リーリエ、カムバック! (融合好き)
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つかえない ポケモンは すきかってに パーティから はずすでしょう?

時系列としては

主人公がシナリオをクリア(チャンピオンになる)→リーリエちゃんがいなくなる→オリシュさんが主人公に圧勝してチャンピオンの座を奪い取る→主人公がチャンピオンの座を奪い返そうと奮闘する。←ここ。


ある意味でそれは、才能ではあったのだろう。

 

素材の均一化という、モノの汎用化・大量生産を理想としたエジソン辺りが聞いたら咽び泣きそうな素晴らしい力だ。当然ながら、この才能を羨む人を私は否定しない。

 

しかし、しかしだ。この世界において、その才能が齎す影響とは何か。否、はっきりと言おう。──果たしてその才能は、私を頂点にへと導いてくれるのか。

 

「……違う」

 

否定する。当然だ。汎用品とオンリーワンは矛盾している。

 

前世における業。データとして存在していたこの世界に対する私の扱いを鑑みるに、私に発現したこの才能は、ひどく妥当であるとも言える。

 

何せ、どんなポケモンも理想個体のレベル50に統一できるという、前世で言う「廃人」をそのまま表したような力だ。これ以上に私というトレーナーに相応しいものなど、存在するはずもない。

 

事実、私は純粋なプレイヤーとは違って、それともある意味では一般的なトレーナーの1人として、捕まえた、乃至は孵化させたポケモンは「使える」レベルまで育てたら後は放置するような人間だった。最近では個体値底上げのためにレベル100まで育てたりもしていたが、それもあくまで数値上の優位を得るため。間違っても愛情からの行動ではない。

 

だからこれは、単なる自業自得。寂しくはあるが、悲しむのはきっと間違っている。

 

果たして私が真の意味で純粋に、ただ珍しいポケモンを捕まえたから、旅のポケモンが進化したからと喜んでいたのは、いつのことだっただろうか。思い出せない時点で私は、もはや何も言う資格はないのだ。

 

「………」

 

手の内に収まったボールを見下ろす。どんな皮肉か嫌がらせか気まぐれかサービスのつもりか、多分私が前世において手持ちに加えていたらしい、ちょっとだけ特別なポケモン。

 

ここで「多分」とか「らしい」と表現する時点で、私という人間がどんな存在だったかわかる。レートだのなんだのに囚われて、人として何か大切なものを失った、そんな愚か者。

 

だが、私は救いようがなくても、私に巻き込まれたらしいこの子は違う。いささか、と言うにはあまりに苛烈過ぎて、もはや災害とまで称してもいいだろう、ちょっとだけ特別なポケモン。しかし、実のところこの子自体に問題があるわけではない。

 

どういうわけか現実となったこの世界では、日々あちこちで新種のポケモンが生まれ続けている。だから、その気になればいくらでも誤魔化せる。手持ちに入れていたとなればレベル100までいかずとも相当な高レベルのはずだが、その点に関しても大した問題はない。

 

問題なのは、この子の収まっているボール。現時点では構想すら練られているか怪しいこのボールを、もしも悪用されたらどうなるか。この世界にはわかりやすい悪の組織が、そこかしこに蔓延っている。それなのに、無責任にも「きっと大丈夫」だなんて、口が裂けても言えはしない。

 

この子は私が持つ、唯一無二にしてたった一つのオンリーワンだ。手に入れた経緯こそ本当に謎だが、長い付き合いだし、相応の愛着も持っているし信頼もしている。

 

今でこそ懐に収まるサイズでしかないこの子が、対戦における強さとは違うカタログスペック通りの暴虐を振るうなど悪夢でしかない。とはいえまだ生まれているかすら怪しい「主人公」に頼れるはずもなく、仮に助力を乞う場面に陥ったとしてもその頃には既に大勢が決まっている。

 

結局、考えるだけ無駄なのだ。きっとどうにもならないだろうし、同時にどうにでもなるだろうという確信もある。

 

そもそも私は完全なる脇役だ。それに如何にもフロンティア特化な才能からして案外、神が「タワーによくいる準伝説をさも当然のように使う一般トレーナー」の一人として特に理由もなく遣わされたのかもしれない。

 

この世界でのツリーの扱いがどうなってるのかはさっぱりだけれど、それならそれでいいじゃないか。幸い、アローラではネームドキャラですらない人間でもチャンピオン防衛戦に挑めることは確定している。要は、チャンスはいくらでもあるのだ。

 

レベル50が限界? ──上等じゃないか。そも才能最大倍率(オープンレベル)は四天王クラスでさえ70に満たない。不利ではあっても、無理な数値ではない──おまけに、現実ではその数値もあくまでフレーバーだ。

 

必中技は気合で避けられ、一撃技でも気力があれば沈まず、気分次第でステータスが上下し、寝不足や疲労で『ねむり』状態に陥る。

 

しかも、実際にはそこまで不公平なわけじゃない。下を見て安心するのは愚者の思考だが、残酷にも私よりもバトルに適性のない人間は確かに存在している。そう考えると、私の悩みはあまりに贅沢なものだ。

 

………話が逸れてしまったが、結論としては、なるようにしかならないということ。

 

だって、まだ私は、島巡りも、冒険も、ポケモン勝負だって、足を踏み出してさえいないのだから。

 

 

「ねぇ、聞いてる?」

 

「…………え?

 

ああ、ごめんなさい。すこしぼーっとしていたわ」

 

 

被りを振って、頭をリフレッシュする。この程度では気晴らしにもならないけれど、なんとなく頭が軽くなった気はする。きっと気のせいだろう。

 

「………それ、モンスターボールよね? なんでアンタが──っていうか何それ。なんていうか、すごいデザインね。未来的? なに、それが噂に聞くマスターボールってやつかしら」

 

「違うわよ。これはアレよ。単にデコってるだけ」

 

苦しい言い訳だ。実際、彼女は私の言葉に対し、怪訝な表情を浮かべて私の方を見つめている。肌の色から言動から性格から生粋のサバサバ系女子たる彼女がこうして物事に興味を示すのは割と珍しいが、今回ばかりは驚いてもいられない。

 

アローラに唯一存在するメレメレのトレーナーズスクール。同年代で優秀とされる少年少女が挙って集結したこの場所にいる子が、事前に一匹二匹の「相棒」を持って学ぶこと自体は不思議でもないが、それが目を惹かないわけがない。

 

未来溢れる少女にとって、ポケモンとはすなわち憧れだ。そのポケモンについての扱いを学ぶスクールの学生となれば尚更のこと。あり得ただろう未来ではしまクイーンなどと評される彼女も、事ここに置いては当たり前のように、そこらにいる子どもと何も変わりはない。

 

「意外?」

 

「意外ってより、驚いたわ。いっつも淡白なのに、相棒を隠し持ってるわそのボールはデコるわと、変な拘りは持ってたのね。まあ、意外って程度。だけど最近、いよいよ島巡りに挑戦するコも出てきたし、アタシもそろそろ巡礼者ってのになるべきなのかしらね?」

 

「わたしからは何も。強いて言うなら、簡単には決めないで欲しい」

 

ゲームのように、使えないからとほいほいパーティを厳選し始めたら終わりだ。トレーナーとしても、人としても、あまりに外れすぎている。

 

外れる、といえばポケモンを永遠に保存しようとしたとある人物を連想するが、前世の私がやらかした所業に比べたらあんなもの可愛いものだ。……いや、可愛くはないし洒落にもなってないし普通にドン引きだけど。

 

しかし、“巡礼者”と来たか。初めて聞いた呼称だけど、不思議と違和感が感じられない。島巡りをする少年少女の呼称に、ゲーム以外での俗称が存在したとは。きっと何らかの意味はあるのだろうけど、まあ、どうでもいいことか。

 

 

「ライチは」

 

「ん?」

 

「ライチはまだ、島巡り、行かないの?」

 

 

島巡り。アローラの象徴とも呼べる儀式、乃至は行事。

 

完全に一本道であったゲームとは異なり、この世界では島巡りの時期も順番も回数も試練挑戦に関してさえ任意だ。そも目の前のライチも大人になってから島巡りをやり直したりしていたし、ゲーム的要素さえなければ巡礼なんてそんなものだろう。だけど、キングにクイーンやキャプテンと言った称号を得るには早いに越したことはない。

 

つい先ほど簡単に決めるな、と言ったばかりではあるのだが、私にだって興味がないわけじゃない。けじめとしてゲームと同じ11で出発すると決めている私はともかく、同年代でもグズマに次いで優秀な彼女が、まさか怖じ気付いているわけではないだろうに。

 

 

「いわタイプは、むしタイプに強い」

 

「………タイプ相性?」

 

「そう。スクールで最初に習うアレさ。

 

でも、アタシは、そんなポケモンの単純にして絶対の法則さえ、アイツに対して証明できていない」

 

「………それは」

 

 

無理もない。彼の強さは異常と言っていい。見た目は虫取り少年の癖に、素質だけならチャンピオンさえ凌駕する。

 

私にはわかる。自分の限界より遥か上回る才能が見える。残酷にもレベルという名の目安で区分された、ゲーム的な要素を雑に落とし込んだ『格の違い』が。

 

 

(………レベル100、ね。それは一体、どんな化け物なんだか)

 

 

改めて、『主人公』の特権とやらは悍ましい。究極的にはレベルを上げて物理で殴るが頂点に至るまで成立する素質というのはどれほどのものなのか。どっかのエロゲーでは『才能限界』なんて要素があったが、この世界では殊更に酷い。仲良くなるなら平等でも、これはそういう問題じゃないのだ。

 

当然、目の前のライチだって、才能だけならグズマに匹敵する。四天王クラスとチャンピオンクラス。確かに明確な差はあれど、そこまで至れば微々たるものだ。私とは違って。

 

ならば何故、今は勝てないのか。そしておそらくはこれからも、グズマがそれこそゲームのように腐らない限りその差は埋まることはないのだろう。だが、しかし、その上で──

 

 

「おまけに、キャプテンなんてアタシの柄じゃないってのに──カプは、アタシをどうしたいのかねぇ?」

 

「………」

 

 

彼女は疎ましげに、それでも手首に装着している腕輪を撫で回しながら無意味に妖艶な口調で告げる。私個人はカプの判断基準なんて果てしなくどうでもいいから興味はないが、理解できる部分もなくはない。非常に難しい問題ではあるが、感情の一切を排せば自ずと答えらしき何かはわかるのだ。

 

 

「それは当然。だってグズマって、誰かの下にいるタイプじゃないから」

 

「え?」

 

「キャプテンやクイーンなんて名前だけ。その実態は、島に縛られた傭兵に近しい。

 

傭兵に必要なのは、強さじゃなくて信用度。だから、彼がカプに選ばれるはずがない」

 

グズマは強い。理不尽なほど強い。育成や戦術やポケモンとの相性以前に、ポケモンバトルがとんでもなく上手い。

 

だけどそれ故、彼には欠けてるものがある。それは本来、従来のポケモンのようにチャンピオンを目指すのなら自覚する必要もないものだ。しかし。

 

「自身を脅かす存在を側には置けない。簡単なこと。

 

尤も、今の彼にそのつもりはない。それはこれから彼がグレたとしても同じ。あいつにそんな度胸はない。だからあくまで可能性の話。でもカプには、そんな不確かな未来さえうっすら把握できる程度には、神としての性質も持っている」

 

自然の化身であるカプは、並み居る神の中でも殊更に摂理を重視する。だからこそ、グズマがキャプテンに選ばれるはずはない。

 

 

「きっと貴女も、いつか理解できる時が来る。私はカプに初めて会った時、一目で『そういう存在』なんだと察した。そして同時に、Zワザの修得を断念した」

 

「……どうしてか聞いても?」

 

「私も同じだから。私は、自分がカプより下にいるのが我慢ならない。

 

今はそうでも、いつか必ず超えてみせる。方向性は違えど、彼も似たようなことは考えてるはず。だから………いや。案外、いずれグズマは毒が抜けてそこのところを許容できるようになるかもしれないけど、私はだいぶ特殊だから」

 

「ふぅん…?」

 

視線を手の内のボールへと落とす。洞察力でもなんでもなく、メタ知識からの推測なのがなんとも悲しくはあるが、それ故に絶対の自信がある。

 

それに、これはあくまで可能性だ。言うだけならタダ、誰も損はしない。まあ、友人の陰口を言ってるようで心苦しくはあるけれど。

 

「私の夢。言ったことなかったよね、ライチ」

 

「そもそもアタシは、アンタがポケモンバトルに興味を持ってたこと自体が驚きだよ」

 

「そう? ……そうかもね。授業、あんまり真面目に聞いてないし」

 

いくら世界が違うとはいえ、10の子どもが習う授業だ。多少不真面目でも点は取れる。日本製のゲームだから言語も同じだし。

 

「まあいいや。──私はね。チャンピオンになりたいんだ。キャプテンやクイーンじゃない、正真正銘最強のトレーナーに。

 

より正確に言えば、頂点に立ちたい。そして、私未満のヒトたちを存分に見下して悦に浸るの。最高でしょう?」

 

「………後半の台詞が無ければ、素直に感心したんだけどねぇ」

 

 

 

 

今にして思えば、この会話が私の原点。色々と吹っ切れて、何もかもがどうでもよくなった時の出来事。

 

そして同時に。私がヒトとしての道を盛大に踏み外した瞬間である。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「………もう諦めたら?」

 

「…………」

 

 

感情を読み取れない透明な声が響き渡る。静かながらも不思議と良く通るソプラノボイス。この世全てに関心がないかのように冷たい言葉が、呆れた様子で己を貫く。

 

断る。即座にそう反応しようとして、言葉が出ない。当然だ。その忠告自体が既に10回目。彼女に挑んだ回数なら20を超える。罵卑語も賞賛も負け惜しみも使い果たした。我ながら会話のレパートリーが貧弱だと自嘲するが、そういう問題でもない。

 

脱力感からその場にぐったりする。時間にして数分だろうか。ここに挑むようになってから出来てしまった悪癖だ。どうやら自分は、相当な負けず嫌いであったらしく、負けてしまうとすぐにこうなってしまう。勝者である彼女には非常に申し訳なく思うけれど、どうせここには滅多に人が来ないから、多少の時間は許してほしい。

 

単なる迷惑行為に等しいコレに対し、なんだかんだで気にかけてくれているのか、それとも単に無関心なだけか。おそらく後者だとは思うけど、彼女は何も言わない。言うこともないのだろうか。わからないし、聞くこともない。そんな自覚は敗者に持ち得ない。しかし、今回だけはそれも多少の変化を見せる。

 

 

「貴方……じゃない。ええと、ヨウ君?」

 

「──!」

 

 

目を見開く。彼女から声をかけてくれるなんて、間違いなくこれが初めてだ。それに、まさか彼女が自分の名前を覚えているなんて予想だにしてなかった。彼女にとっての自分は、それこそ有象無象の一人にしか過ぎないだろうに。

 

 

「貴方は確か、あのククイの秘蔵っ子なのよね。いえ、そういう意味じゃないし、血は繋がってないから、普通に赤の他人なんでしょうけど。でも、すっごく似てる。

 

知ってる? あいつ、ああ見えて頻繁にここに挑みにくるのよ。頭がいい癖に、勝負になると熱血路線でしかモノを考えないけど。じゃなくて、そう。負けたらそうして悔しがるところがそっくり。ねぇ、貴方。実はククイの隠し子だったりしないよね?」

 

「違います。両親はカントー出身で、こっちに越したのも最近なので」

 

「まあ、そうね。あいつがバーネット以外と乳繰り合ってるのなんて想像できないし。でも、マーレインとはなーんか妖しい雰囲気なのよね。グズマともそう。私にそういう趣味はないけど、勘ぐるのも無理はないな、って思う程度には」

 

「───」

 

怒涛の攻勢に言葉を失う。彼女が世間話らしきものを振ってきたことにも驚いたが、超然とした雰囲気を纏う彼女から、まさかこんなに俗っぽい内容が飛び出してくるとは。この驚きは、初めてナマコブシと戦った時に匹敵する。あれは恐ろしかった。あらゆる意味で。

 

 

「………今更だけど。グズマのこと、ありがとう。あいつのコンプレックスは、試練とかにカケラも興味を抱けない私では変えられなかったのよね。

 

勿論、止めることはできたと思うけど……あんなんでも、同期だし。多少の気持ちはわかるから、私は止めなかった。だから」

 

「いや、別に……」

 

 

なんだろうか。すごく照れ臭い…………じゃなくて。それよりも。

 

 

「グズマさんのこと、知っているんですか?」

 

「まあね。さっきも言ったけど、同期だし。あ、トレーナーズスクールのね。後はライチとかバーネットとかククイとかマーレインもそう。

 

この島は狭いからね。同期はみんな友達みたいな感じだった。尤も、私は見ての通りの性格だったから、友達は少なかったけど。

 

カヒリ? あの子も一応同期になるのかな。でも歳も離れてるしすぐに島からいなくなったから正直知らない。ゴルフで有名だから名前くらいは知ってたけど、リーグで会うまでは知り合いですらなかったよ」

 

「へぇ……」

 

 

この島の出身ではない自分に、トレーナーズスクールでの繋がりなんてわからない。でも思い返してみれば、マリエであったククイ博士とグズマさんとの対面は、険悪な空気だったのに妙に気安げでもあった。いつもヘラヘラしてるハウはともかく、戸惑っていたリーリエや自分にわからない何かがあったのかもしれない。

 

「まあ、同期といっても年齢は違うけどね。カントー出身ならわからないかもしれないけど、この島は試練の関係でスクールの卒業?が特殊で、同じ時期にスクールにいた生徒をまとめて同期って言ってるんだ。

 

興味があるなら、今からでもスクールに行くといいよ。こんな私にもスクールで友達ができました。なんて誇張じゃなく言えるから」

 

「…………」

 

 

なんだろう、その妙に安っぽくて胡散臭い謳い文句は。実はこの人、トレーナーズスクールからの回し者だったりするのだろうか。

 

 

「…………この前、グズマがここにやってきた」

 

「──!」

 

「だから、なのかな。君のことが頭に浮かんでね。ライチから、話だけは聞いていたから。君が彼を救ったって。君が彼女を止めたんだって」

 

「彼女……?」

 

「ルザミーネさん。ここだけの話、彼女にウルトラボールを提唱したのは私。技術の提供をしたりもした。リーグを建てる資金の調達に、エーテル財団は都合が良かったから」

 

「あのボールを……」

 

 

本日何度目かの衝撃の真実。果たして自分は、この数分で何度驚いたらいいのか。

 

何人も寄せ付けない超然とした雰囲気の彼女が実は割と俗っぽかった。それだけでも個人的にはかなり衝撃的なのに、意外と弁達者だったりククイ博士やグズマさんと繋がりがあったりエーテル財団と怪しい取引をしていたりウルトラボールの開発に携わっていたり、自分が関わった事件と悉く関係があったりしたなんて。

 

唖然とするしかない自分に向かって、愚痴るように彼女は続ける。

 

 

「即直に言って、私は彼女が破滅しようとどうでもよかった。彼女の毒についても知っていながらリスクリターンを考慮して黙認したし、モーンさん………については流石に申し訳なく思ったけど、それだけ。ウルトラホールについて研究するなら、それくらいのリスクは自己責任だし。

 

だけど、今思えば、グラジオ君やリーリエちゃんには迷惑をかけたと思ってる。多分、これからも苦労はかける。両親がアレだし。でも私は謝らない。だって私は悪くないし」

 

「えぇ……?」

 

「ま、まあ? ポケモンの毒だから? タンバの薬で治るかもしれないし? ………色々と都合がいいから黙っていたけど」

 

「なんかさらっと最低なことを言いませんでした?」

 

「効く保証もない。だから問題ない。……この前こっそり差し入れたら病状が回復したとか風の噂で聞いたけど、私が送った怪しい薬を病人に験すとか何を考えているのかな」

 

「…………」

 

 

ロクに事情を知らない自分でもわかる。貴女だけには言われたくない。

 

でもこの人、わざわざ別地方にある薬を手に入れて差し入れたりしていたのか。口では無関心を装っていても、案外罪悪感を感じていたのかもしれない。とはいえ、それは彼女ならぬ自分にはわからないことだ。

 

彼女の顔を見る。──恐ろしいほど無感情だ。「勝負師」としての技能を突き詰めた、相手に思考を読み取らせないことに特化したポーカーフェイス。

 

彼女が何を思って静観していたのかはわからない。彼女にどんな感情の変化があったのかも、どうしてリーリエの家族に手を貸したのかも。

 

リーリエに聞けばわかるのだろうか。彼女は感情表現が苦手な自分の意思を読み取るのが異様に上手い。今にして思えば、それは昔から他人の表情を気にして生きてきたという彼女の闇なのだろう。

 

でも今は、今だけはとその技能の利便性を求め、欲しがってしまう自分は残酷なのだろうか。わからない。

 

しかし、誰でもそんな面はある。あのいじっぱりなリーリエでさえ、戦力としての僕を羨むくらいなのだから。

 

 

「そもそも、あの人の価値観は歪んでいる。美しいものに対して異常に執着するのは、毒に侵される前からあった」

 

「………あの、今更ですけど、毒ってなんのことですか?」

 

「UB01 PARASITE……ウツロイドの持つ神経毒は精神を侵す。自制心や抵抗力を麻痺させて対象に寄生する。現状確認されてるウルトラビーストの中では最も脅威とされてるね」

 

「………そんなものを、知っていて」

 

「そうだね。黙ってた。興味がなかった、って言い換えてもいい。

 

それに───」

 

 

ここで彼女は一息を入れ、表情を揺らさず天井を仰ぐ。彼女が何を考えているのかはわからない。だけど、きっと、ロクでもないことなんだろうな、ということは容易に想像ができた。

 

 

「あの人は、ポケモンバトルも強いから───私がチャンピオンとなるにあたって、障害となる可能性もあった」

 

「っ…! まさか、そんな理由で……!?」

 

「理由にはなる。それで十分。そして、自らが手を下したならともかく、あえて彼女を助けようとする理由はない。

 

───ねえ。なんで私が君に突然話しかけたかわかる? グズマのこともあるけど、他にもちゃんと理由があるんだよ?」

 

「他の理由………?」

 

「私に苦手意識を持ってもらうため(・・・・・・・・・・・・・)

 

君は強い。とっても。初めは5タテだったのに、今では5:3。いえ、それ以上。最早君は、一人のトレーナーとして警戒をするに余りある。だから、揺さぶりを掛けた。

 

ああ、うん。わかってる。私は最低な人間だから、バトルを楽しむことはしない。私が何より欲するのは、私が最強だという証明。私こそが、世界で一番強いんだって矜持だよ」

 

「───」

 

 

絶句する。心底から言葉を失うなんて、人生で初めてのことだ。リーリエのお母さんの本性を目の当たりにした時でさえ、これほどの衝撃はなかった気がする。それともあれは、リーリエが側にいてくれたからこそか。

 

しかし、一つ。たった一つだけ、心に引っかかるものがあった。彼女は本気で発言している。内容にひとかけらの嘘のなく、それ故に心に突き刺さる。だけど、それだと、たった一つ。おかしなことが、一点。

 

 

「…………じゃあ、貴女はどうして」

 

 

リーリエのことを思い出す。儚くて、可憐で、優しくて、そして何より強い少女のことを。

 

彼女にバトルの才能はない。仮にあったとして、彼女の性格はバトルに向かない。なのに僕は一度も彼女を弱いとも、まして役立たずなどと思ったことはない。

 

彼女は強い。こんなところで躓いている僕なんかより遥かに。初めて出会ったその瞬間から、僕は彼女の強靭さ(つよさ)に見惚れた。

 

───そうだ。彼女は、確かにそれ(・・)を否定した。じゃあ、

 

 

「どうして、貴女は───ヤトウモリのオスを、いっつもメンバーに入れてるんですか………?」

 

「───」

 

 

 

───『使えないポケモンは、好き勝手パーティから外すものでしょう?』───

 

───『ヒトも、ポケモンも、生きています! 決してモノではないのです!』───

 

 

 

リーリエの反論と、母親の主張。誤りではあるものの、間違いだとは言えない持論。強さと美しさ、その方向性は違えど、突き詰めるには必要不可欠な非常識。………そして、リーリエが、完膚無きまでに打ちのめした事柄。その言葉を前に───。

 

 

 

「…………」

 

「えぇと……」

 

「…………」

 

「その……」

 

「…………」

 

「……………」

 

 

彼女からの言葉は、それきり完全に打ち止めとなり、どんなに回答を求めても、どれだけの時間を費やしても、慣れない弁舌を駆使して粘っても。

 

結局、彼女からの反論は何一つとして返ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「………なるほど。それでおめおめと逃げ帰って来たわけか。

 

あの女の隙がようやく見えたというのに、それをロクに追求しないままに」

 

 

リーリエを彷彿とさせる靡く金髪を更に揺らめかせ、右手で左手首を抑えるいつもの謎ポーズをしながらグラジオが告げる。

 

口調は荒いが、それもいつものことだ。割と挙動不審な彼の発言を一々気にしていては、彼の友人は務まらない。

 

しかし、今回ばかりはその固さも性質がやや違う。当然だ。何故なら彼にとってみれば、思わぬところで家庭を壊された原因を知ったのだ。弾劾も糾弾も非難も激奮も、何一つとしておかしなことはない。

 

 

「ああ、わかっている。別段、あの女が何をしたわけではない。

 

悪いのは母さんだ。ウルトラビーストでさえもない。父さんについてもあの女が言っていた通り、ウルトラホールなんて巫山戯たものを研究していた父の自業自得で相違ない。そうだ、その通りだ」

 

「……あの、落ち着いて」

 

「大丈夫だ。俺は、この上なく、落ち着いている……!

 

話は変わるが、次のリーグはいつだ? 頻繁に挑んでいるんだ。まさか知らないわけはないだろう?」

 

「平日の正午から日没までは毎日…………じゃなくて。それ絶対大丈夫じゃないよね?」

 

「やめろ、気安く触れるな……! そういうスキンシップは、リーリエの為に取っておけと言ってるだろう……!」

 

 

グラジオの首根っこを引っ掴んで動きを制する。意外なほど力強かったが、所詮はポケモンでもない人間一人分だ。カントー出身の僕であればこの程度片手で事足りる。幼少からイシツブテ合戦をしている膂力は伊達ではないのだ。

 

 

「そもそもグラジオ、未だに僕に勝てないでしょ。そんなんじゃ挑んでも無駄になるだけだよ」

 

「お前にだけは言われたくない。ないが……そうだな。お前が言うならそうなんだろう。

 

なら、答えは一つだ。ヨウ、暫し俺の八つ当たりに付き合え………!」

 

「また? まあ、いいけど」

 

 

いつものように血迷って謎の行動を仕出かすグラジオを、彼を慕うポケモンごと真正面から大人しくさせる。

 

本当、いつも全力というか、余裕がないというか、忙しい人だ。これでも最近は随分と穏やかになったというから笑えない。友人として退屈はしないけれど、少しはハウを見習ってほしい。

 

 

「ま、くっ、参った! おい、ヨウ! 無言で関節技を極めようとするな! お前の冗談は分かりづらい!」

 

「冗談じゃないからね。ほら暴れようとしない逃げようとしない。チャンピオンのところに行くなんて論外だから」

 

「なら少しは真剣な表情をしろ! リーリエ関係以外で表情を変えないとか、露骨かお前は!」

 

「…………うっさい」

 

あと別に意識して表情を変えないわけじゃない。僕だっていきなり目の前にウルトラビーストが現れたりしたら普通に驚く。

 

ただ僕は単純に、笑顔が苦手なだけなのだ。

 

 

「───それで、どうする?

 

お前とて、このまま引き下がるつもりはないだろう?」

 

「そうだね。案は色々と考えたんだけど、結論は一つしかなかった。

 

僕はまだ、チャンピオンに対して遠慮をしていたのかもしれない。それとも前の姿(・・・)が印象的過ぎて、無意識のうちに過保護になっていたのかな」

 

 

それか、リーリエに対して過剰になっていたか。彼女との想い出を傷付けたくなくて、頑なにバトルから遠ざけていたから。まあ、自分でもわからないものを考えても仕方がない。

 

僕の言葉に、グラジオは目を見開いて驚く。僕やチャンピオンとは違って、本当に分かりやすい男だ。だから何だ、という話ではあるけれど。

 

 

 

「まさか、お前──」

 

「そう。ほしぐもを呼んでくる。

 

───気は、進まないけどね」

 

この期に及んで決断に迷いがある自分を嗤う。彼はリーリエを思い起こす綺麗な瞳を瞬かせたまま、じっと僕を見つめるのだった。






ヤトウモリ♂でリーグに挑むのは誰もがやること。そしていつまでも捨てられずにレベル100まで育てるのも良くあると思います。(半ギレ)


多分続きません。


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ポケモンが いて はじめて ポケモントレーナー なんだ

これが彼女の最期の出番になるとは、このリハクの目を持ってしても(ry


「それで、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかい?」

 

「………なにを?」

 

念願のチャンピオンとなってから丁度一月。同僚となったライチが唐突に切り出す。

 

しかし、私に返す言葉などない。当たり前だ。彼女の発言には、私が問い返したように主語が抜けている。彼女にとっては当然であっても、人の価値観とは個々人によるもの。彼女が幼少から気にかけていたという事柄も、私にとっては割とどうでもいいものだ。我ながら最低だとは思うのだが、こればっかりはどうしようもない。

 

「グズマが今更になってカプに選ばれた理由。アンタはもう、察しはついているんだろう?

 

じゃなきゃあの時、アンタはあんなこと言わないだろう。アタシは、あの高性能カミソリから『良い勝負だった』なんて言葉を聞くことになるとは想像だにしてなかったけどね」

 

「高性能カミソリ……?」

 

 

有らぬ方向に意識を向けながら、ライチは吹っ切れたように告げる。

 

というかなんだその渾名は。誰が付けたんだそんなの。そりゃああいつはカミソリみたいな性格だし、カミソリが人の言葉を喋ったら驚愕するだろうけど…………ではなく。

 

いきなり切り出してきたせいで一瞬惚けてしまったが、一度思い至ればあとは芋づる式だ。

 

グズマがカプに選ばれた理由。その答え合わせを彼女は求めている。忘れもしない私の分岐点に紡いだあの言葉の真意を、全てが解決したからこそ彼女は聞く。

 

とはいえ、実のところ、彼女もなんとなくならわかっているはずだ。横目も横目、目の端に映る断片的な情報でさえ、彼女の精神的成長は著しい。ましてこうして答えを求めてきた時点で、その答えが自身の望むものであるという確信を持っているのだろうに。

 

「なんて言ったんだったかな。要するに、グズマの本質は何一つ変わってないのに、どうして今更になってカプに認められたか、が聞きたいんだよね。

 

まあ、私はカプじゃないから、あくまで推測になるけど」

 

ポケモンは聡明だ。ともすれば人間よりも遥かに。なのに彼らはポケモンとしての価値観で動いている。

 

そんな彼らを私如きが評していいのかはわからないけど、数少ない友人がそれで納得するというのなら、そのくらいはまあ吝かでもない。面倒なのは否定しないけど。

 

「まず前提として、彼は勘違いをしていた。素晴らしいトレーナーとは、それ即ち常勝無敗のトレーナーであると、そんな思い違いをね。

 

勝てないのは自分が弱いから。強くないから認められないんだ。おかしいよね? 彼は成長して順当に壁にぶつかった時、そういう風に思ってしまった。

 

私は最初から、彼の勘違いを知っていた。だから、あんなことが言えたんだよ」

 

「………強いトレーナーが、素晴らしいトレーナーね。なるほど、あいつの態度はそういうことだったのか」

 

「環境も悪かったかもね。いや、彼は恵まれてはいたよ?

 

両親に恵まれ、自身の才能も申し分なく、更には優れた動体視力と体力、格の高いポケモンを従えることの出来る風格も持ち合わせ持つ。本当に、素晴らしいトレーナーだよ。

 

だけどあいつはきっと、最も欲しかったものに関してだけは、何一つ手に入らない環境に身を窶してた」

 

 

それは何? とライチが紡ぐ。その言葉は、興味というより困惑に近い。

 

より正確に言うならば、彼の意識次第ではそれを手に入れることはできた。彼の勘違いを正すことさえできたなら、あいつがもう少し自分以外に目を向けていたら、あいつは今頃キャプテンなりキングなりになっていたのかもしれない。だけどそれも、文字通り後の祭りだ。

 

 

「そして、皮肉なことに、スカル団なんかに転げ落ちてから、あいつはそれを手に入れた。

 

ここまで言えば分かるかな。そう、カプの本質は、そのままズバリ庇護する者(・・・・・)。キャプテンを称号(・・)だと考えて、勝ち取るものだと勘違いした彼には、身を賭してまで守りたいものはなかった。

 

スカル団を築き上げて、たくさんの落ちこぼれを拾うようになるまではね」

 

「それはまあ、アタシも薄々は察してたさ。でもだったら、あいつはスカル団にいた時点でカプに認められていたってことにならないかい?」

 

「ここまでが前提。ここからは、ポケモンとしての性質が重要になってくる。

 

といっても、簡単なことだけど。島を汚すような組織の長に進んで協力する神はいないよね、ってこと。要はタイミングが致命的に悪い」

 

「ああ………」

 

ライチの漏らした声は、様々な感情に満ちていた。

 

そう、考えたら簡単なことだ。ポケモンは聡い。人間なんかよりも遥かに。そしてポケモンは悪意に敏感だ。神様だろうとシステムではないのだ。条件を満たせばそれを達成できるわけでもない。

 

加えて、カプたちにも意識がある。カプ・テテフなんかは気まぐれで気に入ったトレーナーの手持ちに加わり、その人を破滅させる、なんて伝承があるくらいだ。もっと単純に「なんとなく気に入らない」なんてロクでもない理由でカプに認められなかった人だって、きっと過去にはいるのだろう。

 

だからこれは、単なるすれ違いだ。求めているものが、求めていたものが、互いに掛け違っただけ。これは単に、それだけの話である。

 

 

 

 

「ん? でもアンタ、スクールの時点でそれに気づいてたんなら、忠告くらいはできたんじゃ……」

 

「いやだって。あいつ強いから、改心なんかしちゃったら、チャンピオンになるにあたって、その、ね?」

 

「………アンタがカプに認められないのは、間違いなくアンタのそういうところだよ」

 

 

うん、知ってる。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ひたすらに長い階段を、その一歩一歩を踏みしめるように歩く。

 

膨大な年月を経て風化した遺跡は、土台となる階段さえもあちこち風化してボロボロの状態になっているが、不思議と頼りなくは感じない。

 

それはこの太陽の祭壇全体が神秘的な雰囲気に包まれているからか、あの時から太陽の祭壇を守り続けている守護者がいるからなのか、僕にはわからない。

 

 

──ラリオーナ!

 

 

遠くで、神と呼ばれるポケモンの雄叫びが響く。厳かに啼くその声も、僕には既に慣れたものだ。

 

ほら、こうして一歩、祭壇に足を踏み入れれば、どこからともなくあの巨体が、かつてのように『じゃれつい』てくる。

 

『ラリオーナ!』

 

「ああ、ほしぐも。遊びに来たよ。元気そうだね」

 

元気そうだ、というより元気そのものだ。姿は立派になったのに、反応が昔と何一つ変わらない。正直言って僕は今のほしぐもの姿に違和感を覚えまくりではあるのだが、だからこそこうして反応を見ると安心するのだ。

 

(………でも、やっぱり戦わせたくはないなぁ)

 

今更だ。どちらにせよ隔日ペースで頻繁に遊びに来てはいるものの、目的ありきでこんなところまでやってきて今更何を考えているのだ。

 

それでも、と決心し、しかしそれでも微妙に切り出せずいつものようにじゃれあって、やはりそれでも伝えなければ始まらないとようやく決意し、数時間の無駄な時間を費やしながらも僕は告げる。

 

「戦力として君のことをアテにするのは、間違っているのかもしれない。その考え自体が、立派に成長した君を馬鹿にする行為なのかもしれない。どっちが正解なのかは、僕にはわからない。だから、用件だけを言うよ。

 

──君の力が必要だ。協力して欲しい」

 

『ラリオーナ!』

 

肯定と思わしき喜色満面の雄叫びが返ってきたので、安堵と感謝と喜びで胸がいっぱいになる。

 

そして同時に、ふとリーリエのことが脳裏に浮かび上がる。あの頑張り屋なお姫様は、今、どこで何をしているのだろうか──。

 

 

 

 

 

「成長した姿を見せようとリーグに挑んでみれば、そこにいたのは謎の女性。肝心のヨウさんは何をしているのかと思ったら、こんなところでほしぐもちゃんと遊び呆けている───兄さまではありませんが、流石にこれは、物申す必要がありますね」

 

 

不意に。

 

透明で、綺麗で、なのに力強くて。ありえないはずの声が聞こえた気がして、反射的に後ろを振り返る。

 

幻覚だろうと、最初は思った。次にポケモンのイタズラを疑った。しかし、幾ら目を凝らして確かめても、その人物は確かな重みと存在感を持ってそこにいる。

 

「リーリエ…?」

 

「母さまの意識が戻ったと聞きました。実を言うと、ククイ博士とは頻繁に情報のやり取りをしていたんです。博士には黙っていてもらいましたけど。

 

あんな酷い人とはいえ、大切な母親で、全てのきっかけとなった人ですから。一度ガツンと言ってあげなきゃ、気が済まなかったんです」

 

でも、とその声は続く。記憶に残る美しいものと寸分違わぬ聞き惚れそうな音質。確と目があって、だけどますます現実感が無くて、思わずほしぐもの方を見つめる。

 

ほしぐもは、当然のように僕と同じ方向を見つめていた。なら、やっぱりこれは、僕が生み出した幻覚ではない。

 

「そんなことよりもまず、私は、何より貴方に会いたかった。

 

この一年、貴方が生まれたカントーで過ごして、貴方と同じ冒険をして、貴方のようにジムに挑んで。貴方と一緒の舞台に登った。

 

知ってますか? ポケモンリーグの挑戦権は協会で規定されていて、別の地方のものであろうと8つのバッジがあれば大丈夫なんですよ?」

 

「──」

 

「カヒリさんに驚かれ、アセロラさんには抱きつかれて、ライチさんに背中を押されて、ハラさんと共に泣いて。

 

そうしてチャンピオン防衛戦に挑んだら、肝心要のヨウさんはいない! ………何事にもへこたれないこの私ですが、これには流石にショックを隠しきれませんでした。

 

しかもなんですか、あの人。曲がりなりにもハラさんを倒した私を6タテとか信じられないのですけど。

 

ああ、あの人ならと納得してしまった私が嫌になります。チャンピオンの座は、誰より貴方が相応しいものなのに」

 

そう言い放ち、あの頃より少し背が伸びた気がするリーリエは僕に抱きついてくる。

 

鼻孔をくすぐる柔らかな香り。絹越しに触れ合う優しい体温が、何かを言いたかったはずの僕の口の動きを、それきり完全に停止させた。

 

「──貴方は諦めない。そうですよね?」

 

耳元でそう囁かれる。疑問形でありながら、不思議ととても力強い言葉。あの時のリーリエと何一つ変わらない、僕のことを奮起させる一言だ。

 

「もちろん。その通りだよ」

 

「あの人は、本当に強いです。至らない私では、最初のポケモンすら突破できませんでした。それでも?」

 

「当たり前だよ。だって、僕は」

 

君の強さの証明として、ポケモンバトルが得意な君の友達の僕が、チャンピオンの座に居座っていたんだから。

 

続く言葉を、声に出すことはない。言葉に出すようなものじゃないし、今の僕はその言葉を達成できていないから。

 

「なら、もう少しだけ、待たせてもらいます。

 

貴方が再びチャンピオンになって、私がそれに追随して。二人きりで成長を喜び合って。

 

それまでの間、ほんの少しだけ。その時、私は貴方に、伝えたいことがありますから」

 

「うん。じゃあ、その時はよろしく。僕も、その時になったら君に伝えたいことがあるから。でも、まずは何よりも先に。

 

──おかえり、リーリエ」

 

「──はい!」

 

 

自然な笑顔が、僕を貫く。羨ましさより尊敬が先に出る、感情豊かで柔らかな表情。笑顔が苦手な僕には出せない、美しい絵画。

 

僕だけに向けられた、夕日という額縁に飾られて輝くその笑顔に、僕は自然と微笑むのだった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「愛の力でブースト済み。更には単純に戦力までも補強して、貴方はここまで駆け上がってきた。

 

記録は2時間。四天王はほぼ瞬殺。アローラでの最高記録達成だね、おめでとう。昨日今日でこんなにも違うなんて──いや、若さとは恐ろしい。素直にそう思うよ」

 

ちっとも驚いてるように見えない冷徹な表情と冷たい声で、チャンピオンはそう告げる。

 

しかし、事務的なこと以外はほぼ無言だった彼女が、こうして気安く語りかけて来ているというのに、まるで距離感が縮まらないどころか、むしろ致命的な溝が形成されたような気分に陥るのはどういうことなのだろうか。

 

 

「先発はそのポケモン。日輪の化身、ソルガレオ。察するに、あの実験体だったコスモッグの進化系かな?

 

ああ、覚えているかな。実のところ、日輪の祭壇から君を捕獲したのは私だったりするんだけど」

 

「それも、貴女が──」

 

「まあね。それなりに苦労はしたけど、そんなのはどうでもいいよ。

 

それで、私の先発は──君に見せるのは初めてかな? この子だから、よろしく」

 

そう言ってチャンピオンがボールから取り出したのは、赤と青の配色をした、やけに丸い形状をした鳥のようなポケモン。確かに僕はこのポケモンを見たことがない。というかアローラでも見たことがない気がするが、何というポケモンなのだろうか。

 

「ポリゴンって知ってるかな。カントー出身の人造ポケモンで、自然と共にあるアローラじゃあまり見ないポケモンかもね。この子はそのポリゴンの進化系で、種族名はそのままポリゴン2。ちなみに、ニックネームはニトリ」

 

「ポリゴン?」

 

ポリゴンのことは知っている。ポケモンボックスのセキュリティや管理などによく用いられるポケモンだ。

 

なんでも身体がプログラムで構成されたデータ上に存在する生き物で、姿を現実に投影することができるものの、その頻度はごく稀。野生で確認されることはほとんどないのだとか。

 

彼女が呼んだのは、そんなポケモンの進化系。言われてみれば、どことなく機械的な印象を受けるポケモンだ。しかし、それ以上に滑らかな印象が強すぎて、粘土細工か水飴が動いているようにも見える。

 

ポケモン図鑑を持つものとしては、未知のポケモンに対する恐怖心よりも、好奇心や興味が勝る。だが、今回ばかりは決してそうも言えない。あのチャンピオンが僕に対して初めて使うポケモンだ。タイミングからして単純に、伝説のポケモンさえどうにかできる力を秘めてると考えていい。

 

しかし。

 

 

「じゃあ、試合を開始するね。いつものように、あと一分でアラームが鳴るから、あとは適宜。それまでは待機で」

 

「わかりました」

 

チャンピオンが玉座の側にある端末を弄り、試合開始の合図を準備する。

 

その言葉に合わせて僕は、右手首に装着した輝く石を確かめるように少し撫でる。まさかチャンピオンがこの戦法を想定しているとは思わないが、ぶっつけ本番だ。緊張しないといえば当然嘘になる。

 

 

「3、2、1……。

 

ニトリ。『リフレクター』」

 

「ほしぐも!」

 

『ラリオーナ!』

 

 

試合開始の合図と同時、リングに力を込めてポーズを決める。

 

両手を突き出し、そのまま右下に。左手を左上へと掲げ、その状態で両手を肘から折り曲げ『Z』の字を形成する。

 

「いきなり、ノーマルZ……!?」

 

チャンピオンも気づいたようだけど、もう遅い。既に準備はできている。後は僕たちのゼンリョクパワーで、チャンピオンを討ち果たすだけだ!

 

「ほしぐも、『はねる』!」

 

『ラリオーナ!』

 

 

僕のゼンリョクに、これまたゼンリョクを以ってしてほしぐもは応える。ただでさえ溢れんばかりの力を持つ伝説のポケモンが、更なる力を高めるというカタチを以って。

 

「っ…! ニトリ、『のろい』を──」

 

「遅い!

 

ほしぐも、『メテオドライブ』!」

 

チャンピオンの指示がポリゴン2に届くよりも早く、ほしぐもの一撃が『リフレクター』ごと対象を打ち砕く。

 

ソルガレオのわざであるメテオドライブに壁を破壊する効果はなかったとは思うのだが、現に恐ろしくは伝説の称号。そんな猪口才な理屈など、そのオーラの前には通用しない。

 

「──お疲れ様、ニトリ」

 

ボロボロになったポリゴン2を、意外なほど優しげにチャンピオンはボールへと仕舞う。

 

尤も、僕には相変わらずチャンピオンの表情や感情を読むことはできない。だからこれは、あくまで想像だ。しかし、不思議なことに、彼女の印象にはそぐわなくても、これが正しくあるのだろうという確信はあった。

 

「──決めなさい、ギュウカク」

 

次いで彼女が呼び出したのは、彼女がいつも先発に出しているヤトウモリ。

 

未進化のポケモンだとは思えない火力と何より異様な俊敏性を持ち、初見の時はその速さに誰もついていけずたった一匹で戦場を蹂躙した恐ろしいポケモンだ。

 

でも、それでも。あのポケモンが進化前のポケモンであることには変わりなく、僕の力量が段々と上昇するにつれ、「耐えて反撃」という戦法で突破することができるようになった。また、当然油断はできないにしても、とてもじゃないがあのポケモンが今のほしぐもを突破できるとは思えない。一体、チャンピオンは何を考えて………?

 

「ねぇ。オスのヤトウモリがどうして進化しないのか知ってる?」

 

「え?」

 

今後の流れに意識を向けていると、不意にチャンピオンが語りかけてくる。

 

ポケモンの交代時、クールタイムや流れを変えるために無駄話をすることはトレーナー同士でよくあることでも、まさかそれをあのチャンピオンがやるなんて想像もしていなくて、僕は間抜けな答えしか出すことはできなかった。

 

「焦らすのは好きじゃないから答えを言うと、それはずばり栄養不足(・・・・)

 

だから、ヤトウモリはビークインやエルレイド、ユキメノコといった『完全に特定の性別のみが進化する』ポケモンとは微妙に違うんだ」

 

「栄養、不足?」

 

「そう。ヤトウモリは本能的にメスに自身の全てを捧げる。当然、自身の成長に不可欠な餌もね。絶対数の少ないメスを守るため、らしいけど、それもどうだろうね。そっちは興味ないからいいけど、ここで大切なのは、つまり条件さえ整えば、オスのヤトウモリでも進化が可能だということだよ」

 

「へぇ……」

 

「とはいえ、それは現実的には役に立たない知識だと言っていい。実は研究によって栄養を整えればオスのヤトウモリも進化する、という結果が出ているんだけど、そうして育成されたエンニュートは、びっくりするほど弱いんだ。

 

当然だよね。メスを守る種族がそのメスを取り上げられたりしたら、力を高める意味なんてない。似たような結果では、メス単体のミツハニーが進化することがない、なんて例があったりもするよ」

 

確かに興味深い話ではある。ミツハニーというポケモンは知らないが、ヤトウモリの進化条件は知っている。もちろん、彼女ほど詳しくはなく、メスだけが進化する、程度の知識でしかなかったが、まさかそういう理由だったとは。

 

「でも、この世界には君のZパワーのように、ポケモンに力を注ぐ方法が存在する。

 

俗にメガシンカと呼ばれる力。私はこの力を、どうにかこの子に応用できないか奮闘した。

 

エーテル財団の研究には、全ての祖と呼ばれるアルセウスをデチューンしたポケモンがいてね。その技術を転用して、私は特別なメガストーンを作り出した。

 

言うなれば、ヤトウモリナイト。不足した栄養を、どうにか別の形で補おうと足掻いた結果。

 

ああ、わかっているよ。メガシンカで(・・・・・・)通常の進化を(・・・・・・)再現する(・・・・)なんて、愚かしいにも程がある。そんなことをするくらいなら、新たにメスのヤトウモリを捕まえた方が遥かにマシだってことも」

 

つらつらと呟きながら、彼女は胸元から首にかけた石のネックレスを取り出し、利き手である右腕に巻きつけ、ヤトウモリの方へと向ける。

 

正直なところ、僕には彼女のいってることはその殆どが理解できない。しかし僕は、結果的にどうなるかを察せないほど愚図ではない。それは、つまり──。

 

「だけど私は、この子を捨てられなかった。こんな最低な私を、彼はそれだけ信頼してくれた。

 

ポケモンがいるからこそのトレーナー。だからこそ、私も。私なりに。この島に伝わるそれとは違う形で、貴方達をゼンリョクで打ち砕く」

 

見えない力の波動のようなものが、彼女の持つ石からヤトウモリに注がれるのを感じる。

 

やがてヤトウモリが光に包まれ、通常とはまるで異なるやり方で、通常通りの姿に変身する。プルメリさんが使用していたポケモンと同じ、しかし彼女のソレとは異なる雄々しさ(・・・・)を以ってして、そのポケモンは現界した。

 

 

 

「オスの、エンニュート………!?」

 

「最強は私。それだけは、絶対に譲れない」

 

感情の感じられない声で静かにそう呟くチャンピオンの後ろに、巨大な壁が反り立つのを幻視する。

 

伝説の力を以ってしてもまるで底が見えないその壁に、僕は抑えきれない恐怖を抱くのだった。









風邪を引いて動けなかったのでつい続きを書いてしまいました。





我慢できずにフライング。しかしまだまだ先は長い。

独自解釈で無駄にメガシンカ枠まで消費しました。これできっと楽勝ですね!(白目)


続きは気が向いたら書きます。


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ビーストを あばれさす とか ない!

ぶっちゃけピザは出前とかより冷凍の生地に適当な具を乗っけて焼く方が美味い。



最初に始めたことは、努力値の確認だった。

 

この世界がゲームの世界であったことは間違いない。この世界に生きる人間としては否定したくとも、ゲームとしてのこの世界が存在していたことに間違いはないからだ。

 

ならば、いの一番に確認すべきは「ゲームとしての要素」。その確認。しかし、わざの数や一部わざの命中率のような「明らかに現実となれば解禁されるであろう要素」を除き、これが非常に困難を極めた。

 

 

「………まあ、当たり前だけど、野生の頃のソレもカウントされるよねぇ」

 

 

捕まえた時点で一切の努力をしていない。そんな野生のポケモンが現実として存在するはずがない。

 

そこいらのコラッタ一匹にしたって、努力値カンストはもはや当然。そも、具体的な数値で現れるようなものでもないから、その判断さえできない始末。

 

加えて、「ある」、という事実のみはどうにか証明できたものの、だからといってゲームの通りの振り方をすれば強くなるわけでもないときた。

 

わかりやすい例で言うと、筋力に相当するこうげきのパラメーターがそれに当たる。例えばヤトウモリは高速特殊アタッカー向けの種族値をしているが、ゲームのように努力値をCS極振りしたりすると満足に走ることすらできなくなる。

 

それは何故か。決まっている。筋力不足だ。人間だとしてもそう。右手の握力が強いからと、そちらばかりを鍛えてしまえば、当然、生物としては歪となる。

 

ここはゲームの世界ではあるが、現実だ。つまり現実に即した要素は当たり前のように存在し、現実の重みとして『のしかかる』。

 

「私の求める理想とは、すなわちゲームとしての理想。アイツが求めた称号(・・)と同じ、致命的な部分で掛け違えている」

 

間抜けな思考だ。常識的に考えて、そんなことは当たり前だろう。

 

ここはゲームではない、現実だ。その名残があったとして、それを活かせるとは限らない。

 

厳密に言えば、そうでもないのかもしれない。しかし、私は。研究者としては、あまりにも致命的な欠点があった。

 

「………慰めているつもり?」

 

足元に『まとわりつく』、実験台(・・・)として捕獲したヤトウモリ。レベルアップによる強化で必要最低限の筋力(こうげき)を手にするまで、満足に走ることさえできなくなったポケモン。

 

群れの中でも殊更に『おくびょう』で、逃げてばっかで、私が捕獲するまで正真正銘まっさらだった例外中の例外。それを歪に鍛え上げたのは私なのに、どうしてか彼は私に懐いてしまった。

 

理性が残酷な選択を迫る。本能が余計な重荷を課す。つまるところ、私が愚かだったのだ。現実にゲームの知識を持ち込んで、良い気になって。結局効果が見られなかった努力値を下げるきのみのように、それが正しい保証もないのに。

 

ああ、鬱陶しい。獣臭い。可愛くない。憎たらしい。地味に熱い。微妙に重い。──でも、どうしてか見捨てられない。

 

ポケモンは、私たち人間が思う以上にたくましい生き物だ。この異様に弱っちろかったヤトウモリだって、何だかんだと野生で立派に生きていたじゃないか。

 

「…………」

 

さぁ、言え。言ってしまえ。お前は要らないと。役立たずだと。単なる実験台だったと。

 

既に証明は成し遂げた。歪な形であるとはいえ、その雑魚もお前が限界まで育て上げた。まず間違いなく、そこいらの野生ポケモンに負けるはずはない。

 

そうだ。ポケモンとは成長する生き物だ。もはやお前の足元にいるそいつは、巣穴の奥深くでプルプル震えていたあの臆病者とは違う。

 

大丈夫。何も問題はない。遠慮も配慮も心配も意味はない。お前がそいつを見捨てても、そいつは一人で生きていけるさ──

 

「………ふん」

 

足元に『からみつく』ヤトウモリを、まるでサッカーボールか何かのように足先で掬い上げ、胸元に(・・・)柔らかく収める(・・・・・・・)

 

本当に、愚かしいことだ。オスのヤトウモリなんか、育てたところで何になる。

 

理不尽な才能を凌駕するため、私は非情に徹すると決めた。しかし、その認識は甘すぎた。私には、彼を見捨てることなど出来やしない。そんなとても恐ろしいことは、小心者には重過ぎる。

 

「まあ、ありがとう。じゃあ、行くわよ」

 

ブフォン、とこれまた絶妙に小憎たらしくて割と普通に耳障りな鳴き声を奏でながら、ヤトウモリは手の内で大人しくなる。

 

傍目から見たその光景を想像して、何もかもが馬鹿馬鹿しくなってくるものの、どうしてか悪い気はしない自分に、また一つ自嘲するのだった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

(……攻めきれない)

 

視線の先には、今まさに決闘を繰り広げている二匹のポケモンの姿。

 

ほしぐもが突風を思わせる奔放な一撃を放ち、そしてエンニュートが余裕綽々とそれを躱す。おまけとばかりに口元には嘲るような笑みを貼り付けて、だ。そんな光景が、先程から幾度も繰り返されている。

 

一撃でいい。たったの一撃を当てればそれで決着が付くと言うのに、それが叶わない。ほしぐもの攻撃は確かにチャンピオンのエンニュートを捉えているように映っても、それはあたかも幻影を打ち抜いているかの如くすり抜ける。

 

鋼鉄に勝る健脚から繰り出される一撃のスピードは、並みのポケモンでは反応することさえ困難なレベルだというのに、チャンピオンのエンニュートの俊敏な動きに較べれば、ほしぐもの動きはむしろ緩慢にすら映ってしまう。

 

「ギュウカク、右が薄くなってる。もう少し『ねっぷう』をお願い」

 

『ニュー』

 

「っ…! ほしぐも、『ハイパーボイス』!」

 

『ラリオーナ!』

 

広範囲の音波で『ねっぷう』を散らす。焼け石に水だが、やらないよりはマシだ。

 

時折視界に靄がかかる。眩暈ではなく物理的に。先程からちょくちょくチャンピオンがばら撒いているねっぷうが巻き起こす熱気と、フィールドに揺蕩うそれに充てられることによる伴う体温の上昇が、徐々にトレーナーの体力を奪っているのだ。

 

「くっ………ギュウカク、『ヘドロウェーブ』で迎撃!」

 

『ニュー!』

 

『『ラリオーナ!』』

 

幸いなのは、ほしぐもとエンニュートの相性が僕の想像以上に良かったことだろうか。

 

やはりというか何というか、ソルガレオも伊達に日輪の化身と呼ばれるわけではなく、水ポケモンなら既に干からびていてもおかしくない熱気の中でも、むしろほしぐもは活き活きと闘っている。

 

本来なら、鋼タイプであるほしぐもに炎タイプは弱点のはずだが、例外というのはどこにも存在する。目の前の非常識なエンニュートを筆頭に、生態や個体差によってタイプ相性が通じないことはままあることなのだ。

 

おまけに、鋼鉄の肉体を持つほしぐもは毒タイプの攻撃を完全にシャットアウトする。無論、鋼タイプさえ毒に侵す『ふしょく』という特性を持つエンニュート相手に油断はできないが、事実としてこちらが優勢なのは間違いない。

 

しかし、逆に言えば。それだけ優位に事を進めているにも関わらず、僕はあのエンニュートを捉えきれずにいる。対策としてわざわざ『ハイパーボイス』を覚えさせてもなおこれだ。彼女と一分一秒でも長く戦う度に、僕が旅の中で培ってきた自信とかプライドとかそういう感じのアレが、みるみる崩れ去っていくのを感じる。

 

それに加えて──。

 

「………ギュウカク。『お願い』」

 

『ニュー!』

 

「っ──」

 

(──っ、また………)

 

時折、チャンピオンの声に合わせて、エンニュートは不可解な行動を取る。

 

熱気による包囲網を崩すことも厭わずに、自慢のスピードでほしぐもの背中に飛び移るのだ。そして、何をするでもなく、ただ嘲弄して去っていく。

 

わざわざ指示をして行なっているのだからと、それが何かの布石なのかと短い時間で懸命に考えても、『ちょうはつ』以外の目的を見出せない謎の行動。かといって実際に『ちょうはつ』しているわけでもなく、こちらを揶揄っているだけにも見える。

 

狙いが読めない。今までのバトルとは一線を画す得体の知れない恐怖が、僕には嵐の前触れか何かのように感じてならない。過剰なまでにほしぐもから距離を置いて、ひたすら『ねっぷう』をばら撒いている現状もそうだ。しかしいつまでも思い通りにされるわけにはいかない。ここは多少強引にでも突破して──

 

「ほしぐも、『ハイパーボイス』!」

 

「──やっと、被った(・・・)

 

ギュウカク、『どくどく』」

 

「え……!?」

 

エンニュートの着地に音技を合わせ、衝撃で怯んだ瞬間に渾身の一撃を叩き込む──そんな想定で指示をしたわざを、どうしてかほしぐもは放とうとする気配すら見せず。逆にそのタイミングを待ち詫びていたように、エンニュートの毒手が深々とほしぐもに突き刺さる。

 

間違いない。今のは完全にタイミングを見計らっていた。でも、どうして。彼女は一体何を──

 

 

 

(どうしてほしぐもは、指示を────被る?

 

いや、そうだ。もしかして。さっきからやってたあれは、『ちょうはつ』なんかじゃ──)

 

 

 

「ほしぐも、『がんせきふうじ』!」

 

『ラリオォォア!!』

 

「な、早い……!? まず、ギュウカク、下がって──」

 

『ニュー……?!』

 

ひとまずの仮定を頭の片隅に置き、直感に従って指示を出す。

 

どんなトレーナーもポケモンも、攻撃時には隙がある。ポケモンが傷つくことを厭う僕には積極的には狙えない戦法でも、だからといって絶好の機会を逃すほど僕は甘くない。

 

ほしぐもに接近してきたエンニュートの逃げ道を塞ぐように、無数の岩がほしぐもの周囲に張り巡らされる。しかしそれさえも持ち前の俊敏性で逃れたエンニュートは、逃れる際に負った傷だらけの身体を庇うこともせず、堂々と僕たちを『にらみつけた』。

 

「『いちゃもん』、ですね?」

 

「正解。戦闘が冗長になると、どうしても判断が鈍る。同じことを繰り返していると、脳が負担を削減し、思考や視界が塞がっていく。結果、わざの対処がマニュアル化する。

 

そうなれば、しめたもの。『ねっぷう』に対して『ハイパーボイス』で対処するなら、こっそり『いちゃもん』を挟んでその後にまた『ねっぷう』を放てばいい。もちろん、違和感を持たれないようにすることが大原則だけどね」

 

そうして強引に隙を生み出し、着実に一撃を加えてそれを繰り返す。

 

ただでさえ熱気により体力が奪われているのだ。そこに毒まで付与されてしまってはたまったものではないだろう。

 

「誤算だったのは、ソルガレオの『たいねつ』性と、毒が効かない鋼タイプであったこと。

 

この戦法は基本、熱気よりも視界が悪くなる『スモッグ』でやってるんだけど、そもそも効かなかったら意味がない。いちゃもんはあくまで決定打を狙うためであって、本来は『すなあらし』や『ゆきふらし』とかと同じように削り目的だからね。

 

──ところで、悠長に喋っていていいの?」

 

「なっ…………ほしぐも、『あさのひざし』!」

 

『ラリオーナ!』

 

(時間稼ぎが目的だったのか………!)

 

やけにゆったりとした口調で懇切丁寧に手品のネタばらしを始めるから何事かと思えば、こんなところまで抜け目がない。

 

全身を徐々に侵食する『もうどく』は、その苦痛にいずれ回復が追いつかなくなる。必然、戦闘に時間がかかればそれだけ不利と化す。それに加えて──

 

「5つ目………つまり、範囲外だね。その程度の回復で、どうにかなるのかな?」

 

「………戻ってくれ、ほしぐも」

 

図星を突かれて、というわけではないけれど、毒での自滅を避けるためにほしぐもを温存する方向にシフトする。

 

ただでさえ慣れない戦いだ。ほしぐもが持つ唯一の回復わざも、範囲外のわざであるからには回復力が心許ない。ボールの中はコンディションが回復しないかわりに悪化することもない謎空間だ。Zパワーによる強化をリセットするのは非常に惜しいが、それで切り札を失うようではトレーナーとして不出来だと言わざるを得ない。

 

「でも、流石だね。いくらZパワーがあったとはいえ、掠っただけで致命傷なんて」

 

「え?」

 

ほしぐもがボールに収まるのとほぼ同時、気丈に僕たちを睨み続けていたエンニュートがその場に崩れ落ちる。

 

まさかとは思うが、気力だけで立ち上がっていたのか。敵であるほしぐもに背中を見せないために、ボロボロな身体に鞭を打って。曲がりなりにも伝説と呼ばれたポケモンがゼンリョクで強化したわざを受けながらも、なお。

 

「お疲れ様、ギュウカク。

 

じゃあ、仇を打って、アークス!」

 

感じた畏怖も一瞬。小さなボールから新たに現れた巨体の大地を踏みしめる振動が、『じしん』を起こしてフィールドを揺らす。

 

見上げるほどの大きさの巨岩。このポケモンを見たのは確か二度目だが、相変わらず凄まじい存在感だ。

 

ロトムが言うには、種族名をレジロック。ホウエン地方に伝わる伝説のポケモンで、この世界にいくらか伝わる国造りの伝承にその名を連ねているポケモンなんだとか。

 

どうして彼女がそんなポケモンを持っているのか。そもそもどこから見つけ出したのか。どんな経緯で連れてきたのか。この島に伝わる伝説のポケモンを保有する僕が言うのもアレだけど、気になるものは気になるのだ。

 

(………でも)

 

度肝を抜かれたエンニュートとは違って、あのポケモンは初見じゃない。またたったの一度きりだが、実際に突破したことだってある。奇跡でも偶然でもあるいは必然であろうとも、その一度を成し遂げることができたのなら、僕はただその道を進むだけだ。

 

「頼んだ、ジャラランガ!」

 

『ジャラジャランジャン!』

 

全身が光り輝く鱗に覆われた巨龍、ジャラランガ。

 

流石に彼女のレジロックには及ばずとも、恵まれた強靭な御体から放たれるかくとうわざは、巨岩どころか鋼鉄さえも打ち砕く。

 

まさしく大きくて強くて硬いを体現した巨大戦艦。だけどそれでも、相手の場にはそれ以上の弩級空母が居座っている。油断も慢心も厳禁。しかし、それで相手の力量を見誤るのはダメだ。

 

明らかな物理型であるレジロックの相手に、『てっぺき』の鱗を持つジャラランガの相性は悪くない。単純な力量だって、そう劣ってはないはずだ。だったら僕にもジャラランガにも、勝機は充分に──

 

「レベル7……あ。これ、まずい。きっつ。

 

アークス、ごめん。無理そう。『だいばくはつ』、お願い」

 

『……ざざ、ざり、ざ──』

 

「は──?」

 

耳を劈く轟音。辺り一面を覆い尽くす光に、何より建物全体を揺らす衝撃。

 

出落ちとかもはやそんなレベルでさえなく、あまりの唐突さと現実感の無さに逃避をしたくなるも、それで起こった事態が変わるわけでもない。

 

確かなのは、彼女のポケモンが爆発したことと、その衝撃が僕のジャラランガにも届いたこと。その結果として、両ポケモンがフィールドに沈んだという事実だけだ。

 

(いや、落ち着け──有利なのは確かなんだ。まさかいきなり自爆してくるとは流石に読めなかったけど、戦況としては間違いなくイーブンかそれ以上。

 

ジャラランガは僕のポケモンの中でも上位の力を持つけれど、居なければ戦えないわけじゃない。ここはアドバンテージを活かして、慎重に──)

 

「繋げてくれ、ミミッキュ!」

 

未だ捲き上る砂に紛れて現れるは、一見して可愛らしい黄色の小動物。

 

しかしてその実態は分厚い『ばけのかわ』を被った恐ろしきゴーストポケモンであり、皮を剥いで中を覗くと呪われたり酷いものだとショック死する、なんて逸話もある。

 

とはいえ、そんな分かっていて『げきりん』に触れるような真似をしなければ、ミミッキュは人に友好的なポケモンに過ぎない。何事も、捉え方一つで変わってしまうものなのだ。

 

「その子はもう見飽きてる。アナ、お願い」

 

対するチャンピオンが呼び出したのは、これまたアローラではなかなか見ない、見るからにくさタイプであろう綿毛のようなポケモン。

 

こちらは何度も見た覚えがある。種族名はワタッコ。草・飛行タイプ複合。飛行タイプ特有の綿毛のような外見に反する高い素早さに加え、草タイプらしい搦め手を得意とするポケモンだ。

 

嫌な記憶が蘇る。あのポケモンは火力が異様に低い代わりに、ひたすら嫌がらせに特化しているのだ。合間合間に呼び出して色々と嫌がらせを受けたから適用内のわざ構成も知っている。ねむりごな、とんぼがえり、やどりぎのタネ、ちからをすいとるの4つ。適用外については推測だが、わざの精度を高めるために完全に切り捨てている。

 

逃げ回りながら粉を撒き、隙を見せればタネを植え付け、仕事をこなせば手持ちへ帰る。火力を完全に切り捨てたためか地味に固く、加えて優秀な回復わざまで持っている。おまけに「ひかりのこな」という道具を持っているためか、動き回る度にチカチカして鬱陶しいのだ。そういう感情に疎い僕ですらそう感じるのだから、あのワタッコに相対したことのあるトレーナーは全員そう思うに違いない。

 

尤も、それは全て、あのヤトウモリを突破できたトレーナーが僕以外にもいたなら、という話になるが。

 

(でも、他でもないミミッキュなら、対抗策はある。問題は、ミミッキュがあのポケモンよりも早く動けるかどうか………)

 

先に眠らされてしまっては対抗策もクソもない。当然、僕のポケモンの中には催眠に対する対策をしているポケモンもいるにはいるが、あいつは基本搦め手に弱いから論外。できればここで、なんとしても仕留めておきたい。

 

「ミミッキュ、『みがわり』!」「アナ、『やどりぎ』」

 

指示は全くの同時。互いに牽制していたから当然だ。故に重要なのはここから。どちらも相応に時間がかかるわざを、どちらが先に行えるか──って、

 

「──なんてね」

 

「ちょっ──!?」

 

指示とはまるで(・・・・・・・)異なる行動をした(・・・・・・・・)ワタッコの姿に思わず声が漏れる。

 

確かに搦め手専門である分、行動を悟られないようにする小細工はあって然るべきではあったが、こう、如何にも搦め手で来ます!と思わせた端からこれとは。性格が悪いというか、狡猾と言うべきか。とにかく、あまり見習いたくはない。

 

『とんぼがえり』してミミッキュにぶつかりそのままボールに収まるワタッコ。まさに『当て逃げ』という言葉が相応しい一撃。みがわりを無事に創り出すことはできたが、同時にばけのかわを失ってしまった。行動の優劣は互角かやや悪い、その程度の差であろうか。だがそれも、全ては次に現れるポケモン次第だ。

 

 

(僕がこれまでに見たことのあるチャンピオンのポケモンは、ヤトウモリ、レジロック、ワタッコの三体。つまり次のポケモンは、完全に初見………)

 

 

加えて、最初に出したポリゴン2も含めて、ヤトウモリ以外はどこから捕まえてきたのかさえわからないような知識にないポケモン達だ。現れたのはいいが、それだけでは一切の情報が得られない、なんて可能性はむしろ高い。

 

彼女の一挙一動を見逃さないように目を凝らす。当然、これまでも十二分に警戒はしていたが、それ以上にだ。すると、彼女は懐から……懐? 何故か腰にあるホルダーではなく胸元から忘れるはずもないデザインのボールを取り出して、それを堂々と構えつつ告げた。

 

「それは、ウルトラボール……?」

 

「──切り札とは、決して惜しむものではなく、切り時を考えて使うもの。

 

初手からソルガレオとゼンリョクわざを使って私に優位を取ったヨウ君のように、使うべきタイミングで適切に用い、そして腐らせない。それが、トレーナーとしての腕になる。

 

その点、君は非常に優秀だね。ホント、優等生すぎて憎らしいほどに」

 

後ろに纏められた桃色の長髪を揺らしながら彼女は言う。褒められてはいるんだろうが、相変わらず感情がまるで読み取れないのと、場に張り詰めた緊張感のせいでまるで嬉しくない。むしろ糾弾されてるような雰囲気に、無意識のうちに腰が引けてしまう。

 

そんな僕の反応を当たり前のように無視して、チャンピオンは続ける。

 

「──私がウルトラビーストを持っている。それくらいは当然、想定していたでしょう?」

 

「………ええ。技術を提供したのが貴女なら、必然、貴女はその技術を保有していたことになる。

 

僕が驚いたのは、そのポケモンを、あの恐ろしいウルトラビーストを、貴女が切り札として扱っていることです」

 

普段から先手で使用し、メガシンカという名の進化を果たしたヤトウモリこそがそうだと僕は思っていた。伝説であるほしぐもを相手に繰り出し、あれだけ奮闘したポケモンだ。順当に考えれば、そのポケモンこそが最強なんだと勝手に納得する。

 

だが、違った。彼女の言葉が正しいのならば、真の切り札は別にいた。切り札とは、切るべき時まで備えて置くもの。必然、彼女の手持ちすら暴けなかった自分に、それを知る権利はない。

 

「コードネームはGLUTTONY。種族名を、アクジキング。ニックネームはドミノ。由来はまあ、君には絶対わからないだろうからどうでもいいや」

 

「アクジキング……?」

 

彼女の言葉に合わせたように、そのポケモンが意外なほど静かにフィールドへと着地する。

 

先に現れたレジロックよりもふた回りは大きい巨体。相対しているミミッキュと比べると、その質量差はまるで赤子と大人だ。そして、その姿は暴食を冠するコードネームの通り、悪食を具現化したような肥沃な大口。

 

──ルザミーネさんが従えてたそれと同じ、見ただけで異質だと確信できる怪物(・・)だ。

 

 

「っ………ミミッキュ! 『じゃれつく』!」

 

 

何かに突き動かされるように、現界の隙を狙ってわざを放つ。芽生えた感情は、勇気か勝機か絶望か恐怖か。感情に疎い僕には、自己の判断すら難しい。

 

 

「いくらこの子が鈍足と言っても、この距離、述べ50m前後もあれば、よほど遅いポケモンでもなければ、近接わざが届く前に何かしらの行動はできる。

 

そして、そっちから近づいてくれるのなら好都合。このわざはその性質上、近ければ近いほど威力が増大する。

 

──ドミノ、『バークアウト』」

 

『アクジキィィィイイイ!!!!』

 

 

アクジキングの無数の口から放たれる、捲したてるような怒声。ほしぐもの『ハイパーボイス』が可愛く思えるその衝撃に、僕のミミッキュは盛大に吹き飛ばされた。

 

「音技……!?」

 

「は、みがわりを貫通する。知ってるよね?

 

それで、次のポケモンは何?」

 

「っ………!」

 

側に倒れたミミッキュを抱き起こしながら、僕はチャンピオンの切り札を『にらみつける』。

 

這い寄るような絶望感と、それに伴う恐怖心を内心へと納め、僕は新たなポケモンを呼び寄せた。




なお、アナはANAと書きます。



フルだとやっぱり戦闘が長い。まだ初戦なのに、いつ終わるんだこれ。

ちなみに主人公の手持ちは御三家+ぬしポケモン。オリシュさんはアクジキングを除き各世代からタイプが被らないようにルーレット。

また、オリシュさんは普通に性格が悪いです。

続きは………まあ、こんな駄文を見たいという方がいらっしゃれば適当に。


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おーす! みらいの チャンピオン!

台風とか地震で小説どころじゃなかったゾ………(全ギレ)

家が大変なことになったゾ………(絶望)


「どうして君は、こんなにも僕に助力してくれるんだ?」

 

ボクがその言葉を思わず口にしてしまったのは、中身の『助力』が佳境に入り、既に最終段階まで漕ぎ着けた時点のことだった。

 

「………は?」

 

手元にある膨大な量の申請書類を処理しながら、彼女は珍しく……本当に珍しくその死んだ表情に青筋を浮かべ、それでも決して手は休めず静かな怒りに満ちた声で呟く。予想外の反応に、「失言だったか」と思うものの、ここに至れば今更だ。発言を取り下げる方が失礼だと判断し、敢えて補足を加えて追求する。

 

「アローラにポケモンリーグを設営することは、長年に渡るボクの夢だった。

 

だが、それは自分一人で成し遂げられるものじゃない。今、君が仕上げてくれている申請書類を始めとして、諸々の障害はあるし、そもそもリーグ設立には住民の意思が不可欠だ。だからボクはまず始めに、ボクの意思に賛同してくれる協力者の存在を求めた。だけど」

 

「だけど、何? ククイのくせに、私は要らないとか言うつもり? とりあえずその役に立たない右腕を切り落とすわ」

 

「残酷なことを断定するのは勘弁してほしい。予想外だったってだけさ。特に君は家業のこともある。とてもじゃないけど、ボクの荒唐無稽な夢に付き合ってくれるようには思えなかったからね」

 

なにせ、親友のマーレインですら最初は怪訝な表情だったくらいだ。今でこそ彼は理解ある協力者の一人ではあるが、その段階まで漕ぎ着けるのにはそれ相応の苦労をした。

 

しかし、彼女だけは違った。ボクの夢を決して笑わず、島の風習を笑い飛ばして、誰より積極的にリーグ設立に勤しんだ。そのことについては、素直に嬉しく思う。だが、それ故に解せない。

 

今でこそ友人だと衒いなく言えるこの女性が、将来の盤石なレールを踏み外してまで、リーグ設立なんて夢物語に協力してくれたのかを。

 

「それは、貴方が好きだから──なんて嘘には、当然騙されないわよね、既婚者さん。

 

私は貴方を人として良く思っているけど、異性としては普通に苦手。そも、いい歳して遊び歩くような輩はちょっとね。今だって、『男の矜持』とやらでバーネットに対してロクに事情を話さずここに来ているんでしょう?

 

秘密基地は男の浪漫だけれど、愛想を尽かされちゃったようね」

 

「いやいや、ボクとバーネットはラブラブだぜ?」

 

「言ってはみたけど、貴方達の行く末なんか興味ないわね。貴方の質問に回答するのも面倒臭いわね。というか貴方と話すだけ損じゃないかしら」

 

抑揚のない声でつらつらと述べる。慣れてしまった自分が嫌になるが、相変わらず彼女が愛想のない表情で辛辣な言葉を投げ掛けるのは違和感が凄い。いや、彼女自身は昔からこんな感じだったが、だからこそ彼女の異質さが際立つのだ。

 

「私だって、最初はここまでするつもりはなかったわ。ククイが言い出さなくてもリーグ設立については密かに計画を進めていた。貴方の計画に乗って予定を早めるつもりもなかったし、結局は予定通りの時期に設立しそうだけど、そこはそれ。審査とかだってあるし、まあ仕方ないわね」

 

「でも、君は……」

 

「ねぇ。それ、大事?」

 

「え?」

 

「しきたりとか、家業とか、そういうの。いらないでしょ、別に。貴方はそういうのが嫌でリーグを作ろうとしたくせに、いつまでも女々しいわね」

 

不思議そうな声で、当たり前のように非常識なことを言われる。

 

当然、その内容は辛辣だ。ただ突き放しただけ、ただ悪口を言っただけ、それ以前に興味がないだけにも思える。単に何も考えておらず、ただ適当なことを言ってるようにも。

 

しかし、どうしてか。そこには一切の侮蔑がない。むしろ残り香以下の怒り以外、一切の感情が宿っていないようにも思えてくる。だから、だろうか。ボクは彼女の言葉を何の抵抗も曲解もなく、ただその通りの忠告として、そのままの意味で捉えることができた。

 

故に、ボクは彼女に倣い、心底から思ったことを素直に答える。それがたとえ今のボクと相反するものであろうとも、そうせずにはいられなかったのだ。

 

「行動では示せなくても、大切だと思ってるよ。嫌だとも思ってない。

 

そもそもボクがこの道を選んだのは、この島に伝わる巡礼があってこそだ。悪しき風習の一つとまで言われる島廻りに、ボクはどうしても悪い感情を抱けない。

 

この島に対する愛だってある。むしろそれが理由の大部分だ。だからボクは、君とは違って、いつまでも後悔し続けるさ」

 

この島を巡る旅で、ボクは選ばれないものの苦しみを知った。だからボクは、島キングになる以外の目標をこの島に残したかった。

 

でもボクは同時に、巡礼の旅で人の美しさを学んだ。他でもないボクの奥さんが魅せてくれた生き様が、ボクの心を容易く射抜いた。

 

ボクがこの島に拘る理由はそれだ。結局のところ、ボクはこの島が、アローラが、みんなが大好きなのだ。ただリーグを目指すだけなら、その手段はいくらでもあった。たくさん後悔して、こうして悩んで愚痴をこぼしている。そんな思いをしてまでボクがこの島に拘っているのは、ひとえにこの島を愛しているからこそ。

 

──それらのしがらみを全て打ち捨てて最強の座を追い求め、いくつものリーグを制覇してきた彼女とは違って。

 

「それは違うわね。──いや、違わないけど、そうじゃないわ。

 

私だって、悩むことはある。迷うことはある。間違いだっていつもしている。ただ私は、貴方のようにフラフラはしていないから、堂々としているように見えるだけ」

 

何が違うのかがわからない。ここでの「フラフラしていない」というのは即ち迷いがないことと同義ではないのか。

 

彼女のことは尊敬しているが、たまにこうして意図が読めない発言をする。一本筋が入っているというより、人の話を聞く気がないのだろう。だからこそ、彼女はブレない。それこそ彼女が言ったように「堂々としているように見える」のだ。

 

ボクの困惑は当然のように彼女に影響を及ぼすことはなく、彼女は自分に言い聞かせるような口調で続ける。

 

「惑いも。躊躇いも、悩みも。それらの概念から逃れられる人間なんていない。

 

仮にそれらと無縁で居られたとしても、それは強さの証明じゃない。無思慮と果断は、無謀と即決は、断じて同義ではない。

 

真の“強さ”とは常に、“弱さ”を克服した先にある。だから、私は何時でも迷っている。絶えず惑いの内に身を置いて、己を取り巻く全てに悩んでいる」

 

どうすれば強くなれるのか。ポケモンバトルとはポケモンと人間との絆のぶつかり合いだ。強いポケモンだから、弱いポケモンだからでは決まらない。そのくせ、優劣というものははっきりと浮き出てくる。

 

だからこそ、思い悩む。強さのため、弱さを求める。それらは決して非効率などではなく、確かな真の強さとして、彼女の内に刻み込まれるのだ。

 

そこまで考えて、右頰を貫く激痛とともに、身体が勢いよく傾いた。

 

「………ねぇ、ククイ。貴方、私のことをなんだと思ってるの? 薄々は思っていたけど、貴方の中の私って色々とおかしいよね?

 

私が島を一度離れたのは、あくまで個人的な旅行みたいなものよ。リーグに挑んだのはそのついで。あんまり戯けたことを言ってると殴るわよ」

 

「叩いてから言わないでくれ……!」

 

右頰を抑えながら反論する。そもそもボクは何も口に出していないのにナチュラルに思考を読むのは勘弁して欲しい。

 

それが的外れならヒステリーで済むのに、彼女の場合は妙に的確だから反論もできず始末が悪い。ボクはそんなにわかりやすい男なんだろうか。

 

「いえ、女ね。バーネットが旦那様でしょう? 貴方達の関係は。バーネットが仕事で出かけている間、貴方は自宅(研究所)を守ってる。素晴らしい夫婦愛ね。笑わせるわ」

 

「馬鹿な……!?」

 

ボクはお嫁さんだった……? いやしかし、確かにボクはバーネットの気高さに震えてプロポーズをしたような男だ。そういう意味なら、ボクの方が嫁さんに相応しいのかもしれない。

 

でもなんか色々と違う気がする。そうだ、そもそもボクは間違いなく男性じゃないか。嫁とは字の通りに女性を指す言葉。夫婦としての役割がどうあれ、ボクが旦那であることに変わりはないのだから!

 

「仕事帰りのバーネットのために晩御飯を用意しておいて『おかえり!お風呂にする? それとも(ry』とかする人が何を………まあいいわ。

 

それでなんだったかしら。忘れたわ。だからいいわよねもう」

 

「いや、良くないよ。せめて答えてくれないと割に合わない」

 

「そう? 貴方の損得なんて知ったことじゃないけど、まあいいわ。興味もないし。

 

それで…………なんだったかしら…………?」

 

──本気で言ってるのか!?

