ひねくれ魔法少女と英雄学校 (安達武(祝十二国記新作))
しおりを挟む

Another Universe 予想のつかない事象発生

ちう様なら・・・俺たちの魔改造ちう様なら、ヒーローにだってなれるっ!
だって!ちう様だから!

そんな軽い気持ちで書いた。反省は1ミリくらいしてる。


3月。早咲きの桜が満開となった、陽気な春のある日。

麻帆良学園女子中等部の3年A組に所属する長谷川千雨は桜の木を下から眺めていた。

昨日の卒業式で無事に中等部を卒業し、来月から高校生となる。そんな長くも短い春休み。

 

高校でのクラスは異なるだろうが、エスカレーター式の学校だから全員同じ高校―――いや、エヴァンジェリンはまた中学生を繰り返すだろうから全員ではない。

 

全員がたとえ今と同じではなくても、この一年間で紡いできた絆は変わらない。

 

そんな春の昼下がり。

いつもの面子と言えばいいのか、白き翼の面々に誘われて珍しく自ら参加した花見に千雨はいた。

 

参加すると告げた際に微笑ましいものを見るような目をしていた茶々丸のゼンマイを巻いた。このような麗らかな陽気に誘われれば参加するのは普通だろう。

 

普段から人と距離を置く千雨なら参加したがらないのを強制参加させるのが茶々丸の役割でもあった。しかし、それもネギの計画実行のための秘書業務で忙しく、近頃はしていなかった。

そのため茶々丸の心境は、人の輪に入りたがらない我が子が仕事でしばらく見ないうちに自分の意志で輪に加わると言ったのを見た母親のソレである。

 

そんなこんながありつつも、桜の下に集まった面々で今後の話をした。

今日は昨日の卒業式に合わせて休暇を取ったネギもいるため、今後の計画についてだとか。高校ではどんなことをしたいとか。魔法世界に次回行ったらとか。お互いに頼み合っていた情報や依頼品の交換だとか。

いつもの面子が集まった以上、話す内容もいつものことだ。

 

喉が渇いたので飲み物を買いに行こうと敷物から立ち上がって数歩進んだ時、足元が光る。

 

「なんだ!?転移魔法陣か!?」

「千雨さん!?」

 

突然の出来事に離れていたネギが瞬動術ですぐそばまで駆け付ける。

仲間たちがアーティファクトを構えて警戒態勢を取った。

 

「無理だ兄貴!

干渉されないように結界が張られてやがる!!」

「見たことのない術式結界…!?

アスナさん!結界の破壊を!」

「ダメですネギ先生、間に合いません!

それにこの結界は見たことがないので、無理に干渉してしまうと千雨さんが危険です!」

「そんな…!」

 

何とかして救出しようとするネギたちだが、魔法陣の上にいる千雨には何もかも間に合わないことがわかった。

 

「―――先生、お前はしっかり前を見据えて行動しろ」

「ちうちゃん!?」

「お前らも、先生のこと頼むぞ」

「…千雨さん、先ほど渡したデータは…!」

「役立つかはわかんねぇけど、ちゃんと持ってる」

 

なるべく言うべきことを言う。

時間は残り少ない。

 

「千雨さん!!!」

「―――泣くなよネギ先生。いい男が台無しだぞ?」

 

泣きながら結界の壁にすがり付くネギと、叫ぶように名前を呼ぶ仲間たち。そして満開の桜。

―――それが、長谷川千雨が最後にみた麻帆良の景色だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

国内、国外、いいえ異世界です

続けて投稿。
ちう様の魔改造っぷりをご覧下さい。なお、素の身体能力は猫2匹。

待て次回。


暗闇の中で光が急激に強くなり、グルリと世界が回る、独特の感覚。

国内か、国外か、それとも魔法世界か。なんにせよ、想定外の事故。

しばらくして時空間の狭間らしき場所からどこか見知らぬ場所へと千雨は吹き飛ばされた。

 

「うぉっ!」

 

転移先はどこかの街中らしい。

いくつものビルが立ち並び、街路樹が植えられている。しかし、人の気配や生活感が皆無だった。

これだけのビル群ならば普通空調機の音や自動車の音、人の動く音がするものだが…ここでは一切聞こえない。

まるで建物しか存在していないかのようだ。

すぐさま携帯電話を確認。動作はするが電波は拾えない。

 

「この様子だと、荒廃都市ってわけでもねェな……公衆電話がありゃネット接続できるんだが……」

 

仮契約カードをアーティファクト・力の王笏にして周囲に警戒しながら電子精霊たちを呼び出す。

まずは無事に呼び出せたことに一安心。

茶々丸から渡されたメモリーカードを携帯電話に取り付けたカードリーダーに差し込む。

 

「茶々丸さんからのデータ解凍と力の王笏へのダウンロード、アプリの展開を開始します」

「データに異常は無いようです」

「そうか」

「ちう様、この電線から近くの機械に入れそうです」

「よし。そっからハッキングして調べてくれ」

 

頭上に走る電線から近くの機械に向かう。

電子精霊はデータであるため、ハードさえ動いていればハッキング出来るのだ。

 

千雨はしばらくきょろきょろと周囲を見回しながら歩いていると、近くのビル影から白い包帯に似た細い帯が飛んできた。

新体操女子・佐々木のリボンに似た捕縛武器だと想定して、手にしていた魔法少女ステッキではじき返そうとする。

しかし逆に奪われそうになったので、一度解除してカードに戻し再度手元にステッキを取り戻す。

ビル影から一人の男が姿を現した。

 

「―――1人で侵入してきたのとさっきの能力を見ると、転移系の個性か?」

「んだよテメェ…!?」

 

全身黒ずくめでボサボサの髪に無精髭。そして投げてきた謎の帯。これらの事から、千雨は不審者だと思い警戒する。

不審者が再び帯を投げて捕縛しようとしてきたのを、回避していく。

 

「ちょこまかと…避けるのが上手いな」

「ざっけんな!

こちとら後衛向きの一般人だっつーの!」

 

そもそも千雨は情報戦を主とした後方支援型。

戦うことが一切無かったわけではないが、それでも気や魔力、魔法を使いこなす魔法使いや剣士たちとは違う。

一応ある程度の護身術を甲賀中忍の楓、傭兵スナイパーの龍宮、拳法家の古菲の三人から習ったが、素人に毛が生えた程度のもの。

 

「その身のこなしで一般人か…一般人なら一般人らしく、大人しく捕まれ」

「悪いが、捕まるとヤベェってことはわかるんで、な!」

 

近くにあった手頃な石を投げ、相手がかわした隙に距離をあける。

情報収集で離れていたきんちゃとねぎが敵の後ろから戻ってきた。

 

「ちう様!」

「データ解凍とダウンロード終わりました!使えます!」

「よし、お前らそのまま目眩まし!」

 

二匹の声に不審者が後ろを向く。

 

「仲間がいたのか、だが個性を使おうとしても…!?」

「きんちゃフラッシュ!」

 

振り返った不審者は黄色い空を飛ぶ拳ほどのねずみに似た電子精霊が強烈な光を発したため目を閉じた。

 

「電子の王、再現…幻灯のサーカス!」

 

千雨の声とともに不審者は眠るように意識を失う。

倒れた姿を見ながら、無事に成功したことで一息ついた。

 

「良かった…無力化出来たか」

 

千雨の持つアーティファクト、力の王笏。

能力は電子精霊の使役、電脳空間へ精神のみダイブ、デジタルのデータをアナログに変換といったインターネット関係の魔法道具。

 

しかし、このアーティファクトの真骨頂はそんなものではない。

 

魔法世界の総督府にて、貴重な総督幻灯室の魔法道具と複雑な魔法セキュリティや防壁に干渉して短時間のうちに解除。

封印された黄昏の姫御子の意識への干渉。

カード状態であった茶々丸のアーティファクトに干渉。

 

力の王笏と呼ばれるこのアーティファクトの本当の能力は"電子機器及び魔力を用いるものへの干渉と操作"である。

 

電子という小さな原子単位の力を使役出来る。それは逆に言ってしまえば、"原子を使うもの全てに干渉して操作することが出来る"ということなのだ。

 

さらに"インストールしたアプリケーションを使用"することが出来る。

 

 

そのことを伏せた上で茶々丸に用意して貰ったのだ。

―――調べられる限りの、アーティファクトとなる魔法道具の詳しい魔法理論と構築情報を。

そのデータから魔法道具の精霊に干渉して、カードの所持がなくてもその力を現実化するアプリを独学と百年後の科学技術で作り上げた。

これこそが、気も魔力も持たない千雨に出来る唯一の戦闘技法。

 

 

 

魔法道具再現アプリケーションプログラム―――略称、アーティファクトアプリである。

 

 

 

「なんだ、ここは…?」

 

幻灯のサーカス。

アーティファクトのひとつ。

対象者の精神を対象の理想や願望を叶える夢、通称・完全なる世界を見せて閉じ込める。肉体は眠っている状態となる能力だ。

なおこの特性により、後悔や強い願望などが無く現実で満足している人間―――所謂"リア充"には効きにくい。

 

イレイザーヘッドこと相澤消太が見た世界は、数多の猫と自堕落出来る世界であった。

 

 

 

「まさかぶっつけ本番で使う羽目になるとは…茶々丸に感謝だな…」

「イレイザー、助けに来たぜ!」

「幻灯のサーカス」

 

新手に息つく暇もない。容赦なく同じように眠らせた。

ちなみに新手のプレゼント・マイクもとい山田ひざしが見た世界は、最高の機材が揃っていて熱狂したオーディエンスたちのいる単独ライブの世界だった。

 

 

 

一方でヒーローたちはモニター越しにその瞬殺っぷりを見ていた。

夏休みとはいえ、雄英ではヒーロー科の生徒が特別講習を行っている他、サポート科がラボにこもっているため教師陣も校内にいる。

そんな中で雄英のセキュリティーシステムが侵入者を感知し、即座にイレイザーヘッドと、プレゼントマイクが向かったのだ。

他のヒーローたちは生徒たちに指示をしたあと、敵を確認するべくモニター室に集まっていた。

現場に向かわなかったのは、プロ二人と相対するのが未成年の少女一人だと知ったのも理由の一つではあった。

 

「イレイザーにマイク…あの二人を無傷で倒すなんて…」

「眠っているようだし、ミッドナイトに似た個性では?」

「光が発動条件なのかしら」

「あの手で光っているランプみたいなのはサポートアイテムでしょうか?」

「にしても何で片手にランプ、もう片手におもちゃのステッキ持ってるんだ?

非合法アイテムにしても強そうにみえねぇな」

「ココハヒトマズ、我ガ分身ヲ向カワセヨウ。

数ニ勝ルモノハナイ」

 

エクトプラズムの個性で現れた分身5体が向かった。

千雨はやってきた不気味なマスクの敵に警戒心を強める。

 

「増援だね」

「一対多だね」

「ちう様、これってピンチです?」

「こっちにゃあ人質がいるんだから、下手な真似はしねぇだろ」

 

電子精霊たちの言葉を聞きながらもチャキリと音をたてて眠っている二人にステッキを向ければ、増援も流石に近寄ってこない。

見た目は完全におもちゃだが、どんな力を秘めているのか分からないため様子見らしい。

 

「ちう様、完全に犯罪者だね」

「ね」

「悪の女」

「そこにしびれる憧れる」

「黙れ」

 

余計なことを言う電子精霊たちにピシャリと冷たく言い放つ。

エクトプラズムは慎重にエクトプラズムの分身体を背後に出すために向かわせたが、それも周囲に浮遊している電子精霊たちに気付かれてしまい、現場は膠着状態となった。

 

それを打開したのは真っ白な毛皮に長い尻尾。

服着て歩いてしゃべるネズミだった。

 

「やぁ、僕は校長さ!

君の目的を聞きに来たよ」

「…よーやく、話の通じそうなのが来たか…。

いいか。私は一般人だ。

この二人は自己防衛の結果だが、怪我させてねぇから安心してくれ。

ちょっとした事故で転移しちまったんだ。突然敵扱いされて攻撃されたから反撃しちまったけど…」

 

ため息をしながらステッキを下ろす千雨。

少々荒い男勝りな口調ではあるものの、その言葉には誠意を感じさせるものがあるとヒーローたちは捉えた。

 

「ツマリ、コチラノ勘違イカ?」

「どうして反撃したんだい?」

「誰だって不審者に襲われたら反撃するだろ、普通。何されるかわかんねぇし」

 

そう言って千雨は相澤を指差す。モニター越しの回答にヒーローたちは頭を抑えた。否定できない理由である。

黒いつなぎのコスチュームに捕縛武器とゴーグル。ぼさぼさの髪と無精髭。

ヒーローではあるもののアングラ系でメディアに一切露出しないことから見た目に頓着しないため、未成年の女子からすればイレイザーヘッドはどこからどう見ても不審者であってヒーローではない。

警戒して当然としか言いようがなかった。

 

「悪いが、ここはどこだ?

喋る動物がいるし、攻撃してきたってことは魔法世界だろ?メガロメセンブリアに連絡出来れば自力で帰るんだが…」

「メガロメセン…?」

 

ヒーローたちはどこかの国名だろうか、聞き慣れぬ地名らしき言葉が出てきたと思った。

千雨はその反応から違うのかと考えを巡らす。

 

「知らねぇってことは地球…つーか日本か?そうなると魔法使いの街…?

それなら麻帆良までの道を…」

「麻帆良なんて、聞いたことのない地名だね」

 

「…………は?」

 

白いネズミの言葉に硬直した千雨。

 

「ちうたま、ちうたま」

「ちう様きいてー」

「……はんぺ、こんにゃ……どうした」

 

周囲をふよふよと浮遊する電子精霊に声をかける。正直、嫌な予感しかしていない。

 

「ちうたま、ここ、麻帆良ないです」

「魔法世界もないみたいですねー」

「多分というか、十中八九というか、100%異世界ですー」

 

電子精霊たちの言葉に目を見開く。

 

「ハァ!?

異世界に転移って…んな馬鹿な!小説じゃねぇんだぞ!?」

「ジャングルじゃないだけ、あの時よりマシだけどね」

「ね」

 

魔法世界で樹海の奥地に飛ばされた時も大変だった。電子精霊たちが消えた絶望が恐ろしいのか、あれ以来バッテリーの予備を今も大量に持ち歩いている程だ。

人里から310キロ離れたジャングルに突如放り込まれるなんて普通は起きないが。

 

「なんとかしろお前ら!

機械とネットがありゃ強いだろ!」

「無茶ぶりだね」

「ね」

「いいから働け!」

「イエッサー!!!」

 

千雨は悪寒に震えながらもノンキな会話をしている電子精霊たちに即刻命令を下す。

電子精霊たちが姿を消したのを見て、根津たちはどんな個性なのかと疑問を胸に抱いていた。

 

「君は異世界から来てしまったのかい…?」

「…すみません、あいつらが色々調べたりしてからお話しします」

「それじゃあ調べ終わるまでここに居ても仕方が無いし、校舎にいこうか!」

「いいんですか校長?」

 

エクトプラズムの分身に抱えられる根津。

スナイプはモニタールームから、エクトプラズムの分身が持つ無線越しに根津に話しかけた。

 

「どうやら、彼女自身混乱しているみたいだし…イレイザーヘッドとプレゼントマイクの目を覚まさせないといけない。

それにもし本当に異世界からならそっちにいる会長も関わってくるだろうし…僕自身も色々と気になるんだ」

 

スナイプはそっとモニタールームにいる一人の女性に視線を向ける。

スーツ姿の年嵩の女性はヒーロー公安委員会の会長である。三年生の進路の関係で雄英に訪れていたのだが…警報が鳴った時は何も、こんな時に侵入してこなくてもと思っていた。

会長はそんなスナイプの視線を気にせず、まっすぐとモニターに映る千雨を見ていた。

 

 

 

移動した先にあった大きな校舎というよりビルの中の一室。

千雨と向き合うソファーには白いネズミの校長と、普通の見た目でスーツ姿の年嵩の女性。

見張りなのか、体型がはっきり出るボディスーツの女性と宇宙服姿の人が入り口に立っている。室内には先ほど無力化した男性二人もいる。

この場の全員に統一感という言葉を与えたい位には全員個性的な格好だった。

衣服をTPOに合わせるという概念がない世界は遠慮したい。

 

ちなみに幻灯のサーカスを解いたところ、二人して頼むからもう一度体験したいといってきた。片方は無言の圧力だったが。

能力については黙秘した。手札を相手に教える義理はない。

 

簡単に自己紹介として名前と年齢を答えた。他は一切黙秘である。情報が無い中でペラペラ話す必要を感じないからだ。

そんなこんなで待っていると、電子精霊千人長七匹全員が揃った。

 

「お前ら、各自調べた結果を頼む」

「はいっ!ここは2XX0年の日本です」

「この世界には個性と呼ばれる、ユニーク・アビリティを8割の人間が使えて、ヒーローという職業が人気だそうです」

 

異なる時代。8割の人間がユニーク・アビリティ持ち。職業ヒーロー。

完全に"千雨にとっての"現実ではない。しかし、これがこの世界。

チラリと入り口に立っている二人の大人を見る。おそらく、ヒーローなのだろう。先程アーティファクトを使った相手も。

 

「……色々と……頭が痛い情報しかねぇ……」

「それと、時空間魔法に空間転移を組み込んだプログラムとか色々試してみたんですが……結果から言うと、帰れないですー」

「待て、片道通行なんざあり得ねぇだろうが!」

 

来れた以上道はある。それが出来ない道理は無い。

 

「世界の基点が元の世界と重ならないと帰れないですー」

「……世界の基点?」

「分かりやすく言うと、星の位置みたいな?」

「あと、世界を移動する魔力も必要でー」

「次のタイミングが50年後で、さらに言えば他の世界に行っちゃう可能性の方が高いです」

 

千雨の息が一瞬止まる。

50年。これが本当なら、"先生"の計画はどうなる?いや、たかが平凡な女子校生の1人が居なくても計画は進むだろう。

だけど、あの"子供"はどうなる。天才でも、まだ11才の、あの子供は……。

現実離れした現状に涙一つ出てこない。

 

「もうこの世界に根を下ろすしかないよね」

「ね」

「住めば都」

「旅行けば楽しい」

「……ホテル三日月ってか?あ?」

「ギブギブ」

 

余計なことを言ったねぎを右手で掴んで締める。

 

「―――いいかてめぇら!

ここには私の身分も!生存も!福利厚生諸々の保証一切無し!

加えて戸籍がないから職もなければ家もない!

未成年だから保護者やそれに準ずる人も勿論いない!

あるものなんて、持ってた仮契約カード、財布、ケータイ、ノーパソ、カロリーメイト、詐称薬!あと使えるか分からん所持金3500円!

私を私だとするアイデンティティのほとんどがなくなった状態で!

何が!住めば!都だ!!!!

私は―――犯罪者になる気も、のたれ死ぬ気もねぇよ!!!」

 

ねぎを掴む手が震える。悪寒が止まらない。こんな非常識、認めたくない。

自身の口から吐き出せば吐き出すほどに、これが"現実"なのだと自身に突きつけ、言い聞かせているようで。

その姿を見ていた者は、その身に降りかかった絶望と不条理に涙を流さないようにしているのに気付いた。

それは涙の無い慟哭。

 

しかし、それは同時に千雨が人道を踏み外さないという意志を感じさせた。

 

「―――保証されれば良いのかしら?」

「……あ?」

「会長?」

 

会長と呼ばれた女性がまっすぐと千雨を見る。

 

「その様子からして、どういった原理かは不明だけど異世界から来てしまったのは確定。

そして戻れる保証は無いということ」

「…ああ」

「あなたにとっては頭が痛い世界かもしれないけれど、これがこの世界よ」

「そのようですね」

「…まだ未成年ながらも、自身の立場を瞬時に的確に把握出来る知性。

プロヒーローを無傷で確保する能力。

未知の相手にも立ち向かう勇気。

そして何より。現状に不安はあれど、悪事に手を染めることを考えない精神…」

 

 

 

「あなた…ヒーローを目指してみない?」

 

 

その提案は千雨の運命を変えることになる。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最善最悪の取引

お待たせしました
ヒーロー公安委員会会長の名前が20巻で判明しなかったので、会長で押し通します


―――あなた…ヒーローを目指してみない?

 

 

ヒーロー公安委員会会長の言葉を切り口にして、千雨は会長と話し合うことになった。

 

「ヒーロー…職業としてのってやつか?」

「ええ。

将来ヒーローになるのであれば、委員会が責任持ってあなたの戸籍や各種社会保障、生活していくための支援をしてあげましょう」

「ヒーローにならない選択肢は無いみたいな言い方だな」

「ヒーロー公安委員会はこの超常社会において求められて出来た機関。次世代の育成もその仕事に含まれる。ヒーローになってもらうのは支援するのに外せない条件よ。

…戸籍や保証人のいない人間が真っ当に生きていけるほど現実は甘くない事くらい、あなたも理解しているのでしょう?」

「ええ、まぁ」

 

無戸籍の人間というものは、いわば存在しない人間なのだ。仕事も保証も結婚もなにも出来ない。

千雨は会長の話を聞きながら電子精霊から音声での報告を受け取っていた。利だけを得るためには容赦する気はない。嘘を吐けばその瞬間に提案をひっくり返す気でいる。

なにせ、千雨にヒーローなんてもんになる気はさらさら無いからだ。

平々凡々な日常を愛する千雨にとって、ヒーローなんて"非日常的な職業"は全力で回避したい案件にしか他ならない。

 

だが、会長は千雨を騙す気はなさそうだ。室内に校長やヒーローといった第三者が多数いるからかもしれないが。

 

「あなたの力は強大すぎる。

単独とはいえ、ヒーロー二人を即座に無力化してしまう能力。見過ごすことは出来ないわ」

 

会長を含め、千雨の能力は完全には把握できていない筈だ。それでもうっすらと感じ取ったのか、はたまた、切り札的存在である幻灯のサーカスがやはり強力すぎたのか。

口ぶりからして、断った場合はこちらを"保護対象"ではなく"隔離対象"扱いもありうる。

 

常識外の能力ならそれも当然だろうが…流石に安全だが不自由というのは勘弁してもらいたい。

完全な非日常の世界に来て帰れない以上、千雨に取れる選択肢は限られている。

 

「つまり…あんたの提案を引き受けてヒーローとなって、この力を世のため人のために使うならば、私の人権その他諸々の権利とかを保障する。

断るなら無戸籍の危険人物としてこの場で確保。逃げても"特一級被害者"とかいうシステムで戸籍申請したら取っ捕まる。…最悪の場合は、独房行きか研究所行きってことか?

公安委員会が聞いて呆れるな」

「否定はしないわ。社会の安寧のためよ」

「会長、それは流石に酷なことでは?」

 

千雨と会長の会話を遮るように根津校長が話に割り込んだ。

 

「いくら強大な能力を持っていても、まだ15歳の子供。我が校の生徒となんら変わりはありません。

社会保障であれば彼女の身元が確認されれば委員会が支援せずとも、"個性事故特一級被害者"として…」

「校長も彼女の危険性はわかっているでしょう。彼女の能力は他とは違う。

ただ社会で生きていくための保障なんかでは守れない。万が一…」

「……」

 

言葉尻を濁したが、おそらく『万が一、敵となった場合の影響力は計り知れない』だろう。

なにせ"個性"とは異なる力だ。

この世界における"個性"は身体能力の延長線にある。一人ひとつ、両親のどちらか、もしくは複合した"個性"を発現する。

それに対して千雨の力は、どこからともなく道具を取り出し、その道具一つが強力な"個性"と言って差し支えないもの。それを複数所持している。いくら本人にその気がなかろうと、最低限の保障では敵になる危険がある。

 

会長の考えはそんなところだろうと千雨は予測した。

 

「…会長さん、あんたなら保障できるんだな?

私の将来と引き換えに、安全と自由と権利を」

「ええ、必ず」

 

まっすぐと視線を合わせること、十秒。

千雨はため息をついた。

この話し合いにおいて千雨は圧倒的に不利だ。危険視されている上に、断った所で行き場がないし捕まりかねない。

さらに偽の戸籍を作った所で警戒されているからバレるだろう。

 

…ここは大人しく、社会の歯車になるしかない。最悪なことに、この場ではそれが最善だ。

 

「―――わかった。提案に乗る。

このままじゃ永遠に平行線だしな…私も最低限の生活拠点は必要だし、デカい組織に所属する以外に生きていく方法は無い。国の機関なら安心出来る」

「!」

 

千雨が折れたことが意外だったのか、会長は少し驚いていた。

 

「あんたが言った通り、自分の力のヤバさくらい把握出来てる。あんたらが私の力を危険視する気持ちも、わかる。

でも…この力は私の"現実を守るため"のものだ。平凡でありきたりな、なんら変哲のない日常を過ごすための力だ。

だから、私は私のためにこの力を使う。所属しても手駒になる気はねぇってことは覚えておけ。

あんたは私の身を保障して支援する。私はヒーローとして力を貸す。

…それが私の受け入れられる取引だ」

 

その為に強くなった。その為に手にした。

あの学園祭最終日に…非常識だと覚悟して手にした能力だ。

 

いずれにせよ、こんな力を持ってしまった以上、元の世界でも危険視されたことだろう。

というか、先生の相談役の立ち位置になって計画にガッツリ関わってた訳だし、どう考えてもあのSFになったファンタジーに関わらざるを得ない未来だったしな。

 

「私たちの敵に回らないだけ充分よ」

「そうか。

お前ら、契約書類を。

私の戸籍含め各種社会保障をし、社会人となるまでの身元保証人となること。

代わりに、将来ヒーローとなること。ただし委員会の手駒にはならないこと。

…ひとまずの契約としてはこんな内容か。フォーマットはこの世界の契約書類で良い」

「出来ました!」

 

作り出した契約書類を2枚会長に渡す。

会長は書かれた内容を確認し、同じ内容であることを確認して署名と拇印をする。

千雨も自身の署名をして拇印をする。

これで法的拘束力を持つ契約が交わされた。

 

「…いいのかい?君は戦うことは好きではないと思ったんだが」

「良いも悪いも、これしか道がないでしょう。人間誰しも何らかの組織に所属するものです。

それに、私はひねくれてるんでね。従順な飼い犬にも、稀少な実験体にもなる気はありませんよ」

 

千雨は不遜な態度で校長に笑って見せる。その不敵な笑みには後悔はない。

校長は自身の無力さを思い知りながらも、その強さは得難い物だと思った。

 

一方で、千雨は微塵も完全敗北などとは思っていなかった。

契約は一見会長の望んだ通り。だが、委員会の手駒にならない以上、ヒーローとしての活動方針は千雨の意思による。書類は法的拘束力はあっても、魔法契約とは違うから抜け道もある。

 

将来ヒーローになっても、最前線に出るタイプにならなきゃ良い。調べた所、ヒーローの資格を取得してもヒーロー活動していない奴や、後方支援一択のヒーローもいるらしい。

目指すは後方支援、それも現場に赴かないタイプの特殊な支援系または人命救助系を狙うしかない。

 

労働なんてクソくらえ。こちとらインドア系ネット女子、戦闘力は猫2匹分と言われた女だ。精々肩透かし食らうが良い。

 

転んでもただでは起きない。それこそが長谷川千雨である。

 

 

 

最終的に"ヒーロー公安委員会が保護した未成年"として千雨の社会地位と各種保障を整え、千雨の身元を会長が保証することとなった。

保護された未成年についてゴシップなどが書き立てることもない。千雨がマスコミの餌食になるのを防ぐことになる。

勿論、あの一室での会話は全て他言無用とされた。

 

この世界ではどうやら異世界出身でも戸籍の取得はそう難しくはないらしい。身元の保証人がしっかりしていれば最短で1週間。

千雨はヒーロー公安委員会の後ろ盾によって速やかに"個性事故特一級被害者"として認定されたため、戸籍の取得は最短で取れる。

 

 

"個性事故"とは。

発現したばかりの幼児やパニックとなった人による個性の暴走による事故である。

大抵の個性は暴走すると周囲の物が壊れる、変質することで第三者が負傷もしくは損害を受ける危険がある。

そうした突然の暴走をヒーローが鎮圧することもある。この時に負傷した被害者は"個性事故被害者"と呼ばれる。これは民間の"個性保険"で対応されることが多い。

 

だが、中には時間空間関係の個性によって別世界や過去または未来の"人間"が現れることもある。

 

これを"特一級被害者"と言い、そうした【来訪者】を保護し、国が援助するためのシステムがある。

勿論、このシステムを利用するために手荷物などを色々と調べられた。人体実験ではなかったのは幸いか。いや、そのあたりは委員会の圧力が掛かっているだろう。

 

千雨にはヒーロー公安委員会がすでにバックについているため、国からの援助といってもいくつかの社会保障程度だ。

生活していくための金銭的な援助は、未成年者特別援助金としてヒーロー公安委員会がしてくれる。

 

 

 

世界の違いにより歴史を含め常識なども異なるので、それらを学ぶことも踏まえて―――9月から半年間ほど二度目の中学生3年生を送ることとなった。

それまでの一ヶ月は最低限の知識をつけるための勉強である。戸籍が用意出来て通う学校が決まるまでは公安委員会の建物にある職員宿泊用の部屋を与えられた。

 

 

数学、英語、国語、古典、美術、家庭科等は問題無い。

社会科目と一般常識と日常に関わる法律は世界が異なるため勉強するしかなかった。

日本史は途中まで同じだったため、個性出現あたりからの近代史中心の勉強。世界史も同様である。

 

一般常識として、個性に対する認識など含めての勉強。これがとても難しく大変であった。

なにせ個性があって普通の社会となってもう何十年。個性ありきの社会で、無意識下での認識が常識と呼ばれるのだ。どうしても空気や発想がズレてしまって違和感がある。

こればかりは千雨にもどうしようもなかったが、そもそも常識の差というものは麻帆良時代からあったため、その違和感を隠すために無駄に身に付けた処世術で乗り切れる。

ストレスと悪寒でたまに震えるが。

 

 

勉強の他にも、千雨の能力を"個性"と誤魔化すための特訓と研究。これについては雄英の演習場を借りて週に1回行うこととなった。

 

演習場を借りて特訓している時はもちろん委員会の職員がモニターで監視している。

 

研究で分かったことだが、どうやら魔法にも"個性"の能力は影響されるらしい。

"抹消"の"個性"を持つヒーロー、イレイザーヘッドの個性で千雨を見た状態ではアーティファクトを出す事が出来なかったからだ。

また、千雨自身に"個性"が効くこともリカバリーガールの"治癒"によって証明された。

 

この世界の"個性"科学の研究はまだ途上。人の数だけ個性があるような社会だからというものもあり、不明なことが多すぎるようだ。

 

 

 

 

そんなこんなで8月を過ごし、9月。

 

 

「―――長谷川千雨です、宜しくお願いします」

 

 

夏休み明けの学校。教壇の横に真新しい制服を着た千雨がいた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再びの中学、新しい友と装備と力

喋らせにくさは千雨ちゃんと良い勝負。
それでもカッコイイから出した。悔いはない。

制服とか場所とかは、色々こじつけた独自設定です。



千雨の真新しい制服はセーラー服である。

 

デザインは一般的なもので、学園祭で着ていたものとほぼ同じ。夏服は半袖で白とスモーキーブルー。冬服は長袖で黒。

男子は冬服だと学ランになるようだ。

 

編入学先は円扉中学校という静岡県にある公立中学。駅近くのマンションに部屋を借りて生活することとなった。

借りたというよりも、ヒーロー公安委員会の社宅という形でマンションの一室を与えられたが正しいか。ヒーローも利用しているマンションのため、ヒーローが代理で監視するのだろう。

精神状態の把握として義務付けられている日記を会長にメールで提出している。書くことなんてそんなに無いので、ニュース記事とかの日記になっているが。

 

 

転校先が都内でないのは、言ってしまえばマスコミ対策であり、安全対策である。

会長や委員会が保護した子供と生活していればマスコミに嗅ぎ付けれかねない。

そして、都内は地方と比べて犯罪発生率が上がる。千雨はまだこの世界に来て間もないため、犯罪に巻き込まれた場合に"反撃"しかねないからだ。

救けを待つくらいなら殴ってしまえ。千雨が魔法世界で学んだことである。

 

今日から転校生として半年間過ごすことになる円扉中学は公立校で平均的な学校である。

名門私立の学校では都内同様に目立ちやすい。地方にあり、都心からある程度アクセスしやすく、県庁所在地ではない場所の公立校として選ばれた。

 

高校は出来れば国立で学費の心配の無い高校に行きたい。というか、是非雄英に来るようにと根津校長から言われた。

教師二人を不意討ちとはいえ無傷で人質に出来るのだから当然か。

ヒーロー公安委員会の会長からも保障する代わりにヒーローになることを条件付けられているため、その場合はヒーロー科一択である。

倍率のエグさで落とされそうだが。

 

 

 

転校先は円扉中学の3年A組で、間違えにくいのは良いと思った。

クラスには男女あわせて30人近く。クラスには様々な個性持ちがいた。異形型は目立つのも当然ではあるが、それ以外の生徒も髪色や肌色が様々で目立つ。

そして千雨は改めて思ったのが、元クラスメイトたちが同等の個性的な奴らであったということ。やっぱり麻帆良はおかしい。そう思ってしまっても不思議ではなかった。

 

「えー、中途半端な時期の転校生だが、皆仲良くするように。

ちなみに長谷川は雄英のヒーロー科志望だそうだ」

 

担任の言葉にざわつく教室。

それもそうだろう。なにせ雄英のヒーロー科と言えば倍率300の超難関校。日本一のヒーロー科と言っても過言ではないのだ。

とはいえ、千雨はそんな事はあまり気にしていない。落ちるかもしれないからだ。

 

「ああ、長谷川の席は窓側の空いている席だ。

全員このあと始業式で、それからホームルームになる。長谷川は最後尾に並んでくれ」

 

窓際一番後ろの席に向かう。

隣は男子で、頭部が黒い鳥のような鳥頭人身の異形型の見た目。背はそれほど大きくはないらしい。

 

「隣よろしく。えっと…」

「常闇踏陰だ、よろしく」

 

軽く会釈して座る。静かそうな隣人に少し安堵し、小さなため息をついた。

この世界に来て約1ヶ月。悩み事ばかりである。

 

 

 

 

転校の10日前にさかのぼる。

 

転校に伴って一人暮らしとなった千雨は身体を鍛えようと考えていた。

 

というのもこの世界、犯罪発生率が酷い。

先進国のほとんどが犯罪発生率20%で、日本だけは一桁の6%。

個性の発現によって犯罪発生率は軒並み上昇し、ヒーロー関連の法律施行によって諸外国では20%でなんとか安定しているのが現実である。

もちろん、発展途上国や問題を抱える国については言うまでもない。

 

では、何故日本だけが犯罪発生率が一桁台なのか。

それは日本のNo.1ヒーローが世界中で平和の象徴と呼ばれるほどの凄いヒーローなのだ。

平和の象徴にして不動のNo.1ヒーロー、オールマイト。

万能をヒーローネームとしているその人物は20年以上も日本でトップに君臨している。

 

ニュースにも頻繁に出てくるヒーローで、それは事件事故の解決だけでなく、広告やコラボグッズなども多い。

オールマイトの成した伝説とも呼べる偉業の数々は、ラカンのおっさん並みに意味がわからないほどであった。どちらもムキムキだし、前髪長いし、笑い方もどことなく似ている気がする。

いや、スカートめくりだとかパンツ抜き取りとかするヘンタイ親父のラカンは基本的に人として最低だから、トップヒーローと一緒にしたら失礼だろうが。

 

そんな世界だと近代史で知ったため、猫2匹分の戦闘力と言われた千雨は今のままでは危険だと察したのだ。

開発したアーティファクトアプリがあるため以前と同じ猫2匹とは言い切れないが、アプリ無しの身体能力は猫2匹である。

 

ちなみに引っ越す前は監視の目があったため、実行に移すことは出来なかった。

不審な行動をしていたとして問い詰められたり警戒されるのは遠慮したかったからである。

 

 

 

そんなわけで、引っ越ししたその日から千雨は身体を鍛えるための調べ事を始めた。

ちなみに家具家電は公安委員会の援助で購入。最新の電子機器、特に最新スマートフォンと高性能パソコンには思わず笑みが溢れそうだった。

 

「桜咲たちがやってた瞬動術は身に付けておいた方が良いよな…逃げるための足は必要だし。

電子の王、再現、世界図絵」

 

アーティファクト、世界図絵。

見た目は魔法学校で配られる魔法の教本である。本革で装丁されたその本は週刊少年漫画雑誌くらいの大きさと厚さだ。

能力は魔法に関するあらゆる問いへの答えを開示する百科事典。もちろん魔法だけでなく、気についても記載されている。

 

使うには、ある程度読むための前提知識が必要になるのだが、そこは電子精霊たちの力を借りれば万事解決だ。

 

「瞬動術のやり方…これか。

えーっと?…足の指先に気か魔力を込めて、地面を掴んで蹴って、着地で地面を掴む。

…気か魔力使うんじゃ無理だな」

「ちう様、どうですか?」

「気は身体鍛えてねぇから無理だし、魔力操作も出来るようになるまで時間かかるし…やっぱ無理だな。

でも何かあった時に反撃出来ねぇ世界だし…どうしたもんか」

 

魔法使いの移動方法として開示されたものには、箒や杖での飛行もあったが、それは目立ってしまう。なるべく物を使わない移動が好ましいのだが、やはりそうウマい話はない。

電子精霊の問いに答えながらどうするかと考えていた所、あっさり解決する。

 

「ちう様、魔力操作ならばすぐに使えるようになりますよ」

「そもそも僕ら精霊を使役してるし」

「精霊使いの才能あるもんねー」

「…へ?」

 

電子精霊の言葉に思わず固まる。

確かに千雨は彼ら電子精霊を使役している。しかしそれが魔力操作とどう繋がるのかわからなかった。

 

「ちう様、魔力というものが自然の持つエネルギーを利用しているのはわかりますか?」

「ああ。

魔法は精神力で自然の魔力を支配して呪文でそのエネルギーの方向を決定付ける。だから魔力は精神力を消費する。

気は体内の生命力を燃焼させているようなものだから体力を消費する。そしてこの二つは外と内、陰陽のように相反する。

神楽坂とか高畑が使える咸卦法ってのは、相反するその両方を使うって聞いた」

 

魔力と気の違いについては夏休みの旅行という名の冒険前に教えてもらった。その時はゲームの仕組みかよと思ってしまったが。

 

「精霊というのは自然に宿る魔力の中でも意志を持つものですので、純粋な魔力以上に制御が難しいのです。

言うことを聞かない動物の手綱を引くのと、荷車を引くことの違いみたいなものですね」

「んー…精霊相手だと意志の無い魔力より言う事きかせるために制御が難しくなるが、その代わり、言うことを聞かせられれば私自身の力はそんなにいらないってことか」

「そのとおりです!

ちう様なら僕らに命令するように力を望めば貰えるかと!」

「ちう様は精霊に好かれやすいみたいだし」

「アーティファクトの使用も出来てますし、魔法使いとしての才能はありますよ」

 

電子精霊たちの助言を受けて改めて考える。

魔法世界では綾瀬がアリアドネー戦乙女騎士団の士官候補生となっていた。勿論、夏休み前の時点で魔法少女よろしく色々出来てたから下地あってこそだが…そんなに簡単に出来るようになるのだろうか。

 

「こういう100%非日常ファンタジーな魔法のことは正直知ろうとしてなかったが…そんなもんなのか?」

「普通の人は魔力を認識してから精霊を認識しますが、ちう様の場合は逆になりますから少しは楽かと」

「精霊を従えられる精神力を持っていることは僕らとアーティファクトが証明してますからー」

 

アーティファクトとは従者となる者の才能に左右される。

千雨のアーティファクトは、精霊に好かれ従えられる才能と電子機器やプログラミングの才能の2つが組み合わさった末のものだろう。

 

「魔法を勉強してた綾瀬や近衛は火を灯す呪文から習ったって言っていたな。魔法学校のカリキュラムから独自にスケジュール組んだって綾瀬も言ってたし…」

「ちうたまのアーティファクトなら、僕たちが代理で魔力を動かすことも可能です」

「魔法陣とか結界へのハッキングみたいな感じで」

「成る程…。

そういや自身に魔力を供給する方法があったな…戦いの歌だったか?」

 

世界図絵で調べながら魔力を身に纏うための呪文研究などをする。

電子精霊という意志を持つ魔力の塊がいるので魔力の操作について覚えることは簡単だった。

 

そう、覚えることは。

それを実際に身体に付与したり、運用することはとてつもなく難しかった。簡単には強くなれないとは思っていたが、千雨もここまでとは思っていなかった。

 

というのも、千雨は魔法発動体の道具―――いわゆる魔法使いの杖を持っていない。

正確には、アーティファクトである力の王笏を杖として代用し電子精霊たちの補助があれば簡単な魔法は使えるようには既になっている。

だが、人目のつくところでおもちゃのような魔女っ子ステッキを振るうのは流石に恥ずかしい。それに目立つ。

そのため、力の王笏無しでも出来るようにと特訓しているのだ。

 

魔法発動体は出力を安定させる役割を持つ。それがないため、千雨は一定の魔力出力というものを発動体無しで身に付ける特訓をしている。

高位の魔法使いならば問題ないが、初心者にそれを求めるとなると難易度は数倍になる。

そのため、初歩的な魔力操作を覚えるのに、時間がかかっていた。

 

 

 

始業式を終えた教室で、帰りのホームルームが始まるまで千雨はアーティファクトの世界図絵を開いて、発動体の自作が出来ないか調べていた。

発動体は隠しやすい腕輪か何かが良い。指輪だと人に見られやすく、学校では取り上げられかねない。

 

転校初日なのに分厚い辞書のような本をどこからか取り出し開いた千雨に、周囲は近付く筈もなく。

チラチラと時折見ながらも、話しかけずに遠巻きにしている。

 

千雨は放課後に電子精霊のこんにゃを呼び出して、発動体について話していた。

 

「装飾は少ないものが良いが、やっぱ文字とか石とかは必要か。

先生の使っていた奴と同じ文字にするとして…これもしかして手作り必須?」

「仕方がありませんが」

「マジかよ」

「シルバー粘土で作れば大丈夫かと」

「それ発動体として大丈夫なのか?壊れねぇ?」

「そこは作成に我々が手を貸しますので、頑丈にしますから」

 

こんにゃの薦めもあり、半日で終わった学校帰りに材料を揃え、指輪とバングルを作った。

指輪は平打ちリングと呼ばれる飾り気のないシンプルなものに文字をスタンプ。

バングルはよく見かけるCバングルではなく円形のもの。幅が1センチほどで同じように文字の刻印はあるが他に飾り気はないシンプルなものだ。どちらにもサイズが変わる魔法をかけてあるため、突然抜け落ちたりはしない。

また、通常ならば銀粘土の作品は壊れやすいのだが、そこは電子精霊によって、本来ならあり得ない事だがかなりの硬度になっている。銀粘土を提案したのは入手のしやすさに加えて、電気を通しやすい素材であるため電子精霊たちが手を加えやすいのも理由である。

 

発動体として使えるかは確認済み。学校にはバングルをリストバンドの下に隠して付けていくつもりだ。

 

 

普段使いするバングルで魔力操作の練習をする。

発動体の無い状態で練習していたからか、すんなりと魔力を纏えた。

全身が薄ぼんやりと光の膜を纏っているかのようだ。

 

「う…な、なんか変な感覚だな。うっすら光ってるし…ファンタジーやべぇ」

「ちう様の使う力は大体ファンタジーかと」

「それは言わないお約束」

 

電子精霊たちの言葉はこの際無視して、ここからは瞬動術の特訓である。

一度魔力を解除し、ジャージ姿で自転車に乗って近くの海に向かい、浜辺で再び魔力を纏う。

 

「えっと…指先に力を入れて、掴んで、蹴る!」

 

グッと指先に力を入れて踏み込み、着地に失敗して思いっきり転んだ。

魔力で強化しているため怪我はしていないが、踏み込んだ場所の砂地が大きく抉れているのを見て、自分で自分の力にドン引きしていた。

 

 

 

翌朝、登校しながら千雨はため息をついていた。

 

「あそこで着地が出来ないとか、想定外過ぎるだろ…」

「ちう様、元気だしてー」

 

昨日、あれから何度も浜辺で瞬動術の特訓をしていたのだが、転びまくった。魔力のおかげで怪我こそないが、砂まみれになるまで頑張っていた。一向に上達しなかったが。

 

「魔力は問題ないし、踏み込みも…まぁ威力あったけど問題なく出来た。

コツさえ掴めりゃなんとかなると思うが、他の方法も考えておくしかないか…魔力込めて走るとか」

「それでも自動車は抜かせる速度出せますし、良いかもしれませんが…」

「そういう奴らがザラにいる世界だからな。

やっぱり習得するほか無いか…」

 

千雨は勘違いしているようだが、そんな高速で移動が出来る個性を万人が持っている訳ではない。

どちらかと言えば麻帆良学園など魔法関係の人々である。

 

電子精霊たちと話しながら歩いていると、隣の席の常闇と出くわした。もうすぐ学校だからおかしくはないが、常闇は千雨を見て目を丸くしている。

 

「それは…長谷川の"個性"か?」

「あ?ああ…こいつらか」

「俺の個性と似ている」

 

どうやら見ていたのは千雨ではなく電子精霊のようだ。

ふよふよと浮遊する電子精霊たちは常闇に近付きあいさつしている。

何故だか流れで一緒に登校することになった。

 

「自我を持つ"個性"は珍しいと言われていたが、長谷川も同じとは知らなかった」

「別に…人に言いふらすような個性じゃないし」

「そうか。

それでも見せてもらったからな。これが俺の"個性"、"黒影(ダークシャドウ)"だ」

「ヨロシクナ!」

 

常闇の身体から伸びる黒い実体を持つ影が親指を立ててあいさつしてきた。

 

「…よろしく」

「雄英を目指しているのだろう?俺も雄英志望だ。

合縁奇縁。長谷川と友宜を結びたい」

「友宜?」

「ああ」

「…教師に何か言われた?」

 

転校初日から周囲と関わらない千雨に対して、教師がいじめなどの危機を抱いたなら納得がいく。

 

「否、俺の意志でだ」

「…変な奴」

 

変わった口調で、見た目が異形型の常闇だが…何故だか仲良くなれた。

静かなのを好み、互いに踏み込まないからかもしれない。

そんな常闇が千雨の隠しているバングルの存在を知って彼の厨二心が疼くのはまた別の話。

 

 

 

千雨は勉強の合間に何度も繰り返し繰り返し瞬動術の練習をする。途中で魔力切れで倒れかけたりしつつも、2ヶ月。

11月初め。すっかり秋めいて冷え込むようになったある日。

グッと指先で地面を蹴り、親指の付け根部分で着地して指で地面をつかみ、かかとを着地させる。

柔らかく、しなやかに。指先からかかとまで、足裏に神経を集中させて。

転ぶ衝撃を覚悟して目を閉じたが、大きな音がしたものの痛みも衝撃もない。足裏の砂の感覚にそっと目を開け、振り替えった。

およそ5メートル。砂埃の先に先程まで立っていた場所がある。

 

「…出来た……」

 

砂埃も音もあるが…初めて転ばずに瞬動術に成功した。

 

「はは、思ったより才能あるんじゃねぇか、コレ?」

 

初めて逆上がりが出来た時や、自転車に乗れた時に似た達成感と感動に思わず頬が緩む。

感覚を忘れないうちに何度も何度も練習する。少しずつ砂埃や音が減っていく。この調子で毎日特訓すれば―――。

 

「…って待て待て!

この私がなんでファンタジーというかビックリ人間みたいなことやってるんだ!?

私はどこにでもいる平々凡々な一女子学生で…」

 

ファンタジーに対するアレルギー反応のように自身の発想に反論するが、同時に習ったヒーロー関連の法律施行と、ヒーローの敵退治映像が脳裏をよぎる。

 

「……いや、死んだら元も子もないし、うん。

…普通…生存戦略だから…普通。…この世界で無力のままとか無理だし…うん…」

 

「自己暗示だね」

「現実逃避だね」

「そこウルサイ」

 

非常識な力に対抗するためには非常識な力を身につけなければならない。

だからこれは、仕方がないのだ。そう自分に言い聞かせる。

 

 

じわじわと一般人から逸般人へ成長していく千雨であった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乗り越えるべき壁

9月からキンクリして入試の2月まで進めました。
常闇と仲良くなる過程が思い付かなかった訳ではないんだ!マジで!チロルチョコ賭けてもいい!

入試に関しては捏造満載です。


転校してから時は過ぎ…2月26日。

 

今日は「雄英高校一般入試」の日である。

 

国立のため、受験科目は国語、数学、英語、理科、社会の5科目。ヒーロー科はさらに実技。

午前中に筆記試験3科目、昼休みを挟んで午後に2科目。その後に着替えなどの時間を挟んでから10分間の実技試験。

全試験の終了予定時刻は4時。

受験者数が多いため、時間にゆとりを持たせている。

 

ちなみに雄英は全学科同日試験で他科との併願が可能。ヒーロー科を受験しなければ筆記試験で解散だ。

しかし、ヒーロー科単願かヒーロー科と他科の併願が多いため、実技の受験人数が大きく減る事はない。

勿論、サポート科などヒーロー科以外を単願する生徒も中にはいる。

 

雄英は千雨の居た世界における神奈川県西部の小田原近郊に。円扉は静岡県東部の富士市、富士山の山裾付近にある。

距離はあるものの、どちらも新幹線が停車する駅が近いため交通の便はわりと良い。

円扉から最寄り駅まで電車で40分。そこから校舎まで歩いて15分ほど。校舎は小高い山の上にあるため、駅からすこし時間がかかる。

山の上にある全面ガラス張りの大きな建物。正門から見ればHの形に見えるのが雄英の校舎だ。続々と集まる受験生たちの流れに乗って、校舎へ入っていった。

 

 

 

午前中は受験番号ごとに割り振られた部屋で筆記試験。半数が大講堂での試験。半数が大教室などでの試験になる。

試験官はプロヒーローであるが、案内などは普通科や経営科の生徒が手伝っているようだ。

 

 

筆記試験は社会科目だけが不安だが、全体的によく出来たと思う。

 

麻帆良では737人中450から500位付近にいたが、勉強が出来ないからではない。

では何故この順位だったのか。それはテストで良い点を取ったところでメリットがなかったからだ。

 

学年でのテストクラス順位が2年の期末までA組がずっと最下位だったのを1位に上げるのに貢献出来るだけの勉強はしていたのだ。帰宅部だったのも理由だが、いくら非常識なクラスだからといって、その非常識の中で馬鹿なのはお断りだったし、バカレンジャー入りはしたくなかった。

夏休み明けからバカブラックの綾瀬、バカピンクの佐々木の2名がバカレンジャー卒業。そのため新メンバー入りしそうになった成績順位後半組が必死にバカレンジャー回避の勉強をしていたのも記憶に新しい。

また、この世界に来てからもしっかり勉強していたことも要因だ。

 

 

 

筆記試験を終えたら案内に従って、実技試験の説明会場でもある大講堂へ向かう。1万人近くの受験者全員が入れる大きさの大講堂はとてつもなく広い。

常闇とは学校が同じため、隣の席である。

 

時間になると雄英教師でもあるボイスヒーロー、プレゼント・マイクが実技演習の説明を始めた。

ラジオDJのテンションのまま、説明を開始する。

 

実技試験は10分間の『模擬市街地演習』で、道具等の持ち込み可。

演習場には"仮想敵"を三種・多数配置。

それぞれの"攻略難易度"に応じてポイントが設定されている。各々なりの"個性"で仮想敵を"行動不能"にし、ポイントを稼ぐこと。

他の受験者への攻撃や妨害は禁止。

 

配られたプリントの内容を簡潔に分かりやすく、それでいて少しコミカルに話している。

 

受験生からの質問もあったが、座席の都合上、質問者の声はあまりよく聞こえなかった。

ロボットの種類について聞いたというのはプレゼント・マイクの返事でわかった。

プレゼント・マイク曰く、ポイントのある3種のロボット以外に、0ポイントのお邪魔虫ロボも出てくるそうだ。

 

プリントの下部に書かれていたロボットの名前は、1ポイントが『ヴィクトリー』、2ポイントが『ヴェネター』、3ポイントが『インペリアル』、そして0ポイントが『エグゼキューター』の四種類だ。

訳すと勝利、狩猟、帝国、執行者。ヴェネターだけ何故かラテン語である。

 

というかこの名前の並び、完全に遠い銀河系が舞台の某SF映画の宇宙戦艦じゃねぇか。そうなるとエグゼキューターってまさか…。

いや、まさかな。そんなバカなことをする学校じゃないはずだ。だって国立で最難関校だぞ。今年の偏差値79で毎年倍率300になる学校だぞ。

きっと製作者か命名者あたりがファンだっただけだろう。きっと。

千雨は自身にそう言い聞かせながら説明に集中する。

 

 

「―――俺からは以上だ!!

最後にリスナーへ、我が校"校訓"をプレゼントしよう。

かの英雄、ナポレオン=ボナパルトは言った!

『真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者』と!!

"Plus Ultra"!!

それでは皆、良い受難を!!」

 

実技の説明をそう締めくくったプレゼントマイクはやはり根っからのエンターテイナーなのだろう。

会場内にいる受験生たちのやる気と熱が一気に高まる気配がした。

 

「常闇とは別会場だ」

「孤独な戦場…ではないか」

「オレガイルゼ!」

「ちう様、我々もおります!」

 

千雨と常闇の会話に入ってくる電子精霊と黒影。互いに互いの"個性"との信頼関係の強さは短い付き合いながらも知っている。

それ以上の言葉を交わさずに、それぞれ指定された更衣室に向かっていった。

 

 

 

7つある演習会場のうち、常闇がA、千雨がBだった。

受験番号で指定された女子更衣室で着替えて演習会場に向かう。会場の出入口には1000人を超す受験生が集まっている。

倍率を考えれば1万人近くの受験者がいるのだからこうなるのは当然か。

 

開始時間まで待つ間に情報収集をする。会場は500メートル四方の250000平方メートルを2メートル以上のフェンスで囲われている。会場内にはビルが沢山建てられており、道路も標識も街路樹もある。本物の街そのままだ。

 

千雨の格好はどこにでもある普通の紺色ジャージ。右手首にバングルを着け、スマホをネックストラップでジャージの中に首から提げている。ポケットだと落として壊す危険があるからだ。

仮契約カードも念のためスマホケースにいれている。

 

この実技試験は千雨にとって相性抜群。

ロボを行動不能か撃破してポイントを稼ぐそうなので、ハッキングによる停止でも良いしアーティファクトや身体強化を使って壊しても良い。手っ取り早いのは撃破だろう。

開始までもうしばらく時間がある。その間に魔力による身体強化をした。

 

「借りるぜ、朝倉、くーふぇ。

電子の王、再現。渡鴉の人見、神珍鉄自在棍」

 

スマホケースに入っているカードとバングルが光ったのがわかる。光は千雨のそばでその形を変形させた。

 

アーティファクト、渡鴉の人見。

先が丸い円柱が組合わさったような形で、白とオレンジ色をした飛行ゴーレムだ。最大6体のゴーレムを遠隔操作することが出来るスパイアイテム。1500キロ近くの超々遠距離まで飛ばせて、映像や音声を他のゴーレムと共有することが可能。

ちなみに1500キロは東京から沖縄くらいの距離だ。

 

アーティファクト、神珍鉄自在棍。

見た目は赤い柄の両端に金色の箍がついている棒。通常時は2メートルほどで、鉄製のため重さはおよそ20キロ。

太さと長さを自在に変えられる棍で、西遊記に登場する孫悟空が持つ如意金箍棒の複製品とも言われている。

 

2つのアーティファクトを再現して、スタートの合図を待つ。

 

「お前ら、始まったらポイント取れるロボの位置を全て割り出して状況把握しろ」

「もちろんです!」

「我らにお任せあれ!」

 

敬礼する電子精霊たち。

彼らも久し振りの活躍の場でもあるため、やる気は十分だ。

 

「はい、スタート」

 

スタートの合図と共に開いたゲートをくぐりグッと足に力を込めて走る。

踏み込む足は魔力によって強化されており、まるで足にロケットエンジンでも着けているかのようだ。

 

そのまま見つけた1ptとペイントされたロボのヴィクトリーに棍を振るえば、ロボごと地面のアスファルトを砕く威力を見せる。

その音に引き寄せられてきたのか、3ptとペイントされたロボのインペリアルも火器を使われる前に叩き潰していく。

 

「悪いが、ポイントは貰ってくぜ」

 

電子精霊とゴーレムの情報を元に、迷うことや探すこともせず、周囲より早くロボを撃破していく。

 

「な、なんだあの女子!速さヤベェだろ!?」

「急げ!ポイントが無くなる!」

 

魔力による身体強化をした状態でロボットを伸珍鉄自在棍で上から叩き潰すようにしてビルや他の受験者に被害が出ないようにポイントを稼いでいく。

千雨の目の前で瓦礫に躓いた太い尻尾の男子が2ポイントのロボに襲われかけるのが見えた。距離にして10メートル。千雨は右手の棍を強く握って突き出す。

 

「伸びろ!」

「うわっ!?」

 

貫くようにしてロボを破壊する。これで合計35pt。

棍を縮めながら男子に近付き手を貸す。

 

「おい、大丈夫か?転んでる暇なんざねぇぞ?」

「あ、ありがとう!君の個性って…」

「じゃ、これで」

「早い……って、俺も急がないと!ポイント!」

 

無事を確認したらさっさと移動して、ロボットを倒していく。

 

「これで40!

もう残り少なくなってきたな…」

 

1000人の中に戦闘力が有るもの無いもの様々だから不向きの個性もいるだろう。しかしそれでも受験者が多い。ロボットはあっという間に破壊されていく。

 

「ちう様、後ろ後ろー!」

「なんだよアレは!?」

 

電子精霊と近くにいた受験生の声に振り向いた。

そこにはビルより大きなロボット、エグゼキューター。

 

「アホかーーーッ!!!」

 

千雨は思わずツッコミいれてしまった。

 

「あれがゼロポイントのお邪魔虫!?デカすぎだろ!バカだろ!?バカだろこの学校!?非常識ここに極まれりだぞ!?」

「ブルーシートのかかった工事現場に擬態させてたみたいです」

「ちうたま、街が破壊されちゃいますよ」

「怪我しそうだね」

「ふざけんな!こんなん逃げるしかないだろ!」

「ちう様、逃げ遅れた人がいます」

「ハァ!?」

 

振り向くと恐怖で竦んでしまったのか、座り込み全身を恐怖で震わせる受験生。

手が、足が、震える。こんなのただの女子校生に立ち向かわせるものではない。

救けるなんて出来ない。出来るはずが無い。

でも、恐怖に震える気持ちがわかる。救けを求める気持ちがわかる。

 

「―――ああくそッ!」

 

千雨はロボの方角へ走り出した。

今すぐ逃げたい。危険だと脳内警鐘が鳴り響いている。

それでも千雨の知っている"真の英雄"は―――脅威に背を向けず人を救ける、偉大な魔法使いなのだ。

 

「そこの女子!逃げないと危ないですぞ!?」

 

毛むくじゃらの受験生に声をかけられるが、足を止めない。

座り込んだ受験生の前に飛び出し、棍を構える。

 

「伸びろ!」

 

棍の端を地面につけて伸ばす。直径が3メートルほどの太さになり、巨大ロボの胴体にぶつかり、背後のビルに押し付けることに成功した。それでも動きを止めないロボットはその腕で棍を掴もうと無理矢理動いている。

一度戻して振り下ろそうにも、張り巡らされた電線が邪魔になる。本物の電線同様に電気が走っているため火災の危険がある上に感電する。

また、巨大ロボの装甲をビルと挟んで潰そうにも、ロボより先にビルが壊れてしまう。

思わず舌打ちがもれる。

 

「お前ら!やれ!!!」

 

千雨の声に呼応するようにして黄色い7つの光球が現れ、形を変える。

 

「電子精霊千人長七部衆、只今推参!」

 

敬礼しながら現れた電子精霊たちが、そのまま報告する。

 

「システムハッキング完了!」

「クラッキング進行中!」

「完了です!」

「エグゼキューターの機能停止を確認!」

 

その言葉を証明するかのようにギギギギギと大きく金属の軋む音を立てたあと、巨大ロボットの頭部らしき部分のランプが消えて動きを止めた。

それと同時に終了のアナウンスが入り、試験終了。

千雨は試験が終了したことよりも巨大ロボを停止させられたことに安堵のため息をつく。

 

「あの巨大ロボを止めるなんて…凄いわあの子」

「格が違うっつーか…」

「ありゃ合格しただろうなぁ」

 

受験生たちが巨大ロボを見上げ、千雨を評価する。

理不尽なまでの脅威に立ち向かい止めてみせたその姿は、紛れもなくヒーローだった。

助けられた受験生が千雨に泣きながらありがとうと感謝し、千雨は恥ずかしいのか顔を赤くして素っ気ない態度を取り、巨大化した棍とスパイゴーレムを手元に戻してアーティファクトプログラムを終了させる。

 

しばらくしてからやって来た雄英の看護教諭である妙齢ヒーロー、リカバリーガールが怪我人の確認をして、一通り治癒をしていく。

千雨もお疲れさんと声を掛けられ、レモン味のキャンディーを渡された。ヒーローがヒーローヘッドのディスペンサーを持ってるというのは中々シュールである。

幸いなことに怪我人はそれほど居なかったのか、すぐに演習会場Bの受験生は入り口にあるバスで校舎に戻って良いと言われた。

 

 

 

更衣室で着替えていると、常闇から共に帰ろうとのお誘いがあったので、着替え終えてから待ち合わせ場所の校門前に向かう。

 

「おつかれ」

「その様子からして…互いに健闘したようだな」

 

落ち込んでいない様子から推測したのだろう。そのまま実技試験についての話となった。

 

「そっちにも出たのか、巨大ロボ」

「うむ。圧倒的脅威に太刀打ち出来ずにいた。流石は雄英」

「いや、あれはアホなだけだろ…。

結果は1週間後か」

「ああ。一念通天、互いの努力が報われることを願っている」

 

常闇と最寄り駅でわかれた千雨。

マンションの自室につくと、荷物を置いてベランダに出た。そしてそっとスマホケースにいれていた仮契約カードを取り出す。

アイドルスマイルをしている自身の姿が映ったカードは変わらずにいる。

 

「もうすぐ3月か」

 

この半年間で現実味のない人間離れした力や技能を身に付けてしまった自身にたいして頭を抱えたくなる。一般人とはもう呼べない自分にもあのクラスの影響があったのかと思いながらカードを裏返す。

ネギ・スプリングフィールドの従者。ラテン語で書かれたその文字を親指でなぞる。

 

茶々丸から聞いた、超が学園での生活を指して夢のような世界と評したという言葉がよみがえる。

超にとって"夢"と言われたあの世界が千雨にとっての"現実"であった。

しかし、夢とは、現実とは、なんだろうか。

あの世界で知った"夢"のような魔法は"現実"で。

先生は魔法世界という"夢"を夢のまま終わらせず。

千雨の"現実"には"夢"のように帰ることが出来ず。

かけ離れた"この世界"もまた千雨の"現実"で。

 

「胡蝶の夢か…いや、こちらもあちらも全て現実…全て夢じゃねぇんだよな」

 

見下ろす街並みには様々な人がいる。昼の喧騒も、夜の静寂も、何も変わらない。

目の前の現実を生きる。それが千雨に出来る唯一のことだった。

 

 

 

 

雄英の実技試験と筆記試験から1週間。卒業式が近付くころ、雄英から手紙が届いた。

ハサミで切ると封筒の中には数枚の書類と空中投影器が入っており、投影器を起動させるとそこには見知った白い毛並みにつぶらな瞳。

 

「やぁ!犬かネズミか何者か、僕は雄英高校の校長さ!

動画とはいえ久しぶりだね、長谷川千雨くん」

 

どこかのバラエティー番組のようなセット背景に、根津校長が映し出される。

 

「長谷川千雨くん。早速だけど君の合否を伝えよう。

筆記は全5科目問題なし。

実技は敵ポイント40ポイント、そして、他の受験者を守ったことから審査制による救出活動ポイントで50ポイント!

合計90ポイントで、文句無しでの合格さ!」

「!」

「しかし!」

 

千雨は喜んだ瞬間に区切られた言葉で身を固める。

 

「―――しかし、一般入試の募集人員は36名ではあるものの…君は一般枠とはまた異なる、特別枠としての入学となるのさ!」

「…特別枠?」

「勿論、突然知らされた特別枠が何か気になると思う。

これはヒーロー公安委員会との取り決めでね。君の筆記と実技が合格点となる場合は、長谷川くんを特別枠として入学を許可して教育することとなっているのさ!」

「は?」

 

突然出てきた公安委員会の名に疑問を抱く。

 

「これは君を1人前のヒーローとして"教育"していくためのものであり、君自身を"守るため"の安全装置でもあるのさ。

君がもし全力を出してしまっても対応出来る人材が雄英にはある。それから他の生徒と区別するためだね。

だから一般合格枠は削らずに1枠増やしたのさ」

 

千雨は公安委員会の裏事情を知らないが、校長の言葉からある程度は推測出来た。

この世界についてまだ詳しくない千雨が将来ヒーローとなった際に困らないようにするため。

教師全員が千雨のストッパーであり、外からの壁となるため。

他の生徒と区別することで"個性"の隠蔽をスムーズに行うため。

千雨を守るためなのだということが伝わってきた。

 

「正直、僕としてはあまり気乗りしないけど…委員会もなるべく穏便に君の力を把握したいんだろうね。

研究対象として…フフフ…ハハハ…ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

「や、病んでやがる…!」

 

笑う校長の目はつぶらではあるが、光は無く濃い闇を纏っていた。校長の過去に何か有ったのだろうということが伝わってくる。

普通に怖い。

 

「…話が逸れてしまったね。

そういう訳で、君は晴れて特別枠として雄英のヒーロー科に入学が決まった。

おめでとう長谷川千雨くん、雄英で君の活躍を待っているよ!」

 

それからは制服や必要書類などの説明がされた。

改めて、手紙の中にある合格通知書を見る。合格の二文字は今日までの頑張りが認められた証。

しかし特別枠という言葉に、素直に喜べない自分もいた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

 番外編・長谷川千雨という存在

入学前に、短いけれど番外編。


3月某日。

黒い表紙に特別調書と書かれたファイル。その1ページ目にはSecretの赤い判子が押されている。

それはある1人の少女の調書。それも極秘に調べられたものだ。

数枚の書類と、大きめの丸眼鏡を掛けた少女の顔写真と、その少女が持つ道具の写真がいくつか挟まっている。

それを手にして開いていた黒いつなぎ姿の男、相澤消太はため息をついた。

 

「長谷川千雨、特別枠入学ですか…また厄介な…」

「だからこそ、君に担当して貰いたいのさ」

 

相澤はそのファイルを読み終えたのか閉じて机に置く。

雄英高校の校長室にて、校長と相澤はソファーに座って向かい合っていた。

 

「…てっきり、今年度の1年ヒーロー科を1クラス全員除籍処分にしたことを怒られると思っていたんですけど」

「この件は君の行いの是非とは関係ないからね。

それに、雄英は自由な校風が売りだから、君のやり方に文句はつけないよ。

彼らの除籍は正当なものだ。我が校のヒーロー科に入学したとしても、壁を越えずに避けようとする者や見込みの無い者に夢は叶わない。

1年の時点で逃げようとしてしまうなら、2年前期の仮免許取得か3年で振り落とされていたさ。

優秀さでは編入する普通科の子たちの方がヒーローとなるために必死に努力しているからね。

それに、もしヒーローを諦めていないならば大学のヒーロー科を目指すことも出来る。

…でも、結果的にとはいえクラス全員除籍はやり過ぎだと思うかな。見極めが難しいところでもあるけど、判断する時にもう少し判断材料を集めた方が良い。

保護者にも納得してもらいやすいからね」

「まぁ…善処します」

 

相澤の除籍について、彼が除籍と判断したその妥当性を告げると同時により慎重な見極めもするように奨めた。

校長は学校の顔でもあるため、保護者やマスコミなどの矢面にも立ちやすい。いくら優秀な校長でも学校運営者である以上、相澤の理不尽すぎるやり方では対処が大変なのだろう。

 

「うんうん、相澤くんなら大丈夫だと信じているとも。

話を戻そうか。

彼女は我が雄英でヒーローとして養成をすることとなったのさ。

彼女の"能力"は強力すぎる。"万が一の時"は相澤くんの個性で彼女を止めてほしい」

「…この調書と実技の様子じゃ問題ないと思いますけどね」

 

相澤は千雨が現れた時に捕縛しようと戦闘しただけでなく、8月中に"個性"が効くのかなどの研究に協力したため、他の教師陣よりかは関わりがある。

 

相澤の"抹消"の個性で能力が使えない状態になっても一切慌てず、淡々と公安職員からの質問に答えていた姿が印象的だった。

委員会の命令に従う従順な態度からは一切脅威を感じないことは、調書にも書かれている。

 

そして先日の実技試験での様子を思い出す。

序盤から高い身体能力と棍でロボを撃破していく様子から、機動力と戦闘力、そしてまるで知っているかのように的確にロボのいる場所へ向かえる情報力と判断力。

"個性"の関係上、一点もしくは二点に特化した受験生は毎年数多く見られるが、基礎能力全てが高い受験生は数年に1人いるかいないかだ。

 

また、エグゼキューターの出現に一度逃げようと走り出したが、恐怖で動けない受験生を見つけてロボに立ち向かうべく飛び出した。

 

脅威に立ち向かい、人を救け、社会を守る。それはヒーロー持つべき大前提。

"自己犠牲"と"滅私奉公"の精神。

 

街への被害も考えてなのか、倒れる危険を考慮してか、身動きを確実に封じてから機能停止させた。あの方法はプロでも1人では難しい。

一撃で倒した他の演習会場の受験生がいなければ救助ポイントはもっと高く、前人未到の実技入試3桁達成となれただろう。

千雨は巨大化した棍にインパクトはあったものの…棍の破壊力の低さから地味になってしまったこともあり、すこし低い評価をつけられていた。審査制のため仕方がない部分もある。

それでも相澤の知る限りでは、ここ数年間においてトップの実技成績である。

 

能力も精神もヒーローとして申し分ない彼女と取引した会長の見る目があったと言うべきか。

 

管理の必要性は感じるものの、本人の意志や思考、思想に危険性はない。だからこそ、相澤からすれば千雨を警戒することは不合理に感じた。

 

「僕も同意見だけど、対策をしている体裁だけでも取らないとならないのさ。

彼女が委員会を警戒している限り、委員会に本当の実力を見せるつもりは無いのだろう。そのことが逆に委員会が彼女を疑ってしまう要因となっている。

それが結果として、特別枠入学という形になってしまった」

 

ヒーロー公安委員会も馬鹿ではない。千雨がこれまで訓練や研究時に本気を見せていないのを把握していたからこその対応だ。

雄英は教師全員がプロヒーロー。千雨の全力にも対応出来る。そして何より千雨と会長の"取引"と、千雨の"個性"の真実を知っている人物の数をなるべく限りたい。

 

雄英教師陣で取引も知っているのは校長、イレイザーヘッド、プレゼント・マイク、13号、ミッドナイトの5人だけだ。もちろん箝口令を敷かれているため詳しく話せないが、"なにかがあった"ことは察している教師もいることだろう。

 

また、千雨の能力を知った上で指導出来る学校はほとんど無いのも理由であろう。

だからこそ、自由な校風を売りにしている雄英に必ず入れるように"特別枠入学"を提案したのだ。

 

他の生徒とは入学時点から違うことで特別感を持たせ、能力をよりカモフラージュしやすくするため。

 

そんな名目をつくり、千雨の能力の全貌と全力を、雄英という上等な檻に入れて研究するために。

 

「だからこそ、教育機関である僕らは彼女を一人の人間として扱い、きちんと向き合う必要があるのさ。

彼女はまだ15歳の少女。

突然この世界に来てしまい、自分以外に頼ることの出来るものがなく、歩くべき道も指針も判然としていない。そんな不安定な状況であんな契約をしたんだ。いくらその場で覚悟したとしても、無意識の負荷は計り知れない。

…せめて僕らが彼女の支えとなれるように、人生の先達として彼女を導かなくてはね」

 

現状、研究対象であり警戒対象として公安委員会から見られている。そんな彼女がせめて雄英ではただの少女であれるように。

かつて人間に虐げられ弄ばれた過去を持つ校長だ。千雨に対する思いも複雑なのだろう。

 

「…わかりました、引き受けます」

 

ほかの教員では千雨の全力を止められるとは思えない。確実に無力化出来る相澤でなければならないのだ。

 

「よろしく頼むよ相澤くん。

そして、これが君の担当する新しいクラスの名簿だ」

 

1年A組と表紙に書かれた21人の顔写真と名前と個性が書かれた名簿と個性に関する詳細書類を渡される。

 

「それから1年A組はオールマイトを副担任にするからね」

「オールマイトさんが…副担任?」

 

平和の象徴、No.1ヒーローであるオールマイトが来年度から雄英で教師となることは教師のみの極秘事項である。

今年度はオールマイトが教師となるため各種準備をしていたとはいえ…副担任になるとは知らなかった相澤は少し驚いた。

 

「新任の彼を担任にするのは難しいし、2年生3年生のクラスよりも1年生の授業は彼にも出来る基礎的なものだからね。

彼をサポートをしながら先輩教師として導いてほしいのさ」

「…はぁ、わかりました」

「話は以上だ。これからもよろしく頼むよ」

 

今年1クラス全員除籍したからこその負担だろうか。それともオールマイト相手でも甘い顔をしない合理主義者という信頼からか。もしくはその両方か。

校長の真意は読めない。

 

校長室を後にした相澤は渡された書類と次年度の仕事に、このクラスで何人残れるかと思いながら、入学してくるヒーローの卵たちへの最初の試練を考えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

U.A. High School /April 春、入学初日

ついに雄英入学!花の新1年生!
エヴィ バディ セイ ヘイ!(YOKOSOー・・・)

毎日更新できる人は精神と時の部屋かダイオラマ魔法球を隠し持っている。きっとそう。


4月。

春の穏やかな気候は心地よい朝を迎えさせた。

ここ数日続く晴天は例年と比べて安定していると、黒髪エルフ耳の女子アナが嬉しそうに告げている。

朝のテレビニュースが流れるリビングで、千雨は朝早くから真新しい制服に身を包む。

 

シンプルな白いワイシャツ。ライトグレーのジャケットに、クロムグリーンのラインが下衿と袖に2本。肩章は学科ごとに異なるらしく、ヒーロー科は一番内側に金ボタンが1つ。夏服にも同様の肩章がある。スカートは膝より少し上で無地のクロムグリーン。

 

靴や靴下、鞄に規定は無い。装飾品や染髪も自由。国立の難関校にも関わらず校則が緩いのは個性ありきの社会だからだろうか。

右手首に魔法発動体のバングルを嵌め、指輪に傷がつかないように革紐でリングネックレスにしてシャツの中にしまう。

靴はどこにでもある合革のローファーで、靴下は膝下の黒い靴下。

 

鞄はダークブラウンのサッチェルバッグで、背負うことも手提げにすることも出来るものを背負う。

麻帆良でも円扉でも同じ型の鞄を使ってきたため、今のところ変える気は無い。

 

千雨は真新しい赤ネクタイを締めてジャケットを羽織り、姿見を見た。

ブレザー姿が懐かしく、それでいてどこか遠くに来てしまったような。

 

 

―――赤いネクタイが、すこし苦しく感じた。

 

 

 

 

駅のホームで電車を待っていると、同じく雄英の制服を着た常闇を見つけた。

卒業前に2人とも担任に報告や書類提出などがあったため互いに知ってはいたが、こうして制服姿だとより実感がわく。

 

「常闇、おはよう」

「長谷川か。息災で何より」

「クラスは?」

「A組」

「同じだ。今年もよろしく」

「ああ」

 

電車を待ちながら時折話す。

常闇は駅まで自転車に乗ってきたらしい。

 

「その腕輪は…?」

「バングルだよ、自作のシルバー。ラテン語刻印してあるんだ」

「…魔道具の手枷…!」

 

右袖を少し捲って見せたバングルにソワソワする常闇。

装飾が無くシンプルでラテン語が刻印されているため、確かにファンタジーな封印道具に見えなくもない。王道過ぎるが右腕の封印みたいなことを考えていそうだ。

 

実際は封印ではなく発動するためのマジックアイテムだが。

 

シャツの中にしまっていたリングネックレスも見せてみれば、常闇はより一層目を輝かせた。

将来が不安だが本人が楽しそうなので良しとしておく。こういうものに心引かれる時期というものは誰にでもある。それに黒歴史は誰もが持ってるものだ、仕方がない。

 

「常闇もアクセするんだな。それチョーカーだろ?」

「俺の第一装具だ」

 

あごを少し上げて見せる常闇はどこか嬉しそうだ。実際、気付いてもらえて嬉しいのだろう。中二病あるあるだ。

装飾のない赤い革のチョーカーは襟で隠れているが長い1つのチョーカーを何周も巻いているらしい。

 

「これ1本なのか。シンプルだけど似合ってる」

「わかるか、やはり引かれ合う者の宿命…」

 

患っている常闇の口調はフィーリングで理解する。この手の口調はファンや交流相手にもいたため千雨は慣れている。

 

ちなみに先程のは「一番気に入っているアクセサリーだ」と「この趣味がわかるなら、仲良くなれたのも納得」だ。

 

常闇にリングネックレスを首から外して渡せば興味津々といった表情で指輪を様々な角度で見ている。

…やっぱり、光り物が好きなのだろうか。カラスに似ているし。

 

「…そんなにシルバーアクセが気になるなら、入学祝いにリングかペンダントか何か作ろうか?」

「!!!」

 

カラスに似た鳥の顔をしているため、表情が分かりにくい常闇。

その常闇の顔の毛がぶわりと逆立ち、目をキラキラと輝かせながら何度も頷く。

シルバー粘土が余っているので作る分には問題ないので良いが、常闇の反応が面白いくらいに良すぎた。

おそらく欲しいと思っていたがシルバーは高いから諦めていたのだろう。中学生にシルバーは確かに少し高価。

 

反応がちょっと可愛いと思ってしまったのは内緒である。

 

 

 

それから好きなアクセサリーデザインやモチーフの話と、入学にあたってのあれそれを話しながら校舎にたどり着く。

見上げるそこが今日から3年間通うこととなる学校だ。

 

「やはり広大だな。迷宮になりかねん…」

「常闇、教室はこっちだ」

「わかるのか?」

「個性でな。ほら、置いてくぞ」

 

広い校舎内を歩き慣れた様子で進む千雨に常闇は着いていく。時刻は8時15分、始業の10分前。

1-Aと書かれた大きなドア。個性社会故に建物自体が大きく作られているためだが、不思議な感覚だ。

ドアを開けると既にちらほらとまばらに座っている生徒がいる。教壇のすぐ横に立っていた紺色の髪に四角い眼鏡の男子が話しかけてきた。

 

「おはよう!

俺は私立聡明中学出身の飯田天哉だ、これからよろしく!」

「常闇だ、よろしく」

「ああ、これからよろしく常闇くん!」

 

グイグイくる飯田を気にせずあいさつし返す常闇。

そのせいか、常闇の隣にいる千雨の返事を飯田は待っているのか真っ直ぐと千雨の目を見てくる。

 

「…長谷川です」

「うむ、長谷川くんもこれからよろしくな!

