戦姫絶唱シンフォギア レゾナンス (重石塚 竜胆)
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キャラクター紹介

注意:キャラクター紹介に関してレゾナンス最新話、並びにシンフォギア全編に関するネタバレが多数あります。


キャラクター紹介

 

※基本的に原作、および関連コンテンツにおいて設定の存在する人物はそちらを前提としている。

 

天津共鳴(あまつともなり)→××××(以下の×印はシャトル事故の救助以降、旧二課に保管されていた情報の内読み取れなくなった物)

 

Personal Data

 

誕生日:2025年7月7日(七夕)→××××年×月×日(××)  18歳→××歳

性別:男性→××

血液型:AB型→××型

身長:174cm→×××cm

体重:74㎏→××㎏

好きな物:誰かの笑顔、ソネットさんとツヴァイウイングの音楽

嫌いな物:自分を棚上げして上から目線で他者をあざ嗤う人物(具体的にはウェル博士)

趣味:鍛錬、人助け

隠したい事:自室の棚の中に隠した竜子さんの遺言の入った音声データ、微妙に音痴な事

 

 

Profile

 

本作の主人公。原作に存在しない因子。ズタボロで、カッコつけた、我儘なヒーロー。

父祖より受け継いだ不完全聖遺物《天紡(アメノツムギ)》をRe:RN式回天特機装束……通称《レゾナンスギア》と改造して身に纏う青年。

風鳴とはまた異なる防人の家系《天津家》の跡取りとして産まれ、誰かを護る為に拳を握り続けて来た。

 

彼の身に流れる天津の血は、人々に畏敬され、後天的に天神となった菅原道真の直系であり、同時に菅原道真の母親である天女……かつて、どこかでムシュフシュ(或いはシルシュとも)と呼ばれた怪物の因子を擁する物である。

━━━━それ故か、彼は運命に導かれるよう先史文明に端を発する事件の数々に遭遇する事となる。

 

立花響、小日向未来、風鳴翼、天舟美坂(天逆美舟)と、幼少期から多くの少女達と知り合う機会を持ち、それ故に彼の周りには常に女の子の気配があるが、本人はそれには無自覚。

その原因は元々の性格が色恋沙汰に向いていない独占欲の薄い物であるという事もあるが、最も大きな理由は作中時系列で遡る事一年前に起きたとある少女の死にある。

《手の届く総てを救う》という荒唐無稽な理想を、摩訶不思議にも全く関わり合いの無い筈の二者から同時に受け取った彼は、手の届く総てに手を伸ばす為に、誰かを特別にする事を止めた。

━━━━その涯に待つ物が、絶対なる終わりである事から目を逸らしながら……

 

ルナアタック事件において雪音クリスと、フロンティア事変においては暁切歌、月読調、マリア・カデンツァヴナ・イヴと知り合い、彼女等の自暴自棄を食い止めた。

それ故、原作とは異なる形での事態収拾となり、天羽奏やセレナ・カデンツァヴナ・イヴ、ナスターシャ教授などの多くの尊い人命が救われる事となった。

……だが、その代償として左腕を喪い、同時に体内に刻まれたバラルの呪詛が解かれた事で、自らの遺伝子の裡に巣食う怪物因子(神の力)を食い止める物が無くなった彼は、とある神の遺した《十一の子》の先兵となるべく自らを蝕む《神の力(ディバインウェポン)》が齎す回帰衝動と戦う事となる。

 

━━━━そうして、迎えた運命の日。

回帰衝動に蝕まれ、二進(にっち)三進(さっち)も行かなくなった最後の最期で、彼はようやく自らの歪みに気づいた。

それは即ち、自分が抑え込んでいた独占欲の事。

なんてことはない。誰かの幸せである笑顔が大好きな少年は、自分も輪に入れて欲しかったのを我慢していただけだったのだ。

 

現在、彼の存在はほぼ総ての人々の記憶、或いは記録から消失している。忘却のルーンが情報構造の繋がりを阻害する事で、彼の事を思い出す事が出来なくなったのだ。

……それは奇しくも、近い将来に装者達と相対し、理想郷を構築せんとする為に少女の記憶を電気操作し、閃姫(ブリッツァー)に仕立て上げようとした、とある男のやり口と似通っている。

 

 

 

 

◆立花響

 

Profile

 

原作における主人公。

天羽奏、そしてマリア・カデンツァヴナ・イヴから受け継いだ《ガングニール》をシンフォギアと纏う少女。

原作においては数多の苦難、そして人々の無自覚な悪意に晒されながらも手を繋ぐ事を諦めず、最後にはキミ(未来)だけのヒーローとなった少女。

だが、本作においては共に立ち続けてくれた幼馴染の青年のお陰で、家族と離れ離れになる事は無く、無自覚な悪意から手を取って救い挙げてくれる人は居るという確かな希望を胸に戦い続ける事が出来た。

それ故、融合症例としての自身の致死が回避された今でもシンフォギアを纏える奇跡に快哉の笑いを浮かべる少女の未来に、翳りなんて何一つ無い……

━━━━その、筈だったのに。

 

 

◆風鳴翼

 

Profile

 

天羽々斬(アメノハバキリ)》をシンフォギアとして纏う少女。

原作においては戦いを宿命づけられた防人として立ち続ける事を諦めず、最後には真なる強さ(無刀の愛)を胸に防人った少女。

だが、本作においては防人としての二年間の孤独に共に立ち続けてくれた幼馴染の青年が居た事、また、彼のお陰で天羽奏が死亡しなかった事から頑なな態度が軟化しており、防人ッシュ度数が下がり気味。

それ故、歌女としての柔らかな自分を押し留める事無く、ノイズの災禍が終息しつつある世界に羽撃ける……

━━━━その、筈だったのに。

 

 

◆雪音クリス

 

Profile

 

旧ナチスより譲渡されたイチイバルをシンフォギアと纏う少女。

原作においては戦いを終わらせる為に総ての戦争を力によって根絶しようとた罪の重さに藻掻いていたが、最後には亡き両親から受け継いだ歌で世界を平和にするという夢に胸を張って前に進んだ少女。

だが、本作においては罪の償いに向き合ってくれる青年が居た事、また、彼の後悔の一つが亡き両親に関係する物であった為に彼の忠告を受け入れ、罪の受け取り方が変わっていた。

それ故、胸を張って後輩を迎え入れ、彼女等に背中を見せて、世界の残酷から護ってやれる……

━━━━その、筈だったのに。

 

 

◆天羽奏

 

Profile

 

ガングニールのシンフォギアを元々纏っていた少女。

原作においては元々無理を圧してギアを纏っていた中で起きたライブ会場の惨劇の際に総てを出し切り、その生を終えた。彼女の遺したガングニールと言葉の数々は、全編に渡って風鳴翼や立花響を助ける事となる。

だが、本作においてはその無理無茶無謀の渦中に飛び込んで来た大馬鹿者が居た為、致命となる筈の絶唱の反動が除去された事で四肢の崩壊という極大のハンディキャップを負いながらも生き残る事が出来た。

しかし、復讐の為に総てを燃やし尽くした代償ゆえ、心に握った歌を見失ってしまった事でギアを纏う事が出来なくなり、自らの内に燻ぶった想いを抱えていた。

 

ルナアタック事件の最終盤において、破壊衝動に呑み込まれた響を救い、歌に応えてくれる人の為に歌う事を思い出した彼女は再びギアへの適合を成し遂げ、喪った四肢をアームドギアの変形によって補うという特異形態でガングニールを運用する事での戦闘を可能とした。

また、この際に左腕のアームドギアのみを短槍と変える事で射程を補う運用も会得しており、装者の中で最も実戦経験の多い彼女の強みを現わしていると言える。

 

フロンティア事変にも二課の予備戦力として立ち会い、エクスドライブしたギアを纏って最後まで戦い抜いた。

そして、ナスターシャ教授の協力の元で喪った四肢を補う高機能な義肢の開発もスタートし、ノイズの災禍が終息に向かう中でツヴァイウイングとして世界へ羽撃く準備を進められる……

━━━━その、筈だったのに。

 

 

◆マリア・カデンツァヴナ・イヴ

 

Profile

 

もう一振りのガングニールのシンフォギアを纏って居た少女。

原作においては握った正義に迷い、貫くべき悪を見失いながらもよろしくしようと藻掻き続けたが、最後には受け継いだ誇りに胸を張って弱さを背負って進む事を決めた。

だが、本作においてはお節介にも手を伸ばし続けた男が居た事、そして、彼の足掻きが齎した遠い過去からの祝福によって身内である二人を喪う事無く胸を張る事が出来た。

それ故、再び出会えた妹と、そして母と慕う女性とまた家族として暮らしていける……

━━━━その、筈だったのに。

 

 

◆月読調

 

Profile

 

メソポタミア神話に名を残す女神ザババ(シンフォギア世界においては男神では無く女神として扱われる)が持つ双刃の片割れ、シュルシャガナのシンフォギアを纏う少女。

原作においては国家に所属しながらも人を救うと宣う二課を信じ切る事が出来ずに偽善と罵りながらも、最後には込められた本気を彼女の中に再誕したフィーネと共に感じ取った事で立花響の人助けの背を押した。

だが、本作においては致命の一撃を見過ごせない青年の介入によってイガリマの絶唱の一撃を受ける事は無く、代わりに忘却のルーンによってフィーネの情報構造を封印された事で彼女から解き放たれる。

天逆美舟とは深い関わりがあり、今はまだ目覚めずとも彼女と共に歩める日々を待ち望みながら、改善された食事事情に舌鼓を打つ……

━━━━その、筈だったのに。

 

 

◆暁切歌

 

Profile

 

女神ザババが持つ双刃の片割れ、イガリマのシンフォギアを纏う少女。

原作においてはひょんな事から再誕したフィーネは自分に宿ったと思いこみ、総ての責を自分が担う事で自分以外の全員を救おうとして空回りしていた。

だが、本作においては何故かその思い込みを後押しする青年が居た事で共に悩み、答えを出す為に藻掻こうと決意した事で、破り捨てたい黒歴史は人知れず葬られる運びとなっていた。

多大なる責任から解放され、新たなうまいもんマップを作って皆を待とうと思い立つような、そんな微笑ましい日々を送る……

━━━━その、筈だったのに。

 

 

◆小日向未来

 

Profile

 

響の親友の少女。

原作においてはすれ違いや衝突の果てに歪められた響への想いを神獣鏡(シェンショウジェン)のシンフォギアやファウストローブと纏い激突するも、最後には陽だまりとして共に立つ事を決意した。

だが、本作においては響と同じように自らを省みないで走り抜ける青年が居る事で任せられる気持ちも不安な気持ちも乗倍となっている。

ルナアタック事件の最中、共鳴としたある一つの約束は彼女にとっての大切な物となっており、片腕を失くした共鳴に責任を感じつつも響と三人で歩いて行きたいと思っていた。

━━━━その、筈だったのに。

 

余談だが、幼馴染である少女達の中のヒエラルキー構造のトップは彼女であり、他のメンバーは普段は気質穏やかな彼女の無言の圧力に頭が上がらない。

━━━━で、あるが故に。約束を書き換えてしまった誰かさんに待ち受ける結末は確定していると言える……

 

 

◆セレナ・カデンツァヴナ・イヴ

 

Profile

 

かつて、詳細不明であった白銀のシンフォギアを纏った少女。

原作においては類まれなる才能を持った第一種適合者(XD内ギャラルホルン編において明言有り)であったが、歌を介さぬネフィリムの起動実験(レゾナンス作中では《天の堕とし子事件》と称されている)において、暴走したネフィリムからマリアやナスターシャ教授を護る為に絶唱を歌い、制御しきれなかった爆発の余波で崩落した瓦礫によって死亡した。

だが、本作においては巡り巡ったとある因果によって『七つの音階が揃うかも知れない』という情報を掴んでいたキャロルによって起動実験への介入が画策され、FIS側のイヤガラセで連絡こそされなかったものの実験後に傷ついたセレナが回収され、イノセントシスター世界のようにコールドスリープにて傷を癒す事となった。なお、このコールドスリープ装置はFIS経由でフィーネが売り捌いた物であった。

現在は存在しない事になっていた戸籍を天津家の養子となる事で取得し、ただの中学生としてリディアンの中等部に通う予定。

敬愛する姉やレセプターチルドレンの仲間たち、そしてなによりも厳しくもちょっぴり優しいマムともう一度、今度は陽の下で暮らせる希望に胸を高鳴らせていた。

━━━━その、筈だったのに。

 

 

◆キャロル・マールス・ディーンハイム

 

Profile

 

四大元素(アリストテレス)等の様々な錬金術を使いこなす大錬金術師。

ギリシャに端を発する欧州の超規模経済破綻、並びにその影に暗躍したパヴァリア光明結社。それ等と互角に渡り合い、フリーランスを貫く異端の中の異端の錬金術師として名を馳せている。

原作においては父の努力を奇跡と切り捨てられた事への復讐心をバネに研究を進め、ウタノチカラと錬金術の相似に辿り着き、神にさえも届く知啓を見せつけた人の可能性の体現者の一人。

だが、本作においては父であるイザーク・マールス・ディーンハイムの死のその日、三百年の時を越えてソラから降って来た《前の世界の天津共鳴》を保護した事で大きく運命が変わる事となる。

詳細は今もってなお不明だが、《万象追想曲(バベル・カノン)》なる計画を進めており、その準備過程の中で天津家の先祖やセレナを救うなどして暗躍していた。

 

天津共鳴の事を《我が契約者》と呼び、自らを《ヴァールハイト(真作)》と名乗って居たのは、万が一にも共鳴がキャロルの事を大々的に調べ始めて結社に感付かれる事を阻止する為の念押しであり、

同時に、今を生きる彼とかつて自分を蛇の齎した二度目の迫害から護って死んだ《隻腕の遺骸》とを明確に区別する為の誓いでもある。

 

イザークの願いである《世界を知り、人と人との繋がる道を探る》目標を忘れていない為に原作GXよりも気持ちの余裕があり、大きな姿で行動する事もよくある。

 

 

◆天津鳴弥

 

Personal Data

 

誕生日:2003年11月23日 41歳

性別:女性

血液型:B型

身長:171cm

体重:65㎏

好きな物:考古学的発見

嫌いな物:科学の為に犠牲を厭わぬ人

趣味:バイオリン

隠したい事:料理の腕前が壊滅的な事

 

 

Profile

 

本作のオリジナルキャラ。天津共鳴の母親。旧姓は尾谷。

天津家に嫁入りした元異端技術研究者であり、FISの前身となる米国の聖遺物研究機関に誘拐されそうになった所を共行さんに救われた事で惹かれ合い、結ばれた。

ある意味革新的な理論を提唱しては失敗する……という若気の至りを溢れんばかりの才能で補っていた天才的な落ちこぼれであり、実は了子さんの台頭が無ければ二課に召集されていた可能性が高かったとも言われている才女。

結婚後は派閥争いの影響で風鳴機関への参加は不可能となったものの、個人の趣味の範疇で考古学研究を進めていた。その際に天紡の固有振動数などについての様々な発見をしており、これらのデータが後のレゾナンスギアに繋がっている。

ライブ会場の惨劇後、共鳴が二課に協力する事を決めた事で彼女も研究者として二課に編入される事となり、同じ革新的過ぎる仲間である了子さんの助手として研究を続ける事となる。

この為、原作よりも櫻井理論、並びにFG式の解析が一部進んでおり、ギアそのものの新造は出来ずともコンバーター自体の一部修復は可能な状況となっている。

 

ルナアタック事件終盤においては、了子さん(フィーネ)の裏切りを確信した司令や緒川さんと共にアビス内部に保管されていたRN式回天特機装束を回収する事で希望を繋げ、更には天紡の共振現象を応用して残留したフォニックゲインを再動させる事でエクスドライブの奇跡の一助となった。

 

 

◆天津共行

 

Personal Data

 

誕生日:1999年10月19日 享年44歳

性別:男性

血液型:A型

身長:184cm

体重:93㎏

好きな物:家族、平和

嫌いな物:私利私欲の為に戦火を撒き散らす人

趣味:鍛錬

隠したい事:共鳴の結婚資金にと秘密裏に積み立てている貯金

 

Profile

 

本作のオリジナルキャラ。天津共鳴の父親。

天津家嫡子として産まれ、防人としての責務を果たす為に戦い続けた漢。

前大戦の後、風鳴家が支配し続けた日本の護国組織の改革を進め、十年前のイチイバル紛失の際に風鳴訃堂の権力を削ぐ事に成功するが、その代償として天津家は護国機関からの追放という憂き目に遭う。

そして、ライブ会場の惨劇から更に遡る事一年前(ルナアタック事件の三年前)、欧州全土を錬成陣とする計画《大いなる業(マグヌム・オプス)》を食い止める為、旧チフォージュ城に潜入し、左腕以外の総てをラピスの輝きへと昇華され、死亡。

彼の言葉は今もサンジェルマンに消えない棘として刺さっている。

 

 

◆アゲート・ガウラード

 

Personal Data

 

機密事項につき詳細不明

 

Profile

 

本作のオリジナルキャラ。米国の特務組織《七彩騎士(セブンカラード)》の一人。

双装銃士(ザ・デュアル・ドラグナイト)》の異名を持つ戦士。

かつて国連直轄の特務組織《ザ・フォースデトネイター》に所属しており、その際に共行さんと轡を並べていた事もある。

咥え煙草と巻き舌と、無茶無謀が特徴なナイスガイ。

 

 

 

◆天ヶ瀬天音

 

Personal Data

 

誕生日:2026年1月15日 17歳

性別:女性

血液型:B型

身長:164cm

体重:ヒミツ

好きな物:アニメ・マンガ、クリスちゃん

嫌いな物:ノイズ、人の悪意

趣味:コスプレ

隠したい事:曾祖父の正体

 

Profile

 

本作のオリジナルキャラ。桃色(ピンクブロンド)の髪の少女。

鎌倉で生まれ育ち、ライブ会場の惨劇とその後のバッシングによって生まれ故郷を去る事となった少女。

現在はリディアン音楽院の女子寮に暮らしており、其処で知り合った板場弓美と意気投合、アニメ研究会を設立せんと暗躍するようになる。

また、転校して来たクリスに最もアプローチを掛けている同級生でもある。

家族構成はシングルマザーなのだが、昔から男の影がちらほら見えるな、と彼女は思っている。

 

彼女の物語は未だ始まっていない。因子は未だ揃わず、水底に眠り続ける。

その眠りを破るのは、はたして。

 

━━━━本編には絡まない余談ではあるが、彼女の曽祖父は前大戦の折に秘密裏に亡命、風鳴機関へと合流した旧ナチスドイツの高官である。

その男を指して人が言うには、《黄金の獣》。彼の冷徹なる殺戮者その人。

……それ故、彼女の血筋が明かされる日が来たならば、間違いなく歴史的大スクープとなるだろう。

 

 

◆蒼月竜子

 

Personal Data

 

誕生日:2025年1月2日 享年17歳

性別:女性

血液型:O型

身長:168cm

体重:62㎏

好きな物:ツヴァイウイングの曲

嫌いな物:雪

隠したい事:恋心

 

Profile

 

本作のオリジナルキャラ。雪の日に消えた黒髪の少女。

父方にバロン・オメガという名のインド系アメリカ人の祖父を持つ少女。

今だ運命に出逢う事の無かった筈の彼女だったが、ひょんなことからツヴァイウイングのライブチケットを手に入れた事でライブ会場の惨劇に巻き込まれてしまった事でその人生は一変する。

順風満帆だった筈の父は職を喪い酒に溺れ、自らも凄惨な虐めを受ける日々。

天津共鳴と出逢った事で彼女自身の心は救われていたが、彼女の家庭環境が救われる事は終ぞなかった。

 

ライブ会場の惨劇から約一年後の冬のある日、逆上した父親に頭を酒瓶で殴られ、酔っていた父が錯乱して自殺した事で処置が遅れた事で死亡。

彼女の死と、死を予測して残していた遺言は天津共鳴の傍観者めいた在り方を殴り倒し、手を伸ばす事を諦めない事を誓わせた。

なお、彼女の遺した呪いをヴァールハイトが知っていたのは《隻腕の遺骸》から聞いていた為。彼もまた、同じ呪い(祝福)を受けた青年であったが故の運命的な一致であった。

 

━━━━余談ではあるが、彼女はリディアン音楽院への入学試験の際に会場を間違えるという凡ミスをしている。

成績的にも合格は出来るだろうと思われていた彼女の不幸が、大きく運命の流れを変えていた事を知る者は、今だになっても、一人も居ない。

 

 

◆ボルヴェルグ

 

Profile

 

フロンティア事変の最中、ウェル博士の奸計に陥り死に瀕した事で強制転移させられた共鳴が《高き玉座(フリズスキャルヴ)》にて出逢った存在。

その名は《禍を引き起こす者》を現わし、神話においては《オーディン》の異名の一つであるとも言う。

 

その正体は、かつての時代に北欧神話となる戦いに参加した先史文明研究者……その、有り得ざる可能性の欠片。

ミーナのマスターとしてギャラルホルン編に登場したオーディンと思われる存在の並行世界の同位体ではあるが、

未来に希望を見出してミーナを作り出した(彼女)と違い、未来を視ながらも希望を見出しきれなかった彼は漂着した世界蛇の装甲片から世界が滅んだとしても消える事の無いシェルター……フリズスキャルヴを製作する事となる。

その後ろ向きさから《オーディン界の面汚し》《もう一万回くらいシミュって出直せ》などと言われかねない存在であるという自覚は当人にもあるのだが、彼が逃げ出した事で世界との縁が切れかけていた天津共鳴の強制転移先が確定した(本来であれば母であるシェムハの基に跳ぶのだが、その時点ではまだシェムハ復活の因果が成立していなかった為に直前にガングニールを投げ飛ばした事の照応からボルヴェルグの基へ転送される事となった)為に本人は満足してバトンを渡せたと思っている。



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第零章 始動(プレリュード)
第一話 始まりのレゾナンス


9月7日 設定ミスによる描写の食い違いを修正


静かな霊園にぽつぽつと降り出した雨はにわかに勢いを増して来ている。

そんな霊園の、ノイズ被害が増えてからありふれる程になった名前の無い墓標を前にして、一人の少女が座り込んで泣いている。

雨に濡れる事など考える余裕も無く泣きじゃくる彼女――――小日向未来(こひなたみく)に対し、俺は何も口に出せる言葉を持たず、彼女に傘をさしてやる事しか出来なかった。

 

 

――――俺は結局、未来との約束を護る事が出来なかったのだから。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

俺――――天津共鳴(あまつともなり)の家系は防人(さきもり)の末であるという。

天津家はその証である家伝の宝物たる糸『天紡(アメノツムギ)』を使った格闘術を用いて異国から押し寄せるあらゆる怪異を討ち祓い、日本という国の護国を成す影の守護者――――で、あった。

 

だが、俺の父である天津共行(あまつともゆき)はそれに異を唱えた。

 

すなわち、『今や日本だけを世界の総てと語る事能わず。世界の守護無くして日本無し。防人とはもはや国家利益を護るだけの存在にあらず』と。

 

日本の影を総べるという一族のトップに対してそう咆えた天津家は不興を買い見事に防衛関連の仕事から干され追い出され、

さりとて『天神・菅原道真の末』という重要な血統であるが故に武力行使によって排除する事も出来ず、父の国連直轄の特殊部隊への入隊を期に『国連とのパイプ役』として半ば取り残される形での沙汰を下される事になった。

当時の俺はまだ小学生であり、細かい経緯などは後から聞いただけの話だが、父の迷いない叫びと、その後の国連との手早い契約からして、今になって思えば最初から計算づくでの行動だったのだろう。

護る為に闘うのだと、その為に護るべき物を見つけなければいけないと、俺に伝えてくれた、偉大な父だった。

 

 

――――そんな父は、最期には腕だけになって帰ってきた。

 

 

俺が高校に入学したばかりのある日、祖父から告げられたその言葉を俺はにわかに信じる事はできなかった。

父から天津式糸闘術を学んでいた俺にとって父は超えるべき壁であり、同時に未だ倒す事すら敵わない越えられない壁でもあったからだ。

そんな父が、特殊部隊として任務に臨んでいたとはいえ死んでしまったなど、当時の俺には全く受け入れられる物では無かったのだ。

 

だがそれでも、遺体すら無い葬儀や四十九日と月日は巡り、引退していた祖父から鍛えて貰う事で一応の精神的安定を得た俺は、父の跡を継ぐ為に、そしてその死の真相を知る為に闘おうと、そう決めたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「えーっ!!そんなぁ……急に来れなくなったって……うん、わかった。未来の分もお兄ちゃんと一緒に楽しんで来るから!!」

 

だが、俺にとっての救いは父を継ぐという誓いだけでは無かった。悲しみを乗り越えられた理由の一つに、共に居てくれる幼馴染の少女達が居た事は間違いないだろうと胸を張ってそう言える。

立花響(たちばなひびき)と小日向未来は俺の三つ下だったが、家が近かった事もあり歳の差や性別の違いを超えた絆で結ばれていると、そう胸を張って言える。

そして、今日はそんな幼馴染の妹分達と人気ユニット『ツヴァイウイング』のライブを見に来たのだったが……

 

「未来、やっぱり来れないって?」

 

「うん……親戚の人が怪我をしちゃったから、急に実家に行かなきゃいけないんだって……だけど!!その分お兄ちゃんと一緒に楽しんで来てって未来からも託されたからね!!だから、ちゃんと楽しんで未来に感想を伝えてあげようよ!!」

 

「ははは、そうだな。未来が来れなかった事を悔しがる程今日のライブを楽しんでやろうな」

 

俺より頭一つ程低い響の頭を撫でてやりながらそう返す。そう、未来は急に用事が入って来れなくなったというのだ。勿体ない話ではあるが、さりとて身内の無事を心配する事、その重大さも俺はよくわかっている。

だから、俺は特に気にする事も無く、鼻歌混じりにツヴァイウイングの曲らしき歌を歌う響を微笑ましく見守る事を未来への土産話としようとしたのだった。

 

 

――――その裏で、誰にも知られず進んでいた陰謀に気づくことなど無く。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

数多くの人が並んでいた待機列を共に抜け、会場の指定された席に辿り着く。運よく響と未来と連番の席を確保出来たのはとても運がよかった。

 

「うわぁ……!!」

 

「これだけ多くの人がいるとはな……流石人気爆発のトップアイドルって感じだ……」

 

「うん!!すっごい熱気!!」

 

どこもかしこも、会場内は人、人、人で埋め尽くされていた。ざっと見渡して数万を超える人が、このライブで歌を聴くために集まっているのだという事を示していた。

 

「……凄いなぁ」

 

その光景に圧倒される。それは間違いなく、人が持つ熱意、熱気、そういった前向きな物がこの空間を彩っているのが自分の肌で感じられたからだ。

きっと、この光景は美しい物だと。それを、護るべき物だと強く心に刻んで俺はライブの開始を待つ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――そして、その時は訪れる。

会場に鳴り響くイントロダクションの音色、それはフリューゲルの前奏なのだと、興奮気味に隣に座る――――いや、既に会場の熱気に充てられて立っていた響が教えてくれた。

その前奏に合わせて空中に投影される無数の羽々と、それに混ざりながらステージに降り立つ歌姫。

 

俺は、そこに天女を見たような錯覚を覚えた。

 

ペンライトを折り光らせてテンション高くエールに混ざる響を他所に、俺は呆けたように二人の歌姫を見つめていた。

赤い少女と、青い少女。羽を象った衣装に包まれた彼女達に、一瞬で心奪われたのだ。

 

――――だが、同時に違和感を感じた。

それは歌を歌う少女達では無く、俺自身の問題。

使う事は無かろうとも、護る為にと念のため服の中に潜ませていた糸、『天紡(アメノツムギ)』が、震えていたのだ。

それはまるで彼女達の歌に共鳴するかのように、彼女達の歌を待ち望んでいたかのように、少しずつその震えを増してゆく。

 

こんな現象は初めてだった。響と未来に連れられてカラオケでさんざツヴァイウイングの曲を聴かされた事もあったが、その時にもこんな事は起きなかったのだから。

なにか、彼女達の歌声は違うのだろうか?だとか、このまま震えが大きくなってライブを楽しむ周りのお客の迷惑になってしまったりはしないだろうか?などと、天女に心奪われ、熱に浮かされた頭でぼんやりと考える。

 

ライブ会場が変形するという大仕掛けを前にしてもそれはさして変わらず、天紡の震えが一定よりも強まらない事を確認出来てからは一層、俺はツヴァイウイングの歌に聞き惚れていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――そんな心地よい熱狂と嬌声は、一瞬にして狂乱と悲鳴へと変わった。

 

始まりはライブ会場中央で起きた爆発だった。そして、悲鳴。

瞬間、頭を切り替える。

会場警備は警備員の仕事だろうと気を抜いてしまっていたか?いや、会場そのものの警備には問題は無かった事は待機列がスムーズだった事で確認出来ている。ならば、この爆発は?

自問に自答を返しながら周囲を見渡す。避難路の確保と要人――――この場合は何よりも響である。の状態を確認し、爆発の状態もまた同時に確認する。未だ正式な仕事は受けていないが、元々天津家は要人警護において活躍する家系だったのだから、コレくらいは前提として叩き込まれている。爆発こそ警戒すべきだが、急な避難に巻き込まれず響を逃がしてやるくらいは真っ先に行い、余裕があれば自体鎮圧を手助けするかなどと事態を静観していた。

 

 

――――その余裕が、絶望を捉えるまでは。

 

「ノイズだァァァァ!!」

 

中心付近にいた観客の叫びと、事態を捉えていた俺の眼と、果たしてどちらが先だったのか。それは分からない。

だが、その叫びが引き金となり、ライブ会場に満ちていた熱気が最悪な物へと変質していくのが肌で感じ取れた。だから、覚悟を決めた俺は隣で立ち竦む響にこう告げた。

 

「響。落ち着いて。よく聴くんだ。コレからこの会場は混乱で溢れかえる。真っ先に逃げたいと思うかも知れない。けれど急いで自分だけが逃げ出したいというのは誰しもが思う事なんだ。だからゆっくりと、けど着実にあっちにある正しい避難路に行くんだ。いいね?」

 

「え?え?お兄ちゃん……言ってる意味、全然分からないよ……それになんで自分は逃げないみたいな言い方するの……?私と一緒に逃げようよ……怖いよ……」

 

妹分が不安に思っている事も、勿論分かる。一緒に逃げる事が、俺の命を護る上での安全策だという事も、また分かっている。

 

――――それでも。と思う俺の脳裏に浮かぶのは、在りし日の父との稽古の記憶。

特定特異災害――――ノイズと呼ばれるその存在は、出逢う確率こそ低いが、要人警護その他あらゆる場面で『有り得ないけど有り得るかも知れない』不測要素として数えるべき物だと、父から教わった。

ノイズは災害と名に着く通り、そうそう現われはしない。だが、通り魔に逢うよりも低い確率だからと言ってそれへの対処法を考えすらしないのは慢心であり不足である、と。

 

 

そして、ノイズに対して警護者が留意すべき特性は主に三つ。

一つ目はノイズが持つ『対象と自身を炭化せしめる』能力。これによりノイズは究極の攻勢兵器としての強みを持つのだと父は語った。炭化した存在は、もはや判別も不可能なほどの粒子となる。――――人の尊厳を、死者への想いすらも全て踏みにじる最悪の兵器であり、触れられればもはや救う術がないという厄介極まる能力。

 

二つ目もまたノイズが持つ『位相差障壁』という能力。コレは本来機密事項だと言うが、警護を万全とする為にと父から教えて貰った物だ。一般的には『ノイズには物理的な攻撃が効かない』と認識されているソレは、ノイズが『この世界とは半ばズレた場所』に居る為に起きる物であるという。一応、攻撃の際には此方と接触する為にその身を晒すが、晒されたノイズの躰に触れれば炭化してしまう、という事を考えればカウンター戦法も非合理的。これらの要素から、ノイズの物理的な排除は考えるべきではない、というのが上層部の判断であるらしい。

 

そして三つ目。ノイズへの対処法を考える上でもっとも重要であり、もっとも厄介な特性である『ノイズは同質量の物体を炭化させるか、一定時間が経つ事による自壊を待つ必要がある』という物。これにより、物理的排除が不可能なノイズへの対処法は『誰かを犠牲にする』か『ノイズが自壊するまで逃げ続ける』事である。と父は纏めていた。

 

『勿論、誰かを犠牲にするなど本来は此方からも願い下げではあるが、警護任務という我が家の責務の重さを想えば、より多くの人を救える力を持つ重役を護る事が最優先される。

……だが、お前はまだそうではない。だから、警護の場以外であれば、まずは逃げろ。その上で安全な範囲で人々を護れ。取りこぼす人々の中にお前や、お前が護りたい人が含まれれば、必ず後悔をもたらすからだ』

 

そんな、不器用ながら心配を口にしてくれた父との想い出は、かえって俺を意固地にしていた。

俺に何も言わないまま、何一つ遺さずに逝ってしまった父。取りこぼされる誰かの中に、任務だからかは知らないが混じってしまった父。

 

「……御免。けど響。俺は戦わなくちゃならないんだ。取りこぼされてた人が遺した人の無念を知ってしまったからさ。だから、キミだけは逃げてくれ。頼む。」

 

その言葉が父と同じ趣旨の事を言っている自覚はあった。けれど、『立花響はただの少女(・・・・・・・・・)』なのだ。だから、どうか。喪われないでくれと、祈るように頼んだのだ

 

「そんな……やだよぉ……一緒に逃げようよぉ……」

 

「響は泣き虫だなぁ。大丈夫。俺も下のアリーナ席の人達を逃がしたら真っ先に逃げる。約束するよ。だから、慌てずに、一人で逃げるんだよ?」

 

その返答を待たずに、俺はノイズから逃げ出そうと避難路を急ぐ人々の上を飛び越え、二階席の手すりを乗り越えてさらなる地獄へと飛び降りる。その背に、俺を呼ぶ響の悲痛な叫びを聴きながら。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

アリーナ席は、控え目に言ったとしても、地獄と化していた。ノイズに襲われ炭化する人、他人を押しのけてでも助かりたいと暴力を振るう人、そして、そんな理不尽と暴力に晒されて泣き叫ぶ、護る力無き弱き人々。

そんな中を逆走して走った。幸か不幸か、その避難の流れをさかのぼる俺の逆走を止める勇気ある人は混じっては居なかった。それを嬉しく思うと同時に、全員がパニックに陥っている事を改めて痛感する。

 

「護らなければ……」

 

どうやって?ノイズに物理攻撃は効かない、盾すらも壁すらも人間以外は意味を為さず、人間だけを殺す存在だというのに?

知識はその想いに冷や水を掛け続ける。逃げてしまえと叫んでいる。

 

――――だが、止まるワケにはいかないのだ。一人でも護れるのなら、この命もさして惜しくはない。

 

そんな心を後押しするのは、やはり震え続ける天紡の存在だった。ノイズが現れた一瞬、歌が止んだ瞬間こそその震えは止まっていたが、今やライブの時よりも尚激しく震えているこの宝物。詳しくはわからないが、その力が俺を後押ししていると、そう思った。

全能感と言えるほどではない。きっと、最後の一押し程度の震えだが、俺が前に進むには十二分に過ぎる後押しだった。

 

 

 

「いや!!死にたくない……死にたくないっ!!」

 

 

だが、現実は非情だった。逆走する最中、人々に混じってしまったために天紡を伸ばせないまま、目の前で一人、また一人とノイズに追い付かれる人々を目の当たりにさせられる。

それでも!!と叫びを挙げる、だからこそ!!と千々にちぎれそうな思いを繋ぐ。

 

 

――――そうして、俺は人の濁流を抜け、戦いのステージに上がったのだ。

 

 

急速に開ける視界の中、前方より迫るノイズたち。考えるよりも先に身体が動いていた。避ければまだ後ろに澱む人々が死ぬ。ならば、早速ではあるが奥の手である『水際での迎撃』を行うのみ――――!!

 

天紡をジャケットの内より展開する。使うのは一本。幾らノイズが攻撃時には物理干渉可能になるとはいえ、なまなかな攻撃では倒す事はできないだろう。であれば、使う本数を最小限に抑え、その打撃力を存分に高めるのみ。

そのために、足元に転がるステージの破片を使う。不幸中の幸いというべきか言わざるべきか、ノイズの襲撃によって空中ステージ部分と、そこに建っていたモニュメントが崩壊している為、手ごろな大きさ――――人の頭サイズの瓦礫には事欠かない。

それを天紡で絡め取り、即席のブラックジャックと成す。そして、破片を引きずる勢いのまま、天紡を抑える指先を中心として回転運動を始める。一回転、二回転。

 

ノイズが形状を変え、飛んでくる気配を見せる。棒のような姿は攻撃の予兆なのだと聴いている。

つまり、攻撃が来ると判断して回転数を上げる。

即席の盾はあるのだが、強度には些かどころでは無い不安がある。ノイズを受け止められねば後ろで逃げ惑う誰かが死に、最悪は自分にも当たって死ぬ。回転速度は十分とは言えず、そもそも『ノイズを攻撃した際に物理的接触から回転が減速する』だろう事を思えばあまりにも脆い盾である。

 

 

――――だが、その予想を裏切る光景が俺の前で起きた。

 

即席のブラックジャックと成したとはいえ、単なる糸で出来た筈のその円盾は『当たるだけでノイズを粉砕した』のだ。

 

ノイズが障子紙のように消し飛ばされていくのは全く以て予想外であったが、それは嬉しい誤算として次の攻撃に備える。

なにせノイズは未だ雲霞の如く在り、既に第二陣がスタンバイしているのだから。

 

「くっ……!!数が多い!!だがァっ!!」

 

声を挙げ、叫びを胸に、震える天紡を制御する。

 

第二陣、全て防げた。

さらにノイズが集まる。

第三陣、一匹が後ろに抜けてしまった。

背後で挙がる叫び声に傷む心を抑えて前を向き続け、咆哮を挙げる。ここで止まれば総てが水泡と帰すのだから

第四陣、今までに倍する数。とっさに全弾撃墜を諦める。被害を最小限に、そしてなによりも『自分が死なずに此処を護り続ける為』に回避行動を行う。

選んだのは空中横回転。銃弾による弾幕に対する防御姿勢として父から学んだ物だ。三匹、四匹のノイズが後ろに逸れる。挙がる悲鳴。だが後ろを見る事はできない。

 

悔しさに涙を流しそうになる。護れない自分の弱さを呪いたくなる。だが、ここで

終われば何の意味も無いのだ。と心を奮い立たせて立ち向かう。

 

 

――――そんな時に、再び天女にまみえた。

 

恐らく反対側のノイズを倒していたのであろう彼女達は、羽を模した衣装からメカニカルなスーツへと変身していた。だが、その眼は、そして今なお天紡を震わす歌は、紛れもなくステージで歌っていた彼女達――――ツヴァイウイングの二人だった。

 

「こんな所で何やってる!!下がれ!!死にたいのか!!」

 

その片割れ、赤い少女から声が飛ぶ。当然だ。ノイズに触れれば人は死ぬ。だから誰もが逃げ惑う。だが、俺はこの時点である種の確信を得ていた。

 

「すまん!!だがその歌!!君達の歌があればこの糸で俺はノイズに立ち向かえる!!だから心配よりもまずは歌ッてくれ!!」

 

確信、それは即ちノイズを障子紙の如く破った力、それを天紡に齎したのは彼女達の歌だという事。

 

「歌!?糸!?お前さん何を言って……」

 

「……待って、奏!!あの人は確か……」

 

青い少女が赤い少女となんらかのやり取りを交わしているが、それに気を逸らす余裕はなかった。話しながらもノイズを殲滅する彼女達だが、それでも漏れてきたノイズ――――即ち、第五陣が俺に殺到してきたからだ。

数を減らされたノイズたちは天紡で作った即席の盾をすり抜ける事も出来ず粉砕される。その光景を見て俺の言葉に多少納得したのか、赤い少女が先ほどよりは抑えた声音で此方へ語ってくる。

 

「倒せるってのは嘘じゃねぇようだな……だが、それでも下がれ!!避難準備がもうすぐ完了する筈だ!!コッチはアンタと違ってノイズから攻撃を受けても何ともないんだから、後はコッチに任せろ!!」

 

少女の言は本当だろう。と確信を持って言えた。なにせ、彼女達の戦い方は俺より洗練されているし、なによりも『捨て身の行動では無い』事が端々から感じられた。

ノイズと戦うのは専門家らしき彼女達に任せて、俺は避難誘導に行こうと、防御から撤退へと移ろうとしたその時。

 

――――視界に、絶望的な状況が写った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

立花響は逃げていなかった。いや、逃げられなかった。ノイズが怖いというのもある。避難経路が人でごった返していてとても近づける状況では無かったというのも確かにある。だが、なによりも兄貴分である共鳴が心配だったのだ。

 

「お兄ちゃん!!」

 

何度も叫んだ。兄と呼ぶほどに親しい三つ上の少年が、父を失っても立ち直った憧れの存在が、自らの命を盾にして人々を護ろうとするのを遠巻きに見る度に。

奇跡的にも(・・・・・)』その総てを共鳴は凌いだ。そして、そこにツヴァイウイングの二人がやってきた。響にはよくわからないが、二人は共鳴よりも安全にノイズを倒せるようだった。

 

そして、ほっと一息をついた瞬間、立花響は落下していた。モニュメント倒壊によって強度が落ちていた外縁部分が耐えきれず落ちてしまったのだ。

一瞬の浮遊感と、そして全身を苛む痛み。

立花響の今までの『ごく一般的な人生(・・・・・・・・)』では味わった事の無い痛み。だが、立花響は強かった。それに負けずに立ち上がった。

――――だが、それまでだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

二階席からアリーナ席へと落ちていた響へとノイズが殺到するのを見て、俺はひどく後悔した。

――――やはり、響と一緒に逃げるべきだったのでは?

頭の中にこだまする罪悪感を天紡を振るうと共に振り払い、俺はノイズの群れを突っ切ってでも響の基に向かおうと駆けた。

 

――――そんな俺を追い越していく、赤い少女が居た。

槍を持つ少女は俺を追い越し、響とノイズの間に立ちふさがり、その猛威を防ぐ。

だが、先ほどまでと違い、彼女の余裕が削れているように見えたのは、俺の錯覚だろうか?

いや、違う。実際に精細を欠いているのだ。その証拠に彼女ですら時折ノイズをはじき返すのが遅れてその装甲を剥がされている。

 

曲がりなりにも、俺が天紡で成したように円と成した盾でノイズの突撃が防がれているのを見て、俺はとっさに目標地点を変える。場所は赤い少女と響の間。

そこで体を広げて天紡を盾とする。

赤い少女がもし取りこぼしたノイズや、破片があったとしても俺が天紡で拾い上げる二重の盾。

――――これなら行ける。

そう確信した俺は後ろの響へ声を掛ける。

 

「響!!今のうちに早く逃げろ!!」

 

「でも!!」

 

「だからこそだ!!お前が無事なら俺はためらいなく戦える!!……お兄ちゃんを信じろ!!」

 

「……わかった!!」

 

――――だが、それは最悪の状況を産む行動だった。

 

致命的な状況に陥った条件は三つ、

一つは、赤い少女の動きが精細を欠いていた事。これは致し方の無い事であり、むしろ耐えてくれているだけ上等だったのだ。高望みはしない。

二つは、響に声を掛ける事に集中して天紡の回転がおろそかになっていた事。二重の盾を謳いながらも、俺の力不足によってその状況は起きてしまった

三つは、単純に運悪く、『響が逃げようとした場所に欠片が突き刺さった』事。

 

――――そうして、壁に真っ赤な花が咲いた

 

 

 

思考が停止する。天紡の回転が止まる。戦わなければダメだと頭は理解していても、心がポッキリと折れていた。

 

「響ィィィィィィィィ!!」

 

自分が叫んだのだと、気づいたのは駆けだしてからだった。護りたかった日常、笑顔で居て欲しかった少女。それが、目の前で崩れ落ち、滑り落ちて行く事に、俺は耐えきれなかった。

 

 

――――あぁ、父が言っていた事は、本当はこういう意味でもあったのか。と遅まきな納得が諦念の中に混じる。

抱き上げた響の血が止まらない。護衛の為に応急処置も習っているからわかる。コレは致命傷だと。心臓の近く、恐らく大動脈に破片が突き刺さっている。取り除く事は不可能だし、むしろ突き抜けていないからこそ響は即死しなかったのだと理解してしまう。

 

「オイ!!死ぬな!!――――『生きる事を諦めるな(・・・・・・・・・)!!』」

 

赤い少女の叫びが聴こえるのか聴こえるのか、焦点が定まっていなかった響の眼に光が戻る。それを見逃さずに上着を脱ぎ棄て、下に着こんでいたシャツを天紡で切りとって即席の包帯として止血を行う。四肢であれば圧迫などの方法で出血を抑えられた筈だが、ここまで身体の中心部に近くてはそれも行えない。血に染まるシャツを見ながらも考える。救急隊に今すぐ見せなければ響は死ぬ。コレは間違いない。

だが、この状況で今すぐに救急隊は近寄れるか?答えはノーだ。救急隊含め、救助活動は二次被害を抑えるためにノイズの活動限界を待つ筈だ。それでは到底、響の命を保てない。

 

「……見せてやるよ。絶唱を」

 

――――そこで、赤い少女が動いた。言葉に宿る決意からして、切り札を切るのだろう、と推測出来た。だが……

 

「奏!?それを使ってはダメェ!!」

 

青い少女はそれを止めた。即ち導き出される結論は、――――捨て身。

天紡もまたそれを証明するかのように強く、強く震えていた。彼女の歌に呼応するかのように。

 

「……響、もうちょっとだけ、待っててくれ。すぐに彼女を助けて、救急隊を呼んで、お前を助けてもらうから……だから……!!」

 

醜い言い訳だ、と自嘲する。誰かを護りたいと無謀にも立ち向かったのは俺で、響が残る事を考慮しなかったのも俺で、響を護れなかったのもまた俺だというのに。

だが、ここで折れてしまえば、俺は二度と立ち上がれないと心が叫んでいる。響も助けて、赤い少女も助ける!!そんな夢物語を為さねばならぬと、みっともなくも叫んでいる!!

だから俺は響を壁に立て掛けてから立ち上がり、再び少女達の戦場へと飛び込んだ。

 

           ━━━━絶唱・高く奏でる明日の調べ━━━━

 

その歌が、どういう意味を持つのかは、全く分からなかった。だが、その一小節毎に強く震えだす天紡から状況を予測する。

間違いなく、暴走だ。それも、精細を欠いている今の状況では決死となる一撃だ。

共鳴するかのように鳴る天紡ですら俺の腕を食いちぎらんばかりに震えるそれの、発振源ともなればいかなる物か。想像もつかないエネルギーを放出しようとしている。

だが、それをどうする?どうすればいい?どうすれば反動で散るだろう彼女を助けられる?

わからない。あの歌の特性がわからない。わからない物は、理解出来ないモノは、どうすればいいのかがわからない!!

 

『わからないから諦めるのか?』

 

ふと、そんな声が聴こえた気がした。考えるまでも無く答えは否。伝わるかは分からないが声の主に否を突きつける。

 

『フッ、それでこそ我が契約者だ。ではヒントをやろう。その反動は確かにまともに受け止めればあの女を殺すだろう。――――だが、その反動をどこかに移せれば?』

 

どうやら、声の主には意思がちゃんと伝わったらしい。そして、貰ったヒントを基に考えて、気づく。

天紡だ。

天紡は歌に共鳴している。厳密に言えば空気を伝わる共鳴というのは音そのものを移す物ではないが、そこはそれ、物理的な力を及ぼす程の歌なのだから、『共鳴している方が負担を受け持つ』なんて事も出来るのでは無いか?

一縷の望みに総てを託し、膨れ上がるエネルギーに触れる。瞬間、天紡が暴れ始めた。

俺の腕を切り裂こうとする程の振動の暴力。腕ごと引きちぎられるかと思う程の暴れ馬になった天紡を、それでも気合いと、父から習った手癖で持って押しとどめる。

 

 

 

 

 

 

 

――――そうして、歌と共に膨れ上がった光が晴れた。

そこには赤い少女と、ズタズタに引き裂かれた俺が転がっていた。エンジンに巻き込まれたかと思う程のエネルギーは俺の両腕を粉砕し、それでも尚空へとそのエネルギーを逃がして、ようやく消え去った。

既にノイズは居ない。光に巻き込まれたノイズは悉くが炭に帰ったからだ。

赤い少女もまた満身創痍ではあるものの、一応は生きているようだった。たとえ『その四肢の大半が炭と化していようとも』

 

「……ガッハ……」

血反吐を吐く。生きているのが不思議なほどだ。というか何故死ななかったのか。間違いなくあの謎の声のアドバイスのお陰だ。通じるかは分からないが、頭の中で謎の声に『ありがとう』という感謝の意を述べて、赤い少女を抱きかかえて泣きじゃくる青い少女を見て、最後に後ろを振り返って響がまだ生きている事を確認して――――俺の意識は闇へと落ちていった。



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第二話 滂沱のベルスーズ

このお話においては響と未来との出逢いが原作より早くなってたり、他にも色々異なっている部分があります。それらは過去の断片として時折語られる予定です。


俺が立花響と小日向未来と初めて出会ったのはいつの事だっただろうか。

父が防人を辞するよりも前から、ずっと一緒だったような気もする。

 

――――あぁ、そういえば。彼女達と出逢ったのはもう十年近くも昔の事になるのか。

 

 

俺がまだ小学生だった頃。父が防人を辞するよりも昔の話。

うだるような夏の暑さに辟易しながらも、ガキだった俺は夏休みを満喫していて、そこで彼女に出逢ったのだ。

 

 

 

「やめてよぉ!!返して!!」

 

その叫びを聴いたのは全くの偶然だった。虫取りを楽しんだ後、家路に着きながら今後の楽しみを考えていた俺が公園に通りかかった時に聴こえたのだ。

 

「へっへー!!こんな暑いのにぬいぐるみを抱っこしてるなんて暑くて仕方ねーだろー!!」

 

「女の子にはしんせつにしろってとーちゃんが言ってたからな!!そのぬいぐるみを涼しい所に連れてってやるぜー!!」

 

言葉だけを聴けば親切な子どもに聴こえるそれは、だがその実態を目に捉えればどう見てもいじめっ子でしか無かった。

ぬいぐるみを大事そうに抱える少女に男子二人で寄ってたかって、そのぬいぐるみを奪おうとしているのを見れば、誰であろうと理解するだろう。

それを見かけて放って置ける俺では無かった。勿論、父から『護るべき物』について語られていたからもある。

 

 

だが、それ以上に許せなかったのだ。当時の――――ガキだった俺には言葉に出来なかった想いがそこにはあった。それが、今ならわかる。

確かにこんな暑い夏の日にぬいぐるみを大事に抱えている事は、他者の眼からすれば奇異に映ろう。だが、それは『個人の自由』の範疇に納まっている事だ。

単にそのぬいぐるみが好きなのかも知れない。もしかしたらぬいぐるみを人間と同じく扱う優しい子で、この暑さでぬいぐるみを心配して共に居るのかも知れない。

それは他者が介在出来ない個人の世界の問題だ。

それを『善意でやっているのだ』という甘い衣で包み込み、その中に『異なる他者の存在そのものを認めない』という、無自覚な、人間なら誰しも持つだろう不理解を仕込む。

それが俺はどうしても気に入らなかったのだ。と

 

「おい、お前ら。何をやってるんだ?男子二人で女の子に寄ってたかって。ぶっちゃけ……かっこわりいぜ?」

 

だから、声を掛けた。

……喧嘩腰だったのはやはり、言葉に出来なかったモヤモヤのせいだろう。うん。

今にして思えばもうちょっと穏便な済ませ方があっただろうと、穴が有ったら入りたくなる。思い出さなくていいなら思い出したくない。そんな類の想い出だ。

だから今の今まで忘れていたのだろう。

 

 

――――けれど、コレが天津共鳴と小日向未来と、そして立花響の出逢いの想い出なのだから。うん。否定する事など出来ようも無い。

 

 

「な、なんだよオメェは!!オメェこそ虫取り行ってきました!!って格好しててあんまカッコよくねェだろうが!!」

 

「そうだそうだ!!見てて暑苦しいぞ!!」

 

「むっ。俺の長袖長ズボンは虫取りの為に備えた結果だぞ?確かに暑いけど……それがカッコいいかカッコ悪いかはどうでもよくないか?

 俺は、お前らの行動がかっこわりぃって言ってんだ。その子、泣いてるじゃねぇか!!」

 

「むぐぅ……けっ!!カッコつけしいめ!!覚えてろよ!!」

 

「覚えてろ~!!」

 

 

そうして、二人は去って行って、残されたのは俺と、まだ泣き続ける女の子一人。帽子を被って下を向いているから表情はわからないが、ぬいぐるみを喪う事も無く済んでよかったよかった。

と、そうなれば良かったのだが……

 

「こぉらぁー!!女の子をイジメちゃダメでしょー!!」

 

俺の後ろからもう一人、ぬいぐるみを持った女の子と同じくらいの歳頃のおせっかい焼きがやって来ていたのだ。

 

「え?ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はイジメてたワケじゃなくて……」

 

「そんな事言って!!その子泣いてるじゃない!!」

 

「いや、これは語れば長くなるというか別に長くないというか……キミ!!頼むから俺はイジメてないって言ってくれよ!!」

 

「…………ホント?」

 

乱入してきた太陽のような女の子は、そう言ってぬいぐるみを持った女の子に問いかけて、

 

「……うん。私のぬいぐるみ、取られそうだったのを取り返してくれたの……」

 

「……たははー……ごめんなさい!!」

 

そう言って、珍妙な乱入者の表情がコロコロ変わるので俺も、泣いていた女の子も、涙とか、困惑とか、そういう物をすっかり忘れてふっと笑顔がこぼれてしまったのだった。

 

「えー!?なんで笑うの!?うぅ……私、やっぱり呪われてるかも……」

 

「はは、ごめんごめん。きっと、このすれ違いもお互いを知らないから起っちゃったんだろうな。俺は天津共鳴って言うんだ。キミ達は、なんて名前なんだ?」

 

「私、立花響って言います!!ごめんなさい共鳴さん!!」

 

「……小日向、未来って言います。えっと……ありがとうございました。天津さんも、立花さんも」

 

「名前でいいよ。ここ等辺の公園に居るって事は、多分同じ学校に通う事になるだろうしさ」

 

「私も名前呼びでいいよ!!未来って多分同い年でしょ?だったら、友達になろう!!お父さんから『学校行ったら友達百人出来るかな?』って言われちゃったから、私は友達百人作るんだ!!」

 

「えっと……響、でいいの?それに、共鳴さん……もいいんですか?」

 

「あぁ。勿論。響もよろしくな」

 

その時の響と未来の花咲くような笑顔だけは、このみっともなさ多めな想い出の中でもひときわ強く輝いていて。

――――結局、この時の偶然の巡り合わせで小学校にも上がる前から一緒になった響と未来と、ついでに俺は幼馴染としてつるむ事になったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

そんな、想い出の夢を見ていた気がする。

意識が浮上すると同時に感じるのは消毒液の強い匂い。

病院に掛かる事こそ殆ど無かったが、稽古で消毒液の匂いはよっぽど嗅ぎなれている。

故に、これほど強く匂うのなら病院なのだろう。と、そこまで思考を進めた段階で思い出す。

 

――――ライブの日、現れるノイズ、貫かれる響、戦う天女達

 

「!!!!!」

 

一瞬で意識を覚醒させ、もがく。いや、もがけない。最近実用化されたという話を聞いたカプセル状の手術台に取り込まれていて動けない。

気が逸る。今は何時だ。ライブ会場はどうなった。

 

――――なによりも、胸を貫かれた響はどうなった――――!!

 

 

『先生!!患者が!!目を覚ましたと同時に暴れ出しました!!』

 

『鎮静剤の投与急げ!!他の者は緊急メディカルチェック準備!!腕を動かされる前が勝負だぞ!!』

 

 

暴れようともがく俺を嘲笑うかのように感覚の戻らない腕も、繋がれた足も動かず、看護師の女性に何かの薬品――――恐らくは先ほど言っていた鎮静剤だろう。判断が素早い優秀な看護師だ。を流し込まれ、

俺の思考は、また、千々に千切れて――――闇に――――

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

ICU――――いわゆる集中治療室の前に、俺――――風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)は男性と共に立っていた。

 

「一時とはいえ、意識が回復したと聴いて来たんだが……」

 

「プロフェッショナルと聴いていましたので、念のためにカプセル型を使っていましたが、判断は正解でしたね……もし普通のベッドに寝かせていたらあっという間に立ち上がっていたでしょう。いっそ驚異的ですよ。」

 

「苦労を掛けて、大変申し訳ない」

 

「とんでもない!!……コレが、これしか出来ないのが私達医療従事者なんです。私達は損傷を治す事しか出来ない。それを……負傷が起きないよう予防するのは、貴方がたのように力を持ちながら、それを人助けの為に使う皆さんの仕事ですから。

むしろ苦労を掛けているのは此方の方ですよ。警備の人員を回してくださって感謝しています。流石にこれほどの人数を収容するとなれば混乱は避けられなかった筈ですから……」

 

そう言って、目の前の男性――――この病院の外科のエースだという医師は一般病棟の方を見つめる。

 

――――三日前、ツヴァイウイングのライブと、その裏で行われていた極秘実験がノイズに襲撃され、多くの人々が犠牲になった。

俺達『特異災害対策機動部二課』は、その悲劇の発端となった責任を負う為に沙汰を待ちつつ、その全力を以て事態の収拾に当たっていた。

 

……と言っても、特務機関である二課が表立って出来る事など殆ど無い。出来る事といえば、裏側での事態収拾――――即ち、口止めと情報封鎖である。

全く以て、腹立たしい事だが。俺達は多くの人の命を犠牲としながらも、その責を負う事すら出来ないのが現実だった。

せめてもの償いと、そう言う事すら偽善である為憚られるが、通常業務に戻れない為に余った人員をこういった医療機関へのヘルプとして出張させているのが、彼の言う警備の人員の事だった。

 

「……しかし、大きくなったなぁ。共鳴くんは」

 

そんな混乱の中で、しかしこの悲劇を最小の被害に収めた裏の立役者である少年――――俺の顔見知りでもある。が目覚めたと知らせを受け、飛んできたのだが……

なんと、彼は目覚めるや否や手術台から飛び起きようとしたのだという。今は鎮静剤によって気絶しているが、彼の父を知る者としては誇らしくもあり、同時に悲しくもある。

 

(……せっかく、親父殿の手の内から離れたというのに……特殊な武器とは聞いていたが、まさか天津家に伝わる至宝が『シンフォギアと共鳴する』聖遺物だったとはな……『風鳴機関』成立以前より継がれていた第零号聖遺物、とでも呼ぶべきか。

 『異端技術(ブラックテクノロジィ)』で造られた聖遺物。だがそのせいで、彼にはまた不自由を強いる事になる……奏の命を拾って貰っただけでも多大な恩があるというのに、だ……ままならんな……)

 

彼の父親――――天津共行は、偉大な人物であった。八年前、イチイバル略奪の責を負って辞任した風鳴家当主・風鳴訃堂に対して堂々と叛逆。その絶大な影響力をある程度削減せしめ、国連を始めとした各国との協調路線――――あくまでもごく一部の、裏社会での話であるが。それを切り開いた英傑であったのだ。勿論、日本を訪れた各国要人を人知れず脅威・怪異・妖怪・変化から護り抜いたその腕前も一級品であった。

 

――――そんな彼が一年前、欧州での特務中に『任務行方不明(MIA)』になったと聴いた時は二課も含め裏社会に関わる誰もが目を剥いたものだった。親父殿の手引きすら考えたが、まかり間違っても親父殿が他国と共同するなど有り得ないと切り捨てられたのは幸いであったのか、不幸だったのか。

 

八年前の謀反より後こそ親父殿の眼があって逢う事は出来なかったが、それ以前には防人の家系として共に育った同年代……いやさ、兄貴分として尊敬していたし、防人と家長を両立するその姿にまぶしさすら感じていたのだ。

だからこそ、姪と殆ど変わらない年ごろである筈の共鳴くんが裏社会に落ちて来てしまった事に、俺は特に悩まざるを得ないのであった。

 

――――何故なら、幾ら当主を継がんとする決意を持っていると聴いていようと、戦う覚悟をその手に固めようと、彼はまだその未来を護られるべき少年なのだから。

 

最後に大きく息を吐いて、俺は少年から目を移して自分に課せられた仕事へと戻る事にした。

 

――――願わくば、南無三宝よ。彼の行く末に輝きあらん事を。

 

普段は特に考えず使っている言葉だが、今は仏にすら願わずには居られないのだった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

再び、意識が浮上する。

混濁した意識の中で記憶の糸を手繰る。

薬の影響か、夢すら見ずに泥の中にいるような感覚の中眠っていたようだ――――そう考えるに至り、意識を目覚めさせる。

 

今度はカプセルの中では無く、個室病棟のようであった。まぁ、そうであろう。と思考がわき道に逸れる。

あのような代物があるという事は恐らくあの部屋は集中治療室であり、そういった部屋は次の患者に備えるために長い事占有する事は基本的に考えられていないと聴いている。

 

麻酔故か、鎮静剤故か、ぼんやりとした思考のまま医師が来るのを待つ。このまま騒いだ所で怪我が治るワケも無し。であれば情報収集の為にも今は座して待つべきであろう。

 

「おや、今度は暴れなかったようだね?」

 

「……ぇ」

 

しまった。医師が入ってきたので返答を返そうとしたのだが、喉がうまく動かない。声が出せないというワケでは無いが、少なくとも数日はねこけていただろうと推察できる。

 

「あぁ、喉が渇いていますか。キミ、何か飲み物を。外傷以外は特に問題無いから種類はお茶でいいよ」

 

「……ぁりがと、う……ごぁいます……」

 

「無理はしない方がいい。君は丸一週間も寝ていたのだから」

 

 

一週間。

突きつけられた言葉に気が逸るのを抑えられない。

 

「……自分の容態よりも、あの時何が有ったのかが知りたい。そんな顔をしてるね?」

 

図星である。腹芸はやはり苦手だ。

 

「――――残念だが、ボクはそれに答える権限を持たない。ボクは一介の、この病院の医者でしか無いからね。けれど、今君が目覚めた事を連絡したから、数時間もすれば、説明が出来る人が来る手筈になっている。

 だから、その間ヒマになってしまうから、キミの怪我について説明したり、ちょっとした検査をしたり、それこそお茶を飲んだりして欲しいのだが……ダメかな?」

 

「……はい」

 

真摯に対応してくれる医師に対して、カラカラの口を動かして、でもそれだけはしっかりと答える。コレは徹すべき筋という物だ。

 

「よろしい!!おや、ちょうどお茶も来たようだ。ではお茶を飲みながら聞いてくれ。」

 

 

 

――――その医師が説明した事を要約すると、俺の容態は最悪に近かったという事であった。

 

「まず腕、コレが一番酷い。なにに腕を突っ込んだらこうなるんだ?と頭をひねる程にグチャグチャになっていた。昨今の再生治療の進歩が無ければ義手に変える事を間違いなくオススメしていたレベルだね。」

 

「次に頭。吹っ飛んだか何かして頭が地面に強打されたようで、搬送されてきた時はそりゃ見事なたんこぶになっていたよ。脳に関しては今でも分かっていない部分が多いから、もうちょっと経過を見て後遺症が無いかを確認する予定だ。入院する理由は腕だけじゃないからあんまりはしゃがないように。いいね?」

 

「後はまぁ……全身どこもかしこも傷だらけだね。瓦礫が当たったとみられる打撲、裂傷、打ち身、その他諸々。まぁコッチは一週間寝てる間に治った部分もあるからそこまで気にしなくてもいいよ。」

 

 

「――――よくもまぁ、生きてたもんですね。」

 

心から、そう言う。あのライブ会場の最後に垣間見た爆心地もかくや……という惨状の中ではマシな方だっただろうが――――

 

「ははは、でもまぁ。人の形を保っていただけコッチとしては気分が楽だったよ」

 

など、という俺の甘い考えは、現実を見続けた医師によって一瞬も保たず崩れ去るのであった。

 

「……御免ね。辛い事を思い出させてしまっただろうか?」

 

「……いえ、むしろコッチの台詞です。辛いのは現場の人だけじゃないですものね。」

 

ノイズに同化された人間は、炭となって崩れ落ちる。例外は存在せず、その人が人であった証すら遺さず塵と消える。

医療関係者には、身内をノイズに殺された想い出を糧に、ノイズの致死率を下げようとする研究者すら居るという。

そう考えれば、なるほど。人の形をした怪我人であるならば、間違いなく『手遅れとは限らない』

(けだ)し正論である。

 

 

「――――プッ、クックック……ハッハッハ!!なるほど、風鳴さんの言う通りの少年だ。」

 

「笑う事ですか!?――――って、風鳴?」

 

ふと、知り合いの家名が出て思考が中断する。

病室の扉が開いたのは、そんな時だった。

 

 

そこには、巌のような真っ赤な漢が立っていた。逆立つ赤毛、なんだか微妙に似合っていない気がする赤一色のスーツ、そしてなによりも。

デカい。

縦にも、横にも、厚みもデカい。だが、そんな筋肉で出来たような漢に、俺は見覚えがあった。

十年近く前、親父が防人を辞する前に逢った事があったのだ。

 

「風鳴―――――弦十郎、さん」

 

「ハッハッハ!!昔みたいに小父さんでいいぞ!!共鳴くん!!ようやく目覚めたようでなによりだ!!」

 

「……変わらないですね、小父さんは。」

 

フッと笑顔が零れる。

 

「おや、ようやく笑ってくれた。しかめっ面のままだからやはりボクのトークは面白くなかったのかと思っていたよ――――では、風鳴さん、後の説明は頼みます。」

 

「あぁ、任せてくれ。」

 

そう言って、目覚めてからなんだかんだと長い事居てくれた医師はスッと居なくなったのだった。

 

「……改めてとなるが、『特異災害対策機動部二課』の司令をさせてもらっている風鳴弦十郎だ。と言っても、今の名乗りは形式上の話だからあまり気にしなくていいぞ。共鳴くん。

 昔のまま、オッサンと少年の距離感のまま話して貰って構わない」

 

「はぁ……特異災害対策機動部二課……二課?」

 

特異災害対策機動部。コレは日本国民ならだれもが聴いた事があるだろう。特異災害たるノイズ発生の際に避難誘導や物理攻撃によってノイズを食い止める護国の盾。

金喰い虫などと揶揄される事もあるが、自衛隊の中でもトップクラスの志願者が集まる人気職筆頭だ。

だが、そこに二課などあっただろうか?

 

「……やはり、お父さんはキミに何も教えずに戦っていたのだな。」

 

「父が……?教えてください。小父さん。二課とはなんなのか。そして――――あのライブ会場で何が起こっていたのかを」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

二課についての説明や、ネフシュタンの鎧とは明言しないまでも、ライブそのものがある種の実験であった事、彼のお父さんが起こした謀反の舞台裏。

――――そして、なによりも重大な事例、半ば事後承諾となってしまってはいるが、彼の持つ聖遺物『天紡(アメノツムギ)』の調査・研究の許可と、共鳴くん本人の二課への協力。

 

あまりにも多くの情報だ。考える事を放棄してもいいだろうに、共鳴くんは考える事を放棄せず、今も考え込んでいる。

きっと、彼は考え抜いて出した答えに納得するだろう。――――それが、小父さんという微妙ながらも近い立場にいる大人としてとても歯がゆい。

 

天津共鳴――――彼は昔から聡い子であり、正義感の強い子であり、なにより『違う事』を重んじる、とても良い子であった。

『違う事は悪ではないのだ』という。大人でも実践出来るかは難しい考えを感覚的に分かっていたからか、マイノリティを排除せんとするいじめっ子と対立する事も多くあり、時には大立ち回りを演じる事もあったと。

酒盛りの際に共行さんが楽し気に語っていた事を覚えている。

 

――――だからこそ。違いを認めずあらゆるものを滅ぼすノイズと戦う二課の活動を、天津家の当主たらんとする彼は割り切って認めるのだろう。

たった16歳の、それこそ俺のような連中からすれば全く以て子どもな彼に、それを背負わせたくないからこそ、共行さんは彼に何も教える事は無く、八年前の謀反に到ったのだろう。

 

「――――わかりました。」

 

あぁ、全く以て。背がデカくなっただけで出来る事はちっとも増えやしない。などと、単純な俺にしては珍しくセンチメンタリズムに囚われながら承諾を得たのだった。

 

 

「あぁ!!そうだ!!話が壮大になって遅れましたけど!!立花響という子は!!あの子は助かったんですか!?」

 

――――そう思っていたら、なにやら急に共鳴くんがあわただしく聞いて来たのだった

 

「キミの知り合いか?……まさかライブ会場にいたのか?」

 

「……はい。あの時、俺が飛び出したのを待っていたら、二階席の崩落に巻き込まれて……そして、あの赤い……シンフォギア、でしたっけ?それを纏った少女が護ってくれたんですが、胸に破片を受けてしまって……その後俺も気絶してしまって……」

 

「なるほど、奏が……それだけ情報があれば早晩にも絞り込めるだろう。此方の方で探しておく。安心したまえ!!あの会場でも屈指の重傷だったキミが搬送されたという事は、彼女も恐らくこの病院に居るだろう!!すぐに見つけ出してやるからな!!ハッハッハ!!」

 

名前からして女の子だろう。彼女さんだろうか?彼にもそんな年頃の付き合いがあるのだ。と思うと萎んでいた気持ちも俄然燃え上がるという物だ!!

 

 

そう思った気持ちは、だが。

次の共鳴くんの質問で先送りにする事となる。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「俺が会場でも屈指の重傷って……あの奏?さんでしたっけ。あの人の方がよっぽど……」

 

よっぽどヒドイ状況だった。と言いかけそうになった言葉を飲み込む。

それはそうだ。シンフォギアとやらが二課所属だというなら彼女の事は機密事項。

 

――――そもそも、それ以前に。『四肢が崩壊した人間』をヒドイ状況だった。などという一言で括るのは俺が一番嫌う決めつけだ。と気づいてしまったのだ。

 

そうやって、小父さんの顔を見れずにいると、ふと頭にあったかいものが乗っかってきた。

――――それは、小父さんのデカい掌だった。拳を握れば昔の俺の顔よりも大きかった。昔から変わらない掌。

 

「……ありがとうな。奏を助けてくれて。」

 

突然の言葉に、思考が止まる。だって、『考えてもみなかった』のだ。

 

「でも……ッ!!俺……!!」

 

言葉にならない。だって、『俺の力が足りなかったから』彼女――――奏という少女は四肢を喪い、俺が受けきれなかったノイズたちのせいで多くの人が死んだのだというのに!!

 

「それは、違うぞ。共鳴くん。キミは出来る事を、全力でやった。だから、責める言葉なんてキミには要らない。キミに掛けるべき言葉は『ありがとう』だけだ」

 

その言葉と、頭を撫でる暖かな体温に、何か、胸の奥に深々と刺さった棘が溶けるように消えたようで。

気づいた時には、涙が止まらなくなっていた。

 

「アレ……お”れ”……こ”ん”な”……」

 

口を開けば汚い涙声が抑えられない。眼を閉じても涙が止まらない。

こんなにひどい顔なのに、小父さんとくれば微笑むばかり。

 

「それとな、奏の事だが、機密故詳しい事は言えんが、あの時『彼女が人の形を保っていた』のはお前のお陰じゃないか。というのが二課の技術者たちの考察だ」

 

「……え?」

 

「だから、ありがとう。だ。奏の保護者代わりとして、そして翼――――もう一人の装者の叔父として、心の底からキミに感謝したい。だから今は気にせず泣いて結構!!ドーンと俺が胸を貸してやる!!」

 

その言葉に、一瞬引っ込んだと思った涙がまた堰を切るようにあふれ出して。

 

 

結局、泣いて泣いて泣き疲れた俺はそのまま撫でられたまま寝てしまうという悶絶物の想い出を増やす結果を招いたのだが――――不思議と、恥ずかしいが、あったかい想い出となったのだった

 

 




風鳴司令にとってもつらい選択であり、共鳴がまだ人として壊れていない事の証明でもあるのです。


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第三話 激動のテロリズム

初のR15描写がコレでいいのだろうか?という困惑


――――入院生活である。

目覚めてみればあのライブから一週間も経っていたとの事であり、なんだか実感が全く湧かないのだが、両腕がグチャグチャになっていた為にあと三週間――――入院当日に下された診断が再生治療の上全治一ヶ月だったらしい。はこうして入院していなければならない。

 

――――だが、しかしである。

そこにはある大問題がある。両腕が使えなくなるまでは全く考えてこなかったその問題に俺は直面し、病室のベッドの上でダラダラと脂汗を垂らしながら悩んでいた。

 

――――即ち、トイレである。

今の俺は入院患者らしく手術着らしき薄い服を羽織っているだけとはいえ、その下に下着を着けている以上、排泄を行うには脱がなければならぬ。そして終われば履かねばならぬ。

……しかし、この両腕ではそれはあまりにも遠く、叶わない願いである。

通常とは違い、あの男性医師曰く『手の原型すらちょっと怪しかった』という俺の腕は未だマンガかアニメのようなグルグル巻きが為されており、親指部分も分かれていないという酷い有様である為に、『包帯を巻いた手で無理矢理掴む』という奥の手も使えない。というかそんな事したら間違いなく再生治療の経過観察の為に検査が入り入院生活が伸びる。

二課に協力すると誓った事もあるし、何よりも弦十郎小父さんから『立花くんだが、緊急手術の都合で別の病院に収容されているそうだ。今はそれも無事終わった為入院して安静にしている』と連絡があったのだから。本来ならこんな所で寝ている場合では無いのだ。故に入院が伸びる自体だけは絶対に避けたい。故にトイレも怪我に支障ない方法で済ませねばならぬ。

 

――――それでも、俺とて健全な男子高校生である。

クラスメイトの馬鹿騒ぎが日常の男子達からは『ギャルゲ主人公か貴様は!!』『盆栽と将棋が趣味みたいな顔しやがって!!』『そこまで枯れてて人生楽しいのか!!俺のコーヒーくれてやる!!』『幼馴染の年下美少女二人からお兄ちゃんと呼ばれるとか決して許される物では無い!!』等と、半ば意味不明なスラングらしき評価をされる事も多い俺とて、男子高校生なのだ。当然羞恥もあれば性的な欲求もある。

そんな自意識の中、自らの汚い欲求の末である排泄を他人に――――それも、看護師と改題されたとはいえやはり女性が就く場合が未だ多く見られる看護師。の人に世話してもらう。などというのはあまりにもハードルが高い。色々段階を飛び越えすぎである。最悪死にたくなる。

 

 

……『寝込んでいる間は当然オムツだったよー』等というあの医師の言葉はとりあえず忘却の彼方に沈め、これ以上の恥の上塗りをしない為にはどうすればいいのかを必死に考える――――!!

 

 

……さりとて、このまま逝けば待っているのは『お漏らし野郎』という人生の墓場、もはや首を吊る他道はない畜生道という事も理性は理解しているのだ――――!!

それ故に今俺はナースコールを前に必死に排泄欲求と戦うという不毛極まる争いに挑んでいるのであった。泣きたい。

 

 

 

 

それから何分経っただろうか。

相変わらず自意識の羞恥と欲求の戦いは続いており、しかし自らの限界もまた見え始めていた俺は、半ば無意識の内にナースコールを押していたのであった。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――全くの余談ではあるが、この病院が男性看護師が比較的多く働いて病院であった事をここに記しておく。

 

 

……それでも、穴が有ったら埋めたい記憶には間違いないのだが……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

……決して思い出したくないと定めた記憶に封をした後で、今後の見通しについて思考を切り替える。

つまり、考えるべきは二課に協力する上での利点と欠点である。

 

まず初めにだが、二課に協力しない、という選択肢は俺の中には既に存在しない。

シンフォギア――――そういうのだ、と小父さんから聴いた。あの歌があれば天紡(アメノツムギ)での攻撃がノイズに通用する以上、

ノイズという覆しようのない筈の災厄を、覆せる力を振るわないというのは、俺の――――天津の末として断じて取れる選択では無いからだ。

 

しかし、だからといって二課を全面的に信頼し、総てを託せるか?と問われれば、問題はそう簡単では無い。

何故ならば、『二課の前身は風鳴の家そのもの』であるからだ。

八年前の父さんの謀反も、前身となった風鳴機関のトップであった風鳴家当主――――小父さんの父に当たるらしい。が身を引いた事で可能になった物であったと聴いた。

あの一件以来天津家と風鳴家は公式的にも縁を切っており、状況が変わったからと今さら啖呵を切った相手の庇護下に入れるワケも無い。

 

――――つまり、二課に天津が入るという事は、後ろ盾を失ったまま政争のただなかに飛び込む羽目になるのである。

 

勿論、二課のトップである小父さんは二課の権限内での最大限の庇護を約束してくれたが、いかに二課の権限が超法規的とはいえ、それは対諸外国――――特に米国との関係などにも当て嵌められる物では無い。

諸外国からの誘拐・略取・篭絡・暗殺……二課ですら対応出来かねる状況が発生する可能性はやはり否定できない。

 

コレが二課に所属する上での欠点である。

……まぁ、要人警護や対妖魔を為す天津家の当主として家を継ごうというのなら、その程度の干渉は全て跳ね除けられねばならない物であるが為、これもまた当主を継ぐ為の予行演習と考える事も出来るのだが。

 

それに対して利点は、となるとコレは少し難しい。

 

――――なにせ、実の所は二課に所属する事による俺への直接的なメリットは無いに等しいのだ。

欠点の時に考えが及んだように、二課による庇護は元々機密に関わる事が確定している俺にとっては無意味なのだから。

しいて言えばノイズと戦闘に陥った際に連携が取れる事だが、ノイズをけしかける人間が居るワケでも無し(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)特に気にしなくてもいいだろう。

 

 

――――で、あれば。二課との協力はあくまでも『天津家と風鳴家の協力』という形にしてお互い付かず離れずの協力体制。という形が収まりが良くていいだろうか。

 

相も変わらず代わり映えしない純白のベッドの上でそんな風に打算的に考えていたところで、病室の扉が開いた。

 

 

「はぁい!!共鳴ってば元気してたー?」

 

「げぇっ!?母さん!?」

 

異様なまでにハイテンション。長い黒髪を翻して現れたその人物は、まごう事無き俺の実の母であった。

 

――――天津鳴弥(あまつめいや)

元・考古学者にして人類学者。現在は専業主婦。

俺の選んだ危険な道を理解して、背中を押してくれる。そんな得難い良き母親であるとは分かっているのだが……

 

「もう……心配したんだからね?お仕事ならともかく、響ちゃんと一緒にライブ行くーって行ったっきり戻らないし。入院しても重体だから面会謝絶って言われるし、挙句の果てに八年ぶりに弦十郎くんから電話が来てようやくあなたが目覚めた事とかの機密関連について知ったんだから。あっでも弦十郎くんも共鳴の成長を喜んでくれてたしそういう意味では良かったんだけど。やっぱり共鳴の容態が心配じゃない?だから一も二も無く面会の約束取り付けて車でカッ飛ばしてきたのよー!!」

 

ノックも無しの入室そうそうにこの過保護気味なマシンガントークである。コレがどうにも、苦手なのだ。心配をかけている自覚もあれば、心配されているという自負もあるだけに、これを真正面から受け止めるのはその……テレが勝る。

 

「……その、心配してくれてありがとう。母さん。それと、心配かけてゴメン。」

 

だけど、あのライブ会場で無様を晒して死にかけた以上、正面から受け止めるのは照れるなどと言っている場合では無いのだ。と理解したので、ちょっと、頑張ってみた。

 

「ッ!?……うん。共鳴、ちょっと成長した?」

 

そう言って、ギュッと抱きしめてくる母さんにちょっと、というかとても羞恥から枕に顔を埋めたくなるが、あの時死んでいればこんな思いを抱く事すらできずに消え去っていたのだ。

――――そう、まるで腕だけで帰ってきた父さんのように。

 

まだ死ねないよな。と改めて誓う。母さんはまだ父さんを喪ってから一年しか経っていないのだ。だというのに、俺までも同じように死んでいれば、残された母さんはどう思うだろうか。想像するだに恐ろしい。

 

 

――――そんなちょっと不器用な俺と、覚悟を決めているだろう母さんのちょっと奇妙な親子の触れ合いは、扉をノックする音で一端お終いとなった。

 

「母さん……流石に恥ずかしいので……」

 

「はいはい、じゃあまた今度ね。はーい、どうぞー!!」

病室の主でも無い母さんが何故入室を促すのかはまぁ気にしない事として、促しに応じて入ってくる人物を見る。俺が入院している病室は機密保持の為、表向きには空室とされている場所なのでノックして入ってくるという事は二課絡みのメンバーなのだろう。

 

 

その予想に違わず、入ってきたのはツヴァイウイングの片翼、あのライブ会場で戦って居た片割れの青い少女――――風鳴翼(かざなりつばさ)と、スーツ姿の男性だった。

――――正直、気まずい。

彼女の相方であった赤い少女――――天羽奏(あもうかなで)の事もある。

だが、それと同時に、弦十郎小父さんと話してようやく思い出したのだ。

 

――――俺、天津共鳴と風鳴翼は幼馴染なのだ。

 

普通に考えれば『風鳴』というまず居る筈の無い苗字から分かる筈の事だというのに、風鳴家で遊んだ幼き日の彼女と、ライブ会場での天女のような立ち姿が繋がらなかったのだ。

それがとても、とても気まずいのだが、それを表に出すワケにも行かず。どうしたものかと悩んでいた俺は。

 

「――――」

 

母さんが隣で小さく、消え去る程に呟いた言葉に気づくことも無かったのだ。

 

 

「初めまして。天津さん。私は緒川慎次(おがわしんじ)と言います。」

そのように、重い沈黙となってしまっていた空気を払ってくれたのは、翼さんと一緒に入ってきたスーツ姿の男性だった。

 

「あぁ、初めまして。聞いてるとは思いますが、天津共鳴です。それで、コッチは俺の母の天津鳴弥。弦十郎小父さんから話は聞いているので機密に関しては問題ありません。」

 

「天津鳴弥です。よろしくね?それに……久しぶりね。翼ちゃん。」

 

「……あっ、はい!!鳴弥小母様も――――それに、共鳴くんも、本当に、お久しぶりです……」

 

「――――うん、久しぶりだね。翼ちゃん。」

 

「……うん!!八年ぶりの再会だったのに、あんな形になってしまって……本当に、ごめんなさい。共鳴くん――――それと、奏を助けてくれてありがとう……」

 

「あー……御免。翼ちゃん。それに関してはちょっと申し訳無いんだが――――ライブの時、俺は思い出してなかったんだ。名前まで出してて、本当は気づいて然るべきだったのに。」

 

「ふふっ……流石に、八年前に一回か二回遊んだだけの幼馴染をしっかり覚えてる方が珍しいと思うよ?」

 

「――――えっ?」

 

昔の翼ちゃんを思い出しながら喋っていると、どうも翼ちゃんの方はしっかり覚えていてくれたみたいなのだが……

 

「あらあらあらあら……緒川さん?ここは若い二人に任せて、あちらの方でお話しません?」

 

「ちょっ!?母さん!?」

 

「ふふっ。わかりました。では翼さん。私は鳴弥さんと共に外に出ていますので。」

 

怒涛の展開に置いて行かれる俺をしり目に、母さんは緒川さんを連れて出て行ってしまう。

 

 

「あー……すまん。母さん、いっつもあんな感じで……ってそっか。翼ちゃんはむしろ母さんとの方が会った回数多いのか。」

 

「うん。小母様は小父様と一緒によく風鳴の本家の方にいらしていたから……でも、なんで共鳴くんはあの時だけ?」

 

「あの時は……確か、父さんが重要な話をするからって俺も連れて行ったんだっけ。八紘(やつひろ)の小父さんに一回顔を見せて、その後は親父が二人きりで話したいからって、その間に母さんと一緒に庭を見せて貰ったんだよ」

 

「……そっか。そういう事だったのね。」

 

スラスラと、今まで忘れていたことが嘘のように思い出せる記憶を頼りに、翼ちゃんの問いに答えて行く。

それに対して翼ちゃんは顔を下げて何かに対して深く納得していたようだったが、ふと顔を上げて真剣な顔で俺を見つめてきた。

 

 

「改めて、ありがとう。共鳴くん。奏を助けてくれた事だけじゃなくて、今後も二課に協力してくれるという事も。

 ――――本当は、少し不安だったの。私は今まで、防人たる剣とあろうとしたのだけれども、本当はずっと、悩んでいたのだもの。

 それを祓ってくれたのが奏。奏と私は二人でツヴァイウイングだったの。だから、奏が居ない今の私は、一人では飛べないんじゃないかって……

 ホントは、防人として一人で戦い抜くべきなんだと思う。幾ら天津の家もまた防人の家だとしても、共鳴くんはノイズと戦う者では無かったのだから。でも……」

 

翼ちゃんが、秘密を打ち明けるように話してくれたその言葉に、俺はただ自分の未熟を恥じ入るばかりだった。

なにが『二課に所属する事の利点は殆ど無い』だ。

お前は、風鳴翼を独りにするつもりだったのか。と。

だから、悩みを告げようとしたのだろう翼ちゃんの言葉をそっと遮って、俺の想いを伝える事にしたのだ。

 

「わかった。じゃあの時と同じく……俺はお前がやりたい事。やりたいようにやらせてやる。安心してくれよ翼ちゃん。俺、裏方は大得意だからな。」

その想いを今はそっと仕舞って、翼ちゃんに笑いかける。

それを聴いて、花咲くようにほころぶその笑顔を、必ず護って見せると誓って。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

病室から出て、少し歩いたところにあるソファーで、私と緒川さんと向かい合う。

「……ごめんなさいね。緒川さん。急に連れ出してしまって」

 

「いえ。私の方こそ、親子の団欒を邪魔してしまって、申し訳ありません。」

にこやかにそう返してくれる緒川さんは良い人なのだな。と思う。

 

「ふふっ。ありがとうございます。でも、私とあの子の時間ならこの後幾らでも取れますから。……翼ちゃんの方は、どうですか?」

 

「……最初は、酷い有様でした。奏さんの離脱とツヴァイウイングの事実上の解散……荒れないはずがありません。ですが、共鳴くんが生きていた事。そして、今後は共に戦ってくれる決意を見せてくれたと司令が伝えてからは大分落ち着きました。

 本当は、死を齎すモノと戦えだなんて、あんな子供たちに背負わせるべき業では無いというのに。」

本当に、優しい人なのだな。と、この短い会話だけで分かる。

こんな人達が居るのが二課だというなら、共鳴を預ける先として安心できる。

 

「……それでも、放っておけないから飛び込むのが天津の男たちなんですよ。今のうちに馴れておいた方がいいですよ?」

 

「ははっ……お強いですね。鳴弥さんは。」

 

「ふふっ、天津の女はそんな馬鹿な男たちがボロボロになって帰ってきても抱きしめてやるのが仕事ですから。」

 

「……」

沈黙が降りる。共行さんから少しは聴いている。緒川という忍者の家系があるという事を。此方が知っているのなら、本職である彼が知らないはずが無いだろう。

 

「最後まで共にあると決めたから、私達は夫婦になったんです。……それだけに翼ちゃんはライバルが多くて大変そうで……」

なので、わざと話題を変える。色恋沙汰になるかはともかく、翼ちゃんと共鳴がいい雰囲気だったのでそちらを利用させてもらう。まぁ単純に二人を茶化したいだけな部分もあるのだが

 

「なんと、共鳴くんはモテるんですか?」

 

そして、そんなわざとらしい話題の変化に追随してくれる辺り、緒川さんは本当にいい人なのだなと、改めて思うのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

その後も他愛のない話をして時間は過ぎていき、次の予定があると言って翼ちゃんは緒川さんと一緒に帰って行った。

病室に残ったのは、俺と母さんだけ。

だから、母さんに『それ(・・)』を伝える。

 

「……母さん。俺、決めたよ。天紡の『固有振動数』について、二課に開示してくれ。」

 

「……一応、親として訪ねておくけれども。ほんっとうにいいのね?

 改めて言うまでもないけど、それを教えるという事は、貴方の一挙手一投足が日本政府直轄機関の監視の基に入るのよ?」

 

『固有振動数』

それは、主婦業に収まってヒマになった母さんが家事の間に天紡を調査する中で辿り着いた『使い手と共に居る事で励起した天紡が自発的に起こし続ける音』の事であり、

これを使えば一般的なレーダーでも待機状態を含めた天紡とその使い手――――即ち俺。の場所を把握出来るという、天津家のアキレス腱になり得る現象である。

それを二課に開示する、というのはまぁケジメ半分の、予想半分といった所である。

 

「うん。俺、やっぱり考えが甘かった。奏さんと一緒に戦ってた翼ちゃんが戦場で独りぼっちになってしまう事とか、全然考えてなかった。

 だから、翼ちゃんの涙を零れさせない為にも、二課に全面的に協力するよ。

 ……それにきっと、米国とかが天紡を狙いに来るだろうから、申し訳ないけどその時に二課から助けてもらう為って打算もある。前々からウチは米国上層部から疎んじられてたからね……」

予想というより預言になってしまいそうだが、二課でも補いきれないほど面倒な立ち位置に居る俺はまぁ間違いなく狙われるだろうから、手を打っておく必要はある。

 

「……わかった。じゃあついでに、お母さんも二課に所属するから。」

 

「はい?」

 

「私の専門、忘れたの?天津家に近づいたのも元はと言えば天紡を研究したかったからなのよ?」

 

「あー……はい。わかりました。」

母さんの復職には驚いたが、普段の素行を考えるとむしろ自然な場所に居付いたという感じもするし、危険の最前線でも無いので止める事は出来ないだろうと諦める。

こういう時、どっちも折れないと分かっていると厄介なような、スムーズなような……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

そんな事があって、さらに一週間が過ぎたある日、見舞いに来た弦十郎小父さんが『結晶の中に糸が入ったような形をした』待機状態に戻った天紡をスーツケースに入れて持ってきてくれた。

 

「おぉ……何気にこの一年で一番天紡を手放してた気がする……」

 

「すまんな。研究に使いたいとゴネる櫻井博士を止めるのに手間取ってしまって……」

 

「あー、まぁ。母さんみたいなもんでしょうね。研究者としちゃ目の前のサンプルに興味津々でしょうし。とりあえず今回の件が終わって退院したら改めてお渡しします。って伝えて置いてください。」

身内によって非常に覚えのある状況だったので、約束をしておく。同時にコレは、必ず帰るという決意でもあるのだが。

 

「……本当に、教えて貰ってよかったのか?」

小父さんが改まって問うてきたのは、間違いなく固有振動数についてだろう。

 

「えぇ。天紡と、俺と。その二つが厳重な警戒から解放されるこの瞬間を狙って、今夜あたりにでも米国の連中が襲ってくるはずですから、それを天紡でちょちょいと片付けて……冗談ですよ。

 仮にそうなったとして、この腕だと一人倒すのが限界です。だから、二課の人に助けてもらいたくて。それで一番手っ取り早かったのが固有振動数の開示ってワケです。」

そう言った俺を悲しそうな眼で小父さんは見る。きっと、俺が囮になる事を悲しんでいるのだろう。本当に、俺は人との巡り合わせに恵まれている。

 

「……わかった。必ずキミを助けると約束しよう。その代わり、この件が終わったらアクション映画でも見に行くか!!」

 

「退院してからにしてくださいね?」

 

━━━━そんな風に笑いあい、ゆったりと眠りに着いた俺は。

思惑通りにその夜の内に誘拐されてしまったのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「状況はッ!!」

司令室に入ってくるや否や、風鳴弦十郎は咆えた。

 

「天津氏の入院している病院の空調システムに催眠ガスが混ぜ込まれ、護衛含めて病院そのものが沈黙させられました!!天津氏の安否は不明ですが、アウフヴァッヘン波形および固有振動数による追跡によれば対象は病院のある郊外から港湾部へと向かっている模様!!」

 

それに答えるオペレーターの返答に息を呑む司令室の面々。

 

「そんな……無茶苦茶な!!病院には常時モニタリングが必要な患者だって居るってのに……コレじゃ無差別テロじゃないか!!」

メインオペレーターである藤尭朔也(ふじたかさくや)が咆える。それは此処にいる誰もが思った事であった。

 

「幸い、共鳴くん救出の為に潜んでいた部隊が救助と他の病院への搬送に当たる事で今の所犠牲者は確認出来ていません。ただ、これによって人員が分散してしまった為に、二課の現行戦力では大規模な追走は不可能です。」

もう一人のメインオペレーターである友里(ともさと)あおいが状況報告を続ける。

 

「もっと言えば、ノイズ戦で無い以上、対ノイズ戦力であるシンフォギアの投入も不可能……奴さん、上手い事『詰み』に持ってきてるわねぇ……」

そしてそれにさらなる捕捉を足すのはこの私、櫻井了子である。

 

「まさか、ここまでの強硬手段に出るなんて……」

緒川くんの言葉も尤もだ。まさか他国内でこれほど大規模な作戦展開をするなどとは、正直アメリカという国家を嘗めていた部分がある。

 

「それだけ天津家の存在がうっとおしかったのか……或いは、奪取した天紡を使う『アテ(・・)』でもあるのか……いずれにせよ、現行戦力だけでこの誘拐事件に対処しなければ、共鳴くんを取り戻す事は二度と出来ないだろう。」

だが、それを受けた弦十郎くんの声には確固たる意思が込められていた。

即ち、『成し遂げる』という強い意思が。

 

「でもぉ、どうやって救出するの?大規模な作戦行動は封じられてるし、シンフォギアも使えない。固有振動数によって場所自体は確認できているとはいえ、輸送してる特殊部隊を蹴散らせるほどの兵力がどこにあるっていうの?」

半ば分かった上で言葉を紡ぐ。この間の雪音クリス奪還作戦の失敗、ツヴァイウイングのライブを利用したネフシュタンの鎧起動実験の失敗。いずれも風鳴弦十郎の責では無い。だが、それだけで『仕方が無かった』などと割り切れる程単純な漢では無いのだから。ここで風鳴弦十郎が打つだろう手はただ一つしか無い。即ち――――

 

「決まっている。これだけ大規模な陽動を掛けるという事は、逆に言えば敵は此方との交戦を極力避ける為の少数精鋭である可能性が高い。ならば、此方もまた少数精鋭で以て打って出る!!」

つまりは、司令自らの出陣である。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

面白くなってきた。と心の底でほくそ笑む。

あの『聖遺物モドキ(・・・・・・)』はどうでもいいが、米国の動きがここまで機敏だとは。これならば計画を多少変更して、米国に踊ってもらっても良いかもしれない。

 

哀れな人類共よ。この巫女の手の中で踊り狂え。そして、最後にはカ・ディンギルの礎となるがいい。それこそが人類悲願への到達を約束する唯一の道なのだから。

 




翼さんが共に戦う事に納得が強いのは奏が死んでいない事や、共鳴が防人(少なくとも翼さんから見た場合はそう)である事などが重なった結果となっています。

果たして、誘拐された共鳴の命運や如何に


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第四話 奪還のオーヴァーゼア

二課本部内の通路に設置された休憩所。そこに、私――――風鳴翼は居た。

二課の皆が慌ただしく動くのをただ見守る事しか出来ないこの時間を、私は完全に持て余していた。

 

――――共鳴くんが誘拐されたというのに、私には何も出来ない。

 

別動隊による誘拐を懸念したという司令の指示で寮から出て二課本部へと来たのだが、

そもそも私の護衛は基本的に緒川さんが付いている以上、防人としての鍛錬を積んでいる私の力量も合わせて万全と言える為、コレが私を蚊帳の外に置かない為の司令――――叔父様の配慮であろう事は容易に予想が付いた。

だが、その配慮は同時に『私に出来る事が何も無い』事をも示していたのだ。

 

私が纏う力。シンフォギアは、対人戦力では無い。

この力はその強大さから厳重な管理体制の基に使われるべき力であり、それが振るわれる戦場(いくさば)とは即ち、世界災害であるノイズとの戦いのみを指す。

 

――――故に、今回のように人と人とが相争う場では風鳴翼は歌うべき歌も、纏うべき剣も何も無い、ただの小娘でしか無いのだ。

 

普段であるならばむしろ歓迎すべきであるその事情が、今だけは、辛い。

 

 

――――共鳴くん。と口にしてしまった言葉は、慌ただしく人の行き交う通路に混ざって、消えてしまう――――

 

 

「心配よねー、共鳴の事。」

 

――――そう思ったのに、そうはならなかった。

いつの間にか、私の隣に鳴弥小母様が立っていた。

 

「小母様……」

 

心配。それもある。だが、それを私以上に抱いているのは貴女では無いのですか?

そんな想いすら言葉に出来ずにいる私に、小母様は両手に持っていたコーヒーの片方を私に向けてくる。

 

「はい。あったかいもの、どうぞ。出来合いの品なのはごめんなさいね?」

 

「あっ……はい。あったかいもの、どうも……」

反射的に受け取ってしまったが、今は休業中とてこの身はアイドルとしての一面も持つ為に夜21時以降の飲食を控えている。であるので、このコーヒーを如何にしたものか。

そうやって悩んでいる姿がおかしいのか、小母様は微笑を溢してこう言ってきた。

 

「夜に飲み食いすると太りやすいって言うのは、ある意味迷信ではあるのよ?夜食が肥満の原因である事を否定するデータや論文も結構な数出て来ているのだし。

 ただまぁ、普通に生活しながら、普段は食べない時間にも食事を取れば当然だけどカロリーオーバーの可能性はハネ上がってしまう物だから一概には言えないのだけれども。

 ――――今夜だけって言い訳してしまってもいいと思うわよ?『お腹が空いてる時は嫌な事ばっか考えちゃう』って言うしね?」

 

「……なるほど。……では、今日だけは流儀を忘れる事にして……いただきます」

そう唱えて飲んだコーヒーはまさしくあったかいものであり。口を話した瞬間、無意識にほっと息を吐いてしまった事で自分が厭に緊張してしまっていたのだ。という事を認識させる。

 

「……ね?偶には、夜のコーヒーもいいものでしょう?」

 

「……はい。ありがとうございます、小母様。お陰で少し落ち着きました。」

 

「うんうん。やっぱり翼ちゃんには笑顔が似合うわ。『あの子(・・・)』に似てとっても素敵だもの。」

私が似ているという、あの子。その言葉に、自分が身構えてしまうのを感じる。

言われて嫌な言葉というワケでは無い。むしろ、あの方と似ていると、ずっとそばで見届けてくれたという小母様から太鼓判を押されるというのは誇らしさすらある。

 

 

――――だがそれでも、風鳴翼が母様の命を奪って産まれた鬼子であるという事実は変わらないのだ。

 

 

「……もー!!翼ちゃんってば、そういうお堅い所は八紘くんそっくりなんだからー!!」

そんな風に悩む私を見てそう苦笑しながら、小母様は私をふわりと抱きしめてくださって。

でも私はと言えば、父様にそっくりだと言われた事にも、奏のように抱きしめてくれた事にも、その何もかもに驚いてしまって。

 

「……母親というのはね?子供を産むときはいつでも命がけなの。これほどに科学が進歩しようと、今だに死のリスクを伴う、次代に命を繋ぐ為の大偉業。それが出産。だけど、あの子も、私も、きっと世の多くの母親はそれを覚悟してそこに挑むの。

 だから、どうか背負い込まないで、ね?少なくとも私は、いいえ。私と共行さんは二人共、貴方があの子の命を奪っただなんて思ってはいない。むしろ、あの子の決意の基に産まれて来てくれてありがとう、と――――そう想っているのだから。」

 

――――その言葉に、涙がにじむのが抑えられない。

ただ、産まれてきたことを祝福された事が、果たして何度あっただろうか。

奏は、私の誕生日を盛大に祝ってくれたし、弦十郎叔父様もそうだし、勿論風鳴の家にいた時は父様からも誕生日プレゼントとして良い物を頂いていた。けれど、なんでもないこんな日に、それでも『産まれて来てくれてありがとう』と言われた事など、数える程もなかったような気がする。

 

「小母様……」

 

――――それだけに、悔しい。

自分の愛する息子が誘拐された鳴弥小母様に、心細いだろう人に、さらなる心配を掛けてしまっているというその事実に。

 

「ふふっ。私なら大丈夫よ。天津の男はいつだって死地に飛び込んで人を護る事が使命なのよ?だから、誘拐された程度じゃまだまだねー。」

 

未だに私を抱きしめながらそういう小母様のそれが強がりかどうかは、今の未熟な私では計り知れない事だった。だが、そこに嘘が無い事は読み取れた。

母という存在はここまで強いのか。と驚嘆する。もしかすれば剣よりも尚強い心の持ち主なのでは無いだろうか。

 

「それより~、翼ちゃんのプライベートとか、お友達とか。私はそういうお話が聞きたいわねぇ。どう?学校で仲の良いお友達とか、出来たかしら?」

 

「うっ……それは……」

 

――――正直に言って、リディアンでの私というのは異物として認識されているようであり、プライベートで仲の良い友達と言われると思い浮かばないのだ。

今までは奏が居たのだし、この身は剣であるのだからとそこまで気にしてはいなかったのだが……

 

「……なるほど。じゃあ、ツヴァイウイングの相方の……奏ちゃんは?」

 

「……奏は、はい。間違いなく、一番の友だと断言出来ます。今はまだ意識を取り戻しませんが、きっといつか、共に歌える日が来ると――――そう、私は信じています。」

 

「……そっか。うーん、やっぱり翼ちゃんは笑顔の方がいいわねー」

 

「あ、あの……小母様。ちょっと苦しいです……」

 

苦しいというのは方便で、どちらかというと、通路を通る職員の皆さんから見られているのが照れくさいというのが大きいのだけれども……

 

「いいじゃないのー。折角の八年ぶりの再会なんだし、翼ちゃんと奏ちゃんの事、もっと教えて?」

 

そう言いながらも、ちゃんと抱きしめるのは止めて手が取れる距離に戻ってくれる小母様のさりげない優しさを感じながら、

私は私の楽しかった想い出――――奏との日々を語り始めたのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――意識が、浮上する。

 

自己の認識が曖昧なままの目覚めに、何よりもこの身をストレッチャーらしき台に縛る革製のベルトの数々。

それらによって自らが誘拐された事を認識する。

 

『……お目覚めか。気分はどうだね?』

 

英語で掛けられるその白々しい言葉に、今だ混濁する意識を向ける

 

『最悪だクソ野郎』

 

混濁する意識の中、それでも滑らかに罵倒が出るのはまぁ職業病というものである。

 

『ハッ。口の減らないガキだな。自分の立場という物が分かっているのか?』

 

男はそう言って銃口を向けてくる。だが、その程度の分かり切った脅しに乗る必要は無い。

 

『この程度の悪態で殺すような相手の為にこんな大がかりな誘拐劇をするワケが無いだろう?誘拐された俺がまったく気づけなかった辺り、大方ガスか何かでの誘拐って所か?おめでとう。コレで君達も立派な国際テロリストってワケだ。』

 

『……フン!!やはり、ガキでもアマツはアマツか。』

 

そう言って男は銃を降ろす。どうやら話が通じるタイプのようで安心した。

 

『それで?要求はどの程度?億ドル単位の身代金?それとも政治犯の釈放?』

 

『分かっているだろう。要求はただ一つ。お前の身柄とブラックアート:アメノツムギの確保、それだけだ。交渉の余地など無い。』

 

『……つれないねぇ』

 

半ば分かり切っていた事の確認を終え、周囲の確認を行う。

唯一動かせる頭を巡らせると、ストレッチャーの頭サイドに天紡が入ったスーツケースがあるのがわかる。実に良い場所に置いてくれたと心の中でほくそ笑みながら更に見回すと、

どうやらここは今は使われていない倉庫らしく、うっすらと聴こえる波の音からして湾岸地帯にあるようだ。となれば国外への輸送経路は海路か。日本の領海内までに脱出しなければ帰還は絶望的だろう。

――――とは言ったものの、実はそこまで心配はしていなかった。むしろ楽観していたとも言える。

なにせ、今の俺は『二課に全てを預けた』のだ。つまり、今回の事態にも二課が出張ってくるという事である。

 

――――それは即ち、『必ず助けに来る』と約束してくれたあの人が手助けしてくれるという事だ。

 

ノイズ相手ならまだしも、人相手にあの人が後れを取る筈が無いだろう。

以前までの俺なら、この状況も自分一人で切り抜けなければならないと気負っていただろうが……翼ちゃんと弦十郎小父さんとの八年ぶりのちゃんとした再会はどうやら、俺に少しばかり気持ちの余裕をくれたらしい。

 

とはいえ、この状況が絶体絶命である事もまた間違いないので、此方の方でも対策は打っておく。

手品のような一発ネタなので、出来れば『コレ(・・)』を使わずに済む事を願うばかりだ

 

 

 

 

『リーダー!!カメラに感あり!!』

 

どれほどの時間がたっただろうか。部屋の外から入ってきた別の男が話に乗ってこなかったあの男にタブレット端末を見せる。外部に取り付けた監視カメラの映像だろう。

 

『二課は人命救助を優先する甘ちゃんと聞いていたが……これほど早く部隊を整えるとは、方針でも変えたのか?』

 

『そ、それが……』

 

『……たったの一台だけ、だと?』

 

にやりと口の端が上がるのが自分でもわかる。だから、せっかくなのでカメラから意識を逸らす意味も兼ねて、こう嘲ってやったのだ

 

『さぁ、ヤンキー共、【向こう側】へ帰る時が来たぞ。一個大隊の頭数は用意したか?戦闘機は?戦車は?――――無いのなら、お前たちはここまでだよ。ッハハハハ!!』

 

『……何を言っている?スコットに連絡、狙撃班で撃ち殺せ。なにやら強力な戦力のようだが、此方に近づけなければ問題無い。』

 

「……やっぱ通じないか。ちょっと詩的に行き過ぎたかな?まぁどうあれ、ド派手な花火が上がりそうだ。頼みますね……小父さん。」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

共鳴くんの教えてくれた天紡が起こす固有振動数。

それはごく小規模ながらもアウフヴァッヘン波形を起こす物であった、と了子くんは言っていた。そして、それを利用しか細いアウフヴァッヘン波形を頼りに二課の総力をあげて探知して辿り着いた場所は、港湾地区の再開発に置いていかれ放棄された一角であった。

なるほど、確かにここであるならば米国の部隊が展開していても易々と見つかる事も無い。おりしも沖合には在日米軍の巡視船が来ようとしている情報もある。間違いなく、共鳴くんはここに居る。

そう確信してジープのアクセルを踏み込む。

 

「アタリ、だな。よし、ではコレより突入作戦を決行する。準備はいいな?」

 

「はい。問題ありません。」

 

ここに居るのは諜報班の腕利き五名と俺、そして――――

 

「司令。既に狙撃班が展開しているようです。もう狙われていますが、狙撃される前に黙らせますか?」

 

緒川の計七名だった。

 

「……いや、狙撃手は俺が黙らせる。緒川は道行きの掃除を頼む。」

 

「了解しました。では、煙幕を焚きますので息に注意してくださいね!!」

 

そう言って緒川が目の前に煙玉を投げつける。こういった場合、狙撃対策として有効なのは遮蔽物――――出来ればコンクリート製の強靭な物が良い。か、或いはこのような煙幕である。

 

「車を回す!!その間に行け!!緒川!!」

 

指示を出しながらハンドルを急速に右に回し、その場でジープを回転させる。敵方の狙撃手はコレで一瞬、此方の場所が分からなくなる。

そして、その一瞬があれば、緒川慎次(忍者)は駆けられる。

 

助手席から転がりながら飛び出した緒川はそのままの勢いで立ち上がり、最速で駆け抜ける。対人地雷の類も敷設する念の入れようだったようだが、それは全て走り抜ける緒川を捉える事すら出来ない。

 

「さて……俺も外に出る。お前たちは狙撃班が黙ったのを見たら緒川の通ったルートで侵入しろ!!俺は真っ直ぐ倉庫に向かう!!」

 

指示を出しながら外へと飛び出す。未だ狙撃の脅威は止んではいないが、緒川の走りに度肝を抜かれたからだろう。狙いを付けられるまでが勝負である。

――――だが、既に俺の眼は倉庫の上に匍匐姿勢で陣取った狙撃手と観測手の姿を捉えている。殺気がバレバレだ。

 

「はぁ!!」

 

気合い一拍、震脚を以て地面のコンクリートをひっくり返す。即席の弾避けにもなるのでなるべく大きめに抉り返す。

 

そして、その震脚で踏み込んだ力を拳へと繋ぎ、体の中をピンと一閃、勁を徹す。拳に込めるは必殺の力。

稲妻(いなづま)を喰らい、雷土(いかづち)を握り潰すように、撃ち抜く――――!!

 

コンクリート塊が打ち出されたのを見届け、車内のメンバーへと合図を出す。狙撃が止んだ今、必要なのは数による圧迫である。

 

「行け!!」

 

メンバーが出て行くのを確認しながら俺自身もまた飛び上がる。目指すは倉庫の大扉。ここを破壊する事で敵方の眼を此方に引き付ける――――!!

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

カメラ映像を見ていた男が黙り込むのを、思わず笑いながら見る羽目になってしまった。既に俺に状況を知らせないという誘拐犯として取るべき行動も出来ず、ただ画面を見つめて呆気に取られている男に一片の同情心が無いワケでは無いが、無差別テロまで起こした主犯格であるのでそれは押し殺す。

なにせ『人が対人地雷を駆け抜けて爆風を避け』『人がコンクリートで狙撃返しを決め倉庫の大扉を気合い一声でぶち破る』などというこの世の物とは思えない惨状を目の当たりにしたのだ。思考が停止するのもある種当然と言えよう。

 

『……貴様が先ほどから何やら言っていたのは、こいつ等の事か。』

 

『イエス。と言ったら?』

 

『……クソッ!!アルファ1から全隊へ!!侵入者を人間と思うな!!そいつらは人型のノイズだと思え!!全火力を集中させろ!!』

 

ノイズと同列扱いとは流石は小父さんだなぁなどと暢気していた俺に、再び銃口が突きつけられる。

 

『今更、人質が通用すると思う?』

 

『クッ……貴様の確保が最優先でさえなければ今すぐその頭をぶち抜いてやるっていうのに!!』

 

『あはは、それはちょっと無理か、なッ!!』

 

狙うべきはこの一瞬、正面は撃ち合いで全戦力が集中しており、この部屋にはコイツ一人。であれば、仕組んでいたトラップを起動させられる――――!!

ストレッチャーの頭部側に置いてあったケースが、空を裂いてアルファ1の頭部へと直撃する。危険に対する反射で彼の指はトリガーを引く。

 

――――だが、そこに俺はもう居ない。

 

仕組みは簡単。天紡が保管されたケースは一般的なアタッシュケースに見えて、その実は空気穴が開いている特別性の物――――本来は呼吸を行う植物型聖遺物を運搬する為に作られたらしい。であり、遠隔で起動した天紡から俺の足の指まで糸を伸ばしていたのだ。

それによって俺をストレッチャーに止めていたベルトはその全てが切断され、天紡を引き寄せた事で飛来したアタッシュケースによってアルファ1は痛烈な打撃を受け、それを見越していた俺はストレッチャーから回転して飛び出していた。というワケである。うむ。入院中のヒマつぶしにと見ていたス〇イダーマンの映画が役に立った。

 

『グッ……!!貴様ァ!!』

 

だがまだ気絶には及ばなかった辺りは流石はプロというべきか。こちらに銃口を向けようとするアルファ1の銃を回し蹴りで吹き飛ばし、そのままの勢いでもう一回転。せっかくなので足の指で天紡を操作してアタッシュケースの角を直撃させる事で彼を強制的に黙らせる。

 

『悪いね。待たせてる人がたくさん居るんだ。寝てる暇も無ければ米国に行ってる暇もないくらいさ。』

 

これであとは正面が制圧されるまで待つだけだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

無差別テロも同然なガスを使ってまでの誘拐任務。そこに思う所こそあるものの、兵士として任務を全うしようとした特殊部隊の面々だったが、彼等を待っていたのは不条理極まる超常の存在だった。

 

『アイツ等スーパーマンか!?それともバットマンか!?』

 

『知るかよ!!ミュータントタートルズじゃねーのか!?そんな文句より先に銃を動かせ!!グレネードを投げるぞ!!いっぺん伏せろ!!』

 

忍者が居るという真実に多少は近づきながらも、絶望的な状況は変わらず。コンクリートすら盾と成す赤い漢と、気づけば後ろに回り込んで意識を刈り取る黒いニンジャ。

そんな二人を前には如何な特殊部隊と言えど体勢を立て直す事しか出来ず。少しずつ数を減らし、今や二人を遺すのみとなった彼等は最後の手段として、閉所では自殺行為にも繋がりかねないハンドグレネードの使用に踏み切った。

 

――――だが、そんな決死の策をものともせず咆える漢が居た。

 

「ハァッ!!」

 

グレネードと見るや、隠れる他のメンバーに対して、逆に飛び出してきたその漢は強く、強く震脚を踏み鳴らし、グレネードの爆裂に強烈な発勁で以て応じる。

 

二重の爆発音が耳をつんざく。

 

『ハッ!!流石にグレネードを喰らえば吹っ飛んだだろ!!』

 

グレネードのまき散らした破片で煙る視界。だがそれでも彼等は明確かつ明白な異常を捉えてしまう。

一部の破片が一直線に並んで地面に突き立っていたのだ。まるで、二つの爆発に巻き込まれて押し込まれたかのように。

歴戦の経験からそれを読み取った二人の行動は素早かった。

 

――――即ち、投降である。

 

 

 

後に彼等はこう語ったという。

 

『幾ら任務だろうと、人間グレネードを相手にするなんて冗談じゃねぇ!!歩兵戦力でどうにかなるのかアレは!?』

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

かくして、特殊部隊による誘拐という前代未聞の事件は、特殊部隊を正面から粉砕する人類というこれまた前代未聞の方法で以て解決されたのだが……

 

「えーっと、そろそろ小父さん……風鳴司令の事を許してあげてもいいんじゃないですか、櫻井先生?」

 

「ダメよぉ!!指揮官が救助の指揮ほっぽり出して真正面から特殊部隊とかち合うなんて、上の方にも下の方にも全く以て示しが付かないもの!!」

 

司令が現場に突撃している間代理を務めていたという櫻井了子(さくらいりょうこ)女史によって、小父さんと仲間の皆さんは二課本部の廊下にて、見事な正座で反省させられていた。

そして、彼女の言い分もまた正当な物であるので、俺も強くいう事は出来なかったのである……

 

「すいません、小父さん……」

 

「いや、共鳴くんが無事でよかった。やっちまった俺が正座させられてるのはまぁ当然の結果なワケだし……あぁそうだ。せっかく二課本部に来たワケだし、まだ心配してるだろうから翼と――――奏にも、出来れば顔を見せてやって欲しい。」

 

「奏さん、ですか。意識が戻ったんですか?」

 

「いや……」

 

そう言って歯切れの悪い返事を返す小父さん。そこに割って入ってきたのは櫻井女史だった。

 

「じゃあ其処等辺の説明も兼ねて、これから共鳴くんに入院してもらう医療設備を見て行きましょっか!!」

 

そう、再生治療も峠を越え、形が安定したという事で、俺の身柄は病院では無く二課本部内の医務室へと移されたらしい。

……俺を誘拐する際にあれほどだいそれたテロ行為を行うとは予想していなかったとはいえ、あの病院の皆さんには迷惑をかけてしまったので、俺としてもありがたい話なのであった。

あと半月ほどは此方の医療設備で検査を受けながらリハビリとして軽い訓練を積む予定である。

 

 

 

そうして説明された医療設備だが、大半がシンフォギア装者の為に特化した物である為、俺に関係する物は殆ど無かった。

なんでも櫻井女史曰く、『アナタは自らフォニックゲインを発生させているワケでは無い』との事らしく、女史の方も大半はただ語りたかったという部分が大きかったようだ。まぁこれだけ金のかかった立派な設備だ。当然女史の手も大部分に入っているだろうし、それを誇りたくなる気持ちも分かる。

 

「共鳴くん!!大丈夫だった!?」

 

「はーい共鳴おかえりー」

 

そうこうしていたところで、翼ちゃんと母さんと合流した。

どうもずっと二人で話していたらしく、随分二人の距離感が近づいている気がする。話のタネに俺の恥ずかしい過去が晒されてないといいんだが……

 

「翼ちゃん。心配かけてゴメンね。小父さんのお陰で俺は平気だよ。母さんにも、心配かけた。」

 

「良かった……」

 

ホッと息を吐く翼ちゃん。やっぱり、何も出来ないのは無力感があってイヤなのだろうな。と思う。まさかシンフォギアを人相手に振るうわけにもいかないし。

 

「はい、それじゃあ感動の再会パート2の所悪いけど、奏ちゃんの現状について説明してもいいかしら?」

 

そんな空気を一変させたのは、櫻井女史の言葉だった。

暖かい場が、ピリッと引き締まる。

 

「大丈夫みたいね?じゃあ説明するけれども、奏ちゃんの精神は今植物状態――――持続的意識障害とも言うわね。それに近いほど深く眠りについているの。要するに眠り姫ね。

 コレは、共鳴くんが絶唱のバックファイアの大部分を抜いてくれたとはいえ、適合計数の低さをリンカーで無理矢理補っていた奏ちゃんの闘いそのものが与えていた脳への損傷が原因と見られます。

 つまり、遅かれ早かれ奏ちゃんはリタイアせざるを得ない程傷ついていたの。……本人は、それを圧してでも戦いに向かおうとしたでしょうけども。」

 

改めて突きつけられる、現実。俺が手を伸ばすよりも前から、彼女は深く傷ついていたという。

 

「そして、絶唱のバックファイアによる内臓他諸器官へのダメージ。これもまた深刻ね。四肢が崩壊したのも直接の原因はコレ。共鳴くんは衝撃で腕を食いちぎられそうになったけど、奏ちゃんはまさしくその身で受けたのよ。」

 

そして、手を伸ばしてなお、彼女を救うには届かなかったという、その事実も。

 

「……そんな顔しないの、少年!!」

 

「っつあ!?」

 

物思いに沈んでいた俺をデコピンが襲う。

 

「話は最後まで聞きなさいな。共鳴くん、貴方のお陰で天羽奏は命を繋げたのよ?本来なら絶唱のバックファイアの総てを受ける事は、奏ちゃんの――――それもリンカーが切れていたあの時の状態では100%不可能だったわ。シンフォギアの発明者であるこの桜井了子が断言してもいい。」

 

「そ・し・て。そんな運命を覆した眠り姫を眠らせるガラスの棺こそ、この大天才である櫻井了子の新たなる発明!!名づけて『コールドヒーリングカプセル』!!

 名づけるならやっぱり『眠れる森の美女(スリーピング・ビューティ)』かしらね?」

 

「コールドヒーリング……?」

 

気を回して貰ったことは理解できるが、そこから繋がった部分がまったくわからない。

 

「ロンより証拠って奴ねー。はぁいじゃあコッチ来てー?」

 

「……母さんと翼ちゃんは、何か聞いてる?」

 

「いや、私も櫻井女史が奏を助ける為に何かしているとしか……」

 

「私もまだ一般職員扱いだから櫻井女史の研究にはノータッチよ。機密ランク的にもね。」

 

「そのとーり!!だってコレ、昔依頼されて作った概念試作機を今回の件を機に改良した物で、つい先日出来たばっかりだもの!!」

 

「……それ、最重要機密では?」

 

そんな軽いノリで国家機密を開示しないでいただきたい。

 

「いいのいいの。どーせ概念試作機は海外に二束三文で買い叩かれたって言うし、一般転用可能な部分とそうでない部分が多すぎるから民生化するにもあと10年近くは掛かるだろうし。」

 

あ、翼ちゃんが頭抱え始めた。コレ絶対初耳な話だな。などと現実逃避をしながら櫻井女史の行動を見守る。

そんな櫻井女史が案内してくれたのは本部下層階だという特殊実験室だった。

 

「まぁ概念的には一般的な冬眠(ハイバネーション)型のコールドスリープと変わらないわ。ただ、スリーピング・ビューティの凄い所は『全体の細胞活動は抑制しつつ、治療細胞の分裂だけを促進する』という物ね。コールドスリープすると怪我が治らないとか不便でしょ?だから改良してみちゃった☆」

 

「それ絶対そんな軽いノリでいう事じゃないでしょ!?」

 

恐ろしい程の技術革新をちょっとやってみたみたいなノリで行われては科学者の立つ瀬がない。母さんもどうやら絶句しているらしいし。

 

「まぁ、さっきも言った通り転用不能部分が多くてねぇ……今の所はシンフォギア装者しか使えない代物だから。

 この機械はシンフォギアシステムとのリンクによって装者の『生きたい』という無意識下の精神行動によってギアを纏わせる――――いわば小型の収録スタジオみたいな物ね。

 そうして纏ったギアによって最低限の生命維持を行いつつ治療を行い、駆動の為のエネルギーはフォニックゲインで補うというエコ仕様!!補給無しでも二週間は保つわよ!!」

 

そうして説明された理論は、あまりにも予想の斜め上を突き抜けすぎてなんと返せばいいのかわからない。

フォニックゲインの電力変換ってそれ第三種永久機関では無いのか、とか。そういったツッコミすら投げ捨てざるを得ないほどに、櫻井女史の発明はトンでもだった。

 

「じゃあ、奏は……奏はいつか目覚めるんですか!?」

 

「えぇ。この私が断言してもいいわ。崩壊した四肢の方はアポトーシス形成がうまくいってないから再生できるかわからないけど、いつかねぼすけな眠り姫が眼を覚ます事だけは保証する。」

 

だが、奏さんが助かると聞いて翼ちゃんが嬉しそうなのでまぁいいか。と、かなり現実逃避気味な想いを載せて、二課本部見学会は終了したのであった。

 




ノイズが居ないと二課の皆さんが止まりません


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第五話 暴虐のマジョリティ

此処から暫くはオリジナル展開となります。


二課本部に移送されて半月が過ぎ、遂に腕のギプスが外れる時が来た。

昨今の医療技術の発展というのは本当に著しい物だ。よもや腕の形も怪しい状況からたったの一月でここまで回復出来るとは思わなかった。

 

――――とはいえ、腕が治ったからと言ってすぐさま日常に戻れるかというとそうでもない。

 

腕の形こそ治ったものの、未だ物を握る事にも不自由する程に鈍っている故にリハビリが必要である、というのが一つ。

もう一つは面倒な事情だが、俺が二課所属となった事を関係諸機関に正式な書簡として提出しなければならない事である。

本来であれば機密事項関連の署名を二課内部で処理するだけでよく、こんな七面倒な作業は必要ないのだが……天津と風鳴の確執というのはそれほどに根深い物である、という事だ。

 

「はぁ……治ったばっかの腕が腱鞘炎になりそうだ……」

 

幸いにも定型文に自筆署名するだけであるからそんなことは無いのだが、それでも山盛りの書類を見れば辟易もする。

一室を改装したという簡易病室のサイドテーブルに山積みの書類に一つずつ向き合う俺の前に櫻井女史が現れたのはそんな折だった。

 

 

 

「はぁい、忙しい所ゴメンね~?」

 

「いえ、正直言って辟易してたとこなので。」

 

「……まぁ、この量じゃねぇ。で~は、許可も貰った事だし、ちょっと手を出して貰える?」

 

「手?こうですか?」

 

女史の要求に首を傾げながらも手を出す。すっかり元の形に戻った手に感慨を覚えていると、女史はなにやら手を入れるらしき怪しい装置を取り出してきた。

 

「なんですかそれ?」

 

「まぁ、見ての通りのスキャニング装置ね。詳しくはコッチのスライドを見てちょうだい。」

 

そう言って、壁のモニターを起動する櫻井女史。そこに映しだされた文言は全く以て馴染みのない物であった。

 

「『RE式回天特機装束改修案』……?」

 

「そ、シンフォギアの仕様書には一応眼を通して貰ったでしょう?」

 

「はい。藤尭さんがスライド形式にしてくれたのでなんとか……流石に、理論理屈とかは殆ど分かりませんでしたけど……」

 

スライド形式で仕様書を見せてはもらったのだが、当然のように飛び込んで来る専門用語の山の前に頭が理解を拒んでいたのだ。

そんな時は藤尭さんが逐一説明を入れてくれた事もあり、なんだかんだと良好な関係を築けて居たのだった。

 

「まぁ、そうでしょうね。この大天才・櫻井了子の提唱した櫻井理論を基に作られた『FG式回天特機装束』、それがシンフォギア。とりあえずこれだけ分かってくれればいいわ。」

 

「回天特機装束……あ、なるほど。つまりコレってシンフォギアみたいな物の話なんですね?」

 

「そうそう。共鳴くん、貴方が持つ聖遺物『天紡(アメノツムギ)』は、私達二課の研究によって『シンフォギア装者が発生させるフォニックゲインを媒体として共振する事でノイズへの干渉を可能とする』性質がある事がわかりました。

 けれど、これだけでは片手落ち……というのは、実際にノイズと戦った貴方は分かっているでしょう?」

 

「……はい。」

 

その通りだ。確かに、装者と共に戦場(いくさば)に立てば天紡はノイズに対する刃となる。だが、ノイズからの攻撃に対しては?

あの時、あのライブ会場でノイズと戦った数分。アレだけで俺はいくつもの死線を潜るハメに陥った。

天紡でノイズを撃ち落とせなければ死んでいたし、ノイズの波状攻撃の第四陣を回避できたのは咄嗟の判断と、そして何よりも運が良かったの一言に尽きる。

ノイズの持つ炭化分解能力という最強の矛。それをどうにかしなければ天紡が幾らノイズに干渉出来ようと運用など危険すぎて考えられない。

 

「シンフォギアは確かにノイズに対する攻撃を可能にする調律機能を持っているけれど、最も大切なのは『バリアコーティングによってノイズからの攻撃を軽減できる』という、その一点に集約出来ます。

 けれど、バリアコーティングを維持する為のエネルギーを確保しようとすると、人型サイズのバリアの為だけに発電所級の発電量が必要になるという本末転倒な事になってしまうのよ……

 この私、櫻井了子もそれに悩みに悩んだのだけれど、ある日アメノハバキリの欠片と共鳴した翼ちゃんを見て――――思いついたのよ。歌によって聖遺物を起動し、無限の力を引き出すシンフォギアを。」

 

「翼ちゃんの、歌……」

 

「えぇ。けれど、それ以前に構想されていた物があったの。それこそが『RN式回天特機装束』。コレは聖遺物をエネルギー源としようとしたのはシンフォギアと同じなのだけれども……

 歌というアプローチが無かった物だから、持ち主の精神力を直接聖遺物の起動に充てるという原始的なシステムだったの。……だからまぁ、結果はさんざん。

 一課のレンジャー部隊の精鋭に試して貰ったけど数秒が限界だったわ。現在の人類が聖遺物を起動する、というのはやはり無茶な事だったようなの。……たった一人の例外を除いてはね?」

 

たった一人の例外、というのはまぁ、小父さんの事だろう。と苦笑する。

だが、小父さんが戦えるとして、戦えるかというとそうではない。二課の司令として矢面に立つ彼が直接現場に出て、死線を潜る等というのはまず有り得てはいけない事である。

 

「まぁそんなRN式を基に強化・発展させようって言うのがこの改修案……『RE式』の概要よ。

 難しい事は省くけど、RN式から発展させて、聖遺物――――天紡が持つ共振という特性を活かして『フォニックゲインを外部から調達する』事で精神力の消耗を最小限に抑える計画というワケね。

 まだ青図面を引いてる段階だから実際に改修してみないとわからないけど、少なくとも今の状態よりはノイズに対する対抗手段としての性能は向上する筈よ。」

 

「なるほど……それを俺に見せたって事は、今回の要件は天紡の所有権に関してですか。」

 

「えぇ。その通りよ。強大な力を持つ聖遺物の所有権は基本的に国家に帰属するのだけれど……」

 

その先は言われずともわかる。要するに天津家からの接収という形に出来なくもないが、それでは角が立ちかねない。という事なのだろう。

面倒な話ではあるが、そういった根回しによって二課や俺達のような表に出られない機密組織の存在を保証してもらっているのだから手を抜くことは出来ないのだろう。

 

「わかりました。天津家から二課に貸与、研究してもらうという形でいいですか?流石に所有権の譲渡は俺の一存では決められませんので……」

 

「えぇ、それで十分よ。」

 

「わかりました。……そういえば、RE式って、エネルギー源以外もシンフォギアとはまた違うんですか?形式番号だと似てるみたいですけど……」

 

了承の意を示すと共に手の形をスキャンしてもらいながら、ふと気になった事を尋ねる。

 

「そうねぇ……分かりやすくなるかは分からないけど感覚で言えば、シンフォギア・システムが自前で発電する発電式の車だとしたら、RE式は外部から電気を充電して走る電気自動車って言うのが近いかしら?共振によって足りないフォニックゲインを補う

 ――――言うなれば『レゾナンスギア』……って所かしらね?」

 

「レゾナンスギア……」

 

そんな講義と名付けを交わしながらもスキャニングは終わり、櫻井女史もまた去った簡易病室で椅子に座り一人、考える。

レゾナンスギア。シンフォギアと共に立つ為の力。

 

――――俺に、ノイズと戦う権利をくれる、力

 

「……怖いなぁ……」

 

戦うのが怖いのではない。誰かを護る為に戦って死ぬ事など覚悟している。

だが、ノイズと戦うというのは防人として誰かを護る為の対人戦とはワケが違う。

 

――――ノイズというのは災害なのだ。

であれば、それを前にして『犠牲を一つも出さない』などという事が夢物語であるなど、子供にだってわかる。

 

――――けれど、そうして諦めなければいけない事がどうしようもなく、怖い。

脳裏によぎるのは護れなかった人々の断末魔の叫び。

 

――――目の前でノイズに殺されたあの少女には、未来があった筈なのだ。

それを護れなかった自分の無力を呪いそうになる。

だが、それではいけないのだ。多くの人を護りたいと願うのなら、手の届く範囲をしっかりと見極めて、護れる範囲を護らなければならない。

護れる力を持つのなら、より多くを護る為に生きなければならないのだ。

 

 

――――そうして、切り捨てる事を許容しなければならない責任が、怖い。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

二課に泊まり込み握力のリハビリを続けながら、まず俺がした事は未来と連絡を取る事だった。

アレから一ヶ月。母さんの方から生きている事は告げたというが、それでも俺の口から連絡しなければいけないだろう。

そう思い、電話を取る。

あの時、ライブ会場での一件で大分傷ついてしまった携帯電話を見て、対策を考えた方がいいだろうか?

などと思いながらも、不在着信が山ほど溜まってしまった携帯を開き、電話帳から呼び出すのは見知った番号。あの日、最後に響が掛けた番号。

 

――――小日向未来の携帯電話。

 

『お兄ちゃん!?お兄ちゃんなの!?』

 

コールが繋がっての開口一番の叫びに心と、そして耳が痛む。

 

「あぁ、ゴメンな。未来。入院しててちょっと連絡取れなくて……心配かけた。」

 

だから、未来を安心させる為に此方から声を掛ける。

 

『良かった……小母様から聞いてたけど……心配したんだからね……?』

 

「あぁ。起きたら真っ先に連絡すべきだったんだけど、ゴメンな。」

 

『……うぅん。腕の怪我で面会謝絶だったんでしょ?治して、ちゃんと連絡してくれたから、許す。ぐすっ』

 

あぁ、泣かせてしまった。彼女を泣かせたくなど無かったというのに。

 

「……響もまだ面会謝絶状態だけど、峠は越えたって言うからさ。面会できるようになったら一緒に見舞いに行こう。未来。」

 

『うん……今度は電話じゃなくて。』

 

「あぁ、直接逢って、一緒に、響と真っ先に逢おう。」

 

『私、待ってるから……じゃあ、またね?』

 

「あぁ、また電話するよ。」

 

……本当の事を言えない事が、とても辛い。

だが、小日向未来が、響と並ぶ俺にとっての陽だまりがこんな後ろ暗い話に関わる必要は一切無いのだ。

米国との衝突も、風鳴との確執も、二課との協力も、全て俺が引き受けてそこで完結させなければならない話なのだ。

 

通話の切れた、傷だらけの携帯を見ながら改めて決意する。護りたい日常。世界もそうだし、翼ちゃんもそうだ。けれどなによりも天津共鳴にとって一番大事な日常は、小日向未来と立花響なのだ。

 

――――そこに産まれた矛盾に、気づかぬふりをして、俺はただ強くなろうと決意してしまったのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

傷が治れば、俺もまた日常に戻る。

即ち、高校生活である。

入院する前と同じ学校、同じ教室、同じ席……九月のライブでの事故から一ヶ月ほど来ていなかっただけなのだが、何故かそこに少し違和感を覚える。

その違和感の根源に気づく前に、声を掛けて来た男が居た。

 

「おーっす、共鳴じゃん!!ようやく退院かー?重役出勤にも程があるぜー?」

 

彼の名は赤坂良哉(あかさかりょうや)。クラスメイトの一人にして、俺のような口下手な人間に根気よく付き合ってくれる良き友である。

 

「良哉か。すまんな。ちょっと一月ほど寝過ごしてしまった。」

 

「はっはっは!!一月も寝過ごすとはとんだ寝坊助さんめ!!」

 

そんな良哉の周りには当然、多くの人が集まっていた。男女問わず、良哉は人を惹き付けるのだ。

 

――――だというのに、今日は良哉に声を掛けるクラスメイトが少ない。

 

「……俺が入院してる間に、なにかあったのか?」

 

声を潜めて良哉に聞く。なにか、こう……居心地が悪い。

 

「……なんにもないさ。お前さんが入院してたもんだから、どれくらいの力で弄ってやったもんかと悩んでるだけさ、皆な。」

 

……あからさまに、何かを隠している良哉の態度に、けれどだからこそ、聞くことが躊躇われた。良哉は、その場しのぎの嘘を吐くタイプでは無い。

つまり、この違和感は俺のせいだということだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それだけに突っ込んでいいものかに悩む。

そうこうしているうちに、予鈴が鳴り、違和感を引きずったまま。俺は日常に紛れて行った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

この高校の校舎の裏には、今は部活棟として使われている旧校舎がある。そんな旧校舎の更に裏、誰も来る人の居ないそこで陰惨ないじめが行われていた。

いじめられる対象は、私。理由はただ一つ。『生き延びてしまったから』。

 

仕方のないことだ。と思う。元々、ツヴァイウイングの熱狂的な追っかけだった私はこの学校では浮いていたのだ。

ツヴァイウイングのライブを求めて休日の予定を埋めたり、バイトしたり。そんな私だったから、『こんな理由が無くともいずれはいじめの標的になっただろう』。

そもそも、リディアンを目指していたのに入試会場を間違えて落ちた時から、私はきっと呪われていたのだろう。

 

だから、私を蹴って、転がして、嘲笑う少女達への怒りというのは実の所少なかった。

呪われているのだから、仕方ない。

 

――――それは、あのライブの日から私を蝕む諦念だった。

 

けれど、そんな中で、高く抜けるような秋の空を見てしまって。

 

――――彼と、目が合ってしまった。

 

そうして、空から彼は降ってきた。あの時と同じように。あの時と変わらぬように。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

昼休み。やはり違和感が混じる教室から抜け出し、良哉と共に人気の少ない部室棟へと向かう。

 

「……良哉、教えてくれ。本当はなにが起きてる?」

 

「…………知ったら、絶対後悔するぞ?」

 

「それでも構わない。知らずに助かってしまうなんて、俺には許されない。」

 

「即答かよ……だーっ!!クソっ!!わかった!!教えるよ!!

 お前は、魔女狩りに逢いそうになってんだ。」

 

「魔女狩り?」

 

いったい何の事だ?と思う俺に、良哉は携帯を見せてくる。

 

「ニュースサイト!!お前は見ないだろうけどな!!世間じゃ今、ライブ事故の生存者を吊るし上げる動きが起きてんだよ……!!」

 

「な……に……?」

 

そうして見せられたのは、地獄のような現実だった。

 

――――ライブ事故、大量死者の原因は人災!?

 

――――生存者への補償金、国庫より支出!?

 

――――何故!?ノイズ被害者より多額の補償金!!人災の口封じか!?

 

そんな、無責任な文言で飾り立てられた記事が紙面を彩り、それを信じて、加速していく人の無意識の悪意が、そこには詰まっていた。

 

「初めはみんな、悲惨な事故だなって悲しんだんだけどよ……週刊誌でこんな話が出たら、もう止まらなくなって……けど、お前は天津だから……ここらで天津に突っかかるバカは居ねぇ。誰だって分かってる。だから、知らなきゃ誰も突かねぇだろうと思ってよ……」

 

「……わかった。けど良哉。それだけじゃないだろ。」

 

俺の指摘に、あからさまに良哉の顔色が変わる。

俺の家に関しては一応隠してるつもりだったが、やはり人のウワサというのは侮れない。

だが、それだけであれば『俺に何も知らせない』なんて消極的なその場しのぎな対応はしないはずだ。それくらいはこの高校生活で理解しあった事だ。

 

――――そうして、良哉が口を開こうとした所で、部室棟の外から声が聴こえた。

 

「まったく気持ち悪いよねー!!他人を犠牲にして生き延びた人殺しがさぁ!!私も被害者です~みたいな面してガッコ通ってさー!!」

 

――――それを聴いた瞬間には、既に窓を開けていた。

 

「おい、共鳴!!ここ三階――――!!」

 

静止する良哉の声を意識の外に追いやり、状況判断をする。

部室棟裏に居るのは四人。全員女子であり、一人を三人が囲む形。先ほどの罵声は真ん中に立っている派手な少女の言葉のようだ。

 

――――そして、倒れ込む少女と目が合った。

 

次の瞬間には身体が動いていた。

あの目は、ダメだ。瓦礫が直撃した時の響と同じく、生きる事を諦めてしまった目だ。それだけは、見過ごせない

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「共鳴ィ!?」

 

そんな、上から響いた声と、落ちて来た彼に、私をいじめていた子達も乱入者に気づいたようだった。

 

「な、なによアンタ!?」

 

「さ、サキ……コイツ天津って奴だよ……ヤバイから逃げよ?」

 

「そうだよ……天津ってあのデカい家だよ……絶対ヤバイって……」

 

両脇の子達は鼻がいいようで、主犯格の少女に逃げるよう促していた。

 

――――いや、そもそも校舎の三階から飛び降りて回転着地を決める男子を見れば、まぁ大半の人間はそう判断するだろう。

 

だが、どうやら主犯の少女はそうでは無かったらしい。

 

「なによ!!なんか文句あんの!?天津だかなんだか知らないけどさ!!コイツと同じ人殺しのクセに!!皆して家が怖いからって黙り込んじゃって!!うざったいのよ!!見てるだけで!!」

 

あぁ、そう来るか。なるほど。私をいじめている主犯だという自覚があるからこそ、同じ条件なのに誰も手出ししようとしない彼――――どうやら天津というらしい。に怒っていると。

不毛な感情論だけど、そうしなければ確かに彼女が私をいじめるロジックは崩壊してしまう。

 

「…………俺はいい。けれど、その子は『ただ生き延びた』だけだ。人殺しなどと蔑まれる謂れは無い。」

 

そんな暴論に、けれど彼は静かに返した。

 

――――あぁ、でもあなたは否定しないのですね。『人殺し』という蔑称を。あなたの手から零れ落ちた命を、忘れてはいないのですね。

 

「はぁ?なに言ってんのよ!!あのライブに居たのにまだ生きてるんだから全員人殺しでしょう!?アンタも!!コイツも!!」

 

「違う。」

 

返答は一言。だが、その身に纏う気迫が、言葉よりも雄弁に彼の意思を物語って居た。

 

「おい共鳴!!」

 

彼の意思に呑まれていたこの場の空気を変えたのは、どうも走って部室棟裏に回ってきたらしい、先ほど彼と一緒に居た男子だった。

 

「……チッ!!帰る!!」

 

「あ、ちょっとサキ!?」

 

「ま、まってよー!!」

 

形勢を悟って去って行く女子たち。

暫くは、私に手を出してくる事は無いだろうな、とぼんやりと思っていたら。手が差し伸べられた。

 

「……立てる?」

 

「……はい。ありがとうございます。『二回も(・・・)』助けて貰ってありがとうございます。天津……共鳴さん?ですか?私、『蒼月竜子(あおつきりゅうこ)』って言います。」

 

「あぁ。共鳴でいいよ竜子さん……ってん?二回?」

 

「じゃあ、私はコレで。」

 

「あっちょっと!?」

 

呼び止めてくれた彼の優しさを振り払って教室棟へ向かう。

……本当は、あのお礼は他の人が居るところで言っていい話では無かった。けれど、どうしても伝えたかったのだ。

 

――――助けてくれて、ありがとう。と

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁ……はぁ……あの子が、お前に言わなかった理由だよ。ライブの……生存者。お前、放っておけないだろ。そういうの……」

 

「……あぁ、うん。ゴメン。その通りだ。放っておけないよ。俺。」

 

「……俺だって、ホントは見てられねぇよ。けど、皆呑まれちまってる。

 ……ホントは、いじめなんて、環境が変われば終わっちまうってのは分かってるんだ。分かってるんだけどよ……あの子、生存者いじめで両親が別居したんだとよ。そんな事までウワサで流れてくるんだ。

 そんな状況で逃げ出すなんて難しいよな……」

 

絶句するしか無かった。人々の悪意の限度の無さに。

 

――――こんな地獄に、響は起きれば放り込まれてしまうのか?

 

なにか出来ないかと脳裏を駆け巡る思考。

 

――――二課に頼る?不可能。二課は特務機関であるが故たった一人の例外の為に動く事は出来ない。

――――現当主である祖父に頼む?不可能。天津の権力もまた防人として多くを護る為の物である。

――――ならば個人で護る?不可能。あまりにも力が足りない。

 

――――結論。俺に出来る事は、なにも、無い。

 

「……共鳴……」

 

突然泣き出した俺を、それでも心配してくれる良哉に、良い友を得た。と思う。

 

「……すまん。心配かけて。それと、ありがとう。けど、俺は戦うよ。」

 

――――そう、あまりにも力が足りずとも、『俺は俺が出来る事を諦めない』。そう決めたのだ。

胸によぎるのは彼女の言葉。響を救ってくれた、天羽奏の言葉。

 

だから、コレが俺の我儘だとしても貫き通すと決めたのだ。

 

 

 

 

そして、放課後。俺は彼女――――竜子さんを探していた。

表だったいじめ自体は俺が割り込む事で分散する事が出来るだろう。

であれば後は、彼女本人と話して、生きる希望を見出させる事。それがまず俺に出来る事だ。

 

と言っても、俺が彼女を探していると周囲にバレては彼女への風当たりが強くなってしまう。なので、まず俺は人目につかない場所を探す事にした。

いじめの現場に遭遇出来れば乱入する口実になるし、そうでなくとも教室に居づらいだろう彼女が校内に居るとしたらそういった場所だろう。という仮定の基に行われた探索は、思いのほか呆気なく終わる事となる。

 

「天津くん……誰か探してるの?」

 

「あぁ、いや。竜子さんを探してて……アレ?」

 

「私を……?」

 

部室棟の中を探していた所で、肝心の本人から逆に声を掛けられたのだった。幸いにも人通りも無く、理想通りの条件だったと言える。

 

「あー……うん。竜子さん、俺に二回も助けられたって言ってただろ?けど、ゴメン。一回目を覚えて無くて……」

 

口にした言葉は、話題探しの果てでもあったが、同時に本心でもあった。

二回助けられたというが、俺にはとんと覚えがない。確かに、ライブ事故の前にも色々と首を突っ込むタチであった事は否定できないのだが、竜子さんと出逢った記憶が無いのだ。

 

「あぁ、その事……うん、今ならいいかな。ありがとう。『あのライブ会場で私を助けてくれて』。」

 

その返答に、思考が硬直する。

 

「あなたが不思議な糸でノイズを打ち払ってくれたから、私は今ここに居るの。勿論、この事は機密だから誰にも言ってないけどね?」

 

「……だけど……」

 

あの時、確かに俺は逃げ惑う人々の前に立って天紡でノイズを打ち払った。けれど、俺は『護り切れなかった』のだ。

 

「うん、でも。私はあなたのお陰で助けられたの。だから、ありがとう。」

 

その言葉にまたも涙腺が緩んでしまって、あぁもう。最近泣いてばっかりだなどと思いながら、暫し上を向く事になったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

私を探していたという共鳴くんに、先ほどは伝えられなかった感謝を伝えたら、『友達になりたい』と言って名前で呼ぶ事を要求されてしまった。

なんでも、妹分直伝の仲良くなる方法なんだとか。結構、カワイイ所があるのだな。と思った。

そうして、友達として連絡先を交換した後は何でもない話をして、お互い別々の階段から帰る。

なんだか、青春って感じで結構いいな。とふと思った。こういう事を考えられなくなったのはいつからだっただろうか?

 

――――そんなふやけた頭は、我が家を見る事ですっかり冷え切ってしまった。

 

荒れ果てた家。父さんが栄転記念にとローンで買った我が家は、すっかりボロ屋のようになってしまった。

母さんが居なくなってしまったから、ゴミも溜まるようになってしまった。明日は生ごみの日だから出さないとなぁ。

 

「おい!!竜子!!酒がもうねぇぞ!!買ってこい!!」

 

父さんは、すっかり荒れ果ててしまった。

エリート街道を歩んでいた父さんは、ライブ会場での事故を聞いて仕事を押して駆けつけてくれて……そして、仕事を喪った。

正しくは生存者いじめを知った会社からの尻尾切りだったと泣いていたけれど、真実がどうなのかは知らない。

 

母さんは、生存者いじめに耐えきれなくなって逃げ出した。多分、どこかでひっそりと暮らしているのだろう。

嫁入りだったことだし、母さんの実家に居るかも知れない。

 

 

――――もしも、私が生き残らずに死んでいたのなら、父さんも母さんも、ここまで壊れなかったのかな。なんて戯言は、父さんの怒号に溶けて消えた。




本当に?それ以外に打てる手は無いの?


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第六話 決別のレクイエム

人の無自覚な悪意が産んだ地獄。
その暴流に櫂を刺し、抗わんとするのなら、必要な物とは何か。


いっそ夢であって欲しいと、そう願いたくなる悲惨な現実を見せつけられた俺は、失意の中で懐かしい我が家への道を歩んでいた。

 

――――それでも、この件に関して母さんが何も言わなかったのは、俺への配慮なのだろう。

 

事前に突きつけられたとしても、俺の決意は変わらない。だが、母さんに言われて居たのなら?涙ながらに止められれば?

間違いなくその決意は鈍っていただろうと言える。

また、心配をかけてしまうな。と思う。

だが、それでも見て見ぬふりは出来ない。俺もまた生存者であり、当事者であるのだから。

 

「……ただいま。」

 

「おう、帰ったかい共鳴。」

 

「……祖父ちゃん?」

 

ここまで気を使って貰って、母さんにどんな顔をして会えばいいのかなどと悩み始めた俺を待っていたのは、意外にも母さんでは無く、スキンヘッドが光る俺の祖父――――天津道行(あまつみちゆき)だった。

 

「なんでぇ。俺が出迎えじゃ不満かい?」

 

「あ、いや。別邸の方に居るかと思ってさ。」

 

――――天津の家には別邸がある。

元々は天紡を封じていた祠だったのだが、祖父ちゃんがそこに小さな家を建てて天然の道場としたのだ。

そして、普段はそっちで暮らしているものだから、突然の出迎えに驚いてしまったのだった。

 

「……ま、色々あんのさ。で?どうだったい、入院生活は。」

 

「うん、なかなかスリリングだったよ。まさか催眠ガスを空調システムに流し込むなんて押し込み強盗みたいな手を使われるとは思わなかった。」

 

「……特殊部隊とは聞いてたが、奴さん等テロリストか何かだったのか?」

 

祖父ちゃんにも、心配かけてしまったのだな。と改めて思う。

俺は幸福だ。こんなにも多くの人が俺を心配してくれている。

 

――――だから、立ち向かわなければならない。

 

きっと、こんな暖かさに触れられないまま、冷たい世界に放り出されてしまった人が居るのだ。

そんな人が――――竜子さんのような人が、もっと多く居るのだ。

その全てを救う事は出来ずとも、せめて手の届く範囲で寄り添いたい。

 

久しぶりの祖父ちゃんとの会話を楽しみながら、改めてそう思うのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――ゴトゴトと、轟々と、鳴り響く音に、意識が浮上する。

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間、そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

『……ほぅ?まさかオレの玉座にアクセスしてくるとはな。流石は我が契約者、と言った所か?』

 

その少女は、美しかった。獅子の如き威容を想わせる編み込まれた黄金の長髪、あらゆる知啓を知り尽くしたかのような白銀の瞳、その豊満な肢体に到るまで、すべてが完璧なバランスの基に成り立っていた。

 

『……流石に、そこまで真っ直ぐに褒められればオレとて照れるぞ。契約者よ。

 ――――さて、いきなり取り込まれて混乱しているだろうから簡単に説明してやろう。コレは念話――――いわゆるテレパスだ。』

 

念話……?つまり、俺の意思によってキミとの会話が成立していると?

 

『あぁそうだ。証拠に、俺の唇も、身体も言葉を発するような動きはしていないだろう?』

 

その通りだった。彼女の朱に染まった唇も、整った顔立ちをさらに美しく見せる頬も、彼女の言葉に反してピクリとも動いてはいない。

 

『……お前、それはわざとか?――――あぁ、いや。そうだったな。お前はそういう男だったな……

 さて、この念話というのは本来ならばある術を修めた者同士で使われる物でな。本来であれば修めていないお前が出来る事ではない。恐らくはお前の持つ聖遺物による共振だろう。』

 

彼女は天紡も含めて俺についてよく知っているような口ぶりだった。はて、どこかで会った事があっただろうか?

こんなに美しい女性であれば覚えていないはずがないのだが、どうにも思い浮かばない俺を他所に、少女は説明を続ける。

 

『まぁ、お前とオレとの間にはある契約がある。それだけを覚えておけばいい。

 ……それにしても、まさか念話で直接顔を合わせようとする馬鹿者が居るとはな。ハハッ!!』

 

そう言って、少女は頬を綻ばせ、器用にも念話だけで高笑いを始めた。

何がそんなにおかしいのか?

 

『この念話という物はな、掛ける側の意識が反映されるのだ。通常であれば通信手段――――手紙だとか、電話だとか。そういう手段を介するイメージになるのだがな?

 お前はそれを全てすっ飛ばして、顔を合わせて話したいという意識で以てこの玉座まで辿り着いたのだ。オレを除けば人類最初の到達者だぞ?誇るがいいさ。』

 

なるほど。確かに携帯のような通信手段は便利ではある。けれど、表情や眼の動きなど、それだけでは伝えきれない事もある。勿論、それを使って意図を隠す事も出来るので善し悪しではあるのだが……

 

『腹を割って話したいとでも思ったか?』

 

そうなのだ。あのライブの日、絶唱を前にどうすればいいのか分からなかった俺にアドバイスしてくれた声、それは間違いなく彼女だ。

 

――――だからこそ、その感謝を直接伝えたかったのだ。

 

『……ふっ、相変わらずだな。お前は。だが勘違いするな。あのアドバイスはオレの計画にとって有益だからこそ与えただけの……そうだな、きまぐれのような物だと思っておけ。

 今回のコレも含めて、世界を超えての念話などそうそう出来る物では無いのだからな。』

 

――――世界を、超える?

感謝を受け取って貰えてよかったと思ったのだが、なにやら不穏な言葉が混ざった事に(意識だけらしいが)首を傾げる。

 

『……喋り過ぎたか。いいか!!この事も含め念話に関しては誰にも話すんじゃないぞ!!お前がそんな事をするとは思っていないが……いわゆる、念押しという奴だ。』

 

まぁそれに関しては当然である。念話などという概念を話したところで変人と思われてしまうだけだろう。

だが、それはそれとして困った事がある。

 

――――助けてまで貰った恩人であるキミの事を、なんと呼べばいいのだろうか?

 

『……そこに拘るか。あいも変わらずの……そうだな。ヴァールハイトとでも呼べ。』

 

――――じゃあ改めて、ありがとう。ヴァールハイト。キミのお陰で彼女を救う事が出来た。

 

『……ふん。そら、そろそろ切るぞ。いつか、オレとお前の道が交わる事もあるだろう。それまでせいぜい足掻く事だな。手の届く全てを救う為に(・・・・・・・・・・・)

 

そうして、意識が遠のいていく。だが、そんな中で俺の心を惹いたのは、彼女が最後に言った言葉、『手の届く全てを救う』という、その概念だった。

出来る筈がない。何かを護ろうとすれば、どんなに力があろうと取りこぼす物は必ず産まれる。

 

――――だというのに、どうしてもその言葉が、耳を離れなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ガリィちゃん、ただいま帰りました~。アレェ?マスターってば寝ながらにしてニヤケちゃってどうしましたァ?もしかしてェ……王子様でも迎えに来ちゃいましたァ?」

 

「……性根が腐っているぞ、ガリィ。それで?『万象追想曲(バベル・カノン)』の進捗は?」

 

「ま、40%ってとこですかねェ。幾らアルカノイズであのカネモチ共から資金援助してもらえるって言っても、単純に人手が足りないですよォ。このままのペースだとまだ三年は掛かりますよォ?」

 

「……ま、それくらいで十分だろう。むしろ、オレの計画を完遂する為には七つの音色が揃うまで待たねばならんのだからな。……それに関してだが、ハワイのあの娘はどうだ?」

 

「『眠り姫(・・・)』ですねェ?それなら今の所、ズタボロだった身体も治ってきて快調ですよォ?いやァ、日本製ってスゴイですねェ。」

 

「日本製、なぁ……まぁいい。人手が増やせん以上、今後もお前にはキリキリ働いてもらうぞ、ガリィ。」

 

「ハァイ、了解しましたァ。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

それから、更に数日が経った。表面的に見ればいつも通りの日常に戻った高校生活。だが、それが薄氷そのものである事がわかっているが故に、俺の心は沈んでいた。

そんな中でも、良い知らせはあった。響が目を覚ましたと未来から連絡があったのだ。

 

そして今、未来との約束を護る為に俺は病院の近くの待ち合わせ場所まで来ていた。

待ち合わせの時間まではまだ十分程猶予があったが、それでも指定されたモニュメントの下に、未来は居た。

だが、一人では無く周囲を囲まれてしまって居たのは、誤算であった。

 

「いい加減に話した方がいいわよ、小日向さん。貴女は悪くないんだもの。」

 

「そうそう。立花は人殺しなのよ?あんな奴の場所なんて隠し立てする必要無いでしょ?」

 

――――瞬間、言いようのない怒りが鎌首を擡げる。

だが、それを精神で以て抑える。間違いなく、アレは生存者いじめの一つだ。それも、入院している逃げ場のない響を狙った、卑劣な物だ。

流石に未来をストーキングしていたワケでも無し、未来を偶然見つけた事でお見舞いに便乗しようという腹積もりなのだろう。この近くに病院がある事を考えれば有り得ない話ではない。

 

――――もしも、待ち合わせなどしていなければ、未来が絡まれる事など無かったのだろうな。と頭をよぎる戯言を振り払い、自然な笑顔を作って未来に群がる少女達に話しかける。

 

「やぁ、すまないが、その子は俺の待ち合わせ相手なんだ。悪いけど、通してもらえないかな?」

 

この状況、未来を連れ出すだけではむしろ関心を引いてしまうだろう。いかに病院がプライバシーに配慮していようと、特別な患者では無い響を探すだけなら自らの風聞を気にせずに虱潰しにすれば見つかってしまう可能性はある。

 

――――であれば。取るべき手はただ一つ。ただの待ち合わせであったとして別の場所に移動、然る後に病院へ参る――――!!

 

「あっ……お兄ちゃん……!!」

 

「うえッ!?」

 

待ち合わせ相手が来ることを考えていなかったのだろう少女達が狼狽える。

 

「ゴメンな、未来。待ち合わせに遅れちゃって。」

 

「え!?う、ううん。全然。待ってる間も、悪い気分じゃなかったから……」

 

一瞬狼狽えたものの、未来はすぐに話を合わせてくれた。即ち、『カップルっぽい感じの待ち合わせ会話』と誤魔化す事にである。

以前、三人でドラマを見た時にこういう物に未来が憧れていたようなので、せっかくなので引用してみたのだが、意図はちゃんと伝わったらしい。

 

「え……!?ほ、ホント……!?」

 

「で、でも、さっきお兄ちゃんって……」

 

「あぁ、本物の兄じゃないんだけどね。じゃ、行こうか未来。すまないが急用でないんだったら、申し訳ないんだがまた今度にしてくれないか?今日一日未来と遊ぶ予定だったんだ。」

 

「うっ……」

 

急用だ、とは言えないだろう。クラスメイトをいじめる為に脅していた等とは。まぁ仮に猫を被り通そうとするようならそれを追い詰める言葉も用意してあるのだが。

 

「ではお姫様、お手を拝借。」

 

俺のカッコつけた所作に、先ほどまでの狂気はどこへやら、黄色い悲鳴が挙がった。

 

「もう……!!お兄ちゃん!!流石にやり過ぎ!!」

 

頬を膨らませて主張してくる未来の手を到って普通と言わんばかりに取りながら、病院とは別の道……カラオケなどのある街の方面へと歩を進める。

 

(おにいちゃん……)

 

(大丈夫。もう少ししたらまけるから。安心していいよ。)

 

心配そうに聞いてくる未来を安心させながら頭の中で道を検索する。さて、この好奇の視線を掻い潜るのは中々の難題になりそうだ……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

結局、休日一日響と一緒に居る予定が、半日も未来との逃避行に消えてしまいながらも、なんとか病院へとたどり着いた俺達なのであった。

 

「響?居るかい?」

 

『わっ!?お、お兄ちゃん!?だ、だいじょうぶ!!』

 

「ふふっ、響ったら。絶対ぼーっとしてたでしょ。」

 

「ははは、それじゃ、失礼するね。」

 

ノックに盛大な反応を返す響に苦笑混じりの笑顔を浮かべながら扉を開ける。

 

――――そこに、立花響は、確かに居た。

 

脳裏によぎるのは胸を貫かれたその時の記憶。真っ赤に染まる身体。生きる事を諦めた眼。

それ等を振り払い、響に笑いかける。

 

「おはよう、響。」

 

きっと、色々、聞きたい事も、言いたい事もあるのだろう。だが、それを一時収めて、響は笑って言葉を紡いでくれた。

 

「おはよう!!お兄ちゃん!!」

 

 

 

「それでね?響……」

 

まずなによりも無事を確かめたかっただろう未来に、おしゃべりタイムの先達を譲っていた俺はタイミングを計っていた。

 

「未来、響にそろそろ飲み物を持ってきてもらえないか?俺も響と喋りたいしさ。」

 

「うん!!未来!!私オレンジジュースがいい!!」

 

響もそれに乗ってくれた。いや、彼女の場合ホントにジュースが飲みたいだけでもあろうが。

 

「もう……響ったら、病み上がりなんだから気を付けないといけないでしょ?……買ってくるから、ちょっと待っててね?お兄ちゃんはお茶でいい?」

 

「あぁ、頼むよ。」

 

そうして、未来が退室するのを見届けてから、響に向き直る。

 

「改めて……おはよう、響。ゴメンな。護り切れなくて。」

 

「ううん……!!私が、あんな所に居なかったら良かっただけだもん……」

 

「それで、一応聞いてるとは思うが……」

 

「うん……国家特別機密事項……だっけ?……でも一つだけ。ツヴァイウイングの二人と、お兄ちゃんが戦ってたのは……幻なんかじゃないんだよね?」

 

「……あぁ、それは間違いなく本当だ。」

 

「そっかぁ……あー、すっきりした!!」

 

聡い子だ。と思う。目が覚めてすぐだというのに、ちゃんと状況を把握できている。

 

――――それだけに、伝えなければならない、どうしようもない事実が、重い。

 

「それで……なんだが、響。起きたばかりのキミに伝えるべきではないと分かっては居るんだが……」

 

「なに?」

 

「……今、世間では、ライブ事故での生存者をバッシングする風潮が起きている。」

 

「……え?」

 

「理由は色々ある。けど……それは全部、響には全く関係無い話だ。けれど、個人ではもはや止められないほどに広がってて……ごめん……俺……何も出来なくて……」

 

「……全然わかんないけど、わかった。辛いかも知れないけど……でも、大丈夫。未来も、お兄ちゃんもいるんだもん!!絶対負けないから!!」

 

その言葉に、勝手に救われた気になってしまう自分が、憎い。

響を取り巻く状況は変わらず、相も変わらず俺に出来る事は何も無いと言うのに。

 

「おまたせ。はい、響にはオレンジジュース。お兄ちゃんにはお茶ね。」

 

「わーい!!ありがとう未来ー!!……やっぱり、未来が、未来とお兄ちゃんと知り合えてよかったなぁ……」

 

「……響?」

 

「なーんて、アハハー。ちょっと入院でナイーブになっちゃってたかも。うん!!もう大丈夫!!」

 

そんな風に強がる響の頭を、そっと撫でてやる事くらいしか、俺には出来ないのだった。

 

「わぁ!!くすぐったいってばお兄ちゃん~!!」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――ライブ事故から、速いものでもう四ヶ月が経った。

 

学校、響と未来のメンタルケア、二課周りの根回し、目まぐるしく移り変わる日々にそれなりの満足と、いじめを見る度に去来する無力感を感じながら、世間は新年を迎えていた。

 

――――そんな中で、竜子さんとの関係はなかなか上手くいったと自負できる。

 

放課後に他愛もない事を話したり、ツヴァイウイングのファンだというので翼ちゃんのサインを代わりに貰って来たり、カラオケでツヴァイウイングの歌歌いまくりチャレンジに付き合わされたり。

なんてことはない、普通の日常。

 

「あー!!ホント楽しかった!!ありがと!!共鳴くん!!もう二度とこんな事は出来ないと思ってたからさ!!」

 

「竜子さんが楽しかったなら良かった良かった。最近はツヴァイウイングの曲も聴くようになったから、付いていけてよかったよ。前は、カラオケに連れてかれてもあんまり馴染めなかったからさ。」

 

「……ふーん?前に言ってた、妹分ちゃんと?」

 

「……?あぁ、そうだけど……」

 

(この分じゃあ脈無し、か。それなら……それなら神様――――こんな呪われた私でも、はかない幸せを夢見てもいいですか?)

 

竜子さんとの会話では、最近こういった間が増えるようになった。どうやら一人で考え込むクセがあるようで、それくらい地を見せて貰えているのだな。と嬉しくなる。

 

「……それじゃ、私はコッチだから。またね、共鳴くん」

 

「あぁ、また明日。」

 

雪のちらつく中、帰り道の違う竜子さんと別れる。送って行こうとした時、家を見られるのはイヤだという彼女に何も言う事が出来なかった俺は、いつも帰り道の途中で分かれるのが恒例となっていた。

 

――――きっと明日も続く筈だと思っていた、儚い雪のような日常。それが脆くも崩れ去る幻だったと思い知ったのは、その明日だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

――――親子心中ですって……巻き込まれた娘さんも可哀想に……

 

――――でも、娘さん、あのライブの生存者だったらしいですよ……?

 

――――この家も、そのせいでこうなったって……

 

――――だからってこんなのは流石にひどいじゃないの……

 

 

無責任な、それこそ無責任な言葉が耳をすり抜ける。

たとえ嫌がられようと、家まで送れば良かったと、胸に去来するのは無力感。

 

――――また、護れなかった。

 

ほほをつたう涙を止める術は俺には無く、ただただいじめの惨状を物語る、ゴミ屋敷と化した蒼月家を見つめる事しか出来なかった。

 

『ひとごろし』

『ゆるさない』

『税金ドロボー』

 

父が栄転の記念にローンで買ったと、そう言っていた家は散々に荒らされ、窓は割られ、ゴミが散乱していた。

そんな家を、さらに覆いつくす、立入禁止(キープアウト)の黄色いテープ。

 

――――昨日、俺と別れて家に帰った竜子さんは、夢破れて酒に溺れていた父親と口論になり、殺された。

そして、娘を殺した絶望から父親は首を吊って自殺。

 

最後に彼女に逢っていたという事で警察に事情を話しながら推察した状況ではそんな所だろう。

凶器は恐らく、ビール瓶による殴打と、その破片による出血多量による衰弱死。

救急車を呼べば助かったかも知れない。

 

……冷静にそこまで判断する自分が憎かった。

 

何を考えればいいのかわからない。どうすればいいのかもわからない。

 

――――ただ、この世の総てが憎かった。

 

彼女の家族を追い詰めた生存者へのバッシングも、

それを止められなかった自分自身の無力も、

そもそもこんな状況を巻き起こしたノイズ共も、

 

 

その日のそれ以降の事は、よく覚えていない。

ただ、叫んでいた事だけは覚えている。

 

 

――――そんな俺を再起動させたのは、祖父ちゃんの拳だった。

 

「がっ……!?」

 

「……起きろ。共鳴。お前に客だ。大事な客だ。まず顔を洗ってこい」

 

頬をぶん殴られて、強制的に涙も止められた俺は、のろのろと顔を洗いに行った。

鏡に写った顔はひどい有様で、殴られた跡でも隠し切れない程に顔色が悪くなっていた。

 

そこでようやく思い至り時計を見ると、既に時は深夜であった。

こんな時間に来る大事な客とは、いったい誰だろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

夫が娘と親子心中をしたと、警察から電話があったのは、昼にもなろうかという頃だった。

 

ツヴァイウイングのライブに行って、悲惨な地獄を生き抜いた娘。

私達夫婦はそれを泣いて喜んだ。

 

――――けれど、世間はそうは思わなかった。

 

ノイズ被害者に支払われる補償金がどうだ、死者の大半は人に殺されたのだなどと、魔女を追い立てるかのように、娘を迫害した。

娘が生き残った事を喜んでいた夫も、職を喪った。ノイズ被害者へのバッシングを恐れたのだ。と夫は酒を飲んでがなり立て、私と竜子に暴力を振るうようになった。

 

――――そして、私はそこから逃げ出した。

 

町内会で迫害され、夫の実家から勘当され、家では夫が暴力を振るう。

限界だったのだ。と言い訳する自分が心の中に居る。

 

――――けれど、ならば何故。娘を連れて逃げなかったのか?

 

東京から特急で半日。

そんな遠い実家に逃げて来て、それでも娘を、夫を見捨てた事で、私は抜け殻のようになっていた。

全てを捨てて逃げ出した事で、かつての私はもう居ない。かといって、もはや子どもの頃の私に戻れるはずもない。

 

疲れていたのだ。

幸いにも、実家の両親は突然逃げて来た私を受け入れてくれた。なにも言わず、触れず、腫物を触るようにではあるが真摯に接してくれた。

それが、悔しくて、嬉しくて、何度も泣いた。

 

――――そんな日々の中、以前の家から届いたそれ(・・)に、私は最初恐怖した。

 

帰ってこいという強迫?

怨んでいるという呪詛?

 

……仮にそんな事が書いてあるとしても、それよりもなによりも、宛名になっている娘が『助けてくれ』と言ってくる方が、私には怖かったのだ。

 

 

だが、事実はそうでは無かった。

入っていたのは、ICレコーダーと、手紙。娘から、私に託された、最後の希望。

 

――――手紙には、希望が書かれていた。同じ生存者で、ライブ会場で助けてくれた人を、好きになったと。父さんの面倒は私が見るから、母さんは安心して幸せになって。という希望と。

 

――――けれど、もしかしたらがあるかも知れない。あのライブ会場での事故みたいに、ノイズに襲われるかもしれない。そんな時は、彼の家であるこの住所にこのICレコーダーを送って欲しい。という希望。

 

 

それが、一ヶ月前。

そして、今日。

私は電話を受け、最低限の準備すらせずに財布が入ったバッグを持って飛び出した。

 

――――何も出来なかった無力感と、全て喪ってしまった喪失感と、娘の最後の希望を喪わせたくないという焦燥感と、そのすべてをないまぜにしながら。

 

 

 

 

それから、半日が経った。移動と、遺族としての夫と娘との対面を終え、時刻は既に深夜。

今からでは郵送しても時間が掛かる。

 

――――だが、あの子の好きになった人は、今も苦しんでいる筈だ。と、そう直観した。

 

だって、夫と娘を喪って、こんなにも辛い。捨てたと思ったのに、捨てきれなかった想いが心を蝕むのだ。

だというなら、希望を届けなければならない。と思う。

最早取り戻す事の出来ない私とは違う。

まだ、喪い切っていない彼の――――天津の家へと、自然と脚は向かっていた。

 

 

 

その家は、広大だった。お屋敷、という表現がぴったり来る。あまりの威容にしり込みする心を抑えて、呼び鈴を鳴らす。

 

『……はい、天津ですが。』

 

「あ、あの……私、蒼月竜子の……母、です。あ、天津……共鳴くんに、届けて欲しいと、竜子から……娘から頼まれていたんです……!!」

 

声が震える。今更母親面をする事が、とても怖かった。

けれど、コレは彼女の最後の希望なのだ。と心を強く持つ……

 

『……!!』

 

「どうぞ、おあがりください。私は共鳴の祖父の道行と申します。

 ……外は寒いでしょう。こたつもありますので、まずは客間にあがって暖を取ってください。」

 

息を呑んだような気配がした直後に出て来たのは、なんとも恐ろしい外見の人だった。

スキンヘッドに伸ばした髭、そして夜中だと言うのに掛けたいかついサングラス。

 

━━━━けれど、そこから出て来た言葉は、とても暖かい物だった。

 

「あ、いえ。こんな深夜に押し掛けて置いてそこまでお世話になるワケには……」

 

けれど、それは今の私にはあまりにも暖か過ぎた。

 

「……蒼月家の話、聞き及んでおります。そんな方をこの寒空の下放り出したとあっては天津家末代までの恥。どうかこの老骨を助けると思ってください。」

 

その言葉にびくりと反応してしまう。

やはり、わかっていたのだ。

 

「今、不肖のアホ孫を呼んできますので、温まってお待ちくださいな。」

 

結局、押し切られて客間に押し込まれてしまい、待つ事暫し。

 

……途中聴こえた打撃音はひとまず聞かなかった事にしよう。と決めた。

 

「お客人にお茶も出さずにお待たせしまして申し訳ない。まずはあったかいもの、どうぞ」

 

「はぁ……あったかいもの、どうも……」

 

「共鳴はもうすぐ来ますので、もう暫くおまちくだせぇ。」

 

「はい……あ、あったかい……」

 

ココアだろうか。甘くてあったかいそれを飲むと、人心地が戻ってくる。

 

「……腹が減ってては、良い考えも浮かばん。と姪から言われておりましてな。流石に腹に保つ物は用意出来ませんが、甘い物で頭を回してくだせぇな。」

 

……あったかい人なのだな。と思う。それに、とても強い人だ。とも思う。

 

 

「……失礼します。」

 

彼が入ってきたのは、ココアを飲み干した頃だった。

酷い顔色、泣きはらしたのか眼は真っ赤だし、頬には思いっきりげんこつの跡が残っている。

けれど、強い眼をしているな。と思った。

 

「貴女は……」

 

「……初めまして。私は、蒼月竜子の母です。」

 

その言葉に、彼が息を呑むのが伝わる。

 

「さて、私は下がらせてもらいましょうか。」

 

そう言って、道行さんは飲み干したカップを持って下がって行った。

 

「……今回、私がこの家を訪れたのは他でもありません。竜子が生前遺していた物をお渡しする為です。」

 

「……生前、遺していたもの……?」

 

「えぇ……私が逃げ出した事は、竜子から聞いたでしょう?その逃げた先の実家に、私宛の手紙と一緒に届いた、あの子の最後の希望です。」

 

「最後の……希望……」

 

彼の眼に宿る光が強くなるのを感じる。

あぁ、本当に、強い子だ。あの子が惹かれたのも分かる。

 

「コレを。私は中身について何も知りません。機密にあたるからと、竜子が強く念押ししていましたから。」

 

ICレコーダーを彼に渡す。

 

「……わかりました。聞かせてもらいます。」

 

そう言って彼は一度部屋を出て行った。

 

「……コレで、よかったのよね?竜子……」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

確かに、大事な客だった。

竜子さんの母親だという女性から渡されたICレコーダー。機密にあたるというその中身、間違いなくシンフォギアに関わるなにかであると断定して、一度部屋を辞させてもらう。

 

自室に戻り、念のためにイヤホンでICレコーダーを再生する。

 

『……えー、この音声を聴いている、という事は、ノイズに襲われたのか、事故に遭ったのかは知りませんが、私は死んでしまった。という事でしょう。』

 

その声に、その言葉に、零れる涙が止まらない。

 

『本当は、コレが黒歴史になる事を願っています。あなたのその在り方は美しくて、カッコよくて、私にとって掛替えの無いモノだけれど、同時に、とても危うい物なのだから。』

 

『だから、こんな荒療治みたいなテープじゃなくて、私が一緒に居続ける事で、少しずつ治して行こうと思っていたというワケです。』

 

『……けれど、そうならなかったというのなら、私はあなたに呪いを遺します。あなたが私を忘れられないように、私が、あなたを止められるように。』

 

その言葉に、嫌な予感が止まらなくなる。この言葉を本当に聴いていいのか?だが、コレは彼女の遺言だ。であれば、護れなかった俺は聴かなければならない責任がある。

……そんな、俺の言い訳を見透かすかのように、言葉は続く。

 

『きっと、私を護れなかった事をあなたは悔いるのでしょう。きっと、私以外に手から零れ落ちた誰かをも、あなたは自らの責任だと背負い込むのでしょう。』

 

『だから、コレは呪い。間違いなく私の本心でありながら、決してあなたに見せたくないと思っていた、怨みです。』

 

『……どうして、私を助けるだけで、あなたは私を助けてくれなかったんですか?』

 

その言葉に、身構えていた思考すら止まりかける。

 

『あの日、あのアリーナで、あなたは私を救ってくれた。不特定多数の中の誰かでしかないとしても、あなたは力を振るって私を助けてくれた。』

 

『けれど、あなたが力を振るったのは、あの時だけだった!!私がいじめを受けている時も!!自分がいじめを受けている時も!!妹分もいじめられていると悲しんだ顔をした時も!!』

 

その言葉を聴くんじゃない、と心の弱さが叫ぶ。俺が目を逸らしていた物。

使える筈なのに、勘案すらせずに捨てた選択肢(ほうほう)

 

『あなたの家は、あんなに大きくて!!世界の裏側とも繋がるような家だというのに!!あなたは助けてくれなかった!!その力を使えば私を助けるくらいワケは無い筈なのに!!』

 

耳を塞ぎたくなる。だがそれは出来ない。彼女の言い分は正しい。

 

――――天津の力は防人であるが故に不特定多数には振るえない?

 

――――笑わせるな!!国では無く、世界を護ると咆えたのが俺の父、共行であるというのに!!俺は俺の世界を護る力を振るう事をしなかった!!

 

……護りたい物を護るのだ、と。そうキャンキャンと咆えておきながら、その実、俺は、この強力な力を振るうのが怖かったのだ。

 

『……どうか、力を振るう事を恐れないで。あなたの力は、確かに強大で、他人を傷つけてしまう事もあるかも知れない。けれど、あなたの信念は、護りたいという誓いは、決して過ちなどでは無いと、私が保証します。』

 

『護りたい物を、決して諦めないで。強力な力も、あなたなら使いこなせると、私は信じています。だから、』

 

ふと思い出す。あの夜、念話の中で最後に聴いた言葉、あまりにも理想論な、その言葉

 

『「手の届く全てを救う為に』」

 

同調(シンクロ)か、あるいは共振(レゾナンス)か。

レコーダーと同じその言葉は寸分たがわず俺の胸を貫き、すっと染み渡る

 

『力を振るわず諦める選択を、どうかしないと誓ってください。あなたの優しい心は、すり抜けて行く物に耐えきれないのだから……』

 

そうして、レコーダーは止まる。俺の胸に、新たな誓いを遺しながら。

 

「……あぁ、竜子さん。最後の希望を、誓うよ。俺は……もう、諦めない。諦めない事を、決して諦めない。」

 

俺一人の力では、手の届く全てすら救えない。けれど、俺は一人では無いのだ。

頼る事、巻き込む事、そしてなにより『たすけて』を言う事。

 

――――自分に足りなかった物を、自覚した瞬間だった

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

そうして、俺は祖父ちゃんの部屋に入った。

 

「……客人を置いてこっちに来るたぁ、どういう了見だ?」

 

「……お願いがあって参りました。」

 

「……いいだろう。言え。」

 

「天津家当主代行の地位、返上させていただきたい。」

 

「……あ?」

 

「当主の座を、譲っていただきたい。」

 

土下座である。

元より、父が持っていた当主としての権限を祖父ちゃん……祖父が緊急的に借り受けていたのだ。本来であれば、祖父もまた当主としての権力から脱して好きに生きているべきなのだ。

だが、まだ当主は祖父である。だから、俺に出来る事は、ただこうして真摯に願うしか無い。

 

「…………一つだけ、聴かせろ。それは、罪滅ぼしか?」

 

祖父の言い分は分かる。竜子さんを護れなかった事で自棄になったのでは無いか?という念押し。

だから、答えなど一つしか無い

 

「いいえ、コレは、決意です。」

 

「…………いいだろう。ただし、どんな地獄が口を開けていようと、後悔するなよ?」

 

「後悔なんて、幾らしたかもわかりません。けれど、自ら選ぶと決めたんです。」

 

「ハッ……抜かすようになったな。共鳴……いや、当主殿?」

 

「……ただ、祖父ちゃんの名前は、もうちょっと借りたいんだけど……」

 

「あぁ?なんじゃそりゃ。」

 

「……竜子さんみたいな人を、少しでも減らしたい。その為に、祖父ちゃんの名が必要なんだ。例え当主になろうと、俺の名前だけでは出来ない事だ。」

 

「…………共鳴おめぇ、まさか……!?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

あの後、客間に戻ってきた共鳴くんからそのまま泊って行く事を勧められてしまい、終電も終わってしまっているという事で、結局お世話になってしまった。

せめてものお礼に、あの子が最後まで抱え込んでいた物を渡そうと思った。実況見分が終われば警察から届くだろうそれ。

 

『天津共鳴と蒼月竜子へ』とサインされた、ツヴァイウイングのシングルCDを。

 




それは決意、それは覚悟。
無力だと誤魔化していた弱い自分と、教えてくれた彼女との、決別の葬送曲(レクイエム)


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第七話 決意のオーヴァチュア

決意を以て、まずは第一歩を。


祖父ちゃんから家督を継ぐ契約を結んでもらい、一晩だけと決めて休んだ後、俺はさっそくある場所へと向かっていた。

 

━━━━手の届く総てを救う。荒唐無稽で、出来る筈がないその理想を、それでも諦めないと決めた。

 

であれば、そこに最も近づくために必要な物は何か?

実力?確かに必要ではあるが、現代日本において個人の実力が戦局を変えるような事態はたった一人の例外を除いては有り得ない。

権力?確かに重要ではあるが、権力を持つという事はそこに縛られるという事でもある。より多くの人を救う為ならともかく、手の届く総てを救うには手広過ぎる。

どれも必要だが、どれを取っても理想へと近づくには回り道や本末の転倒が過ぎる。

 

━━━━それでも、俺には一つ思いついた物があった。

その答え合わせをする為に向かった場所。それは、リディアン音楽院高等部━━━━正確には、その地下に存在する特異災害対策機動部二課本部である。

 

 

 

司令室には、小父さんと藤尭さんと一般オペレーターの皆さんの姿があった。珍しい事だが、友里さんは居ないらしい。

 

「共鳴くん!?……今日は、特にキミに関する実験などの予定は無かった筈だが……」

 

俺の入室に驚くも、事務的な話に終始せんとする意思が見える弦十郎小父さん。

……恐らくは、二課の情報網で以て竜子さんの件を知っているからだろう。その気遣いに内心感謝しながらも、俺は俺の考えた答えを話すことにした。

 

「はい、今日来たのは、俺の我儘の為です。」

 

「……我儘、だと?」

 

「……はい。ライブ事故の生存者、およびその家族。彼等を地獄から救うための━━━━奇跡を起こす為の、我儘です。」

 

その言葉に対する反応は、二通り。

俺の眼を見据えて、その言葉の真意を見定めようとする、小父さんの強い視線。

それに対して、仕事をしていた手を止め、此方を見ないままに言葉を紡ぐ、藤尭さん。

 

「━━━━それは、無理だよ。奇跡なんて起こせっこない。」

 

その言葉に追随してメインモニターに映し出される資料。

それは、生存者への迫害に関する物だった。

 

「……二課だって清廉潔白な組織じゃない。けど、だからって、自分たちの起こした実験で起きた事故の後始末を怠る程腐った気はないよ、共鳴くん。

 補正予算による生存者への賠償金こそ上層部の正当な決定だけど、現地での救助活動や米国からの干渉除去など、彼等を死なせない為にあらゆる手を尽くした。

 ……けれど、そこが二課の限界。これ以上の干渉は機密組織である二課では不可能な領域。表の世界での話。インターネット上での情報操作こそ今でも行っているけれど、アナログに人々の間に浸透してしまった風説と動きは僕たちには抑えきれない物だ。」

 

……藤尭さんが此方を向かぬまま言葉にするそれは、否定しようのない事実だった。

機密組織として活動する以上、二課がカバーできる範囲は決まっている。人の眼に付かない世間の裏側だけ。

既に表沙汰になってしまっている生存者への迫害は、その範囲から明確に逸脱してしまっている。

 

━━━━けれど、それは二課だけで(・・・)対処しようとした場合だ。

 

「えぇ。それは分かっています。だからこそ、俺が我儘を徹すんです。━━━━そして、その為には二課の協力が必要不可欠なんです。」

 

「二課の協力が?それはいったい……」

 

「……ここの上のリディアン音楽院高等部。他の場所にあるっていう小等部と中東部も合わせての小中高一貫教育でしたよね?」

 

「ん?あぁ、確かにそうだ。経営母体となる理事会はダミーで、実態としては二課が運営しているが、それがいったいどうして……まさかッ!?」

 

「ッ!?それならもしかすると……ッ!!」

 

流石は小父さんだ。俺の発した疑問だけで何をしようとしているのかの大筋を理解してくれたらしい。

藤尭さんの方も何かに気づいたらしく、多数のディスプレイを並列して何かの作業をし始めた。

 

「えぇ。━━━━生存者の学生たちを、リディアン音楽院のような寮設備のある学校に転校させます。」

 

━━━━今にして思えば、ヒントは竜子さんと出逢ったあの日、良哉が既に口にしていた。

 

『……ホントは、いじめなんて、環境が変われば終わっちまうってのは分かってるんだ。分かってるんだけどよ……あの子、生存者いじめで両親が別居したんだとよ。そんな事までウワサで流れてくるんだ。

 そんな状況で逃げ出すなんて難しいよな……』

 

━━━━誰もが、逃げたいと思っていて。けれど逃げる勇気を出す事が出来ずに泣いているというのなら、それを後押ししてあげたい。

 

「……確かに、迫害の原因を取り除くよりも、迫害の対象が居なくなってしまう。というのは有効だ……だが、リディアン音楽院だけでは、生存者八万人以上の中でもたったの数百人しか助けてやる事は……」

 

「……いえ、出来るかも知れませんよ。司令。」

 

「なにッ!?」

 

「以前から、二課が表向きの言い訳の為に保有するダミーカンパニー数十社では、慢性的な人手不足が問題となっていました。これは、機密事項に関わる可能性がある為に大々的な募集が出来なかったのが原因です。

 今の所は諜報部の人間を充てて解決していましたが……」

 

「生存者の中で事務職を快諾してくれる人が居れば……!!」

 

俺だけでは思いつかなかった部分まで手を届かせてくれたのは、モニターと向き合う藤尭さんだった。

 

「……けれど、やはりこの場合、追加の予算が問題となります。実態を持たないペーパーカンパニーでは無いので給与自体はダミーカンパニー側の表向きの事業で補填出来ますが、肝心の転職手続きに掛かる人件費その他……

 今年の二課の予算ではどうしても足が……」

 

「ぬぅッ……!!福音かと思えば一転して手詰まりか……共鳴くん、この案は二課の本来の職務から逸脱してしまっている……追加の予算をねだっても承認は降りないだろう。

 だが、来季の予算に計上する事を約束する。だからどうか……」

 

そう、数万の人を救うためには、数億もの大金が必要になる。そして、機密組織とは言えお役所の一部である二課にはその資金が無い。正確に言えば、そこに回せる自由な予算が無いのだ。

組織としての力を持つが故に発生する、当然の弱点だ。

そんなことはわかっている。だが、と心が叫ぶ。

その叫びを言葉に載せる。それを覆す為の手札を用意してきたのだから━━━━!!

 

「いいえ、待てません。今この瞬間も……生存者のみんなは傷ついている!!━━━━ただ、生き残った。というだけで!!

 もう一年も待てば、その間に何万という人が心に傷を負う!!その心の傷は、なまなかに癒える事は無いんです!!

 だから――――天津家当主(・・・・・)として、二課に正式に協力を要請します!!

 天津家が行う一大事業、『ライブ事故被害者の再就職、再就学を支援する会』の活動に協賛する企業・団体の中核として!!」

 

『なッ……!?』

 

その驚愕の声は、藤尭さんの物か、小父さんの物か、或いはこの話に関われずとも聞いていたオペレーターの皆さんか。

重なったその驚愕の種類は複数。困惑と、確認。

 

「無茶だッ!!支援と言っても数万人を対象にした物だぞ!?幾ら天津家が旧家だからといって数十億も掛かるだろうその総てを賄い切るなんて……」

 

「いいや、天津家の個人資産は各地に機密機関を置く風鳴と対等に立てる程……即ち、億単位なら全く致命的では無い。だが……共鳴くん、キミはそれでいいのか?

 天津家の当主となるという事。それは即ち……」

 

「……はい。本当は一年前、父が死んだその時に既に覚悟しなければならなかった事です。そのせいで祖父には迷惑を掛けてしまいましたし……今回の件についても、また矢面に立ってもらう事になりそうですし……」

 

「……本音を言ってしまえば、俺個人としてはその決意を止めたい。キミは数々の機密に関わったとはいえ、今だ悩むべき華の高校生なのだ。

 ……だが、キミが考え抜いての結論であるというのなら、俺にはキミを止められる言葉がありそうもない。

 特機部二(とっきぶつ)の司令として、天津家からの依頼に対し、正式に協力を受ける事を約束しよう。」

 

「はい!!よろしくお願いします!!」

 

正直に言えば、あまり手広く事業展開しているワケでは無い天津家にとっては大きな打撃なのだが、それでも見過ごすよりもよっぽどマシだ。と祖父ちゃんから太鼓判をもらったこの事業。

それが、始まる前から躓くことが無くて良かった。

 

「ただ、二課の持つダミーカンパニー群やリディアンを含めても、それでもまだ生存者全員を受け入れる程のキャパシティは……」

 

「……それに関しては、人々の善意を信じましょう。内輪の需要だけで無く、大々的に協賛と資金援助を要請する予定ですから……」

 

財力、そして人脈。これらによる『利益の出る』慈善的経済活動こそ、今の俺の理想を叶える為に必要な物であった。

 

━━━━だが、それでも。俺個人では総てを救う事は出来ない。

 

辛い現実ではあるが、目を逸らす事も出来ない現実であった。

 

「よし、藤尭ァ!!コレから忙しくなるぞ!!三ヶ月……いや、二ヶ月で根回しと準備をする!!」

 

「了解!!そんな忙しさなら願ったり叶ったりですよ!!」

 

そうして、藤尭さんは新たな━━━━俺が作ってしまった。仕事へと着手し始める。

そんな藤尭さんに、俺は伝えなければいけない事があった。

 

「あの、藤尭さん。ありがとうございました。」

 

「……なんの事だい?」

 

「さっき、俺が我儘の内容を言う前に、枕を潰そうとしてくれた事です。あの資料、藤尭さんが自分で集めてた物ですよね?」

 

「……お見通しか。うん、キミは確かに聡い子だけれども。計算上、生存者を救うなんてさっきまでは荒唐無稽な御伽噺だった。だから機先を制しては見たんだが……こっちは謝らないとだね。キミの発想力と、なによりその力を嘗めていた。」

 

「いえ、天津家という後ろ盾が無ければ俺はまだ、ただの高校生です。だから、藤尭さんの対応は正しかった。だから、ありがとうございました。」

 

「……そっか。じゃあ、お互いに頑張るとしよう。生存者のみんなを救う為に。」

 

「━━━━はい!!」

 

 

 

「は~い!!おっまたせ~!!朝っぱらから悪いんだけど共鳴くんに連絡してもらえる~?」

 

そんな心地よい活気に満ちて来た司令室の空気を、一瞬で破壊しながら現れたのは櫻井女史であった。

そういえば、この三ヶ月という物、母さんを助手にしてレゾナンスギアの開発に尽力していたようであったが……

 

そんな風にぼんやり考えていた俺の前に、幽鬼のような女性が現れた。

……というか、母さんだった。

 

「共鳴……大丈夫?」

 

「いや、それはコッチの台詞。櫻井女史に付き合わされてたんでしょ?まずはゆっくり休んでよ。」

 

「だって……竜子ちゃんが……」

 

あぁ、そうだ。と気づく。竜子さんが居なくなってしまってからまだ一晩しか経っていないのだ。であれば、竜子さんとも交流のあった母さんが心配するのは、当然の話だ。

それを、俺に直接見せてくれている事に安心を覚える。これは、疲れているからこそなのだろうな。と思う。

 

「大丈夫だよ、母さん。竜子さんから、託されてさ。俺は、もう力を振るう事も、助けてくれって泣きつく事も躊躇わないって決めたからさ。」

 

「……そっか、ちょっと安心。それじゃ、また後でね?」

 

「うん。」

 

そう言って母さんは扉の向こうに消えて行く。

そして、それを見届けた櫻井女史が話しかけて来た。

 

「……お邪魔虫だったかしら?」

 

「いえ。俺に出来る事は終わってましたので、むしろいいタイミングでした。それで、俺に用事ですか?」

 

「えぇ。レゾナンスギアの調整が大詰めに入ったのよ。それで、折角の日曜日だし翼ちゃんも呼んで起動実験を行う事にしたの。」

 

「なるほど。わかりました。このまま待機していればいいですか?ちょっと連絡しておきたい相手が居るんですが……」

 

「えぇいいわよ。どうせ、この後翼ちゃんに連絡するから時間はかかるしね。ゆっくりしてちょうだい。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……わかりました。午後の予定は元々夕方の物だけでしたので、えぇ。今から本部に向かいます。」

 

━━━━ツヴァイウイングとしての活動こそ奏が眠り続けている事で休止しているものの、風鳴翼個人としての仕事は、少しずつだが入ってくるようになった。

本当にありがたい事に、ファンの皆は私の歌を待ち続けてくれている。それは、間違いなく私にとってのモチベーションになっていた。

 

そんな中で、本部からの連絡が入った。

 

「なにか、あったのですか?」

 

「えぇ。了子さんからで、レゾナンスギアの起動実験を行うとの事で、翼さんの立ち合いが必要だと。」

 

「本当ですか!?」

 

レゾナンスギア、それはシンフォギアの形成するフォニックゲインを利用してバリアコーティングを形成する物だと櫻井女史から聞いている。

それが完成したという事は、共鳴くんが戦場(いくさば)に立てるようになった事を意味する。

本来であればそれは歓迎すべき事では無いのだが……

共鳴くんの場合は話が別だ。あのライブの時、天紡がノイズを倒せるなど露も知らずに、それでも彼は護る為に立ちはだかった。

防人としては誇るべき尊い覚悟だが、一歩間違えれば、彼は既にこの世界に居なかっただろう。

━━━━であれば、せめて私と共に戦場に立つ時だけであろうと、彼を護る鎧甲冑が必要だ。

 

レゾナンスギアは間違いなくそれを成せる物だ。シンフォギアを造り上げた櫻井女史の腕前であれば安心できる。

 

「えぇ。ですので、これから本部に直行します。翼さんも、それでいいですか?」

 

「えぇ。此方としても否やはありません。早速向かいましょう。」

 

期待に逸る心を抑えて緒川さんに返答し、車に乗り込む。

 

━━━━そういえば、共に戦場に立つ可能性がある以上、共鳴くん。と他人行儀な呼び方をするのは迂遠では無かろうか?

だが、幾ら幼馴染とはいえ同年代の男性を呼び捨てにするというのも……

 

共に戦場に立つという事を思ってふと、そんな思考の迷路に陥ってしまった私を他所に、緒川さんの運転する車は滑らかな動作で二課本部へと走って行くのだった……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

二課本部には、対ノイズ戦を想定したシミュレーターがあるのだという。

本物のノイズとは違うものの、立体投影されたそれらは物理演算によって本物のノイズのように動作するという。

 

「━━━━話には聞いていましたけど、実際に見て見ると圧巻ですね……」

 

本物のノイズとは違うのだ。という意識があってもシミュレーションされた疑似ノイズ達のその完成度に圧倒される。

 

『まぁ、この櫻井了子が取り組んだシミュレーターですもの。中途半端な仕事なんてするはずがないでしょう?』

 

「流石ですね……」

 

耳元に付けた通信機から聴こえる櫻井女史の声に半ば呆れながら返事を返す。

━━━━ここはシミュレーター内部、即ち疑似ノイズ達のド真ん中である為、気の利いた返答は出来そうにない。

 

『では、これよりレゾナンスギア起動実験を開始します。第一段階として翼ちゃん。アメノハバキリの展開をお願い。』

 

「はい。」

 

その声に応えるのは、俺の隣に立っている翼ちゃん。

━━━━彼女と共に戦場(いくさば)に立つのだな。と改めて思う。

 

そして、シンフォギアが起動する。アウフヴァッヘン波形という特殊な音━━━━即ち、少女の歌を媒体に聖遺物はその姿を現す。

 

「━━━━Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

歌が、聴こえる。

━━━━アメノハバキリ。素戔嗚尊(スサノオノミコト)が八岐大蛇を討つ際に携えたという十束(とつか)の剣、その欠片。

それが、鎧として翼ちゃんに纏う。

 

『アメノハバキリ、起動確認。と……じゃあ共鳴くん。次は第二段階、アナタのレゾナンスギアを起動する番よ。準備はいいかしら?』

 

「……はい。」

 

『事前説明でも伝えたけど、念のためもう一度確認しておくわね?レゾナンスギアの本体は左右のグローブだけれども、天紡の本体は右手のグローブに取り付けられているわ。

 その根本にあるスイッチ、それを押す事でレゾナンスギアは起動する……なにか、少しでも異変を感じたらスイッチを切る事、いいわね?』

 

「はい!!」

 

『うん、良い返事だわ。では、レゾナンスギア起動実験、第二段階を始めます。共鳴くん、レゾナンスギアの起動を。』

 

「はい、レゾナンスギア。同調開始(チューニング・スタート)!!」

 

ボタンを押し込む。なんとなく思いついたので、掛け声も付けてみる。

 

『レゾナンスギア、正常に起動……今の所、問題は無いわね。』

 

「はい……ただ、なんかフワフワした感覚が身体の周りにあって……微妙に落ち着かないですね……」

 

『それはバリアフィールドが正常に機能している証よ。我慢してちょうだいな。

 ……さて、では次に第三段階、対ノイズ戦闘の検証を行います。疑似ノイズが動き出すわよ。準備はいいかしら?』

 

『はい!!』

 

翼ちゃんと被った掛け声に内心微笑を浮かべながら、戦う構えを取る。

天津家に伝わる闘法は、半身では無くボクシングスタイルに似た開いた構えを取る。コレは防衛を行う都合上、敵の攻撃を避ける事よりも防ぐ事を重視していった為である。

格闘術でありながら防衛術であり、格闘術でありながら暗器術でもある。その特異性故に一般的な格闘対策は通じない。というのが天紡を使った戦闘スタイルである。

 

━━━━だが、相手がノイズとなると話は別である。

 

ノイズは人に近い形をしている物もあるが、その大半は人ならざる姿であり、さらに言えば、攻撃態勢に入った途端に槍状に変形する事すらある。

こうなれば格闘スタイルというのはあまり役に立たない。それ故に、俺は翼ちゃんに声を掛けた。

 

「ごめん。翼ちゃん。最初は俺一人で戦ってみていいかな。」

 

「……なるほど、天津家の武は対人格闘術であったな。では、私は出来るだけ防戦に徹するとしよう。」

 

「……ちょっと、口調硬くなった?」

 

「……戦場では、私は剣であり、防人なのだ。故に……こういう喋り方を心がけようと思う。ダメ……だろうか?」

 

「ううん。そっちもカッコよくていいと思う。」

 

「……そうか、カッコいい。か……うん。ではついでなのだが、戦場では共鳴、と呼び捨てて呼んでもいいだろうか?」

 

「御随意に、お嬢様?」

 

「もう……では、征くぞ!!共鳴!!」

 

「了解!!」

 

こうして、軽口を叩き合いながらも、対ノイズ戦シミュレーション実験は始まったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……うーん、まぁ。バリアコーティングの出力については特に問題なし。と。ただ~……『装者から半径50m以上離れると大幅にバリアが減衰してしまう』という部分は、レゾナンスギアの構造上どうにもならないわねぇ……

 実戦投入を考えるなら、装者とのタッグが基本。と。それでも、対ノイズ戦力が一人でも増える事は喜ばしい事なのだけれどねぇ……」

 

デブリーフィングは、了子くんの発言から始まった。

 

「あぁ。ノイズに対抗しうる、現行唯一の戦力。それがシンフォギアだ。であれば、そこに付随する形であっても戦力が拡充出来る事は喜ばしい。翼から見てレゾナンスギアはどうだ?」

 

「レゾナンスギア……共鳴くんの実力も併せて、背中を預けるに足る戦力であると判断出来ます。特に、天紡を(ほど)いての範囲攻撃などは、今の私の課題である対多数戦を補う事も出来る有効な戦術です。

 アレを土壇場でやったというのは流石にどうかと思いますが……」

 

そう言ってじと目で共鳴くんを見つめる翼。彼女が言っているのは、彼がシミュレーション後半で繰り出した大技の事だ。

天紡を一本の糸では無く、多数の糸と解いて周囲へと振り回す範囲攻撃。ただ、それを試す為にノイズを多く引き付けた事が翼の逆鱗に触れてしまったらしい。

 

「あー……その、すまん。今までは起動しても繰り出せる糸の数は一本とか二本━━━━多くて四本が限界だったもんだから、つい楽しくなって調子に乗っちゃって……」

 

「其処等も含めて、翼と共鳴くんの連携特訓を考えた方がいいだろうなぁ。了子くん、見ていて気付いたのだが、レゾナンスギアもRN式と同じく本人の運動能力に依存するんだろう?」

 

「……あんな変態的機動を見てなおそれを見抜ける弦十郎くんってホントに人間なのか怪しくなってくるのよねぇ……えぇ、その通り。レゾナンスギアは、バリアコーティングの動力すら外部から借りているものだから、シンフォギアと異なり身体能力の向上は期待できないわ。」

 

確かに天紡をひっかけてのスイング移動や巻き上げでの加速は中々の速度だったが、共鳴くんのそれは映画に出てくるような超人と違い、減速する事をしっかりと考えられている物であった為に気づいたのだが……

 

「なるほど……となると、今まで通りの対人特訓だけだと足りないですね……小父さん、時々でいいので、昔みたいに特訓を付けてくれませんか?」

 

「ん?あぁ、俺なら構わんぞ。はっはっは、懐かしいなぁ。昔は共鳴くんが小さかったからあまり激しい鍛錬も出来なかったワケだが。」

 

「……アレで、まだ激しくなかったんですか……?」

 

「はて?水切りで石を池の反対端まで飛ばす特訓なんかは共鳴くんも中々楽しんでくれていたと思うのだが……?」

 

「━━━━確かに天紡を飛ばす時とかにかなり役立ちますけど、アレの為に通算で何百回石を投げたと思ってるんですか!?ちゃんと体力の限界は考えて貰えましたけど!!」

 

「……本家の庭の周りに平たい石が山ほど積んであったアレは、やはり叔父様の仕業だったんですね……」

 

かくして、何故か緒川以外の皆から絶句されてしまったのであった。はて?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

お兄ちゃんから連絡があった。

なんでも、大事な話があるから午後に逢いたいとの事で、待ち合わせまでする事になっていた。ちょっと、デートみたいでワクワクする。

 

お兄ちゃん。いつでも私を助けてくれる人。あのライブ会場でも、どこでも助けてくれる、大樹のような人。

 

『なんで彼じゃなくて、何も持たないアンタが生き延びたのよ!!』

 

それだけに、お兄ちゃんを頼れない時は、ズキリ、と心が痛む。

学校が楽しい。と断言する事は出来ない。

未来と一緒に居る事は楽しいけれど、私に対する風当たりは、やっぱり厳しい。

 

お父さんも、お酒をよく飲むようになった。時々、お母さんを叩くようにもなってしまった。

きっと、私が生き延びた結果なのだ。と思う。石を投げ込まれるのも。

 

人の悪意を、これでもかと投げ込まれて、辛くないとは決して言えない。

 

━━━━けれど、私には陽だまりがある。木陰がある。

 

だから、私は━━━━立花響は生きている。困っている人が居れば助けたい。お人好しで、能天気な立花響は生きている。

 

だから━━━━

 

「ふぉぉぉぉ!?ゴメンね子猫ちゃん!!今大事な回想シーンなので、出来ればバランスを取ってくださるとうれしいのですがふぎゃああああ!!」

 

私、大絶賛ピンチ中です。

というのも、この寒い中、橋に置き去りにされた子猫が、橋の手すりの外に居るのを見つけてしまったからなのだ。

高さと寒さに震える子猫を放って置けるワケが無く、手すりの外に出たのはいいのだが……

 

「子猫ちゃんが全然安心してくれなくて暴れあっそこは……ちょっと待って!!頭皮は女の子的にNGなんですわかって子猫ちゃん!!あぅっちょっと、手すりから離れたらアウトォォォォ!?」

 

この橋から水面までの距離、大体10m程。せめて子猫ちゃんが痛くないようにとギュッと胸元に握りしめ、着水の衝撃に備えたのだが……

 

「ったく……待ち合わせ場所に居ないからと探して見たら身投げ三秒前か?俺の心臓が止まったらどうしてくれる?」

 

そうなる前に、お兄ちゃんが来てくれた。

 

 

 

「はぁ……ホント、肝が冷えた……今回は子猫か?」

 

「はい……大変ご迷惑をおかけいたしております……こちらの子猫ちゃん……かわいいでしょ?」

 

「かわいいでしょ?じゃないっての」

 

「あいたー!?」

 

落ちそうになった橋からちょっと行った場所に、公園がある。元々待ち合わせ場所となる予定だったその公園で、私はお兄ちゃんから説教されていた。

それにしてもチョップは痛い。

 

「うぅ……折角あのなんかカッコいい糸でまた助けて貰ったというのに……少女漫画とかならもっとこう……」

 

「……いや、色々今さら過ぎないかそれ……響とは初対面の時点で大分アレだっただろうが……」

 

「うぐっ」

 

そう言われてしまうと返す言葉が全く無い。勘違いして突っ込んでお説教して、アレは間違いなく私の中でもトップクラスの黒歴史に入るものだ。

 

「……ほら、そろそろ行くぞ。」

 

「あ、うん。でも子猫ちゃんが……アレ?」

 

ふと気づくと、あの真っ白な子猫ちゃんが居なくなっていた。

 

「子猫なら、ほら。迎えが来たようだぞ?」

 

「あ……ホントだ。じゃあねー!!」

 

お兄ちゃんに指さされた方を見て見ると、子猫ちゃんが親猫から咥えられて帰って行くところだった。野良猫はたくましい物だ。いつかあの子と再会できる日も来るだろうか?

 

「……帰ったら、ちゃんとうがい手洗いな。野良猫触ったんだからちゃんとしろよ?」

 

「はーい」

 

お兄ちゃんと並んで歩きながら返事をする。どうも我が家に向かっているようで、少し身構えてしまう自分が居る。

━━━━今の我が家は、決して見せられたものでは無いからだ。

 

そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、お兄ちゃんはそっと手を握ってくれた。

あったかいぬくもりを感じて、身体に入っていた力が抜けるのを感じる。

やっぱり、安心できる木陰だなぁ。と思う。

 

「……今日は、ちょっと響のご家族も含めて、話したい事があるんだ。未来にも話さないといけない事だけど、まずは立花家のみんなからな。」

 

「……わかった。」

 

一体、お兄ちゃんが改まって我が家の皆に何を話すというのだろうか?どうも大事な事のようだけれども……

 

そんなことを思っていると、お母さんから電話が入ってきた。

はて、お兄ちゃんと逢うというのはちゃんと伝えた筈なのだが?

 

「もしもし?お母さん?どうしたの?」

 

『響!!お父さんを見てない!?』

 

「え?お父さんなら今日は休日出勤だって言って朝に出て行ったじゃない……」

 

『今、会社から電話が来て……お父さん、会社にも来てないって!!』

 

「えぇっ!?会社にも来てない!?」

 

お父さんが居なくなった?信じられない言葉に思わず声に出てしまう。

 

「……響、おじさんが居なくなったのか?」

 

「あ、うん……お母さん、今お兄ちゃんと居るから、お兄ちゃんと一緒に探してみるよ。」

 

「……響。」

 

あ、この顔はダメだ。と直観で分かった。あのライブ会場の時と同じだ。

覚悟を決めた時の顔。カッコいいけど、こういう時にお兄ちゃんが提案するのは、自分が一番苦労する事。

 

「ダメ。今度は私も一緒に行く。」

 

「ぬぐ……わかった。ただ、俺の考えは今思いついただけだから荒唐無稽で、間違ってる物かも知れない。それでもいいか?」

 

「うん。どのみち手がかりも無いしね。」

 

「それもそうか……よし、じゃあまずタクシーを探すぞ。響はおじさんが乗る電車の路線覚えてるか?」

 

「え?うん……って、どこまで行く気なの!?」

 

「こういう時……大抵は路線の逆方面か、終着駅までってパターンらしいから……とりあえず終着駅まで行こうかと。」

 

「えええええ!?」

 

こうして、大事な話をされる筈だった私は、お兄ちゃんと一緒にお父さんを探す旅に出る事になったのでした、まる。



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第八話 安息のインタルード

「……何をやってるんだろうな。俺……」

 

ここは何処だろうか。海が見える辺り、多分太平洋側だとは思うのだが……乗り換えすら見る事無く、気づけば終点まで電車に乗って、辿り着いた見知らぬ土地の無人駅、その待合室のベンチで一人、俺は途方に暮れていた。

 

━━━━どうしてこうなったのだろう。

 

自分の人生を振り返って、何か落ち度があっただろうか?と自問する。

だが、返ってくるのは落ち度など無いという自答ばかり━━━━それも、自分のプライドを護る為なのか客観的な判断なのかがわからない答えばかりだ。

 

控え目に言って、俺の人生は順風満帆だったと思っている。

一流企業に入社して、綺麗な妻の家に婿養子に入って、可愛い娘にも恵まれて……

 

━━━━それが全て覆ったのは、たったの数ヶ月前の話。

 

友達と一緒に娘が行ったライブ会場でのノイズ災害。

瀕死の重傷、リハビリが必要な程の状態だったが、それでも娘は帰って来てくれた。

それが嬉しくて、職場ですら積極的に語っていた俺を待っていたのは、

取引先の重役の娘が犠牲になっていたという理由でプロジェクトから外され、資料保管室への異動━━━━実質的な左遷そのもの。

さらには、生存者が生きていたのは誰かを蹴落としたからだ。などというバカげた理屈で始まったバッシングだった。

 

……生存者が人殺し?冗談じゃない!!俺の娘は、吹っ飛んできた瓦礫が胸に刺さって生きるか死ぬかの瀬戸際に居たんだぞ!!

そんな状況で、誰かを押しのけて生き延びる事が出来るものか!!

あの子が生き延びられたのは、偏にノイズ災害が早くに収束し、救助隊の人達が全力を尽くしてくれたからだ!!

 

……だが、そんな俺の叫びとは裏腹に、会社は俺を腫物のように扱い、家庭でも心が休まる日など無い。張り紙程度ならまだマシだ。酷い時には手紙を装ってカミソリが入れられていた事まである。

 

もう、限界だったのだ。

酒に浸るようになった俺は、妻に手を挙げるようにまでなっていた。

あんなに……愛していた妻を、殴るような男になってしまったのだ。

 

そんなクズに墜ちた俺が、それでも一番怖かったのは、響を嫌いになってしまう事。

あんなに誇らしかった、可愛かった娘を、この地獄の原因だと断じて……俺達に嫌がらせをする連中と同じように彼女を責めてしまう事が、何よりも恐い。

 

 

そんな中の、月間スケジュール通りの日曜の休日出勤。エリート街道を歩いていた以前までだって気乗りのしなかったそれは、もはや俺を吊るし上げる為の口実にしか見えず。

気が付けば俺は、こんな所まで電車に乗り続けていたのだ。

 

「……不味い。」

 

年が明けたとはいえ、末だ冬の気配が強い時期だ。寒さに耐えかねて自販機で買った缶コーヒーは、やけに不味かった。

 

━━━━これからどうしようか。と考える。

幸い、現金の手持ちにはいくばくかの余裕がある。

もはや立花の家に帰る事は出来ない。自分の実家に帰る事も考えたが、それも難しいだろう。

そこまで動ける程の大金では無いし、なによりも半ば飛び出すように出て来た田舎に、子どもを放って戻って来た……などと堂々と言える程俺は強くはない。

 

そんな風に、これからの展望をどうにか考えようとしていた所で後ろから声が聴こえた。

 

「あっ!!居た!!お兄ちゃん!!ホントにお父さんいたよ!?」

 

━━━━その声に、ひどく聞き覚えがあった。

 

「……響?」

 

「よかったぁ……」

 

そこにはまさしく俺の娘━━━━立花響が居た。

その後ろにはもう一人の姿。見覚えがある少年━━━━確か名前は、天津共鳴。

 

「ど、どうして此処に……?」

 

ここは立花家からも天津家からも遠く離れた、俺も見知らぬ土地だ。ましてや未成年同士の二人が来るような場所では無い。

 

「……奥さんから、会社に出勤しなかったと聞いて推測したんです。会社に行くのが嫌になったなら、出勤の電車に乗ったまま……というのはよくフィクションで見る話でしたので、ノーヒントなら乗っかってみるのもアリかと思いまして。」

 

「はは……うん、そっか。俺もそういうの、ドラマなんかでよく見てたなぁ……」

 

言われてみればその通りだ。出勤電車に乗ったままどこかに……なんてのはよく見たシチュエーションだ。

なるほど、テレビの前で見た時は『そんな事あるわけがない』と笑っていたが……まさか自分がその通りになるとは。

 

「お父さん、家に帰ろ?」

 

そう言って、響は手を伸ばしてくれる。

━━━━本当に、優しい子に育ったものだ。と思う。

だが、今の俺には、その言葉は荷が勝ちすぎていた。

 

「……ゴメンな。響。お父さん、家に帰れそうに無い。……いや、家に帰ったらダメなんだ。」

 

「そんな!?どうして!?」

 

「…………つらいんだ。家に居るのが。これ以上居たら、俺はもっとひどい事をしてしまいそうで、それが怖いんだ。」

 

あぁ、言ってしまった。こんな事、響に言っても仕方ないというのに。

 

「……そんな……」

 

その言葉だけで、おおよそを理解してくれたのだろう。

 

「……共鳴くんも、ゴメンな。心配かけて。こんな遠い所まで……俺は大丈夫。へいき、へっちゃらだから。なんとか頑張って行くよ。だから……」

 

「……ダメです。それは許容できません。」

 

「……なんだって?」

 

こんな遠くまで俺を追って来てくれた少年を気遣ってかけた言葉は、何故ゆえか当の本人から否定されてしまった。

 

「……今日、俺は響と一緒に貴方に逢いに行く気でした。こういった悲しいすれ違いを起こさない為に。」

 

何を、言っているのだろうか。

 

「俺に逢いに……?何故?俺の……響はともかく、ウチの事は共鳴くんには関係の無い事だろう?」

 

言葉に棘が混じるのが自分でもわかる。だが、どうしても抑えられない。

━━━━まるで、この地獄から救ってくれるかのようなその言い草が、どうしても受け入れられない。

そんな、駄々っ子のような我儘は、覚悟を決めた少年の強いまなざしと、放たれる言葉に粉砕される。

 

「いいえ。関係あります。俺は━━━━天津家は、ツヴァイウイングのライブ中に起きたノイズ災害の被害者達や、その家族に対する保障を行う支援団体を立ち上げる予定です。

 だから、手の届かない遠くでは無く……俺の手の届く範囲で起きた事を『関係無い』と諦めないと、おせっかいを貫くと決めたんです。」

 

その言葉に、開いた口が塞がらない。

━━━━彼もまた、あの事故で入院とリハビリが必要になったと聴いている。

天津家は大きく、そして古い家だ。そんな所に盾突く度胸があるものは少なかろうが、それでも生存者としてのバッシングも受けた筈だ。

そんな少年が、自分だけでなく、被害者全員に手を伸ばそうというのか。

 

「そんな……出来るのか……?そんな事が……」

 

「まだ内々での話ですが、協賛してくれる学校が見つかったので━━━━響はその学校に入れるはずです。学生寮も備えた学校ですので、おじさんも安心できると思います。」

 

「えぇ!?聴いてないんだけどお兄ちゃん!!」

 

「すまん。家に着いたら伝えようと思ってたんだが……」

 

「そうか……だが、一つだけ、教えてくれないか?どうしてキミは……そこまで手を伸ばそうと、そう思ったんだい?」

 

彼が本気である事は、その決意の籠った眼と、このように確約を得てから話を持ち込もうとしている時点で分かる。

だが、その理由がわからない。コレでもちょっと前までは営業のエースとしてやっていたのだ。

こういった契約がある程度の損得勘定の上で動く事くらいは分かっている。

━━━━だというのに、彼へのメリットが分からない。

慈善事業をする事自体のメリットの話では無い。そこは感情的な問題であり、そこに理屈と利益を載せて行くのが慈善事業だからだ。

……だが、各企業や学校などへ根回しをしての支援と、明確に『どこまでを狙うか』を決めて、ここまで明確に護ろうとする。

そこに資産を投入するというのに、『彼自身』へのメリットが感情的な部分しか見えないのだ。

 

「……一昨日の夜遅く、ある親子が心中しました。」

 

━━━━返ってきた言葉は、俺が浅はかに測っていたメリットやデメリットの話では無かった。

 

「その家の娘は、あのライブ会場に居た生存者で……でも、生き残る為に許されない事をしてなどいませんでした。

 けれど周囲はそれを排除せんとして、彼女の父は職を喪いました。そして母親はバッシングに耐えかねて家を出て行き……」

 

「……わかった。そこまででいい。キミが本気になった理由、理解出来たとは言わないが……想像は出来た。」

 

━━━━まるで、我が家の状況を聴いているようだった。

生存者の少女と、職を喪った親、そして、バラバラになった家族。

一歩違えば、それは我が家の事だったのかも知れない。

共鳴くんが気づいているかはわからないが、たとえそれが護れなかった分を埋めようとする代償行為だったとしても、たかだか16其処等の子どもを責めるべきでは無い事柄だ。

 

「……すいません。面白くもない話を……」

 

「その理由を聴いたのは俺だ。キミが気にする事じゃない……じゃあ響……響?」

 

帰ろうか。という言葉は、口には出せなかった。

響が泣いていたからだ。

 

「お兄ちゃん……そんな……そんなのって、無いよ……」

 

あぁ、やはり響は優しい子だ。恐らくは共鳴くんを通してしか知らぬだろう誰かを、それでも想って、こんなにも直球に涙を流せるのだから。

 

「……泣いてくれて、想ってくれて、ありがとな、響。けど大丈夫。彼女は━━━━確かに、無念だったと思う。けど、俺に戦う決意を遺してくれた……強い、少女だったんだ。

 だから、俺が諦めない事が、彼女への弔いになると……想ってるんだ。」

 

そう言って、泣きじゃくる響を抱きしめる共鳴くんに、なんと声を掛ければいいのかは分からない。

……こんな子ども達に、こんなにも多くの物を背負わせなければならない自分の無力が恨めしくなった。

だからこそ、戦わなければいけないな。と思う。

 

「……まずは、資料室の整理から、かなぁ……」

 

そうして、泣きじゃくる響をあやしながら、俺と共鳴くんは帰る手段を相談し始めるのだった。

 

 

…………そして、コレは全くの余談だが、帰りの足としてタクシーを使った際、払うという俺を止めて支払った共鳴くんがセンチュリオンカードを使って支払っていたのを見て世の中の理不尽を軽く感じてしまった事は、誰にも零さぬようしっかりと心の内に閉まっておこうと思う。

ホントに名家の息子さんなのだなぁ……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

長かった週末が明け、登校した学校の雰囲気は最悪と言えた。

当然だろう。生徒が学校内外でのいじめを苦にした父親と親子心中したのだ。

むしろ、彼女をイジメた事実を無かったことにしようとしないだけ誠実だ。と思う。

 

「……お前が一番沈んでると思ったよ。」

 

そう声を掛けて来たのは良哉だった。

 

「……うん、正直言って、護り切れなかった事を今も後悔してる。けど、竜子さんから託された物があってさ。

 それに没頭する事で誤魔化してるのかも知れない。」

 

「……そっか。んじゃ、積極的に振る事はねぇが、いつも通り馬鹿話に付き合って貰うぜ?」

 

「勿論さ……あ、そうだ。それと関係ある事なんだが……ヒントをくれてありがとう。俺一人だったら絶対に思いつけなかったからさ。」

 

「はぁ?なんの話……って、アイツ……」

 

良哉に、支援団体のアイデアについて礼を述べてはおいたが、詳細を伝えるのはまだ企画段階の今は控えて置く。立花のおじさんと違って説得材料にするワケでも無いのだし。

そんな風にいつも通りの話をしていると、良哉が教室の入り口を見て露骨に顔色を変えた。

 

……そこに居たのは、あの時いじめていた少女。確か、サキという名前だっただろうか。

 

俺とも、竜子さんとも別のクラスだった為に、俺が矢面に立った後は彼女には目立った動きすら無かった。

あれほど執着していたのだし何かする気なのでは……?と注目していたのが肩透かしに終わった事を思い出す。

 

そんなサキさんは、竜子さんの件でざわついていた事すら忘れてすっかり静まった教室の中に入ってくると、俺の前に立ってこう言った。

 

「許してくれ。なんて言わないから。……それだけ。」

 

「……そっか。うん、多分。俺は一生キミを許さない。」

 

「……そ。」

 

会話は短く、かつ、当事者にしか理解できない物に終わり。彼女は去って行った。

 

「……お前、あんな態度されてよかったのか?」

 

「許してくれ、って態度が様変わりして泣きついてくるよりは百倍マシかなぁって。それに、許さないって聴いてむしろ安心してたみたいだったし……親に怒鳴られてびくついてる子どもみたいで、あんま責めるのも憚られたし……」

 

「……甘いよなぁ、お前。だからこそ共鳴って感じだけど、よ。」

 

そう言って、親友はデコピンでこの話を流してくれた。

 

━━━━本当に、よい友達を持ったものだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

━━━━次のニュースです。資産家の天津道行氏は今日、民間団体『ツヴァイウイングライブ会場のノイズ災害被災者へのバッシング対策となる再就職・再就学を支援する会』の立ち上げを宣言しました。

この民間団体には協賛団体としてツヴァイウイングの風鳴翼が通う私立リディアン音楽院を運営する『共栄社中』や、同じく風鳴翼が所属するプロダクション『小滝産業』などの大手企業が参加しており、その動向が注目されています。

 

また、会見において天津道行氏は『今回の事故において犠牲者が増えた理由は、11年前の国連総会で世界災害と認定されたノイズの発生を殆ど考慮しなかった事による避難路の少なさも一つの理由であると考えている。今後も緊急の避難所となりえるスタジアムなどではノイズ災害を考慮した建築が必要になると考えており、これについても対ノイズ災害建築という形で研究機関へ依頼する予定である』と明かされました。

 

天津道行氏はここまで大規模な支援団体の設立理由に関して、自らの孫もまた被災した事を大きな理由の一つと語り、次のように述べました。

 

『生き残った事が、それだけで悪である!!と叫ばれるような社会!!それは、たとえ少しずつの努力となろうとも、変えようと動かなければならないのです!!』

 

 

 

 

━━━━天津道行氏の理念は立派ですがねぇ?被災したというお孫さん。彼も誰かを蹴落として生き残ったんじゃないですかぁ?

 

えー、それに関してなのですが、匿名の情報が複数寄せられています。その情報を基にシミュレーションしてみますとですね。彼の動きはこういう感じになります。

 

……?コレ、避難どころか、会場の中心に突っ込んでませんか?

 

はい。情報によると、彼は会場中心のモニュメントが爆発で崩壊した現場に駆け付け、瓦礫に挟まれた人々の救助を行っていた。という話です。

 

えぇ?流石に出来過ぎじゃないですかぁ?サクラだとかさぁ

 

えー、他にもツヴァイウイングが所属する小滝産業さんのトップである那須英嗣(なすえいじ)氏も公式声明において『ライブ会場のモニュメント崩壊に巻き込まれ、意識不明となった当プロダクション所属のアイドル、天羽奏を救ってもらった恩に報いる為最大の支援を行いたい』と発表しており、信じがたい事ですが、彼が災害に直面した危機的状況の中で人命救助に尽力していたのは事実では無いかという見方が強まっています。

 

 

 

 

「……サクラってのは大正解なんだよなぁ……」

 

あれから更に二ヶ月。すっかり世間から注目されてしまったので逃げ込んだ二課本部の廊下にある休憩所で支援団体の発足を特集するニュース番組を見ながら、俺はポツリと呟いていた。

真実が語れない以上、ライブ会場での俺の動向は情報操作の結果になっている。ある意味ではコメンテーターの意見は正しいのだ。

 

「ふふっ、それについては、ちょっと違いますよ?」

 

「うぉっ!?お、緒川さん!?」

 

そんな風に独り言を言っていたら、いつの間にか緒川さんが後ろに立っていた。

数瞬前までは全く気配がしなかったのだが、流石は本物の忍者である。

 

「おっと、すいません。それで、あの番組にあった匿名の情報ですが、アレは確かに二課で手回しした人達なんですが……志願してくれた人達なんです。」

 

「志願?」

 

情報操作に志願するとは、いったいどういう事なのだろうか。

 

「えぇ。『情報操作の為では無く、私達をノイズから助けてくれた彼に恩返しをしたい』と……そう言って快く協力してくれた人達……アリーナ席に居た生存者の方達です。」

 

思いがけないその言葉に。救われた気がして、気が付けば涙が零れていた。

 

「……そう、だったんですか……」

 

「はい。皆さん、お元気でしたよ。」

 

「よかった……よかった……!!」

 

零れる涙を拭きながら、心の底から想う。

 

「『ありがとう。』と伝えて欲しいと。そうも頼まれました。」

 

「……はい、確かに伝えられました。」

 

「それと、私個人からも『ありがとう。』を。」

 

「……?」

 

「翼さんの事です。共鳴くん、キミが居てくれた事。そして、キミのお陰で奏さんが末だ目覚めずとも命を繋いだ事。コレは間違いなく翼さんの救いになりました。

 ……ボクも支えになりたいと思っては居ますが、やはり、誰かの代わりにはなれませんので。だから、キミが居てくれて、ありがとう。と。」

 

「……はい。」

 

「……もしも、キミが居てくれなかったなら、翼さんはその身を剣として打ち込む事に専心していたでしょう。それは確かに強力な力にはなりますが……」

 

その先は言われずともわかる。堅く締め過ぎた剣は、横合いから撃たれればポッキリと折れてしまいかねない。

 

「……俺はこれからも、翼ちゃんと一緒に居たいと思います。傍に居て、護ってあげたいと思っています。」

 

「……ふふっ。それだとボクが翼さんのお父さんみたいな感じになりませんか?」

 

「ふぇっ!?あ、いや。決してそういう意味では無くてですねというか……お、緒川さん的にはどうなんですか!?」

 

━━━━やらかした。

混乱したアタマが反射的に口に出した言葉は明らかに聴いてはならない領域に踏み込んでしまっていた。

公私ともに支えるマネージャーである。と聴いているだけに、緒川さんにそういった想いがあるのではないか?というのは少し思ってしまって居たのだ。

しかし、これは他人がくちばしを突っ込んでいい問題では無い。

 

「ボクですか?そうですね……ボクは、翼さんが心から幸せであれば、それで。それを成せるのがボクであれば確かに嬉しいですが……今の翼さんは学生という身分ですし、何よりも今の翼さんは歌を歌う事を楽しんでいます。その邪魔はできませんよ。」

 

しかし、帰ってきた答えは大人な物であった。

 

「……すいません。不躾な質問をしてしまって。」

 

「ははっ。今回、先にそういう話題を振ったのはボクの方ですから。共鳴くんが気にする事はありませんよ。それでは、ボクはコレで。」

 

そう言って颯爽と去って行く緒川さんの背を見ながら、俺は『心から幸せにする』という事の難しさを考えていた。

言葉にするのは簡単だ。真実の愛で以て愛する人を幸せにする。

 

━━━━けれど、どうしてもそのイメージが自分の中に結ばれないのだ。

 

「……誰かを幸せにする、かぁ……難しいなぁ……」

 

色恋に興味はあるのだが、イマイチよく分からない。そんな高校二年の春であった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

春の風が、敷地内を駆ける。

さわやかなその風に心躍らせながら、リディアン音楽院中等部の敷地を歩く。

小等部と併設されたこの学校は別の敷地にある高等部と合わせて小中高一貫校となっており、上の学校に上がる際の編入制度があるのだが、今年からはそれに加えて学年が上がる際の転入枠も新設された。

私と親友は、その制度を使ってこの学園に転入する事となった。

 

━━━━親友。そう、私の、一番大事な親友の一人。

 

その彼女の姿が放課後にも関わらず見当たらないので探しに来たのだが……

やはりそうだ。彼女━━━━立花響は、校庭の隅、山の裾野になっている大木の根本に寝転がっていた。

 

「響?幾ら暖かくなったからって、こんな所で寝てたら風邪ひくよ?」

 

「むにゃむにゃ……ごはん&ごはん……まさに炭水化物のビックリ箱……」

 

「……ひーびーきー?」

 

「ふにゃっ!?アレ!?ごはんのパンドラの箱は!?」

 

「何言ってるのよ、もう……ホラ、寮監さんからマークされてるんだから、早く帰るよ?」

 

「あ、アレはちょーっと人助けが長引いてしまったのが原因というか、まさか荷物が持ち切れないお婆ちゃんを送ってたら迷子の子どもが風船を放しちゃって泣いてるとは思わなくて……」

 

「……その割に、木に登って風船取った安心感で滑らせて落ちてきたからってお兄ちゃんにキャッチされてたみたいだけど?」

 

「そ、その後ちゃんと未来も呼んだからノーカウントということで!!」

 

「……ふふっ。別に怒ってないから安心していいよ。ただ……人助けで遅れる時も、暇があったら連絡の一つも寄越してよね?」

 

「はーい。」

 

そうして、響に手を伸ばす。あったかくて安心できる。私のお日様に。

 

━━━━そういえば。響がお日様なら、お兄ちゃんは何が似合うだろうか?

 

「ん?未来、どうしたの?」

 

「ん。響があったかい太陽みたいだから、それならお兄ちゃんは何かなぁ?って。」

 

「んー……ちょっと迷うよねー。お兄ちゃん、あったかい人なんだけど、私みたくべたべた引っ付きに行くタイプってワケじゃないし……」

 

「……それがわかってるなら少しは落ち着きを身に着けたら?」

 

「あはは……お兄ちゃん、くっつくとあったかいから……あっ!!そうだ!!」

 

そういって響は、後ろにそびえたつ大木へと走って行く。

 

「コレだー!!」

 

「木……?それがお兄ちゃんみたいだってこと?」

 

「そうそう!!ねぇ知ってる未来?大樹ってね、触れるととってもあったかいんだよ!!」

 

「……なるほど。それで響はついくっ付いちゃうと?じゃあ響が蝉になっちゃうね?」

 

「蝉!?蝉扱いは流石に酷くない!?せめて……せめて……」

 

そんな時、頭の上から聴こえる鳴き声。

 

「そう!!鳥!!小鳥と言って!!」

 

「小鳥は小鳥でも凄く元気な小鳥だね。」

 

「うぅ……バッサリ……でも、ありがとう。未来。」

 

「なんのこと?」

 

「私と一緒にリディアンに来てくれた事。それと……ずっと一緒に居てくれる事も。未来は、私にとっての陽だまりだから……」

 

「……うん。じゃあ響、これからもずっと一緒って事で……まずは寮まで一緒に行こ?」

 

「うん!!」

 

……あぁ、私達は幸せだ。

けれど、出来る事なら、ふたりだけでは無く、お兄ちゃんも一緒に笑って居たいなぁと思ってしまう我儘な私が居るのでした。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

こうして、様々な思惑と、様々な決意とが入り乱れ、嵐のように大きな爪痕を遺したライブ事故は一応の収束を見せた。

 

束の間訪れた安息の幕間(インタルード)。この穏やかな沈黙が破れ、新たな物語が始まるまでは、まだ遠い。

 




ようやく、物語は始まりを迎えます。


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第一章 転機(シンフォギア)
第九話 覚醒のハートビート


この作品では、アニメ第一話におけるリディアンの入学式当日を4月8日として計算しています。


━━━━私立リディアン音楽院高等部。

それは、都内郊外の山上に建つ私立高校であり、その名の通り音楽に特化したカリキュラムと、様々な分野の著名人からの支援により私立でありながらも学費が安い事で有名な、いわゆる『お嬢様学校』であり……

その他にも、二年前のノイズ災害に逢いながらもトップアイドルへと駆け上がった少女━━━━風鳴翼が所属する事や、そのノイズ災害に被災しながらもバッシングを受けた被害者達を支援し、転入枠を設けた事など、様々に話題に挙がる事の多い学校である。

 

その敷地から市街地へと降りた所に、リディアン音楽院高等部の学生寮はある。

入学式も終わり、寮への入室も始まったこの日、その一室に通話をする少女達が居た。

 

「……それで、先生からこってり怒られちゃってさー、もう入学初日からクライマックスの百連発気分だよー……私、呪われてるのかも……」

 

「半分は響のドジだけど、残りは響のおせっかいでしょ?先生まで噂通りって呆れてたんだから……」

 

「人助けと言ってよー。人助けは私の趣味なんだからさ。ねっ、お兄ちゃん?」

 

『ははは……でも響、流石に猫を助けようとして遅刻するのは良くないと思うぞ?その子が居たの、学校の敷地内だったんだろ?だったら用務員の人に頼めば良かったんだよ。』

 

「……なるほど!!思いつかなかった!!」

 

「そういう人って、普通真っ先に頼るところじゃない?」

 

「いやー……目の前で困ってたのでつい身体が……」

 

『その気持ちも分かるけど、それで響に何かあったら俺も未来も心配するんだからさ。出来る事ならもうちょっと自分を思いやって欲しいなーとは、お兄さん思います。』

 

「……それ、お兄ちゃんが言います?」

 

スピーカーホンで話す少女達の名は、立花響(たちばなひびき)小日向未来(こひなたみく)

入学式の今日にリディアン音楽院の中等部から高等部へと進学した高校一年生である。

そして、通話の相手は、別の高校に通う二人の幼馴染、天津共鳴(あまつともなり)

穏やかな会話は響の行き過ぎたおせっかい趣味に終始するかと思えば、通話先の少年の不用意な一言で矛先を変える。

 

「この前のボヤ騒ぎの時に、真っ先に火災現場に突っ込んでいった人はどこの誰でしたっけ?」

 

『うっ!?そ、それは何と言いますか消防車も入りにくい狭い路地での火災だったものですからして……119もコールしてからだったのでこう……』

 

「お兄ちゃんってば、私の心配は山ほどしてきて過保護なのに、自分にはあんまり頓着しないよね……」

 

━━━━そう、少年もまた響と同類なのだ。

 

「……はぁ。私だって心配してるんだからね?二人とも決して無茶はしない事。いい?」

 

「『はーい』」

 

「返事ばっかり調子いいんだから、もぅ……」

 

まるで母親と子どものような会話をしながら、未来は荷物の整理を続ける。

二段ベッドのこの部屋だが、響と未来は上を二人で使い、下は物置にする予定なのである。

 

「……あ、そうだお兄ちゃん!!翼さんのシングル!!明日発売だったよね!?」

 

『……あぁ、ソロ活動始めてからもう三枚目のシングルだっけか。』

 

「響ってばホントに翼さんが好きね。」

 

「うん!!折角リディアンに入れたワケだし、翼さんに是非とももう一度逢いたい!!んだけど……」

 

『まぁ忙しそうだもんなぁ、トップアイドル。』

 

「うん……影すらお目に掛かれず……」

 

「入学初日だし、そんなものじゃないの?」

 

『そうそう、翼ちゃんの卒業までまだ一年はあるし、そう悲観したもんじゃ無いだろうさ。』

 

「お兄ちゃんは幼馴染だからって気軽でいいよねー……」

 

『いや、幼馴染って言っても翼ちゃんのアイドル活動に関わってるワケじゃないから……単純に、あの時に縁があっただけさ。』

 

「あの時……」

 

その言葉に響が思い出すのは、二年前の事。

 

(あの日、ツヴァイウイングのライブ会場で、世界災害であるノイズに襲われた私達は、当のツヴァイウイングの二人と、そしてお兄ちゃんに助けられた……アレは夢でも幻でも無い。

 けど、コレを相談する事は未来にだって出来ないんだもんなぁ……しょーじき、私には荷が勝ちすぎだと思いますカミサマ……)

 

「響?」

 

『……すまん、嫌な事思い出させたか?』

 

「……あ、ううん!?ちょっと初回特典に想いを馳せてただけだから!!」

 

「響ってば……」

 

『ははは、最近はそういうの多いもんなぁ。じゃあ響、未来。そろそろ俺も夕飯だからさ。』

 

「あ、うん!!おやすみお兄ちゃん!!」

 

「はい、おやすみなさいお兄ちゃん。」

 

『あぁ、おやすみ。』

 

その言葉を最後に通話は切れる。

 

「さて……!!響ー?そろそろ本格的に収めるとこに収めないと、寝るまでに片付け終わらないよ?」

 

「うぇ!?それは困る!!じゃあ……まずどれから片付ければいい?」

 

そして、少女達もまた自らの日常へと戻る。

そんな、ありふれた日常のお話。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、地獄だった。

火花散り、硝煙むせぶ鉄火場。

もはや東京とすら思えないほど長閑な筈の山間の一地区は、この夜に限ってはまさに戦場(いくさば)と化していた。

 

「撃て撃て撃て!!撃ち続けろ!!」

 

戦場の片翼を担うは人と機械の軍勢、特別災害対策機動部の実働部隊。常日頃金喰い虫と揶揄される事もある最新鋭の攻撃兵器たちは、しかして戦場を構成するもう一つの相手には通用してはいなかった。

 

━━━━その相手の名は、ノイズ。

 

この世界とは異なる位相に座しながら、この世界の人間を消し滅する為に現れる。悪魔の化身。

 

「ダメです!!ミサイルもすり抜けます!!」

 

アサルトライフル、ミサイル、戦車砲。火と反応によって物理的に最適な力を起こすそれらの兵器たちは、されど次元を超えて存在するノイズを捉える事は出来ず。

 

「くっ……!!通常兵器では無理なのか……!!」

 

指揮官の青年は歯噛みする。

ここより後方には臨時のシェルターとなった避難所がある。下がれば、間違いなく彼等が襲われるだろう。

……だが、ここで踏ん張った所でノイズには物理的攻撃は通用しない。そして、ノイズが触れれば我々は炭素分解能力によって死ぬ。

軍事用語における全滅━━━━損耗率が半分を超えた状態では無い、文字通りの『全滅(・・)』。浮かぶのはそんな最悪のビジョン。

 

━━━━いや、一つだけそのビジョンを覆す可能性がある。

 

特機部内部に広がる、表向きはウワサに過ぎないとされているその機密。

 

 

 

Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 

そのウワサを、裏付ける物は二つ同時に来た。

一つは彼等の頭上を低空飛行で突き抜けて行ったヘリコプター、

そしてもう一つは……

 

『全隊に通達!!指揮権を一課より二課へ移譲される!!繰り返す!!指揮権を一課より二課へ移譲される!!』

 

通信機から聴こえる通達の音声、それを超えて尚、聴こえるもの。

 

「歌……?」

 

 

そして、空から少女と少年が降ってきた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『翼、共鳴くん。まずは一課と連携して、相手の出方を見るんだ。』

 

通信機越しに聴こえる司令の言葉。だが、それに対する彼女の答えは肯定では無かった。

 

「いえ、私達二人なら……問題はありません。」

 

「あー、一課の皆さんもさっきの戦闘で大分派手にぶっ放してます。途中で弾切れ起こしたり、俺が誤射されたら流石にマズいので、一課の皆さんには最終防衛ラインとして後ろに控えて貰えますか?」

 

『……了解した。一課にもそう通達しておく。死ぬなよ、二人共。』

 

「そんなつもりは……」

 

「……さらさら無しですよッ!!」

 

その宣言と共に、彼女━━━━風鳴翼は歌へと専念する。シンフォギアは、歌によってその力を高める。

然らば、その心の中より生ずる歌を叫ぶが吉。という事である。

 

「共鳴!!正面は私が!!」

 

「了解!!周りの連中だな!!」

 

翼がノイズの集団へと突っ込む。姿勢は天地を逆とした大開脚。脚部に新設されたブレードが展開され、近づくノイズを切り刻む。

 

━━━━逆羅刹

 

だが、それでも回転半径は3m程度。逆羅刹をかましながらに動こうとカバーできない範囲は必ず出来る。それを潰すのが俺の役目である。

 

俺の力であるレゾナンスギアは、シンフォギアが歌によって生み出すフォニックゲインを集め力と成す。

シンフォギアがフォニックゲインを直接物理的なアーマー展開に使うのと違い、バリアコーティングに出力を回す為にそこまでの出力確保が出来ないレゾナンスギアでは『元々の形』を展開するのが精一杯である。

 

だが、それで十分。

 

我が家に伝わる天津式糸闘術(あまつしきしとうじゅつ)、その応用。

基にしたのは敵の頭上を取りながら相手の武器を奪う機動攻撃『(つぶら)』。

レゾナンスギアとして数多の糸と解く事が可能になった事で進化したその技の名は、

 

━━━━円舞曲

 

四つ、八つと別れ増えて行くその糸は、触れたノイズを蹴散らし、炭へと変えていく。

糸闘術は本来護身術、護衛術なのだが、シンフォギアと共鳴したレゾナンスギアはフォニックゲインによる強制調律によりノイズへと抵抗無く衝撃を伝えられる。

それ故に、元より熟達者が扱えば鉄をも切り裂く聖遺物もどき(・・・)であるアメノツムギの威力は、そのまま必殺の威力としてノイズを切り裂くのである。

 

 

だが、敵は小型ノイズだけでは無い。後ろに控える大型ノイズ。アレは小型ノイズの集合体であり、奴を速やかに倒さねば対処の難しい程の数の小型ノイズに分かれかねない。

 

「翼!!跳べ!!下は俺が止める!!」

 

「あいわかった!!」

 

跳躍。シンフォギアは装者の身体能力を著しく向上させる。それは、歌によって無限のエネルギーを生成するシンフォギアならではの特性だ。

 

そうして飛び上がった翼を狙う不届きなノイズ共。それを一掃するのは俺の役目だ。八つと別れたアメノツムギを先鞭と成して指の又で繰り、的確に飛び上がらんとするノイズを潰していく。

 

━━━━千ノ落涙

 

飛び上がった翼がフォニックゲインより形成した無数の刃が空より落ちる。狙いは過たず、残る小型ノイズを全て串刺しとなる。

 

「往け!!」

 

「はぁぁぁ!!」

 

その勢いのまま、翼はアメノハバキリの刀身を変形、巨大な剣と成し、一閃を振るう。

 

━━━━蒼ノ一閃

 

刀身より放たれたそのエネルギーは過たず大型ノイズを真っ二つに切り裂き、爆散させる。

 

「状況終了、これより帰還します……一課の人達に、感謝を。あなた方の尽力のお陰で間に合いました。」

 

残るノイズが全て消え去った事を確認し、司令への連絡を行う。

 

俺達『特異災害対策機動部二課』、ひいてはシンフォギアはその存在そのものが機密事項の塊であり、また、司令と並んであからさまなほどに日本国憲法に抵触しかねない程の大戦力である。

それが故に一課━━━━表向きのノイズ対策班の人々には迷惑を掛けてしまって居るな。と思う。

 

翼はシンフォギアの跳躍力そのままに飛び去り、俺もアメノツムギを使って森の中へと去る。

正体を明かせないスーパーヒーローみたいだなぁ。というバカげた考えは、そのまま夜の森へと消えて行った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「隊長……今の歌声って……」

 

「あまり詮索せん方が身のためだぞ?あくまでも彼等の存在は『ウワサ』だ。嘘か誠か、米国もアレを狙っていると聞く。不用意に突けば国際問題になりかねん。」

 

「はい……」

 

『全隊へ通達。状況終了。二課より指揮権の移譲あり。繰り返す、二課より指揮権の移譲あり。これより臨時シェルターの民間人の補助に任務を変更する。

 ……また、二課より伝言。ありがとう。あなたたちのお陰で間に合った。だ、そうだ。』

 

「……いい奴等ですね。」

 

「ある意味傍迷惑な特機部二(とっきぶつ)だけどな……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「昨夜遅くに発生したノイズ災害だが、自衛隊・特異災害対策機動部による住民の避難誘導が完了しており、被害は最小限に収まった……だって。」

 

「はぐはぐ……」

 

「ここからあまり離れてない場所だね……」

 

「うん……」

 

明けて翌日。特に何事も無く……いや、色々はあったのだけれども、まぁ問題になる程ではないまま入った、昼休み。

なんと無料のバイキング形式の学食という豪勢なリディアンの設備に舌鼓をうちながら考える。

ノイズ━━━━認定特異災害とも言われるそれが最近頻発している。というのはネットなどでも話題になっている話であった。

 

ノイズには、あまりいい想い出が無いだけに、少し気になっている事であった。

 

そんな風に思っていると、急に食堂がざわつき始めた。

 

「見て、風鳴翼さんよ。」

 

「まさに孤高の歌姫って感じね……」

 

翼さんが居る!?そう聞いて私は居ても経ってもいられず立ち上がって━━━━すぐ後ろに居た彼女と対面する事になる。

 

「あ、あの……翼さん!!またお会い出来て……光栄です!!」

 

よかった。緊張したけど、ちゃんと言葉は出てくれた。手の中でお茶碗と箸がカタカタと音を立てていることからは必死に目を逸らす。

 

「……ふふっ、立花さん。挨拶もいいけれど、頬にご飯粒ついてるわよ?」

 

そういって、翼さんは私のほっぺをさわり。うわっ、凄い綺麗な指先……そんな事を思う中、翼さんが放してくれた指先を見ると、確かにご飯粒がぺとり。

 

「あわわわわわ……」

 

「小日向さん、ここ、相席いいかしら?」

 

「あっ、はい!!喜んで!!ほら響!!まずはちゃんと座って再起動する!!」

 

「あわわはい!!」

 

あのトップアイドルの翼さんが同席してくれるなんて、私の人生どうなっちゃってるのー!?

 

「ごめんなさいね、いきなり押し掛けてしまって。」

 

「いいいえ!?まったく問題ありません!!」

 

「もう……響ったら。私達としては否やは無いんですけど、一体急にどうしたんですか?」

 

「えぇ……キミたちは中等部の転入組だったでしょう?だから、リディアンの高等部まで上がってきて、どうだったのかな。と、直接聞いてみたくなって。」

 

「それで……私達に?」

 

「えぇ。共通の知り合いも居るし、なにより、転入組のみんなが開いてくれた合唱会で一度会った事もあったワケだし……話も聞きやすいかと思って。」

 

「なるほどー……お兄ちゃんさまさまって感じですね。」

 

合唱会というのは、去年にこの高等部の講堂を借りて行った、リディアンの転入組による出資者の皆さんへの恩返しの事で。

それは当時、転入してきてすぐに高等部の合唱部のエースになったという少女の声掛けで実現した小中高を問わない転入組全員による、感謝の歌を響かせる会となっており、そこに翼さんと、支援団体の代表としてお兄ちゃん━━━━天津家の皆さんが呼ばれたのだった。

 

「ふふっ、えぇ。そうね……共鳴くんさまさまね。それで、どうかしら?リディアンの高等部は。」

 

「はい!!学食が美味しいです!!」

 

「響ってば……やっぱり、校舎が独特なデザインだから戸惑う事もありますけど、やっぱりいい学校だと思います。」

 

「あー、それ確かに。講堂が一階と二階で分かれてるのなんてライブ会場でも無いと見た事無いもんねー。そもそも元居た中学校だと講堂そのものが無かったし。」

 

「なるほど……あれ?でも、だったら式典行事はどこで行うの?」

 

私の言葉に深々と頷いたと思ったら、今度はかわいらしく首を傾げて翼さんが問うてきた内容は、あまりにもブルジョワジーな物であった。

因みに、周りの生徒たちは翼さんの一挙手一投足を見逃すまい、一言一句を聞き逃すまいと必死で、正直プレッシャーを感じる。

お兄ちゃん……もしかしたら名前出したの失敗だったかも……ゴメンね……

 

「普通の学校だと、体育館で行って床に直に座るパターンが多いですよ?敷地的に全校生徒を収容できる施設を二つ併設出来ない所も多いですし……」

 

「そうだったの……ごめんなさい、私は学校というとずっとリディアンだったものだから……」

 

「おぉ……まさにお嬢様……」

 

「響?」

 

「あ、ちょ未来!?その笑顔は流石に怖いからちょっと待って!?」

 

「……ふふっ。本当にあなたたちは仲がいいのね。……折角だから、貴方たちと共鳴くんの出逢いの切っ掛けとかも……聴いてもいいかしら?」

 

「うぇっ!?そ、それはちょーっと恥ずかしいかなぁ……なーんて……」

 

流石に、あの黒歴史(かんちがい)を翼さんに告げるのは恥ずかしさで顔から火が出そうになる!!

 

「いいですよ。代わりに、良かったらこれからもお昼を一緒にしてもらっていいですか?響が熱望しそうなので。」

 

「ちょっ!?ちょっと未来ー!?」

 

「デリカシーの無い事言った罰です。響にも益のある話なんだからコレで手打ちにする事。いい?」

 

「うぅ……はぁい……」

 

「……?」

 

こうして、私は黒歴史を開示される代わりに、翼さんとのランチタイムの約束を手に入れたのであった、まる……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「あぁー……絶対翼さんから変な子として覚えられた……」

 

「間違ってないからいいんじゃない?」

 

「いやでも流石にあそこまで綺麗に笑われちゃうとこう……それ、やっぱり時間掛かりそう?」

 

「もうちょっと掛かるけど……あぁ、そういえば今日は翼さんのCDの発売日だっけ。」

 

「そうそう、今なら店舗毎の特典が豪華で……」

 

「……だったら、早く行かないと売り切れちゃうんじゃない?」

 

 

 

 

━━━━斯くして、立花響はCDショップへ向けて全力疾走しているのであった。

 

「CD!!はっ、はっ、特典!!はっ、はっ」

 

電子化の煽りを受け、CDショップも今や繁華街の表通りからは姿を消してしまい、少し街の中心から離れた所にしか存在しない。

だが、走った事もあってもうすぐ辿り着く。

この先のコンビニのある辻を曲がればCDショップはすぐ近くで━━━━

 

走った事で荒くなった息を整える中で、ふと。気が付いた。気が付いてしまった。

 

━━━━炭の臭い。

 

それも、火の臭いを伴わない、炭だけの臭い。

……ノイズの、臭いだ。

 

コンビニの向かいにあったCDショップの窓ガラスは打ち破られ、そこかしこに残る、『人くらいの量の炭』。

 

湧き上がる恐怖を無理矢理に抑えつけ、辺りを見回す。まだノイズが居るとすれば、逃げなければいけない。

お兄ちゃんが、奏さんが命を賭けて護ってくれたこの命、絶対に、投げだせない!!

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

そんな私を嘲笑うかのように、残酷な運命は私に選択を迫ってきた。

━━━━私の命は、絶対に投げだせない。

━━━━けれど、目の前の命を放っておく事なんて、それも出来ない。

 

逡巡は一瞬、決めた時には既に、私の足は走り出していた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「状況を教えてください!!」

 

「市内各地に散発的にノイズ発生!!群体の数が少なすぎて、場所の特定に時間が掛かります!!」

 

散発的なノイズの発生、それも、一度に五体程度のごく少数の群れの同時多発発生。偶然とは思えない。

 

「くっ……」

 

「すまんが……抑えてくれ、翼。この広域出現をキミたち二人だけで納めるのは不可能だ……既に一課が避難誘導を始めている……被害を最小限に収める為に、お前と共鳴くんの力をピンポイントに投入する事が必要なんだ。」

 

「わかっています!!……でも……」

 

「……悪いな、翼。装者が二人居れば、こういう時の人手になったんだけどさ。」

 

その声は、後ろから。

つい最近、やっと起きたばかりの親友。彼女━━━━天羽奏の声に振り向く。

鳴弥おば様に車椅子を押してもらう彼女には、腕が無い、足が無い。

絶唱のバックファイアでズタボロになった彼女は、けれど絶唱を放つ以前よりも生き生きとしているようにも見えた。

 

「ううん……奏が悪いワケじゃないの……コレは、私の力不足の問題だから……」

 

「にしてもさ。一人より二人の方が楽だろ?」

 

「う……」

 

それは確かにそうなのだ。シンフォギア装者の人員が確保出来れば、この異常に頻発するノイズ災害にも対処する事が可能になるだろう。

だが、無いものをねだってもしようがないし、奏は、手足の他にも問題があった。

 

「……まさか、聖詠が浮かばないとはなぁ。あの時ちょっとばかし全部を出し切り過ぎたかね。心も体も、全部空っぽになるくらい……」

 

━━━━今の奏は、ギアを纏えない。

四肢が無いからでは無いだろう。今の私のギアが、手数を補う為の新たな刃として脚部ブレードを展開したように、ギアは人に非ざる形すら容易く受け入れる自由度がある。

であるからには、精神的な物なのだろう。と櫻井女史は言う。

 

「一応起きれるようになったとはいえ、まだまだ中も外もズタズタの安静状態なんだから~。リンカーを投与しての実験は絶対しないわよ~。」

 

そう宣言してくれたが、今の適合係数では、たとえリンカーを使ったとしても、かつてのようにガングニールを纏えるかは怪しいだろう。

その理由に櫻井女史は今だ悩んでいる。あの天才にわからない事があるとは!?と二課に激震が走ったのも記憶に新しい。

 

「……ってワケで、トモ。翼の事、頼んだぞ?」

 

「はいはい、わかってますよお姫様……すいません。ちょっと連絡をしてきます。」

 

共鳴くんと奏の仲も良好だった。トモ、というのは奏が付けた共鳴くんのあだ名。

元々人懐っこい性格だった奏と共鳴くんの仲が縮まるのは早かった。四肢の事も気にせず、二課のメンバーと違い、それ以前の事も何も知らないから気安いのだ。と彼女は笑った。

 

「……人手、か。」

 

皆が冗談として流している、ないものねだりの夢想ではあるのだが、もしも仮に新たな適合者が出たとして……

 

━━━━その子は戦士として、防人として覚悟を振るう事が出来るのだろうか?

 

まんじりと待つしかない中、ふと引っかかった思考に、どうしても心が持っていかれるのであった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━走る、走る、走る。

 

死が、後ろから迫っている。その恐怖を堪えながら、考えないようしながら走る。

だが、逃げ足の向かう先は郊外の工業地帯。ノイズにシェルターへの道を分断されてしまい、誘い込まれるかのように辿り着いてしまったのが、ここだった。

 

「シェルターから、はぁはぁ……離れちゃった……はぁ、はぁ……大丈夫?」

 

状況の最悪さに、思わず声が漏れる。だが、背中に背負う命の重さを感じて、心を燃やす。

 

「うん……おねえちゃんこそ、大丈夫?」

 

この子は、希望だ。ノイズに襲われそうになっていた少女を助けられたのは奇跡に近い。あんなアクロバット、百回やれって言われたって当然無理だ。

でも出来た。なら、この子を死なせるワケにはいかない!!

 

「うんッ!!へいき、へっちゃらッ!!」

 

それは、お父さんから継いだ言葉。

どんな事に直面してもへこたれない、諦めない為の言葉。

 

━━━━そして、もう一つ。私が諦めないで居られるのは、奏さんの言葉を思い出していたからだった。

 

あのライブ会場で、死にかけていた私に掛けてくれた言葉。

 

『生きるのを諦めるな!!』

 

あの日、あの時、私を助けてくれたあの人は、とても優しくて、力強い歌を歌っていた。

薬品工場と思われる場所に、心の中で謝罪しながら入り込み、考える。

 

━━━━私に出来る事って、なにか無いのだろうか?

 

人助けが趣味な私は、けれどそれ以外にはこれと言って特技も無いし、翼さんやお兄ちゃんのようにノイズと戦う力なんて持っていない。

……そんな私に出来る事が、なにかあるのだろうか?

 

「おねえちゃん……私達、死んじゃうの……?」

 

逃げ込んだ屋上で尋ねてくる女の子に、不安なのだろうな。と思う。だから返す答えはただ一つ。

 

「ううん……違うよ。……ねぇ知ってる?この街にはね?ノイズをやっつけてくれる、カッコいいヒーローが居るんだ。」

 

━━━━それは、きっと今でも戦っている翼さんや、お兄ちゃんの事。

 

視界の端に絶望(ノイズ)が映るのを感じながらも、言葉を紡ぐ。

 

「その人達は、かっこよくて、絶対に諦めないんだ。デッカいノイズにだって立ち向かっていくし、私達みたいに、ノイズに襲われて困ってる人が居たら、飛んできて助けてくれるの。」

 

……けれど、その人達は今は此処には居ない。他の所のノイズを倒しているのだろうか?

それは、仕方のない事だ。あの人達だってカミサマじゃない。誰をも助けられるワケじゃない。

 

でも、私は最後までこの子の希望を奪わないと決めたのだ。

 

「だから……生きるのを、諦めないで!!」

 

その言葉を私が口に出したのは、そういえばそれが初めてだった。

 

━━━━そして、私の胸に刺さったその言葉が、私の放つ言葉になった事。

それこそが、トリガーだった。

 

 

Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)……』

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ノイズの大集団の位置、特定!!湾岸地区の薬品工場です!!」

 

「ッ!?同時に、ノイズとは異なる高出力のエネルギーを検知!!」

 

「特定急いで!!……まさか、コレって……アウフヴァッヘン波形……?」

 

それにいち早く気づいたのは、櫻井女史だった。

それとほぼ同時に俺を貫く、最高潮に嫌な予感達。

一つ目は、未来には繋がった電話が、響とは繋がらなかった事。

そして二つ目はたった今観測されたアウフヴァッヘン波形━━━━即ち、新たなるシンフォギア装者の存在。

 

この二つを結びつけ得る物が、ただ一つだけ存在する。

それは、北欧神話において最高神オーディンが使ったとされる必勝の槍。

放たれれば必ず敵を貫き、そして持ち主の基に戻り、オーディンの手で指し示せば『絶対なる勝利』を確約するという、トネリコで出来た柄を持つとも、世界樹ユグドラシルの枝から削り出されたとも言われる、権能の槍。

 

━━━━その、欠片。

 

「波形パターン、でます!!」

 

画面に表示されるそのコード、それを見た瞬間に、俺は足となる自分のバイクへ向けて走り出していた。

 

 

「ガングニール、だとォッ!?」

 

間違いない。あの反応の基に居るのは━━━━立花響だ。




少女は覚悟を握り、物語は遂に始まる。
少年は決意を握り、悲劇を食い止めんとする。


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第十話 運命のリユニオン

二課本部の司令室、そのモニタに映される、あまりにも惨過ぎるこの世の残酷。それを受け止める事は、今の私には生半(なまなか)には出来なかった。

確証は未だ無い、半ば勘のような物だったが、映し出される状況はそれを裏付ける証拠を次々と吐き出してくる。

 

「ガングニール、だとォッ!?」

 

アウフヴァッヘン波形、シンフォギア装者が聖遺物と共鳴して発生させる特定振幅の波動。

それは聖遺物ごとに異なる波形を示し、その聖遺物を示す証明ともなる。

それが、ガングニールを示した。

思わず、隣に居る奏を見る。本来のガングニールのシンフォギア装者を。

 

彼女の胸にさがるガングニールのペンダントを見て、ひとまずの安心を得ながらも、防人としての自分はその残酷を肯定する。

ガングニールのギアは此処に有る。であれば、今計測されているアウフヴァッヘン波形の持ち主は、先ほどまで思考していた『新たなシンフォギア装者』に他ならないだろう。

 

それを肯定するもう一つの証拠。二課の権限でハックされた現場のカメラに映るその少女。

今日に話したばかりのその少女の名は━━━━

 

「立花、響くん……だと……!?馬鹿なッ!!」

 

司令の困惑ももっともである。ただライブ会場での事故に巻き込まれ、生死の境をさまよっただけの少女が何故、ガングニールを纏っているのか?