 

流石にドン引きしたが、良く考えなくてもこの友人が色々と最低なのは今更だ。本当に今更なのだが、どうしてボクはこの人の友人をやっているのだろうか。わからない。

 

「冗談よ。……………………ええと」

 

「聞いてなかったのなら無理に誤魔化そうとしないでもそれでいいさ」

 

「いえ、聞いたわ。確かに。でも、忘れたわ。つまりそれだけどうでもいい質問だったということ。だから答える必要は──」

 

「どうして君はボクに協力しようと思ったんだ?」

 

割と意味不明な理由で誤魔化されそうになったので、やや強引にでも改めて本題を投げかける。こんな質問を二度も行うのは正直嫌だったが、そうでもしないと話が進まないなら仕方がない。

 

今度は流石に聞き逃さなかった(そもそも最初からちゃんと聞いていた可能性が高い。でなければ彼女が過剰に反応した理由がない)彼女が、観念したような口調で告げる。

 

「端的に言えば、立場が欲しかったのよね」

 

「立場?」

 

「そう。カプに選ばれることのないこの私が、この島で一定以上の立場を得ようとするなら、ポケモントレーナーとしての地位しかないと思った。

 

その理由については貴方達には話したと………貴方には話してないわね。そういえば」

 

「おいおい……」

 

呆れてしまう。要は彼女にしてみれば、ボクの質問は「既に答えたこと」であって、おそらくはそう何度も話したくないようなことだったのだろう。

 

その前提で考えるなら、確かにボクは空気が読めてない。言いにくいことを何度も聞くなんて、デリカシーのない行為だと罵られても仕方がない。無論、彼女に非がない場合に限るが。

 

「悪かったわね。でも貴方も相当アレなことを考えていたでしょう? だから『いたみわけ』ってことでいいじゃない。

 

ほら、代わりに何か一つだけ質問してもいいわよ。なんでも答えましょう。ちなみにスリーサイズはバーネットとたいして変わらないから聞いても無意味よ」

 

「それを言うなら『おあいこ』とかじゃないかい?」

 

「類語だから問題ないわ。それにわざで例えただけよ……ほら、何かないの? あ、なんでもとは言ったけど、アレについては何も答えないわよ私。知ってるでしょうけど」

 

「…………」

 

悪びれなく言い放つ彼女に呆れるも、本当に貴重な機会であることには間違いない。

 

僕以外には話していた、というのなら、同じく協力者だったバーネットやマーレイン、ライチ辺りに聞けば理由はわかるだろうし、ここは滅多に自分の心情を語らない彼女の『何か』を聞けるチャンスだ。

 

そして、その何かも既に決まっている。ボクはずっと、彼女に聞きたかったことがある。他人に関心の薄い彼女が、特別に気にかけて接している()のことを。

 

「じゃあ、グズマについてどう思ってるか聞いていいかい?」

 

「……。

 

……これまたあまり語りたくないことを聞いてくるわね」

 

『きゅうしょ』を突かれたのか、何だかんだと休めることのなかった書類整理を中断し、彼女は未だ頬を押さえて倒れこんでるボクの方を向く。

 

びっくりするほど素直なのは、流石の彼女も反省しているからだろうか。態度や表情からは絶対に読み取れないので、それを聞くにはそれこそ質問権を行使しなければいけないのだろうけど。

 

「最初は馬鹿にしてたわ。当然よね。キャプテンになることの意味もわからないで、それを勝ち取ろう、なんて大真面目に考えていたのだもの。

 

だから、私は彼を見下していた。私が他人を見下すのは今に始まったことじゃないし、今でも正直ライチでさえ私以下の人間だって常々思ってるけど、グズマに対しては違う。

 

そうね。憐れんでいた、が正しい表現なのかしら。まあ、とにかく、ロクな感情を抱いてなかったのは間違いないわね」

 

「過去形で言うってことは、今は違うのかい?」

 

「……どうかしら。私にもわからないのよね。あいつは何も変えられないまま腐ったし、今でも大元の感情は変わってない。

 

でも、以前よりも間違いなく印象は良くなっている。何でかしらね。それがどうしてなのかは全くわからないのだけど。

 

だけど、そうね。今は、が入るけど、見下してはいても、疎んではいないわ。嫌ってもない。そしてそれ以上については私にもわからない。だから答えられない」

 

「…………」

 

彼女が人を内心で見下すのは今更だからどうでもいいとして、彼女がこうしてはっきりと「悩んでいるとわかる」姿を見せるのは珍しい。というか初めて見た。

 

なるほど。確かに彼女が言っていた通りだ。彼女は血も涙もない冷血漢ではない。ただ単純に彼女は彼女なりの独特な価値観のまま動いてるだけなのだ。

 

「以上よ。私はもう少しで協会に行くから、貴方はとっとと帰りなさい。新婚なのに痛くもない腹を探られるのは嫌でしょう?」

 

「……ああ、そうだね」

 

「あら、素直ね。……グズマも、これくらい素直だったら良かったのに」

 

やや投げやりにそう答えると、明後日の方向に視線を向けながら、相変わらず感情が読めない瞳で彼女は呟く。

 

この時、視線を彷徨わせる虚空の先に彼女が何を見ていたのか。その答えをボクは終ぞ知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「オニシズクモ、『きゅうけつ』!」

 

「……ドミノ、『ぶんまわす』」

 

攻撃しようと接近してくるオニシズクモを、ドミノの無数にある口を振り回して迎撃する。

 

この世界はゲームとは違い、かなりのわざの使い勝手が変動している。きゅうけつやかみくだくを始めとした近接攻撃が特に顕著で、絶対に『ゲーム内で有能だったからOK!』などと考えてはいけない。

 

ドミノが使った『ぶんまわす』も、ぶっちゃけゲームでは糞わざだったが、アクジキング並みの巨体、かつ気軽に振り回せる部位が多いポケモンならば攻撃のみならず牽制や迎撃にだって役に立つ万能のわざと化す。

 

似たような例だと、『たたきつける』辺りが割と便利だった覚えがある。逆に『のしかかり』は使いづらい。ただし決まればゲームよりも明らかに威力が高い。他にも色々と、正直言って、わざはそれぞれ別物と言っていい。

 

みんな違ってみんないい。ピカチュウ然りカイリュー然りヤドラン然りと、それぞれで当然得意分野が違ってくる。具体的にはピカチュウとカイリューとヤドランが各々で『のしかかり』を使った場合、その威力は1:8:3くらい違う。また同じポケモンでも得意不得意は当たり前のように存在する。それを見極めることも、トレーナーとしての腕なのだ。

 

「『バブルこうせん』!」

 

「『バークアウト』」

 

これらは俗に、ポケモン運用論だかトレーナー学だかの名称で括られ、専用の学会なども存在する。しかし、世の中にはそういう小難しい理屈などを抜きにして、ポケモンごとに理想のわざや嗜好を本能的に察することのできる人種もいる。

 

目の前の『主人公』くんこそがその最たるモノにして代表例。まさしくありとあらゆる理不尽を打破するに相応しい桁外れの才覚を持つ正真正銘の怪物であり、その手の技術など一切を知らずとも最適解を導き出す。

 

(バブルこうせん……なんで? でもバークアウトと互角なら火力は結構……ということは有効範囲。しかも常用かな。特殊型には見えないけど……ああもう。いっつもアナで眠らせてからやってたからやり辛い。というかもうレベル73になってるとかほんとマジ色々ヤバい)

 

成長が早すぎて寒気がする。まだ最初に闘った時から数ヶ月、彼が旅をしてからたかだか2年近くしか経っていないのにこれとか、私の人生が全て否定されたようで心が折れそうだ。

 

アクジキングを唯一の例外として、私のポケモンはその全てがレベル50のポケモンで統一されている。しかし当然、その育成にはそれ相応の時間がかかっている。がくしゅうそうち何なりを使ってゲームのように一日でパワーレベリング!とはいかないのだ。

 

なのになんなのだ、この少年は。かつて初めてライチを見た時にも思ったが、あまりに格差がありすぎる。まるで世界が彼を頂点として設定されているような、単体で世界を引っ掻き回せるような恐ろしい才能だ。

 

「オニシズクモ! もう一度『きゅうけつ』!」

 

「『りゅうせいぐん』!」

 

バブルこうせんによってフィールドへと散らばった水溜りを活用し、蜘蛛のくせにアメンボが如く水を滑って高速で接近してきたオニシズクモを容赦なく撃墜する。

 

ドミノが使う『りゅうせいぐん』は、範囲外のわざであるが故に威力が大幅に低下してその上一度しか使えないような一発芸だが、それでも伊達にドラゴン最強わざを名乗ってはいない。突撃を怯ませるくらいはできる。

 

一応、アクジキングの体力は並外れていて努力値もBD振り、加えてレベルもこちらが上だが、タイプ相性というものがある。そうでなくとも、油断すれば戦闘中にレベルを1、2つ上げてくるような奴に遠慮なんかしてられない。『ねっぷう』による熱気が水わざで掻き消されてしまったのも地味に痛い。ミミッキュを先に落とせたのは僥倖だが、それは逆に言えばそのもしも(・・・)があったら厳しいことの裏返しでもある。

 

(あくタイプだから『ミラーコート』を警戒する必要はない…………その分、むしタイプのわざがキツイけど、むしは近接わざである『きゅうけつ』以外切り捨ててるっぽいし、この調子でいけばどうにかなるはず)

 

ふと、彼のことがチラついた。無論、言うまでもなくグレた虫取り少年ことグズマのことだ。

 

耐久力という欠点を抱えるギュウカクを『であいがしら』で沈め、むし使いのくせにいわタイプであるアークスすら真正面から打破したチャンピオン級。あの時はアナが突き刺さったおかげで最終的には楽勝だったが、彼が初見殺したるアナをきっちり対策していればどうなっていたか。

 

まったく、手強い相手が多過ぎて嫌になる。というかライチはタイプ相性の関係から割と普通に接戦になるから油断できなくて困る。楽しくはないが、嫌いではない。また同時に苦手じゃない。勝機だって充分にある。なら、諦められるはずがない。

 

「………ドミノ。『でんじふゆう』」

 

『ドカグィィィイィイ!!』

 

私の指示に従ったドミノが、次の一撃に備えてその巨体を宙に浮かせる。

 

アクジキングは有害な鉱石なども捕食して体内に『たくわえる』ような悪食だ。そこにポケモンとしての不思議要素が加われば磁力を生む程度造作もない。正直理屈はよくわからないがそういうものなのだ。

 

(理屈なんてどうでもいい。大切なのは、役に立つかどうか。本来、歩くことさえまともにできないようなバランスの悪い巨躯を持つアクジキングに、『じゅうりょく』を無視できる『でんじふゆう』の存在は有難い)

 

いや実際はわざとしては『じゅうりょく』に負けてしまうが、当然今私が主張したのはそういうことじゃない。

 

いや、確かに私は『じゅうりょく』を活かして攻撃するつもりなんだけど、ああもうめんどくさい!

 

「ドミノ! 飛び跳ねて仰角調整!」

 

『ドカグィィィイ、ィイアアアア!!』

 

やたら勇ましい『おたけび』を上げて、リーグの天井付近で不気味なほど静かに『ふゆう』したドミノが(でんじふゆうを使用したから当然ではある)、体勢をオニシズクモ向けて整え、全身に溢れんばかりの力を溜める。

 

アクジキングの強みの一つに、そこらのポケモンを遥かに凌駕するその巨体が挙げられる。これから行う攻撃は、その巨体を活かした最大火力の必殺わざだ。

 

「な………オニシズクモ! 『バブルこうせん』!」

 

『あわあわああアアアア!!』

 

不穏な空気を感じ取ったのか、ヨウ君がドミノの行動を妨げようと遠距離わざを放つ。が、もう遅い。

 

オニシズクモも、決して小柄なポケモンではない。むしろオニシズクモはぱっと見ドン引きするほどクソでかい。しかし、それでも、アクジキングの身体には到底及ばないのだ。

 

「『ドラゴンダイブ』!」

 

『ドカグィィィイィイアアアアアァァアア!!』

 

先のソルガレオの『メテオドライブ』のように、アクジキングの巨体が勢いよく疾風を纏いてオニシズクモに突貫する。

 

ドラゴンダイブ。大仰な名前だが、その実はドラゴンタイプの『すてみタックル』で、基礎威力と命中精度はそちらと殆ど変わらない。だが、先ほど述べたように、現実的には『たいあたり』系統のわざは体格差が大きければ大きいほど威力倍率が跳ね上がる。横殴りにするたいあたりではなく、上から押し潰すのしかかりなら尚更のことだ。

 

「オニシズクモの体重は80〜90ほど。ぬしだとしても200前後。

 

対するドミノは888。バスケで言うならトリプルスコア。文字通り、桁が違う」

 

『バブルこうせん』に勢いを殺され(すばやさを下げられ)ながらも、なお圧倒的な破壊力を秘めた一撃がオニシズクモの身体に突き刺さる。

 

その抵抗を卑下するつもりは決してないが、ただ結果として、オニシズクモの迎撃は焼け石に水でしかなく、ゆっくりと音を立ててフィールドへと崩れ落ちた。

 

「ありがとう、オニシズクモ。

 

──任せた、ラランテス!」

 

『しゃらんしゃらんら!!』

 

(レベル76…………うわぁ)

 

どうにか倒したオニシズクモに次いで現れたのは、はなかまポケモンのラランテス。カマキリと花が融合したような草単一のポケモンで、種族値は素早さを除いて比較的バランスが取れた数値。斬鉄すら可能な鎌から何故かビームを出してくるとかいう割と意味不明な攻撃手段をよく用いる謎のポケモンだ。

 

しかし私は、そんなフレーバーなことよりもまずそのレベルにドン引きする。ジャラランガやソルガレオもだいぶ頭がおかしいレベルをしていたが、本当にどうやったらこんなにすぐにレベルを上げて来られるのかが謎すぎる。

 

だが、いつまでも驚いてはいられない。ゲームのようにターン制などなく、時間制限によって効果期間が定められている『でんじふゆう』が途切れないうちに、なんとしても後一体くらいは仕留めていきたい。

 

(でも、でも。それにしても76……76って何……? グズマやククイですら60代が限度なのに、それを容易く超えるって………)

 

今だけは表情筋がロクに働かない自分の顔を褒めて上げたい。じゃないと流石に動揺を悟られて、ヨウ君なら憎たらしいほど的確にその隙を打ってくるだろうから。

 

「──ドミノ、もう一度」

 

「させません! ラランテス、『リーフブレード』!」

 

再び『ふゆう』しようとしたドミノを、瞬時に肉薄して来たラランテスの『リーフブレード』がハエ叩きのように身体の頂点へと命中する。

 

が、これもまた認識が甘い。接近している今を狙った咄嗟の判断は素晴らしくとも、相性不利の一撃程度、行動の妨げにはならない。

 

先ほどの半分以下の位置まで強引に浮かび、狙いを定める。距離が近い分、狙いもある程度で充分。宛ら気分はロケットランチャーを構えた歩兵だ。いや、もっと物騒か?

 

「『ドラゴンダイブ』!」

 

「『ソーラーブレード』!」

 

距離が僅かに離れたことで、互いの最大火力がほぼ同時に衝突する。凄まじい衝撃と轟音がフィールドに響き渡った。

 

『しゃらん、ら、ん………』

 

『ドカグィィィイィイ!』

 

衝撃に備えて閉じていた目を開くと、フィールドには相変わらず『やんちゃ』に暴れまわるドミノの姿と、ボロボロになったラランテス。

 

優劣は決定的だ──だが、ラランテスは倒れない。圧倒的質量のボディプレスという最上級の破壊力を受けてなお、気合いだけでその場に立ち尽くしている。

 

(これ、アレだよね。『ラランテスは ヨウを 悲しませまいと もちこたえた!』ってやつ。……ゲームだと虹ポケマメを少し与えればいいけど、この世界ではそうはいかないんだよね)

 

私には無縁だったからあまり詳しくは知らないが、ポケモンの限界をトレーナーの有無で超えさせるのはトレーナー論でも最上位に位置する項目だった気がする。それをあっさりと全てのポケモンに適用できる主人公やばい。思えば、これまでにも何度か大事な場面で発動されて、私のギュウカクが返しの一撃にやられたことが──

 

「って、まずい。ドミノ! 『バークアウト』を──」

 

「ラランテス!」

 

『しゃらぁああアアアア……!』

 

(ああもう、いちいち最適解を………!)

 

耐えられるはずがない。彼も優秀なトレーナーなら衝突時点で悟っていただろうに、どうして当たり前のように次の指示を出せるのか。

 

少なくとも、私には無理だった。あの場面で立ち尽くしたギュウカクに対して、私は何の行動もしなかった。打たれ弱いから、タスキを未所持だからと、ギュウカクを終わった駒(・・・・・)として切り捨ててしまった。

 

あそこで私が何かをできれば、少しは戦況も変わったのだろうか──

 

「何をして──」

 

不意に、フィールドから甘い香りが漂ってくる。──熱気に侵され、(物理的に)水を差されて土煙の舞う戦闘の場に、だ。

 

ラランテスは草タイプ。甘い香りといえばそのまま『あまいかおり』を使用した、なんて可能性はなくはないが、この場面で使うにはあまりに不適すぎる。なら、一体?

 

「──訂正。ドミノ、『ヘドロウェーブ』。範囲外だけど、床を濡らすくらいはできるよね?」

 

『ドカグィィィイィイ!!』

 

状況が分からずとも、対処はできる。一先ずこのままではなんとなくまずい予感に従い、香りの元を毒で染め上げる。

 

加えて、如何に適用外のわざであろうとも、正真正銘のひんし状態、しかも抜群のわざを受けてはラランテスも一溜りはない。まさしく一石二鳥、というわけだ。

 

「──何を企んでいたかはわからないけど。

 

せっかくのチャンスも、活かせなかったら意味がないわね」

 

機会を活かせなかった私。才能を活かせなかったグズマ。素養を活かさなかったルザミーネ。境遇を活かせなかったザオボー。そして、内に秘めた強さを活かせなかったリーリエ。

 

誰もが間違える、誰もが悩み迷い苦しむ。真の意味で、迷いがない人間など存在しない。いつだったか、ククイにそんなことを言った気がする。なら、すなわち、正真正銘主人公である目の前の彼もまた、紛れもなく人間だったのだ。

 

「………助かりました。これが、『やきつくす』や『ぼうふう』だったら、かなり厳しかったですから」

 

「──え?」

 

件の少年が、静かな意志を込めて呟いた台詞に悪寒がする。

 

助かった。確かに彼はそう言った。ひんしのラランテスが為した『何か』を毒で台無しにされてなお、力強くそう告げた。

 

どうしようもなく嫌な予感がする。底のない沼に足を踏み入れたような、深淵の淵に触れてしまったような、取り返しのつかない絶望感が。

 

「フィールドを汚染したのがどくタイプのわざ(・・・・・・・・)であるのなら──こいつには一切の影響がない。

 

さっきは不覚を取ったけど、多分、コツは掴んだ。次こそはどうにかできる、はず」

 

そう言いながらヨウ君が取り出したのは、この勝負の最初も最初、ここに現れた時点から壊れ物を扱うように持っていたゴージャスボール。内部のポケモンが安心して過ごせることを主目的とした、ゲームのような最低限の捕獲機能さえ存在しない、本当の身内(・・)にしか使えないようなもの。

 

「頼む、ほしぐも!」

 

『ラリオーナ!』

 

そして必然、出してくるポケモンがこの短時間で変わるなんて『トリック』を彼が成せるはずはなく、現れたのは最初の一匹、ほしぐもちゃんことソルガレオ。

 

ふむ。確かにはがねタイプであるソルガレオなら、いくら地面にどくを撒いても意味はないし、『ふしょく』以外で毒に犯されない。しかし、あのソルガレオは、最初の攻防で既に毒に犯されているから今更では。

 

「短期決戦狙い、かしらね。でも、それは流石に厳しいわよ。ドミノは見た目とは違ってかなり固いから、生半可な攻撃では倒れない。それに」

 

「さて、それはどうでしょう。時間稼ぎが目的なら、その心配は既にありません。空気が毒気に汚染されていても、はがねタイプであるほしぐもは、ここの効果を充分に受けられますから」

 

「何を──」

 

 

まるで決闘者のような決め台詞とともに、それらしい反撃の兆しを見せているヨウ君。

 

しかし、時間稼ぎが主目的であっても、私の言葉は全てが事実だ。『まひ』状態には及ばずとも、現実となった毒は全身の動きを鈍らせる。加えてタイプ相性もとても良いとは言えない。このまま続けて戦ったところで、大事なポケモンが無駄死にするだけなのに。

 

(──違う(・・)。考えろ。あの子が、主人公が、この異様な才能の塊が、根拠もなくこんな台詞を吐くわけがない)

 

そう、私の思考は、あくまでこちら側から見た希望的観測。先ほどのラランテスの謎が解けていない以上、決して馬鹿にすることはできない。

 

(ラランテス……ばかぢから、リーフストーム? いや、流石に攻撃わざじゃないでしょう。えー、せいちょうににほんばれ、あまいかおり、ねをはる、こうごうせい。グラスフィールド……は覚えないはず。あとはかげぶんしん、まもる、とぎすます、きりばらいに──)

 

 

「…………まさか」

 

 

そう(・・)であるなら、辻褄は合う。はがねタイプであるソルガレオは問題なくて、それ以外なら厳しい理由も。

 

今度は別に、どうやって、という疑問が湧くものの、それこそ目の前の少年に対して、それを聞くことは無粋だろう。

 

ゲームの時にはできたのだ。なら、その分身であるこの彼が、どうしてそれが出来ないと断言できようか──

 

 

「『アロマセラピー』………?」

 

「正解、です。

 

──それでは、第二ラウンドと行きましょう」

 

 

どくに侵された心地良い香りによってすっかりと『リフレッシュ』したソルガレオが、雄々しい雄叫びと共にドミノへ『とびかかる』。

 

レベル85(・・・・・)という、まさしく暴力の化身のような猛威に対し、私は避けられぬ敗北を実感するのだった。




主人公はまだまだ成長途上です。(レベル100じゃないから)当たり前だよなぁ?

がんばれまけるなオリシュさん! なんか割と勝てそうだぞ!仮にここで勝ってもレベルを更に5ずつくらい上げてまた戻ってくるけどな!(無慈悲)


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じんせいは あたえられた カードでの しんけんしょうぶ

とりあえず今話で第一部は終了。次回からはUB編に移ります。いつになるかは不明ですが。

また、アクジキングは例外中の例外なのでノーカウントです。


──僕にとっての「勝利」とは、望めば手に入るレベルのものでしかなかった。

 

 

思い返してみれば、この世に生まれ落ちたその瞬間から、僕の成功は約束されていたのかもしれない。素質・才能・環境・状況・仇敵にまで恵まれ、その全てを奇跡的に乗り越えた。何度も挫折したし、天運が味方していたとはいえ、これが恵まれていなければなんなのか。リーリエは否定したが、僕にはどうも自分の人生そのものが何かの後押しを受けていた気がしてならない。

 

何の理由も、陰謀も、それ相応の努力もなしに、両親が長年で培ったトレーナーとしての才能は余すところ無く僕に受け継がれていた。伸び率とはどう考えても不釣り合いな鍛錬で、僕の力は成長と共に膨れ上がっていった。勿論、だからと言って修行を疎かにしたことは一度もないのだけど。

 

困難を乗り越えるため、友との約束のため、そしてなにより僕個人の意地として、流されるまま強大な敵を屠り、厳しい戦いの中にその身を投じていた。同年代の友達とは比較にならない経験を積んできた自負は、確かにある。

 

しかし、それでも僕は、幾度も疑問に思ったものだ。じゃあ、僕以上に小さな頃から努力していたであろう彼は、どうしてこれを手にできないのだろうか、と。

 

心情的に言い出せず、倫理的にも外道で、けれども決して消滅できなかった根源的な疑問。自分のことを心底から軽蔑しても、僕はいつまでもその疑問を割り切れず、ずっと痼りとして内に抱え続けていた。

 

それに対する答えが出たのは、果たしていつのことだったか。しまキングに挑んだ時か、リーリエを救った時か、チャンピオンに至った時か、それとも──僕が負ける、その直前か、その後か。

 

いつしか、自分の人生を振り返って思ったのだ。思ってしまったのだ。そう、それは、決して誰かが悪い訳ではなく───自分が異常であるが故に生じてしまった歪みなのだと、自分がその立場に堕ちたことで、ようやく僕はそれを悟った。

 

頂点とは、才能無くして至れず、その才能に家柄なんて仰々しい付加価値は必要ない。強いトレーナーだって、知識も、前提も、理由もなく、あくまでその個人が至れるのか否か。それだけのものでしかないのに。

 

───ああ、最低だ。僕は最低な人間だ。だって僕は、彼の苦悩も、夢も、その理由までもを知り得てなお、こんな疑問を抱くのだから。

 

でも。

 

『流石はヨウさんです! わたしにも、貴方ほどの力があれば……』

 

瞼に浮かぶは、眩いばかりの輝く笑顔。僕だけに向けられた、リーリエの特別な顔。

 

彼女に良いところを見せるためにも、僕は決して負けるわけにはいかなかった。最低な理由だと、不純な動機だと笑ってくれてもいい。それでも僕は僕なりに真剣だったし、必死だった。彼女のためなら何でもやるつもりだったし、実際に彼女の要望に応えるために何でもした。自分の命すら顧みず、だ。

 

いつか、さりげなく毒舌なハウに、僕のことを『リーリエの護衛』だと揶揄られたことがあるが、それは限りなく正しい。そして、そんな自分が一時とはいえチャンピオンになったのも今を思えば不思議なことだ。いくら才能があったとしても、誰かの下に付くことを望んでいるような人間が、誰よりも上位に立ってしまったのだから。

 

『あははー、さすがだねー。

楽しいのとー、悔しいのがー、混ざって、なんかもうよくわかんないや!』

 

『また俺は、守れなかったのか………?』

 

『ヨウ。君は最高のポケモントレーナーだぜ!』

 

チャンピオンに至ってからも、僕の中身は変わらなかった。リーリエとの約束を守る。ただその一点だけに囚われて、あらゆる希望を摘み取り続けた。どうでもいいが、ハウはもっと緊張感を持ってグラジオは挑むたびに変な『すてゼリフ』を吐かないで欲しい。

 

いつしかリーリエが戻ってくるまで、僕はこの座をひたすらに守っていくのだろうと根拠もなく確信していた。否、当時はそうなんだろうと過信していた。自惚れていた、のかもしれない。よくわからない。自己の分析は苦手だ。

 

しかし、僕がこの場で停滞しようと、時間は平等に過ぎていく。世俗への関心も薄いこの僕だが、何故かザオボーさんがいつのまにか失脚していたことを聞いた。だからどうしたって感じだけれども。

 

そう、いつだってその時は唐突に訪れる。真の意味での永遠など存在せず、まして僕が望んでいた展開など、現実逃避かただの惰性でしかない。

 

──あの人が現れたのは、そんな時だった。

 

 

『──初めまして。チャンピオン』

 

 

最初は、何か事件が発生したのかと疑った。

 

トレーナーなら誰しも見覚えのある顔の人が、一目で登山用とわかるゴテゴテした服装をして、険しい顔でこちらを見つめてくれば、普通はまず麓で異常があったことを疑う。

 

けど、違った。あとでわかったことだが、その人は驚くべきことにそんなちぐはぐでいろんなトレーナーの服装をごちゃ混ぜした何が何だかわからないような格好が常であり、表情に至っては険しい顏のほうがむしろレアだったという、かなり異質な人だったのだ。

 

そして、少なくとも只者ではない雰囲気の通り、その人の強さは想像を絶した。

 

 

『思ったよりも呆気なかったわね。あと、これは忠告だけど、貴方もトレーナーなら、害悪対策はしっかりした方がいいわよ』

 

 

今にして思えば、この時の台詞は彼女が僕に見せた善意だったのだろう。『害悪』については未だによくわからないが、対策しないとどうしようもない相手というのを、その時は僕は初めて思い知った。

 

また、同時に僕は、これまでの全てが崩れていく錯覚に陥った。当然だ。それまで淡々と積み上げてきた功績という名の城が、突然まるごと消滅したとなれば呆然もする。

 

でも、それでもまず最初に浮かんだ感想が「悔しい」ではなく「リーリエが」だった辺り、僕はその時にはもう既に、ポケモントレーナーとしては歪だったのかもしれない。わからない。

 

どうすればいいかわからなくなった僕は、気づけば自宅のベッドで横になっていた。あの後何があったのか、自分がどうやって家に帰ったのかさえ覚えていない。ただ、後日僕のそんな様子を見ていたらしい友人達に心配されたため、僕はどうやら徒歩かそれに近い方法で家まで戻っていたようだ。

 

そんな精神状態でどうやってか島を跨いでいたことには流石に疑問が湧いたが、その日は何も考えたくなくてふて寝をした。いつ眠ったのかもわからない。起きた時、やたら豪勢な朝食を携え、笑顔で僕を迎え入れた母親の姿が印象的だった。

 

 

『やぁ、ヨウ! 久しぶりだね!』

 

 

その日のうちに、博士が訪ねてきた。何でも、僕を倒した女性は博士の古い友人らしく、他人を気遣う性格でもないため、子どもである僕をメタメタにしてもロクにフォローをせず玉座から引き摺り下ろしたのではないか、と危惧して来てくれたらしい。その時は流石に「なんて言い草だ」とも思ったが、あの人の人となりを知る今はこの対応にも納得の一言しかない。

 

『いや、彼女ならいつか、とは常々思ってはいたけど、まさかヨウが負けただなんて今でも信じられないな。

 

でも、同時に彼女ならやりかねないとも思ってた。結果が出てしまった以上、ボクにはどうしようもない』

 

『僕は──』

 

『おっと、自分を責めても始まらないぜ? なにせ君は、僕と違って若いんだ。これからいくらでも挽回できる。まさか君も、一度負けたらそれで終わり、なんて思ってはいないだろう?』

 

『………』

 

『それに、彼女の戦い方はかなり特殊だからね。いきなり視界を妨げられて毒連打、とか面食らっただろ?

 

彼女曰く、「力比べじゃ勝てないから」だそうだが、正直それも怪しいものさ。よほど切羽詰まってない限り冗談を言うような性格じゃないんだけどね』

 

『……はい』

 

小さな同意と共に頷く。まともにその動作ができたかはともかく、少なくとも僕はそう動こうとした。

 

特殊。そう、その言葉が一番しっくりくる。彼女との戦いは、何もかもが特殊すぎた。

 

力比べで勝てないから、力比べができないようにする。帰結としては単純でも、あれほど徹底した戦術を僕は見たことがない。目の前の博士を代表に、これまでの戦いの中でも強者と呼べるトレーナーはたくさんいたが、どうしようもないとまで感じたのは、僕のトレーナー人生で初めてのことだった。

 

『さて、本題だ。ボクは君に、彼女の対処法を伝えるためにここへ来た。彼女が確立した『害悪』と自称する戦法の土台は、ちょっとアングラなトコロに行くとそれらしい原型は各所に見られるんだけど、あれだけの完成度となると中々無い。

 

これの厄介なところは、対策が必須だということだ。何故、彼女が仮にも自分の戦い方を『害悪』などと称するのか。それは、彼女にもわかっているからだよ』

 

『……でも僕は、そうは思いませんでした』

 

『それはそうさ。ボクだって最初は感心したんだぜ? ああ、こんな戦い方があるのかって、こんな素晴らしい戦術があるんだって、目を輝かせていたさ。

 

『やどりぎ』や『どくどく』による遅延戦術は知っていても、単純な回復や回避以外で粘る方法なんてそうそう編み出せるものじゃない。生半可な力量差を凌駕しうる可能性の塊だ。

 

だけど、その上で。僕は彼女の戦い方はあまり好ましいとは言えない。それはなんとなくわかるだろう?』

 

『………』

 

どう、なのだろうか。よくわからない。僕には何も。

 

不快感は感じなかった、と思う。博士が言うほどの忌避感も、僕の内には湧くことはなかった。僕の感情は、その全てをリーリエに奪われてしまったから──いや、そんなグラジオみたいな表現はやめよう。

 

僕が何を思っているか。それは僕にも分かっておらず、理解しようともしていない。苦手だからと誤魔化続けて、その考えから逃げ続けて来た。

 

そしてそれは、おそらくこれからも変わることはない。先ほどこそ茶化したが、彼女に対して僕が何も感じなかったのは事実だからだ。

 

誰が、よりもまず自分が。負けたのは自分が至らなかったからであって、彼女が悪いわけじゃない。何事に対しても感心が薄い僕は、他人に対しての感情を表に出すことはない。

 

(これでも、改善はしているはず、なんだけどね……)

 

そう、間違いなく改善はしている。それこそ昔では考えられないくらいに感情豊かになった自覚がある。リーリエに出会う前の僕は、今より殊更に酷かった。それこそまさに、駆動前の機械のように淡々とした毎日を過ごしていた。

 

電池どころかゼンマイすらない、からくり仕掛けの壊れた人形。それに命を吹き込んだのはリーリエだ。彼女は僕に感情を、生きる目的を、そのための欲望を与えてくれた。だからこそ僕は、そんなリーリエに執着しているのかもしれない。なお、中身が割と不純な動機であることにはノーコメント。

 

(果たしてこれは、一目惚れになるのかな?)

 

わからないし、どうでもいい。重要なのは、僕が今どう思っているのか。さらっと思考を放棄している時点で僕の脳はまだだいぶアレなのかもしれない。でも、それこそ本当に結論を投げ捨てても問題はないだろう。

 

(それに、リーリエって可愛いしね!)

 

正直、容姿だけでもパーフェクトだと素直に思う。贔屓目無しに誰もが惚れそうな要素があるのなら、僕の内情なんかどうでもいいことだ。そういうことにしてしまえばいいのだから。ちなみに、これは当然思考放棄ではない。誰が何を言おうとも。

 

『ヨウ、聞いてるかい?』

 

『ええ、もちろんです博士』

 

『そうかい? まあ、ボクも今あれこれ言ったけど、結局勝負を別つのは君の努力次第だ。ボクのこれは、お節介以外の何者でもない。

 

頑張れ、未来のチャンピオン。結局ボクにできるのは、こうして応援することだけだ』

 

『………ありがとうございます』

 

考え得る限り最高の支援に、僕の心は揺れ動く。

 

他と共鳴する心、生まれる無数の感情が心地よい。まだ僕は、その分析や表現が苦手だけど、リーリエ以外の人が相手なら、それも別に大したことじゃない。

 

(…………全く、難儀だなぁ)

 

他人事のように内心だけで呟いた台詞は、果たして誰に向けられたものか。そもそもどういう意図で紡がれた言葉なのか。

 

流されるままに揺られるままに生きてきた僕には、到底理解できないモノだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「ドミノ、『ドラゴンダイブ』!」

 

「ほしぐも、『メテオドライブ』!」

 

指示は全くの同時。巨大な質量のぶつかり合いが莫大な衝撃を生み出す。

 

縦横100の広大なフィールド、その中央。距離にして50メートル近くは離れた場所からも吹き飛ばされそうになる衝撃。ならば、その中心で発生するエネルギーとはいかほどのものなのか。想像するだけで気が滅入る話だ。

 

『アクジキィィィイイイ!!』

 

『ラリオーナ!!」

 

(全ポケモンが共通して極端な能力を持つ……そんな評価だったはずなのに、明らかにあのポケモンは違う……)

 

博士の見立てが間違っているとは思えないし、思わない。異様な素早さに反比例するような低耐久を持つヤトウモリを筆頭に、能力全てを耐久に振り切ったようなレジロック。いっそ清々しいくらい妨害に特化したワタッコと、彼女のポケモンは見るからに色々と突き抜けている。

 

しかし、今まさにフィールドで暴れまわるあのウルトラビーストは違う。耐久に振った、という言葉の意味はよくわからないが、全体の水準が非常に高く、明らかに器用貧乏というレベルの能力ではない。陳腐な表現を承知で言うなら、器用万能、とでも呼べばいいのだろうか。

 

(火力や耐久は言わずもがな。あんな体格の癖に敏捷も平均以上はある。

 

そして、技量や機転は彼女が底上げする。元より極端なポケモンを自在に操っていた彼女だ。その手の能力は桁違い──少なくとも、小細工が苦手な僕よりも上。

 

ただ、トータルではそう能力値に差はないように見える。なら、後はそれらを扱うトレーナーの腕次第………)

 

「………やっぱり、やりにくいわね」

 

「え?」

 

僕が今後の運びについて考えていると、不意にチャンピオンが誰に聞かせるつもりもなく呟く。

 

しかし、つい反応してしまったが、するべきではなかった気もする。実際、どう考えても彼女のアレは独り言、乃至は愚痴か悪態だ。それが向けられるべき対戦相手たる僕が彼女の言葉に触れたところで、彼女の『いかりのつぼ』を刺激するだけだろう。

 

だが、彼女も彼女でそんなことを気にするような人間ではないようで、普通なら言い難いであろう事実も遠慮なく告げる。

 

「思考が読み辛い。だからやりにくい。そう言ったわ。

 

これでも私は、読唇術や読心術ができるくらいには視力も洞察力も自信があるのだけど、それでも貴方からはほとんど意図を読み取れないわね」

 

「………」

 

貴女には言われたくない。そうは思ったが、事実であることも間違いないため、反応に困り沈黙で返す。

 

コミュ症気味で感情に疎いのも、その表現が苦手なのもそのまま僕に当て嵌まる。彼女の場合はわかっていて無視してそうだが、結果は同じだ。表に出すことができない、またはする気がないのなら、表情としては扱われない。文字通りに。

 

「でも、そうね。今回に限ってはそれでもいいのかしら。

 

貴方、見たところその子の扱いにあまり慣れていないでしょう?」

 

「ッ──」

 

「そうよね。貴方が如何に優れたトレーナーであっても、伝説のポケモンなんて流石に手に余る。私も同じ。罷り間違って対戦相手を害してしまったら──そんなことを気にしてばっかりで、ゼンリョクを出すことを躊躇っている。いえ、いた、かしらね」

 

「………そうですね」

 

 

鍛錬相手の調達に苦労したのは間違いない。人員についてはなんだかんだと付き合いのいいグラジオがいたからいいにせよ、だからといってゼンリョクを出せるかどうかは別の話。

 

残酷なことを承知で言うと、既に僕と彼との力量はかけ離れてしまっている。そしてそれは、ハウや博士が相手であっても同様だ。だから過剰になるゼンリョクわざの練習に躊躇ったし、実際、ぶっつけ本番まで実行はしなかった。

 

今でもそうだ。無意識だろうとなんだろうと、あるいはほしぐもを気遣っていたにしろ、僕はいまいちゼンリョクを出し切れない。それも、他でもないゼンリョクのほしぐもにさえ優位を確保したチャンピオンを相手にしてだ。馬鹿にされても、軽蔑されても文句は言えない。

 

ああ、この戦闘に限っていうなら、本当に僕の感情表現が不得手で助かった。でなければチャンピオンにはすぐに見抜かれて──彼女ならばその隙を、嫌らしいほど的確に穿って来たであろうから。

 

「んー、やっぱり読めないわね。ククイはこういう時すごく分かりやすいのだけど、息子じゃないって言われた以上はそうなんでしょうし、そんなところまでは似たりはしないか。

 

ま、それが分かっただけでも収穫はあったと考えましょう。それに、ドミノに限れば、いちいち戦略を用意する必要はないし──あ、『隙あり』」

 

『ドカグィィィイイ!!』

 

『ラリオーナ!?』

 

「なっ……!?」

 

唐突に尻尾を『ぶんまわし』て来たアクジキングの攻撃を、既のところでほしぐもが躱す。

 

完全に油断していた。油断も隙も、とかいう以前に、勝利に対する姿勢が貪欲すぎてもはや冗談としか思えない。何が彼女をここまで掻き立てるのか。そうまでして得た勝利に価値はあるのかと激しく問い質したい……!

 

「それで、なんだったかしら。ええと…………あ、『もう一回』」

 

「『ハイパーボイス』で弾くんだ、ほしぐも!

 

──って、いやいや。何事もなかったかのように会話しようとしてしかも追撃とかやめてください」

 

「すーぐに対応できてるくせに何を。しかし、慣れてないはずなのにその連携。羨ましいわね。

 

私もドミノに関しては使用すら躊躇っているけど、それでも年単位で鍛錬を積み立ててる。いざという時に使えない切り札なんて、お話にもならないからね」

 

「………」

 

はっきり言おう。それはこっちの台詞だと。

 

リーリエのおかげか、僕とほしぐもの信頼関係はとても高いレベルで築かれている自覚はある。だが、彼女が羨む連携は拙いなんてレベルではない。今だって、ほしぐも自身の判断や彼女の性格から読んで事前に指示に備えておいていなければ、攻撃を避けることは叶わなかっただろう。

 

加えて、彼女が発言した通り、僕と言えど流石にほしぐもクラスは手に余る。扱うだけで手一杯、まして彼女のように手足の如く操り、その上範囲外のわざ2つとワードによる小細工まで仕込むなんて、どれだけ時間をかけても出来る気がしない。

 

「つまり、何が言いたいんですか?」

 

「いえ、何も? ただ色々と話してるだけ。だって貴方、私があれこれ話す度にその挙動を意識しているでしょう?

 

なら、苦手でもやるしかないじゃない。幸いにも、貴方との会話は苦にならなさそうではあるしね」

 

これほど有効なら、これまでもやるべきだったわね──などと嘯きつつ、なおも手を緩める様子のない彼女に頭を抱える(実際には抱えていない)。

 

この前の発言からして、他者を蹴落とすのにも余念がないようであるし、本当に厄介な御人だ。

 

しかし、その割には僕は、彼女が狡い真似をしても、卑怯な真似をしているのを見たことがない。これもいい機会か、と意趣返しのつもりで僕がその旨について尋ねてみると、

 

「その卑怯って、つまりは人質とか、財団がやったような根回しのことよね?

 

それについては否定しないけど、私にとっては意味がないわ。私の望みは、誰もがこの世界において私よりも格下であると証明すること。でも、それだけでは意味がない。

 

ただ証明を求めるだけではグズマと同じ。私は違う。私には、その理由、その先がある。

 

つまり、何のためにそうするのか。いえ、したいのか。だから、私は勝負において『イカサマ』は好まないし、するつもりもない。

 

だって、それをしてしまったら───わたしがその人に対し、そうでなきゃ敵わないと、私よりも上であった(・・・・・・・・・)と認めてしまうから。それだったら、何の意味もないのよ。

 

腐り落ちるならいい。破滅するならいい。逆に成長することも、その手助けだってある程度なら許容する。

 

だけど、私が蹴落とす真似はしない。盤外戦術はいい。でもルールを根底から覆すなんて以ての外。それはすなわち勝者の否定を意味する。例えば私がリーリエちゃんを人質にして解放条件に君の敗北を願い、君が負けたら君が利を得るようにしたところで、それは君が勝利をしていることになるでしょう?

 

私が上だと私自身が納得できなきゃ意味がない。愉悦をするには、それが純粋なものであってこそ。痼りを残さないようにしないと、ただ私が気持ち良くないのよ」

 

「…………」

 

(…………確か、この人は)

 

いつだったか、彼女の目的についてライチさんから聞いたことがある。

 

ククイ博士の助言の中に、彼女の友人の一人として良く挙げられたのがライチさんだ。他にも博士、バーネットさん、マーレインさん、あとグズマさんがそうだと聞いている。

 

ある意味では誰よりも純粋な願いだよ──ライチさんはそう告げた。また、本人だけで満足して、誰にも迷惑をかけていないんだから別にいいじゃない?とも。

 

まあ、ライチさんが「そっとしておこう」とする気持ちもわかる。僕だって、実際にチャンピオンの座を奪われなければ「どうぞご勝手に」とむしろ推奨していただろう。それか、そもそもの関心を持たなかったかもしれない。

 

しかし、何かの参考になればと思って聞いたが、あまりに特殊すぎてまるで役に立たない情報だった。逆にやる気がみるみる減衰していくのを実感する。彼女のことだから、そういうのも見越して明け透けに語っている気がして更に恐ろしい。

 

いやしかし、だがしかし。良くも悪くも、気分の切り替えにはなった。じわじわとではあるが、ほしぐも達も疲弊をして来ている。ここは先んじて仕掛けて、一息に終わらせる!

 

「ほしぐも!」

 

『ラリオーナ!』

 

僕だってトレーナーだ。で、あるからには彼女ほどじゃないにしろ小細工の一つや二つは用意している。そうでなくても、膠着した戦況を塗り替えるには、トレーナーとしての腕が決め手になる。ここは──

 

(たいりょくは互いに半分ほど。敵の力量はおそらく9割強──6割すら珍しいのに、どうやってあれだけの強さを………いや、それはいい。

 

火力、耐久はあちらが上。だけど敏捷なら優位に立てる。でも、あちらはそれを誤魔化せるわざをいくつか持つ。適用わざはバークアウト・でんじふゆう・ぶんまわす・ドラゴンダイブの4つ。

 

『りゅうせいぐん』の威力を見た限り、適用外は実用範囲にはない。つまり考慮する必要はない。となると──)

 

 

「ほしぐも、『がんせきふうじ』!」

 

『ラリオーナ!』

 

 

色々と考えたが、はっきりとわかるほしぐもの優位性は機動性だ。そも四脚の獣と肥大化した怪獣ではその差を比べるまでもない。相手は『でんじふゆう』によって機動性を誤魔化してはいるものの、そもそもがあまり素早いポケモンではないのだろう。こうして互角での戦いを冷静に俯瞰すると、いくつか隠せないボロがそこかしこに見受けられる。

 

なら、まずは機動性を潰す。『うちおとす』は流石に覚えてはいないけど、妨害を主たる効果とした『がんせきふうじ』なら似たようなことはできる。

 

彼女からしても、あのポケモンの機動が潰されるのは痛手のはず。そうすれば、彼女はおそらくあのポケモンの口か尻尾を『ぶんまわす』ことで対応するだろう。──そこに隙が生じる。

 

(──そして、彼女は一つだけ勘違いをしていた。『あさのひざし』が範囲外なのは本当だけど、それだけがそうとは言っていない。

 

天候わざを代表として、『ほごしょく』や『たがやす』、『みずびたし』のように、範囲外であったり練度が低くとも最終的な結果(・・・・・・)が変わらないわざはいくつか存在する。

 

彼女はそれに気づいていなかった。それこそが、僕が狙える唯一の勝機)

 

文字通りのわざ(・・・・・・・)だからこそ、四天王戦でも使う機会はなかったが、だからこそ彼女はこのわざの存在を知らない。

 

命中精度に関しては気にしていない。今のあのポケモンは巨体で鈍足。外す方が難しいだろう。耐久面についての不安は残るが、これまでの削りに伝説のポケモンとしての力が合わされば、ほしぐもなら決めてくれると信じている。

 

彼女の口が、僅かに動く。紡がれた言葉は、予想通り狙い通りの『ぶんまわす』。その瞬間に狙いを絞り、指示に合わせて振るわれた尻尾に敢えて肉薄したほしぐもは、僕の宣言と同時にそのわざを全力で放った。

 

 

「ほしぐも、『とっておき』!」

 

『ラ、リィ──ォォオナ!!』

 

「──ッ!?」

 

 

目を見開くチャンピオンと、無防備な躰に『とっておき』の一撃を受けるウルトラビースト。いざという時のために備えておいた、『きしかいせい』の強襲。

 

『とっておき』というわざは、その名が示す通りに扱いが非常に難しい。威力命中効果性質ともに全てが安定せず、同じポケモンが使ってもその時々でわざの内容が変わるようなモノだ。

 

しかし、僕にとってはそういうムラのある一撃こそ、保険としては扱いやすい。ああ見えて堅実一直線のグラジオには悪態を吐かれてしまったが、その辺りはトレーナーとしての資質の違いであろう。

 

放たれた『とっておき』の一撃に、どんな効果が含まれていたのかは僕にも分からない。ただ言えるのは、その一撃は、停滞した戦況を覆すには充分なものだったという事実だけだ。

 

ゆらり、とアクジキングの巨体が揺らめく。明らかに精彩を欠く覚束ない動作は、すなわち作戦の成功と同義。鍛えに鍛えた大切なポケモン達を十把一絡げに倒すような恐怖の権化も、ここまですれば──

 

 

「──無視して振り切りなさい、ドミノ」

 

『ドカ、グ──ドガグィィイイイ!!!』

 

「なっ……!?」

 

 

瞬間。

 

正しく致命傷。『ひんし』級の一撃を『きゅうしょ』に受けたはずのウルトラビーストが、トレーナーの指示に忠実に従い、動作を未然に妨げられた尻尾を強引に『ぶんまわし』、その質量差でほしぐもを『ふきとばす』。

 

フィールドの端、つまり僕の側まで転がり続け、ぐったりとしてほしぐもは動かなくなる。不意の一撃、あくタイプのわざによる相性。そして何よりただでさえ不慣れな戦いのダメージが嵩んでいたのだろう。むしろこれまでよくやってくれたと、褒め称えたい気持ちで一杯だった。

 

 

(だけど──え?)

 

「まさか、だったけど。

 

まさか、本当に耐えるなんて──たまには、無謀な賭けも悪くはないわね」

 

 

──ズズゥゥウン。

 

 

相応の質量が崩れ落ちた衝撃で、リーグ全体に振動が駆け巡る。さながら簡易の『じならし』にも匹敵するもので、また同時に、それだけのものが戦線から離脱したことへの証左でもあった。

 

(これは、さっきと同じ───でも)

 

「ありがとう、ほしぐも。

 

──あと少しだ、ガオガエン!」

 

「お疲れ、ドミノ。思いの外…………いえ。

 

じゃあ、いつも通りに。アナ、よろしく」

 

過ぎり掛けた思考を一時放棄して、畳み掛けるように最後のポケモンを呼び覚ます。

 

ガオガエン。ほのお、あくタイプを持つ悪役(ヒール)レスラーのようなポケモン。僕がトレーナーとして最初に手にした一体で、僕の相棒とも呼べるような存在だ。

 

そして当然、こいつはそれ相応の力を持っている。見た目通りに小細工を不得手とし、その分再び現れたワタッコに対してあっさり負けてしまうのでは、という心配は無くもないが、彼ならなんとかしてくれるだろう………たぶん。

 

(…………いや、でも、不安だ…………)

 

仮にも相棒に対して酷い言い草だが、実際に彼のワタッコ相手の戦績は全敗(・・)であるからこそ、どうしても不安が募る。

 

(でも、これしかない)

 

そのための対策は用意した。しかし、その手の奸計に僕が敵うはずもない。故に、勝負は一瞬。初球に全振りの一発勝負。失敗すれば全てが終わる、一世一代の大博打だ。

 

 

「アナ、『ねむりごな』」

 

「──ガオガエン、『ねごと』だ!」

 

 

チャンピオンの指示に僅か遅れるようタイミングを調整し、追加の指示を妨げるような大きい声で、新たに覚えさせたそのわざを指示する。

 

ねごと。ねむり状態になっていても自身のわざを繰り出せるという、一風変わったわざ。わざとして成立しているものの寝言であるからにはランダム要素が高く、望んだわざを発動してくれる保証はない。

 

しかし、ランダム要素があるわざというのは、基本的に使用するポケモンの嗜好などで偏るもの。特に寝言のような無意識化で使うことになるわざとなれば、自ずと繰り出すわざはそのポケモンの得意技に限られる。

 

そして、僕のガオガエンの得意技なら誰よりも知っている。その燃え盛る闘志を身に纏い、敵にゼンリョクを以って立ち向かう必殺の一撃。その名も──

 

「まさか、『フレアドラ──」

 

僅かに聞こえたそんな声も、衝突の際に生じた轟音に掻き消される。

 

望んだわざが出るかどうかの次に、そのわざが当たるのかどうかも心配ではあったが、上手くハマればタイミング的に避けられないだろうことも想定はしていた。眠っているから『ひかりのこな』に惑わされないとも。

 

実際に、確かな手ごたえを感じた。故に、残すポケモンは、互いにあと一匹──!

 

「かつて、ずっと疑問だったことがあるの」

 

「………え?」

 

もうもうと舞う土煙の中から、聞き覚えのある声が聞こえる。

 

否。聞き紛うはずもない。それはチャンピオン。僕が知る限り、最強のポケモントレーナーのものだ。

 

徐々に煙が晴れ、その姿が明らかになって行く。煙を上げて倒れ臥すワタッコと、それを労る彼女の姿。彼女の顔立ちも相俟って、ポケモンセンターの一角で繰り広げられているような光景。

 

「ライチ、マーレイン、カヒリ、ハラさん。そして、グズマ………どうして彼等は、彼女達は、要らぬ制限を課してるんだろうって」

 

「何を………」

 

「ククイが違ったから、そういうものはないんだと思っていた。ベストメンバーより力量の落ちるいわゆる二軍を扱うトレーナーもいるから、ますます疑問は膨れ上がった。

 

──ねぇ、ヨウ君。才能って、何だと思う?」

 

「才能──」

 

 

才能。僕を示す言葉として、よくその単語が挙げられた。

 

才能の塊。トレーナーの申し子。神童、天才。酷いものだと怪物、化け物と、呼び方そのものは様々でも、意味は同じ。

 

羨む気持ちも分かる。持たざるものの苦悩も、その煩悶も、僕は直ぐそばでずっと見続けた。欲しくなかった、とは言わない。僕にその才能があったことで、僕が得をしたのは確かだからだ。

 

だけど時々、思うことはある。もしも僕なんかではなく彼女に、あの強靭い少女にそれが備わっていたならば。もっと素晴らしい未来を掴めたんじゃないかって。

 

 

「私が持っている才能は、バトル施設のトレーナーとしての才能。

 

タワー、フロンティア、サブウェイ、ハウス、そしてツリー。それらの廃人施設において、理想的なポケモンが育てられる、というもの。

 

ずっとそれだけに傾倒していた私は、それ以上の才能を一欠片も持たなかった」

 

「…………」

 

「4匹。それが私の使用できる(・・・・・)ポケモンの限界。

 

ダブルバトルを過不足なく行える数。そして、私のトレーナーとしての底でもある」

 

「…………まさか」

 

 

ここまで来て、ようやく彼女が言わんとしていることが掴めてきた。

 

まさか、とは思う。僕を倒してチャンピオンに至ったような女性が、そんなところでハンデを背負っていたなどと。しかし、ゆっくりとワタッコをボールへと戻した彼女は、そのまま新たにボールを取り出すことはせず、静観したままだ。

 

そう。まるで、その言葉を証明しているかのように。

 

「私は負けるのが嫌で、チャンピオンの座を目指した。キャプテンやしまキング、ジムリーダーや四天王は負けるのが仕事。私は、そんな中途半端な座に居座るのは勘弁だったから。でも。………でも、そうね。貴方ほどのトレーナーが相手なら、素直に負けを認めるのも吝かではないわ。

 

──おめでとう、チャンピオン。貴方こそ、私が知る限り最強のポケモントレーナーよ」

 

いつの間にか側にまで近づいて来ていたチャンピオン………否、元チャンピオンの彼女が、満面の笑みを浮かべて手を差し伸べる。

 

勝負師としての彼女の姿しか見ていなかった僕が、これまで一度も見たことがなかったその表情に一瞬惚けるも、僕はなんとかその手を掴み──思い掛けない圧力に、流石に驚き声を漏らした。

 

「──ッ、痛、いたたたたた!?」

 

「ただし。次は絶対に負けないわ。覚悟しておくことね、チャンピオン」

 

慌てて手を振り払い、思わず彼女を『にらみつける』。気持ちはわかるが、これは流石に八つ当たり以外の何者でもない。

 

「………僕だって、負けるつもりはありませんよ」

 

「そうね。ククイから聞いたけど、貴方はリーリエちゃんとの約束があるのだものね。

 

──まあ、その約束を果たすのは、まだまだ先になるだろうけど」

 

「──どういうことです?」

 

ぽつりと呟かれた聞き捨てならない言葉に、返答の語気がやや強めになってしまったのを自覚する。

 

だが、仕方ない。僕の理念、僕の理由、僕の全てとも言えるリーリエとの再会。それがようやく叶う位置にまで再び登り詰めたというのに、「それができない」などと発言されて動揺しない人物はいるものか、いやいない。

 

「ルザミーネさんが引き起こしたウルトラビーストの事変からしばらく、つまり最近のことだけど、島の一部からウルトラビーストの目撃証言が出てる。

 

ルザミーネさんが妄執したウツロイドを始め、マッシブーンやテッカグヤ、カミツルギ、デンジュモク、フェローチェにアクジキング。そして何故かズガドーンやツンデツンデまで現れて、今もこの島に潜んでいる」

 

「──は?」

 

「そして、それらの捕獲、乃至は殲滅の依頼が正式に協会からここアローラのポケモンリーグに届いてる。

 

──残念だけど、これは殆ど強制でね。市民を脅かすポケモンを放ってリーグ戦とか、協会傘下にあるポケモンリーグでは不可能なの。だから、少なくともそれらの問題が片付くまで、貴方はリーグ戦を開けない」

 

「…………え」

 

リーグ戦を開けない。それはそのまま、挑戦者が現れないことを意味する。となるとリーリエは? リーグの頂点でまた逢う約束をした彼女はどうなる?

 

必然、約束を果たすことは出来ず、再会までにまた無駄な時間を費やすことになる。

 

「私は、久しぶりに実家にでも戻って、一度自分を見つめ直してくるわ。次にリーグ戦を開けるのがどれくらい先になるかはわからないけど、それまでには貴方に勝てるよう頑張るから、その時はまたよろしくね」

 

「いやいやいや! ウルトラビーストって、それこそそれは貴女が適任ではないんですか!?」

 

「ここで問われるのは適任かどうかじゃない。その理由があるかどうかよ。──私はね、私が良ければそれでいいのよ。私がそういう人間だなんて、分かりきっていたでしょう?

 

だから頑張ってね、小さなチャンピオンさん?」

 

あ、これウルトラビーストについて纏めたレポートだから、などとすれ違いざまに紙束を渡して言い残し、そのまま本当に何処ぞへと去っていった彼女を呆然と見送る。

 

翌日、本当にポケモン協会から送られて来た文書を拝し、彼女の発言が全て正しかったことを知った僕は、ますます遠ざかっていく最終目標を想い、頭を抱えながらポケモン協会が指定した『協力者』とやらに会いにいくのだった。







ゲームじゃないので、「『とっておき』のわざ」に発動条件はありません。ちなみに効果的にはギガインパクトと相違ないです。反動もしっかりあります。

ただ、ドラゴンだったら『げきりん』っぽい何かになったりほのおタイプなら『オーバーヒート』的なサムシングだったり作中みたいにそのポケモンが窮地なら『きしかいせい』になったりとポケモン毎にわざの中身が違う結構面白いわざになっています。要するに、そのポケモンがその時にできる文字通りとっておきの一撃という認識で構いません。

ただしとっておきの一撃なので一発限りである。じゃなきゃ『とっておき』にならないし。

あとヨウくんは色々と考えていますが、『はねる』なんてZわざを使えなければ即座に切り捨てるべきわざなので結果がどうこうとか気づくわけない。そもそもはねるの結果って何?とかそんなレベル。なお作者にも謎である。癒し効果かな?


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あきらめる くらいなら ゆめみないよな

オーロラ鋼ばんざーい。でももう50集めて疲れたから息抜きに投稿。とりあえずプロローグ的な何かです。




 

 

「…………ここにはいない、か。はぁ………早くリーリエに会いたいなぁ」

 

 

鬱蒼と生い茂った植物を掻き分けながらゆっくりと、それでも確かに足を前へと運ぶ。

 

またしても思考がリーリエの方向へ向かってしまっていることを自覚するが、既に探索を始めて数時間。仕方ないとはいえ碌に景色の変化もない作業に飽き飽きとしていたので、これくらいの脱線ならば許容範囲だと言えよう。まあ、意味がないのはそうなのだけども。

 

「それにしても、まさかほとんど丸投げされるなんて思わなかったなぁ………国際警察って言ってたけど、やっぱりああいう仕事は全部お役所仕事なのかな」

 

散々垂れた愚痴も、もはやここまで来ると力無い。

 

チャンピオンとして返り咲いた翌日。メレメレのモーテルで『協力者』として名乗りを上げた二人の人物。名前は確か、リラとハンサム、だっただろうか。彼女達は色々と思わせぶりな発言をしたりこちらを一方的に試したりした割には殆ど役に立っていない。

 

僕が管轄することになるアローラの問題なのだから、不干渉でいたい気持ちは分からないでもない。だけど、曲がりなりにも協力者として名乗り出た以上は、せめて必需品(ボール)の調達くらいはしてくれてもいいんじゃないだろうか。

 

しかも、それでいて捕獲した成果は提出しろ、と来た。あまりそういうことを言いたくはないのだが、明らかに子どもだからと舐められている。

 

加えて、肝心要のウルトラビーストに関する情報も不足気味で、やれ異世界から来たこちらのポケモンとは異なる生命体だ、やれ世界の理を乱す存在だ、やれ望まずしてこの世界にやって来た、だのと曖昧なものばかりで、その生態に関しては彼女が独自に纏めたレポートの方が事細かに記載してある始末。

 

当然、彼女のように自身の享楽のために脅威を分かっていて無視する行為は論外だが、正直、この時点でもう僕の国際警察への信頼度は地に堕ちている。

 

(戦力が足りないなら、どうして足りない人員をそのまま寄越したんだろう……)

 

先ほどお役所仕事だと発言した理由がこれだ。僕の戦力についてもロクに把握していない、どころかかなり見誤っていたみたいだし、いくらなんでもお粗末に過ぎると思う。

 

所詮は異世界から来た程度の珍しいポケモンへの対応なんてそういうものだ、と納得するのは簡単だが、当事者としてはそうはいかない。そもそも目撃証言があったというなら何故その場所に先行して待ち構えない。というかヴェラ火山公園とディグダトンネルとかアーカラ中央を挟んで島の殆ど正反対じゃないか。それを一人で散策とか無茶にも程がある。

 

──いや、駄目だ。このままでは。思考がかなり落ち込んでいる。陰口なんか、自分の趣味ではないというのに。多分、あちらにも理由があるのだから、猛省せねば。

 

「見つからない………」

 

だが、探索自体が今日で3日目。ある意味では当然といえ、まさかこれほどまで見つからないとは予想外だ。あれだけ目立つポケモンを相手にしてこれだと、本気でこの先が思い遣られる。

 

しかし、僕もしばらくポケモン収集について離れていたとはいえ、それでも一度はアーカラ中の珍しいポケモンを捕獲したような男だ。なのに数日もかけて成果無しとは、これはあまりにも鈍りすぎて──む?

 

「──そこかな?」

 

トレーナー特有の気配察知(仮)を活かし、感覚のままホルスターに装着した空のハイパーボールを草むらへと『なげつける』。

 

結果は………微妙。当たったことは当たったが、流石に今のではポケモンごとに語られている所謂『きゅうしょ』にぶつけることは出来なかった。昔は飽きるほど反復していたこの作業であるが、球技におけるコントロールのズレは間が空くほど修正が困難極まる。それでも命中しただけ褒めれば良いのか。今更図鑑埋め作業へと戻る気はないが、腕が明確に鈍り始めているのを実感するのはやはり堪えるものだ。

 

「………次からはモンスターボールにしよう」

 

お金には困ってないと断言できるが、それでも一発で1200円の消費は中々に厳しい。慣れてた頃はそれを加味しても一撃が重くて(捕獲時間的に)足止めにもなるこちらを好んで使用していたのだが、命中すらも不安定になっている今なら敢えてお金をかける必要もない。贅沢は心の潤いだが、同時に毒でもある。浪費に鞍替えする前に是正せねば、破産するのが目に見えている。

 

『────!』

 

「逃がさない…………!」

 

『たいりょく』が多分満タンかつ事前に効き目が薄いのは知っていたので即座に脱出されてしまったが、一時的にでもボール内部に封じられたのが効いたのかその場を慌てて離れるポケモンを追従する。

 

そういえば、この光景を人間に当てはめたらどんな絵面になるのだろうか、なんて相変わらず無駄な考えが脳裏に過るが、身に染みた技能は思考とは裏腹に適切な行動を繰り広げ、遂には対象の逃走経路を先んじて塞ぐことに成功した。

 

「追い詰めた──!」

 

『べのめのん……』

 

起伏の激しいヴェラ火山公園内を、どうにか躓かず追いかけ回すこと数分。

 

ここでようやく姿を確認できたポケモン………ウツロイドと思わしき影の方向をボールを構えた状態で『にらみつける』。

 

ボクはポケモンじゃないからいくら『いかく』しても能力値を下げられるわけではないけど、視線というのは人間のものだろうと気を引くには充分過ぎるほど効力を発揮するのだ。本音を言えば事前にポケモンを伴って居たかったが、ボクのポケモン達は揃いも揃って無駄な威圧感があるから隠密には向かないのだ。

 

じりじり、じわじわと対象に滲み寄る。ポケモンを出さずにいるのは、あちらに隙を与えないためだ。逆にあちらが何かしらの行動をしないのは、その隙にボールを当てられることに嫌がっているのだろう。

 

いずれにしてもポケモンを呼び出す時間を作るためにボールは当てるつもりだが、野生のポケモンは野生であるからこそ「その先」を見通さない。当然、その例に当て嵌まらないポケモンも多数いるが、少なくとも目の前にいるウツロイドは、その例に該当しなかったようだ。

 

(………しかし、こうして見ると、このポケモン───)

 

あの時はこうしてじろじろと見る機会はなかったが、こうして見ると姿がどことなくリーリエと被る。無論、ポケモンと人間では比較にもならないためあくまで全体の外観のイメージがそう、というだけだが、それにしても──

 

(───いや、逆か。多分、ルザミーネさんがリーリエを………)

 

そちらに寄せた(・・・・・・・)、そういうことだろう。それが無意識か意識してかどうかはさておき、あの人ならそれくらいしても可笑しくない。それほどの狂気を、あの人は宿していた。思い返せば、リーリエが今の服装に変化するまで、彼女はずっとあの格好をルザミーネさんに指定されていた、と言っていた。ならきっと、僕の推測はかなり正確なものなのだろう。

 

『べのめのん……!』

 

「───はい、そこ」

 

不意に襲いかかって来たウツロイドに構えたボールを投げつけ、内部に閉じ込めた僅かな隙に僕のポケモンを呼び覚ます。

 

現れたのはみず・むしタイプを持つポケモン、オニシズクモ。高い耐久に『くものす』『まとわりつく』などの妨害わざを保有し、僕がこうしてポケモンを追い詰めた時には専ら世話になる頼もしい味方だ。

 

 

(ウツロイドのタイプはいわ・どく………そうは見えないけど、チャンピオン───じゃなくて元チャンピオンのレポートが間違ってるとはとても思えない………いわタイプのわざには充分注意して───)

 

『べのめのん──!』

 

「…………来るよ、構えて。オニシズクモ』

 

『あわあわあ!』

 

 

『いかり』を露わにしてオニシズクモへ『とびかかる』ウツロイドを、万全の体制で迎え撃つ。

 

───僕がウツロイドの捕獲に成功したのは、それから数分後のことである。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「疲れた………」

 

 

疲弊した身体をどうにか前へ進めながら、ようやくたどり着いたポケモンセンターの門を叩く。

 

ここまで僕が疲弊したのは、主に島の散策のせいだ。捕獲自体は正直そこまでの難易度でもなかったが、島に一匹しか彷徨っていないポケモンをあの二箇所から探すなんてことをしたら疲れるに決まっている。

 

それでも、エーテル財団が研究していたウルトラボールを譲り受けただけまだマシだったのだろうか。効果は劇的で、逆に牽制として放ったボールは一切の効果がないように見えたし、もしもを考えると気が滅入る。

 

そういえば、このボールについてのそもそもの発端はあの人の技術提供によるものだったか。一体この島で生まれたはずの彼女は、どこからウルトラビーストの捕獲技術なんて身につけたのだろう。最初はてっきり国際警察から提供された資料だと思っていた。やたらと詳しいウルトラビーストに纏わるレポートのことといい、本当に謎の多い女性である。

 

「ようこそ、ポケモンセンターへ! 貴方のポケモン、休ませてあげますか?」

 

「お願いします……」

 

聞き慣れた文言にこちらも慣れた態度で対応する。普段よりも気力が8割ほど削がれているのは、もはや何も言うことはない。人として当然のことだが、まともに対応できただけで自分を褒めたいくらいだ。

 

「それではお預かり───ねぇ、ヨウ君。これ、本当に回復していいの?」

 

「は───…………………!?!??!!?」

 

「初めて見る顔ね。いつもそうしていれば、私としても楽でいいんだけど」

 

「な──まっ……」

 

待った。いや本当に待って、切実に。あまりのことに脳が現状の理解を阻んでいるから、お願いだからちょっと待って欲しい。

 

なんで貴女が、他でもない貴女が、よりにもよってこんなところで、あの時よりも綺麗な満面の笑みを浮かべながら、さも同然のようにその場所にいるのか──!

 

「営業スマイルは一族の必須科目よ。私にとっては侮蔑と大差ないわ。

 

それにほら、ロイヤルアベニューのポケモンセンターって人気がないのよね。メガやすのアレがあったからねー。だからこの辺、他と比べて民家が少ないでしょ? まあ、次があったら合法的にカプをぶちのめせるから、私は気にしてないけどね」

 

「そういうことじゃなくてですね……!」

 

「何よ。仕事はしっかりするわよ? ポケモンドクターの資格も持ってるし、今の私は他の人と違ってレベルやパラメーターまでざっくりなら見えるから、向いてるとは思うのよね。多分。単純に、私がこっちには興味がないだけであって」

 

「パラメーター……?

──じゃなくて。どうして貴女が、よりにもよって、こんなところにいるんですか!!」

 

先ほどの満面の笑顔は何だったのか、見覚えのある冷徹な表情を浮かべ、これまた見覚えのあるのに見慣れない制服を身に纏った彼女(・・)に向かって僕は叫ぶ。

 

顔立ちから薄々はそう(・・)なんじゃないかな、という予想はしてたが、実際にそうなった彼女の姿を見てみると、冗談を通り越して何かの罠としか思えない。直前まで一切の違和感なく馴染んでいたこともその認識を助長している。

 

だってそうだろう。他人を見下すことばかり考えているような彼女が、他人を労る役目を担うポケモンセンターの受付をしているなどと。

 

「それは私も──ああ、そういえばウツロイドはヴェラ火山公園とかだったかしら。でもあれ、確かオハナ牧場でも目撃証言があったのよね………あれから一週間も経ってないのに、よくもまあこんなに早く捕まえられたわね」

 

「どころかディグダトンネルまで行き来しましたよ………というか、知っていたなら『てだすけ』くらいはして下さい。貴女だって、島を荒らされるのは本意じゃないでしょう?」

 

「………まあ、そうね。私にだって、壊したくないものくらいある。他はともかく、ウツロイドとアクジキングに関しては軽率だったと思っているわ。

 

でも多分、ウツロイドは最初に捕獲されるだろうし、アクジキングは私が捕獲しておいた(・・・・・・・・)から、あと危険そうなのはズガドーン、デンジュモクくらいでしょうし、それも貴方なら問題はないでしょう」

 

「──はい?」

 

はいこれ、と軽い気持ちで渡されたボールを三度見くらいしてから、ようやく言われたことを咀嚼する。そして、驚く。

 

今更だが、ほんっとうに今更だが、そんなとんでもないことをまるで世間話のように切り出すのはやめてほしい。というか何だこのボール。地味に重い。体感だが、普通のボール二倍近くはある。ウルトラボールですらないし、なんだろうこの灰色のボールデザインは。

 

「ヘビーボールよ。体重の重いポケモンの捕獲に適したモンスターボール。お値段なんと送料込みでだいたい8000円。30は使ったから〆て25万ってところね。手痛い出費だわ。お金で済むなら、それに越したことはないけど」

 

「へぇ………って、高っ!?」

 

「いわゆるオシャレボールだから、高いのは当然よ。ガンテツさんのところは性能もピカイチだけど、だからこそそれ相応の値段がする。

 

私はコレクターのケもあってね。というより、多分希少なものを持ってる自分に酔ってるんだと思うけど、まあそんなこともあってボールのストックは結構あるから、別に気にしないでもいいわよ」

 

「はぁ……って、いやいや」

 

情報量に流されて危うく納得しかけてしまったが、要するにこの人は、ウルトラビーストを普通のボールで捕まえたのか。それも、彼女が操っていたあの暴食の化身を。

 

確かに僕もそう苦労はしなかった。捕獲の難易度自体は大したことないと言っていい。だが、それはあくまでウルトラビーストの捕獲に特化したモンスターボールがあってのこと。ハイパーボールですら一秒足らずで抜けられる相手に、いくら特注品とはいえ市販のボールなんかで──

 

「まあ、私はその手の嫌がらせが得意だからね。余裕……とは言わないけど、無茶ではなかったわ。それに──いえ、なんでもないわ。

 

それより、ポケモンの回復終わったわよ。サービスでウツロイドは省いておいたから、リーリエちゃんにでも預けてわざの的にして遊んでもらったらどう?」

 

「……いや、ちゃんと回復してください。それと、そんな悪趣味なことしませんから」

 

「そう言うと思って実は省いていなかったわ。あとはい、これは期間限定のモーモーミルク引換券よ。あっちのカフェで飲んでってね」

 

「…………」

 

ニコッと微笑み、引換券を渡しながら隣にあるカフェの方を指し示す彼女。

 

本人曰く営業スマイルだそうだが、こうして見ると本当にそこらにいるポケモンセンターのお姉さんと変わりがない。あの一族の特異性は知っていたつもりだったが、それ故に僕は彼女達のことを一歩引いたところから認識していたのだろう。だからこうして身近でそれを体感すると、わざわざ勿体ぶって『一族』とまで括られている理由がよくわかる。

 

「……まあ、回復していたならいいです。それで、軽率だと認めたってことは、こちらに協力してくれるって認識でいいんですよね?」

 

「ええ。とはいえ、私はここをしばらく離れられないわ。ポケモンセンターの労働環境って結構ブラックで、一族の大半が殆ど趣味で勤めてる分、私みたいな変わり者が割を食うのよね。カマロリ……ああ、私の友人だけど、その子もストレス解消のためにちょくちょくツリーに行ってたりするわね。一般的な一族なら、ポケモンセンター勤めの時点でストレスなんか感じないはずなんだけどね。逆にポケセンにいない方がストレスを感じるレベル」

 

「…………ええと」

 

なんだろう。聞いてはならないことを聞いたというか、うっかり深淵の淵に迷い込んでしまったような気分だ。

 

ポケモンセンターといえば、全トレーナーにとっての憩いの場、癒しの空間であるはずである。だがしかし、それは違ったのだろうか。他でもない受付のお姉さん達にとっては、過酷な修練場だったりしたのだろうか。てっきり一族の人達と適度に交代して勤めていると思っていたのだが、それさえも勘違いだったのだろうか。

 

あまり踏み入りたくなくて、かといって反応しないわけにもいかず曖昧な返事で誤魔化していると、彼女は僕の葛藤をいつも通り当たり前のように無視して告げる。

 

「だから、協力者を用意したわ。オープンレベルは6割強で限界は5。人格はともかく、アローラ有数のトレーナーの一人よ。意外かもしれないけど、これでも私は『彼』と仲が良いのよ?」

 

「『彼』……?」

 

「それは会ってみてのお楽しみ、ってことで。

 

これは教訓として伝えておくけど、人の縁って言うのは、大抵予想外なところで繋がっているものなのよ?」

 

「…………はぁ」

 

最初の営業スマイルはなんだったのか問い質したくなるほどの冷徹な眼差しで、それでも悪戯っぽく微笑んでみせる彼女。

 

しかし、その本性と営業スマイルは両立させることができないのか。彼女のその表情は、あたかも地獄に堕ちた人間を嘲笑う死神か何かであるようにしか見えない僕だった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

相変わらず理不尽な強さだ、と内心で悪態を吐く。

 

「ちぃ……!」

 

否、実際に口に出す。自ら挑んでおきながらこの態度。我ながらマナーがなっていないと思うものの、これほど明確な差があってはそうせずにはいられない。

 

「ガオガエン、『DDラリアット』!」

 

「『なみのり』!」

 

辺りを覆い尽くす水流も、ガオガエンの迎撃を行うどころか、勢いを殺すことさえままならない。

 

盛大に吹き飛ばされ、ひんしに陥る自身のポケモン。もはやタイプ相性などという次元を遥かに凌駕する理不尽。格の違い。かつて自分がしたっぱ相手に誇っていたトレーナーとしての才能の差。それが自身に翻るとこうも無様に思えるのか。

 

「ッ──」

 

歯噛みする。相手はまだ、その実力の片鱗さえも見せていない。当然だ。その必要性がないのなら、あえて手の内を明かす理由はない。認めたくはなくても、あの少年の戦術眼は本物だ。トレーナーとしてもそれ以外としても。ならば、勝負に活用できる札の選択は誤らない。それはこれまでの経験で、存分に見に染みている。

 

(かつて、代表も……)

 

今も病状に伏しているエーテル財団の代表ことルザミーネ。彼女もまた、思い知ったのだろうか。力で何かを成そうとする者は、それ以上の力の前では無力であることを。そしてそれは、時に自身にとって理不尽な動機とともに襲いかかってくることを。

 

人の縁とは実に奇妙だ。役立たずと切り捨てたしたっぱが、後になって自分の恩師を率い報復に来たとしても何ら不思議ではない。あり得ない可能性だと嗤っても無駄だ。この手の邪推は考え出すとキリがない。

 

事実、己はこうして無様を晒している。磐石だったはずの地位。終点まで美しく定められた人生という名のレールは、たった一人の気まぐれによって根こそぎ消え果てた。それが代表に唆されたとはいえ、安易に悪の道に頼ったことが原因なのだとしても、やはり感情の行き先はそれを壊した人物に向かう。

 

的外れだ。分かっている。彼は正しく正義の味方であっただけで、自分は倒されるべき悪であったと他でもない自分が認めている。その感情(・・・・)のままに行動することさえ、自分の理性が認めないことも。

 

なら、このやり場のない感情を、どのように解消すれば良いというのか。誠に遺憾ながら優秀なれど抜けていると認めざるを得ない頭で考えた。そして出た結論は、この少年に倣うしかないというもの。

 

つまりは正攻法。トレーナーである以上、誰でも逃れられない摂理を利用し、合法的に彼を叩きのめす。そんな愚者の裁定。そして、それさえ上手くいかない自分と彼の実力の差が、どうしても気に入らないのだ。

 

「………ザオボーさん。実力が、という話なら、これで十分ですよね?」

 

「何やら遠くで小鳥が囀っていますねぇ。ワタシももう、歳でしょうか。

 

ああ、余所見などをして勝手な時間を失礼。では、バトルの続きと致しましょう」

 

「…………はい」

 

故に、私はこうして見栄を張る。醜さ汚さを隠し、良いところのみを魅せるのは大人の狡賢さだ。天井からつま先まで青臭い目の前のお子さまには出来ようもない、醜悪極まりない姿。

 

次々とポケモンが倒されていく。何をやってもどう足掻いても、全てが当然のように対処される。自分など眼中にないとばかりの涼しい顔で、いつもヘラヘラと笑みを浮かべた表情を崩すことさえ叶わない。何故だ。何故だ、何故だ。ああ口惜しい、口惜しい!

 

脳裏に、彼女(・・)の嘲笑が浮かぶ。不可能だとでも言いたいのか、憐れだと、惨めだとワタシを嘲笑うのか。こんなワタシよりも更に才能に恵まれなかったはずの、あの巫山戯たクソガキは!

 

『──私が強い。それが全て。違うわね。私は強さなんてどうでもいい。多分客観的には貴方の方がずっと強いんだと思う。きっとね。

 

けれど、私の方が上。それだけは譲れない、譲りたくない。分かるでしょう、貴方なら。だって貴方は、私なんかよりずうっと長い間、それを渇望していたのよね?』

 

あのクソガキの甘言に釣られて、何より代表がいた立場に惹かれて、ワタシはレールを踏み外した。容易な悪路を選択し、無様に転がり落ちて全てを失った。

 

──しばらく後のことだ。あの女がワタシ同様、この怪物に蹴落とされて全てを失ったのは。

 

『不思議ね。負けたのに、それが誇りに思えるなんて。

 

──あれ、これ、どこかで………まあ、いいわ。グズマも、こんな気持ちだったのかしらね』

 

そう呟いて笑ったクソガキの、あの時の表情が忘れられない。

 

何故だ。何が違うというのだ。悔しいはずだ。苦しいはずだ。惨めで遺憾で無念で辛くて、焦燥感が身を焦がすはずだ。

 

少なくとも、ワタシはそうだった。ならばワタシの同類である彼女が、そう感じないはずはないのに。どうして奴は笑っていられる。

 

代表も、あのチンピラも、新たに代表として収まった小僧も。どいつもこいつも理解できない馬鹿ばかりだ。何もかもが不可解。摩訶不思議。理解不能なモノばかり!

 

(そして、目の前の少年とゼンリョクで戦えば、その理由がわかるかもしれない──などと世迷言を考えたこのワタシもまた、不愉快極まりない………!)

