤の言葉にオールマイトは何も言わなかったが、額に汗を浮かべており、明らかに嘘が付けない人間だと分かる。

 しかし、オールマイトも引けない理由はあった。

 

――オール・フォー・ワン。

 

 奴が雷狼寺に関わっている以上、因縁を持っている自分が指を咥えている訳にはいかないのだ。

 

『……だが相澤くん、今の雷狼寺少年はあまりにも――』

 

『オールマイトさん。……あなたにも何か考えがあるのは分かりますが、雄英にいる以上は平和の象徴と同時に、()()としても動いてください』

 

『……!』

 

 相澤の、緑谷や雷狼寺以外にも気を払え。――そう言っている様な言葉にオールマイトも流石に沈黙してしまい、場の空気が重くなった時だった。

 不意に、室内にパンパンと手を叩く音が響き渡り、周りの意識はその発生源である根津へと向けられた。

 

『皆、少し落ち着こう。――それに相澤くんも()()()()()のさ。合理主義な君が、ここまで話を伸ばすのも、本当は雷狼寺くんについて本気で悩んでいるから、周りの意見も聞きたかったんじゃないのかい?』

 

『それは……』

 

 表情も姿勢も変えない相澤だったが、根津の言葉を聞いて声を詰まらせるだけで周りは理解した。

 相澤も悩みながらも、教師として全うしようとしている事を。

 

『彼については私も気にはなっていたさ。プロに預けたとはいえ、ヴィランに襲撃され、重傷を負ったのは我々の責任でもあるのさ。担任は君さ、でも生徒一人に教師全員で考えてあげるのは何も悪い事じゃないのさ』

 

 教師は生徒一人の為に、教師は生徒全員の為に。

 根津の言葉に皆も思う事があったのだろう。教師達はそれぞれの思う表情を浮かべており、相澤もどこか納得した様に柔らかい雰囲気を纏う。

 そして、一息入れてから口を開いた。

 

『最初に言うべきでした。……雷狼寺と組ませる生徒ですが、結果的に言えばこれ以上はいないだろうという者が一人います。――近年では珍しく、これといった欠点もなく万能型とも言える生徒が』

 

『そんな生徒が……誰なんですか?』

 

 13号が意外そうに言うと、相澤は頷いた。

 

『……今までの授業の結果を見て、そう判断した。雷狼寺と組ませる生徒――』

 

――()()の名前は……。

 

 

▼▼▼

 

 

「雷狼寺 竜牙……そして()() ()()()! そして、相手は――」

 

――私なのさ!

 

 竜牙と蛙吹の前に出る根津校長。

 動物でありながら個性『ハイスペック』を持ちし、この雄英高校の代表。

 可愛い見た目とは裏腹に、気付かない間に敗北させる事も可能な力を持つ生物。

 

「……君達の相手をするのはこの私、根津なのさ! ネズミ好きの小人でもなければ、マスコットでもないのさ!――みんなの雄英高校の校長なのさ!」

 

 元気に飛び跳ねる根津だが、分かっている事だ。

 ただの小動物では雄英高校の校長は務まらない。雄英高校をここまで大きく出来ない。

 長い歴史を作ってきた一人である根津と言う存在を前に、竜牙と蛙吹はすぐに頭を切り替えた。

 

「……この受難に感謝」

 

「ケロ!……気が抜けないわね」

 

――演習試験、開始の時。

 

 

 

 

 

END



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第二十五話:不老命雷

悪よりも、歪んだ正義が恐ろしい。


 運動場γ――工場密集地であるこの場所に再び竜牙と蛙吹は足を踏み入れ、相手である根津から特殊な手錠と共に細かいルール説明を受けていた。

 

「制限時間は30分。その間に“どちらかがステージから脱出”・この“ハンドカフス”を私に掛ける――このどちらかを達成したら合格なのさ!」

 

「手錠は分かりますが……」

 

「逃げても良いのね……」

 

 脱出というまさかの逃げ道に、竜牙と蛙吹は意外そうに呟く。

 対人戦と言っていたので、戦闘不能か一定のダメージを与えなければならないとまで考えており、撤退は許されないと勝手に思っていた。

 しかし、根津はそんな二人の考えを見通す様に首を横へ振る。

 

「逃げる事は悪い事じゃないのさ。プロヒーローといえど、ヴィランとの個性の相性や力の差もある。そうなれば、応援を呼んだ方が賢明なのさ。――少なくとも、雷狼寺君達はこれがどういう事か分かる筈なのさ」

 

「……」

 

 つぶらな瞳だが、その雰囲気はマジの根津の言葉に竜牙は特に何も言わなかったが、誤魔化すように視線を逸らし、事情が分からない蛙吹は不思議そうに二人の様子を見ていた。

 

「無論、勝てる相手と判断して戦闘をしても良いのさ。――けれど、この制限時間の30分。その意味も理解してもらいたいのさ」

 

「ケロ、限られた時間の中での判断力も試されてるのね」

 

 蛙吹根津の言いたい事を理解する。

 試験とはいえ30分は現実の時間。勝てると判断しようが、30分も戦い続けて無駄に長引かせては意味はない。

 この限られた30分で、戦っていてもどれだけ判断力を生かし、脱出の方に志向を変えるか、またはその逆も然り。

 

「分かってくれたなら嬉しいのさ!……じゃっ、私は準備に向かうので、君達は開始まで待っていてほしいのさ!」

 

 そう言って根津はトコトコと工場の隙間を通り、どこかへと消えると、残されたのは竜牙と蛙吹の二人だけ。

 二人は静かに待つことにし、蛙吹が少しだけ席を外したこと以外は特に変りもなく、その時を静かに待っていた時だ。

 

――15分経っても根津は来ず、二人は互いに顔を見合わせた。

 

「……遅い気がする」

 

「そうね……もう始まっているのかしら?」

 

 いつものパターンで既に始まっている可能性もあるが、それにしては時間が中途半端過ぎて違和感しかない。

 何か、本当に準備に手間取っている可能性もあるが、取り敢えず二人はもう少し待つことにした時だ。

 思い出すように、蛙吹が竜牙へ話しかけた。

 

「そういえば、こんな風に雷狼寺ちゃんと二人っきりになるのは初めてね」

 

「……確かに。前に行った時は最初の戦闘訓練、その反省会の時だったか」

 

 その言葉に竜牙も思い出す。

 学校では普通に話したりするが、外で蛙吹と過ごしたのは最初の反省会ぐらいだ。

 職場体験以降は、ずっと自主訓練ばかりで蛙吹以外とも付き合わず、それ故に懐かしいという感覚も抱くが、そんな事を思っていると竜牙は気付く。

 ずっと、蛙吹が自分をジッと見ている事に。

 

「どうしたの梅雨ちゃん……?」

 

「……雷狼寺ちゃん。私ね、思ったことは口にしちゃうの。――職場体験以降ね、雷狼寺ちゃん変わった様に思えるの。緑谷ちゃん達も様子が変だったけど、雷狼寺ちゃんはもっと変だったわ」

 

「……どの辺が?」

 

「……雰囲気ね。全部とも言えるわ。本当に雷狼寺ちゃん変わったわ……こんな事を言うと怒るかも知れないけど、USJに来たヴィラン達よりもね――」

 

――恐かったわ。

 

 蛙吹はそこから思った事を口にする。

 そして竜牙は知っている。蛙吹を含めた数名が、敵連合の主力と戦闘を行っていた事を。

 つまり、蛙吹の言っているヴィラン達と言うのは、その主力――死柄木・脳無達と同じか、それ以上に怖いと思っていたという事。

 ヒーローを目指す為とは言え、クラスメイトからの評価がこれとは、どうかとも思うのだが、竜牙は特にあからさまな反応はしなかった。

 

 寧ろ、冷静でしかなかった。

 

「そう。ヴィランよりも……か。――だけど、所詮は贋作だ。あんな連中よりもと言われても、何とも思えない」

 

 竜牙の心の水面は一切、揺れる事はなかった。

 判明している事でもある。USJに来たヴィラン達、死柄木・黒霧・脳無以外の者達は、ヴィランとも呼べないただのチンピラ集団。

 ステインから言わせても、粛清対象でしかない者達。

 

――雷狼竜も見向きもしないレベル、そう今の竜牙も分かる程度の存在達。

 

「……雷狼寺ちゃん」

 

 蛙吹は特に言葉を挟まなかったが、今の言葉を聞いて心配の色を濃くしながら竜牙の名を呟く。

 

「それは……その考えはヒーローとして――」

 

 蛙吹がそこまで言った時だった。

 周囲に地響きの様な振動が発生し、同時に周辺から何かが崩れ落ちる音が響き渡る。

 貯水タンクも崩れたのか、大量の水が落ちる音も聞こえる。

 更にいえば、振動が徐々に自分達に近づいてくるのを竜牙と蛙吹は感じ取り、素早く態勢を整えて音のする方へ身構える。

 

 ビルを薙ぎ倒しながら迫ってくる何か。

 振動から察するに“巨大”な何かだろう。一定の振動音――機械、巨大な機械。

 やがて、建物の隙間から点字の様なカメラ・センサーを付けた機械――0Pヴィランが現れた。

 

「ケロ……0Pの仮想敵?」

 

「……いや違う。形状や武装が追加してある。――“発展型”だ」

 

 現れた0pの姿に変化に竜牙は気付いた。

 下半身がキャタピラなのは同じだが、所々に迎撃用の機銃・小型ミサイルの様な武装が追加され、腕も自由が利く様に関節や大きさを調整し、小型シールドも装備。

 しかも背中の方からは更に二本の腕があり、その先に巨大な鉄球・ブレードが装備されていた。

 

 よくよく見れば、全体の大きさも通常機よりも大きく、1.5倍は少なくともあるだろう。

 その中で、流石にカラーリングは変わっていなかったが、頭部には何故か根津をモデルにしたであろう、可愛いネズミのマークが描かれていた

 そして、案の定。0pのスピーカーから根津の声が放送される。

 

『――その通りなのさ! 入試の0p仮想敵を改修し、費用は通常の2倍も掛かっている“0p改”を操作しているの私なのさ!』

 

「……そう来たか」

 

「校長先生がどう戦うか想像できなかったけど、ケロ……これは納得ね」

 

 二人は腑に落ちた様に頷き合う。

 ハイスペックの個性とはいえ、根津自身はただのネズミだ。

 単純な力押しではまず勝てないが、機械操作ならばハイスペックが最大限に発揮できるだろう。

 遠隔操作をしているので身の危険もあまりなく、落ち着いて操作する以上は根津の本領発揮。

 

――そして、同時に刻も訪れる。

 

 エリア周辺のスピーカーからリカバリーガールの声が全てに放送され始めた。

 

『……さて、どうやら他の生徒も位置に着いた様だね。それじゃあ、試験を始めるよ……レディィィ――』

 

――ゴォォォ!!

 

「――!」

 

 合図と同時に竜牙と蛙吹は背後に飛ぶ。

 間違いなく攻撃が来る。――その考えが正しいと証明するかのように、二人が立っていた場所に機銃が一斉射。

 立っていた場所に灰色の何かがこべり付き、二人は弾丸が特殊なものである事を理解した。

 

『HAHAHAHA!――プロも使用している“セメント弾”なのさ! 発射からの固まる速度は速く、重さも合わさって動きを一気に制限、からの拘束しちゃうのさ!』

 

――更に!

 

 攻撃を回避した二人の背後――本来ならありえない方向から轟音が響きわたり、二人は顔を横に向けて背後を確認すると驚愕した。

 なんと背後の建物が倒壊し、冷却塔や貯水タンク、鉄骨などが道を塞ぐかの様に降り注いできたのだ。

 

 そこは丁度、二人の着地地点付近。

 明らかに狙った様な事態に二人は即座に判断しなければならかったが、二人は冷静を貫けた。

 変化させた腕・伸びる舌を生かして振ってきた残骸を掴むと、回転しながら残骸を登って行く。

 そして、0p改と同じ目線の高さになる場所で二人は、貯水タンクの残骸の上へと立った。

 

「ケロ……凄いわ」

 

 目の前に広がる光景に蛙吹は思わず呟いてしまう。

 密集の工業地帯を、一切怯まずにキャタピラで進撃し、四方八方に向く機銃やセメントミサイルを撒く0p改の姿はまさに兵器そのもの。

 油断が出来ず、大きな建物に囲まれた場所では視界も遮られ、しかも0p改以外にも気を配らなければならない。

 

「……おそらく校長先生はロボットの操作以外にも、何かしてると思うわ。実際、ここの建物が崩れたんだもの」

 

「……だからこそのハイスペック。――だが」

 

 竜牙は反撃の為に雷光虫を展開、パワーローダー・発目に頼んで“巣”を増設してもらい、その数は最初の比ではない。

 雷光虫だけで二人の姿を隠せそうな程であり、竜牙はその雷光虫達を弾をとして一斉に0p改へと向かってゆく。

 

「行け雷光虫……!」

 

『おっと、そうはいかないのさ!』

 

 だが根津もこれに対応。

 素早くレバーを引き、同時にスイッチも素早く操作で対応すると、セメントミサイルが一斉発射。

 雷光虫弾と接触するとセメントをまき散らしながら爆発し、他の雷光虫を巻き込んで攻撃を防ぎ切ってしまった。

 

「……面倒だ」

 

 その光景に竜牙は決断する。

 雷光虫もそうだが、装備を作って突撃しても機銃等の迎撃、根津のもう一つの攻撃によって体育祭の様にいかず、無駄な足掻きになるのが目に見えている。

 

――ならば、取るべき手段は一つ。

 

「梅雨ちゃん……離れてくれ」

 

「ケロ……?」

 

 前かがみになりながら、雷狼竜化する態勢に入った竜牙は蛙吹にそう言うと一気に放電を始めた。

 それは無論、0p改のカメラでも捉えており、溶接の光の様に輝く姿を見て根津はミサイルのスイッチを押す。

 

『……それは“悪手”なのさ』

 

 根津は少し叱る様な口調で呟いた。

 崩れた残骸の上なのもそうだが、ここは狭い工場地帯。 

 進めば周囲を壊せる機械とは違い、壊せて進めてもダメージが残る雷狼竜ではどっちが有利かは分かり切っている。

 自棄になったのと同意義の行動したところで、どうだというのか。

 そんなんじゃ、合格はあげられないなぁ。――根津は優雅に“紅茶”を飲みながら評価を下していた。

 

 そもそも、0p改を()()()()()()()合格ではないのだ。

 脱出か、ヴィラン役である自分を捕える事が条件。

 

 だが、根津は知能犯ヴィランよろしく高みの見物中。

 そう、根津がいるのは0p改の中ではない。この広大な運動場γの端に位置する“ハンマークレーン”の運転席に座っていた。

 しかも、運転席は改造されており、シェルターではないが、それが過言ではない程の外見、内装もモニター等を設置されてかなり広く、ハイテク化されていた。

 

(流石に雷狼竜化した彼に殴られれば壊れるが、0p改に意識を固定されている以上は絶対に捕えられないのさ)

 

――それに、ここは広い工場密集地。ヒーロー側には不利なのさ。

 

 広い工場密集地を、巨大ヴィランと戦闘し、周囲の建物も壊される。

 そんな事をされれば間違いなく方向感覚が狂い、冷静に敵の本元を探る事などできない。

 二重三重の罠を張り、更には保険も掛ける。

 ヴィランかぶれのチンピラならばともかく、指名手配されている知能犯ヴィラン程ならばこれぐらいは普通に行う。

 更に言えば、根津は今回、教師としているので“逃げ道”も残している。

 

――絶対に倒さないと決めている地帯。

――四方八方から発射しているようで、実は機銃やミサイルにはダミーが存在し、それを見抜けば簡単に接近し、0p改の周辺に設置されている“停止スイッチ”に気付いて止められるだろう。

 

(目には目をなのさ……知能犯に対抗するには冷静を貫かなければならないのさ。少しでも熱くなって、智の武器を少しでも減らせばまず勝てない。だからこそさ――)

 

――癇癪みたいに暴走しただけで勝たす程、雄英高校は優しくできないのさ。

 

 そんな事を思いながら根津は紅茶を口にした時だった。

 竜牙に変化が起きる。――雷狼竜化の前兆だ。

 

「一思イニ……!」

 

 竜牙は理性を消そうとする。

 オール・フォー・ワン。――絶対的巨悪に比べれば、目の前の存在等に何を恐れる要素がある?

 

 堕ちろ。堕ちろ。堕ちようか。

 人を捨てなければ勝てない存在がいる。

 断片的に思い出している記憶。その中に眠る巨悪との戦いの記憶、その時に確実に言えることは当時の自分には理性がなかった事。

 

 邪魔なのだ。個性を、雷狼竜を真に発揮させるには人の何かが。

 だからこそ捨てる。巨悪に立ち向かう為に、竜牙は捨てるのだ。

 

「――!」

 

 迫りくるミサイルへ向かう様に、竜牙も飛び出し、その力を解放――

 

――しようと思った時だった。

 

 不意に飛び出した竜牙を捕まえる様に、竜牙の腹部に“長い何か”が巻き付くと、やや強い衝撃を受けながら引っ張られるように竜牙は後ろへと戻されてしまう。

 

「駄目よ雷狼寺ちゃん」

 

 その犯人――蛙吹梅雨はそう言いながら、ミサイル回避の為に竜牙を舌で捕まえたまま無事な方のビルへと飛んだ。

 人一人を下で抱えたままだというのに、その動きは一人の時と変わりない。

 この数ヶ月、蛙吹は肉体を鍛えた事で、自力が上昇。

 更には蛙の異形系個性故に、自力と共に蛙としての能力も大きく上昇。

 切島と同じく、個性自体はシンプルなのだ。そこに蛙吹の良い所が上手く合わさり、その結果が特に欠点がないという評価を先生達は下していた。

 

 そんな蛙吹の咄嗟の判断。

 ミサイルは誰もいなくなった残骸に衝突し、辺りをセメントまみれにする。

 そして、隣りのビルに移った蛙吹だったが、彼女は動きを止めずに次々とビル等を伝い、0p改の視界から竜牙と共に姿を消してしまう。

 

『ふむぅ……』

 

 この蛙吹の行動に根津も、0p改の操作を中断。

 ハンマークレーンの方に操作を変え、素早く計算してから鉄球を建物へとぶつける。

 すると、まるでドミノ倒しの様に建物が次々と倒れて行き、蛙吹と竜牙逃げたであろう方向に建物が崩れて行った。

 金属、水、粉塵などが混ざり合い、周囲を巻き込んで倒壊するが、やがてそれが収まっても二人の反応はない。

 すると、根津は周囲の監視カメラの映像を映しながら、懐中時計の様な丸いセンサーを取り出した。

 そのセンサーには二人の生体情報が表示されており、その情報を根津は満足そうに見ていた。

 

『当然ながら怪我した様子もないのさ。態勢を整える為の撤退も悪い訳じゃない……が、今と同じじゃ絶対に私を捕まえるのは無理なのさ』

 

 そう呟きながら根津は再びマグカップに口を付け、余裕の態度を保ち続けるのだった。

 

――そして、その当事者達はというと。

 

 

「……何故、邪魔をした?」

 

「別に邪魔をした訳じゃないわよ雷狼寺ちゃん……」

 

 0p改より離れた工場、その周辺にある大きなパイプの上で竜牙と蛙吹は対峙していた。

 内容は無論、先程の蛙吹の行動だった。

 相変わらずの無表情だが、竜牙の雰囲気はどこか怒っている様にも見える。

 しかし、蛙吹は全く動じていなかった。

 

「冷静になりましょ……校長先生は強いもの、この狭い工場密集地じゃ、雷狼竜になる方が不利になるわ」

 

「……ならない。――今の雷狼竜ならそれは問題にならず、密集地だろうが動く事はできる」

 

 蹂躙すれば良い。ただそれだけ。

 必要ないなら、それに見合った行動を。

 必要ならば絶対的な蹂躙を。

 

 蛙吹からすれば、竜牙は血が上っている様に見えているが、残念ながらそれが違う。

 竜牙は冷静だった。その冷静の中での答えがこれなのだ。

 

「雷狼竜は、()()目覚め始めた。絶好の機会、最高の受難でこそ試す価値がある……!」

 

 内なる力に力む竜牙。それに応えるかの様に、その瞳も赤く染まり始める。

 だが、今回はそれが左目だけだった。右目は別、まるで翡翠の様に輝いていた。 

 

――そう、既に他の雷狼竜は目を覚ましているのだ。

 

 そして、その力が抑えきれないというかの様に、竜牙は右腕を徐々に雷狼竜のモノへと変化させた。

 白い鱗。そして甲殻はまるで翡翠で出来ているのかと思わせるかの様に、美しい輝きを発しながら放電を行っている。

 周りにいる雷光虫も、いつもの様な感じではない。

 まるで蛍の様な儚い輝きを放ちながらも、力強い雷を竜牙へと与えていたのだ。 

 

 今の竜牙は既に体育祭の時と比べ物にならない程に強くなっており、クラスメイトと言えど、生半可な者ではこの姿を見ただけで黙り込むだろう。

 

――だが、蛙吹は違った。

 

「ケロ……変わったわ雷狼寺ちゃん」

 

「変わらざるを得なかった……この現実が俺と雷狼竜をそうさせた。――同時に己の意思でもあった」

 

 蛙吹の言葉に竜牙は最早、何も迷う事なく返答した。

 だからなんなのだ。変わったと言う事は、強くなったとも取れる言葉。

 正しい道。力を得るならば正しかった事を証明しただけ。

 何も間違ってはいない。己を“強者”へと導いているだけであり、竜牙は堂々とした態度を示した。

 

 だが、蛙吹にはそれは理解出来なかった。

 

「……雷狼寺ちゃん。私ね、雷狼寺ちゃんの事“尊敬”していたわ。――私の家ね、共働きの両親に弟と妹がいるんだけど、基本的に家事は私がしているの」

 

「……共働きならそうだろう」

 

 両親が多忙な以上、姉弟の最年長である蛙吹が家事をするのは想像に容易く、竜牙はだからどうしたという感じで返答した。

 試験の時間だって限られており、何よりも己の力を試す時間が潰れているのが不満でしかない。

 そんな竜牙の心情を、蛙吹ならば普通に察せる筈なのだが、蛙吹は敢えて無視している様で、そのまま話を続けた。

 

「……父と母が私達の為に働いている事は感謝してるわ。私も、少しでも手助け出来ればと思って家事の手伝いをしているんだもの。でもね――」

 

――やっぱり寂しい時もあるわ。

 

 弟と妹がいる。それだけでも蛙吹 梅雨が両親に甘えられる時間は短いものだった。

 だからといって何か思う事があるかといえば、それもない。

 ただ時折に感じてしまう当然の悲しみ。

 高校生になったとはいえ、蛙吹もまた一人の子供でもある。

 そんな想いを抱く時もあった。

 

「だけど、両親から愛されてるのも分かるの。雄英の受験の時、家族皆で私の事を助けてくれたりもして、本当に嬉しかったわ」

 

「……本題。何が言いたい?」

 

 竜牙は理解できなかった。 彼女が何を言いたいのかを。

 まあ、何を言おうが、するつもりもないが――

 

「……雷狼寺ちゃん。両親がいる私ですら、こんなに寂しさを抱くんだもの。――両親がいなかった雷狼寺ちゃんは、きっと私じゃ測り知れない程の寂しさだった筈だわ」

 

「……」

 

 竜牙は返答しなかった。

 特に何も言わず、黙ったまま聞き続ける。

 

「そんな中で雷狼寺ちゃんは“個性”を鍛えて、雄英の試験も主席になったんだもの。きっと、本当に努力したのね……そんな雷狼寺ちゃんだからこそ私は“尊敬”したの――」

 

 そう言って蛙吹は続けて行く。

 

 耳郎と八百万から聞いたUSJの時。

 体育祭の騎馬戦で、緑谷達を守る為に雷狼竜になった時。

――そして、その体育祭で盗み聞きしてしまった時も、許してくれた事を。

 

「……私ね、思った事は口にしちゃうから言うわね。――体育祭の時、私達を許してくれた時に見せてくれた笑顔が今でも印象に残ってるの」

 

――これが本当の雷狼寺ちゃん。

 

「……雷狼寺ちゃんと本当に友達になれた。そう思ったわ。でも――」

 

 そこまで言うと、蛙吹は少しだけ黙ったが、何だと問いかけるよりも先に蛙吹は真剣な表情を浮かべながら、その重い口を開いた。

 

「私、緑谷ちゃん達とUSJの時に“敵連合”の主犯を見たわ。その中で、明らかに雰囲気が違うヴィランがいて……そのヴィランと、今の雷狼寺ちゃん――」

 

――()()()()()()()

 

「だからなに……?」

 

 竜牙は一蹴するが、蛙吹はそんな彼から目を逸らす事はしなかった。

 

「私ね、見ちゃったの。雷狼寺ちゃんがB組の子と揉めてたのを……流石に危険だと思って相澤先生を呼んだのも私なの」

 

 蛙吹の言葉に竜牙は思い出す。

 先日の物間との一件で、相澤がタイミング良く現れたのは蛙吹という目撃者がいたからだ。

 別に気にもしていなかった事だが、取り敢えずは竜牙は意味のない納得をする。

 

 しかし、当たり前だが蛙吹が言いたいのはそんな事ではない。

 

「理由があるのかも知れない。でも、あんな風に誰かを攻撃する事はいけない事よ? ヒーローを目指している私達なら尚更そう思わなきゃダメ。――こんな事を言うと怒るかもしれないけれど、雷狼寺ちゃん……このままなら――」

 

――雷狼寺ちゃんのお父さんとお母さんが、あなたを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 蛙吹は臆することなく、そう言い切った。

 

 ただ力を振るうのはヴィランがする事であり、無暗に振るえない――否、振るわないのがヒーロー。

 他者の為に振るい、弱きを守る善意の為の存在。

 しかし、物間だからといってその力を無暗に振るった竜牙に、蛙吹は不安を抱いてしまった。

 その特殊な個性だからといって、その力を恐れた両親。

 だが、竜牙が今のまま己の思うままに雷狼竜の力を振るえば危険でしかなく、両親の判断が正しかったと認めてしまう。

 

 蛙吹は何とか竜牙が考えを改める事を願ったが、当の竜牙はそれに対し何も言わなかった。

――ただ、顔を影で隠しながら開く口が語るのは、全く別の事。

 

「――梅雨ちゃんは……“真の悪”に会った事はあるかい?」

 

「……?」

 

 蛙吹は首を傾げた。

 どういう意味なのか? 真の悪――つまりはヴィランじゃないのか?

 

 蛙吹は理解できなかったが、竜牙は気にしてはいない。

 

「俺はある……寧ろ、あの巨悪が俺の始まりだった。――今、世の中の大半は“贋作”だ。ヴィランも、ヒーローも両方ともだ」

 

――本物は二人しかいない。

 

「オールマイト……そして“巨悪”……この二人しか本物がいない。つまり、意味がない……贋作(ヴィラン)はオールマイトには勝てない。贋作(ヒーロー)は巨悪には勝てない。これが現実、贋作は贋作にしか勝てない」

 

――エンデヴァーもリューキュウも、他のトップ達も同じ。

 

「所詮は()()()()でしかない。贋作は贋作にしか勝てない。偽物ばかりの世の中」

 

――だが、オールマイトは永遠じゃない。

 

「オールマイトはいつか死ぬ。人である以上、絶対に避けられない。――なら、残された後はどうなる? 巨悪には誰が勝てる?」

 

「ケロ……それが、自分だって言いたいの雷狼寺ちゃん?」

 

 圧迫させる雰囲気を纏う竜牙を前に、蛙吹は額に汗を流しながらそう問いかける。

 だが、竜牙は首を横へと振る。

 

「いや、俺自身も本物にはなれていない。――だが、抗う力は持っている」

 

――俺は一度は退けた。

 

「俺の個性はまだまだ眠っている……! だが、巨悪と再会した事で()()()()()()()()。――NO.2のエンデヴァーですら絶対に勝てない、リューキュウや他のヒーローも同じ。そんな現実だ、力を持つならば俺はそれを受け入れる」

 

――両親の選択が正しい?

 

「正しいさ……! 両親が俺へ対して、そう選択したから今の俺がいる! 巨悪に出会った事、両親が俺から逃げた事、その全てが()()()()()()()!」

 

「ケ、ケロォ……!」

 

 蛙吹は息を呑んだ。

 竜牙は無表情だ。だから言葉や態度にしてもらわなければ、その内なるものが分からない。

 だからこそ、こうやって内なるものの存在の威力が強すぎる。

 

「無論、志は変わっていない。だが、その為に歩む道が誤ってしまうなら、梅雨ちゃん……俺は()()()()()()ならば、()()()()()()()()()()!」

 

「……雷狼寺ちゃん、その考えは――」

 

 蛙吹が全てを言う事は叶わない。

 巨大な揺れや倒壊の衝撃音。根津校長が再び動き始めた事を意味しており、二人がいた建物も崩れ始めた。

 蛙吹は特に過敏に反応し、ジャンプと同時に舌を伸ばして竜牙を連れ行こうとするが――

 

「!?」

 

――弾かれた。蛙吹の舌は竜牙の腕によって阻まれ、竜牙を連れ行くことが叶わなかった。

 

 蛙吹は別のパイプの上に立ったが、竜牙はそのまま倒壊に飲まれてゆく。

 何故にと絶句する蛙吹だったが、当の竜牙からすればこれでよかった。

 

『君はまだまだ強くなれるんだよ?』

 

 またあの男の声が聞こえる。歪んだ笑みの口が思い出してしまう。

 何を期待しているのか、明らかに何かを願っている巨悪の態度。

 だが、望んでいるならみせてやろう。何かを犠牲にして、内なる檻の鍵を開けばいい。

 

――命は捨てず、捨てるは生。

 

「――!」

 

 瞬間、倒壊する場所で琥珀の様な美しい輝きをした雷が轟いた。

 

 

▼▼▼

 

『おや?……やっぱりそうくるみたいなのさ』

 

 崩壊させた建物の一つから天に伸びる雷。

 それを確認した根津は竜牙が雷狼竜になった事を察した。

 だが、それはやはり悪手でしかなく、根津は少し気合いを入れ直すようにカップを置き、コントローラーに手を添える。

 

『……挫折を味わうのは悪い事じゃないのさ』

 

 0p改のカメラを雷の方へ固定し、いつでも対処できる様に根津は構える。

 機銃もミサイルも準備完了。飛び出した瞬間にセメントで固定し、そこに攻撃で試験は終わる。

 強者となったと錯覚した者達に現実を見せる。

 それも教師としての仕事であり、根津はその仕事を全うしようとしていた。

 

――だが。

 

『AOooooooooN!!』

 

『っ! これは……!』

 

 咆哮と共に姿を見せた雷狼竜。

 しかし、根津はその姿を捉えられなかった。

 閃――まさにその言葉があう。電光石火と呼ぶに相応しい雷を纏った動き。

 速すぎる。カメラでは捉えきれず、オートで動いている機銃も反応がかなり遅れて的になんて当たりもしない。

 

 今までの動きとは違う雷狼竜に根津は冷静に対処しようとするが、一手を打つのが早かったのは竜牙の方。

 

――0p改を閃光が横切った瞬間、何かが大きく宙を舞った。

 

 巨大な何か。それが地面に落ちると同時に周囲のモノを破壊する巨大な鉄。

 そう、0p改の四本ある腕の内の一本。

 あったであろう場所は根から抉られ、放電して異常を示している。

 

『……これはどういう事なのさ?』

 

 根津は恐る恐るといった様子で、最後に閃が向かった方角へカメラを動かすと、それは確かにいた。

 

『GRRRRRR……!』

 

 ビルの上に君臨する四足歩行の雷狼竜。

 その眼光が己を捉えていた。圧倒的な圧を与えながら唸り声を出して。

 

 だが、捉えた同時に根津は気付く。

 衝撃で画面が乱れていたカメラが、徐々に正常になるにつれて雷狼竜のその“変化”に。

 

――鱗は白い。

――甲殻は翡翠の様に輝いている。

 

 原種ではない。それは“新たな解禁”。

 生を捨て、不老を得た雷狼竜の変種。

 

『AoooooooooN!!!』

 

――『命狼竜』の解禁である。

 

 

 

 

END



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第二十六話:反魂せし翠狼 その名は命狼竜

ここ最近の出来事。

友人達と飲んでいる時に私はFGOをしていました。
ただ手持ち無沙汰になったからです。
するとそんな時、友人の一人が「なにしてんの?」と聞いてきました。 
彼はあまりゲームとかしない、超真面目な人間です。
 
そんな彼に『FGOで育て忘れたキャラを育ててる』と言って、一切手を付けていなかった『ブーティカ』を見せてしまいました。


そして――私は彼の人生を狂わせてしまったのかも知れない(;´・ω・)


『AOooooooN!』

 

 命狼竜、動く。

 ビルの上から遠吠えと共に跳び、0p改の頭部を踏みつけて横切る様に再び跳ぶ。

 しかし、その瞬間に雷光虫――改め、幽明虫が一斉に機銃やミサイルポッドに群がるや、機銃やミサイルポッドに謎の異常が発生。

 琥珀色の雷を放電したと思いきや、そのまま沈黙。そのまま作動する事はなかった。

 

『一体、なにごとなのさ!?』 

 

 僅か数秒の出来事。

 その刹那の中で起こった一斉異常に根津は混乱を隠せなかった。

 モニターに映るエラー・異常発生・大破の文字の数々。

 頭部への一撃のせいか、0p改のカメラは異常が起こり、ずっと乱れが消えない。

 優勢から一転、一気に追い詰められた根津だったが、これぐらいで降参するようでは雄英の校長は務まらない。 

 

『生徒の成長は喜ぶのさ! しかしそれで勝てる程、我々も情けなくはないのさ!』

 

 ここで根津も少しだけ本領発揮。

 ハイスペックの真髄を披露するかのように、コントローラーを目にも止まらぬ速さで操作を行う。

 異常が出たからなんだ? それによって誤差やラグが出るからなんだ?