 

━━━━その問いの答えに、あのライブ会場で戦った私と奏、そして共鳴くんは気づいていた。

 

「……そっか。あの子はまだ、生きる事を諦めてないんだな。翼、ちょっと行って迎えに行ってやってくれないか?トモはもう行っちゃったけどさ。」

 

「……分かったわ。貴方と共鳴くんが護り抜いた希望……決して消えさせやしない!!」

 

そうして、私は走り出す。

頭をよぎるのは、数時間前に語り合った彼女の笑顔。

 

━━━━あれは、紛れも無く防人が護るべきものだ。

 

事情の細かい説明を奏に任せ、私は先行した共鳴くんに追い付く為に駆け出すのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━視界が真っ赤に染まる。

 

胸に浮かんだ言葉を唱えた瞬間、自分が誰なのかが分からなくなった。天地も、前後も、何もかもわからなくなりながらも、身体は激痛を訴える。

ナニカが私を書き換えて行く、感覚。

 

「あああああああああ━━━━!!」

 

熱が、私の中を通り抜けて行く。出て行って、戻ってくる。

思わず喉が張り裂けんばかりに叫んだ私の身体は、気づけば元の人型に戻っていた。

 

━━━━いや、違う。

 

その腕はまるでアニメに出てくるロボットのような装甲に覆われ、足元もヒールの付いたメカニカルなブーツに覆われている。視界の外でよく見えないが、耳元にも何かパーツが付いている感覚がある。

 

「え?えぇ!?私、いったいどうなっちゃってるのー!?」

 

声がしっかりと出た事に安堵しながらも、私のキャパシティを超えた出来事に思考が纏まらない。

コレじゃまるで、奏さんや翼さん━━━━ツヴァイウイングの二人みたいじゃないか。

 

「おねえちゃん、カッコいい……!!」

 

何もかもが分からなくて、不安な私の意識を戻してくれたのは、助けた女の子の声だった。

そうだ、何もかもが分からないが、これだけはわかる。最後まで、この子を護りたいと思ったのだ。

 

気づけば、胸の中に歌があった。

 

━━━━絶対に、放さない。

 

胸に湧く歌に共感しながら、女の子の手を取り、胸元に抱え上げる。

そうだ、繋いだ手があったかいから。私はそれを手放したくない。

このぬくもりを感じていたい、喪いたくない!!

 

そう思って、全力で一歩踏み出した脚は、いつの間にか空中になっていた。

 

「うぇあ!?な、なに!?」

 

そして当然、重力に引かれて私は落ちる。せめてもの抵抗にと脚を踏ん張ってみたら、なんと傷みすら感じる事無く着地に成功してしまった。

どうやらこの装甲、外見通りにアニメみたいな動きが出来るみたいで……

 

そんなことを思いながら、元居た屋上を見上げる。当然、ノイズは私達を追って落ちて来ていた。

 

━━━━触れれば、死ぬ。

 

そんな恐怖と戦いながら、タイミングを計る。

伊達に人助けに挑戦しまくってはいないのだ、スポーツならともかく、土壇場での判断力はお兄ちゃんからだって褒められた事がある━━━━!!

 

落ちてくるノイズを横っ飛びに転がる事で躱し、ノイズ達の次の行動をしっかりと見据える。

こういう時は相手から目を離してはいけない。野良犬から子犬を護った時に学んだやり方だ。

 

そして、ノイズが突っ込んで来る。二年前のあの日、お兄ちゃんに殺到した時と同じ、棒状になって突っ込んでくるノイズを先ほどのような全力のジャンプで避け━━━━!?

 

「うわわ、わわっ!?」

 

全力が過ぎてしまった私の身体は、先ほどまで居た屋上すら超え、加速したまま高くそびえるタンクに激突してしまったのだ。

 

……あまりにも感覚が違い過ぎて、身体の動きに思考が追い付かない!!

 

タンクのへこむ程の衝撃に驚き、咄嗟にタンクの外壁にしがみ付きながらも思考を回す。

それでも、胸に抱える少女を怪我無く庇えているのは、普段の人助けのお陰だろう。痛い想いだってした事があるが、それが役に立ったのだ。

 

『Guoooooo!!』

 

そんな私の目の前に現れたのは、建造物すら優に超える巨大な人型ノイズだった。

当然、狙いは私達。この凄まじい身体能力に段々と馴れて来た私はその一撃を避ける為にタンクを蹴って飛び出す。

 

「おわっとっと……!!」

 

それでも、あまりの勢いに脚がもたつく。そして、その隙を見逃さなかったのか、後ろから殺到してくる人型サイズのノイズ達。

 

「くっ……!?」

 

もしかしたら、翼さんや奏さんのように、この装甲があればノイズに触れても死なないかも知れない。

けれど、この子は違う。これだけの数のノイズを総て撃ち落とす事は不可能だろう。

あの時のお兄ちゃんや奏さんみたいに、ノイズを撃ち落とせる武器も無い。

だから、装甲が護ってくれると信じて、女の子をノイズから遠ざけて抱え込む。

 

━━━━けれど、衝撃は襲ってこなかった。

 

「……悪い、響。遅くなっちまったな。」

 

代わりに届いたのは、優しい言葉。

 

「お兄ちゃん……!!」

 

顔をあげたそこには確かに、護ってくれる人が居た。

 

「妹分を振り回したツケ、熨斗付けて返すぜノイズ共……!!」

 

あの時とは、お兄ちゃんの姿も随分変わっていた。手袋のような形で展開している、私の物と同じような装甲。

そしてなにより、強さが段違いだった。扱う糸の数も一本から大きく増え、八本もの糸を手足のように操って私達に近づくノイズを押しとどめている。

 

━━━━きっと、今までもずっと戦ってきたのだろう。

 

今日だけでは無い。自衛隊が対処したという昨日のノイズも、今までニュースの紙面を騒がせながらも未然に防がれたノイズ災害も、その裏でお兄ちゃんが戦い続けていたのだろう。

なにか、力になりたい。そんな思いを載せて、歌を歌う。

 

胸の奥から湧き上がる歌は今も続いている。

あの日も、歌が聴こえた。お兄ちゃんは帰って来てくれた。

 

だからきっと、この歌は、お兄ちゃんを助けてくれる。

そんな、確信のような想いで、女の子を抱きかかえながら、歌を歌う。

 

「……ありがとう。響。お前の歌が、俺に力をくれる。護る為の力を!!戦う為の力を!!」

 

それは、間違っていなかった。だが、その前に立ちはだかる、巨大な人型ノイズ。

私達二人を覆いつくして取り込まんとするその巨体に思わず恐怖する。

恐怖は心を揺らがせ、歌が乱れる。

……ダメだ!!歌が無ければ、お兄ちゃんを助けられない!!

 

「お兄ちゃん!!」

 

「大丈夫だ。……俺もお前も、一人なんかじゃないんだ。だから、大丈夫。」

 

思わず挙げた私の声への返答には迷いがなくて、そして、お兄ちゃんの言う通りに……

 

 

 

Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

 

 

空から降ってきたのは、巨大な剣だった。

 

壁か何かと見まごう程に、巨大な剣。

 

 

「……待たせたわね、共鳴くん……それに、立花さん。」

 

その剣の天辺に、彼女は居た。

風鳴翼はそこに居た。

その姿に、凛々しい立ち姿に思わず見惚れてしまう。

 

「すまない、助かったよ。翼ちゃん。」

 

「……そう思うなら、フォニックゲインを安定して用立て出来る私の現着を待たずに突っ込むのは止めてくれないかしら?」

 

「うぐっ……いや、その……コレは何と言いますか……」

 

「……ふふっ、冗談よ。私も、司令の指示より先に駆けだして来てしまったもの。彼女……立花さんを心配してね?」

 

あの巨大さはどこへやら、小さくなった剣を仕舞った翼さんはお兄ちゃんと談笑していた。

そんな会話の中に気になる所があったので、ついつい声を挙げてしまう。

 

「私を……?あ、そうだ!!お兄ちゃん!!コレっていったいなんなの!?まるで━━━━」

 

頭をグルグルと回る疑問を形に使用としたその言葉は、お兄ちゃんに遮られてしまう。

 

「ゴメン、響。もうちょっとだけ我慢してもらえるか?……響の纏うそれは、機密事項の塊なんだ。だから、まずはその子の親御さんを探してから……な?」

 

━━━━なるほど、確かにその通りであった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

特異災害対策機動部によるノイズの後始末というのは、様々な物がある。

まず一つ目は単純な物で、討伐され、炭化したノイズを回収する事。……時には、かつて人だっただろう物を回収しなければならない時もある、単純だが辛い仕事だ。コレに関しては公にも知られている仕事である為、現場封鎖などの対外作業と共に一課のメンバーが行う事が多い。

二つ目は、目撃してしまった人への口止めや、情報操作。二課の主要メンバーである情報班はこちらに多く割り振られる。シンフォギアの存在は重大な機密であり、時には米国や中国などからの略取といった強硬手段を招きかねない爆発物である為、国益だけでなく国民を護る為にも重要な仕事である。

三つ目はそうそうある仕事では無いのだが……

 

「はい。あったかいもの、どうぞ。」

 

「はぁ……あったかいもの、どうも……ふー、ふー……ほぁぁ……ほぁあ!?」

 

「何やってんだ響……ほれ、コーヒー戻すぞ?」

 

緊張が解けたのだろう。友里さんが居れてくれたあったかいものを飲んでギアが解除されてしまい、せっかくのコーヒーが台無しになる所であった。

咄嗟に手を出して回収できたのは幸運である。

 

「ご、ごめん……ありがとうお兄ちゃん……」

 

「まぁ、色々あったからな。まずはゆっくり飲んでくれ。」

 

俺と響の間に束の間流れる、ゆったりした空気。それを変えたのは嬉しい事態だった。

 

「ママ!!」

 

「……よかった。お母さんと合流出来たみたい……」

 

「だな。それじゃ、次はコッチの話だな……」

 

「えーっと、お兄ちゃん。ところで……あちらの黒服の方々は……」

 

━━━━響が言及した彼等こそ、ノイズの後始末において二課が担う三つ目の後始末。

 

「あー……すまん、響。ちょっと不自由を強いる。」

 

「へ?」

 

「すいません。これも規則でして……」

 

緒川さんの見事な早業で響の手にかけられるゴツイ手錠。その外見に違わず、司令ですら破壊するのに三十秒は掛かるという超高度なハイテク手錠である。

……因みに、司令を封じられる手錠の開発はあまりの要求スペック故に頓挫してしまった。不可能では無いが、コストに対するリターンが無さすぎて実質不可能であると研究者たちが愚痴っていた。

 

「機密だって言っただろ?だから……防諜設備の整った所にちょっと移動してからの話になるんだ。」

 

「え?」

 

「此方の皆さんはその為の護衛です。万が一にも貴女を喪う事が無いように……という我々の誠意だと思って貰えれば恐縮です。」

 

「えぇぇぇぇ!?」

 

 

かくして、立花響は諜報班の黒服の皆さんと共に二課本部へと移送されてゆくのであった。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

「ちゃんちゃん。じゃないってば!!っていうかここ……リディアンじゃない?」

 

「そう。そんで、教員が詰めるここ中央棟には……結構用事がありそうだなぁ、響の場合。」

 

「ちょっとお兄ちゃん!?流石にまだ入学二日目だから呼ばれてないよ!?」

 

「……ふふっ、本当に仲がいいのね、貴方たちは。」

 

「まぁ、昔からこんな感じだからなぁ。流石に響相手に肩肘張るのはもう諦めた。」

 

「うぅ……未来もお兄ちゃんも、皆して私を弄って翼さんとの話のダシにしていく……」

 

そんな事を話しながらも足取りは軽く。身柄を拘束しているから場を和ませようと道化に回ったのだが、どうやら上手くいったようだ。

 

「エレベーター……?」

 

「ま、他にも入り口はあるけど今回はこっからだ。」

 

そう言っている間に、緒川さんが通信機を使ってエレベーターのロックを解除し始める。

 

「うぇ!?なに!?なんなの!?」

 

「掴まった方がいいわよ。大分引っ張られるから……」

 

「掴まる!?引っ張られる!?」

 

「あーはいはい、ほれ響。俺の腕に掴まれ。」

 

「あっ、はい……ってなんでぇぇぇぇぇぇ!?」

 

このエレベーターは二課本部を貫く巨大なシャフト、その内部に設置されている。しょーじき安全基準とか大丈夫なのか?と疑問を覚える時もあるが、まぁ二課本部そのものが櫻井女史の手による物であるのだから、出自はともかく、その完成度は高いレベルが維持されている。別段心配する必要も無いだろう。

 

「うわぁ……なにこれ……すっごい……」

 

「……そういや、ここの模様って結局なんなんですかね?」

 

「了子さんによると、異端技術によって強度を確保した結果。だ、そうですよ?」

 

「地下とはいえ全長1キロの構造物ですもんねぇ……」

 

「1キロ!?そんなに潜るの!?」

 

「あぁいや、俺等がいっつも使ってるのは数百メートル地点の浅い層が基本さ。下の階層は、俺もあんまり見た事がない。」

 

「ほへぇ……」

 

エレベーターのスケールに圧倒されながらも、響はしっかりとこれからの話を理解しようとしてくれていた。その成長が、彼女の兄貴分としてとても嬉しかった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ようこそ!!人類守護の砦!!特異災害対策機動部二課へ!!」

 

弦十郎のダンナがやらかした歓迎会に、その少女は面食らっていた。まぁ当然だろう。いきなりの覚醒に、身柄の確保と来てのコレだ。

 

「はぁい、じゃあお近づきの印にツーショット写真を……」

 

了子さんがいつも通りのノリでするりと懐に入るのを、その少女は上手く躱してこう言った。

 

「えぇ!?い、嫌ですよ!!手錠をしたままの写真なんて、きっと嫌な想い出になっちゃいます!!」

 

その言葉に、強い納得を感じる自分が居た。幸せな想い出と、嫌な想い出。確かに、思い出す物によってその視点は変わる。

 

「了子さん、それくらいにしておきなって。」

 

「はーい。」

 

「久しぶりね、響ちゃん。」

 

「おっす、響。二年ぶりだな。」

 

「━━━━奏、さん?」

 

アタシを見た時のその少女の顔は、まさにハトが豆鉄砲を喰らったような物だった。まぁ、世間的には今だ回復の見込みは無いとされている、死人も同然なアタシだ。衝撃も大きかろう。

 

「奏さん……奏さん!!」

 

「おっと!!その前に。」

 

「だぁ!?うー、いたた……」

 

感極まって飛びつこうとしてきたその少女━━━━響には悪いが、流石に今のアタシの身体だとその手錠付きだとどうにも受け止め切れそうにない。鳴弥さんに車椅子を動かしてもらって避けたアタシは、緒川さんに頼む事にした。

 

「緒川さん、この手錠取ってあげて。」

 

「はい。」

 

「あいたたた……あ、ありがとうございます……」

 

「いえ、此方こそ失礼しました。」

 

「悪いね。」

 

「あ、いえ……えーっと、改めて……お久しぶりです。奏さん。私、立花響って言います。」

 

「あぁ、トモから聞いてるよ。……それと、ありがとう。あの日からずっと、生きる事を諦めないで居てくれて。」

 

「はいッ!!……あ、アレ……なんでだろ……涙……アレ……?」

 

「よしよし、よく頑張ったなー。」

 

あの日の生存者が良くない待遇を受けていた。というのはトモから聞いていた。腕こそ無いけれど、アタシの胸に抱き寄せてやったその温もりを確かに感じる。ちょっと体温高めかな?

 

 

 

 

「……さて、改めて自己紹介させてもらおう。俺は風鳴弦十郎。ここのトップをやらせてもらってる。」

 

「そして、私はデキる女と評判の櫻井了子よ。よろしくね?」

 

「天津家のメンバーとは面識があるし、一気に何人も覚えるのは難しかろう。そっちはおいおいで構わない。」

 

閑話休題(それはそれとしておいといて)。メンバーの自己紹介から話はスタートしていた。と言っても、弦十郎のおっちゃんと了子さんが主体だったが。

 

「はぁ、それで……結局、あの時私に起こった事って、いったいなんなんですか?」

 

「……それについてなんだけど、正確に知る為に少しばかりお願いがあるの。確度の高い予測は出来てるのだけど、確定では無いから身体検査を受けてもらうのと……今日の事は誰にも言わない事。お願いできるかしら?」

 

「えーっと……国家特別機密事項……でしたっけ?とりあえずわかりました……」

 

「よーし!!それじゃあメディカルルームへレッツラゴー!!」

 

「なんでぇぇぇぇ!?」

 

━━━━それは、嵐のような光景だった。

 

「了子さんは相変わらずだねぇ……おや、トモ。用事は済んだのかい?」

 

「……あぁ、アリバイ作りは成立。母さん、響のメディカルチェック、立ち会ってもらえる?奏さんは俺が世話しておくからさ。」

 

「えぇ。……まぁ無いとは思うのだけれども、嫁入り前の響ちゃんに何かあったらご家族に顔向けできないし……」

 

「了子さんってばスキンシップが派手だからなー。」

 

「じゃあ共鳴、奏ちゃんの事、お願いねー」

 

そう言って、鳴弥さんもメディカルルームへと去って行く。

 

「……さて、では此処に残ったメンバーで真面目な話と行くか。」

 

「緒川さん、米国からの干渉は?」

 

「今の所は見られません。どうやら響さんの覚醒は米国側のシナリオの外だったようです。」

 

「……ふぅ、とりあえず第一関門は突破、か……それにしてもまさか、あの時響を貫いた瓦礫がガングニールの破片だっただなんて……」

 

「ま、それ以外に理由は考えられないよな。けどさ、こうは考えられないか?ギアを纏えないアタシの代わりに、ガングニールの装者が現れてくれた……ってさ。」

 

「それは……」

 

アタシの言い分に黙り込む男衆。どーせあの子には責任など無いとかああだこうだと、過保護な事を考えているのだろう。

 

「言っておくけどな。お前さん等がそうやってあの子を保護しようなんて思ったって、あの子にはしっかりとした力があるんだ。それをどう振るうか、責任を背負うかどうかを決めるのはあの子の意思だ。

 ……だから、アタシとしてはあの子の選択を尊重したい。それに、過保護にされると後が怖いぞ~?翼みたいにさ。」

 

「ちょっ、奏!?いきなり私を引き合いに出すのは……もう……私としては、彼女を関わらせるのは反対なのだけれど……」

 

「といっても最近はやけにノイズが多いからなー。もう翼一人だけじゃ首が回らなくなってきてるじゃないか。」

 

「うっ……」

 

「そこまでだ。……これ以上は平行線だろう。結論は後日、響くんのメディカルチェックの結果を見てからとしよう。その結果と、彼女の意思。その両方を鑑みて今後の方針を決める。それでいいな?」

 

「……はい。」

 

トモは、浮かない顔をしていた。まぁ、当然と言えば当然だろう。

トモと話している時にお互いの身の上話になると、決まって出てくるのが彼女━━━━立花響と、その親友の小日向未来なのだ。幼馴染の妹分が戦いに出るなど……というのは、年長者としては当然の結論であると思う。

 

けれど、あの子は降って湧いた力に振り回されながらも、最後まで生きる事を諦めなかった。不格好でも、不器用でも、最後まで戦い抜いたのだ。

……アタシは、それを信じたい。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

もう夕方になるというのに、響が帰ってこない。街にはノイズ出没の警報が流れているという。

不安も高まるそんな時に、掛かってきたのはお兄ちゃんからの電話。私は、すぐさま電話に出る。

 

「……お兄ちゃん!?今どこに居るの!?」

 

『ああ……ちょっと野暮用で。ただ、ノイズは来ない所に居る。安心してくれ。ところで、響は?一緒じゃないのか?』

 

「……それが、翼さんのCDを買いに行って……まだ帰ってこないの……」

 

『そうか……もしかしたら、別のシェルターに居るのかも知れない。シェルターに関してはウチの支援団体の都合で融通が利くから、コッチの方でも探しておくよ。……響なら、きっと大丈夫さ。』

 

「うん……」

 

 

それから、数時間が経った。ノイズの警報もすっかり解除され、世間はすっかり日常に戻った頃、掛かってきたのはまたもやお兄ちゃんからの電話。

 

「もしもし、お兄ちゃん……?」

 

『あぁよかった……未来。響と連絡が付いたよ。どうにも無茶してノイズ警報の近くで避難誘導をしてたらしい……』

 

「そんな……!?危ない事はやめてってあんなに……」

 

『……目の前で、ノイズから逃げる人達と、出逢ったみたいで、さ……今回は運よくシェルターまで逃げ切れたから無事だったんだけど、寮から離れた場所のシェルターに逃げちゃったから、ここまで連絡が遅れちゃったみたい。』

 

「もう……心配かけるんだから……」

 

そうも言われてしまえば、立花響は引き下がれなかったのだろう。と納得はする。けれど、ノイズに触れられれば人は死ぬのだ。

……出来れば、そんな無茶はもう止めて欲しい。

 

『……それで……相談、なんだけどさ。響に、ウチの支援団体でボランティアしてもらおうかと思って。』

 

「ボランティア?」

 

『あぁ……最近、ノイズ出没が増えてるだろ?だから、それに対する対策として、特異災害対策機動部の他にもシェルターへの誘導を行う人が居るべきなんじゃないか……って話が持ち上がってて。

 勿論、ノイズの発生場所から離れた所に配置されるから……響がノイズの犠牲者を放って逃げる事はあり得ないだろうし……むしろ、コッチの方である程度面倒を見てコントロールした方がいいんじゃないかな……って、ちょっと思ってさ。』

 

「……確かに、響は目の前の人の事、放っておけないだろうし……うん。わかった。この事、響には?」

 

渡りに船、とはこの事だろう。お兄ちゃんが面倒を見てくれるというのなら、響が無茶をしても死の危険からは遠ざけられる。

 

『あー、まだ話してない。』

 

「わかった。じゃあ、お兄ちゃんの方からちゃーんと響に伝えてね?隠し事は無しだよ?」

 

『……了解しました、お嬢様。』

 

「ふふっ、流石にお嬢様は無いでしょ?」

 

心配していた心が少しだけ軽くなるのを感じながら、私は改めて響を待つ事にしたのだった。

 

 

 

 

「ただいまぁ……」

 

「おかえり、響。……心配したんだからね?」

 

「うっ、ごめんなさい……」

 

「……ふふっ、お兄ちゃんからちゃんと連絡があったから今回は許します。ただ、次からは出来ればちゃんと連絡してね?」

 

「はーい……」

 

「ほら、とりあえずご飯食べよ?」

 

「未来のごはん!?食べる食べる!!」

 

……やっぱり、響と一緒だと嬉しいな。

そんな風に思って準備していると、つけっぱなしだったテレビから流れてくるニュース。

それは、翼さんが海外進出するかも知れない。という物。

 

「……やっぱり、翼さんも海外進出したいのかなぁ?」

 

「どうだろう?でも、アーティストとしては世界に羽ばたく、っていうのは一つの夢であり、目標だと思うよ?」

 

「……未来も、そういう理由でピアノを習ってるの?」

 

「ふふっ、私は……流石にそこまでじゃないよ。私の場合はむしろ、世界になんて聴かせる気はないもの。私のピアノは、せいぜいお兄ちゃんとか、響とか……そんな、身近な皆に届けられれば、それで十分。」

 

「……そっか。色んな考え方があるんだ……」

 

「うん。そうだよ。」

 

━━━━私がピアノを選んだ理由。それはやっぱり、響とお兄ちゃんのお陰なのだ。

陸上部で伸び悩んでいた私に、別の道がある事を示してくれた二人。

 

高校への進学など、変わる環境は多いし、ボランティアのようにこれからもきっと変わって行くのだろう。

 

━━━━けれど出来れば、こんなあったかい日々が永遠に続くといいな。と思ってしまうのでした。




どこまでも、過保護な男衆なのでした


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第十一話 交錯のディゾナンス

激動の一日が過ぎて、翌日。

私としては珍しく、未来よりも先に目が覚めた。

 

昨日の夜、結局未来に伝える事が出来たのは感謝だけだった。

それが、ちょっと心に引っかかっていたのかもしれない。

 

「……あれ?メールが来てる……お兄ちゃんから?」

 

携帯を確認してみると、朝早くだというのに着信していた電子メール。

お兄ちゃんから届いたその中身は、私を心配してのものだった。

 

『昨日の件についてだが……未来には俺の方から表向きの理由を建てておいた。

 ノイズから一般人をシェルターに誘導するボランティア……って事になってる。

 翼ちゃんにも、そういう事で話を合わせてもらう事にしている。

 ……ホントは、こんな難しい話を響に考えてもらうなんてしたくはないんだが、今日の夕方に返事を聞かせて欲しい。』

 

「……私、いっつも助けてもらっちゃってるなぁ……」

 

そういえば、昨日もお兄ちゃんのお陰で未来の追求は薄かった。

それに加えて、昨日の今日で翼さんとお昼を食べるのだし、私のことだから間違いなくヘンテコな事をして未来に心配をかけていただろう。

未来に本当の事が言えないのは心苦しい。けれど、お兄ちゃんがしてくれる事が無意味だった事は無い。

そんなお兄ちゃんが、ここまで気を回してくれる、という事は、この力は、それほど危険だという事なのだろう。

 

━━━━私は、未来をそんな危険な事に巻き込みたくない。

 

私はいい。危険に飛び込む事になっても、それはいつもの人助けと同じだから。けれど、未来は違う。

未来は私の帰る場所、あったかい陽だまりなのだ。

だから、どうか何も知らないままで居て欲しい。

 

偉そうな考えだと、自分でも思う。けれど━━━━

 

『なんで彼じゃなくて、何も持たないアンタが生き延びたのよ!!』

 

頭の中をよぎるのは、かつてに浴びた悪意。

ずっと、隣で未来に見せてしまったもの。

 

━━━━もしかしたら、未来も浴びる筈だったもの。

 

もう、あんな想いは嫌だ。

未来が大事な存在だからこそ、危険に巻き込むという選択は、私には出来ない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━あら、早かったのね、立花さん。小日向さん。」

 

昨日に約束した通りに食堂で待っていた私の基に二人が来たのは、随分と早かった。

昼休みになってからまださほど時間は経っていない。まだ人もまばらな時間帯だ。

 

「はい!!翼さんと一緒にご飯って事で張り切って来ちゃいました!!」

 

立花さんの返答に、思わず顔がほころぶ。

だが同時に、悲しくもある。防人として━━━━戦士として武器を握る覚悟を持たない彼女が、ガングニールという無双の一振りを纏わなければいけなくなったこの世の残酷にだ。

 

「……ふふっ、立花さんは相変わらず元気なのね。」

 

「元気だけが私の取り柄ですから!!」

 

「……?二人共、なんだか昨日より打ち解けてるような……?」

 

「あ……あの、それはえーっと……その……」

 

「……昨日、あの後お話する機会があったの。手隙だったから、共鳴くん達の支援団体が行うボランティアに参加させて貰って、ね?」

 

「……そう、そうなんだよ!!」

 

「そう……なんですか。」

 

「一年程前から、私も都合が合う時には参加させてもらっているの。」

 

表向きの理由での誤魔化し。だが、あながち嘘とも言い切れないそれは、共鳴くんの発案による物だった。

つまり、『誤魔化しの中に真実を混ぜる』という事。

 

━━━━こんな細かい嘘のつき方ばっかり上手くなっちゃうなぁ。なんて彼は自嘲していたけれど、効果は上々。

現場に居るのは事実なのだから、『ノイズと戦う風鳴翼を見た』等と言っても避難誘導の事だろうと勘違いされやすくなり、情報処理班の仕事が多少減ったと藤尭さんが言っていた。

 

「……ごめんなさいね。貴方の友人を、危険な場所に連れて行くような真似をしてしまって。」

 

━━━━それは、心からの謝罪。

嘘に込めた、一欠片の本当。

 

「……いえ、響はきっと、目の前で起きたのなら我慢できないと思います。だから……私からも改めて、響の事をお願いします。」

 

「未来……」

 

強い少女だ。と思う。

 

「……わかったわ。必ず立花さんを護ると、そう誓います。」

 

だから、返す言葉には一点の嘘も無い。心からの言葉。

 

「……ありがとうございます。」

 

納得してもらえたかは分からない。けれど、こうして話す事が出来た事は間違いではないと、そう信じている。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ビッキー、この後ふらわーに行かない?」

 

「ふらわーって?」

 

「駅前のお好み焼き屋さんです。美味しいと評判なんですよ?」

 

「アニメに出てくるお好み焼きみたいに滅茶苦茶美味しいってさ!!」

 

その日の放課後、仲良くなったクラスメイト達━━━━安藤創世(あんどうくりよ)寺島詩織(てらしましおり)板場弓美(いたばゆみみ)の三人組から声を掛けられる。

同じ中学から入ってきた入試組だという三人とは入学式も終わってすぐの時、教科書を忘れてしまった弓美ちゃんに教科書を貸した所、『……アンタ、アニメみたいな生きざましてるのね!!』と何故か気に入られた事で友人となったのだ。

そんな三人とのお出かけ、本来なら是非ともお供したい所なのだが……

 

「あはは……ゴメンね。今日は用事があって……」

 

「また呼び出し?アンタってばホントアニメみたいな生きざましてるわねぇ?」

 

「失敬な!!今回のは呼び出しじゃなくて……えっと、そう、ボランティア!!ボランティアの説明会があるの!!」

 

「もう……響、じゃあ私は皆と行くけど、お兄ちゃんに迷惑かけないようにね?」

 

「わかってるってばー。」

 

「お兄ちゃん……?もしや響ってば、ボランティアと言いながら実は未来のお兄さんとデートに……!?」

 

「「へっ?」」

 

お兄ちゃんに言われた通りにボランティアと押し切ろうとした私を襲ったのは、弓美ちゃんからの意外な危険球(デッドボール)だった。

 

「ちょ、キューミン。流石にそれは一気に踏み込みでしょ!?」

 

「そうですわ。せめて響さんが本当にデートする気なのかを確かめてから……」

 

「な、な、なんでデートする気を確かめる気まんまんなのッ!?」

 

「それに実のお兄ちゃんでも無いんだけど……」

 

「えーっ!?違うのぉ!?アニメみたいな展開だと思ったのにー!?」

 

「さすがに それは ない。」

 

「それに、仮にそうだったとしても踏み込むのはナイスではありませんわ。」

 

「ぬぬぬ……響。ごめんなさい。」

 

「あはは……ま、まぁ幼馴染で仲がいいのは確かだから。うん。気にしてないよ。」

 

うん、それだけ。確かに一緒に居るのが当たり前で、休日にデートしたりもするけど、幼馴染だから。これくらいは当たり前、だよね……?

 

「じゃあ、お兄さんによろしくね、ビッキー。」

 

「ナイスなボランティア、期待してますわね?」

 

「よよよ……ゴメンよ未来~」

 

「そこまで気にしてないってば……」

 

そう言って遊びに出かける皆を見送りながら考える。

 

━━━━はて、お兄ちゃんとの関係とはどういう物なのだろうか。

 

お兄ちゃんはあったかい大樹みたいな人で、一緒に居るとゆったり出来る場所。未来とはまた違う、私にとってなくてはならない存在だ。

けれど、こういう存在を世間ではもしや……好きな人、と呼ぶのだろうか。

 

「…………いや、今はそういう話じゃなくて!!」

 

「……だったらどういう話なのかしら?」

 

「ひゅやっ!?つ、翼さん!?」

 

「話しかけても反応が無いと思ったら急に叫び出す物だからびっくりしたわよ?どうしたの?」

 

「あー……その、なんでもないです!!えーっと、二課本部に向かうんですよね!?」

 

「え、えぇ。ホントは重要参考人として来てもらうから規則上は拘束しないといけないのだけれど……女の子が二度も手錠を掛けられるなんてイヤでしょう?だから、暴れないでちゃんとついてきてちょうだいね?」

 

「はい!!」

 

気づいてはいけない事に気づいてしまったかのように早鐘を打つ心臓を誤魔化しながら話題を逸らす。

意気地なしだとは思うが、言葉にしてしまえば陳腐になってしまう気がするこの感情をそっと胸に仕舞いながら、手を出してくれる翼さんを握り返しながら二人、二課本部へのエレベーターへと向かうのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「はぁい!!それでは結果発表と行きましょうか!!」

 

「テンション高いなぁ了子さんは……」

 

「初体験の負荷は若干残ってるけどぉ……身体にはほぼ、異常なし。」

 

「ほぼ……ですか……」

 

「えぇ!!ただ、聴きたいのはそういう事じゃないでしょう?」

 

二課本部内のメディカルルームに、二課のメインメンバーが集合していた。要件はそのものズバリ、響への説明会。

 

「教えてください!!この力がなんなのか……なんで、私にこんな力があるのか!!」

 

そして、それは響もまた望んでいた事である。それ故に、隣に居る翼ちゃんが胸元のアメノハバキリのペンダントを取り出し、俺の主導で説明が始まる。

ホントは櫻井女史が喋りたがっていたが、女史の場合専門用語が増え過ぎる為、高校生向けの説明として俺が語らせてもらう事となった。

 

「翼ちゃんが持ってるそれが第一号聖遺物、アメノハバキリ……その欠片だ。響は古事記とか読んだ事あるか?」

 

「うっ……漢字ばっかりで難しくてあんまり……」

 

「まぁそうだろうな。じゃあ、ヤマタノオロチとスサノオは分かるか?」

 

「あ、それならわかる!!ゲームとかアニメでよく出てくるし!!」

 

「そのスサノオがヤマタノオロチを退治する時に使った剣こそが、このアメノハバキリってワケだ。」

 

「……えっ?アレってゲームとかの設定じゃないの!?」

 

響の驚きも尤もな物である。聖遺物━━━━異端技術によって造られた代物など、一般人からすればただの御伽噺にしか見えないだろう。

 

「あぁ、驚いた事に、こういう神話や伝承に出てくる物の中には、『本当にこの世界に実在した』物が混じっている。そういったかつての超技術で造られた物を『聖遺物』と呼ぶ。」

 

「聖遺物……でもお兄ちゃん、私そんな物持ってないよ……?」

 

「……響、二年前のライブ会場で、俺はお前を護り切れなかった。」

 

「えっ……?」

 

櫻井女史は察してかスライドを切り替えてくれる。やはり自称する通りの出来る女である。

切り替えられたスライドは、響のメディカルチェックの結果。

━━━━俺とツヴァイウイングの二人の危惧を裏付ける証拠。

 

「あの時、お前の胸を貫いた欠片……それを俺も含め、誰もがただの瓦礫だと思っていた。けど、実態は違った。」

 

よくよく考えれば、あの時点で気づくべきだったのだ。

奏さんと俺の間に瓦礫など無かった。であれば、通り抜ける物は炭へと還ったノイズか、『天羽奏の一部』しか有り得ない。

 

「……あの時、アタシが纏っていたギア、第三号聖遺物、ガングニール。その欠片だったんだよ。」

 

「奏さんの……」

 

「あぁ、そして、その欠片は響、お前の想いに答えて歌を造り上げた。」

 

「歌……そういえば、あの時も胸の中から歌が浮かんできて……それで、翼さんや奏さんみたいに歌えばノイズに立ち向かえるのかなって……」

 

「……そう、だな。それは大体正しい認識だ。聖遺物は確かにかつての超技術で出来た物だが、その大半は経年劣化や損傷によって失われている。

 翼ちゃんのアメノハバキリも、恐らくは草薙剣とかち合った時に零れた刃の欠片だろうし、奏さんのガングニールも一部分の欠片しか残っていない。」

 

語りたくてうずうずしている櫻井女史を華麗にスルーしながら講義を続ける。

 

「そんな聖遺物の欠片も、特定振幅の波動━━━━コレを俺達はアウフヴァッヘン波形と呼んでいる。それを受ける事で本来の力の一部を発揮し、無限の力を産み出すアンチノイズプロテクターとなる。それを俺達は『シンフォギア』と呼んでいる。」

 

「シンフォギア……」

 

「……ここまでで、何かわからない事はあるか?」

 

「はいお兄ちゃん!!大体全部、全然わかりません!!」

 

勢いのある返事、それに対する周囲の反応は納得が強い。

異端技術がどうだの、特定振幅の波動がどうのこうの……専門用語が多すぎるのだ。

 

「翼は、こういうの得意だったよな?アタシは全然わかんなくてさー。」

 

「まぁ、私の場合は幼い頃から櫻井女史と共にシンフォギア作成に関わっていたから……完成後に見つかった初の適合者である奏とは少し事情が異なるし……」

 

「適合者?」

 

「あぁ、さっきも言ったアウフヴァッヘン波形……つまりは聖遺物が気に入るいい声の持ち主の事さ。」

 

「気に入るとはまーたロマンチックねぇ共鳴くんてば……聖遺物はあくまでモノでしょう?」

 

俺の説明に早々と茶々を入れてくる櫻井女史。聖遺物研究の第一人者として譲れないものがあるのだろう。

 

「確かに聖遺物は物ですけど……物にだって好きや嫌いもあるかも知れませんよ?それに、歌で強くなれるのはシンフォギアだけじゃなくて、俺もですから。」

 

「それは確かにそうだけれども……」

 

「あ、そうだ!!」

 

俺達の話を聞いてなにやら思いついたのか、急に叫び出す響。

 

「どうした?」

 

「私や翼さん、奏さんのがシンフォギア、というのは分かりましたけど、お兄ちゃんのはまた違うんですか!?」

 

「あー……なるほど、そう来たか……」

 

「うーん……そうねぇ。とりあえず今日の所は、『シンフォギアと一緒に戦うと強くなれる』……そういう物だと覚えて行ってちょうだい。流石に込み入った話はまたぞろ専門用語がいーっぱい出て来ちゃうから……流石に嫌でしょう?」

 

「うっ……そう言われると……流石に……」

 

流石は櫻井女史、響が専門用語に弱い事を理解して切り替えてくれた為に、それなりに簡潔にレゾナンスギアの性能を纏めてくれた。

最初からそうして欲しいという率直な感想は胸に仕舞っておく。

 

「あとは、何かあるかな?」

 

そうしているうちに、小父さんが話を纏めに入ってくれた。

 

「あの……やっぱり、この力の事を誰かに話すのは、ダメなんですか……?未来にだけは……親友にだけは、隠し事をしたくないんです!!」

 

だが、それを跳ね返す響の言葉は、俺の胸にも突き刺さる物だった。

……当然だ。響と未来は親友なのだ。こんな大きな隠し事、本来はしなくてもいい関係なのだ。だが━━━━

 

「それは、難しい。……シンフォギアは、災害であるノイズに対抗出来る現状唯一と言っていい手段だ。さらに言えば、歌に応じて無限の力を得るというエネルギー問題への切り札になり得るその強大な出力……

 シンフォギア開発の第一人者である了子くんしか彼女の理論を理解できる者が居ない為に現在は日本にしか存在しないこの力はあまりにも強大だ。特に、米国や中国と言った世界での強権行使を狙う勢力は、是が非でもシンフォギアを、聖遺物を手に入れようとするだろう。」

 

「……二年前、あのライブ事故の直後に病院を狙ったテロ事件が起きた。空調設備に睡眠ガスを流し込むという大量殺戮にすらなりかねないその事件は、警察の特殊部隊によって鎮圧され、幸いにも死者を出す事無く収束した……と、されている。」

 

「えっ……?」

 

小父さんの説明でいっぱいいっぱいだろう響には悪いと思いながらも、俺は語り出す。あの事件の経緯を。

 

「表向きはノイズを天使であり天罰であると主張する十字教の過激派の仕業とされているが……その真の実行犯は米国から依頼された民間の軍事企業━━━━いわゆるPMCの精鋭だった。明確な証拠こそ残してなかったけどな。

 そして、その狙いは俺……そして、俺が使っているこの糸の聖遺物━━━━アメノツムギだった。」

 

「…………」

 

響は、何もかもが分からないだろうに、しっかりと俺の目を見ながら聞いてくれた。

 

「……結局、その事件そのものは弦十郎小父さんと二課の皆のお陰でめでたしめでたしで終わった。けれど、二度目もそうであるとは限らない。実際、何かが違って居れば俺は此処に居なかっただろう。」

 

「ッ!!」

 

その言葉に、翼ちゃんや響が身構えるのを感じながらも、その続きを紡ぐ。

 

「……国家間の暗闘というのは、まるでアニメやマンガみたいだが、本当にある事なんだ。そして、二課という後ろ盾があっても危険な事はある。だから……未来にも、響にも何も告げる事が出来なかった。」

 

━━━━コレは、贖罪なのだろうか?それとも、単なる自己弁護なのか。

 

「……勿論、俺達二課が全力で君を護る事は断言する。だが、それでも力及ばない可能性はゼロでは無い。」

 

「それほどに、シンフォギアという力は強大だという事を分かって欲しいの。」

 

「……脅しをかけるようになってしまってすまない。それでも、その力━━━━ガングニールのシンフォギアの力を、我々特異災害対策機動部二課に貸しては貰えないだろうか?」

 

「…………でも。そうだとしても、こんな私が、誰かの力になれるんですよね?」

 

決断を迫られた響に、俺は何も言えなかった。

何も知らせず、何も語らず、何も教えなかった俺が、今更何を口出しできようか。

だが、それでも━━━━できる事なら、断って欲しかった。そんな俺の甘ったれた我儘は、当然のように打ち砕かれる。

 

「……そうか。ありがとう。」

 

「…………」

 

黙り込んでいたのは、俺だけでは無かった。

翼ちゃんと、母さんもずっと黙り込んでいる。

 

逆に、歓迎の意を示したのは奏さんだった。

 

「響、ありがとうな。決意を握ってくれて。」

 

「奏さん、私……まだよく分かってません。けど、それでも……この力が役に立つのなら、誰かを助けたいんです!!」

 

「……あぁ、その想いがあれば、ガングニールはきっと応えてくれるさ。アタシの代わりに翼とトモの事、頼んだよ。」

 

「はい!!頑張ります!!」

 

━━━━そんな、微笑ましい筈の会話を引き裂いたのは、非常事態を示す警報だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ノイズ出現!!場所は……リディアンから約200m!!」

 

「近い……!!翼!!共鳴くん!!直ちに出撃を!!」

 

「「はい!!」」

 

ノイズの警報に反応し、駆けてゆく二人を見届ける。

こんな事しかできない自分に歯噛みする。

ノイズが持つ位相差障壁、そして何よりも万物を炭化せしめる物質転換能力。

その最強の矛と盾を前にしてしまえば、これほど鍛え上げた肉体すらなんら役に立たない。

それ故に、それを打ち破れる少年少女たちに全てを託さなければならない無力は、もう何年も食いしばってきた物だ。

 

「私も行きます!!」

 

だからこそ、出来る事ならば彼女を止めたかった。

協力━━━━どちらかと言えば、此方の庇護下に入って欲しいという要請を、快く受けてくれた少女。

ガングニールの新たなる適合者、立花響くんを。

 

「……響くん、キミはまだその力を纏い始めたばかりだ。……それでも、行くのだね?」

 

「はい!!私の力で誰かを……お兄ちゃんと翼さんを助けられるなら!!」

 

「……行ってきなさい。ただし、戦闘中は共鳴くんと翼の言う事にちゃんと従うという事だけは約束してくれ。」

 

「はいッ!!」

 

だが、出来なかった。

決意を握った拳という事実は堅く、我々が人手不足である事もまた事実。

彼女という戦力が入れば二課の取れる戦術は大きく増える。

打算的だが、それ故に取らねばならぬ二課司令としての決断。

その打算が示した答えは、庇護者の居るうちに戦場(いくさば)へと出てもらう事。

 

「……いい子ですね。誰かの為に動けるなんて。」

 

「それは、どうかな。」

 

思わず、口に出た言葉。

拳を握って、防人たらんと共行さんや兄貴と共に戦ってきた俺の経験が告げる、彼女の異常。

 

「翼や共鳴くん、俺達のように防人として鍛え上げて来たのでは無く、ただ『誰かを助けたい』という想いだけで命を賭けて鉄火場に飛び込める……

 それは、異常な事では無いだろうか?」

 

「ライブ会場の惨劇……そしてその後のバッシング……人の無意識な悪意が紡いだ悪意の坩堝……私達は、とんでもない傷痕をあの子に遺してしまったかも知れないわね……」

 

了子くんの残酷な分析に静かに首肯を返す。

我々が行った実験と、その果ての事故が彼女に齎してしまった物は、あまりにも大きい。

彼女のような人々を護らんと力を振るい続けた共鳴くんが居なければ、彼女の人生はさらに捻れ狂って居ただろう事は想像に難くない。

 

「別に、そこまで心配しなくても大丈夫だと思うけどねぇ」

 

「奏くん……しかし……」

 

「アタシだって、最初に槍を握った理由は不格好だったけどさ。最後には、心から歌を歌えた。

 だから、きっとあの子は大丈夫さ。見守ってやんなよ、弦十郎のダンナ。」

 

彼女を心配する俺にそう冷静に指摘してくれたのは、鳴弥くんに連れて来てもらった奏くんだった。

確かに、そうだ。天羽奏がガングニールを手にした理由はただ一つ。

 

━━━━アタシにアイツ等をぶっ殺せる力を寄越せ!!

 

その叫びは、今でも記憶の中に焼き付いている。

そして同時に、確かに今の彼女は自らも言う通り、その時とは全く異なった姿を見せている。

手足が無くなった事では無い。彼女自身の在り方の変化とでもいうべき物。

……屈託のない笑顔を、見せてくれるようになった。

 

「……であれば、猶更響くんを護らねばならんだろうさ。奏くん。キミのように彼女が屈託なく笑えるよう、汚い事を引き受けるのが大人の仕事だ。」

 

「ダンナもお堅いねぇ……」

 

「それと、鳴弥くんにも迷惑を掛けるな……」

 

「いいえ。コレくらいは迷惑の内にも入りませんよ。響ちゃんがやらかしてしまう時はそれはそれはもう……

 ふふっ、だから共鳴が過保護に彼女を護りたいというのも、彼女が共鳴の力になりたいというのも、そのどちらをも、私は見守ってあげたいと思います。

 男が決意を握るように、女も覚悟を握る者なんですよ?」

 

「そうか……ふっ、やはり覚悟を決めた女性には勝ち目がないなぁ男衆は!!」

 

過去は変えられない。だが、未来はこれからを生きる彼女達のものだ。であれば、そんな彼と彼女達が輝ける未来を握れるようにしなければならない。

そう、俺は改めて決意したのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

今回のノイズの出現位置は最悪と言ってよかった。二課本部を擁するリディアンの高等部から降りた商店街、もっとも近かったそのド真ん中に出現したノイズ達は瞬く間に深夜まで営業していた善良な人々を炭へと変えて、自らもまた消えて行った。

 

「……」

 

怒りを胸の内に抱いて、レゾナンスギアをセットする。

響を止められない俺の無力さへの怒りも、罪なき人々の総てを奪っていったノイズへの怒りも、その全てを表に出さぬように努めながら、俺は翼ちゃんと共に、ノイズの残党が集まっていた高速道路へ立つ。

 

「……行きましょう。共鳴くん。」

 

「……あぁ。」

 

会話は最小限。最速でノイズを殲滅せんとする意思を伝えあう。

 

Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

アメノハバキリが展開し、ノイズを調律し、フォニックゲインを以てそれを殲滅する為に歌が鳴り響く。

 

「レゾナンスギア、同調開始(チューニング・スタート)!!」

 

レゾナンスギアもまた然り。アメノハバキリがもたらすフォニックゲインを受けて震えるギアを握り込む。

 

『Guoooooo!!』

 

それに対するノイズの答えは単純だった。即ち、融合と巨大化だ。

数を頼りに押してはただ各個撃破されるだけと知っているのか、それとも単なる条件反射なのか。

クロールノイズ━━━━オタマジャクシに前脚が生えたようなノイズ。その巨大種にも見えるその緑の巨体は、エリマキのように装備していた部分を撃ち出してくる。

 

「共鳴!!」

 

「了解!!」

 

名前を呼ぶだけでお互いのやり方を把握、最適な戦法を選択する。つまり、この場合は翼ちゃんが虎穴へと入り、俺がその穴を保持する、典型的な二人三脚(ツーマンセル)

翼ちゃんは飛んで来るエリマキを的確に避ける。脚部のブレードの展開すら行わずにすり抜けた翼ちゃんを、ブーメランのように戻ってきたエリマキが撃ち落とさんとする。

 

「させるかよ……!!」

 

それを防ぐのが俺の役目だ。

八本へと増やしたアメノツムギによる対空迎撃、基となった技は、矢を相手へと跳ね返す(かえし)

八つのエリマキを、八本の糸が撃ち落とす。

 

「はぁぁぁ!!」

 

そして、接近を許した巨大ノイズに翼ちゃんが肉薄する。逆羅刹による擦れ違いざまの斬撃。しかし、浅い。脚部ブレードだけではあのノイズを一息に切り裂く事は出来ない。

だが、浅いとはいえその損傷ゆえにに動きが鈍ったノイズは最早次斬にて切り裂かれる━━━━筈だった。

 

「とりゃあああ!!」

 

「響!?」

 

響が降ってきたのは、ノイズにとっても、俺達にとっても想定外だった。

体重の乗りも甘い、見様見真似が透けて見える飛び蹴り。

着地の事も一切考えてないそれは、しかしそれでもフォニックゲインによる調律を以て巨大ノイズへと確実にダメージを徹す。

 

「ゴメン、翼ちゃん!!俺は響を!!」

 

「了解した!!」

 

判断は一瞬、あと一撃で倒せるノイズでは無く響の安全を優先する。

翼ちゃんに最後の一撃を任せ、不格好に地面に叩きつけられそうになっている響を捕まえる。

咄嗟の事で足しかつかめなかった事で逆さ宙づりというマヌケな恰好になってしまったが、地面とキスするよりはいいだろうと判断する。

 

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?おーろーしーてー!!」

 

「いきなり乱入しておいてその態度か……」

 

「私だって、お兄ちゃん達の役に立ちたいの!!」

 

「……その気持ちは嬉しい。けど、もしも今日の襲撃がここまで小規模じゃなかったら、響。お前を護り切れないかも知れない。」

 

「だったら護られないで戦う!!奏さんから受け継いだ想いは、もう私の想いでもあるんだから!!」

 

その決意に、気圧されてしまう。

そんな俺達の後ろでは翼ちゃんの一撃により巨大ノイズが真っ二つになっていた。

 

「まず降ろしてってばー!!」

 

「……わかったよ。」

 

「ありがとう、お兄ちゃん!!……翼さーん!!」

 

その決意は確かに強く、尊い。けれど、それで響が傷つけばその分悲しむ人が居ると言うのに……

そう思って響を見守っていた俺の眼の前で起きた事はにわかには信じられない光景だった。

 

「━━━━そうね、貴方と私。共に戦えるかどうか。それを見極めましょう。」

 

━━━━まさか、防人である翼ちゃんが、護るべき人である響にその剣を向けているなんて。




その過保護な心配は、きっと同じもので出来ている。


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第十二話 深夜のガールズトーク

修羅場になるかと思いきや、意外とそうでも無く。


「━━━━そうね、貴方と私。共に戦えるかどうか。それを見極めましょう。」

 

私は、乱入者たる少女へと剣を向ける。

決意を握った彼女、けれど護られるべき日常の証。

 

━━━━護るべき相手に、この剣を向ける。

 

当然、そんな事は防人としては恥ずべき行為である事は分かっている。

けれど、それでも問わずには居られない。

 

「ふぇ……?」

 

「立花さん、私は小日向さんと約束したわ。『必ず貴方を護る』と。けれど、貴方は自ら危険に飛び込む事を決めた。

 ━━━━だから、貴方が戦場(いくさば)に立ち、それでも戦いたいというのなら、その覚悟が本物なのかどうかを確かめなければならない。

 貴方が奏から受け継いだ物。ガングニールとは、万象を貫く無双の一振りに他ならない。そのアームドギアたる槍を構える事も出来ない貴方が、どうして傷つきもせず戦えると思うの?」

 

「未来との約束……それは……けど!!私だって、誰かの役に立ちたいんです!!」

 

「━━━━誰かの役に立つ事は、死をも覚悟する戦場に立つ事でしか出来ないの?」

 

「……ッ!?」

 

言葉の刃が、彼女を貫いてゆく感触。

悪趣味な事だ。と、心の中で吐き捨てる。

けれど、誰かがしなければならない事だ。

この身は剣、人々を護る防人であるのだ。

 

━━━━ならば、抜き身のままで護るべき誰かから嫌われたとて支障はない。

 

「翼ちゃん!!」

 

「共鳴くんは口を出さないで!!コレは私と、彼女自身の問題です!!」

 

よほど大事なのだろう。彼女を案じて走ってきた共鳴くんを先んじて止める。

コレが、卑怯な物言いである事も承知している。

 

「……私、まだ分かりません。どうして私なのか、とか。この力がどういう物で、アームドギアっていうのが何なのかも、全然分かりません。

 けど!!私は、もう何も握れないままで居るのはイヤなんです!!」

 

「……それが、駄々を捏ねているだけだという事は、分かっているのかしら?さっきの飛び蹴りについてもそう。

 共鳴くんと私の二人共が居たからまだ良かったけれども、もしもどちらかしか居なければ、貴方を支援する事は出来なかった……もしも、その状態で襲われて居たら?」

 

意地の悪い質問だ。もしもなど有り得ないし、有り得ないように私も共鳴くんも立ち回る。だが、それでも取りこぼさない等と思い上がる事は出来ないのだ。

 

「うっ……」

 

「━━━━例え力があっても、握る決意があっても、人はそれだけで戦えるワケでは無いの。

 強さとは、鍛えられた技と心と体に宿る物……今の貴方には、心しか無い。けれど、それは当たり前の事でもあるの。

 誰もが戦う為に鍛えているワケでは無い。だからこそ、護らんとする防人はその強さを鍛え続ける。」

 

歌に宿るフォニックゲインを練り上げ、空中に固着させる。作り上げるのは剣の形。

 

━━━━千ノ落涙

 

「だから、貴方はどうか戦わないで。」

 

狙うは彼女のすぐ傍の地面。けれど、決して当たらぬように慎重に狙いを付ける。

恐怖を齎すだろう。或いは、私への嫌悪かも知れない。

だが、それでいい。

……戦う事は、恐ろしい事だ。ノイズを前にして恐怖し、胸の歌を喪えば……彼女は死ぬ。

そうなる前に、戦場から引けば彼女が傷つく事は無い。

 

━━━━そんな、私の想いは、けれど届く前に打ち払われる。

 

「……ゴメン。翼ちゃん。響が傷つくのは、確かにもう二度と見たくない。

 ━━━━けど、その為に翼ちゃんの心が傷つくのも、俺はイヤだ。キミの涙だって、俺は見たくない。」

 

「……泣いてなんか、居ないわ。」

 

「きっと、心の中で泣いている。だから、落ち着いて話し合おう?

 悪役なんて、翼ちゃんには似合わない。」

 

その真っ直ぐな言葉に、必死に造った虚飾を剥がされてしまう。

こうなってしまっては、悪役となってしまった私の脅し文句も立花さんには通じないだろう。

 

「……はぁ。貴方はどうしてこう……立花さん、貴方を傷つけようとした事は謝るわ。

 けれど、貴方が未だ未熟であると思うのも、貴方に戦ってほしくはない。というのも、私が胸に抱く事実よ。

 だから、せめて私か共鳴くんと一緒に戦ってちょうだい。

 その上で、貴方が戦士として総てを賭して戦えるのかどうかを見極めさせて貰いたいの。」

 

「は、はぁ……私がまだまだ未熟だというのはわかりました。

 けど、未熟と言われても、何から始めればいいのか……」

 

それは確かにその通りだ。

今まで鍛える事もしてこなかった少女に、いきなり過酷なトレーニングをしろというのも難題であろう。

しかし、私や共鳴くんのしている訓練は幼少から積み上げて来た物であり、これにいきなり混ざれというのもまた過酷過ぎる。

 

「言われてみれば確かに……戦ってほしくないって想いばっかり先行してて、響の決意を尊重するとしてどうすべきかは考えて無かったな……」

 

コレは共鳴くんも同じだったようで、爆発炎上した高速道路を背景に、三人して首を傾げる事となってしまう。

 

「どれ、だったら俺に任せて見ちゃくれないか?」

 

そんな私達に声を掛けて来たのは弦十郎叔父様だった。

 

「叔父様!?どうしてここに!?」

 

「どうしてってお前……お前さんが響くんにアームドギアを向けるから止めに来たんじゃないか。ま、要らん心配だったようで何よりだ。」

 

「うっ……」

 

今度は、私が言葉に詰まる番だった。

確かに全く以てその通りであり、心配をかけてしまった事が心苦しい。

 

「ま、とりあえず本部に戻ってから話そうじゃあないか。現場の封鎖も必要になるしな。」

 

そう言ってなんでもない事のように流してくれる叔父様に心の中で感謝しながらも、すべて読み切られていることに顔から火が出そうになる想いが抑えきれない。

そんな、締まらない一幕と相成ってしまったのであった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「さて、改めての話だが……響くん、キミもまた、護る為に戦いたい。この気持ちに変わりはないね?」

 

「はい!!もう、護られるだけなのは嫌なんです!!」

 

あの後、後処理を任せて俺達は二課本部へと戻っていた。

先ほどと同じメディカルルームで話される内容は、響の決意を受けての現実的な話。

 

「……小父さんが、響に戦い方を教えてくれるんですか?」

 

思わずジト目になるのは仕方のない事だ。なにせ、レゾナンスギア完成後に教えを請うたのだが、その特訓の内容というのが━━━━

 

「……映画見て、映画通りのトレーニングを成し遂げるっていうあのやり方で?」

 

普通に考えて、ああいう作品のトレーニングシーンというのはエンタメ作品としての見栄えを重視している物であり、効率的なトレーニングと言えるかは微妙なのだが……

 

「なんだなんだ?オレはいつもあのスタイルなんだが……なにかおかしかったか?」

 

━━━━この通り、理不尽にも小父さんはやり遂げてしまって居るのだからたちが悪い。

 

「映画……?映画って言うと……あの、映画ですか?」

 

「あぁ!!響くんは、アクション映画などは嗜むかな?」

 

「はぁ……まぁそこそこは……」

 

「うむうむ……とはいっても、響くんの場合は、今だアームドギアの形が定まっていない。ガングニールという事だし、恐らくは槍の形となるのだろうが……六合大槍の映画は流石にまだ揃えていないし、しばらくは走り込み等の基礎トレーニングからだな。」

 

「六合大槍ってそれ八極拳じゃないですか……それ、門外不出の技じゃなかったでしたっけ?」

 

「ふっ……世の中には、浪漫の分かる拳法家というのが居る物なのさ。」

 

「さっきから、言ってる事全然わかりません……」

 

響の言う事ももっともである。

中国拳法と一口に言っても様々な物があるが、今話題に挙がった八極拳とは、身体を徹る勁を使いこなし、自らの身体を砲台と化す合理の拳法であり、有名な使い手として李書文などが存在するシロモノだが、コレはあくまでも中国拳法について詳しい界隈にとっての話であり、一般的な認知度は決して高くはない。

 

「あー……ゲームとかで時々出てくる拳法の事だよ。それの元ネタ。」

 

「……それって、実現できるの……?」

 

「あんまり信じたくないけど実現出来てるんだから人間って凄いよなぁ……」

 

「えぇ……?」

 

胡乱な物を見る目で小父さんを見る響と、それを気にも留めずに呵呵大笑する小父さん。

 

「あぁ、そういえば響。ちゃんと宿題はやってるか?ボランティアに参加してるって事になってる以上、勉強に関してまでは流石に手助けしてやれないからな?」

 

「うぇッ!?」

 

トレーニングに関してはここまでと切り上げ、表向きの理由と辻褄を合わせる為に念のために話を振ったのだが……この反応はまさか……

 

「えーっと……協力の代わりに免除とかは……あっ、ごめ……ごめんなさーい!!」

 

「……テストでいい点を取れとまでは言わんから宿題くらいはちゃんと取り組みなさーい!!」

 

「あばばばば!!お兄ちゃん!!頭ぐりぐりはやめて!!痛くはないくらいの手加減が逆に心に刺さる!!」

 

「はぁ……前途多難ね、コレは……」

 

「はっはっは!!元気がいいのは良い事だ!!悩むくらいでちょうどいいのさ。……さて、響くんはそろそろ戻った方がいいだろう。後の話はまた今度にしよう。」

 

「あっ……はい。じゃあえーっと、翼さん、お兄ちゃん、弦十郎さん。これからも、よろしくお願いします!!」

 

「……えぇ、お願いね。」

 

「あぁ、よろしく頼む。」

 

「……あぁ。」

 

そう言って改めて、深々と頭を下げて立花響は去って行った。

 

「……別に、俺にまで改まって言う必要は無いだろうに。」

 

「貴方が心配している事をちゃんと分かっている証じゃないかしら?……それでも、決意は揺らがない、強い子ね。」

 

「だからこそ心配なんだが……じゃあ小父さん。俺も翼ちゃんもそろそろ帰りますね。」

 

「あぁ。」

 

「あ、ちょっといいかしら共鳴くん。その前に、奏に立花さんの事を伝えたいのだけれど……」

 

「あ、そっか……じゃあ一緒に行こうか?」

 

「えぇ、お願い。」

 

奏さんは二課の一室を改装した部屋……俺が二年前に入院していた部屋に今は泊っている。四肢が崩壊した今の状態では、今までしていたという一人暮らしも不可能な為、経過観察も兼ねての処置だという。

翼ちゃんと共にその部屋に向かいながら考える。

 

「母さんも今日はコッチに泊まり込みかな……」

 

「……ごめんなさい。鳴弥おば様に仕事外でまで迷惑を掛けてしまって……」

 

「いいのいいの。母さんが言うには奏さんのご両親とも知り合いだったって言うし、本人も楽しんでやってる事だから。」

 

「鳴弥おば様が……?」

 

「あぁ。母さんがまだ大学で聖遺物━━━━それも、日本の聖遺物について調べてた時、奏さんのお父さんが同僚だったんだそうだ。発掘チームが襲撃される前にはあの現場にも行ったって言うし、あの事故のどさくさで消えた聖遺物━━━━『神獣鏡(シェンショウジェン)』についても見た事があるってさ。」

 

「そんな繋がりが……人って、やっぱりどこかしらで繋がっている物なのね……」

 

「あぁ……響も、翼ちゃんも、奏さんも……皆、この世界の中で繋がっているんだな。」

 

本当に、そう思う。だから、この繋がりを喪いたくないのだ。

繋がったこの暖かいぬくもり。隣に居るだけであったかいこんな関係を、決して壊したくはないから……

 

「……共鳴くん?」

 

そんな風に感じ入っていると、翼ちゃんが顔を覗き込んでいた。

 

「うぉぁ!?ご、ごめん……ちょっと考え事してて……」

 

「人の顔を見ていきなり飛びのくのは流石にどうかと思うのだけれども……あ、奏の部屋はここね。」

 

━━━━改めて思うと、翼ちゃんは可愛らしい顔立ちなのだ。

いや、ツヴァイウイングというアイドルとして世界に羽ばたかんとしているのだからある意味当然なのだが……

俺がよく共に立つ戦場での翼ちゃんは大抵キリリとした表情なので、戦うのに忙しいのも相まってあまり気づけないだけで。

二年前から相も変わらず枯れているだのと良哉達クラスの男子から弄られる俺でも、流石にこうも距離が近いと意識もするのだ。

 

「奏?居る?」

 

そうして翼ちゃんが端末でロックを解除した部屋の中には━━━━

 

「へ?」

 

「あらまぁ、ロックし忘れてたかしら。」

 

━━━━服を脱いだ奏さんと、その肌をタオルで拭いている母さんの姿があった。

 

「ッ!!」

 

「っぶね!?」

 

殺気を感じて即座にブリッジ回避、そのまま社会的死を回避する為倒れ込みながら翼ちゃんから離れる方向へと転がり、即座に立ち上がる。

一瞬前まで俺の顔があった所を通過する翼ちゃんの平手を見ながら弁明を考える。いやだってコレどう見ても事故じゃないですか。

 

「……見ましたか?奏の、裸を。」

 

「……はい。でもすぐさま回避したのでどうか許してください」

 

俺が取った手段は、土下座だった。

命を護らんとする本能が翼ちゃんに逆らうなと叫んでいたが故の反射行動。

あと、嘘は言わなかった。翼ちゃんの隣に居た以上、流石に見ていないと主張するのは無理筋である。

 

「……」

 

「……」

 

廊下に流れる気まずい沈黙。

 

「ごめんね~共鳴。いっつもこんな時間の来客なんて無いから油断しちゃってたわ~」

 

それを壊してくれたのは、母さんの変わらぬ暢気な声だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━まさか、こんなベタなシチュエーションに遭遇するだなんて思わなかった。

鍵を掛け忘れて裸になってる所に入ってくる異性だなんて、今どき少年漫画のお色気シーンでも見ないだろうに。

 

生きていれば色々あるものだな、と思う。

だが、それはそれとしてこの空気はどうにも落ち着かない。

裸を見られた事は確かに恥ずかしいとは思うのだが……

 

━━━━そもそも、今のアタシの裸なんて、見た所で痛々しいだけでは無いだろうか?

 

「ははは……ゴメンなトモ、見せるのがこんな身体で。」

 

「そんッ!?……申し訳ないです。確認もせずに……」

 

そんな自虐ネタで空気を変えようとしたのだが、一瞬トモの目線が此方を向いただけで、その後はすぐに顔を背けてしまいどうにも振るわなかった。はて?

そんな想いで翼を見て見ると、般若か何かのような殺気でトモの事を見ていた、なるほど、トモが言いよどんだのは翼の殺気を感知してか。

割と分かりやすいもので、翼はきっとトモの事が好きになり始めているのだろう。

一緒に死線をくぐってきた相棒、それも幼馴染の男性ともなればなるほど、ロマンスである。

 

それに実際、トモは一緒に居て心地よい男性だ。まだ起きてから数週間程しか交流していないアタシにもわかる。

此方の複雑な立場━━━━アイドルだとか、装者だとか、四肢が無いだとか……そういった事を、大して気にも留めずに、面と向かって一人の人間として向き合ってくれる。

そんな人物は、トモ以外だと弦十郎のダンナくらいだ。しかも、ダンナみたく親目線でも無い、本当に『同世代』なのはそれこそトモしか居ない。

 

まぁ、そんな彼でも、流石に性的な話題になると動揺するのだな。と、そう想うと同時に、一瞬だけ感じた視線の先を想う。

 

━━━━アタシの身体。四肢を無くして痛々しくて、見ても面白くないだろうとアタシは高を括っていたのだが、どうやらトモにとってはそれは違ったらしい。

 

……それがちょっとだけ、嬉しいな。と思ってしまう自分が居る。身体を安売りするワケでは無いが、価値がないと思っていたのに高値が付いたら嬉しさは勿論ある。

けど、そんな思いはそっと胸に仕舞って、鳴弥さんに助けを求める。

起きてからずっと着いてくれている鳴弥さんは、どうもアタシの両親を知っているらしく、ずっと付き添ってくれている。

世話になりっぱなしで恐縮なのだが、四肢も無い今のアタシに出来る事は殆ど無いのだから、大人しく彼女にお世話されていた。

そんなこんなでずっと傍に居てくれたのでアイコンタクトもそれなりに通じるのだ。

 

「……そういえば、二人共どういう用事で来てくれたの?」

 

「あっ……はい。奏、あの後色々あって、私達も立花さんの決意を見極めようと、そういう事になったの。」

 

「おっ、それはありがたい話じゃないか。でも、なんでアタシに?」

 

「響の事、最初っから信頼してたみたいですから、出来るだけ早めに伝えた方がいいかと思いまして……」

 

……二人して律儀な事だ。いずれ伝わる事なのだし、別段急がなくても良かっただろうに。

ダンナが走って行って、トモが説得した辺りまでは司令室のモニターで見ていたのだが。

 

「なるほど……ありがとな、二人共。響の事、これからよろしく。アタシの分もしごいてやってくれ。」

 

「そういうワケには……護る為ですし……」

 

「護りたいからこそ厳しく接する、ってのもアリなんじゃないのか?」

 

「……それもそう、なんですかね。」

 

「んー、ま、これからがどうなるかは分からないんだ。気長に見たっていいんじゃないか?決意が鈍るか、鈍らないか。それを見極めようって話なんだし。」

 

「ほーんと、過保護よねぇ。」

 

「そうじゃないと見てて危なっかしいんだよ……」

 

鳴弥さんの茶化しにそう反論するトモだが、それが何かを隠しての事である。という事はアタシにもわかった。

けれど、アタシよりもトモについて知っている二人が何も言っていない、という事は問題無いのだろう。と判断する。

 

「さて、それじゃ俺はお先に失礼しますね。母さん、夜食は要る?」

 

「ん~、コッチで済ますからいいわ。ゴメンね、まかせっきりにしちゃって。」

 

「まぁ、家事は嫌いじゃないからいいよ。それじゃ、皆おやすみ。」

 

そう言って、トモは去って行った。

その中に混ざっていた爆弾発言に翼とアタシの眼は思わず鳴弥さんに向く。

 

「トモってば家事得意なの!?」

 

「知りませんでした……」

 

「あはは……親としてはちょっと情けない話なんだけどね……私がアメノツムギの研究をしてる時とか、どうしても家事が滞っちゃって、お手伝いさんも雇ってはいたんだけど……

 そのお手伝いさんから色々教わっておにぎりとか作ってくれるようになっちゃって……自慢だけど、ちょっと苦い思い出、かな。」

 

言われてみれば意外では無いのだが、話に聞く限りでは翼のような名家の跡取りだし、さほど苦労はしていないだろうと思ったのだが……思った以上にトモは世話焼きらしい。

 

「むむむ……」

 

「翼?」

 

ふと隣を見れば眉間にしわを寄せる翼の姿。

 

「ははぁん?世話を焼くどころかむしろ世話を焼かれそうという事に気づいたのかな?」

 

「ちょっ、奏!?」

 

翼といえば散らかし、散らかしといえば翼。この等式は不可分であり、アタシも実際見た時は面食らった物だ。

 

「あらあら~?翼ちゃん、昔から散らかしクセは変わって無かったのねぇ……」

 

鳴弥さんも犠牲者だったようで、グッと心の距離が近づいたのを感じる。

 

「うぅ……奏は意地悪だ……」

 

「ははは、まぁいいんじゃないか?翼の弱虫な所だって、散らかし魔な所だって、トモは気にしないだろうしさ。」

 

━━━━そう、だからきっと二人はお似合いなのだろう。

 

「ふふふ……甘いわね奏ちゃん。」

 

そんな風にチクりと傷んだアタシの心を見透かすかのように、鳴弥さんはアタシに向かって告げる。

 

「奏ちゃんの事情だって、共鳴は気にしないもの。条件はフェアよ、フェーア。むしろ今のあの子の場合、二人共世話を焼こうとしたりするんじゃないかしら?」

 

━━━━サラッとぶち込まれる第三の選択肢。だが、それを実の母親が提示するというのはどうなのだろうか。

 

「……流石にそれは、恥ずかしいですよ……鳴弥おば様……」

 

しかも、翼は気づいていないようで、ただ世話を焼かれる事への気恥ずかしさから顔を真っ赤にしていた。

 

「……私はね?あの子が本気で叶えたい願いなら、全力で応援してあげたいと思っているの。だから、あの子が皆を幸せにしたいって思ってるのなら、出来るだけは応援したいかな……って。勿論、皆がどう決断するか次第だけれどね?」

 

「それは━━━━」

 

そういえば以前にトモに将来の夢を聴いた事があった。その時に返ってきた、『手の届く全てを救う』という夢想の話。

アタシ達が願ったのなら、トモはそれをもかなえようとするのだろうか?

 

翼は鳴弥さんの言葉の意味が掴めずに首を傾げていた。という事は完全に無意識なのだろう。羨ましいような、そうでもないような。

 

━━━━そうして結局、その後も鳴弥さんに翻弄され続けたアタシ達は、そろそろ寝ようとなるまでガールズトークを楽しむ事と相成ったのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

意識が落ちる感覚。落下。墜落。

夢の中に居るのだ、と気づいたのは落下が暫くも続いてからだった。

 

夢を見ていると気づけば、多少は制御も効く。なにせコールドスリープの間ずっと夢を見ていたのだ。珍しい特技を覚えてしまったものだ。と苦笑する。

 

━━━━そう。アタシ、天羽奏は夢を見る。

 

いや、正確に言えば、『夢でしかない』とも言える。

幻、夢。優しい手が私を包んでくれていたそんな日々。それを思い出すのだから。

 

━━━━あの日、聖遺物の発掘現場に遊びに来ていたアタシの家族は、ノイズに殺されて炭と消えた。

 

手を伸ばし、喉よ枯れろと言わんばかりに叫ぶ私の前で炭と崩れる家族達。アタシを庇ってノイズに当たった父さんが浮かべていた笑顔が、どうしてか頭にこびりついている。

 

 

 

夢はその場面を変える。そう、次の場面は弦十郎のダンナと、そして━━━━風鳴翼と出逢った場面。

 

━━━━アタシにアイツ等をぶっ殺せる力を寄越せ!!

 

心の底から、憎悪を以て叫んだ言葉。今も覚えている。

あの頃のアタシを動かしていたのは、復讐という希望だけだった。

……翼にも、辛く当たってしまった。

 

 

 

けれど、アタシの歌は、いつの間にかそれだけでは無くなっていた。変わる夢の場面と共に思い起こす日々。

 

━━━━瓦礫に埋まってる間も、歌が聴こえたんだ。ありがとう。

 

そう言ってくれたのは、一課の人だったか。

いつしか、歌はアタシに必要な物になっていて、それを後押しするようにツヴァイウイングの活動は上り調子だった。

 

 

そんなアタシの、ツヴァイウイングの天羽奏の最期になるはずだった日。

アタシが寝ぼけている間に二年も前になってしまったというライブ会場での事故。

場面はその時へと切り替わる。

 

その時のアタシは、歌によるフォニックゲインの増大がネフシュタン起動実験に支障をきたさないようにとリンカーの量を抑えていた。

元々リンカーで無理矢理に手に入れていた適合係数。それは歌を歌って、ツヴァイウイングとして活躍する度に緩やかに減少していっていた。

理由は、今ならわかる。アタシのガングニールは、復讐を誓った牙だ。家族を奪ったノイズを殲滅する為に握った無双の一振りだった。

……だというのに、アタシは歌う事そのものが楽しくなっていた。ガングニールが悪いワケでは無いだろう。ただ、アタシが変わって行っただけだ。

 

そんな変遷のツケを、アタシは会場で一気に払う事となった。

 

リンカーの効果切れ、下がっていた適合係数。全てがあの瞬間を招いた原因だし、けれど何かが悪かったのだろうか?と問われればそれも違うのだ。

 

━━━━結論からして、天羽奏は生き残った。

 

低下した適合係数での絶唱。間違いなくアタシの命を燃やし尽くす筈だった歌は、トモによって防がれたという。

それでも内臓もボロボロ、四肢も崩壊と、かろうじて生きながらえているだけとなったアタシは、すべてを喪った。

 

だって、こんな姿では皆の前で歌えないじゃないか。

ツヴァイウイングの天羽奏として歌う事は最早絶望的だった。

 

そしてアタシの予想通り、ガングニールはアタシに応えてくれなくなった。

Croitzal ronzell Gungnir zizzl(人と死しても、戦士と生きる)』。

そう契約したアタシとガングニールはしかし、アタシの翻意によって道を別つ事となったのだ。

 

人としてのアタシも、戦士としてのアタシも、あの日の絶唱で燃え尽きた。

それでもまだアタシを繋ぎ止めている物がある。

それは翼。泣き虫で弱虫な彼女、アタシが居なくなったら責任感で潰されそうな彼女を支えたいという、かつてからあった想い。

 

━━━━そしてもうひとつが、意外にも天津共鳴という男の存在だった。

 

あの日、あの時、あの場所で、アタシを見捨てられなかった等という理由で絶唱に飛び込み、けれどアタシの事を殆ど何も知らない、新しい友達。

何も知らなかったというのに絶唱にその絶大な威力を分かって飛び込んだその馬鹿げた世話焼き。

そして、目覚めたアタシの事を、ただの少女として扱おうとするその優しさ。

……かつて喪った父さんの笑顔が、少しだけ重なって見える彼の笑顔。

 

意気投合出来たのは馬が合ったというのもあるけれど、純粋にアタシが依存してしまっただけなのかも知れない。

全てを出し切って歌ったアタシに、それでも残った物。

『触れ合いたい』という、出し切る前は気づきもしなかった最初の願い。

まるで弟分のような彼を、今や失いたくないと心が告げる。

 

 

「……アタシは、幸せになってもいいのかな。」

 

 

夢からの目覚めと共に放ってしまった言葉は、自らへの疑問。

流れる涙すら拭えないこんな不自由な自分が、その幸せ等という我儘の為に彼を縛りつけてもいいのだろうか?

 

鳴弥さんの言葉に心を掻き乱されながらも、そうしてアタシの夜は更けていく━━━━




この世界における奏さんの内面はXDUにおける片翼世界の奏さんともまた異なっており、すべてを出し切ってなお生き残った事で、復讐という初めの目標も、歌を届けるという次の目標も喪ってしまいました。
━━━━それでも心が叫ぶのなら、無双の一振りは遠からず彼女の掌に収まる事でしょう。


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第十三話 給料のロンダリング

注:犯罪行為のお話ではありません。いちおう。


━━━━鍛錬というと、どのような物を思い浮かべるだろうか?

 

一般的に言えば、いわゆるバトル漫画等の修行パートだとか、滝行のような物を思い浮かべる事が多いのでは無いだろうか。

なにせ、普通の人は身体を鍛えると言ってもダイエットや体力づくりの為であろうし、闘う為の身体作りなど考えた事も無いだろう。

 

「でも、思ったより普通なんですね……」

 

「ははは、まぁ、急ぐ鍛錬でも無いのならまずは何はともあれ体力づくりからだ。響くんはカラオケは好きかね?」

 

「あっ、はい。思いっきり歌うのってすっごく気持ちいですよね!!」

 

「うむ。それは確かに!!……だが、もしもそのカラオケを走りながら行うとなれば、どうかね?」

 

「うへぇ……ちょっと考えたくないです……」

 

考えるだけで嫌になる。カラオケでただ歌うだけでもへとへとのへろへろになるのだ。だというのに、それを走りながらともなれば負担は二倍では済まないだろう。

 

「だろうな。だが、シンフォギアは歌によって力を得る。であるから、必然とそうなってしまうのだ。だからまずは体力づくりに走り込み、というワケだ。」

 

「はぇー……」

 

正直に言うと、始まる前から気が重かった。

私は中学の時も部活には入っていなかったから、未来のように走る習慣が着いていたりはしないのだ。

 

━━━━けれど、ここで投げ出してしまえば、翼さんに叩いた大口が嘘になってしまう。

 

それは、イヤだ。未来に本当の事を言えないだけでもこんなに辛いのに、これ以上嘘を抱えるなんて、私には出来ない。

だから、頑張ろう。

 

「……よし!!お願いします!!師匠!!」

 

頬を叩き、気合いを入れて弦十郎さん━━━━いや、師匠を見据える。

教えを請うのだ。形から入るだけでも気合いの入り方が違う。

 

「……あぁ!!ではまずは1㎞の走り込みからスタートだ!!」

 

「はい!!」

 

私の新しい朝は、こうして始まったのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━というワケで、力不足を痛感した響が体力づくりを所望しまして……」

 

『……むぅ、納得は出来ないけど、わかった。身体を鍛える事自体は健康にもいいと思うし。』

 

「ゴメンな、二人一緒の時間を邪魔するような事になって……」

 

『……ふふっ、大丈夫だよ。響がやりたい事を見つけられたのは、私にとっても嬉しい事だから。』

 

電話口から聴こえる未来の声。

響の決意を護ろうとすれば仕方のない事だが、やはり未来に本当の事が言えない事には心が痛む。

 

━━━━だが、米国による誘拐・略取と思しき事件は既に複数確認されている。

 

天津とは遠縁の親類だという埼玉の神社にて『二件』。

古式ゆかしき神社の跡取り親子が『偶然にも』事故に遭い、一家全員が死亡したとされているが、二件とも揃って、現場には娘の死体が無かったという諜報班の調査があがっていた。

一件だけであれば発見が遅れていただろうその隠蔽は、俺を襲った連中が米国国内での誘拐に従事していた事をゲロった事から国内の不審事故の再調査がなされて分かった事だった。

自国たる米国内での、高額なPMCに更なる追加プランである口止め料まで上乗せしての誘拐。どう考えてもその目的が非人道的極まる物だろう事は推測できる。

 

日本国内での実際の誘拐事件が複数起きている公算が高い以上、未来に真実を教える事は余計な危険を招く。

勿論、諜報班の一部はリディアン生徒周辺の危険を排除する為に動いてはいるが、現状の米国との勢力差では注力されれば護り切る事は出来ないだろう。

二年前の襲撃の際も、状況証拠はあったにも関わらず表も裏も米国に圧力をかける事が出来なかったのだ。

……腹立たしい話だが、米国が本気で此方を蹂躙出来ないのは風鳴本家━━━━ひいては、今だ日本国内の中枢に根付く風鳴機関を恐れているからなのだ。

特機部二(とっきぶつ)単独であれば恐れるに足らず、と。端的に言えば嘗められているのだ。

 

「……ありがとな、未来。でも、未来がやりたい事とかはないのか?」

 

そんな裏方の暗い話を頭の隅に追いやり、電話口のやり取りに集中する。

未来もまた、響と同じように護られるべき存在なのだ。彼女のやりたい事であれば俺に出来る範囲で叶えてあげたい。

勿論、甘やかす気はないが。

 

『……やりたい事、かぁ……ねぇお兄ちゃん。響も流石に日曜は自由なのよね?』

 

「ん?あぁ。そうだな。体力づくりが主眼だから毎日走るのが肝要だし、軽く流すくらいは走るだろうけども、一日中って事は無い筈だよ。」

 

『うん。じゃあデートしよ。響と私と、お兄ちゃんと三人で。』

 

「ん。わかった。いつも通り寮の近くの公園まで迎えに行くよ。そうだな……十時くらいでいいか?」

 

『うん!!ありがとう、お兄ちゃん。久しぶりのデート、楽しみにしてるから。』

 

「ははは、お手柔らかにね?」

 

デートというと語弊がある気もするが、こうして響と未来と三人で出かける事自体は月一くらいである事だ。

そういえば、入学準備で忙しくなるからと、前回のお出かけは三月の初め頃にしたのだった。

丸一月も過ぎていたのだから、なるほど。珍しく未来からの催促があったワケだ。

 

━━━━あぁ、こんな日々を、いつまでも護っていたい。

 

心の底から、そう思いながらスケジュールを考える。

ノイズの襲撃さえ無ければ問題無いだろう。本来なら日曜に響に伝えたかった事があったのだが、それは土曜に繰り上げればいい。

 

━━━━俺にしては柄にもなくうきうきしてしまうのは、やはり響と未来と逢えるからなのだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

激動の事件から一週間程。

平日の朝と夕に行われる体力作りのトレーニング。そして、ノイズの襲撃があればその対処。

さらにはそれと並行して学業までこなすというのだから、金曜の放課後になった段階で私は既に疲れ果ててしまっていた。

けれど、明日は明日でお兄ちゃんがシンフォギアに関する勉強会を開くって言うし、明後日にはお兄ちゃんと未来と私の三人でデートなのだ。

疲れ果ててはいるけれど、やりたいと自分から言った事であるのだし投げだすワケにはいかないのだ。

 

「……ホントに大丈夫なの、響?」

 

そう言って心配してくれる未来にちょっと罪悪感も湧くけれど、未来を護る為なのだ。気合いを入れ直して頑張らなければ!!

 

「うん、大丈夫!!ホラ、筋トレって始めたばかりが一番キツイって言うじゃない?だから、今を乗り越えちゃえばへいき、へっちゃら!!」

 

「……もう。わかったけど、今日と明日はちゃんと休んでよね?明後日は大事な約束があるんだから。」

 

「うん!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……どう思う?」

 

同じ教室の中、いつも通り仲睦まじい二人を見ながら私は目の前の友達に話かける。

 

「どうって言われても……ビッキーの事だし、前言ってたボランティアだとかいつもの人助けじゃないの?」

 

「確かにお疲れのようですけれども……私達が積極的に介入すべきでは無いと思うのですけれども……」

 

「ちーがーうー!!そっちじゃなくて!!いやそっちも気になるけど!!問題はその後の方!!

 響と一緒なのは当たり前~みたいな顔してる未来がわざわざ『約束』って勿体つけた言い方してる事の方!!

 なんだかアニメみたいな隠し方で気になるじゃない?」

 

「……考えすぎじゃないの?ヒナだって私達と組んでビッキーと別行動って事もあるんだし。」

 

「……でも、響さん達が休日になにか改まった約束をする。というのがあまり思い浮かばないのも確かですね~。

 お二人の仲でしたら約束などせずとも一緒に居そうですし。」

 

「そうそう!!だからさ━━━━日曜日、ちょっと尾行(ツケ)て見ない!?」

 

「いや、流石にそれはマズいでしょ……」

 

「……気になるのは確かですし、私はナイスだと思いますよ?それに、何でもない二人の逢瀬だったならそのまま私達三人で遊びに行けばいいんですよ。」

 

「ちょ!?テラジまで乗り気なワケ!?あーもう!!わかったよ!!ただし、怪しく無かったらすぐ撤退!!これだけ護る事!!いい?」

 

「はーい」

 

「アニメみたいで楽しくなってきたわ!!」

 

……響と未来にはちょっと悪いと思うけれど、アニメみたいなちょっとした非日常を感じてみたいという年ごろの乙女の習性だと思って諦めて欲しい。

そんな言い訳を心でつぶやきながら、いつも通りな今日を楽しむ為に私達は三人で遊ぶために下校していくのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━さて、では授業を始めます。」

 

「はいはーい!!」

 

「はい、なんでしょうか立花さん。」

 

「……なんで眼鏡と電子黒板?」

 

「その方が雰囲気出るだろう?」

 

「確かに……!!」

 

「……なにが確かになのか、私には全く意味が分からないのだけれど……」

 

「まぁまぁ、こーいうのはノリだって翼。」

 

ここは二課本部内の小会議室。その一室を借りて響への授業をしよう。となったのはある重大な事に気づいたからだった。

 

「さて、今回俺が教える事になったのは響にとっては些細に見えるだろうが、我々二課としては由々しき事態が発覚した為だ。」

 

「由々しき事態?」

 

「そう、それは……」

 

「それは……?」

 

先を促す翼ちゃん。俺の切り出した話題に食いついてくれたのが分かる。

 

「……響の口座に給料が振り込めない事だ……!!」

 

━━━━その発言への反応は三者三様だった。

 

響は『えっ!?そもそも給料出るの!?』と言わんばかりの顔。

翼ちゃんは『どうしてそれが由々しき事態なの?』と言わんばかりの顔。

奏さんは……よくわからない。顔を伏せて……アレ?もしかして笑ってる?

 

「……プッ、ハハ!!ハハハハハ!!珍しくトモが神妙な顔で言ってくると思ったら……給料の話か!!」

 

「ちょ、奏……!!……えーっと、ごめんなさい共鳴くん。給料が振り込めない理由も、それで二課に問題が出る理由も私達にはサッパリ分からないのだけど……」

 

「そもそも、給料出るの!?」

 

「オーケー、じゃあそれを解説する為に、まず装者の給与体系についてから説明しよう。翼ちゃんと奏さんは聞きなれた話だと思うけどまぁ復習と思って聞いてくれ。

 まず以て、特異災害対策機動部二課は自衛隊の組織に一部組み込まれている。まぁ、要するに上層部の意向もある程度聞き入れないといけない立場にいるワケだな。」

 

「ふむふむ……」

 

全然わかってない顔で頷く響に後で頭ぐりぐりだな。と思いながらも話を続ける。どうせここ等辺の話は前提の前提なのでカットしても問題無いのだ。

 

「……その上で、装者はそこに所属する特殊隊員として基本給が存在する。コッチはまぁ月百万くらいが相場だ。」

 

「ひゃ、百万!?月で!?」

 

「あー、そういやそんな感じだっけ。翼も?」

 

「……私の場合はアーティストとしての収入も入っているからもうちょっと高いわね。」

 

「そして、この基本給とは別に、ノイズによる緊急出動一回毎に支払われる特殊勤務手当ってのがある。コッチも中々馬鹿にならなくてなぁ……一回の出撃で大体、五万から十万程度の給付になる。」

 

「じゅ、十万!?はわわわわ……」

 

「とはいえ、本来なら月に一度あるか、無いかという頻度だったんだけどなぁ。」

 

「……えぇ。最近は、明らかに頻度が増しているわ。」

 

完全に普段見ない金額に気圧されている響。そこにトドメを刺さねばならないのが心苦しいが、本題は此処からだ。

 

「……で、響。口座の方、未来に預けてるよな?」

 

「……あ。」

 

「え?」

 

「へぇ?」

 

そうなのだ。響に全額預けては仕送りしても買い食いで総て立ち消えかねない……という小母さん達の懸念により、響の口座は未来が管理しているのである。

 

「……幾ら幼馴染とはいえ、他人に口座を預ける。というのは流石にどうかと思うのだけれど……」

 

「いやー、今のアタシみたく自分じゃ下せない奴も居るし、信頼できる相手ならいいんじゃないの?……んで?それがなんで問題になるのさ。」

 

「……このままだと、響の口座に一気に百数十万の入金が入る事になります。ボランティア活動と言い張っている以上俺から誤魔化す事も不可能。必然、それは口座を実質的に管理している未来に伝わり……」

 

「……隠し切れないわね。」

 

「隠しきれ無さそうだなぁ。」

 

「自分でもそう思います……じゃ、じゃあお兄ちゃん!!お給料要りませんって言ったら!?」

 

うむ。やはり響は成績はともかくとして聡い子である。

それが故に此方の想う通りに動いてくれるので、話を用意する方としても資料が用意しやすい。

 

「残念だが、それを行った場合、俺達二課の立場が最悪になる。」

 

「ええ!?」

 

「……なるほど、そういう事ね……」

 

「えー?翼だけなんでわかったのさ?」

 

「……本来なら、未成年の就労には様々な制限が課せられるの。勿論、二課は特務機関だから大騒ぎする人はいないけれども……」

 

そう、未成年をタダ働きさせていたとくれば、上層部の反応も芳しくなくなる。特に、二課の存在そのもを査問する立場を取っている広木防衛大臣などは間違いなく追及してくる。

 

「……あー、なるほど。広木防衛大臣とかが黙っちゃいない、と。」

 

「そうですね。勿論、大臣としての職務はともかく、個人としては響の意気を買ってくれるでしょうが……」

 

「……難しいでしょうね。私人として好ましくとも、公人として、契約も碌に出来ない組織に良い顔は出来ないもの。」

 

「芸能界もそうだったもんなぁ。そもそもアタシたちはシンフォギア装者として割かしやらかしてたもんだから……」

 

「……それでも、ノイズ被害を出したくないという想いで私達の活動を後押ししてくれた、護るべき人々よ。」

 

部屋に落ちる沈黙。それは、ツヴァイウイングとして二人で活動していた奏さんと、ただ一人の装者として活動していた翼ちゃんの間の温度差を表していた。

……どちらが正しいとか、正しくないとかでは無い。ライブ事故の裏側を知っている上層部が翼ちゃんへの優遇措置を取るようになったが故の状況の改善……つまり、時期の違いなのだ。

 

「……お兄ちゃん、私はどうすればいいのかな……?」

 

そんな空気に呑まれて、響もまた弱気になっていた。だから、殊更に空気を変える為、つとめて明るく告げる。

 

「安心しろ、響。とりあえず当面の間は俺の口座に入金されるようにしておく。そして、響はボランティア活動の合間に支援団体の協賛企業を応援する為に株式を買わせてもらった……という事にして、配当金という形で響の給料を分配する!!

 最初こそ少額だが、高校を卒業する頃には大株主になったという体にして半年毎に六十万ずつくらいなら余裕で流せるようになるはずだ!!」

 

「おぉ!!よくわかんないけどお兄ちゃんってば凄い!!」

 

「……それ、世間一般的には資金洗浄(マネーロンダリング)って言わないかしら……?」

 

「まぁ、別段汚れた金でも無いし、いいんじゃないか?」

 

「そういう問題でも無いような……」

 

そんな、尤もな翼ちゃんの意見をとりあえず聞き流して、俺は報告書をどうまとめた物かとそちらの方に意識を向けだしたのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

明けて、日曜日。

約束の時間に先駆けて俺は響達が住み始めたリディアン学生寮近くの公園に来ていた。

とはいえ十分程度だが、響達の姿は無い。

 

━━━━恐らく、というかほぼ確実に夢の中だろう。

 

だが、それでいいのだ。朝の鍛錬で汗を流してからの二度寝だろうが、それくらいの感覚で響と未来には生きていて欲しい。

鉄火場に備えて常に刃と鍛え上げる。そんな人生では無く、日々の雑事に拘泥して、そこに全力を投じる。それくらいの生き方でいいのだ。

 

……けれど、それはもう叶わない願いだ。

響は決意を握ったし、俺もそれを助けると認めてしまったのだ。ならば、せめてこれからは響が後腐れ無く戦えるように全力でバックアップしてやらねばならない。

 

「……って、頭では分かってるつもりなんだけどなぁ……」

 

過保護だと母さんにも笑われてしまったそれは、俺の心の弱さそのものだ。

 

━━━━二年前、ライブ会場で血の華を咲かせた響。

 

あの光景が、どうしても頭から離れない。

あの時、俺の心は一度ポッキリと折れてしまったのだ。

勿論、ヴァールハイトと竜子さんが俺に託してくれた想いによって俺はもう一度立ち上がる事が出来たのだが、それでもなお、立花響の無事というのは俺のウィークポイントなのである。

 

「……強くならないといけないのは、俺の方なのかもなぁ……」

 

空を見上げ、一人想う。

『手の届くすべてを救う』。それは俺が掴んだ新たな理想。けれど、それはつまり『俺の手の届かない誰か』を自分の手で決める。という事でもあるのだ。

際限なくすべての人を救う事は、誰にも出来ない。誰をも守れると幼心に想っていた父さんでさえ、一度だけ護り切れぬまま無念の撤退を果たした事があったのだ。

だから、届く範囲、助けられる人を『此処まで』と区切らなければ、待っているのは破滅だけだ。

 

……それが分かっていても尚、届かなかった手は悔しいし、届く人すら救い切れないなど後悔してもしきれない。

それを割り切れ、というのが必要なワケでも無いだろう。そもそも、本当に割り切れているのなら『手の届く全て』なとという荒唐無稽な夢を握れはしない。

 

「……自分の中でも消化しきれてないんだなぁ。」

 

どうすればいいのか?どうあればいいのか?どうしたいのか?

不明瞭な事だらけだが、一つだけ確信を持って言える事がある。

 

「……一人で悩む必要は、無いんだよな。」

 

今度、誰かに相談しよう。と思う。小父さんに稽古をつけてもらうというのもアリだな。

そんな風に考えている所で、未来と響が走ってくるのが見えた。

 

「ごめ~ん!!お兄ちゃん!!」

 

「もう……!!響ってば、目覚まし掛けたのに寝ながら解除しちゃうなんて新技披露して……!!」

 

「ははは、気にしてないさ。おはよう。響、未来。じゃあ……まずはここに座ってて。飲み物買ってくるからさ。」

 

「ゴメンね……」

 

二人を俺の座っていたベンチに座らせ、自販機へと飲み物を買いに向かう。

 

━━━━そこで、視線を感じ取った。

 

顔は向けず、視線のみで確認した先には、三人組の女の子達。うち一人は見覚えがあった。はて?彼女もまたリディアンの生徒であった筈だが、何故こんな所に?

疑問を抱きながらも、緊急性は薄いと判断して飲み物を買う。500mlのスポーツドリンクを三本。

コレは、一日中使えるようにしておくべきだろうな。等と思いながらベンチへ戻り、二人にドリンクを渡す。

 

「ほい、お待たせ。」

 

「ありがとう、お兄ちゃん!!」

 

「ありがとうございます。」

 

「じゃ、まずは座って飲もうか。どうせ急ぐ用事も無いんだ。」

 

「うん!!」

 

そうして、三人でベンチに座る。俺を挟んで響と未来が座る、いつもの形。

 

「あ、そうだ……未来、あそこの木の影、隠れてコッチを見てるリディアンの生徒が居るんだけど、なんか思い当たる?」

 

「えっ!?……アレは……ごめんなさい。私達のクラスメイトで……というか、よくわかりましたね?三人とも私服なのに。」

 

「あぁ、一人知り合いの子が居てね。じゃあ、一回声を掛けて来るよ。流石にまだ肌寒いし、通報とかされても厄介だしね……」

 

「そうだったんですか……じゃあ、お願いします。」

 

「ごくっごくっごくっ……ぷはぁ!!アレ?どうしたの二人共?」

 

「500ml一気飲みかよ……ほれ、ペットボトル寄こしな。捨ててくるから。」

 

なるほど、彼女達は響と未来のクラスメイトだったのか。

となれば、響と未来の様子がおかしいのを心配してくれたのだろうか?

 

響から受け取った空ペットを剥ぎながら、三人の少女達の基へと向かう。

 

「や、寺島さん。久しぶり。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

ビッキーとヒナが怪しい約束をしているのでちょっと尾行してみようとなったその当日。

私達は追跡開始から一分で見つかっていた。

しかも……

 

「あらあら、天津さんもお元気そうで何よりですわ~」

 

なんか、当たり前のようにテラジが挨拶を交わし始めたのであった。

 

「って、テラジ!?あんた知り合いだったの!?」

 

「そんな!?アニメみたいだったのはアタシじゃなくて詩織の方だったの!?」

 

「えーっと……とりあえず、ベンチ行かない?」

 

「響さんと未来さんのお邪魔になってしまうのでは?」

 

「いや……幼馴染でいっつも遊んでる延長線上だから、そこまで気にしなくてもいいよ。むしろ、キミたちの方が悪目立ちしてた……かな?」

 

……まぁ、さもありなん。なにせ、ユミが『アタシは形から入るのよ!!』と言い出してトレンチコートなど着て来てしまった事で、私達は滅茶苦茶浮いてしまっているのだ。

 

「……やっぱさ、トレンチコートは無いってユミ。」

 

「そんなー……」

 

 

 

彼━━━━天津さん、というらしい。その人がペットボトルを捨てに行っている間に私達はビッキーとヒナと合流していた。

 

「ゴメンねヒナ……ユミがどうしてもって聞かなかったもんで……」

 

まず真っ先に謝るのは、この約束を楽しみにしていただろうヒナに対して。見守るとか言いながら明確に邪魔してしまったのだから義理立ては大事だ。

 

「ううん。お兄ちゃんとのデートはそこまでかしこまったものじゃないから。むしろ、皆にお兄ちゃんの事を紹介する手間が省けた分、楽だったかも。」

 

その言葉に、驚愕が隠せない。当然のように出て来た『デート』という言葉選びもそうだし、なによりもヒナの態度が演技に見えなかったのだ。

それほど、彼という人間に馴れているのだろう。むしろ、そうであるのが自然であるかのような態度には照れ隠しも何も見当たらない。

 

「お待たせ。とりあえずマックにでも行く?」

 

「あっ!!賛成!!朝マックまだやってるかな!?」

 

「確か……10時半までだから流石に厳しいな。普通に昼メニューにしなさい。」

 

「はーい。」

 

響と彼の会話もまた、当然の色が強い。

 

「……ユミ、やっぱコレ私達おじゃま虫になってない?」

 

「うぅ……痛感してた所を突かれる……」

 

「あらあらですわね~」

 

こうして、私達は居心地の悪い中マックへと向かったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……さて、改めて自己紹介しておこう。俺は天津共鳴。近くの高校の三年で……こっちの響と未来の幼馴染なんだ。寺島さんとは何回か逢った事があるよね?」

 

「はい~、お父様と参加したパーティで何回か~」

 

『パーティ!?』

 

マックに到着し、注文し終えた辺りで彼がしてくれた自己紹介には、場を混乱させるほどの爆弾も一緒に付いてきていた。

 

「詩織ってばパーティとか出るの!?」

 

「というか、お金持ちで天津ってもしかして……」

 

「その問いは、どちらも『はい』が答えですね~。と言っても、丘の上のお屋敷で有名な天津さんと違い、私の家はそこまででは無くて古美術商なお父様が上昇志向なだけなのですが……」

 

「まぁ、寺島さんのお父様とは良好な関係を保たせてもらってるよ。……ってか、ウチの屋敷ってもしかして有名なの?」

 

「あのアニメみたいな豪邸、人住んでたんだ……」

 

「……って事は、あのノイズ災害の被災者支援団体も……」

 

「あぁ、それもウチが出資してる事業だね。」

 

もはや開いた口が塞がらないという奴だ。

丘の上のお屋敷といえばここ等に住んでれば一度は見た事があるだろう大豪邸だし、ノイズ災害の被災者支援団体といえば全国規模で展開する巨大NGOだ。

住む世界が違う。とおもわず一線引いてしまいそうなのだが、ビッキーとヒナは落ち着いた物だ。

 

「……とは言っても、ここに居るのはそんな畏まった奴じゃなくて、ただの立花響と小日向未来の幼馴染だからさ。そこまで構えないでも大丈夫だよ。……出来れば、名前を教えてくれるかな?」

 

……なんというか、優しい人だな。と思う。コッチが緊張してしまっているのを分かった上で、此方が切り出しやすいように話してくれている。

 

「あっ、えっと……アタシは板場弓美、です……アニメとか、お好きです……か?」

 

そんな風に想っていたからか、ユミに先陣を切られてしまっていた。しかも、緊張からか変な事まで口走っている始末。

 

「初めまして。俺はアクション系が中心なんだけど、結構好きだよ。よろしく。」

 

だが、そういった事にも慣れているのか、対応も丁寧だ。とても同年代とは思えない程。

 

「えーっと、安藤……創世、です。漢字だと創世って書いて……おかしいですよね、は、はは……」

 

そのせいではないが、私の自己紹介の段になって、思わず自虐ネタに走ってしまう。しまった、この流れは滑る奴だ━━━━!!

 

「創世……くりよちゃんか。綺麗な名前だね。俺はそう思うよ。」

 

「……えっ!?」

 

しかし、そんな予想は軽い感じで彼が返してきた言葉によって覆される。

それに対してヒナとテラジが左右からジト目を向けている辺り、どうもこの人のいつもの行動らしい。

……ヒナ、苦労してそうだなぁ。

 

「……えっと、はい。ありがとうございます……」

 

結局、言葉に出来たのはそんな感じの当たり障りの無い返答だけで。

 

「お待たせしました。注文の品はこちらでよろしいですか?」

 

妙な感じの空気になっていた所に、現れた救世主は店員さんだった。

皆が会話を止めて、とりあえず注文した品を片付けようとする。

そして、その間にテラジとヒナと私はアイコンタクトで意思疎通をしていた。

 

━━━━即ち、私達三人のこの場からの撤退である。

 

この人は、いい意味でダメだ。あまりにも居心地が良すぎて、つい傍に居たくなる。

落ち着いていて、話をしっかり聞いてくれて、そして真摯に応えてくれる。

ある意味で私達のような年頃の女の子には刺激が強すぎるタイプの人。

ずっと傍に居たら、傍に居ない自分を考えられなくなりそうになる。

 

━━━━けれど、この人は誰にでもそうなのだろう。

 

半ば確信めいたそんな予感を私が覚える中、その時はやってきた。即ち、完食。

 

「……さて、俺は支払いをしてくるから、皆はここで待っててよ。」

 

「あ、いや!!自分たちの分は自分で……」

 

「いいのいいの。楽しい時間をもらった分のお礼だから。」

 

「……ヒナ。あの人ってばいつもこうなの?」

 

「……まぁ、いつも通りかな。」

 

「お兄ちゃんは誰にでも優しいからー」

 

ビッキーはそういうが、明らかに度が過ぎている。優しいという言葉で括るには落ち着きすぎている。

一体どういう人生を送ればああもなれるのか。明らかに上流階級と言った感じの彼に翻弄された私達は、結局マックで別れる事とあいなった。

後でヒナから聞いた話によれば、ゲームセンターなどで楽しく過ごしたのだとか。

 

藪をつついて蛇を出す……では無いが、こういうのは何といえばいいのだろうか。藪から男前が出てくるなど考慮しているワケが無いと言うのに……

 

とりあえず、ユミにはキツめに説教しておいた。




共鳴と未来と響はこの後、普通にデートを満喫しました。


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第十四話 修練のシミュレイトゲーム

弦十郎小父さんが居を構える風鳴の屋敷は街の外れにある。なんでも、元々は風鳴から離れて行った分家が使っていた屋敷だそうで、本家程の理不尽な大きさはしていない。

そして、今は本家から出て来ている翼ちゃんも此処を間借りしているのだという。

 

「━━━━しかし、珍しいな。授業は真面目に受ける方な共鳴くんが、わざわざ学校を休んでまで特訓を申し込んで来るとは。」

 

「朝夕は響の為に時間を割いてもらってますから……それ以上に時間を割いてもらうなら、挑戦者の方が合わせるのは当然でしょう。」

 

「ハッハッハ!!そんなに畏まらなくても、俺はいつでも挑戦を受け付けるぞ?なんなら本部の中でもバッチコイだ!!」

 

「そんな事したら櫻井女史から説教でしょう……がッ!!」

 

そんな風鳴の屋敷の庭、様々な特訓用具が広がるそこで、俺と小父さんは肉弾戦を行う最中にそんな話を交わしていた。

会話の最中であろうと呼吸を整える事は忘れず、相手の隙を読む事は止めず。

シンフォギア装者と違い、肉体的ブーストに出力を傾けられないレゾナンスギアにおいて、肉弾戦での威力とは即ち自らの筋力と技量によってもたらされる物である。

であるが故、アメノツムギを繰る訓練以外にもこのような肉弾戦を想定した鍛錬はレゾナンスギアの運用において欠かせない物なのだ。

 

軽口を叩きながらも、小父さんの構えに乱れはなく、体幹のブレすら一ミリとて起きていない。

そんな化け物染みたフィジカルを相手に、会話を切り上げながら抜き打ちにて放つは右足によるミドルキック。

当然、一撃だけでは容易く受け止められる為、威力を求めて振り抜く愚は犯さない。

小父さんが構えた腕で蹴りを弾くその反動を利用して足を戻し、その回転を利用して左腕のストレートへと繋げる。

 

「ッ!!」

 

「ハァ!!」

 

そのストレートすら容易く受け止められる。しかも、今度は弾く事すら無い。その鍛え上げられた右腕によって包み込まれ、止められている。

 

「うっそぉ……」

 

「ふっふっふ……まだまだ甘いな、少年。ほっ!!」

 

「んなっ!?」

 

小父さんの掛け声が聴こえた瞬間、俺の天地は逆転していた。

捻られた、と気づいたのは反射的に受け身を取って距離を取ってから。

 

「ほぅ?いい反射だ。やはり共鳴くんの戦闘はよどみなく、そして停止する事が無い。うむ。実に良い!!」

 

「だとしても、完全に受け止められてちゃ世話無いですよ……」

 

━━━━俺の手札となる戦術は、アメノツムギを用いた中距離攻撃と、手元で繰るアメノツムギを邪魔しづらい蹴りを主体とした近距離攻撃である。

対ノイズ戦闘において、アメノツムギは必殺だ。聖遺物もどき(・・・)といえど、現代科学を超越したその構造はノイズの位相差障壁をある程度無効化し、一撃にて葬り得る。

だが、俺の肉体は違う。加速度も、威力も、小父さんや緒川さんと違って生身の人間の域を超えない俺の一撃ではノイズを倒し切る事は難しい。必然と一体を相手に複数回の攻撃が必要となり、それは殲滅速度の低下を招く。

そして、殲滅速度が下がれば、それは響のように共に戦う誰かを危険にさらす可能性が上がる。

故に、打撃力の上昇は俺の急務だった。

 

「ふむ……共鳴くんの場合、基礎はしっかりしているし、鍛錬の成果も着実に身に付いている……この調子なら、いずれ岩を裂く一撃も可能となるだろう。」

 

「いずれ……ですか。」

 

小父さんの判断は妥当な所だ。響のように始めたばかりであったり、緒川さんや小父さんのように鍛え続けた果てであれば修練は大きな成果をもたらすが、俺のように未だ道半ばな頃はそうでは無い。

基礎的な体は既に出来上がっており、かといって、技を修めて完璧な立ち回りが出来るワケでは無い。

要するに、伸び悩む時期なのだ。それが頭では理解出来ても、納得出来ない。

 

「……ふむ。今日の所は鍛錬はこれくらいにして、映画でも見ながら語ろうじゃないか。」

 

そんな、俺の焦燥を見抜いたのだろう。小父さんから提案されたのは、いつも通り映画を見る事だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……やはり、心配かい?」

 

タイミングを見計らい、共に映画を見る少年に声を掛ける。

今日の映画の内容は、不良だった主人公が自らの出生の秘密によって格闘大会へと招かれるという物だ。

 

━━━━共鳴くんにも、俺にも、響くんにも縁遠い物。

 

「……やっぱり小父さんには敵わないですね。えぇ、心配です……相談しようかとずっと迷っていたんです。響の事だけじゃない。俺が握る想いについて。」

 

「キミが握る想い……それは一体?」

 

彼と再開した二年前、そして、時にはレゾナンスギアの装者として、時には被災者支援において意見を聞く協力者として、共にあった二年間。

その中で、彼が握らんとする想いには薄々気づいていた。けれど、コレは秘さねばならない類の物であると判断して、彼が打ち明けてくれるのを待っていた。

それ故、俺は聞き役に徹する事にした。まずは何よりも、彼が自らの想いを口にする事。これこそが大事なのだ。

 

「……荒唐無稽な、それこそ御伽噺のような想いです。

 『手の届く総てを救いたい』……ただ、それだけの。」

 

やはり、そうであったか。

彼の行動は、響くんのように自らを度外視した物では無い。無いのだが……限りなく其処に近い。

被害を出来るだけ抑えようと、自らの命を賭ける事を躊躇わないその姿勢。

それを為す根幹に、一人納得する。

 

「……」

 

「そんな事が不可能なのは分かっています。父さんだって、誰をも護れたワケじゃない━━━━バルベルデから帰ってきた父さんの無念そのものな顔は決して忘れられる筈が無い。」

 

かつての事を思い出しながらも、まだ語り切っていない彼に肯定も否定も返さず、ただ彼の想いを聞き届ける。

バルベルデ。その名を忘れられる筈も無い。共行さんだけでなく俺にとっても、それは公安時代の心残りそのものだ。

 

「……でも。それでも、もう力を振るわずに誰かが目の前で零れ落ちて行く事なんて看過できないんです!!

 俺は、竜子さんを救えた筈なのに……積極的に介入してしまう事は歪みを産むだなんて言い訳をして……間に合わなかった!!

 だから……だから……俺の手の届く範囲だけでも、皆に幸せになってもらいたい……ッ!!」

 

その叫びは、大きく矛盾していた。総てを救えないと知りながら、それでも自らの手の届く総てを救いたいと。

だが、そこに籠っている想いは紛れも無い本物であり、その為に何もかもを使おうとしている事もまた、この二年間で彼から見せてもらっている。

 

「……ならば、それでいいんじゃないか?」

 

「えっ……?」

 

その本気が見えるから、俺が返す言葉は決まっていた。

 

「今の君は、その言い訳に固執する事無く、その理想を叶えようとしている。君のような少年が夢を見る事も、それを実現する為にありったけをぶつけるのも、それは誰にだって否定出来ない君自身の選択だ。

 そして、俺のような大人は、そんな君たちの夢を応援するのが仕事だ……響くんも、翼だってそうだ。いつだって頼ってくれていいし、甘えてくれたっていい。」

 

理想は、理想だ。出来るかどうかなんてわからない。

 

━━━━けれど、理想だからと始める前から諦める理由など、少年少女が持つべき物では無い。

 

「……そんな、無茶苦茶な……」

 

俺の説得が届いたのか、静かに涙を流す共鳴くんの頭を優しく撫でながら言葉を続ける。

 

「俺だって、出来るのならばそんな理想を貫いて生きたい。だから、そんなデッカイ夢を持つ君を応援したいんだ。それじゃ、ダメかな?」

 

「……ダメじゃ、無いです。むしろ、望む所です。どうせ無茶をする響を二度と喪わない為に、小父さんの力、お借りしますから……!!」

 

涙を拭って、俺を真っ直ぐ見つめる共鳴くんの眼には希望が満ちていた。

 

「ハッハッハ!!いつでも頼ってくれていいとも!!男に二言は無いからな!!」

 

だから、その希望に見合う男で居られるように、殊更意識して呵々大笑するのだった。

 

━━━━気づけば流していた映画はもう終わり、チンピラだった少年もまた、自らの戦う理由を握って立ち上がって戦い抜いていたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━最近、響の様子が変だ。

 

いや、理由など分かり切っている。お兄ちゃんが支援しているボランティア団体での活動、そして、そこで人々を助ける為にと体力づくりを始めた事。

嬉しい変化だ。最近は風船を取りに木に登って落ちる時もちゃんと着地出来るようになったし、重い荷物を持ったおばあさんを助ける時に荷物を全部持っていくことだって出来るようになった。

 

……けれど、それで響が疲れ果ててしまっては意味がないのでは無いだろうか?

 

「むにゃむにゃ……」

 

「もう……お兄ちゃんに手伝って貰って早めにレポート減らしたのはいいけど、この後お兄ちゃんとの約束あるんでしょ?ほら、シャワー浴びて目を覚まして……門限もどうにかしてもらってるんだから。」

 

「うにゅ……そうだ、約束……ふぁ……」

 

「そう、約束。そっちだけじゃなくて、一緒に星を見ようって約束も忘れないようにね?」

 

「あ……うん。流星群だっけか。覚えてる覚えてる。」

 

「うん。22日の金曜日、忘れないでよね?」

 

「うん。お兄ちゃんも一緒に三人で。そのために……頑張らなきゃだね……んしょ、んしょ……」

 

「あぁほら、響。バンザイして……」

 

眠気からかもぞもぞと動くだけになってしまった響を手伝ってやりながら、思う。

 

━━━━最近、あまりにもノイズが多すぎはしないだろうか?

 

そもそも、響がここまで疲れ果てているのも、ノイズ出現が昼夜問わず頻発しているがためである。

ノイズが出現する事なんて通り魔に逢うより低い確率だというのが定説だというのに、ここ最近は毎日のようにノイズ出現がニュースに流れてくる。

……それだけに、響やお兄ちゃんが心配なのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「お待たせしましたー……」

 

「ん、早かったな。」

 

 

「はぁい、じゃあ皆集まった事だし、仲良しミーティング、始めましょっか!!」

 

そんな櫻井女史の軽い声掛けで、二課の定例ミーティングは始まった。

 

「ま~ず~は、コレを見てちょうだい。」

 

そんな櫻井女史の掛け声と共にモニターに映し出されるのは、リディアン周辺の地図と━━━━そして、大量に配置された赤い光点。

 

「響くん、コレをどう思う?」

 

「うむ、いっぱいですね。」

 

「ハハハ!!全くその通りだ!!

 ……コレは、ここ一ヶ月のノイズの発生地点を示した物だ。響くんも、共鳴くんと一緒に課題に臨んでいたからノイズについては詳しくなっただろう?」

 

その言葉に、思わず頭が痛くなる。

 

「……まさか、ノイズの基本的な情報だけを詰め込むだけで三日も掛かるとは……」

 

「だ、だって!!お兄ちゃんの説明は分かりやすいけど情報多すぎるんだモン!!幾らシンフォギア装者としては覚えておいた方がいいからって、ノイズが超古代文明と関係してるんじゃないか~?なんて話までされたってレポートには書けないじゃん!!脱線も多かったし!!」

 

「うぐっ……」

 

「そうねぇ……国連による『特異災害』への指定こそ13年前だけど、それ以前の太古の昔からノイズの目撃情報は観測されているわ。

 記紀神話におけるヤマタノオロチ、ギリシャ神話におけるエキドナの子ども達、ヨーロッパ圏だと狼男なんかもその可能性があるわね。」

 

「そういった過去の神話や伝承には一部『本当の事』が混じって居たんじゃないか?というのは、櫻井女史の専門の『大統一文明史説』の領分でしたっけか。」

 

「だい……なんです?」

 

しまった。そう思ったのは発令所に集まったメンバーの内の誰の想いだっただろうか。

いや、もしかすると全員の一致した思考だったのかも知れない。

そして、その嫌な予感に違わず、大天才が待ってましたと言わんばかりに語り出してしまう。

 

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました!!テレビや雑誌にも引っ張りだこなこの私!!櫻井了子が提唱している物こそ『大統一文明史説』……つ、ま、り、超古代文明を実際に存在した物として仮定する事で、世界中に存在するオーパーツ━━━━つまり聖遺物の事ね。その存在を肯定する考古学の一体系の事よ。」

 

「?」

 

「あー……つまり。聖遺物を実際の歴史と絡めて考えるって事。」

 

「あー、なるほど。……って、アレ?それだとおかしくないですか?聖遺物って、シンフォギアみたく実在してますよね?なら、了子さんの説が最初から正しいんじゃないですか?」

 

「ところがそうもいかないんだなコレが……聖遺物は確かに存在するし、恐らくは太古に超文明が存在しただろう事も考えられる。

 ━━━━けれど、そこを繋ぐ物が存在しないんだ。響は、道が何故出来るかは分かるよな?」

 

「うん。別の場所と繋がりたいって歩いた人が居るからだよね。それがどうしたの?」

 

「つまりはそういう事。『聖遺物を持った超文明の残滓』は見つかっても、それを繋げる証拠が存在しないんだ。難しい話をすれば確かに、印欧語族圏の神話とか、それこそギルガメシュ叙事詩にまで『文化の交流』があった事はわかる。

 けれど、そんな超技術が実在したというのに、『それぞれの文明圏がそれぞれの文明圏で完結している』……つまり、今の国みたいに隣の国との道が出来てなかったんだよ。

 だというのに、どこの先史超文明も源流は同じだし、聖遺物に到っては同じような機構まで確認されている。まるで『空間を超えて交流したみたい』に不可思議な影響が見られるんだ。」

 

「……すいません。ギブアップです。」

 

「……そうだよな。うん。コレはちょっとかみ砕きにくい部分だから、そう簡単にはいかないって事だけ覚えてくれ。」

 

聖遺物関連に関しては確かに、一般的な常識とは180度かけ離れた物であるのだから当然の話である。

 

「うーん……そうなのよねぇ……其処等辺のミッシングリンクを解決する鍵だと睨んでいたんだけどねぇ……」

 

「母さん?」

 

そんな閑話に反応したのは、意外にも櫻井女史では無く母さんだった。

 

「あぁ、御免なさい。私の専攻……というか、天津家に近づいた理由がまさにその異文明間の交流についてだったものだから、つい。脱線しちゃったけど、話を元に戻しましょうか。ノイズの発生件数についての話でしたよね?」

 

「あぁ……ノイズの発生件数の上昇がみられるようになったのはここ一ヶ月、そして。出現場所は見事にここリディアン音楽院を中心としている……と来たもんだ。」

 

「ノイズの出現というのは本来、ノイズが存在するだろうとされる異空間━━━━これもまた異端技術の結晶じゃないかと目されているわね。そこと偶然にもチャンネルが合ってしまったが故に起きる、いわば時空の交通事故みたいな物。

 ……であれば、この出現数の異常増大には間違いなく何者かの作為が混じっている……と、そう考えるべきでしょうね。」

 

……それは、認めたくない事だ。ノイズとは災害であり、怪異であり、人類の敵対者だ。炭化によって『人の生きた証』を根こそぎ奪い去るその暴虐は、人が尊厳を掛けて戦わなければならない脅威だ。

それを、人が操っている等と。

 

「作為って……つまり、誰かがコレを意図的にやってるって事ですか!?」

 

「……中心点がリディアンである以上、狙いは二課本部でしょう。であれば……」

 

「サクリストD……デュランダルって言ったっけ?アレが狙いなのはまぁ間違いないだろうな。響が狙われていない以上、シンフォギア自体は狙いでは無いようだし。」

 

ツヴァイウイングの二人の言う通り、狙いは完全聖遺物であるデュランダルであろう。

ノイズという無敵の矛を持つ存在が表に出ないのは、国家を相手に戦える手段を持たない……即ち、ただの人であるからだ。

であれば、無限のエネルギーを放つと言われるデュランダルを求めるのは妥当な線である。

 

「デュランダル……?」

 

「ヨーロッパの伝説的英雄譚『ローランの歌』に登場する剣で……ってのはまた脱線になるか。」

 

「ここの更に地下……『アビス』と呼ばれる場所に保管されている、ほぼ完全な状態の聖遺物よ。」

 

「響ちゃんや翼さん、それに奏さんが持つシンフォギアに使われている聖遺物はほんの一欠片程度なんだ。それに対して、完全聖遺物と呼ばれる物は、ただその存在だけで特殊な力を持ち、一度起動さえすれば装者以外の一般人ですら利用できるだろう……そんな風に研究されている貴重品さ。」

 

オペレーターコンビによる適切な解説に心中で感謝しながらも考える。

 

━━━━果たして、未起動のデュランダルを手に入れたとして、それを黒幕は使いこなせるのか?

 

勿論、レゾナンスギアのような例外もあるので断定はできないのだが、完全聖遺物の起動に成功した例は二年前のネフシュタン起動実験しか無い。

……その結果は、裏社会では有名な話だ。であれば、その情報を基に起動前のデュランダルを手に入れようとこれほど大掛かりな策を組んだ?

なにかが腑に落ちない。起動している聖遺物を使って未起動の聖遺物を手に入れようというのは採算が合わない。

そんな、俺の懸念を他所に話は進む。

 

「それを研究して、シンフォギアやレゾナンスギアを構築したのが……なにを隠そうこの私!!櫻井了子の櫻井理論なのよ。

 ……けどまぁ、完全聖遺物の起動に必要なのはそれこそ、絶唱に匹敵する程の強大なフォニックゲイン……そうそう用意出来ないのよね……」

 

「……だが、今の翼の歌ならあるいは……」

 

「……えぇ。共鳴くんのバックアップがあれば、恐らくは。しかし……」

 

「日本政府の許可とか、めんどくさそうだよなー。あ、でも起動実験さえ行えれば翼のライブ独占とか出来るんじゃないか?」

 

「奏さん……それ以前の話で……安保を盾にした米国からのデュランダル引き渡し要請で斯波田事務次官が蕎麦を啜りに出かける暇も無いとの事で……」

 

「二課との通信しながらまで蕎麦啜るあのオッサンが!?おいおい、米国はどんだけ強硬に圧力をかけて来てんだ!?」

 

「……まさか、この件自体も米国が裏で手を引いているんじゃ……?」

 

「……有り得ない。と頭からの否定は出来ないわね。共鳴を、そしてウチの親戚まで狙った世界規模での誘拐作戦。そして、同時にアメノツムギを手に入れようとしたことからして、米国もまた聖遺物の起動に関する何かしらのブレイクスルーは起こしているようだし……」

 

三度の飯より蕎麦が好き。と公言して憚らない斯波田事務次官が蕎麦も啜りに行けない。という異常事態に、二課を取り巻く陰謀の闇の深さをおぼろげながら思い知る。

 

「……諜報班の調べでも、ここ数ヶ月の間に数万回にも及ぶ本部コンピューターへのハッキングの痕跡が認められている。出所こそ不明故に米国政府の陰謀と断定は出来んが痕跡から逆探知を進めている。

 ……ま、こういうのこそ本来の俺達の仕事だ。ドーンと任せて置いてくれたまえ!!」

 

「お願いします。そっちの方には天津として関われないので。」

 

現状、誰が敵かもわからない。

だが、敵は確実にどこかに居るのだ。という事は二課全体で共有出来た。

そんな時に、沈黙を保っていた緒川さんが会話の中にスッと入ってきた。

 

「風鳴司令、そろそろ……」

 

「おぉ、もうそんな時間か。すまんな。」

 

「へ?」

 

「表の顔では、アーティスト風鳴翼のマネージャーをさせてもらっています。どうぞ。」

 

「おぉ……名刺なんてもらったの初めてです……コレはまた結構なものをどうも……」

 

「いや、響。漫才じゃないんだからそんな反応せんでも……」

 

響のお陰で多少軽くなった空気に感謝しながら、翼ちゃんと緒川さんが去るのを見送り、一旦休憩としようという事になったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……次に、月末に予定しているライブですが……あまり時間がありませんので、リハーサルの日程表、目を通しておいてくださいね?」

 

「えぇ、わかっています。イギリスのレコード会社……確か、トニー・グレイザー氏のメトロミュージック、でしたか。そちらからの海外進出の打診にも目を通しておかなければなりませんしね。」

 

緒川さんから予定を確認してもらいながら、本部内の廊下を歩きながら、思い出す。

歌を歌うのは、好きだ。昔、アメノハバキリと共鳴するよりも前、父様に叱られて泣いていた私に共鳴くんが下手な歌を教えてくれた時からずっと、風鳴翼は歌と共に生きて来た。

 

「……やはり、此方の件が終わってからですか?」

 

「えぇ。少なくとも、立花さんが共鳴くんと二人で戦い抜ける戦士となるまでは此処を離れるつもりはありません。

 ……お話をいただいている事自体は嬉しいと思うのですが……」

 

「ボクとしても、その判断で正しいと思っています。今の件もそうですし……そもそも、翼さんはまだ高校も卒業出来ていませんしね。」

 

「えぇ。事情があれこそ、途中で投げ出すというのはどうにも……性に合いませんから。」

 

そう、投げ出す事など出来ようか。共に戦ってくれる共鳴くんの事も、誰かを護らんと自らを鍛え始めた立花さんの事も。

 

「では向かいましょうか、緒川さん。まずはアルバムの打ち合わせでしたね?」

 

「はい。」

 

そうして、私と緒川さんは、私達の戦場へと向かう。

人々に歌を届ける、歌女である私の戦場(いくさば)へと。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……どうして、私達は……」

 

「ん?」

 

場所を変え、あったかいものでも飲みながらと休憩していた俺達は、響の声で静寂から引き戻される。

 

「どうして、私達は、ノイズだけでなく人間同士でも争いあってしまうのかな……?」

 

「それは……」

 

咄嗟に答える事は、出来なかった。

イデオロギー、人種、国家、宗教、思想。

争いあう理由こそたきに渡れども、『何故争うのか』についての根本的な答えは、俺にもわからない。

 

「それはきっと、人類が呪われているからじゃないかしら?」

 

━━━━だから、それに即答した櫻井女史に俺は驚愕が隠せなかった。

 

まるで最初から用意していたように、最初から知っていたかのように澱み無く、こんな哲学的な問いに答えを返せる。

コレが天才という奴か……などと考えていた俺の眼の前で、櫻井女史は耳打ちの姿勢からそのままに響の耳たぶを甘噛みしていた。

 

「うひゃるぇ!?」

 

「櫻井女史!?」

 

思わず、声を荒げてしまう。いや、同性間のスキンシップという物であろうしそこまで過剰反応する必要は無いと思うのだが。

……何故か、ムカッとしてしまった。そのムカムカを飲み干すようにコーヒーを呷った所で……

 

「あら?おぼこい反応で楽しもうかと思ったらもう売約済みだったのね?ごめんなさいね、共鳴くん。」

 

━━━━特大の爆弾が投げ込まれた。

 

「ンブァッ!?ゲホッ!!ゲホ、ゲホ!!……なにを言ってるんですか貴方はァ!!」

 

「そ、そうですよ了子さん!!私とお兄ちゃんはただ幼馴染で仲がいいってだけで別にそんな特別な関係かと言われると確かにそうなんですけど……」

 

「うーん、ナイス青春!!って感じね!!いい物見せてもらっちゃったわ。」

 

「了子さんてば、流石にピュアな少年少女を弄りすぎじゃないのー?」

 

「そうですよ、櫻井博士。こういうのはもっと遠間からニヤニヤしながら見守る物なんですから。」

 

「か、母さんまで……」

 

確かに、昔から響との仲の良さを揶揄される事は多かった、多かったのだが……

ここまでドストレートに『売約済み』等と言われるのは流石に初めてである。

それに加えての母さんと奏さんの援護射撃まで加わってはどうしようもない。コレはこのまま弄られるパターンか……と覚悟したのだが。

 

「うーん、そうねぇ。ちょっとやり過ぎちゃった気もするし、じゃあ代わりに質問タイムと行きましょっか。響ちゃんは、私や鳴弥ちゃんに何か聞いておきたい技術的な事とかってある?」

 

その流れは、意外にも発端である櫻井女史の自重によって終わりを告げる事となる。

 

「え?うーん……あ、そうだ!!前に聞きそびれたレゾナンスギア?についての話が聞きたいです!!それに、今日の話の時も、お兄ちゃんを含めて誰も、レゾナンスギアに使われてるアメノツムギ?の事を聖遺物として話してなかった気がして……それっていったい、なんでなんですか?」

 

そして、それに対する響の答えは、レゾナンスギアに……そして、アメノツムギに関する質問。

であれば、真摯に答えねばなるまいと居住まいを正す。

 

「なるほど……じゃあ、まずはレゾナンスギアについてね。コッチはまぁ、前回の説明の通り、『シンフォギアが発生させるエネルギーを受けて戦える』って言うのが一番簡潔かしらね?

 ただ、やっぱり歌声で起動したシンフォギア程の大出力は見込めないから、貴方や翼ちゃんと違って超人的な身体能力は発揮出来ないというのだけは、覚えてちょうだいね?」

 

「はぁ……え!?じゃあお兄ちゃんってばアレを素でやってたの!?」

 

「まぁ、その為に鍛えてるからな。」

 

「はへぇ……」

 

「そして、アメノツムギ……コッチに関しては、私より鳴弥ちゃんの方が適任かしらね?お願い出来るかしら。」

 

そうして、解説役が櫻井女史から母さんへと移る。

アメノツムギ。それは俺が継承した我が家の秘宝であり、同時に母さんにとっての研究対象でもあった。

 

「はいはい、わかりました。さて、響ちゃんにはむかーしにちょっと語り聞かせた事もあったけれど、改めてのお話ね。」

 

「あぁ、そういえば聴いた事あるような……確か、天神様の末裔なんでしたっけ?」

 

「そう。天津の家は天神━━━━菅原道真公の末裔で、その中でも流された大宰府で防人達と共に在った家系の子孫なの。防人を自認する風鳴と近かったのはそれが理由でね?

 ……道真公は、元々は朝廷の忠臣だったのだけれども、政争に負けて流罪とされた後に京都を厄災が襲った事で人々から畏怖と信仰を集めて、様々な伝説が産まれたの。

 その中の一つこそが、アメノツムギのルーツとなる伝説━━━━古人曰く、『菅原道真は天女の子だった』というお話。

 ……響ちゃんは天女の羽衣って知ってるかしら?」

 

「はい。天女と恋仲になりたくて男の人が空を飛べるようになる羽衣を隠してお嫁にして……でも、最後には離れ離れになるっていう、悲しいお話ですよね。」

 

「そうね……でも、道真公にまつわる天女伝説はちょっと違ってね?恋仲になりたかった男が羽衣を隠す所までは同じなのだけれども、その後が違うの。

 後の道真公を産んだ天女は伝承の類型通りに天に還り……しかし、彼の夫であった桐畑太夫という漁師は、その結末を受け入れられずに、彼女と同じように天に昇って行ってしまったの。」

 

「えぇっ!?それじゃ、道真さんが一人残されて……可哀想じゃないですか!!」

 

我が家の血が天神の末というのは知っていたが、母さんの研究についてここまで細かく聞いたのは俺も初めてであったため、ついついと聞き入ってしまう。

 

「ふふっ、大丈夫よ。彼はその後、母恋しさに泣くのを近くのお寺の阿闍梨……偉いお坊さんが拾って育ててくれた事で、菅原のお家に養子として入る事が出来たそうだから。

 そして、この逸話で大事なのは、天女と添い遂げようと、桐畑太夫が天まで昇って行った事にあるの。だって、羽衣が無ければ天に昇れないというのに、桐畑太夫は天に昇っている。

 だから、私は『桐畑太夫が隠していた天女の羽衣は一つでは無く、菅原道真公もまた受け継いだのでは無いか?』と考えて、子孫である天津の家を訪ねたのよ。

 そして、私の予想通り、羽衣はあった。……いいえ、やはり無かったのかも知れないわね。」

 

「えっ?あったのに……無かったんですか?」

 

此処からは完全に初耳の話だ。アメノハゴロモという聖遺物など我が家にあっただろうか……いや、まさか、そういう事なのか?

 

「私の予想通り、天津の一族はアメノハゴロモと呼んで天女の羽衣を受け継ぎ、そしてそれを使う天津式護布術を用いて怪異と戦っていたというの。

 ……けれど、約350年前、1651年の事。後に由井正雪の乱と呼ばれる事になる事件と時を同じくして江戸近郊の山中に出現した巨大な化生……恐らくは巨大人型ノイズとの戦闘において、アメノハゴロモは完膚なきまでに破壊されてしまったのよ。」

 

「そうか……そういう事だったのか……」

 

つまり、アメノツムギとは、完膚なきまでに破壊されたアメノハゴロモの断片。なるほど、今まではシンフォギアにならないという事で『聖遺物もどき』と呼んでいたが、正しく『聖遺物ですらなくなった聖遺物』であったワケだ。

 

「けれど、当時の当主であった少女━━━━天津鏡花は、その時を回想して『金の御髪(おぐし)の天女、伽羅琉(きゃらる)に救われた』と書いているの。それがなんなのか、もしくは誰なのかはわからないけれど、その天女様のお陰で命だけは助かった天津鏡花はアメノハゴロモの欠片を『アメノツムギ』と名付けて天津式糸闘術を造り上げたというわ。

 ……ざっとした説明でも、ちょっと長くなっちゃったかしらね?」

 

「そんな事無いです!!聞いててドキドキしたし……そのご先祖様が生きててくれて、ホントによかったと思ったんです!!

 だって、そのきゃらる?ちゃんが居なかったら、お兄ちゃんだって此処に居なかったかも知れないんですよ!!」

 

「……言われてみればその通りだな。その天女様にいつか出逢えたらお礼の一つでも言っておくか……」

 

「ふふっ、流石に350年も昔の話よ?天女様が長生きしてても逢えるかはわからないのに……」

 

思いがけず、母さんから貴重な話を聞くことが出来た。伽羅琉(きゃらる)なる天女の存在、アメノハゴロモの存在、そしてなにより、今まで気にしても来なかった俺自身のルーツについて。

響に感謝しないとな……そんなことを思いながら、他愛ない話へと戻って行く皆の雑談へと入って行くのであった。

 

 




伽羅琉……一体何者なんだ……


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第十五話 月下のラストスタンド

『伽羅琉様!!見てください!!今年も村は豊作ですよ!!』

 

『伽羅琉様のお陰で、私は今も生きて此処に居ます。だから━━━━』

 

それは、輝ける記憶。

長く、長く生きて来た中の、たった一刹那。

 

 

━━━━ゴトゴトと、轟々と、鳴り響く音に、意識が浮上する。

 

 

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

 

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間、そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

 

「……久しく見なんだ夢だったが……ふん、感傷だな。」

 

閉じていた瞼を開けた彼女は、夢を見た事を自嘲する。

何故ならば━━━━

 

「……名前すらもはや思い出せん相手の事を今更になってまで思うなど、な……

 ガリィ、どうせ覗いて居るのだろう?出て来たらどうだ。」

 

そう独り()ちてから虚空へと呼びかける彼女。

その声に応えるように現れるのは蒼い人形だった。

 

「はぁい、お呼びに応じてガリィちゃんただいま参上ですよぉ。

 ……んもぅ、それにしたってマスターってばひどぉい!!ガリィちゃんだってマスターの寝顔を覗く趣味はあんまり無いですってばぁ。」

 

「ハッ、それこそ『寝言は寝て言え』という奴だな……それで?『あの女(・・・)』の計画は今の所は情報(・・)通りか?」

 

「ですねぇ。上手い事起動時のフォニックゲインは隠したつもりでしょうけど、あのあからさまに異常なノイズの出現件数、まず以て『杖』の起動に成功したものかとぉ。

 ただ、ガリィちゃんってばステルス苦手だから、これ以上の情報をお求めならならファラちゃん起こした方がいいと思いますよぉ?」

 

「……いや、今の所はガリィのデータだけで十分だ。あの女が計画を進める気だというのさえわかればそれでいい。あの女の計画は確かに完遂されてしまっては困るが、大筋では此方にとって有益な物だからな……」

 

「いやぁ、漁夫の利を取るのって実は大変なんですねぇ。いっその事、彼等に全部明かして仲間にしてもらったらどうですぅ?」

 

その人形━━━━ガリィの言葉に、彼女は一瞬だけ動きを止め、そして言葉を返す。

 

「ふん、心にもない事をぬけぬけとまぁ……あらゆる要素を積み重ね、あらゆる者共にオレの予想通りに動いてもらわなければオレの目的━━━━万象追想曲(バベル・カノン)は完遂しえぬ。

 そこに馴れ合いなど不要だ。いや、むしろ邪魔にしかならん。……不確定要素を自ら増やす必要は無い。」

 

「そうですかぁ。ま、ガリィちゃんとしてはどっちでもいいんですけどぉ。……あ、そうだ。米国はやはり食いつく気満々みたいですよぉ?」

 

「分かり切っていた事とは言え、愚かな……オレ達との繋がりによる異端技術の独占だけで満足しておけばいいものを。

 まぁ、この後の展開を思えばありがたい話だ。米国の持つ手札でオレの計画に組み込める物など、それこそ超ツァーリ・ボンバ級の反応弾頭程度しか無い。むしろ、細々と戦力を投入されても面倒だからな。欲をかいて自滅する分には勝手にすればいい。」

 

「ほーんと愚かですよねぇ。自分たちこそが世界を回してるんだ~みたいな顔しちゃってまぁ……」

 

そう口にする人形の口元は弧を描き、あからさまに笑みの形を作っている。

 

「腐った性根が顔に出ているぞ、ガリィ。では、引き続き監視をしておけ。」

 

「はいは~い、了承致しましたマスター」

 

滑らかな動きでスカートをつまみ、そう言葉を遺しながら人形は転移によって消えていく。

 

「……我が契約者よ。お前が立ち向かう準備は整えてやった。あとは、お前がどこまで手を伸ばして救えるかどうかだ。せいぜい、最後まで足掻き続けるがいい……」

 

総てを睥睨するかのように傲慢にそう言い残す彼女の顔はしかし、隠しきれぬ憂いによって曇っているのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「~♪」

 

「響ったら、今日は機嫌いいのね!!アニメみたいに上機嫌じゃない!!」

 

「えへへ~、実はそうなんだ~。今日のこと座流星群、お兄ちゃんと未来と三人で見に行こうって約束してて~」

 

「もう……この前はボランティアで疲れて半分忘れてたクセに調子いいんだから……」

 

「ともあれ、仲がいいのはナイスな事ですわ。」

 

「そっかぁ、今日って流星群の日なんだっけ。あんま気にしてなかったなぁ……あ、私達はこの後屋上でバドミントンするんだけど、ビッキーとヒナはどうする?」

 

ある日の昼下がり、私達はそんな風になんでもない会話を楽しんでいた。

最近の響と未来は、それこそアニメみたいな事情でお昼はあのトップアイドルの翼さんと食べていたのだけれど、今日はその翼さんがお仕事だという事で、私達五人で揃って外にお弁当を食べに来ていたのだ。

 

「おっ?バドミントン!?いいよー、今の私はなんだって出来る!!気がする!!」

 

「……そういう事言ってると失敗しそうで怖いんだけれど。」

 

「確かに……アニメだったら絶対出来ないパターンよねそれ……」

 

「実際にそうなってしまうと途端にナイスでは無くなってしまいますね……」

 

「えぇ!?皆一斉に否定!?」

 

「いや、まぁ。そこまで気合い入れなくてもいいって。ただ遊ぶだけなんだし。」

 

そんな、なんでもない会話。こういうのもコレはコレでアニメみたいでいいなぁ。なんてふとよぎった想いは、言葉になることも無く風に溶けて行ったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ふんふふ~ん、なっがれぼしーなっがれぼしー。」

 

「もう……響ってば、恥ずかしいから止めてよね?それで、お兄ちゃんとの合流場所は寮の近くの公園でいいんだっけ?」

 

「うん!!先に待ってるって言うから早く寮に戻って━━━━」

 

学校から寮までの帰り道、未来と一緒にこの後の予定で盛り上がる私達の会話を引き裂いたのは、携帯端末の呼び出し音だった。

 

「……未来、ごめん。」

 

「……ううん。困ってる人が居て、響も、お兄ちゃんもそれを放っておくことは出来ないんでしょ?だから……」

 

「……ありがとう、未来。行ってきます!!早く終わらせたら一緒に流れ星、見に行こう!!」

 

未来に鞄を預けて走り出す。走りながらに端末を通話状態に。

 

『すまない!!ノイズの襲撃だ!!場所は塚の森駅!!共鳴くんと翼もそれぞれが向かっている!!』

 

ここから二駅先の場所。近い。

 

「わかりました!!今すぐ向かいます!!」

 

溢れそうになる涙を我慢しながら、走る。

以前なら息も上がる距離だっただろう。けれど、今や二駅、直線で1キロ程度の距離はアップでしか無い。

 

そうして走り抜ける先、地下鉄・塚の森駅へ向けて、走る勢いをそのままに胸の歌を解き放つ。

既に避難は完了しているらしく、人の姿も無い。

 

Balwisyall nescell gungnir tron(喪失へのカウントダウン)

 

輝き、そして変身。

この姿にも段々と馴れて来て、どう動けばどれくらいの動きになるのかもわかるようになってきた。

けれど、未だにこの手にアームドギアは無い。

お兄ちゃんはそれでもいいと言ってくれるけれど、力になれない自分がもどかしい。

 

地下通路に蔓延るノイズに向かって拳を振るう。

当たった拳に返る感触に、溢れそうになる嫌な気持ちを押し殺して拳を振るう。

 

『構内に小型ながらも強力な反応が見られる。翼と共鳴くんが到着するまで耐えてくれ!!くれぐれも、無茶はするな。』

 

「わかってます!!」

 

通信を通して聴こえる司令の声。

お兄ちゃんも来る。来てしまう。

 

流れ星を共に見る筈だったお兄ちゃんが。

 

「私は……ううん、今はまず出来る事をするんだ!!」

 

そんな感傷を振り払い、胸の歌に意識を傾ける。

改札口の向こうには、いつものカエルのようなのと人型以外にぶどうみたいなノイズが居た。きっと司令が言っていたのはアレの事なのだろう。

そんな判断をしつつ改札口を乗り越え、肩口から当たって、がむしゃらながらに蹴って、拳を打ち込んで、近づくノイズを倒していく。

 

そうやって戦っていると、ぶどうみたいな奴がいきなり変な動きをし出した。なんと、ぶどうの実みたいな部分を飛ばして来たのだ。

 

「わわっ!?」

 

しかもなんと、その実が爆発して天井まで崩してしまったのだ。爆風の衝撃と瓦礫の重み、そして痛みが、我慢していた私の本音を引き出していく。

 

「……見たかった。」

 

そうだ、見たかったのだ。

 

「未来と、お兄ちゃんと一緒に……!!」

 

約束したのだ。

 

「流れ星、見たかったッ!!」

 

嘘なんて吐きたく無いのだ。

 

「うぅ、うあぁぁぁあああああ!!」

 

拳の一振りで、脚の一振りでノイズを蹴散らし、ぶどうノイズを追いながら思考は走る。

どうして、未来に嘘を吐かなければいけなかったのか?

どうして、未来との約束を破らなければいけなかったのか?

どうして、未来とお兄ちゃんと一緒に居たいというだけの願いが叶わないのか?

 

「あんたたちが……」

 

血液が、沸騰、する。

私が私で無くなって行くあの感覚。自分が『ナニカ』に書き換わってゆく実感。

 

「そうやって人々の営みを壊し……」

 

視界が真っ赤に染まる。

いつの間にか改めてぶどうを生やしていたノイズがそのぶどうからノイズを作ってゆく。しゃらくさい。

 

「誰かを護ろうとする想いを踏みにじると、その誇りを『無かった事』にしようと、そう、言うのなら……ッ!!」

 

ノイズを、殺す。歪んだ決意だと分かっていても、今の私が握りたいと思った物はソレだった。

前から嫌いだったんだ。人は産まれて、祝福されて、そして、何かを遺して死んでいく筈なのに。

それを、ノイズは否定する。お前たちは炭の塊でしか無いのだと、個人を証明する何もかもを消しつくす……!!

 

そんな怒りを叫びに載せて、前へ進む。

邪魔だ、消えろ、私の目の前から居なくなれ……!!

 

怒りに任せて手足を振るう感覚。脳内麻薬をドバドバと放出させるそれに囚われた私には、またもや復活したぶどうノイズの実を避けようなんて気も起きる筈もなく。

 

━━━━視界が、爆発に染まった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

現場に駆け付け、残虐ファイトに走る響を見た時、とてつもなく心が痛んだ。

響だって一人の人間なのだ。好き嫌いもあれば、怒りも悲しみもある。

 

━━━━だが、それに対ノイズという方向と、シンフォギアという方法を与えてしまったのは俺なのだ。

 

二年前に響を護り切れていれば、こんな事にはならなかった。

……意味の無い思考だ。くだらないIF(もしも)を思うだなんて。

時計の砂を逆巻く事など、魔法でも無ければ不可能だ。

だから人は今を諦めないように生き続けるのだ。

 

だから、俺も駆ける。響を、俺の大事な少女を取りこぼさないように。

 

「ったく、なーにやってんだお前は。」

 

レゾナンスギアによって爆風を払い、爆風を背に抱え込みながら姫抱きにした響にデコピンをかましながらそう声を掛ける。

 

「あいたッ!?あれ!?お兄ちゃん!?」

 

「もうちょっとで俺も翼も着くって小父さんも言ってたろうに、無茶しやがって……後でお説教な?」

 

「うぅ……だって……」

 

「……あぁ、分かってる。すぐに終わらせて、未来と一緒に流れ星を見に行こう。」

 

響が怒りに身を任せていた理由は大体わかる。未来と一緒に流れ星を見に行こうと、そう約束していたのだから。

ただでさえ未来に隠し事をするという重荷を背負わせてしまった上に、鍛錬やノイズとの戦い等という非日常に巻き込まれてしまったのだ。

そんな重荷は、到底一人で抱えきれる物では無い。コレに気づけなかったのは俺の失態だ。

 

「……あっ!!お兄ちゃん!!」

 

そんな風に抱きかかえられた響が後ろを指す。恐らくはぶどう型ノイズが逃げ出そうとしているのだろう。

だが、シンフォギアによる位相差障壁の調律が為されている以上、壁をすり抜ける事が出来ないノイズに逃げ道は無い━━━━そんな思考を、爆風が遮る。

俺達を狙った物では無い。そうであればとっくに気づいている。

 

「……という事は、上か!?」

 

「うん!!」

 

「掴まれ響!!このまま上まで上がる!!」

 

手を出されれば分かるから、などと油断していた己を恥じながら後ろを向けば、見事に地下鉄の路線の上に空いた大穴をぶどうノイズがハネ上がって行くところであった。

ならば、この姿勢のまま穴の縁を利用してアメノツムギにて駆け上がる……そんな刹那、夜空を横切る流星が見えた。

 

「流れ星……?」

 

「……いや、心強い援軍の到着だ。跳ぶぞ?」

 

「うん……って、うわわ!?」

 

そうして飛び出した俺達は、しかし予想外のバランスの悪さに危うく響を取り落としてしまう所であった。

人を抱えて飛ぶのがここまで辛いとは。スパ〇ダーマンもそこまでは教えてくれなかった。

 

「ッとォ!!こりゃ要練習だな……土壇場でも一発で出来なきゃ意味がない……」

 

「ビックリしたぁ……」

 

それでもなんとか穴の上……公園に着地出来た俺達は空を見上げる。

そこには、天女が飛んでいた。

 

━━━━蒼ノ一閃

 

アメノハバキリによる一閃が空を駆け、遥か上空からぶどうノイズを断ち斬る。

 

「お見事。」

 

「最後の一匹と油断したか?」

 

「あぁ……アレは今後は優先的に狙うべきだな。厄介な奴だった。」

 

着地してきた翼ちゃんにそう声を掛ける。その通り、最後の一体とはいえ、残しておけば大事になりかねない危険なノイズであった。

今後の戦略としても、あのぶどう型は即座に倒さなければなるまい。と思考を巡らす。

 

「さて……立花さん。ここまでの半月で、貴方の戦う理由は見つかったのかしら?」

 

そう言って、翼ちゃんは響に向き合う。

……二週間前に言っていた事。共に戦えるのかを見極めるという約束。

この二週間の間、響は二足の草鞋に苦労していた。であれば確かに、これからもそれを続けられるのかどうかを聞くのはタイミングとして正しい。

 

「……私にも、護りたい物があるんです。それは、人だったり、約束だったり……お兄ちゃんや翼さんからしたらちっぽけに見えるのかも知れません。けど、私にとっては大事な物で、そんな物を護る為に拳を握りたい……そう、思っていたんです。

 けれど、今日、私はノイズを憎んで拳を握りました。護りたい物の為じゃなく、壊したい物の為に……」

 

━━━━だが、今の響は迷っていた。

無理もない事だ。誰もが迷わず戦えるワケでは無いし、人一倍優しい響がそう簡単に割り切れるワケが無い。

その上での今日の暴走だ。幸いにも今回はデコピンで戻ったが、あの状態が続くようなら、俺は立花響を戦場には立たせられない。

 

翼ちゃんもまた、その迷いを分かっているからだろうか、何も言わない。

 

 

 

「だったら、壊したい物の為に握ればいいじゃねーか。馬鹿馬鹿しい。」

 

 

 

そんな静寂を裂いたのは、第三者の声であった。

 

「なッ!?……ネフシュタンの、鎧……?」

 

『ネフシュタンの鎧、だとォッ!?』

 

通信越しに叫ぶ小父さんの声と、翼ちゃんの驚愕の声が重なる。

 

「ネフシュタンの鎧!?それって、二年前の……」

 

ネフシュタンの鎧。それは『青銅の蛇』を意味する完全聖遺物であり、旧約聖書に記された『復活』の象徴。

二年前のライブ会場にて起動実験が行われ、その中で奪取されたと聞いていたが……

そう思考を巡らせながら見やったそこには、蛇を纏った少女が居た。

白一色のバトルスーツに、まさしく鎧を思わせる肩アーマー、そして、ダラリと伸びた鞭状のパーツ。それはまさしく蛇であった。

 

「へぇ?コイツの出自を知ってんだ。」

 

「……忘れるものか。私の不手際で奪われた聖遺物を。なにより!!私の弱さ故に喪われた命の重さを……忘れる物か!!共鳴、力を貸してくれ!!」

 

「了解した……!!響、お前は下がって居ろ!!」

 

疑念を後に、響を庇いながら翼ちゃんと共に立つ。

 

「そんな!!あの子は人です!!同じ人間なんですよ!?」

 

「戦場で何を馬鹿な事をッ!!」

 

「戦場では、人の尊厳を護り切れぬことがあるの……分かってとは言わないわ。」

 

「ほう……?そっちの能天気よりは分かってるじゃねぇか。戦場に立った以上、殺す殺されは前提だよ、なぁ!!」

 

その咆哮と共に、響と、俺と、そして翼ちゃんを分断するかのように鞭が飛んで来る。

 

「クッ!!響!!」

 

その攻撃から響を庇いながら横っ飛びで避ける。だが、それによって彼女の思惑通りに俺達は分断されてしまう。

戦うのが巧い。翼ちゃんと俺の連携を真っ先に潰した事からそれが窺える。

 

「響、このままここで待っていてくれ。彼女は……強い。今の響では立ち向かえない。」

 

響を説得しながら戦力差を考える。こうしている今も、彼女と翼ちゃんは一見すれば互角の戦いを繰り広げている。

しかし、鞭状のパーツによってアメノハバキリの斬撃を真っ向から受け止める、あの防御力。間違いなく、レゾナンスギアでは有効打が入れられないだろう。

となれば、俺が援護に入り翼ちゃんが有効打を叩き込むしか無い。

 

「ハッ!!中々やるじゃねぇか!!これなら、アタシも天辺まで遠慮なくスパート出来るってワケだ!!」

 

「翼さん!!」

 

「悪いがお前はお呼びじゃねぇんだよ。こいつ等でも相手して、なッ!!」

 

思わずに声を挙げた響と、その傍に居る俺。そんな二人に向けて、鎧の少女はその手に持つ『杖』らしき物体を向けてくる。

 

「何を……ッ!?」

 

そうして、彼女が放った緑色の閃光は俺達の周囲に着弾し……

 

━━━━ノイズを、召喚した。

 

「ノイズが……操られてる……!?」

 

「バカな……そんな、バカなッ!!そんな規格外な聖遺物が、今の今まで一度も世に出る事すら無かったというのか!?」

 

召喚されたのは中型の、まるで水飲み鳥のような形のノイズ。

だが、数が多い!!軽く二十を超えるノイズ、コレを片付けねば、翼ちゃんの援護にすら向かえない!!

 

「響!!俺からあまり離れるな!!」

 

「う、うん……」

 

響を後ろに抱えての防衛戦。

この数を相手に初手に選ぶべきは、何よりも数を減らす為の範囲攻撃であろう。故に放つは円舞曲。

 

「うぇ!?な、なにこれ!?」

 

「響!?しまっ……!?」

 

半分を倒した所でノイズの反撃が来た。

だが、水飲み鳥のようなノイズの攻撃手段は直接攻撃では無かったのだ。

粘性のあるトリモチのような液体による拘束。それこそがこのノイズの目的だった。

 

「ぐっ……拘束だと!?ノイズを使ってまで!?」

 

それは、矛盾だ。

言葉を発さぬノイズの目標は分からない。だが、その行動の目的は明白だ。

 

━━━━即ち、人を否定する事。

 

炭素分解によって生きた証すら否定し尽くす悪魔のような存在。それがノイズ。

だというのに、このノイズは悠長にも拘束を掛けてくる。

ノイズがこの世界に居られる時間は決まっているというのにだ。

 

「あの杖との連携が前提のノイズ……!!であれば、やはりアレは聖遺物……それも、『ノイズを作った存在』の手に依る聖遺物か……!!」

 

「へぇ?随分と頭が回る奴が居るみてぇじゃねぇ、かッ!?」

 

「ハァッ!!」

 

俺の推論に反応した少女の隙を見逃さず、翼ちゃんが仕掛ける。

 

「おっと、悪いなアイドルさんよ。だが、今日のステージじゃあの男もアンタも主役じゃねぇ。主役はアタシで、主賓はアイツだ。」

 

「えっ……?」

 

━━━━今、彼女はなんと言った?

 

「そうか……ならばその主役の座、剣にて奪わせてもらうッ!!」

 

「う、らァァァァ!!」

 

思考が走るよりも先に身体が動く。トリモチで拘束されてはいるが指先は動く。ならばレゾナンスギアを繰るに支障はない。

残る水飲み鳥ノイズを総て蹴散らす。だが、トリモチはノイズ本体とは既に分離している扱いらしく、取れない。であれば一つずつ剥がすしか……!!

 

「おうおう、傍役風情が咆えるじゃねぇか……だったらまずは、こいつ等を捌いてもらおうか!!」

 

翼ちゃんの攻撃をしっかりと捌いた少女は、そう宣言して杖を構える。

そして、連射。

当然現れるは無数のノイズ達。その数はザっと数えても二百は下らない。

そして、ノイズ達は二手に分かれて俺達に襲い掛かる。

 

「ははは!!聞いてるぜ?お前のそのギア、不完全なんだってな!!テメェじゃフォニックゲインも出せねぇ欠陥品!!シンフォギアとの同調の有効距離は大体50m……それを超えれば、アンチノイズプロテクターとしての機能すら効かなくなるってなぁ!!」

 

━━━━やはり、これだけ大量のノイズを召喚した理由はそれか。

翼ちゃんを圧倒する事では無く、響が狙いだというのならば、レゾナンスギアの性能について知らない筈が無いと予想は出来ていた。

トリモチに絡めとられたままの響は戦力にカウント出来ない。その上で、翼ちゃんと俺を分断し、数の圧力で押せば……レゾナンスギアの同調有効距離から押し出す事は容易であろう。

 

「なっ!?」

 

「そんな!?お兄ちゃん!!」

 

「……安心しろ!!お前たちの歌が空に響く限り、俺は死なない!!」

 

勿論ハッタリだ。同調有効距離を超えれば、ノイズの攻撃を受けた瞬間に俺は死ぬ。いいや、もしかするとこのトリモチもノイズだから、その前に死ぬかも知れない。

だが、死ぬ気などさらさら無い。それは、自分だけは死なないなんて全能感では無い。自分だけは生きなければならないという使命感でも無い。

 

━━━━流れ星を共に見ると、約束したのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

トリモチが取れない。

衝撃に強いらしいコレはべっとりと私に張り付いて離れない。拳を握ろうにも、地面にくっつけられた状況でどう握ればいいのかが分からない。

 

━━━━私は、何も出来ないの?

 

心中をよぎるのは最悪な想像。お兄ちゃんが、死ぬ。

ノイズに消されて、この世界に居た証、全部無くして、私の前から消えてしまう。

そんなのはイヤだ!!

 

「そ、そうだ!!アームドギア!!お兄ちゃんを助ける為に力が必要なんだ!!アームドギアがあればそれが出来る!!」

 

━━━━本当に?

 

「出ろ!!出て来い!!アームドギア!!」

 

━━━━お兄ちゃんを助けるためだけなの?

 

そうだ、と叫ぶ心と、憎い、と叫ぶ心が相反する。思えば、悪意を向けられる事は多い人生だったが、殺意を向けられるのを見た事は無かった。

ノイズには殺意なんて無かったし、翼さんが私に剣を向けて来たのも、悪意も敵意も混じっては居なかった。

だからこそあの子に、お兄ちゃんを殺そうとするあの子に、ノイズに向けてしまったような悪意を向けてしまう事が怖くて、私の腕はただただ震えるだけだった。

 

「私……どうすればいいのかわかんないよぉ……」

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「くっ……ッ!!共鳴!!」

 

━━━━千ノ落涙

 

━━━━逆羅刹

 

━━━━蒼ノ一閃

 

対多数を目的とした技をこれでもかと叩き込む。だが、それでも倒した端からノイズが追加されてゆく。ジリ貧という言葉が頭をよぎる。

幸い、拘束されようと共鳴もまた防人の一人。今はまだノイズと戦えている。だが、同時に段々と私との距離を離されている。

同調有効距離はフォニックゲインの発生源の出力にも左右される。50mというのはあくまでも私が本調子の時の話だ。このまま消耗を続ければいずれは……

 

「ハハハッ!!こんなはした役共にも苦戦するのかよ?のぼせあがってたんじゃないか?人気者さんよォ!!」

 

そう挑発を織り交ぜながらも、ネフシュタンを纏う彼女はノイズを発生・指揮させる事を止める事は無い。

油断も、慢心も無い。私達を封殺する為の最善手を取るその状況判断に舌を巻く。

私の距離に入ってくれば討たれる、という事を先ほどの接近戦にて理解しているのだ。

 

「……賭けるしかあるまい、か。」

 

共鳴との合流も、乾坤一擲の一閃も、彼女の持つ杖が操るノイズによって封じられている。

立花を戦力に換算する事は出来ない。彼女が共鳴の側に居る事でレゾナンスギアの出力が保てているのだ。むしろ此方と合流されてしまえば終わりだ。

 

━━━━であれば、どうするか?

 

「……共鳴!!貴方を、信じます。」

 

「翼ちゃん……まさか!?」

 

叫びは合図。皮肉な事だ。

二年前、ネフシュタンの鎧の起動実験であったライブ会場で、共鳴くんに奏を救って貰った。

その時と同じような状況。早々にノイズを殲滅せねば、今度は彼が死ぬ。

であれば、防人である━━━━剣であるこの身が歌う歌など、一つを除いて有り得はしない。

 

アメノハバキリから小刀を展開し、彼女へと投げつける。三本の全てが弾かれるが、『それでよい(・・・・・)』。

 

「ちょせぇ!!お返しだ!!喰らいな!!」

 

━━━━NIRVANA GEDON

 

ネフシュタンの鎧が形成するエネルギーを弾として彼女が放ってくる。これもまた予想通り。

 

━━━━蒼ノ一閃

 

此方も放つ剣撃にてそれを撃ち消す。それは奇しくも最初の一撃と同じ構図。

 

「ハッ!!苦し紛れの遠距離攻撃なんざ無駄さ!!アタシには通じねぇ!!」

 

「いや……コレで準備は整った。月が出ている間に、決着を付けるとしよう。」

 

「何を……なッ!?足が……!?」

 

━━━━影縫い

 

緒川さんから習った忍術で、確か理屈としては催眠導入のような物だという。先ほど放った小刀こそその影縫いの鍵。

それを受けた以上、ネフシュタンの鎧といえどそう易々と身を動かす事は出来まい。

 

そうして私は、剣を地に突き立てる。本来であれば、絶唱はアームドギアを介して放たれる。そして、そこには聖遺物そのものが持つ特性が乗る。

例えば、アメノハバキリであれば……『蛇』への特効、だとか。

ネフシュタンの鎧だけを狙うのであればアームドギアを使うべきだ。だが、私の目的はそれでは無い。第一目標は共鳴くんを死なせずにこの状況を打開する事だ。それには、アームドギアを介して放たれる一撃では範囲が狭すぎる。

ネフシュタン奪還はその後で考えればいい。

 

「なにっ!?……まさか、歌うのか……絶唱を……ッ!!」

 

「翼さん!!」

 

「……立花さん。貴方の握る答え、いつかゆっくりと聞かせてちょうだい。」

 

「あ……あぁ……」

 

「クソッ!!翼ちゃん!!絶対に護る!!だから……ッ!!」

 

共鳴くんの返答が今は心強い。その危険性から実験すら行われた事は無いが、レゾナンスギアが絶唱のバックファイアを低減できることは二年前に実証されている。

だから━━━━

 

 

            ━━━━絶唱・戦場に刃鳴裂き誇る━━━━

 

 

その歌を、歌う。

 

絶唱のエネルギーが全てを呑み込む中、見えるのは吹き飛ぶノイズと、ダメージを負いながら吹き飛ぶネフシュタンの少女、そして━━━━

 

「おおおおおお!!」

 

光の中に飛び込んで来る、共鳴くんの姿。




握る想いは、今だ分からず。
月下に流れるハジマリノウタ。
その音色に、少女は何を見るのか。


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第十六話 曙光のインプローブメント

ネフシュタンの鎧確保の為、現場へと車を走らせる中、助手席にて現場との中継をお願いしている了子くんがつぶやく。

 

「翼ちゃん……歌うつもりなのね、絶唱を……」

 

━━━━絶唱

 

それは、装者への反動をも考えず放たれる……シンフォギアに搭載された『真の歌』だと、了子くんは言う。

 

前提として、聖遺物の欠片は、適合者のアウフヴァッヘン波形によって励起させなければその力を発揮する事は出来ない。

だがそれでも、その前提を満たし、シンフォギアとして起動した聖遺物がもたらすエネルギーはあまりにも膨大であり、

人一人の大きさで発電所にすら匹敵するエネルギーを継続的に生成し、それを物理的・概念的な武装へと変換する。

だがこの際、引き出した出力により大小はあるが反動が発生する。このバックファイアは振動波の形式をした衝撃であり、最悪に到れば装者であろうとも内部から破壊・崩壊せしめるだろう……というのが了子くんの推論だ。

 

それを裏付けるように、二年前のライブ会場において適合係数が著しく低下していた奏くんが絶唱を放った際、そのバックファイアにより彼女の四肢は崩壊し、炭化して消え落ちた……という事例が報告されている。

このバックファイアは適合係数の高さによって軽減できるが、今もってなお完全な除去方法は見つかっていない。

 

━━━━だが、此処に例外が存在する。

 

奏くんが発した絶唱の規模、そして、当時のデータから推測される奏くんの適合係数、それによるバックファイアは本来ならばその程度で済むはずが無かったのだ。と了子くんは結論付けた。

本来ならば奏くんの四肢どころか、彼女の全身を砕き、ガングニールすらも自壊せしめる程のバックファイアが発生する筈だった、と。

ならば、その有り得ない結果を齎したファクターとはなにか?

その答えこそが━━━━

 

「……今の翼の隣には共鳴くんが居る。最悪には至らん筈だ。だが、万が一を考えて置く必要はあるだろう……」

 

アメノツムギ。

それは、天津家が代々受け継いできたという秘宝であり、聖遺物の残骸でありながらも本来の聖遺物としての特性を完全に喪失した『不完全聖遺物』。

だが、本来の特性を喪失しながらもそれでも残っていたフォニックゲインへの共振によって、奏くんが受ける筈だった絶唱のバックファイアを受け流したのだ。

 

……しかし、アメノツムギによる受け流しがあってもなお、絶唱のバックファイアを完全に除去する事は出来ず、共鳴くんも両腕を粉砕するという大怪我を負う事となった。

もちろん、二年前とは違いアメノツムギもレゾナンスギアという安全装置を得ており、当時、実験への影響を抑える為にリンカーの投与を控えていた為に最悪のコンディションといえた奏くんとは違い、翼は元々リンカーを使わずともシンフォギアを纏う事が出来る適合係数の持ち主であり、命に係わる程の重症に到る可能性は間違いなく二年前より低い。

 

━━━━それでも、そんな危険な賭けに出さざるを得なかった自分の無力に、思わず歯を食いしばってしまう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

翼ちゃんが絶唱を口にするのを見た瞬間、考えるよりも先に身体が動いていた。

翼ちゃんがアームドギアを手放している事から、絶唱での狙いは二年前と同じく広範囲殲滅。

であれば、この身を拘束するトリモチめいた粘液はどうせ絶唱の衝撃に耐えられまい。

そして、それは今俺を包囲している百を超えるノイズも同じだ。

 

━━━━故に、取ったのは単純な策。

 

レゾナンスギアの糸を回転させて形成した簡易的なシールドを頼りにした中央突破。

百を超えるノイズに一度に攻撃されれば、幾らフォニックゲインを得てバリアフィールドを形成しているレゾナンスギアとて、出力限界を超えて機能停止する可能性がある。

先ほどまではそれこそが俺の突破を阻む原因だった。

だが、もはやそんな細々した気遣いをしている場合では無い。

 

絶唱のバックファイアが翼ちゃんを焼き尽くす前に彼女の元へと辿り着く為、全速力で地を駆ける。

 

「あああああああッ!!」

 

光、そして衝撃。絶唱がその威を振るう。

絶唱に負けんほどの絶叫を挙げながら吹き飛ぶ、ネフシュタンの少女。

 

だが、そちらに頓着している余裕などもはやなかった。

 

二年前とは異なり、レゾナンスギアを介する事で直接腕に触れているワケでは無い。だというのに、それでもなお腕を持っていかれるかと錯覚する程の莫大なエネルギー。

だが、前回と異なるのはそれだけでは無い。前回のノイズは百には届かぬ程度しか居らず、ただただバックファイアを空へと逃がせば良かった。

だが今は、このエネルギーを逃がさず、使いこなし、今だ周囲を覆う百のノイズを散らさねばならない。

翼ちゃんへと寄っていた百のノイズは出始めの衝撃で消え去った。だから狙わねばならないのは、俺を狙っていた百あまりのノイズ達。

 

「お、おおおおおォォォォ!!」

 

叫びながら、アメノハバキリの震えと同調(シンクロ)する。

この二年。何度悔やんだだろうか。

 

『あの時、俺が絶唱を制御出来ていれば奏さんの四肢は喪われなかったのでは無いか?』

 

これもまた、意味の無いIF(もしも)だ。あの時の俺は、あの時の俺に出来る事を全力でしたし、奏さんのコンディションも最悪だった

だから、誰が悪いワケでも無く、ただ届かなかっただけ(・・・・・・・・)だ。

 

━━━━だが、それが今の俺には許容出来ない。

 

『手の届く総てを救う』。俺の握った新たな理想。

……手の届かない誰かを、初めから決めてしまう、理想。

けれど、だからこそ……

 

「手を届かせると、そう決めた人を……もう二度と……喪って、たまるかァァァァ!!」

 

翼ちゃんが死ぬなんて、到底許容できる筈が無い。

この二年、ずっと共に戦い続けた戦友であり、俺の幼馴染で……

まるで天女のように美しい、彼女。

歌が好きだ、と教えてくれた彼女。

 

「だから……消えろォォォォ!!」

 

絶唱の震えをアメノツムギへと載せ、一閃と振るう。

響が未だ地に転がっている事から狙いは高めに。決して当たらないように。

振り向きざまの一閃によって消え去るノイズ達。

過去最高のキルレートだな。等と思考は逸れながらも、それでも逸らし切れないバックファイアの衝撃。

 

「ぐ、がああああああああ!」

 

一閃してなお、手の内で暴れるエネルギーを握りつぶし、空へと放つ。

腕は無事だ。だが、手の感覚が無い。握りつぶした辺りから痛みも感じなくなってしまった。

超過駆動によって限界を超えた出力を通されたレゾナンスギアは赤熱し、蒸気すら放っている。

 

━━━━けれど、それでも、翼ちゃんは生きている。

 

「翼さん!!お兄ちゃん!!」

 

「翼!!共鳴くん!!無事か!?」

 

「俺は……大丈夫、です……翼ちゃんを、はやく……」

 

「大丈夫。じゃないでしょう……手が炭化しかけてるじゃない……人の肉が焼ける臭いなんて女の子に嗅がせる臭いじゃないわ。ミネラルウォーターだけど我慢してね……」

 

「ガッ!?ぐ、あ、ああああああああ!!」

 

「翼……」

 

「問題は……ごふっ、ありません。共鳴くんを、信じていましたから……」

 

「翼!!」

 

口から血を吐き、倒れ込む翼ちゃんを小父さんが支えるのが視界の端に映る。

だが、それを気にする余裕は俺には無かった。

赤熱する程の熱を持ったレゾナンスギアに焼かれた俺の手に、了子さんがペットボトルの水をかける。

その衝撃に、俺は思わず叫び声をあげていた。

 

「救急搬送二名!!もう用意は出来てるな?」

 

携帯端末にそう叫ぶ小父さんと、ショックを受けた顔で固まる響。

そして、俺の手の状態を看て冷静に処置を行う了子さん。

 

「症状が悪化する前にレゾナンスギアを取るわ。準備はいい?……流石に、中まで焼けてはいないだろうけど……絶対、滅茶苦茶痛いわよ。」

 

「お願い……ッ!!します……」

 

「いち、にの……ッ!!」

 

「がァァァァ!!」

 

やけどの応急処置にはまず冷やす事。そして、装身具を取り外す事が肝要である。意外に手慣れたもので、了子さんのお陰で最悪の事態━━━━指を喪うと言った事は無さそうだ。

気づけば、絶唱で吹き飛ばされていたネフシュタンの少女は既に去り、事態はようやく収束を迎え。

病院へと搬送される俺達の頭上を、流れ星がそっと流れていた。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……翼の容態は……?」

 

「……命に別状はありません。しかし、やはり肺を中心に衝撃を受けた事で内臓にダメージが残っています。仮に今すぐ目覚めたとしても、暫くの間入院するのは避けられません。」

 

「姪を、翼を、よろしくお願いします……」

 

そういって、弦十郎のダンナが深々と頭を下げる。

ここは二課併設の医療施設。絶唱を放って大怪我を負った翼と共鳴は此処へと搬送されていた。

 

「俺達は鎧の行方を追跡する……どんな手掛かりも見落とすな!!」

 

黒服━━━━いわゆる諜報班の皆さんと共に、ダンナは去って行く。そして、残されたのはアタシと、緒川さんと、そして……

 

「あなたが気に病む必要はありませんよ、響さん。」

 

待合所で沈み込む、響だけだった。

そんな響に、緒川さんはコーヒーを奢っていた。アタシはカップの物は危なくて飲めないので今回はパスしておいた。こういう時、首を振るだけで分かってくれる緒川さんは話が早い。

 

「そうだぞ?絶唱を使おうって決めたのは翼自身なんだから。」

 

「緒川さん……奏さん……」

 

響の気持ちは、分かるつもりだ。

今の響とアタシは、とてもよく似ている。

……何も出来ない。という無力感に苛まれている点において。

 

「……二年前、ツヴァイウイングとして翼とコンビを組んでたアタシは、ライブ中に現れたノイズを殲滅する為に絶唱を放った。響の容態は見れば分かる程の最悪で、アタシのコンディションも最悪だったからな。

 あれだけのノイズを一掃するにはそれしか手段は無かった。」

 

「絶唱……あの鎧の女の子も言っていた……」

 

「装者への負荷を厭わず、限界を超えた出力を発揮する、シンフォギアに搭載された最終手段です。

 ……当時の奏さんはある事情から適合係数が高まっておらず、その負荷を受けきる事は出来ない筈でした。」

 

「それって、つまり……今回みたいに……」

 

「あぁ。トモがアタシを救ってくれたってワケだ……アイツ自身は、アタシが手足を喪った事に負い目を感じてるみたいだけどな。

 だから、翼には勝算があったのさ。絶唱を放とうと、死を覚悟しなくとも問題無い。共鳴が助けてくれるってな。」

 

ガングニールの装者として、翼と共に戦っていたからこそ、アタシにはわかる。

あの時、信じていると宣言したのは紛れも無い翼の本音だ。

そして、それはアタシも同じ考えだ。

 

「お兄ちゃんが……助けてくれる……」

 

「あぁ……響も翼も、一人ぼっちで戦ってなんか居ないのさ。司令や緒川さんみたいに、戦えるように皆を動かす人。避難誘導を促すボランティアや一課の皆。

 ……そして、一緒に戦場(いくさば)に立ってくれるトモが居る。」

 

「……響さん。昨日の今日で今はまだ迷うかも知れません。けれど、どうか、奏さんが今言ってくれたことを忘れないでください。

 貴方がどんな結論を出そうと、共鳴くんも僕たちも、貴方の結論を全力で応援するという事を。」

 

……緒川さんが言及したのは、少女が乱入する直前に響が語っていた事。

ノイズを憎んで、力を振るう事の是非について。

だから、アタシはお節介を焼く為に、緒川さんの言葉を聞いてもなお沈んだままの響へと語りかける。

 

「……ちょっとした、昔話なんだけど、さ。アタシも昔、響と似たような悩みを持ってたんだよ。」

 

「えっ……?」

 

「といっても、まぁ。アタシの場合は順序が逆だったんだけど……そもそも、アタシがガングニールを握った理由は、ノイズへの復讐の為だったんだ。」

 

「……そんな……」

 

信じられない。という顔。まぁ、当然だろう。

五年前の事故で家族を喪い、何もかもを喪った当時のアタシを知るのはダンナと翼だけだ。

 

「ん、まぁ理由は省くけど……最初こそ、アタシは憎しみだけでガングニールを振るっていた。けど段々と、歌を歌って、誰かに聞いてもらう事を楽しむようになっていったんだ。

 だからこそ、ツヴァイウイングとして皆に歌を届ける事はアタシにとって一番の楽しみになっていったんだよ。それはガングニールを振るって誰かを護る理由にもなっていった。」

 

「……楽しみ、ですか?」

 

「そう。楽しみ。知ってるか、響?思いっきり歌うとさ、スッゲー気持ちいいんだぜ?

 ……今はまだ、何を握ればいいのかわからないかも知れないけど、いつか響だけの理由が分かる時が来るって、アタシは思うんだ。

 確かに共鳴も翼も使命感で立ち上がれるくらい強い心を持ってるけど、響はあの二人じゃないんだから。あの二人と同じ理由を握らなきゃいけない理由は無いんだ。」

 

「思いっきり歌う……私だけの理由……ありがとうございます、奏さん、緒川さん。私、まだ分からないけど……自分の気持ちに、ちゃんと向き合ってみたいと思います!!」

 

そう言って顔を挙げた響の瞳には、先ほどまでの無力感とはまるで違う輝きを宿していた。

 

「響さんの力になれたのなら、幸いです。」

 

「アタシならいつでも相談受け付けるからさ、迷ったら来てみな?」

 

━━━━どうせ、それくらいしか出来ないのだから。と鎌首をもたげた無力感から目を逸らして、殊更に明るく告げようとした言葉は、彼女にはちゃんと明るく聴こえただろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「やぁやぁ久しぶり。二年ぶりかな?」

 

と、そんな軽い言葉と共に再開したのは、二年前のライブ事故の時に俺の担当だった外科医だった。

 

「……なんで、貴方が……此処に居るんですか……貴方の務めてた病院は別の病院でしょうに……」

 

「ま、引き抜きって奴かな。キミに関わった事もあって、ここの病院の外科方面を任せてもらえるようになったってワケ。」

 

なるほど、二年前にグチャグチャになった俺の腕をなんだかんだと治してくれた医師だ。二課が手を回したのも頷ける。

 

「……それにしても、酷い火傷だね。まぁ、二年前よりはマシだけれどもさ。」

 

彼がそう呟くのも無理はない。指抜きグローブ型のレゾナンスギアの放熱が間に合わなかった事で、俺の手の大半は火傷でグチャグチャになっており、それを覆い隠すように巻かれた包帯は手全体にも及ぶ。

一昔前なら痕が残る事請け合いだっただろうが、これよりも酷かった怪我を見事治したこの医師が治療してくれるというのなら何も問題は無いだろう。

 

「今回はまぁ……装備が良くなってましたので……で、全治まで何週間掛かります?」

 

「本来なら一ヶ月だ。ホントは譲りたくないんだが……最近のノイズの頻発、君はアレを止める為に戦うのだろう?だから、百歩譲って三週間と見積もろう。」

 

「……感謝します。」

 

「……本当に、強くなったねぇ。二年前とは目の強さが違う。」

 

「……色々、ありましたから。」

 

「そっか……」

 

そう言って、暫し落ちる沈黙。色々、に踏み込んでこない辺りは流石に医師なだけはある。

 

「あのー……此方にお兄ちゃんが居ると聞いたんですが……」

 

━━━━そんな空気を裂いたのは、入室してきた響の声だった。

 

「あぁ、俺は此処に居るぞ。どうした?」

 

「あ、えーっと、診察中でした?」

 

「いやいや、もう診察は終わった所さ。それに、ボクも機密については問題無い。気にしなくていいよ。」

 

そう言って、彼はカルテを見る作業に入ってしまう。

……要するに、居ない者として扱えと。

 

「……それで、どうしたんだ?」

 

「あ、うん……流れ星、一緒に見れなかった事。未来にどうやって謝ろうかと思って……」

 

「……そうだな。俺の怪我の事も言わなきゃならないし……じゃあ携帯を使えるとこまで行こうか。俺が伝えるよ……代わりに、通話中は携帯持ってて欲しいけど。」

 

「ぷっ、わかった。じゃあ先に行ってるね?」

 

「あぁ。」

 

そう言って、響は先に診察室を出て行く。

 

「……変わったね。」

 

「何がです?」

 

「いや、二年前のキミは笑う余裕も感じられなかったけど、今のキミは笑って居られる余裕が出て来た。いい事だと思うよ?じゃあ、患部は出来るだけ冷やすようにして、お大事に。」

 

「はい……ありがとうございました。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━結局、響とお兄ちゃんからの連絡が無いまま一夜が明けた。

 

なにか、あったのだろうか。心配を抱えながらも、私は録画しておいた流れ星の動画を見る。

なにかをしていなければ不安に押しつぶされそうで。

そんな中、ディスプレイに映った着信にホッと一息をついて応じる

 

「もしもし、響?」

 

『未来!!約束護れなくてごめん!!』

 

「ううん……響が無事でよかった。」

 

『……それで、なんだけどね。お兄ちゃんから、伝えないといけない事があって……今、代わるね?』

 

「えっ?う、うん。」

 

なんだろうか。わざわざ前置きする以上、いい知らせとは思えないが……

 

『もしもし、未来?』

 

「お兄ちゃん……無事でよかった。それで、伝えないといけない事って?」

 

『あぁ……すまん、とちった。怪我しちまってな……それに、コレはオフレコでお願いしたいんだが……翼ちゃんも過労で倒れて……だから、流れ星を見に行けなかった理由は全部俺にある。』

 

告げられた言葉に、息が止まりそうになる。

 

「怪我って……それに過労で倒れたって、どうしたの!?大丈夫なの!?」

 

『あー、俺も翼ちゃんも、命に別状は無い。翼ちゃんの方は、スケジュールが過密過ぎただけだから、大丈夫。ちょっと休めばすぐに良くなる。

 ……俺の方はなんといいますか……避難誘導の際に爆発がありまして、そのぉ……爆風で熱された扉を触ってしまいまして……』

 

……本当に、命を掛けているのだな。と実感する。

爆発なんて、日常の中では殆ど目にする事は無い。

だというのに、お兄ちゃんは爆発自体は当たり前のように話している。

まるで、お兄ちゃんがどこか遠くに行ってしまったようで寂しい。けれどそれ以上に━━━━

 

「よかった……本当に、お兄ちゃんも、響も、翼さんも皆、無事でよかった……」

 

『……心配かけて、ごめんな。』

 

「……うん。心配した。だけど、帰って来てくれたから大丈夫。」

 

『……ありがとう、未来。響は今から寮に向かわせるから、すまないけど、今日も世話を頼む。』

 

『えっ!?ちょ、お兄ちゃん!?それだとまるで私がいっつも未来から世話を焼かれてるように聞こえるんだけど!?』

 

『……事実では?』

 

『ふえーん!!助けて未来ー!!お兄ちゃんがいじめるー!!』

 

そんな風に、コントみたいに掛け合いを始めた二人に、日常を感じて思わず笑みがこぼれる。

 

「確かに事実だけど、私はそんな響の世話を焼くのが好きなの。だから、早く帰って来てね?」

 

『……うん。それじゃ、今から向かうから。』

 

「うん、待ってる。」

 

そう言って、通話を切る。

 

「……さて!!じゃあ、お腹空いてるだろうし、響の為に朝ご飯を作ってまってますか!!」

 

気合いを入れ直して立ち上がる。

今日も、いつも通りの日常が始まるのだ━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……気になるのは、ネフシュタンの鎧を纏った少女の狙いが響くん個人であった事だ。」

 

響を送り出してから集合した二課本部の司令室での緊急のデブリーフィングにて、そう切り出したのは小父さんだった。

 

「そうねぇ。その理由がわからないのよね。」

 

「シンフォギアよりも遥かに先を行くはずの完全聖遺物に、ノイズを従える謎の聖遺物……あれだけの戦力を持ちながら、何故いまさら響個人を?」

 

「五里霧中……って奴かしら?」

 

「……いや、霧中であろうと一つだけ、確かな標はある。彼女は、響くん個人を特定していたばかりか、レゾナンスギアの詳細なスペックにも言及してみせた。」

 

小父さんが示したのは、鎧の少女が俺を同調限界距離の外に追いやって殺そうとした事。

『聞いている』と言っていた以上、今までの戦闘から推測したワケでは無さそうだった以上━━━━

 

「それってつまり……」

 

「内通者……それも、機密にアクセス出来る立場の人物の関与の疑いがある。って事ですか……」

 

「どうしてこんなことに……」

 

「本来なら身内を疑うなんて真似はしたくないんだがな……了子くん、鳴弥くん。研究班の方で最近、怪しい動きが見られる人物などは居るか?」

 

母さんと櫻井女史にそう問う小父さんの顔は険しかった。

 

「んー……上から指揮する分には、居ないわねぇ。鳴弥ちゃんの方は?」

 

「……いえ。同僚として信頼出来る人ばかりですので、思い当たる節はありません。」

 

「そうか……あとは、米国の動きだが……」

 

「依然として、出所不明のハッキングの痕跡は増え続けています。ですが、逆探知の方も同じく……」

 

そう言って藤尭さんは項垂れる。情報処理は彼の本職だ。プログラミング・ハッキングにも精通する彼からすれば忸怩たる思いだろう。

 

「藤尭さんでも返せないとなると、マシンスペックの問題ですか?」

 

「いや、それ以前の話だ。逆探知してもその場所にはもはや怪しい物は無い……アクセス地点が刻一刻と地球上を移動しているんだ。勿論、それらは米国に好意的な国家だったり、米国内部だったりするんだが……」

 

「……それだけで米国の関与を糾弾するには弱い、と。」

 

「あぁ。実に……金のかかった計画だ。逆に言えば、それだけ怪しいって事なんだけどね。」

 

「……米国があの杖を保持していたというのなら、二年前に共鳴くんを狙った理由にも一応の説明が着く。あの杖によるノイズの召喚、そしてそれによるライブ会場の混乱の最中にネフシュタンの鎧を奪取。

 共鳴くんに手を出したのは欲をかいたからかも知れんが……」

 

確かに、小父さんの推理が当たっているなら、二年前の事件にも一応の筋は通る。

だが、なにか違和感があるような気がして、頭の隅にそれが引っかかる。

 

「ただ問題は、この後どうするかよねぇ……」

 

「……まずは、共鳴くんには治療に専念してもらう。レゾナンスギアも半壊している以上、戦場に立つのは危険が伴う。それは到底許可出来ん。」

 

「それは……はい。わかりました。」

 

当然だ。レゾナンスギアが無ければ、アメノツムギ単品ではアンチノイズプロテクターとしての性能すら発揮出来ない。ネフシュタンの少女が言うとおり、欠陥品なのは事実なのだ。

 

「それに関してなんだけどぉ……折角だから、改造もしちゃわない?」

 

『改造?』

 

櫻井女史の発言に、思わずして皆の声が揃う。

 

「そう。今回、絶唱と同調した事で詳細なデータが取れたのだけれど……このままの形態・形状だと、絶唱クラスのエネルギーと同調した場合、それを放出する放射部の面積が足りないの。

 シンフォギアと違ってレゾナンスギアは殆どが現行技術の産物だから、物理法則を無視できない以上どうしてもね……」

 

「なるほど、確かに出力に対して小型化が過ぎてましたもんね……となると、グローブ式から面積を増やして、ガントレット式に拡張を?」

 

「んー……それもいいんだけど、それだとやっぱり腕が火傷するリスクは変わらないままだから、ここはいっそ発想を転換しちゃうってのはどうかしら?」

 

「発想を……転換する?」

 

櫻井女史の頭の中には完成図があるようだが、イマイチ全体像が見えてこない。

 

「えぇ!!アメノツムギが、元々はアメノハゴロモだった……って言うの、少し前に聴いたでしょう?そこから着想を得てプランニングしたのが~此方!!」

 

そう言って、モニターに資料映像を流す櫻井女史。

そこに映しだされていたのは、ガントレット型のギアと、ベルト、そして、謎の布のような物。

 

「コレは一体……?」

 

「えぇ。フォニックゲインによって物理的に生成されるレゾナンスギアの疑似アームドギア……共鳴くんが増やして振り回してるアレの事ね。

 その糸をレゾナンスギアの起動時に自動的に編み込む事で、マフラー型の放熱部を作り上げちゃおう!!って改造計画よ。

 それに伴って、マフラーを巻く事になる首までの距離を出来るだけ短くする為にグローブ型からガントレット型に拡張。

 で、そこまで大型化するとなると、常時この形のままだと装着に手間がかかるようになってしまっていざ実戦って時に即時対応が出来なくて困るでしょう?

 それを解決する為に、今までのようにアメノツムギ本体をはめ込むタイプのギアでは無く、シンフォギアのロックシステムを応用して起動時に変形、装着を行えるタイプにしたのよ!!

 ……ここまで、OK?」

 

よくぞ聞いてくれた。といわんばかりの櫻井女史の怒涛の解説に、母さん以外の誰もが付いていけていなかった。

 

「要するに、機能拡張と放熱機能の向上の代わりに大型化が進んでしまうから、起動時と待機時の2形態を用意する事でそれに対応する。という事ね。」

 

事前に教えられていたらしく、唯一話についていけていた母さんによるかみ砕いた説明によってようやく理解出来た。

つまり━━━━

 

「……なるほど、変身ベルトみたいなもんですか。」

 

「え?……あぁ、なんだっけ。子供向け番組の変身アイテムだっけ?確かに似てるかもしれないわねぇ。シンフォギアと違って質量をある程度確保しないといけないからどうしても待機形態でも大型化しちゃうからベルト式にしただけなんだけれど……

 ……それはそうと共鳴くん、そういうの好きなの?ちょっと意外だわ。」

 

「子供向けと思われがちですけど、基本的にドラマ部分は骨太なので大人が見ても面白いですよ?

 ……ところで、ここまで大規模に疑似アームドギアを作り出すとなると、シンフォギアと共振するだけではフォニックゲインが足りないのでは?」

 

「そこに関しても織り込み済み。そもそも、レゾナンスギアの当初の出力は二年前の翼ちゃんのデータを基に作っていた物だから、それから成長してフォニックゲインの質も上がった今の翼ちゃんとの共振なら問題無くエネルギーを賄えるはずよ。」

 

「翼ちゃんとなら……となると、響とでは難しいですか?」

 

「……えぇ。胸のガングニールと二年も体内で一緒によろしくやってたからか、響ちゃんの適合係数は過去の装者の中でも最速のペースで上昇しているわ。けれど、今はまだ翼ちゃんに届かない物。

 だから、レゾナンスギアの改修後の運用は、翼ちゃんの復帰時期と響ちゃんの成長速度次第で臨機応変に……って所かしらね?一応、マフラー部分無しでの運用なら理論上は今の響ちゃんでも可能な筈だから起動自体は問題ないのだけれど……」

 

「そうですか……」

 

その言葉に、少しホッとしてしまった自分が居た。

響は戦う為に拳を握って、今はもはや二課唯一の戦力と化したというのに、響では力不足であると言われて喜ぶなどというのはまだまだ響が戦う事を割り切れていない証左であろう。

 

「ふむ……では、今までの性能も引き続き発揮できる、と見ていいのか?それならば是非お願いしたい所だが……」

 

「俺も賛成です。絶唱を制御できる方法があれば、絶唱そのものを戦略に組み込む事が可能になる。コレは間違いなく最高クラスのアドバンテージです。櫻井女史、いえ。了子さん。よろしくお願いします。」

 

そうして黙り込んだ俺を見て、話の切り所と見てまとめに入った小父さんの言葉に繋げて俺の意見を述べる。

……呼び方を変えたのはまぁ、ケジメみたいな物だ。

 

「ふっふっふ、ノアの箱舟に乗った気分でお任せなさいな!!」

 

「安心できる筈なんだけど微妙に安心できない気分!?」

 

━━━━こうして、俺の相棒であるレゾナンスギアは改良される運びとなったのだ。

未だ持って全容も、黒幕も、その何もかもが分からない霧のようなこの事件を切り裂く曙光の光となる為に。




羽ばたく翼と共に鳴り響き渡る為、少女は強く拳を握る。
師と慕う漢に頼み込むのは、力では無く技を請う事。
力を恐れるのならば、技にてそれを制さねば。


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第十七話 修練のブルース

「……まさか、翼まで入院しちゃうだなんてなぁ。」

 

ベッドに横たわり、未だ目を覚まさぬ翼に寄り添いながら、アタシは独り()ちる。

アタシの場合は正確には休眠であって入院では無かったらしいが、まぁ似たような物だ。

今も尚、アタシの周りで翼の容態を診察する看護師の皆さんが動いている中、その邪魔にならないようにしながらもぼんやりと考える。

 

眠り姫(スリーピングビューティー)にて休眠している間も、アタシは夢を見続けた。

だから、きっと翼も夢を見ているのだろうが、それはどんな夢なのだろうか。

 

それはたとえば、防人としての責務?

それとも、アタシとの何気ない日常?

もしかしたら……共鳴との幸せな時間?

 

なんにしろ、それが翼にとっての悪夢で無い事を、ただ願う。

 

「醒めない悪夢は、つらいもんなぁ……」

 

アタシの悪夢は、今も醒めていない。

あの時、アタシは死を覚悟して望んで地獄に堕ちる為に歌を歌った。そこに後悔は無い。

けれど、生き延びた嬉しさと同居するのは、何も出来なくなった無力感だ。

 

━━━━この身体では、ツヴァイウイングとして歌を届ける事は出来ない。

 

思わず、胸に下がるガングニールのペンダントを見つめる。

何故、ガングニールが応えてくれないのか。

きっと、今までのアタシが燃え尽きたからだろう。そうおぼろげには分かっているけれど、ではどうすればいいのか?

 

「ねぇ、一人にしないで……」

 

思わずに呟いた、かつて胸に灯っていた歌の一節。

そんなアタシの届かぬ声は、誰に聴かれる事も無く、喧騒へと解けていった。

一人にしないでと、そう懇願する相手を思い浮かべぬようにしながら。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

リディアンの屋上で一人、考える。

奏さんから受け継いだ物、翼さんから託された事。

 

翼さんは言っていた。

『貴方の握る答え、いつかゆっくりと聞かせてちょうだい』と。

 

私の握る答え。それは間違いなくコレだと断言できる物がある。

『護りたい』のだ。未来との日常を、お兄ちゃんとの日々を。

けれど、このままでいいのだろうか?

護りたいという想いで握った筈の拳は、あっけなくノイズへの怒りへと変わってしまった。

 

━━━━変わってしまうというのはつまり、私の想いが弱くて脆いからなのだろうか?

 

「私……間違ってるのかなぁ。」

 

わからない。私の想いが正しいのかが。

この想いを、このまま貫いていいのだろうか?

悲しみを見たくないし、目を逸らしたくない。

 

けれど、鎧を纏ったあの子が言っていた言葉━━━━否定する為に拳を握る事。それを否定したいのに、否定しようとする言葉が紡げない。

 

「響?」

 

そんな風に思考が行き詰まる中で、声を掛けてくれたのは未来だった。

 

「あ……未来。どうしたの?」

 

「ん……響が最近、一人で居る事が増えたから、気になって。」

 

「そう、かな?そうでもないよ。私、一人じゃなんにも出来ないし……

 ホラ、この学校に入ったのもお兄ちゃんのお陰だし。家族のみんなにも迷惑掛からないかなぁって……」

 

そういって言い訳する私の手を、未来は隣に座って、何も言わずに握ってくれた。

 

「あ……やっぱり、未来には隠し事、出来ないね。うん……ボランティアの事。ちょっと考えてて。」

 

「……それは、お兄ちゃんが怪我した事?それとも……」

 

「ううん。お兄ちゃんは凄いんだ。決意をしっかりと握りしめてて。迷いなんて無いみたいに真っ直ぐで……

 私が悩んでるのは、私自身の事。だから、コレは私が答えを出さないといけない事なの。ごめんね……」

 

「……わかった。」

 

そう答えて、未来は立ち上がる。

 

「ありがとう、未来……」

 

「……あのね?響。どんなに悩んで、考えて、出した答えで一歩前進したとしても、響は響のままで居てね?」

 

「私の……まま?」

 

未来が告げて来た言葉に、思わず呆けてしまう。

 

「そう。変わってしまうんじゃなくて、響は響のまま成長するんだったら、私も、きっとお兄ちゃんも、それを応援する。

 ……だって、響の代わりなんて世界のどこにも居ないんだもの。居なくなってほしくないな。」

 

その言葉は、緒川さんや奏さんが伝えようとしてくれた言葉ときっと同じだと直観する。

 

「私、私のままでいいのかな……?」

 

けれど、私の口からこぼれたのはあの時の返答と違い、思わず出てしまった弱音。

 

「響は響のままじゃなきゃイヤだよ。」

 

そんな弱音にも、未来はしっかりと答えてくれる。

私は、私のままに━━━━

 

学校の隣に立つ病院を見やる。奏さんと、翼さんが居る場所。

きっと、私は私の答えを見つけます。だから、ちょっと待っててください。

そんな誓いを、そっと心の中で立てて、私は未来へと振り返る。

 

「ありがとう、未来。私、私のまま進んでいける気がする!!」

 

「ふふっ、なら良かった。

 ……そうだ、こと座流星群を動画で撮っておいたんだけど、見る?」

 

「えっ!?みるみる!!

 って……うーん?何も、見えないんだけど……?」

 

未来のスマホで見せてもらったその動画には、夜空が浮かぶばかりで、流れ星らしき物は見えなかった。

はて、未来が嘘を吐くとは思えないのだが……?

 

「うん……スマホだと光量不足みたいで……」

 

「ダメじゃん!!ぷっ……あはははは!!」

 

「ふふふっ」

 

なんでもない、そんな映像がとてもおかしくて、未来と二人で涙が出る程に笑いあう。

 

「おっかしいなぁ、もう……涙が止まらないよ。未来、今度こそはお兄ちゃんと三人で流れ星を見よう?」

 

「約束。次こそは護ってね?」

 

「うん!!」

 

 

 

未来と喋って、おぼろげにだけど、私のやりたい事が見つかった気がする。

確かに、ノイズは嫌いだ。コレは譲れないし、だからこそノイズ被害を出来るだけ減らしたい。

その怒りを拳と握れば、あの時のように私じゃない私が力を振るってくれるだろう。

 

━━━━けれど、私は私だ。立花響だ。

 

今の私じゃ足りない。けれど、私じゃなくなってもいけない。

私は私のまま、護りたい物をもっと護れるように強くなりたい!!

 

 

「たのもぉー!!」

 

その足で乗り込んだのは、風鳴のお屋敷。今までは特訓の際に訪れるだけだったが、今日この時からは違う。

 

「うおっ!?響くん!?どうしたんだねいったい……まるで道場破りみたいな声を出して。」

 

「師匠!!私に、戦い方を教えてください!!」

 

「……それは、キミ自身の答えかい?」

 

そう言って、私の意思を確認してくれる師匠は、やっぱりいい人だ。

二課の皆はとってもいい人ばかりで……だから。

 

「はい!!護る為に……私が護りたい物を護る為に、この拳を握りたいんです!!」

 

「……そうか。ならば、これからは今までの筋力トレーニングに加えて、拳法も教えるとしよう!!

 俺のやり方は厳しいぞ?」

 

「もちろん、望むところです!!」

 

━━━━こうして、私の特訓と訓練の日々が幕を上げたのだ。

 

 

ある時は功夫を積み、

 

「ホアチャー!!」

 

「違う!!もっと腹の底から、身体全体を揺らすように叫べ!!」

 

「ホォアチャァッ!!」

 

 

ある時は勁を徹し、

 

「勁を徹す感覚を身体に染みつけろ!!勁は摩訶不思議な力じゃない!!身体の中を通して発揮される『力の流れ』だ!!それを使いこなせなければ拳の威力はただ突き出した勢い任せでしかない!!」

 

「はいッ!!」

 

 

ある時は気の流れを読み、

 

「……マスターズ通信空手?師匠、なんですかコレ?」

 

「友人がくれた宝物……と言った所かな。ふっふっふ……コレを使えば、響くんもシェンロンの意を学ぶ事が出来るだろう……」

 

「しぇ、シェンロン!?なんて強そうな……!!」

 

 

ある時は思いっきり遊び、

 

「━━━━この闇を超えてェェェェ!!」

 

「最近の立花さん、力強くてとてもナイスですわ!!」

 

 

ある時は思いっきり食べ、

 

「おやおや、随分と食べてくれる子だねぇ……よーし、おばちゃん特製の大盛お好み焼きを出しちゃうよ!!」

 

「おばちゃーん、今やって……アレ?響達も来てたのか。」

 

「あ、お兄ちゃん。うん、皆で遊びに来た帰り。お兄ちゃんも今ご飯?」

 

「あー、箸が持ちづらいからさ。こういう固定しやすい物多めにしてんの。親戚だから割引効くし。」

 

「おやおや?トモちゃんてば、おばちゃんが見ない間にいつの間にか妹が増えたのかい?御本家の集まりじゃ見た事が無い子だけども……」

 

「前に話したでしょ?幼馴染の響と、未来。……この様子だと今後も入り浸りそうだから。ま、コンゴトモヨロシク。」

 

「はいはい。んじゃトモちゃんはいつも通りの大盛ね。ちゃんと代金払っていくんだよ?」

 

「お兄ちゃんってホント顔が広いよね……」

 

「はぐはぐ……美味しい!!」

 

「あーほら、青のりついてるぞ……ほら取れた。」

 

 

━━━━そして、二週間近くの時が経った。

 

 

「そうじゃない!!稲妻(いなづま)を喰らい、雷土(いかづち)を握りつぶすように打つんだ!!」

 

「言ってること、全然わかりません!!……でも、やってみます!!」

 

今まで師匠から教わった事を一つ一つ繋げていく。腰を低く下げて、踏み込みの力━━━━勁を身体の中を徹して拳へと伝える。

狙うのはただ一つ、『一撃必殺』の拳━━━━!!

 

「はァッ!!」

 

狙いすました拳がサンドバッグを吹き飛ばし、池の水を跳ねあがらせる。

 

「やった!!」

 

「ふっ……そろそろ、コッチもスイッチを入れないといけないか。」

 

それでも、やはり師匠の背は遠い。

技を習うようになって今までよりもずっとはっきり見えるようになった。

 

「……師匠は、すっごく強いですよね。」

 

「ん?あぁ、俺なりのやり方とはいえ鍛えてるからな。」

 

「……そこまでして、師匠が護りたい物がなんなのか。っていうのは、聴いてもいい事ですか?」

 

「護りたい物……か。それは当然、人の命だ。機密自体は割かしどうでもいい……というと流石に語弊があるが、俺の理念としては当然、機密保持よりも人命保護が優先される。

 その為に拳を握る意気地。それが俺の強さを支える物……と、言えるだろうな。」

 

「人の命……」

 

「あぁ。人は、可能性だ。生きている限り人はその輝きを発揮する事が出来る。と、俺は思っている。だから、喪われていい命など存在しないと信じているし、たとえ悪党であろうと和解か……或いは、妥協できるラインは存在するとも信じている。」

 

「……私、師匠が強い理由がちょっとわかった気がします。」

 

━━━━この人は、握った想いを貫くヒトだ。

折れず、曲がらず、真っ直ぐに。

まるで一本の槍のように貫き通す。

だから、強い。

 

「そうか。それなら良かった……響くんも、握った想いがあるのなら、それを貫くと良い。俺達二課はそれを全力を以てバックアップすると誓おう。」

 

「……はい!!」

 

私は、ううん。私達は人の縁に恵まれている。

そんなことを実感した私なのだった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、巨大な屋敷であった。

 

人工の池と、人工の崖。

かつての明治・大正期に、人すら避けての避暑地として建てられたこの西洋かぶれの別荘は、今や没落によりその所有者を喪い、海外の資産家が新たに買い直したのだという。

 

━━━━まぁ、要するにその資産家とは私の事なのだが。

 

『我々が譲渡したソロモンの杖(・・・・・)の起動実験はどうなっている?』

 

ふと、そんな横道に逸れていた思考を戻し、面倒な電話の相手へと言葉を返す。

 

『報告の通り、完全聖遺物の起動にはそれ相応のフォニックゲインが必要になってくるの。貴方たちも六年前の天の落とし子(・・・・・・)で学んだはずでしょう?そう簡単にはいかないわ。』

 

手慰みにノイズを召喚し、また戻す。

電話の相手へのうっぷん晴らしでしかないが、私の能力の限界を思えば割かし面白いものだ。

 

『くっ……いいだろう。ブラックアート……喪われた先史文明の技術において貴様の右に出る者は居ない。それは認めよう。だが……』

 

『えぇ。私達の関係はあくまでもギブ&テイク……私は聖遺物を起動して貴方たちに渡す。私はその起動実験のデータと、研究に必要な物を貰う。対等な立場なのだもの。

 ━━━━だからこそ、今日の鴨撃ち(・・・)も首尾よく頼むわね?』

 

『ふん……あくまでも対等と。そういうのならば、対等な報酬を要求したいものだ。』

 

『えぇ、もちろん理解しているわ。対等の立場の契約であれば裏切る必要もないもの。』

 

そういって電話を切る。

当然、電話の相手━━━━米国の聖遺物研究機関へ告げた言葉は嘘である。

最終的に勝つのは私だ。ならば、米国が倉庫に仕舞っているだけの聖遺物を貰った所で何の不都合もあるまい。

 

「粗野で下劣……産まれた国の品格そのままで辟易する。

 そんな男に、既に杖が起動している事を教える必要なんて無いわよね?クリス。」

 

そう言って、私はネフシュタンの浸食除去を続けているクリスの基へと向かう。

なんとまぁ、絶唱に阻まれるばかりか、浸食除去に二週間も掛けてしまうだなんて!!

 

「苦しい?可哀想なクリス……あなたがぐずぐずとするからこうなるのよ?おびき出された彼女をここまで連れてくるだけでよかったのに……

 手間取って空手で戻ってくるばかりか、レゾナンスギアの事にまで言及してしまうだなんて……」

 

本当に、使えない駒だ……

レゾナンスギアの詳細な性能にまで言及してしまった事で、二課内部に内通者が居る事まで悟られてしまった。

それでも、立花響の略取にさえ成功すればよかったというのに、あの忌々しい男に阻まれて風鳴翼の排除も不完全になる始末。

 

「これで……いいんだよな……?」

 

「なぁに?」

 

「あたしの望みをかなえるためには……お前に、従っていればいいんだよな……?」

 

あぁ、本当に。使えない駒だ。

駒風情が口答えするなんて。

 

「そうよ。だからあなたは私の総てを受け入れなさい。

 ……でないと、嫌いになっちゃうわよ?」

 

━━━━ネフシュタンの鎧は、所有者を浸食する。

その浸食を除去する為に、クリスへと電流を流す。

ネフシュタンに浸食されきったモノがどうなるのかは……まぁ、起動前のネフシュタンの鎧を見れば分かる。

コイツ(・・・)はそれによって脱皮による新生と、冬眠による永続を象徴しているのだ。

圧倒的な強度と無限再生という、永劫を生きるに相応しい最強の鎧であるネフシュタンの、唯一の欠点がソレだ。

立花響を狙う理由も、その全ては融合症例(・・・・)という特異点によってこのじゃじゃ馬を御す為にある。

 

カ・ディンギル(・・・・・・・)の砲塔こそ完成したものの、それを発射する為に必要不可欠な強大なエネルギー源は未だ確保出来ていない。

今日の鴨撃ちの結果、最終的に得られるだろうデュランダルさえあれば、後はそれをクリスのフォニックゲインで以て時間を掛けて起動し、カ・ディンギルへと舞い戻るだけでいいのだが……

 

「ああああああああ!!」

 

「可愛いわよ、クリス……私だけが貴方を愛してあげられる……」

 

電流を一時止め、クリスへと『たった一つの冴えたやり方』を刷り込んでゆく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「覚えておいてね、クリス……痛みだけが人の心を繋いで絆と結ぶ……この残酷な世界の真実だという事を……大丈夫よ。私はあなたの穢れ(・・・・・)さえ受け入れるもの……」

 

私が掛ける言葉に、クリスが身構えるのが分かる。それはそうであろう。彼女の心の傷を的確に抉る言葉を選んで掛けているのだから。

私にとっては小娘が初物であるかどうかなどどうでもいいし、診断の結果では厄介な病気をもらっても居なかったので気にしては居ないが……この国の、いや、一般的な倫理観に照らし合わせればそうそう受け入れられる物では無いだろう。

 

「さ、一緒に食事にしましょうね?」

 

「……うん。」

 

一緒の食事という飴に簡単に釣られて笑うクリスが愛おしくて、ついまたも電流を流してしまう。

 

「ああああああああ!!」

 

電流を流し、クリスの悲鳴を楽しむ中で考えるのは、あの忌々しい天津という男についてである。

 

━━━━よりにもよって、あの臆病者共(・・・・)の子孫が、この私の計画を邪魔しようと言うのか。

 

皮肉だとすればあまりにも趣味が悪い。奴等が今もなお腐った性根のまま無様にも遺跡(・・)にて生き延びて居るのかは分からないが、まぁカ・ディンギルが起動しさえすればどうでも良くなる事だ。

それに、今はレゾナンスギアの改修と手の怪我であの男は動けない。ならば、デュランダルと共に立花響を奪ってしまえば……ふふふ、その時にはあの男はどれほど絶望するだろうか?

 

あぁ、今からそれが楽しみだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁー……朝からハードだったよ……」

 

「はっはっは、頼んだぞ、未来のチャンピオン!!」

 

朝のトレーニングを終え、司令室に戻ってきた響と小父さんは、そう言ってゆったりと休んでいた。

 

「はい、ご苦労様。」

 

「おほー!!すいません!!」

 

そんな響に、友里さんがスポーツドリンクを渡していた。ちゃんといい感じの温度らしい。中々凄い技量だ……と思わず感心する。

 

「んぐ、んぐ……ぷはっ……

 あのー、自分でやると決めたのにこんなことを言うと申し訳ないんですけど、何もうら若き少年少女に頼らなくても、ノイズを倒せる兵器というのは無いんですか?外国とか……」

 

「公式には、無いな。日本だって、シンフォギアシステムに関しては最高機密扱いで完全非公開だ。」

 

「……勿論、俺の使うアメノツムギみたいに、起動した聖遺物であればノイズを攻撃する事は可能だ。だが、聖遺物以外の場所で触れた瞬間……そんなわけであまりにも荒唐無稽だからな。真面目にノイズ対策に聖遺物を使ってるところなんざ此処くらいだろうさ。」

 

「なるほど……って、私そういうの気にしないでバカスカやっちゃった気が……」

 

「そういう場合の後片付け……情報封鎖も、私達二課の仕事だから。安心……とはいかないまでも、立花さんが深く気にする必要は無いわ。」

 

友里さんのその言葉にうんうんと頷く俺と小父さん。

人の命が護れるならまぁ、金なんて割かしどうでもいいのだ。

 

「……けど、そうやって無理を通して来た部分があって、今じゃ上層部━━━━閣僚や省庁からは嫌われまくってるからね。

 影じゃ『特異災害対策機動部二課』を縮めて『特機部二(とっきぶつ)』なんて呼び方までされてる始末……」

 

「情報封鎖は政府上層部の方針だっていうのに……ホント、やりきれない。」

 

「……まぁ、仕方ない部分はあるでしょうね。対ノイズ戦力として鉄壁の防御力を誇るシンフォギアですが、それ以上に問題なのは『装者さえ居れば半永久的にエネルギーを生成できる』という性質です。

 ……しかも、最近じゃ了子さんがフォニックゲインの電力変換なんて言う戦争が起こりかねない超技術を発明しちゃいましたし……エネルギー問題が叫ばれる昨今の時代にシンフォギアの存在をつまびらかにするのは、外交的にあまりにも危険かと。」

 

「……だろうね。我が国は資源に乏しい。海底資源の掘削で多少は持ち直しているけれど、そもそもの話、前大戦において我が国が米国に喧嘩を売るハメになった理由の一つにブロック経済による輸入の停止━━━━いわゆるABCD包囲網が関わっている。というのも有名な話だ。

 今でも、経済制裁による輸入停止なんて事になったら日本は立ち行かなくなってしまうだろう。」

 

どこの国に持ち込んでも危険な匂いしかしない超技術。それがシンフォギアなのだ。

無限なんて、人類にはまだ早すぎる。

 

「だからこそ米国やEU、そして中国は強固に圧力を掛けてくるワケね……シンフォギアシステム自体、既存の技術系譜から外れた、まさしく異端の技術だから……」

 

「シンフォギアシステムさえ手に入れれば、世界の覇権へと駒を進める……なんて事も夢幻では無いですからね……シンフォギアシステム唯一の欠点を突ける反応兵器を山ほど保有してるらしい米国が躍起になるのも頷けます。」

 

「シンフォギアの欠点?なんなのそれ?」

 

「簡単だよ、響。装者は歌によってフォニックゲインを生成する。つまり『フォニックゲインを形成出来なくなればシンフォギアは纏えない』んだ。つまり、ギアを纏ったまま食事や水分補給をする事はほぼ不可能であり……土壌そのものを汚染する反応兵器によって所属する国家が焼き払われてしまえば補給が出来ずに干上がってしまう。というワケさ。勿論、こうならないように各国は反応兵器の禁止条約を以て抑止兵器としての運用に留めているんだけどね……」

 

「そんな……酷い……」

 

「……まぁ、シンフォギアを含めても、そういう異端技術は国家間のバランスを崩しかねない。という事だけ覚えてもらえれば大丈夫だよ。それに、そういう状況に陥らせない為の俺達二課なんだから。」

 

「……考えたくないなぁ、そんな状況……アレ?そういえば、こういうお話の時に嬉々として出て来そうな了子さんと鳴弥さんは?」

 

ふと、そこでようやく気付いたかのように響が問う。まぁ、仕方のない事だ。了子さんと母さんなら、こういう時にはスッと出て来ただろう事は想像に難くない。

 

「永田町さ。ついでに言えば、鳴弥くんは別件で動いてもらっていてね。」

 

「永田町?」

 

「あぁ、政府のお偉いさんに呼び出されていてね……この前から続いているハッキングの痕跡に、デュランダルを狙っていると思しきノイズの異常発生……二課本部はそんな妨害では落とせない。という事を説明しに行っているというワケさ。」

 

「ホント……何もかもがややこしいんですね……」

 

「ルールをややこしくするのはいつも責任を取ろうとしない連中なんだが、広木防衛大臣はどちらかといえば……ん?そういえば、了子くんの帰りが遅いな……友里くん、了子くんに連絡を取ってもらえるか?」

 

「あっ、はい!!」

 

ふと気づいた時には、時刻はもう夕暮れも迫っている。

確かに、説明をするだけなら一日掛かりとはならないだろう。

 

「しかし……広木防衛大臣か……前の任期の時に何度か我が家で警護させてもらいましたね。一本気の徹った、強い人です。」

 

「あぁ、俺もそう思っている。彼は以前からシンフォギアの軍事運用や無制限な血税投入と言った推進派の意見をバッタバッタと薙ぎ倒しているからな。我々二課とは対峙こそすれ、良き理解者だとも。」

 

「おかしいですね……了子さんの端末にコールしてるんですが、通じません。」

 

「なに?」

 

「もしかして、偉い人の前だから電源切ってそのまんまとか……」

 

「むぅ……了子くんに限ってそんな常識的な事は無いと思うのだが……」

 

そこでやらなそう、と判断される辺りが日ごろの行いという奴であろうか。

そんな風にボンヤリと考えていた俺達の基にその衝撃的な情報が届いたのは、それから一時間としないうちであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ハッハッハ!!電話一本で予定を反故にされてしまうとはな!!まったく、野放図な連中だ。」

 

そう言いながらも、口元に笑みが浮かぶのを抑えられない。

確かに、今回の説明会はほぼほぼが対外的な理由で開催されたという経緯があり、なおかつ彼女━━━━櫻井了子が作ったシステムに破綻が無い事など、これまでの一ヶ月半で既に証明されている事だ。

であれば、いたずらに手の内を晒すだけ……とも取れる今回の説明をすっ飛ばす。というのも二課としてはアリなのであろう。

 

「旧陸軍由来の特務機関とはいえ……いくら何でも野放しが過ぎるのでは無いですか?」

 

秘書の青年がそう忠言してくる。確かに、幾らなんでも今回の件はやり過ぎだ。今までは対外的なポーズにはキッチリと応じて来ただけに、多少の違和感はある。

だが━━━━

 

「それでも、特異災害たるノイズに対抗しうる唯一無二の切り札だ。彼等の好き勝手に理屈を付けてやったり、さりげなくサポートしてやったり……そういうのも、私にとっての『防衛』なのだよ。」

 

「『特機部二』とはよく言った物で……」

 

「まったくその通りだな。誰が呼んだか知らないが、いいネーミングじゃないか。ハッハッハ!!」

 

高架下のトンネルへと入る車の中、思うのは二課に所属する少年の事。

はて、彼も今年で十七にもなっただろうか。

かつて、今の内閣よりも以前に防衛大臣を務めた頃、天津家に警護を依頼した事が何度かある。米国や中国からの略取・暗殺の手は緩んでは居ない。

特に、私の場合は明確に日本単独での国防方針を打ち出している為余計に狙われている。

そんな中、私を幾度となく護り切った男こそが天津家先代当主・天津共行であり、彼の家族とも多少なりとて交流はあった。

 

(そんな彼が、シンフォギアと轡を並べて戦っているとは……運命の皮肉、だろうか。)

 

少年少女に日本の未来を預けるなど、防衛大臣としては臍を嚙む想いなのだが、先ほど秘書に言った通り、ノイズに対抗出来るのはシンフォギアとレゾナンスギアを於いて他に無い。

 

(願わくば……彼の行く末に幸多からん事を、願おう。)

 

三年前に共行氏がMIAになったと聞いた時は、私を含めて国内の政治家の間にまで動揺が走ったのだから相当なものだ。

彼はそれを乗り越えて強くなったと聞いている。だが、それでもたった十七の少年なのだ。

本来であれば、こんな国家間の闘争に巻き込まれるべきでは無い。だからこそ、彼の幸福を一人願った。

 

━━━━奴等が襲ってきたのは、そんな瞬間だった。

 

「うわッ!?」

 

まず感じたのは衝撃。急停車……いや、衝突……!!襲撃か!!と思考は走るが、老いた身体はそれに付いていけない。

 

「ぐぁ!!」

 

「ぎゃっ!?」

 

「ガッ!?」

 

護衛達が次々と殺されて行く。銃声の量からして、敵は一個小隊のAR持ちと見ていいだろう。間違いなく、特殊部隊だ。

 

「ぐっ……」

 

だからこそ、渡すわけにはいかないと、既に頭を撃ち抜かれて死んでいる秘書の青年が持っているケースへと手を伸ばし……

 

「がぁッ!!」

 

手を焼かれた。放熱によって熱くなった銃口が押し付けられる。

 

『失礼。広木防衛大臣とお見受けしますが?』

 

「米国……!!」

 

煽るかのように、わざとらしく英語で喋りかけてくる特殊部隊の男。

あぁ、私は殺されるのか。ここまで手札を切った以上、私を生かして帰す理由が彼等には無い。

そんな、今際の際に思うのはただ一つの事。

 

━━━━二課の諸君よ、どうかこの国を奴等の魔の手から守り切ってくれ。

 

そして、私の意識は、とけて、きえて




鳴り響くのは、転換の時を示す砲火の音。
女は嗤う。人よ、我が手の内で踊れと。
少女は決意を新たに握り、鍛えた技で立ち向かう。
黄金の剣は、未だ揺籃の夢より目覚めず。


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第十八話 見開きのブービートラップ

シンフォギア世界において、夢は重要なファクターとして死者の想いを伝える事があります。
それは何故なのか?へのレゾナンスなりの答え。
彼女が語るのは、その一端のお話です。


━━━━ふと、誰かに名前を呼ばれた気がした。

 

「翼?つーばーさー?いい加減起きないと頬つねっちゃうぞ?」

 

「ん……?奏……?」

 

「そうだぞー、放課後一緒に買い物する約束をしたのに、目の前で気持ちよくお昼寝されて暇な奏さんだぞー。」

 

「えぇっ!?」

 

その言葉に思わず飛び跳ねそうになる。

奏と買い物の約束なんてしただろうか?いや、そもそも今の奏は━━━━

 

そこまで思考を回した所で、目の前の彼女をようやく認識する。

 

「奏……?」

 

そこに居たのは、学生服に身を包んだ少女だった。

 

━━━━紛れもなく、五体満足な(・・・・・)天羽奏だった。

 

「……どうしたのさ翼?いきなり立ち上がったと思えば、人の顔見て固まって?それとも、アタシの顔になにか付いてたりするのか?」

 

「あぁ、いえ、そうじゃなくて……ごめんなさい。起き抜けで混乱していたみたい。」

 

あぁ、そうだった。

彼女は天羽奏、共にトップアイドルを目指してユニット『ツヴァイウイング』を組んでいる私のパートナーだ。

 

━━━━ほんとうに?

 

「そっか。んじゃ行こうぜ?レッスンも無い完全なオフとか最近少なくなったんだし、今日くらいはパーッと遊び倒そうじゃないか!!」

 

「ふふっ、うん。わかった。奏と一緒だと思うと、ただの買い物でもワクワクするね。」

 

「……ぷっ、ふふっ、あはははは!!どうしたのさ翼!!今日は大分テンション高いね?」

 

……そうだろうか?私としては私が思った事を述べただけなのだが。

 

━━━━だって、こんな光景はありえない。

 

「むぅ……人が乗り気になったのに、そんな風に笑うなんて……奏は意地悪だ。」

 

「ごめんごめん。それじゃ、行こうか翼。」

 

「……えぇ。」

 

━━━━そして、場面は移り変わる。楽しかったという想いだけを遺して、詳細な場面など無いままに遊び倒した、という事実だけが心に齎される。

 

「はー!!遊んだ遊んだ!!翼はそろそろ門限だよな?」

 

「えぇ……父様も、そういう所は厳しいから。」

 

━━━━そう。父様は厳しい方だ。けれど、それはこういった方面の話では無かった。

 

「……奏。一つだけ、訊いてもいい?

 ━━━━天津共鳴、という名前に心当たりは、ある?」

 

その質問を口にするのは勇気が必要な事だった。

 

━━━━邯鄲枕の夢、というお話がある。

曰く、ある欲深い若者が道士の基を訪れ、薦められた枕を使った所、波乱万丈ながらも満ち足りた一生を送る事となった。

けれど、目が覚めればそれは粥が沸きあがらぬ程の一瞬の夢だったという。

 

この世界には奏が居て、ノイズと戦う使命も無く。それ故か、父様とも共に暮らしているという。

あまりにも理想的な世界。けれど、大事な物が欠けている。

どちらが夢なのか。どちらが現実なのか。

それが分からないが故に、この問いを発したのだ。

 

「……誰だ?それ?翼の知り合い?」

 

━━━━そして、返答は、この世界には決定的な物が欠けているという事の証明だった。

 

「ええ……私の、私の大事な人よ。

 ━━━━こんな救われた世界に、それでも居ない人。

 地獄だと分かりながらも、諦めるという事を諦めた、とても……とても格好いい人。」

 

「……そっか。ゴメンな。忘れちゃって。今日の翼がいつもと違った……ううん、今の翼だけが違ったの、そういう理由だったんだ。」

 

奏は優しい。こんな、傍から見れば妄言に過ぎない言葉を、それでもしっかりと受け入れてくれる。

私に意地悪だけど、私に優しい奏だ。

 

「ううん……奏は悪くないの。コレは多分、私が見た夢。私も見て見たかった何でもない日常なのだもの。」

 

何も無かった胸元に、しゃらん、と音を立ててアメノハバキリのペンダントが現れる。

きっと、そういう事だったのだろう。

 

「だから……出て来るがいい!!何者かは知らぬが、私の微睡みに浅沓(あさぐつ)で入り込むとは良い度胸だ!!」

 

━━━━そう叫んだ瞬間、視界が白に染まる。否、世界が白一色に変わったのだ。

 

『ごめんなさい。貴方を謀るつもりは無かったの。』

 

白一色の地平へと変わった世界で、先ほどまで奏だった何者かはそう語る。

その言葉に嘘は無いのだろう。あの世界には悪意は無かった。

 

━━━━だが、それだけだ。悪意は無くとも、今の私にとっては千の憎悪よりなお怒れる理由となりうる世界だ、コレ(・・)は。

 

「一体何が目的だ?私に夢想でも見せて優しく心を手折ろうとでも?」

 

夢の世界だからだろう。いつの間にか纏っていたギアから剣を取り出し、突きつける。

夢に干渉するなど聴いた事の無い技術であり、彼の者が私を害さんとすれば為す術も無いと分かっている。だがそれでも、

━━━━共鳴くんの居ない世界など、到底許容できる物では無い!!

 

『目的……目的は、あるわ。貴方にこの先待ち受ける可能性(・・・)を見せる事。

 ……この世界は、シンフォギアシステムが存在しなかった世界。彼については、何もしていないわ。』

 

「可能性……?何を言っている……それに、シンフォギアシステムが存在しない世界だと?

 ……それでは道理が通らぬでは無いか!!ならば何故、シンフォギアシステムとは関係せずともいい筈の共鳴が存在しない!?」

 

『今はまだ、語れる事象はこれしかない。確定させれば、彼もろともこの世界が崩壊してもおかしくはない。IF(もしも)を語る並行世界理論も完璧なものでは無いのだから。

 ……けれど、彼が居なくなる事を悲しいと思うのなら、どうか彼を離さないで。』

 

ふと、気づく。この声は、共鳴を蔑ろにはしていないと。むしろその逆だ。

 

「……いいだろう。今はその言葉を信じておく。だが、言われずとも彼の手を離す気など毛頭ない。それだけは覚えておけ。何者かは知らんがな。」

 

『私は……ううん、私達(・・)は、ソーマ。永劫にして永遠故に、もはやこの世界の何処にも存在しないモノ。今は、それでいい。』

 

その言葉と共に、白一色だった視界が黒く染まってゆく。恐らく、目覚めるのだろう。

ソーマと名乗った存在もまた、いずこかへと去ってゆく感覚がする。

 

━━━━だが、彼の者は一体何者なのだろうか?何故、共鳴くんを特別視するのだろうか?

 

解けてゆく意識の中、その問いだけが心に引っかかっていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ん?」

 

今日もまた、何をするでもなく眠り続ける翼を見ているとふと、その眼が開いた。

 

「……かな、で?」

 

「そうだぞー、お前さんが起きるまで付いていた奏さんだぞー?」

 

「……ふふっ、いつもの奏だ。私にいじわるで……けど優しい……」

 

「……どうした?」

 

翼の問いかけに応えると。彼女は何故か微笑を浮かべた。

 

「ん……皆勤賞、逃しちゃったなって。二年前……奏に言われたでしょ?真面目が過ぎるって……けど、私もコレで、不真面目さんの仲間入りだな。って。」

 

「……そっか。じゃあ今度は不真面目の先輩であるアタシがまた、色々教えてやるよ。」

 

「ふふふ……お手柔らかにお願いします。」

 

あぁ、なんだかんだ最近は取れていなかったが、翼と二人だけの時間というのもいいものだな。アタシはそう思いつつ、翼を預ける為にナースコールを押すのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「たぁいへん長らくお待たせしましたぁ!!」

 

入室と同時に司令室に響く声に、皆して安堵の息を零す。

 

「了子くん!!」

 

「なぁによぉ、そんなに寂しくさせちゃった?」

 

「……広木防衛大臣が暗殺された。」

 

「えぇっ!?ホント!?」

 

そう言ってメインモニター前へ駆け寄る了子さん。

どうやら怪我は無いようだと安心する。

 

「複数の革命グループから犯行声明が出されているが……」

 

「……犯行声明を出しているグループはどこも実戦力に欠けるところばかりです。十中八九、陽動でしょうね。二年前と同じく、米国の特殊部隊の仕業という線が濃厚かと。」

 

「詳細は目下捜査中だ……とにかく、了子くんが無事でよかった。」

 

「連絡も取れないからみんな心配してたんですよ!!」

 

「えっ?」

 

その言葉を聴いて、ポケットから携帯端末を取り出して操作しだす了子さん。

 

「……壊れちゃってるみたい。」

 

「はぁ……」

 

その言葉に、思わず毒気を抜かれる響。

だが、俺はその言葉にどうしても引っかかる物を感じていた。

二課の端末は、自衛隊などでも使われている耐衝撃性の高い質実剛健な物だ。

その分、内部機能はそこまで充実していないし、ネットワーク面での脆弱性が指摘されてはいるものの、了子さんがそんな初歩的なウィルスを踏むワケも無いだろう。

 

━━━━それが、この絶妙なタイミングで壊れて、了子さんとの連絡が途絶えた?

 

小父さんへと視線を向ければ、険しい顔。そして、了子さんに気づかれぬ程度に頷かれた。泳がせておけ、という事だろう。

腹芸は苦手だが、響にこんな汚れ仕事をさせるワケにもいかないと気を引き締める。

 

「でも、心配してくれてありがと響ちゃん。そして……」

 

そんな俺達に気づいてか気づかずか、そう言って了子さんは持っていたアタッシュケースを開く。中に収まっていたのは、データチップ。

 

「政府から受領した機密指令は無事よ。任務の遂行こそ、広木防衛大臣への弔いよ。

 大がかりな作戦になるから、大会議室の利用を要請するわ。鳴弥ちゃんは?」

 

「彼女には別件で動いてもらっている。なんであれば呼び戻すが……」

 

「……いえ、じゃあ相槌役は弦十郎くんに頼むとしましょう。先に資料を閲覧してもらっても?」

 

「了解した。」

 

……なんにせよ、今は受領した機密指令の開示を待つしか無いだろう。

米国の狙いがこの機密指令であれば、狙われた理由もまたこの指令の中にあるだろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「私立リディアン音楽院、即ち特異災害対策機動部二課本部を中心に異常発生しているノイズの存在から、政府はその狙いを二課本部の深奥━━━━アビスに保管されている完全聖遺物サクリストD、即ちデュランダルの強奪であると結論付けました。」

 

「デュランダル……って言うとこの前話題に挙がった……」

 

了子くんの言葉に、響くんが反応する。

 

「えぇ。EU連合が異端技術を巡る暗闘によって連鎖的超規模財政破綻する際に、一部不良債権の肩代わりとして譲渡、そして保管している、日本政府所有の数少ない完全聖遺物の一つよ。」

 

「……しかし、移送するって言ったってどこに?ここ以上の防衛システムなんて日本中探しても松代の風鳴機関本部や、深淵の竜宮(たまてばこ)くらいしか存在しない筈では?」

 

藤尭が言うのも尤もな意見である。現状、米国と思しき黒幕の干渉を全て弾いている二課本部からの移送。明らかにリスキーだ。

だが━━━━

 

「移送先は永田町地下の特別電算室。通称・記憶の遺跡だ。あそこならば、設計者の古金瑠璃(ふるかねるり)氏でも無ければハッキングは不可能。奪われる心配も無いって算段さ。

 ……どのみち、俺達も木っ端役人である以上、お上の意向には逆らえん。」

 

そう自嘲しながら発言を締める。

 

「デュランダルの移送予定時刻は明朝五時。詳細はこのデータメモリーに記載されています。」

 

━━━━この作戦を巡る思惑の数は多い。それらが揃って賽へと干渉する中、振って出る目は鬼か、それとも……

了子くんを見ながら、思う。願わくば、信じた想いが否定されぬ事を。

そして、鳴弥くんに託した『最後の希望』を抜かずに済む事を願いながら。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━というワケなんだ。流石に、この厳戒態勢の中で夜歩きさせるのも忍びないし、明日は土曜だろ?だから、このまま俺の小父さんの屋敷に泊めてもらおうと思ってさ。』

 

結局、修行の為にと一日お休みをもらった響は帰ってこなかった。なんでも、防衛大臣の暗殺事件があったそうで、テロリストを捜索する為の厳戒態勢が敷かれているのだそうだ。

確かに、今日の夕方のニュースはその事件で一色だったし、遠くに聴こえるパトカーの音もひっきりなし。これでは確かに、お兄ちゃんが響の一人帰りなど承知しないのも当然だろう。

 

「そっか……うん。じゃあ、響のお泊りセットだけ私が準備しておく。」

 

『ゴメンな……未来も、万が一は無いと思うけど気を付けて。学園側に事情は話してあるから、今日は俺が寮のロビーまで行くよ。そこで待ってて。』

 

「わかった……お兄ちゃんも、気を付けてね?」

 

『あぁ、絶対無事で帰ってくる。約束だ。』

 

「……うん。」

 

そうして、通話は切れる。

……どうしてだろう。前なら無条件で信じられたはずのお兄ちゃんとの約束が、少しだけ信じられないのは。

たった一回、仕方なしに約束を破っただけなのに

 

「……やめやめ。響のお泊りセットの準備しなきゃ!!」

 

そう言って、響のお泊りセットを準備しに掛かる。

━━━━それは、もしかしたら私なりの誤魔化しだったのかも知れない。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

司令室のメインモニターに映るのは、メカメカしい機械が、錆びた剣のような物が入ったカプセルを運び出す映像。

 

「あそこが、アビスですか?」

 

「えぇ、そうよ。地下1800m。東京スカイタワー三つ分の地下にある極秘ブロック。あそこには色々と厳重な保管が必要な物が収められてるのよ。」

 

そうして、機械が剣をエレベーターへと搬入した辺りで了子さんが私に声を掛けてきた。

 

「はい。じゃあ、響ちゃんは予定時刻までゆっくり休んでちょうだい?貴方のお仕事はそれからよ。確か、共鳴くんが根回ししておいてくれたんだっけ?」

 

「あ、はい。未来にも学園の方にもやっておくからって……」

 

お兄ちゃんが司令室に入ってきたのは、その時だった。

 

「お、ここに居たのか。はい、響のお泊りセット。

 ……未来にも、心配かけちゃったな。」

 

「うん……」

 

お兄ちゃんが渡してくれたお泊りセットはちゃんと整頓されていて、未来の気持ちが伝わってくる。

 

「……とりあえず、部屋まで案内するよ。なんか飲みたいのあったら言えよ?途中で休憩所寄ってくけど、それ以外の購買とかは無いんだから。」

 

「……うん、わかった。」

 

そうやって本部内を歩くお兄ちゃんと私の間に会話は無かった。隣で顔を窺えばしかめ面。

きっと、何か難しい事を考えているのだろう。

 

「……ゆっくり眠れないかも。」

 

「かもな……じゃあ、そういうのも考えてホットミルクにしておくか?」

 

「あ、それいいかも!!ってアレ?誰か新聞置きっぱなしだ……なんか気晴らしになるような記事でも無いかなー。」

 

「あ、ちょ!?それスポーツ新聞……」

 

「ひっ!?」

 

ワーオ!!

新聞をめくった途端に現れた下着姿のおねーさん。それを見て脳内を駆け巡るのはそんな擬音。テレビでよく聞くアレだ。

 

━━━━そういえば、お母さんがお父さんが買ってくるスポーツ新聞の二面辺りが過激だって文句を言っているのを聴いた事がある……!!

 

慌てて顔を逸らせば、そこに見えるのは、顔を抑えてやれやれと言った風情のお兄ちゃんの姿。

 

「お、男の人って、こういうのとか、スケベ本とか好きだよね……お、お兄ちゃんもこういう胸がおっきい人す、好きなんでしょ!?」

 

待て私。何を言っているのか。

今の空気でそれをブッ込むのは流石に空気が読めてないとかそういう物では無いのだろうかー!?

 

「いや、まて。何故そうなる。いや、否定は出来ないんだがちょっと待て……って、あ。」

 

私の勢いに中てられたのか、口を滑らせるお兄ちゃん。

……それが、なんだかみょーに腹立たしくて頬を膨らませてしまう。

 

「……ふーん。お兄ちゃんも、了子さんみたいなナイスバデーには悩殺されちゃうんだね。」

 

「いや、待て。弁明の機会を要求する。というかそこで明確に名前を出されると余計言い訳しないといけなくなるだろ!?」

 

「弁明が必要って事はやっぱり思ってるって事じゃん!!お兄ちゃんもやっぱりあのメロン級のお山に心奪われちゃったんだ!!」

 

「いやまて!!セクハラ染みるから流石にそれを大声で言うのは止めてくれ!!というか、俺としては響や未来のサイズを意識していないワケでも無いが、ただ幼馴染をそういう目で見たら不義理になると思ってだな……あ。」

 

本日二回目となるお兄ちゃんの自爆発言に、私の顔が真っ赤になってしまっている自覚がある。

えーっと、つまり今の発言は、私や未来の胸をそう言った目線で見た事がある。という趣旨でよろしいのだろうか。

いや。私も自分から振った通り、男の人はこういった物が好きであるのだから胸に惹かれるというのはある程度は納得出来るし、お兄ちゃんからの視線を感じた事が一切無かったかというとそうでもないのだが、

それでもやはり、恥ずかしい。

 

━━━━でも同時に、お兄ちゃんが私を女の子として意識してくれているのが、ちょっぴり嬉しい。と、そう思ってしまったのはなんとか隠し通さなければならない。

……この気持ちを知られたら、きっとこの心地いい距離感が変わってしまう。

 

「……すいません!!」

 

そんな風に慌てふためく私に対して、自爆に気づいたお兄ちゃんの行動は素早かった。私から少し距離を取りつつのバック土下座。美しい程のフォームで繰り出されたその技にビックリして少し落ち着いた。

 

「えーっと……あっ。」

 

なにか、この状況を変える切り札は無いかと見渡せば、目についたのはスポーツ新聞の芸能面。そこに踊るのは、翼さんが過労で入院したという見出しだ。

 

「こほん。失礼、情報操作も、ボクの役目でして。」

 

「お、緒川さん!?」

 

「ッ!?い、いつからそこに!?」

 

「えーっと、すいません。響さんの叫びがちらと聴こえたので、せっかくだからと来たんですが……なにか、あったんですか?」

 

……間違いなく、内容も聴こえていただろうにこうやって流してくれる緒川さんは凄く出来た人だな。と思いながら、折角なので私とお兄ちゃんはその助け舟に全力で乗る事にしたのだった。

 

「あ、いえ。なんでもないですよ。あは、あはははは……」

 

「え、えぇ。何も無かったですよ。は、ははは……」

 

「……そうですか。ところで翼さんですが、目が覚めたそうですよ。今は、奏さんが傍に付いています。」

 

「本当ですか!?」

 

「……よかった。」

 

その朗報に、ホッとする私とお兄ちゃん。

二週間も目を覚まさなくて心配していたのだ。

 

「ただ、体力の落ち具合やリハーサルの準備不足からして、検査が終わって退院できたとしても、出撃やライブは難しいでしょう。

 ……そこでなんですが響さんや共鳴くんに、ファンの皆さんにどうやって謝るべきかを一緒に考えてもらおうかと思いまして。」

 

その言葉に、お兄ちゃんの顔が曇るのが分かる。

私も、似たような想いだ。

あの時力があれば、あの時もうちょっと強ければ。そう思うのは仕方のない事だろう。

 

「……ごめんなさい。責めるつもりでは無いんです。ただ、響さんには前にも言った通り、何事もたくさんの人が少しずつバックアップしているんです。

 だから共鳴くん。キミはもう少し、肩の力を抜いてもいいと思いますよ?」

 

「……見抜かれてますか。」

 

「二年間の付き合いですから。」

 

緒川さんのさりげないやさしさに、気を遣われているのだな、と思う。だから私は殊更明るく、漫才みたいにお兄ちゃんに話を振る。

 

「お兄ちゃんはすーぐ自分のせいだって背負っちゃうもんねー。ありがとうございます、緒川さんは優しいんですね。」

 

「んなッ!?それを言うなら響だってそうだろ!?」

 

「ええー?そんな事無いよー?」

 

「ふふっ、その息の合いようなら大丈夫そうですね。それじゃ、ボクはコレで。明日の作戦、頑張ってくださいね。」

 

「はいッ!!」

 

「……ありがとうございます。」

 

そう言って、緒川さんは風のように去って行った。

 

「……お兄ちゃん。私、必ず帰ってくるから。この事件全部終わったら、もう一回話し合おう?それまでは保留って事で。」

 

私も、お兄ちゃんも、誰かから支えられている。だから、私とお兄ちゃんの関係は、支えてくれる皆にお返しをしてからだ。

 

「……わかった。それまでに弁明を考えさせてもらう。明日、頑張れよ。」

 

━━━━お兄ちゃんのレゾナンスギアは未だ完成していない。アメノツムギも了子さんの基で研究中の今、お兄ちゃんはこの作戦において何も出来る事が無い。

 

だから、私がお兄ちゃんの分まで頑張るのだ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

朝五時、朝日が昇る中、四台の黒い車と、了子さんのピンクの車が整列していた。後方のヘリポートには、前線指揮用のヘリコプター。

 

「防衛大臣暗殺実行犯の逮捕を名目に検問を配備!!記憶の遺跡まで一気に駆け抜ける!!」

 

「名付けて、天下の往来独り占め作戦!!」

 

「輸送に時間を掛ければかける程、ノイズによる一般市民への被害の可能性が増える。だからその前に最短距離を突っ走る……流石ですね、了子さん。」

 

ネフシュタンの少女の狙いがデュランダルであるのなら、ノイズの襲撃は避けられない。

であるのなら、一般戦力による警護はむしろ足枷となりかねない。

故に、装甲車を排しての一般車両による電撃作戦。なるほど合理的である。

 

「それほどでもあるけどぉ……ふっふっふ、後はまぁ、おねーさんのドラテクにお任せあれ!!」

 

「……なんか、急に不安になってきたんですが。」

 

「ハッハッハ、了子くんの運転は荒っぽいぞ?」

 

「えぇー!?それを今言うんですか!?私、これからその車に乗るんですけど!?」

 

「……響。ちゃんとシートベルト、しておけよ。」

 

「はい……」

 

「……ごめんなさいね、共鳴くん。レゾナンスギアの改造が間に合わなくなってしまって……」

 

「いえ。レゾナンスギアの改造は確かに急務ですが、仮に今あったとしても俺はまだ扱える状態じゃありませんから……響の事、よろしくお願いします。」

 

「……えぇ。よろしく頼まれたわ。」

 

今回、俺に出来る事はもはや、何もない。

思わず握りそうになる拳を傷つけぬよう耐えながら、朝焼けの中出発する車列を見送る。

 

……司令室へと、戻らねば。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

リディアン音楽院から永田町へと抜ける最短ルートは、湾岸地区に最近出来たばかりの大橋を渡る事となる。

通常の輸送であれば真っ先に避けるべき遮蔽物が無いエリアだが、こと今回に関してはむしろ逆にその遮蔽物こそが最大の敵となる。

なにせ、ノイズは『物質を透過する』のだ。であれば、最短ルートかつ見渡しも良いこの橋を通るのは最適解であろう。

 

「……と言っても!!足元から橋ごと潰してくるのは想定外だったわね、もう!!響ちゃん、しっかり掴まっててねー……こっから、更にギア上げてっちゃうんだから!!」

 

橋を崩された事で護衛の一台が落下してしまった。橋こそ抜けたものの、既に此方の動向も、目的も捕捉されている。

であれば……

 

『敵襲だ!!まだ確認できていないが……人力にしては豪快が過ぎる!!恐らくノイズだ!!』

 

「想定より早く展開しちゃってるかもだわね……」

 

瞬間、後ろを走る護衛車両が、下から吹きあがった水柱で吹っ飛ぶ。

 

「ひぃっ!?」

 

「地下!?」

 

『そうか、下水道か!!あの大橋にも緊急時用パイプラインとして下部に通路が備え付けてあった!!上では無く下からの攻撃とは……難しいだろうが、なんとかマンホールを避けてくれ!!』

 

「この速度帯で無茶言うわね!!でもやっちゃう!!」

 

マンホールの位置を確認しながら、加速した車を手足の如く操る。

だが、先行していた護衛車両がマンホールの上を通ってしまい、またも吹っ飛ばされる。コースはこちらへの直撃……!!

 

「ぶ、ぶつかる!?」

 

「ふっ!!」

 

車線を変えてコレを回避する。ドラテクには自信があるが、未だ永田町までの道は半ばにすら達していない。

 

「弦十郎くん……コレは、ちょっとヤバイんじゃない?この先の薬品工場で爆発・誘爆でもしたら、さしものデュランダルと言えどその性質を喪っている今の状態じゃ……」

 

『分かっている!!だが、先ほどから護衛車両のみを狙い撃ちしているのは、爆発によるデュランダルの損壊を恐れているからだろう!!制御されているが故の弊害だ!!コレを逆手に取る!!』

 

「逆手に取る!?まさか……」

 

『狙いがデュランダルで、それを壊したくないってんなら、逆に危険地帯へ誘い込んでやればいい!!』

 

デュランダル。伝承に謳われし不滅の剣。だが、千年近くの時を経た今ではその不滅の性質も機能してはいない。とはいえ聖遺物自体の耐久力もかなりの物ではあるのだが、流石に地形が変わりかねない爆発の前には敵わないだろう。

だが、このように先史文明の技術を破壊力という点では既に上回っている現代科学の危険性を逆用するというそのアイデア。

危険だが、乗る価値はあるだろうか。

 

「勝算は?」

 

『思いつきを数字で語れるものかよッ!!』

 

「でしょうね!!弦十郎くんらしいッ!!」

 

勝算があるかどうかは分からない。だが、それ以外の逆転の一手も無い以上、乗るしかないという事だ━━━━!!

 

 

 

そうして薬品工場へと入り込んだ瞬間、ノイズの動きが変わったのが分かった。

マンホール直上を狙わずに出現して、護衛車両を上から封じ込める動きになったのだ。

危険を察知して諜報班の諸君も脱出出来ている。

 

「狙い通りですね!!」

 

そう言って笑う響ちゃんは可愛らしいのだが、この薬品工場……足元の舗装が、悪いッ!!

 

「ゴメン響ちゃん、制御出来なくなっちゃった。口閉じて衝撃に備えて!!」

 

「わわわわわ!?」

 

『南無三!!』

 

ひっくり返る私の愛車。ローン残ってたんだけど経費で落ちるかしら?なーんて場違いな思考まで芽生えるが、まずは対処だ。

 

「いたた……大丈夫?響ちゃん。」

 

「大丈夫です!!……けど、コレ重……い!!」

 

強い子だ。ひっくり返ってもなお、任務の為にデュランダルを確保しようと動いている。

 

「だったら、いっそ此処に置いてって逃げちゃうっていうのはどう?」

 

「そんなのダメです!!」

 

「そりゃそうよね……さ、逃げるわよ!!」

 

けれど、そんな私達を嘲笑うかのように愛車へと殺到するノイズ達。そして、爆発。

近くにあったタンクを巻き込んだらしく、黒煙がモクモクと上がっている。

 

━━━━コレは好都合。クリスがやり過ぎたせいで私がどうやって被害を逃れた事にするかに困っていたのだ。コレならば多少暴れても問題無かろう。

 

『チィッ!!爆煙で見通せん!!了子くん、響くん、無事か!!』

 

そんな弦十郎くんからの通信を遠目に聴きながら、殺到するノイズの第二陣を見据える。

 

━━━━先史の巫女を前に、ノイズ風情が幾ら束になろうと無意味だと教えてやろう。

 

「了子……さん?」

 

響ちゃんが髪留めと眼鏡が吹っ飛んでしまった私を見てビックリしているのが分かる。さてまぁ、どうやって誤魔化した物かとも思うが、まぁ彼女ならばみだりに言いふらしたりはしないだろう。

 

「しょうがないわねぇ……あなたのやりたいこと、やりたいようにやってみなさい!!」

 

だから、掛けるのは発破の声。

 

「……はい!!私、歌います!!」

 

Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

そうして、戦場に歌が広がる。

ふふふ……そうよ。戦いなさい。そして、デュランダルと共に私の手に墜ちてくるの。

 

━━━━融合症例第一号・立花響




目覚める黄金に笑みを深める女。
目覚めさせた少女に畏怖を感じる少女。
きっと初めから擦れ違って居た二人の距離は縮まる事はなく。
傷つき、疲れはてた少女の魂はいまだ安らぎを知らず。


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第十九話 黄金のアウェイキング

胸から溢れる歌を、今こそ歌う。

ガングニール、無双の一振りだと言うその力。

未だ使いこなせているなんては言えないけれど、それでも、目の前の人を助ける為にその力を貸して欲しい!!

 

「こんなにホラ、あった……かいッ!?」

 

突撃してくるノイズをステップで避ける。けれど、足元に設置されていたパイプにヒールが挟まって転んでしまう。

そういえば、今まではただパワーに任せて爪先で踏み出す事が多かったから気づかなかったけれど、ガングニールのまるでロボットみたいな装甲に覆われた脚部は数cmもある高いヒールが付いている形をしていた。

けれど、今の私が師匠から教わったスタイルはそうではない。勁を徹す為の踏み込み、反動を受け流す為の突っ張り、そして踵落とし(ネリョ・チャギ)を入れる為の振り下ろし。

あらゆる動作において、素足が前提となっている。例外として、サバットやジークンドーでは靴の運用も前提だが、それにしたってこんな高いヒールでは無い。だから━━━━

 

「ヒールが邪魔だッ!!」

 

踏み込みの要領でヒールを砕く。ごめんなさい。とガングニールに謝る思考も一瞬。

腕を構え、呼吸を整える。周囲を囲むは無数のノイズ。以前までならただ怯えて逃げ回るしか出来なかっただろう。

だが、今は違う。考えるのは『どのノイズが真っ先に襲ってくるか』と『どのノイズから倒すべきか』のその二つ。

 

映画で学んだ事なのだが、こんな風に多勢で囲まれたとしても『一度に襲ってくる数』というのは実の所多くはない。

それは味方への配慮といった例も多いが、ノイズの場合は些か事情が違う。

ノイズは機械的に人間を襲うが為に『同士討ち』をけして行わないのだ。細く槍状に変化しての面制圧も、ノイズが横一列となっている局面でしか使用されない。と師匠やお兄ちゃんは言っていた。

 

「せいッ!!」

 

だからこそ、そのセオリー通りに正面から突撃してくる、私よりもサイズの大きいイソギンチャクかウミウシみたいなノイズに正拳を叩き込む。

地を砕く踏み込みの力を、身体の中を徹して拳へ載せて、イソギンチャクノイズを砕く。

イソギンチャクノイズが射線を塞ぎ、他のノイズは私を狙う事は出来ない。今までのように逃げ回って居れば集中砲火を受けていただろう。

死中に活を求め、虎穴へと自ら飛び込む。お兄ちゃんのレゾナンスギアのように中距離・遠距離攻撃を持たない今の私には、その戦術がピタリと嵌っていた。

 

「フッ……ハッ!!」

 

槍状の面制圧が出来ない以上、ノイズの取れる攻撃手段は一体ずつの突撃か、腕を使った攻撃となる。

そうやって攻撃してきた人型ノイズの腕を掴み、背中を使って投げ上げる。空中への追い討ちはかけず、落ちてくる所を狙って正拳で吹き飛ばす。

空中は射線が通りやすい為危険性が高い。地上であれば前後左右のいずれか数方向にノイズが居れば問題無いが、空中では文字通りどこからでもノイズが襲ってくるのだから。

 

━━━━私は、私らしく強くありたい。

 

フォニックゲインを固着させて範囲攻撃が出来る翼さんやお兄ちゃんに比べれば、殲滅速度は格段に劣る。だが、私が取れる地道で安全な戦法こそが、コレだったのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「アイツ……戦えるようになっているのか……ッ!?」

 

目の前でフィーネ━━━━向こうでは櫻井了子と名乗っているらしい。彼女を護りながらノイズを手堅く殲滅するアイツ━━━━ガングニールのシンフォギアを纏う少女の動き。二週間前までとは全く違うその動きに驚愕する。

二週間前までのアイツのマヌケな姿はフィーネからの情報で見ていた。

その情報通りであれば、アイツはただの甘ちゃんであり、ノイズの大群で脅しつければケツをまくって逃げ出すだろう……あたしはそう考えていた。

 

━━━━だというのに、蓋を開けてみればどうだ。

 

あの拳は、あの脚は、一撃毎にキレを増し、一体毎に倒す速度を上げていくその姿は。どう見ても、二週間前のトリモチに捕まった哀れな姿とは繋がらない。

 

「……たった半月で、化けやがったってでも……!?」

 

こんなのは、あり得ない速度での成長だ。確かに、シンフォギアというブツは、業腹ながら装者の歌によって無限のエネルギーを産む。実際、あたしが見るにアイツの放つフォニックゲインは二週間前とはダンチだ。

 

━━━━だが、あの強さの理由はそれだけではない。

 

名コーチでも居たって言うのか?戦場(いくさば)に立つ覚悟すら定まっていなかったズブの素人が、いつのまにやら御立派な戦士と化していやがる……!!

 

「認めねぇ……認めるものかよ……ッ!!」

 

ネフシュタンを振るい、獲物を追い立てながら、思う。

 

━━━━狩るのは、このあたしだ!!雪音クリスだ!!

 

振るわれたネフシュタンを避ける反射は中々のモンだが、ジャンプが高すぎる。あめェ!!

 

「今日こそ……テメェをモノにしてやらぁ!!」

 

「くぅっ!?」

 

引き戻しを利用した跳び蹴りをぶち込む。コイツさえ……コイツとデュランダルとさえ揃えば、フィーネはあたしを褒めてくれる!!フィーネの計画の基で人類は『呪い(・・)』から解き放たれ、世界は平和になるんだ!!

 

━━━━黄金が目を覚ましたのは、その瞬間の事だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

あぁ、全く使えない駒だこと。

クリスに対して冷たい想いを抱きながらも、それをけして表に出さぬように戦況の推移を見守る。

戦況は未だ完全聖遺物が二つ、という圧倒的なアドバンテージを持つクリスがノイズを召喚し続けて優位に立っている。

 

━━━━しかし、立花響がこれほどまでに成長しているとは。

 

弦十郎くんの基で本格的な修行を始めたとは聞いていたが、予想外のファクターに驚愕が隠せない。まさか、あんなトンチキ修行で瞬く間に強くなれる人類が彼以外にも存在するだなんて。

……ハッキリと言ってしまえば、私の計画にとって立花響の価値とは即ち、融合症例というただ一点のみであった。

 

━━━━聖遺物と人体の融合、融合症例。それは即ち、聖遺物の莫大なエネルギーを『使いこなす』という事と同じである。

 

半万年もの放浪によって補佐として使っていた、完全にして無敵であるはずの聖遺物の大半は喪われ、もはや四百年前のように『アダム(・・・)』を搦手にて封じ込める程度が限界となっていた私にとって、それは福音であった。

融合症例の謎を解き明かし、ネフシュタンとの完全な適合を果たせばもはや不安定なリインカーネーションに頼る必要も、『予備プラン』である米国のシンフォギア(ふかんぜんひん)に頼る必要もない!!

 

……だが、その前に立ちはだかるハードルは高い。

シンフォギア装者として彼女を護ると誓った風鳴翼、貴重な装者を護る為に表裏を問わず保護する二課。

そして、なによりもあの忌々しい天津の裔。奴等が居る以上、半端な策での誘拐では瞬く間に私が黒幕である事に気づき、そして打倒されてしまうだろう。

それが故に、そもそもは完全聖遺物起動の為の手駒として確保していたクリスにシンフォギアシステムだけでなく、ネフシュタンをも与えて彼女を誘拐せんと画策したのだ。

 

これまでの計画を振り返り、立花響の予期せぬ成長を計画へ組み込もうとする私の目の前で、更に予期せぬ出来事が起きる。

 

━━━━デュランダルを保管しているトランクケースのロックが、内圧の上昇によって強制解除されたのだ。

 

「……えっ?」

 

さしもの私も、この結果の前には一瞬思考が停止する。

 

「まさか……この反応は……ッ!?」

 

間違いない。デュランダルが目覚めかけている。

だが、それは計算が合わない。

確かに立花響は融合症例によってか、適合係数が鰻登りに上昇している。だが、それでも、二年前にネフシュタンを起動した時ですら装者二人のデュエットを必要としたのだ!!明らかに成長曲線が破綻している!!

クリスはネフシュタンを纏っているが故に、シンフォギアシステムとは異なりフォニックゲインを生成してはいない。つまり、立花響はただ一人の歌で以て完全聖遺物を起動させかけているのだ!!

 

……融合症例。それは、私が思っていた以上に素晴らしい物だったらしい。

計画の修正が必要だ。それも、かなり早期に、だ。

 

心中でそうほくそ笑む私の前で、デュランダルがトランクケースを突き破り、その姿を現す。

 

「覚醒か?それとも、起動に留まるか?」

 

「こいつが……デュランダル!!」

 

クリスがデュランダルを確保する為に剣へと迫る。余計な事を……だが、『完全聖遺物を同時に運用する場合』のデータも取れる。まぁ見逃してやろう。

などと、暢気していた私の予想を、またも覆す少女が居た。

 

━━━━その少女の名は、立花響。

 

「でぇぇぇい!!渡す……ものかァァァァ!!」

 

空中でクリスに追い付き、彼女を突き飛ばしながらデュランダルへと彼女が触れた、その瞬間。

 

「えっ……?」

 

━━━━世界が、一変した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「う、うぅぅぅぅ……うあ、アアアアアアアア!!」

 

視界が、反転、する。

 

━━━━ローランよ、誉れ高き聖騎士(パラディン)たるお前にこそ、天使から託されしこの聖剣デュランダルを託そう。

 

それは、黄金だ。握った剣から溢れる黄金が視界を、いや、私の世界を埋め尽くす。

私が私でなくなるあの感覚。ダメだ。私はそうならない為に想いを握って……

そんな風に踏ん張ろうとする私の意識を押し流す、黄金の暴流。

 

━━━━ローラン!!ダメだ!!数が多すぎる!!やっぱ援軍を呼ぶべきだったって!!

 

だが、それは矛盾していた。私を浸食する黄金とは別に、私を包み込む暖かな想いがある。

春風は黄金を抑え込むように私を護ってくれる。だが、黄金が破格すぎて制御が出来ない。

 

━━━━ローラン……我が盟友。お前は、ただデュランダルだけで帰ってきたというのか……

 

歌が、聴こえる。それは、誰かの物語だ。と分かった。

春風の正体は、きっとコレだ。

あぁ、お兄ちゃんが言っていた気がする。

ローランの歌。誉れ高き聖騎士が最後まで戦い抜いたお話。

 

━━━━デュランダルをあの崖に突き立てよ。誉れ高きブリテンのアーサー王の如く、いつかあの剣を抜く者が現れるだろう。余は、それを待つ。そして、願わくば……デュランダルを抜きし者が、ローランの如き心根清き者である事を祈る。

 

ならば、この黄金は、デュランダルの力なのだろうか。

無限に溢れ、零れ落ち続けるも、尽きる事の無いこの黄金。

溢れに溢れて、私を塗りつぶすこの衝動。

 

「そんな力を……アタシに見せびらかすなッ!!」

 

「グル……?」

 

なんだ、今の音は?

その問いは、聴こえた声にでは無い。私の喉から零れた音の方にだ。

まるで、本能のまま咆え唸る獣のような、音。

 

それすらも黄金に呑まれる中で、視界に映るのは、大量に召喚されたノイズ達と、そして━━━━ネフシュタンの少女。

振り下ろせ、と黄金が叫ぶ。踏みとどまれ、と春風が謳う。

この黄金を振り下ろせば、彼女を倒せるだろう。倒してしまえと叫ぶ声がする。

……だが、それは、私の願いではない。

 

「グ、グルル……に、にげ、て……!!はや……く!!人に、振るいたくない!!こんな力を!!」

 

一瞬だけ、一瞬だけだったが、黄金を引き裂いて、春風が私の言葉を伝えさせてくれた。

だが、それすらも黄金に呑み込まれる。

ダメだ、それを振り下ろしてはいけない……!!