 

「ハギギシリ、『アクアブレイク』!」

 

「ガオガエン、『フレアドライブ』!」

 

指示は同時に。動作も互角に。しかし優劣は決定的に。

 

タイプ相性何するものぞ。正真正銘の化け物を相手に、その手の理屈は通用しない。それは、他でもないこのワタシが見下してきた凡百のトレーナーこそが、その理不尽の犠牲者なのだから。

 

「むぅ………ですが、まだ。まだ終わってはいません。

 

──行きますよ。これがワタシのゼンリョクです」

 

「…………」

 

 

尤も、ワタシごときがゼンリョクを出したところで、目の前の少年には通用しないのは分かりきっている。

 

いつか巡礼の旅で会得した石。気に食わなくても、どうしてか捨てられなかった小さな証。昔は喜び勇んで行ったポーズも、今となっては屈辱的なだけ。罰ゲームか何かのようにしか感じない。

 

──興味がある。それだけだ。ワタシが分かりきった検証をするのは、ただ単純に好奇心に依るモノ。こうしてバトルを挑んだのも、カセキと化したポーズを決めてまで打ち込むのも、柄にもなく足掻いてみせるのも。全ては実験のため。

 

そう。間違っても、自分のゼンリョクを出し切ることさえできたなら。このガキにも打ち勝てるかもしれない。などと自惚れているわけではない。断じて違うのだ。

 

「ハギギシリ、『スーパーアクアトルネード』!!」

 

先のヤドランが放った『なみのり』などとは比較にすらならない水の奔流。隙間なく埋め尽くされた激流は、行く先にある全てのモノを無慈悲に蹂躙する。

 

加えて、ハギギシリがサカナ型であるからこそ伴う素早さ、纏う水流によるミサイルは、正確に標的を狙い続け、その反撃を赦さない。

 

「──ガオガエン」

 

『グヴォン!』

 

小さな、静かな声だった。

 

それが眼前の少年、ヨウが発したものだと気付くのに、ワタシは数瞬の時を要した。ワタシのハギギシリのゼンリョクを前にして、一切の動揺も、焦燥も、まして危機感さえ抱かないとは想定していなかったのだ。

 

侮られている、そう受け取った。ワタシのゼンリョクに価値はないと。容易に対処できるものだと。少なくともワタシはそう思った。ただでさえゼンリョクの感情を乗せたココロは、油を注がれた火はいよいよ勢力を増し、心を焼き尽くす激情に任せて次なる言葉を発しようとした、その時。

 

(あれは………)

 

前屈姿勢から起き上がり、両手を広げて『いかく』するポーズ。

 

エスパータイプ専門のワタシにはわかる。あれは悪タイプのZわざの前兆。トレーナー戦においてワタシが最も警戒せねばならない相手の出方であり──同時に、この場においてはこの時点でもう既に、ワタシには防ぎようのないゼンリョクの反撃である。

 

 

「──ゼンリョクで、『ハイパーダーククラッシャー』!」

 

『ヴ──グォォォォオオォオオ!!!』

 

 

暴虐。決闘場にて繰り広げられた光景を言葉にて形容するならば、その一言で事足りた。

 

総身に漲る異様なまでの力。誤魔化しようのない図抜けたゼンリョクのパワーと共に、それを考え得る限り的確に『さいはい』する度胸。凶悪なまでの武勇を振り翳し、誰に憚る事もなく冷酷非情に弱者を踏み躙るその姿は、万人が思い描くような英雄像とはあまりにも乖離していた。

 

「は──は、ははは。ハハハハ………」

 

瀕死になって大地に倒れ伏すハギギシリをどこか遠くから眺めるように静観し、茫然とした心地のまま決着の時を眺めていたワタシは、暴虐の犠牲となり、見るも無惨な姿となった自慢のポケモンを見つめ、自嘲する。

 

笑うしかない。なんだこれは。驕りはあった。自惚れもあった。希望的観測も、曲がりなりにもトレーナーであるからには常にやっている。

 

しかし、これはあまりにあんまりだろう。逆らう気力さえ湧かないような圧倒的な格差。蟻が象に立ち向かうのが無謀を通り越して自殺に見えるように。まさしく二者の実力はそれほどにかけ離れている。

 

──コレ(・・)を見て、コレを知って、コレを前にして。なおも勝負を挑んで、しかも勝ったというのか。あのガキは、あの生意気な女は。あの巫山戯た半端者は。

 

不可能だ。そう思う程度は、このワタシにだってできる。力量があまりに隔絶していると逆に優劣の判断が付かなくなるのはよく聞く話だが、ことポケモンバトルにおいては違う。

 

如何にトレーナーがそのポケモンの力を引き出しているのか。100を最大とした才能の倍率。オープンレベルなどと称される目安が、才無き者にはあまりに残酷な証明が、目を逸らすことを認めない。

 

おまけに、この小僧は決して愚鈍じゃない。むしろ単純な戦術眼だけでワタシが知るトレーナーの中でもトップクラスの実力を誇る。

 

ワタシはどうだ? ワタシは有能だ。天才だ。努力家でもあるだろう。アローラ有数の実力者である自負もある。それだけの過程を、ワタシは積み立てて来た。

 

──しかし、特出してはいない。おそらくは、きっと、そうなのだろう。ワタシのゼンリョクなど、せいぜいがその程度でしかない。ワタシが忠実に熟していた歯車としての役割と同じ、どこかで換えの利くような人材でしかないのだ。

 

『まあ、そうね。確かにことポケモンバトルにおいて、才能の差は歴然。そも2匹以上のポケモンを従えるだけで一苦労。力を一割も引き出せない。戦況を読めない、意図を見出せない。何をしていいのかもわからない。そんな人間はごまんといる。

 

でも、私にとって、そんなことはどうでもいいわ。仮に例に挙げたような正真正銘の雑魚が相手でも、絶対に油断はしない。だって──』

 

 

──これほどまでに計算が通用しない勝負を、私は他に知らないからね。

 

 

(…………ああ、そうでしたね。ワタシも初めは、あのガキも、この小僧も、代表も、その子どもも、財団の職員たちも、諸共に──)

 

隔絶していた力の差。逆転はおろか、いくら手を伸ばしても届かない距離にいたはずの自分。なのに、その結果は一体どうだったのか。

 

今の自分には無理だろう。今のワタシでは、きっとありとあらゆるものが足りない。だが、次がある。このお子様だって、無敵ではない。かつて驕っていたあの頃のワタシのように、ヒトである以上、必ずどこかしらには隙間が生ずる。

 

この少年の場合は、あのガキとは違い、その点はとても分かりやすい。だからどうしたという問題こそあるが、付け入る隙があるのは間違いない。とはいえ、露骨にそこを責め立てるような行為は、ワタシのなけなしのプライドが許さないが。

 

(今はいいでしょう。勝者の権利として、ワタシを存分に見下し、侮蔑し、侮るといい。

 

ですが、ワタシは非常にしつこくて、諦めが悪いですよ──?)

 

この少年やあのクソガキ、その他意気軒昂な少年少女に比べれば笑ってしまうほど陳腐で俗なものだが、ワタシにだって目指す道はある。そのための努力も、研鑽も、ワタシは決して怠ることはなかった。だからこそ。

 

 

「──ひとまずは、おめでとうと言っておきましょうか。

 

貴方には、見所がある。初めて見た時から、ワタシはそう感じていました。

 

ええ、立派なチャンピオンですよ!」

 

(そう、そこに肩書きがある限り、ワタシは何度でも這い上がる。

 

そして、いつか。いつかまた、必ず──)

 

ワタシの届かぬ位置に立つ少年への敬意を評して、あるいはせめてもの抵抗として、ワタシは本音を覆い隠す。

 

そんなワタシの心情を知ってか知らずか、それともあのガキのように興味もないのか。目の前のお子様は能面のごとき笑顔を僅かに動かして、困ったように笑うのだった。






ヨウ君が基本無敵すぎて設定を盛りまくったオリシュさんでもなければ勝負にすらならないのは割と問題だと思う。でもまあ、ゲームでも割とそんな感じだから多少はね?

ちなみに、仲が良いと思ってるのはオリシュさんだけです。そしてこの作中において大体の原因はオリシュさんです。

しばらくオリシュさんは登場しないので、名前は無いとか書いておきながら設定していた名前の由来でも。

名前はピンク色のユリの名前から取ってカノコ。どっかの街と被ってるがどうせ名前で呼ばれないから気にしない。

ピンク色のユリの花言葉は虚栄。富。繁栄など。ちなみにカノコユリ自体の花言葉は荘厳、慈悲とかそんな感じ。主に成功を納めた女性に送ります。実は最初期の構想ではオリシュさんをリーリエちゃんがいない隙に主人公くんに迫らせてリーリエちゃんの危機感を煽らせよう!とか考えてたため。名前の由来がリーリエちゃんと同じユリなのはその設定の名残。もはやヒロインとかそういう次元をぶっちぎってるけど。


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けっきょく ぼくが いちばんつよくて すごいんだよね

すっげぇ今更ですが、この作品のタイトルはヨウ君の心の叫びです。




 

 

最初は、それほどでもなかったように思う。

 

『わぁ……!』

 

忘れもしない、私の原点。今の財団ほどではなくても、富豪であった父親に連れられてやってきた、ポケモンたちの楽園。

 

それまでサファリパークというものを知らなかった幼い私は、豪奢でも先が分かる部屋の中ではなく、どこまでも広がる荒野でのびのびと暮らすポケモンたちに心底から見惚れていた。

 

『ピッピ、っていうの?』

 

『ああ、おまえのために、私が捕まえたんだ』

 

次に、ポケモンという存在に興味を惹かれた。ポケットモンスター。ちぢめて、ポケモン。この世界で暮らす、不思議な、不思議な生き物たち。多種多様な生態と、何よりヒトとは比べものにならない溢れ出るパワーに、私は心を奪われた。

 

『おとうさま、あのポケモン……!』

 

『ああ、おまえも気づいたか。今、私も向かう。アレはドヒドイデと言ってな、説明をするには少し時間が足りないが、とにかく、あまり良くないポケモンなのだ』

 

そして、ポケモンの良し悪しについても学んだ。ドヒドイデに囲まれて嬲られるサニーゴ。幼き私にも、どちらが善でどちらが悪なのか。その頃はまだ善悪の区別や単語の意味も理解はしていなかったが、どっちがいけないことをしているのかは本能で理解した。そして同時に、可哀想である、という感情を学んだ。

 

『じんこうとう?』

 

『そうだ。前におまえも見ただろう?

 

サニーゴというポケモンはな。言ってはなんだが、とても強いとは言えないポケモンなのだ。絶滅危惧種……と言ってもおまえにはまだ分からないだろうが、とにかく、私はサニーゴのようなポケモンを保護するために、彼らの楽園を創りたい』

 

何もかもが分からなくても、楽園という響きには惹かれるものがあった私は、当時はまだ名前もなかった保護施設に入り浸り、いつしかそこにいる職員たちに顔を覚えられるようになった。

 

保護施設、エーテルパラダイス。エーテル財閥が保有する人工島。お父様の夢の結晶。私の原動力。サニーゴのようなか弱いポケモンを守るための、人とポケモンの楽園。

 

『わたし、ここをもっともっとステキなばしょに、もっとすっごいトコロにするの!』

 

『ははは。嬢ちゃんは立派だねぇ。そんなすごい夢なら、僕も喜んで協力するよ。尤も、こんな冴えないおじさんにできるのなんて、いつか君がここを引き継ぐまで、こうして島を綺麗に整えることくらいだけどね』

 

夢と言うにはあまりに拙い子どもの戯言。単なる妄言、世迷言。ただ溢れる感情のままに告げたその言葉を笑わずに聴いてくれたのは、当時、趣味で庭師の真似事をしていた人工島の研究者である青年くらいであり、それについてもただ彼が変人だと言うだけで、私の行動は他の評価に違わずあまりに未熟なものだった。

 

『なら、あなたはわたしのぶかになるのね! じゃあさっそく、わたしを「だいひょう」にして! え、すぐにはむり? なんでよ!』

『あなた、ポケモンをあやすのがうまいのね! いいことだわ!』

『モーン。あなたがいつもやってるそれ、にわいじり? わたしもみてていい?』

『わ、わたしはもうすぐシマメグリだっていけるネンレイですので、あまりアタマをナでたりは……うぅ』

『モー……。………ハカセ。わたくしも、もう………いえ。なんでもありません』

『──モーン。ちょっと、こっちに来て。いいから早く。え、口調? 何を言っているの。わたくしは始めから………ぅ。むぅ………その目は卑怯です。撫でるのも止め………はい、ごめんなさい、はかせ………え? モーンで構わない? ホントに?』

『あれ、モーン。何をしているの? へぇ、ウルトラホール。変なの。相変わらずね』

『モーン。もう少し、もう少しだからね。──違います、馬鹿! もう、知らない!』

『も、モーン! 貴方、わたしと──』

 

転び出る記憶。懐かしい、輝かしい思い出の数々。わたしという存在が、夢に向かって邁進していた頃の軌跡。後に伴侶となる青年を巻き込んで、あれこれ空回りしていた時のメモリー。わたしだけが持つ、世界で一番美しいもの。

 

そうだ。この頃のわたしの人生は、他の何よりも輝いていた。父の望んだ楽園で、大好きなポケモンに囲まれて、それを広げようと躍起になって、あの人と一緒にはしゃぎ回って。

 

どうして忘れていたのだろう。どうして今更なのだろう。わたくしは、わたしはもう、あの人に合わせる顔なんてないのに。

 

あの人が愛した楽園を。あの人が打ち込んだ研究を。リーリエを、グラジオを。あの人の遺した全てを犠牲に、わたしは破滅の道を歩んだ。

 

素質はあった。それは認める。今でもわたしは、美しいものが愛おしい。そういうことも、少しだけなら考えたことだけならある。露骨に執着したことも、一度や二度では済まない。でも、だけど、それでもそんな恐ろしいことは、わたしには決して不可能なはずで。

 

そう。いつかあの人に窘められて。そんなことよりもっともっと美しいものがあると知って。あの人がくれた愛を、子どもたちを、この楽園と共に愛し続けると誓って。

 

いつからこうなってしまったのだろう。どうしてこうなってしまったのだろう。わたしは一体、どこで──

 

『何があった! モーン博士はどうなった!?』

『あのポケモンは一体………いや、それよりも被害確認を!』

『代表、ご無事ですか!? おい、誰か担架を持って来て──』

 

『一体、何が………』

 

朦朧とする意識の中、どうにかしてその言葉だけを絞り出す。

 

うっすら覚えているのは、空の穴から這い出る何かの存在と、ソレからわたしを庇う夫の姿。そして、身体中の血液が沸騰したかのような激痛。

 

頭が痛い。間違いなく何かをされた。そんな実感がある。でも、それについてを考えることさえ叶わない。身体からこぼれ落ちる何かが。身を焦がす焦燥が、止めどない喪失感が、思考を妨げ汚染する。

 

わたしの何かが塗り替わる感覚が、精神を犯す悍ましい毒が。わたしの一番美しいものが、ぜんぶこわされて。

 

『エーテルパラダイスを拡張する?』

 

『ええ。以前から言っていたでしょう? わたくしは、この美しい楽園がこの程度のモノであるのが我慢ならないの』

 

『確かに、それは………ですが。その計画は、まだまだ先の──』

 

『いいから、やるのよ』

 

世界がまるっと引っくり返った感覚と、世に溢れる全てが『強調』されたような錯覚。綺麗なものと汚いもの。そして彼方に渡るために不都合なもの──わたしの『未練』を根刮ぎ奪い取り、崩して歪める甘い毒。

 

『ウルトラボール、ですって…?』

 

『そう。私はウルトラビーストの捕獲技術を持っている。どこから手にしたかは流石に言えないけど、貴女にとっては、悪い話ではないのでは?』

 

いつか誰かに告げられた言葉。その言葉に、口の端が吊り上がったのを覚えている。

 

何が駄目だったのか。何がおかしかったのか。いつから、どこからこうなってしまったのか。わたしには、もう何も分からない。

 

ああ、わたしは一体、どこで間違えて──

 

 

そこまで考えて、わたしの意識は暗転した。

 

 

 

「──」

 

むくり、とそんな擬音が付きそうな緩慢な動作で身を起こす。

 

散々仕込まれた気品のカケラもない、起き上がるというより這い上がると表現するべきその動きは、正しくわたしの体調の機微を示している。

 

ぼんやりとした視界で、周囲を見渡す。これほど気分が悪いのは、いつ以来だっただろうか。あの子達を身篭った時でさえ、これほどの不調は訪れなかった。

 

頭が痛い。こうして目を開けているだけで死にそうだ。できればすぐにでも横になって、そのまま永遠に安寧に浸りたい。

 

しかし、理性がそれを拒む。今、わたしが思い出したこと。思い出してしまったことが、わたしをそちらに誘うことを認めない。

 

ここはどこだろうか。いや、見覚えがある。忘れもしない、わたしの部屋だ。エーテルパラダイスの片隅に配置した、わたしの、彼の、あの子の、わたし達の家。

 

どうしてこんな場所に、と考えて、思い出す。そうだ、わたしは、あの時──

 

 

「──ようやく、お話が出来そうですね。お母様」

 

不意に。

 

確かに聞き覚えがあるはずなのに、聞いたこともない強い意志が込められたその言葉に、反射的に声の方向へと振り返る。

 

見覚えのある顔立ちに、馴染みのない格好。見たこともない険しい表情は、違和感より先に既視感を抱く。

 

「こうして面と向かって話をするのは、あの時以来でしょうか」

 

「…………ええ、そうね。リーリエ」

 

上半身だけ身体を引き出し、背もたれに預けてどうにか起き上がる。

 

かなり無理のある体勢で非常に億劫だけれども、多少の痛みを我慢するだけの価値がここにはある。

 

リーリエ。わたしの実の娘であり、わたしの野望に真っ向から立ち向かい、そして打ち破った一人の少女。実際には一人ではなかった、など野暮なことは言わない。如何にどれだけあの少年に比重が傾いていようと、わたしは彼女にこそ敗北を喫したのだ。

 

「先に少し、お話してもいいですか? 私たちがまだ、みんな一緒に、楽しく暮らしていたあの頃の話を」

 

そんな前置きでリーリエの口から語られたのは、彼女がこの家に縛られるよりも前、居場所は変わらずとも、それでも生き生きと暮らしていた頃の思い出。

 

花のように笑う子だった。わたしはそう記憶している。人が築いた人工島の中であっても、誰より自然に笑う子だったと、あの人が趣味で植えたどの花よりも華やかな存在だったと。

 

それがあまりに可愛くて、構い過ぎてグラジオが拗ねたり、リーリエ本人にも一時避けられたり、そもそも仕事が忙しくて時間が取れなかったりと、思い返せば色々と引っかかるところはある。

 

あの人と一緒に、どうしたものかとあれこれ悩んだものだ。笑い話だ。どんな大企業のトップであろうと、こんなところは誰でも同じ。必死に悩んで、だけどどうにもならなくて、子どもたちに癒されて、そしてまた落ち込む。

 

わたしの背景がどれだけ立派でも、子どもとの間柄は母と子でしかない。わたしの事情や苦悩など、子どもにとっては無に等しい。

 

勝手に感じた僅かな疎外感と、煩悶する愛情とが板挟みになって苦しんで。それでも努力の甲斐あってか、どうにか決定的な乖離には至らずに、わたし達は家族のままで。

 

「いつ、それが変わってしまったのか。………悪いとは思いましたが、かあさまが寝ている間に職場を漁らせてもらいました。ウルトラビーストに関わる膨大な量の資料と、それに追いやられるように仕舞われていた、かあさまととうさまの日記も」

 

「…………」

 

「それを見て、私は、かつてここの研究員だったというある人に話を伺ったんです。かあさまがあれほど執着した存在。ウルトラビーストとは何なのか。ウツロイドとは何者なのかを。そこで私は、一つの仮定を立てた。

 

そして、今の貴女を見て、それは確信に変わりました。かあさま、貴女はもしかして──」

 

強き瞳が、そうであってくれと訴えかける。

 

わたしが体験した何よりも恐ろしく強靭で猛烈な意志が、誤魔化すことを許さない。目を逸らすのを認めない。それの否定を望まない。そして、その意志に反することも、今のわたしは望んでいない。

 

でも。

 

「仮に、そうであったとしても。わたしがしたことは変わらない。そもそも、それは貴女の願望であって、証拠なんてどこにもない。

 

──でも、そうね。一つだけ、貴女に聞いてもいいかしら」

 

「……はい」

 

「あの人は……貴女たちの父親は、わたしの夫は、どうなったの?」

 

「──っ」

 

リーリエが息を飲む。まさか、という雰囲気だ。おそらくだが、わたしにそれを聞かれるなんてまるで想定していなかったのだろう。いくら隠しても、この子の親であるわたしには直ぐにわかる。

 

ああ、どんなに成長しても、この子はやっぱりリーリエなのだ。わたしの呪縛から逃れて、いつのまにか色を学んで女を磨いていたとしても、わたしにとってはあの頃のまま、何一つ変わらない。

 

わたしと彼女の関係は、良くも悪くも母と娘。彼女にとっては願い下げでも、決して消えない血の繋がり。そんな陳腐な証明が、今のわたしにはとても嬉しい。

 

「そのことですが………ええと、私に情報を提供した方は、良くも悪くも遠慮ない方でして………はい。色々と、興味深い話を伺いました。ええ、とっても興味深いお話を」

 

「…………?」

 

何かを堪えるように彼女は言う。そのことに対して疑問符が浮かぶが、そもそも彼女が言う研究員とは誰のことだろうか。

 

当時の事故を知る研究員は少なく、ウルトラホールの研究自体が最奥の分野であったため、既知にある者はその殆どがエーテル財団に深く関わる職員だ。

 

そして、そうであるからには口も相応に堅く、わたしとしても信頼のおける人物ばかり。その上、事故の内容が内容だ。『ひかえめ』に言って、進んで触れ回るような出来事だとは言えない。

 

それを看過してなお彼女に情報を渡しそうな人物もいくらかは思い浮かぶが、それらの人物も彼女が言う人物像にはまるで当てはまらない。となると、一体誰が何の目的で、そんなことを彼女に伝えたのか。

 

「私の方で、内容を『かみくだく』のに抵抗を感じたので、告げられたことをそのまま『トレース』します。

 

『それまでにも前兆はあったけど、顕著になったのは事故の後。加えてそれ以降モーンさんに対する言及が一切無かったから、その時刺された毒の効果で一種の[さいみんじゅつ]にかかった。そんなところね。

 

まあ、よくある話。言い方はあれだけど、なんらかの手段で捕えた餌を巣穴に呼び込む際、餌に未練があったら抵抗して面倒でしょう?

 

だから、壊された。どこまで効果があったのか、というのは不明だけど、少なくとも、一番大切なものを忘れるくらいには』」

 

「──」

 

リーリエが、否、その人物が告げるのは、わたしに対する一切の情が見られない、徹底して客観視したわたしの症状とその理由付け。

 

ビッケにもザオボーにもその他の幹部にもあり得ない、わたしを本当にどうでもいいと思っている、そんな人物の言葉。

 

「『サンプルケースは2人しかいなかったから断言はできないけど、どちらも軽度の統合失調症に罹っていたわ。目先の欲望に囚われて、それ以外のことはどうでもいい。そんな感じのね。認知や記憶野にも障害があるようにも見えた。少なくとも、私はそう感じた。

 

無我夢中でウツロイドに背を向けてルザミーネさんを庇うカタチになったモーン博士はまだマシで、実際に目撃した彼女はあれね、手遅れ。多分、毒にそういう錯覚を起こす効果があるんでしょう。すっかりウツロイドに[メロメロ]になって、他の何よりもあちらの世界を望むようになった』」

 

「……え?」

 

「『毒はそのまま治せばいい。認知についても同じ、そのどちらも毒による症状だから。

 

記憶については厄介だけど、症状としてはシンオウ地方にいる[ユクシー]ってポケモンを目撃した時に生じるモノに近いから、時間はかかるけど、治療についてもそれに準じて──』…………ええ、そうですよ。そうです、そうなんです。

 

その人は、あの人は、彼女はかあさまに恨まれるのが嫌で、そして何より自分の都合で、こんなとんでもないことを当たり前のように知っていても、それを当然のように黙認していたんです」

 

「──」

 

言葉が出ない。あまりのことに、反応すら示せない。彼女の言葉が、その語る内容が衝撃的すぎて、わたしの身体をガチガチに凍らせる。かつて抱いたウルトラビーストに対するそれよりも遥かに、わたしの心を、精神を、雁字搦めに惹きつけて離さない。

 

そんな馬鹿な。だってそれは、あまりにこちらに都合が良すぎるだろう。だって、そんなことはあり得ない。そんなことは、あり得てはいけないのだ。

 

(──でも、もしも。もしも、そうであったのなら)

 

わたしの最後の抵抗なんか、リーリエには無力で。ただのわたしの意地でしかなくて、元より通用するはずもなくて。

 

その人──おそらくは、あの時の少女にも見透かされて、変わらない表情の裏で、密かに嗤われていたのだろうか。

 

「あれこれと言葉を並べて連れてきて、検査の名目で縛り付けて、治療を敢行して。そもそもウルトラホール自体にも記憶の混濁が起こり得るモノらしくて、上手くいく保証なんてなくて。

 

…………でも、ビッケさんは、だいじょうぶだって。どうにかなるって、そういって、わらって。また、みんなで、いっしょに──」

 

「──」

 

悲劇を含める全てをいつの間にか台無しにされていた衝撃と、そんなわたしを抱きしめるリーリエの体温がわたしを盛大に『こんらん』させる。

 

元より限界の近かった体調も相俟って離れていく意識と、そんなわたしをどこか客観視している自分に、何も届かないような遠くの闇から、わたしを嘲弄する声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

『☆¥%°^〒×*#──』

 

大仰に両腕を広げてみせながら、そのポケモンは歓喜の吼声を上げる。

 

否、それがどのような意思の込められた声であったのか、僕にはわからない。一見すればその表情には、如何なる感情も宿っていないようにも見える。

 

先の一撃──自身を蹂躙しようとした事実すら、あのポケモンを揺るがすには至らないのか。限界ギリギリまで追い込まれたこの状況にあってなお、僕達を見据える目に怒りの色が欠片も見受けられない事が、これほど不条理且つ不気味なものと感じるとは。気圧されつつある自身を叱咤すべく、唇を噛み締めた。

 

「ああ、このっ………!」

 

判らないものは、怖い。それは人間という生物にとっては本能とも言える、当たり前の感情だ。

 

どんな人間もどんなポケモンも、その本能に縛られずにはいられない。それ故の底知れなさ。あのポケモンの“判らなさ”は、常に恐怖と化して僕の心を脅かしている。

 

どうすればいい──そんな感情を抱いたのは、今回で二度目だ。性質としては別物でも、意味するところは変わらない。困惑に、恐怖。二つの感情が複雑に混じり合ったその時にこそ、僕の心は『こんらん』に陥る。

 

(──でも)

 

恐ろしくても、得体が知れなくても、対処法はある。仮に無くても、作れるだけの実力が僕にはある。これが自惚れだと笑われても、リーリエにとってそうであるなら、僕はそれを忠実に熟す。それこそが、僕の目指すトレーナーだからだ。

 

そのポケモンが、頭を投げる(・・・・・)。比喩でもなんでもなく言葉通りに、頭部と思わしき部位をまるごと身体から切り離して投げつけたのだ。もはや理解が追いつかず、驚愕よりも当惑や思考停止が先に出る攻撃方法。だか、しかし。

 

(何のことはない。僕にはできる。ただ見て、対処する。それだけ。いつもやってきたことじゃないか)

 

身体が驚愕で硬直でもしない限り、並の攻撃は僕には通じない。僕は自分を侮らない。それは僕を信じる彼女の否定となるからだ。

 

どれだけ素早い攻撃も、博士のルガルガンの『アクセルロック』には及ばない。

どれだけ強力な一撃も、グラジオのゼンリョクわざには及ばない。

どれほど怒涛な攻勢も、ハウのそれには程遠い。

どんなに狡猾な手口も、あの人には当然、敵うはずもない。

 

僕は最強のポケモントレーナーだ。事実はどうあれ、彼女が僕をそう信じている限り、僕は負けることはない。つまり、こんな小手先の攻撃なんかに、僕が、僕の自慢のポケモンたちが、負けるなんてあり得ない。

 

両手を突き出し、すぐ戻す。左に右に、それは揺蕩う波が如く。

 

視線の先には、オニシズクモ。僕が最も信頼している、ポケモン捕獲のエキスパート。そんな彼にゼンリョクを費やすことに、何を難しいことがあろうか。

 

 

「オニシズクモ、『スーパーアクアトルネード』!」

 

『──あ、あわぁぁわああアァァアア!!』

 

 

直後、あらゆる音が彼の巻き起こす激流に呑まれる。

 

耳を劈く爆発音も、奇声も嬌声も悲鳴も怒声も──その一切が纏めて彼方へ消え失せた。

 

「なんとかなった、かな?」

 

「──いえ、明らかに過剰でしょう、チャンピオン。あのポケモン、ズガドーンと言いましたか。文字通りの瀕死になっていなければよいのですが。

 

しかし、ワタシのゼンリョクが『みずてっぽう』に思えるほどの力。最早驚愕を通り越して呆れるしかありません」

 

「ええと………」

 

いつの間にやら近くにやって来ていた協力者──ザオボーさんが嫌味とも忠告とも取れる口調でそう発言する。

 

今、こうして素直に捕獲に協力してくれている時点で、彼にそう遠慮する必要はないのだけど、どうにも僕は彼に対しては、苦手意識からかなんなのかおっかなびっくり反応してしまうのだ。

 

「これで、2匹目(・・・)──まだまだ先は長いですが、このワタシも控えていることですし、問題はないでしょう。

 

しかし、チャンピオン。何故アナタは、先にこちらのウルトラビーストを? 確か、あの国際警察とやらが依頼していたのは、別のウルトラビーストだったのでは?」

 

「ああ、それですか………そうですね、それは──」

 

彼が抱く当然の疑問に、僕もまた素直に返す。あの人のことを知る彼になら、隠す理由もない。そう、あれは──

 

 

……………………

 

……………

 

………

 

 

 

『ズガドーン。ほのお・ゴーストタイプ複合のウルトラビースト。コードネームはBURST。人を驚かせて、魂消た生気を啜るとかなんとか、そんなフワンテとかヒトモシみたいな生態をしているポケモンだね。

 

でも、それらのポケモンとズガドーンとの決定的な違いは、行動原理が愉快犯であること。ポケモンは基本的に見た目に忠実で、道化師の格好をしているからにはその生態もそっちよりになる。となれば必然、襲撃対象にもこだわりはない。

 

そして、こちらに来れるレベルのウルトラビーストは共通して一定以上の実力を持つ。一般のトレーナーじゃあ太刀打ちできない程度には。当然、他の──そうだね。電気を求めて発電所を襲いそうなデンジュモクとかも危険と言えば危険だけど、そっちは警備がちゃんとしているし、何より対応がやりやすい。だから、優先順位はズガドーンになるのかな』

 

いくらなんでも詳しすぎる。まず最初に思ったのがそれだ。

 

そう、まずはそこからおかしいのだ。ウルトラビースト。異世界からこの世界に迷い込んで来た魔獣。リーリエのお母さんが妄執した怪物、あまりに異質なポケモン達。

 

それを捕獲するためのエージェントとして、国際警察の人間がやってきた。リラさんに、ハンサムさん。力も搦め手も網羅する正真正銘のエリートコンビ。

 

客観的に見て、彼らの実力は本物だ。リラさんは言うに及ばず、ハンサムさんも明らかに只者じゃない。僕にとってはともかくとして、彼ら二人の力量や素質は、間違いなく国際警察を名乗るに相応しいレベルだと言えるだろう。──が。

 

『ウルトラビーストの生態については、まだはっきりとわかっていません』

『ウツロイドの毒は精神を侵す。自制心や抵抗力を麻痺させて対象に寄生する』

『もしも、その生態が危険なものであれば、彼らの殲滅も考慮します。しかし、私もハンサムさんも、そんなことは望んでいません』

『危険度がダントツで低いのはマッシブーン。あのポケモンはただ筋肉自慢がしたいだけだからぶっちゃけ無害。次いでカミツルギ、フェローチェかな。高性能カミソリ……じゃなくて全身刃物のカミツルギは物騒だけど危険ではないし、フェローチェは潔癖症だからこっちから構わなければ問題はないでしょう、たぶん』

 

彼らが頼りない。そう言ってるわけじゃない。ただ事実として、彼女の知識は国際警察のエリートを遙かに凌駕した。

 

国際警察、国際警察である。どう考えても、そこらの一般人であったはずの彼女が情報量で上回っていい相手ではない。それなのに。

 

『フェローチェは一旦放置する?』

 

『ええ、優先すべきは、他のウルトラビーストです』

 

信じてみる価値はある。そう信じて、僕は彼らの意見に反論した。

 

次の捕獲対象として提示されたウルトラビースト、コードネーム:BEAUTY。彼等の中には、その行動原理に関わる知識がまるで存在しなかったからだ。

 

名前、姿、タイプ、生態、能力の傾向から出身世界の情報まで。入手経緯を考えると不気味すぎて怖気が走るが、少なくともぽっと出の「お偉いさん」よりかはよほど信頼できるものだった。

 

また、それとは別に。事と次第、もしも僕とリーリエの立場が逆だったその場合に、あくまで選択肢の一つであっても、あのリーリエに対して『殲滅』という行為を提示する可能性のあった組織に対し、どうしてもいい感情を持てなかったのもある。

 

「ほうほう、なるほど。チャンピオンのそれは出所も不明な彼女からの情報だと。しかし彼女が怪しいのはいつものこと。それを考え始めればキリがない。

 

ですが、まあ。他でもないウルトラビーストに関連することなら、彼女の右に出るものはいません。ですので、おそらくは信用しても大丈夫でしょう」

 

「……あの人は、何者なんですか?」

 

「さて。少なくとも、経歴ではアーカラの民家出身の一般人のはずですが……ああ、彼女はあの一族の者でしたね。しかし、それでも同じこと。

 

正直、ワタシにしてみれば、彼女のような得体の知れないナニカもなく、それでいて異常なまでに特出しているアナタの方が不気味なのですが、そちらも言い出せばキリがない。

 

ただ、そうですね。あくまでいちエーテル財団職員としての立場で言わせてもらえば、彼女はエーテル財団にとって加害者であり犠牲者。全ての事の発端である元凶、といっても過言ではありません」

 

「……エーテル財団の?」

 

穏やかではない言葉の羅列に意識せず身構える。彼が勿体ぶった語りをするのはこれが初めてではないが、それにしても不穏な空気が思考を捉えて離さない。

 

元凶。言葉通りに受け取るならば、あのルザミーネさんが起こした事件の全てが、彼女が齎したことである、そうなる。しかし、それはあり得ない。だって僕は、リーリエから聞いたのだ。かあさまの様子がおかしくなったのはウルトラホールについて研究し始めてからだと。家族がバラバラになったのはそのためだと。

 

「いえ。そうではありません。まず前提として、ウルトラホールの研究が進むのにつれ、代表は仕事に掛り切りとなってしまいました。ご家庭を大事にしていた彼女のその様子は、確かにお嬢様にしてみればおかしくなったようにも思うでしょう」

 

「…………」

 

「しかし、決定的なのは、やはりあの事故があってこそ。力場に反応してか、突如として無数に開いたウルトラホールの暴走により、とある研究者が行方不明となった惨事を」

 

「モーン博士………リーリエのお父さん、ですね」

 

「おや、知っていらしたとは。あのお嬢様は、よほどアナタを信頼していると見える。

 

ですが、この話はここからが本題です。エーテル財団の研究の末、あの事故の際に現れたウルトラビースト………後にPARASITEと呼称されることになるポケモンの毒についての資料が並ぶより前、精密検査を控えた彼女の目前に、とある少女が現れたのです」

 

つまるところ、リーリエは勘違いをしていたのだ。ルザミーネさんがおかしくなった理由と、彼女が感じた違和感、疎外感は別物。しかし、それらに要因する出来事が似通っていたからこそ、彼女は認識を誤った。

 

それを責めることは、僕にはできないし、するつもりもない。具体的にいつの話なのかは聞いていなくても、あの人が『少女』だった時期となるとそれはもうかなり昔の話のはずだ。

 

ただ疑問なのは、果たしてあの人は何のために。何を目的として、あの島を訪ねたのか。まさかリーリエの家庭を乱すためでもないだろう。それはあまりに飛躍し過ぎというか、接点が無さ過ぎてあり得ない。

 

でも、一つ。一つだけ、僕には思い至る理由もなくはないのだが、もしそれが理由だったとするなら、それこそあの人はどうなっているのか。世界に名だたるサイキッカーの人たちでさえ、そのようなことは見通せない。それなのに、まさかそんな。

 

「いつからその少女はそこにいたのか。どこから少女が現れたのか。

 

エーテルパラダイスへの入場記録は疎か、船の渡航歴もない。まるで、そう、あのウルトラビーストに紛れてやって来たような謎の子ども。

 

代表……彼女が疑問を抱くより前に、その少女はこう言いました。

 

あのウルトラビーストを、己が物にしてみないか、と」

 

「──」

 

リーリエの懸念を他所にして、全てがおかしくなったのはここから。手の届く位置にはっきりと提示されたウツロイドに執われて、彼女は完全におかしくなってしまった。

 

ウルトラボール。ウルトラビーストの捕獲に特化した、出自不明のモンスターボール。それが原因であり、元凶。故に、それをどこからか持ち出した彼女こそが、エーテル財団という組織にとって、加害者であり──

 

「──犠牲者?」

 

「ああ、その話はまた後に。先のゼンリョクの余波で、林道のポケモン達が暴れています。

 

ポニの林道は、アローラ内でも危険区域の一つ。万が一、島の民家にここのポケモンが逃げ出せば、被害は更に拡大しますよ」

 

「………そうですね」

 

いくつか気になる点はある。先ほどの疑問もそうだが、何故彼があの人についてそこまで詳しいのか。一体、その事故で何が起きたのか。そもそもどうしてリーリエのお父さんは、ウルトラホールなんて危険なものに手を伸ばしたのか。

 

ただ強いだけ。ただ才能だけでのし上がって来た僕には、その手の情報を何も持たない。僕自身、ウルトラホールの研究についてはいつかどこかで聞いた気もするものの、『リーリエと関係なかったから』を理由にあっさり忘れてしまうような男だ。こんな思考も、いつしか答えを出していて、それを忘れているだけなのかもしれない。

 

それ以前に。何が正しくて、何が違うのか。それさえも僕には判断ができていない。僕にできるのはこうやって、リーリエの理想であり続けるだけだ。

 

「………うん。僕には、そっちの方があってる」

 

あれこれ考えるのはやめた。どうせ僕がいくら時間をかけて考えたところで大人には敵わないし、何より性に合ってない。

 

客観的に僕は、色ボケたままチャンピオンにさえ到達したような男だ。リーリエのためにと頑張ってみても。正直言ってこの話題に、リーリエが関係しているかというとそれも微妙だ。なら、考えるだけ無駄だろう。

 

そして、何より──

 

『☆¥%°^〒×*#──』

 

「またか…………」

 

先のことより、目先のこと。潜在する恐怖より、浮上した怪異こそが最優先。

 

流石に僕のゼンリョクを受けてこのしぶとさは予想していなかったが、幸いにも他のポケモンはザオボーさんが引き受けてるので『てだすけ』はない。つまりは何一つ、僕が敗北する要素はない。

 

一度が駄目なら二度三度。それでも駄目ならもう一度。駆け引きも何もない力量差でのゴリ押し。愚直なれど、それ故に防ぎようがない僕だけができる僕個人の強み。

 

僕は最強だ。似合わなくても、何度だって僕は言ってやる。かつてリーリエを悲しませたものも、これから彼女を襲う脅威も、全てこの僕が叩きのめす。きっと僕は、そのためにこそ、これだけの才能とともに、彼女の前に現れたのだから。

 

『$€%<>○☆¥%°^〒×*#──!!!』

 

一体如何なる『トリック』か。ズガドーンはまるで当然のように後ろ手から無いはずの頭部を取り出すと、それを再びこちらへと『なげつける』。

 

並みのトレーナーが裸足で逃げ出す脅威。それを単なる『わるあがき』だと断言できる自分の実力に我ながらやや呆れるものの、また一つリーリエに近づいた事実を想い、ちょっとだけ嬉しくなる僕であった。




さて、あとどれだけオリシュさんに罪を被せればリーリエちゃんが戻ってくるだろうか………。


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それでも やりとげようと するのは そこに ロマンが つまっている からだな

オリシュさん=面倒臭い人
クチナシさん=面倒臭い人

つまりオリシュさん=クチナシさんである可能性が微レ存……? よくある三段論法の誤用ですね、はい。


『残念ながら、しばらくワタシは欠席です。色々あって今はヒラ社員に甘んじているこのワタシですが、それ故に逆らえない摂理というものがある。……まあ、気取ってはみましたが、単に外せない用事があるというそれだけのこと。

 

全面的に協力すると言った手前、非常に心苦しくはあるのですが、これも社会の摂理が一つ。ワタシはただ、粛々と従うまで。

 

お詫びに、というわけではありませんが、一つだけ。アナタにはもうどうでもいいことなのかもしれませんが、ワタシは今でも心情的にはアナタの敵です。今はただ、利害関係が一致しているから協力しているまで。ですので、あまりワタシを信用しすぎないようにお願いしますよ──』

 

 

 

「わざわざ忠告してくれるだけ、結構あの人も甘いよなぁ……」

 

アーカラ島にある8番道路。国際警察の彼らが待つモーテルへとゆっくり歩みながら、僕はそんなことを呟く。

 

思えばグラジオ辺りもそうだったけど、エーテル財団の関係者は揃いも揃って会話を勿体ぶる癖があるように思う。ルザミーネさん然り、グラジオ然り、ビッケさんもそうだ。あのリーリエでさえ若干、そんな傾向があるように思えたし、もしやあれはエーテルパラダイスに伝わる伝統的な何かなのかもしれない。

 

だけど、僕はザオボーさん本人がそう言っていたように、正直そんなのは割とどうでもいい。僕自身、我ながらどうかと思うのだが、僕はザオボーさんが微塵も折れていないことを承知で行動を供にしていたし、彼が何を思って従っていたのかもあんまり興味はない。

 

否、あくまで個人的な意見、一人の人間として、複雑な感情が混ざり合った末のその結論には興味がある。そんな感情は、リーリエ至上主義の僕には絶対に得られないものだからだ。しかし、言ってしまえばその程度。そもそも、僕の想定が誤ってる可能性も高い。いくら改善しても僕は僕。最強のトレーナーとして君臨するだけの装置。どこまでも自他の感情に疎いまま、何をすべきかもわからないままで(ただしリーリエに向ける感情(モノ)を除く)、

 

(──実際、ザオボーさんについても、泳がせていたとかそういった理由でもなんでもなく、ただ対応に困っていただけ。きっと僕には、そういう経験が、僕が思ってる何十倍も足りてない)

 

この思考さえ、的を射ているかは微妙だ。そもそも判断するだけの材料を持たないのだから、ある意味当然であると言える。

 

僕にとってのザオボーさんは、リーリエを助ける障害となった嫌味な男性。それだけだった。……いや、本当に改めて認識すると酷い。僕、実はあの人を笑えないくらい最低な人間なんじゃないだろうか。

 

(………うん。もう、考えるのはやめよう。なんか色々とおかしいし)

 

自己の分析は苦手だ。いつも気づけば思考が明後日の方向かつ支離滅裂、意味不明な軌跡へと飛んでしまう。そのくせバトル中での頭の回転は割といい方だったり、悪意なりには妙に敏感だったり、自分でもよくわからない本能で色々と察してたりするあたり我ながら本当にタチが悪い。実は僕は人の姿をしたポケモンなんじゃないかな、なんて考えたこともある。そして、それも当たり前のように間違っていたりして、

 

(……。なんかもう、いいや、どうでも)

 

僕が何かを考えるといつもこうだ。だからこそ僕は、自分の思考を無駄なものとしてこれまで削ぎ落としていた。最近はそうでもないけれど、それでも煩わしいことには変わりない。しかし、リーリエに早く会うためには、そうも言ってられないのが現状であるのがもどかしい。

 

「失礼しまーす……」

 

思考を放棄し、完全に自業自得でただ歩いてるだけなのに多大な精神ダメージを受けながらも僕はモーテルの扉を叩く。ちなみにモーテルとは旅行者向けのホテルのことであり、間違ってもポケモンではないので勘違いしないように。……僕は一体、誰に説明しているんだろうか。リーリエかな。絶対に違うけど。

 

「おつかれさまです、ヨウさん。

 

ご足労、ありがとうございます」

 

そんな愚かな僕を迎えてくれたのは、国際警察のエージェントが一人、リラさん。

 

黒いスーツに身を包んだ妙齢の女性で、あの人と同じくクールな部類の人間なれど、滲み出る暖かさ、柔らかさ、優しさがその印象を覆す。それに加え、この年齢で国際警察における一部門の部長であるらしく、ザオボーさんに匹敵するポケモン勝負の腕と相まってさぞかしおモテになることだろう。僕にはどうでもいいことだが。

 

「お聞きしました。今回もまた、素晴らしい手際で新たなウルトラビーストを捕獲したと。私も捕獲を嗜む方ですが、チャンピオンのそれと比べるとどうしても見劣りしてしまいます。

 

それに、ポケモンバトルに関しても……私達は、貴方に協力者としての立場を依頼したのに──至らぬ身で、申し訳ありません」

 

「いえ……」

 

いい人ではある、素直に思う。だけど正直、どうとも言えない。彼女達に頼ることでリーリエとの再会が早まるならともかく、今になって彼女らに頼るのもどうかと思うし、何より不自然極まりない。

 

彼女たちのお役所仕事云々はアローラにやって来たばかりで場を整えるのに忙しかったから、すなわち本当に最初だけであり、最初に抱いた不信感のまま直接の支援を遠慮したのはこちらだ。いつぞやのボールに関しても単なる僕の勘違い、つまりは僕の考えすぎであったのだが、とはいえ今更意見を翻すのもバツが悪い。

 

幸い、もう僕自身全盛期に近い捕獲技術を取り戻してきたから、たかだか数匹のポケモン如き、僕個人でもこと足りる。色々と含むところはあっても、サイキッカーであるザオボーさんが居れば居場所の特定にもそう手間はかからない。そう、今となっては何一つ、ウルトラビースト捕獲に関する問題はないのだ。

 

強いて言うなら、この人たちにとっては、「自分がいなくても何一つ問題なく事が進んでいる」こと自体が問題なのかもしれないが、それについても僕の邪推で、神ならぬこの身では分かり得ないことである。そんなこと一度も言われてないしね。………言えないだけ、なんだろうけど。

 

「そして、このポケモンがチャンピオンの仰っていたウルトラビースト──ズガドーン、でしたか。

 

区画閉鎖の片手間に見ていましたが、果たして私では、このポケモンに対抗できていたのかどうか。無論、私もみすみすとやられるつもりはありませんが、断言は出来ないのが現状です。とにかく、感謝を」

 

深々と頭を下げるリラさん。立場的だけは立派といえ、未だ若輩者、いや、あくまで子どもでしかない僕に対してこんなに素直に頭を下げることができるのは本気で凄いと思う。

 

ザオボーさんを代表に、ルザミーネさんやビッケさん、その他エーテル財団の職員たちもからも頭を下げられたことがある僕だけど、それは形式的なものであったり、内心では明らかに侮られていたり社交辞令だったりと散々だった。そして、故にこそ、彼女の高潔さが際立つのだ。

 

ちなみに、僕はこうして彼女の謝罪の意図、そうした理由をなんとなく理解してもなお、彼女を改めてどうこうするつもりはない。それは何故か、決まっている。彼女はリーリエではないから、別にそこまで配慮する義理はないからだ。我ながら普通に最低である。こんなことばかりしているから感情に疎いとか言われるのに、いつまでも成長しない僕である。

 

「チャンピオンが仰っていた通り、先ほど各地の発電所及びそれに類する施設群へ警備を強化するように依頼をしてきました。また、カミツルギ・フェローチェの情報と対処についてもアローラへ開示し、適切な対応を取る様にと。当然、油断は禁物ですが、これで一先ず早急に対応するべき危険は去ったかと」

 

「そうですか………」

 

リラさんの言葉に、ほっと一息ついて椅子に座り込む。なんだかんだとここ最近ずっと張り詰めていたので、とりあえずとはいえ安全が確保できたのなら嬉しい限りだ。

 

疲れからか、リーリエがいないのもあって人目をはばからずそのまま少しだけぐったりとしていると、そんな僕を見たリラさんが小さく「ふふっ」と微笑んで、そして告げる。

 

「そうですね。ハンサムさんではありませんが、今日は私の奢りで、何がご馳走でも食べに行きましょうか。残念ながらハンサムさんは参加できそうにありませんが──」

 

「そうだな。釘を刺すつもりが、侮ってたのはオレの方だったぜ」

 

「貴方は………」

 

「……クチナシさん? どうしてここに──」

 

不意にモーテルの入口が解き放たれ、そこから警官の制服に身を包む目つきの悪い男性……メレメレのしまキングであるクチナシさんが現れ、思わず疑問符が浮かぶ。

 

何故ここにいるのか。何をしにここに来たのか。どうして訳知り顔で現れて、そしてそれをリラさんが驚いているのか。当然、浮かんだ疑問は全て問い質すつもりだが、まずは一つ。

 

「部屋、間違えていませんか?」

 

「…………。最初に聞くのがそれかよ。いや、そりゃあそうだが、なんかズレてんなあんちゃん」

 

「ノックもせずに部屋に入れば、そう思うのは当然です」

 

「ああ──いや、そうだな……悪かった。それで、こんな礼儀知らずのおっさんの話をちぃとばかし聞く気はねぇか?」

 

悪びれなく言い放つ彼に、少しだけ顎に手を当てて思案する。十中八九厄介ごとだが、クチナシさんの言葉はいつでも的を射る。おそらく彼もあの人と同じ、「色々知ってるけど自分の都合で情報を小出しにするタイプ」なのだろう。

 

実際、ポータウンで僕も彼に振り回されて体良く厄介払いに使われた経験もある。そうなると、僕もそれなりの対処を取らなくてはならない。これからのためにも、リーリエのためにも、だ。

 

「僕に絶対役に立つ話であるなら聞きます」

 

「絶対……とは、言い切れねぇなぁ、流石に。わかった。じゃあ、これはオレの独り言だ」

 

(ああ、やっぱり強引に話すんだ……)

 

最近になってようやく、こういう人の傾向が理解できた気がする。良くも悪くも周りに流されず、自分の意思を貫ける人。または周囲に興味がない人、自分の評価を気にしない人。

 

そういう相手をどうするか。正直、どうにもならないのが現状だ。だけど、優位に立つだけなら難しくない。それであちらの都合良く扱われていても、そうすればその上で借りを作らされることはない。常ならそこまで気にしなくても、今はただでさえ面倒なことに巻き込まれているのだ。対応を誤った結果更に厄介ごとを背負わされてはたまらない。

 

「メレメレの花園に、おまえらが追ってるバケモンがいるぜ。確か、おまえらのコードネームだとEXPANSIONだったか? しかもどうやら、二体いやがるようだな」

 

「メレメレの花園に…………はい、了解しました。貴重な情報をありがとうございます。クチナシさん」

 

「…………」

 

「では、次をお願いします」

 

「…………あ?」

 

「次の情報です。まさか、それだけじゃありませんよね、クチナシさん。そうであるなら、申し訳ありませんがお引き取りを。そしてこれ以後、ウルトラビーストに関わらないようにお願いします。危険ですので。

 

もし、言えない情報……使えない情報であるのなら、僕には必要ありません。この場面で出せないモノでも同様です。後出しされても、その、困ります」

 

現状、はっきり言って、情報面で困っていることは何一つない。目撃証言については素直にありがたいが、それよりも無駄にウルトラビーストを刺激して被害が出る方がはっきり言って困る。いくら潜伏に自信があったとしても同様だ。ポケモンはいつだって、僕たち人間の常識を超越する。何より面倒臭い。

 

彼は何かを隠している。それくらいなら僕にもわかる。でも、彼はおそらくこの場ではその情報を出し渋る。理由は知らない、興味もない。ただ、億劫なだけだ。そして、その程度の情報ならば、僕には要らない。

 

かつての僕ならともかく、今の僕には優先順位というものがあるのだ。それでも純粋か切実な願いなら喜んで引き受けるが、彼のそれは明らかに違う理由から来ている。そんな彼の戯れに付き合って時間を過ごすくらいなら、その時間でリラさんと今後の英気を養う方がよほど有意義である。

 

「………。そいつは、ちぃと困るな」

 

「EXPANSION。種族名をマッシブーン。むし・かくとうタイプ複合のウルトラビースト。筋骨隆々の肢体と、ダイヤモンドよりも硬い口吻を持ち、他の生物のエネルギーや体液を吸収し、自身の体液と合わせることでより強力な身体になると言われている。

 

事あるごとにその筋肉質な肢体をアピールするポーズを取るが、それはマッシブーンなりの一種のコミュニケーション、または自慢であり、対抗してポーズを取ると敵意が激減、顔に喜色が表れる」

 

「なっ──」

 

「僕にも都合というものがあります。不可能なことも、限界もあるんです。というより、あれです。これまで僕らは被害が出ないことを最優先に動いていたので、急に『EXPANSIONを捕まえろ』と仰られても無理です。

 

そして現状、マッシブーンの危険度はスピアーにも劣るレベルでしかない。別に協力が嬉しくないじゃありません。そうは見えないかもしれませんが、僕だって人間です。クチナシさんがやって来たことに驚いたり、情報提供に喜んだりします。

 

当然、人間であるからには疲労も感じます。………要は、ちょっと、疲れました。だから………でも、僕は。早く、リーリエに──………」

 

「ち、チャンピオン!?」

 

「──ちっ。くそ、マジかよ……」

 

会話の途中で急に椅子から立ち上がったからなのか、立ちくらみを起こして視界が歪む。血が巡らない頭が、僕の意識を遠ざける。気の抜けた思考が、僕を安眠の道へ誘う。

 

目の前が真っ暗になる錯覚と共に、僕の意識は暗転する。その直前、クチナシさんがいつも半開きの目を見開いてこちらを眺めていたのが嫌に印象に残った。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

神に愛された人間とは、彼のことを指すのだと思っていた。

 

一目見たその瞬間から、凄まじい才覚を感じた。あり得ないと、この世の不条理が形になったような存在だと、少なくとも私はそう思った。

 

『フーディン、「サイコキネシス」!』

 

別に自分が無敵だと思っていたわけじゃない。世界に名だたるトレーナー、伝説と呼ばれしポケモンたち。それらに絶対に勝てる確信など当然なかったし、健闘できる根拠があったわけでもない。

 

『………ラランテス、「つじぎり」!』

 

まして、対峙したのは挙げた2つ。伝説のポケモンを従えたこの地方最強のトレーナー。侮っていたつもりはない。油断していたわけでもない。ただ、胸を借りるだけだったはずだ。あくまでその程度の戯れ。腕試しの一戦。それでも、彼は私の想定を遥か上回った。

 

『む──ええと、後ろだラランテス。「かわらわり」』

 

『なっ………!?』

 

手も足も出ない圧倒的な差。胸を借りるなどと、腕試しなどとあまりに烏滸がましいトレーナーとしての格の違い。それまで常勝不敗だったコンビネーションはおろか、それが通じずその場で必死になって起案した奇策や奇襲も悉くが凌駕され、心が絶望に満たされていく。

 

『エンテイ、「せいなるほのお」!』

 

それが折れたのは、最後のポケモンの闘い。勝負を決定付けた攻防。

 

この時、まだまだ彼はポケモンを一匹しか見せておらず、私はと言うと既に五匹目。もうこの時点で心情的には負けたようなものなのだが、それでも最後の意地として放った私の最強の一撃。

 

せいなるほのお。ジョウト地方に伝わる伝説のポケモン、ホウオウが放ったと謳われる消えない炎。直属の眷属たる三犬、エンテイが模したそれはホウオウには及ばずとも、並みのポケモンなら即座に瀕死に陥らせるだけの火力を誇る。

 

しかし──

 

炎ごと(・・・)、「ソーラーブレード」で切り裂け!』

 

『しゃらぁあぁああアアアア──!!!』

 

しかし、何事にも例外というものはある。

 

如何なるポケモンも、それを扱うものの腕次第。仮にも伝説のポケモンを従えているだけでいい気になってる自分と、その驕りをわざごと当然のように断ち切る彼。

 

見惚れた。憧憬した。心が打ち震えた。直後に告げた賞賛の言葉は、一切の含みを持たなかったことを良く覚えている。

 

その輝きに、目が眩まなかったと言えば嘘になる。しかしそれを加味した上で、彼は私の期待以上の結果を示してくれた。

 

それ故に。彼自身が醸すどこか超人的な雰囲気とも相俟って、そのことをまるで考慮してなかったのは、間違いなくこちらの落ち度であろう。

 

だから、だろうか。疲労か、心労か。糸が切れたように崩れ落ちた彼の身体を慌てて抱き抱えて、そのあまりに華奢の体躯と、想像以上に僅かな重みに、私はそのことを──彼がまだ、私の半分ほどの年齢の少年でしかないことを思い出して、その場で呆然としてしまった。

 

すぐさまクチナシさんから、ベッドに寝かせるようにと指示が無ければ、きっと私はそこでずっと、身勝手極まりない自責の念から対応を誤り、また後悔を積み重ねたことだろう。クチナシさんがどうしてこの場に現れたのかは未ださっぱりな私だが、やはり今でも私にとって、クチナシさんが恩人であることには変わりがない。

 

「体調云々じゃねぇな、こりゃ。ただの疲労か心労、そういうのが一気に来ただけだろうよ。まあ、この頃のガキにゃあ良くあることだ。直前まで元気に遊んでいたと思えば、突然電池が切れたようにぐっすりだ。

 

だがな……いや、違うか。オレがこいつをどう思ってようが、こいつは俺の三分の一も生きてねぇガキでしかない。ただオレが、そんな簡単なことさえすっかり忘れちまったってだけなのによ」

 

「はい………」

 

口調こそ常の様子を崩さずふっきらぼうなものの、どこか沈痛な表情を浮かべてクチナシさんは告げる。

 

彼が失念していたこと。私がいつしか忘れてしまっていた、忘れるべきではない当然。同じだ。否、すぐそばにいた私の方がずっとずっと罪深い。

 

もっと労るべきだった。もっと配慮をするべきだった。そもそも彼に対して協力をしてもらう立場なのはこちらだ。彼は身勝手なこちらの依頼、こちらの都合に快く引き受けてくれた、ただの善意の協力者に過ぎないのに。

 

居ても立っても居られず、カバンの中から必要なものだけを取り出して出入り口まで向かう。そして、手のひらがドアノブを回すその直前、投げやりなのにどこか鋭い声が、私の動作を一瞬で制した。

 

「待ちな。おまえさん、まさかとは思うが、一人であのバケモンをどうこうしようって考えてはいねぇだろうな」

 

「……いくらクチナシさんの言葉でも、こればっかりは──」

 

「止めやしねぇさ。ただ、忠告しておく。──そんなんじゃてめぇ、あのバケモンにあっさり殺られるぜ」

 

「っ──ですが……!」

 

「だが、なんだ? おまえさんは、おまえさんの尊敬する部下は、おまえさんが所属する組織は、あのバケモンの何を知る?

 

このあんちゃんはな。確かにオレの前で断言したぞ。今のあのバケモンは、スピアーにすら劣る脅威度だと。無論、それは単純な強さで測ってるモンじゃねぇだろうが、オレはその言葉に、何一つ言い返すことができなかった。

 

これは、あんちゃんが会話の途中で倒れたからとかそんなくだらない理由じゃねぇ。改めて考えるまでもなく、オレはあのバケモンのことを何一つとして理解してねぇからだ」

 

「それは──」

 

それは、そうだろう。ウルトラビーストとは、異世界からこの世界に紛れ込んできた存在。言ってしまえば次元単位で迷子になったポケモンであり、必然的にその存在を知るものなどいるはずがない。

 

我々国際警察がウルトラビーストのことを知るのは、警察という組織がそういう話題を集めやすい場所だからだ。しかしそれでも絶対数そのものがごく僅かであり、貴重な情報が不明瞭なものであるのも珍しくない。

 

(なら──)

 

ここまでを前提として、我々よりもウルトラビーストに詳しい存在とは何か。

 

まず一つに、エーテル財団のことが挙がるだろう。ウルトラホールを研究していた組織であるエーテル財団は、間接的とはいえその道の専門家と言っていい。加えて、リーダーであった女性が方針を転換してからというものの、彼らの矛先はウルトラビーストのみに注がれるようになった。故に、あくまで部外者でしかない我々よりも確実に、ウルトラビーストの情報を保有している。

 

次に、実際にウルトラビーストと接触した者。これこそが目の前の少年であり、このアローラのチャンピオンである彼。

 

百聞は一見に如かず。いくら言葉を並べようとも、触れ合わなくては理解できないものもある。特にウルトラビーストの特徴としてよく挙げられる「異様なオーラ」というものは、当人でなくては感じ取れないような曖昧なものだ。

 

私はそれをアテにした。彼の得難き経験を基に、ウルトラビーストの捕獲に踏み切った。彼が我々の予想を遥かに上回るペースで苦もなくウルトラビーストを捕獲していったのは想定外ではあったが、それが悪いことでもなし。それ故に私は、彼は彼にしか分からない何かがあるのだと根拠もなく思い込んでいた。思い込まされた。それだけの力が、彼にはあった。

 

彼には不思議な魅力がある。奇妙なまでの存在感と、それを違和感と感じさせない超然とした空気。そして、彼がいればなんとかなると認識せざるを得ない、一目見ただけで並のトレーナーが絶望するほどの溢れる才能、素質の塊。

 

それが間違いだったのだ。一つ二つじゃ収まらないほど常識を遥か超越している彼だが、それとこれとは話が違う。エーテル財団ですら持ち得なかった知識量。何かがあるはずだ。何かが。彼がこれだけの情報を得ることができたその理由が。

 

「リーリエ……」

 

「ッ──!」

 

不意に、彼の口から突然飛び出してきたその名前に、思わず身体が『とびはねる』。

 

反射的に声が響いた方向を見るも、そこにいたのはおだやかな表情で『ねむる』彼の姿。………どうやら先のは『ねごと』だったらしい。

 

「リーリエ………どこかで──」

 

どうにも脳裏に引っかかるその名前を復唱するも、やはり心当たりはない。いや、正確にはそうではないはずだ。そうだ、私がその人を知らないだけで、その名前は確か──

 

「──なんだ。ちったぁ成長したかと思えば、なんも変わってねぇんだな、こいつは。いや、だからこそか。相変わらず面白ぇなぁ。な、あんちゃんよ」

 

「──」

 

抱いた疑問。それが確かな形となる前に、クチナシさんが呟いたその言葉と、見たこともない表情が私の心を真っ白にする。

 

後になってそれは彼なりの『慈しみ』だと思い知ることになるその顔に、私は直前の思考も忘れ、しばらく呆然とするのだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「……えーと、結局、どうしてクチナシさんがここに? それよりも、どうしてバトルなんです?」

 

「ああ? あんちゃん、しばらくは平気だって言ってたじゃねぇか。あれから半日も経ってねぇのに、まさかこんなすぐ前言を翻したりはしねぇよな?」

 

「まあ、そうですね。それより、そっちじゃなくてですね──」

 

「気にするな。──っうのは無理か。だから、強制はしねぇ。やるかやらないか。それはあんちゃんの好きにしな」

 

「はぁ……」

 

リーリエを思い起こす、有無を言わさぬ強い口調でクチナシさんが告げる。

 

はっきり言おう。非常に断りづらい。彼のような人種……つまりはあの人のようなタイプは一度でも隙を見せるとズルズルと利用されてしまうから、後の事を考えるとここでズバッと断るのが色々とベストな選択肢なのだが、それでもほんの少しの要素でさえリーリエが絡むと調子が狂う。

 

その点、本当にまるでまったく残滓の一欠片もリーリエが絡まないあの人相手ならばその心配もないのだけど、こればっかりはなんとも。下手に矯正すると昔の僕にいつしか戻ってしまいそうで、僕にはどうにもできないのだ。

 

(………本当に、難儀だ)

 

今度は決して他人事ではなく、内心だけで重く呟く。結局のところ、これは一種のトラウマなのだろう。これまで考えないようにしていただけ、考える必要さえなかっただけで。

 

とはいえ、これについては今後も理解する必要はない。誇張ではなく単なる事実として、この世にリーリエがいる限り僕は無敵なのだ。精神的に。ちなみに、こちらについてのもしもは意図して意識していない僕である。

 

「さて──」

 

敢えて口に出して仕切り直し、クチナシさんに改めて向き直る。今更だが、なんで彼とバトルする流れになったんだったか。あの時、ほんの少しだけ苛ついて辛辣な言葉を投げたことか、それともいつのまにか寝てしまったことか。その両方か。

 

一応、建前ではこの勝負に「僕が勝てばクチナシさんはこちらに協力する」ということ、らしいのだが、ぶっちゃけそうなった経緯が謎だし、案外、協力云々は口実で、不敬な僕をメタメタに叩きのめして反省させる気なのかもしれない。

 

………まあ、クチナシさんはこんなところもあの人と同じで、その真意が非常に読みにくい人、なんだけど。

 

「ルールは……そうだな。タイマンでいいだろ。流石のオレも、総合力でチャンピオンに勝てるなんざ思っちゃいねぇ。ズルズルと戦えば不利になるのはオレだ。なら、少しでも可能性がある方に、てな」

 

「了解しました。それでは………ええと、リラさん。申し訳ありませんが、審判をお願いしても?」

 

「は、はい………それくらい、でしたら」

 

僕の提案に、どこかたどたどしくリラさんは返事をする。クチナシさんも露骨だったが、この人もこの人でなんか先ほどから様子がおかしい気がする。なんかクチナシさんと知り合いだったらしいし、おそらくはその関係なんだろうけど。

 

(………まあ、いいか。勝てばいいんだから)

 

疑問はあるが、面倒になったので放棄する。あんまり無駄に思考を重ねても意味は無さそうだし。

 

「よし、出番だほしぐも!」

 

『ラリオーナ!!』

 

そうと決まれば、遠慮など必要ない。何か『きりふだ』があっても面倒なので、いきなりで申し訳ないが、何かされる前に僕の持ち得る最大の戦力にご登場願う。

 

モーテル備え付けのフィールド中を飛び跳ねて目一杯はしゃぐ姿は、頼もしさ以上に嬉しさを感じる光景だ。思わずにやけそうになるが、それでも僕の表情筋は一切動かずにいるのはまあ、ご愛嬌ということで。

 

「…………。ちょっとばかし、待ってもらってもいいか、あんちゃん」

 

「? ………ええ」

 

「いや、別にあんちゃんがどうとかじゃねぇさ。こっちの問題だ。──よし。いくぜ、ペルシアン」

 

『ニャー!』

 

僅かに引き攣った表情でクチナシさんが呼び出したのは、ママが持つニャースの進化系であるペルシアン、そのアローラにおける姿。

 

そのポケモンを改めて眺めて、そういえば僕も、アローラで初めてニャースを見た時にはびっくりしたなぁ、とまで考えた後、思考を切り替え両手を突き出す。

 

「ペルシアン、『イカサマ』だ!」

 

『ニャー!!』

 

「…………」

 

襲い掛かるペルシアンを一瞥し、一度目を閉じてからふぅ、と一息。深々と深呼吸をして目を開ける。

 

そのまま突き出した手を胸元へ一度戻し、胸の中央で拳を2回撃ち鳴らしてから、再び前方へ。

 

鋼鉄の意志、はがねZ。その堅牢なる一撃は、世界の壁さえ穿ち、歪める。

 

「そのポーズは──!」

 

「──いくぞ、ほしぐも。僕のゼンリョクを、僕の才能を。僕の実力を。僕の持つ全てを。今は君に預ける」

 

『ラリオーナ!』

 

僕の持つ唯一無二にして絶対のアドバンテージ。それこそが、この伝説のポケモン、ほしぐもの存在。そして僕にはほしぐもを従えるだけの能力がある。故に、クチナシさんが『わるだくみ』をするより早く、僕とほしぐものゼンリョクの一撃。僕らの経験が編み出したこのわざで、彼を確実に打ち倒す!

 

「ほしぐも、『サンシャインスマッシャー』!」

 

『──ラリオーナ!!!』

 

『ギニャ?!』

 

「なんだ、こりゃ……!?」

 

「えっ……?」

 

その言葉(指示)と同時、ほしぐもの眼前──すなわち迫り来るペルシアンを妨げるよう空間に穴が開き、内部にペルシアンが呑み込まれる。

 

ウルトラホール。エーテル財団が研究していた異空間への道。僕個人はウルトラホールの原理など何一つ知らないが、ルザミーネさんの起こした事件から、この空間がポケモンのわざで生じるモノ(・・・・・・・・・・・・・)なのは分かっている。

 

ならば、後は簡単だ。いつも通り、そのポケモンの声を聞くだけでいい。見て、感じて、受け止めて、反映する。勿論実際に意味のある言葉として受け取っているわけじゃないけど、意思の疎通くらいならできる。

 

ポケモンはモノじゃない。これは、僕があの時改めて彼女から教わった教訓だ。その訴えがあったからこそ、僕はこうして、互いの意思を、互いの想いを、互いの絆を常に認識している。

 

その努力が正しいのか否かはこの際どうでもいいとして、結果的に僕たちは、ほしぐもが持つ固有のゼンリョクわざ──ウルトラホールの生成技術を断片的なれど扱うことができるようになった。それこそが、このZわざ。その名をサンシャインスマッシャー。しかし、これが戦闘以外で役立つような場面は、これから先訪れることがないよう切に願う。

 

「ルールはタイマン。つまり1対1でしたね。僕もポケモンにあまり手荒な真似はしたくないので、降参していただけると助かります」

 

「………こっからの逆転は流石に無理、だろうな。わかった。降参する」

 

何故かニヤリと笑いながら、クチナシさんが試合終了の合図を告げる。

 

直後、誰にも見えないように小さくガッツポーズをする僕。幾度となく経験したことでも、やはりこの瞬間は嬉しいものだ。立役者が他でもないほしぐもとなれば尚更である。

 

「今のは、まさか──」

 

「ああ。これは『ゴーストダイブ』……いえ、『フリーフォール』の異次元版ですね。

 

いずれはこのわざを改良して、ウルトラビーストを元の世界に──なんてことも考えたりしているんですけど……」

 

「───」

 

「………あの、どうかしましたか?」

 

「い、いえ! なんでも──」

 

なんでもない。そう言ってるつもりなんだろうが、歯切れも悪いし、どこか様子がおかしい。はて、僕は何か不自然なことを言っただろうか。ウルトラビーストがいわゆる迷子で、手元に元の世界への道を開く可能性があるのなら、それを探求することは当然だと思うのだが。

 

そのような旨を彼女に伝えると、彼女はその目を限界まで見開き──そして、まるで自分に言い聞かせるような小さな声で、次のように呟いた。

 

 

 

「…………本当に、何でもないんです」

「………?」

 

その言葉を最後に、虚空を見上げて黙りこくってしまった彼女の姿に、僕はどこか不思議な既視感を抱く。

 

そんな僕らを遠目に見ていた人物、僕らの事情を知るしまキングのクチナシさんは、苦笑しながら見守るのだった。


















サブタイのセリフが誰のものか分かる人はダイゴさん好き。作者もなんだかんだ言って好き。でもリーリエが一番好き。


あと書いてる作者が言うのもなんだけど、現段階でこんなとか、ヨウ君は最終的にどれだけ拗らせるのだろうか……。

まあ、いざとなったらオリシュさんに全責任を被せるのでご容赦を。


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かんがえに かんがえぬいて えらんだわざなら それでよい!

ヨウ君は気づいてないとかそういう次元の話ではなく、リーリエ以外にそういう感情を抱けないだけです。


「酷い隈ね。ライチが先に選ばれて、貴方が選ばれないのがそんなにも悩ましい?」

 

「少し、聞いてもいいですか?」

 

「…………何かしら」

 

「僕は、島巡りをして、試練を超えて、しまキングを倒せばそれでいいと思っていました。そうすれば、全てが報われるんだって、そう思っていたんです」

 

「…………」

 

「だけど、現実はそうではなかった。カプに見初められたのは別の人。僕ではなく、まだ大試練はおろか、島巡りをしてさえいないライチが選ばれました。

 

教えてください。島巡りをして、何になるんでしょう。この風習に、どんな価値があるのでしょう。僕と彼女に、どんな違いがあるのでしょう」

 

「意味なんてないわ。価値なんてまったく。違いも何も、結局はそれを自覚するかどうかよ。少なくても、この私にとってはね」

 

「………貴女は、島巡りに価値はないと?」

 

「あくまで私にとってはの話。貴方には関係ないわ。でも、そうね。それでも理解できなかったら、納得できなかったら、理不尽なんだと嘆くなら。一度、全てを破壊してみるのも悪くないんじゃない?」

 

「………はい?」

 

「私はね。理由は省くけど、私がカプに認められることはないだろうと確信している。Zわざについては惜しいと思うし、実のところ巡礼も割と楽しみにしていたから、割り切れない感情。未練があるのは否定しない。

 

だけど、嘆いても意味はないわ。結局のところ、あっちの気分次第なんだから。貴方が嘆くのも無理はないけど、それはきっと、間違ってると思う」

 

「なら、何が正しいんでしょうか」

 

「それは私には分からないわ。興味がないから。でも、そうね。さっきのは極論だけど、そんなにもキャプテンになりたいというのなら、カプに己が存在を訴えれば、誰よりも素晴らしいトレーナーになってしまえば、カプも貴方を無視することはないんじゃない?」

 

「──誰よりも、素晴らしいトレーナー………」

 

「そう。貴方にとっての、本当に素晴らしいトレーナー、その理想にね」

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「……なんてことがあったんですけど」

 

溜息のようなそうでないような微妙な息を吐いて言葉を区切る。

 

気づいたら長々と話し込んでしまったことを反省しつつも、内にかかえるのもそれはそれで辛かったために一息をつく。最近では考えるべき事態が多く、学ぶ機会もそれなりにあるとはいえ、やはり僕はそれを得手としていない。これが単なるバトルなり捕獲なりならもっとやりようはあるのだが、改善にはやはりまだまだ先は長そうである。

 

「へぇ、なるほど。でも、それをなんで私に? 普通に考えたら、私が彼らと関係ないことはわかるわよね」

 

そんな僕に、なんだかんだでしっかりと話を聞いてくれた彼女が相変わらず抑揚が薄い口調で告げる。正直なところ、僕としてもほぼ無意識の行動で、自己の分析が苦手な僕は「なんで」と聞かれたら具体的な説明に困ってしまうのだが、多分自分が自覚していないだけで、彼女への皮肉か嫌がらせの意図があるのだと簡単に推定できるのでそう仮定し、適当な言い訳で誤魔化すことにした。

 

「貴女が決して普通ではないから、ですね。後はちょっとしたついでです。ようやく状況が落ち着いたのはいいんですが、代わりに牽制用のボールを切らしてしまって。それまでは手持ちでやりくりしていたんですけど、流石に新しいボールが欲しいな、と」

 

「ああ、メガやす………あそこ、安さだけは本物だからね。でも、ヨウ君ってあれ、ウルトラボールを貰ってるんじゃなかった?」

 

「あれは貴重品ですので……牽制の度に投げつけていたら、いくらあっても足りません。それでも、節約はしているんですが、どうやら僕の捕獲法は、他の人とかなり違うみたいで」

 

「確かに私はボールを牽制に使ったりはしないわね。ボールと言えば普通は最後の『ダメおし』に使うもの、って印象が強いし、まず捕まらないことが分かっていて『なげつける』人はいないわ」

 

言い訳が通じたのかどうか、とりあえず疑問には思わなかったようで、受付の机に肘を乗せて、『やれやれ』のポーズをしながら死んだ表情で彼女は言う。何度見てもこの世の光景とは思えないし、もはや違和感とかそういう次元を通り越してこれが普通なのではと錯覚してしまう。

 

しかし、今重要なのはそこではない。如何に彼女といえど、人生の先輩からのこう言ったお話は貴重だ。特にこれは後々にも役に立ちそうな知識だし、しっかり聞いておかないと。

 

「そもそも動いているポケモンにボールを当てるだけで一苦労なのに、まして戦闘中に隙を見て、だなんて。ちょっとどころか、よほど自信がなくてはできないわね」

 

「そう、ですか? でも、ボールなんて、投げればだいたい当たりません?」

 

「……………………この世代ではそうだったわね。これがジェネレーションギャップってやつかしら? でも、それは多分貴方を含む10に満たない限られた人だけの話よ。

 

だから、これは忠告。いえ、お節介ね。ヨウ君、その台詞、リーリエちゃんには言わない方がいいわよ。あの子、ポケモンの捕獲に、かなり苦労していたみたいだから」

 

「………………え」

 

軽く返した言葉。僕にとっての当たり前にこころなしか真剣な表情で返され、サァー、と一気に血の気が引く。よもやこの話題にリーリエのことを引き合いに出されるだなんて微塵も思ってなくて、下手をすると僕へ悪印象を抱かせる可能性があったとなれば尚更だ。

 

「まあ、あんなの(・・・・)を捕まえてたら、苦労するのは当然だけど……とにかく、貴方のそれは一般的とは言い難い。よく覚えておきなさい」

 

「肝に命じます。………でも、珍しいですね。貴女がその、僕に忠告をするなんて」

 

今度は真剣に返す。しかし、珍しいというか、最初に出会った時以来じゃないだろうか。彼女がこうしてあからさまな善意を見せるのは。

 

それと、またさらっと聞き捨てならないことを。リーリエが何だと言うんだ。あんなのって何だ。この人はまだ何かとんでもないものを隠しているのか。

 

浮かんだ疑問を、思い切って聞いてみる。聞くだけならタダだ。これも、誰かが言っていた気がする。気のせいかもしれない。でも誰が言ってたとしても割とどうでもいい。

 

「………? だって、バトルとは無関係でしょう?」

 

「………そうですね」

 

ある意味では予想通りの回答に、辛うじてそう相槌を打つ。

 

そして思う。ああ、この人は本当に、ただ他人を見下したいだけで、その人が不幸になって欲しいとは考えていないんだな、と。あくまで勝つためなら手段は選ばないだけであって、別に人を蹴落とす趣味はないのだと。………それでも普通に歪んでいるけど。

 

「失敬ね。私だって、ちゃんと手段は選んでいるわ。だからリーリエちゃんと戦った時、あのポケモンを貴方を利用せずに昆布で…………なんでもないわ。

 

というより、貴方もククイと同じことを言うのね。やっぱり親子じゃないの?」

 

「それ以上は母に被害が及ぶので勘弁してください。それと………あのポケモンってなんです?」

 

「かつてないほど真剣な顔ね。正直、ヨウ君のそんなところは嫌いじゃないわ。でも秘密よ。貴方には特に。だって女の子は、いくつもの秘密を着飾って綺麗になるんだから」

 

そして、そんな女の子を笑って許すのが、いい男の条件ってやつなのよ──と営業スマイルのままそう告げた彼女に、それ以上何も言えなくなる。

 

いい男の定義はさておき、それが女の美しさであるとまで言われてしまえば、あくまで男である僕としては、どうあっても否定はできないのだ。それに加え、

 

(………それに、僕も最初は、リーリエの神秘的な雰囲気に目を奪われたわけだし)

 

彼女の言葉は、いつでも残酷に事実を穿つ。一切の遠慮も配慮も容赦もなく、その答えにどのような意味が含まれていようと、人々を嘲笑うようにあっさりと、笑顔で爆弾を垂れ流すのだ。

 

「それで話は戻るけど、あの二人、つまりはクチナシさんとリラさんの関係だったわね。…………何から聞きたいの?」

 

「あ、話してくれるんですね………というか、やっぱり知ってるんですね」

 

「知っている、までがタダ。それ以降は有料よ。対価も無しに言いふらす事ではないから、貴方の報酬に応じて情報をあげる。

 

具体的なレートは、貴方のポケモンのオープンレベルが一匹につきモーモーミルク一杯。こんな感じでいきましょう」

 

「………」

 

さらっと悪びれもなく言い放つ彼女だが、今の会話だけで彼女の厄介さが伝わってくる。

 

他人のポケモンのオープンレベルなんて、専用の機械じゃないと把握できないトップシークレットだ。僕自身は興味がなくて測ったことはないけれど、少なくともモーモーミルク一杯分の値段で済むようなものじゃない。

 

そして、オープンレベルとは基本的にその時点での目安であって、日々変動するもの。なのに彼女がそれを知るというのは、つまり彼女は、僕との戦いの中でそれを見切り、こうして情報として提供できる能力があるということ。それもモーモーミルク一杯分の手間もなく、だ。どう考えてもまともじゃない。

 

そもそも、何故貴女は対価を求めるレベルの情報を知っている。本当に何者なんだ、この人は。

 

(………どこまで知ってるのかな)

 

興味があったので、初手からゼンリョクで吹っかけてみる。さっきも言ったように、言うだけならタダだ。流石にこれは彼女も知らないだろうし、反応からある程度彼女が提示できる情報の範囲がわかる。

 

そんな意図で紡がれた言葉。とりあえず自分が疑問に思っていたことを吐き捨てただけの戯言は、あまりにあっさりと当然のように、見事なまでにひっくり返された。

 

「じゃあ、そうですね。ウルトラビーストを、元の世界に戻す方法、とか──」

 

「ソルガレオにライドして、日輪の祭壇でウルトラホールを開けて、ウルトラビースト特有の気配を頼りに他の穴(・・・)に飛び込む。これを繰り返すのが一番早いわね。帰る手段についても、ソルガレオがいればどうにでもなるでしょう」

 

「──…………え?」

 

「ウツロイドは3000光年未満、アクジキングは5000以上が目安。それ以外はだいたい3000から5000の間に収まって、順にフェローチェマッシブーンテッカグヤカミツルギズガドーンツンデツンデかしら。あくまで目安だから、断言はできないけど。

 

…………ああ、この情報はタダでいいわ。ウルトラビーストについては協力するって言ったし。ちなみに、この情報はだいたいウルトラボール一つ分の値段。私ではもう手に入れられないし、非売品だから、それが高いか安いかを決めるのは貴方よ」

 

「──ちょ、ちょっと待ってください。何を言って──」

 

思考が混乱する。彼女が何を言っているのかはわかるのに、その内容が全く耳に滑り落ちてこない。あまりに非常識な知識とそのとんでもなさ、価値の重みが脳を蹂躙し、冷静な対応を許さないのだ。

 

ソルガレオをライドする。そんなこと、僕には思いつきもしなかった。ウルトラホールが他の世界に繋がっていることは予想ができても、リーリエの父親のことを知っている以上、実際に行動に移す度胸はなかった。故に、彼女が当然のように語るその内容は、僕の理解の範疇に収まることはない。

 

「というか貴方、ルザミーネさんを探す時そうしたんじゃないの? なら、もう一度できるかもー、とは思わなかったの?」

 

「あ──あの時は、無我夢中で、その………」

 

「ああ。ルザミーネさんで思い出したわ。ウルトラディープシー………ウツロイドの故郷なら道筋もわかるから、教えてほしいなら、こっちもウルトラボール一つで手を打つわよ」

 

「それは助かりますけど、いや、なんで知ってるんです?」

 

というか頼むからちょっと待ってください。彼女と話すと常々思うが、本当に油断をするとすぐ情報量で殴ってくるのは勘弁して欲しい。いや、本当に。そもそも僕は頭の出来自体は高く見積もっても秀才に届くかどうかというレベルだ。あまり無理をし過ぎると破裂してしまう。

 

「あのね。次元単位で迷子になってるようなウルトラビーストが、ただ道を開いただけで帰れると思う?