席は出席番号順だ!」

「…どうも」

 

独特な身振り手振りをする飯田をよそに、席に向かう。

千雨は五十音順ならば18番なのだが特別枠だからだろうか、21番だ。窓側一番後ろの1つ飛び出た席である。

常闇とは少しだけ離れているが、話が出来ない程ではない。

 

千雨は指定されていた席に座り、持ってきていたタブレットPCを取り出す。音楽を聴かずともイヤホンをすれば話しかけてくる余計な生徒はいない。

 

校内の無線Wi-Fiに繋ぎ、常闇に渡すためのシルバーアクセサリーのデザインに良さげなものを探していく。

リンゴや鳥、ドクロや翼、ドラゴン、剣、盾などいくつも検索してデザイン案として確認していくも、いまいちピンと来ない。

 

しばらくして、新たに教室へ入ってきた男子と先ほど話しかけてきた飯田がなにやら言い争いをしているが、その程度の騒音は慣れているので無視。

騒音の元と関わる気はない。

 

 

 

チャイムの音に気付いてタブレットを閉じ、ひとまず机の引き出しに仕舞う。

すると、入り口に立っていた癖毛の男子と丸顔の女子の向こう側。廊下からクリームイエローの寝袋に包まれた人物が現れた。

不審者かと思い警戒してしまったのは悪くない。

 

「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。

君たちは合理性に欠くね」

 

もぞもぞと寝袋から出てきた男は教室に入るなりそう言った。

黒いツナギ。首元に緩く巻かれた包帯のような布。ボサボサで伸ばしっぱなしの黒髪。無精髭。猫背。

完全不審者ルックなその男に千雨は見覚えがあった。

初めてこの世界にきた時に戦った相手であり、千雨に"個性"が効くのかなど委員会立ち会いでの研究実験した時にいたプロヒーロー、イレイザーヘッドだ。

 

あの時の格好がたまたまではなく、日頃からしているのかよと千雨は呆れてしまった。

 

「担任の相澤消太だ、よろしくね」

 

しかも担任。というか本名。それでいいのかヒーロー。

千雨の能力と相性を考えれば、彼はそのストッパーとしてなのだろう。だが…この、小汚ないくたびれたおっさんが担任。

子供が担任なのも酷かったとは思うが、これはこれで酷い。千雨はそう思わずにはいられなかった。

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

寝袋から取り出したのは体操服。五分袖の体操服で、紺地に白でUとAを組み合わせたようなラインが入り、その白いラインの縁には赤が使われている。

 

相澤が見せたのは見本らしく、各自の名前と体型に合わせた体操服が予備ふくめて教室後ろのロッカーに入っていると言われ、指示された更衣室で着替えるべく更衣室に向かった。

 

 

 

 

女子更衣室に向かう途中、女子同士ということで全員一緒に向かう。

正確には、広い校舎の中、迷うことなく更衣室へ向かう千雨に他の女子たちが着いていっている。

少し早足の千雨に並ぶようにして女子の1人が話し掛けてきた。

 

「長谷川さんですよね?

更衣室の場所、お分かりになるのですか?」

 

黒髪をポニーテールにしている背の高いキレイな女子。出席番号で千雨の前の女子であるが、名前は知らない。

 

「ええ、まぁ。えっと…」

「自己紹介がまだでしたわ。私は八百万百と申します。前後の席ですし、よろしくお願いいたしますね」

 

丁寧な口調でどこかおっとりとしていて、それでいて高貴な雰囲気を纏っている八百万。千雨は直感的にいいんちょや那波、近衛と同じお嬢様だとわかった。

 

この手の"お嬢様"には3種類いる。

プライドエベレストな影の努力家。ウルスラの脱げ女がこのタイプ。

慈愛と天然100%の秀才。那波と近衛がこのタイプ。

上記二種類の複合型。いいんちょがこのタイプ。

 

八百万は慈愛と天然が多めの複合型お嬢様だろう。

この手のお嬢様は、距離を取ろうにも自身のペースに巻き込んでいくタイプ。そして好意を前面に出してくる。人付き合いをなるべく避けたい千雨としてはとても厄介である。

 

「長谷川千雨です。よろしくお願いします八百万さん」

「前後の席ですし、是非とも仲良くなりたいと思いましたの。

ところで、長谷川さんはどうして私の後ろなのでしょう?五十音順ですのに、どうしてもそれが気になっておりまして…」

「あー…特別枠での入学だと合格通知に書かれてました。おそらくそれでかと」

「特別枠入学って、なんか理由あるってことでしょ!?」

 

誤魔化しても仕方が無いので正直に話す。

千雨と八百万の間に、グイグイと白目部分が黒いピンクの肌とクセのある肌と同じピンクのショートヘアにライトベージュの角がある女子が入ってきた。

 

このピンク女子はムードメーカー気質で常に元気で明るい明石に似ている。パーソナルスペースとか空気とか全部無視してグイグイくる馴れ馴れしい感じが特に。

 

「私は芦戸三奈!よろしくー!」

「特別枠ってあるんだね!あ、私は葉隠透!よろしくね!」

 

会話を聞いていたであろう、全身透明な女子もとい葉隠もピンク女子の芦戸と共に会話に加わり、自己紹介する。

 

葉隠はどちらかといえばまき絵に似ている気がする。

こちらも元気でムードメーカーだが、雰囲気が天真爛漫というか、どこか子供らしさがある。

 

「葉隠さんに芦戸さん」

「堅苦しいってー!三奈でいいよ!長谷川って呼ぶね!」

「私も透ちゃんで良いよぉ!私も千雨ちゃんって呼ぶから!」

 

この手の騒がしいタイプとは距離を取りたいので、わざわざ距離をつめるような呼び名はしない。

 

「葉隠さんに芦戸さん」

「変える気ないでしょ長谷川!」

「思ってたより面白いね千雨ちゃん!」

 

2人の笑い声が廊下に響く。

千雨の放つ人付き合いを拒否したい空気を吹き飛ばす2人のおかげなのか、他の女子も会話に加わってきた。

 

「ウチは麗日お茶子、よろしくね!」

「耳郎響香、よろしく。長谷川って呼ぶわ」

「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんって呼んで」

 

全員の雰囲気からして、盛り上げ中心が芦戸と葉隠になるだろうことを確信した。

まぁ、クラスに居ないよりは良い。だが近付かないでほしい。

 

「クラスに女子7人しかいないし、仲良くしてこ!」

「仲良しイエーイ!」

「葉隠さん肩組むのやめてください」

「2人とも元気やなぁ。長谷川さん巻き込まれとるけど…あ、更衣室ってここ?」

 

グラウンドに近い女子更衣室。入口横に立ててあるホワイトボードのスタンド型看板には「1-A女子 8:25~使用」と書かれている。

 

「長谷川スゴいね!校舎クソ広いのに!」

「頼りになるー!」

「ケロケロ、迷わないで済んでよかったわ。千雨ちゃんすごいのね」

「いや、別に…。

というか芦戸さん葉隠さん抱きつくのやめてください」

 

左右から挟まれる形でハイテンション女子二人に抱きつかれる千雨。

教室から移動しただけで精神的に疲れている。おかしい、どこで間違えた。

 

「それよりも早く着替えましょう、時間は有限ですわ」

「確かに。なんかあの相澤って担任、時間にうるさそうだったし」

「静かになるまでに8秒かかりました、とか言っとったもんね」

 

ワイワイと騒ぎながら体操服に着替えていく。

 

 

千雨はすこし、嫌な予感にさいなまれつつ。

 

 




女子ーずの呼び方(初日)

芦戸:長谷川   理由:呼びやすいから

蛙吹:千雨ちゃん 理由:お友達には名前にちゃん付けしたい

麗日:長谷川さん 理由:まだ会ったばかりだから

耳郎:長谷川   理由:同じサバサバ系女子と察したから

葉隠:千雨ちゃん 理由:名前がかわいいと思ったから

八百万:長谷川さん 理由:さん付けがクセだから


千雨:全員苗字+さん付け 理由:人付き合いが苦手だから


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先生の"自由"

YEAH!ギリギリ連日投稿できたー!
明日はどうなるかわからんけどな!


「今から、個性把握テストを行う」

「個性把握…テストォ!?」

 

いくつもの白線が引かれたグラウンドで相澤の言葉に驚く面々。

体操服に着替えさせられた辺りで察していたが…入学式に出ないでテスト。しかもどう考えても体力テストっぽい。

そんな相澤の言葉に麗日が驚きながらも疑問をぶつける。

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」

「……!?」

「雄英は"自由"な校風が売り文句。そしてそれは"先生側"もまた然り」

「……?」

 

相澤の話の流れが読めないのか、首をかしげている生徒たち。

千雨はその中で1人、ひしひしと強くなる嫌な予感に息をのむ。

 

「ソフトボール投げ、たち幅跳び、50メートル走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈。

中学の頃からやってるだろ?"個性"禁止の体力テスト。

国は未だ画一的な記録をとって、平均を作り続けている。合理的じゃない。まぁ、文部科学省の怠慢だよ。

爆豪。中学の時ソフトボール投げ何メートルだった」

「67メートル」

 

溜め息まじりに体力テストの意義に対する愚痴をこぼしながら、爆豪と呼ばれた金髪の男子に相澤はボールを投げ渡す。

 

「じゃあ個性を使ってやってみろ、円から出なきゃ何してもいい。早よ。

思いっきりな」

 

爆豪は相澤の言葉を聞きながら軽く腕を伸ばし、腕を振りかぶる。

 

「んじゃ、まぁ…死ねェ!!!」

 

爆音と共に高く遠くへ飛んでいくボール。"個性"の影響による爆風が見ていた生徒たちに吹き付ける。

というか今、ソフトボール投げで聞くはずの無い言葉が聞こえた。ヒーロー志望なのにその掛け声は良いのか。

 

「まず、自分の『最大限』を知る。

それが、ヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

相澤の手にある機械に表示されたのは"個性"禁止の体力テストではおよそ見ることの無い数値―――705.2メートル。

たとえ個性ありでもスゴすぎる大記録だ。

 

「なんだこれ!!すげー"面白そう"!」

「705メートルってマジかよ」

「"個性"思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」

 

「……面白そう…か。

ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?

―――よし。トータル成績最下位のものは見込みなしと判断し、除籍処分としよう」

「はああああああ!!?」

 

思い付いたと言わんばかりの相澤の発言。その突然過ぎる発言に全員驚かされる。千雨は嫌な予感が的中したことに頭を痛める。

初日に入学式に出ないで体力テストもとい個性把握テストをする教師だ。

やりかねない。

 

「生徒の如何は先生の"自由"。

ようこそ、これが―――雄英高校ヒーロー科だ」

 

髪をかきあげながら嗤って言う相澤。

とはいえそんな理不尽を到底受け入れられる筈もなく、生徒から反論が飛び出た。

 

「最下位除籍って…!入学初日ですよ!?

いや初日じゃなくても…理不尽すぎる!!」

 

麗日がもっともな意見で反論するが、相澤には撤回する意志は見られない。

 

「自然災害…大事故…身勝手な敵達…。

いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽に塗れてる。

そういう理不尽を、覆していくのがヒーロー。

放課後マックで談笑したかったならお生憎。これから3年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。

幸い、ウチのクラスは"特別枠入学者"がいて21名。1人切り捨てれば例年の人数になるからな。

"Plus Ultra"さ、全力で乗り越えてこい」

 

千雨は相澤と目があった。どうやら千雨でも除籍にする覚悟でいるのだと目で訴えてくる。

なるべく能力を出し惜しみしたい千雨だが、ここではそうはいかないらしい。

 

「さて、デモンストレーションは終わり。

こっからが本番だ。

まずは50メートル走。2人1組ずつ走れ」

 

 

 

 

 

第1種目の50メートル走。2人ずつ走っていき、最後の1人。

 

「最後、長谷川」

 

相澤の声と共にスタートラインに向かう千雨。奇数のため1人で走ることとなる。

 

「最後なのに名字が長谷川ってことは…」

「アイツが特別枠ってやつ?」

「本人が特別枠って言ってたよ」

「マジ?」

「見た目は普通の文系女子って感じだな」

「どんな個性なのかしら?」

 

女子は本人から聞いていた特別枠入学。そんな千雨に全員が注目する。

一方で千雨は走る構えを見せず、スタートラインで普通にポケットに両手を入れて立っている。ただ立っているように見えるが、既に魔力で身体強化済みだ。

スタートの合図と同時に瞬動術を行う。10メートル置きに一瞬で接地して再び移動する。

 

「1秒87!」

 

軽く音を立ててゴールラインの上に着地。ほぼ2秒で50メートルを移動した。時速にして約90キロ。瞬動術で移動している時はそれ以上の速さだろう。

人によっては瞬間移動にも見える超速移動。だが、これでも"遅い"。

身体強化せずに自動車を追い抜く生徒は麻帆良のクラスでは何人もいた。

身体強化して自動車で出せる速度など、まだ"一般的"だ。

 

「い、1秒台!?」

「早っ!何、今の!?」

「あいつどんな個性だ!?」

「僕以上の記録とは…これが最高峰か…!」

 

注目していたクラスメイトたちの声を無視して、常闇のそばに向かう。

 

「スゴい記録だな」

「……」

「…どうかしたのか?」

「…別に…何でもない」

 

千雨は自身の記録にまだまだだと思いながら相澤を見た。

身体強化は実技試験で見ていたのだろうが、瞬動術は初披露だ。さぞ驚いていることだろう。

 

体力テストである以上、アーティファクトに頼るつもりはない。というか種目の関係上、頼れそうなものがない。

頼れたとして春日のアーティファクト、足が速くなるスニーカー位だが…こいつは身体強化と瞬動術でなんとかなってしまうため、出番はない。持ち主のように。

 

つまり、身体強化のみで頑張るしかないのだ。

 

 

相澤は千雨の記録に驚いた。

初めて会った時は見せなかった動き。そして実技試験で見せた動きを上回るスピード。

実技試験での超パワーは8月からこの2月までの半年で身に付けたのだろうと察していた。しかし、千雨はそれを2か月で更に上回った。

もちん何らかの"能力"は使っているだろうし、相澤の"抹消"が効く可能性も高い。

しかし…あれが"今出せる本気"だとして、まだ"成長の余地"があるのが恐ろしい。

千雨の底が見えない能力に対し、委員会が警戒する理由も分からなくもない。そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

第2種目、握力

 

「握力、219キロ」

「女子の出す数値じゃねぇ…」

「あの細腕の何処にそんなパワーあるんだよ…」

 

力を込めようと意識すれば魔力による強化がされるだけで、本来なら女子平均記録である。

魔力による身体強化で、腕力だけで岩を砕き、踏み込むだけでコンクリートの地面を割るほどの力を発揮出来るのだ。

勿論握力も力を込めれば凄まじいことになる。

 

 

第3種目、立ち幅跳び

踏み込んで魔力で跳び、記録は30メートル。

虚空瞬動が出来れば記録は伸びただろうが、まだ千雨には習得出来ていない。それでも他よりはかなり好成績である。

 

 

第4種目、反復横跳び

特に目立って無い。記録は51。見ていた生徒たちは普通の記録に逆に驚いていたが。

 

 

第5種目、ハンドボール投げ

千雨が順番を待っていると、緑がかった黒髪癖毛の男子が円に向かう。

周囲の様子からして、彼が現状最下位らしい。

 

「緑谷くんはこのままだとマズいぞ…?」

「ったりめーだ、無個性のザコだぞ!」

「無個性!?彼が入試時に何を成したか知らんのか!?」

「は?」

 

爆豪と飯田の会話をよそに、緑谷と呼ばれた男子は青ざめたような顔でボールを思いっきり投げた。

 

「46メートル」

「な…今確かに使おうって…」

「"個性"を消した。

つくづくあの入試は…合理性に欠くよ。

お前のような奴も入学出来てしまう」

 

個性を発動させて髪が逆立っている相澤の言葉に、千雨はそういうことかと理解した。

このテストは相澤からしてヒーローとして見込み無い者―――あの緑谷を試すための試験。恐らくは実技入試の時から目をつけられていたのだろう。別会場だったから彼が何をしたのかも、どんな個性なのかもわからないが。

 

「消した…!!あのゴーグル…そうか…!視ただけで人の個性を抹消する"個性"!!

抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!!!」

 

緑谷はメディア嫌いのアングラ系ヒーローである相澤を知っているらしい。ヒーローオタクなのだろうか。

千雨には相澤は一切ヒーローに見えない。360度どこから見ても、不審者のくたびれた小汚ないおっさんである。

 

「イレイザー?俺…知らない」

「名前だけは見た事ある!アングラー系ヒーローだよ!」

 

意外と有名なのだろうか。

千雨は常闇を横目で見たが、常闇も知らなかったのか首を小さく横にふる。

相澤は緑谷に近付いて何か話しているが、よく聞こえない。

 

「個性は戻した…ボール投げは2回だ。とっとと済ませな」

 

緑谷の2球目。SMASHという掛け声とともにボールは遠くへと飛んでいく。

そのパワーの反動なのか、右人差し指が腫れ上がっている。自身の身体が壊れるほどの超パワーなのだろう。

 

「どーいう事だコラ、ワケを言え、デクてめぇ!!」

「うわああ!!!」

 

大記録を出せた緑谷にキレ気味で向かっていく爆豪。

しかしその右腕が緑谷に届く前に細長い布が爆豪の身体を捕らえた。

 

「ぐっ…んだ、この布、固っ…!!」

 

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ『捕縛武器』だ。

…ったく、何度も個性使わすなよ。

俺はドライアイなんだ」

 

爆豪の動きが止まったからか、個性と捕縛布を解除して次の生徒を呼ぶ相澤。

 

「指大丈夫?」

「あ、うん」

 

痛む右手を左手で押さえながら円から離れる緑谷とそれを心配する麗日。爆豪はなにも言えずにいた。

 

 

 

 

 

全8種目を終えて、相澤が空中ディスプレイでテスト順位を投影する。

 

千雨の順位は21人中2位。

長座体前屈、反復横跳びでは目覚ましい記録を出せなかったものの、他の6種目で好成績を出した。

道具を使って1位になった八百万と異なり、道具無しで超人的な記録をマークした千雨。

まぁ、魔力による身体強化があればこれくらいは普通だろう。

 

「ちなみに除籍は嘘な。

君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」

 

相澤の言葉に声をあげて驚くクラスメイトたち。千雨はうるさいと思いながらも相澤を見た。

合理主義の権化のような男が、そんな嘘をつくだろうか。

 

「あんなの嘘に決まってるじゃない、ちょっと考えればわかりますわ」

「そういうこと。これにて終わりだ。

教室にカリキュラム等の書類あるから目笑通しとけ

緑谷、リカバリーガールのとこ行って治してもらえ。明日からもっと過酷な試練の目白押しだ。

長谷川、お前は俺に着いてこい」

 

言うことを言ったらさっさとグラウンドを去っていく相澤。

千雨が相澤のあとを追おうとした瞬間、飯田に話しかけられた。

 

「待ってくれ、1秒女子!」

「……長谷川です。…何ですか?」

「長谷川くんのあの速さに感動したんだ!普段どんなトレーニングをしているのか知りたくてね!」

「特になにも」

 

瞬動術はただトレーニングして身に付くものではないため、嘘は言っていない。

話は終わりだと言わんばかりに千雨は飯田に背を向けて離れていく。

 

「そ、そうか…しかし、トレーニングせずにあの速さであれば一体どんな"個性"を―――っていないっ!?」

「長谷川さんなら相澤先生のあとを追いましたわ。呼ばれていましたし」

「む、そうか…」

 

ワイワイと騒ぎながら更衣室へ帰っていく面々。

千雨は体育館の裏へ向かった相澤を追っていくと、誰かと話している声が聞こえた。

 

「―――君は去年の1年生…"1クラス全員除籍処分"にしている」

「!」

「『見込みゼロ』と判断すれば迷わず切り捨てる。そんな男が前言撤回っ!

それってさ!君も緑谷君に、可能性を感じたからだろう!?」

「………君も?

ずいぶん肩入れしてるんですね…?

先生としてどうなんですか、それは…」

 

スーツ姿でも特徴的すぎるNo.1ヒーローのオールマイトが相澤と話していた。話の内容に思わず体育館の影に隠れて盗み聞きしてしまう千雨。

…やはり、あの緑谷という男子を本気で除籍するつもりだったのだろう。

 

「"ゼロ"ではなかった、それだけです。

見込みがない者はいつでも切り捨てます。

半端に夢を追わせる事ほど残酷なものはない」

 

相澤はUターンして、オールマイトのいる体育館の裏からグラウンドの方向…千雨の隠れている方へ向かってきた。千雨は体育館から瞬動術で離れる。

千雨が盗み聞きしていたことは気付いていないらしい。グラウンドにいた生徒たちが更衣室に戻り、周囲に人がいないのを確認した上で話し出した。

 

「長谷川、実技試験とテストで使った力について話せるか?」

「……」

 

すでに分かってはいたことだが、やはり追及された。それもそうだろう、なにせ8月に見せなかった能力なのだから。

しかし千雨には手札を見せる趣味などないため、黙りこんだ。

 

黙秘する千雨に、相澤は予想していた通りだと言わんばかりに小さなため息をつく。

 

「…せめて消せるのか確認だけさせろ」

 

近くで見ていた相澤には、千雨の体がうっすらと光の膜のようなものに包まれたのが分かった。

"抹消"すると光は消えて、個性を解除しても戻る様子がない。緑谷の超パワーと同じ発動型の身体強化かと相澤は考える。

 

「…能力について話したくないのは分かるが、俺は万が一のストッパーであって、委員会の手先じゃない。

担任として"お前を大人の身勝手から守るために"止めることが出来るか知っておく必要があるから呼んだだけだ。

委員会に危険性を報告するためじゃない」

「!」

「お前の警戒する気持ちも分かるが、それだけは知っておけ。

…以上だ。着替えて教室戻れ」

「…はい」

 

担任である相澤には生徒を守る責任がある。そのことを、ただ信じろと感情ではなく、淡々と事実を説明する。

極めて合理的。だからこそ、千雨はその言葉を信じられるものだと感じた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヒーローとしての第一戦

やっぱり連日投稿とか難しい。出来るのは超人だけだな。

書けるところまで書けたから普段より早いけど上げ( ・ω・)ノー☆


入学初日の試練を乗り越え、翌日。

 

午前中は必修科目である普通の授業。

英語や現代文、数学なども雄英ではプロヒーローの教師陣が教えている。

1限の英語はプレゼント・マイクが担当。有名なプロヒーローであるため教室登場時はちょっと盛り上がったが、内容はとてつもなく普通の授業なのでそこは盛り下がった。

 

昼食は大食堂で、こちらもプロヒーローであるランチラッシュが作る料理が食べられる。安価で美味しくメニューも豊富だ。

 

 

そして昼休みを終え、午後の授業は『ヒーロー基礎学』。5限から7限まで、約3時間の授業だ。

今年から、No.1ヒーローであるあのオールマイトが教師となったのだ。誰もが憧れるトップヒーローである彼の授業などファンからすれば垂涎ものだろう。

 

「わーたーしーが!

普通にドアから来た!」

 

オールマイトは昼休みが明けると教室にやって来た。そのコスチュームは通称シルバーエイジと呼ばれる頃のものらしい。トップヒーローでありその画風の違いにクラスが沸き立つ。

千雨はそんなクラスを眺めながら、ついて行けないノリだと思っていた。

 

「早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」

 

オールマイトがBATTLEと書かれたプレートを見せる。

そしてオールマイトが話しながら手元にあるリモコンを操作すると壁が動き、棚が飛び出してきた。

 

「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた…コスチューム!!!」

「おおお!!!」

 

コスチュームの入ったグレーのアタッシュケースにはライトグリーンで出席番号が書かれている。

ひとつの棚に5つのケースが納められている。しかしクラスは21人。一人多いのだがどうなっているのかと思っていると…五つ目の棚に1つだけ21と書かれたケースが納められていた。

 

「着替えたら順次、グラウンド・βに集まるんだ!!」

「はーい!!!」

 

 

 

 

女子更衣室で着替え始める。

それぞれケースに納められた説明書を読み、コスチュームに着替えていく。

千雨はコスチュームを見て今すぐ過去に戻りたいと思っていた。具体的には、3月の書類送付前に。

 

「千雨ちゃんのコスチューム、すごい…!」

「そういうの好きなの?」

「ウチもデザイン任せたらパツパツになってもうたけど、長谷川さん…」

 

千雨が書いた要望は以下の通り。

 

・顔を隠すため、フレームレスでワンレンズ型防弾サングラス。

・服の色は黒メインで耐火防弾性のもの。

・黒い厚いタイツで同上性能。

・スマホや充電器、救急セットなどをしまえるウエストポーチ。

・グローブは滑り止めつき。

・靴はヒール低めで歩きやすいもの。

・無線機

・露出少なめ。

 

個性を補助する機能は必要ないため、本当に必要そうなものとして書いた。いざとなれば仮契約カードで着替えられるからだ。

ちなみにサングラスは顔を隠すためのアイマスクをするのが恥ずかしかったことと、丸眼鏡が割れる危険性からである。素顔をさらすよりマシ。

 

 

 

ともあれ、以上の要望が黒一色のゴスロリ系コスチュームへと昇華されていた。

 

 

膝上の黒いスカートをホットパンツ型の黒いパニエで膨らませている。

黒いコルセットはシンプルで背中側に長いリボンの飾り。

ノースリーブのロリータブラウス。首もとにはさらに黒いフリルタイもあり、フリフリだ。

 

黒タイツに膝下の黒いシンプルなヒールの低いブーツ。肘上まであるロンググローブの右手首には普段身に付けている魔法発動体であるシルバーのバングル。

 

グレーのサングラスは要望通り防弾ガラスを使ったワンレンズ型のサングラス。

スカートとコルセットの間には動きを邪魔しない程度の黒いウエストポーチが左右に2つずつ。中には小型の電子機器類の他に、応急手当などの道具類が入っている。

 

 

そして、何より目立つのが。

 

 

「黒猫さんやね!」

「ええ、とても可愛らしいですわ」

「好きでこれをつけている訳じゃない…!」

 

 

―――猫耳を模したヘッドギア型無線である。

 

 

ヘットギアを含め、同じデザイナーがワイルド・ワイルド・プッシー・キャッツのコスチュームデザインも担当しているため全身フリル多用のコスチューム。

デザインテーマは黒猫魔法少女。150%デザイナーの趣味でつくられている。

 

デザインとして好きか嫌いかで言えば好きなデザインであるが、ネットアイドルの"ちう"としてではなく"長谷川千雨"として着るのはまた別。

その葛藤が恥ずかしさをより加速させていた。

 

「ヘッドギアだけでも変えたい…恥ずかしい…!」

「可愛いからいいじゃん」

「八百万のコス…攻めすぎじゃない?」

「そうでしょうか?要望していたより布面積増えてますのよ」

「それを言ったら透ちゃんのコスチュームも」

「透明人間だからね!」

 

A組女子過激コスチュームのツートップは八百万と葉隠に決まったところで、コスチュームを褒めあいながら指定されたグラウンド・βに女子全員で向かう。

 

グラウンド・βは入試の時の市街地演習場と同じで、たくさんのビルが並んでいる。出入口のところには着替え終えた男子も集まっている。

 

「…それは黒猫か?」

「常闇、これはデザイナーの趣味であって私じゃない。というか常闇もコスチューム真っ黒だな…」

「すっげ…特別枠の子ゴスロリじゃん」

「ヒーロー科最高」

 

常闇にコスチュームの要望をきちんと出していなかったことを伝える。そして全員が揃ったところで、オールマイトから本日の戦闘訓練の詳しい話が始まった。

 

2人1組でヒーロー役とヴィラン役にわれての屋内戦闘訓練。制限時間は15分間。

ヒーローは制限時間までに核兵器を回収するかヴィラン役の2人に確保テープを巻き付けて捕まえること。

ヴィラン役はアジトのビル内に隠した核兵器を制限時間まで守るか、ヒーロー役の2人に確保テープを巻き付けて捕まえること。

チームと対戦相手はくじ引きで決める。

 

「クラスに21人居ますが、どうするんですか?」

「3対2が一箇所出来る!その分、連携などチームワークの評価が厳しくなるぞ!」

 

それぞれAからJのくじを引いていく。千雨はJチーム、切島と瀬呂と3人チームだ。

 

実戦とはいえ第一戦からビルが半壊された。千雨は15歳の高校生がコスチューム着ただけでビルを壊せる時点で、この世界の"個性"は危険すぎると感じた。

 

ビルを移しての第二戦では、5階建てのビル一棟を丸々凍らされた。千雨は15歳の高校生がコスチューム着ただけでビルを凍らせる時点で、この世界の"個性"は危険すぎるし高校生強すぎ怖い大人だとどうなるんだよ強くならないと、と思い始めていた。

 

そして第三戦。

 

「Gチームがヒーロー!!Jチームがヴィランだ!!」

「切島、瀬呂、長谷川の3人がヴィランチームか」

「ヒーロー側の上鳴と耳郎が数的に不利だな」

 

ヴィランチームは先に入って5分間のセッティング。ヒーローチームが潜入してスタートになる。

ビル内の見取り図を見ながら核兵器のある4階まで移動する。

 

「俺は切島鋭児郎!個性は硬化で、ガチガチに固くなれる、よろしくな!」

「俺は瀬呂範太、個性はテープ。肘からテープが出せるぜ」

「長谷川千雨です。

…切島さんは近接向き、瀬呂さんは中距離かつトラップ向きの個性ですか」

「長谷川のは超パワーだよな?体力テストじゃすげぇ記録出してたし」

「そんな感じです」

 

サラリと嘘をつく。

 

「そうなると長谷川と俺で攻めていくか?」

「ああ、接近戦で確保テープ巻くのが良いと思う」

「2人とも、1つ作戦を思いつきました。

まず確認しますが―――…」

 

千雨が2人に個性について詳しく確認してから作戦を話す。

 

「良いんじゃね?」

「今回はヴィラン役だしな」

「では急いでセッティングしましょう。時間がありません。

瀬呂さんは切島さんが核を移動させたらテープをこの部屋に張り巡らせて下さい。

私は3階の窓の鍵を開けて2階で待機します。それから―――…」

 

テキパキと指示を出してセッティングをすすめていく。

ヴィランチームが入ってから5分。ヒーローチームの耳郎と上鳴が潜入し、屋内対人戦闘訓練の第三戦が始まった。

 

潜入した耳郎は壁に個性"イヤホンジャック"を使い、ビル内の足音で内部にいる人間の位置を確認。上鳴も微量の電気で索敵をする。

2階に1人、3階に1人、5階に1人だ。

 

「いた!長谷川!」

「ようやく来たか」

 

ビル二階。

コの字型になっている廊下に遮蔽物は特になく、南西側の階段から上ってきたヒーローチームは東側の広い廊下中央に待ち構えていた千雨と向き合う。

ビルの見取り図によると、上り階段は千雨の向こう側を曲がった先にある。

直線上に相対する千雨とヒーローチーム。

 

「よし、私の個性で…!」

「遅い」

 

上鳴の前に出た耳郎が耳たぶのプラグを、ブーツと一体になっている指向性スピーカーに挿す。その一瞬で耳郎の後ろに瞬動術で移動して音波攻撃を回避し、二人の後ろの壁を蹴って再び距離を取る。

千雨の蹴った壁には直径30センチほどの穴があき、周囲の壁に罅が走る。

 

「その穴はデモンストレーションです。次は当てます。

怪我の覚悟をしてください」

「コンクリの壁を一撃って…!」

「緑谷並の超パワーに超スピードって…マジかよ…!」

 

瓦礫と砂埃が広がり、外の空気が穴から流れてくる。

モニター室では千雨の蹴りの威力にどよめきがわいた。

 

「長谷川のやつ、スピードもパワーもスゴすぎ…」

「コスチュームとのギャップがすげぇ」

「緑谷くんの個性に似ているが、彼と違って反動はないようだな」

「緑谷さんの上位互換というところでしょうか?」

 

オールマイトは個性把握テストでも千雨が見せたワン・フォー・オールと同じ超パワーをノーリスクで使いこなして戦闘している様子を見て、緑谷が保健室に運ばれてしまったことを悔やんだ。

千雨の戦闘は、"力"の調節が出来るステージの更に先のステージにいる。"同系統"だからこそ、参考にすべき点が多い。

 

また、オールマイトは千雨の"個性"を知らされていない。渡されたクラス名簿においても個性については空欄で、相澤から本人から聞いてくださいと言われてしまったのだ。

この戦闘訓練で千雨の個性が判明するだろうかという未知への好奇心を抱きつつ、モニターを見る。

 

画面の向こう側、千雨と会敵した上鳴と耳郎ペアが動き出した。

 

「長谷川1人を相手に何時までもかかってられない…あとの二人と核を優先しよう」

「ならここは任せろ、耳郎は先に行け!

接近戦なら俺が有利だ」

「わかった!」

 

千雨が廊下の中央部分から端へ移動したため階段へ走っていく耳郎。

 

「…予定通り、切島さんは3階で耳郎さんの相手を。上鳴さんの相手は私がやります。瀬呂さんはもう少し待機していて下さい」

「おう!」

「わかったぜ!」

 

千雨はすれ違った耳郎を追いかけずに無線で指示を出して、上鳴と向かい合う。

 

「追いかけねぇの?」

「上の2人におまかせします。仲間の心配よりもご自身を心配したらいかがですか?」

「そりゃこっちのセリフ!

ヤベェ超パワーだけど、俺に当たれば痺れるぜ!?」

 

上鳴の身体から電光が発される。ネギの『疾風迅雷』や『雷天大壮』のようにも見えるもののジリジリと近付いてくる様子からして、どうやら移動速度などは変わらない。電気を纏っているだけだろう。

 

かつての担任である高畑はまほら武道会にて、拳を振り抜く拳圧だけで木製のステージを壊した。

あの速さや大砲じみた攻撃力には遠く及ばない。しかし、威力は下がるが同じように手足を勢いよく振りぬいて風圧を起こすことは出来る。

 

近付いてくる上鳴に向かって離れた位置から蹴りを繰り出す。起こした風圧はまっすぐと上鳴へ向かっていく。その後ろには、先ほどあけた穴。

 

「なっ風圧!?うわぁっ!?」

 

強力な突風は空気の流れに沿って穴からビルの外へと抜けていく。その風圧にのまれた上鳴は後ろに吹き飛ばされた。

 

「すげぇっ!一蹴りで風起こした!」

「さっきの穴は風の通り道をつくるためか」

「相手に蹴りの威力を見せて接近戦を警戒させつつ、自身に有利な状況に持っていく!

長谷川少女はただ強いだけじゃない!きちんと技術も身に付け、個性が不利な相手への対策もきちんと立てている!」

 

吹き飛ばされて倒れた上鳴。起き上がろうとしたものの千雨に確保テープを巻かれて確保された。

モニタールームのざわめきが聞こえていない千雨はそのまま上鳴の小型無線機を奪った。

 

「借りますね」

「あっ!」

「耳郎、長谷川確保した!すぐに行く!」

 

無線機にむかって上鳴の声を真似して話し、返事を聞く前に切る。それを上鳴に投げ返して、自分の無線機で切島と瀬呂に上鳴確保を伝える。

 

「上鳴さんを確保しました、作戦通りです。切島さんは4階まで誘導、瀬呂さんは指示通り3階に移動してください」

「了解!」

「長谷川お疲れさん!後は俺らがやる!」

 

一方、1人先に3階へと上った耳郎は、切島の接近戦に対応するので手一杯だった。イヤホンジャックでの音波攻撃を使おうにも怒涛のラッシュで使う隙も暇もない。

しかし無線で連絡があったのか、突如接近戦を止めて上階へ移動する切島。

"上鳴からの無線"を聞きながら切島を追う耳郎。切島との戦闘前に確認した限りでは、最後の1人である瀬呂は"5階にいる"。おそらく核兵器も5階だろう。

 

4階は部屋全体が瀬呂のテープが張り巡らされており、周囲はほとんど見えない状態。切島との戦闘をしながらでは"窓の外"を確認することなど到底出来ない。

 

切島が3階から4階へと逃げ、それを追ったのを確認して、千雨は3階の窓に近付いて"瀬呂と合流"した。

3階の窓の外から唐突に現れた瀬呂にモニタールームでは驚きの声が上がった。

 

「瀬呂どっから出てきた!?」

「さっきまで5階に居たのに!」

「窓の外を使って5階から3階に移動したみたいだね」

「なるほど、先に3階の窓を開けておいたのか!」

 

千雨は瀬呂と共に4階に駆け上がる。

4階で接近戦をしている耳郎にむかって呼び掛けた。

 

「耳郎!」

「上なっ!?」

「残念俺たちでしたっ!」

「瀬呂!?いつの間に!?っていうか長谷川なんで!?」

「確保ォ!」

 

後ろからやって来た瀬呂と千雨に気を取られた隙に切島が確保テープを耳郎に巻き付ける。

ヒーローチームが2人とも確保されたことで、モニタールームにいるオールマイトがヴィランチームの勝利を告げた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

振り返りの時間です

1日に2話上がらないとは、誰も言っていない・・・!
このスピードは世界を縮められる!(ФωФ)
書いててこれ一番オールマイトが先生してるなぁと思いました。


同ビル地下のモニタールーム。

モニターの前に第三戦の5人が並ぶ。

 

「まずは5人ともお疲れさん!

そして今回のMVPは長谷川少女だ!」

「ありがとうございます」

 

オールマイトの言葉でクラスメイトから拍手がおきる。その中でスッと手が上がる。麗日だ。

 

「オールマイト、何で長谷川さんがMVPなんですか?」

「カメラでは見えにくかった部分もあるし、音声もなかったし、ヒーローチームはモニターを見ていないからね!

セッティングの段階から何をしたのか、長谷川少女は何をしてどんな役割だったのか。説明してもらえるかな?」

 

オールマイトが千雨に話をするように促す。

 

「まずチームである2人の個性を詳しく確認して作戦を立てました。

簡単に説明すると、分断して各個撃破です。

その作戦のために、4階に瀬呂さんのテープを張り巡らせて室内の様子を分かりにくくしました。

ヒーローチームが潜入してくるまで、瀬呂さんは5階の核兵器前で待機。切島さんは3階で待機。私は2階で待機。

ここまではモニタールームから見ていた人にはわかっていたと思います」

 

頷くクラスメイトたちに千雨は説明を続ける。

 

「潜入した2人に対して2階にいる私が最初に立ち塞がります。

私の役割は、耳郎さんだけを上の階に行かせて上鳴さんを確保することでした」

「え、最初から上鳴は行かせない予定だったの?」

「はい。なので上鳴さんをひき止めて確保する役割といっても間違いではありません」

「どうして上鳴なんだ?」

「上鳴さんは"個性が不明だった"からです。

私たちの3人は全員、上鳴さんの個性を知りませんでした。

しかし耳郎さんの個性は耳たぶのイヤホンジャックということは外見で分かってましたから、耳郎さんは切島さんが対応しても大丈夫と判断しました。

また、上鳴さんの個性が何であれ…作戦を立案した私が一番のリスクを負うべきと考えてました。

だからこそ、個性のわからない上鳴さんは私が絶対に2階でひき止めて確保しなくてはいけませんでした」

「なるほど…」

 

おおー、という歓声が上がる。そんな中で再びスッと手が上がる。今度は八百万だ。

 

「話を聞く限り、作戦の司令塔でもある長谷川さんがハイリスクを負うのは失敗した場合を考えると、どうなのでしょうか?」

「ハイリスクだからこそです。

確実に作戦を成功させるためには司令塔の私が動くべきだと思いました。

2人より作戦に対して柔軟に対応出来るからこそです。その場で指示の修正が出来ますし、2人にはなるべく事前に伝えていた役割を全うして頂きたかったので」

 

続けて説明をしようとしたが、千雨の言葉を遮ってオールマイトが質問をした。

 

「2人の役割ということだが、3階に上った耳郎少女を迎え撃った切島少年。君の役割はどんなものだったかな!?」

「ッス!俺の役割は耳郎の意識を俺に集中させること!

上ってきた耳郎に距離を詰めて、男らしく真っ向からの接近戦!

訓練での敵とはいえ、女子相手だからスゲー難しかった…」

「訓練に男女は関係ないからね。そこは気を付けよう!

しかし、怪我をさせないで接近戦を続けるのはとても難しい!プロとなったら敵を無傷で捕らえなきゃいけないから、その予習にもなる!

頑張ったな切島少年!」

「ッス!ありがとうございます!」

 

熱血漢である切島が元気に返事をする。

第一戦の講評では八百万にほとんど評価について言われていたが、オールマイトも少しずつ教師としての話し方を身に付けてきたようだ。

 

「長谷川少女、それじゃあ続きから説明を頼むよ!」

「はい。耳郎さんが切島さんと戦っている間に私が上鳴さんを確保しました」

「まさか遠距離対応されるとは思わなかった…」

「そこは上鳴さんが油断した部分ですわね。如何に有利な個性だったとしても相手がどんな手を打ってくるか分からないのですから」

「ま、まぁ…その通りだが、上鳴少年のように相手の戦闘方法を狭めるのも、ひとつの手段ではあるからね。

初めての訓練だったわけだし、そこは長谷川少女が一枚上手だった」

 

八百万の指摘に対してオールマイトが頑張ってフォローするが、結構胸にきたのか分かりやすく落ち込む上鳴。

 

「確保してから上鳴さんの無線機を奪い、耳郎さんに"偽の情報"を流しました」

「偽の情報?」

「上鳴から長谷川を確保したって無線で言われたんだ。思い返してみれば違う声だったんだけど…」

「接近戦の途中でそんなこと言われたら、普通誤認するよな」

「そっか、敵の情報に撹乱されたのか」

 

千雨の説明を補足するように耳郎が話す。

ざわざわと話しだしたクラスメイトを遮るようにして説明にもどる千雨。

 

「切島さんには耳郎さんを4階に誘導してもらい、瀬呂さんには窓の外から3階に移動して貰い私は瀬呂さんと合流。

4階に向かって耳郎さんを挟み撃ちにしました。

下から来るのが上鳴さんだと思っていた耳郎さんが混乱した隙に切島さんが確保テープを巻く。

以上が私の作戦です」

「あれ、瀬呂の役割は?」

「4階のトラップ作成と核兵器の最終防衛。

それから私が負けた場合も同じように移動して貰うこと。切島さんが負けた場合は4階に降りて耳郎さんと戦闘してもらうことが役割でした。

セッティングで個性をかなり使って無理をさせてしまったので…その休憩も含めて最初は待機して貰いました」

「俺はまさか、雄英でビルの5階から3階へ窓の外を移動するとは思わなかったけどな…」

 

瀬呂が苦笑しながら感想を言う。

活躍らしい活躍があまり出来なかったためだろう。

 

「いいや、これは瀬呂少年の個性があってこその作戦だった!

それにビルの外壁を移動することが出来れば、籠城するヴィランへの奇襲のみならず、高層ビルにおける救助活動や街中での移動にも活用出来る!

今回の経験を忘れないようにな!」

「はい!」

「即席にも関わらず、それぞれが役割を全うして勝利!とても素晴らしいチームワークだった!

というわけで、この作戦を即席で考えた長谷川少女がMVP!」

 

再びクラスメイトたちから拍手がおきる。千雨は軽くお辞儀をしてみせた。

 

「もちろん負けてしまったヒーローチームの2人の索敵能力も、こうした屋内ではとても重要だ!敵が何処に潜んでいるか事前に知れるアドバンテージはとても強いからね!

そして勝てたヴィランチームも、クラスメイトと戦ってみてわかった対人戦闘における弱点を克服出来るように、今日の経験を今後忘れずに活かしてほしい!

それでは、次のチームにいってみようか!」

 

 

 

その後も対人屋内戦闘訓練は続き、全チームの戦闘訓練が終了した。

演習場の出入口に移動して授業は終わった。

 

「お疲れさん!!

緑谷少年以外は大きな怪我もなし!

しかし真摯に取り組んだ!!初めての訓練にしちゃ、皆上出来だったぜ!」

「相澤先生の後でこんな真っ当な授業…何か、拍子抜けというか…」

「真っ当な授業もまた私たちの自由さ!

それじゃあ私は緑谷少年に講評を聞かせねば!

着替えて教室にお戻り!!」

 

オールマイトは一足先に演習場から離れていく。これで本日の授業はすべて終わりだ。

着替えて教室に戻り、ワイワイと授業の感想で盛り上がる。

 

「なぁ、どうせだったらこのまま教室で反省会しようぜ!俺たちは今回、長谷川の指示に頼りきりだったし!」

「だな」

「ねぇねぇ、それ私たちも反省会参加してもいい?」

「俺も!」

「皆でやった方がいいしな!」

 

クラスの大半が参加する姿勢を見せている中、千雨は鞄を取り出し帰り支度をすすめていた。

 

「あれ、長谷川さん帰っちゃうの?一緒に反省会しない?」

「不参加で」

「そんな事言わないで反省会しようよー!」

「不参加で。あと芦戸さん抱きつかないでください」

「むぅ…ブレないなー長谷川」

 

素直に離れる芦戸。

 

「何か用があるかもしれないし、本人が参加しないと言ってるのだから仕方がないわ」

「そっか。じゃあ長谷川バイバーイ!」

「長谷川くん、気をつけて!寄り道しないようにな!」

「真面目だな飯田」

 

さっさと帰る千雨。その姿が見えなくなったあたりで千雨の話題となった。

 

「…いやーでも長谷川凄かったわ、実際」

「上鳴ちゃん完封されてたもの」

「梅雨ちゃん、結構言うのね…」

「私、思った事を何でも言っちゃうの」

「でもアレは見てた私らもスゴいって思ったよね!」

「蹴りで突風起こしちゃうところとか、オールマイトみたいだった!」

 

ワイワイと今日の基礎訓練での千雨について話す中で、尾白が1人疑問を口にした。

 

「…長谷川さんの個性が身体強化なら、実技試験のアレはなんだったんだ?」

「尾白、何か知ってるのか?」

「千雨ちゃんの武勇伝?」

「いや、武勇伝って訳じゃなくて…。

一般入試の実技試験で、実は長谷川さんに助けられたんだ。その時は孫悟空の如意棒みたいに棍を伸ばしてた。

0ポイントのロボットも大きくした棍で止めてたし…てっきり触れたものに作用する個性だと思ってたんだ」

「そうなの!?」

「あのデカいロボット止めたのかよ!」

 

尾白から聞かされた話に驚くクラスメイトたち。

 

「いやいや、個性把握テストの時の50メートル1秒台だったじゃねぇか!それに今日の戦闘訓練のパワーも見ただろ?」

「つまり…あの超パワーとは別に個性持ってることかしら?」

 

"個性"は1人1つ。両親のどちらかもしくは複合型の個性である。

しかし、超パワーとは別に触れたものに作用する個性など、聞いたことがない。

 

「長谷川って…色々と凄い奴だけど、謎だな」

「特別枠の入学ってのは本人が言ってたよ。一般入試も受けて合格した上での特別枠みたいだけど」

 

そんな中で常闇が口を開いた。

 

「長谷川の個性は、身体強化ではない」

「常闇何か知ってるのか?」

「同じ中学出身故」

「思わぬ繋がりが!」

「道理で仲良しなわけだ」

 

入学初日のみならず今日も一緒に登校してきた上に、よく一緒にいるのを見かけるからだろう。

すでに仲良し扱いされている。

 

「長谷川は3年の9月に転校してきた。それ以前のことは知らないが、共に雄英を目指した友である。

長谷川の個性は俺の黒影と同じような、モンスターを操るものの筈だが…長谷川は秘密主義なのか、手の内を明かさない」

「あのパワーは素なのか?」

「否、個性禁止の体育では普通だった。

それに、あの超加速は中学時代に見たことがある。個性の応用と言っていたからパワーについても同じ原理だろう」

「個性の応用って…何をどうしたらそうなるんだよ…」

「やっぱり謎が多いわね、千雨ちゃん」

 

常闇の話したモンスターを操る個性。それが本当ならば、あの超パワーを発揮する応用の仕組みや、尾白が助けられたという棍の伸縮や巨大化に疑問が残る。

 

「…個性について話したくないのかしら?」

「まぁ初めて会ってからまだ2日だし、これからだって」

「そうそう!これからこれから!」

 

ポジティブな上鳴と芦戸が盛り上げながら反省会は続けられた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

役職とマスコミほど面倒なものはない

ちょい難産だった・・・
次はUSJ・・・ちう様どうなるかな?( *´-`)


戦闘訓練の翌日。

 

オールマイトが雄英の教師に就任したというニュースは日本全国を驚かせ、連日マスコミが押し寄せる騒ぎになっていた。

 

もちろん登校してきた千雨にも朝からマスコミが突撃。

 

「オールマイトについて聞かせてもらえませんか!?」

「インタビューは学校の広報窓口を通してください」

 

目線を読んでいた本から一切上げずに一言で切り捨てて早足で校門をくぐった。

これが麻帆良仕込みのマスコミ対応力である。

流石のマスコミも、ここまでの塩対応でカメラスルーされるとは思ってもみなかったらしい。難なく切り抜けた。

 

どの世界でもこうしたマスコミ集団というのは湧くらしい。

いくら近隣に民家がないからとはいえ、オールマイトを呼ぶようなコールは迷惑行為になる。

千雨は全員機材壊して上司に怒られろと思った。

 

 

 

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績見させてもらった。

爆豪。おまえもうガキみてぇなマネするな。能力あるんだから」

「……わかってる」

 

朝のSHRで相澤からの簡単な講評がされる。やはり一番問題のあった第一戦の爆豪を注意した。

 

「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一件落着か。

"個性"の制御…いつまでも『出来ないから仕方ない』じゃ通させねぇぞ。

俺は同じ事言うのが嫌いだ。"それ"さえクリアすればやれることは多い。焦れよ緑谷」

「っはい!」

 

そして緑谷にも制御出来ないことを改善するようにと言われている。他は特に注意はないようだ。

ヒーローとしてどちらも問題しかないのだから、注意されて当然だろう。

 

「……さて、HRの本題だ。急で悪いが、今日は君らに…」

 

区切られた言葉に緊張が走る。

またテストなのだろうか。頼むから面倒なものは来ないでほしい。

 

「―――学級委員長を決めてもらう」

「学校っぽいの来たー!」

 

無駄に警戒して損したじゃねーか。

思わず机に突っ伏す。

 

「委員長!!やりたいですソレ俺!!」

「ウチもやりたいス」

「オイラのマニフェストは女子全員膝上30センチ!!」

「ボクの為にあるヤツ☆」

「リーダー!!やるやるー!!」

 

クラスの大半が勢いよく話しながら手をあげる。

集団を導くというトップヒーローの素地を鍛えられるとして、ヒーロー科の人間からすればやりたくて仕方がない役職なのだろう。

 

だからこそ、千雨の眉間に刻まれたシワを言語化すると、こうなる。

騒がしい。誰でもいい。はやく終われ。

 

「静粛にしたまえ!!

"多"を牽引する責任重大な仕事だぞ…!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!

周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…!

民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら…これは、投票で決めるべき議案!!!」

「そびえ立ってんじゃねーか!

何故発案した!!!」

 

真面目で正論を言う飯田。その右手はまっすぐと伸びている。

やりたいのか、お前。

 

「日も浅いのに、信頼もクソもないわ飯田ちゃん」

「そんなん皆自分に入れらぁ!」

「だからこそ、ここで複数票獲った者こそが、真にふさわしい人間という事にならないか!?

どうでしょうか先生!!!」

「時間内に決めりゃ何でも良いよ」

 

寝袋に入って寝る態勢にはいった相澤がテキトーに告げる。

すぐに投票となった。千雨は誰に入れるか考え、名前を書く。

 

 

結果は、緑谷と千雨が3票、八百万が2票。以下1票と0票。

おい誰だ投票した奴。

 

「僕3票ー!!?」

「なんでデクに…!!誰が…!!」

「0票…わかってはいた!流石に聖職といったところか…!」

 

悲喜交々といった様子の教室内。

そんな中、椅子から立ち上がり手を上げて言う。

 

「学級委員、辞退します」

「ええっ!何で!?」

「票が集まったのに、何故辞退するんだ長谷川くん!」

 

まさかの辞退にざわつくクラス。そして全員の言いたいことを独特な身振り手振りをつけながら聞く飯田。

 

「飯田さんの言う通り、人をまとめる、人を導くというのは簡単な仕事ではありません。ただ『やりたい』だけで出来る仕事ではないでしょう。

しかし、人望だけで出来る仕事でもありません。

何よりも大切なのは『やりとげる意志』です」

 

千雨の言葉にクラスが静かになる。

人を引き付ける話力。説得力。カリスマに通じる才能だ。

それを如何なく発揮する千雨。その意志はただひとつ。

 

 

―――学級委員とか面倒な役をやる気はねぇ。

 

 

「勇敢さ、冷静さ、寛容さ、判断力、魅力、知力、カリスマ…誰かの上に立つ、人を導くには沢山のものを求められます。

それをまとめたものを人望と言い、ヒーローとして求められるものになります。

しかし、何よりも求められるのは、投げ出さないで仕事をやりとげるという意志、『やる気』です。

やる気がないトップについていくものはいません。

だから、やる気のない私よりも緑谷さんと八百万さんに…」

「いいえ、今の話を聞けば、尚更引き受ける訳にはいきませんわ!

人望を持っていることもそうですが、長谷川さんなら務めあげられます。

人を導くことを理解しているのですから!」

 

千雨の辞退に対して目の前に座っていた八百万が反論する。

そこは素直に受け取っておけ。投げ返すんじゃねぇよ、お嬢様。

 

「…八百万さん、それは過大評価です。私は器ではありません。

それに、八百万さんなら出来ると思うから辞退…いえ、推薦するのです」

「長谷川さん…!

わかりましたわ!長谷川さんに推薦された以上、私が全力で副委員長を務めてみせます!」

「あっはい…よろしくお願いいたします…」

 

感極まったのか、立ち上がった八百万に両手を握られる。

ぐいぐいとくる八百万からの好意に思わず体がのけぞる。近い。

 

結果として、学級委員長が緑谷。副委員長が八百万に決まった。

 

「緑谷、なんだかんだアツイしな!」

「八百万は講評の時のがかっこよかったし!」

「にしてもカッケェな長谷川…!」

「人間出来てるなー」

 

クラスが千雨を評価する中、内心で面倒事を回避出来たことに安心している千雨だった。

 

 

 

 

 

「良かったのか?」

「急にどうした。なんのことだ?」

 

昼休み。大食堂にてカレーを食べていると目の前に座りオムライスを食べていた常闇が話しかけてきた。

 

「学級副委員長。何故、八百万に譲った?」

「私に向いてないからな。

それに、ああいう仕事はやりたい奴にやらせりゃ良い。

投票してくれた常闇には悪いけどな」

「となるとやはり、俺に投票したのは長谷川か…」

 

千雨は常闇に投票していた。しかし常闇の得票は1。

つまり2人は互いに入れていたのだ。あとの2票は誰かは分からないが。

 

昼食を食べていると、突然警報が鳴った。放送で「セキュリティ3が突破されました」と流れる。

このセキリュティ3とは、上級生いわく誰かが校内に侵入したらしい。

突然の出来事に雄英高校の生徒たちは大混乱だった。みんなが一斉に出入口へと向かう。幸いなことに出口から遠い席であったため、走り出した人に巻き込まれることはなかった。

逃げ出す生徒の様子から逃げようと立ち上がる常闇。対して千雨は動かず、のんびりとコーヒーを啜っていた。

 

「長谷川…逃げないのか?」

「あのすし詰め状態の出入口に行きたくない。人ごみは嫌いだ」

 

食堂の出入口に対して多くの生徒が一気に出ようとして、すし詰め状態になっている。

 

「暴動、スタンピードか…」

 

この程度の群衆大移動は麻帆良ではたまに見かけた状況である。

大食堂での限定品争奪戦とか。遅刻間際の登校時間とか。麻帆良祭の準備期間とか。

かつての日常茶飯事だったからこそ、千雨は人混みに巻き込まれない冷静さを身に付けている。

ただのマイペースともいう。

 

「…あれは、飯田か?」

「ん?」

 

すし詰め状態になっている中から、ふわりと浮いて抜け出したのは、見覚えのある顔。飯田だ。

コーヒー片手に様子を見守っていると、飯田は浮かびながらズボンを膝までまくり上げ、空中でブーストを掛けた。

 

麗日の個性による無重力状態なのだろうか。無重力状態でエンジンの個性を使ったため、グルグルと回転しながら飛んでいく。まるで手裏剣かねずみ花火のようだ。

勢いよく飛んだ飯田は出入口のEXITとかかれた非常口看板の上の壁にはりつく。そして非常口のピクトグラムみたいなポーズで大声を張り上げた。

 

「大丈ー夫!!

ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません、大丈ー夫!

ここは雄英!!最高峰の人間にふさわしい行動をとりましょう!!」

 

よく通る声が大食堂に響きパニックを鎮めていく。押し合っていた生徒たちの動きが止まり、遠くて聞こえない人のために伝言のように廊下の人々へ伝えられて行く。

そして倒れた人や怪我した人が近くの人に救けられて移動していき、事態は収束していった。

 

「…ほら、治まったみたいだし、常闇も座ったらどうだ?

リンゴ残ってるぞ」

「…うむ」

 

常闇は千雨に促されて着席し、残っていたデザートのリンゴに手を伸ばす。

フォークで刺したリンゴをくちばしの横から差し入れて少しずつ咀嚼する常闇。こうして美味しそうに食べている様子に何故だか嬉しくなる。

多分、ペット感覚だと思う。

 

「にしても、マスコミか…セキュリティ硬いのに、どうやって侵入してきたんだろうな?」

「んぐ…誰かが手引きしたか、はたまた防壁を乗り越えてきたか…いずれにせよ、教師陣が対応しているだろう」

「…それもそうか」

 

マスコミの侵入については教師陣が調べていることだろう。気にはなるが…たかがマスコミ。気にしすぎか。

頭の片隅に追いやり、コーヒーを飲み干した。

 

 

 

警報が鳴ったことに対する確認等により5限は授業取り消し。まだ決まっていなかった学級委員以外の委員会決めが行われた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

崩される平穏

なんとか間に合ったー!
そろそろ未登場のアーティファクトが出したい気分
出るのは多分次回だけど


先日のマスコミ侵入騒動の際に、食堂でパニックとなった雄英生を鎮静化させた飯田。

そのことがきっかけで緑谷が飯田に学級委員長を譲り、最終的に委員長が飯田、副委員長が八百万になった。

やりたい奴がやればいいんじゃないの。

ちなみに千雨は他の委員会決めも上手いことかわして役職無しだ。

 

マスコミ侵入騒動から数日たったが、いたって普通の『平穏な高校生活』と呼んでいい。

 

 

訂正。ひとつだけ出来事があった。

 

 

マスコミ侵入騒動の翌日、何故かオールマイトに話し掛けられた。個性について聞かれたのだ。

 

「君の個性は何だい?」

 

そう聞いてくるオールマイトの様子が何やらおかしいと感じた。何やら鬼気迫るというか、なんというか。

むしろ教師であるオールマイトに、逆に知らないのかと千雨は聞いた。

どうやら相澤から直接聞くようにと言われていて、個性の情報は無いらしい。

何故学校側はオールマイトに言っていないのか疑問が残るものの…おそらく、会長との取引やら事情を知らないからだろう。アレは他言無用だ。

オールマイトには個性届の個性を伝えた。

個性届に書かれているものは千雨の能力で間違いないので伝えても問題ないからだ。

念のため個性届のコピーも後日見せれば、納得半分といった様子だった。おそらく日頃見せているパワーの説明がつかないからだろう。超パワーについてそれらしい理由を適当に伝えたら、最終的には納得してもらえた。

もちろん、個性については個人情報だから誰にも言わないで欲しいと伝えたところ、疑念を感じつつも了承してもらえた。

 

「もし誰かに言うつもりならオールマイトの個性や秘密を暴いてばらまく。超スピードで尾行して全部暴く」とちょっと大きめな独り言を言ったが…別に、大したことではないだろう。うん。ただの独り言であってそれまでの会話と全然関係ないし、全然問題ない。

 

それ以外は、特にこれといった出来事はない。

 

 

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

「ハーイ!なにするんですか!?」

「災害水難何でもござれ、人命救助訓練だ!」

 

質問した瀬呂に答えるようにして、相澤がRESCUEの文字の書かれたプレートを見せる。

 

「レスキュー…今回も大変そうだな」

「ねー!」

「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!?

鳴るぜ!!腕が!!」

「水難なら私の独壇場、ケロケロ」

「おい、まだ途中」

 

喋りだしたA組の面々をひと睨みで黙らせる相澤。すでに教師と生徒の間に信頼関係が生まれている。相澤の無駄嫌いに対する信頼だが。

相澤は手元のコントローラーで壁のコスチュームケースが入っている棚を動かした。

 

「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。

中には、活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。

訓練場は少し離れた場所にあるから、バスに乗っていく。

以上、準備開始」

 

千雨は迷うこと無くコスチュームを手にした。

…気に入っている訳ではない。まだデザイナーとはヘッドギア無線機について交渉中である。…まぁ、体操服より良いとは、思う。

 

 

 

 

 

バスに乗り移動するため、飯田の指示で2列に並んだのだが、飯田の想像していた前向きシートではなかった。

バスのタイヤ上部に1人掛けが左右に1つずつ。運転席側に相澤、扉側に千雨が座る。

その後ろの前扉から中扉までが向かい合う形の4人掛けベンチシートに、砂藤、緑谷、蛙吹、切島の4人と、飯田、芦戸、青山、上鳴。

他の生徒は中扉から後方の2人掛けシートとなっている。

施設につくまでしばらくかかる。その間、バスの中ではワイワイと話す声が響く。

 

「あなたの“個性”、オールマイトに似てる」

「そそそそ、そうかな!?いや、でも僕はそのえー」

「待てよ梅雨ちゃん、オールマイトはケガしねぇぞ。似て非なるアレだぜ」

 

蛙吹と緑谷の会話に隣に座っていた切島が口を挟む。

 

「それに、どっちかと言えば長谷川の方がオールマイトに似てるだろ、あのパワーを怪我しないで発揮してるんだし」

「確かに、千雨ちゃんもオールマイトみたいなパワーよね。

千雨ちゃんはケガをしないみたいだけど…どんな仕組みなのかしら」

 

3人の視線が1人席に座っている千雨に向かう。

ここからでは顔が見えないものの、猫耳のようなヘッドギアが椅子の上から見えた。

 

 

 

緑谷から見た長谷川千雨というクラスメイトは、『興味深い個性』を持つ『凄いけど謎の人物』であった。

 

長谷川さんは日頃の様子は基本的には1人で過ごしているか、常闇くんと行動している。休み時間はタブレットPCで何やら作業しているのを見かけることが多い。

クラスにおいて人付き合いがほとんど無いため、どこか浮世離れしているようなのだが…学級委員決めの時に彼女が話した内容は、緑谷にとって飯田と代わるべきだという考えの後押しにもなった。

かっちゃんやオールマイトとは違う意味で―――『凄い人』。

 

個性把握テストで見せた超スピードと超パワーは、オールマイトから継承した力を正しく制御して使ったかのようだった。

先日の戦闘訓練では1番目に試合を行い、怪我をして保健室に担ぎ込まれたため見れなかったが…飯田くんいわく、訓練でも超パワーをつかってビルに穴を開け、蹴りで風を起こしたそうだ。

その話を聞いてオールマイトの『TEXAS SMASH』のパンチを蹴りにしたかのようだと思った。

それから、これは飯田くん含め他のクラスメイトから聞いたのだが…あの日の放課後に行われた反省会にて、長谷川さんの個性は『複数』あるかもしれないということが話題になったらしい。

 

もしかしたら、僕がオールマイトから受け取った"ワン・フォー・オール"と同じように、継承される力なのかと考えてしまった。

 

勿論、"個性"についてに加えて、超パワーの扱い方についても一度聞いてみた。

が、個性については話す気はないと一蹴されてしまったのと、超パワーの扱い方については教えられないと、こちらも一蹴されてしまった。

 

それでもどうしても気になって、教師であるオールマイトにも長谷川さんの個性について電話で聞いた。

が、どうやらオールマイトはA組の面々よりも知らなかったらしく…"複数の個性"というところに引っ掛かりを覚えていたのが印象的だった。

後日オールマイトが長谷川さんに聞いたところ個性は1つだと言っていたそうだ。個性届も見せてもらったらしい。どんな個性かは本人から口止めされてしまったそうだが。

 

そんな凄くて謎だらけの長谷川さん。

同じクラスの仲間だから、もっと仲良くなりたいが…その道のりはそう簡単にはいかないのかもしれない。

 

 

 

「…しかし緑谷もそうだけど、増強型のシンプルな“個性”はいいな!派手で出来ることが多い!

俺の“硬化”は対人じゃ強ぇけど、いかんせん地味なんだよなー」

「僕は凄くかっこいいと思うよ、プロにも十分通用する“個性”だよ」

「プロなー!

しかしやっぱヒーローも人気商売みてえなとこあるぜ!?」

「僕のネビルレーザーは派手さも強さもプロ並み」

「でもお腹壊しちゃうのはヨクナイね!」

 

派手さと強さという点から、プロとして活躍していく上での話になる。

そっと自画自賛した青山の言葉にツッコミを入れた芦戸。反論出来ない正論に青山は黙る。

 

「派手で強ぇっつったら、やっぱ轟と爆豪と長谷川だな」

 

先日の戦闘訓練において、緑谷と派手な戦闘を見せた爆豪と、ビル一棟まるごと凍らせた轟。派手さのみならず攻撃力は言わずもがなだ。千雨もまたノーリスクでの超パワーが評価される。

その評価に対して爆豪は下らないと言わんばかりにケッと言う。

 

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」

「んだとコラ出すわ!!!」

「ホラ」

 

蛙吹は緑谷に対する時と同じく思ったことを正直に言っているのだろう。それに噛みつく爆豪の様子が余計に説得力を増す。

 

「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!!!」

「低俗な会話ですこと!」

「でも、こういうの好きだ私」

「爆豪くん、君本当口悪いな」

 

ワイワイと騒がしくもバスは施設へと向かっていく。

 

「もう着くぞ、いい加減にしとけよ…」

 

しかし底冷えするような相澤の声に、全員返事をして黙った。

千雨は1人頬杖をつきながら窓の外を眺めていた。

 

 

 

バスはしばらくしてからドーム状の建物内に到着。中にはまるでテーマパークかと錯覚するようなその施設。燃えるビルや湖に浮かぶクルーザー。土砂崩れ。様々な災害を再現した設備が備わっていた。

 

「すっげー!USJかよ!?」

「水難事故、土砂災害、火事…etc。

あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。

その名も…Uウソの、S災害や、J事故ルーム!」

 

USJ…その略称でいいのだろうか。怒られそう。

 

訓練で使う施設USJの入り口、セントラル広場前で待っていたのは宇宙服姿の教師。会長との取引の時に扉近くに立っていたヒーローだ。

今日のヒーロー基礎学の指導に加わるスペースヒーロー、13号の登場に、緑谷と麗日が歓声を上げた。

 

「スペースヒーロー『13号』だ!

災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

「わー!私好きなの、13号!」

 

ヒーローネームそれで良いのかとツッコミすべきか。

千雨の目がチベットスナギツネのようになっている横で嬉しそうにしている麗日。

相澤が13号と何やら話している。ここに来ていないオールマイトについてだろうか。

 

「えー始める前に、お小言を1つ2つ…3つ……4つ…」

 

…増えてる。

どうやら13号は話すことをまとめるのがあまり得意ではないらしい。

 

「皆さんご存知だとは思いますが、僕の“個性”はブラックホール。

どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その"個性"で、どんな災害からも人を救い上げるんですよね」

「ええ…しかし、簡単に人を殺せる力です。

皆の中にもそういう"個性"がいるでしょう」

 

…その言葉を、クラスメイトたちはどう考えているのだろう。

千雨からすればこの場の全員が"個性"という武器を携行していて、それを振るえるという認識だ。とても恐ろしい。

どんな"個性"であれ…簡単に人を殺せてしまえるのだから。

 

勿論、そんなものは使い方次第。包丁を調理道具とするのか凶器にするのかを人に説くような者はいない。

だからこそ余計に…ここが"現実"なのだと実感させる。

 

「超人社会は“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。

しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる“行き過ぎた個性”を個々が持っていることを忘れないで下さい。

相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知り。

オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います。

この授業では…心機一転!

人命の為に"個性"をどう活用するかを学んでいきましょう。

君たちの力は、人を傷付けるためにあるのではない。救けるためにあるのだと心得て帰って下さいな。

以上!ご清聴ありがとうございました!」

「ステキー!」

「ブラボー!!ブラーボ―!」

 

その言葉を終えて、13号は一礼した。13号の話に対して生徒たちからの拍手喝采が起きる。

千雨も小さく拍手した。

 

「そんじゃあ、まずは…」

 

言葉を口にしかけた相澤。それと同時にセントラル広場の噴水前に、奇妙な黒い穴が音をたてて開く。

相澤が目をこらしていると、少しずつ広がる黒い穴から人の指がのぞき…"悪意"が出てきた。

 

「ひとかたまりになって動くな!!」

「え?」

「13号!生徒を守れ!」

 

簡潔に指示を出しながら、相澤はゴーグルを装着。突然の指示についていけていない生徒たち。

相澤が見ている噴水前を見ると、たくさんの人の姿と、謎の黒い闇。

 

「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

「違う!あれはヴィランだ!!!!」

 

底の見えない闇が広がり、闇の中から沢山の悪意がやってくる。

さっきまでの平穏が崩れていく音が聞こえる。

 

「13号にイレイザーヘッドですか…。

"先日頂いた"教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここに居るはずなのですが…」

「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」

 

黒いモヤのようなヴィランが話した内容からようやく気付いた。先日のマスコミ侵入騒動は彼らの仕業だと。

千雨はそんなことにも気付けなかった自身の腑抜け具合に後悔し、すぐに行動を開始した。

全員の意識が敵に向いている間に、こっそりと電子精霊へ校舎へ連絡するように指示する。だが、妨害されていて通信しようにもノイズが酷すぎる。送受信共に強力なジャミングが掛けられている。さらにこのジャミングはハッキングでの解除が出来ない。

おそらく"個性"によるものだろう。

機械なら何とでもなるのだが、厄介すぎる。

 

「どこだよ…せっかくこんなに、大衆引き連れてきたのにさ…。

オールマイト…平和の象徴…居ないなんて…」

 

ヴィランの中央にいる手のような気味の悪い飾りを着けた痩身の男が話す。

ゾワゾワと全身の毛が逆立つような、気味の悪さ。底知れない闇。

危険だと本能が告げてくる。

 

「…子どもを殺せば来るのかな?」

 

悪意が、牙をむいた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪意との戦い

プロが相手しているヴィランとの遭遇。
千雨ちゃんは戦うのか、逃げるのか。
今回初登場となるアーティファクトとは。

そして作者はどこまで連日投稿記録を伸ばせるのか───!


「ヴィランンン!?バカだろ!?

ヒーローの学校に入り込んでくるなんて、アホすぎるぞ!」

 

ヴィランが続々と闇の中から現れてくる。

状況をきちんと読めていない誰かの声が響く。

 

「先生、侵入者用センサーは!」

「もちろんありますが…!」

「ダメだ、センサーも電話も通信関係は全部ジャミングされてる!

おそらくそういう"個性"が敵にいる!」

 

千雨は持っていたスマホでも確認したが、やはりここら一帯が電波妨害されているのか、圏外表示で電話も繋がらない。

 

千雨のアーティファクト、力の王笏は電子機器および魔法関係へのハッキング。"個性"は身体機能の一部であるので、ハッキングによる解除が出来ないのだ。

電子精霊はオフラインでも機械が動いていれば実体化していられる。また、アーティファクトアプリもダウンロード済みのデータを使っているため使用可能だ。

 

「現れたのはここだけか、学校全体か…。何にせよセンサーが反応しねぇなら長谷川の言う通り、向こうにそういうことが出来る"個性"がいるってことだな。

校舎と離れた隔離空間、そこに少人数が入る時間割…。

バカだがアホじゃねぇ。

これは、何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」

 

轟が冷静に状況と敵の分析を行う。

そう、この敵はバカだがアホではない。だからこそ頭を回さなくてはならない。

 

「13号、避難開始!センサーの対策も頭にあるヴィランだ…上鳴、お前も"個性"で連絡試せ!」

「っス!」

「先生は!?1人で戦うんですか!?

あの数じゃいくら"個性"を消すっていっても!!

イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は…」

 

ヒーローオタクの緑谷だ、相澤の戦闘スタイルからして不利だとわかるのだろう。

緑谷が話しかけている間に飯田と八百万、13号と共に避難指示をする。

また、13号は"知っている教師"だ。小声でいざという時は補佐しますと告げれば頷いたので、そのまま13号の横につく。

 

本心を言えば敵に向かう相澤の補佐をしたいしすべきだろう。しかし、戦闘スタイルを知らない者同士では互いの邪魔になりかねない。

相澤が1人で立ち向かうのは生徒たちを避難させるため。

クラスメイトたちを安全な場所まで避難させることこそが、相澤を救けることになる。

 

「一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん。

13号!任せたぞ」

 

噴水のある広場へと相澤は飛び出した。

 

相澤の…イレイザーヘッドの個性は"抹消"。ヴィランの個性を消しながら捕縛布を使った肉弾戦を仕掛ける。

敵は誰が消されているのか分からないため個性が使えず、発動型や変形型の個性は大抵個性を使わない戦闘方法などほぼ持たない。持っていてもそれは対処可能なレベルなのだろう。個性を"抹消"出来ない異形型も、消せないからこそ対策を立てている。

 

一対多で華麗に立ち回るイレイザーヘッドの戦闘技術は、たゆまぬ訓練によってつくられたものだ。

緑谷はそれを見て感心していたが、最後尾にいた飯田に急かされて避難する。

 

「させませんよ」

 

生徒を先導して避難していた13号と千雨の目の前に、あの黒いモヤの敵が立ち塞がった。

 

「初めまして、我々はヴィラン連合。

僭越ながら…この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは―――平和の象徴オールマイトに、息絶えて頂きたいと思っての事でして」

「!」

「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるハズ…ですが、何か変更あったのでしょうか?

まぁ…それとは関係なく…」

 

平和の象徴を殺害する宣言に生徒が息を呑む中、自己主張を続ける黒いモヤの敵。

13号が右人差し指の先の蓋を外し、攻撃態勢に入る。

千雨もいつでも迎撃できるよう構えた。

モヤ状態の敵で13号が"個性"を使うならば、近距離攻撃と身体強化での風圧は使えない。遠距離攻撃かつ、13号の個性に影響されないで敵に確実に当てられるもの。

 

「電子の王、再現。匕首・十六串呂」

 

アーティファクト、匕首・十六串呂。

柄に飾り房のついた刃渡り30センチほどの匕首(短刀)型のアーティファクト。最大16本に分裂が可能。念じることで飛翔させ、自動追尾で対象を攻撃することが出来る。

 

鞘のついた匕首を左手に持ち、13号の攻撃に合わせようと相手の動きを警戒する。

そしてその時、飛び出した人影が2つ。

 

「私の役目はこれ」

 

話し続けている敵に、大きな爆発音と爆煙が広がる。

 

「その前に俺たちにやられることは、考えてなかったか!?」

 

飛び出したのは左腕を硬化させた切島と、右手で爆破を使った爆豪。

よく言えば勇猛。だが、この時ばかりはただの無謀な突撃でしかなかった。

2人が攻撃するべく勝手に行動したせいで、13号は“個性”を使えない。

 

「危ない危ない……そう…生徒といえど、優秀な金の卵」

 

ユラ、と揺らめくモヤ。

何かをする気だと気付き千雨は警戒する。

 

「駄目だ、どきなさい二人とも!」

 

13号の声に二人は振り返った。しかし遅い。

敵の黒い闇が広がった。

千雨は二人のそばに瞬動術で移動して離脱を図るが、黒い闇はそれよりも素早く呑み込む。

 

「散らして」

 

飲み込まれながら振り返って見えたのは、クラスメイト全員を覆いつくすように広がる闇。

離れてしまう前に匕首を手放して爆豪の右手と切島の左手を掴む。

 

「嬲り」

 

闇に飲まれて分断されていくクラスメイト。

飯田や障子が個性で黒い霧に包まれる前に助けられるクラスメイトを助けて回避している。

 

「殺す」

「皆!」

 

完全に闇に包まれきる刹那、緑谷の声が聞こえ、途切れた。

 

 

 

 

そして一瞬暗転したと思えば、空中に放り出されていた。近くには崩れかけたビルがいくつか建っている。

爆豪と切島、そして手放した匕首も一緒にワープさせられていた。

 

「空中っ!?

テメェら、舌噛むなよっ!?」

「うぉっ!?」

「なっ!?」

 

掴んでいた2人の手を引くようにして、空中に飛ばした匕首・十六串呂の柄を足裏で掴み、跳ぶ。

虚空瞬動はまだ使えないため、浮遊させられる匕首・十六串呂を出していて正解だった。

引っ張られた2人はそのスピードに驚きの声を隠せない。

 

千雨は壁の壊れた部分からビルの屋内に入り、2人を投げ床に転がす。ワンフロアになっている屋内に敵の姿は無い。

 

「クソガキ共、なんで飛び出した!戦えって言われてねぇだろ!!」

「は、長谷川っ!?」

 

千雨の粗暴な口調での叱咤に切島が驚く。

先日の戦闘訓練で組んだ際や委員長決めの時には冷静沈着で丁寧な姿勢だったのだ。荒い口調とは程遠い性格だと思っていたから余計に驚いたのだろう。

爆豪は眉間に皺を寄せて千雨と睨み合う。

 

「お前らの行動がプロの足引っ張って、その結果クラス全員が避難出来ずに分断された!

幸い施設内だったがワープの最大距離が分からないし敵数不明の個性不明なのに、よくもバカやってくれたな!

飛び出してなきゃ13号先生が対処したってのに!」

「それは…!」

「テメェらがバカだってのは良くわかった!

バカはバカなりに気張れ!

ヴィランだ!!」

 

異形型、発動型、変形型問わず、ヴィランが6人。千雨の声が聞こえたか、建物に飛び込むのを見られていたのか。階段を登ってやって来た。

千雨はいまだに座り込んでいる二人の前に立ち、匕首・十六串呂を16本に分裂させて、敵1人につき4本ずつ飛ばして峰打ちと柄での殴打攻撃。

そして瞬動術で異形型に近付き1人蹴り飛ばして、一番遠くにいた発動型らしきヴィランに激突させる。

 

「こちとら戦闘は苦手なんだよっ!はよ立てや!」

「いやメチャクチャ強いだろ!?てかそれ!その短刀何だよ!!?」

 

切島が千雨の匕首・十六串呂についてツッコミをいれるが無視。

倒しても再び現れたヴィランたちを身体強化と匕首・十六串呂で攻撃する千雨の背後で、爆発音が響いた。

背後を見れば、ヴィランを爆破して倒す爆豪。

 

「丸メガネ!俺の邪魔するんじゃねぇぞ!」

「今は丸メガネじゃねぇよバカ!テメェも足引っ張んなよボンバーヘッド!」

「うっせぇアホ毛!」

 

言い争いながらもヴィランを撃破して移動する千雨と爆豪。

 

「爆豪も…俺も負けてられねぇ!」

 

2人に触発された切島も加わり、3人は襲い来るヴィランに立ち向かった。

 

 

 

 

 

「―――これで全部か、弱ぇな」

「っし!早く皆を助けに行こうぜ!