 ならば、それらも計算して操作すれば良いだけの事。

 

 根津はコントロールの全てをマニュアルへと変更し、0p改の全ての権限を己に委ねさせた。

 そして、命狼竜が再び接近するタイミングを狙い、鉄球の腕を目掛けて振り下ろす。

 

『――ッ!?』

 

 振り下ろす強の一撃。 

 特別性であって見た目ほど鉄球としての威力ないが、その一撃は命狼竜を確実に捉え、そのまま建物へ叩き付けた。

 その衝撃により崩れる建物やパイプ。水も吹き出し、そのまま命狼竜は沈む。

 

 そんな光景を蛙吹は離れた場所で見ていた。

 

「雷狼寺ちゃん……!」

 

 流石にこれはやりすぎとも思い、蛙吹は心配した様子で崩れた場所を見るが、異変はすぐに起こった。

 

『AOoooooooN!!!』

 

 命狼竜復活。

 激しい雷と共に残骸を吹き飛ばし、激しい遠吠えを周囲へと放つその姿は、まるで怪我をした様子でもない。

 

――雷狼竜・不死種。

 

 その名に恥じぬ、命狼竜の動き。

 モロに一撃を受けても、まるで不死身と思わせる様にダメージを感じさせない存在。

 

『これは……彼の個性の届けに書かれていないのさ!』

 

 これには確実に一撃を入れたと確信していた根津も戸惑いを隠せず、やや震える腕だがコントローラーから離さずに耐えていた。

 しかし、そんな暇はない。

 牙竜種――そう呼ばれる存在の前で、そんな悠長な事をする時間は。

 

『GAU――!』

 

 電光石火。――今度は鉄球の腕を引き裂いた。

 先程よりも動きが違う。速さが上がっている。

 

――身体が纏う過剰な雷・逆立つ体毛・展開する翡翠の様な輝きの甲殻。

 

――超帯電状態。

 

 俗に言う、そのモードとなった命狼竜は全てが違う。動きもパワーも全てが。

 

『AOoooooooN!!』

 

 駆ける。狭き工場密集地を薙ぎ倒し、破壊しながら己の道を築く命狼竜。

 それは弱者が勝手に開く道ではない、強者が自ら作り出す戦いの道。

 周囲の建物は揺れ、パイプは倒れ、貯水タンクは破裂して残骸となって降り注ぐ。

 

――ヒーローではない。その姿はヒーローではなく、全ての敵の存在を許さぬ“自然の強者”だ。

 

「ケロォ……」

 

 その光景に蛙吹は謎の恐怖心を抱きながら見ていた。

 己の“蛙の個性”が恐怖しているのか、蛙吹は謎の恐怖で身体が動かない。

 

 また、その光景を見ているのは彼女以外にもいた。

 

 

▼▼▼

 

 リカバリーガールのいるモニター部屋。

 そこには試験を終えた生徒達が集結し、リカバリーガールと共に試験の様子を眺める事が出来ていた。

 

 そして、現在までに試験を合格して終えた者達は以下のメンバー。

 

・緑谷&爆豪――担当:オールマイト

・八百万&轟――担当:イレイザーヘッド

・耳郎&常闇――担当:プレゼント・マイク

・麗日&青山――担当:13号

・飯田&尾白――担当:パワーローダー

 

 この計5組は試験を終え、皆は誰も赤点を出さないで林間合宿に行ける様に信じ、見守る様にモニターを眺めていた。

 終わった事でホッとしたメンバーは最初はそれぞれの内容を話し合い、賑やかな雰囲気があったが今は皆、あるモニターの画面に釘付けとなり、黙る様に重い空気が流れている。

 

――そして、そのモニターの画面に映る者こそ、竜牙――命狼竜だった。

 

『AOoooooooN!!』

 

 モニター越しでも伝わる、他者を震わせる迫力。

 巨大な機械を追い詰めし竜の姿に、緑谷達は困惑を隠せなかった。

 

「ら、雷狼寺くん……?」

 

「な、なんなんあの雷狼竜?……体育祭の時とは全く違う……!」

 

「ウム……あの時よりも、明らかに何かが違う存在。あれが雷狼寺の奥の手、覚醒した眠りし竜なのか?」

 

 緑谷・麗日・常闇。――この三人は体育祭で竜牙と騎馬戦を組み、そして雷狼竜の存在感を安全圏から直に感じる事が出来ていた者達。

 そんな三人だからこそ、モニターに映る命狼竜が“原種”とは何かが違う事を素早く感じ取る事が出来た。

 

 肉体も大きく、雷も雰囲気が全く違う。

 どこか神聖さを感じると同時に、謎の儚さもある。

 

 だが、外見や少しの違いだけでここまで雰囲気が重くなる事はない。その理由がある。

――それは、命狼竜の戦いにあった。

 

『OoooN!!』

 

 命狼竜が0p改の攻撃で叩き潰され、再び瓦礫の中へ埋まる。

 

「っ!」

 

「雷狼寺!?」

 

 その衝撃の勢いは凄まじく、モニター越しでも伝わった事で八百万と耳郎が思わず身体を震わす。

 また、彼女達だけではない。青山も個性を使ってないのに表情が優れず、尾白も絶句していた。

 明らかに、この試験だけ何がおかしい。

 狂気の様な、謎の不安感がずっと見ている者達の胸に巣くっている。

 

 やがて、そんな光景ばかりに我慢ならないと、飯田がリカバリーガールへ抗議の声を出す。

 

「リカバリーガール先生! いくらなんでも、これはやりすぎなのでは!?」

 

「そうですわ! あの状態とはいえ、過剰なのではありませんか!」

 

 飯田に続くように八百万も抗議をし、A組の委員長と副委員長が立ち上がる形となる。

 

 すると、リカバリーガールは落ち着かせるようにい始めた。

 

「まあ、落ち着きな……根津も生徒を無暗に傷付ける様な事はしないさぁ」

 

――まぁ昔に、人間達に色々と弄られて多少の“恨み”はあるかもしれないけどね。

 

 最後に何やら聞き捨てならない言葉を聞いた気がしたが、飯田と八百万も冷静になってみれば納得は出来た。

 環境に慣れてきて麻痺しているが、ここは天下の雄英高校。

 入学最難関の最強倍率のヒーロー学校であり、根津はその校長であって過剰な事はしないだろうと緑谷達は思い出す。

 何だかんだでこれは試験であり、大丈夫だろうと緑谷達が思っていると、リカバリーガールだけはどこか疑う様な視線でモニターを見つめていた。

 

「……しかし、マズイのはあの坊やよりも、根津の方かもしれないねぇ」

 

『……えっ?』

 

 不意に呟かれるリカバリーガールの言葉に、全員の意識が集まった。

――時だった。

 

『AOoooooooN!!』

 

 命狼竜、再度復活。

 瓦礫なんぞ、まるで木くずや葉の様に吹き飛ばし、ダメージを受けている筈がそれを感じさせない動きを再び見せつける。

 0p改の各種の装甲を引き裂き、噛み裂き、破壊する。

 一撃は双方共に大きいが、命狼竜はそれを直撃しても平然と動き、0p改は蹂躙されている。

 

 そんな違和感が残る光景を見て、メンバーもそれに気付く。

 

「さ、流石におかしくないかい☆……?」

 

「あぁ、流石に雷狼寺君もダメージを受けている筈だ……」

 

「けど、そんな様子じゃねえぞ」

 

 青山・飯田・轟がその違和感を代弁する。

 特に体育祭で直に戦った轟は、己の物差しとはいえ雷狼竜に対するデータもあり、尚の事にそんな違和感が大きい。

 通常ならば、怯むぐらいはするだろうが、そんな少しの様子もない。

 まるで不死身。死なない不死の竜に見えてしまう。

 

「まさか……本当に不死身というわけではあるまい?」

 

「そりゃ、そうだけどさ……いくら雷狼寺でも、あんな攻撃を受けて平気でいられんの?」

 

 常闇と耳郎も、あまりの違和感に伝る汗を拭う事もせずにモニターへ視線を固定。

 そんな中でだ。尾白はどこか感心する様にも思いながら見ていた。

 

「最近、雷狼寺の腕が黒かったりしたから、個性の地力を伸ばしたと思ってたけど、今度は白くなったんだな……?」

 

「黒……? 白……?」

 

 緑谷はその言葉に、ある引っ掛かりを覚えた。

 

 思い出してみれば、竜牙がおかしくなり始めたと感じたのは学校に来てからではない。

 同時に、黒と白の雷狼竜を見たのもそうだ。

 病院――あそこで竜牙に見せられたのが初めての事。

 

――もしかして……?

 

 その違和感をいよいよ考察しようとした時、緑谷の脳裏に()()()()の言葉が過った。

 

『もしかしてだけど……あなた達の言っている雷狼竜って、体育祭で見た原種の事だけを言っているの?』

 

 それは竜牙の母親――雷狼寺そまり、彼女の言葉だった。

 

(……ずっと、あの言葉が気になっていた)

 

――原種。確かにそう言った。

 

 祖先型にあたるものを意味する言葉。

 つまり、体育祭で見せてきた雷狼竜が原種ならば、いま目の前で映されている白い雷狼竜(命狼竜)は亜種型と呼べる存在なのか?

 

「……違う、そうじゃないよ」

 

 緑谷はそんな名称が分かった事で納得しそうなったが、事の事実はもっと凄まじい事に気付く。

 原種が純粋に雷を操っていたが、その派生種とも呼べる存在も何か特殊な能力を得ているのではないか?

 

 そして、竜牙の母親は言っていた。――()()()()()()、と確かに。

 ならば、その意味が示しているのは――

 

「他にも存在する……? そして雷狼寺くんの両親が、雷狼寺くんから離れたのは個性が原因って事は……まだ亜種みたいな種類がいて、しかもその中に()()()()()()()()()()がいた? でもそれはどう意味での事なんだろ? 力、能力の様な何か特別な――」

 

「なんか……また緑谷がブツブツ言ってんだけど?」

 

「デクくん、なんか集中するとあんな感じだから……」

 

 いつの間にか緑谷は自分の世界に入り込んでしまい、その姿に耳郎達はやや引いており、麗日は分かっているからか若干のフォローを入れた時だ。

 ツンツンと、麗日は誰かに肩を触れられ、呼ばれるように後ろを振り向くと青山がいた。

 

「へ……?」

 

 麗日は先程まで組んでいた相手とは言え、少し予想外の相手が固定された笑顔で自分を見ている。

 黙ってジッと、そしてやがて小さくこう呟いた。

 

「……やっぱり、彼の事が好きなの?」

 

――はぁっ!?

 

 青山の言葉に麗日は小さく叫びながら真っ赤に顔を染めた。

 これは試験中にも彼に言われた事であり、緑谷への好意を指摘された事が禍を転じて福と為して13号を撃破している。

 しかし、何故に今このタイミングでなのか。

 

「いや!? 青山くんなにいうてんの!?」

 

「だって君、彼の事を理解してる感じだったしね☆」

 

「だからって、うちがデクくんの事がぁ……ぁぁ」

 

 恋愛に疎ければ異性との関りが殆どなかった事もあり、麗日は顔が熱くなって仕方なかった。

 混乱しているともいえ、そんな彼女の変化に緑谷も気付いてしまう。

 

「あれ? 麗日さんどうしたの?……顔が赤いけど――」

 

「ふええぇ!?」

 

 背後からの緑谷の声に過剰反応してしまった麗日は、変な声と共に一気に距離をとってしまう。

 

「なっ、なんでもないよぉ!!」

 

「えぇ……なんでもない事はない気がするんだけど。……青山くんは何か知ってるの?」

 

「さぁね☆」

 

 戸惑う緑谷に、元凶である青山は笑顔で一蹴。

 A組で一番、謎を纏うのは彼なのかもしれない。

 

――だが、そんな事をしている間にも時が流れている事を緑谷は忘れている。

 

『AOoooooooN!!』

 

「――あっ! 雷狼寺さんが捕まりましたわ!?」

 

「校長の奥の手か……!」

 

 命狼竜の咆哮で我に返り、八百万と轟の言葉でモニターへ視線を戻した。

 

 そこに映っていたのは、0p改から小さな腕が何本も飛び出しており、そのサブアームで命狼竜を捉えていた。

 身体を大きく揺らし、捻りながら抵抗する命狼竜だが、0p改は主力の腕である研いでないブレードを命狼竜へ振り下ろし、その一撃を浴びせた。

 そして強烈な鈍い音と共に、命狼竜の声が室内へ響き渡る。

 

『AOoooooooN!!!』

 

「これは……魔犬を封じたというのか!」

 

「っていうか、やっぱり不利じゃないのか!? 蛙吹はどうしたんだ?」

 

「いてもどうしようもできねえだろ……0p改はあんなんで、雷狼寺も既に超帯電状態だ。巻き添えに遭うだけだ」

 

 常闇と尾白が戸惑いの声をあげ、その中で轟は冷静に状況を判断する。

 0p改も動きがヤバイが、命狼竜の動きも暴れる様に派手に動いていおり、いくら蛙吹でも近付こうものならば怪我は確実に負う。

 裏で動いているかもしれないが、少なくとも皆は命狼竜と0p改の戦いに集中している。

 

『AOoooooN!!』

 

 暴れる命狼竜だが、0p改は機械故に怯むことはしない。

 そのままブレードを振り続け、命狼竜に攻撃を仕掛け続けてゆく。

 

 一撃、また一撃とブレードを振るい、命狼竜は動けない故にその攻撃を受け続ける。

 そんな光景に皆の表情も青く、険しくなってゆく。試験とはいえ、見ていて気分が良くなる映像ではない。

 やはり、少しやり過ぎなのではないかと誰もが考えた時だ。

――リカバリーガールが不意に呟いた。

 

「……()()()()ね」

 

 リカバリーガールは、どこか納得した様子。

 その様子に緑谷達も反応し、全員の視線がリカバリーガールへと集まると、リカバリーガールはモニターから顔を逸らさず更に呟いた。

 

「……あの坊や、傷が“再生”しているね。しかも、とんでもない速度で」

 

「再生……? ――えっ! 再生しているんですか!?」

 

 緑谷の驚いた声に周りも反応し、ざわざわと騒ぎだす。

 

「再生って……雷狼寺の個性は雷狼竜じゃん? 生き物の自己再生って事?」

 

「普通の生き物ではありませんから、自己再生能力も高いのでしょうか?」

 

「それか、リカバリーガールの見間違い?」

 

 耳郎と八百万は自分の言葉にも違和感を持ち、尾白は単純にリカバリーガールの判断違いと思っていた。

 しかし、聞き捨てならんと、リカバリーガールがすぐに反応した。

 

「何年この仕事してると思ってんだい!――見間違うものかい……そしてもう一つ分かったよ。あの坊やの再生力は、明らかに“異常”な速さだね」

 

「普通じゃないって……じゃあ、雷狼寺君のあれはなんなんですか?」

 

「さあね……個性の成長の恩恵なのか、それとも別の何かなのか? 少なくとも、本当の事は本人にしか分からないさ」

 

 飯田からの問いにもリカバリーガールだけは冷静に答えたが、その言葉を聞いた者達はモニターへ釘付けとなって固まってしまう。

 暴れる命狼竜。どれだけ攻撃を受けようが止まる事はなく、死なぬ限り止まる事はないのかも知れない。

 

――死んでも尚、生き返らなければの話だが。

 

 そして、そんな光景にリカバリーガールの言葉を聞いた者達は、個性の成長という点に違和感を抱く。

 

「あれは、本当に個性の成長なのかい☆……?」

 

「……インフレの闇を感じる」

 

「アリエネェ~」

 

「俺の尻尾も昔よりは筋肉ついたり、素早く動く様になったけどさ……雷狼寺のを見ると、少し自信なくすなぁ」

 

 青山も常闇・黒影も冷や汗を拭いながら、圧倒的な何かの差を感じ取る。

 尾白も個性の違いで、ここまで差が出るとは思っておらず自分の尾を撫でながら溜息を吐いた。

 

 しかし、緑谷を筆頭に残りのメンバーはそう単純に理解は出来なかった。

 明らかに何かが違う、違うとしか言えないが、本当にそれしか言えない立証できない違和感だけを抱いていた。

 また、八百万や飯田等は表情を険しくし、竜牙を後に越えなければならない存在と認識して自分を追い詰めていたが、緑谷・轟・耳郎は腑に落ちていなかった。

 

 すると、リカバリーガールはどこか悲壮感を纏ってお茶を飲むと、やるせない口調で呟いた。

 

「どうしたら、あんな風になるんだろうねぇ。まだ若いのにぃ……」

 

「えっ……リカバリーガール、今度はどうしたんですか?」

 

「……あんた達、よく聞いときな。こういう仕事しているとね、時折だけど出会う事もあるもんさ。――『再生』の個性を持つ人達にもね」

 

 リカバリーガールはそう言うと話を続けて行く。

 再生持ち、それだけで周囲は重宝するが、現実は中々に非情ともいえる。

 リカバリーガールは、そんな個性の患者から相談を受ける事が稀にある事を話した。

 

「デメリットがあるかないかは関係なくさ……再生の個性の人達は皆、同じことを言うんだ――」

 

――()()ってね。

 

「痛い……?」

 

「そう……再生するからって、“痛覚”が無くなる訳じゃないさ。痛覚は生物に危険を知らせる信号、すぐ治るからって消えるもんじゃない。――そんな、傷は再生しても痛みが引かないって相談を受けるんだよ」

 

 緑谷の声に答えながらリカバリーガールはまた、意味ありげにモニターを眺めると緑谷達はその言葉の意味に気付く。

 

「じゃあ、雷狼寺くんも……!」

 

「例外なんていないさ……」

 

『AOoooooooN!!』

 

 モニターでは0p改から未だに命狼竜は攻撃を受け続けているが、やはり優勢は命狼竜。

 ブレードを何度その身に浮けようが、屈する姿勢を見せない孤狼。寧ろ、進んで傷付いている様にもみえる。

 

 だが攻撃を受けながらも首を伸ばし、0p改の首に喰らいついて配線を肉の様に引き抜く。

 爪で装甲を何度も裂き、0p改の首のダメージも更に拡大してゆく。

 攻撃を受けている回数も、機械でもなく生身で受けている以上はダメージも大きい筈。

 その命が、悲鳴をあげてもおかしくない筈なのに……。

 

――だが、それ故の不死種。

 

 倒れぬ、果てぬ、敵を討つまでその鼓動を止ませない。

 敵となるものを排除せずに死んだのならば、何度でも蘇ろう。

 敵となるものを排除したならば、その鼓動と共に死から遠ざかろう。

 

――戦う事なかれ、幽明に生き、不死に導かれし“反魂せし翠狼”と。

 

『AOoooooooN!!!』

 

「……痛い筈だよ。なのに、何があったらあんな悲しい戦い方が出来るんだい? 何が起これば、こんなに自ら傷付く事が出来るんだい?」

 

――命が可哀想だろうに……。

 

「!」

 

 気付けば身体が動いていた。

 緑谷は駆け出し、モニターの真ん前へと立ち止まると、顔を上げてモニターの映像を瞳に映した。

 

 映るのは命狼竜。

 傷付き、すぐ再生し、敵を喰らい廻す姿。

 捨て身――己の命など、傍から捨てていると示すかの様な悲しき姿。

 

――ヒーローの姿ではなかった。

――体育祭で見せてくれた、笑顔を浮かべた竜牙の姿はどこにもいなかった。

――オールマイトの様に、他者を安心させる存在がモニターにはいない。

 

――違うよ……!

 

「それじゃあ駄目だよ!! 雷狼寺くんっ!!」

 

『AOoooooooN!!!』

 

 目に涙を溜める緑谷の叫びは竜牙には届かない。

 緑谷以外、誰も言葉を発せない。

 

――済まない……雷狼寺少年……!

 

 影から映像を見ていたオールマイトさえ、心の中でしか声を出せなかった。

 悔しさを、悲しさを、これでもかと抑え込むように、己の拳を震わせながら握り絞めて……。

 

 そして、そんな緑谷達の願いも虚しく、事態は動き出す。

 

 

▼▼▼

 

『AOoooooooN!!!』

 

 その咆哮と共に命狼竜が纏う電力が極限まで達した。

 鉄すら焦がし、破壊する雷。

 

――サポートアイテムにより、命狼竜の素材より生まれし存在――「幽明虫」

 

 不老の再生能力を可能とした幽明虫・電力を授ける雷光虫。

 この二つの存在が命狼竜の強さの源。

 

 その力を受け、増幅させた命狼竜の雷が0p改のサブアームを破壊し、とうとう命狼竜を放してしまう。

 首からスパークし、箇所もボロボロになっている0p改。

 だが、命狼竜は動きを止めない。

 周囲に五発の巨大な弾を生成した。

 

――幽明虫が集まって作られた弾――幽明虫弾。

 

 威力は雷光虫弾の比ではない。

 琥珀色の弾丸が一斉に放たれた姿は、まるで美しき星の様だ。

 

 だが、その星は輝きを生まない。

 0p改を貫き、大きな爆発と共に0p改を沈めた。

 

『!……0p改が破壊されたのさ!?――しかし、これで終わりではないのさ!』

 

 根津は冷静だった。

 0p改が破壊されるのは想定内でもあったが、試験内容は脱出か己を捉える事。

 脱出するか、それとも今からでも自分の居場所を探そうとするか。

 どちらにしろ時間は少ない。もう無駄な時間は使えない。

 

 根津はカメラで命狼竜も様子を確認すると、命狼竜は壊れた0p改の残骸には目もくれず、建物の屋上へと上がると静かに佇みながら顔を空へと向けていた。

 

 静かに、ただそれだけの行動。

 一体、何をしているのかと根津は首を傾げるが、ある()()()に気付き、思わずマグカップを落としてしまった。

 

『ま、まさか……?』

 

 雷狼竜――つまり“狼”の力もある。

 ならば、もしあの()()が通常の生物よりも高い能力だったならば……?

 

――私を匂いで探している?

 

 ここでようやく根津の冷静の砦に亀裂が走る。

 額に汗を流しながら感じるこの不安。それは長らく忘れていた、野生の弱者の時の記憶。

 強者達に狙われていた時の感覚。

 

――動いてはならない。今は息を殺し、気配を殺し。脅威が去るのを待つのだ。

 

 それがハイスペックと根津の野生の経験が出した答え。

 しかし、今回はそれでも足りない。

 

――感じる。空気に紛れ、水に紛れ、鉄に紛れ、工場密集地に確かに感じる“異物”の匂いが。

 

『!!』

 

――獲物の匂いが。

 

『バレたのさっ!?』

 

 命狼竜の首が不意に一点を捉え、その顔が根津のモニタリングしているカメラと向き合う。

 確実に捉えられて、根津はハンマークレーンを操作して建物を崩そうとする。

 だが、それよりも命狼竜の動きが変わった。

 

 不意に命狼竜から竜牙に戻り、何やら左腕の形状が変わって、何かが腕から生えてきた。

 それは一言で言えば――

 

――弓。

 

 雷狼竜を素材にした弓。

 

「“武具作成”――王弓・エンライ……!」

 

 雷狼竜の面影を所々にある弓を竜牙は構え、先程まで根津がいるであろう方向へと向ける。

 その方向の先には、ハンマークレーンがそびえ立っており、竜牙は己の身体を材料に矢を作成し、極限まで弦を引いて一気に放った。

 

 矢は荒ぶりながら飛んでゆくが、それは確かに真っ直ぐ向かう。

 そして、ハンマークレーンの足であり鉄骨を射抜く。

 足を貫かれたハンマークレーンは揺れるが、それで終わる事はなかった。

 

 竜牙、矢を連射。

 次々と飛んで行くその姿は生物の群れにも見えるが、鉄骨を次々と抉ってゆくのは災害レベル。

 そして、鉄骨が虫食い状態になった事でとうとう耐久力が限界を迎え、崩壊よろしく崩れ始めた。

 

『マズイのさ!――脱出!』

 

 根津は椅子に座ると、備え付きのスイッチを押す。

 すると、天井が開いてポーンッと発射。そのまま脱出を果たし、椅子からはパラシュートが展開。

 フワフワとゆっくり地面への旅が始まった。

 

――平和にいけば尚、良かったのだが。

 

『AOooooooooN!!』

 

 命狼竜再臨。

 再びその姿を変え、建物を薙ぎ倒しながら根津目掛けて駆けて来る。

 その姿は凄まじく、圧倒的な覇気を身に纏っての蹂躙駆け。

 

「ネズミにも慈悲は欲しいのさぁぁ!?」

 

 迫力が半端なく、何よりも自分のネズミとしての本能が命狼竜を恐れており、根津も本来の判断が出来ないでいる。

 予算の都合で椅子に防衛機能を付けなかったのも災いし、地面に辿り着く前よりも先に着くのは命狼竜。

 

「夢も希望もないのさぁ!?」

 

『AOoooooN!!』

 

 根津絶対絶命。

 地面に辿り着いたと途端に目の前には命狼竜が、その牙を根津へと向けた。

 

「ネズミも今では愛されるマスコットなのさぁぁ!!」

 

 最後には謎の叫びをあげ、根津は両手を上げていたが、命狼竜はそれに関わらず飛び掛かった。

 そして――

 

――ガチャ。

 

「終わったわ……雷狼寺ちゃん」

 

 蛙吹が、手錠を付けた根津を両手で抱えていた。

 それと同時、牙が蛙吹達に接触する直前で命狼竜も停止。

 

――蛙吹はずっと行動していた。

 

 この竜牙を止めるには試験を早く終わらせる為、崩れた建物を辿って変な動きをするハンマークレーンを発見し、根津の居場所を突き止めていた。

 それは倒すのが綺麗過ぎた根津のハンデであったが、それに気付けたのは動きと判断力がある蛙吹だったから気付けたのもある。

 

 そして、先回りして命狼竜よりも早く接触して手錠をかけられた。

 これで試験は終わり、未だに命狼竜のまま固まっている竜牙に蛙吹は舌で軽くペチッと叩いてみた。

 

「雷狼寺ちゃん、終わったのよ?」

 

『!』

 

 ようやく竜牙は動いた。

 まるで我に返った様に動きだし、静かに命狼竜を解いて人の姿へと戻った。

 しかし、竜牙は何も発さず、ただ蛙吹と根津へ背を向ける。

 顔も見えないまま、竜牙が何を考えているのかも分からず、試験は終わりを迎えた。

 

――雷狼寺&蛙吹ペア、条件達成によりクリア。

 

『タイムアップゥゥゥ! 期末試験! これにて終了だよ!』

 

 リカバリーガールの放送により、全てのテストは終わりを迎える。

 だが、根津も蛙吹も――否、この竜牙の試験を見ていた者達の表情は晴れない。

 

「雷狼寺……やっぱりアイツ、何かあったんだ」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 ただ耳郎と轟の二人だけは、何かを悟っていた。

 

 

▼▼▼

 

 

 とある研究室。薄暗く、他者の侵入を拒む悪の探求室。

 その通路を車椅子を押しながらドクターは、車椅子に座る顔のない男――オール・フォー・ワンへ話しかけていた。

 

「やれやれ……流石にアメリカからのロシアは堪えるよ先生」

 

「ハハハ……済まなかったねドクター。私の我儘に付き合わせてしまって」

 

「まあ、先生のやる事には絶対に意味があるからねえ、別にいいさ」

 

 そう言ってドクターはオール・フォー・ワンを固定の椅子に座らせ、前の様にチューブや医療器具を彼の身体に刺し始めて肉体の異常を調べ始める。

 長年してきた慣れた動きであり、ドクターはやがて安心する様に頷く。

 

「これで良い……特に問題はなかったよ先生?」

 

「そうかい、ありがとうドクター。――それじゃ、次はぁ……」

 

 オール・フォー・ワンが顔を向けた先、目はないのにその先にいる存在達を見て満足そうに笑みを浮かべる。

 

――それは大量の液体が入ったカプセルで、中には()()()()()が衣服を着たまま入れられていた。

 

 溺れない様に口と鼻に呼吸器のマスクが付いているが、誰も目を覚ます様子はない。

 そんな彼等を見ながらドクターは少し納得しない様子で眺めていた。

 

「それにしても、本当に今回の件に関しては意図が分からないよ。コイツ等も脳無の材料にすれば、質の良い新型が作れると思うんだけどね」

 

「ハハハ……勘弁してくれよドクター。彼等は必要な存在なんだから、手は出さないでくれよ?」

 

「それは分かってるが、本当にそんな力があったのかい? その割には簡単に先生に倒されて捕まったが?」

 

 ドクターは理解が難しかった。

 目の前の五人は、今では移動が難しくなっているオール・フォー・ワンが無理をしてでも連れて行きたいと言って、わざわざ海外まで行った目的。

 しかし、結果はオール・フォー・ワンが少し本気を出してみれば、あっという間に倒され捕まった連中。

 ハッキリ言ってリスクの元が取れていないとドクターは感じていた。

 

「まあ、それは仕方ないよドクター。彼等と戦った時、基本的に人混みがなかったとはいえ街中だった。だからヒーローである彼等は本気で戦えず、呆気なく捕まってしまったのさ。――まぁ、ロシアは街の外だったから“アレ”になられて苦労したけどね」

 

「……先生が満足している儂は何も言わんよ。それで、今度はどこに向かうつもりだい? フランス、中国、ポーランド……または真下のブラジルかな先生?」

 

「……いや、今回はもう彼等5人で満足だよドクター。――これ以上は死柄木の事も放っておく訳にはいかないからね」

 

 オール・フォー・ワンはそう言い終えると、手を動かしてモニターを操作すると、一人の少年の映像が映し出された。

 そして、その映像を聞きながらオール・フォー・ワンは再び笑みを浮かべる。

 

――さあ、彼も僕の生徒の様なものだ。ちゃんと、導いてあげなければ……。

 

「もう少しだよ……()()() ()()()――そしてオールマイト」

 

――もう、()()()()()は堪能しただろう?

 

 歪んだ笑みを浮かべ、今、再び巨悪が動きだす。

 

――平和なんて、一度も訪れていなかった。

 

 

 

END



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第二十七話:弱者無用

ご無沙汰しております。
現実が忙しく、書く暇がなかったのです。

それでも今日から数日は投稿できるかな?
取り敢えず、宜しくお願い致します。


――試験から二日後。

 

 A組では既に4名が目に涙を浮かべ、全てを諦めていた。 

 切島・砂藤・芦戸・上鳴――実技で条件を達成できなかった者達だ。

 

「うっ!  ひっぐ! ……み、みんなぁ……土産話ぃ……楽しみにぃ……!!」

 

「おれらのことなんてぇ……気にせずに楽しんできてくれぇ……!」

 

 その中でエクトプラズムに敗北した芦戸・上鳴が一番悲しみの声が濃い。

 青春なんて楽しめない。学校なんて悪魔だ。

 切島と砂藤は観念しているが、この二人の異常な悲しみは逆に諦めきれていない。

 

 そして、そんな姿を見ていたたまれなくなり、緑谷がなんとか慰めようと声をかけていた。

 

「だ、大丈夫だよ!  きっとどんでん返しがあるって!  皆で林間合宿に行けるよ! ――たぶん」

 

「緑谷、フラグを折るなって……言ったらフラグが折れるパターンだぞこれ?」

 

 瀬呂は気まずい様子で緑谷に肩に手を置き、事態は既に手遅れである事を悟らせる。

 この学校ならばやる。事前に赤点者は連れて行かないと言っている以上、本気でそうする。

 それを根本では理解しているから、緑谷の言葉に上鳴と芦戸が心の叫びと共に指を突き付けた。

 

「馬鹿野郎ぉ!  赤点者は居残り補習授業!!  そして俺達は実技で赤点採った!  これがどういう意味か分からんのならお前等の頭は猿以下だ!!」

 

「猿以下だー!  どうせ私達の事なんてカラス以下だって思ってるんでしょ!!」

 

「ええぇ!!?  そんな事思ってないよ!?  そ、それにカラスの知能って小学二年生レベルって聞くし、だから大丈夫だよ!!」

 

「お、おう……緑谷、意外に追い打ちかけるタイプか……!」

 

 深く考えていないのか、それとも必死すぎてテンパっているだけなのか。

 瀬呂は緑谷の意外な一面を目にしてしまうが、ハッキリ言えば彼自身も自分が他人ごとではないと感じていた。

 

「……まあ、現実的に言えば俺もお前らの事を他人事に思えねよ。実際、ほぼ眠ってただけだし、峰田におんぶで抱っこだったからどうなるか分かんねえって」

 

 瀬呂は実技試験時、峰田と共にミッドナイトと対峙した。

 だが、彼女の個性『眠り香』によって瞬殺されてしまい、峰田が一人で必死に喰らい付いて条件を達成したのだ。

 故に、瀬呂は何もしていない。だからそんな結果では最悪のパターンもあり得る。

 

 明らかに5人の周囲から負の空気が発生し始めたと同時、教室のドアが勢いよく開く。

 

「予鈴はなったぞ、早く席に付け」

 

 相澤登場。

 席に座っていない事でやや機嫌が悪くなった相澤だが、上鳴達には担任でも慈悲を奪いし処刑人にしか見えていない。

 そして、教卓に着くと相澤は罪状を知らせる様に話し出した。

 

「……残念ながら、このクラスから赤点が出ました」

 

 ――!?

 

 全体に話す様な相澤の言葉。

 しかし、当事者達はそれが確実に自分達を狙い撃ちにしている様に聞こえ、思わず顔を下げた。

 

「事前に言っていた様に補習対象です」

 

 やめてくれ。そんな事は分かっている。

 相澤の復唱に切島達はいっそ殺してくれと、悲痛の表情で聞いていた。

 

 ――そして。

 

「――ですが、林間合宿は()()()()()()()

 

『大どんでん返しキタァァァ!!』

 

 まさかの大逆転。こんなに嬉しい事はない。神様、ありがとう神様。

 切島達は涙が止まらず、感謝、圧倒的感謝……!

 素晴らしい表情の相澤の言葉を聞き、切島達はただただ叫ぶしか出来ない。

 

「良いんですか私達!  本当に行っていいんですか!!」

 

「元々、林間合宿は強化合宿だ。赤点を取った者こそ連れて行かなければならん」

 

「じゃあ!  学校で居残り補習ってのは!」

 

「合理的虚偽ってやつさ」

 

 ――マタ ゴウリテキキョギィィィ!!?