もはや、ネフシュタンの少女が逃げられたかもわからない。ノイズがさらに増えていた気もするが、それすらも判然としない。

 

薄れゆく意識の中で見えたのは、振り下ろされる黄金だけだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

思わずに、高笑いしそうになる口元を抑え、工場の爆発から立花響を護ってやる。義理というワケではないが、私の予想を上回ってくれた事への礼だ。

 

━━━━やはり、計画は変更せねばならんな。

 

改めてそう思索を巡らすが、それは計画の後退を意味する物では無い。

むしろ、逆だ。

クリスによるデュランダル起動には、ソロモンの杖の例からして最低でも半年は掛かるだろうと予想していた。その間、二課からの追求を躱すのは骨が折れると思ったが、彼女はそれを一瞬で終わらせてくれた。

加えて、未だ二課本部に近いここで起動してくれた事もまたありがたい。輸送は中止となり、二課本部に起動したデュランダルが収容される事となる。

砲身(カ・ディンギル)と、弾丸(デュランダル)がコレで揃った。後は引き金を引くだけだ。だが……

 

『了子くん!!響くん!!無事か!?』

 

「えぇ、私も、響ちゃんも無事よ。彼女が奮戦してくれたからか、制御されていたノイズ達は私を襲ってこなかったし……その間に、爆風から身を隠す事が出来たわ。」

 

『そうか……とにかく、二人共無事で良かった。ネフシュタンの少女は?』

 

「わからないけれど……デュランダルが振り抜かれる時には射線上に居た筈よ。すぐさま現れるとは、思えないわ。」

 

コレは本当。あの時、私に視線を送るだなんて迂闊を晒してくれたクリスだが、運よくデュランダルを握って暴走した響ちゃんがいい目くらましになってくれた。

しかし、驚いたのは彼女だ。まさか、完全聖遺物とシンフォギアの同時起動だけに飽き足らず、その上で一瞬とはいえデュランダルを制御せしめるなどとは。

 

『……やはり、デュランダルは起動してしまったか。』

 

「えぇ、それに……私の仮説も証明されたわね。やはり聖遺物の複数同時起動は危険よ。出力に振り回されて碌に制御も出来ず……結果はご覧の通り。響ちゃんが悪いワケじゃない。ただ、人の手には余る。という事ね……」

 

━━━━そう、人の手には余る力。だからこそ、この私に相応しい。

 

『……あぁ、そうだな。では、後始末の為に諜報班を向かわせる。了子くんは……』

 

「簡易的な診察はしたけど、響ちゃんが目を覚ますまでは当然此処に居るわ。大丈夫よ。初撃でフッとんじゃったから二次爆発も無さそうだし。」

 

『了解した……では、了子くん。響くんのこと、頼んだぞ。』

 

……本当に、喰えない男だ。

風鳴弦十郎。通称……日本の最終兵器。

(フィーネ)の計画における最大にして最強の障害であり……彼の助力が無ければカ・ディンギルの建造すら立ち行かなかっただろう欠かせない協力者でもある。

全く、ただ拳を握るのが得意なだけか、或いは公安仕込みの捜査が得意なだけの人間であればどれだけ御しやすかった事か。

弦十郎くんはそのどちらでもあり、どちらでも無いのだから全く以てタチが悪い。

 

━━━━恐らく、私が何かを企んでいる事には薄々気づいているだろう。だというのに、それでも私を櫻井了子として扱う、不思議な男だ。

 

 

 

「ん……あれ……?私……」

 

「あら、起きた?響ちゃん。」

 

「了子さん!!あの……私、さっき……それに、了子さんも……!!」

 

「んー?いいじゃないの、そんなこと。二人共助かったんだし。ね?」

 

あからさまな誤魔化しだ。だが、それでも彼女は踏み込んでこないだろう。それは優しさか、それとも処世術か……まぁ、いずれにしろ此方としては嬉しい限りだ。

 

「……この、惨状は……」

 

「……貴方の歌声で起動した完全聖遺物、デュランダルの力よ。」

 

「……私、わたし……こんな事の為に拳を握ったワケじゃないのに……」

 

そんな、少女の甘ったれた言の葉は、風に乗って解けて、消えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁ……」

 

土曜の昼下がりの病院、ゆったりと流れる時間の中に似つかわしくないその重苦しい溜息は、彼がどれほどに責任を背負(しょい)いこんでいるのかを感じさせる。

 

「なーに暗い顔してんだよ、トモ?」

 

「ッ!?……奏さん。あぁ、いえ。今日の輸送の件について……デュランダルは響のフォニックゲインで起動、その余波で薬品工場は全壊し、輸送作戦も一時中止……散々だったなって。」

 

……きっと、『自分がその場に居れば~』とか思っているのだろう。まったく、肩の力を抜くって事が出来ない男だ。

大方、後始末にまで手出ししそうだからとオペレーターの二人が気を回して手の経過観察にと病院(コッチ)に回してくれたと見える。

 

「ま、仕方ないんじゃないか?響だって、今できる事を精一杯やった筈さ。それを信じて後押ししてやるのも大事なバックアップじゃないかい?」

 

「……頭では、分かってるつもりなんですけどね。中々、上手く割り切れない部分です。」

 

「過保護だねぇ……それで?手の方はどうなのさ。」

 

「ホントはもう少し様子を見たいそうですが、派手な動きさえしなければもう動いていい、と。なので、これからしばらくは緒川さんと一緒に裏方仕事をしようかと思いまして。」

 

……あきれ果てた仕事根性だ。裏方仕事とは言うが、緒川さんと組む、という事は即ち、仕事の中身は米国の干渉を探る諜報活動だ。

 

「……もうちょっと、さ。トモはゆっくりしてもいいんじゃないか?そんなにガチガチだと、その内ポッキリ折れちゃうぞ?」

 

思わずポツリと出た言葉は、けれどもアタシの本心だった。

 

「……ですかね。」

 

「そ。なんならアタシと世間話していかない?鳴弥さんが別件で動いてるから、話し相手も居なくて暇なんだよ。翼もまだ本調子じゃないしさ。」

 

「話し相手、ですか……うん。いいですよ。それじゃあ、何を話しましょうか?」

 

「んー、なら、好きな音楽とかは?実は結構気になっててさ。いっつもシンフォギア装者の歌を聴いてるとなると、当然耳も肥えちゃうだろ?そんな中で、トモが好きな音楽は?」

 

「ん……ツヴァイウイングの曲、ってのは卑怯ですかね?」

 

「うん、卑怯だから出来れば別のアーティストがいい。褒めてくれるのは嬉しいけどな?」

 

「そうですね……だったらちょっと古いですけど、ソネット・M・ユキネさんの曲が好きですね。」

 

「へぇ?ちょっと意外……でもないか。そういうしっとりした感じが好きそうだもんな……確か、十年くらい前に亡くなったんだっけ?」

 

「……えぇ。八年前、今でもなお紛争が続く南米の小国、バルベルデでのNGO活動中に旦那さんと一緒に……実は、その時に父さんが入国までの間護衛として着いて行ってたんですよ。」

 

「……え?」

 

軽い気持ちで聞き出した話題は、これもまた少年の過去に暗い影を落としていた。

ウソだろ?と思いたいくらいの地雷率だが、まぁ致し方のない事だろう。アタシとて過去を穿り返せば暗い話題ばかりにもなる。

 

「コロンビアから陸路での入国……ただ、最後まで護衛すると主張した父さんを、雪音雅律(ゆきねまさのり)さんが止めたんだそうです。

 『国連軍の特殊部隊所属であると割れている共行氏の関与が分かれば、バルベルデに無意味な大義名分を与えかねない。ここまでの道中の護衛だけで、バルベルデ入国までの護衛という私達との契約は果たされている。どうか、貴方の護衛を待っている世界の誰かを護ってくれ』と。」

 

雪音さんの言う事も尤もだ。NGO活動はいつまで続くかも分からない。世界最高峰の護衛だったと伝え聞く共行さんがそこに付き添い続ければ、彼の護衛が無ければ喪われる多くの命が野ざらしにされる事となる。だが……

 

「その結果が、夫妻の死か。ままならないな……」

 

「えぇ……帰国して数ヶ月したある日の、夫妻の死亡のニュースを聴いた時の父さんの顔は、忘れられません。」

 

「……悪いな。世間話って言ったのに、重い話題にしちまって。」

 

「いえ、こっちこそ。重い話にしちゃったのは俺ですから……それに、父さんのその顔を覚えているからこそ、零さぬように護ろうと誓えたんです。」

 

「そっか……あ、ならそうだ。トモは恋の悩みとかあるか?なんならお姉さんがドーンと相談に乗ってやろうじゃないか!!」

 

流石に、コレなら暗い話題にならないだろう!!甘酸っぱい青春物語の一つや二つ穿り返せる筈!!

そんな野次馬根性半分、知りたい気持ち半分で訊いたのはそんな質問だった。

 

「ぐっ……その……ノーコメントって言うのは、アリですか……?」

 

「……ほー?ほほーん?ほほぉん?」

 

「ぐっ……なんですか!!その謎の三段活用は!!」

 

「別にぃ?ノーコメントって答えるって事はつまり……なにかあるって事だよな?」

 

語るに落ちるとはこのことか。しかもこの反応からしてごく最近の、未解決な事なのだろう。

ちょっと寂しいけれど、それを押し殺してトモを尋問する。

 

「ぐぐぐ……わかりました!!わかりましたよ!!……女性視点からのアドバイスも欲しかったですし……相談に乗ってもらいますけど、いいですか?」

 

「あぁ、別に構わないさ。」

 

「……その、響との事なんです。詳細は省きますけど、ちょっとした誤解というか、行き違いで……」

 

━━━━響と来たか。なるほど。幼馴染だというし、それっぽい話にも事欠かないだろう。

 

「その……響の事を、女性として意識する事がある、というのを本人にカミングアウトしてしまって……」

 

……はい?

 

「……んー?ちょっと状況が分からないな……それに、女性として意識するって、どれくらいの話なのさ?」

 

「えー……その、響が『やっぱりメロン級のおっきな胸がいいんだ!!』と言い出しまして……俺の方も、響や未来のそういった所に視線が向いてしまう事があったと口が滑ってしまいまして……」

 

「……プッ、ククッ……ハハハハハ!!なんだそれ!!メロン級って……!!ククッ、トモ!!お前さん達はホント……!!」

 

甘酸っぱい話そのものが飛んできた上に、その内容のあまりのピュアピュアさに思わず爆笑してしまう。

 

「……俺は、笑えないですよ……これから響や未来とどんな顔して遊びに行けばいいのか……」

 

「ハハハ……ゴメンゴメン。けどそうだな……トモだって男の子だもんなぁ。アタシの裸にもしっかり反応してたみたいだし。」

 

そう言って悪戯っぽく笑いかけてやると、露骨に目を逸らすトモ。きっと顔は真っ赤だろうというのがわかってなんだか可愛らしい。

 

「それは……ッ!!あの時は、すいませんでした。」

 

「あの時はアタシと鳴弥さんも油断してたってので話は終わり。それに、異性に興味があるってのはアタシ達にとっては健全な事だろ?だったら、そこまで意識しなくてもいいんじゃないか?」

 

「……そんなもんなんですか?」

 

そんなもん、とは見られる女性側として、という事だろう。だから、トモが勘違いしないようにしっかり釘を刺しておく。

 

「本当の事を言えば、そんなもんじゃすまないさ。顔しか知らないような奴から下卑た視線でネットリ見られるなんてのだったら、アタシだって最悪な気分になる。

 ……けど、トモは優しいだろ?そうやって反応するのはアタシ達に悪いと思って隠そうとしてる。そうやって紳士的に見てくれてるって事なら、多少のオイタは許してやってもいいかな?って慈悲が生まれるって話。

 だから、あんまり調子に乗るんじゃないよ?」

 

ツヴァイウイングとしてトップアイドルへと駆け上がるまでの間にはまぁ、大分浴びた物だ。今思い出してもあまりいい思い出では無いが、トモの場合は別だ。

アタシ達と正面から真っ直ぐ向き合ってくれているのが見えるから、それくらいならいいかな?と思ってしまうのだ。罪な男である。

 

「調子になんて乗れませんって……けど、ありがとうございました。どうにか、響達と真っ直ぐ向き合えそうです。」

 

そう言って背けていた顔を此方に向けて、真っ直ぐ向き合ってくる少年の顔は、赤みこそ残っているものの、決意を決めた真っ直ぐな瞳で。

 

━━━━羨ましいなぁ、響達は。

 

だなんて、そんな事をつい思ってしまうのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

朝、日が昇るよりも前の湖は、冷たい空気を湛えて、無言で其処にご鎮座ましまして居た。

 

そんな中、桟橋に立って考えるのは、昨日の事。

 

(完全聖遺物の起動には、相応のフォニックゲインが必要だ。とフィーネは言っていた。アタシですらソロモンの杖に半年もかかずらった事を、アイツはたった一時で成し遂げやがった……)

 

黄金の暴流。まさにそう表現するに相応しい、デュランダルの目覚めと、その立役者の事だ。

 

(そればかりか、一瞬だけとは言え『聖遺物の同時制御』なんていう荒業まで成し遂げやがった)

 

聖遺物は、同時に起動してはいけない。一つだけでも莫大な……それこそ個人の意思など流しつくす程の強大なエネルギーを放つ聖遺物を同時に制御するのは人間には不可能だろう。というのがフィーネの説明だ。

故に、デュランダルの強奪も未起動の状態で奪い去り、後々に安全なこの屋敷で起動実験を行う予定だったのだ。

それを、あの瞬間だけではあるが、アイツは覆したのだ。

 

『グ、グルル……に、にげ、て……!!はや……く!!人に、振るいたくない!!こんな力を!!』

 

そして、それどころかこの雪音クリス様にケツをまくって逃げろなどと抜かしたのだ。

 

「……化け物めッ!!……フィーネが、このあたしに身柄を確保させようってくらいアイツにご執心なのも……」

 

━━━━納得だ。と続けようとしたその先は言葉にならない。いや、出来ない。

 

フラッシュバックする過去。

NGOへの支援物資と偽って運び込まれた爆弾は狙い過たずあたしのパパとママの命を奪い、あたしを庇ってくれたソーニャとも、結局喧嘩別れしたまま二度と会えなかった。

それからは……正直に言えば、思い出したくもない。痛いと叫んでも、イヤだと懇願しても、アイツ等はあたしの事なんか一切考えてくれなかった。

誰も……フィーネ以外には誰も、穢れ切ったあたしを助けてくれる人なんて居なかった……!!

 

そんなフィーネが、あたしよりもご執心な、立花響という女。

 

「……そしてまた、あたしは独りぼっちになるワケだ……」

 

朝陽が、目に沁みる。

 

「ッ!!」

 

ふと気づけば、フィーネが後ろに立っていた。

……フィーネは、何も言わない。当然だ。人を繋ぐのは痛みと報酬だけ。

フィーネに何も返せてないアタシに、フィーネが何かをくれるなんてそんな甘っちょろい幻想は最初から持っていない。

 

「わかっている。自分に課せられた事くらいは。

 こんなもんに頼らなくても、アンタの言う事くらいやってやらぁ!!」

 

ソロモンの杖を、フィーネへと投げ渡す。

受け取るフィーネは、ただ微笑むだけ。

今は、それでも構わない。

 

「あたしの方がアイツよりも優秀だと知らしめてやる!!あたし以外に力を持つ奴は、すべてあたしの手でぶちのめす!!

 それが、あたしの目的だからな!!」

 

━━━━ほんとうに?

 

あぁ、本当だ!!フィーネが教えてくれた事だ!!力を持つ奴をぶっ潰して行けば、世界は救われるって!!

歌なんかじゃ世界は救えない!!だから……あたしが力で世界を救って見せる……ッ!!

 




少女達はすれ違う。それは、少しずつ溜まった歪みの発露。
少年は対価を払う。それは、吐き続けた嘘への大きな代償。
だが、兆しは此処に。嘘はあれども、それが全てでは無かった。
優しい嘘のその行方。彼方を見据え、受け止めるのは誰の愛か。


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第二十話 兆候のウェアアバウト

あれから一晩が明けた、日曜。

陸上部の活動も今日はお休みという事で、私と未来は空いているグラウンドを貸してもらって走り込みをしていた。

 

一定のペースで走り続ける事。それは、鍛錬でありながらも、私に冷静に考える時間を与えてくれた。

 

デュランダルの力……黄金の暴流。恐ろしい程に強大な、完全聖遺物という力。

 

━━━━けれど、怖いのは力そのものでは無い。ネフシュタンの少女へとそれを振り下ろしてしまった、私自身の弱さだ。

 

誰かに悪意を向けてしまう事。それが簡単に出来てしまう事なんて、二年前の事故の時からよく知ってる。

……だからこそ、誰かに悪意を向けるなんてことを、私はしたくないのだ。

だというのに、いとも容易く私はあの黄金に呑まれてしまった。

 

「くっ……!!」

 

アレは、イヤだ。

だから、私は、私らしく強くなりたい。

ゴールで止まってはダメだ。結論に留まってはダメだ。握り続けなければダメだ。

踏みとどまって、踏ん張って、踏みにじらないように前を見据えなければならない。

 

━━━━そうして、気づけば未来をも置き去りにして、私は走り続けてしまったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

立花さんと小日向さんがグラウンドを走り続けるのを病棟から見下ろす。

リハビリ代わりの散策の途中で、ふと見下ろした先。そこに彼女達は居た。

 

「……懐かしいな。」

 

「何がさ?」

 

「ん……奏と一緒に、ああやって特訓したなって思い出して。」

 

隣に付き添ってくれた奏からは、車椅子の高さなので見えていないようなので窓際に誘導する。

 

「あぁ……なるほど。あんな風に一緒に走ったもんだよなー。確かに懐かしいや。」

 

そうやって奏と二人、暫し想い出に耽る。

 

「……ねぇ、奏。」

 

その心地よい空気を振り切って、私は奏へと言葉を切り出す。

 

「ん?どうしたのさ翼。いつになく神妙な顔して。」

 

「……うん。神妙な話だから。」

 

「……そっか。で?」

 

「……歌女としての私を、奏に預けたいの。」

 

歌女としての私。奏と共に、皆に歌を届けていた私。

それを、奏に預けたい。

 

「……それは、今回の件が終わるまでか?」

 

奏はやっぱり優しい。一見すれば意味不明な私の言葉を、ちゃんと理解してくれている。

 

「えぇ。まずは、この件が終わるまで。その後は……卒業して、海外進出する時までに道を決めたい。」

 

「……ま、元々アタシと翼は両翼揃ってツヴァイウイングだもんな。分かった。ひとまずはライブの時以外は預かっておくさ。ただし、ちゃんと取りに戻ってくる事。」

 

「えぇ。私と奏、いつか両翼揃って歌う日の為に……防人としての私、風鳴る翼は必ず戻ってくる。」

 

二週間前の失態。起動した完全聖遺物。ネフシュタンの少女。

誰がこの絵図を描き、どうしようとしているのかは未だ分からない。だが、必ずやその企みを斬り裂き、人々の平穏を護り通して見せる。

防人としての新たな誓いを胸に、私はリハビリ代わりの体力づくりを再開するのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

リディアンの学生寮はとても充実した設備を備えている。一室毎にユニット式では無いバスとダイニング付き。しかも広い。

そんな充実のラインナップの一つであるお風呂に朝から浸かる贅沢を楽しみながら、響を見やる。

昨日の昼過ぎに帰ってきた響はなんだか沈んだままだったけれど、一夜明けて、気分転換にと走りに行ってようやく落ち着いたようだった。

 

「もう……響ったら張り切り過ぎだよ。」

 

「ゴメン。考え事してたら、つい……」

 

「ボランティアの事?」

 

「……も、あるかな。」

 

「……やっぱり響は変わった子。」

 

「あはは、そうかもだね……ゴメンね、折角の日曜なのに付き合って貰っちゃって。」

 

「ううん。私も中学時代を思い出したからいいの。久しぶりに走ると気持ちよかったー!!」

 

本当に、久しぶりだった。

走る為のグラウンドに、走る為の服装、そして、隣で一緒に走る人。

ここまで揃ったのは、リディアンの中等部に転校する前まで遡るだろう。

 

「あれだけ走ったのに!?……やっぱ元陸上部はさすがだなー。」

 

響はそう返してくれるが、私としては響の体力の方が驚きだ。

確かに、前からモリモリ食べてくれる子ではあったけれども、人助けを除けばどちらかといえばものぐさな方だったのに、今では私よりも長く走れている。

 

「……響、やっぱりボランティアに参加してから変わったね。前は、お兄ちゃんに影響されてやってた人助け以外ではそこまで頑張る事とか好きじゃなかったでしょ?」

 

「そうかなぁ?自分では、あんまり変わったつもりは無いんだけど……」

 

「ううん。前より筋肉も付いたし……でーも、傷だらけなのはちょっと女の子としてどうかと思います!!」

 

そういいがかりを付けながら、響の身体に触れる。

私が言った通りに、傷だらけな身体。誰かを護る為に一生懸命な、その身体。

誤魔化すように、その肌に触れる。

 

「ほら、ここも。こんな所も。」

 

「や、やめてとめてやめてとめてやめてやめて!!あははははは!!」

 

くすぐったいからか、笑いだしてしまう響。そんな響に、私も思わず笑ってしまう。

 

「うふふふふ……」

 

「あはははは……」

 

 

 

「……ねぇ、今度ふらわーのお好み焼き奢ってね?今日の分のお返し。」

 

「……えっ?確かに、おばちゃん渾身のお好み焼きにはお兄ちゃんと私がユニゾンしてうーまーいーぞー!!ってリアクションを取る程の頬っぺたの急降下爆撃だけど……」

 

「じゃ、契約成立って事で。楽しみだなー。」

 

「……ホントにそんなんでいいの?」

 

「うん。そんなのが一番いいんだ。私には。」

 

……そう。何でもない、こんな約束が守ってもらえるくらいが、一番大事。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

デュランダル輸送から、四日が経った。

輸送作戦の中断から、政府は方針を転換、持ち出せないデュランダルを護るべく二課本部の拡充に予算と人員を注ぎ込む事となった。

 

「……あぁ、今日は亡くなられた広木防衛大臣の繰り上げ法要でしたものね。」

 

「ああ。ぶつかる事もあったが……それも俺達を庇ってくれての事だ。」

 

珍しくも黒スーツにしゃんと絞めたネクタイだった司令にびっくりしながらも了子さんが応じる。

……といっても、司令室に入ってきた途端にネクタイは緩められたのだが。まぁその方が此方も収まりがいい。

 

「対抗意見が無ければ、仮に我々二課が暴走した場合にそれを食い止める勢力が居なくなてってしまいますからね……そういう意味では、重荷を背負わせてしまって居たかもしれません……」

 

「心強い後ろ盾を喪ってしまったな……作業の進捗は?」

 

「予定より+17%。やっぱり予算が通ると作業が捗るわ~。」

 

「正直な所、移送計画が頓挫してホッとしましたよ。幾ら記憶の遺跡が難攻不落とはいえ、その上には永田町が載っていますから……」

 

「もしもデュランダルの輸送が成功していたら、永田町という政経の中核にノイズを呼び込んでいたかもしれませんからね。怪我の功名と言ったところでしょうか。」

 

「それどころか本部の防衛システムの強化まで行えるだなんて……」

 

合理的に考えれば、二課本部から動かすのが危険である以上はその防壁たる二課を強化するのは必定と言える。だが……

 

「そもそもこの本部は、メインシャフトを除いた本部機能部分にブロック構造を採用しているから、地下構造物でありながらも縦横無尽に予算に合わせて拡充可能な形式になるように設計段階からしてあったのよ。

 ただまぁ……」

 

「予算案の時点で数千億から数兆円規模の大工事でしたから、当たりの厳しい議員連から反対されてたんでしたっけ……」

 

「あぁ。そして、その反対派筆頭こそが、広木防衛大臣だ。二課本部という『見えない兵器』では無く、シンフォギアという『明確な兵器』を正しく国際社会に認めさせ、それによって国防を為すべきである……

 非公開の特務機関への無制限な血税投入と、超法規的措置の常態化など言語道断。いや、バッサリと叩き切られたもんだ……

 大臣はそうやって、二課の利益と国防の為の建前を両立させつつも、俺達が法令違反を犯したところを突こうとする親米派の意見を封殺していたんだ。

 異端技術(ブラックテクノロジー)を使用した軍隊を認めさせるなど、間違いなく理想論ではあるのだが……理想的な結論であるが故に筋道だって反対する事は難しいからな……」

 

「司令……大臣の後任は……?」

 

重苦しい雰囲気が司令室を包む。裏からとはいえ、二課を護ってくれていた後援者を喪った事は大きな痛手だ。ある意味当然とも言える。

 

「副大臣がスライドだ。さらに言えば、彼こそが今回の本部改装計画への予算承認を後押ししてくれた立役者でもある。あるんだが……」

 

「……『国内でのテロ行為による大臣殺害などという未曽有の大惨事。その再発を防ぐ為にも、安保理によって深く日本と国交のある米国との協調によって治安の安定化を図るべきである』。就任演説の草案を見せてもらいましたが……」

 

「それって……!?」

 

「あぁ、協調路線を強調する、親米派の防衛大臣の誕生ってワケだ。」

 

表向きの話だけ見れば確かに、高い国力を誇る米国との関係友好化は歓迎すべき事である。だが、こと我々二課にとってはそう簡単な話では無い。

 

「まさか……」

 

「そのまさか、だと思いますよ。確証も物証も無いのでまだまだ憶測に過ぎますが、広木大臣は日本単独での国防を提唱するある種の国粋主義的考えの持ち主と世界的にも有名でしたから。」

 

「そんな!!それじゃこんなの全部茶番じゃあ……」

 

友里さんの悲痛な叫びを切り裂いて、警報の音が鳴り響く。

自動的にメインモニターに映るのは、改装作業の最前線。どうやら事故で出火してしまったようで、現場では消火器を使っての初期消火が行われている。

 

「あら、大変。トラブルみたいだから見に行ってきくるわね?」

 

そう言い残して、了子さんは去って行く。

 

「……共鳴くんは、この後は緒川と合流する予定だったな?」

 

「えぇ。学校の方も元々全休で調整していましたから……ところで、母さんは一体どこまで行ってるんです?最近本部でも見かけないんですけど……」

 

二週間前、ネフシュタンの少女と遭遇した辺りで、今回の件とは別件の事案が発生したからと本部でも屋敷でも見ない日が多くなっていたのだが……

 

「あぁ、鳴弥くんなら……そうだな、今は栃木に居る筈だ。」

 

「栃木?」

 

「あぁ、早期に研究して欲しい聖遺物があるというタレコミが来てな。そっちの方は了子くんも興味無し……というか、デュランダル関連で手が回らんという事で鳴弥くんに丸投げした形になる。

 現地で聖遺物を回収して、そろそろ戻ってくる筈だ。」

 

「聖遺物ですか……了子さんが動けない以上、シンフォギアとしての改修も出来ないのに、ですか?」

 

「あぁ、どうも限定的な起動条件を満たしているらしく、怪異現象を頻発させているとの事でな……こっちも正直手一杯とはいえ、実害まで出ているとなれば捨て置けん。」

 

「なるほど、それは母さんも放っておかない筈ですね……」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はい。はい……え?私がお見舞いに、ですか?」

 

『すいません。今ちょっと手が離せないんですよ。』

 

昼休みに掛かってきた電話は、緒川さんからだった。

内容は、というと翼さんのお見舞いに行って欲しい。という物で……

 

『響さんでしたら関係者ですので、翼さんの事を安心して頼めるんです。』

 

「関係者だったら、お兄ちゃんという手も……」

 

『すいません……共鳴くんはこの後、此方と合流する予定なんです。』

 

「なるほど……わかりました!!じゃあ、私がちゃーんとお世話しますので、緒川さんとお兄ちゃんもお仕事頑張ってください!!」

 

お見舞い、となれば花も用意しなければならないだろうか。等と考えていた所で、階段の上から声を掛けられる。

 

「響。今日、これから買い物に行くんだけど……一緒に行かない?約束、今日にしようと思って。」

 

「……ゴメン。未来。今、翼さんのマネージャーさんから連絡が入って……お仕事で忙しいから、代わりにお見舞いに行って欲しいって……それで……」

 

「え?じゃあ私も……あ、そっか……芸能人だもんね。パパラッチ対策?」

 

「うん……そんな感じ。折角未来に誘って貰ったのに……私呪われてるのかも……」

 

「ううん。わかった。じゃあ、また今度にしよう?私も図書室で借りたい本があるから、今日はそっちにするよ。」

 

しょんぼりする私を、未来が諭してくれる。

約束を護れなかったのは私なのに、未来に迷惑掛けちゃって……改めて、装者と学生の二足の草鞋を履く事の大変さを痛感する。

 

━━━━翼さんは、それに加えてアイドルとしても活動しているというのだから、驚きだ。

 

一ヶ月程前に翼さんが忠告してくれたのは、きっとこういう事なのだろう。

 

「ごめんね……未来。」

 

手を合わせて謝りながらも、未来に本当の事を言えない辛さが、私の心を蝕んでいた。

 

 

 

 

結局、お見舞いの品には近くのお店で買った花束を持っていくことにした。

 

「スーッ!!ハーッ!!」

 

しかし、病室の前まで来て私は滅茶苦茶緊張していた。なにせ、翼さんといえばあの高嶺の花にして絶世の美少女。

さらに言えば、私にとっては二年前からときめく女性ランキングトップ爆走の綺麗な人でもあるのだ!!

そんな翼さんのプライベートに触れる。なんて言う機会に緊張しない筈があろうか?いや無い!!

 

「失礼しまーす。翼さー……」

 

━━━━そうして、踏み入った病室の惨状に、私は言葉を喪った。

 

「まさか……そんな……ッ!!は、はやく二課の皆に……!!」

 

「……どうしたの?私の病室の前でそんなに騒いで……」

 

そんな混乱の中の私に後ろから声を掛けて来てくれたのは、当の翼さん本人と奏さんの二人だった。

 

「……」

 

「ッ!?翼さん!!よかった!!無事だったんですね!!」

 

「え、えぇ……そこまでの大事でも無いから、そろそろ退院の予定だけど……どうしたの?そんなに慌てて。」

 

「…………クッ。」

 

「だ、だって……!!こんな!!まるで強盗か乱闘でもあったかみたいな病室のあり様で……!!てっきり私、お兄ちゃんみたいに入院中に誘拐されちゃったんじゃないかって……!!」

 

「……あ。」

 

「……プッ。アハハハハハハハハハハ!!翼……ッ!!翼……!!ク、アハハ!!ダメだゴメン!!我慢出来ない!!アッハッハッハ!!」

 

顔を赤らめて押し黙る翼さんと、我慢出来ないと爆笑し始めた奏さん。

━━━━そんな二人の反応に、どうも私の勘違いだったようだ。とようやく気付いた私なのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

図書室を探索して、お目当ての本を見つける。

その本のタイトルは『素直になって、自分』

 

「はぁ……」

 

その本を手に取って、大きく息を吐く。

素直になって、とは誰に対してなのか。

私?それとも……

それこそ素直になれていない、錯綜する思考の中、ふと外を見る。

 

━━━━そして私は、そこにお日様の色を見つけてしまった。

 

「……そっか。お見舞いなんだっけ……!?」

 

病室に翼さんと響と一緒に居たのは、私でも知っている人だった。

 

「天羽……奏、さん……!?」

 

二年前のライブ事故の際にモニュメントの下敷きになって、今も寝たきりだと聞いていたその女性の存在に、私は響の歯切れが悪かった理由を知る。

 

「そっか……そうだよね。ボランティアを通じて翼さんと仲良くなったのなら、目覚めた奏さんとも仲良くなるのも、当然だよね……」

 

━━━━すごく、寂しい。お兄ちゃんを通じて知り合った翼さんを通して、私の知らない響がドンドン増えていく事が。

 

「……私、重い女なのかなぁ。」

 

響にも、お兄ちゃんにも、変わらないまま居て欲しい。昔みたいに、三人でずっと一緒に遊んでいたい。

感傷だと思っていた感情が、コントロール出来ない。

 

そうして、そっと本棚に本を戻す。

……私が今胸に抱くコレはきっと、素直になったらいけない感情だから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━まず初めにしたのは、病室の掃除だった。

 

実を言えば、普段はやっていないがこういった家事は嫌いでは無い。自分の物を片付けるとなれば話は別だが……誰かの役に立つのは、やっぱり好きなのだ。

 

「もう……そこまでしてくれなくてもいいのに……」

 

「いや、ダメだろアレは。アタシじゃ出来ないから仕方なしに放置してただけだぞ?」

 

「あはは……緒川さんからお願いされたんです。お片付けだけでもさせてください。」

 

翼さんのお世話が出来るなんて夢みたいで、鼻歌混じりに片付けが捗る。

 

「私は、その……そういう所にまで気が回らなくて……」

 

翼さんのそんな独白にうんうんと頷く奏さん。昔からそうだったんだろうなぁ。と思う。

 

「……でも、ちょっと意外です。翼さんって、奏さん絡みを除けばなんでも華麗にこなすイメージがありましたから。」

 

零れたのは、私の本音。学院での翼さんのイメージといえばやはり高嶺の花なのだ。

勿論、奏さんやお兄ちゃんの前では違う部分も見せているけれど、それでもやっぱり王子様のような立ち姿のイメージが先行するのだ。

 

「……真実は真逆ね。戦う事と歌う事以外、何もかも捨てて来てしまったのだもの……」

 

「……捨てたワケじゃないさ。翼がやった事無い事も、これから全部やれる事なんだ。」

 

「……ありがとう、奏。」

 

後ろで、二人が何か話しているのが分かるが、詳細はよく聴こえない。まぁ、聞き耳を立てるのも野暮天さんだし、私は私のやりたい事を……おっ?

 

「よーっし!!これでおしまいです!!」

 

「ごめんなさい……普段は緒川さんにやってもらっているのだけれど……」

 

「えぇッ!?お、男の人にですか!?」

 

自分でやる、という発想が無い辺り、流石のブルジョワジーだ……等と、未来が聴いたらニッコリ怒りそうな事を思ってしまいつつも、自分に置き換えてみたらどうかとふと思考が脇に逸れてしまう。

未来から片付けてもらうのは、私にとって未来への甘え方のような物だけれども……もし、それをお兄ちゃんにしてもらったら……

……そんな風に考える今の私の顔はきっと、トマトのように真っ赤になっているだろう。

 

「た、確かに考えてみれば色々と問題だけれども……散らかしたままは流石に良くないからと緒川さんの善意に流されてしまって……つい……」

 

「二年もやってりゃ、もう兄気分なんじゃないかなぁ緒川さんの方も。」

 

けれど幸いな事に、男の人に世話してもらう事に意識が向いたと思われたのか、二人共そこにツッコんで来る事は無かった。

た、助かった……

 

「……今はこんな状態だけれども、報告書は読ませてもらってるわ。立花さん。共鳴くんと一緒に、二人でよく頑張ってくれたわね。」

 

「おー、アタシもちゃんと見届けた分を翼に教えてやってるぞー。」

 

「はい……お兄ちゃんと、二課の皆に助けられて、なんとか……でも嬉しいです。翼さんから褒められるなんて。」

 

「……だからこそ、ゆっくり聴かせてほしいの。あの日約束した通り、貴方の握る答えを。」

 

━━━━その言葉に、胸の奥の怯えが強くなるのを感じる。

 

「ノイズとの戦いが遊びでは無い事も、ただの学生としての生活との両立が辛い事も、今の貴方は分かっている筈。

 ━━━━それでも、握って貫き通したい思いは、貴方の胸にしかとあるのかしら?」

 

奏さんは、何も言わない。私の答えを待ってくれているのだろう。その心遣いがありがたい。

だって、まだ私の胸の想いは定まりきっていないのだから。

 

「辛い事も、苦しい事も、悲しい事も、あるって分かってます。けど、それでもと貫き通したいのはきっと、二年前の事故の時の事を覚えているからなんです。」

 

━━━━けれど、この胸の欠片を言葉と紡ぐ事は出来るのだ。

 

「あのライブの日、奏さんとお兄ちゃんが、命を賭けて私を救ってくれました。

 ……けれどやっぱり、それでもあの時に救われなかった人が居て。それだけじゃなくて、あの日以降にも救われなかった人達が、居たんです。」

 

それは、生存者へのバッシング。名前も知らぬ、お兄ちゃんの覚悟を定めてくれた、名も知らぬ一人の少女。

 

「私の家族も、本当は救われない筈でした。けど、お兄ちゃんが居てくれた。助けてくれたんです。最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。

 お兄ちゃんがそこまでしてくれた理由は、一人の女の子だったんです。生存者へのバッシングから救われる事の無かった、お兄ちゃんの友達。」

 

私の言葉に、息を呑む二人。翼さんは沈痛の面持ちで、奏さんは心底驚いた顔で。

 

「だから、私は護りたいんです。ううん……失いたくないんです。些細な日常も、友達との約束も、大事な人の命も、全部。

 それが一人じゃ絶対不可能だって事も、分かってるつもりです。けど、諦めたくないんです!!」

 

あぁ、そうか。

言葉にしてようやく理解する。私のコレは、我儘だ。

『零れていくナニカが我慢出来ない』のだ。私は。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

響の熱烈なカミングアウトを受けて、翼は場所を変える事を選んだ。その理由は、まだわからない。

 

「……貴方のそれは、もしかしたら前向きな自殺衝動なのかも知れないわ。

 失いたくない、喪われるのが我慢できなくて、自らを犠牲にする事すら厭わない。」

 

「自殺衝動……ですか。」

 

「えぇ。共鳴くんも恐らくは同じような理想を握っているのでしょう。けれど、彼は届く範囲を決めている。決めているからこそ、決して離さないと決意を胸に握っている。

 ……けれど立花さん。貴女の優しさは違う。敵味方の区別も無く、善悪の差別も無く、手を伸ばしたいと思っている。……違うかしら?」

 

「……違いません。ノイズに襲われている人が居るのなら、お兄ちゃんみたいに飛んでいって助けてあげたい!!最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線にッ!!

 ……そして、もしもその相手がノイズでは無く人だったとしても……手を伸ばしたい。どうして戦わなくちゃいけないのかとか、そういう疑問全部!!手に握って想いに変えて、届けたいんです!!」

 

その言葉に、二週間前の自分の大きな過ちに気づく。

……あぁ、なんて思い違いをしていたのだろう。(この子)がアタシと同じだ。だなんて。

アタシとはまるで違う。最初から、この子の怒りは『誰かの為』だったんだ。

復讐からノイズを屠る牙を求めたアタシとは違う。復讐を辞めて、全部吐き出して歌ったアタシとも違う。

最初から、立花響は護る為に拳を握っていたのだ。

 

「……だったら、その想い全部、直接ぶつけてやったらどうだ?偶にはそんな直球解決があったっていいだろ?」

 

「えぇ。そうして胸に浮かぶ想いを握りしめた……その先にある物こそ、立花響のアームドギアに他ならないのだから。」

 

「はい!!……そういえば、私のアームドギアに繋がるかはわからないんですが、奏さんに頼みたい事があったんです。今、いいですか?」

 

「アタシに?」

 

なんだろうか。真っ先に思いつくのはアタシがガングニール握った理由。だが、それは二週間前に教えた筈だが……

 

「……その、歌を聴かせてほしいんです。二年前のあの日、聴こえた歌を。」

 

「……え?」

 

頼まれたのは、意外な事。

 

「それは……ツヴァイウイングの歌じゃなくてか?」

 

「はい!!二年前のあの日、聴こえたんです!!ツヴァイウイングの歌じゃない、奏さんの歌が!!」

 

━━━━君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ

きっと、その歌の事だろう。だが……

 

「けど、あの歌は……ガングニールから溢れた歌なんだ。だから……」

 

━━━━もう、アタシには歌えない。

人と死して、戦士としても死したアタシには……

 

「……力の使い方を知る者とは、即ち戦士。そして戦士として力を握れば握る程、人の生き方から遠ざかるという事……奏、貴方は……」

 

アタシの虚無に、たったこれだけで気づいてくれた翼が補足した通りだ。人として生きる事を辞め、戦士として槍を振るう事も出来なくなったアタシは……

 

━━━━ガングニールの装者の、抜け殻でしか無いのだろう。

 

「……それでも!!奏さんは此処に居ます!!生きてます!!戦士として立てなくなっても、今ここに、人として生きています!!それは、絶対否定出来ない事実なんです!!」

 

「アタシが……人として、生きている……?」

 

そんな、アタシが目を逸らしていた絶望を切り裂いたのは響の声と、

チリン、と。胸の上で音を立てた、ガングニールのペンダントだった。

 

風が、強く吹いている。

心地いい風が吹いている。

 

そうして、胸の奥から溢れる(モノ)があった。

それは、あの日よりも弱弱しい歌。

あの日よりも、きっと優しい歌。

 

━━━━ああ、そうか。こんなにも儚い希望と言う光を忘れぬよう、私達は出逢ったのかも知れないな。

 

「わあ……!!」

 

アタシのみっともない歌を聴いて、キラキラと目を輝かす響を見やり、思う。

あぁ、確かに。アタシの時間は、二年前のあの日から止まってしまった。

『人と死すとも、戦士と生きる』。そうガングニールに誓ったアタシの歌は喪われてしまった。

それは、仕方のない事だ。

 

━━━━けれど、アタシは此処に居る。

戦士と死しても、人として、無様を晒して、それでも生きて此処に居る。

 

「……どうだった?響。アタシのワンマンライブを独り占めした感想は。」

 

「最高でした!!」

 

そんな笑顔が眩しくて、微笑が零れてしまう。

 

「奏……奏……!!」

 

泣きじゃくってアタシに縋りつく翼を、半ばまでしか無い腕で抱きしめながら声を掛けてやる。

 

「泣くなよ翼……そんなんじゃ、防人としての風鳴翼の名が廃るぞ?……うん、決めた。翼。アタシはさ、歌女としての翼を預かりはする。

 預かりはするけど……あんまり受け取りが遅かったら、コッチから叩き返す為に駆け上っちゃうから。」

 

「うん……ッ!!奏に叩き返される前に、私は必ず帰ってくる!!そうしたら……そうしたら……!!」

 

「あぁ、両翼揃ったツヴァイウイングの、どこまでも飛び立つ為の復活ライブ、盛大に行こうぜ!!」

 

━━━━アタシの新たな夢の前に横たわる壁は、きっと数多いだろう。

けれど、気づいたのだ。だからどうした!!と。

トモは、乗り越えたという。親しくなった女の子の命が、目の前ですり抜けていく悲しみを。

……だったら、トモに惚れて、惚れさせようとするアタシが乗り越えていけなくてどうする!!




君ト云ウ 音響キ 尽キルマデ
私ト云ウ 音奏デ ソノ先ヘ
少女の決意は歌となり、継がれた想いは旋律となる。
それは私達が紡いで来た、幾万年もの奇跡の連鎖。
今はまだ、自分の気持ちに素直になれずとも。
歌に載せた心はきっと、それを伝えてくれる。


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第二十一話 歪みのバックラッシュ

一部に関して自主規制によりノイズが走っている部分が御座います。ご理解の程よろしくお願いいたします。


とぼとぼと、夕暮れに染まり始めた町を歩く。

足取りは重く、気持ちもまた重い。

 

ぐるぐると頭の中を空回る思考。

響とお兄ちゃんが遠ざかって行く感覚。

響との約束を楽しみにしていたのに、という殆ど理不尽な怒り。

響が私に隠し事━━━━ツヴァイウイングの二人の立場を考えれば当然だが……をしていた事。

 

くうくうと空いたままのお腹を抱えて、ふらわーに辿り着く。

 

「いらっしゃい。」

 

おばちゃんは、いつも通りに笑って迎えてくれた。

 

「こんにちは……」

 

「おや?いつも人の三倍は食べるあの子━━━━響ちゃんだっけ?あの子は、一緒じゃないのかい?」

 

「……今日は、私一人なんです。」

 

「……そうかい。んじゃ、カウンターにお座りよ。おばちゃんも今日は何故か人が寄り付かなくなってて困ってたとこサ。」

 

「ありがとうございます……」

 

きっと、おばちゃんは気づいているのだろう。けれど、そこに深く突っ込んでは来ない。

大人だなぁ。と、空腹でぼんやりした頭で思う。

 

━━━━おばちゃんみたいに大人になれば、響やお兄ちゃんに抱いているこの気持ちは整理できるのだろうか?

 

手際よくお好み焼きを焼き始めるおばちゃんを見ながら思う事は、結局降り出しに戻る。

ぐるぐる、ぐるぐる、空回り。このままじゃ私、バターになっちゃいそう。

 

「響ちゃんが来ないなら……その分、今日はおばちゃんが食べちゃおうかねぇ?」

 

なんて感心していたのに、結局軽口が飛んで来る。

 

「食べなくていいから焼いてください。」

 

……あぁ、なんて無様なんだろう。私。

おばちゃんは何も関係無いのに、なんでもない軽口にムカッと来て、とげとげした言葉をぶつけてしまうなんて……

 

「あらら。やっぱりダメか。あははは。」

 

「……お腹、空いてるんです。今日はおばちゃんのお好み焼き食べたくて、朝から何も食べてなくて。」

 

バカみたいだな、私。その日にいきなり切り出したって、今日みたいに響の用事が入る可能性があるって分かってた筈なのに、こんなに浮かれて。

 

「……お腹空いたまま考え込むとね?嫌な事ばかり浮かんでくるもんだよ。」

 

……それは、いつか言われた言葉。あぁそうだ、あれは確か……

 

「……それ、お兄ちゃんも言ってました。親戚から教わったんだ。って言って。

 ……私と、響と、お兄ちゃんの三人で街まで遊びに出て迷った時、そういって甘い物奢ってくれたんです。」

 

「ふふっ。トモちゃんてば昔から変わらないねぇ……」

 

「……ご親戚だったんですね。」

 

「そうさね。天津のお家の……分家の、更にそこから嫁に出てった放蕩娘、って辺りだけどね?

 あの子、昔っから背負いこむから、未来ちゃんもあの子のやり口で気に入らない事があったらガツン!!と言っておやり?

 天津の男ってのはどいつもこいつも頑固揃いだからね。自分で決めた道を自分で貫くって言えば聞こえはいいけど……それは同時に、絶対に護りたい人を巻き込みたくないって我儘なのサ。」

 

……巻き込みたくない。あぁ、そうか。お兄ちゃんは、響をボランティアに参加させるのもなんだかんだと渋っていた。

きっと、お兄ちゃんは響を巻き込みたく無くて、響は私を巻き込みたくないのだ。

 

━━━━ちゃんと話さないとな、と思う。

 

私だって、二人と同じように響やお兄ちゃんに危ない事をしてほしく無いと思っているし、二人の力にだってなりたいのだ。

 

「……ありがとう、おばちゃん。」

 

「何かあったら、またおばちゃんの所においで。ほら、丁度良くおばちゃん特製お好み焼き、一丁上がりサ!!」

 

「わぁ……!!いただきます!!」

 

まずはお腹を満たして、それから、まずは響と話し合おう。私の想い、間違いなく響に届けられるように。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁ……!!スッキリしたー!!」

 

歌って、語って、そうやって想いを出し切った奏が笑っている。

それは、私にとっても嬉しい事だ。

二年もの眠りから覚めて、四肢も、シンフォギアという力までも喪った奏。

そんな彼女が精一杯だった私に優しくしてくれる事に感謝しながらも、当の彼女自身は大丈夫なのか?と薄々は感じていたのだ。

 

「もう……はしゃぎ過ぎよ、奏ってば。」

 

「だってさ。歌を思いっきり歌うと気持ちいいじゃんか。響もそう思うだろ?」

 

「はい!!全力で、全開で歌うとすっごい疲れますけど、すっごい気持ちいいです!!」

 

「……はぁ。ガングニールのシンフォギア装者は皆してこうなっちゃうのかしら?」

 

「こうってなんだよこうってば……あ。」

 

そんな、微笑ましい一幕を引き裂くのは、可愛らしい腹の虫の音。

 

「……あ、そうだ!!奏さんも病院食ばっかりじゃ飽きちゃいますよね?私、いいお店知ってるんです!!お持ち帰りしてきますから三人で食べましょうよ!!」

 

「……もしかして、ふらわーのお好み焼き?」

 

お持ち帰り、という辺りでふと思い当たる店があった。その予想を告げて見れば、返ってきたのは肯定の返事。

 

「はい!!翼さんも行った事あるんですか?」

 

「いいえ。私は残念ながら行った事は無いのだけれど……鳴弥さんから聞いた事があるのよ。『お腹が空いたままだとロクな考えが浮かばない』って教えてくれたってね?」

 

中々予定が合わずに行けないままだったウワサのお店。なるほど、その味を試せるというのなら丁度いい。日も傾いて来た頃で時間もまた良い。

 

「それですそれです!!けだし名言ですよねー。」

 

「なんでもいいけど、お持ち帰りしてくれるってんなら頼むけど、お腹と背中がくっつきそうだから出来るだけ早めにお願いするぞー?あ、お代は後でアタシが立て替えるから、悪いけどとりあえずの支払いは響よろしく。」

 

「はい!!まっかされました!!」

 

そう言って、駆けだしてゆく立花さん。

その背を見送って、奏と二人、屋上の風に吹かれる。

 

「……ゴメンな、翼。今まで虚勢張ってて。」

 

立花さんの姿が見えなくなってすぐ、此方に向き直った奏が私に掛けて来た言葉は、謝罪。

 

「ううん。大丈夫だよ奏。防人としての私も、きっとまだ虚勢が混じっているのだもの。むしろ、その虚勢を虚勢とちゃんと明かしてくれた事の嬉しさの方が勝ってるから。」

 

きっと、それが奏の本音だと分かるからこそ、私もまた本音を返す。

 

「……ホントは、ずっと怖かったんだ。ツヴァイウイングとしての歌も、ガングニールのシンフォギア装者としての槍も、今までのアタシを支えていたモノが、翼以外なんにも無くなって……」

 

……奏の独白に、胸が締め付けられる。

 

「……私も、あの事故の後すぐには立ち直れなかったわ。……ううん。本当なら、まだ立ち直れてすら居なかったかも知れない。けど……」

 

「……トモが居てくれた。だろ?わかるさ。アタシだって似たようなもんだったんだから。」

 

「えぇ。共鳴くんが居てくれた。隣に立って、私と同じ目線に立とうとして、真っ直ぐに見つめてくれた。」

 

━━━━もしも、共鳴くんが居なければ。なんてことを思うのは、ソーマに見せられた夢のせいだろう。

 

もしも、共鳴くんが居なければ、私は一人、剣と化していただろう。

もしも、共鳴くんが居なければ、私は立花さんを認められなかっただろう。

もしも、共鳴くんが居なければ、奏の心が傷ついていたことにすら気づけなかっただろう。

 

「……不思議だと思ってたんだ。同じ二課に所属してるとはいえ、どうしてわざわざ、装者で無くなったアタシに構い続けるのかって。

 ……トモは、最初からアタシの事を、手を届けたい誰かだと思ってたんだな。」

 

「えぇ……きっと。」

 

それからの私達に言葉は無かった。けれど、それは居心地の悪い物では無く、むしろ心地いい物だった。

 

━━━━だが、それを切り裂くのは、私の端末への着信音。

 

「……奏は本部へ!!」

 

「あぁ……気を付けてな、翼。」

 

「えぇ……行ってきます。」

 

奏に見送られて、私は空を舞う。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「すいません。合流が遅れました。」

 

廃棄されたと思しき事務所で、諜報部のメンバーと合流する。突入はやはり早期に終結していたらしく、残っているのは緒川さんと後始末班くらいの物だった。

 

「いえ。今回はむしろ正解でしたよ。見ての通り、突入前からもぬけの殻でした。襲撃に使われた偽装トラックの元の持ち主もダミーカンパニー、そして、その会社の事務所はこの始末……」

 

「随分周到ですね……やはり、襲撃それ自体が米国の益になったというワケですか。」

 

「でしょうね……事務所に残されていた予備の防弾チョッキも製造番号その他は全て消去されていました。単純な過激派テロとは格が違い過ぎます。」

 

「それで……当の本人たちはどこへ……?」

 

武装した特殊部隊が市井に紛れ込んでいる。となれば当然、それは一般市民達への脅威となる。

大臣暗殺だけでは無い別の目的があるが故に、彼等は未だ潜んでいるのだろう。だが、その理由が分からない。

 

「……偽装トラックがもう一台止まっていた形跡がありました。ご丁寧に、タイヤ、塗装、ナンバープレートまで、襲撃の後にここで改造して出ていったようです。そうなれば追跡は困難ですが……」

 

「……襲撃後に再改造した、という事は、今彼らが動いているのはメインプランでは無い……という事ですね?」

 

ただの逃走用なら、無関係を装えるトラックを最初から用意しておくだろう。であれば、この急遽の大改造はバックアッププランへの移行を示している。

 

「えぇ。そして、大臣暗殺こそがメインプランであったとするなら、恐らくですがバックアッププランは同じく個人への攻撃に限られるでしょう。メインプランの為の装備とバックアッププランの為の装備が違い過ぎては運用にも支障が出ます。」

 

もしも、彼等の目的がテロリストのような大量虐殺による日本への攻撃であるならば、銃を使うよりもガス兵器やBC兵器を使えばいい。だが、それをしないという事は、市民へと積極的危害を加える可能性はかなり低いだろう。

 

「……ふぅ。なら、ひとまず安心ですね。」

 

「と言っても、ナンバープレートどころかタイヤまで取り換えられてはお手上げですよ。ミーティングに使ったと思われる資料も大半が見事に焼き払われていました。唯一残ったのはこの書類の切れ端だけです。」

 

そう言って緒川さんが見せてくれたのは、資料の一部だけだった。

 

「なになに……?八年前━━━━コロンビア経由で━━━━現地組織に拘束。その後、協力者(あの女)によって救い出され━━━━今回の作戦においては第三ターゲットとして異端技術(ブラックアート)・━━━━?」

 

━━━━断片的な情報だ。にも拘わらず、俺の心を刺激するナニカがある。

 

「恐らくはバックアッププランの重要対象の情報資料では無いかと……共鳴くん?」

 

「八年前……コロンビア経由で、陸路にてバルベルデへと入国。現地でテロに逢い夫婦は死亡……しかし、娘は生存しており、現地組織に拘束……異端技術・ネフシュタンの鎧を持つために優先保護対象とする……?」

 

「……それって、まさか!?」

 

ちょうど、数日前に話題に挙げたばかりの人物だ。忘れるワケが無い。

 

「……緒川さん!!本部へ連絡を!!ネフシュタンの少女の正体は━━━━雪音夫妻の娘、雪音クリスちゃんです!!」

 

穴だらけだった過去が、現在へと繋がって行く感覚がある。認めたくはないが、まるで運命に導かれるかのように俺達天津家の心残りが集っていた。

その中心にあるのは、完全聖遺物・デュランダルと、ネフシュタンの鎧。そして、あの詳細不明の杖の聖遺物。

俺の端末へと緊急事態を告げる連絡が叩き込まれたのは、その瞬間の事だった。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

丘の上から降りて行く道の途中、本部からの着信を受ける。

 

『彼女はリディアンへ向けて市街地を直進中だ!!出来るだけ郊外へ誘導しつつ戦うんだ!!』

 

「はい!!わかりました!!すぐに向かいます!!」

 

返事を返した瞬間、曲がり角の先から現れたのは未来だった。

 

「あ、響!!私……響に伝えたい事が……」

 

なにかを伝えようとして駆け寄ってくる未来。けれど……

 

「未来!!危ないからこっちに来ちゃダメだ!!」

 

「お前がァァァァ!!」

 

空から飛んで来る蛇が、坂道へと炸裂する。

ネフシュタンの鎧の鞭状の武装パーツが、私と未来の間を大きく抉る。

 

「きゃああああ!!」

 

あの日、二週間前の私のように、分断され、吹き飛ばされる未来。

 

「しまった!?アイツの他に居たのか!?」

 

意識の片隅に聴こえる声に、少し安心する。ネフシュタンの少女も、無関係な人を巻き込むのは本意では無いと分かって。

 

━━━━けれど、それに安堵する前に助けなければならない人が居る。

 

先ほどの衝撃で飛ばされた未来に飛来する車。同じくネフシュタンに吹き飛ばされたその鉄塊が、未来へと迫っている。

 

「━━━━Balwisyall nescell gungnir tron(喪失へのカウントダウン)

 

未来の命を喪わない為に、未来の信頼を失う事となっても構わない。そんな思いを握りながら、聖詠を口ずさむ。

変身、そして対処。アッパーカットにより車を除ける。

……未来の顔は、見れない。

 

「……ひび、き……?」

 

驚いた声がする。それは当然だろう。変身して車をぶん殴るなんて、そんな非日常は到底受け入れられる物では無い。

 

「……ゴメン。」

 

駆けだす足に迷いは無い。けれど、私の心は曇り模様だ。

ゴメンって言葉は、いったいどれに関してだ?

巻き込んでしまった事?約束を破った事?秘密にしていた事?

━━━━それとも、命を懸けていた事を?

 

そんな私の胸の内から溢れる歌は、けれど今までとはその様相を変えていた。

メロディーラインは、先ほど奏さんが歌ってくれた、出し切ってくれた曲そのもの。

けれど、歌詞が違う。燃え尽きるまで走り続けんとした奏さんの歌と、私の歌は違う。

 

━━━━私ト云ウ 音響キ ソノ先二

 

そのメロディーを胸に、私はネフシュタンの少女を挑発する。

 

━━━━こんな所で戦うのは、お互い本意では無いだろう。

 

「どんくせぇのがいっちょ前に挑発のつもりか?いいぜ、乗ってやらァ!!」

 

思った通りだ。彼女は私に着いてきてくれる。それを頼りに、郊外の森の中へ。

 

「ちょせぇッ!!」

 

だが、いつまでも逃げ続けられるワケでは無い。やはり戦術とリーチでは向こうの方が上のようで、着地の瞬間を狙われてしまう。

 

「クッ!!」

 

それを腕で防ぐ。絡めとられないように丁寧に。鞭状の武器に絡めとられれば、私の武器(こぶし)はその力を発揮しきれない。

 

「どんくせぇのがやってくれる!!」

 

「どんくさいなんて名前じゃない!!」

 

「はぁ?」

 

呆れたような顔。そうじゃないと言いたいのだろう。けれど、此方にとってもそうではない(・・・・・・)

 

「私は立花響!!十五歳のO型で、誕生日は九月の十三日!!

 身長はこないだの計測では157㎝!!体重は……もう少し仲良くなったら教えてあげる!!

 趣味は人助けで、好きな物はご飯&ご飯ッ!!

 ……あと、彼氏居ない歴は年齢と同じッ!!」

 

一気に、私のパーソナルデータを開示する。

どうせ、向こうは私やお兄ちゃんについて色々調べているみたいなのだ。だったらぶちまけたって問題無い!!むしろ、知ってもらいたいのだ。

……ただ、彼氏居ない歴に関しては余計だったかも知れない。そもそも、私の場合、中学時代はイジメで散々になってしまったし、リディアンは女子校だしで出逢いが少ないのだ。

それこそ、お兄ちゃん以外に親しい異性などいないワケで……いや、止めよう。コレを抱えたまま戦うのは目の前の彼女にとっても失礼だ。

 

「私達はノイズとは違う!!言葉が通じ合うんだから、話し合いたい!!」

 

それでも、この想いはぶつけなければならない。言外にぶつけるのはただ一つ。

『戦う必要は無い』という、それだけの物だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「なんて悠長!!この期に及んで!!まだ!!そんな戯言をッ!!」

 

あたしは、それを新手の挑発だと判断する。

命を懸けた戦場(いくさば)に立ってなお戦う必要は無い、だと?

ふざけるな!!お前には戦う必要が無くとも、あたしにはある!!

 

━━━━だが、そう思って振るうネフシュタンの鞭はアイツを捉える事が出来ないで居た。

 

明らかに成長している。それも、前回よりも遥かに。

何が変わった?技か?力か?

……いや、違う。目が違う。コイツは、覚悟が変わったのだ。と直観する。

 

「話し合おうよ!!私達は戦っちゃいけない!!」

 

━━━━ああ、イライラする。

 

歯を食いしばり、思う。コイツの言葉は綺麗事だ。

所詮、現実を知る事も、その無慈悲の前に折れる事すら知らない、無垢な思想でしかないのだ。

 

━━━━だというのに、その言葉が、パパの想い出と重なる。

 

「だって、言葉が通じていれば人間は……」

 

「うるさいッ!!」

 

お前のような世間知らずの綺麗事が、あんな悲劇を産むんだ。

 

「言葉が通じようと、想いは通じねぇ!!そんなにお行儀よく出来るモノかよ人間がッ!!」

 

━━━━だって、私はあんなにも拒絶したのに、誰もヤメテなんてくれなかった。

 

「気に入らねぇ気に入らねぇ気に入らねぇ!!なにも知らないクセに他人に土足で踏み込んで来るお前がァッ!!」

 

彼氏居ない歴だと?ふざけるな。私が持てなかったモノ(・・)を見せつけるな……!!

 

「分からないよ!!だって、何も聞けてないもの!!だから教えて!!貴方が戦わなきゃいけない理由を!!」

 

「教えるかよそんな物!!お前を引きずってこいと言われたが、もうそんな事はどうだっていい!!テメェをここで引き潰す!!テメェの総てを凌辱し尽くしてからゆっくりと連れて行く━━━━ッ!!」

 

━━━━NIRVANA GEDON

 

ネフシュタンに秘められた無限のエネルギーを直接叩きつける破壊の暴風。それを放つ。

 

「させないッ!!」

 

拳で相殺しようとする姿勢はご立派。だが甘ぇ。

 

「もってけダブルだッ!!」

 

あの刀女のように一撃では対応されるというのなら、即座に二撃目を叩き込む。

単純だが、だからこそ強力な策。

 

着弾、そして炎上。

 

「お前のようなお花畑が居るから……あたしのような悲しみしか知らない奴が……ッ!?」

 

だが、必殺を期しての策は、力任せに破られる。

アイツは、未だそこに立っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

二発目が飛んできた時、咄嗟にアームドギアを形成しようとするエネルギーを前面に放出させた事で、その直撃を躱す事が出来た。

 

━━━━けれどダメだ。やはりアームドギアが形成出来ない。

 

「まさか、アームドギアを形成しようってエネルギーで相殺しきったのか!?もうそこまでに!?」

 

驚く少女の声を聞きながら、三度目の正直を願う。二週間前と、そして今日と。三度目は、今だ。

けれど、エネルギーが纏まらない。形を成さない。私は、武器(こぶし)を握りたくない。

 

『……だったら、その想い全部、直接ぶつけてやったらどうだ?偶にはそんな直球解決があったっていいだろ?』

 

そんな折に脳裏に響くのは、奏さんからもらったアドバイス。

アームドギアを形成する筈のエネルギーが形を保てないなら……ッ!!

 

「させるかよ!!」

 

飛んで来るネフシュタンの双鞭、だが、それは怒りに任せた故か真っ直ぐだった。

怒りに任せた攻撃は、確かに強いが読みやすく対処されやすい……これも師匠の戦術マニュアルから学んだ事だ。

 

「なんだと!?」

 

双鞭を掴んだ左手で、雷土を握りつぶすように強く握りしめ、思いっきり引きずり込む。そして同時に、私も腰のバーニアによって前へと加速する。

速度を上げに上げたこの拳……ッ!!

 

━━━━最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線にッ!!胸の響きを!!この想いを!!伝える為に━━━━!!

 

「はああああッ!!」

 

師匠の拳に勝るとも劣らぬ一撃だ。という自負がある。

今の私が紡ぎ出せる最高の一撃だ。という自信がある。

 

その想いに応えるように、拳に込めた威が、力を放った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「があああああッ!?」

 

━━━━なんて無理筋!!なんて御無体!!

 

アームドギアを形成するエネルギーを、すべて一発の拳に込めてぶち込みやがった!!

森の木々毎薙ぎ払い、あたしを崖に叩きつけてなお壁を砕いたその衝撃!!

あの女の絶唱にすら匹敵するそのパワーに、あたしは驚愕の念が隠せない。

 

ネフシュタンの鎧は確かに無敵では無い。再生する完全聖遺物とはいえ、再生する際に肉を喰い破る同化というリスクがある。

だが、それ以前の話。破壊力という一点においてはかつての先史文明すら上回る。とフィーネすら言う、現代兵器が誇る最強の存在。

反応兵器クラスの戦略火力で無ければネフシュタンを破壊する事は到底不可能と言っていたのだ!!

それを、まるで薄紙を引きちぎるみてぇに拳一発で破壊しやがった!!

 

……内側から喰い破られる前に、決着を着けなければならない。コイツは気に入らねぇし、許せねぇ。

 

━━━━だというのに、目の前のソイツはアタシを倒す絶好の機会を暢気に歌って見逃した。

 

「お前……!!馬鹿にしているのか!?このあたしを!!雪音クリスを!!」

 

思わず口に出してしまう程に、あたしは怒っていた。

コイツの行動のいちいちがあたしの逆鱗(げきりん)を撫でていきやがる……!!

 

「そっか。クリスちゃんって言うんだ……」

 

「ッ!?」

 

━━━━コイツ、この期に及んでまだ最初の御託を忘れちゃいねぇのか!?

 

怖気(おぞけ)すら感じる程の馬鹿さ加減に、怒りを通り越して呆れそうになったあたしの逆鱗はしかし、

続いたアイツの言葉に真っ直ぐにぶち抜かれた。

 

「ねぇ。クリスちゃん。貴方が戦う理由を教えて?ノイズと違って、私達は言葉が通じる!!話あえる!!

 ちゃんと話をして、理由をすり合わせればきっと戦わずに済む!!だって、私達同じ人間なんだよ!!」

 

━━━━フラッシュバックする、封印した記憶の揺り戻し(バックラッシュ)

 

『いいかい、クリス?歌は、世界を平和に出来る大事なツールなんだ。喩え言葉が通じなくとも、歌は、心の震えは人々の心を打ち、感動を与える。

 きっと……だから僕達は、時を重ねてもなお、原初の鼓動に歌を感じるんだ。

 ━━━━だって、それもまた愛なんだから。』

 

『クリス!!危ない!!』

 

『……ソーニャのせいだ!!ソーニャが気づかなかったからパパとママは!!』

 

『コイツかぁ?最近見つかった日本人(ジャパニーズ)ってのは……まだガキじゃねぇか。おい!!テメェは今から俺等バルベルデ民族解放戦線の備品だ。口答えは許さねぇし、勿論叛逆も許さねぇ。わかったか!!』

 

『ハハハハハ!!面白い反応するようになったぜこのガキ!!ご立派に女になってやがる!!』

 

『ギャハハハハハ!!牛みてぇな乳ぶら下げやがって!!━━━━にゃあピッタリじゃねぇか!!』

 

━━━━アレが、同じ人間なモノか。あんな、人を人とすら見ない、下卑たクズ共が、パパやママと同じ人間であるものか……ッ!!

 

「……お前、くせぇんだよ。うそくせぇ!!あおくせぇ!!」

 

怒りの臨界点を突破したからだろうか。痛みは感じないし、むしろあのクソみてぇに能天気なツラがよく見える。

あたしのパンチにガードを合わせたようだが、無駄だ。完全聖遺物のポテンシャルはシンフォギアなんぞの比じゃねぇ。さっきみたいな無理筋の曲芸でも無きゃ到底埋まらねぇ……!!

だが、コイツをブッ斃す前に、あたしの方が限界を迎え始めている。痛みこそ感じないが、致命的なまでに『ナニカ』に犯される感覚がある。いつものモンとは違う、あたしが書き換わってゆく感覚はそれはそれで恐怖を煽る。

撤退すべきか……?だが、フィーネに啖呵を切った手前無手にておめおめと帰っては以前の二の舞だ……などと、ネフシュタンの浸食によって冷えて打算的に動いていたアタシの頭は。

 

「チッ……!!」

 

「クリスちゃん……!!」

 

それでも、ソイツが手を伸ばしてくるのを見て、至極冷静に答えを出した。

 

━━━━ぜってぇ、許さねぇ。

 

「ブッ飛べよ!!アーマーパージだ!!」

 

ネフシュタンの所有権を放棄し、欠片として散らす。何度か見たクレイモア地雷のように、相手を穴だらけにする為の殺意の嵐だ。

だが、それではシンフォギアは止められない。当然、アイツも耐えている。だから、業腹も煮詰まるが、この手を切るしか無かった。

 

「━━━━Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

「この、歌って……!!」

 

「見せてやる。コレが、イチイバルの力だ!!」

 

━━━━イチイバル。フィーネが最初にくれた力。争いを起こす馬鹿共を軒並みぶっ潰す為の力。全てを焼き尽くす、暴力。

だが、コイツには全く以て度し難い難点が存在する。それは……

 

「クリスちゃん……私達と同じ……?」

 

「歌わせたな……」

 

「えっ?」

 

そう。アイツが纏うそれと同じ、シンフォギア。装者のアウフヴァッヘン波形によって発生するフォニックゲインを物理的な力と成す異端兵器。その力の源は即ち━━━━

 

「━━━━あたしに、歌を歌わせたな!!教えてやる!!あたしは、歌が!!大っ嫌いだ!!」

 

あたしの人生に何もしてくれなかった、ウタノチカラだった。




歌なんて嫌いだ。と少女は叫ぶ。
貴方に失望した。と女は嗤った。
信頼を裏切られた、と少女は弾劾する。
信頼を裏切った、と少年は絶望を抱く。
彼と彼女の悲痛な叫びは絶えず、しかし、撃ちてし止まぬ残酷な運命のもとにも、共鳴する歌はきっと有るのだと信じて。
諦めぬ少女達は、未だ見えない明日へ突き進む。


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第二十二話 背信のダブルクロス 

「イチイバル、だとぉッ!?」

 

司令室のメインモニターに映し出される情報に驚愕の念が隠せない。

シンフォギアと比してもなお圧倒的な出力差を誇る完全聖遺物・ネフシュタンの鎧という戦術的優位を放棄する、という彼女━━━━雪音クリスの一見無謀に見えた戦法。

まさかその中から出て来た隠し玉が、シンフォギア(・・・・・・)だとは。

 

「アウフヴァッヘン波形、検知!!」

 

「過去のデータとも照合、完了!!コード・イチイバルです!!」

 

「ぬぅ……!!」

 

━━━━イチイバル。

北欧神話の狩猟神ウルが持つとされる『イチイの長弓』。その欠片。

そもそもは護国を為す為、前大戦中にドイツの秘密機関『アーネンエルベ』から日本の風鳴機関へとガングニールとネフシュタンの鎧と共に持ち込まれた聖遺物であり、

その際に便宜上の番号として第二号聖遺物というナンバリングが振られていた。だが、十年前の風鳴機関の二課への再編時の輸送中の事故により喪失……その責を以て親父殿が二課司令を辞任、

それによって裏社会への影響力を弱めた事で共行氏の反乱を齎したという、俺にとっても、共鳴くんにとっても因縁のある聖遺物だ。

 

━━━━まさか、そのイチイバルが、これまた俺達に因縁深い雪音クリスを適合者とするとは。

これもまた、運命の皮肉という物であろうか。

 

だが、敵の手に第二号聖遺物であるイチイバルが渡り、『シンフォギアとなっている』。という、この情報がもたらす戦略的意味は大きい。

敵が強奪したネフシュタンの鎧という鬼札(ジョーカー)まで先んじて切ってまで秘匿していたのは当然であろう。なにせ、『シンフォギアを製造可能な人物はただ一人しか居ない』のだから。

 

……正直に言って、この考えを否定したい気持ちはとても大きい。彼女(・・)を信じた気持ちを貫いて見せたい。

だが、殆どの証拠が彼女の関与を示している。更に言えば、先ほど共鳴くんからもたらされた情報が雪音クリスと米国の間に直接の関係が無い事を示し、彼等が全ての黒幕であるという可能性を否定した。

元公安としての俺の勘が、目の前の証拠を裏切るなと叫んでいる。

 

そして俺は、司令室の誰にも気づかれぬように静かに、しかし強く、強く拳を握る。この残酷な世界の現実を前に。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あたしは、歌が大嫌いだ。

 

歌で世界を平和にするだなんて世迷言を抜かして、パパとママは爆弾で吹き飛んで死んだ。

あたしの人生を滅茶苦茶にしたのはいつも歌だった。

あたしの人生に傷をつけにつけまくったのはいつもいつも歌だった!!

 

だから、そんな物は要らない。傷ごと抉って忘れてしまえばいい。

 

「歌が……嫌い?」

 

そんなあたしの叫びに呆ける目の前のマヌケに、問答無用に矢を放つ。

あたしの知ったこっちゃ無いが、フィーネが言うにはイチイバルは本来ならば弓の聖遺物であるという。

だが、あたしが握った力の象徴━━━━アームドギアは、そんななまっちょろいモンでは無かった。

あたしがこの八年間で飽きる程に見て来た力の象徴。

あたしをずっと脅して来たモノ。

火力を放つ銃砲こそ、あたしが力と握ったアームドギアだった。

矢をその場で作り出し、弦すら存在しないクロスボウ型は最も取り回しが良いアームドギア。そこから放たれる爆裂でマヌケを追い詰める。

クロスボウで爆弾を撃ち出すのはあのクソッタレな自称レジスタンス共がよく行っていた戦法だった。爆裂が人を吹き飛ばし、焼き焦がす臭いは未だにあたしの記憶に焼き付いている。

 

「遠距離!?」

 

「おせぇよマヌケが!!あたしの間合いは遠距離だけじゃねぇ!!」

 

「ぐっ……!?」

 

あたしの弾幕を前に無様に逃げるしか無いアイツに先回りして蹴り飛ばしてやり、砲火の種類を変える。

 

━━━━BILLION MAIDEN

 

ガトリング砲、と言っただろうか。細かい種別なんぞは知らないが、ヘリコプターに搭載されたそいつが逃げ惑う人を粉々に砕いていくのもまた、見慣れた光景だった。

だが今やその圧倒的な火力を握るのはあたしだ。もうあたしは、誰かに蹂躙されるだけの無力な存在なんかじゃない。

 

「わ、わ、わ、わぁッ!?」

 

しかし、それでもアイツはよく逃げる。射線を読んでいるのか、単純な薙ぎ払うような連射では捉えきれない。

 

「だったらコイツでブッ飛ばしてやらァ!!」

 

━━━━MEGA DETH PARTY

 

イチイバルの腰の装甲から引き出され出てくるのは、ミサイルの雨霰。コイツに関しては流石に間近で見た事は無い。間近に居た奴は誰もが死んでいったからだ。

だが、遠目に見るだけでもその暴虐は見て取れた。炸裂する火力が森を焼き払い、乱射するガトリングが木々を薙ぎ倒す。

 

否定してやる。そうだ、あたしは否定してやる。お前のようなイイ子ちゃんぶった正義なんぞ認めねぇ。

痛みも知らず、悲しみも知らないクセに人は分かり合える等とキャンキャンと咆えるその口を塞いで永遠に黙らせてやる……!!

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

アームドギア展開の二連打、そのバックファイアがあたしを蝕んでいく。だがこの程度、ネフシュタンにも、あたしの記憶の中の痛みにすら劣る。ならば耐えられない筈が無い。

集中砲火が巻き上げた煙幕の中のアイツを睨みつける。コレで倒れればよし、倒れていないのなら……

 

「……盾?」

 

だが、あたしの前に現れたのは、その二つの予想のどちらでも無かった。

鈍く輝く一枚岩のような鋼。がアイツが居る筈の場所を覆い隠していたのだ。

まさか、アイツのアームドギアか?

 

「いいや、剣だ。力無き誰かを護る為のな。」

 

「━━━━ッ!?」

 

見上げれば確かに、その一枚岩は剣であった。

絶唱を放ってズタボロになったというあの女の、剣のアームドギア。

 

「ハッ!!なるほど、なら今回も力が無いソイツを護る為ご登場ってワケか?二週間前と同じく!!」

 

「違う。私が護っているのは彼女自身では無い。立花さん……いや、立花!!」

 

「翼さん!!」

 

「貴方の覚悟、見極めさせて貰ったわ。だから、防人としての私と共に戦って欲しい!!」

 

「……ハイッ!!」

 

「ハッ!!今さら仲良く友情ごっこたぁ片腹痛てぇ!!」

 

挨拶など無用だろうと、代わりに乱入者である剣の女にガトリングをプレゼントしてやる。

……だが、それをものともしない。

 

「フッ……!!」

 

「くっ……!?」

 

一瞬の交錯だった。その一瞬で、あたしは追い詰められていた。

確かに、ガトリング形態は重く、取り回しは悪い。だが、それを補いうるだけの制圧力があるのだ。だというのに、その弾幕を一瞬で掻い潜られ、懐へと飛び込まれた。

避けられてはいたが、逃げるだけが精一杯だったアイツとはやはり場数が違う。

二週間前、あたしがノイズ召喚による圧殺というまだるっこしい戦法を取っていたのも、話に聞いていたコイツの戦闘力を警戒しての事だ。あの時と違い、あたしの手にソロモンの杖は無い。

 

━━━━それがどうした。あたしは勝つ。

 

そう思って再び構えたガトリングは、意外の力に砕かれる。

 

「……何ッ!?」

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━危ない!!

 

クリスちゃんのアームドギアを砕いた飛行型ノイズ、そこに引き続いてクリスちゃんを狙うノイズを見た時には既に、私は動き出していた。

……先ほどの一撃で全力を出し過ぎたのか、身体が重い。それでも動いてくれることに感謝する。

 

「ぜぇえいッ!!」

 

だけど、鍛えた構えを取り直す暇すら無い。ただ力に任せたタックルでノイズを粉砕する。

 

「立花!!」

 

疲れからか朧げに揺れる視界の端に見えるのは、私を心配して声を掛けながらも油断なく周囲を警戒する翼さんの姿。

そして、着地なんて考えずに突っ込んだ私を抱きとめてくれたクリスちゃんのぬくもり。

 

━━━━あぁ、そっか。武器を持たなければ、こんな風に誰かを抱きとめることが出来るんだ。

 

「お前……なにやってんだ!?あたしは敵だぞ!!」

 

「ごめん……でもクリスちゃんが傷つくのは見てられないって思ったら、つい……」

 

「ッ……!?馬鹿にしてるのかこのバカ!!余計なおせっかいにも程がある!!」

 

私の咄嗟の判断に、クリスちゃんはやっぱりお冠だった。わかってやった事だけど、ちょっとつらい。

 

『……命じた事すら出来ないなんて。クリス、貴方はいったい私をどれだけ失望させれば気が済むのかしら?』

 

「ッ!?岬か!!」

 

どこからか響いた声に、クリスちゃんが怯え、翼さんが構え直すのが伝わる。

この声は、いったい何者なのだろうか?

 

「フィーネ!!」

 

フィーネ?この声の人はフィーネというの?でも、この声はどこかで聞いた事があるような気がする。

顔が見えないから、勝手に身近な誰かを重ねてしまっているのだろうか?

 

「う……」

 

「くっ……こんな奴居なくたって!!」

 

「うあ……」

 

脱力しきった私を、クリスちゃんが突き放す。けれど私は投げ出される事無く翼さんに受け止められる。

 

「ありがとうございます……」

 

「気にするな。」

 

「こんな奴が居なくても、あたし一人で戦争の火種くらい消してやる!!コイツ(イチイバル)はその為の力!!

 そうして叩き潰して行けばアンタが言うように人は呪いから解放される!!世界はバラバラの状態から一つへ戻る!!違うのかよ!!」

 

そんな私達に構わず、フィーネという女性に叫びをあげるクリスちゃん。

その叫びは、悲痛だった。

けれど、それは違う。と返したいのに、もう大声をあげる事すらできないほどに疲労が私を満たしている。

火種は、そんなに大きなものだけでは無いのだ。人がバラバラになる理由に大仰な事など必要ないのだ。

私は知っている。そんな、クリスちゃんからすればちっぽけだろう理由で居なくなってしまって、それでもなお誰かの心に影を落とす悲しみを知っている……!!

 

『はぁ……クリス、貴方にもう用はないわ。』

 

「え……?なんだよ……なんだよ、それ!!」

 

そんな悲痛な叫びを、フィーネという人は取り合わない。ただ否定してしまうだけ。

━━━━動いてくれ、私の身体!!

クリスちゃんを抱きとめないといけない!!否定される辛さ、痛み、私が知っているモノ!!

彼女が今したのはまさにソレ(・・)だ!!それだけは到底、私には許容出来ない!!

 

「う……あぁ……!!」

 

「無理をするな、立花!!ここは私に任せろ!!……少し揺れるぞ!!」

 

━━━━けれど、私の身体はピクリとも動かせず。

翼さんへの釈明も叶わぬまま、戦いを始めた翼さんの腕の中で揺れているしか無かった。

 

「待てよ!!フィーネ……フィーネッ!!」

 

届かない。届かない。この想いが、届かない。

フィーネという人が何かをして去って行き、彼女を追いかけてクリスちゃんが去って、残されたのは私と翼さんだけ。

 

あぁ、私って、やっぱり呪われてるのかも知れない。

未来にバレちゃって、クリスちゃんから否定されて、目の前でクリスちゃんが否定されるのすらただ見ている事しか出来なかった。

くぅくぅと空いたお腹を抱えて、ぐるぐると空回りする思考は悪い方へ悪い方へと転がって行って。

そんな無力感の中で、私の意識は闇へと溶けて消えていった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「司令!!状況は!!」

 

「……来たか。ひとまず、事態は一旦収束した、と言っていいだろう。ネフシュタンの少女━━━━雪音クリスは撤退、彼女に指示を出していたと思しきフィーネという女性もまた撤退した。

 だが、ネフシュタンの鎧はフィーネに回収され、彼女はソロモンの杖をも保持していた……この事件の黒幕と見て、間違いないだろう。」

 

緊急事態を受けて取って返して来た俺を迎えてくれた小父さんが状況を説明してくれた。

如何に都内とはいえ、郊外の再開発地区にあった特殊部隊の倉庫からは時間が掛かってしまい、間に合う事は無かった。

……そも、間に合ったとしても、レゾナンスギアの改修は未だ終わっていないのだ。

俺にも緊急連絡を回してくれたのは、俺を蚊帳の外にはしない、という小父さんの温情だろう。

 

「フィーネ……音楽用語で、終わりを意味する言葉でしたか?」

 

「あぁ、素性も不明、当然ながら目的も不明。だが、完全聖遺物を掌握し、第二号聖遺物・イチイバルをシンフォギアへと改造せしめていた事から、先史文明への造詣が深い人物であると推測される。

 ……また、米国との直接的な繋がりこそあれ、どうやら同盟相手であって蜜月とは行ってないようだな。」

 

「ということは無所属(フリーランス)……?あり得るんですか?今どきにそんな事が。」

 

その言葉に言外に含めるのは即ち、疑いを向け始めている彼女(・・)の事。

勿論、異端技術の研究には膨大な資金が必要となる為にフリーランスは難しい、というのもまた事実だ。

緒川さんはともかく、オペレーター達が裏の意図に気づく可能性は低いだろう。

 

「さてな……東欧や、それこそ欧州の闇からの資金提供があれば可能かも知れん。ギリシャを除く各国が経済破綻を来たした中で、その消えたカネの大半は秘密結社へと流れている。

 それこそ、城でも建造できるくらいの資金は捻り出せるだろうさ。もちろん、それに対する対価も当然彼等とて要求するだろうがな。

 ……それよりも、共鳴くんにはもう一つ、残念な知らせがある。」

 

そう言ってはぐらかす小父さんに、まだ泳がせる時期と判断する。此方としてもその判断に否やは無い。

だが、もう一つの残念な知らせとは一体……?

 

「……小日向未来くんが、戦闘に巻き込まれた。幸い、大きな怪我は無い。今は二課本部内で友里くんから説明を受けているから……共鳴くん?」

 

「そんな……」

 

その知らせに、足元が崩れていく感覚が俺を蝕んでいく。

未来だけは、巻き込みたくなかった。あたたかな彼女には、せめて後ろ暗い事など、なにも知らぬまま日常を過ごしてほしかったというのに……

 

「……大丈夫か?」

 

「……大丈夫、とは言い切れません。けれど、彼女を遠ざけようとしたのは俺です。

 ……なら、隠し続けた責も、負うべきは俺でしょうから。」

 

小父さんの心配に返した答えは弱弱しく、それが強がりだというのは、口にした自分すらわかる。

 

「……そうか。ならば彼女に直接話すといい。」

 

けれど、その強がりを受け入れてくれる小父さんに黙礼して司令室を辞し、俺は本部内を歩き出す。

自分が為した不義理を伝える為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━どうして、こんな事になってしまったのだろうか?

 

ようやく響と向き合えると思ったら吹き飛ばされて、響がまるでアニメか何かみたいに変身して、そのまま土煙を上げて去って行って。

そんなワケが分からない事態を前にに呆然としていた私は、黒服の人達に連れられてどこかの地下施設へと来ていた。

 

此処は一体なんなのだろうか?ぼんやりとリディアンの方向に歩いていたのは覚えているのだが、アーティスティックな構造が目立つリディアンの中でも流石にこんなSFチックな施設は見た事が無い。

そして、アレは一体なんだったのだろうか?夢?幻?飛んで来る車を殴って跳ね返すなんて、まるで現実味が無い。

ふわふわとしているのは疲れだろうか、それとも許容量を超えた情報を受け止め損ねているのだろうか?

 

「失礼します。小日向未来ちゃんですね?」

 

黒服の人が通してくれた一室で待っていると、綺麗な女の人が入ってきた。

 

「あ、はい……あの、ここって……?」

 

「えぇ。それを含めて、今から貴女に説明をさせてもらいます、友里あおいって言います。よろしくね?」

 

そう言って彼女━━━━友里さんは手を差し出してくれる。

 

「あっ……はい。よろしくお願いします。」

 

「さて……じゃあ、改めて説明しましょうか。本来なら通り一遍の規則を説明するだけなのだけれど……

 きっと、貴女はそれだけでは納得できないでしょうから。基本的な事から説明させてもらいます。」

 

━━━━そう前置きして友里さんが語ってくれた内容は、にわかには信じられなかった。

国家特別機密事項?

先史文明の遺産?

そしてなによりも、響やお兄ちゃんがノイズと戦っている?

 

あまりにも荒唐無稽。あまりにも無理筋な筈のその話を聴いて、私は気づいてしまった。

お兄ちゃんが響をボランティアに誘ってくれたという、あの日。

流れ星を見よう、と約束したのに、結局一晩中帰ってこなかったし、お兄ちゃんまで怪我をした、あの日。

あれも、これも、それも、きっとそうだ。という直観がある。

今まで感じていた違和感に、答えが用意されてしまう。

 

「そんな……お兄ちゃん……どうして……!!」

 

━━━━ずっと、隠し事をしていたの?私に黙って、響を危険に巻き込んでいたの?隠し事はしないって言ったのに?

 

酷く、裏切られた気分。私は、二人が命を懸ける事を心配する事すら許されないの?

 

「……先ほど説明したように、シンフォギアは国家機密。軽い気持ちであろうとそれを知ったのならば、最悪一生の間生活を監視される事となります。

 共鳴くんはそれを危惧して貴方を巻き込まないようにと……」

 

「そんなのはどうでもいいんです!!

 ……あ。その……ごめんなさい。急に怒鳴ったりして……」

 

「……ううん。親しい人から、ずっと、命を懸けた隠し事をされてたのだもの。不安定になるのも当然だわ。」

 

「……一生、監視されたっていいんです。でも、それでも……私だけ蚊帳の外で、心配もさせてもらえないなんて……それが、一番……」

 

友里さんに抱きしめてもらって、思わずに涙が溢れる。言葉が続かない。

 

『……失礼します。友里さん、入室してもいいですか?』

 

そんな時に、お兄ちゃんの声が聴こえた。

 

「ちょっと待ってちょうだい!!……さ、コレで涙を拭いて。」

 

そう言ってインターホン越しにお兄ちゃんを制して、ハンカチを貸してくれる友里さん。

 

「ありがとうございます……その、コレは後で洗って返しますので……」

 

「ふふっ、返さなくていいわ。お姉さんからのプレゼントって事で。それよりも、心の準備はいい?」

 

「……ありがとう、ございます。大丈夫、だと思います。」

 

「わかったわ。それじゃあ共鳴くん、今ロックを外すわ。」

 

「……失礼します。未来……よかった……」

 

入室して私を見るなり、あからさまにホッとした顔をするお兄ちゃん。多分、私が吹き飛ばされた事を心配したのだろう。

 

━━━━けれど、それは最早的外れで、手遅れだ。

 

「……それじゃあ、私は席を外すわね?終わったら、司令室に連絡をちょうだい。」

 

「わかりました。」

 

そんな言葉を残して、友里さんは去って行く。そして、この部屋に残ったのは重苦しい沈黙。

心の準備は大丈夫だと思ったのに、既に私の中にはモヤモヤが渦巻いていた。

 

「その……すまなかった。」

 

「……それは、どれに対して?」

 

お兄ちゃんの切り出した言葉に思わず返してしまったのは、トゲトゲした言葉。

けれどそれは、紛れもなく私の本心だった。

 

━━━━だって、あまりにも隠し事が多すぎる。

お兄ちゃんがしていた事、響がしていた事、翼さんの事。

 

「……未来に嘘を吐いていた事、だ。」

 

「……それだけ?」

 

「……未来を護る為には、それ以外の仕方はなかったと、俺は思ってる。」

 

それだけなの?私を蚊帳の外に置いた事は?私に心配しかさせてくれなかった事は?

胸の内からあふれ出す疑問の数々、何故?どうして?形は違えど、その疑問の意味するところは結局、『どうして私を響と同じように扱ってはくれないの?』というもの。

 

━━━━あぁ、そうか。お兄ちゃんにとって私は未だ、護るべき者でしか無いんだ。

 

大事にされている自覚はある。大切にされている自負もある。けれど、それだけだ。

壊れものを扱うように、ガラス細工に触れるように、おっかなびっくりと大切なスノードームの中に仕舞われる、特別だけど、特別なだけの存在。過保護が過ぎる愛の、その形。

でも、響はそうではなくなった。その切欠は二年前の事故かも知れないし、ノイズから響が逃げたというあの日なのかも知れない。

 

「……うそつき。」

 

「……ッ!!」

 

「お兄ちゃんの嘘吐き!!私に嘘は吐かないって約束したのに!!今言った理由だって、自分を誤魔化してるだけなんでしょう!?ホントは、私を巻き込みたくなかっただけ!!

 ……でも私はそれがイヤなの!!蚊帳の外で心配させられるだけなんて、もうイヤなの!!」

 

なみだがとまらない。お兄ちゃんとの関係が壊れてしまうのを直視出来ない。けれど、このままお兄ちゃん自身の気持ちを誤魔化されるのは、もっとイヤだ。

 

「……すまない……でも、俺は……」

 

「出てって!!今は……お兄ちゃんの言い分をちゃんと聞けないから……!!」

 

「……わかった。友里さんに三十分後に来てもらうよう頼んでおくから……」

 

最後まで、私に気を遣ったままに、お兄ちゃんは退出していった。

 

━━━━けれど、それもまた的外れなのだ。

 

「……わたし、どうすればいいのか全然わかんないよぉ……」

 

お兄ちゃんの特別でありたい。

お兄ちゃんの特別から抜け出したい。

今の関係を変えたくない。

今の関係こそを変えたい。

心配なんてしてもいい。

心配なんてしたくない。

嘘なんて吐いて欲しくない。

嘘なんて吐いて欲しくない。

 

二つの思考は矛盾し、背反する。

矛盾をはらんだ思考の螺旋に囚われて、私は独りぼっちだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「まさか、イチイバルまで敵の手に墜ちていたとは……それに、ギア装着候補者であった雪音クリスまで……」

 

「聖遺物を力に変える技術において、私達の優位性は完全に喪われてしまいましたね……」

 

「……」

 

果たして、そうだろうか?

聖遺物を力に変える技術、そこにおいて敵が我々と並んでいる事は疑いようがない。だが、聖遺物を力に変える、と一口に言っても様々なアプローチがあるのだ。

古来より伝わる必勝の儀式や、特定の条件によって起動する聖遺物の伝承などがそれを示している。

ケルト神話・フィニアンサイクルにおいてフィン・マックールが振るったとされる震える槍、雀蜂の魔槍、或いはビルガとも呼ばれるその聖遺物は、持ち主の額に当てればその震えにより所有者の精神を護ったという。

だが、現代においてそのような儀式において起動する聖遺物も、その儀式の手法もまた喪われており、現代の技術にて再現出来る方法は限りなく少ない。

 

━━━━その数少ないアプローチ手段が、敵と味方とで偶然同じシンフォギアとなる事が、果たしてあるのだろうか?

 

「敵の正体……フィーネの目的とは……?」

 

「深刻になるのはわかるけど、シンフォギアの装者は三人とも無事だったんだから。頭を抱えるには早すぎるんじゃない?」

 

「了子くんか。すまんな、メディカルチェックを任せてしまって。それで翼……問題はないんだな?」

 

「はい。体力的に些かばかり不安な所はありますが、体調には問題ありません。

 それに、今の立花は腕こそ未熟ですが、それでも握る覚悟を抱いた戦士です。彼女や共鳴と共にであれば戦場(いくさば)に立つ事も不足無いかと。」

 

「翼さん……!!はい!!私、頑張ります!!」

 

「そうか……共鳴くんのお陰だな。しかし、響くんの場合はメディカルチェックの結果も気になる所だが……」

 

「それについても問題無いわ。映像を見せてもらったけど、あのパンチ……アームドギアを形成する筈のエネルギーを豪勢にも一撃に込めたあのパンチが、指向性を持たせた絶唱のような破壊力を産み出した結果……

 つまり疲労ね。」

 

「だから、ご飯をいっぱい食べて、ぐっすり眠れば元気百倍です!!」

 

「……そうか。」

 

元気百倍だ、と言いながらも、響くんの表情は暗い。その理由は十中八九、未来くんの事だろう。

どうにかしてやりたい所だが、部外者であり、なおかつ隠させていた張本人である俺達では……などと思索を巡らす俺の前で、了子くんがまたぞろ響くんへとちょっかいを出し始めた。

 

「なァァァァ!?了子さん!?またですか!?」

 

「その豪勢なエネルギーの出所なんだけど、もしかしたら響ちゃんの胸のガングニールの欠片かも知れないのよ。メディカルチェックの結果、以前よりも体組織との融合が進んでいてね?」

 

「融合、ですか?」

 

「……それは、大問題なのでは無いですか?」

 

翼が投げかけたのは、当然の疑問。

聖遺物との融合など前代未聞だ。

 

「んー……研究者としては言うなら、むしろその存在の可能性に惹かれる部分は少なからずあるわ。現状、シンフォギアでさえ本来の聖遺物のポテンシャルを引き出し切っているとは言えないワケだし……

 聖遺物との融合が、その解決の糸口になるかも?という考えが無いとは言えない。

 けれど、そうね……人として、櫻井了子として言うなら、お相手も居る女の子なのだし、まっさらに戻して帰してあげたい気持ちもあるわ。

 いずれにしろ、私という大天才が居る以上大丈夫よ。大事になる前に必ず解決して見せると約束するわ。」

 

━━━━その言葉に、酷く安心した自分が居た。

 

彼女の思惑は知れないが、少なくとも、櫻井了子は響くんの事を想ってくれている、というその事実が確認できたのだから。

 

「そう、ですね……失礼しました。櫻井女史の聖遺物研究の第一人者としての技前を疑うような発言をしてしまって。」

 

「いいのよぉそんなの。それだけ翼ちゃんが響ちゃんの事を心配してくれてるって事なんだから。」

 

「……アレ?そういえば師匠、こういう時真っ先に心配してきそうなお兄ちゃんはいずこに?」

 

「……友里くんに小日向くんの送迎を頼んだ後、今日の所は引き上げると言って帰って行った。なぁに、男には一人になりたい時ってのがあるもんさ。」

 

「……そう、ですね。じゃあ私も、そろそろ帰りますので……」

 

少年少女に辛い選択を強いてしまったものだ、と思う。

俺達二課が護りたいのは機密では無く、人の命だ。だというのに、命よりも時に大事なその心を護れなかったこの無様。

共鳴くんに任せきりにしてしまった事もそうだが、小日向くんと響くんの間にある信頼の重さを測り切れなかった事もまた、俺達の失態に他ならない。

人が人を想う心は、データを見るだけでは測り切れないと分かっていた筈なのにな……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

深夜、日付も変わる頃。研究スペースとして確保してある部屋にて私はこれまでの研究成果を反芻する。

 

歌によって聖遺物を起動させる、シンフォギア。

その特性は大きく三つ、

一つは装着した適合者の身体能力をおおよそ十倍以上に引き上げる能力向上機能。

もう一つは体表面へバリアコーティングを施す事でノイズの浸食を防ぐ防護機能。

そして最後は、並行多重世界に跨って存在するノイズを固有振動のインパクトにて調律、此方の世界の物理法則を以て打倒を可能にする調律機能。

 

これに加えて、励起した聖遺物による無限と言える動力も併せ持つシンフォギアは確かに現行技術からはかけ離れた技術的特異点である。

 

━━━━だが、そこにも限界はあった。

 

聖遺物は、人の手に余るシロモノだからだ。

技を放つ度に、或いはギアを纏うだけで固有振動は衝撃波による負荷として装者を蝕んでいく。

その最たるものが絶唱。負荷の低減を一切考えず、装者毎焼き尽くすシンフォギアに搭載された真なる歌。

 

人とシンフォギアを構成する聖遺物が隔てられている限り、たった二つ(・・)の例外を除けば負荷の軽減は不可能。というのは、私が提唱した櫻井理論においても裏付けられている。

 

その一つはレゾナンスギア、聖遺物である理由すら喪った『不完全聖遺物(・・・・・・)』であるアメノツムギをコアとして生成された共振式アンチノイズプロテクター。

コレを使う事で、負荷そのものには干渉出来ずとも、装者を蝕むバックファイアを肩代わりし、エネルギーとして放出する事で結果的な負荷の軽減が可能となる。

だが、コレは未だ実験途上の技術であるし、なによりも再現性が低すぎる。あの忌々しい連中の子孫に頭を下げねばならんなど反吐が出る。

 

━━━━だからこそ、もう一つの手段を育て上げねばならない。

 

二年前のライブの際、ツヴァイウイングの二人だけではあの短時間でのネフシュタンの鎧の起動は行えなかっただろう。という研究結果が出ている。

それは即ち、二人だけでは無く、十万を超えたオーディエンス達が編んだフォニックゲインを以てして、ようやく完全聖遺物の起動に漕ぎつけた、という事を意味する。

クリスもまた、ソロモンの杖には半年という長い時間を掛けて少しずつフォニックゲインをため込む事でようやく起動へと漕ぎつけた。

 

━━━━だというのに、それをほんの一時で成し遂げた存在。

 

融合症例第一号・立花響。

 

彼女こそ、パラダイムシフトの鍵。ミッシングリンクの鎖。

人と聖遺物の融合。そして、そこから生み出される莫大なエネルギ―を自在に操り、負荷無く始まりの言葉(バベル)を口ずさむ事。

それは即ち、人類に掛けられたバラルの呪詛からの脱却だ。

カストディアンが打ち込んだ楔から脱却し、真なる言の葉にて語り合う、真霊長への進化……間違いなくその階梯を彼女は昇り始めている。

 

……だが、些かおしゃべりが過ぎただろうか。融合症例に関してだけでなく、櫻井了子としては、だなどと……

 

私には、立花響を救ってやる義務など無い。むしろ、融合の末路までを研究し尽くしたいと考えている。

だが、そうなる前にやむを得ず実験を中止しなければならないとすれば……その際には、米国からアレ(・・)を奪う必要があるだろう。

 

しかし、それにも一つの問題がある。アレは確かにシンフォギアとして製造されたモノではあるが、肝心要の適合者が存在せず、なおかつあまりにも危険性が高すぎる。

『あるべき姿を写し出す』鏡の聖遺物・神獣鏡(シェンショウジェン)。だが、もしもそこに写し出される『あるべき姿』が無ければ?

人は、バラルの呪詛を施された不完全な存在だ。完全な形であったカストディアンとは違う。

もしも、あるべき姿が無ければ……写る事すら無く消え果てる可能性すらあり得る。

私は永劫の時の狭間を生きる存在だが、その本体にすら干渉しかねないが為に率先して確保していた聖遺物なのだが……入手経路が経路だけに手元にも置いておけない。という、そのあまりのじゃじゃ馬っぷりに頭が痛くなる。

 

━━━━もしも、神獣鏡を纏う装者が現れれば。もしも、それによって融合症例ですら完全な形へと至れるのならば。

 

それもまた、呪詛を解かれた真霊長への階梯の一つだろう。だが、やはりリスクが高すぎる。この案もまた、ペーパープランにせざるを得ないだろう。




裏切って、裏切られて。
経緯は違えど、少年と少女は似たような傷を負ったまま、夜の街にてお節介を焼く。
人が持つ、不理解がもたらす行き違いと、それを乗り越えるほんの些細な事。
少女達は未だそこに辿り着けず、少年もまた踏み出せぬまま。
陽だまりに差す影は、今だ晴れず。


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第二十三話 街並のサイレントボイス

━━━━どうすればよいのだろうか。

 

トボトボと自室へと戻りながら、考える。

未来に、なんて言えばいいのだろうか。

それが、どうしてもわからない。

未来に嘘を吐き続けてしまった事。コレは当然悪い事だ。

 

━━━━けれど、その理由はけっして保身や誤魔化しからではない。

 

実感なんて無いけれど、国家機密だというシンフォギアには様々な危険が付きまとうのだという。

お兄ちゃんも、実際に誘拐されかけた事があるという。そんな後ろ暗い事に、私は未来というあったかい場所を巻き込みたくなかったのだ。

 

「ただいま……」

 

「……おかえり。」

 

「えっと……未来。ごめんね。」

 

「……お兄ちゃんも響も……そのごめんは、何に対してのごめんなの?」

 

つっけんどんな返答を返す未来の言葉は辛辣だったけれど、(けだ)し正論だった。

だって、あまりにも謝らないといけない事が多すぎる。

隠していた事、嘘を吐いていた事、翼さんとの事。

 

「……全部、だと思ってる。嘘を吐いていた事も、約束を破った事も、隠していた事も……」

 

「……そうだよ。全部、全部……!!私には、何も知らせてくれなかったもの……!!

 ……私、今日は下のベッドで寝るから。」

 

そう言って、未来は下のベッドへと入って行ってしまった。

いつもは、上で二人で寝るからと、物置代わりに使っていた、二段ベッドの下の段。

きっと、帰って来てから片付けたのだろう。それも心落ち着かないままにしていたのは、放り出されただけの荷物を見ればよく分かる。

そうして引かれた仕切り代わりのカーテンは、まるで心と心を隔てる壁のようで……

 

「……ごめん。」

 

届かない、届かない。今度もそうだ。届けたい私の想いが、どうしても届かない。

 

━━━━どうして、私達は分かり合えないのだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━どうすればよいのだろうか。

 

トボトボと夜の街を彷徨いながら、考える。

フィーネが残した言葉の真意を訊ねる為に、あたしは少しずつ西へと歩いていた。

今までならばネフシュタンの能力によって飛行する事であっという間に着いていた筈のその距離が、酷く遠い。

なんといったか、確か奥多摩とかいう所の方にあった筈だ。

 

「……こんなに、遠かったんだな。」

 

改めて歩いてみると、本当に遠い物だ。フィーネが車で乗り入れしていたのも頷ける。

 

━━━━フィーネ。あたしに紛争の火種を潰す力をくれた人。あたしをあの地獄から救ってくれた、ただ一人の人。

 

「……なんでなんだよ、フィーネ……」

 

『はぁ……クリス、貴方にもう用はないわ。』

 

『ねぇ。クリスちゃん。貴方が戦う理由を教えて?ノイズと違って、私達は言葉が通じる!!話しあえる!!

 ちゃんと話をして、理由をすり合わせればきっと戦わずに済む!!だって、私達同じ人間なんだよ!!』

 

そんな恩人から飛び出した、あたしを否定する言葉。

それを信じる事が出来ないあたしの胸に入れ違うように食い込んで来るのは、今日に対峙したあの大馬鹿の言葉だった。

 

言葉なんかでは、想いなんかでは世界に平和をもたらす事は出来ない。圧倒的な暴力の前にはそんな物は黙り込むしか道はない。

必要なのは、暴力を叩き潰す、さらなる力だ。戦おうとする意思と力を軒並み叩き潰す、そんな存在。

フィーネこそがそうであり、あたしもまたそうなれるのだ。と彼女は言った。

それを信じたからこそ、あたしはあの杖(・・・)を振るったのだ。

なのに……

 

「うぇーん!!」

 

「だから泣くなって……泣いてもどうしようもないんだぞ?」

 

「だって……だってぇ……」

 

そんな風に行き詰った思考に囚われたあたしは、いつの間にか人気も絶えた公園に辿り着いていた。

そして、聴こえてきたのは、泣き声。

女の子が、泣いている。

 

━━━━その姿は、かつての記憶の中でよく見て来たものだった。

 

けれど、無力に泣いた昔のあたしとは違う。今のあたしには力がある。

 

「オイこら!!弱い者をいじめるな!!」

 

「いじめてなんかいないよ!?妹が……」

 

「うわぁぁん!!」

 

「いじめるなって言ってるだろうが!!」

 

言い訳なんて聞きたくない。力を振るう奴は全て━━━━

 

「━━━━お兄ちゃんを、いじめるな!!」

 

そんなあたしを止めたのは、泣いていた筈の少女だった。

今の今まで泣いていた筈なのに、毅然とあたしに向き合う、その力強い瞳。

それに射抜かれて、気づく。

 

「あ……」

 

━━━━今、あたしは何をしようとしていた?

 

まるで、あたしを叩くアイツ等のように。

弱い者をいじめる側に回ってしまって居た……?

 

「お前、お兄ちゃんからいじめられてたんだろ?」

 

「違う!!」

 

「あ?」

 

「父ちゃんと一緒に来たんだけど、俺等が目を離した時にはぐれちゃって……探しながら歩いてたんだけど、妹が途中で疲れてもう歩けないって……」

 

「……つまり、迷子かよ!?紛らわしい真似しやがって……」

 

明かされた理由に、内心ホッとした自分が居た。

口に出たのは紛らわしい真似だ、なんて悪態だが、誰かがいじめられるのを見なくて済んだのは喜ばしい事なのだから。

 

「だって……だってぇ……!!」

 

「おい!!コラ、泣くなって……」

 

けれど、そんな言葉の裏側が目の前の少女に伝わる筈もなく。

案の定、彼女は再び泣き出してしまった。

 

「妹を泣かせたな!!」

 

そして、それに反応する兄。傍から見るだけなら微笑ましいだのなんだの言えただろうが、残念ながらあたしは当事者なのだ。

 

「あー……もう!!めんどくせぇ!!あたしが一緒に探してやっから泣くんじゃねぇ!!」

 

どうせ、フィーネの居る場所まではまだまだ掛かるのだ。少しくらい寄り道したって変わりはしない。

そんな風に考えながら、あたしは幼い兄妹と一緒に夜の街へと歩き出したのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━どうすればよいのだろうか。

 

トボトボと、夜の街を流離いながら、考える。

考えるのは、未来に拒絶されてしまった事。

 

『お兄ちゃんの嘘吐き!!私に嘘は吐かないって約束したのに!!今言った理由だって、自分を誤魔化してるだけなんでしょう!?ホントは、私を巻き込みたくなかっただけ!!

 ……でも私はそれがイヤなの!!蚊帳の外で心配させられるだけなんて、もうイヤなの!!』

 

未来の叫びは、全く以てその通りだった。

嘘を吐いてでも、俺は未来を巻き込みたくなかったのだ。

 

━━━━けれど、その想いこそが未来を傷つけてしまった。

 

「……護られる側の気持ち、かぁ。」

 

切り捨てられる痛みの事は、父さんから聞いていたし、竜子さんというかけがえのない存在を喪った事で分かっていた。

けれど、切り捨てない為に動いた事で誰かを傷つけてしまうだなんてのは、覚悟していたつもりでも予想を遥かに上回る衝撃を俺にもたらしていた。

 

「……確かに、蚊帳の外に置かれるのは苦痛だもんな。」

 

━━━━もしも、レゾナンスギアが無い状態だからと、今日のような緊急事態を知らせてもらえなければ?

 

自分の立場に立って考えてみればわかる。知らせない、というのはある意味で酷く残酷な仕打ちだ。

 

「けれど……それでも、未来にはこんな世界を知ってほしくなかったんだ……」

 

……それが、言い訳に過ぎない事もまた、分かっている。未来も言う通り、自分を誤魔化していたいという俺の我儘でしかなかったのだ。結局のところは。

 

「おーい!!おーい!!」

 

ふと、誰かが呼び掛けている事に気づく。

そちらに目線を向ければ、成人男性が誰かを探すかのように周りに呼びかけをしていた

 

「おーい!!(りょう)!!(あかね)!!どこに行ったんだー!?」

 

「……どうかしたんですか?」

 

そんな風に困っている誰かを見つけたからには放ってはおけないと声を掛ける。手の届く範囲であれば、決して諦めないと決めたのだから。

 

「あぁ……すいません。子ども達とはぐれてしまいまして……」

 

「交番に訊ねてみましたか?」

 

「一度寄っては見たのですが……もうこんな時間です、居ても経っても居られずに出て来てしまいまして……子ども達ですからここ等には居ると思うのですが……」

 

「でしたら、俺も一緒に探して見ます。行き違いになるかも知れませんし、お父さんは交番の方で待っていてください。もしも交番に辿り着いていたならきっと寂しがってる筈ですから。

 コレ、俺の携帯の番号です。近くの交番だと駅前のですよね?もし見つけたらそちらまでお連れしますよ。」

 

「そんな!!そこまでしていただかなくても……!!」

 

俺の申し出は流石に予想外だったのだろう。その男性は遠慮がちに断ろうとしてきた。だが……

 

「最近はノイズ発生も増えて物騒になってきましたし、ここ等も再開発待ちの地区が増えて来ました……だから、安心して明日を過ごす為に放っておけないんですよ。こういった小さな事件も。」

 

……嘘、なのだろうか。この弁明は。物騒だから、というのも本当だし、放っておけないのも事実だ。

 

━━━━だが、そうなったそもそもの原因は俺達二課とフィーネの暗闘なのだ。

 

嘘に真実を混ぜすぎたからか、自分の言葉を信じられなくなってきている自覚がある。

俺は、俺自身の想いに嘘を吐いてはいないだろうか?それが、わからない。

 

「……わかりました。では、交番でお待ちしています。私の番号もお教えしますので、見つかりましたら連絡を。それと、息子たちの写真も。」

 

そんな俺の複雑な心境に気づくはずもなく、常に持ち歩いているのだろう家族写真を俺へと託して男性は去って行った。

だから、彼の期待に応えるべく、俺は動き始める。手始めにしたのは周辺の地理の確認。

 

「交番からぐるっと一周すればちょうどいいか……?」

 

最速で、最短で、まっすぐに、一直線に、彼の元へと子どもたちを帰してあげたい。

 

━━━━これだけはきっと、俺の偽らざる想いだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

ガキ二人の手を引いて、夜の街を歩く。交番、と言っただろうか?そう言った施設にこいつ等を預けるのがなんだかんだと最短の道だろう、と真っ直ぐに歩を進める。

少なくとも、人通りが多い方に行けば、さっきみたいな人気の無い場所よりは安心だ。

 

あたしは幸か不幸か縁がなかった事だが、バルベルデみたいなとこじゃ人気の少ないとこじゃ何やっても文句は言えない。

そんな後ろ暗い事にこの子等を巻き込むつもりもない以上、多少目立ってはしまうが繁華街を歩くのが一番だ。

 

「~♪」

 

明るい街というのは、いいものだな。となんとはなしに想う。

あたしの知る町といえばそれはそれは見ずぼらしい物で、電灯の明かりさえ無いが故に夜などは月明かりしか頼る物が無かった。

それに比べれば、人の気配がそこかしこに見え、キラキラとライトアップされた暢気な街は天国みたいにも見える。

 

「……」

 

そんな風に想いを巡らせていると、少女があたしの顔を見上げている事に気づく。

 

「……なんだよ?」

 

やっぱり、どうしてもぶっきらぼうになってしまうあたしの言葉に、しかし少女はもはや怯む事すら無くこう返して来た。

 

「おねえちゃん、お歌好きなの?」

 

「……いや、歌なんか、大嫌いだ。」

 

━━━━特に、壊す事しか出来ないあたしの歌は。

 

「あの……すいません。」

 

「んだぁ……?って、テメェは……!!」

 

そんな折に、横合いから声を掛けられた。それに対してぶっきらぼうに返そうとしたあたしの視界に飛び込んできたのは、見覚えのある顔だった。

 

「えーっと……その子達の親御さんから捜索を頼まれてたんだけど……行き違いだったみたいだね?」

 

「ッ……!!」

 

間抜け面のままで声を掛けてくるソイツ━━━━確か、天津共鳴だったか。から距離を取る。

 

「っと!!ちょっと待った!!コッチに交戦する気はない!!というか、そもそも今の俺はギアも何も持ってないんだ!!」

 

そう言ってホールドアップの体勢を取る男。だが、油断はしない。見たところ、確かにあの手袋みたいなギアを持ってはいないようだが、不意討ちというのも有り得る。

 

「信じられるかそんな言葉!!お前は敵にテメェの不利を晒すってのか!?」

 

「あぁ……うん。時と場合によるけど、普通は晒さない……でも、今回は晒すべき時なんだ。キミ達……隆くんと茜ちゃん、だよね?お父さんから写真を預かってるから確認して欲しいんだ。」

 

「う、うん……」

 

そう言って、警戒するあたしの前だというのを気にするでも無く手に持っていた写真を渡してくるソイツに、あたしの苛立ちは否が応でも高まって行く。

だが、この子達を巻き込むワケにはいかない。それくらいの良識はあたしにだってある。

 

「……」

 

「そんなに睨まなくても……キミを見つけたのは完全に偶然だよ。その子達のお父さんが二人を探してるのを見かけて、放っておけないからと探しに来ただけで……」

 

「うん!!おねえちゃん!!コレ、お父さんがいっつも持ってる写真だよ!!」

 

そう言って少女が見せてくれた写真は、まさに幸せな家族の象徴、といった所だった。

 

━━━━あたしには、もう一生縁のない代物に、羨望の気持ちが混じる。

 

「……そっか、よかったな。じゃあ、あたしはコレでサヨナラさせてもらうからな。あとはそこの馬鹿親切な奴に着いて行けばいいさ。」

 

こんな気持ちを抱いたまま、こいつ等と一緒に居る事なんて出来ない。穢れたあたしにはやっぱり輝くイルミネーションなんぞよりも薄暗い裏路地がお似合いだ。と踵を返した所に、後ろから声が掛かる。

 

「えー!?おねえちゃんも一緒に行こうよ!!」

 

「そうだぜ!!父ちゃんも『親切にされたらちゃんとお礼を言いなさい』って口が酸っぱくなるくらい言ってんだ!!だから、父ちゃんからちゃんとお礼受け取ってくれよなー!!」

 

「んな……!?んだよその理屈!?……だーッ、クソッ!!分かったよ!!一緒に行きゃいいんだろ!?」

 

「今連絡を入れたから、すぐに来てくれる筈だよ。最初からクリスちゃんが交番に一直線に向かってくれてたお陰だね。」

 

「あっ、オイコラ!!お前に名前教えた覚えは無いぞ!?」

 

恐らくは、あの能天気馬鹿のせいだ。個人情報保護(プライバシー)もクソもありゃしねぇ。

 

「クリスおねえちゃん?」

 

「クリスねーちゃんって呼んでいいかー?」

 

「お、おう……ただしそこのお前!!お前は名前で呼ぶな!!あたしとお前が敵同士なのは変わらねぇんだからな!!」

 

「……分かったよ、雪音さん。」

 

━━━━どうして、そこでお前が辛そうな顔をするんだよ。

この男についてあたしが知っている事は少ない。名前と、レゾナンスギアとかいう欠陥品を使っている事くらいだ。

だから、向こうが勝手に調べ上げて来ているだけだろうに。アイツもコイツもどうしてこんなに、あたしなんかにこうも親身になる?

 

「おーい!!お前たちー!!」

 

「あっ!!父ちゃん!!」

 

「お父さん!!」

 

そうこう言っているうちに、連絡を受けてきたのだろう、先ほどの写真にも写っていた男性がやってきていた。

 

「全く……一体どこに行ってたんだい?」

 

「おねえちゃんが一緒に迷子になってくれてたのー!!」

 

「違うだろ!!一緒に父ちゃん探してくれてたんだよ!!」

 

そう言って、子ども達は父親の元へと駆けてゆく。

さっきまで足が痛くて歩けないだなんて言っていたのに、能天気な奴等だ。

 

「すみません……お二人にはご迷惑をおかけしまして……ありがとうございます。」

 

「……あ、いや。あたしの方は成り行きだから、その……」

 

「困ってる人を放っておけなかっただけですから。」

 

……誰かに感謝される事なんて、久しぶりが過ぎる。

真っ直ぐに受け取れないあたしに対して、いつの間にか隣まで来ていたソイツは至極当然みたいな顔をしてお礼の言葉を受け止めている。

その差がまるで今までの人生の違いを表しているようで、なんだかちょっとムカつく。

 

━━━━どうせ、コイツも恵まれた人生を送ってきたんだろう。

 

「ほら、お前たちも。一緒に来てくれたお姉ちゃんにお礼は言ったのかい?」

 

「クリスおねえちゃん、ありがとう!!」

 

「クリスねーちゃん、ありがとう!!」

 

「……仲、いいんだな。そうだ、そんな風に仲良くするにはどうすればいいのか教えてくれよ。」

 

「……ッ!?」

 

さっきは泣いて困らせていたのに、たったの十分其処等でこの通り仲良く笑いあっている。

まるで、魔法みたいにコロコロ変わる子ども達の感情に、ふと気になった事を聞いてみる。

 

「そんなの、わからないよ。いっつもケンカしちゃうし。」

 

「ケンカするけど、仲直りするから仲良しなの!!だから、クリスおねえちゃんも、お兄ちゃんと仲直りしてね!!」

 

「んなっ!?」

 

その問いに返ってきた言葉は、予想外もいい所だった。

喧嘩するけど、仲直りするから。それは、今までのあたしには無かった考えだ。それはまだいい。

けれど、その後がいけない。隣のコイツと仲直りだ?そもそもコイツとあたしに接点なんて殆ど無いのだ。それに……

 

「……別に、コイツと仲良しこよしするつもりはねぇよ。あたしが聴きたいのはもっとこう……大切な人と仲直りする為のだな……」

 

「……?」

 

「茜ちゃん。俺と雪音さんは別に喧嘩してるワケじゃないんだ。ただ、ちょっと事情があって……」

 

「……大切な人と仲直りしたいのなら、尚更にですよ。お二方。」

 

『えっ?』

 

そう言って話に割行ってきたのは、二人の父親だった。

 

「貴方達の大切な人がどうして貴方達と仲違いしたのかは分かりませんが、私だったら『誰かと敵対する誰か』よりも、『誰かと仲良く出来る誰か』との方が仲直りしたくなりますよ。

 ……きっと、この子が言いたいのもそういう事でしょう。」

 

……その言葉に、ただ唖然とするしかない。大切な人と仲良くする為に誰かと仲良くする?

 

『覚えておいてね、クリス……痛みだけが人の心を繋いで絆と結ぶ……この残酷な世界の真実だという事を……』

 

脳裏によぎるフィーネの言葉。

真に絆を紡ぐのは、痛みだけでは無いのか?

わからない。頭の中がグチャグチャだ。

この世界の本当はどこにある?

 

「……ありがとう、ございます。俺自身が迷ってた事、ちょっとだけ答えが見えて来たような気がします。」

 

「…………」

 

「ははは、いつかまた逢えたら、その時は仲直りしたお二人の姿をこの子達に見せてやってください。」

 

そう言って、手を振りながら去ってゆく親子に力無く手を振り続ける事しか出来ない。

わからない。

 

━━━━あたしは、何を信じて立てばいい?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

偶然の果てに、まさかこんな出逢いがあるとは。

迷子になった子ども達を探す父親の為に周囲を捜索した所、なんと雪音クリスと共に表通りを歩いているのを発見したからだ。

 

ただ、その様子が誘拐などには見えず、人通りも多いため緊急配備は無しでの個人的な接触を図る事にしたのだが……

 

先ほどから、彼女は駅前のベンチに座ったまま、だんまりしている。

あの親子と交わした会話が、何か彼女の琴線に触れたのだろう。

その姿は、まるで雨に濡れる子猫か何かのようで放っておけない。

 

「……ほら、あったかいもの、どうぞ。」

 

「……お前、まだ居たのかよ?それに……敵からもらったもんなんて飲むか馬鹿。何入ってるとも知れねぇ。」

 

「……目の前のコンビニで買ってきたんだけどなぁ。」

 

苦笑しながら、一緒に買ってきたパンをほお張る。一緒に食べれば流石に警戒も緩むかと思ったのだが、そう容易くはいかないようだ。

 

「……お前は、あたしが怖くないのかよ。」

 

「怖い?」

 

「今のお前には、ギアも何もないんだろうが。それに対して、あたしはギアという絶対的な力を持ってる。あたしがその気になればお前はハチの巣だぞ?それが、怖くないのかよ。」

 

なるほど確かに。俺にはギアが無いが、彼女はギアを持っている。非対称的で、パワーバランスも間違いなく彼女に傾いている。だが……

 

「特に怖くはないかな。キミがそういう事をしないというのは、さっきの子ども達との会話でわかったし。」

 

「はぁ!?どうしてそうなる!!……というか、それじゃさっき声を掛けて来た時は完全に無策だったのか!?

 ……もしも、あたしがアイツ等や周りの連中に配慮なんかせずぶっ放す奴だったらどうする気だったんだよ!!」

 

言われてみれば全くその通りで、先ほどの接触は完全に無策であった。

けれど、父さんが護ろうとした輝きを信じて見たかったのだ。

……勿論、そんなことを初対面の男から言われても迷惑なだけだろうから口にはしないが。

 

「そうやって仮定だと口にしてくれる事とか、あとは子ども達が笑ってたから大丈夫かなぁ……って。」

 

「……お前も、アイツと同レベルの馬鹿だったんだな。」

 

「ははは……その通りだね。響と同じかはともかく、大馬鹿なのは全く以て否定のしようがない。」

 

そうだ、俺が大馬鹿だったのは間違いない。というよりは、今もなお間違い続けているといってもいいだろう。

『手の届く総てを救う』と(のたま)いながら、一番護りたくて手元に置いていた女の子一人護れやしなかったのだから。

 

「……何も、訊かないんだな。あたしに。」

 

「……訊いたところで、答えてはもらえないだろう?」

 

「あぁ、当然だ。さっきのガキどもが言ってた事は忘れろ。あたしとお前は敵同士だし、その関係は変わらねぇ。じゃあな。」

 

……隣で俺が食べていても口を付けてももらえない、か。警戒心が強い事だ。

なら、プランBで行くとしよう。

 

「……そっか、わかった。じゃあ、コレを。」

 

そう言って去りかけた彼女に投げ渡すのは、先ほどコンビニで買ってきた財布と、俺の財布から出したお金のセットだ。

 

「……なんだよコレ。金なんぞ渡してどうするつもりだ?まさかとは思うが……」

 

しまった、と思ったのは渡してから。確かに、少女に直接お金を渡すというのは如何にも外聞が悪い。

 

「あ、いや妙な意図は一切無い、誓ってもいい。

 ……見たところ、お金も殆ど持ってないんだろう?どこを目指してるのかは聞かないけど、女の子の一人旅ならお金はちゃんと持っていた方がいい。そういう、余計なおせっかいさ。」

 

響や未来から学んだのだが、女性の服というのはおしゃれの為に収納性を犠牲にしている物が多いため、大抵はバッグにお金などを入れて歩くものだという。

着る理由こそ違うかも知れないが、彼女の着ている服はまるでドレスのようで、見るからに収納性に欠けている。その上で無手で歩いている事。

また、あの後数時間経っているにも関わらず、公共交通機関も使わずにまだリディアン周辺に居た事などから、俺は彼女が現金を持ち歩いていないと判断したのだ。

 

「……だとしても、テメェからの施しなんざ受けねぇ。」

 

「じゃあ、貸しって事でどう?俺は暫くの間は返却を受け入れる気はないから。返せないからって其処等に置いてたら、誰かに悪用されちゃうかもしれない。」

 

金額としては十万程。まぁ、悪用しようと思えばできる金額だ。

先ほど見せてもらった彼女の善性に付け込むようで申し訳無いが、無手にて返すワケにもいかないのだ。

 

「ぐっ……ぐぬぬ……わかった。業腹もいいとこだが、一旦あたしが預かっといてやる。ただし!!利子付けて熨斗付きで返してやるからな!!忘れんじゃねぇぞ!!」

 

きっと、お腹が空いていたのだろう。腹の虫の音と共に不承不承ながら、彼女は俺の渡した財布を受け取ってくれた。

 

「うん。期待して待ってるよ。あぁ、それと……ここ等で寝泊まりするならここの駅前のビジネスホテルが一番いいと思うよ?西の方は住宅街になってて泊る所が無いし、東は再開発地区で治安が悪いから。」

 

「……筋金入りのお節介焼きめ。それ以上構うようなら今ここでギアを使うぞ?

 ……それと、勘違いするなよ。今日の事は全部あの子に免じての事だ。この金の事で今後手心を加えるような事は無い。

 次に戦う時には躊躇なくテメェをぶっ潰す!!」

 

そう言い残して彼女は去って行った。

 

「……やっぱり、根はいい子なんだな。」

 

子ども達を放っておかなかった事、金を受け取ろうとしなかった事、色々あるが、その全ては彼女の優しさに集約されるだろう。

放ってはおけない。フィーネと名乗る女性が彼女を切り捨てたような発言をしたというのなら、尚更だ。

 

「……けれどやっぱり、未来に関する問題は解決してないんだなぁ……」

 

誰もが去った駅前のベンチで一人、彼女の分の菓子パンも食べながら、考える。

あの男性が教えてくれた事、誰かと敵対する人よりも、誰かと仲良くする人の方が仲直りしたくなる。という言葉。

確かにそうだと思ったし、だからこそ雪音クリスにあそこまでお節介を焼いたのだ。

 

「未来……」

 

小日向未来、俺達にとっての陽だまり。

彼女が居るから、俺も響も笑って無茶を出来たのだ。

決して翳って欲しくなかった、その少女。

 

「……どだい、隠し通すのが無理だったんだろうな。」

 

雪音クリスと出逢って、少し落ち着いた頭で考えれば分かる。

彼女に何も知らせず、隠そうとした事。隠し続けていた事、心配させてしまった事。

それに加えて、俺のやった事で響と未来の間に不和を招いてしまったのも、すべてが俺の責任だ。

 

「……それら全部、だよなぁ。」

 

あの時は、未来に嘘を吐いていた事だけを謝った。けれど、考え直せばこうも俺の間違いは多い。

謝れるだろうか。間違ってしまった事を。

直せるだろうか。友達としての関係を。

助けられるだろうか。翳る彼女を。

 

夜の闇に溶けて消えゆく静かな声で、それでも改めて誓う。

未来を護りたい、という想いを貫き通すと。




零れ落ちる少女の涙。
悲痛なる少女の慟哭。
誓いは此処にあれど、少年の手は未だ届かず。
けれど、少年が一人ではないように、少女達もまた一人では無い。
掛替えの無い先達が教えてくれる物がある。
それは、不器用な想いの交わし方。何億もの人が紡いで来た、時を重ねる奇跡のお話。


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第二十四話 背反のアンビバレンツ

「━━━━まさしく神に愛された、と言える天才、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは様々な音楽ジャンルにおいて名を馳せました。

 扉の前で情熱的に歌う『扉の前で』という形態から発生し、後に弦楽の一大テーマを表す言葉となったセレナーデの日本語訳が『小夜曲』とされる場合が多いのも、

 最も有名なセレナーデ編曲がモーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』……ドイツ語で『小さな夜の曲』と意訳される曲である事から来ているのです。」

 

明けて、翌日。

リディアンでは音楽学校というカリキュラムの都合上回数も多い音楽の授業中にふと、隣に座る未来を見る。

……結局ずっと、未来とはまともに話せていない。朝ごはんの間も沈黙が痛かった。

どうすればいいのか、一晩中悩んだけれど、結局分からない。

未来が大事な事も、未来を巻き込みたくない事も、未来に嘘を吐いていたくないのも、その全てが私にとっての本当の気持ちだからだ。

 

「━━━━このように、音楽が辿ってきた軌跡もまた、立派な歴史と言えるのです。私達はコレを『音楽史』と名付け、研究対象として扱ってきました。

 それではこの続きを……立花さん!!」

 

「は、はい!!」

 

「教科書の続きを読んでもらえますか?」

 

しまった。と気づいた時には既に手遅れ。

授業中だという事も失念して考えに耽ってしまっていた為に、どこまで進んでいたのか全くわからない。

……いつもなら、こういう時には未来を頼っていたのだが、チラリと見ても反応はなしのつぶて。

 

「……すいません。ぼんやりしてました……」

 

「……最近、酷くなってませんか?

 ……まぁ、レポートの提出も一応!!期限に遅れてはいませんので今回は見逃しましょう。

 では、そうですね。ぼんやりしていた立花さんの気を引くのも兼ねて、本筋とはちょっと関係ないですが、音楽史の起源についてお話しましょうか。」

 

━━━━お兄ちゃんに手伝ってもらう事になったが、ちゃんとレポートを提出していてよかった。

心の底からそう思いながらも、ひとまずは授業に集中しようと思い直し、先生の話を聞く。

 

「……と言っても、音楽の明確な起源がコレだ。という証拠は未だに見つかっていません。なにせ、音は証拠として残りませんから。

 その発生が声によるコミュニケーションの結果だったのか、或いは、感情の発露の結果だったのか……それについては今もなお議論が絶えません。

 けれど、歌の始まりについて有力だろう、と言われている事があります。」

 

先生の突然の話題転換にクラスの皆が注目しているのがわかる。

しかし、歌の起源か……

そういえばシンフォギアも、胸の奥から溢れる歌を歌って力と変えているのだっけ。などと早速に思考が逸れてしまう。

 

「古代メソポタミアにおける百科事典のような物━━━━ナブニトゥ、創造物という意味の名前を持つ粘土板がウルという遺跡から発掘された際、その中に『歌』を示す節があった、という物です。

 それは九本の弦からなる楽器の使い方を記しているとされ、歌が当時の人にとって身近だった事を示しています。残念ながら、この楽器で奏でられた音楽がどのような物だったのかは、今だに解明されてませんが……

 そしてもう一つ、シリアの遺跡から発掘された粘土板にも歌が記されています。此方もまた解明出来ていない謎のままですが、ハーモニーを示す節が見られる為に、コレを合唱曲であるとする考古学者も居ます。

 櫻井了子さんという考古学の権威がいらっしゃるのですが、彼女によればこれらの遺物は『ある一つの歌』を指し示すパズルのピースなんだとか。真実はまだ誰にも分かりませんが、もしもそうだとすれば……浪漫があるお話ですよね?」

 

━━━━よーく知っている知り合いの名前が出て来て大声をあげそうになって、すんでの所で食い止めた自分を褒めてやりたい。

……そういえば、考古学の権威なんだっけ……でもなぁ、了子さんはいっつも二課本部に居るから、なんだか実感がとっても薄い。

しかし、言われてみれば当然の話ではある。雑誌でも大人気~だなんて自称するくらいの凄い人なのだから。

 

「……いや、でも流石にアレはなぁ……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『……ふぇっくし!!』

 

「……大丈夫ですか?風邪を引いてるようなら実験の中止も……」

 

『あぁ、大丈夫大丈夫。どうせどこかの誰かが天才考古学者である私の事をウワサしてるだけだから。素晴らしいって罪ねぇ……

 そ、れ、よ、り。共鳴くんの方こそ大丈夫?レゾナンスギアの改修が終わったって連絡しただけでわざわざ学校まで休んで来てもらっちゃって……』

 

「はぁ……まぁ、出席日数は正直怪しいですけど、この件の早期収束が無ければ確実にヤバくなっちゃいますので……ゴメンな、翼ちゃん。まだ病み上がりなのに。」

 

「いや、防人として体力を戻す為にもリハビリ代わりの鍛錬を欠かすワケにはいかない以上、こちらとしてもむしろありがたい話だ。

 それに、新たなレゾナンスギアとの連携訓練もまた急務……一挙両得、というものだ。」

 

今朝早くに櫻井女史から入った連絡を受け、私は二課本部内のシミュレータールームに居た。

私がこの身の未熟によって絶唱を放つしかないほどに追い込まれたあの日、私と同様に限界を超えた超過駆動を為したレゾナンスギアの抜本的な改修。それがようやく終了したのだ。

今回はレゾナンスギアの初起動時とは違い、既にギアを身に纏い、フォニックゲインを高め始めている。

起動自体は今までの例でデータは取れているが、今度のレゾナンスギアが求めるのは『その先』なのだ、と櫻井女史は言っていた。

 

「……ありがとう。」

 

『それじゃあ、新型レゾナンスギアの起動実験を始めましょうか。』

 

「はい。レゾナンスギア、セット!!」

 

そう言って、共鳴は手に持っていた物体を腰にセットする。

まるでベルトのバックルのような形状をしたその機械には、何かをはめ込むかのようなスロットが『三つ』付いていた。中央の一つは丸型。そして左右にある残り二つは、ちょうどギアのペンダントが嵌まりそうなスロットになっている。

 

━━━━もしも今後、アメノツムギがシンフォギアとして加工可能になった場合も考えてちょっと拡張してみたのよ。

 

櫻井女史はそう言っていた。現行の技術では、聖遺物としての特性を喪失しているアメノツムギをシンフォギアと成す事は出来ないのだと。

 

「レゾナンスギア、同調開始(チューニングスタート)……!!」

 

共鳴くんの言葉と動作に応じて、レゾナンスギアが起動する。

私がアメノハバキリにて生成し、しかし再集束もしないまま発散され、大気を震わせるだけとなっていたフォニックゲインがレゾナンスギアへと集まって行く感覚がある。

 

━━━━そして、輝く光が彼の身体を覆っていく。

 

その両手には機械腕(ギアアーム)が、そして、その首元には光の襟巻(マフラー)が。

以前までのレゾナンスギアとは一線を画す出力である事は、その威容からすら窺い知る事が出来る。

 

「……すげぇ。ここまで様変わりしてるとは……」

 

『当然よぉ、この櫻井了子肝入りの改造だもの。半端な品なんて出さないわよ。

 ……それじゃあ、用意はいい?』

 

「はい!!」

 

「いつでも行けます。」

 

さて、新たなレゾナンスギアの力……この身でしかと確かめさせて貰うッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━響と真っ直ぐ向き合えない。

お昼休み、いつもなら誘ってくる響を待っているのに、私は一人食堂へと入って行く。

空間投影型ディスプレイに表示された今日のメニューを基に好きな物を取る、いつものバイキング形式。

作る人は大変だろうな、とか、ラーメンがあるから響はそれを選ぶだろうな、なんてぼんやりとしながら選ぶのは、ハンバーグとパンという無難な組み合わせ。

 

……どんな顔をすればいいのだろうか。どんな事を言えばいいのだろうか。

お兄ちゃんへの想いの答えは、未だ見えない。

響への想いもまた然りだ。

 

けれど、一番恐ろしいのは、また別の事。

あの二人が命の危険に自ら飛び込んでいた事よりも、私にとっては『それを隠されていた事』の方が裏切られたという感情の比重が重かったのだ。

 

━━━━二人を心配する気持ちには、一片の嘘偽りも無いというのに。

 

「……ここ、いいかな?」

 

さっき思った通りにラーメンを持ってきた響がやってきたのは、そんな時だった。

その言葉に、今は返す事が出来ない。

あまりにも想像の範疇を超えた事情に、感情が振り回される。きっと、今口を開いたら響に酷い事を言ってしまう。

 

━━━━あの頃、響に掛けられた無責任な罵声達のように。

 

そんな確信があるから、言葉を口の端に載せず、ただただ食事を続ける。

 

「……あのね、未来。私、やっぱり……」

 

やめて。

今はそれ以上言葉を紡がないで。

溢れそうな重い想いを必死に抑えつける。この想いを突きつけてしまえば、私は響の友達で居られなくなってしまう━━━━!!

 

「……なんだか、いつもとお二人の様子が違うようなのですが……」

 

「一体全体どういう事なの?傍から見ててよくわかんないからアニメで例えてよ。」

 

「これはきっとビッキーが悪いに違いない。ゴメンねヒナ。この子行動力の塊で反省しない子だから、なんかやらかしても出来るだけ許してあげてね。」

 

そう言って乱入してきたいつもの三人のなんでもない言葉。なんでもないのだと分かっているのに、その言葉にすらイラついてしまう自分が居る。

確かに、悪いのは響だ。けれど、今回の事だけはそうそう簡単には割り切って許すことが出来ないのだ。

 

「そういえばレポートの事で先生が釘を刺してましたが……」

 

「大した量でもないのにどうやったら毎回律儀に期限ギリギリになるのよ……」

 

「幾ら人助けの為だからって、ボランティア活動の方、少し回数減らした方がいいんじゃない?このままじゃビッキーの成績が急降下しちゃうよ?」

 

「……ッ!!」

 

━━━━彼等(・・)にとって、それが出来ればどんなによかった事か!!

 

感情が溢れ出して止まらない。理解出来るからこそ理解してあげられない。

此処に居てはダメだ。この昏い感情を吐きだしてはいけない。

 

気づけば、私は走り出していた。

逃げて、逃げて、逃げ出して、辿り着いたのは屋上。三週間前のあの日、流れ星の動画を響に見せた場所。

 

━━━━次こそ約束を守ってもらうって、約束した場所。

 

「あ……」

 

涙が溢れて止まらない。

響やお兄ちゃんの決意を尊重すべきだ、という想いがある。

けれど同時に、そんな危ない事をしてほしくはないという想いもある。

そして、それらを凌駕する程に大きな感情、『裏切られた』という失望感。

 

「━━━━未来ッ!!」

 

「来ないで!!」

 

放っておけないのだろう、黙っては居られないのだろう。そうして追ってきてくれた響に、けれどやっぱり、真っ直ぐ向き合えない。

 

「……ごめんなさい。響、私……ダメなの……このままじゃ、こんなんじゃ、響の友達で居られない……!!お兄ちゃんと胸を張って一緒に居られない……!!」

 

━━━━あぁ、なんて醜い想いだろう。

それでも、かろうじてだが、きっと響を一番に傷つけてしまうだろう罵倒の言葉は飲み込む事が出来た。

裏切っただなんて、私が勝手に想っているだけなのだ。大事にされているからこそ、私はただ丁寧に仕舞われただけなのだ。

 

━━━━それが、正しいと分かっていても、私の想いは割り切れないのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━さて、共鳴くん。弁明の言葉はあるかしら?」

 

改修されたレゾナンスギアの起動実験、並びにその後の連携訓練が終わった後のデブリーフィングにて、俺は会議室にて正座させられていた。

 

「えー……なんといいますか、調子に乗ってしまいました。」

 

「……二年前にも同じ事を言った気がするのだけれども、幾らレゾナンスギアがアンチノイズプロテクターとして機能しているとはいえ、その出力には限度という物があるのよ?

 だというのに、いきなりに敵の中心に突っ込むだなんて……」

 

理由はまぁ、この通り。改修によってキャパシティも跳ねあがったレゾナンスギアの限界を試す為に一番ノイズが多い所に突っ込んでしまった事で、翼ちゃんの逆鱗に触れてしまったのだ。

 

「まぁまぁ、シミュレーションの内に最大出力を測るのは元々予定にあった工程だし、そんなに怒らないでもいいじゃないの。

 それに、共鳴くんも感覚的に今回のレゾナンスギアの仕様を理解出来たでしょう?」

 

「櫻井女史まで……はぁ……今回は致し方ないと諦めます。けれど、もしも実際の戦闘の最中にああいった無茶をするのならせめて事前に一言言ってちょうだい。」

 

「すまん……で、はい。そうですね。バリアコーティングの削れ具合がマフラーと連動して分かりやすくなったのはありがたいですね。

 結局は一度も削り切られる事はありませんでしたけど、バリアコーティングがどれくらい残ってるのか分からないのは中々の恐怖感がありましたから。」

 

淡く発光する為に確認が出来ないワケでは無かったのだが、戦闘中に自分の身体が光っているかを気にする余裕は流石に無かったのだ。

だが、光のマフラーとなった今のレゾナンスギアであれば、口元を覆う輝きでバリアコーティングの有無が判別可能だ。

 

「それだけじゃないのよー?マフラーを構成するのはシンフォギアが発生させて空中に残留したフォニックゲインを再集束させた物……つまり、マフラーを構成するフォニックゲインを電池代わりにしてある程度の単独戦闘が可能になるのよ!!」

 

「おぉ!!」

 

「なんと……!!」

 

それは、望外の朗報だった。

レゾナンスギアは自らフォニックゲインを生成する事が出来ないが故に、シンフォギアとの連携は必要不可欠だった。前回問題となったのもその共振距離だったワケで……

 

「一気に欠点が解消された感じですね……」

 

「……まぁ、認めるのはシャクだけど今までのレゾナンスギアは欠陥品もいい所だったのよね。共鳴くんと翼ちゃんの連携が上手かったから特に問題にはなっていなかったけれど……

 今回の件は、普段の散発的なノイズ退治とはワケが違うのだからって一気に設計思想を数段階上に押し上げたのよ。お陰で寝不足だわー。」

 

「ありがとうございます……シンフォギアの調整も含めて、色々手広くやってもらっているのに……」

 

「いいのいいの、こういう事こそ私達の仕事なんだから。むしろ鳴弥ちゃんの手まで借りちゃった事をコッチが謝るべき所よ。

 ……そういえば、今日はその鳴弥ちゃんが現地での調査を終わらせて帰ってくる予定だったわね。折角だから早めに帰って家族団欒してきたらどう?」

 

レゾナンスギアについて粗方語り終わった後に振られた話題に、俺は思わず顔をしかめてしまう。

母さんとの仲は悪いワケでは無いのだが、話す事にも困るのだ。そうやってまんじりともせず過ごす時間が、俺はどうにも苦手なのだ。

 

━━━━手の届く総てを、救い切れても居ないというのに止まっているというのが。

 

「いや……なんというか、そういう感覚じゃないんですよ、我が家は……説明も難しいので、そういうもんだと思ってください。

 それに、これからなら午後の授業くらいは……」

 

そんな想いを誤魔化して退出しようとしていた俺の携帯に入ってきた着信の音。

画面に表示されているのは立花響の文字。

……きっと、未来の事だろう。

 

「すいません、響からです。ちょっと出ますね。……もしもし?」

 

『うっ……ぐすっ……おにいちゃん……私……私、こんなのイヤだよぉ……』

 

━━━━その声を聴いた瞬間、俺の中で思考が切り替わるのを感じる。

 

「響、今どこだ?すぐそっちに向かう。」

 

『リディアンの、ぐす、屋上……で、でもまだ授業中だし、私が二課の方に……』

 

「いや、問題無い。今すぐ行く。

 ……翼ちゃん、了子さん、そういう事ですので先に失礼します。」

 

「……わかったわ、響ちゃんの事、悪いけどお願いね?」

 

「私からも、頼む。本来なら私も隠していた事を責められるべきなのだろうが……」

 

「いや、翼ちゃんは悪くないよ。

 ……どうすればよかったのかなんてまだ分からないけど、それだけは間違いないと言える。」

 

「そういう事では……はぁ、とりあえず、立花さんの所に向かってあげなさい。すぐに行くって言ったのだから。」

 

「あぁ、その通りだ……すまん、行ってくる。」

 

そう言い残し、俺は二課本部の通路を走り出す。

今の時間は未だ昼休み、校内のエレベーターは使えない。ならば……外部から高速で侵入するのみ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

走って、走って、気づけば校外まで出て来てしまっていた。

息は荒くなり、汗もかいてしまっている。

 

━━━━あぁ、こんな状態じゃ教室には戻れないな。

 

頭の中の、酷く冷静な部分がそう告げる。

一度止まってしまった足はとても重くなり、まるで鉛が入ってしまったかのよう。

 

━━━━でも、最悪な言葉を響に掛けずに済んだ。それだけは唯一、良かった事だ。

 

それ以外の総ては悪かったけれど、最悪の中の最悪だけは結実せずに済んだ。

荒くなった息を整えながら、自分の自制心に感謝する。

 

「あら?未来ちゃんじゃない、どうしたのこんな時間に。」

 

そんな私に声を掛けてくれたのは、車に乗って通りがかった鳴弥さんだった。

 

「鳴弥さん……」

 

「あらあら、そんなに泣きはらした目をしちゃって……とりあえず乗りなさい、事情とかは後で聞くわ。」

 

「……ありがとう、ございます。」

 

「さて、んじゃまずは、このまま山奥までスリルドライブと言っちゃいましょうか!!」

 

「えっ?えっ?えェェェェ!?」

 

ちゃんと乗り込んでシートベルトを締めた私を見て鳴弥さんそう言って、アクセルをガッツリと踏み出す。

急激な加速に引っ張られる感覚に、思考がまるで追い付かない。

いったい、何が起こっているの?

 

 

「うーん……!!いやぁ、久々にカッ飛ばすと気持ちいいわねー!!高速に乗って帰ってきたけど、仕事の範疇だから安全運転心がけてたし。」

 

「私はおっかなびっくりだったんですけど……」

 

「でも、楽しかったでしょ?」

 

「……ちょっとだけ。」

 

リディアンから更に奥地へ走ってゆくと、そこには山々と、小さな湖が存在していた。

こんな所があったなんて初めて知った。

 

「んー、それで……泣いてた事情について話してもらう前に、やっぱり私の方から喋るべきでしょうね。隠したままってのはフェアじゃないし。

 未来ちゃん、私もまた、二課に所属する研究者よ。貴方が保護された事も、風鳴司令から聞いているわ。」

 

「ッ……!!」

 

うすうす、気づいてはいた。だって、お兄ちゃんが命を懸けて戦っているのだ。一番近くに居て、友達だからと一線は引いていた私と違って身内として関わって行く筈の鳴弥さんが、それを知らないで居る筈が無い。

 

「……ごめんなさい。と言っても遅すぎるでしょうね。けれど、今の貴方を見て放っておく事は出来ないと思ったからこうやって声を掛けたの。それは紛れもない事実よ。」

 

そして、鳴弥さんは優しくて、同時に、私の事を思いやってくれる人だった。

 

「……なら、教えてください。どうしてなんですか?」

 

それに対する私の返答はとても要領を得ない物で、けれど、心の底から放たれた疑問だった。

 

━━━━どうして?

 

どうして、お兄ちゃんは私に黙って居たの?

……本当は、お兄ちゃんから直接聞かなければいけない事だ。けれど、今のままではきっと、手酷く罵ってしまう。そんな自分が分かっているから、このチャンスを逃すワケにはいかなかった。

 

「そうね……まずは、基本的な事から話す事にしましょう。」

 

━━━━そうして、鳴弥さんが話してくれたのは、天津の家の歴史だった。

 

「━━━━護るべき人だから、何も言わなかったんですか?」

 

防人として、守護者として、ずっと誰かの為に戦ってきたお兄ちゃん。

だから、私に心配をかけまいと黙って居た?

 

「それもあるわね。けれど、あの子にとってはそこは特別大事な事では無いと思うの。

 あの子が一番恐れたのは、恐れているのは間違いなく米国だもの。」

 

「米国……?」

 

「えぇ、二年前、あのライブ会場での事故の後、基督教過激派によるテロがあったでしょう?」

 

それは覚えている。病院を狙った悪質なテロ事件という事で、世間も湧いていたものだった。

……まさか。

 

「……アレは米国による誘拐未遂だったのよ。狙われたのは共鳴自身。そして、間違いなく二課の力を借りなければ、共鳴一人ではどうにも出来なかった事。

 だからこそ、あの子は恐れているのよ。貴方自身もまた、狙われるに足る理由があるのだから。」

 

「……え?」

 

「私立リディアン音楽院が、同時に二課所属者を集める為の場所である……というのは、まぁ分かってもらえたと思うわ。けれど、それは同時に、『二課に所属する可能性がある者も最初から集めておく』という事も意味するの。」

 

「どういう……事なんですか?」

 

「……リディアンの生徒たちの中には、全国から選抜された装者候補も存在するわ。貴方も、正式適合者となれる程では無かったけれど、その身にフォニックゲインを宿しうる存在。

 もしも適合する聖遺物があるのなら、ギアを纏う事も不可能では無いの。」

 

「そんな……」

 

前提が覆されてゆく感覚にめまいがする。私も、響や翼さんと同じ?

 

「勿論、貴方が編入出来たのはあなた自身の実力だし、そもそも事故被害者の編入枠も含めて、適合者たり得るほどの高度なフォニックゲインを宿す生徒なんて全く居なかった。

 人は誰しもがフォニックゲインを持つけれど、その量は微々たるもの。響ちゃんも、入学時のチェックでは適合できる程の数値は出していなかったのだから。」

 

「……じゃあ、どうして響は、シンフォギアを纏う事が出来たんですか……?」

 

「……科学者としては情けない話だけれども、それは分からないのよ。櫻井女史━━━━私の上司にあたる人ね。その人は何かを掴んでいるようだけれども、私には全然。」

 

ふと、出て来た名前には聞き覚えがあった。

 

「櫻井女史……櫻井了子さん、ですか?」

 

「あら、知ってるの?」

 

「今日、音楽史の授業でちょっと話にあがってました。逆に言うと、それくらいしか……」

 

「……本当に手広いわねぇあの人は……専攻的に当然っちゃ当然なんだけど……」

 

そう言って、眉間を抑える鳴弥さんに、不謹慎だがちょっと笑みが零れてしまう。

 

「えー、それで、そうね。貴方が狙われる理由だったわね。先ほども言った通り、貴方には才能が眠っている。だけど、本来は目覚めない筈のその才能を無理矢理に目覚めさせようとしている連中も居るようなの。

 ……実際、共鳴を狙った誘拐未遂の後の調査で、埼玉県の調神社(つきじんじゃ)鳥船神社(とりふねじんじゃ)という二つの神社で跡取りとなる筈の少女達が米国によって誘拐されていたことが分かったのだから。

 あの子は、それを一番に恐れている。自分や響ちゃんの親友で、もしかしたら装者として覚醒するかも知れない一般人。もしもそんな事情を知られてしまえば貴方は真っ先に狙われてしまう。

 勿論、リディアンの生徒たちを護る事も私達二課の仕事、そこに手を抜くつもり無い。けれど、事実として二課が後手に回ってしまう事も多い。だから、出来るだけ二課に関わらせまいとしていたのでしょうね。それが、あの子の決断。」

 

「……ッ!!」

 

実際に、護り切れなかった誰かが居る。

……あぁ、なるほど。お兄ちゃんが私にも響にも過保護だったのはその反動なのか、と納得する。

 

「……でも、勝手な言い分です。それって。」

 

だって、そこには私の意思が介在していない。

私がお兄ちゃんや響を心配する想いが考慮されていない。

お兄ちゃんが私を勝手に想って居るだけだ。

 

「そうね。あの子はなにも知らないで居てくれる事を望んだけれど、だからってなにも知らないままで居られる筈が無い……そんな事を言ってもまぁ、私も黙認したのだから同罪ね。」

 

「鳴弥さん……ありがとうございます。ちゃんと教えてくれて。まだ、このすれ違いをどうすればいいのかは分からないですけど、もうちょっとだけじっくり考えてみようと思います。」

 

そう、コレはすれ違いだ。

お兄ちゃんも響も、私を想うからこそ近づけまいとして、私もまた、二人を想うから隠してほしくなかった。

お互いに我がままだったのだから、それがぶつかってしまうのは当然の事だ。

想われるのは嬉しい事だが、想い同士がぶつかってしまえばお互いに傷ついてしまう。

このすれ違いを摺合せる結論はまだ出ていない。だって、私はやっぱり響にもお兄ちゃんにも傷ついて欲しくないのだから。

けれど、考え続ければきっと━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

カツカツと床を踏みしめて歩く。ここは、フィーネの屋敷。

一昼夜掛けてようやく戻り着いたそこに遠慮無しに入り込む。

 

「フィーネ!!あたしが用済みって、一体どういう事だよ!!」

 

開口一番に叫ぶのは、ちょうど一日程前に放たれた、あたしへの言葉への疑問。

 

「あたしはもういらないって事か!?アンタも……アンタもあたしの事を物のように扱うのかよ!!」

 

優しい言葉を掛けてくれたのは、フィーネだけだった。

あの地獄から救ってくれたのは、フィーネだけだった。

今のあたしを支える物だって、フィーネがくれた言葉だ。

信頼、していたのに。

 

「頭ん中グチャグチャだ!!何が正しくて、何が間違ってんのかわかんねぇんだよ!!」

 

だって、フィーネは言ったのだ。

争いの火種を潰して行けば━━━━

 

「はぁ……どうして誰も私の想い通りに動いてくれないのかしら……」

 

「ッ!?」

 

振り返ったフィーネは、ソロモンの杖を握っていた。

そして、出現するノイズ達。

ギアを纏わなければならない、頭の中の冷静な部分はそう判断する。

けれど……けれど、頭の片隅に引っかかるのは、フィーネを信じたいという弱っちい心の叫び。

 

「そうね、流石に騙すにしても潮時かしら。クリス、あなたに教えたやり方━━━━争いの火種を潰す方法では人類に掛けられた呪いを解く事なんて出来ないわ。

 せいぜいが一つ潰して二つ三つを産むか……英雄となって自らを犠牲にしてようやく、一代限りの仮初の平和の代わりに、その死後の混乱を招くか。それが人間の限界よ。」

 

━━━━それが、踏みにじられて行く。

 

「あんたが言ったんじゃないか、その理屈を!!痛みこそが真の絆を紡ぐ物だって……ッ!!」

 

「あぁそれね、でまかせよ。私の真なる愛なんて、貴方風情に渡すはずが無いじゃない。私の愛は、遥けき彼方に坐すあの方にのみ捧げられる物。

 ……そうね、役に立たない貴方には、ここで幕を引いてあげましょう。」

 

━━━━それが、覆されてゆく。

 

フィーネの身体に光が集まる。それは、見慣れたネフシュタンの形成シークエンス。だが……

 

━━━━そこに現れたのは、黄金だった。

 

あたしが纏っていた時の鈍い銀色などどこへやら。黄金に輝き、装飾も華美なる物へと生まれ変わったネフシュタンの鎧が、フィーネを覆っていた。

 

「私は不滅、そしてこの鎧もまた然り……未来へと無限に続く永劫の存在。それに、砲塔(カ・ディンギル)は既に完成しているも同然だもの。もう貴方の力に頼る必要もない。」

 

「カ・ディンギル……?そいつは……?」

 

いったい、なんなんだ?

アンタの目的ってなんなんだ?

嘘を吐いてあたしを騙してたってのか?

グルグルと頭の中を這い回る思考が鬱陶しい。

 

「……喋り過ぎたわね。まぁ、いいわ。どのみち私について知り過ぎてしまっていたのだもの、貴方は。」

 

「ッ!!」

 

空回りする思考を全て断ち切り、生きる為に行動する。

……あぁ、まるで昔に戻ったみたいだ。

窓をぶち破るように開け、いったんフィーネとの距離を離す。

だが……

 

「フフ……せいぜい、良い声をあげて泣きなさいな、クリス。」

 

まだ、死はすぐそこにある。ここではダメだ。フィーネの視界から逃げ切らねばならない。

 

「ちく、しょう……ちくしょう……ちくしょおォォォォ!!」

 

どうにもならない、やりきれない感情を叫びに乗せながら、立ち上がり様にテラスの縁から飛び降りる。

そして口に紡ぐは、生き残る為の力。

 

━━━━フィーネがくれた、力。

 

Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

茜色に染まる夕焼けの中、あたしの決死の逃亡劇が幕を開けた。




降りしきる雨は、まるで少女達の涙を表すようで。
女が放つ追手から逃げ続ける少女は、今だ迷いの渦中に取り残された少女と出逢う。
それは、偶然が産んだ、奇跡のような巡り合わせ。
雑音に惑い、雑踏に紛れ、雑念に迷う。
そんな少女を導く為に、男は黙って拳を握るのだ。


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第二十五話 雨後のハードゥン

茜色の逃亡劇から、少々時は遡る


「いやだよぉ……」

リディアンの屋上で、私は一人だった。

 

『……ごめんなさい。響、私……ダメなの……このままじゃ、こんなんじゃ、響の友達で居られない……!!お兄ちゃんと胸を張って一緒に居られない……!!』

 

私にとって、一番に大事な人。お兄ちゃんと同じあの日に出逢った少女。

小日向未来の言葉に、私は何も返す事が出来なかった。

 

だって、そんな言葉を言わせてしまう程に未来を追い詰めてしまったのは、私のせいだ。

未来は何も悪くないのに、未来を怒らせてしまったのは、私とお兄ちゃんなのだ。

 

「今すぐ来るってお兄ちゃん言ってたけど。今ってまだ昼休みだよ……ね?」

 

今日は珍しく、屋上で昼休みを過ごす生徒も居ないようで見える範囲には私しか居ない。

まぁ、それはむしろありがたいのだけれど、果たしてお兄ちゃんはどうやって来るつもりなのだろうか。

校舎内のエレベーター前は昼休みでごった返す生徒たちが居るから使えないだろうし、そもそも対外的にはお兄ちゃんも部外者なのだ。

正面切って入ってくる事も出来ない以上、一体どんな方法が……

 

━━━━なんて、つらつらと考えていた私の足元をよぎっていく影が一つ。それは丁度、人一人分くらいの大きさで……

 

まさか……まさかまさか!?

そのまさかに思い至って顔を上げた私の目の前には、まさしく思った通りの人がたたずんでいた。

 

「悪い、ちと遅れちまった。」

 

屋上の入り口である時計塔の壁に張り付くように、レゾナンスギアの糸でその身を支えたお兄ちゃんが、そこに居た。

 

「え、えええええええ!?一体全体どうやって!?っていうか、ギアはもう戻ってきたの!?」

 

「あぁ、丁度改修が終了したとこでな。それで、アメノツムギも戻ってきたからホレこの通り、向こうの病院から飛んできた。」

 

「えぇ……?いや、確かに真正面から来るよりはいいだろうけどさ……お兄ちゃん、時々周りが全然見えなくなることあるよね……」

 

お兄ちゃんのその言い分に思わず唖然としてしまった私は悪くないだろう。だって、距離としては近いからと建造物から建造物へと飛び移るのを最短距離とするだなんて、それこそ漫画やアニメみたいな感覚だ。

しかも、当然のように立派な不法侵入である。学園自体が二課と繋がってるとはいえ、こんな事やっちゃっていいのかなぁ……?

 

「……心配したんだよ、響と未来の事を。」

 

「……ッ!!う、ううううう……!!」

 

時計塔の壁から降りてそう告げるお兄ちゃんを前に、私はあっけに取られて引っ込んでいた涙を耐えきれなくなってしまった。

 

「未来が……未来が……!!」

 

「おーよしよし、全部聴いてやる。俺だって、悪かったのは響と一緒なんだ。

 ……だから、未来が落ち着いたらキッチリ一緒に謝ろう。な?」

 

感極まって飛びついた私に、お兄ちゃんは動じずに抱き留めてくれた。

そのあたたかさを感じて、溢れた涙が止まらない。けれど、その意味はさっきまでの悲しみに満ちた物とは、少しだけだけれどその姿を変えていた。

 

「うん……うん……!!やっぱり、私はあったかいのがいい。未来にあんな顔をさせていたくない!!」

 

「あぁ……俺もだ。未来にも、勿論響にも笑いあって居て欲しい。

 ……単なる我がままだけど、それが俺の本音だ。」

 

━━━━未来が泣いていた理由はまだ、私には分かり切れていない。

どうすればよかったのかも、どうすればいいのかもまだ分からない。

けれど、それでも。

この胸の想いを、伝えたいと思う。

 

 

 

 

「……それで、お兄ちゃんどうやって戻るつもりなの?」

 

「えーっと……もう一回跳ぼうかと思ってました。」

 

「流石に未確認飛行物体が一日に二回も出現したら大騒ぎになるでしょ……私が先導するから、授業始まったら下のエレベーターから帰ろう?」

 

「すまん……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「天津鳴弥、ただいま帰還しました。」

 

「鳴弥くんか、ご苦労……悪いな、こんな時期に遠出をさせてしまって。」

 

二課本部内の通路にて、司令に略式の報告を行う。当然、後程正式な報告書は提出するが、その前に話すべきことがあったのだ。

その話すべき事とは当然、私が出向いて回収した聖遺物について……だけでは無い。

 

「いえ、手隙だったのは私だけでしたし……この聖遺物が、切り札になるのでしょう?」

 

「……あぁ。信じたくはない可能性だが、それが現実の物となってしまった場合、我々が切れる手札の最後の一つ……それが、『雷神の鼓撥(つづみばち)』だ。」

 

━━━━朝日森天満宮(あさひもりてんまんぐう)周辺での異常な雷雨の発生源となっていた聖遺物。

その正体が、奇しくも天津家に所縁ある品だったというのは、皮肉な物だ。

 

「……天神様のお導き、でしょうかね?」

 

「……かも知れんな。であれば、かの菅原道真公の名に泥を塗らないように気合いを入れ直さにゃならんな。」

 

そう言って苦笑する司令の表情は硬い。

その理由は分かり切っている。

今回の聖遺物回収の直前に司令から打ち明けられた極秘情報。それが示す事。

 

「……やはり、『彼女(・・)』なんですね。この事件の黒幕は。」

 

「……あぁ、裏取りもある程度は取れた。だが、彼女の目的が分からん。米国におもねるでもなく、さりとて直接的な利益に拘るでも無い……

 もともと奔放な女性だからな。行動の予測も難しかったものだが……恥ずかしい話、これだけ隣に居たと言うのにサッパリ分かっていない。」

 

そう打ち明けてくれた司令に、掛ける言葉が咄嗟には出てこなかった。

だって、そうだろう?

『ずっと傍に居たパートナーとも呼べる女性』が、災害を操る巨悪の根源だっただなんて。本人以外がそう容易に口出し出来る問題では無い。

━━━━けれど、それでも言える事がある。いや、言わなければならない事があるのだ。

 

「……司令?難しい話は置いておいて単刀直入に聞きますけど、彼女の事、愛してますか?」

 

「ぐっ……!?鳴弥くんはバッサリ斬り込んで来るな……

 ……あぁ、そうだな。俺は彼女を愛している。惚れているんだ、俺は。」

 

その言葉が聴けてよかった。

司令は『あの人』と同じく防人としての覚悟を握っている。

だから胸中に秘めると決めたら、きっと最期の一瞬まで秘め続けるだろうと、防人の妻である私には分かっていたから。

 

「だったら、簡単ですよ。彼女が居なくなる前に、その想いを真っ直ぐにぶつけてあげればいいんです。

 ━━━━確かに、彼女の為していることは許されざる罪です。けれど……罪を犯したからといって、愛し合ってはいけないだなんて、そんな道理は無いでしょう?」

 

「━━━━あぁ、そうか。そうだな……彼女を止める事にばかり必死になって、気づいていなかったな、そういう事は……そうか……単純な事、だったんだな。」

 

告げられた言葉に一瞬面食らっていた司令だが、覚悟を決めるまでの時間はさほども掛からなかった。

 

「えぇ、だから……この聖遺物は、私の方で調査を続けておきます。もしもの時があれば……深淵(アビス)より『あの装備』を引き上げますから。」

 

「あぁ、頼む……ありがとう、鳴弥くん。

 ……どうにも、この手の分野では一生、キミや共行さんには勝てんみたいだな。」

 

そう言って頬を掻く司令は、いつもの凛々しい姿よりも幼く見えて、ちょっと可愛らしかった━━━━なんて言ったら、どんな反応を返すだろうか?

 

「どういたしまして。それはまぁ、一児の母ですからね。

 でも、覚えておいてくださいね?女性はどこまで行こうと女の子なんですから、告白するならちゃんとムードを考えないとフラれちゃいますよ?」

 

「肝に銘じておくよ。」

 

そうして、和やかな会話は終わる。不穏への一筋の希望を確かに点しながら。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━今日は、雨が降っている。

 

結局昨日、鳴弥さんに送ってもらってからもまだ響とはぎくしゃくしたままだ。

けれど、日常的なやりとりくらいなら出来るようにはなった。

本格的な話し合いはまだ出来ていないけれど、幸いにも明日は土曜日だ。

お兄ちゃんも交えて、ちゃんと話がしたい。難しい事かも知れないけれど、このまま逃げ続けていてもお兄ちゃんや響の事情が解決する事は無いのだから。

 

……それでも、響と一緒に登校するのは……今日だけは流石に心の準備が出来ていない。

一緒の場所に居れば、響を傷つけるような暴言を吐いてしまうかもしれない。

その恐怖は、やはりある。昨日の夜は幸いにもそうはならなかった。けれど、今日にそうならないとは限らない。

 

「……響。私、今日は先に行くね?」

 

……この言葉は、聴こえているだろうか。そんなちっぽけな、けれど確実に首をもたげた不安。

 

「……うん、分かった。

 ……あのね、未来……明日、お兄ちゃんと一緒に、未来と話し合いたいんだ。」

 

けれどそれは、既に起きていた響が返してくれた言葉に(はら)われた。

 

「……ッ!?

 ……うん。私も、お兄ちゃんと響と話し合いたかったから……明日、だね?」

 

「うん……ホントは、今すぐがいいって頭では分かってるつもりなんだけど……」

 

「……ううん。それは私も同じ。だから、大丈夫。」

 

結局、覚悟が出来ていないのだ。また、相手を傷つけてしまうかも知れないという事への覚悟が。

それは、響やお兄ちゃんの性格からしてそうそう簡単に出来る事では無いし、私だってまだまだ全然出来ていない。

けれど、約束したのだ。約束は、守らないといけない。

束縛なのかも知れない。けれど、そのお陰で、覚悟は固められそうで……それになにより、響とまた約束出来た事が、一番嬉しかったのだ。

 

 

 

━━━━雨の街を歩く。

そういえば、今日は体育があるのだった。この雨では屋内での授業だろうな、なんてある意味暢気に思考が回る。

響はちゃんと体操着を準備出来ただろうか。私の分が無くなってしまうから流石に体操着は貸してあげられないのだが……

昨日までなら、こんな風に考える事すら出来なかっただろう。どうして?と叫ぶだけで、そこに意味を載せてあげる事は出来なかっただろう。

事情を明かしてくれた鳴弥さんに、心の中で感謝する。

 

 

━━━━その音を聞いたのは、そんな時の事だった。

どさり、とまるで人が倒れるような音。路地裏から聴こえたその音に気づけたのは、雨で人通りが少なかった事も理由の一つとしてあっただろう。

 

「……放っては、おけないよね。」

 

響なら、絶対に放っておかない。そして、それはお兄ちゃんも同じだ。

そんな想いで入り込んだ路地裏には、まさしく少女が倒れていた。そして、周囲にはまるで話に聞くノイズの暴虐の後のような炭の痕。

 

「大変……!!大丈夫!?」

 

そんな風に雨に濡れる少女を見かけて、放っておけるはずもない。

真っ先に風邪を引いてしまわないかを心配して、私はどうすべきかを考える。

 

━━━━そして、困ってしまう。

警察に届け出る?却下だ。周囲に残るノイズの痕跡からして大事になるだろう。そうなれば、彼女の体調は二の次になるかもしれない。

お兄ちゃん達を頼る?これはいい案かも知れない。けれど、その先は?雨の下で意識を失う程に追い詰められている彼女に、二課の人がどんな対応をするのかが分からない。

 

「未来ちゃん?どうしたんだい、こんな路地裏で。」

 

━━━━そうして頭を悩ませる私に声を掛けてくれたのは、ふらわーのおばちゃんだった。

一人では答えが出ない難局を前に、頼れる大人が通りがかってくれた事にホッとする。

 

「おばちゃん!!この子が、路地裏に倒れてて……!!」

 

「あらまぁ……よし!!未来ちゃん、その子の足の方持ってちょうだい。まずは私の家で休ませようか。その後の事は……その後考えたっていいさね?」

 

「……はい!!」

 

そっか。まずは、目の前の誰かに手を伸ばしてから考えたっていいんだ。

後回しではあるけれど、目の前の彼女を放ってはおけないのは、私の中の本当の気持ちなのだから。

 

……もしかしたら、響だって同じように思ったのかも知れない。だから、私への言い訳とか全部お兄ちゃんに丸投げして、真っ直ぐに突き進んだのかも知れない。

おばちゃんと一緒に少女を運びながら、私はそんなことを考えていたのだった。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ノイズの反応、ですか?」

 

『あぁ、市街地第六地区……駅前の商店街付近でノイズの反応が検知されてな。未明の事だったので店を開けている人も殆ど居なかった為に人的被害は無かったのだが……

 同時に、イチイバルの反応も検知された。』

 

朝の学校にて、私は師匠からの連絡を受けていた。要件は今朝早くに発生したノイズについて。

 

「って事は師匠、クリスちゃんがノイズと戦ってたって事ですか?」

 

『状況から判断するに、そうだろうな。』

 

「……」

 

クリスちゃんが、ノイズと戦っている。それが意味するところはつまり……

 

『どうした?』

 

「いえ、クリスちゃん、もしかしたら戻る場所がないんじゃないかなって……」

 

フィーネというあの女性は、クリスちゃんにもう用は無いと言っていた。

あの言い分は、よく知っている。

誰かを否定する為の言葉。人と人との繋がりを断ち切る悪意。

クリスちゃんはそれでもフィーネにすがろうとしていたけれど、あんな言葉を面と向かって吐く人が掌を返してクリスちゃんに優しくするなんていうのはどうにも想像できなかったのだ。

 

『……!!そう、だな……そうかも知れん。この件については此方で引き続き調査しておく。なにかあれば連絡するから、それまでは待機していてくれ。』

 

「わかりました!!」

 

 

教室に入る。明日の未来とのお話の為にも、出来れば今日の間は何事もなく進んで欲しい……なんて思いながら入った教室には、肝心要の未来が居なかった。

 

「小日向さん、お休みなんですか?」

 

そう声を掛けてくれたのはいつもの皆。

 

「うーん……私より先に登校した筈なんだけど……」

 

━━━━一瞬、脳裏をよぎるのはノイズの暴虐。だが、大丈夫だ。師匠は人的被害は無いと言っていたのだ。

……だから、大丈夫だ。

 

「……ビッキー!!昨日はゴメン!!」

 

「へ?」

 

「食堂で二人の事茶化しちゃった事!!コレでも責任感じてるんだから!!」

 

「あ、あー……」

 

なるほど、そう言われて思い返してみれば、未来が走り去ってしまう前には皆と会話していたのだった。

であれば、創世(くりよ)ちゃんが心配するのも無理はないだろう。

 

「うん……まだ大丈夫って胸張っては言えないけど、この週末にちゃんと話し合うつもりだから。」

 

「そっか……よかった……」

 

「うーん……アニメだったらこういう時……落ちそうになったのを助けるとか!?」

 

「ちょっと。真面目に考えてくださいな?第一、そんな状況に陥る事なんてそうそう無いでしょうに……」

 

「あはは……」

 

……一昨日の事を思えば、正直ちょっとあり得るかも知れない。なんて言葉は当然口に出す事は出来ないままなのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━意識が、浮上する。

 

「━━━━ハッ!?」

 

跳ね起きた場所は、話に聞く和室という物に見えた。

━━━━ここはどこだ?あたしは確か、フィーネの所から逃げ出して……一晩中ノイズ共と追っかけっこして……あぁそうだ。粗方片付けた所で限界が来ちまったんだ。

シンフォギアを纏うには、体力が要る。走り回れば更に腹は減る。

……業腹だが、アイツから貰った金で腹ごしらえしてなけりゃもっと早くに限界を迎えていたかも知れない。

 

「よかった……目が覚めたのね。びしょ濡れで倒れてたから、服は着替えさせてもらったわ。」

 

混乱するあたしに声を掛けて来たのは、アイツと同じ制服の少女。

そして、その言葉でようやく気付いたが、あたしの恰好も確かに変わっていた。

 

「なっ!?勝手な事を!!」

 

「あっ……」

 

意識がない内に勝手に身体を触れ回られるなんざ反吐が出る……そう思って反射的に憤って立ち上がったあたしに、何故かソイツは顔を真っ赤にしていた。

……そういえば、立ち上がって気づいたが、胸元が随分ザラザラするし、下の方はなんだか心もとなくスースーするよう……な……!?

 

「なんでだ!?」

 

「さ、流石に下着の替えまでは用意出来なかったから!!」

 

下に何も履いていなかった事にあたしの混乱は深まったが、通りすがりだろう彼女があたしに合う替えの下着を持ってるなんてそんな偶然があるワケも無く、その言葉には納得せざるを得ない。

だから仕方なしに、あたしは布団とやらにくるまって肌を隠す。

別に、あたしはフィーネみたくやたらめったらと露出する趣味は無い。むしろ……

 

「未来ちゃん。お友達の具合はどうだい?」

 

そんな風に思っていた所に顔を出して来たのは、温和そうな女性だった。

……しかし、友達?

 

「目が覚めた所です。ありがとう、おばちゃん。布団まで貸して貰っちゃって……」

 

「いいのいいの。あ、お洋服洗濯しといたからね。」

 

「ッ!?」

 

ここまでしてきた以上、何かしらの要求があるだろうと思わず身構えるあたしに掛けられた言葉は、その予想に反する物ばかりで。

 

「あっ、干すの手伝いますよおばちゃん。」

 

「あら、ありがとうね?」

 

「いえいえ。」

 

ありがとう、か……

 

『誰かと敵対する誰かよりも、誰かと仲良く出来る誰かとの方が仲直りしたくなりますよ』

 

頭の中はまだまだグチャグチャだ。フィーネから切り捨てられた事実に胸の中も傷み続けている。

 

━━━━けれど、なんだか。そういうのを見ているとちょっとだけ、あったかい気がしたんだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……あ、ありがとう?」

 

「ふふっ、どういたしまして。」

 

あったかいタオルで拭う少女の背中は、痣だらけだった。

やはり、一般的な状況には居なかったのだろう。なんてボンヤリ考える。

 

「……なんにも、訊かないんだな。」

 

「うん。私、そういうの苦手みたいなの。だから……貴方が教えてもいいって思ったら、その時でいいかなって。

 今はちょっと、そこまで踏み込んであげられない。今の私は自分だけで手一杯なの。大事な人と、距離の取り方が分からなくなっちゃって。」

 

━━━━そうなのだ。お互いにお互いを想うからこそ、私たちはすれ違ってしまって。距離の取り方がお互いに分からなくなってしまって……

 

「……それって、誰かと喧嘩してるって事か?」

 

「そう……かもね。解決策は分かってるんだけど、今までのように仲直り出来るかの自信が出なくて。」

 

「喧嘩と仲直り、か……あたしにはよくわからないな、やっぱ。」

 

「貴方は、友達と喧嘩した事は無いの?」

 

ふと返ってきた答えに、気づけば聞いてしまっていた。

 

「……友達、居ないんだ。」

 

「……え?」

 

「……地球の裏側でパパとママを殺されて、それからずっと……あたしは一人で生きて来たからな……友達なんてそんな余裕は……」

 

「そんな……」

 

それを、今更になって後悔する。今は踏み込めないと、そう言ったのは私なのに。

結局は無遠慮にずけずけと彼女の心に踏み込んでしまった。

 

「ただ一人、あたしを理解して、正しい道へと導いてくれると思った人も……実際は、ただあたしを道具として扱うだけだった……

 誰も、まともに相手なんかしやしてくれなかった。どいつもこいつもクズ揃いで……痛いと言っても聴いちゃくれなかった。やめてと言っても聴いちゃくれなかった。

 あたしの話なんて……誰一人聞いてくれやしなかった……」

 

「……その、ごめんなさい。踏み込めないって言ったのは私の方なのに、結局……」

 

「いや、そうじゃねぇよ。コレは、あたしがただ勝手に語っただけの話だ。お前には、その……感謝してる。

 ……なぁ、きっと、大丈夫だよ。お前は。『誰かを傷つける誰かより、誰かと仲良く出来る誰かとの方が仲直りしたくなる』らしいぜ?

 だから、お前とその友達なら、大丈夫だろうよ。」

 

貴方に辛い事を思い出させてしまった。そう続けようとした私の言葉は、彼女の言葉に遮られる。

 

「……ありがとう。気遣ってくれて。えっと……」

 

私を思いやって悪ぶって、それどころか私を応援してくれた。彼女のその気遣いが分かったから、お礼を告げたかった。けれど、そういえば彼女の名前を聞いていなかった事を思い出す。

 

「ふん……あたしはクリス。雪音クリスだ。それに……コレはあたしの言葉じゃねぇ……ただの受け売りだ。だから、効能なんざ保障しねぇからな。」

 

「ふふっ、クリスは優しいんだね。」

 

心から、そう思う。ぶっきらぼうで、噛みつくような態度で、けれど、他人を想える優しさに満ち溢れている。

クリスとはまだ短い時間しか話せていないけれど、それは確かに伝わってきた。だから……

 

「ッ!?……そうか?」

 

「うん……私の名前はね?小日向未来。もしも、クリスがいいのなら、私はクリスの友達になりたい。

 ……背負うべき覚悟は、もう決まったから。」

 

クリスが教えてくれた、受け売りだというその言葉。それで、思い出したのだ。お兄ちゃんも、響も、誰かを助けて、仲良くなりたいと思って無茶をし続けていたのだと。

だけど、今回は命がけの無茶で、しかも何も教えてもらえなかったから、私にもよくわからない感情が拒絶を起こしていた。

 

━━━━けれど、そうだ。私は元々、そんな無茶を受け入れていたのだ。

 

誰かと仲良くなりたいと思って、理不尽に挑む彼等の姿を覚えている。

だからきっと、何も教えてもらえなくて辛かった一番の理由は、私がお兄ちゃんや響の役に立てなかった事なのだ。

 

━━━━私も、お兄ちゃんや響の役に立ちたい。

 

この想いは紛れもない私の本当の気持ちだと、そう胸を張って言える。

どんなに辛い道のりだとしても、お兄ちゃんや響の傍に居たい。心配されるだけじゃなく、私だって二人の事を心配したいのだ。

 

その覚悟は決まった。だから、まずは目の前のクリスに集中する。彼女を放ってはおけないし、きっとお兄ちゃんも響も彼女を放ってはおかないだろう。

だから、踏み込む。

 

「……ッ!!ダメだ!!」

 

けれど、クリスはその手を払った。

 

「どうして?」

 

だが、重い事情を背負いながらも心優しいクリスが目の前に下げられた救いを否定するだろう事は織り込み済みだ。だから、その理由を知る為にグッと踏み込む。

 

「あたしは……あたしは、お前たちに酷い事をしたんだぞ……」

 

背を向けるクリスが返した言葉に、一瞬理解が追い付かなくなる。私たち?それって誰の事?

 

━━━━その瞬間を狙いすましたかのように、大気を裂くサイレンのけたたましい音が私たちを貫いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……どう思いますか?翼さんは。」

 

昼休みのリディアンの屋上、昨日にお兄ちゃんから抱き留めてもらった場所で、今日の私は翼さんに相談を持ち掛けていた。

相談の内容は、未来の事について。

 

「……まず、叔父様が報告していない、というのはあの人の性格上も、立場上も有り得ないだろうからまず無いだろうと除外出来る。そして、小日向さんは決して理由無く学校を休むタイプでは無い。

 つまり、なんらかの事情で学校には来れなくなったが、それは直接ノイズに関係する事では無いだろう。と推測出来る。」

 

その返答に、思わず呑んでいた息がホッと抜けていくのが分かる。

……やっぱり、不安だったのだ。今朝のノイズ出現は未来が出て行った時刻と近くて、なおかつ出現場所も通学路に程近かったからだ。

 

「安心しろ、立花。小日向さんとて、自身が危険だと分かれば一も二も無く真っ先に立花か共鳴を頼る筈だ。便りが無いのは良い知らせとも言うだろう?」

 

「……そうですね。多分、野良猫でも拾っちゃって、寮じゃ飼えないからっておばちゃんのとこにでも転がり込んでるんじゃないかって思います。」

 

翼さんの励ましに、私もちょっと茶化して返す。

けれど、翼さんは困り顔のままで。

 

「……本来であれば、私が万全の剣として万難を払って、立花が苦労する必要がないのが一番なのだが……

 他者も自身も、その全てを滅ぼしつくす破壊の歌たる絶唱。その反動を身に受けてしまっては……立花には苦労を掛けるな……」

 

「絶唱……滅びの歌……」

 

あの日、あの時、奏さんが歌った歌。そして、三週間前、翼さんもまた歌った歌。

けれど……

 

「でも!!でもですね!!絶唱でも壊せない物だってちゃんとありました!!お兄ちゃんが居れば、絶唱は滅びの歌じゃなくなるんです!!

 それに……私が二年前の事故の後、辛いリハビリに耐えられたのは、翼さんの歌に励まされたからです!!

 だから、翼さんの歌はただ壊すだけの歌なんかじゃありません。聞く人に元気をくれる歌なんです!!それだけは、絶対に、絶対です!!」

 

そう、今の私を支えてくれているのは、未来やお兄ちゃんだけでは無い。

翼さんの歌があったからこそ、その歌声に元気をもらったからこそ、今の私がここに居るのだ。

 

「……ふっ、ありがとう。立花。けれど、これではむしろ私の方が励まされてしまっているみたいだな。」

 

「……あ」

 

あったかいなぁ。と思う。そうだった。こんな風ななんでもない時間を私は未来やお兄ちゃんと過ごしていたのだ。

 

「そういえば、あの後、奏さんの調子はどうなんですか?結局昨日あのまま別れちゃいましたけど……」

 

「むしろ元気過ぎるくらいね……ギアが纏えない以上は義手や義足を使う方向でリハビリの話が進んでいるのだけれど、今朝聞いたら、それが完成したら歌手への復帰も考えているらしい。

 ……立花のお陰だ。」

 

「わぁ……!!もしかして、ツヴァイウイングの復活も有り得るんですか!?」

 

ふと訊ねた事への返答として聞かされたその知らせは、私に更なる勇気をくれるものだった。

 

「今はまだ、かもしれない。程度の話だがな。奏が前向きに復帰を目指す以上は……きっと、いつか……」

 

「はい!!私も信じてます!!翼さんと奏さん、また二人一緒に並んでステージに立つ日が来る事を!!」

 

━━━━そうして、無邪気に明日への希望を交わす私たちの間に流れる心地よい空気を裂いたのは、本部からの緊急連絡のコール音だった。




サイレンは鳴り響いた。
差し向けられし刺客は無差別に人を喰らい尽くすだろう。
━━━━それが、少女には我慢ならなかった。
手に入りかけたぬくもり、その代償だと言わんばかりの暴虐を前に、少女の心は傷つき、泣き叫び続ける。
その叫びを聞き逃さぬ男達が居る。暴虐の嵐に抗う男達が居る。
男が覚悟を握った拳に、貫けぬ物などありはしない。コレは、その証明の第一楽章だ。


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第二十六話 陰翳のブレイカー

「おい、こりゃ一体なんの騒ぎだ?」

 

甲高い音が空を裂いた直後、よく分からないままに未来……というらしい。ソイツに連れられて外に出て見れば、其処に広がっていたのは人々が取る者も取らず逃げ惑う光景だった。

まるで襲撃があった時のようなその物々しさに、いやな想い出が顔を覗かせるのを必死に抑える。

 

━━━━だが、その努力を嘲笑うかのように、現実はあたしを蝕んでいく。

 

「なにって、ノイズが現れたのよ!?」

 

「ッ!?」

 

「警戒警報、知らないの……?まさか、クリス、貴方……!?」

 

あぁ、あたしは、なんて愚かなんだ。

こいつ等のあたたかな温もりに触れてすっかり忘れてしまっていた。

 

━━━━フィーネがあたしを追っているという、あまりにも重大な事をだ。

 

あたしは、フィーネの計画に深入りし過ぎている。フィーネの拠点の位置、フィーネが二課にて纏っている仮の姿について、そしてなによりも、詳細こそわからないが、カ・ディンギルというフィーネの計画の根本にまで迫ってしまった。

そんな奴を野放しにしておく程フィーネは暢気していない。実際、昨日から夜中じゅうノイズと追いかけっこをするハメになったのだ。

そんなフィーネが、たかだかあたしを見失った程度で追跡を諦めるだろうか?

 

━━━━いいや、有り得ない。

 

その証拠に、今も警報の音は鳴り響いている。目が覚めれば見知らぬ場所だったから上空から見た時の記憶頼りの推測程度になるが、警報が避難を促している地域は今朝にあたしが行き倒れていた辺りだろう。

 

「……あたしのせいだ。」

 

「クリス……」

 

「お前は逃げろ。もう、お前は関係無い。ノイズなんかに関わらなくていいんだ。だから、さっさと避難しろ。」

 

「でも……!!」

 

未来(ソイツ)が紡ごうとした言葉ごと置いて走り出す。このノイズの狙いは間違いなくあたしだ。であれば、あたしが身を晒せば無差別な攻撃は無くなる。

一体、何をやっていたのだろうか。あたしなんかが幸せになれる筈が無いというのに……!!友達なんて、願ってはいけないというのに……!!

 

視界の端で、親に連れられて避難する少女が落としたぬいぐるみが踏みつぶされて行くのを横目に見ながら、避難する人の波をあたしは逆巻いて行った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「はい、翼です。立花も一緒に居ます。」

 

『共鳴です。此方も今学校を出るところです。』

 

リディアンの屋上にて、本部からの緊急通信を受ける。師匠やお兄ちゃんも含めての同時通信で一気に連絡事項が通達されるシステムである。

 

『相当な数のノイズを検知した。出現場所もほぼ同じことから、未明のノイズ出現と関連していると思われる。』

 

「了解しました。では立花と共に現場に急行します。共鳴とも現場で合流を……」

 

『いや、一塊になって殲滅するには範囲が広すぎる。商店街入り口のアーケードに翼が、その周辺地域での遊撃に響くんと共鳴くんのタッグで当たってもらう。

 特に翼、お前は未だ体力が戻り切っていない筈だ。動き回るのは元気な二人に任せて避難する人々を護って欲しい。』

 

「なるほど……」

 

「しかし!!」

 

師匠のいう事は尤もだ。幾らお兄ちゃんのお陰で軽く済んだとはいえ、翼さんの負傷はそれでも重い。

そして同時に、ノイズの広範囲出現に対して守勢にしか回れない翼さんの歯がゆさもまた、私にはわかる。だから……

 

「翼さんは、皆を護ってください。そしたら私とお兄ちゃんは真っ直ぐ前だけ見つめて突き進めます。」

 

真っ直ぐに、翼さんを見つめる。掛けた言葉は紛れもない私の本心だ。

後ろを護ってくれる誰かの存在がこんなにも心強いだなんて、ここまで痛感したのは初めてだ。

 

━━━━だって、いつもは未来が私の隣に居てくれたから。

 

「……ふっ、私の負けね。分かったわ。共鳴くんの事、よろしくね?」

 

『どうして俺の方が世話される事前提なのかなぁ!?』

 

「さぁ?自分の胸に訊いてみればいいんじゃないかしら。それでは司令、私はアーケード街へ直行します。」

 

『全く……司令、俺は響と現地で合流します。もしも避難しそびれた人が居たら誘導しますので、緒川さんに作戦範囲外での待機をお願いします。』

 

空気を軽くするためのジョークなのだろう、お兄ちゃんと翼さんの軽口の掛け合いに苦笑しながら師匠の返答を待つ。

連絡事項の確認は大事な事だ。特に、私達のように命を懸けた現場では、忘れていたでは済まされない。

 

『あぁ、緒川も既に本部を出立している。いつもの黒い車だ。何かあればそれを探せ。では、作戦開始!!』

 

『はい!!』

 

そして、私達は師匠の指示に従って走り出す。

最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、ノイズに苛まれる人々の基へと向かう為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

走って、走って、走って。

周囲に人っ子一人居なくなるまで走り続ける。

 

「はぁ……はぁ……」

 

息が辛い。結局、あの後も何も食べちゃいないから、空腹を通り越して苦痛になってきた。

だが、それでいい。あたしにはそれがお似合いだ。

 

「そうだ……あんな風に関係無い奴等が巻き込まれたのだって、あたしのせいなんだ……」

 

だから、コレでいいのだ。

 

「う、あ、あぁぁぁぁ!!」

 

涙が溢れる。膝に力が入らない。

ガクリ、と崩れ落ちる身体を止める術が、止めようという気持ちが、今のあたしにはまるでなかった。

 

「あたしがしたかった事は!!こんな事じゃなかった!!なのに、いつだってあたしのやる事は……

 いつもいつもいつも……!!うう……ああ……」

 

━━━━ノイズを使った。

そう、あたしは平和の為にと唆されて、自分の意思でソロモンの杖を振るったのだ。

ノイズという武器を使って、人を殺したのだ。

結局のところ、あたしは、あたしを虐げたクズな大人たちと何も変わらない。

武器を振るって、傷つけ、犯し、殺す。

同じことだったのだと、フィーネから突きつけられた心の傷が今さらになって痛みやがる。

 

━━━━世界を平和にしたかったのに。

 

泣きじゃくるあたしの背後から迫りくる音。死の足音。

ノイズの音。あたしが振るった武器の音。

 

「来いよ……あたしは、此処に居る!!だから……他の奴等の所になんぞ行かせねぇ!!」

 

啖呵は切った、だが数が多い。イケるか?

━━━━いいや、行かせるワケにはいかないのだ。こいつ等を通してしまえば、それだけ人が死ぬ。

だから━━━━

 

Killter━━━━(銃爪にかけた指で━━━━)……ゴホッ!!』

 

━━━━そんなことが、あたしに許されるとでも?

刻まれた心の傷が、一際疼いた。

シンフォギアを構成する歌は、装者の心理状況を反映する。フィーネはそう言っていた。

あぁ、だから。ノイズを振るって人を殺したあたしが、いまさらに人々を護ろうだなんて、そんな虫のいい話をあたし自身が信じられなかったから。

胸の歌は、掻き消えて━━━━

 

しまった、と思うよりも早く、死は空から降ってくる。飛行型ノイズの突撃。奇しくも二日前と同じ技。あの時と違って突撃してくるようなバカも居ない。

コレは死んだな。と脳が冷静な判断を下す。嫌な予感もビンビンだ。直撃コースを避けられない。

 

「━━━━ふんッ!!」

 

━━━━だというのに、その未来は覆された。

一体どうして?

 

 

━━━━其処には、炎が立っていた。

否、炎が如き髪を逆立てた、一人の男が立っていた。

力を踏みしめた両足は路面をめくれ上がらせ、

岩山にも似た、険しい真顔を浮かべて。

男が、其処に立っていた。

 

「覇ァァァァ!!」

 

めくれ上がった路面を、続けざまの一撃が砕く。その衝撃にノイズすら吹き飛んで、続けざまに突撃せんとしていた地上の連中をも巻き込んでいく。

……そういえば、フィーネが言っていた。攻撃の瞬間のみ、ノイズはこの世界に実体化すると。だから、この瞬間だけは物理的な、あまりにも物理的なその攻防が成立したのだろう。

 

「なッ!?」

 

だが、それでも並大抵の事では無い。ノイズという絶対の死を前に臆せず飛び込み、路面の堅さすら意に介さず一撃で以てめくれ上がらせ、砕き散らすなど。

 

「はぁぁぁぁ……!!ふん!!」

 

その乱入者に気を取られている間にか、ノイズに三方を囲まれてしまっていた。だが、目の前のノイズ達相手には路面が盾になっているし、ノイズというのは同士討ちをしないようプログラムされているから挟み撃ちの心配は無い。

だからだろう、その乱入者の行動は素早かった。

またもや路面をめくれ上がらせて右から突撃してくるノイズを食い止め、あたしを抱きかかえて跳んだのだ。

 

━━━━そう、跳んだのだ。

 

ゆうに十mはあるだろうビルの屋上へと着地して、ようやくあたしの現実味が戻ってくる。

 

「大丈夫か?」

 

「……ッ!!」

 

あまりの理不尽に思考が停止してされるがままだったが、あたしに助けなんて必要ない。だから、それを拒絶する。

けれど、その前に立ちはだかるのは飛行型ノイズ共。

 

何がどうなったのかは全く分からないが、ひとまず頭の中の疑問は総て棚に上げて、胸の歌を紡ぐ。

 

Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

抜き撃ち代わりにボウガンをお見舞いして飛行型を殲滅して、後ろの男を見やって言い放ってやる。

 

「ご覧の通りさ!!あたしの事はいいから他の奴等の救助に向かいな!!」

 

「だが!!」

 

「こいつ等はあたしが纏めて相手してやるってんだよ!!

 ……ついて来やがれノイズ共!!」

 

━━━━BILLION MAIDEN

 

対多数、あまりにも多勢のノイズを一掃する為にはあたしのイチイバルのような面制圧の火力が必要だ。アームドギアをガトリングへと変形させ、弾幕を張ってノイズ共をおびき寄せながら開けた場所へと移動する。

後ろに開けていた川っぺり。そこが最適だ。

 

「オラオラオラァ!!」

 

そんな開けた場所故に、数を頼りに空から強襲してくる飛行型ノイズの群れ。

それを相手するには取り回しの重いガトリングは適さない。二日前のでそんなものは見切っている。だから状況を読み、アームドギアをクロスボウへと変形させながら群れるノイズ共に対処する。

 

「接近戦ならってか?無駄なんだよッ!!」

 

そんな飛行型ノイズに紛れて近づいて来た人型ノイズを背負って投げながら、操っているだろうフィーネに告げてやるつもりで言葉を吐く。

あたしの弱点である接近戦を飽和攻撃に紛れて行ってくるなんて秩序だった動き、間違いなくソロモンの杖の指令(コマンド)が入ってやがる。

 

「そう、接近戦に持ち込もうったって無駄なんだ。だから……アンタがそうやって大物を呼び出して来やがるのも計算済みだってんだ……!!」

 

息があがる。あたしを見つけて着々と集ってきたノイズ共が寄り合わさり、大型ノイズへと変じるのを見逃すしか無い事実に歯噛みする。

だが、数が多いだけならともかく、さっきのような策を弄した飽和攻撃を続けられれば、疲弊した今のあたしに勝ち目はない。

だから、フィーネの勝負下手な研究者気質を利用してちょいと鎌を掛けてやったのだ。

 

━━━━弱点である接近戦であたしを対処出来ないとなれば、大技でしか吹っ飛ばせない大物を用意してくる筈だ。

 

イチバチだったその策は大当たりを引き、周囲を彷徨ってたノイズも含めて混ぜ込んで生成された大型ノイズは二体。

こいつ等を吹き飛ばしちまえばフィーネも今の攻撃は無駄と諦める筈だ。なにせ二課の連中が出張ってきている以上、ノイズの連続召喚によってあまりにも長い時間襲撃し続ける事は二課に潜むフィーネ自身の頸を締める結果になる。

だから、コイツ等に大技を叩き込んでやればそれで終わり……だが、それを為すヒマがない。

 

大型ノイズ共の攻撃を避けながらチマチマ攻撃を叩き込んでは見るが、やはりこのサイズともなると位相差障壁が分厚くなり、有効打の一つすら通らない。

しかし、今のあたしではこいつ等をどうにか出来る飽和火力を叩き込めるのは一回こっきりが限界だ。それ以上はバックファイアで今朝のように意識を刈り取られかねない。

となれば取れる手は一つ。こいつ等を起動限界まで引っ張り続けるだけ……そう、あたしは考えていた。

 

━━━━この千日手を打ち破る閃光が、空から降ってくるまでは。

 

「ッ!?なんの用だ!!」

 

━━━━其処には、剣が突き立っていた。

大型ノイズの中心を(あやま)たず貫き、地面に突き立つ揺るぎ無き刃。

二日前、あたしの攻撃を悉く受け止めた分厚い剣が、其処に突き立っていた。

 

「勿論、ノイズを殲滅する為だ。加勢……と言いたい所だが、キミはそれでは納得しないだろう。だからまぁ、余計なお世話だとでも思っていてくれ。」

 

一体の大型を一撃で叩き潰し、もう一体の攻撃をも軽やかに躱しながらにそんな暢気を吐いてくるその女に苛立ちが募るが、アイツのお陰で大型が減ったのは確かだ。

その口車の通り、加勢のつもりなのだろう。

 

「全く以てその通り過ぎるから余計なんだよ!!」

 

そんな風に行動や思考を読まれているのが気に食わないのだから、反射的に口を突く言葉は当然荒っぽくもなる。

 

「残りはあたしがやってやる!!余計過ぎる手出しはするんじゃねぇぞ!!」

 

「……いいだろう。ならば見せてもらおう、戦場(いくさば)に響くキミの歌を。」

 

「ッてめ……!!あぁクソ!!いちいちが癪に障りやがる!!

 ロックオン!!八つ当たりだが悪く思うな!!喰らって散りやがれデクノボー!!」

 

━━━━MEGA DETH PARTY

 

ソイツの言い草に憤りながらも、大型ノイズを叩く為に腰のアーマーから引きずり出したミサイルを撃ち出す。それは、二日前にあのバカに向かって放ったのと同じ技。だが、今回のそれは一味違う。

アイツを逃さぬように範囲攻撃としたあの時とは違い、今回必要なのは一点火力。それ故に、ロックオンするのは大型ノイズの中枢ただ一点のみ。

寸分たがわずに一点へと火力を叩き込み、最大限の破壊と成す。

 

「ケッ……こんなもんだ。」

 

大型も含め、粗方のノイズは殲滅された。被害こそ出たものの、それは最小限と抑えられただろう。

さらに言えば、あたしを躍起になって殺そうとノイズを放てば、それは二課にも伝わってしまうという事実がフィーネへの牽制ともなるだろう。

なにせ、今日の襲撃を以てしても二課の横入りによってフィーネはあたしの限界点を見定められ無かった。フィーネの制御を離れた少数相手に一夜中追いかけっこして今朝に限界を迎えて倒れるなんて無様を晒した時に未来(アイツ)に拾われたのが功を奏した形なのは、皮肉なのだろうか。

 

未だ展開したままのイチイバルによる身体能力向上を利用して足早に戦場を離れながらも、そんな風にあたしの思考は回り続ける。生きる為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁ、はぁ……もう被害が出ちゃってる……」

 

走って、走って、走って。

ようやくに現場周辺まで辿り着いた時には既に状況は大分進行してしまっているようだった。

空を駆けてノイズがアーケードの方へ集っていくのが分かるが、そちらには翼さんが居る。むしろ警戒すべきは集わなかったノイズだと気を引き締め直す。

 

━━━━集っていかない、という事はつまり、誰かを狙っているという事なのだから。

 

「きゃあああああ!!」

 

「ッ!?」

 

そして、その予想通りに聴こえた悲鳴に、思考よりも先に身体が反応する。

悲鳴の出所は近くにあった廃ビルだった。

 

「誰か!!誰か居ます……ッ!?」

 

誰か居ますか?と問いかけようとした言葉を終えるよりも先に、死が頭上から降ってきた。

 

「くっ……!!」

 

映画のように足を抱え込んでの前方宙返りで床が抜けた地下フロアまで一気に飛び降りて着地。見上げた先に居たのは新種のノイズだった。

まるでタコのような姿をした、多足の触手ノイズ。

ビルの鉄骨に巻き付いたままに薄暗がりに身を隠していたそのノイズに襲撃されたのだ、と気づいたからにはやるべき事は一つ。

 

━━━━ガングニールを纏う。

 

「ッ!?」

 

そう決心した私を、止める手があった。

気づけば、隣に未来が居た。もしかして、さっきの悲鳴も未来が!?

そんな風に混乱する私を抑えながら、未来はスマホを操作してある文面を見せて来た。

 

『静かに。あれは大きな音に反応するみたい』

 

「ッ!!」

 

そうか、だからさっき、私の大声に反応してあのノイズは攻撃してきたのか。

 

『アレに追いかけられて、ふらわーのおばちゃんとここに逃げ込んだの。

 ただ、その時におばちゃんが倒れてしまって……上の方の足場があのノイズの攻撃で崩落したから、その時の私の悲鳴で今は場所を誤魔化せてるけれど……』

 

マズい状況だ。シンフォギアを纏う為には歌が必要だ。しかし、歌を歌えば未来やおばちゃんも私を狙う攻撃に巻き込まれかねない。

 

『響、聞いて。私が囮になってノイズを引き付ける。だから、おばちゃんをお願い。』

 

悩む私を前に、未来が示してきたのは、私には到底受け入れられない打開策だった。

 

『ダメだよ!!そんな危ない事、未来にはさせられない!!』

 

だから、未来を説得する為に私もスマホを取り出して反論する。

幾らなんでも、ノイズを前に身を晒して逃げ続けるだなんて危険が過ぎる。

 

『元陸上部の足だからなんとかなる』

 

『ならないよ!!』

 

『だったら、なんとかして?』

 

え……?

未来の言葉に、私の混乱はますます深まっていく。

確かに、私だって未来を助けたい。けれど、それは絶対に出来る事では無い。リスクが大きすぎる。だから、別の方法を探したいのに。

 

『危険なのはわかってる。だけど、私は大丈夫だって確信してるの。

 ━━━━だって、私が困って、泣きそうになったら、誰よりも速く駆けつけてくれる人が二人も居るんだもの。

 私の全部、響とお兄ちゃんに預けさせて?』

 

その言葉の強さに、その信頼の重さに、応える手段が、今の私には一つしか無い。

……未来は、覚悟してくれているんだ。私とお兄ちゃんが危険に飛び込む事を。

 

「うぅ……」

 

『ッ!?』

 

おばちゃんが目覚めそうなのか、呻き声をあげる。そして、それに反応を示すタコ型ノイズ。

まさか、あんな小さな音にも反応するの!?

 

「……私、響にもお兄ちゃんにも酷い事言っちゃった。けど、鳴弥おばさんから全部聴いたの。お兄ちゃんが私を護ろうとした事も。

 けどね?私だって、お兄ちゃんや響の背負う物を一緒に背負いたい。ノイズと戦う力は無くても、違う何かで。」

 

「……わかった、約束する。絶対、助けに行くから。」

 

抱きしめるように近づいて、私の耳元へと小声で告げる未来に、私は新たな決意を口に出す。

そうだ。約束だ。

次はもう約束を破らないって、未来と約束したんだ。だから、コレは絶対に絶対だ。

 

「……ありがと、響。それじゃ、行ってくる!!」

 

スッと立ち上がって、未来が叫びと共に駆けて行く。そして、それに釣られて行くタコ型ノイズ。

 

Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)……』

 

それを見送るよりも先に、胸の歌を紡ぐ。

まずはおばちゃんを安全な場所へと退避させなければ━━━━!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

空を駆ける。

レゾナンスギアはシンフォギアとの同時運用を前提に造られた物であり、アメノツムギの性能を最大限に引き出す為の物だが、実はレゾナンスギア無しでもアメノツムギの能力を運用する事は不可能では無い。

恐らくは縦糸と横糸であろうと思われる二本の糸と、その両端。合計四本を十m程度まで伸ばす事はフォニックゲインが無くとも可能であり、この能力を用いて対人格闘術と為した物こそが『天津式糸闘術』であるからだ。

 

そして、今俺が行っている事はその応用。昨日に響の基へと馳せ参じた時と同じく、屋上の構造物を利用した急加速による大跳躍だ。

糸を用いた移動手段として以前から多少は利用していたが着地の危険性から使用を控えていたものの、新たなレゾナンスギアの完成を機に実戦投入し始めたのだ。

身体能力向上の機能が無いレゾナンスギアでは、三次元機動力においてシンフォギアには数段も劣る。それを埋める為にはこの技が最も早かったのだ。

 

「……避難はほぼ完了済みか。」

 

上空から見渡す限り、逃げ遅れている人は見当たらない。それを嬉しく思うと同時に、悲しくも思う。

それだけ、昨今のノイズの異常襲撃に馴れてしまったという事でもあるのだから。

 

「あれは……緒川さんか。」

 

そんな風に思う中で、逆に現場へと向かう黒い車を見つける。

恐らくは、逃げ遅れた人を保護する為に同じく現場へと向かっている緒川さんが駆る車だろう。

 

━━━━眼下の廃ビルが火山の如く吹っ飛んだのは、その瞬間だった。

 

「アレは……響!?それにおばちゃんも!?」

 

響がふらわーのおばちゃんを抱えているのを確認しながら、合流する為に緒川さんの車の基へと進路を変更する。

 

「響さん!!」

 

「緒川さん!!おばちゃんの事、お願いします!!」

 

「響さんは、どうするんですか?」

 

「急がないといけない所があるんです!!お兄ちゃん!!未来が!!」

 

響と緒川さんの基へとたどり着いた時に聴こえて来たのはそんな会話。

そこに出て来た名前に、焦燥が募る。

 

「未来がどうしたんだ!?」

 

「今も、未来は戦ってるの!!だからお願い!!未来を助けに行くのを手伝って!!」

 

「……わかった、跳ぶぞ!!着地任せた!!」

 

「うん!!方向はあっちの山の方!!」

 

どうしてそうなったのかとか、色々訊きたい事はあった。けれど、未来が今も戦っているというのなら、行かなければならない。

響の纏うフォニックゲインを受けてマフラーをたなびかせ始めたレゾナンスギアを繰り、響を抱き留めながらビル群を使って低空軌道の高速跳躍を敢行する━━━━!!

 

「それで!!どうしてそんな事になってるんだ!?」

 

高速跳躍の最中、今度は響に抱えられる形で体勢を入れ替えながらに問いを投げる。

 

「未来は、鳴弥おばさんから事情を聴いたって……それで、未来は全部預けてくれたの。私達なら、絶対に助けてくれるって!!」

 

響のギアの脚部のジャッキが伸びきり、そして着地と同時に押し出されて第二跳躍へと入る。

二人一緒なために重心が高い事で荒ぶるその跳躍の向きをレゾナンスギアにて修正するのは、長く一緒に居て息が合う響とで無ければ出来なかっただろう。

 

「……そっか。全部知って、それで、受け入れてくれた。なら、今すぐに助けに行かないとな……!!」

 

「うん!!助けたいと思う私達だけじゃなくて……助けられる誰かも一生懸命だから!!その覚悟に応えたい……!!私は、未来を救いたい!!」

 

━━━━その想いは、どこまでも真っ直ぐな物だった。

いつの間にか沈み始めていた夕焼けが染める街並を眼下に見ながら歌を紡ぐ響の姿が、二年前のあの日、絶唱を放つと決めた時の奏さんと重なって。

護りたいと思った。誰かを助けたいと、友達を救いたいと願うその真っ直ぐな想いを。護りたいのだ。俺は。

 

「……そうだな。簡単な事だったんだ。誰かと敵対する誰かよりも……誰かと仲良くして、誰かを助けたいと思う人とこそ仲直りしたくなる……そういう事でもあるんだな。」

 

「きゃあああああ!!」

 

叫びが空を裂いたのは、俺が思い至ったその瞬間だった。

未来の声だとすぐにわかった。

 

「ッ!?お兄ちゃん!!あっちの坂道!!」

 

「あの池の上だな!!任せろ!!」

 

空中でまたもや体勢を入れ替え、ビルの角を利用して方向を入れ替えながらスイングコースへと入る。

 

「響!!地面に擦らせる!!ジャッキで加速頼む!!」

 

「わかった!!せぇ、の……ッ!!」

 

スイングバイに加えて、響のジャッキを使った二段加速。その初速で荒ぶる加速から響を護りながら見据える。

タコ型ノイズに追われる未来が転んでしまったのが見える。

 

「未来ゥゥゥゥ!!」

 

気づけば、叫びをあげていた。未来を喪うのが怖い。こうなってしまうのが、一番怖かった。

 

━━━━二年前の、響のように。そして、何よりも竜子さんのように。

 

けれど、未来は戦っていた。抗ってくれた。

だから、タコ型ノイズの攻撃をギリギリの所で躱してくれたのが、最早間近に見える━━━━!!

その攻撃の余波で崖が崩れて未来も投げ出される。だが、その程度は想定済みだ。

生きてくれているのなら、何度だって手を伸ばせる!!

 

「響!!ノイズは任せた!!俺は未来と着地に入る!!」

 

「わかった!!はァァァァ!!」

 

腕のジャッキを引き延ばし、響が拳を振りかぶる。アレならば、一緒に空中に投げ出されたノイズ程度なら何も問題無いだろう。

 

「未来!!手を!!」

 

「お兄ちゃん!!」

 

伸ばされた手と手を繋ぎ、未来を抱き留めながら後方の崖へとレゾナンスギアを振るう。

崖を固定するコンクリート壁へと伸ばした七つの糸の切っ先を突き立て、内部へと抉り込みながら固定する。

糸でありながら武器であり、超常の動きを可能とするレゾナンスギアでなければ出来なかった芸当だ。

 

「……ゴメン、ちょっと遅れた。」

 

「……ちゃんと間に合ったから許す。」

 

「わわわわわー!?」

 

二日ぶりにちゃんと話せた俺と未来の間の空気を裂いて、ノイズを吹っ飛ばした反作用で勢いが殺されて自由落下していく響にも糸を投げて捕縛する。

 

「あ、ありがとうお兄ちゃん……って、また足から逆さづり!?」

 

「あー、すまん。頓着してる暇がなくて。それじゃ降りるからなー。」

 

崖へと突き立てた七本の糸を伸ばして段々と崖を下って行く俺の耳に、不穏な台詞が聴こえて来たのはその時だった。

 

「……ま、いっか。ようやく一息つける……ホッ。」

 

「……おい響!?今レゾナンスギアはフォニックゲインでこの糸維持してるんだぞ!?ここで響がシンフォギアを解いたら━━━━」

 

「……へっ?」

 

その先は、言葉よりも先に行動で成さなければならなかった。

シンフォギアからのフォニックゲイン供給が無くなっても、今のレゾナンスギアなら確かに多少の間はその力を保つことが出来る。

 

━━━━だが、今はとにかく場所が悪かった。

 

優に30mを超える高さのある坂。そこに重量を支える為に七本もの糸を引っかけていた為に、アメノツムギ自体が繰り出せる限界を大幅に超えているのだ。

既に地面までは数m程度の距離だが、下が坂になっているのがこの場合は幸いした。

引っかけていた七本を即座にパージし、二本の糸で響と未来を支え、残り二本を近くの樹へと括りつける。

 

「ッ!!」

 

「うわわ!?お、お兄ちゃん!?」

 

これによって落下の方向はスイングの為に投げ出される形にはなるが、それでも落下の勢いが殺し切れない。スイングされたその先には小さな池があるが、そこに響と未来を叩き込むワケにはいかない。

 

━━━━ならば、どうする?

 

「その答えはただ一つ……!!響、未来の着地、よろしくな。」

 

そして、スイングによる加速と同時に響と未来を坂の上へと放り投げる。だが、その反動によってブランコの要領で重心が大幅に前に寄ってしまうが為……

 

━━━━そうして、俺は頭から池へと飛び込む事になったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「お、お兄ちゃーん!?」

 

「響!!着地着地!!」

 

「あっ、そうだアタッ!?あらっ、あら、あららららー!?」

 

急展開に次ぐ急展開だ。ノイズから走って逃げていたら、私の名前を呼ぶ声が聴こえて、諦めたくないともう一度走り出したら吹き飛ばされて……

だけど、二人は助けに来てくれた。

 

「あたたた……ふっ、ふふっ。」

 

「いたたた……ぷっ、ふふっ。」

 

『あはははは!!』

 

「いやー、急に着地しろなんて言われて、すっかり転がっちゃった。」

 

「あちこち痛くて……でも、生きてるって感じがする。

 ありがとう。響とお兄ちゃんなら絶対に助けてくれるって信じてた。」

 

「ありがとう。未来なら絶対に最後まで諦めないって信じてた。

 だって、私の友達だもん。」

 

その言葉に、涙が溢れるのが抑えられない。

思わず響に抱き着いてしまう。温もりを感じたくて。

 

「怖かった……すごく、怖かった……」

 

「……うん、私も。すっごく怖かった。だから……」

 

━━━━その先に告ごうとした二の句は、後ろの池からあがった声にかき消される事となる。

 

「っぷはぁ!!」

 

「うわぁ!?……あ、お兄ちゃんの事忘れてた!?」

 

「……あ、た、大変!!」

 

響と一緒に、池に沈んだお兄ちゃんを引っ張り上げる。

水を吸った制服は重く、冷たくて。

 

「ゲホッ!!ゲホ、ゲホッ……すまん。助かった……それと、未来が無事で、本当に良かった。」

 

一番苦労したのはお兄ちゃんの筈なのに、一番温もりから遠ざかってしまったのはお兄ちゃんの筈なのに。

それでも何でもない事のように私の無事の方を喜ぶお兄ちゃんに、ちょっと腹が立つ。

 

「……お兄ちゃん、私ね?怒ってたのは黙って居たからじゃないのよ?

 だって、お兄ちゃんも響も、誰かを助ける為に一生懸命なのなんていつもの事だもの。

 私が腹を立てていたのは、私を護る為に私の事を考えて貰えなかった事。お兄ちゃんと響の役に立てない足手まといのままだったのが、一番イヤだったの。」

 

「それは……」

 

「分かってる。お兄ちゃんが何も知らせない事で私の事を護ろうとしたことも。けど……すっごく心配したんだからね?」

 

「はい……面目次第もございません……」

 

そう、心配だったのだ。お兄ちゃんや響が私の知らない所で命を懸けていることが。

 

「ぷっ……ふふっ、あ、ダメだ……コレ笑っちゃいけない奴だ……」

 

「なに?」

 

そんな私とお兄ちゃんを見て、何故か響が笑いを堪えていた。

 

「あははは!!だってさ、髪の毛ボサボサ、涙でグチャグチャ、なのにシリアスな事言ってる未来が、全身ビショビショで藻までくっ付いてるお兄ちゃんにお説教してるのがおかしくって、つい!!」

 

……言われてみれば、そうである。池に浸かっていたお兄ちゃんはビショビショだし、頭には藻がくっついた姿で正座しているのは確かにおかしいだろう。

私の方も、走って、吹っ飛ばされて、髪の毛を気にする余裕なんて一切無かったし、それはひどいことになっているだろう。だが━━━━

 

「そういう響だって似たような物じゃない!!」

 

「えっ!?うそ!?未来、鏡貸して!?」

 

「鞄の中ならともかく制服の中には危なっかしくて入れてらんないよ……あ、そうだ。コレで撮影すれば……お兄ちゃんも入る?」

 

「いや、二人で撮るといいさ。俺は見なくてもヒドイ有様ってわかるし、まず藻を落としてくる……」

 

……そう言って離れていくお兄ちゃんの背中は、ちょっぴり煤けて見えた。

 

「んーっと、こんな感じかな?」

 

「もうちょっと左……よし、撮るよ?響。」

 

パシャリ、という電子音と共に保存された写真は、二人揃ってヒドイ有様だった。

 

「おおおおお……コレはヒドイ……もしや私達、呪われているのでは?」

 

「……私も、ちょっと想像以上だったかも……」

 

『あははははは!!』

 

「……一件落着。って奴かな……ふぇっきし!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「はい。ふらわーから回収しました。中身など、問題は無いでしょうか。」

 

「ありがとうございます!!」

 

「どういたしまして。」

 

陽は没し、既に夜の帳が落ちて来た中、事後処理が進められている。

共鳴くんと響くん、そして未来くんの三人が一緒に現れたのはある意味で予想外の事だった。

 

……まぁ、共鳴くんは服を着たまま池に落ちたとの事で、既に念を入れて病院へと搬送されているのだが。

 

「あの……師匠。」

 

「ん、どうした?」

 

そんな中で、響くんがおずおずと声を掛けて来た。

 

「未来に、またもや戦ってるところをじっくりバッチリ目撃されちゃいまして……」

 

「違うんです!!私が首を突っ込んだから……!!」

 

仲良き事は美しきかな。思わずそんな言葉が脳裏をよぎる。

だが、責任を取る大人の立場として、そんな美しい友情にも、なぁなぁでは無いちゃんとした落としどころを作ってやらなければならないのが辛い所だ。

 

「ふむ……詳細は、後で報告書の形で聞く。だがまぁ、不可抗力、という奴だろう。

 それに、人命救助の立役者にはうるさい小言も言えんだろうよ。」

 

即ち、人命救助の為の致し方のない事情であった。とするワケだ。実質的にはお咎め無しの形だが、こういった形式を護るのは我々二課の体裁を護る上で役に立つのだ。

 

「やたっ!!」

 

「うん!!」

 

『イエーイ!!』

 

━━━━そんなところに、けたたましい音を立てながら到着する軽自動車が一台。

所用(・・)にて遅れると連絡のあった了子くんだろう。

 

「ふっ……主役ってのは、遅れて登場するものよ!!

 さーて、どこから片付けましょうかねー。」

 

……その精力的な姿に、複雑な思いがよぎる。だが、それを表に出す事は許されない。少なくとも、これだけ人が居る場所でそれを出すのは致命的だ。

 

「……さて、後は頼りがいのある大人たちの出番だ。響くんと未来くんは帰ってゆっくり休んでくれたまえ!!」

 

『はい!!』

 

「……あの!!私、避難の途中で友達とはぐれてしまって……雪音クリスって言うんですけど……もしかして、彼女もこの件に関わっているんです、か……?」

 

「ッ!!」

 

未来くんの口から紡がれた名前に驚愕する。

雪音クリス。彼女と未来くんが友達になっていたとは……

 

「……今の未来くんに対しては、イエスとも、ノーとも言えない……それは分かって欲しい。だが、彼女はピンピンしていたよ。」

 

「あぁ、私も大分噛みつかれてしまった。随分元気になっていたのは、小日向さんのお陰かな?」

 

俺の返答に合わせて、奏くんに共鳴くんの状況を電話で聞いていた翼も戻って来て会話に参加してきた。

 

「えっ!?師匠も未来も、翼さんまでクリスちゃんに会ってたんですか!?ちょっとずるくないですか!?」

 

「いや、別にずるくは無いと思うのだが……」

 

「そっか、よかった……」

 

「……」

 

仲良く談笑する三人を見やり、そして、夏も近づく満点の星々を見上げる。

 

━━━━クリスくん。キミは、今もこの空の下で一人なのか……?

    俺は、俺達はまだ、キミを救えないのか……?




陽だまりに翳り無く。
あたたかなぬくもりを隣に置き、少年と少女達は束の間の日常を謳歌する。
そんな日常の一幕で語られるのは秘められた物語か、秘めたる恋心か。
逢瀬をしよう、と屈託なく語る少女の言葉に、新たなる歯車は動き始める。それは、新たな物語の始まり━━━━


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第二十七話 約束のオフタイム

「わぁ……学校の地下にこんな基地やシェルターがあったなんて……」

 

あれから、三日が経った。あの日の事後処理も終わり、響と未来もまた束の間の日常に戻る……というワケでは無かった。

 

━━━━未来は、嘱託職員(しょくたくしょくいん)という形で二課の外部協力者となった。

 

正式な採用では無い為にある種の部外者であり、同時に響の事情を知って手助け出来る立場。

司令の厚意によるその沙汰により、未来は俺達の仲間として二課本部へと足を踏み入れる事になったのだった。

 

「そもそも、リディアンという学園自体この本部の為に建造された物らしい。シンフォギアによる聖遺物へのアプローチの為に被験者を集めるなんて後ろ暗い理由もあったらしいが……」

 

「うん、鳴弥おばさんも言ってたね。シンフォギアを使うに足るフォニックゲインはまず見つからなかったって。だから、お兄ちゃんの働きかけもあって今は殆ど普通の学校なんでしょう?」

 

「そう……なるのかな?俺は部外者として交渉を持ち掛けただけだから、外部転入枠の影響とかはよく分かってないんだが……」

 

「ふーん……あっ、翼さん!!おはようございます!!」

 

小難しい話だと判断したのだろう響が前を向いて見つけたのは、二課通路内の休憩所にたむろする翼ちゃん達だった。

 

「おや、共鳴と立花に……小日向さんもか。嘱託職員という形ではあるが、共鳴と立花のサポートをよろしく頼む。まぁ釈迦に説法な気もするが……」

 

「いえいえ。此方こそ、お兄ちゃんと響をよろしくお願いします。見ての通りの直情型なので考え無しに突っ込んだりしちゃうと思いますので、そのフォローもお願いしますね。」

 

「……ふっ。」

 

「……うふふっ。」

 

「ど、どうしようお兄ちゃん!!私達二人一緒くたにされた上になんだかとってもマズい雰囲気なんだけど!?」

 

「はっはっは、未来は心配性だなぁ……そういえば、司令はどこに?未来の処遇に関してのお礼も言えてないから探していたんだが……」

 

否定出来ない二人の言い分に震える声をひた隠して、話を切り替える。

……司令と出逢えていなかったのも本当の事だったので、まぁ嘘は吐いていない。だから未来がジト目で見て来ている事実を前にも耐えられる。多分。

 

「……うん?あぁ、私達も探しているのだが……レンタルショップに緊急返却に赴くとデスクに書いてあってそれっきりだ……それ故、詳細も分からないのでどうしたものかと思っていてな。」

 

「……レンタルソフトって大抵期限は一週間だよな?小父さんってばこんな時でも映画を借りてたのか……」

 

「あらあら?少年少女が集まって青春まっさかりって感じ?懐かしいわねー。」

 

━━━━そんな折に通路の奥から現れたのは、了子さんと母さんの二人組だった。

 

「……色々ツッコミたい所はありますが、とりあえずボクと藤尭くんを無視しないでください……」

 

「あ!!了子さん!!鳴弥おばさんも!!懐かしいって言うともしかして、了子さん達も昔には青春してたんですか?」

 

少年少女、という括りで括られてしまったのであぶれることになった男性陣二人を代表して緒川さんが苦言を呈す横で、響が了子さんに食いついていく。

 

「モチのロンよ!!青春どころかもーっと大人(アダルト)危険(デンジャラス)な私の恋バナ百物語、聴いたら夜眠れなくなるわよ~?」

 

「恋バナというよりまるで怪談みたいですね……」

 

「了子さんの恋バナ!!私、気になります!!」

 

そんな緒川さんの苦言も何のその。女三人寄れば(かしま)しいと(ことわざ)にもあるように、女性というのは『会話』そのものを楽しむのだから易々と止まる筈が無い。

 

「緒川さん、コレ多分終わらない奴ですから俺達は場所を移した方がいいかも知れませんよ……」

 

「……慣れてるんですね、共鳴くんは。」

 

緒川さんの言葉に零れる苦笑。全く以てその通りである。

 

「二人と一緒に出掛けるだけでも会話が途切れませんからね。それが五人に増えた上にちょうどいい燃料(わだい)まで放り込まれたんですから……」

 

その先が言われずともわかったのだろう、緒川さんもまた苦笑を深くする。

 

「そうね……遠い、遠い昔の話になるわ……私ってば、こう見えて呆れる程に一途なんだから……」

 

『おぉ――――!!』

 

そんな男性陣を後目(しりめ)に、女性陣の話題は加速していく。

 

「……少々意外でした。櫻井女史はどちらかというと恋というより研究一筋であるとばかり……」

 

「命短し恋せよ乙女……って言うでしょ?それに、女の子の恋するパワーってスゴイんだから!!」

 

━━━━その年代で女の子を自称するのはどうなのだろうか。

そう想っているのが目に見える緒川さん。だが、それは間違いなく悪手だと俺には今までの経験から分かった。

 

「緒川さん、此処は口チャックが賢明ですよ。」

 

だから、機先を制して緒川さんに釘を刺しておく。

女性というのはいつまで経っても女の子なのだ。とおばちゃんが言っていた。

 

「……はい。本当に、慣れてるんですね、共鳴くんは……」

 

「私が研究を始めたのだってそもそも……」

 

━━━━そこまで言葉を発して、しかし続きを紡ぐこと無く了子さんの口は閉じられた。

もしや、なにかを隠しているのだろうか?

怪しまれないように心掛けながらも、心は(はや)る。

 

━━━━聖遺物と深くかかわったこの事件の黒幕が彼女であるのなら、聖遺物研究を彼女が始めた理由こそがこの事件の発端であろうから。

 

『うんうん!!それでそれで!?』

 

響と未来の息の合った掛け声が了子さんに突きつけられるのを、緊張を表に出さぬよう気を付けながら見守る。

……やはり、腹芸は苦手だ。真実を言わず、事実を悟らせず、相手を思う様に誘導するというその技術は、間違いなく防人として万難を排す天津の長として長じねばならない物だというのに。

 

「あ……あー……ま、まぁ?ちょーっと少年が居るところで話すには刺激が強すぎるかなー!!って事で鳴弥ちゃん、パス!!私、先に研究室でデータを纏めておくわ!!」

 

だが、追及の風向きは苦し紛れと思しき了子さんの言葉によって唐突に変えられてしまう。

 

「あらあら?私の恋バナにバトンタッチですか?」

 

「えっ!?ちょっ!?了子さん!?……って、翼ちゃんまでどうしたの!?」

 

思うよりも先に、了子さんを呼び止める言葉が口を突いてしまったが、それによって訝しがられるかも知れない事に思考が到るよりも先に、腕を取る感触が俺を止めていた。

 

「まぁまぁ共鳴。自分の家族の恋の話となれば息子として肩身が狭いのも分かるが、決して悪い話では無いのだから聞けるうちに聞いておいた方がいいぞ?

 緒川さん、そちらの腕もお願いします。一人だけでは止められかねる可能性がありますから。」

 

━━━━どうも、翼ちゃんは俺の行動を『家族の恋バナに流れたので恥ずかしくなって止めようとした』と捉えたらしい。

……いや、確かに。そこに思い至ってしまえばまったく以てその通りなのだが!!

というか、幾ら興味がある話題だからとはいえ緒川さんまで巻き込むのか!!

 

「くっ……分かった!!分かったから!!逃げないからせめてこの異星人めいた扱いはやめてくれ!!」

 

━━━━そんな風にドタバタしている間に手を振りながら去って行く了子さん。

それを遠目に見る事しか出来ない以上、俺は翼ちゃんの誤解に乗るべきなのだろう。

 

「本音を言えば私としても、櫻井女史の恋バナに興味があったんだけど……まぁいっか。さて、じゃあ何から話した物かしらね━━━━」

 

正直、酷く恥ずかしい。顔を覆いたい。聴きたくないという気持ちでいっぱいだ。

けれど、では全く興味がないか?と問われれば、それもまた否定出来ないのであった……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そうね。ではまず、前提を語りましょうか。

 

コレは、二十年程前のお話よ。

私は当時、考古学専攻の学生として大学に在学しながら聖遺物に関する研究を始めたばかりの研究者の卵だったわ。

聖遺物の研究は秘密裏に行われていたから、当然その機密性も高かったのだけれど、私は運よくOBの方と知り合う事が出来て推薦されたの。

……このOBの人こそ、天羽先生だったのだけれどもね?

 

……話が脱線しちゃったわね。

まぁそんなこんなで研究に携わる事それ自体は出来たのだけれども、当時の私は言ってしまえば木っ端研究員。当然、やる事は書類整理やお茶くみと言った雑用ばかりだったのよね……

 

勿論、機密性や危険性の観点から見ても、幾ら実績主義の聖遺物研究界隈とはいえ何の実績も無い小娘を重用するなんて有り得ないって頭では分かっていたわ。

 

━━━━けれどまぁ、若かったのね……当時の私は、自分だけの実績を求めて駆けずり回ったわ。

 

当時、日本で研究されていた聖遺物は殆どが研究グループ毎に情報を独占する閉じた形式で行われていたの。

それを総て破壊し尽くした暴虐の嵐こそが櫻井理論なのだけれど……まぁコレも脱線ね。

つまり、当時の私では既存の聖遺物研究に参加するのは難しかったというワケ。

だから、私はそんな既得権益から逃れられる、未発見の聖遺物を探し求めたわ……

そして━━━━その探索の中で、当時の私は天津の家に辿り着いたの。

 

けれど、まぁ……出逢いは最悪だったわね。今だからこそ言える事だけれども━━━━

 

『━━━━我が天津が、聖遺物を隠し持っているのでは無いか、というお話でしたか。』

 

『えぇ。天神たる菅原道真公。その直系にあたる天津であれば、遥けし過去より伝承されし聖遺物を保持しているとしてもおかしくはありません。ですから━━━━』

 

『━━━━失礼。何の話か分かりかねます……風鳴の聖遺物研究機関の正式な要請であれば、我々とて無碍(むげ)には扱いません。しかし、コレは機関の方針から逸脱した貴方の独断……であれば、我等としては貴方の調査をおいそれと受け入れるワケには参りません。

 風鳴の組織の要求に易々と屈するワケには……という面子の問題も勿論あります。しかし何よりも、風鳴が知らぬ存ぜぬで尻尾切りを出来る段階で貴方に何かしらの情報を与えてしまっては、何よりも貴方自身を諸外国からの脅威に巻き込んでしまいかねない。

 ……それは、私の防人(さきもり)としての道━━━━剣持たぬ人々を護る。それに反する物です。どうか、お引き取りを。』

 

 

 

『……なによ!!色々と理由を並べ立てても、結局は知らぬ存ぜぬを切り通したいだけじゃない!!』

 

私から申し込んだ会合で、あの人━━━━共行さんは真摯に対応してくれたわ。けれど、当時の私は焦っていてその優しさに全く気が付かなかった。

だから━━━━天津の家からの帰途で誘拐された事に気が付くことも出来なかったのね。

 

 

 

『どうして……どうして私なんかを助けたのよ!!貴方にとって、私はただの目障りな研究者でしか無いでしょう!?私が闇に消された所で貴方には何の支障もないはずなのに!!』

 

『言ったでしょう。私の防人としての道は、貴方のような剣持たぬ誰かを護る物だと━━━━それに、お恥ずかしい話なんですが、貴方のその真っ直ぐな眼に見惚れてしまいまして。』

 

誘拐の実行部隊を叩きのめして、真っ青な月の下で私に苦笑を向ける彼の顔は、天津の家で見た当主としての物とは違ったわ。

━━━━だから、私の道はそこで変わったの。勿論、聖遺物研究の事を諦めたワケでは無かったけれども、それ以上に、彼の笑った顔が忘れられなかったのよ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━と、まぁ。駆け足だけど、出逢いのお話はこんな所かしらね?」

 

「ロマンチック……月の下で起きた運命を変える出逢いだなんて、私、憧れちゃいます!!」

 

「ホントだね……ただ、当然のように誘拐が切っ掛けになってるのは私としてはちょっと怖い話なんだけど……」

 

「防人としての道……か……剣持たぬ人々を護る。流石は、共行おじ様ですね。」

 

女性陣の三者三様の感想を受けて、照れる母さん。

━━━━だが、俺の感想は違っていた。

 

「……母さん、その誘拐の実行部隊って……」

 

「……私には、何も知らされなかったわ。けれどそうね……アレもまた、米国の特殊部隊か、その依頼を受けた何者かであったかも知れないわね。」

 

「だったら!!」

 

「あくまでも可能性の話。……それに、情けない事ではあるけれどある程度の警護が付いていても、私みたいな末端の研究者が姿を消す事は当時には稀にあった事件らしいわ。

 だからこそ、当時の聖遺物研究は機密保持が一段と厳しかったの。」

 

母さんの落ち着いた姿に、俺の言葉は気勢を喪わざるを得ない。

確かに、二十年前の世紀末の時代ともなれば、治安も今ほどは安定せず、行方不明に偽装する事も難しくは無かっただろうとわかるからだ。

そんな風に理想と現実の狭間で悩む俺を他所に、母さんは女性陣に話を振っていた。

 

「━━━━そうね。響ちゃん、翼ちゃん、そして未来ちゃん。私からのお願い、聞いてもらえるかしら?」

 

「はい?」

 

「どうしたんですか、おばさん?」

 

「おば様……?」

 

「どうか悔いを遺す事の無い、良い恋をしてちょうだいね?きっと、そうすれば櫻井女史みたいに美しい女性になれる筈だから。」

 

━━━━そう言い残して去って行く母さんの背中に、この心配の答えすら見定まらない今の俺には、何も言える言葉が無かったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━らしくない事をしたものだ。

 

ツカツカと廊下を早歩きしてきたその歩を緩め、櫻井了子(フィーネ)である私は自嘲する。

無理矢理に話を断ち切って逃げてくる事もそうだし、何よりも、遥けき彼方におわすあの方(カストディアン)への思慕を語りそうになってしまうなど。

千年を超える放浪の中で私は様々な人間になり、歴史のターニングポイントへと立ち会い、その度に(フィーネ)は人類を次なるステージへと押し上げて来た。

だがその中で、あの方への想いを語りそうになるなどという初歩も初歩の失態を犯した事など一度として無かった。

 

━━━━変わったのか、それとも……変えられたのか……

 

そして、もし私が変えられたとすれば、それを為したのは━━━━誰なのだろうか?

この問いの答えは棚に上げねばならないだろう。そんな直観がある。

 

何故ならば、カ・ディンギルは既に完成している。もうすぐにこの二課は壊滅し、私は新世界の秩序として世界の頂点に登り詰め、そして━━━━あの方へと昔年の想いを告げるのだ。

かつて、シンアルの野に建てた神之門(バベル)を凌ぐ(カ・ディンギル)を以てして。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

了子さんと母さんが去り、藤尭さんも仕事に戻った。

そして、残ったのは学生組と緒川さんだけ。俺達は近くのソファーへと場所を移して、普段の学校の事とか、宿題の事とか、そんな他愛のない雑談をしていた。

 

━━━━そんな中、時間を気にし始めた緒川さんの言葉が話の流れを変えた。

 

「……司令、まだ戻ってきませんね。」

 

「メディカルチェックの報告もまだだというのに……」

 

「次のスケジュールも迫ってます。もう少しだけ待って、司令が戻らないようでしたら報告書で後日提出……という形にしましょうか。」

 

「もうお仕事の予定を入れてるんですか!?」

 

「少しづつよ、今はまだ……馴らし運転のつもり。」

 

━━━━そう、翼ちゃんは装者としてのリハビリだけでなく、アイドルとしての活動復帰も同時に行っていたのだ。

表向きは過労として報じられた翼ちゃんの入院で大幅に狂ったスケジュールを取り戻す為、レッスンを中心に体力作りに励んでいるのだ……そう奏さんが言っていた。

 

「━━━━じゃあ、前みたいに過密スケジュールじゃないんですよね?」

 

馴らし運転だ。という翼ちゃんの言葉を聴いて、何かを思いついたのか響がグイグイと食いついていく。

こういう時の響は大抵頓狂な事を言ってくる物だが……等と思いながら、未来と一緒にお茶を飲む。

 

「ん……?まぁ、そうだな。テレビ番組やインタビューはまだ断っているし、ライブや収録の予定も総てキャンセルになってしまったから、スケジュールの空きは割かし多い。それが、どうかしたのか?」

 

「━━━━だったら、デートしましょう!!翼さん!!」

 

「……デート!?」

 

あぁ、やっぱりこうなった。隣の未来と顔を見合わせ、苦笑を一つ。

響の言いたい事は分かる。翼ちゃんと、響と、未来。三人を繋いだのはシンフォギアと俺だが、これまでは翼ちゃんのトップアイドルと装者という二足の草鞋の過密スケジュール等を理由に、昼食を共にする程度の交流であったと聴いている。

 

だから、デートなのだろう。だが、これでは物言いがあまりにも直截的に過ぎる。

 

「あー……翼ちゃん。元々、俺と響と未来は月に一回は遊びに行ってたんだよ。」

 

「その事を響がデートって呼んでたんです。けど、今月は……」

 

そう。今月になってからは響の事情によって未来と遊びに行くことが出来なかったため、今月はまだ遊びに行けていないのだ。

 

「だから、一緒に遊びに行きましょう!!翼さん!!」

 

「なるほど……緒川さん。今週末の予定は?」

 

「そうですね……土曜日は難しいですね。ですが、日曜はレッスンが一つ入っていますが、コレは元々キャンセルするかを棚上げさせて貰った所です。今からならキャンセルも間に合います。

 どうぞ、翼さんのしたい事をやり遂げて来てください。」

 

「……そう、ね。お邪魔で無ければ、貴方達のデートに混ぜて貰ってもいいかしら。ねぇ、共鳴くん?」

 

……何故、そこで俺に話を振るのだろうか。いや、まぁ確かに幼馴染とはいえ年頃の男女がデートをする、というのが特別な事であるというのは一応頭では分かっているのだが……

 

「邪魔なんかじゃないさ。俺も翼ちゃんと一緒に遊びに行きたかったんだ。昔みたいにさ。」

 

なので、フォローも兼ねて翼ちゃんと遊びに行ける事が嬉しい事をはっきり伝える。その横で緒川さんが悩ましそうな顔をしているのは敢えて見ないフリをする。

現役アイドルが男とデートするなんて、そこに込められた意味がいかに大きかろうともしもパパラッチされてしまえば大事なのだし、その対策に忙しくなる事についてなのだろう。

 

「……ふふっ。昔みたいにすると、風鳴のお屋敷に行かなきゃいけなくなっちゃわないかしら?」

 

「やったー!!翼さんとデートだー!!」

 

「もう……響ったらはしゃいじゃって……今からそんなにテンション上げてたら、前日に寝れなくなって寝坊しちゃうよ?」

 

━━━━こうして、新しい約束を胸に俺達は事件の間の束の間の日常を過ごして行った。それが最後の平穏になるとも知らずに。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

しとしとと、雨が降る音が部屋の中に木霊(こだま)する。此処は、どこぞの放棄されたマンションの一室。

あれから、結局戻るところも無かったあたしは街を彷徨って、最後に辿り着いたのが此処だった。

業腹だが、アイツ(・・・)が寄越した金のお陰で最低限の買い物こそ出来たし、銭湯というのを体験する事も出来たものの、地に足が着いたとは口が裂けても言えない状況にあたしは陥っていた。

アイツが寄越した金とて、いずれは尽きる。そうなれば……残された道は、せいぜい立ちんぼ(・・・・)がいい所だろうか。なにせ、あたしが一般的な方法で金を手に入れようとすれば間違いなく二課の連中に伝わってしまうのだから。

 

「どうすりゃいいんだろうな……」

 

フィーネの所に戻る事も出来ず、あたしはまた、ひとりぼっちだった。

 

━━━━ガチャリ、と戸が音を立てたのは、その瞬間だった。

 

「━━━━ッ!!」

 

思考は一瞬。敵襲を警戒したあたしは壁を背に身構える。

ここが一棟丸ごと放棄されたマンションだというのは事前に調べてある。であれば、先客のホームレスか?

いや、この国ではそういったホームレスは数少ない。特に、最近はノイズの頻出を受けて保護施設に我先にと逃げ込む者が多いのだ、とコンビニの店員の男はやけに饒舌に語っていた。

 

━━━━で、あれば。あたしを追ってきた敵である可能性こそがもっとも高い。

 

フィーネか?いいや、フィーネならばこんなまどろっこしい事をせずにノイズを放つだろう。

つまり━━━━

 

「ほらよ。」

 

「ッ!?」

 

その想いは、裏切られたのか、裏切られてはいないのか。

出て来たのは、あの時の赤い大男だった。

その手には、コンビニの袋。

 

「応援は連れてきていない。俺一人だ。

 ……キミの保護を命じられた者は、もう俺一人になってしまったからな。」

 

そんな言葉、信じられるものか。

二課の司令だというその男。フィーネの資料にもあった、最も警戒すべき人物。

そんな男を前に隙を晒す程あたしはバカじゃない。

 

「……どうしてここが?」

 

だから、問うのは聞き出したい情報。

あたしが使ったのは現金程度。幾らあたしの容姿が目立とうと街の人々の中から探し出すのは容易では無いはずだ。

 

━━━━偶然に偶然が重なった会合もあるだろうが、この言い草からしてアイツとは違ってあたしを探し当てたのだろう。この男は。

 

「元公安の御用牙でね。慣れた仕事さ。

 ホレ、差し入れだ。」

 

だが、返答は煙に巻く物だけだった。まぁ、半ば予想していた言葉だ。そこには頓着しない。

それよりも、問題は一緒に差し出された差し入れとやらだった。

中身は恐らく、パンと飲み物。

だが、買ったばかりのように偽造するなんてそこまで難しくはないだろう。アイツが差しだして来た時と同じく、手を付けたりはしない。

 

「あむ……何も盛っちゃいないさ。」

 

その警戒を分かっているのだろう。男はあんぱんを取り出すと、思いっきり一口食べた。

……ここまでやられれば、流石に毒が入っていない事は分かる。まさか毒が効かない特異体質だなんてワケでも無かろうし、遠慮なしにパンを奪っていただいてやる。

 

「━━━━バイオリン奏者、雪音雅律(ゆきねまさのり)と、その妻であり声楽家のソネット・M・ユキネが、バル・ベルデでの難民救済のNGO活動中に戦火に巻き込まれて死亡したのが、八年前。

 残った一人娘も同時に行方不明となった。だが、国連軍のバル・ベルデへの武力介入を切っ掛けに自体は急転する。現地の非合法武装組織に囚われていた娘は発見・保護され、日本へと移送される事となった。」

 

━━━━それは、あたしの人生の話だった。

袋から取り出した牛乳をこれまた自ら飲んで潔白を証明しながら、男は語る。

それを奪い取って、あたしは告げる。

 

「はン!!よく調べてやがる!!……そういう詮索、反吐が出るぜ。」

 

だが、男は動じない。

そして、男は言葉を続ける。

 

「当時の俺達は、新たなシンフォギア適合者を探す為に、音楽界のサラブレッドに注目していてね。天涯孤独となったその少女の身元引受先として名乗りを挙げたのさ。」

 

「フン……こっちでも女衒(ぜげん)かよ。」

 

この男も、結局フィーネと同じなのだろう。あたしの利用価値を求めて、あたしの才能が必要だからと追ってきているだけの……

 

「ところが、少女は帰国直後に行方不明となった。俺達も慌てて、多数の捜査員を投入したが……その末路は酷い物だった。運悪くノイズに襲撃された者、銃で撃ち殺された者、或いはなんの証拠もなく行方不明になった者……

 あまりに多くの犠牲を前に、上層部のお偉方はこの件から手を引く事を決定した。」

 

「……何がしたい、おっさん?」

 

だが、男が紡いだ言葉の先が、あたしの仮説を少しだけ覆す。

恐らく、フィーネと米国の連中がやった事だろうが……それほどの犠牲を出して、組織としてはもう終わった筈のあたしの件を、何故わざわざ引っ張り出してくる?

 

「俺がやりたいのは、キミをこの暗闇から救い出す事だ。」

 

「ッ!?」

 

予想外もいい所な男の返事を前に、思わず面食らってしまう。

 

「引き受けた仕事をやり遂げるのは大人の務めだ。少なくとも、俺はそう思って行動している。」

 

「……だったら、アイツはなんなんだよ!!あたしとさほど年恰好も変わらないあの男が!!それでもあたしにちょっかいを掛けて来やがるのは!!」

 

大人だから?そんな事で助けてくれる人なんて誰も居なかった。だから、信じない。丁度良く、反証もまた近場に転がっていた。

 

「アイツ……?共鳴くんの事か?」

 

「あぁそうだ!!アンタがそういう言い分で動くってんなら、アイツはなんなんだよ!!アンタと違って大人でもねぇアイツが、何故あそこまであたしに執着する?

 ……それは、あたしの能力が欲しいからじゃないのか?」

 

━━━━あぁ、言ってやった。前からイラついていたのだ。アイツには。何も言わず、ただあたしに優しくするだけのアイツが。あたしは大嫌いだったのだから。

 

「……それは、違う。共鳴くんが、キミの能力を目当てに擦り寄る事だけは決して有り得ない。それがどうしてなのかは、いつか本人に聴くといい。きっと、彼は真摯に応えてくれるはずだ。

 ……今日はここまでにしておくよ。どの道、ここは放棄するのだろう?ゴミは俺が捨てておこう。」

 

「……なんで。」

 

「む?」

 

「なんで!!アイツも!!アンタも!!あたしにそうも世話を焼いて来やがる!!責任を取る気なんて欠片も無い、無責任なおせっかいのクセに!!」

 

━━━━外と内をかろうじて隔てていた最後のガラスをぶち破って、少しの間だが見慣れてしまった景色を蹴り出して、あたしは雨の街へと飛び出す。

 

「━━━━Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

展開したギアで向上した身体能力で以て、男から逃げ出す。いや、もしかしたら、あたしはアイツ等の優しさから逃げ出しているのかも知れない。

 

━━━━一体あたしは、何を信じて、どうすればいいのだろうか。

 

雨に煙る街を電柱の上から見下ろしながら、あたしの逃避行は続いていく……




束の間の逢瀬。日常の中の非日常を楽しむ少女達の眩しさに、少年は護るべき輝きを見る。
それは、かつて彼が手に入れ損ねてしまったモノ。
それは、もしかすれば既に手に入れていた筈のモノ。
━━━━誰かを好きになる、という。原初の愛。
誰もが心に抱くそのカタチは、家族愛か、友愛か、親愛か、それとも━━━━


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第二十八話 逢瀬のクアドラプル

━━━━本日天気快晴なれど波高し。

 

はて、コレは何の作品の一節だったか……などと、晴天の空の下で俺は思考を明後日の方向に逸らす。

約束したデートの当日、待ち合わせ場所はリディアン近くの公園。先月とは違う場所。時刻は午前十時ニ十分過ぎ。

 

……待ち合わせの時間は、俺の記憶が正しければ午前十時。

 

「まったく……あの子達は何をやってるのよ……」

 

そして、先ほど連想した高波とは即ち、隣でご立腹な翼ちゃんの事だった。

お忍びである為に大きなキャスケット帽を被り、トレードマークのサイドポニーを解いた海のような蒼のロングストレートの髪型。

いつもの涼やかな立ち風とは装いを変えたその姿は、率直に言って、とても可愛らしかった。

 

「あー……多分……寝坊かなぁ。一応、今朝にも未来に連絡はしておいたんだけれども……女の子は準備に時間がかかるからなぁ。」

 

「……もしかして、いつもこんな感じなの?……だったら先に言って欲しかったわ。遅れないようにと早めに着いていた私がバカみたいじゃない……」

 

「いっつもってワケでは……無いかな?確かに、響は寝坊が多いけれどさ。

 それだけ、翼ちゃんと出掛けるのが楽しみだったんじゃないかな?」

 

「……確かに、私も楽しみではあったけれども……寝坊まではしないわよ。まったく……」

 

口ではそう語る翼ちゃんだが、そこまで怒ってはいないだろう事はその雰囲気からも見て取れた。むしろ、この状況をも楽しんでくれているのだろう。

シンフォギア装者として、同時にトップアーティストとして多くの仕事をこなし、普段から多くの人々の期待を一身に受ける彼女が自らの楽しみを見出してくれている。

━━━━それは、俺にとっても喜ばしい事だ。

 

「はぁ、はぁ……すいませーん!!翼さん、お兄ちゃんも……!!」

 

「すみません……お察しの事とは思いますが、響の寝坊が原因でして……アレ?」

 

響と未来が集合場所へと走って来たのは、そんな折の事だった。そして、荒くなった息を整えていた二人は翼ちゃんの姿を見て驚いた顔を見せる。

確かに、いつものイメージとは違う方向性だから驚くのも無理はない。俺にとっては翼ちゃんは幼馴染だが、二人にとっての翼ちゃんは憧れのトップアイドルという側面が強いだろうから。

 

「ふぅ……時間がもったいないわ。急ぎましょう。」

 

「あぁ、そうだな。二人共走ってきたばかりで悪いけど、立ち止まるより歩いた方が息も整えられるからもうちょっと頑張ってもらえるか?」

 

「あっ、うん……ねぇねぇ、お兄ちゃん。翼さん……何分前から待ってた?」

 

皆が揃った事を確認して、足早に出発しようとする翼ちゃんに並んで歩く未来の後ろに響と二人で並んで歩く形になりながら、響がこっそりと聞いてくる。

 

「そうだな……15分前に俺が来た時には、もう翼ちゃんは着いてたよ。」

 

響に合わせて声を潜めながら、響の問いへの答えを返す。

約束の時間よりも先に着いた俺よりも、早く着いていた翼ちゃん。勿論、ある種の社会人として、アイドルとして、約束に遅れるという発想が元より無かった事もあるだろうが……

先ほど、二人で待っている時に楽しんでくれているのが分かったのは、それも一つの理由だったのだ。

 

「……悪い事しちゃったなぁ。」

 

それを聞いて、落ち込む響。きっと、自分の寝坊が原因で待たせてしまった事を気にしているのだろう。

 

「……そうだな。だから、次のデートの時には遅刻しないようにしような?」

 

━━━━その反省が窺えるから、掛ける言葉は過去を戒める言葉では無く、未来を望む言葉。

 

「えっ?」

 

「翼ちゃんはこれからまた忙しくなるだろうから毎月ってのは難しいだろうけど……今日だけじゃなく、また今度も皆で遊びに行きたいって、俺は思ってるんだ。

 ……まだ一回目が始まっても居ないのに気が早いかもしれないけど、俺はやっぱり、皆が笑ってくれているのが一番好きだからさ。」

 

「お兄ちゃん……」

 

「二人共ー!!早く来ないと置いて行っちゃうよー?」

 

「……さ、今日のところはまず、目の前のデートを楽しもう?」

 

俺の言葉に響が返答を返すよりも先に、先を行っていた未来が声を掛けて来た。いい加減に翼ちゃんがご立腹なのだろう。

だから、響が今日を楽しめるようにと手を差し出す。

 

「あ……うん!!思いっきり楽しんじゃうから!!」

 

その手を握り返してくれる温もりは、それだけで俺の問いへの返答になっていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

デートの始まりにと訪れたのは複合商業施設━━━━いわゆるショッピングモールだった。

映画館も内部に併設されたここには様々なショップが並んでいる事もあり、土日の今日は活気と賑わいに満ちていた。

 

「あっ!!この鳥柄のカップ可愛い!!未来はどれか気に入ったのある?」

 

「私は……うん。このパンダ柄なんかマイカップにどうかなって。翼さんはどうですか?」

 

「私は……マイカップというのに拘った事が無くて……でも、そうね。この武士らしいカップなんか、いいんじゃないかしら?」

 

『ちょ、ちょんまげ……?』

 

雑貨を前にあれやこれやと話し合って吟味する三人。その微笑ましい会話を耳に乗せながら、三人がチェックする商品を覚えておく。

女性陣にとっての楽しみは恐らくそうやって友達と情報を交換しながら話し合うこの時間そのものなのだろうが、此方は残念ながらそういった時間を共有出来ない男一人。

であればこそ、俺が出来る事はその時間を共有した事の証として、三人がチェックしながらも買わなかったカップをこっそりと買って贈るくらいがちょうどいいだろう。

 

「……ん。三人とも。そろそろ予定の映画の時間だ。俺はちょっと用事を済ませてから行くから先に行っててくれないか?」

 

「あっ、もうそんな時間?分かった!!じゃあ先に行ってるね?」

 

「ウインドウショッピングも、話し合いながらだとこんなに時間が経つのが早いのね……」

 

「ふふっ、映画が終わった後は服を見に行きましょう?」

 

「えぇ。楽しみがいっぱい増えていくわね。」

 

そんな風に楽しそうに去って行く三人を見送ってから、俺も俺の用事を済ませる為に動きだす。

 

「あ、すいません店員さん。プレゼント用の包装で、このカップ三つをお願いします。支払いはカードの一括で。包装後は配送で……はい。住所をこっちにですね。分かりました。」

 

━━━━はて?スマートに用事を済ませた俺なのだが、何故か店員さんからは信じられない物を見る目で見られてしまったのだが、それは何故だったのだろうか。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━その映画は、幸福な愛(ハッピーラブ)を求める一組の男女のお話だった。

生活に苦労しながらも愛し合っていた二人の人生は、不幸な交通事故で一変してしまう。

交通事故のショックで記憶を喪ってしまった男性に、それでも寄り添い続けた彼女の愛。

それが、最後には彼の記憶を呼び覚ます。二人の幸福な愛はこれからも続いていくのだ。

 

「うぅ……感動した……」

 

「純愛、って感じでしたよね……」

 

「そうね。とても、美しい物を見る事が出来たわね……普段だと、どうしても作劇の関係者として見てしまう物だから……こうして、そういう事を考えずに第三者として見るなんて思いもしなかったわ。

 共鳴くんは、どうだった?」

 

「そうだな……人が人を想う心の美しさは、やっぱり胸を突く物があるよな。

 ……そうだ。昼食がまだだったけど、今の時間だとまだ混み合ってるだろうし、とりあえず歩きながらソフトクリームでも食べないか?」

 

予定していた映画を観終わり、次の予定である服屋に向かう道中、私達四人、並びながら映画の感想を交わし合う。

そんな中で共鳴くんが提案してきたのは、ソフトクリームの食べ歩きだった。

 

「食べ歩き……そういえば、話には聞いていたのだけれど、殆どやった事が無かったわね。」

 

「じゃあ決まりですね!!お兄ちゃん!!私メロン!!」

 

「奢られる気満々ですか……まぁいいけどさ。未来と翼ちゃんはどうする?折角だし奢るよ。」

 

「私はストロベリーにしようかな?」

 

「ええと……こういう時ってどういう選び方をすればいいのかしら……味が色々あるというのは分かるのだけれども……」

 

━━━━情けない話、私にはこういった経験が全く無いのだ。幼き頃より風鳴の(すえ)として自らを鍛え上げ、奏と出逢ってからはツヴァイウイングとしてもまた鍛え続ける日々。

露店で買い食いというシチュエーションそのものは知っていても、実感や体験が付いて回らない以上、不安が頭を(もた)げるのも致し方ない事なのだ。

 

「そうだな……じゃあまずはバニラ、かな?」

 

「うんうん。やっぱりバニラもいいよねー。」

 

「響?流石に翼さんにねだるのはダメだからね?」

 

「ひゃ、はい!!分かってます!!」

 

立花さんと小日向さんの掛け合いに苦笑しながらソフトクリームを買いに行く共鳴くん。

 

「そういえば……翼さんって、お兄ちゃんの事呼び分けてますよね?なんでですか?」

 

そうして共鳴くんが離れて、女子三人だけになったからか、それともふと気になったからか、立花さんがそんな事を訊いて来た。

 

「そうなの?」

 

「そうね……確かに、私の中ではある程度呼び分けを行って居るわ。シンフォギア装者として、防人として立つ時には『共鳴』と……けれど、そうでない時、歌女としての私である時には『共鳴くん』と、そう呼び分けているわ。

 私自身の中ではその二つは同じ物の言い表し方の違いだと思っているのだけれど……やっぱり、外から見ると違うのかしら?」

 

「そうですね……普段の翼さんのイメージだとさん付けが多いですから、お兄ちゃんの事だけくん付けで呼ぶのもちょっと意外でした……」

 

「それに、私にとっては口調ごとガラっと変わってるのもあってもっと印象的だったんですよ!!」

 

「そういう物なのかしら……?」

 

「お待たせ。響はメロンで、未来はストロベリー、翼ちゃんはバニラでよかったよね?」

 

片手に三つもソフトクリームを持って戻ってきた共鳴くんが、ソフトクリームを私たちに渡しながら訊いて来る。

 

「ありがとう。それじゃあ行きましょうか。」

 

「次は服を選びに行く予定なんだけど……お兄ちゃんはどうする?気まずいなら別行動でもいいけど……」

 

「いや?まぁ……確かに男が居るには気まずい場所なのは確かだけどさ。響達が可愛らしくなるのは俺としても嬉しい事だから。良かったら見せて欲しい……かな?」

 

━━━━共鳴くんの気負いのない発言には、毎度驚かされてしまう。

昔から、彼は変わらない。飾らない発言で、真っ直ぐに私を見てくる。『風鳴翼』でも『ツヴァイウイング』でも無い、ただの女の子である私を。

 

「お兄ちゃんはまたそういう事を平然と言う……そんな事言って、居心地悪くなったからって逃げ出さないでね?」

 

実のところ、着飾る為に自分で服を選ぶ。というのは少し苦手なのだけれども……今日は、少し頑張ってみてもいいかもしれない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━で、その結果がコレとはね……共鳴くんには、ちょっと悪い事しちゃったかしら?」

 

ソフトクリームを食べながらウインドウショッピングを続け、私たちはお目当ての洋服店に辿り着いて、お互いに似合いそうな服を着せ合っていたのだが……

 

「まさか、三人に意見を求められてる男性に注目が集まってバレちゃうだなんて……」

 

『響の赤系統ってのは新鮮だなぁ。でも、明るい色調だから響の活発なイメージにも合ってていいと思うよ。』とか、

『うーん……確かに未来によく似合ってるけど、今日は折角なんだから、もうちょっとアクティブな物に挑戦してもいいんじゃないか?』とか、

『翼ちゃんのシュッとした立ち姿だとワンピースも似合うね。ギアのペンダントもアクセントになってるし、コレならそのまま外出するのもアリなんじゃないかな?』とか、

 

なんと、私たちのファッションショーに律儀に答えていたお兄ちゃんが注目されてしまい、翼さんの事がバレてしまったのだ。

そうして、今は通路の影でファンの皆さんから隠れている所。

どうしたものか、と悩む私たちの前で、唐突に状況が動き出す。

 

「どうしたの?」

 

「さっき翼ちゃんと一緒に居た男が西のフードコートに向かってるらしい。恐らく俺達を撒いて西側で合流するつもりなんだ!!そっちに向かおう!!」

 

「分かったわ!!」

 

……そう言いあって、私たちを探していたファンの皆さんが去って行く。それと同時に、私たちの端末に飛んで来るメッセージが一つ。

 

『後で合流しよう。コッチで撒いておくから三人は楽しんで来て』

 

「……まったくもう。お兄ちゃんってばまた一人でカッコつけて……」

 

「だが、これでは合流は難しそうだな……私たちが行っても共鳴を困らせるだけ、か……」

 

「そうですね……じゃあ、フードコートから離れて……ゲームセンターにでも行きましょっか!!」

 

 

 

「━━━━そうしてやってきたこのゲームセンター!!翼さん御所望のぬいぐるみは、この立花響が必ずや手に入れてみせます!!」

 

「いや、期待はしているが、絶対までは求めないぞ?」

 

やってきたゲームセンターで翼さんが心惹かれたというぬいぐるみ。それを狙って気合いを入れる響に苦笑が零れる。

 

「きえええええ!!」

 

「きゃ!?いきなり変な声出さないでってば響!!」

 

気合いを入れ過ぎてか奇声まで挙げ始めた響に思わず注意の声を挙げてしまう。

 

「おぉ……おぉ……?」

 

「きぇ!?こ、このUFOキャッチャー壊れてるッ!!」

 

結果はまぁ、見ての通りの有様。悲しいかな、アームで掴まれたぬいぐるみは一度持ち上がりながらも落下してしまう。

 

「私、呪われてるかも……!!