俺らがここにいることからして、皆USJ内にいるだろうし!

攻撃手段すくねぇ奴らが心配だ!」

 

廃ビルの一室に何人もの侵入してきた敵が倒れている。

全て千雨と爆豪と切島の3人が倒したヴィランだ。ちなみにこの部屋の外や別室にも何人か倒れている。

 

「俺らが先走ったせいで13号先生が後手に回った。長谷川の言う通り、先生があのモヤ吸っちまえばこんなことになっていなかったんだ。

男として、責任取らなきゃ…」

「行きてぇなら一人で行け。俺はあのワープゲートぶっ殺す」

 

悔やんだ表情で呟く切島に爆豪が冷たく言いあしらう。

 

「はあ!!?この期に及んでそんなガキみてぇな…それにアイツに攻撃は…」

「うっせ!

敵の出入り口だぞ、いざって時逃げ出せねぇよう元を締めとくんだよ。

モヤの対策もねぇわけじゃねぇ」

「おい爆豪…!」

 

爆豪の言う事は一理ある。

逃げられたらそれこそ何の成果無しなのだ。出入口から潰すのは道理にかなっている。

しかし、千雨としてはそんな話をしているよりも言わなければならない事があった。

 

「つーか、生徒に充てられたのがこんな三下なら、大概大丈夫だろ」

「…それもそうか」

 

背後から忍び寄っていたカメレオンの個性らしきヴィランの攻撃を爆豪はかわして左手で爆破の勢いで床に頭を叩きつける。

伝えるよりも攻撃した方が早かったようだ。

 

「つーか、そんな冷静な感じだっけ?おめぇ…」

「俺はいつでも冷静だクソ髪野郎!!

クソアホ毛!テメェもヴィランに気付いてて言わなかっただろ!」

「ああ、そっちだ」

「いや、声かけようとした時に襲ってきたからな?

あとアホ毛言うなや爆発頭」

 

爆豪も千雨も口調が荒いためどちらも喧嘩腰に見える。

 

「じゃあな、行っちまえ」

「待て待て、ダチを信じる…!男らしいぜ爆豪!ノったよおめェに!」

「まぁワープ野郎を押さえるのは一理あるし、押さえとけば敵の増援もねぇ。対策もあるんだろ?

ここまで事態が変わったら、逃げるより立ち向かうしかねぇしな」

 

千雨はため息混じりにそう言って爆豪を見る。

賛同されたのが意外すぎたのか、少し驚いてから眉間に皺を寄せて好きにしろと言った。どうやらOKらしい。

 

「ところで長谷川、その口調って素なのか?」

「どうせ口が悪ぃよ。文句あんのか?素を出さねぇように気を付けてたってのに……ハァ。

爆豪、あのワープ野郎見つけて最短ルート出してやるから待て」

「…わかんのか」

「舐めんな、余裕。

電子の王、再現、渡鴉の人見。

1は待機、2から6は施設内全体の様子を偵察、黒モヤを探せ」

 

偵察ゴーレムたちを施設内に飛ばして各ゴーレムからの映像を待ちながら3人は廃墟のビルを出た。

ゴーレム同士の映像のやり取りは電波とは関係ないため、外部への電波がジャミングされてても使えるのは助かったと言えよう。

 

「さっきの短刀もだけど、そのロボも長谷川の個性?」

「…まぁな」

「おいアホ毛、テメェ超パワーだけじゃねぇのか」

「個性について話す気はねぇよ爆発頭」

「あ?」

「やんのか?」

 

互いにメンチを切り合う爆豪と千雨。

人の名前すら呼べねぇ奴に教えたくねぇよ爆発頭vsいいからとっとと吐けやアホ毛。

移動しながら言い争うそんな2人を宥める切島。

 

「落ち着けよ2人とも…つーかお前ら、口調丸っきり同じだな」

「「一緒にすんじゃねぇよ!…真似すんな!」」

「シンクロしてんじゃん…」

 

一字一句同じ言葉で罵倒した千雨と爆豪は互いに舌打ちした。

そんな雑談を挟んでいたところ、映像に黒いモヤの敵が映った。

 

「クソワープはヴィランのボスっぽいやつとセントラル広場!倒壊ゾーン出て目の前!相澤先生がやべぇ!」

「そんじゃ急ぐぞ!」

 

走りながら他のゴーレムからの映像を確認する。

 

「上空から見た限り、このゾーンにはもう敵の姿はねぇ。

他のゾーンは…火災と暴風はわかんねぇけど、反対側の水難はどうやら無事…いや、敵に近いな。

土砂ゾーンは轟の氷がえげつねぇ範囲を制圧してやがる。あと山岳ゾーンで八百万と耳郎と上鳴が戦闘中か…他は大丈夫みてぇ」

「色々分かるんだな!」

「制限あるけどな。渡鴉の人見、終了。

爆豪、次の角を右!そっから直線!お前なら先行けるだろ」

「当たり前だ!爆速ターボ!」

「うぉっ!」

 

両手から爆発を起こして一足先に広場へと向かう爆豪。

 

「ほら、私らも行くぞ切島!」

「おう!噴水の所ならあの敵の親玉っぽい奴もいるしな!次こそは先生の役に立つ!」

 

 

 

爆豪の後に続くようにして倒壊ゾーンを抜けて着いたセントラル広場。

そこにはバックドロップの体勢のオールマイトと、地面に開いたワープゲートでオールマイトの両脇腹に指を突き立てている黒い肌に脳みそを晒した巨体の敵。

オールマイトが脱出出来ていない様子からして、オールマイト並みのパワーを持っているのだろう。オールマイトを殺すと言っていた、奴がそのための存在と分かる。

 

そのそばにいるのは、敵の親玉らしき手型の装飾品だらけの悪趣味な格好の男と、黒モヤのワープ野郎。

 

少し離れた場所には蛙吹と峰田が運ぶ、血を流して傷だらけの相澤。

 

「オールマイトォ!!!!」

 

 

そして、敵に駆け出していく緑谷。

 

 

「どっ……け邪魔だ!!デク!!」

 

緑谷に襲いかかろうとしていた黒モヤを、横から飛び出してきた爆豪が爆破する。その爆風でモヤを吹き飛ばし、首元らしい部分を掴んで地面に叩き伏せた。

同時に、オールマイトを捕らえていた脳無の身体の右半身だけが白く凍りつく。

 

「てめェらがオールマイト殺しを実行する役とだけ聞いた」

 

轟だ。どうやらほぼ同時に駆け付けたらしい。

 

「!」

「だぁー!」

 

硬化した腕で不意を突いて手が沢山ついた敵に腕を振りかぶった切島だが、直前でかわされてしまう。

 

「くっそ!!いいとこねー!!」

「スカしてんじゃねえぞモヤモブが!!」

「平和の象徴はてめェら如きに殺れねぇよ」

「かっちゃん…!皆……!!」

 

爆豪、切島、轟の加勢により、これで3対5。

轟が脳無を半分だけ凍らせて拘束が緩んだところをオールマイトが脱出した。

 

 

悪意との戦いはまだ終わらない。

 

 

 




男子の呼び方

常闇、上鳴、切島他、ガヤ担当の男子:長谷川

緑谷、尾白、口田他、大人しめの男子:長谷川さん

飯田:長谷川くん
人を呼び捨てにするのは良くないと教えられたため

爆豪:丸眼鏡→アホ毛
見た目から命名。爆発的センスの無さ。
丸メガネはコスチュームではかけてないと言われたため、アホ毛に落ち着いた。

千雨:爆豪、たまに爆発頭と呼ぶ
男子も基本的に名字にさん付けだった。
爆豪たちにキレて敬語をかなぐり捨てて素の口調になっているため、呼び捨てに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

踏み出す勇気

前回のあらすじ
ちう様、キレて素を見せる。
そしてデンジャラスゾーンなう。


千雨はこのセントラル広場にいるメンバーを考える。

 

敵の数は3人。

ワープ個性の黒いモヤ、脳みそ丸見えしてる脳みそヴィラン、手だらけ不気味男。うち黒モヤは爆豪が取り押さえ、脳みそヴィランは身体を半分凍らされている。

 

そして味方は5人。

広範囲制圧力に長けた轟。抜群の破壊力を持つ問題児その1爆豪。近接限定で防御力に特化した問題児その2の切島。超パワーの持ち主で問題児その3緑谷。

オールマイトも両脇腹に怪我を負っている。

 

正直、数的有利を打ち消す問題児たちの存在に不安しかない。

ここは彼らと共に立ち向かうべきなのだが…それよりも優先しなければならないことがある。

 

「私は相澤先生のところに行く!」

「さっさと行けやアホ毛!」

 

爆豪の応答を聞き、千雨は駆け出しながら匕首・十六串呂を解除する。

そして相澤を運んでいた蛙吹と峰田のもとまで移動した。

 

「蛙吹!峰田!」

「長谷川ァー!」

「二人とも無事か!よく頑張ったな」

「千雨ちゃんも無事だったのね」

「それよりも相澤先生の様子見せてくれ」

 

二人の無事を確認しながら蛙吹に担がれた相澤の怪我を見る。右肘が不自然な崩れ方をしていて、左腕は物凄い腕力で潰されて骨折しているのか、腫れ上がって熱を持っている。触れると痛そうに呻く。

そして一番の重傷が、顔面。何度も地面に叩きつけたのだろう。擦り傷と、口や鼻、額からの出血。それらに加えて、骨折によるものなのか痛々しく腫れ上がっている。

 

「…あのクソ共、先生の個性潰すために顔面叩き潰したのか…!」

「私達を助ける為に最後まで戦ってくれたの」

「長谷川!相澤先生、大丈夫だよな!?」

 

半泣きの峰田が相澤の足を抱えながら千雨に聞く。

 

「泣くな!大丈夫だ!

蛙吹、私のヘッドギア預かっててくれ。背負うのに邪魔になる」

「ケロッ!?

背負うって、千雨ちゃん1人に任せるのは…!」

「私のパワー知ってるだろ。2人は周囲への警戒を頼む。急ぐぞ!」

 

千雨は髪をポケットに入れていたリボンで手早くひとつに縛り、蛙吹と代わるようにして相澤を背負う。

身体強化のおかげで問題ない。

 

「頼もしいわ、千雨ちゃん」

「あのバカ共がオールマイトと共に無茶する前に戻らねぇとならねぇし…ああもうクソめんどくせぇ」

 

やるべきことが多すぎる。

階段をかけ登り、セントラル広場前に着く。

 

「長谷川さん!梅雨ちゃん!峰田くん!」

「三人とも無事だったのか!」

「よかったー!」

「麗日、相澤先生浮かせてくれ!顔面と両腕を怪我してる!

地面に触れると痛いだろうから頼む!

瀬呂!テープ出して先生の足を地面に触れない程度で固定!」

「わ、わかった!」

 

無事の合流に喜ぶ麗日と砂藤と芦戸。しかし大怪我を負っている相澤の姿に青ざめる。

重症の相澤先生を麗日の個性で浮かせてもらい、地面にテープで固定。

応急手当の道具が多数入ったポーチから250ミリペットボトルに入った水と、幅10センチほどの小さなラップを取り出す。

麗日にペットボトルを渡して顔の傷口の洗浄を指示し、崩れた右肘にはラップを巻いて湿潤療法にしておく。

骨折している左腕には、別のポーチに入れていた細長い充電器2つを瀬呂のテープで繋げてラップで補強したものを添え木代わりにし、捕縛布で服の上から固定する。

 

千雨が現時点で使える治癒呪文は小さな切り傷や擦り傷、捻挫等であれば効くが、骨折などの重傷を治すことは出来ない。

だからと言ってアーティファクトであるコチノヒオウギの、3分以内の傷のみの回復は時間切れで使えない。

自らの中途半端さに苛立ちが募った。

 

臥せっていた13号先生を峰田が見つけて半泣きになりながら瀬呂に訊ねた。

 

「おい瀬呂!13号先生までやられちまったのかよぉ!?」

「皆がワープされた後に、あのワープ野郎に…!」

「そこどけ、見せろ!」

 

背中から肩にかけての裂傷が酷い。ズタズタに裂けてしまっている。コスチュームも同様に崩れるようにして壊れているが、何があればこうなるのか。

意識はまだあるようだ。

 

「長谷川、どうにか出来ねぇのか!?」

「このレベルの裂傷は流石に……瀬呂、お前のテープで応急手当するぞ」

「おれのテープでって、どうやって…!」

「傷口が裂けちまってるから、皮膚を引っ張って合わせるようにしてガーゼの上からテープで固定。

お前にしか出来ねぇ。峰田、障子、協力してやれ」

「わ、わかった!」

 

ポーチに入れていた滅菌ガーゼを1袋渡し、瀬呂たちが慎重にテープで固定する。30センチ幅で1メートル丈のものだから多少余ってしまうだろうが、裂傷となるとこの場でこれ以上の応急手当が出来ない。

出来る限りの指示を出した後に広場を見る。まだ敵の姿は残っていた。

 

「私は広場に戻る。ここにいる奴らは先生たちを頼む」

「長谷川、マジで行くのかよ!?」

「危険だって!」

「蛙吹、ヘッドギア預かってくれてありがとな」

 

蛙吹から猫耳ヘッドギアを受け取って縛っていた髪をほどいて装着する。

セントラル広場に続く階段に向かう千雨の手を蛙吹が掴んだ。

 

「ダメよ千雨ちゃん、危ないわ」

「梅雨ちゃんの言うとおり、オールマイトもいるんだからここにいた方が…!」

「だからこそ、オールマイト助けようと無茶やるバカ共のフォローしなくちゃなんねぇんだ。

…じゃ、行ってくる」

 

千雨はちょっとコンビニ行ってくると言う時と同じ感覚で言い、蛙吹の頭を軽く撫でて一瞬で広場へと向かった。

 

 

 

「長谷川の奴、なんで…!」

 

一瞬で広場へと向かった千雨に、思わず峰田が涙を浮かべながら震えていた。

 

「…私たちの為よ」

「え?」

「ヴィランに一番近い状態で無防備だった私と峰田ちゃんを心配して、敵と戦う前に来てくれたのよ。

相澤先生を運ぶのも本当の理由だったけど…きっと、私たちをいち早く危険から遠ざける為。千雨ちゃんが相澤先生を運ぶだけならあの速さで一瞬にしてたどり着けた筈だもの。

それをしないで私たちに周囲の警戒をさせたのは、役割分担をさせてパニックにさせないため。

…そして、私たちに相澤先生を運ぶのを手伝わせなかったのは…いざという時に、私たちだけでも逃げられるようにする為だったのよ」

「そんな…!」

「もちろん、私の考えすぎかもしれないわ。

でも……間違ってないと思うの」

 

一番近くにいた蛙吹にはわかった。

頭を撫でる千雨の手の震えを。必死に繕っている笑顔がひきつっていたことを。それでも広場へ踏み出す足を。

 

強くて、賢くて、謎だらけで、心の壁があるクラスメイト。

 

しかし彼女も自分たちと変わらない15歳の…どこにでもいる"普通の女の子"。敵に恐怖し、悪に怯えるどこにでもいる子。

そんな、どこにでもいる子なのに。

 

恐怖を振り払うその笑顔が。

最善を尽くすその手が。

 

怖くても、悪に向かって一歩踏み出す勇気が。

 

誰よりも格好良くて。何よりも眩しくて。

だからこそ…長谷川千雨はこの場の誰よりもヒーローなのだ。

 

 

 

 

 

「間に合ったか!?」

「長谷川!戻ってきたのか!」

「相澤先生運び終えて手当て終わったからな、それより…!」

 

現場にたどり着いた千雨は切島に声をかけたが、ほぼ同時に一撃一撃が衝撃波のような音を立て、脳ミソヴィランとオールマイトが殴りあいを始めた。

 

「真正面から殴り合い!?」

「ッ近付けん!!」

「衝撃波でてんじゃねぇか…!」

 

ゴンゴンとぶつかり合う拳と共に出る衝撃波。どうしてだろうか、そのあり得なさがどこか懐かしさすら思わせた。

 

「“無効”ではなく“吸収”ならば!!限度があるんじゃないか!?

私対策!?私の100%を耐えるなら!!

さらに上からねじ伏せよう!!」

 

吸収した衝撃を無効にすることも放出することも出来ないならば、それは頑丈な人形でしかない。

 

「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの!!

ヴィランよ、こんな言葉を知ってるか!!?」

 

オールマイトの片腕が引き絞られる。ヴィランは迫る拳を避けることも出来ず。

サンドバッグの如く、その拳を正面から受けた。

 

 

「Plus Ultra!!!」

 

 

オールマイトのアッパーにより吹き飛ばされた脳みそヴィランは、ドームの天井を突き破りどこかへと飛んでいった。

 

「…漫画かよ」

 

切島の言葉に、麻帆良じゃおかしなことに現実として受け入れられてたんだよな。いや、ここも"現実"なんだが。と思ってしまったのは現実逃避だ、許してほしい。

 

「やはり衰えた…全盛期なら5発も撃てば十分だったろうに…。

300発以上も撃ってしまった」

 

いや、全盛期で5発って…それただの化け物じゃん…。

思わずオールマイトならイージス艦1隻は確実に沈められるよなぁと思ってしまった。

ラカン式強さ表(基準値は魔法と気の使えない中3夏休み時の一般人千雨)で1500である。ちなみに戦車は200。とても頭の悪そうな表である。

 

オールマイトの発言にドン引いている千雨だが、まだ戦いは終わらない。

脳みそヴィランはオールマイトが倒したが、主犯の2人がまだ残っている。

 

「さてと、ヴィラン。お互い早めに決着つけたいね」

「衰えた?嘘だろ…完全に気圧されたよ、よくも俺の脳無を…チートがぁ…!!

全っ然弱ってないじゃないか!!あいつ……俺に嘘教えたのか!?」

「どうした?来ないのかな!?クリアとか何とか言ってたが…出来るものならしてみろよ!!!」

「うぅぅぉおおおおおお…!」

 

流石はNo.1ヒーロー。オールマイトの気迫に呑まれているのだろう。手だらけ不気味男は声の威勢はいいものの、足は縫い留められたように動かない。恐怖と敵愾心のうちで葛藤している様子。

しかし、オールマイトが弱っているとは、どういうことだろうか?先ほど衰えたと言っていたし、老化を指しているのなら納得だが。

 

千雨がヴィランの言葉について考え事をしている間に、轟たちはようやく敵への警戒を解いた。

 

「さすがだ…俺たちの出る幕じゃねえみたいだな…」

「緑谷!ここは退いた方がいいぜもう。却って人質とかにされたらやべェし…」

 

千雨は身体強化はそのまま続行しておく。何かあった際の保険だ。

緑谷は砂埃の中に立つオールマイトと、ヴィランから視線をそらさない。

 

「さぁどうした!?」

「脳無さえいれば…!奴なら!!何も感じず立ち向かえるのに…!!」

「死柄木弔…落ち着いて下さい。

よく見れば脳無に受けたダメージは確実に表れている。どうやら子どもらは棒立ちの様子…。

あと数分もしないうちに増援が来てしまうでしょうが、死柄木と私で連携すれば、まだ殺れるチャンスは充分にあるかと…」

「…うん…うんうん…そうだな…そうだよ…そうだ…やるっきゃないぜ…目の前にラスボスがいるんだもの」

 

黒いモヤと不気味な死柄木弔と呼ばれた敵はぶつぶつと呟き、動く様子は見られない。

 

「主犯格はオールマイトが何とかしてくれるだろうし…俺らは他の連中助けに行くぞ」

「…緑谷?」

 

「何より…脳無の仇だ」

 

オールマイトのすぐそばまで迫り、ワープゲートを大きく広げて襲い掛かる黒モヤと、随従する死柄木。

そしてそんな様子を見ても動く気配のないオールマイトを助けるべく、いつの間にか個性で跳んでオールマイトの前にワープして現れた黒モヤに肉薄する緑谷の姿があった。

 

「な…緑谷!!?」

「オールマイトから、離れろ!!!!」

「二度目はありませんよ!!」

 

死柄木が黒モヤのゲートに手を突っ込み、ワープ先にいる緑谷に手が迫る。

敵の個性が何なのか分からないが……とにかく、死柄木の手は危険だと千雨は悟った。

 

「させるかぁっ!!!」

 

瞬動術で追い付き、緑谷を救けようと向かいながら脳を回転させる。

敵の個性が発動する手に触れさせないためにはどうしたら良い!?

緑谷を抱えて離脱か―――ダメだ、勢いが付きすぎて止められない。

ならば敵との戦闘。先にモヤを倒すか、死柄木とかいう不気味男を倒すか―――いや、倒すより先に触れてしまう!

 

ならば!

 

「電子の王、再現!

――――――ハマノツルギ!」

 

緑谷の胴体を右腕で掴み、左手に現れた鋼鉄で出来た白いハリセンを持つ。

 

アーティファクト、ハマノツルギ。

鋼鉄のハリセン形態と、片刃の大剣形態の2形態を持つアーティファクト。"魔法無効化能力"を持ち、魔法や魔法障壁を消去出来る。

 

これまでの経験から、"魔法"が"個性"に影響されるのは実証済み。

なら、その逆もあり得る!

 

迫る死柄木の手を下からハマノツルギで打ち払うと、五指に触れたはずのハリセンが崩れないことに対して驚く死柄木。そのままモヤにもハリセンを振るえば、ワープゲートはかき消えた。

アプリで作り出したアーティファクトだから必ず効くかは半ば賭けであったが、無事に効いたようだ。

 

「何だこの女…!」

「私の"ワープ"を消した…もしや、イレイザーヘッドと同系統…?」

「どっちにしろ、生かしておけないな…!」

 

再び死柄木はワープゲート越しに手を伸ばした。今度は千雨を狙って。

しかしその瞬間、死柄木の手に弾丸が撃ち込まれ、死柄木はワープゲートのモヤから手を引き抜く。

 

千雨は緑谷を抱えたまま両足に魔力を込めて着地のために踏ん張り、1メートル以上地面を直線状に砕いて砂埃を起こしながらもなんとか止まった。そしてUSJの入り口を見上げる。

 

「来たか!」

「―――ごめんよ、遅くなったね。すぐ動けるものをかき集めて来た」

 

それは全員が待ち望んでいた声。

 

「1-Aクラス委員長、飯田天哉!!!

ただいま戻りました!!!!」

 

飯田が呼んだ救援―――雄英が誇る教師陣(プロヒーロー)十数名が勢揃いしていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

苦難を共にした先にあるもの

今日もまた遅くなってしまった
ここのところ21時越えが癖になってきているけど、投稿時間はどの時間帯が一番いいのだろうか?




「あーあ、来ちゃったな…ゲームオーバーだ。

帰って出直すか、黒霧…」

 

教師陣を見て面白くなさそうな声を上げる死柄木は黒霧と黒いモヤの名前を呼ぶ。

ここまできて、あっさりと引き下がろうとする。それまであった感情の高ぶりが嘘のように消え失せている様子は、壊れたおもちゃを投げ出す子供のようにも感じた。

 

しかし、帰ろうとした敵を教師陣がそのまま逃がす筈もなく。教師陣のうちの1人、スナイプが弾丸の雨を降らせて死柄木の両腕両足を撃ち抜いた。

死柄木は血を流しながらも黒霧のワープゲートで逃走を図る。

 

「この距離で捕獲可能な“個性”は……」

 

スナイプの言葉に応えるかのようにして、モヤがUSJ入り口に向かって吸い込まれるように引っ張られる。

その現象に黒霧は驚きながらも、階段の上を見る。それを出来るヒーローは1人しかいない。

 

そこにあったのは、黒霧が深手を負わせて行動不能にしたはずの13号が地面に這いつくばりながら“個性”を使う姿だった。

 

「僕だ……!!!」

 

右腕を伸ばし、指先のブラックホールで敵ヴィランを捕らえようとする13号。

しかし距離がありすぎたのか、怪我のためか、完全に引き寄せ吸い込む前にワープゲートは徐々に小さくなっていく。

 

「今回は失敗だったけど……今度は殺すぞ。

平和の象徴、オールマイト」

 

死柄木の呪いじみた言葉を残して、黒いモヤはその穴を閉じていった。

両足をフルパワーで動かせなくなった緑谷を抱えていた千雨は、終わったのかと思い、ハマノツルギを解除する。

 

「……何も…出来なかった…」

「そんなことないさ。

あの数秒がなければ、私はやられていた…!

また、救けられちゃったな」

「……無事で…良かったです…!」

 

砂埃が未だに互いの視界を塞ぐ中で言葉を交わすオールマイトと緑谷。

突然の脅威に晒されながらも、勇猛果敢に救けようと飛び出した緑谷は、オールマイトの言葉に救われた心地だった。

 

 

「いや良くねぇよ、テメェが無事じゃねぇわ」

「は―――長谷川さん!?」

 

思わず慌てる緑谷。そういえば居た!といった心情がありありと顔に出ている。

 

おう、居るわクソが。つーかお前を抱えてるだろうが。

なに2人の世界みたいなの展開してやがる。

 

千雨は右脇に抱えていた緑谷を横抱きに抱え直す。オールマイトには背を向けていたため振り返ってみるものの、先ほどの着地の際に起こした砂埃で姿は見えない。

 

「緑谷、じっとしてろ。どうせ両足バキバキなんだろお前。パワー調節出来ないし」

「あああ、あの長谷川さんっ!近い!近いですっ!」

「近いのはしゃーねぇだろ、抱えてんだから。つーか…オールマイトに何かあるのか?砂埃でよく見えないけど」

「いやいやいや大丈夫!私は大丈夫だから!

長谷川少女は緑谷少年を頼むよ!!」

「……追及すっから、覚悟しとけよクソ共」

「っ!!!」

 

千雨はオールマイトも緑谷も見ないで言いきった。

その言葉に師弟揃って顔にヤバいと出ているが、それを知るものはいない。

 

真っ赤になった緑谷を抱えたまま入り口に向かっていく。

 

「おーい!大丈夫かよ緑谷!長谷川!」

「私は大丈夫。

緑谷が両足フルパワーで例のごとくやらかした」

「つ、つい…というか、本当に長谷川さん下ろして!?重いでしょ!!?」

「あぁん?足思いっきり落として二度と使えねぇ位ぐちゃぐちゃにすんぞテメェ」

「怖いっ!!というか、口調が…!」

 

緑谷の幼馴染みである爆豪を彷彿させるような荒々しい口調に思わずビビる緑谷。

もはや癖である。

 

「こっちが長谷川の素なんだと。

長谷川、緑谷運ぶの代わるか?お前かなり無茶しただろ、さっきの着地とか」

「コレは緑谷への罰も兼ねてるから。教師の所行くぞ突撃バカ共。

返事は?」

「「イ、イエッサー!」」

 

この二人が今の千雨に逆らえる筈がなかった。どちらも無謀な突撃をして助けられている。

そこへ教師の1人、セメントスがやって来た。

 

「オールマイトは僕が対処するよ。生徒は一ヶ所で安否確認だ、ゲート前に集まってくれ」

「セメントス先生!ラジャっす!!」

「セメントス先生すみません、そこの地面ちょっと砕きました。

切島、お前は先に行って緑谷の両足重傷だから担架か救護ロボか車椅子を用意して貰ってこい」

「お、おう!」

 

セメントスにオールマイトは任せ、切島に指示を出し、緑谷を抱えて入り口へ向かう。

千雨はため息をひとつこぼして緑谷に声をかけた。

 

「…救けられたオールマイトが感謝してるから、飛び出したことについては深くは言わねぇ」

「長谷川さん…」

「だが、足壊すのは二度とするなよ。

次やったら画像加工してリアルっぽい女装画像をテメェの自宅近所とネット上にばらまいて社会的に殺す」

「絶対に気を付けます!」

 

思春期男子に恐ろしい呪文を唱えた。

いや、思春期男子でなくとも普通に恐ろしい呪文だった。

 

 

 

「デクくん!長谷川さん!」

「緑谷くん!両足をやられたのか!?」

 

ゲート前に待機していた麗日と飯田が近づいてきた。

緑谷と仲の良い2人だ、心配そうな表情をしている。

 

「これは緑谷の自爆だ。切島、頼んだものは?」

「ハンソーロボ用意してもらった!」

「ありがとな。

校長先生、緑谷は"個性"のフルパワー使用で両足重傷です」

「報告ありがとう長谷川くん。保健室へ運んでもらうよ」

 

ハンソーロボに乗せられて運ばれていく緑谷。

 

「緑谷の奴、長谷川と密着しやがって羨ましい…!」

「密着ってか、運ばれてたけどな…お姫様抱っこで」

「あの密着は男として遠慮したいよな…」

 

各ゾーンに散らばった生徒の救助にむかう教師たちの横で、待機していた峰田は1人歯軋りしている。

女子に抱えられるというのはかっこいいヒーローを目指している男子からすれば恥ずかしすぎることだが、峰田にとっては関係ないらしい。

 

 

 

 

 

「16…17…18…19…20…両足重傷の彼を除いて…ほぼ全員無事か」

 

敵が去ってからしばらくして、警察が到着した。

USJの出入口から敵のチンピラが連行されていく。その横でA組の面々は警察の指示で点呼を受けた後、しばらく待機するように言い渡されていた。

そんなわけで暇を持て余していたため、全員どこにワープさせられて何をしていたのかを話していた。

 

「切島は長谷川と爆豪が一緒だったのか。俺は八百万と耳郎」

「常闇は口田と2人か。無事で何よりだったぜ!」

「そういやぁ俺たちの所の奴ら、数は多かったけどチンピラくれぇだったな」

「そうか、やはり皆のとこもチンピラ同然だったか」

「ガキだとナメられてたんだ」

 

ワイワイと騒がしくしつつも、警察や教師からの指示を待つA組の面々。

 

「とりあえず生徒らは教室に戻ってもらおう。すぐ事情聴取ってわけにもいかんだろ」

「刑事さん、相澤先生は…」

 

蛙吹が警察に指示を出しているトレンチコート姿の刑事に相澤先生の安否を尋ねる。蛙吹と峰田は相澤を運んだから、余計に安否が気になるのだろう。

その刑事はちょっと待ってね、と一言置いてどこかに電話を掛け始めた。

二言三言喋った彼は、スピーカーにして全員に通話が聞こえるよう操作する。数秒置いて、ばたばたと忙しい物音をバックに医者らしい男の声が聞こえた。

 

『左腕の粉砕骨折と顔面の軽い骨折…幸い、脳系の損傷は見受けられません。

ただ、眼窩底骨の一部が粉々になってまして…眼に何らかの後遺症が残る可能性もあります。

擦り傷などは傷口の洗浄がされていたので感染症もなさそうですし、腕もきちんと固定してあり適切な応急処置でした』

 

「だそうだ…」

「ケロ…」

 

相澤の個性の発動は目である。そこに後遺症が残る可能性を指摘され、峰田が震え、蛙吹が悲しげな声を漏らす。

そんな2人を元気付ける千雨。

 

「先生はまだ生きてるんだ、医者を信じよう」

「ええ、そうね…」

「13号の方は、背中から上腕にかけての裂傷が酷いが命に別状はなし、彼もまた応急手当のお陰でそこまで酷くないそうだ。

オールマイトも同じく命に別状なし。彼に関してはリカバリーガールの治癒で充分処置可能とのことで保健室へ」

「デクくん…」

「緑谷くんは…!?」

 

緑谷と仲のいい麗日と飯田が眉を下げて二人の安否を問うと、一瞬刑事はピクリと眉を動かした。

 

「緑…ああ、彼も保健室で間に合うそうだ。私も保健室に用があるから後で寄る。

さて…すまないが、保健室に用があるのでこれで失礼するよ。

三茶!後頼んだぞ」

「了解」

 

三茶と呼ばれた猫頭の警察とミッドナイトに付き添われて教室へ戻るためにバスに乗る。早く着替えたい。

バスは行きと同じ三方シートタイプのものだったが、座る席は異なっていた。

バスのタイヤ上部にある1人掛けは警察とミッドナイトが座っている。

その後ろの前扉から中扉までが向かい合う形の4人掛けベンチシートに、青山、千雨、蛙吹、八百万の4人が扉側。瀬呂、切島、常闇、麗日がその向かい側。

他の生徒は中扉から後方の2人掛けシートとなっている。

 

 

「長谷川、今日は敵との戦闘だけじゃなく相澤先生と緑谷を運んだり、大変だったな」

「先生たちへ応急手当もしとったしね」

「ええ、とても頼りになったわ。私たちだけじゃ何も出来なかったもの」

「…別に、大したことじゃねぇだろ」

 

やはり話題はどうしても事件での出来事になってしまう。

そこでハッと何かを思い出したかのようにして瀬呂が声をあげた。

 

「というか長谷川、切島から聞いたぞ!

なんか短刀を沢山出したり、良くわかんない飛行ロボとか出したって!

お前マジで個性なんなんだよ!?」

「教える気はねぇ」

 

瀬呂の追及に冷たく返す。

そんな千雨に蛙吹が思ったことを口にする。

 

「千雨ちゃん、口調そのままなのね」

「もう取り繕うのも面倒だしな…どうせいつかは素の悪さが出るし」

「その、ずいぶん男勝りな口調なんですね」

「コスチュームとのギャップが激しい☆」

「怒られた時はマジでビビったぜ、俺…」

 

八百万、青山、切島が三者三様の反応をする。

切島については自業自得だ。

 

「悪かったな見た目と中身が違って」

「俺以外知らなかったのか」

「あのな常闇、こんな中身だって知られて喜ぶ奴がいる訳ねぇだろ。だから猫被ってたんだし。

…まぁ、もう知られちまったから被らねぇけど」

「ケロケロ、千雨ちゃんは中々自分のことを話してくれないから、仲良くなれそうで嬉しいわ」

「…そうかよ」

「そうそう!」

 

2人掛けシート最前列に座っていた上鳴が会話に交ざる。

 

「長谷川は付き合い悪いの直そうぜ!

そうだ、今度俺と食事行かね?」

「お断りいたします」

「距離空けられた!?何で!?」

「上鳴ざまぁ」

「耳郎お前さぁ!」

 

普段通りの会話をする上鳴と耳郎のおかげで笑いがこぼれる。

 

「長谷川さん自身のこと、私も知りたいですわ」

「私も知りたいわ」

「長谷川に質問タイムしよ!」

 

「…なんで、皆して私なんかに構うんだか…」

 

ワイワイと千雨の話題で盛り上がる周囲に対し、千雨は眉間にしわを寄せて冷めた態度で居続ける。

 

「千雨ちゃんはお友達で、助け合える仲間だもの。

仲良くしたいわ」

「一緒に戦ったクラスの仲間ですわ」

「友であり、大切な仲間だ。気にして当然だろう」

「……『仲間』…?」

「まだ知り合ったばかりだけど、僕らはきらめきあえる仲間さ☆」

「良いこと言うな、青山」

 

 

千雨にとっての『仲間』とは3-Aのメンバーであった。騒がしくて、うるさくて、トラブル多くて、お気楽で、バカで、アホで…協力しあえて、頼りあえて、絶対に信じられる仲間。

―――もう、会えなくなってしまった…大切な『仲間』。

 

 

この世界での千雨は孤独だった。

大人も子供も簡単には信じられない。認めたくない世界と常識。訳のわからないヴィランとヒーロー。

それらの非日常をなんとか呑み込んで、沢山の秘密を抱えて警戒していた。

 

それは光のない無限の闇に突き落とされたかのよう。

 

だからこそ千雨は自分の"現実"が遠ざかることに恐怖し、過去のよすがにしがみつくように"魔法"に手を伸ばした。

それらしい理由を取り繕って。あの"現実"が"夢"にならないように。

なんとかこの世界で前を向いて生きようとしても"違い"を見つけてしまい、自分を抑えることで息をしていた。

 

 

ここで…この世界で、新しい『仲間』を見つけても良いのだろうか。

彼らを『仲間』と呼んでも良いのだろうか。

 

協力しあうには弱く。頼りあうには頼りなく。信じるには何もかも足りない。

それでも。

 

信じてくれるなら、その信頼に応えたい。

 

 

「…『仲間』……そうか…『仲間』か」

 

ひとり噛み締めるように、繰り返す。

 

それは、失っていたものが戻ってきたかのような。ずっと欲しかったものが手に入ったかのような。

 

 

―――大切な『宝物』を、慈しむかのような声だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私の"個性"

文字数が無駄に伸びてしまったのは多分独自解釈のせい。
そして連日投稿記録1週間になりました(○´∀`人´∀`○)
明日はもっと楽しくなるよ。ね、ハム太郎!


USJ襲撃事件の翌日は臨時休校となった。

 

 

その翌日。

 

 

「皆ー!!朝のHRが始まる、席につけー!!」

「ついてるよ、ついてねーのおめーだけだ」

 

USJで委員長として活躍したからか、フルスロットルでクラス全体に指示を出す飯田。案の定、から回っているが。

 

「お早う」

 

チャイムと同時にやって来たのはミイラだった。いや、ミイラみたいな相澤だった。

包帯で顔も両腕もぐるぐるにされている。長い前髪も相まって、表情が一切見えない。というか怖い。

 

「相澤先生復帰早えええ!!!!」

「先生、無事だったのですね!!」

「無事言うんかなぁアレ…」

「俺の安否はどうでも良い。何より、まだ戦いは終わってねぇ」

 

ヨロヨロとしている相澤は、包帯の隙間からその鋭い眼光を飛ばす。

怖い。

 

 

「雄英体育祭が迫ってる!」

 

「くそ学校っぽいの来たぁぁ!!!」

 

 

くそうるせェわ。

 

 

 

 

雄英体育祭。

それは日本において『かつてのオリンピック』に代わる人気を誇るビッグイベント。全国のトップヒーローがスカウト目的で観ている。

 

まずオリンピックに代わる高校の体育祭って何だそれはと思うが、これには理由がある。

 

まずこの世界、スポーツ業界が規模も人口も縮小してしまっている。これは『異形型個性や外見的特徴を持つ選手を公式で認めるか、否か』という問題になる。

 

本来のスポーツは、年齢や性別関係なく、誰もが決められたルールの中で楽しめるものであった。しかし、"個性"が現れてから人間と一口に言っても、その外見はより複雑に多様化している現代だ。

 

個性黎明期には"個性"を持つ人間がマイノリティであったが故に、スポーツ業界においても迫害されてしまった。そこからが、スポーツ関係業界の衰退の始まりであった。

世代を重ねるごとに"個性"を持つ人が増える。そしてスポーツ業界は"個性"に否定的ゆえに足を踏み入れる人が減る。この悪循環。

 

勿論、業界は方向転換して『"個性"を持つ人間でもスポーツをしよう』となったが…スポーツとは基本的に"各自の身体機能を駆使し、ルールの中で決められた対戦"である。

 

となれば競技に有利な"強個性"を持っている選手が必ず現れる訳で。肉体的な優位性を上回る技術を持つ選手というのは難しく。

 

結果として…学校の授業における体力づくりや護身術など身体技術を身につけるためという名目で今もスポーツの存続はしているものの、プロのスポーツ業界は縮小し…"個性"を用いるヒーロー業界にその人気を獲られてしまったというわけだ。

 

 

また、雄英体育祭は日本で唯一『公的に"個性"の使用が認められて全国に放送される高校体育祭』なのだ。

これはどんな"個性"をどれだけ使用しても対処出来る教師陣と、ヒーロー業界からの需要と、広大な敷地を持つ雄英だからこそ出来ること。

 

この現代において個性は資格制で使用を厳しく禁じられている。だからこそ、同系統の"個性"が活躍することの多い体育祭は人気。

また、雄英のヒーロー科は総じて未来のトップヒーロー候補生。ここから後のプロ発掘がされるため、トップヒーローの原石の活躍に胸踊らせる視聴者も多い。

マスメディアも学年ごとの特別番組を放送する以外に、トーナメント上位入賞者をピックアップ特集したりする。

 

 

ようするに甲子園高校野球みたいなものだ。

 

 

顔も名前も個性も全国放送とか、個人情報保護の理念はどこへいったというツッコミを入れたいが…学年ごとに全学科が競いあうから、本名しかないのだ。

普通科と経営科はともかく、サポート科はアイテム会社に名前と顔と技術を売り込む目的で参加するというものもある。

 

 

「資格取得後はプロ事務所にサイドキック入りが定石だもんな」

「そっから独立しそびれて、万年サイドキックってのも多いんだよね。

上鳴あんたそーなりそう。アホだし」

「くっ!」

 

卒業後はサイドキックになるのがセオリー。だが、卒業後に即独立して事務所を構えるヒーローや、フリーで活動をするヒーローもいる。

フリーの場合は各自治体や警察、地方のヒーロー事務所などと提携して、期間限定で事務所を構えて活動する。地域密着型のヒーローとは異なり、全国を転々と活動拠点を変えるタイプだ。

中には芸能事務所に所属し、タレント業がメインになっているヒーローもいる。

 

「当然、名のあるヒーロー事務所に入った方が経験値も話題性も高くなる。

時間は有限、プロに見込まれればその場で将来が拓けるわけだ。

年に1回…計3回だけのチャンス。

ヒーロー志すなら、絶対に外せないイベントだ!」

 

朝のSHRからA組の熱気は高まっていた。1限の数学で鎮まったけど。

 

 

 

 

 

4限の現代文を終えて、昼休み。普段の千雨ならば常闇と昼食なのだが本日は違う。

千雨は1人、職員室前にいた。

 

「ちう様…」

「大丈夫。

―――話すよ、ちゃんと」

 

心配そうな電子精霊たちが話し掛けてくるが、これは自分で決めたこと。

震える手に力を入れて、ガラリと扉を開けて職員室に入った。

 

包帯まみれの相澤は、どうやら書類仕事などは同期であるプレゼント・マイクが手伝っているようだ。

やたらと話しかけられている相澤は昼食らしきゼリー飲料をくわえていると思ったら、一息で飲みきった。

いや、色々と独特すぎるだろその飲み方…。

 

「失礼します。相澤先生…今、良いですか?」

「長谷川か、どうした」

「……"個性"について…なんですけど…」

 

その言葉に相澤はピクリと反応した。

プレゼント・マイクも事情をある程度知っているため、茶化すことはしないで静かに離れていく。

人の少なくなって静かな職員室。相澤に勧められて左隣にあるミッドナイトの椅子を借りた。

 

「何かあったのか?」

「…その……話そうと思って」

 

千雨の言葉に、相澤が目を見開く。

あれほどまでに自身の能力について頑なだった千雨が、自ら話しに来たのだ。その心境の変化に驚きを隠せない。

 

「…どうして話そうと思った?先日の襲撃か?」

「それもあります。でも一番の理由は……クラスの奴らが言ってくれたんです。

―――友で…『仲間』だと」

「!」

「『仲間』が、私を信じてくれるから…私も信じたい」

 

千雨が誰にも何も話そうとしなかったのは…どれだけ疑われようとも、警戒されようとも、手札を隠してきたのは誰も信頼出来なかったからだ。

相澤は個性把握テストの後に『委員会の手先ではない』と告げたものの、それだけでは完全に信頼できるとは思えなかったのだろう。

 

脅威を前にして、人は正直になる。

だからこそ、共に立ち向かったA組のクラスメイトたちを。守るために動いた雄英の教師たちを。

 

千雨は『仲間』と思えた。

 

「…辛い思いをさせていたか」

「いえ、先生も守ってくれたのはわかってます。…委員会の手先じゃないと言ってくれましたから。

クラスの奴らにも、私から話します。

伏せなきゃいけないことも、嘘をつかなきゃいけないこともあるけれど…私の"個性"だから、私が話したい」

「…わかった。教師陣で話すのは、俺だけか?」

「校長先生にも話します。他の先生方には校長先生から言っていただいても構いません。

…公安委員会の会長にも、メールで伝えます」

 

千雨の口から会長の名前が出てくるとは思わなかった。

相澤は、千雨の冷静さと限られた情報から真実をはじき出す頭脳は理解している。

千雨を雄英に入れて能力の詳細を知ろうとしている会長にも伝えるのは良いことなのか、相澤には判断しきれなかった。

 

「…伝えるのか?」

「もちろん全部は伝えられません。…少しだけ、信じてみようと思います」

「…そうか」

 

そのときの千雨には、今までのような痛々しさや警戒はなく。

ようやくこの未知の世界で、信じられる"支え"を得たのだと相澤はわかった。

 

 

 

その後。

そのまま昼休みに校長室で千雨はずっと話さないでいた自身のアーティファクトと、アーティファクトアプリの仕組みについてなど、いくつかの情報を開示した。

 

とはいえ"魔法"の存在についてはまだ話せない。危険すぎる。

"魔法"に関することが知られても"現状では千雨以外使えない"とはいえ、そう簡単に言う訳にはいかない。

 

 

それでも…いつか必ず、伝えよう。

 

私の大切な仲間の物語と共に。私の歩んだ旅路と共に。

 

 

 

 

 

5限からはヒーロー基礎学。

今日は基礎トレーニング。全員体操服姿だ。

先日の襲撃から警戒体制を続けているため、集合場所は校舎から近いグラウンド。

また、本来ならば7限まであるところを警戒体制ということから6限までとなっている。

 

「今日のヒーロー基礎学だが―――その前に、話がある」

 

集まっていたA組の面々に緊張が走る。またテストなのかと。

 

「長谷川についてだ」

 

相澤の言葉で全員の視線が千雨に集まる。

その視線を気にせず千雨は前に進み出て相澤の隣に立った。

 

「全員、色々と疑問に思っていただろうしな。私の"個性"についての話だ」

「え?今まであれだけ隠してたのに?」

「何で急に?」

「2週間後に雄英体育祭あるだろ。全国放送されるんだ、勝ち抜きゃそこで公表される。

…体育祭、棄権する予定だったんだけどな」

「!」

 

千雨の言葉に驚く。

ヒーローを目指す以上、体育祭は外せないイベントだ。それを棄権予定だったとは。

 

「私の"個性"は、こいつら」

「ねぎです」「こんにゃです」「はんぺです」「だいこです」「きんちゃです」「しらたきです」「ちくわふです」

 

7匹の電子精霊たちが姿を現して自己紹介する。

黄色でふわふわと浮遊するそれらは小さなぬいぐるみマスコットのようにも見える。

 

「わー!可愛い!」

「ハムスターっぽい」

「名前…おでんの具か?」

「そいつらは"電子精霊"。あと名前つけたのは私じゃねぇ。

 

私の"個性"は―――"電子操作"だ」

 

 

8月の時点で千雨が決めた"個性"の名称。

千雨の『本来の能力』を端的に表しているのだが…この名称と記入した能力の登録を委員会が怪しんだのが、警戒されていた理由の1つだ。

1つの"個性"としても通用するほどに強力な道具をいくつも出せるのに、千雨はその仕組みを話さない。

さらに委員会に見せたハッキングとモンスターの使役が能力だと個性届に書いたのだ。怪しまれて当然だろう。そして委員会はこう考えた。「何か裏があるに違いない」と。

千雨からすれば、アーティファクトアプリは追加機能、技のひとつでしかないため、"能力"として届け出すものではないと判断したのだ。

仕組みについて話さなかったのは委員会への警戒である。仕組みを話せば、そのデータはどこからのものかと思われてより警戒されると考えたのだ。

 

つまり、千雨の警戒心と委員会の疑心暗鬼と双方の間にあった常識のズレが、結果として今に繋がっている。

 

 

「電子操作…つーことは……え、長谷川の個性って、上鳴と同じ電気系個性!?」

「分類上は、な。

能力はこいつらを操ること、機械にハッキングすること。

まぁ見た通り、こいつらを操れる。で、こいつらは電子機器に入り込んで情報収集したりハッキングしたり出来るんだよ。

つまり、本来の使い方は後方支援。それも機械、ネット関係のな」

「そういやUSJでジャミングって一番にわかったのも長谷川だったな…」

 

あのとき通信が出来るか試した上鳴は思い出しながら話す。

 

「超パワーとかは個性じゃないのか?」

「あれは本来の使い方じゃなくて、応用技。

あの超パワーは電子精霊を構成しているエネルギーを纏っているだけの限定的なパワーアップ。

だから、緑谷とは同じ増強系だけど、パワーの仕組みが違う。私のはオート制御機能付きみたいなものだから」

 

緑谷はそこでようやく何故千雨が超パワーの使い方、制御の仕方を教えてくれなかったのかを理解した。

オート制御されてしまうから、千雨には教えること自体出来ないのだ。

 

「そして謎の道具な。あれはプログラムの実体化、これも応用技のひとつ。

電子の王、再現。伸珍鉄自在棍、匕首・十六串呂、渡鴉の人見」

 

3つの光が現れてそれぞれ別々の形を成す。

金の箍がついた赤い棍、飾り房のついた短刀、奇妙な型のロボット。

入試とUSJで見せたアーティファクトだ。

 

「これは事前に作成したプログラムを基に、実体化する技。原理としちゃ電子精霊と同じだ」

「おおっ!?」

「USJん時の武器とロボか!」

「入試で見た物だ!」

「こいつらは、それぞれプログラムごとに能力が異なる。

この伸珍鉄自在棍は伸縮自在。匕首・十六串呂は分裂と自動追尾できるとかだな」

 

その話を聞いて、蛙吹は何かに気が付いたような顔をした。

 

「もしかして、千雨ちゃんの特別枠って…その技があるからかしら?」

「まぁ…そんなところだな。

強力過ぎるこの"個性"に指導出来て、暴走したときに止められる力がある学校が雄英くらいだからだ」

 

公安委員会との繋がりは話さない。

他言無用でもあるが、なにより高校1年生に聞かせられる話ではない。

 

「確かに、長谷川さんが実体化させた武器だけでも強力だ。複数の個性を持っているようなものだし…」

「ですがどうして話そうと?それに、体育祭も参加なさるのですか?」

「体育祭は…参加する。色々と考えたし、先生たちと参加にあたって決めたこともいくつかあるけど。

どちらにせよ、プロになったら"個性"を秘密にしておけないしな。

んで、話した理由は…その、私のことを『仲間』って言ってくれたからな。

…『仲間』なら…信じてみようと思って」

 

少し気恥ずかしそうに言う千雨。それは普段の大人びた様子とは異なり、年相応で。

 

「千雨ちゃんってば水くさいなぁ!仲間に決まってんじゃん!」

「そうだよ千雨ちゃーん!私たち仲間だよー!」

「うぉっ!?は、離れろ!ウゼェ!つーかなに名前呼びにしてんだ芦戸テメェ!」

 

案の定、A組女子盛り上げコンビこと芦戸と葉隠の2人が我先にと抱き付いてきた。

照れ隠しからかキツい言葉を浴びせる千雨。

 

だが、それはどうみても―――威嚇している猫のようで。

 

「千雨ちゃん!ウチも仲間やからね!」

「長谷川さん…いえ、千雨さん!」

 

麗日と八百万が追加で抱き付いた。

 

「うわっバカ来るな!抱きつくなっ!放せ!ちょっ!?頭撫でんな!!

おい耳郎!蛙吹!テメェら見てないで助けろっ!!」

 

4人に抱き締められ逃げ出そうとしたものの、ガッチリと抱き締められている上に麗日の個性で無重力となってしまっているため足が浮いて逃げられない。

千雨は見ていた耳郎と蛙吹に助けを求める。

 

「いやー…無理でしょ?」

「ずっと警戒してた猫がすり寄ってきたみたいね」

「あー」

「それかぁ」

「納得ですわ」

「たしかに猫みたいだよね、長谷川」

 

耳郎と蛙吹は抱き締めには来なかったものの、ほほえましいものを見るかのように生暖かい視線を送っている。

 

「誰が猫だっ!放せっ!そんな目で見んなーっ!」

 

蛙吹の言葉に千雨を抱き締めたまま納得している女子たち。普段のコスチュームも相まって完全に猫扱いしている。

見ていた男子も相澤もオールマイトも納得していた。

 

「長谷川の奴、パラダイス作りやがって…!

オイラも仲間にー!」

 

女子の戯れる花園に吸い寄せられるようにして峰田が近付こうとしたが、蛙吹のベロと耳郎のイヤホンジャックが鞭のようにしなり峰田に攻撃。

吹き飛ばされた峰田は障子の複製腕が捕獲した。

 

「峰田懲りないな」

「あいつ隙あらばだかんね」

「ていうかもう、放してくれ…麗日は個性解除してくれ…」

「あっ!ごめん千雨ちゃん!つい」

 

解放されたものの、抱き締められ撫で回され精神的疲労感でいっぱいになっている千雨。

そんな千雨に常闇が近付いてきた。

 

「友であるお前の心に気付けなかった、すまない長谷川」

「いや、常闇には充分感謝してる。

…むしろ今まで言えなくて…隠してて、ごめん」

「…ならば改めて言おう。

長谷川と友宜を結びたい。仲間として」

 

やり直すかのように、常闇はあの時と同じ言葉を紡いだ。

相変わらず固い口調で表情もあまり読めないが…常闇らしいその言葉が嬉しかった。

 

「…これからもよろしく、常闇」

 

気恥ずかしいが…ようやく、本当の友達になれた気がした。

 

「…千雨ちゃんの一番の友達になるには、常闇を越えなきゃだね」

「強敵や…」

「いやいや、まだ勝算はあるって」

「女子として負けていられませんわ…!」

「…そこで何話してんだ抱きつき魔共」

 

こそこそ話す抱きつき魔もとい芦戸、葉隠、麗日、八百万を呆れた様子で見る千雨。

ちなみに会話に参加していないが、蛙吹と耳郎も同じことを考えていたことは知らない。

 

「…話は以上だ。今日の訓練いくぞ」

「はい!」

 

相澤に力強く返事をし、基礎トレーニングを始めた。

 

 




女子ーずの呼び方(USJ後)と抱き付き・見守り理由

芦戸:長谷川→基本は長谷川、たまに千雨ちゃん
抱き付き理由:可愛かったから。名前呼びは反応が良いとわかったから今後も使う予定。長谷川とはズッ友になるからね!

蛙吹:千雨ちゃん
見守り理由:本当は抱き付きに行きたかったが、流石に我慢した。これが蛙吹家長女の忍耐力。少し妹を思い出しちゃったわ。

麗日:長谷川さん→千雨ちゃん
抱き付き理由:頭良くて凄い子だけど冷たいと思っていたけど、滅茶苦茶いい子で可愛かったから。これから仲良くなりたい!

耳郎:長谷川
見守り理由:キャラじゃないし恥ずかしいからしなかったけど、可愛いとは思った。ドンマイ・・・でも可愛かったよ。

葉隠:千雨ちゃん
抱き付き理由:『仲間』だからの話したという理由が可愛いと思ったから。ツンデレさんだね!猫さんだね!

八百万:長谷川さん→千雨さん
抱き付き理由:副委員長の件から好意が高かったが、今回の反応がトドメになった。名前呼びにもなった。可愛らしいですわ!


千雨:苗字にさん付け→苗字呼び捨て
抱き付かれた感想:誠に大変遺憾である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

 番外編・長谷川千雨の影響

短くなってしまった・・・!前話がちょっと長かったから許して。
文字量を安定させたいジレンマ。

そして今回は番外編。
体育祭前に挟んどきたかった短編3つです。


街中のとあるビルにある薄暗いバー。その一室の空中に黒い穴があく。

 

その黒い闇から這うようにして不気味な格好をした男、死柄木弔が現れる。

USJにて両手足に銃創を負った彼は血を流し、床に伏せた状態で恨み言を口にする。

 

「両腕両脚撃たれた…完敗だ…。

脳無もやられた。手下共は瞬殺だ…。子供も強かった…。

平和の象徴は健在だった…!

話が違うぞ、先生……」

「違わないよ」

 

死柄木の恨み言に答えた声は、一台のモニターから聞こえた。

 

「ただ見通しが甘かったね」

「うむ…なめすぎたな。敵連合なんちうチープな団体名で良かったわい」

 

モニター越しにいるのは2人。どちらも男性だ。モニターに姿は映っていない。

 

「ところで、ワシと先生の共作脳無は?回収してないのかい?」

「吹き飛ばされました。正確な位置座標を把握出来なければ、いくらワープとはいえ探せないのです。そのような時間は取れなかった」

 

黒霧の言葉に自分のことをワシと呼ぶ男性は落胆したかのような声を出した。

 

「せっかくオールマイト並みのパワーにしたのに…。まァ…仕方ないか…残念」

「パワー…そうだ……。

2人…オールマイト並みの速さを持つ子供がいたな…」

 

死柄木の言葉に間をあけてから、へぇという声が響いた。

 

「あの邪魔がなければ、オールマイトを殺せたかもしれない…。

ガキがっ…ガキ…!

あの女の方のガキもだ…あいつがいなければ…!」

「女のガキ?」

「オールマイト並みのパワーに加えて…俺の手で触れたのに、崩れない妙なハリセン持ってた…。

あのガキがいなければ、せめて1人はガキを殺せたのに…!」

 

死柄木は思い出す。

最後のチャンスを狙った死柄木と黒霧に向かって飛び出して邪魔をしてきた癖毛の子供。それを守るようにして現れた赤茶色の髪の子供。そして、その手に突如現れたハリセンが自身の手を弾いた。

死柄木の"個性"は五指で触れたものが崩れるというもの。

触れたハズのハリセンは崩れる様子すらなく、そのまま黒霧のモヤも払ってみせた。

 

「超パワーに加えて…弔の個性が効かなかった…?

成る程、それは面白い。その子供については僕も調べてみよう」

「畜生…畜生っ…!」

「悔やんでも仕方ない!今回だって、決して無駄ではなかったハズだ」

「精鋭を集めよう!

じっくり時間をかけて!」

 

先生と呼ばれた男が死柄木を叱咤激励する。

 

「我々は自由に動けない!

だから、君のような"シンボル"が必要なんだ。

死柄木弔!!

次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!」

 

不気味な手を模したマスクの間から、憎悪のこもる濁った赤い眼が空を睨んだ。

 

 

 

悪意は加速するように、その闇を濃くしていく。

この平穏に穴を開けようと。

ヒーローの、光の時代を終わらせようと。

 

 

 

 

 

 

USJ事件の二日後の午後。

事件の担当となった刑事、塚内直正は今日も再び雄英高校に訪れていた。

雄英高校の校長である根津が塚内に渡したいものがあると連絡をしてきたのだ。

事件の何か証拠が出てきたのだろうか。塚内は雄英高校の校長室にやってきた。

 

「校長、なにやら渡したいものがあるそうで…」

「先日の事件について、生徒の1人から有益なものを今日渡して貰えたのさ」

「これは…USBメモリーですか?一体何の…?」

 

校長から塚内に渡されたのは、どこにでもある市販の黒いUSBメモリー。

500円で安売りされていそうな、いたって普通のものである。

 

「今回侵入した敵、その主犯である死柄木という男と黒霧という男の画像と動画に加えて音声データだよ」

「これにそのデータが?」

「"個性"を使って得たデータを記録媒体に保存する関係上、その日のうちに渡せなかったと言っていたよ。

このデータを捜査に役立てて欲しいそうだ」

 

昼休み、千雨が自身の能力について話す前に校長に渡したのだ。

電子精霊たちが姿を現さないでいたが、音声を録音していたのと、渡鴉の人見の映像記録も保存していたため、それを自宅のパソコンを経由して記録媒体に保存したのだ。

 

「捜査協力ありがとうございます、校長。より詳しくこちらでも調べます」

「よろしく頼むよ」

「にしても、こんな事が出来る生徒ですか…もしかして、あの長谷川さんですか?」

「知っていたのかい?」

「事情聴取で何人もの生徒から名前があがりましたから。

敵との戦闘もさることながら…状況把握、緊急時の指揮、優先順位の判断、怪我人の応急処置。

プロヒーローの活躍を知っている警察だからこそ、彼女はあのクラスにおいて飛び抜けすぎていると思いました」

 

沢山のプロヒーローと連携し、数々の事件を乗り越えてきた塚内。

そんな塚内だからこそ、千雨の特異性に気付いた。

敵の奇襲を受けてすぐ状況に合わせて行動し、怪我人を安全地帯に運んで応急手当、最前線へ増援として向かい敵の主犯に立ち向かう。

これがプロヒーローであれば何の違和感もないが、15の高校入学直後のヒーロー科の学生がそこまで動けるというのは異常だ。

 

「一体、どんな経験があればここまでの事が出来るのか…。何はともあれ、彼女が雄英に入ったのは幸運だったと思います」

「…僕ら教師も、彼女の過去は知らない。どんな環境で育ち、何があったのか。

でも、彼女もまた他の子と同じだ。人を信じ、人を思いやり、人のために動ける。そんなヒーローの卵さ」

 

根津は昼休みに見た千雨を思い出す。

居場所を、仲間を得て、ようやくこの世界での支えを得た彼女。まだ苦難は多い。それでも、一歩一歩前へと進んでいけることを信じている。

 

「将来、一緒に仕事が出来る日が来るのが楽しみです」

「僕も彼女が活躍するのが楽しみさ」

 

彼女の未来を照らす光が強くなっていくことを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メール…こんな時間に…?」

 

都内のとあるオフィスの一室。

ヒーロー公安委員会の会長は13時頃に千雨から届いたメールに訝しんだ。

 

千雨は毎日1回、19時頃にその日もしくは前日にあったニュースや出来事に関するメールを会長に送っている。

精神状態の把握として始めたことだが、その内容は15歳の高校生が書いているとは思えないほど鋭い切り口と、大人顔負けの考察を毒混じりに書いていて、中々読ませる文章である。

 

メールを開くと、そこには千雨の個性について書かれていた。

 

個性届に書いたものが本来の能力であること。

千雨がアーティファクトアプリと呼ぶものは、作成したプログラムを基にして実体化させる技のひとつであり応用であるため個性届には書かなかったこと。

委員会に開示していた道具の幻灯のサーカスと渡鴉の人見以外に、神珍鉄自在棍という棍と匕首・十六串呂という短刀の情報。

 

そして、メールの一番下にはこう書かれていた。

 

 

 

少しだけ信じてみます。学校の関係者だけでなく、あなたのことも。

 

 

 

「…そう」

 

あの鋭い眼差しで真っすぐと見てきた眼を思い出す。

恐怖を隠し、まるで痛手などないと言わんばかりの大胆不敵な笑みを浮かべて、堂々と交渉してきた少女。

おそらく今回のUSJ襲撃事件でも動いたのだろう。その関係で情報を開示したのかもしれない。

 

「……体育祭、楽しみね」

 

会長の口元には笑みが浮かんでいた。

千雨の変化を成長したとして喜んでいるのか、それとも個性の詳細を知れたことを喜んでいるのか。

それを知るのは会長のみである。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

U.A. Sports Day ★ステータス確認(挿絵有り)

千雨の体育祭前のステータス。
ちまちま出してたのをまとめてみました
アーティファクト情報も貯まったら追記します


長谷川千雨

 

所属:雄英高等学校1年A組21番

出身:円扉中学校(麻帆良学園中等部)

 

誕生日:2月2日

身長:162cm

星座:みずがめ座

血液型:B型

好きな物:小さく無駄のない機械(サブノートPCなど)

嫌いな物:人ゴミ、予想のつかない事象

戦闘スタイル:オールラウンダー(後方支援希望)

 

◆ヒーローステータス(体育祭前)

パワー:B

スピード:B

テクニック:C

知力:B

協調性:A

 

◆ヒーロー適性

・状況に応じて瞬時に対応する柔軟性

突然の出来事にも対応できる柔軟性の持ち主。奇襲への迎撃、応急手当、説得や交渉。

日常的にはもっぱら自分の望む結果を引き出すために使うことが多い。

なお、突然の出来事のスケールが大きすぎたりするとツッコミが先に出る。

 

・本来は非戦闘員枠…!?

本人曰く、本来は非戦闘員枠の参謀役とのこと。

すでに非常識でヤバすぎる力と危機対応力を手にしていて発揮もしているが…はたして、非戦闘員のままでいられるのか…?

 

 

◆所持アイテム

・タブレットPC

・スマホ

・充電器

・仮契約カード

・カロリーメイト

・年齢詐称薬(幻術薬。赤が大人化、青が子供化)

・伊達メガネ

・魔法発動体(バングルと指輪の二種類)

・白き翼のバッジ

 

 

 

◆経歴

8月某日

雄英高校市街地演習場に転移。

ヒーロー公安委員会会長が保護し、個性事故特一級被害者に認定される。

同年9月から静岡県の円扉中学校に転入。

 

翌年4月から国立雄英高等学校ヒーロー科に在籍。

 

 

◆個性

"電子操作"。

電子機器へのハッキングと、電子データで出来た7匹のモンスターを操れる"個性"。

モンスターを形成するエネルギーを身に纏うことで、一時的に超パワーや超スピードを使うことも出来る。

その他にも、モンスターと同じようにプログラムしたデータを実体化させることも出来る。

 

◆個性の詳細

電子データとエネルギー(魔力)で出来たモンスターを操れる。操ったモンスターを通じて電子機器にハッキングが出来る。

モンスターは周囲に電子機器がないと使えなくなる。

 

プログラムの実体化は応用技。(ということにしている)

電子機器がないと使えなくなる。

電子精霊も実体化させているので、これに該当する。

 

アーティファクトアプリはアーティファクトデータが力の王笏にはいっているので、使用するには仮契約カードが必要。

 

電子精霊を構成しているエネルギーを身に纏うことで超パワー、超スピードで戦える。

思考速度などはそのまま。

(実際は魔力による身体強化)

 

 

◆必殺技

 

・アーティファクトアプリ

プログラムの実体化で様々な道具を取り出して戦う技。

戦闘時によく使うのは神珍鉄自在棍と渡鴉の人見。

状況に合わせて武器を変えていく。

仮契約カードが必要。

 

・瞬動術(超スピード)

初動から目にも留まらぬスピードを出して一瞬で5~7メートル移動する技。連続使用可能。

 

・身体強化(超パワー)

コンクリートの壁を一蹴りで砕ける威力での攻撃。

パンチも同様の威力。

勢いよく振り抜いて風を起こし、風圧での中距離攻撃も可能。

 

 

 

◆8月時点での研究

研究前の能力への認識

・特殊な能力のある道具を複数取り出せる

・小さなモンスター(電子精霊)を操る

・電子機器をハッキング出来る

 

◆抹消の個性での適応範囲

・道具を出せなくする。既に出していた道具は消えない。

(八百万の創造、轟の氷、トゥワイスの分身荼毘と同様に【個性で放出されたもの】には抹消が作用しないのと同じ)

・力の王笏だけはカード化することと、カードをアーティファクト化することは抹消されている間でも可能。

(どちらも同一の物質であるため。

布を畳んでいる状態と開いている状態の違いと同じ)

 

・アーティファクトの使用における抹消範囲

抹消されている間、取り出しておいた道具は能力常時型①は使用可能だが能力発動型②は使用不可能。

(※8月の研究実験においては、警戒されないために単体では殺傷力のない渡鴉の人見と、既に存在を知られている幻灯のサーカスの2個のみ委員会に提示。

なお、能力詳細は黙秘した。)

 

以下の内容は電子精霊たちによる調査結果

①天狗之隠簑、ハマノツルギ、渡鴉の人見など、能力常時型のアーティファクト

ステルスや内部空間、魔法無効化、スパイ行為など能力が常時展開されている物は使用可能。

 

②落書帝国、七色の銃、幻灯のサーカスなど能力発動型のアーティファクト

→作画や銃弾のリロード、単純な殴打などは可能だが、召喚や魔法弾など【魔力の使用、魔法の発動】が不可能。

 

 

・電子精霊は変化なし。

電子精霊は異形型に分類されるため、電子精霊自体の能力(単純なフラッシュや電子機器へのハッキングなど)も使用可能。

 

・ハッキングも可能。

(上記と同様の理由。

千雨自身は抹消されている間、魔法理論でのハッキング不可能)

 

・身体強化は発動前も発動中も消されてしまう。

 

 

 

 

◆女子の呼び方(USJ後)

 

芦戸:長谷川→基本は長谷川、時々千雨ちゃん

蛙吹:千雨ちゃん

麗日:長谷川さん→千雨ちゃん

耳郎:長谷川

葉隠:千雨ちゃん

八百万:長谷川さん→千雨さん

 

千雨:苗字にさん付け→苗字呼び捨て

 

 

 

◆男子の呼び方(USJ後)

 

常闇、上鳴、切島他:長谷川

緑谷、尾白、口田他:長谷川さん

飯田:長谷川くん

 

爆豪:丸眼鏡→アホ毛

見た目からつけた。

丸メガネはコスチュームではかけてないためアホ毛に落ち着いた。

 

千雨:爆豪→喧嘩腰のときは爆発頭とたまに呼ぶ

男子は基本的に名字にさん付けだったが、USJ以降は呼び捨て

 

 

似顔絵メーカーCHARATを使用してU.A.FILE風イラスト(ヒーロー衣装モード)作成しました。

 

【挿絵表示】

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの準備

本日は2回投稿してます
といってもひとつは千雨のステータス確認だから小説じゃないよ。
そろそろ前書きに書くことが無くなってきた、どないしよ。


ヒーロー基礎学を終えて放課後。

A組の教室前には多くの生徒が集まっていた。

人混みが嫌いな千雨はそれだけですでに不機嫌である。

 

「うおおお…何ごとだあ!!!?」

「何だよこの人だかり」

「事件について聞きに来たか、もしくは…」

「「敵情視察だろ」」

 

廊下に向かう爆豪と千雨の声がハモったため、お互いに一瞬だけにらみ合う。

気が合うというよりも同族嫌悪に近い。

 

「ヴィランの襲撃に耐え抜いた連中だもんな、体育祭の前に見ときてぇんだろ。

意味ねェからどけ、モブ共」

「知らない人のこととりあえずモブって言うのやめなよ!!」

 

相変わらずの傲岸不遜っぷりを発揮する爆豪に対して飯田が反論するも、聞いていない。

言うことを聞くならそもそもそんなこと言わないだろう。

 

「噂のA組、どんなもんかと見に来たが、随分偉そうだなぁ。

ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」

「ああ!?」

「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」

 

人混みを掻き分けて前に出てきたのは深い紫の髪に隈の濃い目をした男子生徒。

肩章は真ん中を空けて2つ、普通科だ。

 

「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴、けっこういるんだ。知ってた?

体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。

その逆もまた然りらしいよ…」

 

その言葉に千雨は納得した。

入試の実技は対ロボット。対人特化の"個性"では合格するのは難しい。

しかしヒーローの中には戦闘力は低くともヒーロー活動をしている者が多い。雄英のヒーロー科卒業生にも。

 

担任である相澤は体術も優れているが、何よりも対人において"個性"を消せるという強みを持っている。

学校側はそういった"個性"の生徒にもヒーローになれる可能性を残しているのだろう。

 

「敵情視察?

少なくとも俺は、調子のってっと、足をゴッソリ掬っちゃうぞっつ―――宣戦布告しに来たつもり」

 

大胆不敵な宣戦布告をして、その普通科生徒は去っていった。

 

「隣のB組のもんだけどよぅ!

ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!

エラく調子づいちゃってんなオイ!!!

本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」

 

爆豪の不遜すぎる態度によって非難が集まる。自然とクラス全体から「どうしてくれるんだ」と言わんばかりの視線が爆豪に集まる。

しかし、爆豪は何も言わずに人混みをかき分けて帰ろうとした。

 

「待てコラどうしてくれんだ!

おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!!」

「関係ねぇよ……」

「はァー!!?」

「上に上がりゃ、関係ねぇ」

 

そのシンプルな信念はいっそ清々しい。

 

「爆豪らしいが…ま、そうだな。

勝った奴が強い。強いから夢を叶えられる。そういうもんだろ」

「ちょっ!長谷川まで…!」

 

入り口に近付きながら言えば、上鳴が心配そうな顔で言う。クラス全体が悪く見られたくないのだろう。

その気持ちは分からなくもない。

 

「さっきB組の奴が詳細聞きに来たっつってたけど、そもそも詳細が伏せられているのは学校の方針だ。

それでも知りたいから聞きに来たって奴は…雄英のことも担任のブラドキング先生のことも信頼してないってことだろ」

「なっ!」

 

千雨がはっきりと告げた言葉に先ほどのB組男子生徒が声をあげる。

 

「他の生徒も詳細知りたくて来たなら、そういうことだろ。

言っておくが、私の"個性"で、廊下にいる聞きに来た生徒の顔写真とこの言葉を録音してある。このまま居続けるなら各担任に報告する。

ウチの相澤先生だったら除籍指導になるが、どの先生でも確実に指導が入るだろうし、最悪…体育祭の出場を停止にされるんじゃないか?」

 

千雨の言葉で廊下に集まっていた生徒たちは去っていった。

 

「…ハッタリだけどな」

「ハッタリだったのかよ!ビビッたわ!」

「見事に全員いなくなったな」

 

人ひとり居なくなった廊下は遠くにざわめきを残しながらも静かだ。

 

「なんであんな事言ったんだよ」

「お前ら、USJ事件の情報集めたりしてねぇのかよ…。

学校や警察がマスコミに伏せていることもある。私たち現場にいた生徒しか知らないこともある。

それを話したら生徒がマスコミにリークしたり、ネットに書き込む危険があるだろ。

そんなことを相澤先生が知ったら…」

「…し、知ったら?」

「―――話した奴と書き込んだ奴は、除籍される」

 

シン…と静まり返る。全員の脳裏には赤く目を光らせる相澤が除籍と告げる姿。

千雨の真剣な眼差しも相まって、思わずゾクリと背筋が粟立つ。

 

「い、いやいや…」

「いくら何でも、それは…」

「被害者でもあるのに事件を自慢気に吹聴し、マスコミに特ダネ落とす要因になるなど、ヒーローとして危機管理意識及び情報管理意識が欠如している。そんな奴は除籍されて当然…って言うね。

私の知っている相澤先生なら、言う」

「うわっ言いそう」

「怖いこと言うなよ!」

「ま、これで聞きに来るやつはもういねぇから心配しなくても良いだろ」

 

千雨の言葉に怯える芦戸と上鳴を無視してカバンを背負った千雨はそのまま教室を出る。

 

「あれ、長谷川帰るの?」

「いや、職員室行く。居なくなったら先生に報告しないとは言っていないから」

「鬼かよ!?」

「長谷川くん!先程は居続けたら報告すると彼らに言っていたではないか!それは嘘だったのかい!?」

 

右腕を伸ばしながら千雨の発言にツッコミを入れる飯田。

真面目すぎる飯田に思わずため息が出る。融通がきかないというか、正直すぎる。

 

「そりゃ各担任には言わねぇけど、相澤先生に言わねぇとは言ってねぇだろ。

報告、連絡、相談は社会人の基礎。学校側も生徒の動きを把握して手を打つ必要がある。

それになにより、自業自得。

名前と学科は言わないし、相澤先生に出来事を報告するだけだ」

「しかし…」

「A組だけでなく他クラスも危機意識をしっかりして貰わないと、この間みたいにマスコミが押し寄せてくる。

違うか?」

「それはその通りだ!」

 

飯田、ちょろい。

千雨は飯田を言いくるめて職員室へ向かうべく廊下に出た。

 

「飯田くんが言いくるめられた…!」

「本当に容赦ないな長谷川」

「5限で個性について話してた時の可愛げが完全に消えてる…」

 

うるせェ。あと5限の出来事は忘れろ。

 

「待って長谷川!今日駅まで一緒に帰ろ!」

「あ、ウチも!」

「それなら女子皆で帰ろーよ!」

「良いですわね」

 

芦戸を筆頭にして一緒に帰ろうと誘ってきた。どうせ断っても、この抱き付き魔4人はついてくる。

ため息交じりに了承すれば嬉しそうにしていた。すまない常闇。

 

 

 

 

 

「―――ということがありました。

B組をはじめ生徒の危機意識が酷いので警告しておきました。

あと、クラスメイトにも改めて、話したりネットに書き込まないように注意しておきました」

「ご苦労」

「うちの生徒がすまないな」

 

千雨は職員室にいた相澤とB組担任のブラドキングに報告した。

ブラドキングにも報告したのは同じく1年ヒーロー科の担任だからというのもあるが、先ほどのB組の男子生徒には厳しいことを言ったからだ。

 

「もし落ち込んでいたら話を聞いて慰めてあげて下さい。厳しいことを言いましたし、短い付き合いでもブラド先生のことを深く信頼しているでしょうから。

それでは失礼しました」

 

自分がしたことへのフォローを入れて、千雨は職員室をあとにする。職員室前で待っていたA組女子たちがすぐさま千雨が逃げ出さないように手を繋いだ。

もう好きにしろ。

 

職員室ではブラドキングが感心したかのように去っていった千雨を見ていた。

 

「…あの長谷川が、ああいう気遣いが出来るとはな」

「他の生徒以上に視野を広く持ち、先を見据えているだけだ。

今回もマスコミの情報と、学校側が生徒に向けて話したことを踏まえての行動だろう。

経歴が経歴だから他の生徒とは違って当然だが…USJ事件で変わったよ」

 

以前よりも周囲を思いやれるようになった。

口には出さないが、相澤にとってそれはUSJ事件を経て得た嬉しいことだった。

 

 

 

「千雨ちゃんって、そういえばどうしてヒーロー目指してるん?」

 

駅まで話しながら歩いていると、ふいに麗日が千雨にそう訊ねた。

麗日は家族を楽させるためにお金を稼げるヒーローを目指してるそうだ。

他の女子は憧れからや、人の役に立ちたいなど人それぞれ。

 

「長谷川は憧れてヒーロー目指してるって理由はなんかイメージと遠い」

「たしかに」

「私としちゃあ、耳郎が憧れからってのが意外だったけどな」

「い、いいじゃん私の事は!それより今は長谷川!」

 

顔を赤くした耳郎が話を無理やり戻す。

 

「私は生活のため、だな」

「…ということは、千雨ちゃんもウチと同じでお金稼ぐため?」

「千雨さんの個性は強力ですから、ヒーローを目指すのも分かりますわ」

「あれだけ強かったらねー」

「強いといえば体育祭、どうなるかな?」

「毎年恒例のトーナメントまで勝ち残りたいわね」

 

ワイワイと楽しげに、何でもない日常が過ぎていく。

ふいに千雨は足を止めて、少し離れた位置から騒ぐ皆の様子を見る。

学校行事の予定を話したり、駅前のクレープ屋で何が美味しいだとか、最近流行りの映画だとか、とるに足らない会話。

 

「…千雨さん、どうかされましたか?」

 

振り返って訊ねてきた八百万に何でもないと言って再び歩き出した。

 

 

 

 

 

最寄り駅から自宅に帰る道中で千雨のスマホが震える。電話だ。

誰からかを見て、来たかと思いながら電話に出た。

 

「もしもし、長谷川です」

「個性についてのメール、読んだわ」

「でしょうね。電話なんて初めてで驚きました。

…で、ご感想は?期待ハズレの能力だから支援打ち切りの電話ですか、会長?」

 

電話をかけてきた相手は公安委員会会長。

なんらかのアクションが返ってくるだろうとは思っていたが、電話は初めてだ。

 

「まさか。

むしろ能力からして、貴女だからそれほどの力にまでなったのだと思えたわ。その力がまだ伸びる可能性の高さも。

それに貴女が功績をつくってくれる分には文句なんてない。むしろ、ヒーローとしての活躍を期待されるなら大歓迎。

結果によっては支援金を増やすことも考える、それだけよ。

 

体育祭、楽しみにしているわ」

 

プツリと切れた電話。スマホ片手にため息をつく。

 

「…クソ面倒なことになったなぁ…」

 

面倒だから予選敗退しようと思っていたのに…結果次第じゃ支援金増額かぁ…。

…これ、活躍しなかったら減額とか…されないよな?