 

 芦戸と上鳴によって判明した新事実。

 相澤の伝家の宝刀――合理的虚偽。

 何度目かという合理的虚偽にクラス全員からも声があがるが、相澤は慣れた様子でスルーする。

 

「因みに……今回の赤点者は――切島・砂藤・上鳴・芦戸……そして瀬呂だ」

 

「だあぁぁ……!  やっぱりか……なんもしてなかったからなぁ」

 

 瀬呂は納得と同時にやはりショックを抱きながら机に身体を預けるが、そんな瀬呂とは正反対に峰田は最高潮のドヤ顔だ。

 まさに勝者の顔であり、クラスの8割はイラッとしているがミッドナイトを突破したのも事実。

 少なくとも赤点組は何も言えない。

 

「しかし、そうなると採点基準は一体なんだったんですか?」

 

「……課題にどう向き合うかだ。我々はそれを見ていた」

 

 相澤は簡単に説明した。

 敵側であった教師陣とガチの戦いをすれば、生徒側に勝ち目なんてなく全員が赤点になってしまう。

 だが、今回は条件付き・ハンデを課した事で勝ち筋を残し、それに対して生徒側がどう動くかを重点に採点していた事を。

 

「だが赤点を回避した者も安心はするな。ハッキリ言ってギリギリ回避の者もいた……まだまだ課題が多い者もいるのが事実。それは自身が一番分かっている筈だと思うがな」

 

 その言葉に赤点者以外も背筋を伸ばして息を呑む。

 それぞれが思う所はあるのだろう。

 どこにハンデや手心があり、本当の戦いならば自分達が負けていた事に。

 

 ――竜牙を除いて。

 

(……温い。命の危機を感じもしなかった)

 

 竜牙は試験で()()()()()が、理想の成長・能力向上はできなかったと実感していた。

 根津が加減をしていたのも分かっている、罠も種類や数を仕掛けられていたならば戦況も結果もあらゆる変化があっただろう。

 無論、竜牙にも変化があったかもしれない。

 

 ――命狼竜以外の力が。

 

(あの時とは違う……)

 

『取り戻さねばぁ……! 誰かが血に染まらねばぁ……!!』

 

『――可哀想に、そんなに震えて』

 

 真の存在達。信念、巨悪、それらを持つ真の敵との命のやり取りは確かに己を強くした。

 

 ステイン、オール・フォー・ワン

 

 彼等は竜牙の命を奪うつもりはなかったが、その戦いは確かに命に照準をずっと向けられた戦い。

 引き金をただ引くことはせず、命のプレッシャーを与えられた故に、竜牙は己の命を守る為に眠りし限界をこじ開けた。

 

 死地こそ、生物の進化の分岐点。

 

 竜牙は更なる変化、成長を欲していた。

 それは内なる雷狼竜が望んでいる事でもある。

 死地を、命のやり取りを、滾る野生の血を抑える事を望まない。

 

 ずっと、ずっと滾っている。

 雷狼竜故の誇りを持ち、仕留めなければならない敵と認識した絶対敵。

 竜牙は当時の一時的な記憶を忘れていたが、雷狼竜達は一度たりとも忘れてはいない。

 

――手を出す事なかれ、敵対する事なかれ。雷狼竜の逆鱗は厄災なり。

 

「……まぁ、今は良いか」

 

 竜牙は今は冷静になる事にした。

 無駄ではない、日々過ごす毎に力は徐々に上がっている実感はある。

 最近は傷が絶えなかったからか、命狼竜が先に目覚めたとはいえ、もう一つの牙竜も間もなく目覚めるだろう。

 

(どんな事でも良い……切っ掛けがあれば、後は俺の力になるだけだ)

 

 その時を竜牙は静かに待つだけ。

 そして竜牙が考え事をしていると、相澤は全体を見渡していた。

 

「厳しく言うと、ハッキリ言って君達は()()()()()()()()()()()()()()。それを忘れない様に……そして最後に、言っておく事がある」

 

 ――雷狼寺。

 

「……?」

 

 相澤は竜牙へその目を向けた。

 

「……今回の試験内容でお前は条件を達成したが、赤点回避はギリギリだったからな?」

 

『っ!?』

 

 相澤の言葉にクラス一斉にザワつき始めた。

 見てない者もいるが、モニターで見ていた者達からすればなんで圧倒した竜牙が赤点ギリギリだったのかが分からないのだ。

 しかし全員という訳ではない。緑谷を始め、耳郎、轟、そして蛙吹は何とも言えない表情をしているが驚いた様子はない。

 直感的に分かっていた。あの戦い方はヒーローではない事に。

 

 だが気味が悪いのは、当の竜牙が微塵も驚いた様子がないと言う事。

 分かり切っていたと言わんばかりの態度に、相澤は察したのかどうかは知らないが、周りのざわつきを無視して話し出した。

 

「何故だとか聞くなよ雷狼寺? ……そんな事も分からない奴なら、最初の把握テストで()()にしている」

 

「えっ!……あ、あの相澤先生!  あの時の除籍は皆のやる気を出す為の虚偽だったのでは――」

 

「……見込みがないと判断すれば本気だった。あの時は諸君等が可能性を出した事で合格にしたが、今後も迫る選択肢の中で見込みがないと判断すれば、俺は例え体育祭1位だろうが、推薦組だろうが、某ヒーロー達に目を掛けられていようが除籍にするつもりだ」

 

 八百万の戸惑いの声を相澤は一蹴するが、その言葉の内容にクラスの空気は死にかけた。

 

 やっぱり除籍は本気だったんだ。

 除籍なんて嘘に決まっていると思っていた。

 どちらにしろ関係ない。

 

 それぞれの心中は困惑と冷静に分かれていたが、相澤は一切触れず、その視線は竜牙にずっと固定していた。

 

「……雷狼寺、お前の身に何があったかは聞かん。だが先程も言った様に、我々は課題にどう向き合うかを見ていた。その結果であるお前の行動を採点した答えがこれだ」

 

 0p改の撃破や根津の追い込み。

 あれがなければ条件達成が難しかったのも事実だが、竜牙による周辺被害が大きかったのも事実。

 これは実戦形式、ヴィラン撃退の為とは言え竜牙は壊しすぎ、そして暴れ過ぎてしまった。

 

 大半は0p改だが根津はヴィランとして動いている為、そんな事は問題ではない。

 しかし、竜牙はヒーロー。仕方ないで済む範囲ではなく、命狼竜で己の意思で周囲を破壊してしまった。

 それが減点箇所、ヒーローはヒーローであり活動の為とはいえ無用な破壊は許されない。

 

「お前の実力は評価している……だが、今後は力の制御を頭に入れろ。ヒーローには必ず結果が求められる、ヴィランを捕える為に周囲を犠牲にする存在は誰も求めていない――」

 

――ヒーローを目指すなら考えを改めろ。

 

「……以上だ」

 

「……はい」

 

 相澤の言葉に竜牙は意外にも素直に返事をする。

 だが、その声を聞いて心の底から反省したと感じた者は一人もいないだろう。

 マニュアル通りの挨拶、それが聞いた者達の印象。

 

 それは相澤も感じている筈なのだが、相澤はそれ以上は何も言わず、ホームルームはそれでお開きとなった。

 

▼▼▼

 

 午前の授業は終了し、昼食の時間。

 それぞれが弁当を出したり、食堂に行くかと話している中、竜牙は一人で教室を出ようとした時だ。

 そんな彼を呼び止める者が一人――

 

「雷狼寺くん……」

 

 それは緑谷だった。

 緑谷は不安そうな、そして緊張した様子で竜牙を見ていた。

 

「……なんだ緑谷?」

 

 竜牙は振り返り、そんな緑谷と対峙すると場の空気の異変に気付いた周りも視線を二人に向けてしまう。

 特に耳郎、障子、轟、そして蛙吹は何かを直感的に感じ取ったのか、思わず机から立ち上がって見守り始める中で緑谷はオールマイトとの会話からずっと感じていた疑問を口にした。

 

「……雷狼寺くん、何かあったんだよね? ――試験の時、僕達も二人の試験を見ていたんだけど、あれじゃ駄目だと思うんだ……ヒーローじゃないよ、以前の雷狼寺くんだったら絶対にあんな風に戦わないよ!」

 

「……頭で整理してから口にしろ。 ――何が言いたい、緑谷?」

 

 若干、パニックになっている緑谷に対して竜牙は冷静に対応する。

 感情が前に前に出ようとしてしまう緑谷だが、竜牙は問われている立場でありながらこの冷静さ。

 戦う前から軍配が上がっている状況であり、緑谷もそんな雰囲気を無意識に察したのか、頭をすぐに冷やすと言葉を選びをやめ、本当に聞きたい事を口にした。

 

「――なんで変わっちゃったの雷狼寺くん?」

 

 その言葉に周囲が急激に静かになった。

 気付いていて息を呑む者、何を言っているのか分からず首を傾げる者、それぞれが反応をする中である意味で第三者の立場になっている爆轟も珍しくこの話を教室の隅で聞いていると、竜牙はその問いに答えた。

 

「変わった訳じゃない……()()()()()だけ、つまり()()()んだ」

 

 雷狼竜の個性を受け入れた、今まで恐れていた力を受け入れる様に己を変えただけ。

 自分の意思で決めた事、誰かにとやかく言われる筋合いはない。

 少なくとも竜牙は緑谷が何を言いたいのか察し、その眼光を光らせた。

 

「何か言いたそうだな……緑谷?」

 

「……雷狼寺くん、あんな戦い方はダメだよ。自分をあんなに傷付けて、周りだってあんなに……あれじゃ誰も安心できない。ヒーローじゃないよあれじゃあ!  雷狼寺くんも分かる筈だよ!?」

 

 緑谷のその言葉はモニターで見ていた者達も思い出させた。

 あの竜牙の戦う姿を見て、自分達が追ってきたヒーローの姿なのか?

 そう問われれば見ていた者達は頷く事はできず、口が出せないまま二人の様子を見守っていると竜牙が動く。

 

「だからなんだ? ……俺はただ己の個性を伸ばしているだけだ。個性を受け入れ、嘗ての事を思い出した俺が選んだ答えに、なんで一々お前が口出そうとする?」

 

「心配だからだよ!  雷狼寺くん言っていたじゃないか!  雷狼竜の自分でも認められる様なヒーローになりたいって! ……なのに、最近の雷狼寺くんはそれとはまるで正反対だよ!」

 

 一蹴されないように必死で緑谷は竜牙へ食いつく。

 オール・フォー・ワンの事もあるが、それは友としても見逃せなかったのもある。

 だが、竜牙は納得しようとはしなかった。

 

「個性の影響か……雷狼竜に身を委ねてから色々と変化したのは気付いていた。だが、それでも俺は不安を抱いてない。――昔の忘れていた記憶が、雷狼竜を通じて俺に流れている。そして思い出した……俺の中の本当の“原点”を、いつか対峙しなければならない敵を――」

 

――だから俺はこの道を歩む。

 

「事実、間違っているなら何故に俺は成長している? 何故に個性が急激に伸びている? ――俺の中の雷狼竜が教えてくれる。どうすれば俺の為になるのか、どうすれば個性の力が目覚めるのかを」

 

「だからって……その道はヒーローじゃないよ!」

 

 緑谷は受け入れない。受け入れてはならないと考え、竜牙を止めようとする。

 雷狼竜だけじゃない、オール・フォー・ワンとステインが竜牙の何かに触れてしまった。

 それを分かっているからこそ、このままでは竜牙は絶対に後悔すると分かって緑谷は止めにかかる。

 

「だからなんだ? ……ヒーローは誰かの価値観通りにしなければいけないのか? ――それに梅雨ちゃんにも言ったが、俺は夢や理想の為なら夢や理想を捨てられる。だから一々迷いもしない」

 

「オイオイ待てってッ!?」

  

 流石に段々と聞き捨てならなくなり、切島がここで待ったを掛ける様に二人の間へと入った。

 熱くなっているのか、冷静なのかは関係ない。

 しかし、流石にこれ以上は止めないとマズイと思った切島は止めに入ると、他のメンバーも騒がしくなりながらも竜牙を落ち着かせる様に本人の方を向く。

 

「雷狼寺も流石に言葉選べって!?  そんなのまるでヒーローの夢すら捨てるって言ってんだぞ!?」

 

「必要ならそうする」

 

「――ハァッ!?」

 

「ちょっ!  雷狼寺、なに言ってんの!?」

 

「どういう事だ?」

 

 竜牙の言葉に耳郎と障子も驚き、慌てて三人の下へ向かうが当の竜牙はそんな状況でも冷静を揺るがせなかった。

 

「……個性の成長にヒーローの何かが邪魔になるなら、俺はそうする。――俺はこの雷狼竜の個性の全てを引き出してみせる、その為に選んでいる道だ」

 

「成長は良いけどさ、少し急ぎすぎだって……なにがあったらそうなんの?」

 

 一周回って耳郎も冷静になり、竜牙に呆れと心配を抱きながら取り敢えず理由を聞いてみた。

 なんだかんだで峰田とコレクションを交換している以上、根本部分はまだ影響が弱いと思い、期待はできる。

 

――そして耳郎の思惑通り、竜牙は普通に返答した。

 

「――巨悪」

 

「ケロ……?」

 

 その呟きに真っ先に反応したのは蛙吹だ、彼女は試験でも同じことを竜牙に言われていて覚えていた。

 だが、知らない周りのメンバーは首を傾げているだけで、竜牙は関係ない様に勝手に話を続ける。

 

「いるんだよ緑谷……この世にはオールマイトの様な圧倒的な悪の象徴が。そしてその象徴はまた俺の前に現れる。――だから必要なんだよ、雷狼竜の本当の力が。だから緑谷、俺の邪魔をするな」 

 

「……じゃ、邪魔したいわけじゃないよ!  僕は今のままじゃ君が後悔すると思って――」

 

「余計なお節介にも程があるな緑谷……お前、一々他人のやり方に口出す暇なんてない筈だろ?」

 

 ここで竜牙の反撃が緑谷を捉える。

 

「今までのお前は、超パワーの代償に身体を壊していたが職場体験で何かを学び、僅かながらもコントロール出来るようになった。――だが、それでようやくスタートラインに立ったとも言える、まだまだ自身の課題も多い中で他人の事にばかり口を出したところで、そんなお前の言葉を誰が受け入れる?」

 

「! ……そ、それは……」

 

 緑谷は反論しようとはしたが、それよりも納得できる部分もあって言葉が詰まってしまう。

 元々、頭で考えるタイプの緑谷、自分が正しいと思って行動するが反論された中で、多少自分でも納得してしまう部分があると黙ってしまう。

 無論、それは彼の性格も影響しているのだが、どの道言葉を詰まらせてしまってはもう遅い。

 

「人の事に口出すなら、まずはお前自身をどうにかするんだな。俺は、お前のお節介という名の自己満足の為に納得なんてするつもりはない」

 

「自己満足だなんて……僕はただ――」

 

「おいおい雷狼寺も言い過ぎだって、緑谷はそんなつもりで言う奴じゃねえって」

 

「そうだよ~?  お友達にそんな事言っちゃ駄目だよ?」

 

「おう、その人の言う通りだ。友達にそんな――ん?」

 

 竜牙の言葉に切島がフォローしている中、何やら不思議な事が起こる。

 共に竜牙を止めてくれる存在が現れるが、何やら聞き覚えない女子の声。

 またそれを感じたのは切島だけではなく、緑谷や他のメンバーも気付いたのか声の主の

方を向いた時だ。

 

「!」

 

 ここで竜牙は背後に幸せを感じ取ると同時に、誰かに後ろから首に手を回されて簡単に抱きしめられた。

 そして背中から、丁度肩の下あたりに当たる柔らかい二つの物体。

 それが接触しているだけで幸せを感じる事ができ、竜牙は思わずビクッと身体を振るわせて動きが止まる。

 同時に感じる嗅いだことのある良い匂いもする、落ち着く、まるで“安心”の権化に抱きしめられている様に。

 

「あれ?  どうしたの竜牙くん?  動かなくなっちゃったけど?

 

 周りが存在に不思議がる中、彼女は竜牙の背後から不思議そうに顔を出した。

 薄紫色の長髪、どこか子供っぽさもあるが大人の様な凛々しさも微かに感じる顔の女子――『波動ねじれ』の登場だ。

 

「あっ……雷狼寺と一緒にリューキュウ事務所にいた――」

 

「確か、三年生の波動先輩?」

 

「うんそうだよ!  私は雄英ヒーロー科三年の波動ねじれ、よろしくね!」

 

 轟と緑谷が気付き、ねじれは皆に手を振りながら挨拶をすると、周りも困惑気味に「あっ、どうも……」的な挨拶で返していると峰田と上鳴が気付く。

 

「ああぁぁぁ!!  この天然系美人は!?」

 

「職場体験で雷狼寺を抱きしめていた女性ヒーロー!!?」

 

「あっ……確かにこの人じゃん」

 

 耳郎も思い出す、その写真ではコスチュームを着ていたがマスクを付けていた訳ではなく、顔は見間違う事はない。

 まさか三年生の先輩とは思わなかったが、雄英の三年生、しかもヒーロー科ならばトップヒーローの事務所にいるのも納得。

 ただ一年でトップから指名されている一部のクラスメイトが異常なだけで、その内の一人である竜牙は困惑した様子で皆に手を振っているねじれに問いかけていた。

 

「……それで、なぜここにねじれちゃ――波動先輩が?」

 

「うん? ……そうそう!  竜牙君をお昼に誘いに来たんだよ?  本当ならもっと早く会いに来たかったんだけど、テストがあって忙しかったから。――リューキュウからも色々と話しとか預かってるし、お昼一緒に行こう!」

 

「いえ、俺は訓練室で軽く食べて少しだけ自主練習するつもりなので一緒には……」

 

「えぇ~!  一緒に食べたりお話したかったのに駄目?  先輩なんだよ、後輩なんだよ?  一緒に過ごそう?」

 

「い、いえ……だから……」

 

「えぇ~」

 

「……むぅ」

 

 今一言い包められず、逆に追い詰められている竜牙。

 そんな困った様子の彼の姿に、緑谷達は珍しい光景だと思いながらも、そんな竜牙を押しているねじれの凄さを思い知った。

 

 そして、ねじれが無意識だろうが上目遣いや悲しそうな仕草や表情を浮かべながら説得していると、やがて竜牙は折れた。

 

「……分かりました、ですが次からは事前連絡してください」

 

「やったー!  うんうん、じゃあ行こう! ――皆も来る?」

 

『――えっ!?』

 

 ねじれの突然の提案を受け、不意打ちの様でビクッとしてしまう緑谷達。

 てっきり竜牙だけに意識を向けていたと思っていたが、ねじれはちゃんと周りも見ていて親睦を深める為にと誘ったが、今さっきまでの竜牙との事もあって断る事にした。

 

「い、いえ大丈夫ですから……」

 

「えぇ……じゃあ、次の機会にだね。――それじゃあ竜牙君行こう!」

 

「……引っ張らないで下さい」

 

 そう言ってねじれは人攫いの様に竜牙の首根っこを引っ張りながら行ってしまい、竜牙もそのまま連れられて行った。

 これで残されたのは緑谷達だけであり、まるでちょっとした嵐が過ぎ去った様に困惑が晴れていくと、飯田と緑谷は一息入れながら話し出した。

 

「なんか凄い人だったな、三年生の先輩とはいえ、あの雷狼寺君を有無を言わさず連れて行くなんて……」

 

「そうだね……でも、逆に言えばそれだけ雷狼寺くんも、波動先輩を認めているって事だよね」

 

「そりゃそうでしょ、雄英高校、ヒーロー科の三年生じゃん。経験とか実力がうちらと一緒な訳ないって」

 

 二人の会話に耳郎が口を挟む、入学して実感が薄れ始めていたが雄英のヒーロー科は狭き門。

 その中の三年生なのだから、卒業と同時にプロ入りが約束されている様な実力者ばかり。

 将来的には自分達はもっと上に行くとは言いたいが、それでも現状は自分達の方が弱いとしか言えない。

 

「ケロ……それに雷狼寺ちゃんと一緒って言ってたものね。つまり、それはリューキュウ事務所って事でしょ?――だからさっきの先輩は最低でもトップヒーローに認められているって事よ?」

 

「あぁ、確かにそうだよな……トップ10入りのリューキュウに認められて、しかも俺等よりも先輩だろ? 流石に雷狼寺でも認めるしかねぇよな」

 

 蛙吹の言葉を聞き、切島は実力差が浮き彫りになるような会話に参った様に頭を掻いていると、蛙吹は何か言いたそうな様子で緑谷を見つめていた。

 

「えっと……どうしたの蛙吹さん?」

 

「梅雨ちゃんと呼んで。――ねぇ緑谷ちゃん、聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」

 

「えっ? ――う、うん……僕で良いなら答えるけど」

 

 調子を直し、緑谷は落ち着いた感じで蛙吹からの問いを頷きながら待つと、すぐに蛙吹は口を開いた。

 

「ニュースで見たんだけど……確か、緑谷ちゃん達は雷狼寺ちゃんも含めて4人でステインと接触して、その時にエンデヴァーとリューキュウに助けられたのよね?」

 

「う、うん……そうだよ」

 

「それに何かあんのか?」

 

 ここで黙って様子を見ていた轟も会話に混ざる、ステイン関係は一部真実が隠されているのもあって色々と面倒があるからだ。

 緑谷が口走る様な軽率さがないのは理解しているが、当事者である以上は轟も口を挟まずにはいられず、同様の理由で飯田も口を出した。

 

「蛙吹さんはあの事件に気になっている事があるのかい?」

 

「……えぇ、あるわ。 私、思った事を口にしちゃうから単刀直入に聞くわね?――緑谷ちゃん、轟ちゃん、飯田ちゃん……もしかしたらだけど、ヒーロー殺しと接触した時に、公表されていない何かがあったんじゃないのかしら?」

 

 彼女の言葉を聞くと、三人は相談する様に向き合った。

 三人とも動揺とかしていないが、やはり話すべきかは悩む。

 公表をしないかわりに守られた自分達の身だが、話すか話さないかは相手への信頼もある。  

 口の軽い人間に言えば、この間の事が全て無意味になるので他の大人達の顔に泥を塗る事になり、はっきり言ってそれは避けたい。

 

「殆どはニュースになった通りだよ……一体、蛙吹さんは何を思ってそんな質問を?」

 

 だからこそ、緑谷達は安易に口にしなかった。

 蛙吹の真意も分からない中、簡単に言うのは三人の心が許さなかったのだ。

 そして、蛙吹もそんな三人の心を察したのか、少し考える仕草をすると質問を変えた。

 

「質問を変えるわね、ねえ緑谷ちゃん……その職場体験で雷狼寺ちゃんに何かあったんじゃないかしら?」

 

「それは……何て言えばいいか」

  

 直球の問い、それを聞かれた緑谷は言葉が詰まる。

 言わなくても何かあったのはバレるし、正直に言っても解決にはならない。

 しかし、これ以上隠すのも限界でもあった。

 それだけ竜牙が変わり過ぎてしまったのもあるが、緑谷自体が皆の意見も聞きたいのもあるのだ。 

 

 そして悩んだ様に表情を暗くする緑谷を見れば、何かがあったと言っている様なものだった。

 蛙吹は納得した様に頷くと、三人に背を向けて教室から出て行こうとした。

 

「えっ、蛙吹さん……?」

 

「もう大丈夫よ、緑谷ちゃんのそんな顔を見たら何かがあったのかは分かったわ。――でも、それでも緑谷ちゃん達が言わないって事はきっとそれなりの事だったのね。なら、私も無理には聞かないわ……色々と知りたかったけど、三人を困らせたい訳じゃないもの」

 

 これが彼女の利点、指揮官に向いているとも先生達に言わせる程の存在。

 緑谷の様子で言いたくても言えないのだと理解し、同時にそれだけの事があったのだと思えばすぐに身を引いた。

 

「ケロケロ♪ みんなで食堂に行きましょう、早くしないと混んじゃうわ」

 

 そして最後は雰囲気が重くなるのを止めるように、いつもの笑顔を浮かべながら皆の雰囲気を戻す。

 委員長、副委員長よりも仕事をしているとも言える蛙吹の姿に毒気を抜かれたわけじゃないが、緑谷達も少し落ち着いたのか、それ以上の言葉を出さなかった。

 

 しかし、雰囲気を変えようとしているのは皆も分かっており、耳郎や障子、上鳴達も笑顔で三人の肩を叩いた。

 

「まあ……今はお昼にしない?  雷狼寺も先輩と行っちゃったしさ」

 

「この話は後々だ……少なくとも、雷狼寺抜きで話しても仕方ない」

 

「だな……まずは飯だ飯。食ってから考えようぜ?」

 

「そう……だよな、俺等もまずは落ち着こうぜ?  雷狼寺だって、飯食って落ち着けば俺等の話だって聞いてくれるって」

 

 三人の言葉を聞いた切島もその案に賛成した。

 テスト明けだから皆も冷静になっていない、竜牙も色々あって熱くなっているだけ。

 落ち着けば、きっと話を聞いてくれるだろう。切島はそう考え、周囲の空気が良くなるのもあって納得した時だ。

 

「馬鹿がッ……聞くわけねえだろ」

 

 空気に一石が投じられる、そしてその一石は確実にヒビを入れたと言える。

 少なくとも、緑谷達全員はそう直感した。

 

 ――そして、そんな事を普通に言える存在は一人しかいない。

 

「……かっちゃん」

 

 かっちゃん――爆豪だ。

 能天気な話してんじゃねえと言わんばかりに不機嫌な様子で、爆豪は母特製弁当――クソババァ弁当を乱暴に食べながら咆えた。

 

「アイツが、お前等――雑魚の言葉に一々、耳傾ける訳ねえだろ!」

 

「ちょっ! かっちゃん!」

 

「爆豪!?  なんでんな事言うんだよ!?  流石に空気読めって……!」

 

 和み始めた空気に亀裂を確実に入れた爆豪の言葉を聞き、緑谷と切島が口を挟み、他の者も空気読めとブーイングをしているが当の爆豪は怯まない。

 ちゃんと弁当を呑み込んだ後、その言葉の意味を爆発させる。

 

「うっせえぇっ!!  雑魚が群れになった途端に騒ぐんじゃねぇ! ――ちゃんと考えてみろや、なんで自分よりも弱い野郎の話を一々聞かなきゃなんねんだ!?」

 

「よ、弱いって……別に俺達は友人として雷狼寺君を心配して――」

 

「それが意味ねえって言ってんだっ!!」

 

飯田の甘すぎる言葉に爆豪が更に咆え、その場で箸を弁当の蓋に叩き付けた。

 

「そのクソみたいな脳で考えてみろや……体育祭でトップになり、周りをぶっ殺した中で更に強くなろうとする奴が、なんでテメェ以下の雑魚共の意見聞かなきゃならねぇんだ!!  なんも得るもんがねぇんだよ!  だからあの白髪野郎は既に“格付け”してたんだ俺等によ!!」

 

「か、格付け……?  ど、どういう事、かっちゃん?」

 

 

「そのままの意味だろうが……あの白髪野郎の目には……!」

 

 ――俺達の事なんざ、映ってもねぇんだよ。

 

 

 爆豪は最後の言葉を飲み込むと、緑谷達をガン無視して弁当を再開させた。

 その胸の淵には打倒雷狼寺を決めて。

 

 

 



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第二十八話:汝の呼ぶ声

聖痕のクェイサーのテレサ
SHINY DAYSの西園寺 踊子
ガンソードのファサリナ
コードギアスのラウンズ

この上の2つ以上、好きなキャラが当てはまった人とはうまい酒が飲める。


 竜牙は現在、ねじれに連れられて学園の中、そこにあった長椅子に腰を下ろしていた。

 その隣にはねじれがおり、まさか中学卒業時に決めた目標の一つ、美人な先輩と二人で昼食を食べる(誘われて)が達成された事に嬉しさはあった。 

 

「さぁ食べよう! 一緒に食べようと思って作って来たんだよ~?」

 

 ねじれは竜牙と共に食べる様にお重の弁当箱を持参していた様だ。

 まさか学校でお重箱とは思った竜牙だが、よく考えれば日頃の自分だと思い出し、そして蓋を開けてみた。

 

「唐揚げ、卵焼き、竜田揚げ、山賊焼き、ブロッコリーとトマト……」

 

「うんうん! 竜牙くん、鶏肉が好きだって言ってたから気合入れて作ったんだよ? でも唐揚げ作ってたら竜田揚げもできちゃった、不思議だね!」

 

 満面の笑みで不思議がるねじれだが、本当に不思議だと思ったのは竜牙もだ。

 いや似て非なる物をどうやって作ったと思ったが、食べてみれば衣も中も美味しく、かなり美味だった。

 

――普通に好きな味だ。

 

「気に入ってくれたんだね? よかった~!」

 

 黙々と食べる竜牙の姿を見て、目の前で嬉しそうに笑い、自分も食べ始めるねじれ。

 

――結婚して胸に埋もれ――違う、抱きしめられて埋もれたい。

 

 そんな彼女を見て欲望が出て来る竜牙だが、ムッツリである自分は親友である峰田とは違う。

 表情に出さないからこその聖人であると、無理矢理に竜牙は己を納得させて欲望を鎮める。 

 

 そして暫く適当な世間話をしながら二人で食べ、時折ねじれの友達らしい人達も通った。

 そんな人達に手を振るねじれの姿を見て、彼女の雰囲気に当てられたのか竜牙は心が落ち着くのを感じていると、やがて食べ終わって重箱をねじれに返す。

 

「……ごちそうさまでした」

 

「はい! お粗末さま! ねぇどうだった! どうだった!? 美味しかったよね! 何が一番好きだった!」

 

「全部です」

 

「全部!? 一番好きなのが全部ってなんか不思議!」

 

 食べたすぐでも平常運転の彼女に癒され、竜牙は内心で思わず笑っていたが、せめてものお返しに近くの自販機で事務所で良く飲んでいたジャスミンティーを買い、ねじれに渡した。

 するとねじれはキョトンとした後、驚いて、嬉しそうな顔を竜牙へ向けた。

 

「わぁ~! どうして私の好きなの分かったの? なんでなんで!?」

 

「リューキュウ事務所でずっと同じの飲んでましたよ?」

 

 ずっと毎日、外周りでも同じのを飲んでいれば分かる。

 戦いの時は凄いが、それ以外が少し抜けているのが彼女らしいが、それも彼女の良さだと竜牙は思い、買ってきたマウンテンデューを飲みながら座る。

 

「……それで本題はなんですか波動先輩?」

 

 可愛い先輩との時間は嬉しいものだが、竜牙はそれでも盲目になる程ではない。

 ねじれが本題を持ってきていると思っていた。

 

「う~ん……一緒にお昼ご飯を食べるのが本題だったんだけど、教室でも言ったけどリューキュウやサイドキックの人達も竜牙くんの事を心配してたの! もちろん私も!」

 

「……そうですか」

 

 心配を掛けていた自覚はある。

 別れの時もそうだし、実際にメッセージもスマホに送られている。

 

「でも本当に良かったなぁ~竜牙くんが無事で……私もリューキュウも後悔してたもん」

 

「ご心配おかけしました……」

 

 咄嗟に身体が動いたのもあったが、やはり誰かと行動を共にするべきだったとも今は思っている。

 そうすれば何かが変わっていたかもしれない。

 

――蹂躙されていただけだ。

 

 竜牙の内心の言葉を否定する様に、そんな声というよりも感情が湧きだしてくる。

 そして()()も。

 

『また聞こえてくる……』

 

――オール・フォー・ワン。

 

 あれと()()してからずっとだ、自分のなのに自分じゃない声が聞こえ、感情が溢れてる様になったのは。

 

「うん! でも次はちゃんと一緒にいるからね! リューキュウやサイドキックの人達も一緒に!」

 

――また()()()のか? ようやく良くなってきているのに?

 

 竜牙の内心を知らないねじれは嬉しそうに言っているが、その彼女の言葉を竜牙の内側は否定してくる。

 怒りがまた湧いて来る。

 緑谷達の時もそうだった、弱い者からの意見と、進んで群れようとする行動に拒否感と共に怒りが付き添ってくる。

 

「今度はもっと色々と教えてあげるね! 竜牙くんの個性ならリューキュウがもっと伸ばしてくれると思うよ!」

 

――気に入らない。ありえない。何故、あんな弱者の力が必要なのかが。

 

 飛ぶだけのトカゲを竜牙は内心で拒絶する。

 弱い、明らかに自分という種に対して弱い種なのに何故かと。

 

「あっ……そろそろ行かなきゃ! ごめんね竜牙くん! また次もお昼一緒に食べようね!」

 

 時間を見てねじれはそう言って去ってしまった。

 だが竜牙はまだ椅子に腰を掛けており、手に持った空き缶を不意に粉々に握り潰した。

 

――あの男がまた来るぞ? また敗北(死ぬ)か?

 

 野生の敗北は死を意味する。

 例え生きていても、勝利の為に醜く生きるのと、負けたのに醜く生きるのでは根本的に価値が違う。

 だから周りが何を言おうと竜牙は関係なく進む事を選んでいる。

 

――負けたくない。死にたくない。

 

 心の何処かにある檻の鍵、それが壊れていく様な音が日々日々増していく。

 だが竜牙は気にしない。理解出来ずと感じる怒りや殺気を、竜牙自身が受け入れているから。

 

 

▼▼▼

 

 そして現在、放課後となって帰宅し始めようという時だった。

 

「ねぇねぇ! 皆で行けるんだから、明日も休みだしA組全員で買い物にいかない!」

 

 葉隠が嬉しそうに提案すると、周りもそれに合わせて賛成していく。

 

「おぉ! 良いなそれ、なんだかんだで初だよなクラスで出掛けんのって!」

 

「確かに日程通りなら色々と必要になるな……」

 

「暗視ゴーグルにドリル……赤外線カメラもいるな」

 

 上鳴や障子も同意し、峰田は目的が違うが賛成している。

 他も次々と明日の買い物に行くことを選んでおり、竜牙も日程表を見て考えていた。

 

――かなり忙しくなる、それにキャリーバッグも新しくしておくか。

 

 竜牙も色々と考える内に必要な物が出て来てくる。

 水着とかは大丈夫だが、今のキャリーバッグは古くて小さく、それ以外にも手軽な鞄も欲しいしサンダルも新調したい。

 もうここまで来れば、既に参加しないという選択肢はなかった。 

 

「雷狼寺、お前はどうする?」

 

「爆豪と轟は来ないみたいだけど、暇なら一緒に来ない?」

 

 そのタイミングで障子と耳郎が誘ってきたのもあり、竜牙は取り敢えず頷いた。

 

「あぁ……俺も買いたいのがある」

 

 竜牙の言葉に周囲は安心した様にホッとする。

 戦闘授業や一部の言葉を発してない時は安定すると分かったのか、緑谷達は安心しており、竜牙もその様子に気付いているが落ち着いている間に話を進めようと思った。

 

「場所はどこだ……?」

 

「あぁ、なんか木椰区のショッピングモールに行くってさ。まぁあそこなら大抵の物は買えるしね」

 

 耳郎から説明を聞き、周りと時間を合わせると明日に備え、今日はもう解散となる。

 竜牙も本当なら自主練したかったが、参加をすると言って以上は迷惑を掛けぬ様に今日は返る事を選ぶ。

 

――良いのかそれで? 奴が入ってくるぞ?

 

 また声が聞こえる。だが今は良い、どの道合宿が始まるならば蓄えていると思えば良いのだから。

 竜牙は納得させ、そして納得し、鞄を持った時だ。

 

「雷狼寺! 早く行かないと電車乗り遅れるよ?」

 

「早く行くぞ!」

 

 相変わらず自分に普通に接する耳郎と障子が教室の入口で待っていた。

 

――なんで二人は変わらないんだ?

 

 自分の様子に多少の変化を見せる周囲だが、二人はなんだかんだで変わっていない。

 何故なんだと竜牙は思い、一緒に校門を歩いてる時に聞いてみた。

 

「何とも思わないかって?」

 

「確かに少し戸惑ったが、戦闘訓練とか以外は普通だしな」

 

 二人は何を今更と、まさにそんな態度で言ったが特に言う事も無い様子だ。

 

「……そうか」

 

「寧ろ、聞いたら教えてくれんの? 巨悪とか言ってたけど……ヒーロー殺しじゃないの?」

 

「ステインは教えてくれただけだ……世の中にいる()()を」

 

 世の中にどれだけ本物ヒーローがいるのか、どれだけ偽物がいるかをステインは教えてくれて、それを俺と雷狼竜は納得した。

 ただそれだけだと、竜牙は内心で自己完結してしまう。

 

「それは俺達が聞きたい事じゃないが……まぁ、もし間違った事をするなら大丈夫だ」

 

「そん時は、責任もってうちらが止めるからさ」

 

「……出来るのか、お前等に?」

 

「いや普通に峰田よりは楽だと思うけど、うちは?」

 

 それはそれで問題だが、竜牙はその点は大丈夫だと思っている。

 

――あくまでも最短で戻らなければならないだけだ。

 

 友人達には手を出す事はない、そう()()をしなければ。

 そんな事を竜牙が思っている時だった、耳郎は思い出した様に呟いた。

 

「そういえば明日の服ってどうっすかなぁ……」

 

「迷うものなのか?」

 

「一応女子だし、気にはするって」

 

 男と違って女子は出かける様の服はスタンバイしていると思っていたが、やはりファッションは難しいらしい。

 

「……因みにだけど、雷狼寺はなんかリクエストってある?」

 

「……俺の意見なんかで良いのか?」

 

「あくまでも聞くだけ……」

 

 そう言って耳郎は顔を逸らしてしまい、竜牙は障子の方を見たが頷くだけだった。

 

――難しいな。

 

 峰田や轟達の時の様なノリで行けば、確実に怒らせるのは流石に分かる。

 だがどうするか、竜牙は歩きながら考えていた時だ。

 

「あら? 今帰り?」

 

「あっミッドナイト先生」

 

「どうも」

 

「最高で――いえ、どうもです」

 

 スポーツカーに乗ったミッドナイトに竜牙達は挨拶をすると、ミッドナイトも頷いた。

 

「気を付けて帰るのよ?――じゃあね」

 

 最後にウィンクして去っていくミッドナイトを見送り、少し楽な気分になった竜牙だったが、耳郎の話は終わっていない。

 

「それで、なんかあんの?」

 

「ガーターか網タイツ……あっ――」

 

 気付いたが既に遅く、竜牙は耳郎のイヤホンジャックの制裁を受けるのだった。

 

 

 



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第二十九話:A組でショッピングモール

お久しぶりです。
世の中は大変ですが、何とか私は元気です(´・ω・`)
現実はやっぱり忙しいです(´;ω;`)


「よっしゃー! 来たよ来たよ! 木椰区ショッピングモール!!」

 

 待ち合わせ場所に響く葉隠の声、そして個性的な私服を纏ったクラスメイトの中に耳郎もいた。

 

――まぁ別に意識した訳じゃないけどさ。

 

 耳郎は内心で言い訳する様に自分の履いている網タイツを見て、その次に迷彩柄のズボンとTシャツを着た竜牙の方を向く。

 

「……日差しが眩しい」

 

「じゃあ堂々と直射日光の方を向くなっつうの……」

 

 相変わらず無表情でマイペースな竜牙に、耳郎は呆れた様に呟くが、気になるのはそこじゃない。

 あくまでも自分の意思だが、望んでた格好をしている自分に一言ないかと思っていると、竜牙は気付いた様に自分の足を見ている事に耳郎は気付いた。

 

「……えっと、なに?」

 

「……ありがとう」

 

――いや、ありがとうも変だろ!?