 

それは偶然帰れるかもしれないし、ルザミーネさんは根拠もなく行けると確信していたみたいだけど、下手したら……そうね、ウルトラビルディングに漂着して、そのまま帰る手段もなくジ・エンドってのも十分にあり得た話よ」

 

だから事前に道筋を調べたと、それをルザミーネさんに伝えていたと彼女は告げる。正直、大半が何を言ってるのかはさっぱりだったが、とりあえず彼女が色々と手を回していたことは理解した。

 

しかも、彼女の表情を見るに、彼女自身は親切心からの行動っぽいのが性質が悪い。無論、僕だって実行犯であるルザミーネさんが全て悪いのは重々承知している。しかし、どうにも割り切れない痼があるのは事実だ。

 

だが、とりあえずこれだけは聞いておかねばならない。誰にとっても僕にとっても、この話を聞いている僕だけが、まずは聞かなくてはいけないことだ。

 

「な、なんのためにそうしたのかを、まずは聞いてもいいですか……?」

 

「保険ね。主にグズマの。あいつ、無茶だっていくら忠告しても聞かなくて、いつまでもルザミーネさんへの承認欲求丸出しだったから、せめて不慮の事故で迷子にはならないようにと手を回したの。

 

あんな行き当たりばったりな計画で誰かが死んだらと嗤えるけど笑えないし萎えるでしょう? その甲斐あってか、ルザミーネさんがボロボロになって帰ってきた時はとっても気分良く嗤わせてもらったわ。いい仕事をしたわね、ヨウ君」

 

「あの………何一つとして、褒められている気がしません」

 

むしろどう反応するのが正解なのか。少なくとも、僕の人生ではこんな爆弾の処理方法など学ぶ機会はなかった。

 

結局、どうしていいのかわからないまま、その場で僕があたふたしていると、あからさまに笑いをこらえながら彼女が続ける。

 

「それで、どうかしら」

 

「……どう、とは?」

 

「知ることは悪いことじゃないわ。知ればそれだけ対応に幅が広がるし、特にウルトラビーストなんて怪物に関わるならなおさら、君にはそれを知る権利があると私は思う。だからこそ、私は貴方にレポートを、君が今後知る由も無い情報が詰まったあの資料を手渡した。

 

それ自体はきっと、善い行いなのでしょう。でも私は、それと同じくらい、いえ、それ以上に、誰かの秘密を暴くことはよくないことだと思ってる。知識とは毒、それはどの世界においても同じ。モノによっては、容易く人を破滅させる。

 

だから、知るか否か。その判断は知る権利を持つ君に任せるわ。もし、それでも知りたいと言うのなら、さっきのモノより遥かに面倒な厄ネタを、懇切丁寧に解説してあげましょう。何よりその方が面白そうだし」

 

「…………どうせ、最後のが本音でしょう?」

 

「さて、どうかしら。それを知ることも、きっと誰かに不利益が生じることなのよ」

 

やや強引に話をまとめて、それきり彼女は黙り込む。

 

知ることによる不利益。確かにそれは、僕には考えもしなかった概念だ。

 

無知は罪とは良く聞く言葉だが、知ることが罪になるケースはあまり多くない。しかし、こじ付けだろうと状況を整えれば無数に想定できるのもまた事実。今回の話がそのケースである可能性は否定できない。

 

(そう、例えばあの時、リーリエと一緒にウルトラホールへ飛び込んだ時)

 

もしも僕が事前にリーリエが行方不明になる可能性を知っていた場合、僕は一体、どのような行動を取っただろうか。そしてその場合、あの場所にリーリエはいたのだろうか。最終的に、ルザミーネさんはどうなっていたのだろうか。

 

勇気と無謀は等号で結ばれない。しかし、無謀に偶然乃至は奇跡が加わって勇気ある行動となる可能性は誰にも否定できない。そして僕らは、その無謀が真にそうだと断言できる立場にも立ち得ない。

 

この世界には、ポケモンと呼ばれる不思議な生き物が至る所に棲んでいる。その生態や謎を未だに解きほぐすことができていない人類には、彼らの可能性を推し量ることなどできないのだ。

 

「というか貴方、タフね。いえ、鈍いのかしら。あんなことがあったわけだし、私なんかと関わってもロクな目に合わないんだから、普通は私に話しかけようとは思わないでしょう?

 

全く、こんなところまでククイにそっくり。まあ、いいけどね」

 

抑揚のない小さな声でそう締め括り、常の表情をほんの少しだけ歪ませながら彼女はそこで静かになる。

 

まともに表情さえも作れていない、僅かに引き攣ったような顔。それがどうも、僕には彼女なりに精一杯作り上げた、営業スマイルとも違う自然な笑顔のように見えて、なんとなく恥ずかしくなる僕だった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「難しいなぁ……」

 

コニコシティにある大衆食堂。観光地であるアローラでは意外と数少ない地元民向けの料理を数多く提供するその場所で、僕は相変わらず苦手な思考を必死に繰り広げていた。

 

次の捕獲対象として提示されたデンジュモクと呼ばれるウルトラビースト。見た目や生態からして非常に目立つとされたそのポケモンについてだが、意外と言うか何というか、これがなかなか見つからない。

 

目撃証言は概ねシェードジャングルに固まっており、そこを張ればどうにかなるだろうという見通しは非常に甘く、かれこれ数日もの間ジャングルを彷徨い続けているのに、僕はまだそのポケモンの後尻も追えずにいる。

 

それだけならウツロイドの時と同様にも思えるが、比較的開けた公園・洞窟内と比べ、シェードジャングルはとにかく見通しが悪く歩きづらいために気力の方が先に滅入る。

 

かといってケンタロスにライドするわけにもいかず、結果としては気力を奮い立たせながら地道に草木をかき分ける他ない。

 

それでもリーリエのために、とこれまでどうにかモチベーションを保ってきたのだが、いい加減僕個人の力では限界が見えてきた。

 

ザオボーさんに頼る手も考えたが、少数とはいえエスパータイプのポケモンが跋扈するシェードジャングルではサイキッカーとしての力は役に立たない。人海戦術についてももう試した。正直に言って、ザオボーさんも含めこの森に馴染みがない僕らでは完全に手詰まりだ。

 

とはいえあれだけ異質なポケモンだ。今はたまたま目撃証言がないだけで、シェードジャングルに潜んでいること自体はほぼ確定しているし、時間だって十分にある。焦る必要はない。そんなことは理解しているのに、どうしても僕は気が逸ってしまう。

 

せめて。そう、せめてシェードジャングルについてとても詳しくて、それでいてデンジュモク含む野生ポケモンを一蹴するだけの実力を持つようなトレーナーでもいれば状況は変わるのだが、そんな都合の良い人なんて──

 

「あれ? まさか、ヨウ? 珍しいね、こんなところで。リーグの方はいいの?」

 

「………ん?」

 

不意に背後から気安くかけられた声に振り返る。女性の声だ。底抜けに明るくて、聞いてるこちらが笑顔になるような快活な声。その声の持ち主、視線の先の整った顔立ちの緑髪の少女にも見覚えがある。彼女こそは、ここアーカラ島のキャプテンが一人、マオだ。

 

「……マオ? ああ、そういえば、ここって君の家だっけ」

 

「そうだよ。今はまあいいけど、今後はしっかり覚えてくれると嬉しいな。ほら、売り上げとか評判とかで?」

 

「評判って………僕がいなくたって、ここは人気の食堂じゃないか」

 

お世話ではなく事実として告げる。贔屓目なしにも、ここの食堂は連日一日中客の切れ目がないような人気店だ。別に健啖家でもなんでもない僕一人が入り浸ったところで売り上げの増加量などたかが知れている。まして僕個人を目当てに店まで訪れるような人などいるはずがない。

 

「えー? でも、ヨウって有名な割に私生活がけっこう謎めいているから、それを知りたい! って人はたまに見かけるよ?」

 

「謎って………そもそもトレーナーなんて大半が根無し草。肩書きがある分、僕ははっきりしてると思うけど」

 

実際、グラジオとかハウとかと比べると雲泥の差だ。ハウなんて未だ連絡がつかないし、エーテル財団の代表に収まるまではグラジオも酷かった。基本的にリーグに連絡すればどうにかなる僕は、トレーナーの中では格段にエンカウントしやすい部類だと思う。

 

「じゃあ、今は何をしているのかを聞いていい?」

 

「……いや、なんでキャプテンである君がそれを知らないのさ」

 

今僕が携わっているウルトラビーストの件は、キャプテンと言わず一般トレーナーでも知る情報だ。ポケナビなどの各種通信ツールはもちろん、ハンサムさんが必死になって各地の「おとくなけいじばん」にそのことについて張り出してるし、ポケモンセンター内部にだって緊急の知らせとして周知済みだというのに、どうしてキャプテンの彼女が知らないのだ。

 

いやまあ彼女は正直そういう情報に興味がなさそうだなぁとは思うけど、実際に証明されるとこう、同年代の知人としては来るものがある。実は僕と彼女は試練以降ロクな会話もしていないから、友人かさえ怪しいという事実は秘密だ。

 

そういえば友人と言えば、彼女の友人であったスイレンはどこに行ってしまったのだろう。いつしか真剣勝負を挑まれて以来、かれこれ一年近く行方不明になっているみたいだけど。何故か懐かれてたまに遊んだりするスイレンの双子の妹も行方を知らないみたいだし、謎である。

 

「あ、今ヨウ、私のこと馬鹿にしてるでしょ。でも、そうじゃなくて、ほら! 危険なポケモンを捕まえてるんでしょ? 今はどんな感じかなぁって」

 

「ああ、進捗状況について聞いてたんだね。それなら今はシェードジャングルに潜んでいるポケモンを捜索している最中だよ。でも、これがなかなか見つからなくてね………思えば僕、ポニの大峡谷とかにもすごい時間が掛かったし、案外その手の才能はないのかもしれない」

 

一種の潔癖症だろうか。これはきっと僕個人の感性だが、道を逸れることに異様な拒絶感を抱いたり、段差を無理やり乗り越えることが禁忌に思えたり、道を塞ぐ岩を避けたりもせずにわざわざ押し退けたりと、僕は決められたレールに逆らうことを良しとしない。必要であれば可能な分、多分、単に融通が利かないだけだ。変なところで律儀な性格をしているとは僕自身思う。

 

「シェードジャングル……それは大変だね。まあ、ヨウならきっと大丈夫!」

 

「他人事な………ん? そういえばマオ、君って確か、試練の場所をシェードジャングルに選んでたよね?」

 

「そうだけど?」

 

それがどうしたの? と無邪気に答える彼女の腕を無言で掴み、力加減を調整して顔がこちらに向き合うように上手く手繰り寄せ、視線を合わせてじっと見つめる。そのまま彼女が戸惑って視線を逸らすまで彼女を観察していると、慌てて彼女が言葉を紡ぐ。

 

「へ………え、ぇえ!? な、なに、ヨウ! そんないきなり、しかもこんなところで──」

 

「マオ。ちょっとこの後……いや、仕事上がりでも全然構わないから、君の時間が空いたら8番道路にあるモーテルに来てくれないかな。大切な話がある」

 

「た、大切な……?」

 

「君の意思で来てくれないと意味がないから、強制はしない。ただ、来てくれたのなら、僕はとても嬉しい」

 

「よ、ヨウ………」

 

分析後(・・・)も視線は逸らすことはなく、握ったままの手に若干の力を込め、僕の手から逃れようともじもじしているマオに対して僕の意思を力強く発言する。

 

我ながら間怠っこしい真似をしているが、これは必要なことなのだ。アローラ独特の風習の元定められるキャプテンは四天王とは違ってポケモン協会の傘下ではないため、チャンピオンの権限では動かせない。

 

そのため、彼女の協力を得るためにはあくまで「お願い」という形にしなければならず、そのためには彼女の意思が必要不可欠となる。

 

卑怯な真似をしていると思う。彼女の善意につけ込む卑劣な行為だと思う。だけどそれも、僕は必要とあれば躊躇わない。全てはそう、リーリエのため。それが僕の生き様なのだから。

 

「じゃあ、また。今回は偶然だったけど、次は早い再会になるのを願っているよ」

 

「…………うん」

 

伝えたいことは伝えたので、注目を浴びて居づらくなった店内から逃げるように手早く会計を済ませ、僕の素直な気持ちを告げる。

 

店を立ち去るその直前に見た、僕のように店内の注目を浴びて恥ずかしそうにしている彼女の姿に、少し申し訳ない気持ちになるのだった。

 

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

…………

 

 

 

 

──以上が、僕がマオと真剣勝負をすることになった経緯である。……話が繋がっていないって? 安心しよう、僕だってまったくわからない。どうしてこうなったのだろうか。

 

「いや、あんちゃんが悪いだろ。流石に」

 

「うむ、その通りだ。甘んじて受け入れたまえ」

 

「わ、私は、その………申し訳ありません、チャンピオン」

 

なお、これが上からクチナシさん、ハンサムさん、リラさんからの台詞である。もう見事なまでに味方がいない。理不尽な、とは思ったが、理由がわからない時点で僕には何も言う資格はないのだ。

 

「いやー、わたしもですね? ただマオちゃんが空回りしただけなら何も言わなかったんですけど、あんな顔してやってきた女の子に対して真顔で『知人』呼ばわりは流石にどうかと」

 

「うぅ……」

 

今にも消えてしまいそうな危うい雰囲気を纏っているマオの背中を叩きながら、画材を背負った謎の女性が言う。

 

この顔に前衛的な化粧を施している金髪の女性。なんと彼女はポニ島のキャプテンであり、名前をマツリカ、というらしい。彼女の言を信じるなら、このモーテルにやってきたのはマオとは無関係な理由であり単なる偶然、しかし、実家が共に料理店をしている上に肩書きも同じなので、割と話す機会は多いんだとか。まあ、ここで彼女が嘘をつく理由もないし、おそらく真実だろう。

 

(……しかし、ダブルバトルね)

 

ダブルバトル。ポケモンバトルにおける形式の一つで、名前の通りポケモンを2対2になるように選出し、戦わせるというもの。

 

この勝負は互いのポケモンの連携や行動の判断、狙いの調整など、極論、ポケモンがただ強ければそれでいいシングルバトルとはまた違った戦略が必要となる非常に難しいバトル形式で、実のところ僕も得意としているわけではない。

 

なんでもダブルを専門にしている人は、それはもう芸術と評されるようなコンビネーションと試合運びを見せるそうだけど、生憎と僕はそのレベルに至るような人とは戦ったことがない。

 

しかし、彼女たちがあくまで即席であるとはいえ、僕よりもダブルバトルが上手い可能性は否定できない。むしろ仲が良さそうな分その可能性は非常に濃厚だ。つまりそれは、やりようによっては負けるかもしれないということ。ならば、僕としては絶対に油断はできない。

 

「頼んだ! ミミッキュ、ジャラランガ!」

 

そうと決まれば、僕なりのダブルにおけるポケモンを呼び出す。選出の基準は単純、補助担当と、火力担当。それだけだ。深い意味なんてない。だけどそれでこそ、もっとも僕が優れている地力を活かせる、と思う。

 

「行きますよー、クレッフィ!」

 

「お願い、ファイアロー!」

 

対する相手が呼び出したのは、マツリカさんがクレッフィと呼ばれた鍵を吊るすキーホルダーのようなポケモン。そしてマオは燃え盛る翼持つ鳥………あれ?

 

「ほのおタイプ……? マオってくさ専門じゃなかったの?」

 

「ああそうだよねうん話した記憶もないし! ああもう、恥ずかしいなぁもう! ちょっと憧れてた人のお誘いだからって舞い上がってた私がバカみたいじゃない!」

 

「うわぁ………チャンピオン、それは減点ですよ、男の子として」

 

「…………以降は私語を喋らないようにします」

 

マツリカさんから減点されてしまったので黙り込む。何がなんだかわからない僕だが、なまじ直感なりが鋭い分だけ敵意が伝わってきて何というか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

(でも、ほのおタイプか……面倒だな)

 

僕が持つほのおタイプといえばあのガオガエンなので、同系統であまりにテンポが違うポケモンが出てくると調子が狂う。とはいえまあ言ってしまえばそれだけだし、対処はできるから負ける理由にはなり得ない、はず。なお、元チャンピオンは方向性が違い過ぎるので気にならない。

 

「ミミッキュ。そして、ジャラランガ」

 

『ボウオーン!!』

 

『ケタケタケタケタ………』

 

一応確認を取り、快い(?)返事が返ってきたのでいつも通りZリングの下付近を握って構える。

 

確かこれは、カキさんから教わったバトルスタイルだっただろうか。僕はスタイル云々として確立するほどポーズなどに拘ってはいないから、あくまで精神集中の意味が強いけれど、ゼンリョクで挑む際には欠かさずやっている。

 

弓道における残心や構えと同じ、いわゆるルーティン行為というアレだ。特に僕は感情を表に出すのが苦手なので割と助かっている。

 

そして、これをした後にする行動も決まって同じ。握った手首のすぐ近く。直に重みを感じるそこにあるZリング、輝く石に力を込める、僕のゼンリョクの一撃。

 

右手を突き出し、そのまま徐々に──

 

「クレッフィ、『フェアリーロック』!」

 

「…………」

 

──早い。敏捷性が速いわけではなく、行動そのものが理不尽なまでに素早い。

 

あたかも指示と同時に結果が現出したかのような不条理。この現象には覚えがある。一部ポケモンの特性によるものだ。

 

(…………確か、『いたずらごころ』だったかな)

 

出鼻は挫かれたが、問題があるわけじゃない。聞いたことのないわざだが、見たところ『まきつく』や『とおせんぼう』系統のわざのようだし、僕のポケモンのわざを止められるほどの強制力があるものでもないだろう。なら、大丈夫。

 

ただ、マツリカさんはこのわざのことを『フェアリーロック』と言っていた。つまり、あのポケモンはフェアリータイプである可能性が高い。となると、少し手順を変更しなくては。

 

「ミミッキュ、『──』」

 

『ミタァ……』

 

先んじて補助担当のミミッキュに指示を出し、また改めて腕を突き出す。

 

その手は口。全てを喰らわんと吼え猛る顎。徐々に開かれる空想の牙は、あらゆる希望を噛み砕く。

 

「ジャラランガ、『ブレイジング──』」

 

「ファイアロー、『しぜんのめぐみ』!」

 

(────。

 

…………『しぜんのめぐみ』?)

 

速そうなポケモンだし、先制されることくらいは予想していた。しかし、その内容があまりにそのポケモンの見た目に沿ぐわなくてほんの一瞬、頭の中がまっしろになる。

 

ポケモンバトルに限らず、勝負事に関しての一瞬の隙は致命的だ。不幸中の幸いか、既にわざの指示の最中だったためにわざそのものが止まることはないが、気勢を削がれたのは間違いない。

 

ゼンリョクのわざは、ゼンリョクでやるからこそ価値がある。特に僕は気を高めるのが苦手なため、一度テンションが落ちると割と辛い。だからこそ僕は初手からゼンリョクで攻撃することが多いし、今回だってそうするつもりで───

 

(──だからどうした。多少、気が削がれた程度で……!)

 

「───『ブレイジングソウルビート』!」

 

無理やりだろうと何だろうと、リーリエを想ってどうにか気力を『ふるいたてる』。

 

ブレイジングソウルビート。ジャラランガが持つ固有のわざ、『スケイルノイズ』が変化したわざで、その敵に降りかかる音波は、自身を鼓舞する歌にもなるという攻防一体の一撃。

 

欠点としては微妙に発動に手間がかかることと、見た目に反して火力重視なため割と避けやすいこと。音わざなのに音わざの利点である柔軟性がびっくりするほどないことなどが挙げられるが、それらの要素を鑑みても、無理をしてでも発動する価値がある。これはそういうわざだ。

 

「まずっ──でも、こっちの方が………!」

 

「知ってるさ、君の方が速いのは。でも、それでも、僕のポケモンの方が上だ」

 

たったの一度きり。大いなる自然の恵みの力を借り受けたファイアローの突進がジャラランガに激突する。

 

さながら『ゴッドバード』にすら匹敵するその一撃。かくとうタイプ複合となるジャラランガには致命打にもなり得る攻撃。しかし、それでもジャラランガは倒れない。怯まない。臆さない。そう信じられるだけの信頼は、僕らの間で積み重ねている。

 

『ボウオーン!!!』

 

「っ………!」

 

「くっ……」

 

敵陣を隈なく覆い尽くす怒号が、彼女たちのポケモンを満遍なく蹂躙する。

 

腐ってもチャンピオンであるこの僕のポケモンが使うゼンリョクわざだ。当然、アローラの一キャプテンでしかない彼女たちのポケモンが耐え切れるはずもなく、やがて両ポケモンは彼女たちの仲を示すようにほとんど同じタイミングにて、モーテルのフィールドに沈む運びとなった。

 

「……あれ? おかしいですね。何故ドラゴンのわざにクレッフィが?」

 

「『ねらいのまと』って、知っています?」

 

「ああ、『トリック』ですか。さっきのミミッキュはそういう………」

 

抜け目がないですね、と嫌味なく言い放ちつつ、マツリカさんは新しいポケモンを呼び出す。現れたのは、シェードジャングルでも良く見かけた草の王冠のようなポケモン、キュワワー。お世辞にも詳しいと言えるポケモンではないが、タイプくらいは知っている。となるとやはり、彼女はフェアリータイプ専門なのだろうか?

 

「お願い、ドデカバシ!」

 

(………ドデカバシ?)

 

──とはいえ、決めつけるのにはあまりに早計だ。

 

実際、くさタイプ専門だと勝手に思っていたマオのポケモンがさっきから予想外にも程がある鳥系統ばっかりだし、たかだか1・2匹を確認したところで判断すれば、どこか妙なところで足元を掬われかねない。

 

(………瀕死寸前だけど、今のジャラランガの力はほしぐもをさえ凌駕する。マツリカさんの倍率はマオと同じく6割前後。これなら十分──)

 

「ジャラランガ、『ドレインパンチ』!」

 

『ジャラジャンジャン!』

 

しかし、だからといってやることは変わらない。せっかく上がった能力、当然ながら捨てるには惜しい。そもそも先ほどの『フェアリーロック』とかいうわざで逃げることも不可能だから、攻撃と同時に体力を回復するこのわざで、あわよくば全抜きを決めて──

 

「回復わざ──ですが、いいので? そのわざは、こちらの方に分がありますよ?」

 

「え?」

 

瞬間、マツリカさんのキュワワーを中心に光が走る。

 

この光景には既視感がある。つい先ほど行われたフェアリーロックと同じ、気づけば既に終わってる、理不尽なまでの先制行動。ポケモン固有の敏捷性を特性によって凌駕する、人間にはあり得ない摩訶不思議な現象。

 

『ボ、ゥォーン………』

 

「なっ………!」

 

それが収まると同時、瀕死寸前なれどみなぎるパワーに満ちていたはずのジャラランガがゆっくりとフィールドに倒れていく。なんだこれは、どうしてこうなった、何が起きたら──などと思考が頭を巡る中、マツリカさんは手品の種明かしでもするように、得意げにこう発言した。

 

「こと回復わざに限るなら、わたしのキュワワーの早さに敵うポケモンはいません。『ドレインキッス』……ふふふ、ジャラランガの力、ご馳走さまでした」

 

「──。………」

 

あからさまな『ちょうはつ』に、一瞬だけ鈍い感情が動きかけるも、結局はいい感じの反応が思いつかずにひんしとなったジャラランガをボールに戻す。

 

そして新たなボールを手に取りながら僕は、ここで上手い言葉を返せたら、僕のコミュニケーション能力も多少はマシになるのかなぁ、などと割と意味不明ことを考えるのであった。










おかしいな……何故かマオよりマツリカさんのが目立ってる……。

あとやっぱり多人数のバトルはいいですね。デュエルとかでもそうでしたが、圧倒的な力持つ人相手でも違和感なく切迫できるのがいい。欠点は長引くことですが。さて、今度はいつ終わるかな……。


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いんがおうほう すべては じぶんに はねかえる ものよ

作者は星5宝具5がいるレベルのFGO重課金者です。よってこの作品は基本的にFGOのイベントやシナリオによってかなり更新頻度が変わります。ご容赦を。まあ、こんな思いつきで癖のあり過ぎる駄文を読んでいただける読者様には申し訳ありませんが。


 

 

『──基本的に、ポケモンの力量(レベル)とは、そのポケモンとトレーナーの信頼関係によって上下する』

 

二人の人間には広すぎるバトルフィールド。アローラの頂点を決定する戦いの舞台に、決戦のイメージとはあまりにかけ離れた冷たい声が響き渡る。

 

立ち尽くす者に、へたり込む者。私は後者で、惨めな敗北者。更にその優劣は明白であり、私はただ、どうにか土俵に立てただけ。彼女と戦うレベルにまで到達し得ない未熟者。

 

『でも、信頼とは、母数が多ければそれだけ薄まるもの。当然、それは人によるとしても、六匹全てに平等に愛情を注ぐなんて普通はできない』

 

そんな私を見下しながら、彼女は静かに言葉を紡ぐ。嘲りとは違う、私への忠告でもない、まるで誰かに言い聞かせているような発言。だけど、底知れぬ絶望感に全身を支配された私には、その言葉の意味はわからないままで、溢れる涙を拭うこともできず、そのまま呆然と彼女を見つめる。

 

『ポケモンをフルに扱うということはそういうこと。これについては才能よりも、人としての性質が重要になる。あくまで自然に。当然のようにそうできる人じゃないと、ポケモンも付いてきてくれない。だから、どれだけ深くポケモンとの信頼を築き上げられる人でも、だからこそ一匹しかポケモンを扱えない、なんてこともある』

 

貴女にはきっと、それができない。他ならぬ貴女の母親のように、ある種壊れた愛情を持ち得ない。あるいは貴女の恋人のように、並々ならぬ雰囲気でポケモンを従わせることも、ククイのようにヒトとしての魅力で力を借り受けるなんてことも不可能でしょう。

 

突き放すような言葉。辛辣と表現するには込めるべき感情が不足し過ぎている何かが、『あくむ』のようにじっくりと、私の心を侵食する。

 

私の何が駄目だったのか。私はどうして負けたのか。戦術や戦略、戦法といった要素ともまた違う、私が抱える根本的な問題点が、私がポケモンたちに背負わせてしまった私の至らなさ(・・・・・・)の証明が、一切の容赦もなく精神を抉り取る。

 

『バトルに使うポケモンと、愛玩動物としてのポケモンは違う。貴女はもっと、その辺りを割り切るべきだった。

 

──万人に分け隔てなく接する。理想としてはよく聞く言葉でも、実際に行動に移せる人間はそうはいない。貴女はその例外じゃなかった。そうしてるつもりでも、そうなってはいなかった。貴女の敗因はきっとそこよ。

 

たかだか6匹。そう言うトレーナーだって沢山いた。でも、そうね。たったひとりの伴侶すら満足に愛せず、離婚という制度を確立させた人間が、ちゃんと出来ると豪語するなんて、私からするとそんなのちゃんちゃらおかしいわね。

 

まして波動が相反する相手なんて──いや、これは今話すことでもないか』

 

『わ、わたしは………』

 

何かを言おうと努力しても、言葉を出すことさえ出来ない。否定できる要素がない。反論できるはずがない。だって私は負けたのだ。何一つ為さず、何一つ彼女を脅かすことなく。赤子の手を捻るかの如き呆気なさで、無様に大地を舐めている。

 

『なら、貴女は………』

 

『…………ん?』

 

無意識に、唇が動いていた。それが私の苦し紛れの反論だったのか、あるいは別の何かだったのか、それは今の私にもわからない。ただ。たった一人。私にとってどうしても引っかかる言葉があって、我慢できずに言葉が漏れてしまったのだ。

 

『私と、彼………あの人。ヨウさんと私。何が──』

 

『──何が違うのか、かしら。なるほど? 私は確かに、それを知っている。だけど、これは私の私見、要は勝手な推測だから、あんまり役立たないと思うけど』

 

『それでも、です。おしえてください』

 

縋るように懇願する。無視される、嘘を言われる可能性については、どういうわけか考えもしなかった。彼女のあまりに遠慮ない物言いと冷徹な態度が、私如きに嘘はつかないだろうと強引に信じ込ませていたから、だろうか。

 

そして実際、彼女は躊躇も遠慮も容赦も慈悲も全く見せず、えらくざっくりとナイフを突き立てるように大胆に、私の精神に『ダメおし』する。

 

『うーん。まあ、いいかしら別に。あまり問題はなさそうだし。

 

じゃあまず一つ、ぶっちゃけ貴女に特段優れたポケモンバトルの才能は無いわ。そして貴女はそれをいまいち割り切れてない、というかヨウ君を基準に考えているわね。やめなさい。正直に言ってあの子は化け物とか怪物とかそんな例外だから、まずそれだけは認めましょう』

 

『ヨウさんを基準に──』

 

私がトレーナーという肩書きで真っ先に思い浮かべるのは彼、ヨウさんだ。いつでも私を守ってくれたあの背中。彼に憧憬を抱かなかった、目標にしなかった、彼のことを模範的なトレーナーに設定しなかったと言えば嘘になる。

 

しかしそれこそが間違いであったと彼女は言う。私では彼に倣うことさえ無理だと、不相応だと躊躇いもなく。

 

『次。戦術が拙い。実は私と貴女のオープンレベルはどっこいだけど、これだけ差が出たということはやっぱり貴女に原因がある。もっと頑張りましょう』

 

『あう……』

 

これについては反論の余地もない。もっと何か手心を、と叫びたくなるような酷評だが、事実私の拙いバトルでいたずらにポケモンさんを傷つけてしまった以上、私はこの件についての言葉を持たない。

 

だんだんと先ほどとは方向性の異なる悲しみに支配されていく心に、彼女はやはり遠慮もなくはっきりと告げる。

 

『次は、そうね。これは他の要素にも当てはまるけど、結局はこれかしら。

 

経験が浅い。そして貴女には、それを覆すだけの努力も足りない。まずはそこね。ポケモンバトルは才能が全て、とは言わないけれど、重大なファクターを占めている。愛しの彼の一年と、貴女の一年は等号で結ばれない。まずはそこを自覚して、それでも勝てるような組み合わせを貴女なりに見つけましょう。

 

まあ、一年やそこらでそのレベルなら十分だと言えるけど、並み居る優秀なトレーナーたちにようやく追いついた程度で頂点に挑むのは、やっぱり無謀だとしか表現できないわね』

 

『うぅぅ……』

 

それは私も、薄々は察していた。今の私の実力は運良く四天王に勝てるかどうかで、とてもじゃないがあの時のヨウさんには敵わない。

 

だけど、私にはそれで良かった。私の成長を、私の努力を、私の頑張りを彼に証明する。私はそのためにトレーナーとなって、彼の前に立つことだけを目標としていたのだから。

 

その夢が、たった一人の異分子の影響で、いとも容易く崩れ落ちる砂上の楼閣である自覚もないままに。

 

(…………ヨウさん)

 

『………はぁ。そんな幸せそうな顔をされちゃ、私もあまり楽しくないじゃない。とりあえず貴女は、いいから一度ヨウ君に会って来なさい。今の貴女なら彼との差も肌で感じるでしょうし、何よりそんな欲求不満じゃ勝てるものにも勝てないわよ』

 

『よ、欲求不満って、そんな──』

 

『いいから、敗者は素直に従いなさい。あと最後に、そうね。気負い過ぎよ。緊張し過ぎ、と言い換えてもいいわね。というか何その無駄に気合いの入った格好。そんなデートに行くような格好でリーグに挑むとか馬鹿なの?

 

色恋云々は否定しないし、正直勝手にしてって感じだけど、立場的に付き合わされる私は堪ったものではないわね』

 

『…………ごめんなさい』

 

微妙に生暖かい視線付きで告げられたその言葉は、明らかに先ほどまでとは声色がまるで違う、呆れを多分に含んだものだった。

 

明け透けで、強引で、良くも悪くも遠慮のない人。その時に私が抱いた印象はその程度。方向性の違いはあれど、不思議とヨウさんと同格以上に思える独特の雰囲気を纏う女性。

 

そして、この時に曲がりなりにも貴重な助言を受けた繋がりから、後にエーテル財団の名簿で彼女の名前を見た時に話を伺い、度肝を抜かれると同時に絶対に『リベンジ』をすると誓ったのは、また別の話である。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

ボールを掴んで投げようとした手が、直前になってピタリと止まる。

 

(…………待った)

 

なんとなく嫌な予感がする。直感だよりの根拠ない確信だが、こういう時の予感はだいたい当たるもの。嫌なことだけ察するありがたくもない虫の知らせ、誰にでもそういう第六感はあると思う。

 

(…………ほしぐも)

 

手に持ったボールと、マツリカさんを見比べる。飄々として楽しそうで、ゼンリョクで僕に挑むその姿。もはや当初の目的なんて忘れてて、それ故に恐ろしい気配が拭えない彼女。天真爛漫な態度なのに表情が無なのも不安を煽る。

 

(…………………)

 

マオについても、いつまでたってもドロドロとした淀みが抜けていない。当初よりも収まっているとはいえ、こうなった人はみんな肝心な時に予想し得ない行動をする。つまり、僕にはどうしようもない。

 

(違う。違う。違う。違う…………)

 

腰のボールにいくつか触れて、直感のまま選択肢を絞る。なるべく彼女の思惑を外せるポケモン。彼女のペースを乱せるポケモン。そして、マオの淀みを纏めて流せるような、そんなインパクトのあるポケモンを。

 

ほしぐもではダメだった。彼女はおそらく、その選択を予想している。ここで安易に彼女の思うまま振る舞えば、後々面倒になる布石を打たれる。具体的にはやどりぎとか。だって彼女は、あの人と同じ目をしているんだから!

 

「………よし、これだ」

 

「およ? 随分と悩みましたね。というか器用ですね。明らかに悩んでいるのに、それでもミミッキュちゃんをキチンと立ち回らせてるところとか。………それも、2体1で」

 

「多人数相手に戦う機会そのものは多かったもので。その割には、シングルと違ってあまり力量が伸びないのが悩みドコロではありますが」

 

「ダブルでもチャンピオンだったら、私達に勝ち目がないんだけど……」

 

「それは僕の管轄外だから、無理矢理でも勝たせてもらうよ、マオ」

 

主にスカル団とかエーテル財団とか。人を集めてボコるは有効な戦術なだけに、気づけばそちらの対処ばかりを学んでしまった。そもそも僕はあれこれ考えるのが苦手な分、その時間を作り出す工夫くらいは会得している。

 

多人数相手の戦いのコツは、如何に空白を生み出せるか。一人と二人。ポケモンの数は同じでも、司令塔が一つ欠けるだけでかなりの不利になる。息を合わせることだって、結局は互いに気を遣うだけだ。物理的に手が足りなくなる僕に比べると、やれることだって多いだろう。

 

それが決して簡単とは口が裂けても言えないし、だからといって、僕が負ける理由にはならないが。

 

奇策ではなく確かな意思と共に、僕は普段使うホルダーではなく、バッグにある大切な物ポケットからとあるボールを取り出して、天空高く放り投げる。

 

「…………変わったボール、だね」

 

「そう──ですね……って、あれは、まさか──!」

 

疑念と驚愕の声を背景に、僕は意識を集中させる。

 

彼らが持つ、異様なオーラ。人を破滅に魅了するどくに呑まれないよう、僕の心をしっかりと保つ。………念のため、タンバの薬も用意してある。

 

それにこれは、ある意味ではいい機会でもある。いずれ再び訪れることになる彼らの故郷──その力を、その生態を、その独特の雰囲気を、学ぶのに。

 

「じゃあ、よろしく。──ウツロイド」

 

『じぇるるるっぷ……!』

 

狡猾で、何を考えているかはわからないけど、なんだかんだで従順で、僕にまで懐くようになってしまったウツロイドに激励の言葉をかける。

 

まだまだ理想とするあの人ほどの連携はできないだろうけど──不思議と、ルザミーネさんの時に感じた嫌な感じは、今はまったく感じられなかった。

 

 

 

(まあ、問題が起こるとすれば、むしろ僕の方かな。──多分、行けると思うんだけど。………あまり呑まれ過ぎないようにしよう)

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

(………恐ろしい。いえ、凄まじい才能ですね、本当に)

 

何度も繰り返した思考を、飽きもせずに反芻する。

 

眼下で繰り広げられる非常識。問題の彼が当然のように成し遂げる偉業。にわかには信じがたい、冗談のような光景。しかし彼が幾度となく我々に見せつけていた、彼にとっての必然。

 

(………ですが)

 

彼ならば、と考えてしまうのは、私も彼に毒されてしまっているのか。我ながら随分とまあ単純な思考回路をしていると自嘲するも、一度浮かんだ考えは打ち消せない。

 

(ですが、これは、それにしても──)

 

私の至らぬ想像では、彼の実力のその多くは、彼と彼が持つポケモン達の確かな地力、信頼関係による連携で構成されているものだと考えていた。

 

しかし、今目の前で繰り広げられている光景は、他でもないその彼が、明白に捕まえたばかりだと分かるウルトラビーストを用いてアローラのキャプテン達と互角以上に戦う姿。

 

(流石にいつものメンバーにはやや劣りますが──それでも七割。驚異的な倍率です。ウルトラビースト自体の力量(レベル)もあるとはいえ、ここまで引き上げることができるとは)

 

加えて、見た限りではあるが、彼はビースト特有のオーラも使い熟しているように思える。『ビーストブースト』と彼が呼んでいるビースト固有の力。ただでさえ尖った能力を更に助長する歪な生態、特性。

 

使えば使うだけ扱い辛くなる。ネガティブなイメージだけが先行していることは否めないが、この評価は決して間違いではない。

 

(…………そして)

 

何よりも恐ろしいのは、あのポケモンが明白に、それだけの信頼を寄せるほど彼に懐いているという事実。

 

エーテル財団が筆頭として研究していたウツロイド。その生態を見るにあのポケモンは明らかに善よりのポケモンだとは言い難い。善には善、悪には悪と、良くも悪くも感情に敏感なポケモンが懐く対象とは、自ずとそちらより(・・・・・)のポケモンであるのが普通なのだ。なのに。

 

「『ギアチェンジ』、か………」

 

「──クチナシさん?」

 

「おっと、悪いな。まあ、気にすんな。独り言だ」

 

「…………」

 

飄々とそう言い放つクチナシさんだが、このタイミングで呟いたその言葉に無視を決め込むのは流石に無理がある。

 

おそらく、彼が呟いた言葉こそ、私の抱いた疑問への回答。彼があのポケモンを十二分に扱えることへの答え。そして、私が未だたどり着いていない、トレーナーとしての到達点の一つである。

 

無駄と察しつつも諦めきれず、私に出来うる限りの粘着質な視線を携え、しばらくクチナシさんを見つめるもやはり糠に釘、暖簾に腕押しといった有様。やがて小さくため息を吐き、せめて何かヒントだけでも、と視線を彼へと戻そうとしたその時、私のそんな様子を見かねたハンサムさんが、慌てたようにこう告げた。

 

「………『ギアチェンジ』は、ポケモンのわざに倣って名付けられた技法の一つだ。

 

扱うポケモンに合わせ、思考の性質を切り替える。フェアリーなら善。あくなら悪と、そのポケモンごとに好みの性質が存在する。トレーナー以前に生き物としてどうあっても付き纏う摂理。それでもなお、相反する属性のポケモン達を過不足なく扱おうと考えたトレーナーが生み出した技術。

 

言うだけなら簡単だが、これが非常に難しい。そも同じポケモンでも趣味嗜好は異なり、また共に過ごしたポケモンの影響でその性質は刻一刻と変化する。

 

一定以上の力を持つトレーナーに統一タイプの使い手が多いのは、そうでなくては立ち行かない、戦う土俵にすら上がれないからという説もある。私のトレーナーとしての腕は未熟も未熟で、私はそれを実感したことはないが………」

 

「俺やあっちの二人、特にマツリカの姉ちゃんは顕著な例だな。随分と前に、俺は迷子になったピンプクを拾ったことがあったんだが、これがまあ見事に懐かない懐かない。

 

それでも放っとくわけにはいかねぇからと四苦八苦してりゃあ、今度は俺のポケモンが不機嫌になると来た」

 

あれは参ったぜ──とほんの少しだけ険しくなった表情を浮かべて、それでも声色には変化なく、飄々とした態度は崩さずクチナシさんは言う。

 

如何にも「どうでもいい」といった雰囲気を醸し出しているが、そんなはずはないだろう。なにせ自分の実力に直結する話だ。それに、本当にどうでもいいのなら、私の追及に惚けたりはしない。

 

「でも、私は──」

 

「………慣れ、だろうな。彼ほどのレベルは厳しくても、ブリーダーの中には十匹単位で様々な性質のポケモンを扱える者がいると聞く。

 

または、そうだな──私がシンオウ地方を訪ねた際、その片隅に多種多様なレンタルポケモン達を扱う『バトルファクトリー』と呼ばれる施設があった。ブリーダーに限らずとも、そういった経験があるか無しかの有無はやはり大きい。

 

──っと、あちらもゼンリョクか。互いに攻めあぐねていたようだが、これで戦況が動くか」

 

「──バトル、ファクトリー………?」

 

 

その、単語は。

 

その施設の名前は、確かに、私が、どこかで──

 

 

「っ………!」

 

 

瞬間、頭をハンマーで殴られたような凄まじい激痛が走る。

 

どこかで聞いたことのある症状とピタリ一致するその痛みに、思わず脳の異常を疑うも、流石にそういうわけではなさそうだ。

 

なら、これは──否、原因は明らかだ。そこから目を逸らしているようだと、何の解決にもならない。

 

(──バトルファクトリー)

 

今はとにかく、後で詳しく調べる必要がある。なにせ記憶喪失のこの私が心当たりが無いのに琴線に触れたような言葉だ。まず間違いなく、私という存在に関わるヒントになる。

 

最も、単純にかつての私が、そのバトル施設とやらに入り浸っていただけ、という可能性も否定はできないけれど──

 

「あれだけやってようやく倒れたか。まあ、流石のあんちゃんでも、本来はくさタイプ主体の嬢ちゃん相手にみずタイプ複合じゃ厳しいか。それでもかなり粘ってたが」

 

「………あのポケモンは、いわ・どくタイプ複合です。確かに見た目はドククラゲに似てはいますが、全くの別物かと」

 

「…………………そんなトコまで予測できねぇんだな、あのバケモンどもは」

 

(倒された……あのポケモンが?)

 

タイミングが良かったのか悪かったのか。どうやら私が彼らから視線を逸らさずにはいられなかった僅かな間に、大きく戦況が動いたらしい。それを私が見られなかったことを嘆くか、そのおかげで私の異変を悟られなかったことに安堵すればいいのか、その判断は非常に難しいが、いずれにしろ惜しいことには変わりない。

 

私がまだ気づいていない何か。彼が当然のように、私が無意識に為していた何かを、この目で改めて確認できたかもしれないのに。

 

話題の彼が、ボールにウツロイドを収めながら何らかの指示を出す。命令の先にいるのは、最初からひっそりとサポート役をこなしていたゴーストポケモン、ミミッキュ。

 

「…………?」

 

そのポケモンが一瞬だけ光り輝いたかと思えば、フィールドや各ポケモンにはなんの影響も見られずに、彼は何事も無かったかのように、新たなポケモンをバトルフィールドに現界させた。

 

(…………あれは、一体?)

 

当然、内心だけで紡がれた私の疑問に、答える声など今度こそ本当に存在しなかった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

フィールドの両端から迫り来る攻撃を躱す。『はなふぶき』に『マジカルシャイン』。どちらも広範囲へ広がる高い命中精度を誇るわざだが、それ故に迎撃の手段は少なくない。

 

それでも、ミミッキュ以外ならかなり厳しかったが、結果が良ければ全て良し、である。

 

(………残り2体。攻撃に隙がないキュワワーが厄介だったけど、相性差でどうにか乗り切れた。厳しく見えて、戦況はこっちが圧倒、かな。負担も許容範囲内。どうやら彼女達の連携もそこまでではないみたいだし、このままならなんとかなるだろう)

 

初手の攻防こそ目まぐるしかったが、終わってみれば何ということはない。そもそも総合力では明らかにこちらが上なのだ。奇策で戦略を誤魔化しさえすれば、ただでさえ覆しづらい地力の差がモロに響いてくる。

 

(それでも、油断はできないけどね………もしも片方が、特にマオの位置にあの人がいたら、今頃どうなっていたのやら)

 

まず間違いなく、切り札の出し惜しみなんて出来なかっただろう。戦力差だって、残りのポケモンの数がそのまま入れ替わっていてもおかしくない。

 

僕が知るあの人の最大の欠点・弱点とはその最大才能倍率(オープンレベル)の低さだ。それを多少なりとも補える、あるいは彼女がサポート乃至火力担当へ忠実に徹すると考えるとそれだけで寒気がする。

 

(うっ、心的外傷(トラウマ)が──僕、本当に良く勝てたよな)

 

普通に考えれば、あの色々と桁外れのウルトラビーストを除いたら、逆に負ける方がおかしいレベル差だったわけだけど、さて。

 

「うーわー、すっごいですねぇ、チャンピオン。参考までに、さっきは何をしたか聞いても?」

 

「…………あれは『みがわり』です」

 

「えっ、嘘っ!? いつの間にっ!?」

 

「割と最初から……具体的には、最初のゼンリョクわざの時にどさくさで生み出して、それからは壊れる度にタイミングよく交換してた。じゃないと流石に、あんな耐久力はミミッキュには無いよ」

 

「た、確かに……でも、ヨウのことだから、てっきり小細工抜きにしてあれだけ硬いのかと……」

 

「でーもー、それを今バラしたってことは、そっちのミミッキュはもう既に『みがわり』になってるか、またはもっと面倒な状態だってことですよね?」

 

「………さてね」

 

──鋭い。何一つ確証なんてないはずなのに、笑顔のまま言い当てられた。

 

何気無く言ってる辺り、本当に怖い。僕はこう見えて……というか、どう見てもポーカーフェイスは超一流なんだけど。マツリカさんは何を判断してそう言えるのだろうか。わからない。

 

飄々と語る彼女とは真逆に、何を返していいかわからない僕は答えを誤魔化して、今度こそホルダーに嵌め込まれたボールを一つ手に取り、中から一匹のポケモンを呼び覚ます。

 

現れたのは、我が最強の相棒、ガオガエン。あくタイプだからフェアリーに弱い……と思いきや、ほのお複合であるからしてくさにもフェアリーにも優位に立つことができる。

 

何より、僕はこの相棒のことを信頼している。この僕が、リーリエが信じる最強のトレーナーのパートナーたるポケモンが、まさかこんな場面で負けるはずがない。自惚れと言えばそれまでだが、僕はそう確信しているのだ。

 

「そのガオガエン、見るの久しぶりだけど、相変わらず凄い迫力だね……」

 

「ほほぅ、これが噂の。今のうちに軽く『スケッチ』を、いや、それどころじゃないかな」

 

「…………まあ、公式戦じゃありませんし、その間互いに何もしないと確約してくれるなら、僕は多少は構いませんが。マオもいますし、流石に今は後にしましょう」

 

「ですね。では早速、いきますよー。プクリン……そうですね、『きあいだま』、いきましょうか」

 

「アマージョ、『とびひざげり』!」

 

改めて気合いを入れ直すと同時に、明らかにガオガエンを狙った一撃が一斉に迫る。

 

これがほしぐもやミミッキュ、ラランテス辺りなら回避を推奨するのだが、僕のガオガエンはそういう小細工にとことん向いていない。

 

たかだか『ねごと』をさせるだけでもあれだけ難窮したのだ。ミミッキュやウツロイドのようにセコセコ動き回る指示を出せば、機嫌を曲げて言うことを聞かなくなるだろう。

 

(…………よし)

 

思考をカチリと切り替える。イメージするのは当然リーリエ。彼女がルザミーネさんを熱く厳しく叱りつけるあの姿。

 

滾る情熱と激情に身を任せ、その全霊を以て外敵を打ち破る。我が最強のポケモンが得意とする、強靭にして絶対の一撃。

 

「ガオガエン、『フレアドライブ』!」

 

『ウゥ──ォォォオォォォオオオオオ!!!』

 

若干ながら出遅れた指示と、気が逸っていたガオガエンの行動が上手く噛み合い、その最強のわざが彼女たちのポケモンへと解き放たれる。

 

豪炎、衝撃、闘気がそれぞれ入り混じり、想像を絶するような爆発力を生み出す。『ひのこ』混じりの土煙が晴れた頃に現れたのは、全身傷だらけでも『ゆうかん』に吠え猛るガオガエンと、ボロボロになって倒れ臥すアマージョ。予想通りの光景だが、当然まだまだ油断はできない。何故なら──

 

「うわー………危ない危ない。念には念を入れておいてよかったよ。

 

──じゃあ、ごめんね? プクリン、今のうちに『だましうち』しちゃいましょう」

 

「──させませんよ。ミミッキュ、もう少し前に進んで(・・・・・・・)

 

「…………へ?」

 

やはりと言うか何と言うか。ちゃっかりガオガエンを闇討ちしようとしていたプクリンに割り込むよう、庇う(・・)ようにミミッキュを移動させる。

 

『だましうち』。敵の虚をつく形、対象が無防備であればあるほど、威力が爆発的に増大するというジャイアントキリングにはもってこいのわざは、当然、何をしたわけでもなくただ対象が変化しただけでミミッキュへとそのままの威力を以て襲い掛かり、これまでのダメージもあってミミッキュは一気に『ひんし』状態へと陥る。

 

しかし。

 

「………え? あれ。あれあれれ?」

 

まるで引き摺られるように、ミミッキュと同様に倒れ臥すプクリン。無論、種も仕掛けもある小細工による現象だが、これにてチェックメイトだ。

 

現状、最も不確定要素だったのはマツリカさんが出し惜しみしていたゼンリョクわざの存在。たった一つで駆け引きにも逆転の布石にも活用できる鬼札。そのためのミミッキュだったわけだけど……まあ、この展開も、想定していた範囲内ではある。

 

「まさか、『みちづれ』? あんなに使いづらいわざを……」

 

「『だましうち』なんかよりはよほど楽だけどね。それより、僕の勝ちってことでいいのかな」

 

「そうだね! 流石はヨウ! 私なんて、手も足も出なかったよ!………あれ、何で戦うことになったんだっけ」

 

「マオちゃん……」

 

僕の勝利宣言と、それに対するマオの回答に、呆れ顔のマツリカさんの言葉が妙に響く。

 

それはどうしてか、フィールドにいる屍鬼累々の面子の中盛大に咆哮するガオガエンの声にも負けないくらい、虚しくこの場を支配するのだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

バリバリ、という擬音がはっきり聞こえる自分の耳に声を失う。

 

ただ無差別に『ほうでん』しているだけの状態。それだけで激しく周囲に『かみなり』を落とし続けているような怪物に、目が飛び出るような衝撃を受ける。

 

滞留する『せいでんき』が、動き回る度にチカチカと周囲を照らす。金属も何もないような深い森の中でこれだけの電力量。もしもこのポケモンが街中に、エーテルパラダイスのような金属製の施設に迷い込んでいたらを考えると寒気がする。

 

「もう少しかな……?」

 

『デンショック!!』

 

ピリピリと帯電する植物を鬱陶しそうに掻き分けながら、それでも割と余裕そうにボールを何度も当てながらヨウはそのポケモンへと近づいていく。割と突っ込みどころ満載の光景であるが、彼曰く、これが彼の日常の捕獲風景であるそうな。

 

(……なんだろう、これ──)

 

こんなにも近くにいるヨウの姿が、どうしようもなく遠くに見える。

 

それはそう、それこそあのウルトラビーストと呼ばれている怪物たちのように、世界の壁を越えて現れたような、そんな別の次元に。

 

(見つけたら、あとはそう手間はかからない──そうは言ってたけど……)

 

確かに彼は、その旨を伝えていた。当然のごとくはっきりと、彼なりの根拠を基にして断言した。

 

そうは見えないのは自分だけ。彼は、ヨウは、このアローラの頂点に立つトレーナーは、私の常識の範疇にはいない。わかっていたはずだった。わかっていたつもりだった。

 

『ああ、彼女は僕の知人です。今回はシェードジャングル攻略に伴う協力者として──』

 

その言葉がショックで、私は彼に反論した。だが、違う。彼はいつもどこまでも素直で、優しくて、残酷で、だからこそ強かった。私がただ知らなかっただけだ。ただ歩み寄っていなかっただけ。ただ私が、彼の足跡の大きさに見惚れて、近くにいた気になっていただけで、彼は既に、私なんかを気にする領域の遥か先を歩んでいた。

 

(悔しいな──)

 

その単語が脳裏に浮かんだのと同時、件の彼がポケモンの捕獲に成功する。時間にしてたった数分の神業。しかしそれも、彼にとってはもはやそれが当たり前だったのだ。

 

(──追いつきたい)

 

自然と、そう思った。いつしか一足飛びに無視された私を、どうにかして見返してやりたいと強く思った。だけど、そのためにはどうすればいいのか、私には何もわからない。思いつかない。想像さえもできない。

 

彼について、私が知る限りを頭の中に連ねていく。名前はヨウ。カントー出身のポケモントレーナーで、旅立ちからたった一年でチャンピオンにまで上り詰めた誰もが認める天才児。

 

ライチさんも、カキも、スイレンも。マツリカさんやクチナシさん、他のキャプテンだって。一度でも彼と戦えば、それで納得したような表情を浮かべた。

 

かく言う私もその一人だ。彼ならきっと、私達の誰よりも遠く、世界一のトレーナーになるだろうと信じて。それで実際に、彼は誰もが認めるチャンピオンとして君臨した。

 

強靭にして最強無敵。かつ無敗の──

 

(…………無敗?)

 

我が事ながら思考の一つに引っ掛かりを感じて、その単語を抜き出して改めて思考する。

 

無敗。彼を賞賛するつもりで連ねた言葉だが、そうではない。彼は誰もが認めるトレーナーだが、完全に無敗だったかと言うと否だ。

 

そう、このアローラでたった一人。アーカラ最大の問題児にして異端児、かつ最強のトレーナーであるメガやすの彼女(・・・・・・・)が、よりによって致命的な場面で突然、件の彼を討ち果たしたではないか。

 

かつて事件の全容を知りたいと、野次馬根性丸出しでライチさんに話を聞きに行った思い出が蘇る。あの時は、いや、今までも彼女については、はっきり言うと敬遠していたんだけど……。

 

(この人に勝つ……それは一体、どうやって──)

 

興味が湧いた。それも、物凄く。

 

チャンピオンを降りた後のその人の行方を私は知らない。それ以前に、私とその人は赤の他人以下、直接会話を交わしたことさえない。だけど、確かな繋がりはある。この島のしまクイーンであるライチさん。その人の友人だという彼女に話を聞けば、あるいは──

 

「──いずれ、必ず」

 

小さく呟いたその言葉は、誰にも届くことはなく虚空へと消えていく。

 

そんな私を、彼は当然ながら意に介すこともなく、地に落ちたモンスターボールを拾い上げながら、ここではない、どこか遠くへと想いを馳せるのだった。












冷静に考えるとプレイヤーって化け物ですよねって話。これでもかなり制限してるけど、それでもやっぱり主人公だからなんか足りない気もするなぁ。


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トレーナー と トレーナー の めが あうって ことは……

繋ぎの回。久しぶりのオリシュさん視点。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつものようにゆっくりと目を覚ます。私は普段、夢を見ることはない。どうしてかは不明だが、いつも就寝と起床との間に全くタイムラグを実感できないでいる。

 

体感的に言えば、自室のベッドに倒れ込んだ次の瞬間には朝の日差しを瞼越しに感じるような。見事なまでに一欠片の夢も立ち入る隙を与えない、一種の昏睡にも似た睡眠。そんなある意味では病気なのかと心配になる起床から、私の一日は始まる。

 

「………流石に、きついわね」

 

溜息と共に呟く。前述した通り、私の寝付き(?)はかなり良い方だ。だが、しかし、それでも人間であるからには体調の揺れはどうしても起こる物。だから珍しく爆睡してしまったのも無理はないか、などと壁に掛けられた時計が指し示す時間を確認しながら、私はゆっくりと身体を布団から起こし、いそいそと寝間着から服を新たに着替えていく。

 

「やっと最終日……でも、みんなはこれを普段からやってるのよね。体力には自信があっても、これはそういうのじゃないだろうし、ならやっばり私にこの仕事は向いてないのかしらね」

 

人目がないとはいえ、堂々と愚痴るなんて前世合わせても滅多にないことだ。だが、無理もない。何と言ってもポケモンセンターにおける受付の仕事とは、私にとって恐ろしく長大で恐ろしく濃密な、まさしく激務と呼ぶに相応しい前世の労働法に痰を吐きかけているような業務なのだから。

 

(いわゆる病院を一人で切り盛りとかやっぱり無茶よね、ええ。それでも私は、まだマシな方かしら。ここは人口密度が低い土地だし。近くにバトル施設はあるけど、あっちに専用の回復機材があるしね)

 

なんでも、場所によってはロクに睡眠時間すら取れないようなポケモンセンターもあるらしいと聞いている。しかも恐ろしいことに、この業界は交代要員など存在しない。どんな職場であろうとも、である。常に一人、いつでもポケモンセンターの象徴であれ、が彼女達のモットーらしい。思想や理想としては立派だが、いくらなんでも男前過ぎやしないだろうか。

 

そもそも、どうして私達はみんな同じ顔なのか。まずそこからして謎である。私の父親は絵に描いたようなごく普通のやまおとこであるが、まさか彼の遺伝子が異常を来しているわけでもないだろう。同じ境遇の人なんてそれこそ掃いて捨てるほどいるし。やっぱり謎多き一族である。きっと考えない方がいいんだろう。

 

(でも。ゲームだと常に同じ人だものね。それが現実になればこうもなるか)

 

だけどまさか、流石にリアルで全員があのコピペ顔だとは思わなかったけど。

 

「…………」

 

無言で受付へと繋がる扉を開ける。一月単位の泊まり込みで連勤とか、もはや宿直とかそういう次元を超えた職場への癒着っぷりだが、今更そんなの気にしてなどいられない。あと一日。どうにか無難にこなすことができれば私の職務は終了だ。それ以降は間違っても受付の内側には入らないよう懸命に過ごしていきたいと思う。

 

すると、誰もいないはずの早朝のポケモンセンター内部にて、何故か誰かと目が合った。まだ微妙に頭が働いていない瞳で見覚えのある人影をなんとなく把握し、私が『誰?』と思う前に、件の彼が堂々と告げる。

 

「久しぶりだね、カノコ」

 

「…………ククイ?」

 

海パン姿の上に白衣を羽織るという相変わらず奇異な格好。間違いなく彼だ。でも、どうしてここに。しかもこんな早朝に。また浮気を疑われてもいいのか。仮に今から用件を話してハイ終わりで帰るとなると、下手したら朝帰りだと思われるぞ既婚者。

 

「いや、分かってはいたんだけどその服装だと本当に君がそうなんだって実感するよ。特にボクは今まで、君のそんな姿を見たことがなかったからね」

 

「こんな時間に何かと思えば、もしかして世間話の類かしら。他に用事があるのか誰にも聞かれたくない話なのかは知らないけど、どうして外で大人しく待ってる、なんてイワンコでも出来ることが出来ないのかしらね」

 

「…………ああ、なんか懐かしいな。その態度も、憎まれ口も」

 

「そうね。貴方と最後に会ったのは2年と少し、リーグ設立前のことだったかしら。………そうだ、実は私はあの頃から伝説のポケモンを従える少年がチャンピオンになることを予期していた、なんて言ったら貴方は信じる?」

 

「それが君なりの冗談か否かはさておき、そんなことを聞いてくるってことはよほど余裕がないのかい? 正直、君がポケモンセンターの受付を大人しくやっているとヨウから聞いた時は耳を疑ったけど、君自身に何かがあったわけじゃないようでなによりだ」

 

「何もないように見える? だったらまずは貴方の両眼を抉る必要があるわね」

 

それはやめてくれ、などとヘラヘラ笑いながら話しかける彼の姿に溜息が出る。

 

先に言ったように、彼と会うのは本当に久しぶりのことだが、彼もまた何一つとして昔と変わりがない。リーグ設立による心境の変化や、かの主人公君と関わったことによる精神面の変化は予想していたのだが、その辺りを引っくるめても昔と同じ、理想に燃える子どものままだ。

 

まるで自分まで若返ったような感覚と、それについて不快感を抱いていない自分に多少の困惑を抱きつつも、いつまでも付き合うわけにはいかないと話を進める。

 

「それで、何? 貴方も知ってるでしょうけど、ウチの仕事は本当に面倒なの。明日からなら多少は時間も作れるから、用が無いなら明日出直しなさい」

 

「そうしたら君はまたしばらく行方知れずになるんだろう? だから今のうちに、居場所がはっきりしてるうちに君と話がしたかったんだよ」

 

「…………その身軽さ、本当に相変わらずね。いきなりご自慢の大きなお子様が何人も出来たから少しは落ち着くと思っていたのだけど。前も言ったと思うけど、即断即決は妻帯者に褒められた行動じゃないわよ」

 

「反省はしてるさ。だからこうして──っと、いい加減本題に入らないと、またはぐらかされちゃうな。

 

と言っても、大したことじゃないさ。さっき君が言っていた、ボクの自慢の息子のことだけどね」

 

「──『どういう風の吹きまわしだ?』、とでも言いたいのかしら」

 

「分かってるなら話が早い。君からそう言ったってことは自覚もあるんだろう? それで、どうなのかな」

 

「デリカシーを学んでから出直しなさい。──とはいえ、大したことじゃないわね。ただ……」

 

「ん?」

 

「………なんでもない」

 

努めて冷静に見えるように口を噤む。いくら疲労が重なっていたとはいえ、何をあっさりと妙なことを口走ろうとしているのだ、私は。

 

ただ、あの才能に溢れながらも満たされず懸命に私に挑むその姿が、どこかアイツに被るから、どうにも放って置けなかった、だなんて。

 

「それで、それだけ? それなら、わざわざ私なんかに釘を刺す前に、もっとやることがあるんじゃないの?」

 

「それは百も承知だけど、彼についてはあまり心配はしてないさ。なにせ彼は旅に出てたったの一年余りでアローラのポケモン図鑑を完成させた男だからね」

 

「…………そうなの?」

 

割と素で驚いた。彼の話から、彼がかなり優れた捕獲技術を持つことは予想していたのだが、まさかゲームにおいてさえ難関の図鑑埋めまで片手間に突破していたとは。いやまあポケモンは全国図鑑完成までが一番面倒臭いからそこまでと言えばそうだけど、それでもあの年齢でアローラ図鑑完成は色々と凄い。

 

正直、ヨウ君については既に私よりよっぽど異次元の怪物扱いしていたが、それでもまだ認識が甘かったのかもしれない。もしかしたら彼はゲーム内で可能なことは全てとりあえず当然のように一人で成し遂げられるのではないだろうか。

 

「ああ、ボクの最高の息子さ!」

 

「…………」

 

その言葉に、微妙な気持ちになって押し黙る。彼がふざけて、あるいは私の軽口に乗ってワザと彼を息子呼ばわりしているのはわかる。しかし、自業自得とはいえそのネタで他でもないヨウ君のことをククイと親子親子と揶揄っていた立場からするとなんとも居心地が悪い。

 

巡り巡って、とはこのことか。少しというかかなり意味は違うと思うが、彼が言ってたように一方的に被害を受けるのはヨウ君のお母さんなので、今後はこのネタは控えるとしよう。

 

そんな私の微妙な後悔を他所に、ククイはまるで我が事のように彼の話を続ける。

 

「今までにも何人ものトレーナーを送ったけど、彼はまさに別格さ。彼自身の才能もそうだけど、何より環境に、機縁に恵まれた。

 

ボクの理想をそのまま体現した、というのが妄言じゃないくらい、ボクらが築いたポケモンリーグを含めて、誰より充実した島巡りを成した、と言っていい」

 

「…………」

 

「波乱万丈の旅路だったのは否定できないけど、やっぱり若い頃の苦労ってのは買ってでもするもんさ。ボクがこれを言えるってことは、ボクも何だかんだと歳を取ったってことなんだろうね。

 

けど、嘘偽りはカプに誓ってない。彼の苦悩も葛藤も、アローラの闇に触れてしまった事実を含めてなお、彼は──」

 

「…………ねぇ」

 

「──ん?」

 

話を強引に遮って、想いに耽るククイを見据える。

 

既に目は覚め、意識は冴え渡っている。故に、これから告げる言葉は疲労からなる世迷言ではなく、確かに私が感じたことだ。

 

「………島巡りなんかして、何になるのかしらね」

 

「え?」

 

突然なのもそうだが、何より私がこんなことを言い出すこと自体が驚きだったのだろう。一種の陶酔に浸っていたククイの表情が、まるでマメパトがタネマシンガンを受けたようにまっさらに染まる。

 

その反応も予想できていたのに、どうしてか上手く言葉に出せなくて、それでも引くわけにはいかないと気力を振り絞りつつ続けた。

 

「ちょっと長い話になるけど、聞いてくれる?」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

気付いた時、私は暗闇の中に居た。

 

全身を覆うように取り囲むのは、一片の光も差し込まない暗黒。ひたすらに暗く、冷たい、深海の如き静寂の世界に、私は独りで揺蕩っている。

 

時間の感覚など最初から意識の内には存在せず、一体どれほどの時をそうして過ごしているのかも、判然としない。

 

私はこのまま、誰の声も耳に届かず、誰の姿も瞳に映らない暗闇に深く沈み、このまま溶け消えていく事こそが相応しい末路なのだと、根拠もなく信じきっていた。

 

だってそうだろう。だって私は、もう終わったのだ。もはやその理由や経緯については思い出せないけど、既に私が手遅れな段階に落ちた事実は誰よりも理解している。尤も、誰よりも何も、この暗闇の中、他の存在がいるのかは不明だったが。

 

だから、目を覚ました(・・・・・・)時は本当に驚いたものだ。たった一つのきっかけで何もかもが台無しとなった人生に、実は続きがあったことを否応無しに告げられた時は。

 

『──島巡りに、何の価値があるのでしょう』

 

誰かの言葉。その言葉に対し、無い、と切り捨てたことに嘘偽りは何もない。

 

私にとっての人生とは、脆く儚く無価値に崩れ去る砂の城だ。どれだけ懸命に生きてきても、どれほど社会に合わせていても、どんな関係を築いていても、死という波から逃れることはできない。

 

故に、島巡りに、人生に価値はない。私はそう告げた。葛藤も順応も無意味だと、己が欲望を満たす為に生きた方がよほど有意義だと断じた。

 

──あの暗闇では、私が遺した軌跡なんて、何一つとして思い出すことができなかった。私はどういうわけかその次があったが、彼がそうである保証はない。否、断言できる。私が異常な例なだけであって、普通は死ねばそれで全てが終わるのだ。

 

異様な脱力感と虚無感。何もかもが抜け落ちていく感覚。自分らしさがじわじわと削られるような恐怖。それを忘れさせるほど溢れ返る膨大な後悔。

 

ずっと抑圧されて生きてきた。社会通念上か僅かにでも残された良心からかただ単純に報復が怖かったからなのか、はっきりした記憶は薄れている。

 

否。正確には覚えてる。ただその実感が薄いだけだ。脳まで更新したのだからある意味では当然で、摩訶不思議な現象によりかつての記憶を現在の脳に転写したところで、それは良く出来た他人の映画を観ることと変わりはない。

 

でも、そこには教訓足り得る意思があった。魅入られるような心地を覚えた。あたかも昏い海底から見上げた遥かな海面に踊る陽光のように。その存在のなんと眩しく、なんと遠い事か。形を曖昧なままに燻るそれは、確かに私の根幹を揺らした。根本的には小市民だったはずの私が、この私は絶対にこうならないと決意するだけの力が、後悔が文字通り魂にまで刻まれたのだ。

 

後に託す、などというのは幻想だ。他人がそうすることを私は否定しない。だけど私は私らしく生きる。私がしたいこと、かつての誰かがしたかったことを成し遂げる。私がこの記憶と共に生まれたのは、そんな私の無念が実ったからだ。

 

この私がどちら(・・・)の私であるのか。そんな哲学に関心はない。思うところはあるが、それだけだ。それこそもう終わったのだ、それは。

 

未練はあった。憧憬もあった。だけどそれらは不都合と切り捨てた。かつての私から受け継いだ無念が、私に模範的な行動(・・・・・・)を取ることを躊躇わせた。

 

そう、私はそうした。そうしたはずだった。はず、だったのに──

 

『………面倒くせぇモンを全部ブッ壊して歩んできたつもりだったが、こんなところにもまだ、オレなんかには壊せねぇモンが残っていたんだな』

 

その言葉に、その声色に、何よりその柔らかい表情に驚愕した。デフォルトされた無声のゲームでは分からない生きている反応に揺さぶられた。

 

もちろん、私だって散々好き勝手生きてきた身だ。これまでにもゲーム通りにいかなくて困惑したこともあったし、私の自己満足を妙に好意的な解釈されたことも、また逆にその傍若無人な行動から恨みを買ったことも一度や二度じゃ済まない。

 

でも、ただ私らしく、それを純粋に嬉しがられるなんてことは初めてで──暗闇の中で刮げ落ちたはずの暖かさが、今の私が切り捨てた良心が、どうしようもなく何かを疼かせた。

 

分からない。他人の意思に触れて人格を形成したこの私は、自己の精神を把握するすべに乏しい。元々彼については考えれば考えるほどわからないことだらけだったが、今回のそれは別格だ。

 

どうすればいいか分からない。いつか誰かに語った愚図なトレーナーと同じ思考。タイミングの問題もあっただろう。曲がりなりにも託された使命を私は成し遂げた。だから少しは、という気持ちはあった。

 

とにかく、私なりに理由があったのは間違いない。血迷っていようとお試しだろうとなんだろうと、確かに私がそうしたのだ。

 

別に誰かを不幸にしたいわけじゃない。私だって人間だ。こんな私にも大切なものはあって、それを守るためなら多少の骨を折るだろう。だけどそれが誰かのためか、かと問われると自信がない。だってそれらは全てまとめて、私が私のモノのために、自分が愉しく過ごすためなのに。

 

「………彼に負けて、こうしてガラにもなく自分を見つめ直して、わからなくなったの。私はもっとこう、何かをするべきだったんじゃないかって」

 

生まれ変わり云々を除き、私が掻い摘んで語ったその半生に、ククイは神妙な表情になって押し黙る。

 

初めて見た表情だが、これがなかなか様になってる。なんだかんだ揶揄っていても、彼は既に立派な大人だ。加えて未来ある少年少女を見送る立場にあると来ている。となれば当然苦悩もするし、彼なりに彼ら彼女らが抱いた悩みなども解決してきたのだろう。

 

「難しいね……というより、ちょっと意外だったな。まさか君が、そんな悩みを抱えていたなんて。その様子だと君はかなり長いこと悩んでいたみたいだけど、ほら、君は隠すのが上手いから」

 

「そうね。私も正直、何を言ってるんだろうって気持ちはあるわ。でも、相談するなら貴方しかいない。そう思った。きっと誰よりもこの島を愛して、そしてそれをより良いものにせんと努力してる貴方に。

 

ねぇ、島巡りに何の意味があるの? どんな価値があったの?

 

──私が無駄だと切り捨てたそれは、そんなに大切なものだったの?」

 

「ボクもはっきりと言えるわけじゃない。それを前提に、あくまで参考にだ」

 

煮え切らない態度に対し、役に立たないなら必要ないと返答する。すると彼は困ったように苦笑して、それでも笑顔でこう告げた。

 

「巡礼が悪習と呼ばれる所以はボクも知っている。

 

だってそうだろう? いくら言葉を着飾ってもこれはキャプテンという狭い枠を競い合う競争だ。キャプテンを、しまキングを、しまクイーンを目指せ──大人達は挙ってそう言うけれど、その風習こそが社会における弱者を生み出した。スカル団そのものを擁護するつもりは勿論ないけど、ボクはああいう集団が生まれたことに疑問を抱かなかったよ」

 

「そうでしょうね。例えばハラさんがたくさんの弟子を未だに抱えているのは、つまりはそういうことでしょう?

 

巡礼なんて、最終的にはカプの気まぐれや私のような異分子、あるいは単に本人の才能や事故の有無によって結果が変わる。この世界は意外と残酷にできていて、何処かの虫取り少年と違って救われる機会もないままに生涯を終える人は珍しくもない」

 

だからこそ彼は、この島にリーグを設置しようとした。その中には当然彼個人の目的もあるだろう。だが、それだけでは決してなかったはずだ。理想のトレーナーを見出すだけなら、こんな悪習に縛られている島に拘る理由はない。

 

しまキングを目指す──カプの庇護下にいることが前提の彼らは、端的に言えば志が低いのだ。もっと高い目標を、人が持ち得る限りの無限の可能性を目指して欲しい。彼が願ったのは、そういうことなのだろう。

 

「カプに選ばれる基準と、トレーナーとしての才能は直結しない。才能がそのまま実力として讃えられる世界で、その差はあまりに不条理にも感じる。

 

この島には、そのことを理解してない人が多すぎる。不合理な選出基準を、表に出る才能を一緒くたにして考えてる。そして下手にその才能が素晴らしいものであるほど、期待外れ(・・・・)の烙印を押される」

 

だけどそれでも、私にとってはどうでもよかった。私がずっと抱えていた欲望と、しまキングの称号は一致しない。

 

それで良かったはずだった。それを私は良しとした。そのことに苦痛を感じたことはないし、まして後悔なんて──

 

「それと同じさ。要するにカノコは、君がやりたいことと君にとって喜ばしいことが相反して困ってるんだろう?

 

みんなを跪かせたい。でもそれはそれとして感謝されるのも悪くはない。だけどそれは最初の信念に反する。転ばした相手を手当てして、それに何の意味があるんだと。

 

君はそれを矛盾と言ったけど、ボクは正直、そうは思わない。だってそれは、どっちも君がしたいことでいいじゃないか」

 

「…………どういうこと?」

 

「難しく考える必要はないさ。君が愉悦のために切り捨てたモノの中に、君が密かに憧れていたものがあった。そして君はそのことに気づいた。それでいいじゃないか。

 

もちろん、それがなんなのかはボクにはわからないし、それは君がこれから思い悩み苦しんで見出すものなんだろうけど、その変化はきっと、君にとって何よりも大切なものになるはずさ」

 

「────」

 

ストン、と心の内側に入り込む言葉。理屈ではなく本能がそれで納得したかのような不思議な感覚。

 

間違いない。私は今、彼に完膚なきまでに説き伏せられた。自分から話したことなのに、そのことに対してまず最初に浮かぶ感想が「なんか悔しい」であるあたり、私も随分と捻くれた性格をしているものだと自嘲する。

 

「………とりあえず礼は言っておくわ。不本意だけど、非常に有意義な会話であったと認めましょう。

 

話を逸らして悪かったわね。それで、本当にヨウ君の事を聞きに来ただけ? それくらいなら別に、勤務時間帯に来ても問題なかったんじゃないの?」

 

時間が割と押し迫っているのは本当だが、話題を逸らす意味も込めて改めて話を聞き直す。疑問があったのも確かだ。奔放なのにちゃっかり良識はあるククイが、そんな世間話のために他の誰にも聞かれない舞台を用意するのか、と。

 

「本当にそれが本題だったんだけどね。でもまあ、他に話もあったのは確かさ。

 

──君に会いたい、そう言ってる人がいる。心当たりはあるかい?」

 

「グズマ、マーレイン、ザオボーさん、ビッケさん、ルザミーネさん、グラジオくん、リーリエちゃん、あとは……」

 

「オーケー、分かった。君が色々やっていたのはボクも知ってるし、勿体ぶった言い方は止めるよ。

 

つい昨日のことだけど、リーリエが物凄い剣幕で研究所を訪ねてきてね。父親がどうこうと言ってたけど、そっちに心当たりは?」

 

「あるわね。モーン博士関連なら、研究成果の一部を『よこどり』した件かしら。

 

でも、アレはあくまで正当な報酬で、私に非はなかったはずだけど」

 

尤も、モーン博士と成果を山分け、という形にしていたから、モーン博士が失踪してからは実質私が技術を独占しているのと同義なのだが。

 

(そういえば最近、実家の方を訪ねて来たわね。けど、今になって……?)

 

ルザミーネさんがウルトラビーストに携わるより少し前、裏から善意の協力者を騙ってモーン博士に色々と吹き込んだのは確かだ。万が一の保険とパッチの改造のために持ち掛けた依頼が、今更になって自分に跳ね返ってくるとは。

 

(いや、むしろもう(・・)と言った方が適切かしら。ウツロイドの毒に後遺症があるのかは知らないけど、仮におよそ考えられる最善の結果が出たとしたら)

 

怨まれるだろう。憎まれるだろう。それだけのことを、この私はやっていた。迂闊にウルトラホールなんかに手を出したから、ウツロイドに毒されたから、だから自業自得だと主張する者がいたとしても、これ幸いと私が彼らを利用したことには変わりない。

 

「本当は無理矢理にでもエーテルパラダイスに連れて行きたかったそうだけど、なんでも君はあの島への渡航権が剥奪されてるそうじゃないか」

 

「さらっと拉致する選択肢があるあたり、あの財団も黒く染まったモノね。正直モーン博士がいた頃からだいぶ雲行きが怪しかったけど。まあ、出禁を受けてて良かったなんて言うつもりはないけれど、今後も関わり合いのないように──」

 

「…………今日、ここに来るみたいだから、覚悟しておいてくれ」

 

「そこは貴方で押し留めなさいよ。何を申し訳なさそうにしてるのよ。まさかとは思うけど、保護者同伴だったりしないわよね?」

 

「…………話を変えるようで申し訳ないけれど、カノコはトリプルバトルって知ってるかい?」

 

「ああ、そう、グラジオくんもいるのね。……あの3人と勝負ね。流石に付き合っていられないわ」

 

廃人施設特化な私は、ハウスにあったトリプルバトルもできなくはないが、ポケモンを率いる才能がアローラに合わせた4匹である以上、あのレベルが3人となると協会規定のルールでは勝ち目が薄い。何より面倒臭い。

 

(加えて、あのポケモンを持ってるリーリエちゃんが多少なりとも成長したと考えると……ここはちょっと、話題の彼を利用して逃げましょうか)

 

受付の片隅にある小物入れからとある機械を取り出し、ポチポチとボタンを押して操作する。私の突然の行動に、ククイは驚いたような声を上げた。

 

「どうしたんだい、カノコ。いきなりポケナビなんて取り出して」

 

「静かに。………あ、もしもしカマロリ? 前回のシフトの分、急で悪いんだけど……え? あ、そうそう、ロイヤルアベニューの。いや、ごめんってば。あとで一週間分を……十日? それはちょっと──ああいえ、やっぱりそれでいいわ。うん。じゃあお願いね。…………さて、と」

 

「………参考までに、何の話をしていたか聞いてもいいかな?」

 

「いやね。せっかく貴方が私に頼られることの嬉びってやつを自覚させてくれたじゃない?