………。

 

 

体育祭まで残り2週間。千雨はこの短い期間中に新技の開発を進めることにした。

 

 

体育祭出場において、千雨は校長と相澤から試合中のアーティファクトアプリの使用を禁止させられている。

理由は強すぎるから。

千雨も全国放送される体育祭でアーティファクトを出すつもりは無かったので承諾したのだが、まさか会長から体育祭で入賞するように(意訳)という圧力の電話がくるとは思っていなかった。

 

「どーすっかなぁ…なるべく誤魔化しやすい技考えるしかねぇよな…。

しらたき、ちくわふ、だいこ。お前ら家に着くまでに良さげなアイディアを考えてリストにしてくれ」

「イエッサー!」

「久々の出番だね」

「久々のオーダー、お応え出来ないとね」

「…別にお前らを忘れていた訳じゃないからな?」

 

最近めったに呼び出すことが無かった電子精霊たちの言葉に、少し焦った千雨だった。

 

 

 

「ちう様、新技候補のリスト出来ましたー」

「ありがとな……ってオイ、お前ら」

 

渡された新技候補の一番上にあったのは、「エターナル・ネギ・フィーバー」の文字。

 

「全身から光線出すとかアウトだろ!

この技で岩山吹き飛んでたじゃねぇか!

そもそもあんな光線出せねぇよ!

つーか何でラカンのおっさんの考えた技使わなきゃなんねぇんだよっ!」

「ナイスツッコミですちう様」

「ちょっとおふざけし過ぎました」

「最初からふざけんなっての…。

で、次が魔法の矢か…でもこれ独学で2週間習得は無理だろ。他の魔法も難しいだろうし、拳法も独学じゃあなぁ…」

 

頭をかきながら新技候補にバツをつけていく。

 

「無音拳…これは悪くねぇけど、2週間で出来るかわかんねぇし練習場所…いや、それは学校の敷地内で放課後やればいいか。

あとは……!

なぁ、これマジで出来るのか?」

「はい、可能です」

「原理としては同じですから」

「あとは作成だけかと」

 

候補の一番下にあったものなら、千雨の能力を誤魔化しやすい。

早速作業に取り掛かる。

 

 

 

体育祭まで残り2週間はあっという間に過ぎた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レッツ・修行タイム

ギリギリ!ギリギリだった!でもこのギリギリが快感になるのかもしれない!
ミリオみたいに!ギリギリ見せない感じで!
そして引っ張る"アレ"とは───!?


―――無音拳とは。

凄まじい速度で拳を居合い抜きすることで拳圧を飛ばす技、別名を居合い拳という。無音拳は居合い拳の中でも、音を立てずに振るわれるものを指して言う。

射程はおよそ10メートル。間合い1~2メートルに入られると使えなくなる遠距離技だ。

 

さて、この"拳圧"とは何か。拳圧とは、空気の塊を飛ばして発生させている衝撃波のことだ。

打ち出しているものは気や魔力ではなく目に見えない空気の塊のため、察知しにくい。

これは以前、戦闘訓練にて行った蹴りで風を起こすのと原理は同じで、ようは物凄い勢いで振り抜いて空気を飛ばすという単純明快な技である。

 

ならば話は早い。

 

 

とにかく拳を繰り出す速度を早める特訓あるのみ。以上。

 

 

「―――という訳で、体育祭に向けて練習していました」

「素直デヨロシイ」

 

放課後、時刻はちょうど17時で鐘の音が聞こえる最中。

雄英高校の敷地内、緑化特区の一角にて、千雨は教師であるエクトプラズムに捕まっていた。

千雨たちの横にあるのは、ポッキリというよりもバキバキに無理矢理割るかのようにして折れた、人の胴ほどある木の幹。

 

 

この時点でわかったと思う。千雨はやり過ぎたのだ。

 

 

なにも最初からこの威力だった訳ではない。

流石に元は気も魔法も使えない身体を鍛えていない一般人。最初は突風を起こして枝葉を揺らす程度だった。全然出来なかった。

 

そこで千雨は瞬動術で動きのコツというものを調べた時と同様にして、アーティファクトの世界図絵で調べたのだ。

 

この世界図絵、魔法や気などに関する答えだけでなく"魔法世界での記録"なども読めてしまう。魔法世界にある国の機密情報とか。つまり、バレるとヤベェ代物のひとつ。

 

その中にはもちろん魔法世界で活躍して有名人たるタカミチ・T・髙畑やその師匠のガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの活躍の様子や技についても載っている訳で。

 

 

技をより詳しく解析、分析、そして可能な限りの最大威力で再現し続けた結果が―――コレである。

 

 

そしてたまたま木が折れる音を聞いたエクトプラズムが確認に来て、捕まったという訳だ。

 

「植物ヲ大事ニシナサイ」

「すみませんでした」

 

ガッツリ怒られた千雨は改めて折れた木を見た。

 

バッキバキである。5分の1は自重で折れていて生木特有の香りがする。おそらく衝撃が走ったことで内部も破壊していたのだろう。突然割れるようにして折れたためびっくりした。

自分でもコレは無いという自覚は千雨にもある。なにせ自分で自分にドン引きしているのだ。

 

だが、考えてもみてほしい。

 

身体強化のおかげで常人では考えられないパワーを発揮出来る。それは岩やコンクリートを軽々砕ける威力だ。

その威力そのままの衝撃波を何度も何度も…10日で1000回も一点に向かって放てば、そりゃ木の1本2本は折れる。むしろよく耐えた。

 

その木の犠牲のおかげか、粗削りではあるものの居合い拳と呼べる程度の形にはなった。

拳が風を切る音もまだするし、威力も達人ほどではない。高畑など歴戦の使い手からすれば素人とほとんど同じだろうが、この世界においてはそのレベルでも充分通用する。

アゴに1発いれれば即K.Oに出来る衝撃波が繰り出せるとか、それ既にひとつの個性だよというツッコミが入ることだろう。

 

「ニシテモ…凄マジイ威力ダナ」

「10日かけたとはいえ、自分でもやり過ぎたと反省してます…」

「ナニ、コレハ君ノ向上心故ノ結果デモアルダロウ。

トコロデ、君ノ個性ハ確カ…電気系統ト聞イタガ?」

「身体強化の技で遠距離攻撃をと思いまして」

「アア、エネルギーヲ纏ウ技ダッタカ……フム」

 

エクトプラズムは千雨の様子を見る。

うっすらと光を纏っている千雨の手に触れてみるが、特に何もおきない。光っているようだが、熱が極めて高いだとか、他の効果がある訳でもない。

また、本人が発揮しようとしなければ超パワーは発揮されないのだとわかる。

 

「あの、先生?」

「…君ノ纏ウ、ソノエネルギー…コレニ電気ヲ纏ウ事ガ出来レバ、近接デヨリ強クナルダロウ」

「!」

 

驚いた表情でエクトプラズムを見上げる千雨に、エクトプラズムは黒いヒーローマスク越しに笑ってみせた。

 

「向上心アル生徒ヲ個人的ニ指導スルノモ、我々教師ノ"自由"ダ」

 

かつてヴィランとの戦闘により両足を失ったエクトプラズム。しかし義足を着けて敗北から立ち上がり再びヒーローとなった彼は"不屈のヒーロー"として根強い人気を持つ。

 

 

そんな彼だからこそ、努力する生徒は嫌いではない。

 

 

 

「今日ハモウ遅イカラ帰リナサイ」

「はい、エクトプラズム先生。今日はご迷惑をおかけしました」

 

あの後、折ってしまった木は学校の粗大ごみ置き場へと運んだ。折れた根元に関しては仕方がないのでそのままにされることに。

教師であるパワーローダーに掘り返してもらおうにも、地中で他の木々の根が絡んでいる可能性があるからだそうだ。

 

「体育祭マデ残リ少ナイガ…頑張ルト良イ。応援シテイル」

「―――はい!」

 

校舎入り口でエクトプラズムに見送られて帰路につく千雨。

その周囲に電子精霊たちがフヨフヨと浮いて千雨に話しかけた。

 

「ちう様、相澤先生じゃなくて良かったですね」

「居合い拳の習得に加えて、アドバイスも貰えましたし」

「一石二鳥」

「棚からぼた餅」

「お前ら調子良すぎだろ。

…けどまぁ、確かに参考にはなったな。身体強化に属性付与か…出来ると思うか?」

「悪くない発想かと!」

「でもよ、それって闇の魔法みたいな感じにならないか?あれって術者の肉体に魔術を取り込み、肉体と魂を代償にする技だったしよ…」

 

闇の福音と呼ばれる真祖の吸血鬼であるエヴァンジェリンが編み出した技だ。

ネギがラカンのもとで闇の魔法を習得するか否かの背を押して見守ってきたからこそ、その技の危険性やリスクを理解している。

 

「そこで、我々の出番です!」

「お前らの?」

「ちう様の纏う魔力の外側に、我々の力で電気を付与させるのです」

「……出来るのか?」

「そこは契約しているからですね」

 

魔法について勉強中の千雨からすればさっぱりわからない。

電子精霊と契約してるから電気付与出来るってなんだそれ。

 

「ええと、ようするに狗音爆砕拳ですー」

「いや知らねぇよ。なんだよその狗音なんたらは」

「コタローさんの、影の精霊の1種である狗神の力を拳に集中させた技ですー」

「魔法世界でネギ先生の魔力発散させる時に使ってた技ですよ、ちうたま」

「あー…?…ああ、あの時の湖枯らす勢いのケンカか」

 

そう言えばなんかスゴいパンチしてたな、としか考えていない千雨。

武人でもなんでもない千雨からすれば、大体そんな感じである。

 

「要するに、ちう様が我々の力を使うことで電気を纏えるんですー」

「『雷天大壮』とかとは違って纏ってるだけですけどね」

「クラスメイトの上鳴さんみたいな感じですー」

「ああなるほど、最後のきんちゃの例えで分かった」

 

千雨の言葉に嬉しそうにするきんちゃ。割とちょろい電子精霊である。

 

「居合い拳と、エクトプラズム先生のアドバイス、そして作成した"コレ"と合わせりゃ、体育祭は入賞出来るだろ」

 

そう言いながら電子精霊たちにスマホを振って見せる。

 

勝つための道具は準備した。策も練った。あとは最後の仕上げである。

 

 

 

 

 

4日後。

晴天のもと、雄英高校の敷地内にある大きなドーム。

 

「群がれマスメディア!今年もお前らが大好きな高校生たちの青春暴れ馬…。

雄英体育祭が始まディエビバディアァユウレディ!!??」

 

プレゼント・マイクのアナウンスが響く。

本日は雄英体育祭本番だ。

 

登校して荷物を教室に置いて更衣室で各自体操服に着替えたら、スタジアム内のクラス控え室に行くようにと指示があった。

 

千雨はスタジアムに向かう前に職員室に寄って相澤に封筒を渡した。

中に入っているのは仮契約カードだ。アーティファクトアプリを使うには、仮契約カードがなければ使えない。体育祭ではアーティファクトアプリの使用を禁止しているため、相澤に預けることとなったのだ。

封筒を透かして見られることが無いように、二重の封筒かつ小型クリアファイルに挟んで更に厚紙でサンドして糊付けして、切らなければ取り出せないようにした。

 

ちなみに、渡す時に相澤には「中身を見たら死ぬ」と伝えて渡した。

もちろん死ぬのは千雨の心であるが、見られたからには見た者を殺す可能性も無いとは言えない。

 

A組の控え室ではクラスメイトたちが緊張した面持ちで入場までの時間をつぶしていた。

千雨はといえば、いつものごとくスマホを操作している。

そんな室内に飯田のもうじき入場だという声が響く。

 

そんな中で珍しく轟が緑谷に声をかけた。

 

「轟くん……何?」

「客観的に見ても、実力は俺の方が上だと思う」

「へっ!?うっ、うん…」

「お前オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが…。

お前には勝つぞ」

 

クラスメイトとあまり関わらない推薦入学者にしてクラスでも上位に入る轟が緑谷へ宣戦布告した。

 

千雨は珍しいこともあるものだと思って見ていた。

千雨から見た轟は、以前の千雨と同じようにクラスメイトとつるむことはせずに1人でいる印象と、個性も強くて優秀だという印象。

そんな優等生の轟が、問題児の緑谷に宣戦布告。

 

「おお!?クラス最強が宣戦布告!?」

「急にケンカ腰でどうした!?直前にやめろって…」

「仲良しごっこじゃねぇんだ。何だって良いだろ」

 

体育祭直前ということもあり、男子のムードメーカー役として取り成そうとした切島の手を払う轟。

 

轟もコミュニケーション能力問題児らしい。

コミュニケーション能力に問題があるのは千雨と同じだから親近感がわく。あいつナチュラルボーンイケメンだけど。

 

緑谷は少し黙ってうつむいている。

 

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのか…は、わかんないけど…。

そりゃ、君の方が上だよ…。

実力なんて、大半の人に敵わないと思う…。

客観的に見ても…」

「緑谷もそーゆーネガティブな事言わねぇ方が…」

「でも…!!

皆…他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。

僕だって…後れをとるわけには、いかないんだ」

 

 

「僕も本気で、獲りに行く!」

 

 

顔を上げて力強く告げる緑谷。

緑谷のその顔は、覚悟を決めた「男の顔」だった。

 

 

 

 

 

 

「1年ステージ、生徒の入場だ!!」

 

 

入場と共に、プレゼント・マイクの声が響く。

 

雄英体育祭、始まりである。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一種目から全力で

昨日は途中で寝落ちしました。
そういう日もあるから許してヒヤシンス。


「雄英体育祭!!

ヒーローの卵たちが、我こそはとシノギを削る年に1度の大バトル!!

どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!!?

ヴィランの襲撃を受けたにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!

 

「ヒーロー科!!

1年!!!

 

A組だろぉぉ!!?」

 

A組の入場に合わせてプレゼント・マイクに実況される。

USJ事件は1番ホットな話題だからこそメディアも大注目しているのはわかるが…あからさま過ぎるほどにA組贔屓なのは、相澤と同期だからか。

各クラスが7つあるゲートからスタジアムに入場していく。

観客の熱気は麻帆良での体育祭やまほら武道会、魔法世界での闘技場を思い起こさせて少し懐かしい。

 

ああ、観客席にいきたい。こういうのは参加するよりも見るほうが楽しいんだ。

 

「泰然自若か、長谷川」

「いつも通りの自分で充分だろ。

どうせ今は私なんか誰も見てねぇだろうしよ」

 

常闇に話しかけられてため息まじりに返す。

1年生は221名。他の生徒が見られていると思えばなんとも思わない。

 

ゲートからスタジアムにある号令台の前に並ぶ。

 

「選手宣誓!!」

 

鞭を振るいながら号令台に立ったのは、過激すぎるコスチュームで国をも動かしたことで有名な18禁ヒーロー、ミッドナイト。

彼女の登場には観客もメディアも一部の男子生徒もテンションが上がっている。

彼女が1年ステージの主審らしい。

18禁なのに高校にいて良いのかという常闇の疑問に峰田が全力で良いと言っていた。峰田お前いい加減にしとけよ。

そんな騒がしい生徒たちを一喝しながら主審として競技に移るべく司会進行をする。

 

「選手代表!!1-A、爆豪勝己!!」

 

大丈夫とは思えない選手代表だ。嫌な予感がする。

ちなみにヒーロー科の入試1位だったのが代表となった理由。千雨の方が各得点数は高かったものの特別枠ということから除外された。

面倒なことをするつもりはなかったから良いが。

 

前に進み出た爆豪がマイクにむかってやる気無さげに宣誓と言う。定番であれば「スポーツマンシップに則って正々堂々と~」とか言うが、あの問題児の爆豪がそんなことを言うはずもなく。

 

「俺が1位になる」

「絶対やると思った!!」

 

切島のツッコミに思わずだよなぁと言いたくなる宣誓だった。

案の定、生徒全員から爆豪へブーイングが飛び、飯田も叱責している。

それに対して爆豪は、せめて跳ねの良い踏み台になってくれと言いながら右の親指で首を切る仕草をする。

挑発に余念がない。

 

「さーて、それじゃあ早速第一種目、行きましょう!

いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が涙を飲むわ!!

さて、運命の第一種目!!

 

今年は……コレ!!!」

 

ミッドナイトが指し示した仮想ディスプレイに映し出されたのは、障害物競争の文字。

 

スタジアムの外周およそ4キロを走る。11クラス、221人の1年生全学科の生徒たちによる競争だ。

コースさえ守れば何をしても構わない。

ミッドナイトは上位何名が予選通過かは言われなかった。ここから既に精神的に焦らせているのだろう。

 

「4キロの障害物競走か…なんとかなるな。

お前ら、データのダウンロード状況は?」

「そろそろ85%ですー」

「まだ数分は時間かかりそうだな…。

わかった、そのまま続けてくれ」

 

千雨は電子精霊と話しながら、ゲートの1番後ろにてスタートの合図を待つ。

狭いゲートだから前や中間にいては逃げ場がなくて危険という考えもあるが、何よりも人混みが嫌いだからだ。

 

ゲートの3つの緑のランプがカウントするように音を立てながら消えていく。

そして、スタートとミッドナイトの声がマイクを通して響く。

 

「さーて、実況してくぜ!解説アーユーレディ!?ミイラマン!!」

「無理矢理呼んだんだろが」

 

どうやら実況解説席にはプレゼント・マイクだけでなく相澤もいるらしい。

余程無理矢理連れて来られたのだろう。声だけで不機嫌だとわかる。

そして開始早々に轟が地面を凍らせたのを確認し、やはり後ろにいて正解だったと思った。

 

「さぁいきなり障害物だ!!まずは手始め…第一関門!

ロボ・インフェルノ!!」

 

テンションMAX状態のプレゼント・マイクは無視して実況にはいる。

それを更に煽るかのように、轟が巨大な0ポイントロボ、エグゼキューターを凍らせて第一関門を抜けていく。

不安定な体勢で凍らせたため、ロボが倒れることによる後方妨害も同時に行う姿が各所に設置されたカメラロボが映す。

 

「1-A、轟!!攻略と妨害を一度に!!こいつぁシヴィー!!!

すげぇな!!いち抜けだ!!

アレだな、もうなんか…ズリィな!!」

 

その後も引き離されまいと突破していく1年生たち。中でもA組が多い。

千雨は、みんな頑張ってるなぁと他人事のような気分でそれらを見ている。

 

「…ん?ってオイオイオイオイ!

オイィ!!

よく見たら、1人だけゲートから全く動いてねェじゃねぇか!A組の長谷川!

もうスタートの合図きってるし、先頭の奴らは既に第一関門越えたぜ!?どうした!!?」

 

千雨が1人でゲート前にいまだに立っているのをゲート横のカメラがとらえ、ゲート前でスマホを弄っている様子がデカデカと大画面に映される。

そう、千雨はまだスタートをきっていない。データのダウンロードが意外と時間がかかっていたのだ。そのためのんびりとスタジアム内の大画面を見ていた。

 

「長谷川、お前予選落ちする気か。はよ行け」

「はいはい…丁度ダウンロードも済んだし、出し惜しみする気は無いしな」

 

相澤に急かされながらも、千雨はその場で写真を撮るかのようにスマホをかざす。

 

「零を壱に―――"仮想具現(バーチャル・リアライズ)アプリ"、起動。

スカイ・マンタ」

 

スマホの外部カメラ部分から光が溢れ出し、光は千雨の目の前で集まり形を作っていく。

1秒もかからずにおよそ3メートルほどの大きさの白いマンタとなり、空中で浮遊している。

マンタの上部には頭鰭と繋がる手綱と、落下防止のための逆U字型手すりが目の後ろからまっすぐ後ろへとかかるように左右に付けられている。

遠くからだと風の谷の民が使う某飛行具のようだ。

 

「おおおおおっ!!?なんだアレ!?マンタか!?」

「長谷川の個性によるものだろうが…あれは俺も初めて見た」

 

 

そりゃ初公開なんで。

 

 

―――"仮想具現(バーチャル・リアライズ)アプリ"

千雨の作成していた新技であり、事前に作成したプログラムを実体化する技。

原理としては、電子精霊たちが実体化するのと同じく、魔力と電力をエネルギーとして実体化している。

電子精霊たちでも出せるようにプログラムが組まれているのと、仮契約カードも不要なところがアーティファクトアプリとは異なる特徴だ。

 

海洋生物なのは、データを実体化する際に最も実体化しやすい形態だから。

こだわろうと思えば翼竜とかペガサスとか何でもプログラム出来るが、その分データが大きく重くなる。

 

この技の欠点は2つ。

1、事前に作成したプログラム用データしか実体化出来ないこと。

2、データの入った電子機器が使用できなくなると、消えてしまうこと。

 

 

今回実体化させたスカイ・マンタは、3~10メートルほどの白い空飛ぶマンタ。落下防止の手すりと手綱付き。サイズが大きくなればなるほど実体化に時間がかかる。

最大積載重量は500キロ。最大時速60キロまで出せる。勿論風圧を軽減する障壁プログラムも組み込まれている。

 

 

千雨がマンタの尻尾側から背に乗り両手で手綱を掴むと、そのまま5メートルほど上昇して飛行。

ゲートを抜けて轟に足を凍らされている生徒や、凍った地面を進む生徒、そして第一関門である巨大ロボの頭上を悠々と長い尾を揺らしながら飛ぶ姿は優雅だ。

 

「1-A長谷川、空飛ぶマンタで一気に追い上げていく!!んでもって、そのまま第一関門さらっとクリア!

シヴィーぜ長谷川!!流石は特別枠入学者!!!

ゲート前に残っていたのはハンデにしちゃ少なかったか!!?

つーかアレ…楽しそう!!」

 

地上には一足先に駆けていく轟。それを追う爆豪、常闇、瀬呂、飯田と並んでいる。

その後ろにB組がいるものの、やはりA組が多い。

 

「長谷川のやつ、見かけねぇと思ったら…!」

「何あれ楽しそう!」

「飛ぶとかズルくね!?」

「1人だけ楽してんじゃねぇぞー!」

 

地上の後方から聞こえる恨み節を聞き流し、轟たち先頭の面々を追う。

こちとら会長に活躍を見られているのだ。そう簡単には負けられない。

 

「オイオイ第一関門チョロイってよ!んじゃ第二はどうさ!?

落ちればアウト!!それが嫌なら這いずりな!!

ザ・フォール!」

 

深さ10メートル以上ある深い峡谷のようになっているそこは、数十箇所の足場と足場を繋ぐロープが張り巡らされている。

ロープ幅が10センチ近くだろうと、道具も命綱も無しで1本の綱を渡っていけなんて無茶ではなかろうか。

そんな考えを余所に轟はロープを凍らせて幅をつくり、氷の道を渡る。

なるべく足場と足場の距離が近いルートを勢いとバランスで渡ったようだ。

靴が凍った地面でも走れる特別製というのもあるだろうが、身体能力ありすぎだろ轟。魔力で身体強化してないのにスゴすぎる。

 

「1-A轟を追う長谷川、そのまま飛行するマンタに乗って第二関門を難なくクリア!!

ビリから一気に2位に躍り出たのは流石だが、障害物競争の障害全部回避可能って最早ズリィな!!

つーか電気系の個性じゃねぇのか?」

「長谷川の個性"電子操作"はプログラムの実体化が出来る。

あのマンタはソレだろ」

 

実況席にいる相澤はカメラが映す千雨を見ながら話す。

 

千雨の今回の体育祭参加目的とは【長谷川千雨の個性は"電子操作"である】という印象付けのためだ。

そうすることでいつか魔法を使うことがあっても"個性"によるものだと納得させやすい。

内緒にするよりも、現実味がある。

 

というか我ながら中々良い個性の名称と内容にしたものだ、と内心で自画自賛してしまう千雨だった。

 

「―――っと!話していたら、長谷川が猛追してきた爆豪に抜かされたー!」

「爆豪はスロースターターだからな」

「爆豪が選手宣誓通りにトップ狙ってるが、どうなる!?」

「クソがっ!!ジャマだアホ毛!」

「うわっ!危険すぎるだろ爆豪の奴!」

 

千雨に向かって思いきり爆破してきた爆豪。女子相手でも容赦なしなのか、同族嫌悪している千雨だけなのか。

千雨は手綱を使って爆豪から離れながら後ろを見る。

 

…飯田も追い上げてきたし…あとは、常闇とB組か。

今のところ三位、女子の中ではダントツ1位。ビリから追い上げしたということも相俟って注目度は高い。このままトップ5以内をキープが得策か。

 

爆豪と距離を取りつつも、その背に追い付けるように2メートルほど後ろを飛ぶ。

 

「先頭が一足抜けて下はダンゴ状態!上位何名が通過するかは公表してねぇから安心せずにつき進め!!

そして早くも最終関門!

かくしてその実態は―――…一面地雷原!!!怒りのアフガンだ!!!

地雷の位置はよく見りゃわかる仕様になってんぞ!!目と脚酷使しろ!!

ちなみに地雷!威力は大したことねぇが、音と見た目は派手だから失禁必至だぜ!」

「人によるだろ」

「地雷エリアとかアホか!!アホだろ!!?やっぱこの学校アホだろ!!!?」

 

思わずツッコミを入れてしまったが、仕方がないと思う。誰だってツッコミするだろう。

麻帆良体育祭でも種目によってはヘリコプターや飛行機を使ったりしてたが、さすがに地雷は無かったと思う。多分。

魔法やアーティファクトは良いのかって?

―――それはそれ、これはこれである。

 

地雷を踏まないように気を付けて進む轟。そんな轟を爆豪が追い抜かす。

トップ2人が引っ張りあいながら争っている様子を上空から見る。

 

「既に上位に食い込んでいるし、爆豪と轟の争いに入る必要はねぇし…じっくりいくか」

 

コースの端に寄って争いに巻き込まれない位置を飛ぶ。すると後方から地雷の規模としては大きすぎる爆発が起こった。

そして、その爆風に乗るようにして飛んで来る人影。

 

「後方で大爆発!?何だあの威力!?

故意か偶然か―――A組緑谷、爆風で猛追―――っつーか!!!

抜いたあああああー!!!」

「緑谷!?

相変わらず、意外性出してくるなアイツ…!」

 

緑谷が一気に先頭へと飛び出したことで、爆豪と轟は争うのを止めて緑谷を追い越そうとする。

 

「元・先頭の2人、足の引っ張り合いを止め緑谷を追う!

共通の敵が現れれば人は争いを止める!

争いはなくならないがな!」

「何言ってんだお前」

 

再びの大爆発。千雨は土煙で前が見えなくなったため、慌てて上空へと逃げる。

どうやら緑谷がやったらしい。地雷原を抜けて1人走っていくのが見える。

 

「緑谷、間髪入れず後続妨害!なんと地雷原即クリア!!

イレイザーヘッドお前のクラスすげぇな!どういう教育してんだ!」

「俺は何もしてねぇよ。奴らが勝手に火ィ付け合ってんだろう」

 

緑谷をこのままマンタで追いかけたいが、爆豪と轟に妨害されるのは勘弁してほしいので2人の真後ろあたりを飛行。

この2人の攻撃を一身に浴びるなど、ただの自殺行為だ。

 

スタジアム内からはプレゼント・マイクの実況が聞こえてくる。

 

「さァさァ序盤の展開から誰が予想出来た!?」

「無視か」

「今一番にスタジアムへ還ってきたその男―――…緑谷出久の存在を!!」

 

緑谷、轟、爆豪に続く形で、プレゼントマイクの実況と歓声が響くスタジアムにゴール。

順位は4位。女子の中ではトップでのゴールだ。

 

マンタに乗ったまま、ぐるりと会場を飛び回れば客席から手を振られた。

恥ずかしいが、こうして自分の能力が注目されて喜ばれているというのは少し嬉しい。

ネットアイドルとして活動していた時にあったファンからの賞賛の嵐を思い出してしまう。

 

にしても、上位にA組連中が多い。B組がもっと突っかかってきて目立つと思ったが、なに考えてるんだ?

疑念を抱きながらも、ゲート近くでマンタから降りる。

 

「千雨ちゃん、4位おめでとう」

「蛙吹もお疲れさん。13位か」

「ええ、第二関門の綱渡りで順位上げられたの。

千雨ちゃんが出したマンタ、スゴかったわ」

 

丁度ゴールしてきた蛙吹と話しながら、ミッドナイトの終了宣言を待つべく号令台へ向かう。

そんな2人の移動とほぼ同時にゴールした八百万。

 

「くっ…こんなハズじゃあ……!」

「八百万、お疲れ様…って、峰田…」

「一石二鳥よ、オイラ天才!」

 

左頬を腫らして鼻血を流している峰田が、八百万に"個性"を使ってくっついていた。

千雨は無言で身体強化して峰田の首を後ろから掴む。

 

「は、長谷川!?」

「今すぐ離れるか首を折るか、選べ」

「はっ離れるっ!離れるからやめてくれ!」

 

千雨から殺気を感じたのか、マジで首を折られかねないと察知したのか、峰田は素直に八百万の体操服についたもいだ髪を取り去った。

ちなみに峰田が髪を取り去っている間も、千雨は首を掴んだままだった。

取り去る最中にうっかり触れること(ラッキースケベ)は許さないと言わんばかりの態度が、千雨が割と本気で首を折る気でいるのだとわかる。

 

峰田が八百万からもいだ髪を全て取ったのを確認して、千雨は峰田を投げ捨てた。

変態に優しくする心は無い。着地くらいは自力でどうにかするだろう。

 

 

蛙吹とともに八百万を労りながら、千雨はゴールした他のクラスメイトたちがいる号令台前に向かった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二種目は戦略的に

第二種目の騎馬戦は書くこと多すぎて分割しました。
2日も空けてしまうとは・・・すまない、本当にすまない。


スタートからおよそ1時間。

 

「ようやく終了ね、それじゃあ結果をご覧なさい!」

 

経営科の一部は売り子をしているため学年の221人全員が参加している訳ではないが…ようやく最後の1人がゴールした。

 

ディスプレイに表示される43名が予選通過者だ。

A組21人全員、B組20人全員、サポート科と普通科から1人ずつ予選通過している。

 

青山はギリギリの43位だったが…"個性"であるネビルレーザーを使いすぎたのか、腹を抑えてうずくまっている。そんな青山がこのまま第二種目に挑戦するのは難しかったのだろう。泣く泣く辞退し、予選通過者は42名に減った。

 

予選のため繰上げはないそうだ。

ドンマイ、見知らぬ44位。

 

「残念ながら落ちちゃった人も安心しなさい!まだ見せ場は用意されてるわ!!

そして次から、いよいよ本選よ!

ここからは取材陣も白熱してくるよ!キバリなさい!!!

さーて、第二種目よ!!私はもう知ってるけど―――…何かしら!!?

言ってるそばから…」

 

ドラムロールと共に、ミッドナイトの後ろにある大画面の文字がスロットのように回っていく。

 

「コレよ!!!」

 

 

画面に表示されたのは、騎馬戦。

 

 

ルールは以下の通り。

42名が2から4名で騎馬を組み、ポイントを奪い合う。

ポイントは第一種目の順位によってそれぞれ振り分けられ、42位が5ポイント、41位が10ポイントと、下から5ずつ増えていく。

ただし1位は1000万ポイント。

上位の者ほど狙われる、下克上サバイバル。

 

「上を行く者には、更なる受難を。

雄英に在籍する以上、何度でも聞かされるよ。これぞPlus Ultra!

予選通過1位の緑谷出久くん!!

―――持ちポイント、1000万!!」

 

いや…受難とかそういうレベルじゃないだろ、それ。

A組のみならずB組や他科を含めた全員の視線が緑谷に向かう。獲物を狙う肉食系の目だ。

 

「制限時間は15分。

振り当てられたポイントの合計が騎馬のポイントとなり、騎手はそのポイントが表示された"ハチマキ"を装着!終了までにハチマキを奪い合い保持ポイントを競うのよ。

取ったハチマキは首から上に巻くこと。

とりまくればとりまくる程、管理が大変になるわよ!」

 

それぞれ5、10、15、20のポイントを持った4人が騎馬を組んだ場合、合計の50ポイントのハチマキとなる。

また、ハチマキは取りやすいマジックテープ式だ。

 

「そして重要なのは、ハチマキを取られても。また、騎馬が崩れても、アウトにはならないってところ!

"個性"発動アリの残虐ファイト!

でも…あくまで騎馬戦!!悪質な崩し目的での攻撃等はレッドカード!一発退場とします!

それじゃこれより15分!チーム決めの交渉タイムよ!」

 

前置きも一切なく、交渉タイムが始まった。

千雨はまっすぐと台の上にいるミッドナイトに近付く。

 

「ミッドナイト先生。

ルールの騎馬から落馬しないというのは―――…」

 

千雨はルール説明で語られなかった聞きたいことをミッドナイトに個人的に聞く。

雄英は"自由"な校風が売りであり、それは体育祭でも適応される。第一種目でもコースさえ守れば自由と言っていた。それは第二種目においても覆されていない。

"ルールさえ守れば何をしても良い"というのは、セーフかアウトかの判断も主審の"自由"ということ。

だからこそ、ルールに接触するギリギリ行為をするならば情報収集をしておく必要がある。

 

ミッドナイトは千雨の質問に対して笑顔で答えた。

 

「"個性"使用でのテクニカルとして、許可するわ!」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

「長谷川!組もうぜ!」

「千雨ちゃん!組も!」

 

ミッドナイトのもとから戻ってきた千雨に、A組の面々が自身を売り込む。

第一種目で見せたマンタや普段の授業で使っている超パワーと超スピード。

攻撃力も機動力も長けているため騎手に良し、騎馬に良し。

1位の緑谷とは組みたくないことと、轟、爆豪に並ぶ優秀さと注目度の高さ。既に轟がチームを決めたのも要因だろう。

 

群がるクラスメイトたちを押し退けて、1人に声をかける。

 

「常闇」

「長谷川」

 

名前を呼びあい、握手する2人。

一番信頼出来る常闇なら連携しやすい上に互いの弱点を知っているからこそカバーしあえる。

 

相変わらず仲良しか!と葉隠がツッコミを入れるものの、無視して周囲を見回して目当ての人物を探す。

 

「緑谷、組もう」

「一位の方、組みましょう!」

「長谷川さん!常闇くん!あと誰!!?」

 

千雨は麗日と一緒にいた緑谷に声をかけた。同時に声をかけた女子を見る。

スチームパンクなゴーグルを着けた女子だ。

 

「その格好…サポート科か?」

「はい!サポート科の発目明です!あなたのことは知りませんが、立場を利用させて下さい!

あなたと組めば注目度がNo.1になるじゃないですか!?私のドッ可愛いベイビーたちが大企業の目に留まるわけですよ!それってつまり大企業の目に私のベイビーが入るってことなんですよ!!」

「待って、ベイビーが大企業…?どういう意味なん…?」

 

早口でまくし立てるように話す発目。その会話内容についていけない麗日が訊ねるが、発目はそれを無視。

緑谷にとことん自身の有用性アピールすべくベイビーこと作成したサポートアイテムの披露をしている。

 

どことなくマッドサイエンティストの葉加瀬を思い出す自作アイテムのアピールっぷりだ。

発明家というのはこんな奴ばかりなのだろうか。

 

「騎馬の上限は4名だろ?

私はすでに常闇と組んでいるんだが…?」

 

この場にいるのは5人。1人多い。

 

「ちょっと待って!僕は出来ればフィジカルの強い飯田くんが欲しいんだけど…!」

「飯田はすでに轟が交渉中のようだな」

「もし飯田と組むなら常闇との二人組か誰か入れて3人でやるよ。

ただ、誘ってみて駄目だったら教えてくれ」

「わかった」

 

一度緑谷から離れて他のチームの組み合わせを確認していく。

轟は八百万と上鳴は確定、飯田は緑谷と話している。

爆豪はわからないが、切島は確定のようだ。

峰田は障子と組んだらしい。B組はB組で固まっている。

やはり同クラスの方が信頼出来る上に個性を把握しているからだろう。

 

そして何より、A組はその注目度からB組に敵視されているから、組むことはほぼ無い可能性が高い。

 

「…現時点トップの緑谷か。長谷川、何を考えているんだ?」

「逃げに徹すりゃ勝てるなんて楽だろ。

追いかけ回して残りポイントを気にしなくて良いし」

「…長谷川らしいな」

 

楽が出来るなら楽をする。

千雨のそのスタンスを知っている常闇からすれば、その理由は充分納得出来る。

 

少ししてから緑谷が千雨たちのもとへとやって来た。

 

「長谷川さん、常闇くん!飯田くんは轟くんと組むって」

「そうか。で、どうする?」

「えっと、いくつかベイビーを見せてくれた発目さんには悪いけど、最初に声を掛けてくれた麗日さんと個性を把握している長谷川さんたちと組むよ」

「そうですか…では私はこれで!」

「諦め早っ!」

「いつまでも固執していても時間は有限ですから!」

 

発目はさっさと踵を返して他の選手に話しかけていく。

切り替えの速さが尋常じゃねぇ。

 

「…そんで、三人とも。このメンバーでチーム組んで良いんだな?」

「うん!千雨ちゃんも常闇くんも頼りになるし!」

「僕も組んでくれるなら、大歓迎だよ!」

「問題ない。

それより長谷川、当然作戦が有るのだろう?」

「常闇はやっぱり察しが良いな。

この騎馬戦の必勝法、それは…―――」

 

 

15分の交渉タイムを終えて、全ての騎馬が出揃う。騎馬は12騎。

大画面に常に保持ポイントによる順位が表示されているようだ。

 

千雨のいる緑谷チームのポイントは以下の通り。

17位麗日、135ポイント

8位常闇、175ポイント

4位長谷川、195ポイント

1位緑谷、1000万ポイント

 

―――トータルで1000万505ポイント。

 

スタートの合図と共に、騎馬が緑谷チームに向かってくる。

 

「実質1000万の争奪戦だ!!!」

「はっはっは!!緑谷くん、いっただくよー!!」

「いきなりの襲来とはな…まずは2組。追われる者の宿命、選択しろ、緑谷!」

「うん、長谷川さんお願い!」

「ああ。

スカイ・ホエール上昇」

 

地面に光が広がり、まるで地面を盛り上げるようにしてその姿を現す。

事前にデータの展開を済ませていたため、キーワードで現れるようにしていたのだ。

 

 

スカイ・ホエール

全長8~18メートルの白いマッコウクジラ型プログラム。千雨の作成した中でも大型プログラムの分類に入る。

最大積載量5トン、最大時速30キロ。内部はデータを少しでも軽くするために空洞化している。勿論内部に物を入れることも可能だ。

 

 

クジラは千雨たちを頭部に乗せたまま上昇していく。

その大きさに思わず見ていた観客も生徒たちもポカンと口を開けてしまう。

 

「ク…クジラ!?」

「マンタよりデカイ!!!スタジアムで悠々と泳ぐクジラ!!!マジでシヴィー!!!

ファンタジックにも程があるってんだろ!!!?」

「長谷川と麗日が緑谷の両脇で警戒し、さらに緑谷の背後を常闇の個性が常にカバー、クジラの実体化を長谷川か。

あの様子じゃ、審判のミッドナイトの許可も貰っていたんだろう。

空に逃げているから機動力もある。考えたな」

 

 

 

交渉・作戦タイムのうちに千雨が伝えた戦術。それこそが航空戦術だ。

 

 

「航空戦術…!?」

「ああ。騎馬戦のルールは騎馬から将が落馬しないことと、ハチマキを取られないこと。

ミッドナイトに確認したが、将が落馬して地上に落ちなきゃ飛行などはテクニカルで問題ないそうだ。

―――勿論、"個性に乗ること"も、な」

 

その言葉に緑谷たちの目が見開かれる。

 

「個性に乗るって、それまさか…!」

「確実に1000万の取り合いになり四方から攻撃が常にくるのは必然的。だから空へ逃げる。

飛行してりゃ敵からの攻撃が当たりにくい上に、ステージで一番の機動性と空間確保が可能だ」

 

淀みなく告げられる戦術は説得力がある。

まるでこうした乱戦の経験でもあるのかと思ってしまうほどだ。

 

「空中移動や遠距離攻撃が出来そうな敵は今のところ爆豪、轟、八百万…。

いや、轟自身は仲間を凍らせる危険があるからそこまで考えなくてもいいが、爆豪の単騎突撃と八百万の創造が危険だな。あとは中距離から捕縛の出来そうな瀬呂とか。

八百万と瀬呂は常闇がいれば大丈夫だと思うが…爆豪は厳しいか」

「俺の個性では爆豪は厳しいな」

 

常闇の個性"黒影"の弱点は光。

闇が深い程攻撃力が増すが獰猛になり制御が難しい。日光下では制御こそ可能だが攻撃力は中の下となる。

この欠点はチームを組んだ緑谷と麗日と千雨、それから口田しか知らない。

 

「麗日、お前のキャパは高校生3人なら大丈夫か?」

「高校生3人は余裕で大丈夫やけど…ウチ自身を軽くすると酔ってまうんよ」

「そうか。じゃあ麗日自身が軽くならなくても良い。飛行に関しては私の個性の出番だからな。

…1位通過するぞ」

 

 

 

騎馬戦開始直後から圧倒的な"個性"を見せつける千雨。

第一種目から集めていた注目から観客席にいたプロヒーローたちが興奮気味に周囲と話す。

 

「あの4位の子、スゴすぎる!」

「これで1年生というのが信じられん」

「特別枠入学者って聞いてたけど、これなら納得」

「推薦入学でもおかしくない強さだろ!今年の1年A組、ヴィランを対処したっつーけど…こりゃヤベェわ」

「エンデヴァーの息子さん同様、あの子もサイドキック争奪戦だな!」

 

そんな観客席の声を知ってか知らずか、両手から爆発の勢いでクジラの上にいる千雨たちに迫る人影がひとつ。

 

「乗れる実体があるなら、攻撃して落とせば良いだけだろ!!!」

 

爆豪が空を飛んできた。予想通り、単騎突撃である。

 

「かっちゃん!?」

「早速来たか、爆豪!さっさと落ちろ!

フェイク・マンタ×30!スカイ・マンタ!

スカイ・ホエール終了!」

 

爆豪の単騎突撃に対してポケットに突っ込んだ片手で無音拳を放つ。アゴを狙ったが、動く的に当てるのは難しく、額に一発なんとか入れて押し返し、地上へ落とした。

落下の途中で瀬呂のテープが爆豪を騎馬へと戻すのが見えたため、失格にはなっていない。

そしてクジラが姿を消すと同時に、31体のマンタの群れが現れ、そのうちの一体の背に乗ってそのまま更に上昇する。

 

「おおおおおおおっ!!?

クジラの姿が消えたと思ったら!中から大小様々な白いマンタの群れだー!!

ビューティフル!アンド!エンターテイメント!!

緑谷チームの姿が地上からは完全に見えなくなっているぜー!!

爆豪は騎馬に戻ったな!!!もちろん落馬してないから失格じゃねぇぞ!」

 

観客席の熱は最高潮にまで盛り上がっている。

今の高さはおよそ、15メートル。スタジアムの中央付近だ。観客席のある2階席の上部や3階席、解説席からは千雨たちの姿が見えている。

周囲を旋回する他のマンタのお陰で狙われにくいだろう。

 

「スゴいよ長谷川さん!」

「これ、マンタの群れ!?」

「観戦中の者も驚愕しているな」

「そりゃそうだよ!こんな事個性で出来るヒーローは今までいないから!

この個性があれば街中でも事故現場でも空中移動という地上の状況に左右されないアドバンテージを持っている訳だし僕たちみたいに他のヒーローを同乗させることが出来るだろうしむしろマンタに他のヒーローたちだけで乗ることが出来るのならより用途は増えるし」

「緑谷ストップ。今は試合中だ、油断するな」

 

ヒーローオタクの熱が入った緑谷にストップをかける。というか今の一息で言うの、スゴく怖い。

 

「乗ってるコイツ以外のマンタは触れない立体映像、フェイクだ。

さっきのクジラや予選のマンタで一体しか出せないと思わせて、かつすべて実体があると誤認させているから出来る作戦だな」

「スゴい…千雨ちゃん、そんな先まで見据えていたなんて…!」

「深謀遠慮、千思万考…」

「第一種目の時からそこまで考えて…!」

「そ、そんなんじゃねぇよ!…普通だ、普通!」

 

自身の策に対する自信はあるが、そこまで誉められると流石に照れる。

 

「取り敢えず、しばらくはこのままで大丈夫だ」

「え、でも…これじゃ見つかってまうよ?」

「見つかってもさほど問題ない。それを振り切る速度で移動すれば良いだけだ。

麗日、こうしたポイントの乱戦において何が大切だと思う?」

「えっ!?大切なもの?…機動力とか?」

「正解は妥協。

下の様子を見ろ。1位チームが無敵の飛行状態…そうなりゃ狙われるのは…」

 

爆豪の騎馬が周囲を爆発させて牽制しているが、囲まれている。轟の騎馬もまた同じように狙われている。

 

「2位から4位…そうか!」

「みんな1位を諦めて、ポイントをとにかく集める方針ってこと!?」

「そうだ。手の届かない場所で不確定要素の強い私がいる1位より確実性を取る。

特にB組はな」

「B組が……あれ!?」

「爆豪がB組の騎馬にハチマキを取られているな」

 

大画面に表示されている爆豪の持ちポイントがゼロになったのを見る緑谷たち。

どうやらB組の物間チームの騎馬にハチマキを奪われたようだ。

 

「ああなりゃ上を気にしてる暇なんて無い。プライド高い爆豪なら尚更だ。

他の奴らも同様にポイントの奪い合いをしてる」

「なるほど…」

「逆に0ポイントになった奴は何でも仕掛けてくる可能性があるから、黒影で周囲を警戒してくれ」

「承知」

 

そろそろ5分経過。残り10分。

このまま逃げ切れば1位通過だ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最後まで諦めずに

騎馬戦後編です。
滅茶苦茶迷いましたが、こうなりました。


「さぁて残り時間は3分を切った!!!

1000万は文字通り高みの見物!3位4位が常に入れ替わりまくってるな!

最後まで油断するなよー!」

 

プレゼント・マイクのアナウンスが流れる。残り3分。

爆豪はポイントを奪ったB組へ反撃を仕掛けている。獲られては獲り返しを繰り返している爆豪たち。

 

「あのクソアホ毛、逃げ切る気だな…!」

「爆豪、もう諦めろ!この混戦状態で1000万は無理だ!」

「あの高さじゃ、俺のテープでも届くの難しいって!」

「ウッセェ!!!

しょうゆ顔、周囲のザコ共の騎手をテープで両腕封じろ!それで少しはマシになる!」

「おっおう!」

 

1位になるという飽くなき執念の炎を燃やす爆豪。

しかし組んだチームの芦戸、切島、瀬呂では1000万獲得は難しいだろう。

 

轟はポイントを狙ってくる騎馬を上鳴の放電と氷結の連携技で確実に動きを封じていく。

一応と言わんばかりにハチマキを集めていくが…どうしても、上空を見てしまう。

 

 

1位の緑谷と、それを支える長谷川。

 

 

あの時。USJで緑谷が最後に飛び出した際に、緑谷を救けようと飛び出した長谷川。入学初日のテストから圧倒的だった。

オールマイトと緑谷の2人と同様に超パワーの持ち主で、特別枠での入学。頭脳も能力も秀でたクラスメイト。

宣戦布告するならば長谷川も該当した。

しかし、長谷川は緑谷と違い、オールマイトの"何か"を持っていない。オールマイトに目を掛けられていない。

だから、宣戦布告をしなかった。

 

―――それがどうだ。

 

あの2人が手を組んだ結果、手が届くどころか掠りもしない。オールマイトの…生きる伝説がいる高みとはこういう事だと教えんばかりに、圧倒的な強者。

 

 

それでも負けたくない。それではいけないのだ。

右だけで…母の力だけで、勝たなければ!!!

 

 

飯田の肩を掴んでいた轟の左手に力が入る。

それを肌で感じた飯田もまた、上空を見上げた。

空に浮かぶ幻想的な白いマンタの群れ。その中の1つから黒影のものらしき黒がちらちらと見える。

 

良き友であり、そして良きライバルでもある緑谷くん。

彼に挑戦せずに諦めるなど、それでは自分はいつまでも未熟者のままだ。

轟くんのチームとして。そしてなにより自身の可能性に。"今の自分"に、勝利するために。

 

飯田は覚悟を決めて、頭上の轟に声をかけた。

 

「―――轟くん、氷で足場を作る時に必要なものはあるか?」

「必要なもの…?骨組みがありゃ望んだ足場を作りやすいが…」

「なら、上空に向かって氷で足場を…道をつくれるか!?」

「…出来る」

「八百万くん、今から言う道具を連続で頼めるか!?」

「…勝つためなら!」

「え、ちょ、おい飯田…まさか!」

「ああ!取るぞ、1000万!」

 

成功する可能性は低いかもしれない。

成功しても着地がうまくいかないかもしれない。

 

それでも―――わずかな可能性に賭けずして、トップの座は掴めない!

 

ステージのライン際から、上空へ伸びる氷の柱のような道を一瞬で作り出す。道は高くなればなるほど強度が不安になる。

しかし、それが崩れるというならば、崩れるよりも早く!

 

「獲れよ、轟くん!トルクオーバー!」

 

飯田のレシプロバーストによる超加速が荒削りの氷の道を駆けて跳び、マンタの群れへと突っ込む。

轟はマンタの群れを凍らせて落とそうと考えていたが、まるで映像のようにすり抜けた。そこで初めて轟たちは周囲のマンタが実体を持たない立体映像でしかないと気付く。

 

そして轟はその勢いのまま、振り向きながら驚愕の表情をした緑谷の額に巻かれたハチマキへ手を伸ばし―――掴んだ。

 

轟は落下しながら、八百万が事前に作っていた錘のついたロープを複数投げてそれに沿うように氷を作る。着地用の滑り台だ。

無事に地上へと戻った轟たち。

大画面に表示された1位の部分には、轟チーム。

 

この逆転に、観客もプレゼント・マイクの実況も、沸き上がった。

 

「な―――何が起きた!!?何をした!!?

轟チーム、ここに来てまさかまさかの!!!奇跡の!!!

大!!!逆!!!転!!!

轟が1000万!!!

誰も彼もが諦めていた1000万を!!!獲ったぁぁあああ!!!!」

 

プレゼント・マイクの実況と歓声を聞きながら、千雨たちは一体何が起きたのかを確認する。

地上のスタジアムの端から伸びる氷の柱と降りるための滑り台の氷。そして地上で脚から大量に煙を出している飯田。

 

「轟くんの氷と飯田くんか!」

「くそっやられた!

この高さにまで道作って跳ぶとか、普通死ぬぞ…!?」

 

一歩間違えれば、命の危険があった。獲れずに終わる可能性もあった。着地も失敗する可能性が大きかった。

それでもなお、自身と仲間の可能性を信じて―――勝利を掴むための、勇気を見せた。

更に向こうへ、前へ進むために!

 

そんな友の強さに、ライバルの勇気に、緑谷の心もまた奮い立つ。

 

「―――取り返そう!1000万!」

「よく言った、緑谷!

制空権は私らにあるからな。逆落とし作戦でいくっきゃねぇ」

「逆落とし…?」

「お前ら、ジェットコースターとか大丈夫だよな?」

「…へ?」

「ま、まさか…!」

 

逆落とし。ジェットコースター。

 

この言葉が導く答えは、ひとつしか思い浮かばない。

緑谷と麗日は顔をひきつらせる。常闇はなんとなく察して、黙って覚悟を決める。

 

「そのまさかだ!

常闇!マンタの手綱を両腕に絡めて緑谷の足ちゃんと掴め!!

麗日!しっかり手すりと常闇の肩掴め!!

緑谷!気合いで落ちねぇようにしろ!!

―――全員、気持ちで負けるんじゃねぇぞ!!!」

 

千雨の激励が全員の覚悟をひとつにした。

 

地上で1000万を守るべく、他の騎馬に襲われないための氷壁を作り出していた轟たち。

そこへマンタは一気に加速して、ほとんど90度に近い急降下突撃。

 

「ここでマンタ急降下ー!!!

緑谷チーム、ポイントを奪った轟チームに急降下突撃だー!!!」

「なっ―――!?」

 

時速60キロに加えて、隙が生じていた轟の後ろから首もとのハチマキを1本奪った。

そのままV字を描くようにして急上昇。5メートル近く上昇したところで獲ったポイントを確認する。

シートベルトがないため、常闇が腕に絡めている手綱と、麗日と千雨の両サイドにある手すりのみ。緑谷ふくめて全員油断したら落下しかねない状況である。

 

 

「1000万か!!?」

「駄目だ、70ポイント!もう一回!」

「よし!再突撃!

全員気張れ!!」

 

マンタが再度急降下する。

 

「緑谷チーム、制空権の強みを活かして轟チームに再び急降下突撃ー!!

1000万を取り返すまで何度でも突撃していく緑谷チーム!!轟チームは1000万を守れるのか!!?

そろそろ終了時間が近いぞ!!!最後まで粘れよボーイズアンドガールズ!!!」

 

2度、3度と繰り返し突撃するが、予測されて八百万の作る盾と轟の氷に防がれる。

 

「くっ…!」

「突撃を予測されてるな」

「フェイク・マンタ、トルネード!

こんにゃ、ねぎ!てめぇらが鍵だ…頼むぞ!」

「イエッサー!」

「いってきますー!」

 

上空に浮遊させていたフェイク・マンタの群れに轟チームの周囲を旋回させる。まるでマンタの群れが渦のようにグルグルと回っている。

その渦の中に電子精霊のこんにゃとねぎの2匹も飛び込んだ。

 

「長谷川さん、再突撃は?」

「するに決まってんだろ!

とりあえず今の轟チームは飯田が動かねぇところを見るに、エンジンが使えねぇみてぇだ。

八百万もこの渦の中じゃ下手に防壁を張れねぇ。そんで轟は左を使う気はねぇから氷壁が溶かされることもねぇ。

残りのチャンスは3回…いや2回だな。しっかり掴まってろ。

常闇、黒影を最後の突撃で合図したら頼む」

「わかった。勝利のために託すぞ、緑谷、長谷川」

「デクくん!勝とう!」

 

この状況でも最後まで諦めない千雨と、信じてくれる麗日と常闇のためにも。

そして何より、オールマイトの期待に応えるためにも。

緑谷は行くぞと叫んだ。

 

「マンタの群れ…!八百万、防壁頼めるか?」

「実体がないとはいえ、マンタに周囲を旋回されて視界の邪魔をされていますし、これでは緑谷さんたちが何処から来るかわからないので防げませんわ!」

「飯田は…」

「ダメだ、俺のエンジンもまだ使えない…!

それに先ほど作った氷壁で逃げ場が無い!マンタも同時に動いているから抜け出すことも出来ん!」

 

轟はマンタの渦の中で舌打ちをする。

轟自身の手で退路を絶ってしまったが、ここで壁を壊してもマンタの群れで視界が塞がれている以上、いたずらに敵を増やすだけ。

八方塞がりの状況。

1000万を獲れたのは偶然だったのだと強く実感する。

 

「ひとまず氷壁を背後にして警戒するぞ」

 

全方位への警戒から、前と左右に警戒範囲を狭める轟たち。

そしてマンタの渦の向こう側、上鳴側から緑谷たちが突撃してきた。

 

「っ!上鳴!」

「無差別放電、130万ボルト!!

…!?」

 

上鳴が放電で突撃を止めようとした。

しかし、上鳴の放電した電気は緑谷たちの乗っているマンタの口内へと流れていく。周囲に流れた電気も他のマンタが吸いとり、緑谷たちに一切放電が効いていない。

 

「放電が、吸いとられた!?」

「私の個性は電気系統―――放電は効かねぇよ!」

 

千雨の作り出すデータ体はエネルギー源となる電気を吸収する性質を持つ。

そのまま上鳴の横へすれ違いながら首にあるハチマキを獲って、氷壁にぶつかるまえに離脱する。

 

今度は200ポイントで現在270ポイント、現状5位だ。

 

すぐさまマンタの渦によって、轟たちからは緑谷たちの姿が見えなくなった。

プレゼント・マイクのカウントダウンの声が響く。残り10秒をきっている。

次は何処から―――轟がそう思った瞬間、緑谷が目の前に現れた。

 

「轟さん、前っ!」

「!」

「うおおおおっ!!!」

 

緑谷の勢いにゾクリと何かを感じ取った轟。

左腕の腕に炎を揺らめかせながら防御しようとするが、それを緑谷は伸ばした右腕を振るってかき消す。

轟は左を使ってしまったことに動揺して固まる。

緑谷が再び右腕を伸ばしてハチマキを狙うが、八百万が咄嗟に出した盾で防がれてしまった。

マンタに乗っている緑谷たちはそのまま八百万の横を通るようにすれ違って、今度は氷壁を登って背後にまわる。

 

「常闇!」

「―――!黒影!」

 

常闇の体から黒影の腕が伸びて何かを掴む。

それとほぼ同時にTIME UP!というプレゼント・マイクのアナウンスが入った。

千雨は氷壁を登って空中に移動していたマンタへ地上に戻るように指示する。

 

「ごめん…取れなかった…!」

「デクくん…」

 

騎馬を崩し、マンタから降りた緑谷が泣きそうな声で謝る。

信じてくれた3人に、背負った思いに応えられなかった。そんな緑谷に何て声をかけるべきかと思い、悲痛な顔をする麗日。

 

「何落ち込んでやがる緑谷、麗日」

「でも、千雨ちゃん…」

「1人じゃねぇから、仲間って言うんだぜ?

なぁ、常闇」

「え…?」

 

緑谷と麗日の視線が常闇に向かう。

 

「緑谷の初撃から轟は明らかな動揺を見せた。

最後の八百万の盾は予想外だったが…すれ違う際、電子精霊のこんにゃとねぎと黒影が取り返した。

―――喜べ緑谷、お前の勝ちだ」

 

黒影が手を開く。

そこには電子精霊が2匹と―――1000万505ポイントのハチマキ。

 

 

「―――――1位、緑谷チーーーム!

逆転に次ぐ逆転!執念の勝利だァー!!!」

 

 

マンタの渦で姿を隠しながら轟たちの背後に潜ませたこんにゃとねぎに1000万のハチマキを探らせて、最後の瞬間に氷壁を登って後ろに回り込み、黒影がこんにゃとねぎが浮かばせたハチマキを2匹ごと掴んで獲ったのだ。

電子精霊たちだけではハチマキをバレずに獲ってこれるほどのパワーとスピードがないため、黒影の協力が必要不可欠だった。

 

これが千雨に出来た最後の策。氷壁にぶつからないように飛行していたのも、最後に正面から攻めたのも、轟たちに背後への警戒をさせないため。

最後の1回だからこそ出来た逆転。

 

プレゼント・マイクのアナウンスが高らかに告げる。

その言葉に緑谷は嬉しすぎたのか、地面に両足が埋まるほどの勢いで涙を飛ばす。噴水かよ。

 

2位は爆豪チーム、3位は轟チーム、4位は心操チーム。

この4チーム計16人が最終種目へ進出することになった。

 

「千雨ちゃん、常闇くん!スゴい!やったー!!」

「麗日っ!個性使って振り回すな!」

「うわわっ!ごめん千雨ちゃん!つい!」

 

麗日の個性で浮いた状態でぐるぐると振り回されていたが、なんとか止まって解除する。恐るべし無重力。

 

「ビックリした…」

「ホンマごめん!」

「いや、もういいよ。

あー…その、なんだ。麗日…信じてくれてありがとな」

「千雨ちゃん…!

もー!信じるに決まっとるやん!仲間なんやし!!」

「ちょっ!抱き付くなっ!離れろ恥ずかしい!」

 

千雨は麗日に抱きつかれた。今度は千雨が浮くことがないように手をグーにしている。

 

「…その、緑谷と常闇も、騎馬戦で最後まで信じてくれて、その…ありがとう」

「むしろ僕の方が救けられたよ!ありがとう長谷川さん!」

「お、おう…」

 

全力で返される感謝と好意に思わずのけ反る千雨。

相変わらず好意を寄せられることに不慣れだなと常闇は考えたが、ここは緑谷たちの感謝する勢いに乗るしかないとばかりに言葉を紡ぐ。

 

「お前の電子精霊が1000万がどれか持ち上げて教えてくれたから出来たことだ。長谷川も、俺を信じてくれてありがとう」

「ツマリ、俺タチノオ陰ダナ!」

「ちうたまのお役に立てたなら本望です!」

 

黒影と電子精霊のこんにゃとねぎがハイタッチする。

主人である常闇と千雨の2人よりも陽気なその姿に、思わず4人して小さく笑ってしまう。

 

「うん!助かったよ!」

「可愛ええなぁ」

「ああ、お前たちのお陰だ」

「調子良すぎだろ…」

 

ワイワイと騒ぐ千雨たちから少し離れた場所で、騎馬から降りた轟に八百万と飯田が謝っていた。

 

「すみません、私が最後まで警戒しておけば…!」

「それを言うなら俺も…」

「気にすんな。最終種目には進出出来ている。

……」

 

轟は3人への声掛けもそこそこに、自身の左手を見た。

左を攻撃には使わないと決めていた自身での制約。あの瞬間、緑谷に気圧されて使ってしまった。

それによって最後の最後で逆転させてしまった。

 

「いけねぇ…これじゃ…親父の思う通りじゃねぇか…」

 

緑谷たちに負けてしまったこと以上に、左を使ってしまったことの悔しさで轟の心はいっぱいになっていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思いが交差する昼下がり

前書きに書くことがねぇ・・・と思ったが、1つあった。
千雨の過去をちょい捏造してます。
フワッと、フレーバー程度に。


騎馬戦が終わり、体育祭は一時間の昼休憩を挟んで午後の部となる。

 

昼休憩では、生徒たちは一度控え室に戻ってから、校舎の大食堂へ向かうことになっている。

大食堂を利用出来るのは生徒と教師とプロヒーロー以外の学校関係者のみ。

これはマスコミの執拗な取材や、プロヒーローに指名以外のスカウトをさせないためだ。

 

「アホ毛てめぇ本選で当たったら覚悟しとけよ!」

「おいおい爆豪、落ち着けって」

 

控え室に戻ってすぐに爆豪が千雨に絡んだ。騎馬戦で単騎突撃したにも関わらず落とされたことを根に持っているらしい。

 

「騎馬戦で負けたからってうるせぇな爆豪…いや、負け犬は」

「んだとコラァ!!?」

「長谷川!お前煽るなって!!」

「爆豪落ち着け!今手出ししたら本選出れなくなっぞ!?」

 

煽る千雨にツッコミを入れる上鳴と、爆豪の怒りを鎮めようとする切島。

ここでケンカしたら確実に最終種目の本選出場資格を取り消されるだろう。

 

「チッ…爆豪が攻撃したら失格にしてやろうと思ったのによ…」

「長谷川ァーっ!!!」

「聞こえてんだよこのクソアホ毛ェ!!!絶対にブッコロス!!!」

 

ボソッと本音を漏らす千雨に対し、両手を爆発させて吼える爆豪。それでも実際に攻撃しない所がみみっちい。

千雨は少しでも爆豪が攻撃してくれば、それを証拠にトーナメントから落とす気満々だったのだ。

えげつない攻撃力の高さ、目で見てから対応できる反射神経、戦闘センスの高さを持つ爆豪と本選で当たりたくない。

 

「あれ…長谷川、どっか行くの?」

「トイレ。食堂行くなら先に行ってろ。席は取らなくていいから」

「はいよー」

 

耳郎に告げて控え室を出て生徒用の女子トイレに向かう。

スッキリした千雨はそのままスタジアム出口に向かおうと壁に表示されている矢印にしたがって移動する。

角を曲がった所で見慣れた白金色の爆発頭が見えた。

 

「爆豪?」

「チッ…ついてくんなアホ毛」

 

控え室で散々煽ったからだろう。苛ついている爆豪。この様子だと本選で当たったらさっきの分の怒りもぶつけてきそうだ。

流石に煽りすぎたかと反省する。後悔はしていない。

 

「お前についてってねぇし。じゃあ先行く」

「アホ毛、てめぇ俺の前歩こうなんざ…!」

 

爆豪を抜かして先に行こうとする千雨と、それに突っ掛かる爆豪。

何かに気付いた千雨が振り向き、声を荒げようとした爆豪の口を押さえて静かにするようにと人差し指を立てて口に当てる。

爆豪は千雨の突然の行動に驚きながらも声をひそめた。

 

「…んだよ?」

「静かに」

 

千雨は少しかがんで、そっと曲がり角の先をうかがう。そんな千雨の頭上から爆豪も同じく曲がり角の先を見た。

 

「轟くん、あの…話って…何?

早くしないと、食堂すごい混みそうだし…えと……」

 

人気のないスタジアム出口。そこには向かい合う轟と緑谷がいた。

轟の発する空気が重苦しい。

ここを通るのは無理そうだと思ってUターンしようとした千雨の腕を爆豪が掴んだ。

1人でこの場から逃げるのは駄目らしい。

おいやめろ離せ爆発頭と小声で告げていると不意に轟の声が聞こえた。

 

「気圧された。自分の制約を破っちまう程によ。

飯田も、上鳴も、八百万も、常闇も、麗日も、長谷川も…感じてなかった。

最後の場面、あの場で俺だけが気圧された。

本気のオールマイトを、身近で経験した、俺だけ」

 

USJで見た、怪人脳無を殴り飛ばしたオールマイトの本気を思い出しているのだろう。

確かに轟のチームにも緑谷のチームにもあの時オールマイトの近くにいたのは緑谷以外には轟だけ。

 

「……それ、つまり…どういう……」

「お前に同様の何かを感じたってことだ。

なァ…」

 

 

 

「オールマイトの隠し子か何かか?」

 

 

 

えっ………えっ???

 

千雨は轟の言葉で思わず固まってしまった。そして爆豪を見る。

今のマジ?…え、違う?本当に?いや、疑ってるとかそういう訳じゃなくて、隠し子とか色々と信じられなくてだな…。

目で会話をする千雨と爆豪を余所に、轟と緑谷の会話は続く。

 

「『そんなんじゃなくて』って言い方は、少なくとも何かしら言えない繋がりがある、ってことだな。

俺の親父はエンデヴァー。知ってるだろ」

「!」

「万年No.2のヒーローだ。

お前がNo.1ヒーローの何かを持ってるなら、俺は……尚更、勝たなきゃいけねぇ」

 

フレイムヒーロー、エンデヴァー。

事件解決数史上最多のNo.2ヒーロー。炎熱系最強の個性"ヘルフレイム"を持つ。強力な"個性"の持ち主で強力なヒーローだが激情家の一面を持ち、"個性"が炎熱系ということも相まって行き過ぎることも多々ある。

また、ファンサービスは一切しないしトーク番組にもほとんど出ないため、オールマイトと異なり万人受けしていない。

 

プロヒーローについて知る以上、千雨は過去から現在までのビルボードチャート上位を見ていた。

20年以上も不動のNo.2。

それはとても凄いことであるのだが…世間の評価では、どうしても同じく不動のNo.1であるオールマイトと比べてしまう。

千雨からすれば充分凄いヒーローで、ただひたすらプロとしてヴィランとの戦闘などを淡々とこなしているという印象だった。

 

「親父は極めて上昇志向の強い奴だ。

ヒーローとして破竹の勢いで名を馳せたが…それだけに、生ける伝説オールマイトが目障りで仕方なかったらしい。

自分では、オールマイトを超えられねぇ親父は、次の策に出た」

「何の話だよ、轟くん…。

僕に…何を言いたいんだ…」

「個性婚。知ってるよな。

"超常"が起きてから、第二~第三世代間で問題になったやつ…。

自身の"個性"をより強化して継がせる為だけに、配偶者を選び…結婚を強いる。

倫理観の欠落した前時代的発想。

実績と金だけはある男だ…。親父は母の親族を丸め込み、母の"個性"を手に入れた。

俺をオールマイト以上のヒーローに育て上げることで、自身の欲求を満たそうってこった。

うっとおしい…!そんなクズの道具にはならねぇ」

 

轟の声にこもる憎悪が伝わってくる。

エンデヴァーは次世代に…自身の息子に賭け、息子にNo.1の夢を叶えさせて欲求を満たそうとしている。

轟の話ではそうだが……本当に、そうなのだろうか?

 

「記憶の中の母は、いつも泣いている…。

『お前の左側が醜い』と、母は俺に煮え湯を浴びせた」

 

轟の、左目の周囲にある酷い火傷跡はその事だろうと、すぐに察しはついた。

左側…炎熱を持つ父親を憎む気持ちは、炎熱を使う事を日頃からしないのはそこから来ているのかと、納得もしてしまった。

 

「ざっと話したが、俺がお前につっかかんのは見返す為だ。

クソ親父の"個性"なんざなくたって…。いや…。

使わず"1番になる"ことで、奴を完全否定する」

 

暗く、重く、辛い過去。

轟はそれに挫けることなく生きているのではない。

 

 

彼は…轟焦凍は―――――父親への復讐で、生きている。

 

 

千雨の脳裏にいくつかの光景が断片的によぎる。

 

雪の日に焼ける村

いつも暗く冷たい家

押し寄せる悪魔と、ひとりの少年

扉越しに響く口論と、ひとりの少女

少年を救ける、素晴らしい父親

少女の見つけた、愛される形

 

ひとりで泣く、小さな子供。

 

小さな子供が背負った深い闇。孤独、懊悩、絶望。そして、小さな子供に芽生えた光。

彼は同じものを背負っている。しかし、彼に芽生えたものは違った。

 

―――――いや…本当に違うのか?

 

何かが、ひっかかる。ピースが足りない。轟が"今"に至る過去に、何かが足りない。

千雨が思考している間に話は進んでいて、緑谷が轟に話し掛けていた。

 

「僕は…ずうっと助けられてきた。さっきだってそうだ…僕は、誰かに助けられてここにいる」

 

緑谷は今日この日この瞬間までに助けられた事を思い返す。

そして、誰よりも憧れたヒーロー。笑って人を助ける、最高のヒーローを思いながら、言葉を紡ぐ。

 

「オールマイト…彼のようになりたい…。その為には、1番になるくらい、強くならなきゃいけない。

君と比べたら、ささいな動機かもしれない…。

でも僕だって、負けらんない。僕を救けてくれたひとたちに、応える為にも…!

さっき受けた宣戦布告。改めて、僕からも…。

僕も君に勝つ!」

 

その宣言をして、轟と緑谷はそれぞれ別々に食堂へと向かっていく。

去っていく足音を爆豪と千雨は静かに隠れて聞いていた。

 

「………」

「来い」

「あ?」

「爆豪も昼飯まだだろ。…行くぞ」

 

こことは別の出口からスタジアムを出て、食堂へ向かう2人。

道すがらに話すことは本来なかったのだが…どうしても先程の話をしてしまう。

 

「お前…幼馴染みなんだろ。アレは本当に違うんだな?」

「…親も知ってる。半分野郎の勘違いなのは確かだ」

 

爆豪も思う所があるのだろうか。控え室での苛烈さは鳴りを潜めて静かに答える。

その顔は少しばかり思い詰めた表情。考えていることはどうせ1つだろうが。

 

「…緑谷ばかり認められて、轟の過去を立ち聞きして、自分ばかり置いていかれてる…ってか」

「っ!誰が!」

「んな顔してりゃわかるっての。

爆豪、お前は強いよ。能力も才能もある。自分を活かすための努力もしてる。

緑谷の持つ強さはお前の強さとは違う。その強さってのは攻撃力の話じゃねぇ。

だが、その強さが緑谷が認められている理由だ」

 

爆豪は珍しく静かに千雨の話を聞いている。

他の人からであれば素直に聞く気は起きないだろう。性格が似ているから聞こうと思えたのかもしれない。

 

「その強さが何かって答えは自分で出せよ。私は何でも答えてやれるほど優しくねぇんだ。

でも、もしお前がその"強さ"を得たら―――今以上に強くなる。必ずな」

 

真剣な表情で強くなると言い切る千雨。

爆豪としては強くなる答えを教えないところは腹が立つものの、素直に教えて貰うのも癪であるため不問とした。

それよりも爆豪は千雨に聞きたいことが1つあった。

 

「テメェはアイツの話聞いて…どう感じたんだよ」

 

千雨の様子はまるで普段と変わらない。

驚きはしていたが…あんな重い過去の話を聞いても悩む様子がないのだ。だからこそ爆豪は聞きたかった。

 

「ん?ああ―――あの顔を思いっきり殴る」

 

思いっきり殴るという思わぬ返答に、爆豪は思わず千雨を見る。

千雨はそんな爆豪に冷めた笑みを見せた。

 

「んだよ、私がアイツを心配してると思ったか?

あんな不幸はな、形は違えど世界のどこにでも転がってるよ」

「!」

「私が轟を殴りたいのは"不幸だから"じゃねぇ。あの考えが気に入らねぇからだ。―――ただ不幸に酔って、前を見ねぇで誰かを恨むだけというのがな。

だから思いきり殴って、何の為に生きているのか力ずくで思い知らせてやろうと思った」

「…殴って、出来んのかよ?」

「たとえ思い知らせられなくても…全力出せば案外スッキリするし、負けるつもりはねぇ。

そうだろ、爆豪?」

「……違いねぇな」

 

千雨の言葉に爆豪もニヒルな笑みで答える。

そうだ。やることは最初から1つだけ。

 

 

 

全力で叩き潰して1位になる。ただそれだけだ。

 

 

 

千雨は食堂でそのまま爆豪と食事をとった。混みあった食堂で他に席がなかったのだ。

マグマかと思うほどの激辛担々麺を食べている爆豪と、唐揚げ定食を電子精霊たちに少し分けながら食べている千雨。

そこへ八百万と耳郎がやって来た。

 

「千雨さん、こちらにいらっしゃいましたか」

「あれ、爆豪と一緒とか珍しい…控え室であんだけ口論してたのに」

「あー…まぁ他に席がなかったから。で、どうした?」

「それが、午後は女子全員で応援合戦しなきゃいけないそうですわ」

「相澤先生からの言伝だって、上鳴と峰田が言ってた」

 

上鳴と峰田。

その2人が言っていたとすると怪しいのだが、相澤からの言伝となると信憑性が増す。

 

「…衣装は?」

「私が創りますわ」

「ウチらは女子更衣室に先行ってるから」

 

どうにも怪しい。

そう思いながらも昼休憩の時間は残り少ない。食事を終えた千雨は爆豪に一声かけてから更衣室へ向かった。

 

 

 

昼休憩が終わって、スタジアムに戻ってきた。…のだが。

 

「どーしたA組!?」

 

チアガール姿でポンポンを持ってならぶA組の女子7人。千雨の目はとても冷めきっていた。

うん、少し察していたが…やはりか。

 

「峰田さん、上鳴さん!!騙しましたわね!?」

 

応援合戦というのは案の定、峰田の嘘だった。

露出の多いチアガール衣装をきたA組女子7人をカメラが映す。

A組女子は綺麗な子も可愛い子も多く、スタイルも良いので観客席の男性客から嬉しそうな歓声が上がっている。

 

千雨は相変わらずあのバカ2人は、と思いながらも、制裁が加えにくい状況に歯痒さを感じていた。

ここで制裁したら最終種目どころじゃない。確実に本選出場権を剥奪される。それは回避したい。

 

「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの、私…」

「あいつらエロに関しては無駄に頭回るから、気にすんな」

「アホだろアイツら…」

「まァ本選まで時間空くし、張りつめててもシンドイしさ…。

いいんじゃない!!?やったろ!!」

「透ちゃん、好きね」

 

落ち込む八百万を麗日と共に慰める。葉隠は応援する気満々のようだ。最終種目に出ないからというのもあるのだろうが。

 

レクリエーションが終われば最終種目。

進出4チーム、16名からなるトーナメント形式。

 

 

一対一の、ガチバトルだ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦いは目前

OJエンデヴァー参戦おめでとうございます。
「エンデヴァー350円」って字面のパワーが強すぎる件。

あと今週末までに、今まで書いていた内容を読み返して加筆と修正をしたいと思っております。



レクリエーションの前に、最終種目のトーナメントくじ引きだ。

チア姿のままでくじ引きすることになった。こうなることなら、相澤先生を電子精霊たち使ってでも探すべきだったかと千雨は後悔する。

コスプレイヤーとしてはチア衣装が嫌いという訳ではない。

この格好が【長谷川千雨】として全国放送されているということが最悪なのだ。

 

「それじゃあ組み合わせのくじ引きしちゃうわよ。組が決まったら、レクリエーションを挟んで開始になります!

レクに関しては進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。

息抜きしたい人も、温存したい人もいるしね。

んじゃ1位チームから順に…」

 

ミッドナイトが号令台の上でくじ引きの箱を手にしながら説明をしていたが、くじ引きの直前に誰かの右腕が上がった。

 

「俺、辞退します」

 

尾白だ。

突然の棄権宣言に、クラスのほとんどが驚いて疑問を口にした。

 

「騎馬戦の記憶…終盤ギリギリまでほぼボンヤリとしかないんだ。

多分、奴の"個性"で…」

 

尾白が組んでいたのは騎馬戦で4位となった心操チーム。

組んでいたのはサポート科の発目とB組男子の他科混成チームだったからよく覚えている。

 

「チャンスの場だってのはわかってる。それをフイにするなんて愚かな事だってのも…!

でもさ!

皆が力を出し合い争ってきた座なんだ。こんな…こんな、わけわかんないまま、そこに並ぶなんて…俺は出来ない」

「気にしすぎだよ!本選でちゃんと成果を出せばいいんだよ!」

「そんなん言ったら私だって全然だよ!?」

「違うんだ…!俺のプライドの話さ…。俺が、嫌なんだ。

あと何で君らチアの格好してるんだ…!」

 

最後のツッコミはともかく。

尾白の真面目で正々堂々を好む性格だからこその辞退だった。

その言葉にB組男子で共に騎馬を組んでいた庄田も同じく辞退を申し出た。

この場合、辞退の可否は主審のミッドナイトの判断による。

 

「そういう、青臭い話はさァ……好み!!!

庄田、尾白の棄権を認めます!」

 

好みで決めて良いのか。

いやまぁ……良いんだろうが…。

 

「―――私は、やりますよ?」

 

尾白とB組男子は辞退したが、発目は辞退しないそうだ。

緑谷に騎馬を組みたいと申し出た時に、大企業に注目されたい目立ちたいと言っていたから本選で目立つつもりなのだろう。

 

結局、2名繰り上がりでB組から鉄哲と塩崎が本選出場。

計16名のトーナメント。

一回戦、二回戦、準決勝戦、決勝戦となる。トーナメントの結果はこうなった。

 

緑谷 対 心操

轟 対 瀬呂

 

塩崎 対 芦戸

上鳴 対 長谷川

 

一回戦では第4試合。

一回戦は上鳴相手だから完全勝利確定だ。ついでにチア姿の怨みもはらせそうなのが何よりも嬉しい。

一回戦を勝ち残れるから、その次は塩崎か芦戸のいずれか。

 

さらに勝ち進めば、一回戦の第1第2試合をする4人のうちの誰かだ。同じA組である轟か緑谷が有力。

爆豪と戦う前に轟の顔面殴れそうなのは少し安心した。爆豪が先だったら殴れなかっただろう。

 

トーナメントの後半ブロックの組み合わせは以下の通りだ。

 

飯田 対 発目

常闇 対 八百万

 

鉄哲 対 切島

麗日 対 爆豪

 

こちらの後半ブロックは決勝戦まで進出しない限り戦うことはない相手だが、言葉にしにくい組み合わせだ。

特に、最後。

 

「貴方がA組の芦戸さんですね?」

「B組の塩崎さんだよね!よろしく!!」

「ええ。こちらこそ正々堂々と良い試合をお願いいたします」

 

明るい芦戸とは対照的におしとやかで真面目そうな雰囲気の女子生徒だ。

見た目で個性がわかるのもあるが、確か障害物競走で女子2位。

千雨の1つ後ろの5位だったことを踏まえると、中々油断ならない相手かもしれない。

他にも対戦相手となる者同士で軽く挨拶や声を掛け合っている。

 

そんな中で地面に両手をついて絶望している男子が1人。

 

「一回戦で長谷川と戦う!?