 

 なんか言われている側が恥ずかしくなり、顔が熱くなるのを感じながら耳郎は未だにガン見している竜牙にイヤホンをぶち込もうとした時だった。

 

「あのぉ……皆さんはどちらを回られるのですか?」

 

 そう言って声を掛けて来たのは八百万だった。

 よくよく見ると、周囲は何気にメンバーが固まっており、耳郎も竜牙と障子といういつものメンバーとなっていた。

 

「うちは大きめのキャリーが欲しいんだよね」

 

「俺もキャリーを新しくしたい……障子は?」

 

「俺は靴とかを見たいな」

 

「あの! なら私も一緒に行っても良いでしょうか!」

 

 その言葉を聞いて耳郎は察した。

 何だかんだで八百万は世間知らずに気付いているのか、やはり不安があるのだろう。

 だからUSJで一緒になった自分や竜牙いる方が落ち着くと思い、耳郎達は頷いた。

 

「別にうち達は良いし、一緒に行こうヤオモモ」

 

「俺は気にしないし、既に何人かは行ってるしな」

 

 障子の言う通り、既に何組かは時間を決めて勝手に行ってしまい、残されているのも耳郎達と緑谷と麗日ぐらいだった。

 すると、それを聞いていた竜牙はポケットから何かカードを数枚取り出していた。

 

「他の奴には渡し損ねたな……」

 

「えっ……なにこれ、もしかしてブラックカード的な?」

 

 耳郎達が竜牙から渡されたのは黒いカードで、『雷狼寺グループ』の社紋が刻まれていた。

 まさかの戦車も買えるあれかとも思ったが、竜牙はそれを否定する。

 

「違う……が、雷狼寺グループに関係のある店で買うなら使え。普通に得できる」

 

「まぁ、何か分からないけど一応、貰っとく」

 

 価値は分からないが、別に害がある訳でもないと思い耳郎達は受け取ると、取り敢えずそれぞれの目的の店へと歩き出した。 

 

 

▼▼▼

 

 ショッピングモール内では人で溢れかえっていた。

 振替休日の自分達とは違う筈だが、それでも人は多く、耳郎達は迷わない様にキャリーのある店を訪れていた。

 

「……うわ~やっぱ良い値段するんだよねぇ」

 

 耳郎は気になったキャリーを見付けるが、その値札を見て悩んでいた。

 

――予算は親から3万だけど、値段は5万4千……きついかなぁ。

 

「やっぱり無理かなぁ……_?」 

 

「耳郎さん、なら隣のレーンのがセール中らしいですわ」

 

「そっちも見たんだけど、使うなら長く使いたいしさ……」

 

 長く使うなら、やっぱり見た目にも拘りたい。

 本当はCDやマニキュア等を買う為に小遣いも持ってきているが、それを合わせれば買える。

 

――頻繁に使わないと思うけど、いざって時に後悔しそうだし……。

 

 耳郎は内心で無理して買う決意した時だった。

 隣から竜牙が現れ、そっと先程渡してきたカードを見せてくる。

 

「この店でも使えるぞ?」

 

「おぉっ!? ビックリした……気配を消すなっつうの。それで、このカードは何なの?」

 

「実践して見せてやる。――すみません」

 

 竜牙はそう言って手を上げると、店員は近くへ呼んだ。

 

「は~い、いかがなさいましたか?」

 

「……これ、会計で使いたいんですが?」

 

「!?――畏まりました。この度はご来店、誠にありがとうございます」

 

 竜牙がカードを提示すると、店員の雰囲気が一変し、竜牙と自分達に深く頭を下げて来た事に耳郎達は困惑するが、その理由は店員の口から語られた。

 

「雷狼寺グループ発行の超会員証を確認しましたので、今回の支払いは全て()()とさせて頂きます」 

 

「えぇ!? 半額って、このキャリーもですか?」

 

「いえキャリーだけではなく、店内全ての商品が半額となります。――では、私はこれで失礼します。どうぞ良いショッピングをお楽しみ下さい」

 

 店員はそう言って下がって行き、呆気になる耳郎と障子へ竜牙は何事も無い様に見て来る。

 

「言ったろ、得するって」

 

「言ったけどさぁ……半額って」

 

「逆に申し訳ないな……」

 

 本音を言えば嬉しいが、やはり申し訳なさもあるのは性なのか。

 耳郎と障子は何とも言えないような表情をすると、隣で見ていた八百万も思い出した様に財布からカードを取り出していた。

 

「そういえば私も持っていましたわ!」

 

「あぁ……八百万なら普通に持ってるか」

 

「ですが自分で使った事はないので、少し不安でしたから……丁度良いのかも知れません」

 

――そうだった、この二人は普通にセレブだったわ。

 

 勉強会で家に言ったから八百万の家は知っており、竜牙も両親との関係はさておき、大企業の息子だ。

 だから耳郎は、金持ち同士の会話を始める二人の間に割り込むことを諦め、そのまま遠慮せずに会員証で半額でキャリーを購入する事を選ぶのだった。

 

▼▼▼

 

 

 その後、キャリーや靴、水着などを購入した耳郎達は店を出たが、申し訳ないという理由で竜牙へ超会員証を返却していた。

 

「気にする必要なんてないぞ?」

 

 竜牙はそう言い、八百万もあまり顔色が良くない耳郎達を心配していたが、根本部分がズレている以上、耳郎と障子は真顔で教える事を選んだ。

 

「いや、うち達の価値観も考えて欲しいんだけど」

 

「お前と八百万は少数派の人間だぞ?」

 

 要約すれば、皆が皆、お前達セレブだと思うなと言う事であり、耳郎と障子の言葉を聞き、竜牙と八百万は互いに首を捻りながらも、何となく納得するのだった。

 

 そして現在、林間合宿に必要な物を購入したが、待ち合わせ時間までかなりあり、4人は自由なショッピングで時間を潰す事にした。

 ゲームセンター・家電・楽器等、色々と見て何処へ行くかと相談しながら耳郎達が歩いていると、不意に()()()本屋の前で足を止めた。

 

「!……こ、これは――」

 

「ん? なに雷狼寺? なんかあった――」 

 

 不審に思った耳郎が本屋の入口で足を止める竜牙、その視線の先を追うと、その原因を見て納得した。

 

「……女性プロヒーロー達の写真集」

 

「しかも、真夏の水着特集だな……」

 

「……特設コーナーまでありますわね」

 

 耳郎達の視線に写ったのは、大々的に特設コーナーに並べられている『女性プロヒーロー・水着写真集』の山だった。

 ミッドナイト・リューキュウ・ミルコを筆頭に、数々の女性プロヒーロー達が表紙を飾り、竜牙の様な特定の者達の足を止めさせていた。 

 またモデルが凄まじいだけあり、その着ている水着も派手・大胆な物が多く、竜牙は身体は耳郎達に向けていたが、顔だけは写真集に固定されており、そんな彼を見て耳郎達は思い出す。

 

――雷狼寺 竜牙、A組で唯一峰田と趣味の話が出来る猛者である事を。

 

「あぁ、その……欲しいの?」

 

 首だけ固定している竜牙へ、とりあえず耳郎は聞いてみたが、竜牙はハッとなった様子で首を戻して振りながら否定する。

 

「……別に欲しくねぇし」

 

「無理があるぞ雷狼寺……!」

 

 興味ねぇよ、そんな態度の竜牙へ、どの口が言うんだと、自分の今の姿を見てから言えと、そう言わんばかりに障子がツッコミを入れ、耳郎と八百万も死んだ目で頷いた。

 相変わらず無表情だが、あからさま過ぎる竜牙の様子に耳郎達は呆れながらも溜息を吐き、友人達の前では買えないでいる、情けない憧れのヒーローに助け舟を出す事にしてあげた。

 

「いや、あのさ雷狼寺……別にうちら否定も軽蔑しないし、普通に理解できるからさ、欲しいなら買って来なよ」

 

「!……良いのか?」

 

 耳郎の言葉に竜牙の表情が明るくなった様な気がした。

 一見、今も無表情だが何となく耳郎達も察せる程に理解は出来ており、耳郎の言葉に続くように障子と八百万も頷き、背中を後押ししてあげた。

 

「俺達の前だからって遠慮するな。お前の事は分かっているつもりだ」

 

「えぇ、雷狼寺さんは峰田さんと違って、常識がある方ですから」

 

「……そうか、俺は友に恵まれていたんだな」

 

――このタイミングと状況で聞きたくなかった。

 

 良いセリフなのに、それを友人達の前でグラビア雑誌が買えないヘタレとの会話で言われえると思わず、耳郎達は内心で何とも言えない気持ちを抱いてしまった。

 だが、竜牙はどこか嬉しそうな雰囲気で本屋の方を向き、耳郎もそんな彼を見守っていた時だった。

 

「……なんだかんだで大丈夫そうだな」

 

 隣に来てそう呟いたのは障子だった。

 同時に耳郎も障子の言葉と、今の竜牙の姿を照らし合わせて頷いた。

 

「……確かにね。実技の時に比べれば――」

 

『――俺は強くなったか?』 

 

 耳郎と障子は実技授業の時、竜牙が見せた“黒い雷狼竜”の腕を思い出す。

 

――同時に、黒い雷も。

 

 数日間は荒れていたとも言えるが、日常に戻れば血の滾りも収まるのか、いつもの竜牙だ。

 

「うちさ、少し調べてみたんだけど……動物系の個性には結構多いみたいじゃん。喧嘩とか、試合とか、そう言う戦いになると好戦的になる人がさ」

 

「えぇ、私も存じております。動物の個性は、その人の性格ありますが、個性の動物の影響も大きいと聞いておりますから」

 

 ライオンを筆頭に肉食系は戦いとなれば、その獰猛な一面を発揮する。

 けれど草食動物の個性の者達も決して例外ではない、牛の様に一見臆病な性格でも、一度暴れてしまえば、とんでもない個性の力を発揮する者もいる。

 ちょっとした肉体の一部、それが最初から備わっている異形系ならば例外はあるらしいが、竜牙の場合は発動する度に変身するタイプ。

 しかも、変身すると雷狼竜の性格も諸に影響してしまう。

 

「……日常では雷狼寺だが、闘いとなれば雷狼寺は()()()()なってしまうか」

 

「けど、普通に体育祭まで性格に影響とかなかったじゃん。USJの時だって、ヴィランにだって過剰な敵意も、攻撃もしなかったし」

 

「……やはりインターンの、ヒーロー殺しとの接触等が影響しているのでしょうか? 影響力の強いヴィランは、他者に強い影響を遺すという実例もありますから」

 

「……ヴィランの影響かぁ」

 

 八百万の話を聞いて耳郎は、内心では半信半疑だった。

 入学テストの時も、単身で0pヴィランに挑み、除籍を賭けたテストでもブレず、けれど内心で己の個性に悩んでいた一人の少年。

 けれど竜牙が、誰かを守る時には必ず信念を貫く強い心を持っているのを耳郎は知っている。

 だから直にヒーロー殺しを見ていない事もあるが、耳郎が竜牙が簡単にヴィランの影響を受けると思えない。

 

「……まぁ、それに関してもおいおいか。濃い付き合いとはいえ、俺達はまだ雷狼寺とも数ヶ月しか付き合いがない。焦らず、ちゃんと時間を掛けて知っていこう」

 

 障子が焦りそうなになっている耳郎を察してか、落ち着かせる様に現実的な言葉を掛ける。

 そして、それが功をそうし、耳郎も納得する様に頷くと八百万も理解している様に肩に手を置いた。

 

「恐らくですが雷狼寺さんは少々、周囲の環境や個性の発達で困惑しているのかも知れませんわ。ですから、私達は雷狼寺さんと普通の日常を過ごしてあげるのが、最も為になると思われます」

 

「ハハッ……確かにね。あんなに試験で荒れてたのに、今は女性プロヒーローの水着に夢中だし」

 

 耳郎も確かにと納得し、思わず笑ってしまった。

 少なくとも目の前にいる竜牙は、試験の時の彼ではない。

 八百万の言う通りだと思いながらも、まずは竜牙の好きにさせようと考えた。

 

「じゃあ、まずはこの後からだね。思う存分、写真集買わせてあげよう」

 

「だな」

 

「えぇ!」

 

 耳郎の言葉に、障子と八百万も思わず口元を緩ませながら頷き、まずは一人の買い物を済ませてやろうと気を利かせ、近くの自販機で時間を潰そうと耳郎達が竜牙へ背を向けた。

 

――時だった。

 

「ん……?」

 

 不意に耳郎達は、服を掴まれた様に後ろに引っ張られる感覚を覚えた。

 けれど、実際それは間違いではない。

 

――まさか……。

 

 耳郎達の脳裏に過る、ある予感。

 このタイミング、そして背後にいる人物はただ一人。

 顔に影を残し、錆びた機械の様に耳郎達はギギギっと、首だけで振り向くと、そこには自分達の服の裾を掴む者がいた。

 

――()()()の様な雰囲気と、捨て犬が飼い主へ何かを訴えかける様な目をした竜牙がそこに。

 

 相変わらず無表情だが、それでも耳郎と障子は勿論、八百万も慣れたのか訴えかける何かに勘付く。

 

――捨てないで……置いて行かないで……。

 

 まるで自分達が悪いかの様に、良心に確実に狙い撃つ様な悲壮感からの直接攻撃。

 それを放つ竜牙を見て、耳郎達は思い出した。

 

 雷狼寺 竜牙、唯一峰田と趣味の話が出来る猛者。

――だが、その内心はムッツリ。

 

「……まさかうちらに」

 

「……写真集を買うのに」

 

「……付いて来て欲しいと?」

 

「……!」

 

 三人の言葉に竜牙はコクリと頷くのを確認し、耳郎達は確信して内心で叫んだ。

 

――そうだ雷狼寺は、普通にヘタレだったぁぁ!!?

 

 結局、見捨てる事が出来ず、耳郎達は八百万に変装道具を作って貰って4人全員が変装し、同じ写真集を4冊ずつ買う竜牙へ付き合うのだった。

 その姿はまるで、息子の初めての御遣いを見守る保護者の様だと、店員は思ったそうな。

 

 因みに余談だが、日頃、竜牙がこの手の買い物をする時は変装か猫折さんに頼むのだが、最近は体育祭で有名になった事で難しくなり、もっぱらネット通販か猫折さんに頼っている。

 そしてその度に、土下座までされる猫折さんは耳まで顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに尻尾や耳を動かしながら買い物をしている事は竜牙は……知っている。

 

――確信犯だ。

 

 

▼▼▼

 

 その後、クラスメイトの女性プロヒーロー水着特集写真集、その大人買いを見守った耳郎達は辺りをウインドショッピングをしていた時だった。

 スポーツ用品店の前を通おると、障子が不意に足を止め、竜牙達の方を向いた。

 

「すまない、少し筋トレのグッズを見て行きたいんだ」

 

「……そうか、普通に付き合うぞ?」

 

 書店で付き合って貰った恩もあり、竜牙は提案するが障子は首を横へと振った。

 

「いや、じっくりと見てみたい。だから悪いし、待ち合わせ時間まで俺はここにいるから、雷狼寺達はそのまま行ってくれ」

 

 自分に長く時間を取られることを悪いと思った障子がそう言うと、その隣で八百万も申し訳なさそうに手をあげた。

 

「す、すみません……私もちょっと、あそこの古本屋に寄ってみたいので……」

 

 そう言って八百万の視線の先にあったのは、洋風の古本屋だった。

 古い日本の本もあれば、外国語で書かれた表紙の本もあり、雰囲気と彼女の性格から察するに八百万も長い時間、その古本屋にいたいのだと分かる。

 

「あぁ、そう言う事ね。普通に気にしなくて良いよ二人共。うちも個人で見たい店もあるし、雷狼寺も行きたい店あれば行って良いんじゃない? 何かあれば連絡取れる様にしたら良いし」

 

 耳郎なりに気を遣い、竜牙達に気を遣わせない様に言ったのだが、障子と八百万とは違い、竜牙にはもう目的はなかった。

 

「……そう言っても、もう目的も無ければ買い物も満足した」

 

 先程買った大型のキャリーを早速使い、その中に大量の水着写真集を入れている竜牙は普通に満足していた。

 だから良いのであれば、三人の内の誰かに付いて行くのも有りと思っており、少し悩む素振りを見せていると耳郎が髪を弄りながら、少し照れ臭そうに口を開いた。

 

「あぁ……その、だったらさ雷狼寺? うちと一緒に行かない? マニキュアとか、楽器とか色々と見たいんだけどさ」

 

「別に良いが、俺はファッションも音楽も詳しくないぞ?」

 

「いきなりそこまで期待しないって。ただ、一人で行くのもなんか勿体ないから誘ったの」

 

「……そう言う事なら別に構わない」

 

 竜牙が頷いた事で耳郎も少し安心し、顔の熱が冷めるのが分かった。

 意識した訳じゃないが、流石にこんなにストレートに誘うのは大胆だったかとも思ったが、当の竜牙も気付いた様もなく、まずは一安心。

 そして、話が決まった所で障子と八百万も頷いた。

 

「じゃあ決まりだな。1、2時間したらここで集合、何かあったら連絡――で良いか?」

 

「分かりましたわ」

 

「じゃあそれでいこっか」

 

「また後でだな」

 

 そう約束をした後、竜牙達は分かれ、それぞれの目的の店へと足を運んでいった。

 

▼▼▼

 

 分かれた後、竜牙は耳郎とマニキュア等を扱う化粧品店へ向かい、化粧品の独特な匂いが過敏に感じる竜牙が、少し険しい表情をしていると、耳郎は店頭に並ぶマニキュアに早速近付いて手に取っていた。

 

「へぇ……結構色々と出てるじゃん」

 

 試供品を手に取り、耳郎は爪を染め始め、良い感じに塗り終えると竜牙へ感想を聞く為、青色に染まった爪を見せつけた。

 

「どう、どんな感じ?」

 

「……青か。耳郎は黒が多い、だから無難に赤が似合いそうだ」

 

「あぁ~確かに。でも、赤は結構使ってるからたまには別のも見てみたいんだよね」

 

 そう言って耳郎は色々試供品を見ていると、不意に竜牙の爪が目に入る。

 雷狼竜と違い、鋭利ではないにしろ綺麗な形の竜牙の爪。だが、マニキュアは疎か、ネイルオイルも塗られた様子もなく、耳郎は少し勿体ないと感じてしまう。

 

「あのさ、雷狼寺もなんか塗ってみない? 綺麗な爪してるし、勿体ないって」

 

「……男がマニキュアってへんじゃないか? マニキュアって女性用だろ?」

 

 ファッションへの興味が最低限の竜牙はそう言って、困惑の雰囲気を纏った。

 けれど仕方ないとも言える。ファッションが最低限と言う事は、流行は疎か、化粧品は女性用というイメージの認識が強い。

 それを耳郎も察したが、いやいやと否定しながら言い始めた。

 

「いや、今じゃ普通に男性も使ってるって。マニキュアじゃなくても、ネイルオイルとか、身だしなみに使う人もいるし。良い機会だと思って、少し塗ってみたら?」

 

「……じゃあ、耳郎が選んでくれ。俺には想像もつかない」

 

 竜牙にとって化粧品に触れる事自体が冒険であり、どっちの足から踏み出すべきかレベルで迷う事だった。

 謂わば、右も左も分からない子供。

 耳郎はまるで、小さな子供が不安がって自分の服の裾を掴んでいる様な感覚を覚え、思わず苦笑するが言った以上は責任を取るつもりだった。

 

「じゃあさ、うちに任せて貰っても良い?」

 

「……選んでもらえるなら、そうだな。任せた」

 

 自分で言った事とは言え、竜牙に頼られるのが少し嬉しく感じた耳郎は楽しそうな笑みを浮かべ、背を向ける彼女を竜牙は見守りながら日常の楽しさを自覚し始めていた。

 

――なんか楽しい、そして落ち着くな。

 

 肩に何か背負う必要もなく、常時血を滾らせ、闘争を燃やし続ける必要も、血を求める必要もない。

 

――また会いに来るよ?

 

 オール・フォー・ワンの声が竜牙の脳裏に蘇るが、今はそこまで恐怖もない。

 友人達との日常、それにより竜牙は確かに落ち着きを――

 

『……お久しぶりですね。USJの時はどうも』

 

「――!?」

 

 反射的にバッと振り返った竜牙の眼に写るは、日常を生きる大勢の市民。

 笑い、何かを食べ、今を楽しんでいる人々。

 

――だが不純物がいた。

 

 確かに竜牙には聞こえた、声が、そして匂いも感じ取った。 

 あいつだと、USJにいた“奴”だと。気付けば竜牙の瞳だけは“雷狼竜の瞳”に変化していた。

 

「あれ……雷狼寺?」

 

 そして耳郎が気付いた時には、キャリーだけが残されて、竜牙の姿は既になかった。

 

 

▼▼▼

 

 ショッピングモール、店と店の間によって生み出された路地裏の様な確かな空間。

 湿気臭く、埃っぽい中、化粧品店から少し離れたその場所に竜牙は足を踏み入れていた。

 

「……いるな?」

 

 湿気、誇り、ネズミ・虫の糞や腐敗の匂いに紛れ、確かに存在する圧倒的“異物”の匂い。

 

『……ご名答』

 

 そして姿を現す闇に紛れ込む一人の男が、その姿を現すと竜牙は男の名を呟く。

 

「“敵連合”――黒霧……!」

 

『――そして()()()()

 

 黒霧はノートパソコンの様な、折り畳まれた小さな端末を開くと、一人の男の映像が映し出される。

 

『……やぁ! 元気そうだね、怪我はもう大丈夫かい?』

 

 まるで他人事、仲の良い親戚の子供のお見舞いをするかのような能天気な声。

 だが竜牙はその声と、その姿を見た途端、瞳が血走った。

 

巨悪(オール・フォー・ワン)……!!」

 

 仇の様に睨み、絞り出すように声を出す竜牙の反応に黒霧は特に反応せず、画面の向こうのオール・フォー・ワンもまた、嬉しそうに口を歪ませる。

 

『やぁ……また会えて嬉しいよ、雷狼竜(可愛い教え子)

 

 両者は再び出会う。片方の、一方的な感情で。

 

 

 

END



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第三十話:巨悪の先導

お久しぶりです(´・ω・`)
コロナ渦で仕事やらにも影響が出ておりまして、他作者さん達の作品を読めても自分の作品を書く余裕はありませんでした。


ただ若干、落ち着いてきた事もあってボチボチと書いていたのですが、ヒロアカ原作でショックな事があり、また筆は止まりそうです。




『やぁ、僕の可愛い教え子。あれからまた強くなった様だね!』

 

「――!?」

 

『GAaa!』

 

――身体が! 雷狼竜が!?

 

 画面からのふざけた様子で話すオール・フォー・ワンの声を聞いた瞬間、竜牙の瞳が血走って開眼した。

 ()()()()を放ち、同時に右腕が雷狼竜の頭部へと変化。今にも黒霧へ飛び掛かりそうになるのを抑えるので必死な程に雷狼竜の頭部は荒れていた。

 けれど竜牙は咄嗟に左腕を変化させ、なんとか抑えつけるが、雷狼竜は未だにオール・フォー・ワンへ唸り声をあげ、その敵意が静まることなかった。

 

『Grrrrr……!』

 

『アハハ! 随分と嫌われたものだ……けど、僕達の出会いを考えれば仕方ない事だろうね』

 

――何がそんなにおかしいんだ、それだけ俺も雷狼竜も脅威でも何でもないって事か。

 

 可笑しそうに笑うオール・フォー・ワンに、竜牙は複雑な心境を抱く。だがその話に興味が引かれてしまった。

 

――出会い。確かにオール・フォー・ワンは言った。つまり、断片的にしか思い出せない俺と雷狼竜の原点にオール・フォー・ワンが存在していたのを認めた。

 

 竜牙は雷狼竜からの記憶もあって、どこか腑に落ちた様に感じてしまう。

 また本音を言えば過去の真実を知りたくとも、ヴィランに答えを求める理由はないと竜牙は必死に己を抑えていた時だった。

 

『……知りたそうな顔をしているね雷狼寺 竜牙くん。知りたいなら教えてげるよ、それが先生としての義務だからね』

 

「……ふざけるな。何が先生だ、何が教え子だ。お前はヴィランでしかない、だからお前から聞く事は何もない!」

 

 竜牙は心を読まれた事への驚愕を必死に隠し、右腕の雷狼竜の頭部を無理矢理戻してから携帯を取り出した。

 

「通報させてもらう。ヒーローの卵としての、今の俺に出来る最善の行動だ」

 

『最善ねぇ……それにヒーローの卵か。――まぁ、君がそう思っているのも無理はない。誰も導く者、教える者がいなかったのだからね。しかし、その答えは何の捻りも無く、君自身で考えた意思も素振りもないマニュアル化した答えだ。故に、あまりに堕落し過ぎているとも言えるし、僕は悲しいなぁ』

 

 竜牙の言葉にオール・フォー・ワンは嘆く様に言い捨てた。

 その感じはまるで期待する教え子が、他の無能教師に個性を潰されて嘆く恩師の様に、一々と恩付けがましい程に癪に障る言い方だ。

 また逆撫でする様に、撫で回す様にもネットリとした言い方であり、竜牙の淵にいる“雷狼竜の個性”の怒りが強くなる。

 けれど竜牙はそれもまた抑えるとオール・フォー・ワンは続けた。

 

『……けど、僕には分かるさ。ヒーローの卵……いやそもそも、君はもうヒーローに期待も、希望も抱いていない事にね』

 

「……そうか」

 

――下手な事を口にするな。それだけで奴は全てを理解する。 

 

 口数を減らし、少しでも情報を悟らせない様に試みるが、相手は伝説のヴィラン――オール・フォー・ワン。

 雷狼竜の個性を持つ少年だろうが、経験値の差により一瞬で見破られ、オール・フォー・ワンは悪戯を隠す子供を見たかのように笑い出す。 

 

『ハハハハ! 素直だね君は! 死柄木とは違うから、これはこれで新鮮で何か楽しいなぁ』

 

 完全に子供扱い。そんな様子のオール・フォー・ワンに竜牙は複雑な感情が沸いて仕方なく、胸の中が気持ち悪い感情だけを循環し、文字通り胸糞悪い。

 ただそれも断片的にしか覚えていない自分とは違い、オール・フォー・ワンが全てを知っているからでもあり、フェアではない現状が更に竜牙を苦しめた。

 

「……ふざけた態度、なのになんで俺を付け狙う!」

 

『ハハハハ……確かに今更だった。でも、僕にも事情があって君の事をすっかり忘れていたんだよ。――けど、この間の体育祭で懐かしい遠吠えを聞いてね、すぐに思い出したよ』

 

「答えじゃない……何が言いたいんだ!」

 

『おや? 僕からは何も聞きたくないんじゃなかったのかな?』

 

――!

 

 それは竜牙の意思か、それとも雷狼竜の激昂か。 

 裏路地の様な場所とは言え、竜牙の腕は一瞬で雷狼竜へと変化させた。同時に両手には双剣が握られた。

 その様子に黒霧の纏う空気が変わるが、オール・フォー・ワンは満足そうに口を歪ませる。

 

『そうだ……それで良いんだ。良い感じに使いこなしている様で()()()()としても嬉しいよ。――どうだい、その『作成』の個性の調子は?』

 

「!?――作成の個性……だと?」

 

 竜牙はその言葉に思考が停止するが、強制的に冷静になった事で両腕も元に戻した。

 しかし竜牙は訳が分からないままでもあった。

 

――作成の個性? 雷狼竜じゃなく? なんでオール・フォー・ワンは、俺に個性が二つある様に言うんだ?

 

 訳が分からない。自分を混乱させる嘘の可能性もあるが、オール・フォー・ワンがどこから嘘を付いていたかと考えそうになり、竜牙は深呼吸をして冷静になろうとする。

 すると、その様子を見たオール・フォー・ワンは少し考える素振りを見せ、仕方ないと言った感じで言った。

 

『ふむ、まぁ分からないのも仕方ない。君は当時幼かったし、個性の暴走もあったんだからねぇ』

 

「……あの事件か。だが俺は当時の記憶を断片的にしか覚えてない。今更知りたいとも思っていない……が、お前という存在が脅威だと雷狼竜の個性が教えてくれる」

 

 そう言った竜牙の瞳は、トラウマを刺激された事で内心で昂ぶった事で雷狼竜の眼へと変化。

 学生とは思えない殺気を放つが、オール・フォー・ワンは笑いながら頷き、黒霧の名を読んだ。

 

『――黒霧』

 

「分かりました」

 

 オール・フォー・ワンに呼ばれた黒霧は端末を操作した。

 すると画面が二つに分かれ。オール・フォー・ワンの隣に別の映像が流れ出す。

 それはリアルタイムの映像であり、映像の角度的にも監視カメラの類だと竜牙は判断した。

 けれど問題は何の映像かではなく、何が映っているかだ。

 

「!……このショッピングモール?」

 

 映像には見覚えがある光景や、人々の声が発せられていた。

 それは間違いなく、今いるこのショッピングモール。そして二人の少年の姿がアップで映され、竜牙はその二人の姿を見て思わず瞳を大きく開いた。 

 

「緑谷と……敵連合の死柄木!?」

 

 ショッピングモールの片隅で一見、仲良さそうに座っている二人の少年は緑谷と、実際に見た事はないが雄英・警察と共に見たUSJの監視カメラに映っていた先の事件の主犯――死柄木 弔だった。

 死柄木はすぐにでも個性の発生条件である五指で触れる――その一歩手前、四指で緑谷の首に触れており、緑谷の表情も嫌な汗を流す程に蒼白くなっていた。 

 

――人質。

 

 その映像を見て竜牙の脳裏に、その言葉が過る。

 竜牙は半分の画面となったオール・フォー・ワンを睨みつけた。

 

「緑谷に何をする気だ……!」

 

『別にどうこうするつもりは僕にはないが……これで少しは僕の話を聞いてくれる気になったかな?』

 

 熱が冷めた様に口調が大人しくなるオール・フォー・ワンだが、言葉の内容と映像を見る限り、竜牙に選択肢はない。

 

「……何を話したいんだ、あんたは」

 

『アハハ……やはり素直だね君は。少しは弔にも見習ってほしいが、ただ言う事を聞くだけの生徒でも駄目なんだ。――難しいだろ? 教育というのは?』

 

「何を話したいって聞いたんだ……!」

 

 ふざけた態度ばかりのオール・フォー・ワンに竜牙は怒りを抱くが、同時に余裕も若干だが生まれていた。

 態度が態度だけに、内容は逆撫でする様にくだらないモノだと思いながらも、その話を黙って聞き始める。

 

『――ステインにより、君はヒーローの現状を分かった……いや、思い出したのだろ?』

 

「……なに?」

 

 突然オール・フォー・ワンが雰囲気を一変させ、そんな事を呟く。

 そして何故か、竜牙がその言葉を聞いた瞬間、何かがストンと落ちた様な感覚を抱きながらも、オール・フォー・ワンは話を続けた。

 

『君はどこまで自覚しているか分からないが、少しは不思議だったんじゃないかね?――あの場で、なんで自分だけがステインの思想に影響されたのかってね』

 

「……確かに思った」

 

 竜牙は少し迷いもあったが素直に答えた。

 きっと嘘をついても無駄であり、ただただ無駄に神経を逆撫でられるだけだと分かったからだ。 

 

「だがそれは……俺がオールマイトに完全なヒーロー像を重ねていたからだと思ってる。オールマイト以外にも尊敬するヒーローは多くいるが、それでも雄英での事や、インターンでヒーローの現場を知った事で違いや価値観を知った。――オールマイトの様じゃない、弱すぎるヒーローとかも」

 

 弱すぎる、それで誰かを守れるヒーローとは思えない。それが竜牙が戦力外だったヒーローを見た感想だった。

 ステイン・脳無との戦闘で数多くいたにも関わらず、最終的に大きな役割を担ったのエンデヴァー・リューキュウ等の上位ヒーローと、無名ながら奮闘したグラントリノだけだ。

 だが、そんな彼等もオールマイトと同じかと聞かれれば、竜牙は違うと断言できる自信もあった。

 

――性格・ヒーローとしての思想。

 

 それらの違い程度の僅かな差なのか、それでもリューキュウ達も命がけで市民を守れる立派なヒーローだが、竜牙の心の隅には、ほんの僅かでも認めたくないという感情はあった。

 

――オールマイト以外はヒーローじゃないという、そんな感情が。

 

「けれど、それは俺がヒーローの経験が足りないから、そしてオールマイトをあまりに英雄視してしまってるからだ。だから同じ様に英雄視していたステインの言葉を俺は――」

 

『――違う。そうじゃないんだよ』

 

 オール・フォー・ワンがいきなり言葉を遮った。

 まるでパソコンの電源を不意に切られた様な衝撃を竜牙は受けた。

 しかし当のオール・フォー・ワンだが、まるで教えた事を忘れた教え子に、もう一度教える様な感じで話を続ける。

 

『僕は言った筈だ……君が忘れているだけだとね。まだ思い出せないかい? あの時の事を――』

 

「あの時……?――グッ!!?」

 

 それは所謂フラッシュバックの一種の様に、脳内に閃光が放たれた様だった。

 オール・フォー・ワンの言葉を聞いた途端、竜牙の頭に痛みが走った。

 強烈、だが収まるのは凄まじく早い痛み。

 けれども、同時に竜牙の脳裏にある記憶が蘇った。

 

『怯むな! 所詮は子供の個性だ!』

 

『本当に楽な仕事だ。ヒーローなんて人気だけで金額が変わるからなぁ』

 

『無駄口はそこまでだ。とっとと、この化け物を止めるぞ』

 

 それは派手な格好をした男三人――恐らくヒーローが自分を見て、そんな事を言っている記憶だった。

 目線が高い事から、自分が雷狼竜化している状態だと分かるが、雷狼竜になってからヒーローと対峙した事は竜牙の思い出せる限り、そんな記憶はない。

 

――こんな露骨に敵意を向けるヒーローなんかに。

 

「……何だったんだ今のは?」

 

『あぁ思い出したようだね、少し強引にしてしまって申し訳なかったけど、これも君の為なんだ……今、君は雄英・ヒーローという名の檻によって苦しんでいるんだよ。それで本当の自分が分からず、個性の制御もブレ始めているんだ』

 

「ふざけるな! 何が檻だ! そもそもお前が、お前が俺を――」

 

『そもそも僕は君に何をしたんだい?』

 

「――えっ……?」

 

 平然と言い返してきたオール・フォー・ワンの言葉を受け、竜牙は冷や水を浴びせられたように冷静になってしまった。

 思い出せばそうだが、職場体験の時に確かに重傷を負ったとはいえ、竜牙が感じるのはそれ以前からの感覚の敵意。

 けれど、それだけだった。

 

――オール・フォー・ワンは俺に何をした?

 

 知ってて当然の事だ。敵意と恨みを抱くほどの相手に対し、自分が何をされたのかは。

 けれど冷静になればなるほど、現実を正面から突き出された途端、竜牙は気付いてしまった。

 

「……雷狼竜の感情だけしか俺は知らない。オール・フォー・ワン、あんたは俺に何をしたんだ……!」

 

『しいて言うなら……僕はあの時、頼まれて来た。――そして、その中で正当防衛をしただけだよ』

 

 オール・フォー・ワンは特にふざける事もせず、ただそう言った。  

 そしてそれを聞いた竜牙は今までの態度の事を踏まえ、オール・フォー・ワンが嘘を言っていないとも理解出来た。

 理由は今の話の流れでオール・フォー・ワンが嘘を付く理由もなく、同時に竜牙も少し相手を理解出来ており、雰囲気的にも本当の事を言っているとしか思えなかった。

 

 けれど、納得できない点もあった。

 

「……じゃあ、なんで雷狼竜の個性はここまであんたを憎んでいるんだ?」

 

『憎んでいるというよりも、ただ“敵”として認識されただけじゃないかな? 野生というのは君や僕が思う以上に奥が深い。だから僕にとっての正当防衛が、雷狼竜にとっては許してはいけない行動だったんだろうね』

 

 オール・フォー・ワンは自分の事なのに、まるで仕方ない事だと思う様にそう言った。

 その口調も優しく、本当に教師が教え子に教えているような感覚に竜牙は錯覚しそうになった時だった。

 

『あぁ、すまないね。今日はここまでの様だ』

 

「?」

 

 何の突拍子もなくオール・フォー・ワンは話を終わらせた事に、竜牙は訳が分からなかったが、画面の半分に宇映る緑谷達の変化を見て、竜牙はその意味に気付いた。

 

「麗日……!?」

 

 緑谷達の画面に映るは新たな登場人物――麗日がいた。

 麗日は明らかに死柄木の存在に気付いている様に動揺しており、死柄木は特に気にした感じもなく緑谷から離れて行く。

 そして、その死柄木の行動を見届けると黒霧は目の前に個性で作ったゲートを出現させた。

 

『じゃあ今日はこれで失礼するよ。また今度、ゆっくりと話せると良いね』

 

「!――待ってくれ! あんたは何なんだ! 何を知ってる! 俺と雷狼竜の知らない何を知っているんだ!?」

 

 気付けば竜牙は自身の意思でオール・フォー・ワンを呼び止めていた。

 この男は何かを知っている。自身の過去はこの際どうでも良かったが、力や、自身にとってプラスになる何かを。

 少なくとも、それだけの何かを目先に突き付けられたような衝撃を竜牙は感じた。

 

 そして竜牙の姿にオール・フォー・ワンは嬉しそうに笑うが、その様子に反して首左右に振る。

 

『残念だけど、今日の授業はここまだ。――だが可愛い教え子の為に、最後に二つ程アドバイスを送ろう』

 

 モニターを切ろうとする黒霧を画面から制止し、オール・フォー・ワンは静かに口を開いた。

 

『まず君は檻から放たれなければならない』

 

「檻……?」

 

『そうだ……ヒーロー・ヴィラン。そんなちっぽけな檻に君は囚われているんだ。君には分かる筈だ、ヒーローはオールマイト以外は腐っていると。ヴィランもステインの様な志を持つ者はいない事が』

 

 ヒーローに関しては何度も聞いた。けれどヴィランに関しては初めてだと竜牙は真剣に聞いていた。

 ステインのやり方は間違っているが、根本的にはヒーローの腐敗化がある。

 そんなステインの存在と、犯罪だからと他のヴィランと同じとも思えない。

 

 竜牙はそう感じていると、その無表情だけでオール・フォー・ワンは全てを察した。

 

『クククッ……やはり君は賢い。だからこそ、最後のアドバイスを聞いてもらいたいんだ』

 

――オールマイトを信頼し過ぎては駄目だ。

 

「!……何故?」

 

 その言葉を聞いた竜牙は目を大きく開き、巨悪へ答えを求めた。

 悪の象徴がオール・フォー・ワン。けれど平和の象徴であるオールマイトは謂わば対の存在であり、単純な意味である筈がない。

 けれど意図が分からず、竜牙は問い掛けるとオール・フォー・ワンは今度は笑わなかった。

 

『オールマイトは確かに平和の象徴さ。けれど彼は教師としては“二流”……誰かを教える能力は不足していると言える。――そして何より、彼は平和の象徴として()()なんだよ』

 

――限界? あのオールマイトが?