 

だから今日は、この私が、存分に貴方の息子さんの『てだすけ』をしようと思ってね」

 

「…………嫌な予感しかしないんだけど」

 

先の悔しさを多分に含ませ、にっこりと笑顔で皮肉たっぷりにそう告げる。

 

どれだけ悩んでも悔いても揺らいでも、根本的には何一つとして変わらない自分に、私はどうしてか奇妙な安心感を抱くのだった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「それで、わざわざ島を跨いでこんなところまで来たわけだけど」

 

ウラウラ島にあるポータウン。かつてスカル団が居城として占有していた町であり、元スカル団員を始めとした沢山の人達が今も日夜復旧作業に勤しみ、いつでも金槌の音が絶えない建築の町。

 

かつてはカプの怒りから豪雨が常に降り注いでいたここも、終わってしまえばなんてことはない。そも怒りとは消費すれば薄まるもの。スカル団がいつからこの町を占有していたのかは知らないが、今のメガやすが健在であることから、それが一過性のものであったことはわかる。

 

晴れた視界が映し出すのは、私が『物騒だけど危険ではない』と評したウルトラビースト、カミツルギ。熨斗と折り紙を組み合わせた式神のような姿を持つポケモンで、薄く鋭く研ぎ澄まされた鋭利な身体は、正に全身が刃物。中でも腕の先の切れ味はずば抜けており、巨大な鉄塔も一刀のもとにバッサリ斬り捨てるほどであると言う。

 

「どんな攻撃もひらりと躱し、返す一閃で外敵を両断する。自ら攻撃を仕掛けることはないはずだけど、何をきっかけに『カウンター』するかは流石に分からない。だから優先度が低いウルトラビーストの中では、率先して捕まえるべき存在──そのはずだけど」

 

視線の先、その対面に映る少年。モンスターボールよりも小さくてウツロイドよりもすばしっこいカミツルギに対して事も無げにボールをぶつけながら徐々に近づいていく姿。

 

確か彼は、ボールを牽制に使う、だのと言っていた。でもあれを見ると何もかもが馬鹿らしくなるというか、あれを牽制と言い張る根性がもはや人間離れしていると思う。捕獲については特に拘りも何もないが、仮に私の野望が図鑑完成だった場合、この光景だけで心が折れてもおかしくない。それほどまでに衝撃的な内容だった。

 

「あの子にはまあ、大した障害ではなかったようね。ねぇ、貴女もそう思うでしょう?」

 

「……そうですね。彼の捕獲技術は群を抜いています。国際警察の捕獲専門家はおろか、全トレーナーの中でさえ頂点を争うでしょう」

 

区画閉鎖の片手間に軽口を叩く。大した敵もその量も無し、このくらいは互いに容易い。彼女を見るとかつてのトラウマが蘇るのが玉に瑕だが、だからこそ彼女の実力は期待できる。

 

加えて、彼女のみならず、ゲームではいなかったマオちゃんやザオボーさん、一時的な情報提供者であったはずのマツリカちゃん。ポータウン近辺の交番に勤務しているからこそ支障なく助力できるクチナシさんまで出張っているのだ。格好つけて出てきたはいいが、これは本格的に私の出る幕ではなかったのかもしれない。

 

「ところで、今更申し訳ないのですが、貴女は一体……?」

 

「ん? ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は見ての通りポケモンセンターに勤めるしがないトレーナーの一人よ。今回は一身上の都合で職場を抜けてあの子に助力しに来たの。かのフロンティアブレーンの一人にこうして会えるとは光栄だわ」

 

「──、…………あの。今、何と?」

 

「まあまあ気にしない気にしない。あ、サイン貰ってもいいかしら」

 

戸惑う彼女を軽く流し、やや強引に色紙を押し付ける。この世界はどうやらルビサファの延長線上にあるようで、エメラルドにあったバトルフロンティアが存在していないことは確認済みだ。おそらくそれは彼女の存在に矛盾を出さないようにするため、というゲーム的な都合なんだろうけど、だからこそこの機を逃せば貴重なフロンティアブレーンのサインを入手する手段がなくなってしまう。

 

そうこうしている間にヨウ君の捕獲が本当にあっさりと終わったので、その流れに託けて手早くサインを色紙に書かせる。かなり訝しげ、というか普通に何事かと疑っていたが、どうせ彼女とは今後出会う機会もないだろうし問題はない、はずだ。

 

「それじゃあ私は、ちょっとあの子に挨拶したら帰るわ。だけど貴女達はこれからが本番なのでしょう? そこまでは流石に付き合ってもいられないし、また機会があればその時はよろしく」

 

「あ──ちょっと、待っ………!」

 

呼び止める声がしたが、聞こえないふりをして踵を返す。わかってる。いくらあの建物から解放されたとはいえ、気が抜けすぎていた。ついうっかり口を滑らせてしまったことも、己が欲望を優先させすぎたことも理解している。

 

でも、だからこそこの場はなんとしても逃げ切らせてもらう。ほとぼりが冷めるまで間を置けば、文字通りどこにでもいる私の顔の区別なんかできなくなるだろう。後は適当にシラを切ればいい。幸い、私はその手の技術に精通している。かつてモーン博士と共に開発した、あのポケモンを使えば、確実に──

 

「待──って、ください………!」

 

「──え?」

 

瞬間、凄まじい身体能力で正面まで肉薄してきた彼女に、思いがけない力でボールを握った腕を掴まれる。

 

そんな馬鹿な。私の身体能力はお世辞にも高い方ではないが、それでもこの世界におけるレベル50、上位のトレーナークラスの実力は持っている。そも、私だって野生のポケモンから無傷で逃げ切る技術はトレーナーの一人として会得している。それがこうもあっさりと──

 

「………何かしら」

 

「あの──え、と。す、既に、任務は完了、しました。ので、ですからここからは、その、一人のトレーナーとして、ええと」

 

「…………」

 

嫌な予感がする。揺るぎない鉄の意志と鋼の強さが私を貫く。かつての私に匹敵する意思が、これだけは退けない(・・・・・・・・・)、私をここで逃すわけにはいかないという、強靭な意志が私を襲う。

 

そして、その推察に偽りはなく──彼女は、その紫に輝く瞳で私を射抜きながら、その困惑をそのままに、腰に収めたボールに手を伸ばし、それでも確かな強さを備えた口調でこう告げた。

 

「私達は、トレーナーです。ですので──いざ、尋常に。よろしくお願いします」

 






もっとサンムーンの小説増えろ。リーリエがヒロインのやつがもっと増えろ。むしろいい感じの長編でリーリエヒロインの小説を見たことがないんだがどうすればいいんだ。こんなんじゃ、満足できねぇぜ……。

そんなわけで自分で書いて満足するしかないじゃないか、ってノリで書き始めた本作ですが、ぶっちゃけ満足できてないので誰かリーリエヒロインの小説を書いてくださいお願いします。あとモチベに直結するので感想も募集してます。

ちなみに、作者が一番好きな二次創作のリーリエはロックマンの同人誌を描いたりしてる人のリーリエです。


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それぐらい けいさんずみ ですとも !

朝、気づいたらミドキャスが増えてた。おかしいな、ワルキューレが加入する予定だったんだけど。やったぜ。


自分のことを不幸だと思ったことはあまりない。

 

より正確には、その自覚が薄いと言うべきだろうか。私の持つ価値観のまま私の境遇を客観視すると、私は不幸な部類に入る人間なんだと確かに思う。けれど私は、それでも自分がそうであるとは今ひとつ実感できずにいる。

 

だってそうだろう。私には記憶が、幸福の物差しとなるべき基準が存在しないのだ。不幸幸福など言ってしまえば個々人の価値観、相対的なものであり、幸福であった記憶を持たないのなら、不幸であるとも認識できない。

 

そもそも、私は比較的恵まれていた方だ。それがたとえ不幸中の幸いと呼ばれるものであったとしても、私は私が国際警察に所属した経緯を不幸と表現するつもりも、そうしたいとも思わない。

 

クチナシさんから提示された選択肢の中には、私が今後一切ウルトラビーストに関与することのない、いわゆる穏やかな人生を歩むためのものがあったはずだ。しかし私はその道を拒んだ。私と同じ境遇の人に少しでも貢献するため、無理を言ってまでこの場所に留まった。そのことに対する後悔は無く、無理を通してくれたクチナシさん、ハンサムさんには感謝の念しか覚えていない。

 

「ですが、それでも思うところがないわけではないんです。手の届く位置に手掛かりがあるなら、伸ばしてしまうのが人というもの」

 

「なるほど、それで私を。でも、それは見当違いというものよ。さっきのアレは私の勘違いで、貴女を貴女とよく似た人に見間違えただけだもの」

 

「それでも、です……!」

 

「………というか、それって嘘ですよね。前にリラさんのことを知ってるって言ってたじゃないですか」

 

「それは記憶違いよヨウ君。流石のチャンピオンも連日の捕獲で疲れが見えているみたいね。貴方は明日以降に備えて早めに休むように」

 

「リラさんの情報をウルトラボール10個分で購入します」

 

「お願いやめて。揺らぎそうになるからやめて。ちょっと後悔しそうになる取引はやめて。………ほらそこ、懐からウルトラボールを取り出そうとしない。それは必需品なんでしょう? いくら順調に捕獲が進んでるからってこんなところで無駄に消費するのはやめなさい。そっちも」

 

万が一にと忍ばせていたボールへと無意識のうちに伸ばしていた手を強めの口調で制される。

 

だが、しかし。思いがけない彼からの援護だったが、今のやりとりで改めて確信した。彼女はまず間違いなく私のことを知っていて、私の記憶の手掛かりとなる何かを持っている。元より知らないはずなのに聞き覚えのある肩書きで私のことを指し示した時点で疑ってなどいなかったが、これで一層やる気が増した。

 

彼女はここに来てまだ口を噤むつもりのようだけど、私の意思をその全霊と共に伝えれば考えを改めてくれるかもしれない。いや、一度の勝負で何かを得られるなどと高望みはしない。ようやく見つけた手掛かりだ。これから何十何百回と挑むうちに、いずれ彼女が気まぐれにそのことを話す可能性があるならそれで十分である。

 

「では、僭越ながら僕が審判を」

 

「いや、貴方は本当にいい加減休みなさい。リーリエちゃんに怒られるわよ?」

 

「………ハンサムさん、お願いしても?」

 

「う、うむ。わかった、ならば私が引き受けよう。それで、ルールは協会規定のものでいいのか?」

 

「そうね。変にルールを捻る必要もないでしょう。あとはまあ、あんまりダレるのもあれだし、使用ポケモンは3匹くらいでいいかしら」

 

「ええ、それで構いません。よろしくお願いします」

 

言い切ると同時、バトルフィールドとなった草むらに向かってボールを放り投げる。

 

中から現れたのは、私が先鋒として好んで使用するポケモン、フーディン。ヒトよりも遥か高みに到達するその知能からあらゆる戦況に対して臨機応変な対応を可能とし、何よりその強力なサイコパワーから相手に行動すら許さない。そんな頼れる相棒だ。

 

「…………さて、やりましょうか」

 

やがて観念したように深々とため息を吐いた彼女が、腰に下げたホルダーから一つのモンスターボールを取り出す。掲げたのはスーパーボール。店売りの少し高めモンスターボールで、そう珍しくもない一般的なもの。

 

そして現れたポケモンもまたなんの変哲もない普遍的なポケモン、ヤトウモリ。ヴェラ火山付近に多数生息しているのだったか。ウツロイドを捕獲する際に何匹も公園から退けたからよく覚えている。

 

だけど。

 

(フラット(平均値)…………つまり、ジムリーダークラス)

 

彼女のことを侮っていたつもりはない。あの非常識なチャンピオンが戦力として期待していたほどの人物だ。少なく見積もっても彼に惨敗した私よりも上、クチナシさんと同格乃至はそれ以上の実力を持つものだと思っていた。

 

しかし、実際に現れたポケモンのレベルは見たところ5割がせいぜいと言ったところ。無論、オープンレベルがそのままトレーナーの実力に繋がるわけではないのだが、非常に大きなファクターとなるのも事実。特に私が直前に勝負した実力者、ヨウさんのポケモンが桁外れの地力を秘めていたのもあるだろう。なまじ異様な弱さだったりと実力者という評価に反しない程度の絶妙な強さを感じただけに、どこか拍子抜けしたのは否定しない。

 

その一瞬の気の緩みが命取りだったのか。こうして振り返っている時点で全ては後の祭り、既にどうしようもないわけだが、その行為に意味がないわけではない。

 

物事において、復習というのは非常に重要な要素だ。ヒトは一日間を置くとその日覚えたことの70%以上を忘却してしまうと聞く。覚えたことを記憶として定着させるには、何事もおさらいすることが大切なのだ。

 

そして私の場合、加えて身体や思考、反応の癖に注意する必要がある。私はかつての事故で記憶を失ってはいるものの、全てがまっしろになったわけではない。身につけていた着衣やモンスターボールといった物品のみならず、かつて私が築き上げた経験も忘却しているだけで私の中に眠っている。

 

さあ、思い出せ。早く、早く。今、この私が無意識のうちに何をしたのか、何を成したのかその全てを脳に刻み付けろ。さもないと、私は──

 

「まずはお見事、とでも言っておきましょう。流石の私も、この展開は予想外だったわ」

 

「っ──」

 

毒に侵された互いのポケモン(・・・・・・・・)を見据え、まるで驚いているようには見えない抑揚ない声色のまま彼女は告げる。

 

完全に惚けていた。よほど相手の虚を突くのが上手いのか、今となってもなお私はいつ彼女が行動していたのか思い出すことができない。そして、そんな彼女の『ふいうち』に私が対応できたのは、偏に私の身体がそういうことの対処に慣れていたからこそ。

 

(でも、だからこそ、彼女は私を知っている……?)

 

当てずっぽうだが、可能性として悪くない。サインを強請られたということは、少なくとも彼女は私にそれだけの価値を見出したということ。ただ人違いだの、国際警察のエリートだからだのといった理由よりかはよほど信憑性がある。

 

無論、考えても答えは出るわけがない。何故なら全ての答えを知る彼女は見るからに、私の内心の疑問など何処吹く風と言った風態の人物なのだから。

 

(フロンティアブレーン…………バトルファクトリー…………バトルフロンティア…………)

 

喉元で引っかかるような感覚がどうにももどかしい。とはいえ止まるわけにもいかない。元より答えは我が内に。本来ならば、教えを請う時点で間違っているのだから。

 

(そう、全てはこの勝負にかかっている。私を知っている彼女との戦いが、私に何らかの影響を及ぼすはず)

 

──咄嗟に反応することができた。その事実は、確かに私の心の導火線に火を付けた。それを絶やさぬように努力するのが私の役目、否、願望だ。我儘に付き合わせてしまった彼女のためにも、私はゼンリョクで事を成そう。それこそが、今の私にできる精一杯の贖罪だ。

 

「フーディン!」

 

悲鳴に近い咆哮と共に、キーストーンへと力を込める。穴だらけの私の身体に、唯一残されていた取り柄。そして、空っぽの矜持。

 

朧げに浮かぶ、天に聳え立つ鉄の塔。私がかつて失って、もう取り戻せないもの。記憶と共に無くしてしまった、私の一番大切なもの。いつか私のポケモンが見せた泣きそうな表情に報いるためにも、私はここで、私の全てを出し切って見せる!

 

(──いざ、尋常に!)

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超絶今更な話だが、私はいわゆる転生者というアレである。

 

どうしてこうなったのかは知らない。浄土宗と浄土真宗の違いすら碌に知らない似非仏教徒ではあれど、輪廻転生の概念が死生観の根幹として染み付いた日本人であったのが理由だろうか。とにかく私は死後に別の存在として生まれ変わり、こうして世界を隔ててまで無様を晒している。

 

「フーディン、『サイコキネシス』!」

 

「ギュウカク、『ヘドロウェーブ』!」

 

強力すぎて視認できる思念波を、毒の質量攻撃によって迎撃する。

 

わざやタイプの相性は悪くても、わざの威力そのものに変動はない。当たらなければどうということはない、という言葉もあるが、わざの余波によって体力を削られている現状では、その言葉も頼りないものだ。

 

(………三色パンチじゃないのね。まあ、フーディンはメガ進化したら確か筋力を失うみたいだし、物理わざは考慮する必要もないでしょう)

 

つらつらと今後の試合運びを見据えて思考する。

 

前世、と言っていいのかもわからないが、かつてのことはよく覚えている。否、刻み込まれている、というべきなのだろうか。表現そのものに拘りはないが、その事実は我ながら非常に興味深く感じている。だってそうだろう。記憶していないことを覚えている、なんて摩訶不思議な不条理が、確かな現実としてこの身に起こり得たのだから。

 

(しかも、ただ生まれ変わったわけじゃなくて、異世界、それもゲームの世界にだなんて)

 

そういう表現は良くないと理解してはいるが、もはや説明が不要なほど分かり易いのは否定しない。いくら好きだったゲームといえど、特に望んでいたわけでも何でもないのに。

 

(いけないいけない。次を考えないと)

 

戦況は明確にこちらの不利。相性的な問題もそうだが、何よりギュウカクの取り柄たる火力と敏捷ともに敗北していることが大きすぎる。相手が遠距離わざしか使わない……使えないのを前提に上手いこと誤魔化してはいるものの、このままではジリ貧だ。

 

(しかし、まさか『なりきり』で『ふしょく』をコピーするとかね。そんなの思いついてもやらないわよ。そりゃあ常識的に考えて、あくまで成り切っただけなら元の個性が失われるはずもない(・・・・・・・・・・・・・・)と分かっていても)

 

ただでさえメガシンカしたら特性が『シンクロ』から『トレース』になるのに、範囲外だとしてもそんなわざにリソースを割く余裕があるのは凄い。とはいえ私も人の事は言えないし、そもそもフーディンなんてサイキネさえあれば普通に戦えるから、メイン一本で他を補助にしてもあくタイプ以外には大して困らないのだが。

 

(でもまあ、強いトレーナーっていうのはそういうものなのかしら?)

 

私は特定の状況を前提としたわざを好まない。アクジキングに覚えさせた『ぶんまわす』や『でんじふゆう』のように、それが如何にゲームの時には考えられない選択だったとしても、私なりの経験に基づいて狭い枠を割いている。

 

範囲内のわざ、適用わざ、常用のわざ、必殺わざに得意わざ、あるいは単にわざとだけ、各々が好き勝手に呼び表すそれは、間違いなくゲームのそれより奥深く、難しい。当然、それを補うための小手先の技術や、系統ごとにわざを分類するちょっとした小細工、私がギュウカクにやってるような切り替えなど、抜け道らしきものはいくつかある。

 

だが、しかし。その手の技法はあくまで可能性を広げるだけであって、実際に対応できるのかはそのトレーナーの腕に重く深く残酷に『のしかかる』のだ。

 

(…………仕掛けてみましょうか)

 

まずはお試し。小手調べ、というより彼女の意地の悪さから測るとしよう。初見のヨウ君はそれはもう面白いくらい踊ってくれたのだけど、さて。

 

「次、なるべく接近して『だいもんじ(いちゃもん)』!」

 

『ニュー!』

 

「フーディン、もう一度『サイコキネシス』! ………、…………?

 

──っ、『みがわり』!」

 

「遅い。ギュウカク、『りゅうのはどう(イカサマ)』。そこからなら届くでしょう?」

 

対処が僅かに遅れ、フーディンが戸惑って行動するまでのほんの一瞬。範囲外なれどフーディン相手には致命打となりうる一撃が無防備な身体を襲う──その直前。

 

ちょっと尋常じゃない速度で、明らかに慣れ親しんだ動き(・・・・・・・・)によって差し出された身代わりが、その一撃の重さを示すように爆散する。

 

(…………間に合った? そんな馬鹿な──)

 

「なら次。そのまま『はかいこうせん(ベノムトラップ)』」

 

「無視して、『じゅうりょく』!」

 

(──っ、まずい)

 

彼女の迷い無き指示に合わせるように意識を切り替えて、次の段階に備えてタイミングを見計らう。

 

何に対してかはともかく、間違いなく何かを狙われている。ダメージ覚悟で動きを止めたのは、次のわざを万全の状態で放つため。そして、私の小細工によって予定通りとはならなかったものの、ダメージを前提として、つまりは体勢を崩されても問題なく放てる使い勝手のいいわざとなると、おそらく『でんげきは』あたりが──

 

「──フーディン、『めざめるパワー』!」

 

「ああ、そっち。──仕方がないわね、『なげつける』!」

 

座禅を組んだ状態のフーディンを中心に、全方位にへと放たれるエネルギー弾。地に沿うように奔るそれは、重力によって捉われたギュウカクでは避けることさえ叶わない。

 

『でんげきは』ならタイプ相性やわざの威力、ベノムトラップの影響でギリ行けなくもなかったが、放たれたわざを見た感じ到底私のヤトウモリでは耐えきれないと判断し、最終手段の爆弾(・・)を放り投げる。

 

その道具は、単に『いんせき』と呼ばれており──ホウエン地方でマグマ団が使用したそれとほぼ同一の、ありとあらゆるエネルギーを無尽蔵に取り込み活性化させるという、間違ってもポケモンのわざに接触させるべきではない、即席にして強力無比な最終兵器である。

 

「なっ──!?」

 

大地に轍を遺すほどの衝撃波を一切の抵抗なく突き抜け、浴びたエネルギーによって更なる破壊力を秘めたいんせきが、フーディンへ衝突と同時に爆砕。しかしそれも一瞬、その際に生じたエネルギーさえも飲み込み、ズシャ、とおよそ投擲したとは思えない静かな音、まるで手のひらからそのまま零れ落ちたかの如く不自然にゆらりと大地に突き刺さる。

 

そんな、ちょっと卑怯……いや、普通に卑劣かつ無慈悲にして摩訶不思議な不条理の犠牲者となったフーディンは、最初に打ち込んだ毒やメガシンカ時に失われた筋力、要するに耐久性の無さが決め手となり、威厳溢れるその姿を地に晒す。

 

ヤトウモリのなんとも言えないチンピラ感も相俟って、傍目から見たら聖人に石を投げつけたようなアレすぎる光景だが、勝ちは勝ち。変にこだわって敗北するよりかはだいぶマシだ。

 

(そもそも、それを見越していんせきなんか持たせたわけだし……。勿論、使わないに越した事はなかったけど)

 

だが、これではっきりした。彼女のトレーナーとしての傾向はヨウ君と真逆、私に近い、“ポケモンではなくトレーナーを見るタイプ”。故に搦め手に強く、理不尽に弱い。多分ヨウ君と戦ったらボロ負けするんじゃないだろうか。

 

(ところどころがちぐはぐなのは記憶の損失の所為か、かつては経験していないわざだからかしらね。状態異常に対してあれだけ対処が早いのも、その怖さが身に染みているから。………流石ね)

 

やりづらい反面、ヨウ君対策で身に付けたカードを消費すればどうにかなる確信がある。当然、そんなことを続ければ戦う度に勝率が激減していくけど、どうせこの先関わる理由もない、この場限りのバトルだ。出し惜しみして負ける方が最悪極まる。

 

「むぅ、すまないが、ボス。審判としてフーディンを戦闘不能と判断させてもらう。もちろん、何か異論があるなら公平に聞くが……」

 

「…はい。ありがとうございます、フーディン。

 

──お願いします、カビゴン!」

 

その声と共に、彼女の姿が見えなくなる。消えたわけではない。彼女が新たに呼び出したポケモン、前方に現れた障害物の勇姿によって、彼女の身体が完全に隠れてしまったのだ。

 

黒と白を基調とした、細目と頭にちょこんと乗っている尖った耳が個人的なチャームポイントの愛嬌ある巨体のポケモン、カビゴン。初代から存在する代表的なポケモンで、ポケモンをやったことない人でも知ってるポケモンとして10位以内には名前が挙がるんじゃないだろうか。いや別に何の根拠もないけど。

 

(『どくどく』対策と、今の一撃を見ての耐久調整。流石に分が悪いかしら)

 

『あついしぼう』でも『めんえき』であっても、その生態から『ねむる』を範囲外でも万全に使えるカビゴン相手にヤトウモリでは厳しすぎる。

 

『じゅうりょく』の影響で動きが鈍っているのもある。積まれるにせよ攻撃されるにせよ、このままでは無駄にギュウカクを苦しめるだけだ。写されたどくもあるし、それならいっそ──

 

「ええと、審判。私もいいかしら?」

 

「──む? 構わないが、いいのか? わざ以外による途中交代は……」

 

「戦闘不能と同義、でしょう? まあ、公式戦なら無理をするけど、大して問題ないでしょうし、別に構わないわ」

 

「──聞き捨てなりませんね。それではまるで、『無理をしないでも勝てる』と言ってるようではありませんか」

 

「だから、そう言ってるのよ。貴女ごときにこの子が骨を折る価値はないわ。少なくとも、私にとってはね」

 

状況を利用しての露骨な『ちょうはつ』。これで彼女の気が逸ってゲームのように攻撃わざしか出さなくなれば万々歳なのだが、正直言って効いてはいてもそこまでの効果は期待できない。

 

それでも私の想像以上に彼女のプライドを刺激したのか、一気に険しい顔となった彼女は私を『にらみつける』。ああ、まったく心臓に悪い。どいつもこいつも強すぎて笑えない。楽しくもない、ただ辛くて苦しいだけだ。

 

でも、悪くはない。そも勝負とはそういうもの。勝負は過程、私が求めるのはその結果だ。終わりよければ全て良し。最後に私が気分良く相手を打ち負かすことができれば、それで全てが報われるのだから。

 

「出番よ、ニトリ」

 

『繧医≧繧?¥縺』

 

その無機質な返答を、私の耳が認識することはない。「了解」か「任せろ」か、はたまた「ふざけるな」なのか、単に電子音として処理されるのみだ。

 

ああ、最後にこの子を出したのはあの時のチャンピオン防衛戦だったか。なら、もっと口汚く罵倒されてるか、あるいは──

 

「──まあいいわ。つべこべ言ってないで、ゼンリョクで蹴散らすわよ」

 

『莉サ縺帙m縲√#荳サ莠コ』

 

意外と『ゆうかん』で『あばれることがすき』なこの子は、敵を殲滅するのを今か今かと待ちわびているのかもしれない。

 

胸元にぶら下げたネックレスではなく、腰にあるボールホルダーに取り付けられているアクセサリーを、否、キーストーン(・・・・・・)を取り外し、対戦相手である彼女が先ほどやったように自身のポケモンへと突きつけて、構える。

 

「…………え?」

 

いち早く状況を察知したのであろう彼女からの困惑した声。それはそうだ。道理を覆してこんなことをやってる私自身、こんな出鱈目が罷り通ってる事実に困惑することはある。

 

だがしかし、やってることはそう難しいことではない。回線も繋げず行使するのが理解不能なだけであって、やること自体はパソコンのアップデートとほぼ同じだ。ただし、かつて私がモーン博士とウルトラホールの探索をするため(・・・・・・・・・・・・・・・)に改造した、完全なる違法パッチではあるのだが。

 

「ああ、そうそう。ヨウ君?」

 

「…………え? 僕ですか? はい、なんでしょう?」

 

「唐突で悪いけど、あの時、チャンピオン防衛戦で、ヨウ君はこう思わなかったかしら?

 

そう、『このポリ公、随分と柔らかいなぁ』って」

 

「すみません、ちょっと何を言ってるのかわからないです」

 

「私の知ってるポリゴン2なら、あれくらいは耐えられたはずなのよ。はねるによる火力増強やレベル差があっても、134の100に3段階とレベルを1.5倍では鉢巻ガブのげきりん急所とそんなに変わらないし、ギリギリだろうけど、落ちることはなかったはずよ。リフレクターもあったわけだし、まず耐えられたでしょう」

 

「あの、もう既に言ってる意味が……」

 

「まあまあ。で、何故かって言うと、理由がこれ。ヨウ君には以前、見せたことがあったよね?」

 

「──メガストーン。それも、ポリゴン2の、ですか……?」

 

その言葉はヨウ君ではなく、対面していた彼女から聞こえた。メガシンカの存在を知っていて、自身がそれを主力としている分、より困惑が大きいのだろう。

 

そして、彼女の懸念の通り。戦闘中に使うとなるとこの手のメガストーンのみならず、持たせているあやしいパッチに特性であるダウンロードと、貴重な枠をいくつか消費こそしてしまうが、それだけの手間暇をかける価値が確かにある。

 

敏捷特化のヤトウモリ、耐久特化のレジロック、妨害特化のワタッコと、全体の水準を高く器用に仕上げたアクジキング。

 

ならば、ニトリの役割とは一体何か。それはきっと、すぐにでもわかる。

 

『繝偵Ε繝?ワ繝シ縲√d縺」縺ヲ繧?k縺懶シ、!、!、!』

 

「よし、完了。じゃあニトリ、カビゴンが動くまで『わるだくみ』で」

 

「ほ、本当に進化をして──ではなくて、カビゴン! 『ギガインパクト』!」

 

『カッビ、ッ──!』

 

やがてメガシンカ(笑)を済ませたニトリがいつ見てもぶっ飛んだデザインのその勇姿を震わせて自らの火力を更に高めていく。

 

あまりのことに唖然としていた彼女だが、腐っても廃人施設の象徴たるタワータイクーン。これを見過ごしては不利になることを瞬時に悟り、持ち得る限りの火力を以て対抗する──が。

 

「ニトリ、『はかいこうせん』!」

 

『谿コ縺 縲 谿コ縺呻 、 !!』

 

指示と共に、その名の通り全てを破壊し尽くす、ポケモンに携わる者なら誰もが知る最強のわざが放たれる。

 

──ポリゴンZ。役割は火力特化。努力値はAC極振りにして、範囲内のわざは『はかいこうせん』と『ギガインパクト』の2つ。他は幅広く補助わざを触り程度に一通り修めているものの、それらは全て確実にわざを当てるための布石に過ぎない。

 

つまりはまあ、何が言いたいのかと言うと。ニトリは、わざが当たりさえすれば耐えられるポケモンなど存在しない、文字通りの一発屋である、ということだ。

 

「か、カビゴン、戦闘不能………」

 

「そ、そんな──」

 

何一つ行動を起こせず大地に倒れ臥すカビゴンの姿に既視感を覚えながらも、私は努めて冷静に次のポケモンを警戒する。

 

しかし、その既視感より得られたあの時不発に終わった布石と、その時に感じた無念をどこか記憶の奥深くで思い出し、なんとなく不安を拭えなくなる私なのだった。




区切りはいいけど短いかな? と思ったけど他の小説見て冷静に考えたら9300字もあれば十分だって気づいた。というわけで投稿。

ミドキャスさん流行れ。ミドキャスはいいぞ。NP効率化け物だぞ。今なら無料だぞ。スキルマ割とキッツイけど。でもマーリン孔明スカディの壁に阻まれて誰もサポートには出してくれぬのじゃ……。


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アローラの かぜが ふけば なにが おきるか わからねぇ

ひっそりと更新していくスタイル。


「……ああ、くそったれ」

 

額に滲む汗を袖口で拭う。不思議なことに、違和感は覚えない。口では悪態こそ吐いているものの、それは己への戒めとしての意味が強く、かつてのように周囲へ当たり散らしているわけではない。

 

だが同時に、快いとも表現できない。当たり前だ。今になってお行儀良く鍛錬に臨むなど、それ自体がこそばゆくて気色悪い。はっきり言って不愉快極まる。ガラでもないと自覚している。

 

でも、それでも足を止めることができないのはどういうことなのか。その答えは俺自身、あの頃からずっと、何もはっきりしないままだ。

 

(…………ああ、くそったれ)

 

今度は口に出すことはせずに、内心だけで悪態を吐く。わかりきっていたことだが、何一つとして不快感が拭えない。だがそれを悪くないなどと感じる自分が確かにいて、結局は結論を出すこともできず、無駄な感情がもやもやと燻るだけだ。

 

「うむ、精が出るな、グズマよ」

 

「…………おっさん」

 

そうこうしてると、いつの間にやら側に来ていたハラのおっさんが恰幅の良い身体を揺らしながら声をかけてくる。

 

その表情は、どういうわけか満面の笑顔。このおっさんが笑顔を普段から貼り付けてるのは今に始まったことではないが、ここ最近は殊更に酷く感じる。

 

全く、一体何が面白いというのか。前途洋々なガキどもでもなく、謹厳実直な若者でもない。人生の大半を棒に振って、自分からキャプテンになれる可能性を切り捨てた挙句、こんなところで腐っている俺なんかを見て、何が楽しいのか。わからないことばかりだ。

 

「………何か用かよ」

 

「もう一度、師匠と呼んではくれぬのですかな?」

 

「……またその話か。ねぇよ、くだらねぇ。俺がそんなことを言うようなタマかよ」

 

ハラさんの口から出た戯言を、キツ目の口調でばっさりと切り捨てる。

 

だいたい、今更どのツラ下げてそんなことができるというのか。確かに俺は、このおっさんの世話になっていた時期もあったが、年月で言えばそれほどではないはずなのに、もはや遠い過去のように思える。

 

『…………貴女は、島巡りに価値はないと?』

 

ぼんやりと、昔のことを思い出す。誰と交わしたのかも忘れてしまった、朧げな記憶。

 

あの頃の俺は、自分で言うのも恥ずかしいほど『良い子』として振舞っていたように思う。お優しい両親に煽てられ、立派なお師匠様には期待され、同年代では負け無しだった栄光の記憶。

 

そんな俺が、これから先にいくつも立ち塞がる高く険しい無窮の壁をまだまだ知らず、当たり散らすことさえしないでただ不満を振りまいていたころの、ちょっとしたやりとり。

 

「これ、グズマよ。人と話す時は、きちんと相手の方を見るべきですぞ」

 

「………」

 

随分と久しぶりに受けた気がする、叱咤のようでまるでなっちゃいない甘い言葉。スカル団に入りたてのしたっぱの方が、よほど口汚く人を窘められると確信するほどのどうしようもなさ。懐かしい記憶。

 

そのお叱り(・・・)に連動するように、脳の奥深く、散り散りとなっていたはずの記憶が、色あせたままでパズルのように組み上がっていく。

 

誰との会話か、どのような会話か、何のために行われたものか。確かに脳裏に刻んだはずの記憶は、いつしか俺が過去と共にブチ壊してしまった。しかし、それでも失ったわけでは無い。封印しただけだ。故に、稀にこうして、まるで壊れたレコードを再生するように、ノイズ混じりの記憶が思い浮かんでくる。

 

『………へっ? わ、私の?』

 

『はい。考えてはみたのですが、どうにも僕にはよくわからなくて、ですね。宜しければ参考までに、貴女の理想のトレーナー、というのを教えて頂けると』

 

『あ、あー、そうよね。そういうことよね。──「貴女の理想のタイプを教えてほしい」なんて言うから、何事かと………』

 

『………?』

 

『でも、そうね。あくまで私にとって、というのなら。それは──』

 

 

 

「………なあ、ハラのおっさん」

 

少しだけ考えて、どうしてもその先(・・・)を思い出すことができないことに気づいた俺は、気づけばそんな言葉を口に出す。

 

かつて彼と袂を分かってから初めて行われた俺からの呼びかけ。乱暴な口調で紡がれたそれは、常に丁寧な口調を心掛けているしまキングさまに比べると聞くに堪えない雑音だろうに、それでもおっさんは嫌な顔一つせずに告げる。

 

「む? 何ですかな?」

 

「いや………」

 

会話の始めからまるで揺るがないそのニヤケ面がどうにも癇に障って、思わず言葉を引っ込める。が、それでは当然話が進まない。気後れするのは俺の心情が理由、そして話が弾まない理由もそれと同義だ。気の迷いだろうが何だろうが、俺から話しかけた以上、最低限の礼儀としてここは無理にでも話すべきだろう。

 

「………なあ、島巡りなんかして、何になるんだろうな」

 

「………………それは」

 

意外にも。

 

俺が彼と決別したあの日、怒鳴り散らし当たり散らし『やつあたり』で捲し立てたその言葉。語気の違いだけで、あの頃と内容がほぼ違わぬはずのその疑問に、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

(ああ……?)

 

予想外の反応に固まる。思えば、あの時も「それは自分で見つけることだ」などと答えそのものをはぐらかされたが、あれはあれで含蓄もあったし、当時を思えば納得出来るものだった。

 

俺の見た所、このおっさんは非常に物事を弁えている。仮にその質問に回答があったとして、あの頃の俺にそれを言うようでは「俺のためにならない」などと講釈垂れるだろうし、事実、俺が理解しようとしていなかっただけで、遠回しに似たような旨の発言はされている。

 

だが、今はもう状況が違う。今更になってカプに認められた──答えを得た後の俺ならば、わざわざそれをひた隠しにする理由などないはずだ。俺がまだ自覚していないだけで、確かに俺の中ではっきりとわかる「何か」が、今もこの胸の内で燻り続け、この身を焦がしているのだから。

 

でも、どうして。あれだけ偉大で、頼れる男で、誰もが尊敬する人物で、立派な大人の代表例みたいなアンタが、どうしてこんな何気ない一言に、申し訳なさそうな顔(・・・・・・・・・)をするのか──

 

『──島巡りに、意味なんてないわ』

 

その光景に、頭のどこか自身が叩き潰した記憶の奥深く、名前も顔も思い出せない誰かの言葉が、重く深くのし掛かったような気がした。

 

「……グズマよ。わたしはきっと、ずっと勘違いをしていたのだ」

 

「勘違い……?」

 

「そうだ。それは──」

 

重苦しい発言。いつもの口調を完全に廃し、この後に及んで『師匠』としての立場から語られる言葉。そんな似合わない前置きから紡がれたその中身と、それに合わせて深々と下げられた頭に驚愕する。

 

ふざけるな。そう叫びたかった。あれだけ偉ぶって、訳知り顔で思わせぶりにヘラヘラと俺らを見下していたお前、見守ってくれたアンタが、見捨てないでいてくれた師匠が、よりにもよってそう告げるのかと。

 

だが同時に、どこか納得してしまった。彼が俺を突き放した、否、引き止めることができなかった理由と、俺らのような落ちこぼれが徒党を組んでスカル団なんて反社会的な組織を形成してなお、それを静観し続けた理由も。

 

不意に、誰かの言葉が脳裏によぎる。──そうだ。俺らがどれほど思い悩み、苦しんで、どんなに頑張って、島キングを目指しても。そうなれなくて、嘆いても、それを声高に主張しても意味はない。何故ならば。

 

『──そうじゃないと、だって。

 

結局のところ、ぜーんぶあっち(カプ)の気分次第なんだから』

 

念入りに繰り返された(・・・・・・・)その言葉は、『のろい』のように俺を、彼を、この島を蝕む。今更になってその本質を自覚した俺は、ククイが告げた本当の目的とやらが、如何に『かたやぶり』で、俺らなんかよりもこの島を根底からぶち壊そうと目論んでいたのか、ようやくその意図を理解したのだった。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「貴女の敗因は、主に3つ」

 

まるで言葉で殴るような、怜悧で暴力的な音が響く。

 

その声音は、あくまで傲岸且つ不敵。私を真正面から射抜く眼差しは氷海の様に冷たく、蒼玉の双眸は感情の揺らぎを欠片も思わせない。

 

馴染みの服装とは不釣り合いな登山用ブーツで草木を妙にしっかりした足取りで踏みしめながら、彼女は徐々に近づきつつ告げる。

 

「一つ。リサーチ不足。

 

ポケモンバトルにおいて、情報とは思った以上に重要よ。まあ、突発的に始まった戦いだし、私は見ての通りだから仕方ない部分があるにせよ、せめて私が何者かくらいは勝負の前に調べておくべきだったわね。

 

まあ、これはポケモンバトルの醍醐味であるから、敗因としては挙げても、批判は絶対にしないけど」

 

「……」

 

異様なまでの説得力のある言葉に、返す単語を見失う。

 

本来なら私は、その言葉に対して反論するなり悪態を吐くなりするべきなのに、それさえも予測されて冷静に対処されそうで、その一挙一動が恐ろしい。

 

強い、ではなく、ただ怖い。何をしても通用しないヨウさんとはまた違う、何をしても当然のように対処される、きっと何をしても無駄なのだ、という漫然とした不安が過ぎる。

 

ゴーストタイプにノーマルわざで挑むような、そもそもの根底からして土俵に立てていない、そんな恐怖が。

 

「二つ目。正直過ぎる。

 

具体的には、仮にも敵である私の提案に何の疑問も持たずに従うのはやめましょう。とりあえず反論する。理由を語らせる。不安があれば妥協点を探す。言葉遊びでも、相手に警戒をさせれば効果はある。でないと、文字通り、足を掬われるわよ」

 

「あ…………」

 

今度こそ、言葉を完全に失う。かつては気にすることがなかったから、そんなこと、すっかり意識の外だった。言われてみれば、場所を変える際、妙に時間をかけてフィールドを選んでいたと思っていたけど、あれはつまり、そういうことだったのか。

 

気にするまでもないと思っていた。変わった舞台を用意するんだな、とは思っても、彼女の気質や性格から見下ろすのが当然(・・・・・・・・)と思い込んでいた。独特の雰囲気に丸め込まれた。

 

だが、違った。おそらくは最初の一撃。あの時点から、私の不利は決まっていた。勿論、彼女自身の技術もあるのでしょうが──

 

「祟りが去った今も、17番道路の近辺は『しめりけ』が強くてね。加えてアリアドスが獲物を捉えようとそこらに『くものす』を張っているから粘つくのよ。──スーツ姿で、革靴を履いてるような人にとっては、特にね」

 

「あ──」

 

なるほど、と納得してしまった。

 

だから、足を掬われると。表現としてではなく、単純に動きづらいから。でも、まだ、それだけでは──

 

「そして3つ目。これこそが重要。

 

──何を遠慮(・・)している、ポケモントレーナー。無理に私を呼び止めた負い目があるのなら、それを覆うほどの絶望を魅せなさい。

 

そうして勝者は勝鬨を上げて、それを糧に敗者は成長する。トレーナーって、そういうものでしょう?」

 

「っ──」

 

トーンはそのまま、声質に明確な怒気を滲ませて、射抜くように告げられる。

 

突如として増大した重圧に押し潰されないように気を張って、身体に鞭を打ちながら彼女の顔を正面から見返す。両者の視線が宙にて衝突し、停滞。彼女は数秒ほど無表情で見つめ、やがて面倒そうに視線を逸らす。そんな彼女を咎めるように我々へ語りかけたのは、本当に意外な人物だった。

 

「──それを見越して、わざわざポケモンの数をやんわりと指定した人物の言葉とは思えませんね。相変わらず、というには随分と心境の変化があったようですが、そういうトコロは変わりのないようで。どうせ内心では好都合だと考えているのでしょう?」

 

「あら、ザオボーさん。お久しぶりね、元気にしていたかしら。正直、私の依頼なんて無視しても良かったのだけど。無視されると思っていたのだけど。特に最近はエーテル財団が慌ただしいみたいだし、忙しいんでしょう?」

 

「騒動の原因であるアナタがよくも吠えますねぇ。そんなことばかりしているから、いざという時に疑われるというのに。ですがまあ、忙しいのは本当です。アナタがワタシの代わりに出張るなら、戦力としての都合は元より心配もありませんし、以後はお言葉に甘えるとしましょうか」

 

特徴的な制服を身に纏うその人物が、これまた特徴的なメガネを指で押し上げながら、嫌味な口調でそう語る。

 

彼こそは、エーテル財団からの協力者である青年。サイキッカーのザオボー。エーテル財団所属でありながらも、あくまで善意の協力者として初期からウルトラビースト捕獲に対し尽力してきた、私としても大変お世話になった実力者。

 

ただ、私は彼と必要以上の会話をしていなかった。どうにも彼のような人物は苦手というか、ヨウさんの協力者という立場からして深く関わるべきでないと判断していたのだ。我々が公共の機関であるからには、民間人とあまり、いや、チャンピオンとはいえ、ヨウさんを巻き込んでしまっている以上、これは単に私の怠慢である。

 

「代表が、いえ、元代表がアナタを探していました。どうやら、あの事故についての詳細を伺いたいようで。それと、それ以前の実験中に行方不明として処理されたはずのアナタが、どうして事故の後にあの場にいたのかも──」

 

「待って。事故の方はともかく、なんでそっちをザオボーさんが知ってるの?」

 

「貴女の協力者が洗いざらい話しました。彼は随分とそのことを悔やんでいましたよ?」

 

「……やっぱりお金って怖いわね。どうやったのかは知りたくもないけど、時間さえもゴリ押しで解決するなんて、流石は世界有数の財閥。でも、それでも」

 

「いくら顔が同じとはいえ、素人の偽造工作に騙されるほど財団の者も無能ではありませんよ」

 

「まあ……そうよね。ちょうどメガやすのアレがあった時は、運命だって確信したんだけど」

 

バツの悪そうな顔で苦笑する。表情こそ揺るぎないが、雰囲気と声質の違いから否応にも理解できる。

 

このような雰囲気を出せるのか、と驚く反面、それさえもできずにいた自分に失望する。切り札を出し惜しみしたのは事実、それで敗北したのは当然のことだ。なのに図星を突かれて割り切れないでいる私は、最低の人間なのかもしれない。

 

「それで、どこまで?」

 

「アナタの”遺言“に従って研究の方向性を『誘う』モノにしたこと。同時に確立したはずの侵入技術を『ふういん』したこと。アナタを探すためにも研究そのものはやめなかったこと………まあ、色々です。尤も、当の本人はこの有様だったようですが」

 

「いや、あれもまた事故だし、あの時は流石に死ぬかと思ったわよ? 本当に。ある意味は納得したし、おかげで色々と得るモノはあったから後悔はしてないけど。

 

でも、そうなのね。やっぱり本当にいい人ね、モーンさんは。困ったものだわ」

 

「──」

 

何一つとして理解できない二人の会話と、置いてきぼりにされた私。私のことを単なる路傍のトレーナーとして扱っているからこその態度。あの戦いで、その程度だと切り捨てられた私。

 

全てを出し切ることが出来ればもしや──なんと愚かしい。その選択肢を過去のものとしたのは私だ。これでは興味も何もあった話ではない。あれだけしっかりと決意したのに、最後の最後に意思を翻すなんて。

 

「──貴女も。トレーナーとしてはとにかく、人としては好感を持てるわ。優しい人なのね、きっと。数ヶ月、あれだけ痛めつけても頑なに伝説のレッテルに頼らなかったヨウ君と同じ。

 

私にはそういうの、なんというか向いていないから。ほんの少しだけ羨ましいわ」

 

「…………え?」

 

「この島の人達もそう。みんな甘くて、優しくて、だけどとっても残酷で。こんな箱庭を天上の地とばかりに褒め称えて、心の底から愛している。

 

私は捻くれているから──そういうのを、見ていられなかった。歪だと、気持ち悪いとさえ思った。捻くれた見方なんかしないで、素直に喜んでいられたら、きっと私は幸せだったのに」

 

「………アナタがそれを言いますか。本当に、変わりましたね」

 

「茶化さないの。………わかっているわよ。似合わないってことくらい」

 

呆然としている私に、反応など一切期待していない一方的な言葉を最後に投げ捨てて、彼女はボールホルダーから二つのボールを取り出す。

 

一つは店売りのハイパーボール、何の変哲も無い一般的な高級品。もう一つ見覚えのないモンスターボール、普通のボールよりもふた回りは大きい、灰色の重量感のあるデザインのアートボール。

 

つかつかと迫ってきた彼女が、私の手を取り、そのうちの一つ、特殊なボールを手のひらに包み込むよう確と握らせて告げる。

 

「これ、預けとく。結局ヨウ君は受け取ってくれなかったから、そっちで適当に処分しておくといいわ。本当に処分(・・)するようなら失望するけど。ちなみに、ニックネームはナポリよ」

 

「ナポリ?」

 

「そ。変な名前でしょう? どっかの虫取り少年にも馬鹿にされたわ。未練だけど、どうにもね」

 

「いえ、その……」

 

「ああ、いいのいいの別に。無理して褒めようとしないでも。奇抜なセンスなのは自覚してる。この子(・・・)なんて大元(ワロス様)が北海道→北海道の大型販店→アークスって感じだし」

 

「北海道……?」

 

浮かんだ疑問は、彼女が新たに呼び出したポケモンによって遮られる。

 

イシツブテやノズパスのような岩で構成された身体。しかし無理やり人型に固めたような体躯はおおよそ生物的ではなく、機械のような印象を受けるポケモン。

 

このようなポケモンは、見覚えがない。少なくとも一般に知られているポケモンとは雰囲気からして一線を画しているし、珍しいポケモンなのだろう。

 

でも、何故だろう。私はこのポケモンを知っている。記憶になくても、知識として確かに刻まれている。ただ、何故かを考えると頭が痛くなる、割れるように。

 

「さて、ヨウ君。色々あったけど、まあ悪くない一日だったわ。勝負には勝ったし。で、私はこれでお暇するけど、人手が必要ならまた呼んで頂戴。

 

しばらくは、具体的には十日ほどどこかのポケモンセンターにいますので、宜しければどうぞ。いつも貴方に安らぎを。ポケモンセンターでございます」

 

「ちょっと切り替えが不気味なのでいきなりはやめてください。あと具体的に言ってくれないとどこにいるのか判断ができません」

 

「失敬な。そこが私達の良いところでしょう? いつもどこでも我々一人、常にポケモンセンターの象徴であれ。みんな等しくジョーイさん。

 

──って、あら。リラさん、大丈夫? 顔色が悪いけど」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

その瞬間。

 

まるで不意打ちのようなタイミングの良さで、私の隙を伺っていたのかと邪推したいほど唐突に、的確に私の意識が持っていかれそうになったその時点を見極めたように目敏く、彼女が私のことを気にかける。

 

彼女とて、言動こそエキセントリックでも、伊達にあの一族に属しているわけではないのだろう。こと誰かの痛みに関しては、この場の誰よりも敏感なのだ。

 

「んー、私のせいかしら。いえ、タイミング的にレジロック? でも……ああ、なるほど。そういうこと。

 

うーん。ぶっちゃけ雌雄を決した以上、別に教えても構わないのよね。だけど、動機からしてそれだと貴女が勝者になる(・・・・・・・・)し、それはちょっと嫌だからやめましょう」

 

「ウルトラボールを10個で──」

 

「…………。…………だから、それはやめなさい。いや本当にやめてお願いだから。何よ。言わないわよ? だって私は……。私、は…………。

 

私は…………。…………。ええい、そんな泣きそうな目をしない! 元はと言えば貴女が………ああもう!」

 

語気に反して一切崩れない表情を携えたまま、意外なほどの跳躍力でレジロックの肩へ器用に着地した彼女が、やや沈み始めている太陽を背にして宣言する。

 

「この際だからはっきりさせましょう。まず前提として、私は貴女を知っている。そしてきっと、貴女と接した限りではこの情報に間違いはないと思う。

 

ただ、情報源については話せない。証明もできない。そんな不確かな情報を話したくない意識もきちんとあるし、万が一誤りだったら、という危惧もある。

 

だけど、それでも貴女がどうしてもと言うのであれば、あくまで参考として、与太話としてそれを話すのも吝かではない。でも、私は人格的に捻くれているから、このまま私だけがそのことを忍ばせておいて、精神面で優位に立ちたい気持ちがある。むしろ話さない理由の大半がそれよ」

 

観念したように、言い訳のように、自らに言い聞かせるように。歪んではいても彼女なりに誠実に、いつもの無表情に僅かながらの苦悩を貼り付けて彼女は言い放つ。

 

ある意味ではヨウさんすら凌駕する超然とした雰囲気を纏う彼女が、その心情を赤裸々に語る。それが突飛で理解し難い動機であるほど、その感情は、彼女独自の信念として心に響く。

 

「今日はこれで帰るわ。だから次。次の機会、その時にでも、どんな方法でもいいから私を存分に『おだてる』こと。

 

そうしたら。もしかしたら。口が滑るとか気の迷いとかそういうフィーリングで、誰かさんの経歴をうっかり漏らしてしまうかもしれないわね!」

 

返事をする間もなく、それだけを言い遺した彼女はレジロックの肩に乗ったまま天高く飛翔していく。

 

唐突に現れて。独特の空気で場を散々乱してから悠々と立ち去るその姿。出会ってから数時間も立っていないというのに、その存在感を世界に刻むようにして周囲に見せつけた女性。

 

(──そういえば、お名前も、まだ………)

 

天を仰ぐと、そこには夕焼けが広がっている。最後に見えた赤い顔は、果たしてどちらのものだったのか。それはこの先、いつしかわかることだろう。

 

「というか、あのポケモン、飛ぶんですね……」

 

「『そらをとぶ』っつうよりはロケットか何かを発射したような飛び方だったがな。わざとして適用されずとも、ああいった真似ができるポケモンは割と存在する。あのポケモンも、そのうちの一匹ってことだろう」

 

「おや、アナタ方は知りませんでしたか。彼女はいつも、移動にはあのポケモンを使用していますよ」

 

「………そういえばあの人、他に人を乗せて飛べそうなポケモンを持っていませんでしたね」

 

「おおぅ、なんと驚きのバランス感覚……」

 

「…………あの人が、あの……」

 

ただ、最後に。

 

背後から紡がれた多種多様な文言。雑談に等しいそれらの言葉。その中で、最後に呟かれた何気ないはずの一言が、どうにも強烈に印象に残った。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

モーテルのベッドに倒れこむ。疲れる一日だった。作業量としてはシェードジャングル攻略時には遠く及ばないまでも、色々と気苦労の多い一日だった。

 

主な原因である彼女の指摘もある。僕があのメンバーの中で最も捕獲に優れているとはいえ、やはり一人では厳しい部分もある。

 

リーリエがこの世にいる限り、リーリエのためなら僕は頑張れる。その言葉に偽りはない。しかし、だからといって肉体的な疲労が消えるわけではないのもまた、人間としての真理なのだ。

 

(今日は、よく眠れそうだ……)

 

柔らかな布団が心地よい。とあるポケモンの羽毛を利用した羽毛布団だそうだが、具体的なポケモンの名前は聞いていない。興味だってあんまりない。僕が気にかける事項はと言えば、やっぱりリーリエのことばかりだ。

 

想いが募る、とはよく言ったものだと思う。いくら抑えてもみるみる膨れ上がるこの感情は、まさしく激情と表現しても過言ではない。僕の持つ唯一無二の大切にして動力源。それこそがこの想い。僕を最強まで押し上げて、今も僕を彼女が誇る人間足らしめるその根本だ。

 

才能があるからと、それに胡座を掻けば神童は凡人に変わる。それは他よりもおそらく並外れた才能を保有する僕でも例外ではない。それが極まった結果こそが、マリエ庭園における彼の実力だったのだと、どこかの不遜な誰かさんは言っていた。いつにも増して表情の抜けた顔で。

 

(……やっぱり、そういうことなのかな)

 

彼のことを語る彼女は、どこか鏡の中の自分と被るところがある。彼女と同じ扱いを受けるのは大変に遺憾だけど、機を逃した、という一点に限れば、僕と彼女はきっと同じなんだろう。

 

彼女は自らをカプに相応しくないと告げていた。だが、最近の彼女を見ていると絶対にそうなのだとは言い切れない。彼女は歪んでいるけれど、それでも彼女は彼女なりの嗜好が、大事に思える何かがある。僕が島巡りの最中に見出した特別も、もしもそれがカプに浅ましい感情だと嗤われてしまえば、僕は今頃エーテル財団にでも所属して、リーリエを側で支えながらウルトラビーストを利用してこの島を──

 

「…………ん?」

 

ガバッと、反射的に身体を起こす。危険な思想云々以前に、とてもじゃないけど流してはいけないものが思考に過ぎった気がする。

 

今のは当然、仮定の話だ。だが、確かな真実味があった。それがたとえか細い万が一にもあり得ない那由他の果ての世界の話でも、あり得てもおかしくないことこそが大問題なのだ。

 

『キャプテンになれなかった者同士、新しいものが欲しくなるよなぁ?』

 

『僕はキャプテンになれなかったではなく、ならなかったんだ。夢のためにね』

 

(…………)

 

マリエ庭園での二人の会話を思い出す。対照的だと思っていた二人、しかし今になって考えると、彼ら二人が嘆いていたものは、実は全く同じものだったのではないだろうか。

 

彼ら二人に限った話じゃない。スカル団の人たちを始めとして、この島に何か新しいものを求める人は意外なほど多かった。アローラの風。そう喩えられる島を蹂躙する嵐をこそ、無意識下にでもアローラの人は求めていた。

 

僕にはわからない。いつしかこの島の住民が持っていたらしい、この島に囚われるような感覚を僕は知らない。それまでを機械のように生きてきた僕は、むしろこの島に来て、全てから解放された気分でいたからだ。

 

僕は蹂躙する側の人間だ。それはおそらく間違いない。別に否定したいとも思わない。そしてだからこそ、される側の気持ちがわからない。

 

僕にとって、最強であるのはあまりに容易かった。

 

でも、彼女にとって、最強であるにはどれほどの苦労が必要だったのだろう。分からない。僕には何も分からない。

 

彼女だけじゃない。彼女よりも才能らしきもの、オープンレベルが上の人は、島巡りの中でも無数にいた。だけど、その中でキャプテンなりに選ばれるのはごくわずか。だけどこの島では、みんなが挙ってそれを素晴らしいものだと信じている。

 

なら、その素晴らしいものに選ばれなかった人間は、その先どうすればいいのだろう。それこそが、きっと博士の原動力。そして、彼がこの島に憤ったその理由だ。

 

(そして、それでも結局は──)

 

なんとも報われない話だ。才能が実力の大多数を占めるポケモントレーナーにとって、その才能が認められないのはどのような気持ちなのか。他人事でいられるのは運が良かったから。とはいえ何も感じないわけではない。

 

もしもリーリエが認められなかったら。そしてそのことをリーリエが嘆いたら。

 

僕はその時、一体何をするのだろうか。先に挙げた極論が冗談とは思えないくらい、僕には何も分からないのだ。

 

寝間着姿のままモーテルの部屋を出る。やや肌寒いが、リーグに比べれば大したことない。今日は満月どころか半月三日月新月ですらない七割くらいの微妙な月だけど、それでも無駄に昂ぶった気を鎮める慰労にはなるだろう。

 

「…………ん?」

 

奇しくも先ほどと同一の声(音?)が漏れる。どちらも気づいたことによる発声だから意図としては間違いではない。

 

「リラさん? どうしたんですか、こんな夜更けに」

 

「……ヨウさん? いえ、少し……」

 

誰もいないモーテル備え付けのフィールドに立ち竦む女性。奇異な光景のはずなのに、不思議と違和感はない。それだけの空気を彼女が醸し出しているからだろうか。彼女の心情を察するとわからないでもないけど、でもやっぱりよく分からない。

 

分からないことは聞く。状況的にも普通だし、そう酷いことにはならないだろう。最悪、僕の彼女に対する印象が少し悪くなる程度だ。リーリエ絡みじゃないことは明白だし、その程度なんて事はない。

 

「……少し、考え事を」

 

「あの人の言葉に惑わされていれば、いつまでも悩む羽目になりますよ?」

 

深妙な顔で続けられたので、いっそばっさりと切り捨てる。ちなみにこれは体験談だ。彼女の言葉は良くも悪くも凄まじい質を誇るが、だからこそいつまでも付き合っては他のことが疎かになる。

 

僕も彼女に聞きたいことは山ほどある。そしてなんとも恐ろしいことに、彼女は僕に対しては必要な情報であるなら基本的に回答を拒否しない。それが僕が彼女を打ち負かしたことに起因するのかはさておき、だからと言って回答を得てスッキリするかと言うとまた違う。

 

例えば彼女は、リーリエが僕のことをどう思っているのか尋ねた場合、それはもう怖いくらいの精度の答えとその証拠をあっさりと携えてくるだろう。そんなことをされてはどんな答えが出てくるにしろ僕の心臓が持たない。つまりはそういうことだ。

 

そのような旨を回答すると、リラさんは苦笑して、

 

「ヨウさんは──」

 

「………?」

 

「ヨウさんは、ウルトラビーストについて、何か考えたことはありますか?」

 

「え?」

 

彼女が切り出した言葉。それは予想外のものでもあり、状況を除けば妥当と表現できるものでもある。ウルトラビースト。僕らが現在日々捕獲に取り組んでいる異次元の迷い子。それについて、僕がどう思っているのか。

 

「それは……ええと、特に何も」

 

「──え?」

 

予想外の回答だったのだろう。リラさんの目がやや見開く。

 

「正直なところ、迷惑とは思います。ですが、それはあくまでアローラが荒らされていることへの憤りであって、ウルトラビーストそのものを恨む気持ちはありません。

 

特別なポケモン、異次元から来たポケモンといっても、僕自身が特殊である自覚はあるので、特別云々で思うところはないんです」

 

「──」

 

「まあ、特殊なボールを使わないと捕まえづらいって言うのは、捕まえる立場からすると面倒ですけど……そのボールを見れば分かるように、絶対に無理なわけではないですし、僕からすると、って感じですかね。ほしぐも、いえ、ソルガレオもどうやらそうらしいので、興味を持ったことはありますが、それだけです」

 

「それは──」

 

リラさんが手のひらで所在なさげに彷徨わせていたボールを見つめながら告げる。

 

彼女が去った後、あの草むらはちょっとした騒ぎになった。無理もない。あの後で知ったことだが、リラさん属する国際警察において最大の脅威として扱われていたウルトラビーストが人知れず捕獲されていたと知れば驚きもする。

 

加えて、どうやらあのウルトラビーストとリラさん達とは並々ならぬ因縁があるらしい。僕はそこまで深く考えず、既に同じポケモンを持ってるからと、彼女が持つなら同じことだと、人のポケモンを対価もなく貰うわけにはいかないと。捕獲にかかった費用や労苦を知ってるのも助長していたのだろう。とにかく僕は、そのことを内々の話として、特段報告なりをしていなかった。面倒だったのも理由の一つであるのは否定しない。

 

そのポケモンが、巡り巡ってリラさんのモノとなった。動揺するのも無理はない。交換条件(?)の件もある。その時がいつなのかはともかく、リラさんからすると気が気でないはずだ。

 

「私は、違います」

 

「リラさん?」

 

「私は、このポケモンを見て、そして何よりこのポケモンを見た私を見た尊敬する人達の姿を見て、貴方とはまるで違う感情を抱きました。上手く表現することはできませんが、怖くなったんです」

 

「怖い?」

 

「はい。ヨウさんには話していませんでしたが、私には、昔の記憶がありません」

 

それはなんとなく予想が付いていた。リラさんはちょくちょくそれらしいやりとりをあの人としていたし、あの人が以前に売ろうとしていた情報とはそれに関することなのだろう。

 

いっそその時のやりとりを全て暴露しようかとも考えたが、それは流石に台無しかと思い直して続きを促す。

 

「覚えているのは、リラという名前と、そのポケモン。トレーナーであったこと。ホウエン出身であること。どこかで塔を守っていた経験があること」

 

「塔?」

 

「はい………それについても、心当たりができました。私は、フロンティアブレーンと呼ばれる存在であったようです」

 

煮え切らない返事だ。記憶がないのなら当然かもしれないけど、とてもじゃないが心当たりがあるような人の言葉に思えない。

 

そして何となく話の全容が掴めてきた。ウルトラビースト、記憶と来れば、思い当たる人物が身近にいる。

 

ウルトラホールには記憶の混濁を引き起こす作用がある。あのウルトラビーストは国際警察との因縁がある。リラさんの以前の記憶は存在せず、リラさんと当時の国際警察、クチナシさんとは何かしらの繋がりがある。いくら人の感情に疎くても、だからこそ勝手な推論を立てるのは苦手じゃない。

 

何より、あの人が確信を持って告げている。これまでの経験からして、この場合彼女の持つ情報に誤りはない。そして、その彼女がせめてもの情けと振り撒いた情報の断片こそが、今のリラさんを悩ませているのだ。

 

(………下手に改心した影響で、余計に面倒なことに──)

 

彼女の心境の変化は喜ばしいが、今に限れば厄介なことこの上ない。どうせ取り繕うのなら、リーリエのお母さん並みの慈愛を見せてくれれば面倒も無かったのに。

 

「ですが、この世界にそのような肩書きはあっても、そこに私の存在はなかった。

 

ヨウさんに今も捕獲に尽力して頂いてるウルトラビースト。それらと私は、根本は同じ。異界よりやってきた異邦人。だから私は、ほんの少し怖くなったんです。朧げとはいえ、自分の居場所であったはずのその場所に私が存在しないことを知って、異物として扱われることが、拒絶されることが怖くなった」

 

「…………」

 

「ずっと漫然とした恐怖がありました。今はどうしてか、私の手の内に収まったこのウルトラビーストが、かつてのように私を襲って、それで私はいなくなるのだと、変な表現ではありますが、この世界から弾かれてしまうのだと、そういう不安があったのです」

 

そしてそれは、今も消えていない。彼らと根本を同じとする自分は、彼ら同様この世界には馴染まない。

 

自分が異物なのは百も承知。でも自分は、お世話になった人達にまだまだ恩を返し切れていない。だからこそ怖い。いつかその時が訪れたら、私はただ、彼らに迷惑を──」

 

「──迷惑なんてことはありませんよ」

 

「………ヨウさん?」

 

失礼を承知で話を遮る。感情から出た言葉だが、それ故にこれは僕の本音でもある。

 

確かにリラさんは彼らに迷惑をかけたのだろう。しかしそれはあくまでリラさんの主観であって、彼らは迷惑だと思ったことはないはずだ。それくらいは理屈ではなく、ただただ彼らの目を見れば分かる。リラさんは彼らがリラさんを冷めた目で見つめていると勘違いしているようだけど、真実はきっと逆なのだ。

 

疑問の声を敢えて無視し、リラさんが立つフィールドの正反対に位置するよう移動し、そのままボールを取り出して目を合わせる。

 

「…………さて、と」

 

「ええと──」

 

「トレーナーとしての大原則。あの時以来ですが、やりましょう、リラさん」

 

有無を言わさぬ力強い口調で告げる。本音を言うと面倒だが、放っておいて厄介なことになるよりかはなんぼかマシだ。

 

それに、僕だってトレーナーの一人、それもこの島の頂点に立つ存在だ。あまり興味がないから表立って言わないだけで、僕だってあの場面で遠慮をした彼女に思うところはある。

 

普段から薄々と察していたが、リラさんはあまりにも優しすぎる。慎みはリラさんの長所、人としての美徳だが、同時に短所にもなり得ることを、相手の気持ち如何によっては失礼に当たることを叩き込んだ方がいい。そういう気持ちがあってもなくても、リラさんの内で酷い扱いを受けている恩師のために、是非。

 

(あの二人に限って、迷惑なんて、そんなはずはない。いや、あの二人だけじゃない。誰にとっても、きっと)

 

根拠は他でもない僕自身だ。客観的に見てリーリエの付き人、酷い言い方なら彼女のポケモン乃至奴隷のような扱いを受けていた僕は、彼女に対してどのような感情を抱いていたか。

 

僕ほど極端な例じゃなくても、彼ら二人を見れば分かる。ハンサムさんもクチナシさんも、根っこのところは善人だ。ウルトラホールの影響で記憶も故郷も失った少女の世話など、役職的にむしろ誇りに思っていてもおかしくない。

 

そして、もう一つの懸念。これについての回答は非常に簡単なことだ。何故なら──

 

「リラさんは、『アローラの風』という言葉を聞いたことはありますか?」

 

「………いえ」

 

「アローラの風習は、有り体に言って停滞しています。いつまでも古臭い習わしに従ってキャプテンなり島キングなりを定めるこのシステムを、悪習だと表現する人さえ存在する。

 

そこまでとは行かなくても、不満を抱えている人はそう珍しくない。その筆頭がスカル団。カプに選ばれず、何処にも居場所がなく滞ってしまった人達」

 

「…………」

 

「アローラの風とは、嵐の揶揄です。“いずれとてつもない何かが膨大なエネルギーと共に全てを変えてくれるだろう”という、前向きに後ろ向きな考え方。

 

世界に不満を持ちながらも、それを変えることが出来なかった人が、変えることさえ恐れた人達が、譫言のように呟いた言葉が、元々の語源と言われています」

 

いつかはアローラの風が吹く。過ぎ去ったその後は優しい世界が待っている。言葉の響きが気に入って、調べてみればこの始末。

 

それが悪いというわけじゃない。諺の語源なんて、教訓や反省から来るものが大半だ。そして、そんな起源を持つ言葉が定着している事実こそが、アローラ全体における望みを表している。

 

「アローラは、常に変化を求めている。潜在的に望まれている。黴の生えたこの風習を、徹底的に破壊できる人物こそが理想。

 

そしてきっと、僕や貴女はその類です。だから、貴女がこの世界にやって来た事を迷惑に思う人なんて、ここアローラには存在しませんよ」

 

「──」

 

いつか、僕の知る最強のトレーナーは語った。そうできる人が、自身にとっての理想のトレーナーであると。

 

故にこそ、彼女は博士を尊敬している。自分の意思で、この島の根底を覆してみせた人物として。そしてそれは、この僕も同じ気持ちだ。

 

変化のない人生は、人の心を容易く鈍化させる。僕が過去の自分を疎んでいるからこそ、彼女の言葉は見過ごせない。

 

彼女が迷惑など、あるはずがないのだ。たとえ最悪の事態があり得たとしても、僕は彼女がここにいることを嬉しく思う。

 

「それでもまだ、不安があるのなら。いくらだって胸を貸します。だって僕は、アローラのチャンピオンですから」

 

「あ──」

 

その言葉に、彼女は俯いて良く見えなかった綺麗な顔を綻ばせて、上気した頬を晒しながら僕を見つめ返す。

 

必然的に、視線が合う。その瞬間に狙いを定め、僕は意地の悪い笑みを浮かべながら手の平に潜ませていたボールをフィールドに投げ込んだ。

 

「任せた、ラランテス!」

 

呼び出したのは、あの時と同じ、はなかまポケモンのラランテス。無論偶然ではない、意図的なものだ。あの頃の彼女が腕試しだったと言うのなら、あの頃と同じ、このポケモンこそが相応しい。

 

その意図を汲んだのか、対する彼女は遠慮がちに、それでもしっかりとした意思を持ってあの頃の先鋒、フーディンを呼び出す。かなり強引な申し込みだったが、どうやら勝負には乗ってくれるみたいだ。

 

「では、ルールはあの時と同じ──」

 

「──いえ。使用するポケモンは、3匹でお願いします」

 

力強く告げられたその言葉に、一瞬、呆気に取られるも、すぐにその理由を察して、気を引き締めて了承する。

 

本当に、良くも悪くも影響力の強い人だ。あの人には、そんな自覚はないんだろうけど。

 

それと、彼女にしてみれば、せっかくの決意に水を差すようで恐縮だが──

 

 

「フーディン、『サイコキネ──」

 

「纏めて『ソーラーブレード』。初動が遅れてもいい。全部切り裂いて」

 

『──しゃぁららぁぁああぁあ!!!!』

 

 

──どれほど決意に塗れてようと、僕の方が、圧倒的に強い。

 

 

フーディンの思念が、生命の息吹に飲み込まれ、霧散し、圧倒される。それはまさしく自然の摂理。賢者がどれほどの知恵を絞ろうと、大自然には敵わないことを体現せしめた決定的な一撃。

 

「………では、次のポケモンをお願いします」

 

「っ………」

 

一気に現実へと引き摺り落とされた彼女が、気絶したフーディンを自らのボールへと戻す。

 

そんな光景を眺めながら僕は、あの人が理想としたトレーナーのように、リーリエが羨望した肩書きのように、僕が成し得る最強のトレーナーとして、その責務を全うすることを誓うのだった。

 




なんか無駄に長くなった。アローラの闇が無駄に深すぎるのが悪い。

あとリラさんがなんか妙に書きやすいんだけど、書いてるうちに変態にならないか心配です。

また、レジロックが飛んでるのはポケスペ仕様だからです。


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ここは つりの めいしょ

三章クリアしてぐっさん引いたはいいけどスキルマキツ過ぎて草。一時間周回し続けて炉心一つ落ちるかどうかってやばない…?

あと地味に杭がキツイ。ふじのんで全部食われたのに。というか杭は一騎辺りの消費量が激し過ぎる。

あ、三章は面白かったです。


 

 

自分が世間一般の基準から大概逸脱している自覚はある。

 

だってそうだろう。たかが一年、されど一年。たったそれだけの期間で一人前として認められた。それだけならまだ言い訳が利いても、尊敬していた彼らを差し置いてこの島の頂点に据えられるなど、よほどの人物にしか成し得ないことだ。

 

僕自身、時々自分の才能を恐ろしく思うことがある。当然のように持ち上げられて、当たり前のように驕り、必然的に味を占めて、また増長し、いつしか自分を見失う。そうならずに済んだのは、側に彼女がいたおかげだ。

 

でも、だからこそ、僕は自分の才能を評価する。自分が薄いこの僕が、それでも自分を見失うほどの才能。そんなものを誇らずして、僕は何を誇ればいいのか。彼女が憧れ賞賛したこの力を、僕は誰より肯定する。誰に対しても遠慮なく振る舞う。

 

遠慮とは隣人を気遣うためのものであって、敵に対してするものじゃない。胸を貸す、という言葉に嘘はないが、手を抜くことは心情に反するのだ。

 

(『ライコウ』って呼ばれていたかな………雷光? 見て感じて接した限りはでんきタイプ。傾向は高速特殊型──それもびっくりするほど正統派。疾さは十分火力は十二分、そしてレベルは最上級。

 

でも、それでも。僕の方にまだ分がある)

 

対面の敵、迅雷の獣が放ったやばそうなわざ(シグナルビーム)をラランテスの鎌で多少強引に跳ね返し、返す刀で『しんくうは』を放つ。わざとして覚えているわけじゃないから、あくまで擬似的なものだ。牽制にもならない。

 

反射の仰角については殆ど勘だが、この手の感覚任せで僕がミスをしたことはない。僕のポケモン達もそれは重々承知しているのか、みんな素直かつ忠実で助かるばかりだ。

 

「次は……ちょっと左前方、20度ちょっとの所に『はなふぶき』」

 

正式なわざでもなし、威力や命中精度は期待していない。当然、あっさり躱されたので行動を読んで範囲攻撃。そうして少し足止めをして、そこを壁に見立てて『かわらわり』。我ながら異様なセンスと行動の割に最終的にはゴリ押ししているのがらしく(・・・)てなんとも言えないが、これが案外彼女のような人物には良く効く。

 

なんだかんだと、レベルは正義だ。一朝一夕では覆せず、はっきりと差が出るバトルにおける重要なファクター。戦争の基本は力量差、物量差で圧倒すること。ならば最近オープンレベルが9割近くまで到達した僕は、それを前面に押し出すことこそ利口な戦い方であろう。

 

(まあ、あんまり『利口』と表現したくはないけどね。結局はゴリ押しだし)

 

仮に同じ条件の下、同じレベルのレンタルポケモンで挑んだところでそうそう負けない自信はあるが、実現しない可能性については考えない。分からないことを考えても、ただでさえ鬱屈した思考がややこしくなるだけなのだ。

 

(……でも、彼女は)

 

加えて、考えたくない、というのもある。僕は観察眼もそれなりにある。ある程度の時間さえあれば、マオの時のように見るだけで大雑把な実力を測れたりもする。

 

だから分かる。彼女は自分のポケモンを見ていない。視界に入っていないわけじゃないが、戦闘中は常に別のものを見つめている。

 

今も細部まで突き刺さる視線。正直に言って不快極まりない。つまりはそれだけ警戒されている、評価されているということでも、僕からすれば面倒なだけだ。

 

特に僕は、彼女とは逆に相手のことを基本見ない。だからあの人のバトルスタイルと違って参考にさえなりはしない。そういう意味では、彼女と戦う利点は経験値以外には何もないように感じる。そういう問題ではないことも重々承知しているが。

 

そう、問題なのは彼女がそのバトルスタイルを得るまでに重ねた研鑽。僕とは違う、あの人とも微妙に違う、ましてグラジオやハウなどにも当て嵌まらない、あまりに対人に特化し過ぎているその戦闘を見ると、条件を互角にした際に、どこかで足元を掬われそうで恐ろしいのだ。

 

(まあ、でも)

 

「ラランテス、そこで『タネばくだん』。方向は正面と右斜めに一つずつ」

 

『しぃゃらああアァァアア!!』

 

モーテルのフィールドを自分の庭のように縦横無尽に駆け抜ける獣の動きを牽制するよう二つの爆弾を設置する。

 

本来なら直接相手にぶつけるわざ。それも威力や攻撃範囲こそ広いものの、範囲外故に多量にばら撒けないためこっちも命中精度にはあまり期待できない。しかし、こういった扱いにセンスがいる、才能のみを必要とするムラのあるわざは、むしろ僕の得意分野だ。

 

ライコウの前肢に意識を集中する。これまでに観察した結果に違わぬ瞬発力を誇る足。その動きの予兆をなんとなく予想し、それらしく見極め、ざっくりと妨害する。

 

言葉で表現すると途端にチープ、どころか馬鹿にしているとしか思えない対応。しかし、僕に理解できればそれで問題はない。リーリエに付き従っていた時でも同じ。これは、僕の戦いだ。

 

リラさんの口が動くのが見えた気がする。視界には入っている。けれど意識は向けない。どうせなんとなくやりたいことは見えてくる。なら、対人に特化した彼女の動きは、時にフェイントなどを交えてくる彼女の指示などは、見るだけ僕の勘が鈍るだけだ。

 

(………)

 

ライコウの耳が僅かに震える。帯電する体躯を持つポケモンの毛が逆立ったり時に重量を無視して弾かれるよう動くのは珍しくもないが、僕は違和感を覚えた。根拠としてはそれで十分。

 

なんか対処される気がするから、それを前提にそれっぽく指示をする。どうやって対処するのかは考えない。時間の無駄だ。それなら、結果的にどんな形で対処するかを考える。

 

(………あ)

 

不意に。

 

『タネばくだん』を放った二箇所の中間、意識せずとも何故か僕が残してしまった僅かな安全地帯に先行放電(ストリーマー)が疾る。

 

それを視認し、そういえばあのポケモンの火力、電気量は雷に相当するものだったと今更ながらに思い出し、その場所が落下点(・・・)だと当たりをつけた僕は、ラランテスが持つ最後の適用わざ。一般のトレーナーにしてみればまた扱いが難しいそのわざを、まるで地面に仕掛けた地雷の起爆スイッチを押すような気軽さで、しかしそれに、僕の持てる確かなゼンリョクを以て告げた。

 

「ラランテス、『しぜんのちから』!」

 

──ポケモンのわざは、大きく分けて二つに分類される。

 

即ち、自らが放つか、どこかから持って来るか。僕が指示した『しぜんのちから』は後者に分類され、その中でもかなり特殊なわざ、扱いに困るわざとして知られている。

 

そもそもからして自然とは、人工物を含めたこの世のあらゆる物質に該当する。とても自然のものとは思えない精密機械でさえ、ポケモンからすると自然にできるもの。

 

この世には、ポケモンと呼ばれる不思議な生き物があらゆるところに棲んでいる。故に、たとえ鬱蒼と生い茂る木々を切り倒して燃やして溶かして加工して出来たテーブルでも、彼らにとっては等しくあってもおかしくないもの(・・・・・・・・・・・・)なのだ。

 

(それが分かっていない人ばかりだから、人の常識を当て嵌めるから、このわざを理解していない人は多い)

 

しかし、それくらいはなんとなくで文字通り適当に扱えないと、この手のわざに対する対抗手段がなくなってしまうのもまた事実だ。

 

ラランテスが自身の鎌を大地に突き刺すと、それを震源としてフィールドが震撼する。

 

地面を均し、最低限の整備だけが整えられた地面。偉大なる大地の性質をそのままに、その力を借りて敵を蹂躙する。

 

僕はそれを、わざとは定義していない。何故ならこの現象はあくまで言葉通り自然の力を借り受けただけで、わざとして成立する範囲は借り受ける段階までで、それ以降は何が起きるのか把握しきれないからだ。

 

でも、敢えてその現象に名前をつけるとするならば、どんな因果か、非常に似通ったわざがこの世界には存在する。特に名前の捻りもない、大いなる『だいちのちから』。奇しくもこの状況を打開するに足る、あのポケモンの苦手とするじめんタイプのわざである。

 

「ライコウ………!」

 

「ふぅ……」

 

声に紛れるよう小さく息を吐き、すぐに整えてようやく彼女を見る。

 

感触は悪くない。だんだんと意識がリーリエから勝負の方へ向いてきてオープンレベルも高まっているし、人としての相性もかなり良い方だと言える。実際、僕が普通に圧倒しているし、その評価は正しいのだろう。

 

ただし、それでも彼女の戦意が萎える様子は無い。むしろその逆、滾る闘志がぼんやり視認できるほど。いや流石の僕もそれを現実のものとして捉えてるわけじゃないけど。

 

だけど、せっかくやる気に満ちているところ悪いが、立場的にも心情的にも、これだけは言っておかなければならないことがある。

 

「明言こそしていませんでしたが。一応、胸を貸す、という名目で挑ませていただきましたので、とりあえず一つ。

 

貴女のスタイルを否定するつもりはありませんが、はっきり言って貴女は僕とは致命的に相性が悪いですね。ですが、それは逆に貴女が仮想敵とするあの人とは相性がかなり良いと思います。僕があの人に対抗、乃至圧倒できるのは覆せない地力の差があるからであって、僕は人を観るのが苦手なので」

 

「………それは、どういう?」

 

「えーと、ですね。これは彼女に限らず、ベテラントレーナーの人達に共通することなんですけれど、彼女達を支えるのはいわゆる『年季』です。

 

とにかく無駄がない、と言えばいいんでしょうか。これは僕個人の捉え方ですが、動作が洗練されてくるとポケモンとトレーナー間での意思疎通の過程がいくつか省略されてきます。具体的には指示と行動の間にある『受諾』『選択』『動作』などに関する思考が省かれて、裏打ちされた経験が先に出るようになるんです」

 

「経験?」

 

「はい」

 

返事をしつつも、彼女にだってその傾向は感じられた。特に咄嗟の判断による指示出しでは顕著に表れて、それまでの比較的拙い動作とのギャップから戸惑ったのも一度や二度では済まない。技術によって得た不自然な動作(・・・・・・・)。それが奇抜であればあるほど、僕はそれを苦手とする。

 

しかし、それも彼女の記憶がないというのが事実なら納得できる部分もある。記憶を失ってなお控えめな性格の彼女が『腕の立つ』と自称するレベルなら、相当な鍛錬を積み立てて来たのだろう。それは、僕にどれほどの才能があったとしても、今の僕には絶対に覆せない差だ。

 

「それがごっそり削がれたであろう今の貴女にこれを言うのは非常に酷なんですが、貴女はきっと、それさえ取り戻せたのなら、あの人にも勝てる……と、思います」

 

「それは、その、本当ですか?」

 

「少なくとも、貴女が僕レベルに地力を上げるか、僕のやり方を模倣するよりかは可能性があるはずです。

 

僕と彼女はやり方は対極、それ故に相克の関係にあります。ですので、どちらも得意で苦手なのです」

 

ただ、今語ったことは本当だが、この話はこれだけでは済まない。

 

これではまるで、あの人が僕と真逆。つまり、才能がまるでないように聞こえてしまうかもしれないが、それは違う。彼女には間違いなく才能がある。それも、極めて特殊で、本人が認めるほどだいぶ極端で捻くれたものが。

 

でも、このことは僕が彼女から得た数少ない勝利報酬の一つだ。お世話になっているとはいえ、それをリラさんに語る筋合いはない。僕が如何にトレーナーとしてだいぶアレでも、最低限のマナーくらいは持っているのだ。

 

(あとはまあ、もう一つ気になったことがあるけど………まあいいか、面倒だし)

 

「ですが、可能性があっても、実現できなければ意味がない。あの人は『おだてる』だけでいい、って言ってましたし、僕も正直それで済むのならそれでいいかな、なんて考えてはいたんですけど、あの様子を見る限り、貴女はそれじゃあ満足しない、できない。ですよね?」

 

「…………はい」

 

「最終的な判断はお任せしますが──いえ、やっぱり何も言いません。これについては、僕が口を出すべきではないでしょう。

 

ですが最後に。初めて戦った時にも感じていたことですけど、直っていないみたいですのでこれだけ。

 

宣言します。次のポケモンが現れて5秒、そのタイミングで大技を放ちます。どうにか対処してください」

 

「──え?」

 

「やり方は問いません。わざを妨害するも良し。迎え撃つのも良し。躱すのも良し。逸らすでも守るでも何でも構いません。では」

 

「え、え。その、ちょっと──」

 

戸惑う彼女を無視し、手首に嵌められたリング近くに手を添えて力を込めていく。薄々と気付いてはいたが、今日の彼女は妙に感情的というか、自然な感じと呼べばいいのか、普段と比べて気を張っていない分、動揺が目に見えて分かりやすい。

 

記憶もなく、着の身着のまま知らない土地に投げ出されて、なおかつ自分を異邦人だと決めつけて常に周囲に怯えている。それがおそらく彼女の素。でも、普段はそれを隠すために見栄を張る。……付け込めば圧勝できそうだが、それは互いに望んでいないから除外で。

 

(とはいえ、それが読めたところで戦闘に影響はない。ただ、僕が彼女に対して多少の親しみが湧いただけで、結果が変わるかは彼女次第だ)

 

正直、期待はあまりしていない。直ってないと発言したものの、それを指摘した覚えもないし、前戦ってから一月も経っていない。彼女も彼女で、記憶が無いまっさらの状態からここまで持ち直したのなら、今の彼女なりのバトルスタイルを確立しているはず。一朝一夕で改善しろと言う方が間違っている。

 

だから、できなくても失望はしない。ただ、そうであるなら何も変わらないというだけだ。

 

「──お願いします、ラティオス──!」

 

やがてしばらくして、本当に地味に時間を掛けつつしかも微妙に躊躇いながら彼女が呼び出したのは、先ほど呼び出したライコウと呼ばれた名前のポケモンと同様に見覚えも聞き覚えもなく、そもそも僕があまり他邦のポケモンに詳しくないと言っても、それでも注視するほどの存在感を持つポケモン。

 

(エスパーと………ひこうかな、それかドラゴン辺り? 見た感じ硬そうだし………いや、耐えてくれなきゃこっちが困るからいいんだけど、まさか奥の手が素で耐えられそうなポケモンとは──待てよ)

 

雑に考え、即座に思考を止める。今にして思えば、そもそもの前提からして違っていた。

 

僕はこう見えて気分屋だ。今こそリーリエという絶対の礎の下動いているものの、いつもは割と気の赴くまま行動しているし、今だってなんとなく戦っていて、それっぽい思いつきで挑んでいる。

 

彼女が積み立てた鍛錬とは違う、実戦に基づいた直感頼みの『へんげんじざい』。それ故、対策も気分次第。相性なんて有って無きが如く。有利不利などその場で決める。ただ、この場合は──

 

(………今は深夜。これなら、ここでも──)

 

視線を対象に『ロックオン』し、一瞬だけラランテスとアイコンタクト、その意思を伝え、実現のために力を込める。

 

両手を突き出し、そのまま右下に。左手を左上へと掲げ、その状態で両手を肘から折り曲げ『Z』の字を形成する。

 

「え──」

 

リラさんの表情が怪訝なそれに変わる。当然か。くさ単体のラランテスに持たせるものとして、このポーズはあまりに不適格だ。

 

この島の出身でない彼女はZわざを使えない。必然、Zわざについての知識が希薄となる。それでも、このわざをZわざにした場合の扱いには相当のセンスがないと不可能だろうが、その点僕は問題ない。多分。きっと。

 

「3、2。…………ラランテス」

 

『じゃらぁぁあああ!!!』

 

時間を見計らい、段々と口調が荒くなってる『やんちゃ』なラランテスへ力を注ぎ込む。

 

いつものことながら、女の子なんだからもう少しお淑やかにできないものか、なんてどうでもいいことをこんなタイミングでちょっとだけ心配になる僕なのであった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

(──来る)

 

肌がひりつくような感覚。闇夜に浮かぶ十日夜の光が、突如として消えたような錯覚に陥る、それほどの狭窄感。否が応でも目を離すことができず、まるで視界そのものが彼に囚われてしまったように。

 

彼が纏う超常的なオーラ。人を惹きつける雰囲気。見てわかる、肌に感じるほどの異様な才能。それが余す事なくこちらに向けられている。そのことが、私には何よりも恐ろしい。

 

しかし同時に、どうしてか望ましい。理由は分からない。この感覚には覚えがある。これは、おそらく──

 

(これはきっと、私の記憶の──)

 

──才能。

 

私が彼に惹かれた理由。憧憬を抱いた理由。チャンピオンとしての立場以上に、個人として敬意を払う理由。

 

そうだ。かつて私はそれを求めていた。彼が垣間見たかつての私──記憶を失う以前の私は、いつも満たされない気持ちを抱いていた。

 

今はそうじゃない。なんとなくわかる。欠けた器に、収まりきらないほど膨大な才能が注がれて溢れ出る感覚。だからこそ、今更になって、私は記憶を取り戻したいと願うようになったのだから。

 

(迎撃する? ──いえ、それができるなら苦労はしない。ただでさえ『ソーラーブレード』程度(・・)に梃子摺っているのに、それ以上は可能性すら望めない。なら………)

 

幸いにも、ヒントは彼自身から与えられた。残酷なまでに示された才能の差。その上で期待されている事実が、僅かな可能性を指し示した。

 

故に私は、その期待に応えよう。私が持てる才能を。私が無くした経験に換えて、その究極を、私の理想を体現しているあの彼を見返そう。

 

私はリラ。ただひとりのポケモントレーナー。空っぽの玉座で見栄を張る、異世界における実力者(タイクーン)

 

そうだ。私は、その名前に恥じぬよう、自分にできるゼンリョクで、

 

「ラランテス、『むげんあんやへのいざない』!」

 

「──ラティオス、『まもる』!!」

 

(──確実に、凌ぐ!)