俺が勝つの無理じゃん!!相性的に!!!」

「上鳴……体育祭、お疲れさん」

「運がなかったわね上鳴ちゃん」

「長谷川が言うなァ!あと梅雨ちゃんのそれ、トドメだからな!?」

 

相変わらず騒がしい上鳴をからかいながら、束の間のレクリエーションタイムとなった。

 

「あれ、千雨ちゃん応援しないの?」

「休憩したい。それに、応援とかキャラじゃねぇし。

他の3人も本選出るだろ。応援するのか?」

「ええ…この際ですから」

「緊張しててもしょうがないし」

「そうそう!それに応援で体動かしてる方が楽しいし!」

 

ポンポンを持って楽しそうに飛び跳ねる芦戸と、恥ずかしそうにしている麗日と八百万。元気だな。

着替える前にムードメーカー2人に押さえ込まれて写真を一緒に撮らされた。恥ずかしい。

 

 

 

千雨は更衣室で体操服に着替えてレクリエーションの間にスマホと持ち歩き充電器の充電を控え室でしようと思い、着替えを取りに控え室に向かう。

控え室には尾白と緑谷がいた。

 

「あれ、長谷川さん?」

「ああ…長谷川さんもチアの格好してたんだね…」

「気にすんじゃねぇ。

にしても珍しい組み合わせだが…一回戦の相手関係か」

 

先にコンセントに充電器を差し込んで充電が始まったのを確認して、緑谷たちのそばにチア姿のまま座る。

 

「尾白、私にも何があったのか教えてくれ。辞退の内容からして操られてたんだろ?」

「あ、うん…でも初見殺しさ。

問いかけに答えた直後から記憶がほぼ抜けてた」

「記憶が抜けてても騎馬組んでたってことは…問いかけに答えたら操れる"個性"か?

……成る程、強いな」

 

完全な対人特化型の個性。それもかなり強力だ。

操る内容がどこまでなのかも気になる。

簡単な動きだけなのか、本人が元々出来る動きだけなのか。個性は使えるのか。話もさせられるのか。

 

もし相手の名前を聞き出せるなら、いどのえにっきと組み合わせれば尋問いらずで情報抜き取り放題になる。しかも尋問の最中の記憶はほぼ抜けるし、情報を抜き取っている間に攻撃される危険もない。

組織犯罪、特にテロなどの要注意人物に不意打ちでやれば、犯罪計画もアジト内部も丸わかりになる。

 

自分で考えてなんだが…えげつないな、この組み合わせ。

いどのえにっきは魔法世界でフェイトが危険視していたアーティファクトだったが…。

この世界でここまでヤバい方向に進む可能性が出てくるとは思わなかった。

 

「うん。うっかり答えでもしたら、即負けだね…」

「でも、万能ってわけでもなさそう。

記憶…"終盤ギリギリまでほぼ"って言ったよな?

心操が鉄哲のハチマキを奪って走り抜けた時、鉄哲チームの騎馬と俺、ぶつかったみたいで…。したら、覚めた。

そっからの記憶はハッキリしてる」

「衝撃によって解ける…?」

「の、可能性が高い。

つってもどの程度の衝撃ならとかもわからないし、そもそも一対一でそんな外的要因は期待出来ないけどな。

長谷川とか常闇みたいに"個性"が自我を持ってりゃ話は別だけどさ…」

 

確かに、千雨であれば電子精霊がタックルでもすれば解ける可能性は高い。

その程度で解けるならば、だが。

千雨の場合、身体強化している最中にもし答えてしまったらまず外部からの衝撃で解けなくなる可能性が高い。

ちょっとしたナイフで刺そうとしても傷つかない程度に防御力が高くなっているため、衝撃もかなりのものでなければ意味がないだろう。

 

「まァ、俺から出る情報はこんなもん」

「ありがとう!ものすごいよ!」

「すごい勝手なこと言うけどさ。

俺の分も頑張ってくれな」

 

パイプ椅子から立ち上がった尾白が緑谷に右拳を伸ばして言う。

本人は自身のプライドが許せなくて辞退したが…それは、トーナメントで負けたくないからではない。

彼もまた、勝ち進みたかったのだ。

 

緑谷が尾白と拳をトンッと突き合わせる。

緑谷は問題行動の多いネガティブ系オタク男子だが…やはり、こういうところは男の子というやつなのだろう。

 

 

 

 

尾白たちが控え室を出て行ってから更衣室で体操服に着替え、クラス控え室でスマホの充電とわずかばかりの仮眠をした千雨。

 

レクリエーションの終わる頃にスタジアム2階のクラス観客席に向かった。

移動している最中に、プレゼント・マイクの実況が聞こえてくる。

 

「色々やってきましたが!!結局これだぜ、ガチンコ勝負!

頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな!!

心・技・体に知恵、知識!

総動員して駆け上がれ!!」

 

通路を抜けてクラス席に向かうとスタジアム全体が見えた。

競技場にはコンクリートで出来た正方形のステージ。その四隅からは火が上がっている。

クラス席につき、空いていた障子の隣に座る。

 

「長谷川、レクの間ずっと見ないと思っていたが…」

「クラス控え室で仮眠取ってた。

三回戦で当たりそうな緑谷と普通科、瀬呂と轟の試合見にな」

「千雨ちゃん、試合前から一回戦勝つって分かってるもんね」

「上鳴相手だったら長谷川が余裕の勝利だし」

「うんうん」

「既にお前らのせいで俺のハートはボロボロだよ!」

 

A組の中でももはや上鳴の勝率は0のようだ。嘆く上鳴の声が響く。

そんな雑談を交えつつ待っていると、スタジアムにある2つの出入口からそれぞれ出てきた2人の人物。

緑谷と心操だ。

 

「一回戦!!

連続1位という成績の割に何だその顔。ヒーロー科、緑谷出久!!

ごめん、まだ目立つ活躍無し!普通科、心操人使!!」

 

トーナメントのルールは簡単。

相手を場外に落とすか行動不能にする、または「まいった」とか言わせても勝ち。

たとえどんなケガを負わせても保険医であるリカバリーガールが待機しているため、全力でやってよし。

ただし当然のことながら、命にかかわるのはアウト。

 

よくある武道大会系のルールと変わらないルールである。魔法世界の拳闘大会と違って対戦者の死亡がルール違反なのは当然か。

 

ワアワアと歓声がうるさい。スタジアムにいる心操が何やら喋っているようだが、歓声とプレゼント・マイクの実況で完全にかき消されてしまった。

スタートの合図と共に何やら叫んでから動きが止まった緑谷。

挑発でもされたのだろう。緑谷がまんまと術中にハマッたのだとわかる。

 

「オイオイどうした、大事な緒戦だ盛り上げてくれよ!?

緑谷開始早々―――完全停止!?

アホ面でビクともしねえ!心操の個性か!?」

「ああ緑谷、折角忠告したってのに!!!」

「あのバカ…知っててかかる奴がいるかよ…」

 

プレゼント・マイクの実況が響く中で、尾白と共に緑谷の迂闊さへ苦言を呈す。

助言を貰っていたのにこれで一回戦落ちしても文句は言えない。ただのバカだとしか思えない。

 

「全っっっっっ然目立ってなかったけど彼…ひょっとして、やべえ奴なのか!!!?」

 

プレゼント・マイクが驚愕している実況が響く。

麗日が千雨と尾白の席へ振り向く。

 

「千雨ちゃん、尾白くん、あの普通科の人の個性って何なん!?」

「アイツの問いかけに答えた相手を操れるらしい。制限とかどの程度の指示が出来るのかは知らん」

「じゃ、じゃあ…デクくんは…!?」

「見ての通り、ってとこだな」

 

ステージを見れば、棒立ちで向き合っている心操と緑谷だったが、緑谷が突然くるりと振り向いて、場外に向かって歩いていく。

ここでプレゼント・マイクによる個性の説明がされた。

 

「心操人使、個性"洗脳"!

彼の問いかけに答えた者は洗脳スイッチが入り、彼の言いなりになってしまう!

本人にその気がなければ、洗脳スイッチは入らないぞ!」

 

説明されている間も、緑谷の足が止まる気配はない。

一歩一歩、ステージのラインに近付く。

 

あと一歩で、場外。

 

これで決着かと思った瞬間、緑谷の指が強力な風を起こした。よく見てみれば、左手の人差し指と中指が腫れ上がっている。

 

「おいおい…暴発させて解いたのかよ…!」

「すげえ無茶を…!!」

「緑谷!!とどまったあああ!!?」

 

この展開には観客も実況も盛り上がる。

 

「何で…身体の自由はきかないハズだ、何したんだ!!」

 

一方で、強制的に個性を解いた緑谷に驚愕する心操。しかしそれに緑谷は答えずに頭を左右に振る。

 

「…!

…なんとか言えよ」

「―――…」

「~~~!

指動かすだけで、そんな威力か。羨ましいよ!

…俺はこんな"個性"のおかげで、スタートから遅れちまったよ。

恵まれた人間には、わかんないだろ!」

 

心操はなんとか口を開かせようと声を荒げる。

それでも緑谷は口を開かない。

 

「誂え向きの"個性"に生まれて、望む場所へ行ける奴らにはよ!!」

 

心操のその言葉は、挑発ではなく…心からの叫びなのだろう。

"個性"を"才能"に置き換えれば、その気持ちはわかる。恵まれた人間は、一生恵まれない人間の気持ちを理解することはない。

恵まれていないから、限界を知っている。恵まれた者に負けるという、結果が見えている。

そんなリスクへ足を踏み出そうなどとしない。踏み出したくない。努力なんか無駄だと言って、"才能"がある奴にはどうせ勝てないと言って…自分が負けてしまうのが怖いから、人は逃げるのだ。

 

でも、心操はリスクがあるとわかっていて、勝負に出た。

心操は諦めてしまう人間とは違う。夢を諦めていない。たとえ誰がなんと言おうとも、どんな手を使ってでも、絶対に諦めない。

それはまるで―――先生のようで。

そんな心操が千雨には少しだけ眩しく見えた。

 

取っ組み合いをしていた心操の身体が宙に浮く。緑谷が背負い投げを決めたのだ。

個性の暴発で洗脳の解除をして、最後は背負い投げという力技での勝利。

 

「心操くん場外!!

緑谷くん、二回戦進出!!」

 

今回は緑谷が勝ったが、最後の瞬間までわからなかった。

もしも心操がもっと身体を鍛えていれば、結果は違ったものになっていただろう。

 

「IYAHA!

緒戦にしちゃ地味な戦いだったが!!

とりあえず両者の健闘を称えて、クラップユアハンズ!!」

 

プレゼント・マイクの実況と共に、会場全体に拍手が満ちる。

拍手をしている多くのプロヒーローたちが心操を評価しているのは明らかだった。

 

 

 

しばらく間を空けてから第2試合、轟と瀬呂の試合が開始。

といっても、そんなに長くはない。

スタートと同時の不意打ちで瀬呂がテープで拘束して場外を狙ったのだが、轟が最大出力の氷を作り出したのだ。

 

スタジアムの天井すらゆうに越える、大氷壁を。

 

もちろん、この高威力によって凍らされた瀬呂は行動不能。轟が二回戦進出を決めた。

轟は退場する前に氷を左手で溶かしていく。その表情は観客席からは窺えない。

 

そんな轟を見て、千雨は絶対殴ろうと改めて心に誓って、観客席から控え室へと向かった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一回戦 vs上鳴

\テーレッテー/


千雨は控え室1にて、第3試合の様子を中継で確認する。

 

どうやら芦戸と塩崎の対戦は、第1試合や第2試合よりも白熱しているようだ。

塩崎の伸ばすツルが芦戸を捕まえる前に酸で溶かされてしまい拘束が上手くいかない。

芦戸が足から酸を出して接近戦を仕掛けるが、死角からツルを伸ばしてくる塩崎に苦戦。

互いに個性で牽制と打ち消しをしあっていて、これには観客も大興奮。

 

最終的に、芦戸が酸で溶かす速度よりも早く塩崎が大量のツルで何重にもなるようにして芦戸を捕らえ、場外にしての勝利だった。

 

 

 

酸とツルを撤去する時間を挟み、第4試合。ステージで向かい合う男女。

千雨と上鳴だ。

 

「…ここまで結果見えてると、悲しくなるね」

「上鳴のやつ、長谷川とは相性最悪だからなァ」

「電撃はマンタが吸い取って無効にされちまうし、かといって近接戦闘はあの超パワーと超スピードがあるし…」

 

観客席にいるクラスメイト全員で上鳴の個性でどうすれば千雨に勝てるのかと考えるが、考えれば考えるほど上鳴では勝てないとしか思えなくなる。

もはやどれだけ持ちこたえられるかだ。

 

「でも、勝ち筋が完全にないわけじゃない…」

「デクくん、もしかして千雨ちゃんが言っとったアレ?」

「うん。

騎馬戦で長谷川さんのデータの実体化には機械が必要って言ってたからね。

上鳴くんが機械を破壊すれば長谷川さんはマンタやクジラが使えなくなる。それから電気で痺れさせてから場外に出せば勝てるけど…」

「千雨ちゃん、実力が未知数だもんね。障害物競争から新技出しとるし」

「だからこそ、少しでも詳しく知りたいんだ」

 

緑谷はノートとシャープペンを構えてスタートの合図を待った。

 

 

 

「スパーキングキリングボーイ!ヒーロー科、上鳴電気!

障害物競争から女子トップ!ヒーロー科、長谷川千雨!」

 

両手をズボンのポケットにいれて気だるげに立っている千雨。その様子は余裕綽々と言わんばかり。

対する上鳴は冷や汗をかきながらも覚悟を決める。

 

「戦闘訓練の時の俺と…」

「スタートォ!!!」

「同じだと思うな、よっ!?」

 

合図と共に接近しようと動いた上鳴が、突如として後ろに倒れた。

 

「スタートと同時に上鳴が後ろに倒れたー!?長谷川、一体今度は何をした!?」

 

一歩も動かない千雨と、倒れて痛そうに腹を押さえる上鳴。

実況のプレゼント・マイクも解説の相澤も、そして観客席の誰もが驚いた。

 

「な、何!?今の!?」

「長谷川の新技か…?」

「今の長谷川の技なの?上鳴の自爆だったりしない?」

「逆にあり得る」

 

観客席ではクラスメイトであるA組も一体何が起きたのかとざわつく。

その中で1人、眉間にシワを寄せて舌打ちをする。爆豪だ。

 

「ちげぇ。今のはアホ毛の技だ」

「え、爆豪は何が起きたのかわかんの!?」

「両手をポケットに突っ込んでて、油断してるっぽいのに…?」

 

唯一クラスの中で今のを知っていたらしき爆豪に全員の注目が集まる。

 

「あれが戦闘態勢なんだろ、一回見た」

「え、あれが?いつ見たんだよ?」

「クジラ出してから俺を落とす時、ポケットに片手つっこんでやがった」

「あー、爆豪が突撃した時か」

「下からじゃあ一切見えなかったけど、やっぱ長谷川の技なのか!」

「どんな原理だろう?」

 

立ち上がろうとした上鳴に、千雨はゆっくりと近付きながら無音拳を上鳴に当てる。

顎や頭など急所は狙わず、脇腹や肩、腕などに当てていく。

 

「オラオラ、どうした?倒れたままか?」

 

上鳴はゆっくりと近付いてくる千雨を見ながら、放電が届く範囲に千雨が来るのを痛みに耐えて待つ。

上鳴にこの見えない攻撃を防ぐ手段はない。だからこそ、勝機を窺う以外なにもない。

 

「長谷川が上鳴へ一歩一歩近付くが、上鳴の身体に見えない何かが今もぶつかっているのか、上鳴はケガが増えていく!

いやマジで何してんだ!?イレイザー、お前の生徒だろ!?」

「知らん。…が、仕掛けがあるのは確かだな。

一応それぞれの個性を紹介したらどうだ?」

 

相澤の勧めもあり、プレゼント・マイクは今戦っている…いや、一方的な試合の2人の個性を解説する。

 

「上鳴電気、個性"帯電"!

電気を放出する"個性"だ!放電するワット数は調節可能!

ただし放電し過ぎると脳がショートしてしまうぞ!」

 

「長谷川千雨、個性"電子操作"!

電子機器へのハッキングと、電子データで出来た7匹のモンスターを操れる"個性"!

モンスターを形成するエネルギーを身に纏うことで、一時的に超パワーや超スピードを使うことも出来る!その他にも、モンスターと同じようにプログラムしたデータを実体化させることも出来る!」

 

大画面にはそれぞれ写真と名前と個性が表示される。

 

「両者共に電気系統の個性!

しかし、この勝負は一方的な長谷川の勝利で終わるのかー!?」

 

千雨の無音拳による攻撃はまだ続く。上鳴との距離は3メートルを切った。

拳圧を飛ばすために必要な距離は1、2メートル。もう少し近付いても大丈夫だと思いながら千雨はゆっくりと近付き上鳴をなぶる。

プレゼント・マイクの実況が響く中で、A組では常闇が冷静に試合を分析する。

 

「長谷川…何に怒っているのかは解らんが、一撃で倒せる相手であるのにわざと急所を外しているな」

「うん、獲物をいたぶる猫みたいだね…」

「長谷川の奴、ドSかよ…!」

 

常闇の言葉を聞きながら、尾白と峰田が千雨を評価する。

 

「でも、上鳴ちゃんに怒ることなんて…―――あったわ」

「え、マジ?」

「チア姿にさせられたからじゃないかしら?

千雨ちゃん、着替える時も嫌々で恥ずかしそうだったもの」

「…上鳴ィ!そのままボロボロになって、長谷川の怒りがオイラへ向かないようにしてくれー!」

「峰田くん、薄情すぎるよ…!」

 

上鳴をいたぶる理由がチア姿の復讐なのだと知った途端に同志・上鳴を切り捨てた峰田。

最低すぎる。

 

そんな観客席とは裏腹に、上鳴は諦めていなかった。

ここまで力量差と相性差がある千雨に、逃げるよりも一矢報いたいと思ったからだ。そしてそのガッツで女の子にモテたいからだ。動機が半分不純である。

近付いてきた千雨にタックルするようにして勢いよく接近し、右手で千雨の左腕を掴む。

 

「いくら長谷川でも、ゼロ距離ならどうだ!?

無差別放電130万ボルト!」

「くっ!」

「ここで上鳴の放電が決まったー!!逆転なるか!?」

 

バリバリと大きな音を立てて放電する上鳴。呻く千雨。

油断していた千雨の隙をついた上鳴の逆転勝利かと見ていた全員が思った。

しかし、放電で呻いていた千雨が倒れる様子は無い。それどころか―――。

 

「く…ふ、くく…笑いを堪えるのに、必死になっちまった…。

―――私が、お前への対策を取らずにいるとでも?」

「無傷!!!同じ電気系統だからか、上鳴の放電はノーダメージだァー!!!

つーか長谷川ガールの右手に電流が集まって滅茶苦茶光ってる!!どーなってんだ!?」

 

上鳴の放電が終わった時、千雨はまったくの無傷。それどころか、右手が電気を集めているかのように電光を発している。

バチバチ、ジリジリ、チキチキ。弾けるような、焦がすような、軋むような音。かなりの高電圧なのが伝わってくる。

 

これはエクトプラズムからの助言によるもの。

先日の助言を元に身体強化に電子精霊たちを纏う技を試したところ、電子精霊たちの電力だけでは電撃での攻撃と言えるほどのパワーがなかった。

電子精霊は発電出来ないからだ。

しかし、この技は電子精霊を纏っていることで蓄電という特性を持つことがわかった。

静電気や充電器から得た電気を纏っている電子精霊が蓄電し、そのまま全身または身体の一部に集めて纏うことも出来る。

といっても、充電器程度の電力で出来るのはスタンガン程度の威力。雷天大壮のように雷化は出来ない。

 

しかし、今はその条件とは違う。

上鳴が放電した電力は充電器や静電気とは比べ物にならない。人の大きさの充電器のようなものだ。

上鳴の体内にあった電気量は充電器の数十倍。

見た目はネギ先生の雷化というには足りないし雷速瞬動も出来ないが、身体の一部に集めればかなりの威力となる。

 

千雨は、右拳に先程上鳴が放った放電で吸収した電力の2割を集束している。

全て使わないのは今後の試合のため。

また、これほどの電気量となると、電子精霊たちの協力があるとしても何割まで制御しきれるのかわからないからだ。

正直なところ不安が大きいためあまり使いたくないが、右拳に集束してしまった以上、使うしかない。

そもそもこの試合はチア姿にした上鳴が相手だ。もとより優しくする気はなかった。

 

千雨の右手に危険を察知した上鳴が離れようとするが―――遅い。

 

「チア姿にしてくれた礼だ。しっかり味わえよ?」

 

千雨は一瞬で距離を詰めて電気を纏う右拳で上鳴にボディーブローを決めた。

その瞬間、電光が周囲に広がり放電して轟音が響き、上鳴の身体はスタジアムの壁まで吹き飛んでいった。

 

「長谷川ガールの電撃ボディーブローが決まったと思ったら!

今のはなんだ!?強すぎるだろ!!!」

「…おそらく、上鳴の放電を無効化したんじゃなく、吸収して纏ったんだろう。

超パワーに加えてあの電力を使ったパンチ…あそこまでの威力を出すには条件があるだろうが、凄まじいな」

 

ミッドナイトが即座に手を上げて宣言をする。

 

「上鳴くん、場外!長谷川さん、二回戦進出!」

「完全勝利!!!あえてもう一度言おう!完・全・勝・利!!!

予選から見せていたプログラムの実体化無しでこの強さ!!!長谷川、無傷で二回戦進出だァー!!!」

 

スタジアムに歓声と拍手が響く。

ミッドナイトが上鳴を保健室へ運ぶようにとハンソーロボに指示を出している間に、千雨は観客席にお辞儀をしてからステージを降りて出入口へ向かっていた。

 

第4試合を見ていたプロヒーローたちが和気藹々と評価していく。上鳴の放電の威力も凄まじいものだったが、それ以上に千雨の万能さが際立った。

障害物競争と騎馬戦での様子では、飛行による支援と戦術指揮が得意と思わせていたのが、トーナメントでは一転して近接戦闘の強さを見せつけた。

しかも近距離攻撃だけでなく遠距離攻撃技も併せ持つタイプ。

救助や支援だけでなく遠近両方の戦闘も出来るとなれば、サイドキックどころか将来のトップ10入りは確実と言える将来性だ。

 

そんな歓声の中で、先程の威力に峰田は全身を震わせていた。

 

「ややや、ヤベェよォ!!あんなん食らったら死ぬだろ!!長谷川のやつ、オイラも殺す気だろ!!!?」

「いや上鳴死んでないから大丈夫だって…多分」

「常闇!助けてくれ!お前なら長谷川の怒りを鎮められる!!オイラ、死にたくねぇよォー!!!」

「諦めて腹を括れ」

 

常闇は首を横に振って峰田の懇願を却下した。

上鳴や峰田ほど女好きではないとはいえ、常闇も健全な男子高校生だから「女子のチア姿を見たい」という峰田たちの気持ちが全くわからないという訳ではない。

しかしそれよりも常闇は友である千雨の味方であったし、騙した2人が悪いということは火を見るよりも明らかだった。

 

「にしても最後の電撃ボディーブロー、あれ強力だろ」

「パンチの威力に加えて電撃だもんね。たとえガード出来ても電撃を食らって痺れるから動けなくなるし」

「あ、長谷川さんが上鳴に近付いてたのって、もしかして電気を吸収するためかな?」

「その可能性は高い」

「千雨ちゃん、第一回戦から新技目白押しって感じやったなぁ。

………ん?」

 

千雨の戦闘を考察していくA組の面々。

麗日はふと隣から聞こえてくる音に目を向けた。

 

「上鳴くんの"個性"も強力だけど、同じ電気系統でも長谷川さんの個性は出来る行為の範囲がやっぱり広い。

体育祭じゃ見せていない武器の実体化もあるし、電撃吸収がマンタたちでなくても出来て電気を纏うことも出来るとなると、近接戦闘において恐ろしい強さだ。にしても纏える電気は身体の一部だけ?電気量はどれほど?

それに最初に見せたあの見えない攻撃、かっちゃんの解説が正しいならポケットにいれる体勢が大きく関わっているんだろうけど、ポケットになにか秘密があるのか?それともあの体勢じゃないと出せないのか?

そもそも見えない攻撃はどんなものなのか聞いてみないとわからないし、攻撃範囲がどれくらいなのかもわからない。とはいえ見えない上に音もしない攻撃となると不意打ちされたら確実に当たる。もし急所を狙われたら一撃で終わるのをあえて外していたみたいだった。

もし戦闘になったら急所をガードしておくしか対策がない…どうにかして当たらないようにしないといけないけど、長谷川さんが超パワーで接近してくる可能性もある訳で、対策としては…―――」

 

ガリガリとノートに細かく書き込みながらブツブツと呟いている緑谷。その勢いはとどまることを知らないと言わんばかりだ。

 

「終わってすぐなのに、先見越して対策考えてんだ?」

「ああ!?いや!?一応…ていうかコレはほぼ趣味というか…長谷川さんが隠してる実力を見れる機会だし、クラス外のすごい"個性"も見れる機会だし…。

あ!そうそう、A組の皆のもちょこちょこまとめてるんだ、麗日さんの"無重力"も」

「……。

デクくん、会った時から凄いけど…体育祭で改めてやっぱ…やるなァって感じだ」

 

麗日が苦笑しながら緑谷を誉める。緑谷は麗日の言いたいことがあまりわからずにいた。

 

「さァ―――どんどん行くぞ、頂点目指して突っ走れ!!」

 

プレゼント・マイクの声が響く。第一回戦はこれで残り半分、4試合だ。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観戦と激励

本日中にちょこちょこやってる加筆修正を終わらせたい


千雨は上鳴との試合を終えてから、クラスの席には戻らずに観客席出入口の壁にもたれてステージを見る。

クラス席に戻って先ほど見せた技についてあれこれ訊かれるのが煩わしいからだ。

周囲が千雨に気付いてチラチラと見てくるが、無視して経営科の売り子から買ったペットボトルのアイスコーヒーを飲みながら試合を観戦する。

 

 

第5試合は飯田と発目。

発目の提案で飯田もサポートアイテムを着用していた。

その試合はアイテムの実演販売かはたまたテレフォンショッピングか。アイテムの解説をしながら、戦うというよりも鬼ごっこをしている発目と、翻弄されている飯田。

最終的にアイテム解説をしきった発目が自発的に場外へ出て飯田が二回戦進出となった。

発目はサポートアイテムの会社からすれば注目株となったのだろう。プロヒーローも自身の活動の幅を広げることが出来るサポートアイテムの未来の開発者への称賛と、飯田への憐れみまじりの拍手をしている。

 

 

第6試合は常闇と八百万。

個性で既に鋼鉄の盾や棒を用意している八百万と、黒影を出す常闇。

常闇の弱点は光。それがバレないかぎり、中距離攻撃が得意な黒影の攻撃を防ぐので手一杯となり、常闇自身に攻撃するのは難しいだろう。常闇に一対一で勝つには相性が有利でなければ難しい。

案の定、創造して準備しておいた武器で戦おうとした八百万に怒涛の攻撃を仕掛けて、道具を使わせないで場外に押し出した。

 

八百万が鉄の棒などではなくライトや閃光弾などを用意していたら常闇が負けていただろう。

 

しかし、それ以上に気になったのは八百万の様子。

試合前から緊張しているというよりもなにやら本調子ではないというか、動きが悪いように見えた。

試合後も普段の八百万らしくない。どこか自信無さげで少し暗いように見える。…まぁ、一回戦で負けてしまったからかもしれないが。

 

 

第7試合は鉄哲と切島。どちらも皮膚が硬くなる個性被りの対戦だ。

どちらも近接戦闘に特化しているため、真っ向からの殴り合いである。

個性も性格も戦闘方法も同じ2人の殴り合いは個性が被っているからこそあそこまで出来るのだろう。生身の人間相手ではあそこまで殴り合えない。

結局この2人の殴り合いは両者ダウンによる引き分け。腕相撲など簡単な勝負で勝敗を決めることとなった。

実力もほぼ同じということもあり、指名を食い合うこととなるが、2人とも暑苦しい戦い方だったからこそ、そういうのが好きなプロからの指名が来るだろう。

 

 

そして、一回戦最後の試合となる第8試合。

 

「中学からちょっとした有名人!!堅気の顔じゃねぇ。ヒーロー科、爆豪勝己!!

対…

俺こっち応援したい!!ヒーロー科、麗日お茶子!」

 

唯我独尊、俺様主義で攻撃的な爆豪。

個性も圧倒的攻撃力を持ち、攻撃、移動、牽制なども出来る上に、タフで飛び抜けた戦闘センスの持ち主である。

一方、明るくて優しくて朗らかな麗日。あまり戦闘向きではない性格の麗日は、個性も直接的な攻撃力がない。戦うにしても、物や人を浮かせて相手の動きを制限させることとなる。

 

正直、この対戦は爆豪の圧勝だろうと思えた。

 

試合が始まって、速攻で接近して浮かそうとした麗日に、爆豪は遠慮や容赦もなく爆破をかました。えげつない。

これには観客席も女子相手にモロな攻撃すぎて、青ざめたりひきつったりしている。

爆破による煙幕と体操服の上着を利用して背後を取った麗日だが、爆豪の見てから動ける反射神経によって吹き飛ばされる。

何度爆破されようとも休むことなく突撃を続ける麗日と、爆破で迎撃する爆豪。

麗日の様子は、やけになっているようにも見える。

 

「ちう様、上を見てください」

「んだよ、上?……!」

 

電子精霊のこんにゃに言われて上を見て、そういうことかと麗日の行動に千雨は納得出来た。

それと同時に観客席にいたプロヒーローの一部から爆豪にブーイングが飛ぶ。

 

「一部から…ブーイングが!

しかし正直、俺もそう思…わあ肘っ!

何SOON…」

「今、遊んでるっつったのプロか?何年目だ?」

 

今までほとんど解説してなかった相澤の声が響いた。プレゼント・マイクからマイクを奪ったのだろう。

 

「シラフで言ってんならもう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ。

―――ここまで上がってきた相手の力を、認めてるから警戒してんだろう。

本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろが」

 

そうだ。このトーナメントの16人に入ったのが運であれ、何であれ…それぞれが夢のためにマジで戦っているんだ。

そこにいじめもやりすぎもねぇ。ただ本気なだけだ。本気で、戦り合っている。

 

 

まぁ1名ほど半分しか使わないって決めてる腹立たしい奴がいるけど、そいつは全力で殴る。

 

 

その後、上空に浮かせて溜めていたステージの瓦礫を流星群のように落とした麗日。

爆豪への、渾身の一撃。

だが、爆豪が最大威力の爆破で降り注ぐ瓦礫を木端微塵に。

それでもなんとか戦い続けようとしたが、許容重量を超える個性の連発で麗日は倒れた。

本人はなんとか立ち上がろうと、まだ諦めまいとしていたが…ミッドナイトが麗日は行動不能と判断。爆豪の勝利となった。

 

一回戦はこれで一通り終わり。

第7試合で引き分けとなっていた鉄哲と切島の二回戦進出を掛けた勝負は、腕相撲。同じような個性で実力も拮抗している2人。腕相撲勝負を制したのは切島。辛勝である。

―――しかし、やはり似た者同士なのだろう。互いに称え合い握手する2人の間には、暑苦しく男臭い友情が生まれていた。

 

 

 

というわけで、以下の組み合わせで二回戦。

緑谷 対 轟。

塩崎 対 千雨。

飯田 対 常闇。

切島 対 爆豪。

 

千雨はギリギリになってしまうが、緑谷と轟の試合を見ようと観客席にいた。

昼休みのあの話を隠れて聞いてしまった者として…どうしても、見ておきたかった。

 

「今回の体育祭、両者トップクラスの成績!!

まさしく、両雄並び立ち、今!!

緑谷!!対…轟!!

スタート!!」

 

スタートの合図と共に、轟は右足から氷筍のように氷を地面に走らせて緑谷に仕掛ける。

緑谷は轟の氷結攻撃を指を壊す超パワーで吹き飛ばして打ち消した。

 

「おオオオオ!!破ったあああ!!」

 

緑谷が轟に勝つには、怪我を承知で身体を壊すパワーで挑むしかない。そうなれば、耐久戦。

とはいえ―――あんなん、痛いじゃ済まねぇだろ。

無茶をする奴だと知ってはいたが、痛みですらその無茶を止められないのかと思うと、千雨は怒りがこみ上げてくる。

いくらそれが現状の最善だったとしても、他の方法を探すべきだ。そう思わずにはいられない。

 

幾度か遠距離氷結攻撃を打ち消した緑谷に向かって、轟が近接戦闘をしようと接近していく。緑谷のパワーを警戒しつつも、確実に氷で動きを封じる為だろう。

両腕をボロボロにしながらも轟に接近を許さない緑谷。

 

「もう、そこらのプロ以上だよアレ…」

「さすがはNo.2の息子って感じだ」

 

周囲から轟の強さを評価する声が聞こえてくる。

確かに、個性そのものの強力さに加えて判断力や応用力、機動力、1年の中じゃ強い。

力の制御をしないで両腕がボロボロになっている緑谷ではここらが限界だろう。

しかし…緑谷の眼はマジで戦っている眼をしている。ここからなんて叫ぼうが、今の緑谷は止まらない。

 

「圧倒的に攻め続けた轟!!とどめの氷結を―――」

 

プレゼント・マイクの実況を裏切るかのように、緑谷が再び轟の氷結を打ち消した―――既に壊れていた、右手の指で。

緑谷に吹き飛ばされ、ライン際で背後に氷を張って場外を回避した轟。

 

「皆…本気でやってる。

勝って…目標に近付く為に…っ!

一番になる為に!

半分の力で勝つ!?まだ僕は君に、傷1つつけられちゃいないぞ!

 

―――"全力"でかかって、来い!!」

 

緑谷の声がスタジアムに響く。

その言葉で分かった。緑谷も千雨と同じように―――轟を救うために、殴るつもりだと。

千雨と爆豪が昼休みに隠れて聞いていたことを知らない以上、緑谷は自分が救けなければとでも思っているのか。

 

「…だからって無茶苦茶だろ…緑谷の奴…!」

 

いくら知っているからといって、いくら戦う機会があるからといって…不可能を可能にするには、まだ弱い。

緑谷自身もそれは理解しているはずだ。それなのに―――それなのに何故、諦めない?

 

轟が接近攻撃しようと走り出したが、轟より早く緑谷が轟の懐に入った。なにやら轟の動きが鈍い。個性の反動だろうか。緑谷のパンチが轟に入った。

 

「モロだぁ―――!生々しいの入ったぁ!!」

 

大怪我してる手を使ったのだ、痛みは物凄いものだろう。しかし、瞬殺する轟に対して初めて一発入れた。

その後も緑谷はボロボロになりながら轟の氷結に対応している

 

「期待に応えたいんだ…!

笑って、応えられるような…カッコイイ人に…なりたいんだ!

だから、全力で!やってんだ、皆!

君の境遇も、君の決心も、僕なんかに計り知れるもんじゃない…でも…。

全力も出さないで一番になって、完全否定なんて、フザけるなって、今は思ってる!

だから…僕が勝つ!!

君を超えてっ!!」

 

再び轟に緑谷のパンチが入った。

 

轟は過去の、辛い記憶を思い出す。

5歳の頃から、父が無理矢理ヒーローになるための稽古をつけてきた。

父は庇った母にも手をあげた。慰めてくれる母の優しげな言葉。

庭で遊ぶ兄姉が、羨ましかった。手を引く父が怖かった。

様子のおかしい母を見かけた。母を追い詰めて…病院に入れた。

俺は―――…俺は親父を。

 

「親父を―――…」

「君の!!

力じゃないか!!!」

 

緑谷のその一言が、轟の心を揺さぶったのだろう。

ステージに赤い炎が揺らめく。ボロボロの緑谷が轟の心を変えて、本気にさせたのだ。

 

「…ったく緑谷、自分の状況分かってんのか?本気にさせるにしてもやり方があっただろうによ」

 

千雨は呆れながらも、嬉しそうにステージの2人を見ていた。

と、その時。

 

「焦凍ォオオオ!!!」

 

その空気を壊すように、近くの観客席から声が響いた。

 

「やっと己を受け入れたか!!そうだ!!良いぞ!!

ここからがお前の始まり!!

俺の血をもって俺を超えて行き…俺の野望をお前が果たせ!!」

 

エンデヴァーだ。

プレゼント・マイクはエンデヴァーの"激励"に対して、親バカと評していた。

息子が使わないでいた全力を出したから興奮すんのは分かるけどよ…マジで激情家なんだな、あの人。

思わず半目になって呆れてしまったが、今は試合だ。ステージを見れば、両者最後の一撃だろう。

轟は氷を地面に走らせ、緑谷は左足を壊す勢いで跳び、轟は炎を、緑谷は全力のパンチを放ち―――

 

 

―――ステージは爆発した。

 

 

うん、ちょっと待て。個人の出せる威力じゃねぇぞ今の。つーかどういう事だ。

 

壁に寄りかかっていた千雨は爆風で吹き飛ばされるようなことはなかったが、帽子や超小柄な人は吹き飛ばされかけていた。

解説の相澤によると、氷結で冷やされていた空気が一気に膨張したかららしい。

 

ここまでの威力のある魔法は私には出せねぇ。轟というか"個性"ってやっぱヤベェな。強くならなきゃ死ぬわ。

 

 

結局、緑谷は爆発に吹き飛ばされて場外。轟の三回戦進出が決まった。

 

 

 

大破したステージをセメントスが作り直す間に、千雨はスタジアム内の保健室へ向かう。

 

「緑谷、いるか?」

「千雨ちゃん!」

「あれ…麗日たちもいたのか」

「うん、デクくんが心配で…千雨ちゃんも?」

「まぁな。

それより緑谷、お前…足バキバキにしたらどうなるか分かってるんだよなぁ?USJで言ったことを忘れたとは言わせねぇぞ」

「ヒェッ…」

 

―――足を壊したら、女装写真をバラまいて社会的に殺す。

今回左足を折ったからそれを言いに来たのかと気付き、緑谷は痛みよりも恐怖が勝った。

 

「ただまぁ、今回は許す」

「え…!?」

「お前がここまでして轟を救けようとしたんだ、それは評価してやる。だからちゃんと怪我治せ」

「長谷川さん…」

「もし轟のバカが私との対戦でも全力出そうか迷って悩んでるようなら、全力出すようにぶん殴ってくる」

 

千雨の言葉に、緑谷が驚いた。

千雨が轟に全力を出させるなどと言うと思っていなかったからだ。

 

「緑谷、お前のしたことは無意味じゃねぇって私が証明してやる。

だからお前も悩むな。後悔してる時間があるなら、次は後悔しねぇように強くなれ。

なるんだろ?

笑って応えられる、カッコイイヒーローに」

「…うん…ありがとう、長谷川さん」

 

緑谷はやっぱり長谷川さんは凄いと思った。

負けてしまって、オールマイトとの約束を果たせなかったことは悔しい。

けれど…自分のしたことは無意味じゃないという言葉は、緑谷にとって大きなものだった。

 

オールマイトは千雨にも緑谷と同じくヒーローとしての素質を感じ、激励するその顔が何故だか師匠と重なって見えた。

 

そばで聞いていた麗日は、緑谷と千雨の間に他のクラスメイトとは違う何か特別な絆のようなものを感じ、何故だか胸がチクリと痛んだ。

 

「…じゃ、私は控え室に行くから」

「おっおう!頑張れよ長谷川!」

「長谷川くん!応援しているぞ!」

「あ…が、頑張ってな!」

「ケロ、応援してるわ」

「…さ、心配するのは良いけど、これから手術さね。ほら、出ていきな!」

「シュジュツー!!?」

 

なにやら騒がしい保健室から控え室に移動し、持っていた空のペットボトルをゴミ箱に捨ててアナウンスを待った。

 

 

次の試合、必ず勝たなくては。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二回戦 vs塩崎

平日は2日に1話の隔日投稿になりそう。
それでもなんとか日刊投稿したい、今日この頃。
そして作者の加筆修正の戦いはまだ続くようです。いつ修正終わるんだろう。


千雨は控え室に聞こえてきたミッドナイトからのアナウンスに従って、控え室を出て修復が済んだステージに向かう。

 

轟と緑谷が破壊したはずのステージは元通りになっている。それもこれもセメントスの個性のおかげだ。

反対側の出入口からステージに上ってくるのはイバラの髪をした女子、塩崎。

 

芦戸との対戦を見た限りでは、棘のあるイバラのツルを使った攻撃は遠距離も近距離も対応可能。さらには拘束、防御、索敵、出来ることは沢山あるため、普通に強い。

また、素の体力も女子としては中々のものだろう。入試の実技試験では4番目障害物競争5位の実力者。

油断したら速攻で場外に出されるだろう。

 

 

「大変お待たせしました二回戦、第2試合!女子同士の戦いだァ!

B組のイバラ姫!塩崎!

A組のデスメガネ!長谷川!」

 

『デスメガネ』

プレゼント・マイクは偶然思い付いた煽り文句なのだろうが―――千雨にとって、その呼び方は地雷中の地雷。

なにせそれは、たった1人で学園内の幾多の抗争やバカ騒ぎを鎮圧して学園最強と呼ばれ不良共に恐れられる麻帆良学園で最強の広域指導員、高畑につけられたアダ名だからだ。

他にも『笑う死神』という異名がある。

 

偶然とはいえそれを付けられるなど……一般人代表たる千雨には我慢ならないものだった。

 

「デスメガネって呼ぶな、このキバタン野郎!」

「ごっごめ……ってキ、キバタン野郎!!?」

 

キバタンとは。

オウム目オウム科に分類され、オーストラリアのオウムの中でも広く分布している大型のオウムの一種である。全体が白い羽で、冠羽が黄色い。

 

電子精霊がスタジアムの大画面をハッキングして簡単な説明文と共にキバタンの画像を載せる。

ついでにキバタンの画像を、プレゼント・マイクのかけているサングラスをかけたものに加工して、本人の写真と並べて大画面に表示させる。

要望を聞かずとも応えられる、これが出来る電子精霊千人長七部衆。

 

サングラスをかけたキバタンとプレゼント・マイクの比較画像には観客席にいた多くの人がめっちゃ似てると言いながら笑った。

 

「確かに似てるけど!サングラスかけたら余計似てるけど!

俺、一応教師でプロヒーローだからな長谷川ガール!?」

「生徒相手なら何でも言っていいということですか?最低ですねこのキバタン野郎!

文句は一度も酷いあだ名つけたことが無いなら言ってください!」

「長谷川、もっと言ってやれ。俺が許可する」

「オーマイフレンド!イレイザーまでとか酷くね!?」

「黙れキバタン野郎」

 

学生時代から酷いあだ名をいくつもつけられてきた相澤は、ここぞとばかりに千雨の味方となった。

ちなみにこの【キバタン野郎】は体育祭後にプレゼント・マイクの予測変換候補の一番上に出てくるようになり、匿名掲示板でアスキーアートが作られ、この日のSNSでのホットワードとなることをまだ誰も知らない。

 

「と、とりあえず!スタートォ!!!」

 

話題から逃げるようにして言われたスタートの合図と共に、千雨の身体を塩崎から伸びたツルが多重拘束する。

千雨はポケットに手をいれていたため、両腕ごとぐるぐるに巻き付かれている。

 

「塩崎が速攻で長谷川の身体を拘束した!!こりゃ勝負決まったか!?」

「このまま場外にーーー」

「中々速い攻撃だからびっくりしたけど」

 

塩崎の話を遮るように、千雨は話しながら全身に更に魔力を込める。すると内側から、ブチリと千切れる音がして少しだけ隙間が出来る。

その音でイケると確信した千雨は、空いた隙間で両腕をポケットからそっと抜いて力ずくでツルを引きちぎった。

 

「……思っていたより拘束力無いな。痛くないし」

「そんなっ!?」

「長谷川、難なく塩崎のツルを引きちぎったァー!!!」

 

身体強化をしているから千雨にツルの棘が刺さることはない。真っ向から塩崎のツルを破ってみせた千雨に、塩崎は慌てる。

A組は千雨の対応に感心していた。

 

「超パワーがあるとしても、腕を封じられていたのに引きちぎるとか・・・…マジで強すぎだろ」

「芦戸との対戦で見せた切り離しを警戒して電撃を使ってないのかな?」

「そうね……千雨ちゃんは轟ちゃんとの対戦を考えて力を温存してるのかもしれないわ」

「いっけー千雨ちゃーん!そのまま私の仇をとってー!!」

「長谷川ー!俺の分も勝てー!」

 

一回戦で塩崎に敗れた芦戸と千雨に敗れた上鳴の2人は小難しい戦略などはあまり分からないので、全力で応援していた。

 

「ならば、引きちぎられない最大量での捕縛!!」

 

大量のツルが千雨に向かった瞬間、千雨は瞬動術で一度横に跳んでツルを回避してから塩崎の背後に回る。ツルは千雨を捕らえられず、ステージのコンクリートを削った。

 

「悪いが、負ける訳にはいかねぇんだ」

「速いっ!?」

 

ツルでガードされる前に、先程の上鳴から頂いた電気の5%……感電して気絶する程度の電力を右手に纏って、塩崎の肩に触れて電気を流す。

電気ショックで倒れた塩崎にミッドナイトが駆け寄って、戦闘の続行が出来るかの確認をする。

 

「塩崎さん、ダウン!長谷川さん、三回戦進出!」

「長谷川、一回戦で見せなかった超スピードで塩崎の背後に回って電気ショック!

これまた無傷で三回戦に進出だァー!!」

 

ミッドナイトの判断とプレゼント・マイクの実況に観客席は盛り上がる。拍手をおくる観客席に千雨が御辞儀をすると、より拍手が強まった。

 

千雨は無傷のため、観客席へ瞬動術を使い一歩で登り、クラス席には行かないで、定位置と言わんばかりに観客席出入口近くの壁に寄りかかった。

周囲の視線を集めてしまったが、仕方がない。

スタジアム内の通路や控え室で第4試合に出る切島か爆豪にでも会えば時間を無駄にしてしまう。

次は飯田と常闇の試合だ、少しも見逃す訳にはいかない。

 

セメントスによって千雨が引きちぎったままだったツルが撤去されて軽くステージが修復されると、すぐに飯田と常闇が出てくる。

緑谷vs轟戦の後の大修復で時間を取られたからだろう。

 

「そんじゃ続けて第3試合!

何事も真っ直ぐ過ぎる、飯田!

無口な影使いの鳥人、常闇!

スタート!!」

 

開始と同時にレシプロバーストを使って速攻勝負に出た飯田。しかし飯田が常闇の背後を取るよりも早く、黒影が攻撃を仕掛ける。

 

「飯田の突進を黒影が弾いたーっ!!おいおいこのスピードにも対処するのかよ!!?」

 

プレゼント・マイクの実況が流れるが、おそらく今のは予測して対処したのだろう。

飯田の個性"エンジン"はスピード特化型の個性と言っても良い。飯田のようなスピード特化は相手の背後を狙うが、大抵速度が上がると曲がれない。

黒影を使って近付かれる前に、弾けばその速度も怖れるものではなくなる。

 

「飯田、お前のその速さは脅威だ。しかし、欠点がない訳ではない。

速度がある分、動きは直線的。さらにその超加速は止まれば一定時間個性が使えなくなるのだろう?」

「!」

 

レシプロバーストのデメリットについては騎馬戦で千雨が分析していた。だからこそ、走り出しを見極めて接近前に潰してしまえば、あとは時間切れで場外に放り出せる。

中距離で広範囲に対処出来る常闇の黒影は飯田に接近を許さず、飯田はレシプロバーストの反動でエンジンが使えなくなった。

 

「常闇、速攻勝負を仕掛けてきた飯田に接近を許さず!飯田が止まった所で場外に放り出したー!!」

 

空中に投げられてはエンジンも使えない。そのままステージ場外に着地した飯田は場外となってしまった。

 

「常闇がこれまた無傷で三回戦進出ー!!!

握手して互いに称え会う2人にクラップユアハンズ!!!」

 

飯田と常闇が握手するのを会場の観客たちが拍手で讃えた。勿論、千雨も拍手する。

握手を終えた2人はどちらも真面目な性格ということもあり、観客席に深々と御辞儀をしてからステージを降りて行った。

 

 

そして、次の第4試合でベスト4が決まる。

 

「第4試合!

執念と漢気で勝ち上った熱血漢!切島!

女相手でも爆破する暴君!爆豪!

スタート!」

 

爆豪に対して悪意ある紹介をするプレゼント・マイク。一回戦で麗日を応援していたからだろう。

爆豪から反論されないようにか、すぐにスタートの合図を告げた。

 

合図と共に切島に接近して脇腹を左手で爆破する爆豪。しかしその爆破で怯むことなく切島は硬化した右拳で殴りかかる。カウンターだ。

爆豪の爆破は体操服の上着の一部を吹き飛ばし焦がしているが、切島の硬化を破るほどではないらしい。

切島は大声で爆豪に効かないと言って、硬化したままラッシュ攻撃を仕掛ける。

 

「切島の猛攻になかなか手が出せない爆豪!」

 

爆豪は切島の連続ラッシュをずば抜けた反射神経でかわしていく。切島の拳はかすっただけで皮膚を容易に切り裂けるだけの硬さを持っている。当たり所が悪ければそのままラッシュに沈んでしまうだろう。

切島の猛攻を避けながら切島の動きを観察する。全身が硬くなるのが個性である以上、どこかで限界がくる。

爆豪は一瞬の隙を見逃さず、切島の左脇腹を爆破した。

その一撃は硬化状態でラッシュしていた切島の動きを止めた。

 

「ああー!!効いた!!?」

 

プレゼント・マイクの驚く声が響く。

爆破の痛みで動きが止まった切島に、爆豪は反撃として、大きな爆破をした後に、連続爆破を繰り出す。

おそらく、大きな爆破の一撃を受けた後に緩んだ切島の隙を狙ったのだろう。

爆豪の爆破ラッシュからの右の大振りでの爆破に切島は倒れた。

 

「切島くんダウン!爆豪くん三回戦進出!」

「爆豪、えげつない絨毯爆撃で三回戦進出!

これでベスト4が出揃った!!」

 

今年度の雄英体育祭1年ステージのベスト4が決まったことで、一度休憩が挟まれる。

その間にベスト4にまで進んだ4人の説明をプレゼント・マイクが始めた。

千雨はそれを聞きながら控え室へ向かう。

 

「ここまで勝ち進んだ4人!どいつもこいつも実力派!

ヒーロー家出身、炎と氷の使い手!轟焦凍!

マンタと電撃と超パワーの紅一点!長谷川千雨!

ほぼ無敵な漆黒のモンスター使い!常闇陰踏!

圧倒的な火力と爆発力の入試一位!爆豪勝己!」

 

ステージの大画面には、ベスト4メンバーの予選からのVTRカットを編集したものに、それぞれの写真と名前がデカデカと表示される。

 

 

 

さぁ……全力勝負だ、轟。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

準決勝 vs轟

後で書き直すというか、書き足すかもしれない


千雨は暗い通路を抜けてスタジアムに出る。降りしきる歓声の中、ステージ中央へ向かってゆっくりと歩いていく。

反対側からは紅白の髪をした男子―――轟焦凍が同じようにステージに上ってくる。

 

「いくぜ準決勝、第1試合!まずはこの2人!

予選から好成績を出し続けるエリート、轟焦凍!

対!

多彩すぎる個性で魅せる女子、長谷川千雨!」

 

ステージで向き合った二人。

轟の表情は相変わらずの無表情。しかしその目は自身の力と過去と緑谷の言葉がないまぜとなって苦悶しているのか、千雨を見ているようで見ていない。

それを見て千雨は眉間に皺を寄せた。

 

……こいつ、やっぱり全力で殴るっきゃねぇ。

 

千雨は両手をポケットに入れ魔力による身体強化をして、冷静に自分と轟の状態を分析する。

 

魔力を制御する精神力は電子精霊たちの補助で今のところ問題なし。

轟には無音拳のポーズを知られているだろうが、その原理と射程距離はまだ知られていない。

一回戦で上鳴から奪った電気の残量は75%ほど。30%を保険に残すとして…使えるのは45%だ。上鳴に使った時より電撃の威力を下げて15%ずつにしたとして、3回分。

使いどころを気をつけなければならない。

 

轟は初手で氷結を使って相手の身動きを封じるのが基本戦法。

戦闘訓練でも障害物競走でもそれは同じ。遠距離広範囲の氷結技は、この限られた範囲で遮蔽物のないステージでは回避が難しい。

さらに氷結は捕縛と攻撃のみならず、防御や移動にも利用してくる。

炎熱は今の様子では初端から使ってくることはないだろう。

氷結が回避出来ないならば、迎撃するのみ。

 

プレゼント・マイクによるスタートの合図と共に、轟が右足から氷結を繰り出したのを千雨は無音拳で打ち消した。

 

「長谷川、見えない攻撃で轟の氷結を打ち消したー!」

 

2人の丁度中間で、轟の氷が止まる。

無音拳を連打することで、氷が接近する前に破壊して押しとどめているのだ。これは氷結の範囲が小さいから出来ること。一回戦で見せた大氷結といった広範囲への氷結を無音拳で打ち消すことは千雨には出来ない。

 

また、こうして氷結を打ち消しながら轟を場外へ押し出そうにも、無音拳を警戒している轟は背後に氷の壁を作り出している。緑谷戦の序盤と同じ戦法だ。

 

轟が何度も同じように氷結攻撃を繰り出してくる。

が、千雨はそれらを全て無音拳で打ち消す。

 

「長谷川、轟の氷結を全て打ち消している!このまま互いに一歩も動かず消耗戦か!?」

 

千雨のパワーは緑谷と異なりノーリスクで使えるため、接近させたくないのだろう。

遠近どちらにも対応出来る者との戦闘をするならば、もっと自分の得意を押し付けるのが得策。轟ならば通常の氷結ではなく大氷結を使えばいい。それなのに轟は大氷結を使わない。加えて、技と戦略にキレが無い。

 

試合に集中していない証拠だ。

 

轟は再び同じように氷結を出すが、速度が遅い。その際に瞬動術で一瞬で近づき、対応するより早く右拳を振るう。

狙うは顔面、左頬。

 

「歯ァ食いしばれや!」

「長谷川、超スピードで一瞬で轟に接近!そしてストレートォ!」

 

懐に飛び込んだ千雨が轟の左頬に右ストレートを食らわせた。

しかし轟は拳を食らうのと同時に顔をそらしたため、ダメージは深くない。それでもかすったことで、轟の左頬が切れて出血している。

 

千雨はしっかり当たらなかったことに舌打ちをしてそのまま怒涛のラッシュを浴びせるが、轟はそう簡単には食らってくれず、回避される。

千雨のラッシュ攻撃は威力と速度は驚異であるものの、武術を身に付けていないため動きは単純だからだ。

だが氷結の連続使用で身体の動きが鈍くなっている轟からすれば、躱すことで精一杯だ。

 

「長谷川、轟に隙を与えずに猛攻ッ!

轟はこのラッシュを回避するしかないのか!?」

 

轟はラッシュを回避しながらも勝機を掴もうと、右足で千雨の身体を凍らせようとする。しかし、それは失敗に終わった。

地面に発生した霜は千雨の足を凍らせることはなかったのだ。まるで千雨の足元を避けるようにして、その周囲だけが。

 

「ンン!?

轟が地面ごと長谷川を凍らせようとしたが…何が起きた!?」

「長谷川の足、よく見てみろ」

「長谷川ガールの足…何だ?両足に電光が走ってる…?」

「電気で足元に熱を発生させて凍らないようにしているんだろう。器用な奴だ」

 

電気を纏うことで足の周りに熱を発生させて氷結しないようにしているのだ。実は電子精霊たちが電気のコントロールをしているからこそ出来る技である。両足に熱を発するほどの電気を纏うのを試合終了まで使うとすれば10…いや15%の電気を使うことになる。残りは30%。

緑谷が轟に与えた衝撃が消えないうちに、千雨は攻撃しながら説教するように言葉をぶつける。

 

「緑谷が言ってたのは、そーゆーことじゃねぇんだよっ!このタコ!!」

「お前に…俺の何がわかるっ!」

「知らねぇよ!てめぇが背負ってるもんがどんなものかなんて!どんだけ辛かったかなんて!

でもな!

後ろ向いてちゃ、何もどーにもなんねぇんだよ!!」

「っ!」

 

電子精霊がマイク等をハッキングして乗っ取ったのか、千雨の声がスタジアム全体に響き渡る。

 

「お前が背負った孤独も!懊悩も!悲壮も絶望も関係ねぇ!

お前に芽生えたのはッ!

お前が持つその想いはッ!

ここに、お前が来た理由はッ!

そんな、下らねェもんじゃねぇだろ!!」

 

一瞬の隙をついて、千雨の拳が勢いよく轟の頬に当たる。

今度は轟の頬を確実にとらえて、3メートルほど殴り飛ばした。

 

「私も、緑谷も!お前に芽生えたものは何かを、しっかり思い出せって言ってんだよ!!」

「…芽生えた、もの…!?」

「ここに来た理由!!その最初の気持ち!!―――お前の原点!!

それを思い出さねぇまま、いつまでも後ろ向いてウジウジしてんじゃねぇ!!!

テメェが、テメェ自身を諦めんな!!!

 

テメェの力だろ!!!」

 

千雨は緑谷と同じ言葉を告げた。

それは立ち上がろうとした轟に疑問を抱かせる。

何故長谷川千雨は緑谷出久と同じことを言えるのだ。何故こうも…強いのだ。

 

「……お前……なんなんだよ…。

…何なんだ、お前は!」

「私が何かだァ?

何者でもねぇ、ただの長谷川千雨だ!テメェも、ただの轟焦凍だ!

ここにいる以上、血も過去も執着も、なんも関係ねぇ!!!

テメェと私の勝負!!

テメェと私だけの舞台!!

だから私を見ろ!!!轟焦凍!!!

―――テメェの全力で、立ち向かって来い!!!」

 

緑谷との対戦以降、ぐちゃぐちゃに掻き乱されているその心を、千雨の言葉が再び大きく揺さぶった。

 

千雨の言葉に静まり返るスタジアム。

轟は目の前でうっすらと白い息を吐く千雨を見た。

眼鏡越しの瞳に宿る力強い意志。目の前にいる轟焦凍をしっかりと見据えている。勝つために、全力で。

それがさっきまで見えていなかったのだと轟はようやく分かった。

 

そして、立ち上がった轟は左上半身に炎を纏い体温を調節し、ようやく目の前にいる"長谷川千雨"だけを見た。

 

「少しはマシな顔になったな」

「……長谷川…今は、お前だけを見る。―――勝つために」

「エンジン掛かるまで、遅いんだよっ!」

 

千雨が再度接近してくるよりも早く右手を伸ばす轟。

一度炎で体温を調節したから身体の動きも氷結の速度も戻っている。この近距離で足だけでなく全身を一気に凍らせてしまえば、いくら千雨でも回避が出来ない。氷結への対処の隙をつく。

そう考えた轟が氷結を出すよりも早く、電気をまとった千雨の右手が轟の右手を掴もうと伸ばされる。

感電を防ぐために自身の右手を凍らせた轟。

その凍った右手を千雨が掴み、そのまま手を離さずに―――千雨は左拳で轟の顔を殴った。

 

「ここに来て…ここに来て―――ワンハンドシェイクデスマッチ!!

クールな奴らが、まさかまさかの展開だァー!!!」

「両足だけでなく右手にも電気を纏うことで、轟の右を封じて氷を無効化してるんだろう。

轟が左を使わない限り、長谷川が勝つ可能性が高い」

「にしてもお前のクラスってアツいな!思わず実況止まったゼ!」

「勝手に燃えてるだけだ」

 

氷を防ぐための右手に15%使った。残りの電気は15%だが、その15%は最後まで残しておく。

実況とは真逆に、会場の熱はこの展開に一気に盛り上がる。

 

「男前すぎんだろ!!」

「ワンハンドシェイクデスマッチとか熱いな!!」

 

あとは純粋な殴りあいである。

どちらの拳も届いているが、互いに顔をぶつかる寸前でそむけてダメージを受け流す。入ってもクロスカウンターだ。

魔力による身体強化も限界が近い。ここで最後の一撃を構えるしかない。

千雨が左拳にも電気を集めるのを見て、轟も左手に炎を灯した。

 

電撃と炎。

2人の拳がぶつかった瞬間、大きな音と熱を発する爆発を起こす。周囲の冷えた空気が拳同士がぶつかって空気が膨張したのだ。

緑谷vs轟の時よりも威力は小規模ながらも、ステージは砂埃と水蒸気で見えなくなる。

 

「轟の炎熱と長谷川の電撃がぶつかった!

爆発の威力は緑谷の時ほどじゃねぇが…勝敗は!?」

 

蒸気がゆっくりと晴れていく。

 

 

轟と千雨―――そのどちらもが、スタジアムの壁を背にしていた。

 

爆発した瞬間、轟の右手の氷が熱と爆発で溶けてしまい、千雨は爆風によって吹き飛ばされた。同じく吹き飛ばされた轟は右手の氷が溶けたことで感電してしまい氷を出せなかったのだ。

互いの左腕は軽度の火傷によって赤くなっている。

轟は炎熱を宿していたから電撃による火傷が軽度で済んだ。

千雨は身体強化に加えて電撃を纏うために電子精霊を宿していたから軽度の火傷で済んだ。

どちらも互いの能力のお陰で大火傷を負わずに済んでいた。

 

「―――長谷川さん、轟くん、両者ともに場外!!!

よって引き分け!!!」

 

この結果に観客席の歓声はより高まる。

 

「まずは熱く凄まじい激戦を繰り広げた二人に、盛大な拍手を!

引き分けた2人は回復次第で決着を付けるぜ!」

 

万来の喝采の中で千雨は頭と左腕にズキズキと痛みが走るのを我慢してフライマンタを出して腰掛け、ゆっくりと轟に近付いていく。

最後の瞬間に感電させたと気が付いた為、うっかり感電死させたかと思ったのだ。電子精霊が調節していたから死んではいないはずだが…怖いものは怖い。

 

近付いてみたところ、轟も意識がはっきりしているようだ。拍手を浴びる顔はどこか力が抜けていて、幼く見える。

 

「全力出してスッキリしたか?」

「長谷川、お前……どうしてあんなこと…」

「……テメェが試合だってのに、辛気くせぇ顔してたからな。

いいか轟。吹っ切れた、悟ったなんてのは大抵勘違いだ。すぐに解消しようとしなくていい。

―――デカイ悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進め」

「…………!」

「私と緑谷の言葉、忘れんじゃねぇぞ」

 

千雨は右拳を轟の胸にトンと軽く当てる。

 

―――こんな熱血じみた真似をするとは思わなかったが…成る程、気持ちがいい。

 

スッキリとした気持ちが千雨の頬を緩める。轟は驚いて反応出来なかったのか、ポカンとしてから、短く返事をした。

 

「長谷川さん、轟くん、どちらも大丈夫?」

 

駆け寄ってきたミッドナイトが2人の状態を口頭で確認する。

 

「左腕以外は」

「俺も同じく…」

「取り敢えず長谷川さんには設備のハッキングを解除して貰うのと、コレ。

爆発の時にメガネこっちに飛んできてたわよ」

「あっ!?」

 

ミッドナイトにメガネを差し出されて、ようやくメガネがないことに気付いた。爆風と共に吹き飛んでいたらしい。

幸いなことに割れていないので、そのままメガネを掛ける。

 

「ありがとうございます。…お前ら、ハッキング解除」

「了解しました!」

 

電子精霊たちに指示を出している間に轟が先に出入口に向かう。千雨は去っていく轟の背中を見てから、隣にいたミッドナイトを見る。

 

「ミッドナイト先生、引き分けの勝敗についてなんですけど―――…」

 

マイクを通さずに、ひそひそとミッドナイトとやり取りをする。

しばらく問答をしてから千雨はステージを後にした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

試合を終えて

昨日上げられなかった…くやしい…
今日また上がるかは未定だけど。


千雨はスタジアム出入口を抜け、リカバリーガールのいる出張保健室へと向かう。

 

普段ならば治癒魔法や回復系アーティファクトであるコチノヒオウギで回復するのだが、カードが無いのと、魔力がギリギリの状態でこれ以上の魔法は使えないからだ。

 

魔法を扱うための魔力は大気に宿るエネルギーを精神力と術法で変換している。どれだけの魔力を制御出来るかは先天的な魔力容量によって決まってくる。

容量を後天的に伸ばすには、制御するための精神力の強化か、大気に宿るエネルギーを魔力へ変換する際の効率化だ。

千雨の場合は電子精霊群が一部の魔力変換と魔力制御を代行して行うことで、効率的に魔力を扱うことが出来ている。しかしそれは効率化させているだけであるため、精神力を使わない訳ではない。

精神力を使い過ぎると気絶してしまう。頭痛はその前段階に起きる、いわゆる精神力の枯渇に対する危険信号。空腹で倒れる前に目眩や腹痛がするのと同じことだ。

 

保健室でリカバリーガールに火傷を含めた全身の怪我の治療をして貰う。轟は既に治癒済みとのこと。

頭痛に関しては仮眠や休憩、食事等以外では治らないので黙秘しておく。

 

「全く、女の子相手に容赦無しかい」

「いや、私も同じような怪我負わせましたから……あいこですよ」

 

治癒で火傷を治したが女の子なんだからと言われてしまい、リカバリーガールに包帯を巻かれる。

千雨の左腕に包帯を巻きながらリカバリーガールは千雨を見た。

先ほどの試合中とは打って変わって大人しい。いや、以前から……去年の8月に初めて会った時から冷静沈着な性格で、物静かであった。

それがあそこまで本気になってぶつかり合うとは。

それだけ、クラスの仲間が大きな存在なのだろう。リカバリーガールは千雨のその変化を内心喜んでいた。

 

「――――アンタの言葉はあの子の心に、ちゃあんと届いているよ」

「!」

「治療を受けていた間、憑き物が落ちたような顔をしていた。あとは本人の心次第だけど……あの様子なら、大丈夫だよ」

「……そうじゃなきゃ、あれだけ言った意味がないです」

「それもそうさね。

治療はこれで終わりだよ。湿布と包帯は明日剥がしていいからね」

「ありがとうございました」

「はい、お大事に。キャラメルお食べ」

 

フィルムに包まれた昔ながらのキャラメルを1個もらって、出張保健室を出る。キャラメルを口にすれば、甘くまろやかな舌触りに頭痛が治まった。

 

観客席へ向かおうとしていると、不意に道を塞がれた。

 

「……何か用でしょうか?」

 

煌々と揺れる赫が人の気配が無い薄暗い廊下を照らす。千雨の前に現れたのはNo.2ヒーロー、フレイムヒーローのエンデヴァー。轟の父親でもある。

その揺らめく炎の隙間からのぞく翡翠色が千雨をうつす。

 

「長谷川千雨くん、だったか。

焦凍との戦い見事だった。精密な個性コントロール、戦略、そして多彩すぎるほどの応用力……学生とは思えないほどだ」

「……ありがとうございます。轟のお父さんですよね。

息子さんの激励に行かなくて良いんですか?」

「その必要はない。アレは私の最高傑作……オールマイトを超えるために作った仔だ」

 

憎々しげに細められた眼に、チロチロと拳と目元の火が揺れる。その眼にはオールマイトの背中が映っているのだろう。

No.1ヒーロー。

その座を欲して、息子に全てを託した。轟はそう言っていた。しかし、彼はやはり――――。

 

「それよりも君には――――」

「――――諦めてない」

「……何?」

「息子にオールマイトを超えさせると言う以上、自身では無理だと理解してる。

でも諦めていない。アンタ自身で超えることを、諦められない。

だから、今もヒーローをしている」

「!」

 

千雨が視線を下にして言った言葉に、エンデヴァーの目が大きく見開かれた。

諦めようにも、諦めきれないものがある。追い続けてしまうものがある。

それを千雨は知っている。

 

「――――悩み苦しみ、それでも諦められない夢なら…抱えて進むしかない。それは、悪くないことです」

 

千雨は知っている。夢を、父の背を追い続けたネギを知っている。

憧れに……父に追い付いて、父のようになりたいと。あの雪の日に芽生えたものを大切に抱えて走り続けていた。

千雨は諦めずにいたネギの背中を押したのだ。一人ではとても追い付けない背に届くように。

その背を押す、白き翼の一人として。

 

千雨にはもう、あの背を見守ることも押すことも出来ない。

それでもこの胸の奥で。遠い記憶の中で。今も鮮やかに、あの背中を、あの声を、あの笑顔を覚えている。

夜空に輝き続ける星のように……手に出来ないと知りながらも、見上げることを止められない。帰りたいという気持ちを止められない。

 

ああそうだ。エンデヴァーは息子に自己投影して欲求を満たしたいだけじゃない。彼もまた、叶わないと知りながらも夢を手放せないのだ。轟にオールマイトを超えさせたいのは、夢に少しでも近付きたいからだ。

どんなに遠くても、届かない夢ではないのだと証明したいからだ。

 

その気持ちは、ネギや千雨自身が抱えているものと同じだと分かった。

だから千雨はエンデヴァーが轟に賭けたということに引っかかっていたのだと、ようやく理解出来た。

 

「……君は――――」

 

エンデヴァーの声に、意識を現実に戻す。本人に言うべきではない事まで言ってしまったと気付いて頭を下げる。

 

「差し出たことを言いました。これで失礼します。……応援しています、これからも頑張ってください」

 

千雨はエンデヴァーの言葉も聞かずにその場を去る。息子と同い年の子供に悪くないことですとか上から目線で言われて腹立たしくならない訳がないだろう。

しかも相手はあのエンデヴァー。あの、激情家のエンデヴァーだ。見るからに……いや、事実プライドが高いあのエンデヴァーだ。

ここは三十六計逃げるに如かず。戦略的撤退とも言う。口の中にあったキャラメルはいつの間にか溶けて消えていた。

 

 

エンデヴァーが去っていく千雨の背を見ながら、どこかに電話しているとも知らずに。

 

 

 

 

千雨がエンデヴァーと別れる頃にはステージの修復が終わったため、準決勝第2試合を開始するとアナウンスされた。

試合の熱狂っぷりで間違えそうになるが、先ほどのは準決勝である。まだ決勝ではない。

試合の様子を定位置となった出入り口横で見る。

 

「そんじゃ準決勝第2試合!

ほぼ無敵の影使い!常闇!

対!

脅威の爆発力!爆豪!

スタート!!」

 

爆豪がスタートと同時に接近して爆破。常闇はその爆破を黒影でガード。しかし爆破の光で黒影が涙目である。爆豪が連続で攻撃を仕掛けてくるため、常闇は爆破の光で攻撃出来ないでいる。

 

「爆豪対常闇!爆豪のラッシュが止まんねぇ!!

常闇はここまで無敵に近い"個性"で勝ち上がってきたが、今回は防戦一辺倒!!懐に入らせない!!」

 

爆豪の爆破を受けたうえで黒影に攻撃させるしか勝目は無い。無傷で勝つには相性が悪すぎる。

爆豪が新技の閃光弾で黒影の体力である闇を削りきり、常闇にマウントを取って嘴を左手で掴んで、右手で小規模の爆破による光を出して完全に黒影の動きも封じている。

 

結局、常闇が降参して、爆豪の決勝進出が決まった。

 

「続いて、先ほど引き分けた轟と長谷川の勝敗を決める――――と言いたいところだが!

長谷川ガールから許容量ギリギリだから辞退するという申告があったため、不戦勝で轟が決勝進出だ!」

 

今は頭痛が治まったとはいえ、魔力はほぼ底をついている。ここから更にもうひと試合というのは流石に無理と判断し、ミッドナイトに試合後に申告しておいたのだ。

 

「よって決勝は、轟 対 爆豪に決定だぁ!!!」

 

再び歓声が響く。

辞退がしっかりと受理されたのを見届けてからクラス席へと千雨は向かった。

 

 

 

 

「……ただいま……?」

 

口に出た言葉が思わず疑問系になってしまった。決勝戦に出場する轟と爆豪以外のクラスメイトがほぼ勢揃いしている観客席に1人で戻るのは、何故だか勇気が必要だったからだろう。

 

「おー長谷川おかえり!」

「試合凄かったよー!」

「ずっとどっか行ってたよな」

「というか持ってるのって……」

「差し入れでもらった」

 

手にはたこ焼きとお茶のペットボトル。

クラス席へ戻る途中で、「準決勝お疲れ様です、差し入れです」と、たこ焼きとお茶がタダで貰えたのだ。

実に気前の良い経営科だった。

どこかで見たことのあるような気もしたが……きっと学校の食堂で見かけたのだろう。

 

「長谷川おつかれー!!」

「千雨さん、お疲れ様でした」

「ワンハンドシェイクデスマッチとかお前男気ありすぎんだろ!!燃えたわ!!」

「そういえば、あの見えない攻撃はどういう原理?」

「ていうか電気纏えるとか強くない?」

「完全に俺の上位互換じゃん!ずるいだろアレ!!」

「増強系使える電気系とかこの勝ち組!!羨ましいわ!!」

「長谷川さん!!!個性、詳しく教えて!!!」

 

ワッと群がり話しかけるクラスメイト。

その期待に満ちた視線の数に耐えきれず、赤くなりながら叫ぶ。

 

「ちっ近ェ!テメェら散れ!群がるな!来んじゃねぇ!!!」

「爆豪みてぇになってるぞ、長谷川!」

 

やいのやいのと騒ぎながらも千雨の健闘を讃えるクラスメイトたち。

その言葉にむず痒くなり、千雨は常闇の隣に座る。

 

「試合、白熱していたな」

「……もういいだろ、それは……。

お前ら、たこ焼き食っていいぞ」

「わーい!」

「ちう様ありがとーございますー!」

「ちうたまの優しさにカンゲキ!」

 

電子精霊たちが隣の席に置いたタコ焼きに群がる。千雨はそれを見ながら腕を組みそっと目を閉じた。

今は少しでも休みたい。

 

「あれ……千雨ちゃん、寝ちゃった?」

「そのようだ」

「ちう様は元々体力無いから、あの接近戦と大爆発で限界だったからね」

「あの爆風に耐えるので精一杯だし」

「思わずマイクとスピーカーをジャックしちゃったけどね」

「あれはちうたまの魅力だから問題なし」

「今回もデータ保存済み、神回必至」

 

モグモグとタコ焼きを食べながら話す電子精霊たち。

"個性"であるにも関わらず別の思考回路を持っているからこその会話だろう。

その会話にA組の面々は試合中の千雨が言った言葉を思い出す。

 

「たしかに、スゲェ名言だったよな」

「……お前に芽生えたものはそんなもんじゃねぇって所とか……テメェ自身を諦めんな!って所がさ。

魂が揺さぶられるっつーか……俺がヒーロー目指そうと思ったきっかけを思い出したわ」

「あ、切島も?俺もだわ」

「瀬呂たちのも分かるけど、何者でもねぇ、ただの長谷川千雨だ!って所も良かったよな」

「そこもメチャクチャ熱かった」

「というか、長谷川の言葉は全体的に熱かったよねぇ」

「試合後のも良かったよね。

デカい悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進めーって奴。ちょっとウチにも響いた」

 

轟を叱咤する言葉は、多くの人に届いていた。

これまで多くのヒーローが人を前へ進めさせるための言葉を口にしてきたが、ただ応援する言葉とは違う。

本当の自分と向き合うための言葉。

 

「千雨ちゃんの言葉はスゴいわ。

轟ちゃんに向けられた言葉なのに……会場の人々や、テレビ越しに見ている人たちにも届いたんじゃないかしら?」

「長谷川は全てを見抜く瞳の持ち主。……故に、轟の内にある闇を見抜いていたのだろう」

「意外と皆のこと見てるよな、長谷川」

 

人と距離を取りたがる千雨だが、それは相手を見ていない訳ではないのだ。

 

「……お前ら、うるさい」

 

流石に騒がしくし過ぎたらしいのか、千雨が不機嫌そうな声で目を開ける。

 

「ちう様!」

「きんちゃ達は余計な話するな、たこ焼き食ってろ。……常闇」

「どうした長谷川?」

「……三位……おめでとう」

「……お前もな、長谷川」

 

しばらくしてから、プレゼントマイクの決勝戦の開始を告げるアナウンスが流れた。

 

 

 

最後の試合が今、始まる。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決勝戦とその行方

ようやく体育祭おわりました
長かった


歓声が響くスタジアム。

雄英体育祭1年トーナメント、決勝戦。ステージに立っているのは轟と爆豪。

 

「さァいよいよラスト!!

雄英1年の頂点が、ここで決まる!!

決勝戦!!

轟 対 爆豪!!!

今!!

スタート!!!!」

 

スタートと同時に轟は大氷結を使用。爆豪は爆発で身体が凍るのを防ぎ、掘り進んできた。

そして轟の赤髪と左側の体操服を掴んで爆破の勢いを利用して投げ飛ばす。

 

「氷壁で場外アウトを回避ーーー!!!

楽しそう!!!」

 

爆破しようと右のおお振りをする爆豪に、右手に纏った炎で爆豪を牽制する。

 

「轟、左側の炎を使って牽制!

これまで試合後半になるまで使わなかった炎を最初から使ってくるとはな!」

「爆豪の奴、左側を掴んだり、爆発のタイミングだったり……研究してるよ。

戦う度にセンスが光ってくな、アイツは」

「ホウホウ」

「轟も……長谷川との対戦で調子を取り戻した上に左側も使うようになったが……強力な個性故に、攻撃が大雑把。それに長谷川との対戦の疲労もあって動きが悪い。左側を掴まれて即座に炎熱が使えていない所からして、かなり消耗しているな」

 

担任である相澤が冷静に分析する。

緑谷、長谷川との激しい戦闘で消耗している轟。腕の火傷の治癒でも体力を使っている。

対して爆豪もまた体力をある程度消耗しているものの、轟程ではない。

 

とはいえ、最初から全力で戦おうとする轟に、爆豪は悪人面を笑みで歪ませながら爆破攻撃をする。

 

「そうだ、全力でかかってこい半分野郎!

テメェの全力、俺が全部まとめて上から捩じ伏せて勝つ!!!」

 

――――決勝の試合が始まる前。

千雨が決勝進出をかけた轟との再戦を辞退したと聞いた時、爆豪は腹立たしかった。

 

爆豪は入学初日の個性把握テストからその強さを知った。USJ事件で、その強さを間近で見た。クラス上位3名と言えば爆豪、轟、千雨の名前が上がる程度には強いことも知っている。競う相手として不足は無い。

体育祭でも予選の時からその強さを見せつけてきた。超パワー、超スピード、新技のマンタやクジラ、見えない攻撃、電撃。そのどれもが、自分と戦うに足る。

それに加えて、あの昼休憩での言葉。全力で戦う気概。

口に出すのは癪だから絶対にするつもりは無いが、爆豪は千雨に対して一方的ではあるが、そこそこ腕のたつ……好敵手と思っていた。

そんな相手が許容量で辞退するとは思ってもいなかった。

 

いや、それだけならまだ良かった。それ以上に爆豪の神経を逆撫でするものはこの決勝にあった。

決勝試合だというのに、轟は炎熱も使うようになったものの体力を消耗していて準決勝ほどの動きを見せない。

更に、轟と千雨の試合が実質的な決勝だったと言わんばかりの観客席の顔と態度。

 

……ふざけるな。

全力で勝つためにここまで来たのに。何なんだ!