 

 その言葉を聞いても竜牙はすぐには信じる事も、理解も出来なかった。

 USJでは脳無を撃破し、後で映像で見た期末試験の時も緑谷・爆豪を圧倒させた№1ヒーロー。

 確かに教師としては抜けている部分もあったが、それも今までのオールマイト自身の経験で補っていて確かに自身のプラスになっている。

 

 少なくとも竜牙のオールマイトの評価は高く、オール・フォー・ワンの言葉を鵜吞みにはしなかった。

――けれど、同時に僅かな“違和感”が竜牙の胸の中に過る。

 

 オールマイトは最高のヒーローだ。けど、なんだこの違和感は?

 ザワザワとし、胸を乱す違和感という名の不快感。まるで己自身の言葉を潜在的に否定している様な気分を竜牙は抱いてしまう。

 

『やはり君も、オールマイトに関しては直感的に感じ取っていた様だね。やはり素晴らしい個性だ。本能、野生の直感……それこそが()()()個性の真髄なのだろう』

 

 素晴らしい、本当に素晴らしい。

 比較的に個性を抑えていた彼でさえ、これ程の成長性を持っている以上、あの5人も必ず役立ってくれる。

 オール・フォー・ワンは教え子の成長を喜び、同時に世界を巡って連れて来た5人の調整を急がせようと思うが、今は死柄木が最優先。

 

『行こうか……黒霧』

 

 オール・フォー・ワンの言葉に黒霧は黙って頷くと、そのままワープゲートの中へと消えて行った。

 それを竜牙はただ見守るだけだった。未だにオールマイトに関する違和感に困惑し、そのまま暫く立ち尽くしていると竜牙の携帯に着信が入る。

 

「……もしもし?」

 

『あっ! 雷狼寺!? ちょっとあんたどこにいんの!』

 

 電話を掛けて来たのは耳郎で、その口調からは焦りや不安を感じ取れる。

 その理由も、内容も竜牙は察していたが、何か言う前に耳郎の方が早かった。

 

『大変なんだって! さっき緑谷と麗日が敵連合の奴と接触して――』

 

「俺の方にも来た……黒霧と、本当の巨悪が」

 

『ハァッ!? ちょっ、どういう事!?』

 

 耳郎は竜牙に事情を聞こうとするが、竜牙は通話中のまま耳から携帯を遠ざける。

 そして耳郎の声がずっと聞こえてくる携帯を持ちながら、黒霧が消えた場所をただただジッと見つめ続ける。

 

――それは竜牙の携帯のGPSを探知し、急いで迎えに来た警察とミッドナイト・マイク達が来るまで続けられ、竜牙はミッドナイト達・緑谷と共に警察署へと向かった。

 

 その際、心配してようやく合流した耳郎達へ一切、視線を送る事もなく……。  

 

 

 



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第三十一話:あなたはだれ?

RAVEのレオパールって凄い良いよね(´・ω・`)


 敵連合との接触。それはA組の者達が思っている以上の事態となり、ショッピングモールは閉鎖された。

 竜牙自身も緑谷と共に事情聴取の為、まるで護衛の様に集まったミッドナイト達・警察に連れられ、そのまま警察署へと行くことになった。

 

 その道中、パトカーで竜牙は緑谷と共に一緒になったが、緑谷は事態に困惑しているのか何も話さず黙ったままだ。

 けれど時折、何かを聞きたそうに視線を向けて来てもしたが、竜牙はオール・フォー・ワンの言葉に意識を使っており、敢えて緑谷からの視線を無視していた。

 

――オールマイトも、オール・フォー・ワンも、一体何があるんだ? 

 

 秘密。恐らく誰にも知られてはいけないパンドラの箱。

 竜牙はそんな箱の蓋に触れている様な感覚を抱きながらも、その開け方を分かっていない愚者の様な気分だった。

 けれど知っていたとしても、竜牙は自身の意思で開ける事はないと、情けないが分かっていた。

 怖い、背負いきれない、自身に関係していたとしても同じ答え。恐らく()()で開かない限り、竜牙は悩み続ける。

 

 そんな事を考えていた竜牙だが、やがて警察署に到着。

 警察・ミッドナイト・マイク等、雄英の教師陣に見守れながら緑谷と分かれ、別々の個室に案内された。

 

――緑谷と一緒じゃないんだな。まぁ事情聴取ならそんなものか。

 

 しかも今回のは敵連合の主犯の者達。詳しい内容、遭遇したヴィランも違う以上、その方が都合が良いのだろう。

 竜牙は特に意識せず、猫の異形系警官に「座って待ってて」と言われ、言われるまま部屋の椅子に腰を掛けると、その警官は部屋を出て行ってしまう。

 

「……何なんだ?」

 

 今の状況の様子に違和感を抱く。

 警官のどこか余裕のないピリピリとした雰囲気と、過剰に息苦しさを誘う、場の重い雰囲気。

 個室での事情聴取は初めての経験の竜牙だが、限界まで場を張り詰めさせたような感覚が別の意味で場違いに感じ、困惑していた時だった。

 

「やぁ、待たせてしまったね」

 

 一人の男が個室に入ってくる。

 その男は竜牙にとって見覚えのある男だった。

 

「塚内さん……」

 

「やぁ雷狼寺くん、今回は災難――いや、そんな話じゃないな」

 

 途中で何とも言えない表情し、話を変える警察の塚内。

 職場体験の時、その入院中に他の警察同様に話を聞きに来ていた一人であり、中でも深く話を聞いて来た事もあって竜牙の印象に深く残っていた。

 

「無事で何よりだよ。話を聞く限り、また君の下に現れたって聞いたよ?」

 

「……はい。本人が直接来た訳ではありませんでしたが、敵連合の黒霧は本人でした」

 

「……なる程。じゃあすまないけど、詳しい話を聞かせてくれないかな?」

 

 竜牙はその言葉に静かに頷くのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

「そうか……こう言うのもあれだけど、(オールフォーワン)は君に執着しているようにも見える」

 

「……執着」

 

 違う。そんな簡単な話じゃない。

 竜牙はその言葉を反射的に否定していた。

 

「……違う。あの男は、そんな単純な言葉で俺に関わっていない」

 

「……う~む」

 

――これは。あまり余裕はなさそうだな。

 

 塚内は竜牙の短い呟きを聞いただけで、オール・フォー・ワンが心の深い所までに侵食したと見抜いていた。

 伊達に警察側とはいえ、オールマイトの友として共に巨悪を追いかけていた訳ではない。

 直感的に分かってしまう。このままでは、目の前の少年も手遅れになってしまう。

 

――早く来てくれ。

 

 塚内は色々と聞きながら、内心で呼んだ人物が来るのを今か今かと思っていた時だった。

 不意に勢いよく個室の扉が開くと同時、大柄なシルエットが竜牙達の前に現れた。

 

「私が来た!!」

 

「オ、オールマイト……?」

 

 ダイナミック入室をし、竜牙の目の前でオールマイトは「HAHAHA!」と笑っているが、竜牙は心の衝撃が収まらず、塚内も呆れた様に溜息を吐いた。

 これではサプライズを通り越し、最早奇襲だ。それだけのインパクトは間違いなくあったと、塚内は疲れた様子で肩を落とす。 

 

「一応ここは警察署なんだけどね……」

 

「HAHAHA! ごめんごめん!――まぁそれはそうと色々と差し入れを持ってきたんだけど……」

 

 笑いながらも申し訳なさそうに腰を低くしながらオールマイトは、手に持っていたビニール袋を小さく見せた。

 大の大男が可愛く持つのはギャップのあるユーモアだが、塚内は何かを察した様に椅子から立ち上がる。

 

「少し席を外させてもらうね。緑谷君にも聞きたい事があるから、ここはオールマイトに任せるよ」

 

 そう言ってオールマイトの横を通り過ぎる塚内だが、その時に竜牙は聞き逃さなかった。

 オールマイトが彼に向かって小さく『ありがとう……』と呟いたのを。

 

「……仲が良いんですね?」

 

「うん、まぁね……彼には雄英に教師として来る前から世話になっていてね。いやいや頭が上がらないよ」

 

 無駄のない流れを見て、そう思った竜牙。

 その言葉を聞いたオールマイトは照れ臭そうに笑いながら言った。

 警察とヒーロー。それ以上の絆を竜牙は確かに感じていると、オールマイトは真剣な表情を浮かべる。

 

「それはそれとして……雷狼寺少年、災難だったね。無事で良かったよ。――そしてすまない」

 

「……今回の一件は事故みたいなものでした。向こうは危害を加える気がなかったらしいですが、それでも回避する術も、それでオールマイトが責任を感じる事もないです」

 

「違う!……違うんだよ雷狼寺少年。今回の事だけじゃなく、今までの事も……何よりオール・フォー・ワンの件は私の責任なんだ」

 

 その言葉を聞いた竜牙は目を大きく開いた。

 竜牙はオールマイトが№1だから生徒への危機に責任を感じたと思ったが、オールマイトは深い意味での謝罪。

 けれど竜牙は、その話を聞いて腑に落ちた。

 

「やはり……あなたもオール・フォー・ワンを知っていたんですね。あの巨悪を」

 

「……本当なら話してはいけない事だが、君は既に奴と深い関係にある。――聞いてもらえるかい?」

 

 いつもユーモア溢れるオールマイトとは違い、かなり真剣な雰囲気と口調で話す彼を見て、竜牙も静かに頷いた。

 

 

▼▼▼

 

 オールマイトの話は15分程度で終わった。

 

 オール・フォー・ワンとの長い因縁、激闘、死んでいたと思っていたが最近になって生存を確信し、少しずつ探っている事を。

 そしてオールマイトは話を終わった後、テーブルに頭を付けて竜牙に謝罪した。

 

「本当にすまない!! 君の過去も聞いた……恐らく、それにも奴が関係している筈だ。今も君に関心を向けているのが証拠とも思える。本当に……すまなかった!」

 

「あの事件の件は……まだ記憶が曖昧でしたが、断片的に記憶が戻って来ています。だからオール・フォー・ワンと接触したのは微かにですが、確かな筈です。――けど因縁があるとはいえ、オール・フォー・ワンが起こした件を全て責任を感じる事はない筈です」

 

「違うんだ……まだそれもあるが、私は最近の君の異変にも気付いていた。個性の変化や、君の変化、その全てだ。けれど私は教師として、君にどうしてあげるのが良いのか分からず、そうこうしている内に再び奴を君と接触させてしまった……!」

 

 オールマイトの謝罪。それはヒーローと教師としての謝罪だった。

 オール・フォー・ワンの因縁の未解決。教え子の誤り始めた道の未正し。

 それら全てを含んだ謝罪を聞いた竜牙は静かに首を振った。

 

「オール・フォー・ワンの件は過ぎた事……今の俺の生き方の自身で決めた事。どれもあなたが悔やむ事じゃないです」

 

「だが……それでは駄目だ雷狼寺少年! それは……そんな風な力の成長は目的以外の被害も必ず出る。そして必ず君は後悔してしまう! 雷狼寺少年……成長に近道はないんだ。力の成長ならば尚の事だ」

 

「これは成長じゃないんですよオールマイト……解放です。俺が本来持つ雷狼竜の個性……忘れていた力を解放しているだけです」

 

「雷狼寺少年……しかしそれは――」

 

――大きすぎる力だ。

 

 オールマイトは思わず出そうになった言葉を飲み込んだ。

 何か言うべきなのは分かっていた。しかし竜牙にその言葉は彼自身の否定と同意義。

 教師でもあるがオールマイトも優し過ぎた。器用では事も災いし、オールマイトは何とか言葉を考える。

  

 けれど、その間に竜牙にもある考えが過っていた。

 

――やっぱりそうだ。何故かオールマイトへの絶対的な壁を感じない。

 

 竜牙はオールマイトと二人だけという空間から感じ、そして抱いたのはオールマイトとの実力の距離の縮まりだった。

 以前ならば確かに感じたオールマイトとの越えられない壁の存在。圧倒的な実力差。

 今も実力だけならばオールマイトの方が遥かに上。だが竜牙は本能だけで、その壁は無くなっていると確信を得ていた。

 

 同時に思い出すはオール・フォー・ワンの言葉だ。

 

『オールマイトを信頼し過ぎては駄目だ。彼は限界だからね』

 

 竜牙は言葉の真意は分かっていない。だが限界と言った意味とオールマイトへの印象の変化が関係しているなら確かめねばならない。 

 

「オールマイト……一つ聞いても良いですか?」

 

「えっ? あ、あぁ……勿論良いとも!」

 

 考えていたオールマイトは我に返って頷くが、竜牙は次に発した内容で内心は微かに乱れる事になる。

 

「では聞きますが……何か隠していませんか? ヴィランの件ではなく、オールマイト自身の事で」

 

「!……何の事だい?」

 

 いつもの笑顔で返答するオールマイト。

 しかし竜牙にはそれだけで違和感を抱くには十分だった。

 オールマイトは何かを隠そうとし、敢えて真剣に答えた為に空気がピリ付いた。 

 

「オールマイト。オール・フォー・ワンは俺にこう言いました。オールマイトは限界だと。そして俺の中の雷狼竜が教えてくれます。今の瞬間、空気が張り詰めたのを」

 

「奴の言葉に一切耳を傾けては駄目だ。少しでも心を開いてしまえば、奴は一気に君の心に流れ込ませてくる! そしてと空気が変わったのは、ただ私も少々奴の件だからと気を……ッ!――ゴホッ! ゴホォッ!!」

 

「オールマイト!?」

 

 オールマイトは放している最中、突然背を向けて苦しそうに咳き込んだ。

 誰が聞いても普通の咳ではない。竜牙は思わず立ち上がり傍に行こうとするが、オールマイトは手でそれを制止した。

 

「大丈夫……! 最近、忙しかったから疲れている様だ。HAHAHA……私も歳かな?」

 

 

 調子を崩さない様にしているオールマイトだが、竜牙が少し嗅覚に雷狼竜の力を加えれば意味を為さない事だ。

 竜牙には確かに嗅いだ。オールマイトの口と手から――血の匂いを。

 

「オールマイト……! 血の匂いが! まさか病気を患っているんじゃ――」

 

「!?――HAHAHA!! そんな訳ないだろ! 私は毎年、健康診断で何かに引っ掛かった事はないんだぜ! こ、これは来る途中で捕まえたヴィランのだろうね! けど消臭しないのは良くないね! ファンから貰った香水を付けないと!」

 

 オールマイトはそう言って慌ただしく香水を取り出した。

 そしてこれでもかと、自身に何度もプッシュする。それは香水の瓶から液が減ったのが目で分かるほどであり、密室も手伝い、竜牙は気分が悪くなった。

 

「に、匂いが……頭痛い……!」

 

「おぉぉっと! すまない! 大丈夫か雷狼寺少年!!」

 

 ついやり過ぎてしまったと、オールマイトは慌ててデスクに突っ伏した竜牙を介抱する。

 だが竜牙は不調の中でも確かに見た。オールマイトに唇に血液の拭き残しを。

 

――オールマイト。やっぱり何かあるんだ。

 

 

 天下のオールマイトが隠さなければならない事。

 不安を抱く竜牙の脳内でオール・フォー・ワンが、あの嫌な笑みを浮かべていた。

 

 

▼▼▼

 

 

「竜牙さん!!?」

 

「心配を掛けました、猫折さん」

 

 その後、香水が充満した個室から脱出した竜牙は、戻って来た塚内に らながら緑谷の部屋へ向かうオールマイトと別れた。

 警察署に来て数時間は経っており、既に日は暮れていた。

 オールマイトが来た事が関係あるのかミッドナイト達は既におらず、そんな署の前で沢山の警察官に見守られながら竜牙は保護者の猫折さんと再会を果たしていた。

 

「良かったぁ……本当に良かったぁ……!」

 

 事情を聞いていた猫折さんは涙を流しながら竜牙の無事に震えていた。

 我が子の事の様に心配してくれていた猫折さんの姿に、竜牙も流石に申し訳なさからの罪悪感を感じてしまう。

 

「……俺は無事です。クラスメイト達も皆」

 

「竜牙さん……! 本当に良かったです……ですが雄英に入学してからこんな事ばっかりで、私は耐えられませんよ……!」

 

 USJ襲撃・職場体験でのひと悶着・そして今回の一件。

 立て続けに起こる通常では考えられない事件ばかりで、雄英合格の時に喜んでいた猫折さんの姿はもうなかった。

 大事な子供がいつ死んでもおかしくない。そんな気が気でない状況に耳と尻尾も下がって元気がない。

 

「それもまた……俺の選んだ道の結果です。俺はこの受難に感謝しないといけない立場なんです」

 

「竜牙さん……! でもあなたはまだ子供なんですよ! 今度またヴィランが来たら本当にどうなるか……!」

 

 竜牙の言葉に納得できず不安を増す猫折さんだが、竜牙には譲れない部分もあった。

 オール・フォー・ワンの気まぐれによっては猫折さん達も標的になる可能性もあり、竜牙には受難を糧にするしか選択肢はない。

 そして、少し重い空気が流れ始めた時、二人の前に一人の警官が今後の事について話しに来た。

 

「少々宜しいでしょうか。その事で暫くは警察や特定のヒーローが近所をパトロールする事になりまして――」

 

「はい……はい……そうですか。それは助かります」 

 

 猫折さんは警官の話を真剣に聞く中、竜牙は無関係でないのを知りながらも少しその場から離れた。

 そして落ち着く様に入口付近の柱の影に背を預け、深く深呼吸をしながら夜空を見上げた。

 黄昏る様にボォ~っと見上げる内心で思うのは、今日までの変化だった。 

 

――随分と変わった気がする。

 

 個性、歩む道、行動。

 蛙吹・緑谷から言われていた時も本当は気付いていた。間違ってきている事に。

 だが、ならばどうすれば良い。ステインの言う通り、既に本物のヒーローは殆どいない。

 誰が守り、誰がオール・フォー・ワンに対抗できるというのか。

 

「どの道……後悔は後からしか感じないさ」

 

 後悔、先に立たず。

 ならば全てを終わらせた後で良い。その結果、もうヒーローの道を歩む事を諦めたとしても。

 

「それにオールマイトもいる……信じるのはそこだけか」

 

 オールマイトから圧倒的な壁を感じなくなった事、オール・フォー・ワンの言葉も気にはなる。

 けれど№1の名は伊達ではない。他のヒーローと違うのはまさしく彼だけだ。

 オールマイトがさっきの言葉通り、オール・フォー・ワンを何とかするならば自身が無理をする理由もなくなる。

 

――信じれば良い。ただそれだけ。

 

 

「竜牙さん、少し良い?」

 

 竜牙は不意に声を掛けられて我に返った。そして声の主の方を向くと、そこには猫折さんが立っていた。

 

「今後の事で詳しい話を聞かないといけないので署内に戻りますが、竜牙さんはどうされます?」

 

「……もう少し外の風に当たってる。――大丈夫、流石に警察署にヴィランも来ないさ」

 

 竜牙は嘘を付いた。もう少し一人でいたいが為、並みのヴィランならば言う通りでもオール・フォー・ワンならば関係ない。

 だから警察署にいようが安全ではないが、猫折さんは少し悩んだが納得した様に頷いた。

 

「分かりました。でも、決して一人でどこかには行っちゃダメですよ?」

 

 まるで見ていないと安心できない子供に言い聞かせる様に言うと、猫折さんは他の警官と一緒に署内へと入って行く。

 残された竜牙も言った通り、柱の陰からは動かず背を預けたまま空を見上げた。

 

Grrrrrrrrrr

 

 雷狼竜の声が聞こえる。心の底から聞こえてくる。

 オール・フォー・ワンとの再会以降、雷狼竜の気持ちがよく分かってきた。

 雷狼竜は怒っている。何故負けるのか、何故暴れないのか、何故に弱者に従い自身等の檻を開けないのか。

 

「弱者は死ぬ為だけの存在……」

 

 野生の認識なのか、こう言う事も思う様になってきた。

 敗北、嘗められる、過小と判断される。その時点で雷狼竜からすれば許せない領域。

 個に対して、強いては自身の種族の敗北を意味する。

 

「もう……小出しじゃ許してくれないか雷狼竜」

 

 今までの様なやり方も、もう通じない許されない。

 だが更なるやり方は本当に獣の領域。人からは恐怖として見られる世界。

 竜牙は僅かな迷いを抱えながら空の移動する雲を見ていた時だ。背後――正確に言えば署の入口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「オールマイト……オールマイトは誰かを助けられなかったことはありますか?」

 

「あるよ。今までもいたし、今こうしている時もそうさ。私の目の前にいない、手の届かない者達を守る事は私にもできない」

 

 緑谷とオールマイトの声だ。鼻や耳を雷狼竜にしなくても聞こえるし、強烈な香水の匂いで分かる。

 そして二人の言葉から悲しみや後悔のような感情も察する事ができる。

 

 №1ヒーローも一人の人。神でもなければ人だからこそのヒーロー。

 それでも助けられない人への想いもある優しき頂き。けれど、オールマイトはそれで終わらない。

 

「だからこそ笑うんだ。笑って立つ……それが人も、ヒーローも、悪人も、全ての人々の心を灯せる事を信じてね」

 

――これが№1の言葉か。

 

 オールマイトの言葉を聞いた瞬間、竜牙は温かい感じを受け、心の重りが軽くなったのを感じた。

 思い出すのは緑谷・耳郎達――仲間と、ねじれちゃんやリューキュウ達の師の顔だ。

 皆、不安そうに自分を見ていた。けど分かる。それは同時に必死に自身の心へ灯そうとしてくれていた事に。

 

『勘弁して! 私じゃもうあなたを育てられない!』

 

『分かってくれ……お前と私達は違うんだ』

 

「その通りだよな……今でもあの頃のままなら」

 

 不思議と両親の言葉が思い出される。

 嘗て自身でも扱いが分からず、記憶障害もあるほどに好き勝手に動いた雷狼竜の個性。

 だが今は自身の意思で使用している個性。ヒーローの道も自身で選んだ道。

 蛙吹が言った様に、このままでは両親が正しかった事への証明でもある。

 

「……俺一人でやろうとしてる事が間違いなのか?」

 

 雷狼竜と自身だけでは駄目だ。しかし今だって背後にいる。

 緑谷もそうだし、あのオールマイトだってそうだ。

 竜牙は迷いを抱えながらも、軽くなった迷いでもある。その迷いを打ち明けようと柱から顔を出し、オールマイト達へ声を掛けた。

 

「緑谷、オールマイト……すまない、今――」

 

 だがそこにいたのは緑谷とオールマイトだけではなかった。

 先程も会ったばかりの塚内もおり、緑谷もいた。だが()()()()明らかに違う人物がいた。

 

「ら、雷狼寺くん!?」

 

「!」

 

 竜牙の存在に気付いた緑谷はあからさまに驚き、塚内も挙動に乱れが起こる。

 けれどそこはどうでも良い。竜牙は思わず固まってしまう。

 原因である存在。目に写ったのがオールマイトから匂っていた筈の香水を纏った()()()()()オールマイトとは明らかな別人。

 

「……えっ?」

 

 竜牙は自身の記憶と耳を疑う。

 先程までいたのは間違いなくオールマイト。言葉もそうだし、香水だってそうだ。

 緑谷だってオールマイトの名を呼んでいた。

 けれど、あのマッチョで画風の違う№1ヒーローの姿はない。

 

「……貴方は一体だれですか?」

 

 無意識に問いかける竜牙の問いに男は驚いた様子もなかった。

 まるで諦めたかの様に冷静で、静かに口を開いた。

 

 

「私の名はオールマイト。……さっきは済まなかったね()()()()()。もう気分は大丈夫かい?」

 

 

 変わり果てた平和の象徴は一切竜牙から目を逸らさず、ハッキリとそう言い切るのだった。

 

 

 

END



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第三十二話:短命の象徴

ご無沙汰です。
あれですね。仕事しているとSSを書く時間なんて取れませんね(;´・ω・)


 

 ショッピングモールの一件の翌日。

 雄英でも生徒を守る為の対策が出され、合宿先の変更と新たな合宿先は生徒にも教えない事を余儀なくされる。

 その事にA組の者達も思う事はあったが事情なだけに納得し、その安心感か学生故の若さゆえの楽観的な為か徐々に笑顔が戻り始める。

 

――だが竜牙と緑谷だけは笑顔になる事はなかった。

 

 そして昼休み。それぞれのクラスメイト達は色々と話しながら今日は何を食べるかとか、そんな他愛も話しをし始めていた。

 

「お~い! 食堂行く奴誰々だ?」

 

「私いく~!」

 

「オイラもいくぞ!」

 

 切島の言葉に芦戸や峰田が乗っかり、他のクラスメイト達も一緒に行く流れとなっていく。 

 また一人また一人と行く中、芦戸が耳郎と障子にも声を掛ける。

 

「二人はどうする~!」

 

「俺も行くか……耳郎はどうする?」

 

「うちも行こうかな。弁当も無いし。……雷狼寺はどう――」

 

「先客がある」

 

 耳郎と障子の言葉を背に受け、雷狼寺はそれだけ言って教室のドアへ一人で向かう。

 だがその途中で僅かに足を止めると、とある人物の名を呼んだ。

 

「――緑谷、早くしてくれ」

 

「あっ……うん、今行くよ」

 

 特に感情がない口調だが、竜牙の言葉にピリ付くような威圧が含まれている。

 呼ばれた緑谷は弁当を持って慌てて竜牙の後を追いかけていくが、クラスメイト達には珍しい光景でしかなかった。

 

「雷狼寺と緑谷?」

 

「珍しい組み合わせだな」

 

 耳郎と障子は首を傾げながら互いに顔を見合わせる。だが互いに答えは出ず、上鳴や八百万も困惑を隠せなかった。

 

「な、なんか仲良く駄弁りながらの昼飯って感じじゃなかったよな?」

 

「え、えぇ……御二人共、何かあったのでしょうか?」

 

「二人に限って喧嘩とは思えないが……?」

 

 二人の話に飯田は困惑気味に竜牙達の背を見守る。

 ステイン相手に共に戦い、命を預け合った仲だ。あの二人に限って溝も無い筈、そう思いながらも不安はあった。

 飯田がそう思っていると席に座っていた轟が不意に呟いた。

 

「……雷狼寺のやつ。似てるな」

 

「似てるって何が?」

 

 どこか思い詰めた雰囲気の轟。その様子も気になって耳郎が問いかけると、周囲の視線も自然と二人の方に集まった。

 

「俺にだ。……前の俺に似てる」

 

――エンデヴァー……アイツしか見ていなかった時の俺に。

 

『ヒーローになる為。その一言が言えないお前に負ける事はない』 

 

『雷狼寺 竜牙だ。宜しく頼むな』

 

 いつの間にか親友が変わっている。

 誰も見ていない。嘗て自身の様に憎き父しか見ていない。当時は気付かなかったが、何故か不思議と分かる。

 嘗ての自分もあんな感じなんだったのだと。

 

「不安が消えねぇな……」

 

 轟は自分でも珍しい事だと思いながらも、その想いと共に複雑になっていく感情を整理していく。

 けれど、轟には予感もあった。

 

 

「……だけど緑谷なら何かあるかもしれねぇな」

 

 自身を救い上げた緑谷ならば。

 周囲が何の話か分からず不思議そうに見ているが、それで良い。

 けれど一つだけ心残りもある。

 

――友達として、何か言えねぇもんかな。

 

 色々と借りたり教えてくれる友人に対し、何も言えない自分の不器用さに轟は少し後悔するのだった。

 

 

▼▼▼

 

 

 生徒指導室。人気のない学校の一室の前で竜牙と緑谷は足を止めた。

 ただ黙りピリ付いた雰囲気の竜牙と、そんな彼を何とも言えない気まずい表情で見る緑谷。

 けれど竜牙は緑谷へは一切意識を向けず、ただ扉をノックした。

 

 すると、室内から声が掛けられた。

 

「――どうぞ」

 

「失礼します」

 

「言う通り来ました……()()()()()()

 

 扉を開けて竜牙が入った後、室内にいた男の名を緑谷が呟いた。

 長椅子にスーツを纏って座るオールマイト。だが彼の姿は瘦せこけていて、骨と皮しかない姿は№1の姿を知る竜牙には痛々しく見えた。

 

 けれど、今はそんな事をどうでも良い。竜牙が知りたいそこではないからだ。

 

「……オールマイト、で良いんですよね?」

 

「あぁ、そうだよ雷狼寺少年。私はオールマイトだ。――そして君の因縁でもあるヴィラン『オール・フォー・ワン』を知る者だ」

 

――あぁ、やっぱり本物だったんだ。

 

 その言葉を聞いた竜牙は、もうオールマイトの言葉も姿も疑わなかった。

 本物だった。№1の隠し事を知ってしまった。知りたくなかった。

 内心では乱れている心を何とか抑え、竜牙は目の前の現実を受けいれた。

 

「警察署では済まなかったね。あまり、あの場で長話はしたくなかったから」

 

「……いえ、仕方ない事です。こんな事実、隠さなければいけませんから」

 

 申し訳なさそうに話すオールマイトに竜牙は静かに頷いた。

 警察署の前で事実を問い質したが、オールマイトからは後日時間を作ると言われた。

 当然だ。警察署の前では自分の様に不本意でも聞いてしまう者がいるかも知れない。だから竜牙はこの場で話をするというオールマイトの提案に乗ったのだ。

 

「……では、単刀直入に聞きます。オールマイト、あなたのその身体は一体……?」

 

「……代償だね。5年前……いや、もう6年になるか。――とあるヴィランと戦った時に受けた傷が原因でこうなってしまったんだ」

 

 各内臓の損傷・摘出。オールマイトは簡易的に話すが、それだけでも竜牙に重症度を教えるのに十分だった。

 

「内臓の損傷や摘出……!? それに6年前のヴィランってまさか……!!」

 

 竜牙の衝撃は計り知れないものだったのだろう。いつもの無表情の仮面は崩れ、驚愕や困惑に満ちていた。

 緑谷はこんな竜牙を見た事がないと隣で驚いていたが、オールマイトだけは逃げてはならないと言わんばかりに冷静に目を見続け、そして頷いた。

 

「あぁ……6年前のヴィラン。そいつは君の思った通りだ」

 

「6年前……18禁ヴィラン“メチャエロンビキニ”!?」

 

 竜牙の言葉にオールマイトと緑谷がズッコケた。

 ヴィラン名『メチャエロンビキニ』――それは5年前まで活動していた女性のヴィランだ。

 際どいビキニを纏い、小学校や中学校、そして公園などの一目の多い場所に出没するヴィランでミッドナイトと激闘を繰り広げたのは一部のファンには有名で伝説。

 

「確か……6年前にオールマイトの説得により自首したとは聞いてましたが、まさかそれ程までのヴィランだったなんて」

 

「いやそいつじゃないよ!? っていうか良く知ってたね!? 彼女は格好とか問題あって報道や規制が凄かったのに!?」

 

「――追っかけでしたから」

 

 その言葉でオールマイトは思い出す。

 彼女には信者の様な一般の協力者――つまりはファンが存在した事を。

 アイドルの親衛隊の様にメチャエロンビキニの出現場所に現れていて、最後は自首する彼女を全員で警察署の前まで見送った凄い連中だ。

 

――まさかあの集団の中に君もいたのかい雷狼寺少年?