 ……待てよ?どうせ壊れているのならこれ以上壊しても問題無いですよね!?かくなる上はギアを纏って……!!あだっ!?」

 

「……響?」

 

よほど悔しかったのか、一人でヒートアップし始めた響の後頭部にチョップが直撃する。

そのチョップの主は、ニコニコと笑っているお兄ちゃんだった。……いや、正しく言えば、笑っているのに笑っていない、思いっきり怒っているお兄ちゃんだった。

 

「は、はわわわわ……ご、ごめんなさーい!!」

 

「……ま、気持ちはわかるさ。こういうのって、狙ったのが取れないってのが何より悔しいもんな。だから……後は俺に任せな。」

 

「ほう……では、共鳴の技前。見せてもらおうでは無いか。」

 

そう言って響の頭を撫でた後に、UFOキャッチャーに向き合うお兄ちゃん。その真剣な視線に、私は少しの間見惚れてしまったのだった。

 

「ふむ……本体を取るタイプで、この形式なら……」

 

━━━━そこからは、魔法のような手際だった。

山のようなぬいぐるみの上に乗っかった目標を一度目でズラし、二度目で傾け、そして━━━━

 

「ほら、翼ちゃん。」

 

「うむ……ありがとう。……しかし、どこでそんな技前を鍛えたのだ?共鳴のイメージでは、あまりゲームセンターとは縁がないと思っていたのだが……」

 

「あぁ、友人がそういうのに詳しくてね。それに、三次元的な空間把握はアメノツムギを使う上で自動的に鍛え上げられてね。」

 

「全く、それにしても響ってば……そんなに大声出したかったの?なら、それにちょうどいい場所があるからそっちに行きましょ?」

 

『ちょうどいい場所?』

 

私の提案にシンクロして返答するお兄ちゃんと響に、私と翼さんは思わず顔を見合わせて笑みを零すのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「おぉーー!!スゴイ!!私たちってばスゴイ!!トップアーティストと一緒にカラオケに来れるなんて!!」

 

大声を出すのにちょうどいい場所として未来が連れて来てくれたのはカラオケだった。

翼ちゃんとのカラオケ体験に目に見えてテンションが上がる響。だが、その姿に俺には少し疑問が湧いて来る。

 

「……って言っても、響は出撃や訓練の時に翼ちゃんと一緒に歌ってないか?」

 

「甘いよお兄ちゃん!!駅前のレストランの限定パフェより甘ーい!!シンフォギアを纏う時の歌じゃ、私の歌も混ざっちゃうし、第一戦闘に精一杯で耳を傾けてる時間がないんだもん!!」

 

……なるほど。言われてみればそうである。

シンフォギアは装者の心象を歌と変える。であれば、『全く同じ心象を抱いて同調する』なんて離れ業でも起こさない限りは響と翼ちゃんの歌は重ならない。

二つの歌が混ざる、というのは確かに言われてみれば聴き手としてはよろしくない状態だ。

 

なんて、そんな事を響と話している間に誰かが入力したのか、流れ出す音楽。

━━━━それは、演歌だった。

 

「━━━━こういうの、一度はやってみたいのよね。」

 

歌い手としての習慣からか、お辞儀をしてから語り始めた翼ちゃん。

━━━━あぁ、そういえば。と、ふと思い出すのはかつての話。

風鳴のお屋敷に遊びに行った時、俺は父親に叱られたのだという少女と出逢ったのだった。

涙を流す彼女に、俺は何と言ったのだったか……

 

『━━━━この歌が、私は好きなの。』

 

「━━━━共鳴くん?」

 

「うぉあ!?」

 

━━━━どうやら物思いにふけってしまっていたようで、気づけば翼ちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。

記憶の中の少女と、目の前の翼ちゃんが重なる。

 

「……もしかして、私の曲は気に入らなかった?」

 

「あ、いや……逆だよ。思い出してたんだ。昔の事を。今の曲、風鳴のお屋敷で歌ってくれた曲だよね?」

 

「ッ!!覚えててくれたのね!!えぇ!!昔も今も、『恋の桶狭間』は私の一番のお気に入りの曲よ!!」

 

━━━━恋の桶狭間?

はて、それは聴いた事がある曲名だ。だが、それと同時に脳裏に浮かぶ映像がある。

 

「……えーっと、もしかしてだけど、さ。翼ちゃんの戦闘スタイルって……恋の桶狭間のPVから?」

 

━━━━恋の桶狭間。それは、かつてエンペラーレコード社が排出した世紀の名曲の名だ。

恋をする女性のいじらしい想いを、桶狭間に挑む信長の如き不退転の決意と、何故か日本刀の如き切れ味で鍛え上げたその演歌は、

『マイクでは無く剣を握る』という斬新が過ぎるPVでノイズに怯える多くの若者たちに力を与え、当時斜陽を迎えていたCD業界を建て直し、挙句の果てにはハリウッド映画にまで影響を与えるというグローバルな社会現象を巻き起こしたのだ。

 

そして、その恋の桶狭間の歌詞には、なんだか既視感を感じるフレーズが随所にあるのだ。

落涙に、羅刹と逆鱗。だからもしかして、と思ったのだ。

 

「えぇ。私の心には、恋の桶狭間が強く焼き付いているわ。だから私は、織田光子さんのように、いつか世界に届けたい。私の歌を。私の知った希望を。」

 

響と未来が盛り上がる横で、俺は翼ちゃんの語る夢に聞き入っていた。

 

「……出来るさ。翼ちゃんなら、必ず。」

 

「ふふっ、ありがとうね。共鳴くん。歌女になりたいと願った小さなころの私の夢を覚えていてくれて。」

 

 

━━━━あぁ、そうだった。

 

『うため?』

 

『お歌を歌う人の事……私はそれになりたいのだけれど、お父様はお前にはまだ早すぎるって……だから、私は此処で一人で歌うだけでいいの。』

 

『……だったらさ、俺が聴いてやるよ。キミの歌を。そしたら、キミはもう歌女じゃないか。』

 

━━━━そんな事が、あったのだった。

 

 

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!!折角だからデュエットしようよデュエット!!」

 

「いや、俺の腕前は知ってるでしょうが響……」

 

テンションの上がったらしい響が乱入してきた事で、俺の意識は現実へと戻る。

いや、思い出していたというのもあるのだが、実は現実逃避してでも極力避けていたのだ。俺が歌う事になる事態を。

 

━━━━恥ずかしながら、俺は歌が上手くない。

音痴というワケでは無く、さりとてリディアンに通う彼女達程上手くはない。

痛し痒しにも程がある。カラオケ採点で70点に届かないというのはかなり恥ずかしいのだ。

 

「共鳴くんの歌には、私も興味があるな……」

 

「私はお兄ちゃんの歌、結構好きだなぁ。」

 

しかも、敵は響だけでは無かった。

いつの間にか、翼ちゃんと未来にまで囲まれてしまっていたのだ。

 

「や、やめろォォォォ!!」

 

 

 

━━━━結局、フリータイムのカラオケで俺は三人と一回ずつデュエットさせられる事となったのだった。とほほ……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

陽も傾く黄昏時、私達は今日のデートの締めくくりとして街を見下ろせる高台へと来ていた。

 

「翼さーん!!コッチですよー!!」

 

「立花達は……本当に元気だな……」

 

高台へと続く階段で荒くなった息を整える翼さんを待って、話を続ける。

 

「翼さんがへばり過ぎなんですよー」

 

「ある程度は仕方ないさ。誰だってやった事のない事に挑戦すれば疲れるものだからな。」

 

「そうそう。今日は慣れない事ばかりだったでしょうから……」

 

高台にある公園には、海からの風がサワサワと吹いていて。

今日一日歩き回った身体を撫でるその風がとても心地いい。

 

「そう……だな。今日は……慣れない事ばかりだ。防人としてのこの身は常に戦場(いくさば)にあったのだからな……

 だから、今日は知らない世界を垣間見れて、楽しめて……本当に楽しかった。」

 

「……今日だけじゃないですよ。」

 

「お、おい。立花……?」

 

そう言いながら、私は翼さんを高台の方へと連れて行く。

お兄ちゃんと相談していた今日のデートの最後。見てもらいたい物は、そこにあるのだ。

 

「あ……」

 

━━━━高台からは、この街が見渡せた。

 

「あそこが待ち合わせの公園で……あっちが買い物をしたショッピングモール。それで……多分、アレかな?あのビルがさっきまで居たカラオケですね。

 それで、お兄ちゃんの屋敷もあっちにあります。今日行けた場所も、今日行けなかった場所も、全部同じ世界にあるんですよ。

 昨日にお兄ちゃんと翼さんが戦って、護った世界なんです。だから━━━━知らないなんて言わないでください。」

 

「……そうか。そうなのね……」

 

「それに!!垣間見るだけなんてもったいないですよ、翼さん!!」

 

「え?」

 

私の言葉に、呆けた顔で此方を見る翼さん。

 

「お兄ちゃんと相談したんです。今回だけじゃなく、翼さんの都合が着く時にはまた今日と同じようにデートしようって!!」

 

「え……?でも、その……立花さんと小日向さんに悪くないかしら……?」

 

そう言って頭を下げて真剣に、しかしもじもじと悩む翼さんははっきり言って可愛らしかった。なので、私は自分の全力をぶつけに行く。最短で、最速で、真っ直ぐに、一直線に。

 

「悪くなんて無いです!!むしろ、翼さんが居て今日がもーっと楽しくなりました!!

 ……私もお兄ちゃんも、強欲なんです。だから、皆と一緒に楽しい時間をずーっと過ごしていたいんです!!」

 

それは、嘘偽りのない私の本音だ。誰かが泣いているのも、独りぼっちで寂しいのも、そんなのは見過ごせない。

私は、手を取りたいのだ。お兄ちゃんが私の手を引いて連れて行ってくれたように。

 

「……そう。なら、此方からもお願いしようかしら。」

 

━━━━そう言ってふわりと笑う翼さんの顔は、今日一番の笑顔だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……お兄ちゃん、ちょっといい?」

 

未来から声を掛けられたのは、響が翼ちゃんを連れて高台の縁に向かった時だった。

 

「ん?あぁ。どうしたんだ未来?」

 

「……あの時の御礼、言えてなかったなって思って。」

 

「あの時……?」

 

あの時とは、どの時だろうか。

もしや、この前のノイズ騒ぎの時か?だとしたらそれは……

 

「むっ。お兄ちゃんてば勘違いしてるでしょ?響と一緒に飛んで来てノイズを倒してくれた事でも、その後助けてくれた事でも無いのよ?」

 

顔から読み取られてしまったのだろう。真っ先に思いついたその可能性は未来本人から否定されてしまった。

 

「私が言ってるのはその前。こけちゃった私に、叫びを届けてくれた事。」

 

━━━━叫び?そんな事はしただろうか。

あの時は未来を助けたいという想いでいっぱいで、自分の行動についてはイマイチ曖昧にしか覚えていないのだ。

 

「未来!!って、私の名前を呼んでくれた。その叫びで、思い出したの。『まだ流れ星を一緒に見てない』って。だから、あの時の私は立ち上がれたの。」

 

あぁ、思い出せば、ミリアボダノイズ━━━━あのタコ型ノイズに覆い被さられそうな未来を見て思わず叫んだような気がする。

 

「流れ星……そうだな。夏休みになったら見に行くか。ちょうど、ウチの別邸の近くで夏祭りもあるっていうし……夏だと、八月のペルセウス座流星群だったかな?」

 

「うん。楽しみにしておく。それでね?御礼のついでに、もう一つだけ、約束して欲しいなって思うの。」

 

「……分かった。約束しよう。」

 

俺の即答に、未来が驚く。約束の内容を聴く前に頷いたのが予想外だったのだろう。

 

「……せめてちゃんと内容は聴いてもらえない?」

 

「未来が無理難題を約束させる事は無い……って知ってるからね。俺はもう未来を裏切らない。だから、頷くなんて最初から決まってる。」

 

「むぅ……カッコいいから許す。けど、ちゃんと聴いて欲しいの。

 『もう二度と、私に対して誤魔化す為の嘘は吐かない』って。」

 

━━━━その約束は、願ってもない物だった。

 

「あぁ、むしろコッチから約束したいくらいだ。俺は『もう二度と、未来を誤魔化す為の嘘は吐かない』。

 ━━━━約束するよ。」

 

「……そっか、よかった。」

 

そう言って、未来は花のような微笑みを見せてくれたのだった。

 




夢を叶え、歌女となった少女は、さらなる夢へと続く輝きを歌う。
━━━━だが、それを阻まんとするモノが居る。
堅固なる城塞に身を包み、否定の意思で拳を握るモノが居る。

その否定と拒絶の理不尽を砕き、輝ける想いを握る少年と少女もまた、此処に居る。

明日をも知れぬ少女をも救う為、少年は走り続ける。知れぬ明日を、輝きの曙光とともに迎える為に。


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第二十九話 共動のシージバトル

━━━━重苦しい沈黙が、この部屋を支配していた。

言葉を発する事すら躊躇われるその沈黙を産み出しているのは、部屋に備え付けられたベッドに座る彼女━━━━天羽奏。

 

「……アタシだって、デート行きたかったのに。」

 

━━━━彼女の顔を曇らせる不機嫌の理由は、全く以て正しい物であった。

 

「えーっと……すいませんでした。流石に、ツヴァイウイングの二人が揃って出歩くとなると目立ってしまいますし……」

 

だが、俺はそんな彼女に言い訳染みた言葉しか返せない。

 

「……分かってるよ。今のアタシが出歩いたりなんかしたら目立っちまう事は。

 ……でも、やっぱり一人だけ放っておかれるのは、イヤだよ。」

 

━━━━それは、俺が一番恐れている感情だった。

未来に味わわせてしまった孤独。致し方なかったとはいえ、そんな物を奏さんにも味わわせてしまったのだ。俺の選択は。

勿論、現役アイドルとのデートに、世間的には入院中とされている元アイドルが車椅子で混じってなど居よう物ならば、即座に見つかって大事になってしまう事など、頭では分かっている。

けれど、それでも。思い合う二人を別ってしまったのは俺の判断なのだ。だから……

 

「……ごめんなさい、奏さん。代わりに、今度改めてデートしましょう。

 今回の皆とのデートとは違う方向になっちゃいますけど、母さんに車を出して貰って天神巡りなんてどうです?俺の親戚が関わっている所も多いので騒ぎにはならない筈ですし。」

 

だから、せめて二人の不均衡を正す為に約束をする。

奏さんが公の場を出歩けば問題になってしまうのなら、出歩いても問題の無い場所を用意してやればいい。

どの道、この事件が片付いた後には天神である御先祖様の遺した聖遺物を探す為に母さんは全国の天満宮を巡る予定らしいので、渡りに船でもあると言える。

俺の言葉を受けて驚いた顔で固まる奏さんを可愛らしく思いながら、彼女の返答を待つ。

 

「……あぁ!!いいよ、付き合ってやるさ。だから……この事件、ちゃんと解決しろよな?」

 

「はい。必ず解決して、奏さんとデートして見せますから。楽しみに待っててください。」

 

━━━━護らないといけない約束がドンドンと増えていく。だが、それは俺にとっては心地よい物だ。

誰かの心を護れるのなら、多少の重荷程度ではへこたれる気はないし、むしろ燃えてくる。

……つくづく、俺は目の前の誰かが悲しむ姿を見ているだけというのが嫌なのだと認識した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

デートの翌日、私と未来はリディアンの屋上で翼さんと向き合っていた。

手元には、翼さんが渡してくれたチケット。

 

「えっ!?復帰ステージ!?」

 

「ああ……初夏のアーティストフェスタが十日後に開催されるのだが、そこに急遽ねじ込んでもらったんだ。

 ……コレを逃せば、次のライブは夏休みに入った八月にまでなってしまう。それは避けなければならなかったからな……」

 

「なるほど……確かに、梅雨の時期ってライブが少ないですもんね。」

 

「あぁ、私が倒れて中止になってしまった五月末のライブの代わり……というワケだ。」

 

「へぇー……あっ。翼さん、此処って……」

 

翼さんからもらったチケットの裏には、一般的なライブチケットにもあるような様々な注意事項と共に会場の場所が描かれていた。

━━━━其処は、二年前のあの日、ツヴァイウイングが最後にライブを行った場所。

 

「……立花にとっては、辛い想い出のある場所かも知れないが……」

 

「いいえ。ありがとうございます、翼さん。」

 

「……えっ?」

 

「響……?」

 

口を濁した翼さんへの私の迷い無い返答に、翼さんも未来も驚いた反応をする。

それは、当然の反応だろう。二年前のあの日、私はあそこで総てを喪って、命の灯さえも消え去る筈だったのだ。

死の恐怖は、いまだに拭い去れたなんて言えない。今でも私は、あの日の悲しみを背負って生きている。けれど━━━━

 

「どんなに辛くても、過去は乗り越えていけます。それに……今の私は、お兄ちゃんに救われたから、大丈夫なんです。

 きっと、翼さんもそうですよね?」

 

「……あぁ。そうだな。共鳴のお陰で私は奏を喪う事無く、立花を含めた多くの人々の命を救う事が出来た。

 その揺ぎ無い事実があるのだから……きっと、乗り越えていけるんだな……ありがとう、立花。私も、キミに救われたよ。」

 

「そ、そんな~。それほどでもありますけど、やっぱり翼さんから褒められると舞い上がっちゃいますよぉ。」

 

翼さんからの真っ直ぐな言葉に、思わず顔が赤らむのが自覚出来てしまって、ついつい茶化す事で誤魔化そうとしてしまう。

 

「もう……響ったら、カッコつけたばかりなのにもう三枚目?」

 

「さ、三枚目!?私ってば未来からはコメディアン扱いだったの!?」

 

「ふふっ、安心するといい。立花の二枚目半は私の心にもしかと響いたからな。」

 

「に、二枚目半……うえーん!!翼さんからもやっぱりコメディアン扱いなんですかー私ってー!!」

 

その誤魔化しにちゃんと乗ってくれたのはありがたいのだが、未来からのキラーパスと、翼さんの恐らく無自覚だろう言葉に思わずメゲそうになってしまう。

 

「む……?二枚目半とコメディアンは違うのではないのか?」

 

だが、どうにも翼さんの様子がおかしい。はて……?てっきり翼さんも私の間の抜けた所に言及したのでは無いのだろうか?

 

「あ、そういえば……二枚目半って今だと『締まらないイケメン』ってイメージが強いけれど、昔は『カッコいい演技が出来るけど気取らない役者』って意味もあったって聴いた事があります。

 もしかして、翼さんはそういう意味で言ったんです?」

 

「あぁ、私としては普段の立花の頑張りも見ているからこその賛辞として使ったのだが……むぅ、やはり立花達と話していると己の未熟が目立つな……二枚目半が褒め言葉にならない事もあるとは……」

 

「つ、翼さ~ん!!ありがとうございます~!!」

 

未来のアシストでその謎は解けた。翼さんは私の事を無自覚に弄っていたのでは無く、しっかりと評価して褒めてくれていたのだった。

翼さんの難しい言葉遣いには慣れたつもりだったが、それでもやっぱり時々ついていけないなぁ。だなんて思う六月の昼下がりなのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そして、十日が過ぎた。

二年前のあの日、不安に膝を抱えていた私を奏が激励してくれた会場裏の通路。

そこに、私はまた奏と共に立っていた。

 

「いやー、いい感じのリハーサルだったな。肩の力も適度に抜けてるし、振り付けに不安な所も見えない。

 この二年、頑張ったんだな、翼は。」

 

『本番のライブには参加出来ないから』と、私が我儘を言ってリハーサルを見て貰った奏からの惜しみない賛辞に思わず頬が赤らんでしまう。

 

「えぇ……皆に支えられて、より多くの人に歌を届けられるようにと頑張ったのだもの……いつか、奏が目覚めた時に、一緒にステージに立てるようにと、夢見ても居たわ。」

 

「アハハ!!そりゃ光栄だな!!だったら、頑張ってリハビリして復帰しないといけないな!!いつまでも翼を待たせてたら海の向こうの翼のファンから怒られちまう。」

 

「━━━━それは、どうですかな?」

 

私たちの会話に割り込んできた声は、見知らぬ人の物だった。

 

「トニー・グレイザー氏!?何故此方に!?」

 

奏と私の会話を微笑ましく見守っていた緒川さんが驚くのも無理はない。

 

「確か、イギリスのメトロ・ミュージックのプロデューサーの方でしたか……お忙しい中、ご足労いただき感謝いたします。」

 

━━━━そう、彼こそが私に海外進出の話を持ち掛けている音楽プロデューサーその人なのだ。

 

「ハハハ!!そこまでかしこまらなくてもいいよ。今回は一観客としてキミのライブを楽しみに来ただけなのだからね。

 ……しかし、ウワサには聴いていたが、天羽奏くんが目覚めていたとは驚きだよ。公式発表では入院中となっているだけだったからね。」

 

「まぁ……瓦礫に挟まれてこのザマなので、殆ど入院しっぱなしと変わりはありませんよ。

 ……ところで、さっきの言葉はどういう意味なんです?」

 

━━━━公的な発表では、奏は事故の際に崩れたモニュメントの下敷きになり、瀕死の重傷を負ったことになっている。

原因こそ違えど、殆どが事実に沿った情報である為に情報封鎖も殆ど為されていない事だ。私に話を持ち掛けるのなら知っていて当然と言えるだろう。

 

「あぁ、私が翼くんに海外進出を打診している事は聴いているだろう?

 ━━━━だがね、実はこの話は元々、二年前に挙がっていた話なのさ。」

 

『……え?』

 

━━━━それは、初耳となる情報だった。

 

「と言っても、実現する前に二年前の事故が起き、奏くんは入院し、翼くんも深く傷ついているだろうと企画倒れになった話でね……

 それは『風鳴翼と天羽奏』、一対のツヴァイウイングを世界に羽ばたかせようという企画だったのだよ。

 ……海外のファンたちも、今でも待っているのさ。天羽奏が再び立ち上がり、風鳴翼と共に世界に歌を響かせるその日が来る事をね?

 だから、正直に言えば翼くんが海外進出を高校卒業まで控えようとしているのは、私としても喜ばしい事なのだよ。なにせ、その間に奏くんが復帰する可能性が十分にあるのだからね?」

 

寝耳に水もいい所だ。だが━━━━とても嬉しかった。

二年間、私一人で歌ってきた。世間はライブ事故の傷をも忘れようとしていて、たかが極東のアイドル一人、ずっと覚えている人などそうは居ないだろう。だなんて、勝手に諦めていた。

 

けれど、実態は違った。覚えていてくれたのだ。私たちの事を、天羽奏の事を。

 

「……ありがとうございます。じゃあ、賭けはトニーさんの勝ちですね。アタシは這ってでも歌いに戻りますから。もうちょっとだけ待っててもらえます?」

 

奏も、強く感じる物があったのだろう。グレイザー氏への返答は力強かった。

 

「ハッハッハ!!それは良かった!!なにせプロデューサー業というのは大博打もいい所ですからね!!久しぶりに大勝ちが出来そうだ!!

 ……お待ちしていますよ。ツヴァイウイングの二人の事を。」

 

そう言い残して去って行くグレイザー氏の背中に、深く礼をする。

━━━━本番の前に、強く発破をかけられてしまった物だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「うえーん!!折角チケットまで貰って準備万端だったのにー!!プリントとプリントの間に宿題が隠れてたなんて聴いてないよー!!」

 

ライブ会場のある複合施設へと続く下り坂を走りながら、私は叫んでいた。

……まぁ、理由は叫んでいる通り。最近はお兄ちゃんと未来に手伝って貰って頑張っていたのに、よりにもよって今日に限って提出忘れが発覚してしまったのだ。

 

「うぅ……コレじゃ開演時間に遅れちゃう……私、やっぱり呪われてるのかも……ッ!?」

 

━━━━そんな折に、鳴り響く携帯端末。

ノイズの襲撃を告げるその音に、思わず身構え、そして決意する。

 

「はい、響です!!」

 

『ノイズの出現パターンを検知した。翼にもこれから連絡を……』

 

「師匠!!」

 

良かった。緊急連絡が来たのは私の方が先だった。そのことに安堵しながら、師匠の言葉を遮る。

━━━━だって、ここは私が意地を張らないといけない場面なのだから。

 

『どうした?』

 

「現場に向かうのは、私とお兄ちゃんの二人だけでお願いします!!今日の翼さんは、あのステージで戦っているんです!!自分の戦いを、自分の意思で!!

 ━━━━だから、私とお兄ちゃんが戦うんです!!私たちの戦いを!!翼さんが、今日に希望を謳えるように!!」

 

『ッ!?……しかし……』

 

『いいんじゃないですか?俺なら準備は万端です。響と二人でノイズを殲滅する。それだけの簡単な事じゃあ無いですか。』

 

戦力を冷静に分析し、珍しく逡巡(しゅんじゅん)を示す師匠に声を掛けたのは、いつのまにやら通信に参加してきていたお兄ちゃんだった。

 

『……やれるのか?』

 

「はいッ!!」

 

『はい!!』

 

返答と共に、私の足は告げられたノイズの出現地点へと走り出していた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「クソッ!!なんなんだあのデカブツは!!砲火代わりにノイズを垂れ流して来やがるとは!!」

 

━━━━それは、まるで御伽噺に出てくる魔女の城のようなノイズだった。

黄金で飾られたその『高き家』は自在に動く砲門を幾つも持ち、無尽蔵であるかのようにノイズ共を垂れ流しやがる。

 

「クソが!!だったら一気に吹き飛ばすッ!!」

 

腰のアーマーから引き出したミサイルによる多段攻撃。だが、必殺技である筈のソイツを受けてもデカブツはビクともしやがらねぇ。

お返しだとばかりにノイズを垂れ流す砲門を此方に向けると、飛んで来るのは恐らくは飛行ノイズだろう高速飛翔体。

そして同時に襲い来る、デカブツが垂れ流したノイズ共の波状攻撃。

あたしのお株を奪うかのようなその戦法に、あたしは為す術も無く吹き飛ばされてしまう。

 

「ガッ……!?クソ……フィーネ……!!」

 

━━━━間違いなく、フィーネの指揮なのだろう。

街中のポスターで、あの剣女(つるぎおんな)のライブが行われる事は分かっていた。

だからこそ、大規模な襲撃が来るとすれば今日だと踏んでいた勘は当たっていた。

だが、それでもここまでの殺意が込められているとは思わなかった。

 

此方を向いたデカブツの砲門が輝きを湛えるのを、為す術なく見守るしかない。

確かにあたしのイチイバルは対多数に向いた性能をしている。だがそれでも、この数は流石に多すぎる。

 

━━━━だが、高速射出されたその輝きがあたしを貫く事は、無かった。

 

「━━━━天津式糸闘術、(かえし)が変型……!!返奏曲・四連!!」

 

「でぇやァ!!」

 

視界の横から飛び込んできたのは、いつかの黄色と、あの日以降見る事の無かった黒い男の二人組だった。

片方は高速射出された飛行型ノイズを糸で弾き返してデカブツに叩き込み、もう片方は周りのノイズ共の突撃を片端から薙ぎ払う。

 

「お兄ちゃん!!突っ込むから援護よろしく!!」

 

「わかった!!後ろは任せろ!!」

 

そう言って、腕のプロテクターを伸ばす黄色い女。あの日見たバカは、あの時よりもさらに力を使いこなしていた。

フォニックゲインに輝くマフラーをたなびかせ、ノイズの大群を蹴散らすバカと、そんなバカを支援する男。

 

━━━━だが、それを阻まんとする奴がいる。

 

デカブツが、至近距離から二人を砲撃せんとしていたのだ。当然だ。敵の集団に突っ込むという事は、同時にデカブツに近づく事であり、同士討ちしない筈のノイズとて、上方からの砲撃ならばノイズが近くに居ようと関係無く攻撃する事が出来るのだから。

 

「ッ!!響!!俺の後ろに━━━━!!」

 

「だが、そんなのは気に入らねぇんだよ……!!」

 

今度はあたしが、二人を狙う砲撃を両腕のガトリングで撃ち落とす。

 

「コレで貸し借りは無しだ!!」

 

そう、助けられたままだなんてのはあたしのプライドが許さねぇ。

あくまでもあたし自身の為に、あのバカ二人への攻撃を邪魔してやっただけだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「えへへ、クリスちゃんに助けられちゃった。」

 

「笑ってる場合じゃないだろ!!一気に決めるぞ!!次の砲撃が来たら俺が受け止める!!その隙に響はアイツの体勢を崩してくれ!!」

 

「分かった!!思いっきり行くよッ!!せぇ、のッ!!」

 

砲門を備えた要塞のような大型ノイズを相手に苦戦するクリスちゃんを見て、気づけば身体が動いていた。その考えは響も同じだったので良かったのだが、あの攻撃力と防御力の前に中々攻めあぐねていた。

俺達が来る直前にはクリスちゃんがミサイルの雨霰を叩き込んだような大爆発が見えたが、それでもあの大型ノイズには傷一つ無い。

 

━━━━であれば、レゾナンスギアでも叩き切る事は不可能であろう。

判断は一瞬。響の一撃に大型ノイズを破壊する事を任せ、俺はその邪魔をせんとする砲撃を叩き落とす事に専念する。

 

━━━━天津式糸闘術、(かえし)

本来ならば相手の矢弾を糸に乗せて弾き返すその技を、高速で射出される飛行型ノイズに行うのは中々の難易度だった。

 

「だが……さっきの二発でタイミングは読めてるんだよ……!!」

 

大型ノイズが響を狙う四門の砲撃、その全てをレゾナンスギアの糸で受け止め、勢いをそのままに砲門へと弾き返す。

 

「だァァァァ!!」

 

返された砲弾ノイズによって砲門が爆散し、大型ノイズが蹌踉めいたその隙に、響の一撃が大地を割る。

割れて崩れたコンクリートに、シンフォギアの調律によって実体を持たざるを得ないノイズは大きく体勢を崩す。

 

「ううううう……!!だァッ!!行くよ、お兄ちゃん!!」

 

「あぁ!!雑魚は俺とクリスちゃんに任せろ!!」

 

「気安く呼ぶなアホンダラァ!!」

 

腕のバンカーを二の腕の限界を超えて、肩近くまで引き出した響の一撃。その一撃でこの戦いに幕を引かせる為に、クリスちゃんと俺の二人が小型ノイズ達を蹴散らしていく。

 

「はァァァァァッ!!だりゃアアアアア!!」

 

━━━━込められた全ての力が収束し、撃ち抜く。

 

恐るべき頑健さを見せつけた要塞型ノイズはしかし、響の一撃で完全に破壊されていた。

イチイバルの火力すら上回るガングニールの一撃。まさしく必殺であるその威。

 

……コレも、響が聖遺物と融合した事による力なのだろうか?

こんな力が、何の代償も無い安全な物なのか?

 

ふと、頭を過ったその疑問は、俺の頭の中にこびりついて、消える事が無かったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━最高のライブだった。

二年前、奏が教えてくれたように、全てを出し切って歌うとお腹が空くんだな。なんて風に思考が横道に逸れてしまうくらいに、私は浮かれてしまっている。

 

「ありがとう、皆!!今日は思いっきり歌を歌えて、気持ちよかった!!」

 

ファンの皆への感謝の言葉を声に出しながら、同時に思い出すのは共鳴くんとの想い出。

私の、歌女としての始まり。

 

「久しぶりのステージだったけれど、とても、とても楽しかった!!私は歌が大好きなんだって、改めて思い出す事が出来た!!」

 

━━━━私は、歌が大好きだ。

 

「もう知っているかもしれないけれど、海の向こうで歌ってみないかってオファーが来ている。

 けれど、それは少しだけ待って欲しいの。だって……天羽奏が、ツヴァイウイングの両翼がまだ揃っていないのだもの!!」

 

グレイザー氏が去った後に、奏や緒川さんとした会話を思い出す。

 

『トニーさんも知ってるんだしさ。ここでドーン!!とアタシも復帰する気でいる事をぶちまけちゃえばいいんじゃないか?』

 

『それは……緒川さん、もしもそうしたとしても……大丈夫ですか?』

 

『……率直に言えば、改めて声明などをちゃんとして欲しい所ですが……翼さん達の決意を止める術はボクにはありません。

 翼さんの夢は、翼さん自身の選択の先にあるんです。だから、大丈夫ですよ。』

 

私の言葉を受けてざわめく観客席。私は、彼等と向き合う為に声を挙げる。

 

「━━━━天羽奏は、今も頑張っています。また、スポットライトを浴びてステージに立つ為に、ツヴァイウイングとして、私と二人で世界に歌を届ける為に!!」

 

━━━━歓声が挙がった。この会場の誰もが、ツヴァイウイングの復活を待っていてくれていたのだ。

単純なその事実に、思わず涙が流れる。

 

「━━━━私は、私達ツヴァイウイングは、必ず舞い戻って、両翼を揃えてどこまでも飛んで行く!!世界に向かって!!」

 

割れんばかりの拍手と、耳鳴りがしそうなほどの歓声。

そうして、十万を超えるこの会場の誰もが、私達ツヴァイウイングの復活宣言を受け入れてくれたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、巨大な屋敷であった。

 

 

 

人口の池と、人口の崖。

 

かつての明治・大正期に、人すら避けての避暑地として建てられたこの西洋かぶれの別荘は、今や没落によりその所有者を喪い、海外の資産家が新たに買い直したのだという。

 

その屋敷━━━━フィーネの隠れ家を包囲する部隊を指揮する自らの任務を確認する。

第一目標、裏切者であるフィーネの抹殺。コレは『(レセプター)』を我々が握っているが故の措置である。いかに『シンフォギア(・・・・・・)』を使えようとアレ等は所詮紛い物。

アレの内のどれかにフィーネが宿ろうと我々に逆らえなくなるが故、最優先事項に設定されている。

 

第二目標、ネフシュタンの鎧を含めた聖遺物に関するデータの回収。これに関しては第一目標を達成すれば自動的に達成可能な目標である。

如何にフィーネが『異端技術(ブラックアート)』に精通しようと所詮は人の枠組みすら超えられない存在。

フィーネの肉体を処分した後にゆっくりと探せばいいだろう。

 

第三目標、正規適合者である雪音クリスの確保。コレは恐らく不可能であろうと判断する。彼女はフィーネと袂を別ち、市井に紛れ込んでいる。調べ上げて捕まえる事は不可能では無いが、その場合二課との衝突は避けられないだろう。

正規適合者の確保は魅力的ではあるが、風鳴と公に事を構える事態とでは天秤が釣り合わない。

 

『ターゲットを室内に確認。我々も位置に着きました。突入準備完了です。隊長。』

 

『よし、さっさと終わらせてこのクソったれな蒸し風呂の国からおさらばしてやろうじゃないか。作戦開始!!』

 

『ゴーゴーゴー!!』

 

突入とは言え、相手はほぼ丸腰の女一人。周囲から囲んで、撃ち抜くだけだ。

 

「ッ!?米軍!?何故ここが!?

 ……きゃあッ!!」

 

至極当然の結果が、目の前に転がっていた。ノイズを呼び出す魔女であろうと、そんな暇さえ与えずに撃ってしまえばなんという事は無い。

 

『勝手が過ぎたな、魔女め。聖遺物に関するデータは我々が有効に活用させてもらう。』

 

『掠め取る準備が出来たら後は用無しと……流石はチルドレンたちを集める為だけに偽装工作まで完璧に行う連中ね……やる事がいちいち徹底していて癇に障る……』

 

『ふん……なんとでも言うがいい。お前にはコレからも我々の指揮下で働いてもらう。器に宿った魂としてな。』

 

『生憎だけど……まだあの小娘たちを使うつもりは無いのよ……あ、ああああああああ!!』

 

━━━━その瞬間、有り得ない事が起こった。

確かに与えた筈の致命傷が、目の前で治って行く。

ひび割れた器が逆再生するかのように、ひび割れと共に治っていく。

 

『その力……まさか、ネフシュタン!?馬鹿な!!如何に完全聖遺物が扱えようと、そんな事をすれば貴様の自我すら危ういはず!!』

 

『ハ!!そうやって見下して、他人の成果しか見ないからこうやって足を掬われるのよ、貴方達は!!

 ブラックアートの本質を、深淵(アビス)すら知らない青二才のアンクルサム。ハハ、ハハハ、ハハハハハハ!!』

 

『クッ!!撃て!!撃て!!とにかく撃ち続けろ!!こうなれば奴の自我が消滅しても構わん!!再生させ続けろ!!』

 

フラフラと立ち上がる、ゾンビ映画のゾンビのような女の肉体を弾丸が抉る。

そして、再生。

弾丸が抉る。

そして、再生。

弾切れした銃を一端放っておいて全員がサイドアームの拳銃を抜き、弾丸を放つ。

━━━━そして、再生。

 

『グレネード!!』

 

早くに弾丸が切れた隊員がグレネードを投げ込み、その爆発から逃れるべく部隊の全員が物陰へ隠れる。

そして、爆発。

 

『……やったか……?』

 

『分かりません……煙で何もみえな……ギャッ!!』

 

━━━━報告の途中で、隣に隠れていた隊員が真っ二つになって床を滑る。

 

『そんな……バカな……』

 

━━━━隊員を真っ二つにした鞭を引き戻しながら煙の中から現れたのは、黄金の鎧だった。

 

『ば、化け物……化け物がァァァァ!!』

 

隊員達が恐慌に陥りながら弾丸をばら撒く。だが、もはや通じない。

六角形で構成された防壁を張り、その女は弾丸を防ぐ。

 

『ネフシュタンの鎧は、宿主を浸食し、自らの一部と取り込む永劫の蛇……幾ら貴様と言えど、取り込まれれば永遠の命を喪う筈なのに……何故……』

 

頭が回らない。撤退命令を下す事すら考えが及ばない。

━━━━目の前に居るのは、ナンダ?

 

『ハ。だから言ったでしょう、サム?

 見下して、足を掬われるって。』

 

━━━━気づけば、視点の高さが床と同じになっていた。はて?俺はいつしゃがんだだろうか?

 

いや、違う。『足を斬り飛ばされたのだ』と、そう気づいたのは、痛みが脳天に昇って、それに叫びを挙げてからだった。

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

 

『はぁ……五月蠅いわね。お黙りなさい。』

 

そうして、女の言葉を最期に、俺の意識は、闇に溶けて、消えて。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「うっ……ぐぅっ……!!」

 

あれだけ派手に動けば、すぐさま二課に捕捉されてしまうだろう、と屋敷を見限り『仕掛け(・・・)』を施して車を走らせる。行先はリディアン近くの廃屋。

 

「まったく……コレだから下等な猿共は……!!」

 

ネフシュタンの鎧を纏い、特殊部隊を殲滅させたのはいい。だが、その方法がマズかった。

 

「拒絶反応で身体が真っ二つになりそうだ……!!立花、響……!!彼女は何故、こうならなかったのか……!!」

 

この期に及んで、研究者としての血が騒ぐ。

融合症例である立花響、彼女のデータを参考にして、瀕死の土壇場で行った人為的な聖遺物との融合。だが、それは如何に聖遺物に精通する私と言えども危険極まりない方法だったのだ。

第一、たったの一例しか存在せず、それも融合症例の初期段階の観測データがすっ飛んでいる立花響のデータでは『不安定になった聖遺物と人体の均衡』を元の天秤に戻す方法が全く分からなかったのだ。

 

━━━━それでも、時間を掛ける事で融合は着実に進んでいる。

 

このままあと少し、あと少しの時さえ稼げれば……そうすれば、カ・ディンギルは、私の手に落ちる。

非常階段でみじめに息を整える私はしかし、悲願の成就を目前に見据えていた。




━━━━何のために?
少女の問いに、少年は自らの誇りであるある男の人生を語る。
━━━━何のために?
女の言葉に、男は朧気ながらにその目的を推理する。
━━━━何のために?
少女の言葉に、陽だまりの少女は自らの使命を見出す。

あらゆる要素が大いなる塔の基に集う。
━━━━そして、神なる門(カ・ディンギル)は開かれる。


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第三十話 大人のオブリゲーション

「失礼しましたー!!」

 

「失礼しました。」

 

翼さんのライブから一週間近くが経った、何でもない休日の朝。私は未来の付き添いとしてリディアンの中央棟、職員室まで足を伸ばして居た。

 

━━━━そんな折に、ふと耳に留まる歌があった。

 

リディアンの校歌。入学してからも授業で何度も聴いた歌。

きっと合唱部の活動なのだろう。

 

「フ~ンフフフ~フ~」

 

「ん?なぁに鼻歌?もしかして、合唱部に触発されちゃった?」

 

「んー……なんて言うのかなぁ、リディアンの校歌を聴くと落ち着くんだ。気持ちが凄くまったりするって言うか……皆が居る日常、私が護りたい物……そういう物が此処に有るんだって安心するんだ。

 入学してまだ二ヶ月ちょいなのにね?」

 

「でも、色々あった二ヶ月だよ。響なんて、グラウンドのトラックから飛び出しちゃったりしたでしょ?」

 

「あ、アレはそもそもリディアンのグラウンドが直角に曲がっているのが原因でありまして……」

 

「そういえば……鳴弥おばさんに聴いたんだけど、リディアンがこんな高い所にある理由って、了子さんがどうしても此処に二課本部を設立するって強硬したかららしいよ?

 その上で、研究施設も兼ねた病院もリディアンの近くに建てたら用地が足りなくてこんな事になっちゃったらしいね……」

 

未来の茶化しに答えた私の言い訳は、私の知らなかった裏事情を掘り出してくれた。

しかし、それは納得と同時に新たな疑問を私にもたらした。

 

「へぇ……了子さん、なんでそんなに此処に拘ったんだろう?」

 

「うーん……鳴弥おばさんも詳しくは分からなかったらしいのよね。ただ……『深淵(アビス)までのエレベーターシャフトを中軸にしたブロック構造とする事で二課本部は完成する』って言う計画は最初から了子さんの案だったらしいよ?

 了子さんの事だから、きっと何か深い考えがあったんじゃないかな?」

 

「そうだよねー。了子さんの話はいっつも難しくてチンプンカンプンだけど、私達の事ちゃんと考えてくれてるもんね!!」

 

━━━━そう、きっと了子さんの事だから防衛に必要だとか、そういった事があるのだろう。

だから、他愛のない話であるその話題は、未来とのこの二ヶ月の学校での想いで話の中に埋もれて行ったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、巨大な屋敷であった。

 

 

 

人口の池と、人口の崖。

 

 

 

かつての明治・大正期に、人すら避けての避暑地として建てられたこの西洋かぶれの別荘は、今や没落によりその所有者を喪い、海外の資産家が新たに買い直したのだという。

 

 

━━━━それは、いつだったかフィーネが教えてくれたこの屋敷の成り立ちだった。

 

此処に来るまでの間に纏っていたシンフォギアを解き、屋敷の中へと走り込む。

わざわざ此処に来た理由はただ一つ。

 

━━━━フィーネと決着を着ける。

 

思い返せば、フィーネの基を去る事になってから既に半月近くが経っていた。

その後にアイツが勝手に貸して来やがった金はまだ半分以上残っている。だが、それ以上に精神的に限界が近づいている事があたしにはよく分かった。

いつノイズに襲撃されるか分からない状況、そして、誰かを巻き込んでしまうかも知れないと気を張らざるを得ない状況。それはあたしの体力を少しずつ奪っていた。

 

だからこそ、狙うは短期決戦。前回のように迷うあたしでは、完全聖遺物を纏うフィーネには勝てないからだ。

 

━━━━だが、その屋敷で待っていたのは予想とは全く異なった光景だった。

 

「……なにが、どうなってやがんだ……?」

 

まず気づいたのは、屋敷の外観。確かにあたしもフィーネが差し向けたノイズ共とドンパチ大立ち回りは繰り広げた。

だが、その時よりも遥かに屋敷は荒れ果てていた。まるで爆発物でも叩き込んだかのように吹き飛んだ窓などは一目で何かしらの異常があった事を知らせていた。

 

━━━━そして、内部に踏み込めば、そこには地獄が広がっていた。

 

真っ二つにされた死体、脚を切断された死体、大穴の開いた死体。腕や脚の一部しか残っていない死体。

様々な手法で惨殺された男達が其処には転がっていた。そして、そのいずれもが完全武装の兵士だった。

 

━━━━そんな、あからさまな異常事態を前に混乱するあたしの耳が足音を捉えたのは、そんな折だった。

 

「ッ!?」

 

そこに居たのはいつかのアイツと、赤いオッサンだった。

 

「ち、違う!!あたしじゃない!!やったのは……」

 

間違いなく、コレはネフシュタンの鎧を纏ったフィーネの仕業だろう。切断の痕が鋭利な事からもそれは見て取れる。

……だが、ここは彼等にとっては敵地。状況だけを見れば、惨劇の舞台に立っているあたしがやったとみなされてもおかしくはない。

ほら、それを裏付けるかのように後詰めの黒服たちがあたしを━━━━取り囲まない?

 

何故か、彼等はあたしの横をすり抜けて兵士達の確認に走る。

……あたしを危険視していない?

 

ワケが分からずに身構えたままのあたしの頭を、大きな掌が覆う。

いつの間に近づいたのか、赤いオッサンがあたしの頭を撫でていた。

 

「誰も、お前さんがやった事だなんて疑ってはいない……すべては、俺や君達の傍に居た彼女の仕業だ。」

 

「……えっ?」

 

━━━━気づいていたのか?

フィーネの正体、二課に潜伏する為の仮の姿に?

 

「風鳴司令!!」

 

黒服がオッサンに声を掛ける。

 

「━━━━I Love You SAYONARA……?」

 

意訳するならきっと、『愛していました。さようなら』となるだろう別れの挨拶。

それは、死体の上に載せられた紙に深紅のルージュで書かれていた。

フィーネからのメッセージ?だが、誰に?

 

「……ッ!!全員、伏せろ!!」

 

黒服がその紙を取ろうとした瞬間、押し黙っていたアイツが叫ぶ。

その注意であたしが思い出したのは、遠いあの日の記憶。

 

『クリス!!危ない!!』

 

パパとママが焼かれたあの日、あたしだけを爆弾から助けてくれたソーニャお姉ちゃん。その姿。

その記憶が割り出した結論はただ一つ。

 

「爆弾━━━━!!」

 

━━━━その理解と同時に、あたしの五感を爆風が掻き消した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……どうなってんだよ、コイツは……」

 

腕の中の少女が呟く言葉も尤もであろう。

建物の一部を倒壊させるに足る爆発だ。何故自らが無傷であるかが分からず混乱するのも無理はないだろう。

 

「衝撃は発勁で掻き消した。拳法のちょっとした応用って奴だ。」

 

「そうじゃねぇよ!!……いや、それも分からなかったけど、あたしが聴きたいのはそんな事じゃねぇ!!

 なんでギアを纏えない奴があたしを護ってんだよ!!」

 

あぁ、なるほど。彼女━━━━雪音クリスにとってはそこが疑問点だったのか。

 

「俺がお前を護るのはギアの有る無しでじゃない。お前よか少しばかり大人だからだ。」

 

共に突入して来ていた黒服たちが瓦礫の中から特殊部隊の遺体を引きずり出す姿を横目に捉えながらも、俺は彼女に真摯に向き合う為に口を開く。

共鳴くんは……何も言わない。きっと、俺に任せてくれているのだろう。彼女が今向き合っているのは俺なのだからと。本当に……優しい子だ。

 

「大人……!?大人なんざ……あたしは!!大人が嫌いだ!!死んだパパとママも!!大っ嫌いだ!!

 とんだ夢想家の……臆病者!!あたしはアイツ等とは違う!!戦地で難民救済?歌で世界を救う?

 ━━━━いい大人が夢なんか見てんじゃねぇ!!」

 

「……大人が夢を、ね。」

 

━━━━共鳴くんには、少し悪い事をしてしまったかも知れん。

俺の方から対話の機会を設けようと同伴させておいて、身勝手な話だと自嘲を胸に秘めながら、彼女の血を吐くような慟哭を聞き届ける。

 

「本当に戦争を無くしたいのなら戦う意思と力を持つ奴を片っ端からぶっ潰して行けばいい!!それが一番合理的で現実的だ!!」

 

━━━━そう叫ぶ少女の姿が、俺には泣いているように見えた。

イデオロギーは、違いは無限に闘争を産み続ける。彼女のやり方では、ただその流れる血を新たな火種で無限に増やしていくだけだ。

戦う意思と力は誰もが持つ生命の基本原理なのだから。

……だが、それを頭ごなしに突きつけるのでは、彼女は救われない。泣いている彼女に必要なのは現実を思い知る事では無い。『現実を受け入れる』事だ。

 

「そいつが、お前さんのやり方か……なら訊くが、お前はそのやり方で戦いを無くせたのか?」

 

「ッ!!……それは……」

 

だから、投げるのは問い。彼女自身、その理想を最早信じ切れては居ないのだろう。だから、迷う。

だが、答えは既に彼女の目の前にある。それに気づいて欲しい。

 

「……いい大人は夢なんて見ない。と言ったな。そうじゃない。大人だからこそ夢を見るんだ。

 大人になったら背も伸びるし、力も強くなる。財布の中の小遣いだってちっとは増える。

 子どもの頃は見るだけだった夢も、大人になったら叶えるチャンスが大きくなる。

 ━━━━夢を見る意味が大きくなる。

 お前の親は、ただ夢を見に戦場に行ったのか?違うな。

 『歌で世界を平和にする』っていうデッカイ夢を叶える為に。自ら望んでこの世の地獄に踏み込んだんじゃないのか?」

 

━━━━いつか、共鳴くんに語った事を思い出す。

子供が夢を見れるように応援してやるのは、大人の責務だ。

だが、大人も夢を見る物だ。自分で出来るかどうかの線引きをして、それでも叶えたい夢の為に邁進する。それは、大人にしか出来ない事だ。

……そして、そんな大人の夢を応援し続けた、一人の偉大な背中をも思い出す。

 

「なんで……そんな……」

 

「きっと、お前に見せたかったんだろう。

 『夢は叶う』という、揺ぎ無い現実を。」

 

「ッ……!!」

 

「お前は『嫌いだ』と吐き捨てたが、お前の両親はきっと……お前の事を大切に想っていたんだろうな。」

 

━━━━彼女の身の安全だけを想うのなら、夫妻だけが戦地に向かう事だって出来た筈だ。けれど、彼等はそれをしなかった。

身勝手だと罵る声もあるかもしれない。けれど、『置いて行かない』というその選択はきっと愛ゆえだろう、と今なら分かる。

 

━━━━何故ならば、雪音クリスがここまで真っ直ぐに成長してくれているからだ。

確かに、彼女は深く傷ついた。だがそれでも、『両親の理想』を捨てる事無く今まで持ってきてくれたのだから。

その優しさは、両親が与えた愛の深さを示していた。

 

「う……うぅ……うぁ……うわぁぁぁぁん!!」

 

だから、静かに彼女を抱きしめてやる。彼女が此処に居る事は間違っていないのだと、確かに伝える為に。

 

 

「……やっぱり敵わないなぁ、おじさんには……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……やっぱり、あたしは……」

 

「一緒には来られない、か?」

 

あれから少しして。落ち着いた雪音さんは、やはり二課に味方する事は無かった。

それも当然だろう、彼女は今まで手酷く裏切られ続けて来たのだ。今さらに優しい言葉一つで信頼が芽生える程、彼女に植えついた疑心の根は浅くは無い。

 

「……お前は、お前が思う程独りぼっちじゃないさ。お前が一人道を行こうとしても、おせっかいにも横を並ぼうとする奴がきっと現れるさ。」

 

「今まで戦ってきた相手だぞ?そんな奴と並ぼうだなんて綺麗事を宣(のたま)う奴が……居たな。」

 

言葉の途中で気づいたのだろう雪音さんからジトッとした目で見つめられて、思わず頬を掻くしかない。

 

「ハッハッハ!!いい機会だし、共鳴くんから訊きたい事があれば今のうちに彼から訊いてみたらどうだ?それと、ホレ!!」

 

「おっと……んだこりゃ、通信機……?」

 

おじさんが雪音さんに投げ渡したそれは、二課の実働部隊が使う用途が限定された携帯端末だった。

 

「そうだ。限度額内なら公共交通機関が利用できるし、自販機で買い物も出来る優れモノだ。便利だぞぉ?」

 

「……カ・ディンギル!!」

 

「ん?」

 

「フィーネが言っていたんだ。カ・ディンギルはもう完成したって。そいつが何なのかは分からないけど……それが、フィーネの計画の中枢だって。」

 

『カ・ディンギル……』

 

雪音さんの言葉に、おじさんと俺が返す言葉が重なる。

それが一体なんなのかは、今だ分からない。けれど━━━━

 

「……後手に回るのは終いだな。今度は此方から打って出る!!共鳴くんも後程、響くんたちと合流してくれ!!」

 

「はい。」

 

そう言い残して、おじさん達は去って行く。

遺されたのは雪音さんと、俺の二人だけ。

 

「……お前は、行かないのかよ。」

 

「……雪音さんは、この後どうするのかなって思って。

 ……山を降りるんだったらせめてそこまでは……って思ったんだけど、やっぱり余計なお節介だったかな?」

 

「あぁ。お節介にも程がありやがる。

 ……けど、その前に一つだけ聴かせろ。オッサンは『大人だから』あたしの夢を応援すると言った。だったら、お前は?お前も大人だなんて言い訳は聞きたくねぇ。何故あたしに拘る?」

 

━━━━それは、いずれ来ると分かっていた問いだった。

だがそれは同時に、俺にも答えが分からない問いでもあった。

 

「……未練、かな?」

 

だから、心の中を整理するように、少しずつ、間違えないように言葉を紡ぐ。

 

「……はぁ?」

 

呆れるような彼女の言葉も当然だろう。いきなり未練だなどと言われても、きっと分からない筈だ。

だから、続けるのは前提となるお話。俺の理想の原型の一つを形作る、父さんの背中の話。

 

「俺の家系は、代々護衛……いわゆるガーディアンを生業としていたんだ。けれど、ガーディアンとしての方針の違いで他の家と対立して国内に居場所が無くなってね。

 だから、俺の父さんは国連直属の特殊部隊として秘密裏に世界中の要人を警護していたんだ。」

 

「へぇ……要人警護ねぇ。あたしにはトンと縁のない話だな。」

 

━━━━雪音さんは、自信家で攻撃的な外面とは裏腹に、内面では自分を卑下する傾向があるのだな。という事にふと気づく。

だから、返す言葉はその卑下を打ち消す物。

 

「ふふっ、それがそうでも無いんだよね……八年前、雪音さん達家族がコロンビア経由でバル・ベルデ入りした時の事、覚えてない?」

 

「はぁ?いや、まぁ……NPO団体のメンバーと一緒に陸路だったからな。一応覚えてるけどそれが……待て。」

 

俺の返答に一瞬だけ顔をしかめながらも、きっと辛い記憶よりも過去にあったその記憶を辿っていた雪音さんは、一つの事柄を思い出す。

 

「……一人だけ、コロンビアとの国境で帰った奴が居た。パパに聴いたら『彼は国境までの護衛だったのさ。』って……まさか……お前……!?」

 

「……うん。その人、コロンビアとの国境まで護衛した人が、俺の父親。天津共行だったんだ。」

 

俺の返答に、茫然とする雪音さん。急な話で着いていけないだろう気持ちは分かる。

 

「……それで未練と?お前の父親が?」

 

雪音さんの訝し気な声に、あぁ、またやってしまった。と気づく。

この言い方では、父さんが未練を抱いていたようにも聴こえてしまう。

 

「いや、父さんはプロだった。悲しみこそしていたけれど……自分の手の届かなかった誰かに手を伸ばすのは、護れなかった人への侮辱にもなるとそれを表に出すまいとしてた。

 ……だけど、俺はまだ、そこまで割り切る事が出来ないんだ。それに……父さんは、もう居ない。」

 

「……ッ!?」

 

「三年前、父さんは任務の途中で腕だけになって帰ってきた。結局━━━━父さんがどこまで悲しみを背負っていたのか、俺には分からずじまいのまま。

 ……だから、未練なんだ。父さんが悲しんでいた事が俺には伝わっていたから。

 偶然に偶然が重なった出逢いだったけれど、雪音さんを━━━━雪音夫妻の娘を放っておくのは、父さんにも、父さんの親友だったという雪音夫妻に対しても不義理に当たると思って。」

 

━━━━あぁ、俺は未だに父さんの死が受け入れられていないのだな。

雪音さんに語る為に自分の中を整理する中で、俺の想いの輪郭がようやく掴めた。

ようは、父さんの幻影を未だに追っているのだ。コレが悪い事かどうかは、まだ分からない。けれど、今の俺は父さんとはまた異なる理想を掲げている。

であれば……

 

「……クリス。」

 

「ん?」

 

「クリスでいい。パパとママの知り合いの身内だってんなら……邪険に扱うのもわりーだろ。」

 

━━━━それは、彼女なりの精一杯の譲歩だったのだろう。

半月前、夜の街を彷徨う中、彼女は近づくことを拒み、名前で呼ばれるのを嫌がった。

そんな彼女が名前で呼ぶように願う事の重さ。その重さを、俺は正面から受け止める。

 

「……あぁ、ありがとうクリスちゃん。俺の事も、好きに呼んでくれていいよ。」

 

「フン!!呼ぶ機会なんぞがあれば考えてやらぁ。」

 

━━━━暫し、会話が途切れる。

だが、それはいつかの夜のような重苦しい沈黙では無くて……響や未来、翼ちゃんや奏さんともまた違う、新しい温かさを伴った静寂だった。

 

 

━━━━その沈黙が不意に切り裂かれたのは、言葉が不要になってから暫し経った後だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『はい、翼です。』

 

『響です!!』

 

「収穫があった。共鳴くんは別件で動いているが……了子くんは?」

 

二課本部の司令室にて、半ば答えの分かった問いを投げる。

━━━━覚悟は、出来ている。問題は……

 

「まだ出勤していません。朝から音信不通で……」

 

「そうか……」

 

彼女の出方が分からない事だ。このまま雲隠れしてくるか、それとも……

 

『了子さんなら大丈夫ですよ!!私を護ってくれた時みたいにドカーンとやってくれますって!!』

 

『……いや、戦闘訓練も面倒だとサボタージュする櫻井女史にそのような事は……』

 

『へっ?了子さんって、師匠と並んで二課の最終兵器だったりしないんですか?』

 

……最終兵器、か。確かに、頭脳面で言えばまさしくその通りだったな……

等と、思考が感傷に傾きかける中で、サウンドオンリーのコールが届く。

通信相手は、渦中の了子くん。

 

『やぁっと繋がったぁ。ごめんねぇ?寝坊しちゃったんだけど、通信機の調子が悪くって~』

 

「……無事か、了子くん。そっちに何か問題は?」

 

━━━━前回の故障に続いて二度目。どちらも米国の関与した案件において立て続けとなれば、最早疑う余地もない。

了子くんは、分かった上で敢えて情報を出し渋っている。

 

『寝坊しちゃってゴミを出せなかったけど……なにかあったの?』

 

『良かった~』

 

「ならばいい。それより、訊きたい事がある。」

 

世間話に流れかけた響くんの言葉を断ち切って、了子くんにカマをかける。

 

『んもぅ、せっかちね……それで?聴きたい事ってなにかしら?』

 

「カ・ディンギル。この言葉が意味する事とは?」

 

『……カ・ディンギル。古代シュメール語で【高みの存在】を意味する言葉……転じて、天を仰ぐ程の塔とも言われるわ。

 アッカド語ではバーブ・イリと呼ばれていて……これを以て【バベルの塔】と同一視する見方もあるわ。いずれにしろ、巨大な構造物を指す言葉よ。』

 

「……なるほど。だが、そうだとすれば疑問が出てくるな。何者かがそんな塔を建造していたとして、何故我々はそれを見過ごしてきたのだ?」

 

……朧気ながら、目的は見えて来た。彼女が二課本部の建設予定地に拘った理由、ブロック構造による拡張性を確保しながらも本部を貫く一本の塔。

それをどう使うのかは未だ分からない。だが……【カ・ディンギル】がどこにあるかは掴めた。

 

『確かに、そう言われちゃうと謎ですねぇ……』

 

「あぁ、だがこれがようやく掴んだ敵の尻尾だ。このまま情報を集めて一気に叩く!!

 最終決戦、仕掛けるからには仕損じるな!!」

 

『了解です!!』

 

『了解。』

 

『じゃ、ちょっと野暮用済ませたら私もそっちに向かうわ。』

 

……そう来たか。となれば、この後の彼女の行動はある程度読める。

まず第一に、『カ・ディンギルを利用して二課は総攻撃を仕掛ける』という俺が出した情報。

そして第二に、『カ・ディンギルに彼女が辿り着こうとしている』という彼女が出した情報。

この二つから考えられる彼女の作戦は……

 

「些細な事でもなんでもいい!!カ・ディンギルについての情報をかき集めろ!!」

 

━━━━本気の戦略には、本気のブラフが必要だ。

二課が本気で最終決戦を仕掛ける気だと分かれば、二課の保有戦力を知り尽くした彼女ならば……

その思考に応えたのは、鳴り響いた警報音だった。

 

「どうした!!」

 

「飛行タイプの超大型ノイズが三体……!!いえ、もう一体出現!!合計四体!!」

 

……やはり、大規模攻勢をかけて来たか。

緒川と共鳴くん、それに鳴弥くんと奏くんにも連絡を取らねばならんな……

 

 

━━━━決戦の火蓋は、今まさに斬って落とされたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……響?」

 

「大丈夫!!お兄ちゃんと、私と、翼さんの三人が居るからなんとかなるって!!

 ……だから、未来は学校に戻って。」

 

「リディアンに?」

 

「うん。もしもだけど……これが最後の決戦で、あの杖が使われたなら……もしかしたら、急にノイズが出てくる事があるかもしれない。

 そんな時には、リディアンの地下シェルターを解放して、皆を避難させないといけないから……未来には、それを手伝って欲しいんだ。」

 

……それは、私がやっていた事になっていたボランティア活動と同じ。戦えない誰かが、それでも抗う為の最前線。

危険もあるけれど……それでも、未来に頼みたい事。

 

「……うん。わかった。」

 

「……ゴメンね。巻き込んじゃって。」

 

「ううん。私は巻き込まれたなんて思ってないよ。それに、言ったでしょ?私はもう、ただ待つだけじゃイヤなんだって。

 だから、私が響の帰ってくる日常を、リディアンを護るから。

 ━━━━絶対に、帰って来てね?お兄ちゃんと、翼さんと、皆一緒に。」

 

「━━━━うん。

 小日向未来は、私にとっての陽だまりなの。それで、お兄ちゃんは大木。未来とお兄ちゃんの傍が、木漏れ日の陽だまりが一番あったかくて……だから、そこは私やお兄ちゃんが絶対に帰ってくる所。これまでもそうだし、これからもそう。だから……今度は皆で、流れ星を見に行こう?」

 

「ふふっ、楽しみに待ってるから。」

 

言外に、必ず帰って来ると約束する。決めたのだ。もう未来との約束を破らないと。

だから、この約束も、絶対に絶対なのだ!!

決意を胸に、私は真っ直ぐ未来を見て言う。

 

「じゃあ、行ってきます!!」

 

 

 

『ノイズの進行経路に関する最新情報だ。

 第四十一区域に発生したノイズは第三十三区域を経由して第二十八区域へ進行中だ。

 同様に、第十八区域と第十七区域のノイズも第二十四区域へと向かっている……』

 

未来と離れて、改めて端末を介して本部と通信する。割かし山間にあるリディアン近くである為に、空中に現れたという超巨大ノイズがここからでは見えないのだ。

 

『コレは……!!』

 

『各ノイズの進行経路の交差地点には、東京スカイタワーがあります!!』

 

「東京スカイタワー……って言うと、最近完成したあの……?」

 

確か、高さ634mの日本最大のタワー型構造物という事で観光地としての人気も高く、入場待ちに列ができると聞いた事がある。あのスカイタワーだろうか?

 

『カ・ディンギルが塔だとするなら、スカイタワーはそのものなのでは無いでしょうか?』

 

『なるほどな……スカイタワーには表向きの電波塔としての役割の他に、俺達二課の活動時の映像や交信の履歴を保存・統括制御する機能が備わっている。コレを破壊されれば俺達は孤立したも同然か……

 二人共!!スカイタワーへ急行だ!!共鳴くんも後から合流する!!』

 

 

 

「……と言っても、ここからスカイタワーへだとシンフォギアを纏っても距離が……ってうわわ!?」

 

急行せよ!!とは言われたものの、私にはお兄ちゃんや翼さんみたいな移動の脚が無いのだ。

どうしたものかと悩む私に吹き付ける強風、上を見上げれば、其処には二課所有と思しきヘリコプターが着陸せんと降下して来ていたのだった。

 

『なんともならない事があるのなら、俺達大人がなんとかしてやるさ。それが俺達の仕事だからな。』

 

そんな、師匠の頼もしい声に後押しされて、私はヘリコプターに飛び乗ったのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━まったく、やってくれる。

 

自らの身体を利用した融合症例の実験。それが最終段階を迎えようとする中で鳴り渡った通信。

そして、カ・ディンギルの露呈。

今日は朝から計画が狂わされる事ばかりだ。

……だが、それは私の敗北を意味するモノでは決してない。

 

カ・ディンギルという言葉に惑わされ、私という存在に惑わされれば、厄介なシンフォギア装者達を本物のカ・ディンギルから遠ざける事は容易に出来るだろう。

 

……その為には、代わりになる塔が必要だ。だが、この東京にカ・ディンギルのような塔など……そこまで思考が到った時にふと頭をよぎったのは二課が秘密裏に利用する電波塔の事。

 

コレだ!!コレならばカ・ディンギルと誤認させつつ、二課の戦力を全てそちらに呼び寄せられる!!

 

……唯一の不安要素は天津の(すえ)とクリスが見当たらない事だが、まぁいいだろう。どうせ大規模な戦闘が起きればあのお人好し共がノイズを放っておける筈が無い。

それもあり、彼等に見せつけるようにノイズの機動をプログラミングする。全く、あのライブの日にとっておきであるバエルのコマンドを使ってまで生成した黄金のノイズも結局は時間稼ぎにしかならなかった。

それを反省して、さらなる絶望を与える為に使うのは飛行型超巨大ノイズを四種━━━━パイモンのコマンドに内包されたオリエンス、エギュン、アマイモンのコマンドをも使う事とする。

遠距離攻撃の使い手はクリスだけ。であれば、時間稼ぎならこれだけで十分に過ぎる。

 

 

もうすぐだ……もうすぐ、私は……




何故だろう、戦う理由も無いが、戦わない理由も無い私達が共に轡を並べ戦う理由は。
何故だろう、諦めかけた夢をもう一度信じさせてくれるナニカの存在を感じるのは。
その答えは、きっとこの繋いだ手が紡ぐ未来の先にあるのだと信じて。

━━━━だからこそ、そんな君たちを護る為に、俺は拳を握って戦おう。


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第三十一話 蒼穹のタペストリー

━━━━その街に、最早人は居なかった。

 

超大型飛行ノイズの出現により、進行ルート上で大規模な避難活動が行われた為だ。

その事実に、少し安心する。人が灰と崩れ去る様は、やはり絶対に見たくない物だ。

 

二課で用意してくれたヘリコプターで現地へと向かう道中で考えたのはそんな事だった。

 

「まもなくスカイタワー付近に到着します!!司令!!どうしますか!?」

 

『地上に降りてしまえば超大型飛行ノイズに攻撃が届かん!!……危険だが、響くんに上空からダイヴしてもらう!!高度を高く取ってくれ!!』

 

「……了解!!危険手当、弾んでくださいよ!!」

 

ヘリのパイロットさんが司令と通信するのを横目に見ながら、私は飛んで来るノイズが居ないかを見張る。

ソロモンの杖を握る女性━━━━フィーネに操られているらしい超大型飛行ノイズは一般的なノイズと違って人を狙ってはこない。

だが、スカイタワーに到着した個体は大量の小型ノイズと共に飛行型ノイズをも吐き出し始めたという通信が入っている。

そちらの個体は人間を狙って此方を攻撃してくる可能性がある。そうなれば、私が囮にならなければならない。

 

「その……ありがとうございます。こんな危険な任務を引き受けてくれて。」

 

「……なに。気にするな!!元々俺は一課から引き抜かれた現場向きの人材でな!!俺が命を張るのは俺自身の選択だ。嬢ちゃんが気にするこったねぇさ!!」

 

━━━━それが、強がりだというのはすぐに分かる。ノイズがもたらす恐怖を、存在を否定される事の恐ろしさは、私にもよく分かるのだから。

 

「……ありがとうございます!!それじゃ……行ってきます!!私が落下したらすぐに離脱を!!」

 

「幸運を!!なぁに、心配ないさ!!逃げ足は二課でも随一だからな俺は!!」

 

だから、返す言葉は感謝の念。心からの言葉が、どうか彼に届くようにと祈りながら、私はその身を空へ━━━━超大型飛行ノイズの直上へと投げ出す。

 

「━━━━Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

胸の歌を(かざ)し、身体を通してあふれ出す力へと変換する。

狙うは中央突破。腕のバンカーを引き延ばし、落下による加速を利用して一撃にて貫き通す━━━━!!

 

━━━━蒼ノ一閃

 

私が一体目を倒して着地する横では、バイクで到着した翼さんが地上から二体目を狙う。だが……

 

「クッ……!!やはり飛行型ノイズが盾になるかッ!!相手に頭上を取られるという事だけで、こうも立ち回りにくいとは!!」

 

「だったら多少動く事になりますけど、作戦空域外で翼さんがヘリに乗ってあの日みたいに飛び出して……」

 

━━━━超大型飛行ノイズを倒す為の作戦を練る私の耳に爆音が届いたのは、その瞬間だった。

見上げた空で起きていたのは、凄惨な状況。先ほど懸念した通りに飛行型ノイズがヘリコプターに突き刺さり、爆炎の華を咲かせる光景だった。

 

「そんな……ッ!!」

 

━━━━さっきまで、生きていたのに。恐怖に抗いながら、私達を届ける事で多くの人々を護らんとした立派な人がそこに居たのに。

 

「相模さん!!よくもォッ!!」

 

知り合いだったのだろう。名を叫びながらも剣閃を緩める事の無い翼さんと共に、私も悲しみを一端置いてノイズへの対処を優先する。

 

「……やっぱり、お前たちは……許せない!!」

 

胸に宿る怒りの焔。だが、それは私の身を焦がす憎しみの焔では無い。

飛行型ノイズの波状攻撃を避けて、殴って、一体ずつ丁寧に倒していく。二機目のヘリを呼ぶにしろ、なにかしら別の方法を取るにしても、機動力に優れた飛行型ノイズを放っておいていい事など何一つない。

 

━━━━だが、それを嘲笑うかのように超大型飛行ノイズは格納しているノイズをバラ撒いて来る。

なんでも、あの手の大型ノイズは自らの内部にノイズが元々存在する異空間への『扉』を開いており、それによって無制限にノイズを増やしていくのだという。

 

「どうすれば……!!コレじゃジリ貧です!!」

 

「あぁ……だが、臆するな立花!!私達防人が一歩後退すれば、それだけ戦線が後退するという事……その先に居る護るべき人々の基へとノイズを通してしまう事に他ならない!!」

 

「分かってます!!分かってます……けどッ!!」

 

一発の拳でノイズを砕き、一発の蹴りでもまたノイズを砕く。

だが、数が多い!!

一匹を倒す毎に五体が増えてくる。元々、私の戦法は対多数よりも対単体を想定した拳法が主体であり、殲滅力で言えば当然翼さんに見劣りするのだ。

この前に使った突撃はバンカーを引き延ばさなければ使えない為、このような乱戦ではそのヒマが無い。脳裏に浮かぶ焦りを構えた拳で振り払いながら少しずつ、少しずつノイズを散らしていく。

 

「━━━━立花!!上だッ!!」

 

そんな中で聴こえた翼さんの声にハッとして私は空を見上げる。其処に居たのは飛行型ノイズの群れ、群れ、群れ。

あの数はどうあがいても捌き切れない……!!

 

━━━━そんな予想を、私達の後方から放たれた銃声と砲火が蹴散らして、変えて行く。

 

「あっ!!」

 

その銃声には聞き覚えがある。その砲火には見覚えがある。

 

「━━━━クリスちゃん!!……って、お兄ちゃんまで!?どうしたの!?」

 

振り返れば、確かに其処に居たのはクリスちゃんだった。……けれど、その隣には何故かお兄ちゃんの姿。

 

「ったく……コイツがピーチクパーチクうるせーからちょっと出張ってみりゃこのザマか?コレじゃ、安心して昼寝も出来やしねぇ。

 だが勘違いするなよ!!あくまでもあたしはあたしの意思でここに居る!!お前等のお仲間になったつもりはサラサラねぇ!!」

 

「あぁ、分かってるよ。あくまでもノイズが共通の敵であるからこその利害の一致……今はそれでいいさ。」

 

クリスちゃんの手には、私達も使っている通信機が握られていた。

それで分かった。きっと、お兄ちゃんが説得してくれたのだろう。

 

『見ての通りだ!!まだ仲間とまでは言えんがそれでも強力な助っ人。第二号聖遺物イチイバルを纏うシンフォギア装者。それが彼女……雪音クリスだ!!』

 

「クリスちゃーん!!ありがとう!!絶対分かり合えるって信じてたから!!」

 

お兄ちゃんの説得に応えてくれた事、私達の手助けをしてくれる事。その全てが嬉しくて私はクリスちゃんに抱き着いた。

 

「ちょ、こんのバカ!!今の話聴いてなかったのか!?分かり合ったワケでもなんでもねぇ!!」

 

けれど、クリスちゃんは抱きしめる私の腕から逃れてしまう。むぅ、私としては分かり合えたつもりなのだが……

 

「……まぁ、あなたがそう納得しているのならとりあえずはいいわ。今優先すべきはノイズの殲滅だもの。」

 

「あぁそういうこった!!あたしはあたしで勝手にやらせてもらう!!邪魔だけはするんじゃねぇぞ!!」

 

そう言い残すとクリスちゃんはなおも空を覆う飛行型ノイズへと向かって行ってしまう。

 

「えぇー!?」

 

「まぁまぁ、敵対はしないと明言してくれただけ良しとしよう。まずはノイズの数を減らさないと……」

 

「……共鳴、策はあるのか?」

 

レゾナンスギアを纏ったまま、それでも余裕を崩さないお兄ちゃんを見て、翼さんが問いかける。

 

「ある。あるんだけれど……それにはクリスちゃんの協力が必要だ。だから、まずはノイズ自体の数を減らしてクリスちゃんと話しあう余地を作らないといけない。

 俺もクリスちゃんを手伝って飛行型を片付けるから、二人は地上のノイズをお願い。」

 

「……わかった。立花!!共に駆けるぞ!!」

 

「は、はい!!」

 

それに対するお兄ちゃんの返事は明確。それを信じて、私と翼さんは地上のノイズ達へと立ち向かう。

 

━━━━けれど、策と言ってもどうやって……あの空に浮かぶ大型ノイズを倒すのだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「クッ……!!しつこいぞ、お前!!」

 

「ゴメン。けど、ノイズを倒し切る為には上の奴を倒さなきゃならない。その為には作戦を練る時間が必要だ。その時間を確保する為に、まず飛行型だけでも蹴散らさないといけない……でしょ?」

 

あのバカと剣女(つるぎおんな)から離れたあたしを、それでも追ってきたのはあの男。レゾナンスギアを纏った、シンフォギアが居なければノイズと戦う事も出来ない筈の男だった。

 

「……アイツ等からわざわざ離れたんだ。あたしから離れれば死ぬぞ、お前。」

 

「死なないさ。キミ達の歌が、空に響く限り。」

 

━━━━なんだそれ。まるであたしの質問への答えになっていない。

だというのに、ソイツの眼は真っ直ぐだった。まるで、あのバカのように。

 

「……あぁそうかよ。だったら精々頑張って着いて来やがれ!!」

 

その眼を真っ直ぐに見返せないから、私が返せたのは憎まれ口だけだった。

 

「勿論!!」

 

返答と共にソイツのギアから糸が伸びて飛行型ノイズの一群を切り裂く。

あたしもまた、変形させたイチイバルのアームドギアで飛び回る奴等を撃ち落としながら、あたしの周囲を立体的に飛び回る男の戦いを観察する。

その戦闘スタイルをまじまじと見るのはそういえば初めてだった、とふと気づく。前回はソロモンの杖による圧殺を試みたのだから。

ビルを足場に、糸を掛けて、脚で蹴り出して飛び回るそのスタイルはまるで獲物を狩る蜘蛛のよう。

━━━━それにしても、銃に慣れている男だな。

ふと思い浮かんだのはそんな感想。ビル街を立体的に飛び回る中であたしと狙った獲物が合ってしまう事は必然と起きる。そうでなくとも、あたしがバラ撒いている以上はその射線を通り抜けないといけない事も当然ある。

そんな鉄火場の中を、幾らギアでバリアコーティングされているとはいえ平然と通り抜ける姿は、砲火から逃げ出したあのバカの━━━━ある意味では平和ボケしたこの国では当然な反応とはまるで違う。

 

「よし、大分減ってきたな……翼ちゃん!!響!!コッチに来てくれ!!」

 

そうして多くのノイズを倒す中で、ソイツがバカと剣女に呼びかける。周囲のノイズも減った事で余裕が出来たと判断したのだろう。

 

「クリスちゃん、あの超大型……倒せる?」

 

「……あぁ、出来る。だがこの状況じゃあ無理だ。」

 

━━━━やはりそうか。この男の事だから、策が無いなんて事は無いだろうと睨んでいたし、その為にあたしのイチイバルを使おうとするだろうとも読んでいた。

けれど、その作戦はご破算だ。なぜならば……

 

「あたしのイチイバルは長射程広域攻撃を得意とするギアだ。けどな!!絶唱でも無きゃ、デカブツまで届く一撃にゃチャージが必要になる。

 その間の無防備な背中をお前等に預けるなんて、あたしには絶対出来ねぇ。

 ……確かに、あたし達が争う理由なんてねぇ。だからって、こないだまで争ってたあたし達が争わない理由もあるものかよ!!」

 

つい先ほどまで敵同士だったのだ。そんなあたし達が今さらに連携など出来るものか。さっきまでの共闘だって、あたしの攻撃をお前が避けたから成立するだけの砂上の楼閣だ。

デカい花火をブチ上げるまでの完全に無防備になる瞬間を預けるだなんて事は出来やしない。

だから、叫ぶ。できるわけがないと。

 

「━━━━そんな簡単に人と人とが手を取り合えるもんかよ!!」

 

それはあたしの、心からの叫びだった。

━━━━だって、人と人とがそんなに簡単に手を取り合えるのなら、どうしてパパとママは……

 

「━━━━出来るよ。出来る。誰とだって仲良くなれる。」

 

そんな叫びを、なんでもない事のように受け止めたのは、あのバカだった。

あたしの手を取るその姿は、どうしてだろうか。記憶の中のパパとママを思い出させて……

 

「どうして、私にはアームドギアが作れないんだろう?って思ってたんだ。いつまでも半人前で、お兄ちゃんや翼さんに迷惑を掛けちゃうのもイヤだなぁって思ってた。

 ━━━━だけど、それは違ったんだって、クリスちゃんが気づかせてくれたの。」

 

「あたしが……?バカ言ってんじゃねぇ、あたしは、お前を……」

 

━━━━お前を、殺そうとしたんだぞ?

そんな言葉を続ける事は、あたしには出来なかった。

 

「だってクリスちゃん、アームドギアを砕かれた時に無理矢理助けに入った私の事、抱き留めてくれたじゃない。私、あの時に気づいたんだ。私のアームドギアは作れないんじゃなくて……もう此処にあるんだって。」

 

アームドギアを、もう持っている?

ソイツの言う事が分からない。理解出来ない。アームドギアとは自らの意思を貫く為の具現武装だ。であれば、無手で存在するアームドギアなど存在しえない(・・・・・・)

 

「立花のアームドギア……それは一体……あっ、おい!?」

 

あたしとバカの会話を見守っていた剣女の手までそのバカは握り出す。それを見て、思い至る答えが一つあった。

……まさか、コイツはそんな大馬鹿を大真面目に語ろうって言うのか━━━━!?

 

「はい。こうやって、武器を握らないからこそ、誰かと手を繋ぐ事が出来る……きっと、これが私のアームドギアだと思うんです。」

 

「この……手が?」

 

剣女すら呆気に取られる予想の斜め上をカッ飛んで行く答え。

だってそうだろう?『武器を持たない事』こそが『最大の武器である』など、矛盾するにも程がある。

 

「はい!!ほら、そういう事だからお兄ちゃんも手を握ろうよ~!!」

 

そう言って、ソイツは上空へと声を掛ける。そこでは、自分で呼び出したクセに作戦会議からいつの間にか離れていた男が一人、戦っていた。

 

「あのねぇ!!生憎とコッチはキミ達が作戦会議してる間に邪魔しようとしてるノイズの皆さんと戯れるので忙しいの!!だから……俺の事なんか気にせず手を取り合って取り合って!!

 無粋なお客様はコッチでどうにかしておくから、さッ!!」

 

返答と同時に切り裂かれる、多数の飛行型ノイズ達。

その宣言の通り、あたし達に近づかんとするノイズを一体も通さんとばかりに切り裂き、投げ飛ばし、蹴りつけて足場として利用するその姿は徹頭徹尾本気だった。

手を取り合う事は出来ないだなんて、ちっとも信じていやしない。

 

「ふふっ。なるほど……立花と、そして共鳴らしい答えだな……どう?彼等の本気、信じられないかしら?」

 

そう言って、あたしに手を伸ばす剣女。手を握るのは簡単なのだと言わんばかりに、その手には奴のアームドギアである刀すら無い。

 

「……このバカ共にあてられたのか?」

 

「えぇ、きっと大分昔からあてられていたのね。それに気づいたのはつい最近だったけれども……」

 

「……そうか。」

 

その迷い無い返答に背中を押されてぎこちなく手を握るあたし達の頭上を、まるで自身の存在を主張するかのように通過していく超大型飛行ノイズ。

アレを倒す為の策……

 

「……わかったよ。今回だけだ。あたしのイチイバルの出力を上げに上げて、放出せずに溜め込んでぶっ放す!!だが……」

 

「あぁ、チャージ中は丸裸も同然。この状況でそれを成すというのなら……」

 

「私達三人でクリスちゃんを護ってあげればいいんですよね!!分かりました!!」

 

そう言って、それぞれにノイズを減らす為に散って行く三人。

━━━━まだ頼んでも居ない事を、全く……ここまでされたら、あたしだって引き下がれねぇじゃねぇか━━━━!!

覚悟と共に胸を突くのは、半月前、あの子達と一緒に夜の街を歩いたあの時。あたしが自分の正義に迷い始めたあの時からずっと、あたしの胸によぎっていた想い(メロディ)。それを歌詞(ことば)が彩る。

 

━━━━繋いだ手だけが紡ぐもの

 

きっと、それはあるのだ。そうあたしが信じられるようになったから、胸の歌を信じたから、この歌は紡がれたのだと分かる。

 

そんな風に出力を上げる事に集中するあたしを狙うノイズの気配は未だ周囲に多くある。だが、最早それらは脅威とは感じられなかった。

だって━━━━

 

「クリスちゃんには近づけさせないッ!!」

 

「共鳴と立花と彼女が繋いだ勝機ッ!!逃すはずも無い!!」

 

「こういうのは本業なんでね!!二度と……後ろに通す気はないッ!!」

 

拳と、剣と、糸と、三つの力が阻んでいる。

無防備なあたしを狙う暴虐を阻んで、砕いて、させる物かと叫んでいる。

 

━━━━だから、あたしも叫ぶのだ。光を、力を、魂を……!!

 

「ぶっぱなせェェェェ!!」

 

『託したッ!!』

 

胸を突く歌に合わせて、空を見上げる。届かないと思っているのか、それとももはや周回する事しか命令されていないのか。

暢気に空を飛ぶ三体をロックする。

あたしの叫びに呼応して展開し続ける装甲から排出されるのは、自分でも驚くほどの大型のミサイル達!!

今までとはワケが違うのだと、イチイバルがそう叫んでいるように感じる程の強力なエナジー!!

 

━━━━MEGA DETH QUARTET

 

そして、解き放つのは爆裂の四重奏(カルテット)。一発でアイツをブッ飛ばしてもお釣りがくる程の広域殲滅火力!!

それを確実に届ける為に、腰のアーマーからも多弾頭ミサイルを放ち、両腕のガトリングから砲火を放ち続ける。

飛行型ノイズ達を片端から射抜き、焼き尽くし、薙ぎ払う。

 

「やっと見えたと……気づけたんだ……きっと……届くさ……」

 

━━━━あぁそうだ。やっと見えたのだ。あたしがどうしたいのか。どうすればいいのか。その答えの一端が。

 

着弾したミサイルがドデカい花火と変わる中で、あたしは一つの決心をしていた。

あたしは、パパとママの夢を━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「やったー!!やったやったー!!」

 

「だーッ!?何しやがるこのバカ!!引っ付くな!!暑苦しい!!」

 

作戦通り、クリスちゃんの一撃で空を覆っていたノイズは一掃された。

私達とクリスちゃんの初めての共同作戦。それが嬉しくて嬉しくて、ついついクリスちゃんに抱き着いてしまう。

 

「だってだってだって!!あんなにいっぱいのノイズを一掃出来たのはクリスちゃんのお陰だもん!!えへへー」

 

「だーかーらー!!抱き着くのはやめろ!!そもそもだ!!さっきも言ったがあたしはお前たちの仲間になった覚えはねぇ!!

 あたしはフィーネと決着を着けて、やっと見つけた本当の夢を果たしたいだけだ!!」

 

━━━━夢?

 

「クリスちゃんの……夢?それって、どんな夢?教えて欲し……あいたァ!?」

 

クリスちゃんの夢。彼女が抱くのなら、それはきっと素晴らしい夢だろうという確信から、またも抱き着いてしまいそうになる私。

そんな私の後頭部へと走った鋭い痛み、この痛みには覚えがある……!!私はこの一撃のヌシを知っているッ!!

 

「そこまでだ。もっと仲良くなって、クリスちゃんが教えてもいいとなった時に教えてもらいなさい。」

 

その一撃のヌシは、やはりお兄ちゃんだった。

 

「なんでお前等とこれからも仲良しする前提なんだよ!?ったく……お前等はホントのバカだな!!」

 

━━━━私の端末に連絡が入ったのは、ちょうどその時だった。

 

「あ、はいもしもし。」

 

『響!?学校が、リディアンがノイズに襲われてるの!!了子さんが━━━━』

 

━━━━切れた電話にすら気づかない私を襲うのは、サーっと、血の気が引いていく感覚。

 

「立花……?どうした?なにがあった?」

 

「リディアンが……学園がノイズに襲われてるって、未来から……私、行かないと……!!」

 

リディアンにはまだ皆が居るのだ!!ノイズに襲われているのだとしたら、速く行かなければ皆の命だって━━━━!!

 

「落ち着け、立花!!」

 

「落ち着けません!!どうしよう……どうしたら……ギアを纏って跳んで行けば……!!」

 

「━━━━響。」

 

怖い、恐い、コワい。私の日常が、この二ヶ月ですっかりと私の居るべき場所になったリディアンが、ノイズに壊されてしまう。否定されてしまう━━━━!!

足元が崩れて、前提が壊れていく感覚に震えながらに空回りする私を抱きしめてくれたのは、お兄ちゃんのぬくもりだった。

 

「大丈夫。未来が連絡してきてくれたって事は、未来は避難誘導も終えて二課の皆と合流出来たって事だ。

 だから、未来は大丈夫。そして、そうして避難誘導が終わってるって事は……リディアンの皆も無事だ。」

 

━━━━言われてみればそうである。

未来が連絡してきてくれたのだ。だったら、未来と皆は無事な筈だ。

 

「あぁ、二課だけでなく一課のメンバーも避難誘導に当たる筈だ。どうか、彼等の尽力を信じて欲しい。」

 

━━━━翼さんのその言葉は、空に向けて放たれていた。

先ほど、私達を送り届けてくれたヘリパイロットの人。あぁそうだ。シンフォギアが無くたって、誰もが精一杯に戦っているのだ。

私のアームドギアは、そんな力を紡ぐ為にあるというのに……

 

「……ありがと、お兄ちゃん。ちょっと落ち着いた。」

 

「……そうか。じゃあまず、状況を整理しようか。

 まず第一に、リディアンがノイズに襲撃された。コレは……恐らくはフィーネの仕業だろうな。そもそも、あの大型ノイズ自体が俺達を此処へ集める為の物だったんだろう。

 俺達はあのノイズがここへ向かい始めた事から、このスカイタワーこそがカ・ディンギルでは無いかと予測を立てた。だが……」

 

私が落ち着いたのを見計らって、お兄ちゃんが現在の状況を整理し始めた。

 

「……そのフィーネがノイズを操れる以上、『此方の出方さえ分かっていれば』ノイズを制御する事で間接的に我々を誘導する事は可能、という事か……」

 

お兄ちゃんの言葉に相槌を打つのは翼さん。なにやら浮かない顔をしているが、何か引っかかるのだろうか?

 

「……気づいてたのか。翼ちゃん。」

 

「薄々、何かがおかしいと感じてはいた。だが……確信に変わったのは今日、立花の話を聞いてからだがな……」

 

……私の話?

 

「……私、何か話してましたっけ?」

 

「……櫻井女史がノイズを退けた、という話だ。私とて十二年前からずっと彼女の研究対象だったのだ。だが、彼女がそんな研究成果を出して来た様子など一度たりとて無かったのだ。」

 

……それはつまり、どういう事だろうか?了子さんが何かを隠していた?

了子さんがノイズを倒していた事、それを隠していた事。

━━━━そうして繋がる答えは、無情にも程があるこの世の残酷だった。

 

「……第二に、フィーネの正体……いや、もしかしたらフィーネこそが彼女の正体だったのかもしれないな……それは、櫻井了子女史その人だ。だろう?クリスちゃん。」

 

「……あぁ。少なくともあたしはそう聞いている。二課に潜入する際の身分として使ってると、あたしにはそう説明していた。」

 

「そんな……じゃあ、了子さんが……学園にノイズを……?」

 

━━━━信じられない。それが、私の率直な感想だった。

確かに了子さんはいわゆるマッドサイエンティストな気質はあるし、女の子を見るとすぐにセクハラをしてくる人だけれど、外道では無かった。

けれど、フィーネは確かにそうだった。人を巻き込む形でノイズを呼び出し、使役し、時には私達を殺す為だけに驚異的な新ノイズすら投入する。

 

━━━━一体、どちらが本当の了子さんなの?

グルグルと、また回り始める頭はクラクラと眩んで、フラフラと震えるようで。

 

「第三に……口惜しいが、今からリディアンに直行しようとしても手段が無い。幸い、今回は翼ちゃんのバイクも横転しただけだったから、乗ってきた俺のバイクと合わせて二台に二人乗りすれば向かう事自体は出来る。出来るんだが……」

 

「……だが、それにしても一時間はかかる。徒歩ならその六倍は掛かるだろうとはいえ……ノイズの活動限界時間はとうに迎えてしまっているな……」

 

「あぁ。ノイズの活動限界時間を超えてしまう以上、今から俺達が最速で着いたとしても、待っているのは第二陣以降との戦いだ。

 それに……今は、休息も必要だ。響、お腹空いただろ?」

 

「……えっ?あ、うん……そっか……おばちゃんの言葉……」

 

「あぁ。お腹空いてたら悪い事ばっかり考えちゃう。だろ?

 一回休んで、お腹いっぱい食べて、そしたら訊きに行こう。どうしてこんな事をしたのか?ってさ。」

 

━━━━お兄ちゃんは、私の状態に気づいていたのだろうか?

言われて気づけば確かに、さっきまでガッツリ戦っていたからか、お腹はもうペコペコだ。

このまま向かっていたら、きっと戦うどころでは無かっただろう。

 

「うん……わかった。でもお兄ちゃん、ここ等辺は皆ノイズ出現で避難しちゃったからどこも開いてないよ?それなのに一体どうやってご飯を用意するの……?」

 

「んなもん、緊急事態なんだし金だけ置いとけばいいだろうが……」

 

「えー!?ダメだよクリスちゃん!!それじゃ泥棒さんだよ!?」

 

クリスちゃんの大雑把過ぎる解決法に思わず声を挙げてしまった私は悪くないと思う。

 

「っつってもよぉ……それ以外に手段、あんのか?」

 

「━━━━いいや、あるよ。」

 

『へっ?』

 

思わず、クリスちゃんと私がハモってしまうくらいビックリするほどに、さも当たり前だ。とでもいうように、お兄ちゃんは私とクリスちゃんの疑問に力強く答えたのだ。

 

「この状況で、合法的にご飯を用意する方法があるのさ、ただ一つね━━━━!!」




決戦のその前の、少しだけの幕間。
少年と少女達の交流、そして、ただ一人残った少女の決意。
揺らぎによって変わり、強まり、固まった想い達が今、カ・ディンギルの元へ集う……

━━━━少年と少女達の紡ぎあげたシンフォニーが今、月を穿たんとする悪意と激突する。


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第三十二話 戦域のコラテラルダメージ

━━━━そこは、地獄だった。

火花散り、硝煙むせぶ鉄火場。

少女達が青春を謳歌していた中庭、校舎、体育館。その総てが崩れ落ち、焼けていく。

 

「急いで校舎中央棟かグラウンドにあるシェルターへ避難してください!!早く!!走って!!」

 

そんな地獄の中で、戦い続ける男達が居た。

避難誘導と共に、迫りくるノイズ達を足止めする為にせめてもと実弾を叩き込み続けるのは、特異災害対策機動部一課。

 

「隊長!!西側の戦車一両大破!!隊員の生存確認出来ず!!」

 

「東側、大型ノイズが小型ノイズを吐き出し始めました!!戦線の瓦解は時間の問題かと!!愚考ながら、校舎中央棟への撤退を進言します!!」

 

「そんな事は分かってる!!だが、いつもの連中は全員スカイタワーまでお出かけ中だ!!この状況で俺達が退くという事は、即ちこの学園の子達を危険に晒すのと同義だ!!そんな事をすればアイツ等に顔向けすら出来ん!!

 ……幸い、学生の中に我々と共同した事もあるボランティア団体のメンバーが混じっていた事で避難誘導に回せる人員が最小限で済んでいる。

 最悪でも、我々が『疑似餌(おとり)』として最後まで引き付けられればそれでいい!!全弾薬の使用を許可する!!地形毎変えるつもりで撃ちまくれ!!」

 

「了解!!」

 

━━━━それは、死を意味する命令だった。普通ならば、容易く受け入れられる物では無い。

だが、此処に居るのは一課に望んで配属された大馬鹿ばかり。それに……

 

「……なぁ、知ってるか?」

 

「なんだよ、こんな非常時に。」

 

「━━━━この学園、二年前のノイズ災害の被害者達を多く受け入れてるのは知ってるよな?……その中に、俺等がいっつも助けられてるあの歌のヌシが居るらしいぜ?」

 

「……嘘だろ?今まで話題にならなかったって事は、あの黄色い子か?」

 

彼等は、助けられてきたのだ。ノイズと日夜戦い続ける少年少女達に。

 

「この前、いつも御礼を言ってくるあの小僧っ子と制服でデートしてるのを見た奴が居てな?……ソイツは、さっき戦車と一緒におさらばしちまったからよ。」

 

「ハハッ!!ここで教えられても世話ねぇだろお前!!目の前に死が迫ってるってのによ!!」

 

「だけどよ、奇跡が起こってあの子達がいつも通り駆けつけてくれる可能性だって……」

 

そんな可能性(もの)が無い事は、百も承知だ。

希望なんて無い、ただの負け戦だと分かっているのだ。だけど……

 

「ハッ!!んなもんはねぇから、俺達が命賭けて戦うんだろうが!!あの子達の日常を!!護るべき人々を!!だから撃て!!撃ちまくれ!!

 万に一つに賭けるなら、あの子達に助けてもらう可能性じゃなくて俺等の弾丸がノイズ野郎をぶっ潰す可能性に賭けろってんだ!!」

 

彼等が退く事は有り得ない。歌は届かず、希望は無く。

けれど、自分たちの一所懸命で救われる命の多さを知っているが故に。

 

━━━━この日、特異災害対策機動部一課は五割を超える全滅規模の犠牲者を出す事となる。

それ以上の、数多くの人々の命を救う事と引き換えに。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━落ち着いてシェルターに避難してください!!シェルターの定員は学園生徒全員分が確保されています!!だから慌てないで、確実にシェルターに避難してください!!」

 

学園中央棟。ここにもシェルターの入り口がある事から、多くの生徒が波のように詰めかけていた。

けれど、特異災害対策機動部一課の人達と、それからお兄ちゃんの支援するボランティア団体の人達も手伝ってくれた事でなんとかその波も収まり始めていた。

 

「ヒナ!!大丈夫!!」

 

そんな時に声を掛けて来たのはいつもの三人だった。無事で良かった、とホッとする。

 

「一体どうなってるワケ……?学校が襲われるなんてアニメじゃないんだからさ……」

 

「残念だけど、アニメじゃなくて現実なんだよ。だから、みんなも早く避難して!!」

 

「小日向さんも一緒に避難しましょう!?」

 

寺島さんの提案はありがたい事だったし、当然の言葉だろう。だけど……私は託されたのだ。みんなが居る日常を。

 

「ゴメンね……私、まだ残ってる人が居ないか探してくる!!みんなは先にシェルターに!!」

 

「ヒナ!?」

 

後ろから掛けられる言葉に罪悪感を感じながらも、私の脚は緩まない。

━━━━これが、今の私に出来る戦いなのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「行っちゃった……」

 

「とりあえず、小日向さんの言う通り避難した方がいいのでは?ここで小日向さんを追いかけて二重遭難になってしまうのはナイスでは無いですし……」

 

「そだね……とりあえずシェルターに……」

 

「キミ達!!」

 

急に駆けだして行っちゃった未来を見送って、私達も避難しようとした鼻先を挫くように声を掛けて来たのは特異災害対策機動部の人だった。アニメみたいでカッコいいからつい名前を覚えてしまっていたのもあり、すぐに分かった。

 

「校舎内にもノイズが入り込み始めました。キミ達も早く避難……ッ!!」

 

━━━━その注意の言葉は、最後まで続かなかった。

窓を割って飛来したのは、まるで昔の特撮に出てくるドリルみたいな形のノイズ。

ソレが、目の前の人間に突き刺さる。

 

最期の表情は、愕然だったのだろうか。それとも、私達に何かを伝えようとしていたのだろうか。

わからない。わからない。わからない。

私の常識を超えた現実を前に、頭がパンクする。

 

「いやァァァァ!!」

 

━━━━その叫びが、私の喉からあふれ出た物だと気づいたのは、叫び始めてからだった。

 

校舎内のどこかで、硝子の割れる音がする。早く、早く逃げ出さないといけない。

なのに、恐怖にすくんだ脚は動いてくれない。

……死んじゃうのかな、私達。アニメのモブキャラみたいに呆気無く、主役の見ていない所でサックリと死んでしまうのだろうか。

……それはイヤだな。と、ふと思った時に何故か脳裏によぎるのは、アニメが好きと言っても気にしないで話を合わせてくれたあの人の顔で……

 

「バカかお前等!!死ぬ気か!!」

 

━━━━けれど、私達は死ななかった。錯乱から抜け出して気が付いた時には、シェルターへと向かう階段を俵抱きに担がれながら私達は下っていた。

 

「全く!!給料上げてもらわなきゃ割に合わんぞこの仕事は!!なぁジョージ!!」

 

「あぁ、そうだなマーティン!!スクールガールのお守なんて聞いちゃいねぇぞ!!こりゃアマツの小僧に追加ボーナスをせびら無い事にはやってられん!!」

 

私達を助けてくれたのは、いわゆる特殊部隊というのだろうか。特異災害対策機動部の人とはまた違う格好をした大柄な男性の二人組だった。

……というか、アマツ?

 

「あ、あのっ!!」

 

「あ?なんだ嬢ちゃん、もう歩けるようになったのか?」

 

「あ、いえ……すいません。まだ脚、震えてて……」

 

「冗談だ。見なくても分かる。んで、なんか気になる事でもあったのか?」

 

「えっと……さっき、アマツって言ってましたよね?もしかして、それって天津って苗字……ファミリーネームの人の事なんですか?」

 

凄い。まるで映画みたいな軽妙な会話だ……だなんて脇道に逸れる思考を無理くり軌道修正して気になった事を訊いてみれば、私を担いでる人は露骨にイヤな風にもう一人と話し出す。

 

「おいおい……ティーンエイジャーだからハナから射程外だったとはいえ、命助けた美少女が粉掛けるよりも先にアイツの女だったとか流石に凹むぞ……」

 

「ハハハ、条例でとっ捕まる騒ぎにならなくてよかったなジョージ。んで、どうするよ?こんな状況になっちまったからには隠し通せやしないだろうが、一応俺等の存在は機密事項だろ?」

 

「……どうすっかな、めんどくせぇ。あー……多分だが、お前さんが思ってる通りのアマツだろうから、説明は後で本人から、って事でもいいか?なにしろここじゃまだ浅すぎてノイズを引き寄せかねねぇ。」

 

「あっ、はい……」

 

━━━━一体全体、何がどうなってるの……?

担がれながら階段を降りていく中で、やっぱり私の頭の中はグルグルと回っていたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「誰か!!残ってる人は居ませんか!?……キャッ!?」

 

皆の基を去って、更に数人の生徒をシェルターに誘導した私を襲ったのは、爆発の振動だった。

 

「あの方向は……食堂の方かな……響の帰ってくる所が……ドンドン壊れて行っちゃう……」

 

━━━━なんて、残酷なのだろう。響はもう、ノイズに大事な物を奪われてしまっているというのに。

ノイズが全てを否定して我が物顔で闊歩するのを、ただ遠巻きに見ているしか無い。

 

━━━━そんな思考を切り裂いて、ガラスを突き破ってくる存在があった。

 

「……あっ!?」

 

それは、ノイズ。おたまじゃくしみたいな姿が三つ。私を否定する為に襲い掛かってくる。

逃げなきゃいけない、と思っても体は動かなかった。感覚と恐怖だけがスローモーションになって、私の脚は一歩も動いてくれない。

 

「クッ……!!」

 

そんな私を抱き上げてノイズの突進から助けてくれたのは、緒川さんだった。

 

「緒川さん!?」

 

「ギリギリでした……修練が足りませんね。次までには確実に助けられるよう、鍛えておきますね……!!走りますよ!!」

 

「えっ!?」

 

「三十六計逃げるに如かず、です!!」

 

━━━━展開が早い!!

思わず思ってしまった事だが、緒川さんの言う通りだ。ノイズを相手に戦える響達は今出払っている。ならば、倒せない私達はノイズから逃げるしかない。

緒川さんの誘導に従って二課直通のエレベーターに走り込む。

 

「ヒッ!!」

 

だが、ノイズの追撃は止んだワケでは無く、エレベーターのドアを突き抜けんと突進してきた。しかし……

このエレベーターはゆうに1000mを下る高速エレベーターなのだ。物質を透過してこようとしたノイズ達は、急激に動き出した此方について来る事は出来ずに置いて行かれてしまう。

 

「……ほっ……」

 

「……はい。リディアンの被害は依然拡大中です。ですが、未来さんやボランティア部の皆さん、そして……一課の皆さんの奮戦のお陰で被害は最小限に抑えられています。

 ちょうど合流も出来ましたので、このまま未来さんをシェルターまで案内します。」

 

『わかった。気を付けろよ……』

 

恐怖が抜けきらない私に対して、緒川さんは流石に慣れているのかもう切り替えて携帯端末で連絡をしていた。風鳴司令宛てだろうか?

 

「それよりも司令。カ・ディンギルの正体が判明しました。」

 

『なんだと!?本当か!?』

 

「物証はありません。ですが、カ・ディンギルとは恐らく……」

 

━━━━エレベーターが衝撃に揺らいだのは、緒川さんが本題を口にしようとした瞬間だった。

 

「きゃああああ!?」

 

エレベーターの屋根を貫いて降ってきたのは、金色の鎧を纏った女性だった。

 

『どうした!!緒川!?』

 

「こうも早く悟られるとはな……確かに手駒の不手際こそあったが、カ・ディンギルについてのヒントなど無かった筈……なにが切っ掛けだ?」

 

「ぐっ……塔なんて、そんな目立つ物を人知れず建てるなんて不可能です……普通なら。ですが、天地を逆として『地下へと伸ばす』なら、一つだけ人知れず建っていた塔が有り得ます。

 つまりは此処、特異災害対策機動部二課本部、その中枢構造であるエレベーターシャフト!!これこそが『カ・ディンギル』!!そして、それを悪用する事が可能なのはただ一人……!!」

 

「……漏洩した情報を逆手に偽の塔を仕立て上げ、上手くいなしたつもりだったのだが……」

 

緒川さんを掴みあげるその女性に、どこか見覚えがある気がする。

そして、緒川さんが語ったカ・ディンギルの正体。

━━━━それらを繋ぎ合わせてしまう一つの事実。

 

だが、衝撃を受ける私の前で自体は急展開を続けていく。

エレベーターが二課本部に到着した瞬間、緒川さんが動き出したのだ。

私の眼で追えたのは、後方宙返りとその後の射撃くらい。

銃声に竦む私をよそに、金色の女性はなんでもない顔でそれを受け止める。

 

「ネフシュタン……!!クッ、うああああ!?」

 

「緒川さん!?」

 

緒川さんの動きも凄まじかったが、金色の女性は更にその上を行っていた。

鞭のようなパーツが緒川さんを捕らえ、締め上げる。そして……トドメを刺さんとじりじりと迫る切っ先。

 

「未来さん……逃げて……」

 

━━━━だというのに、緒川さんは弱音を吐かなかった。

助けてと言わなかった。たとえ最期になろうとも、私のような力を持たない誰かを案じ続ける。それは……お兄ちゃんと同じ眼だった。

 

「くっ!!」

 

だから、私も諦めない。その気持ちを込めて体当たりをする。

この程度では倒せない事は分かっている。けれど、風鳴司令との連絡が途絶えた事で恐らくは近いうちに増援がやってくるだろう。

それまでの間、金色の女性の━━━━了子さんの注意を引ければそれでいい。

 

「……麗しいな。」

 

けれど、振り向きざまに私を射抜くその眼は、冷たくて。思わず喉から出た声を聴いて、彼女は嗤う。弧を描いた綺麗な唇が言葉を紡ぐ。

 

「彼等はずっとお前たちを騙して、利用してきたというのに。そんな者共を護ろうというのか?」

 

「それは……」

 

それは、鳴弥さんが教えてくれた事。

 

「聖遺物を起動する為のフォニックゲイン……それを身に纏う者達を全国から集める……『二番煎じ(・・・・)』な策ではあったが上手くいった物だ……その点で言えば、風鳴翼は良い偶像だったよ。

 それでも、お前はそんな彼等を庇うと?ハハハハハハ!!笑えるな!!」

 

━━━━リディアンが、実験の為に造られた事。そして、実際に実験にも及んでいたという、拭いきれない後ろ暗い事実。

 

「それは……そうかも知れない。けれど……それだけでは無いって、お兄ちゃんが教えてくれた!!

 嘘をついても……本当の事が言えなくても……誰かを護る為に自分の命すら懸けて戦う人達が居ます!!だから、私は……そんな人たちを信じている!!」

 

━━━━けれど、お兄ちゃんが頑張って、二課の皆が呼応してくれて。

だからこそ、ノイズ災害の犠牲者である響や、それに巻き込まれる筈だった私が此処に居るのだという事を、私は知っている。

 

「━━━━ッ!!」

 

それに対する答えは、平手打ちだった。

 

「あうっ!!」

 

張られた頬が痛む。けれど、それだけで済んだ、と思うべきなのだろうか。

痛みに歪む世界の中で、けれど彼女が遺して行った言葉だけは、何故かハッキリと私の耳に届いていた。

 

「━━━━まるで、興が冷める……呪われたお前たちが、そんなに簡単に信頼し合えるものか……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━全く以て、興が冷める。

腹立たしい、憎らしい、忌々しい。

だが、それももう終わる。二課本部内を『ワタシ』のパスで以て通り抜ければ……

 

━━━━それを、またも邪魔する無粋な銃声が轟く。

 

「デュランダルの元へは行かせません!!……この命に代えてもです!!」

 

「ふう……」

 

どいつもこいつも、何故私の計画を邪魔しようというのか……まるで理解出来ない。いや、理解する必要など無いか。

だから、否定の意思を以てネフシュタンを構え━━━━

 

「━━━━待ちな、了子。」

 

聴きなれた声と共に、通路が崩壊した。

……いや、分かっている。その男は、通路を破壊して降ってきたのだ。司令室からここまでの最短距離を、だ。

 

「……私をまだ、その名で呼ぶか。」

 

━━━━風鳴弦十郎。

『日本の最終兵器』の異名を持つ男が、そこに立っていた。

 

「あぁ、いつだってその名で呼ぶさ。その上で……キミを止めに来た。」

 

「司令……!!」

 

二課(ウチ)の調査部だって無能じゃない。米国政府のご丁寧な道案内で了子くん。キミの行動にはとっくに行き着いていた。

 だが、正面からキミと相構えれば響くんが全力を出すのは難しいだろう。だからこそ、キミが動き出すよう真実に迫り、差し出された偽の策に乗って装者全員を出撃させたってワケだ。」

 

「陽動と分かって尚、自らの全力をぶつけて陽動とするとはな……食えない男だ。だが!!この私を!!ただ人一人が止められるとでも!?」

 

━━━━やはり、計画の最大の障害はこの男だったか。

甘ったれた考えと、組織としての最大限の利益を両立させる手腕を持つこの男こそ……!!

 

「応とも!!一汗かいた後で改めて話合わせて貰う!!」

 

言葉と同時、迷いの無い眼で踏み込んで来る男をネフシュタンの鞭で迎撃せんと振るう。だが、見切られる。

 

「ならば、地ごとに薙ぎ払ってくれるッ!!」

 

今度は直線では無く、薙ぎ払う面の攻撃。

 

「ふんッ!!」

 

━━━━だが、男は最早地には居なかった。

飛び上がって天井へ、そしてそこを走るパイプラインを握る事で体勢を変え、天を蹴って地へと。

それはおよそ、人の肉体で成しうる動きでは無かった。

 

「覇ァァァァ!!」

 

「クッ……なにッ!?」

 

━━━━その一撃を回避した瞬間、有り得ない光景が私の眼に飛び込んで来る。

回避した筈の一撃で、ネフシュタンに罅が入ったのだ。それは距離を取る間に即座に再生する。

だがそれでも、あまりに馬鹿げた光景だ。ネフシュタンの真価が無限再生にあるとはいえ、その強度は鎧の名に相応しく、現行技術程度では殆ど傷つけられない筈なのだ。

確かに立花響は絶唱並みの一撃でネフシュタンを貫いた。だが、この男にそんなアシストは無い!!ただ己が身のみで絶唱に匹敵する一撃を放つとでも!?

 

「ぬぅ……ならば、肉を削いでくれる!!」

 

話には聞いていた。だが、趣味の格闘術とやらがここまで真に迫るなど想定外もいい所だ。

だが、所詮は不完全な肉体で放つ一撃!!肉を削ぎ、威を放つ筋を落とせば問題は無い!!

 

「ふッ!!」

 

━━━━そう思って放った一撃は、容易く受け止められる。

馬鹿な。ネフシュタンの一撃だぞ?アーマーを容易く裂いて人体なぞ真っ二つにする一撃だぞ!?

衝撃と共に、引き揚げられる身体。

 

「あっ……」

 

そうして浮いた身体を、恐るべき一撃が、貫いた。

腹を貫かれるのは、今日だけで二度目だ。全く、忌々しい。

 

「あぁっ!!くっ……完全聖遺物を身一つで退けるなぞ……どういう事だ……まるで意味が分からんぞ……!!」

 

この男の趣味が鍛錬である事も、その教えを受けた立花響が飛躍的に強くなった事も知っていた!!

……だが!!真の力を発揮した完全聖遺物までもがこうも容易くあしらわれる等想定外にも程がある!!

そもそも人の限界を超えたその力に疑問を投げる。

 

「知らいでか!!飯食って映画見て寝るッ!!男の鍛錬は、ソイツで十分よッ!!」

 

━━━━だが、返ってきたのはあまりにも馬鹿げた返答。

教える気はない……いや、そうでは無いだろう。事ここに到って嘘八百を並べ立てる男では無い。つまり、()にとってはその鍛錬とすら呼べぬ生活が修行なのだろう。

 

「クッ……!!なれど人の身である限りはッ!!」

 

━━━━接近戦では勝ち目はない。後方への逃げ道も、端末を破壊された事で閉ざされたまま。

それ故に、禁じ手を放つ。腰に据えたもう一つの完全聖遺物、ソロモンの杖を構え……

 

「させるかッ!!」

 

「ぬぅっ!?」

 

そうして構えた瞬間には、彼は対処を終えていた。

踏み砕いた床を飛礫として、私の手から杖を弾いてノイズの召喚を阻止したのだ。

 

━━━━事ここに到ってしまえば、認めるしか無いだろう。この結果は、スペックの差によって起きた物では無い。

戦う意思を握る事において、私よりも彼の方がよほど上だった、というただそれだけの事実。

だが、しかし。今の『私』には彼を上回りうる策がただ一つ、ある。

 

「ノイズさえ、出てこないのならァ!!」

 

杖を弾いたのを好機と見たのだろう。勝負を決める一撃を叩き込む為に飛び込んできた彼。

━━━━そんな彼に向って、呼びかける。

 

「━━━━弦十郎くん!!」

 

「ッ!!ッらァァァァ!!」

 

「フッ……コレで私の勝ち……なに!?」

 

「司令!!」

 

『櫻井了子』の意識を模倣した私自身の渾身の演技。それは狙い通りに彼の拳の威を削ぎ、私の反撃を見事に叩き込ませた。

━━━━だが、それでもなお。彼は拳を握る事を止めなかった!!私の野望を打ち砕かんとする事を止めなかった!!

 

「ガッ!?アアアアアアアア!!」

 

「ゴフッ……!!」

 

━━━━クロスカウンター、というのだろうか。

私の振るった鞭は、彼の拳に阻まれてその脇腹を穿ち。

━━━━そして、私の腹には、彼の拳によって刻まれた大穴が開いていた。

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

「グ……ガフッ……ハ……ハハハ……ハハハハハハ!!残念だったな。抗うも、覆せぬモノ……それが、運命だ。」

 

止まる事の無かった彼の拳が、私を撃ち抜いた事。それは完全に想定外だった。

━━━━だが、それだけだ。

 

「ネフシュタンの鎧の真価は、無限の再生力にある……だが、惜しかったな。いかに聖遺物との完全な融合を果たした私とて、その拳が直撃して真っ二つになっていれば行動不能に陥っていただろうよ……」

 

腹の穴が塞がるまでの間に総てを終わらせる為、手早く行動を始める。

まずは彼によって弾かれ、天井へと突き刺さった杖を回収する。そして、血の海に倒れた彼の懐を探る。壊された私の端末の代わりが必要だからだ。

 

「だが、殺しはしない。お前たちにそんな救済は必要ない。せいぜい生き延びて……カ・ディンギルが(もたら)す新時代を、自らの無力に(ほぞ)を嚙んで見届けるがいい……!!」

 

━━━━そうして辿り着くのは、本部最下層にある深淵(アビス)

 

「さぁ、目覚めよ……天を衝く魔塔……深淵より浮上し、彼岸(ひがん)より此岸(しがん)へと顕れ出でよ!!」

 

そこに眠るデュランダルを起動し、エレベーターシャフトの基部と接続する。

 

━━━━カ・ディンギル。

私の計画の根底であり、最も重要なその砲身は実に1800mにも及ぶ長大なエレベーターシャフトそのものだ。

デュランダルの無限のエネルギーをこの長大な砲身で加速、荷電粒子砲として解き放つ事で、私は……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━イヤな予感がする。

思い返せば、今日は朝からそうだった。

日課の筈のリハビリは早めに切り上げられ、何故か鳴弥さんが口頭で伝えに来た本部での待機という妙な指示。

そして、なによりも。アタシを指令室へと連れて来た鳴弥さんが手に提げているケースがその予感を後押ししていた。

 

━━━━LiNKER

それは、脳に作用する事でシンフォギアを形成しきれない程度の低い適合係数をブーストする薬品の事だ。

しかし、現状第一線で活躍している三人はいずれもLiNKERを必要としない装者であり、わざわざそれを保存する為のケースなど持ち歩きはしないだろう。

 

アタシの再適合実験か?とも思ったが、それにしては了子さんの姿も見当たらず。

聴けば響達は攻勢に出る為に既に全員で出撃したという。

そんなイヤな予感を一本の線が繋いだのは、響達がノイズを殲滅したのと同時に転がり込んできた司令達だった。

 

━━━━あぁ、なるほど。こうなる事を予期していたのか。

 

「司令!?」

 

「応急処置をお願いします!!その間に、響さん達に連絡を!!本部内に侵入者です。狙いはデュランダル……敵の正体は、櫻井了子。」

 

「そんな……!?」

 

「通信、繋がりました!!未来ちゃん、どうぞ。」

 

『あ、はいもしもし。』

 

「響!?学校が、リディアンがノイズに襲われてるの!!了子さんが━━━━」

 

だが、未来の言葉は最後まで続かなかった。

その前に本部の電源が落ちたからだ。

 

「なんです!?」

 

「本部内からのハッキング……!!それも、システムそのものが書き換えられてる!!こんなの、了子さんにしか……!!」

 

━━━━それは、残酷な真実。

了子さんの裏切りを示唆する証拠の数々。

 

「響……」

 

「大丈夫さ。トモの奴は、多分だけどこの状況をある程度予測してた。なら……対抗策の二つや三つ、あるんだろ?鳴弥さん。」

 

無事すら伝えきれずに消沈する未来を励ましながら、この混乱した状況の中でただ一人だけ沈黙を貫いていた鳴弥さんへと声を掛ける。

 

「━━━━えぇ。共鳴と私、そして、司令と諜報部のメンバーは、櫻井女史の裏切りを事前に察知していたわ。

 だからこそ、それに対抗する為の最終手段を幾つか用意していた……のだけれど。

 見ての通り、一つは奏ちゃんへのLiNKER投与による突破。コレは全員からの反対で最後も最後のとっておきとして、一応用意だけしておくものとなったわ。一度も起動実験をしていない以上、奏ちゃんがどこまで戦えるのかが誰にも分からないのだから。」

 

━━━━返答は、ほとんどが予想していた通りのもの。ただ、アタシこそが最終手段である。という返答では無かった事は意外だった。

てっきり、その為の本部待機かと思っていたのだが……

 

「二つ目は、『とある武装』を使う事による対抗……だったのだけれど、これは残念ながら、エレベーターシャフトそのものがカ・ディンギルであった事で使用不能になったわ。なにせ、その武装は今、地下1800mの深淵(アビス)に沈んでいるのだもの。」

 

「なんだって!?」

 

だが、その後に続いた二つ目の案については、ぬか喜びもいい所だった。

どんな武装かは知らないが、手に入らなければこの状況では意味がない物なのだから。

 

「三つ目……恐らくは、これが現状取るべき手段ね。学園側のシェルターへ移動して共鳴達との通信を復旧させ、救援を要請する事……本当は、響ちゃんと出逢わせないままに彼女を打倒したかったのだけれど……」

 

「……響なら大丈夫さ。トモも、翼だって居るんだ。んじゃ、まずは移動しようぜ?……と、その前に、弦十郎のダンナに担架を用意してもらった方がいいか?」

 

「オペレーターの皆さんには通信用の機材を探して貰いましょう。この階層の倉庫に恐らくは予備機材があるかと。」

 

「後は……長丁場になるでしょうから、食堂から非常用の食糧と水も持ち出した方がいいわね。そっちは女性陣で探しましょう。」

 

流石は鉄火場にも慣れた二課の面々だ。と眺めながら思う。今、自分たちに出来る事を見つけて、そこに全力を挙げている。

━━━━対して、アタシはどうなのだろうか。

戦士として戦う事も出来ず、人として抗う事も出来ず……宙ぶらりんで、中途半端で。

 

━━━━悩むアタシの横で、LiNKERを保管したケースが、ハッキングされて消えていくモニターの明かりを照り返していた。




赤く染まる月の下で、華の如き女は謳う。
世界に食い込み続けていた、自らの計画を。

━━━━世界に知啓と不和をもたらした、原初の女(イヴ)の御伽噺を。


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第三十三話 月華のファーストレディ

━━━━最悪だ。

 

そう想っても仕方ないだろう。

折角店長に昇進したばかりだったというのに、休日の昼間というボリュームタイムをノイズに襲われたのだ。

幾ら店員に一人の犠牲者も無くシェルターに逃げ込めたとはいえ、それだけで気持ちが上向く程、俺は単純にはなれない。

 

「店長?どうしたんですか頭抱えて?」

 

そんな風に落ち込む俺に声を掛けて来たのは、バイトの青年だった。

逆立った金髪と長身も合わさって、一見すれば威圧感すら感じさせる風貌ではあるが、その性格は誠実で、働きぶりも見事な物。

なんでも、幼馴染に付き合って長野から東京の大学に進学してきたのだという。

彼のような立派な青年がノイズの犠牲にならなくてよかった。と心の隅で思いながらも、目の前に見える現実を見据える。

 

「あのねぇ……そりゃあ、頭も抱えたくなるよ。ノイズが出現したって事は、この後に待ってるのはノイズ災害の後始末なんだからさ……

 ノイズが店に突っ込んでたりしたら大騒ぎだよ?」

 

「あー……確かに、そりゃ大変ッスよねぇ……」

 

「そうでなくとも、避難の時の混乱で持ち逃げされちゃった商品が無いかとか……ノイズの灰が商品に掛かっちゃって無いかとか……一つでも残ってたら、お客様から何を言われるか分かったもんじゃ無いしさ……」

 

━━━━その灰が、本当にノイズの物かも分からないのだから。せめてそんな諍いの種にされる事が無いようにしたいのだ。

 

「すいませーん!!この周辺のコンビニの方ですか?」

 

俺達に声が掛けられたのは、そんな会話の後だった。

その声の主は、避難誘導をしてくれたボランティア団体の一人だった。

 

「あ、はいそうです。それで……一体どのようなご用件でしょうか……?」

 

━━━━正直に言えば、面倒事の気配がプンプンするのだ。具体的には廃棄になる品を配ってくれとか、避難者の一時受け入れをしてくれだとか……そういった、コンビニの分を超えた仕事をさせられるのではないか?という疑念だ。

 

「えっとですね━━━━」

 

だが、その予測はいい意味で裏切られる事となる。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━と、言うワケでこの店の食品系の商品は殆ど俺の名義で買い占めた。この後、ウチの団体のメンバーが商品の引き取りに来るからその前に好きな物を取っていいよ。」

 

「━━━━結局金にあかしたゴリ押しじゃねーか!!」

 

あたし達に名案があるなどと抜かしていたその男が行ったのは、力技にも程がある解決法だった。

 

「うわー!!買い占めとか私初めて見たよー!!クリスちゃん、何食べる?」

 

「当たり前のように馴染んでんじゃねぇよバカ!?」

 

「むぅ……コンビニ弁当というと、食品添加物などでバランスが良くないというイメージが付きまとってしまうが……」

 

「あ、最近のコンビニ弁当は技術も進歩してますからそんな事無いですよ?それでも気になるなら一緒にサラダ系も貰っていきましょう!!」

 

「なるほど……む、サラダも色々な種類があるのだな……トマト入りは……止めておこう。」

 

だがしかし、そんな荒業に対して残り二人はどこ吹く風。

━━━━そりゃ二課とやらの連中が非常識そのものなのはあたしも薄々気づいちゃいたが、ここまでやるか普通!?

 

「だーッ!!ここには常識人が一人も居ねぇのか!?大体、支払い切れんのかよそんな額!!」

 

「案ずるな、雪音。共鳴のクレジットカードはセンチュリオンカード……いわゆるブラックカードだからな。限度額は実質存在しない。」

 

「そういう問題じゃねェェェェ!!見たとこ学生だろうが!!収入と支出のライフバランスどうなってやがんだ!?」

 

「えー?だってこの中で一番稼いでるのって多分翼さんかお兄ちゃんだしなぁ……もぐもぐ」

 

「あはは……まぁ、否定はしないかな。そんなこんなだから、二課のバックアップ無しでも割とどうにか出来る事だってあるんだ。

 お金を払えないのが気になるなら、俺が立て替えるって事にしても構わないよ?その分の金額なら、この前のお金の返却も受け付けるし。」

 

コイツ……あたしが気にしてる部分━━━━金を払って奢ってもらう事が嫌だというのを理解していないワケでは無く、むしろ理解しているからこそ色々と手を回してくる。

それが分かるだけに、お膳立てされてるようで気に入らねぇ。

だが、ここで固辞した所で腹は減る。それは、あたしの目的を果たす事にも支障をきたすだろう。

……暫し悩んだ末に、天秤は情けを受ける方向に傾いた。

 

「くっ……わかったよ!!だが、金は払うからな!!まだ返却するワケじゃないから勘違いするなよな!!」

 

━━━━それは、誰に対しての言い訳だったのだろうか。

食べる物を出来るだけ安い金額に納められるように選ぶことに意識を向けながらも、頭の片隅にそんな疑問が渦巻いていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━さて、じゃあ。俺は団体のメンバーと納入の打ち合わせをしてくるよ。集合は……五時くらいにしようか。その後に、俺と翼ちゃんのバイク二台に便乗してリディアンに向かうって事でいいかな?」

 

「あぁ。だが……立花の分のヘルメットはあるのか?」

 

「あぁー……それもあったね。分かった。皆に聞いて来るよ。ここ等辺にモーターショップがあるかも知れないし。」

 

食べ終わって、暫しの休息を取る私達にそう言って、共鳴くんは歩いて去ってゆく。

その背中に、舌打ちを送る少女が一人。

 

「チッ……気遣いも出来過ぎると嫌味になりやがるな……」

 

「ほぇ?どうしたのクリスちゃん?」

 

━━━━あぁ、彼女は共鳴くんの意図を理解しているのだな。

勿論、彼が口にした理由に嘘はない。だが、共鳴くんがこうして私達から離れた理由は……幾つか、想像が付く。

 

「出発までの間、男の自分は近づきゃしねぇと明言してんだ。今のうちに御手水(おちょうず)でも済ませとけってんだろ?

 その為に離席する流れが自然過ぎて逆に露骨だから嫌味だっつったんだよ。」

 

「おぉーなるほどー!!お兄ちゃん、そういうとこいっつも気を効かせてくるもんねぇ……流石に、お兄ちゃんが居る前だと恥ずかしいし……」

 

「まぁ……共鳴くんの周りは大抵女所帯だからな。そういった技能も鍛え上げられよう。」

 

……それが良い事か、悪い事かは、同年代の男性との関わりに疎い私には判断が付かない。

━━━━だがまぁ、危急の今はその気遣いに甘えるとしよう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ぬ、ぬぅ……」

 

「司令!!目が覚めましたか!!」

 

「う……状況は?」

 

担架によって運ばれていた司令が目を覚ましたのは、夜も近くなってからだった。

 

「本部機能の殆どが、櫻井女史の━━━━フィーネのハッキングによって停止させられました。地上、及び地下施設の被害状況も不明です……」

 

「ぬぅ……そうか……クッ!!」

 

「司令!?まだ立っちゃいけません!!」

 

「担架で運ばれるより意識がはっきりする……それで、鳴弥くん。俺達の策は……どうなった?」

 

━━━━私が未だ此処に居る事で大筋は分かっている筈だ。それでも、次の策を建てる為に、司令は私に質問する。

 

「……第一候補であった『RN式』は、エレベーターシャフトそのものがカ・ディンギルであった事、そして、本部施設そのものがハッキングされた事で『深淵(アビス)』へのダイヴが困難な事から回収が不可能になりました。やはり、怪しまれる可能性を考慮してギリギリまで手出ししないようにしていたのが裏目に出た形になりますね……」

 

「……そうか。まぁ、俺もこのザマだ。ダイヴの強行は今の所ナシ、だな……グッ……」

 

「第二候補であった奏ちゃんのガングニール……これは、彼女が耐えられるか分からない事と、地上の状況が分からなくなった事の双方から危険性が高いと判断して、初期案通り採用しない方向で進めています。」

 

「……となれば、第三候補の学園シェルターへの移動が一番の安全策、というワケか……あちらは本部との繋がりを表に出さないように別規格になっているからな……

 防衛大臣の暗殺、デュランダルの狂言強奪……そして、本部にカムフラージュされて建造されたカ・ディンギル……

 俺達は、やはり彼女の掌の上で踊らされていたというワケだ……」

 

「イチイバルの紛失に、雪音クリスの誘拐……いえ、それどころか二年前のライブ事故への関与も。他にも彼女の暗躍が疑われる案件は、数多く存在しますね……」

 

━━━━突きつけられた事実に、私達の間に落ちる空気は、重い。

 

「だがそれでも。同じ時間を過ごして来た彼女との総てが嘘だったとは……俺には思えない。」

 

━━━━それを打ち破ったのは、やはり司令だった。

 

「……甘いのは分かっている。性分だ……だが、だからこそ……俺の手で彼女を止めてやりたかった……」

 

苦笑いを零す司令の、その無念が分かっているからだろう。誰も、その言葉に反論を出す事は出来なかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━夜に、赤い月が昇っていた。

 

「ようやく到着したが……」

 

「……やはり、ノイズは活動限界時間を迎えているようだな。」

 

リディアン音楽院は、静まり返っていた。

夜だから、では無い。

崩れた校舎と、焼け落ちた木々。そして、破壊された戦車の残骸。

━━━━戦いが、ここであったのだと実感する。

 

「……未来ー!!みんなー!!……そんな……」

 

「立花……」

 

翼ちゃんと響の落ち込み様は、目に見える程だ。

それも当然だろう。今日まで自分たちが通っていた学園が灰燼に帰すなど、そう簡単に受け入れられる事実では無い。

クリスちゃんも、何かを思い出すかのように顔を顰めている。

 

━━━━だから、夜の闇の中に堂々と佇む彼女に最初に気づいたのは、部外者である俺だった。

 

「━━━━ッ!!了子さん!!やはり……貴方がッ!!」

 

「フフフフフ……ハハハハハハ!!愚問だな、天津の(すえ)!!当然だろう?こんな状況でただ一人生き延びたのだ……などと、そんな風には見えまい?」

 

挑発を交えながら、その姿を『櫻井了子』から黄金へと変えていくフィーネ。

 

「そんな……嘘、ですよね。了子さん……だって!!だって!!私の事、護ってくれたじゃないですかッ!!」

 

━━━━響の慟哭が、胸に刺さる。

本当ならば、こうなる前に終わらせたかった。

響がこんな残酷な事実を思い知らされる前に、どうにかしてあげたかった。

……こんな時、自らの無力を思い知る。手が届かなければ、俺は誰かを助けられない。

 

「アレは━━━━完全聖遺物とはいえ、その力を喪失していたデュランダルを庇った……いわばついでだ。」

 

「嘘ですッ!!だったら、貴方がフィーネだったら、本物の了子さんはどこに居るんですかッ!?」

 

「……櫻井了子の肉体は、先だって完全に食いつぶされた。いや、むしろ『櫻井了子』なる存在は十二年前にとうに死んでいたと言ってもいいだろう。

 超先史文明の巫女たるこの(フィーネ)は、自らの遺伝情報へと己の意識を刻印し、自身の血を引く者がアウフヴァッヘン波形に触れる事をトリガーとしてそこに刻まれたフィーネの意識と、記憶を再構成するよう策を施していたのだ。」

 

━━━━その言葉に、思わず耳を疑う。

超先史文明の巫女の意識!?子孫を食いつぶして再構成される存在だと!?

 

「━━━━十二年前、風鳴翼が偶然引き起こしたアメノハバキリの覚醒。それこそがトリガー。実験に立ち会った櫻井了子の内に刻まれた遺伝子は起動し、私の意識を復活させた……それこそが、フィーネ。」

 

「あなたが、了子さんを塗りつぶして……!!」

 

「それではまるで、過去から現れる亡霊では無いか……!!」

 

興が乗ったのか、フィーネの口から次々と明かされる真実。それは、俺達の理解を遥かに超えて、フィーネという存在の強大さを思い知らせていた。

 

「フフフ……そんなシステムが、よもやこの数千年の間に櫻井了子ただ一人でのみ起動したと思うか?

 歴史に記されし偉人、英雄……その中にも当然私は存在してきた!!世界中に散った私の子孫たちを介して、パラダイムシフトと呼ぶべき技術の転換点に立ち会ってきたのだ……」

 

「ッ!!シンフォギアシステム!!」

 

「聖遺物の限定利用技術もそれ故かッ!!」

 

フィーネの壮大な話の中で湧いて出た、聞き覚えのある話に反応する、俺と翼ちゃん。

 

「ハッ!!そのような玩具(おもちゃ)、為政者にコストを捻出(ねんしゅつ)させる為の副産物に過ぎん。」

 

「そのような戯れの為に、奏は命を燃やしたと!?」

 

「あたしを拾ったのも、アメリカの連中とつるんでたのもそのコストとやらの捻出の為か!?」

 

「となれば……アメリカに俺の情報を売ったのも貴方の仕業ですか……身内を疑う追及の眼を躱す為に!!」

 

━━━━すべての情報が、一点に収束していく。

二年前のライブ会場、ネフシュタンの鎧、雪音クリスの失踪、入院中を狙ったテロまがいの誘拐未遂。

だが、その収束した先が、分からない。

 

「そう……すべては、カ・ディンギルの為!!」

 

━━━━これほどまでの策謀と時間を掛けてまで完成させたいカ・ディンギルとは、一体なんなのだ?

そして、それを何のために使おうというのだ?

 

フィーネの言葉と共に、大地が揺れる。

それは、考えるまでも無くカ・ディンギル出現の予兆。だが、その塔はどこに?

 

「……まさか!!本部そのものが!?」

 

━━━━それは、マズい。フィーネへの対抗策として俺達が用意していた『RN式回天特機装束』。その現物はアビスに保管されているのだ。

焦る俺と、困惑する三人を後目(しりめ)に、大地を割って現れる、巨大な塔。

 

「これこそが。地より屹立し、天にも届く一撃を放つモノ……荷電粒子砲『カ・ディンギル』!!」

 

━━━━荷電粒子砲!?

確か、それは粒子を膨大なエネルギーによって加速させる、いわゆるフィクションにおけるビームの名称の筈だ。

それが、ここまで壮大に策を練ってきたフィーネの最終目的?

何かがおかしい。まだ、なにかピースが欠けている。

 

「カ・ディンギル!!コイツでバラバラになった世界が一つになると!?」

 

クリスちゃんが咆える。

だが、その怒気に動じる事も無く、フィーネは語り続ける。

 

「あぁ、一つになるとも……今宵の、この月を穿つ事によってな!!

 そもそも、今の今までカ・ディンギルの砲塔を露出させなかったのはこの為よ!!」

 

「月を!?」

 

「穿つと言ったのか!?」

 

「なんでさ!?」

 

「なぜ、そんな事で世界が一つになる!?」

 

━━━━あまりにも荒唐無稽な、その言葉に疑問が口を突く。

月を穿つことが、何故世界を一つとすることに繋がる!?

 

「……私は、ただあの御方と並びたかった……だから、私は人々を意志ある言葉━━━━歌によって束ねる歌巫女となり、シンアルの野に塔を建てた……

 それこそが、始まりのカ・ディンギル……だが、あの御方は、人が……ルル・アメルが同じ高みまで到る事を許しはしなかった……」

 

━━━━シンアルの野?それは、確か……

フィーネの話は、あまりに壮大が過ぎて分かりづらい。だが、そこに一片どころではない量の真実がある事もまた、認めざるを得ない事だ。

だから、必死に聞き覚えのある語を繋ぎ合わせて、フィーネの真意を探る。

 

「あの御方の怒りを買い、雷霆に塔を砕かれたばかりか、人類が交わしていた言葉まで砕かれる果てしなき罰……『バラルの呪詛』をかけられてしまったのだ。」

 

━━━━シンアルの野、神の門たるカ・ディンギル!!そして、雷霆によって砕かれる塔と、人々の言葉!!何よりも『バラル(バラバラ)』というその罰!!

 

「━━━━まさか、バベルの塔!?」

 

「バベルの塔?お兄ちゃん、それって……?」

 

「旧約聖書に曰く、かつての人々がシンアルの野に建てたという天を衝く威容を誇りし塔!!だが、それは神の怒りによってバラバラに言葉を別たれた事で完成する事は無く、説によっては神の雷霆で砕かれたという!!

 ━━━━アレは、実際に存在した塔の話だったのか!!」

 

「……そうだ。天津の(すえ)よ。そして、貴様にとってはこの後の話こそが本題だ。」

 

「……さっきから、何故俺の事を天津の(すえ)とばかり呼ぶ!?アンタと俺の家系に関係があるとでも!?」

 

「あぁ、ある。あるとも……あるからこそ、私は貴様等を憎み続けるのだ!!この臆病者共の子孫めが!!」

 

━━━━なんだって?

フィーネの突然の罵倒に、またも頭が追い付かなくなる。

バベルの塔を建てたというフィーネと、天神である道真公の末裔である天津。それをどんな因縁が結ぶというのか?

 

「シンアルの野に建てたカ・ディンギルが崩れ落ちる前!!ルル・アメルがあの御方に愛でられるだけだった蜜月の時代!!

 その時代に、あの御方に取り入る事でその御許(みもと)に抱えられた者共が居た!!それらは様々な姿をした船を駆り、遠く離れた世界を瞬時に繋げていた……

 そう、『道』無き世界にて、天より来たる使いは『(ソラ)』より降りて来ていたのだ……!!」

 

━━━━ご丁寧に説明してくれるフィーネの言葉で、思い出した事があった。

 

「━━━━天女伝説!!」

 

「そうだ!!貴様等天津の源となった女!!羽衣と共に降り立った彼奴(きゃつ)こそ、あの御方に取り入り、カ・ディンギルの崩壊後もあの月の遺跡にてのうのうと生きながらえていた裏切者!!」

 

天神、菅原道真公の母親は天女であったとする伝承。まさか、それがこんな所まで繋がっていただなんて。

 

「だが、カ・ディンギルにて月を砕く理由はそれだけでは無い……貴様等は、月が何故、古来より不和の象徴として崇められてきたと思う?

 ━━━━それはな!!月こそが!!其処に造られし遺跡こそが!!バラルの呪詛の源だからだ!!人類の相互理解を妨げるこの呪いを!!

 月を砕く事で解き放ち、そして世界を再び一つに束ねる!!」

 

━━━━そんな驚くべき事実を明かしながらも、それでもフィーネの怒りは止まらない。

永劫の時の果てから、この現在まで抱き続けた怒りは、そう易々とは収まらないのだろう。

 

「……そうやって、自分がお山の大将でございって人を支配するのがフィーネ、アンタの願いか?

 ━━━━安い!!安さが爆発しすぎているッ!!」

 

それに対して放たれたクリスちゃんの叫びも尤もだ。

そんな大昔の因縁が為に、これだけ多くの人々を巻き込み続け、その果てに遍く人を支配しようだなんて。それこそ不和に囚われた妄執だ。安っぽいにも程がある━━━━!!

 

「ふっ……安いと思うなら買い叩いてみせろ。もっとも……今や私は永遠となったのだ。貴様等如き不完全品(シンフォギア)で止める事など不可能だがな。ハハハハハハ!!」

 

『ッ!!』

 

フィーネの長々とした昔話も此処までだと、四人ともが理解する。

だからこそ、その挑発に乗って戦場(いくさば)に響き渡る三重唱(トリオ)

 

「━━━━Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

「━━━━Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

「━━━━Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

それに合わせて、俺もレゾナンスギアを起動。三人のフォニックゲインに共振して一気に攻める━━━━その、筈だった。

 

「レゾナンスギア、同調開(チューニングスター)……ガッ!?」

 

だが、現実はそうはならなかった。フォニックゲインを受けて形成された光のマフラーが、そのエネルギーを無秩序に解き放って俺の身を襲ったのだ。

 

「共鳴ッ!?」

 

「お兄ちゃん!?」

 

「ッ!!フィーネ!!テメェの仕業か!!」

 

いきなり倒れ込んだ俺を心配する翼ちゃんと響に対して、クリスちゃんは真っ直ぐにフィーネだけを見据えていた。

そして、レゾナンスギアのこの不調の原因をはフィーネにあると推測し、問いかける。

 

「そうだ。と言えば満足か?ハハハハハハ!!装者に合わせて可変するよう作ったシンフォギアと違い、私が手ずから手を加えて置いてなんの防衛機構も備えない筈が無かろう?

 私を相手にその欠陥品(レゾナンスギア)を纏えば、共振したフォニックゲインが着用者を襲うように細工を施しておいたのだ。どうだ?痛かろう?」

 

「クソッ……!!趣味の悪い……!!響!!翼ちゃん!!俺には構わずクリスちゃんと一緒にフィーネを!!」

 

「……承知した!!」

 

「……わかった!!」

 

「オラオラオラァ!!」

 

━━━━なんという事だ。折角手に入れた筈のこの力。それが……こうもあっさりと無力化させられるだなんて……

そうして始まった盛大な戦いを眺める事しか出来ない無力感に苛まれながら、俺は三人の勝利を祈るしか無かった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ようやく学園のシェルターまで辿り着いたけれど……さっきの振動といい、外はどうなっているのかしら……」

 

鳴弥さんの言葉は、地下深くの二課本部から地下数十mにあるシェルターまでの道のりを長々と歩いて来た私達全員の気持ちを代弁していた。

だから、そんな風に暗い中を歩いて来た私達を急に照らしだすライトの光に、私達の目が眩んでしまったのは仕方ない事だった。

 

「誰だッ!?……なんだ、アンタらかよ……」

 

「ジョージさん!!良かった!!此方に避難していたんですね!!」

 

「あぁ、ノイズ相手にゃ俺等の装備なんぞ通用しねぇからな。残ってた学生の連中と一緒にここのシェルターに逃げ込ませてもらったぜ。

 ……アンタ等がコッチに来たって事は……本部の方で何かあったって事だな?ミスターグレネードが死にかけてるのは一番の驚きだが……まぁいい、説明は後だ。

 ここのシェルターは電源が生きてるぜ。まずは中に入んな。」

 

「あの……ジョージさんって、一体?」

 

ジョージ、というその男性は明らかに日本人では無く、むしろアメリカかどこかの外国の人に見えた。

 

「あぁ……彼等は、二年前に日本に潜入した米国の特殊部隊の生き残りでね?米国での居場所はもう無いとの事で、色々と制限付きではあるが二課に所属して働いてもらっているんだ。」

 

私の問いには、道案内が終わってようやく手が空いた友里さんが答えてくれた。

 

「へぇ……二年前?」

 

「━━━━小日向さん!!」

 

二年前、という言葉にどこか引っ掛かるものを感じる私の意識を引っ張り上げたのは、シェルターの中にいた寺島さんの声だった。

 

「寺島さん!!皆……良かった!!」

 

「……ヒナ、結局この人達はどういう人達なの?そっちの二人は説明が面倒だからって、特異災害対策機動部だってことまでしか教えてくれなくて……それに、そっちには何故かツヴァイウイングの奏さんまで居るしさ……」

 

「……あ、うん……えっと……」

 

━━━━どうしよう。三人から詳細な説明を求められても、私自身よく分かっていないのだが……

 

「そう……だな。ここまで来ておいて隠しても仕方がないだろう。我々は確かに『特異災害対策機動部』の所属としてこの事態の収束・収集に当たっている。

 だが、その為に少々特殊な手段を用いているが為に、重大な機密を護る特務機関としても動いているのだ。彼等や小日向くんはその協力者、というワケだ。」

 

「……話が壮大過ぎて、付いていけませんわね……」

 

「いきなり機密だの特務機関だの言われてもね……」

 

「ふっ……それが、普通の反応だ。とりあえずは、我々が政府に従って動いているのであって、怪しい者では無いという事だけ分かってくれれば、それでいい。」

 

「モニターの再接続、出来ました。此方から操作、出来そうです!!」

 

━━━━黙々と作業していた藤尭さんの努力によって、私達はようやく外部の情報を知る事が出来た。

 

「響……翼さん……それに、クリス……やっぱり、そうだったのね……アレ?お兄ちゃんは?」

 

『えっ!?』

 

モニターの中では、装者達が戦っていた。それを確かめる私の言葉に反応する三人。

けれど、お兄ちゃんの姿だけが見えない。

 

「見つけた!!どうやら……なんらかの理由でギアが纏えないようだ。三人の後方に居るよ。

 ……そして敵は、了子さんなんですね……」

 

藤尭さんがお兄ちゃんを見つけてくれたことに、思わずホッとする。

 

「どうなってるの……こんなの、まるでアニメじゃない……!!」

 

「ヒナはビッキーの事……知ってた、みたいだね。じゃあ、前にビッキーとヒナが喧嘩してたのもそれでか……納得いったよ。」

 

「うん……ごめん……黙ってて……」

 

三人の視線が痛い。隠し事をしていたのだ。嫌われて……しまっただろうか?

 

「緒川……やはり状況は悪そうだ……危険だが、行けるか?」

 

「……えぇ。1.8㎞の直下行だろうと、成し遂げて見せますよ。四時間だけ下さい。

 ジョージさん、マーティンさん、周辺のシェルターの生存者は?」

 

「一課の名前を借りてとっくに調べてある。そうだな……ドクターも居たし、ミスターグレネードの腹の傷を診て貰う為にも此処に他の生存者と一緒に連れてくるさ。お前さんは、やる事があるんだろう?」

 

「……はい。今も戦っている彼女達を助ける為に。鳴弥さん。アビスへのアクセス方法は?」

 

「アビスは、植物型聖遺物なども保管出来るようにと非常電源を備えているわ。だから……アクセス権限を持つ私のこの端末を持っていけば入る事自体は出来る筈よ。

 ……けれど、地下1.8㎞よ?地下に100m潜る毎に気温は3℃上昇するという一般則に則れば、今あそこの温度は60℃以上……更に言えば、周囲の岩盤もカ・ディンギルの上昇で崩落の危険に晒されている……

 それでも、貴方は行くのね?」

 

「……はい!!」

 

だから、響達を心配する私と三人の後ろで交わされていた重要な会話に気を回す余裕は、まるでなかったのだった。




━━━━月を穿つ。
女の妄執を止めんがため、少女達は歌と共に威を放つ。
けれど、完全なる力を前に威は及ばず、塔は激しく光を放つ。
それを止めんと、空を奔る光がある。そうはさせんと、命を懸けて歌う少女が居る。

━━━━お前は、手をこまねいてそれを見届けるだけなのか?命が零れ落ちるのをみすみすと見逃すと云うのか?

━━━━そうではない。そうではない筈だ。足掻け!!手を尽くせ!!立ち上がれ!!
━━━━お前の手の中に、既に少女を救う力は収まっているのだから!!


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第三十四話 天女のレイメント

━━━━MEGA DETH PARTY

 

「ふんッ!!」

 

あたしが放つミサイルの雨霰を、ネフシュタンの一撃で総て薙ぎ払うフィーネ。

シャクな話だが、確かにフィーネの言う通りあたし達のシンフォギアの出力では、フィーネに攻撃を届かせる事は難しい。

だからこそ、撃ち落とされたミサイルが煙幕となる瞬間を利用して剣女(つるぎおんな)に視線を送る。昼間にやった戦法をもう一度取る事を暗に伝える為に。

 

それに対する返答は首肯。やはりあのバカより戦慣れしているからだろう。打てば響く、という言葉が頭をよぎる。

しかし、その話題のバカの方も事ここに到っては流石に戦法を理解したらしく、真っ先に突っ込んでいく。

 

「━━━━ハァァァァ!!」

 

「フフッ、その程度では……む?」

 

バカの突っ込みに易々と対応するフィーネ、その隙を突く為にバカと剣女が前衛を入れ替える。

だが、敵もさるもの鞭打つ者。虚を突いた筈の入れ替わりを鞭にて受け流し、それどころか剣を絡めとって弾きあげて見せた。

 

「喰らえッ!!」

 

「フッ!!ハァァァァ!!」

 

━━━━逆羅刹

 

勢いに乗って薙ぎ払うフィーネの一撃を剣女は軽々と避け、逆に脚部のブレードを展開して倒立回転する事で更に時間を稼ぐ。

 

「ぬぅっ……ハッ!?上か!!」

 

その隙を突いて、跳んだ勢いをそのまま落下に変えたあのバカが再び突撃する。

二人がかりの怒涛のラッシュ。

 

━━━━それでも、ネフシュタンは崩れない。

 

「だったら、テメェにはコイツをくれてやらァ!!」

 

放たずに溜めこんだフォニックゲインをメガデス級のミサイル二発へと変えて、フィーネを狙う。

 

「クッ……!!」

 

━━━━だが、やはりフィーネには届かない。

ネフシュタンの持つ飛行能力を用いて逃げられては、当たれば必殺のミサイルも当たらない。

 

「━━━━スナイプ!!」

 

だから、留めておいたもう一発で狙うはカ・ディンギルの砲塔そのもの。フィーネが逃げるというのなら、逃げられぬ存在、フィーネが護らざるを得ない物を狙えばよい。

 

「チッ!!」

 

「デストロイッ!!」

 

「させるかァッ!!」

 

その狙いを、一瞬で見抜いたフィーネは自らを追うミサイルよりも、カ・ディンギルを狙って今しがた放たれたミサイルを優先して破壊する。

 

━━━━そう。その瞬間を、あたしは待っていた。

最初から、分かっていたのだ。デュランダルの放つエネルギーの強大さ、そして、それがもたらすカ・ディンギルのチャージの速さなど。

このままフィーネを相手にかかずらって居ては、カ・ディンギルの発射を止める事など不可能だと、あたしの頭は残酷な計算を導きだしていたのだ。

 

だから、やる事はただ一つ。フィーネを追っていたミサイルを呼び戻し、それに掴まって空へと駆ける。

 

「━━━━クリスちゃん!!」

 

その背に追いすがる男の叫びを努めて意識から外しながら、空へ、空へ━━━━!!

 

「もう一発は……!?」

 

「クリスちゃん!?」

 

「何のつもりだ!?」

 

「ちっ……私が手出し出来ない高高度からの急降下攻撃か、味な真似を……だが所詮は不完全品風情!!発射態勢にまで入ったカ・ディンギルを今さらに止める事など!!」

 

眼下の声すら遠くに置き去る空の上であたしの脳裏を(よぎ)るのは、不思議な事に死への恐怖では無かった。

━━━━それは、温かな想い出。

あの大男と、バカな男との語らいで思い出したのだ。

あたしのパパとママは、いつも夢を語っていた。夢を抱く事で人は強くなれるのだと。

だから……

 

「━━━━Gatrandis babel ziggurat edenal……」

 

━━━━その歌を口ずさむ事に、一欠片の迷いもありはしなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ダメだ!!クリスちゃん!!その歌は……!!」

 

「この歌は……」

 

「まさか、絶唱!?」

 

クリスちゃんがミサイルに飛び乗って行った時から、イヤな予感が俺の頭の中を渦巻いていた。

だが、その予感は、よりにもよって最悪のカタチで結実する事になる。

絶唱による荷電粒子砲の迎撃。確かに、それは今の俺達に出来る最善の戦略ではある。しかしそれは、『使用者の損耗を一切考えない場合』の最善だ。

絶唱がもたらす莫大なフォニックゲインは、同時に装者の負担を度外視した最大規模のバックファイアをも引き起こす。

それだけでは無い。そこまでして撃ち止めようとしたとても、相手は完全聖遺物……それも、『無尽のエネルギー』を特性とするデュランダルなのだ!!

 

完全聖遺物とのポテンシャルの違い……いや、それだけでは無い。クリスちゃんのイチイバルの特性は『長射程広域攻撃』。それを絶唱にて増幅した所で対単体を想定した運用などそうそう出来る筈が無い!!

相性の時点で完敗しているのだ。当然、その先に待つ結果は……

 

━━━━頭の中を一瞬で駆け抜ける計算。それはどうにかして、彼女の覚悟の果てに待つ結末を覆す解を出そうともがく俺の心を代弁していた。

だが、奇跡は無い。いや、そもそもシンフォギアの存在が、そしてクリスちゃんと手を繋ぎ合えた事自体が奇跡なのだ。だから、『これ以上の奇跡はありえない』。

残酷な……ひたすらに残酷な答えが頭を(よぎ)る。それを認めようとしない心すら、今にもこの残酷が過ぎる現実を前に折れそうになる。

 

『━━━━諦めるのか?』

 

━━━━そんな時に、声が聴こえた。

 

「いやだ……」

 

レゾナンスギアは未だ暴走を避けて停止したままだ。そんな無様を晒すだけの俺にこの状況を覆す手札など、無いと言うのに……

 

「諦めたくない……!!クリスちゃんを、『護ると約束した人』を……俺はもう、諦めたくない━━━━ッ!!」

 

その慟哭は、心の底からの本心だった。

もう二度と、目の前で伸ばした手の先からすり抜けていく命など見たくはない。認めたくない━━━━ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ゴトゴトと、轟々と、鳴り響く音に、意識が浮上する。

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

 

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間、そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

『━━━━ならば、希望へと手を伸ばせ。』

 

駄々っ子のような俺の想いを、彼女は━━━━ヴァールハイトは、笑わなかった。

 

「希望……?」

 

ヴァールハイトは、この状況の中にもまだ希望があると言う。

だがどこに?翼ちゃんも響も、あそこまで高く、放たれるよりも早く飛び上がる術など持ってはいない。

……そして、俺のレゾナンスギアも情けない話だが封殺されている。

 

『ハッ。先ほどまであの女がご高説を垂れてくれただろう?お前が持つソレ(・・)は、そもそもギア等というカタチに縛られた物では無かった筈だ。』

 

━━━━アメノツムギ?

確かに、今のレゾナンスギアはアメノツムギをセットする事で起動している。

だがそれは、アメノツムギの特性を更に伸ばす為の物であり、単独で起動した所で……

 

『……その認識こそがそもそもの誤りだ。まだ気づかないのか?ソレは━━━━アメノツムギは欠片だ、断片(フラグメント)と言っても構わんだろう。

 それを、あの女はそのカタチのまま運用出来るようにレゾナンスギアを作り上げた。全く以て技術屋らしい発想だ。完全なる姿で無くとも十全の性能さえ発揮出来ればそれでよいという割り切り……

 だが、もし━━━━もしも、アメノツムギの真の力を取り戻す事が出来たのなら?』

 

━━━━フィーネは言っていた。天津の祖先となった女性は天より、月より降りて来た天女だと。

━━━━母さんは語っていた。天津家の祖先は、羽衣の聖遺物を用いて怪異と戦っていたが、それは破壊されたのだと。

 

「アメノ……ハゴロモ……?」

 

『そうだ。お前の持つアメノツムギの真なる姿。既に喪われ、意味を砕かれた聖遺物。それを、この地に集いしフォニックゲインを以て再生させる。』

 

━━━━けれど、それは……

確かに二年前までとは違って、俺はアメノツムギの由来を知っている。アメノハゴロモの意味さえも知った。

だが、ギアという安全装置(セイフティ)無しでの聖遺物の起動は大きな危険を伴う。そして、なによりも『聖遺物の再生』等という埒外にも程がある事象が、本当に起こせるのか?

頭を過る不安に脅えるのは、しかし一瞬しか許されない。こうして念話の中で悩む間にもカ・ディンギルのチャージは進んでいるのだ。

 

「……出来るんだな。ヴァールハイト。」

 

『あぁ……本来ならば不可能だが……奇縁、だな。オレはアメノハゴロモを知っているし、奇しくも同じカタチを取れる聖遺物(モノ)を持っている。

 本来ならば用意が一番難しい素材も、物理的に固着する残留したフォニックゲインという急場凌ぎにはうってつけの物が存在している。

 ━━━━布の織り方は分かるな?縦糸と横糸の交差……それも複雑に絡み合わせたそのカタチ……アメノハゴロモは其処に力を宿す、いわば魔法陣のような術式を織り込んでいたのだ。』

 

━━━━彼女のその言い分に対して零したい疑問は数多くあった。

何故、かつてに散った筈のアメノハゴロモを知っているのか?

何故、同じカタチを取れる……つまり、異端技術(ブラックアート)に関するなんらかの代物を持っているのか?

何故……そこまで事情を知りながらもわざわざ俺に肩入れしてくれるのか?

 

だが、ひとまずはその総てを棚に上げてヴァールハイトが念話にて脳裏に描く紋様を強く刻み付ける。物質としてのアメノツムギはこの念話の場には実在しないのだから。

━━━━そうして、俺の意識は現実へと浮上する。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━それは、美しく、同時に残酷な光景だった。

 

雪音クリスの絶唱(うた)を受けたイチイバルは、無数の子機となって輝く蝶の羽根を模し、その砲身は両の手の二つが一つの塔となって羽根が集めた光を溜める。

 

━━━━ROSES OF DEATH

 

カ・ディンギルの発射と共に聴こえたその歌は、極大のビームとなって夜闇を切り裂いた。

 

「あ……」

 

「バカなッ!?一点収束ッ!!押しとどめているというのかッ!!」

 

フィーネの叫びに、遅まきながらに事態を理解する。雪音クリスは、彼女は自らのギアの特性である『長射程広域攻撃』を応用し、あの羽根のように見える子機群によって反射・収束させる事でカ・ディンギルの暴威に耐えて見せているのだ。

……だが、それも長くは()たないだろう。という事すらも、私には同時に理解出来た。絶唱がどれほどの負荷を歌い手の身に齎すのか、それを知らぬ私ではないのだから。

 

「あ、ああ……!!ウァァァァ!!」

 

「共鳴ッ!?ダメだ!!レゾナンスギアはまだ……ッ!?」

 

そんな緊迫した場を裂いた咆哮の主は、フィーネにギアを封じられた共鳴だった。だが、その叫びに乗せられた感情は無力さを嘆く悲嘆では無かった。

むしろ、裂帛(れっぱく)の気合いのような叫びと共に腰に巻いたギアへと手を伸ばす共鳴。

だが、行うはギアを纏う事では無く、その逆。ギアからアメノツムギを引き抜く事(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「━━━━目覚めろッ!!アメノハゴロモ(・・・・・・・)ォ!!」

 

━━━━そして、もう一つの光が現れた。

アメノツムギを覆っている多角結晶体から放たれたその光は四本の煌めく糸となって空を駆ける。

呪術的な紋様を描きながら、空中へと複雑に描かれるレイライン。

そこに紡がれたのは、一枚の布だった。輝く糸で紡がれた、摩訶不思議なそれを、共鳴くんは握り、振り抜く。

 

「はァァァァ!!」

 

━━━━次の瞬間、共鳴くんの姿が消えていた。

いや、咆哮は聴こえる。ではどこに?頭を駆け巡る疑問の答えは、未だ危うい拮抗を続ける光条が鍔競り合う夜空にあった。

空を、飛んでいたのだ。まるでネフシュタンのように、噴射や跳躍による物では無く、自在に、まるで滑るように彼は空を飛んでいた。

 

「バカなッ!!この土壇場で……聖遺物の再生だとッ!?どこまで私の、邪魔をするッ!!」

 

「邪魔はコッチの台詞だ……ッ!!鬱陶しいッ!!」

 

どうやら何かしら事情に気づいたらしきフィーネは、空を飛ぶ共鳴目掛けてネフシュタンの鞭を伸ばしに伸ばして放ち、共鳴はそれを避ける為にカ・ディンギルの砲塔に沿うように加速しながら駆け上がり続ける。

あまりの急展開に追い付けない私と立花を蚊帳の外へと置き去りにしながら、フィーネと共鳴の熾烈なドッグファイトが始まった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━なんてじゃじゃ馬!!

 

ヴァールハイトが(もたら)した情報を基に組み上げたアメノハゴロモ。

その能力に振り回されながら、俺はカ・ディンギルの上を飛ぶ。

 

アメノハゴロモの能力、それは伝承に謳われる天女の如き空中機動力と、そしてもう一つ。

いわゆる『空間跳躍(ジャンプ)』のような機能を持っていると、ヴァールハイトは教えてくれた。

かつて空より来たりて世界を繋いだというその力。だが、それを使いこなすのはこの土壇場では無理だと判断し、その選択肢を投げ捨てる。

 

━━━━なにせ、空間跳躍の際に必要な計算式が複雑すぎる。

 

ヴァールハイトに叩き込まれた情報を基に『現在の自分の場所を主軸にした短距離跳躍』に関しては代入可能な式を見いだせたが、特定座標への長距離跳躍の計算式はあまりにも複雑が過ぎる。

かろうじて理解出来る範囲だけでも『地球の現在座標の計算式』らしき物が見え隠れしているのだ。目の前のクリスちゃんを救う為になど到底使えた物では無い。

 

「ぬぅ!!」

 

「クッ……!!しつこい!!」

 

だがそれでも、見いだせた短距離跳躍を先ほどからフルに活用する羽目に陥っている以上無意味では無い。

追いかけてくるのはフィーネが振るうネフシュタンの双鞭。

蛇のようにしつこく、そして縦横無尽に追跡してくるそれを短距離跳躍の使用やカ・ディンギルの表面構造物を盾にする事で避けながら、ひたすらに俺は天へと昇る。

先ほどまでは手が届かない場所に居た、一人の少女を救う為に。

 

━━━━そうして、俺は遂にカ・ディンギルの砲塔を乗り越え、空を裂くその光条と並走する。

 

「……バカめ!!最早その先に隠れ場所など存在しない!!消え失せろ!!」

 

近づくだけで焼き尽くされそうなカ・ディンギルの熱量を感じながら、地上から今なお追いすがるフィーネの戯言を耳にする。

確かに、この空には最早ネフシュタンの双鞭の執拗な追跡から逃れる為の障害物が存在しない。

そして、少しずつカ・ディンギルの出力に()し負け始めているクリスちゃんの基までの距離は未だ遠い。

だからこそ、双鞭の包囲によって俺を誘導し、カ・ディンギルの光条へと押し付けようとするフィーネの必勝は間違いない。

━━━━その死中に、俺が活を見極めるまでは。

 

「お、おォォォォ!!」

 

光条へと飛び込まんばかりに接近し、出来るだけ双鞭を引き付ける。ネフシュタンの再生能力があろうと、カ・ディンギルに焼かれれば一瞬とはいえその速度は鈍る。

その一瞬に、俺は総てを賭けた。

 

「何ッ!?一体どこへ消えた!?……まさか……()かッ!!カ・ディンギルの光柱のッ!?」

 

「━━━━クリスちゃん!!」

 

カ・ディンギルの光条を短距離跳躍にて『すり抜ける』。そして、フィーネからは見えぬ光の裏側を再び駆け上がり、俺は彼女へと手を伸ばす。

やはり無謀な試みだったのだろう、距離が足りずに熱圏に入ってしまった事で背中が焼け付く感触を敢えて無視する。

そうして遂に俺は、彼女の絶唱(うた)に触れたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━いったい、どれほどの時が過ぎたのだろうか?

一瞬だったのかもしれない、それとも、数分は保ったのかもしれない。

それは分からないが、一つだけ分かった事は、あたしの絶唱(うた)ではやはり真正面からこの光条を防ぎきるのは不可能だという事。

絶唱の出力にギアが耐えきれないのだ。砲身が、そしてあたしの身体がバックファイアで罅割れていくのを感じる。

 

━━━━それでも、怖くは無かった。

繋いだ手だけが紡ぐ物を、パパとママがあたしに遺してくれた夢を、思い出させてくれた奴等が居たのだ。

パパと、ママと、それから、ちょっとこそばゆいけど、アイツの親父さんの為にも。あたしは平和を掴んで見せる。その為なら、この身朽ち果てても惜しくはない。

 

だから、考えるのは生き残る事では無く、未だ消え去らぬこの光条をどうにかする事。

正面から受けきる事が出来なくとも、こうして一瞬だろうと拮抗出来ているのならその出力の当て方次第で逸らす事くらいは出来る筈━━━━!!

……それが、分の悪い賭けである事も、そうして逸らす為に真正面からの押し合いを止めればあたしは為す術なく焼き尽くされるだろう事も、全部承知の上だ。

 

「━━━━クリスちゃん!!」

 

━━━━だというのに、声が聴こえた。

思わず、涙が零れる。どうして、お前はそこまで手を伸ばそうとするんだ。こんな空の上の、光と光がぶつかり合う鉄火場のド真ん中にまで。

もう間に合わない事なんて、お前も分かっているだろうに。

 

「……共鳴。」

 

━━━━呟いた名前は届く事無く。

僅かに逸らす事の出来たカ・ディンギルの光条が齎す破滅的な輝きに呑まれて、消えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━月が、欠けた。

 

「……仕留め損ねた、だとッ!?わずかに逸らされたのかッ!!」

 

フィーネ……了子さんの声が遠くに聴こえる。

何が何だか、理解が追い付かない。クリスちゃんが絶唱を放って、お兄ちゃんが空を飛んで、そして……二人共光の中へと消えてしまった。

 

「う、ああ……ううっ……」

 

嗚咽が漏れるのを抑えきれない。心が(かげ)って行くのを抑えきれない。

どうして、こうなってしまうの?どうして、夢を握った二人が犠牲にならなければならなかったの?

 

「こんなの、イヤだよ……折角、クリスちゃんと仲良くなれたのに……お兄ちゃんのお陰で、手を繋ぐ事、やっと出来たのに……!!

 夢があるんだって、クリスちゃん言ってたのに……お兄ちゃんだって、夢を握ってたのに……どうして……」

 

「……フン。自分を殺してまで月への直撃を逸らした女と、そんな女を護る為に死地に飛び込んだ男、か。

 ……くだらんな。実にくだらん。見た夢一つ叶えられん程に、人は弱い。」

 

━━━━その言葉が、私の悲嘆を憤怒へと塗り替える。

 

「笑ったか……命を燃やしてでも大切な物を護り抜こうとした防人の魂を!!お前は無駄だとせせら笑うか!?」

 

ドクン、ドクンと、鼓動の音がうるさく響く。

━━━━私が塗り替わって行く、あの感覚。憤怒が視界を真っ赤に染め上げる。

 

「ハッ!!護り抜けすらしなかった愚か者を笑って何が悪い?それが貴様等人類の……」

 

うるさい。うるさいうるさいうるさい!!

黙れ黙れ黙れ黙れ!!

 

「それが……夢ごと命を握りつぶした奴の言う事かァァァァ!!」

 

「ッ!!立花!?」

 

━━━━否定してやる。

お前が、人の想いを、献身を全て否定するというのなら、私がお前を否定してやる……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「そんな……クリス!!お兄ちゃん!!」

 

「藤尭ァ!!周辺敷地内で生きてるカメラを探せ!!クリスくんも共鳴くんも勝算の無い真似はしない筈だ!!必ず脱出の痕跡がある筈だ!!」

 

「もうやってますよ……!!居た!!北西方向の森!!ほぼ自由落下ですが、二人ともギアは無事です!!恐らくはさっき共鳴くんが見せた空間跳躍かと!!」

 

━━━━雪音クリスの献身は、世界を救った。

月を破壊するだなんて大言壮語を実現する筈だったフィーネのカ・ディンギルは僅かにその一撃を逸らされ、欠けるだけに終わった。

その代償として光の中に消える筈だった彼女を救ったのは、新たな力に目覚めたトモだった。何故なのかとか、どうやったのかとか……色々、分からない事はいっぱいある。けれど……

緒川さんのバックアップとして準備に勤しんでいた鳴弥さんが一旦置いて行ったLinkerの保管ケースを見据える。

 

━━━━今のアタシは、何のために歌うのか?

その答え合わせを行う時は、きっと今なのだろう。

 

「待たせたな司令!!ひとまず負傷者が居ない事だけ確認してドクターを連れて来た!!看護師の人等もな!!」

 

「やぁやぁ、重傷者一名って事でおっとり刀だけど駆けつけさせてもらったよ。

 ……脇腹貫通と、こりゃ酷い。で?司令殿のオーダーは?本来なら即入院をオススメしたい所だけども……」

 

「……後一回、一回だけ全力で動ければ、それでいい。」

 

「……やれやれ。共鳴くんもそうだが防人系男子ってのはみんなして頑固だね。

 ……すまないが、誰かソーイングセットと火種を持ってないかい?」

 

「あ、はい。私持ってますわ。」

 

「ホレ、ライターならあるぞ。」

 

「……なによ、アレ……」

 

周囲のシェルターに向かっていた連中も一旦戻って来て騒がしくなり始めた部屋の空気をまた殊更に一変させたのは、画面の中の響の変貌だった。

漆黒に染まった異様な肢体、真紅に染まった異形の瞳。それは、まさしく変貌だった。

 

「響……」

 

「あれ、本当にビッキーなの……?」

 

「……まったく、しょうがないなぁ響の奴は。なぁ未来?ちょっと、手伝ってくれないか?アイツを小突いて、戻してこないといけないからさ。」

 

━━━━きっと、あの子は怒っているのだ。誰かの為に。

いつだって、立花響は護る為に拳を握っていたのだ。だからきっと、フィーネ辺りが雪音クリスの献身を侮辱した事に耐えきれなくなったのだろう。

それは、正しい怒りだ。義憤と言ってもいい。けれど、今この場面において必要なのは怒りで握った拳では無くて、きっと彼女が握った決意の方の筈なのだ。

だったら、その憤怒を抑えて導いてやるのが……センパイのやる事ってもんだろう?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━落ちる。落ちる。落ちる。

 

漆黒の闇の中を落ちて行く。流れる汗は自由落下の恐怖によってか、或いは落ちていく事で急速に気温が上昇する地下空間故の生理現象か。

 

二課本部メインシャフトに偽造されていたカ・ディンギル。その表向きの顔であるエレベーターシャフトによって繋がれていたブロック構造施設の中でエラーが発生していたのは不幸中の幸いだった。

本来ならば閉じきる筈の隔壁が、カ・ディンギルの構造体が地表に露出する際の衝撃で途中で止まっていたのだ。

そこから侵入したここはまさにカ・ディンギルの真下。旧エレベーターシャフトそのものである。

 

━━━━地上から約1㎞の直下行。それを為す理由はただ一つ。

 

「……RN式回天特機装束。」

 

司令が拳を握る為の切り札。了子さんが試作しながらもお蔵入りとなったというその装備。

今は深淵(アビス)に眠るそれを手に入れる為に僕は真っ直ぐに落ちているのだ。

 

━━━━落下開始地点からして、そろそろ到着の筈……

 

懐から取り出した風呂敷で落下傘を作り出して空気を孕ませる。急激な減速に軋む身体をねじ伏せて、ようやくに胸ポケットのライトが照らし出した最深部へと着地する。

 

「……ふぅ。」

 

━━━━気温約60℃。湿度も恐らくは危険域に達している事だろう。

およそ、人が長居する空間では無い。そう判断するが故に、行動は迅速に。

隔離されている筈の深淵の入り口へと直行する。

 

「これが……深淵(アビス)……カメラ映像では無く、実際に見るのは初めてですね……」

 

巨大なブロック構造体という基本的な部分こそ通常の区画と変わらないが、厳重なロックが施されたそれは物々しさを増している。

その開口部側面に取り付けられたセンサー部分に、鳴弥さんから託された端末をタッチする。

 

『━━━━認証、確認しました。ようこそ、天津研究員。』

 

端末認証と共に託されたパスコードを入力して、深淵(アビス)内部へと入る。

内部は気温や湿度も調整された空間となっていた。鳴弥さんの予想通り、予備電源が生きているようだ。

 

「保管されているのは……B区画でしたか。こっちですね。」

 

頭の中に入れて来た地図と、非常時の持ち出しを考えて案内記号の記された白い空間を進む。

……とはいえ、二課本部に収蔵されている聖遺物は殆ど存在しないのだが。

数年前に奏さんが実験を行ったという聖遺物も一度起動した後は何の反応も起こさなかったが故に『深淵の竜宮』に移送されたと聴いている。

では何故RN式が此処に収蔵されたかと言えば単純な話で、『シンフォギアに加工可能な程の聖遺物でなければRN式を起動させられなかった』からなのだ。

即ち、RN式とシンフォギアのどちらに聖遺物を利用するかは二者択一。

適合者さえ確保出来れば安定してフォニックゲインを供給出来るシンフォギアに比べれば、誰もが扱えるとはいえ使いこなすというにはほど遠いRN式がお蔵入りとなるのも納得という物だ……

 

「……あった!!」

 

そして、辿り着いたB区画にて、保管ケースに収容されたRN式をようやくに手に入れる。

 

「さて……では、此処からは1km程の縦走ですが……その前に、腹ごしらえですね。」

 

━━━━藤尭くんが本部食堂にかろうじて残っていた米で作ってくれたおにぎりと、緊急用として備蓄されていた水で簡単な食事をとる。

幾らシェルターにたどり着けたとはいえ、少ない備蓄から多めに持たせてもらった水は、この後の縦走に備える為だ。

 

「湿気が多く、気温も高い地下ではやはり体力がドンドン奪われて行きますからね……」

 

一度服を脱ぎ、水を含ませたタオルで全身を拭く。多少の壁走り程度なら確かに修行の一環で行ってはいるが、それを1km近くも続けるなどは当然ぶっつけ本番だ。

出来るだけの準備を行い、コンディションを万全にしなければならない。

 

「……翼さん達は、無事でしょうか。」

 

スーツを着直しながら、想う。

彼女達は今も頑張っている筈だ。彼女達を助ける為にも、RN式を司令に届けなければ━━━━!!




月を穿つ一撃は、少女の歌に逸らされた。
だが、その覚悟を嗤う女を前に、少女は憤怒に拳を握る。
しかして、未だ終わらぬ光は更なる一撃を以て世界を革命せんと輝きを放つ。
少年は墜ちた。希望など無い。

━━━━果たして、本当にそうだろうか?

戦場に響くは喪われた筈の歌。翼の少女と並び立つ為に、槍持つ少女は今、空へと飛翔する。


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第三十五話 双翼のテイクオフ

「立花!!おい、立花!!」

 

フィーネの罵倒に返した咆哮と共に黒く染まった立花。

その異様に私は、思わずに一歩後ずさってしまっていた。

それでも、彼女の暴走を諌める為に名前を呼ぶ。

 

「グルルルル……!!」

 

━━━━だが、返答は無かった。

私を見る事すら無い。ただ真っ直ぐに、フィーネを睨みつけるだけだ。

 

「ふっ、無駄だ。融合したガングニールの欠片の暴走……制御できぬ力は、やがて宿主の意識をも塗りつぶしていく。

 ━━━━見物では無いか。ちっぽけな人間風情が聖遺物に呑まれて行く様は……」

 

━━━━フィーネの言葉に思い出すは、立花の聖遺物との融合を指摘したあの日の彼女の言葉。

 

『けれど、そうね……人として、櫻井了子として言うなら、お相手も居る女の子なのだし、まっさらに戻して帰してあげたい気持ちもあるわ。』

 

「……あの言葉を、櫻井了子として吐いたあの言葉すら、貴方は忘れたのですかッ!!」

 

十二年前から櫻井女史はフィーネであったというのは、先刻フィーネが自白した通り。

……であれば、あの時の櫻井女史もまた、フィーネであった筈なのだ。

だから、咆える。

 

「……気の迷いだ。貴様等は所詮実験体でしか無い。立花だけで無く、お前たち双翼も含めてな。」

 

「貴方という人は……ッ!!立花ッ!?」

 

━━━━それが、虚勢なのか、本心なのか。

確かめる術は私には無い。それを問うよりも先に、暴走した立花が先走ったのだから。

 

「ガァァァァ!!」

 

最短で、真っ直ぐで、一直線で、けれど同時に獣染みたその一撃は、しかしてネフシュタンの双鞭に防がれる。

 

「立花!!」

 

「……もはや人に非ず。人のカタチをしただけの破壊衝動の塊だ。」

 

「……ガァァァァ!!」

 

━━━━ASGARD

 

防がれて尚諦めない立花の二撃目を、フィーネは双鞭では無く、そこから形成されたバリアのような物で防ぐ……いや、防ごうとした(・・・・・・)

立花の拳は、まるで何物をも貫く槍のように(・・・・・・・・・・・)、薄紙を破るようにそのバリアを砕き、破壊の衝撃をまき散らす。

 

「くっ……!?」

 

拳の着弾とは思えぬほどの、爆発染みた衝撃を踏ん張って耐える。

舞い上がる煙の中に見えたのは、上半身を真っ二つに割断されたフィーネの姿。

━━━━だが、その瞳がギョロリと此方を見据える。

 

恐らくは、報告書にもあったネフシュタンの鎧の再生能力だろう。

無限に再生するというネフシュタンの鎧と、聖遺物との融合を続ける立花。

互角どころか、立花が圧しているように見えるこの千日手だが、その実態は間違いなく立花が不利だ。

 

「もうよせ、立花!!これ以上は聖遺物との融合を促進させるばかりだ!!」

 

━━━━その声掛けへの返答はしかし、獣の如き眼差しと、そこに宿る明確な敵意だった。

 

「ガァァァァ!!」

 

「ッ!!立花ァ!!」

 

立花の獣の如き鋭さの一撃を受け止めるのではなく、弾いて逸らす。ネフシュタンの鎧を真っ二つに割断したあの威力をマトモに受けてしまえば、如何にアメノハバキリといえど無傷では済むまい。

 

━━━━共鳴。お前は一体今どうしているのだ?

私は、アナタを信頼出来る。手を伸ばして死地に飛び込もうと、戦友であるアナタならば必ず帰ってくると信じられる。

けれどきっと、立花響にとっての天津共鳴は違うのだ。そのカタチは分からないが、私の持つ信頼とは違う事は分かる。

 

共鳴が恐らくは生きている事を伝えられればいいのだが……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「頼みたい事って……響をなんとか出来るんですか!?」

 

「あぁ、多分な。」

 

「……出来っこないよ!!もう終わりなんだよ私達!!

 学校もメチャメチャになった!!お兄さんは焼かれて落ちてった!!挙句の果てに響までおかしくなって……!!」

 

お兄ちゃんが飛んで行ったと思ったら墜落して、響が真っ黒に染まってしまって……どうすればいいのか、わからなくなってしまった。

そんな時に私に声を掛けてくれた奏さんには何かの策があるようで。けれど、その言葉を遮るようにあがったのは、きっと私と同じようにどうすればいいのか分からなくなってしまったのだろう板場さんの叫びだった。

 

「ッ!!終わりじゃないよ!!響だって私達を護る為に……」

 

「アレが!?アレが私達を護る為の姿なの!?」

 

「━━━━私は、響を信じてる。お兄ちゃんも、翼さんも、そしてクリスの事も……」

 

真っ黒に染まった響を指さす板場さんに返す言葉、それは大事な物の筈なのに、月並みな言葉しか出てこない自分の無力さが恨めしい。

 

「私だって信じたいよ……!!この状況がなんとかなるって信じたい……!!でも……でも……!!

 もうイヤ!!誰か……助けてよぉ……!!」

 

「板場さん……」

 

その叫びは、(けだ)し正しい物だった。追い詰められた状況で、気迫を以て拳を握る覚悟。それを常に胸に抱いている人なんて、そうそう居ない。

私だってそうだった。急に巻き込まれて、泣きたくなって、信じられなくなった。

だからこそ、掛ける言葉が見つからない。今の私は確かにお兄ちゃんと響を信じられている。けれどそれは、誰でも無い彼等の言葉があったからだ。

 

「……あぁ、助けるさ。皆も、響だってな。こんな状況をなんとかする為に、アタシ達二課は居るんだからな。」

 

━━━━だからこそ、奏さんのその言葉に、酷く安心してしまう。

力強く断言するその姿に、怯えは一切混ざっていなかった。

……そして、友里さんや藤尭さんも、それを無言の首肯で後押ししてくれる。

今は治療の為にある程度消毒した近くのシェルターに移動している風鳴司令だって、他の手段を探しに動いている鳴弥おばさんや緒川さんだって、きっとそれを肯定する筈だ。

 

「アレもさ、きっと響が誰かを護る為の姿なんだよ。だけど、アレじゃちょっとカッコつかないだろ?

 ━━━━だからさ、アタシがちょっくら助けて来てやるのさ。簡単だろ?」

 

「……信じて、いいんですか?」

 

「あぁ。皆が信じてくれたら百人力だ。今のアタシの歌は━━━━人の為にあるんだから。

 だから未来、そこのケースを取ってくれないか?」

 

「あっ、はい……」

 

言われた通りに持ってくるのは、鳴弥おばさんが置いて行ったスーツケース?のような物。

 

「あ、未来ちゃん。ありがとう……後は私がやるわ。」

 

「えぇー?未来に頼んだっていいじゃんかあおいさんってばさー」

 

「あのねぇ……今さらではあるけれど、Linkerだって機密の塊なのよ?普通の女の子に打たせるモノじゃないわ。

 それに、こんな所で遠慮したってしょうがないでしょう?あとは、お姉さんに任せなさいな。」

 

けれど、それを遮るのは了子さんが敵だったというショッキングな事実から立ち直った友里さんだった。

言っている事の意味は私にはよく分からないけれど、二人にとってはそれで十分だったらしい。

 

「……あんがと。んじゃ、シェルターの地上入り口までお願い。そっからは……アタシが行くからさ。」

 

 

「━━━━グ、オォォォォ!!」

 

 

治療室に使っているというシェルターの方から、風鳴司令の絶叫が聴こえて来たのは、ちょうどそんな時だった。

 

「……あー、コレも一応、状況をひっくり返す為の切り札の一つみたいなもんだからさ。うん……なんか見事にオチが付いちゃったな……」

 

そんな奏さんの言葉に、こんな状況だけれど私達は微笑を浮かべてしまうのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「クッ!!」

 

ギアが砕ける感覚。今ので何撃目だ?などと意味のない思考も一瞬、黒く染まったまま抜け出せない立花を見据える。

 

「━━━━ハハハハハハ!!どうだ?立花響と刃を交えた感想は?

 共に戦場に並び立つと宣言したにも関わらず、この体たらくか。」

 

「クッ……!!人の在り方すら捨て去ったのか、貴方は!!」

 

「フフフ……私と一つとなったネフシュタンの力だ。面白かろう?」

 

再生したフィーネの煽りに返す言葉の切れ味が落ちている事は、自分が一番分かっている。

だが、真っ二つにされてなお蘇るその姿への生理的嫌悪感はぬぐい切れない。それを誤魔化す為に、心中にて彼女を『魔』と定義する。

 

━━━━背後に背負ったカ・ディンギルが輝いたのは、その瞬間であった。

 

「━━━━まさかッ!?」

 

「ハハハ、そう驚くな。如何にカ・ディンギルが最強最大の兵器だとて、それが一撃で終わってしまえばそれは兵器としては欠陥品に過ぎぬ。

 ━━━━何のためにデュランダルを据えたと思っている?必要があれば何度でも撃ち放つ。アレはその為のエネルギー炉心……即ち『無限の心臓』なのだ。」

 

 

言われてみれば、確かにそうである。

兵器として最も大事な物は過剰な威力よりもむしろ信頼性と再現性。

シンフォギアとて、聖遺物の能力を安定して引き出す為に歌というファクターを使っているのだ。

ならば、そのシンフォギアを上回る完全聖遺物を用いて造られたカ・ディンギルに再現性が無いはずが無い。

 

「━━━━だが。」

 

「ん?」

 

「貴方を倒せば、カ・ディンギルを動かす者は居なくなる。」

 

━━━━兵器としての信頼性というのは、同時に『使うかどうかをコントロール出来る』という事でもある。

ならば、担い手であるフィーネを止めれば、発射を止める事もまた不可能では無いはずだ。

 

「グルル……」

 

だが、その前に止めねばならぬ者がもう一人居る。

 

「立花……」

 

出来るだろうか?いいや、やらねばならぬ。防人として、共鳴や雪音が護った世界を私は護りたい。その中には、当然立花響も含まれるのだから。

 

「私はカ・ディンギルを止める。だから……」

 

だから、どうか正気に戻って欲しい。だって、貴方が握るその拳は、否定する為の物では無いのだから。

 

「グルァァァァ!!」

 

━━━━剣を突き立て、立花を止める為に手を広げる。それは、今日に彼女から教えてもらったやり方だ。

私には思いもよらなかった世界を見せてくれた立花。そんな彼女を救う手段が、私にはこれしか思いつかない。見様見真似だから、上手くはいかないかも知れないけれど……それでも、無駄では無いと信じたい。

 

 

 

「━━━━Croitzal ronzell Gungnir zizzl(戦士と死すとも、人と生きる)

 

 

 

━━━━だが、その予想は裏切られる。

 

「━━━━なッ!?バカなッ!!何故、貴様が此処に居る!!何故、そのギアを纏っている(・・・・・・・・・・)ッ!!」

 

━━━━そこには、一人の戦乙女が立っていた。喪った筈の四肢を、かつて握っていた槍の如き装飾が付いた機械体(アームドギア)へと変えて。

天羽奏が、ガングニールのギアを纏って其処に立って、立花の拳を受け止めていた。

 

「なんでってのはヒドイじゃないか、了子さんってば……さ!!」

 

奏の姿に、立花が混乱しているのが伝わる。だから、状況の整理は出来ずとも、何はともあれと立花を抱きしめる。

 

「立花さん。この拳は、束ねて繋げる貴方だけのアームドギアの筈でしょう?

 ……どうか、奏が託した力をそんな風に使わないでくれ。」

 

「あぁ、そうだぞ響。今のお前より、いつもの響の方が断然カッコいい。

 それに……共鳴もクリスも生きてる。死んでないんだから、なんとかなる。だろ?」

 

━━━━影縫い

 

小刀を一本形成し、立花を縫い留める。

奏が齎した望外の吉報に喜ぶ心を抑えて、奏と二人でフィーネ……いや、櫻井女史と向き合う。

 

「お待たせ、了子さん。」

 

「どこまでも……まぁいい、その四肢はアームドギアか?

 ……それに、今の貴様の身体ではたとえLinkerを使おうとガングニールは起動せぬ筈だ。何故立ち上がれる?」

 

「ハッハッハ……それがな、アタシにも分かんないんだよね、そういう細かい理屈はさ。

 ただ一つだけ言えるとすればそれは……『この空に、歌が響いていた』からだろうさ。」

 

━━━━その言葉に思い出す。

共鳴は、諦めなかった。完封されていたレゾナンスギアから、アメノハゴロモと思しき聖遺物を発現させ、空に歌を響かせていた雪音の命を救った。

 

『お前たちの歌が空に響く限り、俺は死なない!!』

 

奏の言葉は、その共鳴の言葉を踏まえていた。だからきっと、奏がガングニールを纏えたのは空に響く歌を思い出せたからなのだろう。

 

「……なるほど。たとえ今日に戦士として折れ、朽ち果てるとも、明日に人として歌う為に!!」

 

「あぁ!!ツヴァイウイングの歌は、戦場にだって響き渡るさ!!」

 

「人の世界が受け入れる物かッ!!そんな異物を!!」

 

問答は終わりだと言わんばかりに飛んで来るネフシュタンの双鞭を、二人で飛び上がって躱す。

 

「受け入れられる必要は……無いッ!!奏!!」

 

「あぁッ!!見せてやろうじゃないか、ツヴァイウイングの歌を!!」

 

突き立った地面から再度追跡する双鞭を奏と私の蹴りが砕き散らす。

やはり、奏の四肢を補っているのはアームドギアが変型した……即ち、立花のアームドギアと同じ物なのだろう。

 

「ハァァァァッ!!」

 

━━━━蒼ノ一閃

 

「ぬぅッ!!」

 

思考を回しながらに振り抜くは、砕かれながらも復活し、更に迫る双鞭を弾き飛ばす為の一撃。

 

「奏!!」

 

「あぁ!!」

 

━━━━二年ぶりの共闘だが、そこに言葉は必要無かった。

私は左へ、奏は右へ。フィーネを翻弄する為に挟み打つ。

 

「くっ!!がァァァァ!!」

 

━━━━フィーネは、確かに強い。ネフシュタンによる飛行・再生・双鞭と攻守両面においてシンフォギアを上回る。

先ほど、立花が貫いたバリアとて、私と奏ではあそこまで即座に打ち砕く事は叶わないだろう。

━━━━だが、それはフィーネに勝てない事を意味しない。

櫻井女史の時もそうだったが、彼女はかつて英雄だったと宣う割には然したる戦巧者では無い。

恐らくは、そういった物事をも聖遺物の性能頼みにしていたのだろう。故に、単純なコンビネーションによるフェイントでもこのように翻弄出来る。

 

アメノハバキリと、奏の強烈な回し蹴りを受けて吹き飛ばされ、カ・ディンギルへと埋まったフィーネ。

だが、その程度で倒されるネフシュタンでは無い。それを分かっているが故に、さらなる追撃をかけるべく剣を変形させながら跳び上がる。

その最中に、奏と眼で言葉を交わす。それは、この後に取るべき手段についての覚悟。

━━━━即ち、カ・ディンギルを優先して叩くという事。

 

十分な高度と角度が取れたことを確認し、アームドギアを投げつける。

奏もまた、右腕を形成するアームドギアを槍へと変じさせ、並ぶように。

 

投げられた二振りのアームドギアは並列に空を裂いて疾走しながら、その身を巨大なる姿へと変形させていく。

 

━━━━天ノ逆鱗

━━━━SPEAR∞ORBIT

 

「ッ!!」

 

その追撃の危険性と、避ければ背後のカ・ディンギルを貫くという事を流石に感じ取ったのだろう。埋まっていたフィーネは脱出を諦めて先ほどのバリアを三層にも渡って展開する。

 

一層目、二本の衝撃に耐えきれず割れる。

二層目、先端の形状故に突破力の劣るアメノハバキリを弾くが、ガングニールを止める事能わず。

三層目、ガングニールの突破力で半ばまでめり込むが、進撃はそこまで。

 

「フッ……」

 

それを見て策が尽きたと思い込んで勝ち誇るフィーネの姿を眼下に、私は『本当の策』を進める。

中空に形成されたバリアは今、二本のアームドギアを支えている。

━━━━故に、フィーネの頭上を塞いだままにより高くへと飛べたのだ。

 

「なにッ!?まさか、狙いは最初から……ッ!?」

 

「その……まさかさぁ!!」

 

━━━━炎鳥極翔斬

 

フィーネを止める為に三層目に半ばまで突き立った槍を縮小し、その穴から飛び込んでいく奏を横目に見ながら、剣に宿した炎を推進力として塔に沿うように飛ぶ。

狙うべきは、出来るだけ上部。エネルギーを臨界まで溜め、光り輝いているその中枢、デュランダルの基へと飛び込めば、行き場を喪ったエネルギーは巨大な爆発を呼び、奏がやってきただろう地下のシェルター、いやそれどころか同じく地下にある二課本部ごと吹き飛びかねない。

さらに言えば、この近くのどこかには共鳴と雪音が居る。であれば、カ・ディンギルの砲塔が出来るだけ倒れぬよう、さりとて確実に発射は出来ぬよう念入りに破壊せねばならない。

 

━━━━きっと、その衝撃に私は耐えられないだろうな。と冷静な思考が悟る。

幾ら中枢を避けるとはいえ、雪音の絶唱ですら抗えなかった完全聖遺物の砲撃を中断させるのだ。当然、その際に起きる衝撃、そして構造物の落下は生半可な物では無い。

だが、それをしなければ世界は滅ぶ。であれば……この身、砕けても惜しくはない。

 

……コレでは共鳴から怒られてしまうな、と、空が近づく中でぼんやりと思う。

けれど私にとっては、防人としての私だけでは無く、ただの歌女としての私としても、己が身可愛さで世界が滅ぶのを黙ってみているなど出来ようはずも無い。

そして同時に想う事は、奏への感謝。身体だってボロボロで、Linkerに耐えられるかも分からないのに、彼女は立花と私の為にもう一度覚悟を握ってくれたのだ。

 

「……こうして時を経て、また両翼揃ったツヴァイウイングなら……」

 

「あぁッ!!どこまでだって飛んで行けるッ!!行けェ!!翼ァァァァ!!」

 

聴こえたのだろうか?それとも、同じ事を想ったのか。

それは分からない。だが、奏の叫びが、私の身体を更に加速させる炎へと変わるのが分かった。

 

「ハァァァァ!!」

 

━━━━そして、私は光の中へと飛び込んで。意識を失った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……アメノハバキリ、反応途絶……」

 

「そんな……そんなのって……」

 

「……どうして、どうして笑って居られたの!?奏さん、この状況をひっくり返すって言ったのに!!

 こんな結末じゃ、ひっくり返ってないじゃない!!」

 

シェルターに響き渡る、板場さんの振り絞るような絶叫。

 

「……いや、アメノハバキリの嬢ちゃんはな。車椅子の嬢ちゃんと一緒に世界をも救ったんだよ。

 ……もしくは、世界と一緒に車いすの嬢ちゃんを救った、か……」

 

━━━━それを諫める声は、司令を送り届けて再度戻ってきたジョージさんのものだった。

 

「イヤな予感がするんで急いで戻って来てみりゃ……」

 

「……それって、どういう事なの!?」

 

「あぁ?どうもこうも、あの車椅子の嬢ちゃんはな、たったの数ヶ月前まで絶対安静でコールドスリープしてたんだよ。当然、二年間健康体で戦ってきたアメノハバキリの嬢ちゃんとは耐えられる衝撃が違い過ぎらぁ。

 ……もしも、あの役目を逆にしてればカ・ディンギルとやらを破壊出来たかも怪しい……それにな、車椅子の嬢ちゃんは薬品によるドーピングで戦ってたと聴いてる。そのせいで、他の装者に比べて戦って居られる時間も短いってな。」

 

「薬品って……まさか、さっきのケースって……!!」

 

「……えぇ、そうよ。Linkerという、脳に作用する事でシンフォギアの適合係数を安定させる薬品。けれど、今の奏ちゃんではそのドーピングに身体が耐えきれるかも分からないから、最終手段として取っておいたの……」

 

友里さんの明かしてくれた事情は、残酷な真実だった。

つまり、奏さんは最初から、決死の覚悟で戦う事を選んでいたの?

 

「わかんない……わかんないよ……!!どうして、皆痛い思いして、辛い思いしてまで戦うの!?死ぬために戦ってるの!?」

 

「━━━━わからないの?」

 

奏さんが笑顔に隠した覚悟の重さ、板場さんだって分からないワケでは無い筈だ。

 

「う……」

 

「信じて欲しいって、その想いがあれば戦えるって。その言葉に、嘘偽りは決して無かったのよ?」

 

━━━━それはきっと、響も、お兄ちゃん達も同じ想いの筈だから。

 

「うあ……うわぁぁぁぁん!!」

 

キツイ事を言ってしまったかも知れない。けれど……板場さんなら目の前の恐怖に臆さずに立ち上がれると信じている。それは、今日で無くてもいい。いつか、きっと……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━私の想いは、またも……!?」

 

「へっ……ざまぁみろ、だ……」

 

━━━━溢れる涙に濡れる視界を、閃光が塗りつぶした。

 

「……クッ!!でぇい!!」

 

「ガハッ!?」

 

争う声を遠くに聴き、私はようやく自己を取り戻す。

 

「あ……あ……?翼、さん……奏さん!?」

 

奏さんがフィーネに……了子さんに鞭打たれて、二年前のあの日のようにギアが欠けて倒れている。

 

「━━━━どこまでも忌々しいッ!!

 月の破壊は、バラルの呪詛を解くと共に急激な重力崩壊を引き起こすッ!!

 かつての神代の、神々の怒りの如き惑星規模の天変地異に人類は恐怖し、永遠となった私を信奉し、帰順する筈だったのだッ!!

 痛みだけが世界を一つにする……圧倒的支配者による人類支配!!それは真なる絆を貴様等人類に取り戻すただ一つの真実だったというのにッ!!

 それを貴様は……貴様等はァ!!」

 

「うぐっ!!」

 

フィーネさんは、ギアすら解けた私を蹴り飛ばす。なにか難しい事を言っているようだけれど、私にはよく分からない。

 

「……だがまぁ、それでも貴様は役に立ったぞ?

 生命と聖遺物の初の融合症例。お前と言う先例が居たからこそ……私は己が身をネフシュタンと同化させる事が出来たのだから……なぁ!!」

 

痛い。痛い。痛い。

 

投げ飛ばされたのだろうか。空が見えるようになった。

もう、指に力が入らない。

 

「翼さん……クリスちゃん……奏さん……お兄ちゃん……」

 

もう、誰も居ない。クリスちゃんもお兄ちゃんは生きていると奏さんは言っていた気がするけれど、此処には居ない。そして、護りたかった日常の筈の学校も滅茶苦茶になってしまった。

━━━━未来も、無事かどうかすら分からない。

 

「━━━━私、何のために戦ってたんだろう……?」

 

伸ばした掌から、それでも護りたかった物が零れ落ちて行く感覚。

━━━━コレはいわゆる絶望感、という物なのだろうか?

そうしてボンヤリと見上げた空は夜の黒を段々と薄らせている。だが、夜明けはまだ、遠い。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ふぅ。先ほどの振動は危なかったですね。」

 

━━━━1km近くの縦走行、幾ら忍びとして日々鍛えているとはいえ、それは最早人間の身体能力を超えた絶技だろう。

故に僕は、共鳴くんのやり方からヒントを得た秘策を使って少しずつ壁を昇っていた。

その方法とは至極単純で、走って昇って、失速してきた所で鋼糸を結わえ付けたクナイを二本、斜め前方の壁面に投げ刺して支えとする事で簡易的な命綱(ザイル)を作る方法だ。

 

━━━━だがそれでも、危うい場面は数多くあった。

崩れかけた壁面、突き出した本部構造体、そして、今しがた起きたような地震だ。

幸いにも旧シャフト内に突き出した本部構造体の上を走り始めたばかりであった為にその地震でのロスは数十mと言ったところだ。だが、もしもこの構造体の上で無ければ……

想像した事態は間違いなく最悪の結末(ヴィジョン)。そうならなかった幸運に感謝しながら、次に通るべきルートを見定める。

 

━━━━そうして、どれほど昇ったのだろうか。なにせ、通信機器は短距離無線しか通じない。発信機なども無い以上、自分の正確な位置も分からない。

そんな先の見えない状況の中で、光が見えた。

 

『……緒川くん!?』

 

次いで、音が聴こえた。短距離無線越しの鳴弥さんの声。

あぁ、降り始めた場所まで到達したのだ、と頭が理解する。

━━━━だが、その矢先に第六感が指し示すのは、最大の危機。

 

『緒川くん!!早くそのスーツケースを投げ捨てて(・・・・・)!!』

 

通信越しの鳴弥さんの声もその第六感を肯定する。

恐らくは、盗難防止用のセキュリティシステム……!!時間制限式かッ!!

そう判断した僕が動き出すよりも先に、スーツケースが放った電撃が僕の身体を貫く。

 

「ガッ……!?」

 

呼吸が止まる。意識が明滅する。落下する感覚。一瞬で意識を刈り取ると言わんばかりの膨大なスタンショック。

 

━━━━けれど、けれど。

 

「緒川ァ!!投げ上げろ(・・・・・)!!お前ごと引っ張り上げるッ!!」

 

雄たけびが聴こえた。シャフト跡地を揺らさんばかりの、男の咆哮だ。

それに応えるべく、動かない身体を無理矢理に動かす。

落とさないようにと腹に括りつけていたスーツケースを恨めしながらも確認し、命綱に使っていたクナイの片方を全力で声に向かって投げつけ、もう片方を自分の腰周りを一周するようにしてから巻き付ける。

 

「覇ァァァァ!!」

 

瞬間、感じるのは浮遊感。そして、抱き留められる感触。巌の如きその肉体は、やはり風鳴司令の物であった。

 

「……ゲホッ!!ゲホッ!!

 ……了子さんには、後で思いっきり文句を言わないといけませんね……司令……これが、RN式のケースです……後は……たのみ、ます……」

 

身体に力が入らない。火事場の馬鹿力というべきか、無理矢理に動いたツケだろう。

━━━━だがしかし。希望は、確かに繋がったのだ。

 

「━━━━あぁ、後は任せておけ!!」

 

その言葉に安心して、瞳を閉じた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「司令!!怪我は……!!」

 

RN式のケースを持った緒川くんが壁を駆けあがってくるのを待っていた私だったが、短距離通信によってケースの状況が確認出来る距離に入って血相を変えるハメになった。

━━━━ケースに搭載された盗難防止用のセキュリティを解く為に求められたのはたった一つのパスワード。

 

『━━━━遥けき彼方に(おわす)あの御方の名を答えよ』

 

そんな、全く以て意味の分からない五文字のパス。

それが故に緒川くんにケースを投げ捨てるよう叫んだが、時既に遅し。

時限式のセキュリティが発動し、力無く落ちて行く筈だった緒川くんを助けたのは、突然に現れた風鳴司令だった。

 

「あぁ……一度だけなら問題無い。ところで、このセキュリティだが、解除は可能そうか?」

 

「……いえ、櫻井博士の技術で組まれたロックシステムに、恐らくは彼女のパーソナルに関係すると思しきパスコードの謎掛け……どう足掻いても、この短時間で解く事は……」

 

「……そうか、ならば仕方ない。」

 

そう言って、風鳴司令はケースを気絶した緒川さんから取り外す。

まさか……

 

「ちょっ、司令!?」

 

「━━━━覇ァ!!」

 

━━━━あっさりと、そうあっさりと、櫻井了子謹製のロックシステムは破られてしまった。それも力尽く(・・・)で。

 

「……なんなんでしょう、この科学の敗北感……」

 

「……よし、俺はこのまま緒川を担いで戻った後に地上へ向かう。雷神の鼓撥は……」

 

「はい、ここにあります……どうか、お気をつけて。」

 

「……あぁ。行ってくる。キミもシェルターに戻っていてくれ。」

 

━━━━その背中に、もうあの日のような迷いはなかった。




━━━━巫女は語る。遥けき過去に置き去りになった恋心を。
━━━━少女は思う。今を生きる自らの言葉に出来ない心を。

だからこそ、是非を問う。恋心かどうかは分からないけれど、私の心に宿る物のだからと。

━━━━そして、再び立ち上がった少女達の歌が世界に響く時。
朝焼けの中に天使達は舞い上がる。拳を握った男達と共に。


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第三十六話 暁光のシンフォギア

「ふいー……やれやれ、ソーイングセットでの縫合なんてホントは危険すぎるからやりたかないんだが……この状況なら仕方ないかね?」

 

━━━━そんな声と共にシェルターに入ってきたのは、司令を治療していたお医者様だった。

 

「……おぅ、ミスターグレネードは無事かい?」

 

「無事も無事さ。今頃は切り札とやらを受け取った頃だろうさ……おや?」

 

ジョージさんが現状確認をする中で現れたのは、多くの人達を連れて来たマーティンさんと……そして、ボロボロの緒川さんを背負った風鳴司令と鳴弥さんだった。

 

「━━━━緒川さん!?」

 

「……はは、面目ないです……」

 

「先生!!緒川を頼みますッ!!」

 

「はいはいいってらっしゃいよ……うーん、コレは酷い。電流斑か……とはいえ、末端部位の壊死なんかの心配はとりあえず無さそうだ。後程検査の為に入院はしてもらいますけど、ひとまずは安心していいでしょう。」

 

お医者様に緒川さんを預けて司令は足早に去って行く。きっと、響の手助けをしてくれるのだろう。

それと入れ替わるように、マーティンさんが案内してきた避難者の中から駆け出して来た小さな女の子が居た。

 

「……あ!!お母さん!!カッコいいお姉ちゃんだよ!!」

 

「あ!!ちょっと、危ないでしょう!?……すいません、皆さん……」

 

……カッコいいお姉ちゃん?

 

「……あ!!あの時の娘さんですか!?」

 

疑問に首をかしげる私達を後目に気づいたのは友里さんだった。

 

「ビッキーの知り合いさんなんですか?」

 

「あの娘の事ですか?はい……えっと、詳しくはそちらの方達に聴いてもらいたいんですが、はい。うちの子は、あの娘に助けてもらった事があるんです。

 自分の危険も顧みずに、この子の命を救ってもらった事が……」

 

「え……?」

 

「えぇ、立花さんがシンフォギアを纏ったあの日、立花さんはその子を護る為に、胸の内に眠っていたガングニールを起動させたの……」

 

「響の人助け……最初から、そうだったんだ……」

 

━━━━そう、だったのか。

翼さんのCDが発売されたあの日。お兄ちゃんが響が人助けの為にノイズに近づいたと嘘を吐いた、あの日。

━━━━けれど、その理由に嘘は無かったのだ。

確かに、響がノイズと戦った事を隠してはいたけれど、響はやっぱりいつもの響で、いつだって誰かのために拳を握っていたのだ……!!

 

「……ねぇ、カッコいいお姉ちゃん、辛そうだよ?助けてあげられないの?痛いので飛んでけー!!って、できないの?」

 

「……助けようと思っても、私達には何も出来ないんです……」

 

「……それに、声を掛けてあげる事だって出来ないの……ただ、すごーく強いおじさんが今助けに行ってあげてるの、きっと大丈夫だよ。」

 

少女の無垢な言葉に、何も出来ない私達は歯噛みするしかない。三人掛かりでもどうにも出来なかったフィーネさんを前に、私達が出来る事なんて……

 

「━━━━いいえ。いいえ!!あるわ!!藤尭くん!!ここのスピーカーシステム、生きてる!?」

 

━━━━そんな無力感を打ち破ったのは、司令が出て行ってからずっと黙り込んでいた鳴弥さんだった。

 

「えっ?……あっ、はい!!シェルター内部へのアナウンス用の放送機材と、持ち込んだオペレーション用の機材を使えばなんとか……一体なにを?」

 

「━━━━リディアン音楽院の生徒達は、シンフォギアの適合者策定の為に全国から選ばれた少女達だった。

 ……だから、彼女達の歌には一般の人よりも強力なフォニックゲインが載る筈!!

 響ちゃん達三人が一晩中了子さんとぶつかり合ってくれたお陰で、あそこにはシンフォギアのエネルギーとして使用されながらも消え去らずに残留したフォニックゲインが大量に集まっている……

 それを、リディアンの皆さんの歌で奮わせるッ!!そうすれば、櫻井理論においてすら机上の空論でしか無かった奇跡(・・)をも手繰る事が出来る筈ッ!!」

 

━━━━鳴弥さんの言ってる事は難しくって全然分からないけれど……つまり、私達にはまだ出来る事があるって事!?

 

「ッ!!なるほど!!それなら、校庭に生き残ってるスピーカーがあればそれを介して送信できる!!

 ……ただ、学園側の電気系統はコッチとは別なのでまだダウンしたままです……ジョージさん!!」

 

「おう。もう見つけてあるぜ。お誂え向きのモンがある……シェルター側から動力を送って学校側の非常電源にする連結システムが近くにある。

 ただ、難題が一つあってな。隔壁の閉まり方が微妙だ。残念ながら俺達じゃスイッチまで手が届かねぇ。」

 

「……それって、穴が狭すぎるって事?」

 

「ま、ありていに言えばな。」

 

「……だったら、あたしが行くよ!!大人は無理でも……あたしみたいにちっちゃい子なら入って行けるでしょ!!

 アニメだったら間違いなくそういう時にはちっちゃい子が活躍する場面だもん!!それで、響の人助けを手伝えるのなら!!」

 

鳴弥さんの策に立ちはだかる壁を前に、板場さんが決意を固めた顔で叫ぶ。

 

「そんな!!アニメじゃないのよ!?崩れてきたりしたらどうするの!?」

 

「━━━━アニメを真に受けて何が悪いッ!!ここで真に受けないで何もやらなかったら私、きっと一生後悔する!!一生後悔を抱えたまま、真っ直ぐ立つ事も出来ない!!

 ……それじゃ、非実在青少年にだってなれやしないッ!!━━━━この先、響の友達です。って奏さんにも胸を張れないじゃない。」

 

「あ……」

 

━━━━板場さんの決意は、紛れもない本物だった。

 

「ナイス決断です!!私もお手伝いしますわ!!」

 

「……だね。ビッキーが頑張ってるのに、その友達が頑張らない理由も無いしさ!!」

 

「みんな……」

 

三人の強い決意に、私は思わず泣きそうになってしまう。

みんな、巻き込まれてしまっただけなのに、響を助ける為に決意を握ってくれた……!!

 

「……よし、じゃあジョージさん、そのまま四人を連結システムの場所へ……マーティンさんは避難してきた皆さんの中からリディアンの生徒の呼び集めをお願いします。

 藤尭くんは私とここでシステム連結の準備。友里さんはマーティンさんを手伝いながら、不安がっている人が居たら声を掛けてあげてください。」

 

『はいッ!!』

 

━━━━そうして、私達は動き出す。奇跡を手繰り寄せる為に

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━もう、ずっと遠い昔の事だ……あの御方に仕える歌巫女であった私は……いつしかあの御方を……創造主を愛するようになっていた。」

 

━━━━ぼんやりと空を眺めていると、悲し気な声が聴こえた。

フィーネが、了子さんが、絞り出すように語るのはきっと、ずっとずっと昔の詩だ。

 

「━━━━だが、この胸の内の想いを伝える事は叶わなかった。この想いを伝えようと築き上げたカ・ディンギルは創造主の逆鱗に触れ、私と、そして人類の言葉は奪われたのだ。

 唯一創造主と想いを伝えあう事を可能とした統一言語はバラルの呪詛によって喪われ、私は一人になった……

 数千年もの間、私は抗い続けた。創造主が月の遺跡を去った後も、バラルの呪詛を解き放ち、私の想いをいつの日にか……あの御方に届ける為に……ッ!!」

 

「胸の……想い……?」

 

━━━━それは、なんなのだろうか。恋慕?愛情?それとも……感謝?

それがなんなのかは、分からない。分からないけれど……

 

「だからって……その為に世界を滅茶苦茶にしていいなんて事は、無いですよ……了子さん……」

 

「……ッ!?是非を問うかッ!!恋心のなんたるかも知らぬお前がッ!!」

 

━━━━了子さんは、泣いていた。

きっと、それほどの強い想いなんだろう。確かに了子さんの言う通り、私には愛とか恋とか、難しくって全然分からない。

けれど……けれど……!!

 

「わかりません!!わかりませんけど……!!想いの為なら何をしたっていいなんて、私は思いたくないですッ!!

 だって、そんな風になんでもかんでも踏み台にして笑いかけたって、きっと、私の好きな人は振り向いてくれないもんッ!!」

 

━━━━不思議な事に、奇妙な確信があったのだ。

きっと、そうだって。胸を張って言える程にあったかい物が。

 

「ッ!!……シンフォギアシステムの最大の問題点は絶唱使用時に発生するバックファイアだった……融合体であるお前はその問いに答えをくれるかも知れん存在。それ故に手加減してやっていたのだ……

 だがッ!!最早そんな事はどうでもいいッ!!真霊長となった私自ら試せばいいッ!!私に並びうる者は根絶やしにしてくれる━━━━ッ!!」

 

けれど、想いは強く脈打っても、身体には力が入らない。

了子さんが私に飛ばしてくる鞭を止める事が、もう私には出来なくて……

 

「━━━━覇ァァァァ!!」

 

━━━━しかしてその鞭は打ち払われる。

 

「貴様……ッ!!どいつもこいつもッ!!死にぞこないが墓穴からわざわざ起き上がってくるかッ!!」

 

━━━━そこには、いつも見るおっきな背中が立っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「うぐー……!!」

 

「うぅ……言いたかないけどさー、全体重支えるとなると流石に……キツイもんがあるよね……!!」

 

━━━━連結システムの部屋に入ったのは良かったが、そのシステムの主電源が何故か2mもの高い位置にあったのは予想外だった。

普通、こういう電源って入れやすい所に付けたりするものでは無いのだろうか?

だから、私達は三人でピラミッド状に組み上げて一番軽い板場さんを上に上げる作戦に出たのだが……

 

「暗に重いって言わないでよね!?……ぐぬぬ……ゴメン!!そのままだと届かないからジャンプ行くよ!!せー……のッ!!」

 

それでも届かなかったのだろう、板場さんの謝罪の言葉と共に、フッと一瞬身体が軽くなる。

━━━━そして、衝撃。

 

『わぁっ!?』

 

飛び上がった板場さんは見事にスイッチを入れて、そして落下した。その衝撃で縺れあって崩れる私達。

明るくなった部屋の中で、私は板場さんに苦言を呈す。

 

「あいたたた……もう!!流石に危ないでしょ?」

 

「えへへ……ごめんごめん……届きそうで届かないのが悔しくってつい……」

 

「ですが、ナイスな結果を導けたのですからオールオッケーですわ。」

 

「そうそう。結果良ければ全て良し!!さ、元のシェルターに戻ろう?ビッキーにアタシ達の歌、思いっきり歌って伝えてあげないと!!」

 

━━━━そうだった。まだ、私達の戦いは終わっていないのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「死にぞこない、か……確かに、そうだな。腹は掻っ捌かれたし、血だって足りてない。

 ━━━━だがそれでも、俺が諦める理由なんて何一つありはしないさ。」

 

━━━━拳を握る。今度こそ、想いを伝えるその為に。

 

「……その腹、どうやって治した?まさか私のようにくっ付いたワケでもあるまい?」

 

「ふっ……焼いて、縫って貰ったさ。情けなくも一回気絶しちまったがな。」

 

意外にも投げられた軽口に真摯に答える。

それに零れる苦笑は、お互いの物だ。

了子くんの苦笑の理由は分からない。俺の方は……その程度で気絶してしまった自分の弱さへの苦笑だ。

 

「……往生際も此処に極まれり、だな。

 ━━━━だが、忘れたワケではあるまい?お前はただの人!!であれば、ノイズを相手に戦う事は出来まいッ!!」

 

━━━━瞬間、俺の左右の空間が歪む。

ノイズの召喚。だが……

 

「杖を介さず、だとォッ!?」

 

「フッ……ノイズに溺れ、呑み込まれるがいいッ!!」

 

杖を介さないノイズの出現。それこそが彼女の作り上げた王手(チェックメイト)の為の布石。

ノイズの出現に驚いた俺の一瞬の隙を突いて、向けられた杖より放たれるは幾百ものノイズ達。

避ければ響くんを殺す……いや、俺諸共響くんをも否定するつもりなのだろう。

ノイズが攻撃の瞬間に実体化する性質を利用してやり過ごす俺の戦法を知っているからだろう。左右のノイズと正面のノイズは微妙にタイミングが異なっている。

こうなれば只の人間に抗う術など存在しない……

 

━━━━だが、此処に例外が存在する。

 

「━━━━覇ァァァァッ!!」

 

震脚、踏みしめた大地から勁を徹し、拳から放出する。発勁の応用による範囲攻撃。

 

━━━━その一撃で、百を越えるノイズ達が消滅する。

 

「━━━━な、に……?バカな……!!生身の人である貴様にノイズに抗う術など有る筈が……いや、まさかッ!?」

 

「そのまさかだ!!キミがアビスへと仕舞いこんだRN式!!引き上げさせてもらったッ!!」

 

「バカな!!アレは核としていたアメノハバキリを取り出したただのガラクタの筈……ハッ!?まさか……雷神の鼓撥か!?」

 

「それもまたその通りッ!!行くぞ!!」

 

━━━━種明かしもそこそこに、了子くんへと迫る。

もはやノイズの脅威は絶対ではない。だが、それでも未だギアを纏えぬ響くんや、傷つき倒れている奏くんにあれだけのノイズが殺到すれば、彼女達を護り切るのは難しいと言わざるを得ない。

だから、彼女達が立ち上がれる事を信じて、了子くんの選択肢を奪うように立ち回る。

ノイズ召喚を誘っては即座にそれを潰し、逆にネフシュタンで攻撃してくればそれを受け流してカウンターを放つ。

 

「覇ァァァァ!!」

 

━━━━だが、決定打が与えられない。

ネフシュタンの鎧の再生能力と、彼女自身の力と思しきバリアと、ノイズの召喚能力。

その三つが噛合った事で、何度倒しても彼女は立ち上がってくる。

 

「クッ……」

 

「フハハハハハ!!さて……コレで三十分、と言ったところか?確か、RN式の限界稼働時間は実験では約一時間であったな?

 生身にて我がアスガルドを破った事には心底肝を冷やしたが……あと何分耐えられるかな!!」

 

「……まだまだァ!!」

 

 

━━━━そんなジリ貧な状況の中で、歌が聴こえた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「なんだ……?耳障りな……何が聴こえている……?」

 

━━━━うたが、きこえる。

リディアンの校歌。聴いてると気持ちがまったりして、落ち着く歌。

私の、日常の象徴。

 

「あ……」

 

「どこから聴こえてくる……この不快な……歌!!

 ……歌、だとッ!?クッ!!耳障りな音を止めてくれるッ!!」

 

「させるかァ!!」

 

「聴こえる……皆の声が……良かった……私の護りたかった日常……護れたんだ……傍に居てくれる人達……

 皆が歌ってるんだ……だから、まだ歌えるッ!!頑張れるッ!!戦えるッ!!」

 

朝日が昇る。想いが高まる。

光が集うのを感じる。よくは分からない。けれど、胸の中に強く、強く思い浮かぶ歌がある。

だから、それを握る。

 

「くっ……まだ、戦えるだと!?何を支えに立ち上がる!?何を握って力と変える!?鳴り渡る不快な歌の仕業か?

 ……そうだ、お前が纏っている物はなんだ?心は確かに折り砕いた筈……ッ!!

 なのに、何を纏っている!?それは私が作った物かッ!?

 ━━━━お前が纏うそれは一体何だッ!?なんなのだ……!!」

 

了子さんがなんだかごちゃごちゃと言っているのを感じる。

━━━━実のところ、私にも理屈なんて全く分からないのだ。

けれど、私が纏っているコレがなんなのかは分かる。

━━━━だから、叫ぶ。腹の底から、希望の歌よ、世界に鳴り響き渡れとばかりに。

 

「━━━━シ・ン・フォ・ギィィッ━━━━ヴウゥワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

━━━━その叫びに応えて、飛び集まってきてくれる人達が居た。

 

「━━━━皆の歌声がくれたギアが、私に力を与えてくれる。

 クリスちゃんや翼さん、そして奏さんに、そしてお兄ちゃんにだってッ!!もう一度戦う力を与えてくれるッ!!

 ━━━━歌は戦う力だけじゃない!!命なんだッ!!」

 

クリスちゃん、翼さん、奏さんにお兄ちゃん。

一度は敗れ、傷つき倒れた皆が、だけども今は此処に居る。

 

限定解除(エクスドライブ)……それほどまでのフォニックゲインを一体どこから……

 何であれ、二年前の意趣返しを果たしてすっかりその気、というワケか……」

 

『んなこたどうでもいいんだよッ!!』

 

『あぁ、最早問題は貴方を倒す事だけだ。』

 

━━━━頭の中に声が響く。

それは、クリスちゃんとお兄ちゃんの声。

テレパシー……という奴なのだろうか?

 

「念話までも……限定解除(エクスドライブ)されたギアを纏ってすっかり有頂天か!!」

 

━━━━杖を振るって、現れるはノイズの大軍勢。

だが、杖を介さぬ所からもノイズは数多く現れ、状況に着いて行けていない師匠を包囲するように私達と引き離す。

 

『いい加減芸が乏しいんだよッ!!』

 

『世界に尽きぬノイズの災禍……それも貴方の仕業だと言うのですかッ!?』

 

『━━━━ノイズとは、バラルの呪詛にて相互理解を喪った人類が、同じ人類のみを殺戮する為に作り上げた自律兵器……』

 

『人が……人を殺す為に……?』

 

━━━━その言葉に、納得は出来ないが合点は付いた。

人を炭と変えてしまうノイズ。人が生きた証そのものを否定するその性質は、『そうであれ』と造られた兵器だからこそ擁していた機能だったのだ。

 

『ノイズを産み落とすバビロンの胎たるバビロニアの宝物庫の扉は開け放たれたままだ。それゆえ、使う者すら喪ったとて十年に一度の偶然でノイズはこの世界へとまろび出る。

 ━━━━だが、私はその偶然を必然とする事が出来る……ッ!!』

 

『偶然を必然に……まさかッ!?了子さん、アンタッ!!』

 

了子さんの言葉に、激しく反応したのは奏さんだった。

 

『━━━━そうだ。と言ったら?神獣鏡は是が非でも確保せねばならん危険物だったからな。』

 

『━━━━ッ!!』

 

『奏さん!!避けて!!』

 

フィーネの言葉に激昂する奏さんを、お兄ちゃんがかばう。

飛んできたのはノイズの大軍勢。まるで壁のような、ノイズの大瀑布。

 

「━━━━応ぜよッ!!」

 

それを避ける事に苦戦する私達を後目に、了子さんは杖を天へと掲げる。

そして、杖から放たれた光は四方八方へと広がり……

 

━━━━そこに、地獄の蓋を開けた。

 

『なッ!?』

 

『どこを見渡してもノイズばかり……ッ!!』

 

『ヤベェぞ!!このまま範囲が広がれば、避難が完了してない地区にまでノイズが広がっちまう!!』

 

『━━━━翼ちゃん、奏さん、クリスちゃん、響。四人は、広がったノイズの対処をお願い。

 その間に、俺と司令でフィーネを叩く!!』

 

『わかった!!』

 

無制限かと思う程に大量にあふれ出たノイズを殲滅する為、私達四人は空を飛んで街へと降りて行く━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……参ったな。流石にこの数が相手だとキリがない。」

 

「ふん……減らず口を……先ほどから千に迫る程のノイズを叩き潰しておいてよくほざく……」

 

「━━━━おじさん!!」

 

司令は、一人でノイズと戦っていた。

だが、RN式を手に入れた司令の拳を、今更ノイズ風情が止められる筈も無い。

その拳の一撃毎に百のノイズが吹き飛び、その脚の一閃毎に大型ノイズが炭と消える。

 

「……もしかして、援護要りませんでした?」

 

「いや。了子くんの身持ちが堅くてな。このままではたどり着けない所だった……あの時の空間跳躍、イケるか?」

 

「はい!!」

 

響の……そして、リディアンの皆がくれた歌によって再び輝きを取り戻したアメノハゴロモを握る。

先だっての双鞭とのデッドヒートで短距離跳躍に関してはコツが掴めた。クリスちゃんを伴って跳んだ事で、誰かと同時に跳躍する事も可能だと分かった。

であれば、俺の戦法は━━━━更に進化する。

 

「はァァァァ!!」

 

━━━━止まらない事。それが俺の長所だと、おじさんに言われた事があった。

振るった糸の勢いをそのままに拳を振るい、脚を振るう勢いを用いて糸を振るってノイズを蹴散らすその戦法は、アメノハゴロモとして空間跳躍を可能とした事で更なる殲滅速度の加速を可能としていた。

振るった糸がノイズの群れを切り裂き、群れを抜けた所で『別の群れに当たるように』跳躍にて場所と方向を変え、振るい続けてノイズを蹴散らし、

小型ノイズを蹴り飛ばした反動で後ろ向きに回転しながら空間跳躍、ムーンサルトの動きを利用して糸を伸ばし振るって別の方向に立っていた大型ノイズを両断する。

 

俺の未熟な体術ではノイズを倒す速度を上げ続ける事は出来ない。だが、『アメノハゴロモで倒すノイズの数』を増やす事は、こんな風に限定四次元機動を駆使すれば不可能などでは決して無い。

思考を止めず、周囲を把握し、縦横無尽のその先、天衣無縫を求めて暴れまわる。

 

「……化け物どもめッ!!」

 

全力でノイズを追加するフィーネの悪態もしっかりと聞き届けながら、おじさんをフィーネの基へと届ける為の布石を打つ。

 

「コレでッ!!おじさんッ!!」

 

「応ッ!!」

 

━━━━薙ぎ払うのは、フィーネに近い群れの一群。司令ならば一歩で踏み込めるその距離。

俺の背後で戦っていた司令に声を掛ける。手を当てて、跳躍。

 

「見え透いているわッ!!」

 

それを読んでフィーネが手薄になった方向へとバリアを張る。先ほどから司令相手には一瞬しか保っていないバリアだが、それでも一瞬あれば、逆方向に残ったノイズの群れの中へと紛れるよう離脱する事は可能だっただろう……

━━━━そう、そちらから攻撃が来ていれば。

 

「なにッ!?どこに……まさか!?」

 

後背を突こうという俺達の狙いをようやく理解したフィーネ。だが、遅い。

ノイズの一群、最も濃い部分。敢えてそこ(・・)を貫く。

俺の飛行の勢いと、カタパルト代わりにアメノハゴロモで加速した速度、そして、そこから飛び出す司令の脚力。三つの力を一つとした簡易的な破城鎚(バリスタ)はノイズの大群を物ともせずに、

それこそ薄紙のように打ち破り……フィーネへと突き刺さった。

 

「が、ああああああああああああああ!?」

 

司令に踏み込まれた掌が酷く痛むのを必死にこらえながら、フィーネの吹き飛ぶ先を見据える。

吹き飛んだ先は、奇しくもカ・ディンギルの残骸だった。かつてのバベルの塔のように打ち砕かれたそこに、フィーネが突き刺さる。

 

「……もう、終わりにしよう。了子くん。投了(リザイン)してくれ。交換条件こそあるが、悪いようにはしない……」

 

「ゴフッ……その名で、呼ぶな……!!私はフィーネ……永遠を生きる者だッ!!」

 

「ふんッ!!」

 

フィーネを説得せんとする司令に、悪あがきを続けるフィーネ。

━━━━だが、その姿に何故か違和感がある。なにかがおかしい。足りていない……

 

「ネフシュタンの鎧とデュランダル、そしてソロモンの杖さえ提供してもらえれば……ッ!!」

 

━━━━ソロモンの杖!!

司令の言及と同時にようやく気が付く。先ほどまで、フィーネが手に握ってノイズを操作していたその杖が消えている(・・・・・・・)!!

その違和感に気づいた瞬間、司令はバックジャンプでフィーネの基から離脱する。

 

「━━━━フン。存外に勘がいい。もう少しで、私ごと(・・・)取り込んでやれたものを。」

 

━━━━其処には、二人のフィーネが立っていた。

 

「━━━━まさか、司令の一撃で別たれた上半身と下半身をそれぞれに修復をッ!?」

 

「そこまで人間を辞めてしまっていたか……ッ!!」

 

一人のフィーネが司令を引き付けている間に、もう一人のフィーネは瓦礫の下で準備していたのだ。

━━━━ソロモンの杖を、最大限に利用する為に。

その証と言わんばかりに、杖のフィーネはその腹に深々と、ソロモンの杖を刺していた。

━━━━そして、ノイズ達の動きが変わる。

 

「ソロモンの杖……ネフシュタンの鎧……そして!!来たれ、デュランダルよ!!」

 

『ノイズに……取り込まれてる!?』

 

『いや、ちげぇ!!アイツがノイズを取り込んでやがるんだ!!』

 

周辺に散らばっていたノイズ達が、片端からフィーネへと吸収されていく。

ノイズが寄り集まって大型ノイズへと変ずるように、ノイズを呑み込んだフィーネもまた、巨大なる姿へと変わって行く。

 

『━━━━コレこそ完全聖遺物の三位一体……黙示録に記されし竜の力だ!!』

 

━━━━黙示録に曰く。『一つのしるしが天に現れた。見よ、火のように赤い大きな竜である。これには七つの頭と十本の角があって、その頭に七つの冠をかぶっていた』

黙示録の獣、バビロンの大淫婦、様々な名で呼ばれる、その存在。

 

「緋色の女、ベイバロン……ッ!!了子くん!!伝承にあるそいつは滅びの聖母の力だぞッ!?」

 

司令も知っているのだろう。それ故に、フィーネを諫める為に言葉を放つ。

 

━━━━だが、返答代わりに飛んできたのは、竜の口より放たれる極光だった。

 

『うわぁっ!?』

 

「ぐぬぉ……!?」

 

「くっ……!!」

 

『なんてこった……街が!!』

 

それは、圧倒的な一撃だった。一撃にて、眼下の街の一区画が消し飛んだ。恐らくはカ・ディンギルと同じ荷電粒子砲だろう。

 

『逆さ鱗に触れたのだ……相応の覚悟は、出来ておろうな?フハハハハハ……ハハハハハハ!!』

 

圧倒的な出力を以て、フィーネは立ちはだかる。

 

━━━━無限の再生(ネフシュタン)無限の出力(デュランダル)、そして無限の質量(ソロモンの杖)

無限の三乗たるその威容が今、俺達の前に立ちはだかる……




人と人とが紡ぎ合う、原初の歌。
幾度でも、幾らでも、何度でも。
繋いだ絆は今此処に。
少女達は手を繋ぎ、未来に淡い希望を託す。

流れ星、墜ちて燃えて尽きて、そして━━━━

━━━━そして、物語は起点へと還る。


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第三十七話 始まりのラブソング

()じろッ!!』

 

『うわァッ!?』

 

━━━━空を飛ぶ彼女達に向けて放たれたその熱量は圧倒的だった。

デュランダルのエネルギーを利用した荷電粒子砲と思しきビーム。ベイバロンが吐き出したその熱量は、砲身が短くなった事でカ・ディンギルそのものよりは些か加速度が低減されたとはいえ、限定解除したというシンフォギアをも圧倒するに相応しき威力を擁していた。

 

「このッ!!ちょせぇんだよッ!!」

 

━━━━MEGA DETH PARTY

 

クリスちゃんのギアから、ミサイルが変化したと思しきレーザーが無数の閃光となって撃ち出される。

だがベイバロンは、コア部分と見えるフィーネ本体をシャッターのような器官で覆い隠す。

 

『ハッ、羽虫の一撃程度ではなァ!!』

 

「ぐ……ッ!!あぁ!?」

 

━━━━ベイバロンの砲口はその口元だけでは無かった。背に抱くその翼を広げた羽根先から、お返しと言わんばかりにクリスちゃんが放ったレーザーと同質の閃光が放たれ、クリスちゃんに迫り、爆裂する。

 

「はァァァァ!!」

 

━━━━蒼ノ一閃

━━━━POWER∞SHINE

 

その間隙を突いて翼ちゃんと奏さんもそれぞれが一撃を叩き込む。

……だが、それですら多少の傷を付けるだけに終わる。そして、再生。

 

『クッ……!!ネフシュタンの再生能力にソロモンの杖による巨大質量!!』

 

「それに加えてデュランダルの無限出力か!!本当に厄介な!!」

 

━━━━シンフォギアはノイズに対して物理的な干渉を可能とする。だが、それでもギアが巻き起こせる破壊の規模というのは大概が決まっており、超巨大ノイズを相手取る時には出力次第では物理的に干渉したとて弾かれる事もある。

ベイバロンが行っているのはまさにその究極。無限に召喚されるノイズで構成された装甲は、その質量で以てギアの攻撃を防ぐ鉄壁の盾となっているのだ。

 

『ハハハハハハ!!いくら限定解除されたギアとて、所詮は不完全な欠片より造りだされた玩具風情!!

 完全にして十全なる力を放つ完全聖遺物に抗える等と、思い上がりも甚だしいッ!!』

 

━━━━悔しいが、フィーネの語る言葉は事実だ。無限の三乗による絶対的なエネルギー差。それは、如何に奇跡のような限定解除を果たしたとはいえ単なる半無限機関たるシンフォギアでは未だ到達できぬ領域だ。

 

「ッ!!」

 

『……聞いたか?』

 

だが、彼女達は諦めていないようだ。

フィーネにも伝わってしまう念話をカットして、口頭にて何かを伝えあっているのが眼下に(・・・)見える。

 

「……どうやら策はあるようです。その間の時間稼ぎ、承りましょうか、おじさん。」

 

「あぁ……了子くんとて、黙って見ているとは思えんからな。」

 

━━━━これほどの質量を前にしては、範囲攻撃など欠片も出来ない俺では有効打すら与えられないだろう。

だが、それでもこの場には、俺にしか出来ない事がある。

 

「足場は俺が作ります。存分に!!」

 

「すまん……行くぞッ!!」

 

RN式には飛行能力など当然備わっていない。フィーネが空を飛ぶ限定解除ギアを優先しているのもその慢心が原因だ。

だが、俺のアメノハゴロモがあれば話は変わる。短距離跳躍と飛翔能力。それを組み合わせる事で中空に司令が戦うための足場を作り出す……それが、この場で俺にしか出来ない戦法だった。

 

━━━━そして、作戦会議を続ける四人を狙うベイバロンの脳天に、最強の拳が突き刺さった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━轟音と共に、フィーネが作り上げた威容が大地に倒れ伏す。

 

「っとォ!?なんだ!?フィーネの奴がぶっ倒れやがった!?」

 

「恐らくは司令と共鳴くんだろう。それより立花、やるべき事は分かったな?」

 

「えっと……はい。わかりました!!やれるか分からないけど、やってみますッ!!」

 

「ハハハ、そこまで構えなくってもいいさ。前回だって響は抗って見せたんだろ?

 ……だったら今度は、今度こそ使いこなして見せるって事が出来る筈さ。」

 

━━━━作戦は単純な物だ。あの威容に届く物が無いのなら、届く物を用意すればいい。

届く物とは即ち、無限の出力を誇るデュランダル。

 

「……はい!!」

 

それを、立花に託す。そして、無限の出力で以て無限の再生力を持つネフシュタンを打ち破る。

━━━━聖遺物の同時起動は暴走の危険性がある、とは雪音も断りを入れていた。

だが、それでも其処に賭けなければ勝機は掴めぬと、私達の誰もが分かっていた。

 

「私達が露を払う!!」

 

「手加減無しだぜ?分かってんだろうな!!」

 

「あぁ、勿論!!」

 

デュランダルの制御に備えて意を研ぎ澄ます立花を護る為、そして、そんな立花の基へと切り札を届ける為、私と雪音、そして奏の三人でフィーネの基へと向かう。

共鳴のアメノハゴロモを足場に空を駆ける司令の拳によって上へ下へと殴り飛ばされる事に苛立ちながらも、フィーネは全く堪えた様子が無い。

 

「……ほぼ生身で完全聖遺物を圧倒するなんざ、あのオッサン、ホント何者なんだ……?」

 

「ハハハ、弦十郎のダンナを常識に当てはめようとすると色々バグっちまうぞ?」

 

「だが、司令の拳だけでは、あの分厚いノイズの装甲を超える為の突破力が足りない……言葉は届いても、拳を届ける事は出来ない。」

 

「あぁ、だからやるぞ翼!!両翼の羽撃(はばた)き、了子さんに思い出させてやろうじゃないか!!」

 

「ふふっ……えぇ!!限定解除されたギアで放つあの技ならッ!!」

 

雪音に今も羽根が放つレーザーの対処を任せ、私と奏は更に加速する。

速度を合わせ、意を合わせ、息を合わせる。

━━━━かつて、ツヴァイウイングとして奏と共に飛んでいたあの日に紡ぎあげた必殺のコンビネーション。

アメノハバキリの力と、ガングニールの力を一つに合わせたその技の名は……

 

━━━━双星ノ鉄槌-DIASTER BLAST-

 

「はァァァァ!!」

 

「とりゃァァァァ!!」

 

二つのアームドギアから放たれた力は渦を巻く竜巻となり、フィーネの座す中心部へと直撃する……!!

 

 

━━━━そして、私達の目論見通りに中心部へと通じる穴が開く。

 

「よっしゃああああ!!」

 

雪音がその穴へと突撃するのを見据え、その間に共鳴達へと声を掛ける。

 

「策を成しますッ!!一旦退避を!!」

 

「……了解した!!」

 

その一声で察してくれたのだろう。跳躍で地上へと下がって行く共鳴と司令を見送りつつ、アームドギアへと力を集める。

そして、雪音の攻撃を疎んでシャッターを開くと同時に放つは、練り上げたる一閃。

 

━━━━蒼ノ一閃・滅波

 

「はァァァァッ!!」

 

一撃そのものはフィーネのバリアに防がれる。だが……爆炎の中からはじき出された物がある。

それは黄金の剣。即ちデュランダル。

 

「響!!ソイツが切り札だッ!!」

 

奏が叫ぶ。

 

「勝機を逃すな!!掴み取れッ!!」

 

私もまた叫ぶ。

 

「ちょせぇッ!!」

 

そして、雪音はデュランダルを銃撃で撃ち上げるという神業で以て立花の手に収まるよう誘導する。

 

「……うォォォォ!!」

 

「まさか、デュランダルをッ!?」

 

眼を見開き、立花はデュランダルを掴む。

 

「━━━━やったか!?」

 

声は、誰の物だったか。

 

━━━━そして、世界が反転する。

 

「は、ハハハ、ハハハハハハ!!暴走だ!!デュランダルを用いるところまでは良かったが、扱う者の心が破壊衝動に塗りつぶされてしまえば戦術としてなど機能しまい!!」

 

黄金の奔流は最早暴流の如く。

立花を先夜のように漆黒に染め上げ、その意思すら奪わんとデュランダルは暴れ狂う。

……だが、私達は諦めない。立花の手によって繋げて貰った私達は、立花響を信じる事を諦めない……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━漆黒に染まった響ちゃんを見て、真っ先に動き出したのは未来ちゃんだった。

 

「━━━━ッ!!」

 

「未来ちゃん!?」

 

「地上に出ます!!」

 

「無茶よ!!危ないわ!!」

 

あおいちゃんを含め、皆がそれを止めようとした。けれど……

 

「響は響のままで居てくれるって、変わらずに居てくれるって……だから私は響が闇に呑まれないように応援したいんです!!

 助けられるだけじゃなく、一緒に背負うって誓ったんです!!皆と一緒に!!」

 

━━━━その叫びは、どこまでも真っ直ぐで。

 

「……しょうがねぇお嬢さんだこって。行きな、護衛は俺達が引き受ける。」

 

「ジョージさん!?」

 

だから、人々を動かす力があった。

 

「あの嬢ちゃんが決意を握れるかどうかの瀬戸際なんだ。やってみる価値はあるだろうさ。」

 

「マーティンさんまで……ふふっ、私達の負けみたいね、コレは。

 ━━━━行きましょう、未来ちゃん。響ちゃんに、想いを届ける為に。」

 

「……はいッ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━正念場だ!!踏ん張りどころだろうがッ!!」

 

策の為に一旦下がってくれと言われた俺と司令は、奏さんや司令が破壊して出て来た元校庭シェルターの入り口付近へと退避していた。

━━━━彼女達が取った策は、完全聖遺物を以て完全聖遺物に対抗するという物。

その為に必須となるのが、響による完全聖遺物の制御。だが……

 

「響……」

 

━━━━漆黒に染まる響を空に見る。

勿論、響の事は信頼しているし、信用もしている。けれどそれでも、心配なのだ。

 

「━━━━強く自分を意識してください!!」

 

気づけば、シェルターの中から二課の皆が、未来達が駆けだして来ていた。

咎めようとする言葉は、ジョージさんとマーティンさんに目線で抑えられる。

━━━━覚悟はあるのだと。

 

「昨日までの自分を!!」

 

「これからなりたい自分を!!」

 

「響ちゃん!!今、自分が何をしたいのかを強く念じるの!!」

 

そんな中で、未来が近づいて来る。

 

「……お兄ちゃん。」

 

「未来……」

 

「一つだけ、お願いがあるの。私じゃあそこまで飛べないから、私の代わりに響の手を握ってあげて?」

 

「……わかった。じゃあ、行ってくる!!」

 

━━━━未来の言葉に背を押されて、俺は覚悟を決める。

響の事は心配だ。いつだってその無軌道で無鉄砲で無茶千万な行動を心配してる。

━━━━けれど、彼女にだって握る想いはあるし、それを護るとも誓ったのだ。

 

「……だったら、俺が響を信じてやれなくてどうするってんだ……!!」

 

未だ漆黒の衝動に抗う響へと手を伸ばす。手を伸ばして、空を飛ぶ。

 

「み、ん、な……ッ!!」

 

「━━━━屈するな、立花。お前が抱えた胸の覚悟、私に見せてくれ。」

 

「━━━━お前を信じて、お前に全部賭けてんだ!!お前が自分を信じなくてどうするんだよ!!」

 

「━━━━響。お前さんなら大丈夫さ。思いっきり、お前の胸の内を歌えばいい。」

 

「ぐ、ぬ、う……ッ!!」

 

「あなたのお節介を!!」

 

「あんたの人助けを!!」

 

「今日は私達が!!」

 

━━━━声が集う。そして、それに応じて、響が段々と自我を取り戻しているのを感じる。耐えているのだ。完全聖遺物の暴走に。

 

(かしま)しいッ!!黙らせてくれるッ!!』

 

━━━━だが、それを易々とはさせぬ者が居る。

ベイバロンの触手が、デュランダルを担う響達を打つ。

 

「━━━━GAAAAAAAA!!」

 

衝撃が暴走を後押しし、響の自我を奪う。だが……

 

「━━━━響ィィィィィィィィ!!」

 

聴こえる声は、未来の物。そのぬくもりを、あったかいものを届ける為に、短距離跳躍でそっと、正面から響の手を握る。

 

「━━━━響。この手のぬくもりが、このあったかい繋がりが……響の握った力だろう?」

 

━━━━黄金が、世界を覆った。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━声が、聴こえた。

 

何もかもを塗りつぶすような黄金の暴流の中で、それでも消える事のない声が聴こえた。

 

『そうだ……今の私は、私だけの力を握っているワケじゃない……皆がくれたあったかい繋がりをッ!!』

 

『だから……ッ!!この衝動に、塗りつぶされてなるものかッ!!』

 

━━━━もう一度、強く剣を握る。最早、黄金は暴流では無かった。

春風が背中を押してくれる。黄金が力強く応えてくれる。

 

『━━━━うむ。やはり、キミはデュランダルを担うに相応しい勇士だったな。

 いやー、しかしブラダマンテみたいな女傑が多いねー今の時代。

 アンジェリカ姫程じゃ無いけど魅力的だ。アストルフォ辺りが居たらきっとキミ達を放っておかなかっただろうな。

 ……そこのところはちょっとだけ、コイツ(デュランダル)が羨ましいよ。』

 

━━━━なんだか春風の中から不思議な声が聴こえた気もするけれど、それは幻だったのか、それとも本物の『誰か』だったのか。

 

お兄ちゃんが離脱していくのを見ながら、黄金を再び握る。

世界を黄金に染めて、デュランダルが輝く。その力を四人で振りかざす。

 

『その力ッ!!何を束ねたッ!?』

 

━━━━そんな物、たった一つに決まっている。

 

「響き合うみんながくれた、シンフォギアでェェェェ!!」

 

━━━━Synchrogazer

 

 

━━━━そうして振り下ろした黄金が、竜を真っ二つと切り裂いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「完全聖遺物同士の対消滅……!?無限と無限の正逆の概念故の、奇跡だとでも言うのかッ!?」

 

ベイバロンが崩れてゆく。

 

「どうしたネフシュタン!!再生だ!!再生しろ!!」

 

━━━━認めない。認めるものか。

こんな、こんな結末が認められるワケが無い。

私の計画はいつから崩れた!?一体何が問題だったのだ!?

 

「━━━━この身、砕けてなるものかァァァァ!!」

 

━━━━崩壊する。この身をも維持する神殿が崩れて消えてゆく。

こうなれば、我が身は保てないだろう。

……だが、それでも最悪では無い。

何故ならば、『(フィーネ)は存在し続ける』のだから。

確かに、二課のメンバーに私の正体も、そして私がアウフヴァッヘン波形を受けて復活する存在である事は知られてしまった。

 

━━━━だが、それがどうした?過去にも私を魔性の者として祓った者共は居た。だが、その度に私は時間を掛け、歴史の表側から私の伝承が風化するまで待ち続けたのだ!!

そして幸いな事に、今回の私にはバックアッププランがある。シンフォギアを纏う者共!!薬に頼らねばならぬ不完全品とはいえ、それを利用すれば再起は可能━━━━

 

━━━━そんな思考を回す私の前に、ソイツが飛び込んできたのはその瞬間であった。

 

「天津、共鳴ィ……!!」

 

━━━━私の栄光を奪っていった天津の裔が、私の計画の邪魔をしたこの男が、何故こんな所にまで飛び込んで来る?

念入りにトドメを刺す為か?もしくは私が死んだ事を見届ける為か?

 

「━━━━ハァッ!!」

 

━━━━だが、事実はそのどちらでも無かった。

ノイズ達で形作られたベイバロンと、私自身を繋ぐバイパスを切り裂き、そして男は空間跳躍を敢行したのだ。

 

「お前、何をバカな事を……!?」

 

「貴方が居なくなれば、響が悲しみます。だから……たとえその前の一瞬だとても、言葉を交わしてあげてください。」

 

━━━━それは、紛れもなく大馬鹿者の理屈だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ったく、このスクリューボール共が。」

 

━━━━気づけば、最早日は暮れ始め、空には再び、割れた月が浮かんでいた。

 

「てへへ……よく言われます。未来からも変わり者だーって。」

 

「はぁ……」

 

約束通り、フィーネは響と言葉を交わしていた。

 

「……もう、終わりにしましょう?了子さん。」

 

「……私はフィーネだ。」

 

「でも、了子さんは了子さんですから。

 ━━━━きっと、私達は分かり合えます。」

 

「……ノイズを作り出したのは、先史文明期の人間……ルル・アメル達だ。

 彼等はバラルの呪詛によって統一言語を喪った時、手を繋ぐ事よりも相手を否定する事を求めた。

 ……ノイズはその究極、『人類を否定する』為の兵器なのだ。そんな人間同士が分かり合える物か。

 現に人間は反応弾頭を抑止として仮初めの平和を維持するのが手一杯では無いか……」

 

「人が、ノイズを……」

 

「━━━━だから、私はこの道しか選べなかったのだ……!!」

 

「ッ!!おい!!」

 

━━━━フィーネの言い分は、どこまでも身勝手ではあった。

そもそも、当時の人類……ルル・アメル達を唆してカ・ディンギルを建てたのはフィーネである以上、その罪過はフィーネにも責任の一端があるだろう。

 

━━━━だが、だからとて、その言い分を聞く事無く、法に(もと)るからとそれを否定するのもまた筋違いだ。

この場は断罪の場では無く、分かり合おうと手を伸ばす場なのだから。

だから、激昂するクリスちゃんを諫める手は翼ちゃんと、俺の二人から伸びていた。

 

「……人が言葉よりも強く繋がれる事、わからない私達じゃありません。」

 

「はー……でやァァァァ!!」

 

━━━━それは、呆れだったのか。根負けだったのか。

その答えは永遠に分からないだろう。

ネフシュタンの鞭を伸ばしてきたフィーネに、響は冷静に対応し、彼女に肉薄する。

 

「……止めたな?拳を。ならば……私の勝ちだッ!!」

 

『ッ!?』

 

━━━━そこには、有り得ない光景が広がっていた。

地球と月の間、その距離実に38万4400㎞。欠片にて月そのものからは外れていたとはいえ、ネフシュタンはその長大な距離を一瞬にして0にしてみせたのだ……!!

 

「でぇやァァァァ!!」

 

フィーネの渾身の引き寄せに、反発力を受けた大地が割れる。

 

「━━━━まさか、月の欠片をッ!?」

 

「━━━━その、まさかよッ!!月の欠片を……落とすッ!!

 私の邪魔をする禍根!!正体を知る貴様等諸共に此処で纏めて叩いて砕くッ!!

 この身は此処で朽ち果てようと、魂までは果てはしないのだからなァ!!

 この星に我が血族が居る限り、アウフヴァッヘン波形の歌が空に響く限り、私は何度でも蘇る!!千年後の今日とて私には明日の出来事よッ!!

 どこかの場所、いつかの時代!!今度こそ、世界を束ねる為に!!

 私は永遠の刹那に存在し続ける巫女……フィーネなのだから!!」

 

━━━━なんたる執念!!それに、なんたる割り切り!!

己の身の限界すら利用した自爆特攻!!

月の欠片を利用した、いわば『ルナアタック』!!

どうすればいい、どうすれば皆を助けられる……!?

あまりの規模の大きさに対応策が思いつかない。

ディープ・インパクトも真っ青な緊急事態を前にして思考が空回りを続けてしまう……!!

 

「……うん、そうですよね。

 どこかの場所、いつかの時代。空に歌が響く限り、蘇る度に何度でも。私の代わりに皆に伝えてください。

 ━━━━世界を一つにするのに、力なんて必要ないって事を。

 ━━━━言葉を超えて、私達は一つになれるって事を。

 ━━━━私達は、未来にきっと、手を繋げるって事を。

 それって、今だけを生きる私には伝えられない……了子さんにしか出来ない事なんです!!」

 

━━━━けれど、フィーネへと告げる響の声に迷いは無かった。

 

「お前……まさか……?」

 

「だから、了子さんに未来を託す為にも、私が今を護ってみせますね!!」

 

━━━━イヤな予感がする。

 

「……フフッ、本当にもう……放っておけない子なんだから。

 ━━━━胸の歌を、信じなさい。

 それがきっと、貴方の今を切り開く為の力になる筈よ。」

 

━━━━頭の中によぎるのは、未だに残留したフォニックゲインのお陰か限定解除されたままのシンフォギアの性能。

バリアコーティングによる装者の保護、念話による意思疎通、そして、重力を無視した飛行能力。

 

「……はぁ。本来なら、ネフシュタンの対消滅によって、ネフシュタンと繋がっていた私は此処で退場の筈だったのに。どこかの誰かさんが諦めなかったせいで数分くらい延びちゃったわ……」

 

言外に俺のせいだと言われている事にはまぁ、見て見ぬふりを決め込む。

 

「……了子くん。」

 

「……なにかしら?謝罪要求以外なら受け入れるけれど……」

 

━━━━了子さんが言い切るより早く、司令は彼女をそっと抱き留めていた。

 

「……本当は、もっと早く伝えるべきだった。心地よい距離感に惑わされずに、キミを求め続けていれば良かった。

 ━━━━キミが好きだ。了子くん。」

 

「……本当に、今更過ぎるわね。それに、私の恋は今も遥けし彼方のあの御方にしか向いていないのよ?

 ━━━━どういう風の吹き回しかしら?こういうの、貴方は墓場まで持っていくタイプだと思ってたのだけれども。」

 

「鳴弥くんから背中を押されてな……本当は、キミともっと一緒に居たかった。

 惚れた女一人、護り切ってやりたかった。だが……」

 

「━━━━この結末は、私の選択の結果よ。後悔なんて無いし、これからも一切しないわ。

 ……けれど、そうね。もしも……もしも、この世界が明日に繋がって行くのなら……千年後の今日に、また逢いましょう?」

 

「……あぁ。」

 

━━━━それを見届けて、良かったのか、悪かったのか。俺には、まだ分からない。

だが、それが尊い光景だったという事だけは、心で理解出来たのだ。

 

「……フィーネ。」

 

「……私から言う事なんて、何も無いわ。クリス。貴方を道具として扱った事も、嘘で騙していい様に操った事も全て事実なのだから。」

 

━━━━フィーネに偶然と訪れたロスタイムを惜しむのは、司令だけでは無かった。

藤尭さんが各種観測データや衛星からの情報を統合して、月の欠片の進路予測を立てる間に産まれた、ささやかな時間。

 

「━━━━でもッ!!なんでッ!!」

 

クリスちゃんは、泣いていた。フィーネと最も言葉を交わしていた彼女の感情は、俺達では推し量る事は出来ない。

 

「……でももなんでも無いわ。私がした事は、私の計画の為の事……だから、もう貴方は私に縛られる必要も無い。貴方は、貴方の夢を追いかけなさい、クリス……」

 

そこに、嘘は無いのだろう。計画の為にフィーネがクリスちゃんを利用した事も、その為に仮初めの愛情を注いだことも。だが……

 

「……けれど、計画の為だからとて、総てが嘘偽りだったワケでは無いでしょう?」

 

嘘が無いからとて、総てが真実とも限らない。無粋だと分かってはいる。けれど……泣いている女の子を、放っておけなかったのだ。

 

「……はぁ。ホント、勘のいい男の子って面倒ね。

 ……えぇそうよ。愛玩かも知れない。計画通りに動く事に愉悦を感じていたのかも知れない。けれど……他意が無かったかと問われれば、そうでは無いわ。」

 

「フィーネ……」

 

「居なくなってからじゃ、何も伝えきれないですから……」

 

「フン……ならそうだな。貴様には冥途の土産に面白い事を教えておいてやろう。

 ━━━━神獣鏡は未だこの世に存在している。そして、それを使えば立花響の融合症例を治療する事が出来る可能性がある。」

 

俺の言葉に何かを思いついたのか、ニヤリと笑うフィーネは、とんでもない爆弾発言をしていく。

 

「━━━━なッ!?」

 

「アレは真なる姿を写す鏡……で、あれば。『聖遺物との融合』などという異物の混入を許さず、その身をまっさらに戻す事も可能やも知れんなぁ?

 ━━━━だが、どこにあるかまでは教えん。せいぜい、足掻く事だな。フフフフフ……」

 

━━━━意味深な言葉を遺して、彼女は炭と崩れて、去って行く。

 

「……あーあ、アタシだって了子さんに言いたい文句が山ほどあったんだけどなー。」

 

バックファイアを考慮して先にギアを解除し、車椅子に戻っていた奏さんの言葉は、その剣呑さとは裏腹に、複雑な感情を載せていた。

━━━━それは、仕方のない事かも知れない。奏さんの半生は、常にフィーネの……了子さんの計画に翻弄されていた。フィーネは、奏さんの家族の仇そのものでもあり、同時に共に歩む仲間でもあったのだから。

 

「奏……」

 

「……そう暗い顔すんなって!!翼。了子さんの事だから、数ヶ月後とかにひょっこりフィーネとして現れて来たりするかも知れないしさ!!

 そん時には精々拳骨の一発くらいはぶち込んでやるから安心しなって!!」

 

「そういう問題じゃ……もう……」

 

「……軌道計算、出ました。やはり、重力圏に入ってしまった以上、直撃は避けられません……」

 

「あんなものが落ちてきたら、あたし達、もう……」

 

━━━━藤尭さんの齎した計算結果は残酷な物だった。

月の欠片は地球に引かれ、地表へと衝突する。

その衝撃は基より、衝撃によって舞い上がった土砂は太陽を覆い隠し、この星に深刻な規模の寒冷化を齎すだろう。

 

━━━━その未来に抗う為に、前に進みだす姿があった。

 

「響……」

 

━━━━握り込んだ指先に、力が入るのを実感する。

 

「何とかする。

 ちょーっと行ってくるからさ。未来はお兄ちゃんと一緒に待っていて欲しいんだ。未来とお兄ちゃんが居る所に、私は絶対帰ってくるから!!

 だから……生きる事を、諦めないで。」

 

「えっ……?」

 

━━━━そう言って、飛び立つ響を止める術が、俺には無い。

限定解除されたシンフォギアの絶唱による迎撃と破壊。それは、最も確度の高い排除法だと計算は告げる。

……だが、俺には出来る事が無い。アメノハゴロモはかつて世界を繋いでいたというのだから、宇宙での活動を可能にする機能が備わっていると思われるのだが……

あまりにも多すぎる搭載された術式の中からこの短時間でそれを見つける事は不可能だったのだ。

そして、アメノハゴロモの共振によるバックファイア除去が使えない以上、絶唱を使う事は即ち、彼女達の身の危険を意味する。

 

……それを前にして、何も出来ない自分の無力さがあまりにも腹立たしい。

 

「響……」

 

「……では、叔父様。私も行って参ります。」

 

「……待ってるからな。ツヴァイウイング再結成ライブの為にさ。」

 

「……えぇ、それまでの間、世界と……共鳴くんの事をお願いね?」

 

「あぁ、馬鹿な真似なんてさせやしないさ。安心しな。」

 

━━━━そうして、翼ちゃんも空へと飛んで行く。

 

「……あたしも行くかな。んじゃあな、『共鳴』。」

 

「━━━━ッ!!」

 

━━━━飛んで行く一瞬に発したクリスちゃんの言葉に込められたその重さに、涙が溢れる。

最早遠い昔のように思える昨日の昼下がり、好きなように呼んでいいと俺は言ったが、結局の所クリスちゃんが俺の名前を呼ぶ機会など一度も無かった。

だからこそ、なのだろう。俺の未練に付き合ってくれたのと、そして、俺に未練を遺させないようにと……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

                   ━━━━絶唱・胸に響き、いつか世界に満ちるまで━━━━

 

 

空へ向かって飛んで行く中で、絶唱を口ずさむ。

口にしただけで発せられる反動の強さに、思わず顔を顰めてしまう。凄いなぁ……翼さんも、クリスちゃんも、奏さんも。

 

『━━━━そんなにヒーローになりたいのか?』

 

『あっ!?』

 

独りで歌うと思っていたら、いつの間にか歌い手は三人へと増えていた。

 

『━━━━こんな大舞台で挽歌を歌う事になるとはな。立花には驚かされっぱなしだ。』

 

『翼さん、クリスちゃん……』

 

『……ま、一生分の歌を歌うにはちょうどいいんじゃねぇのか?』

 

『ヘヘッ。』

 

嬉しく思う。二人が付き合ってくれた事。

そして、護りたい(・・・・・)と思ってくれた事が。

 

『━━━━それでも実を言うとな。私は立花や雪音と……それこそ、奏と一緒にもっと歌いたかった。』

 

『……それは……』

 

『バーカ。未練であって、後悔じゃねぇよ。だから……いいのさ。きっと。』

 

『そっか……未練、か。』

 

『あぁ、それはきっと何かを成し遂げたいと、何かを貫き通したいと思った尊い想いだ。』

 

『━━━━ありがとう、二人共。

 よーっし!!解放全開ッ!!いっちゃえ!!ハートの全部でッ!!』

 

そうして、意を合わせた私達は欠片を目指す。

 

『皆が皆、夢を叶えられやしないのは分かってる。

 ━━━━だけど、夢を叶える為の未来は皆に等しく無きゃいけないんだよッ!!』

 

『命は、尽きて終わりなんかじゃない。

 ━━━━燃え尽きたとしても、其処に残った物を未来へと繋いでいくのもきっと、人の営みだ。

 だからこそ、剣が護るのだ。明日へと続く道をッ!!』

 

『━━━━たとえ声が枯れたって、この胸の歌だけは絶やさないッ!!