俺は強い。誰よりも、強い。それを証明するというのに!まるで、この試合に意味がないかのような目で!

劣っているかのような目で!!

俺を!!!見るな!!!

 

「俺は!完膚なきまでのトップになるんだよォ!!」

 

どうにもならない現実の鬱憤を晴らすかのように、爆破の勢いと共に空中を移動し、両手から爆破を繰り返して体を捻り、回転するようにして轟に攻撃を仕掛ける。

爆豪が体育祭に向けて編み出した新技だ。

轟は背後に氷壁を作り出し、足を吹き飛ばぬように氷で固定して左手を爆豪に向ける。

左手から赤い炎が現れるのを見て、爆豪はわらう。

 

「榴弾砲、着弾!!」

 

轟の炎熱による爆風をかき消す勢いの攻撃。

ステージは爆発による煙幕で何も見えなくなっていた。

 

「麗日戦で見せた特大火力に、勢いと回転を加え、まさに人間榴弾!!

轟は緑谷戦と長谷川戦で見せた超爆風を撃とうとしていたが、果たして……」

 

煙が晴れていくステージには、爆豪の攻撃で最初の大氷結で出来た氷が砕かれている。

その中央で、割れた氷壁を背に仰向けに倒れている轟と、うつ伏せに倒れている爆豪。

確かに左側をつかった。しかしそれは強くなく、爆豪の攻撃であっさりと消えてしまうほどの小規模なものだった。

轟は、大規模な炎を出そうとしていた。しかし……既に、体力の限界だった。

 

予選から氷結の多用。

トーナメント全体で大技の連発。

緑谷と千雨の消耗戦による体温の急激な変化の連続。

戦いによる怪我の治癒。

そして、爆豪の攻撃とそれへの防御がトドメになった。

 

しかしそんなことでは納得出来ない爆豪は、最大火力の使用で痛む腕を無視して立ち上がり、気絶し倒れている轟に向かっていく。

 

「オイっ……ふっ!ふざけんなよ!!

テメェ、こんなっ!こんなのっ……っ!!」

 

倒れていた轟の胸ぐらを掴みあげる爆豪。その顔は行き場のない憤りと困惑でぐちゃぐちゃになっていた。

追撃しないように、即座にミッドナイトの個性で眠らされた爆豪。

ミッドナイトによって爆豪の優勝を告げられた。

 

「以上で全ての競技が終了!!

今年度雄英体育祭1年優勝は――――」

 

 

「A組、爆豪勝己!!!!」

 

 

プレゼント・マイクによる実況も、優勝への万雷の喝采も、栄光の音も、それらを一身に浴びる筈の勝者はその音を聞くことなく。

爆豪はただ、眠っていた。

 

 

 

 

煙菊が弾ける午後の空。

 

「それではこれより!!表彰式に移ります!」

 

体育祭の全競技を終えて、表彰式。

生徒たちが並ぶ後方にて柵越しにマスコミのカメラも総動員されている。

生徒たちの前に並んだ3つの台にはそれぞれ入賞者たちが立っているのだが、その中央でガチャガチャと音を立てて暴れている者が1人。

 

1位の爆豪である。

 

宣言通りに1位となった爆豪だが、気に食わない最後であったため轟に追撃しようとしたのをミッドナイトに個性で眠らされ、轟と揃ってハンソーロボに保健室に運ばれて治癒された。

そして、表彰式の時間には起きるようにと浅く眠らされていた爆豪は、目覚めてから「あんな決着は認めねぇ!」「再戦させろ!」と暴れ続け…─。

 

――――最終的にはセメントスにより捕縛され、授業で使う凶悪敵への拘束具をつけられて無理やり表彰台の上げれていた。

 

「もはや悪鬼羅刹」

「どうみても凶悪犯じゃん、ヤベェな」

 

背後にセメントスが作り出したコンクリート柱に胴体を固定され、両手両足、口までふせがれている。さらには太い鎖も使われている。

ほぼ全身を拘束されているにも関わらず、轟に向かってヘドバンを繰り返し、口の拘束具越しに何やら叫んでいる。

轟はそんな爆豪を気にするでもなく、俯いていた。

 

爆豪は千雨の言葉も聞こえていたのか、千雨に向かっても睨んで何やらわからないが叫んできた。

そんな爆豪を無視してミッドナイトは主審として司会進行を続ける。

 

「メダル授与よ!!今年メダルを贈呈するのは、もちろんこの人!!」

「私が!

メダルを持ってき」

「我らがヒーロー、オールマイトォ!!」

 

スタジアムの天井から跳んできたオールマイト。ミッドナイトの言葉が思いっきり台詞に被った。

 

「常闇少年、おめでとう!強いな君は!」

「もったいないお言葉」

 

常闇がメダルを贈呈されている間も隣で無言でヘドバンしている爆豪に、千雨は思わず視線が向いてしまう。

 

「ただ!相性差を覆すには"個性"に頼りっきりじゃダメだ。

もっと地力を鍛えれば、取れる択が増すだろう」

 

オールマイトに抱き締められた常闇の目が見開いている。抱き締められるのは想定外だったらしく驚いたのだろう。かわいい。

 

「……御意」

 

常闇はメダルを手に、オールマイトの言葉を胸に刻んでいる。

オールマイトはそのまま常闇と同じ台に立っている千雨にメダルを差し出した。

 

「おめでとう、長谷川少女」

 

千雨は黙ってメダルを首にかけてもらう。

 

「許容量での辞退は悔しかっただろうが、君の多彩な個性の応用は素晴らしかった。

そして何より、轟少年への言葉はとても良い言葉だった!

……私の胸にも響いたよ」

「……ありがとうございます、オールマイト」

 

赤金色のメダルを首からさげて、オールマイトのハグを受け入れる。

恥ずかしいが、マスコミの前でオールマイトのハグを断るよりかはマシかもしれない。

 

「轟少年、おめでとう。

決勝のあの瞬間で許容量上限は惜しかっただろうが、最後までよく健闘した」

「……緑谷戦できっかけを貰って……長谷川に色々言われて……前を向こうと思えました」

「…………」

「あなたが奴を気にかけるのも、少しわかった気がします。

俺も、あなたのようなヒーローになりたかった。ただ……俺がこのまま胸に抱えて進むには……今のままじゃ、駄目だと思った。

前に進むために、俺自身が向き合わなきゃならないモノが……俺自身が受け入れ、清算しなきゃならないモノがまだある」

「……顔が以前と全然違う。

深くは聞くまいよ。今の君なら大丈夫。ちゃんと向き合えて受け入れ、清算できる」

 

グッと抱き締められた轟。

その表情は以前の憎悪に染まった顔とは程遠いものだった。

 

「さて、爆豪少年!!

っと、こりゃあんまりだ……。伏線回収、見事だったな」

 

オールマイトが爆豪の口に取り付けられた拘束具を外す。

 

「オールマイトォ、こんな1番……何の価値もねぇんだよ。

世間が認めても、俺が認めてなきゃゴミなんだよ!!全力の相手に勝たなきゃ意味がねぇんだよ!!

クソアホ毛もあっさり辞退しやがって!!!死ぬ気で勝ちにこいやこのクソ共が!!!」

 

目を90度に吊り上げて叫ぶ爆豪。顔が人間のしていい顔ではなくなっている。

というか、言っていることが無茶苦茶すぎるだろう。

 

「うむ!相対評価に晒され続けるこの世界で、不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くない。それに、運も実力のうちだ。

受け取っとけよ!"傷"として!忘れぬよう!」

「要らねぇっつってんだろが!!!」

 

オールマイトに無理矢理メダルのリボンを口に咥えさせられる。

 

「さァ!!今回は彼らだった!!しかし、皆さん!

この場にいる誰もが"ここ"に立つ可能性はあった!!

ご覧いただいた通りだ!

競い!高め合い!さらに先へと、登っていくその姿!!

次代のヒーローは、確実にその芽を伸ばしている!!

それでは皆さんご唱和下さい!!せーの」

 

「プル…」

「プルス…」

「プ…」

「お疲れ様でした!!!!!!」

「スウル…」

「…ルトラ」

「ウル…えっ!?」

 

ここでまさかのオールマイトの天然が炸裂した。

 

「そこはプルスウルトラでしょ、オールマイト!!」

「ああいや…疲れたろうなと思って……」

「…しまんねぇ最後だな」

「同意」

 

観客席と生徒からのブーイングが響く。

千雨の呆れが混ざった呟きとそれに返す常闇。

そんなぐだぐだした空気を最後に、体育祭は無事に終了した。

 

終わった後も体育祭の熱はまだ冷めていない。

クラスの賑やかしでもある芦戸と上鳴を中心にスタジアムから校舎へと歩いて移動しながら騒がしく話をする。

 

「凄かったねぇ体育祭!」

「そういや長谷川二回戦の時、めっちゃキレたよな」

「確か、デスメ」

「あ?」

「何でもないです!!」

 

禁句を口にしかけた峰田を睨み付ける千雨。女子のしていい顔と声ではなかった。

ちなみにガンの飛ばし方については麻帆良で身に付いた。なにせ麻帆良では工科大と麻帆大の格闘団体のケンカが日常的であるのだ。自然と身に付く。

まぁそうしたトラブルや抗争が沢山起きるからこそ広域指導員がいるのだが。

 

「堂に入ったガンの飛ばし方だ…」

「そういや、テメェにゃチア姿の礼をしてなかったな……峰田ァ」

「ギクゥ!!!」

 

逃げようとした峰田の首根っこを後ろから掴みあげる。

峰田は真っ青になって震えているが、容赦はしない。

 

「電力20%解放」

「あああああっ!!!」

 

バリバリという音と電光を立てて峰田から煙が昇る。容赦のない一撃だった。

 

「千雨ちゃん、許容量大丈夫なん?」

「回復したからな。ほら、さっさと着替えて教室戻ろう」

 

千雨はゴミを捨てるかのように峰田を放り投げた。本来なら一番に心配する飯田は家の事情で早退してしまった。また、次に心配する緑谷も試合の大怪我で助けられない。

結局憐れんだ障子がボロボロの峰田を抱えて更衣室へと向かっていった。

 

 

 

「おつかれっつうことで、明日明後日は休校だ」

「!!」

 

あれからスタジアムを後にして更衣室にて制服に着替え、教室に戻って行われたホームルーム。

 

「プロからの指名等をこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」

 

相澤の言葉を聞きながら、千雨はこの連休は部屋に引きこもろうと思っていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

  【体育祭実況スレ】

実況スレってこんなんでいいのかわからん
まぁざっくりこんな感じで騒がれていた的な蛇足の蛇足です


【2XX1年】体育祭実況スレ【1年】

 

1: 774の体育祭ファン

このスレッドは毎年恒例、雄英体育祭の実況速報スレです

2年ステージは>>【2XX1年】体育祭実況スレ【2年】

3年ステージは>>【2XX1年】体育祭実況スレ【3年】

 

2: 774の体育祭ファン

1乙

襲撃事件あったのに本当に開催したんだな、雄英パネェ

 

3: 774の体育祭ファン

1乙ー

大金かかってるし、マスコミとかも来るしな。そう簡単に中止に出来ない

 

4: 774の体育祭ファン

体育祭は一大コンテンツですしおすし

 

5: 774の体育祭ファン

今年の1年実況ってプレゼント・マイクか。

 

6: 774の体育祭ファン

ラジオDJおっすおっす

 

7: 774の体育祭ファン

襲撃にあったA組も出るんだ!?

 

8: 774の体育祭ファン

注目株だしな

 

9: 774の体育祭ファン

入学直後といってもいいのに災難すぎるだろ

 

10: 774の体育祭ファン

A組人数1人多くない?

 

11: 774の体育祭ファン

マ?

 

12: 774の体育祭ファン

ほんとだ、21人いる

 

13: 774の体育祭ファン

1クラス20人じゃねぇの?

 

14: 774の体育祭ファン

主審キター!(゚∀゚ 三 ゚∀゚)

 

15: 774の体育祭ファン

ミッドナイトキタ━(゚∀゚)━!

 

16: 774の体育祭ファン

待ってました!!!.゚+.(・∀・)゚+.゚

 

17: 774の体育祭ファン

最高オブ最高

 

 

以下、ミッドナイトへのおぱーいコールが続く

 

 

32: 774の体育祭ファン

【速報】ヘドロ事件被害者の爆破少年、雄英入試1位【速報】

 

33: 774の体育祭ファン

ちらっとマイトが教師になった時のインタビューに出てたらしいぞ

 

34: 774の体育祭ファン

あんだけ個性強かったらな

 

35: 774の体育祭ファン

上から目線すぎてブーイングされてるけどな

 

36: 774の体育祭ファン

予選なんだろ?

 

37: 774の体育祭ファン

障害物競走って、わりと普通

 

38: 774の体育祭ファン

人数多いから圧巻だけどな

 

39: 774の体育祭ファン

開幕からヤバい

 

40: 774の体育祭ファン

全力かよあの紅白くん

 

41: 774の体育祭ファン

ロボでか過ぎない???

 

42: 774の体育祭ファン

一瞬で凍らせるとかヤバすぎ

 

43: 774の体育祭ファン

エンデ息子とかマジ???

 

44: 774の体育祭ファン

tkエンデ息子イケメンかよ

 

45: 774の体育祭ファン

個性強すぎるだろ

 

46: 774の体育祭ファン

圧倒的勝ち組

 

47: 774の体育祭ファン

父親に似てねぇな

 

48: 774の体育祭ファン

まって

 

49: 774の体育祭ファン

おい

 

50: 774の体育祭ファン

【悲報】予選スタートきってないヒーロー科生徒、1名見つかる

 

51: 774の体育祭ファン

特別枠入学ってマジ?

 

52: 774の体育祭ファン

なにそれ、裏口入学的な?

 

53: 774の体育祭ファン

は?ksかよ

 

54: 774の体育祭ファン

UA腐ってんのかよ

 

55: 774の体育祭ファン

って

 

56: 774の体育祭ファン

は????

 

57: 774の体育祭ファン

待て待て待て

 

58: 774の体育祭ファン

え???

 

59: 774の体育祭ファン

スタート切ってなかった特別枠の女子、せかされた結果、一気に2位になる

 

60: 774の体育祭ファン

あれってマンタというかメ/ー/ヴ/ェじゃね?

 

61: 774の体育祭ファン

完全に姫ねえさまです、ありがとうございました

 

62: 774の体育祭ファン

なにあれ乗りたい

 

63: 774の体育祭ファン

特別枠に納得ですわ

 

64: 774の体育祭ファン

UA腐ってなかった

 

65: 774の体育祭ファン

姫ねえさまっぽいけど姫ではないし、ここは姉さんって呼ぼう

 

 

以下、実況と感想が飛び交う

 

 

101: 774の体育祭ファン

姉さんのゴールしてからスタジアム一周してカメラに見せてくれるサービス精神の高さ

 

102: 774の体育祭ファン

一見すると地味な文系女子なのに個性が夢溢れててすごい

 

103: 774の体育祭ファン

姉さん最終種目まで残って欲しい。他に何が出せるのか見たい

 

104: 774の体育祭ファン

わかる

 

105: 774の体育祭ファン

それな

 

106: 774の体育祭ファン

オウ/ム待機

 

107: 774の体育祭ファン

巨/神/兵だろJK

 

108: 774の体育祭ファン

ロボ兵

 

109: 774の体育祭ファン

キツネ/リス

 

 

 

以下、騎馬戦まで何が見たいかの大喜利と他の選手への感想。

 

 

 

203: 774の体育祭ファン

騎馬戦、姉さん誰と組むんだろ

 

204: 774の体育祭ファン

姉さん4位だから195ポイントか

 

205: 774の体育祭ファン

体育祭スレかと思ったら、個人観察スレになってた件について

 

206: 774の体育祭ファン

脱衣王と同じ扱いしないで

 

207: 774の体育祭ファン

脱衣王も今年3年生か

 

208: 774の体育祭ファン

脱衣王も1年の時から目立っていたよな

 

209: 774の体育祭ファン

ネタにされていたともいう

 

210: 774の体育祭ファン

【速報】脱衣王、今年も脱衣

 

211: 774の体育祭ファン

3年間全部脱衣してんじゃねぇかwwww

 

212: 774の体育祭ファン

あいかわらずwwww

 

213: 774の体育祭ファン

姉さんは夢があるから脱衣王とは違うんでww

 

214: 774の体育祭ファン

脱衣王はプロデビューで脱衣神になるんだろ、知ってるww

 

215: 774の体育祭ファン

そろそろ話題を1年に戻せwwww

 

216: 774の体育祭ファン

そういや姉さんどこ

 

217: 774の体育祭ファン

ちょwwww

1000万と組んでるwwww

 

218: 774の体育祭ファン

姉さんウソでしょwwww

 

219: 774の体育祭ファン

よりにもよって一番狙われる1位ととかwwww

 

220: 774の体育祭ファン

てっきりエンデの息子か爆破君と組むと思ってたのに

 

221: 774の体育祭ファン

カウントダウン!

 

222: 774の体育祭ファン

3!

 

223: 774の体育祭ファン

2!

 

224: 774の体育祭ファン

1!

 

225: 774の体育祭ファン

( ゚д゚)

 

226: 774の体育祭ファン

( ゚д゚)

 

227: 774の体育祭ファン

( ゚д゚)

 

228: 774の体育祭ファン

( ゚д゚ )

 

229: 774の体育祭ファン

こっちみんな

 

230: 774の体育祭ファン

小学校の国語の教科書に「くじらぐも」ってのがあってだな

 

231: 774の体育祭ファン

言いたいことはわかる

 

232: 774の体育祭ファン

奇遇だな、おれも同じこと思った

 

233: 774の体育祭ファン

天までとどけ!

 

234: 774の体育祭ファン

いち!

 

235: 774の体育祭ファン

に!

 

236: 774の体育祭ファン

さん!

 

237: 774の体育祭ファン

姉さんの個性、マジで夢が広がりまくりング

 

238: 774の体育祭ファン

手が届かない位置にまで騎馬まるごと飛ぶとかずるくない???

 

239: 774の体育祭ファン

姉さんチートかな???

チートですね(確信)

 

 

以下、個性についての考察色々飛び交う。

 

 

342: 774の体育祭ファン

エンデ息子、執念ありすぎ

 

343: 774の体育祭ファン

騎馬組んでる奴らも凄すぎでしょ

 

344: 774の体育祭ファン

姉さん頑張って

 

345: 774の体育祭ファン

うわっ

 

346: 774の体育祭ファン

急降下突撃からのV字飛行…

 

347: 774の体育祭ファン

えげつない

 

348: 774の体育祭ファン

姉さんの個性、縦横無尽で機動力おばけ過ぎるでしょ

 

349: 774の体育祭ファン

今何位?

 

350: 774の体育祭ファン

5位

 

351: 774の体育祭ファン

姉さんがんばえ~!

 

352: 774の体育祭ファン

マンタの渦すげぇ!

 

353: 774の体育祭ファン

突撃防がれてたからなぁ

 

354: 774の体育祭ファン

残り時間10秒切った!

 

355: 774の体育祭ファン

姉さん頼むぞ!!

 

356: 774の体育祭ファン

姉さんんんんんん!!!

 

357: 774の体育祭ファン

タイムアップ

 

358: 774の体育祭ファン

姉さんの順位どうなった!?

 

359: 774の体育祭ファン

カウントダウンから順位非表示だった

 

360: 774の体育祭ファン

 

361: 774の体育祭ファン

は!?取り返した!?

 

362: 774の体育祭ファン

いつ!?

 

363: 774の体育祭ファン

最後黒いの伸びてるから多分それ

 

364: 774の体育祭ファン

【速報】姉さん最終種目進出キタ━(゚∀゚)━!

 

365: 774の体育祭ファン

ワッショイヽ(゜∀゜)メ(゜∀゜)メ(゜∀゜)ノワッショイ

 

366: 774の体育祭ファン

オメデトコーラス(´д`)(´д`)(´д`)どぅわ~♪

 

367: 774の体育祭ファン

祭りだ♪ヽ('∀')メ('∀')メ('∀')ノワッショイ♪

 

368: 774の体育祭ファン

ワッショイ♪(´∀)ノ━( ・ω)ノ━【☆*★祭★*☆】(´Д)ノ━(・∀)ノ━ワッショイ♪

 

369: 774の体育祭ファン

マンタ、クジラときたから次はシャチかな

 

370: 774の体育祭ファン

サメだろ

 

371: 774の体育祭ファン

イルカ

 

372: 774の体育祭ファン

というか姉さん海洋生物好きなのかな?

 

373: 774の体育祭ファン

騒ぎまくってるから専スレ立てた

移動よろ

 

 

 

【マンタ】雄英1年の特別枠姉さん【ホエール】

 

 

1: 774の体育祭ファン

このスレッドは、UA1年特別枠姉さんの専用スレになります。

 

 

1乙と祭りAA

 

 

11: 774の体育祭ファン

ついに専スレが出来てしまったか

 

12: 774の体育祭ファン

姉さんが強すぎるからしゃーない

 

13: 774の体育祭ファン

昼休憩そろそろ終わり

 

14: 774の体育祭ファン

キタ━(゚∀゚)━!

 

15: 774の体育祭ファン

姉さんのチア姿.゚+.(・∀・)゚+.゚

 

16: 774の体育祭ファン

うひょー

 

17: 774の体育祭ファン

チアアアアア!!!!

 

18: 774の体育祭ファン

神に感謝

 

19: 774の体育祭ファン

姉さんほっそいなぁ

 

20: 774の体育祭ファン

スレンダー(;´Д`)ハァハァ

 

 

見た目に関するhsprなどが続く。

 

 

 

32: 774の体育祭ファン

トーナメントキタ - .∵・(゚∀゚)・∵. - ッ!!

 

33: 774の体育祭ファン

姉さんは4試合目か

 

34: 774の体育祭ファン

どう戦うんだろ

 

35: 774の体育祭ファン

あれじゃろ、体当たり的な

 

36: 774の体育祭ファン

自動車事故ならぬマンタ事故的な

 

 

第4試合までのんびり感想が流れる

 

 

55: 774の体育祭ファン

姉さんポッケに両手入れてる

 

56: 774の体育祭ファン

やる気なさげだけど大丈夫?

 

57: 774の体育祭ファン

お、始まった

 

58: 774の体育祭ファン

?????

 

59: 774の体育祭ファン

スタートと同時に相手の金髪くん倒れたんだけど

 

60: 774の体育祭ファン

姉さん何したの

 

61: 774の体育祭ファン

見えない攻撃が出来るとかどういうことなの

 

62: 774の体育祭ファン

見えない攻撃が出来る原理が不明すぎるんですけお

どんな個性だ

 

63: 774の体育祭ファン

ゆっくりと近付きながら遠距離攻撃してくる姉さん恐ろしいな

 

64: 774の体育祭ファン

圧倒的強者

 

65: 774の体育祭ファン

勝てる気がしない

 

66: 774の体育祭ファン

姉さんからあふれるラスボス感

 

67: 774の体育祭ファン

金髪くんからすれば絶望すぎるだろコレ

 

68: 774の体育祭ファン

立ち上がろうとするたびに肩とか腕に当ててるからな

 

69: 774の体育祭ファン

DJは姉さんの個性はよ

 

70: 774の体育祭ファン

は?電気系統???

 

71: 774の体育祭ファン

え、つまりメ/ー/ヴ/ェはデジタルモンs

 

72: 774の体育祭ファン

それ以上はいけない

 

73: 774の体育祭ファン

分かり易いけど、それ以上はいけない

 

74: 774の体育祭ファン

 

75: 774の体育祭ファン

金髪くん動いた!

 

76: 774の体育祭ファン

放電のフラッシュにご注意下しあ

 

77: 774の体育祭ファン

姉さん大丈夫か!?

 

78: 774の体育祭ファン

まさかの金髪くん逆転勝利UC?

 

79: 774の体育祭ファン

 

 

80: 774の体育祭ファン

 

 

81: 774の体育祭ファン

無傷!ってか笑ってるし

 

82: 774の体育祭ファン

金髪くんに逆転チャンスなんてなかった

 

83: 774の体育祭ファン

金髪くんの逆転勝利BGMが鳴ったと思ったけど勘違いだった

姐さんの勝利確定BGMだった

 

84: 774の体育祭ファン

眼鏡が光を反射して口元だけ笑ってるからさらにラスボス感ががが

 

85: 774の体育祭ファン

右手の電気、あれヤバい。俺は電気系個性だからわかる

 

86: 774の体育祭ファン

電気系じゃなくても分かるヤバさ

 

87: 774の体育祭ファン

( ゚д゚)

 

88: 774の体育祭ファン

( ゚д゚)

 

89: 774の体育祭ファン

(°д°)

 

90: 774の体育祭ファン

(°д°)

 

91: 774の体育祭ファン

(゚д゚)

 

92: 774の体育祭ファン

ポポポポポ( ゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)゚д゚)ポカーン…

 

93: 774の体育祭ファン

…(´Д`驚)…!!

 

94: 774の体育祭ファン

:(´◦ω◦`):

 

95: 774の体育祭ファン

【速報】姉さん、近接戦闘も出来る【速報】

 

96: 774の体育祭ファン

まって

まって

 

97: 774の体育祭ファン

高校生男子がスタジアムの壁に吹き飛ばされたんだけど

 

98: 774の体育祭ファン

ぅゎねぇさんっょぃ

 

99: 774の体育祭ファン

完全にラスボスじゃないですかやだー!!!

やだー!!!

 

100: 774の体育祭ファン

デジタルなモンスターを出せて、電気纏えて、あのパワー使えるとかやばい

 

101: 774の体育祭ファン

金髪くん死んでないよね?

 

102: 774の体育祭ファン

あの細腕でどんだけ……

 

103: 774の体育祭ファン

とりあえず、二回戦進出おめ

 

104: 774の体育祭ファン

金髪くんに合掌

 

105: 774の体育祭ファン

(-ι-З)ナームー

 

106: 774の体育祭ファン

(-∧-;) ナムナム

 

107: 774の体育祭ファン

(-人-)

 

 

黙祷が続いて試合考察

 

 

225: 774の体育祭ファン

二回戦は女子同士の対決か

 

226: 774の体育祭ファン

二回戦一試合目がすごすぎた

 

227: 774の体育祭ファン

個性であんな爆発っておきるんだね…最近の高校生こわい

 

228: 774の体育祭ファン

デスメガネwwくっそwwww

 

229: 774の体育祭ファン

相手との落差wwwwwwww

 

230: 774の体育祭ファン

煽り文句がヒデェwwww

 

231: 774の体育祭ファン

DJテメェwwww分かるけどwwww

 

232: 774の体育祭ファン

wwwwwwwwwwwwwww

 

233: 774の体育祭ファン

キバwwwwwwタンwwwwww

 

234: 774の体育祭ファン

キバタンwwwwwwwwww

 

235: 774の体育祭ファン

ヒィィwwwwwww

 

236: 774の体育祭ファン

ユーモアすぎるwwwwwwwwww

 

237: 774の体育祭ファン

おいまて画像やめwwwwwwwwwwwwww

 

238: 774の体育祭ファン

比較すんなwwwwwwwwwwwwww

 

239: 774の体育祭ファン

ジェヴァンニが一瞬で仕上げますたwwwwwwwwwww

 

240: 774の体育祭ファン

キバタン野郎でその比較画像は卑怯wwwwwwwwwwwwww

 

241: 774の体育祭ファン

なおキバタン野郎に味方はいない模様wwwwwww

 

242: 774の体育祭ファン

試合はじまたwwwwww

 

243: 774の体育祭ファン

うわ、一瞬で

 

244: 774の体育祭ファン

縛られる姉さんマジか

 

245: 774の体育祭ファン

えちえち過ぎる(*´Д`)

 

246: 774の体育祭ファン

シャチさんみてないのに!

 

247: 774の体育祭ファン

おいまて

 

248: 774の体育祭ファン

姉さん、軽々と引きちぎる

 

249: 774の体育祭ファン

棘あるのにやばい

 

250: 774の体育祭ファン

正面突破やないかい

 

251: 774の体育祭ファン

DK吹き飛ばせるパワーですしおすし

 

252: 774の体育祭ファン

?????

 

253: 774の体育祭ファン

は?

 

254: 774の体育祭ファン

一瞬で決着ついた

 

255: 774の体育祭ファン

速すぎるんですけど???

 

256: 774の体育祭ファン

【速報】ぅゎねぇさんっょぃ【ベスト4】

 

257: 774の体育祭ファン

知ってた

 

258: 774の体育祭ファン

姉さんもっと観客に技わかるように優しくして

 

 

 

以下、考察と感想が続く

 

 

 

341: 774の体育祭ファン

エンデ息子との準決勝ですけど

 

342: 774の体育祭ファン

ここまでの姉さんの能力

・マンタとクジラが出せる

・超パワー

・超スピード

・見えない攻撃出来る

・電気纏える

 

チートでは???

 

343: 774の体育祭ファン

姉さんなら、あの神から家柄も個性もルックスも全部恵まれたイケメン吹き飛ばしてくれるって信じてる!

 

344: 774の体育祭ファン

姉さんアンタならやれる!!

 

348: 774の体育祭ファン

俺たちの姉さんは最強なんだ!!!!

 

349: 774の体育祭ファン

おいばかやめろ

 

350: 774の体育祭ファン

姉さん電気系だし相性良くなさげだよな

 

351: 774の体育祭ファン

炎使ってきたらやばい

 

352: 774の体育祭ファン

俺は姉さんを信じてる

 

353: 774の体育祭ファン

姉さんなら他に隠し技3つ位ありそう

 

354: 774の体育祭ファン

\(^o^)/ハジマタ

 

355: 774の体育祭ファン

初手氷結防いだ!

 

356: 774の体育祭ファン

一瞬で接近!

 

357: 774の体育祭ファン

姉さん思いっきり殴ったァ!!!

 

358: 774の体育祭ファン

かすっただけで頬が切れる速度のパンチですか……そうですか……

 

359: 774の体育祭ファン

ラッシュする姉さんヤバすぎ

 

360: 774の体育祭ファン

当たったらシャレにならんな

 

361: 774の体育祭ファン

足に電気まとって氷結防止とか姉さん器用すぎでは???

 

362: 774の体育祭ファン

まって

 

363: 774の体育祭ファン

姉さんやばい

 

364: 774の体育祭ファン

 

 

365: 774の体育祭ファン

ちょ

 

366: 774の体育祭ファン

知らねぇよ!てめぇが背負ってるもんがどんなものかなんて!どんだけ辛かったかなんて!

でもな!

後ろ向いてちゃ、何もどーにもなんねぇんだよ!!

 

367: 774の体育祭ファン

 

 

368: 774の体育祭ファン

やばい

 

369: 774の体育祭ファン

お前が背負った孤独も!懊悩も!悲壮も絶望も関係ねぇ!

お前に芽生えたのはッ!

お前が持つその想いはッ!

ここに、お前が来た理由はッ!

そんな、下らねェもんじゃねぇだろ!!

 

370: 774の体育祭ファン

 

 

371: 774の体育祭ファン

 

 

372: 774の体育祭ファン

 

 

373: 774の体育祭ファン

【速報】姉さんマジ姉さん【速報】

 

374: 774の体育祭ファン

 

 

375: 774の体育祭ファン

ここに来た理由!!その最初の気持ち!!―――お前の原点!!

それを思い出さねぇまま、いつまでも後ろ向いてウジウジしてんじゃねぇ!!!

テメェが、テメェ自身を諦めんな!!!

テメェの力だろ!!!

 

376: 774の体育祭ファン

 

 

377: 774の体育祭ファン

 

 

378: 774の体育祭ファン

 

 

379: 774の体育祭ファン

 

 

380: 774の体育祭ファン

私が何かだァ?

何者でもねぇ、ただの【姉さん本名】だ!テメェも、ただの【エンデ息子本名】だ!

ここにいる以上、血も過去も執着も、なんも関係ねぇ!!!

テメェと私の勝負!!

テメェと私だけの舞台!!

だから私を見ろ!!!【エンデ息子】!!!

―――テメェの全力で、立ち向かって来い!!!

 

381: 774の体育祭ファン

 

 

382: 774の体育祭ファン

 

 

383: 774の体育祭ファン

俺は高校生の青春を見ていると思っていたら、実写版少年漫画を浴びせられていた

 

384: 774の体育祭ファン

おま俺

 

385: 774の体育祭ファン

姉さんの言葉がかっこよすぎ

思わず無言になった

 

386: 774の体育祭ファン

泣いてる

 

387: 774の体育祭ファン

姉さんは少年漫画出身

 

388: 774の体育祭ファン

熱すぎ

 

389: 774の体育祭ファン

神かよ

 

 

熱すぎるセリフに感動のコメが流れる

 

 

401: 774の体育祭ファン

これ姉さんじゃねぇ姉御だ

 

402: 774の体育祭ファン

まごうことなき姉御

 

403: 774の体育祭ファン

この姉御は主人公様

 

404: 774の体育祭ファン

おっぱいのついたイケメン

 

405: 774の体育祭ファン

姉御から溢れ出るカリスマ

 

406: 774の体育祭ファン

ワンハンドシェイクデスマッチ出来る姉御やばい

 

407: 774の体育祭ファン

姉御!!!頑張れ!!!!

 

408: 774の体育祭ファン

リアルに叫んだ

 

 

 

 

431: 774の体育祭ファン

引き分け!?

 

432: 774の体育祭ファン

両者場外か

 

433: 774の体育祭ファン

姉御かっこよかった

 

434: 774の体育祭ファン

姉御最後まで熱かったわ

 

435: 774の体育祭ファン

スタンディングオベーションしてる

 

436: 774の体育祭ファン

くっそカメラが遠いんですけど。ちょっとカメラしっかりして

 

437: 774の体育祭ファン

まぁ試合一区切りついてるしな

 

438: 774の体育祭ファン

しゃーない

 

439: 774の体育祭ファン

姉御の活躍に!!☆拍手!!(゚∇゚ノノ\☆(゚∇゚ノノ\☆(゚∇゚ノノ\喝采!!☆

 

440: 774の体育祭ファン

待て

 

441: 774の体育祭ファン

姉御マンタ出した

 

442: 774の体育祭ファン

 

 

443: 774の体育祭ファン

 

 

444: 774の体育祭ファン

 

 

445: 774の体育祭ファン

……テメェが試合だってのに、辛気くせぇ顔してたからな。

いいか。吹っ切れた、悟ったなんてのは大抵勘違いだ。すぐに解消しようとしなくていい。

―――デカイ悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進め

 

446: 774の体育祭ファン

姉御マジで15歳じゃないでしょ

 

447: 774の体育祭ファン

少年漫画出身とか主人公とかそういうの全て越えた存在では????

 

448: 774の体育祭ファン

姉御マジカリスマ過ぎて姉御やばい

 

449: 774の体育祭ファン

姉御最後までかっこいいとかズルい

 

450: 774の体育祭ファン

名言すぎる

 

451: 774の体育祭ファン

ファンになります

 

452: 774の体育祭ファン

熱かった

 

453: 774の体育祭ファン

祭りじゃあああ!!!

 

454: 774の体育祭ファン

姉御の活躍をたたえるスレ立てよう

 

455: 774の体育祭ファン

掲示板上げての姉御祭りするっきゃねぇ

 

456: 774の体育祭ファン

姉御ー!!決勝進んでくれー!!!

 

 

 

以下、応援と待機が続く

 

 

 

682: 774の体育祭ファン

姉御許容量ギリとかマジか

 

683: 774の体育祭ファン

あんだけ活躍してたら仕方ない

 

684: 774の体育祭ファン

むしろあんだけ活躍してても倒れない姉御マジ姉御

 

 

 

700: 774の体育祭ファン

くぁwせdrftgyふじこlp

 

701: 774の体育祭ファン

どうした

 

702: 774の姉御ファン1号経営科

俺氏UA経営科。差し入れしてきた

 

703: 774の体育祭ファン

>>702

 

704: 774の体育祭ファン

>>702

 

705: 774の体育祭ファン

>>702

 

706: 774の体育祭ファン

>>702

 

707: 774の体育祭ファン

>>702

ちょっとkwsk

 

708: 774の体育祭ファン

kwsk

 

709: 774の体育祭ファン

kwsk

 

710: 774の体育祭ファン

kwsk

 

711: 774の体育祭ファン

姉御に何差し入れした?

 

712: 774の姉御ファン1号経営科

たまたま近くにいたから勇気出してたこ焼きとお茶。差し入れって言って渡した

ありがとうございますって言われた

 

713: 774の体育祭ファン

良い匂いしたか?

 

714: 774の姉御ファン1号経営科

試合後だったからちょっと焦げた匂いした

けどちょっと照れててかわいかった

 

715: 774の体育祭ファン

写真はよ

 

716: 774の姉御ファン1号経営科

写真はない

 

717: 774の体育祭ファン

照れた姉御とか見たかった

 

718: 774の姉御ファン1号経営科

照れ顔見るの二回目だったけどマジ姉御かっこかわいい

 

719: 774の体育祭ファン

2回目?

 

720: 774の体育祭ファン

経営科は吐くまでつるし上げ決定

 

721: 774の体育祭ファン

いつ見た!!!

 

722: 774の体育祭ファン

tk姉御の照れ顔を2回も拝んでるとか

 

723: 774の体育祭ファン

釣りかな???

 

724: 774の体育祭ファン

kwskって言ってんだろ!!!!!

 

725: 774の姉御ファン1号経営科

実技試験で助けられて、その時もお礼言ったらメチャクチャ照れてた

 

726: 774の体育祭ファン

同学年かよ裏山

 

727: 774の体育祭ファン

体育祭中のUA生が掲示板にいるのは良いのか

 

728: 774の体育祭ファン

これ

 

729: 774の体育祭ファン

姉御の様子kwskすれば許す

 

730: 774の体育祭ファン

それな

 

731: 774の姉御ファン1号経営科

kwskって言われても、クラス席で質問攻めされてる

 

732: 774の体育祭ファン

マジか

 

733: 774の体育祭ファン

教師も知らない技だからクラスメイトも知らないのか

 

734: 774の体育祭ファン

そりゃ質問攻めにされる

 

735: 774の体育祭ファン

近ェ!テメェら散れ!群がるな!来んじゃねぇ!って叫んで席座って寝たっぽい

たこ焼きは姉御が連れてたモンスターが食べてる。かわいい

 

736: 774の体育祭ファン

姉御見た目は文系なのに口悪いのかww

 

737: 774の体育祭ファン

もしや照れ隠しでは???

 

738: 774の体育祭ファン

なにそれかわいすぐる

 

739: 774の体育祭ファン

優雅に移動出来て、男前に戦えて、主人公顔負けのセリフ言えるのに、差し入れに照れたり質問攻めに照れ隠しで口悪くなるとか姉御ずるいです好き

 

740: 774の体育祭ファン

はーーーーーーーーー?????

姉御そういうギャップ出すのやめて心臓に悪い

 

741: 774の体育祭ファン

見た目普通なのにツンデレ男前姉御で照れ屋なメガネ強キャラとか属性盛りすぎってレベルじゃねぇ

 

742: 774の体育祭ファン

姉御マジ王道すぎるだろ神に感謝

 

 

以下、祭り騒ぎ継続

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

 番外編・Cの休日

スレとは別に、体育祭後の休日編。
ここで何個か番外編が続きます
スレは実質試合実況的な感じなので読まなくても問題なしです


あたしって、ほんとバカ。

 

「あの子って体育祭の」

「あ、3位の子」

「うっわ!本物じゃん!」

「思ってたより普通」

「姉御ー!!」

「体育祭ウェーイ!」

「ワンハンドシェイクデスマッチの子だ!」

「握手して下さい!」

「かっこよかったです!」

「写真いいですか!?」

「ねぇねぇマンタ見せてー!」

「クジラ見せてー!!」

「ビリビリ見たいー!」

 

何で変装しないで公共交通機関使ったんだ。

そしてなんでお前らは有名人に遭遇したかのような態度……ああ、メディア効果か。麻帆良でもあったな、文化祭明けに。ネギ先生や神楽坂や桜咲を筆頭に、クラスの奴らの多くが話題になっていたなそういえば。

ちうも話題になってたけど、あの時は本名から身バレしないように情報操作しまくった記憶しかない。マジで身バレは良くない。

 

休日の昼下がり。沢山の見知らぬ人々に囲まれながら、過去の自分の選択を後悔している千雨。

パーソナルスペースが広く、人混みが嫌いな千雨からすればこの状況は最悪極まりないもの。

 

そんな千雨が来ているのは、首都の玄関口とも呼ばれる東京駅。

静岡の片田舎から何故首都の駅に来ているのかと言われれば、会長からのお呼び出しがあったからだ。

 

 

そもそも、千雨は昨日の体育祭を終えて帰宅してから最悪の連続だった。

 

 

帰宅してリビングで会長に送るための話の種にニュースでも見ようとテレビをつけた瞬間、目に飛び込んできたのが千雨と轟の試合動画と特集番組。

まさかと思ってエゴサーチをしてみれば簡単にヒットした。ヒットしてしまった。

 

以下、掲示板のスレから一部抜粋である。

 

スレタイは【UA】ベスト4の姉御がかっこよすぎる【1年】、だ。

 

1: 774の体育祭ファン

1年準決勝第1試合は神回

姉御マジ姉御

 

53: 774の体育祭ファン

感動した

 

88: 774の体育祭ファン

姉御かっこよすぎ

 

102: 774の体育祭ファン

熱かった!!!

 

198: 774の体育祭ファン

ファンになるしかない

 

206: 774の体育祭ファン

プロデビューはよ

 

252: 774の体育祭ファン

少年漫画の主人公かな???

 

302: 774の体育祭ファン

ブロマイドはよ

 

366: 774の体育祭ファン

十年に1度レベルの神回

 

468: 774の体育祭ファン

姉御マジカリスマ

 

475: 774の体育祭ファン

マンタにのりたい

 

512: 774の体育祭ファン

実質的な決勝戦

 

515: 774の体育祭ファン

少年漫画よりも熱い

 

552: 774の体育祭ファン

プロデビュー待機

 

584: 774の体育祭ファン

姉御のつけてる腕輪どこのブランド?

 

609: 774の体育祭ファン

>>584

シルバーだしヴィンテージWじゃないの?

 

626: 774の体育祭ファン

>>609

合致するデザイン無しだから捜索スレ立ってる

つ【捜索】姉御のシルバーバングルのブランド【情報求む】

 

667: 774の体育祭ファン

個性のモンスターになりたい

 

816: 774の体育祭ファン

命令されたい

 

892: 774の体育祭ファン

クラスメイト浦山

 

 

千雨関係のスレッドは確認しただけでも書き込み可能なスレが20以上立っており、掲示板は大賑わいのお祭り騒ぎ。中にはキバタン野郎AAもあった。上限にまで達したスレを含めたらかなりの数だろう。

さらに調べたら非公式ファンクラブが設立済み。

各種SNSでも上位ワードに入っている。あと動画投稿サイトには活躍まとめ動画が上げられ、非公式グッズ作成までされていた。

 

ネット辞典にまとめられていないのと実名でないのは一般人だからだろうが、メディアもネットも話題は雄英体育祭だらけ。

そうなれば自然とベスト4の千雨も取り上げられることとなる。

 

「なん……だと……!?」

 

もはや千雨には、これ以外に出てくる言葉はなかった。

 

「ちうたま、一気に全国区デビューですね」

「流石ちう様」

「電脳界のトップアイドル」

 

画像や動画が魔法による仮想ディスプレイによって空中にいくつも表示される。

それらを満足そうに見ている電子精霊たちに千雨がツッコミを入れた。

 

「良い訳あるかーっ!!

学校も本名もバレてんだぞ!?この状態でネットアイドルなんてしたら、即座に炎上!祭りの燃料!

クラスの奴らにバレんじゃねぇか!!つーかコスプレが趣味だってバレたら恥ずかしくて死ぬ……!!

お前ら!今すぐネット上の火消ししろ!!」

「ちうたま、ここまで盛り上がっていると、火消ししたところで焼け石に水です」

「山火事にコップ一杯の水」

「むしろ熱した油に水で大炎上」

「じゃあどうしろってんだよ!」

「ここは諦めて、ネットアイドルをやるのは見送るしかないですねー」

 

千雨は電子精霊たちの言葉にショックを受けて四つん這いになるほど落ち込む。

 

「私のストレス発散が……ネットアイドルデビューが……遠のいてく……」

「オフライン投稿でも僕らが見てますから、元気出して」

「我々電子精霊千人長七部衆、ちうたまのファンですから」

「てめぇら7匹しかいねぇじゃねぇか……いや、いないよりはマシだけど。

……素顔は晒されてねぇんだよな?」

「そこはスタジアム内の全カメラに映らないようにしてましたから」

「言われずとも期待に応える!」

「それが有能な電子精霊千人長七部衆!」

「どうせならネットの監視とスレの鎮火もしとけよ」

「はぅぅっ!」

 

電子精霊たちに八つ当たりをしつつ、千雨はエゴサーチを止めて、制服から部屋着に着替えてから夕飯の支度をしようと動き始める。

その時、スマホが1通のメールを受信した。会長からの呼び出しメールである。

もうこの時点で千雨のやる気は消えた。明日なんて来なければ良いなどと言いながらふて寝する位にはやる気がなくなっていた。

 

 

そして翌日。見知らぬ体育祭視聴者たちから囲まれている状況に至る。

 

 

なんとか人の群れを掻い潜り、呼び出された駅の近くにあるホテルの会議室につく千雨。

呼び出しの用件は入賞したことによる支援金増額に関する書類のやり取りと面談。普段メールで済ませている精神状態把握も兼ねている。

呼び出し先が公安委員会本部ではないのは休日だからだろうか。

差し出された支援金増額に関する書類を読み込みながら千雨はため息をついた。

 

「……書類のやり取りなんて、郵送にすれば良いでしょう。移動はムダな手間がかかる」

「貴女らしい意見ね。でもそう簡単には変わらないのが社会よ」

「こんなやり取りしてる以上はそうでしょうね。

それで、書類のやり取りだけならこんな会議室取る必要無いでしょう。会ってやり取りするにしても、ロビーか喫茶店で充分だ。

本題は?」

 

じっと会長を見据える千雨。

その察しの良さに会長の頬が上がる。

 

「相変わらず話が早いわね。

いくつか話したいことがあったのよ」

「電話で出来ない話ですか」

「ええ。

1つ目は、貴女に養子縁組の話がいくつか来てるわ」

「……待て、どういうことだ?

私の個人情報はそう簡単には知られない筈じゃ……いや、そうか。保護した公安委員会宛てに連絡されたって訳か。調べりゃそこまでは出てくる訳だし」

「その通りよ」

「断る。

知りもしない人間と家族になれるなんて……そんな考えが、この世で最も気持ち悪い」

 

千雨は血の繋がった者同士でも上手くいかなかったのだ。

そう簡単に他人が家族になれる筈がないし、心を許せるはずもない。

 

「……2つ目は、貴女へお見合いの話。

相手は大企業やヒーローの家柄の子息よ」

「それも却下だ。

悪いがそういった家柄だの資産だの、そんなもの私は欲していない。他を当たれ」

「そうでしょうね。

3つ目は……準決勝の試合について」

「……何を?」

「貴女のあの言葉が出るに至った理由を。

あそこまで――――戦おうとした理由を」

 

準決勝、エンデヴァーの息子との試合。その試合は会長にとって衝撃的なものだった。

 

会長からすれば、長谷川千雨という人間は合理主義で大胆不敵。ビジネスライクと言わんばかりに現実を割り切れる人間。情熱などとは程遠い、氷の心を持つ少女だった。

いくらその心を解したであろう子供の1人とはいえ、まるで会長が今まで見てきた千雨とは正反対に……非合理的で、情熱的で、人間性の輝きに溢れていて――――ヒーローを体現していた。

大胆不敵なところは変わらないが、彼女の本質と思っていたものとは大きく異なっていた。

 

 

あそこまで必死になる理由が知りたかった。

 

 

「普段の私らしくないだろうよ。私も、あんな風に踏み込むなんて二度と御免だ」

「それでも貴女は踏み込んだ。その理由は?」

「……二回戦の緑谷が、救けようとした。

それでも前に踏み出そうとしない轟がムカついた。それだけだ」

「……それだけ?」

「それだけだ」

 

打算も合理もなにもなく。ただ、自身の感情に任せた行為だと言い切った。

そんな千雨の言葉に会長は驚く他なかった。

 

「私は、そこまで人間出来ちゃいないんでね。

ムカつくことをそのままにしときたくねぇんだよ。

話は終わりだな?私は帰る」

 

さっさと書類を鞄に入れて会議室をあとにする千雨。

 

たった1人残された会長は、椅子に座ったまま、目の前の空いた椅子を見ていた。

 

「……何が……人間出来ちゃいない、なのかしら」

 

この超常社会となった現代で、打算や見返りといった理由なしで他人を助けられる人間はいない。社会人の多くが……プロのヒーローでもそうだ。

いや、プロのヒーローほど見返り目当てと言えるだろう。大事件であればあるほど返ってくる名声と富が大きい。そのために動いている。

プロのヒーローたちは自身の個性と出来る範囲でしか人を助けない。自身の限界を超えた危険に飛び込めるヒーローなど、果たして何人いるだろうか。

感情で他人を救けようとするヒーローなど、何人いるだろうか。

 

長谷川千雨は必ず、トップヒーローになる。

本能的に他人を救けようとし、強大な力を正しく振るえるその心が、人々に自然と畏敬の念を抱かせ尊敬されるヒーローになる。会長はそう確信した。

 

「……とんでもない拾い物をしたわ。

にしても、まさかあそこまで目立つなんて思わなかったけど……彼女なりにヒーローとなる将来を見越してかしら……」

 

入賞したら増額とは言ったものの、目立てとは言っていなかった。それが体育祭で1番と呼べるほど目立っていた。

トップヒーローとなるために学生時代から話題性は重要になるし、即時戦力としてのアピールにもなっているから目立たないよりは良いが。

 

その呟きを聞く者は、この場にはいない。

先ほどまでこの場にいた目立っていた張本人が聞いていたらショックで白い灰になっていただろう。

会長はおもむろにスマホを取り出して電話をかける。

 

「……もしもし、私よ。

本人が養子縁組もお見合いもお断りだそうよ。……委員会が保護して支援はしているけど……ええ。他からも同様の話があったけど、詳しく話す前に全部却下したの。

名前も聞かないで断ったわ。相手が誰であれ受けるつもりはない様子で……ええ。試合後に身辺調査とか色々と調べたみたいだけど、水の泡だったわね。

そうそう……試合での理由だけど……二回戦で救けられていたのに前に踏み出そうとしないのがムカついた。それだけだそうよ。

それじゃあまた用があったら電話するわ。

――――――エンデヴァー」

 

電話を切ると、会長も荷物をまとめて会議室を後にした。

 

 

 

 

 

会議室から出た千雨は人目につかない路地裏のさらにビルの隙間にて鞄を探る。

取り出したのは年齢詐称薬。青い飴玉で若返り、赤い飴玉で年を取るものだ。服装も変えられる幻術薬である。

 

実はちびちうモードになる用に、これの作り方などはかつてエヴァから教えてもらっていた。

非常識なものに対する拒絶反応はあるものの、これに関しては別。ネットアイドルとしてサイト運営に便利なものをそんな簡単に手放せる筈がない。

ちなみに作り方はいたって簡単。砂糖と水飴と水を煮込んで飴を作る時にエヴァ独自の幻術魔法を練り込むだけ。

あめ玉の色分けは練り込んだ幻術の種類を間違えないためのものだ。それぞれ着色料で色付けしている。

もっとファンタジーな魔法薬の調合みたいだと思っていたが、現実はこんなものだとはエヴァの言葉。

 

そんな訳で、青い飴玉を使って久々にちびちうモードになり、街中へ戻っていく。服装はちびちうモードで定番になっているセーラーワンピースだ。

見た目が5歳前後の幼女のせいか、やたらとパトロール中のプロヒーローから保護者はどうしたのかと聞かれた。

が、持っていた幼女には見合わぬ鞄を見せて「おねーちゃんのおつかいなの!」と言えば大体笑顔で「そっかぁ~、偉いねぇ~」と癒された笑顔で駅まで見送られた。幼女大勝利。

 

新幹線で帰る途中も幼女1人でいることに人目を引いたが、本来の姿よりは目立っていない。

 

公園のトイレで赤い飴玉を口にして元の姿に戻り、自宅マンション近くのスーパーで引きこもるための食料を買い漁った。自宅近辺でそこまで騒がれないのは不幸中の幸いだろう。

 

 

 

今日と明日は外に出ないで、家事とネット警備と入学祝いに贈ると言って作り損ねていた常闇へのアクセサリー作りに精を出すことにした。

 

 

 

ちなみにネットでは未だに祭り状態が続いていた。

つらい。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

 番外編・T家の休日

番外編その2
番外編はもうちょっとだけ続くんじゃ


静岡県某所、轟邸。

 

「……断られたか……」

 

通話の切れたスマホを見ながら轟炎司は眉間にシワを寄せる。

 

昨日の体育祭。

準決勝にて自身の息子、焦凍と引き分けた女子の長谷川千雨への養子縁組又は見合い話だ。

 

体育祭の午前中にあった障害物と騎馬戦では強力ながらもサポート向きの個性だと思い、その機動力の高さはサイドキックとして採用すれば活躍の場が広がるとは思った。同時に、焦凍には及ばないと思った。

しかし、トーナメントでは一変して近接戦闘の強さを見せた。遠距離攻撃も可能で、あの超パワーと超スピードと電撃。目を奪われるような存在だった。

自身が焦凍に望んだのと同じ、複数の"個性"を持つ子供。それも、十年以上も手をかけている焦凍と全力で引き分けるほど十全に扱う才能を持つ。

さらには、あの啖呵。二回戦での緑谷という少年以上の影響を焦凍に与えたことは見て取れた。

 

強力な"個性"と圧倒的な"才能"と勇壮な"精神"の持ち主。しかも誂えたかのように"異性"で。

 

どの能力を受け継いだとしても最高傑作である焦凍との間であればきっと日本一の……いや世界一のヒーローが誕生することだろう。

そう思って試合後の本人に直接探りを入れようとしたら、逆に心を見透かされた。

今まで、1度としてそのようなことはなかった。

No.1の座を諦めていないことを真正面から言われるなど。

 

―――自身に共感し、肯定する者など……初めてだった。

 

夢を諦めていない。

たしかにその通りだ。最も強いヒーローになるために何十年もの研鑽を積み、今もNo.2の座にいる。

幾度も幾年も努力した。その度に挫折した。

そうして幾度となく、絶望した。

自分には届かないのだと理解した。

遠く、はるか高みにあるあの背に届きたくて。しかし、それが叶わないと20歳の時に思い知らされた。

それから25年。今もなお、No.2として活動している。

何故諦めなかったのかなど、自分でも分からない。ただ…諦めたくないという思いだけだった。

 

誰よりも強くなりたい。

 

それは稚拙な願いだろう。歪んだ望みだろう。叶わない夢だろう。しかしそれを諦めないことを彼女は肯定した。悪くないと言った。

 

「…悩み苦しみ、それでも諦められない夢ならば…抱えて進むしかない…か」

 

そばに欲しいと思った。

彼女がそばに居れば、今よりも強くなれる。予感のようなそれは、どこか確信めいていて。

だからこそ、事務所の者に言って調べさせた。その血筋、家系、囲い込むに足る弱点となりそうなものを。

そして知ったのだ、公安委員会に保護された未成年だと。

 

公安委員会が保護したならば今はどこかの孤児院か保護施設かとも思ったが、高校生で雄英には特別枠入学している。ということは今も公安委員会がバックにいると目星をつけ、会長に連絡。

案の定、彼女は施設には入っていないことと公安委員会が支援していることを知り、好都合だと思った。

たとえ焦凍を気に入らなかったとしても養子として迎え入れて外堀を埋めてしまえばいい。

養子縁組と見合い話を持ち出せば、会長は乗ってきた。おそらくNo.2の俺に恩義を売れると踏んでだろう。

 

 

それが本人に断られるとは思ってもいなかったが。

 

 

どうにかして近くに欲しい。せめてもう一度話をしたい。

まずは職場体験指名だろう。焦凍への教育に専念しようと指名は焦凍のみと考えていたが予定を変更して彼女も指名する旨を秘書に連絡する。

調べるように言われていたから手配済みとの返事に、そのまま後を頼む。

 

オールマイトが教師となった以上、指名するプロヒーローの中では俺がトップだ。あれほどの戦闘力を持つならば来るに違いない。

炎を使わないという反抗を止めた焦凍と共に、彼女にもヒーローとは何かを現場で教育するのも悪くない。うまくいけばインターンにも来るだろう。

焦凍とも無理矢理見合いをさせずとも引かれ合う可能性もあるし、養子縁組も直接本人に提案すればまた結果は違うかもしれない。

 

理想の未来を思い浮かべた轟炎司は珍しく機嫌良さげにしていた。

 

 

 

 

 

轟冬美は弟である焦凍の行動に困惑していた。

焦凍が10年近く会いに行こうとしなかったお母さんのいる病院に行くと言って出ていったからだ。

 

焦凍が生まれてから、お父さんは焦凍の"個性"にしか興味がないと言わんばかりの態度とスパルタ的な英才教育を止めさせようとするお母さんにも手を上げるようになり、お母さんは次第に精神的に不安定になっていった。

そうして焦凍に熱湯を浴びせてしまうほどに追い詰められていたお母さんは病院に入院という名の隔離をされた。

12歳だった私はお父さんの欲する"個性"を持っていなかったため焦凍から引き離されていて、何もすることが出来なかった。出来ることは、お母さんの見舞いに行って洗濯物をするために行き来すること。

 

当時の私は家が嫌いだった。

友達の家に行けば優しくも厳しい両親と仲の良い兄弟姉妹。暖かい家族とはこういうものだと知り、自分の家との差に1人で暗くなっていた。家族の愚痴を言える友達が羨ましかった。

 

 

私の家は家族であって、家族ではなかったから。

 

 

それでも、入院しているお母さんに色々と相談をすることが出来たのは私にとって幸いだったのかもしれない。同性でお父さんにはあまり似てないのもお母さんの精神を追い詰めないで済んだからかもしれない。

今でこそ家族に関してはそれほど思い悩んではいない。

 

だからこそ、焦凍の行動は意外すぎた。

門をくぐって去っていく焦凍の背を見ながら息を吐く。

 

「……やっぱり、昨日の体育祭なのかな……」

 

雄英体育祭は日本のビッグイベント。それ抜きでも弟が活躍するかもしれないということで、弟の夏雄と共に見ていたのだ。

二回戦の試合と準決勝の試合は、とても衝撃的だった。

相手の緑谷くんという男の子の怪我が凄まじかったのもあるが、焦凍がそれまで使ってこなかった炎を使ったことに驚いた。

そして、準決勝で戦った長谷川千雨ちゃん。焦凍と同じクラスの女の子で、予選からすごい個性だと思っていたがトーナメントではヒーロー科らしく戦闘力の強さをみせていた。

女の子相手に焦凍はどう戦うのかと思っていたのもあったが、それ以上に彼女の言葉が胸に刺さった。

目が覚めるような鮮烈さと、全てを吹き飛ばしていくような強さを持った言葉。

 

「……テメェが試合だってのに、辛気くせぇ顔してたからな。

いいか轟。吹っ切れた、悟ったなんてのは大抵勘違いだ。すぐに解消しようとしなくていい。

―――デカイ悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進め」

 

試合後に砂埃の立つステージが映された画面から聞こえたその言葉は、まるで私自身に言われているかのように錯覚してしまうほどのもの。

家族仲のことはもう吹っ切れたものだと、もう修復できないのだと悟っていた。そのつもりだった。本当は全然吹っ切れてなんかいなかった。解消していなかった。今でも家族仲が良くなって欲しいと願っている。その本心を言い当てられたかのようだった。

そして同時に、抱えていても良いのだと肯定され―――思わず、涙してしまった。

 

 

きっと、焦凍を変えたのは彼女だろう。前へ……お母さんのもとへ、行こうと思えたのは。

 

 

いつか、本人に言いたい。

焦凍を救けてくれてありがとうと。私を救けてくれてありがとうと。私の口から直接伝えたいと思った。

 

 

 

 

 

轟夏雄は大学に通う友人と遊ぶために東京駅にいた。日比谷公園で野外フェスがあるから行こうと誘われたのだ。

待ち合わせの場所で待っていると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。

 

「夏雄!やばい!」

「どうした?財布落とした?」

「ちげぇって!!ほら!!あの子!!体育祭3位の!!!」

 

友人が指差した先にいたのは、オレンジに近い茶髪と丸メガネをかけた女の子。確か名前は、長谷川千雨。焦凍と同じクラスの子だ。

 

「まさか東京駅で本人に会えるなんて……っ!!」

「会ったってか、見たじゃねぇ?」

「さっき握手してもらった!

めっちゃ柔らかかった……!!」

 

興奮気味の友人は昨日の体育祭の様子で彼女に心底惚れ込んでしまっているらしい。つい先日までは一緒になって彼女欲しいと言っていたとは思えない転身っぷりである。

ちなみにラインでもその惚れっぷりを連絡してきたほどだ。

 

昨日の体育祭。姉の冬美と一緒に見ていた中で、強く印象に残っている。

あいつに鍛えられている焦凍と引き分けた強さが凄いというのもあるが、焦凍に向かって告げた言葉の数々が強烈だった。

 

はっきり言って、ウチの家は最悪である。無駄に立派な家とあいつの資産に反比例するように最悪である。

あいつは失敗作の俺たちに興味なし。成功作の焦凍を1人引き離して鍛え、燈矢兄を傷付けて、お母さんを追い詰めて病院にいれた。

そんな家のあれこれを吹き飛ばさんと言わんばかりの言葉の数々は、焦凍でなくとも心を揺さぶられた。

その言葉を聞いて姉ちゃんが泣いたというのが1番衝撃的だった。普段穏やかで朗らかでいつも笑顔の姉ちゃんが、静かに泣いたのだ。

 

そんな姉ちゃんに涙を流させるほどの衝撃を与えた張本人は、こうして遠くから見ると普通の女の子だった。

 

「思ってたより普通」

「どこが!?めっちゃ輝いて見えるけど!?」

「え、いや……むしろ、お前のそれがおかしいと思うけど…?」

 

感動している友人に冷静にツッコミをいれる。

彼女もなにか用事があるのか、取り囲んでいた人々に応援ありがとうございますと言いながら伸ばされた手と握手をして足早に去っていく。

 

あいつに対して抱えたこの感情が変わることはない。それでも……何故だか、彼女の言葉が耳から離れない。

 

 

「知らねぇよ!てめぇが背負ってるもんがどんなものかなんて!どんだけ辛かったかなんて!

でもな!

後ろ向いてちゃ、何もどーにもなんねぇんだよ!!」

 

 

今も耳鳴りのように、リフレインする。

どんなものを背負っていても、どれだけ辛かったとしても。前を見なくてはいけない。でも、自分には、その言葉を受け入れられないでいる。

前を見ても、お母さんや燈矢兄や焦凍があいつから受けた傷は、過去は変わらないから。

 

「つーか日比谷公園行くんじゃねぇの?フェス始まるだろ」

「行くけど!もうちょっと女神との遭遇の感動に浸らせて!!」

「女神って……大げさすぎねぇ?」

「大げさじゃねぇし!夏雄、お前も熱くなれって!!」

「あーはいはい、置いてくから」

「待って!置いてかないで!」

 

友人と馬鹿やって、こうして笑って騒いでいたい。前を向くよりも、今を楽しみたい。

それは悪いことなのだろうか?

 

 

 

 

轟焦凍はまっすぐと前を向いて姉さんに見送られて、家を出た。

お母さんに会いに行くために。

 

あの日……熱湯を浴びせられる時に聞こえたお母さんの震えた声。「時折醜く思えてしまうの」というその言葉。

自分の存在がお母さんを追いつめてしまうから、入院してから10年間、1度も会わなかった。

 

たどり着いた病院の受付で、お母さんの病室を聞いて向かう。

なにやら驚かれていたが、今はそれどころじゃない。

 

お母さんはきっと、まだ俺に…親父に囚われ続けてる。だから俺が。この身体で、全力で、「再び"ヒーローを目指す"」には―――。

 

考えながらたどり着いた315号室。ネームプレートには轟と書かれている。

扉へ伸ばす手がおもわず震える。またお母さんを追いつめてしまうんじゃないかという気持ちが、手を止めてしまう。

 

 

後ろ向いてちゃ、何もどーにもなんねぇんだよ!!

 

ここに来た理由!!その最初の気持ち!!お前の原点!!

それを思い出さねぇまま、いつまでも後ろ向いてウジウジしてんじゃねぇ!!!

テメェが、テメェ自身を諦めんな!!!

 

デカイ悩みなら吹っ切るな、胸に抱えて進め。

 

 

今も鮮明に思い出せる。体育祭での長谷川の言葉と、まっすぐと見つめてきたあの瞳。

力強い言葉を思い出しながら息を吐いて扉を押す。

 

 

―――会って、話を…たくさん、話をしないと。

 

室内で格子越しの空を見ているその後ろ姿に声をかける。

 

「お母さん」

 

 

たとえ、望まれてなくたって、救け出す。

それが、俺のスタートラインだと。

 

そう、思ったからだ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

 番外編・Nの休日

番外編はこれで終わりです


日本の巨大学園都市、麻帆良学園。

世界樹と呼ばれ親しまれている神木・蟠桃の枝葉が広がるその巨木の下に広がるヨーロッパ風の街並みは明治から続いている伝統と歴史ある建物が並んでいる。

そんな街から少し離れた場所にあるモダンな建物が麻帆良学園女子寮。

寮は中等部から持ち上がりでそのまま使用されており、今はネギとフェイトが寮監と副寮監の部屋を一室ずつ使用している。

ブルー・マーズ計画のため中々麻帆良に居ないネギだが、貴重な休日はこうして室内でのんびりと――――

 

【2004/12/26

みんなおハロー(*^_^*)qちうは今日も元気だぴょーん♪】

 

 

――――ネットアイドルのホームページを見ていた。

 

 

「………ギ君……」

【2004/12/26

なんとなんと!今日でちうのネットアイドルランキング1位が連続9か月になりました!

みんなのおかげで、とーっても嬉しいな!(≧▽≦)】

 

チャット画面で表示されたアイドル・ちうのコメントに他の閲覧者同様ネギも祝福のコメントを送る。

後ろから何か雑音が聞こえたようだが、今日は久々の休日だから日頃の疲れからくる幻聴だろうとネギは聞き流した。

 

「……ネ…君……」

【2004/12/26

9か月の記念に、今日はちうの新衣装と新曲を披露するね♪】

 

アップロードされた画像を別ウィンドウで開いて曲を再生する。

アイドル風のポップでキュートな衣装に似合う可愛らしい曲と声。

ネギにはもはやその魅惑の歌声以外聞こえていなかった。

 

「………………」

「…………」

 

そんなネギの後ろで顔をひきつらせているのは、フェイト・アーウェルンクス。

普段は貴重な休日を邪魔しないフェイト。年末年始の予定で確認したいことがあった為訪ねたら、この状況だった。

 

「フェイト・アーウェルンクス。どうかされましたか?」

 

そんなフェイトのさらに後ろにいたのは、ネギの秘書をつとめる茶々丸。

茶々丸はネギの様子に動揺する素振りすらない、ロボットだからかもしれないが。

 

「……絡繰茶々丸。

ネギ君が一切反応しないんだけど?」

「休憩中のネギ先生は大体この状態です」

「は?

 

……………は???」

 

 

 

 

「明日菜さん、これはどういうことだい!?」

「うわっフェイトくん!?と、ネギ!?いったい何が…」

 

ノートパソコンを持ったままのネギを引きずって明日菜の寮部屋にきたフェイト。

ネギの視線は画面に釘付けだ。

 

「どうしてネギ君がこんな事になっているんだ!?」

「私のせいじゃないし!というか私も知った時は驚いたわよ!

……どうも、千雨ちゃんいなくなった時からみたいで……」

「ああ、あの転移で行方不明の……」

 

9か月前の花見の日に行方不明となった千雨。その直後からネギは何とかして探そうとしたのをフェイトが止めたのだ。

今の君がすべきことは何か、と。

それから季節は過ぎていき、今は年末も近い冬。あと3ヶ月ほどで行方不明から1年になる。

 

「初恋の相手が告白した翌日に行方不明になるとか、正気失うでしょ」

「まぁ……人間はそういうものだろうけど……」

「ある意味では、千雨さんがネットアイドルをしていた事が幸いでした。

まだアップロードされていなかった写真や音声が沢山あったのでそれらを利用し、過去の記録を元にしてハカセが作成した電子精霊を使用した高性能自動生成AIによるチャットで正気を保っている状態です。

日頃の計画への意欲などは、おそらく千雨さんから前を見据えて行動しろという言葉があるからでしょう。

それがなかったら計画すら進んでなかったかと」

「…………嘘だろう……?」

「事実です、フェイト・アーウェルンクス」

 

何度も戦い、今は火星を救うために協力し合うビジネス仲間でもあるネギの戦闘時や、11歳ながら大人同様に各国首脳などとの交渉する時と異なる様子をフェイトは受け入れられなかった。

 

「……あの日以来、千雨さんの使っていた401号室は室内をまるごと時空間魔法で保存してあります。

学園側もどこの手の者による仕業か調査しなければいけませんから。学園内の重要人物を狙う試金石だった可能性も高いので」

「…確かにその心配はあるね。

だとしても―――これは流石にまずいんじゃないのかな?」

 

パソコン画面全面に映るアイドルスマイルの千雨の写真。ネギはデスクトップをちうにしているのだ。

 

これはさすがにマズいだろう。色々と。

 

「ネギ先生の心の傷が癒えるまではどうか見逃してください。

未だにビブリオルーランルージュを見ただけで泣く位に傷心状態です」

 

茶々丸が参考画像にと、千雨と外見がよく似たアニメイラストの女の子をフェイトに見せる。

作画はBL界の大漫豪ことパルによるものだ。

 

「ちなみにですが、他のクラスメイトにもどうにも出来ませんでした。

話すことは出来ますが、話題に出すのももはやタブーで……」

「頭が回るとはいえ、一番戦闘能力も社会的地位も価値も何もないあの少女がいなくなっただけで……?」

「ちうっちは戦闘力で言えばそりゃ弱いが、兄貴の精神的支柱としては一級品だったぜ。姐さんと同等には。

学園祭でも兄貴に助言してたが、兄貴の話によれば魔法世界でも常にそばにいて闇の魔法習得の背を押したのもちうっちで、白き翼の参謀としても相談役としてもかなり信頼されてた。

火星の計画についても色々相談してたみてぇだし。

……なにより、父親しか見えていなかった兄貴の初恋の相手でもあるからな」

「…………心の支え、か。

でもそれがネットアイドルというのはどうなんだ?」

 

しかも本物ではない、再現しているだけのAIだ。

虚しすぎる。

 

「計画が軌道に乗るまで千雨さんの捜索に時間を割けないと言ったからですよ」

「……僕のせいなのかい?」

「まぁそうとも言えるが、計画を手放さない兄貴のせいとも言える。

殺人的スケジュールで計画を進めている兄貴に捜索する余裕も時間もないし、クラスメイトや学園長の協力があっても手掛かりなしだからな」

 

計画を進めつつ、学園長やクラスメイトの手を借りて千雨の捜索をしているのだが、未だに手掛かりひとつ出てこない。

 

「我が親友、千雨さんは言ってしまえば弱いのです。

非現実的なものを信じるのも苦手ですし、戦闘能力も皆無な引きこもりです。

ただ、謎の逞しさがあるのでそう簡単にくたばることは無いでしょう。覚悟を決めた時の強さは電脳戦で戦った私が保証します。

……なによりも、カードが生きています」

 

茶々丸に使用することは当然出来ないのだが、生存確認のために千雨の仮契約カードのコピーを用意して貰ったのだ。

カードは色調や称号などが書かれており、カードが有効であることを示している。

 

「成る程……君たちは仲間の生存を諦めていないんだね」

「勿論です。

フェイト・アーウェルンクス、ネギ先生は本来3年で纏めるべきことを1年に短縮しています。ですから……」

「……そうだね。ひと区切りの付く所で、計画の進行速度の見直しもしよう。

この状態が常態化するよりは良いし」

 

仮契約カードの存在はネギの生命線であり、ちうのホームページは千雨の無事について不安で仕方がないネギの心を支えて活力の源となっている。

もはやネットアイドルちうはネギにとって唯一の心のオアシス。人生の楽しみの大部分だと言えるだろう。

たとえ虚構であっても、それは変わらない。

 

 

ネギは今日も画面で微笑む一番好きな人を見て、恋をする。

 

 

 

 

 

 

「ねぎ、どうだ?」

「完成しましたよ、ちう様」

「……ん、悪くないな」

 

麻帆良とは異なる世界にある日本の静岡県円扉。

駅近くのマンションの一室にて千雨は電子精霊千人長七部衆の一体、ねぎとともに作業していた。

本日は体育祭後の二日目の休日である。

 

昨日から千人長七部衆のうち、ねぎ以外の六体で体育祭から続く、千雨祭りへの監視と画像の検閲を行っていた。千雨の写真を加工して素顔を再現しようとされていたからだ。ハッキング攻撃で拡散を阻害している。

この世界のネット技術は確かに千雨の生きていた2004年よりも進んでいる。セキュリティも高くなっている。

しかし、超常の発現による技術停滞期があったため、千雨と電子精霊にとってはどこでも出入り自由と言えるだろう。

 

他の六体と異なり、ねぎは千雨の指示のもと常闇へ渡すシルバーアクセサリー作成の補助をしていたのだ。

通常の銀粘土は造形が手軽に出来る分、市販のアクセサリーよりも柔らかく壊れやすい。これは粘土を焼いて固める時に内部に気泡が出来てしまうからだ。

そこで電子精霊が内部に気泡が出来ないように分子同士の結合を高めて硬度を少しでも上げて壊れにくくする。

銀は常温の金属で最も電気を通しやすい物質のため、電子精霊たちとの親和性が極めて高くて加工もしやすい。千雨の魔法発動体がシルバーなのもそのためである。

 

ちなみに、シルバーアクセサリー作成の補助を誰がするか決めるのにもめたが、千雨の一言で決着した。

 

「……もう1つ作るか」

「ブレスレット1つで充分では?」

「いや、体育祭入賞したし……その、お祝いにだな……」

 

ねぎは千雨の言い訳を聞きつつ、常闇の顔を思い浮かべた。

黒いカラスのような頭部に人の身体。千雨にとっての常識とは程遠い外見をしているにも関わらず、千雨の常闇への好意度の高さは、彼が何も知らない状態で友人になりたいと言って近付いてきたからだ。

 

当時の千雨に関わる人間は全員千雨の能力や秘密を探ってくるようなもの。そして今までの常識が通用しない世界。

そんな中で初めての友人。しかも事情を知らず、自らの意思で近付いてきた。さらに"個性"が少し似ているということも千雨を周囲から浮き立たせないことに繋がった。

きっと常闇の存在なくしては今のようにA組の面々を仲間とは呼べなかっただろう。

 

ねぎたち電子精霊も千雨が精神的に不安定だったところを救けた常闇に感謝している。

 

「今度は何を作るのですか?」

「……ペンダント。

アラベスク模様とか、なんかああいうごついの好きって言ってたし」

 

千雨は黙々とデザインを描きおこしていく。楽しそうにしている千雨に恋だなんだととやかく言うのは無粋だとして、ねぎは千雨の横顔を見守るのに徹した。

ネットアイドルとしての意欲を別のものに向けてストレス発散も兼ねているからだ。

 

作成したシルバーアクセサリーを100均で買い揃えて自作したシンプルな黒く平べったい15センチ角の箱にいれる。作品がずれたりしないように内部はメラニンスポンジで凹凸をつけてあるこだわりっぷり。

ブレスレットはシンプルな羽根のデザイン。

C型の幅広ブレスレットで、羽根の羽軸にDarkshadow、内側に常闇のイニシャルF.Tを彫って燻した。

ペンダントは左向きの三日月のペンダントトップだ。

表には唐草模様を彫って燻し、裏には小さな正方形のブラックトルマリンとルビーを1つずつ埋め込んだ。髪と眼の色だ。

羽根モチーフの意味は上昇や飛翔。月モチーフの意味は知性や母性や美などいくつかあるが、左向きの月は満ちていくことから成長を示す。

2つを合わせることで、さらなる成長をして上へ。Plus Ultraという意味だ。

 

千雨は完成記念の写真を撮ってから鞄に仕舞った。

 

「お前ら、ネットの方はどうだ?」

「なんとか祭り騒ぎからは脱却しましたー」

「ちう様の素顔バレも回避です」

「よくやった」

 

電子精霊たちを褒め、自身の目でも確認する。千雨の専用スレは粗方鎮圧され、立っているのは体育祭総合スレと、爆豪や轟たちと同程度の2、3スレだ。そのレスペースもゆっくりしている。

 

満足そうな千雨を見て、ねぎはネットで鎮火しても明日も登下校中に囲まれるだろうなぁと思いながら、何も言わないでおく。言わぬが花というやつだ。

たとえ明日の朝に思い知るとしても。

 

ねぎは今日も画面を見て微笑む主人を見て、充足感に浸る。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

U.A. High School /May 休み明け

番外編の病み(闇)ネギくんの人気にびっくり。
なお麻帆良組の次回登場がいつになるのか、作者も決めていなかったりする。
そして長くなったので、ヒーロー名は次回です。


体育祭が終わって2日間あった休みが明け、登校日。本日の天気は雨。

 

「姉御だ!」

「握手してください!」

「写真いいですか!?」

「体育祭のセリフかっこよかったです!」

 

千雨は今朝も取り囲まれた。ちなみに今回は女子中高生の群れである。

死んだ目で握手やらなんやら対応して改札口を通り抜ける。

普段は常闇とホームで待ち合わせているのだが、ホームでも人の視線が煩わしかったため、いつもより早い電車に乗って常闇にラインで連絡をする。

乗った電車内でもザワザワ騒がれワイワイ声援を受けジロジロ見られ、朝からすでに疲労困憊だ。

 

「やっぱりネット上で鎮火しても無駄でしたね」

「この世界の人間のミーハーっぷりは何なんだ……マジで……」

「良くも悪くもヒーロー社会ですから」

「活躍した人への称賛というか、流行りというか、ヒーロー好きが多いというか……まぁそういうことです」

 

本人の意図がなんであれ、ビッグイベントの1つであれだけ目立てば時の人になっても仕方がないのだ。

 

「私の平穏が遠退いていく……」

「ちう様元気出して」

「今週は多分この調子かと」

「まだ続くのかよ……!」

「ブルーマンデーだね」

「火曜日だけどね」

 

電子精霊と会話しながら電車に揺られ、途中でいくつかの駅に止まっては新たに乗ってくる人が声をかけてくるのを繰り返している。

あと数駅耐えれば最寄り駅か、という所で再び電車内がざわついた。

ざわついた方を見れば、見慣れた赤と白の髪が千雨の近くの扉から乗ってくる。

千雨はこっちくんなよという願いを心の中で願うが、今週の運勢は最悪らしい。

 

「長谷川、おはよう」

「……おはよう」

 

こちらの気持ちなど無視して挨拶してきた轟により、視線がさらに集まった。それもそうだろう、なにせ準決勝で戦った者同士だ。気になって当然と言える。

当の轟は何処吹く風と言わんばかりのこのイケメンが無駄に憎たらしいと千雨は心の中で悪態をつく。

 

「長谷川」

「んだよ?」

「お前の言葉で楽になれた。……今度、色々と相談しても良いか?」

「……わざわざそれを言いにきたのかよ」

「すまん、迷惑だったか」

「……迷惑だと思ってたら、そもそも助言しねぇ」

「!