 

 危うく聞き返しそうになるオールマイトだったが、すぐに頭を切り替えた。

 

「彼女じゃないよ雷狼寺少年! 6年前のヴィランはオール・フォー・ワン!! 君にとっても因縁のあるアイツだよ!!」

 

「……オール・フォー・ワン」

 

 その名前が出た事で竜牙も18禁ヴィランの話から現実へ戻って来れた。

 オール・フォー・ワン。自身の人生を狂わせ、雷狼竜の逆鱗を己の意思で触れた悪者。

 

――そして俺の心に侵食してきた師。  

 

「……オールマイト。あなたとオール・フォー・ワンの関係は一体……あと、緑谷もだ。緑谷とオール・フォー・ワンに関係が?」

 

「――いや、緑谷少年とオール・フォー・ワンとの間に関係はないよ。彼の場合は私の個性と似ている点があり、制御が出来ない彼に私がお節介を焼いている状態だ」

 

 その過程で正体がバレたがね。――オールマイトはそう言って困った様に笑った。

 オールマイトのその言葉を聞いた竜牙も、隣にいる緑谷の方を見る。

 

「そうなのか、緑谷?」

 

「えっ……う、うん。そうなんだ……オールマイトに目を掛けられて贅沢だよね」

 

――嘘だな緑谷。言葉が軽いぞ。

 

 緑谷の言葉に重みがない。目にも力が入ってない。

 何となくだが、最近はそんな細かい所に意識が向けられるようになった気がする。

 

――雷狼竜が教えてくれる。

 

 不甲斐ない宿主に力を貸してくれている。

 竜牙も本能的にそれを理解できたが、今は特に追求はせず、その嘘に乗っかる事にした。

 

「そうですか……緑谷との事は分かりました。じゃあ本題の件ですが……オールマイト、その身体はオール・フォー・ワンに?」

 

「あぁ、そうだよ。奴との戦いにより私はもう、一日30分、いや……それよりも短い時間しかヒーローになれないんだ」

 

「!?」

 

 その言葉を聞いた竜牙の頭は真っ白になる。

 №1ヒーローがもう短い時間しかヒーローになれない。そんな想像もしなかった現実によって。

 

「……治るんですか? 治療すれば、また今までの様に――」

 

「――無理だね。治療に専念すれば多少は変わるかもしれないが、私は平和の象徴だ。私に助けを求めている人がいる以上、それは出来ないよ」

 

 希望は既になかった。オールマイトは命を削りながら平和の象徴を保っていただけだ。

 つまり、無理をしてだ。オールマイトからの直接の言葉を聞いた竜牙は何も言えず、顔を下に向けてしまう。

 そんな竜牙の姿を見たオールマイトは、意を決した様に口を開く。

 

「顔を上げてくれ雷狼寺少年。君の気持ちは嬉しいけど、助けを求める人には君も含まれているんだ。……私は警察署でも言ったね。――オール・フォー・ワンの事は私に任せてくれ」

 

「!……そんな、無理ですオールマイト!!」

 

 オールマイトの言葉を聞いた瞬間、竜牙は思わず立ち上がって声をあげた。

 警察署の時とは状況が違う。任せては駄目だ。あんな巨悪と今のオールマイトが戦えば間違いなく死ぬか、良くて再起不能だ。

 それだけはさせてはならない。何故ならばオールマイトは『平和の象徴』だからだ。

 

「駄目だオールマイト! オール・フォー・ワンはまだ力を持っている! 死ぬだけだ! それか良くても平和の象徴が終わってしまう! 今の社会のヒーローの大半は腐ってる! あなたの影に隠れた贋作ばかりだ!! あなたは終わってはいけないんだ!!」

 

「……ありがとう雷狼寺少年。けれど、これは私と奴の因縁なんだ。その因縁は君達の時代には必要ない。――それに君はそう言うが、そこまで今のヒーロー達は悪くないよ? エンデヴァーやリューキュウを始め、沢山の心強いヒーローがいるじゃないか?」

 

「それ等が贋作なんだ! エンデヴァーは検挙率は№1です! ですが再犯率や新たな犯罪の抑止力にはなっていない! 寧ろ悪化させている! 他のヒーローだってそうだ! あなたと違って、他人と自身の命を天秤にも掛けない連中ばかりだ! いざって時に逃げ出す! 抑止力には誰一人なれない!」

 

 自身の想いを竜牙はぶちまけた。感情的になったと自身も反省するが、それでも後悔はない。

 オールマイトに教えなければならない。今の社会に平和の象徴は一人しかいない現実を。

 

「……雷狼寺少年」

 

 けれどオールマイトは竜牙の想いを受けて尚、冷静でいた。

 小さく、ハッキリと彼の名を呟くと、しっかりとした目で竜牙を見上げながらこう言った。

 

「それでも私は皆を……ヒーローを信じる」

 

「!……オールマイト」

 

――分かっていますか? 信じるなんて、所詮は他力本願か願望でしかないって事に。 

 

 竜牙はオールマイトの言葉にもう何も言えなかった。

 変わらない。この人は死ぬまでこのままなんだと分かってしまったから。

 愚かとも言える程の想い。だからこその№1ヒーロー。自身の憧れた存在。

 それを分かっているからこそ、竜牙はもう黙るしか出来なかった。

 

 そんな時だった。学校のチャイムが三人のいる教室に鳴り響いた。

 

「もうこんな時間か……緑谷少年、先に戻っていなさい。私はあと少しだけ、彼と話しをするよ」

 

「……は、はい」

 

 オールマイトの言葉に緑谷は何とか頷いた。

 だが内心では自分は必要だったのだろうか、何か言うべきだったんじゃないのかと、少しの迷いを抱いていた事をオールマイトは知らない。

 

「じゃあ……失礼します」

 

 緑谷はそのまま教室を出て行った。

 それを見送った後、オールマイトは静かに立ち上がり、再び顔と肩を落としている竜牙に肩に優しく手を置いた。

 

「雷狼寺少年……すまない。君の心の傷も、今までの事も、そしてご家族との事も。それは全て、オール・フォー・ワンを止められなかった私の罪だ。――だからこそ、私が終わらせよう。もう君が望まぬ姿を選ばぬ様に」

 

 体育祭の時に聞いたヒーローに憧れる№1の少年を、オールマイトは忘れていない。

 開会式で皆を燃え上がらせ、自身の個性と向き合っていた真っ直ぐな少年の事を。

 だからこそ止めるのだ。目の前にいる少年から大切な何かを奪った巨悪を、自身の手で。 

 

「だから君も私を信じてくれ。大丈夫さ!」

 

 そう言ってオールマイトはボンッと煙を出すと、そこにはいつものマッチョな№1の姿があった。

 

「HAHAHA!! なんたって私はオールマイトだからね!!――終わらないさ、私は。君や緑谷少年達が立派なヒーローになるまではね」

 

「……本当ですか?」

 

「本当だとも! さぁ! 昼休みは終わりだぜ!! 次は私とのヒーロー基礎学だ! 遅刻は許さないぞ雷狼寺少年!!」

 

 HAHAHA!!――笑いながらオールマイトも教室から出て行った後、残されたのは立ち尽くしたままの竜牙だけとなる。

 竜牙は数分間、その場から動かず、やがて静かに顔を上げて小さく呟いた。

 

 

――平和の象徴は終わらせない

 

 胸の中にある檻。その扉に手を掛ける様なイメージを抱いたまま、竜牙もまた教室から出て行くのだった。

 

 

 

END



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第三十三話:止まない咆哮

友人が「メガトン級ヤマト」欲しいなぁって言ってたんですが、検索しても『メガトン級ムサシ』しか出てきません。
これは何か試されているのか……!(;゚Д゚)


 緑谷は昼休みが終わった後、更衣室へと向かってコスチュームに着替えていた。 

 クラスメイトと着替えていると、途中で竜牙も合流し、コスチュームに着替えていると障子が竜牙へと話しかけた。

 

「雷狼寺、昼休みは緑谷と何をしていたんだ?」

 

「……特に何も。ただ昼食を食べていただけだ」

 

 まるでそんな事は気にするな、と言わんばかりに障子に返すと、着替え終わった竜牙は先に出て行った。

 一見相変わらずにも見えるが、もうA組の仲間はそれがいつもと違う事が分かっていた。

 

 だからこそ、男子全員の視線が自然と緑谷へ向かうのは自然な流れであった。

 

「えっ……えっと、なに?」

 

「……緑谷。お前、昼休みに雷狼寺と何を話していたんだ?」

 

「普通に考えて、君達二人だと話が盛り上がると思えないからね!」

 

 障子はともかく、青山からは酷い言われ様だった。まぁ緑谷も冷静に考えれば確かに納得してしまうが。

 けれど、だからといって話せる内容ではない。自分はその場にいたが、少なくともただ立ち会っただけ。

 内容もそうだし、竜牙に関する事を自分の物差しで測って話す事を緑谷は出来なかった。

 

「ごめん……言えないんだ。これは雷狼寺くんにとって大事な事だから」

 

「そうなのか……けど、ならなんで雷狼寺は、そんな話を緑谷に話したんだ?」

 

「うっ……」

 

 尾白は普通に疑問を抱き、ただ何となく呟いた言葉だったが、それはシンプル故にグサリと緑谷の胸に刺さった。

 

――ま、まずいかな……?

 

「確かにそうだよな……」

 

「なんで緑谷君だけに言うのだろうか?」

 

「ハッ! 白髪とクソデクが何しようがどうでも良いだろうが!!」

 

 尾白の言葉を皮切りに砂藤と飯田も反応し、爆豪は相変わらずの暴言をぶちかます。

 ただ轟は様子見に徹している様で、たまに視線を向けるだけで留まり、口は開かなかった。

 

 しかし、徐々に更衣室内が騒がしくなっていくのは止まらない。

 皆がそれだけ最近の竜牙を心配してるのもあるが、爆豪に関しては嫌いな二人の話で盛り上がっているのが気に入らないだけだろう。

 時折、殺意を込めた視線を緑谷に向けており、周囲の視線もあって緑谷に限界が迫った時だった。

 

「もう良いだろその辺で。緑谷だって話せねぇって言ってるんだし、本人がいない所でごちゃごちゃ言うのは漢らしくねぇ」

 

 そう言って一石を投じたのは切島だった。

 今までの流れの中、着替えに集中していた彼だったが、流石にこのままだとマズイと思い口を出した。

 

「また体育祭の時を繰り返すつもりかよ。あの時だって後悔して、俺等が悪いのに雷狼寺にケツ拭いてもらったじゃねぇか」

 

 切島は今でも体育祭の時の事を後悔していた。

 一線を越えた。まさにそれを体験したからだ。しかも下らない理由で。

 今回はその二の前になる前に止めたのは、彼なりの罪滅ぼしでもある。

 

「……確かにそうだな」

 

「……また俺は、雷狼寺君の想いを踏みにじる所だったよ」

 

 上鳴が頷き、飯田も反省する様に呟いた。

 こうなれば仕方ない。そう思う事で意外と全員が納得し、急いでコスチュームに着替えるのだった。

 

「……今回はそれでも聞くべきだと思うんだがな」

 

 ただ、轟だけがそう呟いた事には誰も気付く事はなかった。

 

 

▼▼▼

 

 

「やあ諸君!! 今日もヒーロー基礎学に私が来た!!!」

 

 来ない方が問題だろと思う台詞を叫びながら、オールマイトは指定した訓練場で生徒達を待っていた。

 相変わらず画風の違いや限定コスチューム等を纏い、緑谷が目を輝かせていたが、竜牙はその姿が偽りである事を分かっている。

 

――オールマイト、あなたは限界だろうが№1であり続けようとするんですね。

 

 見方が変わった。

 この人がいれば安心できる、誰もが求めるヒーロー。――ではなく、見ていて不安。

 いつ限界が来るか、いつ万が一が来るか見ていてヒヤヒヤする存在となってしまった。

 

 けれど、当のオールマイトは竜牙にそう見られているとは微塵も思っておらず、そのまま授業の説明に入った。

 

「さぁ有精卵の諸君!! 合宿が始まる前におさらいと行こうか!! 体育祭、職場体験……色々と学んできたからこそ、敢えて再びこれをやってもらおう!!!」

 

 そう叫んだオールマイトの手にはリモコンがあり、そのスイッチを押すと目の前の地面が割れる。

 そして地面から出て来たのは、A組で見覚えのあるビルとミサイルだった。

 

「ケロッ! これって……最初にやった実戦訓練のやつね」

 

「あぁ……おさらいってそう言う事ね」

 

 蛙吹の言葉に続々と記憶が蘇るA組メンバー。

 耳郎もおさらいの意味を理解し、納得した様でも前回の結果もあってか少し面倒そうだった。

 無論、その思いは前回で負けた者達に共通していた。

 

「う~ん、前回は相性もあって活躍してないし、あんまり良い印象はないなぁ」

 

「――チッ!」

 

 地味に負けた尾白や、緑谷にしてやられた爆豪の表情も良くはない。

 ただ例外も存在した。

 

「あの時と同じルールなら、運が良ければリベンジはできそうだな」

 

 そう言って竜牙へ視線を向けるのは轟だった。

 今思えば、あの一件で轟は完全に雷狼寺を意識した切っ掛けだ。

 だから今は心配よりも、リベンジへ心が燃え始めており、それは周囲へ伝染し始める。

 

「確かに前回の反省を活かせるようになったか、良い機会だ! 緑谷くんや麗日さんに負けてしまったが、リベンジ出来るならしたい!」 

 

「私だって負けないよ飯田くん!」

 

 負けた者、勝った者、関係なく授業への意欲が燃え上がっていた。

 あの時よりも自身の実力は成長している、その自覚は全員にあった。

 ならば試したい、そう思うのが性だ。故にオールマイトもそんな教え子達の表情を見て、内心で嬉しさが込み上げていた。

 

――フフッ! 皆良い顔をする様になったね……そして緑谷少年、雷狼寺少年。君達の更なる成長も見せてくれよ!

 

 オールマイトがそんな事を考えていると、耳郎はただ静かに佇んでいる竜牙の傍へと来ていた。

 

「全く……こんなにやる気出されて、ウチだけ変化無しだったらロックじゃないね。――あんたも燃えてる雷狼寺? まっ、敵か味方か分かんないけど、そん時は宜しく。ウチだって前よりは成長している自覚はあるからね」

 

「……そうか。せいぜい頑張れ」

 

「……雷狼寺?」

 

――あんた、何処を見てるの?

 

 感情の籠っていない竜牙の言葉に耳郎は違和感を抱いた。

 目線はオールマイトへ向けられ、一切自分に――否、クラスメイトに意識が向けられていない。

 道端の石ころ、自身の後ろにいる有象無象。そんな扱いだ。

 

――ウチ達を見なよ?

 

 耳郎は内心で怒りそうになったが、竜牙を前にすると口にする勇気がなくなる。

 まるで権利を奪われたような理不尽な感覚。けれど自身がそれを認めてしまう悔しい思い。 

 耳郎が言葉を飲み込む様にし、必死に耐えているとオールマイトが大きな声で説明に入った。

 

「HAHAHA!! 既に勘付いていると思うが、その通り!! 最初に行った実戦訓練をしてもらうよ! 流石に組み合わせは再びくじ引きだが、ルールは同じさ! ヒーローとヴィランに分かれ、核防衛か奪取。それかどちらかの戦闘不能か捕縛で勝負を決めてもらう!――さぁ! 早速引いてくれ!!」

 

 オールマイトは古臭い箱を前に出すと、番号順に竜牙達は引いて行き、竜牙は自分の引いた文字を確認する。

 

「……Bか」

 

「あっ、雷狼寺もBなのか。ちょっと安心したよ、雷狼寺とは一回は組んでみたかったからさ」

 

 安心した様に言いながら来たのは尾白だった。

 尻尾を活かせる者同士である為、尾白からすれば竜牙とは一度で良いから近くで見たい相手。

 けれど、竜牙は視線で尾白を確認しただけで、すぐに対戦表のモニターへ顔を向けてしまう。

 

【VILLAIN B:尾白・雷狼寺 VS HERO E:切島・八百万】

 

「……切島、八百万か」

 

 硬化・創造の個性を持つ二人が竜牙の相手。

 普通に見れば強力な相手であり、しかも二人は竜牙へのリベンジに燃えていた。

 

「よっしゃ! 相手は雷狼寺と尾白か! 雷狼寺……体育祭の続きしようぜ!」

 

「私も騎馬戦での借りを返させて頂きますわ。あの頃と同じと思えば痛い目に遭いますわよ」

 

 二人共実力は高く、今回に限っては竜牙が相手と言う事もあってやる気に満ちており、今までの比じゃない実力を示すのが予想できる。

 尾白も苦戦必須と思い、その表情は既に決意を固めていた。 

 

「切島に八百万……これは苦戦するかもな雷狼寺。今の内に少し作戦とか話さない――」

 

「――いらない」

 

――えっ?

 

 その竜牙の言葉は短いながらも、周囲にハッキリと聞こえた。

 拒絶するかの様に物言いであった為、尾白は困った様に冷や汗を拭う中、竜牙は周囲が呆気になりながらもその中を静かに歩いて行く。

 そんな後ろ姿を切島と八百万はただ黙って見送り、竜牙が遠くに離れた後にようやく口を開いた。

 

「……なんつうか、あれだな。昔の轟みたいだな」

 

「私達は眼中になし……って感じですわね」

 

 そんな様子だ。切島と八百万にも多少の悔しさはあったが、同時に当然なのかもという仕方なさも感じていた。

 入試1位突破から始まり、USJ襲撃・体育祭優勝。トップヒーローの下での職場体験。

 どの要素を見ても竜牙は既に頭一つ抜けている。それも雄英高校という狭き門、その中を勝ち抜いたヒーロー科の中でもだ。

 

 常人ならば到達するだけで何年、それか一生を費やさないと得られない力。

 切島達も爆豪の言葉を鵜呑みにしたくはないが、自身よりも弱い奴の意見や、意識を向けない理由が分かる。

 何のプラスにもならなければ意味もない経験。それは時間の無駄でしかなく、有限の中でトップヒーローを目指すならば寧ろ尊敬に値する。

 

――故に。

 

「教えてさしあげましょう。見るべき存在がいる事を」

 

「おう! こっちは武闘派のヒーローにしっかりと揉まれて来たんだ!」

 

 二人も成長していない筈がなく、経験によって格段に成長している。

 だから自信があった。雷狼寺 竜牙――個性【雷狼竜】を持つ№1に自分達の存在を知らしめることに。

 

「それじゃ! そろそろ始めるぞ!!」

 

 オールマイトの声に全員が一斉にそちらを向き、気合をいれなおす。

 嘗ての自分への挑戦とも言える授業が始まる。

 けれど、竜牙だけはどこか別の方を見ていた。ただただ空を眺め、授業が始まってもモニターに見向きもしない。

 

「……まだだ」

 

――檻が開かない

 

 

▼▼▼

 

 

「勝者! ヴィランチーム!!」

 

 授業は順調に進む。

 今もヴィラン側の轟・蛙吹がヒーロー側である峰田・上鳴を行動不能にし、決着が付いたところだった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!! だから言ったんだ!! 轟の初見殺しに勝てる訳ねぇって!!」

 

「……すまん」

 

 怖いぐらいに泣き叫ぶ峰田の姿に轟も思わず謝罪。

 前回と同じくビルを速攻で凍らし、侵入する峰田と上鳴を凍らせたのだ。

――しかし、峰田にトドメを刺したのは蛙吹だ。

 

「よく言うわね峰田ちゃん。上鳴ちゃんを見捨てて、もぎもぎで飛び跳ねて凍らなかったじゃない?」

 

「て、てめぇ……み、峰田ぁ……覚えてろよぉ……さ、さみぃ……!」

 

 その後の峰田は核を無視し、蛙吹のおっぱいをガン揉みしまくったのだ。

 結局、最後は蛙吹が感情を殺した表情で峰田を追いかけ回すという馬鹿らしく、どっちがヴィランか分からない展開となった。

 そんな事もあって、未だに震える上鳴から恨みの目で見られてもいる。

 

「HAHAHA! 轟少年は頭一つ出ているからね! けど、それでも相手の個性との相性も何とかしないといけないよ上鳴少年!――あと、峰田少年は職員室に来るように」

 

「オールマイト……オイラ、いくら№1のでも男のおっぱいに興味ねぇんだ」

 

「……凄いね君」

 

 上鳴へのアドバイス。そして峰田への注意。けれどオールマイトの堂々とする峰田の姿に、もう何も言えなかった。

 

「ゴホンッ!――では次のチームスタンバイするんだ!」

 

 気を取りなおしたオールマイトはそう言ってモニターを操作すると、次のヴィランチームの名には尾白と竜牙の名前が映される。

 

「いよいよだな雷狼寺……」

 

「……関係ない」

 

 不安そうにする尾白を無視し、竜牙はビルへと入って行き、尾白も参ったなと思いながらも苦笑しながら後を付いて行く。

 そんな二人の後ろ姿を見送った切島と八百万は、静かに闘志を燃やしていた。

「10分後だな……この時間が長く感じるぜ」

 

「なら今の内に作戦の予習をしましょう。雷狼寺さんが前回の様に個性でゴリ押されても脅威ですから」

 

 まだかまだかと思う二人に緊張はない。寧ろ、成長した自分達がどれだけ竜牙に通用するか、強いては勝ちたい。

 そんな強い想いを宿し、気付けば二人はビルの入口前で佇む。

 

――あと1分。

 

 その時が来た瞬間、切島と八百万の顔から笑みが消える。

 表情は真剣そのものであり、凶悪な事件に挑むヒーローにも劣らぬ険しい表情となっていた。

 竜牙――【雷狼竜】の個性という大きな壁に挑むと同時に、設定通り強大なヴィランとの激闘が待っているなら当然の態度。

 

『時間だ! ではスタァァァァト!!!』

 

「行くか!」

 

「えぇ!」

 

 オールマイトのスタート宣言と共に二人はビルへと足を踏み入れた。

 二人は本気であり、切島に至っては既に肉体の一部一部を硬化させ、いつでも八百万の盾、またはヴィランへの矛になろうとしていた。

 それに気付いている八百万も頭をフル回転させ、いつでもすぐに何かを創造できるようにしていた。

 

――必ず勝つ!

 

 その想いは決して揺るがない。

――だが、真剣過ぎた二人は気付いていない。

 

『ッ!? な、何をしているんだい! 雷狼寺少年!!』

 

『雷狼寺くん!?』

 

 外から見ている者達の異変に。

 

 

▼▼▼

 

 それは開始一分前に遡る。

 最上階のフロアで核を設置し、その前で立つ竜牙と尾白。

 けれど竜牙は間もなく始まるというのに、ずっと目を閉じて佇むばかり。

 

「……どうするかな?」

 

 そんな様子に尾白は不安でしかなく、ずっとソワソワと尻尾を揺らしていた。

 相手は接近戦に強い切島と、何だかんだでオールラウンダー寄りの八百万だ。

 きっと苦戦する。それどころか寧ろ劣勢だ。竜牙も負けてはいないが、相手のバランスと手札が多過ぎる。

 

「あくまでも俺の物差しだ……けど、かなり上手く立ち回らないと勝てないだろうな」

 

 弱気ではないが、不安が尾白に独り言を呟かせてしまう。

 前回は活躍できなかった以上、今回は成長している事を示したい、負けたくない。

 そんな風に尾白が不安を止めようとしていると、不意に竜牙が呟いた。

 

……少しだが檻が開いた

 

「えっ? なんて言ったんだ雷狼――」

 

『時間だ! ではスタァァァァト!!!』

 

 不意打ち気味に開始が宣言され、そのオールマイトの叫びに尾白はしまったと感じていた。

 

「マズイ、切島達が来る! 雷狼寺、通路に行って前みたいに奇襲とか――」

 

「――関係ない。俺一人で終わらせる」

 

 相談しに近付いた尾白を迂闊と思いながら、竜牙は巨大な血に染まった様な“黒い尻尾”を出し、そのまま核と尾白を包んだ。

 そしてオール・フォー・ワンに授けられた【作成】の個性を使い、尻尾を素材にして巨大な殻を作成した。

 これで核の安全と、尾白が巻き込まれる事はなくなった。

 

『ッ!? な、何をしているんだい! 雷狼寺少年!!』

 

 オールマイトの声が聞こえたが、竜牙は気にしない。

 これは貴方の為だ、贋作に期待しても本物にはならない。

 だからこそ№1を終わらせない為、竜牙は嘗てオール・フォー・ワンに傷を付けたこの個性――【雷狼竜】の全てを解放させる道を選んだのだ。

 

「……雷狼竜」

 

――さぁ、人狩(ひとか)り行こうか

 

 人間は忘れている。狩りは人間だけの特権ではない事を。

 

 

▼▼▼

 

――気味が悪い。そして妙だ。

 

 ビルに入った切島と八百万が抱いた感想はそれであり、同時に共感していた。

 構造は同じだが、前回よりも中は広くなっている。緑谷や爆豪も前回派手にしていたし、少し余裕を以て似たビルを作ったのだろう。

 だが、二人の感想の理由はそんな作りやらの微々たる違和感ではない。

 

「……なんだよこれ? 静か過ぎねぇか?」

 

「えぇ……何と表せば良いのでしょう? ビル内の雰囲気そのものが静かと言えば良いのでしょうか。音とか、そん単純なものでない静けさ……少し怖く感じてしまいますわ」

 

 自身を恥じる様に八百万は最後にそう言ったが、切島は別にそうは思わなかった。

 何故なら切島自身も怖かったのだ。

 空気が寒く、轟の残り香ではなく単純に嫌な予感という意味で悪寒がする。

 

「なんでしょう……不安が拭いきれませんわ。こんな気持ちは初めてです」

 

「……あぁ、漢らしくねぇけど同感だ」

 

 ビルを進めは進む程に負の気持ちが強くなる。

 二人共、八百万が作った絶縁のマントを身に纏っており、竜牙対策はしているが不安は一切消えようとしない。

 額から嫌な汗が流れる。無駄に力んでしまい疲れていく。

 一体、なんなんだろうか、この変な感じは。切島と八百万は精神を削りながら、自問自答しながら次の階、次の階へと昇っていく。

 

「結構、昇って来たよな?」

 

「えぇ、少なくとも半分ぐらいの筈ですわ」

 

 丁度、半分のフロアに足を踏み入れた二人。

 けれど光景も雰囲気も大して変わらず、この不気味さにも慣れてきたが不安は増していく。

 

「雷狼寺と尾白の二人……そろそろ仕掛けて来てもおかしくねぇよな?」

 

「寧ろ遅すぎますわ。どちらかといえばお二人共、接近戦を得意としていますから、わざわざ私達をここまで進ませる理由はありませんわ」

 

 それが不安要素の一つ。竜牙達が全く、仕掛けてこないこと。

 困惑する切島へ、八百万は冷静を保ちながら思った事を口にするが、相手の作戦なのかアクシデントなのかは分からない。

 自分達を想像以上に警戒しているのか。そう思えば救われるが、今の竜牙を思い出すと納得はできない。

 

「取り敢えず、慎重に進もうぜ」

 

 弱気は漢らしくねぇ。そう言わんばかりに切島は頭を切り替え、少しずつ通路を前進する。

 八百万も後に続き、二人が進んで行くと不意に、フロアに似つかわしくない赤黒い光が視界に入り、足を止めた。

 だがそれは、自然にではなく磁石の様に強力な存在感によって足を止めたのだ。

 

「これって……!」

 

 八百万はフロアの壁に張り付く物体と、それに纏わりつく赤黒い光から目が離せなかった。

 

――白い体毛。それに纏わり付く赤黒い光を放つ、謎の虫。

 

 なんでこんな物がフロアの壁に付いているのだろう。

 少なくとも、自然に付いたものではない事は八百万は分かっていた。

 

「おい、これって……雷狼寺のサポートアイテムの虫だよな?――イテッ!?」

 

 八百万が考えている間に切島は、興味本位で赤い電気を放つ虫に触れてしまうが、感電とは違う痛みに驚いて手をすぐに引っ込めた。

 

「切島さん! 迂闊ですわよ!?」

 

「お、おぉ……俺もそう思った。けど、見た目以上に強力だぜこいつ」

 

 八百万の注意に切島も素直に反省し、今度は注意深く確認しながら距離をとった。

 

「……なんだこの虫?」

 

 見た目は少し変な虫だが、切島の虫への困惑は発する電撃にあった。

 触れた場所の脱力感に、痺れのせいなのか触れた部分の硬化が出来ない。

 入学時には間違いなくなかったもので、切島はやや劣等感を抱いてしまった。

 

「……雷狼寺の奴、なんか最近変だったけどよ。間違いなく、俺等より強くなってんな」

 

「そう……ですわね」

 

 何とも言えない表情の切島の言葉を聞いて、八百万も頷いてしまう。

 明らかに個性が成長している。身体的な事ではなく、その事実は二人に力の差を感じさせるのに十分だった。

 特に職場体験では望んだことが出来なかった八百万は、リューキュウの下に向かった竜牙へ尚も劣等を感じてしまう。

 

(――今思えば、入学当時から雷狼寺さんは雰囲気が違いましたわ)

 

 耳郎や障子とは話していたが、それ以外とは若干の距離があったと八百万は覚えている。 

 けど余裕もあった。自信とも言える。後から不本意で知ってしまった過去も踏まえれば当然だったのかもしれない。

 推薦組で自信も八百万にもあった。だが同時に甘さもあったのかもしれない。

 プライドか何かか、原因は分からずともただ慢心を生んでしまっていた自身と、帰るべき場所がない背水の陣の竜牙。

 当然の結果だったのだろう。八百万は努力で負けている気はしていなかったが、努力も比較にするのは卑怯と思い口にはせず、落ち着こうと深呼吸した時だった。

 

「ところでよ、なんで雷狼寺はわざわざ毛と虫を残してったんだ? 作戦か何かなのか?」

 

 切島は壁の体毛と虫をずっと見続けながら、不思議そうにそう言った。

 罠にしてはシンプル過ぎて分からず、意図も想像がつかない。

 体毛や虫を壁に付けて何がしたいのか、八百万も利があるとは思えず切島に同意した。

 

「!……え、えぇ、そうですわね。確かに不思議ですわ。何かの罠なのかも知れませんが、それにしても露骨過ぎです。ここは構造的にも必ず通りますし、これでは作戦というより、まるで自身の存在を教えているよう――」

 

――自分の存在を()()()()()

 

 それは優秀な八百万だからこそ気付いた事だった。

 創造という、知識量が必要な個性を扱うからこそ、その彼女が持つ知識がとある答えへ繋げたのだ。

 竜牙や尾白が存在を知らせる理由はほぼない。だが、相手を雷狼竜として見るならば――

 

「ッ!?――いけません切島さん!!」

 

 気付いた瞬間、八百万は全身に電流が走った様な感覚に陥りながらも、必死に切島へ叫んだ。

 

――ここにいてはいけない! この場の雰囲気、そして目立つ体毛の配置。その意味は一つだけ!

 

「この体毛はマーキングです!! 雷狼竜の()()()を意味している――」

 

 

――AOoooooooooN!!!

 

 

 この体毛の答えを出した瞬間だった。その咆哮と共に、赤黒い雷を出す蟲――蝕龍蟲を引き連れて牙竜が姿を現したのは。

 壁をぶち破り、巨大な口で切島を捉えると周囲の壁や柱を破壊しながら巨大な肉体を旋回し、そのまま勢いで切島を床に叩き付けた。

 

「切島さん!!」

 

 ビル全体が揺れる。亀裂が走り、衝撃の余震がまだ残る。

 どれだけの衝撃を受けたのか、八百万はあまりの光景に仲間の名を叫ぶと、切島は何とか素早く立ち上がり、雷狼竜から距離をとった。

 

「だ、大丈夫だ! けど、なんだよこれ……!」

 

 身体への痛みはある切島だが、目の前に君臨する雷狼竜の姿に驚愕していた。

 

――半分が黒に侵食されている原種雷狼竜。

 

 言葉で目の前の雷狼竜を現すならば、まさにその表現だ。

 徐々に蝕む様に原種の身体が、甲殻が、爪が、体毛が、雷が変化、変形していっていく。

 現在進行形での変化。それは困惑しか生まず、未知への対応をどうすればよいかと、二人に混乱すらも生んでいた。 

 

「雷狼寺さん……なんですよね?」

 

『Grrrrrrr!!』

 

 八百万が落ち着く為に適当な言葉を発したが、帰って来たのは今にも襲い掛かりそうな唸り声。

 徐々に放電を強め、自分達に意識を向けている事に気付いた切島と八百万は我に返り、すぐに戦闘態勢へ入る。

 そして切島は硬化した肉体で飛び上がり、雷狼竜の顔に強烈な蹴りを繰り出した。

 

――先手必勝!

 

 伊達に武闘派のヒーローの下に行ったわけではない。

 技術、個性の使い方を学んで帰って来た。

 

――少なくとも、体育祭のままの俺じゃないぜ雷狼寺!!

 

 竜牙は強くなっている。それは目の前の光景を見る以前に分かっていた事だ。

 けれど、そこまで差は広がっていない。切島は自身の成長を信じており、そう疑わず速攻を挑んだ。

 轟が体育祭で怯ませた顔への一撃。それに習い、今度は自分が決め――

 

 

――AOoooooooooN!!!

 

 

 瞬間、切島の身体は強い衝撃を感じながら吹き飛んだ。

 壁を、柱を自身の硬化した肉体で破壊しながらフロアの端まで。下手をすればそのままビルを突き破っていた程に。

 

 その理由が、旋回した雷狼竜の尾による一撃であったのに切島が気付いたのは一瞬薄れた意識の中。

 また八百万が気付いたのはニ三テンポ遅れての事。ある疑問が彼女の思考を遅らせたのだ。

 

「何故!? 切島さんの方が出が早かった筈……!」

 

 八百万の言う通り、切島の方が出が早かった。常人ならば間違いなく攻撃をくらう程に。

 人で例えるなら相撲の“後の先”である。けれど雷狼竜の反応速度は、その比ではない。

 

――自然の掟こそ強者への道。

 

 日夜、命のやり取りを強いられる天敵との弱肉強食。

 刹那の変化を見せる大自然による環境変化。

 それらによって得た力。

 

 安全圏でしか生きられない人と違い、雷狼竜の住む場所は大自然。

 強者との生き残り戦。自然災害、環境変化に備える為の危機回避能力。

 その全てを持ちし、大自然で生き残った限られた種族――牙竜種。

 それこそが竜牙の持つ個性の真髄――雷狼竜の個性の正体。

 

 リスクだけの世界。だからこそ、個ではなく種族に対して天は恩恵を雷狼竜へ与えた。

 派生の種――『亜種』への道を。

 

――動きも力も体育祭の比じゃねぇ……これが雷狼竜状態の雷狼寺なのか!?

 

 壁に叩き付けられた切島だが、意識はあった。

 けれど硬化状態でも感じる全身への激痛が、切島に地力の差を痛感させた。

 体育祭の時の真正面の戦闘の比ではない。轟はこんな相手に戦ったのか。

 

「く、くそ……フォースカインドさんの所で……俺は何を学んだ……!」

 

――Grrrrrrrrrrrr……!

 

 学んだ事を活かせない自身に怒りを覚える切島だが、後悔する時間すらなかった。

 唸り声が近付いて来る。足音、その振動も徐々に大きくなってくる。

 

「グゥッ……一撃で終わるなんて……漢らしくねぇ!!」

 

 目の前にここ一番の好敵手(受難) がいる。

 一撃で終わるのは勿体ない。諦めたくない。

 全身、そして身体の節々に痛みを走らせながら切島は立ち上がり、自身へ鮮血の眼光を向けながら迫る雷狼竜へ身構える。

 

「待ちなさい! 私を甘く見ないで下さい!」

 

 そう切島は一人でない。八百万という相棒がおり、自分を無視して横切る雷狼竜へ八百万は叫びながら、個性で作った盾とバズーカ砲を向ける。

 そんな八百万へ、雷狼竜は横目で視線だけを向けた。

 

――

 

「――!?」

 

 野生の殺意。けれど、雷狼竜にしては弱き殺意が八百万を襲う。

 お前にはこれで十分。身体を一瞬震わせ、身体が固まる八百万にそう言うかの様に雷狼竜は再び視線を戻し、切島へと歩みを進める。

 

「……わ、私だって雄英高校のヒーロー科ですわ!」

 

 なんて屈辱。轟と同じく推薦組である八百万は、まるで眼中にない扱いをしてきた雷狼竜へ怒りを示し、盾を前に出しながら八百万流の簡易的バズーカ砲を発射した。

 けれど強力な火器の発射を見ていて、雷狼竜が何も考えない筈がなかった。

 

――お前は受難じゃない

 

 雷狼竜は巨体に似合わない動きでバズーカ砲を避け、俊敏な動きで八百万へ前脚を振り上げた。

 その時だった。

 

「掛かりましたわね!!――切島さん! 目を閉じてください!!」

 

 前脚を上げた瞬間、八百万は切島へ叫ぶと自身のコスチューム。その胸元を恥じらいもなく広げた。

 

『おぉぉ!!! ズームで見せろ!!! オイラのリトル峰田がビッグ――』

 

『峰田ちゃん、うるさいわよ』

 

 映像を見ていた峰田が叫び、蛙吹が制裁している事など竜牙達が知る事はなかったが、現れたのは彼女の持つ“発育の暴力”という色っぽい物ではなかった。

 胸部分から出て来たのは筒状の物体が二個――閃光弾。そして八百万の顔にはサングラスが付けられており、それを見た瞬間、雷狼竜は気付いた。 

 

『ッ!?』

 

 自身に害がある物体だと。同時に辺りに強烈な光が放たれ、フロア全体を光が包み込んだ。

 そして雷狼竜の視界は強烈な光によって、闇に包まれた。

 

――GYAOOOOOOON!!!