 

指示は同時に。動作は互角に。しかし結果は対極に。

 

エスパータイプを保有するポケモンは、特有のオーラを纏うためにある程度のセンスがあればそれを『みやぶる』ことは容易だ。従って、彼がゴーストわざで攻めて来たこと自体に驚きはないが、明らかに適用範囲内、しかもあのポーズからどうやって繰り出したのかは興味がある。

 

可能性としては先ほど使用した『しぜんのちから』。思えば、先ほど街中で使用したはずなのに現出したわざが『トライアタック』ではなかった。『しぜんのちから』が『ねこのて』や『さきどり』同様、相当扱いが難しいわざの一つだと知ってはいるものの、使い熟すとこうまで読めないとは。

 

くさタイプのわざならあわよくば、という楽観は消滅した。彼が繰り出した『大技』は、『まもる』によって軽減してなお、私如きを斃すにあまりある。

 

(だったら──!)

 

この期に及んで甘えた考えを、否、出し惜しみしようとした躊躇いをゼンリョクで引き剥がし、握り潰すほどの力で掲げて持てる才能全てを注ぐ。

 

私の才能など、かつてどこかに置き忘れた出涸らしだ。だけど今は、そんなかつての私さえ霞むような才能がすぐ近くにある。

 

才能とは互いに高め合うもの。切磋琢磨し、競い合い、より高次元へと昇華されゆく。この短時間で果たしてどこまで彼に引き摺られたか、この攻防でその影響を最低限、最大限のカタチにして見せる!

 

「あ、あ──ぁぁあぁぁああああ!!」

 

『フォォオ──!!』

 

サイキッカーである私の思念を、エスパータイプを保有するラティオスの元へ直に届ける。交信の際、出力差から頭痛がするも、怯むわけには断じていかない。

 

ただでさえ不利なのはこちらだ。多少のかなりの相当な覚悟がなくては立ち向かうことすら叶わない。慣れ親しんだはずのメガシンカも、こうまで早急にやるとなれば無茶になる。

 

しかし、無茶も通せば道理と化す。異様な疲労感と引き換えに共鳴するメガストーンがラティオスの身体を覆い尽くす。我が意思に応えんと、己が形状を最適なカタチに変えていく。

 

(っ、ですが──!)

 

結果として生じたのは、押し返す程の余力は無いが、辛うじて凌ぎ続ける事は不可能ではない――そんな拮抗状態。

 

だが、この危うい均衡も、いつまで保つのか。全力で力を放出して攻撃をレジストしながらも、脳裏には一抹の不安が過ぎる。眼前を埋め尽くす闇色の波動は尽きる気配が無く、もはや視界全体が暗黒に塗り潰されている状態だ。

 

私たちの力を合わせる事で今はどうにか対抗出来ているものの、我々が生身である以上、保有する力は当然の如く有限。この調子で放出を続けていれば、遠くない未来に限界まで消費し尽してしまう。深淵を思わせる才能の外観と同様、その保有量が底無しの無尽蔵であれば――遅かれ早かれ呑み込まれるという未来は変わらない。

 

果てしなく続く殺気の攻勢を前に、胸に抱いた危惧が現実味を帯び始めた、その時――唐突に、あるいは当然に、彼にとってはおそらく必然に。その追撃(・・)は訪れた。

 

『シャァォラァアアア!!』

 

「っ──!?!」

 

『フォ──!』

 

(な──)

 

そんな馬鹿な──視界に映った信じがたい光景に、場違いにもそんな感想が浮かぶ。

 

放出系のわざの殆どは、そのわざを放出し終えるまで動けない。いくらZわざだからと、その前提が変わることはない。でも、目の前の黒き球体は未だ蠢き、私の視界を染め上げているのに、どうしてラランテスがラティオスの側にいる──!

 

「その疑問は尤も。ですが、そう難しいことではありません。このわざの元になった『シャドーボール』は、しぜんのちからで呼び覚ましたもの。故に、本体(・・)がたとえどうなろうと、わざそのものには何の影響もないのです。

 

──ラランテス、『つじぎり』!」

 

『しぁャァァア!!』

 

(ま、──)

 

「ラティオス──」

 

まずい、このままでは間違いなくやられる。タネが割れたのもこの際どうでもいい。どうにかしないと。どうにか、どうにか……ああ、これなら!

 

ほぼ反射的に指示を出す。失った経験からだろうか、上記の思考が過ぎる前に、どういうことか呼び掛けは叶っていた。なら、私は、その足掻きを実行に移すのみ!

 

「──ゼンリョクで、『ラスターパージ』!」

 

『フォォォオ!!!』

 

対策と呼ぶにも烏滸がましい、全方位への無差別放出。どうせ読み合いでは負けるからとある種の諦めに近い感情と、彼なら生半可な攻撃は潜り抜けるだろうという根拠のない信頼が合わさった結果生まれたやけっぱち(・・・・・)

 

それが良かったのか、悪かったのか──とにかく、結果として。三つ巴のエネルギーが交錯したフィールドには、文字通り目を覆うほどの衝撃と、凄まじい『ばくおんぱ』が響き渡った。

 

「くぅ………」

 

「む………!」

 

繁雑するフィールドとは真逆に、戦況には静寂が満ちる。当然だろう。なにせこの爆音と砂煙だ。指示を出すどころの話ですらなく、しばし視界や呼吸すら制限する必要がある。

 

そのまま互いに沈黙を保ちつつフィールドを見守り続け──視界が晴れたその先には、クレーターのごときフィールドと、その中央に折り重なる互いのポケモンたち。

 

「…………」

 

「…………。………ぷっ」

 

無言で顔を見合わせ、彼が浮かべるバツの悪そうな顔を見て、あはははは、と快活に笑う。

 

流石に少しはしゃぎ過ぎた。夜中にやるような騒ぎじゃないし、いくらなんでも無茶をし過ぎだ。夢中と言えば聞こえはいいが、現状は単なる暴走、歯止めがきかなくなっただけの話。

 

表情こそ乏しいものの、伊達にここ数ヶ月苦楽を共にしたわけではない。ここまでするつもりではなかった──ありありと読み取れるようになったそれがおかしくて、何より嬉しくて。

 

たった一つ。たったの一匹。ほんの僅かなカケラなれども──彼の本気の一端に、互角以上を見せることができた。それで十分だ。

 

「………なんでしょう。褒めるのも色々とおかしいですし、悔しがるのもなんか違う気がします。こんな時、僕はどうすれば──」

 

「ふふふ………そうですね、それは後で考えるとして、まずはポケモンセンターにでも──」

 

「嫌です。こんな時間からあの人と出会いたくありません。あの人は色々と便利なのでよく話すんですけど、それでもあの人に対する苦手意識が消えたわけでもないので」

 

「苦手意識……ですか? あの、今更ですが、チャンピオンはあの女性とどのような関係で?」

 

「ほんの数日……いえ、一日でも早く貴女がアローラに来ていたら、僕の立場に収まっていたかもしれない人です」

 

「え? それは──」

 

「ああ、でも確かウルトラホールに携わった人物が必要なんでしたっけ。なら、どちらにせよ呼ばれていたのかもしれませんね。尤も、ウルトラホールについてなら、あの人以上に詳しい人なんてリーリエのお父さんくらいしか思いつきませんが」

 

続けられた言葉の真意はさておいて、彼の言葉が正しければつまり彼女はここアローラの元チャンピオンということになる。なるほど、道理で──って、え?

 

「え? ここアローラ初のチャンピオンに君臨したのは、ヨウさんのはずでは……?」

 

「ですから、そういうことです」

 

「…………冗談、ですよね?」

 

無礼を承知で聞き直す。とてもじゃないが信じられない。

 

アローラリーグ誕生の経緯とチャンピオンに輝いた少年の存在は知っている。アローラは本土においても有名な観光地で、大々的な事件としてニュース等に取り上げられていた。

 

だから、彼のことは島に来る前から知っていた。そして実際に出会って度肝を抜かれた。同時に納得をした。この少年なら、ここアローラに限らずとも、どの地方でもチャンピオン足り得るポテンシャルを秘めていると。

 

この素晴らしい御人は、きっと誰に対しても強大で偉大にあり続けると。

 

「──貴女に限った話じゃないですけど、みんな僕を何だと思ってるんです?」

 

「それは、その……天才とか……」

 

「異端でも異常者でも、いっそ化け物でも怪物でも、今は遠慮せず好きなように呼んで構いませんよ?」

 

「い、いえ──!」

 

「………まあ、そのお気持ちも理解できます。僕自身、己を最強だと信じて疑いませんでしたし」

 

そんな発言と共に乏しい表情を僅かに歪ませて遠くを見た彼は、その後直ぐにこちらへ振り返って「いえ」と呟き、

 

「それを信じていたのは、僕では──」

 

その言葉が私に届く直前に、騒ぎを聞きつけたであろうハンサムさんがいつもの調子でフィールドへ駆けつけ、空気が良い意味で弛緩する。

 

気づけば峠もとうに超えていた。ただでさえ疲労困憊の今、明日以降の仕事にも響くので、強引にでも区切りがついたのは有り難い。

 

でも──

 

(最後の言葉は、どういう──)

 

表情の乏しい彼が、はっきりとわかるほど優しい顔で、思い耽っていたその姿。

 

明白に、私とは無関係なのだとだけ分かるその呟きが、一切の衝撃もその他の感情も吹き飛ばして、どうにも胸の奥底で痼り続けるのだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

(──私は、何をしているんでしょうか)

 

 

幾度と無く過ぎった疑問が、力無く脳を通過する。

 

最近、物思いに耽ることが多くなった。不自然に思われないように垂らした釣り糸も、既に獲物については想定さえもしていない。

 

あれだけ好きだった海釣り。偉大なる大海原の潮風を存分に受けても、最近は何も感じなくなってしまった。否、楽しいとは感じているのだ。ただそれが、それ以上の衝撃にいつも塗りつぶされて、どうにも味気なく思えてくるだけで。

 

 

(──かれこれ一年。みんな、心配しているのかな……)

 

 

不意に過ぎったのは、コニコにいるみんなのこと。愛すべき妹達、愛しい両親、大好きな親友。尊敬するお姉さん。彼女たちの顔が過ぎっては消えて、しかしそれ以上の衝撃に打ち砕かれる。

 

それを誤魔化すために釣り糸を垂れて、かれこれ既に一年は経つ。幸い、この一年に私の肩書き(キャプテンとしての私)が行動の支障になることはなかったが、それも今後はどうなるか。

 

 

(──………?)

 

 

そうこうしていると、突如、無為な時間をぶち壊して、垂らした釣り糸とは無関係な場所から、とあるポケモンが飛び出してくる。そして、驚く。

 

 

(──あれは、カイリュー?)

 

 

現れたのはなんと、ドラゴンタイプの代表格とも呼べる知名度と実力を誇るポケモン、カイリュー。ここポニの険路にも野生の個体が存在している事実は知っていたが、まさか本当に出会うことができるとは。

 

 

(──でも、あれ?)

 

 

反射的にボールを掴んで身構えるも、直ぐに様子がおかかしいことに気づく。

 

襲われたにしては状況がおかしい。そもそもカイリューは比較的温厚な性格として有名なポケモンだ。人間に匹敵する知能と、比較にもならない圧倒的な暴力を有し、それでもなおヒトと正しく歩み寄ろうとする偉大なる海の化身。

 

そうだ。おかしいのはそこだ。そんなポケモンがどうしてこんな人前に姿を現して、あまつさえ、どうしてまるで圧倒的な暴力で吹き飛ばされたような体勢で岩に凭れ掛かり、そんな無様を晒している──!

 

「どうしたんだ、オイ。てめぇ、まだまだ俺は、ちっとも壊れちゃいねぇぞ!」

 

その直後、鳴き声さえ発せないカイリューと、息を飲む私の空気感を破壊するような、暴力的な言葉が響き渡る。

 

非常に見覚えのある人物だった。ともすれば私達からするとチャンピオンである彼よりも有名な、しかしここ一年の間にすっかり息を潜めた人物。

 

島に見捨てられたアウトロー集団、スカル団の頭領であるグズマ。そんな彼が、どういうことかかつてのような衝動を露わにして、でも何故かこんな人目につかない場所で当たり散らしている。

 

「ん? テメェは確か……まあいい。ソコソコ腕の立つトレーナーが二人。それがこんなトコで、こうして目が合ったんだ。

 

──ちょっとだけ、俺の憂さ晴らしに付き合ってくれや。なあ、キャプテンさんよ」

 

海の化身を殴り倒した暴力の化身が、凶悪な顔で私に吠える。

 

しかし。私は、どうしてかその顔はまるで──そう。まるでこの場所に生息しているグランブルのように、あるいは子どもの癇癪のように、どうにも虚しく耳に届くのだった。







さて、息抜きはそろそろ控えて周回地獄に戻るか………。


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しまめぐり なんかして なんに なるんだよ

周回の息抜きに投稿。しばらくはボックスに掛り切りになりそうです。


 

 

「とりあえず、話は伺いましたが………なるほど」

 

「ああ? 何かわかったってのかよ。テメェがよ」

 

「いえ、逆です。何もわからない、ということがわかりました」

 

「………なんだそりゃ」

 

大柄な青年が、その言葉にがっくりと肩を落とす。

 

やや不謹慎ではあるものの、対戦時にはあれほどの猛威を奮っていた彼が、私の言葉一つで翻弄されるというのは実に気分がいい。特に最近はそれが通用しない相手に惨敗してこんなところで燻っていたのもある。ともすれば、普通に敗北した事実さえも覆せそうな勢いだ。

 

(しかし、普通に難しいお話でしたね……)

 

意外、と言っては失礼だが、スカル団の創立にそんな事情があったとは想像もしていなかった。浅慮だった、とは違う。これは単に私が彼ら彼女らのことを侮っていただけだろう。

 

実際、思い返せば気づいていた人はいるはずなのだ。彼が例に挙げたハラさんを代表に、かなりの急ピッチで島を根底から塗り替えたククイ博士。町を占有されたにもかかわらず何故か不干渉を貫いたクチナシさんと、疑問に思うべきこと、考えるべきことはいくつもあったのに。

 

世に蔓延るトレーナーの数と、キャプテンの座に収まる人間の数は多少では済まない差がある。才能がそのまま資格に直結しない、というのも難しい要素だ。ライチさんが頻りに最強のトレーナーとして名を挙げていた虫使いの頂点たる彼。そんな彼でさえカプのきまぐれによってその座を弾かれるのであれば、何をどう頑張れば期待に応えられるのか(・・・・・・・・・・)

 

(………結局のところ、そういうことですよね。この人がこうまで拗らせたのは)

 

優しい人、だったのだろう。今でこそ見る影もないが、幼い頃はさぞかし親に好かれる『良い子』であったことがありありと想像できる。彼に限った話ではない。かつてスカル団と呼ばれた組織にいる人たちのいくらかは、こういう事情ややりきれない思いを抱えて過ごしていたのかもしれない。

 

私はどうだったろうか。否、考えるまでもない。私は恵まれていた。運が良かった。羨まれる立場にあった。それだけのこと。とはいえ否定される謂れもない。

 

だから、私には彼の苦悩は理解できない。彼がどんな思いでスカル団を統べていたのかも同様に。慰めや同情は彼自身が拒むだろう。彼自身、あるいは客観的にも彼の行動は決して良い行いであるとは呼べないのだから。

 

(『良い子』ではダメだった。だからこそ、彼はそんな自分を疎んだ。その結果得られたのが落ちこぼれのレッテルと、スカル団という現実。いやはや、実に面倒なお話です。もっとどうしようもない理由であれば、私も存分に弄ることができるのに)

 

そもそも私は賢者でも何でもない。しまクイーンの中でも特に聡明なライチさん辺りならともかく、私ではどう足掻いても彼が納得する答えを出すことは不可能だろう。

 

(…………でも)

 

どうしてか、もしかしたら(・・・・・・)という感想が浮かんだ。いつかスイ・ホウと喧嘩した時に感じた無力感と、その対応が、この状況に酷似していたからだろうか。

 

おかしな話だ。年齢も状況もスケールも関係性すら異なる人間同士でありながら、こんなところで共通点が生まれる。それこそ人間らしいと表現すればいいのか。『あまのじゃく』な私にとっては、実に難儀なことだ。

 

「結局のところ、貴方はどうしたいんですか?」

 

「………ああ?」

 

「まさか解散したスカル団を改めて、なんてことはないでしょうし、話を聞いてるとどうにも目的が見えてきません。

 

順当に考えるなら、貴方はハラさんに、いえ、周囲の大人たち全員に対して八つ当たりなり報復なりを挑んでもおかしくないというのに、貴方はそうはしなかった。

 

キャプテンである私を羨んでいるわけでもない。最初はそれを疑いましたが、貴方のバトルを見ればすぐ、そうでないことくらいはわかります。

 

そう、貴方はまるで、まるで全てを諦めたようにも」

 

慌てて口を抑える。失言だった。いくらなんでも、この発言は失礼極まりない。

 

彼が私なんかより遥かに苦悩していることは、こうして断片的に語られた話だけで痛いほど伝わってきた。確かに理解はできないのだろう。私とは立場から違いすぎて、共感することは不可能に近いのだから。

 

しかし、だからといって彼を小馬鹿にすることは人として最低の部類に入る。単に発言だけならそういう意図は見えないかもしれない。でも、今の私は一瞬でも間違いなく彼を『愚者』として認識してしまった。早く謝らないと。

 

「ご、ごめんなさ──」

 

「いや、いい。俺様も、分かってはいるんだ。でなけりゃ、こんな辺鄙なトコまで来たりはしねぇ。

 

諦めたってよりは、馬鹿馬鹿しくなった、ってのが正しいな。──誰よりも認められたかったヤツに、あんな顔で謝られたらよ」

 

「………っ」

 

予想だにしなかった発言を、本当に無感情でボソリと呟かれて絶句する。

 

同時に実感する。これは私が思うより遥かに闇が深い事態だと。茶化すなんてとんでもない。対応を誤れば、スカル団が復活することにもなりかねない。あるいは単純に彼が破滅するのが先か。いずれにしても、ここで見過ごすのは後味が悪過ぎる。

 

「──そうです!」

 

スイの時を思い返して、続く言葉を遮るように宣言する。あの時はおやつの取り分がどうだのといったくだらない諍いだったが、基本は同じ。ダメだったら新たな手を考えればいいだけのこと。案ずるより産むが易し、とにかく行動あるのみだ。

 

「私の友達に、そういう悩みとは無縁な……失礼。えー、その、そう、とっても素直で快活な人がいるんです。三人寄れば文殊の知恵とも言いますし、ひとまず色々と話を広げましょう。

 

それでもダメなら、私の一番尊敬する女性。まだ足りないのならこの島で最も信頼できる人、貴方の事情はこの島の根幹に関わること。きっと既に誰かが懸念しているか、そうでなくても協力してくれるはずです。

 

ああ、安心してください。ご存知の通り、私はこう見えてキャプテンですので、人脈だけなら大したものですよ?」

 

「……だろうな。だが、テメェにそこまでする義理はねぇだろ」

 

拗ねたようにボソリと呟く。先ほどのネガティブな発言よりも更に力ない漏れ出た言葉。見え隠れする自身を卑下する接続語。

 

“どうせ俺なんかに“、そういった意図がありありと、ひしひしと伝わってくる。だから私はそれを「いえいえ」と否定して、いつものように、当たり前のように、当然のように告げる。

 

「悩める若人を導くのは、キャプテンとしての役目ですから」

 

「──………!」

 

目を見開いて、しかしそれも一瞬、すぐに不機嫌そうなそれまでの顔に『とんぼがえり』し、だけどそれきり反論の無くなった彼を随伴して今は懐かしきコニコに舵を切る。

 

──解決策として示したその先に、次なる若人が待ち受けているとは知らずに。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「めんっっっっどうくさいわねぇ………」

 

「言わないでください。僕だって、あんなのと戦うのは気が滅入るので………」

 

初めて出会った時のような険しい顔を珍しく露わにしながら、見ているだけで気力が削がれるため息と共に彼女が呟く。

 

ただでさえ慣れないことをしているのだ。彼女に対する苦手意識はなるべく早く治すように努力してはいるものの、荒療治をすればだいたいが解決するなどとほざいている人は死ねばいいと思う。違う、そうじゃない。これは仕方のないことなのだ。そう、きっと。

 

そんな不毛かつ意味不明な思考を僕が繰り広げていると、そもそもこの状況に陥ることになった要因に対し、彼女が抑揚の小さい声で問い質す。

 

「そもそも、いくら対象が二匹だからって、あれだけの図体があればヨウ君なら余裕じゃないのかしら」

 

「それは何といいますか、二匹が近くにいると感覚が狂うんですよね。どうしてももう一匹を目で追ってしまって……」

 

「……そんなところだけゲームに倣わなくても、じゃなくて。なら逆に、私だけってのはどうだったのかしら」

 

「その案は満場一致で否決されたじゃないですか。リラさんなんて猛反対してましたし、僕も反対です」

 

「あの子が反対した理由は利己的なものでしょう? でもヨウ君が実質一人で捕獲を行なっているのに、私が一人ではできないと思われていることは屈辱ね。とはいえ事実厳しそうだし、捕獲にはこだわりもないから別にいいけど」

 

飄々と呟きながらも据わった目でこちらをジッと見つめる視線にたじろぐ。バトルの時にも時々あったが、言動と行動を一致させないのは本当にやめて欲しい。対応に困る。

 

それ以前に、あのお馴染みのスマイルがこうして歪んでいるのを見るとそれだけでなんか怖い。それが彼女のものとなれば特に。まあ、一番恐ろしいのは、そんな異常事態に段々と慣れてきてしまっている僕自身にだが。

 

「私以外は? ほら、ハンサムさんとか」

 

「それは……って、ハンサムさんですか? リラさんやクチナシさんではなくて?」

 

「ええ。あの人、オープンレベルは30いかない程度だけど、かなり強いわよ?

 

流石に太刀打ちはできないでしょうけど、ヨウ君みたいなタイプなら“一杯食わされる“くらいは行くんじゃないかしら」

 

「へぇ。…………なんでそんなこと知ってるんです? あの人、僕らの前でポケモンを取り出してさえいませんよね?」

 

「いや、ほら。貴方がヴェラ火山公園で張り込みをしていた時、一度だけウチのセンターに来たことがあって。その時にざっくりステータスを盗み見たわ。

 

ヨウ君に勝るとも劣らないなかなかに洗練された能力。いくつもの修羅場を乗り越えなければああはならないわ。………そういえばヨウ君はどうやってポケモンを鍛えているの? 一年やそこらでチャンピオンクラスってことは、やっぱり私には想像も及ばない特殊な特訓を」

 

「え? いえ、特にそういう特別なそれは。ただ普通にバトルして気分高まればそれで………」

 

素直に答えると、彼女の顔が更に険しくなる。今度は理解できる憤りではあるのだが、僕に責任があるわけでもないんだけど。

 

それよりも、捕獲に取り掛かる前からこんなに空気を悪くして大丈夫なんだろうか。僕も彼女も戦闘中は意識を切り替えられる人間だから、心配はあまりしていないけど。

 

(でも、ハンサムさんが。……正直、面白い人くらいの印象だったんだけど)

 

人を見るのは苦手だ。リーリエとグラジオとルザミーネさんとの関連性を見抜けなかったり、ルザミーネさんの異常性に気づかない程度には。

 

それはつまり、見る目がないということ。実際、リーリエがルザミーネさんのような異常性を内に秘めていた場合、今頃この島がどうなっていたのかは考えたくもない。

 

「それで、具体的にはどういう? 結局ボールを当てにくいって言うのなら、私がいてもいなくても同じじゃないの?」

 

「それなんですけど、いっそ捕獲は任せてしまおうかと。一旦打破するのも考えたんですが、それだと復帰(・・)した際にどうなるか未知数なので………そもそもこっちのルールが適用されてるのか不明ですし」

 

「ああ、『ひんし』の縮むアレ………って、私に? まあ、それくらいは別に構わないけど。でも私、捕獲ははっきり言って大したことはないわよ? せいぜいがそこらのエリートトレーナーと同格程度。ポケモンドクターの資格に捕獲技能は必要ないからね」

 

「それで十分です。あの二匹は、僕がなんとかしますので、その隙に──」

 

言いかけたところで口の中に何かを投げ込まれ、言いかけた言葉と共にそれを飲み下す。

 

これは……なんだろう。一瞬マラサダかと思ったけど、味や食感が別物だ。少なくとも僕は食べたことがないものであるのは間違いない。これは、

 

「『もりのヨウカン』よ。シンオウ地方にあるハクタイシティってとこの名物。

 

──さっきは謙遜したけど、それを鵜呑みに見縊ってもらうのもそれはそれで癪なのよね。ほら、どうかしら。ジャストミートだったでしょう?」

 

「食べ物で遊ばないでください。………美味しい」

 

「私、これ好きなのよね。なんというか、暗闇から現実に引き戻される感覚がするというか、逆に意識が遠くなるというか、魂が活性化するというか。製造にゴーストポケモンを使っているそうだし、霊的な何かが宿っているのかしら」

 

「いえ、そこまではわかりませんけど………」

 

面食らったが、要するに余計な心配は無用だとアピールしているつもりらしい。よく見ると、さっきまでの険しい表情が幾分か和らいでいるようにも見える。

 

それでもいつものような冷徹なモノにならないあたり、彼女も彼女で緊張しているのだろうか。思えば、僕に最初に挑む時もこんな顔をしていた気がするし、彼女なりの葛藤があるのだろうか。わからない。人を見るのは苦手だ。ここ最近では殊更に。

 

「っと、着いたわね。いつ以来かしら、メレメレの花園なんて」

 

「僕は何度か来ましたが………その時には、こんなピリピリした雰囲気はありませんでしたね」

 

肌で感じるウルトラビースト特有のオーラ。封鎖されて人の気配が感じられない花園が、別世界のようにも思える。

 

どころか、中央に居座る二匹のウルトラビースト達を除いて、ポケモンの気配すら殆ど感じられない。逃げたのか、隠れているのか。いずれにしろ、僕らにとっては都合がいい。

 

「うわ、こっち向いたわよヨウ君。知ってはいたけど、実際に見ると流石のインパクトね。

 

──さて、戯言はここまで。まずは事前確認から」

 

「作戦名は特になし。場所はここ、メレメレの花園。目的は中央に居座るあの二匹のウルトラビースト、コードネーム:EXPANSIONことマッシブーンの捕獲。そしてその方法は──」

 

「タッグバトルによる各個束縛による同時捕獲。捕獲担当は私。あとはまあその場の雰囲気で臨機応変に。いわゆる高度な柔軟性を、ってやつね。

 

では早速、出番よ、アナ」

 

「来い、ガオガエン!」

 

あのウルトラビーストの行動原理は、事前に『筋肉自慢がしたいだけ』ということは知っていたので、なるべくこちらに釣られそうなポケモンを呼び出す。対する彼女はと言うと例の嫌がらせをする魂胆が明け透けのあのポケモン。これが初手の選出にトレーナーの性格が多分に反映されるという顕著な例である。

 

(多足歩行のポケモンは方向転換が不規則だから苦手なんだけど、あのポケモンは見るからに『マッスグマ』型だから搦め手は任せよう)

 

「ガオガエン、『フレアドライブ』!」

 

先手必勝。とりあえず威嚇し合っている二匹の間を分割するようにダイナミックエントリー。すると突然、何故か直前までいがみ合っていたはずのマッシブーンが何の脈絡もなく示し合わせたように結託して同時に襲いかかってきたので『ローキック』を指示して片方を転ばせ、もう片方の胴体を『DDラリアット』で突き上げ、戦闘の妨げにならない程度に吹き飛ばす。

 

「ちょっ………そんなことが出来るなら、やりようによっては一人でどうにかなったんじゃないの……!?」

 

真横からそのような悪態が聞こえてきたが、無視する。実際、リーリエと袂を分かってから今までは一人で行動していたわけだし、ダブルバトルに対する適性も人並み以上はあると自負している。

 

──しかし、確実ではない。99%の確率で捕獲できても、その1%にリーリエが絡む可能性がある以上、僕の心情などどうでもいい。幸い、彼女のことは苦手であっても嫌いではない。むしろ好感を持ってるくらいだ。背中を預けることに対して異論はない。

 

すぐさま視線を戻して集中し、もう一匹のウルトラビーストの動きを推察する。両手を組み合わせて振りかぶる動き。プロレスにおけるダブルスレッジハンマーの予備動作だろうか。となると、

 

(『アームハンマー』? いや……なんでもいいか)

 

「『ねこだまし』!」

 

ぱぁん、と小気味いい音と共に空気が振動する。結局あれきり定着しなかった『ねごと』の代わりに覚えさせた一発芸だが、こちらは彼の気性にも合っていたのか割と簡単に使えるようになった。クセはあるけど、それこそ僕には問題にもならない。

 

『バルッ……!?』

 

両腕を振りかぶった体勢のまま僅かに怯んだマッシブーンの口吻部を『ばかぢから』で強引に突き上げる。

 

マッシブーンの口吻部はダイヤよりも硬い。丈夫と言えば聞こえはいいが、頭部と比較しても長大なそこは、つまりはそれだけ重要な部位だということ。僕のガオガエンの馬鹿力でへし折れないだけ大したものだが、頭部と繋がっているのだ。振動だけでも相当なダメージになる。

 

そんな部位を強引に突き上げたりなんかすれば、当然体勢やらその他諸々が崩れる。特にマッシブーンは上半身が筋肉によって肥大化しているかくとうポケモンだ。多足歩行による重心の安定化も、体勢を崩せば見る影もない。

 

「いや、ホント強かになったわね、ヨウ君。私の所為っぽいのが癪だけど。──よっと」

 

そして、これほどあからさまな隙を、如何にもう一匹の対処に手間取っていたとして、僕をあれだけ執拗に苦しめたあの人が、たかだかウルトラビースト如きを相手にした程度で見過ごすはずはないのだ。

 

「うーん。素晴らしい捕獲率ね。流石は専用のモンスターボール。エンドケイブでちまちま高ぁいボールを消費していたのが悲しくなってくるわ」

 

踏み荒らされた花園に転げ落ちた異質なボールを拾い上げながら彼女は言う。なんでもないかのように告げているが、エンドケイブはこのアローラでも有数の危険区域として挙げられる死の洞窟だ。相変わらず一言一言が心臓に悪い女性である。

 

「もう片方は……」

 

「ボールに入れて放置してる。冷静に考えれば、250センチもある巨人にボールを当てるのなんて造作もないわね。一発で仕留められたのは単に運だけど、期待値はそれなりにあったからまあ分が悪い賭けでもなかったわ」

 

「は、はぁ……」

 

な、なるほど……? いや、確かに期待値云々を持ち出せば初手の犠牲に見合うだけの見返りは用意できていたのかもしれないが、ぶっつけ本番、しかも使い慣れてないボールでそれを決行するなんてどんな度胸をしてるんだこの人……?

 

彼女に問えば、そうでもなければ、という旨の言葉が返ってくるだろうが、それこそ間違っていると僕は思う。オープンレベルなんか気にしてない風を装って、その実オープンレベルに一番コンプレックスを抱いているのは彼女だ。なまじ見る目があるだけ自分の才能の限界を悟っているから、それ以上を目指せないというのに。

 

(とはいえ、彼女はだからこそ強い面もある。そもそも僕に言われて素直に従う人でもなし、そっとしておくのが吉かな)

 

この思考が的外れである可能性もある。僕は彼女とは違って人を見るのは苦手なのだ。結局は理解できていないわけで、いずれにしろ僕に何かを言う資格はない。

 

「でも、終わってみれば呆気ないのね。思えば、今までのも時間にしたら瞬殺だったみたいだし、こんなものかしら?」

 

「ウルトラビーストは共通して何かをさせると面倒なので、何もできない内に仕留めるのが最適です。今回は二匹もいたので、普段以上に気を使ったのは間違いありませんが」

 

「気を使った……あれで? いや、あれは押し付けたとかそんなのでしょう。私が言えた義理じゃないけどね」

 

どの口が言うか。

 

本当にどんな精神をしているのか、彼女は遠慮会釈も臆面もなくしれっとそんなことを告げ、しかしそれ以上は決して追求せずに大地に転がったボールを拾い上げる。

 

(………というか、自覚あったんだ。いや絶対に全部自覚してやってるとは思ってたけど、それを茶化すような人にも見えなかったんだけどな)

 

幾度となく挑み続け、尚も無言で立ち尽くす彼女の姿にある種の憧憬を抱いていた数ヶ月。立場と共に激動した僕らの関係は、あの頃のように単純なものではなくなってしまった。

 

軽口を叩く彼女。それを邪険に扱う僕。時に彼女へ教えを請いて、その回答に圧倒される。

 

大したものではないとはいえ、自身が攻められる要因となり得る発言をしたのは、それだけ彼女が、僕に気を許してくれているのだろうか。わからない。

 

自己の分析は苦手だ。複雑な感情となれば尚更に。幸いなのは、僕自身がそういう感情をリーリエ以外に抱けないという事実だけだろうか。とはいえ、彼女への感情を友誼と言うとまた違う気がするけど。

 

加えて、はっきり言って別段それが嬉しいわけでもない。でもまあ、それは同時に嫌だとも思っていない。結論、よくわからない。

 

「まあ、本当に面倒なのはこれからよね、きっと」

 

(また不穏な発言を…………まあ、いいや、なんでも。考えてもキリがない)

 

なんとなく煮え切らない感情のまま、微妙な気分を抱きつつも彼女への配慮もそこそこに花園の外へと歩み出す。

 

その直前、ふと振り返って視界に収めた荒れ果てた花園の一角を見て、どうしてか凄まじい悪寒が走ったのは、単なる気のせいだと信じたい僕であった。

 

まあ、すぐに他でもない彼女から否定されてしまうんだけど。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「………はい?」

 

その言葉が理解できず、つい間の抜けた声を漏らす。

 

当然ながら、言葉そのものが聞こえなかったわけではない。ただ耳を疑うような内容と、それをさらりと言い放った彼女の過ちを、自身の聞き違いを望むような発言に、呆気にとられてしまったからだ。

 

動揺する私を庇うように、共に話を聞いていたヨウさんが返答する。

 

「…………正気ですか?」

 

「果てしなく失礼だけど、まあ、その発言も尤もよね。でも、その上で、私は改めて問いましょう。

 

さっきのような婉曲した表現ではなく、決して誤解を与えないような表現で。他でもない国際警察のエージェントたる貴女に、民間人として協力を依頼しましょう」

 

「…………」

 

さっきの話を聞いていたからだろう。もしかしたら、という期待を込めて、彼は、私は一旦その口を閉ざす。

 

猛烈に嫌な予感がする。そも文脈からしてその対象(・・・・)を違えるはずもない発言を、更に誤解のないよう言い放つなど、問題発言になることが目に見えている。

 

それ以前に、この島に生まれて、この島で育って、この島で生きている彼女のような人が、どうしてそのような思想を得るに至ったのか。所詮は外様の者でしかない私にはわからない何か(やみ)が、この島には眠っているのだろうか。

 

「──近いうちに、カプと呼ばれる危険な(・・・)ポケモン達を捕まえに行こうと思うんだけど、ちょっと協力してくれないかしら?」








ちょっと短いけどここまで。ようやく本題に入れそう。





ちなみに、ヨウ君は天才なので、そんなヨウ君を容赦なく扱き下ろすオリシュさんはオンリーワンの存在であり、実際、割と頼れるので彼もそんな彼女に無意識のうちに甘えてしまっています。彼の思考はつまりそういう照れ隠し的な何かです。

ただ、この、なんだろう……姉弟? っぽい謎の関係が恋愛に発展することは絶対にないのでご容赦を。



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あれだけ つよくても キャプテンには なれなかったんだ

あけましておめでとう。この作品もひっそり続けたいと思います。では投稿します。しました。


「………へたくそ」

 

ぼそり、と呟かれたその言葉が胸に突き刺さる。

 

飾り気もない、飾る必要もない正直な気持ちを世にそのまま映し出したその言葉は、ありのままであるからこそ直接的に私の元までたどり着き、その精神を容赦なく抉る。

 

「口下手。法螺吹き。馬鹿正直。総評、もっとがんばりましょう。ちなみに流石の私も教員免許は持っていないので悪しからず」

 

「それはまあ見た通りなのでどうでもいいとして、確かにちょっと、その………ぎこちないといいますか」

 

「賛美なんて過剰なくらいで丁度いいのよ。心にもない事を告げる時は特にね。上乗せするべき感情を抑揚で誤魔化せるから。

 

ちなみに、これは接客業とかがよくマニュアル化される理由でもあるわ。とはいえ、そんなお世辞に惑わされる私でもないから、素直であることは評価しましょう。合格点は与えられないけど」

 

「し、精進します……」

 

「いいわよそんなの。私としても、無理に褒めてもらうなんて……今まで考えたこともなかったけど、案外悪くないかもしれないわね。

 

いえ、やっぱり駄目ね。なんか虚しいし、客観的に私の方が程度が低くなるし………でもそうね。足を舐めさせる、なんかは王道で憧れるわ。

 

どう? ヨウ君。ちょっとやってみる気はない? ああ、もちろん報酬は払うわよ。素足の状態かつ念入りに清掃及び消毒もすることを約束しましょう。どうかしら。楽しみ。しばらく興奮して眠れなくなりそう」

 

「何が王道なのかどうして僕なのか何故了承すると思ったのかそんな巫山戯たことを考える頭とかその辺小一時間くらい語り合いましょうか?」

 

「冗談よ、冗談。でもヨウ君なら、リーリエちゃんが相手なら、機会があれば頼まれなくてもやりそうよね」

 

「……………………そんなことはありません」

 

「照れなくてもいいわよ。性癖はその人の人生を左右する。つまりその人のカタチを彩るもの。だから私はどんな性癖であれそれ自体を差別しないし、己が性癖を世に憚るつもりはないわ」

 

「何を馬鹿なことを言ってるんですか、まったく……」

 

(…………)

 

怒涛の酷評と、対比するような軽口の応酬に返す言葉を見失う。

 

恥ずかしながら、私は口数が多い方ではない。誰かと和気藹々と語り合うなんて柄ではないとさえ思っているし、それが憎まれ口となればなおさらのことだ。故にこそ、彼らの会話に混ざれない。

 

羨ましいとは思わない。強いて言うなら、口惜しい、だろうか。もしも私がヨウさんとまでは行かずとも、ハンサムさんやクチナシさんほどには、事務的であっても最低限のコミュニケーションが取れるなら、ここで言葉に詰まって微妙な気分になることなんてないのに。

 

「それはそうと、ついに終わりが見えてきたわね」

 

「はい。残るウルトラビーストは2体。どちらもこれまで縄張りと定めた地域から移動することもなく、また特段これといった被害もないため後回しにしてきた2匹ですが──」

 

「ツンデツンデはともかく、フェローチェはそう見えるだけだけどね。とはいえ、カミツルギ相手に完勝するヨウ君ならどうにでもなるでしょうし、そろそろその後のことについても考えていいんじゃない?」

 

「その後、と言いますと……?」

 

「アローラにはポケモンリーグが設立されたばかり。挑戦権についても特段規定されておらず、実際今までは誰でも自由にリーグに挑めて、だからこそ突然チャンピオンが駆り出される事態になっても問題は起きなかったわけだけど、これからは違う。

 

他の地方のようなジムがアローラに設立されるのか、単に大試練がジムのような扱いになるのかは知らないけど、私とか挑戦者の人格面に配慮していない今の制度は後々問題になるでしょうし、少なくとも、ずっと今のまま、というわけにはいかないでしょうね」

 

「それは………そうかもしれませんね」

 

「まあ、それ自体はいいのよ。実際にリーグが建設された以上、キャプテンや島キングもそれを無視するわけにはいかないでしょうし、せいぜいがバッジを渡す程度の手間だしね」

 

なんでもないかのように彼女は告げる。事実、なんでもないことなのだろう。島の住人が一度リーグを認めた以上、若人を導くことを使命とするキャプテンや島キングが、全てのトレーナーの憧れであるポケモンリーグへの協力を惜しむとは思えない。

 

ここで話が終われば、ここまでならば、問題として上げる必要もない、単なる今後の確認に思える。しかし当然、この女性がその程度の話題にここまで勿体ぶるはずがない。やはりというか、彼女はここからが本題だと言うように、露骨に声色を変えて続ける。

 

「──問題となるのは、カプ神よ」

 

「…………!」

 

冷たい声で、冷徹な顔で、剣呑な雰囲気で、されど口元に僅かな喜悦を浮かばせながら、この島の守護神に向けられたものとは思えない尋常ならざる言葉を紡ぐ。

 

ウルトラビーストの話題など会話の取っ掛かりにさえならない、これこそが本題なのだと否応なく確信せざるを得ない重い情報が、真正面から私を殴りつける。

 

「私とククイは、この島の根底を覆した。それはつまり、アローラの伝統を、カプに対する信仰を揺るがしたに等しい。いえ、私だけじゃない。島を荒らしたスカル団や、ウルトラホールを研究していたエーテル財団は、既に一度、カプに対して喧嘩を売っている。

 

──だから、いつか、どんな『きまぐれ』で天罰が下るのかわからない」

 

「…………それは、流石に」

 

「10年前。ウラウラのとある大型販店の店長が事故死した。原因は地殻変動。今なお深い爪痕を残すその場所で突如発生した大地震は、周囲の岩盤を丸ごと破壊し狙い澄ましたかのように彼を大地の亀裂に招き入れ、その生涯に幕を下ろした」

 

「それは…………」

 

「遺体は文字通り、骨すら残らなかったそうよ。当時は行方不明として処理されていたけど、あの惨状を見ては誰もそんな希望的観測は抱けなかったでしょうね。その後はどうなったのかは知らないけど、社会的にももうとっくに死亡しているでしょう」

 

「…………」

 

反射的に繰り出そうとした反論が叩き潰される。彼女の口調は穏やかなものだ。抑揚こそ薄いものの、先ほどとは違い泣いてる子をあやすような慈しみに満ちている。しかし私は、そんな彼女へ恐怖に近い感情を抱いた。

 

「問えば誰もが言葉を濁すけど、あの事故の原因、その元凶は明らか。遺跡が築かれた当時の倫理観ならともかく、文明が発展したこの時代において明確な殺戮(・・)はカプの信仰そのものに対して不信感を抱かせるには十分だった。

 

信仰は互いに不干渉であってこそ。いつの時代もどんな世界でも、宗教が必要以上の力を持つなんて厄介なことにしかならないのよ」

 

「…………」

 

「スカル団の原型が築かれたのもこの事故がきっかけでね。事故によって親しい人を失った人たちが身を寄せ合って出来た団体が、特に親や友人を失った子どもたちを中心にいつしかレジスタンスのような活動をし始めたのがきっかけだったかしら。正式な形になったのはグズマが出張ってからだそうだけど、生憎と私はその事故で死んだことになってるから、詳しいことは知らないわね」

 

「…………は?」

 

淡々と語られるスカル団の誕生秘話と、ついでのように付け加えられたとんでもない暴露に間抜けな声が漏れる。

 

隣を見れば、私以上に深妙な表情で話を聞いていたヨウさんの目が見開いていた。どうやら彼にとっても今の話は初耳だったらしい。

 

しかし、彼女はと言うと当然のように我々の反応は気にも留めず、それでも万民に訴えるような確かな口調で語り続ける。

 

「………ねぇ。このウルトラビーストを巡る一連の事件、元を辿れば誰が原因だと思う?」

 

「──!」

 

「ウルトラビースト? エーテル財団? ルザミーネさん? ──いいえ、いいえ。

 

全ての元凶はモーンと呼ばれる、たった一人の研究者。ウルトラホールの第一人者にして、エーテル財団が行った研究の最高責任者であった人物。

 

彼がいたからこそエーテル財団はウルトラホールの研究を実用レベルまで成立させ、ウルトラビーストをこの世界に招き寄せることを可能とした。つまり、一連の案件に犯人を決めつけるとするなら、その対象は彼以外にはあり得ない」

 

「…………何が、言いたいんです?」

 

ヨウさんの声が震えている。よくよく見れば、顔色も明らかに先ほどより悪くなっている。ただ、その理由が私には未だよく分からない。この島に生まれていない私は、どこまでも異邦人である私には、あるいは単純に察しの悪い私は、今の会話に込められた意図を掴むことなどできず──彼女の言葉に、ただ圧倒されるのだった。

 

「ああ、何という悲劇! 罪と共に失われた記憶を取り戻した虜囚は、その善性から己が贖罪を願う。不器用な彼のこと、ウルトラホールによって不利益を得た全ての人に謝罪なり賠償なりを行うため、一刻も早く愛という名の拘束から逃れ、改めてアローラに足を踏み入れる──その時が最後。

 

正確にはおそらく、彼がウラウラ島に訪れるまでがリミット。ウラウラはアローラで最大の面積を誇るため単純に自然が多く、その化身たるカプが行使できる力がそれだけ大きい。単に環境として比較しても、ウラウラは他の島とは桁違いなほど『しぜんのちから』を実感する場所が多い。

 

ちょうど消費する対象もなくなったしね──さて、今度は死火山でも噴火するのかしら。困ったわね」

 

「………今度は、何を企んでいるんですか?」

 

「人助け」

 

彼女は普段とは大違いな、奇妙なほどメリハリのついた発音で綺麗事を紡ぐ。

 

心にもない発言は、抑揚を付けて誤魔化す──なるほど確かに。こうして実践されてみると、いくらかその言葉は、響きだけならそれらしく(・・・・・)も感じられた。

 

「──ねぇ、ちょっと提案があるんだけど。

 

この辺に、そろそろ暴れ出しそうなあぶないポケモンちゃんがいて、私はそれを鎮圧しようと考えているんだけど、一緒に来る?」

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

ウルトラホールに関わる実験。その最中に起こった悲惨な事故。それがそもそも何が原因で起きたのか──話はそこまで遡る。

 

当時の私は、とある経緯で入手したウルトラボールの実物を元手に、ウルトラホール研究の代表者であった人物──モーン博士と接触し、協力者として研究に紛れ込んだ。

 

「そこで助手の真似事をしたり、並行して細々と進められていた完全なる生命……タイプ:フルの研究に口出しをしたり、かねてより考えていた『あやしいパッチ』の改造による違法ポリゴンを利用した異次元へのアプローチを提案して確立したりと──まあ、いろいろと手を回していたわけだけど」

 

研究が加速するにつれて、ウルトラホールの探索が現実的なものになり、数回の実験ののち、記念すべき第一回の進入が行われた。

 

安全性はそれまでの検証によって確立され、あまり声高には言えない動物(・・)を使用した実験もいくらか行われていた。不安要素であった彷徨人──ウルトラビーストについては私が意図して情報を秘匿していたため懸念事項とは扱われず、それでも万が一のことを考え、外部協力者である私が矢面に立つことで決行。反対はあったけど他に適切な人材がいなかったこともあって断行された。

 

「結論から言うと、その実験は失敗した。その原因は今は関係ないから省くけど、とにかく私は帰還が絶望的な状況に陥り、犠牲者を出した研究は凍結──」

 

でも、まだ終わらなかった。かなり嫌らしい大人の事情が絡んだ末に、行方不明者、つまりは私の捜索の名目で研究は割とすぐに再開され、それでもモーン博士の抵抗もあってか、計画は方針に大幅な修正が加えられながらも順調に進められた。

 

──それから更にしばらくして、その事故は起こる。リーリエちゃん(ヒロイン)がエーテル財団を離れた理由、この物語の全てのきっかけ(ぼうけんのはじまり)となる、あの事件が。

 

 

 

 

「それからはまあ、貴女も知っての通りよ。あの場にいたなら、原因は概ね理解しているんでしょう? ねぇ──ルザミーネさん?」

 

「そうね………まさか、こんなにも素直に語って頂けるとは思わなかったけど」

 

「ちょっと思うところがあってね。よしみだし、雑談くらいなら付き合うわよ。──わざわざ人目のあるところで訪ねてきたってことは、事を荒だてたくはないのでしょう?」

 

ヨウ君たちとの密談から2日。

 

彼らが事後処理や次なる捕獲を目論んでいる最中の真昼間のポケモンセンターで、私は何故かルザミーネさんと、人の賑わう公共施設には似つかわしくない剣呑な話し合いを繰り広げていた。

 

ちなみに、どういうわけか彼女一人だけである。ククイにああも忠告されたからモーン博士を除く家族全員で踏み込まれる覚悟もしていたのだが、それが良かったのか悪かったのか。

 

なんとなく微妙な気分になっていると、目敏く疑問を察した彼女が補足するように告げる。

 

「あの子たちは他の島にいます。

 

リーリエから貴女の素性について伺っていたので、まずはポニ島に全員で訪ねて、その後は各島の方へと散開しましたの。わたしがこのウラウラにいるのはあくまで偶然です」

 

「あー………」

 

なるほど。ポケモンセンターの勤務状況からして、人数が3人もいるなら虱潰しでもどうにかなるのか。完璧に仕上げたはずの擬態を見抜かれたのは悔しいけれど、それこそ彼女に年季では敵うはずもない。

 

というかこの人、なんかキャラ変わってない? 一人称からして違和感があるし、そもそも纏っていた胡散臭さが無くなっていて何というかリーリエちゃんっぽい。

 

それとも私が知らないだけで、本来彼女はこんな感じなのだろうか。良くも悪くもリーリエちゃんと雰囲気が被る、ザ・お嬢様と表現するべき人格。正直容姿を除いたらあのモーンさんが彼女のどんなところに惹かれたのかずっと不明なままだったが、なるほど今の彼女なら多少は納得できなくもない。とはいえ逆に、そうなるとどうして彼女があのモーンさんを選んだのかが疑問だが、人格的には普通に惚れ込んでもおかしくないし、それこそ私が踏み込むことでもないだろう。

 

「………先に言っとくけど、私は絶対に謝らないわよ。感謝はする。貴女たちが気持ち良く踊ってくれたおかげで、私は随分と楽しめたわ、ありがとう。

 

さあ、軽蔑したでしょう? 情報も渡したし、だからもう帰りなさいな。貴女たちの尻拭いを、貴女の息子に押し付けてないで」

 

「その程度の悪態にはいそうですかと納得できるのなら、わざわざラナキラまで足を運んだりはしません。

 

──コスモッグの入手経路と正しい使い方(・・・・・・)について、モーンの代理として資料の提供を依頼します」

 

「…………」

 

受付のカウンターを両手で叩きつけながら真剣な表情で彼女は告げる。

 

その内容に、ここが公共の場であることも忘却して舌打ちをする。感情に任せてバトルでも挑んで来たならいくらでも誤魔化せたものの、博士の名前をそのように使われたら断れない。私に騙されたに等しいとはいえ、まさかあのモーンさんがこんな手を使うのはかなり予想外だったが……いや。

 

(………これは彼女の独断かしらね。すっかりまあ、老獪になっちゃって)

 

雰囲気とあまりに乖離する、まるであのリーリエちゃんが詐欺話をしているような違和感。私と接していた時期とそのまま同じ言動をしているはずなのに、雰囲気一つでこれほどまで受ける印象が変わるものなのだろうか。実に興味深い事例ではある。

 

しかし、困った。その情報を渡すことに対してではなく、その情報が彼女の求めるものとは異なるだろうことに対してだ。立場的にはともかく、彼にはそれなりに恩がある。されど彼と顔を合わせづらい私が、その恩に報いるならうってつけになり得る依頼だったのだが──。

 

「………結論から言うと、コスモッグと記憶についての関連性は無いわ。そもそも私も、どうしてウルトラホールで記憶の混濁が起こるのかは何一つ分かっていない。ウルトラビーストのオーラで防げる理由も不明だし、まして病気や毒みたいに薬やら何やらで回復とかはおそらく無理よ。残念だけどね」

 

わからないものはどうしようもない。あのヨウ君でさえ最初のころは初見殺しや害悪戦法に踊らされていたというのに、頭脳は最大限に見積もっても秀才レベルであるこの私が、モーンさんですら暴けなかった謎の作用について解明できているはずがないのだ。

 

おそらくルザミーネさんは私が健在である事実(・・・・・・・・・)からその推論……記憶の治療法に当たりをつけたのだろう。まあ、少し考えればすぐに気付く矛盾点だ。研究成果を独占している私が怪しいと疑るのも分かる。だが、その件についてだけは、私には、私だけは絶対に干渉できない部分なのである。

 

(………仮に治療の手段があったとして、こうして依頼されなければ絶対にやらなかっただろうけど。でも、そうなると、やはりまだ完全には戻ってないのね。こればかりは時間をかけるしかないから、まあしょうがないけど)

 

記憶の混乱はウルトラホールに滞在した時間と比例する……と、推測される。彼の場合、行きと帰りでそれぞれ一度、それも帰還の際には不完全ながらコスモッグのオーラを使用した。故にホールの影響も軽く、その分の記憶が比較的早急に蘇った。そうなると行きの分、あの事故の直後における記憶がまだ戻っていないと考えるのが妥当だろうか。

 

「それと、私はモーンさんに二度と会わないようにしているから、あんまり引き合いに出さないであげて。………私なんかとは、もう関わりたくもないでしょうし」

 

これは本音だ。そうせざるを得なかったとはいえ、私がそうしたかったからとはいえ、そのことにまるで後悔が無かったわけじゃない。もっと何か方法があったのかもしれないし、私はこの世界がゲームとは違うと理解しながらなおゲームとしてのこの世界に執着しているフシがある。彼への対応にそういう意図が無いかと問われると反論できないのだ。当時はまだ若かったとはいえ、我ながら面倒なひねくれ方をしたものである。

 

「いえ、あの人は──」

 

「彼の心情がどうあろうと、私が彼を利用して、結果として私が彼を破滅させたことには変わりない。加えて私は、それを悪いとは感じつつも、その現状には非常に満足している最低な人間よ。

 

私が原因ってのが何となく気に入らないだけで、あの天才が私なんかに踊らされるのは気分が良かったし、腹の底ではカタチとして家族を見捨てたことになるあの人を見下して嘲笑っていた。

 

そして私は、そんな自分が嫌いじゃないの。それ以前に私が単純に彼に会いたくないから要求は断るわ。資料についても以前、財団に提出したあれで全てのはずよ」

 

あくまで聞かれたのは『コスモッグについて』だから、嘘は言っていない。加えて誤魔化しようもない。彼の記憶について安直な解決策が存在しないのは真実で、強いて言うならユクシーに会うとかが候補に挙がるが、いくらなんでもそれは流石にリスクが高過ぎて向こうとしても遠慮されるだろう。

 

それか、あるいは、もしかしたら。

 

「愉快な道化師はその自覚がないからこそ滑稽で美しく尊い。用意した舞台からも逃げ出して化粧を落としたピエロなんて、何の価値も──」

 

「……随分と口数が多いこと。貴女がそういう時(・・・・・)には、大抵何かを隠している、違って?」

 

「ご明察。………確証はないわよ。それでも聞きたい?」

 

無言で肯定の意思を示した彼女に対し、当時から仮説として挙げられていながらも、唯一試すことができなかった推論を語る。

 

仮説、と言うよりも、与太話だろうか。あるいは単に希望的観測か。しかし、彼女がそんな薄っぺらい希望にさえ縋りたい気持ちはわからなくもない。だからこそ面白いわけで、苦労するのは多分ヨウ君なわけだし、別にいいだろう、うん。

 

「私たちが反転世界……コスモッグの故郷である世界から帰還するのに、私はあくまでコスモッグを燃料(・・)として扱った。

 

当然、その理由にはその方が楽だったから、というのはある。でも、そうするしかない理由もあった。伝説のポケモン、コスモッグ。あの子の進化条件(・・・・)が何一つとして理解できなかった………いえ、成し遂げられなかったからよ」

 

「進化?」

 

「そう。──この前、私は最強にして最高のトレーナーに探りを入れたことがある。その仮説が正解かどうか。コスモッグとは。ソルガレオとは。そしてその真の力とは。

 

どう見てもひ弱なポケモンでしかないコスモッグに、どうして次元に亀裂を入れられるほどのエネルギーが絞り出せるのか、その答えを」

 

ずっと疑問ではあったのだ。

 

あくまでゲーム上の都合でしかないはずの反転世界がどういうわけか存在していて、それがこの世界と非常に酷似した舞台装置……ゲームのような世界であったことが。

 

 

 

(…………)

 

 

 

『まるで巨人が、空間に生じた異常を叩き直したようだった──』

 

当時の研究者、というかぶっちゃけモーン博士はそう語っていた。後で状況をまとめたところによると、最大限の安全マージンを取るために拡大した空間の穴が、それを修正せんと押し寄せた何らかの力によって崩壊、力場となって周辺に飛び散ってしまったらしい。

 

その際、空間を破壊するほどの衝撃に呼び寄せられた惑い人……ウルトラビーストが、この世界に紛れ込み、獲物(・・)と共に何処ぞへ消えた──というのが、あの事件の全容になる。

 

当時の私は、帰還のために必死だった。何せ漂着した場所が場所だ。死にたくない。その一心で無謀な漂流を繰り返し、あの時、空間の異常もすぐに察知して、帰還の手掛かりになるかもとその穴まで駆けつけて──ウツロイドに連れられたモーン博士を保護し、彼と共にまた別の世界に迷い込んだ。

 

その世界は反転世界と呼べるような、この世界を真逆に写し取った意思のない世界。その世界で唯一存在するポケモン──いえ、そんな世界だからこそ発生したバグのようなもの………コスモッグを除いた全ての生命体が何かの舞台装置と化した不気味な、まるでゲームのような世界(・・・・・・・・・・・・)

 

皮肉のつもりか、と自嘲して。このまま人形遊びに乗じていればいいのかと諦めかけて、けれど確かに存在する、私が一番嫌いな重苦しい残された責任(モーンさん)で考えを改めて──そんな時。そのポケモンに、私は出会った。

 

『まさか、コスモッグ……?』

 

『ピピュゥ──???』

 

その警戒心のカケラもない、間抜けな声にどれほど救われたか。

 

反転世界と呼ばれていたからには、その世界はこの世界の面影を色濃く残している、深い関係にある世界だってすぐに気づいた。

 

それで私は、当時はぎりぎり記憶が残されていたモーン博士と一緒に、その世界が現実の写し世であることをいいことに意思のないヒトガタをバンバン酷使して研究を重ね、やがてコスモッグが持つ特有のエネルギー……言うなれば世界のデバック能力を発見、利用した帰還方法をどうにか実現させ、私たちは元の世界に復帰した。

 

けれど、帰還した後にも問題は山積みで。『私』が社会的に死亡していたのもそうだけど、何より目の前の彼女が大変なことになっていたため事情を明かせず、途方に暮れた私は、彼女を──

 

「…………」

 

コネチカ(・・・・)さん?」

 

「………失敬。少し考え事を。しかし、まあ、難儀ね。私が言えたことじゃないけど」

 

この期に及んで腹の底では嗤っている私も、そんな私に頼るしかない彼女も、その姿を見て、何よりモーンさんに情が湧いて『てだすけ』したいなどと考えている身の程知らずなこの私も。全部ぜんぶくだらない。

 

というか貴女はまだ私をその名で呼ぶのか。もう粗方の経緯は分かっているだろうに、妙なところで律儀な。そうとしか彼女と接していないとはいえ、さん付けまでしてご苦労なことだ。

 

そして、これはこれで悪くない、とか考えている私は、控えめに言って屑だと思う。思うだけで改善する気は無い。だって楽しいから。

 

「コスモッグは、あくまでも幼生体。なら、成体であるソルガレオは?

 

Zわざでウルトラホールを操れるソルガレオならば、ウルトラホールで生じた異常も治められるかもしれない──そういう仮説よ。今なら条件は達成してるし、リスクも限りなくゼロに近い。少なくとも、会えるかどうかもわからないユクシーを頼るよりかはよほど現実的で希望のある話ではあるけれど」

 

「あ──」

 

意外にもその発想はなかったのか、あるいは無意識下に彼を頼ることに忌避感を抱いていたのか、一瞬と言わずにしばらく惚けた顔を晒し、しかしてすぐに気を取り戻した彼女の姿に嘆息する。

 

良くも悪くも、人を使うのは非情であらねばならない。グラジオ君も苦労しているようだし、事実、彼女が暴走してからというもののエーテルパラダイスは繁栄の一途を辿った。今の彼女にそうしろと諭すのは私にはその資格がないが、今の財団は見事なまでに善人しかいないし、ガチでザオボーさん辺りを代表にでもしないと衰退するんじゃないだろうか。

 

経営とは、綺麗なだけでは務まらない。本当、難儀な話である。

 

「でも、今はそれ以前にも問題が一つある。せっかくだし、貴女にも話を聞いてもらうわ。ロクでもない話にはなるけど、貴女にとっても重要な話題だしね」

 

綺麗な人間に、上手に人は扱えない。情報もまた同様に。これも私には、縁のない話ではある。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

「………ふう」

 

大地に落ちたボールを拾い上げ、額についた汗を拭う。

 

運動量の割に発汗量が多いのは、それまで集中していたからだろうか。バトルの時もこんな感じだが、最中の意識はどうしても行為そのものに向いてしまうため疲労などを実感し難い。

 

しかし、つまりはそれだけ集中できているということで、別に悪いことばかりでもないのだけど──

 

(………そういえば何回か、スタミナ切れを狙われたなぁ)

 

僕自身でさえ今更になって実感したようなこと。彼女が冷酷なバトルマシーンであった頃からそこまで見破られていたのだろうか。いたのだろうなぁ。あの人、そういうとこ鋭そうだし。

 

(というか、よく考えたらリーリエも……)

 

忘れもしない二人の旅。道中で疲れてる様子もないのに頻繁に休憩やら回復やらを挟むなぁ、と常々思ってはいたのだが、あれはもしかしなくても気を使われていたのだろうか。そうだったらどうしよう。今更どうにもならないけど、トレーナーでもない彼女にペース配分を調整されていたとか普通に恥ずべきことではある。これもまた、年季とやらが足りないんだろうか。

 

「…………」

 

いや、違うか。事実、僕と同年代のリーリエが把握できるからには、そんなものが言い訳にならないのはわかっている。家庭環境がどうとか戦闘スタイルがどうとかも関係なく、自分のことなのだ。わからないはずがない。分かろうと、知ろうとしなかっただけ、知るのが億劫だっただけだ。

 

「……島の風習、か」

 

本当、この世は難儀なことばかりだ。全てをその有り余る才能でゴリ押ししてきたこの身には実に堪える。加えて、何一つとして面白くない。そもそも、外からやって来たこの僕に主張の確執など理解できない。

 

だから、それを変えてみせる。そう発言した彼女に、僕は理解を示せなかった。ただ同時に、杓子定規に反論することも出来なくなった。ほんの少しであろうとも、聞き逃せない要素があったから。

 

「……リーリエ」

 

僕の思考は読み辛い。どこかの誰かはそう言っていたが、それは間違いだ。僕の思考は常にたった一つ。ただ一人に対しその全てを捧げられている。今更言うまでもないことだ。

 

で、あるからこそ。僕の方針は簡単に揺らぐ。絶対の指標たる彼女が居ない今、僕の判断基準はその性質と同様に曖昧だ。実際割と適当に行動している。

 

守るべき肩書を早々に得られたのは、運が良かったのか悪かったのか。とりあえず不条理を軒並み覆す才能が僕に備わっていて本当によかったと思う。

 

まあ、それも、リーリエの尊敬を一身に受けられたり、こうして面倒毎に巻き込まれたりと一長一短な面ももちろんあるんだけど、リーリエの方が当然比重は上だから別にいいのだ。……単に考えるのが面倒で投げているだけである。いざと言う時はゴリ押しできるだろうという自信もその判断を助長している。まこと、才能とは即ち劇薬である。おそらくは、誰にとっても。

 

「おや、チャンピオンさん。もしかしてナイーヴなカンジ、ですか? これはもう見事なまでに完勝だったように見えましたケド、どうでしょう?」

 

「………マツリカさん」

 

そんな自慢なのか自虐なのかよくわからないことを考えていると、いつのまにか側に寄って来ていたマツリカさんが話しかけてくる。相変わらず距離感が妙に近いというか、どうにも掴み所がない人だ。そのくせ、発言が微妙に的を射ているのがなんとも。正直、対応に困る相手の一人ではある。

 

「いや、相変わらず見事だね、ヨウくん! わたしも捕獲にはそこそこ自信があるけど、流石にキミには及ばないなー。いやー、まいっちゃうなー、もー」

 

「えっと、何がです?」

 

「いつかキミに試練を。なんて言っちゃった手前、実はずーっと考えてはいたんだけど、キミがあっさりチャンピオンになって、此度の事件でつながりを持てたけど、ポンポンと捕獲が進んじゃうからわたしはともかく、キミに余裕があんまり無くて、そもそもチャンピオンに今更試練とかどうなの? とか考えてるうちにあの話を聞いて、わたしも本格的に悩んでいるのです」

 

「あの話……?」

 

いまいち要領を得ないというか、愚痴に近い長文の意図を掴みきれずに聞き返す。確かに試練については本当に今更だが、だからこそ彼女の悩みとはなんなのか。意図はともかく文脈からして僕に関係のある話だろうし、少し気になる。

 

「リーグの本格化に向けて、です。

 

これまでキャプテンとはわたしを筆頭に、まるでボランティアのような捉え方をする人も多かったのですが、これからはそうもいきません。

 

下手をすると、試練そのものに協会から査定が入って、その資格が下りないキャプテンも出てくるでしょう。そこまで厳密にやるのかはまあ可能性としては低いですが、となるとこれは、なかなかにやばいかなー……?」

 

「やばい、とは?」

 

「キャプテンの選出基準が変化する可能性がある、この一点です。

 

そもキャプテンとはその役目以上に、宗教的な肩書きとしての意味の方が強い。最悪、その座を人間が選ぶようになってしまうと、それ自体がカプ神の怒りに触れるかもしれない。わたしが懸念しているのはその部分です」

 

「っ………」

 

意外、と言っては失礼だが、想像していたよりも遥かに重い内容かつタイムリーな話題を提示されて息を飲む。

 

リーグ設立が島の慣習を打ち壊す。そのことは、つい先日にもあの人から告げられたことだ。しかし、実際にその立場からの悩みを聞くとやはり重みがまるで違う。あの人はあくまで冗談めかして発言していたが、彼女にとっては他人事ではないのだ。

 

「よりにもよって、リーグがあるのはラナキラ……ウラウラ島の中心だからねー。あそこは随分と前に死火山となったはずだけど、やっぱり不安かなー……。

 

とはいえ、だからってカプ神をどうこうするのはやり過ぎだと思うけどね……カプ神もカプ神で、このアローラを見守り続けた実績があるわけで、それこそカプの怒りに触れるんじゃないかと」

 

「…………」

 

「最近、マオちゃんも悩んでるみたいで。いつのまにか帰って来たスイレンちゃんと一緒にあちこち回っているみたいだし。この前コニコで会ったらなんか暗いしで大変。実はその時、マオちゃんやスイレンちゃんだけじゃなくてもう一人いたんだけど、その人もまた暗いこと暗いこと。リーグが出来たのは喜ばしいことなのに、やになっちゃう」

 

「………カプ神」

 

この島の出身ではない僕は、かの神のことをよく理解していない。

 

この島の守護神だとは聞いている。古くからこの島に祀られて来た象徴だとも、今なお崇められると、崇拝されていると良く聞く。それでも僕は、かの神については、何一つ。

 

『守り神と島キング』にある一節。カプたちは島ごとに、島キング、島クイーンとなる人物に輝く石を託す。いかなる理由で選んでいるかは一切明かされていない、とある。

 

そういえば、カプは昔、それぞれの島の争いの旗頭になった、なんて逸話もあったか。いずれにせよ、詳しく調べる必要があるのかもしれない。

 

幸い、残されたウルトラビーストはいよいよラスト一匹。時間についても当初の予定を大幅に上回っている。多少の猶予を貰っても問題にもならないだろう。

 

思い立ったが吉日と、さっそく僕はマツリカさんにとある質問をする。今後のために、この島のために、そして何よりリーリエのために。そのためなら、僕はいつまでも最強で在れるのだから。

 

「──え? カプ神についてもっと詳しく………?

 

えーと。それなら、アセロラちゃんに話を聞くのが一番、かな?」









仲間を着々と増やしていく話。テロリスト養成とか言ってはいけない。

…………ちょっと詰め込み過ぎたかも。まあ、いいや。

ちなみに、コネチカはコネチカットキングから来ています。意味ありげですが、単に偽名です。


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みんな なかよく するほうが ぜったい たのしいし、すごいことが できるのにな

エタってはいません。年始の報告やらでそれどころじゃなかったんです。今後も期間が空きそうですが、ひっそりと進めたいと思います。え? 誰もこんな作品見てないって? 自己満足だからいいんだよ!