……そうか。ありがとう」

 

相変わらず表情の変化に乏しいが、以前より空気が柔らかくなっている轟。

微笑みながらの感謝の言葉に千雨は思わず赤くなる。

 

「その顔やめろ、てめぇの顔面偏差値考えろ」

「?……わかった」

「絶対わかってねぇだろ。わざとか?首かしげんじゃねぇよ」

「?なんか悪ぃ」

 

胸の中に巣食っていた暗い感情から少し解放されたからなのか、年齢より幼く見える程にぽやっとしたイケメンの轟に対し無性に腹が立つ千雨。電車内だから怒鳴れないため歯痒さもある。

コイツ実は天然マイペースなのかと千雨が思っていると、近くにいたサラリーマンに話しかけられた。

 

「雄英ヒーロー科の長谷川さんと轟くんだよね?」

「はぁ……」

「体育祭凄かったよ!」

 

千雨の気の抜けた返事に親指を立ててきた。

その言葉を皮切りに更に周囲も話しかけてくる。

 

「2人ともかっこよかったぞ」

「熱かった熱かった」

「頑張れよー」

「最後惜しかったなぁ」

「こうして見ると綺麗な顔してるわー」

「ど、どうも……」

「ありがとうございます」

 

その後もひそひそと話す声と視線に嫌気がさして千雨はイヤホンとスマホを取り出す。

選曲は最近お気に入りの女性アーティストによるJ-POPだ。ちうとしていつか歌いたいのでここ最近はずっとこの曲を聴いている。

すると轟がスマホを覗き込んできた。

 

「長谷川、何読んでるんだ?」

「……国内ニュース」

「何聴いてるんだ?」

「J-POP」

「酔わねぇか?」

「酔わない」

「……凄いな」

「普通だろ」

 

会話が途切れるが、轟の視線が千雨から外れることはない。

逸らされる気配のない視線に千雨は観念して声をかけた。

 

「……暇なら聴くか?」

「いいのか?」

「別に」

 

イヤホンを片方貸して、音楽を聴きながらそのまま一緒にニュースを読む。

内容は、保須のヒーロー殺しだ。これまでの事件の概要を含めて今回の事件の内容と考察がされていた。

 

「……ヒーロー殺しか……」

「神出鬼没の凶悪犯だし話題になるだろ」

「インゲニウムって確か飯田の……」

「ああ。思いつめてなきゃ良いんだがな」

 

クラス1真面目と言っても過言ではない飯田。ああいう人間が思いつめると厄介なことになるのはどこでも同じだ。

 

 

学校最寄り駅で降りると、そこでも数人の若い男たちに囲まれた。雄英の最寄り駅だから待ち伏せしていたのだろうか。

適度に握手をしてお礼を言っていたら、何故か囲んでいた人たちが全員固まった。何かあるのかと思って後ろを振り向くが、轟がいるだけだ。

 

「長谷川、遅刻するから行くぞ」

「ん、ああ……轟、急にどうした?」

 

轟に右腕を引かれてそのままその場を離れ、街道に出る前に腕を放してもらい傘をさして隣を歩く。

雨の中でもポツリポツリと話ながら歩くが時折話題がなくなり無言になる。

静かなのは良いことだ。

 

 

 

学校についても人の視線が刺さるが、街中ほどではない。

教室前にまでくると、中から話し声が聞こえた。

 

「来る途中、めっちゃ話しかけられた!」

「俺も写真撮られた」

 

クラスメイトたちにもメディア効果が出ていたらしい。教室には切島や瀬呂、芦戸、葉隠など賑やかしメンバーを筆頭に半数近くのクラスメイトがいた。

 

「はよ」

「おお、準決勝コンビ!」

「千雨ちゃんおはよー!轟と一緒に登校って珍しいね!」

「電車で会ったからそのまま来た。……なんだよ?」

 

にやにやと笑っている上鳴と芦戸と瀬呂。

 

「いやぁ、2人は俺たち以上に声かけられただろうなーと思って!

なんせあの準決勝の2人だからな!」

 

1年ステージ準決勝第1試合。

千雨が必死に電子精霊たちと火消ししたものの、試合への評価が変わる訳ではない。雄英体育祭の歴史に刻まれた新たなる伝説の試合として人気である。

 

「長谷川を日曜に東京駅で見たってSNSで回ってきたし、姉御なんて呼び名ついてるし!」

「あ、それ私も見た!校内にもファンいるんじゃない?」

「長谷川の体育祭人気っぷりは学校で1番だろ、良かったな姉御」

「マジで勘弁してくれ……!」

 

ため息をつきながら自身の席で鞄をおろしてノートと教科書を取り出し、鞄を教室後ろのロッカーに仕舞う。

千雨が席に座ると、周囲に集まって来た蛙吹や芦戸、葉隠、瀬呂、切島、砂藤などと会話をする。

 

「ヒーローとして人気なのは良いことじゃないかしら?」

「人気よりも平穏が恋しい。どこに行っても視線が集まってきて、息がつまるんだよ……」

「千雨ちゃんらしいねぇ」

「でもまぁ確かに凄い熱狂っぷりだよな!」

「体育祭の話題、1年ステージじゃほぼ千雨ちゃんと轟くんの試合だもん。羨ましい!」

「あとは爆豪の表彰台での暴れっぷりとか?」

「完全にヴィランだったよなーアレは」

 

ワイワイと体育祭とその影響について話している間にも何人か登校してくる。障子、尾白、耳郎と八百万が来てからしばらくして、常闇が登校してきた。

 

「常闇おはよー!」

「おはよう。長谷川、朝から囲まれるなど災難だったな」

「ほんとだよ……ああ、そうだ」

 

ロッカーに仕舞った鞄から黒い箱を取り出し、自身の席にリュックをおろした常闇に渡す。

 

「常闇、これ。渡すの遅くなったけど」

「もしや……!」

「何それ?」

「プレゼント?」

 

渡された箱に常闇がソワッと反応する。

教室にいたクラスメイトたちに見守られる中で箱を開け、中に納められていたシルバーアクセサリーに歓声がわっと上がる。

常闇はいそいそとアクセサリーを箱から取り出す。その眼はきらきらしているように見えた。反応は上々である。

 

「シルバーアクセじゃん!」

「うわ、かっけぇ」

「ブレスレットとペンダントだ」

「入学祝いに贈るって話してたんだよ」

「そういえば、千雨ちゃんもシルバーの腕輪しとるもんなぁ」

「ウチのクラスじゃアクセ着けてるのって常闇と長谷川と障子の3人だけだよねぇ」

 

雄英は装飾品などの規定が緩いのだがA組で装飾品を日頃から使っているのはチョーカーをしている常闇と、バングルをつけた千雨と、マスクをした障子の3人のみである。

 

「長谷川、2つ入っているようだが……?」

「日頃の礼と体育祭入賞のお祝い兼ねてだよ。

モチーフにも意味があるんだ。ブレスレットの羽根は上昇を、ペンダントの月は成長を意味している。

2つあわせて更なる成長をして高みへ……Plus Ultraって意味だ」

「おぉ~」

「そんな意味あるんだ」

「素晴らしい贈り物、感謝する」

 

嬉しそうに目を細める常闇。しばらく裏表やデザインを見た後に身につけた。

袖を捲った常闇の左腕の腕輪と首から下げたペンダントのどちらもが蛍光灯の光を反射させてキラリと光っている。

 

「ブレスレットのサイズ感はどうだ?」

「問題ない」

「にしても入学祝いと入賞祝いにシルバーって、何かロックで良いね」

「なぁなぁ、これブランド何処の?

長谷川のもカッコいいから気になってたんだよ」

「どれもブランドじゃねぇよ。自作だ、自作」

 

何でもないかのように告げる千雨。知っていた常闇を除いて、周囲のクラスメイトたちは驚いていた。

 

「自作!?」

「マジで!?」

「嘘ついてどうするんだ。

最近じゃシルバーアクセサリーが作れる粘土売ってるよ。ガスコンロで作れるし、探せばワークショップもあるしな」

 

全員が改めて常闇がプレゼントされた品を見る。

ブランド物として売られていても可笑しくないほどに洗練されたデザインのそれは素人の作品ではない。

 

「長谷川!俺も欲しい!モテそうなの!」

「私も可愛いの欲しい!」

「自作とはいえ金かかってんだ、タダでホイホイやるもんじゃねぇんだよ」

「じゃあ誕生日プレゼントで!」

「ナイス芦戸!」

「プレゼントをねだるなバカ共」

 

教室で渡すのは間違いだったかと千雨が考えていると、珍しく轟が声をかけてきた。

 

「……長谷川、左手のことなんだが……その、何か詫びに贈った方が良いか?」

 

一瞬なんのことだと思ったが、試合で左腕を火傷したことを思い出す。意外と気にしていたらしい。

 

「もう治ってるし、いいっての。

轟の方こそ左手は大丈夫なのか?」

「まぁ……」

「ならあいこでいいだろ。

つーかお前が詫びとか言うとは思わなかったんだが……」

「緑谷とお前の言葉に救けられたから…。それに治ったとはいえ、女子に大怪我させちまった訳だし。

責任は取る」

 

轟は妙に表情を引き締めて、真正面から直球で千雨に責任は取ると言ってきた。

突然かつ特大の爆弾投下によってクラスに衝撃が走る。

 

轟は好んで使いたいとは思わない左側で女子を傷付けたことが、父が母を傷付けたことを連想してしまったのだろう。

しかしその意図が伝わっていないクラスの大半からすれば衝撃も衝撃である。

千雨も思わず顔を赤くして怒鳴った。

 

「と、取らんでいい責任を勝手に取るなっての!ヒーロー科なんだから怪我なんざ日常茶飯事だろ!アホか!

あー……気持ちだけ受け取っておくから、お前それ2度と言うなよ」

「そうか……わかった」

 

轟がド天然かつ爆弾発言しやすいマイペース男子だということを深く理解した千雨は赤くなった顔を右手でおさえながら深いため息をついた。

この妙な子供っぽさと天然具合はネギ先生を相手にしていた時を思い出す。

 

「轟……天然なのかな?」

「ケロケロ、意外な一面ね」

「初めて知りましたわ」

 

耳郎、蛙吹、八百万の比較的大人しい女子は轟の意外性に驚きはしたものの、そこまで衝撃を受けていなかった。

むしろ衝撃を受けていたのはA組女子賑やかし担当であり恋のトキメキが大好きな芦戸と葉隠である。

 

「ここに来てイケメンの轟くんが……!?」

「仲良し2人組、まさかの三角関係に……!?」

 

常闇と千雨の仲良し男女ペアの間に、イケメン轟が参戦したようにしか見えていなかったからだ。

 

体育祭にて大熱戦を繰り広げた千雨と轟。

今朝も一緒に登校してきていることから、確実に轟が急接近してきたようにしか見えない。

 

「あの熱血少年漫画な試合をした千雨ちゃんが、少女漫画展開になるなんて……!」

「やだ、キュンキュンしちゃう……!」

 

盛り上がっている芦戸と葉隠を中心に、登校していない麗日を除く女子たちがきゃいきゃい騒ぐ。

 

「び、びっくりした……」

「轟のやつ、体育祭から変わりすぎだろ……なんかぽやっとしてるっつーか……体育祭の時の鋭さ消えてるっつーか……」

「アイツ意外と天然なんだな、知らなかった」

 

一方で男子もクールな性格でありながらヒーローへの熱い気持ちを秘めているイケメンと認識されていた轟の意外すぎる爆弾発言に驚愕すると共に千雨のツッコミに安堵していた。

 

こうして休み明けの雄英1年A組における朝の時間は過ぎていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コードネーム決め

寝落ちしたので朝投稿


朝から騒がしい教室も、本鈴と同時に教室へ入ってきた相澤を前にすれば全員行儀よく静かに席についている。

時に冷徹とも呼べる相澤の合理主義を理解しているからだ。

それと同時にクラスの担任であり、USJ事件では傷だらけになっても生徒を守ろうとしてくれたヒーローである。相澤を第二の親のように慕っているため、相澤の小さめの挨拶に声を揃えて挨拶する。

 

「相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」

「婆さんの処置が大袈裟なんだよ」

 

蛙吹の言葉に左目の下を左小指で掻きつつ言葉を返す相澤。右目下の傷跡以外に目立った傷は無い。2週間ほどであの大怪我が完治するのは流石はリカバリーガールと言うべきだろうか。

 

「んなもんより今日の“ヒーロー情報学”。ちょっと特別だぞ」

 

相澤の言葉にクラス全体に緊張感が走る。相澤の“特別”は生徒にとって“試練”ということは入学してから今日までの間に散々思い知らされている。

そしてヒーロー情報学は本日の1限にして、ヒーロー関連の法律や様々な社会制度を専門的に学ぶ授業。覚えることが多い科目でもあるため、相澤の“特別”発言に身構える――――――が、

 

「『コードネーム』ヒーロー名の考案だ」

「胸ふくらむヤツきたああああ!!!」

 

良い意味での“特別”にクラスが沸き立ち、歓声と共に立ち上がる生徒多数。

やかましい。

千雨のそんな気持ちは相澤も同意見なのか、相澤が“個性”を発動させることでクラスが一瞬で静まり返った。

 

「……というのも、先日話した『プロヒーローからのドラフト指名』に関係してくる。

指名が本格化するのは経験を積み、即戦力として判断される2、3年から……つまり、今回来た“指名”は将来性に対する“興味”に近い。

卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」

「大人は勝手だ!」

 

机を叩きながらの峰田の言葉は尤もだ。

しかしまだ伸び代が多く技もほとんど定まっていない入学したての1年生相手なのだから当然だろう。

1年生における指名で見られるのは、“個性”の威力とその系統、現時点での特性と応用力。そして周囲より“特化した素質”があるか否か。

この“特化した素質”というのはヒーローとしての素質……それこそ千雨が学級委員決めの時に告げた、脅威に立ち向かう勇敢さや俯瞰して物事を見る冷静さ。危機への判断力と柔軟な対応、外見及び内面の魅力、競技で勝つための対策をはじき出す知力、人々を惹き付けるカリスマ等を指す。

将来プロヒーローとして活躍する有望株の中で、どの素質が光っているのか。それが今回の指名に繋がってくる。

 

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

「そ。

で、その指名の集計結果がこうだ。

例年はもっとバラけるんだが……3人に注目が偏った」

 

黒板に指名件数をグラフにしたものが映写される。

指名の結果は上から千雨が4473、轟が4051、爆豪が3056、そこから下は3桁と2桁になっており上から常闇390、飯田301、上鳴152、八百万108、切島68、麗日20、そして瀬呂13の計10名。

千雨がトップである。

 

「だー白黒ついた!」

「見る目ないよね、プロ」

 

評価の無いものはその結果に嘆き。

 

「1位2位3位逆転してんじゃん」

「長谷川は実質2位だったようなもんだし」

「まぁ表彰台で拘束された奴とかビビるもんな……」

「ビビってんじゃねーよプロが!!」

 

指名数に納得する者、キレる者。

 

「流石ですわ轟さん、千雨さん」

「俺はほとんど親の話題ありきだろ……それより長谷川凄いな」

「まぁ目立ったし、ウゼェほど話題になったから……にしても多すぎる……」

 

順当な結果だと受け止める者、呆れる者。

 

「わああああ!」

「うむ」

 

素直に喜ぶ者。

 

「無いな!

長谷川がお前の意図を汲んで轟と試合してたけど、やっぱあんな無茶すっから怖がられたんだよ」

「んん……」

 

指名結果を冷静に分析する者。

十人十色な反応をしつつも、相澤が再び話し出す時には静かになった。

 

「これを踏まえ……指名の有無関係なく、いわゆる職場体験ってのに行ってもらう」

「!!」

「おまえらは一足先に経験してしまったが、プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練をしようってこった」

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたァ!」

 

USJ事件でプロの戦う本物のヴィランと戦ったA組。

とはいえ現役のプロヒーローたちの日常を見て体験するというのは、ただヴィランと戦うのとは違う経験となる。

ヒーロー活動で目立つのはヴィラン退治や救助活動の時だが、ヒーローの普段の過ごし方を知ることが出来るのは貴重だ。

 

「まァ仮ではあるが、適当なもんは……」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

「!!」

「この時の名が!世に認知されそのまま、プロ名になってる人多いからね!!」

「ミッドナイト!!」

 

かっこよく相澤のセリフを横取りしながら教室に入ってきたのは、体育祭で主審をつとめていたミッドナイト。

……打ち合わせとかしていたのだろうか。

 

「まァそういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうのできん。

将来自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近付いてく。

それが『名は体を表す』ってことだ。

“オールマイト”とかな」

 

配られたボードとペンを手に、千雨は何にするか考える。

 

白き翼、アラ・アルバ……意味も伝わらないし個性と関連性がない。

白を意味するアルバ……コスチューム黒いだろ。やめよう。

かといって、黒猫ってのもなんか違う。ヘッドギアの変更届け出したし。

あと思い付くのなんてビブリオルーランルージュしかねぇ。しかも能力に掠りもしてねぇし意味も特にない。

マジでどうしよう。千雨は頭を抱えることとなった。

 

ボードを渡されてから15分。ミッドナイトが出来た人から発表と言ったことに何人かが驚く。

ヒーローネームは将来プロとなってから周囲に認知される名前だ。クラスメイト相手に恥ずかしがっていては名乗れない。

しかしこの発表形式によって、クラスメイトのネーミングセンスやヒーロー名の付け方を知れるチャンスととらえて、千雨は一旦考えるのを止めてクラスメイトの発表を聞くことにした。

 

青山の短文ヒーローネーム、芦戸の問題ありすぎるネーミングセンスとツッコミが入る発表が最初に続いてしまい、ボケてはツッコミを受ける大喜利のような空気になってしまったが、その空気は蛙吹のフロッピーによって変わる。

そこからは真っ当なヒーローネーム決めになっていった。

憧れへのリスペクト、個性や外見からの連想、わかりやすさ。それぞれ考えていたのだろう。クラスメイトたちの発表したものを参考にしながら考える。

 

「ヒーローとしての名前……」

 

ちうはネットアイドルとしての名前だし、何か良さげなものはないだろうか。

とりあえず、なんたらヒーローってのはウィザードでいいか。ハッカーとか電賊だと違法な感じがあるし。

そう考えてマジックをホワイトボードに走らせる。あとは本題のヒーローネームだ。

 

意味から考えるのも手だろうが、思い付かない。

千雨の将来なりたいヒーローは究極的に言えばただの引きこもり。言えば確実に怒られる。

なら、将来の夢からの連想はどうだろうか。

自分の夢……ネットアイドルクイーン?いやどう考えてもアウトだろう。

相談役……ヒーローっぽくないな。やめよう。

ネギ先生の目指していたマギステルマギ…これもアウトだな。そもそも魔法は使えるけどネギ先生や綾瀬のような魔法使いタイプじゃないし。

本名はダメだ。絶対ダメ。つーかよく本名でやろうと思えるな、轟の奴……。

 

そして爆豪の提案した爆殺王が却下されたのを見て、アウト判定のラインをなんとなく察した。

 

「思ったよりずっとスムーズ!

残ってるのは再考の爆豪くんと…飯田くん、緑谷くん、そして長谷川さんね」

「あー……何も思い付かねぇ……」

「珍しい、長谷川が悩んでる」

「意外とヒーローネーム決めてないんだな」

 

千雨が悩んでいる間に飯田が発表した。飯田も自身の名前をヒーロー名にするようだ。

続いて発表した緑谷に、クラスがざわついた。

 

「えぇ緑谷、いいのかそれェ!?」

「うん、今まで好きじゃなかった。

けど、ある人に“意味”を変えられて…僕には結構な衝撃で……嬉しかったんだ。

―――これが僕のヒーロー名です」

 

そう言って発表した緑谷のヒーローネームは“デク”だった。

 

残ったのは再考の爆豪と千雨だけ。

爆豪が爆殺卿と発表して再度再考するように言われたのを見て、千雨は観念してホワイトボード片手に教壇前に出てミッドナイトに申告した。

 

「ミッドナイト先生、思い付かないです」

「思い付かないなら誰かに付けてもらうのも手よ?

イレイザーヘッドはマイクに付けてもらったそうだし」

「そうだったんですか!?」

 

相澤のヒーローネーム命名の意外な裏話にクラス全員が食いつく。そして千雨はミッドナイトのその助言を受けて思い付いた。その手があったか、と。

 

「お前ら集合!ヒーロー名の案を出せ!」

「ちう様の突然の無茶ぶりにも応える、それが我々電子精霊千人長七部衆!」

 

敬礼しながら千雨の背後に現れた電子精霊たち。その様子を見ていた瀬呂がそれアリかよと驚く。アリです。

右から順に手を上げて立案していく。

 

「トップバッターねぎ立案、プリユアブラック!

ニチアサ女児向けアニメでおなじみプリユアシリーズ初代の」

「却下。それ商標とかもろもろアウトだろ」

 

ねぎが最後まで説明をする前に千雨はその案を切り捨てた。そういうギリギリのラインを攻めろとは言っていない。

 

「に、2番手こんにゃ立案!魔法少女☆ミラクルガール」

「却下。つか魔法少女もガールもやめろ、後ろにカッコで32って付けて名乗れるものを考えろ」

「年齢後ろにつけると、たしかにガールとかって無理があるよね」

「それを言うのはやめなさい。ウチの影の支配者が怒るわよ」

 

ミッドナイトの言葉でクラス全員の脳裏に保健室の主の顔が浮かんだ。これ以上はやめておこう。

 

「3度目の正直!だいこ立案!クイーンダークナイト」

「無いな」

「4番バッター、はんぺ立案!ブラックマジシャンレディー」

「バッターじゃねぇし。あとその名前は決闘者が湧くから絶対に却下」

「闇のゲーム……」

 

千雨は容赦なく切り捨てていく。

これで7匹のうち4匹終わった。残り3匹。

 

「5番、きんちゃ立案!サイバージェネラルC」

「ださい、却下」

「6番、ちくわふ立案!マジシャンズブラック!」

「魔術師の赤もじりじゃねぇか!却下!」

「長谷川ジョジョ知ってるんだ」

「俺5部派」

 

ちなみに千雨が好きなのはジョジョ4部である。日常的なのが良いからだ。

話題が完全に逸れてしまったが、次で最後。

 

「ラスト!しらたき立案!クイーンプリユア!」

「誰が最初に戻れっつった!!

使えねぇ案ばっか出すんじゃねぇ!頼りにならねぇな!!」

 

7匹全ての立案が全滅したことによって振り出しに戻った。オチもついた。

見ていたクラスメイトたちは個性が自我を持ってるとああいうことが出来るのかと最初は感心していたが、完全な大喜利になっていたため、千雨のツッコミに笑うしかなかった。

そこへ投げ込まれる爆弾。

 

 

「……『ちう』じゃないのか?」

 

 

首を傾げながら投下された轟の発言に千雨の全身が硬直する。

千雨は錆びたブリキのおもちゃのようにギギギという音を立てんばかりにして轟を見た。

何故“ちう”を知っている者がいるのだ。アイドルデビューもしていないというのに。いやマジでなんでだ!?

 

「轟……お前それどこで知った!?」

「電子精霊たちが呼んでいるだろ。

てっきりヒーローネームだと思ったんだが……違ったか?」

「ああ、確かにちう様って呼んでるよな」

「可愛らしいですわ」

「良いじゃない!キュートでとっても素敵よ!」

 

この流れはまずい。すぐさま回避しなくてはならない。直感的に危険察知した千雨が口で丸め込もうとする。

 

「いやそれは」

「良いじゃん!『ちう』で決定!」

「何ヒーローが良いかな?」

「それは考えていたみたいね、ウィザードヒーロー」

「ウィザードヒーロー、ちう……良いと思いますわ!」

「コスチュームも可愛いし、うん。似合ってる!」

 

賑やかしメンバーを中心にクラス全員が楽しそうに決定だと言わんばかりの空気をかもし出す。

 

「似合っ…いや、良くねェ!つーかお前ら何で」

「長谷川の助けになるならと思って」

「ケロッ、千雨ちゃんが困ってるなら力になりたいわ」

「そうそう!」

「仲間なんだし頼れって!」

 

ほぼクラス全員からの好意と善意によるヒーローネーム決め。四面楚歌状態から好意を向けられ慣れていない千雨が回避することは出来ず。

 

「じゃあこれで爆豪くん以外は全員決定!爆豪くんは課題としてヒーローネームを後日提出ね!」

 

―――千雨のヒーローネームは『ウィザードヒーロー、ちう』に決まってしまった。

 

轟の過去話立ち聞き、エンデヴァーとの接触、全国規模での祭り騒ぎ、会長からの呼び出し、一般人に囲まれ遠退く平穏などなど。

体育祭から何故か続く大小様々な不幸の連続に、千雨は自身の席に戻って突っ伏した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

事務所選び

色々とリアルが忙しくて遅くなってしまいました



「ち…千雨さん、そんなにお嫌とは思わず……その……」

「なんか、悪ィ……俺が余計なことしたせいで……」

「いや……もうなんか、気にしないでくれ……」

 

千雨の席に近い八百万と轟が突っ伏してしまった千雨を慰めようと声をかける。

 

自らのミスでまさかこんな結果になるなどと誰が想像出来ようか。轟に指摘されるまで気付かなかった自分のバカさ加減に悲しくなる。

もしも別のヒーローネームだったとしても、電子精霊たちの呼び方から『ヒーローの長谷川千雨』と『ネットアイドルのちう』がイコールになって、それはそれで炎上していたことだろう。

――――だからと言って、ちうがヒーロー名というのをそう簡単には受け入れられる訳ではないが。

 

流石に哀れに思ったのか、寝袋から起きた相澤は千雨の体勢に触れることなくプリント片手に話し始めた。

 

「職場体験は1週間。

肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択しろ。

指名のなかった者は、予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。

それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ。

あと、今週末までに提出しろよ」

「あと2日しかねーの!?」

 

プリントを配る相澤から言われた言葉に瀬呂がツッコミを入れる。

千雨に回ってきた100枚ほどある指名一覧表の束はそのまま電子精霊たちが受け取り精査する。

そのまま授業終了のチャイムが鳴っても落ち込んで突っ伏していた千雨。

しかし電子精霊からおそるおる渡された専門活動ジャンルの数を見て千雨は落ち込んでいる場合ではないと席を立ち、いまだに教壇にいる相澤に近付き声をかけた。

 

「相澤先生、この指名一覧ですけど」

「何だ?」

「指名が戦闘専門か、戦闘メインで救助も出来る多面的な活動をしてる事務所だけなんです」

「それがどうした?」

 

千雨は後方支援や人命救助も出来るが、体育祭の評価としてはどんな状況にも対応可能なオールラウンダーにして、近接戦闘の得意なタイプ。

後方支援専門や人命救助専門といったサポート特化のヒーロー活動よりも、戦闘を専門とするヒーローか、多面的な活動をするヒーローからの指名が多くて当然だ。

サポート特化の事務所の指名がなかったのは、争奪戦になるほど人気の生徒を指名するより、他の生徒を指名して来てもらった方が確実かつ有意義という理由からだろう。

 

「将来は人命救助とか後方支援専門のヒーローになるのが希望なので、そっち系の事務所希望です。

学校側の指定したところに行きたいです」

「……後方支援専門?あの戦闘力で、本気で言ってんのか……?」

「はい」

 

意外すぎる千雨の申請に思わず相澤は聞き返す。それは周囲で聞いていたクラスメイトたちの心を代弁していた。

 

「色々とツッコミをいれたいが、指名貰った奴はその中から選べと言っただろう。学校側のオファーした事務所はダメだ」

「……はい」

「長谷川さん見てると、指名があったらいいってもんじゃないんだなって思えてくる」

「奇遇だな尾白、俺もだ」

 

落ち込む千雨を見ながら尾白と障子が話す。今の千雨は指名0のクラスメイトたちにとって、ある意味救いとなっていた。

 

 

 

相澤とミッドナイトが教室から去った後も話題は指名と職場体験先のことで持ちきりだ。

 

「オイラはMt.レディ!!」

「峰田ちゃん、やらしいこと考えてるわね」

「違うし!」

「芦戸も頑張ってたのに指名ないの変だよな」

「それ!指名欲しかったなぁ」

「でも同じ一回戦負けでも、瀬呂と上鳴は同情での指名だろ」

「上鳴に勝った長谷川さんがそれ言っちゃダメだと思うよ」

「デクくんはもう決めた?」

 

欲望に従って即決した峰田にツッコミをする蛙吹。指名を貰えなかった理由などを考察する芦戸と尾白と千雨。その近くにいた麗日が仲の良い緑谷に振り向く。

 

「まず、この40名の受け入れヒーローらの得意な活動条件をしらべて系統別に分けた後、事件・事故解決数をデビューから現在までの期間でピックアップして、僕が今必要な要素を最も備えてる人を割り出さないといけないな……。

こんな貴重な経験そうそうないし、慎重に決めるぞ。そもそも事件がないときの過ごし方なども参考にしないといけないな。ああ忙しくなるうひょー」

 

緑谷の行動に近くにいた一同は、芸かよ最早と心がひとつになった。

 

「長谷川、ちょっといいか?」

「ん?ああ」

 

芦戸と尾白と話している途中で声をかけてきた轟についていく千雨。

それを見送った尾白は芦戸に話しかけた。

 

「……轟のアレって、やっぱり体育祭効果かな?」

「体育祭効果でしょ。朝もそうだったけど、ヒーローネーム決める時も積極的だったし。

アレはラブだよ確実に!」

「嬉しそうだね、芦戸さん」

「轟の奴、女子を呼び出すとかクソが……!」

「峰田ちゃん、いい加減にしたらどうなの?」

 

目を輝かせる芦戸と怨嗟を放つ峰田をよそに、千雨たちは教室を出て廊下の端に移動する。

他のクラスの生徒たちからチラチラと視線を向けられたがそれらを無視して轟に話し掛けた。

 

「どうしたんだ?」

「その……職場体験なんだが、親父の事務所から指名が来てた」

「まぁ、だろうな」

 

現役のNo.2ヒーローなのだから、息子を指名してもおかしくない。轟は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……長谷川には、話してなかったよな……親父のことと、俺の左側のこと」

「…………」

 

千雨は迷った。体育祭で隠れて聞いてしまったことを伝えるべきか否か。

しかしあれは本人の口からきちんと聞くべきこと。だからこそ、千雨は正直に言うべきだと思った。

 

「――――体育祭の昼休み、緑谷に話してたことだろ」

「!!」

「本当は聞くつもりはなかったんだが……すまん」

「いや……立ち聞きしたことを長谷川は無視することも出来ただろ。

それを無視しないで俺に向き合ってくれた。……ありがとう」

「そんな礼を言われることじゃねぇよ。

それで、父親からの指名をどうしたらいいかの相談ってことか」

「…………ああ」

 

何年も憎悪を抱いていた父親相手に、簡単には踏み出せないから背を押してほしいといった所だろう。

下を向いている轟に千雨は口を開いた。

 

「何が正しいか間違ってるかなんて、やってみるまでわかんねぇよ。間違ってもいいから色んなものを見て、色んなことを聞いて、お前なりの結論を出せ。私に決めさせるな。お前自身で踏み出せ。

……もう、お前の心は決まってんだろ?」

「……ありがとう、長谷川。向き合ってみる」

「だから礼はいいっての。ほら、授業始まるから教室戻るぞ」

 

少し赤くなった顔をしかめながら轟の先を歩く千雨。その後ろ姿を見て轟は考え事をしながら付いていった。

 

 

 

 

 

「長谷川、お昼一緒に食べよ!」

「女子みんなでランチ!」

「おい腕に抱きつくなっ!わかったから!」

 

4限の現代文が終わって昼休み。芦戸と葉隠の2人に両サイドを固められて大食堂へ連行されていく千雨。

それぞれ食べたいランチを買った女子7人で壁際の8人掛けテーブルひとつを占領。千雨はアジフライ定食だ。

右の奥から麗日、千雨、葉隠の3人。向い側の奥から、蛙吹、耳郎、芦戸、八百万の4人がそれぞれ向き合って座っている。

 

「で、なんなんだよ突然……」

「とぼけても無駄だよ長谷川!あんたが轟とイヤホン半分こして一緒にスマホ見てたって!ネットじゃ大騒ぎだよ!」

「はぁ!?」

「証拠写真もあがってる!正直に答えるんだっ!」

「朝からラブ臭がプンプンするんだよぉ!」

 

芦戸が見せた画面には『1年準決勝で話題の2人が仲良く登校!』という文字と共にイヤホンを共有してスマホを見ている盗撮写真。

かなり拡散されているようだ。

葉隠と芦戸の2人が千雨を逃がさないように追及してくる。この席順はそのためのものらしい。

他の女子も気になっているのかわくわくした表情で千雨を見ていた。

 

「どこの取調室だっ!

別に何もねぇよ。電車で乗り合わせて、やたら見てくるからイヤホン片方貸しただけだっての」

「嘘だぁ!朝だけじゃなくて休み時間も毎回千雨ちゃんに話しかけたり、めっちゃ見てたし!」

「熱い戦いしたから芽生えたんでしょ?ラブが!」

「んなもん芽生えてたまるかっ!」

 

ブーイングしてくる芦戸と葉隠の2人にため息をつく。何が何でも恋愛のトキメキを感じたいらしい。

他の女子たちはそこまでトキメキに飢えていないのか、興味は薄まっていた。

 

「何でもかんでも恋愛に持ってくんじゃねぇよ。

つーかまた炎上って……お前ら、もう一度火消ししてこい」

「イエッサー!」

 

千雨が電子精霊たちに命令を下せば、彼らは姿を消した。今日中に鎮火してくれることを願い、アジフライを食べる千雨。

そのあとはいつも通り、取るに足らない流行りの話題で盛り上がった。

 

 

 

 

食事を終えて食堂から戻った教室で、切島や瀬呂たち男子も混ざって話題は再び職場体験の話に。

 

即決して相澤に希望体験届けを出した面々の側で、一覧表を片手に気になる事務所をルーズリーフに書き出していく常闇と八百万と上鳴。

わからない地方のヒーロー事務所はスマホで調べたり、ヒーローオタクの緑谷に聞いて絞っていく。100件以上ある3人は調べるだけでも一苦労だ。

他のまだ決めていないクラスメイトも緑谷たちの近くで指名一覧の紙に直接書き込んでワイワイと話しながら候補を絞っている。

千雨は希望届けを既に提出した麗日と轟と耳郎の3人と共にいた。中々珍しい組み合わせだ。

 

「そういえば千雨ちゃんは調べたりしてないけど、どのヒーロー事務所にするか決めたん?」

「でも確か4400件超えてたよね?ヤオモモみたいに100件あっても迷いそうなのに……」

「4473件全部の事務所調べて、体験先の候補は3件まで絞った」

「あの量を!?早くない!?」

「というかいつの間に!?」

 

思わず手を止めて驚く緑谷たちに千雨は3枚のB5用紙を見せる。

それには分厚い指名一覧とは異なり、1枚ごとにヒーローの姿と細かな情報が記載されている。それを受け取って見た緑谷は目を輝かせた。

 

「写真と個性と最新ビルボードの順位に加えて活動年数と活動地域、事務所方針と専門ジャンル、戦闘スタイル、相棒の数、解決事件数、さらに最新解決事件簿まで!」

「なにこれスゴイ!」

「電子精霊が検索して無駄な情報を省いたものをアナログ化することが出来るんだ」

「我々の得意分野ですので!」

 

電子精霊たちが敬礼のポーズをする。

炎上については『恋人ならあんな熱戦をするはずないから友達だろう』という結論に持っていき、撮られた写真も盗撮にあたるため通報して火消しが完了した。

 

「元々こういう情報収集向きで後方支援系だって“個性”を教える時に言っただろ。

で、その3件がNo.2エンデヴァー、No.7ミルコ、No.10ギャングオルカ。

指名の中にNo.6のクラストとNo.9のリューキュウもあったけど、この中から選ぶことにした」

「えっ!上半期のトップ10に入ってるプロたちじゃん!!」

「さっすが千雨ちゃん」

「どれも希望してる系統の事務所じゃないけどな」

 

面倒くさげに頭をかく千雨。

人命救助専門がなかったため、ランキング上位かつ戦闘で参考になる個性を持つ3件に候補を絞った。

ちなみにランキング上位事務所を選んだ理由は、事務所経営が安定していて雄英生への指導経験もあるからだ。

ランキングで下位のヒーロー事務所を選んでも経験を積めない。また、どうせどこかへ行くなら少しでも強くなりたいのだ。死なないためにも。

 

「エンデヴァー事務所行けば?

指名するヒーローの中じゃランキングトップだし、轟もエンデヴァー事務所に決めたんでしょ?」

「長谷川も一緒に行くか?」

 

表情に変化はあまり無いが、嬉しそうな空気をかもし出す轟。全員の目にブンブン振られる尾が見えた気がした。轟の片思いというよりも、飼い主と愛犬状態が近い。

 

エンデヴァーは人命救助はほぼ無しの対敵戦闘専門のヒーロー。炎熱系最強の個性と名高い『ヘルフレイム』にして、事件解決数史上最多という実績。体育祭前に身につけた電撃を纏う近接戦闘の有効な戦闘方法を学べるだろう。

激情家ではあるが仕事ぶりからすれば判断力の高さは折り紙つき。轟から過去の所業を聞いているがその根底の部分を共感してしまえたため、性格的な相性はそこまで悪くないだろう。

しかし決定的に決められない理由が1つ。

 

「悪くはないが、親子揃ったところに行くとか気まずすぎる」

「…………そうか……」

 

準決勝後の会話で余計なことを言ってしまったことに加えて、轟も行くとなると気まずい。非常に気まずい。断る理由が私情100%である。

そんな千雨の答えに轟のテンションが一気に下がり、千雨に視線で訴える。まるで散歩を断られた飼い犬のようだ。

 

「長谷川、行ってあげたら……?」

「何と言われようと気まずいのは変わらないから」

「長谷川の言う通り親子揃う所に行くのは勇気いるし、その調子で職場体験なのに何も体験出来ないで終わったらマズいな」

「……俺が長谷川の味方になれば、気まずく無くなるか?」

「轟、それ逆に気まずくなるからやめろ。

……いや、私を思っての言葉ってのはわかってるから。そう落ち込むな」

 

改めて断られたため落ち込む轟を千雨は慰める。

千雨が姉御肌で世話焼きなのに加えて轟が末っ子弟気質のため、悲しげな表情をされると断りにくいのだが、それでもなんとか折れずに乗り切った。

 

「じゃあミルコはどう?長谷川と同じで近接格闘タイプの女性ヒーロートップ!」

「個性や戦闘スタイルとかは参考になりそうだけど……性格的な相性が合うか不安なんだよ」

「たしかに勝気ギャルって感じだもんねぇ」

「でも男勝りな所とか長谷川と似てるし、大丈夫じゃね?」

「いや、ミルコに振り回されそう」

「あーたしかに、千雨ちゃん振り回されそうやね」

 

ミルコは『兎』の個性を持つ女性ヒーローだ。蹴り主体の近接格闘で、個性による索敵と高機動力を持つ。

性格は勝気で強気。千雨同様に男勝りの姉御肌なのだが、千雨ほど慎重派ではなく超が付くほどの行動派なため振り回されるのは確実だ。

わざわざ振り回されに行く気はない。

 

「ギャングオルカは対凶悪犯罪だけでなく人命救助もしているわ。1番良いんじゃないかしら?」

「人命救助の点からいけば1番良いし、指導経験も豊富だけど……エンデヴァーやミルコと違って、個性や戦闘スタイルはあまり参考に出来なさそうなんだよなぁ」

「確かにギャングオルカの戦い方は長谷川さんとは被らないか」

「基礎的な近接戦闘については学べそうやけど……」

 

『シャチ』の個性を持つギャングオルカ。彼は恵まれた体格による近接格闘とシャチの特性である超音波を使用した範囲攻撃がメインだ。エコーロケーションによる索敵も得意で、水中戦になれば時速60キロで泳げる。

とはいえ、千雨が教わるとしたら基礎的な格闘技術になるだろう。

 

「まぁどこの事務所を選んでもメリットデメリットはあるのは変わらないしな。ゆっくり考える。

そうだ、詳しく知りたい情報あれば同じように詳細情報をまとめたものを作るぞ」

「マジ!?長谷川、それって学校側からの事務所も出来る!?」

「本来なら自分たちで調べてまとめる方がためになるけど、2日で絞るのは厳しいからな。これくらい手ェ貸す」

「ありがとー!」

「長谷川、この2つの事務所調べてくんねぇか!?どっちにすっか迷っててよ」

「私もお願い致しますわ」

 

それぞれから依頼されたヒーロー事務所について調べ、情報を渡していく。

そのまま職場体験に向けての話で盛り上がっているとあっという間に昼休みが終わってしまった。

 

 

午後の授業はヒーロー基礎学。教室でオールマイトが今日の訓練内容を伝える。

 

「今日のヒーロー基礎学は基礎トレに加えて、自身のヒーローネームに慣れること!

各自体操服を着て、配られたゼッケンにヒーローネームを書いて呼び合うように!」

 

 

新手の地獄かここは。

 

そう思った千雨の目からは、光が失われていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コスチューム改良

体育祭休み明けの学校が無駄に長いと思う読者さんへ、作者から一言あります。
「本当にそれな」



ヒーロー基礎学を終えたA組。

体操服から制服に着替えながら千雨はぶつぶつとつぶやく。

 

「どうせヒーロー時だけなんだし……コスイベに出る時と同じようなもんだと思えば……いや、むしろコスチューム考えれば『ちう』で良かったんじゃねぇか……?『長谷川千雨』としてじゃなくて『ちう』としてヒーローしてるって考えれば……うん……まだなんとか……」

 

ヒーロー名を書いたゼッケンを着て行ったヒーロー基礎学で千雨の精神は完全に折られた。これ以上ないという羞恥心によってバキバキに折られていた。

そのおかげで、ヒーロー名については吹っ切れたのだが……。

 

「千雨ちゃん、緑谷ちゃんみたいになってるけど大丈夫かしら?」

「そっとしておきましょう」

 

遠巻きに精神状態を心配されていることには気付いていない千雨だった。

 

 

 

教室に戻ってからすぐに帰りのSHRが始まる。と言っても翌日の授業について副委員長の八百万から伝達と、相澤からの各種連絡位だ。

 

「長谷川。前に言っていたコスチューム変更についてだが、放課後コスチューム持ってパワーローダーのいる工房に行け。

それから職場体験の希望届けまだ未提出の奴は明後日までに出せよ。

諸連絡は以上だ。委員長挨拶」

「起立、礼!さようなら!」

 

飯田の挨拶に続けて全員が挨拶をしてSHRが終わると、途端に騒がしくなる教室内。

 

「そういえば千雨さん、ヘッドギアを変更したいと仰ってましたね」

「USJ事件とか体育祭で学校全体が慌しかったから遅くなったけどな」

「長谷川、コスチューム変えるのか」

「ああ。轟はあのダセェ異形っぽいやつから変えねぇのか?」

「……変える。これからは左側も使うしな」

 

八百万と轟の2人と話しながら教壇にあるリモコンを操作して5番目の棚と3番目の棚を動かし、千雨と轟はそれぞれコスチュームケースを取り出す。千雨は棚を戻しながら話を続けた。

 

「変えるなら今の全身白は絶対にやめたらどうだ?

シンプルだけど左側氷で覆うと遠目に見てて白い異形だし、正直言ってアレは無い」

「千雨さん、少々言い過ぎでは……」

 

2回も非難されて傷ついたのか、轟は落ち込み、八百万がフォローをする。左側は父親への反抗の結果だろうが……それでもアレは無いだろう、どう見ても。

とはいえ流石に言い過ぎたかと思い、千雨は少し考えてから轟に話し掛けた。

 

「轟、ちょっと席に座れ。

パーソナルカラー……あー、肌や瞳の色で似合う色似合わない色ってのがあるからお前に似合う色を見てやる。

きんちゃ、色見本表出してくれ」

「了解ですー」

 

ネットアイドルのコスプレイヤーとして衣装製作やメイクをする関係上、独学ではあるがパーソナルカラーは勉強済みだ。

コスチュームケースを自席の机に置き、椅子に座った状態の轟と向き合いそっと前髪に触れて見本と見比べながら色味を確かめる。

 

「髪色はどっちも青みがかってて肌も黄色みは強くないし、ブルーベースなのは確実か。

あとは色の明度や彩度だけど、髪色が半々だからどっちも似合いそうだが……」

 

千雨はクイッと轟の顎を持ち上げた。少し驚いた表情の轟を無視して、虹彩を見る。

黒と緑の瞳は白眼部分とはっきり分かれている。光の加減で多少色が変わるが、ダークグレーとエメラルドグリーンだ。

 

「ウィンタータイプだな。

髪が赤と白だからグリーン系は除くとして…鮮やかで濃い青系統やモノトーン。明るく透明感のあるアイシーカラーをメインにしても良い。個人的には鮮やかな紺色が良いと思うぞ、お前の雰囲気に合ってる。

ブーツとか装備が今のままなら白と紺の組み合わせは外れないし綺麗に纏まる。ああ、もし新しく装備増やすなら白か銀にしとけ。

つかお前整った顔してるし素材は良いんだから、もっと格好に気を使ってだな……」

「…………」

「……な、なんだよ?」

 

コスプレのために身に付けた知識ということもあり、プロデュースに思わず熱が入ってしまう千雨。

診断を終えて轟の顎から手をはなして似合う色のリストを電子精霊に用意させて渡すと同時に、ほぼクラス全員からの視線を感じて思わず身じろいだ。

 

「何今の……モテ技コンボ!?」

「ナチュラルに髪に触れてから顎クイしたんだけど!?」

「その流れで誉めるとか千雨ちゃん人たらし過ぎるよ!?」

「はぁ?モテ技?つか顎クイってなんだよ?あと人たらし言うな」

 

上鳴、芦戸、葉隠の順でツッコミがいれられた。

こちらの世界に来てからドラマなどを見る機会はあまり無く、ほぼ毎日特訓と新技開発と勉強の毎日。

ドラマや映画は話題合わせ程度にしか知らず、トキメキシチュエーションとは縁がない千雨が『顎クイ』を知らなくても当然である。

 

「顎をクイッと持ち上げてキスする奴。知らない?」

「壁ドンからの顎クイとかされたらヤバいじゃん!ね!」

「顎クイはわかったけど壁ドンが何でヤバいんだよ、隣室への苦情だろ?」

「千雨ちゃん違うよ、男子が壁際で女子に手でドンってする奴!壁ズンもいいけど!」

「……駄目だ、わかんねぇ」

 

イヤホン半分こもそうだが、2004年を生きていたネットアイドル女子と異世界2XX1年女子高生の間にあるトキメキに対する常識の溝は深い。

 

「……轟くん、嬉しそうだね」

「ああ。長谷川と仲良くなれたからな。コスチュームについて助言を貰えたし」

「……そっかぁ」

 

純粋に仲良くなれたと微笑んで喜んでいる轟に指摘することなど緑谷には出来なかった。

 

「ちう様、是非とも今の技の御教授を!」

「お願いします!ちう様!」

 

女子にモテたい上鳴と峰田が90度にお辞儀して千雨に頼んだ。しかし、虎の尾を踏むようにして千雨ヒーロー名を呼んだアホ2人が無事で済む筈がなく。

 

「……放っておいて良いのか、アレ?」

「コスチューム着てない時に呼んだアホに同情する必要はねぇ」

「そうか」

 

腹パンを食らって床に伏す2人を無視して、千雨と轟はコスチュームケース片手に教室をあとにした。

 

 

 

千雨と轟の2人が到着したのは開発工房。校内にはパワーローダーの開発工房の他に、文化祭で全学年がアイテム作成するための大工房や試作品実験室など様々な施設がある。

鋼鉄製の引き戸の周辺には各種工具が入った箱がいくつも置かれていた。おそらくサポート科の生徒のものだろう。

 

「失礼します、パワーローダー先生は……っ!?」

「あぁ!可愛い!知ってたより華奢!細い!良い匂いっ!

体育祭で私の想像していた以上の魔法少女(魔法)かつ魔法少女(物理)って感じで、しかも性格もかっこよくて!すごく感動して直接会いたいと思ってたら、コスチューム変更希望とか聞きまして!先生から講演依頼も有ったので来てしまいました!

というかコスチュームどこが駄目でした!?フリルならもっと足せるんですけど、やっぱり尻尾つけます!?それとも鈴!?それはそれで有り!」

「落ち着けアホ、放して先に挨拶しろ」

 

扉を開けた瞬間に見知らぬ女性に抱きしめられた千雨。後ろにいた轟もビクッと反射で動くほど突然のことに、千雨は驚きすぎて硬直した。

そんな抱きしめてきた謎の女性の背中にパワーローダーがチョップを食らわせたお蔭で千雨は解放された。

 

「あの、パワーローダー先生……この人はまさか……」

「イレイザーヘッドからコス変について聞いてる。

このデカ女が長谷川お前のコス担当デザイナーだよ。……サポート科への講演を依頼してたんだが、お前に会うと言って聞かなくてな」

「クモイです!蜘衣 縫!

ああもうやっぱり可愛い!小さ可愛い!!それでいてあのかっこよさ!ああもうスッゴく私好み!!!好き!!!」

「ふぐっ!?」

 

再び抱きしめられた千雨。デカ女と言われたように、蜘衣の身長は轟より大きく180センチ以上あるのだろう。千雨の顔が胸に埋まる身長差だ。

肩で切り揃えられた青紫の髪に、蜘蛛のような複眼で縦に左右6つの赤い眼があり、腰の後ろ側から青紫の細い蜘蛛の脚が6本と1本の突起が生えている。クモの異形型個性らしい。

背中を叩いてタップしてなんとか放してもらう。

 

「蜘衣は雄英の卒業生だ。

大手デザイナー事務所の開発部門トップをするほどコスチュームやアイテム作成の腕はピカイチなんだが、見ての通り暴走しやすく趣味に走りやすい」

「でしょうね……!」

 

会って10分も経っていないが、パワーローダーの言葉はよくわかった。

この暴走っぷりと千雨のコスチュームを思えば納得である。

どうやら自身が大柄のため、自身より小さく性格がカッコいい女の子が好きらしい。ハァハァと顔を赤らめて息を荒げている様子はどう見ても危険人物である。

ちびちう姿を見たらもっと酷くなりそうだ。

 

「轟は変更する内容を聞いた上で俺が判断してやる。こっち来い」

「はい」

 

パワーローダーは轟を連れてパソコンの前にある椅子に座って相談を受け始めた。どうやら蜘衣の暴走に巻き込まれたくないらしい。千雨に押し付けたとも言う。

 

「それで!どこの変更を!?」

「猫耳が嫌なんでそれ変えて下さい」

「それを変えるなんてとんでもない!」

 

沈黙。

 

「猫耳が嫌なんでそれ変えて下さい」

「ブレないのね!……わかったわ。なら犬耳にしましょう!わんこ系魔法少女!」

「違う、そうじゃない。

そもそも動物耳から離れて欲しいんですけど」

「ええー?一応これには意味があるのよ?」

「……意味あったんですか?」

 

どう見ても蜘衣による趣味の産物だろうとしか思えないのだが、意味があってのデザインらしい。

 

「集音機能と無線の送受信用アンテナ内蔵ハイテクヘッドギアよ。兎耳だと長すぎてぶつけて破損しやすいし頭部が重くなるからコンパクトな猫耳型なの」

「……集音機能あったんだ」

「このヘッドギア、耳を完全に覆っているけど周囲の声が付けていない時と同じように聞こえていたでしょう?音に関連した個性との戦闘も想定して、ノイズカット機能を着けながらも人の声はしっかり拾うの!

要望に書いてなかったから取り付けてないけど、各種情報を表示する透過型ヘッドマウントディスプレイ機能もつけられるわ。その場合はサングラスと一体型になるけど」

「ヘッドマウントディスプレイって……」

 

SFここに極まれりかよ……。

そんなツッコミを千雨は心の中でしているが、そもそも電子精霊たちによって仮想ディスプレイやプログラムを実体化出来る時点で千雨の能力もファンタジーよりSFである。

 

「そういう色々な機能の詰め込みもあって耳部分を外せないんだけど……それでも変える?

あ、猫耳から変える場合は犬耳、犬のたれ耳、リス耳、ネズミ耳、キツネ耳、アライグマ耳のどれかで、なんなら尻尾もつけるわよ!というかスカートに尻尾つけて良いかしら!?」

「おい待てなんだそのラインナップ」

 

ロクなものがないが、おそらくこのラインナップは蜘衣の趣味なのだろう。そして彼女はケモ耳を外す気がないという強い意志がかいまみえる。

千雨は深いため息をつく。こういうタイプは絶対に自分を曲げないからだ。

まぁ『ちう』として活躍する分には今日のヒーロー基礎学で吹っ切れたから諦めるかと思い、他の要望を出すことにした。

 

「猫耳のままでいいです。尻尾はいりません。

あ、ヘッドギアとサングラスは絶対に一体型にしないで下さい」

「素顔NG?」

「絶対NGです。あと予備のサングラス1つお願いします。

それからスカートのポケット片方だけじゃなくて反対側にも布地厚めの頑丈な奴お願いします。遠距離攻撃でポケットに手を入れるので」

「あの体勢が攻撃モーションなのね、わかったわ」

「サポートアイテムになるんですけど、帯電するための発電機か充電器をお願いします」

「それって電撃パンチのためよね!?」

「その話!!!詳しくお願いします!!!」

 

蜘衣と話していると、ガラッと大きな音を立てて開いた扉からサポート科の発目が来襲。どうやら話が聞こえていたらしい。

発目の格好が制服ではなくツナギ姿からして、工房で開発しに来たのだろう。

 

「発目、蜘衣の講演に対する課題レポートはどうした?」

「プロによるコスチューム改良なんて胸膨らむ出来事を前にすれば、課題なんて1時間あれば終わりますよ!パワーローダー先生、これ課題のレポートです」

 

発目はサッと数枚のコピー用紙の入ったクリアファイルをパワーローダーに渡して、すぐに千雨に詰め寄る。

 

「発電機ということは自力で発電出来ないということですが、あれはやはり相手の電気を吸収することで実現できた技ということですね!?」

「あっはい」

「発電機となると耐久性も考えて大型になりやすいわよ。コンパクトで大容量の充電器の方が持ち歩くには現実的ね」

「この第11子の充電器なんかいかがですか!?この電池は私のベイビーたちの主要電源部品としても使っておりまして!」

「市販の物よりずっと軽くて良いわ!Z社の物を参考に?」

「分かりますか!?Z社は大手というだけあって素晴らしいパフォーマンスですが重量がありすぎるという所を独自改良しまして……」

 

蜘衣と発目の二人が千雨を置いてきぼりにして盛り上がり始めた。どうしたものかと思って、千雨はパワーローダーと轟の様子を見る。

 

「この変更は大幅な改良になる。ここまでの大幅な場合はデザイナー事務所に申請書作成して依頼になるぞ。

早くて週明け……遅くても職場体験前には戻ってくるが、それでいいのか?」

「お願いします」

 

千雨がブレーキのない暴走機関車のような2人に振り回されている横で、轟のコスチューム改良が順調に進んでいたようだ。

元々千雨が申請していたのに、ついてきた轟の方が進んでるってどういうことなんだと思いながら、暴走しかけている技術者2人の会話に割り込んだ。要望はねじ込める所にねじ込めておかねば大変な事にされかねない。

 

「電力を大量に出し入れ出来るのと耐久性は忘れないで欲しい。

あともし出来るならデバイスの充電も出来るように頼む」

「デバイスといえばプログラムの実体化!あれもスッゴく気になってて!」

「デバイスとデータが必要なこと以外は口外無用なので諦めて下さい」

「あ、私のベイビー第17子の外付けハードディスクとかどうです?スマホサイズで容量2テラあるんですよ」

「発目、それ買う」

「話がずれたけど充電器は私も工房で作るから発目ちゃんの充電器と比較テストしてもらって良いかしら?」

 

女三人寄れば姦しいと言わんばかりに装備についてそのまま討論が白熱。

轟はパワーローダーの好意もあり、そのまま終わるまで工房で待っていた。

爆発も事故も起きないで済むなんて奇跡のように平和だから待っているくらい構わない。そう語るパワーローダーの目は穏やかに、それでいて光を失っていた。

 

最終的に千雨の黒猫魔法少女風コスチュームデザインはほぼ変わらず装備の増加で終わり、3人は連絡先を交換。

コスチュームケースをパワーローダーに渡して轟と千雨は一緒に下校。

 

その後、轟といることが再びSNSに載せられ、帰宅してから再び火消しをする羽目になった千雨。

轟に関わる毎に炎上してると気付き、距離を置こうと決意したのだった。

 

 




オリキャラ設定
蜘衣 縫 クモイ ヌイ(32)
雄英卒業生で、若くして大手デザイナー事務所の開発部門トップデザイナーになる腕の持ち主。
185センチの高身長な女性で異形型の外見。個性は蜘蛛糸。腰の後ろにある突起から糸を出せて、糸の太さや色が自在に変えられる。
自身より小さく可愛いものと動物が好き。
チームデビューしたワイルド・ワイルド・プッシー・キャッツのコスチュームデザインをした人でもある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Work Experience 憂いまじりの職場体験

職場体験編、色々迷いながらもスタートです。


コスチュームの改良の翌日。

今日の千雨は、常闇といつも通り一緒に登校しているのだが、体育祭前と同じような登校が出来ていることに1人うち震えていた。

 

「長谷川?酔ったのか?」

「いや、平穏な登校が出来ることに感動しただけだ。

体育祭からやたらと炎上するから、騒がれないってだけで割と嬉しいんだよ……昨日は2回炎上したし」

 

3位入賞の2人ということでちらちらと見られはするものの、そこまで酷くない。

というのも、やたらと話しかけて距離を詰めてくる上に周囲の目を気にしていない轟と違い、常闇は距離を詰めることなく、あくまで友達程度の距離を保っていることと、カメラを向けた相手にジェスチャーで撮らないで欲しい旨を伝えているからだ。常闇もだが、千雨が騒がれるのを嫌うからそれを気遣ってだろう。

 

「何かあれば頼れ。俺でよければ力になる」

「お前のそういう所、本当に神……」

 

無条件で好感度が上がるくらいに千雨は感激していた。

物静かで常に冷静で過度に干渉せず、騒ぎを起こすこと無く、さりげない気配りの出来る紳士な常闇。

たまに言動が厨二がかったものになることをマイナスとして差し引いても、一緒にいて感じる居心地の良さは轟の数倍だ。

 

「そういや常闇は職場体験の事務所、決めたか?」

「ああ、長谷川のおかげでな。教室に行く前に提出する予定だ」

「そんじゃ一緒に提出しに行こう。私も決めたから」

 

千雨と常闇はその後もいつも通り、授業についての話や取るに足らない世間話をしながら登校し、共に職員室へと向かった。

 

「相澤先生おはようございます」

「ああ、おはよう。……職場体験の希望届か」

「はい。お願いします」

 

常闇と千雨はそれぞれ鞄から取り出した希望届けのA5用紙を渡す。

 

「長谷川、お前クラスの奴らの体験先決める手伝いしたらしいな」

「手伝ったといっても調べるのを少しですけど」

「上鳴や砂藤たちから聞いたが……学校側のオファーした事務所の詳細一覧を今出せるか?

今後の参考資料にしたい」

 

上鳴が早々に提出したことから千雨が手伝ったことを知ったのだろう。確かに上鳴ならば指名数も3桁で体験先の事務所を選ぶのに時間がかかる。それを抜きにしても口の軽い上鳴なら手伝って貰いましたと正直に言うだろう。この様子なら他の生徒からも聞いていそうだ。

千雨は電子精霊を呼び出してアナログ化させた詳細一覧の冊子を渡す。

 

「最初に専門分野ごと各事務所の簡単な紹介で、各ページにより詳細が載ってます。最後の1件は私の希望先ですけど。

PDFデータも送っておきます。こんにゃ」

「はいですー」

 

こんにゃが敬礼して姿を消すと、相澤のパソコンのデスクトップにファイルがポンッという軽快な音を立てて現れる。

 

「悪いな長谷川」

「いえ。それじゃあ失礼しました」

 

千雨と常闇が職員室を後にして教室に向かう。相澤は手渡された詳細一覧を見て、相変わらずなんでも出来るなと感心していた。

相澤がしばらく冊子をパラパラとめくって見ていると、ミッドナイトと13号がやってきた。

 

「先輩、おはようございます」

「おはようイレイザー。それ情報学の資料?」

「いや、長谷川が作ったヒーロー事務所の詳細一覧だ。

学校側がオファーした事務所をまとめてクラスメイトに配ったらしくてな」

 

相澤はミッドナイトと13号に冊子を見せる。

 

「うわぁ!すごい詳しく調べてますね!」

「1年でここまで調べておけば、3年になって後悔しなさそうね」

「グッモーニン!レディースアンドガイズ!

なんだなんだ集まって、何の話してんだヨ!?」

 

3人集まって話している所にプレゼント・マイクが大声で近づいてきた。

 

「長谷川さんが作った事務所の詳細一覧ですよ」

「どれどれェ……ヒュ~!結構詳しく調べてんじゃねェか!

そういや長谷川ガールといえばミッドナイトから聞いたが、後方支援希望ってマジ?」

「本人は大真面目に言ってたぞ、人命救助や後方支援専門が希望だと」

 

相澤は昨日聞いた千雨の発言を思わず思い出す。

あれだけの戦闘をこなした生徒がまさかの進路希望で、相澤にも未だに信じられないでいる。

 

「あの戦闘力で後方支援は勿体無さすぎるだろ!」

「そうですか?僕は彼女の人命救助専門希望、良いと思いますよ!

被災地から大勢の人間を運ぶことも出来そうですし、電撃も調節出来るならAEDの代わりも出来るでしょうし」

「あら、私は長谷川さんならメディアに出て芸能関係でも活躍出来ると思うわ。

個性も派手で魅力的だし性格も格好良いし。それに準決勝で見たけど、長谷川さんの素顔とっても可愛かったのよ」

「ミッドナイト、それマジ?」

 

ワイワイと相澤そっちのけで盛り上がる3人。

その騒がしさに対して眉間にシワを寄せつつ相澤は先ほど渡された体験先の希望届を見る。

 

この体験が生徒たちにとって良い経験になればと思いながら。

 

 

 

 

 

教室で千雨はいつものように八百万やクラスの女子たちと話したり、スマホをいじったりしている。

ただし轟が近付いてきたら先生に話しかけたりトイレに行くなどして、とことん距離を置いた。

 

 

朝からそれを続けて、4限終わりの昼休み。

 

 

「長谷川、俺は何かしたのか?」

 

常闇を昼に誘って食堂に逃げるよりも早く、千雨は轟に右手を掴まれた。

 

「俺を避けているだろう?……何かしたなら謝る」

「炎上対策だから気にするな」

「炎上……おれの左側のせいか?」

「そういう炎上じゃない。いいからその目で見るな、私に近付くな」

 

寂しげに潤んだ目で見てくる轟。クラスメイトたちは興味津々で遠巻きに見ている。

轟に手を掴まれている以上、千雨は逃げ出せない。

 

「昨日はあんなに話したのに……」

「お前が距離近すぎて炎上するんだよ」

「近すぎるのか?」

「そうだ。他の女子程度の距離感を保て。勘違いされる元になるから」

 

轟は他の女子に対しては今までと変わらず、クラスメイトとして適度な距離を保っている。

それを千雨にも適用させてくれれば問題ない。というか、体育祭前までは適用されていた。

 

「……わかった。一緒に昼飯行こう」

「わかってねぇだろ!?お前全っっっ然わかってねぇだろ!?」

「昼飯誘うのはダメなのか?」

「他の女子程度の距離感って言っただろ……ダメじゃねぇけど他の奴も誘えよ……」

 

天然マイペースすぎる轟に頭が痛くなる千雨。どうやらとても面倒な奴に好かれてしまったようだ。

轟に手を離してもらい、すぐさま声をかけた。

 

「芦戸、葉隠、切島、瀬呂、一緒に昼飯食うぞ」

「千雨ちゃんから誘ってくるとは!」

「しかも切島と瀬呂も誘うとか珍しい……」

 

ちょうど近くにいたということもあり、4人を呼び集める。千雨から昼食に誘うことがほぼ無い面子であるが、この面子には理由がある。

 

「轟と2人っきりより良い。お前ら盛り上げんの得意だし。

ついでに切島と瀬呂は人付き合い悪い轟の友達になってくれ、お前ら面倒見良いし、分け隔てなく仲良くなれるだろ」

「なるほど、そういう人選か」

「俺は構わねぇよ」

 

賑やかな昼食というのは千雨としてはあまり好きではないが、轟と2人っきりになるよりマシ。

ついでに轟には他のクラスメイトと仲良くなってもらおうという試みだ。

 

切島と瀬呂はあの爆豪とも仲良くなれるほどにはコミュ力の高い男子。

上鳴もコミュ力の高さは該当するが、あいつは峰田寄りな思考回路でこの天然お坊ちゃんに余計なこと吹き込みかねない点から外した。

 

ひとまず誘った4人の了承は得れたので、そのまま食堂へ向かう。

 

「千雨ちゃん、なに食べる?」

「日替わりランチ」

「今日の日替わりなんだっけ?」

「鶏肉のトマト煮、デザートがランチラッシュ特製プリン」

「ランチラッシュ特製!?じゃあ私も日替わりにする!」

「私も!というか長谷川、ランチチェック結構してる?」

「日替わりは気になるからな」

 

女子3人男子3人にわかれて会話する。後ろにいる轟の視線が刺さるものの無視だ。ここで相手しては4人を誘った意味がない。

 

「轟は何にするんだ?」

「蕎麦、温かくないやつ」

「蕎麦か、健康に良いな!俺も今日は蕎麦にしよっかな~」

「俺は焼肉定食!」

「切島いつもそれじゃん、飽きねぇの?」

 

轟を真ん中にして会話する切島と瀬呂。かなり良い組み合わせのようだ。ポンポン弾む会話で、瀬呂がちょくちょく轟にも話を振っているし、切島も会話を盛り上げる。

席を確保して全員で職場体験先について話した他に、轟は瀬呂に体育祭でのことを謝ったり、芦戸と葉隠からの質問に答えたり、切島とトレーニングについて話したり。

 

目論見通り、少しは千雨以外のクラスメイトとも仲良くなれたのではないだろうか。

 

「明日は長谷川と2人で昼食べたい」

「却下」

 

なれたのでは……ないだろうか……。

 

 

 

轟に振り回される日々を過ごし、あっという間に職場体験当日。

 

学校から東京駅にバスで移動した。ここから各自体験先の事務所へ向かう。

駅でも雄英生ということでじろじろ見られたり手を振られたりもしたが、何よりも元の世界と交通網が色々と変化していることに千雨はまだ慣れないでいる。

特に新幹線の路線が増えていることには今も動揺が隠せない。

やはり麻帆良という学園都市が無いのは交通網に大きな違いを与えているのだろうか。

 

「コスチューム持ったな。

本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ、落としたりするなよ」

「はーい!!」

 

芦戸が元気良く返事をするものの、相澤から注意される。

 

「伸ばすな『はい』だ芦戸。

くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」

 

相澤に見送られてコスチュームケース片手にそれぞれ体験先へと向かう。

 

「楽しみだなぁ!」

「お前九州か、逆だ」

「…………」

 

ワイワイと騒ぐクラスメイトの輪から黙って離れる飯田に、麗日と一緒にいた緑谷が声をかける。

 

「飯田くん。

……本当に、どうしようもなくなったら言ってね。

友達だろ」

 

 

「――――ああ」

 

 

緑谷に返事をして去っていく飯田。

その背を見送りながら千雨は電子精霊に指示を出した。

 

「……頼むぞお前ら」

「了解しました」

「長谷川、飯田に何かしたのか?」

「轟、見てたのか。まぁ……保険みてぇなやつだよ。

何事も無きゃ、それで良いんだが」

「…………そうだな」

 

保須に現れたヒーロー殺し。凶刃に倒れたインゲニウム。保須のヒーロー事務所を体験先に選んだ飯田。

巡り合わせと言うべきか、このタイミングでの職場体験は飯田に対する心配しか無い。

 

「嫌なフラグしか立ってねぇから心配だけど、私もそろそろ行かねぇと。新幹線の時間だ」

「長谷川、何かあったら連絡してくれ」

「私のことより、まずテメェのこと心配しろ。……エンデヴァーの所で無茶すんなよ?」

「……考えとく」

 

轟とわかれて千雨は新幹線のホームへ向かう。

行き先は愛知県名古屋市。

 

 

――――ギャングオルカ事務所だ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

職業ヒーローの実態

ギャングオルカ事務所とかヒーローのお仕事は原作+オリジナル設定です
公式情報はよ……


「対凶悪犯罪の実力派で、水難事故現場のみならず敵退治、人命救助問わず多方面で活躍しているヒーロー。

最新ヒーロービルボードJPで10位、ギャングオルカ……か」

 

東京駅からおよそ2時間。時刻は現在11時。

新幹線で名古屋駅にて東海道線に乗り換えて、最寄駅の金山駅南口から歩いて10分ほど。川辺にある大きなビルがギャングオルカの事務所だ。事務所は白い3階建てのビルに広めの駐車場と倉庫がある。

シャチなのに海辺ではなく川辺なのかと千雨が心の中でツッコミをしてしまっても悪くない。

 

玄関に立てられた「御用の方はそのまま事務室へ」という看板の案内に従って事務室に向かい、ノックする。

広々とした部屋はごく一般的なオフィスで、壁には伊勢湾の海図と市内のハザードマップが大きく貼られている。

サイドキックたちの奥から特徴的な白スーツの人物がやって来た。

 

「雄英高校から来ました、1年A組長谷川千雨……コードネーム『ちう』です」

「ギャングオルカだ」

 

シャチ人間というにはシャチ度が強いギャングオルカ。その体は2メートルを越えるため、見上げている首が少し痛い。

ツルリとした白黒のシャチ顔で、シャチの白いアイパッチ部分がギャングオルカの場合はそのまま目である。

 

「今日から1週間よろしくお願いいたします」

「…………」

「…………あの?」

 

礼儀正しくお辞儀もした千雨。それに対して、ギャングオルカは固まっている。

 

というのも、ギャングオルカの事務所に職場体験やインターンで訪れる女子学生というのがそもそも稀少である。なにせ異形型の中でもひときわ見た目が怖いため敬遠されやすい。

ヒーローとして対凶悪犯罪の実力派ということで選んだ男子学生でも、全員間近で見たギャングオルカの眼力にビクリと体を震わせる。女子は言わずもがな。

 

にもかかわらず、千雨が一切動じず普通に挨拶したためギャングオルカは思わず思考が停止したのだ。

 

「……すまない、見た目で怖がられることが多いのでな」

「別に怖くありません」

「えっ」

「ギャングオルカさんの見た目は別に怖くありません」

 

千雨はギャングオルカの外見に対して魔法世界でよく見た亜人拳闘士と同じだなとしか考えてなかった。

ネギの修行中はラカンの住まいに同行していたが、魔法世界での大半を幼女姿で拳闘士の闘技場施設を拠点にしていて、拳闘大会も見ていたのだ。しかもその年の大会は終戦20周年記念のナギ杯ということもあり、魔法世界の中でも特に強者ばかり。

そんな千雨がギャングオルカの見た目に動じる筈がなかった。

 

―――が、そんな過去を知るはずもない社員のサイドキックたちには充分驚嘆に値する反応でしかなく。

 

「シャチョーを怖くないと言える女子……激レアだ……!」

「マジで?お世辞抜きで?」

「はい」

「すげぇ……すげぇよこの子……!」

「これが雄英特別枠……!」

 

ざわめくサイドキックの方々。

20名以上いる彼らのざわめきを消すようにギャングオルカはわざとらしく咳をしてサイドキックたちを睨み付け、ピリリとした緊張が走り空気が引き締まる。

 

「必要最低限の礼儀はわきまえているようだな。

今日から私がヒーロー見習いの卵である貴様を扱く。心してかかれ」

「はい、よろしくお願いします」

「コスチュームに着替え次第ヒーローの成り立ちとその職業について座学を行い、昼食後に市街地パトロールに参加してもらう。

パトロール後は事務所に戻り、基礎トレーニングだ」

「はい」

「マキ、女子更衣室へ案内をしろ」

「はーい!更衣室はこっちだよー」

 

マキと呼ばれたピンクの髪に魚の骨を模したヘルメットの女性に案内されて移動する。

マキさんは"魚化"という"個性"の持ち主で、個性を使うと両脚が尾びれになって人魚のようになるらしい。ちなみにマグロの尾だそうだ。

更衣室への移動途中に教えてもらえたが、ギャングオルカの事務所への職場体験には千雨1人。A組に千雨以外に指名を貰った人が居ないことはわかっていたが、B組の生徒も居ないらしい。1人なのは気楽なので少しだけ安心した。

 

女子更衣室のロッカーには職場体験生と書かれた付箋メモが貼られていた。ちなみにデフォルメされたかわいいシャチ型の付箋。備品にもシャチが使われているのかと思わず感心してしまった。

あれから発目のアイテムが加わり蜘衣が新調した新コスチューム。以前とほぼ変化はなく、外見で変わった所はポーチの数が増えた位だろう。

スカートに尻尾を付けられていない所を見て、蜘衣がこちらの要望を無視しないデザイナーだという事に安心した。

 

「お持たせしました」

「かわいい!」

「事務所が華やぐ!」

「黒猫……イイね……!」

 

事務室に戻るとサイドキックの方々から高評価ですこし照れる。

ヘッドギアはパトロールの時まで外していて良いとのことなので、事務所内の棚にヘッドギアとサングラスを置き、ポーチから出した丸メガネをかける。

さっそく2階の小会議室でギャングオルカ直々にヒーローについての座学だ。

ホワイトボードと6人程度の入れる小会議室の長机には座学用の筆記用具が用意されていた。

 

ちなみにここで用意されていたノートやボールペンなども、やっぱりシャチやイルカなどの海洋生物イラストの入ったもの。

ロッカーの付箋もそうだが、職場体験生への備品チョイスがとても可愛らしいのは誰のチョイスなのか。それが問題だ。

 

そんなくだらない疑問は他所に、ギャングオルカの座学が始まった。

 

「我々ヒーローは国から働きに応じた給与を頂いている。

国から給与が出るため広義においては公務員に該当するが、成り立ちとその職務が公務員とは何もかもが異なる。

ちう、貴様はヒーローの成り立ちについて、どこまで理解している?」

 

突然の質問よりもヒーロー名呼びな所に驚いた千雨。事務所内であってもコスチュームを着ている以上はヒーローとして扱われるらしい。

 

「えっと……超常黎明期において、自警団として違法に"個性"を用いて治安維持を行っていた人々、ヴィジランテが原点と言われてます。

個性に関する様々な法律が施行されると同時に、"個性"での犯罪を取り締まるためにヒーローも資格制度として確立し、今のプロヒーローという職業が誕生しました」

「フン、勉強はしてきているようだな。ヒーローの成り立ちはその認識で問題ない。

ヒーローは他の公務員と異なり"個性"を使用して活動する。犯罪者に立ち向かう点は警察と同じだが、ヒーローに逮捕状請求や取り調べの権限はない。

逆に警察は"個性"を使用することは禁止だが、様々な権限を持っている」

 

ホワイトボードにギャングオルカが警察と書き、その下にヒーローと書いてそれぞれ丸で囲む。

 

「ヒーローの具体的な実務としては、犯罪の取り締まりが主になる。

事件発生時に警察から該当地区のヒーローに対して応援要請がくる、その要請に応じて活動をし、逮捕協力や人命救助等の貢献度を申告。

そして専門機関の調査を経て給与が振り込まれる」

「では、貢献度によって金額が異なる歩合給ですか?」

「そういうことだ。

犯罪の取り締まりで警察から応援要請が来る他に、警察と協力して家宅捜査立ち入りや、"個性"によっては過去の事件の再調査や取り調べなど特別な協力要請もある。

また、自治体などからイベントでの警備依頼を受けることもあるため、仕事は多岐にわたる」

 

警察とヒーローを線で結び、敵退治や人命救助、応援要請、特別協力要請等と書かれ、左斜め下に書いた自治体から矢印をヒーローに伸ばして警備依頼と書かれる。

 

「こうしたヒーローとして治安維持に関わる仕事の他に、ヒーローには他の公務員と異なり"副業"が許されている。

全国の様々な企業から広告宣伝のモデルや講演会の依頼、タイアップ商品などがある。

私の場合は地元企業とのタイアップ商品などが出ているほか、水族館でのショー出演や講演が多い。

我が社の公式スポンサー丑三ツ時水族館は有名だな」

 

自治体と同じ行の右側に企業と書き、こちらも企業から矢印をヒーローに伸ばして広告モデルや講演等の副業と書いた。

 

ちなみに丑三ツ時水族館は港区にある日本国内にあるシャチを飼育している2つの水族館の内の1つ。

ギャングオルカ事務所の公式スポンサーもしているため、ギャングオルカによる講演やショー出演も度々行われているという。事実、水族館とコラボしたギャングオルカの看板が金山駅にあった。

名古屋城の金のシャチホコで有名ということもあってか、市内全体でギャングオルカを担ぎ上げているほど地元密着型なヒーローだ。

 

ただ、市内の看板などもデフォルメしたものが7割な所を見る限り……まぁ、そういうことだろう。なにせ敵っぽい見た目ヒーローランキング3位だ。怖がられても仕方ない。

 

完全に余談になるが、千雨は爆豪がデビューしたら敵っぽい見た目ヒーローランキングで確実に10年間連続1位を取って殿堂入りすると思っている。

 

その後もしばらくギャングオルカによるヒーローの説明が続いていった。

 

 

 

「座学は以上だ。13時まで……1時間の昼休憩で昼食を取れ。その後市街地パトロールへ出る」

「はい、ありがとうございました」

 

ノートに教わったことを書きまとめて、ホワイトボードに書かれたものを消してからギャングオルカと共に事務室に戻る。

昼食は事務所の食堂で取った。サイドキックの方々曰く、サイドキックの多い大きなヒーロー事務所だと食堂も付いている所が多いとのこと。

ちなみに食堂メニューのシーフードカレーが丑三ツ時水族館のレストランでも食べられるそうだ。

 

 

 

昼食後はギャングオルカと市街地パトロール。

 

「パトロールを開始する前に、貴様はヒーロー見習いの職場体験生だ、免許の無い者の"個性"無断使用は法律違反である。

私がそばで監督していても許可しない限り使用しないように」

「はい、ギャングオルカさん。

あの、困っている人などが居ないか探す小型プログラムを使ってもいいでしょうか?」

「海洋生物のプログラムか……いいだろう」

「ありがとうございます。

トイ・グランパス×4」

 

30センチから最大50センチの小型シャチ。色は水色に白模様。一見するとふわふわ浮いているぬいぐるみだ。

スカイシリーズと違って人が乗ることは出来ないが、千雨の周囲10メートルを自動で探索して困っている人や落とし物を探すほか、5キロまでの物をくわえて運べる局地的な小型探索プログラムである。

移動速度は最大時速15キロ程度だ。

 

「!!