 夜明けを告げる鐘の音奏でて、この空に共に鳴り響き渡れッ!!』

 

想い出すのは、今日までの日々。たった数ヶ月だったけれど、今なら心の底から『楽しかった』と言える、そんな日々。

 

『━━━━これが私達の……絶唱だァァァァ!!』

 

━━━━剣は巨大に分厚く重く、

 

━━━━砲火は激しく連なり、

 

━━━━拳は長く強く伸びる。

 

『うおおおおおお!!』

 

月の欠片を砕く為、世界の未来を護る為。

 

━━━━私達は、命を賭して歌を歌ったのだ。

 

 

 

 

『……まったく、本当に世話の焼ける連中だ。』

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━月の欠片は、砕け散った。

大気圏に突入しながらも、三つの輝ける光と共に崩壊し、無数の欠片となって世界へと降り注ぐ。

 

「流れ星……うぁ……うわぁぁぁぁん!!」

 

━━━━未来の涙を拭ってやる事が、俺には出来なかった。

 

「……ぐ、あ……あぁ……」

 

━━━━視界が歪んで、前が見えない。

 

「どうして……なんで……!!」

 

気づけば、俺はがっくりと膝を付いていた。大事な人を三人もいっぺんに喪った事だけでは無い。

━━━━また、手が届かなかった。

手を伸ばして、必死になって頑張って、それでもまだ、足りなかった。

 

「どうしてッ!!俺の手は……いつだってッ!!大事な時に届かないッ!!

 ……どうして、手を伸ばしてもすり抜けていくんだァァァァ!!

 あ、あああああああああああああ……!!」

 

━━━━空を覆う無数の破片の流れ星、いつかの約束の通りの光景を前にして、俺の慟哭は、闇夜に溶けて、消えて行った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

雨が、しとしとと降っている。

━━━━あの日から、三週間が経った。

響達の捜索は、打ち切られる事になったと、弦十郎さんから聞いた。

……同時に、書類上は作戦行動中の行方不明からの死亡扱い……KIAとか、難しい言い回しをされた気もする。

 

━━━━そうして、郊外に響のお墓が建てられた。けれど、其処に響は居ないし、名前だって彫られてはいない。

米国からの干渉を防ぐ為に、『立花響』の周囲への被害を出さないようにするためだと鳴弥さんは語ってくれたけれど、私にはよく分からない。

 

━━━━お墓がある区画も、これまでのノイズの襲撃で損壊している部分が多かった。

直接は人命に関わらない以上、優先して予算を回す事も出来なくて申し訳ないと、そう言っていた弦十郎さんの申し訳なさそうな顔を覚えている。

 

━━━━それを響のお墓であると示しているのは、弦十郎さんに渡したあの時の写真だけ。

もっといっぱい何かを遺しておけば良かった。響と私が歩んだ時間を、永遠に続くと思っていたあの瞬間を、もっともっと何かに遺しておけば良かった……!!

 

「会いたいよ……もう会えないなんて私、いやだよぉ……私が見たかったのは、お兄ちゃんも、響も、皆一緒に見る流れ星なんだよ……!!」

 

━━━━弱まってきた雨足の中、それでも私が濡れないようにと傘を差して、お兄ちゃんは何も言ってくれない。

何故?どうして?たくさんの質問をぶつけたのに、お兄ちゃんが返してくれた言葉はあまりにも少なかった。

 

『……ゴメン。未来……』

 

返ってきた言葉はそればかりのなしのつぶて。

機密なのだろうか?けれど、だとしたら何の機密?

 

━━━━悲鳴が空を裂いたのは、そんな一時の中だった。

 

「きゃああああ!!誰か、助けて!!」

 

「ッ!!未来は此処に……」

 

「ノイズだったらお兄ちゃんと一緒の方が安全でしょう!?それより早く!!」

 

「……わかった。必ず護る!!」

 

久しぶりのマトモな会話。けれど一刻を争うからとお兄ちゃんを押し切る。

行ってみれば、そこに居たのは自動車での運転中に運悪くもノイズの出現にかちあってしまったらしき女性だった。

 

「コッチへ!!」

 

「未来はそのまま行ってくれ!!後ろから来る奴は俺が撃ち落とす!!」

 

「━━━━ッ!!お兄ちゃんも一緒に逃げて!!だって、ギアはもう……!!」

 

「……ならそうだな。じゃあいざとなったら歌ってくれ、未来。……この空に歌が響く限り、俺は死なない。」

 

━━━━そのまま、お兄ちゃんが抱き上げた女性と一緒に逃げ出す。

諦めたりなんかしない。するもんか!!

 

「ッ!!マズい、囲まれた!!」

 

「あ、あぁ……もうダメよ……お終いなんだわ……」

 

「……お願い!!どうか、生きる事を……生きる事を、諦めないで!!」

 

心が折れてしまったのだろう。へたり込んだ女性を庇って、歌を歌う。それはリディアンの校歌。そして、その歌を受けてお兄ちゃんのレゾナンスギアが起動する……

 

━━━━それよりも早く、ノイズ達が炭へと返る。

 

「……ごめん。機密を護らなきゃとかなんとかで、未来にはまた……ホントの事言えなかったんだ……」

 

━━━━首を向けた先には、彼女達が居た。

涙が溢れて、止まらない。

気づけば、走り出していた。

 

━━━━ノイズの脅威は尽きる事無く、人の闘争は終わる事無く続いている。世界には危機が溢れているし、悲しみの連鎖は止まる事が無い。

 

━━━━けれど、諦めない。うつむかない。だって、この世界には……この空には、歌が響いているのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「響ッ!!響……響……響……!!」

 

「ははは……ゴメン。やっぱ、心配かけちゃったかな……」

 

仲睦まじい様子の二人に声を掛けるのも無粋だろうと、それを見守る。

 

「響、響、響……!!」

 

「ははは……ちょっと痛い、カモ?」

 

しかして、小日向さんの感情は相当な物だったのだろう。段々とエスカレートしていく姿は、その心配の気持ちそのもの……と言ったところだ。

 

「響響響響響響……!!」

 

「……あれ?ちょっとどころじゃないカモ!?」

 

「響響響響響響響響響響!!」

 

「み、未来さん!?痛い!!痛いって!!いやいや痛い痛いデス!!」

 

「響響響響響響響響響響響響響響響!!」

 

「やめてとめてやめてとめてやめてとめて……あ、あだーッ!?」

 

遂に立花が音を上げ始めたが、小日向さんが収まる気配は見えない。

 

「うーん……ま、KIA判定まで出て三週間も行方知れずだったんだ。むしろコレくらいで済んで僥倖かもなぁ。」

 

「叔父様、すいませんでした……小日向さんを巻き込まぬ為とはいえ、わざわざ嘘まで吐いてもらって……」

 

「ハハハ、なぁに。米国が完全に撤退したと見えるまで小日向くんをキミ達と接触させるわけにもいかなかったからな。

 こういう汚れ仕事なんてのは、それを専門にする大人に任せておけばいいのさ。」

 

「……なぁ、ところでおっさん。アイツはなんでさっきから見事な土下座を披露してんだ?」

 

━━━━此方の話もひと段落したと見たのか、雪音が指さして聞いて来るのは、先ほどから見事な土下座の姿勢のままピクリとも動かない共鳴くんの事であった。

 

「アレか?アレはなぁ……」

 

「なんでもさ、未来を巻き込まない為に~って何も教えない事にしたんだけど、そのせいで『誤魔化す為の嘘は二度と吐かない』って未来との約束が守れなくなるってんでずーーーーっと黙りこくってたらしいぜ?」

 

語りづらそうな叔父様の代わりに理由を答えたのは、鳴弥さんに車椅子を押して貰って現れた奏だった。

 

「な、なんつー不器用!!っていうか、アイツが近くに居たらそれだけで関係者認定されるんじゃねぇのか!?」

 

「それも一応忠告したんだけどねぇ……未来ちゃんが心配だーって言って聞かなくて……」

 

鳴弥さんのやれやれと言った感じの言及で、殊更にボロが出て来てしまう共鳴。

……心配させてしまった事の負い目、だろうか?普段の共鳴ならもっと柔軟に対応する気もするのだが……

 

「……お兄ちゃん。」

 

「……はい。」

 

「……まずは顔を上げて?汚れちゃうでしょ。」

 

「……その……」

 

「━━━━嘘、吐かなかったんだね。」

 

「━━━━約束、したからな。」

 

「ん……じゃあ、今回は許します。ただし、次回は響と同じ目に遭う事を覚悟するよーに」

 

「それは……恐ろしいな。」

 

「えっ!?ちょっと待って!?もしかして私オチ替わりに使われた!?ふえーん!!未来ー!!マジゴメンってばー!!」

 

━━━━あぁ、約束か。約束であるならば、確かに彼はそうするのだろうな。

 

━━━━そうして見上げる空は高く、今日も今日とて世界は回っている。世は押しなべてことも無し、とは言うが、世界のどこかでは、今でも陰謀が渦を巻いているのだろう。

そんな陰謀をも切り裂く剣であろう、と。護るべき日常である彼女達を見て、私は改めて誓うのであった。




此れにて、物語は大団円を迎えた。
しかし、次なる陰謀・策謀・欲望の渦は、まさしく彼女達を呑み込まんと手ぐすねを引いて待っている。
━━━━だが、それに対するはいずこかの日だ。
まず見据えるべきは明日では無く今日そのもの……即ち、是より描かれるは合間に挟まりし日常のお話である。


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閑話 夏休み(サマーバケーション)
第三十八話 合間のファーストメジャー


━━━━響達と未来との再会より少し時は遡る。


━━━━ルナアタック

後にそう呼ばれるようになるその事件は、先史文明の巫女『フィーネ』が世界を巻き込んで引き起こしたものであった。

 

完全聖遺物『デュランダル』によって起動した荷電粒子砲『カ・ディンギル』によって月を穿ち、人類に掛けられた『バラルの呪詛』を解き放ち、同時に月を喪う事で重力バランスが崩壊する地球に君臨しよう……などという規格外にも程がある大望を抱いた彼女の計画は、私達『特異災害対策機動部二課』の尽力によって成し遂げられる事無く頓挫した。だが……

 

「うわーん!!!!」

 

━━━━私達の戦いは終わってはいなかった。

読んでいた本から目を上げ、いきなりに叫び出した少女に私は声を掛ける。

 

「……立花は今日も今日とて元気なのだな。」

 

「だってだってだってー!!もう二週間もこんな所に閉じ込められてお日様を拝めてないんですよ、翼さん!?」

 

━━━━彼女、立花響の言う通り、私達はこの二週間程もの間、自衛隊基地内にある地下施設に隠遁していた。

 

「……そうは言ってもだな。月の損壊、及びそれにまつわる一連の処理や、関連する機密情報の秘匿に関する調整が済むまでは私達は行方不明扱いの方が都合がいいのだ。だから仕方がないだろう?」

 

月を穿つというフィーネの計画は確かに打ち砕かれた。だが、総てが上手くいったワケでは無い。

カ・ディンギルの砲撃によって削り取られ、ネフシュタンによって引き寄せられた月の欠片。そして、それを打ち砕いたシンフォギアという存在……

本来ならば歴史の影に隠れる筈だったそれらの事象はしかし、多くの人々が知るところと相成ってしまった。

 

━━━━それが齎した影響は、やはり大きい。

月の欠片の破壊という奇跡的な事象は、しかして他国にとっては『シンフォギアが齎す可能性』としてとらえられてしまったのだ。

立花に気づかれぬように嘆息を零しながら思う。

 

━━━━この星は、いつか終わりを迎える。

資源枯渇の可能性は前世紀から指摘されている。そして、資源を喪えば人は文明を喪うだろう。

だが、シンフォギアや聖遺物はその問題点をある程度クリアする『無限』の体現だ。

もしも……もしも、聖遺物を人が完全に制御できる日が来れば、旧来のエネルギー資源を巡る利権争いは全てが薙ぎ払われてしまうだろう。

……その可能性ゆえに、そういった既得権益を握っている他国はシンフォギアの見せた奇跡を殊更に危険視しているのだ。

 

親米派の防衛大臣と、日本側の憲法違反を訴える抗議活動という大規模な裏工作を利用して日本との協調路線を打ち出し、各国に先んじて『相互協力』の提案を為して来た米国や、

『日本が技術独占し、さらに聖遺物から得られる利益までも独占することなど、決してあってはならない』という共同宣言を発表したロシアと中国……

 

そういった不穏な空気の中でとうの私達がノコノコと顔を出してしまえば、各国は私達を槍玉に挙げるだろう。

それに……

 

「……わかってます。未来を危険に巻き込まない為、ですよね?」

 

「……あぁ。小日向さんは直接は関係しないとはいえ、それでも私達が近づいてしまえば各国からの干渉を招きかねない……私達防人の力不足で迷惑を掛けるな、立花……」

 

私達が槍玉に挙げられてしまえば、当然にその周辺の人々もまた、その影響を受けてしまう。

そんな時に真っ先に狙われるとすれば、それは護る力を持たぬ小日向さん達であろう。

━━━━それが分かっていながらも、防ぐ術の無い無力さに歯噛みするしかない。

 

「……きっと、大丈夫ですよ!!お兄ちゃんも付いててくれますし!!

 ……そういえば、私達はこんな風に隠れてるのに、なんでお兄ちゃんは普通に外に?」

 

「あぁ、それはな……レゾナンスギアの存在が機密事項扱いだったのもあるが、独力起動も出来ない欠陥品であれば各国の追求も弱まる……というのが表向きの理由なのだが……

 どうも欧州連合各国からの強い後押しがあったらしい。『我々は欧州を守護した英雄の尽力を忘れない』と……恐らくは、二年前に欧州でKIAとなった共行おじ様の事なのだろうが……

 事の詳細は機密故明かせないと言われてしまってな……ひとまずはその厚意をありがたく頂戴しているが、いずれはその詳細を知りたいと共鳴は言っていた。」

 

━━━━おじ様がいったい何を成し遂げたのか。それは分からない。

だが、超規模経済破綻を起こしながらも今なお国家を超えた規模での協力を続ける欧州連合が一目置くともなれば並大抵の事では無いだろう。

 

「ほえー……共行おじさんってスゴイ人だったんですね……」

 

「あぁ、アメノツムギを用いて世界を飛び回り……様々な人々を護っていたのだと聴いている。その背中を、共鳴は今も追っているのだろうな」

 

「私にとっては、厳格だけどちょっとお茶目な近所のおじさんって感じでしたから、あんまり想像付かないです。」

 

その言葉に、思わず笑みが零れる。

私にとっての共行おじ様も、厳格でありながらも私に優しく接してくれる人だったのだから。

 

「ふふっ、共行おじ様ってば、相変わらず子ども達に優しかったのね。」

 

「そうなんですよ~。私もお兄ちゃんの家に遊びに行った時によく甘い物貰ったりしてまして……まぁ、その後お手伝いさんに共行おじさんが怒られてたんですけど……

 ……うぅ、考えてみたら今の私ってもしかして、あの時の共行おじさんと同じ立場なのでは!?

 あそこまで大見得切っておきながらサクッと戻ってきちゃった上に、未来にホントの事全然言えてないし!!」

 

共行さんとの想い出でなにかのスイッチが入ったのだろうか、立花がいきなり騒ぎ出してしまった。

しかし、小日向さんに心配をかけてしまっているのは事実なのだ。護る為に一生懸命にした結果がそのような事態を招き、二人の仲を悪化させるなどというのは私にとっても本意では無い。

 

「まぁ落ち着け立花。もしもの時は私達からも口添えしてやろう。小日向さんとて悪鬼羅刹では無いのだから話せばわかってもらえよう?」

 

「ホントですか!!ヤッター!!」

 

━━━━まぁ、今の二人ならばそこまで過保護にするほどの心配は要らぬだろうな。という言葉は敢えて口にせず、私は暫し立花との世間話に興じたのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あたしは、人を殺した。

ソロモンの杖を振るい、ノイズを使役し、そして……人を、その尊厳を炭に帰したのだ。

 

成り行き任せであのバカ共と手を繋いではしまったが……あたしのその罪は、永劫赦される事は無い。

 

━━━━いいや、赦されてはいけないのだ。

 

だってそうだろう?人が人を殺す事は、どんな場所だろうと、どんな時代だろうと、肯定されてはならない最大級の禁忌なんだ。

あたしは、あたしのしでかした事から、一生目を背けたりしちゃいけない……

 

「どうしたの?クリスちゃん。さっきからずーっと黙ってて……」

 

そうしなきゃあたしは……あたしは……

 

「━━━━わかった!!お腹空いたんだね!!

 わかるわかる!!私もマジでガチでお腹空くとおしゃべりも億劫になっちゃうもんねー!!

 あ、そうだ!!さっき新聞の折り込みチラシ見たんだけど、宅配ピザに革命!!って見出しでカロリーに比例して美味さも天井知らずらしくって……」

 

「……だーっ!!いい加減うっとおしいんだよ!!空気詠み人知らずかこのバカ!!」

 

━━━━そんな風にシリアスに考え事をするあたしを邪魔するのはあのバカ。

立花響とかいうソイツは、どういうワケかあたしによくよく絡んできやがる。

 

「く、クリスちゃんが空腹のあまりに怒りっぽくなっちゃった……」

 

しかも、口を開けばこの始末だ。あまりの能天気さにあたしとて思わず語気が荒くなってしまう。

 

「そういう問題じゃねぇェェェェ!!お前は!!少し!!黙れ!!あたしが求めてるのはメシじゃなくて静寂だ!!いいから黙って一時でいいからあたしに静寂を寄越しやがれ!!」

 

「ふえーん!!翼さーん!!クリスちゃんが怒りっぽいんですよー!!」

 

泣き言を叫びながらバカが縋りつくのはあの剣女。

しかし、あの剣女ならまぁまだ多少はコッチの意を汲んでくれるから気が楽なのだが……

 

「まぁ落ち着け、立花。人には一人瞑想に耽る事が必要な時もあるものだ。恐らく雪音が求めているのはそういった物事なのだろう……

 ━━━━つまり、修行だ。さぁ、立花も共に瞑想するといい。時には心を落ち着けて耐える事が重要になる事もあるだろう。」

 

━━━━そんな甘っちょろい考えは、即座に打ち砕かれる事になる。

しまった。この二週間程で気づいたが、コイツも中々の鍛錬バカなのだった……!!

『常在戦場』などと宣いながら脚を組んで座り込み、数時間も動かなかった時は遂にコイツは狂ったかと思った物だ!!

 

「なるほど……言ってる事全然分かりません!!けど、やってみます!!」

 

━━━━マズい!!この流れではまたぞろ数時間はコイツ等に付き合わされて拘束されてしまう!!

その前に此処からおさらばしなければ……!!

 

「おーい響ー、邪魔するぞー?

 お?なんだ、翼もクリスも揃い踏みか?ちょうど良かったちょうど良かった……な?鳴弥さん。」

 

「えぇ、そうね。ちょうどいいし、皆にも聞いてもらいましょうか。」

 

望まぬ救いの手は、そんな時にやってきた。

車椅子に乗ってやってきたのは……確か、天羽奏だったか。あたしは殆ど会話した事も無いが、元々のガングニール装者だったと聴いている。

……そして、車椅子を押して来たのは天津鳴弥、アイツの……母親らしい。

とはいえ、あたしは巻き込まれなきゃそれでいい。話とやらでコイツ等の注意が逸れればそれでいいと小さく息を吐く。

 

「あっ、はい。私に聞いてもらいたい事ですか?」

 

「響だけにじゃないんだけど、まぁ手近に部屋があったからなー……んでそうそう、話したい事ってのは今後のあたしの身の振り方についてなんだよ。」

 

「身の振り方……?」

 

「えぇ、これまでは奏ちゃんはリハビリも兼ねて本部併設の病院と本部を行き来していたんだけど……」

 

「あぁー……カ・ディンギルで思いっきり潰れちゃいましたもんね……」

 

━━━━注意が逸れればそれでいいと思っていたのに、バカの言葉に思わずビクリと身体が震えるのが自分でも分かる。

カ・ディンギルが顕現して、学校と病院が潰れたのもまた、元を辿ればあたしのせいなのだ……

……平和な日常を、あたしが汚してしまったのだ。

 

「そうそう。だからコレを機に環境も一転させちまおうって思ってな?だから、トモの家に転がり込もうって話になってさ。」

 

「ほうほうお兄ちゃんの家に……ってなんですとォ!?」

 

「あぁ……なるほど、共鳴くんの家ならお手伝いさんが居てくれるものね。

 それなら、私としても一安心だわ。」

 

そんなあたしの、震えを見せまいとする努力が功を奏したのか、気づかれる事無く話は進んでいく。

どうも、天羽奏はアイツの家に厄介になろうとしているらしい。

まぁ、そうであろう。と内心納得する。車椅子で無ければ動けない今の彼女が生きていくのなら誰かに頼るしかないのだから。

 

「えぇ、私も出来るだけ戻るようにするし、お手伝いさんの他にも在宅リハビリの為にヘルパーさんも雇おうかと思ってて……」

 

「そこまでは流石にいいって言ってるんだけど、鳴弥さん全然聴いてくれなくてさぁ……響達からも説得してくれないか?」

 

「えぇ~?でも奏さんの事を考えてしてくれてる事ですし……天津の人ってそういう所で勿体ないとか全然考えない人ばっかりだから難しいと思いますけど……」

 

「私も同感よ、奏。天津が防人として守るべき人を見過ごす事はもう有り得ないのだもの……観念して受け取った方がいいと思うわよ?」

 

「えぇ~……?そうだ、クリス!!クリスはどう思うよ?」

 

━━━━何故、そこであたしに話を振ってくるのだろうか。

 

「はぁ!?あたしに振られても困る……っていうか、あたしには関係のない話だろ!?」

 

「まぁまぁそう言わずに……」

 

「って言われてもだな……世話してくれるって言ってんだから、別にそれならそれでやってもらえばいいんじゃねぇのか……?」

 

結局、返せたのは無難な答えだけ。

……それにしたって、あたしが言えた義理では無い。アイツも、あのデカいおっさんも、皆が差し伸べてくれた手を払ったのはあたし自身の選択なのだから。

 

「ぐぬぬ……アタシの味方は居ないのかよー!!」

 

「味方だからこそ、余計なお世話まで焼くんでしょう?」

 

「あはは……でもちょっとうらやましいなー。お兄ちゃんの家って大きいし、流石に私も泊りに行った事は無いからちょっと憧れちゃいますよ。」

 

「おっ?なら響と未来も寮から出て転がり込んで来るか?どうせだし翼とクリスも来ちまえよ!!」

 

「……はぁ!?なんでそこであたしまで!?」

 

━━━━掛けられる言葉の総てがあったかくて、昨日までにやらかした罪を忘れてしまいそうになる。

けれど、それはあたしには許されない事だ。罪は、簡単に償えないからこそ罪なのだ。

そこから逃げないと決めた以上、あたしにそんな安らぎなんて要らないのだから……

 

「あー……お誘いは嬉しいんですけど、私の場合はお父さんが『嫁入り前なのに男の家に転がり込むだなんて響がグレちゃったー!!』とか言って泣き出しちゃいそうなので……」

 

「……私の方も、個人として交流するだけならともかく移り住んでしまえばお爺様が黙って居ないわ。奏には申し訳無いけれど、私も辞退させてもらうわ。」

 

「ちぇーっ……んじゃま、とりあえずそういう事で、コンゴトモヨロシク?」

 

「なんでカタコトなんだよ……」

 

望まぬ救いの手は、やっぱり望まなくて良かった救いの手だったな……等と想いながら、ひらひらと腕を振る彼女を見ていると、すっかり逃げる気力も失せてしまったのだった……

 

 

━━━━追伸。その後本気で修行とやらに付き合わされた。

やっぱり特起部二(とっきぶつ)にはまともな人間は居ない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━と、言うワケで改めての紹介だ!!雪音クリスくん!!第二号聖遺物イチイバルの装者にして心強い仲間だ!!」

 

「……ど、どうも。ヨロシク……」

 

雪音クリスの歓迎会をしよう!!という司令の言葉に一もにも無く賛成したメンバーが多かったのは、二課の気風を象徴していると言えよう。

とはいえ、歓迎会が開かれた理由というのはそれだけでは無く……

 

「さらに!!本日を以て装者三人の行動制限も解除となる!!」

 

「……師匠!!それってつまり……!!」

 

「そうだ!!キミ達の日常に帰れるのだ!!」

 

「やったー!!やっと未来とお兄ちゃんに会えるー!!」

 

━━━━そう、各国とのドタバタもひとまずは落ち着き、喫緊に装者を襲うような無鉄砲な計画が進んでいない事が確認された事で、彼女達を日常に帰す事が可能となったからだ。

……とはいえ、生臭い世界での闘争は終わったワケでは無い。国会におけるシンフォギア秘匿に対する風当たりは未だ強く、米国が何かしら動いている可能性も皆無とは言い切れない。

それでも、彼女達には帰るべき日常があるのだ。であれば、安全確認が出来た状態でなお拘束する必要も無い……それが、二課が上層部との交渉の末辿り着いた結論だ。

 

「クリスくんの住まいも手配済みだ。そこで暮らすといい。」

 

「あ、あたしに!?いいのか!?」

 

「あぁ、もちろんだ!!装者としての任務遂行時以外の自由やプライバシーは二課が総力を挙げて保証しよう!!」

 

「あ、ぁ……」

 

━━━━雪音ちゃんが溢れる喜びを抑える様に、思わず笑みが零れる。

共行さんから聴いていた、雪音夫妻の忘れ形見。奇しくも共鳴が巡り合った彼女。

内戦に巻き込まれたという彼女が帰るべき日常を手に入れるその瞬間に立ち会えたのは僥倖であった。

 

「……アレ?そういや鳴弥さん、トモは?」

 

「え?あぁ、共鳴なら未来ちゃんに付き添ってあげてるわ……もう、共鳴ったら。『響達が生きてる事を知ったら間違いなく未来は会いたがるけど、今未来が接触したら完全に巻き込まれてしまう……でも未来に嘘を吐かないって約束をしたし……』って頭抱えちゃって……真っ直ぐ過ぎるのも困りものねぇ……」

 

「……もしかしてトモ、未来に何も教えないでただ付き添ってるだけって事?」

 

「えぇ……やりたい事と出来ない事の板挟みに頭抱えて。まったく……防人として覚悟を握ってる人からは、本音一つ引き出すのにも苦労するわ。」

 

「……それって、もしかして惚気話?」

 

「ふふっ、さてどうかしら?もしかしたらアドバイスかも知れないわね?」

 

━━━━共行さんに似て、共鳴も多くの女の子と絆を紡いでいる。

共行さんは私だけを選んでくれたけれど、あの子の人生は共行さんとは違う、あの子だけの人生だ。

そしてあの子の理想もまた、共行さんの物とは違う。だから、誰を選ぶのかもまた、共鳴の自由に任せようと思う。

……けれどきっと、その自由の先には多くの苦難が待っている。それでも、空に歌が響く限り……あの子は諦めないだろう。

だから、私はその道行きを応援したい。共に立つ事は出来なくても、諦めない想いを応援する事は出来るだろうから……

 

「━━━━自由もプライバシーもどっこにもねぇじゃねぇかァ!!」

 

クリスちゃんの絶叫が聴こえて来たのは、そんな時だった。

 

「……ん?どうしたんだよクリス。」

 

「どうしたもこうしたもねぇ!!なんでこいつ等まであたしの部屋の合鍵を持ってんだよ!!」

 

どうもクリスちゃんは、自由とプライバシーは保証すると言われたのに用意された部屋が既に合鍵だらけだった事にお冠なようだ。

 

「あー……それな。いちおう真面目な理由はあるんだぞ?」

 

「はぁ!?」

 

「えぇ、装者としての任務外のプライバシーは保証するのだけれど……同時に、貴方達シンフォギア装者に急に連絡が付かなくなった場合……例えば体調不良とか、他国の策略だとかね?

 そういった時に対処する為に合鍵を保持する必要性はあるのだけれど……流石に、年も離れた異性が多い黒服の皆さんに合鍵を預けるのはクリスちゃんも安心できないでしょう?

 だから、悪用の可能性が低くて年恰好も近い他の装者達に合鍵を預けたのよ。」

 

「んなっ……!!それは……確かに真っ向否定は出来ないけどさ……にしたってこのバカの分まで用意するか普通!?」

 

「えぇ~?酷いよクリスちゃーん!!」

 

「まぁまぁ……」

 

ある程度の納得は出来たけれど、最低限のラインを譲歩しようと迫るクリスちゃんを宥めすかす。

とはいえ、装者襲撃の可能性を考えればどちらかと言えば渡すべきで無いのは戦う力を持たない未来ちゃんの分なのだが……きっとそれは、クリスちゃんが少しずつ受け入れようとしてくれているという証なのだろう。

微笑ましく思いながらクリスちゃんの立て板に水の如き言葉を受け止めようと構え直した……

 

━━━━ノイズ出現を知らせる警報が鳴り響いたのは、その瞬間だった

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ノイズか!!藤尭ァ!!場所の予測急げ!!」

 

「……行動制限は解除された。ならば、ここからは防人の務めを果たすまでッ!!」

 

「クリスちゃん!!一緒に行こう!!」

 

━━━━ノイズ出現と聴いて、隣に立つクリスちゃんの手を握る。

 

「は、はぁ!?お手手つないで同伴出勤なんて出来っかよ!?」

 

クリスちゃんは何故かそれを拒否するが、まぁ慣れた物だ。クリスちゃんが割と押しに弱いというのはこの数週間で分かった事だし、このまま押し切ってクリスちゃんと一緒に戦うんだ!!

 

「でも、任務なんだよ!!」

 

「だ、だからっていきなり友達なんてのは……」

 

━━━━はて?どうして一緒に任務に行くことが友達になるのだろうか?というか、私とクリスちゃんはもう手を取り合っているのだし友達なのでは?

 

「何をやっている二人共!!そういう事は家でやれ!!」

 

そうして訝しむ私と慌てるクリスちゃんを一喝するのは翼さんの言葉。

 

「家でやれってのか!?」

 

「━━━━場所、特定できました!!コレは……近くに共鳴くんの通信機の反応もあります!!」

 

『ッ!?』

 

藤尭さんの報告が緩んでいた部屋の空気を引き締め、緊張が走る。

 

「━━━━共鳴が居るという事は……!!」

 

「━━━━そこに未来も居る!!」

 

「━━━━急ぐぞ!!」

 

「うん!!」

 

そして私達は走り出す。一番あったかい場所を護る為に。一番居たい、帰るべき日常へ帰る為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、闇が帳を降ろした空間であった。

欧州某所。防諜対策が施された地下空間。かつての大戦の折に建造されながらも、『存在しない物』として抹消された筈の地下世界。

そこに、結社の魔人たちが集っていた。

 

「……にしても?こうして三幹部が揃うのって久しぶりじゃない?」

 

「言われてみれば確かに、前回揃ったのは大規模作戦の時だったワケダ……それで、サンジェルマン。分かってはいるが一応聞くが、召集の理由は?」

 

私が手ずから錬金術を授け、導いた二人。アレッサンドロ・ディ・カリオストロ。そしてフランソワ・プレラーティ。

彼女等に促され、私は重要な議題を口にする。

 

「……あぁ、諸君も分かっているだろうが……フィーネが潰えた。数週間前の話だ。

 フィーネ……先史文明の巫女にして、自分以外の異端技術の使用者を刈り取る執行者。その存在は、我々結社にとっても邪魔な存在だった……

 フィーネの存在ゆえに動かせない計画が幾らあった事か……今回は、フィーネの存在を前提に水面下で進めていた計画をどこまで顕在化させるかを議論する為に諸君を召集した次第だ。」

 

「やはりそれ絡みというワケダ……とはいえ、私としては特に言う事もない。『あの錬金術師』は未だに潜伏中。シャトーの建造もあと半年は掛かる状態だ。少なくとも今すぐに何かしらのアクションを起こせる状態では無い。」

 

「━━━━キャロル・マールス・ディーンハイム……本来ならば知啓の集約の為に組織を組むことが前提となる錬金術師の世界で、配下こそあれ自らと並び立つ者を作らない異端の錬金術師だったか……

 シャトーを建造して、その先に起こす計画については?」

 

「なしのつぶて、というワケダ。奴さんは(えら)くガードが堅いし、受付役のホムンクルスは何も知らん。ただ……」

 

「ただ?」

 

私達結社の三幹部は今、それぞれ別々の計画を進めている。その中でもプレラーティが関わっている物はとある技術(・・・・・)に関してのノウハウ取得のための資金援助が主な役割だ。

その相手は異端の錬金術師であるディーンハイム。彼女は、自らの相似体であるホムンクルスを利用して数百年の時を生き続ける傑物でもある。

 

「……あのシャトーは、まるで楽器(・・)だ。設計に関しては此方も口出ししているが、奴さんの構想では錬金術的な意味合いをも超えて風洞が多い。

 あれだけの風洞があれば、シャトー全体が巨大な音叉のような役割を果たす事も可能だろう。

 ━━━━奴さんが米国と距離を取りながらも多少は関わり合っている以上、件のシンフォギアとやらとも関係するのカモ知れんワケダ……」

 

「……なるほどな。であれば、今すぐ動き出す事は無かろうがこれまで通り油断せずに付き合うべき……という事か。」

 

「そうねぇ……あんまり距離を狭めすぎると、向こうの思惑がコッチの想定を大幅に超えていた時に振り回されちゃうものねぇ?

 ……あ、次はサンジェルマンがお願い。この流れだと多分あーしの計画が一番優先度高そうだから。」

 

プレラーティの計画は未だ道半ば……それ故に今すぐに動き出す事は無いだろう。三人の間でその合意が取れた事を確認しつつ、次の計画について話し出す。

 

「了解した。私が携わっているティキの本体の探索だが……前回の大規模作戦で欧州の聖遺物保管庫を捜査出来た事で絞込は済んだ。やはり旧第三帝国絡みのならず者国家か……或いは日本の深淵の竜宮か。

 そのどちらかに、ティキの本体は保管されている筈だ。」

 

━━━━私の携わる計画、それは結社の悲願である『バラルの呪詛の解呪』。つまりは月の遺跡の掌握を為す為、かつてのカストディアンに比肩する絶対なる神の力を地に降ろす為の時節と場所を見定める事だ。

その為に必要な物こそ、惑星運行観測機能に特化した『神宿す人形(ヒトガタ)』である自動人形(オートスコアラー)のティキである。

だが、四百年前、天地の照応を以てティキに宿る筈だった神の力はフィーネの横入りによって霧散し、ティキの本体もまた封印され、地中海へと沈んでしまった。

 

「……前大戦の折、ドイツ海軍がティキの本体をサルベージした事は事実。だったらティキの本体の今の所在は……」

 

「そのナチスドイツから接収された聖遺物を保管する欧州屈指の聖遺物研究機関たるSERNか、ナチスドイツと協力関係にあった日本、もしくは亡命した元ナチスドイツが潜伏する南米の三択だったというワケダ。」

 

「えぇ、けれど……そこからは手詰まりね。やはりならず者とはいえ国家は国家。私達結社が歴史の表舞台に出られない以上、何かしらの豪華な対価を示さなければ彼等とて胸襟を開きはしないだろう。」

 

アルカノイズを使うという手も考えはしたが、アルカノイズは錬金術の秘奥の一つである。

シンフォギアとやらが対ノイズ戦闘に特化しているという情報を思えば『人間がノイズを使う』等という挑発にも等しい策を取るのはリスクが高すぎるだろう。

 

「日本に到ってはあの風鳴訃堂が今なお強権を振るっている物ねぇ……でも安心して?あーしはそこを考えて新たな計画を練ってきたから。」

 

「新たな計画?」

 

「まずはコレを見てちょうだい?」

 

そう言ってカリオストロが提示してきたのは惑星運行を予測した軌道データだった。確かに惑星運行は錬金術の成否をも定める重要なファクターの一つではあるが、コレの何が重要なのか……?

カリオストロが無意味なデータは出さないだろうと一つ一つの運行予測を眺めていく。水星、金星、地球、火星、土星、天王星、海王星、冥王星……そこで、感じる強烈な違和感。

錬金術の神秘を成すはずの宇宙の調和が、微妙に成り立たないと錬金術師としての勘が警鐘を鳴らしている。

 

「待って、このデータ……数値が狂っているわね!?」

 

「ご名答。フィーネがバラルの呪詛を解呪しようと月をぶっ壊そうとした事……あーし達が思ってるよりも影響はデカかったって事ね。

 ━━━━月が、その軌道をズラし始めているわ。」

 

「月が……!?」

 

「……だがそれでは話がおかしいというワケダ。宇宙開発の最前線に立つNASAはルナアタックの影響による月の軌道への影響は軽微だったと言っている……あぁ、なるほど。そういうワケダ?」

 

ニヤリ、とプレラーティが嗤う。事ここに到れば、私にも話は見えてくる。

 

「━━━━米国による情報操作か。」

 

「そゆ事。けれど、月は今も不安定な天秤をギリギリの所で押し留めているだけ……だからこそ、その米国の欺瞞を暴こうとする勢力(・・・・・・・・・・・・・・・・)が現れる。

 あーしは其処を焚き付けてあげようかと思ってね?この軌道データの欺瞞を知れば、彼等は立ち上がるでしょう。」

 

米国に正面切って喧嘩を売る愚かな国家など、表の世界には存在しない。だが、世界の闇の中には、それを為せる程の力を持つ者達が存在する。

その中でも、今回の件について喫緊に動き出せる存在となればそれは……

 

米国連邦聖遺物研究機関(Federal Institutes of Sacrist)……我々からして見れば、フィーネの子ども達か。」

 

「えぇ。レセプターチルドレン達にフィーネが宿らなかった事はこの二週間の監視で分かったけれど、彼等にはまだやってもらうべきことがある……」

 

「『対ノイズ兵器』の秘匿と独占、そして月の落下の隠匿……それにまぁ、どうせ生存原理(オルタネイティブ)に基づいた宇宙への脱出計画でも建てているだろう米国の糾弾……これが成功すれば米国の権威は失墜するというワケダ。

 そこに我々結社の意思が介在したとなれば……」

 

「ならず者国家は私達の言葉を重く受け止める、という事か……だが、もしも糾弾が失敗したら?」

 

「失敗したとて、米国は内部からの叛乱でガタガタになる。少なくとも、聖遺物に関する最先端の研究はその殆どが停止せざるを得なくなるわ。

 それに、米国が『世界正義』として正しい道を歩まざるを得なくなっている以上、失敗した場合でも権威に傷が付けば各国はこぞって米国に嘴を刺していく。今の米国圧倒的優位な外交はどっちにしろ覆されるって事。」

 

「……流石は、山師(アヴァンチュリエ)と名付けられる事はあるワケダ。たった二週間でルナアタックを味方につけるとはな。」

 

「あぁ、カリオストロ。この計画を推し進める事には私達も否やはない。それにもしも……」

 

━━━━もしも、月の落下といういずれ来たる一大事が本当に彼等の尽力で覆されるのならば、それはなんて、希望に満ちた夢物語だろうか。

……頭を(よぎ)った言葉を口に出す事は出来なかった。

 

『━━━━人々を護る事こそが防人の務め!!それを忘れ、罪なき人々を踏みにじった先に掴んだ栄光は罪と血にまみれた王冠でしか無い!!それを完全無欠を謳う綺麗なお題目で飾り立てるのは……貴様等が自らの過ちに気づいているからだろう!!』

 

二年前、我々結社が起こした欧州を覆う程の巨大錬成陣による賢者の石製造を目論んだ『大いなる業(マグヌム・オプス)計画』は、ある一人の男の命を懸けた活躍によって阻止された。

その時に突きつけられた叫びが胸を突く。

私達は、人を犠牲にして此処に居るのだと。我々の理想もまた、誰かを踏みにじった上に立っている理不尽なのだと……

 

「……サンジェルマン?大丈夫?」

 

「……いや、なんでもない。ひとまず、計画はこの方向で進めるとしよう。私は先に戻る。」

 

カリオストロ達に声を告げ、一人足早に部屋を去る。

━━━━コレは、結社の最高幹部たるサンジェルマンが見せるべき感情では無いのだから。

 

「……天津、共鳴……」

 

部屋に戻り、一人呟く名は、とある少年の名。

ルナアタックを解決した特機部二(とっきぶつ)に所属する一人の少年。資料に記されたその名に、その特徴に、酷く覚えがあった。

 

「天津共行の……私が殺した彼の、息子……」

 

━━━━運命が交差する日は、未だ遠い。




━━━━夏が来る。
不穏な影を宿しながらも、時は誰しもに等しく訪れる。
そうして迎えるは、少年の誕生日。
シンフォギアの新たな戦術、交錯する想い、変わり始める感情……
転機は、常に突然にやってくる。


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第三十九話 新技のアクシデント

「━━━━泊りがけの特訓?」

 

響達が戻って来てから数日が経った七月一日。自習用に用意されたテキストを山積みにしながら響が教えてくれた予定に、私は思わず鸚鵡返しに言葉を返していた。

 

「うん、そうなの。なんでも鳴弥おばさんが発見した現象がなんたら~って事で……けど、今は本部のシミュレーターが使えないから機密を護れる所まで遠出する事になるんだってさ。」

 

「……それなのに、私達も呼ぶの?」

 

━━━━そうなのである。

響が言うには二課の用事としての遠出らしいのだが、それなのに彼等は私やいつもの三人まで招待しようとしているのだ。

一体全体何の意味があってそんな……と思った時にふと思いついて見やるのは今月のカレンダー。そこに書かれた日付を見て、遅まきながら理解する。

 

「━━━━あぁ。もしかしてお兄ちゃんの誕生日パーティも一緒にやるつもり?」

 

「大正解!!さっすが未来は話が早いな~。来週の金曜日……七夕がお兄ちゃんの誕生日でしょ?だから折角だし、皆も連れて天津のお家の別邸の方に遊びに行って、誕生日パーティして、そのついでに実験もやっちゃおう!!

 って事らしいよ?」

 

なるほど。実験のために皆が集まる機会が出来るなら、そのついでに祝い事もしてしまおうというのは合理的な話だ。

 

「……なるほど?響は更にそのついででこの山積みの自習課題を減らす為に皆を巻き込もうとしてるワケね?」

 

「うぐっ!?あ、あははは……いやだなぁ未来……そんな事少しくらいしか思って無いよ……あははは……」

 

━━━━当然、図星である。

とはいえ、それも仕方ない話だ。一ヶ月程前の事件の折に倒壊したリディアン音楽院高等部は現在その機能を停止している。

それ故に私達は寮生活を続けたまま、配られた自習テキストや、先生達の厚意による通信補習などでその遅れを補っている。

……だが、響はそれに乗り遅れてしまったのだ。二週間にも及ぶ軟禁生活の間にそんな事に参加できる筈も無い。

私のテキストに比べて響のテキストの量の方が圧倒的に多いのはそれ故だし、そもそも響がテキストを解くスピードはそこまで速いワケでも無い。

 

━━━━そういった所ではやっぱり、響はただの学生なのだ。

 

「……うん、わかった。じゃあ板場さん達も誘って行こうか。勉強会開いておかないと、響の山積みのテキストがそのまま夏休みの宿題にスライドしちゃいかねないしね。」

 

「やったー!!ありがとう未来!!」

 

苦笑を零しながらも響の企てに乗る事を了承すると、図星を突かれて狼狽えていた筈の響もすぐに笑顔になる。

━━━━こういう風にコロコロと表情が変わるのも、響の魅力だな。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━それでは、今回の実験の概要を改めて説明します。

 今回の実験の目的は、約一ヶ月前のルナアタック事件の際に観測された特殊事象……即ち、月の欠片をも砕いた絶唱の一撃を可能な限り再現する事にあります。

 そもそも、ジェネレイト・エクスドライブ……限定解除状態のギアとはいえ、あれほど巨大な月の欠片を破壊する事はいかな絶唱の三重奏でも不可能な筈でした。

 ですが、彼女達はそれを為した……即ち、奇跡を引き寄せたのです。

 そして今、その奇跡を人の手に委ねる為に、可能な限り条件を揃える事でそれを再現する……それが今回の実験、『プロジェクト・S2』です。」

 

━━━━そう告げる母さんの言葉に、改めて気を引き締める。

ここは、天津の別邸近くに存在するとある盆地。伝承によれば、かつて伽羅琉という女性に当時の天津家当主・天津鏡花が救われたという場所。

そしてそれは同時に、前大戦までの間、アメノツムギが封印されていた場所でもあった。

封印されていたお堂が立つ以外は何故か草木すら生えないこの土地は、まるで採石場か何かのように広い空き地となっており、俺達二課は其処に仮設テントを設営して実験の準備を進めていた。

 

これほどの重大な実験の現場としてこの場所を選んだ理由は幾つかあるが、やはり一番大きいのは絶唱を用いるが故の周辺被害を恐れての事だ。

絶唱は一度放てばそうそうに収める事など出来ない極大なエネルギーを放つ技である。それが故に周囲に人や物が殆ど存在しないこの荒野が選ばれたのだ。

 

「実験の要は……響ちゃん、貴方の絶唱特性にあるわ。貴方が『手を繋ぎたい』と願ったその想いに━━━━きっと、ガングニールが応えてくれたのでしょう。

 あの日、貴方が束ねた三つの絶唱は、私達が予測したデータよりもとても高い数値を叩き出した……共鳴して、増幅された絶唱こそ、月の欠片を打ち砕いた奇跡の鍵よ。」

 

「は、はいッ!!頑張ります!!」

 

「ハハハ!!そこまでガチガチにならなくても大丈夫だ。なんてったってキミ達には共鳴くんが付いている。レゾナンスギアの共振機能を用いる事で絶唱が(もたら)すバックファイアを低減する事が出来るのだからな!!」

 

「━━━━あぁ。響、俺を信じてくれ。絶対に、俺は響を護って見せる。」

 

大がかりな実験に緊張しているらしき響の眼を真っ直ぐに見据えて、俺は言葉を紡ぐ。

そこに嘘偽りなど一つも無いのだと伝える為に。

 

「……ふふっ。そういうとこ、お兄ちゃんらしいよね。

 ……うん、お兄ちゃんの事、信じてるから。」

 

「あぁ、それに立花。戦場に立つのはお前一人では無い。」

 

「……気乗りはしねぇが、義理はあるんだ。手助けくらいはしてやらぁ。」

 

「翼さん、クリスちゃん……ありがとう!!

 ……ところで、一つ質問なんですけど……プロジェクトS2の『S2』って、一体なんなんですか?」

 

━━━━護れたからこそ見れた景色を前に感慨に耽る俺を引き戻したのは、そんな響の初歩的極まる質問だった。

 

「S2とはスパーブソングの略称よ。絶唱の英語表記ね。」

 

「おぉ、なるほどぉ!!」

 

「……やっぱり、響の為の座学講座をもう一回やり直すか?」

 

「えぇー!?流石に自習課題だけでグロッキーなのにそんなの追加されたらKOされちゃうよお兄ちゃん!?」

 

「……むしろ、やってもすり抜けるだけだから無駄じゃねーのか?」

 

「そんなッ!?クリスちゃんまで私の理解力を疑うの!?」

 

「━━━━立花、安心しろ。もしもの時は私達が助け船を出してやる。だから、立花はそのままでもいいんだ。」

 

「翼さん……!!……ってぇ!?翼さんが一番私の理解力を信頼していない気がするんですけど!?」

 

響の緊張を解す為か、或いは自分達の緊張を解す為か。軽口を叩く事で現場にもいつも通りの空気が戻って来た。

 

「━━━━さて、そろそろ実験を始めるとしよう!!装者達は準備を!!」

 

『はいッ!!』

 

━━━━こうして、プロジェクトS2は幕を開けたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━胸の内から溢れる歌を纏って、私は此処に立っている。

 

『……実験の第一段階、完了。装者二人での絶唱の相乗、およびレゾナンスギアによる反動(バックファイア)除去を確認しました。

 お疲れ様。少し休憩を挟んだ後に実験を第二段階に移行させるわ。』

 

「━━━━いえ。まだいけますッ!!」

 

「あぁ、防人の刃、この程度で折れるほど(やわ)ではありません!!」

 

「纏い直す手間も惜しいッ!!」

 

実験の第一段階として行った二回の絶唱━━━━翼さんと手を取り合って巨大な剣と成した物と、クリスちゃんと手を取り合って巨大な弓矢と成した物……それは、どちらも私を通して溢れ出て強大な力を発揮した。

けれど、その際に収束した絶唱の反動(バックファイア)はお兄ちゃんのレゾナンスギアによって放出されている。

 

『……共鳴。レゾナンスギアの調子はどうかしら?強化後に絶唱と同調する機会は殆ど無かったようだけれど……』

 

「……今の所、問題は無いかな。了子さんが強化してくれたお陰で、絶唱の二重奏すら問題無く放出出来てるし……」

 

『……イケる?』

 

「やる気は十分。」

 

『……わかったわ。これより実験を第二段階に移行、装者三人による絶唱の三重奏━━━━トライバーストを行います。

 各自、衝撃に備えた準備を。』

 

「……ありがとう。お兄ちゃん。」

 

「護って見せるって言っただろ?絶唱の三重奏くらいドーンと受け止めてやるさ。」

 

絶唱を放ってなお反動(バックファイア)が襲ってこないという今までに無い状況に、かなりテンションが上がってしまっている自覚がある私達を止めないでくれたお兄ちゃんに感謝する。

━━━━だから、この実験を絶対に成功させようと強く誓う。

 

「……行きますッ!!」

 

「あぁッ!!」

 

「おぅッ!!」

 

 

 

                       ━━━━絶唱・風雪は柔らかに、咲く花と共に鳴り響く━━━━

 

 

 

━━━━重なる心、重ねた手と手が紡ぎあげたその歌は、まるでデュランダルの覚醒の如く、瞬時に世界を塗り替えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━絶唱の三重奏。司令達によってトライバーストと名付けられたその未完の技を放つ事は、確かにこの実験の最終目的であった。

月の欠片を砕いた奇跡の再現。人為的にそれを成す為に藤尭さんを筆頭に二課のメンバーが総力を挙げて威力予測を叩き出した上で、この土地であれば被害は出ないだろう、という計算の基で実施されたこの実験。

 

━━━━だが、重なる心の三重奏は、俺達の予測を遥かに上回る意思の具現としてその姿を現した。

 

「━━━━藤尭さんッ!!全天の中で人工衛星の一番少ない所はどの方角ですかッ!?」

 

……それを見た瞬間、俺は被害を出さずにこの三重奏を制御する事を放棄した。二重奏までとは全く違う異次元規模のフォニックゲインの増大に、先ほどまでは余裕すら見えていたレゾナンスギアまでが軋みを起こし、悲鳴を挙げ始める。

幸いな事が一つあるとすればそれは、反動(バックファイア)除去が間に合っている事だけだろう。フォニックゲインの出力に翻弄されてはいるが、三人の装者達はまだ反動(バックファイア)に苦しんでは居ない。

 

『ッ!!……響ちゃんから見て左斜め45度ッ!!斜め上に真っ直ぐ突き出して!!』

 

「響ッ!!」

 

「━━━━ッ!!うん!!どォりゃァァァァ!!」

 

━━━━トライバーストの為に変形したアームドギアを構え、指示の通りに突き出した響の右腕から放たれたのは、破壊の暴風だった。

閃光が目を焼く中、かろうじて見えたのは、虹の如き彩光が螺旋を描き、空を引き裂き、雲を喰い破った光景。

 

「━━━━クリスちゃん!!煙幕を!!」

 

「━━━━ッ!!わかった、よッ!!」

 

               ━━━━MEGA DETH PARTY━━━━

 

打てば響くとはこの事か、とばかりに俺の狙いを即座に理解してくれたクリスちゃんが放ったミサイルは、周囲の土壁を抉り、爆発させる事で煙幕の層を作り上げる。

 

『━━━━総員、即時撤退ッ!!』

 

「え、え?えぇぇぇぇ!?」

 

「迷っている暇はないッ!!跳ぶぞ立花ッ!!」

 

「と、跳ぶってったって一体どっちに!?というかナンデ!?」

 

━━━━要するに、想定を超えて遥かにやり過ぎたのである。

幾ら表向きには解決した事になっているとはいえ、未だ『対ノイズ兵器』であるシンフォギアの国際社会における立ち位置は危うい。

そんな中で、衛星軌道まで突き上がるような一撃をシンフォギアが放った事がバレれば、世論はシンフォギアを危険視する方向に傾くだろう。

だが、直接的な証拠さえ無ければ知らぬ存ぜぬを切り通す事が出来る。それ故の煙幕、そしてこの場からの即時離脱だ。

 

「━━━━こっちだ!!三人とも、アメノツムギに掴まって!!」

 

「わ、わかった!!」

 

「頼む!!」

 

「おかわりもくれてやらぁ!!」

 

━━━━背後に爆炎たなびく中、俺達は這う這うの体で逃げ出す事になったのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ふひぃー……酷い目に遭った……」

 

「お疲れ様……って、なにかあったの?とりあえず飲み物用意するけど……冷たい麦茶でいい?」

 

「あぁ、もらおうか……途中で、実験が中止になってね……」

 

「……ったく、幾ら隠れる必要があったからって……道なき山を歩かされるとは思わなかったぜ……」

 

「あぁ……知識として知ってはいたが、やはり装備も訓練も無しで森に分け入るのは危険だな……」

 

━━━━アレから二時間程経った昼過ぎ。俺達はようやく別邸へと辿り着いていた。

森へと分け入る事で衛星の監視を掻い潜り、そのまま森の中を突っ切って帰ってくるという強行軍を終え、息も絶え絶えな俺達は未来の歓待を快く受け入れる事にした。

麦茶を貰って飲みながら、俺達はゆっくりと寛ぐ事にした。

 

「……ぷはぁ!!生き返るぅ~……にしても、お兄ちゃんが山歩きにまで精通してるとは思わなかったなぁ。」

 

「あー……ここ等辺の山を根城にしてる達人が居てな。昔、体術の鍛錬で山籠もりさせられた事もあるんだよ。」

 

━━━━正直に言って、あまり思い出したくはない経験である。

兄弟子曰く『山猿』とまで呼ばれるあの人に鍛えられた経験は確かに俺の中にも息づいているのだが……

 

「根城って……指導者に向かって使う言葉か、それ……?」

 

「あぁ……あの方か。なるほど、此処はIAIの奥多摩支部も近くにあるのだったな。」

 

「IAI……って言うと、あの複合企業ですか?」

 

「あぁ、詳細は別の機密に抵触するのだが……まぁ、この近くにもまた、我々とは異なる防人が居るのだと思ってくれればそれでいい。」

 

「防人、ねぇ……ところでお前、レゾナンスギアの調子はどうなんだよ。あの後にゃ煙噴いて黙っちまったけどさ。」

 

「━━━━残念ながら、お手上げだ。流石の了子さんと言えど、絶唱の三乗と目されるトライバースト級の反動除去までは考慮してなかったらしい。

 ……母さんに頼めば修理自体は可能だろうけど、今回のプロジェクトS2実験の期間中には直しきれないだろうな。正直、了子さんを信頼して過信し過ぎてた部分はあったよ。」

 

レゾナンスギアが如何に絶唱の制御を目的とした改修が施されていたとはいえ、それはやはり装者単独での絶唱を御する事が目的だ。

それ故に、絶唱特性によって絶唱の効力を高める……等という埒外にも程がある新戦術は想定外の挙動であり、むしろこれについては『絶唱のツインバースト』にすら耐えたレゾナンスギアの設計の頑強さを誇るべきだろう。

 

「……って事は、レゾナンスギアの反動除去が使えない以上は実験は中止、か。」

 

「そうなるかな……悔しいけどね。」

 

自分の力不足……では無いのだが、それでも俺が参加できない事で実験が中止になってしまうのだ。

当然、気分が高まる筈も無い。

 

「……翼さん。翼さんも、今回の実験に合わせてお休みを取ってますよね?」

 

「え?え、えぇ……確かに実験の事もあるからと今週末には予定は何も入れていないわ。けれど、それがどうかしたの?」

 

「━━━━だったら、折角だし遊びましょう!!皆で!!」

 

━━━━いきなりに立ち上がってそう力強く宣言する響の言葉に、皆して思わず呆気にとられてしまう。

 

「遊ぶったってお前……何するんだよ?」

 

「えーっと……お兄ちゃん!!」

 

「あー、はいはい。この周辺って言うとそうだな……うーん……IAIくらいしか見るものは無いし……そうだな。川で水遊びとかいいんじゃないかな。水着が無くても水に脚を入れるくらいなら問題無い……かな?」

 

「むー……確かに涼しそうでいいけど……転んだりしたら大変なことになっちゃわない?まぁ、泊りがけの予定で来てるから着替えは準備してあるけど……」

 

響の要請に応じて、この近辺で出来る遊びを考える。だが、率直に言って山の中にあるこの別邸で出来る遊びなどたかが知れている。それ故に提案できる事など川や自然と触れ合う事くらい。

━━━━そして、山に関しては先ほど嫌という程満喫する羽目に陥ったのだから、必然的に選択肢は川一択となる。

 

「あー……男性陣はどうせデータ処理とか、色々やる事があるだろうからさ。今回は女性陣だけで楽しんで来たらどうだ?着替えが出来る小屋くらいは用意するし。」

 

「……は?小屋を用意するってお前、一体どうやって━━━━」

 

「伝手を頼るから大丈夫大丈夫。じゃあ……今日は流石にもう遅いから、水遊びの予定は明日でいいかな?それについてちょっと根回ししないといけない事があるからこの後出かけないといけないからさ。

 あ、夕飯までには帰るから。心配しないで。」

 

明日の予定が川遊びという事に話が決まったのであれば、やらねばならない事が幾つかある。地元の者である俺がやらなければならない事だし、折角遊びに来たのだから顔くらい出しに行かなければならないだろう。

 

「……あ、お兄ちゃん!?熱中症対策、麦茶だけでいいのー!?」

 

「どうせ向こうで茶菓子とかもらう事になるからヘーキヘーキ!!それじゃ、ちょっと行ってくる!!」

 

━━━━さて、まずは山の地主であるあの人に逢わねばいけないのだが……果たして、今日は道場に居るだろうか……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……行っちゃった。」

 

急に元気になったお兄ちゃんが出て行くのを、誰も止める事が出来なかった。

誰かの為になる事となれば即断即決、最短で、真っ直ぐに、一直線に進み始めるのはお兄ちゃんと響に共通するいい所なのだけれど……

 

「ねぇ未来。やっぱりお兄ちゃんさぁ……自分の誕生日、忘れてない?」

 

「忘れてるというか、色々頑張り過ぎてそこまで気が回ってないって感じだと思うけど……はぁ……誕生日パーティが急にサプライズになっちゃうだなんて……」

 

「……誕生日、か。」

 

「雪音?どうした?」

 

「……んでも無いッスよ。」

 

「━━━━ただいま戻りましたー!!」

 

「あっ、三人共おかえり。どうだった?」

 

誕生日パーティの為の買い出しに出ていたメンバーが戻って来たのは、ちょうどお兄ちゃんと入れ違いだった。

 

「緒川さんと奏さんと合わせて特売の卵五人分ゲット!!コレだけあればフワッフワのオムライスがいっぱい作れるわよ!!」

 

「ありがとうございました、緒川さん。皆の送迎まで引き受けていただいて……」

 

「いえいえ。ボクも共鳴くんの誕生日をお祝いしたい気持ちは同じですから。

 ……ところで、肝心の共鳴くんが今さっき歩いて出て行くのが見えたのですが……」

 

「えぇと……なんと説明したらいいのやら……」

 

「うーん、それじゃ誕生日パーティの準備しながら聞こうか。あ、ヒナ。買い物したのはお手伝いさんに渡せばいい?」

 

「あ、うん。」

 

「いやー、しかし人数多いね揃ってみると!!まだ弦十郎のダンナ達も増えるってのにコレかい?」

 

電動車椅子でやってきた奏さんの言葉に、皆が苦笑する。

既に十人近いというのに、二課の中心メンバーがまだ合流出来ていないのだ。

これだけ多くの人で集まるなんて、学校以外だとそうそう無い。

 

「━━━━それだけお兄ちゃんの誕生日を祝ってくれる人が多いって事ですもん。私は嬉しいですよ、奏さん!!」

 

だからこそだろうか?響のその気負いのない言葉で、ほがらかだったこの場の空気がさらに温かな物になったのだと分かったのは。

 

「立花さん、それはとてもナイスな想いですわ!!」

 

「うむ……立花の心意気、私にも伝わったぞ。」

 

「えっ!?なんで私ってばいきなりマスコット扱いで撫でまわされてるの!?」

 

「響の言葉がそれだけ嬉しかったって事さ。ありがたく受け取っときなよ?」

 

「━━━━はいはい、響を猫かわいがりするのもいいですけど、そろそろちゃんと準備に取り掛かりますよ?

 七夕飾りも作らないといけないんですから、結構時間掛かりますよ?」

 

『はーい!!』

 

元気のいい返事を返してくる皆に苦笑しながら、居間の机の上に飾りの材料を広げる。

━━━━こういう作業も、やってみると中々楽しいものなのだ。特に、その飾りで喜ばせたい誰かの事を想えば。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ちょっと遅くなっちゃったかな……先に食べてていいよって連絡は入れておいたんだけど……」

 

━━━━ちょうど陽も落ちてしまい、空には星が輝いていた。

時刻は19時過ぎ。夕食には少し遅い時間だろう。

 

「なんでか知らないけどやけに歓迎してくれてたよなぁ……」

 

明日の遊びの為の許可を山の持ち主に貰いに行ったのだが……いいお茶が手に入ったとか、いいお茶菓子が貰えたとかで、あれよあれよと長話コースに縺れ込んでしまったのだ。

 

「……ま、許可はもらえたしいっか……でも、なーんか忘れてる気がするんだよなぁ……」

 

━━━━はて、その忘れている事とは一体なんだろうか?

街灯すらまばらな道を歩きながら、しばし考える。

星が綺麗な事が何か引っかかっているような……

 

「うーん……ただいまー……あれ?」

 

━━━━また、違和感。祖父ちゃんしか居ないならともかく、皆も遊びに来ているというのに返事一つ無いというのは、どういう事だ?

……小父さんたちが居る以上、危険な事は無いとは思うが……警戒を強めたまま台所で手を洗う。

 

「……」

 

━━━━電気は消えているが、気配はある。それも複数が固まって。

広間に集まっている事を確認し、そっと音を立てぬように障子を開け━━━━

 

『━━━━ハッピーバースデー!!』

 

るよりも先に、全開で開かれた障子の中から、俺は祝われていた。

 

「━━━━へ?」

 

━━━━ハッピーバースデイ?誰の?

……そこまで思考を回して、ようやく気付く。

 

━━━━あぁ、綺麗に晴れた夜空には、夏の大三角が浮かんでいたじゃないか……

 

「……その反応、やっぱり自分の誕生日の事忘れてたでしょ?」

 

「えーっと、はい……申し訳ありません。ドタバタですっかり忘れておりました……」

 

未来の指摘は図星である。思えば、ヒントどころか答えすら目の前にあったのに何も気づけなかったのだからお笑い種だ。

 

「ふふっ。まぁそうかも知れんと思ってサプライズ風にしてみたのだが……大成功だったようだな?」

 

「大成功も大成功だよ……ゴメンな、遅れちゃって。みんなも、待っててお腹空いただろう?」

 

「そりゃもう!!」

 

気づけなかった事を嘆く想いは一旦置いておいて、まずは目の前に積み上げられたこの御馳走の山を片付ける所から始めるとしよう━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

お手伝いさんが作ってくれた誕生日パーティの御馳走もすっかりと皆の口の中に消えてしまい、まったりし始めた頃。

響が思い出したように

 

「あ、そういえば誕生日ケーキもちゃーんと用意してきたんだよ、お兄ちゃん!!」

 

「ケーキも?スゴイな。高かったんじゃないのか?」

 

「装者としてのお給料がちゃんと振り込まれるようになったので、其処から出そうって話になって……響ってば、それで買おうとしてたのがIAIが輸入してる『超ファットケーキMark-X』だったのよ?」

 

━━━━超ファットケーキとは、カロリーに四苦八苦する女子の間で恐るべき伝説として語られる輸入ケーキである。

アメリカ在住のパティシエ、ジョン・A・アブラギッターが作るそのケーキは見た目こそ普通のホールケーキなのだが……その総カロリー量は何とアスリートの食事すら鼻で笑う二万キロカロリー!!

しかも、味もその度を超えたカロリー量に比例して天井知らずだというのだからなおたちが悪い。

 

「それは……流石に止めたんだよな?」

 

「そりゃあもう!!あんな物食べちゃったらいくらみんなで分けたって夏休みの間中ダイエットに励まないといけなくなっちゃうじゃない!!」

 

「あはは……ゴメンなさい。つい好奇心が抑えきれなくて……」

 

反省する響だが、まぁ私も興味がないと言い切る事は出来ない。けれど、装者として活動する響と違って私は普通の女子高生なのだ。

スイーツの魔力の虜になって下腹がぷにぷにになってしまったら、私は絶望するしか無いだろう。

 

「分かればよろしい。という事で、いろんな人が居るから無難にケーキ詰め合わせセットにしたの。お兄ちゃんはチョコケーキが好みだっけ?」

 

「あぁ。チョコケーキがいいな。響はフルーツタルトだったっけ?」

 

「うん!!翼さんはどうします?」

 

「そうね……オレンジケーキはあるかしら?」

 

「あ、ありますよ。翼さんってオレンジ好きなんですか?」

 

「えぇ……コレも、やっぱり私のイメージからしたら意外だったかしら……?」

 

━━━━率直に言えば、意外である。

けれどまぁ、トマトが苦手だとか、夜九時以降は基本的に物を食べないとか、翼さんの趣味趣向についての特別なところは大分分かってきた気がするし、別段おかしな事でも無い。

 

「いいえ全然。翼さんの好みが段々分かってきた気がして、ちょっと嬉しいですよ?」

 

「それは……流石に少し恥ずかしいわね……小日向さんに隠し立てする事も無いのだけれど、出来る事ならカッコいい先輩としての風を吹かせたいという気持ちはあるもの……」

 

「ふふっ、翼さんはちゃんとカッコいい先輩ですよ。でもそれと同時に、響とお兄ちゃんが手を繋がせてくれた新しい友達である事も確かなんです。だから、私達の前でそこまで気負う必要は無いと思いますよ?」

 

「そう……そうかも知れないわね……」

 

そう言葉を返しながらも、どこか遠くを見つめる翼さん。その姿は部屋に差し込む月明かりと相まって、とても幻想的な美しさをかもしだして居た……




七夕の夜は、未だ終わらず。
今からに悩む少女、今までに魘される少女。

悩める少年少女の夜を見下ろすは、天女の伝承が彩る満点の星空だけ……

通りませ、通りませ━━━━
静かな夜よ、清し夜よ━━━━

二つの異なる子守唄は、重なる事無く鳴り響く。
夜と昼を超えて今、少女達の想いは動き出す……


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第四十話 一夜のクレイドルソング

━━━━夏の大三角が、夜空を煌びやかに彩っていた。

盛大に祝ってもらった誕生日パーティも終わり、疲れ果てていた皆は早めに寝入ってしまったようだった。

 

「……トライバーストの後始末で無茶させちゃったからなぁ……」

 

女性陣も居るのだからと先に済ませてもらい、後に回った風呂からあがった後。縁側で一人涼みながら考える。

考える先は俺自身の誕生日を忘れてしまっていたという大失態について。何故、そんな事になってしまったのだろうか?

 

「……自分の事だから、かな……」

 

━━━━祝ってもらえる事は、勿論嬉しい。

けれど、それが自分に関する事となるとどうにも実感が薄いのだ。

俺の目指す理想、手の届く総てを救う事。けれど、それが夢物語である事は分かり切っている。

 

━━━━だから、手を届かせる為に一番切り捨てやすい他のナニカとはまず自分の物なのだ。

 

「━━━━歪、だよな。」

 

その自覚はある。けれど、俺にとっては『手を伸ばした結果傷つく自分』よりも、『手を伸ばさなかった事を後悔する自分』の方が、よほど怖いのだ。だが……

 

「……それでみんなに心配かけちゃ一番悪い、か……」

 

傲慢かも知れないが、俺が傷つく事で傷つく人も居るのだと、最近になってようやく分かってきたのだ。

一歩ずつ、少しずつ、朧気ながらに見えて来た気がする、理想の叶え方。

 

「……それでもまだ、遠いか……」

 

「━━━━共鳴くん?」

 

届かない理想を想い、夜空の星に手を伸ばす俺に声を掛けて来たのは翼ちゃんだった。

 

「ん、翼ちゃん?どうしたのさこんな夜中に。」

 

時刻は夜も更けた23時過ぎ。今をときめくアイドルが起きているには少々遅すぎる時間帯だ。

 

「……少し、考え事をしていたの。ただ、一人布団にくるまったままだと堂々巡りになってしまったから、風に当たろうかと思ったのだけれど……」

 

「ん……ならそうだな……もしも俺が聴いてもいい事なら、相談に乗るよ?」

 

「えぇ、お願い……隣、座ってもいいかしら?」

 

「わかった。じゃあ、はい。」

 

少し横に場所を開けて、縁側の足載せの上のサンダルを翼ちゃんの分も用意する。

 

「それで、考え事って?」

 

「……私自身の身の振り方について、少しね。

 ━━━━たった数ヶ月前まで、私は共鳴くんと二人でノイズと戦い続けていたわ。だから、私は防人として、一振りの剣として強く決意を握る必要があった。

 だから、歌女としての私は舞台の上にだけあればいいと思って、常の私は強くあろうとピンと張っていた……けれど、こうして立花さんや雪音と出逢って……共に立つ仲間が出来た。

 

 それは喜ばしい事だ。けれど、後輩が出来た以上、私はその先に立つ者として、護り抜く年長者として背を見せる事となる……

 ━━━━ならば私は、その身を剣と鍛えた戦士として、剣としての姿を見せてやらねばなるまいのでは無いか?

 ……そんな風に、思ったのだ。」

 

━━━━それは、とてもとても、難しい問題だった。

確かに、今の翼ちゃんは二つの口調を使い分けている。

一つは歌女として、俺や母さん、奏さんの前でよく使っている、いわゆる女の子らしい口調。

そしてもう一つが、剣たらんとする防人として戦場での呼びかけや、響やクリスちゃんと話す時に使っている堅い口調だ。

その使い分けは翼ちゃんの無意識によって行われている物であり、明確な境界(ボーダー)は存在しなかった。だからこそ翼ちゃんは今、その境界を決めあぐねているのだろう。

 

それはつまり、翼ちゃんが『相手とどのように接したいのか』という区別の境界線そのものだ。

であれば、それを明確に定めるというのは……翼ちゃんの見る未来を決めるも同然ではないか?

 

「……難しい、問題だな……」

 

「……えぇ。歌女としての私も嘘ではないし、剣と鍛えた私も当然嘘では無い。

 ━━━━だからこそ、それにどう折り合いを付けるべきかを悩んでしまう。

 共鳴くんや奏に対してはそこまで難しく考えなくても、私の中で区別が出来ているといえるのだけれど……立花さんや小日向さんに対して、どう接すべきなのか……」

 

「あー……そっか、学園でも逢う事になる響と未来に対しては俺や奏さんとは別種の問題になるか。学園での翼ちゃんかぁ……ちょっと見てみたいかも。」

 

「ふふっ、そうは言っても私は私。違う所といえば、せいぜいが剣としての態度を出来るだけ抑えめにしているとか……そういった所くらいよ?」

 

そう言って笑う翼ちゃんの笑顔は柔らかかった。翼ちゃんは一人で抱えてしまうクセがあるから思い悩んではいまいかとも思ったのだが、どうやら今回の一件はそこまで深刻に思い悩んでいる事では無いようだ。

だがそれでも、翼ちゃんが悩んでいるのなら力になりたい。そう想いを巡らせ……ふと気づく。

 

「……あれ?でも……学園生徒に対しては、もうそこまで気を張って隠し立てしなくていいんじゃない?

 翼ちゃんがシンフォギア装者である事はこの前の一件で生徒達に知れ渡ってしまったワケだし……」

 

━━━━ルナアタック事件の際、エクスドライブという奇跡を得る為に母さんはリディアン音楽院の生徒達の持つフォニックゲインを利用した。

それが故に、学院の生徒達は全員が二課についての機密に接触する事になり、結果的に翼ちゃんと響が装者である事も公然の秘密となっている筈なのだ。

 

「……言われてみれば、それもそうね……今までは先生達が機密を知っていたから装者としての活動もアイドル活動と誤魔化していたけれど……」

 

「……ならさ、嘘……ってワケでも無いけど、ホントの事、ホントの翼ちゃんをコレからは出して行ってもいいんじゃないかな?」

 

「━━━━ホントの、私?」

 

「あぁ。俺に対してみたく気安く接してくれるのも、防人としてカッコよくキメる時の翼ちゃんも、それはどっちも翼ちゃんのホントの姿だろう?

 ━━━━だったら、俺はそのどっちの翼ちゃんも応援したい。俺にとっては両方とも、俺の良く知る翼ちゃんだから。」

 

━━━━それが正しい答えかは、今の俺には分からない。けれど、コレは俺のホントの気持ちだって断言できる事を伝える。

最後にどんな道を歩むかを決めるのは翼ちゃん自身の選択だけれど、どうか後悔の無い選択をして欲しいからこそ。

 

「……全く、貴方はいつも真っ直ぐね……ありがとう、共鳴くん。歌女としての私も、防人としての私も、そのどちらをも認めてくれて。」

 

━━━━そうして、俺の答えが降ろした沈黙は、不思議な事に心地よい雰囲気でもあった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ァ……」

 

「……ん?」

 

━━━━共鳴くんとの心地よい時間を名残惜しみながらも切り上げ、自室へと戻る途中の事。

ふと、何かが聴こえた気がして立ち止まる。

 

「ここは……雪音が借りた部屋だったか……」

 

立花は女性陣で一緒に眠る事を押し通そうとしたのだが、雪音はそれを頑なに拒んだために立花達とは別の部屋を借りたのだ。

 

「……雪音?大丈夫か?」

 

「……う、あぁ……ッ!!」

 

「……入るぞ、雪音。」

 

投げかけた問いへの返答は、苦悶の声。

故に障子戸を開け、部屋の中へと入り込む。雪音は怒るかも知れないが、今はまだ学院が再開していない為手続き上だけの話だが、後輩になる同僚をこんな状況で放っておけるワケが無い。

 

「あ、あぁ……!!うぁ……違う、あたしは……こんな事をしたかったワケじゃ……」

 

━━━━部屋の中で、雪音は悪夢に魘されて一人で泣いていた。

掛け布団が剥げる程に激しく首を振るのは、元々の雪音の寝相故なのか、それとも悪夢故なのか。

それは分からないが、どう考えても放っておける状態では無い……だが、何をしてやればいいのか……

 

━━━━そんな時に思い出すのは、奏の事。

奏は、私が倒れた時にもずっと傍に居てくれた。ソーマと名乗るあの存在が見せた悪夢から目覚めた時にも、奏が傍に居てくれて頼もしかった。

 

「パパ、ママ……ッ!!」

 

「……なら、傍に居て、手を握ってやるのが肝要、か……」

 

もがきながら伸ばされる雪音の手をそっと握る。それだけの事だが、伝わった温もり故か、雪音の眉に寄った皺が少し和らぐのが分かった。

 

「……歌で、世界を平和に……」

 

零れ落ちる雪音の涙をそっと拭ってやりながら、思う。

歌で、世界を平和にか……誰の言葉かは知らないが、それは間違いなく善い言葉だと断言できる。

 

「バラルの呪詛……人類の相互理解を拒む壁……だが、私達はこうやって手を繋ぐ事が出来るのだから……」

 

━━━━歌女である私にとって、立花が教えてくれたそれは希望だ。

 

「……そうだな。雪音には、一夜限りの特別ライブをプレゼントするとしよう。」

 

このまま雪音が目覚めるまで一緒に居てやりたい所だが、流石に敷き布団も無しに寝てしまえば明日の体調に響く。

それ故、自室に戻る前に一つ、雪音に贈り物を残して行こうと思い立つ。

 

「━━━━通りませ 通りませ

     行かば 何処が 細道なれば」

 

それは、かつて鳴弥さんから教わった子守歌。

有名な童謡である通りゃんせの派生か、或いは原型か。

それは分からないが、天津の家に伝わっていた歌だという。

 

「我が中こわきの 通しかな━━━━」

 

「……うたが……むにゃ……」

 

「……ふふっ。おやすみ、雪音。」

 

子守歌を聴いて安らかな寝息を立てはじめた雪音の姿に、ほっと一安心する。

コレなら、今夜くらいは雪音が悪夢に魘される事も無いだろう……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━次の目標の座標を送ります!!』

 

「了解!!緒川さん!!」

 

「アレですね……行きますッ!!」

 

━━━━蝉の声が鳴り響く山の中を、俺と緒川さんは疾走していた。

山を走る、というのは意外かも知れないがそれだけで体力を消耗する。平坦など一切無い足場、乱高下する傾斜路、そして、見事に育った木の根のような障害物。

それを利用したコンビネーションの鍛錬こそが今の目標である。

 

「ふっ……!!」

 

俺が展開したアメノツムギを足場に緒川さんが樹を駆け上り、クナイを以て枝を掃う。

 

「おじさん!!南西の斜面側に倒します!!」

 

『了解した!!位置に着くまであと五秒!!』

 

「枝掃い、完了しました!!」

 

「三、二、一……行きますッ!!」

 

司令が走り込める距離まで近づいて来た事を気配で察知し、アメノツムギを思い切り引き絞る。

鉄をも寸断する超古代文明が産んだ糸がすっぱりとその樹━━━━杉を切断し、斜めになった切り口からズレ落ち、狙い通りに南西側へと倒れて行く。

 

「ふんッ!!はァァァァ!!」

 

━━━━だが、その樹が斜面に倒れ伏して折れる事は無い。なぜならば、走り込んできた司令が発勁にてその衝撃を受け流し、持ち上げているからだ。

 

「いよしッ!!コレでニ十本目!!ひとまずは目標に達したと見ていいだろう!!」

 

「はい。間伐予定の樹の方も、これ以上は素人目では判断出来ない部分になりましたからね。」

 

『あおいさんがつめたい飲み物を準備して待っててくれてます。三人なら問題は無いとは思いますけど、お気をつけて!!』

 

藤尭さんからの通信にほっと一息をつく。

たった一時間程でこなしたとはいえ、真夏の山は蒸し暑く、体力を消耗する。口元の汗を袖で拭い、荒くなった息を整える。

 

「……よし、緒川、共鳴くん。ここはいっちょ、誰が一番速く戻れるか競争と行くか!!」

 

「へぇ……?おじさん、その丸太はハンデとみなしていいんですね?」

 

「あぁ、勿論だとも。」

 

疲れはある。だが、おじさんの挑戦を受けて立てぬ程の物では無いし、もとよりその挑戦を受けないという選択肢は俺には無い。

おじさんに勝てる可能性がまだ低い事など分かっている。だがそれでも、挑む事を諦めるワケにはいかないのだから。

 

「……怪我だけはしないようにお願いしますね……?」

 

━━━━緒川さんの真っ当な言葉をスタートの号砲代わりに、俺とおじさんは同時に走り出したのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……非常識にも程がねぇかアイツ等。ってかあんな好き勝手に切り倒していいのかよ!?」

 

━━━━思わず、ツッコミが口に出てしまうのも仕方ない事だろう。

『小屋を作るまで一時間程時間をくれ』なんて言って山に入って行ったアイツ等が樹を切り倒しては丸太を担いで戻ってくるのを見れば、それが非常識である事くらい一目で分かる。

 

「実はそう好き勝手ってワケでも無いのよねぇ……山の持ち主である地主さんには話を通してあるし、切り倒してる樹も間伐予定の物だけだから。」

 

「かんばつ……?こう、お父さんが好きなおつまみの?」

 

「それは乾物。確か、密集し過ぎた樹々の本数を減らして日光を取り入れやすくするための物ですよね?」

 

バカがいつもの大ボケをかました所で補足説明が入る。

 

「へぇ……そういや昨日歩き回った時も思ったけど、ここ等の樹は真っ直ぐ生えてるのが多いんだな……ってか、もしかして一種類しか無いのか?」

 

ふと、気づいた事に言及する。あたしが知っている森といえばそれはバルベルデの熱帯雨林。昆虫や危険な動植物が蠢く危険地帯だったものだが……

 

「あぁ、ここ等辺の山は人工林でね。元々は前大戦終結後、様々な輸入制限が掛かっていた時代に国内消費を賄う林業推進の為に拡大造林された山なんだが……」

 

「……木材として適正となる四十年を待たずして世は高度経済成長期に突入。それによって急成長を遂げた我が国は輸入制限などをどんどん撤廃していったの。

 その流れの中で、外国で長年培われて来た木材の輸入制限も取り払われてしまって……」

 

「━━━━結果、国産木材は輸入木材の安さに負けて不良債権化。売れない山はそのまま放置されて、今に到っている。」

 

「こうして人の手の入らなくなった人工林は歪な成長を互いに押し付け合い、下生えすら生える事無く互いに栄養と日光を奪い合うもやし状の森を形作ってしまうの。

 『緑の砂漠』とも呼ばれて、杉以外には生き物すらそうそう棲む事が出来ない危険な森。それを止める為に間伐が必要なのだけれど……」

 

「見ての通り、ここ等の山は超人でも無ければ走り回れない状態だからね。高齢化した土地所有者が人工林の整備を放置する事もままあってしまうのさ。」

 

━━━━そうして語られた事情は、あまりにも重い物だった。

 

「……時代に取り残された森なんだな、此処は。」

 

「えぇ……こういった森は土壌としても弱弱しくて、土砂災害の恐れも高い事から国でも様々な対策を練っているのだけれど……」

 

そう言って辺りを見渡す鳴弥さんに釣られてみてみれば、周囲を取り囲むのはそのスギとやらと思しき真っ直ぐな樹々が茂る山々。

━━━━そして、恐れ通りに崩れ落ちたのか、山肌が露出した区画。

 

「……見ての通り、対策が追い付いていないのが現状ね。だから、間伐材毎まるっと買い上げるという共鳴のアイデアがすんなりと受け入れてもらえたのよ。」

 

「……知らなかったです。自然って、もっといっぱい綺麗な物で……ずっと変わらない物だと思ってました。」

 

━━━━そうだろうな。と思う。あたしだって、バルベルデでさんざ毒虫と一緒におねんねしてきたからこの山の違和感に気づけたのだ。

なら、そんな経験も無いだろうコイツ等にそれを求めるのは酷な話だ。知らない事は、想像すら出来やしないのだ。

 

「そうね……変わらないように見えて、世界はドンドン変わって行くわ。悪い方にも……そして、勿論いい方にもね?」

 

「……え?」

 

「実は最近、こういった木材の輸出需要が上向いて、今までは切っても赤字になるだけだった国産木材が高騰し始めているの。日本の木材は湿度が高い気候に適合して湿気に強くて曲がりにくいから、アジア各国での長期的な利用の際にこういった長く湿気と共にあった樹が人気らしいわ。」

 

「へぇ……なんちゃらも使いようって奴か?」

 

「ふふっ、そうかも知れないわね。」

 

━━━━轟音と共に野郎共が駆けつけて来たのは、そんな時だった。

 

「━━━━クソッ!!タッチの差で追い付けなかったッ!!」

 

「ハッハッハ!!中々に肝が冷えたぞ共鳴くん!!だが、初めて飛ぶ森の中という事で安定性を重視し過ぎたな!!」

 

何故か丸太を抱えながら高速で走り込んできたおっさんと、そんなおっさんの後を飛んできたバカの二人組と、その後を比較的程度の非常識に留まった速度で走ってきたスーツの男が一人。

 

「……いや、それにしたってやっぱ非常識極まってんだろこいつ等は……」

 

思わず呟いた言葉に返ってきたのは、皆の苦笑なのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……うずうず……うずうず……えーい、それーッ!!」

 

「ハァッ!?なにやらかしてんだこのバカッ!!」

 

「あっ!?やるとは思ったけどホントにやったねビッキー!!ならお返しに……こうだッ!!」

 

「もう……濡れないようにしてたのに……こうなったら全力だからね?響!!」

 

━━━━声は遠くに。ゆったりとした時間が流れているのを感じていた。

あの後、即席の丸太小屋……というか、スウェーデントーチ型の丸太テントを設営した事でようやく水遊びが解禁され、女性陣が遊び始めたのだが……

 

「……やっぱり響がやらかしたか……」

 

「用意しておいて良かったですね、丸太テント。」

 

「やれやれ……となれば、口うるさく嘴を挟むのも大人げないだろうし、男連中は男連中でどこかに遊びに行くか?」

 

「あっ、申し訳無いんですがボクは一度本部に戻ります。トライバーストの際の余波がどれほど影響を与えたのかを調べる必要がありますので。」

 

「……すいません。俺達のやらかしに付き合わせてしまって。」

 

━━━━藤尭さんの仕事は、俺達の後始末だ。

本来なら実験も中断されて全員が休みの筈なのに……

 

「ははっ!!それは違うさ。キミ達と違って、ボクの専門は裏方の情報処理なんだから。キミ達と違う時間を選ぶのはボク自身の役目の為だ。

 キミ達のせいだなんて思ってはいないし、むしろキミ達が休む時間が出来た事を嬉しく想ってるくらいだよ。」

 

そう言って笑う藤尭さんの笑顔に嘘はなかった。

 

「ありがとう、ございます……」

 

「ふむ……なら、共鳴くんは此処等で休むといい。前から思ってはいたが、キミは二課に所属するだけでなく、学生生活にボランティア団体の運営と翼並みに多足のわらじを履いているんだ。

 偶には、予定が全てキャンセルになったからとゆっくりしたってバチは当たらんさ!!」

 

「ゆっくりする、ですか……」

 

「うむ。鍛錬も確かに大事だが……ゆったりとした時間を過ごす事もまた、男の鍛錬の秘訣だぞ!!」

 

そう言って笑うおじさんの呵々大笑に、俺はどうにも困ってしまう。

━━━━ゆっくりする、とは言っても、一体どうすればいいのだろうか。

引き上げるおじさん達を見送りながらも、その問いの答えがどうにも見えない昼下がりなのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━まったく、酷い目にあった。

髪を整えながら、あたしは丸太テントのカーテンを開けて外へ出る。

一応着替えは用意していたとはいえ、袖を通す気など無かったのにあのバカに水をかけられてしまったのだ。

なので、付き合う義理も果たしたと先に屋敷に戻ってしまおうと思っていたのだが……

 

「ん……?何やってんだよ、こんなとこで。」

 

━━━━そこで、手持ち無沙汰が極まって森を見ているだけの男を見つけてしまったのだ。

 

「あー……いや、うん。おじさんから『ゆっくり休め』って言われたんだけど……皆に何かあったら助けに入らなきゃいけないだろうから屋敷に戻るのもアレだしって、見えない位置で休んでたんだけど……」

 

「……そりゃ、休んでるっては言わねーだろ。」

 

なんというか、義務感の強い男だな。と思う。

あたしを気に掛けていたのだって自分が背負いこむ必要なんて無い父親の感傷に付き合っての事だったワケだし……

 

「そうかなぁ……」

 

「……ま、いいけどさ。お前さんがどんな風に休んでようとな。」

 

━━━━そういう風に投槍に答えて、そのまま屋敷に戻ってしまえばそれでよかった筈なのに。

何故、あたしはそんな奴の隣に座り込んでしまったのだろうか?

 

「……どうしたの?」

 

「……別に。ただ、バカの相手で疲れたから少し休みたくなっただけだ。」

 

少し距離を開けて座る二人の間の距離は、大体30㎝程度。

 

「そっか。」

 

何も聴いてこないのは、コイツがあのバカや剣女と明確に違う所だ。あたしの事情に詳しいからか、或いは……元々そういう性質(たち)なのかも知れない。

 

「……なぁ。一つ聴いていいか?

 ━━━━罪の償い方って、どうすればいいんだろうな……」

 

━━━━だからだろうか?ガラにもなく、こんな事を誰かに聴いてしまったのは。

もしかしたら、バカ共の相手に疲れていたからかも知れない。

もしかしたら、昨夜に聴こえた不思議な歌のせいかも知れない。

 

「……それは、難しい問題だね……罪の償い方、か……」

 

━━━━けれど、ソイツはそんな突拍子もない質問を笑ったりはしなかった。

 

「……うん。そうだね。まず罪についての話からしようか。」

 

「罪について……?」

 

「うん、罪と一言で括っても、其処には様々な意味が内包されてしまうんだ。だから……それを全て一括りに償おうとしたって、それは人の分を超えた、英雄のような行いになってしまうと思う。

 だからまずは、償うべき罪を『有罪(ギルティ)』と『信罪(シン)』に分けて考えようかなって。

 ギルティは文字通り、法律によって罰せられる物事を指す。そしてシンは、宗教とか道徳とか……そういう部分における『赦されない行い』についてを指すって感じ、かな?」

 

━━━━その言葉に、思わず肩が跳ねてしまうのが、自分でも分かる。

赦されない行い。それは、まさしくあたしが悩んでいる事そのものだったから。

 

「それで……ギルティの方の償い方。コレはある意味では簡単だ。クリスちゃんは『目には目を、歯には歯を』って知ってる?」

 

「……聖書に書いてあった……気がする。」

 

━━━━あぁ、確かに簡単だ。命を奪った誰かは、その命を奪われればいい。

昔、パパが寝しなに読んでくれた聖書の想い出が、あたしの頸に縄を掛ける……

 

「うん。モーセがシナイの山で授かった十戒に記された法の一つだね。

 ━━━━けれど、コレは本当は違う側面を持つ言葉なんだよ。」

 

「……え?」

 

それよりも前に、その認識が否定される。

 

「この言葉の基になったのは、古代メソポタミア時代の『ハンムラビ法典』でね?

 そこでは『罪には法が定める罰のみを与える』という風な意味の言葉だったんだ。

 だから、ギルティの償い方というのは至極単純で、『法によって定められた罰則を受け入れる』事。

 コレが一番大事で、一番難しい事だと思う。」

 

━━━━その言葉は、あたしに向けられた物だと理解出来た。

あたしは、ソロモンの杖を起動させてノイズを召喚し……人を、殺した。フィーネに唆されたとか、色々言い訳は思いつくが結果的には多くの人々をあたしのせいで苦しめてしまったのだ。

けれど、あたしは罰されなかった。責任能力の欠如がどうとか、おっさんは色々と理屈をこねくり回したが、あたしに下された罰といえば、それはせいぜいが三週間の軟禁程度だったのだ。

━━━━それが、あたしには受け入れがたかったのだ。

 

「罰を……受け入れる事、か。」

 

「うん……罰則といっても色々あるけれど、それは『大半の人が理不尽を受けないように』と様々な予防線が張り巡らされている物なんだ。

 だから、罪への罰を軽く感じてしまうとしても、それは誰かを理不尽に責め続けない為の措置だと……俺は思ってる。」

 

━━━━理不尽を受け続けない為。

その視点は、あたしには全くなかった物だ。罪を犯したからには、罰を受け続けるのが当然だと思っていたのだから。だが……

 

「……じゃあ、シンの方はどうなんだよ。」

 

━━━━もう一つの罪は、どう償えばいい?

あたしの立場を責める罪を償う方法は分かったし、納得出来た。けれど、それでは心が救われない。

 

「……わからない。シンは……赦されない行いが、どうすれば赦されるのか。俺にもその答えは分かってないんだ。

 けれど、一つだけ言える事があるとすれば……俺は、赦されない行いを犯したとしても、その人が一生赦されずに償い続ける事だけじゃないと思っている。

 勿論、反省の意思は大事な物だし、その心は尊い物だと思う。

 ━━━━けれど、一生を償うためだけに費やして、それでその人の幸せを手放すのは……絶対に間違ってると思う。」

 

「……赦されない行いをしたのに、赦されてもいいってのか?」

 

「被害者は赦さないかも知れない。犠牲者は赦さないかも知れない。けど俺は……それでも、赦されないままでも、その人にも幸せになって欲しい。」

 

━━━━それは、矛盾だ。

赦されないのなら、幸せになんてなれる筈が無い。だというのに……目の前のバカは本気でその想いを握っているのだと、すぐに分かった。

 

「なんだそれ……でもまぁ……今のとこはその答えで満足してやらぁ。

 ……あたしはこのまま休んでおくから、屋敷に戻って横になったっていいんじゃねぇの?」

 

━━━━答えが決まったとは、断じて言えない。けれど……一歩、前に進めた気がした。

その対価、というワケでも無いが、代わりにあのバカ共を見守っておいてやろうと提案する。

 

「そう……だね。でも、何かあったらすぐに起きるから、此処で寝ようか……な……」

 

━━━━寝入りの速さもまるで飛んで来る時のようだな。等と驚きながら、その横顔を見つめる。

 

「……歌で、世界を平和に……か……」

 

━━━━パパとママが夢見て、描いた理想。

あたしに遺してくれた物。今まではずっと夢物語だと諦めていたけれど……

 

「……お礼代わりに……少しだけ聴かせてやるよ。あたしの幸せ。」

 

 

「━━━━Silent night Holy night(静かな夜よ 清し夜よ)

 

それは、かつてママから教わった子守歌。

救世主たる預言の子の生誕を喜ぶ讃美歌。

ピアノの優しい音色と共に、あたしに教えてくれた歌。

 

"Christ the Savior is here(救い手たる神の子はここに在られる)"━━━━」

 

━━━━歌の途中、完全に寝入った頭がこちらに倒れて来たのも、今日だけは許してやろうと、そう思えたのだった。




━━━━歌が、世界を変えていた。
コレは、その証の一つ。
六年前の炎の記憶。
偽りの歌姫を背負う運命にある優しき少女はそれを思い出す。
胸に提げたペンダント、その真っ二つと裂けた形と、
最愛の妹を連れて行った、謎の人形たちの姿を。

━━━━英雄が世界を変えると、彼は嘯く。
個人の行動が世界をも変え得ると信じて、彼は密約に乗る。
その果てに、自らも英雄になれると信じ切って。


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第四十一話 焔景のノスタルジィ

「新校舎だー!!」

 

「もう……響ってばまたはしゃいじゃって……」

 

「だってさ、だってさ!!見てよ未来、この質感!!なんていうかこう……歴史ある建物!!って感じで、前の校舎とは別の意味で凄くない!?」

 

━━━━リディアン音楽院が新校舎に移転した最初の日。

一部の生徒こそ『シンフォギア装者と関わる事』の危険性から他校への転校を始めたものの、元々からして私達のように他校で居場所が無くなった事で転校してきた生徒も多かった事から、

校舎全損、そしてノイズの襲撃というショッキングな事件が起きたにしては異様に高い八割程の生徒数での再建と相成ったのだ、と……弦十郎さんからはそう聞いている。

 

そして、響が言う通りこの新校舎は歴史ある建物でもある。なんでも、前大戦以前に建てられたミッションスクールであり、そちらの学校が戦後に女子大学として再編された事で廃校となっていたのを二課が買い上げたらしい。

 

「そうだね……前の校舎はモダンアートって感じだったけど、こっちは……大正ロマンって感じ?」

 

「こういうのもいいよね~。あ、見て未来!!あっちなんか音楽堂みたいな建物まであるよ!!」

 

「ホントだ……やっぱりリディアンって豪勢な学校だよね……」

 

「……そういえば、この後って全校集会だっけ?多分、あの音楽堂でだよね?」

 

「うん、なんでも院長先生が新任するらしくって、それに伴っての事らしいよ?」

 

「新しい院長先生か~……あれ?でもさ。前の院長先生って入学式の時も祝辞電報を寄越して来ただけじゃなかった?」

 

「そういえばそうだったね……なんでなんだろう?」

 

━━━━そんな、私達のふとした疑問に答えてくれたのは、爽やかな立ち風だった。

 

「━━━━それはな、前院長の存在そのものが、今までは二課が用意した実在しない人物だったからだ。」

 

「あ、翼さん!!おはようございます!!」

 

「あぁ、おはよう立花、小日向。」

 

「おはようございます、翼さん。それで……実在しない人物だったって、どういう事なんですか?」

 

振り向けば凛と立つのは、剣のように洗練された所作の女の子。翼さんがそこに居た。

━━━━この間の七夕の日、お兄ちゃんの誕生日の後からか、なんだか翼さんの雰囲気が変わったみたい?落ち着いたというか……でも逆に締めるところはキリッと締めるというか……

 

「うむ……そもそも、このリディアン音楽院はシンフォギア装者研究の為、十年前に設立された……それは知っているな?」

 

「はい。鳴弥おばさんから教えてもらいました。」

 

「……だが、当時の二課は私の祖父の影響を強く受けていてな……護国の為ならば、人の道に(もと)る行為であろうと為し遂げるべきだ。そうして様々な実験を推し進めたのだ……

 だが、もしもそれが外部に知られた場合、責任者という立場に二課の誰かが就いてしまっていては芋づる式に二課まで手を伸ばされかねない……

 さりとて、何も知らぬ人間に責任だけ押し付ける事もまた二課への疑念を膨らませかねない……そんな手打ちしようのない状況故に、

 『架空の人物を作り上げ、二課のメンバーがそれを演じる』という方法でこれまでリディアン音楽院に関する事情の隠蔽を行っていたのだ。

 だが……もう、私達にそんな後ろめたい隠し事は必要ない。と司令がおっしゃってくれてな。新たな伝手から、リディアンの院長を快く引き受けてくれる人物が見つかったらしい。

 流石にその人物の詳細までは教えてもらえなかったが……要するに、今回の新任式は今までのリディアンとの訣別の為の禊のような物だ、と……そう思ってくれればいい。」

 

「……そう、だったんですか。」

 

「……すまないな。我々の身勝手な事情に巻き込んでしまって。」

 

「いいえ。リディアンを選んだのは、ノイズ被災者の私達自身の選択ですから。教えてくれてありがとうございます、翼さん。知らせてもらえないよりも、辛くても、知っていた方が嬉しい事って、ありますから。」

 

「……ありがとう、小日向さん。」

 

「響もそう思うよね……?響?」

 

「うーん……」

 

翼さんの教えてくれた重い事情。だが、それも最早過去になるのだから気にしなくてもいいと私は思う。

だから、響にも同意してもらおうと顔を向けてみれば、珍しくも困り顔でうんうん唸っている。

「ど、どうした立花!!今の話が何か気に障ってしまったのか!?」

 

けれど、響がこういう顔をしてる時って、大抵ろくでもない事のような……

 

「うーん……あ、翼さん。いやですね?新しい院長先生の詳細は翼さんも聞かされてないって事ですけど一体だーれなんだろうなーって……」

 

「やっぱり……今ってそこ重要な話?まぁ気になりはするけど……」

 

「う、うむ……恐らくは天津家の分家筋のどなたかではあるだろうな。二課とは直接関わらず、さりとて二課の内実にも理解ある方ともなれば、紛れもなく一廉(ひとかど)の人物だろうが……」

 

「うーん……気になる……」

 

「どの道この後分かるんだからそこまで気にしなくても……」

 

━━━━それに、私達も知っている人がなるだなんてそんな偶然は無いだろうし。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「では、リディアン音楽院の再会を祝して、新任院長より祝辞が御座います。先生、どうぞ。」

 

「……うむ。こほん。

 ━━━━儂がリディアン音楽院新任院長、天津道行であるッ!!」

 

━━━━そうして先生に促されて檀上に上がった人は、服装こそいつもの和服姿とは変わっていたけれど、私達もよく見知った人でした。

 

「……ええええええええええええええ!?」

 

『━━━━ええええええええええええええ!?』

 

「立花さん!!……だけじゃないですね。こほん、皆さん静かに!!」

 

私だけでは無くて、お兄ちゃんのNPO法人に助けてもらってリディアンに転校してきた生徒達が皆、気づけば叫びを挙げていた。

 

「ハッハッハ!!まぁまぁ先生。驚くのも無理は無い事でしょうから。

 ━━━━さて、恐らくは皆さんもご存知の通り、私はノイズ被災者救済活動を行うNPO法人の長を務めており、当学院とも良い関係を築かせてもらっておりました。

 その縁からこの度、前院長である有間悠穂(ありまちかほ)氏が先だっての事件の際に自らの限界を感じて隠居なされる際に理事長の後任を打診され、受けさせていただく運びとなりました。

 とはいえ、リディアン音楽院の運営方針はこれまで通りの物……即ち、多くの人に門戸を開き、皆に歌のすばらしさを伝える為の音楽教育の場であるとすることに変わりありません。

 それ故に生徒諸君も新たな校舎という音楽環境を存分に楽しみ、学院での青春を全力で謳歌していただきたい!!以上。」

 

━━━━道行さんらしい、短くバシッと決まった挨拶で終わった全校集会が始まりを告げたリディアン新校舎での学院生活。

なんだか、今まで通りドタバタになっちゃいそうだな……なんてふと思って、楽しくなってきた私は笑ってしまうのでした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━施設内の空気はひんやりと空調が効いていた。

アメリカ西部の荒野に居を構えるこの基地では渇いた空気を避ける為、そしてなによりも機密漏洩を防ぐ為、施設内の窓の数は少ない。

 

「……マム、入るわね?」

 

ノックは要らない。呼び出したのはマムであるし、何よりも私達の行動は基本的に監視されている。基地内を行動する権利こそあれど、基地の外を出歩く事など殆ど無い。

━━━━まるで白い孤児院みたいだ。なんて言い出したのは切歌だったか、それとも『あの子』だったか……

 

「━━━━待っていましたよ、マリア。」

 

━━━━部屋の中に居たのは、車椅子に乗った女性。私達のマム。

ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ、その人だ。

 

「……ごめんなさい、切歌達が中々放してくれなくって。」

 

「……いいえ、事は重大ですが、一朝一夕で成し遂げられる物ではありません。全てを変えるにはまだ早いでしょう……」

 

「……マム、重大って、一体なんの話なの?」

 

私一人が呼び出された理由もそれなのだろうと当たりは付く。だが、肝心のその内容が見えてこない。

 

「━━━━コレをご覧なさい、マリア。」

 

━━━━そう言ってマムが差しだして来たのは、古めかしい一枚の便箋だった。

 

「……手紙?」

 

「私宛に、この部屋の机の上に文字通り直接届けられた物です。」

 

「━━━━ッ!?」

 

その言葉の意味は簡単に理解出来た。先ほど述べた通り、この施設の警備は厳重にして堅牢。それは此処が米国の隠し通さんとする暗黒面そのものであるが故だ。

━━━━だからこそ、直接マムの机の上に手紙を置くなどという事は本来成し遂げられる筈が無いのだ。

 

「差出人の署名は無し。けれど、この封蠟(ふうろう)に刻まれたマークは紛れもなく『結社』の証……」

 

「パヴァリアの……なぜ、結社が私達にコンタクトを?」

 

パヴァリア光明結社。それは、米国を始めとした世界各国の裏側で暗躍する組織の名だ。

異端技術と目される謎の力を行使するが為、米国すらその全容を掴めていない暗黒のフィクサー……

それだけに、何故『私達なのか』。それがどうしても気になってしまう。

 

「その答えは、この手紙の内容にあります。お読みなさい、マリア。

 ━━━━世界は、今滅亡の瀬戸際にあるのです。」

 

━━━━マムのその血を吐くような宣言は、正しく世界の歪みを表していた。

ルナアタックによる月軌道の変化。フィーネが引きずった月の欠片に引きずられて地球との重力バランスを危うくしているという極大災害予測。

……そして、それを米国政府が隠蔽しているという事実。恐らくは……という仮定の上で書かれてはいたが、地球外へのごく一部の人類のみでの脱出を画策しているというのも事実であろう。

米国政府とはそういった後ろ暗い方針を許容する側面を持つ。私達の存在自体が、その証明なのだから。

 

「……付け加えるならば、米国は既にこの事態へと対応せんと動き始めています。私達FISにも計画参加への打診が入っているその計画は、フィーネによる人類保護プロジェクトの流用……

 即ち、『フロンティア』による地球脱出。」

 

━━━━聴いた事がある。私達FISがフロンティアと呼称するモノ。それは日本の神話に刻まれたカストディアンの星間航行船、日本の南海に封印された巨大遺跡であると。

 

「……上層部は『あの子』を……美舟をそんな事に利用しようというの……!?」

 

━━━━そして同時に、私にとっては妹のような存在である『天坂美舟(あまさかみふね)』の祖先が用いた船として、その名を覚えていた。

 

「……そうです。日本の鳥船神社より略取されたレセプターチルドレン。フィーネがFISに遺したフロンティアへの(きざはし)たるあの子を、米国上層部は利用しようとしています。

 神獣鏡(シェンショウジェン)天の落とし子(ネフィリム)、そして新天地たる鳥之石楠船神(フロンティア)……フィーネの遺した計画は、全て我々FISの手の中にあるのですから。」

 

「……それで、マムはどうするつもりなの?」

 

恐ろしい事実を前に震える身体を誤魔化して、マムへと問いを投げかける。

マムが何も考えずに私に話を切り出すはずが無い。恐らくは何かしらの策があっての事だろう。

 

「……異端技術が招いた月の落下という極大災害。コレを前にして一部の貴族のような特権階級だけが逃れ、それ以外の人類に皆死ねという……

 そんな逃げの一手は、人類発展に帰依する事を信条とする一科学者として到底見過ごせる物ではありません。

 異端技術が招いた災厄であるのなら、それは同じ異端技術によって掃われるべきなのです……!!」

 

━━━━マムの理想は、気高くて、そして美しかった。

あぁ、これならば、私はマムを信じて付いて行ける。だって、この世界を護るという事は即ち━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━その記憶でまず思い出すのは、画面を真っ赤に染めたエラーアラート。

そして、実験施設の中で与えられた聖遺物を喰らい、制御を離れて暴れ回るアルビノ・ネフィリムの姿。

 

「━━━━ネフィリムの出力は依然不安定……やはり、歌を介さずの強制起動では完全聖遺物は制御できる物では無かったのですね……」

 

━━━━コレは、六年前の話。今は『天の落とし子』事件と私達が呼ぶとある実験の結末だ。

 

「……私、歌うよ。」

 

「ッ!?でも、あの歌は!!」

 

私の妹、セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。彼女は私とは異なり、Linkerを介さぬシンフォギアの起動が可能な第一種適合者だった。

そして、その絶唱特性は、エネルギーベクトルの操作。

臨界に達するエネルギーを暴走させるアルビノ・ネフィリムに対して私達が最後に切らねばならなくなった『最後の切り札(ラストジョーカー)』だった。

 

「ふふっ。大丈夫だよ、マリア姉さん。わたしの絶唱なら、ネフィリムを起動前の状態にリセットする事が出来るかも知れないもの。」

 

「そんな賭けみたいな!!もしもそれでもネフィリムが抑えきれなかったら……ッ!!」

 

「そうなったら……その時はマリア姉さんがいつもみたいになんとかしてくれる。FISの人達だって居る。

 私、独りぼっちじゃないもの。だから、何とかなる。」

 

「セレナ……」

 

「……ギアを纏う力は私が望んで手に入れたモノじゃないけど、この力で私は、皆を━━━━マムやマリア姉さんを護りたい。

 コレは、誰にも渡せない私だけの想いなんだから。」

 

━━━━そんな決意と共に走り出すセレナを止めようとした私を、マムが止める。

セレナが纏うあの白銀のギアの名前を、私は未だ知らない。マムも、教えてはくれなかった。

 

「━━━━Gatrandis babel ziggurat edenal……」

 

           ━━━━絶唱・ヒトの夢、小夜曲は星の瞬き━━━━

 

「ネフィリムの反応、臨界に到達します!!」

 

「セレナ……セレナァァァァ!!」

 

手を広げ、アルビノ・ネフィリムを抱きしめるように、セレナの歌は優しく落とし子を包み込んだ。

 

━━━━そして、爆発。

 

セレナの絶唱は完璧に近かった。ただ、ネフィリムの力が私達の予想を遥かに上回っていただけ。

それでも、臨界に達し、摂氏一兆℃を超えると予測された地上の太陽は、たかだか地下施設一つを爆散させる程度に抑え込まれたのだ。

 

「━━━━セレナッ!!セレナァ!!誰か、私の妹が!!誰か!!」

 

━━━━場面は、少し先へ進む。

ガラスが爆散した事で無理矢理侵入可能となった実験場へ侵入した私は、セレナを助けてもらおうと声を挙げた。だが……

 

『貴重な実験サンプルが自爆したか……』

 

『実験はただじゃないんだぞ!!この無能共め!!』

 

『そもそもこんな危険な実験を繰り返せばいずれここが明るみに出てしまうではないか!!来期の予算削減は覚悟しておくことだな!!』

 

━━━━返ってきたのは、不協和の罵倒だけ。誰も私を人と扱わなかった。誰も、セレナを人と救おうとする者は居なかった。

 

「━━━━どうしてそんな風に言うの!!あなた達を護る為に血を流したのは、私の妹なのよ!?」

 

あぁ、私の声は届かない。だって、彼等は私達レセプターチルドレンの事を貴重な実験サンプル程度にしか思っていないのだから。

焔が照らす爆心の場で、セレナは血を流して立っていた。絶唱のバックファイア。正規適合者と言えど逃れる事は出来ないその衝撃が、セレナを内部から破壊し始めていた。

 

━━━━本当ならば、そのまま彼女は死ぬ筈だっただろう。十中八九、幾千幾万の『もしも』を重ねようと、この状況かで尚セレナを助けようと動くモノなど居なかった筈だ。

 

「……よかった、マリア姉さんが無事で……こふっ!?」

 

焔に照らされたセレナが血を吐くその姿は、今もなお、こんなにも私の記憶に刻まれている。

 

「━━━━マリア!!危ない!!」

 

━━━━私を心配するマムの声と、上から崩壊した天井が降ってきたのは、一体どちらが先だったか。

 

だが、その瓦礫がマムと私を圧し潰す事は無かった。

一瞬前までは燃えていた施設の総てが凍てつき、突き上がった氷の柱が私とマムに落ちてくる筈の瓦礫を受け止めていたのだ。

 

「━━━━やぁれやれ。全く世話の焼けるお嬢さんですねェ?ねェマスター?」

 

「……ご苦労だった、ガリィ。そのまま此処を維持していろ。」

 

━━━━その声の主は、出入り口も無い筈の施設の奥の闇から現れた。

真っ黒な服に、黒いとんがり帽子を被ったその女性は、まるで御伽噺に出てくる魔女のようだった。

 

『ッ!?ディーンハイム!!【魔女】が何故ここに居る!!今回の実験は極秘の筈だぞ!!』

 

「ハッ。それは此方の台詞だ。シンフォギア装者が【廃棄】される可能性が発生した場合は真っ先に連絡しろと……そういう契約だった筈だが?」

 

『それは……想定外の事象によって……』

 

「……まぁいい。押し問答をする暇も惜しい。このシンフォギア装者は契約に従い、このオレが貰っていく。ガリィ、『アレ』を渡してやれ。」

 

「了解しましたァ。はい、お嬢ちゃんにコレと……シッ!!コレもプレゼントで~す。」

 

━━━━蒼い、蒼い人形だった。球体関節の身体に、およそ人とは思えぬ肌色。だが、そこに宿る意思はどう見ても本物であり、成し遂げた事はそれ以上に奇々怪々だった。

氷を操るのだろうか。私とマムを瓦礫から護ったと思しきその人形は、手早くセレナから解除されたギアと封印されたネフィリムを取り上げ、私へと渡して来たのだ。

 

━━━━ただし、白銀のギアペンダントは袈裟懸けにバッサリと切り裂いて、だが。

 

「……ディーンハイム……噂には聞いていましたが、実在したのですね……契約の魔女……」

 

「あぁ。悪いがこの女は契約に従ってもらい受ける。」

 

「━━━━待ってッ!!セレナをどこへ連れて行くのッ!?」

 

正直に言えば、いきなり現れて異端技術を使いこなすその姿に恐れが無かったとは言えない。だが、それでも尚セレナを連れ去ろうとすることを看過できる筈が無かったのだ。

 

「……ひとまずは、治療の出来る場所へだ。」

 

「そうですよォお嬢さん。魔女が可愛い女の子を攫うなんて言ったら、その結末は一つに決まってるじゃあないですかァ。」

 

━━━━そう言ってニンマリと笑う蒼い人形の下卑た笑みに、何故か私は不信でも恐怖でも無く、昔マムに買ってもらった本に出て来たチェシャ猫を思い出していた。

気まぐれで嘘つきな、それでもアドバイスをちゃんとしてくれるフワフワした猫。

 

「黙れ、ガリィ。その腐った性根も今はお預けだ。

 ……そうだな。お前には教えておいてやろう。お前たちはいずれ『鍵』となる存在だ。だからこそ、オレはお前達に恩を売っている。そう思えばいい。」

 

「私達が……鍵……?」

 

「あぁそうだ。いずれ、また逢おう。その時にはこの『眠り姫』も返してやろう……」

 

━━━━そう言って、魔女はセレナを連れて去って行った。

ニンマリと笑いながら私に手を振る蒼い人形と共に━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……マリア?どうしたのですか?」

 

胸に提げた袈裟懸けに割断されたペンダントを握りしめて記憶に没頭し始めた私を案ずるマムの声。それに、私は意識を呼び戻される。

 

「ハッ!?……いえ、セレナの事を、思い出していたの。きっと、あの魔女が言っていた『鍵』というのは……この事なのね。」

 

「……えぇ。恐らくは。どうやってフィーネの死と、それによって起きたルナアタックを予見していたのかは分かりませんが、『魔女』であればそれも不可能では無いかも知れません。

 ついてはマリア。この計画を進める為に、一つだけとても重大な役目を貴方に演じてもらわなければなりません。」

 

「━━━━重大な、役目?」

 

「えぇ……私達の基にフィーネの計画を進める為の聖遺物は確かに揃っています。しかしそれだけでは計画は進められない。貴方達がシンフォギアを纏う為のLinker。

 コレを安定供給出来ねば私達は何の力も持たぬ小娘同然……だからこそ、ドクターウェルをこの計画に引き込む必要があります。

 ……しかし、ドクターは今、神獣鏡に関する研究を半ば凍結され、FISのメインストリームから外されています。それに……彼は相当、偏屈な方と聞いています。

 故に、彼が唯一敬意を払っていたフィーネが、我々レセプターチルドレンの中に降臨した、と……そう言って誘うしか、方法は無いでしょう。

 実験の為なら犠牲をも(いと)わぬ彼が私達のように誇り高く理想に殉じてくれる等とは、最初から思ってはいませんから……」

 

━━━━なるほど確かに。彼のウワサはよく耳にする。いい意味もあるが、大抵は悪い意味でだ。

天才的頭脳を誇りはするが自己中心的。聖遺物を使った異端技術を平然と一般層に試そうとした……或いは、それを進言して予算を大幅にカットされて研究班の首席から一気に外された、とも聞いている。

嘘か真か、『英雄になる』という夢を語るという彼を動かすならば確かに、唯一敬意を払って接していたというフィーネの再臨は必須と言えよう。

 

「……なるほど。だから、私なのね。」

 

「えぇ……優しい貴方にそんな大役を押し付けてしまう事は心苦しくはありますが……」

 

━━━━だが実際は、私達レセプターチルドレンの誰にもフィーネは宿らなかった。

だからこそのハッタリ。『フィーネを演じる』という大役を私が為さなければならないと、マムはそう言っているのだ。

 

……本当の所を言えば、怖い。とてもとても、私のような臆病者にそんな大役が務まるのかと震えが止まらない。

 

━━━━けれど。けれどだ。

 

「━━━━この世界には、セレナが生きている。今もどこかで生きているセレナに、こんな馬鹿馬鹿しい終わりを齎すワケにはいかない……だからマム。私、やるわ!!」

 

━━━━決意を胸に、私は叫ぶ。私は、フィーネになって見せると。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「クソァ!!何故分からないッ!!何故理解しないッ!!ダイレクトフィードバックシステムを用いれば人間の脳を自由に書き換えられるんだぞォッ!!

 国内のそこかしこに転がってる麻薬常習犯のクソッタレ共だって!!このシステムを用いて脳内物質の受容体を弄って、ついでに記憶だって弄ってやれば従順な真人間に早変わりするって言うのに!!」

 

━━━━ボクは部屋で一人、酒に浸る事も出来ず暴れていた。酒は嫌いだ。なんたってボクのこの天才的な頭脳を破壊してしまうのだから。

そんなモノ無くたって、ボクはボクの完璧な才能に浸る事で俗世間との格の違いを感じる事が出来たのだ。

だというのに、連中はボクの才能を認めなかった。実験結果だけもらってはいサヨナラとその後の発展性を切り捨てやがったのだ!!

 

「……確かにDFSによる人格改造は既存の倫理観に照らし合わせれば認められない禁忌の領域だ。あぁ分かってるさそのくらい!!だが!!禁忌に挑まずして何が科学者だ!!何が異端技術だ!!

 所詮ボク等は脳内で発生する電気信号によって駆動する不完全な生命体ッ!!それと目の前のコンピューターには何の違いもありゃしないってのに!!アイツ等はァ!!」

 

勿論、自意識という存在が摩訶不思議なモノである事は認めよう。そして、【愛】というファクターが異端技術に関する核心に位置している事も認めよう。

だがそれでも、人の意思など教育や洗脳によって日夜染め上げられているのだ。何者にも染まらぬ自意識など存在しない。ならば、それを外部から上書きしてやった所で何の問題もない筈だ。

 

「……ふん。まぁいいさ……どの道、フロンティア計画にはボクが必須になる。いずれお前等はボクという英雄にひれ伏さざるを得なくなるんだからな……」

 

━━━━ルナアタックが齎した月の落下という最悪の未来予想図も、それに対抗する為に米国上層部がフロンティア計画を推し進める事も、ボクにとっては想定内だ。

だからこそ、それを利用してボクは英雄になる。他のマヌケ共は異端技術に【愛】が深く寄与しているという単純明快な真理にすら辿り着いてすら居ない。

それが故に、機械的に駆動させるにも限界があるだろう最終的なフロンティアの安定には、間違いなくボクのLinkerが必要不可欠となるのだ。

 

「……あぁ、いや。一人だけ……フィーネ。あの女がもしも再誕すれば話は別、か……」

 

他者の才能など認めはしないボクだが、それでもただ一人だけ例外は居る。それこそがフィーネ。

遥けし過去より現れ、そして今は身を潜めている先史文明の巫女。

認めたくはないが、【愛】を通したアプローチを除けば、あの女はボクすら上回る技術力と知啓で以て異端技術を使いこなす。

だからこそ、ボクは彼女にだけは敬意を払っている。

 

「……だが、あの女も今は居ない。それに、アウフヴァッヘン波形を受けて蘇るとは言ってもレセプターチルドレン共には宿らなかったようだから世界全土の中で再起をうかがっているのか……」

 

━━━━その通信が入ったのは、ちょうどその時の事だった。

『貴方が唯一敬意を払うあの方について、重大な話があります』と、要約すればそう書かれただけの文面を寄越して来たのはレセプターチルドレンと、不完全品だからとろくすっぽも研究が進まないシンフォギアを延々と研究しているナスターシャ教授。

 

「……可能性は高い、か……」

 

ボクの冷静沈着な頭脳が回転して出した答えは先ほど考えた可能性。即ち、フィーネの再誕だ。

 

「━━━━面白い。再誕したフィーネがボクに助けを求めるだなんて……ククッ!!ソイツはつまりまだ『不完全』だって事だ……こりゃあいい!!楽しくって眼鏡がずり落ちてしまいそうだ……!!」

 

通信への返信は短い物。OKだけだ。コレで、伝わるだろう。

 

「クククッ……」

 

笑みを零しながら、ボクは欲望の赴くままにフィーネとの密会の場所へと向かう。

 

━━━━空には、欠けた月が輝いているだろう。




開戦の号砲は、車列を打ち砕くかのように鳴り響く。
杖を求め、現れる雑音を払うは、進化した少女達の歌声。
物語の幕は、今此処に上がる。

━━━━一方その頃、決意を握ったその少女が隠そうとしながらも零す優しさと偶然出会う少年が居た。
コレもまた、一つの物語。始まりは偶然でも、二度三度と続けば……
━━━━それはきっと、運命なのだから。


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断章 残響のサマーフェス

共鳴の誕生日おめでとう短編。XV放送開始記念も兼ねて。


━━━━七月七日、俺の誕生日。

日々の任務に追われて当の俺自身すらすっかり忘れてしまっていたそれを、皆は忘れずに祝ってくれた。

あれから数日。どうにかその恩返しが出来ないものかと、俺は自宅のベッドの上で頭を悩ませていた。

 

「うーん……二課のメンバーには日頃の感謝も兼ねて選択式のギフト券を贈るのがいいとして……問題は学生組だよなぁ……」

 

自立した成人である二課本部メンバーに贈る物はすぐに思いついたのだが……

流石に、寮暮らしをしている響達にギフトを贈っても持て余してしまうだろう。いや、響なら食品系ギフトとか何人前でも食べ尽くしちゃいそうだけどそれはそれとしてだ。

 

「それに、あくまでも祝ってもらった事への個人的な感謝だからあんまり大事にはしない方がいいだろうし……何かこう、大義とまでは行かずとも名分が欲しいよな……」

 

しかし、夏休みも近づく今の時期にそんな都合の良い行事など……行事?

 

「━━━━コレだ!!」

 

自問自答の末に閃いた思いつきを形にする為に、俺はそそくさと動き出した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━祭囃子が、空に木霊(こだま)している。

 

「うわあ……!!お祭りだー!!」

 

「もう……響ったらはしゃいじゃって……でもお兄ちゃん、ホントに良かったの?私達全員の分の浴衣までレンタルしてもらっちゃって……それに屋台のお金も全部出すだなんて……響も居るんだよ?」

 

「あぁ、日頃の感謝を込めて……って奴だ。まぁさしもの響と言えど屋台の料理全部食べ尽くしちゃうことは無いだろ……無いよな?」

 

「流石にヒドイよお兄ちゃん!!全種類は食べるけど、全部は流石に食べないって!!」

 

「……それでも全種類は食べるのね、響。」

 

テンションの上がった立花と、そして今回の発起人である共鳴くんへの小日向さんの念押しに応える彼等の仲の良さをBGMと聴きながら、私は目の前の車椅子に乗る奏に話しかける。

 

「奏は、何か食べたい物とかある?」

 

「んー……そうだな。チョコバナナとか一回挑戦してみたいよなー。」

 

「チョコバナナって……なんだ?言葉の響き的に甘いもんっぽいけど……」

 

「あぁ、雪音は見た事が無いか。といっても、私も実物は無いのだが……なんでもバナナをチョコでコーティングした伝統的な駄菓子らしくてな。こういったお祭りの場でよく供されるのだそうだ。」

 

「へー……色々あんだな……」

 

「なんなら一緒に食おうぜ、クリス。こういうのは皆で一緒に食べるのが一番大事だからさ。」

 

「……ん。わかった。」

 

奏の返答に惹かれてか、はたまた手持ち無沙汰だったのか。会話に紛れ込んで来た雪音の姿も同じく共鳴くんが手配してくれた浴衣だ。勿論、サイズ合わせなどは実地で行った物だが、ギアのように真っ赤な浴衣は雪音にも似合っている。

 

「折角ですし、共鳴さんのご相伴には預かるとして、あまり高くならないように私達は綿あめをいただきましょうか。板場さんはどれにします?」

 

「うーん……特撮ヒーローも嫌いでは無いんだけど……魔法少女物のラインナップが今年は豊作で……どうしよう!!どれにしようかスッゴク迷う!!」

 

「あー、なら最悪三つまでに絞りなよ?あたしとテラジは外装にはそこまで興味ないからさ。」

 

「うぉぉぉぉ!!ありがとう、心の友よー!!」

 

━━━━総勢九人の大所帯。必然と、それは三人ずつのグループへと姿を変えていた。

とはいえ、それは当然の事だ。人数が多ければ多い程人は動きにくくなるものだし……なにより、私達はそれぞれに他者との関係性を抱えている。

例えば私は、立花達の同級生だというあちらの三人とはそこまで親しくは出来ていない。奏は違うようだが……

だからまぁ、こんな風に幾つかに別れて祭りを楽しむのも十分有りだろう。

 

……財布代わりを自ら買って出た共鳴くんは右往左往していたが、まぁアレは大言壮語の代償というべき物だろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はー……食べた食べた……」

 

「ホントに全種類食べちゃうし……もう……じゃ、私はこの集めたのをゴミ箱に捨ててきますね?」

 

「あ、俺が行こうか?人手もまだ途切れたワケじゃないんだし、一人じゃ危ないよ。」

 

楽しい時間はあっという間に過ぎていき。

途中、翼ちゃんと奏さんの存在がバレそうになって、俺が慌てて奏さんを背負って鎮守の森を飛び越してまで隠れてもらったりもしたが、概ね騒ぎになる事も無く。花火大会の始まりも近づく中でゆったりとした時間が流れていた。

そんな中で、宣言通りに全種類の屋台を堪能した響や俺達の買い食いの跡片付けをしようと未来が立ち上がる。だが、招いたのは俺なのだからそういった片付けも俺がすべきだろう。そう思って未来に声を掛けたのだが……

 

「━━━━お兄ちゃんは動きすぎ。私達に付き合うばっかりで全然楽しめてないじゃない。じゃあクリス、一緒に来てくれる?二人なら問題無いでしょう?」

 

「お、おう……あたしは構わねぇぞ。」

 

「俺なりに楽しんでるんだけどなぁ……分かった。ただし、なにかあったら呼ぶ事。何を差し置いても駆けつけるからさ。」

 

「ふふっ、流石にこんな日常でまでそんな心配しなくたっていいのに。それじゃあ行ってくるね?」

 

━━━━翼ちゃんと奏さんは二人になりたいと裏の方に回ったし、三人娘はなにやら話し合いがあるとの事で、この場に残ったのは俺と響だけだった。

 

「……響。楽しかったか?」

 

「うん!!」

 

━━━━その笑顔に翳りは無い。よかった……ルナアタック事件から一ヶ月。たとえ数ヶ月程度であろうと、響にとって身近な人になっていた了子さんが居なくなってしまった事。

それが響に翳りを差してしまわないかと心配だったのだ。

だが、どうやらその心配は杞憂だったらしい。

 

「……ところで、さ。お兄ちゃんに一つ訊きたい事があったんだけど……」

 

「━━━━ん?」

 

「……デュランダルの輸送前日に、約束したじゃない?」

 

━━━━響のその言葉に、思わず背筋が伸びる。まるで氷柱を差し込まれたかのようだ。

 

「……今でも、私達の……ううん、私の事を意識とか、するの?」

 

そう、アレはデュランダル輸送作戦の半日程前。作戦開始に備えて休もうとしていた響が発見してしまったスポーツ新聞の二面記事のグラビアが事の発端だった……

響曰く『メロン級のお山』が好みなんでしょー!!という悲しい濡れ衣を着せられてしまった俺は、弁明しようと慌てる中でうっかり響や未来の身体を意識する事があると口を滑らせてしまったのだった。

しかしその時は事態が事態ゆえに『全部終わってからもう一回話し合おう』と約束してそのまま時は流れ……

 

「……意識は、するよ。男として、俺自身として……響達の可愛い姿とかを見ると嬉しくなる。けど、何度考えても分からないんだ。

 ━━━━俺が意識してるのは果たして、響自身なのか?って事がさ。」

 

「私自身……?」

 

そもそも女の子に喋って聞かせるような話題では無いし、俺の場合は特に表現が難しい。

 

「うーんと、な……確かに意識する事はある。あるんだけど……最近は奏さんから釘も刺されたし、特に気を付けて失礼にならないようにしてるつもりだ。

 けれど、それとはまったく別にさ。こんな風に皆がワイワイと楽しんでいるのを遠くから見ていると、俺はそれだけで満足しちゃうんだよ。」

 

「……なるほどー……それはちょっと、分かる気がする。友達が楽しんでるのを見るの、楽しいもんね!!」

 

「あははは……まぁ、うん。多分違う感じだけど、まぁそういう理解でいいと思うよ。友達はいいものだしさ。」

 

━━━━響は性別を超えた友情故だと思ってくれたようだが、本音を言ってしまえばいわゆる恋愛対象として彼女達を見る事が出来ないのだ、今の俺は。

俺自身を主体として、俺だけを見て欲しいという独占欲や、性的な繋がりを求めたいという情欲。それを抱く事。

それがどうにも難しい。まぁ……今の状況の維持だけを思えばむしろありがたい心境なのだが……

 

━━━━それが何故かを考えれば、心の中に雪が降る。

俺が中途半端に踏み込んでしまったが故に手を届かせる事が出来なかった、一人の少女。

中途半端な気持ちで誰かの想いに応えようとしては、ただそれを再現してしまうだけだという確信がある。

『手の届く総て』を救いたいという願いと、『誰か一人を救う』という想いは両立しえないのだから━━━━

 

「うーん……そっか。意識した事全然なかったけど、お兄ちゃんも友達だもんね!!」

 

「あぁ、そうだな。俺と響だって友達だ。だから━━━━そうだな、改めて約束するよ。もしも響が困ってたら、俺は何があっても助けに行くって。」

 

━━━━誤魔化してしまった事へのお詫びも兼ねて、俺は響へと小指を差し出す。

無自覚なのだろう響の気持ちに応えてあげられるかどうかは、今の俺にはまだ分からない。けれど、それでも。

響が大事な存在である事は間違いないのだ。だから約束する。絶対に響に手を伸ばして見せると。

 

「指切り?んー……じゃあ、私も約束する。もしもお兄ちゃんが困ってたら、私も何があっても助けに行くって。」

 

「……それじゃあどっちかが困ったら二人で対処しなきゃいけなくならないか?」

 

「いいでしょー別にー。私が困ったらお兄ちゃんが助けて、お兄ちゃんが困ったら私が助ける。それで、未来や皆が困ってたら私とお兄ちゃんの二人で助けに行く。

 ほら、コレなら何も問題ナシ!!」

 

「━━━━ははははは!!そっか!!二人で皆も助けに行くか!!それはいいな!!」

 

ただで護られてくれるとは思っても居なかったが、俺の指切りに対する響の回答は俺の予想の遥か斜め上をカッ飛んでいた。

だが……そうだ。俺は、俺達はいつだって一人じゃない。誰かを助けるという事は、誰かに助けられる事でもある。

回答と共に響が伸ばしてくれた小指に、俺の指を絡める。

 

「ゆーびきーりげーんまーん、約束破ったら……そうだなー……うん!!未来に思いっきり怒られる!!ゆーびきーったッ!!」

 

「……さりげなく滅茶苦茶怖い代償を設定するのやめてもらえません!?」

 

━━━━約束破って助けに行けなかったとかなったら、未来は怒る。そりゃあもう絶対に絶対だ。

それは、イヤだ。どうあってもイヤだ。

 

「ふっふーん!!コレなら如何にお兄ちゃんとてそうそう破れまい!!完璧!!」

 

「まぁ、元々破るつもりも無いけどさ……ふ、ふふっ。」

 

「あはははは!!」

 

「どうしたの?二人して思いっきり笑い合って……」

 

未来とクリスが戻って来たのは、ちょうどその時だった。

 

「あ、未来!!クリスちゃんも!!えーっとね、お兄ちゃんと約束してたの!!」

 

「約束?」

 

「うん、約束!!破ったらこわーい未来に怒られちゃうの!!」

 

「ちょっと響!?私の事そういう時に引き合いに出さないでよ!!むー……」

 

「あはははは!!ごめんごめん。」

 

━━━━眩しい物を、見ているように目を細めてしまう。

 

「……んだよ。お前はお前でいつもとなんか違うじゃねぇか。悪いモンでも食ったか?」

 

「そんなつもりは無かったんだけど……やっぱり何か違うかい?」

 

「まぁな。みじけぇ付き合いだが、お前がお節介焼きなのはイヤって程に理解してる……けどよ、そういう風な目をしてんのは初めて見たぜ?」

 

「そう……かな。そうかも知れない。今、初めて気づいたからかな。

 ━━━━俺は、あんな日常をこそ護りたいんだって。」

 

「……そう思うんなら、そうなんじゃねーか?」

 

肯定でも無く、否定でも無い。ただ、俺の独白を聴いてくれるクリスちゃんの姿を改めて見つめる。

イメージカラーと同じ真っ赤な浴衣は、本来なら着る人を選ぶだろうに、クリスちゃんの銀色の髪とよく似あっていた。

 

「なんだよ、押し黙ったと思ったらじろじろ見て来やがって……」

 

━━━━そういえば、今日はクリスちゃんの口数がいつもよりも少ない気がする。もしかして、照れているのだろうか?

 

「あぁ、ごめん。クリスちゃんの銀に浴衣の赤が映えてとても綺麗だったから。不躾だったね、謝るよ。」

 

「……んなっ!?

 ━━━━ンでそういうとこ剛速球の火の玉ストレートなんだよ!!いつもいつもお前はッ!!」

 

「えっと、母さんの教育で女の子はとにかく本心で褒めろって……」

 

「合ってるけどそういう事じゃねー!!」

 

━━━━拝啓、天国の父さん。

護りたい人達の輝きは眩しいけれど、中々どうして上手く接する事が難しく感じてしまいます……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はー、遊んだ遊んだ……ありがとなトモ。今日は皆も呼んでもらっちゃって。」

 

「いえ、俺の方こそ楽しかったですよ。ああいったお祭りの雰囲気は俺も好きですから。」

 

━━━━祭りからの帰り道は、俺と奏さんの二人だけ。

他の皆は寮や自宅に帰って行った。送って行こうと思ったのだが、『奏を頼む』と翼ちゃんに念押しまでされては逆らえない。

 

「……ホントに、本当に楽しかった。」

 

そう呟く奏さんの背中は、少しだけ寂しそうで。

━━━━それもそうだろう。と思う。

奏さんの家族はフィーネに奪われ、次に頼った了子さんこそがそのフィーネで……挙句の果てに、何も言う暇無くフィーネは自分勝手に去って行ってしまった。

次に出逢ったら一発ブン殴る。とは公言しているが、果たして奏さんが生きているうちにフィーネが再び現れるのかどうか……

 

「……これからも、楽しくなりますよ。まだデートの約束も成し遂げてませんし、そうじゃなくても響達が奏さんを放っておくワケありませんから。」

 

「━━━━そっか。これからも楽しくなるのか。

 ……ふふっ、ならまずはー……デートの約束、ちゃんと守ってくれよ?」

 

「ええ、はい。静かなところにお連れ致しますとも。」

 

━━━━そうして見上げた静かな夜空には、欠けた月が浮かんでいた。

不和の象徴、バラルの呪詛を制御するというこの星の衛星。

だが同時に、人は其処に美しさをも見出した事を、俺は忘れない。

 

 



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断章 抜粋のエンドレポート

十万UA記念の特別短編ですが中身はキャラ崩壊一歩手前なギャグ祭りとなります。
そういった描写が苦手な方はご注意ください。

━━━━というワケでレゾナンス道場総集編第一期、はっじまっるよー!!


                    ━━━━遭遇・第一回━━━━

 

 

━━━━気が付けば、其処は道場だった。

……え?道場?俺はライブ会場でノイズを相手にアメノツムギを振るう事で迎撃しようとしていたのでは?

 

「━━━━力が欲しいか?」

 

混乱する俺の後ろから掛けられる声。その聞き覚えのある声に思わず振り返った俺が見たモノ……

━━━━それは、天狗だった。2mを超える身の丈に、筋肉質な身体を持った隻腕の男が、何故か烏天狗のお面をかぶって其処に居た。

……というか、どう見ても父さんだった。

……だが、それはおかしい。父さんは死んだ筈だ。であれば、俺はもしや死んでしまったのか……?

 

「否!!我はオヤージ!!力の教導者!!」

 

━━━━はい?

 

「うぬが困惑を直接口に出す必要は無い!!此処は道場であるが故にうぬの思考を読む事も可能とする!!」

 

━━━━ちょっと待って欲しい。

 

「フハハハハハ!!出来ぬ!!何故なら尺の都合があるからな。如何に道場とて無制限に引き延ばせるワケでは無いのだ!!特に今回は記念短編だし……」

 

マジで待ってくださいお願いします。

マトモな思考をしている俺にも分かるように説明して欲しい。

 

「━━━━此処は正解に辿り着けずに道半ばで倒れ伏したうぬを叱咤激励するコーナー、その名も『オヤージ道場』!!

 今回のうぬは……うむ、『アメノツムギを剣と握って振り抜くも五体を倒した所で数に押し込まれる』か……」

 

……うっ。言ってる事は相変わらず分からないが……語られるそれは、まさに俺の記憶にある最期の光景だった。

 

「うむ……防人たらんと決意を握るその覚悟や良し!!しかし、今のうぬでは役者不足……いや、装備が足りておらぬわ!!具体的に言うと耐性装備無しで裏ボスに挑むが如きもの!!

 銃をも超える()()であるノイズを全て切り伏せよう等、人ならざる絶技でも無ければ不可能であると知れィ!!」

 

━━━━その言葉の意味は全く分からなかったが、その言葉の意図は理解出来る。

つまり、俺はまだ弱いのだ。

 

「━━━━だが、それを悲観する必要は無い。人は常に、己が持つ力の中で最善を求めて生きるのだからな。

 故に、うぬが考えるべきは弱さでは無くその活用ッ!!具体的にはアメノツムギを剣では無く()と使うがよかろうッ!!」

 

━━━━盾?アメノツムギは糸状であるのだから盾と使う事など……いや、もしかすると、出来るかも知れない……ッ!!

 

「ふふふ……良い眼になりおったわ。さぁ行け!!うぬを待っている者があの会場には居るのだから!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

                    ━━━━模索・第二回━━━━

 

 

━━━━気が付けば、俺は再びこの道場を訪れてしまっていた。

 

「ふむ……アメノツムギを盾と構えたのは良い。しっかり学んでおるな。しかし、全員を護ろうと己の身を盾に立ち続けたのはよろしくない。

 ━━━━それ故に、此度のうぬは死んだのだから。」

 

━━━━父さん、いや、オヤージを名乗る不審者の言葉は容赦がない。だが、それが事実を表しているが故に、俺に言える事は何も無い。

 

「確かに、防人であれば人々を護る為盾となる事も覚悟すべきだ。

 ━━━━だが、今のお前はそうではない。命を賭すべき局面を選ぶべき存在だ。

 ……第一、ノイズの一群をうぬがその身で受け止めた所で、次弾はどうする?その次は?」

 

━━━━全く以て、その通りだ。

父さんに言われた事がある。防人は命の選択をしなければならない事がある、と。

俺を意固地にしたその遺言の意味が今、無様にも後悔を遺してしまった俺に深く突き刺さるのだ。

 

「━━━━辛いか?だが、それを悲観する暇はうぬには無い。」

 

オヤージさんが言わんとする言葉を聴くのは二度目だが、語られるまでも無くすぐに分かった。

━━━━人は常に、己が持つ力の中で最善を求めて生きていくのだから……ッ!!

 

 

 

━━━━だから、俺は最善へと到る為に決意を握ったのだ。

……その果てに、最善ですら救えぬ犠牲があったとしても。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

                   ━━━━幕間・第七回━━━━

 

「━━━━おぉ、回数が飛んでいるのは気にするな!!なにせあのライブ会場だけで共鳴の運命は幾たびも潰えている。その総てを網羅するとちょっと文量がエグい事になったのでカットしたのだ。」

 

━━━━此処は道場。死後に主人公が辿り着く場所だったりするのかも知れない。

断言出来ないのは何故かと言えば、私自身よく分かっていないからだ。

私は物語から退場したが故にこうして好き勝手出来てはいるが、逆に物語に関わる事は出来ない。

それが、とても歯がゆい。

 

━━━━今回のデッドエンドの原因は、アメノツムギの固有振動数を二課に伝えなかった事で共鳴の誘拐が防がれなかった事にある。

誘拐された共鳴はFISにて人体実験の対象となり、それでも希望を捨てずに戦い続けるのだが……

 

行き止まり(デッドエンド)だから、それが観測される事は無い、か……」

 

━━━━それでは、世界は救えない。だから、お話はここでお終いだ。

 

()()なら其処等辺の調整も効くんだろうけど……あいにく今のこの世界は角笛が()()()()()()カタチになっているからなぁ……」

 

やれやれと、道場の床で眠る……催眠ガスを嗅がされた共鳴の頭を撫でながら思う。残酷な世界の在り方について。

それについて語ろうとするとオヤージとしてでは無い素の口調が出てしまうのは仕方ない事だろう。

━━━━なにせ、愛する息子に辛い使命を背負わせてしまうなんて、父親失格な自分を恥じるからこそのオヤージの仮面なのだから。

 

「共鳴が、いや……天津が居たからこそこの世界は基幹世界から外れ、しかし、天津が居たが故に滅びを迎える。

 ……だから、俺達は世界を防人(さきも)る必要があるんだ。共鳴。」

 

━━━━まだ幼さを残す顔、後ろだけ結ぶ形で伸ばしているらしい後ろ髪、しかし警護の為に目に掛からぬように整えられた前髪。

 

「……目の形は俺に似てキリッとしてるって、鳴弥は言ってくれたっけな。

 逆に、眉尻が下がってるのは鳴弥に似たんだが……」

 

……大きくなったなぁ。こうやって寝ている共鳴を見ると、産まれた時の事を思い出す。

結局俺はこの子に何もしてあげられなかったが……俺は、この子の父親として憧れられる男で居られたのだろうか━━━━?

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

                   ━━━━異聞・第十二回━━━━

 

 

「パパー!!」

 

━━━━少女が、言葉と共に駆けてくる。

 

「おー!!鳴美(なるみ)!!元気にしてたかー?」

 

「うん!!あのね!!私ね!!パパのお名前書けるようになったんだよ!!」

 

「ハハハ!!それは嬉しいなぁ!!」

 

「━━━━おかえりなさい、アナタ。」

 

鳴美に続いて此方に歩いて来る愛しい妻の腕の中には、小さな小さな新たな命が抱えられていた。

 

「あぁ、ただいま。

 ━━━━竜子、それに竜弥(たつや)。」

 

━━━━彼女の名は、()()()()。そして、彼女が抱える赤子は竜弥。俺の息子だ。

そう、俺は彼女と結ばれた。あの日、手を繋いだ事は決して無駄では無かったのだ……

 

「……なにか、浮かない顔をしていない?」

 

「そうかな?……いや、そうかも知れない。幸福過ぎて、なんだか怖いな……」

 

━━━━世界は救われた。それ故にシンフォギアはその役目の大半を終え、レゾナンスギアもまた元々のアメノツムギへと姿を戻す事となった。

それに応じて、俺もまたSONGを脱退して天津家としてガーディアンの仕事へと戻ったのだ。

 

響は未来と一緒にSONG職員として災害派遣を今も続けている。

翼ちゃんとマリアと奏さんは歌で世界を救う為に今もアイドルとして活躍。

クリスちゃんもまた同じく。歌で世界を救う為、NPO団体と共に今なお火種の燻ぶる紛争地帯での支援の最前線に立っている。

調ちゃんと切歌ちゃんは大学卒業後に異端技術研究者の道へ進んだ。ナスターシャ教授の遺志を継ぎたいと言っていた事は記憶に新しい。

……切歌ちゃんが研究を上手くやれるのかどうかで少々もめたらしいが、まぁ今となっては昔の話だろう。

 

皆が居て、誰かが居なくて、誰かが居て……そんな中で俺は竜子と結婚し、そして幸せな家族になれた。

それが嬉しいだけに……何故か怖いと感じてしまう感情が不思議なのだ。

 

「━━━━私は、恐くないわ。だって、アナタが此処に居てくれるのだもの……」

 

けれど、彼女のその言葉を聞くと、俺の抱く恐怖は薄れていく。そうだ、俺は手を繋げたのだから……

 

 

 

 

━━━━コレは、夢想の結末。

訣別の鎮魂歌は流れず、手を繋ぎ、少女と少年が共に歩んだ……決して有り得ぬ未来の一頁。

この世界は救われない。この結末は訪れない。とうに基幹より外れた歴史に生じた歪みは限界を越え、矛盾を許容する筈の世界にすら不協和の音色を響かせる。

 

━━━━それでも、アナタは思い描くのでしょう。

どうか、未来に幸あれと。()()()()()()()()()()()、と。

その道行きに月の光が差す事を、私は祈っています。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

                   ━━━━転機・第十八回━━━━

 

「━━━━うぬ。なんだか久しぶりな気がするな!!お馴染みオヤージ道場の時間である!!」

 

それはそうである。なにせこの二年間で此処に来たことは数える程しか無かったのだから。

というか、やはりレゾナンスギアの有る無しで死亡率がダンチだったな……

今さらながらにオヤージが以前言っていた耐性装備云々の話が理解出来たような気がする。

 

「うむす。理解出来たようで何より。さぁて今回のデェッドエェンドの理由はー……『ネフシュタンの少女にノイズを大量召喚されて圧殺される』と……

 あー、コレはちょっと……一人じゃ対処のしようが無いな。」

 

━━━━そうなのだ。ネフシュタンの少女が握っていた、謎の『ノイズを操る』聖遺物。そこから召喚された数百にのぼるノイズ達。

……イチバチに翼ちゃんとの合流を図った俺の奮戦虚しく、数百のノイズの猛攻に耐えきれずにレゾナンスギアは機能を停止。俺を葬り去る事に成功したというワケだ。

 

「ふむ……何故、うぬは真っ先にノイズの群れを掻き分けようとした?」

 

━━━━決まっている。響があの捕獲用ノイズに囚われてしまった以上、俺が翼ちゃんと合流して立ち向かわなければ勝利の目は無いと判断したからだ。

 

「━━━━だが、それは賭けであっただろう。レゾナンスギアが如何にシンフォギアが放つフォニックゲインとの共振にてその力を励起させるとはいえ……

 それが機械的な増幅である以上、そこには駆動限界が存在する。その限界を押し測れぬうぬではあるまい?」

 

……うっ。

言葉に詰まる。そう、自分でも分かっていた事だが、コレはイチバチの賭けだったのだ。

レゾナンスギアが限界を迎えるのが先か、翼ちゃんと合流出来るのが先かという二択を俺は天秤に掛け、そして……賭けに負けた。

 

戦場(いくさば)に立つのはうぬ一人では無い。故に信じる事だ、うぬと共に立つ戦士の力を。

 ……そして、彼女が握る覚悟の強さを。」

 

━━━━もしかしたら、イチバチの賭けに出なくても予想通りに擂り潰されてしまって俺はどちらにしろお終いなのかも知れない。

一瞬だけ脳裏を(よぎ)ったそんな想いを、オヤージは払ってくれる。その希望が、俺の握る拳に力をくれる。

そうだ。俺はまだ諦めるワケにはいかない。たとえ、この道が未来に繋がっていないとしても。

その先にて最善の未来を掴む為に、何度でも立ち上がるのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

                   ━━━━蒸発・第二十三回━━━━

 

 

「ハハハハハハ!!」

 

━━━━アメノハゴロモが俺に齎した短距離転移という能力。

それを用いてフィーネとの決戦にて命を賭したクリスちゃんを救わんとした俺だが、その姿は空に輝くクリスちゃんの基では無く道場にあった。

 

「フハハハハハッ!!ハーッハッハッハ!!」

 

━━━━そう。カ・ディンギルの砲塔を超え、空に輝く光柱と並走した俺は追い縋るフィーネのネフシュタンの双鞭を短距離跳躍にて回避しようとして失敗したのだ。

その直前に切った啖呵も知っているだろうオヤージが笑うのも無理はない。カ・ディンギルの砲撃のド真ん中に転移して一瞬でジュッと焼き尽くされてしまったのだからもー笑うしかない。

 

「ククッ……うむ。失敗した原因は分かっておろうな?」

 

だが、オヤージも俺も最早死亡時のマヌケさだけに囚われるような段階には居ない。切り替えたオヤージの指摘に俺は、今回の結末を招いた問題点を思い浮かべる。

……要するに、ビビってしまったのだ。俺は。

 

「うむ!!致死を前にして臆するのは人間として当たり前の防衛本能だ。だが、時に人はその限界を越えて戦わねばならぬ時がある……

 かつてのうぬはそうでは無かった。命を我武者羅に使い潰す事は最善では無かった。

 だが、今のうぬは……護る者を見つけた。戦う理由を握った。その為の力を携えた。三拍子揃った立派な……防人だ。胸を張れ。」

 

━━━━オヤージが珍しくも優し気な声音で語るその言葉に、どうしても胸を突く想いがある。

……父さん。俺が一人前の防人と、ガーディアンとなる前に俺の前から居なくなってしまった人。

同一視してはいけないと分かっている。ここでの経験が現実に持ち込めない事も理解している。

━━━━だがそれでも。この想いは伝えなければならない。

 

「……ありがとうございます。父さん。俺は防人として、この二年で成長する事が出来た。

 それには、この場所での経験が少なからず帰依していると……俺は信じています。

 ━━━━だから、行ってきます。護る為に。そして、未来に彼女達の歌を繋げる為に。」

 

「━━━━あぁ。行ってきなさい。共鳴。」

 

━━━━その言葉をしっかりと口にして。その言葉をしっかりと受け止めて。

俺の意識は、浮上、する━━━━

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

                  ━━━━総括・第二十四回━━━━

 

 

「━━━━と思うじゃろ?もうちっとばかし続くんじゃ。」

 

━━━━なんでさーッ!?

 

「ハハハ。とはいえコレは特定の状況を指す道場では無い。元ネタの方でも最終決戦辺りともなると道場どころか選択肢自体減ってたからな!!」

 

しかもメタい!!いや、道場だからいつもの事と言えばそうなんだけども!!

 

「━━━━とはいえ、この二年間での二十三の終わり。見届けさせてもらったぞ、共鳴。」

 

━━━━二十三?俺が此処に来たのは二十一回では?

 

「━━━━おっと。間違えた。そうだな、()()()()()()()だったな。

 さて、ひとまず自体は終息し、世界はノイズの災禍を抱えながらも未来へと進んでいく。

 ━━━━だが、物語はコレで終わりでは無い。うぬの人生はこれからも続くし……何よりも、遺された謎や難題は数多くある筈だ。」

 

━━━━融合症例となった響の治療法。月の欠片の破砕による重力バランスの変化。そして何よりも……あまりに多くの謎を抱えたヴァールハイトの真意。

オヤージの言う通り、考えなければならない謎はまだまだ山のようにある。であれば……もしや此れからもオヤージは俺の生死の岐路に立ち続けるのだろうか?

 

「さぁて……それがどうなるかは、まだ未定だなぁ。そもそも、マトモな出番を貰わなければ我のキャラがすっかりコッチで定着してしまいそうだしな!!

 だが共鳴。お前が悩んでも、苦しんでも、諦めずに道を進む限り未来は切り拓かれる……それだけは忘れないでおいてくれ。」

 

━━━━死者からの不思議なエールはどこまでも、生者の道行を応援する物だった。




━━━━何故、彼の錬金術師はこの道場に現れなかったのか?
その答えはいずれ、交わる路の涯にて明かされるだろう。
九華絢爛、極彩の万華鏡が輝き、空に虹を掛けるその時に……


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第二章 救済(ギブリリーフ)
第四十二話 開幕のシグナルショット


━━━━暗雲が、漆黒の夜闇に渦巻いていた。

 

「……幸先わりぃな。」

 

「んー?どしたのクリスちゃん。」

 

「……んでもねぇよ。ただ、折角の遠出にゃ似つかわしくねェ空模様だと思っただけだ。」

 

「あー、そうだよねー。折角山口まで行くんだからお天気もピクニック日和だと良かったんだけど……」

 

その言葉に、窓際に突いていた頬杖が思わずずり落ちそうになる。

 

「お前なぁ……あたしのはちょっとした冗談で済むけどピクニック気分は流石にねぇだろ……あたし等が此処に居る理由は任務だぞ任務!!」

 

「わ、分かってるってクリスちゃん……ただそれにしたって天気はいい方がいいかなってだけの話で……」

 

「ったく……」

 

━━━━あたし等に任された任務とは、山口県は岩国に存在する米国基地へと装甲列車を用いてソロモンの杖を搬送する事だ。

この三ヶ月程の間に表向きは日本との協調による聖遺物研究を進める事を基本方針とした米国。

未だ脅威の続く認定特異災害たるノイズ。その災禍を防ぐ為に『ノイズを召喚・送還し、自在に操る』という完全聖遺物(サクリストS)の特性を日本と協働して研究しようと考えるのは当然の帰結だった。

だが……本当に、米国はソロモンの杖を平和の為に利用してくれるのだろうか?

たった一年程前にはソロモンの杖を起動する術を持たぬからと米国はフィーネへ秘密裏に杖を引き渡していたのだ。

米国の聖遺物研究機関もまたフィーネの息が掛かっていたとはいえ、其処にはやはり米国そのものの思惑が関わっているだろう……

 

━━━━窓を濡らす暗い嵐の夜のように、あたしの疑念は黒く(わだかま)っていた。

 

「あ、そうだ!!クリスちゃんもお夜食食べようよ!!夜通しの任務になるからってお兄ちゃんがサンドイッチ作ってくれたからさ!!」

 

「あ?まーたアイツは気が利きすぎる……お、こっちはツナか……ま、ずっと気を張ってたって始まらねぇしな。貰うとするか……」

 

一瞬何を暢気な事を……とも思いはしたが、到着予定は朝方だ。腹が減ってはなんとやらとも言うし、貰っておいて損はないだろう……

 

「━━━━そういやよ。最近どうなんだよ、お前。」

 

「んー?最近って?」

 

食事をしながら、折角だと話を振るのは目の前の相手の身体について。

 

「フィーネの奴が言ってたんだろ?『真霊長』だなんだって。」

 

「あー……どうなんだろう?鳴弥さんが言うには、私の胸のガングニールとの融合が少しずつ進んできちゃってる事は確かだって言うんだけど……イマイチ実感は湧かない、かな?

 対策になる聖遺物に関しても、米国にも協力してもらって八方手を尽くして探してるって言うし……」

 

「……そうか。まぁ……なんかあったら言えよな。」

 

「うん。私一人じゃなんにも出来ないから……そんな時には必ず、クリスちゃんにも頼み込むから!!」

 

「安請け合いはしねーけどな……余裕がありゃ聴いてやるよ。」

 

━━━━列車は走る。一時の穏やかな時間を乗せたまま。しかして、嵐の夜は未だ明けてはいなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━マムの決意を聞き届けてから、二ヶ月が経った。

 

あの後、私達FISは秘密裏にウェル博士と接触し、表向きは米国の意向に従うという形で計画を進めていた。

私が、孤児出身でありながらスターダムへと駆けのぼった……とされているのも、米国の計画の一つ。

勿論、その総てが米国の裏工作というワケでは断じて無く、私の歌を純粋に好いてくれたファンも大勢居る。

だが、そんなファン候補達に私の歌を届ける為に掛かる巨額の宣伝費用や、新人歌手の異例と言える横紙破りをも業界に許させたのは、(ひとえ)に米国という巨大なバックアップあっての物だ。

 

「……イツワリノウタヒメ、だなんて。そんな風に言ってしまえば私の歌を好いてくれている人達への背信になってしまうのでしょうけれど……」

 

「━━━━そんな事は無いよ。マリアが歌に全力だってことは、ボクも切歌も調も、誰も疑ってはいないもの。マリアが此処に居るのは、間違いなくマリア自身の実力。マリアが本物の歌姫である証だよ?」

 

「……ふふっ。ありがとう、美舟。貴方達が信じてくれるのなら、私はいつだって歌姫である事が出来るわ。」

 

宿泊先であるホテルのスイートルームの窓を眺めながらポツリと零した私の呟きを拾ってくれたのは、私のマネージャー役を務めてくれている少女、天坂美舟。

南海から来た家系だったのだ━━━━なんて冗談めかして話してくれるように、日本人としては珍しい小麦色の肌の少女。本来ならば、もう高校生にもなっている年頃だろうか。

……レセプターチルドレン達の多くは、私やセレナ、切歌のように行き場を無くした孤児達だったけれど、中には美舟や調のように、ただ平凡に暮らしていた筈の少年少女が略取・誘拐された事例も存在する。

フィーネ復活の器として、私達は様々な実験をさせられた。だが……結局、フィーネが死した後も私達にフィーネが宿る事は無かった。

 

━━━━私達はFISに編入される事で難を逃れた。だが、他の施設に収容されている筈の彼等は……どうなってしまうのだろうか?

 

自分達だけが助かってしまったのでは無いか、という心中の不安を隠すように、強く、強く胸元のペンダントを握る。

 

「さ、そろそろ寝ましょう?明日のステージは文字通り━━━━世界最後のステージになるでしょうから。」

 

━━━━強い言葉は、私の心を奮い立たせる為に。

私は、フィーネ。終わりの名を持つ者なのだから……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━襲撃は、嵐の夜に紛れて始まった。

装甲列車を後方から追い上げ、食い潰さんと迫るは、認定特異災害たるノイズ達。

その猛威を前に、護衛達も為す術なく薙ぎ倒されてゆく……

 

(……ま、そうなるように仕掛けたんですけどね?)

 

『杖が入っているとされる』ケースを掻き(いだ)き、ボクは心中でほくそ笑む。

フィーネによって騙し取られたソロモンの杖を再び手中に収める事は米国側にとっての最重要事項である為に、米国側の計画では第一段階であるこの護衛は『滞りなく終了する』とされている。

 

━━━━だが、それでは少々時間稼ぎが足りない。

 

クイーンズオブミュージックにて行われる『もう一つの作戦』。それを円滑に進める為にはシンフォギア装者達の分断は必要不可欠。

それ故にこうして……ボクの手で(・・・・・)ノイズを召喚・使役する事で、あたかもフィーネのように異端技術を操る『何者か』が杖を狙っていると誤認させる。

それが、『我々(・・)』の計画の第一段階。

 

(さぁ、ハルファスよ……その翼で以て人類最後の闘争の開幕ベルを鳴らせ……!!)

 

━━━━狙いは過たず、爆散する最後尾車両。

そして、それによって倒れ込む、二課所属の女性。うーん、下卑た興奮なんざ全然覚えないボクだが、他人が自分の意のままに動かされているこの感覚は……病みつきになってしまいそうだ……!!

 

「ああっ!?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

自分の演技力に内心ではほくそ笑みながらも、顔はクールに。

 

「大丈夫です!!それよりもウェル博士はもっと前方の車両へ避難を!!」

 

「━━━━早く!!すごい数のノイズが迫ってきます!!」

 

「……連中、明らかにコッチを獲物と定めていやがる。

 ……まるで何者かに操られているみたいに……」

 

━━━━大正解!!

後ろの車両から飛び込んで来たのは音に名高いシンフォギア装者が二人。その状況判断は全く以て適切だ。思わず答え合わせをしたくなってしまうが、それをなんとか堪える。

だが、そんな場数を踏んだこの二人とて、この護送における米国側の立会人であるこのボクが既に『米国を見限っている』等とは露とも思うまい。

 

「急ぎましょう!!」

 

「……三ヶ月前、世界中に衝撃を与えたルナアタックを契機に日本政府より開示された『櫻井理論』。

 その殆どは、用いられている異端技術の高度さから未だ謎に包まれたままになっています。ですが、回収されたこのアークセプター・ソロモンの杖を解析し……

 世界を(おびや)かす認定特異災害ノイズに対抗しうる新たな可能性を模索する事が出来れば……」

 

「はい……え?多数のノイズに混じって、高速で接近するパターンが?」

 

興味もないので名前すら忘れてしまったが、二課の女性が本部と通信を取り合う横でボクは装者二人に改めて状況を説明する。

勿論コレもボクへの不信感を募らせない為の演技ではある。だが、同時にそれはボクの本音でもある……何故って?

 

━━━━認定特異災害たるノイズ!!それを世界から根絶した英雄!!それこそ正にボクという天才に相応の栄誉ってもんだからだ!!

 

「ソイツは……ソロモンの杖は、そうポンポンと簡単に扱っていいもんじゃねぇ。

 ……あたしがこんなことを言うなんてちゃんちゃらおかしいって分かってる。けど……!!

 それでも、ソイツを間違いのねぇように運用してくれ……頼む。」

 

その本気があるからだろうか?情報によれば他者を信じる事が少ないという少女。雪音クリスが、ボクの演技をすっかりと信じ込んでくれたのは。

 

「クリスちゃん。大丈夫。大丈夫だよ、きっと。」

 

「ばっ、おまッ!?時と場合を考えろバカ!!」

 

「何があっても、私もお兄ちゃんもクリスちゃんの手を握る事、絶対諦めないから。だから、大丈夫!!」

 

「……まったく。お前等ってばホントのバカだな。」

 

そうやって柔らかに笑いあう少女達。麗しい友情もいいが、此方とて計画を進めねばならないのだ。

……そろそろ発破の掛け時だろうか?

 

「━━━━了解しました。迎え撃ちます!!」

 

「出番なんだな?」

 

「えぇ。」

 

━━━━ココだ!!

服の内へと隠した杖にてノイズを操る。とはいえ、細かく指定するのではない。『この壁に突き刺され』程度の物だ。

ノイズ本来の性能ならば、壁を透過する事で彼女等を炭と帰すことなど至極簡単。だがそれでは『杖を狙う何者か』を演出する事は不可能だし、第一ボクだけが生き残る理由に欠けてしまう。

だからこそ、『杖を狙うが故に追撃は緩んでいる』という誤認を与えてやる事。この場で必要なのは蹂躙では無く『脅威を演出した上での負けロール』なのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「う、うわぁ!?」

 

遂に現れたノイズの襲撃は、しかし壁を透過する事は無かった。クリスちゃんの言う通り、何かがあるのだろうか?

 

「行きますッ!!」

 

「あぁ!!」

 

しかし、そんな思考も一瞬。為すべき事を成す為に、目の前の災厄を打ち祓う歌を口ずさむ。

 

「━━━━Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

私の聖詠を受けて輝く胸のガングニールが光を放ち、私を包み込む。

そして、この両手に私が纏うのはオレンジに煌めく機械腕(マシンアーム)

 

「ハッ!!」

 

「まったく、群れ雀共がうじゃうじゃと!!」

 

天井に突き刺さったノイズ達を打ち破り、そのままの勢いで天井へと飛び出す。

その先の空には、先ほど後ろを確認した時のように、飛行型ノイズが空を埋め尽くす程に群れていた。

 

「大丈夫!!どんな敵がどれだけ来ようと、今日まで訓練してきたあのコンビネーションがあれば……」

 

「アホ!!アレは共鳴のヤツが居なきゃ反動除去が効かねぇ欠陥品だろうが!!お前の身体に余計な負担が掛かるんじゃそうそう使えっかっての!!」

 

━━━━S2CA・ツインブレイク Type-A

 

私が言及した絶唱の二重奏を使うという案は、クリスちゃんにバッサリと叩き切られてしまう。

……けれど、そうやってクリスちゃんが私の身体を心配してくれるのが、とっても嬉しいなって。ついついそう思ってしまうのだ。

 

「うん!!取っておきたいとっておきだもんね!!心配してくれてありがと、クリスちゃん!!」

 

「ふん、お前がぶっ倒れでもしたら後がこえぇんだ。だから……さっさと片付けて問題起こさねぇうちに帰るぞ!!背中は預けたからな!!」

 

クリスちゃんはそう言って、イチイバルのアームドギアを展開する。

コンビネーション特訓も含めて、この三ヶ月の間で大分慣れこそしたけれど、それでもクリスちゃんが背中を預けてくれるというその事実は、私の心をとってもあったかくしてくれる。

 

「任せて!!」

 

━━━━だから、その期待に応える為に、ぎゅっと拳を握る。

稲妻を喰らい、雷土を握りつぶすように、溜めこんだ力を解放全開に空へと跳び出す。

 

飛行型と言えど、常に私達の射程外に居るワケでは無く、むしろ体当たりしか出来ないが故にドンドンと距離と密度を詰めてくる。

だからこそ、密度の上がった集団へと最短で、真っ直ぐに、一直線に飛び込めば、飛行型ノイズを足場にして疑似的な三次元戦闘を行う事だって出来る。

 

そうして集団を割り裂きながらも、周囲を見る事は忘れない。だって、背中を預けて貰ったのだから。

 

「━━━━届、けェェェェ!!」

 

だから、クリスちゃんの背後を狙う飛行型ノイズの的確な配置にも気づくことができた。

三体が迫る内の二体を飛び込んだ拳で蹴散らし、もう一体をサマソで撃ち落とす。

 

「数が多いってんなら……鴨撃ちの時間だよなぁ!!」

 

その眼下では、クリスちゃんがその両手に握るアームドギアたるクロスボウを更に大型化させ、結晶のような巨大な矢を左右に二本ずつ、計四本も撃ち放っていた。

 

「弾けろッ!!」

 

━━━━それは、まるで雨のようだった。

撃ち出された巨大な矢は幾つもの小片に別れて空を覆い、輝きと共に飛行型ノイズ達を一掃する。

 

            ━━━━GIGA ZEPPELIN━━━━

 

「……ッ!?なんだありゃあ!!」

 

━━━━だが、その爆裂の雨を物ともしない閃光が、尾を引きながら迫って来ていた。

その正体は、まるでSF映画に出てくる戦闘機のような巨大な飛行型ノイズ。

 

「アイツが取り巻きを率いてやがんのか……無誘導を回避してくるなら……コレでどうだ!!」

 

            ━━━━MEGA DETH PARTY━━━━

 

クリスちゃんの腰のアーマーから出てくるのは、最早お馴染みのミサイルパーティ。

誘導ミサイルの雨霰が高速飛行ノイズを狙い……だが、初めて見るそのノイズはそれすら意に介さずに私達の立つ列車へと複雑な軌道を描きながら迫り来る。

 

「だったらァァァァ!!」

 

            ━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

ミサイルの次はガトリング。三ヶ月前とは違って全体が装甲に覆われた、三角柱が二つ上下にくっついたみたいな見た目になったその四門が砲火を放つ。

 

「うらァァァァ!!」

 

だが、それに対してのノイズの行動は単純だった。つまり、変形して装甲を引き出しての突貫。速いだけじゃなくて堅さもあるなんてズルい!!

 

「くっ!!」

 

「クリスちゃん!!」

 

━━━━けれど、そうやって近づいて来るという事は、私の距離に入ってくるという事!!

腕のバンカーを起動させながらクリスちゃんに合図を送り、真正面から打ち抜く為に突貫する……ッ!!

 

「はあああああッ!!」

 

━━━━だが、その一撃は真芯を捉える事が出来ずに僅かに逸れてしまう。いや、もしかしたら逸らされたのかも知れない。

軌道を変える事にこそ成功したものの、突撃形態の装甲を抜くにはやはり真正面からブチ当たらないとダメらしい。

 

「あん時みたいに空を飛べる限定解除(エクスドライブ)モードなら、こんな奴にもたつく事もねぇってのに……」

 

クリスちゃんの言葉も尤もだなぁ。と思いながら、ふと後ろを見る。列車の上を吹き抜ける風の流れが変わった気がしたのだ。

 

「━━━━あっ!?く、クリスちゃん!!」

 

「あ?」

 

━━━━その先に見えた光景は、ある意味予想通りだった。即ち……

 

「トンネルかよォォォォ!?」

 

「緊急退避ィ!!」

 

震脚の応用で屋根を蹴り砕き、抱き留めたクリスちゃん毎列車の中へと飛び降りる。

 

「ぎ、ギリギリセーフ……そういえば、此処に来るまでもトンネル多かったもんね……」

 

「わりぃ、助かった……クソッ!!しかし攻めあぐねるとはこういう事か!!今のあたしの火力で正面突破出来ない装甲に、お前じゃ追い付けない機動力を併せ持つ高速飛翔ノイズとはよ……」

 

「……あ、そうだ!!」

 

日本は山が多いから、そういえば鉄道もトンネルだらけになるのだ、とこの前授業でやったっけ……等と思い出している時にふと、頭を過る修行の一幕。

 

「お?なんか閃いたのか?」

 

「師匠の戦術マニュアルで見た事がある!!こういう時は列車の連結部を壊してぶつければいいって!!」

 

「あのなぁ……オッサンのマニュアルってそれただの面白映画だろうが……そんなのが役に立つのか?

 それに第一、ノイズは物質透過出来んだから車両をぶつけたってすり抜けてくるだろうがよ。」

 

「ふっふっふ……ぶつけるのは、車両だけじゃないんだよ?」

 

確かにノイズは物理法則に縛られない存在である為に何のリスクも無く物質を透過出来るが、それはシンフォギアの調律が届かない時の話。

シンフォギアの放つ歌によってこの世界に固着されたノイズは、性能を著しく落とさなければ物質透過が出来なくなる。

つまり、私達の前で障害物を通り抜けようとすれば、物理法則に縛られたまま突っ込むか、それとも自らの力を大幅に目減りさせるかの二択しか無いのだ。

 

━━━━そして、私達が今居る此処は、それを成すのにうってつけな閉所。さらに言えば、ぶつけるのが護衛用に銃砲火器が搭載されている装甲列車であった事も幸いだ。

信管式では無い武器弾薬は、強大なエネルギーを撃ち込む事で爆薬代わりにもなる。伝説の傭兵を描いたサバイバルアクション映画シリーズで得た知識だ。

 

「急いで!!トンネルを抜けるまでが勝負だから!!」

 

「おらよ!!……だが、ホントにこんなんでいいのか?」

 

「あとは、こうして……ッ!!うん。ありがとクリスちゃん。コレで━━━━準備は全部整ったッ!!」

 

切り離され、トンネルの途中に取り残される後部車両を見据えながら、昇り始めた朝日を背に受けて私は立つ。

ガングニールのガントレットを展開し、歌に集中する。タイミングは一瞬、他の飛行ノイズよりも速度が速い為に真っ先にすり抜けてくる高速飛翔ノイズの鼻っ柱を叩く!!

 

「━━━━君だって、護りたい。だから……共に!!飛、べェェェェ!!」

 

車両をすり抜けて来たノイズを確認した瞬間。背中のバーニア、そして展開したガントレットのブースター。その両方を解放全開にして私はトンネルの中を飛び抜ける。

 

「響けェェェェ!!」

 

━━━━真っ正面!!捉えた!!

叩いた鼻っ柱に、歌に集中した事で高まったエネルギーの総てを叩き込む!!

 

「はァァァァ!!」

 

解放されたエネルギーは高速飛翔ノイズを打ち砕き、その余波で後部車両をも爆発させる。

そして、歌によって物理的に固着している後方の飛行型ノイズ達は狭いトンネルの中を駆け抜けるその爆発によって焼き尽くされる。

 

「━━━━よし!!」

 

崩れ落ちたトンネルを見据え、ガントレットを戻しながらのガッツポーズ。残心も兼ねたその動作は、爆風の範囲外だった飛行型ノイズが居ないかの確認でもある。

 

「クリスちゃーん!!上手くいったよー!!」

 

後方の列車上に居るだろうクリスちゃんへと振り向きながら声を掛け……そして、気づく。

装甲列車はノイズの追撃を避ける為に停止する事無く進んでいるのだ。つまり……

 

「待ってェェェェ!!おいて行かないでェェェェ!?」

 

━━━━走って列車を追いかける。だなんて、なんだかとっても締まらないオチになってしまったけれど、まぁ……私は、私のまま、強くなれたのかも知れない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

━━━━山口県・在日米軍岩国ベース

 

友里さんが、二課側の立ち合いの証明となる電子印鑑をタブレット端末に押すのを見届ける。

時刻はもう朝真っ盛りの午前サマだ。

……結局、あの後少々待ってもらって隣のコイツと合流する事となったので、全体の行程としては当初の計画よりも遅れての進行となってしまった。

 

「━━━━コレで、搬送任務は完了となります。ご苦労様でした。」

 

「ありがとうございます。」

 

基地司令の言葉を受けて、響と顔を見合わせて頷きあう。あたし等の仕事はコレで終わり、というワケだ。

 

「━━━━確かめさせていただきましたよ。皆さんが『ルナアタックの英雄』と呼ばれる事。それが伊達や酔狂では無いという事を。」

 

そんな折に話かけて来たのは、確か米国側の立会人になった異端技術研究者……ドクター・ウェルと言ったか?

 

「英雄……?私達が?」

 

「えぇ!!人類を襲った前代未聞の大災害たるルナアタック!!コレを食い止めた皆さんの活躍と雄姿はまさに英雄と呼ぶに相応しい!!」

 

「いやー……あはは、普段褒められないのでそういう事言われるとテレちゃいますね……でも、もしも誰かを英雄って言うならそれは、それは私達シンフォギア装者の事じゃないんじゃないかなぁ……って、ちょっと思っちゃうんですよね。」

 

━━━━意外だな。と思ってしまったのは、流石に失礼だっただろうか?

コイツの事だから褒められれば舞い上がるかと思ったのだが……

 

「と、言いますと?英雄と言えばそれはそれは、誰もに信奉される━━━━偉大な存在では無いのですか?」

 

「だって、私が胸の歌を握れたのは私一人だけの力じゃないんですもん。だからきっと……英雄って呼ぶべきなのは、私達が手を繋げるように命を懸けて頑張ってくれた人達皆なんじゃないかなぁ……」

 

けれど、其処に続いた言葉は、確かにコイツらしいものだった。

 

「……オッサンとか、未来とか、それこそ共鳴のヤツみたいに頑張ってた連中って事か?」

 

━━━━その言葉には、確かに説得力というか……あたし等にとっては『そうだろうな』と思わせるなにかがあった。

確かにあたしもあの人(風鳴翼)も、コイツに全部預けて歌を歌った。けれど其処に到るまでの道程ではむしろ、ぶつかり合う事の方が多かったくらいだ。

 

「なるほど……自分達を支え、導いてくれた人こそが英雄だ、と……それが、貴方にとっての英雄像なのですね。」

 

「はい!!私にとっては、きっとそっちの方が性に合ってると思います!!」

 

「ハハハ、では。ボクも貴方にとっての英雄の一人になれるよう、貴方がたが護ってくれたこの杖を必ず役立てて見せましょう。」

 

「ふつつかなソロモンの杖ですが、よろしくお願いします!!」

 

「……頼んだからな。」

 

━━━━そうして、私達の任務は終了したのだ。

 

「……さて、無事に任務完了して万々歳ってとこだが……」

 

「うん!!この時間なら翼さんのステージにもギリギリ間に合いそう!!」

 

基地から空へとせわしくヘリが飛んで行くのを眺めながら、この後の予定を話し合う。

今日はクイーンズオブミュージックの当日。アメリカのヒットチャートを駆けあがったという歌姫とあの人の一夜限りのコンビ撃ちなのだ。

 

「二人が頑張ってくれたから、司令が東京までヘリを出してくれるそうよ?」

 

「マジっすか!?」

 

通信機で連絡を取っていた友里さんがくれた朗報に、目に見えて喜ぶ響。

━━━━だが、その喜びをも引き裂くかのように、基地が爆発した。

 

「……マジっすか……?」

 

「マジも大マジだ!!行くぞ!!」

 

「う、うん!!」

 

━━━━米軍基地内は治外法権だとか、そんな事を言っている場合じゃなさそうだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━クイーンズオブミュージック。

それは、私のエージェントを務める米国諜報機関が経営するダミーカンパニーが日本のエンペラーミュージックへと話を持ち掛けた、日米の歌姫が揃う一夜限りの特別ユニットライブだ。

 

けれど、合流しての事前リハーサルも殆ど無いという突貫ぶりから分かる通り……

日米合同ライブというお題目の聴こえこそいいものの、その実は日本が誇る歌姫である風鳴翼。彼女の正体が日本政府が秘匿するシンフォギア装者である事を全世界生中継の基で晒す為の罠だ。

 

進む会場設営をぼんやりと眺める私と美舟の基に入る一本の電話。それは、計画の進行を伝えるマムからの連絡だった。

 

『こちらの準備は完了。(サクリストS)が到着次第始められる手筈です。』

 

「……オーケイ、マム。覚悟は既に握っているわ。さぁ……世界最後のステージの幕を上げましょう。」

 

「マリア……」

 

「安心して、美舟。私はもう迷わないわ。だから……まずは、切歌達の為に持ち帰るケータリングの確保よ!!」

 

「うん!!お持ち帰り用のタッパーはバッグにいっぱい準備してきたよマリア!!」

 

━━━━腹が減ってはなんとやら。折角ここまでお膳立てしてもらっているのだから、充実したそのケータリングを人類救済の為に頑張らなければならない私達が貰ったとて必要経費の内に入るだろう。

 

美舟と共にケータリングへと突撃し、二人で周囲をよく観察する。自分の中での理論武装こそしているとはいえ、スターダムを駆けあがったアイドルがケータリングをタッパーに入れて持ち帰っているというのは外聞が悪い。

会場警備の人やケータリングのスタッフはプロであるから漏らす事も無かろうが、もしもパパラッチに見つかってしまえば大事だ。

 

「調にはもっとお肉が必要だし……切歌には色の濃い野菜を食べてもらわないといけないし……」

 

「マムはお肉大好き過ぎるし醤油掛けすぎだし……ここ等で醤油以外の味付けも覚えさせないといい加減高血圧の悪化が深刻だよ!!」

 

「どうしてうちの皆は好きな物しか食べないのかしらね……バランスよく食べてくれるのは美舟だけよ……」

 

あの人(・・・)に到っては『天才の頭脳には甘味が必要なんですよ!!』とか言ってお菓子しか食べないし……」

 

『はぁ……』

 

ケータリングを詰めながら、思う。

━━━━好き嫌い、ダメ、絶対。

 

「━━━━失礼、マリア・カデンツァヴナ・イヴさん……ですか?」

 

そうして愚痴り合っていたせいで油断してしまっていたのだろうか?

背後から近づいて来たその人物の気配にすら気づけなかったのは。

 

「━━━━ッ!?えぇ、そう……よ……?」

 

動揺も一瞬、歌姫の衣を纏って後ろを振り向けば、其処に居たのは一番出逢いたくない相手……

 

「私は、本日会場警備の責任者を務めさせていただきます天津共鳴です……えっと、大丈夫ですか?気分がすぐれないようでしたら……」

 

「……いえ、問題無いわ。随分と若い責任者さんだから、少し驚いただけ。大抵、こういう時の警備の人は外見的にも分かりやすくガードマンであると主張しているでしょう?」

 

「あぁ……そうですね。アメリカの方だと分かりやすく警護する場合が多いですからね。其方に慣れていると確かに驚くかも知れませんね。」

 

━━━━今日、この場で嵌める予定の相手の内の一人である男だった。




偶然は運命に変わるだろう。
けれど気づけず、手を伸ばす事も出来ねば、運命を手繰る事など出来はしない。

━━━━それは、不可避の擦れ違い。
━━━━けれど、不可逆の食い違い。

少年は少女の嘘に気づかず、遂に饗宴の幕は上がる。

━━━━まさに今宵、世界が一つになる為の。


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第四十三話 競演のラストナイト

「━━━━では、岩国ベース内部に突如出現したノイズは、響くんとクリスくんの活躍で排除された、と……」

 

二課仮設本部内にて、遠く山口から受けた連絡。それは不穏な空気を伴った物だった。

 

『……はい。事態はそれで収拾……米国側からの言質も取りましたので、米国基地内での行動に関しては今の所問題は無いかと。ですが……行方不明者の中に、ウェル博士の名前が。

 そして、ソロモンの杖もまた……保管ケースを放置していった事から、ケースに仕込まれた追跡装置について熟知している人物の仕業と考えられます。』

 

「そうか……わかった。まずはご苦労。響くん達と共に急ぎ帰投してくれ。今からでも急げばラストには間に合う筈だ。」

 

『わかりました。』

 

「……今回の襲撃、やはり何者かの手引きによる物なのでしょうか……」

 

「……わからん。断定できる事が何も無い、という状況だ。此処で決断を急いてしまえば、何か致命的な見落としをしてしまうやもしれん……警戒をするに越したことはないがな。」

 

……だがそれでも、急な話で決まった翼のステージに合わせたかのように計画されたソロモンの杖搬送計画。決して無関係では無いだろう……現地に居るメンバーにも連絡を入れておかねばなるまい……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ところで、不躾な質問だとは思うのですが……此方で何を?」

 

━━━━日米の歌姫が並び立つ一夜限りの祭典、クイーンズオブミュージック。その会場警備の責任者に俺が任命されたのは、エンペラーミュージック側からの要請であった。

翼ちゃんの正体を知る俺に警備を任せてもらえるのは此方としてもありがたい為に、二年前から都合が着く時には請け負っていた依頼なのだが……

やはり、米国の歌姫ともなると様々な警護を見て来たのだろうか。せいぜい高く見積もっても同年代にしか見えない警備責任者という事で驚かせてしまったようだ。

 

━━━━まぁ、それに向こうのSPの皆さんは軒並み190オーバーだからなぁ……180に届かない程度の俺と見比べれば体格は数段は違って見える事だろう。

そういった外見によって周囲を威圧する事で不用意な部外者の接近を防ぐのも要人警護においては重要なファクターであるのだが、如何せん俺では難しい部類の話である。

 

そんな風に意識の一部は逸れながらも、サングラスで覆った視線は周囲を観察し続け、会話も続ける。

今日のゲストの一人でもあるマリアさんがケータリングの前に居る事それ自体は不審な行動とは思い難いのだが……

 

「……え、えぇ。ライブの前に少し腹ごしらえをしておこうかとね?腹が減ってはなんとやら……日本のコトワザだったでしょう?」

 

「あぁ、そういえば時間的にもそろそろ昼時ですものね。ところで、そちらの方は……?」

 

「あ、はい!!ま、マリアのマネージャーをやらせてもらってます……美舟、と申します。」

 

━━━━何故か俺が声を掛けてからずっと俯いて居た彼女が顔を上げた時に感じたのは、強烈な既視感。

だが、その正体が思い出せない。

 

「……どうか、しましたか?」

 

「……あ、いや。知り合いに似ておりましたのでついつい考え込んでしまって……それでですね。先ほどから気になっていたのですが、美舟さんのお持ちのその保冷バッグは一体……?」

 

そう、美舟という少女。彼女が持っている巨大な保冷バッグ。それこそがここまで突っ込んだ質問を俺にさせる理由であった。

マネージャーだというなら確かに、マリアさんの水分補給などの為に保冷バッグを持ち歩く事は考えられるだろうが……その保冷バッグはむしろファミリーサイズ。

それこそ、冷凍食品をいっぱいに詰めて持ち帰るようなサイズの物であり、明らかに不審であった。

 

「……ッ!!」

 

「……えっと……その……」

 

━━━━それに対しての反応は劇的だった。あからさまに答えたくない、と言った感じだ。

最悪の場合、警備責任者として第三者立ち会いの基で中身を見せてもらう必要も……

 

「……ご、ごめんなさい!!私が悪いんです!!」

 

そんな風に段取りを考える俺の思考を破ったのは、深々と頭を下げる美舟さんだった。

 

「━━━━え?」

 

「その……マリアが孤児院出身だという事はご存知だと思います。それで、私も同じ孤児院に居たんです。だからこの歳でマネージャーの真似事をさせてもらってるんですけど……

 えっと……他にも、日本に遊びに来てる孤児院の家族が居るんです。だから、私がマリアに無理矢理頼み込んでケータリングの品を貰おうと思ってこんな保冷バッグまで持ち込んじゃったんです……

 マリアは悪くないんです!!」

 

━━━━あぁ、俺はなんて思い違いをしていたのだろうか。

こんな重い事情があったとも知らずに、賓客であるゲストのプライベートにまでくちばしを突っ込んでしまうだなんて!!

 

「……マリアさん。この度は私の浅慮でこのような詰問をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした!!」

 

だから、マリアさんへと精一杯の誠意を見せる為に頭を下げる。

 

「えっ!?……えーっと……ゴホン。いいえ、非礼を詫びるのは此方もよ。天津さん。事前の申請も無しに搬入予定も無い荷物を持ち込めば、警備責任者である貴方がそれを訝しむのは当然の帰結だわ。

 ……それで、もし良かったら。なのだけれども……此方のケータリング、持ち帰ってもよろしいかしら?殆ど事後承諾になってしまうのだけれども……」

 

「えぇ!!なんでしたら、オードブル形式のお持ち帰りパックも用意してもらってますので、そちらの予備もお渡しします。

 他のスタッフにも此方から話を通して置きますので、どうぞごゆっくり……」

 

ケータリングは基本的に現地に出向いて食事を供出するものだが、仕出し弁当に留まらなかった今回の現場では持ち帰り用のオードブルも準備されている。

そしてそれには、不良品が混じってしまった場合に備えての予備品も用意されているのだ。一流のケータリング故のアフターサービス、という奴だ。

 

「え、えぇ……ありがたく戴いておくわ……美舟、オードブルを貰ったらそのまま一度皆に渡して来なさいな。」

 

「あ、はい……えっと……おに……天津、さん。ありがとうございます!!」

 

「いえ、どういたしまして。」

 

何故か、美舟さんの笑顔に懐かしさを感じながら、俺はその違和感を言の葉に載せる事も無く、自らの仕事へと戻って行った。

 

 

 

━━━━今にして思えば……この時に『あの子』に気づいてあげられなかった事を、俺は一生悔やみ続けるだろう。たとえそれが、実現不可能な無理難題だったと分かっていても。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━なーんかキナ臭いんだよなぁ。」

 

「キナ臭い?なにが?」

 

奏の言葉に、思わず鸚鵡返しになってしまったのは、致し方ない事だろう。

クイーンズオブミュージックという大舞台。過度な緊張こそ無いが、昂る気持ちを抑えるこの高揚感を前にして何かを疑うという発想は今の私には無い。だからこそ、奏の疑問が耳に着いたのだ。

 

「んー……なんって言うかさ。アタシ達は二課の助けがあったから普通のアイドルとは言い難いけどさ。それでも、下積み時代とかあっただろ?

 それが、今日のお相手のマリア・カデンツァヴナ・イヴはデビューしてからまだ二ヶ月其処等ってんだろ?ライブ映像も見せてもらった事だし実力は疑って無いけど……」

 

━━━━なるほど。スターダムへと文字通り駆け上がってきた米国の歌姫。その存在そのものに奏はある種の『異端』さを感じている、という事のようだ。

 

「それは……確かにそうだけれども、アメリカの芸能事情は複雑だもの。向こうの場合は芸能事務所では無くエージェントによる直接の売り込みの実力主義の傾向が強いのだし、彼女の実力を考えればむしろ勝機を逃さず掴み取った。

 と思うべきでは無いかしら……」

 

言外に、流石に失礼であろう。という意を込めて奏を見つめる。実力を疑いこそしてはいないが、ライブを目前に控えた相手役を信頼しない。などというのは紛れもない不義理だからだ。

 

「うっ……ゴメンゴメン。ただ……用心しろよ、翼?マリアはひとまず棚上げしておいても、このライブ自体たったの一ヶ月前に決まった話なんだ。年末のシングル発売に合わせる為だって言っても、あんまりにも早急過ぎる。

 このライブにはきっと、何か別の思惑が関わっている……気がする。」

 

「ふふっ。まるで名探偵ね、奏ってば。分かったわ。十分用心して挑む事にする。」

 

……確かに、言われてみればそうではある。通常、ライブという物は大きな舞台であればあるほど、その準備に時間を掛ける物だ。

それこそ、全世界生中継ともなれば数ヶ月単位で演者のスケジュールに食い込む一大イベント。それが、たったの一ヶ月其処等で実施までこぎつけたのは偏にマリアを支援する米国側のエージェントの強い働きかけあってこそ。

であれば……それほどまでに強く、彼等はマリアを売り込みたいのだろうか?

 

━━━━控室のドアが力強く開け放たれたのは、ちょうどその時だった。

 

「邪魔するわよ。」

 

━━━━開いた其処には、純白のステージ衣装に身を包んだ桃色の髪の少女が居た。

ライブ映像で見た自信に溢れた姿。それはまさしく、今日のステージの共演者であるマリア・カデンツァヴナ・イヴその人だった。

 

「ッ!?」

 

緒川さんが驚くのも無理はないだろう。なにせ、時刻は既に午後の五時前。彼女のソロステージが始まるまでもう時間がないのだから、通常はこんなタイミングで飛び込んで来る事は無いだろう。

 

「今日はよろしく。せいぜい私の脚を引っ張らないように頑張ってちょうだい?」

 

高圧的な物言いだが、まぁ全米ヒットチャートを塗り替えた歌姫ともあれば当然であろう。むしろ、此処で低姿勢で来られる方が此方としても対処に困ってしまう。

 

「あぁ、一度幕が上がればそこは戦場。未熟な私を助けてくれるとありがたい。」

 

であるからこそ、返す言葉は虚勢では無く本心からの物。

歌を届けるステージの上という戦場において世界の舞台を戦う彼女は、私よりも高みに居る存在なのだから。

 

「フッ……続きはステージで。楽しみにしているわよ?」

 

━━━━伸ばした手は、取られる事も無く。

マリア・カデンツァヴナ・イヴは颯爽と風を切って去って行ってしまった。

 

「……凄い迫力でしたね。流石はアメリカを席捲するトップアーティスト、と言ったところでしょうか?」

 

「……アレが、マリア・カデンツァヴナ・イヴ……」

 

「……なるほどなぁ……」

 

「第一印象、いかがでしたか?」

 

緒川さんの問いに、少し考え込む。確かに、一見しただけでは高圧的で威圧的に見えた態度だが……なんだか、それは本質では無いような気がしたのだ。

 

「……かわいいタイプ、かな?」

 

「……そうだな。アタシもそう思う。」

 

「え?可愛い?今のがですか?……なんだか感触が違うような……」

 

緒川さんの言う事も尤もだ。あの態度そのもので見れば、其方の方向性で受け取る方が無難であろう。けれど……

 

「彼女はそう……散らかった部屋を片付けられずにべそをかいているような……手は掛かるけど可愛いタイプに違いない。そう、私の直観が告げているのです。」

 

「まるで抱え込んでる時の翼みたいだったな~?」

 

「ちょっと、奏!!」

 

奏のおちょくるような指摘に思い当たる節が無いワケでは無い。それ故にどうしても、照れの混じった反応しか返せなくなってしまう。

 

「なるほど……なら似た者同士、という事で……このライブを通じてもっと仲良くなれるといいですね。」

 

「歌で、世界を平和に……か。うん。今日のステージを終えた時にはきっと、もっと彼女と近づけているといいな。」

 

「んじゃ、アタシは特等(VIP)席でそれを見届けてやるからさ。頑張れよ、翼。」

 

「えぇ!!」

 

観客席へと戻る為に、共鳴と共に席を外していた鳴弥さんへと緒川さんが連絡するのを見ながら、私は鏡の中の自分を見つめる。

……何故だろうか、彼女(マリア)はどこか無理をしているように見えた。だから、ふと思う。

 

━━━━私は、どうなのだろうか?無理をしてしまってはいないだろうか?と。

 

だが、その自問への自答は簡単だな。と零れるのは苦笑一つ。

歌女である私も噓偽りでは無い本当の私の一つなのだと、共鳴くんが教えてくれたのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『この盛り上がりは皆さんにも届いていますでしょうか!!

 世界各地の主要都市生中継されているトップアーティスト二人による夢の祭典!!

 今この時も、世界の歌姫マリアのスペシャルステージに会場の盛り上がりも最高潮となっています!!』

 

━━━━時刻は日没も迫る夕暮れの十七時十五分頃。急ピッチで準備が為された為に問題が発生するかと思われていたクイーンズオブミュージックだが、その予想に反してライブは順調に進んでいた。

 

「ふぅ……」

 

一番の危険が予想された入場の列整理が滞りなく済んだ事にホッと一息を吐きながらバックヤードを歩く。

しかし……先ほど感じた違和感はなんだったのだろうか?事前にライブ映像で顔を知っていたマリアさんはともかく、美舟というあの少女を見た事があるとは思えないのだが……

 

「……ん?」

 

そんな思考を断ち切るように鳴り響くのは携帯端末の呼び出し音。

 

「はい、共鳴です。」

 

『共鳴くんか。仕事中に悪いな。』

 

「いいえ、今はちょうど観客の誘導も終わってヒマでしたので。それで、一体どういう要件で?」

 

『……ソロモンの杖が、何者かによって強奪された。』

 

「━━━━ッ!?」

 

司令が寄越してくれたその通信は、肝を冷やさせるに足る情報を(もたら)した。

 

『下手人は不明だ。だが、輸送途中にもノイズによる襲撃があった。決して、無関係な事象とは言えんだろう……』

 

「この事は、翼ちゃんには?」

 

『ハハッ!!緒川も同じ心配をしていたぞ?ノイズの襲撃と聴けば、翼はこの大舞台からすら跳び出しかねん。今の所は黙ってもらっている。』

 

「……分かりました。此方の方でも警戒をしておきます。ところで、響達は?」

 

『ノイズ襲撃の後始末で時間が取られてな……到着予定がこの後十九時過ぎになってしまいそうだ。それでも、最悪でも打ち上げには間に合わせてやりたい。すまんが、到着したら誘導してもらえるか?』

 

「えぇ。此方としても望む所です。それでは。」

 

━━━━なにか、喩え様の無い違和感が背中を伝っていく感触がある。

 

「……なんだ?俺は一体……何を見落としている……?」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

            ━━━━Dark Oblivion━━━━

 

「おおーッ!!さっすがは世界の歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴ!!

 やーっぱ生の迫力は違うねー!!」

 

「全米チャートに登場してまだ数ヶ月なのに、この貫禄はナイスです!!」

 

「ホントね~。こんな素晴らしいライブを特等席で見せてもらえるなんて嬉しいわ~。」

 

「いやー……今度の学祭での『アニメ研究会』発足の為の出し物の参考にでもなれば……なんて思ってたけど、流石にコレは真似できそうにないわ!!」

 

「流石にそれは無理がありますよ板場さん……」

 

「そうね~。むしろ二課の皆さんに名義貸しをしてもらってでもメンバーを五人揃えた方が早いんじゃないかしら~。」

 

「尼ケ瀬先輩までそんなぁ!!響達じゃ今日みたいに忙しくて参加できない日がいっぱい出ちゃうじゃないですか!!

 アニメがホントに好きならともかく、そうでも無い子から名義貸ししてもらうなんて……非実在青少年のカッコよさを信奉するアタシのプライドが許しませんッ!!」

 

「おぉ~、弓美ちゃんってば燃えてる~。私もそういう頑張りは大好きよ~?」

 

アニメ研究会の会員候補だという、一つ上の尼ケ瀬天音(あまがせあまね)先輩と盛り上がる板場さんを横目に見ながらも、私の意識は素晴らしいステージの演出では無く、手元の時計を注視してしまう。

 

━━━━時刻は、十七時三十分。

 

「……ビッキーからまだ連絡来ないの?もうメインイベント始まっちゃうよ?」

 

「うん……」

 

「あはは……ゴメンな、未来。コッチの事情は時を選べないからさ……」

 

隣に座る奏さんの言葉に頭では納得できるけれど、やっぱり心では納得しきれない自分が居る。

響がお兄ちゃんと同じく命を懸けて戦う事。それは、響が選んだ道なのにな……

 

「せっかく風鳴さん達が招待してくださったのに、今夜限りの特別ユニットを見逃すだなんて……」

 

「期待を裏切らないわね、あの子ったら!!」

 

「━━━━あら、そろそろ始まるみたいね~?」

 

会場が場面転換の為に暗くなると同時に聴こえた尼ケ瀬先輩の言葉に、私の意識は現実に引き戻される。

そうだ、響と一緒に見られないとしても、今日はせめて響に楽しかったライブの記憶を伝えなきゃ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━遂に、その時は来た。

欠けた月が照らす夜空の下に、天女の如き歌姫二人が並び立つ。

 

「━━━━見せてもらうわよ。戦場に冴える抜き身の貴方を!!」

 

マリアさんのその言葉は、共に立つ翼ちゃんに向けての物だろう。

……ひょっとして、言語センスが似ているのだろうか?等と一瞬逸れる思考すら呑み込む、圧倒的なパフォーマンス。

 

『さぁ、始めよう━━━━!!』

 

バックスクリーンに大きく映えるカウントダウン。

それが何を示すのかは、観客の盛大なコールが教えてくれる。

 

「……やっぱり、綺麗だな。」

 

その熱狂を裏方の通路入り口から覗きながら、思う。

二年前のライブ以来、仕事の都合が合う時はこうやって翼ちゃんのライブの会場警備を行ってきたが……

ここ数ヶ月は翼ちゃんの復帰の為のリハビリや、俺の出席日数が前回の一件で酷い事になってしまっていた為に、中々スケジュールが合わなかったのだ。

 

だから、舞台の上で輝く翼ちゃんを見るのは半年ぶりくらいだろうか?その時に比べても、やはり翼ちゃんは綺麗になった。

それに何より、何か吹っ切れた事でもあったのか、その表現に迷いが無くなっている事が感じられる。

━━━━あの日のように、その姿は天女のようだ。なんて言ったら、やっぱり本人からは流石に恥ずかしいと怒られてしまうだろうか?

 

そんな中で、ステージは最高潮の最高潮。まさにその熱狂へと文字通りの点火をする場面へと移行しようとしていた。

 

━━━━Ignition……!!

 

ステージに火柱が上がり、その中を翼ちゃんとマリアさんが駆け抜ける。だが、計算されたその火柱は(すべか)らく真っ直ぐに昇り、そして火の粉を撒いて落ちる。

 

『━━━━アリーナ席西側、演出による怪我人無し!!』

 

「了解、アリーナ席東側も異常なし。ご苦労、突貫工事を完璧に仕上げた演出班に感謝だな。」

 

━━━━制御された焔、爆炎という物は、花火を思えば分かる通り、見る分には興奮を煽る素晴らしい演出だ。

だが、それは制御を離れれば一瞬にして総てを焼き尽くす劫火と化す……それ故、演出だと分かってはいても、計算された物であっても、会場警備としては気が抜けないモノなのだ。

 

「……この調子なら、最後まで問題は起きなそうかな……?」

 

違和感は未だ拭い去れない。だが、少なくともライブ中に何かが起きる事は無いようだ。

ステージがクライマックスへと高まって行くのを見ながら、俺はホッと一息を吐く。

 

「……そういえば、響達はまだ着かないのか。貧乏籤引かせちゃったかな……」

 

楽しみにしていたライブに、急用で参加出来なくなる……だなんて。まるで二年前の再現だ。

だから、本当は代わってやりたかったのだが……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ありがとう、皆!!

 私はいつも、皆からたくさんの勇気を分けてもらっている……

 だから今日は、私の歌を聴いてくれる人達に少しでも同じ勇気を分けてあげられたらと思っている!!」

 

全てを出し切って歌を歌う。その心地よい感触を噛みしめながら、中継されている世界の総てへと、私は万感の思いを告げる。

私の歌を待ってくれている人が、この世界には多く居る。トニー・グレイザー氏が教えてくれたその希望は、私に強く焼き付いている。

 

━━━━あぁ、もしも。ノイズの災禍が世界から消えたなら……世界を舞台に、私は歌ってみたいな。

 

「私の歌を全部!!世界中にくれてあげるッ!!

 振り返らない。全力疾走だッ!!

 ━━━━付いてこれる奴だけ付いて来いッ!!」

 

それを思うのは、世界を舞台に羽撃(はばた)く彼女を見たからだ。

その輝きを、美しいと思ったからなのだ。

 

「今日のライブに参加出来た事を感謝している。

 そして、この大舞台にて日本のトップアーティスト、風鳴翼とユニットを組み、歌えた事を。」

 

「あぁ。私も、素晴らしいアーティストと巡り合えたことを光栄に思う。」

 

伸ばした手は、先ほどの控室とは異なってガッシリと受け止められる。

 

「━━━━私達は世界に伝えていかなきゃね。歌には力があるって事を。」

 

「あぁ!!それは、世界を変えて行ける力だ。」

 

「えぇ……世界を変えて行ける力だからこそ……ッ!!」

 

━━━━マリアがスカートを翻した瞬間だった。

ノイズが、ステージ周辺へと姿を現したのは。

 

「……ッ!?」

 

呆気にとられるのは一瞬だけ。なぜならば、次の瞬間には観客がパニックを起こして居たからだ。

その狂乱が呼び起こすのは、二年前の記憶……コレでは、まるでその再現では無いか……!!

 

「いやァ!!」

 

「逃げろォ!!」

 

「……クッ!!

 ━━━━うろたえるなッ!!」

 

━━━━だが、その狂乱は、会場中に響き渡る一喝にて鎮められる。

その仕手は、壇上に立つ白い少女。マリア・カデンツァヴナ・イヴその人だった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「あ、アニメじゃないのよ……?」

 

「なんでまた、こんな事に……あまあま先輩?」

 

VIP席の周りにまでノイズが現れる事は無かった。だがそれでも、目の前にノイズが居るという恐怖は、依然変わる事は無かった。

けれどそれ以上に劇的だったのは尼ケ瀬先輩の反応だった。

いつもおっとりとしている尼ケ瀬先輩が、頭を抱えて震えている。

 

「イヤ……イヤぁ……!!二年前と同じ……ノイズが、皆無くしてしまう……!!」

 

━━━━その言葉で、気付く。先輩は、二年前のライブ会場に居た人なんだって。

あぁ、ならきっと同じなんだ。あの時と……!!

 

「……大丈夫。大丈夫さ、天音ちゃん。翼だって、あの頃より強くなった。トモだって、あの頃より強くなった。

 それに……アタシだって生きて此処に居るんだ。だから、大丈夫。」

 

「……ぁ……はい。あ、ありがとうございます。奏さん……」

 

そんな尼ケ瀬先輩を落ち着かせたのは奏さんの言葉だった。

けれど、状況が好転したワケでは無い。このままでは、待っているのは大惨事だ……

 

「響……」

 

━━━━キミに楽しい想い出を伝えたかったのに。どうして世界は斯くも残酷なのだろう?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ノイズは、微動だにせず。

操られている?ならば、緒川さんが隠したがっていたのは恐らくこの事だろうか……

 

衣装の一部であるスカーフを外し、ギアペンダントを繰り出しながら思考は巡る。

 

「……怖い子ね。この状況にあっても私に飛び掛かる機をうかがっているなんて。

 でも逸らないの。オーディエンス達がノイズの攻撃を防げると思って?」

 

「くっ……!!」

 

マイクを逸らしながら、マリアが私にだけ告げてくる言葉は、業腹ながら事実だ。

あまりにも護るべき人質が多すぎる。この状況では、私一人では彼等を護り切る事は難しい。

 

「それに……ライブの模様は全世界生中継の真っ最中。

 日本政府はシンフォギアについての概要を公開はしていても、その装者が何者なのかについては秘匿しているのでは無かったかしら?

 ━━━━ね?風鳴翼さん。」

 

彼女の言は、この状況が、クイーンズオブミュージックというライブそのものが彼女達の思惑に沿って動いている事を示していた。

 

「……甘く見ないでもらいたい。そうとでも言えば、私が鞘走る事を躊躇うとでもッ!?」

 

確かに、状況は悪い。最悪と言っていいだろう。私が動けば日本はその立場を悪化させる。だが、それでも……目の前で零れ落ちるかもしれない命を、許容など出来るものか!!

 

「……フッ。貴方のそういう所、嫌いじゃないわ。貴方のように誰もが誰かを護る為に戦えたなら……

 世界は、滅びなかったかも知れない。」

 

━━━━世界が、滅ぶ?

 

「なん……だと……?マリア・カデンツァヴナ・イヴ……貴様は、一体……?」

 

「━━━━そうね。そろそろ頃合いでしょう。

 私達は、このノイズを操る力を以てして、この星の総ての国家に要求するッ!!」

 

「━━━━世界を敵に回しての口上ッ!?

 コレではまるで……!!」

 

━━━━宣戦布告。

脳裏をよぎるはその言葉。幾らノイズを操る事が出来るとはいえ、それだけで世界を敵に回せるワケでは無い。フィーネとて、米国と通じる等の策を重ねていたのだ。だというのに、何故……?

 

「フッ……だがどうやって?と思う者も多かろう。だからこそ、今此処に証を立てよう。ハッ!!」

 

宣言と同時に、マイクを宙へと投げ上げるマリア。

 

「何をッ!?」

 

「━━━━Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた熱情)

 

━━━━それは、力を秘めた詠唱。

 

「聖詠だと!?まさか……ッ!?」

 

その歌詞に、私は覚えがある。細部こそ異なるが、私が幾たびも幾たびも隣に立ち、聞き届けたその言葉。

 

━━━━次の瞬間、マリアの色は純白から漆黒へと変わっていた。

その両手には機械腕(ギアアーム)が、その背には夜闇の如き表地のマントが。

それはまさしく、シンフォギアだった。

 

「黒い、ガングニール……」

 

「私は、私達はフィーネ……終わりの名を持つ者だッ!!」

 

 




━━━━その宣言こそ、終わりの始まり。
欠けた月が照らす夜の下、少女は世界へ、そして自らの飼い主へすらも否を突きつける。
譲れない願いを握って、苛烈なる槍は此処に立つ。

だが、その大望で傷つく誰かを容認出来ない者とて、此処に居る。
その正体を仮面に隠し、少年は今、舞台に立つ。

━━━━颯爽登場。その名は……


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第四十四話 快盗のアライバル

━━━━その言葉は、紛れもなく力持つ言葉だった。

 

「フォニックゲインの発生を確認!!アウフヴァッヘン波形の照合……

 ━━━━ッ!?この波形パターン……まさか、コレはッ!?」

 

「━━━━ガングニール、だとォッ!?」

 

突然現れた、ガングニールの波形パターンを発するシンフォギア装者による、世界への宣戦布告。

そんな有り得ない存在の出現に、二課仮設本部内の空気も騒然となる。

 

━━━━そんな空気を切り裂くように接続されるのは、防衛省からの直通回線(ホットライン)

その先には、この状況でも蕎麦を啜ったままに、だが事態収拾に動き始めたのだろう初老の男性が居た。

 

「━━━━斯波田事務次官ッ!!」

 

『ヤクネタが割れてんのはコッチばかりじゃあ無さそうだぜ。まぁ、時間としちゃ少し前に遡るがな?

 米国側からの公式通達が今頃来やがったんだが、(やっこ)さんの方の聖遺物研究機関でもトラブルがあったらしい。

 まぁなんでも?今日まで解析してきたデータのほとんどがオシャカになったばかりか、保管していた聖遺物まで行方不明ってぇハナシだ。』

 

「……此方の状況と連動していると?」

 

『蕎麦に喩えるなら五割って事はあるめぇ。二八でそういうこったろうな。』

 

蕎麦好きな彼らしいいつも通りの独特な言語センスではあったが、その報告で大凡の事情は掴めた。

やはり、ソロモンの杖の強奪には裏があった、という事なのだろう……

ライブ会場の中継画面に動きがあったのは、その時だった。

 

『我等、武装組織フィーネは各国政府に対して要求する。さしあたってはそうだな……国土の割譲を求めようか。

 もしも二十四時間以内に此方の要求が果たされない場合は……各国の首都機能はノイズによって風前の灯火となるだろう。

 ━━━━世界から切り離された、私達が住まう楽土を手に入れねばならんのだからな。』

 

『へっ。しゃらくせぇ要求だぜ。アイドル大統領とでも呼べばいいのかい?』

 

「一両日中の国土割譲だなんて……まったく現実的じゃありませんよ!!」

 

「恐らくは本命を通しやすく為のハッタリだろう。テロリストの常套手段だ……とにかく、此方でも急ぎ対応に当たります。」

 

『おう。頼んだぜ。』

 

事務次官からの通信が途切れた事を確認し、深く息を吐く。

━━━━状況は最悪に近い。多くの人々が人質に取られ、翼もコレでは動くに動けまい。

だが……此方が打てる手が全くなくなったワケでは無い……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━自らをフィーネだなどと……!!何を意図しての騙りかは知らぬが……」

 

その言葉は、私の闘志に火を付けるに足る布告であった。

━━━━その名を騙るという事は即ち、私にとっての櫻井女史との十二年を侮辱するも同じだからだ。

確かに、彼女は自らの目的の為に私達すら騙していた……だがそれでも、櫻井了子としての彼女の十二年は噓偽りのみでは無い━━━━ッ!!

 

「……私が騙りだと?」

 

安い挑発だ。頭では分かっている。だが、それでも。

 

「そうだ!!ガングニールのシンフォギアは、貴様のような輩に纏える物では無いと覚えるがいいッ!!

 ━━━━Imyuteus ameno……」

 

『━━━━待ってください!!翼さん!!』

 

だが、その鞘走りを寸でで食い止める声があった。

 

「ッ!?」

 

『今動けば、風鳴翼がシンフォギア装者だと全世界に知られてしまいます!!』

 

「でも、この状況で……!!」

 

『風鳴翼の歌は戦いの歌ばかりではありません!!傷ついた人々を癒し、勇気を分け与える為の歌でもあるんですッ!!』

 

『あぁ。緒川さんの言う通りだよ、翼ちゃん。それに安心してくれ。この場には、護る為の糸を紡ぐ防人も控えているんだからさ。』

 

━━━━この場に剣を携えているのは私だけだ。と続けようとした言葉は、緒川さんと共鳴くんの言葉に遮られる。

 

「……わかりました。不承不承ながら、二人を信じる事にします。」

 

「━━━━あら?私の騙り、確かめようとは思わないのかしら?」

 

「━━━━あぁ。それは、今の私の役目では無いらしい。」

 

頭は冷えた。今の私が為すべき事は剣を振るう事では無く、歌女として、アイドルである風鳴翼として此処に立ち続ける事だ。

その意思を、目の前の相手に伝える。狙いはやはり、私の身柄を晒す事で日本の権威を失墜させる事にあるのだろう……

 

「……あぁ、なるほど。」

 

そう言って、一瞬考え込むそぶりを見せるマリア。私を激昂させてシンフォギア装者と晒すという狙いも外れた今、この期に及んで彼女は何をしようと言うのか……?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……ならば、そうだな。

 此処(ここ)は一つ、要求を追加しよう。それが満たされたのならば、オーディエンスの諸君を解放する!!

 その際にノイズに手出しはさせない事もまた、同時に約束しよう。」

 

「何が狙いだ……!?」

 

私の唐突な要求の追加に、傍に立つ少女が狼狽するのが手に取るようにわかる。

それを敢えて無視しながら、私は要求を━━━━詰めの一手を言葉に載せる。

 

「フッ……では要求を伝える。

 ━━━━レゾナンスギア。それを持つ者が十分以内にこのステージへと現れる事。求める事はそれだけだ。」

 

私の言葉を受けてざわつき始める会場内。そして同時に、私のギアへと入るマムからの通信。手筈通りで無い事を咎めるものだろう。だが……

 

『━━━━マリア、一体何が狙いですか?

 此方を攻撃させない為に必要なオーディエンスという優位を自ら放棄してまでレゾナンスギアの使い手を呼びつけるなど……筋書きには無かった筈です。説明してもらえますか?』

 

「━━━━えぇ、その優位性を放棄するだけのリターンが返ってくるからよ、マム。

 二十四時間以内の国土割譲という偽りの要求こそ立てたものの……これだけの観衆を全て人質と取るのは有効とはいえ、先ほどのような狂乱が起きてしまえば確実に私達の手に余る。

 けれど引き換えに求めたレゾナンスギアの使い手一人ならば話は別……

 それに彼は、二年前のライブ事故の際に『偶然にもノイズを切り抜けた上で天羽奏を崩落から救い出した』と情報操作されている。

 そんな彼が、シンフォギアと呼応するレゾナンスギアを持ってこのステージへと現れるように仕向ければ……」

 

二年前にノイズの危難を避けた青年が、秘匿されているシンフォギアと近しいレゾナンスギアを持って、二年前と同じくノイズが出現した風鳴翼のステージへと現れる。

勿論、それだけでは怪しげな疑惑に過ぎないだろう。

だからこそ、そこで私が纏うこのガングニールが活きる。

 

『……なるほど。それが偶然では無く必然であったとすれば、我々が彼女達がシンフォギア装者であると強制的に暴露してもある程度の説得力を持たせられる、と。

 わかりました。では、暴露後に姿を現すだろう残りの装者達への後詰めとして、切歌と調に動いてもらいます。マリア、存分になさい。』

 

「了解、マム。ありがとう……」

 

━━━━この決断が、正しい物かどうかは分からない。

……そして、無辜の民である彼等を巻き込む事を私が恐れたその事実を、マムに対してすら隠している事もまた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「レゾナンスギアを持つ者って……お兄ちゃんの事?」

 

「コレは……マズいわね……」

 

外周の死角になってしまうからかVIP席の周りにはノイズも出現しなかったものの、アリーナ席の人達が危険に晒されるかも知れないこの状況では、私達には何も打つ手がなかった。

そんな中で、ノイズが現れた事で安否確認の為に合流してきた鳴弥おばさんの言葉に、私達の間に疑問が浮かぶ。

 

「マズいって、何がですか?」

 

「あー……恐らくなんだが、マリア達の狙いは翼を含めたシンフォギア装者をこの全世界中継の場に引きずり出す事だ。

 日本政府はシンフォギア装者の正体を秘匿してる。だから、それがトップアイドルである翼である事が知れれば、今後盛大に動く事は不可能になると言っても過言じゃないさ。」

 

「けれど、緒川くんがそれを止めてくれた。だからこそマリアは次善の策としてレゾナンスギアの使い手が現れる事を要求してきた……」

 

「だけど、トモだって正体がバレれば厄介な事になるのは変わりない。むしろ、二年前のライブ会場での大立ち回りを隠蔽した所から、芋づる式にアタシ等ツヴァイウイングが装者だった事実まで引きずり出される可能性もある……」

 

「そして、シンフォギア装者の正体が公にされれば、未成年を対ノイズの矢面に立たせていた日本政府の国際的な信用は間違いなく失墜する……考えたわね……」

 

「そんな……どうにか出来ないんですか!?」

 

思わず、言葉が口から飛び出してしまう。

お兄ちゃんや響達が頑張ってきたのは、いつだって誰かを助ける為なのだ。それなのに、その頑張りがこの国を……ひいては響達が護りたかった物を傷つけてしまいかねないだなんて……!!

 

「……ごめんなさい。私達もどうにかしたいのだけれど……こういった場面では人質の安全が何よりも優先されるの……

 それに、共鳴は防人として覚悟を握っているのだもの。大丈夫よ。」

 

大丈夫だと、そう告げながらも、鳴弥さんの顔は暗い。それはそうだ。幾ら決意を握ってはいても、ノイズに対抗しうる存在として息子が世界に知らしめられてしまうだなんて、

母親としても到底受け入れられる物では無い筈だ。なにか……なにか、打つ手はないのだろうか……!!

 

「━━━━あの~、えっと……もしかしたら~、なんですけど……なんとか~、出来るかも知れません~……!!」

 

天音先輩が意を決したように私達に声をかけてくれたのは、ちょうどそんな折だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……そろそろ、十分だな。

 ━━━━要求は受け入れられなかった。レゾナンスギアの使い手は自らの保身のためにこの会場のオーディエンス達を見捨てたと。

 この認識に、相違はないかしら?風鳴翼。」

 

「━━━━そんな筈は無いッ!!己の保身の為だけに護るべき者を見捨てる等ッ!!」

 

「あら?まるで、レゾナンスギアの使い手についてよく知っているかのような物言いね?」

 

カラカラと笑いながら、私の不用意な発言の揚げ足を取るマリアに、私は歯噛みと共に沈黙するしか無い。

緒川さんとの交信で、何かしらの準備を進めているらしき事は分かった。だが、未だ共鳴からの連絡は無い。

 

━━━━共鳴。アナタは今どこで何をしているのだ……!!

 

「━━━━時間だ!!要求は受け入れられなかったものと……」

 

『━━━━待てッ!!』

 

━━━━マリアの宣告を遮るように、ライトに照らされた会場の宙を舞う者が居た。

観客達の上を滑るように飛びながら、進路に棒立つノイズを瞬時に切り裂いて、その影は私の目の前に着地した。

 

「お望み通り……レゾナンスギアの使い手が此処に参上(つかまつ)ったッ!!」

 

━━━━その顔を覆うは、素性を隠す白黒の仮面(マスク)。その頭に被るは、奇術師の如き礼帽(トップハット)

そして、その背に背負うは、漆黒の外套(マント)

 

まるで悪漢小説(ピカレスクロマン)の挿絵からそのまま飛び出してきたような出で立ちをした彼……天津共鳴が、私をマリアからかばうようにして立っていた。

 

「んなっ……!?」

 

「どうした?そちらの要求通り、オレは此処に現れた。この身に纏うがレゾナンスギアであるという証明もまた、先ほどのノイズ討伐にて果たした上でだ。

 ━━━━さぁ、要求は満たされた。オーディエンスの諸君を解放してくれ。」

 

「……ハッ!?そうか、そういう事か……考えたわね……ッ!!」

 

あまりに頓狂なその出方に、会場のほぼ全ての人が呆気に取られる中、いち早く平静を取り戻したのはマリアであった。

そして、私も遅れながらも共鳴くんの狙いに気付く。

先ほど、マリアは『レゾナンスギアを持つ者が此処に現れる事』だけを求めた。つまり、要求の通りならば素顔を晒す必要はない(・・・・・・・・・・)

 

「…………いいだろう!!私達フィーネに二言は無いッ!!

 ━━━━観客の諸君を解放するッ!!」

 

沈黙の末、マリアが下した答えは契約の履行だった。幾ら口約束とはいえ、全世界を相手にした宣言を反故にしたとなればもう一つの要求━━━━国土割譲という壮大な要求も成し遂げられはしないからだろう。

その判断を下してくれた事にホッと一息を吐く。

 

「ふふっ……」

 

そして、マイクに拾われないように気を付けながらも、私を庇うように立つ彼の似合わない格好に笑みが零れる。コレではまるでアルセーヌ・ルパンの三代目か何かでは無いか。

━━━━しかし、共鳴は一体どこでこんな仮装のような仰々しい衣装を手に入れたのだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

整然と……とは行かずとも、下のアリーナ席の人達がライブ会場から出ていくのを見ながら、私はステージの上に立つ二人を心配していた。

 

「お兄ちゃん……大丈夫かな……」

 

「大丈夫。あのマリアのシンフォギアもフォニックゲインを発してるんだ。そのお陰でレゾナンスギアが起動してる以上、トモが負ける事はそうそう無いさ。

 それにいざとなったら……翼だって剣を振り抜く事を厭わないからな。」

 

「そうそう、奏さんの言う通りだよヒナ。私達が残っても足を引っ張っちゃうだけだもん。」

 

「立花さんだって遅ればせながらも向かってきてますし。」

 

「予想は裏切っても期待は裏切らないわよ、あの子は!!」

 

「ふふっ、うん。そうだね。響なら絶対に絶対だもんね。」

 

━━━━そう。響もお兄ちゃんも諦めない。だから、きっと大丈夫。

響……早く来てね……

 

「……にしても、あまあま先輩があんな衣装を持って来てたなんて……しかもサイズピッタリだし……」

 

「えっと~……小日向さんからサイズを教えてもらって作っておいたの~。ああいうピカレスクスタイルのコスプレも似合うかな~って。学園だとお逢い出来ないけど、ライブの後にカラオケに行く予定だって聴いてたから、学祭での皆のコスプレ衣装と一緒に一応持ってきてたのよ~。」

 

「まさかあのキャリーケースの中身が全部衣装だっただなんて……でも、ナイスな判断でしたわ!!」

 

他の席の人達を優先してもらった事で最後になってしまったが、私達が出ていく順番もようやく回って来た。奏さんと鳴弥さんは、その素性から退場者に見つかってしまうと混乱を招きかねないからと別ルートでの退場となるらしい。

だが、そんな中でも歩きながらのお喋りは忘れないのは、華の女子高生という奴なのだろうか。とはいえ、ただ心配するだけでは先に此方が滅入ってしまうのだし、わざわざ止めるまでも無いだろう……

 

「んー……未来から?って事は、未来ってば共鳴さんのサイズ知ってるの!?もしかして採寸とかしたの!?」

 

「知ってるは知ってるけど……流石に細かい採寸はしてないよ……お兄ちゃんのオーダーのスーツで測った数値を教えてもらっただけ。

 なんでも、護衛用に動きやすい物を仕立ててもらったって。」

 

「あぁ……小日向さんが今羽織ってらっしゃるそのスーツの事ですね?仕立てからしてそうかなとは思ってはいたんですが、やっぱりオーダーメイドだったんですね。」

 

「オーダーメイドのスーツとか、まるでアニメみたいだね……ってか、当たり前のように羽織ったね未来ってば……やっぱ幼馴染だから?」

 

「あ、うん。そういえばそうだね……昔から、お兄ちゃんは無茶ばっかりしてたから、そんな時には私が上着を預かったりしてて……それで、上着ってただ持ってるだけだと邪魔でしょ?だから、羽織っちゃった方が楽だなって。」

 

言われてみれば、男性の服を羽織るというのは中々珍しい事のような気もする。とはいえ、私にとってはお兄ちゃんの物を預かっているというだけなのだが……

 

「……まさか、ヒナのその無意識萌え殺し所作が適応の結果だったとは……」

 

「うんうん。そういう仕草って中々わざとらしくなくやるのが難しいのよね~。」

 

「……何の話に持ち込もうとしてるんですか?」

 

「バレたか。」

 

テヘッと笑う四人にジト目を向けながら、思う。

━━━━私とお兄ちゃんの関係ってなんなんだろうか。

一番距離が近い異性というのは、確かにある。けれど、所謂性的な対象として、恋愛対象として強く意識した事は殆ど無い気がする。無いワケでは無いのだが……それよりも、無茶しないかの心配が勝ってしまうのだ。

そういうのはむしろ、響がお兄ちゃんを見ている時の方が強い気がする……恋というか、憧れ?

 

━━━━でも、お兄ちゃんがもしも誰かと付き合うと仮定して考えると、やっぱりどこか納得がいかなくて、もやもやしてしまう気持ちがある。

これじゃまるで、私がお兄ちゃんの全部を管理したいみたいだ。やっぱり、私って重いのかな……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ようやく、一息が吐ける。

共鳴くんが出ていく事を要求された時はどうなるかと思ったが、現地に正体を隠せる衣装があったとの事で交渉は一部成立。

翼以外の人質は解放され、会場からの脱出を始めている。

 

━━━━しかし、解せない。

フィーネと名乗ったテロ組織の要求、目的、そして手段に到るまでの何もかもがチグハグなのだ。

確かに、ノイズを操る力があれば、世界へと多少無茶な要求だろうと通す事は出来るだろう……

 

『人質とされた観客達の解放は順調です。』

 

その思考を遮るのは緒川からの通信だった。

 

「わかった。あとは共鳴くんと翼だけか……」

 

『そちらはボクに考えがあります。』

 

「あぁ、頼む。」

 

緒川の策であれば問題はないだろう。レゾナンスギアと共に共鳴くんも居る以上、翼の現在の立ち位置は対外的にも豪勢な人質程度の物と捉えられる筈だ。

 

「藤尭、響くん達にも連絡を頼む。」

 

「わかりました!!」

 

きっと不安に思っているだろう響くん達にも、状況の変化を伝えなければならないだろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━良かったぁ!!じゃあ、観客に被害は出てないんですね!!』

 

「あぁ、ノイズ出現の際に倒れた人は居たが、不幸中の幸いというべきか、彼女の一喝で黙らされた際に周囲の人から助けられたらしい。」

 

「現場で検知されたガングニールと思しきアウフヴァッヘン波形については現在調査中。けれど、全くのフェイクとは思えない……」

 

藤尭のその言葉を聴き、自らの胸に手を当てる響くん。恐らくは、胸の内にあるガングニールの存在を感じ取っているのだろう。

響くんに突き刺さったガングニールの破片は現行の科学技術では処置不可能な程心臓近くへと食い込んでいる。それを響くんの意思無くして奪い去るなど尋常には考えられない可能性だが……

異端技術を相手取る以上、あらゆる可能性を考えねばならないのだ。

 

『……私の胸のガングニールが無くなったワケでは無さそうです。』

 

「……となれば、やはりアレはもう一つの撃槍……」

 

『それが、黒いガングニール……』

 

━━━━であれば、フィーネという名にもある程度の納得は出来る。

だが……先ほども考えた通り、何かがおかしい。

テロリストにとって最も大事な事は、何をしてでも目的を達成する事だ。だというのに、彼女達はライブ会場の観客達という最大のアドバンテージを共鳴くん一人を引きずり出す為に投げ出した。

国土割譲という非現実的な要求はやはりブラフで、シンフォギア装者を引きずり出す事そのものが狙いなのか……?

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

走る、走る、走る。

全世界生中継は未だ続いている。その視線の檻に囚われたままでは、翼さんが防人の歌を歌う事は出来ないままだ。

幸いにも共鳴くんが居てくれる以上、最悪の事態に陥る事は無いだろう。だがそれでも、翼さんが十全に歌えるようにするのがマネージャーとしてのボクの仕事だ。

 

━━━━そんな折に、視界の端に映る影。

 

まさか、逃げ遅れた人が居た!?

それは……マズい。此処は既に鉄火場なのだ。もしも戦いに巻き込まれてしまえば……

脳裏に過るのは響さんの姿。彼女が笑っていられるのは、数多の奇跡が彼女を救ってくれたからだ。

あんな悲劇はもう繰り返したくない。だから、階段を駆け上り、その影の主に声を掛ける。

 

「どうかしましたか!?」

 

「わっ!?」

 

其処に居たのは、二人組の少女だった。黒い髪のツインテールの少女と、金の髪のショートカットの少女。

 

「此処は危険です!!早く避難を!!」

 

「あ、えっとー……そのデスねー」

 

「じー……」

 

「この子がね、急にトイレとか言い出しちゃって……」

 

「じー……」

 

「あはははは……参ったデスよ、あはは……」

 

「じー……」

 

━━━━急かす言葉への返答は、何故か煮え切らないもの。

だが、小用を……と言われてしまえば、男としてはあまり突っ込むワケにもいかない。

なにせ相手は見知らぬ少女達であって了子さんのようなある程度気心の知れた相手では無い。以前のガールズトークの時のように不用意な一言を言ってしまえば大問題なのだから……

 

「えっ……あ、では、此方の用事を済ませたら非常口までお連れしましょう。」

 

それ故に、次善の策として後程の合流を提案する。流石に出逢ってすぐに小用を見送る事は受け入れがたいだろうが、中継を切断してから再度合流するくらいなら大丈夫では無かろうか?

 

「心配無用デスよ!!ここいらでちゃっちゃと済ませちゃいますから。大丈夫デスよ!!」

 

「……わかりました。でも、気を付けてくださいね!!」

 

「あ、はいデス~……」

 

……やはり、成人男性がデリケートな話題に関わるのは良くなかっただろうか……そう思いながら少女達に踵を返し、再度走り出す。

目指すは会場内の映像を中継するバックヤード。その指令室……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━人質となっていた観客が解放され、もはやこの会場にはノイズしか残っていなかった。

風に吹かれて、観客に置き去りにされたゴミが宙を舞う中で、彼女は寂しそうにその言葉を口にする。

 

「……帰る場所があるというのは、羨ましいものだな。」

 

「━━━━マリア。貴様は一体……?」

 

「……予定は変わったが、観客は退去し、貴様を引きずり出す事が出来た。ならば、実力にてそのふざけた仮装をはぎ取らせてもらうッ!!」

 

「……いいだろう、来いッ!!」

 

━━━━どうして、そんな顔をするんだ。

━━━━どうして、こんな事をしたんだ。

━━━━どうして……

 

問いを投げたい事は、それこそ山ほどある。けれど、今の俺は……全世界に中継されている謎のレゾナンスギアの使い手には、それを問う事は許されない。だから……戦う。

剣型のマイクを掲げながら、彼女は迫る。まるで細剣(レイピア)のように振るわれるそれを、レゾナンスギアにて受け止める。

 

「シッ……!!」

 

「ハァッ!!」

 

━━━━だが、それだけでは無い。一撃、二撃とマイクをレゾナンスギアが紡ぐ糸にて受け止めた所で追加されるのは、彼女がその背に背負う漆黒の外套(マント)

目くらましの如く振り回す仕草かと思ったそれは、異様なまでの……それこそ、アームドギアに匹敵する程の硬度と、振り抜かれたバットの如き速度で俺の仮面をえぐり取らんと迫る。

 

「クッ……!?マントまでもかッ!?」

 

「外面はお揃いでも中身は大違いッ!!コレもまた私が纏うギアの一部ッ!!」

 

「くっ……ッ!!」

 

マントの斬撃を避ける為にバク転で下がる此方を見下しながら、マリアが此方の外套(マント)について揶揄するその言葉はまさに正鵠を射ている。コスプレ用の衣装だというこのマントには、体格を隠してくれる以外の機能は全くないのだから。

 

「フッ……だがやるな。今の一撃でそのふざけた仮面を引っぺがすつもりだったのだが……」

 

「鍛えているものでね……ッ!!」

 

だが危なかった。マントをただの目くらましと思い込んでブリッジ回避を怠っていれば、今の一撃で仮面は断ち切られていただろう。

 

「共鳴……ッ!!」

 

背後の翼ちゃんの心配の声。それでも、その声がマイクに入らないように調整してくれているのは流石トップアイドルである。

 

「此処は私に任せて!!」

 

だから、返す言葉は特定を避ける為の物。そして同時に、マントに隠しながら暗に指し示すは舞台袖の方向。

コレで翼ちゃんは理解してくれる筈だ。カメラの死角である舞台袖まで回れば、翼ちゃんもギアを纏って戦う事が出来る。

 

「させないッ!!」

 

「それはコッチも同じ事……ッ!?」

 

━━━━その瞬間に、複数の事が起こった。

まず一つ目は、翼ちゃんが舞台袖へと走り抜けようとした事。

次に二つ目、それを阻止するべく、マリアがマイクを投げつけた事。

三つ目に、更にそれを阻止せんと俺が割り込もうとした事。

……そして四つ目。それは、会場に居ながらも棒立ちとなっていたノイズ達が突然に動き出した事。

棒状の形態となって、俺を潰さんと言わんばかりに大挙して押し寄せるは、会場の奥まっていた所に居たノイズ達。その妨害によって、マリアの投擲を止めようとした俺の動きは封殺されてしまう。

 

「このタイミングで……!!やはり操られたノイズッ!?……しまった、翼ちゃん!!」

 

「あなたはまだ、ステージを降りる事は許されない。ハァッ!!」

 

「━━━━あぁッ!?」

 

マリアの投擲は見事に翼ちゃんの退避を押し留め、その隙に追い付いたマリアの蹴りを受けて翼ちゃんは宙を舞う。

━━━━そして、その先に寄り集まるノイズ達。その瞬間、脳裏に過るのはまさしく最悪の想像。炭と溶けて消える、翼ちゃんの姿。

 

「ッ!?勝手な事をッ!!」

 

━━━━マリアの言葉への違和感を処理するよりも先に、俺は未だ突撃を続けるノイズを振り払って、翼ちゃんの元へと跳び出す。

 

「翼ちゃん!!手を……!!」

 

「共鳴……!!」

 

伸ばした手を、今度こそ離さぬように、中継映像を流す為に設置された大型の多面モニターにアメノツムギを引っかけながら翼ちゃんを救い出す。

 

「……ふふっ、コレではまるで私がお姫様のようだな?」

 

「よう、じゃなくてその通り。お助けにあがりましたよお姫様?」

 

最近出るようになった防人口調での翼ちゃんの冗談に、これまた冗談めかした一礼と共に答えながら、多面モニターの上から眼下のマリアを見下ろす。

さて……翼ちゃんを救い出す事こそできたが、これからどうすれば……

 

「━━━━ッ!?中継が遮断された!?」

 

『翼さん、共鳴くん!!中継は此方で切断しました!!存分に戦ってください!!』

 

そんな状況を打ち破ってくれたのは、通信機越しの緒川さんの言葉だった。




欠けた月だけが見降ろす中で、不和から始まった戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
三人の装者と、三人の装者。向かい合い、対話を試みようとする少女の言葉を、心無い英雄殺しの刃が襲う。

━━━━だが、それを許容できぬ男が、此処には共に居る。

俺の事はなんと言われようとかまわない。けれど彼女は、彼女の想いは……決して、間違いなんかじゃないんだ、と……

だが、そうして産まれるのは怒りと、不和と、否定を載せた、独奏(ひとり)切りのうた。それでは調べには、ほど遠い。


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第四十五話 三重のスパーブソング

「翼さん……良かったぁ……」

 

マリアさんに蹴り飛ばされてノイズの只中へと落ちて行く姿を見た時には思わず肝が冷えてしまったが、お兄ちゃんが飛び出して救い出してくれたのを中継越しに見て思わずホッとする。

 

━━━━だが、その直後に中継画面が切り替わってしまう。

画面に浮かぶのは『NO SIGNAL』の文字ばかり。こんな時に放送事故?

 

「えぇーッ!?なんで!?翼さんはこの後どうなっちゃうの!?」

 

「現場との中継が遮断された!?」

 

「って事は……こっからは二人の反撃ってこったな……!!なぁ、あたし等はどれくらいで着けそうなんだ?」

 

けれど、あおいさんやクリスちゃんはなんだか事態がよく分かってるようで、私を置いてけぼりに二人だけで会話を続けて行ってしまう。

 

「え?」

 

「後五分って所よ。間を置かずの三連戦になるけれど……」

 

「え?」

 

「構いやしねぇ。むしろ望むところだッ!!」

 

「えー!?誰か説明してよー!!」

 

「だーッ!!めんどくせぇな!!会場からの全世界中継が遮断されたって事は、あの人が歌ったってもうどこにもバレやしないってこった!!」

 

━━━━なるほど。翼さんが歌っても大丈夫になったのか。

それなら一安心だ。

 

「……ヤッター!!」

 

「うっせぇな今度は!?」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━中継は遮断したという緒川さんの言葉を受け、翼ちゃんと二人で頷きあい、モニターから飛び降りる。

今回は俺が加速して先行し、翼ちゃんが後に続く形となる。

 

「━━━━Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

聖詠と共に纏ったアメノハバキリの放つフォニックゲインを受けてレゾナンスギアが更に震えを増す。

……マリアのフォニックゲインよりも翼ちゃんのフォニックゲインの方が量として多いという事か?もしくは、レゾナンスギアの共振にも聖遺物同士の相性というのが存在するのだろうか?

一瞬頭に過った疑問を即座に棄却し、伸ばした糸で着地地点周辺のノイズ達を切り裂く。

 

「一つ目の太、刀ッ!!」

 

                ━━━━蒼ノ一閃━━━━

 

そうして空いたスペースに降り立つよりも早く、まさに最速なる翼ちゃんの一閃が会場西側のノイズを割断する。

 

「共鳴ッ!!」

 

「あぁ!!」

 

交わす言葉は一つだけ。それだけで事足りる。

地へと手を突き、天地を逆にして舞う翼ちゃんの回転半径の外側を繰り出した糸にて切り裂いて行く。

 

「二つ目の太刀ッ!!」

 

               ━━━━逆羅刹━━━━

 

               ━━━━輪舞曲(ワルツ)━━━━

 

「翼ちゃん!!まずはノイズを!!」

 

「分かっている!!」

 

フィーネを名乗ったマリアの手によって展開されたアリーナ内のノイズ達。制御されているらしきとはいえ、いつ先ほどのように突撃してくるか分からない。

それ故に、翼ちゃんと息を合わせ、意を合わせてまずはそちらのノイズ達を殲滅に掛かる。

 

               ━━━━千ノ落涙━━━━

 

               ━━━━謝肉祭(カーニバル)━━━━

 

フォニックゲインを固着させた剣が涙雨となって降り注ぎ、紡がれた糸が手の内から散弾のように一気に解き放たれる事で、次々と打ち砕かれるノイズ達。

 

「ハッ!!」

 

━━━━そして、俺と翼ちゃんは再びステージへと降り立つ。

 

「……フッ。」

 

それを見ても尚、マリアの口元には挑発的な笑みが浮かぶ。

 

「……どうして!!」

 

━━━━思わず、口に出してしまっていた。

何故、どうして?こんな事を?あの時の言葉は嘘だったのか?

何から問えばいいのかが分からない。

中継が途切れた以上、此処に居るのはレゾナンスギアの使い手では無くただ一人の天津共鳴。それが故に零れてしまった問いだった。

 

「……どうして?愚問だな。言った筈だぞ……私達はフィーネ、終わりの名を持つ者だとッ!!故に私達は決起したのだッ!!」

 

「……共鳴。何があったかは知らぬ。だがまずは彼女を無力化し……その後にゆっくりと問いただせばいい。」

 

けんもほろろなマリアの言葉に対する翼ちゃんの言葉は、蓋し正論だ。ここで感情にあかせた押し問答を繰り返すよりも余程建設的というものだろう。

 

「……分かった。」

 

「━━━━ならばいざ、推して参るッ!!」

 

その言葉と共に真っ直ぐに、本当に真っ直ぐなまでに突っ込む翼ちゃんの姿が眩しく見える。だが、彼女にばかり任せてはいられない。

真っ直ぐな翼ちゃんの一刀をマントにていなすマリアの隙を狙う為に後方から繰り出す糸にて援護する。

 

━━━━だが、マリアはその上を行ったのだ。文字通りに。

 

「ハッ!!」

 

「んな……ッ!?」

 

後方宙返りに捻りを加える事で翻るマントをマリアは振り回す。たったそれだけの動作で翼ちゃんを刀ごと弾き、同時に俺が敷いた糸の包囲網すら弾き飛ばす。

 

「巧い……ッ!!」

 

「この力……やはり偽物では無い、という事か……ッ!!」

 

「ようやくお墨を付けてもらった。そう、コレが私のガングニール!!何者をも貫く無双の一振りッ!!」

 

「だからとて、私が引き下がる道理などありはしないッ!!」

 

「クッ……!!」

 

距離を置いての俺達の感嘆に応えながら、今度はマリアが攻め手となる。あのマントこそがマリアのアームドギアなのだろうか?

その大ぶりな一撃は受け止めに回ったレゾナンスギアを一瞬で吹き飛ばし、翼ちゃんのアメノハバキリと鍔競り合う。

その違いを引き起こしたのは単純な一つの相違点。武器としての質量が違い過ぎるのだ。俺のレゾナンスギアの利点でもあり欠点である『軽さ』が此処に来てマリアのマントとの打ち合いに影を落とす。

 

━━━━だが、それがどうした。

 

相性が悪いから出来ぬ事が何も無いなどという事は無い。特に、このレゾナンスギアにおいては。

 

「翼ちゃんッ!!」

 

掛ける一声と共に、マントを纏って回転しながら迫るマリアに対してでは無く、翼ちゃんのギアの放熱部へと糸を伸ばす。

シンフォギアは歌によってフォニックゲインを形成し、しかして人と聖遺物の埋められぬ差異故に反動を産み出し、余剰熱量として放出する。

━━━━レゾナンスギアはそれを逆手に取る。余剰熱量が発生するというのなら、それを使えるようにしてやればいい(・・・・・・・・・・・・・・・・)

反動除去と同時にアウフヴァッヘン波形の発生へと干渉、共振(レゾナンス)し、調律(チューニング)する事でシンフォギアの運用を効率化する特異戦術。

同調効果(シンクロン・エフェクト)』と名付けられたこの戦術は、俺が調律に集中せねばならない事、また、糸によって直接繋がらなければならない都合で使用者が大きく動く場合に息を合わせる必要がある事から対多数戦では使いづらい戦法だ。

だが、今回のようにたった一人を相手にするのであれば問題はない……ッ!!

 

同調によって瞬間的に上がった翼ちゃんの出力、そして何故か同時に動揺を顔に浮かべたマリア。その一瞬が勝機を産む。

 

「私達を相手に気を取られるとはなッ!!行くぞ、共鳴ッ!!」

 

「あぁ!!」

 

翼ちゃんが動き出す気配を察知して同調を解除し、翼ちゃんがギアから取り出したもう一本の刀を手に持っていた刀と共に合体させて一種の対剣と成すのを見届ける。

そして同時に俺はステージ後方のモニターを足場に緒川さん直伝の壁走りにて駆け上がり、宙へと跳び出してマリアの上へと陣取る。

翼ちゃんもまた、片手で握りしめ、振り翳す対剣の回転に緒川さん直伝の火遁忍術を加え、ギアに追加された脚部バーニアを噴かせてマリアへと迫る。

 

                ━━━━風輪火斬━━━━

 

「くっ!?」

 

「後の話はベッドで聴かせてもらうッ!!」

 

風輪火斬は一撃のみならず、連続で繰り出される高速機動斬撃。マントにて一撃目を受け止めながらも体勢を崩したマリアを上空と真横から挟撃する……

 

━━━━その瞬間、歌が聴こえた。

 

「ッ!?」

 

「翼ちゃん!!」

 

翼ちゃんもその乱入者に気づき、風輪火斬を両手で回して迎撃に当たる。

 

「それではガラ空きだぞッ!!」

 

「……ガ、ハッ!?」

 

だが、それ故に必殺を期した挟撃は崩れ去り、俺は空中で無防備なままにマリアから迎撃される形となる。

振り抜かれるマントを咄嗟に防御こそしたものの、俺は大きく弾かれ、ステージの端まで飛ばされてしまう。

 

「━━━━首を傾げて……」

 

                ━━━━α式 百輪廻━━━━

 

「━━━━行くデス!!」

 

                ━━━━切・呪リeッTぉ━━━━

 

歌を纏った乱入者、それは新たな装者二人だった。

アリーナの外側から滑り降りてくる少女達。展開したギアから大量の円盤を射出する桃色の少女と、手にした鎌状のアームドギアから分裂した二枚刃を投擲する緑色の少女。

 

「あぁッ!?」

 

「翼ちゃん!!」

 

円盤の射出こそ受け止めたものの、左右から迫る二枚刃の挟撃まで手を回せず、俺と同じくステージの端へと吹き飛ばされる翼ちゃん。

 

「……危機一発。」

 

「まさに間一髪だったデスよ!!」

 

「クッ……装者が、三人……!?」

 

俺と翼ちゃんを見下ろすように、三人の装者が並ぶ。

そうして並ぶ事で気付くのは、ギアの色だ。二課に所属する装者達は四人とも、自らを表す色と共に白を基調としたギアを纏う。それに対して、彼女達のギアの基調は黒。

其処に意味があるのかは分からない。けれど、強く目につく特徴だった。

 

「━━━━調と切歌に救われなくても、貴方達程度に後れを取る私では無いんだけどね。」

 

高飛車に、それこそ支配者でも気取るかのような物言いをしながらマリアが近づいて来る。だが……

 

「貴様みたいなのはそうやって……見下ろしてばかりだから勝機を見逃す!!」

 

━━━━翼ちゃんのその言葉は、空を見上げたからこその物だった。

 

「━━━━上かッ!?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「土砂降りの、十億連発!!」

 

                ━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

クリスちゃんのいつものガトリングは、翼さんをの前に集まった三人を散らばらせて仕切り直す為の物。

だが、避けた左右の二人に対してマリアさんだけは異なる手を打った。それは即ち、背負ったマントによる防御という一手。

 

「クッ!!」

 

「おおおおッ!!」

 

━━━━だから、私がそれをこじ開ける。

握った拳を振りかぶり、マントの中心を打ち貫こうとする。だが当然、そんな大振りは避けられてしまう。今はとにかくそれでいい。

 

「はッ!!」

 

しかし、マリアさんもタダ避けただけでは終わらない。翻すマントによる反撃で私を捉えようとする。

だから、マントを避けつつも翼さんとお兄ちゃんの間に飛び込んで二人を救い出す。

アリーナを仕切る柵の前まで飛んで来て、振り向けばそこには再び集った三人の装者の姿。

 

「━━━━やめようよ、こんな戦い!!今日出逢った私達が争う理由なんて無いよ!!」

 

━━━━どうしても、そう思ってしまう。

 

「ッ!!そんな綺麗事をッ!!」

 

━━━━けれど、私の言葉は届かない。

 

「綺麗事で戦う奴の言う事なんか信じられるものかデス!!」

 

━━━━綺麗事、なのだろうか。私が握るこの想いは。

 

「そんな……話せばわかり合えるよ。戦う必要なんか……」

 

「━━━━偽善者。」

 

━━━━きっとそれが分からないから、その言葉を受けて心が痛むのだ。

 

「う……ぁ……」

 

「━━━━この世界には、貴方のような偽善者が多すぎる……!!」

 

桃色のギアの少女は叫ぶ。だからそんな世界は伐り刻んであげましょう、と。

━━━━その叫びの悲痛さに、私の拳は躊躇いを見せてしまう。

 

「━━━━それが、どうしたァ!!」

 

━━━━けれど、そうして少女が飛ばして来た多数の円盤は、その全てが私を庇ったお兄ちゃんによって弾かれる。

 

「……立花ッ!!今はまず彼女達を止める事に専念しろッ!!」

 

翼さんの言葉と共に火蓋は切って落とされる。クリスちゃんのガトリングが火を噴き、向かいの三人は散開してそれぞれが此方へと向かってくる。

 

「クッ……!!近すぎんだよ!!」

 

「この距離なら弾幕は張れないデスよねッ!!」

 

「ハァッ!!」

 

「フッ!!その程度か、風鳴翼ッ!!天津共鳴ッ!!」

 

「嘗めるなッ!!」

 

緑色のギアの少女はクリスちゃんの弾幕を止める為にその懐に飛び込み、マリアさんはお兄ちゃんと翼さんをマントにて翻弄する。

そして、私に向かって滑り込んで来る桃色のギアの少女。そのギアの形状は特徴的で、まるでもう一対の腕のように変形したアームドギアから形成された巨大な丸鋸が二個。

それぞれが独立して動いて襲い掛かってくる。

 

「私は、困ってる皆を助けたいだけで……だからッ!!」

 

「━━━━それこそが偽善ッ!!」

 

━━━━断言されてしまう。私の想いは、私が握る物は間違っているのだと。

 

「痛みを知らない貴方に、『誰かの為』なんて言って欲しくないッ!!」

 

                 ━━━━γ式 卍火車━━━━

 

その言葉と共に、二つの丸鋸が切り離されて飛ばされてくる。それが当たれば痛いって分かってる。

けれど、真っ向からしたい事を否定された私の身体は、全く思うようには動いてくれなくて。

……あぁ、また痛い想いをするんだな。なんて、冷めた思考だけが頭の中をくるくると空回りする。

 

「━━━━ッガァァァァ!!」

 

━━━━けれど、その回転は私に届く前に受け止められる。

間に飛び込んで来たお兄ちゃんが、素手で丸鋸を食い止めてくれたのだ。だが、それが無茶である事は誰の眼にも明らかで……受け止めた掌から滴り落ちる血が、その代償を物語っていた。

 

「お兄ちゃん!?血が……!!」

 

「━━━━へいき、へっちゃらだ!!

 ……ガ、アアアアアアアア!!フンッ!!」

 

強く、力強い声で私の心配を殴り飛ばしてくれたお兄ちゃんは、そのままの勢いで左右の手で受け止めた丸鋸を握りつぶす。

そして、桃色のギアの少女へと叫びを返す。

 

「……誰かの為と拳を握るのは、ただの偽善からなんかじゃない!!たとえ自分は傷つけられていなくとも、其処から目を逸らしてしまえば、心が痛む……それは時に、一生痛みを放ち続けるんだよ……ッ!!」

 

「……分かった風なクチをッ!!私達の痛みなんて知らないクセにッ!!」

 

「何も言ってもらわなきゃ分からないからこそ、手を伸ばして話し合おうとするんだ!!俺達はッ!!立花響はッ!!」

 

━━━━お兄ちゃんの返すその言葉に、私は思わず俯いて居た顔を上げる。

そうだ。私は……私が握るこの手は……ッ!!

 

━━━━ステージの上で光が爆発したのは、その瞬間だった。

緑色の光……そういえば、ソロモンの杖もあんな色の光を放っていたような気がする。

その光の中から出てくるのは、超巨大な緑色のノイズ。

 

「うわぁ……何?あのデッカイイボイボ……」

 

「増殖分裂タイプ……」

 

「こんなの使うなんて、聞いてないデスよ!?」

 

向こうのメンバーにとってもこのノイズの出現は想定外だったらしく、戸惑う気配が伝わってくる。

 

「……わかったわ。」

 

そんな風に浮足立つ中で真っ先に動き出したのはマリアさんだった。

両の腕に付いたパーツを合体させ、槍の形をしたアームドギアをその手に握る。

━━━━そういえば、奏さんのアームドギアもかつてはああいう形式だったと、翼さんから聞いたことがある。

 

「アームドギア……やはり、温存していたというのかッ!?」

 

翼さんの声を受けても、マリアさんは何も答えない。

ただその手に握った槍を翳し……ノイズへと向かって、溜め込んだ光を解き放つ。

 

                 ━━━━HORIZON†SPEAR━━━━

 

「おいおい、自分らで出したノイズだろ!?」

 

クリスちゃんの疑問も尤もで、先ほど出て来たばかりなのに超大型ノイズはボロボロと肉片をバラ撒いて今にも崩れてしまいそう。

しかも、そんな事をしておきながら三人はさっさと会場から逃げ出して行ってしまう。

 

「ここで撤退だと!?」

 

「折角温まって来たのに尻尾を巻くのかよ!!」

 

━━━━そこで、周囲を見渡してようやく気付く。

 

「あっ!?ノイズが!!」

 

超大型ノイズが撒き散らしていた肉片は、ただの肉片では無かったのだ!!

うぞうぞと気味悪く蠢く姿こそその証。まるでアメーバのようにくっ付こうとアリーナ中の肉片が動き始めていた……!!

 

「ハァッ!!」

 

「セイヤーッ!!」

 

翼さんとお兄ちゃんが切り裂くも、切り裂かれたノイズはむしろ増えてしまったようにも見える。

 

「なるほどな……先ほどの言の通り、コイツの特性は増殖分裂……」

 

「放っておいたら際限無いってワケか……このままじゃ、此処からあふれ出すぞ!!」

 

『皆さん、聴こえますか?此方でも状況は確認しています。ですが、会場のすぐ外にはまだ避難したばかりの観客達が居ます!!

 そこからノイズを出すワケには……』

 

「観客が!?」

 

「……本来は会場を出る予定も無かった十万人の避難誘導。生半可に終わるとは思っていなかったが……」

 

━━━━みんなが、まだ近くに居る。

それを想った瞬間に脳裏を過る記憶があった。それは、二年前の事。

誰もが生きたいと願ったのに、それ故に憎悪と不和の渦に巻き込まれてしまった。あの日。

 

「しかし、迂闊な攻撃では吸収されて増殖と分裂を促進するだけ……」

 

「かといってタワーの時みたく溜めてぶっ放すには時間が足りねぇ!!押し留めるよりも先に会場から出て行っちまう!!」

 

「……お兄ちゃん。レゾナンスギアの改修って終わったんだったよね?」

 

「━━━━あぁ。S2CA・トライバースト。今度こそ、俺が全部受け止めてやる。」

 

「……なるほど、あの威力なら間違いねぇな。共鳴、後ろ任せたぜ?」

 

「増殖・分裂を上回る破壊力の一撃による即時殲滅。立花らしいが、理に適っている。」

 

「あぁ、任せてくれ。

 ……遂に、コイツを使う時が来たか。」

 

そう言ってお兄ちゃんがギアの内部から取り出すのは、ギアペンダント状に加工された聖遺物。その名は、雷神の鼓枹(つづみばち)

師匠のRN式が修復が難しい程に破損した事を受けて急遽レゾナンスギアの機能拡張の為に転用されたそれを、お兄ちゃんはギアのスロットへと差し込む。

 

「━━━━聖遺物同調(サクリスト・チューン)……演奏開始(ミュージック・スタート)!!」

 

それは、いずれシンフォギアのようにレゾナンスギアで聖遺物を使えるようになった時の為にと、了子さんが遺してくれた機能。

それを鳴弥さんが改修し、聖遺物が持つアウフヴァッヘン波形をモチーフにした音楽によってレゾナンスギアの出力向上を可能としたのだそうだ。

 

『バチバチバチ!!ドコドコドコ!!刻めビート!!唸れボルト!!雷・神・降・臨━━━━ボルトマレット!!』

 

━━━━その割には、音楽というよりは変身ベルトみたいな音楽だけれども。

三人で顔を見合わせて苦笑しながら手を繋ぎ合う。過剰な程の緊張は無い。だって、私達の歌が空に響く限り、お兄ちゃんは此処に居てくれるのだから。

 

「……行きますッ!!」

 

 

 

                   ━━━━絶唱・風雪は柔らかに、咲く花と共に鳴り響く━━━━

 

 

 

「スパーブソングッ!!」

 

「コンビネーションアーツッ!!」

 

「━━━━セット!!ハーモニクスッ!!」

 

━━━━あの時と同じ、圧倒的な力が私達三人を包み込む。

だが、それはあの時のように暴れまわる力では無い。

 

「おおおおおおおおッ!!」

 

私の後ろから響き渡る、お兄ちゃんの雄たけび。私の歌と絶唱の間にどうしても生じてしまう差異を同調し、調律する事で少なくしてくれているのだ。

その頑張りが分かるから、私達の胸の歌は迷いなく、虹色の光となってこの空の下に響き渡る。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━現場は騒然としたまま、避難作業は遅々として進んでいなかった。

だが、それも当然だ。幾ら制御されたノイズとはいえ、避難が始まってからまだ一時間も経っていない。むしろ、ここまでスムーズに会場から全員退出する事が出来ただけでも僥倖なのだ。

 

だから、そんな中でコンサート会場の中から虹色の光が零れるのを見て人々が不安になるのも当然の事だった。

 

━━━━けれど、私は知っている。

その虹色の光を誰が生み出しているのか。その虹色の光を何の為に放つのかを。

 

「響……お兄ちゃん……翼さん……クリス……」

 

それなのに、私にはこうしてただ見ている事しか出来ない。

だから、せめて祈るのだ。少女達の血が流れるこの歌が、誰かを救う為の……『希望の歌』である事を。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━S2CA・トライバースト。その猛威は瞬く間に臨界を超えたフォニックゲインを叩き出し、虹の光となって拡散する。

拡散した光に曝された超巨大ノイズは、その増殖速度を遥かに上回る出力を受けてゲル状部位を一瞬で引きはがされる。その中に残ったのは、まるで人の骨格のようなノイズの中核部位のみ。

 

「今だ!!立花!!」

 

この猛威の中でも機を逃さぬ翼ちゃんの見切りによって、S2CAは最終フェーズへと移行する。

 

「━━━━ゲットセット!!レデイ!!」

 

「ぶちかませ!!」

 

響のギアが限界を超えて開口部を開かせ、拡散したフォニックゲインをその身の内へと収束させていく。

両手のアーマーを合体させ、一つの円柱状のアームドギアへと変形させてゆく姿を見ながら、俺は最終放出に向けて動き出す。

本来であれば、S2CAの収束によって蓄積されたフォニックゲインはこのまま放たれる。だが、仮にあの時のように収束し切れなければ今度はライブ会場の周りにまで被害が出てしまうかもしれない。

それを避ける為、響はあくまでも超至近距離での解放を求めるだろう。だが、地上に立ったまま飛び上がる響と同調し続けるのは至難の業だし、第一地上か超至近距離かの二択を背負わせては響が安心して飛び上がれない。

 

「跳ぶぞ!!響!!」

 

━━━━だから、掛ける言葉と共に、今の俺に維持できる最大延長の上で跳び上がる。ちょうど、超巨大ノイズと響の中間程の高度。これならピッタリだ。

 

「うん!!━━━━コレが私達のォ……!!絶唱だァァァァッ!!」

 

そして、響の咆哮と共に収束したエネルギーは解放され……

 

━━━━真っ直ぐに、空に巻き上った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━なんデスか、あのトンデモはッ!?」

 

「綺麗……」

 

装者三人で逃げ出す途中、どこかのビルの上で私達はライブ会場から空に立ち上る虹の光を見た。

恐らくは、二ヶ月前の報告にあった絶唱をコントロールするという特異戦術だろう。コレによって、私が歌って、戦ってもなおまだまだ足りなかったフォニックゲインを喰らってネフィリムは目覚めた筈だ。

 

「こんなバケモノもまた、私達の戦わねばならない相手……だけど……ッ!!」

 

━━━━だけど、彼等では世界は救えない。

━━━━だけど、彼等ではセレナを護れない。

━━━━だから、私は悪を貫くと決めたのだ……!!

 

「……天津共鳴。伝えられはしなかったけれど……あの欠けた月こそが、私の答えよ。

 切歌、調、行きましょう。ドクターが逃げられるよう、フォニックゲインを放つ私達が出来るだけ会場からもアジトからも遠ざかる必要があるもの。」

 

「がってんデス!!……ところで、今日のお夕飯はなんなんデスか?」

 

「この通り私は実働だったから、美舟にお任せしてる……」

 

「……そういえば、美舟はちゃんとマムと合流出来たのかしら……オードブルを貰っていくからと早めに帰したのだけれど……」

 

……更に言えば、天津共鳴と出逢ってからの美舟は、どこか様子がおかしかった気がする。その詳細も、今の内に聞いておくべきなのだろうか……はぁ。

今まで考えた事も無かったけれど……組織を運営するって、たったこれだけの人数であっても本当に大変だわ……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━立花!!」

 

S2CAを放つ事で超巨大ノイズを見事仕留めた立花。だが、地上に降り立った彼女は地に膝を屈していた。

それ故に、何事かがあったのかと思わず駆け寄って確かめる。

 

「……へいき、へっちゃらです。」

 

━━━━だが、そうして確かめた立花は、涙を零していた。

 

「へっちゃらなもんかよ……!!どっか、痛むのか?」

 

「違うの!!……違うの……私のしてる事……間違ってるって言われて……それで……!!

 胸が痛くなる事だって、知ってるのに……!!正しいのかどうか、分からなくなっちゃって……!!」

 

━━━━立花が涙と共に訥々と零すその言葉は、あまりにも重い。

彼女達……フィーネを名乗る少女達に如何な事情があるかは分からない。だが、彼等は立花響の事情を知らない(・・・・・・・・・・・・・・)

どちらが正しくて、どちらが間違っているかも、今の私達には分からない。だから、泣きじゃくる少女の……その小さな背中を前に、どうしてやればいいのかが、分からない。

 

「━━━━響。」

 

そんな状況を変えたのは、歩いて来た共鳴だった。彼は、未だ血の流れる両手を器用に服に当てぬよう避けさせながら、後ろから立花の背をそっと、軽く抱きしめる。

 

「……まだ、分かんないな。あの子達が言ってる事。

 きっと何か事情があるんだろうけど……その事情を教えもせずに、助けは要らないって突っぱねて、敵対して……

 ━━━━だからさ。知る為に戦おう。彼女達が戦う理由を。それで、彼女達が『誰かの為』に戦うって言うのなら、それを出来る範囲で手伝ってあげたい。

 誰かと繋がるこの手こそ、立花響のアームドギアなんだからさ。」

 

「……お、兄ちゃん……うん……うん……ッ!!」

 

━━━━欠けた月の下、未だこの世界は不和と混迷の中にあった。

だがそれでも……諦める事を知らぬ希望の歌は、確かに此処にある。




━━━━問題です。

・入ってくるいらない物を断つ。
・家にずっとある要らない物を捨てる。
・物への執着から離れる。

この三つの考えから構成された、2010年の流行語にも選ばれた言葉をお答えください。


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第四十六話 解答のミステイク

━━━━あのライブ会場での事件から数日が経ったある日の昼下がり。

土曜日という事もあって授業も無かった私はテレビ局の楽屋裏で一人、寄せ帰す苦悶に呻いていた。

 

「━━━━不覚!!バラエティと高を括ってしまったばかりにあの体たらく……ッ!!