 

 

 

「ふぅ……」

 

スプーンを手に取り、ゆっくりとご飯にそれを沈める。

 

やや薄暗い照明に照らされた白光りするお米。日常的に慣れ親しんだ香りを今更味わうこともなく、自然と口元へと運ぶ。

 

「はぁ……」

 

お米の銘柄なんて興味はないが、味の優劣くらいはわかる。水加減も絶妙だ。素直に美味しい。でも、実家で食べた方が美味しそう、という感想が浮かぶ辺り、母の力は偉大だな、なんて思う。

 

「あぁぁ…………ぅぅ」

 

そういえば、旅に出てからこれまでに里帰りをしたことがあっただろうか。チャンピオンになった際には流石に顔見せをしたような気はするが、結局はお祭りだのなんだのでゆっくりと過ごせなかったように思う。

 

その後もリーグの土台固めやらリーリエの旅立ちやらで忙しかったし、そもそもリーリエのことをろくに伝えていなかったような気さえする。というか普通にしていない。無闇に語ることでもなし、ある意味では当然である。

 

ふと、独特な匂いが鼻腔に届く。覚えのある匂いだ。おそらくこれは、コニコ食堂名物、Z定食スペシャル。その独特な匂いに加えて、異次元の味と奇妙な食感に圧倒的な量を誇るライチさんの大好物(本人がそう発言していた)。ぶっちゃけ僕は苦手な味だし、名物というのも実際にはマオの自称で隠れたメニューみたいな扱いだそうだけど、ライチさん以外にあのメニューを好んで頼む人が──

 

「──ん? おや、チャンピオン。こんなところで会うなんて珍しいね」

 

「…………」

 

ライチさんだった。

 

視線を悟られたのか、あまりに気安く話しかけられて脱力する。なんだこれは。流れ的にリーリエやあの人くらい意外な人物とかあるいは謎めいたローブの人とかが現れる流れだったのに、やはり現実は物語みたいに甘くはないとでも言うつもりか。いや別に変なドラマは期待してないけれど。

 

「ちょうどいいところに。あんたもちょっと、こいつをどうにかしてくれない?」

 

「こいつ? …………って、うわ」

 

「ん?…………ああ、久しぶり、ヨウ君。そうでもないかも? でも、その反応は傷つく…………はぁぁぁ」

 

「あんたに傷つくような殊勝さはないでしょうに、まったく。あたしが普段からどれだけカプに感謝しているのか知ってるだろう? そりゃああんたの懸念も分からなくはないけど、いくらなんでもそれはやりすぎさ」

 

(ああ……なんか話が読めてきた………)

 

最初はこんなところで何事かと驚いたが、カプ。感謝。懸念。たった三つの単語の羅列でもう状況が掴めてしまった。本音を言おう。聞きたくなかった。せめて食事くらいは独りでゆったりと幸せにぼんやりとあるいはリーリエと二人でほのぼのと摂りたかった。でも、この出会いが何らかのきっかけになる予感がビンビンとするので、今からでも逃げる選択肢は浮かばないのが残念である。

 

「はぁあぁぁ…………」

 

顔の確認のために一瞬だけ机から顔を上げた彼女が、深々としたため息と共に再度突っ伏す。というかさっきから聞こえてた声はこの人か。普段と印象が違いすぎて分からなかった。態度は不遜なのに、実は裏では後悔でもしていたのか。この人に限ってそれはないだろうけど。

 

「いい加減、辛気臭いからやめなっての。今更ひとりふたりがなんだってんだい」

 

「ライチはともかく、もうひとりを駆り出せなかったことが地味にショック。無念。悔しい。正直、家族の情念を甘く見ていたと言わざるを得ない。私が両親に受け入れられたこといい、素直に感心した。あなたの愛に包まれ、こんな──って」

 

「なんだいその歌は………まあいいさ。態とかどうかは知らないけど、あんたは妙なところで詰めが甘いからね。単に危機感を煽るだけじゃなく、逃げ道を塞ぐことだってできたろうに」

 

「………踊れないピエロは、見ていて楽しくない」

 

「照れ隠しは結構。見慣れているからね」

 

「………」

 

「おっと」

 

再び顔を上げようとした彼女を、ライチさんが絶妙なタイミングで後頭部を押さえつけて制する。これほど弱っている彼女も、そんな彼女を雑にあしらっているライチさんも新鮮で、ますます僕がこの場にいる理由がわからなくなる。

 

しばらく彼女たちのやりとりを眺め、まだ食べている最中だがとっとと会計を済ませて逃げてしまおうか、などと考え始めた瞬間、雰囲気でも察したのか、相変わらず目敏いタイミングで彼女が語りかけてきた。

 

「………なんでこんなところに?」

 

「え?」

 

「確か、ツンデツンデはポニ島。フェローチェはメレメレを縄張りとしていたはず。ウラウラから離れて新たな拠点を用意するにしても、アーカラである必要はない。貴方がここアーカラにいる理由がイマイチ分からない。食事のため?」

 

「あー、それは……」

 

何故か若干の違和感を感じつつも、彼女からの尤もな疑問に僕も正しく反応する。特段隠すことでもない。とはいえ、それでも確かにどうして僕はアーカラにいるんだろう、とは我ながら思うのだが。目的の人物がここにいるとなれば行かざるを得ない。

 

「ふーん。アセロラちゃんと逢引。…………なんであの子がアーカラに?」

 

「逢引じゃありません。……僕もエーテルハウスでそう聞いただけで、理由については」

 

「ああ、もしかしてアレかい? 最近、行方不明だったはずのスイレンが人を集めてなんかやってるっていう──」

 

「……スイレン?」

 

聞き覚えのある名前に思わず反応する。スイレンと言えば、僕とゼンリョクで戦ったあれきり一切の目撃証言もなく行方不明となっていたアーカラのキャプテンだ。たまに彼女の釣具店に寄った時、彼女の妹たちが淋しそうにしていたから心配していたんだけど、いつのまにか帰って来てたのか。

 

しかしそれよりも、なんだろうかこの微妙な違和感は。どこか口調がたどたどしいというか、硬い? 気のせい、ではないと思うのだが。

 

「そうそう。この前、何故かグズマと一緒にこの店を訪ねて来てね。なんでもマオに話があったとか……」

 

「待って。私それ聞いてない」

 

「それはあんたが最近あたしんトコに顔を出さないからでしょ? たまに代理でポケセンにいるのは知ってるけど、何もわざわざラナキアまで行く必要はなかっただろうに」

 

「あれはククイが──なんでもない。だけど、アセロラちゃんにスイレンちゃんにマオちゃん? キャプテンを集めてる……? でもその割にはなんでグズマが……うーん」

 

「そもそも、グズマは今、ハラさんのところで鍛え直してるって話だったと思うけどね。修行が嫌で逃げ出して、迷えるところをキャプテン(導き手)に拾われた──なんて楽観が出来たら、どれほど楽だったか」

 

「…………」

 

(……………)

 

交錯する会話をいくつか脳内で整理して、少しだけ思考を改め直す。

 

アセロラはとにかく、彼女が話題に挙げていた3人、スイレン。マオ。グズマさん。どうしてか行動を共にしているらしい彼女たちは一見してバラバラな集まりにも思えるだろうが、僕にとっては違う。より厳密に言えばマオは外れるが、そういう話ではない。つまりは、おそらく。

 

(………共通点。多分、全員、僕が倒した相手、かな)

 

敢えて悪い言い方をすると、叩き潰した相手。僕が振りかざした才能の犠牲となった、余人よりも優秀なトレーナーたち。

 

特に僕に敗北し、すぐさま行方を晦ましたスイレンと、僕に負けたことを転機にハラさんの世話になっていたグズマさんが行動を共にしていたというのは、どうにも恣意的なものを感じる。

 

自慢じゃないが、僕の影響力は中々に凄い。僕は自分を過大評価はしないが、だからと言って正しくその価値を理解できないほど愚かでもない。何故ならそれは、僕に価値を見出した彼女への侮辱に──いい加減、説明も不要だろう。僕はいつでもこんな人間で、そのためにずっと生きているんだから。

 

「……考えるの、面倒。あとでハラさんに………そういえば、もう私チャンピオンじゃない。リーグも閉鎖してる。ハラさんは今メレメレ? 島移動は地味に疲れるから嫌……」

 

「なら今、スイレンのとこに行くかい?」

 

「今 ………いま。 今の私が。最強じゃない私が? 私はあいつに誓──」

 

一瞬だけ僕の知る雰囲気を取り戻し、立ち上がりかけ、しかし決行はせずにピクンと震えただけで彼女は押し黙る。直感だが、おそらく失言だったのだろう。僕の才能は、相手の弱点を見逃さない。それを疎ましく思うことはあるし、だからこそ僕は人と接するのが苦手な面もあるのだが、今はそれはどうでもいいことか。

 

「んん? ねえ、あんた。昔から妙にあいつに拘ってるけど、やっぱり何かあんの?」

 

「ない」

 

「即答かい。ねぇ、チャンピオン。こいつ調子乗ってる時は迂闊だから、何かそれっぽいこと言ってなかったかしら?」

 

「…………?」

 

やや唐突に話を振られて困惑する。そうでもないかもしれない。よくわからない。会話は得意じゃない。でも、質問に答えることくらいならば。

 

いくつかの引っ掛かりを敢えて無視し、僕は僕だけが知る彼女の煽り文句、あの時の発言をそのまま『トレース』する。当時はそこまで重要視していなかったが、よくよく考えればこの発言は致命的ではないだろうか。主に彼女が露骨に彼を贔屓していたという意味で。

 

「…………『無茶だっていくら忠告しても聞かなくて」

 

Shut up(黙れ)

 

すると、妙に流暢な外国語で尋常じゃない雰囲気と共にそんな言葉で制されたので思わず押し黙る。既にもう彼女と彼に何かがあったのは確定しているが、これ以上揶揄うと後が怖い。ライチさんは名残惜しそうだが、無視だ無視。流石に黙ろう。

 

突っ伏していた顔を机に顎を乗せるカタチで見せ、薄い表情ながらもムスッとしたまま彼女はそれきり口を噤む。そんな彼女をケラケラと笑い飛ばしながら、ライチさんは仕切り直しとばかりに切り出した。

 

「まあいいさ。ところで、本題から逸れてしまったね。カプをどうするかを話してたのに、面白くてつい揶揄ってしまったよ」

 

「はぁ………ですが、結局のところ、どうするので? 僕は途中からしか聞いていないですけれど、捕獲を提案するこの人の気持ちも理解できます。それ以外にどうしようもない、ということも」

 

「違う。こいつのそれはね、もっと悪質だよ。

 

言いたくはないけど、この馬鹿は口下手なくせして妙に誘導が巧みだからね。カプの捕獲についても、確かに捕獲のが手っ取り早いのは本当だろうけど、保険として他にちゃんとした代案を用意しながらも、それを意図して黙っているのさ」

 

「代案……?」

 

「ああ。……とはいえ、難しいのは本当さ。上手くいく保証なんて全くない。加えてその案はこいつの大嫌いな行為を強いられるからね。単純に言いたくないだけでしょ」

 

「………だってそんなの、無理だもん」

 

「だもんって歳じゃないでしょ、まったくあんたって子は昔から……」

 

ぐったりとした頭頂部をべちんと叩かれ、ぐふっと悲鳴を漏らす。地味に痛そうだ。

 

それ以前に、彼女のどこが口下手なんだとも思ったが、そういえばこの人の外面は割と寡黙だったことを今更ながらに思い出す。先ほどからも口調がブレていたし、どちらが素なのかはさておいて、陥れる理由もない人に対して無闇に本性を晒す必要はないということだろうか。変なところで律儀である。

 

そのままやんわりと頭を机の上に押さえ付けられながら、やや苦しそうな声で彼女はボソッと呟く。

 

「……昔。昔? でも。そもそも、ライチの言う昔の私って、もう……」

 

「何か言ったかい? いつのまにかどっかに消えたと思ったら、しれっと別人の殻を被って帰ってきた出戻りが。そもそも、その件はあんたが自分から自白したんじゃないのさ。あたしは別に、あんたに昔の友人の面影を見ただけだけどねぇ?」

 

「ぐむむ……」

 

「いやぁあの時のグズマとあんたのやりとりは本当に笑──」

 

「それ以上言ったら、本気で怒る」

 

「…………悪かったわよ。ああ、チャンピオンも。悪いわね、こっちから話しかけたのに」

 

「いえ……」

 

他人の話に割り込めないのは常のことだ。改善すべきだとわかってはいるのだが、そのことに対して自虐以外の感想は持たない。あれよあれよと流されて、今だって体良く使われている。

 

しかし、そうでなくても、彼女たちのやりとりには独特の雰囲気があった。余人を立ち寄らせない空気が、華麗に舞台を回しているような全体の流れの如く何かが周囲を支配し、完結する。人付き合いが苦手な僕には到底醸し出すことはできないそれが、ほんの少しだけ羨ましい。

 

「………それで、代案とは?」

 

ちょうど空気がこちらに向いたので、ここぞとばかりに質問を切り出す。本来ここには食事以外の目的で来たわけではなかったが、このままではラチがあかないのも事実。加えて、ある意味では誰よりも頼れる彼女が代用として認めている案であるなら、如何に困難なことだろうと聞く価値はある。

 

「それは──」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「直談判を行おうと思うんです」

 

久しぶりの自宅の部屋。そこで釣りに使用する小さなテーブルや椅子やらを適当に組み合わせた安っぽい即席の長机を両手でバン、と叩きながら、私はようやく絞り出した折衷案を発言する。

 

急遽教師として呼び込んだアセロラさん曰く、この島に息衝く慣習は、私が思っているよりも根が深い。人がまだボールを保有しておらず、ポケモンを鎖で繋いで使役していたころ、神話の時代からアローラの人々を見守り続けた守護神なのだから。

 

私の言葉に、意外にも真剣に聞いていたらしいグズマさんが真っ先に反応する。外見に惑わされがちだが、この人の根っこのところは善性だ。やや自嘲癖があるのが玉に瑕だが、だからといってその善性に陰りはない。今でもまだ、カプに対する信仰のように、彼の根っこに息衝いている。

 

「……それは、今でもハラのおっさんがやってるアレか?」

 

「そうですね。この島の伝統では、島キングや島クイーンとは、カプから直接下賜されるもの。そして選ばれた彼ら彼女らはその島の代表として、定期的にカプに対して近況報告のようなものをやっています。それに倣って」

 

「ハッ。要するになんだ、ゴキゲントリってんだろ、そりゃ」

 

「流石にそれは捻くれ過ぎだけど、間違いではないのかな。メガやすの一件、計画自体は施工前から年単位で予定されていたのに、当時の島キングは祟りを畏れてそのことを告げなかった。だからこそ、あんなことになったわけだし」

 

机を挟んで反対側、部屋の隅で胡座をかくグズマさんの視界を遮るように、無駄に優雅なターンと共にアセロラさんが言う。3人部屋とはいえ、あまり広い部屋でもないので鬱陶しそうにグズマさんが手を振るが、それを意に介すことなくアセロラさんは続けた。

 

「失礼を承知であえて言うけど、カプ神はああ見えて割と融通が利く。いくつかの資料を読み解いても、カプ神はこれまで人に罰を与えても、それを理由に人を見限ったりすることはなく、むしろこれまで意外なほど人の身勝手な要求にも従っている。

 

伝説にもある古き王の戦争がその最たるもので、あの戦いは完全に人同士の身勝手な侵略戦争だったわけだけど、それでもカプ神はそれを戒めるわけでもなく旗頭として各地の王に付き従った。だから今回の一件も、話せばちゃんと分かってくれるはずだよ」

 

そこは断言してください、アセロラさん。

 

とはいえ、これが現状だ。結局のところ、私たちが如何に良好な案を練ろうとも、最終的な判断を下すのが超常的な存在である以上、アセロラさんほどカプに詳しい人でも断言は出来ない。

 

だからこそ問題は現実として立ち塞がり、グズマさんはその犠牲となり、スカル団を築き上げるに至った。そして我々は成り行きで集まった烏合の集なれど、それを打破するためにここにいる。全てはそう、島の称号のキャプテンという肩書きではなく、私自身が理想とする役割としての若人を導く人(キャプテン)として。

 

(そして、もう一人……)

 

ちらっと部屋の片隅、グズマさんよりも更に居心地が悪そうに隅っこの方で蹲っている我が親友の姿を見て、内心だけでため息をつく。

 

まったく、柄じゃないにも程がある。こうして人手を募る『あまのじゃく』な私も、消沈している『たんじゅん』なマオも、この島に翻弄されて迷い続ける『ぶきよう』な彼も、みんなみんならしくない。

 

しかし、この島に潜む問題は、それほどのものなのだ。ククイ博士が築き上げた新たなる島の象徴。トレーナーの、人々の夢、ポケモンリーグ。その推移についてもカプに媚び諂うようになれば、いよいよ人はカプの奴隷となる。現在の島がそうだと言ってるわけではないが、それはそれだ。

 

「だけど、私たちがアローラの代表、全ての島の総意としてカプ神に要望を伝えるとなると、それは真実でなければならない。神であるカプは欺けない。過去にあった戦争も、動機こそ不純でも確かな意志……島の総意を以て行われた戦いだった。だからこそカプ神は王に応えた──そう言われているね。

 

あまりネガティブなことは考えたくはないけれど、あくまで可能性として、最悪(・・)が起こり得ることはまあ、否定できないのかな」

 

「メガやすの一件は、確か………」

 

「外部からの企業が住民の反対を押し切ってかなり強引に工事へ踏み切ったわけし、あっちもそれは悪いけど、いくらなんでもあそこまでやる理由はないよね。

 

と、いうのも人間の価値観。カプ神にしてみればあれは当然の制裁だった。そうなると現在設立中のリーグはどうなの? 島を荒らしたウルトラビーストの一件は? 解散したとはいえ、島に敵対していたスカル団は? エーテルパラダイスの扱いは? 廃墟の取り壊しに、建築や改築さえも捉えようによっては致命傷になりかねない。今までは私も『もうスカル団もないし大丈夫でしょ!』って楽観視してたけど、冷静に考えると……困ったねぇ」

 

「いや、『困ったねぇ』じゃなくてですね? 嫌ですよ私。ラナキアマウンテン噴火でリーグ全滅とかそういうのは。私、いつかヨウさんにリベンジするって──」

 

まずい。口を滑らせた。内容自体はそう憚るようなものではなくても、この意思は私だけの内に秘めていたかったのに。

 

「──ですから。ラナキアにいる人間はもちろん、あれだけ大きなリーグが被害を被るとなると当然、その被害は地上にまで──」

 

「………ねぇ、スイレン」

 

流してくれることを祈ってやや強引に話を進めると、よりにもよってこの場である意味で発言を最も無視できない人物から、呟くようにその言葉は紡がれる。

 

一年のうちに様変わりしていた親友。そのかつての面影はそのままに。しかしその口調は弱々しく。されどその瞳の奥深くに、かつてと同じだけの意志を携えながら。

 

「………貴女は、彼に、ヨウに、まだ。今でもまだ、勝てる気でいるの?」

 

「…………」

 

(………ああ、そういうことですか、やはり)

 

糠に釘。暖簾に腕押し。それまでは何を話しても要領を得なかった彼女の本音を、ここに来てようやく聞けた気がする。

 

つまるところ、彼女は私だ。一年前、彼に完膚無きまでに叩き潰されて、その後の時間を無為に費やした頃の。つい先日、グズマさんに強引にぶち壊された、抜け殻だったあの時の私なのだ。

 

なればこそ、私は動いた。『ぶきよう』で優しいグズマさんがそうしたように。私には測れないナニカに囚われた彼女を救うため。しかし、その前に──

 

「………おい、そこの。マオって言ったか」

 

「な──」

 

私が口を開く直前。それまで不貞腐れていたはずのグズマさんが立ち上がり、マオの側まで近寄ってその胸ぐらを……掴むことはせず、顔を寄せて恫喝の如く話しかける。

 

何というか、意外というか。彼は滅多なことでは他者に対して暴力を振るわない。発言こそ物騒なものの、壊す対象は基本自身に限定されており、他者に対する彼の『破壊』とはこれ即ち心を折る(・・・・)。つまり物理的なそれではないのだ。

 

そして今回も、彼は自身の信念を貫くため、彼なりの破壊を行おうとしている。かつての私にそうしたように。甘ったれた根性を叩き直すため。どこまでも『ぶきよう』に、彼なりの流儀で。

 

「表に出ろ。今からてめぇをぶち壊す。泣き言を言うのは、それからだ」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

ポケットの中に仕舞われたボールに手を掛けて、躊躇う。

 

視線の先には、既に先鋒を選出して、何故か便所座りで待ち構える対戦相手………グズマの姿。あまりにふてぶてしい態度と、それに見合わぬ鋭い眼差しが、私に行動を躊躇させる。

 

でも、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。その舞台こそ成り行きで築き上げられたものでも、そこに至るまでの経緯を私は否定できない。

 

腑抜けた私。無気力な私。溢れんばかりの才能を前に、立ち向かわんと決意したものの、それが余計に己の底を知らしめる羽目になった、情けない自分。

 

(…………)

 

手にかけたボールを放り、中のポケモンを呼び覚ます。オープンレベルは60弱。対面のポケモンとはそのレベルも空気も鍛え方もひと回り劣る。しかしこの差は、かつての彼と正反対。

 

あの時。彼とのバトルでは、それほどの力量差があったのにもかかわらず、盤面を支配していたのは間違いなく彼だった。

 

この世に、『才能』なんてものがあるとしたら───それはどの程度(・・・・)まで力量(道理)を踏み倒せるのか。そういうことだと思う。少なくとも、彼にはこの程度、簡単に埋められるものだったらしい。でも、私は。

 

(あまりにも、遠過ぎる………)

 

もちろん、私だってキャプテンの端くれだ。周囲が羨むほどには実力も才能もあって、それを磨く努力を怠ったこともない。積み重ねたものは確かに存在し、それまでの私を形作っている。それでも。

 

(私は、あの人みたいには……)

 

思い返すのは、国際警察の女性とポケモンバトルをする、あのメガやす事件唯一の生き残りである彼女の姿。

 

今の私と同様、それ以上にとんでもない才能の格差を見せつけられながらも、奇抜な戦術と確かな経験によって敵を圧倒する。理不尽な光景のはずなのに、どうしてかそれを真実だと信じ込ませる独特の存在感。ヨウと同じ、規格外の人間。

 

───無理だ。そう思ってしまった。私にあれだけの力はない。私にあれほどの不条理は為せない。私はあそこまで至れない。正確に言えば、至るだけなら不可能とは言えない。ただその結果、道中において、どれほど自分が削がれてしまうか、それが私には恐ろしいのだ。

 

「えー、使用ポケモンは3体。ルールは協会規定に則ります。グズマさん、分かっているとは思いますが、模擬戦ですからね! あんまりやり過ぎてはいけませんよ!」

 

「あー……分かってる。適当に潰しゃあいいんだろ? 問題ねぇ」

 

「問題しか、ないです! そもそも私は、この勝負すら───」

 

「あはは………まあ、グズマくんってなんだかんだ優しいし、マオも『にげごし』だけどちゃんとフィールドまで来てるし、いいんじゃないかな?」

 

「いやあれは単に呆けて流れが掴めてないだけです。私には分かります。確かに『ちからずく』でどうにかしたい気持ちは分かりますが、もう少しこう、『てかげん』を──」

 

すぐ近くにいるはずの3人の会話が、どこか遠くから聞こえる。私は今、何をしていたのだったか。見渡せば、私が立っているのはコニコ郊外にあるバトルフィールドらしい。そして私は、目の前のグソクムシャを相手にして、自身のポケモンを──

 

(………そういえば、協会のルールだと──)

 

「遅ぇよ」

 

「ッ──!」

 

『であいがしら』の一撃。力任せに叩きつけたグソクムシャの右手が私のポケモンに突き刺さり、そのポケモンに強烈なダメージを叩き込む。

 

流石に反応し、身構えるも彼が言うように時すでに遅し。私の苦悩など無価値とばかりに遠慮なく戦闘を続行した彼は、次いで流れるように繰り出した『アクアブレイク』でフィールド全体を濡らした。

 

「…………」

 

(ごめんね……)

 

額にも飛んだ水滴を袖口で拭い、戦闘不能になったポケモンをボールにしまいながら口周りの『しめりけ』を舐め取る。

 

この無様な結果は、全てが私の至らなさ故だ。ポケモンを互いに呼び出せば、あとはトレーナーの任意で行動する。試練でガチガチに縛られた戦闘に慣れてしまって、そんな当たり前のルールすらも忘却していた私への罰。

 

これ以上の無様を晒さぬよう、内心だけで私のポケモンに謝罪をして、新たにボールをポケットから取り出す。不幸中の幸いか、良くも悪くも遠慮ない今の一撃で彼の力量は概ね分かった。絶望しか見えないヨウとは違って、まだどうにかなるレベル(格差)だ。

 

(……大丈夫、戦える)

 

握ったボールに力を込める。どんなに強引に決められた戦いでも、敵に背中を見せることは許されない。何より、このままではまずい、というのは誰より自分が把握している。タイミングよく行方を晦ませたスイレンに倣って、まさか今後忙しくなるであろうキャプテンを放棄するわけにもいかないし、荒療治でも、そうしてくれる善意は素直に嬉しく思う。

 

しかし、スイレンが反論していたように、いくらなんでも強引すぎるのでは、とも確かに思う。時間がないとはいえ、それでももう少しやりようはあったはずだ。そもそも、私のことは一旦放っておく選択肢だってあっただろう。自分で言うのも何だが、今の私の状態は一過性のものだ。頭だってスイレンほどに良くはない。だからいずれ、そう遠くない未来に、勝手に立ち直っていたはずなのに。

 

「お願い、ラランテス!」

 

とはいえ、お膳立てをされたからにはきちんとこなしたいと思うのが人情というもの。私にだって、意地はある。『からげんき』でもこの場は十分。兎にも角にも私は、今この状況を乗り越えてみせる。

 

「…………」

 

「…………ハッ」

 

「っ………。……………」

 

気を引き締めたからといって油断はせずにタイミングを見計らっていると、何故か鼻で嗤われた。流石にカチンと来たが、安い『ちょうはつ』には乗らずに相手のポケモンをじっくりと観察する。

 

装甲ポケモンのグソクムシャ。6本ある腕を巧みに用い、空気や水さえ両断する。また、外殻はダイヤにも勝る強度を誇ると言われている。

 

真正面からでは分が悪い。かと言って、勝つためならばなんでもするグソクムシャを相手にして搦め手もそれはそれで難しい。そもそも私は婉曲的な戦いは好まない。結論、いつも通りに、ただゼンリョクで。

 

「ラランテス、『リーフストーム』!」

 

様子見を兼ねた制圧射撃(・・・・)。行動そのものは短慮にも思えるが、私のラランテスは物理、特殊ともに適性のある両刀型。流石にヨウのポケモンと同じレベルまで極まってはいないが、牽制と足止めくらいにはなる、はず。

 

念のため、対戦相手がヨウのような例外じゃないとも限らないので若干の見極めをしてから迎撃の準備に入る。この程度の一撃で決められるとは考えてもいない。元よりオープンレベル(才能の差)は明白。対等であるはずの数ですら己が失態で劣っているのだ。警戒を重ねて損はない。らしくない、とは自覚しているが。

 

「っ!」

 

「オラァ!」

 

案の定、ロクにダメージを受けた様子もなく新緑の嵐を突破してきたグソクムシャがラランテスに『とびかかる』。

 

ここまでは予想通り。しかし、流石に真正面から破られるとも思っていなかったので研ぎ澄ましていた鎌を一旦解いてから『シザークロ──

 

(ッ──間に、合わなっ………!)

 

ほんの瞬きの戸惑い。それにより、ごく僅かに音がラランテスまで届かず、多脚を器用に活用した渾身の『ふいうち』を受けて仰け反り、崩された体勢を戻すことさえ叶わず、追撃の『きゅうけつ』により与えたダメージすら帳消しにされてしまう。

 

辛うじて拘束を振り払うも、ラランテスは満身創痍。元より、タイプ相性も良好とはいえない。このままだと、負ける。

 

(冗談ッ………!)

 

無理やり口元を吊り上げる。自分にできる最大限の不敵な笑み。困った時はまずカタチから、戦況はそれに合わせて突っ走る!

 

「ラランテス、『つばめがえし』!」

 

見るからに鈍足なグソクムシャを速度で翻弄し、ようやく一発。しかしすぐさま『しっぺがえし』を受けるも、範囲外だったのか軽く押される程度で済む。

 

予想外、でも好都合。いずれにしても、ラランテスはもう保たない。悠長に『こうごうせい』なんてしていたらいよいよもって絶望だ。それならいっそ──

 

「ラランテス、『ギガインパクト』!」

 

至近距離での最大火力。全身全霊を費やした『すてみ』の攻撃。相打てば上等と見越して放たれた一撃は、しかしてグソクムシャに届くことはなく、

 

(…………え?)

 

「足りねぇなあ。ああ、チンケなもんだなぁ、ええ? キャプテンさんよ」

 

いつの間にやら手に納めていたグソクムシャ(・・・・・・)のモンスターボールを弄びながら彼は告げる。

 

攻撃が当たらなかった。それはいい。苦し紛れの『わるあがき』だ。それなりの実力者であれば容易であろう。

 

しかし、この状況はどういうことか。あの場面、交錯した戦場において、捨て身でわざを放ったはずのラランテスが健在で、対峙していたグソクムシャはどういうわけか消えている。これは一体──?

 

「…………あ」

 

(そっか、確か、グソクムシャの特性は………)

 

──危機回避。獰猛に見えて種族的に『おくびょう』なグソクムシャは、看過できない危険が迫ると即座に逃げ出す習性がある。この場合は、トレーナーの元に。

 

今回は、そのおかげで助かったのか。あるいはダメージを与えた感覚もなかったのでせっかくの攻撃が無意味と化したのを嘆けばいいのか。わからない。でも。

 

(あのポケモンから見ても、さっきの一撃は『危機』に値した、ってことだよね)

 

才能の差に絶望して、それを埋められない自分に腹が立って、そんな自分を見過ごせないお節介で『ぶきよう』な彼の『であいがしら』に萎縮して。けれど流されるままの状況に反逆し、波紋を与えた。

 

私はただ、不貞腐れていただけだ。何もかもが終わったわけではなく、少なくとも今この場、この勝負をどうにかするだけの力は残されている。当然、私の問題が解決したわけでもないが、今だけは全部忘れて、この勝負に費やそう。

 

(………さて、そうと決まれば、どうしよっかな?)

 

窮地のままのラランテスと、私を見て何故か「ハッ」と小さく笑い飛ばしながら新たなポケモンを取り出した青年の姿を確認し、戦略を改めて練り直す。

 

如何にもな場面。しかし新たに現れたアリアドスの『かげうち』で、起死回生を狙っていたラランテスが即座に落とされたのはまあ、余談である。

 

 











最近、遊戯王で融合とかが出るようになったけど、リンクを挟まれると馬鹿にされてる気分になる。リンクをいっさい使わない尖ったデッキの使い手とか出して欲しい。クリスティアを出してワクワクを思い出すんだ。


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そうぞうりょくが たりないよ

ぴったり一万字。けれどひっそり投稿は変わらず。


 

 

「……ねぇ、グズマ。貴方はまさか、今でもあの時の戯言を……」

 

「…………そう。やっぱり、そうなんだね」

 

「…………」

 

「…………いつか」

 

「いつか、貴方は挫折する。今のままだと、確実にそうなる。根拠はないけど、私はそう確信している。

 

でも、だけど。もしかしたら、そうはならないかもしれない。未来なんて、誰にも分からない。

 

だから、もしも貴方が強くなって。今のまま、そのままの未来を歩んで、その先に求めたものがないと知っても振り返るには既に遅く、それでも不毛な道を歩み続ける選択ができるほどの可能性(才能)が貴方にあるのなら、その時は」

 

「その時は、私が貴方の壁になる。その先には何もないと、求めたものはここにはないと。行っても無駄だと叫んであげる。貴方と違って、もう戻れない私には、それくらいしかできないから」

 

流砂に首まで飲まれた人間は、どう足掻いても這い上がることはできない。そんな人間にできることがあるなら、それは「ここが危険だ」と叫び続けることだけ。

 

私はもう、生まれた時から手遅れだった。あの闇が、喪失感が、その中で輝く妄執が、私から人間性を削ぎ落とした。

 

私は止まらない。止まれない。その気もない。誰かを巻き込むことさえ躊躇わない。でも、後悔がないわけじゃない。

 

モーンさんと彼は、その中で最たるものだ。いつまでも未練を引き摺ったニックネームと同じ、捨て切れなかった現実とのつながり。もう戻れない過去に執着し過ぎたその結果。

 

私はただ、誰かの記憶に憧れただけの小娘だ。持ち得る情熱も、執念も、妄執さえも肖りもの。到底オリジナルとは程遠い。だからこそ、後悔する。ククイに言われて、ようやく気づいた。いや、この時には既に、気づいていたのだ。

 

ただ私が、目を逸らしていただけで。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「やっほー、ヨウ!」

 

 

久方ぶりに出会ったアセロラは、妙に元気だった。いや、彼女がゴースト使いのくせして普段から明るいのは周知の事実だ。リーグ閉鎖以降、彼女とプライベートで出会う機会こそなかったが、無邪気に見えて強かな彼女のこと。身体がどうこう、という心配はしていない。

 

ならばどうして「妙に」などと表現するのか、とは自分でも思うものの、結局はよくわからないでいる。彼女の表情の裏に何かを読み取ったのか、単に邪推かあるいは直感か。───それとも。そのように表現せざるを得ないほどに深刻な問題を、彼女は内に秘めているのか。

 

(…………)

 

こういう時、普段から無駄に鋭い感性を疎ましく思ってしまう。存分に活用する能力がある人にならとにかく、僕はあまりに持て余してしまう。嗜好と才能は必ずしも一致しない。よく聞く言葉だが、僕はどうなのか。少なくとも、便利ではあると思う。その気になれば、軽い読心もできるかもしれない。ただ、そうする理由もそうしたい気持ちもないからしないだけで。

 

あるいは、だからこそ僕はその才能を持っていて、または全ての才能はそう有れかしと定められた人の元に神から賜って、僕らは運命という名の糸で雁字搦めに、神の遊技場、綿密な舞台装置の上で踊らされている。なんて、

 

(………ん?)

 

今の話、どこかで聞いたことがあったような無かったような。気のせいだとは思うのだが、あの人が僕に提供する情報は非常に密度が高く、僕では処理しきれないこともしばしば。今回もその例だろうか。まあ、人との会話そのものが控えめな僕が思い出せないということは、つまりそういうことだろう。

 

「舞台装置?」

 

「…………あ。ごめん、声に出してたかな? そのつもりはなかったんだけど」

 

「ううん、殆ど聞こえなかったから、そこまで気にする必要は………いや、なんかスゴク気になる内容の呟きだったけども」

 

神がどうとかそういうの、などとボソッと続け、けれど気を遣ったのか、あえて追求する理由もないと判断したためか、それともこれからの話題にかかる内容だと推測したのか。それきり話題に出すこともなく、彼女は挨拶もそこそこに本題を切り出す。口下手な僕には、はっきり言ってありがたい。

 

「それで、要件って……まあ、カプ神のことだよね? ちなみにだけど、そっちはどのくらいを予想しているのかな?」

 

「時間にして数ヶ月。規模は最小で一人、最大でリーグ全滅までは見越してる。前者はともかく、後者にあっては流石に僕にはどうしようもないかな」

 

「ええ……」

 

妙に具体的な被害の想定まで語られたのが予想外だったのか、彼女は微妙に後退りながら声を漏らす。非常に遺憾な対応だが、無理もない。問題は基本ゴリ押しで解決してきたこの僕がいきなりこんな理性的な答えを返せば困惑もする。実際、今携わっているウルトラビーストの件についても、捕獲そのものはゴリ押しでどうにかなってるし。非常に遺憾だが。

 

「ま、まあ、そこまで考えてるなら、まどろっこしい話はいいよね。実のところ、私にとってもこの話は寝耳に水でね。正直どこかで行き倒れ出るんじゃないかって危惧してたスイレンからまさかのヘルプがあって駆けつけたらあれだもん。

 

まさかあのスイレンが。びっくりしたよ。いや、ああ見えて結構ノリがいいのは前から知ってたけど、人を率いて行動するタイプじゃなかったはずなのに。彼女もこの一年で成長したんだねぇ」

 

「へー……」

 

しみじみと語る彼女だが、僕としては曖昧な回答しか出せない。そもそも、スイレンをよく知る人たちは皆、一様に彼女を捻くれ者だと表現するが、僕にとっての彼女は冗談が好きな真面目な人物、印象としては博士辺りと近い。

 

だからこうして再評価されているのを見ても僕としてはピンと来ないし、逆にそれまでのことを話されてもしっくりしない。人間は第一印象が9割とも聞く。スイレンに限らずとも、人の一面だけでその人の性格を決めつける人間は少なくもないし、それは接した時間に比例して齟齬を擦り合わせるものだ。

 

となると、僕は彼女にとってそれだけ意識されていたのか、あるいは単に、接した時間が不足しているのか。多分後者だろうけど、いずれにしろ、再会するその時が訪れるまで、僕が彼女に抱いた印象がそうそう覆ることはないだろう。

 

そこまで考えたところで、何故かその場で無意味にターンをしたアセロラが、口調は軽く、しかし真剣な表情と声色のまま告げる。

 

「方針は?」

 

「あくまで解決策としてなら、難しい順に討伐。追放。捕獲。説得。そして………勝負かな」

 

「………うぅん?」

 

ぴたっと回転の慣性を強引に止めながら疑問符を上げるアセロラ。表情は先の困惑に加えてうっかり嫌いなものを口にしてしまったかのような苦い物になる。僕自身、無茶苦茶を言ってる自覚はあるから当然だ。

 

「討伐、追放、捕獲は置いといて……勝負? しかも、それが一番難易度が低いの? 説得のが楽じゃないの?」

 

「個人にかかる負担としてはそうだけど、現実的にそれが実現できるか、って話だね。いや、実現すること自体もそう難しくはないんだけど、失敗した場合の危険度があまりに高いからどうしてもこの位置になるんだよね。他は論外だし」

 

「よ、ヨウがきちんとリスクヘッジをしている……!? チカさんに『リベンジ』した時ですら最終的にゴリ押しで解決したヨウが……!」

 

「……失敬な」

 

流石に僕も、そこまで言われるほど考えなしじゃないと思うんだけど。それに、その件については地力を向上させることこそが勝利への道であると判断したからそうしたまでで、普段の直感任せのバトルとは違い戦略だって珍しく練っていたし、むしろ頑張っていた方である。……のっけからつま先までゴリ押しだったのは否定しない。

 

しばらくウンウンと唸る彼女だが、やがて考えが固まったのか改めて話しかけてくる。

 

「私たち、つまりスイレンの方針だけど、多分、私たちはヨウの言ってる『説得』方面で話を進めてる。具体的には、各地のキャプテンや島キングたちを募って話し合いを行い、一定以上の同意を得ることによって『島の意見の一つ』としてカプ神に訴える。こっちには私を含めてキャプテンが複数人いるから、事前の根回しもそう難しくはないしね」

 

「……なるほど」

 

はっきり言って、僕にはどちらが良いとは現状では判断が付かないが、いざとなれば一人で解決するつもりだったあの人と、最初から団結して事に当たっていた彼女たちとの差がその案に如実に表れている。

 

直後に付け加えられた補足によると、あちらはいまのところはそれ以外の策を用意していないようで、そんなところも前提条件の差が良くも悪くも影響しているらしい。

 

本当に今更だが、そういうのに疎い僕ですらカプには神聖なものを感じているのに、この島で生まれたくせして、どうしてあの人にはカプに対する敬意とかそういうのがカケラも見られないのだろうか。謎である。

 

「予想通り、ヨウも……つまり、チャンピオンが味方ならライチさんも引き込めるし、グズマさんのことがあるからハラさんは拒否しないはず。で、まずはカキさん以外のキャプテンを引き込んでるテテフから、と思っていたんだけど、正直なところカプ・テテフが一番の不安要素なんだよね……」

 

「ああ……」

 

カプ・テテフ。無邪気で残酷なアーカラの守り神。図鑑埋めに必要なかったので実は姿を拝見したことはないが、何というか全体的に桃色らしい。酷い説明とは我ながら思う。

 

しかし、カプ・テテフについては外見がどうのより内面に問題がある。仮にも神に対して無邪気で残酷、と称される理由はネガキャンなどでは当然無く、それが島に言い伝えとして語られるほどに真実であるからだ。

 

曰く、カプ・テテフは不思議な鱗粉を持ち、面白半分に自らの特殊な鱗粉を人間やポケモンに振りまく。この鱗粉は体を活性化させ、怪我や病気を治す効果を持つが、浴びすぎると体が変化に耐え切れず死亡するという二面性を持つ。

 

大昔に起こった島同士の争いを鎮めるために、鱗粉で治癒を行い和解させたという伝承が残されているが、その真相は鱗粉の力により暴徒が全滅したために争えなくなったから、とも言われている。 この全滅とは戦術的なものではなく、文字通りの意味。つまりは死滅だ。そんな存在に、現状の不満を訴える──尻込みするのも無理はない。

 

「だけど、貴方は、貴方たちは別の案を提示した。だから、教えてほしい。それがどんな方法なのか。どうしてそれを思いついたのか。何故、それが『説得よりも容易い』と言えるのか」

 

常にない雰囲気──逸話の当事者たる王の末裔として、彼女は僕に問いかける。先程は久しぶり、と言ったものの、この島において、僕にとっても彼女との付き合いはグラジオに次いで長い。だから彼女が振る舞いとは裏腹に「ぬけめがない」ことは良く知っているし、リーグ時代の手合わせとかでは時たま一杯食わされることがあった。

 

今回の場合も、言うなれば彼女が内に秘める真面目モード。となれば僕も、真面目に回答せざるを得ない。

 

「まず一つ。僕がいること。

 

自慢になるけど、僕は仮にカプに4体同時に襲われてもどうにかできる実力がある。非公式戦となれば地形もZわざも使い放題だからね。ほしぐも……ソルガレオが味方している以上、まず負けない。最近は相性の良いウツロイドなんかも入手したことだし」

 

「うん………うん? いやちょっとまって。流石にそれはおかしいでしょ。だってヨウ、コケコ以外のカプ神を見たことないんでしょ? なのにその発言っておかしくない?」

 

「勝てる、ではなく、『負けない』。僕の場合、その気になれば6匹フルに同時運用とかもできるし、そもそも実行するとなると遺跡の位置関係上タイマンが基本になる。だから多分、大丈夫だと思う。断言はしないけど」

 

「2匹以上倍率(レベル)を維持するだけでも相当神経を使うのに6匹……しかも同時並行? 分かってはいたけど、本当に規格外だね……」

 

「まともに運用できるのはせいぜい3匹で、数を増やす毎に1匹に割けるレベルが一割くらい減るしバトルスタイルも僕に合っていないから、最終的にはタイマンが一番強いんだけどね」

 

それでもあの人曰く、意思総体としてのカプ神のレベルは6割前後。これは僕の知るコケコの力量と一致しているし、昔からカプ神を下すことを最終的な目標にしていたらしいあの人の見立てが間違っているとは思えない。それでも『天罰』のことがあるから断言できないのは辛いところだが、まあ、多分大丈夫、だと思う。

 

……まずい。なんかだんだんと自信が無くなってきた。普段からゴリ押しで物事を解決していた分、マイナス方向への想定が甘かったかもしれない。

 

(──まあ、力及ばなければ、その時はその時かな)

 

方針を『勝負』にした場合の最大のメリットは、失敗した場合のリスクが0に等しいことだ。最悪、矢面に立つ人材……僕、あるいはあの人辺りを切り捨てて新たな方針を決めれば良い。とはいえ、僕も負けるつもりはさらさらないし、だからこその本命なのだが。

 

「──参考までに、今のオープンレベルっていくつ?」

 

「一番相性の良いガオガエンで94って言ってたかな。平均ではギリギリ9割に届かないくらい」

 

「うわぁ……うわぁ……うわぁぁぁ」

 

聞かれたので素直に答えたら、なんか凄まじいものを見るような目で見られた。気持ちは分かるが隠す努力くらいはして欲しい。でも、最近はみんなも慣れてきたのか、随分とこういう視線で見られることが減ったから懐かしい反応ではある。特にアセロラは感受性が豊かだから、感情が直に伝わって来て心地良い。向けられる感情そのものは複雑だけど。

 

ちなみに細かな倍率のソースはあの人である。カプ神の4匹も含めてモーモーミルク1ダースで購入した。こういう時、あの人は苦手意識だけで敬遠するには惜しい有用な人材であるとつくづく思う。

 

「は〜。まあ、色々と言いたいことはあるけどそこは置いといて、とりあえず勝ちの目は十分にあるのは分かったよ。

 

でも、それだけなら案として挙げるには弱いよね? まだ『どうして』と『何故』については説明されてないし」

 

「そうだね。ちょっと長くなりそうだけど、順を追って話して行こうか」

 

 

 

☆☆☆

 

 

カラン、と音を立ててコップが鳴る。長い話になるからとのことで彼女が注文したモーモーミルク。質量にして200mlに相当するそこそこ大きなジョッキの氷をうつ伏せのまま器用にストローで掻き回しながら、彼女はゆっくりと話し始める。

 

「──方法としては、大きく分けて2つ。カプを信じるか、それとも否か。そしてその度合いによってそれぞれ方針が変わってくる」

 

相も変わらず無遠慮な声色で、けれど先ほどまでのどこか固い印象とは違う、僕が良く知るライチさん曰く『調子に乗っている時』の口調で彼女は語る。

 

ちなみに、モーモーミルクの存在から分かるように、場所はコニコの食堂から変えていない。どう考えても白昼堂々と語るような内容でもないし、事実、ライチさんは場所を変えるよう提案していたが、彼女は無視した。なんでも動くのが面倒らしい。よくよく考えると、こんな誰が聞いてるかもわからない食堂でライチさんの勧誘をやってる辺りから今更でもある。

 

「まずは最高の想定。カプが一連の騒動に無関心、あるいはヒトに判決を委ねていた場合。この場合は、そもそも私たちが何かをする必要はない。我々の想定は悉くが単なる杞憂に終わり、行動そのものが悪手となる」

 

顎を机に付けたまま、人差し指だけピシッと突き立てる。妙に行動がサマになっているのは、曲がりなりにも接客業を家業としているからなのか。その割には態度が悪いを通り越して酷い状況だが、それも今更である。

 

「次に、最悪の想定。カプが一連の騒動により既に怒り狂っていて、天罰が下るまで秒読み段階だった場合。

 

ここまで来ると、もはや説得などでは治まらない。カプはあくまでポケモンではあるけれど色々と特殊で、性質としては自然現象に近い。

 

地震や津波にやめてと訴えかける行為は、言うまでもなく無駄な徒労に終わる。こうなれば我々は早急かつ強引に事を成し遂げる必要があり、必然、その方法もかなり乱暴なものになる」

 

(………む)

 

中指を追加で立てて数字の2を作り語る彼女に、僕は少し思考する。

 

カプが自然現象に近しいというのは、僕も薄々と察している。個体としての意思はあれど、神として振る舞った場合のカプは、易々と決定を曲げないであろうことも。でも、

 

何かしらの反論に『さきどり』して、彼女は更なる言葉を紡ぐ。

 

「方法として考えられるのは、ざっくり分けて最悪から順に打破、追放、捕獲、説得、傍観。そしてそのいずれの場合にも属する勝負を加えて6通りになる」

 

手を開き、器用に小指から順次折り曲げて最終的に握りこぶし。追加で何故か狐手を示し、一度握って人差し指、つまりは4つ目の項目を語る。

 

「このうち、おそらく現状に最も即しているのは説得で、ライチの想定もその程度。正直な話、私も傍観から説得のうちのいずれかでコトは済むと考えてる」

 

「ふん。あんたもやっぱりそれくらいだと考えてんじゃないのさ」

 

「ただしこの場合、信頼度が追放から捕獲レベルだった時にカプの怒りを買い、被害の規模が一段階上昇する、と見てる。

 

そして最悪の場合、傍観同様に説得という行動自体が引き金となり得る。しかもカプをある程度信じて行動する以上、対処法は無きに等しい」

 

口を挟んだライチさんを黙らせるように強い口調で、反論を遮るようなタイミングで息つく間もなく、本当にいつ息継ぎしているのか不安になるほど一息に彼女は続ける。

 

(………でも、これは)

 

脳裏に過ぎる違和感。相変わらず無駄に鋭い僕の直感が、彼女の精神を映し取る。理論で固めた光の奥に、ほんの僅かに浮かんでいる小さな闇。全てが解決した瞬間のリーリエが、母親が無事だと確信するまでの短い期間、その時に見たそれと同じ。

 

(………これだと、まるで)

 

覚えがある感情。僕にはあまりに難しすぎる複雑な感情。そう、まるで、胸に燻る一抹の不安を、言葉で無理やり押し流すような。

 

「加えて、カプが一つの総体ではなく、それぞれ別個体として存在していることもある。短気で鳥頭のコケコや、残酷面でのテテフ。人間嫌いのレヒレに、ものぐさで目下最大の脅威であるブルル。これらが例えばそれぞれ捕獲、追放、傍観、説得だったりする可能性も否定できない。いえ、むしろレヒレとテテフが同一の対応で済むわけないから、その可能性は非常に高いと見てる。コケコなんかはその時その時で適切な対応が変わる、なんてのもありえる。

 

したがって私は、代案としての『説得』ではなく、本命として『勝負』を推すわ。いえ、違うわね。いずれの場合でも『手段として勝負を推す』。これね」

 

「手段……?」

 

嫌な予感を振り払い、思考を内容の方へと移す。いずれにしても、彼女の精神は歪過ぎて理解し難い。そも、これは目下の問題が解決すれば消え去る筈の感情だ。僕であれば、下手に理解しようと足掻くより、根元を根絶した方がそれらしい。

 

僕が浮かべた疑問符に、彼女は3番目の選択肢、中指を立てて答える。

 

「一様に捕獲、と言ってもやり方は人それぞれでしょう? 代案がある、というのは間違いではないけど、説得や傍観の選択肢だとしても、その手段に私はカプと『勝負』をするつもりだった。

 

その結果として要求を通すか、カプを捕獲するのかを考えて、より自分が気持ち良い捕獲を選んだだけ」

 

「………」

 

何故、これほど色んな方針を考えていて、穏便な方針があるのに最初から捕獲を推すのかと思えば、普通に最低な理由だった。いやまあ分かってはいたけど。でも、その懸念だけは真実で、いざとなれば本当にそうせざるを得ない状況にまで場を整えた手腕には脱帽するしかない。普通に最低だが。

 

「具体的どうするかは、まあ単純ね。敵意を持って遺跡に立ち入れば、それだけで勝負になる。ただしこの時、カプの土地神としての力を利用しようと考えてはダメよ。そうなればカプは神としてその者と敵対せざるを得ない。

 

だからあくまで挑戦者として。そして、それが可能なのはカプを叩きのめすことしか考えてない私と、そういう欲求がゼロなヨウ君。それにもう一人(・・・・・・・)

 

流石に語りっぱなしで疲れたのか、ようやく姿勢を正してモーモーミルクを一気飲みする。そういえば前も情報料としてモーモーミルクを提案していたが、好きなんだろうか。お冷は直ぐ側にあるのにわざわざ注文したとなれば嫌いではないんだろうけど、ちょっと意外である。

 

「はっ、何を法螺拭いてんのさ。あんたはカプに不満タラタラでしょうに」

 

「……否定できない。じゃあ私も除外して、ハラさん……は無理そうだから、ククイ辺りを。まあ、人材については難しい問題だけど、最低限、本当に最悪の場合に備えてマスターボールが4つ欲しいわね………いや本当にヨウ君に断られたら困るのよね。もしもこの話を断ることになっても、起こり得る災害の対処にだけは協力して欲しいわ」

 

「はぁ………まあ、リーグが無くなるのは困りますし、それは約束しますけど」

 

「ありがと。それで、話の続きだけど、ここでの勝負とはあくまで事前調査に近いことを先に言っておくわ。勝負自体が解決策かと聞かれても微妙としか私は答えられない。勝負によって見極めて、それから対策を考える。

 

メリットは、危険性が少ないこと。デメリットは得られるものも少ないこと。ローリスクローリターン、そしてきっと、ヨウ君ならそれが容易い。気づいてるんでしょう? 『それくらいなら出来そうだ』って」

 

「…………」

 

無言で返す。否定はしない。なんなら単に勝負を挑めというなら、今からだって容易いだろう。相手の意図を読むなど造作も無い。それがポケモンであるならばなおのこと。普段の僕は、ポケモンを通して相手の狙いを読み解いているのだから。

 

そしてその前提なら、リスクがないのも納得がいく。不興は買いそうだが、それだけだ。ヒト一人の生命と引き換えにしてお釣りがくる。それがおそらく、彼女にとっても大切な人であるならば。

 

(……ああ、そうか。なるほど)

 

いくらなんでも性急過ぎると思ったが、ようやく違和感の正体がわかった。無論、邪な目的はあるのだろう。しかし、彼女にとっても現状は看過できるものではなく、国際警察にまで頼るほど、一刻も早い解決を望んでいるのだ。

 

でも、それならどうして。と、そこまで考えたその時、本当にタイミングを見計らっているんじゃないかってくらいベストのタイミングで、彼女がそのことについて告げる。

 

「理想を言えば、もう一人の人物を呼ぶのが多分ベストだと思うんだけど、ちょっと私には無理だから、元より私がやりたかったことだし、今回は除外するわ」

 

「えっと、そのもう一人とは? そこまで言うってことは、相当の………」

 

「まあ、大物ではあるわね。ある意味では、貴方を遥かに凌駕する逸材よ」

 

「──」

 

その言葉に、僕の直感が警鐘を鳴らす。

 

嫌な予感がする。これまでで最大級の悪寒が、僕の根幹に関わりかねない恐怖が、一刻も早い事態の把握を求めている。

 

耐え切れずに、僕は彼女に尋ねる。すると彼女は、まるでその言葉を待っていたように、いつか見た歪んだ笑顔で、心底から愉しそうに告げた。

 

「そう。あの子こそ、この世界におけるキーパーソン。

 

貴方という制限(シナリオ)から解き放たれた今の彼女は、何をやってもおかしくない。あの子の影響力は、その才能(魅力)は、貴方同様、並大抵の事象を容易く破壊する。

 

おまけに、余りある才能に振り回され気味な貴方とは違い、あの子は貴方を知るからこそ驕ることなく正しくその才能を発揮できる」

 

「まさか──」

 

「そのまさかよ。ところで、ねぇ、ヨウ君。今も貴方が携わってるウルトラビーストの案件だけど、一つ忘れていることがないかしら?」

 

──忘れていること?

 

これ以上、何か致命的な見落としがあると言うのか。それか僕の悪癖で見過ごしていたことが、実は彼女にとっての『とっておき』だったのか。わからない。僕には何も、でも、それでも僕は。

 

「何を………」

 

「Fallは決して一人じゃない。ウルトラビーストは、ウルトラホールの香りを持つ者に惹かれる………ふふふ。

 

グラジオ君が持っていたのだから、あの子が持ってない道理はないわよね。彼女が次に、何を仕出かすか………非常に興味深いわ」

 

(…………)

 

僕にはいつも、この人の思考を何一つとして理解できない。しようともあまり思わない。人間なんて千差万別。僕が僕であるように、人の数だけ考えは違うのだから。

 

(………さて、どっちの意味で言ってるのかな、これ)

 

答えの出ない疑問。聞けばはぐらかされることが目に見える問題は、果たして何が正解なのか。

 

願わくば、それが『悪意』によるものではなく、単なる『善意』か『忠告』であって欲しいと。僕は密かに思うのだった。

 












やっとリーリエちゃんをまともに出せる……。長かった……。


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さいごまで あきらめない はがねのこころで!

淫夢要素はないのでひっそりと初投稿です。ついにリーリエちゃん視点。ここまで長かった。


気づいた時には、既に歩みを進めていた。

 

母さまはこの件について、不干渉を貫くことに決めたらしい。言い訳はそれらしくあれこれと並べていたが、結局は夫の側を離れたくないという理由(我儘)に落ち着いた。元から執着心は人並み以上の人だ。失ったと思っていた夫が帰って来たならば、それに執心するのも無理はない。

 

そもそも、あの人を信用できないというのもあるだろう。客観的に見て、彼女が私欲で財団を盛大に掻き回したのは間違いない。マッチポンプに等しくとも、彼女に命を助けられた立場の父さまは必死にフォローしていたが、だからこそ直接的な報復には至っていないのだと私は思っている。

 

特に事情を聞いた直後の兄さまは、随分とご立腹だったようで、宥めるのに相応の苦労をしたものだ。ある時期、母さまが暴走したあたりから波風立てない生き方をしていた私には兄妹喧嘩など久々で、母さまとの経験が無かったらどうにもならなかったかもしれない。

 

尤も、下手をすれば家族を失う羽目になった出来事を、得難くはあっても良い経験だと思いたくはないのだが。

 

 

「──この橋の、その先に」

 

 

今は懐かしき試練の場(・・・・)。遺跡に繋がる吊り橋をその前に、私は大きく息を飲む。動悸の激しさは苛烈を極め、いつ張り裂けてもおかしくはないくらいだ。これほど素直に緊張したと言えるのは、いつ以来だろうか。

 

「…………」

 

この先にいるのは、この島の守り神。アローラを見守り、人々の側に立って、その歴史を共に歩んだ偉大なお方。各地に存在する神と呼ばれしポケモンが一匹。とちがみポケモン、カプ・コケコ。

 

彼(?)と私は、あの時に一度交錯しただけ、つまり関係性は無いに等しいが、私にとっての彼は違う。

 

カプ・コケコというポケモンは、私にとってポケモンの頂点に君臨する。トレーナーとしての極致に位置するヨウさんとはまた別の、個として在る最強。おそらく盛大に間違ってる上、厳密に言うならヨウさんの持つほしぐもちゃん……ソルガレオこそが定義されるべき称号であろうと、私にとってのほしぐもちゃんは強さのイメージと結び付かない。

 

第一印象とは偉大だ。どれほど当人と行動を共にしても、前提としていつまでも引き摺られる。私が今でもヨウさんを指標にしているのも、この橋での勇気ある行動が目に焼き付いているからだろう。ただ彼の場合、それ以前の問題であったが。

 

それと同じだ。あの時私は、彼を一目見ただけで、その強さ。神聖さ。気高さを存分に感じ取ることができた。

 

これは私の感受性が高かったからなのか、そもそも彼に隠す気がなかったのか、あるいは単なる気まぐれであったからなのかはわからない。でも、推測でいいのなら、理屈を抜きに理解できる。小難しい理由なんてない。その必要もなかった。ただそれだけのことなのだろう。

 

「…………」

 

胸の内に、何とも言えない感情が湧き上がる。罪悪感にも近い、言い表せない気持ちが。

 

報復や復讐に正当性は無くても、その憤りは真っ当なものだ。国を乱した者に憎悪を抱く。神として、ポケモンとして。あるいは実に人間的で、それらしい理由ではある。それがいけないことだとわかっていても、私なら。もしも私が、この島に見捨てられたりしたら、そうしない保証なんてない。それはきっと、ヨウさんでも同じこと。例外はおそらく、最初からこの島を見限っていたあの人くらいだ。

 

(………どんな気分なのでしょうか)

 

この島のことが、どうしようもなく歪に見える。そう発言した彼女の顔は、傍目に分かるほど疲れ切っていた。

 

カントー地方を巡った私も、この島の慣習にはどこか不自然さを抱いている。しかし私はあの人のように、その責任をカプに押し付けるような真似はできない。だからこそ、この場にいる。私の憧れた最強のトレーナー、ヨウさんを精一杯見習って。私にできること、否、私がすべきことを成し遂げるために。

 

『──短絡的だな。だが、悪くない。そういう趣も否定はせん。固定観念を壊すのは、俺がスカル団で学んだ唯一の教訓だ。

 

それに何より、お前が選んだ道だ。興味がないと言えば嘘になる。あの女のことはさておき、俺もあの人……ボスについて、思うところがないわけではないしな。

 

肝心な時、「たんじゅん」な力量(レベル)だけを求め「がむしゃら」に生きていた俺には、耳が痛い話だが』

 

複雑そうな顔でそう呟いた兄さまは、直前までの喧嘩もあってか随分と疲弊しているように見えた。

 

兄さまもまた、私とは異なり、母さまの意思を尊重することを選んだらしい。彼自身は『あれだけ虐げられていたのにな』などと自嘲していたが、その言葉を私は笑い飛ばすことは出来なかった。

 

ともあれ、結果として、私は一人で行動している。カントー地方でも一人で旅をしていたのに、いつまで経ってもこの感覚には慣れない。ハウさんのようにポケモンを引き連れて歩こうにも、最初のポケモン(・・・・・・・)がそういう行為にあまりに不適格なため、すっかり癖として定着してしまった。

 

それとも、ほしぐもちゃんを匿っていた時期のことが、今でも尾を引いているのだろうか。もしもそうであるならば、本当、根本のところで私たちは家族なのだと、母さまの娘なのだと実感するばかりである。

 

「…………」

 

石橋を叩くような過剰すぎる警戒と共に、踏みしめるように橋を渡る。

 

警戒も心配も杞憂、もしや、と思われたカプ神も他のポケモンも、ましてやヨウさんが現れることもなく、やはりあの交錯は奇跡であったのだと実感する。

 

──あるいは、兄さま風に。運命、だろうか。少なくとも、母さまの時同様、あの出来事が私にとって重要なファクターとなったのは事実だ。身を焦がす恋情が、今も私に力を注いでくれる。行動の指針に、活力になる。

 

私はいつも衝動的で、我儘で、自分勝手なことばかりだけど──でも。だからこそ、そんな私の我儘に何も言わず付き合ってくれた彼を、自分の意思を曲げることで、彼の行動を否定したくはないから。

 

(………とはいえ、それで自分のエゴを正当化するつもりもないけれど)

 

振り返ると、とうの昔に試練(・・)は終わっていた。否、試練となるのはこれから先だ。どう転ぶかも、何が起こるかも、何が正解かもわからない。こんな時、ヨウさんなら──そんなことばかり考える自分が嫌になる。

 

思慮深く見えて短絡的な自分と、無為無策に見えてその実その方が効率的だと自覚している彼。対比なれど、有用性は言うに及ばず。他者と自身を比較して自嘲するのは悪い癖。そう言われておきながらも、生来染み付いた思考(ロジック)はなかなか変えられない。

 

内向的で根暗な性根も、終ぞ矯正されることはなく、母さまのように、上っ面だけ取り繕って。見栄を張る。嘘に嘘を重ねるように、無理をしてでも誤魔化し続ける。本当に、ヨウさんとは大違いだ。

 

意識して堂々としていたはずの歩調が、遺跡の入り口に迫るほど乱れていく。思考を重ねていく毎に、固めたはずの決意が鈍るのを実感する。こんな私を兄さまが見れば、また小洒落た冗句を語ってくれるのだろうか?

 

まあ、兎にも角にも。今の私には、単なる未練に過ぎないのだが。

 

「………畏れ多くも。

 

アローラの守り神であせられるカプ神に於かれましては──」

 

不気味な静寂に包まれた遺跡の奥深く。不思議と何一つとして滞りなく到達した祭壇の前にて、私は静かに言葉を紡ぐ。

 

反応はない。いつかのパプウさんを思い出す、完全なる無音状態──神聖な空気に充てられてか、常ならばどこかしらに存在するはずのポケモンの物音さえしない空間は、私の寂寥感をひしひしと駆り立てた。

 

「っ………」

 

怯みそうになりつつも、必死に言葉を重ね続ける。大丈夫。こんなもの、いつかの母さまに比べたら苦労のうちにも入らない。そも、何が苦痛だと言うのか。ハラさんの目を盗み、こんなところに忍び込んでまですることが後悔なら、馬鹿にするにも程がある。

 

少なくとも、私が知る誰もがこの程度で参ったりはしない。カプ神に反応がないのなら、どうせ誰にも見られていないのだ。多少の無様さ、滑稽さを晒したところで問題ない。ただ、ひたすらに。

 

「どうか──どうか──」

 

気づけば、呼び掛けは既に懇願へと変わっていた。剥き出しの感情が、壁へ天井へと虚しく響く。自分は一体、何をしているのか。自問はとうに10を超え、しかしそれでも喉は休めず、枯れた声を搔き鳴らして。血を吐くように訴える。けれど時間は誰にも平等で、一つ、また一つと針が進み、その度に限界が躙り寄って来る。

 

「………ぅ」

 

遠退いてきた意識を唇を噛んで引き戻し、血が滲むほど拳を握りしめる。分かっていたことではあるが、何一つとして思うように進まない。いつも誰かに頼り切りで、一人では何も出来なくて。歯痒い気持ちでいっぱいで、結局、何も変えられなくて。

 

そんな自分が嫌で嫌で、彼が悲しむことを知っていてなお私は自分を変えようと旅に出た。帰ってすぐ彼の様子を見に行ったのと、肝心の場所がカントーだったのは私の意思が弱かったからだ。カタチだけはそれらしく、言い訳ばかり立派になって、その実ロクに成長していない。もしも、こんな私が──そう想うだけで萎縮して、まさかあのヨウさんに限って、そんなことがあるはずないのに。いつまでもいつまでも。そう、まるで今の私のように。

 

(やっぱり、私には──)

 

足りないのだろうか。何かが、あるいは、ありとあらゆるモノが。

 

根拠がなくても、確信がある。彼ならきっと、ヨウさんがこの場にいたとしたら。それだけでカプ神はなんらかの反応を示す。そんな光景がありありと思い浮かぶ。

 

勝手な妄想だ。カプ神にもヨウさんにも、失礼極まりない。己が惨めさを誤魔化すため、己が不足に言い訳するための苦しい嘘。自分さえも騙せない滑稽な言葉。道化としては及第点でも、目指す理想は高く険しく。いつまでたっても、未熟なままで。

 

けれどそれは、きっとヨウさんも同じで。だから私は、一刻も早く──

 

「…………えい」

 

「──ッ!?」

 

突如として突っつかれた頬の柔らかな指先の感触に、油断していたのもあってか盛大に後退る。

 

悲鳴を上げなかったのは奇跡と言っていい。正直、自分でも驚いているくらいなのだ。私が言えた義理ではないが、何故、こんな夜更けに、こんなところで、たった一人で、差も同然のように侵入しているのか──!

 

「およ? ご無事でしたか? いやいや申しわけありません。つい」

 

「な、な、な………!」

 

「んー? なーんか驚いてるみたいですけど、特段この場所に入ることへの罰則は定められていませんよ? あんまり見せびらかすものでもないので、普通はキャプテンか島キングがやんわりと押し留めるんですけど、それでも望めば見学くらいは認められる場所です」

 

「あ、そうなんですか………? って、そうじゃなくて! えっと、その………見ました?」

 

「のーこめんと、です。ただまあ、思わず声を掛けてしまったのはそうですね、そういうことなのかもしれません。先程罰則はない、と言いましたが、咎められないわけではないんです。

 

この祭壇はアローラで最も神聖な場所。無断で侵入されて荒らされたーなんてことがあったら大事ですから」

 

「…………」

 

あからさまに誤魔化されたが、この反応、絶対に見られてた。はっきり言おう。ものすごく恥ずかしい。ヨウさんに研究所のお部屋を覗かれそうになったなんて比じゃない。頬が紅潮して破裂しそうなほどだ。

 

(いや、あれもあれで恥ずかしかったですし、必死になって抵抗していましたが)

 

しかし、これは恥ずかしさのベクトルが違う。そして、どちらがより見られたくないかと問えばそれは間違いなくこちらだ。特に最後の方は……いや、割と最初から自分でも何を言っているかわからなくなっていたような……。とにかく、少なくとも見られて愉快なものではないはずだ。

 

(………とはいえ)

 

この発言、言い回し。要するに、「私は何も聞いてませんよ」というスタンスを貫くつもりらしい。助言についても独り言。それでもあえて身を晒したのは、お節介か、好奇心か、単に愉快犯か、それともそれほど私が危うかったのか。あるいは。

 

(目的が同じだった、とか。この人は確か、ポニ島のキャプテンだったはずですし、ないとは言い切れません)

 

燻んだボサボサの長髪に、整った顔立ちを汚れで独特のモノへと染め上げている人物。一年振りだが、名前は忘れていない。ポニ島のキャプテンの一人であるマツリカさん。

 

見るからに積極的に行動するタイプにも見えないのに、否、これは私の勝手な思い込みだ。彼女との関わり合いが薄い私には、口が裂けても言えない台詞。なればこそ、その件については私はここで口を噤むべきだろう。

 

「………それで、ご用件は?」

 

ただ、理解はしてても納得できるかは別の話。最低限の言葉使いだけを取り繕った自分でもびっくりするほど色の無い声が、深夜の遺跡に響き渡る。彼女の登場により虚しさこそ消え果てたが、代わりに膨大な後悔が渦巻いている。仮に『テレポート』を覚えているポケモンを私が持っていたのなら、私は既にこの場にはいないだろう。

 

「用がある、ってより、忠告かな? いやー、今はほら、ウルトラビーストって呼ばれる凶暴なポケモンたちが島に出回っているので、ひとまずその案件が解決するまでキャプテンとしては、こんな夜更けに一人でいる貴女に、声を掛けずにはいられないって言うか」

 

「ウルトラビースト……」

 

「そうなのです。………んん? そういえば貴女、どこかで………いや、会話をしたことは間違いなくないはずだけど、もしや、かなーり前にどこかですれ違いました?」

 

「え? いえ……」

 

言われて少し記憶を漁るが、あのパプウさんがいる島のキャプテンということもあり、加えて彼女の容姿は特徴的なためこちらは一方的に知っていても、彼女と会話をした経験は一度もないはずだ。

 

それとも、彼女が言うように、本当にすれ違っただけの関係でそこまで記憶しているのなら、粗雑そうな風体とは裏腹に、キャプテンとして本当に人をよく見ているのか。あるいは相当『ぬけめがない』人物なのだろうか。

 

「ですが、その件については大丈夫です(・・・・・)

 

「おー? なにやら自信ありげのようですけど、いえ、そういうことならモーマンタイです。

 

ですが、その割に………別に貴女が弱く見えるとかそういうわけではないんですよ? ただ、そう言えるだけの実力もあるっぽいのに、よりにもよってこんなところで、しかもこんな深夜帯で、リングも嵌めずに……。…………リングを、持ってなくて、あんなに必死になって………、……………あ」

 

瞬間、何かに気づいた(・・・・・・・)らしいマツリカさんが目に見えて動揺し、それまでの飄々とした態度はなんだったのかと思うほど狼狽える。

 

こちらもその動揺を察して非常に申し訳ない気分になったが、勘違いではあっても間違いというわけではない。私が未だカプに認められていないのは事実だし、カプに訴えがあったのもそうだ。ただその内容が非常に私的なものであり、私個人の我儘であっただけで。

 

そんな事情はつゆ知らず。しばし狼狽していた彼女だが、やがて思い出したように、誤魔化すように、おそらくは先程の会話を情報で押し流すために、ある意味ではお節介な、私にとっても予想外な言葉を紡ぐ。

 

「──そうです! あたし、リーグ設立にあたって、キャプテンとしてその、リーグ戦を見越した………要するに、協会の監査にも問題ないような試練を考えていたんですけど、いかんせんあたし、交友関係とかあんまりで。テスターになり得るいい感じの実力者がいなかったんですよね。

 

いや、もっと正確には二人くらい心当たりはあるんですけど、まさかチャンピオンや外部の人にこんなことを頼むわけにはと困り果てていたんです」

 

「は、はぁ……?」

 

「試練とはカプに見初められた者が受けるべき。元からあたしはこの慣習はちょっとアレかな、って思ってたので、リーグの設立は大賛成だったわけですが、今後はそのかわりに、試練そのものにテコ入れが必須になります。

 

今までは極論、誰かに譲り受けるなどでもZクリスタルを全て集めさえすればカプ神次第で島キングに成れたわけなんですけど、この島ってばゆるーい慣習で成り立ってるので一部クリスタルの扱いが酷いんですよね。ヒコウとかコオリとか。

 

試練についても。ポニの例だと、前キャプテンが急病で亡くなってから、彼の担当していた試練が有名無実化しています。野生化した彼のポケモンが何故か試練を担当することになり、土地の試練なんて銘を打って誤魔化してますけど、要するに怠慢なんですよね、これが。

 

レヒレが人間嫌いで、人前になかなか姿を見せないで、そのため島クイーンが定まらず、キャプテンの指名ができなかった──それでは導き手として如何なものか。少なくとも、あたしが協会の人間なら。まあ普通にダメ出しされますよね。それでは困るのです」

 

「……そう、ですね」

 

試練について、かつてトレーナーではなかった私はその詳細を知らない。なればこそ、その事由も同様に。が、あんなに立派なパプウさんが島クイーンに成れずして苦悩していた真実も、今になってようやく理解できた気がする。

 

やはり、聞くことと実際に経験してみることではその情報量に天と地ほどの差がある。話についても同じ。こうしてキャプテンの立場から問題として挙げられているのを実体験として語られると、よりそれを現実のものとして実感する。しかし、これさえも私は聞いただけ。きっと彼女が持つ問題は、私の想像の遥か上を行くのだろう。

 

「……それで。話の流れからして、私をそのテスターにしたい、ということでしょうか?」

 

「おお! 話が早いのは良いことです。

 

そんな聡明な貴女にこそ、この試練は相応しいでしょう! ……と、持ち上げたはいいものの、ウルトラビーストの案件が終了しても、まだしばらくはリーグ参戦も自由なはずですし、わざわざ試練を受ける暇があるなら今の状況を利用して、修行なりなんなりで実力を底上げしたい! という考えもあると思います。

 

そもそも、試練は基本的に強制ではないので、遠慮なく断っていただいても構いません。貴女を選んだ理由も、ここで偶然出会ったから、というものでしかないわけですし。…………あの、今更ですけど、観光客の方ではありませんよね?」

 

「違います」

 

最後の最後で全てを台無しにしかねないある意味とんでもない質問をされたが、流石に杞憂であることがわかると、彼女はほっと一息をつき、「もちろん、ただとは言いませんよ」と続けて、

 

「なんと今だけ特別大サービス! このメガリングを『プレゼント』しちゃう! ……まあ実際は、私には不要な品ってだけなんですけど」

 

「メガリング?」

 

「ええ。メガシンカってご存知です? トレーナーとポケモンが極限まで信頼し合ってるとポケモンがトレーナーの望むカタチに変化する、なんて摩訶不思議な現象を指す言葉なんですけど」

 

「メガシンカ……」

 

「まあ、中にはチャンピオンみたいに、こういった補助具も無しにあっさりとそれを成し遂げちゃう規格外なんかが………げふんげふん。

 

失敬、それで、これが貴女に使えるかはわかりませんけど、使い熟せれば間違いなく『きりふだ』になり得る。自分に使えないからと押し付けるような真似をして申し訳ないですが、悪い話じゃないのでは?」

 

「…………」

 

しばらく無言で考える。

 

早急に済ませたい用件があるのは確かだが、このまま続けたところで結果に繋がらないのはたった今実感したばかり。とはいえ、元より衝動的な行動。代案となる選択肢もなく、早々に行き詰まっていたのも事実。一度用件から離れて、頭を冷やした方が良い案も浮かぶ……かもしれない。

 

嘘だ。実際には、メガシンカというものに多大なる興味がある。あの時、忘れもしない一世一代の大舞台にて、やまおとこの服装をしたジョーイさんが初手に行った不思議な現象。まさに進化と呼ぶべきあれが、そうであるならば。

 

(あの人は、ヨウさんに勝利した……前提を同じくすれば、私にも)

 

もちろん、ポケモン勝負は条件を同じにすれば勝てるような容易い競技ではないが、彼女が言うように『きりふだ』が増えるのは悪いことではない。損得を抜きにしても、彼女の話を聞いて、協力したいと思ったのもある。ここは……。

 

「わかりました。微力ながら、協力させていただきます」

 

「おぉぉおお! ありがとうございます! それではさっそく、肝心の試練の内容ですが──」

 

「……っ」

 

感謝の意と共に紡がれたその言葉に身構える。大口を叩いた手前、無様な姿は見せられない。そもそも私は、余人に比べて機転の利くタイプの人間ではないので、どんな内容の試練でも、とにかくゼンリョクで挑む!

 

「それは。ですね──私との、勝負です!」

 

「…………はい?」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

まずは場所を変えましょう、と提案した彼女に随行し、戦の遺跡の外部へと出る。入った頃はまだ宵だった空もどっぷりと深く、満月と星々の光が大空に瞬いている。目的が観光なら、あるいは目的を達成できてさえいれば、この光景にも晴れやかな気分で臨めたのだろうが、緊張と不安が押し寄せてきて、どうにも落ち着いていられない。

 

(しかし、『勝負』が試練……まあ、ある意味では当然なのでしょうけど)

 

料理対決や間違い探し、クイズなど、奇抜な試練を持ち出される方が私としては困るので、単に勝負で実力なり人格なりを測るというなら有難くはある。

 

不安要素は彼女の実力や合格の基準が不明瞭であるということだろうか。だがしかし、私の役割はテスター、つまりは試金石。仮に失敗したところで、それを活かして今後に繋げればそれで良いのである。

 

「………このあたり、ですかね。ここならゼンリョクで暴れても、遺跡へ被害は及ばないでしょう」

 

マホロ山道の横道を逸れてしばらく、山中のやや拓けた場所で足を止めたマツリカさんが、こちらを向き直って宣言する。

 

空に浮かぶは見事な満月とはいえ、その表情は伺えない。街灯もない山中では星も一層輝くが、それでも周辺を照らし出すには程遠い。こんなところで戦うのか、と私が考えた瞬間、マツリカさんが肩にかけたバッグから何かを取り出した。

 

「ちょっと目を瞑っていてくださいね……えぃっ!」

 

「え? わぁ………!」

 

マツリカさんが手を振るうと、そこから零れ落ちた光り輝く何かが地面を染め上げ、光のイルミネーションを構築する。

 

月夜に照らされ煌めくそれは即席の天の川。単なる光源として使うにはあまりに贅沢な芸術品は、沈んだ気分を浮上させるに十分なものだった。

 

「『ひかりのこな』って言うんですけど、知ってます? まあ、知っても知らなくても別にいいです。さ、ゼンリョクで行きましょうか!」

 

「勝負、と言いましたけど、それは協会のルールでいいのですか?」

 

「え? あー、そですね。あたしは別に、そっちが6匹使っても何も言うつもりはありませんでしたけど、査定云々を考えたらその辺もちゃんとした方がいいですね。

 

ええと、ではルールはポケモン協会公認の公式ルールから3対3の規定。所持する道具の重複及びトレーナーによる道具の使用を禁止。勝ち抜き時を除くわざ以外による交代は戦闘不能として扱う。その他トレーナーへの攻撃云々は野良、非公式のルールも含め全て厳禁で」

 

「了解です」

 

ルールを把握し、言葉と共に会釈すると、そのタイミングを待っていたようにマツリカさんが即席のフィールドにモンスターボールを投げ入れる。

 

現れたポケモンは、ツリアブポケモンのアブリボン。20センチほどの小さなむしポケモンで、戦闘用・食用とさまざまな『かふんだんご』を作り出し、それを用いて外敵を翻弄する。

 

それが一般的に語られるアブリボンの情報なのだが、しかし、彼女のアブリボンには、見るからに他とは違う特徴があった。

 

「ず、随分と大きなアブリボンですね……」

 

「そうですかー?」

 

雑に回答された。答える気は無いらしい。

 

私もアブリボンを所持しているから一目で分かった。あのアブリボンの体長は、明らかに他のアブリボンの倍近く、40センチ前後はある。

 

もちろん、ポケモンだって生き物だ。一様に図鑑で20センチと解説されていても1.2倍程度の誤差は当たり前。けれど、これほどの誤差、人間であれば3mを優に超える長身に等しい。おそらくこれが噂に語られるぬしポケモンなんだと思うが、どのように育てたらここまで大きくなるのかは興味が尽きない。

 

(アブリボンはむし・フェアリーの複合……なら)

 

「ピッピさん、お願いします!」

 

対する私が繰り出したのは、同じくフェアリータイプを持つポケモン、ピッピ。こちらは平均的なピッピと同じ体長だが、それでもその大きさは相手の1.5倍、60センチはある。

 

ちなみに、進化をさせていない理由はその方が可愛いから……ではなく、貴重品たる『つきのいし』を持っていないからである。まさか道端で落ちているはずもなし、母さまの例からして、エーテル財団の財力があればいくらでも調達は可能なのかもしれないが、流石に決行するのは憚られた。自分のポケモンは自分の手で……そんな安いプライドに付き合わさせてるピッピには、非常に申し訳なく思っている。

 

「開始のタイミングは公式はジャッジに頼るんですが、野良の場合はトレーナー同士の判断に委ねられていますので、ここは公平に、お互いに10を数えましょう。はい、じゅう、きゅう、はち、なな…………」

 

「…………よん、さん、に、いち──」

 

「ピッピさん、『コスモパワー』!」

 

「んー? よし、行っちゃいましょう!

 

アブリボン、ゼンリョクで『ラブリースターインパクト』!」

 

「──え?」

 

瞬間、彼女の身体を中心として、目を覆うほどの閃光が走る。

 

かがやくいしと呼ばれる、カプ神に選ばれたその証。そこから力を引き出すことで使用できるゼンリョクの一撃……Zわざ。その圧倒的な破壊力は、あらゆる積みわざを無へと帰す。

 

否、それでも私のピッピはヨウさんに対抗できることを前提に、その状態でもあらゆる工夫を重ねている。『しんかのきせき』は標準装備で、倍率は当然最大値を維持し、わざだって耐久を活かした無駄のない構成。財団でコツコツと積み上げた知識の全てを注ぎ切っていた。

 

それでも、耐え切ることはできなかった。見たところ、私と彼女のレベル差(才能)はほぼ互角。つまりはこれが、この島の、カプ神の、Zわざの力。

 

何たる理不尽、何という不条理。だからこそ、この力を抜きにしてヨウさんに切迫していたグズマさんの非常識さと、無念を痛いほど実感する。

 

(………理不尽に打ち勝つには、どうするのか)

 

戦闘不能になったピッピをボールに戻しながら思い返すのは、いつかのあの人とのバトル。私の持つ唯一の理不尽を、それ以上の不条理と戦略を以って完封した怖ろしき立ち姿。

 

──理不尽に打ち勝つには、それ以上の理不尽をぶつける。そんな、理論にすらなっていない害悪戦術(理不尽)で、あの人は私を打ち倒した。

 

なればこそ、私がこの理不尽に対抗するためには──私自身が、理不尽なモノになるしか道はない。

 

肩に引っ提げたスポーツバッグの奥深くから、紫色のボール(・・・・・・)を取り出す。いつだったか、家族全員が健在だったころ、兄さまと共にお守りとして手渡された高級品──マスターボール。

 

兄さまは結局使用することはなく、ヨウさんに譲り渡したと聞いたこれを、私は理不尽への防衛策として使用した。否、これも単なる言い訳だ。身を守るだけなら、いくらでも他に手段はあった。これを使用すると判断したのは、偏に私がその理不尽を欲したが故。

 

いつかヨウさん(理不尽)に並び立つため、その手段として浅ましくも強力なポケモンを選んだだけだ。

 

「──出番です。お願いします」

 

そのポケモンがボールから姿を現し、大地に接地したその瞬間、『じしん』もかくやという凄まじい衝撃が山を揺らす。

 

それもそのはず。このポケモンの体重は実に1トン。それもかなりの長身を誇り、体躯ががんじょうなはがねタイプであるために着地には配慮が見られない。

 

エーテル財団におけるコードネームはUB04:BLASTAR、その名称をテッカグヤ。

 

今、アローラを騒がせているウルトラビースト──その一体にして、この地の四天王をまとめて薙ぎ払った、文字通りの怪物である。

 

『 か が よ ふ ! 』

 

「………藪をつついて、ってのはよく聞くけれど、ここまでスゴいアーボはなかなかいないねー。

 

これは、元よりゼンリョクだったけど、それ以上の本気で挑むしかないかも」

 

微かに聞こえた強がりも、テッカグヤが定期的に排出するガスの噴射音によって掻き消される。

 

それでも、戦意は一切衰えていない彼女を見て、私は改めて、トレーナーという存在の強さを実感するのだった。









何故テッカグヤなのかは、ミッションのあるウルトラビーストの中で唯一四天王を単騎で突破できそうだから。ちなみにオリシュさんの害悪ふしょく昆布戦法によりあっさりやられた模様。ガオガエンを選択したヨウ君に勝てるかどうかはノーコメント。

ちなみにリーリエのピッピは『ピッピさん』が名前です。さかなクンさんと同じノリで呼んであげましょう。


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さいのうって すきとは ちがうの?

何度見てもCCCイベントは泣く。それはともかく投稿します。短いです。年度末は異動になったから全然投稿できないかも…。


 

 

彼女のことを、侮っていた訳ではない。

 

相手は15歳未満の少女とは言え、それはあたしと数年程度の違いでしかないし、あの場面で壮言大語を吐けるような人間だ。キャプテンとして、プロフェッショナルを自認するあたしの胸中に無用の油断はなく、紛れも無い全身全霊を以って相手を討ち滅ぼす心算で居た。

 

(でも、まさか、このあたしが、こうも一方的に──)

 

だが、いざ戦闘が始まってみれば、彼女の発揮する戦闘能力はあたしの想定を軽々と超えており──互いのポケモンを数合と打ち合わせない内から、あたしは防戦一方に追い遣られていた。

 

怒涛の如く繰り出される連撃の一撃一撃が、想像よりも疾く、堅く、鋭く、重い。僅かな継ぎ目も見当たらない猛攻を前にして、反撃に転じるどころか満足な防御行動すらも侭ならない。ともすればいつかのチャンピオンにすら勝るほどの、まさしく圧倒的と形容する他ない“暴力”を前に、あたしの心は殆ど折れ掛けていた。

 

「そこです。『ヘビーボンバー』!」

 

「っ………、『まもる』!」

 

果たしてこれで何度目の攻撃だったか。この神聖なるマホロ山道を徐々に塗り替える猛威の中、この戦いは永久に続くかのような錯覚すら抱いていた。

 

ウルトラビースト。異界よりやって来た魔獣。ポケモンとは似て非なる。否、文字通りに並外れたポケモンたち。

 

彼らについて、あのチャンピオンを間近で観測して、すっかり認識が鈍っていた。脅威度で測れば彼らと同じくらいの怪物(才能)を前にして、その猛威を数分であっさり鎮める規格外に守られて、愚かしくも。あたしはアローラも捨てたものではない、と錯覚していた。

 

けど、違った。確かに彼らがチャンピオンに劣るのは明白だ。それは間違いない。ただそれで彼らが弱くなったわけではない(・・・・・・・・・・・・・・)。彼らの脅威は依然この島に潜伏中であり、ハンサムを名乗る国際警察の別にイケメンでもないおじさんが島のあちこちで触れ回っているように、彼らは元から一般のトレーナーでは太刀打ちができない存在で、あのチャンピオンが駆り出されるほどに、厄介極まる災害なのだ。

 

「──そこ、『ふいうち』!」

 

『クチィ!』

 

『──………?』

 

挙句、これだ。どうにか連撃の隙間を見つけて一撃を加えても、相手はまるで意にも介していない。こんなもの、どうすればいいのか。鉄をも噛み砕くあたしのクチートの牙が、布地にさえ見える身体の端にすら突き刺さる余地がない不具合。文字通り歯が立たない。いわタイプならこうはならないだろう。つまりあのポケモンは、薄々と察していた通り、はがねタイプ。

 

(それに加えて──)

 

「テッカグヤさん、『かえんほうしゃ』!」

 

「『ストーンエッジ』で迎撃!」

 

ちょくちょく挟まれるほのおわざ。これが攻略を困難なものにしている。

 

近づかないと攻略できないのに、自分から近づくことができない。頻繁に放たれる『ヘビーボンバー』を迎撃ないしギリギリで回避するのはあまりにリスクが高すぎる。否、実際に試して、自分でも賞賛するくらい完璧なタイミングで躱しても、その余波、衝撃波だけでアブリボンは倒されてしまった。

 

あるいはチャンピオンならばどうにかできるのかもしれない。しかし、あたしが持ち得る技術ではあれを正攻法で突破するのは時間が足りな過ぎる。とはいえ、『ふいうち』『だましうち』による削り合いではこちらが先に擦り切れる。なら、どうするか。

 

(どうすれば、どうやって、どのように、どうしても、でも、どうにか……)

 

考える。考える。考える。思考とは、脆弱な人間に与えられた最高の武器だ。ポケモンという強大な力を前にして、人間はその叡智をもって文明を切り開いてきた。今だって、ウルトラビーストの一件も、仮にチャンピオンがいなかったとしても、犠牲ありきの人海戦術ならどうにでも対処でき、その文明にヒビが入ることはあり得ない。

 

しかし同時に――人の営みとは儚く、永遠は幻想である。決着の時は、確実に迫っていた。

 

『ク、チィ………』

 

(………限界、か。まあ、当然かな)

 

あのポケモンが移動するたび、行動するたびに噴出する高熱のガス。ただでさえ防御に手一杯なのに、はがねタイプであるクチートでは耐え切れるはずもない。

 

そもそも、あたしだって既に限界だ。汗で絵の具が滑り落ちるなんて、暑化粧のオバさんだろうとこんな無様なことは滅多に起こさないだろう。それでも辛うじて堪えているのは、偏にトレーナーとしての鍛錬のおかげか。あるいはあのポケモンが森を焼かないよう、さっきから決死の表情で御している彼女のおかげか。

 

(………あっちも限界だろうに、よくもまあ)

 

ポケモンを抑える。言葉にすればそれだけの動作だが、実際に言葉通りの容易さである訳がない。

 

ほんの一瞬でも気を抜けば、マホロ山道どころか島さえ焼き尽くしかねない熱量。一撃を加えるたびにどれ程の精神を磨り減らしているのか、あたしには想像もできない。

 

加えて単純な話、先ほどまで彼女は数時間、誰もいない空間であれほど熱心に何かを訴えていたのだ。揺蕩う虚無感が重ねた精神的な磨耗も、肉体的な意味の疲労も推し量れるものではないだろう。

 

人間である限り、そんな極限状態に長く身を置いていれば、心身ともに疲れ果て、精根尽き果てるのが自然である。

 

だから、未だに力尽きる事なく、正確な狙いを崩さずに攻勢を辞めない彼女は、正しくトレーナー(非常識)と呼ぶべき存在なのだろう。

 

(………でも)

 

でも。そうだ、でも、あたしは知っている。上には上がいることを。非常識には理不尽が立ち塞がることを。こと才能において、目の前の彼女が霞むほどのデタラメな存在を知っている。

 

50の数値を肉体の限界点(・・・・・・)として定め、しかしポケモンの不思議な生態により、過酷な環境下では一時的に凌駕することもあるポケモンの力量(レベル)。優秀と平凡の分水線。トレーナーとしての存在意義にかかる非常識。

 

努力だけでは辿り着けない境地。故に才能。信頼と能力の掛け合わせ。それこそが才能最大倍率(オープンレベル)

 

トレーナー学では未だ、この現象について解明がされていない。また、維持するための条件についても明かされることはない。愛情を以って接してもそうなるとは限らないし、逆にぞんざいに扱えば下がるのかと言えばそういうわけでもないようだ。要するに、よくわからない。

 

(でも、何故か常識として存在するこの概念を、どちらをも高次元で両立できる人間はそういない。噂に聞く伝説のトレーナーですら90が限度と言われる比率を、あの人は易々と乗り越えてみせた)

 

彼のガオガエンを始めて見たとき、驚きよりも興味が湧いたことをよく覚えている。そして同時に、こんなのに勝てるはずがないと確信した。情けないと、プライドがないのかと笑ってくれてもいい。でも、それほどデタラメな光景だったのだ。

 

目の前にいる彼女を見る。爪か何かで傷ついたのだろう手のひらから僅かに血を滴らせ、決死の表情で苦しそうに、それでも足元は揺らぐこともなく、こちらを冷静に見据えている誇り高き強さ。

 

(…………だけど)

 

彼女が素晴らしいトレーナーであればあるほど、彼女の努力が伝われば伝わるほど、彼女の偉業を事も無げに、片手間で成し遂げるチャンピオンの理不尽(才能)が際立つ。

 

改めて分かる、ウルトラビーストの異常性。それを並行して操っていたミミッキュの倍率を維持したまま当然のように高倍率で従えるなど、どんな精神構造をしているのか。まず間違いなく、絵にすれば非常に前衛的な模様となるのだろう。

 

(……それはさておき)

 

あの絶望に比べたら、今の状況は幾分かマシだ。なにせ対抗ができている。我ながら凄まじいことに。苦し紛れの『わるあがき』でも、曲がりなりにも攻撃な当てられる。なら、頑張れる。

 

(既に試練とかそういう段階を超えてるけど………まあいいよね?)