……ずいぶんと小さいな」

「市街地や事故現場などを探索するためのプログラムです。この大きさなら通行やパトロールの邪魔にもならないので。

移動のためにマンタなども出せますが、どうしますか?」

 

触れようとしたギャングオルカの手に、1匹が頭を撫でろと言わんばかりにぐりぐりと頭を押し付けている。

猟犬の行動を元に作成しているので行動が若干犬っぽい。

 

「マンタは応援要請が出た時に指示を出す」

「わかりました」

 

4匹全て探索に放してもギャングオルカから離れられない千雨には対処しきれないので、1匹だけ探索させて残り3匹は千雨とギャングオルカの周囲で待機させてパトロール開始だ。

 

事務所から駅前広場に向かう。街中に出れば、ギャングオルカだと市民が見て、普段と違うことに二度見する。

 

「ギャングオルカの近くにシャチ飛んでる!?」

「もしかして隣の子、体育祭の子じゃない?」

「長谷川千雨ちゃん!?シャチも出せるんだ!」

 

ギャングオルカに若い女性や子供がサインや写真を求めて近付き、ファンに応えているギャングオルカ。

敵っぽい見た目でも、やはりランキング上位に入るヒーロー。人気である。

スゴいなと思って見ていると、千雨も女性から声をかけられた。

 

「あの、体育祭で活躍してた長谷川千雨さんですよね?サイン良いですか!?」

「あ……は、はい!」

 

思わずどもってしまったが、手帳を受け取る。手帳の開かれていたページにの片方にはギャングオルカのサインがあったので、空いていたページにCHIUと書いてCに猫耳と顔を書き足して渡す。

流石にひらがなで『ちう』とサインするのは厳しいものがあるからだ。

そのまま握手や声援や写真など、千雨もギャングオルカと一緒に囲まれてしまった。

駅前広場でなかったら車道に人がはみ出るほどの人数だろう。

 

「ヒーローネーム、もうあるんだ!?」

「ちうです、よろしくお願いします」

「体育祭すごかったよ!ヒーロー頑張って!」

「応援ありがとうございます、まだ見習いなのでこれから頑張っていきます」

「ギャングオルカのサイドキックになったの?」

「いえ、職場体験で……」

「コスチュームかわいい!黒猫っぽい!」

「ありがとうございます」

 

老若男女からの声掛けと握手とサインと写真に『ちう』として営業用アイドルスマイルで対応していく。

しばらく対応して人が減り、怒濤のファンサタイムが一区切りしたところでパトロールを再開。

 

「いつもあんなにファンサするんですか?」

「いや……いつもは遠目に見られるのがほとんどだ」

 

母親と手を繋ぐ子供に2人のヒーローネームを呼ばれて手を振られたので振り返しながらこっそりギャングオルカの顔を見上げる。

常闇と同様に感情が表情に出にくいと思っていたが、目は口ほどに物を言うという奴なのだろう。白いアイパッチのような目元が笑っているのがわかった。

 

……女性や子供からの人気、気にしてたんだな……。

 

千雨は心の中で思うだけに留めてパトロールに集中した。

 

 

この後はパトロール中に大きな出来事はなく、トイ・グランパスの見つけた落とし物や困っている人を少し手助けするのと時々ファンサを行う程度。

事務所に戻って基礎トレーニングをして、夕方にもう一度パトロールに。夕方のパトロールでも大勢にファンサをした他、テレビの取材も来たのには驚いた。

 

午後7時にコスチュームから着替え、初日の職場体験は終了。

千雨は飲食店で名古屋めしを堪能してから事務所2階の客室に宿泊。

 

ちなみにクラスのほぼ全員から千雨がネットニュースに載っているとの連絡が来た。地元テレビに突撃取材されたことはまだ知らないらしい。体育祭効果はまだ続いているらしいと返事をしておいた。

エゴサーチしてみた所やはり祭り騒ぎになっていたが、もはや何をしても祭り騒ぎになると悟った千雨はそのまま早い時間に就寝した。

 

 

 

 

「……ちうちゃんさ、スゴくない?」

 

ギャングオルカ事務所のサイドキックたち4人が事務室にいた。本日の夜勤当番である。緊急の応援要請もあるため当番制で待機しているのだ。ギャングオルカは3階の社長室兼私室にて待機している。

そのうちの1人の言葉に他の3人が反応した。

 

「わかる」

「シャチョー怖がらないし」

「基礎トレしっかりついてくるし」

「個性も派手で強いし」

「何より……」

 

「ちうちゃんのおかげで、シャチョーがファンサしても子供に泣かれない!」

 

室内にいるサイドキックが声を揃えて言う。

実は昼の市街地パトロールで行ったファンサの様子がネットニュースになったことで、事務所に千雨がサイドキックデビューしたのかという問い合わせの電話が複数あったのだ。

 

そこでサイドキックたちが協力して夕方のパトロールの様子を遠くから観察。

プロとして身につけた索敵や偵察などを無駄遣いして、笑顔の子供たちとふれあうギャングオルカの姿を確認したのだ。

ウルトラレアな光景を写真におさめた彼らがサイドキックのグループチャットで写真を共有したのは当然の結果である。

 

「いつも泣かれて悩んでたもんな、シャチョー」

「職場体験に来てくれるって聞いた時は怖がられないか不安そうだったけどね」

「シャチョー、先週水族館の講演後に自分で女の子受けする文房具を選んでたし。まぁ杞憂だったけど」

「そういえばちうちゃん黒猫っぽいコスチュームじゃないですか?

黒猫って幸運の象徴らしいですよ」

「……黒い招き猫」

「それだ」

 

人を招き、人気を招き、事務所に幸運を招いている。彼らの中で千雨と招き猫が完全に一致していた。

 

「明日朝上がる前に拝んどこ。御利益ありそう」

「シャチョーの悩み解決してくれたしな」

「他の社員にも伝えよう」

「おー」

 

 

翌朝、サイドキックたちから拝まれて困惑する千雨だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

みんなの職場体験

すまない……週一投稿になってしまった……。
次回はもう少し早く書き上げたい。すまない……こんな作者で、本当にすまない……。


職場体験2日目。

千雨は何故かサイドキックに拝まれつつも、朝からコスチュームに着替えてトレーニングだ。

事務所横の大きな倉庫はトレーニングスペースになっており、倉庫の一角にはトレーニング用品や電話機の他に、防災食料、毛布、担架、ゴムボートなど様々なものが置かれている。

 

「マキさんたち、何で拝んできたんです?」

「御利益ありそうだから」

「どんな御利益ですかそれ……」

 

朝から拝んできたマキたちサイドキックに呆れた様子の千雨。御利益としては人気上昇、話題性、商売繁盛といったものだろう。

ヒーローの副業ならともかく本業は本来繁盛してもいいことなどないのだが。

 

事務員以外のサイドキックたちがトレーニングスペースに集まって基礎トレーニングのストレッチと筋トレだ。

筋トレが既に学校の訓練よりハードだが、なんとかついていけるレベル。インドア派とはいえ、体力はヒーローを目指す上で身に付いた。

基礎トレが終われば今日のトレーニング。

 

「今日のトレーニングは実践的な近接戦闘だ。サイドキックたちは各自組み手。

ちう、まず貴様が近接でどれだけ戦えるか確認したい」

「はい」

 

相手はプロだが訓練ということから、電撃は使用禁止の条件付きだ。

向き合ったギャングオルカとの距離は約2メートル。無音拳の使用をしようにも、ギャングオルカの体格を考えればこの近距離は悪手でしかない。

となれば千雨に出来る戦闘は身体強化での攻撃のみ。瞬動術で一気に距離を詰めて腹部に拳を打ち込み、身体を掴まれる前に離れる。

まずはヒットアンドアウェイで様子見をすることにした。

 

「おおっ!!?」

「体育祭でも見たけど、やっぱ速いな!」

「移動の動作が小さい上に踏み込みの音が少なく、それでいてあの速さ。そしてこのパワーか……」

 

サイドキックたちが感心して話しているのを聞きながら千雨は警戒心を高める。

ギャングオルカは殴られても少し後ずさっただけで、身体強化状態の千雨のパンチをものともしていないのだ。

 

そもそも『シャチ』という生き物は大型の哺乳類でありながら時速60キロで泳ぐことが出来る、海獣の中でも最速の部類。その俊敏性に加えて獲物を追い続けられる持久力も持ち、自身より大きなクジラを狩ることも出来る。シャチにはそれだけの身体能力に見合った強靭な筋肉があるということだ。また、超音波による反響定位で相手の位置を探ることや、超音波で会話することも出来る。

そんなシャチの能力を"個性"として持つギャングオルカの身体能力は他の異形型よりも高く、プロとして鍛えている。強くて当然だ。

 

千雨は2撃目を背中から不意打ちで殴ろうと考えて背後に移動したが、ギャングオルカはエコーロケーションで瞬時に千雨が背後に来たことを知り、殴ろうと伸ばした千雨の右手首を掴み吊り上げる。

急に地面から足が離れて身体を吊り上げられて千雨は驚いて右手を掴むギャングオルカの拘束を外そうとした拍子にもう片手もそのままひとまとめに掴まれてしまう。

両手を封じられて持ち上げられてしまっている以上、千雨にはもう何も出来ない。たとえ蹴りをいれても頑丈なギャングオルカの手から逃れられないだろう。

 

「だが、まだまだ粗い。そして技術不足だ」

「流石シャチョー!」

「あの速さにも対応した!」

 

ブラブラと持ち上げられている千雨は、ギャングオルカが一撃目でも対応出来たのを敢えて見逃したのだと分かった。それだけプロヒーローと実力差があることを強く実感する。

降参ですと言った千雨に対し、ギャングオルカは千雨を地面に下ろして手を放した。

 

「スピード、パワー、どちらも悪くない。

特にあの速さ。ほとんど音を立てず助走も無しで初動から使えるのは良い。ヒットアンドアウェイを選んだのも選択として悪くない。

しかし体育祭でもそうだったが、動作が単純かつ隙が多過ぎる。同年代ならともかく、格上相手ではこうしてすぐに捕まるぞ。

電撃を用いれば解決出来るとはいえ、常に有効だと考えるな。電撃が使えない場合や効かない場合、最後にものをいうのは体術だ。敵を捕縛する時にも役立つから、近接戦闘の技は覚えていて損はない」

 

ギャングオルカの指摘を聞きながら、千雨は考えた。

確かにそれは千雨の課題である。

千雨の近接戦闘はもっぱら棍やステッキなどの長物を振り回すか殴る蹴る位。無音拳はある程度技術を求められるがシンプルな動作だから身に付けられた。それ以外に身に付けている護身術などプロからすれば素人同然だ。

これは良い近接戦闘指導者とのツテがない事と、こちらに来てから体術を身に付ける時間的余裕がなかった事が原因である。

千雨がこれまで体術を身に付けなくともやってこれたため、体術に対する優先順位を下げていたのも原因の1つだ。

 

「体術……」

 

プロヒーローの中でも屈指の実力派とはいえ、ギャングオルカになすすべなく拘束されてしまった。これがもしもヴィランとの戦闘であれば、即座に殺されていただろう。

死なないために強くなりたい千雨の脳裏に、いくつかの光景がよぎる。

 

―――雪広あやか流合気柔術、天地分断掌!

―――虎形拳、虎撲・六合天衝!

―――楓忍法、分身の術!

―――神鳴流奥義、斬岩剣!

―――雷華崩拳!

―――羅漢破裏剣掌!

 

委員長とくーふぇの2人くらいしか参考にならない。と言うよりも、そもそも見たことがある近接体術に千雨が使える技がほぼほぼない。わかっていたことだが、麻帆良はやっぱりどうかしている。

くーふぇの他の武道四天王がバケモノ退治剣士な半烏族・桜咲と、中学生に見えない傭兵スナイパーな半魔族・龍宮と、中学生に見えない甲賀中忍なNINJA・長瀬の3名だから仕方がないのか。

それとも普通の人間にも参考に出来る動きなのに四天王に入ってる超次元中国拳法家な格闘狂を恐れるべきか。

 

なんにせよ体術に関して独学は無理である。

 

「是非、一から教えてください」

「では基本的な動きから教えていく」

 

ギャングオルカとサイドキックたちから基本的な体術を学ぶ千雨。今までテキトーに済ませていた我流ステゴロのパンチや突き、蹴りなどの動きを修正してもらい、捕縛に使える関節技や搦め手、瞬動術を活かした技などを教わる。

そこへ事務室からの内線がトレーニングルームにかかってきたので、サイドキックの1人が出た。

 

「シャチョー、館長からお電話だそうです!」

「わかった。

悪いがトレーニングは中断だ、待機してろ」

 

館長と聞いたギャングオルカは千雨に指示を出してトレーニングルームから事務所に向かう。

 

「……マキさん、館長って誰ですか?」

「丑三ツ時水族館の伊佐奈館長だよ。よくシャチョー宛てに電話くるの。

それにしても朝からなんて珍しい」

 

そのままギャングオルカが戻ってくるのを待つ。暫くしてから戻ってきたギャングオルカはなにやら困惑混じりの様子で指示を出し始めた。

 

「すまんが今から水族館に向かう。今日のトレーニングはこれで終わりとする。

ちうは事務所で待機。他の社員らは各自仕事をするように」

「はい!」

 

簡潔な指示に返事をして、事務室へサイドキックたちと共に千雨も戻る。

 

「やっぱり館長に呼び出しされたか。ショーの話し合いかな?」

「そういうこともあるんですか」

「館長はウチのスポンサー様だからね。

ちうちゃんは待機らしいし、ゆっくりしてていいよ」

 

ギャングオルカの目が届かない場合は待機になるらしい。

雄英から預かっている間に何か有ればギャングオルカの責任になるからだろう。千雨は大人しく待機することにした。

パトロールに出るサイドキックの方々を見送り、事務室で書類仕事をしているサイドキックたちにお茶汲みや、ファイリングの手伝いなど雑事をしたり、ノートに学んだことを纏めて時間を潰す。

 

それでも余った時間で千雨はまだ2日目だがクラスメイトたちの職場体験はどうなのだろうかと考えていた。

 

 

 

 

ベストジーニストの事務所へ職場体験に来ていた爆豪。指名の中で一番ランキングが高かったNo.4のベストジーニストを選んだのは、ランキングが事件解決数を重視することと、トップの事務所ならではの体験をするためだった。体育祭で見せたあの戦闘力の高さから指名があったと考えたからだ。

 

が、ベストジーニストは言葉遣い、身だしなみ、マナーなど凶暴すぎる爆豪を"矯正"するために指名していた。

 

二日目の本日はコスチュームの手榴弾を模した手甲、鈍器として使えるニーパッドが危険かつ市民に対し威圧的であるということで取り上げられた。

本当はアーミーブーツも威圧的という事から取り上げられる所だったが、そこは死守した。その代わりにズボンを取り上げられ、ジーンズを与えられた。タイトでシンプルな青ジーンズだ。

 

「ふざけんなよテメッ…!!!」

「昨日散々暴れたのにまだ懲りないとはな。どちらにせよ今日もピッチリ、矯正を始めよう。

まずは身だしなみからだ」

 

キレながら両手で小規模の爆破を繰り出そうとしても、繊維を操る"ファイバーマスター"のベストジーニストにかなうはずもなく。

8:2分けの髪型にすべく、ピッチリ矯正が始まってしまった。

 

 

 

 

 

エンデヴァー事務所に職場体験しに来ていた轟は、保須市への出張にエンデヴァーとサイドキック2人と共にいた。

プロヒーローは管轄外地区の自治体へ出張申請をし、許可が出れば出張先でもヒーロー活動が出来るのだ。申請しておけば自治体から会議室を出張中の事務所として借りられる。

もちろん申請せずにヒーロー活動も出来るが、数日間活動する場合は申請した方が拠点に使えるため何かと便利。

また、チームアップ要請での出張なら許可申請を取らずとも出張が可能。その場合事務所はチームアップ相手の場所を借りることになる。

 

今はトレーニングを終えて休憩時間だ。轟もエンデヴァーたちと会議室で休憩している。

 

「にしても、焦凍だけとはな」

 

休憩中にネットニュースでギャングオルカ事務所に千雨が職場体験に行っていることを知ったエンデヴァー。

ギャングオルカは有名なヒーローである上に対凶悪犯罪の実力派だ。しかしそれならばエンデヴァーも該当している。

千雨が何故エンデヴァー事務所を選ばなかったのかが不満であった。

 

「お前と引き分けられる才能と力があるというのに。ギャングオルカの事務所を選ぶならウチの事務所でも良いものを……」

「長谷川が、親子揃う所に行く気は無いって」

「ほぉ……」

 

本来は千雨が気まずいという理由だったのだが轟がそれを省略した。そのため、焦凍への指導を邪魔しないようにしたのか、謙虚だなとエンデヴァーは都合よく解釈した。

エンデヴァーの機嫌が良くなったことを察した轟は眉間にシワを寄せる。

轟は職場体験に来てエンデヴァーがヒーローとしての能力が高いことは受け入れたが、過去の所業を赦すつもりはない。人としてかなりクズな父親が余計なことをしてきそうなのは目に見えてわかった。

 

「……長谷川に余計なことすんなよ」

「なんだ、彼女が気になっているのか」

「うるせぇ」

「フッ……そうか」

 

体育祭から仲良くなった千雨にこれ以上距離を置かれるような事はしたくない轟が釘をさす。

しかしエンデヴァーは轟が千雨に対して気を使う発言から好きなのかと思い、機嫌が更に良くなる。

ちなみに千雨のこと抜きでも、エンデヴァーは普段より息子との会話が比較的多いことと中々しない会話内容が出来て嬉しかったりする。

そんな父親の反応に対して轟の機嫌は更に悪くなり、スマホをいじって話しかけてくるエンデヴァーを無視し始めた。

 

「……エンデヴァーさん、珍しく嬉しそうスね」

「ショートくんが青春してるからだろ。子供の青春はつい構いたくなる親心。

ただでさえ親バカだし」

「ああ、なるほど」

 

エンデヴァーのサイドキック2人は轟親子のやり取りをのんびり見守っていた。空気が悪いのか良いのか、まさに混沌であった。

 

 

 

 

「ウラビティちゃん、基礎トレが終わったから近接戦闘を教えるよ」

「はい」

 

麗日はガンヘッド事務所に職場体験に来ていた。麗日の個性は物もしくは人に触れなくては発動出来ない。そのためガンヘッドから実戦でも使える近接格闘術を教わっている。

 

「ウラビティちゃんは個性を発動させるのには指先で触れる必要がある。だったら蹴りよりも拳を中心に覚えていこうか。

それから捕縛術と相性がいいだろうから、それも教えるね」

「はいっ!」

 

麗日は元気よく返事をしながら、やっぱり喋り方可愛いと思っていた。

 

 

 

 

オールマイトの先生であるグラントリノの元に職場体験しに来ていた緑谷は、ひたすらグラントリノと全身許容上限状態に慣れるための実践訓練をしていた。

 

「なんとかコツを掴んで慣れてきたようだな」

「全身に力を張り巡らせるのは長谷川さんがやっていたので、全身に伝える熱を電流でイメージしてみたら掴めました!

というか、長谷川さんが使うのを結構見ていたのに気付かなかったなんて……」

「長谷川……ああ、あの3位の嬢ちゃんか。

お前さんが参考に出来るのは身体の動かし方くらいだろ、ありゃ規格外だぞ」

「規格外……ですか?」

 

緑谷はノートに纏めているからこそすごい"個性"であるとは分かっていたが、規格外とまで言われる程なのかと思ってしまう。

 

「"個性"がそもそも万能なタイプの上、柔軟な発想力と技の開発力が飛び抜けとる。

それにおそらくだが……あの嬢ちゃん、身体の方は鍛えてまだ間もない」

「ええっ!?あの強さで鍛えて間もないって……本当ですか!?」

 

緑谷も発想力と開発力についてはその多彩っぷりからわかってはいた。しかし学年トップ3の強さでありながら鍛えて間もないなど信じられなかったため、断言するグラントリノに驚愕した。

 

「近接戦闘で隙が多いのを、圧倒的なパワーとスピードでゴリ押ししてるだけだ。しかもゴリ押ししやすい技を作っとる。ありゃ鍛えてる余裕が無いから、付け焼き刃で凌げるようにしとるっちゅーことだな。

ちゃんと身体を鍛えて格闘技を身に付けりゃ、それなりに前線で戦えるだろう。

まァそこら辺は本人の気質にもよるが、覚悟決めりゃ相当化ける素質はあると思うぞ」

 

無名ではあるが、あのオールマイトの先生だ。人を見る眼があるのは指導を受けている緑谷もわかる。

そんなグラントリノが、さらに強くなると言う。

 

「さ、雑談はここまでにして、もっかいいくぞ小僧!」

「お願いします!」

 

皆に追いつくためにも、もっと強くならなくては!と緑谷は気持ちを高揚させて再び全身に電流が流れるイメージで力を行き渡らせた。

 

 

 

 

 

 

ノーマルヒーローのマニュアルの事務所に職場体験へ来ていた飯田はコスチュームを着てマニュアルと共に街に出ていた。

保須の空気はいまだに張りつめている。パトロール中のヒーローと何回もすれ違う。街中が警戒体制だ。

市民の歩くスピードも早く感じる。それだけ市民も不安だからだろう。

 

「そろそろお昼時だ。天哉くん、1度事務所に戻ろうか」

「……はい」

 

マニュアルの指示に従い、1度昼休憩として事務所に戻った。

 

「まーこんだけ街中が警戒モードだと、ヴィランも出てこれないよね」

「…………。

そうでしょうか……」

 

ヘルメットを外しながら話しかけてきたマニュアルに返事をしながら、飯田はヒーロー殺しのことを考えていた。

 

これからも人々を救けるヒーローという輝かしき兄の人生を踏みにじって台無しにした、ヒーロー殺し"ステイン"。飯田は新聞やワイドショーなどから情報を集めてすぐにヒーロー殺しの行動パターンがわかった。

 

奴は出現した7か所全てで必ず4人以上のヒーローに危害を加えている。目的があるのか、ジンクスか知らんが、必ずだ。

保須ではまだ、兄さんしかやられていない。

 

あの時……体育祭を早退して駆けつけた病院で聞いた、朦朧としながらも謝る兄の声が飯田の頭から離れない。あんな声で謝る兄は今まで見たことがなかった。

飯田は物心つく前から兄を見て育ってきた。いつだってかっこよく困っている人を素早く救け、将来は兄のようなヒーローになるという夢を抱かせてくれた立派なヒーロー、インゲニウム。

 

 

だからこそ、そんな兄の、飯田にとって一番のヒーローの仇討ちを願わずにはいられなかった。

 

 

 

ヒーロー殺しステイン。奴はこの街に再び現れる可能性が高い。

 

 

来い―――!!

 

 

この手で

 

 

始末してやる。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

罪と英雄 前編

次は早く書き上げたいと言ったのがフラグだったようです、遅くなりました。
12月に忙しいのはサンタとトナカイだけで充分なのに。
テメェがサンタになるんだよ、だって?(´・ω・`)そんなー


職場体験3日目。

 

2日目の昨日、ギャングオルカは午前中のトレーニングの途中から水族館に向かったまま、夜まで帰ってこなかった。

 

千雨は事務所待機していたサイドキックたちから役立つ情報や資料などを貰っていた。

事件解決後に申請しなければならない書類の種類や書き方、警察や外部からの依頼についてなど事務仕事をはじめ、プロヒーローのみが使えるヒーローネットワークというサービスや、仮免許取得試験について、インターンについて。

それ以外にも役立つ情報や、サイドキックの皆さんが持つ武勇伝や面白い話、プログラムへのアドバイスなどを聞く。

千雨はアドバイスを元にプログラムの作成や着色、改良など中々有意義な時間を過ごせた。

 

夜に事務所へ帰ってきたギャングオルカはかなり疲れた様子だった。ちなみにここまで長時間は初めてらしくサイドキックたちは何かあったのではないかと心配していたが、ギャングオルカは伊佐奈館長と話し合いがヒートアップしただけだと話していた。

どんな話をしていたらそんなに疲れるんだろうかと思ったが、結局そのまま2日目は終了。

 

 

3日目の今日はトレーニングの前に話したい事があると言われた。

 

「依頼、ですか?」

 

ギャングオルカは心の底から申し訳ないという心苦しさからなのか、深い深いため息をつき、眉を寄せるかのようにして白いアイパッチを歪ませる。

 

「ああ……丑三ツ時水族館の館長からの依頼で、君にショーに出て欲しい」

「え!?いや、待ってください!水族館のショーに、私が!?」

「ああ」

「……マジですか?」

「信じがたいことにな。

勿論、無理ならそれでも構わん。なんとか……なんとか、説得する」

 

思わず敬語が外れてしまったが、千雨は昨日のヒートアップした話し合いの内容が千雨をショーに出す出さないだということと、同時にギャングオルカは館長にあまり強く出れないことを察した。

無理と言いたいところだが、職場体験で世話になっている身だ。無下に出来ない。

 

「……ちなみに、ショーって何をするんですか?」

「海洋生物のプログラムを出してほしい。ショーといってもイルカショーの前座。ショーを見に来た来館者の客席に出して、海の中にいるかのようにしてくれれば充分だ」

「……それなら、大丈夫です。館長さんが満足するかわかりませんが。

プログラムの作成と調整に時間を貰えますか?」

「ああ。

急なことですまない、助かる」

 

歌って踊れということでないなら大丈夫である。

その日はトレーニングの後に昼のパトロールをして、本日のヒーロー活動はひとまず終了。

 

午後3時から千雨は2階会議室を借りて、持ってきていた自前のノートパソコンでショー用にプログラムの作成と調整をしていた。

もうすぐ午後8時、そろそろ夕食を兼ねた休憩をするかと思ったその時、室内に声が響く。

 

「ちうたま!飯田さんがヒーロー殺しを発見しました!!」

 

電子精霊のその言葉が聞こえた瞬間に千雨は舌打ちをしてから立ち上がり、すぐに行動を始めた。

 

「アデアット、力の王笏!」

 

千雨は現れた魔女っ子ステッキをクルクルとバトンのように回転させながら呪文を詠唱する。

 

広 漠 の 無(ニヒル・ヌールム・) そ れ は 零(ゼフィルム)

大 い な る 霊(スピリトゥス・マグヌス・) そ れ は 壱(ウーヌム)

電 子 の 霊 よ(スピリトゥス・エレクトロニキー) 水 面 を 漂 え(・フェラントゥル・スペル・アクアース)

 

我 こ そ は(エゴ)

 

電 子 の 王(エレクトリゥム・レーグノー)

 

目の前にあったノートパソコンが光り、千雨の意識は電脳世界へダイブした。

 

 

 

電脳世界には既に電子精霊たち5体が待機していた。居ないのはきんちゃとだいこ。2匹は飯田のもとにいるのだろう。千雨はすぐに電子精霊たちに指示を出す。

 

「市内のヒーローたちに救援要請!位置情報と現場の映像!緊急防壁の起動準備!」

 

複数のディスプレイが瞬時に立ち上がり、様々な情報が表示されていく。

 

「ちう様まずいです!保須市内でヴィランが3体暴れてます!プロの救援は難しいかと!」

「何でよりによってこのタイミングで……!

クラスの奴らで市内にいる奴はいないのか!?」

 

映された市内の防犯カメラには脳無に似たヴィランと戦うヒーローたちの姿。

スマホに登録されているクラスメイトたちの連絡先から位置情報を探させる。千雨以外の20人のクラスメイトたちは職場体験で全国に散らばっているとはいえ、全国で一番ヒーロー事務所が集中している都内の事務所での職場体験は多い。学校側のオファーした事務所も都内の事務所が多かったのを覚えている。

しかも保須はヒーロー殺しの事件で警戒度が高まっているため、管轄外のヒーローも応援で出張している可能性がある。クラスメイトが相手なら事情を説明せずとも向かってくれることだろう。

 

「飯田さんの近くを緑谷さんが移動中!市内には他に轟さんもいます!」

「緑谷に繋げ!

プロがそばにいるはず…そのヒーローに現場に向かって貰えれば……」

 

緑谷の目の前に空中ディスプレイを出すように指示をする。画面の1つが【ACCESS NOW】という表示からすぐに画面に緑谷の姿を映す。

緑谷は突然目の前に現れた空中ディスプレイに驚いた様子だった。

 

「うわっ長谷川さん!?どうやって……っていうかどういう仕組みで!?」

「個性だから気にするな。それより緑谷、飯田が危ない!」

「飯田くんが!?それってヒーロー殺し!?」

「そう……って待て緑谷!お前今1人か!?職場体験先のプロどこ行った!!?」

「市内で脳無の兄弟みたいなヴィランと戦ってる!」

「緑谷バカお前わかってんのか!?資格ねぇ上にプロがいないところで個性使ったらマズいだろ!!」

「そんな理由で友達を見捨てるなんて出来ない!!」

 

緑谷の職場体験先ヒーローに救援要請しようと考えていた千雨はあてが外れてしまった。

市内の人間全員のスマホの位置情報を調べることも出来るが、それでは市民とヒーローがごちゃ混ぜになってしまう上に持ち歩いていない人がいたりするため、クラスメイトのものだけ調べていたのが逆に仇となった結果だ。

 

現在、市内のヒーローはほぼ全員戦闘中。今すぐ頼れるのは無資格の同級生、緑谷1人。

緑谷は人を救けるために危険に飛び込む性格である。ここで千雨が協力しないと告げても飯田が危険だと知ってしまった以上、走り出してしまうことを千雨は知っている。

 

緑谷とは別の画面に飯田の頭が踏まれて腕に刀を刺された様子が映ったのを見て、千雨は叫んだ。

 

「ああクソッ!ねぎ、緑谷をナビしろ!!」

「イエッサー!」

「長谷川さん……!」

「お前が来るまで持ちこたえる!早くしろよ!」

「うん!ありがとう!」

 

免許の無い者の"個性"無断使用は法律違反である。自己防衛ならばともかく、戦闘などもってのほかだろう。なんとかして事件を揉み消すか、もしくはヒーローや警察と交渉するしかない。

救援要請として緑谷を巻き込んでしまった以上、出来る範囲で巻き込んだ責任を取らなくては。千雨は頭痛を耐えながら覚悟した。

 

画面から電子精霊のねぎが出ると同時に通信が切られたのか、ディスプレイが消える。

緑谷はねぎを連れて走り出した。

 

「ちう様、緊急防壁準備完了!」

「緊急防壁起動!

しらたき、お前は轟の所に向かえ!もうこうなったら1人だろうが2人だろうが同じだ。巻き込んだ責任は取る。

現場にディスプレイ展開しろ!」

「イエッサー!」

 

電子の海の中、千雨は1人で複数の画面と向き合う。

 

「ったく……当たって欲しくねぇ予想ほど、当たるんだよなぁ……!」

 

目の前の画面には薄暗い路地裏で日本刀を持った殺人鬼と、殺人鬼に頭を踏まれながら倒れている飯田と、ビルに背を預けている見知らぬプロヒーローが映っていた。

 

 

 

 

東京都の西部にある保須市、江向通りの細道。

 

「ぐっ…!!」

「弱いな」

「ああっ!!」

 

ヒーロー殺しは飯田の蹴りをかわして左上腕にブーツのつま先についた飾りとは到底言えない程に鋭く尖ったスタッズを刺し、倒れた飯田の頭を右足で踏みつけて左腕に刃こぼれした刀の鋒を突き刺す。

 

「おまえも、おまえの兄も弱い……贋物だからだ」

「黙れ悪党……!!

脊髄損傷で下半身麻痺だそうだ……!もう、ヒーロー活動は叶わないそうだ!!

兄さんは、多くの人を救け…導いてきた、立派なヒーローなんだ!!

おまえが潰していい理由なんて、ないんだ…!」

 

飯田の脳裏によぎる、兄との日常。ヒーローとして活躍する兄の姿。誰よりも身近にいて、誰よりも憧れた存在。

 

「僕のヒーローだ…。

僕に夢を抱かせてくれた、立派なヒーローだったんだ!!!

殺してやる!!!」

「あいつをまず救けろよ」

 

ビルを背に動けずにいるプロヒーローを指差しながら静かに告げるヒーロー殺しの言葉は、連続殺人を犯しているヴィランの言葉とは思えないほどに正論だった。

その正論に思わず飯田は言葉を失う。意図が分からないからだ。

 

「自らを顧みず、他を救い出せ。己の為に力を振るうな。

目先の憎しみに捉われ私欲を満たそうなど…ヒーローから最も遠い行いだ。ハァ……。

だから、死ぬんだ」

 

ヒーロー殺しは刀を飯田の腕から抜き、鋒に付着した血を舐める。

身体の自由がきかなくなった飯田に、ヒーロー殺しはトドメに刀を刺そうと構える。

 

「じゃあな、正しき社会への供物」

「黙れ……黙れ!!!

何を言ったっておまえは、兄を傷つけた犯罪者だ!!!」

「!?」

 

ガキンッという音を立てて日本刀の鋒が飯田に刺さる前に何かに阻まれる。

それは淡く光る円形の板のようなもの。大小の円と見慣れぬ記号が組み合わさった魔法陣のようなそれは飯田に刀が刺さるのを防いでいた。

 

「これは……!?」

「ちう様特製の緊急防壁です」

「ったく……当たって欲しくねぇ予想ほど、当たるんだよなぁ……!」

 

飯田は聞き慣れぬ声とクラスメイトの声が聞こえたことに驚く。

動かない身体で目だけを動かすと、淡い黄色のネズミのようなモンスターが数匹と、投影機がないにも関わらず空中ディスプレイが浮かんでいる。その空中ディスプレイに映っているのは飯田のクラスメイトの1人。

 

「長谷川くん……!?長谷川くんなのか!?」

「ああ、救けになるかはわからねぇけどな。

飯田の頭から足どかせよヒーロー殺し。

頭上注意だぜ?」

「頭上……!?」

「ごめん嘘、お前から見て左だった」

 

上を向いて油断して緑谷に思いきり左頬を殴られたヒーロー殺しは足を飯田の頭からどかし、倒れないようにと地面をしっかりと踏みしめる。

緑谷は飯田とヒーロー殺しの間に着地して立ち向かう。

 

「緑谷……くん……!?」

「救けに来たよ、飯田くん!」

「間に合ったな。ねぎ、よくやった」

 

緑谷の近くに浮遊していたねぎが千雨の映るディスプレイ近くに移動する。

困惑したままの飯田に、緑谷はヒーロー殺しから目をそらさずに返答した。

 

「ワイドショーでやってた……!

ヒーロー殺し被害者の6割が、人気のない街の死角で発見されてる。だから……騒ぎの中心からノーマルヒーロー事務所あたりの路地裏を探してたら、長谷川さんから連絡を受けたんだ!

飯田くん、動ける!?大通りに出よう、プロの応援が必要だ!」

「身体を、動かせない…!

斬りつけられてから…恐らく奴の"個性"……」

「それも推測されてた通りだ……。斬るのが発動条件ってことか……?

長谷川さん、シールドは?」

「まだ使えるが、守らなきゃいけない命は飯田だけじゃないぞ」

「もう1人……!」

 

路地裏でビルを背に座り込むインディアンモチーフのコスチュームを着たプロヒーロー。このまま見捨てる訳にはいかない。

どうするべきか考えている緑谷に向かって、飯田が声をかけた。

 

「緑谷くん、長谷川くん、手を…出すな。

君たちは、関係ないだろ!!」

「何……言ってんだよ…」

「関係ねぇ訳ねぇだろ!」

「仲間が『救けに来た』……良い台詞じゃないか。

だが俺はこいつらを殺す義務がある。ぶつかり合えば当然……弱い方が淘汰されるわけだが。

さァ、どうする」

 

ユラリと身体を揺らして緑谷と向き合うヒーロー殺し。緑谷はその眼に恐怖で総毛立つ。

USJ襲撃事件のヴィランたちとは違う、思想犯であり殺人者の眼。

 

「……長谷川さん」

「言っておくけど、私は緊急防壁くらいしか使えねぇからな」

 

そもそも、飯田のスマホに仕込んでいたのは電子精霊たちの監視と緊急防壁だけ。ヒーロー殺しに接触してしまっても、プロヒーローにすぐさま救援要請して来てもらうつもりでいたからだ。

逃走用にスカイ・マンタのデータを飯田と緑谷のスマホに強制インストールさせて使えるようにしても良いが、データが大きいためダウンロードに時間がかかる上に、起動出来るようになるまでの時間もかかる。

現状、千雨には電子精霊たちを使って死角を警戒するのと、緊急防壁を起動させることしか出来ない。

千雨は不十分なサポートしか出来ない自分を歯がゆく思った。

 

「動けない2人を守れるなら、それで充分だよ」

「ねぎ、はんぺ、ちくわふは動けないプロを守れ。他の3体は飯田を」

「イエッサー」

 

電子精霊たちが指示通りに待機する。

2人の言葉に再び飯田が声を上げた。

 

「やめろ!逃げろ!

言ったろ!!君たちには関係ないんだから!」

「そんな事言ったら、ヒーローは何も出来ないじゃないか!

い……言いたいことは色々あるけど…後にする…!オールマイトが言ってたんだ。

余計なお世話は、ヒーローの本質なんだって」

「ハァ……」

 

笑いながら拳を構える緑谷に、ヒーロー殺しは笑みを浮かべる。ヒーロー殺しに向かって走り出した緑谷に対し、ヒーロー殺しは日本刀を水平に薙ぐ。

 

「良い」

 

素早い動きでステインに攻撃する緑谷も全身に、緑色の電光が走っている。間合いを詰めて股下をくぐり抜け、飛び上がって視界から外れてヒーロー殺しの頭部に殴りかかった。

その動きはまるで爆豪のような、自由度の高い俊敏な動き。以前とは身体の使い方が違い全身を使っている。おそらく"個性"の使い方を変えたのだろう。ここに来るまでの移動が早かったのもそのお蔭だと千雨にはわかる。

しかし、着地した緑谷はヒーロー殺しがナイフを舐めると、そのまま身体が動かなくなった。

 

「!!なっ…体が……!」

「緑谷!?奴の"個性"で斬られたのか!?」

「斬られた…けど、発動条件はおそらく血の経口摂取…!」

「―――パワーが足りない。

俺の動きを見切ったんじゃない。視界から外れ…確実に仕留められるよう画策した…そういう動きだった。

口先だけの人間はいくらでもいるが…おまえは、生かす価値がある…。

こいつらとは、違う」

 

喋りながら緑谷の前を通りすぎて飯田に近付いていく。それを阻止するように、電子精霊たちと千雨の映ったディスプレイが立ちはだかる。

 

「何が生かす価値がある、だ。全員殺させねぇぞ」

「現場に来れない口先だけの相手だが……厄介だな」

 

ヒーロー殺しの個性は『凝血』という血を舐めた相手の身動きを封じるもの。

血を舐められない電子精霊かつシールドを出せるのはヒーロー殺しにとって相性が悪い。

千雨がどれだけ耐えられるかによっては、3人のうちの誰かが時間切れになる可能性もある。

 

一方で千雨は少しでも時間を稼ごうとして口を開いた。

 

「ヒーロー殺し。あんたに聞きたいことがある」

「何……?」

「あんたがさっき飯田に言ってたことだ。自らを顧みず、他を救い出せ。己の為に力を振るうな。

……ヒーローってのは力なき者……困っている奴に無償で手を貸す奴のことだ。私欲のために動かず、人のために動く。

そこは同意する」

 

千雨の言葉にヒーロー殺しは口角を上げる。千雨が同じ思想の持ち主かと思ったからだ。

 

「ハァ……なんだ、わかってるじゃないか!

拝金主義の贋物に、ヒーローを名乗る資格は無い!だから……」

「ヒーローはヒーローである前に、普通の人間だ!

ダチがいて、家族がいて、仲間がいる。ありふれた日常を生きる資格がある!なんの罪もない人間だ!!

それなのに、何故殺す!?何故傷付ける!?」

「何故殺すかなど決まっている。ヒーローとは自己犠牲の果てに得うる称号。それを名乗る以上、そいつは個人ではない!

現代のヒーローは贋物だ!血に染まってでも英雄を取り戻さねばならない!俺は英雄のための粛清をしている!」

 

千雨にとってのヒーロー…ネギ・スプリングフィールドは、戦いの果てに人間をやめて世界を救い、魔法世界の10億人を救う業を背負った。

ネギの選択を否定はしない。だが千雨たち白き翼の面々は、元々ネギに麻帆良に戻ってきてほしかったから協力したのだ。

命懸けで父親を探すネギが、今までと変わらない学園での生活をするために。"日常"に帰るために。

滅私奉公と自己犠牲の果てに個人であることを捨ててしまえば、それはただのシステムでしかない。それは、千雨の望む英雄ではない。

千雨には絶対に認められない考え方だった。

 

「身を捨てて社会に尽くしても、個人であることを捨てなければならないなんてことはない!

ヒーローのための粛清?お前はてめぇが気にくわない相手を殺したいだけだ!

いくら正当化しようとも、罪のない人間を殺すなんて間違っている!」

「言葉に力はない!粛清の結果から、世間が気付かねばならない!!

贋物は英雄を歪めた罪を、その身で償わなければならない!!!」

 

ヒーロー殺しがかつて街頭演説をしていた時、足を止めて聞こうとした者は誰一人いなかった。どれだけ声を張り上げても、聞いてくれる人などいなかった。

ヒーローは目立ってヴィランを退治する。格好良く人助けをする。

滅私奉公の精神よりも、どれだけ派手でカッコいいかというものになってしまった社会の、大衆のヒーロー観。腐りきってしまったヒーロー観を助長しようとする現代のヒーロー。

だからこそ、ステインは自ら血に染まってでも成し遂げようとした。

 

真の英雄を取り戻すために。

 

「お前の言葉がその時響かなかっただけだろ!言葉に力はある!人を変え、世界を変えられる!

テメェみてぇな理想を求めて罪のねぇ人間を殺す方法に正しさなんざ一片もねぇ!

テメェのやり方が間違ってるのは、事実だ!」

「……仲間を救けようと動く意志とヒーローとは何かを分かっている。悪くはないが、貴様とは分かりあえない。いくら話しても平行線だ」

「そりゃよかった、こちとら人殺しの犯罪者になる気はねぇからな」

 

どちらも根底に同じ考えを持っているからこそ分かる。

根底がいくら同じでも、この相手とは絶対に分かりあえないのだと。対極にあるのだとわかる。

 

「ハァ……話はここまでだ。

貴様のシールドの耐えられる威力は高いようだが……遠隔からの支援だ、制限がある。時間か、衝撃の回数か」

 

緊急防壁の弱点を模索しながら、飯田に日本刀を刺そうとヒーロー殺しは構える。

緊急防壁はデータが軽くて強度の高いシールド。正面からの防御は強いが、シールドは平面体のため横からの攻撃は防御出来ない。また、展開している魔法陣が一部でも欠けたら一瞬で消え去る。

万能の防壁ではないのだ。

 

「やめろ!!」

 

緑谷の声に呼応するようにして、薄暗い路地裏を照らすように赤い炎が走る。それをヒーロー殺しは飛び跳ねて回避した。

千雨は路地裏に揃った電子精霊に口角が上がる。

 

「来たか!」

「次から次へと…今日はよく邪魔が入る……」

 

薄暗い路地裏が煌々と赫く照らされる。その炎の発生源に緑谷と飯田が驚きながらも目を向ける。

 

「―――遅くなっちまったが、間に合ったみてぇだな」

 

路地裏への出入り口から、炎を纏った轟が救援に来た。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

罪と英雄 中編

年越し前に投稿したかった


「ちう様!轟さんをお連れしました!」

 

しらたきが千雨に見えるように敬礼をする。

無事に間に合ったが、プロヒーローやサイドキックは同行していない。

 

「轟くんまで…」

「何で君が…!?それに、左……!!」

「私が呼んだ!左使うとは思ってなかったけど。

つーか轟までプロ置いてきやがったのかよ……!」

「悪ぃ長谷川。一刻を争うと思ってな。

緑谷からのメール見て数秒"意味"を考えたよ、一括送信で位置情報だけ送ってきたから。意味なくそういうことする奴じゃねぇからな、お前は。

向かってる途中で長谷川の電子精霊が来て、そいつから詳しい状況聞いた。

大丈夫だ、数分もすりゃプロも現着する」

 

轟は話しながら氷と炎を交互に使い、ヒーロー殺しを牽制しながら動けない緑谷とプロヒーローを氷で地面から押し上げ、炎の熱で氷を溶かして氷上を滑らせて移動させる。

 

「こいつらは殺させねぇぞ、ヒーロー殺し」

 

ヒーロー殺しの"個性"で動けなくなっている3人を背に、今度は轟が立ち向かう。

 

「轟くん、そいつに血ィ見せちゃ駄目だ!

多分、血の経口摂取で相手の自由を奪う!皆やられた!」

「それで刃物か。俺なら距離保ったまま……っ!?」

「良い友人を持ったじゃないか、インゲニウム」

 

ナイフを投げたヒーロー殺しに頬を切り裂かれ、轟は一瞬で間合いを詰められた。

ヒーロー殺しの左手のナイフを氷筍で防ぐが、上空に投げられた日本刀が轟に向かって落ちてくる。その隙に轟の頬を伝う血を舐めようとしたのを炎を纏って寸前で防ぐ。

落ちてきた刀を緊急防壁で防いで弾いたものを轟の氷結を回避しながらヒーロー殺しはキャッチして轟の氷を叩き斬る。

 

「っぶねぇ!」

「わりぃ轟、防御遅れた!」

「あのシールド、長谷川の新技か。

長谷川、俺は攻撃と牽制に集中する。動きに合わせてくれ」

「ああ!」

 

轟に攻撃するヒーロー殺し。その攻撃が轟に当たらないように千雨が防ぎ、轟が背後の3人を守るように氷と炎で牽制する。

 

「…何故だ…やめてくれよ…兄さんの名を継いだんだ…僕がやらなきゃ。そいつは、僕が…」

「継いだのか、おかしいな……。

俺が見たことあるインゲニウムはそんな顔じゃなかったけどな。おまえん家も、裏じゃ色々あるんだな」

 

ヒーローの家で生まれ育ったとはいえ、轟からすれば家族を誇りに思える飯田の家庭は、自身の家とは大きくかけ離れていると思っていた。

だからこそ、かつての自分と同じ憎悪を宿した目をしているのが気にかかっていた。

 

「己より素早い相手に対し、自ら視界を遮る……愚策だ」

「そりゃどうかな」

「緊急防壁っ!」

 

千雨が轟の左腕に刺さりそうになったナイフ2本を弾く。轟が崩れた氷に向かって炎を走らせたが、ヒーロー殺しはそこには居らず、真上へと跳んで日本刀での突き刺しで飯田を狙っていた。

轟がヒーロー殺しに向かって炎を出そうとした所で、動けるようになった緑谷がビル壁を蹴ってヒーロー殺しに瞬時に接近して赤い襟巻きを掴んで、ヒーロー殺しを引きずるようにしてビルの外壁にぶつける。

 

「緑谷!」

「なんか普通に動けるようになった!!」

「時間制限か」

「いや、あの子が一番後にやられたハズ!俺はまだ動けねぇ……」

「飯田もまだ動けないみたいだし、何か条件がある筈だ」

 

ヒーロー殺しは肘鉄で緑谷の脇腹を攻撃して拘束から逃れる。

緑谷が再び動きを封じられる前に、轟が地面に氷を走らせて牽制する。

 

「血を摂り入れて動きを奪う。僕だけ先に解けたってことは、考えられるのは3パターン。

人数が多くなるほど効果が薄くなるか、血の摂取量で効果時間が変わるか……血液型によって、効果に差異が生じるか……」

「血液型……俺はBだ」

「僕はA……」

「血液型……ハァ、正解だ」

 

血液型で効果に差異が生じることを何故か教えたヒーロー殺し。子供相手とはいえ一対多でも余裕だということの表れだろうか。それともブラフか。ヒーロー殺しの様子から前者だと察する。

 

「わかったとこで、どうにもなんないけど……」

「さっさと2人担いで撤退してぇとこだが……氷も炎も避けられる程の反応速度だ。そんな隙、見せらんねぇ」

「うん。きっと長谷川さんのシールドで防御しながらも無理だ。

プロが来るまで、このまま近接を避けつつ粘るのが最善だと思う」

「轟、お前は遠距離広範囲攻撃が出来るんだ、後方支援に徹しろ。近接になった時のスピードなら緑谷の方が上だし。

緑谷、お前に無茶させるけど……いけるか?」

「大丈夫。僕も長谷川さんと同意見だ。僕が奴の気を引き付ける!」

「相当危ねぇ橋だが…そだな。

3人で守るぞ。長谷川はサポート頼む」

「OK、無茶すんなよ」

 

囮役として緑谷がヒーロー殺しの気を引き、轟は緑谷の動きに合わせて氷と炎を使う。千雨は緑谷への攻撃を防御して血を流させないようにする。

これが今の状況で取れる最善策だと信じて。

 

「んだコイツ、動きが速くなって……!」

 

ヒーロー殺しが先程までより動きが良くなっている。まるで個性が増強系かのようだ。殺人のために剣術だけでなく肉体の鍛錬を行っているのは明白。それでも予想以上のパワーとスピード。

警戒をより強める千雨だったが、ヒーロー殺しはフェイントを使い千雨の防御より早く緑谷の足首を切りつけた。

 

「緑谷っ!」

「長谷川さんは轟くんを!」

 

緑谷と轟と千雨が飯田を救けようと必死に抗う中、動けない飯田は思い出していた。

ヒーロー殺しに言われた言葉。緑谷の救けに来たという言葉。千雨とヒーロー殺しの会話。轟の守るという言葉。そして自身の『殺してやる』という心からの叫び。

この10分にも満たない間に、飯田は殺意と悔悟で揺らぎ続ける自身の在り方に気持ちの整理が出来ず、思わず涙をこぼした。

 

「止めてくれ……もう……僕は……」

「やめて欲しけりゃ、立て!!!」

 

轟は飯田の言葉に対して激励をする。

何年もの間、憎悪を糧にしていた轟だからこそ飯田の胸の内に巣食う闇が分かった。そういう人間の視野がどれだけ狭まっているかも。

同じような状況から緑谷と千雨に救われた轟だからこそ言える一言を、飯田に。

 

「なりてぇもん、ちゃんと見ろ!!!」

 

一番最初に目指していたものを飯田に思い出させるために、轟が叫んだ。

それと同時に、ヒーロー殺しが刀に着いた緑谷の血を舐めながら、轟の氷を斬る。

 

「氷に、炎。

言われたことはないか?"個性"にかまけ、挙動が大雑把だと」

 

ヒーロー殺しは轟の炎を左側に移動しながら回避。刀を轟の伸ばされた左腕の下から斜めに刺しこみ、袈裟斬りにしようとする。

 

「化けモンが…!」

「緊急防壁!!!」

 

轟の胴体を袈裟懸けに斬られる前に千雨が防壁で刀を止める。しかしヒーロー殺しはその隙にもう片手で持っていた細く小さなナイフ1本を轟の左腕に刺す。

 

「強力なシールドだが、面での防御で範囲に制限がある」

「ぐっ!?」

「轟っ!!」

 

2本目を刺そうとするヒーロー殺し。しかし刺されるよりも早く、轟の後ろで飯田が立ち上がって走り出した。

 

「レシプロ…バースト!!」

 

動けるようになった飯田の蹴りで緊急防壁で止めていた日本刀が折られ、飯田はそのままヒーロー殺しに蹴りを食らわせる。

 

「飯田くん!!!」

「解けたか……意外と大したことねぇ"個性"だな」

「轟、怪我は…」

「大丈夫だ」

 

刺さったナイフから血が少し流れている。しかし無理に抜いては出血が酷くなるためそのままにするようだ。

 

「轟くんも緑谷くんも、関係ない事で……申し訳ない……」

「また、そんな事を……」

「だからもう、2人にこれ以上、血を流させるわけにはいかない」

 

飯田は目の前のことしか見えていなかった。友に血を流させてしまった。兄の名を使った。救けようとする3人に遠く及ばない。憎悪にとりつかれてヒーローらしからぬ行動をした。

だからこそ、今一度正しくあろうと飯田はヒーロー殺しに立ち向かった。

 

対して、ヒーロー殺しは刀を折られたことよりも飯田の言葉に対して静かに怒りを顕にした。

 

「感化され取り繕おうとも無駄だ。人間の本質はそう易々と変わらない。

お前は私欲を優先させる贋物にしかならない!

"英雄"を歪ませる、社会のガンだ。誰かが正さねばならないんだ」

「いいや人は変わる、変われる。

たとえそれが受け売りでも、感化されたものでも、贋物であろうとも!"英雄"たらんとする気持ちに偽りはない!

正すために殺人を選んだお前こそ、社会のガンだ!」

「いいや、言う通りさ。僕にヒーローを名乗る資格など…ない」

 

ヒーロー殺しに反論する千雨。しかし飯田はヒーロー殺しの言う通りだと訂正した。

 

「それでも……それでも、折れるわけにはいかない……。

俺が折れれば―――インゲニウムは死んでしまう」

「論外」

 

飯田の言葉が逆鱗に触れたのだろう。ヒーロー殺しの形相が恐ろしいものへと変わった。

ヒーロー殺しが襲ってくるよりも早く、轟が炎を出す。

未だに逃げずに個性を使う轟に、動けないままのプロヒーローが声を張り上げた。

 

「馬鹿っ……!!ヒーロー殺しの狙いは俺とその白アーマーだろ!

応戦するより逃げた方がいいって!!」

「そんな隙を与えてくれそうにないんですよ。

さっきまでと様相が変わった」

「それよかまだ動けないんだろ、そのまま臥せってろ!」

 

ヒーロー殺しの動きはまるで最初は遊んでいたと言わんばかりに格段に良くなっている。それだけプロヒーローと飯田を殺そうとしているのが轟と千雨には分かった。

炎で牽制している轟に飯田が声をかけた。

 

「轟くん、温度の調整は可能なのか!?」

「炎熱はまだ慣れねぇ、何でだ!?」

「俺の足を凍らせてくれ!排気筒は塞がずにな!」

 

話していて警戒が薄れていたのだろう。ヒーロー殺しが範囲攻撃の出来る轟狙いで細身のナイフを投げた。

 

「邪魔だ」

「緊急防壁!」

「轟くんは一旦下がって後ろに……っ!」

「お前も止まっていろ」

 

千雨がナイフを防いだとはいえ、2人の視線が上に向き、飯田が轟を守るように前に出た。

その瞬間、ヒーロー殺しは轟へ再びナイフを投げて千雨が再度展開したその防壁を足場にして跳躍し、飯田へ大きめのナイフを投げて右腕に突き刺す。

その痛みで飯田は膝をついた。

 

「はぁっ!?足場にするとか有りかよっ!?」

「飯…」

「いいから早く!!」

 

ヒーロー殺しの攻撃はまだやまない。再びナイフを投げられないようにと千雨が防壁を張る。

飯田は左手で右腕に刺さったナイフを抜こうと腕を動かすが、ダメージが大きすぎたのか左肩から腕全体に激痛が走る。

そこで飯田は口でナイフを引き抜き、轟は飯田の足を排気筒を塞がないように凍らせた。

個性のエンジンが使えるのを確信した飯田はヒーロー殺しに向かって跳躍。同時に緑谷もヒーロー殺しに跳躍して差し迫る。

緑谷の右拳と飯田の左脚がヒーロー殺しへ確実にダメージを与えた。

 

「やったか!?」

 

頭部と腹部へかなり強烈なダメージが入ったヒーロー殺しはまだ飯田の殺害を諦めていないのか、折られた刀を飯田に向かって振るおうとする。

 

「お前を倒そう!

今度は…!犯罪者として―――…ヒーローとして!!」

「たたみかけろ!」

 

飯田の蹴りが脇腹に入ると同時に、轟の炎がヒーロー殺しの顔面を焼く。

落下してきたヒーロー殺しと緑谷と飯田。轟は器用に緑谷と飯田だけを滑らせ、ヒーロー殺しに警戒する。

 

「立て!まだ奴は…」

 

そう言って見上げた先には、力なく轟の氷の上で気絶しているヒーロー殺しの姿があった。

 

「こんにゃ、はんぺ、お前ら確認してこい」

「イエッサー」

 

二体がそっと近付いてヒーロー殺しの様子を確認する。不用意に近付いて気絶した振りだった場合を警戒してだ。

 

「ちう様、完全に気絶してます」

「じゃあ拘束して通りに出よう。何か縛れるもんは……」

「轟、お前たちは怪我してるだろ。動き回るな」

「我々が探してきますので、皆さんは安静にしていて下さい」

「じゃあ僕らは念のため、武器を全部外しておこう」

 

路地裏の奥の方へと浮遊していく電子精霊たちと、てきぱきと行動する緑谷と轟。飯田は半ば呆然と、あっけなく倒されたヒーロー殺しを見上げていた。

ヒーロー殺しの武器を外しながら、緑谷がふと千雨に声をかけた。

 

「そういえば長谷川さん、どうして飯田くんのピンチがわかったの?」

「職場体験初日の朝、解散前に電子精霊を監視としてつけておいた。

電子精霊は動いてる電子機器がありゃ、私から離れても大丈夫なんだ」

「大丈夫とはいえ、名古屋にいるんだろ。

無理してねぇか?」

「一切無理してねぇよ。言っただろ、私は後方支援専門が希望だって。

本来、こういう遠くからの通信とかハッキングによる電脳戦が主力なんだよ。つーか戦闘は専門外って何度言えば良いんだか……。

通信はともかく、ハッキングも電脳戦の技術も学校の授業じゃほぼ意味ねぇから仕方がないけどよ」

 

そもそも、ヒーロー科の授業でハッキングなど高度かつ専門的な技術を求められる授業やハッキング技術を身に付ける授業はない。

今後も学校の訓練では用いられる事のないであろうスキルだ。

 

「そういえば、グラントリノも付け焼刃とか言ってたっけ……」

「ちう様、ロープ見つけてきましたー!」

「武器も外し終わったぞ」

「じゃああとは縛るか」

 

地面にヒーロー殺しの持っていた武器を並べ終わった轟。

千雨は横になったままのプロヒーローに声をかけた。

 

「そっちのプロヒーローさん、まだ動けなさそうですか?」

「ちょうど動けるようになった。

あとプロヒーローじゃなくて、ネイティブって名前だ。救けてもらって悪かったな」

「ネイティブさん、ですね。

ヒーロー殺しの拘束をお願いしても大丈夫ですか?」

「それくらいお安い御用さ」

 

ネイティブがヒーロー殺しをロープで拘束していく。

 

「ひと段落したし、ネイティブさんには後のことお願いします」

「長谷川、通信切るのか?」

「ああ。いつまでも繋いでても無駄だろ。三人ともちゃんと治療受けろよ」

「それでは失礼致します」

「また学校で~」

 

ディスプレイが緑谷たちの目の前からフッと一瞬で消える。電子精霊たちも敬礼をしながら光の粒子を残して消えていった。

 

回線を切断した電脳空間で千雨はひと段落したことに安心しつつ、一息つく。

 

「さて……それじゃあ後始末を始めるか」

 

電子精霊たちに指示を出し、キーボードを叩いていく。

千雨の夜はまだ終わらない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

罪と英雄 後編

明けましておめでとうございます!!!
「大 遅 刻」「そろそろ年度明け」「詫び閑話はよ」っていう赤字字幕が付く気がするくらいスランプとリアルの多忙で3ヶ月近く間が開きました!
こんな駄目作者ですが今年もよろしくお願い致します!

我らが大天使千雨ちゃんの平成最後の誕生日、おめでとうございました!!!(強引に祝っていくスタイル)



ここからどうやって後始末をつけるのか。

まずは千雨たち4人がやらかした事をざっくりまとめてみよう。

 

1、監督責任者から離れて個性の無断使用

2、個性による他者への攻撃

3、クラスメイトを戦闘に巻き込む

4、現場から逃走

5、違法行為の映像所持

 

1は全員。2は主に現場にいた飯田、緑谷、轟の3名。3と4と5は主に千雨がやらかした事である。

 

千雨が所持しているものでこの状況で使えそうなものは、以下の通り。

ヒーロー委員会会長の連絡先、相澤先生の連絡先、ヒーロー殺しとの戦闘映像データ、電子精霊、アーティファクト。

そして現状、千雨が選べることは次の3つ。

 

1、賢くて可愛いちう様は突如解決のアイデアをひらめく。

2、仲間のクラスメイトたちの助けで無罪を勝ち取る。

3、千雨には何も出来ない。現実は非情である。

 

「どう考えても1しか選択肢がねぇじゃねぇか。ポルナレフかよ」

 

ため息交じりに独り愚痴をこぼす千雨。

クラスメイトたちに助けられる可能性は皆無である上に、何もしないのは一番まずい。千雨のことも聴取でバレるだろうから全員仲良く警察の世話になる(警察エンド)

とはいえ警察の世話になったとしても倒した相手が相手であるため、退学は流石に無いだろう。ただし前歴で済むか前科一犯になるかはわからない。

もちろん事件に首を突っ込んだ罰として反省文を書く可能性はあるし、それ以上の罰則が発生する可能性もあるため、是が非でも回避したい。

 

「頼りたくねぇけど、現状で取引出来そうなのこれしかねぇか。

保須警察署の署長室あたりにハッキングするのも悪くないけど警察署に犯罪行為しての交渉はこっちの分が悪いし、何言われるか分かったもんじゃねぇ……」

 

千雨はため息交じりに電脳空間で電話をかけると、目の前に表示された画面の文字がすぐにCALLINGへ変わる。

 

「あー、もしもし会長。

夜遅くに悪いんですが、ヒーロー殺しの特別捜査本部のトップとのコネクションありますか?」

 

ヒーロー殺しは複数の県をまたがる連続殺人犯だ。警察とて何もせずに全てヒーロー任せという訳ではない。

凶悪事件に対しては必ず特別捜査本部を設置して事件の早期解決に向けて行動している。

ヒーロー公安委員会の会長なら警察上部の連絡先はいくつか持っていることだろう。

 

「確か職場体験中だったわね。ヒーロー殺しの事件に関わるなんて貴女らしくない」

「一応言っておきますが、私も関わりたくなかったのが、関わらざるを得なかっただけです。……クラスメイトであるインゲニウムの弟が他のクラスメイトと共に奴を捕縛したんですよ」

「ほばっ!?1から話しなさい!」

 

現代社会の包囲網でもずっと捕らえられなかった凶悪犯を捕らえた。その情報は公安委員会のトップだからすぐに入手出来たことだろう。しかしまさか学生が捕縛したなどと誰が想像出来るだろうか。

千雨から詳しい話を聞いた会長は頭痛を起こす頭を押さえながら、千雨の要求を再確認した。

 

「……つまり、未成年の無資格者による個性使用及び攻撃の違反をしたのね。貴女も関わっているからその隠蔽のために対策本部のトップと交渉したい、ということで良いかしら?」

「ああ。前科も前歴も欲しくないからな」

「現特別対策本部のある保須警察署署長に連絡して取り次ぐわ。

交渉は私よりも、貴女がした方が良いでしょう」

「やけに話が早いが……何考えてんだ、あんた?」

 

あっさりと取り次げると言った会長に、千雨は逆に疑問視した。

 

「貴女とそのお友達が関わったことを隠蔽をするんでしょう、彼らとヒーローが有利になるように。それは願っても無いことよ。

ヒーロー殺しに殺害されたヒーローと再起不能にされたヒーローは40名。ヒーロー飽和社会なんて言われているけど、こっちは大損害よ。

ただでさえヒーローへの批判が多いのに、そこでそんな殺人鬼を未成年が退治したなんて報道されたらヒーローへの批判はより酷くなる。

勿論、それは警察も同じだから向こうも隠蔽の話には乗るでしょうね」

「なら尚更、私に手を貸す意味がわからない。動かなくても警察が隠蔽するってんなら私に手を貸す必要は……」

「警察主導の隠蔽は警察が有利の隠蔽よ。こちらが損するのを黙って見ていられないわ。

それに貴女、警察に隠蔽させられるものを持っているんでしょう。じゃなきゃ普通は交渉しようと思わない」

「……」

 

会長のもっともな言葉に、ぐうの音も出ない。

 

「それで?貴女の持ってるカードは?」

「……ヒーロー殺し退治の現場映像、ヒーロー殺しの主義主張付き。

いざとなったらそれを世界中に配信することで取引だ」

「……心の底から、貴女を味方にした過去を褒めたいわ」

「悪かったな邪道で」

「すぐに連絡先を送るから待ってなさい」

 

電話からしばらくして、1通のメールが届く。千雨はそこに書かれた番号へ電話を掛けた。電話相手は保須警察署署長、面構犬司。ヒーロー殺し特別対策本部の現場指揮官トップである。

対策本部室にいた面構は千雨からの電話に出る為に廊下に移動した。

 

「もしもし、面構」

「突然のお電話で失礼いたします、面構署長。雄英高校ヒーロー科1年の長谷川と言います。

ヒーロー公安委員会会長の紹介でお電話させて頂きました」

「会長から聞いているワン。

にわかには信じがたいが、ヒーロー殺しを捕縛したというのは……」

「本当です。

江向通りにて高校生3名とプロヒーロー1名負傷、ヒーロー殺しも火傷と骨折と打撲で意識不明。

近くの路地裏に多数の血痕および使用されていた凶器あり。

1度捕縛から逃走するが、負傷によって気絶し再度捕縛されました」

 

千雨が通信を切ったあとにヒーロー殺しが1度捕縛を抜け出した事も、保須市内の監視カメラから現場の情報収集をしていた電子精霊の報告内容を元に簡潔に話す。

脳無の事を言っても良かったが、ヒーロー殺しの事を中心に話すことにした為省略した。

 

「署長!エンデヴァーからの連絡で、ヒーロー殺し逮捕です!

あっ!お電話中、失礼いたしました……!」

「気にしなくて大丈夫だワン。すぐに向かう」

「はっ!失礼いたしました!」

 

慌てて対策本部室から飛び出してきた警察官が簡潔に報告してから出ていく。それを見送ってから面構は千雨に問いかけた。

 

「君がヒーロー殺し逮捕の現場を知っているのはわかったワン。何故会長を通じて連絡を?」

「内容が内容なだけに、直接トップと話をしておきたかったものですから。

先ほど話したヒーロー殺しの逮捕にあたって無免許の高校生3名がプロの監督無しで個性使用して1度は撃退した、ということです」

「それは……」

 

資格の無い者が個性で他者に危害を加えることは違法である。しかし、相手があのヒーロー殺し。凶悪犯に個性で危害を加えずに逃げるなど難しいことは明白。

千雨は面構が黙ったことでいけると確信した。

 

「連続殺人犯を学生3人が自己防衛の域を超えて"個性"で危害を加える規則違反ではあるものの撃退した。人道上では正しくとも法律上では犯罪行為。警察として処罰はしなければならない。

しかし、このことをそのまま公表すれば、警察の捜査のザルさと学生たちに下した処罰への批判、ヒーローへの批判を週刊誌を始めとするマスコミが好きに書き立て、世間を煽るのは確実」

 

公表した場合、警察とヒーローの受ける世間からの厳しい批判は容易に想像出来る。

ヒーローはヴィランを逮捕できない。ヒーローがするのはヴィランを鎮圧もしくは捕縛する所までであり、逮捕権を始めとする様々な権限は今も警察が持っている。

しかしヴィランと最前線で戦うヒーローと比べて警察の活動は地味に映るため『ヴィラン受け取り係』などと揶揄されている。

公表した場合の予想図は面構も同意見である。

 

「そこで提案があります」

「提案?」

「エンデヴァーを功労者として擁立し、高校生は事件に巻き込まれた被害者と公表するんです。

ヒーロー殺しの今回に至るまでに起きた17名のヒーロー殺害と23名の再起不能という被害を考えれば、トップクラスのヒーローが捕縛したことにしなければ世間やマスコミは簡単には納得しない可能性が高い。そして下手に誤魔化したところで、この真実に行き着くマスコミも出てきかねない。

エンデヴァーは保須市に出張申請して、ヒーロー殺し対策本部にも連絡してるんでしょう?彼以上に功労者に適任なヒーローはいない。

ヒーロー殺しの火傷などの怪我は彼との戦闘によるものだと誤魔化せますし、エンデヴァーはヴィラン退治でやり過ぎる所があるから納得させられるでしょう。

未資格の高校生、ヒーロー、警察。三者全員があらゆる悪意から回避出来る、唯一の方法です」

「……確かに、そう公表すれば丸く収まるだろう。

しかし私は警察として、秩序の担い手として、そう簡単に賛同出来ない」

 

面構はそう簡単に隠蔽に賛同は出来ない。

どれだけ自身も隠蔽すべきだと思っていたとしても、大人として、社会秩序の守り手の警察として、その判断を簡単に他人に左右されてはならない立場として。一介の高校生の意見を二つ返事で了承するのは出来かねた。

 

「たとえ署長が承諾しなくても署長より上の方と交渉しますし、こちらにも切り札があります」

「何?」

「ヒーロー殺しとの戦闘の映像。

そちらが真実を公表するならその映像を流しても良いでしょう?」

「それはっ……!」

「犯罪動画が違法というのは理解してます。でもマスコミにこれをタレコミすれば、世間には大きな衝撃が走るでしょうね。

未成年が人命を守り大怪我を負いながら戦った。それにも関わらず警察は違法と判断した。

そうすれば彼らへの英雄視のみならず、警察への信頼が揺らぎ、犯罪者が増加することでしょう。

……秩序の担い手ならばどう判断するべきか、署長なら分かるのでは?」

「…………」

 

千雨の戦闘映像をマスコミに云々は勿論ハッタリである。実際にそんなハイリスクな事をしたら退学どころではない。しかし、取れる手段の一つとして勝負に出た。

そして面構が一個人として隠蔽に反対であっても、警察という組織に所属する者としては上層部の決定には逆らえない。そしてこの隠蔽に関する交渉は警察側とて望むことには他ならない。

ちなみにこうして面構との間で交渉を成立させようとしているのは、隠蔽する都合上、千雨が公安委員会会長と繋がりを持っていて事件関係者と知る人間は少なくしたいからだ。

 

しばらく無言状態が続いたが、面構が沈黙を破った。

 

「ひとつ、聞かせてほしい。

君が後方支援していたのは分かったが……どうしてここまでする?

会長という後ろ盾があるならば、名乗り出ずにいれば君が関わったことはわからなかった筈だワン」

「負傷した彼らとその体験先事務所へのフォローは、彼らを巻き込んだ者として当然の責任だと思います。

それに、聴取の段階で私の名前が出たはずです。なら、私は私の責任から逃げません。

たとえ私がどう言われようとも」

「……そうか。

交渉に応じよう。君の要求は?」

「ヒーローへの情状酌量、それだけです」

「では、通常の監理不行届による減給と教育権剥奪の期間を1年間から半年間へ変更する」

「もう一声」

「……3ヶ月にしよう」

「それだけですか?」

「教育権剥奪期間をそれ以上短くすることは出来ない。減給の額を軽くする事と、君の職場体験先のプロヒーローへの処罰無し、学生である君たちの処罰無し……こちらに出来る限界はここまでだ」

 

千雨としては更に軽くして貰いたかったが、未成年の負傷者が出ている以上、本当にこれが情状酌量の限界なのだろう。

 

「わかりました。そちらからは?」

「映像の削除と、箝口令を。……と言っても、隠蔽する以上その映像は持っていてもデメリットでしかないだろうが」

「どちらも承知しています」

「交渉成立だワン。

現場にいたヒーローたちへ事実を公表しないよう箝口令をしく。ただ、エンデヴァー、グラントリノ、マニュアルの3名には君の話した詳細を伝える必要がある。

君も気になるだろうから、通信を繋げたままにしてもらいたい」

「はい。証人として彼らには話すことも覚悟の上です。

ビデオ通信にして頂いても大丈夫です」

 

知名度の無い古豪グラントリノはともかく、現在No.2のエンデヴァーに対して動じる様子もなく千雨は答えたことに面構はその覚悟の強さを感じ、ヒーロー公安委員会会長の虎の子というわけかと納得していた。

 

実際は面構の勘違いで、直接会話したことがある上に職場体験に誘われたこともあってエンデヴァーの名前に動じる筈もなかった千雨だったのだが、言わぬが花である。

 

 

 

 

 

保須警察署はその晩、今までで一番と呼べるほど慌ただしい夜となっていた。

突如として現れた強力なヴィラン3体の逮捕に加えて、長らく世間を騒がせた連続殺人鬼、ヒーロー殺しの逮捕があったからだ。

多くの警察官が現場へ急行して火災の発生した現場でヒーローと消防が消火にあたっている横で現場検証をしつつ、警察官がヴィランたちをメイデンへ拘束して移動させていく。

 

面構は千雨と交わした取引により事件の詳細をそのまま公表するわけにはいかないため、逮捕の場にいたヒーローたちには今回の捕縛に関して箝口令をしき、警察の公式見解を事実として公表するとした。

また、高校生の監督責任者であるプロヒーロー3名には署まで同行してもらい、今後の対応を説明すると部下たちに話して会議室に集めるように指示を出した。

そうして保須警察署内の小さな会議室にて、3名のプロヒーローに面構が話をし始めた。

 

「今回のヒーロー殺しの逮捕についてはエンデヴァーを功労者とし、高校生3名が1度戦闘したことは公表しない」

「公表しないって……隠蔽ってことですか!?」

 

プロヒーローとしてはまだ若く経験の少ないマニュアルが面構の言葉に動揺を隠せずに立ち上がって声を上げる。それに対して長年活動しているエンデヴァーはそんなことも分からないのかと言わんばかりに不快感を顕にした。

対凶悪犯罪などを本業としているヒーローはこうした警察の方針に応じることはままある。事件の被害者を守る為や社会に無用な混乱を与えない為に、事件の詳細を伏せたり一部を隠蔽すると警察が判断するのだ。

事件の内容によっては、事件の存在そのものを隠すこともある。

 

「落ち着け若いの。署長の話がまだ終わってないだろう」

「し、失礼しました……」

 

グラントリノにたしなめられて、マニュアルは席に座った。

 

「で、署長がそこまで言い切れるだけの判断材料は?

直接戦闘した子供やその場にいたヒーローは時間的にまだ治療中で事情聴取してねぇだろ」

「それは―――」

「現場を知る私がお伝えしました」

 

面構の言葉を引き継ぐかのようにして、面構の胸ポケットに入っていたスマホから声が響く。面構がスマホを取り出せば、その画面には千雨が映っている。

 

「ヒーロー殺し退治の現場で通信越しですが遠距離支援しておりました。

雄英高校1年ヒーロー科の長谷川千雨です」

「通信越しとはいえ、彼女も事件の目撃者であり当事者だ。

彼女から逮捕までの一部始終を聞いている。その上で、今回のヒーロー殺し逮捕については公表しない方が良いと判断した。

事実を公表した場合、世間が3人の未成年へ英雄視をすると同時に、警察として無許可での個性使用についても処罰をしなければならない。

そうなれば彼らへの処罰に対する批判に加えて、プロヒーローと警察の職務怠慢をマスコミが嬉々として書き立て世間を煽ることとなる。雄英体育祭からあまり日が開いてないのも相まって、我々と未成年の彼らがマスコミの格好の餌にされかねない。

よって今回の事件はエンデヴァーを功労者として擁立し、未成年の高校生3名は不幸にも事件に巻き込まれて負傷した、という形で公表する。

未成年の彼らの英断も功績も無くなるが……世間の悪意から彼らを守ることを第一に優先し、ヒーローと警察の信頼を落とさないためにもこの選択をすることとなった」

「……良いだろう。うちの焦凍にいらぬ難癖をつけられる位なら手を貸してやる」

 

腕を組み、炎であまり見えないが眉間に皺を寄せながらも同意したエンデヴァーの言葉に面構は少しだけ肩の力を抜く。エンデヴァーが了承しなければ隠蔽が成立しないからである。

一安心している面構に、ちょっといいかと言いながらグラントリノが声をあげた。

 

「事件の落としどころとしちゃ妥当な所だが……署長さん。それとは別に、俺たち3人には職場体験で受け入れてた子供たちの監督不行届で罰則があるからこうして呼ばれたんだろ」

「今回は"不幸にも偶然事件へ巻き込まれてしまった"として、僅かではあるが減給と3ヶ月の教育権剥奪の処分だワン」

「……思っとったよりも随分と軽いな」

「文句はない」

「僕も構いません」

「話は以上になる。くれぐれも他言無用だワン。

高校生3人には明日見舞いに行くと共に、私から今回の件の話をしよう」

「では署長、公表に関する詳細書類は事務所に送ってくれ。

明日には逮捕に関する会見を開く」

 

3人が了承したことで事件についての話は一区切りがついた。千雨も無事に後始末が終わりそうで一安心だ。

 

「それでは、私はこれで……」

「待ってくれ、千雨嬢ちゃんだったか。通信を切る前に聞きたい事がある」

 

千雨が通信を切ろうとした時、グラントリノが待ったをかける。

名前はそれまで知らなかったが轟と飯田の事務所のヒーローではないことからグラントリノが緑谷の職場体験先のヒーローだと千雨にも分かった。

 

「何でしょうか?」

「嬢ちゃんが遠距離支援をしていたと言うが、ここまで見据えて支援してたのか?」

「いえ、本当ならプロに救援を呼び、誰も怪我無く事件を解決して終わらせたかったです」

「……それでこの結果か、随分と肝が据わった嬢ちゃんだ」

「大した事はしていませんよ。一市民として何があったのかを連絡したくらいです」

 

ニヒルな笑みを浮かべるグラントリノに、千雨も作り笑顔で返答をする。その言葉にエンデヴァーとグラントリノは千雨が警察と交渉したことを確信した。

警察側が証人として提示するからには繋がりを察するのも当然だろう。

 

「嬢ちゃん、もしも何かあったら俺を頼るといい。俺の連絡先を教えるように坊主に言っておく」

「それなら俺も連絡先を教えるよう焦凍に言っておこう。

長谷川千雨くん、この恩はまた今度返す」

「ありがとうございますグラントリノさん、エンデヴァーさん。

ああ、そうだ。マニュアルさん、飯田のことはあまり責めないで下さい。あいつも反省してますから」

「……わかった。でも、俺からこれだけは言わせて欲しい。

天哉くんも君も、今後は勝手な行動を慎むこと!君たち自身を守るためにも約束してほしい」

「……出来るだけ善処はします。

それでは、私はこれにて失礼します」

 

通信を切り、後始末を終えた千雨は自身の痕跡を全て消してから電脳空間を後にしてギャングオルカ事務所2階会議室で眠っていた身体に意識を戻す。

 

「着替えてシャワー浴びねぇと。あと緊急防壁の改良もか……。

対物魔法障壁を元にして組んでるとはいえ、足場にするのは盲点だった……でも緊急時の足場に転用するってのも良いかもしれないな……」

 

ブツブツと独り言を言いながら千雨は会議室を片付け、更衣室へ向かう。

着替えとシャワーを終えてから事務所にいる夜勤のサイドキックたちに挨拶をして、借りている客室のベッドに入る。

 

 

こうして、千雨にとって長い職場体験3日目の夜が終わった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。