 

 フロア全体が揺れた。窓ガラスは砕け散り、建物が悲鳴を浴びる。

 何があった、人間が何をした。雷狼竜は八百万からの攻撃を察したが、何が起こったか分からず混乱し、強烈な遠吠えを放った。

 

「ッ!!? な、なんて鳴き声ですの……!」

 

 それは、このパターンを想定し耳栓を付けていた八百万ですらダメージを受ける程の遠吠えだった。

 だが八百万は揺れる身体に鞭を打ち、遠吠えが若干収まると耳栓を捨てて切島の下へと駆け寄る。

 

「お立ち下さい切島さん! 態勢を整えますわ!」 

 

「お、おぉ……! そ、そうだな! 良し!」

 

 閃光から身を守れても、遠吠えのダメージまでは切島は防げず大きなダメージが残った。

 だが気合で態勢を整え、八百万の手を借りながら呼吸を整えながら雷狼竜を見た。

 

「……Grrrr」

 

 雷狼竜は小さな唸り声を出していたが、それは先程の遠吠えとはあまりに差がある小さな声。

 同時に二人は察した。雷狼竜は冷静になっている事に。

 その光景を見て、八百万は険しい表情を浮かべながら嫌な汗も流れていた。

 

「もう正気に戻るなんて……なんて生物なんでしょ……!」

 

「まぁ見た目はアレでも中身は雷狼寺だしよ、そりゃあそうだろ」

 

「……えっ?」

 

 肩で息をしながらみ平然と言う切島の言葉に、八百万は思わず呆気になるがすぐにハッと気づく。 

 見た目は雷狼竜でも、あれは竜牙の個性による姿に過ぎない事に。

 まるで野生の獣みたいな思考と動きのせいで、八百万はすっかりアレが竜牙である事を忘れ、雷狼竜という生物として対峙していた。

 

「そ、そうですわよね……あれは雷狼寺さんですし、私ったら何を――」

 

 どうも認識にズレがある。自分らしくない冷静じゃない思考だと八百万は反省した時だった。

 

「Grrrr……!」

 

 雷狼竜は赤い放電を発しながらも静かに動き始めていた。

 しかし、何やら様子がおかしかった。切島と八百万の二人から間合いを取る様に歩き、鼻はヒクヒクと、耳も落ち着きなく敏感に動いていた。

 そんな違和感がない程に野生動物の様な仕草。そんな動きに八百万は何かがおかしいと再度を思考を巡らせると、切島も同意見を抱いた。 

 

「……さっき、あぁ言ったばかりだけどよ。なんか、人の動きじゃないよな? まんま動物っていうかよ」

 

「えぇ、あんな動きや仕草。まんま動物のそれですわ。それに――」

 

 困惑気味に話す二人だが、更に共通している事があった。

 そして、それを思考を巡らせて余裕のない八百万の代わりに、切島が代弁する様に口を開いた。

 

「あぁ……コイツだ。ずっと建物内に入った時から感じてるプレッシャー! ずっと息苦しい感じだった原因は!」

 

 間合いを取る様に動く雷狼竜から放たれる絶対の圧。

 止まらぬ冷や汗、ずっと神経を研ぎ澄ます事を余儀なくされた事への負担。それを存在するだけで二人に与え続ける絶対的な強者。

 

「すげぇ個性だな……漢らしくねぇけど、弱音吐いちまう」

 

「確かに恐ろしい個性ではありますわ。――ですが、それ故の弱点もございますわよ!」

 

 八百万には策があった。両腕を同時に振ると一斉に飛び出し、地面に設置される円盤型の物体――地雷。

 それは人間相手には巨大だが、相手が雷狼竜ならば寧ろ丁度良い。

 そんな地雷が20近くも双方の間に設置され、雷狼竜が下手に動けば必ず踏む形となると、その光景を見ていた芦戸は驚きの声をあげた。

 

 

『すっご!! ヤオモモってば創造の速度や個数多くなってるじゃん!?』

 

『……やれば出来る奴だぞアイツは』

 

 芦戸の言葉に対し、共に相澤と戦った轟は静かに呟く。

 創造の個性は難易度の高い個性だが、使い方を極めれば自身は疎か、竜牙すらも倒せる個性だと轟は思っていた。

 

『よし! この地雷原ならば流石の雷狼寺君も迂闊には動けない筈だ!』

 

『まだまだ勝負はこれからだな!』

 

 飯田と砂藤が手に汗を握り、二人の言葉に他のメンバーも勝負はまだ終わらないと確信する。

――とある4人を除いて。

 

『……馬鹿が。どんだけお気楽に考えてんだ? 頭湧いてんのかッ!』

 

 最初に周りに異を唱えたのは爆豪だった。

 画面をずっと睨み付け、竜牙の姿の歯を噛み締めながら嫌な汗を流す彼の姿に周囲は唖然となる。

 

『おい、なんだよ爆豪、いきなりキレて……』

 

『うっせぇっ!! あんな見え見えの地雷見せて、あれがビビると思ってんのかっ!!』

 

 あんな埋まってもいない地雷なんぞ、一体なんの脅威があるというのか。

 それで倒せるならば、体育祭で自身が倒していると爆豪は理解していた。

――実際、その通りになった。モニターから強烈な爆発音が聞こえ、一斉にA組は視線を戻す。

 

「な、なにが……!」 

 

 八百万の目の前で、創造した地雷が一斉に爆発した。

 同時に雷狼竜の周囲に飛ぶ蝕龍蟲に気付き、その虫達は一斉に八百万と切島目掛けて突っ込んできた。

 

「やべぇッ!?」

 

「これは……!」

 

 二人は横に飛んで回避するが、そのまま壁を突き破る程の破壊力を見せる虫の特攻に嫌な汗を流す。

 だが理解した。地雷を一斉に破壊した正体。この黒い虫達だと。

 

「ハァ……ハァ……こりゃあ、気合を更に入れねぇとやべぇな」

 

「えぇ……驚きはしましたが、まで勝てない訳ではありませんわ」

 

 硬化した腕をぶつけ合って気合を入れ直す切島に、八百万はまだ心の折れていない真っ直ぐな瞳で頷く。

 地雷が処理されたのは驚いたが、地雷だけが切り札と思われるのは心外。

 手札はまだまだあると、二人は雷狼竜へ構えた時だった。

 

『……()()()も贋作か?』

 

「……えっ?」

 

 不意に聞こえた人の声。雷狼竜の鳴き声ばかりで麻痺していたが、自分達以外にも人がいるのは当然。

 それでも二人が驚いた理由は、相手が()()だからだ。

 全身に雷狼竜を模した鎧フル装備の竜牙。爆豪戦でも見せた、完全な人型の姿があった。

 

『爆豪ん時に見せた人型!?』 

 

『けどよ! さっきまで雷狼竜だったろ!? 変身が早いぞ!』

 

 芦戸と砂藤が周りの声を代弁し、全員がそれぞれの思考の下、息を呑んでモニターに釘付けになる中、爆豪は屈辱感を露わにした睨みで見ていた。

 そして歯を食い縛り、絞り出す様に呟く。

 

『馬鹿が……あの時よりもヤベェだろうが』

 

 まだ上があった事に、爆豪ですら内心で焦りが生まれていた。まだ追い付けない、コイツには勝てないんじゃないかという不安。

 それは八百万、切島という多少でも認めている二人の姿があっても、爆豪は更にこう呟くしかなかった。

 

『……勝負ついてたんじゃねぇか』

 

「うおぉぉぉぉ!!」

 

 だが爆豪の言葉を知らず、切島は竜牙へと突っ込んで行く。

 武闘派ヒーローの下で学んだ技術。相手が人型ならば通用する。全身硬化し、これで決めると言わんばかりの勢いで切島は接近戦を挑む。

――だが竜牙の間合いに入った瞬間、切島は上から強烈な重圧を受けた。

 

「ぐっ――」

 

 声を出す暇もなく切島は沈む。床にめり込み、壊して下の階、下の階へと一瞬で叩き落とされた。

 残ったのは轟戦で見せた巨大なハンマーを持つ竜牙と、唖然とする八百万だけだった。

 

「ッ!――切島さん! 切島さん! ご無事なんですか!?」

 

『――』

 

 我に返り、無線で切島へ連絡する八百万だったが、無線からは何も返ってこない。

 切島はもう1階フロアで瓦礫に埋もれながら気絶しており、返す事は出来なかった。

 

『……終わらせる』

 

 竜牙は次の標的を八百万に決めると、今度は竜牙から彼女へと向かって行く。

 その速さは凄まじく圧のある走りで、まるでクマや猪を彷彿させる野生の走りが八百万に迫る。

 

「くっ!」

 

 対し、八百万は両腕から自動小銃を創造。そのまま竜牙へ問答無用に引き金を引く。

 一斉に飛ぶ弾丸の嵐。だが竜牙はまるで雨に当たっているかの様に速さを落とさず、怯まず、そのまま迫り続けた。

 雷狼竜の鱗・甲殻。高火力でもなければ傷もつけられない鎧では、たかが豆鉄砲では怒りしか買えない。

 

「――っ!?」

 

 目の前でハンマーを振り下ろす竜牙へ、八百万は横に飛びながら撃ち続けながらも、効果がないと分かると銃を捨て、今度は全身から布を創造して竜牙の全身に巻き付けた。

 これは相澤の拘束布の八百万アレンジ版。巻き付けた布を自身から引き離し、距離を取ろうと試みるが直後、背後から強烈な咆哮に襲われる。

 

――GYAOOOOOOON!!!

 

 人型から再び雷狼竜化した竜牙は、一瞬で拘束布を引き千切った。

 

 

「そんなっ!?」

 

 八百万は恐怖する。雷狼竜の個性だけじゃなく、その判断の速さに。

 そんな判断力まで合わされば、本当に勝てる要素がない。

 

「どうすれば……あっ――」

 

 八百万は態勢を整えようとした矢先、無意識な強烈な圧を感じ取る。

 分かる。来る。雷狼竜がそのまま自身を攻撃しようと。

 一矢報いるのも無理。受け身を取れ。ダメージを減らせ。願え、竜牙が手加減する事を。

 

――GYAOOOOOOON!!!

 

「っ!」

 

 咆哮を認識した直後、八百万は瞳を閉じた。怖いからだ。

 そして、せめて衝撃が弱い事を祈った時だった。

 

「私が来た!!!」

 

 八百万を庇う様に現れたのはオールマイトだった。

 仁王立ちし、雷狼竜もオールマイトに触れる直前に停止するが、オールマイトの表情は何とも言えないものだった。

 

「雷狼寺少年……! 何故だ、何故ここまでしてしまった! 尾白少年の件と言い、君ならば、もっと――」

 

 怒り、されど悲しみが濃い。ついさっき伝えた筈なのに何故と。

 けれど直後、オールマイトは確かに聞いた。

 

アナタ ヲ オワラセナイ

 

「!……今のは――」

 

 雷狼竜から確かに聞こえた竜牙の声。

 オールマイトは何か言おうと手を伸ばすが、雷狼竜はもう用はないという様に静かに歩いて行ってしまう。

 途中、壁でも壊したのか破壊音と、屋上に向かったらしくビルが大きく揺れた。 

 

「……私のせいなのか雷狼寺少年。もう君にとって私は№1ではなく、守る存在に見えるのか」

 

 オールマイトは、いつの間にか背後で気絶していた八百万を抱き抱えると、尾白と切島を救出する為に歩き出した時だった。

 

――GYAOOOOOOON!!!

 

 また咆哮が聞こえる。雷狼竜の咆哮が。

 まるで何かを伝えるかの様に、誰かに自身の存在を知らしめるかの様に、ずっと咆哮は止まない。

 そんな姿を見て、緑谷達は何も言えなかった。どうやって竜牙を止めるかが分からないからだ。

 

――俺は此処にいる!!

 

 

 咆哮は止まず、授業が終わるまで竜牙は吠える事を止めない。

 そして人に戻った後、竜牙の白髪には薄っすらと赤みと黒が混じっていた。

 

 

▼▼▼

 

 

ア~ハッハッハ!!!

 

「おぉ!? どうしたんだい先生?」

 

 とあるドクターのラボでイカレた様に突如、大笑いを始めたオール・フォー・ワンの姿にドクターは驚愕する。

 けれど返答は返ってこない。ただただ笑い続けるオール・フォー・ワンに、ドクターは諦めて作業に戻った。 

 だが内心では、オール・フォー・ワンは心が躍っていた。

 

「あぁ……! 分かっている……分かっているさ。確かに()()()()()! 本当に成長が早い……いや()()()()()のかな? まぁどっちでも良いか……ククッ……クククッ――」

 

ア~ハッハッハ!!!

 

 オール・フォー・ワンの笑い声。それは偶然なのか、オールマイトの授業が終わる頃まで続いたのだった。

 

――社会は荒れる。内心で誰もが不安がある中、竜牙達の林間合宿は訪れようとしていた。

 

 

END



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幕間:相澤・雷狼寺ミキリの章

仕事しているとSSを書く気力が薄れていきます。
ふふ、疲れるねぇ(´・ω・`)


 イレイザーヘッド――相澤は悩んでいた。ぱっと見は普段と変わらないから誰も気付かないが、ある映像を見て悩んでいた。

 

「……雷狼寺。まさかここまでとはな」

 

 それはオールマイトから渡されたヒーロー基礎学の授業内容。

 渡された時に嫌な予感を抱いた相澤だが、蓋を開ければ何の裏切りもない案の定な内容だった。

 

「……最早、蹂躙だ。それと今までのとも、期末で根津校長に見せた姿とも違う。今までので最も獰猛だ」

 

 一長一短でもあるが相澤は自身のA組を評価し、竜牙に関しては特に意識していた。

 最初の個性把握テスト、理不尽を喜ぶべき受難と判断した人間性。

 体育祭では元々の個性の扱いの高さもあっての活躍や、開会式での他者の心を燃やしたカリスマ性。

 一芸だけでは務まらない事実を即座に吸収し、学習する生徒として模範にしたい程の学習力。

 

「……いや適応力というべきか」

 

 郷に入っては郷に従え。そういうべきか、竜牙の他の環境下に入った時の適応力は高かったと相澤は思う。

 今までとは違う環境に入り、そして環境から理不尽の歓迎。並みの者ならばすぐにストレスで参るだろう。

 だが竜牙の場合は何か違う。その環境下で生き残る為に必要だと割り切りが早い。

 

「性格か……それとも個性の影響か」

 

 相澤は更に悩み、一気飲みが普通の栄養ゼリーも半分残してデスクに置いてしまう。

 普段ならば絶対にしない行動だが、今だけは仕方ないと相澤は悩み続けた時だった。

 

「よぉ! イレイザー! どうしたゼリー残してお前らしくねえな。なんか悩みか?」

 

 近付いて来たのは大きな茶封筒を持ったマイクだ。

 長い付き合い故、何か察して近付いてきたようだが、相澤は相手をする余裕はなかった。

 

「マイク……今は構ってやる暇はない。何もないならどっか行け」

 

「つめてぇぇ!! けど良いのか? お前が頼んでいた物が届いたんだぜ?」

 

「っ!? それを早く言え……!」

 

 これ見よがしに封筒を見せるマイクから、相澤は内心で怒りながらひったくる様に奪う。

 用がないどころではなく、とんでもない本件だ。ヒーローとしての権利を使い、ずっと頼んでいた資料なのだから。 

 

()()()()()()()だけあって、本来ならばそこまで苦労しない物だが……やはりか」

 

 僅か数枚しかない資料を素早く見ていく相澤を見て、マイクも気になって横から覗き込んだ。

 そこに記されていたのは文章がビッシリとかではなく、寧ろ最低限しか書かれていない見やすいものだった。

 だが、そこに記されていた文章を見てマイクも思わずヒーローとしての険しい表情となる。

 

「おいおいイレイザー……こいつは――」

 

<雷狼寺 ミキリ。個性:目利き――他者や物を見るとオーラ等が見えて価値が判断できる>

 

<雷狼寺 そまり。個性:色操作――物体の色を自由自在に操る>

 

 それは雷狼寺家の個性証明とも呼べる内容だった。

 本来ならばヒーローとして必要なら、比較的容易に手に入る資料。

 だが今回は最近、全てが豹変した竜牙の家族に関するものだ。マイクも探ってしまうのがヒーローとしての性だった。

 

「大企業の身内。その個性か……別に個性に関しては役所に普通に提出届け出だ。けどイレイザー、なんでこれを手に入れるのに苦労したんだ?」

 

「単純に圧力だろ。俺も簡単に手に入ると思ってたからな、逆に驚いた」

 

 圧力を掛けてまで隠したいものならばもっとあるだろう。そう相澤は思っていたが、マイクはある事が気になった。

 

「だが何で今更? 家族構成やらは入学時に分かってた事だろ?」

 

「逆だ。今だからこそ、真剣に再度確認するべきなんだ。――近年の雷狼寺の周辺で起きた事。そして根本的な原因は必ず雷狼寺の身内が関係している筈だ」

 

 アングラ系として目立たないヒーローとして活動してきた相澤だからこそ、調べ方は慎重で時間も掛ける。

 例え無駄だと思っても、自身が納得しなければ何度でもだ。

 

「それに今回は前の資料とは違う……気になっていた事もあったからな」

 

「なんだよそりゃ?」

 

「……()()()()()だ」

 

 竜牙の入学時、渡された資料。そこに記されていたのは祖父母・両親・保護者の家政婦の個性のみ。

 双子の娘は個性が目覚めてないとされ未記入だった。

 

「雷狼寺は両親と疎遠だ。――両親は雄英に入学したとも知らなくとも、今は両親を始めとした身内の個性証明を学校に提出するのが普通だ。だからこそ、こんな普通の事で何かを隠すとも思えん」

 

 けれど、相澤は本当に目覚めてないのか違和感は感じていた。ただ竜牙の同期に、緑谷というイレギュラーがいた事で意識も逸れてしまった。

 

「近年、個性の発現が早い子供も増えている。だからデータ的に見れば発現していても不思議はない。――無論、本当に発現していない可能性もある」

 

 マイクにそう言いながら相澤は更に資料を捲り、そして()()()()()で動きを止める。

 同時に記されていた内容を見て、相澤の中の疑問が確信へ変わった。

 

「――だが、もしもだ。もし発現していながらも、その事実を隠していたならば、その事実はとんでもないものの筈だ」

 

 雷狼寺グループという超大企業が隠したかった事。

 それが記されていた資料を見た相澤は静かに息を吐くと、落ち着く為に目薬を差した。

 資料の内容。やはり、とんでもない事実を示していたからだ。

 

「オイオイ! どうしたイレイザー?」

 

「……マイク。突然変異型で発現した個性が、別の人間にも発現する可能性はあると思うか?」

 

「……んだと? そんな馬鹿な話――」

 

 相澤の雰囲気からマイクも何かを察し、ちゃらけた口調ではなく真剣そのもので資料を見直した。

 そこに記されていた中身を見た途端、マイクの表情にも険しさが生まれた。

 

「オイオイ、イレイザー……これって」

 

「これが雷狼寺グループの隠したかった事か……だが――」

 

「確かに異常な内容だが、雷狼寺くんと謎のヴィランと繋げるには関連性が見えないのさ!」

 

「うおぉっ!?」

 

「……校長」

 

 机の下からひょっこりと出現した根津校長。彼?の突然の出現にマイクは驚いたが、相澤は平常心のまま続けた。

 

「……根津校長は雷狼寺について、どういった意見を?」

 

「彼の人間性や才能以外の話で良いのかな?」

 

 分かっている癖に。ハイスペックなのに合理的じゃない。

 相澤はそう思いながらも、根津校長の持つハイスペックを頼りにして頷いた。

 

「そうだね……わたしも雷狼寺 竜牙君の過去の経歴から今日までの事を調べて考えてみたよ。――過去の個性制御系の研究所での事故。そして近年の謎のヴィランの襲撃。少なくともヒーロー殺しの一件では、脳無の動きは完全に雷狼寺君を標的にしていたのは間違いない。つまりは間違いなく、彼の一連の事件は雷狼竜の個性が関係している筈なのさ!」

 

 そう言って根津は相澤の机にバンッと、大きな資料を置いた。

 マイクは音にビビッて一歩下がるが、相澤は素早くその資料を手に取る。

 

「これは……確か10年程前に雷狼寺が巻き込まれた個性制御研究所の事故? 校長もこの一件をご存じだったんですか?」

 

「勿論なのさ!――当時でもそれなりに問題になったけど、何故か被害者側の雷狼寺グループの圧力によって早期決着された謎の事件なのさ。今は解体されたけど、当時の所長を含め、大体のスタッフは転職済みなのさ!」

 

「ハァッ!? これだけの事故を起こしといて?!」

 

 マイクは相澤から借りた資料をパラパラと見ていくが、事故当時の写真も鮮明に貼られていた。

 けれど戦場写真の様に悲惨な現場であり、マイクはよくこんな悲惨な事故を起こしといて無事転職できたなと呆れた。

 

「HAHAHA! 見ろよイレイザー! コイツは少し……ん?」

 

「どうしたマイク?」

 

 テンションが上がってきた途端にマイクの口調が止まり、相澤はどうしたとマイクを見た。

 するとマイクは真剣な表情を浮かべた思えば、険しい表情を浮かべて黙って相澤に資料を手渡す。あるページを開きながら。

 

「見てみろイレイザー」

 

『死亡者:研究員1名――研究所周辺にて違法個性強化剤を所持したまま死亡。原因は全身にわたる圧死。()()()()()()()5名――全員が全身火傷及び、動物に襲われた様な裂傷を確認。死因は強烈な肉体の破損及び出血死』

 

「どうなってる? 雷狼寺に違法強化剤を打った研究員が一人死んでいたのは知っていたが、闇営業のヒーロー5名だと?」

 

「……そうなのさ! 当時はサイドキック達の闇営業が横行していた時代で、金額次第では違法な仕事を受ける者も少なくなかったのさ。どうやら彼等は当時、事務所も通さずに研究所にボディーガードとして雇われていたのさ」

 

「ボディーガードですか? 警備員ではなく?」

 

「そうなのさ! 昔の個性制御系の施設は強力な個性ばかり……それも当人達にも制御ができないほどに強力な! だから雇ったのさきっと!――本当に人間は何も学ばないのさ!!」

 

 根津はそう叫びと机を叩き、額に血管を浮かび上がらせる。

 嘗て動物実験をされた根津故の地雷だったらしく、相澤とマイクもこれ以上は危険と判断して何も言わなかった。

 けれど、同時に謎も増えた。

 

「だがどうなってるんだ……雷狼寺に何があった?」

 

 昔に、そして今に。明らかに人為的な悪意がなければ体験できない筈の多くの不幸。

 明らかに異常だと、何者かが裏にいると相澤は確信しながら精神安定の為に目薬を差した後、根津へもう一度顔を向ける。

 

「校長はこの過去の一件が今も続いていると?」

 

「ハァ……ハァ……!――少なくとも私はそう思うのさ! そしてその謎の大半を知る者を君はもう知っている筈なのさ!」

 

 その根津の言葉に相澤は最初に見ていた雷狼寺家の個性リストに目を向け、そのまま手に取った。

 

『雷狼寺竜牙:続柄 祖父・雷狼寺 アマツ(故)個性:風の簡単な操作。』

 

『続柄 妹・雷狼寺 ルナ・ミカ。個性:金雷

 

 先程、マイクと話していた箇所。明らかに異質な部分。

 根津も既に分かっている。だが敢えて、A組の担任である自身へ任せてくれているのを相澤は察する。

 

「分かっているのに迷う……合理的じゃないな」

 

 そう言うと相澤は素早く備え付けの固定電話を取ると、慣れた手付きで素早くボタンを押し、何処かへと繋げる。

 そして3回程の通信音が鳴った後、やがて相手が出た。

 

『こちら雷狼寺グループ本社受付係りでございます。ご用件をどうぞ』 

 

「私、雄英高校ヒーロー科1年A組担当の相澤と申します。社長である雷狼寺 ミキリ氏に早急にお話したい事がありまして……息子さんの件で」

 

 相澤は向かい合う事を選んだ。一人の生徒に対し、少々贔屓とも見えるレベルだが、それでも少しでも救うおうと。

 担任として、そして一人のヒーローとして。

 

『……社長のご子息の件で?』

 

「?……えぇ。雷狼寺竜牙の事で父親である雷狼寺 ミキリ氏とお話したく、可能な限り早めにアポイントを――」

 

『#&$――それには及びませんよ。相澤教員』

 

「っ! 失礼ですが、アナタは?」 

 

 突如、電話の回線に異音がした瞬間、相手の声がいきなり変わった。

 女性的な声からハッキリとした凛とした男の声。貫録すら感じる堂々とした何かすら声だけでも相澤は感じ、同時に正体も不思議と察した。

 

「……まさか、雷狼寺ミキリ氏?」

 

『えぇ、私がそうです。何やら竜牙について話があるとの事ですが、アポイントを取る必要はありませんよ』

 

「どういう意味でしょう?」

 

『実は現在、商談の帰りでしてね。帰りのルートで雄英の傍を通るのです。それで車内であれば30分程ならば時間は取れます。――それでいかがでしょう()()()()()()()()?』

 

「……成程。構いませんよ」

 

 どうやら一筋縄ではいかない。アングラ系として徹底し、一部マニア・ヒーローぐらいしか自身を認知していない筈なのに、雷狼寺ミキリは平然とヒーロー名を呼んだ。

 その事実に相澤は手札を見抜かれた感覚を覚えたが、動揺を一切殺し、平然としたまま同意した。

 

「親子揃って面倒を……」

 

 当人達がどう思うが、電話を切った相澤はそう思いながら雄英の校門へ向かうのだった。

 

 

▼▼▼

 

 外に出ていれば気付きます。そう言われていた相澤は最低限の仕事を熟した後、校門に向かうと相手の場所はすぐに分かった。

 校門の傍で、セキュリティが発生せず、他生徒の邪魔にならない様に停車してある『雷』と刻まれた一台のリムジン。

 その車の傍に黒スーツの男が立っていて、相澤の姿を見付けると一礼した後に後部の扉を開けた。

 

「お待ちしておりました。どうぞ、相澤様」

 

「……ありがとうございます」

 

 相澤も一礼し、車内へと入ると既に座っていた一人の男がいた。

 どこか竜牙と面影がある一人の男性。それが目的の人物なのはすぐに分かった。

 

「突然の事で申し訳ありません。御電話した相澤です」

 

「雷狼寺ミキリです。そう気にしなくても宜しいですよ。実績を出すアングラ系最高のヒーローの一人、あのイレイザーヘッドからの誘いならば応えない方が失礼というもの。――出してくれ。周囲を簡単に回れ」

 

 ミキリの言葉に運転手は車を出すと、雄英の周囲を簡単に走り始める。

 そして一定の安定した運転が数分続くと、最初に口を開いたのはミキリだった。

 

「しかしまさか、表に出てこないヒーローの一人――イレイザーヘッドとこうして話す機会があるとは。どうでしょう、この様な機会も何かの縁。CM等の露出が嫌いなのはご存知ですので、我が社のサポートグッズのテスター等はいかがでしょう? ()()()()()用など特殊なゴーグルや特殊コンタクト。更に新薬の目薬もあるのですが……」

 

 嫌な相手だ。相澤からして雷狼寺ミキリの印象はそれだった。

 悪人ではない分、尚の事に質が悪い人間。こっちに得がある物を示し、更に情報もしっかりと握っている。

 何一つが偶然ではなく、向こうは万全を期して会っている事に気分が悪い。

 相澤自身、実際にミキリが提示した内容に少し興味が生まれたのが証拠でもあった。

 

「いえ、私はそちらに応えられる様なヒーローではありませんよ」

 

「ご謙遜を。私の目利きの個性が教えてくれています。あなたはに絶対的な価値があることを」

 

 ミキリは個性を使い相手の価値を見た時、しょぼい相手だと本当に少し湯気が出ている程度しか価値が見えない。

 だが本当に価値がある相手を見ると、文字通り全身にオーラを纏っている様に見えており、相澤はまさにそれだった。

 

「勝手に個性を使った事は謝罪しますが、仕事癖のようなもので……しかし、流石は数ある事件の縁の下の力持ち。アイドル気分で大した価値の無いヒーローが増える中、あなたの価値は本当に――」

 

「そろそろ良いでしょう」

 

 相澤は失礼を承知でミキリの言葉を遮った。

 そんな事の為にこの時間を得た訳ではない。そう伝える様に相澤は鋭い視線をミキリに送ると、ミキリも察した様に顔を正面へ向け直す。

 

「残念です……それで本題ですが、竜牙について何かあるとか? そちらも既にご存知かも知れませんが、私達と息子は疎遠ですので内容がどうであれ、話せる事はないと思いますが?」

 

「それはこちらで判断します。――別にあなた方と雷狼寺の関係を探る気も無ければ、非難するつもりもありませんよ。ただ幾つか聞きたい事があるだけです」

 

「……何でしょう?」

 

 相澤の言葉にミキリは先程の態度が嘘の様に冷静さを出しながらも、正面を向きながら相澤の問いを許した。

 

「まず最初に10年程前の個性制御系の研究所の事故を覚えていらっしゃいますか? 雷狼寺グループも事件の解明に催促して事件です」

 

「……覚えています」

 

 相澤の遠回しに、圧力掛けたの知ってるぞが含まれた言葉にミキリは特に反応せずに肯定した。

 

「ならば聞きます。あの事故では何があったんです? 何故、被害者側のあなたは圧力を掛けてまで事故の処理をを望んだんですか?」

 

「何があったと言われても警察が持っている資料のままの事があっただけですよ。研究所所長の助手が功を焦り、息子を始めとした子供達に薬品を投入し、個性が暴走した。その後、助手は何故か死亡していた様ですがね。――早期に処理したのは我が社のイメージの為です。僅かな問題でも関係していれば、あっという間にデマ等は広がってしまいますからね」

 

「しかし、その結果……あなたは雷狼寺と距離を置いた。見方によれば被害は大きかったのでは?」

 

 実の息子との家族関係が崩壊しているのだ。

 雷狼寺夫妻がその事件が起こる前までは、必死に竜牙の個性を何とかしようと行動していたのは相澤も調べ済みだった。

 だからこそ違和感を感じた。あまりにも切り捨てる判断が良すぎるから。

 

「竜牙の個性は突然変異……しかも並みの個性ではなかった。増強系でもなんでもない私達では万が一の時に何もできない。頼みの綱でもあった個性制御の施設ですら、あんな事件が起こったのです。ならば心も折れるというもの」

 

 相澤の考えを察してか、ミキリは竜牙との関係の理由を口にする。

 だが相澤もその答えで満足する気はなかった。

 

「少し質問を変えます。――所長の助手が死亡したのをご存知ならば、同じく5名のヒーローが死亡したのもご存知ですよね? 闇営業で職員達のボディーガードをしていたという」

 

「えぇ知ってますよ。ヒーローもヴィランも大した違いがないとよく分かる」

 

「同じヒーローとして恥ずかしい限りです」

 

 本音を言えばそんな連中と一緒にされたくないと相澤は思っていたが、資料を読む限り、嫌悪する様に呟くミキリの気持ちも分かった。

 

『証言:死んだ5名のヒーローは暴走した少年達を攻撃。大人しくさせる感じではなく、ヴィランとの戦闘よりも過激だったと複数証言あり』

 

 闇営業に手を出すレベルのヒーローだ。合理的な戦いなど出来る筈もない。

 座席の握る手が力強く震えているミキリも当時の事を思い出しているのだろう。相澤はやはり雷狼寺家は被害者側である事は間違いないと確信する。

 

「……だからこそ暴かねばな」

 

 ミキリ達が何を隠しているのか。きっとそれは竜牙と謎のヴィランとの繋がりを証明する何かの筈と、相澤は小さく呟くと動き始めた。

 

「ですが、そんな連中の被害に遭ったにも関わらず、雷狼寺グループは圧力を掛けた。企業のイメージを理由にするのにも違和感を感じる被害です。――これは考えたくはありませんが、そのヒーロー達を殺害したのは暴走した雷狼寺 竜牙なので――」

 

「――違う。あの時の事故で竜牙は誰も殺してはいない」

 

 圧力を掛け、息子を捨てた理由はそれぐらいだと思った相澤だったが、ミキリはハッキリとした口調で竜牙ではないと断言した。

 相変わらず相澤へ顔を向けないが、それでも真剣な様子で断言するミキリの姿に相澤は驚きを隠せなかった。

 

――こんな表情をするとはな。

 

 前に簡単に調べた時は親子仲は完全に冷え切っていると聞いていたが、今のミキリを見る限りでは子を侮辱されて怒る親そのものだ。

 これ以上は無駄な刺激になると思い、相澤は別の方から仕掛ける事にした。

 

「分かりました。――では最後に御聞きますが、雷狼寺は()()()突然変異系なのですか?」

 

「……当然でしょう。私と妻の個性と、竜牙の個性は別物。変異じゃなければ説明がつかない」

 

「確かにそうですね。けれど、他の親族とはどうなのでしょう?」

 

「……なに?」

 

 相澤の言葉に懐疑的に反応するミキリだが、同時に何かを察したのか目が鋭く光る。

 

「まさか……雷狼寺家の個性図を?」

 

「ヒーローとして確認しました。既に故人のあなたの父親・雷狼寺アマツさんの個性は『風操作』らしいですね。そして娘さん達は『金雷』――金色の雷を操るとか」

 

「……それがなにか?」

 

 平常心を保つミキリだが、顔は先程よりも相澤へ向こうとしない。

 後ろめたい事でもあるのか、相澤はある確信を突いた。

 

「突然変異系は文字通り、予測不能で生まれるイレギュラー。なのにこうも関係者に似た状態を確認できるのはありえない。――もう一度、そして単刀直入に聞きます。雷狼寺 竜牙は突然変異系ではなかった。違いますか? 恐らくは鍵を握っているのは亡くなった雷狼寺の祖父ですね?」

 

「……これはヒーローとしての正式な要請ではない。故に、私は黙秘する事も可能の筈だ」

 

「否定はしません。今回はヒーローよりも担任としての方が強いですので」

 

「ならば黙秘しますよ。これ以上は他人が踏み込んではいけない家庭の領域です」

 

 都合が悪いと言うよりも、本当に言いたくない様に顔を逸らすミキリ。

 普通のヒーローならば、この辺りで退き際と思うのだろうが、相澤は同情で事態が悪化したりすれば非合理この上ないと口を閉じなかった。

 

「ですが私はヒーローです。何か力になれるかもしれませんよ?」

 

「なれませんよ。ヒーロー殺し事件の時もそうですが、リューキュウを始め、エンデヴァー等、大勢のヒーローがいたにも関わらず私の娘達を連れ去られ、竜牙も守れなかった。そんなあなた方が何の力になれると?」

 

「その一件は雄英側としても言い訳はしません。生徒の安全を保障しながらも、あの様なのはこちらの責任です。――ですが、あの一件を覚えているならば分かっている筈です。雷狼寺が謎のヴィランに狙われている事を」

 

 警察・ヒーロー側から口止めをされてはいたが、それでも竜牙の両親であるミキリ達には謎のヴィランの報告はされていた。

 また、謎のヴィランは敵連合と関係しているのもショッピングモールの件で分かっている。

 まだ終わっていない。寧ろ、竜牙に何か影響を与えているのだ、未だに。

 

「そして私は思っています。その謎のヴィランを、雷狼寺 ミキリ氏……あなたはご存知なのでは?」

 

 時折、感じさせる謎の冷静さ。未知なるヴィランに家族が狙われたならば冷静でいられないのが普通だ。

 けれどミキリは予測の範囲内とも思えてるかの様に冷静さを失わず、ずっと同じ様子で座り続けている。

 相澤は疑い、そしてもし脅されているならば救いたいと思っていた。これ以上、この一件を長引かせれば竜牙がヴィランよりも厄介な存在になる可能性が見えているから。

 

「黙秘します。――私から何か聞き出したいようですが、それは無意味です。私と竜牙は血縁以外は親子関係が破綻している。そんな私から、あの子を救える何かがあるとは普通は思いませんよ」

 

「それで良いんですか?」

 

「……百歩譲り、竜牙が突然変異系ではなかったとします。だが、それが何だというのです? 我々の関係、そして謎のヴィランとの何かが変わるとは到底思えませんが?」

 

「でしょうね。ですが、親の言葉は救いになる可能性がある。――これを見てください」

 

 相澤は服の中から小型のプレーヤーを取り出し、ミキリへ今日あった実技での竜牙の様子を見せた。

 切島・八百万。確かな実力を持つクラスメイトを蹂躙する雷狼竜の姿に、ミキリは最初は黙って見ていたが、やがて目を逸らした。

 

「……言いたい事は分かりました。ですが、私に何が出来るというのです。嘗ての事件も、竜牙へ何かを言う事も、その敵連合の謎のヴィランの事も言える事は何もありません」

 

 何かを思い出しているのか、ミキリの顔色はやや悪くなる。そして自身に出来る事は何もないと相澤へ断言する。

 

「……確かに、必ずしもあなたの言葉が救いになるとは私も断言はしません。けれど、本当にそれはあなたの意思なのですか?」

 

「何か言いたそうですね、イレイザーヘッド」

 

 ミキリがハッキリ言えと、鋭い視線を相澤へ向けると、相澤は再び服から一冊のカタログを取り出した。

 そこには雷狼寺グループ『サポートグッズカタログ』と記されており、それを見たミキリは拍子抜けだというように静かに目を閉じた。

 

「それが何だと言うのですか?」

 

「雷狼寺グループがサポートグッズを始める様になったのは、約10年前からですね。体質に合わない個性のサポートグッズ、力を制御できる様な特別機器、帯電仕様のグッズや負担になりずらい電気系個性用のバッテリー……それ以外にも色々とあります。雷狼寺の奴にもきっと適合するグッズが幾つもあるでしょう」

 

「……だから何が言いたいのですか?」

 

「雷狼寺 ミキリ……あなたは本当は雷狼寺を――」

 

「――到着致しました」

 

 急に車が停車し、ドライバーは素早く降りて相澤側の扉を開けた。

 

「時間切れという事ですか?」

 

「そう思ってもらって構いませんよ」

 

 ドライバーは主を助ける為の行動で、ミキリも終了と言わんばかりに腕を組んで顔を下へ向けた。

 相澤へと接触を拒否したような姿勢に、相澤も無駄な抵抗をする気はなかった。

 

「今日はありがとうございました」

 

 まぁ多少は情報が手に入ったし良いかと、相澤はそう思う事で無駄ではなかったと自身を納得させる。

 そして車からゆっくり降りた時だった。

 

「親というのは()()()()()のですよ。勝手に捨てて、事実に気付いて後悔したから、やはりやり直そう。――そんな傲慢は例え親でも許されないんですよ()()()()

 

 それはまるで懺悔の様に絞り出す様に弱弱しい言葉だったと、相澤は印象に残った。

 やがてミキリの車が走って行っても、少しの間、その場に立ち尽くす程に。

 

「合理的な時間じゃなかったな……」

 

 反省の様な呟きをし、相澤は感傷に浸る様に一息入れた時だった。

 

「えぇ!! それは本当かい!?」

 

 静かな雄英の校門の前で、場違いな声が響き渡る。相澤に聞き覚えの声だ。

 

「……何をやっているんだあの人は?」

 