 それにしても断捨離などという言葉、初めて聞いたぞ!?よもや一次予選すら突破出来ないとは……!!」

 

その原因は、一週間ほど前に収録したとあるクイズバラエティ番組だ。

ニューシングルの告知が出来るという甘言に乗せられ……いや、どちらかといえば緒川さんの思惑に乗せられたのか?

とにかく、そういった都合で出演させてもらったクイズバラエティだったのだが……

 

━━━━結果は、見ての通りの有様。

流行語にもなったという断捨離なる言葉も知らず、『快刀乱麻』などと頓珍漢な答えを返して会場の爆笑を誘ってしまい、一次予選も突破出来ずにプロモーションだけをさせてもらうという……

私とて、コレを屈辱と感じぬ程枯れ果てているワケでは無い。ライブの時にこそ頭の片隅へ追いやっていたのだが、昨日放送されたその番組への反応が来るのもそろそろだろうと思い、こうして再び頭を抱えていたのだった。

 

「━━━━大変です、翼さん!!」

 

だが、控室に飛び込んで来た緒川さんの一声を受けて、歌女としての私は鳴りを潜め、一瞬で防人としての私が顔を出す。

 

「━━━━安心してください!!フィーネを名乗るテロ集団が現れたとて、かかる危難はすべて防人の刃が掃ってみせます!!して、事件の詳細は!?」

 

確かに歌女としての私をも共鳴くんは肯定してくれたけれど、同時にこうして刃鳴散らす防人もまた風鳴翼の一部なのだ。

 

「あ、いえ。大変と言っても事件が起きたワケではありません。えーっと……翼さん、ちょっと悪いニュースととても良いニュースがあるんですがどちらがお好みですか?」

 

しかし、そんな私の意気込みを余所に緒川さんはマイペースに告げる。はて、事件では無いのに大変な事とは一体……?

 

「……悩ましい二択ですが、こういった場合は後から落とされるよりも先に落とされる事が肝要という物……ちょっと悪いニュースという方からお聞きしましょう。」

 

「はい。ではまずちょっと悪いニュースなんですが……ライブ会場での事件の映像が原因でネット上でプチ炎上が起こってまして……」

 

「━━━━プチ炎上。」

 

思いもよらない方面の悪いニュースに、鸚鵡返しに言葉を返してしまう。

炎上。それはインターネット上での匿名のやり取りが時に加熱の一途を辿り、個人ではどうしようもない感情のうねりを起こしてしまう事だ。

奏にも世間知らずの高枕などと揶揄されるとはいえ、私とてそれくらいは知っている。だが、どうしてライブ会場での映像がそんな事に繋がってしまうのだろうか……?

 

「はい……緊急事態という事で仕方なかったのですが……中継映像に共鳴くんと翼さんが手を伸ばし合う場面が映ってしまった事でその場面だけを切り出してレゾナンスギアの使い手……つまり共鳴くんと翼さんが特別な関係にあるに違いない……

 という論調が出ていまして……」

 

━━━━なんと。確かに、マリアに蹴り飛ばされた私を救う為に共鳴くんは手を伸ばし、私もそれに応じてノイズの魔の手から逃れはした。だが、その一瞬の些細な動きから真実の一端を探り当ててしまうとは。

 

「それは……なんというか、驚きですね。あの一瞬だけで、共鳴くんと私が幼馴染であると見抜くとは……」

 

「幼馴染といいますか……まぁ、そんな感じですね。一応は二課の方で情報統制も行っていますし、ボランティア活動の為に翼さんが現場に近づいた時にシンフォギアやレゾナンスギアに遭遇している……というカバーストーリーは此方の想定通りの物ですので、早急に対処する必要は無いかと。」

 

……共鳴くん達が行っている避難誘導のボランティアと、其処に私が参戦しているという偽装。それは『私が現場に居た』という一片どころでは無い真実があるお陰で今も高い効力を発揮している。

 

「……一手(たが)えていれば、こんな状況に共鳴くんを巻き込んでいたのかも知れなかったのですね。」

 

「そうですね……ですが、あの仮装のお陰で即座の個人の特定までは為されませんでしたから、二課の情報操作と合わせてギリギリ……と言った所でしたね。いやぁ、思わず肝が冷えましたよ。」

 

「あんな衣装を一体どうやってあの土壇場で用意したのやら……」

 

お互いに苦笑を零しながら、恐らくは渾身であっただろうマリアの策を透かせた事に安堵する。

だが、それも長くは続かない。緒川さんが咳払いと共にもう一つの話題へと移行するのを見て、私は改めて姿勢を正す。

ちょっと悪いニュースがコレであるというのなら、もう一つのとても良いニュースというのはなんなのだろうか?

 

「━━━━なんと、先日のクイズ番組の放送直後からバラエティのオファーが殺到しているんです!!」

 

「━━━━なん、ですって……?」

 

身構える私に対して、にわかには信じがたい情報が緒川さんの口から紡がれる。

あの放送での私の無様を見てオファーが増えるなんて、私にはとても信じられない。一体なぜ……?

 

「常々思っていたんですが、翼さんのキャラってバラエティ向きなんですよ。

 今までは歌方面のプロモーションを重点的に行っていたワケですが、実の所翼さんのキャラはバラエティにも向いてるんじゃないかと常々思っていたんですよ!!

 この機会を逃さずにプロモーションの方向性を変える事も考えてみていいかも知れませんね!!

 海外で身体を張っての無体なチャレンジ系はもちろんの事、ステージ勘がいいのでコントとかもイケそうですね!!」

 

━━━━常々!?常々思っていたのですか!?

 

「緒川さん?あ、あの……緒川さん?」

 

唐突なカミングアウトと、マネージャーとしての職務に燃えるその姿に圧倒されながらも、その暴走を食い止めんと、私は恐る恐るながらも声を掛ける。

 

「あと、防人クッキングで華麗な包丁さばきを披露するのも……」

 

「緒川さん!!」

 

「━━━━え?あ、はい!!なんでしょうか、翼さん。」

 

しかし、それでも緒川さんが描く青図面は止まらない。それ故に呼びかける語調が強くなってしまうのもまぁ、致し方ない事だろう。

 

「……私とて、芸風を広げる事に否やはありません。そして、そういった仕事に全力を賭すこともまた経験である事も理解はしています。

 ━━━━しかし、私の本分が歌女であり防人である事……それだけは忘れないでくださいね?」

 

歌女である事、そして防人である事。どんな無体なチャレンジに挑戦させられようが、それは私にとって譲れない事だ。

それ故に、止める言葉は釘を刺すだけに留めて措く。

 

「……分かりました。風鳴翼の歌を世界に届ける為のプロモーションを考えさせて戴きますね。」

 

━━━━だが……漁船ロケくらいは覚悟しておいた方がいいのだろうか……先ほどの緒川さんの暴走っぷりからして余程イメージに合わない仕事でも無ければ素通りしてしまうだろうし……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「アッハッハッハ!!翼ってば、断捨離も身に覚えが無かったのか!!まーあの私生活じゃ確かに縁もゆかりも無さそうだしなー。」

 

━━━━ライブ事故から数日経ったある日、最早日常となった光景が屋敷の洋室に広がっていた。

 

「あははは……まぁ、翼ちゃんは物も溜めこみがちですしね……」

 

奏さんが爆笑しているのは、ちょうどオンエアされたばかりのクイズバラエティ番組。今まで歌手一辺倒だった翼ちゃんのバラエティ初出演という事で世間の注目も高かったのだが……

まぁ、うん。結果はご覧の通り。防人としてはともかく、世俗には疎い翼ちゃんは成す術も無く一次予選敗退を喫してしまったのだ。

 

「……しっかし意外だな。翼の事だから断捨離なんて難しい言葉、真っ先に覚えると思ってたんだが……」

 

笑いも収まったらしい奏さんがふと疑問を零す。だが、実は翼ちゃんが断捨離という言葉を知らないのも致し方のない事なのだ。

 

「━━━━断捨離って言葉は厳密には最近作られた造語なんですよ。インド哲学の一種であるヨーガにおける断行……悪い情報の過剰摂取を断つ修行。捨行……余計な執着を捨てる修行。離行……悪意的な誘惑から離れる修行。

 この三つを基に『溢れる程の余分な物と結びついた執着を捨てる』という思想が産まれたんです。コレを指して『断・捨・離』と……なので、本来の意味から変質している産まれたばかりの流行り物というか……」

 

流行語にまでなったのはまさしく『現代で産まれた言葉』であるのだから、翼ちゃんのアンテナには引っ掛からないだろうな……なんて、流石に失礼な思考も一瞬。

車椅子に落ち着く奏さんの反応を窺ってみれば、納得と言った顔をしていた。

 

「へー……元々の意味とは違う解釈に名前が付けられたのか。

 でもアレだな。それだと捨と離だけでも意味が通じちゃうな?」

 

「ははは……まぁ、所謂ミニマリストと違って『自分の身の丈に合った物持ちを探る』という物だそうですので、捨と離だけじゃなくて断……つまり流入を止める為に断る事も大事、って事じゃないですかね?」

 

「それもそっか。しかし、自分の身の丈なぁ……確かに日常の中で安らかに暮らせるならそれでいいんだろうけどさ……」

 

━━━━そう言って、奏さんは崩れ落ちた掌を幻視するかのように腕を天井に向ける。

……身の丈に合う事はつまり『それ以上を求めない』という事の裏返しでもある。勿論、あくまでも断捨離という言葉は整理法の一種であり、それを貫く信条と為すのは間違った解釈であるとは分かっている。

だがそれでも、俺や奏さんのように『求め続ける』事を諦めきれない人間も、確かに居るのだ。

 

「……大丈夫ですよ。たとえ俺達一人一人の身の丈に余る奇跡だとしても。こうして手を繋げば……それは、皆で掴む結果に変えられるんですから。」

 

だから、崩れ落ちた手をそれでも握るように、その腕を包み込む。響が教えてくれたように手を繋いで、明日へと繋げる為に。

 

「……トモは欲張りだなぁ。

 けど、そうだな……アタシだって、求め続けたいんだよな……」

 

翼さんこそ脱落したものの、未だ続くバラエティ番組をBGMにしながらゆったりとした時間が流れていく。

━━━━願わくば……こんな時間が長く、長く……続いてくれればいいのに。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

10月も半ばに差し掛かろうという時節になった。

だが、我々は未だに雲を掴むような状況に陥ったままだった。

 

「━━━━ライブ会場での宣戦布告から、もう一週間ですね……」

 

「……ああ。何も無いまま過ぎた一週間だったな。」

 

「政府筋からの情報では、その後フィーネを名乗るテロ組織による一切の恣意行動や、各国との交渉も確認されていないとの事ですが……」

 

「つまり、連中の狙いはまるで見えてきやしないって事だ。」

 

通常、テロ組織という物は自らの存在のみをアピールする。『我々はこういった目的のためにテロルを行う』という声明を遍く広める事で圧力を掛け自らの目的を達成する。それがテロ組織の基本構造だ。だが……

 

「傍目には派手なパフォーマンスで自分達の存在を知らしめたくらいです。お陰で我々二課も即応出来たのですが……」

 

「そういった派手な手口は事を企む輩には似つかわしくないやり方だ……案外、狙いはその辺りなのか……?」

 

━━━━つまり、彼女達の存在それ自体によって不利益を(こうむ)る存在が居るのでは無いか?

この場合ならば、恐らくは彼女達の出奔許であろう米国だろうか。確かに米国は先だってのルナアタック事件以前から様々に不穏な動きを見せている。

フィーネとの共謀によって完全聖遺物たるソロモンの杖(サクリストS)とネフシュタンの鎧の起動を試みた事もそうだが、

何よりも東洋系だったと言う新たな二人の装者の存在から見ても、日本国内で米国が実行していたという誘拐・略取事件との繋がりをも考えざるを得ない。

……とはいえ、現段階ではこれらは全て可能性に過ぎない。アメリカ国内だけで見ても東洋系の移民は多数存在しているし、なによりも彼女達と米国の聖遺物研究機関の関係も米国側は表向きには否定している。

限りなく黒に近いが、それでも現段階で米国と事を構える事は出来ないだろう。ルナアタック事件における謀略の失敗によって一応の協力体制こそ築けてはいるものの、未だ米国との関係は一触即発なのだ。

ここで下手に米国を刺激してしまえば、最悪どちらかの陣営が爆発してしまいかねない。

 

━━━━中でも特に爆発しそうなのが、親父殿だ。諸外国……それも大敵たりえる米国との共同。さらには国内での諜報部隊の跋扈……

止むを得ぬ事情があった事、そしてそれにより発生する利得を説明する事でひとまずは矛を収めてもらえたものの、生粋の国粋主義者である親父殿にとっては業腹物だろう……

我が父ながら、度し難い部分だ。それでも日本を守護する防人の長として未だ揺るがぬその影響力故に二課の無理が押し通せているのもまた事実。

 

『━━━━風鳴司令。』

 

小さく吐く溜息と同時に入って来た通信の主は緒川だ。彼にはこの一週間、表向きの情報分析とは別ルートからの情報収集を頼んでいた。なんでも共鳴くんの伝手を借りたいと言っていたが……

 

「緒川か。そっちはどうなってる?」

 

『ライブ会場付近に乗り捨てられていたトレーラーの入手経路から遡っているのですが……』

 

『おいゴラァ!!何勝手に連絡してんだッコラーッ!!』

 

『天津だろうがシマァ荒らす以上は覚悟出来てんだろうなッオラーッ!!』

 

━━━━どうやら、裏のルートを探る為の穏便な交渉は決裂した為、強硬策に打って出たらしい。

まぁ……裏のルートを形作る向こうも面子で生きている仕事だ。此方も表立っての令状などが取れない以上、探る上でのこういった衝突は致し方無いだろう。

 

『巧妙に隠蔽されたその入手経路を共鳴くんの協力で追いかけて辿り着いたとある土建屋さんから不審な噂話を聴きましてね。今、その裏取りをしてる所です。』

 

『━━━━手加減はしてやる。だが入院くらいは覚悟してもらおうかッ!!』

 

『ふげぇ!?』

 

『こ、コイツ……忍法を使うぞ!?』

 

『天津のガーディアンのウワサはこけおどしじゃなかったのかよォ!?』

 

「噂話?」

 

後ろで乱闘の音が聴こえるが、まぁ緒川と共鳴くんなら拳銃程度では相手にもならないだろうと、緒川の言葉に反応を返す。

 

『えぇ。なんでも、偽装はしてありましたがトレーラーと同じだろう依頼人から、架空の企業を通して大型の医療機器や医薬品が大量に発注されたそうです。』

 

「━━━━ん?医療機器が?」

 

トレーラーと同じ依頼人からの発注……即ち、フィーネを名乗る彼女等の物だろう。

 

『日付は……ほぼ二ヶ月前ですね。此方の方々は体のいい資金源として使うだけ使って切るつもりだったようですが……この記録、気になりませんか?』

 

『全く……手を出すなら相手の身元を計るべきでしたね。流石にここまでの大規模テロへの加担がバレれば警察だって表沙汰に動かざるを得ないでしょうに。』

 

恐らく乱闘も終わったのだろう。静かになった通信の向こうから聴こえてくるのは共鳴くんと緒川の声だけだ。

 

「ふむ……追いかけてみる価値はありそうだな……それで、搬入先はどこだ?」

 

『━━━━流石に詳細までは書いてませんが……大雑把に言えば、沿岸の再開発に取り残された地域ですね。』

 

「藤尭ァ!!」

 

「もうやってますよ!!━━━━其処等で人目も少なく、かつ大型の医療機器を運用できる場所となれば……!!

 出ました!!浜崎病院跡地!!詳細は現場に行って判断しないといけませんが……」

 

『分かりました。此方が片付き次第遠間から偵察します。』

 

「分かっているとは思うが、くれぐれも遠間からだけにしておけ!!フィーネを名乗る連中が何らかの手法でノイズを操っているのは確かだ。

 それ故、シンフォギア装者との合流を最優先とする。突入の決行は深夜12時。本部も海岸側から回り込むぞ!!」

 

『了解!!』

 

━━━━あまりにも、あまりにも綺麗な流れだ。放棄されたトレーラーの出所、そこから芋づる式に発覚する相手のアジト。偽装すらされていないその情報はまるで此方をおびき寄せているかのようにも見える。

それは否定しない、だが、たとえコレが仕掛けられたエサだとしても……それに乗っからなければ事態はこのまま進まないだろう。

賭けて先へと進むしか、今は無いのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━と、演技はコレくらいでいいですかね?」

 

「ありがとうございます、緒川さん。」

 

演技、とはいえ乱闘は本物だ。それ故に室内は流れ弾と衝撃でボロボロになっている……ただ一人、ソファーに座る人物の周囲を除いて。

 

「コレで良かったんですね?ご老公。」

 

「カカカッ!!おぅよ、すまんなぁ天津の坊ちゃん。儂等の身内の不始末に付き合わせちまってよォ。」

 

その人物は、いわゆるヤクザのトップである。同じく土地を扱う同業者として名前程度は知っていたのだが……

 

「……まさか、身内向けの禊の為に乱闘騒ぎを頼まれるとは思いませんでしたよ。」

 

「まぁなぁ……その案件は幹部の一人が持ってきて儂も許可した仕事だったんじゃが……まさかあそこまでデカいヤマをしでかすとは気づかなんだ。

 医療機器辺りからして臓器の密輸程度かと思っておったし、その程度の火遊びなら見逃すつもりだったが、ノイズを操るテロ……なんてのは流石に儂等にも手に余る。

 それ故に、正しい法秩序か……或いは圧倒的な力か。そのどちらかに叩き潰されたとして手打ちにしておかにゃこれからに差し支えちまうってもんヨ。」

 

━━━━正直に言えば、その言葉がどこまで本心なのかは分からない。だが、彼等が居なければ今後に差し支えるというのも、そんな彼等のある程度の正当性を担保する為に『天津』である俺が介入する必要があった事も理解は出来る。

 

「……まぁ、深くは突っ込みません。そちらにはそちらの仁義と任侠があるのでしょうし。ただし、これっきりにしてもらいますからね。如何に同じ土地所有者とはいえ、俺達天津と貴方がたでは方針が違い過ぎます。」

 

━━━━天津家の収入の大半は、天神を奉る神社周辺の土地保有による地代……彼等の言い方で言えばショバ代に頼っている。

その見返りに、彼等のように恩を着せてはショバ代をせびるヤクザと対立する大地主たる天津家とは、まさしく犬猿の仲そのものと言える。

 

「おぅ。わかっとるよい。今回の件は十割コッチが悪いし、何よりも天津と風鳴に喧嘩を売る命知らずはこっちの世界にだってまーったくいやしねぇヨ……政府とくっ付いてる連中に俺等ァよえぇんだ。」

 

そう言ってカラカラと笑うご老公に対して、もはや溜息しか返す事が出来ない。

 

「おぅおぅ?溜息ばっかり吐いてっと幸せが逃げっちまうぜ?

 ……ま、坊ちゃんの懸念は分かるさ。大方、土地の守護っつって金を巻き上げてんのは同じ穴の狢だって思ってんだろい?青いねぇ……」

 

━━━━その言葉に、思わず顔がこわばるのが自分でも分かる。

今さっきまで俺が考えていた事を寸分違わず当てられたのだから。

 

「いいかい、儂等ァどこまでいっても『違法』だ。勿論、ウチの組は仁義だの任侠だの、そういう古クセェもんにしがみついたままでなんとかやってるが、それでもお天道様にゃ顔向け出来ねぇ仕事だい。

 ……だが、アンタ等は違う。天津のお家がやってんのは合法的な範囲内での土地貸し業務だけ。ただその範囲がひれぇもんだから大金持ちになっちまうっつー……ま、ただそれだけの話ヨ。」

 

「……」

 

「大資本を持つモンが更なる大資本を手に入れやすいのは資本主義の常識だ。だが、その中でも公共奉仕や税金捻出だので『高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)』を行うのがスジってンなら……

 間違いなく、天津の家は最も義務を果たしている家系だい。アンタ等のお陰で何十人もの罪も無いノイズ被害者達が儂等の手元っから離れていっちまったい。」

 

煙管を吹かして、再びカラカラと笑いながら語るその姿に、少しだけ祖父ちゃんの姿が重なる。

……心配してくれたのだろう。先ほどから語っているように天津の家と彼等の組は敵対しているというのに。

 

「……ありがとうございます。そうでしたね……俺達が頑張ったから笑ってくれている人だって居るんですよね。」

 

「カカカッ!!儂等にとっちゃ目の上のたん瘤だがねィ!!」

 

そう言いながらも笑みを絶やさぬ好々爺の底は知れないが……それでも、仁義と任侠を掲げるに足る親玉である事は確かだったようだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━リディアンの新校舎は、見た目と同じくレトロ調だ。窓ガラスだって以前のデッカイ物では無く……いやまぁ、普通の窓ガラスよりも余程大きいのだが、割と常識的なサイズになっていた。

そこに映る青空を眺めながら、ぼーっと私は思う。

 

━━━━ガングニールのシンフォギアが三つもあるんだ。だったら、戦う理由がそれぞれに有っても不思議な事じゃない。

けれど……

 

『━━━━それこそが偽善ッ!!』

 

桃色の少女の言葉は、深く深く、私の胸に突き刺さっていた。

勿論、それだけでは無いと分かっている。お兄ちゃんが言っていたようにあの子達は私の事情を知らないし、私達もあの子の事情を知らない。

それ故の言葉だと分かってはいる。分かっているのだが……

 

「はぁ……」

 

それでも、思う所はある。

偽善と罵られた、私の戦う理由……誰かを助けたいという想い。手を繋ぎたいという願い。自分の胸に嘘なんて一つも吐いていないのに……

 

「ひびき……ひびきったら……!!」

 

このすれ違いは一体、どうすればいいのだろうか……お兄ちゃんはその事情を知る為に戦おうと言ってくれたものの、それから一週間も何も無かったのだ。

覚悟を握った拳も、日々の安寧の中で少しずつ迷いをやどしてしまうのは仕方のない事だろう。

 

「立花さん。何か、悩みごとでもあるのかしら?」

 

「はい……とっても大切な……」

 

投げかけられた疑問に対する答えはすらりと出て来た。そう、大切な悩みごと……あれ?

 

「秋ですものね。立花さんにだってきっと思う所があるんでしょう。

 ━━━━例えば、私の授業よりも大切な……!!」

 

「━━━━え!?あ、あれッ!?」

 

気付けば、目の前に先生が立っていた。し、しまった!!今は授業中なのだった!!しかも(未来からは大体全部でしょっても言われるけど)苦手な世界史の授業!!

 

「新校舎に移転して、三日後に学祭も控えて……誰もが皆、新しい生活を送っているというのに……貴方と来たら相変わらずいつもいつもいつも……!!」

 

ま、マズい!!コレはなんとか巧く誤魔化さないとお説教コースだ!!

 

「で、でも先生!!こんな私ですが、変わらないで居て欲しいと言ってくれる心強い友達が案外居てくれたりしてくれるワケでして……!!」

 

「━━━━たぁちばなさんッ!!」

 

「ヒィッ!?」

 

━━━━うん。やっぱり、今回もダメでした。

 

「……おバカ。」

 

うぅ……言い訳の引き合いに出された事に怒っているのか呆れているのか、隣でボソッと呟かれた未来の小声の罵倒が心にぐさりと突き刺さる……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━でね?信じられないのは、それをご飯にザバーッ!!と掛けちゃった訳デスよ!!絶対おかしいじゃないデスか!!そしたらデスよ?

 あ……」

 

ざぁざぁと流れるお湯に濡れながら、切歌がご機嫌にマムの醤油に染まった卵かけご飯の恐ろしさについて語るのを聴いていたが……そんな声が急に途切れた事で、髪を洗っていた手を止めて隣の二人を見やる。

そこでは、調が虚空を睨みつけていた。

 

「……まだ、アイツの事、怒ってるデスか?」

 

━━━━その言葉が指すアイツとは、一週間前の……確か、立花響と言ったか。彼女の事だろう。

どうも調は彼女の言い草が気に入らなかったらしい。

 

……私にとっても、立花響という存在は疎ましい。それは、調の想いとは全く違うものだが……

 

「……なんにも背負ってないアイツが、人類を救った英雄だなんて私は認めたくない……!!」

 

「……うん。本当にやらなきゃいけない事があるなら、たとえ悪い事だって分かっていても背負わなきゃいけない物だって……」

 

「━━━━クッ!!」

 

切歌がシャワーのコックを閉じながらに放った言葉を受けて我慢の限界に達したのだろう。調がその華奢な拳をリノリウムの壁に叩きつけるぼんやりと眺める。

 

「困ってる人達を助けると言うなら、どうして……ッ!!」

 

━━━━どうして、私達を助けてくれなかったの?

それを口に出さなかったのは、理不尽な言い分だと分かっている調の最後の良心だろう。けれど……彼女の事情を思えば無理もない事だ。

朧げな記憶の中で、手を差し伸べてくれたあの人(お兄ちゃん)を覚えているボクと違って、調は略取される前の記憶の総てを喪ってしまったのだ。

寄る辺も無い心細さを、私達レセプターチルドレンは全員が共有している。

だから、そっと調の手を握る切歌が何も言わないのも当然なのだ。

 

「━━━━それでも私達は、私達の正義とよろしくやっていくしか無いわ。迷って振り返っている時間なんて……私達にも、人類にも残されてはいないのだから。」

 

「マリア……」

 

いつから聴いていたのだろうか?マリアが堂々と入って来てシャワーを浴びるのを髪を流しながら眺める。

ボクみたいに短いならともかく、マリアや調は大変そうだな……なんて思っていた所で、当のマリアから声が掛かる。

 

「……そういえば美舟。貴方の方こそ大丈夫なの?あの時、天津共鳴に逢ってから様子がおかしかったけれど……」

 

━━━━その問いかけは、覚悟していた物だ。けれど、それでも思わず肩が跳ねてしまう。

なにせ、天津共鳴(おにいちゃん)を見て様子がおかしくなったかなんて、フィーネを背負って立っているマリアに言えるワケが無い。ましてや、何もかも忘れてしまった調の目の前でなんて……

 

━━━━マリアの問いをどう誤魔化すべきかを考える私を余所に、廃病院に警報が鳴り響いたのはそんな時だった。




天の落とし子、暴食の象徴。
戦姫達の歌声によって目覚めた巨人の咆哮が閉ざされた牢獄の中に木魂する。
人の身に余るその力を、自らの丈に合うと思い込む狂人の思想。
正気を置いてけぼりにした彼等の道行きの先にあるのは、希望か、絶望か……

一方その頃、穏やかな日々に馴れきれぬ少女が茜色の空の下で駆けていた。
日常から逃げるのは逃避か、戸惑いか。
そうして日常から逃げていたもう一人との出逢いを機に彼女は変わり出す。
だって、彼女はもう━━━━ただの学生でもあるのだから。


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第四十七話 茜色のアフタースクール

━━━━廃棄された病院内に警報が鳴り響く。

目覚めたネフィリムが聖遺物の欠片を糧として喰らい、成長する中で……それでも満たされぬ飢餓衝動に気付き、暴れているのだ。

 

故に、万全を期す為に部屋のロックだけでなく、通路の隔壁をも閉鎖する。幾ら病院とはいえ管制室のボタン一つで作動し、ロックまで可能とする隔壁とは似つかわしくない物だが、それはこの病院が廃棄された理由にも起因する。

この病院のかつての経営者、浜崎・アマデウス・閼伽務(アカム)は表向きには『医療費の価格破壊』という題目を掲げて様々な治療を安く行いながら、裏では自らの欲望を満たす為に医療事故に見せかけた猟奇的殺人を起こしていたのだ。

当然、そんな裏事情がある病院でマトモな治療が行われる筈も無い。医者の過剰労働程度では話は済まず、助かる筈なのに放置された事で産まれた末期患者や、無免許医による執刀までが跳梁跋扈していたという。

それらの隠蔽せねばならない事情があったが故に、この病院では『脱走防止』の為の隔壁や空調に薬品を混ぜる為の機能等の常軌を逸した設備が備わっているのだ。

 

「ふぅ……」

 

室内で暴れ続けるネフィリムをモニター越しに見据える。

━━━━ネフィリム。聖書に謳われる天の落とし子。神話の巨人。

群体であったネフィル達は、共食いすら厭わぬ飢餓衝動に突き動かされ、全にして一であるネフィリムへと成り果てたのだ。

それを改めて直視して感じるのは、隠しようのない嫌悪の感情。

やはりネフィリムとは、人の身に過ぎた……

 

「━━━━人の身に過ぎた先史文明期の遺産。とかなんとか思わないでくださいよ。」

 

そんな私の心中を読んだかのような言葉と共に現れたのは、私達の協力者である白衣を着こんだ痩躯の男。

 

「ドクター・ウェル……」

 

「たとえ人の身に過ぎていても、英雄たる者の身の丈に合っていればそれでいいじゃあ無いですか。」

 

そう言ってにこやかに笑みを零す姿は人懐こさを感じさせる。だが、本心でこそあれ……取り繕いが無いワケでは無かろう。

彼のプライドが並大抵の物では無い事は評判にて既に知っている。だからこそ、フィーネという偶像が必要になったのだから……

 

「━━━━マム!!さっきの警報は!?」

 

駆けつけて来てくれたマリア達が部屋に飛び込んで来たのは、ちょうどその時だった。

 

「次の花はまだ蕾ゆえ、大切に扱いたいものですね。」

 

「心配してくれたのですね。でも大丈夫。ネフィリムが少し暴れただけです。

 隔壁を閉鎖して食事も与えていますし、じきに収まるでしょう。」

 

そんなマリア達を安心させる為に状況を説明した直後に響く衝撃音。

 

「マム……」

 

「対応措置は済んでいます。問題はありません。」

 

━━━━まったく、落ち着きの無い蕾だこと。ドクター・ウェルの詞的な言葉を心中にて皮肉りながらも、重ねてマリア達に念押しする。

 

「……それよりも、そろそろ視察の時間では?」

 

「……確かにフロンティアは計画遂行のもう一つの要。封印解除の儀式を進めつつある以上、その視察を怠るワケにはいきませんが……」

 

言外に含めるのは、信用しきってはいないという意味。ドクター・ウェルの技術を信頼はしている。

だが我々はあくまでもギブアンドテイクの関係なのだ。計画上必須であったソロモンの杖の簒奪はともかくとして、独断専行を続けてもらっては困る。

 

「こちらの心配は無用。留守番がてらにネフィリムの食糧調達の算段でもしておきますよ。」

 

「では、切歌と調を護衛に付けましょう。」

 

「此方に荒事の予定はありませんから平気ですよ。むしろ、如何にウィザードリィステルスがあるとはいえ米国にも知られている場所へと赴く其方にこそ戦力を集中させるべきでは?

 封印解放の儀式進行中はマリアもエアキャリアの操縦から手を離せないでしょう?」

 

「……わかりました。予定時刻には帰還しますので、後はお願いします。」

 

……まったく、食えない男だ。涼し気に此方の言葉の槍を受け流す。如何に異端技術者の中ですら異端と謗られていようと、聖遺物研究機関において一時はプロジェクトリーダーまでのし上がっただけはある。

それに、その言葉には一理以上の正しさがある。いくらFISを脱出する際にデータを抹消したとはいえ、フロンティアの座標それ自体は米国政府も掴んでいるのだ。

直接視認すら阻害する規格外の隠密性を持つウィザードリィステルスとはいえ、万が一という事も有り得る。

 

━━━━だが、そう語るドクター・ウェルの顔がいやに自信に満ち溢れているように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

駆ける。駆ける。ひたすらに駆ける。

茜色に染まる校舎の中、あたしは必死の逃亡劇を繰り広げていた。

 

「━━━━はぁ、はぁ、はぁ……うわッ!?」

 

だからだろうか。曲がり角の先から歩いて来るヤツの存在に気付けずに出逢い頭にぶつかってしまうなんて醜態をさらしてしまったのは。

 

「くっ……脇見しつつに廊下を駆けるとは、あまり感心出来ないな……おや?雪音では無いか。そんなに慌ててどうしたのだ?」

 

しかも、ぶつかった相手が風鳴翼だったのだからなんとも運の悪い。転んだ時に打ったのかズキズキと痛む尻を抑えながらあたしも立ち上がる。

 

「いてて……奴等に、奴等に追われてるんだ!!もうすぐ其処にまで……ッ!!」

 

━━━━ちょうどその時、走ってくる音が聴こえた。数は三人。間違いなく奴等だ。

説明を切り上げて壁に張り付いて身を隠す。小癪にもあの三人と来たら、逆方面から走ってきやがった。そのまま真っ直ぐに校舎外周を進んでいれば鉢合わせしていた……

 

「なにッ!?……特に不審な輩など見当たらないようだが……せいぜい生徒が三人駆けて行ったくらいだぞ?」

 

「行ったか?そうか……なら、巧く撒けたみたいだな……」

 

「奴等とは、彼女達の事か?」

 

「ああ……なんやかんやと理由を付けて、あたしを学校行事に巻き込もうと一生懸命なクラスの連中・その一だ。」

 

━━━━ルナアタックの後、あたしは夏休みの終わった新学期にリディアンに入学する運びとなった。

だが、あたしは……まだこの学院の生徒に顔向け出来るとは思えなくて、人懐っこい奴等の攻勢に終始押されっぱなしになってしまっている。

共鳴のヤツが言う通りに罪を償うだけが人生じゃないとしても、この学院にも被害を齎した一端はやはりあたしなのだから……

 

「……ふふっ。」

 

「フィーネを名乗る謎の武装組織が現れたんだ。あたし等にそんなヒマは……って、そっちこそ何やってんだ?」

 

そもそも、幾らあたしが前方不注意に駆けていたとはいえ、常在戦場を豪語するコイツが他人とぶつかる事自体がおかしいのだ。

見れば、どうにも様々な道具を纏めた箱を抱えていたらしく、倒れた際に散らばったそれらを拾い集めている。

 

「見ての通り、雪音が巻き込まれかけている学校行事の準備だが?

 ━━━━そうだな。折角だし雪音にも手伝ってもらうか。」

 

「はぁ!?なんでだよ!!」

 

「戻ったところでどうせ巻き込まれるのだ。ならば少しくらい付き合ってくれてもいいだろう?

 今夜の任務までの時間潰しのような物だ。」

 

「ぐ、むー……」

 

今、あたしが説明してやった事を聴いていたのか?と思わず思ってしまう程にあっさりと。

そう、あっさりとあたしを巻き込もうとしてくるその姿に想う所こそあるものの、その言葉に一理があるのは確かだ。

今から戻ったところで奴等にとっ捕まるだけなのは確かだし、そうなってしまえば先ほど連絡があった今夜に行われる任務にも支障を来たしかねない。

 

……思い悩みこそしたが、結局のところ天秤の傾きは戻らなかったというワケである。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

アイドルとしての業務もあるからと作業量の少ない装飾班に回して貰ったものの、懸念の通りに私は仕事に追われてしまって準備をクラスメート任せにしてしまっていた。

それ故に、オフでありながらも装者としての任務が入った都合上全休にするワケにもいかない今日を装飾作りに当て込もうと思い立ったのだ。

……だが、不慣れな事を一人でしようとする物では無かったのだろうか。装飾に使う材料を取りに行くだけで陽が傾いてしまった。

勿論、雪音と出逢ったのも時間が掛かった要因ではあるが……

その間に帰ってしまったのだろう。雪音を連れて入った教室の中には装飾班の皆の姿は無かった。

 

「━━━━やはり、まだこの生活にはなじめないのか?」

 

「……ま、流石にな。間接的にたぁいえ、殴っておいて掌返して仲良く手を繋ぐだなんて、あのバカ二人じゃあるまいし難しいさ。」

 

薄紙を蛇腹に折り畳み、輪ゴムで止めて花と開く。そんな単純作業に没頭する中で、先ほどの事について雪音に問う。

それに対して言いにくそうにしながらも、雪音が零してくれたのは紛れもない本音だった。

やはり、雪音は番外地……前のリディアン校舎の事についてを自ら背負っているようだ。だが、コレに関しては流石に先輩である私とて踏み込む事は出来ない問題だ。

如何に当事者である私達が気にしないと言おうと、特異災害対策機動部や、少ないながらも生徒の中からも犠牲者が出てしまったのは事実であり、それ等のノイズ被害を恐れて転校していった生徒も確かに居るのだ。それを否定する事は出来ない。

 

「そうだな。立花や共鳴くんならともかくとして、私達にとっては……」

 

「━━━━あ、居た居た!!」

 

『ん?』

 

━━━━手を取り合うことはどうにも難しい。と、そう続けようとした私の言葉よりも速く、そんな空気を一変させるかのように茜指す教室に入って来たのは……私と同じく装飾班を担当しているクラスメートの三人だった。

 

「材料取りに行くって言って中々戻ってこないから皆心配してたんだよ?」

 

「━━━━でも心配して損した。いつの間にか可愛い下級生まで連れ込んでるし~?」

 

心配を言葉に浮かべながらも同時に茶化すように、三人が私と雪音の基へとやってくる。私にはどうにも出来そうにないそんなアプローチに戸惑ってしまう。

 

「皆……教室にも居ないものだから、てっきり先に帰ったものとばかり……」

 

だからだろうか。そんな皆の心配に返す言葉がしどろもどろになってしまうのは。

 

「━━━━だって翼さん、学祭の準備が遅れてるのは自分のせいだと思ってるでしょ?」

 

う。と呻いてしまう通り、その指摘は正鵠を射ている。

装飾・小道具担当は私を含めて四人しか居ない。他の班が全て8人で括られている以上、私が抜ければまさしく他の半分しか人数の居ない彼女達だけでは手数が足りない筈だ、と……私はそう思っていた。

 

「だから、私達も手伝おうって!!」

 

「私を、手伝って……?」

 

「━━━━案外人気者じゃねぇか。」

 

ニヤニヤと笑いながら告げる雪音の言葉にぐうの音も出ない。

……どうも、私は私が思うよりも慕われていたようだ。

 

「んで?どうなんすか、この人。」

 

「翼さん?そうだねー……昔は、今よりもうちょっと近寄りがたかったかな?」

 

「そうそう。孤高の歌姫って売り文句に相応しい感じ。話しかけてみれば優しいんだけど……」

 

「そこまで行くのに大分苦労したよね……転入組の皆がしてくれた合唱会の後、皆で話しかけてみたら……私達と同じ女の子なんだなって分かった。」

 

「特に最近……夏休み明けかな?其処等辺からは特にね。」

 

━━━━そんな風に、思われていたのだな。

だが確かに。言われてみれば、二年前のあの日に無力を痛感した私はその身を剣と鍛えんと気を張っていた。

今は……それも私の一部と受け入れているが、しかしそういった側面を強く出していたのも事実。

余計な気遣いを回させてしまったな……

 

「━━━━そういえば、翼さん。学祭の予定とかどうする?やっぱり天津さんと一緒に見て回るの?」

 

「━━━━はい?」

 

そんな風に、嬉しくも恥ずかしい昔語りを聴いていたら、唐突に剛速球が飛んで来ていた。

 

「だって、翼さんってば当日は急用が入るかもって言って小道具班に来たでしょ?それでクラスみーんなピン!!と来たのよ。

 ━━━━なるほど、デートか!!ってね。」

 

「……いやいやいやいや、ちょっと待て。待ってくれ。幾つか誤解が積み重なっていないか!?た、確かに急用が入るかも知れないと小道具班に入らせてはもらったが、それはアイドルやボランティアとしての事であって……

 それに、共鳴くんが来てくれるかどうかも訊いていないし……」

 

「……なるほど。コレは脈アリと見て良さそうだね。」

 

━━━━し、しまった!!迂闊にも『天津』としか言及されていないのについ共鳴くんの名を挙げてしまった……!!

 

「━━━━翼さん!!今年が最後の学祭なんだよ!?」

 

「そうそう!!学祭デートなんて一生に一回あるかないか!!」

 

「しかもリディアンならパパラッチの心配も少ないし!!」

 

『二人っきりで回って来ちゃいなよ!!』

 

一気呵成に攻め立てるかのような怒涛の言葉に、私は狼狽える事しか出来ない。

━━━━共鳴くんの事が異性として、男性として意識した事が無いか?といえば、それは嘘になる。

……けれど、それを彼に打ち明けてしまえば、それは致命的な亀裂を生んでしまうだろう。という確信がある。

その理由までは分からない。私は色恋沙汰は得意では無いのだから。だが、防人としての勝負勘が進む事へと警鐘を鳴らすのだ。

━━━━それ以上進めば、彼は壊れる、と。

 

「えっと……その……彼も忙しいだろうから……」

 

「それでも予定を空けてもらった方がいいって!!」

 

だが、私の態度は傍目から見ても分かる程だったのだろうか。

三人の攻勢は収まらない。

 

「━━━━ん、んん!!」

 

そんな前のめりを止めてくれたのは、わざとらしい雪音の咳払いだった。

 

「……っと、ゴメンね。」

 

「面目ないな、雪音……」

 

「ん、そこまで気にしちゃいねーよ。まぁ……アイツが忙しいってのはマジな話だと思うぜ?

 外部の人間たぁいえ新理事長の孫って事で一緒に来賓への挨拶回りもしなきゃならんって言ってたしよ……ん?」

 

雪音が言う通り、共鳴くんにも共鳴くんなりの事情があるのだとうんうんと頷いていると、何故か三人が押し黙ってしまっていた。

 

「━━━━えっと、もしかして……雪音さんも天津さんの関係者?」

 

「うむ?……あぁ、言っていなかったか。確かに雪音も私と同じく天津家の運営するボランティア団体に所属しているが……」

 

━━━━それが、どうかしたのだろうか?と首を傾げると、三人は席を立って顔を寄せ合ってなにやら相談を始めてしまった。

 

「━━━━どどどどど、どうしようこんな状況!!まさかの私達のせいで修羅場発生……!?」

 

「まずは落ち着きましょう!!さっきの雪音さんの発言から見ても二人共無自覚って感じだし!!」

 

「でもプライベートな事情まで教えるってむしろ距離感の近さの証のような……」

 

私達にはその詳細までは聴こえないが、何かしら重要な事を話し合っているのだろうか、垣間見える彼女達の表情は真剣な物だ。

 

「……雪音は彼女達の相談事の内容が分かるか?」

 

「さぁ……?そもそもあたしはさっき会ったばっかだし流石に分かんねぇって……ゲッ!?」

 

その真剣が見えるからこそ、雪音に心当たりが無いかを訊いてみたがまぁ当然の如くにその結果は梨の礫。

そんな風に二人で頭を捻っていると、教室の入り口を見た雪音が突然声をあげる。

 

「クリスちゃんはっけ~ん!!」

 

━━━━そこには、桃色の髪の少女が立っていた。恐らくは雪音と同じ二年生だろうか?

 

「来るな!!来んじゃねーぞ天音ェ!!」

 

音を立てながら席を立った雪音は、そのまま後ろにある窓へと……

 

「━━━━お、おい雪音!!ここは二階だぞ!!流石に危険だ!!そもそも、何故そんなに意固地になって逃げようとする!!」

 

その腕を掴んで止める。幾ら雪音もまた鍛えているとはいえ、衆目もあってギアを展開出来ない以上はこの高さから飛び降りるのはマズい。

 

「だーッ!!放せ!!アイツこそがあたしをなんやかんやと巻き込もうと一生懸命なクラスの連中・その2なんだよッ!!」

 

「大丈夫だよ~クリスちゃん~。別に取って食べたりはしないよ~?よしよし~」

 

私が取り押さえた事で逃げ場を失ったかのように暴れる雪音を、いつの間にか近づいてきていた天音というその少女が抱え込む。その身長は雪音よりも一回り以上は大きい。

 

「んな言葉信用出来るかこのド阿呆ッ!!はーなーせー!!」

 

「ぶ~……クラスメイトとして学校行事に楽しく参加しようよって誘ってるだけなのになんでそんなに逃げるのさ~」

 

「━━━━お前の場合はなお酷いわ!!アニメ研究会だかなんだか知らねぇけどあたしは人前で歌うつもりはねぇ!!」

 

「アニメ研究会……あぁ、立花のクラスメイトが設立しようとしている倶楽部活動だったか?」

 

「はい~。初めまして、風鳴さん~。私は尼ケ瀬天音。クリスちゃんの学院での保護者みたいな者ですね~。」

 

「何が保護者だ!!人が距離開けてるのにズカズカ踏み込んで来やがる、あのバカの同類じゃねぇか!!」

 

「なるほど……ふふっ、雪音もなんだかんだと学院の生活に慣れてきているようで何よりだ。」

 

━━━━先ほど、馴染めないと言った事は訂正せねばならんな。と思い直す。

先ほどのクラスメイト達や彼女のような存在が居るのなら……乗り越える事だって、雪音にはきっと出来る筈だ。

 

「なんでそうなるッ!?ぐぬぬ……とりあえず離せ天音!!あたしは今手伝いしてんだから邪魔になる!!」

 

「あっ、なら私も手伝わせてもらいますね~。こういうの、衣装を作ってる時みたいで好きなんですよ~」

 

「む、いいのか?此方としては手が増えて良いのだが……」

 

「クラスの仕事は全部終わりましたし、アニメ研究会の分も後はクリスちゃんの衣装合わせだけなので大丈夫ですよ~」

 

━━━━なんと。天音というこの少女はどうやらかなりデキる少女であるらしい。

 

「だからあたしは出ねぇっての……そもそもなんであたしをアニメ研究会に誘おうとしてんだよ……」

 

「ん~、ほら。雪音さん、クラスの皆との距離を保とうとしてるみたいだから、じゃあクラス以外で仲良くなるならいいかな~って。」

 

「……そこまで分かってんなら放っておくって手は無いのかよ……ったく……」

 

そうは言いながらも満更でもない顔をする雪音の愛らしい姿を見つつ、私は遠巻きに事態を見守っていた三人を手招きする。

 

「どうやら問題はなさそうだ。

 ━━━━さぁ、人数も二倍に増えた事だし手早く終わらせてしまうとしよう。」

 

『おー!!』

 

茜色の教室の中、私達はなんだかんだと……この日常を謳歌出来ているようだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━夜闇の中に、廃棄されたその病院は浮かび上がっていた。

時刻は日付も変わった十二時過ぎ。

 

『━━━━いいか!!今夜中に終わらせるつもりで行くぞ!!』

 

『……明日も学校があるのに夜半の出動を強いてしまって申し訳ありません。』

 

「気にしないでください。コレもまた、防人の務めです。」

 

緒川さんと共に昼間から監視はしていたが、人の出入り一つ無かったこの病院。だが、間違いなく彼女達は此処に居るだろうという裏取りは出来た。水道局から得たデータによって上水道が使われている形跡があるという。

人が生きる上で隠す事が出来ない欲求、食欲、排泄欲、環境向上欲求……この場合は清潔さを求めてシャワーでも浴びていたのだろう。彼女達が人間である以上避けては通れない問題だ。

 

「……街のすぐ外れにあの子達が潜んでいたなんて……」

 

「むしろ、すぐ近くだからだろうな。幾らノイズを操る力やシンフォギアがあるとはいえ、それらを振るって移動すれば俺達に探知されてしまう。

 だからこそ、俺達の動向に対応しながらも隠れ潜めるアジトが必要だったんだろう。」

 

『この建物自体はずっと前に閉鎖された病院なのですが……二ヶ月ほど前から少しづつ物資が運び込まれているようなんです。』

 

「シーツ、薬品、麻酔、手術台に患者衣まで。すぐにでも外科手術が行えそうなほどの量と種類の品だ。間違いなく、シンフォギアに関する何かしらの実験か……或いはメンテナンスを行っているらしい。」

 

『━━━━ただ、現状ではこれ以上の情報が掴めず、痛し痒しではあるのですが……』

 

「彼方さんが尻尾を出さねぇってんなら、此方から引きずり出してやるだけだ。」

 

「うむ。行くぞ、雪音、立花、共鳴ッ!!」

 

「……」

 

翼ちゃんとクリスちゃんが先陣を切る中で、殿を務めようとしていた俺だけが響のその表情に気付く事が出来た。

 

「……不安か?」

 

「……うん。分かり合えるのかなって、ちょっとだけ。」

 

「そうだな。彼女達の目的も未だに分からずじまいだし……もしかしたら、分かった所で俺達とは相容れない物かも知れない。」

 

「そう、だよね……」

 

「━━━━けどさ。だからって彼女達を放っておく事は出来ないだろう?彼女達が自分達の信念に基づいて行動しているとしても、それに罪も無い誰かを巻き込むのは間違っている。

 逆に、彼女達が自分達の信念に振り回されているとしたら、彼女達を止めてあげなきゃいけない。

 ……割り切ってくれとまでは言わない。けれど、響がそうやって手を伸ばそうとすることは決して……決して、無駄になんかならない。それは俺と、皆が保証する。」

 

━━━━そもそもの話、武力によるテロリズムという行為自体が間違っているのだ。

武力によって強制的に……それこそあらゆる枠組みを超える程の偉業を為せたとしても、それは曲がりなりにも今の世に存在する国家秩序間のバランスをも崩壊させるだろう。

……もっとも、『人類がどれほど減っても構わない』というのならば、ノイズとシンフォギアによるテロ行為が凶悪な物であるのも確かなのだが……彼女達がそんな事を自分から為すとは、俺には思えない。

 

「……うん。わかった。言ってる事は全然分かんないけど、私が手を伸ばせばいいって事だけは……ッ!!」

 

「あぁ、それでこそだ。さぁ、行こう。」

 

手を伸ばして、響の左手を握る。

━━━━そういえば、俺はずっと響の左手を取っているな。と、ふと思う。未来の左手を響が右手で取り、響の左手を俺の右手が取る。昔からそういう関係だったのだ。

特に意味はない筈のその思考がやけに頭に残ったのは、一体何故なのだろうか。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

病院内部の通路は暗く、荒れ果てた様相を見せていた。

まぁ、バルベルデの野戦病院……とすら呼べない診療所モドキよりはよっぽどマシだ。頑丈な建物にそれなりの個室。

……だが、同時に圧迫感を感じる。病院っつーのとは元よりそう縁が無いあたしだが、それでも分かるというのだからよっぽどだろう。

 

「……やっぱり、元病院って言うのが雰囲気出してますね……」

 

「まぁ、此処は心霊スポットとして度胸試しなんかにも使われてた曰く付きの場所だからなぁ……」

 

「ほほぉん?なんだぁ、もしかして二人してビビってんのか?」

 

━━━━手を繋いで来ていた事に関しては特に突っ込まない。いや、最初はツッコんでいたのだが悪びれもしない物だからこいつ等と未来に関しては言うだけ無駄だと諦めたのだ。

 

「そうじゃなくいんだけど、なんだか空気が重いような気がして……」

 

確かに、澱んだ空気は重く、まるであたし達にまとわりつくかのようだ。

だが、此処が閉鎖されたのは大分昔の話だというしある意味当然では無かろうか?

 

「……待て、意外に早い出迎えのようだぞ。」

 

そんなあたし等の会話を断ち切るのは風鳴翼の言葉と、そして通路の奥の闇から歩き出てくるノイズ達。

 

「━━━━Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

当然、そんな鴨撃ちを見逃すあたし等じゃねぇ。聖詠と共にギアを纏い、アームドギアをガトリングへと展開する。

 

「━━━━アイサツ無用のガトリング!!」

 

           ━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

「ゴミ箱行きへのデスパーリィ!!One、two、three!!目障りだッ!!」

 

鉛玉(フォニックゲインを固着させた物であってホンモノの鉛では無いが)をぶち込みついでに奴等を観察する。

緑に輝く光と共に次々と現れるノイズ達はあっという間に嵩を増し、今やこの狭い通路を埋め尽くす程だ。

 

「やっぱり、このノイズはッ!!」

 

「あぁ。間違いなく制御されているッ!!立花は雪音のカバーを!!共鳴くんは直衛を!!」

 

「はい!!」

 

こんな狭い通路で四人好き勝手に動けば、いつぞやのように弾丸が掠める程度では済まないだろう。それ故に風鳴翼が取った策は単純至極。

接近戦を主体とする二人が前に切り込み、遠距離戦を主体とするあたしと射程の長い共鳴が後ろから火力を叩き込むという前衛後衛の徹底だ。

だが、単純な策というのはそれだけで強力な物である。役割に徹すればシンフォギアは百のノイズだろうと容易く葬る……筈だった。

 

「んなッ!?」

 

━━━━ハチの巣にされたノイズが復活し、

 

「ウソォ!?」

 

━━━━殴り砕かれた筈のノイズが復活し、

 

「ハーッ!!」

 

           ━━━━蒼ノ一閃━━━━

 

「なにッ!?」

 

━━━━切り裂かれた筈のノイズが復活する。

 

「皆!!コレは……フォニックゲインの出力が落ちてる……!?」

 

あたし等よりも更に直接的に形成されたフォニックゲインに触れているからだろうか。真っ先に気付いたのは共鳴だった。

 

「このままでは……」

 

出力が落ち続ければ、その先に待つのは必定の結末だけだ。

即ち、アンチノイズプロテクターとしての機能喪失。そうなれば……周りを未だ囲むノイズ達にあたし等は蹂躙されるだろう。

 

「━━━━クソッタレな想い出が領空侵犯してきやがる……!!」

 

━━━━肩で息をしながらに思い出すのは、約半年前のあの日の事。

あたしはソロモンの杖によって使役されたノイズを用いた圧殺戦術で以て、レゾナンスギアをギアとの共振範囲から外す事で共鳴を殺そうとしたのだ。

そっくりそのまま、同じような手法で圧殺されそうになった感想としては……最悪だ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……はッ!?」

 

━━━━闇の中から、漆黒が迫って来たのはその瞬間だった。

 

「ハッ!!皆、気を付けて!!」

 

闇の中から現れてバカに迎撃されたのは、小人のような黒いナマモノだった。

まるで話に聴くエイリアンだとかプレデターのようなその小さな外見に見合った素早い動き。天井の配管を蹴って再び此方へと飛び込んで来る。

 

「セイッ!!……なッ!?」

 

それを真っ向から迎撃するのは風鳴る一閃。真芯を捉えたのを、あたし等は確かに見た。

━━━━だが、砕けない。

 

「んなッ!?アームドギアで迎撃したんだぞ!?」

 

「なのに何故、炭素と砕けない!?」

 

「アレは……ノイズじゃ、無い……?」

 

「まさか……生物系の聖遺物!?」

 

ノイズとはまったく異なる存在。

 

「なんだって!?なら、あの化け物は……!!」

 

━━━━身構えるあたし等の前に蟠る闇の中から、拍手の音が響く。

 

『ッ!?』

 

「━━━━素晴らしい。たった一瞬でこの子の性質を見抜くとは。流石は音に聞こえしガーディアンたる天津の当主、と言った所でしょうか?」

 

そう言いながら闇の中からその姿を現したのは白衣の男。

 

━━━━行方不明になった筈の、ウェル博士だった。




━━━━その霞は、歌と人とを遠ざける悪魔の紅。
だが、それすら乗り越え、飛び立つ翼がある。
夜明けを前に身を翻す少女の前に現れるは、希望か、それとも断絶か。

隠されし切り札が牙を剥き、少年は自らの無力を嘆く。
その力こそ、彼等が探し求める鍵にして鏡である事にも気づけずに。

━━━━正義では護れない物を護る為。少女達は決意を握る。
……けれど、十年前の想い出は涙と共に少年の手を零れ落ちる。


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第四十八話 夜明のフィーネ

━━━━指令室内に。悲鳴のようなエラーコールが鳴り響く。

 

「装者達の適合係数、急激に低下!!」

 

「このままでは戦闘の継続、できません!!」

 

「鳴弥くん、何が起きているッ!?」

 

「ギアへの直接干渉の痕跡が無い……一体どうやってこんな芸当を!?」

 

廃棄された病院跡地に隠されたフィーネを称するテロ組織のアジトを強襲した我々二課は、謎の攻撃により窮地へと陥っていた。

装者は自分とは全く異なる存在である聖遺物との差異を歌によって埋め、ギアとして適合させている。

それは本人の素質に左右される部分が大きく、体調や精神的なアップダウンによる変化こそあれど、基本的には何も無しに大きく変動するという事例は観測された事が無い。

 

━━━━だが、その適合係数が目に見える速度で低下していた。

 

通常では有り得ない事象だが、そもそもシンフォギア自体が異端技術による物。非常識など日常茶飯事だ。

それ故に専門家である鳴弥くんに投げた問いはしかし、困惑の返答で戻ってくる。

 

「鳴弥くんはそのまま状況の解析を進めてくれッ!!直接干渉以外にもあらゆるアプローチを想定するんだ!!

 ━━━━四人とも、注意しろッ!!敵はなんらかの方法で適合係数を低減させているッ!!」

 

何かも分からない物に注意しろ等と、あまりにも意味を為さない言葉だという自覚はある。

……しかし、何もかも分からないが分からないこの状況で唯一分かっている事である以上は、それを軸に対処を考えるしか無いだろう。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━そんな!?博士は岩国基地が襲われた時に……」

 

「つまり、ノイズの襲撃は全部……ッ!!」

 

暗闇の中から現れながらに俺へと声を掛けるウェル博士の姿に狼狽える響に対して、クリスちゃんの反応は劇的だった。

だがさもありなん。死んだふりをして行方を晦ますというその手は以前にフィーネが俺達に対して取った手だったのだから。

 

「へぇ?存外に(さと)いじゃないですか。えぇ、明かしてしまえば簡単な仕掛けです。あの時既にアタッシュケースにソロモンの杖は無く……

 私自身がコートの内側へと隠し持っていたのですよ。」

 

「ソロモンの杖を奪うため、自分で制御し自分を襲わせる芝居を打ったという事か……?」

 

「あの時ノイズが突っ込んでこなかった理由はそういう事かよ……ッ!!」

 

━━━━なるほど。であれば全てに辻褄が合う。ライブと同調するかのように計画されたソロモンの杖の護送計画、そして、狙いすまされたかのようなノイズの襲撃……

謎の生物型聖遺物をケージへと戻しながら杖を振るうウェル博士は、その顔に狂気の相を見せながらノイズを召喚する。

 

「バビロニアの宝物庫よりノイズを召喚し、その制御を可能にするなど、この杖を置いて他にありません。

 ━━━━そして、その杖の所有者は、今やこの自分こそが相応しい!!そうは思いませんか?」

 

━━━━狂っている。

そういう他に言葉が無い。確かに起動を果たした完全聖遺物は誰であろうと使用する事が可能だ。だが……

 

「━━━━そんな事があるものかッ!!ライブ会場でのノイズの制御も貴方の仕業だろうにッ!!

 翼ちゃんを狙った動き、アレはマリアの狙いとは異なった筈だ!!」

 

「ほう?あの一瞬で其処まで読み切りましたか。まさしくその通り。装者としての貴方達を引きずり出すのならば、あんなヌルイやり方では無く限界ギリギリまで追い込まなければ意味はないでしょう!!

 ……まぁ、それも貴方のせいで頓挫してしまったワケですがね?」

 

「テメェッ!!」

 

「━━━━ッ!?ダメだ、クリスちゃん!!」

 

ノイズを用いた殺人を肯定するその狂気を前に、逸ったクリスちゃんがミサイルを引き出すのを制止せんとする。だが、あまりにもあっさりと言い切ったウェル博士への驚愕が生み出した一拍の遅れがそれを許さない。

この状況での大技は危険だ……!!どんな手段かは分からないが、司令からの通信通りに適合係数に干渉が為されているというのなら、大規模にフォニックゲインを産み出さんとすれば聖遺物との差異が装者の身を蝕んでしまう!!

 

「ガッ……!?うああああああ!!」

 

同調が間に合わない。バックファイアの除去に到れない。目の前に居ながら、俺の伸ばした手が届かない……ッ!!

━━━━そして、爆裂。だが、ウェル博士は召喚したノイズ達を盾にして逃れている。やはりコレは対装者戦を想定した戦術パターンなのだろう……俺達は見事にその罠に嵌まってしまったというワケだ。

バックファイアに苦しむクリスちゃんの肩を翼ちゃんと共に支えながらミサイルによって崩壊した病院の残骸から外へと抜け出す。

 

「クソッ……ッ!!なんでこっちがズタボロなんだよ……ッ!!」

 

「閉所で全力を出せないようにしつつ、何らかの方法で適合係数を削り、最後は召喚したノイズによる圧殺か無理に大技を放った事による自爆を狙う……

 ウェル博士、シンフォギアを纏っていないからと貴方を甘く見ていましたよ……!!」

 

「……とはいえ、コレで打ち止めです。所詮こんな策は初見殺しの子供騙し。用意しておいた閉所を丸ごと吹き飛ばされてしまっては自分に打つ手はもうありませんよ。」

 

そう言って、降参の証に両手を挙げるウェル博士。

━━━━だが、その手にあるのはソロモンの杖のみで、先ほどまであった筈の聖遺物を収納したケージが無い。

 

「━━━━アレは!?ノイズがさっきのケージを持って……!!」

 

『このまま直進すると洋上に出ます!!そうなれば今の適合係数が下がった装者達のギアでは追跡しきれません!!』

 

響の言う通り、聖遺物を収納したケージを下げた飛行型ノイズが対岸へ続く筈だったのだろう崩れた橋の方角へと飛んで行くのが見える。

そして、通信越しの藤尭さんが言う通り今のギアの出力ではアレを追いかけ続ける事は不可能だろう。

足場となるビルも何も無い海上では俺は跳ぶ事が出来ず、最も飛行に向いたギアを持つ翼ちゃんも今はバックファイアの為に出力を上げきれない。

かといって二課仮設本部を用いて水中から追尾していくというのも無しだ。本部の戦闘力はせいぜいがミサイル程度の物であり、シンフォギアに抗しきれる物では無い。

 

「……立花。その男の確保と雪音を頼む。共鳴ッ!!」

 

「あぁッ!!」

 

━━━━だが、それがどうした。

俺と翼ちゃんが組めばこの程度の難局、乗り越えられない物では無い!!

 

「アメノハバキリの機動性ならば……ッ!!」

 

「撃ち出す事でェッ!!」

 

崩壊したのか、そもそも完成を迎えられなかったのか。その橋は海面へと突き出しながらに接続面を晒している。

その先へと向かって走り出す。行うのは、フィーネと戦ったあの日に司令と行ったコンビネーションの再現。

……だが、橋の先からでは距離が足りない。射出こそ出来ても翼ちゃんのギアの噴射跳躍が出来ないが為にあのノイズの高さまで届かない……!!

 

『そのまま跳べッ!!翼ッ!!共鳴くんッ!!』

 

━━━━だが、その懸念を打ち払う声が通信越しに響く。

 

「跳ぶ!?ですが足場が……」

 

『海に向かって跳んでください!!どんな時でも貴方は……風鳴翼の歌は羽撃(はばた)けますッ!!』

 

━━━━続く激励の言葉に、その作戦がどんな物かを理解する。

 

「行こう!!翼ちゃん!!」

 

「ええい、ままよッ!!」

 

翼ちゃんの手を取り、橋を蹴って空へと跳び上がる。だが、やはり飛距離が足りない。

そして、空中でこのまま撃ち出すのでは安定性に欠ける。届くかもしれないが博打になってしまうだろう。

 

『仮設本部、緊急浮上ッ!!』

 

━━━━だからこそ、響く声を信じる。

今回の作戦において二課仮設本部……極秘建造中だったモノを接収された最新鋭潜水艦は、浜崎病院直近の海底にて待機していた。

故に、メインタンクに注水されたバラスト水を排出しながら前部潜舵を上昇に舵取りし、最大推力にて海面へと突き進む事で二課仮設本部は海を割り裂き、その先端を遥か海上高くまで到達させる━━━━!!

 

「よし、足場があるのなら……翼ちゃんッ!!」

 

「応ッ!!いざ、尋常にッ!!」

 

翼ちゃんの脚を俺の手に乗せ、砲丸投げのフォームにてカタパルトめいて射出する!!

上昇する二課仮設本部の推力、俺の膂力、そして翼ちゃんのジャンプとバーニア噴射が生み出す推進力の三つの力が一つとなり、翼ちゃんが明けの夜空へと舞う。

 

「……ッ!!」

 

幾ら推力を受けるのが大半とはいえ、酷使した肩からびきり、とイヤな音が鳴るのを敢えて無視し、仮設本部の甲板上へと転がり落ちながら空を見上げる。

 

「ハーッ!!」

 

一瞬三撃。やはり輸送用として設計されたノイズだからだろうか。中型にしては脆いそのノイズを瞬く間に切り伏せた翼ちゃんが落下しながら聖遺物の眠るケージへと近づいていく……

 

━━━━瞬間、空が割れた。

 

「ッ!?翼ちゃん、上だッ!!」

 

「なにッ!?あぁッ!?」

 

翼ちゃんの上空、何も無い筈のその空間から降って来たのは、漆黒の槍。

それは、何物をも貫く無双の一振り。

それは、必勝を約束する運命の神槍。

それは、何処かにて作り上げられたもう一振りのシンフォギア。

 

「翼さん!!」

 

━━━━ガングニールが、ケージへと近づく翼ちゃんを弾き飛ばして、海上へと突き立っていた。

 

「アイツは……ッ!!」

 

陽が昇る。太陽を背負って彼女はガングニールの石突の上に降り立つ。

━━━━マリア・カデンツァヴナ・イヴが其処に立っていた。

 

「━━━━時間通りですよ、フィーネ。」

 

『ッ!?』

 

響に後ろ手に拘束されたウェル博士が、朝焼けの中で槍の上に立つマリアに向かって呼びかけるその名は、あの時のライブ会場での自称と同じ物。だが……

 

「フィーネだとッ!?それはお前等の組織の名だろうにッ!?」

 

「━━━━いいえ。終わりの意味を持つ名は我々組織の象徴でこそありますが、その本質は違います。

 彼女の担う二つ名こそ、その本質……ッ!!」

 

「じゃあ、まさか……マリアさんがッ!?」

 

「そう。彼女こそ新たに再誕した先史文明の巫女……フィーネその人です。」

 

━━━━再誕せし、新たなフィーネ。

仮説本部の上部構造物まで転がり落ちて寄りかかっていた俺は、それを茫然と聴くしか無かった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━つまり、異端技術を使う事からフィーネの名をなぞらえたワケでは無く……」

 

「蘇ったフィーネそのものが組織を統率しているというのかッ!?」

 

「……またしても、先史文明期の亡霊が今を生きる我々の前に立ちはだかるのか……ッ!!

 ━━━━俺達は、千年後の今日を待たずにまたも戦い合わねばならないのか……?了子くん……ッ!!」

 

━━━━その言葉を放ってはいけない立場だと、頭では理解している。

特異災害対策機動部二課として、そして何よりも日本を護る防人として。超常の災害であるノイズを操る彼女等に対して取るべき道は一つだ。

けれど、それでも……言葉を交わした、想いを告げた彼女と今再び、こんなにも早く戦う事になる等とは、さしもに想っていなかったのだ。

 

『ウソ、ですよね……だって、あの時了子さんは……!!』

 

響くんの力無き声が、通信越しに指令室に響く。其処に含まれる想いに気付かぬ俺では無い。

 

『リインカーネーション。遺伝子にフィーネの刻印を持つ者を魂の器とし、永遠の刹那に存在し続ける輪廻転生システム!!』

 

『そんな……じゃあ、アーティストだったマリアさんは!?』

 

『さて?それは自分も知りたい所ですね。主体こそフィーネであれ、その器となった存在の自我や記憶がどこまで残るのか……生化学を志す者としても其処には興味をそそられますよ。』

 

「狂ってる……もしも彼女の記憶すら消滅したというのなら、それはマリアという少女が生きながらにして死んだも同じなのよ!?それを興味本位で見るだなんて……!!」

 

解析に没頭していた鳴弥くんが耐えきれずに挙げた叫びは、人としての良心の発露だ。

確かに、聖遺物研究においては外道とも言える人体実験を行う必要がある。鳴弥くんも俺も、潔白を叫ぶ事など出来はしない。

……だが、それでも越えられぬ一線がある。人の尊厳を踏みにじらぬ事。その一線を、ウェル博士は易々と越えて行ったのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━さて、どうしたものか。

ガングニールのアームドギアの上で私は━━━━マリア・カデンツァヴナ・イヴは考える。

輸送型ノイズをあんな搦手にて撃墜された事には肝を冷やしたが、ネフィリムを死守出来たのは僥倖だ。

だが……この盤面、次の一手を決めあぐねるわね……

なにせ、隠密からの強襲という此方の利点を今の一合で晒してしまったのだ。しかしウェル博士が居なければLinker頼りの私達は戦えなくなる以上、このまま撤退するという手はない。

 

切歌と調の投入タイミングを計らなければならないな。と思考する私の眼下の海面が破裂する。

 

「━━━━ハァァァァッ!!」

 

風鳴翼、アメノハバキリのシンフォギア装者。彼女が脚部のバーニアを吹かして私へと迫る。

 

「クッ!!」

 

その突撃を辛くも避ける。

━━━━速いッ!!

アンチリンカーによって適合係数を下げられていながらも、その太刀筋の速さはあのライブ会場と同じで全く落ちていない。

 

「甘く見ないで、もらおうかッ!!」

 

                 ━━━━蒼ノ一閃━━━━

 

空中にて剣を巨大化させながら制動を掛け、一閃を飛ばしてくるその攻撃。報告書にもあった遠距離攻撃手段だ。

 

「━━━━甘くなど見ていないッ!!」

 

翻るマントを回転させてその一閃を弾き、続けざまの大剣の一撃をも防ぎきる。

やはり、アンチリンカーの効果は強大だ。速度こそ落ちずとも、その出力は上がり切っていない。いや、上げきる事が出来ないのだ。

ギアの出力を上げ過ぎればバックファイアは彼女の身体を焼くのだから。

……だが、それにも例外が存在する。そして、彼女はその例外を味方とする為に私に弾かれる事を甘んじて受け入れたのだ。

 

━━━━彼が、天津共鳴が居る潜水艦の甲板へと安全に飛び移る為に。

 

「フッ……」

 

ならば、私もまた甘んじて受け入れよう。彼を此方に釘付けにせねばもう調と切歌の投入すら半端に終わってしまうのだから。

故にネフィリムのケージを投げ上げてエアキャリアに回収してもらい、私も甲板へと跳び上がる。

烈槍を手元へと呼び寄せ、握りしめる。

 

「甘くなど見ていないからこそ……私はこうして全力で戦っているッ!!

 はァァァァッ!!」

 

「行くぞ共鳴ッ!!」

 

「分かったッ!!」

 

━━━━あの時に使ったコンビネーションか!!

掛け合い一つで以心伝心とは妬かせてくれるッ!!

跳び上がっての振り下ろしを、二人がかりで超過駆動させたギアによって受け止めてくる。

まさか、ギアの機動に追い付いての反動除去とは!!ライブ会場で見た時も思ったが、なんと豪胆なレゾナンスギアの使い方か!!

 

「……たァァァァ!!」

 

「この!!胸に、宿ったッ!!」

 

ギアの戦闘機動にすら(たわ)み過ぎず、張り過ぎずに追い付き、咄嗟の動きをも読み切って反動除去をし続ける彼の姿に内心で舌を巻く。

並大抵の息の合わせ方では出来ない技だ。風鳴翼と彼の間の絆が垣間見えるというものだ。

 

━━━━故に、その連携を断ち切るようにマントで迎撃を掛ける。

 

「クッ!?」

 

風鳴翼はマントの薙ぎ払いを避ける事が出来ても、其処に接続しているレゾナンスギアはそうでは無い。

 

「━━━━信念のッ!!火はァッ!!」

 

同調が切れた事で出力を維持出来なかった甘い振り下ろしをマントで受け流し、お返しに下から掬い上げる一撃をお見舞いしてやる。

だが、敵もさるもの剣振るう者。その一撃を利用して距離を離した上で再び同調を始めてくる。

なるほど、金城鉄壁のコンビネーションと言った所か……ならば、同調の上から削り取る━━━━!!

 

「誰もッ!!消す事は出来やしないッ!!永劫のブレイズッ!!」

 

マントの高速回転にて紡ぎ出すは極小の台風(タイフーン)

彼女は同調を受けて上がった出力にて斬りかかるが、無駄だ。その程度で切り裂ける程にこの黒衣は軽くはない━━━━!!

 

「翼ちゃん、上だッ!!」

 

「はァァァァ!!」

 

故に、二人が狙うのは回転の中心部である台風の眼。しかし、そこが狙い目という事は……私もまた、迎撃するのはそこだけでよいという事ッ!!

弾き、尚追撃する。この潜水艦もまた二課の特殊装備……噂に聴く新たな本部という奴であろう。それ故に遠慮などする必要は無い。甲板毎このマントにて切り裂いてゆく。

 

「翼ちゃん!!クッ……!!」

 

「埒が明かんか……共鳴ッ!!双撃で行くぞ!!」

 

何かしら通信を聞きつけたのか、反動除去への専心を捨て去った二人が私へと向かってくる。

風鳴翼は剣を格納し、天地を逆に展開した脚部ブレードを回しながらにじり寄る旋風となり、天津共鳴もまた天地を逆にして伸ばした糸を振り回しながらに私へと迫る。

なるほど、私に反撃の隙を与えぬ二段構えという事か。だが、甘いッ!!

 

「━━━━勝機ッ!!」

 

「嘗めるなッ!!」

 

━━━━下からマントを掬い上げる左手、上にて槍を振るう右手。天と地からの双撃を、天地の構えにて受け流す!!

 

「クッ……がァッ!?」

 

「ぐあッ!!」

 

私の弾きによって左右に分かれる二人。そう、コレこそが私の狙い。天津共鳴の一撃はその質量の低さもあって鋭さこそあるが、衝撃そのものは軽い。マントを自律防御へと充てるだけで十全に防げる物だ。

だが、風鳴翼の一撃は違う。鋭く重い一撃はアームドギアで無ければ防ぎきれない。だからこそ、敢えて挟み打たせるこのカタチが最も彼等を封じ込められるのだ━━━━!!

 

「━━━━マイターンッ!!」

 

「グッ……あぁ!!」

 

「翼ちゃん!!クソッ!!」

 

「無駄よ。貴方の糸では、私の黒衣は破れない。」

 

「クッ……アアアアア!!」

 

しかし、一撃に合わせられた。この状況でなお相討ち(カウンター)を狙ってくるとは、この剣……可愛くない。

だが、それを圧し隠して背後の彼へと声だけを掛ける。心折れて動かずに居てくれれば此方としてもありがたいのだが……

━━━━それでも、迷わず向かってくる姿勢は評価しよう。だが、コレで王手(チェック)だ。

何故なら……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「あいつ等、何をあんなに悠長な!!いつもの二人ならアレくらい……」

 

「最初に貰ったのが効いてるんだ!!それに、マリアさんは二人が全力を出せないように立ち回っているからッ!!」

 

出力が足りなくて仮設本部まで易々と跳んで行けない私達が見守る中で、お兄ちゃんと翼さんはマリアさんに翻弄されていた。

クリスちゃんが懸念する通り、本来ならば二人がかりで倒せない筈は無いのだが、適合係数の低下とマリアさんの巧い立ち回りとレゾナンスギアの相性の悪さが重なって思うように動けていないのだ。

 

「━━━━だったら、白騎士のお出ましだ!!」

 

だから、そのマリアさんの思惑を跳ねのけられるクリスちゃんの遠距離攻撃なら……そう思った瞬間、耳に届く高速回転音。

 

「はッ!?」

 

真正面から飛んで来る複数の円盤。その軌跡はと私の間を狙う物だった。

━━━━引き寄せれば博士を傷つけてしまう!!

 

「のわッ!?」

 

けれど、私とクリスちゃんで挟み込んでいたウェル博士を押し飛ばした事、そして何よりもクリスちゃん目掛けても飛んで来ていた円盤によってその介入が止められてしまう。

 

「━━━━なんと、イガリマーッ!!」

 

━━━━一体どこからッ!?

先ほどまで私達の後ろには誰も居なかった筈なのに、いつの間にか緑の少女に後ろを取られてしまっていた。彼女の狙いはクリスちゃん。いけない!!今のバックファイアで消耗したクリスちゃんじゃ……!?

 

「貴方の相手は、私。」

 

そんな土壇場に咄嗟に介入しようとする私に向かってくるのは、先ほどの円盤を投げた本人である桃色の少女。

ツインテールのような装甲を開き、その中から大量の円盤が撒き散らされる……!!

 

「あたたたたた!!ハァッ!!」

 

だが、威力そのものは直撃しなければどうにでも出来る。それ故にその総てを腕にて弾き、受け流す。

 

「……散発でダメなら。とっておきッ!!」

 

              ━━━━非常Σ式 禁月輪━━━━

 

そう言いしなに彼女はツインテールを縦に揃えてクルリと後方宙返り。

一回転した其処には、巨大なタイヤのような丸鋸が立って突撃してきていた。

 

「……って、えええええ!?」

 

━━━━丸鋸レーシングなんて流石に想定外!!コレは受け流しきれやしない!!

必死に横っ飛びを敢行して避ける私の眼に入ってくるのは、やはり近接戦闘にて圧倒されてしまっているクリスちゃんの姿。

 

「グハッ……ッ!?」

 

「クリスちゃん!!大丈夫!?」

 

苛烈な鎌の猛攻の果てに柄で弾き飛ばされてしまったクリスちゃんは杖を取り落としてしまっていた。

そして、それを拾いながらウェル博士と合流する二人の装者。

 

「━━━━時間ピッタリの帰還です。おかげで助かりました。

 ……むしろ、此方が少し遊び足りないくらいですよ。」

 

「━━━━助けたのは、貴方の為じゃない。」

 

「いやぁ、コレは手厳しい。ビタ一くらいは心配してもらえるかと思っていたんですが。」

 

けれど、ウェル博士と二人の仲はあまり良くはなさそうで。

 

「クソッタレ……適合係数の低下で、身体がマトモに動きやしねぇ……」

 

「それにしたって本部の探知もあるんだ……どこかから出て来たのなら気づけた筈なのに……!!」

 

マリアさんが翼さんを襲った時もそうだ。直前まで姿一つ見えなかったのに、確かに彼女達は其処に居る。

一体どうやってこれほど近くまで……!?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━距離を取って、掌を握る。

少しずつではあるが、適合係数の低下は収まってきている。となれば干渉方法は一時的な物……或いは、閉所でしか効果を十全と発揮できない代物であろう。

この出力ならば、イケるか?

 

目の前で共鳴の攻撃をマントにて弾き、逸らすマリアを見据える。

その姿が先ほどよりも精彩を欠いた、力任せの物になっているように見えるのは気のせいだろうか……?

 

「━━━━時限式では此処までだとッ!?だが……ッ!!……了解。」

 

━━━━だが、それが気のせいでは無い事を、マリアが咄嗟に漏らした言葉が証明していた。

時限式の装者……それはつまり、ただ歌うだけでは聖遺物への適合係数がギアを纏えるほどには上がらないという事。

それを埋める物といえば……

 

「まさか、奏と同じくLinkerを!?ッ……!?」

 

マリア達の正体、それが朧気ながらに掴めて来た……そう思うと同時に、急激に吹き荒れるダウンバーストのような風が私と共鳴の脚を止める。

 

「ハッ!!」

 

「ぐはッ!?」

 

そうして脚を止めてしまった共鳴を蹴散らし、虚空より垂れ下がったロープに脚を掛けて跳び上がり、そしてマリアの姿が消え去る。

 

「光学ステルスッ!?いや、認識そのものが歪められているのかッ!?」

 

━━━━空中に、違和感が有る。それは、分かる。防人と鍛え上げた六感の総てが『其処に何かがある』という事を捉えている。

だが、()()()()()()()()()()()()()()。であれば共鳴が言う通り、コレは視野を捻じ曲げているのでは無く()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!

 

「━━━━コレもまた、異端技術かッ!!」

 

シンフォギアに依らない、これほど大規模な異端技術の行使・運用!!フィーネを名乗る彼の組織は、やはり我々以上に聖遺物に精通した存在という事か……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━貴方達は、一体何をしたいの!?」

 

思わず、思わず口を突いた言葉がそれだった。未だ昇り切らぬ朝焼けを背負う彼女達に、私は問う。

 

「━━━━正義では、護れぬ物を護る為。」

 

「……えっ?うわっ!?」

 

その返答は簡潔な物で。迷いも無くて。

あまりにもあっさりと言い切られた事への戸惑いすらも、空中に突如現れた大型の飛行機の爆音が掻き消していく。

そして、二人とウェル博士は垂れ下げられたロープへと捕まって海の向こうへと去って行く……

 

「……逃がすかよッ!!」

 

だが、それを阻まんとする者が居る。クリスちゃんがその手に持つギアを長大な狙撃銃へと変形させて狙いを付ける。

 

                ━━━━RED HOT BLAZE━━━━

 

「━━━━ソロモンの杖を……返しやがれッ!!」

 

━━━━だが、その狙撃が成し遂げられるよりも速く、朝焼けの光の中に溶けるように飛行機が掻き消える。

 

「……なん、だと?」

 

━━━━まるで、最初からそこには何も無かったかのように。

綺麗な朝焼けだけが、其処には輝いていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━二課仮設本部の上に、大の字に寝転がる。

何も、出来なかった。

 

「━━━━お前達、無事か!?」

 

ハッチを開けて、司令が甲板へと顔を出す。

 

「師匠……私、了子さんと……たとえ全部は分かり合えなくても、せめて少しは通じ合えたと……未来に伝えてもらえると思ってました、けど……」

 

━━━━あの日、言葉を交わした筈のフィーネの復活。そして、我々の敵対。

現実はいつだってこんな筈じゃなかった事ばかりだ。だが……

 

「━━━━通じなかったのなら、通じるまで何度だってぶつけてみろ!!言葉より強い物。知らぬお前達ではあるまいッ!!」

 

そうだ。上手く行かなかったからと、たった一度で諦めるような殊勝な性格を俺達はしていない……!!

 

「言ってる事、全然わかりません!!

 ━━━━でも、やってみます!!」

 

「……よっ、と。そうだな。一回で反省してもらえなかったってんなら、もう一回鼻っ柱にぶち込んでやるくらいでちょうどいいだろうさ。あの人にはな……」

 

「さ、流石に女の人に顔面パンチは最終手段にしようね、お兄ちゃん……」

 

「ハッハッハ!!それくらいの勢いでなければ止まらんだろ、彼女は!!」

 

━━━━確かに何も出来なかったけれど、まだ俺達の戦いは終わってはいないのだ。

ならば、立たねばなるまい。何度でも、何度でも。この空に、歌が響く限り。




━━━━十年前、あの子と私は同じ事故に遭った。
あの子は何も覚えてはいない。それほどに私達は幼く、そして無力だったのだから。
けれど、私は一つの輝きを覚えている。たった一度だけ、たった一日だけ出逢えたその少年の姿を。

━━━━二年前、あの子と私は曲がりなりにも友達だった。
あの子は何も語れやしない。それほどまでに私達の溝は深く、そして遠くなってしまったのだから。
けれど、私は許されてはいない。たった一度だけ、たった一回だけの約束が、私を生へと縛りつける。

━━━━コレは、歌女の物語では無く。コレは、正道な物語では無い。
けれど……その中心に立つのは二人は変わらない。永遠の刹那に生きる歌巫女と、今を生きる少年の想いは。


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第四十九話 追憶のフラグメンツ

電気的に励起されたギアペンダントが、エアキャリアのコックピットに据え付けられている。

 

━━━━形式番号『SG-i03 Shenshoujing』。

櫻井了子がFISのロスアラモス秘密基地に遺した四領の一、神獣鏡(シェンショウジン)のシンフォギアである。

その特性は、鏡。光を返し、姿を返し、輝きを返すその特性を研究する中で、我々は物理的な光すらも捻じ曲げる特殊迷彩ウィザードリィステルスを開発するに至った。

コレは明確なアドバンテージであり、組織力という点において絶対的に劣る我々が保持するほぼ唯一の戦略物資といえる。

 

「……ですが、それも薄氷の物……」

 

確かに、索敵機器すら捻じ曲げ、物理的な視認すら不可能とするこの装備は強力無比だ。

━━━━だが、コレを稼働させているのは結局の所エアキャリアのエンジンが産み出す電力。

機械的な聖遺物の起動では、無限のエネルギーを発揮させる事は出来ない。出来たとしても聖遺物が暴走するか……或いは出力に耐えきれず砕け散るかだ。

今回は特に、フロンティアの封印解放儀式術の為に一晩中飛ばした上での撤退だ。直ちにエアキャリアの給油に向かわねばならないだろう。

 

「……仕方ありませんね。米国が用意していたセーフティハウスを占領する他ありませんか……」

 

しかし、我々が米国に気取られずに用意出来ていたアジトはあの廃病院一つだけ……となれば、本来の作戦にて使われる筈だった、日本国内に潜む米国特殊部隊が使うセーフティハウスを占領し、そこに配備された装備で給油と潜伏を行わねばならないだろう。

━━━━当然、そんな手を取れば我々の存在は米国側に探知される。四日……いや、三日もあれば彼等は制圧部隊を送ってくる筈だ。

長期戦になればなるほど此方は不利……消耗戦になってしまえば我々に勝ちの目は無い。

 

「……急がねば。セレナが生きるこの世界を救う為のタイムリミットは短いのだから……」

 

━━━━後悔がある。六年前の事だ。

ネフィリムの電気的起動実験の強行を止められず、私はセレナを犠牲にした。結果的には魔女がセレナや私達を救ってくれたとはいえ、間違いなくそれは私の責任だ。

だから、私は研究に邁進し続けた。レセプターチルドレン達はしょせんフィーネが不慮の事故で亡くなった場合の次善策の数合わせ。

そんなただ飯喰らいを率先して養おう等という人道的な考えの持ち主はロスアラモスにも皆無では無かったが……そうそうは居なかった。

だからこそ、彼等彼女等に存在価値を持たせる為に私はなんでもやった。

シンフォギアへの適合、警備員になる為の軍事教練、研究者になれそうな子には教育も施した。協力者など当然得られず、全て私が手筈を整えた。

 

……だが、一人でその総てをこなすには、私という人間は脆すぎた。

年齢と、過労。そして不摂生。脳梗塞を起こしながらも死なずに済んだのは、医療機関も兼ねている実験施設とはいえ奇跡に近かった。

その後遺症故に、今も私の脚は動かない。

それを補う為に作り上げたのがこの車椅子。様々な異端技術を組み込み、新たな脚とした。レセプターチルドレン達を護る為の私の戦いは未だ終わってはいなかったのだから……

 

「……ですが、ドクターウェルの考えはまた異なるのでしょうね。」

 

今回の撤退を招いた張本人であるドクターウェル。彼の思惑は我々の理想とは異なる物だ。

大方彼の秘蔵っ子だというアンチリンカーの性能を第一種の適合者に対して試して見たかったのだろうが……その結果が、コレだ。

理想の為の立ち回りを理解してもらえるとは思わなかったが……よもや、ここまでとは……

 

「……それでも尚、彼が居なければ立ち行かぬ。歪な組織との謗りは甘んじて受け入れねばなりませんか……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━下手打ちやがって!!連中にアジトを抑えられたら、計画実行まで何処に身を潜めればいいんデスか!!」

 

━━━━ドン、と切歌の手に押されてウェル博士がエアキャリアの壁へと叩きつけられる。

基本的に和を以て貴しとなす、つまり空気を読むタイプである切歌が此処まで怒るのも珍しい。

……だが、ウェル博士が犯した失態がそれ程の物であるのもまた、事実なのだ。

 

「……お止めなさい。そんな事をしたって何も変わらないわ。」

 

「……胸糞悪いです……!!」

 

けれど、マリアは冷静に切歌を諫める。リーダーとしてのその決断に切歌はしぶしぶ引き下がるが、到底納得できていない事はその声音からも透けて見える。

 

「……驚きましたよ。謝罪の機会すら与えてもらえませんか……」

 

「……ッ!!いけしゃあしゃあとッ!!」

 

『━━━━虎の子たるネフィリムを護り切れたのはもっけの幸いです。

 ……とはいえ、エサとして持ち出した聖遺物の大半を置いておいたアジトが抑えられてしまった今、ネフィリムに与える分の持ち合わせが足りないのが我々にとって一番の痛手ですね。』

 

━━━━再度燃え上がりそうな切歌の機先を制したのは操縦席に座るマムが寄越した通信。

そして、それを聞いて皆の視点が一点へと……即ち、カーゴに据え付けられた光学ケージ内のネフィリムへと向かう。

 

「今は大人しくしてるけど……いつまたお腹を空かせて暴れ出すかは……」

 

「なぁに、研究所から持ち出したエサは喪えど、すべての策を喪ったワケではありませんよ……とはいえ、それを語るのは後にしましょう。先に、少し休ませていただきますね?」

 

━━━━そうして回生の一手を狙うウェル博士のその眼が、私にはとても恐ろしく見えた。

イヤな眼だ。下卑た情欲すら抱かずに、ただ私達の有用性だけを見抜こうとする眼。

……十年前のあの日から、イヤという程浴びて来た視線だ。

 

「……美舟、大丈夫?さっきから静かだけど……やっぱり一晩中舞って疲れちゃった?」

 

━━━━調が、私を心配して声を掛けてくれる。確かに、フロンティアの封印解放の為の儀式を舞い続けるのは骨が折れた。

だが、違う。私がここまで落ち込んでいるのは疲れからなんかじゃない。

 

「……ん。ボクなら大丈夫だよ、調。確かに疲れてるけどそれだけさ。」

 

━━━━ウソだ。ボクの目の前には、今も焔が揺らめいている。

 

「……そう。ならよかった。美舟、最近元気無かったから……」

 

━━━━あぁ、それは……当然の話だろうな。

調はきっと、何も覚えていないだろう。そして、それはきっと幸せな事なのだ。

()()()の視界の中で揺らめく幻の焔が勢いを増し、私の意識を過去へと押しやって行く━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━十年程前の話だ。米国に拉致される前の()()()の話だ。

 

『━━━━初めまして。俺の名前は●●●●って言うんだ。』

 

昔の事で覚えている事は数少ない。昔の名前……天舟美坂(あまふねみさか)というそれと、そして、あの日出逢った少年……お兄ちゃんの姿くらいだ。

それ以外の()()()の事は総て、あの焔が焼き払ってしまった。

 

━━━━あくまでも、その事故は調を狙って起こされた物だったと、いつだか偏屈な研究者が言っていた。

通気ファンを爆破する事で偽装が為されたトンネル内での爆発炎上事故。その場から消え失せた行方不明者だったという少女。

……ボクは、そんな少女の家族が運転する車の後ろに付いていた車に乗っていたのだ、とも。

 

けれど、偶然にもあの事故を生き延びた()()()の家系もまた聖遺物に連なる物であり、フィーネの器たるのだと調べられたが故に後発で拉致されたのだという。

━━━━全く、傍迷惑な話だ。

 

数ヶ月の時が空いた為に一見すれば関係無いようにも見えた二つの誘拐は、レセプターチルドレンという一つの傍線を受けて一つの事件に変わる。

……その真実に、()()()()()は気付くだろうか?気づいてもらえるだろうか?

 

━━━━けれど、今を切歌やマリアと共に生きる月読調にとっては余計な話にも程がある。

私からこの事実を教えるつもりは無い。

もしも……もしも、私達が世界をフロンティアによって人々を救えて……極少数しか救えないだろう人類最後の生き残りの中に彼女の元々の家族が居たのなら……その時には、教えてあげてもいいかも知れない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━では、自らをフィーネと名乗ったテロ組織は、米国政府に所属していた科学者たちによって構成されている、と?」

 

やはりいつも通りに蕎麦を啜りながらに、斯波田事務次官がその情報を齎して来たのは彼等のアジトに踏み込んだ次の日の昼飯時の事だった。

 

『正しくは、米国連邦聖遺物研究機関……FISの一部職員が統率を離れて暴走した集団……って事で米国側は説明してる。』

 

「ソロモンの杖と共に行方不明になり、そして再び現れたウェル博士もFIS所属の研究員の一人……」

 

『……それとな、コイツァあくまでもウワサなんだが、FISってのは先だっての日本政府の櫻井理論の開示以前から存在してるってェ話だぜ?』

 

「考えてみればそれも道理ですね。たった三ヶ月で我々も未だ全貌を掴み切れては居ない櫻井理論を解明してシンフォギアを作り上げる事はどう考えても不可能でしょうし……

 つまり、米国と通謀していた彼女……フィーネの米国における仮宿、という事ですか……」

 

緒川の言葉は正鵠を射ているのだろうと、俺も同意の頷きを返す。

そもそも了子くん……フィーネは米国とも数年単位での━━━━それこそ、完全聖遺物であるソロモンの杖をせしめられるだけの結託があったワケなのだから。

 

『そんな出自だからなァ……連中が組織にまでフィーネの名を冠するのも道理やも知れん。

 ━━━━テロ組織には似つかわしくないこれまでの行動だが、案外なにかの仕込みがあるのかも知れんぜ?』

 

「……了解しました。」

 

『しかしアレだなァ。どっちかといやぁ内閣情報官なんだし、情報収集なら八紘の兄ちゃんにも頼んだ方がいいんじゃあねぇか?』

 

情報交換も終わった辺りで事務次官が言及してくる相手は、風鳴八紘。

名字からも分かる通り俺の兄であり……翼の、父親でもある。

 

「ははは……身内の伝手で頼れないかと頼んでみた事もあるんですがね。内閣情報官として動く以上、特務機関である二課との公的な繋がりを持つのは危険だからとすげなく断られちまいまして……

 一応、表向きの立場である天津家当主として共鳴くんが何度か風鳴の屋敷に赴いてますから、此方の事情はあらかた知ってるとは思うんですが……」

 

━━━━勿論、それは表向きの理由だろう。八紘の兄貴の事だ、大方の所は親父殿が翼に直接ちょっかいを掛けられぬようにと自分も関わらぬ事で口実を減らしているのだろうが……

 

『……随分とまぁ、ややこしいこったねィ……』

 

「……二課がここまで法規の枠組みを超えた行動を許されているのは、親父殿の存在や兄貴の働きかけがあるからこそです。其処を履き違えるようなヘマはしませんよ。」

 

━━━━難儀な話だ、我が家族の事ながら。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「さて……鳴弥くん!!次なる戦いに備えて我々の手札を数え上げるとしようじゃないか!!」

 

斯波田事務次官との通信を終え、立ち上がりながら司令が此方に声を掛けてくる。

通信の最後に挟まった風鳴のお家事情故か、司令のその態度がわざとであるのは分かる。分かるが……此処は、何も見なかった事にして流すのが大人の対応という物だろう。

 

「はい。私達の戦力は第一種適合者が担うシンフォギア三領と、第二種適合者が担う一領、そしてレゾナンスギア一つの計五機となります。」

 

「むぅ……RN式の調子はどうだ?」

 

「━━━━正直に言って、お手上げですね。RN式は歌を利用して聖遺物を起動させる櫻井理論から外れた異端のシステムですので……

 それに、雷神の鼓枹を動力源として運用した際に余剰エネルギーが聖遺物の特性を起動させていたらしく、内部の配線までズタズタになってます。

 コレを修復するだけで何年掛かってしまうやら……」

 

つまるところ、我々では櫻井了子の……フィーネの技術には全く追い付けていないというのが実情だ。

その中でも一番取り組み易いのが櫻井理論であり……そして、シンフォギアとレゾナンスギアなのだ。

 

「やはり、そうか……」

 

その報告を聞いて落胆する司令。やはり少年少女を前線に立たせねばならない事に思う事はあるのだろう。まったく、優しい人だ……

 

「━━━━とはいえ、雷神の鼓枹自体はレゾナンスギアの強化パーツとして活用出来ています。

 S2CAのトライバーストをも装者への負担をほぼ齎さずに可能とした以上、総じて我々の戦力は大きく向上していると言っても構わないのではないでしょうか?」

 

そんな司令への助け舟を、緒川さんが出してくれる。

 

「うむ……時間制限こそ付くが、奏くんも一度程度ならシンフォギアの展開が可能となった以上は、第二種適合者であると見られる彼女達に対して正面戦闘における圧倒的なアドバンテージがあると言えるだろう。

 だが……」

 

翼ちゃんの証言から、敵が恐らくは第二種適合者である事がわかった。それ故に、Linkerに頼らざるを得ない彼女達に対して我々は装者の戦闘持続時間において圧倒的なアドバンテージがある筈だ。

……だが、その優位を一発でひっくり返しかねない存在がある。

 

「……Linkerを彼女達が常用しているという情報、そしてウェル博士の専攻である生化学の観点、そして解析された病院内の空調設備の痕跡などから、あの時のカラクリの予測は付きました。

 アレは、いわば『アンチリンカー』……脳に作用し、歌と聖遺物を遠ざける物質では無いかと推測されます。

 ウェル博士が閉所に陣取ってノイズを大量に出現させたのは、この物質を最大限に活用する為の戦術だと思われます。」

 

「アンチリンカー、だと……ッ!?」

 

「はい。吸入によって脳に作用し、聖遺物との適合係数を強制的に引き下げる上にほぼ無味無臭でガス状に加工可能……と来ました。コレはまさしく悪魔の発明品ですね……」

 

「……考え得る限り、最悪の存在だな……」

 

シンフォギアがノイズに圧倒的なアドバンテージを持つのは、歌によって調律された聖遺物が産み出すフォニックゲインによってアンチノイズプロテクターとして機能するからだ。

だが、アンチリンカーはその機能を単独で粉砕し、ガス状に加工可能である為にシンフォギアの根幹を為す『歌唱』に絶対に必要な呼吸すら実質的に制限出来る。

 

「……ただ、ウェル博士が閉所に陣取った事から、吸入での使用の場合は多量の摂取が必要になると思われます。

 それ故に適合係数が下がり切る前に閉所を破壊したり、最悪の場合は此方からは閉所に入り込まないなどと言った対策は幾つか建てられるかと。」

 

「うむ……仮称・アンチリンカー対策は急務、か……しかし、それにしてもそれ程の技術力を持ちながらも未だに彼女等の目的が見えないのは怪しいな……」

 

━━━━突破口は見えた。だが、その計画の全貌がまるで見えない。

まさしく五里霧中のようだ……と思いながら私は、次なるデータを照合に掛かるのであった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ノートに書き連ねるのは、ここ最近の様々な事情の断片だ。

フィーネを名乗る組織、調と切歌とマリアが呼ぶ少女達、そのマリアと側役を務めていた美舟という少女、ウェル博士、謎の生物系聖遺物……

 

「……だーっ!!まるで分らん!!」

 

散逸した要素に頭を抱える俺が今居るのは放課後の教室だ。

━━━━早いもので、もう高校三年の秋も終わりに差し掛かろうとしている。

 

「……竜子さんが居なくなってから、もう一年以上か……」

 

……思わずまろび出た感傷を首を振って去らせ、思考を別方向へと逸らす。

そうして思えば、俺の高校生活も割かし激動だったものだ。

この三年間、様々な事があった。良哉が度胸試しとかなんとか言ってデリヘルを呼ぼうとしたり、学園祭を成功させるのだーッ!!と叫び出した良哉に振り回されたり、他にも様々。

 

「━━━━良哉には頭が上がらないな……」

 

バカな事も山ほどあったが、総じて良い想い出と言える物になっているのはやはりアイツのお陰だ。

二課の仕事や天津家の仕事で出席がズタズタで補習だらけだった俺にも『ヒマだからな』とか言って付き合ってくれた。

 

「……まさか、そんな奴に彼女が出来るとは思わなかったが……」

 

とはいえ、男子特有の悪ノリを除けば気配りも出来るし顔立ちも整った男なのだ。むしろモテない方がおかしいだろう。

……人は変わって行くものだな。あの頃にはそんな事、考えもしなかった。なんて、遠い目をして。

 

━━━━俺は、その歌に触れた。

まるで子守歌のようなその歌は、中庭から聴こえて来る。

時刻は既に放課後。リディアンでもあるまいし、部活動も終わりが近づくこんな時間に歌うとはどんなもの好きだろうか?

気になってしまえば歩みは止まらず、好奇心に駆られて……どうせやる事も無いのだしと、ノートをしまい込んだ俺の脚は中庭へと伸びていた。

 

「━━━━あの日夢見た 場所へ行こう……」

 

━━━━其処に居たのは、染めたのだろう金髪の少女だった。

竜子さんをイジメていた中心人物。確か……サキ、と呼ばれていた筈だ。

━━━━一生、許さないと。あの日にそう言い放った相手。

 

「……誰?」

 

「あー……お邪魔だったかな?」

 

「……アンタか。別に……行くとこも無いから暇つぶしに歌ってただけだし。アタシは別に。」

 

「隣、座っても?」

 

「……いいけど。

 ……許さないんじゃ、なかったの?」

 

━━━━だって、キミは今にも泣きだしそうな顔をしているじゃないか。

それが放っておけなかったのだ。俺は。

……そんな本音は言っても怪しまれるだけだろうから胸にそっと仕舞っておく。

 

「うん。許さないよ。許さないけど……それとこれとは話が別じゃないかな?

 だからまぁ、聞き役くらいにはなれるかなって。」

 

「……変な奴。

 ……まぁ、いいか。誰かに聞いてもらいたかったのは事実だし。」

 

━━━━そう言って、隣に座る俺の顔を見る事も無く。彼女は語り始めた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━お節介な奴だな。とは思いつつも、喋り出してしまえば言葉は止まるという事を知らない。

 

「━━━━そういやアンタ、アタシの名前知ってる?」

 

「ん、済まない……あの時サキと呼ばれてた事くらいしか知らないな……」

 

「ま、クラスも違うし接点も無い相手なんてそんなもんだよね。アンタみたく有名人なら話は別だけどさ。

 ━━━━アタシは櫻井咲。よろしくはしなくていいけどね。」

 

「━━━━櫻井?」

 

やっぱりか。と少し落胆してしまう。コイツが()()()の事を知らなければ話は早かったのだが。

まぁ、あの人は有名人だから仕方ない仕方ない。何度も何度も、そうやってアタシは諦めて来たんだから……

 

「……やっぱり了子小母様の事は知ってるかぁ……あ、小母様って言っても実の叔母じゃないよ?確か、アタシの母さんの方のお婆ちゃんの妹の娘が了子小母様なんだ。」

 

「……親族とか居たのかあの人……どっかから自然発生したりしたワケじゃなかったんだな……」

 

━━━━その言葉に、思わず笑いだしてしまう。

全く以てその通りだ!!どうやら、コイツは小母様と随分親しかったらしい!!

 

「アッハッハッハ!!確かに!!小母様ってば親戚付き合いなんてガラじゃなかったし!!コッチに偶に顔を出して来てもアタシにちょっと声掛けたらサクッと帰ってく……嵐のような、人だったな……」

 

━━━━そんな了子小母様は、もう居ない。三ヶ月前のノイズ大量発生の犠牲者の中に、了子小母様の名前があった。

だから、小母様のお墓は無い。私物すら殆ど帰ってこなかったと、姪を可愛がっていたお婆ちゃんが泣いていたと聴いた。

 

「……俺の、母さんが了子さんの基で働いてたんだ。その縁で、色々。」

 

━━━━あぁ。コイツは了子小母様が居なくなった事を悼んでくれているのだな。なんて、それだけでコイツに好感を持ってしまう自分が居た。

けれど、仕方がない事だろう。だって……

 

「……ありがと。お婆ちゃん以外だと初めてかな。小母様を悼んでくれたの。

 ━━━━アタシの母さんは、了子さんと比較されて育っちゃったから。」

 

━━━━了子ちゃんのように頭のいい人になるのよ、サキ。

優秀過ぎる従妹と比較され続けた母さんが選んだのは、自分の子にその歪みを全てぶつける事だった。

きっと、アタシが産まれるまでは諦められたのだろう。わずか18其処等で考古学の権威とまで呼ばれた才媛。学会の風雲児。他にも色々、名誉不名誉問わず数々の異名を誇ったという、身近な女の子に追い付く事を。

 

けれど、アタシが産まれてしまった。だから母さんはアタシに総てを期待した。

 

「それは……」

 

━━━━辛かっただろう。とか、そういう気休めを言いたそうな顔をコイツはしている。けれど、それを言う事は無かった。なんて優しい馬鹿だろうか。アタシはアンタの彼女を殺したような物なのに。

……けれど、言わなかった。そういう気休めがアタシが一番掛けられたくない言葉だとも理解しているのだろう。難儀な奴だ。

 

「けどね?了子小母様が居なくなって、それから母さんはアタシに何も言わなくなっちゃったの。」

 

━━━━ポッカリと、穴が空いてしまったのだろう。アタシの人生を滅茶苦茶にしてまで求め続けた女の子が居なくなってしまって。

 

「……タイミング悪いよね……いい大学に行けって言われて、無理して偏差値高い大学を狙って……もうちょっとでセンターって時期に、何をすればいいのか分からなくなっちゃって……」

 

アタシは、母さんに言われたから勉強を頑張っていた。母さんに言われたから周囲から嫌われないように動いていた。だから……その為に()()()まで切り捨てたって言うのに。

 

「…………」

 

隣に座る男は何も言わない。あぁ……懺悔するなら、今か。そんな予感がある。

()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな虫の知らせみたいな予感。

 

「……竜子の事、殺したのはやっぱりアタシみたいなモンなんだよ。」

 

「━━━━ッ!?」

 

驚き、そして困惑。それはそうだ。彼女は父親に誤って殺されてしまったという。それが事実だ。

だが、その原因はアタシにこそある。

 

「……此処等じゃ一番の進学校な此処を受験してさ。でも余裕がありそうな感じだったから、小母様が珍しく褒めてたツヴァイウイングのライブチケットをこっそり買ったんだ。

 ━━━━けど、母さんにバレちゃって。だから、帰ったらどうせ捨てられるからって、クラスに居たツヴァイウイングのファンだって子にあげちゃったの。」

 

━━━━その相手こそ、蒼月竜子だった。彼女は、アタシがくれてやった事すら覚えていないだろう。それくらいチケットが貰えてテンションが上がっていたのだから。

 

「……さっき歌ってた歌は、その時に彼女が口ずさんでた歌なの。家に伝わる歌だって。」

 

「それは……そんなのは!!」

 

━━━━関係無いと、ライブ会場であんな悲惨な事件が起きるなんて誰にも分からないのだから、罪は無いと。きっとそう言いたいのだろう。

分かっている。けれど、問題は其処では無い。

 

「━━━━怖かった。あの子が、竜子がチケットを渡した相手の事を思い出して……それを言いふらすのが。」

 

━━━━到底、論理的な思考では無い。今になれば分かる。チケットを渡した奴だって同罪だなんて、言いふらした所で何の意味も無いし、アタシの友達は全力で否定しただろう。

 

「それで……皆から嫌われて!!ああなるのが怖かったの!!」

 

━━━━けれど、決して。ああはなりたくなかったのだ。あんな状況では、アタシは絶対に生きていけないと直観してしまったから。

 

「だから、アタシは竜子をイジメた!!あの子の言葉なんて誰も信じないように!!」

 

━━━━絞り出す。当時は『バッシングされているのだからイジメられるのは当然だ』等と自己弁護していた。

けれど、けれど。あの子が死んで。二年も経って。母さんが黙り込んで。

……そこでようやく、気付いてしまったのだ。彼女をイジメていたのは、アタシただ一人だったんだって。

 

「……どうしたって、過去は変えられないじゃない……アタシの罪は、もう償えない所まで行っちゃったじゃない……!!」

 

━━━━涙が止まらない。身勝手な懺悔だ。彼女を殺された男に向かって『殺すつもりは無かった』なんて、言った所で……

何もならない、そう続けようとしたのに。無駄に優しいその男は、アタシをそっと抱き寄せる。泣き顔が見えないように。

 

「……櫻井咲さん。やっぱり、俺はキミを許せない。一生掛けて償ってもらってもなお、赦せない。」

 

━━━━ビクリ、と肩が跳ねる。改めて言葉にされればそれは、恐ろしい宣告だった。

幾ら償おうと、許すことは無いと、断言された。

 

「━━━━だから、一生を生きてください。生き抜いてください。竜子さんの事を悼むのならば、想うからこそ、生きる事を諦めないで。

 ……たとえ、俺が居なくなったとしても、その罪を背負って生きてください。」

 

━━━━なんて、残酷な言い草だろうか。無責任にも程がある。

一生許さないと宣いながら、許さないからこそ罪を背負って生き続けろだなんて……

 

「━━━━だって、許されなくったって。幸せになってもいい筈じゃないですか。」

 

━━━━そんな、想いはしたって誰も貫けやしない姿勢を何でもない事のように言う彼が、私には恐ろしく見えたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━コレは、遠い記憶だ。

自覚はあるのか、それとも無いのか。それはともかく愛おし気に眠りに着いた少女を撫でる女の名は、櫻井了子……いや、フィーネという。

 

「……子ども、か。バラルの呪詛を掛けられて尚、よくもまぁ……

 しかし、櫻井了子の親族となれば『器』としても申し分無かろうが……連中に攫わせてしまえば流石にあの男に勘付かれるか。

 ……であれば、予備プランの、さらなる予備プランとして秘匿……は難しいか。米国には釘を刺しておけば良いか……」

 

━━━━コレは、遠い記憶だ。

彼女が、櫻井咲が覚えてすらいない程の古い記憶だ。

 

「……いつか……」

 

だから、フィーネのその言葉を聴いた者など、誰も居ないと同じだった。




━━━━始まる祭りは軽やかに、賑やかに。
余興座興と笑えども、其処に秘め握る想いは堅く。

━━━━どうか笑顔で居て欲しい。
━━━━どうか笑顔で歌って欲しい。
━━━━どうか笑顔を取り戻して欲しい。

三者三様、人の数だけ願いは紡がれる。
ならば、その願いを叶えるのは一体誰なのか。

━━━━カミサマも知らないヒカリは、今此処に対なる翼となって歌を奏でる。


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第五十話 黒白のカラーリング

━━━━アジトを抑えられてから数時間後の昼下がり。

一休みしたウェル博士が私達を集めさせた理由は明白だった。

 

「━━━━さて、アジトを押さえられ、ネフィリムを成長のに必要なエサ……つまり、聖遺物の欠片もまた二課の手に落ちてしまったのは事実です。

 ですが、元々本国から持ち出せた聖遺物の欠片は残り僅かとなっていました。遠からず補給の必要はあったでしょうね。」

 

「……分かっていたのなら、対策も考えているという事?」

 

ウェル博士の言葉は正しい。ギアを纏えない為にマムの手伝いもしていたボクは、持ち出した聖遺物の欠片のリスト化にも関わっていたからだ。

この一週間で七割の欠片が起動したネフィリムの糧となった。

━━━━だが、それでもネフィリムの成長には追い付いて居なかった。

欠片程度では足りないと叫んでいたのだ、アレは。

 

「対策などと大げさな事は考えていませんよ。それに今時、聖遺物の欠片なんて……其処等辺にゴロゴロ転がっていますからね。」

 

マリアの問いに鷹揚に応えるウェル博士の見つめる先は、窓際に並んで座る切歌と調のギアペンダント。

 

「━━━━まさか、このペンダントを食べさせるの!?」

 

「とんでもない。此方にとって貴重な戦力であるギアをみすみす喪わせるワケにはいかないでしょう。」

 

……それはそうだ。幾らギアペンダントに使われている聖遺物の欠片が今までのエサよりも高純度とはいえ、それを喰わせてネフィリムを起動させても本末転倒だ。

ネフィリムの無限の心臓が稼働した時、そしてフロンティアを浮上させたその時に人々を抑え、導く為の武力は必要になる。

特に、同じシンフォギアを擁する二課を相手にするのならば……

 

「……つまり、二課の保有するギアを奪取すると?

 ……いいでしょう。なら私が……」

 

「━━━━それはダメデス!!」

 

「ッ!?」

 

故に、最も戦闘力の高いマリアが二課の装者を討ち果たし、そのギアを奪取する。確かに合理的な戦術ではあるだろう。

━━━━けれど、それはダメだ。

切歌と調と、そして私が声を挙げる。

 

「絶対にダメ。マリアが力を使う度、フィーネの魂がより強く目覚めてしまう!!」

 

「それはつまり、マリアの魂を塗りつぶして上書きされていく事と同じ。ボク等はそんな結末望んじゃいない!!」

 

━━━━それは、覚醒の鼓動。フィーネの魂の受け皿となったというマリアは、だけど私達のよく知るマリアのままで居てくれた。

しかし、それでも段階的にフィーネの魂が覚醒していけば……いずれはフィーネそのものになるのだと、マムは私達にそう言った。

それは、イヤだ。たとえ世界が救われたって、其処にマリアが居なかったら意味が無い。私達三人の想いはそこで一致していた。

 

「みんな……」

 

「だとしたら、どうしますか?」

 

「あたし達がやるデス!!マリアを護るのはあたし達の戦いデス!!」

 

「━━━━素晴らしい!!であれば、詳細は貴方達に任せる事としましょう。どうせ此方にも明確なプランはありませんしね。」

 

━━━━そう言って退出していくウェル博士にアカンベェをする切歌をひとまずは置いておいて、調とボクは顔を突き合わせる。

 

「……って言っても、具体的にどうしようか。直接襲った所で二対三じゃあ流石に勝ち目は薄いし……」

 

「……勝てないとは言わないけど、流石に厳しい物があるのは確か。となると、闇討ち?」

 

「と行きたい所だけど、装者のプライベートは二課の目が光ってるし……そんなに都合よく狙える状況があるかなぁ……」

 

今のご時世、シンフォギア装者の情報は純金よりも価値があるとぶつくさ言っていた奴が研究所には居た。

実際、聖遺物の安定起動を可能とするシンフォギア装者は国家単位でのバックアップが付いているのだ。此方もギアを纏えば並の護衛など物の数では無いとはいえ、事前に襲撃がバレてしまえば意味が無い。

 

「おぉ!!そうデス!!確かマムが事前に調べておいた装者のデータがあった筈デスよ!!そこから弱点とか探るデス!!」

 

「━━━━それだよ、切ちゃん!!」

 

「確かタブレット端末に……あった。コレだね。ふむふむ……シンフォギア装者の個人データも中々揃ってるね……けど、流石に本人の弱点なんかは載ってない、かぁ……」

 

しかしそれでも、取れる情報というのはあるもので。

身体検査データなどは米国にも共有されていたが故に私達の手にもある。

 

「お誕生日は大事デスけど……今知った所で弱点にはならないデスしね……」

 

「……ううん。このデータのお陰で、一つ分かった事がある。」

 

流石に無理筋か……?頭の中にそんな想いが過るのを鋭く切り裂く、調の提案。

 

━━━━私達は、其処に賭ける事にしたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━天高く馬肥ゆる、という諺が似合う空模様だなぁ。だなんて、ぼんやりと思う。

私は頭も良くなくて補習ばっかりだったから、結局クラスの出し物━━━━フライドポテトだったって未来から聴いた。には全く関われなかった。

 

━━━━でも、こうやって高台から見下ろすと、コレはコレで良かったのかも知れないって思う。

クラスの出し物に全力で参加するのもいいけれど……そうしていたら、きっと今頃ポテトの鍋と睨めっこだっただろう。

それじゃあ、遊びに来てくれた人達の特別な一日を眺める事は出来なかった筈だ。

 

「ひーびき?」

 

「━━━━あ、未来。どうしたの?」

 

そうやってぼんやりとしていると、未来が声を掛けて来た。

 

「どうしたの?じゃないわよ……もうすぐ板場さん達のステージが始まる時間よ?」

 

「……えっ!?もうそんな時間だっけ!?」

 

「なんだか予定より前倒しになっちゃったんだって……お陰で特別審査員の道行さんの代わりに挨拶回り全部やらなきゃってお兄ちゃんがぶつくさ言ってたよ。」

 

「なるほど……よくわかんないけど分かった!!それじゃ行こうか未来!!」

 

━━━━未来が取ってくれた手を引いて、二人並んで走り出す。

あぁ、楽しいな……こんな日がずっと、ずっと続けばいいのに。

 

胸の中のナニカから目を逸らしながら、私はそっとその想いを仕舞い込んだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━どうしてこうなった。

胸の中を支配するのはその想いただ一つだ。

キューミンの熱意に負けて口車に乗せられたあの日の自分を呪いたい。というか大絶賛呪っている!!

 

秋桜祭の目玉行事の一つ、『勝ち抜きステージ』。

一見すれば普通の高校でも行うような気の抜けたようなステージイベントだが、音楽の専門学校であるリディアン音楽院は一味も二味も違う。

 

『━━━━さて!!次なるは一年生トリオの挑戦者達!!

 優勝すれば生徒会権限の範疇で一つだけ望みが叶えられるのですが、彼女達は果たして何を望むのかッ!?』

 

━━━━そう。このカラオケバトルに勝てば望みが叶うのだ。

生徒会権限の範疇で、という前提こそ付いているものの、ただの高校生であるキューミンにとっては何でも叶うとほぼ同義だろう。

 

「━━━━当然ッ!!アニソン同好会の設立ですッ!!あたしの野望も伝説も、全ては其処から始まりますッ!!」

 

「ナイスですわ!!これっぽっちもブレていませんもの!!」

 

アニソン同好会。それは、キューミンが入学当初から結成したがっていた同好会活動だ。

……だが、流石はお嬢様学校としても知られるリディアン音楽院なだけあり、アニソンに心惹かれる少女はそう多くなかった。

同好会の設立条件である五人の人員に対して、集まってくれたのはあまあま先輩ただ一人。アニソン自体は割かし好きなので参加自体に否やは無い私達まで含めても四人しか居ないのだ。

━━━━故に、キューミンはこの手を選んだのだ。アニソンの布教も忘れはしないが、それよりも何よりも『設立された』という実績さえあれば冷やかしだろうと入ってくれる人が居るだろう……という計算の上で。

 

「あぁー……なんかもうどうにでもなれー……!!」

 

━━━━しかし、何故その手段の為の策がコスプレ持参なのだ。ただ歌うだけならまだマシだが、流石にコレは女子高生的には辛い物がある!!

それ故に、衣装を嬉々として作っておきながら『イベントの匂いがするの~』とか言って直前にバックレたあまあま先輩への呪いもまた忘れない。

 

『それでは熱唱してもらいましょうッ!!TVアニメ電光刑事バンの主題歌で、【現着ッ!!電光刑事バン】。』

 

「━━━━太陽輝くその下で、涙を流す人々のォ……悲しみ背負って悪党退治ッ!!燃えろ現着、電光刑事ィッ!!」

 

死刑宣告にも等しいその紹介、そしてそれに続くキューミンの口上にようやく事前に聴かされていた振り付けの存在を思い出す。

あたしのコスプレしたキャラは『置き引きカマキリ』。なんでも、置き引きし続ける事を目的に造られた怪人なのだが……

両手がカマである為に置き引きが巧く出来ず、アイデンティティーの矛盾に悩む奥深い怪人なのだ……!!とキューミンは熱弁していた。

 

……いや、そもそもカマキリなのだから辻斬りとかに特化させればよかったのでは?というツッコミは封殺された。まぁ野暮天だしね……

 

━━━━あぁ、せめてもの救いは共鳴さんが見ていない事くらいだろうか。

現実逃避気味に思い出すのはステージに立つ前の事。なんでも、道行さんが特別審査員として参加するので代わりに挨拶回りをしなければならず、前倒しで私達の所に顔を出してくれたのだとか。

 

 

               ━━━━チャカブラスターッ!!━━━━

 

言い出しっぺかつ全力なキューミンはともかく、テラジまで衣装を着た途端に結構ノリノリになって掛け声に参加しているのは正直な所意外なのだが、

そのせいで私一人だけイマイチノリきれてないみたいじゃない!!

 

               ━━━━シェリフワッパーッ!!━━━━

 

そんな現実逃避も込めた自棄の叫びの横で、自信満々かつノリノリに歌うキューミン。

……だが、現実は非情である。曲を割り裂くように鳴る鐘は一つだけ。つまり失格だ。

キューミンには悪いが、正直助かったとホッと一息を吐く。心臓がバクバクでもうどうしようかと……

 

「えぇーッ!?まだフルコーラス歌ってない……二番の歌詞が泣けるのにー!!なんでー!?」

 

不完全燃焼なのだろう。自分の好きなポイントまで歌えなかった事を悔しがるキューミン。

キューミンのそういう感情を一切隠さない所は本当にスゴイと思うのだが、まぁ勝負は勝負。いやー失格になった以上はコレ以上此処に居ても仕方ないかなーッ!!

 

……とは思うものの、結局(くずお)れてへたり込むキューミンを放ってはおけなかったのだが……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「楽しいデスな~!!何を食べても美味しいデスよ~!!」

 

「じー……」

 

━━━━私達は、リディアン音楽院に潜入する事に成功していた。

調が見つけたのは、装者達が通うリディアン音楽院そのもののデータ。其処に近日開催される『学園祭』なる物を見つけたのだ。

ウェル博士に訊ねた所では『学生が自ら主導して行う出し物などを用いたお祭り』なのだというそれは、通常は強固に働くセキュリティをある程度引き下げて行われる物だと分かった。

ならば、話は簡単だ。正面から『客』として乗り込んでしまえばシンフォギア装者に近づく事とて容易い筈だ。

 

……その筈だったのだが、なんとも運の悪い事に此処に来る道程で自然発生したノイズに直面してしまったのが幸先悪い。

当然、放っておけば人が死ぬし、何よりもシンフォギア装者達が学園祭の只中に居なければ意味が無い。

それ故に切歌と調にノイズを蹴散らしてもらい、同時にボクが避難誘導の真似事をしたのだが……果たして、二課は誤魔化されてくれるのかどうか……

 

「な、なんですか?調……」

 

━━━━そんな風に考えている間に、ボクにとっては懐かしい品であるタコ焼きを食べていた切歌を調が睨みつけていた。

なるほど、幾ら『潜入美人捜査官メガネ』を掛けているとはいえ敵地なのだから気を張って欲しいのだろう。因みにボクが掛けているのはオレンジ色のフレームである。

 

「━━━━私達の任務は学祭を満喫することじゃないよ、切ちゃん。さっきだって装者を一人見つけたのに途中でポテトに釣られて見失っちゃうし……」

 

━━━━立花響と言っただろうか、あの少女は。先ほど、ボク達は彼女を見つけていた。だが切歌が道中のポテトに惹かれている間に彼女とその連れ合いは人混みに紛れ、見失ってしまったのだった。

それもあってか、カサカサと風にそよぐ木陰で調は切歌を詰問している。

 

「わ、分かってるデスよ!!でもコレも捜査の一環なのデス!!」

 

「捜査?なにを?」

 

「人間だれしも、美味しい物に引き寄せられるデス。だから、学院内のうまいもんマップを完成させる事が捜査対象の絞り込みに有効なのデス!!」

 

「…………」

 

調は無言で切歌を見つめる。まぁ、気持ちは分かる。どう見ても学園祭を満喫する為の口実にしか見えないし。

だが……ボク個人としては、嬉しい部分がある。

切歌も調も、FISに誘拐される前の幼い日の記憶を喪っている。ボクだって、たかだか小学生くらいだった昔の事なんて殆ど覚えてはいない。

━━━━だからこそ、こうやって何でもない日常を楽しんでくれている事が何より嬉しいのだ。

 

「まぁまぁ、調も落ち着いて。うまいもんマップは兎も角、ボク等はお客に紛れて此処に潜入してるんだから……楽しんでないで何かを探るような目つきをしてたら逆に怪しまれちゃうよ?

 幾ら警備が緩んでいるとはいえ、怪しむ人が居ないとは限らないんだから……」

 

「━━━━そうそう。秋桜祭では喧嘩はご法度。出来れば揉め事は起こさないで欲しいかな。」

 

聴こえた声にうんうんと頷いてから、ようやく気付く。はて?今の男性の声は誰のものだろうか?

そう思い至って声の方に振り向けば、其処には木の上から上下逆さまに垂れ下がる男性が一人。

 

━━━━その姿を見て、()()()()()と叫びを挙げそうになるのを必死に耐える。

分かっていた筈だ。装者に近づくという事は、つまり彼女達を護る彼に近づく事だと。

……けれど、覚えていてはくれないだろう。何年も前にたった一度遊んだだけの少女など、見知らぬも同じ筈だから……

 

「━━━━ッ!?」

 

「あー、ストップ。今言った通り戦うつもりは無いから、出来れば構えないでくれると嬉しいかな。」

 

「……そんな言葉、信用出来ない。」

 

「そうデス!!あたし達は敵同士なんデスよ!!」

 

「……とは言ってもだな。今の状況、有利なのはキミ達の方なんだよ。此処には今、数千人の来場者が居る。キミ達が狙ってやったのかはともかく、此処で君たちと刃を交えれば一番被害を受けるのは何の罪もない彼等だ。

 それは此方としても絶対に避けなければならない。だから休戦したいのさ。キミ達が積極的に攻撃を始めない限り此方は攻撃しない。という事でね?」

 

地に降り立ちながらのお兄ちゃんのその言葉に、ボク達は頭を突き合わせて相談を始める。

 

「━━━━どう思うデス?」

 

「……理屈は通ってる。ライブ会場の時と一緒で来場者が人質という事。ただ……」

 

「……問題は向こうが律儀にそれを護ってくれるか、だよね?

 ……ボク個人としては、護ってくれると思うよ。ホントは此処には居ないけれど、ボク達には()がある。ボク達そのものよりもそちらを警戒しているんだと思う。」

 

ボクの指摘にイヤな顔をする切歌と調の脳内に浮かぶのは杖を嬉々として振るうウェル博士の顔なのだろうな、と思い至り苦笑を零す。

━━━━だが、実際に杖が振るわれてしまえばどうなるかを考えれば、お兄ちゃんがここまで此方に譲歩するのも納得だ。

二課は武装組織ではあるが制圧部隊では無く、専守防衛を旨とする組織だ。それ故にか『犠牲を許容しての作戦展開』を嫌う。

組織力でも権力でも劣るボク達に勝機があるとすれば、其処だ。

 

「……分かった。私もあの人を此処に呼びつけるのだけは嫌。」

 

「そもそもコレはアタシ達に託された作戦デスからね!!アタシ達でどうにかしてやるデス!!」

 

「……と、言うワケで。ボク達としては否やは無い……です。」

 

━━━━どう接すればいいのだろうか。敵として?それとも、見知らぬ他人として?

十年。長い時間だ。本当なら、お兄ちゃんの隣で()()()は笑って居られたのだろうか?

……今さらな事だし、もしも(IF)の話だ。無意味な仮定で現実逃避だってわかっている。けれど、それでも思わずには居られないのだ。

今の自分はFISのレセプターチルドレンだという事実が、あまりにも重い。

 

「そうか……ありがとう。提案を受け入れてくれて。折角だし、お近づきの証に何か奢ろうか?」

 

「敵の情けなど受けるものかデス!!」

 

「うんうん。」

 

「……分かった分かった。あぁ、そうだ。ついでに伝言。『助けてくれてありがとう』ってさ。

 今朝のノイズ、その場で対処してくれたのはキミ達だろう?是非伝えて欲しい……って助けられたお婆さんが言っていたよ。」

 

━━━━そう言って、お兄ちゃんは内廊下へと歩き去って行く。ボク達の監視とかはしなくていいのだろうか?と一瞬思ったが、何かしらの方法で監視の目自体は付けているのだろう。

過度な干渉はしないという姿勢をアピールする為の行動であって、未だ近くには居るのでは無いだろうか……

それよりも大事なのは、あの時ボク達がお婆ちゃんを助けた事が無駄では無かったという事。

 

「……よかったね、切歌、調。」

 

「はいデス!!」

 

「……うん!!」

 

そう言ってハイタッチする二人を、ボクは微笑ましく見守っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━学園祭の喧噪の中を、変装した奏を連れて歩いていたのは奏の要望を受けての事だった。

けれど、そんな中で来賓への挨拶回りを終わらせた共鳴くんと出逢えたのは幸運以外の何物でも無い。

……だから、クラスの皆から後押しされたワケでは無いのだが……それでも、少し意識してしまう。

 

「━━━━そういえば共鳴くん、さっきは何があったの?急に飛び出していく物だからビックリしたのだけれど……」

 

「トモの事だし、なんか困ってる人が居たとかじゃないのか~?けど、今はアタシ等をエスコートしてるんだからコッチの事を放っておくのは減点だなー。」

 

「うっ……すいません。奏さん……あ、階段ですので持ち上げますよ?」

 

そう言って、共鳴くんは帽子とサングラスを掛けた奏を軽々と持ち上げる。

私もそれに合わせて車椅子を持ち上げて階段を上る。

 

「……はい。コレでいいですか?」

 

「うぅ、いつもすまないねぇ……」

 

「それは言わない約束ですよ、おとッつぁん……って、なんで時代劇なんですか?」

 

「だって日中ヒマなんだしさー。テレビしか見る物が無いからヒマなんだよーもー。」

 

「義肢の調整がここまで難航するとは思わなかったものね……」

 

━━━━四肢を喪った今の奏の新たな手足になる筈の義肢だが、その要求スペックの高さから開発が中々進んでいないのだ。

 

「奏さんの最終目標がアイドルとしての復帰である以上、異端技術を前面に押し出した義肢は任務向けにしか使えないのが難点ですね……なにか技術的ブレイクスルーとか、人間工学と異端技術に詳しい技術者の方でも居れば話は別なんですが……」

 

「まぁ、無茶な希望なのは分かってるけどさ……歌って踊れて、そのまま誰かを助けられる……そんな手足じゃなきゃ、ツヴァイウイングの復活とは言えないだろ?」

 

「ですね。ただ……やはりそういった複数の課題を同時に解決するのは中々……」

 

「ふむ……」

 

━━━━難しい話だ。奏の要求自体は理解出来る。アイドルとして歌を届ける事も、誰かを護る為の防人たる事も、どちらもツヴァイウイングにとっては大事な事だ。

 

「いっそのこと、機械的に聖遺物が起動出来るのならギアに義肢を任せられるのだがな……」

 

「母さんもそれを考えてるんだけど、二課の技術だとバッテリーが巨大化して背負う形式になっちゃうらしいんだよね……」

 

「……人体というのは、中々どうして高性能なのだな……あっ!?」

 

「━━━━うわッ!?」

 

「おっと。大丈夫?翼ちゃん、クリスちゃん。」

 

━━━━人体の神秘を垣間見て掌を見つめていた私は、目の前の教室から出て来たらしい雪音に気付けずにまたも正面衝突を起こしてしまったらしい。

らしい、というのも、ぶつかった段階で共鳴くんが支えに入ってくれた為に二人共したたかに打ち付けられる事無く抱き留められていたからだ。

 

「あ、あぁ……私は大丈夫。それよりも……またしても雪音か?何をそんなに慌てていたのだ?」

 

数日前と同じ形での衝突事故ともなれば流石に再発防止策を問いたいものだ。

 

「━━━━何故もなにも、追われてんだよ!!今だって包囲網が狭められてて……」

 

「クーリスちゃーん!!」

 

「ゲェッ!!天音ェ!?来るんじゃねぇッ!!」

 

「━━━━チェルノブイリッ!?」

 

━━━━あぁなるほど。当日になっても尚、という事か。

てっきり、今もうなじにヒリヒリと感じる追跡者の気配の事かと思ったが、天音さんが出て来たからにはどうやら違うようだと安心する。

 

「えーっと……厄介ごとでは無い、って事かな?」

 

「……みたいだな。」

 

雪音の見事なアッパーカットで教室の中へと吹き飛び戻り行く天音さんを見ていると、後ろから聴こえる足音達。

其処に居たのは私の予想通り、数日前に雪音を追いかけていた少女達だった。

 

「━━━━見つけた!!雪音さん!!」

 

「お願い!!登壇まで時間が無いの!!」

 

「えーっと……どういう状況なのか説明してもらってもいいかな?」

 

「━━━━あ、はい。勝ち抜きステージで雪音さんに歌って欲しいんです!!」

 

「だから、なんであたしが……!!」

 

「━━━━だって雪音さん、すごく楽しそうに歌っていたから。」

 

━━━━コレは、雪音の負けだな。胸中にて頷くのは、その攻勢に見覚えがあるからに他ならない。

数日前、共鳴くんと一緒に学園祭を回るべきだと熱弁された時の私と、今の雪音は同じだからだ。

 

「━━━━雪音は、歌が嫌いなのか?」

 

「あ、あたしは……」

 

だから、掛ける言葉は後押しのそれだ。七夕の夜に聴いた言葉。

━━━━歌で、世界を幸せにする事。

きっと、雪音が託された物なのだろうそれは、美しい理想だったのだから。

 

「……クリスちゃん。

 俺はさ、皆に笑っていて欲しいんだ。だから、キミにだって笑っていて欲しい。

 ━━━━キミに、幸せになって欲しい。だから、この一生に一度の学園祭を楽しんで欲しいんだ。」

 

「━━━━あ、あ、あ……相変わらず火の玉ストレートが過ぎるんだよお前ェ!!分かった!!分かったっての!!出ればいいんだろ!!」

 

まるで立花のように……いや、もしや立花が共鳴くんを真似たのか?どちらかは分からないが……

そうやって雪音の手を握って真っ直ぐな言葉をぶつける共鳴くんの姿に、奏と顔を合わせて苦笑を零したのだった。

 

「━━━━共鳴、そういう事は家でやれ。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『さぁて、激闘続く勝ち抜きステージ!!次なる挑戦者の登場ですッ!!

 なんでも、クラスメートからの強力な後押しがあったという注目の二回生!!』

 

━━━━なんて紹介をしやがる、と恨みを込めて舞台袖でイイ笑顔をしてやがる天音(バカ)を睨みつけながら、あたしは思う。

流れ出すのは、近頃流行りなのだとアイツが聴かせて来た曲だった。よかった……シンフォギアである程度アドリブなカラオケには慣れてるとはいえ知らない曲を歌うのは骨が折れる。

 

「━━━━まだ、見ぬ……」

 

本当の自分、なんなのだろうか。歌い始めた歌の歌詞と重ね合わせるのは、あたしの心。

そう、痛みとは違った痛みを感じる。身体が痛いワケじゃないのだ。あたしが傷つけたも同然なのに、あんなに温かく迎えてくれた皆を見ると、心が痛む。

 

━━━━でも、今は何故だろう?そんなあたしの未来が、ゆっくりと色づいていくのだ。

少しずつ、一色ずつ。虹色を描くように色が増えていく。

 

感じた事が、無かったんだ。こんな居心地の良さ。

バルベルデでのあたしは、涙を最後の抵抗にあらがうしか知らなかったんだ。

大人なんて、あたしをド汚い手で嬲って心を抉るだけの存在だった。

━━━━けれどそうじゃないんだって。世界には、こんなに高い空があるって……その空には、歌が響くんだって。

 

ステージから見える客席は薄暗いのに、共鳴が居る場所はすぐに分かった。警護の為だからとか言って、アイツはすぐに入り口のすぐ傍に陣取るのだ。

 

━━━━笑っていいのかな?許して……もらえるのかな?

ステージから歌に乗せたそんなあたしの問いかけに、きっとアイツはこう答えるのだろう。

『たとえ許されないとしても、幸せになって欲しい』だなんて、我がままにも程がある言葉で。

 

 

 

あぁ、こんなに……こんなにも温かいんだ。この場所は。

彼女達が真実を知った時、あたしは許されるのだろうか。それは分からない。

けれど……!!けれど……!!ここが!!こここそがって心が叫ぶ!!あたしの帰る場所はここなんだって!!

 

━━━━あぁ、楽しいなぁ……あたし、こんなに楽しく歌を歌えるんだ。

舞台袖を見れば、其処にはVサインで微笑む天音(バカ)とクラスメイト達の姿。

 

此処は、あたしが居てもいい場所なんだな━━━━

 

『━━━━勝ち抜きステージ、新チャンピオン誕生ですッ!!

 審査員の皆さんも観客の皆さんも満場一致!!点数計算を待つ必要すらありませんッ!!

 さぁさぁ次なる挑戦者や如何に!?飛び入り参加や部外者の方の参戦も当ステージでは大歓迎となっておりまーす!!』

 

━━━━そんな余韻をぶち壊したのは、ノリノリでぶち上げてくる司会の少女。三年生だろうか?

その無粋な進行と、そして……

 

「━━━━やるデス!!」

 

真っ直ぐに手を挙げる、新たな挑戦者の姿だった。

 

「チャンピオンに……」

 

「挑戦デス!!」

 

「ッ!?アイツ等……!?」

 

━━━━その姿を、あたしは知っている。

二人組らしき、緑色と桃色の少女達。

 

━━━━フィーネに所属する、装者達だった。




━━━━祭りも佳境。しかして座興。
それ故に、無粋な砲火は少女達の仮宿へと降り注ぐ。

苛烈なる槍は此処に立ち、狂気を孕む指揮者の絶望の指揮棒(タクト)を弾き飛ばす。
この手を血に汚す事を厭いはしよう。だが……血飛沫に染まる小夜曲(セレナーデ)など、とうの昔に聴いた旋律。二度とこの目に焼き付けはしない。

……だから、少女は気づかない。自らに根付く甘さと、芽吹いた苛烈なる槍の天秤は、いずれ自らを圧し潰すのだという。そんな単純な事実にも……


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第五十一話 双翼のオービタルビート

「━━━━翼さん、あの子達は!?」

 

「あぁ……だが、何のために……?」

 

秋桜祭の勝ち抜きステージ。

歌で覇を示せば願いが叶うその舞台にて、ただ歌を楽しんだクリスちゃんの余韻もそこそこに立ち上がるは二人の少女。

━━━━その少女達を、俺は知っている。つい先ほどに仮初めの休戦条約を結んだ、FISに所属する少女達。

 

「なるほど……そう来るか。」

 

「━━━━知っているのか、共鳴!?」

 

「あぁ……どうやら何らかの目的で秋桜祭に紛れて来たようなんだけど……どうにもね。お祭りを伸び伸び楽しんでいるようだったから……

 藪をつついて蛇を出すまでも無いと思って、ギアや杖を使っての襲撃さえしなければ此方からは手を出さないと釘刺ししておいたんだよ。」

 

「……さっきの視線やら、その前にトモが走ってったのがそれか。

 ……んで?それがどうして奴等がステージの上で歌う事になるんだ?」

 

「━━━━目的は恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないかと。

 それ自体は別に敵対的行動じゃないし、此方では止めようがない。けれど……」

 

勝ち抜きステージの優勝者には、生徒会権限の中でなんでも好きな事を叶える権利が与えられる。恐らく彼女達はそれを使って装者達にアタックを掛けてくるつもりなのだろう。

 

「……何故、勝ち抜きステージなのだ?幾ら生徒会権限の基に願いが叶うとはいえ、よもや私達と決闘がしたい等と言い出すワケでもあるまいに……」

 

━━━━そう、その目的が分からない。そこまでして権利を手に入れたとしても所詮は生徒会の裁量程度。よもやそれで叶えられる程度の願いに彼女達が拘泥するのは何故だ?

 

「えっと……響、お兄ちゃん。あの子達、一体何者なの?襲撃とか、決闘とか……なんだか不穏な言葉が聴こえるんだけど……?」

 

「う、うん……あのね、未来……」

 

「━━━━彼女達は、世界へと宣戦布告したシンフォギア装者達……マリア・カデンツァヴナ・イヴの仲間だ。」

 

「マリアさんの!?じゃあ、ライブ会場みたいにノイズを操る事も……!?」

 

「そう、かも知れないんだけど……」

 

……そう告げる翼ちゃんの言葉は残酷だが、事実だ。彼女達がマリアさんの仲間である事は変わらない。けれど、一つ訂正しておかなければならない事がある。

 

「……いや、ノイズを使う事は出来ない筈だ。其処は安心していい。

 ノイズ出現という偶然を必然と変えられるフィーネの新たな器らしいマリア本人はどうも此処には来ていないようだし……それ以外でノイズを操るとなればそれはソロモンの杖になるけれど……」

 

「なるほどな?あの子等は見た感じ杖を持ってない……いや、杖を次善の策として今さらおっとり刀で抜くくらいなら最初っから抜く筈だからか?」

 

「えぇ。それに、今朝発生した偶発的なノイズ被害と、其処で行われたという避難誘導。それも恐らくは彼女達の所業かと。」

 

「じゃあお兄ちゃん!!……あの子達は、人助けの為にギアを使ったって事?」

 

「あぁ……彼女達は何かしらの目的の為に世界を敵に回すような独自の行動を取ってはいるが……心優しい少女だと、俺は思っている。」

 

その言葉に酷く安心する響を見ながら、彼女達の移動の為に講堂の全体照明が点くのを入り口から見下ろす。

━━━━正義では護れぬ物を護ると、彼女達は言っていたという。

確かに、それは事実だ。正義とは社会秩序と深く結びついた概念であり……正義で総てを救うなど、人の手に余る奇跡なのだ。

けれど、その為に世界へと宣戦布告をし、テロリズムを行うその姿勢。それによって起きる混乱は決して看過できない。

……一つ歯車がズレていれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

━━━━それでもなお。十万の人の命を危険に晒してもなお。護らねばならぬ物が彼女達にあるというのなら……それを知る事が、彼女達との対話の為に必要なのだ。

知らなければ、人は手を取り合って分かり合う事など出来ないのだから……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

アタシ達がステージに上がれるようにと照明で明るくなった講堂の壁際の階段を、調と一緒に降りていく。

『デュエット曲だから、切歌と調で歌ってきなよ。』と言って美舟は座ったままだけど、むしろそれがいいかもしれない。

アタシ達はギアを持っているけれど、美舟の適合する聖遺物はギアにするには大きすぎるのだから、アタシ達が目立つ事でもしもの時にも彼女だけは逃げやすくなる筈だ。

 

「━━━━ッ!!」

 

睨みつけてくるのは、二課の装者。さっきはあの歌にちょっと聞き惚れちゃったけど、それはそれ。

アタシ達の絆の歌だって絶対負けてないのデス!!

 

「べーっ!!」

 

そんな想いを込めて、ステージに未だ立つ彼女にアカンベェを決めてやる。

 

「んなっ……!?」

 

「……切ちゃん。私達の目的はあくまでも……」

 

「聖遺物の欠片から作られたペンダントを奪い取る事、デース。」

 

「だったら、こんなやり方しなくても……」

 

「聞けばこのステージで勝ち続ければ、なんでも一つ願いを叶えてくれるトカ。さっきの釘刺しで直接奪う事が難しくなってしまった以上、平和的に、堂々とゲットできる絶好のチャンスを逃す手は無いデスよ!!」

 

━━━━コレならさっきのおにーさんとの約束を破る事無くペンダントをゲット出来るというワケデスよ!!

 

「━━━━面白れぇ!!やりあおうってんならこちとら準備は出来てらぁ!!」

 

「……はぁ。分かった。特別に付き合ってあげる。でも忘れないで。コレは……」

 

調の言葉のその先は分かっている。コレは大事な任務だって事。調は信じてくれないけれど、忘れた事が無いと言うのはホントなのだ。

━━━━だから、本気の歌で奪いに行く。それが礼儀という物デース!!

 

「では曲は……」

 

「ツヴァイウイングのオービタルビートをお願いするデス。」

 

「あっ、はい……コホン。」『それでは歌っていきましょう!!えーと……』

 

『月読調と……』

 

『暁切歌デス!!』

 

『OK!!二人が歌うのはO()R()B()I()T()A()L() ()B()E()A()T()!!勿論ツヴァイウイングのナンバーだッ!!』

 

━━━━この曲は、確か装者についての情報収集の時に美舟が手に入れて来てくれたんでしたっけか?

フロンティア計画の為と偽ってマリアが歌姫への階段を駆け上がる中で、そのマネージャー代わりを務めていた美舟は、アタシ達に色々な物を持ってきてくれたデス。

『これからの切歌と調は世界を切り開く鋸と鎌(フロンティア)になるんだから、今までの狭い世界だけじゃなくて色んな世界を知らなきゃね?』なんて言って……

そのお陰で今、アタシ達はこんな手段を取れている。だから、きっと同じ気持ちなのだろう調と一緒に感謝を込めて。

座りながら手を振ってくれる美舟へと視線を向けるのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━この歌!?」

 

「コレって、翼さんと奏さんの!?」

 

「━━━━何のつもりのあてこすりッ!?挑発のつもりか!?」

 

「へぇ?お手並み拝見って奴だな……ん?どうしたんだ、トモ?」

 

此処まで目立ってしまう勝ち抜きステージにわざわざ登るなんていい度胸をしてるものだが、その上更にアタシ達ツヴァイウイングの歌まで歌うとは大した挑発だな。

だが、そう感心するアタシの横では何故かトモが頭痛を抑えるように眉間を抑えていた。

 

「……本当に、アレは挑発のつもりなんだろうかって。彼女達の目的は……正直よく分からないですけれど、今の所は此方との衝突を避けようとする動きだったんです。

 だから、此処で歌を挑発に使うのはおかしいような……それに、今言ってた名前もライブ会場でマリアさんが呼んでた名前と一致するので……アレ、多分本名です……」

 

そう言うトモの言葉が妙に歯切れが悪いのは、実際に彼女達と話した事が原因だろうか?

━━━━というか、だ。

 

「……潜入中に思いっきり敵にフルネームバラしたワケ?そりゃ……腹芸には見えんわなぁ……」

 

ザッと聴いただけでアタシも頭痛がしてきそうな事情がカッ飛んで来てしまってはそれは頭痛もするだろうってモンである。

潜入して何かしらの工作を行おうってのに、顔も丸出しで道中でノイズ倒して人助け?挙句の果てに本名バラしてステージで熱唱スタートだぁ?

コレが此方の混乱を狙っての事だとすればトンだ食わせ者だし、その場のノリで動いての事だというのなら……善良が過ぎる。

見た感じ、学校に通ってたとして中学生くらいの年頃なのだろう華奢な少女達だ。恐らくは後者なのだろうが……

 

 

━━━━そんな、ある意味微笑ましい悩みも吹き飛ばす歌が聴こえて来たのは……ちょうどその瞬間だった。

 

「……」

 

「……」

 

誰も言葉を発さない。この歌を前に声をあげるのは無礼に当たると分かっていたからだ。

アタシ達アイドルはステージに立って最高の歌を届けるのが仕事だ……だから、分かる。

今ステージに立つ二人は、紛れもなく自分の最高の歌を届けようとしているんだって。

━━━━きっと、彼女達は本気で歌っているのだ。その本気が伝わるから……

 

「━━━━なぁトモ。ちょっと耳貸して?」

 

━━━━二人の歌の邪魔をしないようにコッソリと。そうしてトモに耳打ちするのはちょっとした悪だくみ(おかえし)の案。

 

「……分かりました。じゃあ、ちょっと準備してきますね。」

 

快くその案を受け入れてくれたトモが舞台袖に向かうのを見ながらほくそ笑む。

━━━━サプライズには、サプライズで返すのが粋ってモンだろう?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

━━━━その歌には、紛れもない本気が宿っていた。

 

「翼さん……」

 

万難を払う防人である私だが、それと同時に歌女でもあるのだ。だから、彼女達の目論見は分からずとも……彼女達もまた、歌女である事は分かる。

 

「……歌を歌う者同士が、何故拳を握って戦わねばいけないのか……」

 

「━━━━別にさ、拳を握るだけが戦いってワケじゃあないと思うぜ?

 そりゃ勿論、アイツ等も思う所があって拳を握ってるワケだから、戦わなくてもいいなんてまでそう簡単にはいかないだろうけど……ああいう風に舞台に登ってくれるってんなら、やりようはある筈さ。」

 

━━━━そんな私の迷いに隣に座る奏がくれた返答は、まるで共鳴くんのように前向きな物だった。

 

「……奏には、なにか策があるの?」

 

「あぁ、あるぜ。既に手は打ってある。細工は流々、後は仕上げを御覧じろって奴だ。」

 

その自信に思わず首を傾げ、問いを投げかけようとする私の言葉を遮るように、いつのまにやらどこかに行っていた共鳴くんが戻ってくる。

 

「根回しはしておきましたよ……ところで奏さん、どうやって()()()()まで上がるつもりで?」

 

「えー?トモが連れてってくれよー。鍛えてるんだからそれくらい余裕だろ~?」

 

「……後で諜報班と緒川さんから怒られるのは俺なんですけどね……まぁ、分かりました。お連れ致しますよ、お姫様。」

 

━━━━ちょっと待って欲しい。奏はなにか仕掛けるつもりだというが、共鳴の口ぶりではまるで()()()()()()()()()ようでは無いか?

 

「えっと……奏?ちょっと聞きたいのだけれど……細工って一体、何をしたの?」

 

イヤな予感が防人としての直観を埋め尽くす中で恐る恐る投げかけた言葉への返答は、昔と同じで変わらない……私を連れ出してくれる時のニカッと笑った奏の笑顔だけだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『チャンピオンとてうかうかしていられない素晴らしい歌声でした!!コレは得点集計が気になるトコロです!!

 ……ん?あ、はい……えぇっ!?コレホント!?』

 

━━━━切歌と調の歌は素晴らしかった。身内の贔屓を抜きにしても尚余りある称賛を込めて、私は周りの人達と一緒に喝采を贈る。

そう、彼女達には未来がある。本当は、最初からこうなる筈だったのだ。それを引き裂いたのは大人たちの黒い事情で……

それなのに、彼等は必要になったからとボク等に多額の予算と、多少の権限を与えてフロンティア計画を始動させたのだ。

 

「……この世界の最後の世代として、せめて今この時だけは……切歌と調には楽しんで欲しいな……」

 

━━━━ルナアタックによって重力バランスを喪った月の落下がいつになるかはまだ分からない。十年後か、百年後か。或いは明日かも知れない。

だが、今世紀初頭のフィクション━━━━フロンティア計画の為に調べた中で見つけた資料映像だが。にも描かれるように、()()()()()()()という事実は人々から余裕を奪い去るだろう。

そうなれば、月が落ちる前だろうとこんな風な日常なんて消えてなくなってしまう。

だから、その先に生きるべき存在である二人にもこんな時間を生きて欲しかった。

 

『━━━━アジトが特定されました。襲撃者自体はマリアが退けましたが、場所を知られた以上長居は出来ません。』

 

━━━━そんな私の儚き願いを砕き散らすのは、マムから入った通信。

……やっぱりか。という納得が強いのは、私がステージで茫然と通信を聴く二人とは違って様々な事情に触れているからだろう。

 

『私達はこれより移動を開始します。此方の指示するランデブーポイントで落ち合いましょう。』

 

そもそも、私達は消耗したエアキャリアの燃料補給の為に米国が用意していたセーフハウスを占拠して運用していたのだ。

彼等の監視網に引っかかる以上は早晩に見つかるだろうとは思っていたが……まさか占拠して一日程度で襲撃を始めるとは。

 

『そんな!!あと少しでペンダントが手に入るかも知れないデスよ!?』

 

『緊急事態です。命令に従いなさい。』

 

『あ……』

 

切歌の返答へのマムの返答もまた、取り付く島もないモノ。けれど……

 

「━━━━マム。ボクからもお願い。ボク等三人は今、二課のメンバーと()()()()()()()()()()()()()()()()を結んでいるの。

 この協定が実行されている限り、彼等は杖による襲撃を恐れて私達に手出しできない……たとえ、実際には私達が其方と合流出来ていないとしても。」

 

『……ならば美舟、アナタはこの局面をどうしようというのですか?』

 

「勿論、この状況を最大限利用します。切歌の策は今成ろうとしている。それを見届けた後にボク等は堂々と、正面からこの学園祭を後にすればいい。

 そのついでに、停戦協定を引き延ばして時節を此方に有利な場所に指定する。

 ━━━━そうしておけば、二課の対処は米国の後始末と、ランデブーポイントへと向かう此方の追跡とで二手に別れざるを得ない。

 如何に二課が特務機関として諜報に長けていようと、同時に複数の事象が起こればそれぞれに対処せざるを得ない以上は手落ちが起きる。

 追手の一組二組程度なら、シンフォギアを纏った二人の前には無いも同然……杖を恐れて強行が取れぬ以上は猶更に。」

 

━━━━どうだろうか。なにぶん急拵(きゅうごしら)えの策だ。素人の付け焼刃でしか無いが……

 

『……分かりました。此方も無策に近い身……ひとまずは美舟の策に乗るとしましょう。ランデブーポイントは追って通達します、学院を出た所で連絡なさい。』

 

ホッと、溜息を一つ零してから、ステージの上に立つ二人に手を振る。

それを見て感極まった顔をする切歌に、思わず笑みが零れる。

あの子は普段から溜め込みがちな部分があるから、せめてこんな時くらい笑顔で居て欲しいというボクなりのお節介だったのだが……どうやら、上手く行ったらしい。

 

『さぁ!!採点結果が出た模様ですが、その前に!!』

 

━━━━そんな時に、司会の少女の進行がボク等に現実を思い出させた。

はて、採点結果が出たのなら、後は発表するだけでは?

そんな想いはボクだけでは無いようで、講堂内にざわめきが産まれる。

 

『━━━━今回、彼女達の飛び入り参加を見て自分達も参加したい!!と名乗りをあげた人物が居ました!!

 しかし、()()()が参戦すると勝ち抜きステージの趣旨が変わってしまう為、急遽特別講演(エキシビジョン)としてご登壇いただく事と相なりました!!』

 

━━━━まさか。

講堂内のざわめきは今やその質を変え、期待と興奮に満ちた物へと変わっていた。

リディアン音楽院という場所、そして、切歌達の歌を聴いて急遽参戦したという特別ゲスト。

そんな奇矯な事をする存在は、この場には一組しか居ない……!!

 

『それではご登壇いただきましょう!!

 ━━━━一対の翼が帰って来た!!どこへ行っていたンだ、クイーンズッ!!我々はキミ達を待っていたッ!!

 ━━━━ツヴァイウイングのお二人の登場だァァァァ!!』

 

━━━━そうして今此処に、双翼が降臨した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━コレは、後で緒川さんから怒られるなぁ。

なんて、そんな想いはおくびにも出さず。

講堂に広がる歓声に応えて腕を振る奏さんを姫抱きに支えながら、俺は側面の階段を降りて行く。

ステージには既に椅子が用意されているが、見た所それは天音ちゃんの仕業だったようだ。

 

「━━━━さぁ。歌には歌でお応えしてやるよ。折角の特設ステージなんだ。アタシ達の歌も聴いていきな!!」

 

そうして、俺の助けを借りてステージに辿り着くやいなや、開口一番に奏さんが咆える。

 

「……なるほど。そういう趣向なのね。ならば聴くが良い!!番う歌をッ!!」

 

「デ、デデデース!?」

 

「コレは、正直想定外の展開……」

 

「ハチャメチャが過ぎるだろ……素人のステージに本職が上がってくるとかよ……」

 

クリスちゃんの真っ当が過ぎるツッコミに苦笑しながら、奏さんを椅子に座らせ、マイクの高さを調整する。

 

「━━━━やぁ皆!!リハビリの途中だったんだけどさ。アタシ等の熱心なファンに()てられて出て来ちまった!!

 あくまでもオフレコな一時の夢だけど……一足先に、両翼揃ったツヴァイウイングの歌をお届けだッ!!」

 

━━━━奏さんの声に応えるは、講堂を震わせる歓声の渦。まったくもって運がいい人達だ。三ヶ月前に復活を宣言したとはいえ、未だリハビリに専念するアイドルの一時限りの復活に立ち会えるとは。

 

「……いいのかよ。コレ、収集付くのか?」

 

「……まぁ打算三割の本心七割、かな。クリスちゃんには悪いかもだけど、このまま勝ち抜きステージが有耶無耶になれば理屈は分からないけど自信満々な彼女達の策を打ち破れるだろうってのはある……

 あるけどそれ以上に、奏さんには自分のやりたい事を我慢してもらいたくないって思ってるから。」

 

━━━━手を伸ばす事。身の丈に合わぬ願いをそれでも求め続ける事。

手に余る奇跡だとしても、俺はそれを皆と一緒に掴みたい。だから、奏さんが自分から仕掛けようと言伝を頼んでくれた事は俺にとっても嬉しい事なのだ。

 

「そういう話じゃねぇよ……まぁ、いっか。あの人等も楽しそうだしな……」

 

呆れ半分にお手上げのポーズを取るクリスちゃんの顔が緩んでいるのは、ツヴァイウイングの二人が楽しそうだからだろうか。

 

『━━━━それではお願いしましょう!!エキシビジョンデュオ、曲は()()()()()()()()()だーッ!!』

 

━━━━フリューゲルの前奏、其処に思い出すのは二年前のあの日の事。

天女のような少女達の歌。ライブ会場に響き渡ったその歌を忘れる事は無いだろう。

……あぁ、だが。

 

「天音ちゃん、大丈夫?」

 

彼女は、大丈夫だろうか。あの日、ノイズに行き合ってしまった少女。その心は。

 

「━━━━綺麗……」

 

だが、それはどうやら要らぬ心配だったようだ。

制服のままの翼ちゃんと、椅子に座ったままの奏さん。あの日とは全く異なる装いでありながらも、その歌声はむしろあの日よりも強く、美しくなっていた。

 

━━━━そういえば、この曲の作曲には了子さんも関わっていたんだったかと、ふと思考が逸れる。

カストディアン。響が教えてくれた、フィーネが想いを遂げようとした相手。

それは、神と呼ぶに等しい存在だったという。

カ・ディンギルがバベルの塔だったというからには、カストディアンとはいわゆる『聖典の民』が信奉する聖四文字を指すのだろうか?

……だが、バベルの塔の伝承は元を辿ればシュメール初代王エンメルカルに準えられる『神への反逆者』二ムロドに行き着く言語離散説話だ。

フィーネ……了子さんの大統一文明史説によれば、全ての文明の源流は同一となる以上、カストディアンとは即ち世界各地の神話における神の源流とも言えるだろう。

特定の神性を指す言葉では無く、カストディアンとは種族名なのか?

……そもそも、バラルの呪詛を掛けた理由は?呪詛を掛けた後に彼等はどこに消えた?

 

━━━━兎にも角にも、スケールがデカ過ぎる。

こんな雲を掴むようなオカルト話とあっては、考察するだけで思わず頭も痛くなるという物だ。なにせ繋げようと思えばなんだって繋がるし、実際に聖遺物はその繋がりを肯定してしまうのだから。

実際の所どうだったのかは、最早今代のフィーネであるマリアに聴くしか無いのだろうが……

 

「果たして、あの人がそう簡単に話を聴いてくれるのかどうか……」

 

「……ん?どうしたんだよいきなり。また考え事か?」

 

「あー……まぁそんなとこ。余計な心配事ではあるんだけどさ……」

 

━━━━まさか、何処かに去ったらしいカミサマが、再びこの世に蘇るワケでもあるまいに。

 

……そんな余計な筈の心配事は、どうしてか俺の脳裏にこびりついたまま離れなかったのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『……最高のエキシビジョンをありがとうございました。それでは皆さん、ツヴァイウイングのお二人に盛大な拍手を!!』

 

━━━━会場が割れんばかりの拍手喝采。それを一身に受けて手を振り返す二人。

 

「綺麗……」

 

あの日、ライブ会場を後にした時に見た虹色の光も綺麗だと思った。けれど、今なら分かる。

あの光とこの歌は、きっと同じ物で出来ているのだ。

 

━━━━ならどうして私は、それを綺麗に思うのだろうか?

 

私にとって一番大事な者は、言うまでも無く切ちゃんとマリアとマムと美舟だ。それ以外の人とどう接すればいいのかなんてわからない。

ドクターは……まぁドクターだし。別にアレくらいでいいと思う。

なのに、あの歌を聴くとどうしてだろうか。私は懐かしく感じてしまうのだ。

美舟が教えてくれた曲だから、最近知ったばかりの筈なのに?

 

『━━━━さて、では改めて得点発表と行きましょう!!先ほどの雪音クリスさんの得点は採点者三人の内二人が十点を掲げ二十九点でしたが、チャレンジャー二人組の点数は果たして……?』

 

━━━━十点、九点、八点

 

採点者三人のそれぞれの点数が出揃う。むぅ……あの女の人、採点が辛口。

 

『合計二十八点!!惜しくも雪音さんの点数に届きませんでした!!富永先生、先ほどの雪音さんにも九点と辛口評価でしたが。採点基準はどのような点を重視したのでしょうか?』

 

『はい。私はこのリディアン音楽院の音楽教師として公平、かつ技術的な点を重視した採点をさせていただきました。

まずは雪音さん。心の籠った素晴らしい歌でした。しかし、気持ちを重視してか音程をズラした部分が三ヶ所ありました……勿論、そのアドリブがより感動的な効果を産んだのは事実ですが、アドリブを掛けながらも音程をズラさない。そういった歌唱を目指して欲しいという想いで九点を付けました。』

 

━━━━けれど、その辛口な採点の正確さには驚いた。チャンピオンの歌に負けるつもりは勿論無かったけれど、私達だって聞き惚れてしまったのは事実。

それ故に見逃していた音程のズレに惑わされなかったのだという。

 

『次に、暁さんと月読さん。二人の歌はまるで最初から一人だったかのような素晴らしいハーモニーを奏でていました。二人の気持ちが通じ合っているからこその歌だと思います。

 ……ですが、それにおんぶにだっこでは成長する事は出来ません。暁さんは振り付けに熱中するあまり発声を疎かにしてしまう部分がありましたし、月読さんは逆に歌に熱中するあまり他人に聴かせている事を忘れてしまう部分がありました。

 お互いの長所に隠れた小さな小さな短所ではありますが、独りの歌もまた歌なのですから磨きをかけて損は無いと思いますよ?』

 

「うっ……」

 

「図星……」

 

━━━━本当に、よく聴いている。もしかして二課のエージェントだったりするのだろうか?

 

『━━━━ですが、お二人は見た所まだ中学生のようですし、将来に掛ける期待は大きいです。伸びしろを伸ばして行けばいずれツヴァイウイングのお二人のように世界に羽ばたく事だって夢では無いでしょう。

 当学院はいつでも貴方達を歓迎しますよ。』

 

━━━━いや、やっぱり違うみたい。

ただこの人は、先生という職業に真摯に向き合って、教え子に対しても真摯に向き合っている人なんだ。

ちょっと、マムみたいだな。

 

……だけど、勝てなかった以上これ以上此処に居る用は無い。切ちゃんと二人であの女の人……富永先生、だったっけ?彼女に深くお辞儀をしてから、切ちゃんの手を引いて走り出す。

 

『━━━━あ!?ちょっと!!この後残ったら粗品の贈呈が……!!』

 

「あ、おい!!此処まで引っ掻き回しといてケツをまくんのか!?」

 

━━━━粗品には、とっても後ろ髪を引かれる想い。だけど、マリア達が心配なのも事実なのだ……!!

 

「調!!」

 

「うん、やっぱりマリア達も心配だから……」

 

「多分大丈夫だとは思うけどね……」

 

途中で合流した美舟と一緒に講堂を出て走る、走る、走る……

 

「あ……」

 

だが、その足も止まってしまう。なんだかよくわからない……クジラ?みたいなお神輿を担いだ少女達が悪くも練り歩いていて、正面入り口前の道を塞いでいたのだ。

 

「クソッ、どうしたものかデス!!」

 

「━━━━そこまで急いで逃げなくても、コッチは約束を護るよ。」

 

そんな声と共に後ろから現れたのは、あの時の男の人。確か……天津共鳴、だっけ?

 

「……敷地から出た瞬間を狙ってくる可能性があった。」

 

「おに……天津さんにそんな事をするメリットが無いから無いとは思うんだけど……まぁ、撤退は迅速にってのが常道ですから。」

 

「それに、尾行されたって面白くもないデス!!」

 

「参ったな……」

 

そう言って頭を掻く仕草に気負いは無くて。本当に私達と此処で争う気は無いのだと分かる。

だが、彼の後ろから走ってくる三人は違うだろう。二対四では流石に押し切られかねない。杖が此処には無い以上、ブラフがバレれば終わりだ。

だから、美舟に向かって頷き、促す。

 

「えぇ。天津さん達は学園祭を壊して欲しくない。そして私達は此処から安全に離れたい。

 ━━━━というワケで、此処での対決の代わりに決闘を申し込みます。時間と場所は此方が指定するけれど……間違いなく、此処を戦場(いくさば)にしない為の提案です。」

 

「……不承不承ながら了承しよう。合図はどのように?」

 

「━━━━時が来れば、分かりますよ。」

 

━━━━なんて自信なんだろう。

美舟は戦う力を、シンフォギアを持っていないのに。だというのにこうも堂々と二課のメンバーと張り合って見せる。

マリアみたいに……

 

三人で学院から走り出ながら、私の中の美舟への尊敬の念は何時にも増して強まっていた━━━━




諜報班だって楽じゃない。そうぼやくのはいつもの二人と、何やら新顔の男が一人。
少女達との追いかけっこの珍道中かと思いきや……

丁々発止の百戦錬磨、しかして相手は摩訶不思議の珍妙奇天烈やじきたコンビと相成りますれば、そう簡単には行きますまい……


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第五十二話 追跡のダットサイト

レゾナンスは九月四日で投稿一周年を迎えました。
今後とも共鳴の道行きの応援をよろしくお願いいたします。


━━━━俯く視界に映るのは、エアキャリアの冷たい床だけ。

私の心は、そのくすんだ鈍色のように沈んでいた。

……むしろ、この手に宿るガングニールの如く漆黒に染まる事が出来ればよかったのだろうか?

 

━━━━事ここに到れば認めねばならないだろう。私は、武器を握る事を……恐れている。

 

「━━━━後悔しているのですか?ギアを力と握った事を。

 あのライブ会場での機転。言の葉に乗せなんだ意図もあったのでしょう?」

 

━━━━そんな私の逡巡も、勿論マムには見抜かれていた。

 

「……かも知れない。けれど、大丈夫よ、マム。私は、私の使命の重さを知っているのだから……」

 

だが、だからこそ返す言葉は虚勢を混ぜた物。

もはや状況は動き出した。テロリストとして世界に宣戦を布告した以上、私達が使命を遂げねば世界は緩やかな終わりを迎えてしまう。

それはつまり、この空の下で生きているセレナを殺す事に他ならない。それだけは決して、決して許容出来ない結末なのだ。

 

━━━━そんな重苦しい空気を千々に裂くのは、このセーフハウスに取り付けられた物をハッキングした防犯システムが齎す警報音。

 

「今度は本国からの追手ですか……」

 

「もう嗅ぎつけられたというの!?」

 

「異端技術を手に入れたと言えど、私達は所詮素人集団……訓練されたプロ相手に証拠を残さず立ち回ろうなどというのは、思い上がりも甚だしい事なのでしょう。

 ━━━━踏み込まれる前に攻めの枕を潰します。マリア、排撃の用意を。」

 

━━━━それは、非情な言葉だった。

彼等は確かに鍛えあげられた精鋭たる特殊部隊とはいえ、只人でしか無い。

ガングニールの、無双の一振りによる攻撃を喰らえば、ひとたまりも無く蹂躙されてしまう存在だ。

 

……そんな人に力を振るう事が、私は怖い。

誰かを傷つける為に力を振るう事が、私は怖い━━━━!!

 

「……分かったわ、マム。

 ━━━━けれど、やり方は私に任せてもらうわよ。」

 

━━━━けれど、私が躊躇えばセレナの未来が閉ざされてしまう。

私が心を殺すか、セレナの未来を殺すか。

……もしかしたら、道は二つに一つでは無くて、別の未来もあったのかも知れない。

だが、私が選べるのは最早この二つだけなのだ。

 

━━━━マムを信じるという私の選択の責任は、私自身が背負わなければならないのだから……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━突入直前の倉庫外周にて、俺は任務を反芻する。

目標はソロモンの杖の確保、そしてシンフォギア装者の抹殺。

ドクター・ウェルキンゲトリクス、並びにプロフェッサー・ナスターシャの確保は可能な場合のみ、との事だ。

優先順位も言及の順番通り。

しかし……彼女等が我々への対抗策としてシンフォギアを抜けば此方は劣勢となるだろう。だが……

 

━━━━チラリと、後ろを見る。

突入任務にも関わらず、アーマーすら身に付けずに紫煙をくゆらせる巨漢の男。

身長2mを超えるその男の名は、アゲート・ガウラード……双装銃士(ザ・デュアル・ドラグナイト)の異名を持つ伝説の兵士。

今回の任務に際して上層部が投入を決断した七彩騎士(セブンカラード)の一人である。

 

━━━━七彩騎士とは、続発する国内外でのテロ……即ち()()()()()()()()()()()()()()()()()を破壊する為に召集される前歴不問、素行不問の超絶特殊部隊だ。

ウワサでは、かつての湾岸戦争における戦争犯罪者として今なお収監されているメンバーや、悪質なクラッカーとして世界に名を馳せた重大犯罪者も所属するとか……

アゲートはその中では比較的に前歴の大人しい男だ。

中東紛争への軍事介入時に特殊部隊員として参入し、表沙汰には出来ぬ数々の功績をあげながらも、中東情勢のある程度の安定と共に軍上層部から切り捨てられた墜ちた英雄……

二年前までは国連直轄の特殊部隊に居たという話もある。たとえシンフォギアであろうと、彼の業前であれば……という上層部の思惑が透けて見える。

 

「……うーん、参った。こりゃあ……気づかれてるな。殺気を練り上げる辺りまだまだ甘いが……ま、シンフォギアとやら。どうにも素質をォ……絶対とするシロモノみてぇだしな。」

 

━━━━そしてまさしく、彼の業前は特殊部隊と業前を磨いた筈の我々とすら隔絶していた。倉庫外周部から内部のエアキャリア内の人物の挙動を感じ取る、だと?

ウワサに違わぬ業前。だが、此方には彼に総てを任せるワケにはいかぬ事情がある。

 

「……作戦通り仕掛けます。貴方には後詰を。」

 

「わーってるよゥそれくらいはよゥ……お上さんとその下が同じ方向を向いてるなんて保証はねェんだ。

 ━━━━だが、無理だと思ったら即座にギブアップしな。最速で突っ込んでェやるからよ。」

 

━━━━我々に……上層部からの正式な辞令では無く、FISの司令である人物から下された命令は一つ。FISが存在した証人全員の抹殺だ。

それすら、彼は読み切っている。その上で黙認するという。それは慢心か、それとも……

……いや、考える暇すら惜しい。排撃の準備を整えているというのなら、それすら我々は踏み越えねばならないのだから━━━━!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━爆裂が、倉庫内を染め上げる。

それを、私はエアキャリアの前に立ちはだかりながら見つめる。

 

「━━━━私は無慈悲では無い。直ちに銃を収め、踵を返すのならば……」

 

━━━━返答は、多数の銃声。

流石はプロ。容赦なく狙いは頭部と胸部に集中しているそれを、身に纏うマントを盾とする事で私は受け止める。

シンフォギアは、フォニックゲインを纏ってアンチノイズプロテクターと形成される。だが、そのバリアフィールドはノイズの炭素分解を無と帰す為の厚みを誇り、銃弾の十や二十など軽く跳ね除ける。

 

「……そうか。それが返答ならば、骨の十や二十は、覚悟してもらおうかッ!!」

 

━━━━ならば、無駄と分かっていても尚砲火を私に向ける理由は何か。

その答えは単純至極。()()()()()()()()()()()為だ。砲火が無為となるとはいえ、エアキャリアへ向かう弾丸を止める為に動きは制限される。

数で圧す事で弾幕は間断無く続き、更に数を増やす事で本丸であるエアキャリアへの接近を可能とする。

……孤立無援の我々に対しての最善手。それを無理矢理に払う為に後ろに抜けた敵を見据えた私は、

━━━━炭と崩れる、その姿を見た。

 

「━━━━ドクター・ウェルッ!?」

 

「出しゃばり過ぎとは思いますが、新生フィーネのガングニールをこの程度の連中の血で濡らすのは勿体ないという物……折角()()()()()()を握っているんです。僕がやらせてもらいますよ。」

 

ソロモンの杖を、完全聖遺物を、人を否定する為の只の兵器と扱う男。

そんな男はこの世に一人しかいない。ドクター・ウェル。我々の生命線にして、同時に危険な導火線でもある男。

 

「━━━━またも、余計な事をッ!!」

 

「余計で結構ですよ、フィーネ。私は貴方の理想に同調したからこそ貴方達に協力しているのですから、ねッ!!」

 

「クッ!?ドクター・ウェルが此処までイカレてやがったとは!!」

 

「くっ……はァァァァ!!」

 

━━━━ノイズを投擲したアームドギアで貫き、振りかぶった拳で、振り上げた蹴りで特殊部隊員を制圧する。

だが、それでも手は届かない。ドクターを狙って銃撃を浴びせる特殊部隊員達も、ノイズの位相差障壁の前に弾丸の一つすら届ける事が出来ない。

目の前ですり抜けていく命。たとえ私達を狙ってきたとはいえ、彼等も今を生きる人々なのだというのに……!!

 

「……本当に、無慈悲では無いのですね。今代のフィーネは。

 即座に名乗り出なかった事といい、やはりルナアタックの前後で何かしらの変化があったという事でしょうか?」

 

━━━━そんな私の必死に、ドクターが訝しむ気配を感じる。

だが、それを想う暇など私には無かった。ただ必死に、ノイズと特殊部隊員の双方を無力化する。

 

━━━━だからこそ、必死に戦うが故に、私はその一撃に気付く事が出来たのだ。

マントを伸ばし、倉庫の外からドクターを狙って放たれたその弾丸()を払わんと動く。

 

━━━━だが、止まらない。

 

「━━━━ウソでしょう!?」

 

ガングニールのマントを打ち払うなど、風鳴翼にも出来なかった芸当だ。

それを、只の銃弾一つが為していくだなんて!!

けれど、必殺にして決殺の一撃はその威を逸らされながら()()()()()()()()()()()()、ドクターの顔のすぐ傍を掠めていく。

 

「……へ?」

 

「……コイツァ、驚いた。戦う覚悟もなっちゃいねぇ小娘かと思ったが……まさか、紅槍(ガジャルグ)の一撃を逸らすとはな……」

 

━━━━弾丸が開けた穴を蹴破って、混乱する倉庫の中に乗り込んで来る男が一人。

コートを纏っただけのラフな格好で、散弾銃と大柄なリボルバー式の拳銃をその両の手に担った男。

 

『━━━━()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 本国は、七彩騎士の一人まで追手に投入したのですか!?』

 

「デュアル・ドラグナイト……?」

 

「ほう……どうやらプロフェッサーの方は俺の事ォ知ってるようだな。

 ま、そういう感じでな。米国が秘密裏に誇る最終手段。それが俺達、七彩騎士さ。

 一応、ドクター・ウェルキンゲトリクスについては()()()()を命じられてたんだがなァ……ノイズを操る奴が居たんで()()ぶっ放しちまったぃ。」

 

━━━━あからさまに、やる気の無い言葉。だが、其処に込められた意図は明白だ。

ノイズを使うのならば、生け捕り目標であるドクターにすら容赦しない、と。

 

「……ドクター、此処は退きなさい。此処に居ると()()()を喰らうわよ。」

 

「……の、ようですね。流石は米国が誇る最終必滅兵器たる七彩騎士。ガングニールによって調律されていたとはいえ、ノイズの位相差障壁すら退けるとは……」

 

━━━━彼が放ったのは恐らく、その手に握る大型の散弾銃に込められたスラッグ弾だろう。散弾銃の大口径を利用して大量の炸薬で一発の弾丸を弾き出すその兵装は、

あまりの威力と質量故に構造物破壊にも転用できる事から『合鍵(マスターキー)』の異名すら持つキワモノだ。

 

「━━━━さて、とはいえだ。俺ァ最初っから命令を護る気はさらさらねぇ。だからいつも通り……この両手の弾丸、あと十一発で話を付けさせてもらうぜ━━━━ッ!!」

 

『マリア、彼は予備弾倉を携帯しない事で知られています。正面から打ち合うのは避けて弾切れを狙いなさい!!』

 

「分かっている。アレを相手に真正面から打ち合うつもりは無い……ッ!!」

 

だが、幾らスラッグ弾とはいえ威力が桁外れ過ぎる!!最大の防御であるマントすら撃ち抜かれる公算が高いとあれば、アームドギアにて弾き逸らすか、その総てを回避するしか無い!!

だから、彼が右手に握るガジャルグとやらは放つ一撃を避け、左手に握る大型拳銃が放つ狙い澄ました一撃を身体の前に展開したマントで受け流す……

 

「━━━━そんな軟弱じゃあ、コイツ(モラルタ)は受け止めきれねぇぜ?」

 

「━━━━え?」

 

━━━━行動に移した次の瞬間、彼の言葉に疑問を浮かべたままに。私の身体は吹き飛んでいた。

 

「ガハッ━━━━!?」

 

倉庫の外壁に叩きつけられる。衝撃こそギアに大半が吸収されたが、それでも身を貫く程の物……!!

 

「あ、アレは一体……なんなのッ!?」

 

『ガジャルグ……そしてモラルタ。その名はケルト神話はフィニアンサイクルに登場する勇士ダーマッドの担う聖遺物を指しています。恐らくは、彼の武装はそれを疑似的に再現した異端技術兵装なのでしょう……』

 

「……思い出したわ。確か、ガジャルグがあらゆる護りを貫く槍で……」

 

「そう、コイツの名は大激(モラルタ)。神話に曰くその威を再現した……最強の銃、さッ!!」

 

「━━━━ッ!?」

 

━━━━なんて化け物!!目を離してしまったのは一瞬の筈なのに、次の瞬間には私の目の前でガジャルグを構えていた。一体どうやって?

 

『モラルタの反動をッ!?』

 

その答えは、マムが教えてくれた。先ほどの圧倒的な一撃を逆用して高速移動してきたのだ。だが、先ほどの言からして残りは八発の筈……

 

「セイッ!!」

 

「フッ!!」

 

「━━━━コレで、残り七発。」

 

突きつけられたガジャルグの一撃を、手に握ったアームドギアでなんとか弾き逸らす。

 

「フッ……やるじゃないか。」

 

━━━━傷つけるとか、傷つけないとか。そう言った事を言っていては勝てない。それほどの相手だと判断し、総ての悩みを置き去りにして全力を叩き込む。

 

まだ、私は負けるワケにはいかないのだから……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━コレで、残りは二発。

燃える倉庫の中からすら跳び出して、アームドギアとやらすらも傷だらけで罅も入り……だがそれでも、目の前にガングニールの少女は立っていた。

よくやるもんだ……

 

「━━━━はぁ、はぁ……」

 

「此処まで耐えられたのはァ久しぶりだぜ。弦ちゃんや共ちゃんでも無きャ、選んで持ち込んだこの双銃の弾倉が底を尽くなんてこたァ無かったからな。」

 

「それはどうも……お褒めに与って光栄だわ……」

 

「あぁ、全く、掛け値なしの、ホントの気持ちだ。だから……次で終わりだ。」

 

Linkerと言ったか。特殊な薬剤によるドーピングが彼女等がギアを纏える条件だとか。

それ故だろう、先ほどから一撃を逸らす動きが緩慢になっている。

━━━━だから、苦しませるのでは無く一撃で意識を刈り取る。そして……あのウェルキンゲトリクスとかいう男。アイツだけは始末させてもらう。

ノイズを操る完全聖遺物、それ自体はいいだろう。ノイズとやらがかつての人類が作った対人類用兵器だトカいう情報を考えれば、安全弁として必要なモンだ。

だが、あの男は違う。戦場で培った直観が、アイツの危険性をビンビンに教えて来やがる。アイツは……総てを巻き込む男だ。

 

「クッ……!!」

 

「━━━━凄い音がしてたのって此処じゃないか?」

 

「どうせなんかの工事だろ?」

 

「それより、早く練習行かないと監督に怒られるってば……うわっ!?なんだ、あのオッサン……銃を持ってるぞ!?」

 

「そ、それにあれ……あっちってテロ起こしたとかいうマリア・カデンツァヴナ・イヴじゃねぇか!?」

 

━━━━ッ!!

逸る気持ち故に、俺が見落としてしまった目撃者の乱入に、俺とマリアの視線が交わる。其処に込める意は即ち、この場の痛み分け。

 

「━━━━裏切者めが!!死ねェェェェ!!」

 

━━━━だが、そんな混乱した状況をさらに悪化させる存在が現れる。マリアに吹き飛ばされて気絶していた特殊部隊員の奴が、いきなりに俺達の間に手榴弾を投げ込んで来たのだッ!!

 

「━━━━マズいッ!!」

 

「━━━━危ないッ!!」

 

それに対する俺達の反応は全く違った。俺はガジャルグによって地面を抉り飛ばす事で着地する手榴弾をホッピングさせ、そしてマリアという少女は……小僧共の盾となるようにマントを掲げたのだ。

……後ろには、マント毎自分を撃ち抜ける俺が居るってのに、一片の躊躇も無く、その身を捧げた。

 

「……まいったねェ、こりゃ……俺の負けだな……と!!」

 

モラルタの最後の一発、その銃口は跳ね上げた手榴弾へと放たれる。そして、爆発。

 

「……やれやれ。こんだけデカい花火を上げちまえば、二課の連中が気づかないはずが無い。それに……今ので弾切れだ。続きはまた次回といこうや。」

 

「━━━━ふざけるなッ!!今此処で奴等を……」

 

手榴弾をぶち込んで来た馬鹿野郎の腹に逆手に握ったモラルタのストックをぶち込んでキッチリ止めてやる。アフターサーヴィスも忘れない……コレがモテる漢の秘訣ってモンよ。

 

「そんじゃーなー。次逢う時も多分敵同士だろうがな。」

 

……やれやれ、生き残りはこのバカ一人だけ、か。トンだ貧乏籤を引かされたもんだ。後で情報寄越したラズリーの奴にはキッチリ文句を付けねぇとな……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━道端に止められた車の中に煙が充満する。

 

「━━━━おいジョージ。いい加減煙草やめろって言わなかったか?」

 

「あぁ?ちゃんと節煙してんだろうが……コレでまだ今日五本目だ。」

 

「……その内三本を今此処で吸ってなきゃ賛同出来た台詞なんだがな……ったく。まぁ、外はうら若き女子校生達の街だしな。喫煙所もねーし気持ちは分からなくもねぇよ?

 ━━━━だが、いい加減にしろ。」

 

「……わーったよ。」

 

俺の名はマーティン・フリーマン。その名の通り自由な男でありしがない傭兵……だったのだが。

五年前、報酬の豪華さに釣られてスカウトマンが持って来た米国の機密部隊へのスカウトに乗っかったのが運の尽き。

以降はずーっと、機密部隊に従事させられて自由も何も無い生活を強いられていたのだ。

 

━━━━隣の男は、ジョージ・アシュフォード。なんでも実家が嫌になって逃げだした元貴族の分家の傭兵っつー話だが、どこまでがホントなんだか。

俺達二人は同じ部隊に所属する羽目になり、様々なクソッタレ任務に二人揃って挑まされた。

……だが、今は違う。二年前にやるハメに陥ったとある人物の誘拐というクソッタレ極まる任務に失敗し、日本側に拿捕された俺達は……しかして鉄砲玉の悲しいサガとして当然米国側に認知される事は無かった。

そんな俺達を拾ってくれたのが何を隠そう、俺達を真正面から制圧したミスター・グレネード……二課の司令である風鳴弦十郎だったのだ。

 

「……アレから二年、かぁ……天津の坊主も立派になったもんだな……」

 

「……んだよ、いきなり父親面して。って、あー……そうか。お前のとこ、娘さんが同い年だっけか?」

 

「あぁ、ちょうど今年でシニア……12thグレードだ。俺の今までの給料、ちゃんと送金されてたらしくてさ。地元の大学に送ってやれるから家計は大丈夫だって嫁さんがな……

 この前、なんとか写真だけ送ってもらったよ。ルナアタック後の日米の裏のやり取りは面倒だったが……まぁ、家族の無事が分かった事だけは、素直に嬉しい事だな。」

 

━━━━率直に言えば、鉄砲玉の家族の一人や二人、機密も知らねば送金もせず放っておくだろうと思っていたのだが。

なんでも、ミスター・グレネードが俺達の庇護者になった事で雑な扱いをしてしまって後々にバレる事を恐れたらしい。

……一国が恐れる一個人ってどうなんだ?等と一瞬思考したが、まぁ特殊部隊を真正面から制圧し、銃弾を見切ってコンクリを砲弾代わりに狙撃するような人類なのかも怪しい相手ともなれば致し方なかろう。

 

「……連中、どう思う?」

 

━━━━ジョージが唐突に変えた話題の先は、先だって決起した武装組織・フィーネの事だろう。

そしてそれは、武力しか能の無い俺達がわざわざ此処に……リディアン音楽院近くに待機している理由でもある。

 

「━━━━まぁあからさまに、俺達が()()()してた組織の連中だろうな。あの三人は見た事が無いが、日系人の誘拐をさせられる米国の機密部隊なんざ俺等のとこくらいだろうよ……」

 

━━━━それはつまり、俺達の罪の証。機密部隊に所属させられていたからとか、任務だったからとか、色々言い訳は浮かぶ。浮かぶが、所詮それは言い訳だ。

自分の娘と同じ年頃の少年少女を誘拐して稼いだ金で家族を養うなんて、全く以て……反吐が出る程のクソ野郎だ。

 

「……この学院に通ってる連中も、一歩間違えばそうなってたかも知れねぇんだよな。」

 

「……恐らくな。Linkerに依るモノらしいとはいえ、三人もの装者を蒐集していたとなれば、目的はシンフォギア装者の擁立だろう。

 となれば、この学院に集められた装者候補達も……」

 

━━━━その先は、言葉にはならなかった。

あの日、旧リディアン音楽院での戦いの日に俺達が護った少女達。あの子達も今、ちょうどこのお祭りを楽しんでいる事だろう……

それは、救いなのだろうか。為してしまった事は、どうしたって覆せない。この手が血に塗れているなんて当たり前の話。

……だというのに、あの小僧は言いやがったのだ。

 

『お二人になら、秋桜祭の警護も安心して任せられます。』

 

━━━━俺達は、お前を攫った誘拐部隊の一員だったんだぞ?

 

「はぁ……アイツ……共鳴の奴を見ているとなんか……気が抜けるな……」

 

「あぁ……兵士としては落第点の筈なのに、何故かああいう奴が一番強いからな……アレが、防人(ディフェンダー)って奴なのかもな。」

 

「俺等にゃどうにも、なじみの薄い概念だがな……っと」

 

━━━━そんな折に入ってくる、緊急連絡を知らせる着信音。

 

「おう、津山か。何があった?」

 

『━━━━先ほど、共鳴くんから連絡のあったFISの装者が撤退を始めました。』

 

「ん、なら休戦は終わりか。追跡はお前が?」

 

『えぇ。彼女達は徒歩のようですので、車よりはいいかと。』

 

「道理だな。車で追っかけてたら最悪この前の司令みたいに職務質問されちまう。」

 

『ハハハ……結局共鳴くんに助けられてましたもんね……それと、彼女達は何かしらの連絡を受けてから撤退を進めていました。陽動が起きる可能性がありますので警戒をお願いします。』

 

「了解……と、そういや本部に伝えとかないといけない話があったんだった。」

 

津山陸士長との通信でふと思い出したのは、妻との連絡が取れた時に教えてもらった、俺のかつての傭兵仲間が言っていたうわさ話の事。

いちおう、本部にも伝えておいた方がいいだろうと通話を繋ぐ。

 

「おいおい、フラグみてぇな事言いやがって……で、伝えとかないといけない話って?」

 

「あー、本部。此方諜報班のマーティンだ。仔細は未確認だが、七彩騎士が複数名動き出してるって話が━━━━」

 

『━━━━そうか……分かった。恐らく、それは事実だ。』

 

「……オイオイオイ?回収早すぎないか!?」

 

「だからフラグだって言ったじゃねぇか……」

 

『そのまさかだ。たった今、ノイズの反応があった場所に装者を急行させ、諜報班に周囲の封鎖を行わせているのだが……

 生き残った目撃者の証言に、七彩騎士の一人、アゲート・ガウラードと思われる人物がマリア・カデンツァヴナ・イヴと戦闘を行っていたという情報が含まれていた。

 恐らくは……とはいえ、間違いないだろう。』

 

━━━━思わず、天を仰ぐ。

 

「まさか、このまま俺等にアゲートの追跡命令とか下りませんよね?まだ死にたくないッスよ俺等だって。」

 

『安心しろ。七彩騎士が相手なら俺か緒川が出る。キミ達はそのまま津山くんに追跡を任せて秋桜祭の護衛を続けてくれ。』

 

「……了解。」

 

「……どうする?」

 

「どうするもこうするも……中の護衛やってた津山が居なくなっちまった以上、俺等が中に入るしか無いだろう……」

 

「クソッ!!通報されねぇことを願うしかねぇか!!」

 

「スーツにグラサンなんだからまず来賓か警備員と勘違いされるだろ……ま、最悪はアレだ。MIB(映画の撮影)って誤魔化せばいいだろ。」

 

「マジかよ!?じゃあなにか!?お前が《K》で、俺が《J》ってか!?」

 

「━━━━その通り。よく自分のキャラを理解してるじゃないか。さぁ、行くぞ。」

 

「……最悪だ……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━町中を小走りに駆けていく少女達を歩いて追いかける。週末の昼下がりという事もあって人出は多い。見失いそうに感じるかもしれないが、三人組の少女というのはそれだけで目立つ物だ。

しかも、彼女達が目指す方向は段々と郊外へ……それも、旧リディアン音楽院の方角へと進んでいる。なるほど、あちらの方ならば三ヶ月経った今もなお復興の為に様々な業者が出入りしている。

彼等が隠れる場所にも困らないだろう。

 

━━━━それに気付いた瞬間、彼女達が脇の路地裏へと走り出す。

しまった、気付かれた!?

 

……歩幅を緩めず、焦らずに路地裏の前を通り過ぎる。

 

━━━━その隙に垣間見えたのは、路地裏の向こう側へと駆け抜けていく少女達。

参ったな……コレ以上彼女達に気づかれずに追いかけるとなれば、それこそ緒川さんのような超人で無ければ不可能だろう。

此処が彼女達の新たなアジトの近くだというなら、共鳴くんが受けたという脅し文句の通りにノイズを放たれてしまう可能性もある。

 

「……すいません。見事に撒かれちゃいました。」

 

『いや、彼女達の言葉に幾ばく以上の本気がある以上、深追いは禁物だ。むしろよく動揺せずにその場を去ってくれた。

 ご苦労だったな。少なくとも、決闘とやらを人の少ないエリアで行おうという意思が見えただけでも十分だ。一休みしたら本部に帰投してくれ。』

 

「分かりました。」

 

少し歩いた先にある公園までそのまま歩き通して、ベンチに座り込む。

 

「……ふぅ。やっぱり、慣れない事はするもんじゃないな……」

 

━━━━座り込んだ俺の脳裏を過るのは、先ほど、リディアン音楽院の講堂の中で披露された歌。

あぁ、忘れる筈もない。二年前、俺の命を救ってくれた……双翼の歌だ。

 

二年前、当時まだ予算規模も小さかった二課が山梨の北富士演習場で行った防衛大臣に向けたデモンストレーション。そして、その際に発生した……恐らくは()()による人為的なノイズの大量発生。

俺は、彼女達ツヴァイウイングの警護としてその事件に関わり……そして、その歌を聴いたのだ。

 

「……アレから二年、か。

 出世頭の伝手を頼ってなんとか二課入りしたんだよな。」

 

━━━━だから、嬉しかった。忘れないと約束した歌が、忘れまいと思う程に心に刻まれた歌が。あの日の悲しみを乗り越えて羽ばたく姿を見られたのは。

 

「……よしっ!!んじゃ、本部に戻りますか!!」

 

山の上の旧二課本部を見やるのは一瞬。振り返って向かう先は停泊中の二課仮設本部。

━━━━彼女達シンフォギア装者が思いっきり歌を歌い続けられるようにするのが、二課の為すべき仕事なのだから。

 

「……とはいえ、保安班なのにこういう諜報班みたいな仕事するのは勘弁してもらいたいけれども……」

 

急に割り振られた妙な仕事への苦笑交じりに歩む足取りは、とても軽い物だった。




━━━━欠けた月が、世界を見下ろしていた。
月下に響くは、少女達の歌。
だが、狂気を宿した男はそれに負けぬほどに朗々と謳いあげる。
世界に待ち受ける残酷な運命の存在を。

そして、それを覆す為と謳いながら、人を否定する最悪なる災厄を握り、悪意は少女の心を犯す。

━━━━その涯に待つのは、深淵なる狂気の底か、或いは……

その答えは、夜闇を切り裂くこの咆哮すらも知らない。


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第五十三話 闇夜のルナティックドーン

━━━━まさか、アゲートのオッサンが出張ってくるとはな……

 

二課仮設本部の指令室。遺棄されたFISの潜伏先の倉庫の惨状と、其処に現れた俺の知り合いでもある七彩騎士の目撃情報。

これまでとは違う状況の変化を、俺達は感じ取っていた。

しかし、目撃情報……それも、決闘の一瞬だけを見たという少年たちの言葉は当然ながらに要領を得ず、断言できる事はまたも何も無い状態だった。

 

「━━━━司令!!永田町深部電算室……記憶の遺跡からの通信です!!」

 

「ん。記憶の遺跡から……?まさか、瑠璃くんか?分かった、モニターに回してくれ。」

 

そんな折に藤尭が進言するのは、兼ねてより解析を……了子くんが居なくなった事、そして二課本部施設が使えなくなった事で低減した本部解析機能では届かぬ程の深奥。

そこまでの調査を依頼していた案件に関する通信の知らせだった。

 

『━━━━お久しぶりです。風鳴司令。』

 

そうして繋がった通信の先に映る相手は、銀の髪を二つに揺らした少女の姿。確か、もうそろそろ成人になるのだったか。

 

「あぁ、三年ぶりだな、瑠璃くん。健勝そうで何よりだ。」

 

『育ち盛りですので……あぁ、装者の皆さんとは初めましてでしたね。改めて、初めまして。私は古金瑠璃(ふるかねるり)

 この記憶の遺跡の設計者みたいな者です。』

 

「コレはコレはどうもご丁寧に……私、立花響です~。」

 

「いや、流石に装者の情報くらいは知ってるだろ……古金さんは国内の機密情報集積を担う知識の番人。記憶の遺跡の電子の妖精なんだから。」

 

『私としてはその呼び名はあまり推してはいないのですが……何故か広まってしまうのは其方なんですよね。何故でしょう?』

 

━━━━何故も何も、そういった諸々の所作が、腹の探り合いに疲れるお歴々に大人気だからなのだが……まぁ、言わぬが花だろう。

 

「へぇ~……あ、言われてみれば確かに、妖精さんみたいに綺麗ですね!!」

 

『ありがとうございます。それで、今回のご依頼の調査結果についてと……一つ、其方の耳にも入れておいた方がいい情報が。

 ともあれ、まずは調査結果の方をご覧ください。ライブ会場で観測されたガングニールのアウフヴァッヘン波形と、立花響さんのガングニールのアウフヴァッヘン波形、そして、旧二課本部のデータベースからサルベージした天羽奏さんのガングニールのアウフヴァッヘン波形を重ね合わせた結果となります。』

 

「アウフヴァッヘン波形照合、誤差バーツーバー……一兆分の一(トリリオン)レベルまで確認出来ません。」

 

「……そうか。では、やはり……マリア・カデンツァヴナ・イヴの纏う黒いガングニールは騙りや詐称では無く、紛れもない無双の一振りというワケか……」

 

司令部のモニターに出力されたその調査結果と、藤尭による詳細説明。それによれば、三振りのガングニールが放つ固有振動であるアウフヴァッヘン波形には、一兆分の一単位での誤差すら無いという。

 

「私と、同じ……」

 

「考えられるとすれば、神獣鏡のように米国政府と内通していた了子さんの手によって持ち出されたガングニールの欠片から造り上げられた物でしょうか?」

 

『━━━━それもありまして、二課に関する此方の記録を当たってみましたが、十年前のイチイバル喪失と前後するようにガングニールの紛失未遂事件が起きています。しかし、実行犯は逃亡先に突如出現したノイズによって死亡……

 イチイバル紛失との関係も噂されましたがあくまでも憶測の域を出ずに終息したものとみなされました。因みに、ガングニールの状態を確認した担当者は……当時、櫻井理論と其処から産み出されたアメノハバキリのシンフォギアによって頭角を現し始めていた櫻井了子氏となっていました。』

 

「やはり、か……」

 

「櫻井理論に基づいて作られた、もう一振りのガングニールのシンフォギア……」

 

━━━━了子くんの、そしてフィーネの謀略。それは遥かな過去から現在に至るまで、様々な形で我々を翻弄してきていた、という事か……

 

「……だけど、妙だな。あたしの知る限りだけでも、米国の連中はフィーネの研究と、そしてソロモンの杖を狙ってやがった……

 ━━━━FISなんて組織があって、シンフォギアをも保有していたんなら、そいつ等に自前でフォニックゲインを用立てさせれば良かったんじゃないか?」

 

「━━━━恐らくは、彼女等がLinkerを用いねばならないからだろう。Linkerの使用による汚染の進行次第ではソロモンの杖の起動どころでは無く、装者の命にすら関わりかねないのだからな。」

 

「そうそう。アレ滅茶苦茶痛いんだぜー?」

 

「嫌な実感あるタイプの感想ッスね……けど、確かにそうだ。そこのバカはたったの一時でデュランダルを目覚めさせたけど、あたしだってソロモンの杖の起動には半年もの間、ちょくちょくとフォニックゲインを蓄積させる必要があった……」

 

「それが不安定なLinkerを使った砂上の楼閣では、五年十年では済まないだろうな……あぁ、なるほど。二年前に共鳴くんを誘拐せんと特殊部隊を回したのもそれが理由か。」

 

「……アメノツムギを手に入れられればその機能を基にソロモンの杖の起動に取り掛かれば良し。失敗したとしても二課は実験の後始末と米国との軋轢解消に奔走する羽目になるから、ネフシュタン簒奪の犯人捜しも停滞する……

 なるほど、どっちに転んでも利がある二択だったってワケだ……」

 

クリスくんの疑問に整然と仮説を付けるのは共鳴くんと翼の二人。

となれば、FISの装者の存在はあくまでもバックアッププランなのだろうか?

だが、そうであれば……マリア・カデンツァヴナ・イヴの躍進があまりにも性急過ぎるのでは無いか?

彼女は二ヶ月前にデビューし、其処からトップアイドルへの道を駆け上がった。通常では有り得ない速度のその動きは、間違いなくその時点では米国が関与していた事を示しているのだろう。

……その目的がライブ会場での宣言だったとするなら、後ろに倒すことが出来ないタイムスケジュールがあったというのか……?

 

━━━━なにか、大切なファクターが欠けている。それも、動機(ホワイダニット)に繋がる重要なピースが……

昔に見齧った推理ドラマを基に組み上げた推理は未だ不完全、となれば……

 

「……さて、ガングニールについては了解した。それで瑠璃くん。此方の耳に入れておいた方がいい情報とは?」

 

『はい。七彩騎士の一人、アゲート・ガウラードが日本に潜入している件についての証拠を見つけました。

 私の弟のラズロ……彼も七彩騎士の一人で簒脱帽者(ザ・ホワイト・ハットトリッカー)なーんて呼ばれてるハッカーなんですが。

 彼がある貨物船の入港ログを改竄していまして、其処から芋づる式に改竄された記録映像を探した所、アゲート本人の姿を確認出来ました。

 間違いなく、そちらの一件に関わる物と思いまして。』

 

「そうか……目撃情報はあったがコレで確定だな。

 やはりFISは自国の政府を……そして、七彩騎士までも敵に回している、という事か……一体全体、そこまでやらかして何を企んでいるのだか……」

 

「━━━━なぁ、さっきからちょくちょく出て来てる()()()()ってのは、一体何者なんだ?そんなに警戒する程の存在なのかよ?」

 

「あ、それ私も思ってました。なんかすごそうな名前だなーっては思うんですけど、全然実感湧かなくて」

 

そんな折に飛び出して来たクリスくんと響くんの疑問は、思えば当たり前の物だった。

そもそも情報に行き合う機会も少なかったクリスくんと、そもそも裏社会との繋がりなど一切無かった響くんなのだ。

翼や共鳴くんのように、各国の諜報機関についての触りの事情くらいは知っているだろうと喋るのは良くないだろう。

 

「あぁ、七彩騎士ってのは……まぁ、要するに米国版の二課みたいな感じかな。戦力・財力・影響力……とにかく何であれ、()()()()()()()()()()()()()()()をなんとか集めて、枠組みに収めてる問題児の集まりって話で……

 他の組織との掛け持ちメンバーとか、そもそも米国側が頼み込んで騎士をやってもらってるメンバーまで居る……なんて妙なウワサも絶えない謎の組織さ。」

 

『件のアゲート・ガウラードは元対テロ特殊部隊の精鋭で、二年前までは国連直轄の特殊部隊()()()()()()()()()()()()に所属していたそうです。

 同部隊の解散後は消息不明でしたが、今回の件はどうも惹かれる物があったようですね。』

 

「あぁ、そして……対テロ特殊部隊時代から共行さんと組んでいた人でもある。俺も銃対策の動きとかを教えてもらったもんだが……果たして、今戦っても勝てるかどうか……」

 

「父さんと……?」

 

「━━━━ハァ!?オッサンが勝てるかどうかって……七彩騎士ってのはマジモンの人外魔境か何かか!?」

 

━━━━クリスくんの反応に思わず苦笑が零れる。俺だって、別に無敵なんてワケじゃない。ノイズ相手には手も足も出ないし、逆立ちしたって出来ない事もあるのだ。

 

「確かにアゲートのオッサンは二挺の銃を持ち込むだけで俺や緒川に匹敵する程のとてつもない技前の持ち主だが、それ以上に厄介な点がある。

 ━━━━あの人は、卑怯な手を躊躇しない。屈指の戦士であり、誇りを持つ戦士ではあるが、同時に洗練された兵士でもある。

 彼の流儀に反する事はしないが、流儀に合うのならば人質を取る事も厭わない。

 ……そうだな、お前達が最も気を付けるべきは、彼の使う四挺の銃の中でも黄槍《ガボー》だろうな。

 小型のマルチプルランチャーである小激(ベガルタ)も危険だが、黄槍は六連装のバードショット専用の散弾銃……つまり、()()()()()()()()()()狩りの為の銃だ。

 シンフォギアの装甲を抜くには到らないだろう。だが、周囲にギアを纏わぬ誰かが居れば……」

 

俺の言葉を濁した説明の、その先を読んだのだろう装者達の顔が暗くなる。

 

「……だからこそ、アゲートのオッサンが出てきたら俺か緒川が相手をする。マトモに相手しようとはせず、周囲の人々を護る事を第一に考えてくれ。」

 

「……了解しました。」

 

「……あぁ。」

 

「…………」

 

決意、了承、沈黙。三者三様の正規装者達の反応に、俺自身もまた気分が暗くなってしまう。

 

━━━━あぁ、全く。こんな物は、子供たちに背負わせるような話じゃあないってのに。

 

『……私の方も、今後はラズロ対策に掛かります。其方と協調こそは出来ませんが、逆にラズロの妨害が其方に向く事は無い筈です。

 ━━━━なにせ、私はお姉ちゃんですから。弟には負けません。』

 

「━━━━お姉ちゃんだから、勝てるんですか?」

 

『いいえ。身内であろうと、間違っている事を……例えば、他国への非合法な干渉だとかですね。そういう事をしているのなら、家族だからこそ絶対にそれを止めると、私が決めているからです。

 その決意がある以上はやり通せば勝てると確信しているだけです。三年前にも、闇の皇子様を相手に私は同じ事をしましたから。』

 

「━━━━間違っている事をしているなら……家族だからこそ……」

 

『はい。向こうの立場としては正しいのかも知れませんが……その為に此方の社会情勢が揺らいでしまう以上は、一回は止めてあげないといけない。秩序に属するという事はそういう事なんです。』

 

「……でも……私は……」

 

『……どうやら、何か事情があるようですね。ならば立花響さん。どうか一つだけ忘れないでください。』

 

「あ、はい。」

 

『━━━━自分の答えを出せるのは、自分だけです。他の誰でも無い、自分自身。私の決意や、貴方の知る誰の想いも、あくまでもそれ自体は他者の考えです。

 だから、どうか迷いを切り捨てないでください。迷う心は、同時に優しさの発露でもあるのですから。』

 

「━━━━言ってる事、全然分かりません。けど……分かりました!!私、思いっきり迷います!!」

 

『━━━━フフッ。まるで私のお母様みたいな真っ直ぐさです。それでは、今度こそ失礼しますね。』

 

━━━━そんな残酷に沈む少女の心を軽くしたのは、かつては同じく迷っていた少女の言葉だった。

まったく……あの時は急に見つかった遺伝的な弟の存在に迷う少女だったというのに。いつのまにやら、皆成長していく物だ……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ランデブーポイントとは、二課本部跡地の事だ。

此処ならば、余計な存在が不幸にも私達を見つけてしまう可能性も低いし、未だ復興作業が続き、人の出入りも激しい周囲を調べるのに時間が掛かって二課の連中もすぐには辿り着けない筈だ。

 

「ヘーイ、ポール……ポール・バニヤン~……」

 

岩に腰かけてぶらぶらと足を揺らしながらに口ずさむのは、FIS時代に教わったホラ話(トール・テイル)

アメリカという国家の原点となったのだという、開拓者の唄。東の海からやって来て、アラスカへと去って行った大男の御伽噺。

━━━━それを教えてくれた彼は、ある日突然に()()された。私達を逃がそうとして、実行に移す前に露見したのだという。

……だから、もう遺っているのはこの歌だけだ。彼が何故ボク等を助けようとしたのかは、永遠に分からない。

 

「……美舟は、マリアの事が心配じゃないの?」

 

そんなボクの姿に、不思議そうな顔をして調が訊ねてくる。

きっと、マリアが迎撃に出た事を心配しているのだろう。

 

「心配はしているよ。けれど、もう迎撃まで行われてしまった以上は……ボクはもう、出て来た結果を受け入れる事しか出来ないから……

 うん。調は、やっぱり優しいね。」

 

そっと、ボクより頭一つばかり背の低い調の、サラサラとした髪を撫でる。

 

「ん……くすぐったいよ、美舟……」

 

「……きっと、マリアは大丈夫デスよ、調!!美舟!!」

 

「……うん、そうだね切歌。ありがとう。二人共優しいね。」

 

━━━━正直なところを言えば、ボク自身は楽観している部分があるのだ。

マリアがフィーネを継いだというマムの言い分。だが、それにしてはおかしい所が多いのだ。

フロンティアの封印解放儀式の手順を、マリアは知らないままだった。それは、フィーネが解読した古文書に書かれていた内容だというのに。

復活が不完全なのだとマムは言うが、ボクの知るフィーネは少なくとも……そんな不完全なシステムに頼り切る存在では無かった。

であれば、マリアの騙りなのだろうか?何のために?

 

━━━━その答えは、エアキャリアと共にやってきた。

 

「━━━━マリア!!大丈夫デスか!?」

 

「……えぇ。」

 

「良かった……マリアの中のフィーネが覚醒したら、もう会えなくなってしまうから……」

 

「迎撃に出たって聞いてビックリしたデスよ!!」

 

「ごめんなさい。相手が強敵だったものだから……」

 

「相手って?」

 

「━━━━本国からの追手、七彩騎士です。米国の最高戦力と言っても過言ではありません。」

 

「本当に素晴らしい実力でしたよ。まさか、生身でギアを圧倒する人類が居るとは……是非とも研究させてもらいたいものですね。」

 

━━━━マリアに抱き着く調と切歌を微笑ましく見つめる私が発した問いに答えるのはマムと、そして……ドクター・ウェル。

 

「七彩騎士……」

 

「えぇ。それで……美舟。貴方の策にひとまず乗りはしましたが、この後はどうしようと言うのですか?

 まさかとは思いますが……あの場を凌ぐ為に無策を誤魔化したワケでは無いでしょうね?」

 

━━━━ヤバい。図星だ。決闘に持ち込んだのは、あくまでも釘刺しと……二人の歌がちゃんと評価される所を見届けたかったという私の我儘。

……とはいえ、無謀ではあっても無策では無いのだ。

 

「うん。策はあるよ。

 ……彼等はまだ、世界の真実を知らない。だから、決闘の最中に其処を突いてやれば、間違いなく彼等に隙を産むことが出来る。そこを切歌と調の組打ちでギアを奪い去る。

 複雑な策はいきなり用意するのは難しいし、タイミング勝負になっちゃうからコレくらいの方がちょうどいいと思うけど……」

 

「なるほど……であれば、アタッカーとしてボクが出るべきでしょうね。私が保証人となれば説得力も増しますし、ソロモンの杖とアンチリンカーの存在から彼等は警戒せざるを得なくなります。」

 

「……そうですね。マリアを温存する以上は、そうせざるを得ないでしょう。しかし、決闘の結果がどうあれ……」

 

「分かってる。ネフィリムの起動にさえ成功したら後は三十六計逃げるに如かず。フロンティアの起動まで一直線だよ。」

 

━━━━月の落下という残酷な真実。それを突きつけて勝ちを譲ってもらうという事。

気は重いけれど、戦力で劣る上にマリアを温存しよう等と温い事を言うからには、それくらいこすっからい手を使わなければ装者三人とギア使い一人を擁する二課相手に隙間を穿つ事など出来ないだろう……

 

「━━━━では、決行は今夜。月が天頂に到る時でよろしいですね?欠けた月が直に見えていればこそ、人はそこに実感を得るのですから。」

 

「……分かりました。切歌と調は一旦休息を取っておきなさい。今夜は……長い夜になるでしょうから。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━決闘の約束から六時間程が過ぎた、二課本部内。

万が一に備えて待機する俺達の基に、来てほしくなかった警報が鳴り響く。

 

「━━━━ノイズの出現パターンを検知!!」

 

「古風な真似を……決闘の合図に烽火とはッ!!」

 

「位置特定……場所は、東京番外地、特別封鎖指定区域……」

 

「カ・ディンギル址地(あとち)、か……やはり、予想通りだったな。」

 

━━━━東京番外地。それは、ルナアタック事件の際に聖遺物のぶつかり合いが発した強烈なエネルギーによって植生すら絶え果ててしまった、旧リディアン音楽院跡地そのものだ。

今なお、残留するエネルギーの処理・無害化の研究は進むものの、未だ元々山だった場所への一般人の立ち入りは禁止となっている。

 

「━━━━一般人を巻き込まぬようにするにはうってつけの場所、というワケですね……」

 

「あぁ、となれば……決闘の約束、彼女等は護る気があるようだな……妙なところで律儀な事だ。

 装者三人と共鳴くんは出撃を!!現地近くまではヘリで向かうが、ノイズによって撃墜される恐れがある事からヘリからの降下は避け、麓から登るルートで行くッ!!」

 

『了解!!』

 

重なる声と共に気合いを入れ直す。

━━━━彼女達が握る正義、この目で見極める為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━山の上から見下ろす惨状は、割かし愉快な物であった。

聖遺物同士のぶつかり合いが産んだというこの禿山。研究者として其処に気になる部分が無いでは無いが、生化学に関する事となれば人体への長期的な影響の有無が一番となる。

流石にそんな研究をしている暇は無くなるだろう。

 

━━━━フロンティアの浮上は今夜、成し遂げられるのだから。

 

「━━━━なるほど。決着を求めるにはお誂え向きの舞台というワケか……」

 

そして、求めた相手はやってくる。

 

「……ではお二人共。手筈通りに頼みますよ。」

 

「……了解。」

 

「……やってやるデスよ。」

 

不承不承が透けて見えますがまぁそれはそれ。どの道()()()()()()()()()()()()()、まぁどうでもいいでしょう。

 

「ようこそ二課の装者諸君!!戦いの舞台に上がってくれた事、感謝します、よッ!!」

 

━━━━ノイズの召喚。まずは雑魚を百体程。

コレを試金石と時間稼ぎとし、機を狙う。

故に、左右の二人は未だ動かない。コレもまた作戦通り。

 

「ハーッ!!」

 

「オラッ!!」

 

「セイッ!!」

 

「セイヤーッ!!」

 

だが、流石は二課の誇るシンフォギア装者達。ノイズを瞬く間に蹴散らすその姿……練度が違う。気概が違う。そして何よりも……コンビネーションの質が違う。

シンフォギアが歌を響かせる事で力と為すのは周知の事実。だが、その音色がハーモニーを奏でる事に着目する者は凡愚の中には殆ど居なかった。

だが、ナスターシャのオバハン……おっと、ナスターシャ教授は早くから櫻井理論にハーモニーが関わる事に気付いており、それが故にザババの双刃が心象を重ねる事で二つで一つと歌を奏でる事まで突き止めたのだ。

 

━━━━それと同じ事を成し遂げている男が、目の前に居る。

レゾナンスギア……正式名称は『RE:RN式回天特機装束 RG-n00』だったか。やれやれ、櫻井了子もトンだ置き土産を遺してくれたものだ。

重なり合わぬ装者の心象を繋ぎ、共に鳴り震える事で共振させるその特性。此方がギアの数で負けている事も合わさって非常に厄介だ。

 

━━━━故に、彼だけはいずれご退場願うとしよう。

準備は周到に、そして後始末は念入りなまでした上で……

 

「━━━━調ちゃん!!切歌ちゃん!!」

 

「おっと、二人の出番はまだ先ですよ。真打は最後に登場するものでしょう?」

 

「━━━━ソロモンの杖を奪い、フィーネを擁し、世界を敵に回し……そこまでして何を企てる、FIS!!」

 

「企てるとは人聞きの悪い……我々が望むのはただ一つ!!人類の救済ッ!!」

 

━━━━さぁ、此処からが私の……いや、ボクの独壇場だ……!!

 

「人類の救済、だとッ!?」

 

「そう!!月の落下にて喪われる無辜の民の救済こそ我々の悲願ッ!!」

 

「月の!?」

 

やはり、気付いてはいなかったか。だがまぁ、それも当然だ。

 

「月の公転軌道は各国機関が三ヶ月前から計測中!!落下などというふざけた結果が出て入れば黙っては……」

 

「━━━━黙っているに決まってるじゃあ無いですか。対処法の無い極大災厄など、さらなる混乱を招くのがオチです。

 不都合な真実を隠蔽する理由など、この世界には幾らでも転がっているのですよ!!」

 

━━━━真っ先に『月の公転軌道にただちの影響はない』と声を挙げたのはNASAだった。そうなれば他の国家はそれに唯々諾々と従うしかない。

否定した所で受け入れてもらえないか、世界に不安の種をバラ撒くだけ。沈黙は金、と言いましたか。全く以てその通り!!

 

「……まさか!!この事実を知った連中ってのは……自分達だけが助かるような算段を建ててるんじゃあねぇだろうな!?」

 

「━━━━だとしたら、どうしますか?貴方達は。残酷な世界の現実と、闇夜の如き陰謀を前にして、それでも世界を救えると叫ぶのですか?」

 

━━━━出来る訳がない。米国が総力を結集しても尚、出た答えは『地球からの脱出』しか無かった難題なのだ。

如何にシンフォギアが単独での大出力の行使を可能にしようと、それは所詮戦術規模の話。戦略規模すら大幅に超えた生存圏規模のこの難題への答えには決してならないのだから。

 

「それは……」

 

「ならば逆に問う!!お前達は世界をどうやって救おうと言うんだ!!」

 

━━━━だが、此方の威に呑まれぬ男が一人。

丸め込まれて心が折れてくれればそのままパックリと丸呑みにしてやれたんですがねぇ……まぁ、仕方ないと割り切りましょう。

 

「その手は既に見せていますよ!!

 ━━━━即ち、ネフィリム!!」

 

「ッ!!クリスちゃん、下だッ!!」

 

「どわッ!?」

 

ボクの声に応じ、聖遺物に喰いつかんと地下より現れるネフィリム。だが憎たらしい小僧の声に反応したからか、パクつきは避けられてしまう。

 

「クリスちゃん!?」

 

「がっ……!?」

 

「雪音!?」

 

━━━━掛かった!!

策は二段に、三段に重ねるのが肝要というもの……ネフィリムの攻撃で一人を喰らう。それが失敗したのなら……

 

「拘束ノイズ!!やはり罠か!!」

 

「ハハハハハハ!!随分と勘が冴えていますねぇ!!その通り!!

 人を束ね、組織を編み、国を建てて命を守護する!!その大義の為、ネフィリムの贄となってもらいましょう!!」

 

「━━━━でやァァァァ!!」

 

吹き飛ばした雪音クリスを拘束ノイズで捕らえてから喰らい付くコースも、文字通りの横槍となった立花響の乱入で失敗。ならば……

 

「お二人共、今ですよ!!」

 

「……尋常に勝負とは言えないけれど。」

 

「アタシ達だって必死に全力なのデス!!」

 

「クッ……防人の剣、この程度で折れると思うてくれるなッ!!共鳴ッ!!」

 

「あぁ!!」

 

これで状況は五分と五分。向こうは拘束され気絶した雪音クリスを欠き、一方此方はネフィリムとボクで立花響を、そしてザババの双刃で風鳴翼と天津共鳴を抑え込む構えだ。

━━━━故に、此処こそが鬼札の切り時だろうとほくそ笑む。

 

「たァッ!!はッ!!」

 

やはり、成長期の途中では分が悪いのだろう。立花響一人を相手に、それでも幼稚な攻めしか出来ぬネフィリムは翻弄されている。

だがそれで良し。圧倒しようと全力を出せば、その緊張の一瞬こそ、人の心が最も弱る瞬間なのだから。

 

「━━━━ルナアタックの英雄よ!!その拳で何を護る!?世界の希望であるネフィリムか?それとも、陰謀を巡らせて自分達だけはのうのうと助かろうとするクソ爺共か?」

 

「━━━━言ってる事、全然!!全く分かりません!!けど!!……貴方達のやってる事で、泣いてる人が居るからァァァァ!!」

 

━━━━なんて真っ直ぐな……水晶のような輝きだろう。

それを……今から踏み躙れると思うと思わず絶頂してしまいそうだ!!

ノイズを召喚し、機を図る。勝負は一瞬。撃ち込んだ楔に大量の冷や水をぶっかければ、巨岩すら二つと割れるのだから!!

 

「━━━━そうやってキミは!!誰かを護ると口では宣いながら!!もっと多くの罪なき人々をぶっ殺してしまうワケダァァァァ!!」

 

「ッ!?……でぇい!!」

 

「ッ!!ダメだ響!!逃げろ!!()()()()()()()()()()()()!!」

 

「━━━━読みは鋭いが一手遅い!!キミの手はまたも届かないのだよ、少年ッ!!

 そぉれ、パクついたァァァァ!!」

 

「━━━━え?」

 

パクリ、と。まるでカートゥーンの一幕のように軽い音と共に少女の腕がネフィリムの口の中へと呑まれる。

━━━━そして、ぐしゃり、と潰れる音。ぶちり、と千切れる音。

歌すら喪ったこの場に響き渡る咀嚼音。

 

「━━━━立花ァァァァ!!」

 

「━━━━響ィィィィ!!」

 

「……ぁえ?」

 

現実を受け入れられないのだろう!!そうだろう!!()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて!!想像できようはずもない!!

必死に喪った左腕を抑えて探すようにフラフラと揺れるその姿のなんと滑稽な事か!!

 

「フフフ……フフフフ……」

 

「あ、あぁ……ガァァァァ!?

 ……ウソ、そんな……痛い……痛いよぉ……!!腕……()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!あ、あぁ……」

 

へなへなと、自らの腕から噴き出した血だまりに崩れ落ちる少女の胸に歌がある筈もない。

 

━━━━コレで、詰み(チェック)だ。

 

「━━━━アアアアアアアア!!ドクタァァァァ・ウェルゥゥゥゥ!!」

 

憤怒の焔を瞳に灯して此方を睨む少年の無駄な足掻きを前に、ボクの英雄譚は遂に始まりを迎えようとしていた……




欠けた月の下、喪われた物を求める咆哮が鳴り響く。
それは、喪失へのカウントダウン。
天を裂き、地を割るその威を前に、それでも少年は抱きしめる腕を緩めない。叫ぶ声を諦めない。

━━━━どうか、思い出して。と。

心優しいが故に拳を握る少女の、最も弱い部分を知る一人であるが故にこそ、その想いは強く、強く……


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第五十四話 無明のメルトダウン

「━━━━そうやってキミは!!誰かを護ると口では宣いながら!!もっと多くの罪なき人々をぶっ殺してしまうワケダァァァァ!!」

 

「ッ!?」

 

━━━━拳を握った私に掛けられたウェル博士の言葉が、私の拳を鈍らせる。

誰かを護る。誓うだけども……私が拳を握る事で救われない人が居るのでは?

ウェル博士の言うように、FISの目的が世界を救う事だというのなら……皆を救う正義を握っているのは、彼等なのでは?

 

『━━━━痛みを知らない貴方に、『誰かの為』なんて言って欲しくないッ!!』

 

━━━━あぁ、心が痛い。

 

「━━━━でぇいッ!!」

 

けれど、今更に振りかぶった拳を引っ込める事なんて出来ない。だから、まずは目の前のネフィリムとかいう聖遺物を止める為、再び拳を━━━━

 

「ッ!!ダメだ響!!逃げろ!!()()()()()()()()()()()()!!」

 

「━━━━え?」

 

お兄ちゃんの声と同時、振り抜いた甘い拳をパクリと呑み込む、ネフィリム……?

 

━━━━ガブリ、と音がする。

 

「……え?」

 

━━━━左腕が冷たい。夜の闇の空気って、こんなに冷たかったっけ?

 

━━━━グチャリ、と音がする。

 

━━━━左腕が熱い。直視したくない現実が押し寄せてくる。

 

━━━━ブチリ、と音がする。

 

━━━━血が噴き出る。理解が追い付かない。

 

「━━━━立花ァァァァ!!」

 

「━━━━響ィィィィ!!」

 

私の名前を叫ぶ声が、遠い。

聴こえるのは、吹き出す血の音と……くちゃり、ぐちゃりと、何かを食べるような音。

━━━━何を?

━━━━誰が?

 

気付くんじゃない、って頭の中でガンガン鳴っている警鐘も、目の前に見せつけられてしまえば意味がない。

 

━━━━ネフィリムが食べている。私の左腕を食べている。

 

「あ、あぁ……ああ……グッ……ァァァァ!?」

 

痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い!!

血が噴き出して抜けていく感覚!!すうすうと傷口を抉る夜の闇の冷たさ!!

 

「……ウソ、そんな……痛い……痛いよぉ……!!」

 

信じたくない!!信じられない!!見たくない!!知りたくない!!

……けれど、目の前の残酷は変わる事なんて無くて。

 

「腕……()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!あ、あぁ……」

 

橋から落ちそうになったあの日も、翼さんとデートしたあの日も、拳の在り方に悩んだあの日も、お兄ちゃんは私の腕を引いてくれた。

私が未来の左手を取って、お兄ちゃんが私の左手を取って。そんなありきたりな日常は、もう来ない。

 

膝が崩れる。びしゃりという音は、いつの間にか出来ていた血だまりが起こした音?

涙と、汗と、血が止まらない。頭の中はグルグルと、痛みと狂気と記憶を混濁させる。

 

━━━━あぁ、喪失へのカウントダウンが止まらない。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━いったぁぁぁぁぁぁぁ!!パクついたァ!!シンフォギアをだッ!!コレでェ……ッ!!』

 

━━━━ドクター・ウェルの歓喜の咆哮が、スピーカーを揺らす。

 

「……そんな。あそこまで……あそこまでやるなんてボクは求めてないッ!!隙を突いてギアを奪いさえすれば、それで……!!」

 

『あんのキテレツ!!どこまで道を外してやがるデスかッ!?』

 

『聖遺物の欠片を餌と与えるって、そういう事だったの!?』

 

ボクの叫びは遅きに失し、通信越しに響く切歌と調のそれもまた然り。

 

「━━━━どこへ行こうというのですか?マリア。貴方の槍を振るう場は、今この時では無い筈ですよ……」

 

「……世界を救う計画の為、悪に堕ちたとの誹りなら、私は幾らでも受け入れる……だがそれでも、私は無慈悲では居られないッ!!

 ━━━━あんな風に命を弄ぶ事が、我々の理想なの!?答えて、マムッ!!」

 

「……その優しさは、今日を限りに捨ててしまいなさい。私達にはもう……微笑みなど必要ないのですから……」

 

━━━━まただ。マリアとマムの会話から感じる違和感。まるで今もマリアは元の優しいマリアのままのような、マムの言い方。

だが、そこに頓着している余裕は私には無かった。

 

━━━━立花響という少女。ごくごく普通の人生を送っていた、護られるべき存在。

彼女に対するボクの想いは、複雑怪奇だからだ。

━━━━だって、彼女の隣にはいつだって、お兄ちゃんが居たのだから。

 

逆怨みにも程がある。筋違いだとも分かっている。けれど……

思い出すのはあの日の想い出。ただ一度だけお兄ちゃんに助けてもらった、あの夏の一日の、陽炎の記憶。

その輝きがあったから、()は今日まで生きてこられたのだ。それを……彼女は常に甘受してきた。何度も、何度も、何度も、何度も助けてもらっていた。

 

……それでも、だからって!!

そんな逆怨みの想いを、彼女があんな事を受けていいって自分を納得させる理由(いいわけ)にはならない!!できない!!

強く首を振って否定するのは、胸の中に湧き出でる暗き想い。

 

「━━━━クッ!!」

 

そんなボクの葛藤と同じように、マリアの苦悩もまた深いようで……操縦席を去って行くその横顔は苦渋に満ちていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ドクター・ウェルキンゲトリクス。彼だけは、許せない。

狂気の嘲笑を浮かべ、響の左腕を抉り取り去った男を見据える。

殺意を握る。決意するその瞬間、俺は天津の防人(ガーディアン)である事を投げ捨てて……

 

「立花!!クッ……共鳴!!私が彼女達を止める!!立花の保護をッ!!」

 

「グッ……分かった。」

 

━━━━だが、冷静な翼ちゃんの言葉が、冷や水となって俺の頭を冷やす。

そうだ。なによりも優先すべきは響の保護だ。腕を喪い、食い千切られた左腕から膨大な血を流す響を放置してしまえば、出血によって血圧が低下し、各種臓器不全まで引き起こして死に至る可能性が高い。

そうなる前に、適切な処置を施さなければならない。幸い、患部を縛る糸も、血圧維持のための電気ショックもこの手の中にあるのだ。絶対に、諦めない!!

 

「アタシ達……正しい事をやっている筈なのに……ッ!!」

 

「間違ってない筈なのに、どうしてこんなに……ッ!!」

 

━━━━そうして決意を構え直した俺の前に立ちはだかる少女達は、けれどその手に握る決意を揺らがせていた。

……あぁ、本当に。テロリストとして決起したとは思えぬ優しさだ。だがだからこそ、彼女達をあんな外道のやり口に染めるワケにはいかない。

 

「━━━━切歌ちゃん、調ちゃん……今だけは、其処を退いてくれ。」

 

「それは━━━━ッ!!」

 

「━━━━出来ないデスよ!!キテレツとはいえ、奴の行動は計画通り!!だから……ッ!!」

 

「━━━━違う。今の俺の目的はウェル博士をブッ飛ばす事じゃない。響を救う事だ。

 ……ただ、それだけなんだよ。」

 

━━━━だから、言葉を重ねる。残された時間は短い。もしも響がショック症状で気絶すればそれは危険信号(レッドアラート)そのもの。

……だがそれでも、このまま言葉を交わさずに二人を押し通ってしまえば、それは明確な拒絶になってしまう。

そうなってしまえば、たとえ身体は助かったとても、響の心が救われない。自分を助ける為に他者が否定しあう事すら、優しい彼女は抱え込んでしまうのだから━━━━!!

 

「━━━━完全聖遺物ネフィリムは、いわば自律稼働する増殖炉!!他のエネルギー体を暴食し、取り込む事で拡充されたエネルギー容量はさらなる出力を可能にするゥ!!

 ……さぁ、始まるぞ!!聴こえるか?この覚醒の鼓動がッ!!フロンティアを浮上させ、人類を救う救済の音色が!!フフフハハハハ!!フヘヒヘハハァ!!ウヒョヒョ!!」

 

━━━━狂っている!!

そんな俺達の必死なる意思のぶつかり合いを、興味も無いとばかりに自分に酔い、狂嗤を深くするドクター・ウェル。

そして、それに応じて進化を遂げんと変革を始めるネフィリム。その大きさは3m弱にも達し、象の如き体躯となっていた。

 

「う……アウゥゥゥゥ……」

 

「━━━━ひょ?」

 

━━━━だが、そんな二つの場所の間にある断絶すら超えて、総てを凍り付かせる唸りが目を覚ます。

 

「ウウウウ……!!アア……ガァァァァ……!!」

 

「━━━━そんな!?まさか、暴走ッ!?」

 

響の身体を黒く染め上げ、獣の如き叫びをあげる()()()

━━━━それを見た翼ちゃんの叫びに、想い到る事象が一つだけあった。

 

「━━━━ガングニールの制御不全による暴走状態ッ!?マズい!!」

 

━━━━融合症例が齎す恩恵と害厄。それは、『安定した適合係数によって強大な出力を発生させる』事と、『融合浸食によって響から人としての機能を奪う』事の二つが表裏一体となった物であった。

だが、今まではレゾナンスギアによる反動除去によって辛うじてその天秤をコントロール出来ていた……いや、出来ていたように見えていただけかも知れないが……

 

『マズいわ共鳴!!このままでは響ちゃんの肉体に過剰な負荷が━━━━ッ!?』

 

その懸念を肯定する母さんからの通信。だが、それは途中にて掻き消える。

━━━━それは物理法則を否定するかの如き埒外な現実が目の前に繰り広げられているからだった。

 

「グゥゥゥゥ!!ガァァァァッ!!」

 

━━━━大気を震わす、魔の咆哮。

それに応じ、響の内より溢れ出す異様なまでのフォニックゲイン。

━━━━欠損した左腕の断面から伸び出し、それは形を成す。

 

「……新たな左腕、だと……ッ!?」

 

「ギアのエネルギーを腕の形に固定!?それではまるで……あの日の奏のようでは無いか!!」

 

━━━━あの日、奏さんが成し遂げた奇跡。自らの喪われた手足をアームドギアと認識・形成する事で補った特異形態。

暴走していたが故に覚えてはいなかった筈だが、その場には響も居たのだ。

であれば、無意識的にそれを参考に自らの喪失を補う事自体はおかしくはない。だが……

 

「この状況での暴走、これじゃあ響の身体が保たない!!」

 

━━━━身体の欠損を反射的に補う程の急速な融合の進行。その負荷に、響の身体は耐えられるのか?

 

「━━━━ガウゥッ!!」

 

「……ま、まさか!?」

 

獣と化した響は四足となる。情報処理に特化した頭部が大きくなるよう、二足で前後左右へと自在に動けるようにと進化した人体の構造上、それは頭部の重さに耐えきれずに(こうべ)を垂れるだけの姿の筈だ。

━━━━だが、そんな事実を薄紙の如く破る埒外は、一足で巨大化したネフィリムの懐へと潜り込む。

 

「アァッ!!」

 

進化し、まるで人間の進化を早回しするかのように直立したネフィリム。その重量はそれこそトン単位になっている筈だ。

━━━━その体躯が、サンドバッグのように揺れる。

常の響の拳とは違う、術理も、合理も、何も無い獣の一撃。しかしそれは、紛れもない魔拳。

 

「やめろォォォォ!!やめるんだァァァァ!!成長したネフィリムは、これからの新世界に必要不可欠な物だ……それを!!それをォォォォ!!」

 

ウェル博士の焦った叫びが響く。

━━━━俺が、止めなければならない。

 

「━━━━二人とも、ゴメン。俺は……行くよ。響を救いに!!」

 

「……確かに、このままだとネフィリムもやられちゃう……」

 

「ただし!!行くのはそっちの一人だけデス!!二人も通したらあのトンチキに流れ玉が飛びかねないデス!!」

 

「……ありがとう!!翼ちゃん、此処をお願い。」

 

「……分かった。立花を、頼む……」

 

━━━━立場が異なるが故の平行線は、未だ平行線のまま。だがそれでも、その狭間にある境界線上を疾駆したならば……

ネフィリムが響を吹き飛ばし、受け身を取る事も無く吹き飛ぶその闘争の場へと、俺は走り込む。

 

━━━━響は、俺を味方と判断できないだろう。

吹き飛ばされた先から地を蹴り出してネフィリムに突っ込むその姿にも理性は無く、次弾の蹴り上げもまた然り。

 

「いやァァァァ!?」

 

発狂したのだろうか?最早意味を成した言葉ですらないウェル博士の一手は、召喚したノイズをより合わせ、巨大ノイズと使う事で響を圧殺せんとする物。

 

━━━━だが、無意味だろう。近づいていく俺には分かる。

アレは……暴走した響は、今や完全聖遺物の如き力を放っている。その威容を前に、通常のノイズなど幾ら召喚した所で……

 

「━━━━アァッ!!」

 

━━━━四足歩行の獣となって、響が大型ノイズに飛び込む。初めて響が拳を握ったあの日と同じノイズが、今度は内側より爆散する。

 

「ガァァァァッ!!」

 

その咆哮は世界を震わせ、遍く総てを否定せんとする悲しみを孕んでいた。

 

「響ィィィィ!!」

 

━━━━だから、俺が止めなければならない。

 

「グッ……!?」

 

反射的に拳を振るってくるその動きは、常よりも速く、鋭い。

━━━━だが、それだけだ。

元より俺の動きは、俺の速度は、ギアによる強化が為される響達に劣るのだ。

それでも模擬戦において俺が遅れを取る事は無い。

動きを読み、流れを読み、攻撃を読む。止まること無く相手と相対するのが俺の戦い方だからだ。

 

「ガァァァァッ!!」

 

「響!!落ち着くんだ!!心を、呑まれるなッ!!」

 

「ガァッ!!アァッ!!」

 

「くっ……!!」

 

弾き、逸らし、受け流す。一度でも失敗してマトモに受けてしまえば、骨が砕けるだろうという確信がある。それでも、俺は即死圏の中で響を止める為に臨死の舞踏(ダンス・マカブル)を踊り続ける。

 

━━━━そんな俺の努力を嘲笑うかのように、周囲に展開される無数のノイズ達。

 

「なッ!?」

 

「おのれガングニールッ!!よくも……よくもッ!!ボクの完璧な計画を邪魔しやがってェェェェ!!」

 

「そんな恨み言の逆怨み、今ぶつけられたって困るんだよッ!!」

 

「うるさいッ!!世界を救う具体案も無しにこのボクの!!完璧な世界救済計画を邪魔しやがってッ!!ボクの計画に勝るとも劣らない代案はあるのか、えぇッ!?」

 

「━━━━そんな物、これから探るに決まっているだろうッ!!知らなければ、知れなければ誰だって手を伸ばせやしないッ!!

 だけど、俺達は知った!!滅びゆく世界の悲鳴をッ!!なら、犠牲を出さなきゃいけないのかを手探るのは今こっからに……決まってるだろ!!

 ……だから、まずは響。お前を助けるッ!!お前を……犠牲になんかしない、させないッ!!」

 

「グ……ウゥ……グルァァァァッ!!」

 

━━━━だが、そのウェル博士の行動が逆に暴走する響の獣性を刺激した。

周囲から押し寄せるノイズを払いながら掛ける声も、響には届かない。

 

「━━━━マズッ!?」

 

━━━━瞬間、明確な死を幻視する。超能力とか、そういった物では無い。

ただ……修行の合間、頼みこんで無理矢理に向けてもらった、司令の()()()()()

あの時の心臓が凍るような悪寒が俺を貫いたのだ。

故に、離脱は全力。周囲の岩塊の影まで糸を掛けて飛び込む。

 

「━━━━ガァァァァッ!!」

 

                              ━━━━堕鬼憤叫━━━━

 

━━━━次の瞬間、世界が塗り替わった。

響が地を叩きつけて放った漆黒のエネルギーは極大の光柱となり、周囲に展開されたノイズ達を根こそぎ吹き飛ばす。

 

「な、なんとォ!?ネフィリム、逃げろ!!アレの自滅まで逃げ続けろォ!!」

 

その暴威に、ようやく危険性を察したのだろう。逃亡を命ずるウェル博士の指示を聞いたのか、それとも本能からか。ネフィリムが踵を返す。

 

「━━━━グゥアッ!!」

 

━━━━しかし、それを見逃すガングニールでは無い。

逃げるネフィリムの背に一息で飛び乗り、その動きを封じてしまう。

 

「クッ……間に合え……!!」

 

「ウウウウ……アァッ!!」

 

「ひぃィ!?」

 

無慈悲な拳がネフィリムの中心を貫く。

 

━━━━ネフィリム。天より墜ちた巨人ネフィルの群れを表す言葉。恐らくは神話に語られる共喰いの果てに、彼の個体は一つとなったのだろうが……

だが、ドクター・ウェルはそれを『自律稼働する増殖炉』と評した。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

無限にエネルギーを産み出し続けるデュランダルとは異なり、投入されたエネルギーを更に巨大なエネルギーと返す……どちらが優れているかは一長一短とはいえ、それもまた尋常な物理から外れた異端技術の結晶である。

 

━━━━だが、()()()()()()たる巨人は、同時に人間と祖を同じくするともいう。この土地の残留エネルギーを喰らったのか起きていた、ヒトガタを模す進化も収斂進化の形なのか?

なぜ、こんな土壇場でそんな事にまで余計な思考を回したかといえば、簡単な話。

 

━━━━暴走した響が貫いたネフィリムの中心から抉り取った心臓部が、どうにもヒトの()()にそっくりだったからだ。

だから、響が()()に力を籠めるのが見えた瞬間。走り寄っていた俺は思わず飛びついていた。

 

「━━━━ダメだッ!!響!!それだけは、ダメだッ!!」

 

衝撃に手放され、どこかへと吹き飛んで行く心臓部も気になりはしたが、それよりも優先すべきは響の確保……そう思う間も無く、吹き飛ばされ。恐らくはカ・ディンギル址地を覆う壁に突き刺さる俺の身体。

 

「━━━━ガ、ハ……ッ!?」

 

暴走が続く響に吹き飛ばされたのだと気づいたのは数拍も経ってからであり……

 

━━━━その時には、既に総てが終わっていた。

 

「━━━━アアアアアッ!!」

 

                  ━━━━狂装咆哮━━━━

 

空高く跳び上がり、四肢をアームドギアとするその応用としてか、右腕を槍に変じさせた響が空より落ちて、ネフィリムへと突き刺さる。

━━━━そして、爆発。

 

「立花……」

 

「まるで……化け物……」

 

「……う、なんだってんだ……?」

 

拘束していたノイズも、先ほどの余波で消し飛んでいた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「ひぃッ!?い、いやァァァァ!!」

 

「グァァ!!」

 

━━━━ダメだ!!響!!

暴走した響の前に恐れをなし、腰を抜かしたドクター・ウェル。その悲鳴に反応して拳を握ろうとする響を止める為、声を張り上げんとする俺の意思に反して、俺の身体はただひゅうひゅうと空気を送り出す事しか出来ない。

壁を凹ませる程の衝撃が抜けきらないのだ。

 

「━━━━よせ!!立花!!もういいんだッ!!」

 

「━━━━お前、黒いの似合わないんだよッ!!」

 

だが、俺の想像した最悪が起きることは無かった。目覚めたクリスちゃんと翼ちゃんが、動きの鈍った響を止めてくれたからだ。

 

「い、いやぁ~~~~!!へぁっ!?」

 

「━━━━あ、こら待つデス!!そっちに行ったら合流出来ないじゃないデスか!?」

 

「━━━━切ちゃん!!早く追いかけないと見失っちゃう!!」

 

「あーもう!!手のかかる上に傍迷惑な上にいい迷惑デスよ!!」

 

その隙に何処かへと逃げ去るウェル博士と、それを追いかけていく切歌ちゃんと調ちゃん。

 

「アアアアア……アアアアア!!」

 

「ぐっ!?」

 

「このッ、バカ!!」

 

━━━━だが、それを追いかけんとする暇も無く、絶叫と共に光を放つ響。そうだ、響は左腕を喪っている筈なのだ!!早く止血しなければ……!?

そう思い、言うことを効かない身体を無理矢理に立たせた俺の目に入ってくるのは、目を背けたかった残酷の姿。

 

「立花!?立花!!しっかりしろッ!!立花ッ!!」

 

━━━━響の左腕は、無事だった。いや、無事では無い。つまり、アレは……あの左腕は……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━響ちゃんは、メディカルルームへと緊急搬送された。

救急車を使って深夜の往来を総て疑似封鎖、最短で、最速で、真っ直ぐに、一直線に搬送されてきた彼女は五体満足、一見すれば()()()()()()かのように見える。

 

……だが、私達は知ってしまっている。一見普通の身体に見える彼女の身体を、今も尚蝕み続ける存在が胸の内に宿っている事を。

 

「響くん……」

 

「……クッ!!」

 

……翼ちゃんが壁を叩く姿に何も感じぬ程、私は強くは在れない。

けれど、コレは翼ちゃんだけの責任では無いのだ。それだけは、ハッキリさせなくてはならない。

 

「━━━━司令。今回の事態を招いたのは、響ちゃんの融合症例の進行を遅らせられているからと安易に出撃を許可していた私の責任です。どうか、処断なら私に。」

 

「鳴弥くんッ!?一体なにを……いや、そうか……だが、ダメだ。

 確かに、レゾナンスギアによって融合症例の進行が遅らせられていた事は鳴弥くんの報告で分かっていた。だが、その上で響くんの出撃を許可したのは俺だ。

 誤った運用が為され、危険が実在の物となってしまったのならば、責を問われるべきは最終決定者である二課司令……即ち、俺自身だ。

 ……だが、事態は未だ根深く続いている。上層部の決定次第ではあるが、この事態が収束するまでの俺の給料全カットでひとまずは手を打ってもらいたいッ!!」

 

「━━━━司令の給料を全カットしても、レンタル屋さんに閑古鳥が鳴くだけでしょう?いてて……」

 

責任の所在を明らかにしておこうとした私の気回しをアシストするかのように茶化すのは、後ろから歩いて来た共鳴だった。

 

「……共鳴ッ!?大丈夫なのか!!怪我は……」

 

「大丈夫大丈夫。幸いにも骨はイッて無いって先生が……いてて……」

 

「どう見ても大丈夫では無いでは無いか!!医務室……は今使用中だし……天津の屋敷に早く戻って……」

 

「ん、仮眠室借りてるから大丈夫大丈夫。響が目を覚ましたら、傍に居てやりたいからさ。

 ━━━━きっと、心細いと思うから。」

 

その言葉の本気は、周りの私達にもありありと伝わってくる。

まったく……共行さんに似て頑固なんだから。

 

「━━━━……はぁ……鳴弥さんの言う通り、天津の男は強情ですね……」

 

「えぇ、そうね。だけど、時々やり過ぎちゃうから、ちゃんと隣で止めてあげて?」

 

「了解しました……雪音、その時は出来れば手伝ってくれるとありがたい。この強情さ、一人では止めかねるかもしれん……」

 

「ハァ!?いきなりあたしを巻き込むのかよ!?……まぁ、共鳴の奴には貸しもあるし……別に、やぶさかではないですけど……」

 

━━━━少しだけでも、翼ちゃんの表情が和らいでよかった。

クリスちゃんの反応に笑みを零す翼ちゃんを見て、私は安心したのだった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━夜の闇の鏡が、私の目の前に立っていた。

あぁ、また、過去を見せつけられるんだな。

そんな諦観と共に思い出す言葉はただ一つ。

 

『なんで彼じゃなくて、何も持たないアンタが生き延びたのよ!!』

 

━━━━本当に、どうしてだろう。

世間からの風当たりはお兄ちゃんのお陰で弱くなって。あのライブ事故から一年が経った中学三年の時にはリディアンの中等部に転入出来たから、バッシングを受ける事自体は無くなった。

けれど、どうしても思ってしまうのだ。どうして、私が生き残ったんだろう。って。

 

━━━━あの日、ライブ会場で、私と同じ学校の少年が一人、死んだ。

サッカー部のキャプテンで、将来有望なスターの卵。ファンクラブまで出来るくらいのカッコいい少年で……そんな彼の有り得た未来は、炭になって、消えた。

 

彼のファンだったって公言して憚らなかった女の子が、私に叫んだ言葉。今でも私の奥底に突き刺さる荊の棘。

━━━━何の取りえも無い私が、他の人が大勢死んだあの日の惨劇の中で、どうして運よく生き延びれたんだろう、って。

 

 

━━━━意識が、浮上、する。

 

 

そこは、二課仮設本部の医務室だった。

 

「ん……まぶし……あれ?」

 

━━━━右を見る。其処にあったのは、未来からの『早く元気になってね』という、メッセージカードと……

 

「……おにいちゃん?」

 

「……ん。目、覚めたか?ふぁ……おはよう、寝坊助さん。一晩グッスリ眠れたみたいだな?」

 

「……ずっと、傍に居てくれたの?」

 

「あぁ。響は寂しがり屋だから、起きた時に一人じゃ泣いちゃうんじゃあ無いかと思ってな?」

 

━━━━あぁ、なんて。あったかい人なんだろう。

強く言ってくる事は少ないけれど、ただ黙って傍に居てくれる人。

私が元気印だけじゃないって事、知ってても笑わないで居てくれる人。

……私を、あの日に助けようとしてくれたヒト。

 

「……そこまで寂しがり屋じゃないよ……って、アレ……?

 ━━━━お兄ちゃん、ちょっと後ろ向いて。」

 

「……あぁ。」

 

━━━━息を吐いた瞬間、胸に感じる違和感。どうしても気になったそれに、お兄ちゃんに目を背けてもらって、胸元をはだけて確認する。

 

「━━━━かさぶた?」

 

二年前に、ガングニールが突き刺さった傷痕。ちょうどフォルティシモのマークみたいな其処に、かさぶたみたいな石が付いていた。

 

「……響。落ち着いて、聴いてほしい。」

 

━━━━背を向けたままに、意を決したようにお兄ちゃんが言う。

 

「う、うん……」

 

はだけたままの胸元も気にはなるが、お兄ちゃんの纏う雰囲気に圧されて思わず頷いてしまう。

 

「━━━━響の身体の中を、ガングニールが完全に覆い始めている。」

 

「━━━━え……?」

 

━━━━その宣告は、あまりにも残酷で、受け入れがたいものだった。

 

「……融合症例の進行が、昨日の一件で加速してしまった。今までは、ギリギリのラインとはいえ神獣鏡が見つかるまでの間は保つ……或いは、危険になったら前線を退かせられるという想定で俺達は動いていた。

 その均衡が、破られた。これ以上響がギアを纏えば、残った生身部分をもガングニールは喰い尽くすだろう。

 ━━━━響を前線に出す事は、もう無い。少なくとも、神獣鏡を使っての除去が可能になるまでは絶対にだ。」

 

思わず抑えた左腕。それが付いている事に内心ビックリするが、それで辻褄は合った。

━━━━私、もう限界なんだ。

 

「……そっか。じゃあ、しょうがないね。みんなの役に立てないのは残念だけど、なるべくギアを纏うなって言うなら……」

 

━━━━カラ元気でも元気は元気。元気印が私の一番。だから、それを見せようとした私の手を握るのは、お兄ちゃんのごつごつした手。

 

「━━━━響。」

 

「ど、どうしたのお兄ちゃん?そんな真面目な顔してにじり寄って!?流石にうら若き乙女相手にこの距離感は誤解を……」

 

「━━━━取り繕わなくていい。空元気を見せなくてもいい。

 俺は、響が誰より優しくて、だからこそ総てを背負いこんで傷ついてしまう優しい子だって知っているから。」

 

「……そんな……ズルいよ、お兄ちゃん……反則だよ……お兄ちゃんだってそうなのに、棚に上げて……

 でも……急にそんな、ギアを纏ったら最悪死ぬなんて言われても……」

 

出した言葉を引っ込めるのは難しいし……なにより、混乱して分からないから。仕方ないからと虚勢を張り通そうとする私をするすると抱き留めるお兄ちゃん。

そういう事ばっかり手慣れた感じなんだから!!

 

「━━━━怖いだろ?」

 

「━━━━ッ!!」

 

ビクン、と図星に身体が跳ねるのが、自分でも分かる。

けれど、お兄ちゃんは其処を揶揄したりせずに、ゆっくりと頭を撫でてくれる。

 

「……人間ってのはな?生きていたいモンなんだよ。そりゃあ、誰かの為に命を懸ける事が必要になる状況だってあるだろうし、その為に己を鍛え上げる防人だって居る。

 ━━━━けど、響はそうじゃない。ある日突然巻き込まれて、重い使命を背負わされちゃっただけの、普通の女の子だ。

 死ぬのが怖いなんて当然だ。心細くなって、頭の中もぐちゃぐちゃで分からなくなるのも当然だ。

 ━━━━だから、泣いていいんだよ。寂しくて、悲しくて、怖くて。そんな時には、思いっきり泣いていいんだ……」

 

その言葉と、頭を撫でる暖かな体温に、何か、胸の奥に深々と刺さった棘が溶けるように消えたようで。

 

気づいた時には、涙が止まらなくなっていた。

 

「怖いよ……!!死にたくない……!!私、生きていたい……ッ!!」

 

ぽろぽろと、涙が止まらない。歪む視界で見上げても、お兄ちゃんは微笑むばかり。

 

「━━━━それにな?FISの存在を盾に米国を強請ったらゲロってくれたんだが、機械的に起動可能な神獣鏡のシンフォギア、彼女達が持ち去った聖遺物の中にあったらしいんだ。

 だから、俺達が頑張って響を助ける準備も出来てきてる。約束するよ、響。俺は、キミを絶対に死なせない。絶対に……護り抜いて見せると誓うよ。」

 

お兄ちゃんの言葉に込められた本気が分かるから、私は心安らかに二度寝を決め込む事が出来たのだった……

 

━━━━涙に歪んだ視界の中で、それでも、そう言って微笑むお兄ちゃんの顔だけは、私には綺麗に見えた気がした。




不和来動。世界を焦がし。
杞の国の人が遺せし憂いは、明日のどこかに事実と果てる。
来たる死を想い涙を流す少女を救う為、その明日を切り開く為に、少年は堅く拳を握る。

━━━━だが、心せよ。残酷の連鎖に未だ終わりはなく、深淵に魅入られし男の妄執もまた……


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第五十五話 満腹のアフタヌーン

「━━━━ルナアタック後の月周回軌道に関する詳細なデータを求めます!!」

 

「シエルジェ自治領にも照会を!!」

 

「ハワイのすばる他、日本所有の天文台にも照会をお願いします。国内のアマチュア天文家も大発見狙いで月の観測をしている筈です!!そちらにも接触を!!」

 

━━━━日付も変わった深夜にも関わらず、二課仮設本部の発令所内は慌ただしい喧騒に包まれていた。

 

『━━━━米国の協力を仰ぐべきでは無いか?NASAの観測力に勝る物は、業腹だが地球上には存在しないのだから。』

 

「その米国からの情報の信頼性が揺らいでいるのです!!元は米国所属のFISが月の落下を確信して動き出し、それを追撃する部隊までが国内で展開している以上、彼等を信頼しきる事は出来ませんッ!!」

 

「……だから、アポロ計画そのものの信頼性が揺らいでいるんだッ!!当時の上官のトーマス・スタッフォードの証言だって……」

 

「━━━━城南大学の久住智史(くずみさとし)教授の協力を取り付けました。」

 

━━━━日本国内での二課の活動は、風鳴宗家……ひいてはその当主・風鳴訃堂の後ろ盾による物であり、その十男である司令とて、どんな無理をも押し通せるワケでは無い。

事なかれ主義……とまでは断言できないが、既存権益を護る事での国防を担う関係省庁のお歴々に対する説明責任もまた、司令がその立場と共に背負う物である。

 

「━━━━状況は一刻を争いますッ!!彼等の主張する()()()()()()()が起こり得るかどうかを検証する為、現在の月軌道を算出する事が最優先ですッ!!」

 

『……独断は困ると言っているだろう!!ただでさえ二課は見てみぬふりを決め込んでもらっているだけの巨大な不発弾だ。

 その二課がもしも、月が落ちるという杞憂に踊らされ、此方の混乱を狙うテロリストの思う壺に陥ったとしたら?その軽挙妄動は、誰が責任を取るというのかね?』

 

『まずは関係省庁に根回しをしてからだ。本題はそれからでも遅くは無いだろう。良き策は時間を掛けて練り上げる物なのだから……』

 

━━━━それがただ単に責任逃れをしたいだけの言動ならば、歯噛みこそすれ反感も湧こう。だが、彼等とて頭からの無能では無い。

()()()()については多少の差はあれ知っている。その上で、立場上安易に動く事が出来ないからこそ、組織にがんじと絡められた物言いを放つしかないのだから……

 

「━━━━クレメンタイン(月探査衛星)の運営権限がアメリカ国防総省(ペンタゴン)にあるなんて、どう考えたっておかしいじゃないですか!?」

 

「『帰って来たライカ犬』を名乗る匿名有志からの内部告発を受理。発信元は……旧ソビエト連邦宇宙局ですって!?」

 

「━━━━ですから、レーザー反射板を使った測定はアポロ計画の信頼性が揺らいでいる以上不可能だと説明した筈です!!角運動量から算出したデータなりなんなり、手作業で計算するしか無いんですよ!!」

 

━━━━けれど、けれども。杞憂を杞憂と切り捨てないからこそ。

調査を始めた二課の基には、世界中から情報の断片が集まって来ていた。

しかし、その断片をどれだけ集めても、決して月の落下という一大事の像を結ぶ事は無い。どう考えても、人為的な工作の結果だ。

 

「━━━━米国による情報封鎖の痕がそこかしこに……」

 

「国内でも、オカルト雑誌『ミヨイ・タミアラ』がルナアタック事件直後にこの状況を予見した記事を製作……しかし、発刊直後に手掛けたライターと編集長が相次いで急逝し、続報は迷宮入り……

 諜報部で調べを進めていますが、米国の関与による口封じなのは間違いないかと。」

 

「━━━━オカルト雑誌も侮れないわね!!というか、月の軌道データに必要な予測数値をどうやって揃えたの……!?」

 

「遺稿や取材データが抹消されているので詳細は分からないのですが、彼等は元々『人類は超科学を持った宇宙人の影響下にある』という、いわゆるアカデミズムに真っ向から喧嘩を売った記事作成で知られています。

 ですから、或いは……」

 

━━━━なんという事だろうか。21世紀も半世紀近くが経ち、あらゆる陰謀論が()()()()()によって踏みにじられるこの時代に、それでも陰謀論を叫び続け、彼等は隠された真実の一端に辿り着いていたというのだ!!

 

「……なるほど。カストディアンの存在の側から月遺跡の存在にリーチ出来た可能性もあった筈、と……

 ……悔しいわ……その発端は狂気とも言えるただの妄想かも知れない。けれど彼等は、先史文明の実在にまで辿り着いていたッ!!

 それが、国家利益の為にと切り捨てられ、無かった事にされるなんて……了子さんの大統一文明史説を唯一引き継いだ研究者として、そして何よりも、普遍的真理を追い求める研究の徒としても許せないッ!!

 緒川くん!!他の編集部メンバー全員の保護急いで!!断片でもいいわ!!この件には直接関わらないかも知れないけれど、彼等の妄想の中には、カストディアンを探る為の鍵が隠されているかも知れない……ッ!!」

 

「了解しました。既に新たに編集長となった樹林伸次郎(キバヤシしんじろう)氏含め、身柄の保護は完了していますが警備の強化も行っておきます。」

 

「さっすが!!手が早い!!じゃあ、世界の真実に迫る為にも……!!」

 

「えぇ、まずは目の前の大問題を解決するとしましょう。こちら、装者の皆さんへの説明の為の資料です。」

 

━━━━阿吽の呼吸、というのはこういう事を言うのだろうか?

研究班の中でも、今の私の立場は特別な物となってしまった。この二年間、レゾナンスギアの整備などの為に了子さんの内弟子のような立ち位置になっていた事。

そしてなによりも、元々大統一文明史説に取り組んでいた事で了子さんと気が合っていた私は、彼女亡き今は発令所での技術的アドバイザーにまでなってしまった。

その多忙さに加えて、今回の月落下の可能性だ。とてもでは無いが、私一人では手を回しきれないと一時的に翼ちゃんから緒川さんを借り受けたのだが……

 

「……コレ、慣れすぎると危険ねぇ……」

 

私がポロリと零れた本音に返ってくるのは、苦笑交じりの答え。

 

「そうですね……ボクとしても、これ以上仕事が増えると、オーバーワークでどちらかが疎かになってしまいかねません。

 此方としても、今回限りの臨時雇用と考えていただけるとありがたいのですが……」

 

「フフッ、分かってますよ。翼ちゃんの夢の道を邪魔する気はサラサラありませんから。

 ……彼女の事、お願いしますね。母親代わり……なんて言ったら逝ってしまった()()()に悪いけれど、もう一人の子どものように思っているのは事実ですから。」

 

「━━━━はい。お任せください。」

 

━━━━事態は未だ深刻さを増し続け、杞憂は極大な現実と成り果てようとしている。

けれど、人が握る夢だけは……明日だけは、決して諦めたくない。だから、笑える時に笑うのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……皆、揃ったようだな。」

 

二課仮説本部、通路に設けられたリラクゼーション用の休憩所。其処は今ガラスとしての機能を果たし、街の明かりの煌めきを通していた。

 

「……アイツの状態はどうなんだよ。」

 

集められたのは共鳴、雪音、緒川さんと鳴弥さん、そして私。

前線に立つ装者達が集められた意義。それが分からぬ皆では無く、雪音の問いは単刀にして直入だった。

 

「━━━━融合症例の深度が急激に進んでしまっている。身に纏うシンフォギアとしてのエネルギー化と、それを収める際の再構築。その際に起きる()()()()()()()()()()()

 それが、鳴弥くんの推察する所の融合症例の理屈だ。」

 

「つまり、外部に存在するギアペンダントという『明確な異物』では無く、体内に存在する聖遺物の欠片がギアと化す異常な使用法……

 さらに言えば、奏ちゃんのギアを模した物だとはいえ、櫻井女史による調整が場所が場所だけに出来なかった事こそが融合症例のそもそもの原因と考えられます。

 ただ……あまりにもイレギュラーなケースだから、融合症例の理屈について断言できる事は少ない。けれど残念な事に……たった一つだけ、断言できる事があります。

 ━━━━このまま響ちゃんがギアを纏い続ければ、彼女は消えるという事。」

 

『━━━━ッ!!』

 

━━━━死の宣告ならば、覚悟も出来たのだろうか?