 

最早、あたしは挑戦者としての立場に立っている。汗まみれで泥臭く、必死に口端を吊り上げて、この上なく無様に。

 

久しく忘れていた感情。沸々と湧き上がるこの気持ち。まだあたしが何者でもなかったあの頃の、ゼンリョクの意思。

 

(………って。ゼンリョクわざは既に一回、使っちゃってるから反則になるし……この感情は、どうしたら……)

 

島のルール云々を嘆いても、そもそもあたしに二度目が繰り出せるかどうかの時点で怪しい。

 

フラットレベル(境界)を超えているあたしは優秀な部類のトレーナーではあるが、それ以上にはならない。あまりそのような表現をしたくはないが、あの天才は本当に別格だ。怪物、化け物、異端児──そう表現するのが相応しく感じるほど、あの人はあまりにあんまり過ぎる。

 

魂すら搾り取られるような全身全霊の一撃を二回。人間業とは思えない。しかもあの人は、それを数回なら余裕だと宣う。更に言うなら、此度の賞品としたメガシンカに関しても、「何回か見たから多分できる」なんて言い出す始末。流石に実際に確かめる度胸はなかったが、あれは本気で言っていた。なら、真実なのだろう。恐ろしいことに。

 

(メガシンカ、ね………)

 

ちらっと、賞品として用意したはずのメガリングに視線を寄越す。

 

多分できる、で本当にやり遂げるであろう正真正銘の規格外は置いといて、あたしにそんなこと、できるのだろうか。

 

ものぐさで、適当で、『マイペース』で、無精者の自分に──

 

(いや、女は度胸とも言いますし。数十回程度ダメだったからと早々に諦めたりせず、もいちどゼンリョクで試して見ましょうか)

 

キャプテンは、悩める若人に道を示す者──ガラではないと自覚していても、精一杯、いつかあたしが憧れたその役目に殉ずるために。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

彼女と彼女のポケモンのつながりが、みるみるうちに強まっているのを実感する。

 

かがやくいしに、諦めない心に、嫉妬しそうになる。

 

ああ、なんて羨ましい。どうして私は、もっと早くに決断しなかったのか。

 

きっかけなんて、何度もあったはずだ。必要性だって、いくらでもあった。それこそほしぐもちゃんを匿っていたころ、ヨウさんなりに協力を依頼すれば、容易く。でも私は怖かった。私が力を持つことが。ウルトラビーストと同じく、己がとっての不相応な力を持って、何かが変わるのを恐れたから。力を求めるのが怖くなったから。自分が自分で無くなるのが、自分が何よりも可愛かったから。

 

後悔は後先に立たず。相談しようにも結局「なんでもない」で誤魔化して。そんな最低な感情を内に秘めていながら、それでも私は我儘を通すため、彼という力の象徴を我が物顔で振り回して。挙句私は彼に惹かれて、トレーナーになる動機に不純物が混ざってしまった。

 

一度毒の混入したグラスは、どれほど水で薄めても毒入りであることに変わりはない。きっと私はこれから先、彼女のように、真の意味で純粋なトレーナーにはなれないのだろう。

 

(………でも、だからこそ)

 

姿を変えたクチートというポケモンを見据えて、熱気で滲んだ汗を掌で拭う。

 

ようやく塞がりかけていた創傷から血が染みて更に不快になるも、今度は甲で幾度か拭ってそれを振り払う。

 

「テッカグヤさん。極限まで『ボディパージ』して準備(・・)をお願いします」

 

『 か が よ ふ 』

 

彼方がゼンリョクなら、こちらは死力を振り絞るまで。

 

私に才能と呼べるものはない。それを覆す努力も足りてない。だから、せめて心だけは誰よりも強く。

 

ポケモンバトルは未だに慣れない私だけれど、意地の張り合いなら負ける気はないから。

 

彼女がきっとそうであるように。私にだって、譲れないものがある。

 

そしてそれは、私の動機が不純であるからこそ、それだけは他の誰にも負けるはずがない。

 

故に、もう二度と私は負けられない。ヨウさんに、この想いを伝えるまでは。

 

(チャンスは一瞬。相手が行動する直前。最速、最高の力で──)

 

「クチート!『アイアン──

 

「『ロケットずつき』!」

 

声に被せ、ゼンリョクで叫ぶ。しかしその声すらも、直後に発する轟音と衝撃により掻き消され──彼女の意志も、ポケモンも、勝負の行方すらも。

 

その猛威を以ってして、ただの一撃にて纏めて蹂躙した。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「………なんて言っても。所詮は付け焼き刃、流石に無理だったってことかな………」

 

「…………」

 

「ですが、そうですね。いい経験になりました。いえ、ホントに有意義な時間を過ごせました。ありがとうございます」

 

「……こちらこそ」

 

トレーナー同士の戦いは、常に唐突で無慈悲なもの。勝ち負けに対して悔やむことはあっても、それを引き摺ることはしない。それが本来の大原則。しかし、個人の感想としてはどうなのか。そんなもの、敢えて語るまでもない。

 

私はどうだろうか。少なくとも、負けて誰かを恨むなんてことはしない。負けたのは自分が弱いから。それで相手を恨むなんてお門違いだし、何よりもみっともない。

でも、悔しがる気持ちはよく分かる。というか、私も悔しかった。とっても。元より、私程度の経歴の持ち主が、チャンピオンに挑んで惨敗したからと悔やむのはおかしい。そんなことはわかっている。でも、それでも、人間というのはきっとそういうものなのだ。

 

そうこうしてると、どこか漂う暗い雰囲気、微妙な空気を振り払うように、マツリカさんが大きめの声で切り出す。

 

「なーんて、ネガティブなあれこれはここまでとしましょう!

 

試練についてですが、勿論合格です! ………と、言いたいところなんですが、というかここまで本気でやるつもりはなかったので本当に申し訳ないのですが、まだ試練は終わっていないのです」

 

「え?」

 

「いや本当にごめんなさい。先に話すべきだったんですけど、ついうっかりしていて。あ、これで終わりにしても全然良いというかそうしちゃった方がむしろ妥当というか、ですので強制はしたくなくて、でもせっかくだから受けて欲しくはあるんですけど」

 

「えっと、その、落ち着いてください」

 

「……失礼。ごほんごほん。

 

えー、実はですね。本来ならリーグ戦ってバッヂをいくつか集める必要があるじゃないですか」

 

「はい………そうですね」

 

「でも、ここアローラにはジムがありません。最近、マリエでそれっぽい何かが作られるって話もちょっと聞きましたけど、まだ実現はしてないのでそれは置いといて。

 

とりあえず、これを差し上げます」

 

「………?」

 

慌てた様子のマツリカさんに手渡されたのは、桃色をした……花弁? のようなもの。

 

本当の花弁ではない。どうやら花弁の形に切り出した画用紙に色を塗ったもののようだ。でも、その色彩があまりにも見事で、ぱっと見では本物のそれと全く変わらない。

 

そういえばこの人のトレーナー称号の一つは芸術家だったか。そういうところも、一芸のないお嬢様な私とは大違いだ。

 

「ええと、つまりアローラにはジムと呼べる施設がありません。ですが、ジムリーダーに相当する人物がいないわけではないのです。

 

ですのであたしの試練。それは各地の有力なトレーナー達を巡り歩き、このジムバッヂ……もとい、はなびらをいくつか集めてもらいます」

 

「こちらを?」

 

「全部で7つ、自信作です。均等にうまく重ねて色紙なんかに貼り付けるといい感じですよ?

 

これでもキャプテンなので、バトルでは相手によって『てかげん』を欠かせませんが、芸術には妥協しない。それがあたしのポリシーなのです」

 

先ほどまでの憂いはどこに行ったのか、ちょっと誇らしげに告げる彼女。良くも悪くも、切り替えは早い方らしい。

 

そして、話の流れから試練の内容についても知れた。どうやら私は、これから各地のキャプテンを巡り、これと同じものをあと6つ集める必要があるようだ。

 

他の地方に倣っているのだろうか。いささか挑戦者への負担が重いような気はするが、言葉通りに試練としてみたら悪くないのかもしれない。よくわからない。ヨウさんも、こんな苦労をしていたのだろうか?

 

「幸いにも、最近すごいトレーナーに巡り合う機会がたくさんありまして。その中からアローラの出身である6人を厳選し、協力を依頼してきました。

 

えー、マオちゃんにスイレンちゃん。イリマくん。アセロラちゃんにこのあたし。グズマさんに………」

 

「え?」

 

何か、今、さりげなく。聞き捨てならない名前が聞こえたような………。

 

そういえば、確かに『キャプテンに依頼した』とは言っていなかった気がする。けれど、何故マツリカさんが彼に………という私の疑問よりも早く、彼女は流された名前よりも更にとんでもない人物を。なんでもないことのように、けれどはっきりとした口調で告げた。

 

「──それと、えっと、最後に元チャンピオンだった……なんていいましたっけ。言動や外見の印象が強烈でそういえば名前は……ええと、性別は女性で称号はドクターなのに何故かやまおとこの格好をしているあの一族の………まあ、その人を含めて6人です。あ、お名前はとにかく、居場所についてはきっちりお教えしますのでご心配なく」

 

「…………え?」

 

みなさん、アローラの今後を考えて快く引き受けてくれましたよー、などと嘯き、連絡手段であろうポケナビをぼんやりとした顔で見せつけてくる彼女。

 

汗で流れ落ちた前衛的な化粧が無いからか、勝負の直前と同じはずなのにまるで印象が異なるその顔を、私はどこか遠くで聞き届けるのだった。

 

 

 

 

 










区切りはいいけどだいぶ短くなってしまったので人物設定でも。
特にゲームと違う人物を抽出して数人を紹介。


オリシュさん。

年齢は23歳。これは本編におけるヨウ君の年齢設定が13で、オリシュさんはその年齢にプラス10歳した数値であると最初に決めていたから。ゲーム内で年齢が明かされていない(調べていない)ので、同期の連中もだいたい同じ年齢として扱っている。

好きな食べ物はモーモーミルクともりのヨウカン。どちらも自宅に常備しているくらい好き。甘党。嫌いな食べ物は特に設定してない。

実は結構なファザコン。というか両親大好きっ子。なんだかんだ自分がジョーイであることに肯定的なのはそのため。なお、父親に影響され、史上初のやまおんなになろうとして母親に窘められたどうでもいい過去がある。ちょいちょい言及されていたように、デフォルトの服装はやまおとこで、ジョーイの制服を着ている時でも登山用ブーツを愛用している。

普段は一人暮らし。故:コネチカさん一家の家にしれっと住んでいる。「今は私がコネチカなんだから問題ない」とは本人の談。当然問題だらけである。しかしそういう割には結構気にしていて命日には墓参りを欠かしていない。ちなみにコネチカさんの墓の名義はカノコである。自分の墓参りとはこれいかに。

実は本作品の登場人物の中で彼女の本名を知る者は片手で数えるほどしかいない。本名はカノコだが、公式名はコネチカで本人もそう名乗っている。これは本人が満足すればそれでいいので自分の名を残そうとかそういうことは考えてないためである。

厳密にはいわゆる転生者ではない。何というか魔法少女リリカルなのはViVidに登場するアインハルトに近い状態。憧れる人物を盛大に間違えているが、本人もそのあたり自覚しているのでなるべく欲望を自己完結しようと努力している。なお自重しない本編。

おそらく作中で一番ヨウ君のことを過大評価している人。でもそれが限りなく正解に近いあたりヨウ君の盛りっぷりは色々とやばい。だけどプレイヤーの分身として考えるとまだまだ全然足りないという罠。こういう掘り下げられていないタイプの主人公は書くのが難しいと思います。

長所短所については、彼女はこの期に及んでこの世界をゲームだと思い込んでるところがあり、そこが強味でもあり弱味となる。ゲームと違う、と作中でも度々口にしているが、なまじゲームに沿う要素があるため本当の意味でこの世界がゲームではないことに気づいていない。要するに才能には限界があると思い込んでいる。ヨウ君がどっかで懸念していたが、これについて作中で改善される予定はないのでご安心を。

逆に言えば、改善する方法はある、ということである。おお、こわいこわい。でも、だからこそ分相応に強さを磨けるので、仮に彼女がレベル100まで扱えるようになってもヨウ君は「今の方が厄介」と評するだろう。



ヨウ君。

ぼくのかんがえたさいきょうのとれーなー。一応、本作の主人公……のつもり。正直、オリシュさんよりもオリ主感が凄い。ちょっと強くし過ぎたかなと反省している。

作中においてぶっちぎりの最強格。リーリエが絡むと基本無敵になる。絡まなくてもまず負けない。実は序盤においてオリシュさんに連敗していたのは戦略云々よりもリーリエがいないことへの失意による要因のが大きかったという……ちなみにオリシュさんはそのことを序盤の決戦で悟りましたが、それならそれでやりようはあると思っている模様。

実際のところ、作中で実現するかはともかく、彼にも弱点はあるので正面からの突破も不可能ではない。なお、その弱点については秘密。まあずっと考えるのは苦手だとかぼやいてるし、作中で既に一度「どんなに化け物じみた強さがあってもどうにもならないもの」は出てるけど。

行動そのものは割と常識的だが、長所と短所がどっちもリーリエとかいう思考面でオリシュとどっこいどっこいなやべーやつ。リーリエを失ったらどうなるか作者にも想像できない。でも控えめに言ってルザミーネさんよりやばいことになると思す。

キャラとしては「とりまリーリエに惚れてればいいやろ!」という考えのもと生まれた。こんな雑な設定だったのに強さはともかく割と作中でもトップクラスの常識人であることに草を禁じ得ない。両想いだから許されてるが、これで仮に片想いとかだったら目も当てられない惨事になる。まあ、そもそも彼らは両想いであることを前提に作られたキャラクターなので、もしもについては考えていないが。

作中においてマオが彼に懸想してるっぽい描写があるが、仮にマオが本気になっても彼が振り向くことはないです。絶対にないです。そのあたり彼は徹底してます。なんだかんだとブレッブレなオリシュさんとは違うのです。


マツリカさん。

おそらくは原作から一番かけ離れている人。作者のお気に入り枠。というかなんでこんな要所要所で登場しているのか作者にもよくわからない。別にそこまで好きなキャラだったわけでもないのに……あ、この作品を書いてからは好きになりました、はい。

本来、彼女の役回り、つまりはこの島の現状を憂う枠は外部の人間であるハンサムかリラが担う予定だったのだが、いつのまにかリラが変な方向に拗れてしまったのでその代役という形で駆り出したら上手いことハマったのでそのまま続投した結果ああなった。勢いって怖い。

何故かキュワワーを使ったりメガシンカしたりと地味に強化されてるが、メガシンカはともかくキュワワーについてはあれです。作者がてっきり使うもんだと勘違いしただけです。申し訳ない。



リラ。

作中で頻繁に使われる才能最大倍率とかいう造語のきっかけになった人。

ゲームでは金のラティオス以外ハチマキフライゴンのじしん連発で倒した。S120で冷パン使えるフーディンに勝てなくね? と思うかもしれないが、銀シンボルのフーディンのすばやさ実数値は156なので実は最速ならサメハダーでも勝てる。そしたらリラはカビゴンを出してくるのでラム持ちレジロックに交代すれば何をされても馬鹿力で押し勝てて、エンテイ(実数値120くらい)はレジロックの大爆発なりフライゴンのじしんなりサメハダーのなみのりなりで簡単に仕留められる。

ただし、ひかりのこなのせいでたまに負ける。クソが。というかフロンティアのすばやさはいろいろとおかしい。ケンタロスですらフライゴンに負けるのはどういうことだ。みんな馬鹿にしてるかもだが、あの時代のフライゴンはガチで強かったと思う。あいつ以外にメタグロスを余裕で突破できるのってそんなにいないし。

それはともかく、すぐに消したので誰も知らないとは思うが、本作におけるレベル云々やわざの個数、オープンレベルに絡めた造語は全て彼女をメインにした憑依小説(笑)から流用している。扱いが妙にいいのはその名残だと思う。キャラとしても金銀シンボルでどっちも専用の対策パーティを作るくらいには好き。

とはいえ、子どもだったエメラルド時代はそんなもの作ってなくて、本格的に攻略し始めたのはプラチナで努力値の仕様を知ってからのことだけど。ちなみにエメラルドは全制覇したが、バトルステージがなんか事故るのでプラチナは未制覇。

ちなみに、今話のタイトルはフロンティアにいた子どものセリフ。子どもながらに結構印象に残ってる。

リーリエちゃん。

ある意味一番恐ろしい人物。ヨウくんが好き。とある野望を秘めている。それ以上はネタバレになりそうなのでノーコメント。


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じょうねつ だけなら ぼくも まけていない けどね

独自解釈の嵐。メガシンカとは(哲学)みたいな話です。次回投稿? ……異動先で馴染んだらかな……。


 

月が照らす夜空の下、天を仰いで瞼を閉じる。

 

寝ている、わけではないらしい。相変わらず自分本位で理解させる気のない発言しか聞き出すことはできなかったが、月光浴という言葉自体は一般的に存在する。だから彼女が如何なる理由で休息を求めていても僕には関係がないし、また興味もない。

 

彼女もそのことは当然察しているのだろう。休息が始まるやいなや彼女は僕のことなど気にも留めずに、傍目で分かるほどの自然体で寛いでいる。本当にこの人は、さも当然のようにジョーイさんのイメージをぶち壊してくれる。彼女たち一族だって人間なのだから受付時の姿は勝手な幻想に過ぎないとわかってはいても、それでもやっぱりどこか煮え切らないものを感じる。

 

(でも、まあ……)

 

月下美人、と言うのだろうか。容姿だけは一族として相応しい一律のものでも、性格はさておき、整った顔付きの女性が月夜に思い耽る風景はそれだけで絵にはなる。ただ、これであの人がリーリエだったらな、なんて考えてしまう僕は、我ながらデリカシーに欠けている。どうでもいいけど。

 

「………本音を言うとね」

 

「え?」

 

唐突に、彼女が月に向かって口を開く。

 

いつも突然に、刹那的思考でとんでもないことを発言するのが彼女だ。故に僕が、彼女の発言に対して今更驚くようなことはないが、それでも唐突に話し掛けられると当然聞き漏らしは生じるため、多少間抜けな声を漏らしてしまう。

 

そして彼女はそれを当たり前のように流しつつ、独白のような何かを紡ぐ。いつものように、あるいはそうなるように努めて、彼女が語るカプのごとく、酷く突然にきまぐれな言葉を。

 

「私は、怖いの。神さまなんかのきまぐれで、自分が築き上げた全てが台無しになってしまうのが」

 

「…………」

 

その起こりは、彼女には到底、似合うはずもない弱音(・・)。一瞬だけ耳を疑うも彼女の顔は真剣で、だからこそ僕は、この話題が彼女の根源、すなわち今回の動機であるのだと直感する。

 

「私は()の野望を果たすため、これまで過剰なほど色々と手を回してきた。リーグの建設は序の口として、エーテル財団に絡んだあらゆる悪事には少なからず私の手が入っている。リーリエちゃんが財団を抜け出したことも、元々は私がやらかしたことが……私が原因といっても過言じゃない」

 

「……まあ、今更ですね。それは」

 

「そうね──そうよね、貴方にとってしてみれば」

 

けれど、と彼女は続ける。懺悔のような、言い訳のような、どちらとも取れる煮え切らない告白。どこか彼女が懸想する人物にも通ずる、『ぶきよう』で投げやりな言葉。

 

似合わないはずなのにどこかしっくり来る気遣い(・・・)が違和感を加速させ、けれど不快感を抱くことはない。我ながら妙な表現だとは思う。普段から直感任せに判断しているからこそ、僕は感じたものを言語化するのを苦手とする。

 

「それで」

 

彼女の話は続く。しかしながら、こういう時の彼女の発言はいつも無駄に情報量が過剰な上、どうせ理解できないならと整合性が微妙だったり、文脈さえも曖昧な独り言だったりと割と救いが無い。

 

今回も例に漏れず、しかしおおよその意図は辛うじて読み取れた後者の独白を脳内で整理し、僕なりの見当も含めて問い返す。

 

「あー、えー。つまり。……その、要するに不安なんですよね? 色々と」

 

「不安……? そう、かも。いえ、そうね。多分、私は不安なの。だからこそ、不安要素は徹底的に排除している。そのための実力は積み上げてきたし、舞台だって整えた。大義名分も用意した。既に各地のキャプテンや島クイーンも含め、私の行動を咎めても、それを阻止しようとする人はいない」

 

いつになく饒舌な彼女は、一息でここまで発言し、そのまま「何故なら」と続け、

 

「私が抱くこの懸念は、私だけのものではないから。カプ神は、島の守り神であるが故に、島の総意は甘んじて受け入れる。カプには意思はあるけれど、それもきっと許される範囲まで。一線を越えれば、カプは即座に神としての権能を行使する。一目見た時、それは分かった(・・・・・・・・・・・・・)

 

「………」

 

ため息と共に吐き出された愚痴。さらりと流されたその内容に怖気が走る。が、それも一瞬。プロセスは違えど、僕にも似たようなことは可能な以上、僕には何も言えない。

 

(いや、僕ならもっと……やめておこう)

 

どころか、僕の感覚に狂いが無ければ、僕は一目でそれ以上を見抜いている。とはいえ、根拠となるのが勘でしかない以上明言はできなくても、内心で「その程度か」などと思っている自分が我ながら恐ろしい。

 

やっぱり僕は、この人と比較しても異常なんだろうか、とも思えど、今更か、と思い直して更に凹む。そんな思考が透けていたのか、相変わらず無駄に目敏い彼女が怪訝な顔をするも、語りを止めるほどでもなかったのか、続行。しかも僕が聞いてるのか怪しいのに核心部に切り込むあたり、今更も今更だがこの人も本当に大概な人だと思う。

 

「………いえ、分かっていたつもりになっていた。あいつが、私に挑みに来るまではね」

 

あいつ──とは。

 

考えるより前に、直感する。というより、考えるまでもない。この人が固有名詞を意識して使用しない人物と言えば一人しか思いつかない。追求すると会話が途切れそうなので口には出さないが、この人はこういうところが本当に露骨だと常々思う。

 

彼女は語る。カプなんて所詮はポケモンだと見縊っていたことを。しかし確かにカプは神としての側面を持っていると。されど触らぬ神に祟りなしとも言う、故にどうにもなる。事実自分は何も問題はなかった。──でも、あいつは、彼は、グズマさんにとっては違った。

 

「──あの時、あいつの満面の笑顔を、初めて見て。

 

私は、この島に巣食う風習が、どれほど彼を蝕んでいたのかを思い知った。カプという存在が、どれだけ彼の未来に陰を落としていたのかを実感した。あの素質が、貴方に匹敵するほどの素晴らしい才能が、あんなことになっていたのを見抜けなくて愕然とした。

 

私は本当に、自分しか見えていなかった。貴方に話し掛けたのは、それを反省してのこと。挙句、ククイに指摘されるまで、自分さえ見えていなかったのに気づかなかったのは──まあ、笑い話ね」

 

「…………」

 

その言葉を笑い飛ばすのは、きっと容易なことのはずだ。

 

グズマさんのことは知っている。忘れるはずも、忘れられるわけもないスカル団のリーダーであった青年。彼女の言うように僕と同等の才能を保有し、しかしそれを環境によって腐らせたこの島の負の象徴。

 

──グズマァァ!! 何やってるんだァァ!!

 

敗北するたび、頭を掻き毟ってそう叫んでいた彼は、一見すると自身の実力不足を嘆いているか、単におかしくなったように見えるかの二択だが、僕にはわかる、わかってしまう。

 

目の前の彼女と同様に、理論値──極限まで鍛え上げられたポケモンと、それ以上その力を発揮出来ずに思い悩む姿。時間が足りず、あるいは才能に頼り切りで未だ理論値にまで到達していない僕とは真逆、否、いつしかそうなってしまった(・・・・・・・・・)在り方。

 

(彼はおそらく、過去の自分よりも劣る(・・・・・・・・・・)。──そして彼は、そんな自分に苛立ってる)

 

つまるところ、そういう話。僕にとっても決して他人事ではないからこそ、彼の嘆きは教訓として、戒めとして心に深く刻んである。

 

曰く、球技において、1日練習を怠ると腕前が3日分衰えるという。約一年のブランクを数日で元通りにした僕が言うのは本当にアレだし、そもそも根拠も何もない迷信だが、出来たはずのものが成長と共に出来なくなるのはよくあること…………らしい。

 

未だそういうの(劣化)とは無縁なこの僕には難しい話だが、冠詞にリーリエが付くならば話は違う。きっとその時こそが、僕がああなる(・・・・)時なのだろう。

 

「…………」

 

「あいつがあんなに捻くれたのは、カプのことがあったから。今にして思えば、あいつの人生において、私の影響なんて些細なもの。………放り投げた玩具が、たまたま壊れなかったとかその程度なわけだし」

 

沈黙を貫く僕に対し、彼女の語りは止まらない。随分と踏み込んだ話題をしている気もするが、僕はいつの間にそこまで彼女の信頼を勝ち取っていたのだろうか。僕の立ち位置が、彼女にとって特別なものであるのは自覚している。でも。

 

(………それがわからないから、僕は駄目なのかな)

 

とはいえ、彼女に限って言えば価値観や思考回路が独特過ぎて、いずれにしろ理解は出来ない気はするが。それでも僕がそういう思考を不得手としていることは間違いない。

 

(勘だけで判断するならなんとなく……でも、うーん)

 

──結論。よくわからない。勘頼りならなんとなく推測できるが、根拠も確信も理由も理解できない。故に、回答には至らない。つまるところ何も無い。

 

いやはや、実に難儀である。……これは断じて思考放棄ではない。ないったらないのである。

 

「だから私は、その………。

 

………何を言っているのかしら、私」

 

「………何を話しているんでしょうね」

 

僕が適当に相槌を挟んでいると、そのまましばらく語り続けていた彼女だったが、やがて話題がリーグ建設についてのあれこれや果てはククイ博士の性癖がどうのまで飛んだ辺りで正気に戻ったのか、それまで見上げていた月も蔑ろに、顔を見合わせる僕たち。

 

あの決戦を境に変化した関係。意図せず踏み込んで暴かれた裏側。孤高の存在から狡猾な変人へと『サイドチェンジ』した彼女との他愛ない会話。

 

ガラではないと嘯きつつも、何だかんだと気にかけてくれる。必要とあれば容赦なく他人を切り捨てる冷酷さはあれど、それを『良し』とは思ってはいない。いつかどこかで誰かが言った、まるでアローラの風を象徴するような人物。

 

未だに苦手意識は拭えないし、この見立てすら間違ってるかもしれない。人間というものの奥深さ、他人と接する重みを僕に教えてくれた女性。

 

(………本当に、難儀なことばっかりだ。僕も、彼女も。それ以外も)

 

友人とも、家族とも、ましてや恋人やライバルとも違う独特な関係。これを僕が表現出来るようになるにはどれほどの時間が必要か。改めて未熟な自分、才能に拠らない至らなさを実感する僕なのだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「はっきり言って、ガラではないと思うんです」

 

「はぁ……」

 

唐突に切り出されたその言葉に、私は困惑の意を返すことしかできなかった。

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

………

 

 

 

マツリカさんとの死闘からしばらく。具体的には七時間後の午前十時。ここはメレメレ島の片隅に存在する施設、島のトレーナーが夢を描く場所。はじまりの地、ポケモントレーナーズスクール。

 

マツリカさんに言われるがまま辿り着いたそこで、私は一人、静かに佇んでいた。より正確には、騒ぐ余裕もなくぐったりとしていた。

 

「ふぁあ………」

 

かなり大きな欠伸が意図せず漏れてしまい、慌てて口元を両手で覆い隠す。なんとはしたない。あれから日が昇るまでは仮眠を取ったのだが、2、3時間ではロクに体力も戻らないか。

 

そも、もとより私は体力に自信があるわけでもない。それまで努めていた健康的な生活リズムを崩したのもあってか、今日一日はこの調子が続きそうだ。

 

「いっけー、ニャース! 『みだれひっかき』だ!」

 

「コイル、『ソニックブーム』!」

 

「…………」

 

遠方から僅かに聞こえるそんなやりとりをぼんやりと眺め、自らの過去を振り返る。はて、あの頃の私は、今の半分ほどの年齢の私は、どのように過ごしていたのだろうかと。

 

「…………」

 

 

──『かあさま、今日の予定は……?』

 

──『あの、かあさま。本日の戻りは──』

 

──『今日も──はい、兄さまと一緒に──』

 

──『──はい、私は大丈夫ですので、お仕事の方を……』

 

 

(………嫌な記憶、そういうわけでもないのですけど)

 

辟易、とまではいかないが、あまり愉快な思い出ではない。今となっては誤解だと理解はしていても、感情と理性は別物だ。それに、こういうものは当人がどう思ったのかが事実と言っても過言ではない。

 

そも、当時の私は同年代(にいさま)と比較してかなり早熟な子どもだったとはいえ、年齢が年齢だ。たとえ母さまに非がないと分かっていたとして、当時の私にそれを説いて納得したかは微妙だろう。

 

(その前も──)

 

致命的に拗れたのは、10年前──否、9年前の事件があってから、だろうか。父さまの喪失と、母さまの変貌。そして兄さまに課された使命という名の虐待と、飛躍的に成長した財団。

 

まるで失ったものを取り戻すように、バラバラになった家族に反比例するように、みるみる拡大していくエーテルパラダイスに恐怖を感じたのをよく覚えている。ただでさえ幼子には膨大な、日毎に拡張する『庭』が孤独感を掻き立てて、いつしか私は財団の職員を──自分の『家』を勝手に弄るヒト達を恐れ、お部屋に籠る時間が増えていった。

 

──『ちょっと(・・・・)くたびれていますが、私の宝物です』

 

あの時の台詞は、半分が嘘であり、同時に全て真実でもある。

 

ちょっと、どころの話ではない。あのピッピ人形は、まだ優しかった頃の母さまが私に贈った、唯一無二にして無窮の宝物──正真正銘最後の拠り所だった大切なつながり(・・・・)だ。

 

そんなものを贈る──好きな人に。我ながら重い、あまりに重すぎる。決別、という意味ではこれ以上なく相応しいものでも、ボロボロで色褪せたあのピッピ人形にそれだけの想いが詰められていると知られたらドン引きされるかもしれない。

 

(でも、ヨウさんですし……まあ、大丈夫でしょう)

 

なお、この楽観は割とすぐに裏切られることになる。彼は表面上、何を考えてるかいまいちよく分からないが、当然何も考えていないわけではない。むしろ彼はこういった普通は理解できないはずものに対するセンス──才能は誰よりも優れている。しばらく後に、彼が過剰なほど厳重に保管している私の人形を見て、私が悶える羽目になるのはまた別の話である。

 

「──おまたせしました。ええと……」

 

「あ──どうも。マツリカさんのご紹介に預かりましたリーリエです」

 

「ああ、そうです。リーリエ、リーリエ……よし、覚えました。すみません、確かに出会っていたはずなのですけど、お名前までは──」

 

「いえいえ」

 

更にしばらくして、校舎の中より待ち人が現れる。待たせた、などと言われたが、それほど待った印象はない。とはいえ、今の私の時間感覚などアテにならない。戦闘に支障が出ない程度には私も非常識(トレーナー)として成長したのだが、何事も限度というものはある。

 

それ以前に、控えめに言ってヨウさんの腰巾着だった過去の私が、彼女に対して名乗っていたのかどうか。それさえ微妙なこの私が、彼女に何かを言う資格はないだろう。

 

「では、改めまして。アーカラ島のキャプテンであるスイレンです。どうしてこの島にいるかは……その、実はこの島のカーラエ湾に幻のポケモン、マナフィが──」

 

「………あ、いえ。私も半ば協力者のようなものでして、マツリカさんにある程度事情は聞いています」

 

「つれませんね。とはいえ、カーラエは浅瀬が多く水温が高めで景色も良い穴場ですので、機会があれば一度行ってみるのも良いかと。

 

──それでは、本題に入りますが、その前に少しだけ……」

 

「……ッ」

 

居住まいを正し、飄々とした口調を改めて告げられる。穏やかな表情の中に潜む鋭い視線が背筋を震わせる。

 

こういう時、やはりまだ自分は未だおじょうさまなのだと実感する。私に優れた才能はない。それを覆す経験も、そのための努力さえ足りていない。並み居るトレーナーに辛うじて追い縋る程度の人間、それが私。実に残酷で、それ故に限りなく正当な評価だ。

 

(あとは、『気負い過ぎ』でしたか。自覚はあるのですが、どうにも……)

 

私の場合、スタートからして遅れているため、どうしても気が逸ってしまう。悪癖だとは理解していても、感情は別。焦るな、という方が酷な話ではある。……これも言い訳でしかないのだが。

 

「……私も正直、何をしているんだろうとは思うんです。だってそうでしょう? コニコの芋女と言えば私ですよ私。釣具店の娘だから釣り好きってもう安直過ぎますし、見てくださいこの野暮ったい服装。お気に入りなんですが、マオはもちろん妹達と比較しても女を捨ててますよね。まして貴女、名前はとにかくその整ったお顔。よーく覚えてますよええ、リーリエさん?」

 

「──」

 

「ああ、だんだんと思い出してきました。あの時、カンタイの港以外でも貴女、チャンピオン………ではなく、ヨウさんがチャンピオンになった後にリリィタウンでの宴会に顔を出していましたね。どころか思えばずっとチャンピオンの側に居た気も──いえ、私もそこまで彼に注目していたわけでもないのでぼんやりとですが、どおりで最初から妙に見覚えのある顔だと思ったわけですよ……!」

 

「…………その」

 

「──失礼。『やつあたり』は良くありませんね。些か冷静さを欠いていました。………大した理由はありません。私もこう見えてキャプテンですから、指導や講義はお手の物です。面倒なのはそうですし、私の場合は一年もサボっていたのでその分のしわ寄せが来た、というのが本音ですが」

 

「…………」

 

『バークアウト』もかくやと言った怒濤の発言に返す言葉を見失う。言葉通りの意味ではなく、当然、彼女は別段怒鳴り散らしているわけでもないが、言葉だけで圧倒されるのはどうしてか記憶に新しい。

 

(どうして………いえ)

 

その原因はすぐさま思い当たった。というか改めて思い返すまでもなく、心当たりは一人しかいない。怒気や悪意を伴わず、単純な情報量だけでこちらを押し潰すこの感覚。彼女の場合、矛先がこちらに向いていないだけマシなのだろうか。いずれにしろ、この件については今後も慣れることはなさそうである。

 

「でも、それにしても──」

 

「は、はぁ……?」

 

一通りの悪態を衝いても満足できなかったのか、彼女はそれまでの鬱憤を晴らすべく現状の不満を並べ立てる。

 

ガラじゃない。向いてない。器じゃない。そもそも面倒臭い。割と頻繁に自分が何をしているのかが分からなくなる。カプに逆らって、その対策を考えて、何がしたいんだろう。嫌だ、やめたい。でもカプが信頼に値しない(・・・・・・・)のは確かで──だからこそ、やめるわけにはいかない。助けてほしい。でも、だけど。それでも、私が。

 

(……………………)

 

最後の方は、もはや泣き言に等しかった。曖昧な返答でお茶を濁していた自分が、刻々と羞恥を帯びていく。

 

見ず知らずの人間に対して、否、見ず知らずの人間であるからこそ吐き出せる不満。憤り。不安。そして何より溢れんばかりのアローラへの愛情。

 

真にこの島を愛してるからこそ、嫌でも、ガラじゃなくても、器でないとしても、必死に不安を押し殺して苦悩し、こうして協力者を募っている。自分にそれが向いていないと分かっているからこそ、あわよくば誰かにその役目を譲れるように、それでもその気になればなんとでもなりそうなのに、結局は見捨て切れずにこうして矢面に立っている。

 

強い人だ。素直にそう思う。不純な動機で動いている自分が惨めになる。だってそうだろう。彼女は先程から、一度だって──

 

「………でも、スイレンさん。

 

貴女は、『出来ない』とは、言わないんですね」

 

「────」

 

その言葉に、僅かに硬直した彼女は、喉に詰まらせた餅を吐き出すような深いため息を一つ、表情を改めてぼそりと告げる。

 

「言いませんよ、そんなことは。………言えるわけないじゃないですか。だって、それが──」

 

それがポケモントレーナー。条理を覆す者としての肩書。摩訶不思議な現象(ポケモンと呼ばれる生き物)と向き合うため、そうあれかしと定められた存在。彼らの隣人として相応しいよう、不条理な力を振る舞う覚悟と気概を背負う者達の称号。

 

なればこそ、我々に不可能などあってはならない。不可能を可能にする友人が、いくらでも力を貸してくれるのだから。

 

「貴女も協力者の一人と言うのなら、覚悟しておいてください。私たちの活動は善意からのものですが、万人が納得する結果はおそらく生み出せません。

 

カプを敬う人がいる。カプを畏れる人がいる。どちらでもない人もいる。そもそも興味がない人だって存在する。

 

カプに対してどのように対処するのかを考える以前に、現状にすら不満を抱く者がいるからには、達成感など味わえるはずもない」

 

辛いですよ、と締め括り、それが分かっていて筆頭に君臨する目の前の人物に敬意を抱く。本人に知られたら逃げられそうなのであくまで内心の話だが、有意義な時間を得られたように思う。

 

「それで、どうでしたか?」

 

「え?」

 

「あれ? 貴女は確か、カプに対してそれぞれの意見を求めている、そのようにマツリカさんに伺ったのですが」

 

「…………。ああ、いえ。そう、ですね。貴重なご意見をいただき、ありがとうございます」

 

一瞬、続くその言葉に惚けるも、意図を察して慌てて感謝の意を示す。

 

正直、割と唐突な愚痴に、てっきり彼女がやり場のない鬱憤を無関係な自分にぶつけているだけなのかと思っていたのだが、どうやら見えないところで気を使われていたらしい。それほどまでに自分は危うく見えたのだろうか、そう考えると悲しくなるが、あくまで事象として昨夜の行動を鑑みると納得せざるを得ない。

 

「??? ………まあ、いいです。では改めて試練開始ですね。とりあえず学舎のフィールドを一つお借りしてますのでそちらに移動しましょう。こういった形式の試練は初めてなので、正直かなり緊張してます」

 

「マツリカさんはリーグ運用に向けた試練と言っていましたが、やっぱり珍しい形式なのですか?」

 

「珍しいというか、私の知る限り初めてですね。まあ、試練なんてキャプテンの独断で作られるものなので前例のないものばかりなんですが、それでも島を跨ぐことはそうそうないです。マツリカさんらしいと言えばそうなんですけど、貴女はテスターという話ですので、その辺りはよく言い含めるようにお願いします」

 

「はい、それはもう」

 

あの場では納得してしまったが、今にして思えばこの試練は移動が大変過ぎる。所用があってメレメレにいた彼女はともかく、そもそもあの様子では試練のトレーナーが一箇所に留まってるわけでもないし、下手しなくても島を行き来するのが前提の試練は負担が大き過ぎて厳しいと言わざるを得ないだろう。

 

(私の場合、『そらをとぶ』のは目立ち過ぎますし、良識あるトレーナーに撃墜されかねません。腐っても財団の一人娘なので定期船のフリーパスのひとつやふたつは持っていますが、初心者に求める試練としてはちょっと……)

 

賞金や小遣いでやりくりしているようなトレーナーに厳しいなら、不当に賞賛するわけにはいかない。この現状が成り行きでも、心情的には心苦しくても、手を抜くことは信条に反するのだ。

 

「さて、やりましょうか」

 

やがて周辺を高いフェンスに囲まれたバトルフィールドにたどり着き、互いにその端に分かれて向き合う。

 

25×10mほど長方形に規則的な直線がいくらか引かれた青いフィールド。もしかしなくてもここはネットのないテニスコートなのでは。ここで戦ってもいいのだろうか。リーグに比べて手狭などと批評する気は微塵もないが、整備とかそういうのに支障があるんじゃ……。

 

「遠慮はいりませんよ。このコートはバトルを想定された場所ですし、多少荒らされた程度ならドロバンコ一匹で事足ります」

 

「………わかりました」

 

(嘘ではなさそうですが、流石にここでテッカグヤさんは使えませんね……困りました。いつのまにか凄いギャラリーが集っていますし……まあ、直前まで講義をしていたのなら仕方ありませんか)

 

どの地方においても、トレーナーズスクールのカリキュラムには比較的自由に使える時間が多い。これはトレーナーという人種にあって、真に大切なのは理論ではなく感覚。力量以上にポケモンとの理解度、あるいは経験が明暗を分けるためだ。

 

ふと気がつけば、フェンスを隔てた先にあるのは見渡さんばかりの人、人、人。当然、無名のトレーナーたる私の勝負を見学しに来た酔狂な方はおらず、これらは全てスイレンさん、もしくは彼女が持つ肩書に惹かれて人間だ。

 

キャプテンという存在は、この島のトレーナー全ての憧れに等しい。一端のトレーナーであるのなら、そんな彼女が間近で戦う機会なんて見過ごす方が間違い、それは分かっているのだが。

 

『がんばれー! スイレン姉ちゃん!』

『負けないでー!』

『なになにー、バトルー?』

『あたしも戦いたーい!』

『おおおお、やっつけちゃえー!』

 

(……慣れませんね)

 

他人の視線がイコールで恐ろしいものだと錯覚してしまう私は、注目されることを苦手とする。特にこの場合、奇異の目で、何故かキャプテンと戦う奇妙なトレーナーとして認識されているこの目線は、向けられるだけで気が滅入る。

 

無論、そのモノ(・・・・)自体はごくわずかで、理屈ではほぼ全てが単に純粋な興味、または好奇心からなるモノであるとはっきり分かってはいても、こればかりは育ちの問題で、どうにも苦手意識というものは根深く、そう簡単には拭えないのだ。

 

「先程はお待たせしてしまいましたので、私が先に──来て、パルシェン!」

 

「パルシェン──」

 

コート内部に現れたのは、巨大な貝の見た目をしたポケモン、パルシェン。私が旅したカントー地方においても生息していた水ポケモンで、真珠のような身体を守る二重に重なった分厚い貝殻は、ナパーム弾でも壊せないと言われている。

 

(と、いうのが図鑑での評価ですが……これは、実際に試したんでしょうか。ナパーム弾を……つまり、焼夷弾(へいき)をポケモンに……)

 

ポケモンの研究という分野は、掘り下げるとそこかしこに闇が溢れている。エーテル財団が行なっていた実験も然り、わざマシン然り、モンスターボール然りと例を挙げればキリがない。

 

一見すると冗談としか思えない図鑑テキストも、そのいくつかに真実が紛れ込んでいる。つまるところ、真正面から『からをやぶる』のは不可能と仮定する。その上で、

 

(出来ないことは認めて、それでも勝てるような組み合わせを見つける、でしたね)

 

私はトレーナーとして、どうしようもないほど未熟で、でも、それでも私はいつだって勝つべくして足掻いている。

 

恥を忍んであの人に教えを乞いたのもその一環だ。強さとは、手に入るものではなく掴み取るもの。彼の隣に立つためならば、私は何でもやってみせる。どこまでも貪欲に強欲に、ただし思考は冷静に。彼も認めた育ちの良さ(知識)だけが、私の唯一の武器なのだから。

 

「キュワワーさん、お願いします」

 

私が呼び出したのは、マツリカさんも使用していたフェアリータイプのポケモン、キュワワー。花冠のような見た目に違わずくさタイプのわざを複数覚え、特異な特性により小回りも利く器用なポケモン。

 

そして、このポケモンを使うということは、それ即ち。

 

「キュワワー……なるほど。それでは、そろそろ開始しましょう。試練は審判がいない想定ですので……そうですね。あと数分で予鈴が鳴るはずなので、それに合わせてスタートということで」

 

「了解です」

 

(勝負は一瞬。最初の一撃……)

 

パルシェンはぶつり防御力がずば抜けている反面、とくしゅ攻撃には耐性を持たない。故に、狙うとするならその一点。それも、私の実力が測られるよりも前、初撃に全てを込めて──。

 

 

──きぃーん、こーん、かぁーん、こぉぉん……

 

 

「キュワワーさん、『ギガドレイン』!」

 

「そこです、『まもる』!!」

 

指示はほぼ同時。しかしその方向性は真逆、それに加えて──

 

「な──」

 

(この距離で『まもる』!? まさか──)

 

テニスコートそのままのフィールドは比較的手狭とはいえ、常識的に考えれば無計画に放った攻撃など容易く対処できる距離がある。

 

それでも私が攻撃を宣言したのは、偏にキュワワーの特性があってこそ。如何なる場面においても過程を凌駕し先制できる(・・・・・)理不尽な現象。それはたとえワイアレスだろうと揺らぎはない。それなのに。

 

「『いたずらごころ』『はやてのつばさ』『ヒーリングシフト』は並み居るポケモンの中でもトップクラスに凶悪な特性ですが、条理を覆すが故に一定の規則がある。

 

あくタイプには効果がない、万全の状態でないと使えない、回復わざにしか適用されない……この辺は使用条件の範囲ですが、それ以外にもいくつか弱点と呼べるものはあります。その一つに」

 

互いのポケモンが指示を理解して、キュワワーが攻撃の体制に入った瞬間、奇妙な現象が起こる。

 

テニスコートで言うネットの位置、互いのポケモンに挟まれた中間地点において攻撃が相殺(・・)され、それなのにキュワワーはその場から消失し、行方を見失ってしまう。

 

何が起きた、と疑問に思う前に、答え合わせと言わんばかりに人差し指を立てながら、自身の武器たるパルシェンを顎の如く構え、冷静に彼女はそう告げた。

 

「何らかの要因で攻撃をキャンセル(・・・・・)された場合、攻撃対象であるポケモンの射程範囲内に必ず出現する、とか」

 

──『からではさむ』──

 

曰く。貝の挟む力は我々人間が想像しているよりも遥かに強力で、貝柱と呼ばれる発達した閉殻筋は、一度収縮してしまえば切断するか熱などで機能が損なわれない限り、挟んだものを決して離さないのだとか。

 

そしてその力は、当然のように貝の大きさに比例し、メートル単位のものになると人の手足が捥がれた事例もいくらか見つかるほど。必然、互角未満の力量(レベル)しか持ち得ない私のキュワワーが、攻撃直後における無防備な状態でその一撃を耐えられるはずもなく。

 

「ありがとうございます、キュワワーさん」

 

戦闘不能になったキュワワーをボールに戻しながら、私は沸き立つ感情を押さえつけ、必死に考える。

 

このバトルにおける使用ポケモンの制限はマツリカさんの時と同じ、つまりは3体3であり、私はこのうち一匹を早々に失ったことになる。

 

それ自体は別にいい。負けたのは、私の至らなさ故だ。私に才能と呼べるものは存在しない。そんなことは私が一番よく分かっている。

 

──ならば私は、どうするべきか。諦めるのは論外だ。そんなつもりは毛頭無いし、何より決断には早すぎる。とはいえ、打てる手がほぼないのもまた事実。ヨウさんを参考に、とは思えど、彼の戦法(ごりおし)は才無きこの身にはあまりに残酷で、まるで参考になりはしない。

 

そう、ならば私は、私のような人間が、才無き者が、それでも強大な存在立ち向かわんと、それに対する戦い方として参考にすべき人物とは。

 

(…………)

 

「──お願いします、シロン!」

 

決意を胸に、新たなポケモンを呼び覚ます。

 

シロン。キュウコンのリージョンフォームと呼ばれるアローラ特有の形態。捕まえた時点ではロコンで、白いロコンだからシロン。我ながら安直なネーミングだとは思うのだが、さん付けするよりはマシだと信じたい。

 

とはいえ、自分のポケモンであるとはいえ、はっきり言って呼び捨ては未だに慣れない。だからこそこの子にはニックネームを与えているのだが、いつまでも口調は硬いまま。このままではオープンレベルも上がらないと理解はしていても、どうにも尻込みしてしまうのが私の現状だ。

 

しかし、今時点ではそれでも構わない。元より経験で彼女に勝てる由も無いのだ。悔いるのは後、今は目の前に集中する。

 

(私に才能はない。経験が浅く、戦術も拙い。そして私は、それを覆すだけの努力も足りず、その時間もない)

 

でも、それでも。だからこそ絶対に。私は、この想いだけは、他の誰にも譲れない。

 

──キィィン……

 

不意に、何処からかそのような音が聞こえた気がして、発生源と思わしき手首(・・)へと視線を落とす。

 

「………? これは、一体──」

 

「それは、まさか──」

 

マツリカさんに譲り受けた賞品。ポケモンの秘めた力を解放する、未知のパワーを備えた不思議なリング。それが異様な輝きと供に、私のシロンにへと向けられている。

 

『──コォーン、コォーン……!!』

 

まるでリングに共鳴するように、シロンが天空へ『おたけび』を上げる。身体が瞬き、その力が増大していく。私の想いが、シロンを通じて燃え上がる(・・・・・)

 

比喩ではなく、文字通りに。シロンの全身が、燃え盛る炎の渦に飲まれていく。

 

「──これは……?」

 

「こんなことが、まさか──」

 

試合中だということも忘れ、スイレンさんと共にその様子を呆然と見つめ、やがて炎が収まった時、そこにいるのは見覚えのある白き尾獣ではなく(・・・・)、黄金に輝く体毛を持つ、カントーにおけるキュウコンの姿。

 

(メガシンカ──ポケモンがトレーナーの望むカタチに変化する、摩訶不思議な現象……まさか)

 

根拠もなく、確信する。あのキュウコンはシロンであると。間違いなく私のポケモンであると。カントーに何故か棲息していたはぐれ者のあの子であると、私の友達のシロンだと理屈ではなく納得する。

 

そして同時に、あの子のその姿こそが私の根源──戦う理由そのものなのだと直感する。

 

(………そうですね、シロンは、いつも──)

 

シロンは、この子は、こんな私を応援してくれた。私の憧れを、私の恋慕を、私の欲望をいつでも肯定してくれた。言うなればこの子は、私の最大の理解者とも言える。

 

──『基本的に、ポケモンのレベルとは──』

 

(──なら、それに応えてみせる。それが、私のトレーナーとしての生き様)

 

胸の奥の焦がれる感情。爆発寸前の恋慕と情欲が全身を覆う感覚がする。

 

燃え滾る炎。我が輝ける恋の証。その感情を己が理解者(ポケモン)へと乗せて、私の気持ちを、その炎で分かりやすく強調する。故に、

 

「──シロン、『だいもんじ』!!」

 

『──コォーン!!』

 

「な──」

 

『大』好きを形に込めて、ゼンリョクの波動と共に相手へ放出する。

 

パルシェンを中心に爆発する感情と、それがもたらした無数の火柱を見て、私は少しだけやり過ぎたかなと後悔するのだった。










恋とか愛は勝負において無敵だって偉い人が言ってた、そんな話。

なお、こんな流れになったのはメガリング渡したはいいけどリーリエの使用するポケモン(アニメ含む)にメガシンカするやついないやん!→仕方ねぇからオリシュさんのメガシンカ(笑)方式で行こう! という理由だったり。いろいろおかしいですがこの作品のポケモンに不可能はあんまりありません。

ちなみに今回のサブタイはダイゴさんのセリフ。こいついつも無駄にいいこと言うなマジで。


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この せかいには ポケモンと よばれる いきもの たちが いたるところに すんでいる

ちょっとくらい…投稿しても、バレへんかっ…!

なお、ちょっと(一万字)である。


 

 

 

(最近、予想だにしないことばかりぶち当たりますね……)

 

戦闘不能になったパルシェンをボールに戻しながら思考する。考えるのは、対面の少女のこと。マツリカさんの紹介で知り合った、私にとっては随分と久しい“巡礼者”ことリーリエさんについて。

 

「……お見事です」

 

内心の動揺を覆うように強がりを言う。声が震えてないのは最近立て続けに起こった出来事ゆえか、単に自分がずふといだけなのか。理由はどうあれ、私の導き手としての機能が無事ならそれで構わないだろう。

 

「…………」

 

(……さて、どうしましょう)

 

僅かに生まれた猶予のうちに彼女を眺め、今後の運びについて考える。

 

マツリカさんから「加減は要らない」との報告を受けていたので、私としても一軍のパルシェンを投入してそれなりに本気を出してはいたのだが、それが良かったのか悪かったのか。期待に違わぬ力強さ、何より最近知り合ったあの独特のオーラを醸し出す女性に通ずる非常識さが調子を狂わせる。

 

(随分と必死な様子ですし、指導する、って雰囲気になりそうにありませんね……)

 

見た限り、彼女は一部エリートトレーナーや格闘家などに見られるいわゆる修験者気質なトレーナーのようで、加えて自身の弱点をしっかり把握しているきらいがある。

 

私もどちらかといえば理論派に該当するのだが、試練を受けるような年齢のトレーナーが単純な勝ちパターン以外でキチンと勝ちへの筋道を組み立てるのは実は結構珍しい。目的のために必要なもの、それに至る過程を自身の実力も含めて考慮し最善手を考える。チャンピオンやマオは本能的に行うそれを、彼女は「そうしなくては勝てないから」と理解して行動している。

 

だが、しかし。それでも彼女は経験の面であと一歩が及ばない……そのはずが、それも格闘家特有のこんじょうで乗り越えてきた。反応を見る限り彼女自身も予想外だったみたいだが、それはそれで逆に怖い。

 

勝負とは基本的に一発勝負だ。万に一つの例だとしても、その一回を必要な時に呼び込めるような人間の相手は、たとえ如何に実力差があっても恐ろしいのだ。なお、億に一つの可能性を当然のように押し通す化け物(ヨウさん)も大概だが、あちらについてはもはやそういう存在なんだと割り切っている。

 

「んーー………」

 

手持ちのボールを一通り手に掛け、その中から一つを選んでフィールドに呼び出す。

 

幸いにも、変異を遂げたキュウコンのタイプは見るからにほのお。つまるところ私にとって優位なタイプ。なら、それほど悩む要素もない。

 

変化した経緯からしてこおりもしくはフェアリータイプのわざを普通に使用してきそうなのが恐ろしいが、幸いにも影響を受けそうなポケモンは持っていない。そもそもタイプ逆転なんて理解不能なことをしてきた相手に何をどう対策しろと言うのか。悩みどころである。

 

「お願いします、オニシズクモ!」

 

それでも万全の体制を整えるため、ほのおタイプに滅法強い切り札を投入する。やるからにはゼンリョクで、それが私のポリシー。特に最近はあまり修行の時間も取れていないので、機会があるなら逃す理由も無し。ただでさえ道は険しく遠いのだ。多少のおこぼれを戴くくらいは問題ないだろう。

 

「『アクアブレイク』!」

 

「『ムーンフォース』!」

 

すかさず出したその指示は、同時に繰り出された理不尽によって塗り替えられる。まさか馬鹿正直に真正面から打った一撃が通じるなんて思ってもいなかったが、火力は互角かあちらがやや上回るほど。これはかなり厳しいかもしれない。

 

(ここで『だいもんじ』を使わないってことは特性の把握はバッチリ。加えて、やっぱり普通にフェアリーわざを使って来ますか……これは怖い)

 

何が起こるか分からないのがポケモン勝負の醍醐味。特にトレーナーが絡むとその傾向は顕著になる。

 

戦闘中の進化に始まる成長を皮切りに、その場で覚えたわざの発現や、酷いものだとじめんタイプに対して「スプリンクラーの水に濡れたからつまり『みずびたし』と同じ状態だな!」などという頓知のようなものまで。トレーナーの価値に果てはなく、それ故に恐ろしい。

 

この私は、良くも悪くも順当に成長してこの立場にある私は、レッテル以上の力を持たない。良く言えば堅実、悪く言うなら()に乗れない。手堅くまとまった実力は既にほぼ完成の域まで達しており、これ以上はひたすらに研磨するのみ。しかし、それ故に私は上に登れない。

 

だから私は、羨ましい。気分一つで、気構え一つで、気迫一つでひょいひょい実力を底上げできる人たちが。

 

もちろん、そういう人たちにだって弱点はある。むしろ弱点の方が目立つと言って過言ではない。熱し易いというのはすなわち冷め易くもあるといこと。かつての、あるいは今のグズマさんのように、才能とは磨かなれば輝かず、そしてその影響は堅実と真逆。ポケモンへの影響も根強く力強く、それでいて腐り易い。

 

いくらでも成長する人間とは、いくらでも弱くなれる(・・・・・)ということ。ただ、彼女は見るからに今が成長途上。その手の弱点は望めない。となれば……。

 

(もう一つ、彼ら特有の弱点があるとすれば、おそらく……)

 

「シロン、『フリーズドライ』!」

 

「合わせて、『とびかかる(・・・・・)』!」

 

「ッ──」

 

ダメージ覚悟で、オニシズクモを相手の懐へと強引に捻じ込ませる。

 

無駄に広大なリーグのフィールドならいざ知らず、40m前後であればこおりわざで足を止めさせるには浴びせる時間が足りていない。知識通りなら、カタログスペックではこうかはばつぐんでも、実践において重要なのは知識ではなく、経験。あのヨウさんですら未だに拙いその一面を、あからさまに駆け出しの彼女が埋められるはずもなく。

 

「そのまま、『きゅうけつ』!」

 

「ッ、………『かなしばり』!」

 

しかし、やすやすと狙いを通すほど相手も甘くはない。仮にも相手はあのマツリカさんを制することができる人間だ。明らかに苦手な『インファイト』でも対策の一つや二つは用意していて当然。故に、

 

(まあ、そう来ますよね。ですので)

 

「そのまま、『アクアブレイク』!」

 

「………!」

 

至近距離での渾身の一撃。暴発や反動は覚悟の上、その程度のリスクに怯えるほどヤワな鍛錬はしていない。

 

この場合、防御、反撃いずれの対応においてもリスクが付き纏う。そして、泥仕合をロクに経験していないような才能のある人物ほど過剰に傷を恐れる。自分じゃない、ポケモンに対するものとなれば特に。

 

(ポケモンを大切に想う気持ちと勝負において非情であることは矛盾しない。いずれ彼女も思い知るでしょうが──今は決してその時ではない)

 

それか、単純に自分が冷酷であるだけか。それでも私は私なりにポケモンを愛し、慈しみ、尊重し、オニシズクモはそれに応えている。トレーナーとして、これ以上素晴らしいことがあるだろうか?

 

「シロン、『みがわり』!」

 

「無駄です、『まとわりつく』!」

 

「っ、なら、──!」

「でしたら、──!」

 

逃げる。追い詰める。反撃する。躱す。追撃する。迎撃する。

 

手に汗を握る混戦。一手のミスが即座に敗北へ直結する殴り合い。あまりにも泥臭く、お行儀の悪い戦い。

 

ここに至れば、勝敗を決めるのは知識ではなく意地と執念、そして経験。度肝を抜く展開も、優雅な転身も必要に在らず。場数と勝利への薄汚い欲求のみが勝負を分かつ。

 

(──如何なる才能の持ち主であれど、培った経験は覆せない。故に、場数はこちらの圧勝。でも──)

 

「シロン、『だいもんじ』!!」

 

「くっ──」

 

図体の差で組み敷こうとしたが、熱量差に押されて弾き返される。

 

私は既に相手の様子など見てもいないが、雰囲気でわかる。視線を感じる。『だいもんじ』など比較にもならない異様な執念と、焦がれるような情熱が肌を焼く。

 

事ここに至れば、認めたくはないが、事実として受け止めなければならない。現状、ほぼ間違いなく。私の培った経験を、あちらの意地が遥か凌駕している。

 

(特性を凌駕するほどの気迫。燃えるような執念。正直、いつ戦況があちらに傾いてもおかしくありませんね。ちょっと気負い過ぎな気はしますが、目的はチャンピオンらしいですし? 志が高くて結構なコトですが、そうやすやすと踏み台にされるわけにもいきませんね)

 

キャプテンの役目は踏み台でもあり、険しい壁でもあらねばならない。彼女は私がゼンリョクを出すに相応しい実力を持っていて、だからこそ私はそれに答える義務がある。

 

(………既に、ダメージは互いに限界。なら、)

 

長めに瞼を閉じ、深い息継ぎとともにゆっくりと見開く。

 

おそらく、狙い通りになるだろうタイミングはほんの一瞬。本来なら、それこそ件の彼ほどの才能がなくては辿り着けない刹那の隙。

 

だがしかし。でも、それでも。私には彼が持ち得ない経験が、確と積み上げた実績がある。ならばその程度の非常識、成せずして何がキャプテン(トレーナー)か。

 

「もう一度、『だいもんじ』!」

 

「──受けて、『しっぺがえし』!!」

 

その指示は、無謀か蛮勇か。もしくは英断だったのか。

 

神でないこの身には行為そのものの是非は分かるはずもなく。ただ結果として、互いにひんし寸前まで追い込まれたポケモンたちは、先の諍いなど無かったかのように仲良く折り重なって地面に伏すこととなった。

 

「…………」

 

(………流石にあそこから逆転できるとは思っていませんでしたが、わかっていても結構堪えますね)

 

我ながら、これ以上ないタイミングだったのだが。やはり私程度の経験では、ベテランを名乗るにはまだまだ先は果てしない。

 

「シロン……!」

 

とはいえ、結果が出た以上は引きずっていても仕方がない。ぶっちゃけてしまえば、私のような立場の人間が、ポケモン勝負で惜敗、ないし惨敗することはそう珍しくもない。悔しいのは当然だが、切り替えに手間取ることはない。

 

むしろ切り替え云々を言うなら、彼女の方が深刻に見える。最初のキュワワー、次のキュウコンと、気迫で抑えていた感情を剥き出しに駆け寄ったりすれば阿保でも分かる。なんて、ああ、なんて。

 

(なんて、なんて青臭い──動機も含めて、なにもかもが輝きに満ちている)

 

『あまのじゃく』なこの私は、夢を叶えてなおそれ(・・)を抱える理由は無かった。むしろ夢に至るまでの道程に、私はそれを「不要なもの」として切り捨てた。

 

羨ましいとは言わない。その甘さ、青臭さは、別段その対象がいなかった私には本当に無用なものだったからだ。でも、それでも惹かれるものがあったのは事実。文字通り、ポケモンが燃え上がるほどの『……』。ヒトとして、女として、それに憧れを抱かないと言えば嘘になる。

 

対する私はどうなのだろう。あの時、他でもないあの化け物(チャンピオン)に打ちのめされて、あまりにあんまりな才能の格差を思い知らされて、一年もの間腐り続けたこの私は。

 

(グズマさんに壊されて、多少はマシになったと思っていたんですが)

 

先ほどから、我ながら悲観的な思考が目立つ。いつまでもいつまでも終わったことをうじうじと、負け犬根性が全身に染み付いている。

 

「ふぅ………」

 

内心でギアをガチリと組み替えようとして、どうにも上手くいかず、ふと、周囲を見回す。その直後、

 

『すっげぇ……』

『でも、なんかよくわかんない』

『何が起きたのー?』

『引き分けっぽい??』

『スイレンおねぇちゃん、がんばれー』

『負けるなー!』

 

(……げ。うわ、すっかり忘れてました。そういえばスクールにいたんでしたね、私たち)

 

見渡した先、つまりはこのテニスコートの周辺のことだが、改めて認識した現状に嫌な汗が滴り落ちる。

 

見たところ、別段否定的な視線は感じられないが、トレーナーの華たる優雅さとはかけ離れた意地と執念のぶつかり合いに戸惑いの声も上がっている。だからといって遠慮して手加減する気は毛頭ないのだが。

 

(どうにも調子が狂いますね……落ち着くためにも、深呼吸でも……)

 

開き直って深く、深く深呼吸をする。咎められるやもと思ったが、彼女からの反応はない。むしろポケモンをボールに戻して、テニスで言うサーブを打つ位置まで戻って以降ピクリともしていない。

 

(んん……?)

 

そのまま不自然ではない程度に間を置くも、彼女からの反応はない。ショックできぜつ、なんてことは流石にないだろうし、いよいよ疑問に思って声をかけてようかとしたその瞬間。

 

「──お願いします、ピッピさん」

 

静かな、けれど確かな決意と覚悟を秘めたその言葉(続行の意)に、私の意識は塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

『はー、なるほどな。だいぶアプローチはちごうけど、まさかワイ以外にもそんな目におうとるヒトがおったとは驚きや』

 

『興味深いのは確かやけど、残念ながらその件について参考になりそうなもんはここにないな。ワイが主に専門としてやっとるのはボックスに絡んだ機械系のことで、ポケモンの生態云々については別に詳しいわけでもない。それでもワイはポケモンマニアやから珍しいポケモンについて個人的に調べたりはしとるけど、それも外見の美麗さがどうとか進化の過程がオモロイからといった俗物的な理由であって、趣味以上のモンは無いんや。たぶんやけど、そういう分野は博士の領分とちゃう? わざわざこんな辺鄙なトコまで足を運んでくれたんや。ワイのでええなら口利きくらいいくらでもするで』

 

『ただな。その代わりと言ったらアレやけど、さっきも言ったように、ワイはポケモンマニアなんや。アローラのポケモンにも興味あるし、ちーっと見せてもらったりは……おお! ほな、決まりや!』

 

『お? おおおお……?!? なんや、予想の斜め上っちゅうか、凄まじいもんが出てきおったな。ほー、こいつが件のウルトラビースト──何で持っとるのかはともかく、魔獣やらゆーて身構えとったけど、こうして見ると普通にポケモンやな。めっちゃ強そうや、アホみたいにデカイし』

 

『──ホンマにそいつで構へんのか? 言い出したのはワイやけど、あんなモンまで見せてくれたんやからもっといいポケモンでも……』

 

『はー、初志貫徹ってよりか、ひたすらに真面目やなぁ。ただ、ワイらにも後遺症があったら最悪やから可能な限りの検査はやっとるし、そもそもあの事故が起きてから年単位の時間が経っとる。そしてこれまで全く異常は見られなかった、これは事実や。

 

聞き齧りやけど、ワイの考えでは、アンタのオカンが目覚めへんのはそのウツロイドっちゅーポケモンが持つ毒のせいであってそれ以上の理由はない。そんな気がするで』

 

『……ここまで言っても意思は変えんか。もしや合体云々はただの口実で、実はアンタ相当のピッピ好きやな? ま、ええけど。ワイもあの事件以降、嫌われへんようと対応が遠慮したもんになっとったから、大切にしてくれるトレーナーの存在は万々歳や』

 

『え? 考えられる可能性? そやね、あんまパラレルワールドとか様相命題とかそういうアレは苦手なんやけど──』

 

 

──よもやワイの記憶が残っとって、ヒトの言葉を話したりするかもしれんな。無いか、ハハハ。

 

 

 

(……彼は、ポケモンになったこと(・・・・・・・・・・)をはっきりと覚えていた)

 

軽口混じりに語られた内容は、母さまの件が無くても受講する価値のある貴重な情報であり、節々から漂う聡明さと話の構築の上手さは私が惚れ惚れするほどで、彼が本当に天才(・・)の部類に入る人間なのだと深く実感させられた。

 

(そもそも、ポケモンはどうしてヒトの言葉を話さないのか。色々な学説はあれど、決定的なものは存在しない。過去にポケモンと話せるヒト、あるいはヒトの言葉を話すことのできるポケモンの存在は散見されていても、そういうヒトたちに限って頑なにその理由を明かそうとしない。ただ……)

 

そも、彼らポケモンにとっての言語とは何なのか。傍目から見ているだけでも、どうもポケモンたちは種族の差を凌駕して会話しているようにしか思えない。少なくとも、単語の意味は理解しているのだろう。でなければ、それぞれ指示したわざを的確に繰り出すことなど出来はしない。

 

(そう、ポケモンにとって、ヒトとの会話とは鳴き声(・・・)と同じ。それ(・・)だけで意思疎通が可能なポケモンは、言葉を使う必要も……いえ)

 

そうではない、そうではないのだ。意思疎通の可否とは決して言語の壁ではなく、文字通りに意思が相手に通じればそれで良い。

 

ヒトは自分の心や思い、感情を言葉として分かりやすく表現している。されど本来ならヒトに言語は必要に非ず、簡易な意思疎通ならばジェスチャーだけでも事足りる。

 

(言葉とは便利なもの。しかし必須のものではない。現にポケモンは言葉を持たず、ニンゲンだけがそれを持つ。その点で言えば、ある意味ヒトとは、意思疎通の面でもポケモンに劣っている)

 

だがしかし、肝心なのはそこではない。つまりポケモンとヒトに言語の壁など本来なら存在せず、その鳴き声(・・・)に優劣など付けようがないということ。

 

(──すなわち、ヒトとポケモンは同じモノである。だからこそ、彼らに後遺症や拒絶反応などは起こるはずもない………)

 

しかし、しかしである。ならばそれは、ヒトはポケモンでもあるという証明にならないだろうか。

 

サイキッカーのみなさんを始めとして、超常的な能力を保有するニンゲンは少なからず存在している。そうでなくても、ポケモンを操るトレーナーという職種は、それだけで非常識の代表とも言える。

 

ポケモンを『てだすけ』する。わざを『さいはい』する。タイプ相性を『みやぶる』。そして何より、ポケモンを『ふるいたてる』ことでその力量を底上げすることができる。

 

ヒトがポケモンではないという考えは、ヒトという種を特別なモノとしたいニンゲンのエゴでしかない。あの時、ウツロイドと融合した母さまは、紛れもなくポケモンであった。だからこそ、私はこのポケモンを欲したのだ。

 

(このピッピは一時とはいえ、ポケモンであり、ニンゲンでもあった存在。たとえ言葉が通じずとも、ポケモン同士(・・・・・・)であれば意思疎通が図れない道理はない。どれほど時間がかかろうと、待つのは既に慣れている。一先ずこの一年間──私の旅の終わる時までに、何かしらの答えを出せればそれで………)

 

私はこの子に何かをするつもりはない。求めることも、強いることも絶対にしない。

 

私が欲しいのは可能性だ。母さまの病気、その治療の取っ掛かりになり得るピースを手元に抱えておきたいだけ。それが身を結ぶかは別として、今の私に出来ることは、きっとそれくらいしかないのだから──。

 

 

 

 

『あ、そうそう。貴女のお母様についての見解は以上だけど、サンプルケースとして貴女のお父様についても伝えておくわね。彼の場合は──』

 

『──はい? え。あの、その、ちょっと待ってください。それは一体──』

 

 

なお、それからぴったり一年後のアローラにて。私の決意とは全く関係のないところで、私の抱えていた問題が軒並み熨斗を付けられて解決したのは別の話である。

 

 

 

…………………

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

目を覚ます。否、やや飛んでいた意識が浮上する。

 

疲労、だろうか。それか単に寝不足か。いずれにしろ、この状況下で白昼夢を見るようなら相当に拙い。元より万全とは言い難い体調ではあったのだが、非常識の筆頭と呼ばれるメガシンカの負担がそれほど大きかったということだろうか?

 

わからない。正直に言うと、それを考える余裕もない。才能の無いリーリエ(ポケモン)には、『がむしゃら』に勝利を求める以外、相手の実力に迫ることのできるわざを持たないのだから。

 

(………あと、一匹)

 

ふらつく足を気合いで支えて、互いに最後のポケモンとなるボールに手を掛ける。

 

──が、手先まで鈍ってしまったのか、ボールホルダーの鉄製の部分に指先を滑らせ、その感触に驚いて反射的に手を戻す。その際、力が入ったのか掌のカサブタが擦れてその痛みに眉をひそめる。

 

先ほどよりも更に一段階、意識が切り替わるような感覚。どうやら今の私は、自分が想像しているよりも遥かに体調がよろしくないらしい。

 

しかし、視界は明瞭。身体も動く。声も出せる。思考だって回せる。やる気だって十二分にある。まだ闘える、まだ頑張れる──だったら、諦められるわけがない。

 

「──お願いします、ピッピさん」

 

最後に取り出したるは、実は単純な力量(レベル)なら私のパーティで最も高い、フェアリータイプを持つ妖精ポケモンのピッピ。

 

理由は今ひとつはっきりしていないが、他人からもらったポケモンは育ちが早く、またレベルが高くなりやすい傾向があるらしい。一般的には預けた側と受け取る側、どちらか高い方のオープンレベルを踏襲しているため、必然いずれかのトレーナーの才能と不釣り合いになる、とのことらしいが、真相はどうなのか。本当、ポケモンとは不思議な生き物である。

 

(スイレンさんは……)

 

見れば、彼女も最後のポケモンを取り出すためにボールを掲げる。

 

後に知ることとなる、一軍をネットボールで共通している彼女には珍しい普通のモンスターボールの中から現れるは、ピッピと同じくフェアリータイプを保有する水ポケモン、ここアローラにおいてはかなり珍しい、しかし私には非常に馴染み深いポケモンである歌姫(ソリスト)──アシレーヌ。

 

ククイ博士の持つそれに比肩する力量と、大事に育てられたのが一目で分かる高いコンディション。まさしく独奏者(アリア)と呼ぶに相応しいそのポケモンは、容易くその実力についても察せられた。

 

「この子はいわゆる、初心者ポケモンとしてマオ、カキと供に譲り受けた相棒です。

 

伝統、と言えば聞こえはいいですが、その伝統に悩まされてる身としては少し反応に困りますね。ですが、この子は得難い友人であるマオ、カキや、私の誇るキャプテンという肩書と一緒に、私がこの島を見捨てられない要因の一つでもあります。

 

貴女がきっとそうであるように、私にだって譲れないものはある。故に、です。──さあ、どこからでもどうぞ」

 

「では、遠慮なく──ピッピさん、『とっておき』です!!」

 

「は──?」

 

呆気にとられたような声。私の指示が、彼女にとって意識の外にあったことがありありと伝わってくる。

 

それもそうだろう。『とっておき』というわざは、その名が示す通りに扱いが非常に難しい。威力命中効果性質ともに全てが安定せず、同じポケモンが使ってもその時々でわざの内容が変わるなんてこともある、ハッキリ言ってまともなトレーナーに扱い切れるはずもないムラのあるわざなのだ。

 

しかし──

 

『相変わらず、無茶苦茶ですね……』

 

思い出すのは、かつての光景。おそらくは私が一番幸せだったヨウさんとの二人旅、その中で垣間見たモノの一つ。彼の強さ──その非常識さを彩る、まさしく才能に依るとしか呼べない理論。

 

曰く。

 

『「とっておき」や「きりふだ」、そして「わるあがき」。他には「あまえる」とか「なかよくする」みたいなざっくりした名前のわざは、言葉通り、文字通りにそのままの意味でその「状況」に合わせて相応しい(・・・・)わざを繰り出す。多分、ポケモンたちはなんとなく使っていて僕もそんな感じなんだけど、それを単語として分かりやすく、最初に「わざ」として銘打った人は本当に凄いと思うよ』

 

それが逆に扱いにくさを助長している気はするけどね、と言い放った彼の口調はあまりに軽く、そんな評価をしたわざに微塵も不便を感じたことがないようなあっけらかんとしたものだった。

 

(でも、あれはヨウさんが規格外なだけで、実際の評価はまるで別物。扱いにくい、どころではなく、どう使えばいいのかがわからない。それがこのわざに対する一般的な評価)

 

状況から判断できる、と彼は言っていた。しかし当然、普通のトレーナーにそんなことは出来やしない。それが出来る人間は、それこそ噂に聞くポケモンと話せる人間か、ヨウさんのように状況だけで判断して闘える怪物。あるいは──

 

(ポケモンの思考が、人間に近い(・・・・・)ならもしくは──)

 

そう考えて、試行錯誤を繰り返すこと数ヶ月。ヨウさんなら感覚で分かることも、才能の無いこの私は施工回数を重ねることで対応するしかなく、いくつかの事例をパターン化することでようやく一芸として実現するにあたった隠し球。

 

「ッ──、………何も、起きない?? ──いえ、そんなわけはありませんね。これ以上妙なことをされる前に、ゼンリョクでカタをつけます!」

 

その言葉に共鳴して、彼女のアシレーヌが光り輝く。

 

たかだか数回、しかし既に目に焼き付いた絶望の象徴。傍目には間抜けに見える決めポーズも、対峙する立場とすれば邪悪な儀式に相違ない。

 

でも。

 

(………ポケモンのわざは、言葉通りの結果しか出せない)

 

そうなると、まだ何も成してない、万全の状態での『とっておき』とは、果たしてどういうわざになるのか。

 

この状況で。この場面で。どうしても勝ちたい私の意志を引き継ぐあの子が、つい数時間前に起きた無様の雪辱として選択する『とっておき』の一撃とは。言葉通り、文字通り、単語をそのまま、それに相応しい結果とは、果たして。

 

「アシレーヌ、『スーパーアクアトルネード』!!」

 

狭いフィールドを器用に蹂躙する激流。周りへの配慮か、規模を収束して威力を高めているのかどうかはともかく、マツリカさんにも負けないゼンリョクの一撃は、普段のピッピさんを打ち倒すだけの力はあったのだろう。

 

(ですが………)

 

『ぴ、ぴっ……!』

 

全身を水流に晒され、ボロボロになりながらもまだ辛うじてコート内に立ち尽くすピッピさんにまず安堵し、それから私はありったけの意思を──誰にも譲れないこの想いをゼンリョクで込める。

 

ポケモンとトレーナーは共鳴する。離れていても、確かにどこかで繋がっている。故にこそ、ポケモンは良くも悪くもトレーナーの影響を受ける。そしてポケモントレーナーとは、そんなポケモンが道を外さぬよう、日々精進する修練者なのだ。

 

「──ピッピさん、今です!」

 

『──ピ、ィィッピィ!!』

 

甘酸っぱいとは言い難いやや苛烈な想いの爆発が、先の『スーパーアクアトルネード』とは異なり、奇妙なほど的確にアシレーヌだけを襲う。

 

それもそうだろう、何故なら、この一撃は──

 

「『ミラーコート』……!? いえ、ピッピはそのわざを覚えないはずです。となるとやはり、さっきの『とっておき』……!」

 

「あの状況で『とっておき』のわざとなれば、それは相手の『とっておき』に対する対抗策(・・・)こそが該当する………そう考えるのが、一番それらしい(・・・・・)。少なくとも、私はそう考えました。具体的には、よく分かっていませんが」

 

「『がまん』『こらえる』『おまじない』『ねがいごと』『カウンター』………不可能、とは言えませんね。いや、ポケモンとは本当に、不思議な生き物です」

 

諦めたように被りを振って、伏したアシレーヌをボールへ戻しながらつかつかとスイレンさんが歩み寄ってくる。

 

そうして最初のころより幾分か和らいだ表情で、朗らかに彼女は告げた。

 

「不思議ですね。貴女と彼……チャンピオンのヨウさんとは何から何まで違うはずなのに、どこか似たような雰囲気を感じます。”もしや貴女なら“。そう思わせるような何かを。

 

まあ尤も、彼は彼で“何をやっても敵わないのでは”、という理不尽さの方が目立つのですけど」

 

「………そうですね」

 

「私もそれなりに頑張ってはみますが、見ての通りそんな器ではありませんので、どうか貴女にも期待をさせてください。

 

アローラの風は、停滞の象徴。淀んだものが吹き荒れた時、島に変革が訪れる。それが吉と出るか凶と出るかは置いといて、後始末は我々が引き受けます。それがアローラを導く者、キャプテンとしての務めですので」

 

「………はい」

 

地域としてはアローラ出身ながらも、本島から離れた離島であるエーテルパラダイスで育ったこの私には、彼女の抱えるモノはわからない。

 

しかし、困った顔でそう笑う彼女の顔は、同性の私ですら見惚れるほど魅力的で──私はまた一つ、歩む理由を──

 

「で、す、が!

 

貴女はちょっと、いえ、割と心配なくらい気負い過ぎです。貴女には譲れないものがある。それは理解できますが、それで倒れたら元も子もありません。ですから、この場は私が治めておきますので、一先ず休む! まずはそれからです。回復したと私が判断したのち、試練達成を認めさせていただきます。ああ、拒否権はありませんので」

 

「…………」

 

歩む理由を刻む前に、ある種無粋な、されど非常に有り難く、しかし断りたくもあり、でもとても否定し難い提案をされ、重なった疲労もあってか踏み出した足を挫きそうになる。

 

それでも、と若干の抵抗を示すも、疲労が限界なのは事実なので最後には押し切られてしまい──結局、私が何故かおまけとして手渡されたミズZと共に試練達成の証である『みずいろのはなびら』を受け取ったのは、ぐっすりすやすやたっぷりと6時間、私がしっかりと熟睡したことを確認された翌日のことであった。















おかしいな。なんでリーリエちゃんが勝ってるんだ……?


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