 校門の前にいたのは骨の様にガリガリなオールマイトだった。

 誰かと電話しているのか、少し慌てた様子だが、やがて電話を終えると困った様に肩を落とした。

 

「むぅ……どうなっているんだ?」

 

「何がですか?」

 

「うわッ!? あ、相澤くん!? 驚かさないでくれ!」 

 

 まるで乙女の様にビックリするオールマイトに呆れながらも、こんな所で騒ぐなと思いながら相澤は取り敢えず事情を聞いてあげる事にした。

 

「それで、何事ですか?」

 

「えっ……あぁ、聞いてたんだね。まぁ相澤くんには伝えるべきだろう。――10年ほど前、雷狼寺少年がいた個性制御研究所の元所長なんだけど、()()された様だ」

 

「!……どういう事ですか?」

 

「私も詳しくは分からない。だがヒーロー殺しの一件もあって、嘗ての雷狼寺少年を知る人物に知り合いの刑事が会ってくれる筈だったんだが、アポイントを取っていた元所長は自宅で殺害されていたらしい。――10年前の事件を詳しく聞く筈だったのに」

 

 何故こんな事に。オールマイトはそう呟く中、相澤は静かにミキリが去った方を見ていた。

 

「……本当に合理的な時間じゃなかった」

 

 

▼▼▼

 

 

 相澤との対話が終わった後、ミキリはそのまま本社に戻っていた。

 だが車内でミキリは疲れ切った様に座席に身体を預け、疲れた様に呼吸をしていた。

 

「ふぅ……今更だ。全ては手遅れだ」

 

 こんな事になるなら、そもそも何もしなかった。

 個性迫害を恐れていた父親が個性を偽っていたのを知ったのも、本当にここ数年の事。

 娘達の個性が竜牙と()()だと分かり、母に聞いてようやく解明したこと。

 

「後悔は先に立たないさ……本当に」

 

 謎のヴィランについても知っている。と、いうよりも一人しかいない。

 

『やぁ久しぶりだね。君の息子さんにも会って来たよ。本当によく成長している。――ところで聞きたい事があるんだが、10年前の個性制御の所長の居場所を知っているかな?』

 

 10年振りに突然電話をしてきたと思えば、その時間の感覚など気にせずに変な事を聞いて来た巨悪。

 何やら貸しを返すやらで元所長を探している様だが、逆らえば逆に恐ろしい目に遭うのは分かっている。

 だからミキリは知っている事を話すと、巨悪は満足そうに言っていた。

 

『あぁ助かったよ。お礼に10年前の事は誰にも言わないでおこう。まぁ僕も忘れてたんだけどね』

 

 そう言って大声で笑い、君達にはもう興味ないから連絡する事もないだろうと、一体何の為に連絡を寄越してきたのか分からない存在。

 

「……目的は竜牙か」

 

 本当に後悔とは先に立ってくれないものだと、ミキリは被虐的に笑う。

 もう会いたくもない相手を嘗ては、危ない橋を渡ってすら探したから。

 

『お願いします! どうか……どうか息子の個性を奪って下さい! そして代わりの個性をお与え下さい!』

 

『あぁ良いとも。僕が救ってあげるさ』

 

 その結果があれだった。ふざけた事だとミキリは怒りが沸いた。

 

「何が救うだ……! おのれ……おのれ……()()()()()()()()()()!!――私は何故……あんな事を……!」

 

 ミキリの怒り。それは自身に一番向けられていた。

 それを知っている彼の使用人達は何も言えない。言わないでいる。ちゃんと全てを知っているから。

 

 

 

END



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第三十四話:森界雷鳴

ご無沙汰しておりましたm(__)m
現実が忙しくSS執筆する余裕はない! 読み専門で良いや。な感じでしたが、ありがたい事に半年以上放置していても応援してくれる方々が多く、仕事しながらSS執筆は難しいですがボチボチとまた投稿していきます。

おっ、この人投稿してんじゃん。今日は運が良いな感覚で今後見て貰えると幸いです
(´・ω・`)


 

 雄英学園夏休み――林間合宿開始。

 今日までの間にも濃い内容で過ごしてきた緑谷達だったが、多少の変化はあった。

 

 あまり竜牙に深く追求しなくなった。

 

 戦闘訓練以外ならば比較的普通な以上、下手に刺激しまくるのも竜牙に悪いという判断からであった。

 それが最近になって口数も減り、髪に赤と黒の不気味な色に染まってもだ。

 

「……結局、うちは何もできないんだなぁ」

 

 A組・B組に分かれたバスの中、耳郎は景色を眺めながら思わず呟いた。

 今日までの間、耳郎も障子も竜牙への接し方は変わっていない。他のメンバーも同じだ。

 だがそれまで。良くも悪くも安定。悪化もなければ以前の竜牙に戻ってもいない。

 

 憧れたのに、うち何やってんだろ。耳郎は端末機器で曲を聞きながら、友人達とも騒ぐがちょっと一息入れるとブルーな気持ちになってしまう。

 竜牙にとって何でもない存在であるのが嫌なのもあるが、憧れたヒーローが悪い方に変化するのを見ているのが、変わったと分かっていながら止められない自分が嫌だった。

 

「雷狼寺、何か飲むか? 一応、コーラもあるぞ?」

 

「……貰う」

 

 当の原因である竜牙は、隣の座席の耳郎の悩みなど知らない。

 気を遣って通路挟んだ座席に座る障子が、竜牙へコーラ缶を投げ渡し、竜牙もそれを受け取って口を付けた後は、目の前のドリンクホルダーに置いて再びサポートグッズの<雷光虫の巣>を弄り始める。

 

「折角の林間合宿なのにずっとサポートグッズ弄ってるつもり?」

 

「……時間は有限。やれる事をするだけだ。到着場所も分からない以上、何をしてようが変わらない」

 

「別に目的地がどこだろうが周りと普通に駄弁ったり、ゲームしたりで良いじゃん。お菓子の交換とかも普通に良いんじゃない?」

 

「……欲しいなら欲しいと言えば良いだろ」

 

 竜牙はそう言って手を止めると、鞄から飴の袋を取り出した。

 袋には『スーパーレモン飴3G』と書かれており、それを耳郎へと差し出すが、竜牙は彼女からキレのあるチョップをお見舞いされた。

 

「いや要らないから! つうかそれ酸っぱすぎて舐められないんだって」

 

 以前貰った時、恥ずかしながら耳郎は吐き出してしまった事があった。

 吐き気止め、眠気覚ましなら効果は抜群だろうが、普通に菓子として食べるにはキツイ。

 

「……好き嫌いが多いな」

 

「好みに分かれるって言えって!」

 

 やれやれと言った竜牙に対し、耳郎は心外だと言わんばかりに抗議する。 

 そんな二人の様子を障子はどこか久し振りな感じだと思っていたが、やがて熱が冷めた様に竜牙は再びサポートグッズを弄り始める。

 発目やパワーローダーに頼み増産してもらった物で、竜牙はそれを全部持って来ていた。

 その内、少しだけ微調整が必要なやつを移動中に調整する竜牙だが、不意に耳郎は話しかけた。

 

「ねぇ雷狼寺……あんたさ、今は何を見てヒーローを目指してんの?」

 

「……一人のヴィランだ。アイツがいる限り、俺は不安でしかない」

 

 その不安の感情も最近ではよく分からなくなった。

 ヴィランの言い分も分かってきたのが怖くなり、正常な内に対処したい。自分自身の手で。

 

「……ふ~ん。ねぇそれってさ、雷狼寺が変わったのって、そのヴィランのせい? だったらさ、その手伝いってうち達にできない?」

 

「できない。普通に殺される」

 

 耳郎の心配しての言葉を竜牙は一蹴した。

 竜牙がオール・フォー・ワンを特別視しているからもあるが、やはりオール・フォー・ワンにクラスメイトやプロヒーローが挑んで勝てるヴィジョンが浮かばない。

 可能性が――唯一の希望でもあったオールマイトも終わりが近い今、もう誰も頼る事はできない。

 

「そんな事だってやってみないと分からないじゃん」

 

「分かる。――もう良いだろ。その話は終わりだ、放っておいてくれ」

 

「あっそ! もう良い……!」

 

 流石にカチンときた耳郎はそう言って顔を竜牙の反対側に向ける。

 けれど、その表情は少し涙目で悔しくて、悲しみがあった。

 

「……なんなんだよ」

 

 顔を逸らす耳郎に罪悪感を抱いた竜牙だが、仕方ないだろうとしか思えなかった。

 オール・フォー・ワンに慈悲はない。下手に刺激すれば耳郎達と、家族にまで被害がでる。

 ならば遠ざけるしかない。少しで助けを求めれば、それをオール・フォー・ワンが知れば、また餌として耳郎達を利用するのが分かっているから。

 

「……どうすれば良いんだ」

 

 障子の一言言ってやれという視線が刺さるが、竜牙は気付かない振りをして再び雷光虫の巣を整備し始める。

 少しだけバスに重い空気が流れる中、相澤は静かに竜牙の事を見ていたが、それに気付く者はいなかった。

 

「……一時間後に一回止まる。それまで身体を休めておけ」

 

 当たり障りのない事を相澤は全員に言うが、その言葉は学生のイベント特有のテンションにかき消されてしまう。

 

「まっ……嫌でも分かるか」 

 

 そう言って相澤は少し仮眠をとる為、静かに目を閉じた。

 

 

▼▼▼

 

「到着だ。全員降りろ」

 

 有言実行。相澤が言った通り、約一時間後に、A組のバスは停車した。

 

「休憩か……」

 

 ずっとサポートグッズを弄っていて景色も見ていなかった竜牙も、相澤の言葉に従って下車した。

 観光客とか一般人と、その車。そしてよくある出店や土産店とかコーヒー自販機が竜牙達を出迎える――訳がなかった。

 

「……パーキングじゃない。どこだここ?」

 

 竜牙を出迎えたのは騒がしいパーキングではなく、無駄に広い敷地。車が一台だけ止まっているだけで、あとは自然の景色があるだけ。

 だが普通のパーキングだと思っていたA組の面々は困惑し、ザワつきが強くなっていく。

 

「おい、なんか変だぞ?」

 

「ケロッ! B組も一般の人達もいないわね」

 

「なんか……いやな予感してきた」

 

 切島が落ち着きなく辺りを見回し、蛙吹と芦戸も少し警戒をし始めると最後に相澤が降りてくる。

 

「何の目的でもなく……では意味がない。――()()()()()()()()()()

 

「よーう! ()()()()()!」

 

 突如、相澤が頭を下げたと思った瞬間、その彼の前に派手猫なコスチュームを身に纏った女性二人と、小さな少年が立っていた。

 そして竜牙達も彼女達を認識すると、彼女達は激しくポーズを決める。

 

「煌めく眼でロックオン!! キュートにキャットにスティンガー!!――ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」

 

「わぁぁぁぁぁ!! す、凄い!! 本物のプッシーキャッツだよ!」

 

 そして彼女達の正体に真っ先に気付いたのヒーローガチ勢の緑谷で、目を輝かせながら知識を披露し始めた。

 

「連名事務所を構える4名1チームのベテランヒーローだよ! 主な活動は山岳救助で、キャリアは今年で12年にもなるんだ!」

 

――ピシリ!

 

 全員、何かが割れた様な幻聴を聞いた。

 特に緑谷がキャリア12年と言った辺りから。

 最初のキレッキレの登場シーンが嘘の様に、錆びた様な動きをしながらプッシーキャッツの二人が緑谷の方を向いた時だった。

 

「……けれど去年、メンバーの内2名が腰痛でダウンしてサイン会やイベントが中止になったんだよな」

 

 ボソリと言った竜牙の一言は、二人の理性を完全に破壊した。

――瞬間、プッシーキャッツの金髪女性は緑谷へ掴みかかり、黒髪女性の方は竜牙へと掴み掛かる。

 

「心は18!!」

 

「生涯現役!!」

 

 彼女達にとって年齢の話題はタブーだった。

 若い頃はアイドルの様に扱われ、そこからヒーロー活動を本格的に行い結果を出す人生。

 しかし気付けば活動12年間、ファンはいれど、恋人がいなかった。

 気付けば年齢やら行き遅れの話題に敏感になる始末。ハッキリ言って悲しかった。

 

「さぁ言ってみなさい……心は?」

 

「じゅ、18……!」

 

「生涯?」

 

「げ、現役……!」

 

 二人は緑谷と竜牙に誓いをさせるかのように言わせる中、峰田だけは羨ましそうにハァハァしていた。

 そして竜牙達が言うのを確認すると腕を放し、黒髪女性――マンダレイは深呼吸しながら絶景の景色の一部である、山々を指差した。

 

「フゥ……! えっと、やり直すけど……まずここら一帯はプッシーキャッツの所有地! 今回はイレイザーヘッド達に頼まれて合宿先として貸出ます! でも――」

 

 マンダレイはそう言って指差した山々の方の、若干下の方に指を移動させた。

 

「あんたらが泊まる場所は、あの山の麓!」

 

「さて質問です。ここから3時間近く掛かる場所が宿泊施設なのに、何故に君達はここにいるのでしょうか?」

 

『ッ!?』

 

 マンダレイ、そして金髪女性――ピクシーボブの言葉にA組全員が何かを察し、悪寒が彼等の全身を駆け巡った。

 

「まさか……マズイ!」

 

「バ、バスに戻れ!」

 

 瀬呂や切島達がまず先に動いてバスに走るが、竜牙は雷狼竜の個性で耳と鼻を変化させ、すぐに周囲の異常に気付いた。

 

「地面が揺れ……いや動いている? そうか、確かピクシーボブの個性は――」

 

「土を操る……『土流』だよ!?」

 

 竜牙に代わり、緑谷がそれを答えた時だった。

 地面が一気に土の大波となって緑谷達を呑み込み、その刹那に緑谷達は相澤の声を聞いた。

 

「すまんな諸君……合宿はとっくに始まってる」

 

 その言葉を最後に緑谷達はそのまま崖下に落ちて行き、そのまま森の中へと呑まれた。

 やがて相澤とマンダレイ達しかいなくなり、静かになった時だった。

 不意に相澤は溜息を吐いた。

 

「……お前等も早く行け」

 

 そう言って相澤がバスの上を見ると、そこには脇にポカンとした耳郎と障子を抱えた竜牙の姿があった。

 手足は雷狼竜に変えており、土が完全に動いた時に素早く耳郎と障子を抱えてバスの上に避難していた。

 

「……これも合宿の内容ならそう言ってください」

 

「言ったら意味がない。良いから早く――」

 

「へぇ~やっぱりヒーロー科の中でも良い動きするね。 覚えてる? 私達も君のこと指名したんだよ?」

 

 相澤の言葉を遮り、前に出てきて竜牙を興味深そうに見て来たのはピクシーボブだった。

 実際、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツから指名が来ていたのは事実で、竜牙もそれは覚えていた。

 

「覚えていますよピクシーボブ。個性の共通点が無いあなた方が、俺に何を教えてくれるのか興味はありましたが俺はリューキュウを選びました」

 

「まっ、今のヒーロー社会で君の個性に合うのは彼女ぐらいだしね。どの道、過ぎた事だから何とも思わないけど、私達が君に教えたかったのは間違いなくリューキュウには教えられない事だったよ」 

 

「……何なんですかそれは?」

 

「さぁてね。一度誘いを蹴ったんだから簡単には教えない。けど、もし3時間で辿り着けたら教えてあげるよ。この【魔獣の森】を突破してね」

 

――この人。

 

 ピクシーボブのどこか挑発めいた表情を見て、竜牙は察した。

 指名を断ったからだけじゃなく、そして合理主義な相澤が合宿まで散歩させるだけで満足する訳がない。

 何かあるのだ。そして試そうとしている。自分達を。

 

「3時間で良いんですか? なら俺は更にその先に行く……この受難に感謝。――行くぞ耳郎、障子」

 

「えっ!? ちょっ、待っ――」

 

「うおっ!?」

 

 助かった矢先、結局は落ちていく二人は声を上げながら竜牙に抱えられながら崖を下って行った。

 途中、ピクシーボブがちょっとした悪戯で少し土の壁を作って邪魔をしたが、竜牙は特に気にせずに下る崖を蹴りあげて飛び越えて緑谷達の下へと向かい、消えて行った。

 

「へぇ……体育祭の時よりも使いこなしてるね。将来は有望そうだし、早めに唾を付けようかな?」

 

 竜牙の姿が見えなくなるまで見送ったピクシーボブは感心していると、マンダレイが呆れた様子で見ていた。

 

「馬鹿言ってないで私達も行くよ。それと土獣の配置は?」

 

「そっちはもうスタンバイOK! 見た感じ、殆どが困惑してるみたいだから奇襲して驚かしちゃう。――良いよね、イレイザー?」

 

「……えぇ、合宿所への3時間。それはあくまでも我々プロなら可能な時間。経験は確かに積んでいるとはいえアイツ等はまだまだ未熟ですので、貴重な時間を無駄にはできません。――ですので遠慮なくやってください」

 

「よっしゃ! じゃあ遠慮なくやるよぉ~!」

 

 イレイザーの言葉にピクシーボブは、悪戯めいた笑みを浮かべながら両手をわしゃわしゃと動かし始める。

 自身の個性の真骨頂を見せる。個性の使い方を学ぶ、その見本の様なものだし担任の許可もある以上、遠慮もしない。

 

 ただ一つ、気になる事があるのを除けばピクシーボブに迷いはなかった。

 

「……さっきの雷狼寺って子、あの子は本当に3時間以内で到着しそうだけどね」

 

「確かに雷狼寺はクラスでも頭一つ抜き出ていますが、最近は少し不安定です。本来のアイツなら可能かもしれませんが、今の状態では……」

 

 ピクシーボブの言葉に相澤は少し悩む。

 最近の竜牙は雷狼竜化を頻繁に行っている。だから肉体的な疲労も多い筈だし、居残り訓練やサポート科の発目ともコソコソと何かをやっているのを相澤は知っていた。

 

――今の雷狼寺は完全にペース配分が出来ていない。今回も下手な行動すればあっという間にガス欠になる。

 

 やや暴走気味の竜牙を心配する相澤だが、同時にそうなってもクラスメイト達が見捨てる事がない確信もあった。

 あまり合理的ではないが、それでもそんな時に助けてくれる仲間の存在によって認識を前の様に戻ってくれると良いんだがと、相澤が思っていた時だ。

 ピクシーボブは何かを確信しているように笑みを浮かべていた。

 

「それはどうかな……どれだけ私の妨害にあっても、結局はこの環境()が助けになると思うよ私は?」

 

「……どういう事です? 寧ろこの森は方向感覚も狂わせて寧ろ自然の妨害ギミックにしかならないはず」

 

「妨害ギミックか……確かにね。でもそれはあくまでも人の話だよイレイザー」

 

――()()()にいる雷狼竜達にはこれ以上にないガス抜きだと思うけどねぇ、私は。

 

 ラグドールから()()()()()()()()が確かならば。

 少なくともピクシーボブとマンダレイは竜牙の状況を相澤以上に理解した上で分かっている。

 

「まっ……少し落ち着いて合宿できると思うから。雷狼竜達のガス抜きが上手くいけばね」

 

 ピクシーボブは笑みを浮かべたまま個性を発動させ、土獣を生徒達へ移動させ始めた時だった。

――竜牙達が降りた場所付近で落雷の様な光と衝撃が走った。

 

「始まったか」

 

 相澤が何かを察するとピクシーボブも腕を鳴らし始める。

 

「さぁて、やりますか!」

 

 

 雄英高校林間合宿――開始。

 

 



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第三十五話:土獣蹂躙

不定期的な更新

原作熱が再燃したので投稿です(`・ω・´)ゞ


 

 崖を降りた先で目的の人物達はいた。

 

「いたぞ」

 

 竜牙が耳郎と障子を抱えて降りた先に緑谷達が立っていた。

 皆、土で汚れて口の土を吐き出す者や現状を確認する者に分かれている中、竜牙達が降りて来た事に緑谷達も気付いた。

 

「雷狼寺君! 耳郎さんに障子君も!?」

 

「ごぉらぁ!! 雷狼寺ぃ!! なに自分らだけ助かってんだ! しかも貧乳(女子)と合法で接触しやがって!!」

 

「ケロ……でも三人共来たんだから良いじゃない。あと峰田ちゃん、最低よ」

 

「そして死ね」

 

 血涙を流す峰田を蛙吹が軽蔑し、竜牙から離れた耳郎が制裁。

 これでA組の面々が集合となり、竜牙達は峰田の叫び声をBGMにしながら周囲の様子を確認し始めた。

 

「周囲は木ばっかだな。最早、樹海じゃん」

 

「これ遭難すんじゃねぇの? 本当に雄英ってこういうの多いよな」

 

「愚痴ってもしゃあねぇって……結構慣れたろ」

 

 瀬呂と上鳴があまりの理不尽さに不満を言うのを切島が抑えるが、少しでも油断すると二人の言う通り、方向感覚が失いそうになるのは確かだった。

 だが八百万がコンパスを作成し、周りと向かう場所の方角に相談するのを見て切島達は少しは安心するが、今度は飯田が悩む様に考え込んでいた。

 

「ただ徒歩で合宿所へ行けば良いだけなのだろうか?」

 

「そんな簡単な訳ねぇよな……それこそ()()じゃねぇよ。――お前はどう思う雷狼寺?」

 

 飯田に同意しながら轟はコミュニケーション、そして信頼も兼ねて竜牙へ問いかけた。

 すると竜牙も、先程ピクシーボブの言った森の名前を口にした。

 

「【魔獣の森】……ピクシーボブはそう言っていた」

 

「おいおい、なんだよドラクエのダンジョンなのかここ?」

 

「わりぃ上鳴、オレFF派」

 

「おれは聖剣伝説やってた」

 

「私はクロノトリガー!」

 

「僕はスターオーシャン★!」

 

「いや何だって良いから……」

 

 上鳴の適当な発言に砂藤・尾白・葉隠・青山がそれぞれの好みを口にし、それを耳郎が心底どうでもよく見ていた時だった。

 竜牙は森に入ってから感じていた、自身の肉体への違和感を気にしていた。

 

――なんだこの肩の荷が下りた様な開放感は?

 

 違和感と言っても不快感ではない。寧ろ最高の気分だった。

 体中の邪気が払われた様な気分。同時に感じる漲る力を竜牙が自覚した時――その瞳は雷狼竜のモノへと変わった。

 それと同時だった。耳郎の制裁から解放されたが、出発前から満身創痍の峰田がフラフラと近くの木へ近付いて行った。

 

「いてぇ……チクショウ。どうしてオイラばっかりエロい目に遭わないんだよぉ。――やべっ、尿意が」

 

 誰もエロい目に遭っていないが、峰田はボロボロになりながらバスの中で既にあった尿意を解消しようと、そのまま木の影へ向か――

 

『――!』

 

「……はっ?」

 

――それは叶わなかった。木の影、峰田の目の前には巨大な四足歩行の生物?がいたから。

 

「出たぁぁ!!」

 

「魔獣だぁぁぁぁ!!」

 

 瀬呂と上鳴が同時に叫んだ。

 目や鼻らしいものない能面で、巨大な牙と禍々しい歯並びだけがある四足歩行の怪物。

 その存在が魔獣の森の由来なのは誰もが察する事ができたが、状況の理解が遅れたA組の大半はまともに動けない中で魔獣が峰田へ飛び掛かろうとした。

――瞬間、魔獣目掛けて飛び出した者達がいた。

 

「くっ!」

 

「だぁっ!」

 

「ふんっ!」

 

「死ねッ!」

 

 その四人は緑谷・飯田・轟・爆豪の四人だった。

 A組の中で実戦経験あり・能力も高い四人がそれぞれの個性を魔獣へとぶつけると、魔獣は木っ端微塵と消えた。

 その光景で他の面々も我に返って一斉に身構えると、森の木々から次々と先程の魔獣の群れが生える様に現れた。

 

「気を付けて! この魔獣は生物じゃない! ピクシーボブの個性で作られた土の魔獣だよ!」

 

「ケロッ……ってことは」

 

「これが合宿所までの試練ですわ!」

 

 緑谷の言葉により魔獣はピクシーボブが操ってる事を把握するA組。

 蛙吹と八百万を筆頭に、これが相澤の用意した受難だと認識して戦闘態勢に入る。

――のだが、A組の面々に()()()()が過っていた。

 

『なぜ雷狼寺は動かない?』

 

 A組随一とも呼べる戦闘能力を持つ竜牙が先程の攻撃時、何故か混ざらなかった事に冷静になった者達は違和感が拭えない。

 だから自分達の背後にいるであろう竜牙へ視線を向ける。それは必然の行動だった。

 そして竜牙を見た瞬間、全員は再び動きが止まった。何故ならば――

 

『……Grrrr』

 

 竜牙でなく、森の木々の隙間から差し込む光を浴びる原種・雷狼竜の姿があったからだ。

 だが雷狼竜は大人しかった。寧ろ、顔を天へと上げて光をシャワーの様に浴び、森の空気に癒されてるのかリラックスしている雰囲気がある。

 

「……怖くない?」

 

 耳郎は思わず思った事を口にした。

 今までの様な恐怖がない。USJ、体育祭や戦闘訓練等で見た死を連想させる恐怖が無かった。

 自分達には害がない。そう思う程に雷狼竜は落ち着いて、それを見た轟は違和感を覚えた。

 

「雷狼寺……?」

 

 その自然の一部。とも見えた雷狼竜の姿に轟は、竜牙の気配を感じる事ができなかった。

 まるで最初から竜牙という存在はおらず、雷狼竜だけがいたかのように。

 ただその違和感に轟が気付いたのは竜牙と近いからだ。他の者達の中には別の違和感に気付いていた。

 

「お、おい……周り見てみろよ」

 

「あぁ? どうした上……鳴……」

 

 不安を隠さない声色の上鳴に、瀬呂が聞き返そうとしたが聞くよりも先に気付いてしまった。

 

「……()()()()()

 

 芦戸もまた気付いた。土獣ではなく、自分達を鹿やイノシシといった()()()()()達が取り囲んでいる事を。

 

「鹿にイノシシもそうだけど……」

 

「ク、クマもいるじゃねぇか――」

 

「馬鹿叫ぶな峰田! 刺激すんな!」

 

 震える葉隠と熊といった危険動物も平然と混じっている事に叫びそうになる峰田、を止める切島。

 誰もが平静を保とうとするが誰がどう見ても非常事態。緑谷もそうだが、爆豪ですら構えを解かずとも冷や汗を流しながらも徹底的に(けん)に回っている。

 

「プッシーキャッツに少なくとも動物を操れるメンバーはいない。つまりこれは――」

 

「アクシデントと言うことか!」

 

「……いえ、皆さんちょっと待ってください!」

 

 緑谷と飯田にも焦りが見え始めた時、八百万は動物達の纏う雰囲気に気付いて皆に待ったを掛けた。

 

「落ち着きましょう……動物達がこんなに集まるのは異常ですが、どうやらすぐに危険がという訳でないようですわ」

 

 八百万の言葉にA組は周囲を再度を観察すると、動物達も緑谷達を見たり警戒した様子は確かにあった。

 けれど野生動物でありながら、その行動をすぐに止めて別の方へと意識を向けていく。

 それはクマの様な種類も例外ではなく、臆病で危険な動物ですら落ち着いた様子で別の方を見ていた。

――竜牙改め、雷狼竜の方を。

 

『AoooooooooooN』

 

 雷狼竜は気付いてるかどうかは分からないが、咆哮とは違う落ちついた様な静かな遠吠えを出す。

 未だに木々から漏れる光を浴び続け、ただただ天を見上げる雷狼竜へ、動物達はまるで敬意を示す様に静かにじっと綺麗に整列しながら見守り続けた。

 

 

「……一体なにが」

 

 緑谷も一体目の前のこの現象は何なのか全く理解できず困惑しかない。

 唯一分かっているのは野生動物が雷狼竜へ、何か特別な想いを抱いているのは確かな事だけ。

 けれど、それも終わりがあった。満足したのか雷狼竜は日光浴を止めると、僅かに鼻でヒクヒクさせて周囲を見渡した。

 そして答えを得たかのように一つの方向を向くと、静かに歩き出す。

 その重量故に僅かな地響きを生みながら、それでも静かに、ゆっくりと、まるで王者の様に堂々と。

 

「ちょっ――雷狼寺!」

 

 勝手に動き始める雷狼竜へ、耳郎が咄嗟に声を掛けた。

 だが雷狼竜は動きを止めず、僅かに耳郎達へ視線を向ける程度で終えた。

――が、そんな雷狼竜を妨害する存在達がいた。

 

『―――!!』

 

 緑谷達を取り囲んでいたピクシーボブの作った土獣達だ。

 雷狼竜の背後に三体、左右に一体ずつ、前方に二体の計七体が、歩く雷狼竜を阻むかの様に取り囲む。

 しかし、それでも雷狼竜が足を止める事はなかった。まるで土獣を見えていないかの様に自然に歩き続ける。 

 それに痺れを切らしたかのか、背後の三体が一斉に雷狼竜へ飛び掛かった。

 

『――Grr』

 

 背後から迫る土獣に対し、雷狼竜は僅かに喉を鳴らす程度の声を出した時だった。

 雷狼竜は己の尾を横一線に振った。まるで動物が纏わり付く虫を払うかの如く、ただ自然な動きだが今回は虫ではなく土獣だ。

 尾に薙ぎ払われた土獣達はそのまま薙ぎ飛ばされ、空中で崩壊か、木々や地面にぶつかって崩れ散った。 

 

「っ! あの土獣をあんな――」

  

 その光景に緑谷を筆頭に皆が驚愕する。

 緑谷を始めとした最初に土獣に掛かった者達は理解している。所詮は土とはいえその丈夫さを。

 体験をしているからこそ、実感してしまう力の差。それを雷狼竜は更に見せつける。 

 

『#$%&$#!!』

 

 奇音を発しながら左右の土獣が挟む様に飛び掛かったが、瞬間、雷撃が土獣を襲い一瞬で砕け散る。

 最後の前方にいた二体に対しても、雷狼竜はただ歩みを止めず、そのまま左右の脚で踏み砕いてしまった。

 

「お、おいおい……嘘だろぉ」

 

「あの土獣の耐久力は結構あったぞ……それをあんな簡単に」

 

 目の前の光景に峰田は息を呑み、飯田もあんな優雅に倒せるものじゃなかったと信じられない表情だ。

 他の者達も同じ表情を浮かべている。耳郎も障子も目の前の出来事が戦闘と思えなかった。

 ただ、それでも最も表情を歪ませていたのは爆豪だった。

 

「あ、あ、あの白髪野郎ぅぅ……!!」

 

 爆豪は顔を真っ赤に染め、歯を全力で食い縛りながら雷狼竜を睨みつける。

 爆豪の性格、それは間違いなく多少の難があり、同時に高いプライドを生んでいる。

 けれど高いバトルセンスがあるのも事実。だからこそ自身への嘘が付けない。

 

――ただ必死に、全力で、力を使い、飛び掛かった自分達。

 

――ただ歩く。変哲もないそれ以外に目的のない動き。その過程で土獣を処理した雷狼竜。

 

 爆豪は怒り、そして恥をかいた。雷狼竜に比べ自分達はなんて弱く、滑稽な動きなのかと。

 そんな彼の屈辱を証明するかのように雷狼竜が去った後、野生動物達も静かに姿を消していく。

 それは爆豪を始めとしてA組の面々に興味などなく、森を訪れた雷狼竜(強者)を称えに来たかの様だった。

 

「雷狼寺……一瞬でこの森の頂点に立ったというのか」

 

 冷や汗を流す常闇の言葉に誰も返答はしなかったが、息を呑み、未だに雷狼竜の背を見送る緑谷達。

 彼等の沈黙こそが同意と見なせた。

 

「マ、マジかよ()()()

 

 その中で信じられないものを見たと、驚愕していたのが上鳴だった。

 彼は見た。見てしまった。まるで干支の牛に乗る鼠の如く、雷狼竜の尻尾にくっ付いて共に去っていった峰田の姿を。

 

 

 

▼▼▼

 

 そして同じ頃、その状況を見ていたのは緑谷達だけではなかった。

 ピクシーボブは自身が付けているゴーグル型のデバイスでA組達の状況を把握していた。

 その結果、流石に驚きを隠せなかった。

 

「ハッ? ヤバ! あの雷狼寺って子、思った以上に早くゴールするかも」

 

「うそ!? 土魔獣はどうしたの?」 

 

「壊された、七体も一瞬で。迷子防止で土魔獣で誘導するつもりだったけど、どうやら自力で場所を把握してみたい。――聞いてた話よりもヤバいかも、この雷狼竜の個性」

 

 ピクシーボブの報告にマンダレイも予想外だなと首を傾げながら、悩んだ仕草をしていると相澤は想定内だと言わんばかりに目を閉じて落ち着いた様子で口を開いた。

 

「今回は自衛の力を習得させる為……でしたが、こちらの想定通り雷狼寺が突出しましたか」

 

「そうみたいだね。他にも良い感じの子達もいるけど比較にはならないレベルで攻略されちゃったし、既に並みのヴィラン相手だと過剰の自衛力だよ、イレイザー」

 

「それは分かっているつもりです。雷狼寺は体育祭で殻を破り、雷狼竜化への迷いを乗り越えました。これに関しては良い影響です。――ですが、その後のヒーロー殺しとの接触や謎のヴィランとの襲撃に遭って以降、雷狼寺の中でタガが外れてきている。最近では完全な雷狼竜化に戸惑いもなく頻繁に使用しているのも問題点となっています」

 

「既に力という点では合格ラインは超えてるってことニャンだね。つまり、彼に関しては今回の目的は自衛力の取得ではなく――個性のコントロール」

 

 ピクシーボブの言葉に相澤は頷いた。

 

「えぇ、実戦式とはいえ授業で雷狼寺はクラスメイト相手にも過剰に力を振るい始めています。アイツの過去が複雑なのも承知の上ですが、それでもヒーローとして生きるなら絶対な一線を雷狼寺に自覚させなければなりません。――ですので、今回の合宿ではな皆さんの力を借り、何としてでも雷狼寺には雷狼竜の個性を()()させるつもりです」

 

「あの合理主義のイレイザーがそこまで肩入れするなんて、よっぽど大切な生徒みたいだね」

 

「……過剰に贔屓はするつもりはありません。いよいよとなれば除籍も止む無しと思っていますので」

 

 マンダレイの言葉に相澤は声色を変える事なく否定した。

 確かに竜牙は生徒として優秀で、教師的に見ても面白い。

 自身が与えた理不尽を受け入れる適応力。自身が教えた事をしっかり学ぶ学習力。相澤としても本音を言えば長い目で見てあげた生徒だ。

 

――だが一生徒だけに肩入れは出来ん。きっと碌な結果にならんし、何より合理的じゃない。

 

 相澤はそう決めていた。そうするしかないからだ。

 雷狼寺もそうだが、緑谷・轟を筆頭に色んなジャンルの問題児が多過ぎる。

 そんな彼等を導く為にも一人だけに構う事はできない。だからこそ、その時になった時の覚悟を決めなければならない。

 

『雷狼寺 竜牙――除籍だ』

 

 その言葉を言わないで済む事を内心で望みながら、相澤はゆっくりを目を開ける同時に今度はマンダレイは話を続けた。

 

「う~ん、今のままじゃ確かに除籍になりそうね。けど彼の場合は本当に難しいからイレイザーも覚悟しなよ? そもそも、雷狼竜の個性は()()で何とかなるもんじゃないし」

 

「――ハッ?」

 

 マンダレイの言葉に、再びを目を閉じようとしていた相澤の眼がバッと開く。

 

「どういう事ですか、その言葉は?」

 

「……あれ、事前に言ってなかったっけ? ()()()()()()()の彼の個性の件」

 

「聞いてません」

 

 竜牙の個性の件は相澤達もやや敏感にアンテナを張っていたぐらいだ。

 何か情報があれば忘れるという事はない筈だった。

 

「連絡ミスはこっちに非があるけど、本格的に合宿を始める前に分かって良かった」

 

 やや非難めいた視線を送る相澤へ、マンダレイは冷や汗を流しながらも誤魔化して呼吸を整えた。

 そして――

 

「じゃあ単刀直入に言うけどさ。雷狼竜の個性……いや彼の中にいる雷狼竜達には――」

 

――意思があるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっとして質問回答。

1:両手足、口元だけを雷狼竜化した姿をイメージできません。どんな感じですか?
回答:ロックマンエグゼのグレイガフォームみたいなものです。


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