いや、きっと出来なかっただろう。とぼんやり思う。

立花が居ない世界なんて、今の私にはもう考え着きもしない。あの笑顔が無くなるなど、想像したくもないのだから……

 

「……消える、とはどういう事なのですか!?」

 

「……あくまでも、研究者としての仮説。という事を前提に聴いて頂戴。

 融合症例は生命と聖遺物が一つと溶け合う事で、シンフォギアですら払拭しきる事が出来ない差異をも乗り越える事が出来る……という、歌によって差異を減らす櫻井理論のその先にあるモノよ。

 ━━━━けれど、それは人が持つ()を否定する物でもある。人を規定する個人の記憶・情緒・性格……聖遺物の圧倒的な出力は、それ等を容易く消し飛ばしてしまう……

 今思えばフィーネが……了子さんがネフシュタンとの融合を成し遂げたのだって、一か八かの綱渡りだった筈よ……聖遺物とはそれ程に膨大で、莫大なエネルギーの塊だという事は覚えて頂戴。」

 

「……つまり、響が()()()()()生きる事は出来るかも知れなくても、()()()()生きる事は絶対に出来ない、と……」

 

━━━━鳴弥さんの説明を噛み砕いた共鳴の顔は、苦虫を噛み砕いたような表情で。

絞り出すようなその言葉の重みが、場にのしかかる。

 

「……えぇ。今の所は響ちゃんの意識がハッキリ存在しているけれど、これもいつまで保つか……沼男(スワンプマン)に近い問題になるわね……」

 

「━━━━ッ!!鳴弥おば様ッ!!」

 

━━━━沼男。確か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という哲学的問い。

それではまるで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性を示しているようにも見えて、反射的に荒げた声が出てしまう。

 

「いいんだ、翼ちゃん。母さんはあくまでも、研究者としての立場から事情を説明してくれているだけだ。

 ……それに、それに……どんな姿になろうと、響は響だ。それだけは、何があったって変わらない。」

 

「共鳴……」

 

━━━━その言葉の重み、分からぬ私では無い。

共鳴が立花を危険に巻き込まぬ為にどれだけ苦心したかも、立花が戦う事を決意した後もどれだけ気に掛けていたのかも、私は目の前で見ていたのだから……

 

「……ありがとう、共鳴。

 ━━━━では、この事実を踏まえて、希望的観測を実現する為の話をしましょう。

 まず一つ目、この状況をフィーネ……了子さんは予測しており、それに対する対抗策である聖遺物、神獣鏡(シェンショウジン)を確保していたという事。

 そして二つ目、新たなフィーネである彼女達の情報を基に揺さぶりを掛けた所、米国にて神獣鏡が保管されていた事、並びに、現在も欠片自体は保有している事を彼等は認めました。

 ……けれど、三つ目。欠片の状態での聖遺物の起動は残念ながら機械的な聖遺物の起動に舵取りをしていた彼等にとっては未知の領域であり、現状では不可能である事。

 並びに、機械的起動に唯一成功していた()()()()()()()()()()は新生フィーネが奪取していった事……色々と、情報を引き出す事が出来たわ。」

 

「アイツ等が、神獣鏡を……!?」

 

「……なるほど、あのレーダーどころか物理的視覚すらすり抜ける超常のステルス性能……光を返す()の聖遺物であれば、それも不可能では無い、という事か……」

 

「……となれば、一番確実な手段は、連中が持ち出した神獣鏡のシンフォギアをどうにかして移譲してもらう事か……」

 

「━━━━とはいえ、あの超常のステルス性能は時限式の装者を抱えるが故に手数や安定性の面で劣る奴等にとっての最強の武器であり、盾だ。

 となればそう易々と供出してはくれんだろう。

 ……更に言えば、奴等は口では『月の落下に伴う世界の救済』等とお題目を掲げてはいるが……その実ノイズを操り、進んで人命を損なうような輩だ。

 あまりにも法外な譲歩は二課の公的な立場としては出来かねるし、かといって奴等の行動を野放しにしておくわけにもいかない……」

 

━━━━そう告げる司令の言葉は、重い。

世界を救う為。そう掲げる理想が如何に重大であろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「━━━━ならいっぺんブッ飛ばしてから差し押さえる……!!って言おうにも、アイツが抜けるからには人数同じになっちまったのが痛手だな……」

 

「あぁ……向こうの装者はマリアと切歌ちゃんと調ちゃんの三人……向こうが時限式とはいえ、俺のレゾナンスギアの運用がシンフォギアとのタッグ運用に限られる以上は必然的に二対二と一対一……

 或いは、三対三での戦いを挑むしか無い。けれど……そうなると今度はクリスちゃんのレンジが問題になるワケだ……」

 

━━━━共鳴の冷静な分析はつまり、『遠距離を得手とする雪音の弱点を知っている相手が距離を取らせる筈が無い』という事を表している。

実際、ライブ会場でも、廃病院アジトでの戦いの際にも雪音の大火力は最も警戒されていた。それ故にあのイガリマの少女は此方の懐に飛び込むという虎穴を二度も行ったのだ。

 

「う……あ、あたしだって別に接近戦が出来ねぇってワケじゃ……」

 

「うん、分かってる。けれど、相手にする事になるのは接近戦を得手とする切歌ちゃん……恐らく、またも火力を封じる為に飛び込んで来るだろう彼女に肉薄されれば、流石に弓のイチイバルだと相性が悪いのも事実だよ。

 ……つまり、組み合わせは前衛兼ブロッカーの俺と後衛のダメージディーラーのクリスちゃんで切歌ちゃんと調ちゃんの突撃を食い止めて……」

 

「前衛兼遊撃の私がマリアを、或いは先のように参戦しない場合は共鳴と組んで二人を抑える……というワケだな?」

 

「そうなるね。

 ……けど、ダメだな……やはり、一手が足りない……コレで、三対三の同等だ。けれど、それでは天秤が平らかになっただけだ。」

 

「━━━━優勢、優位を示さなければ、此方の要求を受け入れる余地など引き出せない、という事か……問題は山積みだな……」

 

「……それでも、立花をこれ以上戦場(いくさば)に立たせるワケにはいかない。掛かる危難は総て防人の剣で払わなければ……」

 

━━━━そうだ。立花は戦う事を義務と背負う防人では無いのだ。だから……防人である私が、守護(まも)らねば、ならぬのだ……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━月曜の昼下がり、昨日の学祭の代返で午前中だけで授業も終わった私達は、連れだってふらわーを訪れていた。

 

「━━━━いやー、久しぶりだねぇ。夏休み以来かな?やっぱ、新しい校舎からだと遠いかい?」

 

「そうですね……前の校舎だと通学路だったんですけど……」

 

「今の校舎と学生寮は海沿いだもんねー。流石に学院から乗り換えが必要ってなると女子高生にはちょっと遠くって……あ、そういえば昨日の夜、ここ等辺で乱闘騒ぎがあったって聴きましたけど……大丈夫でしたか?」

 

「おばちゃんは心配ないサ。その乱闘騒ぎって話も、夜中に救急車が走ってたくらいでねぇ……喧嘩の方はもっとお山の方で起きてたみたいだよ?」

 

━━━━そんな他愛ない話題が気になってしまうのは、きっと隣に座る響の事があるからだろう。

昨日の夜の乱闘騒ぎというのが、二課とマリアさん達の戦いのカバーストーリーである事を、私は知ってしまっていたから。

 

「へぇ……あ、響ったらもう三枚目も食べきっちゃってるじゃない!!」

 

「……あ、えへへ……なんか、安心したらお腹空いちゃって……」

 

「安心って?」

 

「あぁ!!えーっと……お兄ちゃんがね!?最近ちょっと忙しくて会話減っちゃってたかなー?なーんて思ってたんだけど、察して時間取ってくれてね!?

 ……それで、安心しちゃった。お兄ちゃんは、いつでも変わらないで居てくれるんだって……」

 

「共鳴さんがですか?それはとてもナイスな事ですね!!」

 

「ほほぉん……?ははぁん……?ビッキー、さてはナリさんから口説き文句の一つでも貰っちゃったかなぁ~?」

 

「く、口説ッ!?いやいやいや、流石にそういうのじゃないってば!!

 ……あ、いや。確かにそれっぽい事も言われた気もするけどそういう問題じゃないー!!」

 

「……まぁ、お兄ちゃんだしね……」

 

━━━━けれど、倒れてしまったという響もそこまで気負って居ないようで良かった。

 

「……トモナリ……もしかして、その子ぁ、天津の家の子の話かい?」

 

━━━━そんな私達に横合いから掛かった声は、トレンチコートを着込んでカウンター席でお好み焼きを頬張る男性のものだった。

 

「えっと……あ、はい……もしかして、お知り合いですか?」

 

「あぁ……その子の父親から話を聞いた事がぁ有ってな……そうかぁ……共ちゃんめ、立派な息子が居るんじゃねぇか全く……

 いや、すまんね邪魔しちまって。ただのオッサンの……ちょいとした感傷さ……おばちゃん、お好み焼きもう一枚!!共ちゃんの分だ!!」

 

「はぁ……あれ?共行おじさんの知り合いって、なんか最近聴いた事あるような……?」

 

「まぁまぁまぁまぁ、気にしない気にしない……」

 

━━━━不思議なおじさんだなぁ。

響がうんうん頭を捻っているのも気にはなったけれど、響が食べ放題に挑戦しない以上、これ以上此処に居てもおばちゃんの邪魔になるだけだろう……

 

「響、そろそろ行こう?いつもの公園。」

 

「あ、うん!!今行く!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……正直、胆が冷えたよ。此処を戦場(いくさば)にするつもりかい?」

 

「━━━━ハハハ、すまんすまん。今は待機命令中だから戦う気はサラサラ無かったんだが……共ちゃんの息子の話と聴いて居ても立っても居られなくてなぁ……」

 

「……風のウワサじゃ、共行が亡くなった後アメリカに付いたって聴いてたけど……」

 

「……随分と正確なウワサだこって……まぁ、隠してるワケでも無し。調べようは色々ある、か。」

 

━━━━張りつめていた店内の空気が、ようやく解ける。

戦闘力で負けているワケでは無いが……まぁ、頭の上がらない人間の五人や六人、誰にでも居るってモンだ。

 

「おばちゃんはサ、銃後の護りしか出来ないけれど……だからこそ、誰もが傷つかないで居てくれる事、願ってるから。それだけは、忘れないでね……アゲート……」

 

「……善処はするさ。全力でな。だが、俺は戦士だ。戦場で誰の命も零れぬよう戦うのは、俺の仕事じゃあない……

 ━━━━それは、天津の防人(ガーディアン)の仕事だ。」

 

━━━━思い出すのは、二年前の事。

欧州の闇の中から現れた謎の存在、《結社》の野望を砕く為、俺達部隊はフランスはチフォージュ城の址地へと攻め入った。

……だが、謎の異端技術によって()()へと分断された俺達が脱出を果たした時には……既に、共行の奴は左腕と、アメノツムギだけを遺して逝って居た。

 

『━━━━退くがいい。その男の生きざまによって我々の計画は砕かれた……故に、此処で痛み分けとすべきだ。』

 

だから、バルコニーから俺達を睥睨するその異端技術者の女を前に、俺達は退くしか無かった。

迷宮脱出の為に消耗していた事もあるが……何よりも、共ちゃんを家族の基へと連れ帰らなくてはならなかったからだ。

 

━━━━FISはアメノツムギの供出を迫って来たが、俺達が防衛したSERNの連中の横槍でその策は未遂と終わった。

 

「……そして今、共ちゃんの息子が、新たな天津のガーディアンになったってワケダ……」

 

「━━━━うちは店内禁煙だよ。」

 

「おっと、すまんすまん。店の裏、借りていいかい?」

 

「しょうがないねぇ……ホント、アンタ達はちっとも……変わらないんだから……」

 

━━━━おばちゃんの目に光る涙を背に、店の裏路地で紫煙を(くゆ)らす。

 

「……まったく、お互い、因果な商売選んじまったよなぁ、共ちゃんよ……」

 

━━━━FISの出方次第ではあるが、間違いなく俺はあの子の……天津共鳴の前に立ちふさがる事になるだろう。

その時、俺は……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

街を見下ろす高台の公園で少し休んで。

十分ゆったりした時間を過ごした私達は、帰路に着こうと階段を降りていた。

 

「━━━━しっかしまぁ、うら若きJKが粉モノ食べ過ぎなんじゃないですかね~?」

 

「旨さ断然トップでほっぺも急降下だもん、仕方ないって……あはは……」

 

「お誘いした甲斐がありましたわ。」

 

「おばちゃんも元気そうで良かった……」

 

「やっぱり、乗り換えがあるとなると心理的に遠く感じてしまいますものね……」

 

「━━━━でも良かった。ビッキーが元気そうで。」

 

「……ほぇ?」

 

その言葉に、豆が鳩鉄砲を……じゃなかった鳩が豆鉄砲を食ったような顔になってしまう。

 

「ふふふ……」

 

「━━━━アンタってば、ハーレムアニメの主人公か共鳴さんかってくらい鈍感よね……」

 

「ちょっと!?流石にお兄ちゃんと同列扱いは酷くないカナ!?」

 

心外な譬えをされてしまって、ついつい返す言葉の語気も荒くなってしまう。

私はあそこまでド直球の火の玉ストレート(クリスちゃん談)では無い!!……筈。

 

「まぁまぁ……最近ね?どこかの誰かさんが『響が元気無い』って心配しまくってたから、こうしてお好み焼きパーティを催したワケですよ。」

 

━━━━その言葉に言外に含まれる意味はすぐに分かった。

未来が、皆に相談していたんだ。

……心配、掛けちゃったかな。融合症例の事、使ったら死んじゃう事はまだ未来には言ってないって、鳴弥おばさんは言ってた。

けれど、私がふさぎ込んでた事、悩んでた事を心配して、こんなに楽しい事をしてくれたんだ。だから……

 

「……未来、」

 

━━━━ありがとね。って言葉を返す間も無く。

目の前を高速で過ぎ去って行く、三台の黒い車。

 

━━━━その運転席に座る人の顔が、私には何故かはっきりと視認出来ていた。

情報部の黒服さん!?何故此処に!?

 

━━━━そして、爆発。

 

「今のって!?」

 

「━━━━ッ!!」

 

命が、消えるのが分かった。あの速度での事故では、まず助からないだろう。

だから、走る。万が一が、億が一にでも生きているかも知れないという可能性を取りこぼさない為に。

 

━━━━身体が軽い。融合症例の影響、なんだろうか?

長距離走ならともかく、スプリントでは勝てなかった筈の未来さえ追い抜いて、私は走る。

 

 

 

 

━━━━其処には、死が溢れていた。

その申し子であるノイズを操り、人の生きた証を炭と帰して、男が笑って立っていた。

 

「ウフヒヒヒヒ……誰が追いかけて来たって……コイツを渡すワケには……」

 

「━━━━ウェル、博士……ッ!!」

 

━━━━貴方は、またその杖を振るって死をまき散らすのか。

分かり合おうと手を伸ばす事すらせずに、否定の意思だけで以て総てを砕き散らそうというのか……ッ!!

 

「な、なんでお前が此処に!?ひィィィィ!!」

 

━━━━狂乱か、錯乱か。それは分からないが、ウェル博士はノイズを此方へと飛ばしてくる。

 

━━━━一瞬、迷う。纏えば、死ぬと言われたから。

……でもッ!!此処で纏わなかったら、後ろに背負う皆が死ぬッ!!それは……イヤだッ!!

 

「━━━━Balwisyall Nescell gungnir trooooo(喪失までのカウントダウ)ォォォォ()ッ!!」

 

一瞬の迷いで縮まってしまった間合いを散らす為に、皆の目の前で拳を突き出してノイズを崩す。

 

「響ィ!?」

 

「━━━━人の身で、ノイズに触れて……ッ!?」

 

━━━━聖詠と、ノイズと。果たしてどちらが早かったのか。

 

「おォォォォッ!!」

 

「ひィィィィッ!?なんなんだ!!なんなんだよお前はッ!!その拳は、一体なんなんだ!?」

 

「━━━━この拳も……」

 

━━━━怖い

 

「━━━━命もッ!!」

 

━━━━怖い

 

「━━━━シンフォギアだッ!!」

 

━━━━目の前で救える命を喪うのは、堪らなく怖いよ。

だから……私は、命を懸けて歌うのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━情報部、追跡班との通信途絶ッ!!」

 

「ノイズの出現パターンも検知しています!!恐らくは……」

 

━━━━ソロモンの杖を握ったまま逃亡したウェル博士の追跡は急務だった。だが、それ故に刺激しないようにと距離を空けての確認に留めるつもりだったのだが……

 

「━━━━近づいただけの車を見境なしかッ!!翼とクリスくんと共鳴くんを至急現場に回せッ!!何としてでもソロモンの杖を確保するんだッ!!」

 

「━━━━ッ!?ノイズとは異なる高質量のエネルギーを検知!!波形の照合……そんなッ!?

 ()()()()()()()()ッ!!」

 

「ガングニール、だと……ッ!?」

 

━━━━なんて、事だ。ウェル博士の凶行の目前に、折り悪くも響くんが居たなど……ッ!!

死に直面させられてしまった彼女のストレスにならぬようにと行動を自由にさせていたのが裏目に出たというのか……ッ!!




━━━━ヒーローになんて、なりたくない。
だけど、この力が無ければキミを護れない。

━━━━思い通りになんて、動きたくない。
だけど、この歌を歌わなければアナタを倒せない。

━━━━戦場の姫巫女、絶えず命を歌い上げる。
命を燃やす歌が空に響く。
けれど君は、キミで居られなくなるとしても……その犠牲を、絶対に、絶対に許容しないのだ。


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第五十六話 決断のエクストーション

━━━━力が、漲る。

融合症例の齎す出力。確か了子さんも言っていた、私のパワーの源。

 

……私の命を燃やす、力。

 

「━━━━熱ッ!?」

 

「この熱気は……立花さんが!?」

 

「ま、前はこんな事無かったじゃない!?どうなっちゃってるの!?アニメみたいなパワーアップイベントとか!?」

 

━━━━後ろから掛かる言葉に、私の異常が明確に伝わってしまった事が分かる。

それでも、ノイズに否定される皆の姿なんて、私は絶対に見たくない……ッ!!

 

━━━━たとえ、私の命が燃えて、落ちて、尽きたとしても……

 

「━━━━拳も、命も、シンフォギアだぁ……?

 論理的な答えになっちゃいないじゃあないかッ!!全然ッ!!

 いつもいつも!!そうやって都合のいい所でブッ飛んで来て!!コッチの都合をひっちゃかめっちゃかにかき回してくれるッ!!

 お前も!!あの天津共鳴もだァァァァッ!!」

 

━━━━決意を握る事に迷う暇すら、残酷な現実は与えてくれないのだろうか。

ウェル博士は杖を振るって更なるノイズを召喚する。

 

「━━━━ヒーローになんて、なりたく……ないッ!!」

 

━━━━胸の内から溢れる歌は、未来を庇ったあの日のようにその様相を変えていた。

そう。私は、ヒーローになりたいワケじゃない。お兄ちゃんに抱き留められて分かったんだ。

戦うなんて、怖いに決まっている。死ぬかも知れないなんて、怖いに決まっている……ッ!!

 

「そんな物は、要らないッ!!世界へとォォォォ!!」

 

━━━━だけど、それでも誰かを否定する誰かは今も世界に溢れていて。

そんな否定の意思に傷つき、泣き崩れる誰かが居るのだ。

だから、怖くても立ち上がるッ!!立ち向かうッ!!

 

━━━━だって、手を伸ばせなかった後悔を、それを握りしめる人の背中を!!

私は、知っているのだからッ!!

 

「この胸には、祈り(ゆめ)が宿ってるッ!!」

 

「いつも!!いつも!!いつもいつもいつもいつもッ!!もッ!!もッ!!もォッ!!

 ━━━━どうして、ボクの完璧な救済計画を受け入れないッ!!どうして、お前等はボクの邪魔をするんだよォォォォッ!!」

 

胸のガングニールが放つ力、それはノイズを片端から消し飛ばすに足る物だった。

そんな事実を前に、狂乱を隠す事すら出来なくなったウェル博士は更なる狂気を発露させる。

 

━━━━その狂気に返す答えは、最初から決まっていた。

 

「━━━━そんなの、貴方のやる事で()()()()()()()()()()()に決まってるッ!!」

 

━━━━確かに、世界は滅びの危機に瀕しているのかも知れない。

……そして、米国みたいに、それを隠し通して不利益が出ないように立ち回っている人も居るのかも知れない。

 

━━━━けれど、それでも。

それは決して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ッ!!

 

「はァァァァッ!!」

 

                ━━━━我流・燕撃槍━━━━

 

━━━━師匠から習った技の一つに、遠当てという技がある。

本来の()()は、相手の気迫を呑む事で一瞬動きを止める物だ。

だが、ガングニールが齎す超常の力は、そのエネルギーは本当に『遠くから当てる』事すら可能とする……ッ!!

その一撃に、ウェル博士の召喚したノイズがあらかた消し飛ぶ。

 

「ひ、ひゃあああああ!!」

 

だが、消し飛んだ端から行われる、召喚、召喚、召喚。

ソロモンの杖、無尽蔵なノイズの召喚を可能とする完全聖遺物。

━━━━まずは、それをウェル博士の手から弾き飛ばすッ!!

 

「━━━━歌は、咲き誇るゥゥゥゥッ!!」

 

「うわァァァァッ!?」

 

━━━━漆黒が割り込んで来たのは、その瞬間だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━なッ!?盾ッ!?」

 

━━━━それは違う。

 

「━━━━なんと鋸。」

 

「調ちゃん……切歌ちゃん……ッ!!」

 

「この身を纏うシュルシャガナはおっかない見た目よりもずっと汎用性に富んでいる。

 ━━━━防御性能だって、勿論不足無し。」

 

「━━━━それでも、二人がかりの全力で、どうにかこうにか受け止めてるんデスけどね……ッ!!」

 

望んで得た力では無いけれど、シンフォギアの力だって今の私の力なのだ。

誇るべき所は、誇る物だ。

 

「ごめんね、切ちゃん。私のヒールだけだと踏ん張り、効かないから」

 

「いいって事デス!!調が出来ない事はアタシが。そして……」

 

「うん。切ちゃんが出来ない事は、私が。」

 

『━━━━櫻井理論が齎した物はシンフォギアだけに非ず。ドクターが出現させたノイズによって位置を絞ったのもまた異端技術の力です。』

 

『だけど、私達が嗅ぎつけたという事は……』

 

『えぇ。彼方(あちら)もまた然り。急ぎましょう。』

 

『━━━━聴こえているわね、二人共!!』

 

聴こえる通信はマリアとマムの物。

今だって、二課の装者とあの男……天津共鳴、だったっけ?彼も此処へと急行している事だろう。

だから……

 

「ドクターを回収して、速やかに離脱……」

 

「それはもちろん、分かっているのデスが……ッ!!」

 

━━━━まさか、イガリマとシュルシャガナを重ねても尚互角だなんて。

 

『クッ!!』

 

苦悶の声は、果たしてどちらの物だったのか。

拳と鋸の鍔迫り合いから、お互いに距離を取る。

 

「━━━━アイツを相手に、言う程簡単では無いデスよ……ッ!!」

 

数の上では二対一。けれど、此方はウェル博士(おにもつ)を抱え、なおかつ相手の出力は昨日の一件を見れば分かる通りの青天井。

 

「━━━━はぁ……はぁ……あうッ!?あ、あぁ……ッ!!」

 

━━━━だが、どうやらその青天井にも代償が付き纏うようで。

このチャンス、逃すワケには……

 

「━━━━では、頑張る二人にプレゼントです、よッ!!」

 

『……えっ?』

 

━━━━まさかのウェル博士(おにもつ)の行動に、私も切ちゃんも反応が追い付かない。

 

「うひっ。」

 

━━━━無針注射器ッ!?それに、流し込まれる前に少しだけ見えたあの中身は……ッ!?

 

「ッ!!何しやがるデスかッ!?」

 

「コレ……Linker!?」

 

「効果時間にはまだ余裕があるデスよ!!」

 

「━━━━だからこその連続投与、ですよ。」

 

『ッ!?』

 

━━━━理屈は分かる。

女神ザババの刃を重ねる事で私達の力は跳ね上がる。それこそ、二課の装者がタッグで挑んで来たって跳ね除けられる程にだ。

……けれど、その二枚重ねすら弾き返す埒外の具現が目の前に居る。

 

「あのバケモノに対抗する為には、今以上の出力で捻じ伏せるしかありません。

 ━━━━その為にまず、適合係数を無理矢理にでも引き上げる必要があるのですよ。」

 

━━━━けれど、どうやって?そう簡単に適合係数を安定して上げられたら苦労はしない。

 

「でも、そんな事をすればLinkerのオーバードーズによる負荷で私達のギアは……」

 

私達第二種の適合者は、根本的にギアを纏う事が難しいのだ。それを補うのがLinker。けれど、薬も過ぎれば毒となる(って美舟が言ってた。美舟は物知りさん)のだ。

過剰投与されたLinkerは私達の脳に負担を掛け、過剰な興奮に依る気絶や、最悪の場合死に至る程の副作用を齎してしまうのだという。

そうなれば、ドクターを回収するどころでは無い。

 

「ふざけんな!!なんでアタシ達がアンタを助ける為にそんな事をッ!!」

 

「━━━━するデスよッ!!

 いいえ、せざるを得ないッ!!貴方達が連帯感や仲間意識なんかでボクの救出に来るなどと楽観視はしていません!!

 ……ならば何故来たか?その答えはこの()ッ!!こいつを野放しにする気が無いから探し回っていたのでしょう?

 完全聖遺物は起動さえすれば誰しもが使用可能な異端技術の結晶……されど、今はこのボクの手の内にあるッ!!

 ━━━━さぁ。自分の限界を越えた力をかまして!!このボクと杖を救って見せたらどうですか!!」

 

━━━━それは、否定が出来ない事実。杖を放っておけないから私達は朝飯前にも関わらずこうして探し回っていたのだ。

でも、上から目線で言われるのは……流石に腹が立つッ!!

 

「━━━━それに、コレはまたとないチャンスなのですよ?

 あのバケモノは今一人きり。二課の装者やあの男は未だ姿を見せず……此処で奴を仕留めてしまえば、残り二人とそのオマケは貴方がた二人の連携を以てすれば余裕のよっちゃん!!

 マリアを前線に引きずり出して余計な上書きをする必要もナッシングッ!!

 ━━━━だからこそ、念には念を入れた一撃で奴にトドメを刺す必要があるのデスよ……ッ!!」

 

━━━━けれど、その甘言は甘く、胸の裡に滑り込んで来る。

 

「こん、のォォォォ……ッ!!」

 

━━━━苦しみながらも、立ち上がる事を止めない少女を見る。

どうして、貴方はそこまで諦めないの?誰も傷つけたくないなんて偽善を抱えて、自分ばかりが傷ついて……

そんな迷いを振り切り、声を張り上げる。分からないならなおさらだ。あの子を今のマリアとぶつけるのは危険に過ぎる!!

 

「━━━━やろう、切ちゃん!!

 マリアにアイツをぶつけるワケにはいかないッ!!だから、今此処でッ!!」

 

「絶唱、デスか……」

 

「━━━━そう、YOU達歌っちゃいなYO!!

 適合係数がテッペンに届く程、ギアからのバックファイアを軽減出来る事は、過去のカデンツァヴナ姉妹の臨床データが実証済みッ!!

 だったら……Linkerブッ込んだばっかの今なら━━━━絶唱歌い放題のやりたい放題ッ!!

 正義の大盤振る舞いであのバケモノを膾に切り刻めるってモンですよッ!!」

 

「……やらいでか、デェェェェスッ!!」

 

          ━━━━絶唱・ワタシの全部、キミに捧げて調べ歌う━━━━

 

合わせる声は高らかに、絶対なる(ウタ)は空へと鳴り響き渡る。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「響ちゃんのコンディション、レッドへ移行!!」

 

「聖遺物の侵食が加速している……やはり、響ちゃんとガングニールの境界が曖昧になっているのが全ての原因……ッ!!」

 

「くっ……装者二名と、何より共鳴くんの動向はどうなっているッ!?」

 

「クリスちゃんは学院から、翼ちゃんは収録現場から現在急行中ッ!!共鳴くんも学校から直行していますが……到着まではまだ……!!」

 

━━━━状況は最悪だった。

装者達にも、護るべき日常がある。それを侵さぬようにと裏方だけを動かしていたことが完全に裏目に出ていた。

だがそれでも、共鳴くんの現着が間に合えば反動除去によって響くんを助ける事が出来るのだが……

 

『……藤尭さん!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

 

「うぇッ!?……あ、あぁ!!ヘリも別ルートから進行中だ。航空機なども飛んではいない……けど、なんでッ!?」

 

「━━━━まさか、()()つもりかッ!?」

 

『━━━━その、まさかですよッ!!』

 

━━━━スイングよりも速く、誰よりも速く辿り着く為に共鳴くんが考えた手段は、ビルを利用したパチンコで自身を砲弾と化す事。

 

「んなッ!?無茶だ!!危険すぎる!!現場までの直線にはビルが立ち並んでいるその中を抜けなければいけないんだぞッ!?」

 

『━━━━その無茶を通さなければ、響が死んでしまうかも知れないんですよッ!!』

 

━━━━ノータイムで返ってくるのは、彼の全力の答え。

 

「……勝算はあるのか?」

 

『はいッ!!』

 

「━━━━よし、許可する!!

 ……ただし、二人共無傷で帰って来いッ!!」

 

『━━━━はいッ!!』

 

━━━━その全力が分かるから、返す言葉は一つだけ。

……しかしまぁ、俺と違って共鳴くんはちゃんと勝算を計算しているのだなぁ……なんて、心中で少し苦笑を零したのは、俺だけの秘密だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━歌が、聴こえた。

 

「━━━━ッ!?まさか、この歌って……絶唱ッ!?

 ダメだよッ!!Linker頼りの絶唱は、装者の命をボロボロにしてしまうんだ!!」

 

━━━━記憶の中に思い浮かぶのは、あの日に見た、槍を掲げる少女の背中。

……奏さんが死ななかったのは、お兄ちゃんが咄嗟に絶唱をアメノツムギで受け流すという奇策を思いついたからでしかない。

お兄ちゃんが居なければ、間違いなく奏さんはあの日、命を燃やし尽くしていた筈なのだ。

 

「━━━━女神ザババの絶唱二段構え!!この場の見事な攻略法!!

 コレさえあれば、コイツを持ち帰る事だって……!!」

 

『━━━━グゥゥゥゥッ!!』

 

━━━━ウェル博士の入れ知恵なのかッ!!

ガシャガシャと、溢れ出すフォニックゲインを使ってギアを変形させていく切歌ちゃんと調ちゃんを、私は成す術無く見守るしか無い。

 

━━━━本当に?何も出来る事は無いの?

 

「━━━━シュルシャガナの絶唱は、無限軌道の刃から繰り出される果てしなき斬撃。

 コレで物理的強度を突破して(ナマス)に刻む……ッ!!

 それが能わずとも、動きさえ止めてしまえば……ッ!!」

 

「━━━━続き、刃の一閃で対象の魂を両断するのがイガリマの絶唱ッ!!物質的防御など能わずッ!!

 まさに、絶対に絶対のォッ!!隙を生じぬ二段構えって奴デスッ!!」

 

━━━━理屈は、よく分からない。けれど、二人の語る絶唱特性に嘘は無いのだろう。

……だけど、その絶対を放つために、二人が命を燃やしている。苦しんでいる。

 

「……それは、イヤだ。」

 

━━━━絶唱特性。私のそれは手を繋ぐ事だって、鳴弥おばさんは言っていた。

……出来るだろうか?いいや、やらなければならない。

脳裏を過った起死回生の一発逆転に、私は総てを賭ける事にした。

 

             ━━━━絶唱・胸に響き、いつか世界に満ちるまで━━━━

 

━━━━だから、その歌を歌う。空に、音を響かせる。

あぁ……そういえば……お兄ちゃんの手助け無しで絶唱を放つのは、ルナアタックの時以来だったな……

 

「ぬぅッ!?」

 

「━━━━エネルギーレベルが、絶唱発動にまで高まらない!?」

 

「減圧まで!?ど、どうなってるんデスか!?」

 

━━━━ぶっつけ本番。出来るかどうかも分からなかった。

だがそれでも。手を伸ばしてその()を集める。

 

「━━━━セット、ハーモニクスッ!!」

 

「コイツ……エネルギーを奪い取ってるんデスか!?」

 

━━━━S2CA・ぶっつけ本番放圧バージョン……ッ!!

手を取れていない相手の歌に合わせて、そのフォニックゲインも、反動も、総て私が肩代わる……!!

 

「うぅ……ぐ、ああああああああッ!!」

 

━━━━焼けるように熱い。いや、もしかしたら。

足元を舞う枯葉が燃える程の熱を出しながら火傷一つ現れない今の私は、もう焼け落ちて、総てが聖遺物と化してしまったのかも知れない。

 

「━━━━それでも……ッ!!二人に絶唱を使わせる事だけは……ッ!!絶対に、イヤだァァァァッ!!」

 

━━━━逃がす先は、空。周りを巻き込まないように放つのならば、其処しか無い。

 

「━━━━アアアアアッ!!」

 

━━━━反動が、私の身体を蝕んでいく。熱さで意識が朦朧とする。

だけど、だけど……

 

「━━━━響ィィィィ!!」

 

━━━━虹色の光の余波が吹き荒れる空を、最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に進んで来るお兄ちゃんの姿だけは、ハッキリと見えていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ビル街の中をすり抜け、跳ぶ。

勝算はある。司令にはそう啖呵を切ったが、実はぶっつけ本番の策であったりするのだ。

なにせ、24時間眠る事の無いビル街に糸を掛けてスイングしたりすれば、翌日の朝刊一面を飾るスパイダーマンになってしまうのは確定だ。

二課の諜報班をそんな事で酷使するワケにはいかず、シミュレーターで試していた程度の技。

 

━━━━それは即ち、空への飛翔。

真っ直ぐ横へと跳ぶのではなく、ひたすら斜め上方へと飛び出す事。それによって高層ビル群の中でも比較的障害物の少ない上空を突っ切り、落下の速度を利用してスイングへと入る。

ビル群を二次元的な最短コースで突っ切るのでは無く、三次元的に隙間を縫う事で最高速度を出し続ける機動法……ッ!!

 

「響……ッ!!」

 

━━━━逸る気持ちを、必死に抑える。

最高速を維持した高速飛行中に余計な事を考えれば、その先に待つのは必定の激突死だ。

……だがそれでも。心は前に進み続ける。

 

「響━━━━ッ!!」

 

━━━━ビル街をすり抜け、最後に大きく空へと跳び上がる。

むしろ、こここそが一番の難所だ。

旧リディアン近くの郊外は、高台にある閑静な住宅地だった場所。様々な人工物に遮られて分かりにくいが、実は東京都は高低差が激しい都市なのだ。

落下による加速が付いた状態で、一気に低くなる二階建てビルを利用し、坂道を駆け上がる。

 

━━━━失敗すれば、地面で紅葉卸(もみじおろし)になる事請け合いだ。

だが、それがどうした。

 

「響が命を懸けて歌っているのに……命懸けの一つや二つでッ!!今さら死ねるかァァァァッ!!」

 

━━━━後悔がある。

それは、手を伸ばさなかった事。

目の前で苦難に喘ぐ少女を、見捨ててしまった事。

あの日、俺の心に雪の呪いを遺してくれた……きっと、大好きだった彼女の事。

 

「だから……もう投げ出さないッ!!逃げ出さないッ!!そしてェ━━━━ッ!!」

 

━━━━手を伸ばし続ける事。誰かの為に戦い続ける事。

 

「もう諦めないッ!!だからッ!!」

 

ショートジャンプを繰り返して辿り着いたその場所で、聴こえるのは絶唱の調べ。

 

「━━━━響ィィィィ!!」

 

━━━━そして、俺は、その歌に触れる。

 

「ぐ、ァァァァッ!!」

 

━━━━ただの絶唱じゃない!!S2CAか、コレはッ!!

振れた途端に此方をも消し飛ばしかねない程の猛威を振るう、あまりにも膨大なエネルギー。

どういう状況かは分からないが、S2CAが放たれているというのなら、通常モードのレゾナンスギアでは荷が勝ちすぎるッ!!

 

《ボルトマレット!!》

 

故に、判断は一瞬。懐から取り出した雷神の鼓枹をギアスロットに差し込み、サクリストチューンを開始する。

 

「おおおおおおおおォォォォッ!!」

 

絶対に、絶対に、放さない。決意を載せた雷撃が、反動を変換して周囲へと荒れ狂う……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━大丈夫、だよね……?」

 

「……当たり前です!!立花さんだって鍛えているんですから!!」

 

「なら、私達が此処に居たらビッキーの邪魔になっちゃう、か……ヒナ!!今のうちに避難しよう!!」

 

「……うん。」

 

━━━━本当に?

 

響が力を握っている事は知っている。けど、以前までの響はあんな風に熱を発しては居なかった。

……脳裏を過るのは、昨夜遅くに鳴弥さんから来た電話の事。

 

━━━━響が負傷で寝込んでしまった、という言葉。

 

もしかして、響の変化は昨日の戦いが原因なのでは……?

……怖いよ。

響がどこか、私の知らない所で戦って、遠くに行ってしまう事……

 

「……?アレ、なんだろ?」

 

━━━━それでも、避難をしようとする私達の前方、遠いビル街の方から、飛んで来る物があった。

その正体を、私は知っている。

 

「━━━━お兄ちゃんッ!?」

 

「共鳴さん!?」

 

「━━━━今さら死ねるかァァァァッ!!」

 

━━━━此方に気づいてすら居ないお兄ちゃんとの高速でのすれ違い様に聴こえるのは、お兄ちゃんの叫びの断片だけ。

けれど、其処に含まれた意図が、私には分かってしまう。

 

━━━━お兄ちゃんが全力で手を伸ばす時。それは、誰かが悲しい目に遭っている時だから。

 

━━━━その推測への回答は、彼方の空まで突き上がる七色の竜巻。

あの日、ライブ会場で響達が見せた、少女の血が流れる、歌。

 

「━━━━イヤだ……イヤだッ!!響が遠くに行っちゃうなんて!!」

 

パズルのピースが組み上がる。最悪の推理が脳内を埋め尽くす。

 

「━━━━小日向さん!?」

 

「ヒナ!!そっちは危ないって!?」

 

━━━━だとしても、私は行かなきゃいけないんだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━モニターに映る少年と少女の姿。

その周囲には、絶唱の爪痕がありありと刻まれていた。

 

「吹き荒れる破壊のエネルギーを、その身に抱え込んで……!!」

 

「━━━━さらには、抱え込んだエネルギーを虹へ、その反動を雷撃へと変える二段構え……繋ぎ繋がれる絶唱特性によるフォニックゲインの簒奪……

 まさか、この土壇場でそんな新技が出てくるとは予想外でしたね……」

 

「けれど、その分の消耗も激しい。これなら撤退は基より、あの子を倒す事も……ッ!!この反応はッ!!」

 

「彼が文字通りに跳んで来た以上、他の装者達もまた……欲を掻けば、喉元を食い千切られるでしょうね……

 ━━━━聴こえていますね?ドクターを連れて急ぎ帰投しなさい。」

 

『だけど、この一遇を逃したらッ!!』

 

「そちらに高速で向かう反応が二つ。恐らくは……イチイバルとアメノハバキリ。」

 

『う……』

 

「貴方達もLinkerの過剰投与による負荷を抱えているのです。指示に従いなさい。」

 

『……』

 

━━━━切歌と調、優しい子達……マリアに負荷を与えないようにというドクターの甘言に乗ってしまう程に甘く、そして優しい……

 

『━━━━そうは問屋がァ!!』

 

「ドクターッ!?」

 

━━━━だが、不承不承ながらも納得した二人とは違い、引き下がらない男が一人。

彼は杖を振るい、反動に咽ぶ少女と、彼女を背に護らんと構える少年へとノイズを……

 

『降ろさねぇよッ!!』

 

━━━━だが、嗾けられたノイズ達は視界外からの力によって瞬殺される。

 

「イチイバル……ッ!!」

 

「ドクター、コレで分かったでしょう。長期戦は此方に不利を齎すばかり……素直な帰還を、お願いしますよ。」

 

『クッ……』

 

『━━━━此方にはキミ達フィーネと交渉に臨む用意があるッ!!神獣鏡のギアと引き換えにだッ!!』

 

「神獣鏡を……?」

 

「……なるほど、ルナアタックの後にフィーネが告げたという神獣鏡による融合症例の治癒。彼女を救う方法を、彼は求めているのですね……」

 

「……でも、このアクティブステルスは私達の要ッ!!」

 

「……えぇ。この場で交渉に入ったとて戦力を消耗した我々が圧倒的に不利……今すぐにはいそうですかと渡すワケには行きません。ひとまずは、この場からの撤退を。」

 

『━━━━わかった、デス……』

 

『あ、おい待てよッ!!』

 

━━━━こんな優しい子達に、私はなんて事をさせているのだろうか……

……二課との交渉を、視野に入れるべきなのだろうか。

 

「……後で、美舟に訊ねねばなりませんね……」

 

━━━━それを問う事はあの子の奥底に踏み込む事になるでしょう。だが、それでも……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……身体、思ったほど何ともない?絶唱を口にしたのにデスか?」

 

「━━━━まさか、アイツに護られたの……?

 ……なんで、私達を護るの……?」

 

戻って来た調と切歌が不思議そうに口にするのは、絶唱の反動すら束ねた少女の行動について。

━━━━だが、私からすれば然もありなん。だって、あの子は……立花響は、お兄ちゃんと一緒に育ったのだから。

 

「……羨ましいな……」

 

「……美舟?」

 

「ん、なんでもないよ。

 ━━━━おかえり。調、切歌……ウェル博士も。」

 

「ん……ただいま、美舟。」

 

「━━━━ただいまデス!!」

 

「……えぇ。出迎えありがとうございます、美舟さん。」

 

思わず零れてしまった本音を聴き留めた調を、言い訳と共にそっと抱き留める。

━━━━お兄ちゃんがあの子を救おうと手を伸ばし続けている事が、私には羨ましいだなんて。

そんな本音を今さらに言える筈も無いのだから……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━走る、走る、走る。

ルナアタック事件の際のノイズ被害で荒れ果てた街を走り抜ける。

だが、走れば走る程目立っていくのは、数ヶ月前どころか、今付いたような新しい疵の数々。

嫌な予感を必死に抑え、私は━━━━

 

「━━━━響!?お兄ちゃん!!」

 

━━━━ようやく、彼等を見つけたのだ。

 

「ダメだ!!今近づけば火傷じゃ済まねぇぞ!!」

 

けれど、二人に駆け寄ろうとする私をクリスが止める。

 

「でも!!響が……響が……!!」

 

「……それでもだ!!」

 

動かない響と、そんな響を抱き留めるお兄ちゃん。その周りには、雷撃が走り回っている。

どう見ても近づくのは危険だ。わかってる。

━━━━だけど、その渦中に居る二人が、一番危険なのでは無いのか?

 

「━━━━共鳴ッ!!水を使う!!電撃を止めてくれ!!」

 

「……ッ!!了解!!」

 

そんな状況を変えたのは、遥か上から掛かった声。翼さんの言葉。

お兄ちゃんが腰のギアからペンダントを抜き出し……走り回る電撃が散り、代わりに訪れるのは熱風。

 

「……ッ!!さっきと同じ!!やっぱり、響が!?」

 

            ━━━━騎刃ノ一閃━━━━

 

そんな熱に、文字通りの冷や水を被せるように、給水塔を破壊する翼さん。

 

「響!!お兄ちゃん!!」

 

「……収まった、か……グッ……」

 

「無茶をするな!!無理矢理なコース取りで間に合わせたのだ、立花もそうだが共鳴も消耗している筈だ!!」

 

「ゴメン、心配かけて……でも、響を……放ってはおけなかったんだ……」

 

「……それは!!そうだが……」

 

「響!!……お兄ちゃん!!何がどうなってるの!?響は、一体どうしちゃったの!?」

 

「未来……ごめん……」

 

「ごめんじゃなくて……ッ!!」

 

━━━━思い出すのは、ルナアタックの後。嘘を吐かないって約束したからって、何も語らずにただただ傍に居てくれた時の事。

 

「……響━━━━ッ!!」

 

━━━━あぁ、どうして……世界は、こんなにも響に厳しいのだろうか。

 

響を搬送しに来たのだろうヘリの音に、私の叫びは掻き消されて、消えた。




━━━━致死の呪いが全てを覆い、少女の総てを奪っていく。
残酷なる事実を前に、されど一縷の希望を捨てずに誰もが立ち向かう。
陽だまりもまた常の戦場(いくさば)。日常だって大戦争なのだから。

━━━━それ故に、おさんどんさんの戦いは今此処に。
特売、直売、生鮮特価。
干物にシメジに開きもの。腹が減ってはなんとやら。
美味しい料理で、笑顔の魔法を届けます。


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第五十七話 致命のミスリード

「━━━━それで、マム。話ってなに?」

 

━━━━調と切歌と一緒に夕ご飯の支度をしようとしていた私を、マムは何故呼び出したのだろうか?

 

「……マリア達は、優しい子に育ちましたね……」

 

「……そうだね。恵まれた生活だったとはいえないけれど、それでも皆立派で、優しい子だよ。」

 

「…………私は、二課との交渉の席に着く事を考えています。」

 

「━━━━マムッ!?」

 

━━━━それは即ち、私達だけでの計画の続行を諦めるという事だ。マムは何故、それを私に……?

 

「……私達は徐々に追い詰められています。分かっていた事ではありますが、電撃的な速度が無ければこの計画を完遂する事は不可能だったという事です。」

 

「……それは……ボクが未だにフロンティアの封印を解放出来てないから?」

 

「いいえ、違います。確かにフロンティアの封印解放儀式術の行程が長く、未だ道半ばである事は事実です。けれど、それ以前の話……特にドクター・ウェルとの方針の違いや、マリアとの確認不足。

 ……つまりは計画立案の段階から穴があったという事です。それがこの土壇場に来て露呈してきてしまったという、ただそれだけの話……

 ━━━━ですが、このまま計画を頓挫させるワケには行きません。それは人類の滅亡が確定する事と同義……それ故、計画存続の為の予備プランを考慮しておく必要があるという事です。」

 

なるほど。マムの考えは分かった。つまりは、計画の進退を考える上で多角的な視点が必要になっている、と……

 

「━━━━けど、どうしてボクに?」

 

━━━━そう、どうしてボクなのだろうか?ウェル博士も居るというのに、何故相談するのがボクなのだろうか?

 

「……FISの資料には、様々な事が書かれていました。それこそ、レセプターチルドレンの人生を洗いざらい、ひっくり返すかのように。」

 

その言葉に、ビクリと肩が震える。

……あぁ、そうか。マムが聴きたい事は、ボクじゃなくて……()の事なんだ。

 

「……美舟、貴方が……いいえ。()()()()がかつて、天津共鳴と出逢っていた事まで、資料には載っていました。ですから……聴きたいのです。

 二課の公的な立場についてでは無い、貴方自身から見た彼の事を……」

 

「……そっか。マムは、優しいね。()について話した事なんて……それこそ、ボクが誘拐されてすぐの頃だけだったのに。」

 

━━━━()は、耐えきれなかったのだ。

家族が死んだと病院で告げられ、そしてそこから更に誘拐された少女の精神はその現実を前に軋みを挙げ、遂には破綻した。

耐えきれない現実を前に崩壊した精神は生存を拒絶し……しかし、新たな姿で生き延びる道を示された。

 

━━━━それが、ボク。

新しい名(逆しまの名)を使って産まれた、もう一つの自分(天逆美舟)

その名前をくれたのは……マム。泣き叫び、母さんを、父さんを呼び続ける壊れた()を抱きしめてくれた人……

 

「……本当に私が優しいのであれば、貴方に彼についてを訊ねるような事はしないでしょう。

 アナタにとってそれが必要な物だったから、私はそれを与えた。

 ……それしか、私には出来なかった。」

 

そう自分を卑下するマムはやっぱり優しいな、と想う。

……基本、スッゴク厳しい人だけど、時々見せる優しさがスッゴク優しい。

 

「……それは、やっぱりマムの優しさだと()は思うな。

 ━━━━それで、お兄ちゃんの事だったね?……うん。お兄ちゃんについては……個人としてなら、信用していいと思う。

 ()がお兄ちゃんと出逢えたのはたった一日の事だったけれど……見ず知らずの誰かの為に、最短で、真っ直ぐに、一直線に駆けてくる人だって、()は知っているから……」

 

━━━━それは、()に遺された、唯一の(ヨスガ)。あの夏の日の一日だけが、()にとっての輝ける記憶。

お父さんの顔も、お母さんの声も、擦り切れて絶え果てた()が、最後まで縋りついた想い出。

……そして、ライブ会場で出逢ったお兄ちゃんは、十年の時が過ぎても昔と変わらない……優しい人だった。

だから、お兄ちゃんが私達の窮状を放っておける筈がないと()は確信しているのだ。

 

「……そうですか。ありがとうございますね、美坂。

 ━━━━では、夕飯の準備が出来る前に戻りましょうか……」

 

「うん。もうお腹ペコペコだもん、ガッツリ食べないと明日に響いちゃうからね。」

 

それ以上の言葉は、必要なかった。如何に言葉を尽くした所で()の確信に説得力を持たせる事なんて出来ないけれど、それでもマムは信じてくれたのだから。

 

「━━━━デェースッ!?」

 

━━━━そうして、エアキャリアに戻ろうと踵を返すボクとマムの耳に聴こえる、切歌の叫び声。

 

「……コレは……」

 

「嫌な予感がしますね……」

 

━━━━そんな予感は的中して、切歌と調が冷蔵庫の残り物シチューを味見で全部食べちゃっていた事、そして、それ故に私達の晩御飯がカップ麺になってしまった事。

まぁ……こんな何気ない日常だって、いつか思い出した時にはいい想い出になるのだろう。

涙を零したあの夜とは違って、(ボク)はもう一人じゃないのだから……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━二課の仮設本部の中で、響の手術が終わるのを待つしか無い時間は、とても、とても長かった。

 

「━━━━当座の応急処置は、無事に終わりました。」

 

「━━━━ッ!!響は、無事なんですね!!」

 

「……はい。そして、それについて司令からお話があります。」

 

━━━━覚悟は、結局出来なかった。それでも……聴かないという選択肢は、私には無かった。

 

「……来てくれてありがとう、未来くん。

 ━━━━キミには、知っておいてもらいたい事がある。」

 

━━━━指令室のモニターに表示されたレントゲン図。其処には、凡そ正常では無いモノが写っていた。

 

「コレって……まさか!?」

 

「……あぁ。響くんのレントゲン図だ。胸に埋まった聖遺物の欠片の浸食が進んでしまった。

 ━━━━今はまだ、共鳴くんの尽力で以て胸部中央に影響は留まっているが……これ以上の進行は、彼女を彼女で無くしてしまうだろう。」

 

━━━━衝撃は、やはり大きかった。

響が響で無くなってしまう。遠くへ行ってしまう……!!そんなのは、絶対にイヤだ!!

 

「━━━━つまり、響がこれ以上戦わなければ、これ以上浸食が進む事は無いんですよね?」

 

「……あぁ。そして、希望となる解決策も我々は見つけている。だが……」

 

━━━━その言葉に、思い出したのはルナアタックの日の事。了子さんが、融合症例を治療する可能性について語っていた事。

 

「神獣鏡……それが、響を救う鍵……」

 

「━━━━あたし達が、絶対それを手に入れて、アイツを助けてやる!!だから……それまで、アイツを傍で護ってやってて欲しいんだ……」

 

「クリス……分かった。私が、響の日常を……陽だまりを護って見せる!!」

 

「……ありがとう。今日明日の所は響くんには検査も兼ねて入院してもらう。だが、明後日……水曜以降は自由にしてほしい。

 いつものキミのままで居る事が、何よりも響くんにとっての安らぎになる筈だ。」

 

「分かりました……それで、あの……お兄ちゃんは?」

 

「……共鳴くんは、ノイズからの避難誘導に協力するボランティア団体の基へ向かった。今後、FISと米国の暗闘が予想される以上、特殊部隊がノイズと共に民間人を巻き込む可能性がある。

 その対策会議に、二課代表として出席しているが……」

 

━━━━あぁ。お兄ちゃんは誰かを護る為に、今も走っているんだ。そしてそれは、同時に響を助ける為でもあるのだろうと分かる。

 

「分かりました……お兄ちゃんの事、よろしくお願いします。私が……その分まで響を護りますから……!!」

 

━━━━だから、その分まで私が響の日常になって、その心を護ってあげないといけない。

此処が、此処こそが、私の立つ戦場なんだ━━━━!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━夜の帳が降りた中。エアキャリアの中でボクは、ボクの完璧な救世計画を完全と完成させる為の方針会議を始めようとしていた。

 

「━━━━さて、それでは本題に入りましょうか。」

 

「コレは、ネフィリムの……!!」

 

「えぇ。苦労して持ち帰った覚醒心臓です。ネフィリムの肉体こそ破壊されてしまいましたが、ネフィリムの本質はむしろこの心臓にこそあると言っても過言ではありません。

 必要量の()()を与える事でようやくフロンティア起動に必要と概算された出力を出しうるジェネレーターと完成しました。

 この心臓と、貴方が五年前に入手した……」

 

「……ッ!?」

 

━━━━やはり、そうか。

マリアを指さし、想う事。それは、彼女達が立てた芝居について。

 

━━━━マリアには、再誕したフィーネなど宿って居ない。

大方、ボクの頭脳をアテにしたオバハンの策だろう。

 

「━━━━お忘れなのですか?フィーネである貴方が、皆神山の発掘チームより強奪した神獣鏡の事ですよ。」

 

「え、えぇ……そうだったわね……」

 

「━━━━マリアはまだ、記憶の再生が完了していないのです。

 ……いずれにせよ、聖遺物の扱いは当面私の担当。話は此方にお願いします。」

 

━━━━違和感を感じるポイントは幾らでもあった。

フィーネが再誕において()()()()()などという半端なシステムを組むとは思えなかった事。

マリアが再誕したフィーネを名乗りながらも、即座に動きださず、あまつさえボクに助けを求めた事。

だが、感謝はすべきだろう。結果的に見れば、フィーネを騙る彼女達の稚拙な計画は、ボクに英雄になるチャンスをくれたのだから。

 

「コレは失礼……話を戻しましょう。フロンティアを起動させる為のネフィリムの覚醒心臓、そしてその封印を横紙破る神獣鏡がようやくここに揃ったワケです。」

 

「……そして、フロンティアの封印されたポイントも、美舟による封印解放儀式術にて確認済み。」

 

「━━━━そうです!!すでにデタラメなパーティの開催準備は整っているのですよッ!!

 後は、ボク達の奏でる狂騒曲(カプリッチオ)にて全人類が踊り狂うだけッ!!

 うはははは!!ひーははははははは!!」

 

━━━━過程はどうあれ、世界は、歴史はこのボクにチャンスを与えた!!チャンスの女神に後ろ髪は無いというが、その前髪を今!!ボクは引っ掴んだワケダァ!!

フロンティアにて月の落下から人類を救うッ!!あぁ、それは有史以来最大の偉業!!人類救済という、真の英雄に相応しい大偉業だ……ッ!!

 

「……近く、計画を最終段階に進めましょう。ですが今は……少し、休ませていただきますよ。」

 

そう言って、退室していくオバハン。

 

「……ふん。」

 

まぁいいでしょう。あの融合症例……立花響の有様を見て、この計画を更なる完璧に仕上げる方法は目に見えました。

━━━━人は、喪いたくない大事な物を護ろうとすればするほど、その動きを読みやすくなる。

 

━━━━であれば、ボクが狙うべきは……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━私達は、私達の戦場(いくさば)に足を踏み入れていた。

 

「━━━━なんと!!特売日ッ!!」

 

「どんどんぱふぱふー、わーわー。」

 

そう、それは特売日。産地直送、生鮮特価を取りそろえ、誰もが新鮮と安さを天秤に掛ける危険な戦場……!!

 

「ちょっと遠出した甲斐があるってもんデスよ!!」

 

「こういう郊外のスーパーは、まとめ買いに適してるもんね。」

 

なんでも、美舟が言うには都市部の店舗との棲み分けの結果こうした戦略を取るようになったのだとか?

━━━━やっぱり、美舟は物知りさんだ。

 

「アジの開きが五枚で━━━━」

 

「298円。」

 

実際安い。

 

「まさかの価格破壊にアタシも驚きを禁じ得ないデス!!

 ああ……いいよね、アジの開き……」

 

「開いている分、少し大きく見えるところがまた心憎い。」

 

「━━━━きっと、お腹だけじゃなくて心も満たせるようにってカミサマが発明してくれたんデスね……」

 

「違うよ、切ちゃん。発明したのは昔の漁師さん達。きっとコレは、カミサマも知らない技術だよ?」

 

━━━━切ちゃんが間違えたら、私が訂正する。

いつもと同じ光景だ。

 

「さ、さいですか……」

 

「切ちゃんはもう少しお勉強も頑張った方がいいと思う。美舟も頭を抱えてたし、流石に常識くらいは……」

 

「うぅ……面目ないデス……」

 

「━━━━そんな切ちゃんにこそアジの開き。青魚の豊富なドコサヘキサエン酸が効果覿面。」

 

「━━━━やっぱり調は優しいデェス!!」

 

━━━━あぁ、こんな風に切ちゃんと一緒なら、おさんどんさんも悪くないな……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

特売を狙い目としてホクホク顔で買い物していたアタシ達ですが、五人前の数日分の食糧ともなるとやはりその量は増し増しに増してしまう物なのデス……

 

「━━━━楽しい楽しい買い出しだって、此処まで荷物が嵩むと流石に面倒な重労働デスよ……」

 

「仕方ないよ。過剰投与したLinkerの副作用が抜けきるまでは、私達がおさんどん担当だもの……」

 

━━━━そう返す調の顔、横から見る。

……なんか、顔色が良くないデス。

 

「……?切ちゃん?」

 

「片方、持ってあげるデス!!なんだか調ってば調子が悪そうデスし……」

 

「ありがとう。でも、平気だから……」

 

「じゃあ、少し休憩していくデスよ!!どの道キャリアまでは長い事歩かないといけないんデスし!!」

 

 

 

 

━━━━調と一緒に外を自分の意思で歩く。それだけで、アタシは楽しい。

 

「……嫌な事もたくさんあるけど、こんなに自由があるなんて……施設に居た頃は想像もできなかったデスよ。」

 

だって、施設に居た頃はそれこそ空を見上げるなんてそうそう出来なかった。

どこもかしこも白ばっかりで、白い孤児院っていつの間にか皆が呼んでいた施設。名付けたのは……美舟だったっけ?

 

「……うん。そうだね……」

 

「……フィーネの魂が宿る器として、施設に閉じ込められていたアタシ達……

 アタシ達の代わりにフィーネの魂を背負う事になったマリア……」

 

━━━━それは、残酷な事実。

フィーネの降臨は、器であるアタシ達を魂ごと塗り替えてしまうのだと聴かされたあの日、アタシ達は全員で肩を寄せ合って泣いた。

……確かに、恵まれていたとは言えない。きっと、普通の人から見れば不幸な境遇だと同情されるだろう。

でも、アタシ達は其処で共に暮らして、確かに家族のような絆を育んでいたのだ……

 

━━━━セレナは、今どうしているのだろうか。

アタシ達はあの頃はまだギアすらマトモに纏えない状態で、あの実験に立ち会う事すらできなかったけれど……マリアから、魔女に引き取られてしまったと聞いた。

今も、この空の下で彼女は生きている筈なのだ。世界でたった一人の、マリアの妹は。

 

「……セレナが今のマリアを見たら、どう思うデスかね……そして、フィーネを継ぐなんて怖い事を、結果的にマリア一人に押し付けてしまったアタシ達を……」

 

━━━━コレは、懺悔なのだろうか。

分からない。頭の中をグルグルと回るのは様々な感情で……

 

「あむ……調……?」

 

口数が少ないのはともかく、返事まで無い事のおかしさに気づいたのは、折角買ったチョココロネを開けてすらいない姿と、その呼吸から。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「調!?ずっとそんな調子だったデスか!?」

 

脂汗が幾筋も調の顔を垂れていく。どう見ても尋常な様子では無い。

さっきから顔色が悪かったのも納得デス!?

 

「うん……でも、大丈夫……此処で、休んだから……もう……あっ」

 

━━━━どう見たって大丈夫じゃない調のカラ元気は、ものの見事に大丈夫じゃない結果を呼んでしまって。

調はフラフラと近くにある鉄パイプの束に突っ込んでしまう。

 

「━━━━調!!……って、え……?」

 

━━━━ガラガラと、床に転がる鉄パイプとは異なる音が頭上から響く。

胸を過る嫌な予感を無理矢理に抑え込んで見上げた其処にあったのは、ある意味で予想通りの光景で。

 

━━━━鉄パイプが、空から降って来ていた。その数、おおよそニ十本近く。

ギアを纏う?いや、まだLinkerの過剰投与の影響が残っている。アタシ一人ならともかく、調を連れて逃げ出す出力は確保出来ない。

それに、今すぐギアを纏わねば間に合わない!!それはつまり、隣に居る調をバリアフィールドに巻き込んでしまうという事!!

 

━━━━万策が尽きた事を即座に痛感する。どうしてアタシには、こんな時に誰かを護る力が無いんデスか……?

反射的に手を伸ばす。せめて、調が怪我をしないようにと。

 

「━━━━危ないッ!!」

 

━━━━声と衝撃は、ほぼ同時だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

               ━━━━時は、少し遡る━━━━

 

「いやー、悪いねぇ。こんな事まで手伝って貰っちゃってサ。」

 

俺は、郊外のスーパーへとやってきていた。

その理由は、ふらわーのおばちゃんの手伝いの為。

━━━━なんでも、昨日一昨日と事件が頻発したから、付近の住人を安心させる為にお好み焼きパーティを開くのだそうだ。

……ここ数日の事件は総て俺達の責任。であれば、手伝わないのも人道に悖ると思い、俺はその準備を手伝う事にしたのだ……

 

「ん、まぁ流石に一人で箱物は厳しいでしょ。車まで持ってくよ。」

 

買い出しで嵩張る物といえば、やはり飲料だ。特に今回は飲料も店で振る舞うそうなので、通常の営業と違ってお冷では間に合わないのだそうだ。

2Lのお茶の箱、同じくジュースが山と入ったレジ袋。どう考えてもおばちゃん一人では荷が勝ちすぎている。

 

「ありがとねェ……それじゃ乗って乗って。このまま店まで車回すからサ。」

 

「……ん?」

 

━━━━車に荷物を積み込んだそんな折に、視界の端に見慣れた色の組み合わせが映った気がした。

 

「アレは……調ちゃんと、切歌ちゃん……?」

 

両手に買い物袋を抱えて歩く多少は見知った少女達が駐車場から歩いて出ていく様子を見る。

……どうしたものだろうか、コレは。

戦いを挑む?否。杖を向こうが持っている以上、下手に戦いを仕掛ければ(いたずら)に被害を広げてしまうだけだ。

ならば放置する?これもまた否。神獣鏡を彼女達が持っている以上、何かしらのアクションで以て彼女達との交渉チャンネルを作らねばならない。

━━━━であれば、追跡。刺激しないようにしつつ、エアキャリアの現在位置を探る。その後に装者二名と共に突入を掛けるのが最良か。

 

「ごめん、おばちゃん。ちょっと用事が出来たから俺歩いて行くよ。飲み物は……後で人寄越すから、そのまま車に付けておいて。」

 

「ん?分かったヨ。それじゃまたね~」

 

車を出していくおばちゃんに手を振りながら、追跡を行う為に意識を切り替える。

 

 

━━━━尾行という物は、護衛と正逆な物だ。

護衛は、護衛対象の知覚外から迫りくる脅威に対応する仕事であり、それ故に護衛対象の知覚を読み切った動きを成す物である。

ただ予定通りに動くだけでは無く、予定外の予想外に対しても動じず対処する。それが、一流の護衛だ。

 

━━━━では、その正逆である尾行は?

そう。尾行は相手の知覚を読み切り、対象の知覚外に自らを置く事で()()()()()()()()()物なのである。

視覚、聴覚、嗅覚、触覚。人間が周囲を探る為に使う感覚は多岐に渡る。

それを読み切るには長年の経験と、何よりも想定外に対処する為の(積み重ね)が重要となる。

 

……とはいえ、今回はプロを相手にした尾行では無い。

失敗したとてリスクも少ない。其処まで気負う必要は無いだろう。

 

「……しかし、この工事現場の安全基準はどうなってるんだ……?」

 

━━━━体調が悪そうな調ちゃんを慮ってか、彼女達が侵入したのは、ルナアタック事件の際に破壊されてしまった家屋の解体現場。

……だがどうにも、其処は安全とは縁遠い場所のようだ。

 

「幾らここ等の人がルナアタック事件で減ったからって、解体現場に立ち入り禁止の車止めも無し……時間的に昼休憩だからって流石にコレは……」

 

解体現場とは、危険な場所だ。当然、そんな所で作業する以上は危険を未然と防ぐ義務が生じるのだが……

 

「……ちょっと、コレは会社側に物申しておいた方がいいかも知れないなぁ……」

 

事故が起きてからでは、責任を取る事しか出来ない。義務を放棄した代償は即ち、破滅という高い物になってしまう。

 

「━━━━ッ!?」

 

━━━━だが、そんな風に回した気も空しく、目の前で事故が起きてしまうのを俺は見る。

体調不良が悪化したらしき調ちゃんが倒れ込み、鉄パイプ置き場を倒してしまったのだ。

 

━━━━そして、たったそれだけの衝撃で倒壊する、二階作業部分の足場。そして二人の上に投げ出される、何故か大量に乗っていた鉄パイプ。

 

「━━━━おいおいウソだろ!?」

 

隠れていた隣の家屋の塀から飛び出し、調ちゃん達の基へと走る。

幾らなんでも雑な仕事が過ぎる!!アレじゃあ二階部分に立っただけで倒壊してあわや大惨事だろうに!!いや、今まさに大惨事真っ最中なのだが!!

 

「━━━━危ないッ!!」

 

場所が悪い!!手前から奥に突っ込んでも、その先にあるのはガラスが散らばる危険地帯!!かといって二人を引き寄せるにも、調ちゃんが倒れ込んでいる上に目の前に鉄パイプが山と崩れている故に危険過ぎる!!

━━━━だから、選んだのは飛び込んで鉄パイプを打ち払う事。ある意味いつも通りな俺の無謀な庇い立て。

 

━━━━それは、予想外の力によって無意味と化した。

 

「……って、アレ……?」

 

「━━━━コレ、は……!?」

 

━━━━立ちはだかった俺の前に現れた、光の壁。

俺はこの目で直接見たことは無い。だが、俺はこの構成を知っている……!!

 

「な、何が……どうなってるデスか……!?というか、なんでアンタが此処に居るデスか……ッ!?」

 

「……フィーネ。」

 

「ッ!?」

 

落下の衝撃が収まり、曲面を形成したバリアの表面を鉄パイプが雪崩落ちていくのを見ながら、茫然と呟く。

……どういう事だ?このバリアは、間違いなく資料映像で見たフィーネの行使する異端技術……

だが、フィーネはマリアに宿ったのでは無いのか?ならば何故、今……?

後ろを振り向き、二人の安全を確認する。二人は……無事だった。

調ちゃんは未だ倒れ伏したまま。そして━━━━切歌ちゃんは、手を伸ばした姿で固まったまま。

 

「……俺は、偶然通りがかっただけだ。今のキミ達と戦うつもりは無い……と言っても、そう易々と信じてはもらえないだろうが……

 ━━━━切歌ちゃん、ひとまず調ちゃんを休ませてあげたい……付いてきて、くれるかい……?」

 

「……調を……でも、アンタは敵だから信用ならないデス……!!」

 

━━━━やはり、そう簡単に受け入れては貰えないか。だが……

 

「目の前で倒れた人を放っておけるほど薄情には生きられないんだ、俺は。

 ━━━━たとえそれが、異なる正義を掲げる不俱戴天の敵であったとしても。

 ……それに、切歌ちゃん。キミも……少し休むべきだ。」

 

━━━━俺の推測が正しければ、調ちゃんの体調不良は恐らくLinkerのオーバードーズによる物であり……そして、切歌ちゃんこそが真なるフィーネの器だったのだ。

何らかの理由でマリアがフィーネを騙って今回の事件を起こし、しかし真なるフィーネは何故か目覚める事無くフォニックゲインを纏う少女の中で眠りに着いたままだった。

だが、こと此処に到り、フィーネは調ちゃんを護ろうとした切歌ちゃんに手を貸したのだろう。

━━━━それはもしかすると、あの日に響が伝えた言葉を、フィーネなりに受け止めてくれた結果なのかもしれない。

 

だが、そう推察できるのは俺があの日のフィーネを見たからだ。彼女達がシンフォギア装者としてだけでなく、フィーネの器として集められた存在であるのなら……

リインカーネーションの詳細についても知っている筈だ……依代を塗りつぶして現れる過去からの亡霊としてのかつてのフィーネを。

 

「……う……それは……」

 

「……このまま此処で調ちゃんが目覚めるのを待つにしても、工事現場の人達がいつ昼休憩を終えて戻ってくるかもわからないんだ。

 倒れた足場が見つかって騒ぎになる前に、此処を離れた方がいい。」

 

「………………分かった、デス。ただし!!アンタを信用したワケじゃないデス!!騒ぎになったら調がゆっくり休めないからってだけデス!!

 ━━━━それは、勘違いしないで欲しいデスよ!!」

 

「あぁ。勘違いはしないさ。キミ達と俺達はまだ、何も話し合えちゃ居ない敵同士なままなんだから……調ちゃんの荷物はコレかい?」

 

━━━━どうやら、当座の説得には成功したらしい。やはり、騒ぎになるかも知れないという言葉が効いたようだ。

……この付近ですぐに休める場所と言えば……やはり、あそこしか無いだろうか。

 

「そうデス……ところで、調をどうやって運ぶつもりデスか。どさくさに紛れるつもりなら……」

 

チラリと切歌ちゃんが見せつけるのはイガリマらしきギアペンダント。

まったく……自分もオーバードーズにフィーネらしき力と混乱のさなかに居るのだろうに、真っ先に調ちゃんの心配とは……まるで眠り姫と王子様のメルヒェンのようだな。と苦笑を一つ。

 

「紛れるつもりも何も、俺は下心で動いてるワケじゃないよ。ただ……」

 

━━━━その後悔を想うと、心の中に雪が降る。

寒々とした心を抱えたままの俺は、ちゃんと切歌ちゃんに笑いかけられているだろうか。

 

「━━━━手を伸ばさない後悔を、二度と繰り返したくないだけなんだ。」




━━━━ヤクザとは、仁義の商いである。
故に、信用第一。古臭いと言われようが、コレ一つだけは変えられねェ。
だからこそ、この軽挙妄動が見過ごせねェ。

━━━━お前ェさん、この落とし前をどう付ける?


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第五十八話 再会のヤクザ

━━━━応接室の中には、重苦しい沈黙が降りていた。

 

「……さぁて、今回儂がわざわざ出向いて来た理由は分かってるだろうねィ?」

 

「は、はいッ!!」

 

━━━━応接室のソファにどっかと座り込む方は、関東の土建屋を纏める親玉である大親分だ。

そんな殿上人が、何故ウチのような下請けの解体業者にまでわざわざ出向いたのか。

その理由は唯一つ……

 

「━━━━声を掛けたのはコッチからとは言え、ウチのシマで仕事する以上は地元民に危険が及びかねない杜撰な仕事は見過ごせないねぇ……

 余所でアンタ等が仕出かした仕事の記録を調べさせて貰ったが……随分とまぁ、バクチ打ちな経営じゃないか、えぇ?」

 

━━━━我が社が行っていた解体工事における様々なやむを得ぬ事情についてだ。

 

「は、ははは……お、お陰様で……この不況の中をなんとか乗り切らせていただきまして……」

 

「おぉ。運が良かったねぃ……一年前の関西での()()なんざ、一歩間違えれば十数人の死傷者が出るとこだっただろうなぁ?」

 

━━━━マズい。コレは……完全に()()()()()()()……ッ!!

……確かに、我が社の方針は『安かろうとも良かろう』をモットーにしており、予算の中抜きや手抜き工事に余念がない。だが待って欲しい。此処までされる謂れはない!!

 

「まぁ、分かってるようだから単刀直入にいこうかぃ。コッチの要求は唯一つ。()()()()()だ。少なくとも、()()()()()が起きないようにしてくれればそれで十分サ。」

 

「え、えぇ……!!それはもう、我が社としてもそのような事態は出来るだけ避けたいですから……!!」

 

━━━━ふざけるな!!我が社は孫請けの立場とはいえ、解体工事業の認可を受けた会社なんだぞ!!……賄賂で受かった会社だけども。

それなのに上から目線で業務改善を要求するだなんて……!!そっちだって叩けば埃がドカドカ出てくる仕事をしてるヤクザの屑だろうに、何様のつもりだッ!!

 

……そんな本音を必死に隠しながら、この場を切り抜ける為の算段を脳内で必死に捏ね繰り回す。

ひとまずこの場さえ、この場さえ乗りきれれば━━━━ッ!!

 

「━━━━社長!!」

 

━━━━そんな折に、応接室に飛び込んで来る事務員。まったく……

 

「おい!!今大事な来客が来ているんだぞ!!後にしろ!!」

 

「おぉ、此方の事はお気になさらず。どうも大事な連絡のようですからなぁ。」

 

……狸め!!

心中の罵詈雑言を押し殺し、事務員に耳打ちをさせる。

 

「それが……うちの解体現場で足場が倒壊した事故について話があると、特異災害対策機動部の天津共鳴と名乗る方から電話が……」

 

━━━━顔が青褪めていくのが、自分でも分かる。

なんて……なんて最悪なタイミングなんだ!!今日は厄日だ!!

このタイミングでさえ無ければどうにかなったかも知れないというのに……!!

 

「━━━━おぉ、如何なさいました?どうもよろしくない知らせだったようですが……ウチに任せていただければ、解決できるかも知れませんよ?」

 

━━━━笑顔とは、本来攻撃的な物である。なんて、どこかで聴いた雑学が脳裏を過る。

……あぁ、終わった。さよなら適当に脅せばよかった仕事たち……

 

「ハイ……」

 

━━━━特異災害対策機動部、即ち自衛隊。そんな所に我が社の手抜きがバレたとあっては未来は無い。

だが、対処を大物である目の前の狸ジジイに任せれば、ワンチャン生き延びる目はある……代わりに、どれだけ厳しい条件を課せられるかは分かった物では無いが、それでもお縄に着くよりはマシだ!!

 

━━━━この日、我が社は実質的に壊滅した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……なんか、随分畏まった対応だったな……?」

 

━━━━ふらわーに調ちゃんを運び込んだ俺は、現場の後始末を行う為に解体業者への電話を行っていた。の、だが……

何故か、電話を受けた事務の人が恐ろしく畏まった対応で責任者を呼びに行ってしまったのだ。

 

「……ま、どうもよろしくない業者ではあるようだしなぁ……」

 

呟きの理由は、現場の惨状からの推測だ。

二人が勝手に侵入したのが原因とはいえ、あそこまで杜撰な解体現場であれば、少なくとも真っ当な業者ではあるまい。

 

『……お、お待たせしました……これより責任者に代わりますので……』

 

「あ、はい。お願いします。」

 

━━━━そんな独り言を聴かれる事も無く、保留音が鳴っていた通話が再開される。

さて、責任者にどう今回の件を説明したものか……

 

『━━━━カカカッ!!よぅ天津の坊ちゃん!!久しぶりだなぁ!!』

 

━━━━なんて思っていた俺の耳に飛び込んで来たのは、約一週間ぶりに聴く事となる声。

関東を締めるヤクザの大親分。以前、俺と緒川さんで身内向けの禊の手伝いをやらされた相手。

 

「……なるほど、貴方の所の下請け業者でしたか、此処は。」

 

『んー……まぁ、結果的にはそうなるな。まずは謝罪を。今回の件、総て此方の責任だ。申し訳無い。』

 

━━━━!?

土建屋の元締めでもある以上、彼が黒幕として出張ってくる事自体は予想の範疇だった。だが、まさか彼が自ら謝罪するとは思わなかったのだ。

なにせ、ヤクザとは信用商売。軽々しく頭を下げるようではその看板を維持する事は出来ない筈だが……

 

「……どういう風の吹き回しで?」

 

『まぁまぁ、まずは事情を聴いてくれぃ。そもそもこの会社は元々はウチの下請けじゃなくてねぃ……

 この前話したろう?米国に医療機器を売り捌いたバカな奴の事をサ。』

 

「えぇ……って、まさか……」

 

『そう、責任取らせる為にソイツを調べ上げたら引っ掛かった孫請けだったのサ……まったく、ウチは地域密着型だと言ったろうによぅ……

 ま、そんな感じでルナアタック事件の後始末にウチが噛んでる中に危険な業者が混じってるんじゃ堪らねぇってんで業務査察してる真っ最中だったってワケサ。』

 

「……なるほど。」

 

━━━━なんて、数奇な偶然だろうか。FISに協力したという幹部が、切歌ちゃん達に襲い掛かった杜撰な現場の元凶だったとは……

 

『━━━━それで、だ。コッチの事情は明かしちまえばこんな所だが……ソッチも、今回の件は荒立てたくねぇんだろう?

 アンタは立場ある人間だ。二課なり警察なり、今回の件を正式に捜査させる事だって出来た筈だ。だが、それをしねぇって事は……』

 

「……まぁ、そうですね。確かに、此方としても今回の件は穏便に収めたい所です。

 ━━━━出来る事ならね?」

 

━━━━なるほど、最初にぶっちゃけた事すら交渉の為の手管か。

やはり、年の功は恐ろしいと再認識する。

 

今回の一件、警察が捜査すれば付近の監視カメラから切歌ちゃんと調ちゃんに辿り着く可能性はある。そうすれば、芋づる式に二課にこの問題は丸投げされる。

そして、そんな情報を受けては二課本部とて動かぬワケにはいかない……あそこまで調子を崩してしまった調ちゃんを相手にしても、だ。

━━━━だが、今すぐは困る。倒れてしまった調ちゃんを容易に動かせぬ以上、今二課が動き出せばふらわーが戦場になってしまう。

だからこそ、俺の権限の範囲でどうにか口止めを出来ればと思ったのだが……渡りに船なのはいいが、あまりに話が上手く進み過ぎている。

 

『なら丁度よかったぃ。今回の件、お互いに痛い腹を探られたくも無いって事で……()()()()()って事で収めちゃくんねぇかい?』

 

「……いいでしょう。幸い、直接の死傷者が出たワケでも無いですし……ただ、業務改善だけはお願いしますよ?」

 

『おうともよぅ。コッチも信用商売だかんな。こんな三流をのさばらせてたんじゃあ今後に差し支えちまう。

 ……あぁそうだ、話は変わるんだがよぅ。アンタ、どこぞなりへと出資してたりするのかい?』

 

「……?いえ、我が家は純利益のほぼ全額をボランティア団体に回してますので出資は特にしてませんが……」

 

急に変わった話の矛先は、資産家としての責務である外部業者への出資について。

確かに資金は死蔵していても意味が無いので、天津家としてもボランティア団体への寄付や運営資金の補填として経済への再循環を進めているが……?

 

『あぁ、なら大丈夫だろうが一応なぁ。今回の件に関わってた幹部のバカ野郎なんだが、叩いたらどうにもきなくせぇ。

 昔っから優秀で上昇志向の強い奴ではあったんだが……半年ほど前、香港の鐵鎚電影公司(てっついでんえいこうし)への出資話を取り付けに行った後から人が変わったようになってな。

 それまでは虎視眈々と俺の立場を狙って合法的に権力を求めてたのに、こんな雑な仕事やらかしてまで金を求めるようになりやがった。』

 

「━━━━それは、怪しいですね……」

 

━━━━上役の寝首を掻こうと狙っていた事はともかく、其処から急に方針まで変わる……なんていうのは非常に怪しい。

 

『あぁ。そんで、あまりにも怪しいんでその理由について()()()()()()《完全へと到る為だ!!》だの《金が必要だっただけだ!!出資の為にな!!》だの……頑として詳細を語りやしねぇ。

 ━━━━どうにも奴さん、相手方に完全にビビっちまってるらしい。』

 

「なんとも……」

 

━━━━組織の方針に喧嘩を売り、米国などの外部組織の干渉を招いた理由を聴きだすとなれば、それこそ爪くらいは犠牲になっただろうに……

それでもなお口を割らないとなれば余程の事だ。

 

『まぁ、そんな所でな。相手の正体も知れん以上は気を付けるに越したこたぁ無いだろう。』

 

「そうですね……今の所は国外への出資は考えていませんが、此方でも出資先の選定は慎重に行うとしましょう……とはいえ、何かを引き当てるとしても其方とは別ルートでのアプローチを掛けられそうですが。」

 

『カカカッ!!ちげぇねぇや!!』

 

━━━━香港の闇に潜む謎の存在。ヤクザ者にさえ宗旨替えをさせるというそれは、一体なんなのだろうか……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……調……」

 

━━━━アイツに連れてこられたのは、ちょうど昨日、お昼時だからと立ち寄ろうかと調に持ち掛けたお好み焼き屋さんだった。

あの時はウェル博士を連れ戻す事を優先したから入る事は無かったけれど……そのお店の店主さんは、何も聴かずに調を寝かせる布団を用意してくれた。

 

「……全然、わかんないよ……」

 

━━━━布団に横たわる調の汗を拭きながら一人零す言葉は、アタシの本心だった。

謎のバリア。マリアに宿っている筈なのにアイツがアタシを見て呟いたフィーネって言葉。

色んな事が一気に起こり過ぎて頭がいっぱいいっぱいになる。

 

「━━━━切歌ちゃん。調ちゃんの具合はどう?」

 

そんなアタシの悩みに気づいているのか、いないのか。暢気に調を心配して声を掛けてくるソイツに思わずしかめっ面になってしまう。

……いや、そもそもコイツとちゃんと会話したのだってさっきが初めてなんだ。マリアや調や美舟ならともかく、見知らぬと言ってもいい他人に気づいてもらうも何も無いだろう。

 

「……呼吸は落ち着いたデスよ。熱もさっきよりは下がったから、もう少ししたら目を覚ます筈デス……」

 

━━━━そっけない言葉しか返せない自分に、少しだけ嫌な気分になる。

確かにコイツは敵で、全然知らない奴で、何考えてるか分からないけど……

 

「そっか……良かった。大事ないようで……」

 

━━━━そう言って安心した顔に、そしてこの行動には嘘は無いって分かるのだから。

 

「……その……ありがとう、デス……調の事、心配してくれて。」

 

……だから、コレはまぁ、通さないといけない義理のような物だと思う。

 

「━━━━あぁ、此方こそありがとう。立場が異なる俺の言葉を、それでも信じてくれて。

 ……ところで、切歌ちゃんこそ、身体の方に不調は無い?」

 

その言葉にビクリ、と肩が震えるのが自分でも分かる。

━━━━アタシが目を逸らしていた事実を突きつけられたような感覚。

 

「だ、大丈夫に決まってるじゃないデスか!!それに、アンタとは敵同士!!別にいちいち教えてやる道理なんて無いデスよ!!」

 

「……そうかも知れない。けれど……()()()()()()()()()()()()()以上、俺は確かめないといけないんだ。」

 

「━━━━う……やっぱり、アレは……」

 

「あぁ、俺も直接見たことは無いが、フィーネの持つ異端技術の中にああいったバリアの形成能力があったと聴いている。

 ……二課が動いて居ない以上、フォニックゲインの反応も無かった事になるからには、シンフォギアの隠された機能では無く、フィーネの力と見るのが妥当だろう。」

 

━━━━理詰めで積み上げられる証拠の数々。やはり、アレは……フィーネの力?だったら、アタシの自我は……フィーネに塗りつぶされてしまうの?

 

「……けど、今すぐにフィーネがキミを乗っ取る事は無い筈だよ。其処に関しては安心していい。」

 

「━━━━ッ!?なんでそんな事が言えるんデスか!?フィーネは過去から現れる亡霊!!アウフヴァッヘン波形を受けてレセプターチルドレンの遺伝子から再構成されてその自我を塗りつぶす……」

 

「そう、アウフヴァッヘン波形を受けた瞬間からフィーネの自我の再構成は始まる。そして、アウフヴァッヘン波形は適合者の歌に宿る……

 ━━━━でも、キミ達は今までキミにフィーネが宿っている事に気付かなかった。そして、今もキミはキミのまま自我を保っている。」

 

「━━━━あ……」

 

━━━━言われてみれば、そうだ。

アウフヴァッヘン波形はアタシ達適合者の歌にも宿る……らしい。流石にそういう難しい所まで知っているのは美舟だけだけど、アタシだって概要は聞いている。

けれど、それは矛盾している。アウフヴァッヘン波形でフィーネが目覚めて自我を塗りつぶすというのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「……つまり、アウフヴァッヘン波形を受けて目覚めたフィーネはしかし……今はまだ眠っているんだろう。だから、切歌ちゃんの意志を塗りつぶす事はそうそう無い筈だ。

 ━━━━そんな方針転換の理由はきっと、ルナアタック事件のあの日にあるんだろうな。」

 

「ルナアタック……」

 

━━━━大雑把には聞いている。フィーネが引き寄せた月の欠片を砕いてみせたという、シンフォギアの話。

 

「あぁ……響が、フィーネに頼んだんだ。未来に人が手を繋ぐ為に見守っていて欲しい……って。」

 

「未来に……人が手を繋ぐ為に……?」

 

━━━━意味が分からない。どうしてそれがフィーネの方針を変えるのだろうか?

 

「んー……俺も流石にあの人の思考までは分からないんだけどさ。多分、響の言葉通りに()()まで待ってるんじゃないか?

 過去の亡霊であるフィーネが出張って全部解決するんじゃない……要するに、今の時代の問題は、今を生きる俺達が解決しろって事かな?

 あの人……了子さんは、そういうとこ無駄に律儀だったしなぁ。」

 

「今を生きる……アタシ達が……」

 

━━━━それは、希望……なのだろうか?

アタシに、アタシ達に未来を託してくれたからフィーネは今も眠っている?

 

「……だったら、どうして……アタシ達、争ってるんデスか……?

 未来を託された筈のアタシ達が……」

 

━━━━あの日、ライブ会場で戦った時は断言出来た。綺麗事を言っているだけで、結局は大衆や国家の犬に過ぎない二課の連中と違ってアタシ達は世界を救う為に戦っているんだって。

……けど、ドクターの野郎を見ていて思ってしまったのデス……アタシ達が正しい事をしているのなら、どうして……正しい事の為に犠牲が出る事で……ここまで胸が痛くなるんデスか……?

 

「……託されたからこそ、じゃないかな。過去から託されたからと言って、何もかもを水に流して人が今すぐに手を取り合う事は不可能に近い。

 お互いに見据える未来も違えば、その為に取り得る手段も違う。そして……何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だってあり得る。

 ━━━━けれど、だからこそ。そうして託された未来を全力で考えるからこそ、俺達はそれぞれの正義を信じて想いをぶつけ合うんだと思う。」

 

━━━━そんなアタシの疑問に答えるその人の言葉は、ある意味では争いを肯定する論調なのに……どうしてだろうか、泣いているようにも聴こえたのデス。

 

「━━━━それぞれの、正義を信じて……」

 

「……それでも、犠牲は避けられるのなら避けるべきだと俺は思ってる。だって……喪われてしまったモノは、決して戻らないんだから。

 ━━━━キミ達を助けたのも、本音を言えばそれが理由。だから、クサい言い方にはなっちゃうけど……きっと、それが俺の《正義》なんだと思う。」

 

「……目の前の人、誰でもかれでも助ける事デスか?」

 

「いや━━━━手を伸ばす事を、絶対に諦めない事さ。助けられるかは……分からない。

 けど……手を伸ばさなかったら、絶対後悔する。

 そんなのは、もう十分って程味わったから……」

 

━━━━そう言って、上に向かって手を伸ばすおにーさんの姿は悲しそうで。

……きっと、多くの悲しみを背負っているんだろうな。と思う。

 

「……アタシの正義、アタシ達の……正義……」

 

「FISの皆が総意として何を考えているのかは分からないけれど……ウェル博士も、あんなやり方ではあるが本人なりの正義に則った事をしているんだろう。

 ━━━━だが、それで涙を零す誰かが居るのなら、俺は戦う、立ち向かう。手を伸ばし続ける。キミ達に対してもだ。」

 

━━━━それは、まるで矛盾しているようにも見える決意で。

 

「……アタシには、まだよくわからないデス。だけど……そうデスね。アタシなりの答え。いつか見つけたいデス。

 ━━━━だからおにーさんの事、おにーさんって呼んでいいデスか?手を伸ばして助けてくれた人の事、いつまでもアンタだなんて呼びたくないんデス。」

 

けれど、その本気が見えるからアタシは、おにーさんに握手を求める事にしたのデス。

敵同士なのは変わらないけれど……それはそれ、コレはコレって奴デス……多分。

 

「━━━━あぁ。それが切歌ちゃんがしたい事なら喜んで。

 ……お腹空いてないかい?おばちゃんがこの後近所の皆にお好み焼きをお裾分けする予定らしいし、折角だから俺達も貰っちゃおうよ。」

 

「おぉ……!!お好み焼き!!美舟から話には聞いてたけど、実際に食べるのは初めてデース!!」

 

「おばちゃんのお好み焼きは絶品だからね……折角だし、美舟ちゃん達の分の持ち帰りも包んでもらおうか。起きてくるかはともかく、調ちゃんの分も用意してもらわないといけないしね。」

 

━━━━それで思い出すのは、昨日の事。

そういえば、アタシと調の失敗で美舟にも美味しいご飯を食べさせてあげられなかったデス。

 

「賛成デース!!」

 

なら、そのお詫びにおいしいお好み焼きを持ち帰って皆に食べてもらうのデス!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━意識が、浮上する。

初めに感じたのは、いい匂い。

甘いソースと、鰹節?それに、お肉も焼いてる?

 

━━━━目を開けると飛び込んで来るのは、見慣れぬ天井。

 

「……ここ、は?」

 

何処だろう、此処。

確か私は……切ちゃんとおさんどん係として買い物をしてて……切ちゃんが休憩しようって持ちかけてきた所までは覚えている。

……でもその後、身体が熱くなって……その時に何か……金色の影を見たような……アレは……誰?

 

「……ゴメンね、おばちゃん。いきなり転がり込んじゃって……」

 

「いいって事サ。それに、謝らなきゃいけないのはコッチの方だしねぇ……ゴメンね、皆に振る舞うからって予約の話断っちゃった上に、逆に飲み物の確保まで手伝って貰っちゃって……」

 

「いいのいいの。今夜の会合は元々緊急の話だったしね。其処は俺の自腹でお手伝いさんを雇って対応したから大丈夫大丈夫。」

 

━━━━状況を整理する私の耳に聴こえてくるのは、誰かの会話。

……その片方の声に、聞き覚えがある気がするけど、一体誰だろうか?

 

「━━━━あぁそうだ、切歌ちゃん。調ちゃんが起きたら流石に話がややこしくなりそうだし、俺はもう行くよ。それじゃ、また。」

 

「えっと、こういう時は……覚えてやがれ!!……って言うんでしたっけ?」

 

「ははは、それじゃ恨み節になっちゃうねぇ。

 ━━━━またね。でいいのサ。こんな時はサ。」

 

「━━━━じゃあおにーさん、またねデース!!」

 

━━━━切ちゃん、何かあったのかな?

軽やかな声で、誰かと話す切ちゃんに少し安心。

身体が熱くてうろ覚えだったけれど、休憩している時の切ちゃんはなんだかふさぎ込んでいたような気がしたから。

 

「━━━━あ、調!!目が覚めたデスか!!」

 

「うん……此処は?」

 

「━━━━昨日、調と立ち寄ろうか悩んだお好み焼き屋さんデス。

 ……調が急に倒れちゃったから、少し休ませてもらったんデスよ。身体、もう大丈夫デスか?」

 

━━━━熱は無い。むしろ、快調?

 

「……うん。もう大丈夫みたい。ご迷惑を掛けちゃったみたいだし、何かお礼を……」

 

「━━━━気にしなくていいサ。可愛い女の子が倒れたってんなら、助けなきゃ人道に悖るってもんさね。」

 

━━━━私達が買い物した袋を部屋の中に持ち込みながら声を掛けてくれた女性、店主さんだろうか?

 

「おばちゃん!!ありがとうございましたデス!!」

 

「うんうん。元気があって大変よろしい。次に此処等辺に寄ったら、今度は皆でお好み焼きを食べに来てね?」

 

━━━━お好み焼き。そういえば、切ちゃんもさっき言ってたっけ。

 

「……ありがとうございました。

 ━━━━切ちゃんも、ありがとう。ここまで運んでくれたんでしょ?」

 

「うぇ!?あー、えーっとデスね……」

 

「ふふふ……親切な人が通りがかって助けてくれたのサ。」

 

「……そうだったんですか?その人は……」

 

「仕事があるからって行っちゃったよ。だから、いつか直接お礼を言ってあげな?」

 

「━━━━そうデスよ調!!今は無理でも、いつかちゃんとお礼をするデス!!」

 

━━━━一体誰なんだろう?通りすがりの人……もしかして、さっきの声の男の人?

急に倒れたという私と切ちゃんを助けてくれたんだし、きっと優しい人なんだな。

 

「……うん。いつかもう一度出逢えたら、私もちゃんとお礼を言いたいな。」

 

━━━━ありがとう、親切な人。って、とりあえず心中でお礼を一つ。

私達が世界を救ったら、貴方にお礼を言えるといいな。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━マムと共に私が立つのは、森の中の湖の畔。

あの後、二課の追手を撒く為に郊外の森林地帯へと隠れた私達は、一晩を経てそれぞれの役目を果たす為に行動していた。

 

……そう、役目を果たす為……

 

「━━━━マム……役目を果たすって、難しいのね……」

 

━━━━私は、怖い。

あの七彩騎士そのものが、では無い。

腕を食い千切られたガングニールの少女の慟哭、()()()()()()()()()()()()()()()()()という自らの決断を受け入れてしまう事。

それが何よりも……怖い。

 

「……そうですね。私達が自らに課した役目……世界を救うという理想もまた……」

 

「━━━━このままだと私達、生きているままに壊れてしまうかも知れない……」

 

━━━━ぽつりと零してしまった本音は、しかし現実を的確に表していた。

……そもそも私達のフロンティア計画は『地球からの脱出』を最終目的としている。

……それはつまり、あの日のセレナや、ガングニールの少女のような悲しみを産み出し、それ等を総て切り捨てるという事を意味する。

切歌と調は、あんな犠牲がこれからも産まれる事を直視出来るのか?いや、そもそも私自身も耐えきれるのか?

 

「……やはり、貴方は変わりませんね。マリア……

 ━━━━お聞きなさい、マリア。私は……二課との交渉を行うつもりです。」

 

━━━━マムの言葉に、私は思わず耳を疑った。

 

「━━━━待って、マムッ!?二課との交渉と言ったって、私達に有利な札なんてなにもないのよッ!?

 それに、二課の連中が月の落下に対して有効な手立てを用意出来るのかもわからないッ!!

 そしてなにより、それは……」

 

そう、分からない。二課が如何に超法規的措置を行える特務機関であるとはいえ、その上層部は日本を裏から操る風鳴の血筋に染まっているのだ。

そしてなによりも大事な事。

━━━━私が、フィーネを騙っているという事実。それが明るみに出れば私達の宣言の信頼性は揺らぎ、二課が私達の意見を信じるかどうかも怪しくなる。

 

「━━━━いいえ。だとしても、これ以上貴方に新生フィーネを演じてもらう必要はありません。」

 

「マムッ!!」

 

「貴方はマリア・カデンツァヴナ・イヴ……フィーネの魂など宿してはいない……ただの優しいマリアなのですから……

 それを否定する事が出来ないのは、私の弱さです……」

 

「そんな……でも、私がフィーネを騙らなくていいとしても、二課とのチャンネルをどう繋ぐの!?

 私達の一挙手一投足を米国もまた監視してる!!待つにしても、二課よりも先に米国に見つかってしまうわ!!」

 

「━━━━ノイズ災害からの避難誘導をおこなうボランティア団体。そのトップこそ……あの少年、天津共鳴です。

 故に、そちらのボランティア団体にフィーネからのメッセージを送りました。詳細は後で話します。まずは今夜のフロンティア起動実験……それが、総てを決定します。」

 

━━━━マム……一体どうして、此処に来て計画の大幅な変更を……?

その理由は……やはり私が覚悟を定められていないからなの……?




━━━━天を摩する塔に数多の思惑が集う、その前夜。
遠く離れた火の島にて物語は別なる局面を映し出す。

思い出すのは、炎の記憶のその後の話。
謎のヴェールに包まれた真実(ヴァールハイト)の一端。
小夜曲の安らぎが彼女にひと時垣間見せた、とある隻腕の男の物語。


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第五十九話 一夜のララバイ

フロンティア上空への飛行中、切歌と調はドクターによるLinkerの後遺症の検査を受けていた。

 

「━━━━オーバードーズによる不正数値も、ようやく安定してきましたね。」

 

「良かった……これでもう、足を引っ張ったりしない。」

 

「……そうデスね!!アタシ達もマリアの助けになるのデス!!」

 

━━━━切歌達へのLinkerの過剰投与、それは確かにあの場においては最善の策であっただろう。だが……

 

「Linkerによって装者を産み出す事と同時に、その装者の維持と管理も貴方の務めです。

 ━━━━よろしくお願いしますよ、ドクター?」

 

確かにLinkerが無ければシンフォギアを纏う事が出来ないという事実はあるが、彼女達は決して消耗品では無い。

故に、言外にドクターに求めるのは彼女達を『より長く使う』事。

……流石に、研究者として、そして自らの力を誇示する為の道具とシンフォギアを捉える彼に彼女達個人を慮れというのは虫が良すぎる話というものだろう。

 

「わかってますって。ついでに貴方の身体も診てあげましょうか?聞いてますよ、脳梗塞起こしてぶっ倒れたそうじゃないですか。」

 

「ふっ……そうですね。もう少ししたら……私も自分の身体を労わってもいいかも知れませんね。」

 

━━━━そう、二課との交渉が成功したのなら……

 

「━━━━さぁ、もうすぐフロンティア上空です。コクピットへ向かいましょう。」

 

……その為にはまず、理想を自らの手で完遂する事に拘るドクターを説得せねばならないだろう……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

フロンティア。それは東経135.72度、北緯21.37度付近の海底に眠る超巨大聖遺物にFISが付けたコードネームだ。

その大きさは全長数十キロにも及び、その中には様々な異端技術が眠ると目されている。

 

ボク達の目的は、それを解放し、掌握する事。

━━━━なぜならば、フロンティアの本質はただの異端技術が眠る宝島などでは無いからだ。

 

フロンティアは先史文明時代において空を渡る為に使われた船……いわゆる『ヴィマーナ』の一つとされる。

だが、かつて道すら遺さずに世界を繋いだ空を往く船の大半は喪われており、現代考古学においては実在の証明も果たされずにヤントラ・サルヴァスパと呼ばれる完全聖遺物にその姿を遺すのみ……

 

それを、フィーネは利用せんとした。日本の神話に曰く高天原からの天孫降臨に現れた後、海底へと封印された鳥之石楠船神(とりのいわくすふねのかみ)

即ち、アヌンナキによる日本への再入植に使われた巨大宇宙船を、カ・ディンギルによって月を穿った後の新天地にして自らが収まる玉座とせんとしたのだ。

 

━━━━だが、それは立花響の融合症例という可能性を見出す前に練られた旧いプランだったようだ。

先のルナアタック事件、その顛末こそがその証だだろう。あの女の考えは読みづらいが、それでも遺された情報から推測は出来る。

ネフシュタンとの融合によって刹那を超えた永遠に座する存在となれば、フィーネを倒す事は現人類にはほぼ不可能だ。なにせ、『不死を殺す術』は米国が保有するイガリマ程度しか遺っていないからだ。

そして、そのイガリマにしてもシンフォギアという不完全な起動に留まる以上、フィーネを消滅させるには絶唱は必要不可欠。しかし、当時の米国のシンフォギアはボクのLinkerも介在しない不完全品。

であれば、第二種適合者のイガリマではよくて絶唱一回分が精一杯。ラッキーパンチを期待するにはあまりにも心もとない数値だったワケダ……

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

……だがまぁ、結末から言えばフィーネの野望は阻まれた。無限の復活を行う筈のネフシュタンは、同質にして正逆な無限の出力を放つデュランダルと対消滅を起こし、今代のフィーネは死亡した。

 

「━━━━マリア、封印の強制解封手順を始めてください。」

 

━━━━そんな風に思考を巡らす間に手順を進めていくオバハンとマリア。

 

「シャトルマーカー、展開を確認。」

 

「ステルスカット。神獣鏡のエネルギーを収束。」

 

「……強制解封手順、準備完了。」

 

━━━━シャトルマーカー、それは日本を刺激せぬようにフロンティアの封印を解除する為にフィーネが設計していた特殊装備だ。

このエアキャリアに数十個装備されたそれは、機械的に増幅された神獣鏡の放つ輝きを特殊設備の構築も無しに自在にぶっ放せるようにする自律稼働可能な反射(レフ)板と言える。

 

「……長野県は皆神山より出土した神獣鏡とは、鏡の聖遺物。

 ━━━━その特質は、光を屈折させて周囲の景色に溶け込む屈折迷彩と、古来より伝えられる魔を祓う力……

 聖遺物等の異端技術、それもまた魔と定義される物である事は研究で分かっています。その力を以てフロンティアに施された異端技術由来の封印を強制解封し、この地上へと浮上させます。」

 

━━━━おっと。思考に没頭し過ぎてはいけない。確かに、フロンティアの強制解封はボクが世界を救う為にも必要不可欠だが……

 

「━━━━待ってください。フロンティアの封印を解除するという事は、その存在を顕わにするという事……

 確かにフロンティアの起動に必要なネフィリムの覚醒心臓こそ我々の手の内にありますが、先に計画を邪魔する可能性のあるシンフォギアを排除してからでも遅くないのでは?」

 

━━━━そう、問題はあのガングニールの少女。あの頓智奇にして協力無比な力を放たれてしまえば、如何に此方がフロンティアに陣取ろうと戦力的に不利となる。

特に、七彩騎士の暗躍も見える以上、危険を先送りせず先に不確定要素を排除するべきでは無いか?

 

「━━━━いいえ、その心配は無用ですよ。ドクター・ウェル。

 リムーバーレイ・ディスチャージ……照射!!」

 

━━━━なに!?

返答に迷いはなく、その動作にもまた澱みは無い。

まさか、ボクの知らない秘策が解封されたフロンティアにあるとでもいうのか!?

 

「まぁいいでしょう……どうあれ、封印は解けられた!!コレでフロンティアはその威容を地上に現し……あらわ……」

 

━━━━沸騰する海水が水柱を形成し、泡立つ水面は超巨大構造物の浮上を……浮上、を……

 

「表さ……ない……?」

 

━━━━そんな、バカな。

フロンティアの封印を神獣鏡によって解封する事はフィーネの青図面に元から記されていた手順!!

であれば、その方針が間違っている可能性は業腹だが非常に低い筈だッ!!

 

「━━━━出力不足です。神獣鏡の魔を祓う力が本物であろうと、機械的に増幅した程度ではフロンティアの封印を強制解封するには遠く及ばないという、ただそれだけの話……」

 

━━━━この、タヌキババァが……ッ!!

 

「あなたは……知っていたな!?聖遺物の権威であるあなたが、現地調査まで行っておいてこんな初歩的なミスに気付かない筈が無いッ!!

 ━━━━この実験はッ!!今の我々では即座にフロンティアの即時解放は出来ないという事実を知らしめる為の……ッ!!」

 

「えぇ。そして、美舟による封印解放儀式術が未だ道半ばであり、その完結まで米国からも二課からも隠れ潜み続ける事が不可能である事もまた……

 ━━━━さぁ、これからの大切な話をしましょうか。」

 

━━━━歯ぎしりが止まらない。してやられた気分は最悪だッ!!

そう、理屈は通ってしまう。フィーネが融合症例の発見でルナアタックの時節を早めた事!!それこそがフロンティア計画の最大の罠だったッ!!

フィーネは米国が開発した機械的・電気的な聖遺物起動を鼻で笑っていた。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ……ッ!!思えば、フロンティアの少女を確保していた事からしてそうだったッ!!

だが、今の我々にはそれを成し遂げられるだけの時間が無いッ!!フロンティア計画が前提を見誤ったというのなら、それはつまり電撃的な達成を目標としていた我々には方針の変更が必須という事!!

オバハンの目的は、それをボクに無理矢理にでも呑ませる説得力を持たせる事か……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━とまぁ、そんなこんなで調が潜り込んで来た時には、恥ずかしながらうっかり大きな声が出ちゃったデスよ……」

 

「━━━━だって、寒くて眠れなかったから。」

 

━━━━あの後、ドクターとマムの話し合いは夜半まで続いた。

結論だけを言えば、ドクターはマムの方針変更を呑んだ。神獣鏡による封印解放が頓挫し、ボクによる儀式術も終了の目途が立たぬ以上、度重なる計画の修正によって疲弊したボク達に計画を完遂する余力は残っていない。

であれば、他組織との協力は必須となる。

 

━━━━ならば、どこと協力するのか?

それも、マムは考えていた。風鳴の後ろ盾に依って立つ二課そのものの傘下に入るのでは無く、あくまでも対等の立場を持つ組織として交渉を行う事。

その為に、風鳴の影響力を受け難く、同等の発言力も擁すると目される天津共鳴との直接交渉に挑む事を決めたのだった。

 

……それはともかく。フロンティア上空から戻って来た私達はひとまず明日に備えて寝る事にしたのだが、どうも一人ずつでは寒かったらしく。

切歌の所に潜り込んだ調が寒い寒いとボクも巻き込んでマリアの所へやってきて、まるで川の字のように並ぶ事になったのだった。

 

「まぁ……もう十一月も終わりだもんねぇ……」

 

「最初のアジトを追われて以来、ずっと寒空の下に放り出されているものね……おまけに節約、節約~って……暖房代もままならないお財布事情だし……」

 

━━━━廃病院のアジトは、マムが自らの権限の中でどうにか確保してくれた米国の手の及ばぬ隠れ家だったのだ。

その優位をアンチリンカーの実験の為にと使い潰したウェル博士の軽薄には、流石に些か以上の不満がある。

 

「━━━━って、つめたッ!?これもしかして調の足!?」

 

「ごめんなさい。」

 

「ごめんなさいとかそういう問題じゃ……ひゃあ!?今度は切歌!?」

 

「ってゆーか、マリアってばどうしてこんなに温かいの?おまけにいい匂いするし……」

 

「知らないわよ!?あなた達とシャンプーとかは一緒なはずよ!?いきなりくっ付いてこないでちょうだい!?」

 

━━━━そんな風に考えている間に、どうも切歌と調にマリアが湯たんぽ代わりに使われてしまっていたようで。

 

「やれやれ……調、こっちにおいで?マリアには二人とも引っ付くのに、ボクだけひとりぼっちじゃ寂しいもの。」

 

「ん……分かった。じゃあ、マリアは切ちゃんにあげる。」

 

「あげるって……私は物じゃなーい!!」

 

「むにゃむにゃ……マリアがあったかいのが悪いのデース……」

 

━━━━あぁ、なんて温かいのだろうか。

毛布毎潜り込んで来た調を抱き留めながら、思う。

ボク達の行く末は未だ暗中だけれど、このあったかい物があれば……きっと大丈夫だと安心出来る。

 

「さて……それじゃ子守唄の一つでも歌うとしますか。」

 

「ん……美舟の子守唄は、聴くと気持ちがまったりして落ち着く……」

 

もう眠ってしまいそうな調がまるで猫みたいだな。なんて苦笑しながら、ボクはいつものあの話をするのだ。

 

「━━━━さて、では今日もまた、偉大な巨人のお話をしようか。

 むかしむかし、アメリカがまだ開拓も為されず、自然を畏れる人々が暮らしていた時代の事━━━━」

 

━━━━日本昔話だとか、千夜一夜物語だとか、グリム童話だとか。

マムは、ボク等が読めるようにと色々な絵本を用意してくれた。切歌の使う技に付けている不思議な名前も其処から来ているのだろう。

けれど、その中でも一番印象に残っているのはやはり、コレだ。

誰もがホラ話だと知っている、最も新しい巨人のお話……

 

「ん……」

 

━━━━こうして、一夜の子守唄(ララバイ)は流れて行く。誰にも等しい時間の流れに流されて……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ヘーイ、ポール……」

 

━━━━ふと、懐かしい歌を口ずさむ。

いつもなら姉さんとの想い出でもあるAppleを口ずさむのだけれど、今日はなんだか、彼女を思い出す気分だったのだ。

 

此処は、米国領ハワイ近海にある孤島の一つにある屋敷。あの日、この屋敷で私は目を覚ました。

ネフィリムの起動実験で起きた暴走を食い止めた時の負傷を癒す為、とある筋から入手したという試作型コールドスリープ装置『眠り姫(スリーピングビューティー)』で私は六年も休眠していたのだという。

 

「……天逆さん、暁さん、月読さん……それに、マリア姉さん……皆、大丈夫なのかな……」

 

━━━━見上げる先にあるのは、地上を見下ろす欠けた月。

ルナアタック、という事件があって欠けてしまったのだそうだ。

……そして、数ヶ月か、数年後かは分からないが、いつか月が落ちるかも知れないのだとも。

FISの皆は、そんな事実を受け止めて、人々を救う為に奔走しているのだと、私を保護してくれたのだという彼女は言っていた。

 

「━━━━なんだ。まだ起きていたのか?もう夜も更けているというのに……」

 

窓の外の夜空を眺めていた私に声を掛けて来た彼女の名は、キャロル。

暴走を食い止めて瀕死だった私を助けてくれた人……そして、自らを『魔女』と呼ばれる事もあるだなんて、卑下する人。

 

「あ……キャロルさん。えっと、ちょっと眠れなくて……」

 

「なんだ。枕でも合わなかったか?」

 

「い、いえいえ!!むしろ、このベッドは私には豪華すぎというか……おとぎ話のお姫様みたいでビックリというか……」

 

━━━━私が目覚めたこのお屋敷も、キャロルさんの別荘なのだという。

そして、今はまだ目覚めたばかりの私が好きに使っていいと言ってくれてはいるのだが……

 

━━━━二人で見つめる先にあるベッドは、確かクイーンサイズとかいう一人寝用の最上級の大きさの物。

しかも、なんと天蓋に山のような抱き枕まで付いているのだ!!

こんなもの、千夜一夜物語の絵本でしか見た事が無い!!

 

「……そうか?たかがベッドでは無いのか?」

 

けれど、キャロルさんは首を傾げるばかり……そういえば、キャロルさんは研究者でもあるんだっけか。

研究者の人と言えば確かに、寝食に頓着する人はかなり少なかった筈だ。マムも料理にはお醤油ばっかりかける物だから、マリアから叱られていた事もあったくらいだし。

 

「大分豪華だと思いますけど……このお屋敷は、キャロルさんが建てたんじゃないんですか?」

 

「━━━━一応はな。だが、建てた理由は……『キミも持つべきでは無いかな、自分だけの屋敷を。直接人を招くには支障があるだろうからね、研究にも使っているシャトーには。』とかなんとか……

 いつもは適当にしか仕事もしないくせに、オレにだけはやけに世話を焼きたがる長老殿が居てな……ソイツを黙らせる為に建てた、というのが本音だ。

 オレにとっては華美な芸術的美しさよりも、錬金術的な調和のとれた美しさの方が好ましいのだが……」

 

「……ふふっ。もしかしてその人、キャロルさんを心配してるだけなんじゃないですか?」

 

━━━━まるで、私達の誕生日にこっそりプリンをくれたマムみたい。

 

「ある訳が無いだろうそんな事!!あの全裸局長、どこから聴きつけたのかは知らんが昔からオレを結社に取り込もうと色々画策しおってからに……

 ……まぁ、そのお陰で結社との交渉がスムーズに済んだ部分はある。恩が無いワケでも無いのだが……」

 

「いつか、ちゃんとお礼を言った方がいいと思いますよ?」

 

「……フン!!いつか、な……まったく、約束ばかりが積み重なって……」

 

━━━━そう言って、キャロルさんは遠くを見つめる。

それは、私が目覚めてからも何度かあった事。キャロルさんは、よく過去に想いを馳せている。

 

「……キャロルさん、私、このままだとやっぱり気になって眠れなさそうなんです。

 ━━━━だから、寝物語として教えてください。キャロルさんの事を。」

 

━━━━それが、どうしても気になってしまう。

私を助けてくれたのに、彼女は私自身に特別な興味があったワケでは無いという。

眠り姫の制御に使われていたアガートラームのギアペンダントの欠片は遠慮なく研究させてもらっている……と、彼女は言うのだけれど、FISの研究者のように私に注射を打ったり、実験に使ったりはしないのだ。

……痛くないのだからそれは嬉しいのだけれど、なんだか軽く扱われているようで。それが、ちょっと不満。

 

「……やれやれ。とんだお転婆のお姫様だな?魔女に寝物語を所望するとはな。

 ━━━━あぁ、いいだろう。ちょうど、あの月を見て思い出した所だ……お前が満足するかは分からんが、少し語ってやろう……」

 

━━━━そう言って私の顎を綺麗な指でなぞるキャロルさんを見て、何故か胸がドキドキしてしまったのは、私の胸に大事に仕舞っておこうと思う。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━とはいえ、語ると言っても何のことは無い。

かつて、オレは欧州に産まれた。母さんは産後の肥立ちが良くなかったそうで、オレの記憶の中には母さんの想い出は無い。

 

……だが、オレには父さんが居た。寂しい時も、悲しい時も、嬉しい時も、楽しい時も……オレと父さんはそれを家族として分かち合った。

そうして親子二人で細々と暮らしながら、父さんは今で言う異端技術(ブラックテクノロジィ)の研究をしていた。

 

━━━━けれど、父さんは国家や大貴族をパトロンとする科学者の主流を疎んでいた。

当時の異端技術は、教会に取り入ったフィーネが管理・管轄する認定奇蹟以外の総ては魔女の呪い……すなわち《魔法》であるとされていた。

そんな状況だから、今のように科学や医療が人々の手の届く所にある訳でも無い……

 

結果としてオレと父さんは、多くの死や悲しみを見た。

━━━━けれど、父さんは諦めなかった。

異端技術によって調合した薬を医療として人々に提供し、悲しみの中でも希望を捨てずに、手を伸ばし続ける事を説き続けた。

 

━━━━自慢の父さんだった。最愛の父さんだった。そして、奇跡を信じる父さんだった。

……だが、異端技術での無償奉仕は、人の目には奇異に映った。そして、奇異は疑惑を呼び、疑惑は真実の一端に触れた。

 

行き着く先は、魔女狩りの焔だった。

けれど、父さんはそれを受け入れた。異端技術を使えば逃げ出す事なんて簡単だったのに。

生きていたいと思うのは、誰だって同じ筈なのに━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━キャロルさんの話を聴いて、気が付けば私は泣いていた。

 

「……何故お前が泣くんだ?コレは、ただの昔話だ。お前に関係する話でも無い……」

 

「━━━━だって……!!だって、それじゃキャロルさんが……!!」

 

━━━━独りぼっちになってしまったという事じゃあ無いですか!!

私が目を覚ました時の事を思い出す。マリア姉さんも、マムも、レセプターチルドレンの誰も居なかった、独りぼっちの目覚め……

それは、とても悲しかった!!不安に押しつぶされそうで怖かった!!

……それが分かるから、私の涙は止まらない。

 

「……そうだな。父さんを喪って、俺は独りぼっちになってしまった。

 父さんは『独りぼっちになっちゃいけない。手を伸ばして、取り合うんだ』と……そう教えてくれていた。

 けれど……父さんを喪った悲しみは、嘆きは、そんな想い出を押し流して、俺は独りぼっちのまま父さんを憑り殺した奇蹟を殺戮する為に動き出す……筈だった。」

 

「……筈だった?」

 

「━━━━あぁ。だが、そうはならなかった。

 その切っ掛けは、蒼い月が空に輝く夜の事だった……」

 

━━━━そう言いながら、また遠くを見るキャロルさん。見ているのは……窓の外の欠けた月?それとも……?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「パパ……パパァ……!!」

 

━━━━悲しい。悲しい。憎い。憎い……ッ!!

パパを殺した奴等が憎い!!パパが縋った奇跡を実らせなかったこの世界が憎い!!

 

━━━━あぁ。わたしは、この世界に独りぼっちになってしまった……

涙があふれて止まらない。森の中、いつかパパに肩車された仙草アルニムの群生地で、わたしはひとり。涙を零す。

 

『━━━━キャロル。生きて、世界を識るんだ。それが……』

 

━━━━焔が、視界の中で揺らめいて。

胸に、灯る。

 

「……赦せない。」

 

━━━━人が、では無い。人が無智にして蒙昧である事など、()()はとうに知っている。

知らぬが故に人は異端を畏れ、知らぬが故に人は奇跡などという綺麗事に縋りつく。

 

「━━━━奇跡が、赦せない。」

 

━━━━奇跡は、人を救わない。だってそうだろう?

パパは、奇跡を信じて人々を救ったのだ。『奇跡』が一生懸命への報酬だというのなら……それは間違いなく、パパにこそ微笑むべきものだったというのに━━━━ッ!!

 

「━━━━わたしは……()()は……奇跡を……」

 

━━━━人を救わぬ奇跡が、この世に溢れているというのなら。

()()は……この世界を……

 

 

 

━━━━漆黒の憎悪を薪として、憤怒と共に猛る幻覚の焔。

きっと、オレ自身をも焼き尽くしてしまう筈だったその焔は、しかし埒外のヒカリによって祓われた。

 

 

「━━━━アレは……流れ星……?

 ……いや、違う……流れ星は、あんなに長く瞬かない。なら……アレは、なに……?」

 

━━━━それは、蒼く輝く月からやってきた。

流星、夜を切り裂いて。凶兆の暗雲を引き裂いて。

 

空から降って来たのは、男だった。

━━━━片腕を喪った、男だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━空から、人が降って来たんですか!?」

 

━━━━荒唐無稽なお話だ。心の拠り所を喪った少女の前に現れた、謎の男性だなんて。

ある意味ではロマンチックだけど……流石に片腕となると血腥さが勝ってしまう。

 

「あぁ、そうだ。隕石のように降って来て……まったく、アイツが近くに落下して来てしまったせいでアルニムの群生地まで被害が出たんだぞ!!

 ━━━━しかも、片腕を失くしたアイツは、傷の止血もまともになされちゃいなかった。まるで、ついさっきにスッパリと失くしてきたみたいにな。

 ……だから、放っておけなかった。当時のオレは独りぼっちだったというのに、『父さんなら目の前のコイツを放っておいたりはしなかった』……なんて、まったく以て甘っちょろい考えでな……

 幸い、父さんに倣って最低限の医療道具は持ち歩いていたから応急処置は簡単だった……だが、問題はそこからだった……」

 

「━━━━問題、ですか?」

 

いったい、何が問題だったのだろうか?

 

「……当時のオレはまだ幼かった。だから、無駄にガッチリした体格で、昔には見た事もないような180は軽く超えた男を運ぶ事なんて出来なかったんだよ!!」

 

「……あ。」

 

言われてみればそうである。お父さんと一緒に暮らしていたような少女が、見た目からして成人であろう青年を運ぶなんて不可能だ。

 

「……だから、結局そのまま一晩中看病する羽目になった!!まったく!!」

 

━━━━あ、ようやく笑った?

口では青年への悪態を突きながらも、キャロルさんの口元は笑みの形を作っていた。

 

「……その人は、その後どうなったんですか?」

 

「どうもこうもない!!言葉は通じないし、当時の常識も何も知らんような異邦人、ほっぽり出した所で碌に生きていけるワケもないだろう!!

 ━━━━だから、オレはソイツの世話を焼かざるを得なかった。そんな中途半端な所で放り出したりしたら、それこそパパに顔向け出来ん!!」

 

━━━━パパ?

もしかして、キャロルさんって素だとお父さんの事をパパって呼ぶのかな?

 

「ふふっ。キャロルさんって昔から世話焼きなんですね。まるで姉さんみたい。」

 

「……フン。父さんを喪った悲しみを紛らわすのにちょうどよかっただけだ。

 それに……」

 

「それに……?」

 

━━━━楽しそうな顔をしていた筈のキャロルさんの顔が曇る。

一体、なにがあったのだろうか。それを問おうと私は問いの続きを……

 

「━━━━マスター、夜分遅くに失礼しますわ。」

 

「━━━━わひゃあ!?」

 

気配もなく、音もなく、いつの間にか現れたとしか形容出来ないその人。

自動人形と言うのだと聞いてはいるが、それでも彼女達の非人間的な動きにはどうにも馴れきれない。

 

「ファラか。どうした?」

 

「━━━━敵襲です。」

 

━━━━その言葉に、状況が一変した事を痛感する。

 

「……そうか。案外と早かったな。米国が決断するとしても明日の会談以降だと読んでいたが……」

 

「それが、レイアの偵察によりますと現地の米国エージェントへの接触の痕跡が見られないとの事で……」

 

━━━━けれど、私にはその状況が掴み切れない。

前提となる情報が足りな過ぎるんだ。

 

「━━━━なんだと?

 ……いや、十分に考えられた事か。既に状況は俺の知る情報とは様相を変えている。であれば、FISが泣きつく先が変わるのも当然、か……」

 

「そして恐らくは、人質として彼女を利用する気かと。」

 

FIS、という言葉。そして、私を人質にする気という言葉に心臓が跳ねるのが自分でも分かる。

 

「だろうな。FISはともかく、オルタネイティブ・フロンティア計画が未だ道半ばである以上、二課を黙らせる必要がある。

 そして、奴等に対してもっとも有効なのはセレナの命そのものを人質と取る事……まったく、こういう損得計算ばかり速い連中だ……それで?

 敵の戦力はどれほどだ?」

 

「━━━━近海に空母の反応が。間違いなく、七彩騎士の『虐殺旗艦(ジェノサイド・ブラックノア)』かと。」

 

「━━━━ほぅ?死の商人たるバーンスタイン家。その当主自ら出向いて来るとはな……

 ……セレナ。」

 

「……あ、は、はい!!」

 

━━━━空母!?そんな物まで使って私を人質にしようとしているの!?

あまりにもスケールが大きすぎて途方に暮れてしまう。

 

「……お前は、念のためシャトーに避難してもらう。」

 

「シャトー……って、研究所の事ですよね……?いいんですか?他人を招きたくないってさっき……」

 

「緊急事態だ、仕方あるまい。向こうではエルフナインの指示に従え。」

 

「わ、わかりました……あの!!」

 

「なんだ?」

 

「━━━━怪我とかしないよう、気をつけてくださいね!!」

 

私の言葉に、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする二人。

……もしかして、何か変な事を言っちゃただろうか……!?

 

「……く、ハハッ!!フハハハハ!!

 ━━━━あぁ。怪我一つ無くお前の基へ戻ってくると、約束しよう。

 安心するがいい。オレは貸し借りと約束にうるさい性質(たち)でな。

 ━━━━交わした約束は、決して違えぬ。」

 

「━━━━えぇ。マスターならば何も問題はありませんわ、セレナ様。そして……マスターがその威を振るうのであれば、その剣たる私が無様に敗北するなどありえませんわ。」

 

━━━━私の足元に投げ込まれる、カプセルのような物。テレポートジェム、と彼女達が呼称する物。

空間が書き換わって、私は遠く離れたシャトーという所へと運ばれて行く……




━━━━七彩騎士。米国が秘密裏に誇る最終兵器にして、米国が秘密としておきたい最大最強の問題児達。
その一つたるは『虐殺旗艦』。その一つたるは『二天一流』。
今此処に、最強と異端の激突の火蓋が斬って落とされる……!!


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第六十話 暗闘のデュエリスト

━━━━夜の郊外の街中で、重要時以外は送話しか出来ない筈の公衆電話が鳴り響く。

普通の人間が見たのなら、チープな怪談話にしか見えないだろう。

だが、それを待っていた俺はすぐさま受話器を取る。

 

「━━━━俺だ。ラズリーか?」

 

『……ボクの名前はラズロだって言ってるだろ、アゲート。』

 

「ハハハ、すまんすまん。んで定時連絡だが……コッチは指令待ちだ。現地エージェント諸君も今の所は大人しいもんだ。よほどドクターの乱心が応えたと見える。」

 

『それはありがたいね。そっちに潜り込めてるエージェントは貴重なんだ。ただでさえルナアタック事件の時にフィーネの甘言に乗って人員を損耗したって言うのに……』

 

「……フィーネ、か。俺達にとっちゃ疫病神みたいな存在だなぁ。」

 

『まぁね。FISの連中は躍起になってあの女の遺した櫻井理論を基に聖遺物理論を組み立てちゃいるけれど……』

 

「そんなもんは所詮は異端技術。再現性や信頼性の点で言えば当然既存技術体系には幾分も劣る……戦場(せんじょう)で命を預けるならまぁ、俺はこの無骨で不作法な銃で結構さ。」

 

━━━━異端技術(ブラックアート)

俺達米国所属者にとってのその言葉は、米国が世界の最先端を往く為に表向きの科学技術と同時に研究を続けている特異な技術体系の事を指す。

 

『そんな事言っていいの?キミの使ってる双対四挺も、一応基幹設計の一部に異端技術由来の先端科学が使われてるっていうのに。』

 

「あぁ。先端科学となったって事はつまり()()()()()()って事だからな。

 六年前の《天の落とし子》やら、ルナアタック事件……果てはシンフォギア・システム。ああいう再現性が欠片も無い奇跡のような綱渡りだけは御免被るってだけの話だ。」

 

『……ま、キミの場合は最前線に立つ戦士だものね。確かに、信頼出来ないプログラムを渡されてもはいそうですかとは言えないか……

 ━━━━雑談はコレくらいにして本題に入ろうか……状況がついさっき動き出したよ。

 FIS側からノイズからの避難誘導を行うボランティア団体を通じて二課への接触があった……

 《貴方が求める物について交渉に応じる余地あり。ついては明日の太陽が天頂に輝く時、もう一つのカ・ディンギルにて待つ》……

 文面はコレだけ。文面からして暗号なのは間違いないから念のため暗号解読プログラムには掛けてみたけどヒットは無し。

 換字式や転置式じゃなくて《鍵》が必要な物じゃないかな?』

 

━━━━ついに来たか。

FISからの脱走者であるフィーネは、持ち出した神獣鏡の機能によって光学的ステルスが為されており、ローラー作戦でも無ければその所在を見つける事はほぼ不可能だ。

まさか、偶然歩いていたら行き逢うだなんて偶然などあるまいに……

それ故、米国は二課の動向に強く探りを入れていた。フィーネが動けば、二課も動くのだから。

 

「……文字通りのキーワードが必要って事か。まぁ、重要事項ではあるが一般のボランティア団体を間に挟むんだ。時刻について捻る理由は特に無いだろう。」

 

『このメッセージの存在自体に気づかれなければ意味が無いワケだしね。となれば……』

 

「━━━━明日の正午。それは間違いない。だが……もう一つのカ・ディンギルとはどういう事だ?

 一つ目が零番地のカ・ディンギル址地を指すのは間違いないだろうが……」

 

『うーん……もしかして、二課の行動とリンクしているのかな?』

 

「二課の行動……というと?」

 

『ルナアタック事件の資料によると、二課はカ・ディンギルの情報を掴んだ後、装者三人を東京スカイタワーへと集結させている。コレは出現した巨大飛行型ノイズに対する動きでもあるんだけど……』

 

「……確か、カ・ディンギルという言葉は塔を意味する事もあるんだったな?」

 

『うん。そして、スカイタワーは二課の情報通信データの統括・制御機構をも備えている塔……

 となればこの巨大飛行型ノイズの出現そのものがフィーネによる陽動だったという事になるのかな?』

 

「そうだな……恐らく、フィーネとしては時間稼ぎのつもりで急遽仕立て上げた偽の塔だったんだろうが……皮肉だな。」

 

━━━━もう一つのカ・ディンギル。新たなフィーネが提示した、その条件。

 

『皮肉って?』

 

「フィーネがかつて建てたカ・ディンギルってのはいわゆる《バベルの塔》だったんだろう?

 ━━━━伝説にある通りに《言葉をより遠くへ届けて遍く人々が一つであり続ける事》を求めて作られた塔だってんなら、電波通信によって人々を繋げる事を目的と造られたスカイタワーは、

 荷電粒子砲なんぞよりもよっぽど尤もらしいカ・ディンギルと言えるだろうからさ。」

 

『あぁ……なるほどね。確かにそれはそうだ。最も新しき現代のバベル・タワー……なら、ボク等はさしずめ神の落とした雷霆ってとこ?』

 

「━━━━冗談。俺達は神罰なんかじゃねぇ。ただの……人間だ。」

 

『ハハハ。それじゃ、明日の正午、スカイタワーでの会談と見てコッチは準備を進めておくよ。突入は間違いなくキミにお願いする事になると思うから、突入用に大激(モラルタ)の準備をよろしく。』

 

━━━━突入用、と来たか。と、受話器の向こうには通じないだろうが俺は一人、眉をしかめる。

 

「あー……大激(モラルタ)紅槍(ガジャルグ)の組み合わせだがな……今回はナシだ。なにせスカイタワーは高さ600mオーバーだぞ?んなとこで倍強化ガラスもぶち抜ける火力をぶちかまして見ろ。

 最悪、モラルタの衝撃で下まで真っ逆さまだ。殺害はオーダーじゃねぇだろ?」

 

『……データチップさえ奪取出来たなら、その後の手段は問わない、との事だよ。』

 

━━━━此処で言いよどむ辺り、ラズロも割り切れない少年だな。と内心で苦笑する。

簒奪帽者(ザ・ホワイト・ハットトリッカー)》なんて呼ばれちゃ居るが、俺からしたらエシュロンシステムと適合しただけのただの小僧っ子だ。

 

「ならそっからは現場判断だな。なぁに、弾が勿体ねぇし、黄槍(ガボー)小激(ベガルタ)で平和的に解決してきてやるさ。」

 

『……脅迫の時点で平和的からは程遠いと思うんだけど……まぁいいや、それと……どうも他の七彩騎士もそれぞれ好き勝手に動き出してるみたいだよ。

 コッチにも詳細を明かしてはいないけどハワイへと向かってるのが、《虐殺旗艦(ザ・ジェノサイド・ブラックノア)》と、奴に雇われたらしき《二天一流(ザ・ダブルキャスター)》。

 そして、いつも通り詳細不明だけどその動きを受けて動き出した《黄金幻夜(ザ・ナイト・オブ・ゴールド)》……どいつもこいつも報連相がなってないんだから……』

 

━━━━電話口で俺が思わず頭を抱えてしまったのも仕方ない事だろう。

七彩騎士は確かに自力裁量を米国から承認された特務機関だ。だが……

 

「七人中三人の行動が詳細不明ってのはどういう事だオイ……ッ!!

 《絶望獣輪(ザ・ディスペアー・ホイール)》と《新界巣生(ザ・グレイテスト・オブ・ネスツ)》が以前から独自行動を取ってるのは知ってたが……よりにもよって残り三人も勝手に動くか!?」

 

『しょうがないよ……ルガールの奴は基からして米国とは対等の交渉関係に居るし、アイツが本気で報酬を出せば根無し草のイオリはまず間違いなく釣られるだろうし……』

 

━━━━ルガール・バーンスタイン。出自不明ながらに武器の製造・輸出に長けたいわゆる《死の商人》として名をあげた男だ。

だが、十数年前にある異端技術に接触して片目を奪われた事を機に奴は異端技術との伝手を求め……

その末に当時の七彩騎士の一人であった謝華グループ総帥、《邪華抱妖(ザ・ヴァリアブル・クイーン)》を殺害する事でその力を見せつけたのだ。

 

「━━━━にしたって、目的はなんだ?いくらなんでもコレを機に米国に反旗を翻そうってワケでもあるまい?」

 

『FISのロスアラモス研究所との秘匿回線を利用した形跡があるから、恐らくはそっちとの交渉の上だろうけど……とはいえ、ハワイに向かってる事は間違いないから今回の件と直接関わるワケじゃないとは思う。』

 

「まったく、どいつもこいつも……ッ!!

 ━━━━ん?」

 

━━━━あまりの身勝手さに思わず電話機を叩いた瞬間、感じる違和感。

 

『どうしたの?』

 

「……コレは、コイン……ッ!?」

 

複雑な模様が描かれた、通常の日本硬貨とは全く異なる意匠の黄金色のコイン。それが、何故か公衆電話の返却口に置かれていた。

━━━━それに気づいた瞬間、感知限界のその先から感じる違和感。

振り向きながら、懐の大激(モラルタ)へと手を伸ばす。

 

『━━━━アゲート!?』

 

━━━━だが、其処には何も無い。電灯もまばらな郊外の建物は闇の中に沈み、当然ながら人の気配も、息遣いも感じられない。

 

「……なんでもない。誰かに見られてる気がしたんだが……とにかく分かった。ラズロは引き続きあのバカ共の行方を探ってくれ……頼んだぞ。」

 

『りょーかい。』

 

━━━━仕方も無いが故に違和感はそのまま、コインを投げ上げて足早にこの場を去る。

……なんでもない筈の任務だというのに、どうにも気が重いのは、相手が相手だからなのだろうか。

 

「……共ちゃん。」

 

呟いた言葉は風に乗り、解けて消えた━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━だが、誰にも聞き取れぬ筈のそれを聴き取る存在が、確かに居た。

 

「━━━━流石は音に聞こえし七彩騎士。この距離でコインを介した共振傍受術式を半ば見抜くとは。地味に厄介。」

 

━━━━それは、四大の具現たる地のヒトガタ。

屋根より飛び降りた勢いを大地に逃がしながらに立ち上がってポージングをキメるその動きは、紛れもなく人ではない。

 

「……しかし、やはり……私に地味は似合わない……だが、まだ派手に行くには早すぎる……まったく……歯痒いとはこういう事か。」

 

━━━━その名は、レイア・ダラーヒム。地のアルカナを示し、地より産まれる貴金属より錬成されるコインを使いこなす自動人形(オートスコアラー)の一である。

 

「━━━━しかし、フィーネのメンバーが米国と接触していないとは。地味に意外。

 コレも、()の介入の結果か……或いは……いや。派手な結果が出揃うまでは、予測するだけとしておくべきか。

 それよりもまずは……有事の介入に備えての想い出の確保を優先。」

 

━━━━そして、夜の街へとヒトガタは去る。その後に、奇妙な紋様の刻まれたコインを遺しながら……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ハワイ近海に座する空母・ブラックノアのブリッジにて、私は通信で繋がれた先の惨状を眺める。

 

「━━━━第一陣は全滅、か。まったく、良く出来た人形だな。」

 

「そうねー。異端技術……錬金術だっけ?それによって発生する風で弾丸を弾き返し、水は弾丸を通さぬ氷壁となる……

 通常装備じゃ荷が重いんじゃないかしら?」

 

隣でそう相槌を打つ女は、私が直々に雇った七彩騎士の一人。

 

「……そうだな。奴等は力を示した。であれば、この私が直々に相手をしてやるのが勝者への礼儀という物か。

 ……お前はどうせ、あの風の人形を狙うのだろう?」

 

「あははははー……まぁ、剣士の性って奴で。」

 

━━━━そう、剣士。

強い相手を倒す事をも楽しみの一つとする私が、わざわざ他者を雇うなどというまどろっこしい真似をしたのは其処にある。

確かに、強者と戦う事は楽しい。そのぶつかり合いの果てに勝利し、その力と命を奪い去るのは至上の甘露と言える。

 

「━━━━あぁ、此度の私は経営者として此処にいる。露払いは任せたぞ。」

 

━━━━だが、今はそれを為すべき時ではない。

優れた経営者は私情だけで動かず、機を逃さぬ者なのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ん……む、ぷはぁ……んー、美味しく食べさせてくれるのはありがたいんですけどォ……これだけで終わりだと流石につまんないかなー?ってガリィちゃんおもいまーす。」

 

━━━━コレで十二人目。吸い尽くした残骸を放り投げて、エントランスの入り口である大扉に向かって呼びかける。

それに応えて現れるのは、第二陣だろう特殊部隊の面々、そして……

 

「━━━━ハハハハハハ!!咆えるでは無いか、人形風情が。オートスコアラーだったか?貴様本体はともかく、その技術は興味深い。

 どうだ?我が社にて素体となる気はないか?」

 

━━━━赤いスーツに身を包んだ、身長2mを超える巨大な男。

七彩騎士の中にあって、()()()()()()()()()()()()と並んで、米国と最も対等に立ち回るその男。

 

「━━━━よぉうこそ御出で下さいました。ルガール・バーンスタイン様ァ……ですがァ、ガリィちゃんてば仕事のやりがいにはうるさい性質(タチ)なのでお断りしまぁす。

 ……そしてぇ、御主人様はお忙しい身ですのでぇ……アタシが代わりに要件をお聞きしますねェ?」

 

「━━━━うむ。話が早いのは良い事だな。

 ……要件はただ一つ。セレナ・カデンツァヴナ・イヴの身柄、及び貴様等が回収したシンフォギア……アガートラームのギアコンバーターの供出だ。

 つまり、米国と貴様等の間の契約はこの場を以て破棄する、という事だ。返答は如何に?」

 

━━━━オートスコアラーの機能が蒐集した情報を基に弾き出した予測通りの要求に、内心ツマラナイと思ってしまうガリィちゃんなのでした、まる。

 

「……お断りいたします。あの少女はマスターが招いたお客人。それを力によって奪おうとするような無粋な乱入者に渡す物など……コレくらいしかねェんですよッ!!」

 

━━━━アイサツも無しに繰り出すのは、大質量を以て侵入者を弾き出す濁流の錬成。

 

「ガリィちゃんが司るのは四大の一つ、水ぅ!!流れる物、押し寄せる暴威!!アハハハハ!!そんな重い物纏ってるからァ……?」

 

━━━━重武装故に抗い切れずに、苦悶の声と共に流されて行く特殊部隊の面々を嘲笑うだけだった筈のアタシの視界は、何故かすぐさま真っ黒に。

 

「コレ、靴うラぁ!?」

 

           ━━━━デッドエンド・スクリーマー━━━━

 

「━━━━フハハハハ!!温い温い!!その程度の水流で私を食い止めようなど片腹痛いわッ!!」

 

いつのまにやら宙を跳んでアタシの頭上を取ったソイツは、そのままガリィちゃんのかわいいかわいい顔を足蹴にして、挙句の果てに大回転までかましてきやがったのだ━━━━!!

 

「━━━━ッ!!この、クソ野郎がァ!!」

 

━━━━あったま来た。マスターからは適当に相手してやれって言われたけど、絶対殺す……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ん……さて、私のお相手は貴方一人、という事でよろしいのかしら?十三代目宮本武蔵の襲名者、宮本伊織さん?」

 

「うわぁ……舌まで入れちゃってる……あぁ、うん。そういう事になるのかしらね?

 露払いというか、完全に別行動になっちゃってるけどまぁいいとしましょう!!」

 

━━━━屋敷の裏庭にて、突入してきた特殊部隊を戴く私の前に現れたのは、ブカブカの羽織に身を包み、二本の刀を腰に差した少女。

彼女は宮本伊織。二天一流と謳われたという宮本武蔵の剣を継ぐ十三代目にして、若干二十歳ながらにして七彩騎士へと上り詰めた剣豪でもある。

 

「この剣が、貴方を呼び寄せてしまったのかしら?なら先に謝っておきますわね?

 ━━━━なにせ私、剣で負ける事は有り得ませんので。」

 

私の誇る剣を掲げて、彼女へと謝意を伝える。ですが、コレは決して侮りや慢心ではありません。

 

「アッハッハッハ!!まぁ呼び寄せられたのはそうなんですけど、その謝罪は必要無いですよ?」

 

「あら、どうしてかしら?」

 

だが、少女は気にした風も無く言葉を返す。

 

「━━━━その有り得ない事を、今から起こすの……でッ!!」

 

━━━━瞬間、十メートルは離れていた少女との距離が、一瞬で零になる。

噂に違わぬ速度。そして……

 

「噂に違わぬ斬撃……

 ━━━━ですがそれでも、それが()()()()()()()……」

 

「━━━━ッ!?」

 

━━━━一合、打ち合う。それだけで違和に気付き、間合いをとって引き下がる少女。

それを追う必要は無い。なぜならば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……一発、たった一発打ち込んだだけで……?」

 

━━━━手の内にて崩れる刀を茫然と見つめる少女。ですが、その困惑も一瞬で消え、崩れた刀を投げ捨てながらに残った一本を正眼と構える。

 

「あら。凄まじいですわね?今の一合だけでこの《ソードブレイカー》の危険性を察知して下がるとは。流石は七彩騎士。」

 

「ソードブレイカー……!?でもその形状は……まさか、コレが師匠の言っていた《魔剣》って奴?」

 

「えぇ、そうですわね。貴方方人間の剣士が振るう技の到る場所である《剣技》には非ず……

 コレは、人々の認識が()()()()()()と呪った哲学の刃。」

 

━━━━哲学兵装。

《剣を折る剣》と人々に認知されたソードブレイカーの要素を抽出、錬成し、剣という概念を持つ器……即ち私に付与した事で完成した錬金武装。

通常のソードブレイカーが剣を折る為の機構を備えるように、私を構成するこの剣はただ存在するだけで剣を容易く手折る呪いの集積複合機構。

 

「なるほどね……形状では無く、名が背負う呪い……この前行き逢った村正みたいなモンか……!!

 そして、遠距離武器で倒そうにも貴方が纏う風はそれを弾き返す……それを嫌って近接に持ち込もうにも、刃の付いた武器は総て剣の呪いにて砕かれる……ッ!!

 拳で抗おうにも、剣を持つ相手に勝とうとするなら埒外の膂力か、技量が無ければ能わない!!隙が無い構築!!」

 

━━━━そう。遠かれば跳ね返し、近ければ間合いによって絶対的優位を保つ。

オートスコアラーとしての出力で言えばミカに届かぬ私ですが、戦術の組合せたる戦略面においてはまさしく同等以上の戦力となり得るといういい例です。

 

「━━━━分かっていただけたようで何よりですわ。さて……では、それを踏まえてどうなさいますか?

 尻尾を巻いて逃げ帰るのでしたらそれも結構。私の職務はただこの屋敷を護る事ですので。」

 

━━━━微笑みながら告げるその言葉は、あからさまな挑発。

剣に生きるモノが、()()()()()()と告げられておめおめ引き下がれる筈も無いでしょう。

 

「━━━━冗談。剣士がメタ張られたくらいで引き下がったらそれこそ完全なる()()でしょ。

 たいそうなご説明でやり方は幾つか見えたもの……こっからは私の反撃の時間……よッ!!」

 

━━━━その言葉と共に再び飛び込んで来る少女。ですが、その手に握る刀は未だ振り抜かれず、いわゆる胴構えの逆を為してその刀身を覆い隠す。

ですが……

 

「クッ……その構え!!打ち下ろし以外の力は掛けにくくても、()()()()()()()()という思想の上で待ちに徹するのなら最適ね、それ!!」

 

隠した刃を振り抜く事無く、少女は反対側へとすり抜ける。

私の構えが後の先に向いている事を察して振るう事をやめたのでしょう。

 

「お褒めに与り恐悦至極……とはいえ、私の刃はただ受けて砕くだけではありませんよ……ッ!!」

 

━━━━ですが、それを漫然と待つだけで終わる私ではありません。

この大上段に構える動きが後の先に向いているのは幸いなる偶然の一致。

私の剣技の真価はオートスコアラーたるこの身の駆動と膂力を活かした人外の剣……例えばそれは、この突きのように━━━━ッ!!

 

「クッ……!?」

 

身を捻り、私の攻撃を受けもせずに無様に避ける少女。ですが……

 

「胴ががら空きですわよ……ッ!?」

 

このまま掻っ捌いて真っ二つにしてさしあげます。

━━━━そう告げようとした瞬間、人形たるこの身が捉えたのは、捻った勢いを利用して、懐から何かを取り出す少女の姿。

 

「━━━━幾つか見えたって言ったでしょ?二天一流たる者、勝つために色々使えるようにしておくのは当然至極ってね?」

 

━━━━それは、少女が握るにはあまりに無骨過ぎる代物。

恐らくは、コルトSAAのカスタム品。しかも……

 

「撃鉄を起こしたままでの携帯をッ!?」

 

シングルアクションには所謂安全装置の類いは殆ど無い。撃鉄を起こし、引き金を引くという二動作だけが発射までのプロセスとなる。

そしてそれはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事。一歩間違えれば懐の中で暴発を起こしてもおかしくないというのに……!!

 

「そうじゃなきゃこういう状況で使えないで、しょッ!!」

 

━━━━なんと恐るべき剣士なのでしょうか、彼女は。

いわゆる早撃ち(クイックドロウ)の一種、シングルアクションのみが可能とする()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

彼女はそれを、親指と中指の二回行ってきた。即ち、三発の連続射撃を━━━━!!

 

「━━━━ですが、無粋な弾丸は私には届かない……ッ!!」

 

しかし、それも無意味な抵抗。何故なら、私が纏う風は弾丸など弾き返すのですから━━━━!!

 

「━━━━そうだね。一発なら、決して届かない。」

 

━━━━少女の言葉は揺ぎ無く、そして、偽りも無かった。

人形の視界の中で、風のバリアに至近距離でぶつかる一発目の弾丸。

人間であればまず見落としてしまうだろう瞬き程の刹那、私は確かに見た。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()━━━━!!

 

「ガッ━━━━!?」

 

かち合った弾丸は、押し込まれた勢いで右目に直撃する。

━━━━なんという絶技!!

 

「けどさっき、映像で見て気づいた。弾丸を返す時、打ち返しに集中するから貴方は動けない。

 ━━━━そして同時に、弾丸を弾き返すその風も決して無敵じゃない。乱射された時、全ての弾丸が弾き返されたのでは無く、貴女の足元に幾つかの弾丸が落ちていたのがその証。

 なら、こうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。違う?

 ほら、さっさと起きなさいよ。人形なんだから脳幹撃ち抜いた程度で死にやしないでしょう?

 ……こんな弾遊びでアンタを倒しても意味が無いわ。

 ━━━━私の剣で、アンタの魔剣を砕く。そうでなければ、私がアンタに勝ったことにはならない。」

 

━━━━弾丸に頭部を貫かれ、倒れ伏す私に容赦ない言葉を掛けつつ、彼女は折れた刀を拾う。

 

「……まったく。容赦のない剣士なのですね?貴方は……ウフフフフ……!!」

 

━━━━昂る自分を抑えられない。マスターの命令を逸脱する気は更々無い。

だがそれでも。

 

「━━━━えぇ。それでこそ砕きがいもあるという物ッ!!

 この魔剣(ソードブレイカー)にて貴方を支えるその剣を総て砕き散らして、苦悶の中で貴方にトドメを刺してこそッ!!」

 

「……なんだ。ただのお人形かと思ったらいっちょ前の剣士じゃない。そう、己の剣こそを最強だと断ずるからこそ……構える剣は過たず、はだかる壁を微塵と斬り捨てるッ!!」

 

━━━━私の上段の構えに対して、彼女が構えるのは()()()()()()()。正眼に構えたそれに刃は無く、当然それは()()()()()筈だ。

 

「━━━━どうして?って雰囲気してるんで、わざわざ説明してあげる。

 コレはね。師匠から禁じ手扱いされてる名も無い技よ。

 ……いいえ、もしかすると、失踪したって言う《初代》の剣は届いていたのかも知れない。」

 

握った柄など、断じて剣では有り得ない。その筈なのに。哲学の牙が震えをあげる。

━━━━剣が、其処に居ると。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━師匠の話は、毎度毎度難しいのでよくわからなかった。

 

『……いいか。伊織。俺等剣士は剣を振る。だが、それは誰かを殺すとか、斬ってやりてぇだとか、ンな()()()()()()()()じゃねぇ。

 大体、人を殺すってんなら、今のご時世剣を振るうよりも銃で撃った方がはえぇ。

 ━━━━俺達は、()()()()為に剣を振るうンだよ。

 そんで、お前のそれは恐らく、歴代でも三指に入る程《純粋》だ。だからこそ、お前が()()のに御大層な名剣・名刀だのはもう必要ねぇ。

 有った方が勿論いいが……んなもン無くったって━━━━』

 

━━━━意味は分からないが、意義は分かった言葉の通りに、意を構える。握った柄を緩く握り、相手の喉元に切っ先を突きつける事で牽制とする。

所謂、正眼。尋常でないのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()というただそれだけ。

 

「━━━━剣気、収斂。

 南無、天満大、自在天神。我が一刀、未だ零に到らぬ未熟な生なれど……

 ━━━━剣閃に歪み無く。我は唯()()事のみに特化する。」

 

━━━━師匠に見出されたあの日、私は木を斬り倒していた。それが異常なのだと知る事も無く、山中にてただただ枝を振るって総てを斬っていた。

私に過去は無く、想い出は無く、類縁もまた居ない。

合理的に考えて意味が分からないが、きっと斬る為に捨ててしまったのだろうと師匠は言う。

 

「━━━━剣で無いというのに……!!いいえ、貴方そのものが剣と言えましょうか……!!」

 

「━━━━折れるものならば折ってみなさい、魔剣人形。

 我が生涯、我が総て。文字通りの《全力》の一刀を……!!」

 

━━━━斬りたいと思うから、物は斬れるのだ。

意思は物理法則を捻じ曲げ、極光となりて剣を成す。

 

━━━━私はそれを八相に構え、そして……

 

 

          ━━━━ギガンティックプレッシャー━━━━

 

 

━━━━横槍をねじ込んで来た傍迷惑な連れ。その一撃が押し倒して来た壁を切り裂いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……社長。真剣勝負に横槍入れないでよね?」

 

「む。すまないな、イオリくん。態とでは無かったのだが……どうにも、この屋敷は脆くていかんな。もっと強度を上げるべきでは無いかね?」

 

━━━━よもや、あの人形を壁に叩きつけた一撃だけで屋敷の壁面が大きく崩壊してしまうとは思わなんだ。

私やギースの屋敷であればこうはならんのだが……

 

「まったく……この屋敷は戦闘用ではありませんのよ?そんな馬鹿力でオートスコアラーをぶつけられてしまっては壁ごと吹き飛んで当然でしょう。

 ━━━━ねぇ、ガリィ?」

 

もう一体の人形が声を掛けるのは、私が吹き飛ばした事で今も瓦礫の中で倒れ込む、水を司る自動人形めに対して。

━━━━だが、それが嘘である事など当然に見抜いている。

 

           ━━━━ジェノサイド・カッター━━━━

 

「━━━━ゲェ……ッ!?」

 

分身か何かと入れ替わっての頭上からの強襲を狙うも。私の蹴り上げで吹き飛ばされる人形。そしてその裏で、瓦礫の中の人形が水と崩れる。

 

「━━━━フン。その性根の腐りようならば私と同じ攻撃で鬱憤を晴らしに来るだろうと読んでいたが……あまりに読みやすいと些か拍子抜けだぞ?」

 

「……この、クソ野郎がッ……!!

 絶対生きて返さねぇッ!!マスターからは禁じられてるけど、()()を使ってこいつ等を……」

 

━━━━私の挑発が逆鱗に触れたのか、何やら切り札らしき物を取り出そうとする人形。

……なるほど、《結社》が秘匿するという秘奥術式。それを結社に敵対する事無く拝める日が来ようとはな。

その危険性を見極める為に構えながらその切り札を見据えようとする私達の間に割って入る、いっそ能天気な程に明るく、しかし同時に誰よりも切実な声。

 

「━━━━ちょっとちょっとちょっと!!流石にそれ使われたらあーし達まで困るんですけど!?」

 

━━━━其処に居たのは、この場における三人目の七彩騎士。

黄金幻夜(ザ・ナイト・オブ・ゴールド)》……アレッサンドロ・ディ・カリオストロを名乗る変態だった。




━━━━その騎士の名は、以外の意外。
権謀術数の坩堝の中で、泳ぎ揺蕩う最古参。
黄金なる結社の看板をも背負う彼女の介入で混迷を極める事態は正転へと転がり始める。

それと時を違えて始まるは、誰もが知らぬ物語。
誰にも真意を語る事の無かった男の、同情を求めぬただの独白。
だがそれ故に……その叫びは、何よりも純粋だった。


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第六十一話 代案のリスクヘッジ

━━━━声と共に、闇の中から現れたのは、煌びやかな女だった。

黒いローブを改造したようなドレスに身を包み、豊満なバストを半分近く晒け出しながらも、下品というよりはむしろ華やかさが勝る。そんな女だ。

 

「━━━━フン。横槍が入るとすれば貴様だろうと思っていたぞ。《黄金幻夜(ザ・ナイト・オブ・ゴールド)》。」

 

「えぇ、そうよ!!だって、キャロルちゃんはウチの結社の同盟相手でもあるんだから!!

 手出し無用って耳タコなくらい言ったわよねあーし!?」

 

女は、古くより米国と契約を結んできた異端技術者であり……百年以上の過去からその座を保持する最も古い七彩騎士だとも言われている。

真偽は知らぬが、かつて革命前夜のフランスに居を構えた貴族でもあったとも。

 

「あぁ、聴いているとも。だが状況が変わった。私にとってはどうでもいい事だが……FISを脱走した裏切者達への交渉材料としてセレナ・カデンツァヴナ・イヴが求められた。

 それ故の行動だ。」

 

━━━━シンフォギアという存在そのものは、私にとってはどうでもいい。不安定かつ兵器化にも向かぬとくれば商品として売るにも困るし、かといって私が使おうにも相性の良い聖遺物が運よく見つかるとも思えない。

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ギアコンバーター。その技術に関しては興味がある。

……ともすれば、()()()を更に強固に我が物と出来るやも知れないからこそ、ロスアラモスからの依頼を受けてわざわざハワイくんだりまでやってきたのだ。

 

「……まぁ、其処に関してはあーしも口出しする気はないけれど……そういう場合もあーしを通してまず交渉の一つくらい立てなさいよね!?

 もう……お陰で地球の裏側から遥々カッ飛んで来るハメになったじゃないの!!

 ━━━━それで?もしもまだやるってんなら同盟相手として放っておけないもの。あーしも相手にしたげるけど、どうするの?」

 

「……フン。戻るぞ、イオリ。」

 

二対三、いや。今だ参戦して来ぬこの屋敷の主も敵である事は変わらぬが故に二対四の状況。

攻め込まれているのならば、王者として悠然と構えて撃退する事こそ肝要な状況だが、今は此方が攻め手……あくまでも余興である事を考えれば此処が引き際だろう。

 

「……依頼主が引くってんなら仕方ない、か……じゃあね、魔剣使いさん。

 今度立ち会ったら私が正面からその魔剣ごと叩き斬ってあげる。それまで負けないでよ?」

 

「フフ……確約は出来ませんが、えぇ。

 ━━━━こちらこそ、貴方の総てを砕き散らして差し上げますわ。」

 

火花を散らす剣士達の因縁を後目に踵を返す。

ちょうどいい。ハワイに来たからには此方での商談も纏めておくべきだろう……

 

「あ、特殊部隊の人達はどうするの?」

 

「捨て置け。始末ならどうせ奴等が付ける。」

 

「わーお、残酷ぅ。」

 

「フン!!弱者になど用は無いわ。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━さて……見てるんでしょ?キャロル。出てきたらどうなのかしら?」

 

━━━━ルガール達が去った事を見届けたあーしは、虚空へと問いを投げる。

 

「……念話で十分だろうに、わざわざなんだ?」

 

「んもぅ!!その念話を着信拒否しまくったのはどこの誰よ!!

 ……それで?あの子、一体どうしようって言うのよ。フィーネ謹製のシンフォギア・システムを手に入れるってのはともかく、貴女ってば其処に関する研究全然やってないじゃない。」

 

━━━━六年前、米国側が強硬して行われたネフィリムの電気的起動実験。その際に死にかけたお姫様を彼女は半ば無理矢理に引き取った。

他者を近づけようともしなかった彼女が誰かの為に動く。それはいい事だと思うのだが……

その割に、合理主義を標榜する彼女が、引き取った少女を研究するでも無い、というのは些かどころではない違和感があって流石に首を傾げてしまう。

 

「あぁ……ギア・コンバーターを入手したのは単にセレナを保護した()()()だからな。オレにとって必要だったのはセレナの命そのもの……

 フィーネから買い上げた《眠り姫(スリーピングビューティー)》の動力源がギア・コンバーター式だったから、米国がいちゃもん付けない程度にギア・コンバーターを戴いただけだ。」

 

「━━━━あの子の命そのもの……?」

 

━━━━あーしの返した疑問に、露骨にしまった。という顔をするキャロル。

 

「……まぁいい。状況は既に動き出した事だし、隠す程の事でも無い。あぁそうだ。オレがあの時介入したのはセレナを死亡させない為だ。」

 

「それがなんでか……って訊いても、教えてはくれないんでしょ?分かってるわよ。錬金術師にとって自分の研究は至上命題だもの。その秘密を護るのは当然だものね?」

 

「……あぁ。」

 

「━━━━だからこそ、アルカノイズの安易な使用はくれぐれも控えて頂戴。」

 

疑問と共に牽制するのは、未だに不満そうな顔をしている蒼いオートスコアラーについての事。

 

「あぁ、分かっているとも。

 ━━━━ガリィ。アルカノイズを使うよりも先に、まずはオレを呼べ。」

 

「……チッ。はーい、わかりましたぁ。」

 

━━━━アルカノイズ。万物解剖機と造られた結社とキャロルの共同研究成果。

だが、人の身でノイズを操るその力は、如何な異端技術とはいえあまりにも強大過ぎる物……みだりに米国などにその詳細を知られてしまえば、間違いなく様々な闘争の火種になりうるシロモノだ。

それ故に、使う時は必殺で無ければならないのだが……

 

「……そういえば、どうしてあの時サンジェルマンはアルカノイズを使ったのに消耗してたのかしら……?」

 

「なにか言ったか?」

 

「あ、ううん。コッチの昔話よ。それじゃ、あーしはひとまず退散するけど……っと、そうだ。プレラーティから伝言があったんだったわ。」

 

「伝言だと?一体なんだ?」

 

「『シャトーを勝手に持って行くなど以ての外なワケダ!!手切れ金だのと伝言と一緒に要らん物ばかり押し付けて無いでさっさとシャトーを本部に戻せ!!』

 ……だってさ。なんか、面白い研究に使えそうだって閃いた矢先の事だったからすっごく怒ってたわよ?」

 

チフォージュ・シャトー。プレラーティがかつて協力者から与えられた城の名を冠する巨大構造物(メガストラクチャ)

プレラーティがキャロルの計画の為に製作協力していたのだが……つい先日、キャロルがそれを持ったまま出奔してしまったのだ。

 

「……契約書にもちゃんとシャトーがオレの所有物扱いになる事は書いておいたというに……悪いが、暫く返すつもりは無い。

 ━━━━だが、そうだな……オレの計画が完遂された暁にはシャトーを返す事を約束しよう。」

 

「あら意外。てっきり借りたら返さないタイプかと思ってたのだけれど。」

 

「……オイ。人の事をなんだと思って居るんだ貴様は……

 シャトーに関しては、オレの計画が完遂さえすれば共同管理に戻した所で問題無いというだけだ。所有権まで手放すつもりは無いから勘違いするんじゃないぞ。」

 

━━━━本当に、意外な事だ。

彼女はもっと孤高にして孤独な錬金術師だったと記憶しているのだが……どうやら、面と向かって話して見れば其処まででも無いらしい。

 

「……ふふっ。プレラーティに任せてばかりじゃなくて、あーしももっと貴女と話すべきだったかもね?」

 

「……ふん。計画が終わった後なら幾らでも話してやるさ。だが、生憎今は忙しくてな。ファラの修理もある。今日の所は空手形だけで満足して帰ってくれ。」

 

「はいはい。それじゃ、お邪魔したわね~」

 

━━━━しかし、シャトーを占有してまで成し遂げんとする彼女の計画とは一体なんなのかしらね?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━とまぁ、報告はそんな所ですよ、局長。』

 

「━━━━あぁ、分かったよ。とてもよくね。」

 

━━━━報告を聞き終える。念話を通じて。

 

『……一つ質問なんですけど。局長はどうしてそこまで、彼女に関心を持っているんです?』

 

「……あぁ。いわば忘れ形見なのさ、彼女は。ボクの友人のね。」

 

━━━━イザークという錬金術師が居た。かつての欧州に。

大いにボクの興味を惹いたのだ。彼の研究と、何よりもその理想が。

 

『……その話、初めて聞いたんですけど!?』

 

「言っていなかったからね。キミ達にも。

 ……昔の話さ。今の彼女には何の関係も無いね。」

 

語りながらに思い出す。あの日、イザークが死んだ後に結社の門戸を叩いた彼女の姿を。

 

『……だから、結社と対等に立ち回れたって事なんですか?』

 

「いいや。違うね、それは。

 ━━━━確かに約束したさ、彼女の父親と。だが……彼の身にもしもの事があった場合の保護程度の事だったのさ、その約束はね。」

 

━━━━だから約束を護る為に探しこそすれ、使命より優先する事は無かったのだ、ボクは。

 

『はぁ……まぁ、分かりました。あーしは仕事に戻りますので、コレで。』

 

━━━━切れる感覚。念話の物だ。

 

「……探るべきなのかも知れないね、彼女の事を。」

 

━━━━イザークの忘れ形見である彼女の事だ。こうして結社本部の中で考えるのは。

 

「括っていたよ。此方から干渉する程ではないという高をね……」

 

思えば幾つもあった。疑わしい所は。

だが、それを放置したのだ。ボクは。

 

「……悲願の成就だからね。最も重要なのは。」

 

━━━━神を殺す。人類のDNAの中に潜み、今も尚復活の機会を窺う旧き神(アヌンナキ)を。

ボクの悲願だ。それこそが。

耐え忍び続けたのもその為だ。五千年もの間。

 

━━━━この星に君臨する存在だった筈なのだ。完全と産まれたボクこそが。

だが、()()は捨てた。ボクを。

 

「━━━━越えなければならない。だからこそ……」

 

━━━━だが、未だ半ばだ。神を超える存在となる為の道は。

 

━━━━ティキ。アンティキティラの歯車機械を核とする、呪詛の影響を受けぬ無垢なる少女人形。

探らなければならない。その力で、神の力を降ろせる場所を。

だが、今は喪われている。ティキも、その核たるアンティキティラの歯車機械さえも。

 

「まぁ、それは任せるとしよう。サンジェルマン達に。」

 

逸れてしまった思考を戻す。その先は彼女の事。

 

「━━━━探るとすればアレなのだろうね。()()()()()こそ。」

 

━━━━それは、彼女が巧妙に隠していた秘密だ。

結社の門戸を叩く前、イザークの処刑から約一年後に彼女が造った山中の墓所。

同盟締結の為の身辺調査で見つかったその墓に特別な仕掛けなどは特に無い。ただ一つ、《隻腕の遺骸》だけが収められていた。

だが、個人の判別は出来なかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()故に。

 

「━━━━一体、何者だったのだろうね?隻腕のキミは。そして、何故……その素性を隠したのだろうね?彼女は……」

 

━━━━調べてもらうとしよう。ボク以外の誰かに。遺骸の現状の確認を、定期的に。

 

「なにかしらの動きがある筈だ。彼女の計画が動き出したというのなら……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━藤尭くん?あぁ……彼なら夜食を作るって食堂に行ったわよ。

 ようやく軌道計算の大筋が出来て、後はケアレスミスが無いかのチェックを行うだけになったから……」

 

━━━━指令室で訊いた情報に基づいて訪れた、仮設本部の食堂。

その調理スペースに彼は居た。

 

「~♪」

 

「━━━━藤尭さん、今少しいいですか?」

 

「ん?あぁ、共鳴くん。キミも夜食食べる?一人だけ食べるのもなんだし……って指令室の皆の分まで作ったら大分大盛りになっちゃってさぁ。

 話はちょっと待ってね。フライパンとか軽く洗っちゃうからさ。」

 

「あ、はい……後で戴きますね。」

 

エプロン姿がやけに似合う藤尭さんは、彼にしては珍しい事に誰かの為に料理を作っていた。

……やはり、軌道計算での連日の超過業務は超人的な情報処理能力を擁する二課指令室のメンバーと言えど厳しかったという事だろう。

 

「……よし。洗い物も終わり。それで、ボクに何の用?」

 

「……えっと、ですね。月の軌道計算についてなんですが……詳細な物が分ったら、俺に教えてもらう事は出来ますか?」

 

「━━━━……それは、具体的にはどれくらいの精度の物かな?」

 

「━━━━上を見ればキリがないですが……出来れば、月の表面構造物の位置まで相対座標として計算できるくらいの物を。」

 

……怒られるだろうか。だが、それでも俺は聞かねばならない。

━━━━この情報が手に入らなければ、世界の滅びに対抗する手段は手に入らないのだから。

 

「…………共鳴くん。正直に答えて欲しい。

 ━━━━それは、月にあるだろう先史文明の遺跡への長距離転移アプローチを行う為の情報だね?」

 

「……はい。アメノハゴロモの長距離転移機能が実際に使える事はこの三ヶ月の間に繰り返した実験と解析の結果分かっています。

 だから、月の周回軌道データと天体望遠鏡による観測結果を基に月遺跡の入り口を探し、コレを再起動させる……

 月軌道の修正まで出来るかは分かりませんが、現行技術で手の施しようがない以上、取るべきアプローチはこれしか無いと思います。」

 

━━━━それはあの日、ウェル博士から投げられた問いへの俺の答え。

世界が滅びの危機に瀕している中で俺が取ろうとした解決策だった。

 

「……率直に言うよ。あまりにも分が悪すぎる。

 もし、ボク達の軌道計算に誤差が生じていればキミは月に埋もれて死ぬ。

 仮にその通りに長距離転移出来たとしても、月遺跡がキミを歓迎するかどうかも分からない。

 ……それに何より、帰りはどうするつもりなんだい?月遺跡にて軌道修正する間中アメノハゴロモが維持出来る保証は?

 ━━━━どれか一つ上手く行かないだけで、キミは月で死ぬ。」

 

「うっ……」

 

━━━━だが、藤尭さんの指摘は的確に俺の想定の穴を突いて来る。

どれも否定する事は出来ない程重大な欠陥だ。

 

「……けど、月遺跡そのものへのアプローチ。コレは全く考えていなかった。

 確かに、月を改造したのが先史文明だとするなら、それを自在にコントロール出来るようにしておくのは当然の防衛策だ。

 直接乗り込むのは危険過ぎるというだけで、むしろ最適解かも知れない。」

 

「━━━━ですが、直接乗り込まずにどうやって月遺跡へのアプローチを?」

 

「簡単だよ。エクスドライブを使えばいい。」

 

「エクスドライブを!?

 でも、母さんはあれは奇跡的な物だったって……」

 

━━━━エクスドライブ。シンフォギアに施された各種ロックを膨大なフォニックゲインで強制解除し、限定的に機能拡張するという、シンフォギアの決戦機能の一つ。

だが、それに必要なフォニックゲインはあまりにも膨大であり、響の出力や絶唱ですらなお足りないと聞いているが……

 

「そう。確かに、絶唱ですら単独ではエクスドライブを起動するには到らない。

 けれど、ボク達は既に絶唱すら上回り、偶然の奇跡を必然の戦術に変える術を知っているだろう?」

 

「━━━━ッ!!S2CA……ッ!!」

 

「そう。S2CA・トライバーストなら一発でとは行かずとも、エクスドライブに必要とされるだけのフォニックゲインに手を届き得る出力が出せる。

 ボクの計算によれば、トライバーストで三発って所かな……」

 

「……なるほど。今は響が戦えないから使えない手ではありますが……」

 

「うん。響ちゃんを神獣鏡で治療し、奏ちゃんのガングニールを纏って貰えれば……」

 

「人の手でエクスドライブを掴み取る事が出来る……ッ!!」

 

「そう。そして、エクスドライブモードのシンフォギアなら、宇宙空間でも活動可能だ。誤差が出ても問題無い宙域に長距離転移し、エクスドライブモードのシンフォギアで月遺跡に接近……

 あとは出た所勝負になっちゃうけれど、キミのご先祖様が月遺跡から来たというフィーネ……了子さんの言葉を信じるしかない、か……」

 

━━━━相談して、本当に良かった。

俺一人の案では穴があり過ぎた。それを、藤尭さんは論理的に反論を立て、それに対する対策まで作ってくれたのだから。

 

「ありがとうございます、藤尭さん。

 ……やっぱり、貴方に相談して正解でした。」

 

「あははは……そこまで手放しに褒められるとくすぐったいね……まぁ、コレでも宇宙空間での作戦という以上はどこまでもリスクは付いて回る。

 一応司令にも作戦立案はしておくけど、コレはとっておきたいとっておきだ。月が本当に落下コースに入った場合の……そうだな。最悪の中の最善策、ってとこかな?」

 

「そうですね……まずは、現行技術で月にアプローチ出来ないかを試してみる所から。ですね……」

 

━━━━そう。まだ、俺達には出来る事がある筈だ。

米国が此処まで強硬に動いて居るからには、確かに世界はいずれ滅びてしまうのかも知れない。だけど、それはまだ確定した事では無い。

だったら、俺は最後まで世界を護る為に立ち向かいたい……手の届く総てを、決して諦めないと誓ったのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━深夜の研究室で、私は実験に掛かり切りになっていた。

 

「……ふぅ。本当に、了子さんもとんでもない物を遺してくれた物ね……」

 

━━━━RN式の再起動。響ちゃんが戦えない以上、それを補いうる戦力は必須であり……シンフォギアが新造出来ない以上、最も手頃な方策がコレだったのだ。

 

「……手頃って言っても、全然簡単な物じゃないんだけどね……

 あーもー!!そもそもなんで考古学者の私が異端技術を使った工学までやらなきゃいけないのよー!!」

 

……口ではそう愚痴を溢してしまうが、心中で思う事は真逆だ。

━━━━私がやらなければ、今の二課では誰もコレを完成させる事は出来ない。

私がコレを完成させなければ、彼女達が傷ついてしまうかも知れないのだ。共鳴が全霊を賭してでも護ろうと足掻き続ける少女達が。

 

「……だったら、私がやらなきゃよね……」

 

━━━━とはいえ、櫻井理論とはまた異なる技術体系……精神同調による聖遺物の起動というRN式の根幹理論は未だ研究も進んでいない文字通りのブラックボックス。

櫻井理論と共に全世界に公開はされたものの……RN式がシンフォギア以上に使い手に左右されるとあっては、各国も実績の見えない此方の研究に及び腰なのも頷けるという物だ。

 

「……まぁ、アレよね。二課がRN式を秘密兵器扱い出来るのだって、司令が居るからこそだし……シンフォギアと違って身体機能向上も出来ない以上は不要扱いされるのも当然よねぇ……」

 

━━━━七彩騎士辺りなら話は別かも知れないが、通常兵装と量産性を主軸とする米国のドクトリンとはやはり合わないのだろう。

 

「母さん、居る?」

 

━━━━そんな折に研究室に入ってくる共鳴。その手にはなんだか美味しそうな炒飯が乗ったトレイ。

 

「あ、うん。居るわよ。夜食作ってくれたの?」

 

「あはは……今回は残念ながら、指令室の皆の為に藤尭さんが作ってくれた夜食だよ。

 俺の夜食ならまた今度作るよ。どうせその作業終わっても色々研究はあるんでしょ?」

 

「そうなのよー……RN式の修復に、神獣鏡の文献漁り。それに櫻井理論の解析に私の本来やりたい先史文明研究まで重なって……もうタスクに埋もれちゃいそう……

 今の事件が終わったらどっかから有能な研究者が増員されたりしないかしらね~……」

 

━━━━本当に、人一人でこなせる量では無い。

そもそも研究者というのは本来一つのカテゴリに専心するものであり、了子さんのように複数の専門を総てこなすような芸当は曲芸にも程があるのだ。

 

「うわぁ……まぁ、俺からも司令に掛け合ってみるけどさ……異端技術に関する研究者なんて超貴重だし、そう簡単に増員出来たりはしないと思うけど……」

 

「わーかってるわよー……それでもやっぱり、装者の皆のバックアップも行う以上は一人じゃ限界があるわ。在野でもいいし、それこそFISのナスターシャ教授辺りでも協力してくれるなら誰でも構わないわよ。

 ……ドクター・ウェルだけはちょっとイヤだけど。」

 

━━━━彼は、やはり危険だ。

先日、響ちゃんを倒す為に彼が行った被検体の損耗を厭わないLinkerの過剰投与。確かに勝算はあっただろう。だがそれでも、オーバードーズの反動は間違いなく彼女達を蝕んでしまった筈だ。

もしもFISとの和議が成立したとしても、そんな無謀を二課で通されたとしたら……

 

「……うん。やっぱりそうだよな。」

 

「……共鳴?」

 

貰った夜食の炒飯を食べていると、それを見ながら何かを考えていた風だった共鳴がいきなりに納得の声を出す。

 

「ん、ちょっとね……明日、ちょっと行ってくる所があってさ。その関係で明日一日連絡付かないと思うけど、心配しなくていいって皆にも言っておいて。」

 

「んー、りょーかーい。」

 

━━━━どこへ行くのだろう?と少しは思ったが、息子ももう十八歳。自分の行先くらい自分で決められる年頃だ、

わざわざ問い詰める程でも無いだろう、と美味しい炒飯を食べる事に集中する。

 

 

━━━━そして、それが。私と共鳴の長い……長い別れの始まりだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━本部から自室へ戻って、明日の準備をする。

通信機は、机の上の分かりやすい所に置いておく。

明日の交渉には持っていけない物だ。

 

「……向こうから交渉の席に付いてくれたとはいえ、此方が力での制圧を目論めば……またウェル博士が杖を抜きかねない……

 そうでなくとも、向こうには神獣鏡のステルス性能がある。だとすれば……記録程度に留めて二課を極力介さない交渉を行うのが最善だろう……」

 

━━━━今日、ボランティア団体を通してFISからの交渉の提案があった。

場所は、恐らくスカイタワー。時刻は明日の正午。

俺は、迷った。二課にこの情報を打ち明けるべきかどうか。

だけど……藤尭さんと、母さんと話した事で、ウェル博士が今回の交渉にまず乗り気で無いだろうと気づいたのだ。なにせ……

 

「━━━━彼は、完璧な救済計画があると言っていた。もしかしたら青図面かも知れないけれど……そんな状況なら、FISがわざわざ交渉の席を向こうから設けてくるワケが無い……」

 

━━━━つまり、ウェル博士の計画が頓挫したのか、或いは、FIS内部での分裂があったのか……

 

「……いずれにせよ、ウェル博士が好意的に交渉に臨むとは思えない……」

 

だからこそ、彼を刺激するような行動は避けなければならない。

彼が関与しているのかは分からないが、スカイタワーという場所は常日頃人が集まる場所であり、もしもノイズ出現等という事態になれば大規模な事故となりかねない。

 

「……責任重大、だな……」

 

━━━━けれど、交渉が進められれば、神獣鏡のギアを使って響を助けてやれる。

 

「……なら、やるしかないよな……!!」

 

━━━━決意を新たに、俺は明日を待つ。

 

 

━━━━その選択こそが、俺に新たな後悔を刻み込む原因だという事も、未だ知らないままで。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ネフィリムの覚醒心臓より細胞サンプルを抽出する。

 

「……やはり、Linkerが無ければ細胞単位での活動は起きない、ですか……」

 

━━━━口に出すのは、とうの昔に辿り着いていた仮説の証明。

天才であるこのボクにとって、脳内でシミュレートするなど容易い事であり、予想外の乱入さえ無ければ何事もボクの思い通りに行くのだ。

 

「……そう、予想外でしたよ……アンタがそこまでタヌキだったとはね……」

 

━━━━ボクを偽りのフィーネで呼び寄せた事。それはもうどうでもいい。

そのお陰で世界を救うなんていう英雄に相応しい大業に関われたのだから。

だが、ボクの計画を邪魔している事については話が別だ。

 

「━━━━世界を救うのは、ボクだ。二課のあの男でも無ければ……勿論アンタ等でも無い……

 フロンティアの浮上が齎す新たな秩序の頂点に立ち、飽くなき夢を見せつけるのは、ボクの役目だ。」

 

━━━━月の落下を止める事など不可能だ。

現状、この世界にあるモノでは世界は救えない!!

だから、世界をフロンティアという新たな地平へと移さなければならない……それこそがフロンティア計画!!

 

━━━━だったら、そんな革命的闘争を起こしながらも血を流す気が無いFISの連中なんかに新世界を任せては居られない!!

大鉈を振るい、人類の大改革を成し遂げるのは、このボクだ……ッ!!

 

「━━━━そう、コレはその為に必要な道具……」

 

━━━━机の上に用意するのは、()()()()()()()()と、()()()()()

 

「……この二つがあれば、FISの甘ちゃん共は好き勝手に動けなくなる。どうせ、()()()はもう要らない手駒ですからね。再利用できてありがたい話です。

 あとは、神獣鏡のシンフォギアをどうにか高出力で運用する方法だが……」

 

━━━━機械的な起動では封印を出力が足りないというのなら、出力が足りるように運用してやればいい。

……で、あれば。まず以て神獣鏡のシンフォギアの適合者を探すのが一番だ。

シンフォギアの適合係数に奇跡などが介在する余地はない。総ては先天的な聖遺物とのマッチングと、()()()()()の複合だ。

他者の為に何かを為さんとする想いの基に脳内のニューロンが産み出す電気的信号こそ、適合係数の正体だ。

 

「━━━━で、あれば。現状において正式な装者以外で最も適合係数の高まるだろう存在は必然と絞られる……」

 

━━━━タブレット端末に彼女の情報を映し出す。

命の危機に瀕している融合症例・立花響の親友にして、彼女の事を最も近くで見続けて来た存在……

 

━━━━小日向未来、ただ一人しか居ないだろう。




━━━━天を摩する楼閣に想いは集い、世界を護らんと意を重ねる。

そこで明かされるのはあの日の深層、真相に届かなかった後悔の残響。

そして、無常なまでに総てを砕き散らす号砲は鳴り響く。
悪魔が来たりて笛を吹き、少女は歌を胸に構える。

━━━━あぁ、どうして私は、今の今まで、本物の覚悟を握れなかったのだろうか。


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第六十二話 晴天のスカイフォール

「━━━━デタラメ、だと?」

 

「はい。NASAが公表している月の公転軌道と、我々が独自に収集したデータを解析した結果には、僅かながらの差異がある事が確認出来ました。」

 

「この誤差自体は非常に小さい物ですが……月軌道程の大規模な軌道に対する影響となれば、一年後、十年後にどれほどの大きさになるか……」

 

━━━━ここ数日、我々二課が探り続けていたルナアタック後の月軌道に関する情報収集。その結実が齎した答えは、あの日にドクター・ウェルが言い放った言葉を裏付ける物だった。

 

「ルナアタックの破損が齎した月の公転軌道のズレは今後数百年の間は問題無い……という、米国政府の公式見解を鵜吞みにするワケにはいかない、という事か……

 ━━━━いや、だからこそFISは動き出した、という事か……」

 

━━━━確かに、コレは難題だ。

月という34万キロの彼方に浮かぶ地球の隣人。だが、それが落ちてくるとなれば……まず間違いなく、人類は滅ぶ。

我々人類は未だ宇宙への本格進出を果たせてはいない。それ故、地球という星そのものが消え去らずとも、その表面の環境が激変するだけで容易く滅亡してしまうのだ。

かつて、6550万年前にメキシコはユカタン半島付近へと落ちた小惑星『チクシュルーブ』が齎した寒冷化などの環境変動が地上から恐竜を絶滅させたように……

 

確かに、その前提を考えれば、月の落下が起きる前に人類を救う手段を探る事、それは理解出来る。だが……

 

「……その為に、十万の観客を、数多くの人々を犠牲と計上して……本当にそれしか方法は無かったのか……?」

 

━━━━どうしても、思ってしまう。これでは了子くんに……いや、今代のフィーネだというマリアに笑われてしまうだろうな。と、頭を振ってその甘さを隅へと追いやる。

 

「━━━━ですが、希望はあります。此方の資料を見てください。

 S2CA・トライバーストを複数回重ねる事で空間のフォニックゲインを極限まで練り上げ、ギアのエクスドライブモードを起動させた上で……

 アメノハゴロモの空間跳躍にて月遺跡へとアタック、月内部から直接アクセスする事で月軌道の正常化を図る計画の草案です。」

 

そんな折に藤尭が提案してきたのは、荒唐無稽に片足を突っ込んだ突拍子も無い計画だった。

 

「━━━━なに!?……なるほど、確かにアメノハゴロモの超長距離空間転移を用いれば、月遺跡そのものに乗り込む事は可能か……

 確かに、現行技術での解決が不可能だというのであれば、先史文明技術での解決法を探るべきなのは道理か……」

 

━━━━それは、FISと同じでありながらも異なるアプローチ。

月遺跡を操作する事での月軌道修正……実際に出来るかどうかはやってみねば分からない。だが、何も打つ手無く指を咥えて見ているよりも、最後まで足掻き続ける事こそ人の為すべき事では無いだろうか?

 

「共鳴くんが相談してくれたんです。月遺跡へのアプローチが出来ないだろうかって。」

 

「共鳴くんが……そうか……」

 

━━━━彼も、ドクター・ウェルの言葉に思う所があったのだろう。

いや、むしろ『手の届く総てを救う』という理想を握る共鳴くんにとってこそ、月の落下による世界滅亡など看過出来る問題では無いのだろう。

 

「……む?そういえば、当の共鳴くんはどこに行ったんだ?今日は一度も見かけていないが……」

 

「あ、なにか用事があるから今日は一日出かけるそうです。」

 

「そうか……まぁ、此処からは大人の仕事だからな。響くん達とデートに行っているのかも知れんしわざわざ待機を求める事も無い、か。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━スカイタワーの地上部分には、有名な水族館がある。

あの日、ウェル博士を止める為に無理をして倒れた私は、体調こそ戻ったものの融合が進んだままであるからと戦闘行為を禁止されている。

だから今日一日を未来とのデートに費やす事に決めてここに来たのだったが……

 

「……むー。お兄ちゃん、やっぱり既読も付かないし……」

 

「あはは……やっぱり、何か急な仕事が入っちゃったんじゃないかな?前もこういう事が無かったワケじゃないでしょ?」

 

「そうだけどさぁ……やっぱり私が私のままで居るからには、未来だけじゃなくてお兄ちゃんも居なきゃイヤだよ?」

 

━━━━私の事、普通の女の子なんだって言い切った責任くらい取って欲しい。という言葉はそっと胸の裡に仕舞って、それはそれとして本音の言葉を未来に告げる。

その言葉に返ってくるのは、未来の花咲く笑顔。うん。やっぱり私は未来の笑顔が大好きだ。

 

「ふふっ。響ったら欲張りさんなんだから。私だけじゃ不服なの?」

 

「あ、いやそういうワケじゃなくてね!?

 未来の傍に居るとあったかい気持ちになれる唯一無二であってそれは比較とかしようがないんだけどそれはそれとしてお兄ちゃんが居てくれるのも私は嬉しいというか!!」

 

「……ぷっ、ふふっ。分かってるわよ響。デート中なのにお兄ちゃんの話ばっかりだからちょっと意地悪しただけ。

 ━━━━私だって、二人もいいけどお兄ちゃんと三人なのもそれはそれで好きなんだよ?」

 

━━━━その言葉に、気付く。

お兄ちゃんが居てくれないという不平を私が並べる事は、お兄ちゃんが居てくれない事実を未来に再確認させてしまうって。

 

「……やっぱりダメだなぁ、私って。

 ━━━━うん。心配しないで、未来!!今日は久しぶりの二人っきりのデートなんだから楽しくならない筈無いよ!!

 さ、行こう!!今日一日でスカイタワーをコンプリートして満喫しちゃおう!!」

 

━━━━私はやっぱりぶきっちょで、心のままに放つ言葉が知らず知らずのうちに誰かを傷つけてしまう事もたくさんあって。

けれど、私が心のままに在る事をお兄ちゃんは、そして未来は肯定してくれている。

だったら、私は心のままに生きていたい。いつか選択を間違ってしまうとしても、自分を偽って、手を伸ばす事を諦めてしまわないように。

 

━━━━だから私は……皆に笑っていて欲しいという想いを絶対に、絶対に手放したくない。

その為にまず、目の前の未来に笑ってもらいたい。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━スカイタワー最上階にあるVIP用の会議室を架空の名義で借り受けたのは、三日前の事だ。

本来であれば日本に潜入する米国エージェントとの接触を図る為に用意していた架空名義だったのだが……米国がテロリストに身を墜とし裏切った私達を真っ当に扱うとは思えない。

……いや、七彩騎士まで投入してのマリア殺害を狙った以上、最早米国が此方の釈明を聞き届けることは無いだろうと判断し、二課に接触する事を決めたのだ。

 

「……ねぇ、マム。昨日のあの言葉はやっぱり……」

 

「えぇ。言葉通りの意味です。私達に出来た事と言えばテロリストの真似事程度……しかし、私達が真に為すべき事は其処には無く、月が齎す災厄の被害を出来るだけ抑える事にあります。

 ……であれば、テロリストの真似事に拘る必要などありません。」

 

「それは……私が、フィーネを背負いきれなかったから?」

 

あぁなんて、優しい子……

失敗の原因は多岐に渡り、誰が悪かったと断言する事など出来はしない。けれど、マリアはそれを自分のせいだと背負いこんでしまっている。

 

「いいえ。美舟にも語りましたが……失敗の原因はもっと根本的な所にあったのです。

 ……こんな事、もっと早くに気付いておけば良かった。」

 

━━━━それはつまり、武力に依って世界を変革しようとした事。

確かにシンフォギアは強力な兵器ではある。人の身でノイズを排除しうるそのサイズに比さない火力は通常兵器の大半を凌駕しうるポテンシャルを秘めている。

……だが、それを使うのは人であり、それを振るえば誰かを傷つけてしまうのだ。

こんなにも優しい子達に人を傷つける力を与えて、戦わざるを得ない状況に追い込んで……私は一体、何をしていたのだろうか?

 

「……マム?」

 

「えぇ。だからこそ、その間違いを正す為に……これからの大切な話をしましょう。

 ━━━━天津共鳴さん。」

 

━━━━マリアに車椅子を押してもらい、辿り着いた会議室で待っていたのは一人の少年。

二課に所属しながらも、日本の中枢に巣食う風鳴と対立する家計の裔にして、もう一つの防人。

天津家の当主を務める、少年だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━これからの大切な話をしましょう。天津共鳴さん。」

 

━━━━スカイタワー最上階の会議室にて相対するは、FISの主要メンバーの一人と目される女性、ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ教授。

その背後に控えているマリアと合わせてたった二人だけでの登場に、俺は内心驚いていた。

抜きこそせずとも、抑止となり得る杖を持つウェル博士を同席させる可能性は高いと踏んでいたのだが……

 

「━━━━大切な話、ですか……それは、こうして俺を呼び出した事と関わりが?」

 

「えぇ。まずはコレをご覧なさい。」

 

言葉と同時に、会議室に備え付けられたモニターに映し出されるのは、巨大な構造物らしき図面。

 

「……島?」

 

━━━━その形は、まるで海に浮かぶ島のような形をしていた。

 

「記紀神話における葦原の中つ国平定はご存知でしょう?

 伝承によれば、その際に高天原の使者であるタケミナカタを載せたとされる存在……鳥之石楠船神(トリノイワクスフネノカミ)

 ━━━━その正体こそが、この船です。」

 

「━━━━ッ!?」

 

鳥之石楠船神。それは、いわゆる《国譲り》の際に言及される記紀神話の神格の一つだ。

曰く、鳥と船という《渡る物》の象徴を同一視したとも言われるその神性。

 

「━━━━記紀神話もまたカストディアンに繋がる統一神話の一端だとするならば、高天原より降り立った神格による国譲りとは即ちカストディアンの降臨……

 まさか、コレはカストディアンの入植用宇宙船……ですか?」

 

「ふっ、流石は天津鳴弥氏の息子ですね。えぇ、その通り。

 この船……我々も含め、米国側がフロンティアと呼ぶこの聖遺物は日本の南海に今なお封じられた遺跡であり、その正体はカストディアンの星間航行船だろうと目されています。」

 

「……なるほど。それであなた方の行動の謎は幾つか解けました。ウェル博士が言っていた《月の落下に対する対抗策》……それは、フロンティアを用いた地球脱出計画ですね?」

 

「えぇ。

 ……フィーネが米国と内通しながら進めていたカ・ディンギルの建造……それは米国側には《シンフォギアのフォニックゲインを用いた完全聖遺物の起動計画》として知らされていました。

 フロンティア計画もその中で起動される予定だった完全聖遺物の一つ……日本南海に眠るメガフロートを浮上させ、太平洋上に軍事拠点を形成出来るとなれば米国も否やは在りませんでしたからね。」

 

なるほど、それは確かにそうだろう。

現在では多少落ち着きはしたが、つい数十年前までの東アジア情勢は不安定極まる物だった。それ故に日本は東アジアと米国との間の緩衝材となり、日米同盟と言える蜜月が続いていたのだから。

 

━━━━だが、もしも東アジア情勢に即応できる太平洋上の拠点が日本以外に設営出来たなら?

そうなれば、現状の日本との関係性を続ける必要性は薄くなる。勿論、二重三重の防壁とする為に同盟関係は続くだろうが……岩国など全国各地に点在している在日米軍の一部撤退なども視野に入る。

日本を敵に回すリスクは確かにあるが……それでも、日本が表向きには防衛戦力しか保持していないというお題目で動いて居る事。

そもそもメガフロートを起動させる為に必要なシンフォギアの存在。それを一方的に国際社会に広められる立場にある事などを考えれば、十分に分の良い賭けだ。

 

━━━━フロンティア計画が描かれた青図面通りの物だったのなら、だが。

 

「だが、実態は違った。フォニックゲインを用いた完全聖遺物の起動までは同じでも、その先をフィーネは既に描いていた。」

 

「……えぇ。ルナアタックによって月を破壊し、バラルの呪詛を廃し……それによって起きる重力崩壊の中でも人の安住の地となる最後の楽園(フロンティア)……

 それこそが、フィーネがフロンティアを浮上させようとしていた真の理由。そして、我々はそれを継いで人類を救う……筈でした。」

 

「……筈だった?」

 

「えぇ……そして、それこそが我々が貴方との接触を図った理由です。

 ━━━━端的に言えば、貴方方と手を組みたいのですよ。我々は。」

 

━━━━あまりにも直球に、ナスターシャ教授はその言葉を口にした。

 

「米国がフィーネの遺した研究データを引き継いだ時、既に月軌道の誤差が致命的な物である事は自明の理でした。

 ですが、米国上層部はこの事実を隠蔽し、フロンティア計画を新たな段階に推し進めようとしていたのです。

 ……如何にフロンティアが巨大とはいえ、所詮はメガフロート規模。それでは全人類を救う事は不可能であると断じて……」

 

━━━━その先を言い淀んだナスターシャ教授の心境は察するにあまりある。

彼女がウェル博士とは理想を異にしている事は、今の情報共有だけで分かったのだから。

彼女の後ろで目を伏せるマリアさんの姿も、その直観を肯定している。

 

「……目指したのは、米国上層部などの一部の人間のみによる地球脱出、ですか。」

 

だから、続きを引き継ぐのは此方の役目だろう。

 

「━━━━《オルタネイティブ・フロンティア計画》と名付けられたそれは、我々にとっては到底承服しかねる物でした。

 それが故に我々FISは決起した……しかし、現実とはそう上手くは行かない物でした。

 様々な要因によって我々の計画は行き詰ってしまったのですよ。」

 

「……我々から見れば、貴方達は此方の追跡を掻い潜り身を潜める神出鬼没の集団に見えていたんですがね……」

 

「ふふっ、それは流石に、買い被り過ぎという物ですよ。

 ━━━━神獣鏡のギアの電気的起動によって我々はほぼ総ての追跡を振り切る事が出来ます。ですが、その起動の為の電気はどうやって得るのですか?

 ……確かに、米国が日本国内での作戦用に用意していた隠れ家を用いて一度は補給が出来ました。ですがそれによって、米国に我々の行動ロジックは見抜かれてしまったでしょう……二度目はありません。」

 

彼女達が移動に使っているのがエアキャリアと分かった段階で、二課から各所の大型飛行機への給油履歴等に調査の手が及んだが痕跡は発見できなかった。

てっきり何かしらの伝手があっての物かと思ったのだが……まさか、綱渡りの結果だったとは……

だが、逆にその暴露によってこの会談が罠である可能性はほぼ0になった。なにせ、此処まで内部事情を此方に教えてやるメリットは全く無い。

 

「……なるほど。そちらが逼迫しているという事情はようやくですが理解出来ました。

 ━━━━だからこそ、本題に入りましょう。貴方達は、俺に一体何を求めているのです?」

 

「……えぇ。二課には、我々の保護をお願いしたい。そして、可能であれば━━━━フロンティアを浮上させる事について協力してもらいたい、とも。」

 

━━━━やはりそうか、と冷静に判断する思考と、今なら手を伸ばせるという直観が脳内で相反する。

まず考えるべきは、彼女達を保護した場合のデメリットの問題だ。

彼女達は米国を敵に回した裏切者……つまり、保護すれば米国と敵対する事になる。

……とはいえ、現在の日本と米国の関係は表向きは良いものの、裏では米国の国力に任せた暗躍の数々に辟易しているのだ。今さら裏での対立要素を増やした所で特に問題はない。

 

━━━━そう、裏だけを見れば、だ。

 

「……難しい話ですね。コレがもしも、ライブ会場での演説の前に持ち込まれた話だったのなら……俺は一も二も無く頷いて居たでしょう。

 ━━━━ですが、今の貴方達は国際的に見ればライブ会場十万の命を盾とした立派なテロリストにしか見えない。このまま二課で保護したとしても……

 世界の警察を自任するが故に猛追してくるだろう米国を相手に貴方達の身柄を護り通せるかどうか……」

 

「━━━━ッ!!」

 

半ば試すような俺の言葉に、マリアさんの肩が跳ねる。今の言葉に何かしらの思う所があったのだろう。

……偽りのフィーネを背負う、ガングニールの少女。正直に言って思う所は幾らでもある。だが、今はまず目の前のナスターシャ教授だ。

 

「……そうですか。では、私が首謀者として名乗り出ましょう。マリア達レセプターチルドレンは私の洗脳的教育によって育てられたが故に責任能力は無い。

 これならば、米国といえど私以外を切るのは難しくなるでしょう?」

 

「━━━━マムッ!?そんなッ!!」

 

「━━━━ッ!?」

 

だが、そんな俺の試すような言葉は、決意の言葉に一蹴されてしまう。

 

「落ち着きなさい、マリア。大切なのは何よりも世界が救われる事です。その為ならば……私の命など安い物。」

 

「━━━━でもッ!!」

 

「……はぁ。やっぱり、腹芸は俺の性に合わないですね……

 ナスターシャ教授。試すような物言いをして申し訳無い。

 確かに先ほども言った通り、米国の表だった追及を躱し続ける事は難しいでしょう。

 ━━━━けれどもし、今回の一件そのものが無意味な問題になったのなら?」

 

━━━━ナスターシャ教授の決意、それは決して蔑ろにされていい物では無い。

だからこそ、腹を括ろう。向こうから手を伸ばしてくれたというのなら渡りに船だ。手の届く総て、俺がこの手で救ってやる━━━━ッ!!

 

「……今回の一件を、無意味に?

 一体どうやってそんな事を成し遂げるというのですか?月の落下は世界を滅ぼす極大災害……それが無意味になるなんて……」

 

「そんなの、決まっているじゃあ無いですか。

 ━━━━月の落下から、世界を救えばいいんですよ。」

 

『━━━━なッ!?』

 

━━━━簡単な話。三つよりも、六つあった方が安定するのだ。

だから、世界を救う片棒を担いでもらえば、彼女達の責任が追及される事も……

 

「━━━━そこまでだ。悪いがな。」

 

━━━━そんな俺の画餅を嘲笑うかのように、その男は現れた。

漆黒を伴って、死神(グリムリーパー)のように。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━木漏れ日の中で、一人考える。

リインカーネーション、フィーネの器。

 

「……未来を託された、かぁ……」

 

アタシの中にフィーネの魂が居るかも知れない事に関する不安は特に無い。

━━━━けれど、おにーさんが教えてくれたフィーネの心境の変化。それを知った以上は……アタシだって託された未来をより良くする為に考えなきゃいけない。

だからこうして考えてはいるのだけれど……

 

「……って!!改めて考えてみたらアタシ、そういうの全部マリアやマムや美舟に任せっぱなしでは無いデスか!?」

 

難しい話だから、とか。マム達が関わらせようとしなかったから、とか。頭を抱えながらも色々言い訳は浮かぶけれど、そんな事で良いワケは無い。

フロンティア計画、人類救済のための計画……お題目はそれでいい。だけど、その為にあんな風に犠牲を出してしまう事は……果たして本当に善い事なのだろうか……?

 

「切ちゃん?いきなり叫び出してどうしたの?ご飯の支度出来たけど……」

 

「あ、調!!なんでも無いデスよ!!それで、何を作ってくれたデスか?」

 

━━━━考える事は止めない。けれど、それで調達を心配させちゃったら意味が無い。なので、今はそっと胸に仕舞っておこう。

アタシの大好きな皆が笑っていてくれるなら、それがアタシの……

 

「なんと、298円。」

 

「おぉ……ごちそうデース!!」

 

「ドクターと美舟は新しい任務だって出て行っちゃったし、伸びない内に早く食べちゃおう?」

 

「そうデスね。アイツはともかく、美舟には食べて欲しかったけど、また今度作ってあげればいいだけデス!!」

 

「ふふっ……そうだね。美舟とマリアの分はちゃんと取ってあるし。

 ……ドクターはお菓子しか食べないし、マムはちょっとお醤油を使いすぎだから残念ながら作ってあげられないけど……」

 

「はぁ……皆の偏食っぷりにも困った物デスね……」

 

「……切ちゃんもあんまり人の事言えないと思うけど……」

 

「ほぇ?何か言ったデスか調?」

 

「ううん、なんでもない。行こ?」

 

━━━━腹が減っては何とやら。まずはご飯を食べてから考えるとするのデス!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「マム!!」

 

会議室へと押し入ってくるのは、いつかに見た米国特殊部隊と同じ装備の集団。

━━━━読まれていた!?

 

「おォっと、悪いが動かんでくれよ?コッチは引き金がァ軽いんだ。アンタの歌よりも……俺の抜き撃ちの方が遥かに早い。」

 

「くっ……」

 

「どうして此処が……時間に関してはともかく、場所の方はフィーネと二課にしか分からない物だった筈ですが……」

 

「確かに経験に基づく暗号は部外者に流出しても解読されェにくい……だが、残念だったな。アンタ等が持ち出せたように、二課の行動記録については日米の共同研究の際に提示されている。

 ……勿論、多少の推理は必要だったが、な?お陰で寒空の下で探偵ごっこする羽目になっちまったィ。」

 

━━━━やはり、素人の浅知恵では本物には敵わないのだろうか?

二課との直接のコンタクトは米国に気取られてしまう上に、二課という組織そのものを信頼する事は出来ないからと秘密裏に設けたこの対談。

だが、浅はかな暗号(プロテクト)はこうして食い破られ、私達の身を危難へと晒してしまった……

 

「……アゲート・ガウラードさんですね?」

 

「……あぁ、そうだぜ。天津共鳴。」

 

「━━━━父の最期について、訊きたい事があります。」

 

━━━━だが、少年は臆してはいなかった。

七彩騎士を目の前にしてもその眼に宿る決意は揺らがず、言葉を紡ぐ。

 

「ハッ!!銃突きつけられたこの状況で訊く事かよソイツは!!時間稼ぎのつもりだろうが……悪いがその手には乗らん。

 二課だってバカじゃねぇんだ。こんな風に白昼堂々と行動を起こせばすぐに気付く。

 だからまずはそっちの二人共々拘束した上でさっさと退散させてもらう。アメノツムギは追跡される要因になるんで、コッチとしては残念ながら置いて行って貰うがな。

 ━━━━その後なら、幾らでも話して……ッ!!」

 

━━━━異音が響いたのは、その瞬間だった。

 

「あぁッ!?」

 

「━━━━ノイズ、だとッ!?総員、撤退ッ!!」

 

「クッ!?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「ぎゃああァ……」

 

その強襲に即座に対応出来たのは、七彩騎士と目の前の少年のたった二人だけ。

床下からすり抜けて来たノイズによる強襲、コレは……

 

「ドクター・ウェル……ッ!!」

 

間違いない、ソロモンの杖によって操作されたノイズの襲撃だ。

 

「━━━━マリア!!」

 

「━━━━Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた熱情)……」

 

恐らくは、昨夜のうちにこの車椅子に盗聴器を仕掛けていたのだろう。なんとも用意のいい事……!!

 

「━━━━天津共鳴!!申し訳ありませんが、襲撃者を排除する為にドクターがノイズを展開したようです!!

 ……身内の恥を晒して、どうかお願いします。マリアと協力してノイズの排除を。」

 

━━━━ドクターの判断自体は正しい。米国の手際を無意識に侮っていた我々などよりも余程。

だがそれでも、その為にノイズの災禍をまき散らしたまま等、看過出来る筈も無い……!!

 

「……分かりました。ひとまずは、ノイズを排除するまで。その後は貴方達には二課の保護下に入ってもらいます。それでいいですね?」

 

「……えぇ!!」

 

「━━━━この!!胸に宿ったッ!!信念の、火はッ!!」

 

「セイヤーッ!!」

 

━━━━マリアの槍がノイズを砕き、少年の振るう糸が私へも殺到するノイズを打ち払う。

 

「エレベーターが動く内に脱出を!!取り残されてしまえば我々は袋のネズミです!!」

 

……それは、米国を指してか、それとも今こうして我々にすらノイズの威を向けるドクターを指してなのか。

自分でも、それは分からない。

 

「マム!!ちょっと揺れるわよ!!」

 

「構いません。四の五の言っている猶予は無いようですから……」

 

━━━━一体どれほどの人員を割いたのか。エレベーターホールに辿り着いた途端に出迎えて来たのはPDWを構えた兵士の一団。

 

「クッ……邪魔だッ!!」

 

「此処は俺に任せて二人は先に!!」

 

「なっ!?相手は銃弾だぞ!!ノイズとは速度が違う!!」

 

「安心してください、マリアさん。

 ━━━━天津の防人は、銃弾の雨など物ともしませんから。」

 

━━━━その宣言と、放たれた銃弾はどちらが先だったのか。

 

「天津式糸闘流・(かえし)が変型……ッ!!」

 

 

━━━━返奏曲・縦横無尽━━━━

 

しかし、銃弾はマリアのマントにすら届くことは無く。

 

「なッ!?弾丸が、空中で止まった!?」

 

「怯むな!!押し込め!!」

 

「……残念だが、次弾は撃たせない……ッ!!」

 

━━━━手指を繰る彼の姿を見て、ようやく思い至る。

弾丸を宙へと止めて見せたそのタネは、彼が通路に展開した糸の網であると。

 

そして、その網は(たわ)みを持って弾丸を止めながら、バリスタのように装填された姿へと変わっているという事にも……!!

 

「ぎゃッ!?」

 

「グアッ!?」

 

弾かれた弾丸は、元の威力にはほど遠いながらも、的確に兵士達の手足を射抜く。

 

「━━━━鉄板入りの特別製だッ、そのまま寝てろッ!!」

 

そして、射抜かれた衝撃で怯んだ彼等の間を潜り抜ける風のように少年の蹴りが振り抜かれ、兵士達は通路の端に折り重なる。

 

「……どうやら、下は既に包囲されているようですね。上の階から窓を割って脱出すればまだ可能性はありますが……付いて来れますか?」

 

「えぇ、問題無く。」

 

「マリア、お願いします……」

 

「……分かったわ。」

 

━━━━こうして、天に最も近い塔の上で今……命を懸けた鬼ごっこ(キャッチ・アンド・キャッチ)が始まったのだ。




━━━━摩天楼は砂上の楼閣へと姿を変え、無辜なる人々の涙が零れ落ちる。
それを見過ごせぬキミの優しさ。その輝きこそ私にとっての太陽。

━━━━けれど、けれども、だからこそ。
キミが命を捨ててまで、手を伸ばし続けるその姿を、私は黙って見ていられない。

━━━━あぁ、指をすり抜ける……キミの左手。
私だって、キミを……


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第六十三話 擦過のスタートポイント

「━━━━うわぁ……!!覚悟はしてたけど、やっぱりたっかいなぁ……!!」

 

━━━━地上から約450m。

天望回廊というなんだかカッコいい名前のこのフロア。その入り口の案内板に書いてあった数字を思い浮かべながら見る景色は、まさに絶景という言葉が似合うものだった。

 

「うん……すっごいね……どこまでも見えちゃいそうなくらい……」

 

「……なら、リディアンとかお兄ちゃんのお屋敷とかも見えるかな?」

 

「あはは……流石にどうだろうね……間に山だってあるんだし、流石に肉眼で見える距離かなぁ……?」

 

「うーん……えーっと……あ、あった!!ほら未来!!あっちの方、お兄ちゃんのお屋敷は山の上だから見えるよ!!」

 

━━━━そう言って、指さす先に小さく、本当に小さくだが見えるお屋敷の屋根。

……だけど、未来は不思議そうに首を傾げるだけ。

 

「……えーっと、どこの山?私にはどれも同じに見えるんだけど……」

 

「えー?アレだよアレ!!うーん……ホントに見えないの?」

 

「疑ってるワケじゃないけど……軽く十キロ以上先となると流石に豆粒にしか見えないよ……響ってば、ギアを纏うようになってから目も良くなったの?」

 

━━━━未来の言葉に、何故か、ふと思い出してしまう。

この前、ウェル博士が町中で暴れたあの日……前までなら走り抜ける車の運転手の顔なんて判別出来なかった筈なのに、何故か黒服さん達だと気づけた事。

……もしかして、コレも融合症例の……?

 

「……アハハ!!そうなんだ~!!師匠が『見切りこそ受けに回る際の基本動作だ!!弾き、逸らし、攻撃の後に必ず出来るその隙を突けッ!!』って言って視力を鍛える修行もしてくれてさ~」

 

ウソでは無い。そうして見切る為の動体視力修行と称して全方位からのゴム弾掃射に対するディフェンス特訓が行われたのは記憶に新しい話。

……けれど、動体視力と遠くを見る視力ってやっぱり違う物だよね?今日を楽しむと言った手前、未来を心配させちゃいけないからって誤魔化しにかかっちゃったけど……バレてないよね……?

 

「……弦十郎さんの修行が厳しい事は知ってたけど、そんなに色々変な事してたんだ……」

 

「そうそう……効果は折り紙つきなんだけどね……」

 

気付かれなかったみたいでよかった……

備え付けの望遠鏡だったら見えないかな?でも、これ以上藪蛇になりそうな遠くを見る話を振るのもなぁ……

 

━━━━そんな私達の日常を掻き乱す、腹に響く重低音と振動。

 

「━━━━ッ!?」

 

「えっ!?なに!?」

 

それが爆発の物だと分かるのは、シンフォギアを纏って戦ってきた経験ゆえ。

そして、同時に……緑のヒカリと共に出現する、数多の飛行型ノイズ達。

 

「━━━━オイ、あれ……ノイズじゃないかッ!?」

 

「逃げろォ!!」

 

間違いない。ウェル博士がソロモンの杖を抜いたんだ……ッ!!

逸るココロが駆けだそうと足を上げさせる。間違いなくトップスピードに乗る筈だった私の身体は、けれど、隣に立つ未来に引き留められる。

 

「━━━━行っちゃダメ!!行かないで!!」

 

「未来……」

 

私がギアを纏ったら危険な事。

……そして、私がそれを承知の上で今、走り出そうとしていた事。

 

「この手、絶対に離さない!!響に戦って欲しくない……!!遠くに行ってほしくないから……!!」

 

━━━━最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。

未来は、私の眼を見て、その強い想いをぶつけてくれた。

 

……あぁ、そうだ。と思い出す。

二年前のあの日、ライブ会場の二階席で、命を懸けて突っ込んでいったお兄ちゃんの姿。

━━━━そして、それを心配する事しか出来なかった、弱い私。

 

「……未来……ゴメン。

 目の前でノイズが出て来たら……ギアを纏ったら死んじゃうかも、とか全部吹っ飛んじゃって……

 ……よし!!皆の避難誘導をしながら、二課に連絡しよう!!

 たとえギアを纏えなくても……私達にはきっと、何かが出来るから!!」

 

━━━━二課の皆なら、きっとすぐに駆けつけてくれる筈だ。

だから、私はそれまでに出来るだけ多くの人を助けたい。

あの日と同じく、纏う力も無い弱い私だとしても……出来る事はあるんだって。

未来に止めて貰った事でちょっとは冷静になった頭で思いついたのは、お兄ちゃんのボランティア団体がやっていた事。

 

「響……うん、分かった。響に居なくなって欲しくないのは私のホントの気持ちだけど……

 その為に誰かが犠牲になったら響も傷ついちゃうって、分かってるから……」

 

「う……ぅぇーん!!おがぁぁぁざぁぁぁん!!どこぉぉぉぉ!!」

 

思い直した私と未来の耳に届く声。涙と、寂しさと、悲しみがごちゃ混ぜになった幼い叫び。

 

「ッ!!あの子、お母さんとはぐれちゃったんだ!!行こう、未来!!」

 

「うん!!」

 

━━━━絶対、諦めない。諦めるもんか。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「コッチだ!!下の階へ早く避難を!!」

 

━━━━上層階からの脱出を試みる俺達の前に現れたのは、米国特殊部隊だけでは無かった。

機密情報を取り扱うデータセンターであると同時に、有名な観光スポットでもあるこのスカイタワー。

……当然ながら、襲撃が起きるなどとは露知らず、日常を謳歌していた人々が大勢居たのだ。

 

「撃てッ!!」

 

━━━━だが、敵はそれを待ってはくれない。突撃小銃(アサルトライフル)から砲火を放つ。

 

「━━━━くそッ!!」

 

━━━━返奏曲・縦横無尽━━━━

 

その弾丸の雨霰自体の脅威度は其処まででは無い。いや、フォニックゲインによって糸の限界長がほぼ無くなって居なければ尻尾を巻いて逃げ出すしか無かっただろうが……

此処には歌がある。だから、それは問題では無いのだが……

 

「……これだけの一般人を背負ったままでは、進退もままなりませんか……!!」

 

「クッ……!!早く逃げて!!奴等の狙いは私達!!私達が此方のエレベーターに奴等を引き付けるから、その隙に順路を通って下のフロアのエレベーターから脱出して!!」

 

「は、はいィ!!」

 

「……とは言ったものの、どうしたもんかねコレは……!!」

 

「……マリア、避難する人々を一方に集めた以上、我々のエレベーターでの脱出は不可能と考えていいでしょう。此処は危険ですが、奴等を上の展望回廊まで引き付けた上で一気に外から降りてしまいましょう。」

 

「エレベーターを超えるスピードで上下に揺さぶれば、奴等とて追っては来られない……分かったわ、マム!!

 天津共鳴!!聴いていたな!!私が道を開く!!━━━━付いて来なさいッ!!」

 

「了解!!後詰めは任せてくれ!!」

 

弾幕の如く追加され続ける弾丸を縦横無尽に弾き返し、向かってくる弾丸に返した弾丸を当てて密度で抜かれないようにと攻勢防御をしながら、俺もまたマリア達の提案に乗る事を決める。

どの道、このまま物量で押し込まれれば不利なのは時限式な此方。ならば、乾坤一擲に賭ける価値はある筈だ。

 

「ハァァァァッ!!」

 

マリアが通路天井を貫く裂帛の気合いを聴きながら、俺もまた撤退の為の準備を進める。

 

「━━━━弾丸だけじゃないオマケ付きだ……!!持ってけ泥棒ッ!!」

 

━━━━弾き返す弾丸と共に投げつけられたそれは、オマケというにはあまりに巨大過ぎた。

大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

その正体は……通路壁面に据え付けられたベンチ。それをアメノツムギで壁面から分離する事で即席の破城鎚(バンカー)として蹴り出したのだ……ッ!!

 

「うわぁ!?」

 

「ぎゃあ!!」

 

「━━━━じゃあな!!」

 

その強度自体は盾となる程では無いし、勿論アサルトライフルの火力ならば撃ち抜く事は出来るだろう。

だが、その質量は紛れも無い本物であり……ボディアーマー程度では耐えきれない衝撃を齎す物理攻撃となるのだ。

 

そして、その猛威を前に兵士たちが怯んだ一瞬の隙を突き、マリアが開けた風穴の中へと飛び込み、破壊の跡を足場に駆け上がる。

……展望回廊にも人は大勢居ただろう。その人達は、逃げ切れたのだろうか。

頭をちらと過る最悪の想像を振り払うように、俺は……展望回廊へと辿り着いたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━全く、貧乏籤ばかり引くもんだ。

ぼやきながら駆け抜けるのは、崩れゆく第一展望台の外縁部。

 

「ノイズが出現した以上はぁ即時撤退がベターだろうに……全く、あん時ふん縛るだけじゃなく、そのまま本国に送り返しておけば良かったぜぃ……」

 

通信機の向こうから聴こえるのは、正式な手順に則って俺に代わって現場指揮権を得た男━━━━前回の襲撃の際に一人だけ生き残ったバカ野郎、の怒号そのものな指示の声。

 

「……ったく。本国にチクって土壇場で指揮権をもぎ取るたぁねぇ……七彩騎士が部隊の連中から嫌われてるってのは分かっちゃ居た、が……ッ!!」

 

━━━━扉を蹴り開けながら辿り着くのは、先ほどの会議室からは逆方向の外周通路。

 

「……やっぱりな。ラズロ。一応聞くが、ドクターの位置は割れたか!?」

 

俺達米国特殊部隊を狙ったノイズの強襲。恐らくはタワー内部では無いキロ単位の先から行われたであろうその狙撃めいた襲撃。だが、それも完璧な物では無かった。

初撃の階下からの強襲、それは間違いなく必殺を期した物。だが、その後のノイズの攻撃は散発的な物……

それどころか、去り際に()()時には、味方である筈のマリア・カデンツァヴナ・イヴやプロフェッサー・ナスターシャまでもがノイズに狙われていた。

 

『ちょっと待ってよ!!流石にスカイタワーの周囲全部の建物のカメラを確認するのはプログラム走らせてもまだ三分は掛かる!!』

 

「安心しろぃ!!朗報だ!!ドクターが陣取ってやがるのは間違いなく俺達が突入した会議室がある東側!!それもちょいとぉ遠い側から探ってる筈だ!!そっちを優先してくれぃ!!」

 

『根拠は!?』

 

「今西側に来た所だが、東側に比べて明らかにノイズの数がすくねぇ!!ただ俺等を全滅させるだけならスカイタワーを包囲しちまえばいい!!

 それをしないって事は、何らかの目的があってドクターが目視できる範囲からノイズを操作してるってこったろ!!

 俺ぁこのまま脱出するから引き続き探っといてくれ!!」

 

『根拠うっす!!でも分かった!!東側主体でサーチする!!ってか脱出ってったってどうすんのさ!?エレベーターはアイツの指揮下で動かしてるし、パラシュートなんてご丁寧な物持ってないでしょ!?』

 

━━━━ラズロに個人的な推理を告げながら、片手に担う小激(ベガルタ)の弾倉を確認する。

込められた弾丸は六発。突入用のスラッグ弾(マスターキー)、同じく突入用の超振動弾━━━━ガラス破砕用の物だ。

そして、()()()の爆圧弾━━━━圧縮空気を破裂させる事で耳を奪う物。催涙ガス弾、照明弾。

最後の一発はとっておきの大切弾(スラッシャー)━━━━内部に仕込まれたジャイロソーサーで当たった対象をズタズタに引き裂くシロモノだ。

対アメノツムギ用にと用意していた物だが、まぁ徒労になってよかったと言うべきか。その順番を頭に叩き込む。

 

「━━━━ハッ!!パラシュートなんて不要だ……ぜッ!!」

 

━━━━ノイズの襲撃と爆発によって、高層建築用の特殊ガラスといえどもその耐久力は大きく減じていた。

だからこそ、鍛え上げた肉体一つあれば枠から外してぶち抜く程度はワケは無かった。まぁ、落下物は危険だが、どうせ避難は始まっているだろう。それでももし当たったら……運が無かったと悔いてくれ。

 

『━━━━はぁ!?まさか、飛び降りるっての!?いやいやいやいや!?流石に人間的に無理でしょ!?』

 

「ハッハッハ、安心しろィ……勝算は、あるッ!!」

 

━━━━跳び出すのは返答と同時、こういうのは思い切りが最も大事だからだ。

 

『ウッソォォォォォ!?』

 

「さぁ……釣られてくるのはどれくらいだ……?」

 

━━━━ロングコートが風にはためく中、見上げるのは、天上。

外周を周遊していた飛行型ノイズがどうやってか此方を見分け、ドリル状の形態になって飛び込んで来る。だが……たったの数匹程度。コレなら問題はない。

あぁ、何も問題はない。だからこそ、見つめるのは落ちる先。恐らく止まっているだろうエレベーターを窓の中に探す。

 

そして、同時に。

 

━━━━引き付ける。ノイズは位相差障壁によって物理攻撃の影響を減衰する。

━━━━引き付ける。だが、此方に攻撃する瞬間……即ち今だけは話が別だ。

━━━━引き付ける。俺を炭へと変えてしまう為に、ノイズはこの世界に()()()する……ッ!!

 

「━━━━あばよ、化け物。」

 

彼我の距離など読んでいる。脇下を潜らせ、覗いた銃口が砲火を放つ。黄槍(ガボー)の一撃が実体化して迫っていたノイズを引き裂き、消滅させる。

 

「よし、見つけた!!」

 

風を割いて落ちて行く中で、遥か下方のタワー内に見つけたのは、ガラス張りの中を下って行くエレベーターの姿。

 

「さぁ……頼むぜ、ベガルタァァァァッ!!」

 

初撃、斜め下方に向かって放つのはスラッグ弾。モラルタに匹敵するその一撃は慣性の法則を無視して俺の落下を押し留め、緩やかな回転まで巻き起こす。

次撃、タワーの窓に向かって放つのは超振動弾。ガラスのような硬質構造物を破砕する為の特殊弾頭を未だ遥か下方にある窓を撃ち破る為に叩き込む。

三撃、俺の急激な軌道変更に惑わされて俺を貫き損ねて下へと抜けた残りのノイズ達の頭上を取るように爆圧弾を放つ。

 

━━━━そして、爆裂。耳を塞ぎ、一瞬だけ眼も塞いで衝撃に備える。

狙い通りに、人間すら吹っ飛ばすほどの爆圧は俺と下へと抜けたノイズ達を襲い、それぞれをそれぞれの方向に弾き飛ばす。奴等は下に、俺は横に。

 

「ハッハァ!!ビンゴ!!」

 

二回の軌道変更によって、真下に落ちていた俺の身体は今や真横へと吹き飛んでいる。

その先にあるのは、先んじて撃ち込んでおいた楔の入った窓。

 

━━━━そして、ガラスの割れる甲高い音と共に、俺はタワー内部へと再突入する。

 

「ガッ!!はッ……!!」

 

だが、やはり無茶ではあったのだろう。(したた)かに内部の非常階段に強かに打ち付けられる衝撃が身体を貫く。

 

「ゲホッ、ゲホッ……あぁー、まったく。鍛えてなきゃ即死だったぜ……」

 

だが、コレで終わったワケでは無い。まだ、ノイズを振り切ったワケでは無いのだから。

 

『━━━━マジかよ……マジでノーロープバンジーから生還しやがった……』

 

「ゲホッ……それよりドクターだ!!アイツは見つかったか!!」

 

『あ、あぁ!!こっから東に約500mのカフェ!!けど……』

 

俺の催促に応えるラズロの言葉は、何故か歯切れが悪い。

 

「一体なにが……ッ!!」

 

その続きを聴くよりも速く、俺は非常階段の内側……エレベーターシャフト内部へと身を躍らせる。

 

「お呼びじゃねぇんだよノイズ共ッ!!」

 

着弾の瞬間を逃さず、一発。

先ほど通り過ぎ、爆圧から逃れて戻り来た二体がそのカウンターで消滅する。

 

「だッ……!!っ痛……」

 

「ヒィッ!!な、なに!?なんなの!?」

 

だが、身を投げた代償は大きい。停止したエレベーターの上にまたも叩きつけられたこの身は流石にすぐには動けそうに無い。

━━━━そんな俺に狙いを定め、窓の外から迫りくる飛行型ノイズ。

 

「なめ、るなぁ……ッ!!」

 

当然、その程度で殺されてやる気など毛頭ない。最速でベガルタのリボルバーを二つ回し、あらかじめセットされた切り札(ジョーカー)を放つ。

 

「大、切、弾……ッ!!」

 

ライフリングの回転で展開されたジャイロソーサーは狙い過たず、()()()()()()()()()()()()()()()()に直撃し、一撃で切り裂く。

 

「ぐ、おぉ……ッ!!」

 

「きゃあああああ!?」

 

必然、吊り下げられていたエレベーターは自由落下を始め……

 

「オラッ!!鴨撃ちだ!!」

 

俺という狙いを外した最後のノイズは壁を突き破り、俺の構えたガボーの制圧圏へと入り込む……!!

 

撃ち出された散弾によって消え去るノイズを見届けると同時に、下から突き上げられる衝撃。

 

「ガハッ……あー、クソ。やっぱ日本製は安全基準たけぇな。まさかここまで早くブレーキ掛かるとは……ゲホッ……

 おいラズロ!!ようやく危険域は脱した!!それで、ドクター・ウェルはどこに居るんだ?」

 

『居たんだけど……居たんだけど、ちょっとマズいかも知れない……まず結論から。奴には逃げられた。オッサンが飛び降りて再突入した段階で奴はさっさと逃げ出した!!

 オッサンの狙いがドクターだとバレたっぽい!!』

 

「ハッ!!そりゃまた……逃げ足の速いこって……んで?マズいって、何がだ?」

 

『━━━━奴は、ドクター・ウェルは……ネフィリムの融合症例を実現してる。』

 

「━━━━なん……だと……?」

 

━━━━俺達の想像を遥かに超えた事態が今、まさに動き出そうとしていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ほらほら……男の子が泣いてちゃみっともないよ?」

 

「皆と一緒に避難すれば、お母さんにもきっと会えるから大丈夫だよ。」

 

「うん……ぐすっ」

 

泣きじゃくる男の子を宥めながら、私達もまた、避難の為に非常階段へと向かう。まだノイズは此方に気付いていないようだけど……

 

「大丈夫ですか!?早くこっちへ……貴方達も急いで避難を!!」

 

「はい!!」

 

そんな中で駆けつけてくれたのは、避難誘導をしていた職員の人。躊躇いなく男の子を抱え上げて、その命を救う為に走り出す。

……お兄ちゃんみたいだな、って。その背中を見て少し思う。でもきっと、誰もがそうなのだ。

誰かの為にって頑張って、少しの勇気を振り絞って、理不尽に少しずつでも立ち向かう。

 

━━━━だから、それに気付けた事が、私の勇気。

 

「━━━━ッ!!危ない!!」

 

「わっ!?」

 

ノイズが遂に展望回廊に突っ込んで来て、天井が崩れて来たんだって。気づけたのは、響を庇ったその後で。

 

「わ……ありがと、未来……」

 

「どういたしまして。あのね、響……」

 

だから、事此処に到って、私はようやく気付いたのだ。私が本当にしたかった事。かばんに隠した、本当のキモチに。

 

━━━━けれど、残酷は不平等に誰にも降りかかって来てしまって。

 

「きゃあッ!?」

 

「うわっ……わぁ!?」

 

なんて、運が悪いのだろうか。私と響、逃げ込んだ足場が外側に崩れてしまいそうになるだなんて……!!

 

「━━━━響!!」

 

落ちてしまう。響が。

そう思った時には、既に身体は動いていた。

けれど、それでもギリギリ。響の左腕だけしか掴めない。

どうして……!!どうして私には、こんな時に響を助けてあげられる力が無いの……!!

私だってリディアンに入学出来たのに!!私だって、この歌に力がある筈なのに……!!

 

━━━━どうして、響を救ってあげられないの……!!

 

「未来!!ここは長く保たない!!私の着地は大丈夫……ちょっとくらいならギアを纏っても大丈夫だから!!

 ……だから、未来は早く避難して!!」

 

━━━━けれど、私の大好きな親友は、こんな時でも自分よりも他人を……いや、私を心配してくれる。

それが嬉しくて、でも悲しくて。

 

「━━━━ダメ!!私は……響を護りたい!!ううん……響を救ってあげたい!!苦しんでいる響なんて、私は見ていたくないの!!」

 

叫ぶ。私の想い。

 

「未来……ねぇ、未来……いつか……いつか、私が本当に困った時、未来に助けてもらうから……

 今日はもう少しだけ、私に頑張らせて?」

 

握っていた響の手が離れる。ダメだ。このままでは響の体重が支え切れない。

 

「私だって、助けたいのに……!!」

 

「……もう、十分助けられてるよ。」

 

━━━━指をすり抜ける、キミの左手。

あぁ、コレが、逃れえぬ擦過の始まり。何故か、そんな予感が確かにあって。

 

「響ィィィィ!!」

 

━━━━落ちていく。響が、落ちていく。どこまでも、落ちていく……

 

「う……ああ……うああああああ!!」

 

涙が溢れる。溢れて溢れて、止まらない。

 

「━━━━未来ッ!?どうして此処に!?」

 

━━━━そんな折に後ろから聴こえて来たのは、今一番聴きたくて、今一番聴きたくない人の声で。

 

そこには、過たずにお兄ちゃんが立っていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はァァァァ!!」

 

━━━━優に100m以上を貫いて、展望回廊へと突き抜ける。

だが、此処もまた、焔に燃えていた。そして、その中で崩れ落ち、涙を流す少女がただ一人。

 

「あの子は……」

 

「未来ッ!?どうして此処に!?」

 

━━━━あぁ、そうだ。リディアン音楽院の生徒の一人にして、立花響と天津共鳴に最も近い少女。

小日向未来が、其処に居た。

 

「おにい、ちゃん……」

 

━━━━その涙が、この焔が、あの日の幻に重なってしまう。

 

「……天津共鳴。まずは脱出だ。殺したくないのならば、決して離すな。」

 

……どうして、そんな発破を掛けてしまったのか。

言うまでも無い。セレナを、重ねてしまったのだ。あの日、命を歌った、今もこの空の下に居る筈の少女を。

 

「……あぁ!!未来!!手を!!」

 

「あ……うん!!」

 

繋いだ手と手、抱き留められた少女の安心した姿に、コレで良いのだとホッと胸をなでおろす。

これでいい。此処から脱出すれば、私達はドクターを説得して二課との協力を目指すのだから……

 

「行くぞッ!!」

 

「分かってる!!」

 

それぞれがそれぞれの大事な人を抱えて、展望回廊から飛び降りる。そして、第一展望台の上部へと着地する。

 

「……ここでお別れかしらね。」

 

「えぇ。一度仕切り直してからもう一度……」

 

『━━━━その必要はありませんよ、マリア。』

 

天津共鳴へと別れを切り出した私の耳朶を打つ、ドクターからの通信。

 

「ッ!?ドクター!?何を言って……」

 

『天津共鳴に私からの要求を伝えてください。なぁに、簡単な事です。

 ━━━━小日向未来の身柄を此方に引き渡してくれれば、それだけでいい。』

 

「なッ!?」

 

━━━━いきなり何を言いだすのだ、彼は!!

この場に来ていきなり、先ほど交わした約束を反故にして、ただ一人の少女を手に入れろと!?

 

『……はぁ。いちいち復唱してもらって伝えるのも面倒です。手短に説明する為にスピーカーを使わせてもらいますよ。』

 

「ドクター・ウェルが、なにか言ってるんですか?」

 

私の狼狽に異常を感じたのだろう。心配して私に訊ねてくる天津共鳴。

ダメだ。逃げろ。と、そう伝えるべきなのに、ドクターが通信をスピーカー形式に切り替える展開の速さに私の思考は付いて行けない。

 

『━━━━えぇ、そうですよ。天津共鳴。此方から、ちょっとした要求の上積みをさせてもらいたいという、ただそれだけの話です。』

 

「……交渉に乗る事には納得してもらったと、ナスターシャ教授からは聞いていましたが?」

 

『はンッ!!状況が変わった……いいえ、変わるのですよ!!ナスターシャ教授が二課に協力を要請したのはあくまでも()()()()()()()()()()()()()()()!!

 ━━━━ならば、それをひっくり返す手があれば話は別ってワケですよ!!

 その為に……小日向未来。彼女の身柄を此方に引き渡してください。』

 

「私……?」

 

「━━━━何故、そんな要求に従わなければならないッ!!俺が交渉したのはあくまでもナスターシャ教授だ!!アンタじゃないッ!!」

 

『ハハハハハ!!予想通りの反応をありがとう、天津共鳴!!キミならそういうだろうと分かっていましたよ!!

 ですが安心してください。彼女の身柄をそのまま預けるだけでは貴方も納得出来ないでしょう?だから、貴方も我々FISの本拠にお招き致しますよッ!!』

 

━━━━コイツは、一体何を言っているのだッ!?

急に小日向未来の身柄を要求して此方の交渉を無に帰すような厚かましさを出したかと思えば、天津共鳴を招き入れるだと!?

 

「ドクター!!一体何を言っているッ!?我々は交渉を……」

 

『そんなんじゃ生ぬるいって言ってるんですよ、ボクは!!

 えぇ。分かっていますとも。このままでは貴方達へのメリットが何も無い。だって身柄を拘束されるってのはデメリットですからねェ!!

 ━━━━ですので。この交渉に応じて戴けなければ、立花響を殺します。』

 

━━━━瞬間、この場の張り詰めていた空気が凍り付いた。

 

「━━━━ふざけるなよ、ドクター。次にそれを口にしてみろ。交渉は決裂になるし、貴様も俺が必ずブッ飛ばす……!!」

 

『ハハハハハ!!ヒーッハハハハハ!!出来るんですかァ?二十四時間ゥ?立花響の周りに何度でも、何度でも、そう、な・ん・ど・で・もッ!!

 無限に、無窮に、無尽に溢れるノイズをォ?貴方がァ!?』

 

「待て……待て、ドクター……それは、それは唯の脅しだ!!交渉ですら無いッ!!」

 

スピーカーの向こうから聴こえてくる狂気の嘲笑。その言葉、到底承服しかねるものばかりだ……!!

 

『ヒーハハハハハハ!!なに言ってんですか!!ボク達はテロリストなんですよッ!!使える物なんでも使ってェ!!ヒーロー様が護らなきゃいけない日常踏み躙ってェ!!

 その上で自分の大事な大事な要求を無理くりにでも通そうとッ!!そう思うから!!ボク等はテロに走ったんじゃあ無いデスかァン!?』

 

「それ、は……」

 

━━━━それは、私が背負いきれなかった責任の重さ。

突きつけられたのは、この状況を私の甘さが招いたという事実。

 

「━━━━狂ってる……ッ!!」

 

「……お兄ちゃん。私、受けるよ。」

 

混迷する状況を切り裂いたのは、その眼に決意を宿した少女の言葉。

 

「なっ!?未来!?」

 

「……私が行かなかったら、響はいつまでも日常に戻れない……だったら、私が響を救う!!私が行く事で響が救われるのなら構わないッ!!

 止めても無駄だよ。襲われ続けたら響の身体は皆に護ってもらえても、響の心が保たないって、お兄ちゃんも分かってるでしょう!?」

 

「………………はぁ。分かった。納得は全然出来てないし、未来が居ない日常なんて響は望まないと俺は知ってる。

 ━━━━けれど、響の心がこのままじゃ護れないって事も、分かってる。だから代わりに、俺も付いていく。」

 

『結構!!でしたらマリアに案内してもらいましょうか!!我々の本拠へねェ!!』

 

「クッ……ドクタァァァァ!!」

 

『ハハハハハ!!何を猛っているんですかマリア!!ボクはキミ達の救済を叶えてあげようとしているだけですよッ!!

 ヒャハハハハ……イヒャーッハハハハハァ!!』

 

それきり、切断される通信。

そして、圧殺するかのように眼下に溢れ始めるノイズ達。

思わず、握った手に力が籠る。

 

「……すまない。非力な私を許してくれ……」

 

「……いや、今はいいさ。まずはそちらに赴こう。

 ……その上で、ドクターの要求がアホらしかったらブン殴って止めればいい。」

 

「……えぇ、そうね……ありがとう。脅した私が、脅された貴方に慰められるだなんて、変な感じだけれども……」

 

━━━━こうして、私は小日向未来と天津共鳴を(かどわか)した。

この決断もまた、私の過ちの一つだったと気付くのは……まだ、先の話だ。




キミの手から零れ落ちた、私の力。
けれど、それはキミに届く事無くか細く消える。

少しずつ、狂い、軋みをあげていく歯車の異音。
掻き消すように、砲火を鳴らすキミの背を、それでもそっと押す物は何なのか。

━━━━仄暗き人の執念の汚濁より現れるは、何物を犠牲にしたとても世界を救わんとする歪んだ英雄譚。
英雄と英雄が交わる時……其処には、必ず激突があった。


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第六十四話 落陽のデスティニー

━━━━落ちる。落ちる。落ちる。

 

何百mだっけ。300?400?さっき見た筈だけど、もう覚えていない。

考えるのは、未来を助ける事だけ。

 

「━━━━Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)……!!」

 

だから、その為に胸の歌を歌う。

展開する装甲に呼応して、胸の奥から湧き上がる力。

 

━━━━それを信じて、私は着地する。

 

衝撃はバンカーが受け止めてくれる。煙をあげながらも、動く事に問題は無い。だから……!!

 

「━━━━未来!!今助けに……!!」

 

━━━━そうして見上げた空に、真っ黒な華が咲く。

 

「━━━━ッ!?」

 

視えてしまう。普通なら豆粒ほどにしか分からない筈に遠い展望台の爆発が。

 

「あ、あぁ……」

 

━━━━繋いだ手の中からすり抜けたのは、私じゃなかった。

後悔が心を埋め尽くす私の目の前で、形すら分からなくなるほどの大爆発を起こす展望台。

 

「未来ゥゥゥゥ!!」

 

絞り出す。心の中、後悔が産み出す物全部。

分からない。分からない。分かりたくない!!見たくない!!

 

「未来……?」

 

でも!!目の前の現実が変わらない!!腕を食べられた時と同じ……いいや!!そんな物よりもっともっと怖い!!

私の全部が、私の陽だまりが!!

 

━━━━想い出(メモリア)が頭の中を駆け巡って、私の頭の中をぐちゃぐちゃにかき回して。私の心の中をズタズタに引き裂いていく。

 

「う、あ……なんで……どうして……!!

 いやだよぉ……助けて、お兄ちゃん……!!」

 

ギアが(ほど)ける。力が抜けて立って居られない。

残酷な現実を前に、私の胸から歌は消え去ってしまって……

 

そんな私にノイズが迫ってくる音が、ぼんやりと聴こえる。立ち上がらないといけないって分かってる……

けど、無理だ。だって……だって……!!

 

━━━━私の陽だまりはもう無い!!心の中、さめざめと冷え切ってしまった!!

 

後悔で埋め尽くされて、折れてしまった私にはどうしようもあるワケが無くて……

 

「━━━━立花ッ!!」

 

━━━━それでも、歌が聴こえたんだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━間一髪、だが間に合ったッ!!

 

あたしの矢が、風鳴翼(あの人)の剣が、力無く崩れ落ちるアイツに飛び掛かるノイズを間一髪で撃ち払う。

 

「━━━━ソイツは任せたッ!!

 アイサツ無用の、ガトリングッ!!」

 

━━━━(アイツ)と、未来(アイツ)からの通報だって聴いて駆けつけたのに、現場に着いてみれば見えるのはギアも纏えずに崩れ落ちたアイツの姿だけ。

 

「One、two、three……目障りだァァァァ!!」

 

             ━━━━MEGA DETH PARTY━━━━

 

……コレで察せない程、あたしはバカじゃねぇ。

だから、邪魔くさいノイズ共にミサイルを叩き込みながら、あたしは考える。考えてしまう。

 

「ドタマに風穴欲しいなら……キチンと並びな!!Adios!!

 One、two、three……消え失せろォォォォッ!!」

 

ナニカが少しずつ狂って、壊れていきやがる。

……勿論、今までだって完璧に上手く行った試しなんざあたしの人生にはそうそう無い。

だが、そんなチャチなモンじゃ断じてねぇ……

もっとおぞましいナニカが、あたしの居場所を蝕んでいきやがるんだって……!!

 

「ガラじゃねぇセリフ……でも悪くねェ……」

 

そうだ。悪くなかったんだ。みんなと日常を楽しんで……歌を歌う事が!!

 

━━━━なのに、やってくれるのはどこのどいつだ!?お前か!!それともお前等かッ!?

 

成長の証だった筈の、装甲を纏ったガトリングを振り回して。

あたしは鴨撃ちを続ける。

 

「Hyaha!Go to Hell!!さぁ、スーパー懺悔タイム!!

 地獄の底で閻魔様に土下座して来いッ!!」

 

鴨撃ちの相手とは、即ちノイズ。

……なんだ。結局、悪いのはいつもあたしじゃねぇか……

ソロモンの杖を起動して、人に向かってその威を振るってしまった、あたしの……

 

『━━━━けど俺は……それでも、赦されないままでも、その人にも幸せになって欲しい。』

 

「ッ!!Hyaha!Go to Hell!!もう、後悔は……しないッ!!

 護るべき場所が……出来たからッ!!もう……逃げなァァァァいッ!!」

 

後悔に苛まれた瞬間、脳裏にリフレインしたのはあの夏の日の木陰の想い出(メモリア)

零してしまったあたしの罪に、向き合ってくれた奴の顔。

 

            ━━━━MEGA DETH FUGA━━━━

 

━━━━あぁ、そうだ。あたしは……確かに赦されない事をした。杖が齎したこの歪みだって、基を正せばあたしの責任だ……!!

……でも、あたしは……みんなと一緒のこの日常を護って、楽しんでいたい……!!

 

━━━━しあわせに、なりたいんだ……ッ!!

 

荒い息を吐きながら、思う。

本当なら、こんな事あたしには認められる筈が無い。

人を害する為に武器を振るった事。人を殺す武器を産み出してしまった事……

そんな罪深いあたしは絶対に幸せになんかなっちゃいけないって思う筈だから!!

その罪を、多少とはいえ受け入れられたのは、間違いなくアイツの……共鳴のお陰なのに……

 

「……共鳴。おまえは……今、どこに居るんだよ……」

 

━━━━本部からの応答に、アイツは返事の一つもしなかったと。そう、聴いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━表向きは警察や特異災害対策機動部……つまりは一課の仕事とされているが、そう見せかけての封鎖もまた、二課の仕事だ。

とはいえ、通常ならばそちらの対応は一課に完全に任せているのだが……

 

「事情が事情、か……あぁ、特別警戒態勢は解いてもらって構わない。どうやら突入した謎の部隊とやらの生存者は一人だけ……それも、既に撤退したようだからな。」

 

無線を通じて各方面へと指示を出す。どうにも、このスカイタワーでのノイズ大量発生の裏には、特殊部隊のような存在の関与が見られたらしい……

 

「━━━━生存者からの聞き取り、終了しました。やはり、米国らしき特殊部隊の突入があったようです。

 そして、その折に、マリア・カデンツァヴナ・イヴと共鳴くんらしき人物が特殊部隊を引き付け、避難指示まで出してくれた、と……」

 

「……やはり、共鳴くんがFISに接触を試みたか……その結果が、この惨状とはな。」

 

「ボランティア団体に届いていたメッセージから見て、むしろ接触を図ったのはFISの側だとは思うのですが……

 米国もノイズを使われれば国際問題になりかねない以上は事を荒立てない筈なのに、何故なのでしょう……?」

 

「……FISも一枚岩ではない、という事だろうな。いや、むしろ……

 米国の横槍を見抜いていた以上、マリア・カデンツァヴナ・イヴよりもノイズを放った人物の方が遥かに厄介かも知れんな……

 それと……共鳴くんと……未来くんの行方は?」

 

━━━━その言葉を口に出すのは、俺とて気が重い。だが、口に出さねばならないこの立場が今は恨めしい。

 

「……生存者の話によると、最後に見た時は彼等は第一展望台に居たと……未来さんと響さんが居た第二展望台ではありませんでした……

 ですが、第二展望台の現場検証では炭以外は発見されませんでしたので……今は、行方不明としか……」

 

「……そうか。なら次は捜索範囲を広げて、タワーの周囲数㎞圏を特に密にしろ。

 共鳴くんは連絡端末を置いて行ったが、それはそれとして唯々諾々とFISに着いて行く程無鉄砲では無い筈だ。必ず手掛かりはある!!」

 

━━━━そして、願わくば……それが未来くんの生存の可能性に繋がればいいのだが……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━頭の中を、纏まらない思考がぐるぐると回る。

 

手の中からすり抜けた物が大きすぎて、なにも考えられない。

 

……私の中が空っぽになって、替わりに詰め込まれるのは後悔の念ばかり。

 

━━━━絶対に、離しちゃいけなかったんだ。未来と繋いだこの手だけは……

 

「━━━━あったかいもの、どうぞ。」

 

そんな私の前に差し出されたのは、湯気が立ち昇った、あったかそうな……

 

「……こ、こあ?」

 

「砂糖たっぷりよ。

 ……少しは、落ち着くから。」

 

「……あったかい……う、うぅ……」

 

━━━━掌をじんわりと温めてくれるココアの温もりが、逆に心の中の寒さを際立たせてしまう。

 

「響ちゃん?」

 

「……私にとって一番あったかい物は、もう……う、あぁ……

 お兄ちゃん……どこに居るの……?寂しいよぉ……」

 

━━━━何度も、何度も、お兄ちゃんに連絡したのに繋がらない。

それが尚の事、陽だまりを喪ってしまった悲しみを際立たせる。

いったい、どこに行っちゃったの……?

 

「…………」

 

━━━━寒いよ、苦しいよ……手が、冷たいよ……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━二課の皆は気づいてくれただろうか……

 

あの後、未来と共にFISに(くだ)る最中で俺は、見つかればまず取り上げられるだろう未来の通信端末を渡して貰って川目掛けて落としておいたのだ。

伝言までは残せずとも、その端末のログを見れば俺と未来が生きている事くらいは伝えられるだろう……

 

「……ごめんね、お兄ちゃん。私の我儘でこんな事になっちゃって……」

 

レーザーの格子造りという危険な檻の中で背中を預け合う未来が零す言葉は、自分を責めるもの。

だが、それは筋違いというものだ。なぜなら……

 

「……気にするな、未来。そもそもは俺が独断でFISと接触しようとしたのが悪いんだ。

 ━━━━未来は、それに巻き込まれてしまっただけなんだからさ。」

 

「……うん……」

 

……そう、そもそもは、俺の独断専行が原因なのだ。

二課を動員すればFISを刺激してしまうかもしれない。そんな思考に囚われて、米国もまた干渉の機を狙っているという初歩的な事実を忘れてしまっていたのだ……

 

「……やっぱり、背中は遠いなぁ……」

 

「背中?」

 

「あー、うん……実は俺……司令の大きな背中に憧れててさ。

 だから、皆を助けてやれるようにって動いてみたんだけど……それで、このザマ。

 ……あんな風に誰かを思いやれる大人は、俺にはまだ遠いなーってさ……」

 

━━━━思い出すのは、涙を受け止めて貰ったあの日の事。

やはり、俺の中で憧れる大人といえば父さんと司令のような大きな背中なのだ。

 

「……ぷっ、ふふっ。お兄ちゃんってば、そんな所に拘ってたの?」

 

「そんな所、ってお前なぁ……」

 

「━━━━私や響にとって、ううん。私達だけじゃなくて、きっとクリスも、翼さんも、奏さんも……

 お兄ちゃんの背中を見て、その大きさに助けられてきたんだよ?」

 

━━━━未来の言葉に、思わず未来の方に向き直ってしまう。

俺が?皆を助けていた?

 

「む。鳩が豆鉄砲を食ったようなその顔。信じてないでしょ?」

 

「う……恥ずかしながらご指摘の通りでございます……」

 

「まったくもう……考えても見てよ。私の事だってそうだけど、お兄ちゃんが響を助ける為に無茶した回数を数え上げれば分かるでしょ?

 ━━━━わざわざ無理をしなくたって、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままで頑張ってくれれば皆を助けられるんだから。

 むしろ、私にしてみれば、お兄ちゃんはお兄ちゃんのままで居てくれなきゃイヤだよ?」

 

━━━━此方に眼を合わせてくれた未来の心からの言葉。それが、後悔に苛まれかけた俺に力をくれる。

 

「……ありがとう、未来。

 じゃあまずは、此処から未来を助けてあげないとな……」

 

「うん。信じてる。私の事、絶対助けてね?」

 

━━━━軽口を叩いて、未来と一緒に笑い合う。

最悪な状況の中でも、この陽だまりの温かさだけは……どうか、変わらないで居て欲しい。

そんな小さな俺の我儘も、エアキャリアの冷たい空気の中に溶けて、消えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「…………」

 

「……ねぇ調、マリアってばどうしちゃったんデスか?さっきからずっと黙りこくって窓の外を睨みつけて……」

 

「わからない……ねぇマム、教えて?今日の任務で一体何があったの?」

 

切歌と調の心配の声を背に受けるのは、私とて辛い。

……だけど、今の私の顔は、到底あの子達に見せられる物では無い。

 

「……二課との交渉の橋渡しの為に臨んだ今日の会談でしたが、所詮は素人の浅知恵……場所を察知した米国の追跡部隊に不意を打たれてしまったのです。

 ですが……」

 

……ドクターはそれを予期してノイズを放つ準備をしていた。それだけでも私にとっては度し難い行動だというのに、あまつさえ彼は……!!

 

「━━━━そこからはボクが説明しましょう。

 特殊部隊に追い詰められた彼女達の窮地を、このボクが颯爽と救ってあげたのですよ!!」

 

━━━━そう言いながら現れたドクターを思わず罵ってしまいそうになるのをグッと我慢する。

彼の言い分にも理はあるのだ。私達が米国の追手を些か以上に嘗めてしまっていたのも、そこをドクターの蛮行に助けられた事もまた事実なのだから……

 

「まったく……十年の時を待たずして必ず訪れる月の落下……其処から一つでも多くの命を救うという私達の崇高な理念をあんな少年の善意に託す時点で言語道断だというのに……

 ━━━━()()()()()()()()()()()()()()だなんてデタラメまで宣われちゃあ、ボクがあなた方の方針を信用するのは難しいってモンですよ。」

 

『━━━━ッ!?』

 

━━━━気づかれていた!?だが何故!?

 

「……何の事でしょうか?」

 

「今さらすっとぼけた所で無駄ですよ、ナスターシャ。第一、時期が怪し過ぎるじゃあ無いですか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ログを漁るまでも無く、ルナアタックの直後から一ヶ月の間に貴方達が何度も実験を行っていたのは明らか。なのに、一ヶ月後になって急にフィーネが目覚めた?しかも不完全なので異端技術知識はまだ無い?

 ━━━━そんな()()、都合が良すぎるんですよ。貴方達にとってね。」

 

それでも冷静を見せた筈のマムの虚勢は、しかしてドクターの冷静な指摘に枕を潰されてしまう。

 

「……そんな……じゃあ、やっぱり……」

 

「……」

 

「なら、何故そんな設定をナスターシャとマリアは仕組んだのか?それはこのボクを計画に参加させ、ボクにしか作れない優しいLinkerを供出させる為……酷い裏切りだとは思いませんか?

 共に育った貴方達まで巻き込んで嘘でだまくらかし、挙句の果てにその計画まで売ろうとしたんですから。」

 

━━━━唖然としているだろう切歌と調の顔が直視できない。だって、私とマムが家族である筈の三人すら騙していた事実は変わらないのだから……

……あれ?そういえば、美舟はどこへ?戻ってきてからこっち、私は美舟の姿を見ていない。

何故だろうか、そんな小さな違和感にとても嫌な予感を感じてしまうのは……!!

 

「……マム、マリア。ドクターの言っている事……ホント、なんデスね……?」

 

「……えぇ、そうです。ドクターの糾弾の通り。マリアにフィーネが宿ったという虚言でドクターを計画に引き込み、Linkerを供給してもらった事は紛れも無い事実。

 ━━━━ですが、計画を売ったとは心外ですね、ドクター。私達の目的はあくまでも二課との協調による計画の方針変更でした。

 勿論、それが米国の横槍によって踏みにじられかけた事も、その攻めの枕を貴方がノイズを召喚して潰してみせた事もまた拭い難い事実ですが……」

 

「フッ……嫌だなぁ……悪辣な米国の罠から貴方達全員を護ってみせただけだというのに。このソロモンの杖でッ!!」

 

━━━━そう宣って杖を構えるドクターに、私も切歌と調も思わず身構えてしまう。

確かに、結果だけを見ればそうだ。私とマムの稚拙な策は見抜かれ窮地へと陥り、それを救ったのはドクターの一手。

 

「━━━━だからとて!!

 ……だからとて、それが脅迫を以てしてまであの子を(かどわか)す理由になるのか、ドクターッ!!」

 

私には理解できない。ドクターの力をひけらかすやり口の行く先が。

 

「えぇ、なりますよ。()()こそ今後の計画の要……世界を救う()()()()()になるのですからッ!!」

 

『ッ!?』

 

……だから、その力強い返答の理由も、私には分からない。

 

「……はぁ。そう簡単に理解してもらえるとは思いませんでしたが、よもやここまで鈍いとは……

 いいですか?このまま行けばボク達は世界の敵である十把一絡げのテロリストとして終わる。

 そして、二課に協力なんて依頼した所で連中が米国から世界救済の要であるフロンティアを護り切れるかも分からない。

 ならばと米国に任せた所で、その経営者共はオルタネイティブ・フロンティアとして運営を終えて自分達だけ尻尾を巻いて宇宙に逃げ出す気で居るッ!!

 ━━━━つまり、この混迷した世界を救える可能性を持つのは、ボク達だけなんですよッ!!」

 

━━━━力強く断言するドクターの発言にも一分以上の理はある。

……だが、何故だろうか。私の心にその言葉が強く響かないのは。

 

「……それは、確かにそうでしょう。であればドクター。貴方はどうやって世界を救うつもりなのですか?

 神獣鏡によるフロンティアの封印解放が出来ない以上は……いえ、まさか……!?」

 

「━━━━そのまさか、ですよッ!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

「……私達が、それに易々と手を貸すとでもッ!?」

 

━━━━マムが何に思い至ったのかは分からない。だが、ドクターの手法が真っ当な物では無いだろう事は私達にもよく分かった。

 

「えぇ。底抜けな程にお優しいキミ達が、ボクの英雄への道に唯々諾々と従ってくれるだなんて……最初から思ってはいませんでしたよ。

 ━━━━さぁ、お入りなさい。」

 

けれど、そうして身構えた私達の前で、ドアの外へ声を掛けるドクターが見せた鬼札(ジョーカー)は否応なしに、私達が既にドクターの悪辣な罠にかかってしまっていた事を示していたのだった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

          ━━━━数時間前・スカイツリー近郊の喫茶店にて━━━━

 

 

━━━━何故、彼は僕を連れ出したのだろうか?

マムとマリアが二課との……お兄ちゃんとの交渉に向かってすぐに、彼は独自にバックアップを行うと言って私に同行を求めた。

しかし、その為にと彼が入ったのは、スカイタワーそのものでは無く、そこを見渡せる喫茶店だった。

 

「……何故、という顔をして居ますね。」

 

「……まぁ。杖を持ち出す事もだし、こうしてスカイタワーから離れた場所に居座っている事も。

 ━━━━なんなら、僕を連れ出した事が一番の疑問点ですけど。」

 

「ハハハ、コレは手厳しい。ですが……そうですね。ちゃんと理屈はあるんですよ。私やキミは、マリアと異なりシンフォギアを持っていない。

 そんな状況で襲撃の可能性がある場所に向かっても足を引っ張ってしまうだけです。現場主義は流石に前回までので懲りましたよ、流石に。

 そして、キミを連れ出した理由ですが、コレも簡単な事です。私一人だけでは喫茶店では浮いてしまうでしょう?コレでも白衣がTPOにそぐわいにくい事くらいは理解していますから。」

 

そう言ってお道化(どけ)る彼の姿が、どうにも胡散臭く見えてしまうのは何故だろうか。

 

「……率直に言って、襲撃されると思っているの?」

 

「━━━━えぇ。100%で。

 ナスターシャ教授は軍部の求める異端技術の一般化というメインストリームから外れて居ましたので全容を把握できていないようですが……

 世界全土を覆う情報ネットワークであるエシュロン。そして、それを操る七彩騎士である簒脱帽者(ザ・ホワイト・ハットトリッカー)……彼の前には、大半の電子的欺瞞は無意味となります。

 それに……フィーネの経験を基にした暗号とはいえ、その記録は日米協調の流れの中で大なり小なり向こう側にも流れています。向こうが鍵を見つけるのも時間の問題でしょう。」

 

「……なら、今からでも止めた方が……」

 

「━━━━いえ、もう遅いようです。突入してきました。」

 

━━━━心が(ざわ)めく。どうして、()には力が無いのだろうか。

纏うギアも無く、マリアの付き人という仕事も今は無い。

そして、為すべきだった筈の封印解放儀式もまた、到底今の激動する状況の中で間に合う筈も無い。

 

「……まったく。誰も彼もが好き勝手な事ばかり……」

 

━━━━だから、目の前でノイズを放つ彼を止める術すら、僕の手の中には存在しない。

分かっている。頭では。そうするしかもはや手は無いのだと。

 

━━━━爆発。そして、黒煙。

……命が消える、その証。

 

「……マムッ!!マリアッ!!」

 

思わず、ガラスに張り付いて僕は叫ぶ。

その叫びが届かないなんて、分かり切っている筈なのに。

 

━━━━だから、首に巻き付けられたその冷たい感触を察知する事も出来なかった。

 

「……うひっ。うひひ、うひひひひィ!!

 ━━━━流行りのアクセサリーで無くて悪いですがァ……キミには()()になってもらいますよッ!!」

 

「━━━━コレは……ギアスッ!?

 どうして、こんな代物をッ!?」

 

━━━━ギアス。それはケルト神話における神へと捧げる誓い、ゲッシュを基とした《誓約》の名を持つ異端技術応用品であり……

 

「そう。通信機付きの小型爆弾ですよ……ホントは敵の装者を鹵獲した時に首輪代わりに付けようかと思ってたんですが……事情が変わりましてねェ……!!」

 

「どうして僕にこんな物を……まさかッ!?」

 

━━━━脳裏を駆け巡るのは、これまでのドクターの狂奏の数々。

マムやマリアとは異なる、()()()()()()()()()方針の……ッ!!

 

「鹵獲した装者に付けても括れるのは一人だけ……ですが、キミに付ければ括れるのはアマちゃんなFISの連中全員の首って事、ですよッ!!」

 

「くっ……この、外道!!」

 

━━━━地雷という兵器がある。

それは、人を一撃で殺す事を目的にした物では無く、むしろ()()()()()()()()()()()調整された物である事が多い。

その理由は単純にして悪辣。一人を一撃で殺せば残りの人員は戦いに戻れる。だが……手足が使えず、さりとて死にもしない負傷者(おにもつ)を放置しては士気に関わるし、救護に回ればその分だけ人員を減らせるからだ。

 

ドクターがやった事も同じだ。

僕という人質を盾とする事で、僕を喪いたがらないだろうFISのメンバーの勝手な行動を抑止する為に……!!

 

「外道?そうですねぇ……キミ一人の命を盾としただけでは確かに外道のままでしょう……ですが!!

 ボクがこの手で世界を救い、救済を成し遂げた英雄となればッ!!それは人類救済のための致し方ない犠牲となるのです……そう、あのスカイタワーの人々と同じようにッ!!

 ━━━━いひ、あひゃひゃひゃっひゃァ!!」

 

━━━━なんて、ことだ。僕は……()は!!

力が無いばかりか……彼女達の重石になってしまうだなんて……ッ!!

 

「ごめんなさい……マリア……みんな……!!」

 

涙が溢れて止まらない。生殺与奪の権を握られるだなんて、あの白い孤児院では当たり前だったはずなのに。

━━━━マリアが楽しそうに歌う姿を見た。

━━━━切歌と調が学園祭を楽しむ姿を見た。

━━━━そしてなにより、お兄ちゃんにもう一度逢う事が、出来たのに……

 

「━━━━おっと。忘れちゃいけないもう一つゥ……確かにギアスは速効性こそ覿面だが、もしもジャミングされちゃったりしたらそれだけで解除されかねない不安定な代物ですからねェ……」

 

━━━━床に(くずお)れて涙を零す()

それを見てもなお、喜色満面と言った(ネバ)ついた声音で近づいて来る、ドクター。

 

━━━━今だなお爆発を続けるスカイタワーが窓の外に映る中で、彼はその手に握る無針注射器を、()の左腕へと、突き刺した。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「み、ふね……?」

 

「そんな……()()()……!!」

 

「まるで、ネフィリムみたいになっちゃって……お前ッ!!美舟に何をしたデスか!?」

 

━━━━ゾクゾクと、ボクの心が震えるのが分かる。

 

「なにをしたも何も、()()に付き合ってもらっただけデスよぉ……

 聖遺物を取り込む事を可能とする完全聖遺物、ネフィリム。その細胞サンプルから造り上げたLinkerの実験にネェ!!」

 

『━━━━ッ!?』

 

生物型聖遺物である以上、ネフィリムにも細胞構造が存在する。その細胞構造を使い、Linkerのように人と繋げる事が出来れば……人の身で、人のままで、聖遺物を自在に操作可能な万能コントローラーとする事が可能な筈なのだ。

 

「ウヒャヒャヒャヒャ!!とはいえ、細胞構造をそのままに使ったパターンは失敗だったようでしてェ!!

 ボクの作るやさしぃ~Linkerが無いと、飢餓衝動の赴くままに宿主を食い破ってしまうようですよォッ!!」

 

「━━━━なんですって!?」

 

「……そういう、事ですか……美舟の首に掛かったそのギアスが私達の短気を押しとどめ……

 そして、その左腕に宿らせたネフィリムの欠片が、貴方を排除するという方針そのものを押しとどめる……悪辣にして用意周到ですね。ドクター……!!」

 

オバハンが口の端を切りそうな程に力を込めながらに解説してくれたボクの策。

そう、封印解放儀式も間に合わず、ギアとしての戦力にもならない役立たずに二つの()()を掛ける事で、彼女達の行動を自由にコントロールするという一石二鳥な天才的発想ッ!!

 

「使えない駒に新しい価値を与えてあげただけじゃぁ無いですか、人聞きの悪い。」

 

「……最低……貴方って本ッ当に最低のクズだわッ!!ドクターッ!!」

 

「ハハハハハハ!!負け犬の遠吠えは耳に心地いいですね!!コレで分かったでしょう?どちらが上で、どちらが下なのかがッ!!

 ━━━━さぁ。ボクと契約して、世界を救っちゃいましょうよ。マリア・カデンツァヴナ・イヴ……!!」

 

━━━━此処まで散々にボクの救済計画を邪魔してくれやがったが、それでも彼女等シンフォギアが使える駒な事は変わらない。

だから、此処からはボクの独壇場だ。ボク以外の主役は要らない。ボク以外の英雄は要らないッ!!

 

「フフ……ハハハハ!!ヒャーッハッハッハッハッハァ!!」




狭窄が見誤らせた過ちが、悪意の檻に囚われる未来を引き寄せた。
手放した過去には後悔ばかり。
陽は没し、彼女達の運命もまた没した。
残ったものは絶望だけ……

━━━━いいや。そうでは無い。それだけでなど断じて無い。

望まぬ未来が待ち受けようと、絶望に涯など無いと謳われようと。
奈落の只中でも空を見上げ、彼等は瞳を逸らさぬからこそ、そう謳われて、歌われたのだから。


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第六十五話 英雄のジ・オリジン

「━━━━ノイズからの避難の際になにか、変わった事はありませんでしたでしょうか?」

 

スカイタワー周辺の捜索は陽が傾いてもなお続いていた。表向きには、スカイタワーを襲撃したテロリストが逃亡している為の情報収集としながら。

 

「うーん……と言ってもねぇ……ノイズ警報が出た途端にシェルターに向かって皆して一目散に避難してたからねぇ……それ自体が変わった事って感じだからなぁ……

 ━━━━あ、でもそうだ……おーい!!京太郎くーん!!」

 

「━━━━あ、ハイ!!なんすか、店長?」

 

その中で、避難誘導を最後まで手伝っていたというコンビニを見つけられたのは幸運だった。

 

「避難誘導の時にさ、なんか凄いモン見たって言ってたよね?アレについて話してくれない?」

 

「━━━━あー……いや、冷静になって考えたら頭おかしくなったとしか思えない光景だったんですけど……それでもいいんすか?

 聴いた後で笑ったりしません?」

 

アルバイトらしき青年……共鳴くんと同年代か、少し年上だろうか?彼は緊張気味にそう切り出した。

なるほど、幾ら事情聴取とはいえ、聴かれた後に笑われないか心配になるという事は、俄かには信じがたい事象を見たという事だろう。

 

「えぇ。情報の詳細は此方で確認しますし、ノイズ相手なんですからどんな事態が飛び出しても笑ったりはしません。約束しますよ。」

 

「はぁ……ならいいんすけど……えーっとですね。ノイズからの避難誘導に協力してて、人も居なくなったし俺等もそろそろ行くかなーって思い始めた辺りだったんですけど……

 ━━━━人が空飛んでたんですよ。スパイダーマンみたいに。」

 

━━━━間違いない。共鳴くんだッ!!

 

「……それで、その飛んでいたという人はどんな背格好でしたか?」

 

「えーっと……片方はスーツを着て女の子をお姫様抱っこして、もう片方は……なんか黒い鎧?みたいなのを着込んで、蒼い髪の女性を抱えてました。

 ……改めて考えると夢でも見てたんじゃないかと思っちゃいますねやっぱ……」

 

片方は恐らく、マリア・カデンツァヴナ・イヴとナスターシャ教授だろう。

━━━━ならば、もう一人である共鳴くんが抱えていた女の子とは?

……逸る気持ちを抑えて、彼に問う。

 

「それで、その二組はどちらから飛んできたんですか?」

 

「あっちのタワーの方から来て、あの川を超えて郊外の方に行きました。

 ━━━━あぁ、そういえば……なんか、川を超える辺りでスーツの方がなんか落としてたような……?遠すぎてなんなのかまでは分からなかったッスけど……」

 

「……いいえ。情報提供、本当にありがとうございました!!」

 

━━━━スカイタワーの展望台で見つかった物はノイズ被害者の炭化した()()だけだった。

そして、未来さんの通信端末への呼びかけの応答も無い。

だがもしも、共鳴くんと共に未来さんが脱出しているとすれば……!!

 

「詳細は証拠が見つかってからですが……もしも、ボクの予想通りなら……ッ!!」

 

情報提供者の二人に別れを告げ、怪しまれない速度で走り出す。

 

━━━━目指す先は、何かが落とされたという川のほとりだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━スカイタワーの襲撃から、約九時間。

塞ぎ込む立花が二課本部での待機となる中。

私達は何故か、ファミリーレストランへと繰り出していた。

 

「あむ、あむ……」

 

「あぁ、もう……雪音、パスタはもうちょっとフォークに巻き付けて団子のような姿にしてからだな……」

 

「つばさー、アタシの分もー」

 

「奏まで……もう……」

 

━━━━これではまるで、子の世話を焼く母親だな。と自嘲すると、心の奥がチクリと痛む。

……私の中に、母様の面影は殆ど無い。だから、こういった物事は大抵がドラマや映画から学んだ『普通の光景』という印象になってしまう。

 

「……それで?何故ファミリーレストランなのだ?」

 

その痛みから眼を逸らし、問いかけるのは目の前の雪音に対して。

注意こそしたものの、やはり食い散らかされた、と形容するのが妥当な有様の机上を前に、雪音は語る。

 

「……あの七夕の時みたく、一緒に飯を食ってみたかっただけさ。

 ━━━━アイツは、生きてると思うか?」

 

━━━━アイツ、というその呼びかけが共鳴くんでは無く、小日向を指しているという事はすぐに分かった。

 

「……共鳴くんが近くに居た以上、半々……と言った所だ。

 ━━━━手が届くのなら、共鳴くんが救出していない筈が無い。

 ━━━━だがそれは同時に、()()()()()()()()()()事も意味するのだから。」

 

「……どうして、こうなっちまったんだろうな。あたし等。

 目的は同じ筈なのに、てんでバラバラになっちまって……」

 

━━━━雪音の零すような本音は、私にとっても耳に痛い物だ。

FISの事件が始まってから、私達は様々な障害に苛まれた。

アンチリンカー、ネフィリム、月の落下、そして……融合症例。

 

「……恐らくは、立花の命が危ないという焦りゆえだろうな。

 共鳴くんの独断も、私達が足並み揃わぬのも……」

 

「……ま、結論はアタシ達には出せない以上、今考えたって始まらないさ。

 トモの奴と連絡が付かないって言ったって、なんかあったら向こうの方から接触してくるだろうし……な?」

 

「それは……そうだけれど……」

 

悠然と構えているように見える奏。だが、その言葉を額面通りに受け取っていいかは、付き合いの長い私でも図りかねる。

━━━━奏とて、小日向の事を心配していない筈が無いのだから。

 

「そうそう。共鳴の奴が向こうの人質になっちまって頭数も減っちまった事だし、此処は以前話し合ったみたいに連携を取り合ってだな……」

 

「━━━━む、雪音。連携を取り合うというのならば、共鳴くんのように名前か、せめて個人を識別できる呼び方をしてはくれ無いか?

 アイツにコイツにソイツでは此方とて意図を図りかねる事が起きてしまうかもしれない。」

 

「あ、ならアタシの事も名前で呼んでいいぞー?」

 

雪音の方から歩み寄りを考えてくれたのならばちょうど良いと、私はかねてより考えていた事を口にする。

彼女は、他人の名前を呼ばない。アイツとか、コイツだとか。そういった代名詞で呼びかける事が多く、例外と言えるのは共鳴くんと叔父様程度のもの……

連携を深めるというのならば、流石に多少なりの改善が必要であろう。

 

「は、はぁ!?それは、お前……そ、そうだ!!アンタだってあたし等の事は名字でしか呼ばないじゃないかよ!!

 だから、アンタとあたしはコレで対等ってもんだろ!?」

 

「む……そう言われれば、そうかも知れんが……」

 

しかして雪音の返答は芳しくない物で。

 

「……おーいー。アタシだって今後は戦うんだから、アタシだってちゃんと仲間に入れてくれよなー?」

 

━━━━そうして、雪音どう説得したものかと次の手を悩む私と雪音の間に割って入った横槍の勢いは凄まじい物で。

 

「━━━━奏ッ!?」

 

「━━━━オイッ!?体調は大丈夫なのかよ!?」

 

「ん。問題無し!!医療チームからも司令からも許可取ってるから安心しなってば~。」

 

そう言ってニカッと笑う奏の笑顔に気負いは見えない。

 

「━━━━響が戦えないなら、その分休んでたアタシが前線に立たなきゃだろ?

 まぁ、Linkerの連続投与は出来ないって釘刺されちゃったから最初の一当ては二人に任せるけど、さ。」

 

「……それなら、コレで三人。そして……向こうだって共鳴の奴を監視しなきゃいけないだろうから、前線に出てこれる奴はきっと二人が限界……」

 

「……微かだが、希望が見えて来たな。」

 

━━━━そう。微かな物。

未だ蟠る闇は晴れず、漆黒の空はどこまで続くかもわからない。

それでも。私達の心は折れていない。ならば……歌は、空に響くのだから。

 

「……って、にがっ!?」

 

「む、雪音はブラック派では無いのか?なにも入れないからてっきりそうなのかと思っていたが……

 ほら、砂糖とミルクも此方にあるぞ。」

 

「……イケると思ったんだよ。いっつも淹れて貰ってるのは最初っからちょうどいい味だったから試して見たくて……」

 

「あぁ、友里さんのか……アレは熟練の技だからな~。まぁでも、そうやって色々やってみて自分に合った味付けを探すのもコーヒーの醍醐味ってもんじゃないか?」

 

「そんなもんかね……あ、今度は甘すぎた……」

 

砂糖を大量に入れてしまった雪音がまたも舌を出すのを見ながら、奏と二人で顔を見合わせて笑い合う。

 

━━━━落ち着いた外面を取り繕いながらも、どこか緊張が漂う。

そんな状況が一変したのは、翌日の早朝の事だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━お久しぶりですね、天津共鳴クン?」

 

━━━━陽も落ちた夜になって、檻の中で放置されていた俺と未来の前に姿を現したのは、杖を握るウェル博士だった。

 

「……えぇ、お久しぶりですね、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス博士。」

 

「ククッ……わざわざフルネームで呼んでくれるとは光栄ですね。それほどボクに畏敬の念を抱いてくれるとは。」

 

「抱いているのは畏敬では無く嫌悪ですよ……そこは、勘違いしないでもらいたいですね。」

 

「……お兄ちゃん……」

 

「……大丈夫だよ。俺が何とかするから……」

 

俺の警戒を感じてか、不安そうに腕に抱き着く未来にそっと笑いかける俺を見て、男は笑う。

 

「何とかする、ですか……ハハッ!!空手形など、幾ら発行した所で意味はありませんよ?」

 

「その手形の意味はこれから出来るんだ。問題無いだろう……それで?俺に何の用があるって言うんだ?」

 

「えぇ。お招きした以上貴方は客人……だというのにこんな所に閉じ込めていては申し訳無いですから。」

 

白々しいウェル博士の言葉に、俺は心中で渋面になる。

この口ぶりからして、ウェル博士の目的は俺と未来を分断する事だろう……だが、今の俺にはそれを止める術がない。

……俺の独断が招いたこの状況、だが同時に、ウェル博士にとっては想定した罠の形の一つなのだろうか?

 

「……未来も客人扱いしてもらえれば一番いいんだがね?」

 

「残念ながら。」

 

「あぁそうかよ……未来、ちょっとだけ待っててくれ。

 ━━━━必ず、キミを助けに戻って来るから。」

 

「……うん。信じてる。」

 

未来の手を握って、約束をする。

約束は、絶対だ。だから、必ず目の前のこの男の罠も乗り越えて見せると暗に伝えられる筈だ。

 

「では此方へ……あぁ、此処で僕を倒そうとしても無駄ですよ?マリア達三人の装者は全員、僕に着きましたので。」

 

「━━━━なんだと?」

 

元より襲い掛かる気はない。歌も響かぬ此処では、ウェル博士の振るう杖の猛威を防ぐ術が無いのだから。

だが、マリア達が全員ウェル博士に着いたというその釘刺しは見過ごせない。

 

「フフヒッ……まぁ、行けば分かりますよ。さぁ、此方へ……」

 

━━━━そう言ってウェル博士が案内した側面個室の中には、FISのメンバーが全員揃っていた。

だが、その表情は暗い。いったい、何があったんだ……?

 

━━━━そうして視線を巡らす中で、気づいてしまった。

 

「……美舟さん?」

 

あの日、ライブ会場で出逢ったきり前線に出てくる事の無かった少女。FISの中核メンバーでは無いにしろ、関係者である事は間違いないと二課でもマークされていたのだ。此処に居る事自体はおかしくない。

━━━━おかしいのは、その姿。頑なに左腕を隠し、その眼を此方に向ける事は無い。以前出逢った時には、どこか見覚えのある笑顔を向けてくれていたというのに。

 

「━━━━ッ!!」

 

「……美舟……」

 

━━━━隠された左腕。だが、()()は隠し通せるような物では無い。

 

「━━━━ドクター・ウェルッ!!貴様……ッ!!()()()()()()()()()()を造ったなッ!?」

 

それに気付いた瞬間、俺は即座にドクターを壁に押し付けて杖を奪う。

━━━━許せる物か。融合症例、それも生体型の完全聖遺物との融合など、何が起きるか分かった物では無い。

マリア達を味方に付けたというのもコレを交渉……いや、脅迫の材料にしたのだろうと、今なら分かる。

 

「━━━━ダメデス!!おにーさん!!」

 

「━━━━なっ!?切歌ちゃん……!?」

 

「……ふひっ。ふひゃはははは!!彼女の腕については大正解ッ!!

 ━━━━だけど、それだけでは及第点止まりですねェ……!!」

 

「━━━━ドクターッ!!止めてッ!!」

 

俺に押さえつけられながらもドクターが懐から出した一つのスイッチ。

そして、それを見て血相を変えるFISの装者達。

 

「美舟の首輪には爆弾が仕込まれてるんデス!!だから、おにーさん!!

 ……離してやって、くださいデス……」

 

「━━━━なん、だと……?」

 

……融合症例の実験体にするだけでは飽き足らず、直接その命まで握ったというのか……!!

思わず緩めた拘束をウェル博士が剥がすのを止める事も出来ないまま、俺は立ち尽くす。

 

「……分かりましたか?天津共鳴。キミは既に詰んでいるんですよ。

 目の前の誰かすら見捨てられないってのは悲しいモンですねぇ……」

 

「━━━━ッ!!何故だッ!!何故、アンタはそこまで手段を択ばない!!」

 

「既に言ったでしょう?ボクは、いや、ボク等は既にテロリスト()に身を墜とした。

 ならば……手段など選ぶ必要も無く!!理由もまた存在しない!!確実を得る為ならばねッ!!

 ……むしろ、此方の方が聞きたいくらいですよ。天津共鳴……キミが言う《世界を救う方法》とやら……

 ━━━━それは、()()()()()()()()()()()()()?」

 

━━━━そう(のたま)うドクターの言葉は終始身勝手な物。

 

「……神獣鏡のギアの機械的起動で響の融合症例を治療し、その後に一領残っているガングニールのギアを響に改めて纏ってもらう。

 そしてレゾナンスギアのバックファイア除去を用いてS2CAを使用してギアのロックを一斉解除。エクスドライブギアのフォニックゲインを以てレゾナンスギアをアメノハゴロモと覚醒させる。

 ━━━━それが、俺達の《世界を救う方法》だ。」

 

だから、俺は隠す事無く計画を説明する。

遠回しな説明だが、目の前のこの男ならばコレだけで総てを理解する筈だ。

━━━━なにせ、櫻井了子を除いてLinkerを生成出来たのは彼だけなのだから。

悔しい事だが、櫻井理論について現状世界で最も真理に近づいているのはコイツの筈だ。

 

「……なるほどなるほど?アメノハゴロモの超長距離転移にて直接月遺跡にアタック。その機能を以て月軌道の修正手段を模索する、と……

 ハッ!!ボクが教授なら落第点をくれてやる所ですよッ!!」

 

「なんだと……ッ!?」

 

勿論、彼が俺の案を唯々諾々と受け入れるとは思っていなかった。

……だが、それでも。駄目出しまでしようというのなら反骨心も湧いて来る。

 

「━━━━月遺跡に月軌道を修正する能力があるかも分からない。そもそも月遺跡に入った所で、確実に存在するだろう遺跡の防衛機構を突破できるかも分からない……

 ま、こんな所は其方も想定済みでしょうしとやかくは言いません。証拠を用意出来ない以上あるともないとも言えないのですから。」

 

「……なら、何故落第点と?」

 

「そんなの、決まっているじゃないですか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その狭窄した浅ましさにですよ!!」

 

━━━━天地がひっくり返ったかと思う程の衝撃が、俺を貫く。

そんな事、考えもしなかった。

 

「だが、適合係数は確かに……」

 

「えぇ。覚醒の鼓動を発し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ━━━━ですが、それ以前は?データは共有されているんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事なんてそれを見れば分かります。」

 

「う、あ……」

 

━━━━確かに、そうだ。

リディアン音楽院に編入した立花響は、しかし簡易的なメディカルチェックなどでは聖遺物への適合は大きくない……つまり、()()()()()()()()()のだ。

ウェル博士のその言葉を完全に否定する術が、俺には無い。

 

「で、あれば。融合症例である彼女がその身から聖遺物を除去されたのなら……適合係数をそのままに維持できるなんて考えるのは、あまりに虫が良すぎるってモンじゃあありませんか?

 ━━━━聖遺物への適合に奇跡などという曖昧な要素は介在しない……ッ!!《融合症例》という状態こそが聖遺物への適合の因だとするのなら、その因を消してなおシンフォギアを纏える理由など有り得ないッ!!」

 

「━━━━グッ……!!それでも!!」

 

「━━━━あぁ。それとも……彼女の適合係数が維持された融合症例である今のうちに、世界を救ってしまいますかァ?

 代わりに無茶苦茶を受け入れる事になる彼女の融合は深刻なまでに進行してしまうでしょうけれどねェ!!」

 

━━━━詭弁だ。彼の言う事は仮説の欠点を並べ立てているだけ。証拠は、無い。

……だが、それは先ほど彼が言及した月遺跡に関する仮説の欠点と表裏を同じくする一体だ。

 

━━━━証拠はない。だから、《できる》とも《できない》とも断言する事は、出来ない。

前提と共に膝をも崩された俺の肩を、彼が叩く。

 

「それに対して僕の案は確実で……そして、その確実性を示す証拠も十二分にあるんですよ。天津共鳴……

 分かりますか?人を傷つけるかも知れないが百%人類を救える計画と、彼女━━━━立花響を英雄として尊い犠牲にしなければならないかも知れない、キミの希望的観測に満ちた計画。

 ━━━━科学の徒として、僕がどちらを選ぶかなんて、最初から決まっているじゃあ無いですか。」

 

「そん……な……ふざけるな……ッ!!」

 

認めない。認められる物か。

()()()()()()()()()()()()()()()()?フロンティアの大きさは全長約30㎞しか無い。必然、其処に全人類が避難する事など不可能。

つまり、フロンティアで百%人類を存続する事が可能だとしても、多くの人々は滅びる惑星(ほし)と運命を共にしなければならないという事だ……ッ!!

 

━━━━だが、俺の計画の巨大な穴を指摘された以上、これを固持する事も出来ない。

……俺は、響を犠牲にする事で世界を救うなど許容出来ない……!!

 

「ハハハハハハ!!その顔が見たかったァ……!!ようやく見出した希望を奪われ、絶望するその顔がァ……!!

 どうです?世界を救う為に必死で考えたプランが穴だらけだった事を思い知った気分はァ……!!」

 

「……」

 

何も、言い返せない。机上の空論を捏ね繰り回して、皆を救える気になって独断専行までして……その結末が、コレか……ッ!!

 

「……ドクター。もう十分でしょう?おに……()だって、ボク等に協力するしか手が無い事は思い知った筈。

 ……後は、時間を掛けて説得すればいい。」

 

俺とドクターの舌戦……いや、ドクターの論破に口を挟む事すら出来ずに圧倒されていたFISの少女達から進み出たのは意外にも、決意を固めた表情をした美舟さんだった。

 

「……そうですね。彼にもキミに掛けられた二重の首輪を見せつけるという当初の目的は達成出来ました。

 後の事はまた明日、としましょうか。フフフ……!!」

 

━━━━そう言って部屋を出ていくウェル博士の背を、俺は力無く見つめる事しか出来ない。

俺は、どうすればいい……!!

 

「おにーさん……」

 

━━━━欠けた月が見下ろす世界は今なお、残酷な現実と不協和の音色に満ちていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あれから、一夜が明けようとしていた。

結局、目を瞑って眠ろうと思っても、心の寒さが抜け去らなくて……あまり眠れなかった。

けれど、朝早くに司令から呼び出されたのに寝ぼける事無く対応出来た事を思えば結果オーライ……なのかな?

……未来が聴いてたら、きっと『それじゃ全然結果オーライじゃないでしょ?』なんて言ってくるだろうな。なんて思ってしまって。

私の一番大事な物が二つも一気に居なくなってしまった事は、どうにも私の調子にも大ダメージを与えてしまっているようだ……

 

「━━━━コレは……?」

 

だから、司令が手渡したそれがなんなのかが私にはすぐに分からなかった。

 

「スカイタワーから少し離れた地点で回収された、未来くんの通信機だ。」

 

『━━━━ッ!?』

 

未来の通信機。ルナアタックの時から二課と未来を繋いでいた物。

 

「発信記録と、現地周辺で集めた目撃情報を照合した結果……

 共鳴くんが此方に状況を知らせる為にわざと落下させた可能性が高い。」

 

「……え?」

 

お兄ちゃんが、未来の通信機を?でもなんで?

 

「未来くんも共鳴くんも死んじゃいない……恐らく、連中に脅されてついて行かざるを得なかったんだろう……」

 

「師匠……それって、つまり……!!」

 

生きている……二人共生きて、今も戦っている……!!

 

「こんな所で呆けてる場合じゃないって事だろうよ!!

 ━━━━さぁ!!気分転換に身体を動かす特別メニュー、行ってみるか!!」

 

「━━━━ハイッ!!」

 

━━━━私の陽だまりも、大樹も、喪われてなんか居なかった!!

それが分かった今、私の心はもう冷え切ってなんか居ない!!

 

━━━━登る朝日のように、私の心は燃えているッ!!

私は今猛烈に、熱血しているッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━どうしてこうなった?

 

アイツが……小日向未来が共鳴の奴と一緒に生きているという吉報を受けてあのバカも眼に光を取り戻していつものバカ元気が復活した。

それはいい。

 

それに対しておっさんが特別メニューの特訓を持ち出して来た。

まぁ……それもいいとしよう。今までもS2CAの為とか言って妙ちきりんな特訓をさせられた事もある事だし。

 

「━━━━憑自我 硬漢子 拼出一身癡(誇り高い男は全力でぶつかる)!!」

 

「━━━━なんっでおっさんが歌ってんだよ!!ってかコレ何の歌だ!?大丈夫なのか!?」

 

「うむ。これぞまさしく英雄故事(イェンホングシ)……国境を超越してなお人々の心を勇気付ける偉大な歌だ。」

 

「コッチはコッチで即順応してやがるし!?風鳴の家系はこんなんばっかなのか!?

 ……ったく、慣れたもんだな……」

 

━━━━正直、まったく意味は分からない。分からないが……隣を走るバカの顔は、昨日のこの世の終わりみたいな顔とは大違いで。

ならまぁ、いいか。

 

憂患見骨氣 昂歩顧盼似醒獅(俺の魂は獅子のように強い)!!』

 

━━━━だがそれでも、この歌の意味はあたしには結局よく分からなかった。

 

 

 

「短期間の特訓メニューだ。基礎体力を向上させる意味合い自体は薄い!!

 だが、重ねた鍛錬は無駄にはならん!!様々な状況での身体のコントロール法を身に着けるんだッ!!」

 

 

とはいえ。

 

 

 

「姿勢の維持は体幹の強さが物を言う!!茶碗に溜まった水を零さぬ程の静止を目指せッ!!」

 

 

とはいえ、だ。

 

 

「━━━━熊を一頭伏せてターンエンドッ!!」

 

「よし!!よくやったッ!!

 重量、筋肉量、その他総てで勝る相手であってもそれがイコール勝てない相手とはならない!!

 勿論勝ち目を計るのは前提だが、その上で千に一つの勝利をもぎ取れるようにしろッ!!」

 

 

乱入してきた熊を相手に取っ組み合いをかましてブン投げたり。

 

 

「ドローッ!!

 ━━━━ドローッ!!」

 

「うむ!!見事なドローだ!!一意専心、滝をも割るッ!!

 一撃必殺は心技体の合一が前提となる!!どんな状況でも自らの心をコントロールする事を理想としろッ!!」

 

 

デュエルディスクとかいう板を構えてカードを引く動作で滝を二つに割ったり。

 

 

「ハッ!!」

 

「うむ。上下左右がズレていても照準に問題無しッ!!

 射手とて常に万全の状態で撃てるとは限らない!!ただ撃って中てるだけならば必要ないアクロバットも、ギアを纏えば立派な戦術となる事を忘れるなッ!!」

 

 

逆さ宙吊りになって競技用のビームライフルで抜き撃ちさせられたり……

 

 

 

 

「うおおー!!やったー!!」

 

「なんなんだよこりゃ一体よ……

 特訓というか、殆ど映画の撮影かなんかじゃねぇか……」

 

「うむ。叔父様の特訓はいつもこうだが?」

 

「えぇ……?」

 

「フッ!!ハッ!!ハハハハ!!よく頑張ったな皆!!お疲れ様だ!!」

 

━━━━結局、一日ぶっ通しで続いたその特別メニューの終了を告げる朝焼けを山の上の建物の前で迎える中で、あたしは想う。

どいつもこいつもご陽気で……あたし一人が真面目に特訓にツッコミ入れてたのが馬鹿馬鹿しくなってきちまうな……なんて。

 

暖かな日差しの中に居場所なんて無いと思っていたあたしだけど、捉え方一つでこうも変わってしまうんだな……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━本当に、いいのね?」

 

「あぁ。女に二言は無いさ。皆がトモや未来を救う為に特訓してるんだ……アタシだって決意と覚悟を身に纏わなきゃいけないだろう?」

 

特別特訓メニューに皆が向かった二課本部の中で私が訊ねるのは、彼女の本気を試す為。

 

「……今の貴方は、喪った歩行機能をギアを纏う事で補っている。つまり、ギアを維持出来なくなれば最悪受け身も取れずにそのままノイズに襲われる事だって有り得る……

 それでも、心まで纏うのね?この鋼鉄を。」

 

「あぁ、勿論限界は見極めるし、むざむざ死ぬ気だって更々無い。

 ━━━━けど、戦える奴がドンドン減っちまってんだ……アタシが命張るとしたら、こういう土壇場なんだよ。いつだってな。」

 

━━━━そう言って、朗らかに笑う少女を見てしまえば、私にはそれを止める言葉などありはしない。

 

「……はぁ。分かった。じゃあ、奏ちゃん……ウチのバカ息子の事、どうぞよろしくお願いします。」

 

「あぁ。任された。首に縄付けてでも連れ帰ってやるから、鳴弥さんはドーンと構えてお説教の準備をしてやっててくれ。」

 

「ぷっ、ふふっ……」

 

そう言って二人、笑い合う時間は私の心を間違いなく軽くしてくれる。

 

だが、FISが拉致という強硬手段に打って出たという事は、共鳴と未来ちゃんを返せない理由がある筈。

 

━━━━決戦の時は近い。

共鳴が持っていった雷神の鼓枹さえ戻ってくれば、この切り札(ジョーカー)は起動するのだが……




どうすべきか、どうあるべきか。
迷える少年少女達の交流は、四分休符のような最後の幕間。

━━━━その裏で、悪い魔法使いは囚われの姫へも契約を持ちかける。
それは甘い、甘い毒林檎。無力を嘆く少女に齎された、蜘蛛の糸のような地獄への片道切符。

━━━━キミだけが、彼女を救う事が出来るのです。


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第六十六話 誘惑のヘクセンマイスター

「……どうすればいい。ウェル博士の策を覆すには……」

 

エアキャリア自体の部屋数が少ない為か、(天津共鳴)に独房代わりに宛がわれたのは先ほどウェル博士に論破された側舷の部屋だった。

……俺を客人扱いすると言う、その言葉に嘘は無いのだろう。だが同時に、俺と未来を引き離す事も狙いだと今なら分かる。

 

「……一体、ウェル博士は未来に何を見出しているんだ……?

 未来は適合者じゃないんだぞ……?」

 

━━━━そう、立花響が元々は適合者では無かったように。

未来がリディアンの中等部に編入したのは、俺の考案したノイズ被災者支援のボランティア活動の一環だ。

だから、本来ならば未来はリディアン音楽院に入学する事だって無かった筈だし、身体検査の結果でも適合しうる程のフォニックゲインを発する事は無かったのだ。

 

「……ダメだ。まるで分からん。

 ━━━━だが、ウェル博士がわざわざ俺という異物を伴わせてまで未来の確保を狙った以上、無関係という事はない筈……考えろ……考えろ、天津共鳴……」

 

━━━━そもそも、こんな事態を呼びこんでしまったのも俺の短慮が原因の一端にあるのだ。

もっとよく考えて二課の皆と相談していたのなら……二課のバックアップによって米国側の動きに対処する事だって出来たかも知れない。

 

「響への釘刺し……?いや、そもそもウェル博士は響を襲撃する事を俺達への脅しに使った……つまり、響の動向自体はどうでもいいという事だ……」

 

勿論、響を狙い続けるという脅しがブラフという可能性もある。むしろ、響が二課に保護される可能性が高い事を考えれば現実的な案とはとても言い難い。

……だが、こと未来を狙うという一点においては間違いなく最高の一手だ。未来が護りたいのは響の命と、その日常の両方なのだから。

その事が示すのは、一つの予測。

 

「……ドクターは最初から未来を狙っていて……あの場で脅しをかけてまで未来を回収したのはただ計画を繰り上げただけ……って事か?」

 

━━━━だが、それは結局現状に一貫した理屈が付くだけの結論だ。

結局、《なぜ?どうして?》の答えは見つからない。

 

「……寒……」

 

十一月半ばに差し掛かろうとする夜の、毛布一枚の独り寝。その環境は否応なしに考えを巡らす俺から体力を奪っていく。

 

「未来は寒がってないかな……格納庫、もっと寒いだろうけど……」

 

「━━━━毛布は渡しておきました。暖房については、申し訳無いですが……」

 

「ナスターシャ教授……すいません、気遣って貰って……」

 

誰にも届く事無く消える筈だった呟きを拾い上げたのは、入室して来たナスターシャ教授だった。

 

「……謝罪すべきは、本来此方なのです。気にする事ではありません。」

 

だが、その表情は暗い。それはそうだろう。起死回生を狙った一手は数多の横槍に阻まれ、手折られてしまった。

……しかも、その先に待っていたのはウェル博士の卑劣な罠……どう考えても、この状況は彼女の本意では無い筈なのだ。

 

「……そういえば、車椅子の予備も有ったんですね?」

 

だから、露骨かも知れないが話題を変えるのが賢明だろう。そうして振る先は、彼女の足代わりとなっている物について。

確かスカイタワーからの脱出の際に邪魔になるからと放棄された筈なのだが、いつの間にやら彼女は同じタイプの車椅子に乗っていた。

あまりに衝撃的な展開の数々にすっかり問うタイミングを逃してしまっていたが……気になる物は気になる。

さしずめ、渡りに船といった所だろう。

 

「……あぁ、コレですか?

 フフッ、そうですね。確かにこれは予備としていた二号機━━━━《Powerful_2》です。

 あの時放棄した《Technical_1》よりも出力が高く、パワードスーツとしての性能も高いのが特徴となっています。」

 

「━━━━はい?」

 

だが、そうして問うてみた素朴な疑問への答えはあまりにも斜め上にカッ飛んだ物。

パワードスーツ?車椅子が?頭の中を埋め尽くすのは大量の疑問符。

……凄いな。一気に考えていた事が吹っ飛んでしまった……

 

「フフフ……驚きましたか?只の電動車椅子の域に収まらぬ異端技術由来の先進技術結晶……それがこの《万能椅子》なのです。

 生体認証で私以外に扱う事は出来ず、瞬間最大時速は80㎞をマークする自走機能、エアキャリアとコネクトする事で半ば素人である私でもその力を万全と発揮させられるようにするオートパイロットサポート。

 精神安定の為に香料を気化散布するアロマミスト機能や、座り始めから温かいぽかぽかシート機能など、数多のユニバーサル機能が組み込まれている……のですが……」

 

「はぁ……ですが?」

 

なんだろうか。この万能椅子とやらこそ先進技術の平和利用の象徴であり、かつてSFの御伽噺だった未来ガジェットの一端な筈だというのに感じてしまう、この脱力感は……

 

「……《Powerful_2》は出力に機能を割き過ぎている為に一部アメニティ機能が制限されているのです。特にぽかぽかシート機能が無いのが中々……」

 

「あー……なるほど。確かに……それは辛いですね……もう冷え込みも厳しいですし……」

 

実際、冬季の便座の寒さによるショック症状での死亡事例というのもあった筈だ。

━━━━高齢者の方に起きやすい症状だった筈なので、流石に口に出すのは止めておく。

 

「とはいえ、座りっぱなしというのもエコノミー症候群を起こしかねませんので……それを防ぐ為に必要だったのがパワードスーツ機能です。

 此処では流石に狭すぎるのでお見せ出来ませんが……通常の人間のように動く事も可能なのですよ?」

 

━━━━それは、まるで福音のようだった。

 

「……ナスターシャ教授。そのパワードスーツ技術を二課に……いえ、ある少女の為に使っていただく事は出来ませんか?」

 

「……天羽奏、ですか。」

 

「はい。彼女がもう一度立ち上がれるように……もう一度、歌を握って人々に希望を届けられるように……!!」

 

難航している義手義足の小型化。奏さんが舞台に立つ事を阻むその開かずの門を開けるかも知れないとなれば当然の事だ。

 

「……そうですね。今回の件をどうにか片付け、貴方のやり方で世界が救えたなら……天羽奏の義肢を作る事を約束しましょう。」

 

━━━━だが、返って来た答えは望外を含む物で。

 

「━━━━いいん、ですか?

 ……だって、俺の計画は、ドクターに……」

 

……その言葉に、どうしても顔を上げる事が出来ない。

俺を惑わせる為だろうドクターの言葉は、しかしてしっかりと俺の胸の奥に突き刺さってしまっていたのだ。

 

「……確かに、立花響が融合症例を治療してもなおシンフォギアを握る事が出来るかは分かりません。

 ですが、それは貴方の計画の不可能を示すワケではありません……顔をお上げなさい、天津共鳴。

 確かにS2CAは強大な力ですが、第一種適合者達を主体としてフォニックゲインを練り上げる事でのエクスドライブの起動も不可能では無い筈なのです。

 ……それに、希望的観測ではありますが。ともすれば……フロンティアを使う事でそれらの問題を解決出来るかも知れないのですから。」

 

「━━━━ッ!?本当ですかッ!?一体どうやって!?」

 

望外の(のぞ)みは、しかし埒のある物だという。

 

「……美舟が、その希望です。彼女は……フロンティア。即ち、鳥之石楠船神を祀る家系の子孫であり、フィーネの遺したデータに拠れば、彼女を鍵としてフロンティアを星間航行船と完全起動させる事も不可能では無い。」

 

「なるほど……美舟ちゃんにフロンティアを運用してもらい、月へと直接アプローチを掛ける、と……ですが……」

 

━━━━その美舟ちゃんに、爆弾が仕掛けられているとなれば話は難しくなる。

 

「えぇ。ですので……まずはギアスを外す事を大前提とします。

 左腕に仕込まれたネフィリムについては……」

 

言い淀むナスターシャ教授。それは、当然の事だろう。世界を救う事は至上命題であり、その為に犠牲を出す事も彼女達は覚悟している。

━━━━けれど、身内すら犠牲にしてしまえばドクターと同じになってしまう。

 

「……ありがとうございます。そこで美舟ちゃんを結果的に切り捨ててしまいかねない事を憂う姿。

 それを見せてくれた事が、万の言葉を重ねるよりも信頼するに足る行動ですから。

 ━━━━美舟ちゃんに融合させられたネフィリムですが、即座の除去は出来ずとも……その進行を遅らせる事は可能です。」

 

「……その手段とは?」

 

「フィーネの……いえ、櫻井了子の遺したコールドスリープ装置、《眠れる森の美女(スリーピングビューティー)》です。」

 

━━━━それは、かつて了子さんが暇つぶしに作っていたという代物。

フォニックゲインを用いた聖遺物の限定起動による電力供給という、あからさまに数世代程技術体系をすっ飛ばしたオーバーテクノロジーの一つであり……

同時に、絶唱の反動で四肢が崩壊し、内臓諸器官の六割もズタボロになっていた奏さんの命を繋いだガラスの棺でもある。

 

「……なるほど。コールドスリープによってネフィリムの細胞ごと凍結処置を施せば、少なくとも即座に喰い尽くされる事は無くなる、と……

 いいでしょう。では、その方針で行きましょう……とはいえ、今すぐは無理です。

 ギアスを無力化したとて、もしもアンチリンカーを散布されてしまえばネフィリムの細胞は美舟を喰らい尽くしてしまいかねません……」

 

「……分かっています。ひとまずはウェル博士の出方を窺って……出来れば、EMPやジャマ―のような特殊兵装があれば一番なんですが……」

 

要するに、ギアスの起爆信号が送れないか、受信できないようにしてしまえばいいのだ。

……しかし、まさに言うは易く行うは難しというべきか。先進技術で作り上げられた小型爆弾に誤作動(マルファンクション)を願うのはムシが良すぎるというもの。

対抗装備があれば……

 

「……残念ながら。アレはFIS内の他部門が開発した物を奪取して来ただけです……対抗装備の類いまで準備すれば、流石に上層部に翻意を気づかれる恐れがありましたので。

 ━━━━とはいえ、設計図そのもののデータは同時に手に入れています。ギアスは誤動作の危険性を極限まで下げる為、外部刺激では爆発しないタイプの爆弾ですから、一太刀浴びせる事が出来れば……」

 

「なるほど……となれば、この狭いエアキャリアの中ではアンチリンカーの危険性が高まるし、万一の場合に即座に搬送しようにも二課との距離も遠い……

 今の状況でのアタックは避けた方がいいですね。」

 

「えぇ……それに、フロンティアの起動自体は此方にとっても必須……逃してはならぬ勝機は、フロンティアに乗り込んでから。という事でしょうね……」

 

━━━━ウェル博士の策を覆すピースは揃った。だが問題はやはり……

 

「……未来。どうか、無事でいてくれ……」

 

いつ落ちるかも知れぬ月を見上げて、震えながら眠る理由は果たして、寒さか、それとも弱さか。

……今の俺には、その区別は付かなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ゴトゴトと、轟々と、鳴り響く音に、意識が浮上する。

 

 

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

 

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間、そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

 

「……ガリィか。首尾はどうだ?」

 

「順調ですよォマスター。()()()()()()()()()()()()はきっちり東経135.72度、北緯21.37度……フロンティア直上でェす。」

 

「━━━━遂に、この時が来たか……長かった万象追想曲(オレの計画)の準備も、此処でようやく一段落というワケだ……

 セレナの調子はどうだ?」

 

「んー、見たとこ特に問題はないみたいですねェ。我儘言わない子だからよく分からないですけどォ、まァそこはイラつかなくて済むって事でいいと思いますしィ?」

 

「……そうか。」

 

━━━━そして、彼女は━━━━マスターである錬金術師、キャロル・マールス・ディーンハイムは遠くを見やる。

思い出しているのだろう。かつて、彼女が契約を交わした()の事を。

そう人形(かのじょ)は判断する。

 

「……ほーんと、マスターってば一途で不器用なんですから……()()()()()()()()()()()()()の為にここまでするんですから。」

 

「なにか言ったか、ガリィ。」

 

「いーえ?なァんにもォ?」

 

━━━━人形(かのじょ)は意見を上奏しない。人形は人形らしく、主の願いに寄り添うだけ。

 

「……まぁいい。コレでようやく……このふざけた()()()()にまで、オレは到達出来たのだ。

 ━━━━あとは、お前が()()()()()()()()()()()()()だけだ……フン、最後の最後に人任せとはな。

 我ながらとんでもない綱渡りを計画とした物だ……」

 

「まぁそうですねェ……ガリィちゃん的にも、そういう不確定要素をぶち込むのはあんまり良くないと思いますけどォ……コレばっかりはどうしようもないですしねェ……」

 

人形(かのじょ)魔女(かのじょ)の最終確認はこうして終わる。

 

━━━━さぁ、覚悟せよ。少年。此処からが汝の真なる戦い。

永劫の孤独と、無限からの逃避と、総てを救う為の手順(ファクター)

それこそが、この世界に遺された最後の希望(ラストホープ)なのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━朝のヒカリが眩しくて、(天津共鳴)は目を覚ます。

 

「……ふぁ。なんだったんだ、あの夢は……」

 

やはり、寝台でも無いソファでは姿勢が悪かったのだろうか?

いつ頃からか、念話が繋がる事も無くなった天女のような女性……ヴァールハイト。その居城だという場所。

 

「彼女達の話ぶりからするに、向こうが俺を呼んだワケじゃないみたいだし……なんか変な声まで聴こえたし……」

 

「━━━━大丈夫デスか?おにーさん。」

 

意味の分からない夢……しかし、念話技術を彼女が持つ以上全くの無意味とも思えない。そんな状況に頭を捻っていると、声と共に横から差し出されるのはあったかい濡れタオル。

 

「ん……あぁ、ありがとう切歌ちゃん。大丈夫だよ。ただやっぱり……いきなりソファーは辛いなぁと思ってさ。」

 

「あはは……デスよねぇ……あーあ、偶には柔らかいベッドでゆっくりお昼寝したいデスよ。」

 

その声の主である切歌ちゃんに何故唸っていたかを問われた俺は、咄嗟に話題を逸らす。念話については話さないという約束だし……

幾ら異端技術に触れていようと、いきなり夢で知人の家をのぞき見したなんて説明した所で意味不明だろう。

あったかい濡れタオルで顔を拭きながら考えるのは、今後の行動について。

 

━━━━二課に連絡を取るのは暫く無しだ。

もしも失敗した場合、即座に美舟ちゃんが殺されてしまいかねない以上、連絡を取るのは美舟ちゃんを助けてからだ。

……心配を掛けてしまうな。なんて、今さらな思考に苦笑していると、なにやら視線を感じる。

 

「どうしたの?切歌ちゃん。」

 

「あ、いえデスね?顔を拭いてたらいきなり笑いだすもんデスからなんだろうなー……って。」

 

「あぁ、うん……そうだね。傍から見たらコレもアレか……連絡なしに居なくなっちゃったから、皆に心配掛けちゃってるだろうなって思ったんだけどさ。

 ━━━━そもそも、連絡無しにどっか行ったのは俺の方なんだよなぁ……って思ったら笑えて来ちゃってさ。アハハ。」

 

「アハハって……そんな軽いノリでいいんデスか!?

 ……って、アタシがそれを言うのは筋違いって奴デスよね……アタシ達は……未来を託されたのに……」

 

━━━━俺の言葉を聴いて、表情を曇らせる切歌ちゃん。

……確かに、俺が今此処に居る理由の中にはFISによる強引な招聘も混ざっている。だが……

 

「……いや、むしろ良かったのかも知れない。

 ウェル博士は確かに卑劣な手段で俺と、そしてキミ達を操ろうとしている。

 ━━━━けれど、そのお陰で()()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの日言った事だけど、覚えてるかな?」

 

「あ……」

 

凹んでる時の響みたいだなぁ……なんて思いながら、切歌ちゃんの頭を撫でつつ掛ける言葉は、この状況を好意的に見る為の言葉。

 

━━━━あの時、俺は周囲の人達への被害を考慮して彼女達に手出しをしなかった。

……だが、今にして思えば、本当ならば二課に所属する者として彼女達を引き渡さなければならなかった筈なのだ。

どんな事情があろうと、彼女達が被害を出していた事は事実なのだから。

 

けれど。けれども。

今、こうして彼女の隣に座って、思う。

あの時、彼女達を慮った判断は間違ってなんて居なかったと。

 

「……おにーさんは、相変わらずなんデスね。困ってる人を見かけたら、手を伸ばす事を絶対に諦めない……

 なら、美舟の事も諦めて無いんデスよね?」

 

「あぁ、当たり前だ。絶対に諦めない。諦めるもんか。

 だから、信じて欲しい。俺と……そして、ナスターシャ教授の事を。」

 

「……分かったデス。マムが関わってるなら大安心って奴デスよ!!」

 

そう言ってニッコリと笑う切歌ちゃんの姿は、やっぱり響の笑顔に似ている気がして。

 

「……重ねるのはダメだって、未来からよく怒られたなぁ……」

 

女の子は一人一人が違う魅力を持っているのだから、それを誰かに重ねて見てます。と言ってしまうのはとても失礼なのだ……と、滾々とお説教を貰った時の事を思い出す。

アレは、たった数週間前のデートの時だっただろうか……

 

「……取り戻さなきゃな。必ず。」

 

「ほぇ?どうしたデスか?」

 

「いや、頑張ろうって気持ちを新たにしてただけさ。皆とのこんな何でもない日常の為にね。」

 

━━━━まずは、他の装者の皆と話し合わなければならないだろう。ウェル博士に悟られぬように、美舟ちゃんを救う為の準備を整えていこう……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あれから一晩が過ぎた。けれど、(小日向未来)の基に、お兄ちゃんはまだ帰ってこない。

 

「……寒いな……」

 

やっぱり、このカーゴらしき場所の中だと、貰った毛布一枚では到底寒さを防ぎきれない。

━━━━けれど、それ以上に寒いのは心の中。

 

「……すり抜けて、離れ離れになっちゃった……」

 

響に伝えた私の想い。けどそれは……同時に私の無力も示してしまっているようで。

響は、傍に居るだけでいいと言ってくれる。けれど、私の我儘は際限が無くて……

 

「……もしも、力があったら……響の代わりに戦ってあげられるのかな……」

 

━━━━ポツリ、と零してしまった胸の中の本音。誰にも届く事無く消える筈だった、その言葉。

 

「━━━━もしも、等と希望的観測を述べる必要はありませんよ。」

 

━━━━それを、拾う人が居た。

 

「……貴方は……」

 

確か、ウェル博士。

 

「……おや、やはり警戒してらっしゃいますね。」

 

「……当たり前です。響を襲うって脅しを掛けて来たの、貴方じゃないですか。」

 

自然と彼から距離を取ってしまう私を見て、彼は言葉を重ねる。

━━━━けれど、その眼が。私にはどうしても恐ろしい物に見える。

囚われの私の事を性的な眼で見ていない事は分かる。

だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。小説で『モルモットを見るような眼』って表現されるのは、もしやこういう眼を言うのだろうか?

 

「申し訳ありません。あぁでも言わなければ、天津共鳴はキミがボクの基に来る事を了承しなかったでしょうから。」

 

「……?」

 

「えぇ。ですので、そんなに警戒しないでください。

 ━━━━少し、お話でもしませんか?」

 

「……何を話すんですか?」

 

「先ほど貴方が仰っていた悩みについてです。

 ━━━━ボクならば、力になれる筈ですよ。」

 

そう言ってニコリと笑うその姿を、果たしてどこまで信じていいのか。

 

「貴方は……小日向未来は、立花響の一番の親友である……そうですね?」

 

「……そう、ですけど……」

 

「そして、彼女……立花響は今、胸の中のガングニールの欠片との融合症例となっており、進行する融合が彼女の命を蝕んでいる……」

 

「それ、は……」

 

━━━━そうだ。響は今、死に瀕している。

 

「貴方はそれがイヤでイヤで堪らない……彼女に生きていて欲しい……違いますか?」

 

「……う、あ……ちが、わない……」

 

━━━━だって、響に死んでほしくないのは、私の本心なのだ。

 

だから、警戒をすり抜けて耳に入ってくる言葉を拒めない。だって、この言葉を否定する事は━━━━

 

「……二課の面々はフィーネの言葉を信じて神獣鏡を使って彼女を救おうとしています。

 ━━━━ですが、残念な事に……現状の神獣鏡では、彼女を救う事は不可能なのです。」

 

「━━━━ッ!?」

 

それでも、お兄ちゃんは助けてくれると言っていた。

それを最後の(ヨスガ)と縋りつく私の耳に、その通告はするりと入ってきてしまう。

信じられずに顔を上げた私の前に、私を閉じ込めていた筈の光の格子はもう存在していなくて。

 

「出力不足です……機械的起動では神獣鏡の真なる力を発揮する事は出来ない……そして、それだけでは立花響の体内の聖遺物の侵蝕を押しとどめる事しか出来ないでしょう……」

 

━━━━そん、な……だって、神獣鏡を使えば響を助けられるって、了子さんも、お兄ちゃんも、そう言っていたのに……

 

「━━━━けれど、けれども。その開かぬ埒を切り開く閃光!!この地上にただ一つだけ存在する明けの明星……!!

 それこそが小日向未来さん……貴方なのですよッ!!」

 

「わたし……?」

 

━━━━私が、閃光……?

 

「えぇ……!!神獣鏡の出力が確保出来れば、立花響の体内の聖遺物を一掃し、彼女を救う事が出来るッ!!

 ……コレに関しては、フィーネも二課も間違っていませんでした……ですが、大事なのはその先です。

 神獣鏡の出力を機械的に上げる事は現状不可能。ですが……我々が保有するこの神獣鏡は━━━━()()()()()()()()()()

 適合者の意によって纏われたシンフォギアの出力は機械的起動など比較にもならない程の大出力ッ!!」

 

了子さんも、お兄ちゃんも間違ってない……でも、それだけじゃ足りなくて……

神獣鏡はシンフォギアだから、それを纏う事が出来れば、響が救える……?

 

「まさか……」

 

「━━━━そう。キミこそが神獣鏡のシンフォギアの適合者ッ!!

 この惑星(ほし)でただ一人!!立花響を救う事が出来る存在なのですよッ!!」

 

━━━━私だけが、響を救える。

 

あぁ、あぁ……!!どうしてしまったんだろう、私は!!

この甘美な誘惑が、毒林檎かも知れないと分かっているのに跳ね除けられない!!

だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「━━━━そして、()()()()()キミにギアを纏わせてあげられる。

 ━━━━キミに立花響を救わせてあげる為に手を貸す、魔法使い(ヘクセンマイスター)なのですよ。」

 

そう言って、彼は手を伸ばす。

 

━━━━私は……その、手を……

 

「私だけが、響を……」

 

━━━━その、手を、取った。

 

 

━━━━待っていて、響。

今度は私が……響を、救って見せるから……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━特別特訓が終わった夜。(立花響)は、二課仮設本部の中の仮眠室で横になっていた。

 

「……未来……お兄ちゃん……大丈夫かな……」

 

━━━━二人が生きていると分かってほっとした気持ちは、けどこうして一人横になると不安に変わってしまって。

だから、寮に戻るのが辛くて此処に泊まり込ませて貰ったのだ。

 

「……ガングニール……もう少し……もう少しだけ、私に力を貸して……」

 

━━━━そんな不安を紛らわす為に、胸の中のガングニールにそっと語り掛ける。お兄ちゃんが居たのなら、まだ使えた筈のガングニール。

けれど……浮かぶのは次にガングニールを纏ったら、私はどうなってしまうんだろう。なんて、漠然とした不安。

……死んじゃう、のかな。

 

「……怖いよ……怖いよ……お兄ちゃん……」

 

涙を零す誰かが目の前に居るから、護りたいと思う人が傍に居るから、隣に立ってくれる人が居るから、怖くても拳が握れた。

けれど、お兄ちゃんも未来も連れ去られてしまって。

心細くて、寂しくて、悲しくて、怖くて。それで気付く。

━━━━今度は私が、涙を零す誰かになってしまったんだって。

 

「……助けて……」

 

涙と一緒に零れた言葉は、紛れもない私の本音。

 

━━━━あぁ、やっぱり。私は、みんなと一緒がいい。

一人きりで迎える夜の冷たさは、心の隙間に吹き込む風のように私を震えさせるのだった……




少年は走る。我武者羅に、手の届く総てを諦めない為に。
少女は願う。ひたすらに、死に瀕した親友を救う為に。

すれ違う二人の気持ち。それを弄ぶのは、英雄にならんと己の欲望をひた走らせる一人の男。
━━━━誰かを想う気持ちの強さを知りながら、誰かを想う心を無くしてしまった……ただ一人にて、涯の荒野に立つ男。

確かに男もまた英雄かも知れない。けれど、その在り方は歪に過ぎる。
歪んだ欲望の行き着く先は、果たして希望か、絶望か。
表裏一体にして不可分一体な光と闇は、誰にも否定する事は出来ず、ただ其処に在り続ける……


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第六十七話 配膳のソムニロクエンス

━━━━ぐつぐつとお鍋が煮立つ。くるくるとお玉を回す。

 

「わた~しは~おさんどんさ~ん~……」

 

リズムを取りながら歌うのは、おさんどんさんの歌。作詞・作曲・編曲も全部(月読調)な即興曲。

━━━━でも、そうして歌う私の胸の裡は、曲調に似合わぬ曇り模様。

 

「美舟……」

 

━━━━その理由は、いつもなら隣に立って一緒に料理を作ってくれる筈の少女の姿が無いから。

ドクターの手で左腕にネフィリムを融合させられた美舟は、眠りから眼を覚ましても部屋の隅から動こうとはしなかった。

 

「……当たり前、だよね……」

 

━━━━もしも、自分が()()なってしまったら、どう思うだろうか?

……私だって絶望するだろう。聖遺物と強制的に融合させられ、首輪まで付けられて、生殺与奪の権を奪われて……

まるで、昔のレセプターチルドレンの扱いに戻ってしまったかのよう。

 

「でも、多分一番辛い事はそうじゃなくて……」

 

それはきっと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事なのだろう。

とは、ぼんやりながらも分かるのだ。

 

「……美舟の悩み、どうにかしてあげたい……」

 

━━━━でも、それが出来ない。ドクターが二重と掛けた首輪は狙い過たずに私達の首をも絞めていて。

 

「どうしたら、いいのかな……」

 

動きたくても動けない。そんな私の心情は、目の前のお鍋の中のポトフよりももっと澱んでいて……

 

「━━━━えっと……何か、手伝えることは、あるかな?」

 

━━━━だから、そんな折に横合いから掛けられた声に気付けなかった。

 

「……びっくり。」

 

「あー、っと……驚かせちゃったかな?切歌ちゃんから食事の準備をしてるって聴いてコッチに来たんだけど……」

 

声を掛けて来たのは確か……天津共鳴、と言っただろうか。

ドクターの策略に私達と一緒に引っかかってしまった男……

 

「……そう。なら、盛り付けを手伝って。」

 

━━━━何故、私に声を掛けて来たのだろうか?

私には、それが分からない。元々、私の世界はマリアや切ちゃん、マムや美舟が居れば、それで良かったのだ。

だから、年上の男性との距離感なんて測った事も無い。

……それに……一旦お鍋の火を止めて、お皿を取り出す彼を見ながら、私は考える。

 

「ん、分かった。この紙皿でいいのかな?数は……」

 

「━━━━ドクターはどうせ食べないから、無くていい。」

 

「食べないって……まさか、研究に没頭するから拒否するとか?」

 

「……そのくらいならどれだけ良かった事か。ドクターはお菓子しか食べないの。

 ……私達が隠しておいた秘蔵のお菓子もドクターに嗅ぎつけられて食べられちゃったし……」

 

━━━━絶対に許さない。と決めている事件だ。忘れられる筈も無い。

 

「……天才ってのはどいつもこいつも、どうしてこう……」

 

そんな私の恨み節を聴いて、けれど何故だか頭痛を抑えるような風に頭に指を当てる彼。

 

「…………その。」

 

「ん?」

 

━━━━それを見ていたら、なんとなく思う。距離感は分からないけれど、やはり伝えなければいけないだろう、と。

 

「……ありがとう。私が倒れた時、助けてくれた人って……貴方の事なんでしょう?」

 

それは、買い出しの途中で私が急に熱を出して倒れてしまった時の事。

気を失った私は、けれど目が覚めた時にはお布団に眠っていて。

 

「……あぁ、うん。そうだね。そうなる。

 あの時はキミが混乱してしまうだろうからと何も言わなかったけれど……よく気づいたね?」

 

「親切な人が助けてくれたって、お店の人は言ってたんだけど……その前に、少しだけ会話が聞こえてた。

 その時に切ちゃんが《おにーさん》って呼んでたから……それで昨日、切ちゃんが貴方の事を()()()()()って呼んだ時にそれに気付いた……」

 

「そっか……そりゃそうか。切歌ちゃんと俺が出逢えたタイミングなんてそれこそあの日しか無いし、切歌ちゃんと一番一緒に居たって言う調ちゃんが気付くのは当然の事か……

 うん。どういたしまして。それに……キミにも怪我が無くて良かった。」

 

━━━━あの日、聴いた話から推測した通りに優しく、その人は微笑んで。

 

「うん……でも、一つ、訊いてもいい?」

 

「あぁ、構わないよ。答えにくい質問もあるだろうけど……まぁ、答えられる範囲ならなんでもどうぞ。」

 

━━━━その優しさを見て、昨日の会話を見て。だからこそ、心の中からふと沸き立った疑問。

 

「━━━━()()()()()って、何なの?」

 

━━━━何故、そんな踏み込んだ事を聴いてしまったのだろうか。分からない。自分が、まるで今だけは自分では無いような……ふわふわとした不思議な感覚。

だというのに、その疑問はするりと口から出て行って。

……ほら、彼だって固まってしまった。

 

 

━━━━しょうがないでしょう……あまりに無鉄砲で見てられないんだから……

 

 

「……?」

 

今、私は何を思ったのだろう?ふわふわに包まれるような、夢の中に居るような……ダメだ。思考が空回りして纏まらない。

 

「……俺の、願い。か……それは、そうだな。《手の届く総てを救う》事、なんだと思う。」

 

「━━━━なら、貴方は今どうして此処に居るの?手の届く範囲を決めたのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「━━━━それ、は……」

 

ふわふわ、くるくる、空回り。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()かのような、意識と無意識の致命的なズレ。

違和感が凄い。けれど……どうにも。その意思に悪意があるようには感じられなくて。

 

「……確かに、皆が笑って居られる未来は、尊い物なのかも知れない。

 それが無理難題だとしても、その為に挑み続ける事もまた、素晴らしい事なのかも知れない。

 ━━━━でも、今の貴方は本当に……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()では、貴方自身が救われない……」

 

━━━━私ではない誰かは、私の口を借りて彼に語り掛ける。

それは、荘厳な神託のようにも、血を吐くような独白にも聴こえた。まるで……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………わからない。俺は……手の届く総てを救う為に、手を伸ばす事こそを大事だと思って立ち向かっているけれど……

 ━━━━これが、俺自身の願いなのかどうかは……分からない。

 分からないけど……きっと、手を伸ばさなかったら……俺は一生後悔し続ける。

 手を伸ばしていれば助けられたかも知れないと思い続けるだろうから。」

 

━━━━あぁ、どうして。私ではない私は、彼にこんな質問をしているのだろう……

脳裏に過るのは、誰かの背中。青空のような蒼い髪と、鋼のような身体。

━━━━あなたは、だぁれ?

 

「━━━━そう……ならいつか、貴方自身の願いが分かったら……それを私にも教えて頂戴ね、共鳴クン?」

 

━━━━そうして、私ではない私は微笑む。

そして、その眼を見た彼は、何故かしばし固まって。

 

「━━━━え?

 ……あれ?」

 

彼が固まっている間に、私を覆っていた何かが晴れていく。

夢見心地だった感覚もすっかり元通り。うん、私は私だ。

━━━━けれど、アレは一体……なんなのだろうか?

私の中に、私でない私が居るというのに、何故か不安になる事も無い。

それは摩訶不思議だけど……まぁ、そんな事もあるだろう。

 

「……どうしたの?このままだとポトフも冷めちゃうよ、天津さん。」

 

「……あ、あぁ。うん、皆に渡してくるよ……アレは……気のせい、なのかな……?」

 

「━━━━ドクターと彼女の分は、一応私が持っていくから。」

 

「そう、だね……お願いするよ。」

 

━━━━ドクターと彼の相性は最悪だ。なんとなくそれが分かる。

だから、助けてもらった事のお礼も兼ねて、私はドクターの分を引き受けた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━つまり、マムはドクターの計画を逆用するという事?」

 

「えぇ……天津共鳴にも昨夜伝えましたが……彼は、ドクターは……神獣鏡のシンフォギアを小日向未来に纏わせるつもりでしょう。

 機械的起動では届かずとも、Linkerで増幅された装者のフォニックゲインでなら強制的にフロンティアの封印を解く事も不可能では無い筈。

 ……彼には、辛い役目を押し付けてしまっていますが……」

 

━━━━エアキャリアの操縦席にて、(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)はマムから今後の行動に関する説明を受けていた。

 

「……大事な人が目の前で弄られるのを指を咥えて見ていろだなんて……クッ!!」

 

そうしなければならない理由は分かれども。それでも……小日向未来と天津共鳴が連れてこられた理由の一端は私にもあるのだ。

思わず壁を叩いてしまう程、自分の無力さに腹が立つ。ドクターの暴虐を止められない、私のこの弱さが。

 

「マリア……ですが、今は耐える時です。フロンティアの浮上さえ成し得れば、ドクターの強硬策に付き合う理由は総て消え去る……」

 

「分かってる……分かっているわマム……!!でも私は、自分のこの弱さを認められないッ!!受け入れられないッ!!」

 

━━━━だってそれでは、あの焔の日にセレナを助けられなかった私と同じなのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……まったく。マリアは本当に優しいですね……いえ、だからこそのマリアなのでしょう……」

 

━━━━あぁ、フィーネならぬただの優しいマリア。貴方にこんな重荷を背負わせてしまうだなんて、(ナスターシャ)はなんて……愚かだったのでしょう。

異端技術が齎した災厄は、技術によって祓われなければならない?

……その為にこんな優しい子達に命を懸けさせ、挙句の果てに世界を敵に回すテロリストへと仕立て上げてまで?

 

「……なんて、愚かだったのでしょう。」

 

「……マム?」

 

「……いえ、なんでも。それよりもマリア……貴方には今後、ドクターの傍に着いてもらいます。

 切歌と調は戦力としては別けるのには向かず、天津共鳴もまた、単独で動けば裏切りとドクターに取られる可能性がありますので。

 ━━━━そしてどの道、彼は己の目的の為に独断を起こす筈です。その際に護衛として帯同し、隙あらば彼の計画を食い止める……謂わばダブルクロスとなるのです。」

 

━━━━世界を裏切らせた少女に、一時的にとはいえ、更には味方すらも裏切れと言う。

あぁ、なんとおぞましいのでしょうか、私は……

 

「……分かったわ。マム。指を咥えて見ているだけよりも、私にとっては余程いいッ!!

 セレナが生きるこの世界だけは絶対に譲れない……私がどうなったとしても、ドクターを必ず止めて見せるッ……!!」

 

━━━━あぁ、神よ。マリアが瞳に宿すこの決意の焔が、どうか彼女自身を焼いてしまわないよう……

科学の徒として生き、先史文明の存在を知り、とうに投げ出していた筈の祈り。

神に縋る弱さが、今の私の胸には宿っていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━なんで急に進路変更を?」

 

七彩騎士として本国の命令に従ってハワイの錬金術師を襲ったルガールと(宮本伊織)は、本国に戻る事無くそのままFIS追跡の為に日本へ向かっていた。の、だが……

私達が乗る原子力空母ブラックノアは、朝方からその進路を北西から南南西へと変えていた。

 

「━━━━ラズロめから連絡が入った。FISからの脱走者共が動き出した、とな。」

 

「アレ?あの子達って神獣鏡を奪っていったから、アクティブステルスでこっちから足取りを追うのは不可能なんじゃなかった?」

 

「さて、な。燃料不足でヤケになったか、或いは何かしらの秘策を見つけたか……いずれにせよ、第七艦隊の特殊任務部隊(スペシャルタスクフォース)が現地に向かうのに合流しろ、との事だ。」

 

「わーお。噂に聞く米国海軍太平洋艦隊の第七艦隊がお出ましとはねぇ……こりゃ、所詮単騎戦力でしか無い私なんかはお役御免かな?」

 

━━━━戦闘機の一機や二機ならどうにか出来るが、艦隊が相手となれば流石に射程が違い過ぎる。

七彩騎士は特記戦力ではあるが最強無敵では無い。だが個人戦闘力の高さ故に、裏の闘争には小回りが利く。

ようは役割分担というワケだ。となれば、こうして艦隊を動かす程の表沙汰になってしまった以上は私達七彩騎士の出番は無いだろうと睨んだのだが……

 

「━━━━いや、そうとも限らん。準備はしておけ。

 ()は用意してやる。」

 

……どうも、ルガールの考えは異なるようで。

 

「足、ねぇ……ま、一宿一飯の恩に加えて報酬まで弾むってんなら否やはありません!!それじゃ、ハンバーガー食べてるので細かい指示は追々よろしく!!」

 

「あぁ。お前はそれでいい。それで、な……」

 

━━━━さて、今度はどんな無茶ブリをされる物やら……

 

「うーん、まぁ……ノイズを叩き切れとか言われるのは覚悟しておくべきかもねぇ……」

 

理論上は不可能では無い事だ。七彩騎士として動く中で偶発的なノイズ発生に立ち会った事もあるし……位相差障壁が薄くなる交錯の一瞬に真芯を捉えて斬り捨てればそれで済む。

━━━━だが、実戦の中でそれを成し続けられるか?と、なれば話は別だ。なにせ、敵は正面から来るだけではない。

 

「三十……五十……うーん……一人で突っ込めばいいのなら同士討ちしないらしいし多分イケるけど、他の連中と隊列組まされたらちょーっと厳しいかなぁ……?」

 

━━━━言葉を零しながら、脳内にて刃鳴散らすのは実戦を想定した見取り稽古。

スペックデータはそうそう変わらない《兵器》であるのがノイズだと言う。ならば、脳内にてそれを再現出来ぬ道理も無い。

 

「フェイントや伏兵にそこまで注意しなくていいってのはありがたいんだけど……あ、でもドクターウェルが操ってたら話は別か。

 ━━━━いやー、面白くなってきたね。」

 

━━━━正直に言って、ノイズを斬る事自体はそこまで面白いワケでは無い。だってアイツ等機械的でつまんないし。

だが、ノイズが何時制御下に置かれてその戦法を豹変させるかが分からないという条件が、私の中の焔を静かに燃え上がらせる。

 

「悪意を持ってノイズを振るうその悪辣……それをも断てたのなら……」

 

━━━━あぁ、楽しみだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ドクター・ウェル。貴方は何故……此処までしてフロンティア計画の完遂を求めるのですか?」

 

最後となるだろうフロンティアへの道中で(ナスターシャ)は、私達を脅迫する男へと問いを投げかける。

 

「あぁん?なんです?急に。月が落下するその前に人類を新天地に集結させる……その旗振りを成し遂げる存在ッ!!

 ━━━━それはまさしく、人類救済の英雄と呼ばれる相応しいでしょう?」

 

━━━━だが、相互理解を求めた問いに返ってくるのは、どこまでも自らだけを見つめ続けた答え(エコー)だけ。

 

「……そうですか。貴方は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

あぁ、その才がもしももっと平穏な事象に向いていたのなら……或いは、そうでなくとも。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

━━━━それが無意味な仮定とはいえ、思わずには居られない。

天が二物を与えながらにして、誰にも己が力を分け与えようとはしない孤高の英雄……それが、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスなのだと、今更ながらにその断片を理解する。

 

『━━━━ッ!?』

 

━━━━そんな折に鳴り響くのは、他船舶の接近を知らせる警報の音。

 

「米国の哨戒艦艇……デスか!?」

 

「こうなるのもまた予想の範疇ですよ。なにせ今、我々のエアキャリアはアクティブステルス機能を停止しているのですから。

 ━━━━つまり、彼等を足止めしなければならないという事ですよ。精々派手にノイズをぶちかまして、世界救済の烽火として差し上げましょうッ!!」

 

「ッ!!そんなの……!!弱者を踏みにじってまで世界を救うなんて……ッ!!」

 

「……クッ」

 

強く、強く操縦桿を握りしめるマリアの姿を横に見ながら、私もまた唇を噛み締める。

後悔は幾らでも出来る。だが、目の前で世界を切り捨てようとしている彼を止められるのは、身中の虫に操られながらも、その虚勢を未だ遺した我々FISしか居ないのだから……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━出現パターン検知!!ノイズです!!」

 

「米国所属艦艇より応援の要請あり!!ノイズによる襲撃との事!!」

 

━━━━米国が横槍を入れた共鳴くんとFISの会談から二日が経った。

(風鳴弦十郎)と二課のメンバーは現場となったスカイタワー第一展望室の残骸、其処に遺されたデータからFISの目的地を日本南海のある地点と目して進行していた。

 

「場所はッ!?」

 

「太平洋上、東経約135度、北緯約21度ッ!!スカイタワー跡地から復元したデータ断片の情報と一致しています!!」

 

「やはりな……この海域から遠くないッ!!直ちに駆けつけるぞッ!!」

 

「━━━━応援の準備に当たりますッ!!」

 

俺の指揮に応じて真っ先に駆けるのは、やはり翼だった。防人としての場数が差を別けたのだろう。

 

「私、は……」

 

━━━━それに対して、響くんは動き出せない。

それを咎める気はない。むしろ、出撃しようと強情を張るようなら怒鳴ってでも止めるつもりだった。

だが……力があるのに誰かを助けられぬ無念は、痛いほどに分かるつもりだ。

司令としての役割を崩さぬよう腕を組み、誰にも見せぬままに一人、俺は拳を握りしめる。

 

「……お前はさ。此処に居てくれよ。あたしとあの人が全部終わらせて……共鳴も、未来の奴だって助けて来てやる。

 だから……な?お前は、此処から居なくなっちゃいけないんだよ……」

 

「うん……」

 

━━━━だから、そんな響くんを慮ったクリスくんの言葉が救ってくれたのは、響くんだけでは無かった。

 

「頼んだからな。それじゃ!!」

 

「……いってらっしゃい!!」

 

参ったなぁ、と周りからは見えぬように苦笑を一つ。男子三日逢わざれば刮目せよ、とは言うが。やはりと言うかなんというか、女性陣にもその言葉は当てはまるらしい。

ちょっと前までは、まるで新しい家に居着き始めた野良猫のような……そんな警戒心を持った少女だったというのに。

━━━━そして同時に、此処を帰るべき場所と決めてくれた以上は、それに報いるのが俺達の仕事だ。

 

「━━━━よし!!関係省庁、並びに米国本国に通達を送れ!!我々二課はこのまま米国艦艇を救援!!その後、FISメンバーとの決戦に入る!!」

 

『了解!!』

 

━━━━月の落下という未来への対策は未だ見えぬままだ。だが少なくとも、こんなやり方で成し遂げられるべきでは無い事だけはハッキリしている。

そして、其処に未来くんを巻き込む事などは更に以ての外だともだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━其処は、地獄だった。

火花散り、硝煙咽ぶ鋼鉄(はがね)の鉄火場。

 

……いいや、それだけでは無い。ドンドンと増えていくのは、炭の匂い。

━━━━ノイズに襲われ、炭と還った同僚の残骸だった。

 

(ファッキン)ノイズ野郎が!!タマ無しのクセに粋がりやがってッ!!」

 

「撃て撃て撃て!!位相差障壁があるとはいえ少しは通るんだ!!無駄弾じゃねぇ!!」

 

「ぎゃああああああ!!」

 

「クソッ!!チャーリーがやられたッ!!

 ━━━━コレでも喰らえクソ侵略者(ビッチ)が!!」

 

命が炭と還っていく。()()()()()()()()()()()()()()と、言葉無くもそう雄弁に物語るノイズ共。

クソッタレ。神よ、天にまします我らが神よ。祈りなんざとうに捨てて、親が遺した十字架一つも質に入れたオレの声なんざ届かないかも知れませんが。

 

「━━━━この悪しきモノからどうか、人々をお救いください。」

 

━━━━ブドウみてぇなノイズがその一部分を飛ばしてくるのが、どうにもスローモーションに見える。

あぁ、コレは直撃コースか。死球(デッドボール)で一発退場ってか、笑えねぇ。

 

「マリア……」

 

本国に置いて来たツレの名を呼んじまったのは、思わずの事。

今回の任務の攻撃対象(メインターゲット)が同じ名前だったもんだからと、もう炭になっちまった同僚共から揶揄されたもんだ。

 

━━━━言葉をトリガーに思い出すのは、輝ける日々。愛を囁き、愛を交わし合った……

 

 

 

 

         ━━━━そしてまた、一つの命が炭へと還った━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ふふ……ふひゃは!!いやぁ……やはりノイズは素晴らしい!!通常兵器ではまるで相手にならない位相差障壁ッ!!

 触れただけで相手を殺すその炭化能力ッ!!」

 

━━━━狂嗤を零すドクターを前に、(月読調)達は顔を伏せるしか無かった。

出来る事なら、その顔を膾斬りにしてやりたい……!!

けれど、それはダメだ。もしも失敗してしまえば、美舟の命は……無い。

 

「ヒャハハハハ……あァ!?」

 

━━━━だが、そんなドクターの鼻っ柱を叩き折る例外が、埒外のナニカが現れる。

 

『━━━━イヤッホォォォォォォウゥゥゥゥ!!』

 

━━━━それは、本当にいきなり現れた。

 

水上バイク……と言うんだっけ?

━━━━それに何故か立ち乗りした女性が、艦艇の甲板まで飛び上がって来たのだ。

 

『アクセルターンでラストストロークッ!!ついでにプレゼントもしてあげるッ!!』

 

━━━━そして、火花を散らしながら甲板を駆け抜ける水上バイクから彼女は転がり降り、即座に立ち上がる。

操り手を喪ったバイクはそのまま、攻撃の態勢に入っていたノイズに突き刺さり……爆発した。

 

「んな……ッ!?アレは……アレ、は……七彩騎士……ッ!!二天一流(ザ・ダブルキャスター)……ッ!!

 この土壇場で……またしてもッ!?」

 

『さてさて……お待たせ諸君!!護ってはやれないけど、的散らしくらいは受け持ちましょう!!』

 

画面の向こうでそう宣言しながらノイズの群れへと突っ込んで来るその女性は、その手に二本の刀を握り、白銀の髪を靡かせながら、死そのものである筈のノイズの中で舞っていた。

 

「なッ!?位相差障壁が弱まる一瞬を突いて!?

 ━━━━なんて神業ッ!?」

 

マリアが驚くのも無理はない。私だって、目の前で起きている事だというのに、その光景を信じられないのだから。

刀が閃き、ノイズが炭と消え果てる。本来不可能な筈のそんな事象を、彼女は平然と成し遂げている。

 

「……なるほど。彼女をノイズで倒すのは、今の我々では難しいようですね。

 ━━━━ならば切歌、調。二人で彼女を食い止めなさい。」

 

「ッ!?おいオバハンッ!!勝手な指示を出して貰っちゃあ……!!」

 

「━━━━ならば、どうするというのです?

 マリアはエアキャリアの操縦、天津共鳴は単独で出せば逃げられかねない。

 それに、二課も此方の動きには既に気付いている筈です。時間を掛ければ彼女と二課の装者達の挟み撃ちにすらなりかねない……

 天秤は、既に傾けられているのですよ。」

 

「グッ……!!」

 

マムが静かにドクターを論破する。私に否やは無い。だって、マムの指示はドクターよりも的確なのだし。

 

「わかったよ、マム。

 ━━━━行こう、切ちゃん。」

 

「あ、うん!!分かったデスよ!!」

 

━━━━走りながらに、Linkerを使う。ドクターが作る薬。ドクターにしか作れない薬。

まるで、私達を蝕む毒のようなその緑色が、今の私には恐ろしく見えて。

 

「━━━━それでも、私達は戦う。家族を救う為に。」

 

白い孤児院で、痛い実験と、飲みたくも無い薬を飲まされていた私達にとって、家族とは何が有っても護らないといけない大切な絆なんだ。

 

「━━━━だから、邪魔はさせない……!!」

 

━━━━たとえ、それがどんなに美しい人でも。

 

              ━━━━Various shulshagana tron(純心は突き立つ牙となり)━━━━

 

「━━━━首を傾げて、指からスルリ落ちてく愛を見たの」

 

                 ━━━━α式・百輪廻━━━━

 

まずは牽制。彼女の動きを封じ込める……そう思って放った百にも及ぶ鋸達。

━━━━だけど、それを放った瞬間に、()()()()()()()()()()

 

「フッ……!!」

 

━━━━鮮やかな一閃が、ノイズ達を切り裂いて。

 

「シンフォギアの調律を……ッ!!」

 

確か、アゲート・ガウラードとかいう七彩騎士も同じ事をやってのけたと聞いている。だが、それは織り込み済み。

予想より彼女の動きが速く、そして正確という、ただそれだけの事……!!

 

「DNAを、教育してくERROR混じりのRealism……人形のように、お辞儀するだけモノクロの牢獄。」

 

「あはははは!!美少女と追いかけっことは嬉しいわね!!でもまだ捕まる気はないわ、よッ!!」

 

━━━━本当に、彼女は速い。太刀筋だけで無く、ステップに関してもだ。

 

「━━━━ローラーでも追い付けないなんて……ッ!!」

 

「単純な速度ならそっちが上よ?ただ、コッチは歩法使ってるからね~」

 

それどころか、彼女は私と会話する余裕まである。

━━━━間違いなく、格上の相手。

 

だけど。

 

「━━━━忘れかけた笑顔だけど、大丈夫まだ飛べるよ。輝く、絆抱きしめ……」

 

『━━━━調べ歌おうッ!!』

 

━━━━だけど。私は、一人じゃないッ!!

急降下してきた切ちゃんと歌を合わせて、瞬間的に増大させたフォニックゲインで、大鋸を構えた私は加速する……ッ!!

 

                ━━━━γ式・裂擦刃━━━━

 

               ━━━━切・呪りeッTぉ━━━━

 

私達の一撃は、驚愕の表情を浮かべた彼女に……




━━━━剣に生き、剣に死ぬ。それこそが剣士という人でなし共の求める物。

確かに鎌は残酷に刈り取ろう。確かに鋸は無惨に抉り取ろう。

━━━━だがそれでも。この身を斬るにはまだ足りぬ。

剣が閃かす旋風が少女達の前に立ちふさがる時、戦姫達の真なる戦いの火蓋は切って落とされる。

されど、その天秤の揺り戻しが齎すのは……最悪へと到る、喪失へのカウントダウン。


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第六十八話 降臨のディバインミラー

ノイズという存在は、かつての神代からこの地上に現れる怪異の一端でもあるという。

……だが、そうであれば。此処で一つの疑問が生じる。

 

━━━━人類は、ノイズに抗する手段を全く持っていなかったのか?

 

位相差障壁という最強の盾、そして炭化分解能力という最強の矛。なるほど、まさに《人を否定する為の機構》としてノイズは完成した兵器だろう。

だがそれでも。連中が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『━━━━ま、そりゃな。話に聞く所によりゃかつての英雄達はその手に神話伝承に謳われる聖遺物を……それも、完全な物を握ってたってんだ。

 聖遺物の摩訶不思議な力ならノイズの位相差障壁を打ち破れるらしいし、恐らくはそんだけのこったろうさ。大半はな。』

 

(宮本伊織)の師匠はかつて、こう言っていた。

 

『……あ?なら、聖遺物無かったら人間何も出来ねぇのかって?んー、あー……

 ━━━━俺は、そうは思わん。なにせ剣しか知らんからな俺等は。その俺等が()()()()()()()()()()()()()()()それこそ矛盾だろうがよ。

 銃で撃った方が話が早いし、なんならそんな風に武を振るうよりも先に政治で叩き潰した方が遥かに話は速く済むってのに、それでも俺等は《武》としての剣を振るうんだ。

 なんでまぁ……哲学兵装なんてシロモノが世に存在するらしい以上……剣を振る事が無意味とは思わんさ。俺はな。』

 

━━━━要するに、《斬る》という行為そのものにも哲学が乗るかも知れない、みたいな話。

 

「……ま、実際の所、銃より刀の方がノイズへの通りがいいのは確かなのよ、ねッ!!」

 

『━━━━なッ!?』

 

━━━━思考は回しながらも、体幹はブレず、剣閃は鈍らず。

飛び降りて来た少女達の必殺を目論んだ挟撃……鋸による横からの圧迫と、鎌刃による上へ逃れる事の封じ込め。

確かに強力だが……それでも、命を奪おうとはしない甘さが見えるそれを下を潜り抜けて回避する。

 

「いい子達よねーホント。命張った鉄火場でも命までは取ろうとはしない。

 私的には生温い感じだけ、どッ!!」

 

確かに桃色の少女の鋸刃は受けるには危険だし、緑色の少女の鎌刃は回転ゆえに受ける事も出来ないだろう。

━━━━だが、それだけだ。受けなければ問題は無いし、むしろその大鋸は上からの鎌刃の投擲への盾にすらなってくれる。

 

「クッ……!!切ちゃん!!」

 

「分かってるデスよ、調!!二人の歌を合わせて……ッ!!」

 

「━━━━分からず屋には、いいお薬を処方してオペ……しま、しょうッ!!」

 

着地した緑の少女は、落着の勢いそのままに鎌を圧として斬りかかり、翻って桃色の少女は大鋸を仕舞いこんで下がりながら初撃に見せた鋸の連射へと移行する。

歌を合わせるという言葉に嘘は無いようで、その速度も、数も、初撃の時とは質が違う。

 

「━━━━とッ!!コレは流石に逃げ切れない!!」

 

「当たり前デスッ!!アタシと調の組打ち!!アンタの二刀にだって負けやしないデスッ!!

 ━━━━交錯してく、刃の音が……何故か切ない狂詩曲(ラプソディ)に!!」

 

恐らく、視野が広いのだろう。桃色の少女の連射は的確に私の逃げ道を塞いでくる。

そして、そうして塞がれ、刃の籠の中に閉じ込められ、受けに回る私の刀を両断せんと迫る死神の鎌。

 

━━━━あぁ、なんて……なんて……

 

「……うーん!!面白い!!」

 

━━━━私には、剣しか無い。剣に生き、剣に死ぬ。

いつかどこかで、誰にも証を遺す事無く散るだろう事に気付きながらも、それを是とした()()()()()()()()()

故に私は常に死線と共にあり、私と相対するのは常に死ばかりであった。

 

だから。初めてなのだ。

私と立ち会って、格上と思い知り。それでもなお、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような存在は。

━━━━きっと、それは。シンフォギアという物がどこまでも防性に特化した武装だからなのだろう。

 

「何が、面白いんデスかッ!?」

 

「あはは。ごめんごめん。悪意を以て嘲笑ってるワケじゃないのよ?

 キミ達の輝きが、あまりに眩しいから、さッ!!」

 

一合、二合。そして、鎌による三合を待たず押し寄せる鋸を打ち払い、私は攻勢へと転じる。

本当に楽しい時間だが……残念ながら、永遠に踊り続ける事は出来ないのだから。

 

「ッ!?」

 

「切ちゃん!?」

 

━━━━刃物とは、基本的に引かねば斬れない物。それ故、その外見のおどろおどろしさに比べて鎌というのは存外使いづらいモノなのだ。

だから、その刃圏の内側へと入り込み、私は緑色の少女の持つ長柄を掴んで……後ろに投げ抜ける。

 

「なんデスとォー!?」

 

「切ちゃんが、大根みたいに引っこ抜かれた!?でも、追撃はさせない……ッ!!」

 

体勢を崩し、後ろへと放り投げた事を緑色の少女を仕留める為と読んだのだろう。桃色の少女は同士討ちになりかねない鋸の連射を止め、展開した大鋸で迫ってくる。

だが。

 

「━━━━悪いが、狙いは彼女(そっち)じゃなくて……キミだよ。」

 

━━━━厄介なのは、桃色の彼女だ。近距離戦では大ぶりながらも防御が難しい大鋸で両断し、遠距離戦となれば鋸の連射で此方の道を塞いでくる。

太刀筋はまだ未熟ながらも、その視野の広さには驚かされる。

 

「━━━━ッ!?ハァァァァッ!!」

 

だからこそ、先に仕留める。予想通りの大振りを最小限の動きで躱し、その懐へと飛び込む。

とはいえ、斬る事は目的では無い。流石にシンフォギアのバリアコーティングを一刀に斬るには一拍の《溜め》が必要になるし……

そもそも、ルガールからは装者の生け捕りを依頼されている。

 

「━━━━シンフォギアってのは、歌わなきゃ力を産み出せないんでしょう?なら……高い防御性能があっても、()()()()()()()()()()()。」

 

「がッ……!?」

 

故に、刀を振り抜くのでは無く、その柄を腹部へ向けて押し出す。

衝撃が一切通らないワケでは無いらしいので、横隔膜の痙攣を狙って叩き込んだその一撃。それは狙い通りに少女の呼吸を一瞬停止させる。

 

「ほっ、と。」

 

そして、呼吸が停止したその刹那の緩みに合わせ、首筋にもう一刀の柄を叩き込んでその意識を奪う。

流石に意識を喪ってはギアの維持もままならないのだろう。私の腕の中に倒れ込んで来る少女の身体からギアは剥がれ落ち、暖かそうな元の服装へと戻る。

 

「調!?何しやがるデスかッ!!」

 

「悪いねー。私への依頼はハナからコレだったのよ。仲良し二人を引き裂くのは悲しい事だけれど、まぁ()()()()()()と諦めて欲しいかな。」

 

抱き留めた少女の重さを感じながら、後ろに立つ緑の少女へと私は告げる。

まったく、転んでもただでは起きぬとはこの事か。ハワイの一件が失敗したからと即FIS脱走組の追跡に噛んで行く事で略取しようとは。

 

「それじゃ、またね……━━━━ッ!?」

 

後はこの少女を連れたまま脱出すればいい。逃亡用の高速艇は既に空母の近くまで来ているから後は其処に飛び移るだけ……

━━━━そう思った瞬間、()()はやってきた。

 

「ッ!?」

 

━━━━海中から水柱を挙げながら現れたそれは……

 

「ミサイルッ!?」

 

「━━━━いいや!!剣だッ!!」

 

しかも驚いた事に、そのミサイルはミサイルであってもミサイルでは無かった。内部に詰まっていたのは炸薬の類いでは無く、人。

二課側のシンフォギア装者二人が、ミサイルに梱包されて戦地直送されて来たのだ……!!

 

「うっそォ!?」

 

━━━━対応が早い!!私の言葉に対するよりもなお速く、蒼い少女は桃色の少女を抱える私だけに当たるコースで短刀を抜き放っている。

しかも、この短刀……なんだか凄く《イヤな予感》がする。弾き落としたというのに、頭の片隅に残って警鐘を鳴らし続ける……!!

 

「……って、動けない……簡易的な催眠導入!?」

 

                 ━━━━影縫い━━━━

 

「状況は分かんねぇが……アンタ等米国にむざむざソイツ等を渡すワケにはいかねぇ!!」

 

影を取られて動きを縛られた私の手から、乱入してきた片割れの赤い少女は桃色の少女を奪い取り、流れるようにギアのペンダントをも確保し、傍らにて私に刀を向ける蒼い少女へと投げ渡す。

 

「……一応訊くけど、キミ達って敵同士じゃなかった?」

 

「あぁ。今だって敵対してるっての。

 ━━━━だがな、敵の敵は味方なんても言うが、コッチにとっちゃ米国だってどっちかと言えば敵なんだ。

 フィーネとお互い仲良く裏切って嵌め合おうとしてた米国に渡すくらいなら……コッチが受取人になった方がまだマシってもんだろ。」

 

「ごもっともで……依頼人の狙いもまぁ間違いなくそういう実験だろうし、ねッ!!」

 

催眠導入、それも短刀一本で行うとは大した技前。とはいえ、ワンアクションという簡易的な物である以上、破りのコツを掴んでいればこのように破る事はそこまで難しくはない。

……だが、そうして術を破るまでの一瞬の間に、形勢は逆転してしまっていた。

 

「さぁ、どうする。如何な七彩騎士とはいえ、二対一対一では分が悪かろう?」

 

「……うーん、そうなのよねぇ……」

 

━━━━ただ殺し合うだけならば、厄介な二人(桃と緑)のコンビネーションは封じた以上、この数の差とて絶対的な不利では無い。

だが、依頼は生け捕り。それもソロモンの杖によるノイズの追加がいつ来るかもわからぬとなれば……

 

『━━━━()が配置に着いた。陽動ご苦労、そのまま帰還しろ。』

 

そんな折に入る通信はルガールからの物。だが。

 

「……その役目は聞いてないんだけど?」

 

『あぁ、言っていなかったからな。だが、派手に暴れるのは得意分野だろう?』

 

なんとまぁ。悪のカリスマというのは後出しも得意なようで。

とはいえ、二段三段と策を構えるのは策士の常道なワケだし。

 

「ま、その通りと言えばその通りか!!

 ━━━━それじゃ皆さん、私は撤退命令も出たのでまた今度!!じゃーねー!!」

 

そうと決まればさっさと退散するに限る。命を賭けて切り結ぶ中でノイズに殺されるのならいいのだが、そうでないならまだ早い。

 

━━━━世界とか、哲学とか、色々な物をまだ斬れていないのだし。

 

「ほッ。よし出してー!!」

 

「アイ、サ―!!」

 

「せめてマムにしてくれないかなぁ其処はさぁ!?」

 

「アイ、アイ、マム!!」

 

「ヨシ!!出発進行!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……なんだったんだ、ありゃ……?」

 

あたし(雪音クリス)の理解を超える勢いでぐりぐりと話が動いている事をなんとなく感じ取りながらも、この場に居る誰もが甲板から飛び降りて行った七彩騎士をただ見送るしか無かった。

 

「……ハッ!!そうデス!!調を返すデスよ!!」

 

そんな中で、真っ先に忘我から戻って来たのはアカツキ……だったか?緑のギアを纏った少女。

 

「悪いがそれには応じられねぇな。返して欲しいのはコッチだって同じなんだ。最低でもアイツ等と交換くらいじゃなきゃ割に合わねぇし、お前等に譲歩する理由もあたし等にはねぇ。」

 

「う……それは……」

 

「……ん、んぅ……?ここ、は……?」

 

人質と取っているのはお互い様だ。だからこそ応じられないという否定の意思を交わす中で、腕の中の少女……調が目を覚ます。

 

「悪いな。さっきの七彩騎士にお前が気絶させられちまってたから、横入りして掻っ攫っちまった。」

 

「……ッ!?」

 

「……ソロモンの杖にアイツ等……奪われた全部を返してもらうぞ。アイツ等はどこに居る!!」

 

「それ、は……」

 

腕の中の少女に、あたしは問う。

━━━━宙から光が降って来たのは、その瞬間だった。

 

「━━━━Rei shen shou jing rei zizzl(鏡に映る、光も闇も何もかも)

 

「……え?」

 

それは、聖なる詠唱。

それは、知らぬ言葉。

なのに、なのにどうして……

 

━━━━()()()()()()()()()()()()()

 

『え……?そんな、まさか……未来!?』

 

━━━━紫のシンフォギアを纏った小日向未来が。

着地の衝撃で舞い上がった煙の中に立っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……神獣鏡。それは魔を祓い、しかして光も闇をも映し出すが故に人の心を惑わし得る物……機械的起動では封印解除に足りぬ出力を、適合者によって起動させ補おうとは……

 貴方は、本当に手段を択ばぬのですね。ドクター……!!」

 

エアキャリアの操縦席にて、(ナスターシャ)は歯噛みする。

FIS四人目の装者と仕立て上げた少女を、二課の側にに傾いた天秤を揺り戻す為に投入したドクターの策。

それは確かに最善手ではあろう。だが……

 

「んー。人聞きが悪い!!ボクはただ《彼女》の願いを叶えてあげただけですよ?

 ━━━━親友を救いたいという尊い願いをねェ!!」

 

「屁理屈を……!!

 適合係数を以てリディアンに集められた装者候補の一人である彼女を、貴方のLinkerによって何も分からぬまま無理矢理に装者と仕立て上げるなどと……!!」

 

大方、融合症例(立花響)の解呪を餌と釣ったのだろうが……機械的起動の出力での融合症例へのアタックすら行っていない。

それをわざわざ彼女にギアを纏わせるのは、フロンティアの封印解除が主目的としか思えない。

 

「ん、ん、ん~。大筋は合ってますがちょお~っと違うかなァ?

 Linkerブッ込むだけでホイホイシンフォギアに適合出来たら誰も苦労しませんよ。それなら装者量産し放題のやりたい放題だ。」

 

「……ならば、何故あの子はギアを纏っているのです!?」

 

それではおかしい。道理が通らない。確かにLinkerを使ってもなお、マリア達を蝕む適合の到らぬ部分はバックファイアとなる。

だとしても、目の前に神獣鏡のシンフォギアという結果が存在する以上、それを成し遂げた解が存在する筈なのだ……!!

 

「━━━━愛、ですよッ!!」

 

「━━━━何故そこで愛ッ!?」

 

━━━━意味不明。かつ、理解不能。そう言うほか無い。愛……愛ッ!?

確かに、櫻井理論にはブラックボックスとなった部分が多い。特に、彼女(櫻井了子)や目の前の彼が作るLinkerが脳のどの部分へと作用しているかなどは我々門外の学者には伝わっていない。

……だとしても。愛という感情が聖遺物の起動にすら作用するなど、異端技術に携わる私にとっても理解のほどを超えた理論だ。到底はいそうですかと納得する事は出来ない。

 

「━━━━これ以上親友を戦わせたくないという想いッ!!自分だけが世界で唯一親友を救えるという使命感ッ!!

 その願いを、Linkerが文字通りに神獣鏡へと繋げてくれたのですよォッ!!

 ヤッバいくらいに麗しいじゃあアリませんかァ!?」

 

━━━━狂っているのか、それとも、真理の一端に到達した天才なのか。

……私には、貴方が分からない。ドクター・ウェル。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「a、AAAAAAAA━━━━!!」

 

「小日向、さん……!?」

 

「……んで、なんでそんな恰好してんだよ!!」

 

混乱するあたし(雪音クリス)とあの人の前で、少女は絶叫する。

 

「……彼女は、ドクターが用意した新たな装者……Linkerによって急ごしらえに仕立てられた。

 だからこそ、私達以上に……」

 

あたしの腕の中に捕らえられた少女が言い放つ言葉は、絶望を齎す物。

言い淀んだその先に続く言葉なんて、言われ無くたって分かる。

 

「ふざけやがってッ!!」

 

「……行方不明になっていた小日向未来の無事を、確認。ですが……」

 

「━━━━無事だとッ!?アレを見て無事だと言うのか、アンタはッ!?

 ……だったらあたし等は、あのバカになんて説明すればいいんだよッ!!」

 

共鳴……お前はいったい、今どこに居やがる……!!

こういう事になる前に止めるのがお前のやり口だろうが……ッ!!

 

━━━━そんなあたし等の困惑を意にも介さず、あの子(未来)は動き出す。

その虚ろな目を隠すようにバイザーを閉じ、獣のような面構えとなったギアと共に浮き上がる。

 

『ッ!?』

 

あぁ、戦うのか。戦ってしまうのか。お前が。

アイツにとっても、共鳴にとっても大切な存在で、あったかい場所だった筈のお前が。

 

「……だったら、止めるのはあたしの役目だ!!」

 

あったかい場所があって、其処に……あたしも居たっていいんだって教わった!!

けど、其処にお前が……未来が居ないのは御免だ!!

あぁ、まったく!!どこまでもあのアホ(天津共鳴)の影響が抜けきらない!!

……けれど、だからこそ。

 

「でやァァァァッ!!」

 

          ━━━━QUEEN'S INFERNO━━━━

 

あの子が手に持ったアームドギアから放つビームを避けながら、お返しついでに手にしたボウガンから矢を撃ち放つ。

だが、それをあの子は浮き上がりながらに避けて、海へと向かって落ちていく。

 

「━━━━いや、降りたのかッ!!コッチと違って制空権を握れてるからッ!!」

 

ならば、更に上から土砂降りを降らすだけの事ッ!!制圧射撃なら単発式のあのビームよりもあたしの方に一日の長がある……ッ!!

 

「━━━━撃鉄に込めた想い。あったけぇ絆の為……ガラじゃねぇ台詞。でも悪くねェ……」

 

          ━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

制圧射撃なら適任はコイツしかねぇ。十億連発(ビリオンダラー)を叩き込む為にアームドギアをガトリングに変え、着地した護衛艦の甲板からぶっ放す。

 

「イ・イ・子は……ネンネしていなッ!!」

 

散発で単発なアイツの反撃を押し切るように、ガトリングをブン回して弾をブッ放し続ける。

とにかくまずはアイツの動きを止めるんだ……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━エアキャリアの一室で、(天津共鳴)は自らの無力を押し殺して拳を握っていた。

通信は切れている。だが、爆発と砲火の音は、エアキャリアの駆動音に紛れる事無く、俺の耳にも届いている。

 

「……クソッ!!」

 

手の届く総てを救いたいと、そう願った筈の俺の想いはいつの間にか空回りを重ねてしまっていて。

護りたいと握り込んだ筈の未来の手も、ウェル博士の悪意にすり抜けて行ってしまった。

 

「…………あの、大丈夫……ですか?」

 

「……あぁ、うん。大丈夫だよ、美舟ちゃん。」

 

そんな俺に声を掛けてくれるのは、同じくウェル博士の悪意に晒された少女、天逆美舟。

……やはり、どこか懐かしさを感じる彼女。そんな彼女に打ち込まれた非情の証である首輪と左腕。

それを、俺は痛ましいと思ってしまう。

 

━━━━こうなる前に、彼女に手を伸ばせれば良かったのに。頭を過る想いを、首を振って振り払う。

馬鹿を言うな、天津共鳴。確かに俺は……手の届く総てを救いたいと願った。だけど、それは手の届く範囲を決める事。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、最初から分かっていた筈だ。

 

「……その。無理は……しないでください。」

 

「……ごめん。心配かけちゃったかな。」

 

「いえ……その……うん、そうですね。心配……しました。」

 

……そういえば。彼女はどうしてあの時、俺の計画の粗を突くウェル博士を止めたのだろうか。

いいや、そもそもそれ以前に。何故俺は、彼女に既視感を感じるのだろうか?

━━━━その理由から、眼を逸らしてはいけない気がする。

 

「……その、さ。変な事を訊くようで悪いんだけど……キミと俺は、昔に出逢った事が無いかな?」

 

━━━━その言葉への反応は、劇的だった。

まるで、水も無い砂漠を流離(さすら)う中でオアシスを見たような、そんな表情。

俯いていた少女の眼が輝くのを見て、俺はようやく痛感する。

……あぁ、なんて事だ。俺は、ずっと大事な事を忘れてしまっていたんだな、と。

 

「……はい。一度だけ……一日だけ。たったそれだけの話です。

 ……思い出せなくて当然だし、覚えてないだろうと、私も思ってました。

 そんな都合のいい話は無いって……」

 

━━━━一日だけ。あぁ、そうだ。マーティンさんやジョージさん達の証言で発覚した、米国特殊部隊による日本国内での略取事件。

その被害者の一人と、俺はかつて一度だけ逢っていたのだと。

ルナアタック事件の際、俺と二課の面々が未来を巻き込む事を過剰に恐れた理由の一つにもなったその少女の名前は……

 

「━━━━天舟、美坂ちゃん?」

 

「━━━━━━━━覚えてて、くれたの?」

 

「……ごめん。昔に逢った時の事は、もう殆ど覚えてない。名前を知っていたのは、全部が終わってしまった後の調査報告書を読んだからなんだ。」

 

なにせ、何度も逢っていてようやく思い出したのだ。覚えていたなんては口が裂けても言えないだろう。

だから、真摯にそれを伝える。

 

「……ううん。むしろ十年前に一度だけ出逢った相手を覚えている事の方が珍しいと思う。

 ━━━━それでも、思い出してくれてありがとう。貴方の人生の片隅に居た、小さな女の子の事を、覚えようとしてくれて……本当にありがとう。

 ……うん。だったら……もう何も怖くない。怖くは無い。だって、()は……」

 

涙を零して感謝を伝えてくれる美坂ちゃんの姿はとても綺麗で。

けれど、俺としてはやっぱりどこか居心地の悪さを覚えてしまう。彼女は覚えていてくれたのに、俺は覚えても居なかっただなんて……

 

━━━━そう思っていたから。俺もまた、美坂ちゃんの行動に度肝を抜かれる事になったのだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「脳へと接続されたダイレクトフィードバックシステムによって……己の意思とは関係無くプログラムされたバトルパターンを実行ッ!!

 流石は神獣鏡のシンフォギア!!それを纏わせるボクのLinkerも最高だッ!!」

 

━━━━快楽物質がドバドバなのが自覚出来る。なんたって、ボク(ウェルキンゲトリクス)の思い通りに事が運んでいる……つまり、ボクの目の前に英雄への道があるのだッ!!

 

「……ですがそれでも。偽りの意志ではあの装者達には届かない。」

 

「……フン。」

 

ばあさんの負け惜しみを聞き流しながら、それでも頭の片隅では冷静に戦力を分析する。

FISは完全に掌握した。彼女等はもうボクに対して牙を剥けない。幾ら吠えたてようと、檻の中の子犬なんざ怖くは無い。

そして、二課の装者達。確かに、神獣鏡のシンフォギアの戦闘力自体は彼女等に及ばないだろう。

━━━━だが、だからこそ彼女を選んだのだ。融合症例第一号を強く想い、なおかつ()()()()()()()()()()()()()()()()()

彼女等が甘ちゃん揃いな事は把握している。なにせボクごと巻き込めば殺せる状況を悉く無下にする連中なのだ。屈辱的ではあるが、それを利用しない手は無かった。

DFSによって神獣鏡のシンフォギアと強制接続された彼女の脳は別たれる事を良しとしない……強制的に外せば脳に損傷を起こすという、いわば簡易的な首輪にもなるという事。

 

「ふひひ……コレでボクは英雄確定だァ……ァン?」

 

そんな折にボクの耳に入ってくるのは、船内からの通信を告げるコール音。

これ以上の横入りなんざ御免被るが、無視するわけにもいかないだろう。

 

「なんです?」

 

『━━━━ドクター。ドクター・ウェルキンゲトリクス。

 お兄ちゃんを……天津共鳴を解放しなさい。』

 

「……は?」

 

━━━━言っている意味が、分からない。

 

()の我儘を聴けと言っているんですよ、ドクター。

 天津共鳴を()はこれから逃がします。その邪魔をしないように。』

 

「……ふざけるなァ!!分かってんのかお前はァ!?

 ボクはお前の首輪(ギアス)のスイッチを握ってるんだぞ!?

 このボクに命令するんじゃあねぇーッ!!ボクが上ッ!!お前等は下だッ!!」

 

どういう事だッ!?あの女……天逆美舟は、フロンティアを起動する為に居ただけの用無しッ!!

その性格だって把握している!!

 

「美舟……まさか……!?」

 

「ハ!!自分の命を懸けてでも、その男を逃がしたいってのかァ!?お前はァ!!」

 

『━━━━えぇ、そうです。()はもう決めたんですよ、ドクター。

 命惜しさに仲間の重石に成り果てる、弱い自分とはサヨナラするって!!』

 

苛立たしい、腹立たしい、憎たらしいッ!!

なんなんだ!!このボクの完璧な計画を前に、誰も彼もが邪魔をするッ!!

 

「脅しじゃあ無いッ!!その首輪を今すぐ爆破してやったっていいんだぞッ!?」

 

誤算があった?いいや、違う!!ボクは誤算などしていないッ!!天逆美舟にそんな度胸は無いッ!!自己主張も薄く、命を投げ出す程の覚悟も持ち合わせない数合わせッ!!

━━━━その筈なのに……!!

 

『━━━━やればいいでしょう?ですが、それをした瞬間、マリア達を縛る鎖は何もかも千切れ飛ぶ。

 マリア達を首輪無しで御しきる覚悟があるなら……どうぞご勝手に。』

 

━━━━首輪を重ねた、その弊害。

首輪一つで総てを操るという事は。逆に言えば、首輪一つ喪えば、総てを操れなくなるという事でもある。

考えていなかったワケでは無い。だが、マリア達がわざわざ逆らって天逆美舟を危険に曝すとは考えづらかったし、

何よりも《自分の命を盾に交渉に引きずり出す》など、天逆美舟の性格からして有り得ない筈なのだ……!!

 

「ぐ……クッソォォォォ!!嘗めやがってェェェェ!!」

 

『……決められないでしょう?ドクター。それは、貴方が私達に掛けたのと同じ首輪(ジレンマ)

 だから、貴方にそれは外せない。』

 

『美坂ちゃん……!!けどもしドクターが決めてしまえば……!!』

 

『━━━━大丈夫だよ、お兄ちゃん。ドクターは決められない。

 だけど、そうだね……お兄ちゃんもまた、このままだと決められないと思う。

 だから……()を、助けてね?』

 

『━━━━美坂ちゃん!?クソッ!!あぁもう、なるようになれだ!!』

 

「……まさか!?」

 

通信の先から聴こえる、異様に距離感の近い二人の会話に感じるイヤな予感をそのままに、エアキャリア後部へと走る。

 

━━━━だが、其処には最早誰も居ない。あるのは、開かれたドアから吹きすさぶ風の流れだけ。

 

「クソッ!!」

 

そのドアから見下ろせば、其処に見えるのは、落ちていく少女を抱き留める少年の姿。

 

「飛び降りた、だとォ……ッ!?」

 

爆破するか?

……いいや、此処で爆破してしまえば彼女の言う通りに首輪は無くなる。

 

「クソッ!!……天津、共鳴ィィィィ!!」

 

━━━━距離を取りがちな彼女があの男の事をお兄ちゃんだのと呼んでいた。それはこの行動と無関係では無いだろう。つまり、天逆美舟に決意を握らせたのはあの男という事。

 

「いつも、いつも、いつも、いつもォ!!ボクの完璧な計画の前に現れて邪魔をしやがるッ!!なんなんだお前はッ!!」

 

一度はボクの手に落ちたというのに、それでもなお……悪足搔きにも程があるッ!!

 

「━━━━絶対に許さん。計画の修正のついでに……お前だけは、確実に葬ってやる……!!」

 

━━━━頭脳を回転させろ、ウェルキンゲトリクス。

ボクに解けない問いなど、この世には存在しないのだから……!!




━━━━鏡に映る光も闇も、その総ては真にして偽。
救いたいと願った人が、その救いこそを拒絶する。

だからこそ、向かい合った二人が交わすなら、想いだけでは足りなくて。
閃光は今暁光となり、運命の刻への最後の鐘を鳴らすのだ。

━━━━新世界への、その扉を開く為に。


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第六十九話 相対のミドルオブナウウェア

『イチイバル、圧倒していますッ!!』

 

『コレなら……!!』

 

「アンタの神はバカンス中……南無阿弥陀仏もIt's sold out(品切れだ)

 One、Two、Three……跪け……ッ!!」

 

あたし(雪音クリス)は歌う。胸の歌を。

 

「━━━━貸し借りはイーブン(無し)がいい、若干貰いすぎなLuck(幸い)……釣りを返したい。」

 

米国海軍(USネイビー)の護衛艦。FISの追跡という任を負ったとはいえ、罪を犯したワケでも無い彼等を巻き込むワケにはいかない。

故に、甲板を足場に再び宙へと踊り出す動作は最小限のもの。

 

「だから行かせろ……!!」

 

どんな理屈に依ってかは知らねぇが、宙を滑るように飛ぶあの子のギア。その進路を妨害し、どうにかこうにか空母の上へと誘導する。

 

だが……やりづれぇ!!助ける為とはいえ、あの子はあたしの恩人だッ!!

何度も、何度も、あの子に弾丸が当たった。その度に、心が痛む。

フィーネに捨てられ、雨に濡れるあたしを救ってくれたのは間違いなくあの子なのに。

そんな恩人に、鉛玉の返礼しか渡してやれないなんて……ッ!!

 

あの子が空母へと降り立ったのを見届け、あたしはこのふざけた戦いに終止符を打つ為に叫びを挙げる。

 

「━━━━Hyaha!! Go to hell!!

 さぁ、スーパー弾丸タイムッ!!硝煙薫る薬莢レイン、サーカスを踊れェッ!!」

 

━━━━MEGA DETH PARTY━━━━

 

引き出すミサイルは、かつてのあの夕焼けにぶっ放したのと同じモノ。

それを、あの子は空を飛んで逃れようとする。素人の筈のあの子が初めてギアを纏うというのにその動きに迷いは無く、恐らくはプログラムされた物なんだろう。

 

「Hyaha!! Go to hell!! この教わった愛……銃に込めたなら、深呼吸……解き放て……!!」

 

━━━━だから、こうして後から鉛玉を追加してやるだけで、ギアは身動きが取れずにミサイルの霰の中へと落ちていく。

 

「……あとは、コイツを外しちまえば……」

 

……そして、爆炎の中で倒れるあの子の痛ましい姿。それを目の前に揺れそうな心を堅く縫い留めて、あたしはそのギアに手を……

 

「ッ!!ダメ!!その子はギアを脳とリンクさせられてる!!脆さの由縁はそれ故にッ!!」

 

「━━━━んだとッ!?」

 

急ごしらえの装者にプログラムを打ち込む為に、脳ミソまで弄繰り回したってのか!?

あまりの非道外道に驚愕するあたしを前に、あの子は痛みなど感じていないかのように動き出す。

 

「━━━━避けろ、雪音ッ!!」

 

後ろから響くあの人の声に言われるまでも無く、目の前の紫のギアが、鏡に写したあたしをロックしているのが肌で感じ取れる……ッ!!

 

━━━━閃光━━━━

 

「ッ!!とォッ!?なんだ、そのちょせぇのッ!!」

 

閃光のような数多のビームを撒き散らすあの子から距離を取る。散発程度に当たりゃしないが、それでも空いたこの距離は、始めと同じ構図に逆戻りしちまった事を示している……

そして、あの子もその距離を認識させられているのだろう。アームドギアを仕舞いこみ、ギア全体を円形の鏡のように変形させ始める。

 

「大技か……ッ!!だが……!!」

 

チラ、と垣間見るのは、ちょうどあたしの後ろに座り込む少女。先ほどあの子から紫のギアを引き剥がしてしまう所だったあたしに忠告をくれた彼女。

その身に纏う桃色のギアは、アカツキを牽制するあの人に渡したままだ。

 

━━━━なら、あたしが護んなきゃいけねぇだろう……ッ!!

 

「━━━━閃光……始マル世界

 ━━━━漆黒……終ワル世界」

 

輝きが集う。やはり大技ッ!!根こそぎ巻き込む規模のッ!!

 

「調ェェェェ!!」

 

「殲滅……帰ル場所ヲ、陽ダマル場所ヲ……

 流星……アノ日ハ遠ク、追憶……総テガ遠ク……」

 

「━━━━だったらァァァァッ!!」

 

正面から、このあたしがッ!!何度でも受け止めてやるッ!!

強制的に止められないってんなら終わるまで付き合ってやらぁ!!

 

━━━━流星━━━━

 

「返シテ……返シテ……残響ガ温モル歌……」

 

「リフレクターでッ!!」

 

先ほどの散発とはワケが違う熱量ッ!!身体を覆い尽くす程の巨大なビームッ!!

だが、それがビームだってんなら、あたしのギアには秘策があるッ!!

 

「━━━━指をすり抜ける、キミの左手……私だってキミを、護りたいんだ……!!」

 

聴こえる歌は、いつのまにやら吐露するように切実な歌詞へとその色を変えていて。

 

「くっ……ううゥ……ッ!!」

 

その切実に答えるかのように、ビームの圧力は強く、重い。

 

「━━━━調ッ!!今のうちに逃げるデスッ!!

 その輝きに消しさられる前にッ!!」

 

「ッ!?どういう事だ!?」

 

━━━━外野がふざけた事を抜かしやがる。

イチイバルのリフレクターは月を穿つ一撃をも偏光出来るッ!!

ソイツがどんな聖遺物から作られたシンフォギアかは知らねぇが、今更そんなのブッ込まれたって……

 

「━━━━あの懐かしのメモリア、二人を()()メロディーを……過去も今日も、そうそして……未来も!!

 私は絶対譲らない。もう遠くには行かせない……!!」

 

「━━━━って、なんで押されてんだよ!?」

 

「無垢にして苛烈。魔を退ける輝く力の奔流……コレが、神獣鏡(シェンショウジン)のシンフォギア。」

 

「こんなに好きだよ……ねぇ、大好きだよ……!!」

 

目の前に広がる現実は、けれど予想とはまったく異なる結末を迎えていて。

 

「リフレクターが分解されていく……ッ!?」

 

月をも穿つカ・ディンギルの砲光すら逸らし、退ける程のイチイバルの偏光リフレクターが、真正面からの押し合いで押し負けて、分解されている……ッ!!

コレは……出力の問題じゃねぇ!!ギア自体の特性かッ!?

 

「くっ……ぐぬぬぬぬ……!!」

 

ダメだ……!!耐えきれねぇ……!!

 

リフレクターを分解しきった光が、あたしの視界を埋め尽くして……

 

━━━━その瞬間、空から剣が降って来た。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

━━━━天ノ逆鱗━━━━

 

「━━━━呆けない!!」

 

雪音のギアインナーの背を引っ掴み、天ノ逆鱗を間に挟んだ事で産まれた一瞬の隙を逃さず、月読という少女をを小脇に抱えながら(風鳴翼)は加速に移る。

……だが、角度が悪い……!!二人の距離が離れていた為真っ直ぐに掻っ攫う事が出来なかった事。

それが故に、バーニアを噴かす加速の方向は()()()()()()()()()()()()()()()()にならざるを得ない!!

 

二つ、三つと続けざまに後背へと打ち下ろした天ノ逆鱗が、しかし一瞬で熔け落ちるのを肌で感じながら前へ前へと加速し続ける。

横に躱そうとすれば、その減速の瞬間に喰らい付かれる。しかし、このまま進み続けて空母の端から飛び出したとて、落下に移る際の減速に喰らい付かれる……!!

 

「━━━━翼ちゃん!!手を!!」

 

━━━━逡巡のその一瞬に上から聴こえる声。ちらと視線を向ければそこに見えるのは何故か少女を抱えながら空から落ち来て、

熔け落ちながらも甲板に突き立ち続ける天ノ逆鱗に糸を掛けてスイング軌道で私達と併走せんとする共鳴の姿。

 

「何故ゆえは総て後か……ッ!!共鳴!!上げてくれッ!!」

 

後方に立てる一本と同時、甲板の端にも天ノ逆鱗を打ち込み、共鳴が私の腰へと回してくる糸を受け入れる。

 

「ドン詰まりを……浮き上がりにッ!?」

 

「喋っていると舌を噛むッ!!」

 

━━━━共鳴が糸を縮めた事で急激に浮かび上がるベクトルとなった加速をそのまま、突き立つ逆鱗を駆け上がり、間一髪に光条から逃れ飛ぶ。

 

「━━━━お前ッ!!何やってたんだよ!?っつーかソイツはなんなんだ!?」

 

ひとまずの決死圏を抜けた直後だと言うのに、語気を荒げて雪音は共鳴へと言い募る。

 

「って、美舟!?美舟がなんで此処に居るんデス!?

 ━━━━まさか、自力で脱出を!?」

 

『━━━━えぇ。その通りですよ……!!してやってくれましたね、天坂美舟……そして、天津共鳴……ッ!!

 ですが、コレで終わりでは……ありませんよッ!!掛かる災禍へ抗うには足りぬ程に無力なれど……我々が保有するアドバンテージはもう一つあるのですからッ!!』

 

「ッ!?ソロモンの杖をッ!?」

 

『━━━━開け!!バビロニアの宝物庫よッ!!』

 

━━━━そして、地獄の蓋が開く。

 

「ノイズを放ったかッ!!」

 

「クソッタレが……!!鴨撃ちならあたしの得意分野だッ!!」

 

空へ飛び上がり、雪音は全方位へと鉄火をバラ撒く。

 

「……仔細は後程聴かせてもらうぞ、共鳴。まずはあの子を……」

 

『━━━━そうは問屋が卸さないって言ってんでしょうッ!!』

 

━━━━そうして合流し、小日向を止める為動き出そうとする私達。

その眼前に立ちはだかるのは、ドクター・ウェルがソロモンの杖にて撒き散らす地獄の具現。

 

「大型ノイズ……ッ!!それも、立花達が交戦したというノイズ砲台型かッ!!」

 

浮遊する小日向の後ろに聳え立つ黄金の砦は、かつてのルナアタック事件の際に私の復帰ライブの最中現れたという巨大ノイズと同種の物。

 

「マズい……!!ギアを纏わぬ調ちゃんを諸共に人質と取る気か……ッ!!」

 

『その通りッ!!だから抜かせないでくださいよォ!!この砲弾をォッ!!』

 

だから、小日向が何処かへと飛び去って行くのを私達はみすみす見過ごすしかない。

 

『━━━━周囲のノイズの殲滅はクリスくんに任せろ!!共鳴くんと翼はまず大型ノイズの対処に当たってくれ!!』

 

司令の指示は簡潔で正確な物。だが……言うは易くとも、行うは難し。

背にギアを纏えぬ少女二人を背負うとなれば、高速で飛行型ノイズを撃ち出すというこのノイズを相手とするのは……

 

━━━━そんな思考を切り裂き、水面に上がる水柱。

その技前は、紛れもなく水遁忍法による物……!!

 

「ッ!?緒川さん!!」

 

「あの時のスーツの人が……水中から飛び出して来たデス!?いったいなんなんデスかこの状況は!?」

 

「人命救助はボク達が引き受けますッ!!そちらの女の子も……」

 

「━━━━すいません、緒川さん。それが出来ないんですよ。

 二課がこの子を保護してしまえば、ウェル博士も流石になりふり構わずに彼女に掛けられた首輪型爆弾を炸裂させるでしょうから。」

 

━━━━緒川さんの要請を静かに断る共鳴と、その言葉に顔を陰らせるFISの少女三人。

……それだけで、その言葉が真実だと如実に分かった。

 

「ッ……!!分かりました。」

 

そう言い残し、月読を連れて緒川さんは後方の二課本部へ向けて走り去る。

 

『━━━━二度も言わせないでくださいよッ!!そうは問屋がァ!!』

 

「━━━━卸させるッ!!」

 

━━━━その背に狙いを付ける巨大ノイズが撃ち放った砲弾を空中にて弾き飛ばし、撃ち返すのはレゾナンスギアの一閃。

返された砲弾は、砲身の近くへ着弾し、爆発と共に巨大な黄金をもたじろがせる。

 

『なにィ!?』

 

「……ふむ。共鳴、おおよその事情はあい分かった。

 であれば、そのまま共鳴は彼女を護っていてくれ。

 ━━━━暁、だったな。今だけでいい。彼女を護る為に力を貸して欲しい。

 あの黄金のノイズを、まずは此処から引き剥がすッ!!」

 

「……分かった。必ず、護ってみせる。」

 

「……あのノイズを吹っ飛ばすまでだけデスよ!!」

 

「ならば、斬り込むは私が受け持とうッ!!」

 

立ちはだかるは巨大にして堅牢なる砦、されど、これを越えねば小日向の追跡は不可能。

故に、必要なのは質量と加速だ。

両の手に刀の形態としたアメノハバキリを構え、左の一を投擲する。

 

「カタパルトをッ!!」

 

そして、右の二をねじ込んで無理矢理に起動するのは、空母甲板に据え付けられた戦闘機を射出する為の射出機(カタパルト)

加速する視界の中で念じるは、一なる剣の拡大変容(パラディグム)

刀から蒼ノ一閃、そして、天ノ逆鱗へ。拡大した剣はしかし、その大質量を支え切れる程の出力を持たず、本来であれば横方向へ放つには向かぬ両刃(もろは)の剣。

 

━━━━だからこそ、カタパルトによる加速が必要だったのだ。

飛び出した速度をそのままに姿勢を整えて蹴り込むは、天ノ逆鱗の柄尻。

 

━━━━天ノ逆鱗・地返━━━━

 

「はァァァァッ!!」

 

投げ飛ばした天ノ逆鱗の速度に、カタパルトと脚部バーニアの二段加速を加え、黄金のノイズへと叩き込む……!!

 

「あのデカブツがッ!?」

 

「本当に……吹っ飛んだ……!!」

 

「てぃやァァァァッ!!」

 

バーニアの出力を最大限に叩き込む事で黄金のノイズの重量級の質量をも押し出し、甲板を越え、その先の洋上へと……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━切歌ちゃん!!」

 

「わ、分かったデス!!

 ━━━━美舟の命を握るだけじゃなくて、ギアを取られた調までノイズで狙うだなんて……そんなのド許せんデスよ!!マースト、ダーイッ!!」

 

切歌ちゃんが黄金のノイズに向かって飛び掛かり、肩のバーニアから生成した鎖にて黄金のノイズを処刑台に捕らえるのを、半壊を越えた傷痕の残る空母の甲板から遠目に見る。

 

━━━━断殺・邪刃ウォttKKK(ジャバウォック)━━━━

 

そして、処刑台にギロチンの音が鳴り響く。

……コレで、十分だろう。シンフォギア装者達はそれぞれがこの空母の上から飛び去って行った。

()を止めるべきなのは、この場においては俺の役目。だから……

 

「━━━━そろそろ出てきたらどうですか?」

 

「……お兄ちゃん?もう、この空母に戦える人なんて……?」

 

「いいや、居たんだよ。俺達が降りてくるよりも前から、既に。」

 

━━━━それに気づけたのは偶然の事。俺達が降り来た事で混乱した場が、彼の存在を際立たせてくれたのだ。

 

「━━━━参ったねェ。あのビームには正直心底ビビっちまったとはいえ、()()()()()()()()()()()()()たぁ腕も落ちたもんだ……こりゃ、引退も視野に入れた方がいいかね?」

 

そう言いながら、構造物の影から出てくる人影は、たった二日前にも相対した恐るべき戦士の姿。

━━━━七彩騎士、アゲート・ガウラード。

 

「よく言いますよ……気づかなかったら、美舟ちゃんを容赦なく撃ち抜いていたでしょうに。」

 

要らぬ混乱を招かぬように美舟ちゃん、と呼んだことを疑問に思ってか、手を強く握る美坂ちゃんの手を握り返しつつ、俺はアゲートさんへと問いを返す。

 

「……ま、それが俺のぉ……任務だからな。FISの問題を終息させる為に必要ならなぁんでもやっちまって構わねぇとよ……

 現地判断で、最速の問題解決を。それが上の決定だ。」

 

「━━━━たとえ、それが罪も無い少女を殺す事になっても、ですか?」

 

世界への脅迫を行い、完全なるゲリラと化したFIS脱走者達。彼等を一網打尽とする事は、米国の秘密拠点を逆用した襲撃に失敗した時点で最早不可能だった。

それ故に、米国はFIS側から尻尾を出すタイミングを探っていたのだろう。この空母と護衛艦も恐らくは。

 

ならば、それが何故美舟ちゃんを殺す事に繋がるのか?

その答えは……

 

「……死を以てギアスを解く事で、最も危険なウェル博士とソロモンの杖を自ら封じさせる為に。」

 

「ハッ!!そこまで分かってるのならぁ……話は早い。見たとこ、お前等も似たような感覚で飛び出して来たみたいじゃあねぇの。

 ━━━━ならぁ、緊急任務遂行(ARM)の為にこっちに協力するって選択肢は?」

 

━━━━つまり、それは。

 

「美舟ちゃんの命を差し出して、FISを自縄自縛に追い込んで潰せと?

 ━━━━そんなの、死んでも御免だ。」

 

「……生ぬるい、な。優しくとも。」

 

その通り、生ぬるい優しさだ。俺のその生ぬるい優しさがこの状況を招いたと言っても過言では無い。

けれど……

 

「……俺の任務は、緊急任務遂行(ARM)じゃないんです。

 防人の裔たる天津の共鳴の任務は人々を防人(さきも)る事ッ!!

 ━━━━俺が防人(さきも)りたい物は、手の届く総ての命だからッ!!」

 

━━━━残酷な命の選択はいつも理不尽に降りかかって来て。

どうすればいいのか。どうしたいのかの答えはまだ見えない。

 

だけど、()()()()()()()()()()()というこの想いは。

命を懸けて教えてもらった、俺の握ったこの願いだけは、譲れない……ッ!!

 

「……ならば、貫き徹して見せろッ!!その生ぬるさをッ!!

 この黄槍(ガボー)小激(ベガルタ)の十二発を前にしてッ!!

 そして、立てッ!!十二の号砲を受けてなおッ!!」

 

「━━━━望む、所だァァァァッ!!」

 

━━━━未だ手が届かぬ未来。彼女が飛び去った方向を一瞬だけ見やる。

意地を貫き、届かぬ其処までも手を伸ばし続ける為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「未来ちゃんのギアから発せられたエネルギーには、聖遺物由来の力を分解する特性が見られますッ!!」

 

「これが……神獣鏡のシンフォギアの力……!!これじゃあ、ギアで防ぐ事は叶わない……ッ!!」

 

「この聖遺物殺し……味方ならば頼もしかろうが、敵に回れば如何にする……ッ!?」

 

━━━━未来が纏っている神獣鏡。私の命を救ってくれると了子さんが言っていたその力。

聖遺物を殺す輝き……そして、そこでふと思い至るのはさっき未来が放っていた極大のビーム。

 

……もしかして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「━━━━師匠ッ!!」

 

「どうした!?」

 

「私に、いい考えがありますッ!!

 ━━━━神獣鏡の輝きがシンフォギアを散らすって言うのなら、その力を逆に利用してやればいいんですッ!!」

 

━━━━相手の力を利用する柔の拳と同じ事ッ!!神獣鏡がギアを脱がすって言うのなら、私だけじゃなくて未来も一緒に脱がしちゃえばいいッ!!

 

「神獣鏡の輝きを逆に利用して……だとォッ!?」

 

「はい!!私と未来のギアを一気に解除しちゃえばいいんですッ!!」

 

「ぬ……確かに、当初の予定ではキミの融合症例はそうして解除する予定だった。だが、この土壇場でそれに賭けるのは危険過ぎるッ!!」

 

私の思いつきを告げられた師匠は、けどその思いつきの危うさを指摘してくれる。

でも……!!

 

「未来だけを解除したら神獣鏡のシンフォギアは無くなっちゃいます!!私だけ解除しても、今度は未来を止められる人が居なくなっちゃいますッ!!

 ━━━━だから、死んでも未来を連れて帰りますッ!!」

 

「死ぬのは許さんッ!!」

 

「じゃあッ!!死んでも生きて帰ってきますッ!!それは……絶対に、絶対ですッ!!」

 

「ぬぅ……!!」

 

師匠は、私の決意を聴いても寄せた眉の皺を解く事は無くて。

 

「……過去のデータと現在の融合深度から響さんの限界活動時間を試算しました。

 ━━━━三分です。」

 

「たとえ微力でも、私達が支えます!!」

 

「━━━━面白そうな話してるじゃ無いか。だったら、アタシも混ぜろよな?」

 

「ガングニールの二振り目は此方にもある事、お忘れじゃないかしら?」

 

「藤尭さん……友里さん……奏さん……!!」

 

そんな中で私の無理筋の背を押してくれたのは、オペレーターの皆と、そして、鳴弥さんに車椅子を押されて現れた奏さん。

 

「……オーバーヒートまでの時間はごく限られている。勝算はあるのかッ!!」

 

「━━━━思いつきを数字で語れる物かよッ!!」

 

だから、背を押されて堂々と言い切るのは、デュランダル護送の時に師匠が言っていた事。

思いつきだから、成功するかどうかは分からない。けど、賭けるとしたらコレしか無い……!!

 

「ぬぅ……!!」

 

「へへっ……!!」

 

「……分かったッ!!これより二課本部は全力で響くんを支援するッ!!総員、腹ァ括れよッ!!」

 

『はいッ!!』

 

━━━━待ってて、未来!!今助けに行くから……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

鴨撃ちならあたしの得意分野だ。

……っつっても、あっという間にお片付けが完了するワケじゃねぇ。

 

……だから、この結果は分かっていた事だ。

だというのに。あがった息とは違う理由で、肩が竦む。

 

━━━━ノイズ犠牲者の残骸が、それでもしっかりと握りしめた家族の肖像を見るだけで。

 

「……分かってる。コレが、あたしが背負わなきゃならない十字架だって事は……」

 

『たとえ許されないとしても、幸せになって欲しい』

 

━━━━だけど、あたたかな想い出はしっかとあたしの胸の中に根を張っていて。

 

「……ソロモンの杖。」

 

━━━━けど、だからこそ……あたしは、あたしの罪の十字架と向き合わなきゃならねぇ。

 

「幸せになって欲しいなんて言われたって、アレがのさばったまんまじゃあたしの気が済まねぇんだよ……!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

━━━━進路を塞ぐようにに現れた二課の潜水艦。その上に立つ彼女の姿を見て、私は船の上に降り立つ。

 

「……一緒に帰ろう、未来。」

 

━━━━立花響。わたしのお陽様。

……命を燃やして、八千八声、啼いて血を吐きながらも歌い続ける少女。

 

「帰れないよ。

 ━━━━だって、私にはやらなきゃならない事があるもの。

 ……だから、響は其処で待っていて。」

 

「やらなきゃいけない事……?」

 

そう、やらなきゃいけない事。

真実の人(ドクター)から教えてもらった私の使命。

 

「このギアが放つ輝きはね、新しい世界を映しだすんだって。

 どうしようもない月の落下を逃れる為の唯一にして絶対の手段。

 其処には争いも諍いも無い。誰もが穏やかに……笑って居られる世界なんだって。」

 

「争いの、無い世界……」

 

━━━━国を捨て、新たな大地に根差す事で、人は救世の英雄の基に集い、遍く争いを捨てる。

そんな世界なら……

 

「私は響にも、お兄ちゃんにも戦って欲しくない。

 ━━━━だから、誰もが戦わなくて済む世界を創るの。」

 

「……ううん。未来、それは間違ってるよ。」

 

━━━━けれど、響はその真理を首を振って否定する。

 

「……ッ!?どうして?」

 

「……了子さん、言ってたんだ。愛する人に振りむいてもらう為に、想いを伝える為に……カ・ディンギルを建てたって。

 だけど、私はそうじゃないって思うんだ。

 ━━━━だって、こんな風に血を流して、誰かの涙の上に立つ未来(あした)じゃ、私は愛する人に笑って向き合えないもん。

 ……だから、未来(あした)未来(キミ)に笑って向かい合う為に……戦ってでも、世界を護るッ!!」

 

━━━━真っ直ぐな、ひたすら真っ直ぐな言葉は起こすのは、平行線の異論の擦過。

相対しているのに、境界線上に立つ(ミドル・オブ・ナウウェア)事すら出来ずに、私達は想いの丈をぶつけ合う。

 

「……平行線、だね。」

 

「……うん。こういう時、私達ってお互い頑固だもんね。」

 

知っている。私は知っている。頑と握ったその想いを、立花響は曲げないのだと。

だけど、だからこそ私は願う。そんな立花響が愛おしいからこそ……

 

「━━━━響。私はキミ()を救いたい。」

 

「━━━━未来。私は未来(キミ)を救いたい。」

 

「━━━━私は、響を戦わせたくない!!」

 

「……ありがとう。だけど、私……戦うよ。

 ━━━━Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

━━━━聴こえる。歌が、聴こえる。

響の命を燃やす歌が。

 

「そんな物、脱いじゃえ……!!」

 

この輝きが唯一にして絶対。侵蝕された響を救う魔を祓う聖なる光!!

だから、この輝きで響の未来を切り開く……ッ!!

 

「━━━━幾億の……歴史を越えて。

 この胸の、問い掛けに。答えよShine(輝きよ)……ッ!!」

 

「━━━━屈折……壊レタ愛。

 ━━━━慟哭……傷ンダ愛。

 ━━━━終焉……Lalala歌ヲ……Lalalala……歌ヲ……!!」

 

私のギアはイオノクラフト……電気式浮遊装置によって空中を飛ぶ事が出来る。

だから、空と海の狭間に飛翔するこのギアの優位は、響との経験の差を補って余りある物。

 

「━━━━焔より……熱き想いよッ!!

 鋼鉄の、雷で、ブッ飛ばせッ!!My Gungnir(撃槍)━━━━ッ!!」

 

「━━━━混沌……失クシタ夢。

 ━━━━煉獄……笑顔ノ夢。

 ━━━━如何シテ……如何シテ……?何処ヲ間違エタノ……ッ?」

 

だというのに、それでも足場を奪われている筈の響は、姿勢制御による回転軌道で此方の黒鞭に追い縋ってくる……!!

仕切り直し、潜水艦の上に着地する私と響。

 

━━━━バトルパターンを修正。空戦パターンBから陸戦パターンFへ移行。

 

「━━━━何度でも……ッ!!立ち上がれる、さッ!?」

 

上段の飛び蹴りを受け止め、アームドギアにて対空迎撃。

そして……突くッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

突き出された未来のアームドギアの勢いに、本部の壁に叩きつけられる。

 

「━━━━どう思われようと、関係無い……!!

 キミ一人だけには、背負わせたくない……ッ!!」

 

━━━━そして、追撃の黒鞭と共に雪崩れ込むのは、未来の胸の歌。

 

……未来に、辛い想いをさせてしまったんだな。今さらながらに気付くのは、そんな当たり前の事。

だけど。だけれども。

 

「━━━━ちょっとだけ、来た道をッ!!見てごらん……ッ!!

 こんなにも……輝いている。積み上げた、その中に……嘘は何も無いッ!!」

 

返す言葉もまた胸の歌。私が想う、輝きの全部ッ!!

 

『胸に抱えた時限爆弾は本物だッ!!作戦超過、その代償が確実な()である事を忘れるなッ!!』

 

だから、司令の釘刺しにも私は竦まない。死ぬのは怖い。お兄ちゃんに慰められた通り、私は死を恐れずに立つ事なんて出来やしない。

でも。

 

「━━━━死ねるかァァァァ!!」

 

━━━━この空に、歌が響く限りは。私は死ねないッ!!




━━━━輝きと輝き、意地と意地。
ぶつけ合う異なる戦端は一つと収束し、少女達は不和の呪いを乗り越える。

━━━━だが、悪辣なる作為の横槍はこの土壇場にも差し込まれ、辿り着くのは円環の終端。

━━━━そう、これこそが……暁光の中に完結した、かつての誰かの物語。


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第七十話 暁光のデッドエンド

━━━━初めの一つは、燃える焔の弾丸だった。

 

━━━━続く二つは、凍てつく氷の弾丸だった。

 

「燃焼反応弾頭に液体窒素弾頭ッ!?

 んな無茶苦茶なッ!!」

 

「その無茶苦茶を徹すのが七彩騎士さ!!アンブレラ社の青傘協力の下の代物だけど……なッ!!」

 

美舟ちゃんを庇いながら、先ほどまでの戦闘で砕かれた甲板の破片をブラックジャックと用いて放たれた弾丸を撃ち落とす(天津共鳴)の驚愕に平然と答えながら、騎士はもう片方の(やり)を構える。

 

「まずッ……!!い!!かッらァッ!!」

 

━━━━アレは、司令にも釘を刺された黄槍。

空飛ぶ鳥を撃ち落とす為のバードショット。

フォニックゲインと共振したレゾナンスギアの出力であれば直撃でも無ければ致命傷には到らないが……

 

「お兄ちゃん!!」

 

━━━━背に護る美舟ちゃんは違う。一発でも掠れば命に到ってもおかしくはない。

だから、周囲の破片を震脚で飛ばして浮かべ、糸を張り巡らす事で即席の盾とする。

 

……だが。

 

「が、はッ……!!」

 

「無駄だ。その程度のぉ即席の盾じゃ、この黄槍(ガボー)は防げねぇ。」

 

弾頭の総てを止める事は能わず。何発かの弾丸が俺のバリアフィールドを掠り、削って行く。

 

「それ、でも……ッ!!」

 

バリアフィールドの総てを削り切る事は能わず。そして、俺という肉盾を越える事も能わず。

故に、背後の美舟ちゃんに弾丸の猛威が伝わる事は無い。

 

「……なら、コレでどうだぃ。」

 

しかし、それに対する騎士の反応は冷静そのもので。

構えたもう一方の小激から三つ目の弾丸を放ち……それが、爆裂する。

 

「━━━━ガッ……!?」

 

━━━━暴徒鎮圧用の爆圧弾頭……ッ!?ネットの軍事フリークの噂話じゃなかったのかよ!?

 

「ホレ、コレでぇ……丸裸だ。」

 

「グッ……美舟、ちゃん!!」

 

「……うんッ!!」

 

━━━━直撃は免れない。だが、それでもこのまま受け続けるだけでは美舟ちゃんを護り切れない。

だからこそ、一撃を甘んじて受け入れ……美舟ちゃんを抱き留めながらに別の瓦礫に糸を掛け、その陰へと隠れる。

 

「……ハッ……あぁ……!!」

 

先の数発程度とは比較にならない数の弾丸がバリアフィールドを削り、幾つかの弾丸は体内にまで達している。

 

「それでも背骨に食い込まなかったのは……素直に運が良かったというべきか……」

 

━━━━銃は、最も多くの人命を奪った武器であるとも言われている。

敵の攻撃の届かぬ遠距離から、一方的に攻撃が出来るそのアドバンテージはやはり強大だ。

 

「お兄ちゃん……ごめんなさい、私の我儘のせいで……」

 

「━━━━いや、美坂ちゃんは悪くない。」

 

命を賭してまで俺を戦場へと上げてくれたその献身。それが間違いなはずがない。だって……

 

「美坂ちゃんのお陰で、軽率の代償に囚われていた俺は手を伸ばす事が出来るようになった。

 だから、キミの選択も、俺の闘いも……決して間違いじゃない。間違いになんか、絶対させない。

 ……だから、此処で少し待っていてくれ。」

 

「……うん。待ってるから……」

 

不安に瞳を揺らしながら、それでも美舟ちゃんは見送ってくれる。

 

「……待たせてしまっているもんな……」

 

━━━━その瞳に思い出してしまうのは、手を伸ばそうと飛び降りながら、今なお届かぬ涯に居る未来の事。

代わりと重ねるのが良くない事だと分かってはいる。だがそれでも。俺は二人のどちらも捨てられないから。

 

「━━━━時間稼ぎやらぁ……不意討ちやらは、しなくていいのかい?」

 

一人歩きだした俺に騎士が掛ける言葉は、奇策を練らなくていいのかを問う余裕の問い。

 

「━━━━待たせてる女の子がいっぱい居るんです。時間なんて掛けてられません……よッ!!」

 

━━━━だから、返す言葉は強がりが十割の物。

言葉と共に飛び出して今度は此方が攻め手だと証明する為に、俺は身を躍らせる。

 

「ハッ!!最近のガキは欲張りだなッ!!手に余ったらどうするつもりだィ!!」

 

上方から飛び込む事で、美舟ちゃんに迫りかねない跳弾の発生を出来る限り抑えようとする俺の動きにも照準をズラさぬまま、騎士は銃の弾丸だけではなく、言葉の弾丸をも同時に投げかける。

空飛ぶ鳥を落とす為の弾頭が広がるのを俺は落ち着いて見据える。

 

━━━━美舟ちゃんを護る為の専守防衛で無ければ、俺の手札にもそれを覆す手はあるのだから。

 

「━━━━手に余らせない為に、俺は飛ぶんですッ!!明日へ……未来へッ!!」

 

━━━━雷神降臨(ボルトマレット)━━━━

 

返答と共にギアへと差し込むのは、ドクターが首輪を掛けたその慢心故に俺から奪う事も無かった聖遺物の欠片。

 

「━━━━雷神の鼓枹かッ!!」

 

翼ちゃん達のぶつかり合いが残したフォニックゲインと共鳴し、聖遺物を限定起動させる事でレゾナンスギアの出力を瞬間的に上昇、その余波を神鳴る衝撃波として放出させる。

その衝撃によって俺に向かっていた弾頭達は悉くその猛威を喪い、地へと落ちる。

 

「チェイサァァァァ!!」

 

「ハッ!!ビックリドッキリは及第点だが、まだ甘ェ!!弾はまだ七発も残ってんだぞッ!!」

 

空中での迎撃の勢いのままに飛び込む俺。

しかして、彼の手の内で繰られた小激は次弾の装填を終えている……ッ!!

 

「残りがたったの七発の間違い……でしょうにッ!!」

 

小激が放つ弾丸の種別を予測するのは難しい。

だが、此処までの傾向から予測を立てる事は出来る。

此処までの弾丸は火炎弾、冷凍弾、衝撃弾の三発。共通するのは直接戦闘向けの攻撃系弾頭であるという事。

幾ら瓦礫に(まみ)れているとはいえ、ガス弾は開けたこの海の上では効果も薄れる事からその線も薄い事。

上方から突貫する俺に対して放とうとしている事から、重力に従って着弾しても撒き散らされるアンブレラ社謹製の硫酸弾の可能性もまた低い事。

 

━━━━これらの点から、今回の組立(アセンブリ)の中身は直接戦闘重視の物と予測出来る。

 

故に、取る手立ては急降下の一択。銃の猛威を的確に避ける為には、極至近距離で見切る他に手はないのだから。

 

「いいや、()()()()()()()

 だからこそ、こういう手も使えるの、さッ!!」

 

━━━━そうして飛び込む俺の視界を、黒が覆った。

 

「━━━━網ッ!?」

 

「おう!!猛獣捕獲にも使われるネットランチャーよォ!!」

 

読み違えた……ッ!!

発射と共に瞬く間に広がった網によって、俺は地へと縫い付けられてしまう。

 

「クッ……!!そぉ……ッ!!」

 

「シンフォギアを相手取る事を想定すればこそぉ……こういった搦手は必要不可欠だ。勿論、身体能力強化も付いてるシンフォギア相手にゃ一瞬の隙にしかならんが……それで、十分だ。」

 

━━━━向けられる銃口は、黄槍の物。

一発、二発。咄嗟に紡ぎあげた糸の防御を嘲笑うかのように、(はじ)けた弾頭は鉛の雨となって俺の身体を叩く。

 

「ガッ……あァァァァ!!」

 

雷神の鼓枹の限定起動によって強化されたバリアフィールドを貫く程の威力では無い。だが、衝撃は通る。

ハンマーで全身を乱打されるような地獄の責め苦から、網を切り裂きながらネックスプリングで逃れ切り抜ける。

 

━━━━だが、それ故に距離が開いてしまった。

 

「……なるほど。聖遺物の二重起動。バリアフィールドを抜くには黄槍じゃ正面火力が足りんか。」

 

「……ゲホッ、ドクターを一点狙うなら、紛れもない適解でしたでしょうけどね……」

 

勝負は振り出しに戻ったように見える。実際のところ、俺の傷自体は未だ大したことは無く。騎士は残りの銃弾を四発と減らしたのだから。

……だが、防人としての勘が警鐘を鳴らすのだ。

 

━━━━まだ、危難は去っていないと。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━眼下にて神獣鏡のシンフォギアとガングニールのシンフォギアが打ち合うのを、ボク(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス)は忌々しい目で睨みつける。

 

「……この土壇場に、土足であがる無礼千万……またもボクの眼鏡をズリ落とそうってんですかァ……?

 そんな事ッ!!神が許そうとも、このボクが許さないッ!!」

 

杖を振るえば、悪魔が来たりて笛を吹くッ!!それがこのソロモンの杖ッ!!

十六世紀には()()()()()()によって悪魔祓いの護符とも使われたこの完全聖遺物を用いることで、ボクはノイズを自在に操る事が出来るのだッ!!

 

「そうッ!!七十二柱の悪魔にも数えられるノイズの出現!!それを神の試練だとするキリスト教過激派の思想に則れば……

 この杖を振るう者こそ、神罰の地上代行者ッ!!つまり、このボクだッ!!だから、邪魔するんじゃないよガングニールゥゥゥゥ!!」

 

━━━━通常のノイズの三倍もの巨体を振るうブネ!!

その緑の巨体を召喚し、空を跳んで神獣鏡と張り合うガングニールの融合症例を叩き潰さんとボクは指令(オーダー)を出す。

 

……だというのに、それを無粋に邪魔するミサイルがノイズの後方からカッ飛んで来る。

 

「あァン!?今さらノイズ相手に通常兵装なんざそうそう効きゃしねぇよ!!」

 

一瞬、脳裏を過る七彩騎士の暴威を頭の奥底にブン投げて放ったボクの叫びはしかし。

 

━━━━目の前で真っ二つと裂かれた大型ノイズを前に、またも理不尽に砕かれる。

 

「ハハッ!!響にご執心なのはいいけどさ。

 ━━━━ガングニールはもう一振りあるって事、忘れてもらっちゃ困るよ?」

 

━━━━それは、死にぞこないの、不完全な、欠陥品のシンフォギアだった。

 

「んきィィィィ!?お前ッ!!お前がァ!?何故、お前が此処に居るッ!!

 ━━━━天羽奏ェェェェ!!」

 

━━━━崩れ落ちた四肢をアームドギアにて補う、初めの一振りのシンフォギアが。崩れ去りゆく巨大ノイズの遺骸の上に立っていた。

 

「二人の喧嘩に割って入ろうとする無粋なおジャマ虫を、邪魔しに来ただけさ!!」

 

━━━━何故だ。何故、ボクの計画を誰も成し遂げようとしないのだ……!!

……あぁ、そうか。奴等には希望があるのだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()という、甘っちょろい、けれど確かな希望の星が。

 

「天津、共鳴ィ……!!」

 

━━━━やはり貴様が原因だ。なにもかも、なにもかも。

希望の星は二つと要らない。人々の畏敬を集め、英雄となるのは……このボクだ……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━蛇に睨まれた蛙というのは、実はお互いに有利が取れる後手を狙っている睨み合いの構図なのだという。

そして、(天津共鳴)と騎士が相対する今のこの構図もまた然り。

 

だが……

 

「━━━━痺れを切らすまで待つ時間なんて俺には無い……ッ!!」

 

━━━━故に、不利を承知で俺は空母甲板を疾駆する。

跳ぶのは更なる悪手だ。ボルトマレットの装填による回避は一度限りの奇手奇策、最早空を跳べば黄槍に撃ち落とされる末路が待つだけなのだから。

 

「━━━━だろうとぉ……思ったよ。だから、それがお前さんのぉ……敗因だ。」

 

その突貫に対し、騎士が振るうのは、やはり黄槍による足止めだった。

 

「クッ……!!らァッ!!」

 

━━━━目前にて弾ける弾頭。それを、近場にある巨大な破片に糸を掛けて急速に横へスライドする事で回避する。

……だが。

 

「━━━━チェックメイトだ。」

 

━━━━急速なベクトルの変化は速度の低下を、そして、騎士から離れた事で再び開いた距離は残酷な事実を告げる。

間に合わない。次弾の回避は不可能だと。

 

━━━━そして、死の気配が俺を貫く。

 

「……ッ!!」

 

間違いない。小激が放つ次弾こそ騎士の切り札。俺を一撃で殺し尽くし、残弾で美舟ちゃんを殺す為の決着弾頭……!!

 

━━━━放たれる。死が。回転と共に飛来するソレを、俺は極度の集中によって加速した思考の中で視認する。

━━━━回転と共に引き出されるのは、万物を切り刻む為の刃。

 

(受け……いや、死……ッ!!)

 

崩れた体勢でそれを回避する事は不可能。だが、直観的に理解した弾頭の性質は斬撃。

それも、父さんと同じ部隊に所属していたというのならほぼ間違いなく……アメノツムギすら切り裂く為の物。

 

受けきれない。避けきれない。耐えきれない。

━━━━今の俺では、この結末を変えられない。

 

「ふ、ざ、ける……なッ!!」

 

━━━━だから、この左手を伸ばす。()()()()()()()()()()()

 

「自棄になったかッ!?」

 

俺の行動を乱心と受け取ったのだろう。騎士は叫ぶ。確かに、そうも見えるだろう。

弾丸が狙う先は紛れもなく俺の心臓。腕一つ犠牲にした所で、放たれた弾丸の軌道を変えるなど不可能だ。

 

━━━━だが、此処に。俺は例外を顕現させる。

 

「がッ……ああああああああああああああああああッ!!」

 

弾丸が左手に入り込む。その瞬間、俺はレゾナンスギアで拡充された糸の総てを左腕の外周部に集める。

回転する刃が肉を抉り裂く感触に絶叫を上げながら、俺は紡ぐ。弾丸を腕の中に誘導する為の()()()()()()を。

 

「ああああああああああああああァァァァッ!!」

 

あまりにも分が悪いこの一瞬に、総てを賭けるその理由。それは、騎士に勝つ為だ。

騎士は強い。仮令(たとえ)、この一撃をただ逸らしたとしても。それだけでは俺は次弾を防げない。残る三発の内の二発で、俺は間違いなく戦闘不能へと追い込まれる。

 

━━━━だからこそ、左腕の中を奔るこの弾丸こそが勝利の秘策(シルバーバレット)

 

思い出すのは、ルナアタックのあの日。

ヴァールハイトに導かれ、フォニックゲインを基に()()()()()()()()時の事。

アレから何度も実験を重ね、S2CAと共に特訓した事で俺はアメノハゴロモをある程度自在に起動出来るようになった。

 

━━━━故に、その術式は把握している。天地の照応を以てして大なる宇宙(セカイ)と小なる宇宙(カラダ)を逆転させる、その秘奥の一端さえも。

 

「━━━━だから……ッ!!飛べッ!!」

 

左腕の中で突き抜ける弾丸の螺旋回転を利用し、レゾナンスギアが紡ぎあげるのは紛れもない()()()

空間跳躍術式。だが、アメノハゴロモという完全に満たぬ形で起動するには、この場に漂うフォニックゲインだけでは足りない。

 

(だったら……俺の命でも何でもいいッ!!燃やして、輝けッ!!)

 

「━━━━未来に……手を!!伸ばす為にィィィィ!!」

 

「一体全体、なにをしようってェ……ッ!?」

 

━━━━そして、輝きが世界を変える。

魔法陣を突き抜けた弾丸は、演算の示した通りに空間を乗り越え……騎士の双銃を横合いから砕き散らす。

 

「なッ……!?空間跳躍……!!左腕を犠牲にしてッ!?」

 

「━━━━そうだ。コレで……アンタの手に、最早弾丸は存在しないッ!!」

 

「……なんてこったよ……そこまでの覚悟でぇ……あぁクソッ!!……この銃が砕け散る爆音も含めて、キッチリ号砲は十二回ッ!!

 ━━━━お前は、俺の口上に応えてそれを越えて尚立っているッ!!

 行けよ、少年……待たせてる女が多いんだろう?」

 

頭を掻きながら、騎士は言う。

 

「……ありがとうございます!!」

 

だから、頭を下げる。確かに騎士は、美舟ちゃんを殺そうとしていた。

だが、それは最速での事態収拾を図る為の物。

 

━━━━ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……テメェの左腕をズタズタにした奴に頭なんか下げるんじゃねぇよ。

 ━━━━お前が戻って来るまで、嬢ちゃんは見守ってやる。この事態をどうにか出来るってんなら……今のうちにやってみな。」

 

「━━━━はいッ!!」

 

そんな俺の思考に言質をくれる騎士の不器用な優しさに改めて心中で感謝を告げながら、俺は()()()()()()()を纏う。

━━━━理由は分からない。だが、先ほどの空間跳躍を切っ掛けに、アメノハゴロモを起動させられる程のフォニックゲインが俺の周りに溢れ出したのだ。

理由は分からずとも、それがありがたい事実である事は分かっている。だから……俺は飛ぶ。海と空との狭間に向かって。

未来に、手を伸ばす為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━大事な、友からッ!!貰った言葉、絶対!!夢!!()()からッ!!」

 

「━━━━あの忘却のメモリア……ぐしゃぐしゃに笑って泣いた日……!!」

 

━━━━バトルパターンを修正。陸戦パターンFから空戦パターンGへ移行。

リフレクターユニット射出。多角攻撃にて面制圧を実行。

 

……だけど、(小日向未来)に入力されたバトルパターンを越えて、響は互角の戦いを仕掛けてくる。

空を足場に蹴り出しながら……!!

 

「響け!!伝え!!歌え!!全開でッ!!愛の挽歌よ轟いて……ッ!!」

 

「強く握った手はあったかく……あったかく……!!」

 

けれど、それでも。神獣鏡の輝きを前にしてはそれも時間の問題だ。

それを後押しするように、エアキャリアから射出されるシャトルマーカー。その反射を利用して造り上げる光の鳥籠で空を蹴る響の逃げ道を塞いでいく……!!

 

「響けッ!!伝えッ!!歌えッ!!そしてッ!!

 勇気も、何もかもを全部……束ねよう……!!」

 

「……戦うなんて間違ってる。戦わない、戦わせない事だけが、響にとって本当にあたたかい世界を約束してくれる……」

 

━━━━肯定(ほんとうに?)━━━━

 

「響も、お兄ちゃんも、戦いから解放してあげないといけない。その為に、二人から戦う力を取り上げなきゃ……」

 

━━━━肯定(ほんとうに?)━━━━

 

光線収束、響を籠の鳥と捕らえる。

 

「さぁ、響……そんなの脱いじゃおう?」

 

「━━━━未来ゥゥゥゥッ!!」

 

━━━━そんな私の願いと裏腹に飛んで来たのは、空間跳躍で一気に距離を詰めて来たお兄ちゃん。

その姿が一瞬で掻き消え、次の瞬間には光の鳥籠の中から響を助け出している。

 

……けれど、見るからにその姿はズタボロだ。左腕から絶え間なく流れる血は間違いなく重症を示している。

 

━━━━ほら見なさい。戦う力と意思を手放さないからそんな事になる。

 

「ちがう……」

 

あたまがいたむ。わたしじゃないわたしが、脳裏に焼き付けられている。

 

「━━━━お兄ちゃんッ!?

 が、アァッ!!」

 

━━━━お兄ちゃんの乱入によって助け出された響もまた、限界(リミット)が近いのが見て取れる。

身体を突き破って胸に生える結晶は、紛れもなく胸のガングニールとの融合が進んでいる事を示していて。

 

「……絶対に帰ろう。響。未来と一緒に!!」

 

「━━━━うん!!」

 

━━━━けれど、けれど……!!

二人とも、満身創痍の筈なのに!!握る拳は揺ぎ無く!!見据える瞳に翳り無く!!

 

「違う……違う!!私がしたい事は……こんな事なんかじゃない……!!」

 

命の焔の最期の煌めきを示す、赤と金の二重奏(デュエット)が、私の思考を覚醒させる。

 

「━━━━無いのにィィィィ!!」

 

━━━━思考が焼ける。入力される情報が錯綜する。

思考が剥がれ落ち、残ったのは反射的な防衛機構だけ。

パターンをなぞるだけの光条では、響も、お兄ちゃんも、捉えられる筈が無い。

 

━━━━私は、絶対許さない。

響とお兄ちゃんの力にもなれない、こんな自分を許さない。

そう願って、戦う為に握った筈の力は……いつの間にかその姿を変えてしまっていた。

 

「たす、けて……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━響ッ!!乗れッ!!」

 

飛んで来て私を助けてくれたお兄ちゃんが差し出す右手。その上に乗れという、その言葉。

それだけで、何をするのかが私には分かった。

 

「キミと……私……みんな……みんな。

 歩み……きった……足跡に、どんな花が咲くのかなぁ……?」

 

━━━━だから、燃やすのは未来を戦わせる世界の理不尽に対してだけでいい。

一体誰が……未来の身体を好き勝手してるんだッ!!

 

「━━━━跳べェェェェ!!」

 

アメノハゴロモの空間跳躍でさっきとまったく同じ動きで此方を閉じ込めようとする鳥籠をすり抜け、その外へと跳んで往く。

 

━━━━天槍・ガングニール━━━━

 

私をカタパルトのように撃ち出すお兄ちゃんの右手を蹴り出し……更なる加速で私は、ついに未来の基へと辿り着く……!!

 

「━━━━ダメ!!離して!!このままじゃ響が!!」

 

━━━━そして、また逢うその日まで。笑顔のサヨナラだ。

胸に浮かぶ歌詞。違う!!私は……私はッ!!

 

「━━━━イヤだッ!!離さない!!

 絶対にッ!!絶対にィィィィ!!」

 

━━━━もう二度と離さない。繋いだ手、あったかい陽だまりを!!もう二度と!!

 

「だからッ!!ソイツが聖遺物を消し去る光だって言うんなら……!!」

 

未来を掴んだまま、空を駆ける。目指すのは、さっきシャトルが放った鏡が織りなす三次元模様の終着点。

一つに束ねられた輝きの、その先へ……!!

 

「━━━━そんなの脱いじゃえ!!未来ゥゥゥゥ!!」

 

━━━━空を裂くその輝きに飛び込んで、私と未来、二人一緒。溶け合って……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━輝きに響と未来が飛び込んだ事で、(天津共鳴)は響の目論見をようやくに理解する。

神獣鏡による融合症例の治療。そして、神獣鏡と直結(ダイレクトフィードバック)させられた未来の解放。

その両方を、同時に満たす為の……

 

「……だが、ウェル博士の思惑は未だに蠢いている……」

 

━━━━融合症例が喪われた響が、なおもシンフォギアを纏い得るのか?

ウェル博士が残した問いへの答えは視えぬまま、だが、この瞬間を逃せば響と未来を救う事は出来なかった。

だから、後悔は無い。無い、が……

 

「━━━━フロンティアの、起動……」

 

神獣鏡の光が束ねられ、封印地点だろう海底へと直撃するのを遠目に見る。

FIS側が描いていた青図面は、ウェル博士の手によって再構築(リビルド)された。

その計画通りに起動したフロンティアを、ウェル博士は如何様にして使うつもりなのか……?

 

 

━━━━その瞬間の事だった。空に浮かびながら考え事をしていた俺の背を、衝撃が貫いたのは。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ウェル博士の出したノイズを蹴散らし、彼女達に近づけぬようにしていたアタシ(天羽奏)

そんなアタシが、響が未来と一緒に輝きへと突っ込んだ事に気を取られた一瞬。

 

━━━━その一瞬が、アイツの運命を変えてしまった。

 

「━━━━コイツは!!高速飛行型ノイズ!?」

 

恐らく、光が海面にぶち込まれる事も総て知っていたのだろう。

この光景に戸惑う事も無く杖を振るったウェル博士が召喚したのは、ソロモンの杖護送の際に現れたという高速飛行型ノイズの姿。

 

……ギアを砕かれた響と未来を狙うつもりか!!そう判断して動き出したアタシの思考を裏切るように、突撃形態へと変形したノイズが突き進む先は……

 

「ッ!!トモッ!!逃げろォォォォ!!」

 

━━━━左腕から血を流し、空に浮かぶトモ。彼を目指し、一直線に。

 

「ガッ……!?」

 

激突。衝撃。そして、突撃の勢いを緩めぬままにノイズが向かうのは……

 

「光の柱ッ!?」

 

━━━━マズい!!ギアを……聖遺物を解除するというあの輝きに呑まれてしまえばレゾナンスギアとて消失してしまう……!!

それになにより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!!

 

「トモォォォォ!!」

 

だから、アタシは跳び出す。さっきまで響がやっていた空中ステップの応用。足としたアームドギアを回転させ、空を蹴る。

 

━━━━だが、追い付けない。

初動の差が。速度の差が。場所の差が。総てが残酷に告げる。間に合わないって。

 

「かな、で……さん……コレをッ!!」

 

━━━━そんな中で、押し出されながらにトモが何かをアタシに向かって放ってくる。

コレは……

 

「━━━━雷神の、鼓枹ッ!?」

 

━━━━それはつまり、トモが諦めた事の証。

生きるつもりなら。帰ってくるつもりなら、生きる為に間違いなくこの聖遺物は必要不可欠なのに……ッ!!

 

「━━━━ふっ……ざけんな!!オイ!!自分が死んでもコイツで戦ってくれってか!?」

 

RN式起動に使える聖遺物であり、弦十郎のダンナが戦う為に必要不可欠なモノ。

それだけ貰ってハイサヨナラと……

 

「引き下がれっかよ女の子(シンフォギア)ッ!!

 トモ!!死ぬな!!

 ━━━━生きる事を諦めるなッ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━生きる事を諦めるなッ!!」

 

声が、聴こえた。

左腕からの出血、全身を叩いた弾丸の雨。そして……後方から高速水平突撃をかましてきたノイズの直撃。

総てが(天津共鳴)の体力を奪い去り、光の柱へと運ばれるのを甘んじて受け入れるしか無かった。

 

最期の力は、せめて世界を救う一助になればとボルトマレットを投げ渡す為に使った。

この場を切り抜けられるだけの力が無くて。さっきまであった燃える焔の輝きが、血と一緒に抜けてしまっていったよう。

 

━━━━その筈だったのに。

 

「あ、ああ……!!」

 

━━━━生きる事を諦めるな、と。

 

「あぁ……アアアアッ!!」

 

━━━━聴こえた言葉に、ようやく思い出したのだ。

 

「あき、らめない……ッ!!

 ━━━━この空に、歌が響く限りッ!!俺はッ!!死なないッ!!諦めないッ!!

 ━━━━手の届く総て、救う……為にィィィィ!!」

 

━━━━右腕を持ち上げる。光の柱はもう目前に迫っている。

だが、諦めない。この身体が動く限り。この空に……あの子達の歌が響く限り。

 

━━━━振り下ろす一撃が、高速飛行ノイズを叩き落とす。

だが、突撃によって働いた慣性は膨大で、姿勢を整えて消し去る間もなく……

 

━━━━俺の視界が、光に染まって。

何かが書き換えられていく感覚。

()()()が目覚めていく感覚。

左腕が千切れる感触。

アメノハゴロモが強制的に起動する。緊急転移!?だが、一体どこへ━━━━

 

 

━━━━思いが至るよりも先に、俺の感覚は転移の光の中に溶けて、墜ちて、消えて━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

━━━━喪失(さよなら)融合症例第一号(ガングニール)━━━━

 

━━━━消失(さよなら)第零號聖遺物(アメノハゴロモ)━━━━

 

 

 

 

━━━━この日、天津共鳴は地上から消失した。

 

 




━━━━さよなら、さよなら、さよなら。
ヒカリの中に完結した、物語の唐突な終幕は少女達の心を千々に千切って翻弄する。

コレで、世界を救う手段を持った英雄は唯一人。
世界の未来を救う為、涙を呑んで従う者。
世界の未来を信じるから、決意を握って立ち上がる者。
手紙に込めた悲壮な決意と、言葉に込めた強壮な決意。

運命の箱舟(ディスティニーアーク)の起動の音色は祝福の聖譚曲(オラトリオ)か、それとも絶望の葬送曲(レクイエム)か。
その答えはきっと、胸の歌だけが知っている。


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第七十一話 因果のパラダイムシフト

━━━━ゴトゴトと、轟々と、鳴り響く音に、意識が浮上する。

 

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

 

 

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間、そこに玉座はあり……

オレ(ディーンハイムの裔)は、その玉座へと腰掛けていた。

 

「━━━━あぁ。遂に……」

 

━━━━此処まで、来てしまったのだな。

 

「━━━━観測データの総てが、空間……いえ、時空跳躍を示しています。

 ()は飛んだらしいですよ、マスタァ?」

 

━━━━時空跳躍。そう、時空論を越えた先に座する、先史文明の遺産。

その証明を携えて闇の中より現れる人形(ヒトガタ)の色は、青。

 

「……そうか。大凡(おおよそ)()()()()()()()()に事は進んだようだな。」

 

「はァい、それはもう!!

 マスターと彼……幾百年の時を越えて()()()()()()()()()()()。大凡は二人が目論んだ悪巧みの通りに事象は推移し……

 今や、計画も佳境に入っていますよォ。」

 

━━━━悪巧み。そう悪巧みと言うべきモノだ、コレは。

 

「フッ……未来を知り、その情報を元手に先物取引とはな。

 全くもって、蓋を開けてみれば単純な仕掛けだ……」

 

━━━━幾百年の過去。あの日、空から落ちて来た男。ソイツこそが天津共鳴。

……命を燃やし、届かぬ筈の手を伸ばし続ける事で妹分を救いながらも、自らの消滅を招いた大馬鹿者。

その大馬鹿の生きた証こそが、オレが混迷続く欧州で戦い抜けた理由の一つなのだ。

 

「━━━━そーいえばァ、ガリィちゃん的にちょーっと疑問な所があるんですよねェ?」

 

「なんだ?今さらになって計画が理解出来ないなどと抜かしだすなよ?」

 

「アヒャハハハ!!流石のガリィちゃんでもそんなお粗末なネタは披露しやしませんよォ。

 ……疑問ってのはもっと根本的な話です。

 今のこの状況は確かにある程度は意図してマスターやアタシ達が組み上げたモノではありますけどォ……それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が幾つも幾つも現れてるじゃないですかァ?」

 

「━━━━あぁ、そうだな。七彩騎士の乱入には流石に肝が冷えた。アイツの記憶ではスカイタワー攻防戦で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、実際に出てくる事は無かった。

 それに……()()()()()()()()()()時点でこの世界はオレの知る記憶とは異なる道行きを示しているな。」

 

「━━━━この場合、()()()が先に立つんですかねェ?」

 

━━━━言葉足らずにも程があるガリィの物言いは、しかしコイツなりにオレが一番答えやすいように気を回したのだろう。

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事象の縺れに関しての問い。

 

「━━━━時空論は残念ながらオレとて専門外だが……そうだな、先に立つとすれば、やはり因である未来(いま)だろうよ。因が無ければ果が産まれる筈も無し。」

 

「でもォ、マスターの主観としては果である筈の過去(きのう)が先に立っているんですよォ?コレって矛盾してませんかァ?」

 

そう言い募る人形の弁舌の鋭さは、一体全体どこの誰に似たのか……溜息が出そうになるのを抑え、オレなりに考えた答えを返す。

 

「そうだ。オレの主観による観測だけを考えれば因果が逆転して見える……だが、こと時空論において観測者の主観というのは論じてもあまり意味が無いモノでな。

 ━━━━なにせ、主観視点による観測で因果を立証しようにも、オレ達は未だ時空を掌握するに至っていないのだからな……故に、有力な仮説は建てられても、それを証明する事は不可能に近い。

 ならば、考えるべきは()()()()()()()()()()()()では無く()()()()()()()()()()()だとオレは仮定する。

 ……ま、要するに並行世界仮説だがな。」

 

━━━━つまり、世界は帯のように続くのではなく、その帯が些細な違いから分岐し続ける樹木のような物であるという仮説。

 

「んー……だとしても色々辻褄が合わない気がしますけどォ……」

 

「……ま、そうだろうな。オレとしても、あまりにも未知が多い領域で……だからこそ腹立たしい。忌々しい。」

 

万象を読み解く錬金術師であるこのオレにすら見通せぬモノ。

並行なる世界に横たわる紗幕の闇。そのヴェールを剥ぐには、今のオレにとってもなお不確定要素があまりにも多すぎる。

そう独り言ちる中で、ふと思いついたのは荒唐無稽な思いつき。

 

「……或いは、()()()()()()()()()()()()()。」

 

「……はい?」

 

人形が首を(かし)げる横で、オレはふとした思いつきの仮説を構築する。

 

「……そもそも、強制転移が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それ自体が因果の捩じれの現れだ。

 ━━━━なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……で、あれば。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……なるほど。数多の並行世界の中で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などというふざけた仮説よりも、此方の方が余程しっくり来る。論理的だ。

 ━━━━時空の認識改革(パラダイムシフト)!!

 ケプラーが惑星の運行軌道をそれまでの積み重ねから証明したように!!

 ソシュールが印欧祖語が喉音理論(こうおんりろん)を以て構成されている事を示したように!!

 パラケルススが四大元素説を改め、エーテルなりし第五精髄(クィンタ・エッセンチア)を宇宙の調和の中に発見したように!!

 ━━━━時空跳躍が行われる前の世界では有り得ざる縁が!!時空跳躍という埒外によって覆されたが為に縁となったという事か!!

 は、ハハ!!ハハハハハハ!!」

 

「……えぇ……?有り得るんですかそんな事ォ……?」

 

自らの立つ世界を疑い、在るかも知れない仮説によって前提を覆す(天地をひっくり返す)

そんなオレの思いつきに、オレから別けられた自我側面(アルターエゴ)たる人形ですら珍しく唖然とした顔を晒している。

 

「ハハハハハハ!!さてな!!先ほども言った通り、オレ達は未だ並行世界のカタチすら観測出来ていないのだ!!証明など出来ないだろうさ!!

 ━━━━かの角笛!!世界の終わりを告げるというヘイルダムの角笛(ギャラルホルン)()()()()()()()話は別だったろうがな!!」

 

━━━━で、あれば。で、あればだ。

オレの基へと奴が転移してきたのが偶然では無く逆算された物であったのだとしたら……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、果たして一体どこへ飛んだのか?

 

「……仮令(たとえ)それがどこであろうと、お前は変わらないだろうよ。

 精々命を燃やして……それでもと手を伸ばし続けろ。そうして燃え尽きた灰こそが、万象を追想する(バベル・カノン)には相応しいのだから……」

 

━━━━玉座の上から、世界を見つめる。

要となっていた男を喪った奴等の動きが果たしてどうなるのか。此処からの未知を前にすれば、オレとて今まで通りの傍観者気取りでは居られない。

だが上等だ。それでいい。

 

「━━━━オレの計画通りに踊る連中を見るだけならともかく。

 決まり切った未来など、オレの方からも御免被るからな。」

 

独り言ちる呟きは誰にも届く事は無く。玉座の間の闇に溶けて、消えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『ダンナ!!トモが……トモが……ッ!!』

 

「空間転移の反応……!?

 司令!!共鳴くんはアメノハゴロモにて空間跳躍したようです!!」

 

司令室に響く奏の悲鳴のような通信を聴きながら、(風鳴弦十郎)は藤尭の観測結果から状況を整理する。

 

「━━━━落ち着け!!奏!!どうやら共鳴くんは空間跳躍を成したらしいッ!!友里くんッ!!関係各所に通達!!

 レーダー同期の協力要請急げッ!!空間跳躍先がどこか分からない以上、数を増やして行先を探るしかあるまいッ!!」

 

「りょ、了解!!」

 

━━━━ヒカリが、海と空とを貫いて。

響くんと未来くんが神獣鏡の輝きに飛び込んだ事までは本部でも観測出来た。

……だが、その間隙を突くように差し向けられた高速飛行ノイズの一撃が、二人をアシストして消耗した共鳴くんを貫いたのだ。

 

「共鳴……ううん、違う。私は……私がやらなければならない事を。

 ━━━━奏ちゃん、まずは響ちゃんと未来ちゃんを連れて本部に帰還して頂戴。

 脳とギアをリンクさせられていた未来ちゃんも、体表にまで融合が進行した響ちゃんも、神獣鏡による解呪が成功したとしても危険な状態かも知れない。

 すぐに収容しなければ傷口から入った細菌で致命的な後遺症が遺ってしまうかも知れない。

 ……だから、奏ちゃん。貴方に……お願いしたいの。」

 

『鳴弥さん……でもッ……!!

 ……クッ!!分かった。二人を連れて帰還する……』

 

━━━━そんな中でも、己の責務を全うせんと決意を握る鳴弥くんの姿に、俺は自らの無力を胸中にて悔いる。

母親に、子の心配をさせてやる(ひま)すら与えてやれないとは……

 

「翼とクリスくんにも連絡を入れろッ!!響くんと未来くんを収容し、共鳴くんを捜索するぞッ!!」

 

━━━━まだ、戦いは終わっていない。ウェル博士があの瞬間を狙って共鳴くんを攻撃した理由。それは紛れもなく、月の落下から世界を救う為に月遺跡へとアクセスする共鳴くんの計画を阻止する為だ。

 

「……ギアを喪った二人を回収しなければならない以上、此方から今すぐに攻め込む事は不可能……だが、攻め込まなければウェル博士の専横を許すだけ、ということか……」

 

回天の機を探りながら、モニターに映る海を睨みつける。

フロンティア。海底に眠る巨大遺跡。月の落下に抗する為にFISが求めているというその機構に関する情報は、スカイタワーで見つかったデータに記されていた物だ。

恐らくは、共鳴くんへと説明する為に該当端末を使い、消去する間もなく撤退したが故の僥倖。

 

「逃す手はない、か……」

 

此処こそが大一番だ。失敗する訳にはいくまい。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━一体何がッ!?」

 

護衛艦の上で(風鳴翼)は、揺れる海から立ち上がる遺跡を見る。

━━━━巨大。広大。雄大。

数百mの全長を誇る護衛艦をも容易く凌駕する極大構造物が、深淵の中から浮上している……ッ!?

 

「フロンティア……!!遂に浮上したデスか……ッ!!」

 

「おいッ!!一体全体何がどうなってやがる!?」

 

「アレが……フィーネが米国と組んで目覚めさせようとしていた……人類最後の新天地(フロンティア)かッ!!」

 

浮上の速度そのものはそこまでの速度はないのだろう。未だその全容は見えない。

━━━━だが、その質量があまりにも大きすぎる。直上に掛かる水の檻を跳ねのけながら浮上するフロンティア。

異端技術の力によってか、津波の如き水のうねりこそ起きていないものの……こうして足場としている護衛艦すらも揺らす程の流れを今もなお巻き起こす。

 

そんな中で集ってくるのは、力を握る者たち。雪音と、そして……七彩騎士のアゲート・ガウラードまでもが、先ほど共鳴が庇っていた少女を連れて。

 

「んなッ!?んで七彩騎士まで此処に居るデスか!?や、やるってんなら……」

 

「落ち着けェい……俺が来たのはこの子を一時預ける為だ。アイツと……共鳴の坊主と約束したからな。

 ━━━━だが覚えておけ。一時、預けるだけだ。双槍双銃(オレ)は必ず、その子を救い出す。ドクター・ウェルにもそう伝えとけ。」

 

「はい!?美舟ぇ……一体全体何がどうなってるんデスか?それに、おにーさんは……?」

 

「お兄ちゃんは……お兄ちゃんは……」

 

そう言って、震える少女が指さしたのは━━━━遺跡が浮上するその前に、ヒカリの柱が立った場所。

あぁ。見間違いだと思いたかった。だが、証言があったとなれば最早否定する事すら出来ないだろう……

 

「……嘘、だろ……?

 ━━━━おいッ!!嘘だって言えよッ!!ノイズが突っ込んで……光の中に消えて!!戻ってきてないなんて……嘘だって言えよ!!おいッ!!」

 

━━━━血を吐くように食い掛る雪音の叫びと、それを否定しない、少女の姿。

 

「……落ち着け、雪音。最後の一瞬、光の中に見えたのは恐らく空間転移の反応……それに、共鳴は()()()()()()()()()()!!

 突っ込んで来たノイズを叩き落としたのだ。空間転移したとて、必ず戻って来る筈だ……」

 

「う……あ……でも……でも……!!」

 

━━━━世界の理不尽を前に(くずお)れる雪音を支えながらに吐く言葉。その優しい文句で慰めているのは、雪音なのか、それとも私自身なのか……

 

「……おにーさん……」

 

戦うどころでは無いのは、お互いにとってそうなのだろう。共鳴に懐いていたらしい目の前の少女達もまた、雪音と同じようにショックを受けているのは明白だった。

 

『……翼。大丈夫か?』

 

「……はい。防人たる天津共鳴の刃、この程度で折れはしないと……そう、信じていますから。」

 

━━━━あの日、カ・ディンギルの光条の中に雪音と共に共鳴が消えた時と同じだ。

同じだと、そう言い聞かせているのに、胸中を過るイヤな予感は、どうしても消える事はなくて……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━すみませんが、ギアペンダントは預からせていただいてますので。」

 

水面を走り抜ける忍者に捕まってしまった(月読調)は、二課本部の中で拘束されていた。

 

「……わかった。」

 

捕虜にも一人部屋、しかもベッド付き。

FIS(私達)とはやっぱり違うな、と思う。

 

「……それにしても……捕虜なのに、牢屋じゃなくて端末もある部屋を与えていいのかな……?」

 

思わず出てしまった言葉は、部屋の奥にある椅子付きの大型端末を見てのもの。セキュリティとか、大丈夫なのだろうか……?

 

━━━━本当に、相変わらず優しいんだから……

 

「……?」

 

まただ。自分が自分で無いような感覚。

 

「……美舟は無事かな……」

 

━━━━そうね。私としても()の動向は気になる事だし……ちょっと見てみましょうか。

 

「……?

 え……?」

 

誰に聴かせるワケでも無く、ポツリと放ったその言葉。

それを受け止めてくれたのは、自分の中の知らない自分(だれか)

 

━━━━ちょっと身体、借りるわね?

 

そんな風に思考を過らせ、私の身体は何故か部屋の奥にある端末の前へと歩み出す。

 

「……何をするの?」

 

━━━━ちょっ~と待ってちょうだいね……やっぱり。前の二課本部から移設したとは言っても、ギア本体と通話する為の通信プロトコルは変わっていない……コレならギア経由で通信の傍受くらいは可能ね。

 

……どうも、私の中の誰かは二課の内情にも詳しいらしく……

手枷を嵌められた状態である事も意に介さず、慣れた手つきで端末を操作していく。

 

━━━━さてさて、今の状況はどうなってるのかしら……?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「━━━━映像、回します!!」

 

━━━━二課仮設本部、司令室内部にて。

響くん達を回収し、一旦浮上し続けるフロンティアからの距離を取った(風鳴弦十郎)達は、状況の立て直しを図りながら情報収集を続けていた。

 

「スカイタワーに残っていた情報と、生き残った空母マイケル・ウィルソンとその護衛艦とのレーダー・ソナーの同期によってフロンティアの詳細なデータが造り上げられました。

 ━━━━海面に出ているのは、全体から見てごく一部のみ……フロンティアと呼称するだけの事はありますね。」

 

━━━━巨大。広大。雄大。

全長にして30000m、全幅にして14000m、全高にして5000m。

……現代の人類が造り上げる事すら叶わぬ巨大浮遊島(ギガフロート)

それこそが、FISが求めるフロンティアの正体だった。

 

「━━━━ッ!!新たな米国所属艦艇の接近を検知!!空母ジェームズ・ジョンソンを中心とした船団です!!」

 

「第二陣か……第一陣の救出……だけでは無いのだろうな。」

 

『ずる……まさかアンクル・サム(米国)共の目的ってぇのは……』

 

事態の説明の為、通信を繋いでいた斯波田事務次官の言葉に被せるように、俺は相互の推測を掛け合わせる。

 

「━━━━落下する月を避ける為の、新天地(フロンティア)への移住……!!」

 

『はぁ……アンクル・サムも必死になって隠す筈だぜこりゃあ……』

 

「……えぇ。」

 

━━━━確かに、先史文明が遺した巨大遺跡ならば、月の落下という極大災害から逃れる事は出来るだろう。

だが、目の前にある広大な新天地は、しかし()()()()()()()()()()

内部にどれほどのスペースがあるかは分からないが……宇宙へと飛び出し、別の惑星を探すとなれば数万人が暮らすのが収容限界だろう。

 

━━━━つまり、それは。

 

「━━━━七十億を切り捨て、たった数万のヒトだけが人類種となる大量絶滅に他ならない……ッ!!」

 

『ノアの箱舟でも気取ろうってんだろうが、そうは問屋が卸さねぇってもんだ。』

 

「我々も急行し、対処します。

 ……ですが……」

 

言い淀むのは、欠けたファクターである彼についての事。

 

『……共鳴の坊主は相変わらず行方知れずかい?』

 

「はい……彼の、そして彼の持つアメノハゴロモが無ければ月軌道の修正は現状不可能です。

 米国側の主張を認めるワケではありませんが……」

 

認めるワケでは無い。認められる物では無い。

だが、それでも月の落下という甚大特異災害を前に取れる手段は、あまりにも少ない。

 

『━━━━選ばなきゃならん時は、来るかも知れんって事かい。

 だがな。奇跡が一生懸命の報酬だっつーんなら、それは誰もに等しく与えられるべきモンだ。

 それを……一部の高官やら、金持ちやらが先んじて逃げ出す?

 ━━━━そいつ等が持ってるモンを保証してんのは現行の法秩序だってのにか?』

 

「……はい。」

 

『……だから、頼むぜ。この星の明日(みらい)は、まだ誰の物でもねぇんだからよ。』

 

「━━━━はいッ!!」

 

気合いを入れ直し、前を見据える。

━━━━そうだ。俺の胸には……

 

《━━━━この結末は、私の選択の結果よ。後悔なんて無いし、これからも一切しないわ。

 ……けれど、そうね。もしも……もしも、この世界が明日に繋がって行くのなら……千年後の今日に、また逢いましょう?》

 

「━━━━千年後の今日まで、明日を繋げて未来と変えねばならないのだからな。」

 

━━━━交わした約束が、今もまだ宿っているのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━二課本部のメディカルルーム、そのベッドの上で(小日向未来)は休んでいた。

 

「━━━━未来ッ!!」

 

そんな折に、飛び込んで、飛びついて来るのは私の親友。立花響。

 

「あっ……」

 

━━━━そのあたたかさに、緊張していた身体のこわばりが解けていくのが分かる。

 

「小日向の容体は?」

 

「Linkerの洗浄も完了してるし……ギアの強制装着の後遺症も見られないわ。

 細かい事は本土に戻ってから改めての検査になるけれど……えぇ、未来ちゃんは間違いなく元気よ。」

 

「良かった……」

 

「あぁ……ホントに……良かった……」

 

その後ろから入って来た鳴弥さんと翼さんの会話に、安堵の息を零すのは目の前の響と……

 

「なぁに?クリスも心配してくれたの?ふふっ、ありがとう。」

 

「当たり前だッ!!お前は、あたしの……あぁ、いや……なんでもねぇ……」

 

━━━━入室してきてからずっと私の手を握って離さない、クリスの二人。

そうして皆と再会出来た喜びを改めて噛み締めて……そこで、やっぱり気づいてしまう。

 

「……でも、私は響を、皆を……」

 

響の顔、ガーゼだらけで。

クリスだってそうだ。見えない所かも知れないけど、私がギアで何度も攻撃して……

思い出すと、涙が溢れて止まらない。

護りたいと願った筈の想いは、いつの間にか総てを焼き尽くすヒカリになってしまって。

 

「━━━━へいき、へっちゃらだよ。それに……私がこうして帰ってこれたのは未来のおかげ。」

 

「……あ。」

 

《━━━━そう。キミこそが神獣鏡のシンフォギアの適合者ッ!!

 この惑星(ほし)でただ一人!!立花響を救う事が出来る存在なのですよッ!!》

 

思い出すのは、魔法使いの誘惑。

 

「響の……融合症例……」

 

「えぇ。響ちゃんの体内のガングニールは、神獣鏡のギアと共に一掃された……響ちゃんの命は、もう侵されないで済むの。」

 

「未来が、私を救ってくれたんだよ?」

 

「━━━━小日向の強い想いが、死の淵に落ち込む立花を引きずり上げたのだ。」

 

「このバカだけじゃなくお前自身の命だって、救われたのはお前の強い想いがギアのポテンシャルを引きずり出したからだ。

 ……そんなに、悲観するモンでもねぇよ。」

 

「えへへ……だからありがとう、未来。

 私の陽だまりは、やっぱりあったかいや……」

 

「私が……そっか……私、響を護れたんだ……」

 

「うん。えへへ……」

 

━━━━でも、そのせいで……私は響から戦う力を、護る為の力を奪ってしまった。

響のガングニールは、繋ぐ為の掌だったのに……

 

「でも、FIS側も求めていたフロンティアの浮上を成し遂げてしまった……最後の戦いはまだ終わっていないという事ね……」

 

「だが安心してくれ、小日向。掛かる危難は防人姉妹(わたしたち)が払って見せるとも。」

 

「あぁ、だからお前は此処でゆっくり休んで……」

 

━━━━その言葉に、感じる違和感。翼さんの言い分では、まるで……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「━━━━お兄ちゃんは?」

 

━━━━そうだ。お兄ちゃんが駆けつけない筈が無い。そういう所で過保護なのは良く知ってる。なのに……此処に、お兄ちゃんは居ない。

 

「……ッ!!

 ……共鳴、は……」

 

「……共鳴は、未来ちゃん達のギアが解かれた瞬間、隙を突いたドクター・ウェルの攻撃で神獣鏡の輝きに呑まれて、咄嗟に空間転移をしたの。

 ━━━━今は、まだ行方不明のまま。」

 

━━━━鳴弥さんから告げられた言葉は、この世の残酷そのもののように、私の胸を貫いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━はいけい、みなさまへ えっと、なんといいますか……

    冷たくなった手に、つなぐ場所をどーもデス☆^(○≧∀≦)○

    ねがわくばこの世界ぜんぶ

    ハッピッたらいつか……

 

ぽたり、ぽたりと。手紙を書くアタシ(暁切歌)の眼から零れる涙。

 

「あ、あれ……?おかしいデスね……こんな……筈じゃ……」

 

ホントはもっと、明るく楽しく元気よく、アタシらしさを伝える為の手紙な筈なのデス。

なのに、どうして……

 

「━━━━どうして、こんなに辛くて苦しいのデスか……?」

 

くしゃり、と掴んだ手紙は歪んでしまって……もう、真っ直ぐには戻らない。

━━━━あぁ、まるで今のアタシの心みたいデス……なんて、柄にもなくポエットな思考に陥ってしまう。

 

「おにーさん……アタシ……アタシの答えは……」

 

《……それでも、犠牲は避けられるのなら避けるべきだと俺は思ってる。だって……喪われてしまったモノは、決して戻らないんだから。》

 

あの日、おにーさんにいつか伝えたいと思った、アタシの答え。

だけど、それをおにーさんに伝える事は、もう絶対に出来ないのデス。

けれど、けれども……心に決めた答えを貫く事は、まだ出来る事なのデス。

 

「だから……アタシ、戦うデス。

 ━━━━フィーネから託された未来を護る為に……!!」

 

ドクターの野郎の計画に乗るのはすっごくイヤな事だけど……もう、ドクターしか未来を護れる人は居ない。

 

「━━━━だから、天国で見守っていて欲しいのデス。アタシの、一世一代の頑張り物語を……」

 

━━━━涙を拭って、手紙の続きを書こう。アタシが居なくなったとしても、いつかきっと、その先に立つ花があると信じて……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━其処に、空は無かった。

翡翠の如き深緑が染め上げる高き玉座。それを内包するシェルターの如き構造物。

それだけが、この()()の総てだった。

 

「……来たか。少年よ。」

 

━━━━その玉座に深く腰掛ける老人が居た。

鍔の広い帽子を深々と被るが故に、その顔立ちは(よう)として伺えず……されど、その眼に宿る知性の輝きに翳り無く。

煌々と灯るその()()は、総てを見通すこの玉座の持ち主に相応しい。

 

━━━━そして、その老人が声を掛けたのは、玉座の目の前に現れた少年。

唐突に、一瞬にして、魔法のように現れたその姿。そして、()()()()()()その惨状にも、老人が動じる事は無い。

 

「━━━━見ておったよ。キミの活躍は。流石は……()()()()()()()()()()()()()、その一つ。()()()()の名を持つ者の裔なだけはある。

 かつて……我が元を一度は去りしシグルドリーヴァ……ブリュンヒルデのようにして。

 彼の神の埋め込みし宿業から逃れ、地へと逃げ延びた天女、《耀い姫》のその裔よ。」

 

━━━━老人は玉座から立つ事も無く、指を振るいて空間へと()()を刻み込む。

 

「ぐっ……あぁ……!!」

 

だが、それだけで事は成る。少年の喪われた片腕から流れ出る血は何らかの力によって、腕の中へと留まり続ける。

 

「━━━━そして、知って居るとも。視って居るとも。

 キミというファクターで、彼の世界の道行きが変わった事も。

 キミの世界において起きているラグナロクが、並列なる世界の中でも一等特別な物である事も。

 本来であれば、キミが強制と跳ぶ筈だったのは()()()()()()であった事も。

 ……そして、時空から切り離され、世界へと干渉する事の出来ないこの高き玉座(フリズスキャルヴ)へと辿り着き得る、遍く世界で唯一の存在がキミである事も。

 ━━━━故に、私はこう言おう。」

 

━━━━因果の涯へようこそ、世界を救う勇士(エインヘリヤル)よ━━━━

 

老人の言葉は神託の如く玉座へと響き渡り、そして再び、静寂が戻った。




━━━━浮上せよ、浮上せよ、浮上せよ。
遥かなる歴史の彼方より。静かなる深淵の水底より。
覚醒(めざ)めしは、(ソラ)より来る方舟の……

加速する男の欲望は月をも掴み、世界は滅亡へのカウントダウンを走り始める。
希望は、最早存在しないのか?世界は、最早滅びゆくしかないのか?

━━━━否。否。否。
否定を押し込む欲望に、さらなる否やを叩きつける為、動き出す者達が居る。
分かり合う気の無い邪悪を食い止め、分かり合えるかも知れない誰かと手を繋ぐ為に。

━━━━だからこそ、輝きは此処に。胸に。この空に。
風は鳴り、運び手(クリストファ)は水を渡り。
そして、独りきりの歌を止める為、逆しまにされし方舟を救う為、調べは強く響き渡る。


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第七十二話 浮上のラストアーク

ウィザードリィ・ステルスを喪ったFIS(ボク達)を襲った米国と二課の連中の横槍で発生した南海の激闘。

その果てに立ったヒカリの柱は封印を砕いた。

━━━━そして、広がる新天地(フロンティア)

このボク(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス)が支配し、世界最後の理想郷となる人類史最後の方舟(ラストアーク)!!

 

「━━━━ふ、ふひひッ!!さぁ、行きましょうか皆さんッ!!」

 

ボクの掛け声に、返す言葉を持つ者など最早居ない。

FISの甘ったれた小娘共がボクの崇高な理想に従わずに跳ねっ返るのは予測していたが、天津共鳴と言う奇跡を呼ぶ因子(ファクター)を得る事であそこまで暴れまわるとは。

━━━━だが、そんな男ももう居ない。光の柱にブッ刺さり、奴は強制転移で行方不明になったッ!!

 

「……宇宙に、そして惑星外までも射程とするアメノハゴロモの強制跳躍(ランダムジャンプ)

 そんな不安定な試行で人間の生存圏に落着出来る可能性は……ンふふッ!!考えるまでも無く絶望的な数値でしょうねェ!!」

 

だから、言葉にてなおも希望が奪われた事を伝えて見せる必要がある。

まぁ実際の所は、アメノハゴロモに備わった数多の安全装置(セイフティ)がそうはさせないだろうと予想しているが、それを伝える必要はない。

 

「クッ……!!」

 

それに……仮令(たとえ)、そうして運よく人の生きられる環境に跳躍完了(ジャンプアウト)出来たとしても。

そこからこの地球、この日本南海海上に戻って来るまでどれだけの時間が掛かるだろうか?

居住可能空間(エクメーネ)が陸上地形の九割を覆うようになったこの時代と言えど、海洋という人類史上最大の居住不能空間(アネクメーネ)は未だに地球全体の七割を占めているのだ!!

人類が生存可能な場所に落着したとて、それが生還を保証するワケでも無し。

 

これほどの可能性を乗り越えた奇跡の生還劇がもしも起きたとて、それを見届けられないのは残念至極だが、ボクにもやらねばならない事が山ほどある。

生存可能性の考察などこの程度で十分だろう。

 

「ハハハハハハ!!どうしましたァ?此処こそがッ!!貴方達も求めていたフロンティアッ!!デスよッ!!」

 

━━━━脅しも兼ねて天逆美舟を残してボクの先を歩む彼女達の懐中電灯の灯りが遺跡を照らすのを見ながら、ボクは快哉の喝采を謳いあげる。

 

「……本来のフィーネの計画ならば、美舟によるジェネレーターへの出力奏上によって封印から解放されたフロンティアを運用する予定でしたが……貴方は、腹案を使うつもりですね。ドクター。」

 

そんなボクの挑発を切り上げ、ナスターシャ教授(オバハン)は事務的な話を進め出す。

 

「……ま、マイクパフォーマンスはコレくらいでいいでしょう。えぇ、本来の計画であれば我々は日本に入植した先史文明人(カストディアン)の末裔である彼女……

 天逆美舟の力によってこの舟の正当なる継承権を手に入れる予定でした。ですが……」

 

━━━━遺跡の中央に聳え立つ尖塔、その基部。フィーネの遺した音響測距記録(ソナーデータ)によって推定されたジェネレータールーム。

その内部へと、ボク達は辿り着く。

 

「なんデスか……アレは……?」

 

「……研究に使われてた古文書で、見た事がある……アレが、フロンティアの……鳥之石楠船神の根幹を成すジェネレーター……

 ━━━━またの名を、武御雷(タケミカヅチ)

 だから、フィーネは浮上の暁にはこの舟の呼び名を変えるつもりだった……」

 

「━━━━そうッ!!天より来たりし雷神の力によって浮上する人類救済の方舟……雷神の方舟(アークインパルス)とッ!!」

 

芝居がかった仕草で後背の無知蒙昧へと教えながらに開くのは、無限(ネフィリム)の心臓を収めた保管ケースの蓋。

ジェネレーターへと()()を押し付ければ、ネフィリムによる侵蝕はたちまちに始まって行く。

 

「ネフィリムの心臓で……!?マムが言っていた腹案って、コレの事なの!?」

 

「心臓だけとなっても聖遺物を取り込む性質はそのまま……卑しいですねぇ……フヒヒ……ッ!!」

 

━━━━ネフィリムによる聖遺物の吸収、それはただ吸収するだけには留まらない。分解し、それを理解してこそ、ネフィリムは無限たる出力を発揮する事が出来る。

そして……それが故に。聖遺物の捕食摂取を出来ぬようにこうしてネフィリムの機能を制限してやれば、無限の出力はそのまま、外部から強制的に聖遺物を起動可能な合鍵(マスターキー)となるのだ。

 

「……どうやら、エネルギーはフロンティアに行き渡ったようですね。」

 

絡みつきながらも喰らい付けぬネフィリムが、それでも卑しく生成し続けるエネルギーによって起動したジェネレーターはエネルギーを生成し、フロンティア全域へとエネルギーを供給する。

 

「では、ボクはブリッジへ向かうとしますが……

 ナスターシャ()()には、制御室にてフロンティアの面倒を見てもらいたいのですがね?」

 

皮肉を込めた物言いは、嘲笑の色を帯びてしまっただろうか?

━━━━だが、最早ボクの道行きを阻める物などこの世に存在しないのだッ!!嘲笑われながらも従うしかない屈辱を味わってもらうくらいの役得はあって然るべきだろう。

なにせ、世界一の頭脳を持つこのボクを欺いてテロに加担などさせてくれたのだからッ!!

……ま、そのお陰でボクが世界救済の要となれたのだから、別に恨んじゃ居ないのだが。

 

マリアと美舟(ひとじち)を連れてブリッジへ向かいながらほくそ笑むボクのテンションはどうやら……自分でも気づかぬうちに暴発寸前にまで昂っているようだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「シュルシャガナ……か……」

 

━━━━()()()()()()()()()()()()、ベッドに戻って座り込んだままの少女の監視映像を横目に見ながら、彼女の持っていたシンフォギアについて(風鳴弦十郎)は呟く。

 

「確か……古代メソポタミアの都市神の一柱、ザババの持つ刃でしたか?」

 

「あぁ……同時に、其処から派生して()()()()()ともされる……の、だったか?

 了子くんや鳴弥くんならもう少し込み入った解説も出来るのだろうが……」

 

「━━━━シュルシャガナは()()()()()()()とも訳される刃で……

 了子さんが少しだけ触れていた資料によれば、紅の刃は戦神であるザババの右手に握られる獅子の如きシミターであり、あらゆる防御を削り裂く全断の刃である……だ、そうですよ。」

 

━━━━そんな折に入って来たのは、Linkerの洗浄を行っている奏を除いた、医務室に向かっていた面々の姿。

その中には検査入院待ちという事で安静にしていなければならない筈の未来くんの姿もあった。

 

「ッ!!未来くん!!まだ安静にしてなきゃいけないじゃないか!?」

 

「ごめんなさい!!でも……でも……!!」

 

「……お兄ちゃんが行方不明だって聴いて、どうしてもって……」

 

━━━━それは、当たり前の心配だった。

自分と共に連れ去られながらも、自分を助ける為に命を懸けて戦った兄貴分が行方不明だと聴いて、友人たちを強く想う彼女が黙って居られる筈も無い。

 

「……そう、だな。共鳴くんの行方は未だに掴めていない。奏もLinkerの影響を考えれば、戦えるとして後一度程度だろう。

 だが、だからこそ俺達はFISの……いや、今やウェル博士の独断だろうが……それを食い止めなけらばならない。

 共鳴くんの行方を探る事だけに集中してウェル博士の野望を食い止められない事……そんな事は、共鳴くんが一番望まない結末だ。」

 

「……はい……」

 

━━━━だからこそ、告げねばならぬ事実は重く、苦々しい。

防人として決意を握ったとはいえ、彼も彼女達と同じただの少年だというのに。

その命と世界を天秤に掛けねばならないこの残酷。

 

「ですが、共鳴くんの行方を探る事を諦めたワケではありません。

 各国情報機関に協力を求めて共鳴くんの行方を探ってもらって居ますから。」

 

俺に続いた緒川の言葉は事実だ。だが、気休めである事も否定できない事実だ。

なにせ、アメノハゴロモの転移システムは未だブラックボックスなのだから。

緊急転移がどういった基準で行われるのかも、飛ばされる先がどこなのかも不明。

これでは転移先を探ろうにも、砂漠の中から一粒の砂金を探すような物だ。

 

「━━━━フロンティアとの距離20000!!接近、もう間もなくです!!」

 

『ッ!!』

 

そんな思考を一旦振り払い、目の前のモニターを見つめる。

フロンティアの浮上、新天地による逃亡……いずれも、ただ一人の独断によって成し遂げられて良い筈が無い。

 

━━━━だが、次の瞬間。

遺跡上部の三叉の如き塔から、光の柱が立ち昇る。

それは、螺旋を描きながら空を貫いて━━━━

 

「なんだ、アレはッ!?」

 

「エネルギーの強烈な高まりを検知ッ!!こ、コレって……!?」

 

━━━━瞬間、振動が艦全体を揺さぶる。

 

『きゃあっ!?』

 

「状況報告ッ!!」

 

「広範囲に渡って海底が隆起!!我々の直下にも押し迫ってきますッ!!」

 

「━━━━更なる浮上、だとォッ!?」

 

振動に耐えながら、モニターを睨みつける。

一体、何が起きている……ッ!?

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ドクターを止める手段も見つけられず、ブリッジに辿り着いてしまった(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)と美舟。

そこで目にしたのは、現行の技術体系からかけ離れた異形の機構(システム)の姿だった。

 

「コレが……ブリッジ……?」

 

━━━━其処には端末(コンソール)も無く、壁も無い。まるで四阿(あずまや)のような石造りの天井と、結晶構造体の拱門(アーチ)の只中に、紋様の刻まれた真球が鎮座するのみ。

 

「……ドクター、貴方は一体どうやってフロンティアの制御を得ようと言うの?

 ここには貴方の得意なプログラムを走らせる端末(コンソール)も無い。」

 

「ふふん。そんな有様ではフィーネの演技などすぐにモロバレだったでしょうね、マリア。

 ━━━━その通り。此処には液晶モニターの一つも有りはしない。当然でしょう。先史文明が使っていたのはもっと()()()()機器だったのですから。

 そして……そういった事情に関して、このボクが対策の一つも考えていないとでも?」

 

━━━━そう言い放ち、ドクターはその右手に握った物を見せつける。

 

「Linker……!?」

 

「ッ!!ネフィリムの細胞を使ったッ!?」

 

「その通りッ!!試作品ではネフィリムから群体の一部であるネフィラそのものすら抽出してみましたが、コイツはその完成品ッ!!

 ━━━━正真正銘、ネフィリムの機能だけを抜き出した夢のアイテムッ!!

 コイツを注入、メイクアップゥゥゥゥ~!!」

 

Linkerの入った無針注射器、それをドクターは自らの左腕に躊躇いなく突き刺し、流し込んでいく。

━━━━そして、その左腕が変貌する。

ネフィリムのような黒ずんだ肌。走った痣のラインが仄かに赤い輝きを放つその姿は、美舟の左腕と同じ物で……!!

 

「━━━━美舟を、実験台にしたのねッ!?」

 

「実験台?とんでもない。ネフィラまで分離させたネフィリムの細胞Linkerが危険過ぎる事なんて使う前から百も承知でしたとも。

 本当なら使うまでも無く封印しておくつもりだったんですがねぇ……マリア。キミがいけないんですよォ?

 自分が新たなるフィーネだなんて言い張ってこのボクを騙くらかしてテロリストに仕立て上げておいて、自分達だけが助かろうとするからァ……」

 

「そ、れは……」

 

━━━━勝手な言い分だ!!

そう叫びたい。だけれども。だけれども。

……ドクターを巻き込んだのは確かに私達なのだ。表ざたになる事は無いとはいえ、異端技術研究者としてのキャリアを持っていた彼の人生を壊したのは。

 

「━━━━そこで二人仲良く見て居ればいいですよ、ボクが世界を救うのをォッ!!」

 

━━━━そうして、私が慙愧の念に囚われた一瞬の隙に。ドクターはその左腕を真球へと押し付ける。

そして、真球を侵蝕する赤いライン。

 

「ジェネレーターの時と同じ……!!ネフィリムを使うって、まさか……!!」

 

ドクターの行動の真意に先に気づいたのは、美舟だった。

 

「それもまたその通りッ!!ネフィリムはあらゆる聖遺物を侵蝕し、己へと組みかえる暴食の具現ッ!!

 ━━━━で、あれば……それをコントロール出来る状態で行えば、あらゆる聖遺物に対応する万能ハブとする事が可能という事ッ!!」

 

「……ッ!?」

 

「使い方を探し出すんじゃなくて、使えるように侵蝕して組み替える……まるで、侵略者(インベーダー)のように……ッ!?」

 

「フヘヘ……そう……コレで、ボクとフロンティアは直結された……最早この方舟はボクの身体も同然ッ!!」

 

ドクターの相貌が喜悦に歪んでいくのが分かる。

それを前にして……それでも、私達は未だ人質を取られたままで。

 

そして、私が逡巡を続ける中で混迷は更にその色を深めていく。

ドクターが空間に投影したモニターに映るのは……

 

「米国の……ッ!!」

 

追手の第二波であろう、護衛艦の大艦隊。

否定の軍団が、波を掻き分けてやってくる。

 

「ハハハハハハ!!敵は多勢!!なれど此方も……エネルギー状態は良好ッ!!最大容量(フルキャパシティ)にはほど遠くとも、コレだけあれば十分にいきり立つッ!!」

 

『待ちなさい、ドクターッ!!重力制御エンジンの出力は未だ上がり切っていません!!

 この状態でフロンティアを浮上させるのは不可能ですッ!!』

 

「えぇ。この舟一隻の力で浮かび上がるのは……不可能ッ!!

 ですが……行けッ!!極光よッ!!」

 

━━━━ドクターが叫び、窓の外に微かに見える遺跡の上部構造物……その中でも、浮遊したリング部分から眩い程の光が溢れ出す。

いったい……何が起きているというの!?

 

「━━━━どっこいしょォォォォッ!!」

 

ドクターの掛け声と共に、足元の大地が揺れる。

……いや、コレは……ッ!!

 

「フロンティアの……強制浮上ッ!?

 一体、どうやって出力を補ったの……!?」

 

美舟の分析と、私とも共通する驚愕の感情を余所に、深まった混迷に嵌まった状況は進んでいく。

 

投影された映像の中で、艦隊が否定の力を……砲塔に込められた弾頭を射出するのが見える。

……だが、届かない。及ばない。意味がない。浮上したフロンティアの大質量を前に、異端技術が使われていない艦隊の攻撃は何の痛痒も与えられていない……!!

 

「ひははははァッ!!楽し過ぎて眼鏡がズリ落ちてしまいそうだァ……ッ!!

 ━━━━どォれ、もういっちょォォォォ!!」

 

━━━━そんな必死の抵抗を前に、ドクターが再び左腕に力を籠めるのを見て。

 

「やめろ……やめろォォォォ!!」

 

後背に置き去りにされていた私は、嫌な予感に貫かれて、思うよりも先に叫んでいた。

━━━━だって、だって……それは……その、力は……!!

 

「重力制御は反重力浮遊だけに使うもんじゃあないッ!!

 こうして余所の重力をフロンティアの機構にて書き換えてやれば……」

 

━━━━ふわり、と。鉄の塊が空に浮かんで。

 

━━━━ぐしゃり、と。超重力の(あぎと)に噛み砕かれる。

 

「━━━━あ……」

 

命が消える、音が。

私の心の中に残っていたなけなしの反抗心をへし折って。

 

「あ、ぁ……」

 

「━━━━ッ!!マリア!!しっかりして……!!」

 

目の前で消え去ってしまった命の重さに頽れる私の身体を、美舟が支えてくれるのをぼんやりと感じる。

閃光の中に消えた彼のように。罪も無い人々の命が、零れて、消えて……

 

「ふーむ……制御できる重力はこの程度が限界のようですねェ……ですが……

 ━━━━手に入れたぞッ!!蹂躙する……力ッ!!

 コレでボクも英雄になれるゥ!!

 いいや……この星に、人類を救える英雄は最早このボクただ一人ッ!!

 ━━━━この星の最終英雄(ラストアクション・ヒーロー)()()じゃないッ!!

 このボクがだァァァァッ!!アヒャハハハハハァッ!!」

 

━━━━誰でもいい。誰か……この悪夢を、ドクターの狂気を……止めて……!!

 

━━━━この世界を……助けて……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「おやァ?どうしましたか、マリア……おっと!!まさか、行きがけの駄賃に月を引き寄せちゃった事がそんなにショックでしたかァン?」

 

加速する欲望でフロンティアを浮かべたドクターが頽れたマリアを嘲笑うのを見て、天逆美舟(ボク)は拒絶の意志を込めて彼を睨みつける。

 

━━━━だが、彼がその言葉で顕わにした事態の重さは、それすらも跳ねのける程の巨大質量で。

 

「月……を……?」

 

「━━━━まさかッ!?上がり切らないフロンティアの出力を、アンカーによって引き合う力で無理矢理に補ったのッ!?」

 

「その通りッ!!中学生にだって分かる簡単な物理演算ですよッ!!

 無理矢理に重力に逆らえないのなら……重力と釣り合っている疑似無重力状態で空に固定して引っ張ってしまえばいいッ!!」

 

「……コレが、貴方の世界救済なの!?

 月の落下を早め、逃げきれぬ人々が惑い、争う地獄絵図を地上に顕現させる事がッ!?」

 

━━━━信じられない。確かに、フロンティアでの地球脱出では全人類を救う事は出来ない。

だとしても、だとしても。こんな風に人々に二者択一(ソード・オア・デス)を押し付けるだなんて……!!

 

「そうッ!!コレが一番確実で!!一番手っ取り早い!!

 たった一つの冴えたやり方ッ!!唯一にして絶対の人類救済だともッ!!」

 

「こんな……こんな事の為に……私は……セレナ……貴方の生きる世界を……!!

 ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

 

倒れ伏したマリアが涙を零し、セレナへと許しを()う。

当たり前だ。こんな結末……こんな手段、ボク等FISの望みなんかじゃ、無いのに……!!

 

「フヒェーヒャヒャヒャヒャッ!!全く以てダメな女だなァ!!マリア・カデンツァヴナ・イヴゥ!!

 悪を背負う事も出来ず!!自らを貫く事も出来ず!!ましてや大義の為の犠牲を払う覚悟も出来ないッ!!

 ━━━━フィーネを気取ってた頃のアンタの方が、まだ輝いていたぞ?滑稽な金鍍金(メッキ)でなぁ!!」

 

不甲斐ない。情けない。耐えきれない……!!

ドクターの非道を、誰も止められない……!!

 

━━━━だけど、ふと。左腕が疼いた気がした。

 

「さて、ダメダメなマリアはほっといてェ……天逆美舟。キミにはこのままボクの優位を護る為の盾として矢面に立ってもらいますよ?

 アヒャッ!!キミを庇って死んだ()()()()()()のようにねェ!!」

 

「いや……ッ!!」

 

ドクターが下卑た笑みを浮かべながら近づいて来る……それでも、その眼には、FISの腐った研究者のように私達に欲情する色など一切無く。

━━━━ただ、ボクの先を見つめて、何かを見せつけるように興奮を加速させていて。

それが怖いから、思わずにボクの脚は階段を後退(あとずさ)ってしまう。

 

「ハハハハハハ!!どこへ行こうと言うのかねェ……?

 Linkerで繋がったこのボクの左腕(ネフィリム)がある限り……フロンティアの制御権はボクの物だと言うのにッ!!」

 

━━━━Linkerで、繋がった……?

ドクターの物言いに、ふと何かに思い至ったような。何か、大事な事に気づいたような感触がして。

 

「ほぉら捕まえたァ!!」

 

「あ……やめて!!離して!!」

 

その思考を探ろうとした一瞬の逡巡で、ボクはドクターの左腕に捕らえられてしまう。

 

「さよなら、マリア。其処で気の済むまで泣いているといいですよ。

 ━━━━あぁそうそう。ボクが奴等を潰して帰ったら、どうやって僅かに残る地球人類を増やしていくかを考えましょうか。」

 

━━━━そう宣いながらボクを連れ出していくドクターの嗤った顔は、やっぱりどこか遠くを見ている物で。

それが、ボクにはどうしても怖くて堪らなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━ご覧ください!!大規模な地殻変動が発表された沖ノ鳥島近海で軍事衝突が起きています!!

 謎の浮遊要塞が光った直後、米国所属の艦隊が一瞬で……ッ!?うわッ!?━━━━』

 

━━━━ぐしゃり、と。何かが噛み砕かれる音を最後に、中継は途絶えてしまって。

 

『━━━━緊急警報放送のテスト中です。』

 

代わりに街頭広告(ビジョン)に映るのは、大地震の時などに映し出される花畑の映像で……

 

「テラジ、こういう事件って……」

 

「えぇ……恐らく間違いなく、立花さんや共鳴さんが……」

 

「関係してたりして……まるで、アニメか伝奇小説みたいだけど……」

 

━━━━急激に日常を侵蝕する非日常の黒い影。

それに負けないように、アタシ(板場弓美)はぎゅっと手を握りしめる……

 

「━━━━大丈夫よ~。共鳴さん達なら、きっと~。」

 

━━━━それでも、少しだけ震える手を。あまあま先輩は、そっと握ってくれていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━揺れと、浮上が収まって。二課本部内では状況確認と船体の損耗チェックが進んでいた。

そんな中でも、(風鳴弦十郎)は二課の司令として、動じる素振りを見せぬようにして報告を待っていた。

 

「━━━━下からいいのを貰ったみたいだな……!!」

 

「計測結果が出るまでもう暫くかかります……え!?コレって……」

 

「どうした!!」

 

━━━━だが、続く状況確認の中で、予想外の事態が起きる。

 

「コレは……本部潜水艦内部からの直接介入!?通信システムが乗っ取られました!!」

 

「なんだと!?」

 

━━━━本部内部からのハッキング、だとォッ!?

 

「プロトコルが全部読まれてる!?嘘だろ!?

 だって、二課本部の通信プロトコルは……」

 

━━━━櫻井了子が造り上げた物を基盤とし、我々に可能な範囲での改良を加えた物。

藤尭がそう告げるよりも先に、正面モニターが強制起動する。

 

『━━━━』

 

其処に、映っていたのは……

 

「……調、ちゃん……?」

 

━━━━捕虜となっている筈のFISの少女、月読調が涙を流しながらに此方を見ている姿だった。

 

『……助けて、ください。』

 

「……なに?」

 

━━━━そんな状況だからこそ、彼女が開口一番に放った言葉が此方の予想を大きく裏切る物だった事に、咄嗟の反応が出来なかったのだ。

 

『━━━━美舟を、マリアを……切ちゃんを……マムを!!

 皆を……助けて……!!

 ドクターは、フロンティアの出力が上昇を行うまでには達していない状態だった所を、天上の月へとアンカーを仕掛ける事で無理矢理に空へと引き上げた……ッ!!』

 

「むぅ……!!友里くん!!藤尭ァ!!計測結果は出たか!!」

 

少女の言葉は、先ほど見えた光景から見れば事実のように思える。だが、それでも。それだけで判断を急く事は出来ない。

 

「……はい。彼女の言う通り、先ほどの地殻上昇はフロンティアの浮上に伴う物です。」

 

「海上に浮いているだけだったフロンティアを……空にまでッ!?」

 

「はい。それだけでなく……月の軌道に関しても……質量比のお陰で僅か程度に収まってはいますが、多少の遷移の可能性があると……」

 

━━━━その情報で、裏付けは取れた。ならば、次に考えるべきは……

 

「月読、調くん……だったな。

 ━━━━キミは、一体何者だ?」

 

━━━━了子くん謹製の通信プロトコルは内部からであろうとそう易々と解読出来るものでは無い。

いや、それ以前に。()()()()()()()()()()()()()()I()D()()()()()()()()()()()()筈なのだ。

……一つだけ、その謎の答えとなる仮説がある。だが、それは……

 

『……えぇ、そうね。事情の一つも明かさない不義理では……貴方達の協力を引き出す事は出来ないでしょうから。』

 

━━━━刹那、少女の眼の色が変わる。比喩表現では無く、黄金……永遠を現す物へと。

 

「き、み……は……」

 

━━━━その瞳を、その視線を。

そして、その纏う雰囲気を。俺は、知っている。

 

「了、子……さん……?」

 

『━━━━久しぶり、ね。

 これ以外にも、証明は何か必要かしら?』

 

「……いいや。事態の重さは理解した。だが、何故?と、問おう。

 何故それが、キミが彼女達を救う為に此方の協力を求める事に繋がる?」

 

『ふふっ……まぁ、分かっていた事だけれども……貴方は、ちゃんと私の事を疑ってかかってくれるのね?

 えぇ。私がこの子に協力する理由は……秘密。だけど、貴方達に助けを求めた理由はちゃんと言うわ。』

 

━━━━その軽口は、口調は。紛れも無い()()の物で。

 

「……頭が痛くなってきたな……それで?助けを求めた理由とは?」

 

『━━━━確実となった月の落下から世界を救う為、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……月の欠片を落とした私が、今更に言う事では無いと……分かってはいるのだけれど。』

 

━━━━意外の方向から放たれたその言葉は、しかし。

 

「━━━━分かった。話を聴こう。」

 

その本気が見えるから。

 

━━━━俺は、彼女を信じてみたいと思ったのだ。




━━━━終わりが、すぐ其処までに迫っている。
引き寄せ合った方舟と月は重なり合う事を願い合い、それこそを目論む嘲笑は高らかに叫ぶ。
希望は、此処にしか無いと。


━━━━だが、本当にそうだろうか?

パンドラの塔の奥底に残った最後の希望(絶望)は、本当に最後の一手なのか?

━━━━さぁ、この方舟を繰りし者よ。汝、一切の希望(絶望)を焚べよ。


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第七十三話 交戦のスタートシグナル

━━━━浮き上がり、潰れて、砕けて、落ちていく。

米国からの増援にして、此方から指揮権を譲ってやった空母ジェームズ・ジョンソンが呆気なく散るのを、

(ルガール・バーンスタイン)はモニター越しに見やる。

 

「……おっそろしいわねぇ……」

 

━━━━そう呟くのは、傍らの女。先頃には先行してノイズ相手に生か死かの大立ち回りを繰り広げたというのに、まるでそれを感じさせずに飄々(ひょうひょう)と事態を見据えている。

 

「━━━━重力制御か。

 ……欲しいな。」

 

だが、そんな事はどうでもいい。私の眼にあるのは、目の前のモニターに映る宝島(フロンティア)の偉容のみだからだ。

 

「あらら……相変わらずの蒐集癖。私の刀や国家に属さないシンフォギアの次は、人類最後の宝島目当て?」

 

「ふん!!貴様の刀は確かに強力な兵装だが、それはお前のような棒振り馬鹿共が振るってこその物……もはやそんな物に興味は無い。

 ……国家に属さぬシンフォギアは、まだ多少の興味をそそられるがな。」

 

━━━━だが、FISの報告書にあるフィーネの元々の計画によれば、この舟の封印を急激に解放するシークエンスを成したのもまた、シンフォギアが齎すウタノチカラだという。

尋常なる超常共、世界の裏に蠢く怪異なぞでは無しえぬ巨大な力!!それを、人の手に齎す物!!

それが実在したというのならばやはり……FISを離れて私へと接触してきた()()()()()が語る地球意思━━━━オロチの力もまた、実在するという事だろう。

 

「……く、ハハハ……!!面白くなってきたでは無いか!!」

 

━━━━あの超重の(アギト)。自然をも掌握する程の力!!それを手にする事が出来れば……

 

「━━━━お楽しみの所悪いんだが、なァ。今回の一件についちゃ、俺に任せて欲しいんだがね?」

 

メイドが注ぐワインを楽しみながら機を窺う私の心地よい時間を邪魔するのは、先ほど着艦して来たばかりの、もう一人の七彩騎士の声。

 

「……ふん!!好きにしたまえ!!

 ━━━━私とて、今の段階で貴様を敵に回すような余計なリスクマネジメントは好みでは無い。

 ……そうだな、先を見据えた、新たなビジネスの話と思うがいい。」

 

この件に深入りし過ぎるのは良くない事だ。

なにせ、先ほど目の前で中継ヘリが潰されたように、重力場の制御は空中においてもかなり精密に行えるようなのだから。

 

「このブラックノアを沈めるつもりは無い。幸い、破壊されたのは第二陣となる艦隊だけだったが……この有様では、ミサイルによる第三波攻撃など夢のまた夢であろう。

 ━━━━上層部の阿呆共とも取引は着いているからな。」

 

━━━━旗下の艦隊第二陣へは決死の命令を。だが、対等の立場である私には有償の依頼を。

米国上層部の考え方はドライであり、なおかつ分かりやすい。ビジネスパートナーとしては信用出来る物。

 

「そうかよ……なら、一機借りるぜ?」

 

「あぁ、好きにしたまえ。それを止める気も無い。」

 

「いってらっしゃーい。お土産話もよろしくね~」

 

ひらひらと手を振る女もまた、私と同じく手出しする気はないのだろう。私との契約が完了した以上、この女を繋ぎ留めておく事も不可能である。

……まったく、七彩騎士という連中は、なかなかどうして度し難い。

 

「私には是非、フロンティアをそっくりそのまま手土産にしてくれたまえ。報酬は弾もう。」

 

「……善処はしてやらァ。」

 

振り返る事も無く、手だけを振り返して男はブリッジを去っていく。

 

「━━━━死ぬ気かしらね?」

 

「かも知れんな。やれやれ……ネオドミノシティでの一件以降連絡の一つすら無い《絶望獣輪(ザ・ディスペアー・ホイール)》の後任の話が飛び出している真っ最中だというのに。

 死なれてもそれはそれで困るのだがな……」

 

━━━━去り行く男の背に煤ける焦りは、果たしてどのような結末を齎すのか。

 

「━━━━お手並み拝見といこうか?《双装銃師(ザ・デュアル・ドラグナイト)》よ。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

二課本部潜水艦は、先端を折り上げる事で前方に車輌を搬出可能な前部ハッチが付けられている。

そんなハッチの中で、(風鳴翼)は雪音と共にギアを纏い、出撃前の最終確認を行っていた。

 

「……雪音。準備はいいか?」

 

「━━━━あぁ。あたし等が連れ立って突っ込んで行きゃ、ドクターの野郎は前線を構築せざるを得なくなる。」

 

━━━━それは、フィーネを宿した少女の齎した情報を基に建てられた策の第一段階。

 

「それは、二課の最大戦力による突貫を前に、FISに遺されたシンフォギアでは抗し切れぬからこそ……

 ━━━━背中は任せたぞ。雪音ッ!!」

 

そう雪音に告げながら、私は共に戦場(いくさば)を駆ける騎刃(きば)に跨る。

人馬一体の境地を以てして私が駆けねば、戦線を構成するウェル博士を引き付け続ける事は出来ないだろう。

 

「……あぁ。あの杖を……ソロモンの杖を、必ず奪い返すッ!!

 ━━━━それが、あたしの……」

 

そんな私の掛け声に応じて独り()ちる雪音の体重。

それが、私の背中に掛かるのを感じる。

 

「しっかり掴まったな、雪音?

 ━━━━然らば、風鳴る一閃……いざ……参るッ!!」

 

━━━━クラッチを切り、動力をバイクの全身へと走らせる。

雪音との連携を確かめる為にもいきなりのフルスロットルとはいかぬが、それでも急激な加速を伴って騎刃は駆けだす。

 

「━━━━ッ!!

 ……ぞろぞろと頭数ばっかり揃えやがって……!!」

 

加速に一瞬おいて行かれそうになりながらも、即座に対応して見せた雪音の身体操作。それは紛れもなく、司令が行わせた特訓の成果の一つだろう。

 

「━━━━近間の敵は私が討ち払うッ!!雪音は遠間をッ!!」

 

「あい、よッ!!」

 

━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

脚部ブレードを変型させ、バイクの前方へと配置した私の背後から生えてくるのは、雪音の両手に携えられた二挺四門のガトリング砲。

 

「━━━━三つ目の太刀、怒りの炎……永久(とわ)に消えぬ烈火の如くッ!!」

 

「……嘘臭ぇ、チープな言葉。

 ━━━━そんな()()はヤだから……ッ!!」

 

私の怒りが、雪音の痛みが。歌となり、刃の如き鋭さと、弾丸そのもののような威力を産み出し、群れ成すノイズへと突き進む加速する風となる。

━━━━よくも、共鳴くんの道行きを(にじ)ってくれたな。ドクター・ウェル……ッ!!

手を伸ばし続けた防人への無礼へのお返しは、防人姉妹(わたしたち)の歌であると知るがいい……ッ!!

 

━━━━騎刃ノ一閃━━━━

 

「━━━━四つ目の太刀、動じぬ心は……御山の如し……ッ!!」

 

「━━━━トリガー引く歌詞は、そう《サヨナラ》だ……!!

 ナ・ミ・ダを……ブッパなせ!!My song!!」

 

砲と剣を重ね合い、私と雪音はノイズの群れの中を駆け抜けて征く……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「さすがは翼さんとクリスちゃん!!」

 

「あとは、この攻勢に引かれてドクター・ウェルが前に出て来てくれれば……」

 

━━━━フロンティアの浮上に巻き込まれた二課本部潜水艦のブリッジに、(立花響)は居た。

 

━━━━了子さん、ううん。フィーネさんを宿した少女、月読調ちゃん。

彼女の告げた事実を受けた私達は、その目的に協力する為に動き出そうとしていた。

 

「……此方からの要請だったとはいえ、本当にいいの?私は元より、私に宿ったフィーネだって、貴方達とは袂を別った筈なのに……」

 

━━━━そんな時に呟かれたのは、緒川さんにブリッジまで連れて来てもらった調ちゃんの疑念。

 

「勿論!!了子さん……じゃなかった!!フィーネさんの事だって、調ちゃんの事だって、私は信じたい!!」

 

それに応えるのは、きっと私の役目だと思う。

だって、彼女は……

 

「……あなたのそういう所、本当に好きじゃない。正しさを振りかざす……まるで、偽善者。」

 

私の信頼に返ってくるのは、調ちゃんの素っ気ない否定の言葉。

━━━━だけど、あのライブの日とは違って、私達は言葉を交わせる場所に立てた。

だから、私は私なりの答えを返す。

 

「あはは……うん。もしかしたら、私のやり方はそういう風(偽善)に見えるかも知れない。

 ━━━━でもね。私、自分のやってる事が正しいと思ってやってるワケじゃないんだ。」

 

「……」

 

私の言葉を受けて、静かに揺れ動く調ちゃんの瞳に、私は了子さん……えっと、フィーネさんの影を感じる。

フィーネさんは、私の境遇を知っている。お兄ちゃんが、その地獄から引きずり出してくれた事も。

━━━━そして、お兄ちゃんがその決意を握るまでに、喪われてしまった人の事も。

 

「……私ね。人を信じたいんだ。

 裏切られるのは、確かに辛いけれど……それで手を伸ばす事を諦めたら……

 きっと……私は、笑って誰かと向き合う事が出来なくなる。」

 

「人を……信じる……?

 そうやって誰かに手を伸ばして……裏切られて。

 そうしてあの人━━━━共鳴さんだって、居なくなってしまったのに……?」

 

━━━━その言葉に、胸の奥がチクリと痛む。

胸を過る喪失の実感。

だけど、だからこそ。

 

「━━━━うん。

 お兄ちゃんなら、きっと信じて進むだろうから。

 調ちゃんと同じように、美舟ちゃんの事も助ける為に。

 ……だから、私からもお願い。調ちゃんのやりたい事が私達と同じなら━━━━手を伸ばす事、諦めないで欲しいんだ。」

 

そっと、調ちゃんの手を取る。

振り払われるかも知れないな、っても思ったけれど……振り払われる事は無かった。

 

「手を、伸ばす……でも、私達はもう敵同士になってしまったのに……?」

 

それでも、調ちゃんは顔を伏せて更なる疑問を零す。

……調ちゃんが切歌ちゃんと仲が良かった事は、私達にも分かっていたから。

 

「━━━━敵とか味方とか、それ以前の話さ。

 譲れない物があるからこそ、それを擦り合わせる事が出来るのが人間ってもんだからな。」

 

「師匠!!」

 

シュルシャガナのペンダントを調ちゃんに手渡し、師匠は言葉を続ける。

 

「……キミのお陰で、俺達はキミ達が抱える多くの事情を知る事が出来た。

 だから、コレは可能性だ。明日に……千年後の今日に、笑い合える未来の為の。」

 

「━━━━相変わらずなのね……」

 

━━━━溢れる、涙。それを拭って、調ちゃんは……いや、黄金の瞳のフィーネさんは微笑む。あの日のように。

 

「━━━━甘いのは分かっている。性分だ。」

 

「ううん……きっと貴方のそれは、甘さじゃなくて……優しさ、なんだと思う。

 ふふっ……えぇ、だから……私は、また貴方の優しさに甘えさせてもらうわね?」

 

「……全く、キミには勝てないな……いつまで経っても……」

 

━━━━そんな風に笑い合う二人の間には、どうにも入り込める気がしなくて。

 

「……大人だ……」

 

「もう……響ったら……台無しな事言っちゃダメでしょ?」

 

しまった、と思った時にはもう遅くて。

ふと思った事が、つい口を衝いてしまっていた。

 

「あ、えーっと……ごめんなさい。」

 

「……?」

 

「ハハハ!!なに、気にする事は無いさ!!

 ━━━━さ、調くん。キミは、キミのやりたい事をやってくるといい。」

 

「えーっと、じゃあお詫びも兼ねて……ハッチまで案内してあげる!!

 フィーネさんの方も、この(ふね)の構造までは分からないでしょ?」

 

「あ……うん。」

 

そう告げて、調ちゃんの手を取って走り出す。

━━━━今回の作戦で、私は留守番だ。

その理由は、ギアが無いから。

ギアの無い装者では戦場(いくさば)には立たせられないから、と止められたのだ。

……けれど、それでいいのだろうか?

 

「……迷っているのね?」

 

━━━━その迷いが伝わってしまったのだろうか?

辿り着いた前部ハッチの中で、フィーネさんが私に問いかける。

 

「……はい。

 ━━━━ギアが無いから、戦わせられないって。

 ……でも!!

 でも……手を伸ばす事、諦めたくないのは……私もそうなんです。」

 

━━━━それは、Linkerの除去の為に眠りに着く直前に、奏さんが教えてくれた事。

 

『あき、らめない……ッ!!

 ━━━━この空に、歌が響く限りッ!!俺はッ!!死なないッ!!諦めないッ!!

 ━━━━手の届く総て、救う……為にィィィィ!!』

 

━━━━血を吐くような、お兄ちゃんの叫び。

そして、言葉の通じる誰かと手を取り合いたいという私の願い。

……私の命が危ないからって、そんなに簡単に諦めていいの?

 

「……そうね。弦十郎くんの判断は正しいわ。ノイズを操るドクターを相手に、ギアを持たない貴方を戦力と数えるのはあまりに酷だもの。」

 

……フィーネさんの分析は冷静で、的確な判断に裏打ちされた物だった。

そう、想いだけで現実は変えられない……

 

「━━━━けれど、ね?

 今、先んじた二人が、ドクターを足止めする為に早駆けを仕掛けていて……

 もう一人(イガリマ)を、この子(シュルシャガナ)が止める。

 ━━━━そう、人手が足りていないのよ。残った二振りのガングニールは、共に戦場に立てる状況に無いのだから。」

 

━━━━そう、思っていた。

 

「戦力としての貴方じゃなくて……貴方の人助けが必要なの。人質を取られて従わされているだろうマリア・カデンツァヴナ・イヴを説得し……此方側に引き入れる為に。」

 

「フィーネ、さん……はいッ!!」

 

━━━━あぁ、そうだ。

私は何を勘違いしていたんだろう。力が無かったら手を伸ばせないなんて誤魔化して。

━━━━けれど、やっと。身体中を巡る本能の律動(RHYTHM)に気づいたんだ。

 

「━━━━生きる事、諦めないと伝える為に!!私も一緒に行かせてくださいッ!!」

 

━━━━力が有るとか無いとか、そんな事は関係無いんだッ!!

私は、私のままッ!!強く在りたいッ!!

だからッ!!手を伸ばす事、諦めたくないッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ハッチから飛び出した調ちゃんの後ろに、お陽様の色が見えた気がした。

 

「あっ……響!?」

 

ううん、やっぱり見間違いなんかじゃない!!一輪バイクみたいに走る調ちゃんの後ろに乗っているのは(小日向未来)の親友だ……!!

 

「━━━━何をやっているッ!?響くんを戦わせることは出来ないと……」

 

『戦いじゃありませんッ!!人助けですッ!!』

 

「減らず口の上手い映画なぞ、見せた覚えはないぞ!?」

 

『えぇ、私の入れ知恵だもの。驚いてもらえたかしら?』

 

「ぬ……いや、待て。そういう事では無い……ッ!!」

 

通信越しに響を止めようとする司令を煙に巻くのは、響を乗せたまま走るフィーネさん。

 

「━━━━行かせてあげてください。」

 

「なッ!?だが……!!」

 

……確かに、危険な事だ。お兄ちゃんが今も行方不明であるように。

でも……

 

「━━━━人助けは、一番響らしい事ですから。

 それに、響がピンチになったら、きっと……」

 

━━━━世界の涯からだって、駆けつけてくれる人が居る筈だから。

 

「ふっ……こういう無理無茶無謀は、本来俺の役目だった筈なんだがなぁ……」

 

「弦十郎さんも?」

 

正直、意外だと思ってしまう。確かに言われてみれば、ルナアタックの時なんかもフィーネさんに一人で挑むような事をしていたけれど……

 

「うふふ、弦十郎くんってばね?公安時代にはなんと海外の犯罪組織の中枢にまで無理矢理踏み込もうとしてたんだから。」

 

「えぇ!?」

 

そんな折に鳴弥さんが耳打ちしてくるのは、本当に、本当に驚くべき情報。

……公安って、なんだかドラマのイメージだともうちょっとスマートだったような……?

 

「━━━━鳴弥くん!?そういうのは守秘義務がだなぁ……」

 

「ハハハ……それはそうと、コレは帰ってきたらお灸ですかね?」

 

━━━━そんな脱線をそれとなく戻してくれるのは、緒川さんの一声。

 

「━━━━あぁ!!特大のをくれてやる!!首謀者と、共犯者の二人揃ってだッ!!

 だからこそ俺達はッ!!」

 

「バックアップと各種計算なら任せてください!!」

 

「各国機関への状況説明は今も続けています。

 私達は、私達のやれる事で!!」

 

「━━━━最終調整、完了。

 ……良かったですね、()()?無理無茶無謀のチャンスも、もしかしたら巡ってくるかも知れませんよ?」

 

━━━━そう言って、自分達に出来る事をする大人達の背中は、とても大きく見えて。

 

「……私に、出来る事……」

 

━━━━一人だけ、手持ち無沙汰になってしまった私だけが、このブリッジに置いて行かれてしまったようで。

 

「……ううん。違う。私がすべき事は……」

 

━━━━響の人助け。響が一番やりたい事。

それを、私が見届けないでどうするのだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━立花が、月読と共に?」

 

「はぁ!?あのバカ、一体全体何考えてやがる!?」

 

━━━━誘いこまれたのだろうか?

ノイズの濃い方角へと突き進み続けた私達(風鳴翼と雪音クリス)は、フロンティアの前方を船首とした場合には右舷に相当するだろう部分へと辿り着いていた。

 

「フッ……立花らしいな……説得に乗り気だろう事は読めていたが、さしもに想像の斜め上過ぎる。」

 

「珍妙奇天烈摩訶不思議で片付けていい問題じゃねぇだろ!?

 今のアイツはギアを持ってねぇんだぞ!?」

 

━━━━然り。今の立花にはノイズへと抗する力が無い。それは事実だ。

だが……

 

「━━━━なれば、この場にてドクターからソロモンの杖を取り戻し、全てのノイズを封印処置すればいい……

 ゆえに……ドクターよッ!!()く出てくるがいいッ!!このまま十把一絡げなノイズを挟んで睨み合った所で、この状況は変わるまいッ!!」

 

『……ハ!!嫌なこった。と、言いたい所なんですが……えぇ、認めましょう。キミ達を雑魚ノイズ程度で足止めするなんてのはどだい不可能なようだ……』

 

宣言と同時に、陽光を背に男は此方よりも高台から姿を現す。

 

その右腕は、見せつけるようにソロモンの杖を握り。

その左腕は、異形の物へと変化して……

 

もしや、天逆美舟のようにネフィリムとの融合を?

 

━━━━そして、その怪腕で掴むのは、左腕を異形へと変じさせられ、涙を流し続ける少女の。今はまだ無事なその右腕。

 

天逆美舟を人質と取って、ドクター・ウェルが其処に立っていた。

 

「……くッ……!!」

 

「おぉっとォ、動くんじゃあないデスよ?

 命まで奪う気は更々無いですが、力加減を誤ったら……えぇ、手首くらいはポッキリ行っちゃうかも知れませんからね?」

 

「……外道が……ッ!!」

 

耳朶を打つのは、明確なまでの脅迫の言葉。

 

━━━━だが、此処までは計画通り。

 

「……第一段階、完了。」

 

「……なら、あとは……」

 

━━━━目配せにて意思を疎通し、雪音と二人、頷き合う。

 

「……ギアを解除して大人しく死んでくれ……なーんて言った所で聴く気は無いでしょう?」

 

「……其方とて、彼女を解放して大人しく縛に付け、そう言った所で聴く気はないのだろう?」

 

「えぇそうですともッ!!

 で、す、がァ……このソロモンの杖とフロンティアがある限り……ボクが勝つ未来は微塵も揺らいでいないッ!!

 それは何故かッ!!」

 

━━━━叫びと共に召喚される、大型ノイズの群れ、群れ、群れ。

地を這い、地に立ち、空を覆う。

視界を埋め尽くさんばかりのノイズの群れが、たった二人の最前線へと投入されたのだ。

 

「━━━━そうッ!!この杖こそ無尽の具現ッ!!魔術王ソロモンの偉業に謳われる七十二柱の悪魔を制御せし完全聖遺物だからだッ!!」

 

「━━━━御託はいい。テメェが杖も、その子も……この星の未来さえもッ!!

 手放す気が無いってんなら……!!

 あたし等が、その幻想を撃ち貫きッ!!」

 

「━━━━切り裂いて見せるッ!!

 はァァァァッ!!」

 

━━━━後は任せたぞ。月読……フィーネ……そして、立花……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━あそこに、マリアさんが?」

 

(立花響)が相乗りさせて貰っているこの一輪車?みたいな形態は、禁月輪と言うのだそうだ。道すがらに教えてもらった。

そんなこんなで、フロンティアの中心部へと右側から進んでいた私達の前に見えてくるのは、巨大なドーム状の建物。

 

「えぇ。データによればあそこがブリッジの筈。そして、ドクターはマリアを使わない。いいえ、使う事が出来ない。

 ……この子(調)の経験から予測しただけだけど……あの人は、優しいから。米国艦隊への仕打ちを見てなお立ち上がる事は難しい筈。

 ……けれど、切歌の方は……ッ!!」

 

そんな言葉の途中で、調ちゃんに宿ったフィーネさんが急にその場で一回転。

放り出されて、なんとか着地も出来た私の前にあるのは、小さなドームと……

 

「うわわ!?って、もしかして……!!

 ━━━━切歌ちゃん!!」

 

━━━━その上に立つ、翠の少女。

 

「━━━━Zeios igalima raizen tron(夜を引き裂く曙光のごとく)……デース!!」

 

聖なる詠唱を口ずさみ、翠の少女は力を纏って刃を握る。

 

「……切ちゃん。」

 

「調……なんでデスか!!なんで、そっちに着いてるんデスか!!」

 

「……ドクターのやり方は看過出来ない!!何も遺らないんだよ!?」

 

「━━━━違う。もう、ドクターのやり方を推し進めるしか無いんデス……

 もう、おにーさんは居ないんデスよッ!?コレが、()()()()()()()()()()()()なんデス!!それが分からない調じゃない筈デスよ!?」

 

━━━━その叫びは、悲痛な物で。

……お兄ちゃんと、ちゃんと向き合ってくれたんだと分かる。だけど、だからこそ……

 

「切歌ちゃん……ううん。こんな風なたった一つしか方法が無いなんて、そんな事は無いよ。

 ━━━━だって、私達はまだ諦めていないんだものッ!!」

 

「━━━━ッ!!戦場(いくさば)で何をバカな事をッ!!」

 

「バカでもいいよ!!賢くても、それで手を伸ばせなかったら、未来(あした)に絶対後悔する!!

 ━━━━そんなのはイヤだッ!!手を伸ばし続ける事ッ!!生きる事を諦めない事ッ!!それがバカのやる事だって言うんなら……貫き徹したバカにだってなってやるッ!!」

 

「んな……ッ!?」

 

「それにね、切歌ちゃん。ドクターが何を言ったかは知らない。けど……

 ━━━━お兄ちゃんは、死んでない。私達が諦めない理由は……それを信じているからだよ?」

 

「……理想論の、夢想論デスッ!!はいそうデスかと、そう簡単にィ……信じられるもんデスかッ!!」

 

━━━━鎌を差し向けて、否定の意思をありありとぶつけてくる切歌ちゃん。

……やっぱり、そう簡単に分かり合う事は出来ないのかな……

 

「……私とギアを繋ぐLinkerにも限りがある。だから、私が切ちゃんを止める。貴方はマリアをお願い。

 ━━━━貴方の人助け、そこまで言うなら信じさせて欲しい。」

 

「━━━━でもッ!?」

 

「━━━━胸の歌を、信じなさい?貴方の物も、そして、この子(調)の物も、ね?」

 

━━━━調ちゃんの紅と、そして、フィーネさんの黄金の色が、私を見据えて。

 

「……はいッ!!

 うおおおおお!!」

 

走り出しながら、未来から教わった事を思い出す。

長距離走での走り方を。

 

━━━━腕の振り方は真っ直ぐに。

━━━━脚の上げ方は一定間隔に。

そして……

 

「━━━━目線の在処は、正面ッ!!目指す所だけを向いてェェェェ!!」

 

背後にぶつかり合う紅と緑を感じながら、私は走る。目指す所は、一番大きいドームの頂上━━━━ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━なんで邪魔するんデスかッ!?調ッ!!」

 

━━━━何故?どうして?

アタシ(暁切歌)の前にはだかるだけで無く……

 

「━━━━アイツは調の嫌った偽善者じゃないデスか!!」

 

━━━━どうして、アイツを庇うんデスか?

 

「……そう。傍から見たら、偽善者そのもの。甘ったるくて、口にする言葉は耳ざわりの良い事ばかり……」

 

「だったら……!!」

 

「━━━━でも。あの子は、自分を偽っているワケじゃない。自分のやりたい事、動きたい無茶の為に道理を動かすアイツが眩しくて、羨ましくて……

 だから、私も。胸の歌を信じてみたい。」

 

「……さいですか。でも、それを言うなら……アタシだって引き下がれないんデス!!

 おにーさんを犠牲にしてしまった……だからッ!!その犠牲を無為にしない為にッ!!

 確実に救うしか無いんデスよッ!!調やマリア、マムの暮らすこの世界をッ!!」

 

━━━━でも、さっきのアイツが言ってたように……おにーさんが生きてる事を信じ切れたのなら……なにかは変わっていたのかなぁ……

 

「……それが、切ちゃんの理由?」

 

「……これが、アタシの理由デス。」

 

向け合う理由は平行線。

向け合う得物は相似形。

━━━━だからこそ、始まりの合図(スタートシグナル)なんて、もう必要無かった。

 

「フッ!!」

 

━━━━切・呪リeッTぉ━━━━

 

「ハァッ!!」

 

━━━━γ式 卍火車━━━━

 

放つ力は、お互いに見知った物。見過ごす筈は有りはしない。

此処から始まるのは、お互いの歌を懸けた決戦だと、アタシ達はお互いに気づいているのデス。

 

━━━━あぁ、でも。

今の調やアイツを見ていると、胸に飄々(ひょうひょう)と吹くこの風は、一体なんなんデスかね……?




━━━━開戦の号砲は撃ち放たれた。
ぶつかり合う意地と意地、削り合う無尽と蒼紅が奏でる、歪な二連二重奏(ツインデュエット)

その裏で、欲望を伸ばし続ける者、それを止めんと動き出す者達。

遺された最後の希望をそれぞれが求め、されどその姿形は誰から見ても違っていて。
だからきっと、これもまた、不和の一つのカタチなのだ。
━━━━見間違えた希望が絶望へと相転移する刻は、近い。


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第七十四話 希望のフェイズトランジション

━━━━ヒカリの中に消えた筈の意識が、漆黒の底から浮上する。

 

「……ッ……おれ……は……?」

 

アメノハゴロモの輝きも失われたのか、視界に映る事は無く朦朧とする意識の中。

それでも、うつ伏せの状態から立ち上がろうと(天津共鳴)は両手を突き……ある筈の物が無い感覚と共に崩れ落ちる。

 

「がッ……!?」

 

━━━━痛みと共に覚醒した視界が捉えたのは、残酷な現実。

自らの左腕が無くなったという、その事実だった。

 

「……やっぱり、あの時の感覚は本物だったのか……」

 

あの時、ウェル博士の一押しでシェンショウジンの極光の中に叩き込まれた俺の左腕は、弾丸を内部に徹すという無茶のダメージも相まって千切れ、光の中へと落ちていった。

━━━━そして、それを覚えているからこそ感じる違和感があった。

 

「……血が、止まっている……?」

 

━━━━脳裏を過るのは、ネフィリムに噛みつかれ、響が左腕を失くした時の事。

腕というのは大量の血液を循環させて手を保持、運用する重大器官なのだ。それ故に、斬り落とされたとなれば夥しい量の出血を伴う筈なのだが……

確かに、血が喪われた事による貧血症状のような気怠さは今も俺の中にある。

━━━━だが、それだけ。止血もせずに飛び回ったというのに、失血死する事も無くこうして気絶から目覚めている事自体がおかしいのだ。

 

「……それに、此処は……?」

 

ようやく周囲を見渡す余裕が出来た俺の視線に映るのは、今までに一度たりとも見た事の無い不可思議な光景。

 

━━━━其処に、空は無かった。

翡翠の如き深緑が染め上げる高き玉座。それを内包するシェルターの如き構造物。

 

「━━━━目覚めたか。」

 

━━━━そして、その玉座に腰掛ける、一人の老人の姿だけが、この場に存在する物だった。

 

「貴方は……いったい?」

 

「━━━━そうだな。一つずつ、答えるとしよう。

 まず一つ、此処は……()()()()だ。」

 

「……は?」

 

━━━━思わず、思考が停止する。

世界の……外?いったい、それはどういう意味なのだろうか?

 

「フッ……流石に一言では分かりづらいだろうな。

 少年よ、此処は諸君等が()()()()と呼ぶ時代の……遺跡の一つにして、異界の一つと思えば良い。

 それが、物質世界の範囲外に浮いているのだ。」

 

━━━━異界。

それは、世界中に存在する()()()()()()()()()()()に纏わる伝承だ。

冥界、天界、地底界、桃源郷、妖精郷……北欧神話における九つの世界もその類型の一つと言えるだろう。

 

「……此処が、異界……」

 

「正確に言えば、その源流と言えるだろうが、な。まぁ、キミ達の認識はさしたる問題ではない。

 ……そして、私が何者であるか、という事についてもそうだ。

 だがそうだな……呼ぶに不便であるのならば、禍を引きおこす者(ベルヴェルク)とでも呼ぶが良い……」

 

「ベル……ヴェルク……?」

 

━━━━頭が回らない。告げられた名前を鸚鵡と返すだけで、その意味に理解が及ばない。

だが……どこかで……聴いたような……

 

「━━━━少年よ。キミは本来ならば此処に辿り着く筈はなかった。

 キミが担うアメノハゴロモに搭載されし緊急離脱機能……装着者の生命活動の急激な低下に反応し、(はは)の基へと還る為に刻みつけられた《コトバノチカラ》が導く先は此処では無いのだから。」

 

「……ッ!?」

 

「だが、キミは抗った。そして……かつて、()もまた抗った。故に……彼の神は封じられ、キミは()()と同質の哲学を得て此処へと流れ着いたのだ。」

 

「哲……学……?それに、神……?ベルヴェルク……貴方は、いったい……?」

 

━━━━言葉の意味が理解できない。事象の系列が認識できない。

断片から類推できる事は、あの時のランダムジャンプによって世界から投げ出されたという事くらいだ。

 

「なぁに……キミは、()()()()を投げたろう?で、あれば、キミもまたヴァルキリーを率いる存在という事だ。」

 

━━━━槍を、投げた?

そんな事をした覚えは無い。そもそも、槍なんて……

 

「ま、さか……」

 

そこで、ようやくに思い至る。あの時、俺の手に乗って飛び出させた幼馴染。彼女が担う聖遺物に。

 

━━━━それは、北欧神話において最高神オーディンが使ったとされる必勝の槍。

放たれれば必ず敵を貫き、そして持ち主の基に戻り、オーディンの手で指し示せば『絶対なる勝利』を確約するという。

トネリコで出来た柄を持つとも、世界樹ユグドラシルの枝から削り出されたとも言われる、権能の槍。

 

━━━━その、欠片。

 

「ガン、グニール……ッ!!じゃあ、貴方の、その名は……ッ!!」

 

北欧神話における主神である彼には数多の名がある。

そして、ボルヴェルクという名もまた……その一つ。

 

「……キミの世界は私が元々居た世界では無いが故、キミが想う人物と私がイコールである保証はないのだが……いや、コレは感傷だな。

 ━━━━そう、私はかつてガングニールを振るっていた事がある。

 ……だが、私の世界はとうに消え失せた……私は、その結末を知りながら逃げ出したのだ。」

 

「━━━━貴方の……世界……?」

 

━━━━先ほどの異界の話とは、また異なるのだろうか?

 

「……あぁ、そうだ。私はミーミルの泉の水を飲み、多くの事を知った。

 現在、過去、未来へと到る因果の流れと……

 ━━━━そして、可能性に満ちた確率時空。並行し、並列し、並立する数多の世界群に関する事もまた。」

 

「……それって、並行世界(パラレルワールド)……ッ!?」

 

━━━━まさか、先史文明は並行世界を捉える事にも成功していたというのか……!?

空回りしていた頭が回り始める中で叩きつけられる、あまりにも想像を超えたスケールの話。

 

「とはいえ、私達といえど並行世界までの総てを知れたワケでは無い。

 ……いや、むしろ限定的だったからこそ、私は恐れたのだ……神々の黄昏(ラグナロク)を……ッ!!

 ━━━━それが故に、私は落着した《蛇》の欠片を以てこの玉座を……フリズスキャルヴを築き上げたのだ。」

 

━━━━ラグナロク。

北欧神話における神話世界の終わり。詳細は誰にも分からないが、神々の総てが滅び去る程の壮絶な戦いだったという。

 

「ここが……フリズスキャルヴ……高き座……

 この玉座で、貴方はラグナロクを乗り越えたのですか……?」

 

そして、フリズスキャルヴ。それは大神オーディンの座る玉座であり、世界の総てを見渡せるという。

……なるほど、世界から切り離され、並行世界すら見渡すのであれば、それは紛れもなく()()()()()を見渡していると言えるだろう。

そして、世界から切り離されたというのならば。世界を焼いたというラグナロクとてその焔は及ばぬ筈……

 

「━━━━いいや、少年よ。

 神々の黄昏(ラグナロク)は未だ終わっておらぬ。今から始まるのだ。」

 

━━━━そんな俺の予想は、またしても覆されて。

 

「まさか、ドクター・ウェルが!?」

 

彼は、世界を滅ぼしても構わないと思っている節がある。自らが英雄となれるのならば、何をした所で問題無いと。

であれば、彼がラグナロクの引き金となる可能性もある。瞬間的に辿り着いた思考もまた……

 

「いいや、彼の思惑は大いなる冬(フィンブルヴェト)の一つではあるが、神々の黄昏(ラグナロク)そのものでは無い。

 これより来たる神々の黄昏(ラグナロク)は世界の内より来たるのでは無い……世界の外、並行する世界群そのものから来たるのだ。」

 

「━━━━なん……だって……?」

 

━━━━スケールが大きすぎる!!

此処に到る寸前までですら、俺達は目の前にある月の落下という人類の一大事を巡って争っていたというのに!!

 

「……ふっ。安心するがいい。これより来たるとは言えども神々の黄昏(ラグナロク)は今すぐに起きるワケでは無し……

 ━━━━それ以前の話、キミが立ち向かわねばならぬ問題は別にある。」

 

そう言いながら、玉座に座る老人は腕を振り……

瞬間、空中に二つの映像が投影される。

 

「━━━━翼ちゃんとクリスちゃんに……切歌ちゃんと調ちゃんが戦っている!?何故!?」

 

━━━━片方は、美舟ちゃんを再び人質と取ったのだろう。ドクター・ウェルが召喚する大型ノイズを相手に立ち回る翼ちゃんとクリスちゃんの映像。

━━━━もう片方は、切歌ちゃんと調ちゃんが何故かアームドギアをぶつけ合う映像だった。

 

「……どうやら、古き巫女が宿っていたのは桃色の少女の方だったようだな。隠す気も無くなったゆえ、懐かしい気配を感じるとも。」

 

「……ッ!!フィーネが……調ちゃんに!?じゃあ……」

 

━━━━切歌ちゃんが戦っている理由は、もしかして。

 

「……俺の、せいだ。俺が……間違った情報を教えて、あらぬ方向に決意を固めさせてしまったから……」

 

「━━━━傲慢、だな。

 キミの知る情報だけで考えれば、あの時点で巫女が宿った少女を見出す事は不可能であったろうに。」

 

━━━━俺の呟きに返す老人の言葉は短く、しかし辛辣で……なにより、正しい物だった。

 

「……だが、あぁ。そうだな……過去は変えられずとも……未来は、誰の物でも無い。知識として先を知ろうとも、それを完璧に扱える者など存在しない。

 ━━━━故に……話を戻し、キミに問おう。天津共鳴。

 ━━━━キミの肉体は今、人類へと掛けられた呪い(まじない)を解かれた事で(はは)へ還る為の本来の機能を取り戻し……それ故に、キミの自我をも上書いて掻き消してしまうかも知れぬ瀬戸際にある。

 だが、此処に居続ければそれは起こり得ない。此処は、(はは)悪魔(やつ)も降り立たぬ荒野(はて)であるが故に……

 それでも。それでも……手段があるのならば。キミは……キミの世界に向かうかね?」

 

━━━━大神たる老人が何を言っているのか。俺には半分くらいしか分からない。

レゾナンスギアが起動していない現状、元の世界に帰る手段が俺に無い事は痛感している。

そして恐らくバラルの呪詛が解かれた事が原因で、何故か俺の自我が消えてしまうかも知れないらしいという事も朧気には理解できる……フィーネさんが言っていた、俺のご先祖に関する話だろうか?

だが、(はは)とは誰なのだろうか?悪魔(やつ)とは誰なのだろうか?前提となる情報を持ち合わせていないからさっぱりわからない。

けれど……けれども……

 

「━━━━はい。」

 

その問いに、返す言葉は肯定以外は有り得ない。

 

「……それは、義務感からかね?」

 

「はい。ですが、それだけじゃありません。」

 

「……それは、喪失への恐怖からかね?」

 

「はい。ですが、それだけじゃありません。」

 

「……それは、未来を手に入れたいからかね?」

 

「はい。この空に、歌が響き、鳴り渡る限り。

 ━━━━手を伸ばし続ける事、諦めないと誓いましたから。」

 

━━━━この手からすり抜けてしまった命を想うと、胸が苦しくなる。

笑い合ったのに、もう二度と逢えない誰かが居るというその事実だけで……俺は真っ直ぐ立ち続けられないという確信がある。

だから、もう後悔を握らない為に抗い続ける。この命が燃え尽きる、最後の一瞬まで。

 

「……ふっ。はは……ハハハハハハッ!!

 曇り無き眼で、そこまで咆えるかッ!!

 ━━━━いいだろう。受け取るがいいッ!!私が知り得た物をッ!!」

 

━━━━言葉よりも早く、老人がその指で空間に刻んだ事象が結実する。

 

「がッ……!?」

 

━━━━気づけば俺の脳裏に刻まれたそれは、情報だった。組み合わさり、繋がる事で意味を造り上げる物……

 

「文字……ッ!?」

 

「ルーン、という。欠乏(ニイド)知啓(アンサズ)、そして……死と再生(ユル)

 この三画を以て、キミの脳内(ニューロン)に再構築される(はは)を消し去る。とはいえ、気を付けたまえ?

 このルーンの組み合わせは()()()()すらも消し去りかねん諸刃の剣……下手に扱えば、()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「……ルーン魔術ッ!?」

 

━━━━オーディンがかつて、ガングニールを自らへと突き立てて供物と捧げる事で得たという、文字にして、魔術。

その一端。

そして、俺の中に刻まれたそれは……

 

知啓は消滅し、欠乏する(ニイド、アンサズ、ユル)……《忘却》のルーンだ。

 ━━━━さぁ、後はキミが此処から元の世界へと帰るだけだ。

 覚悟はあろう?言葉もあろう?

 ━━━━ならば、恐れる事は無いさ。」

 

━━━━そう言って、大神たる老人は立ち上がり……光を放ちながら、此方へと向かってくる。

 

「……光?ッ!?

 ━━━━レゾナンスギアがッ!?」

 

此処には、奇跡を起こす程のフォニックゲインなど無い筈なのに。

大神たる老人が光を放ち始めた瞬間、大気が揮え、フォニックゲインが産まれた事を示すようにレゾナンスギアが起動する。

 

「━━━━歌には人の想いが、可能性が詰まっている……

 それは、誰かを慈しむ心……護ろうとする魂の輝き……

 ━━━━たとえ世界が、星が。今日に滅んだとしても。命の旋律(メロディ)だけは……未来(あす)の歌へと遺る。

 ……歌は、命の輝きそのものなのだよ。」

 

「━━━━歌が、輝き……?

 まさか、貴方は……ッ!?」

 

━━━━歌が命の輝きであるのならば。命の輝きを歌と変える事もまた……可能なのではないか?

 

「何故……どうしてッ!?貴方はそこまでッ!?」

 

命の輝きを歌へと変える。それはきっと、騎士と戦った時に俺が成した事で。

であれば、その先に待っていたあの虚脱は、存在の焼失の前兆なのだろう。

だというのに、目の前の大神たる老人は、躊躇う事無く自らの命を光と変えている。

 

「何故、どうして、か……うむ。まぁ……贖罪だろうな。

 私の世界はとうに消え失せた。喰らい尽くされ、滅び去った。

 ━━━━だが、滅びに抗う者は確かに居る。数多の世界における()や、その意を継ぐ()()()のように。

 ……だから、最期くらいは立ち向かって見たかったのだよ。逃げるばかりで、変える事など出来ないと断じていた私自身と訣別する為に。」

 

━━━━だからこそ、その理由はあまりにも重く、余人が立ち入る事など出来ないもので。

 

「ッ……ありがとう、ございます……ッ!!」

 

━━━━世界の外たる此処から、アメノハゴロモ無しで帰還する手段など思いつかない。

だからとて、手を伸ばし続ける事、諦めないと誓ったのに……目の前で覚悟を決めた彼を止める言葉一つも見つからない無力さを噛み締めるしか出来ないなんて、イヤだ。

 

「……うむ。気にするな。此処に居る私は、とうの昔に選択を誤って生ける屍と化していた……云わば、過去の残滓じゃ。

 そんな物が、前に進み続けんとするキミを助けられたのだ。誇りこそすれ、後悔など無いとも。

 ━━━━さぁ、行きなさい。キミの道行きの涯が輝きに満ちている事を祈っておるよ……」

 

━━━━ヒカリとなって、大神たる老人は消えてゆく。誰もが持つ命の輝き……フォニックゲインへと、その総てを変えて。

 

「……はい。短い間でしたが……お世話に、なりました……ッ!!」

 

━━━━目の前に突き出した手を握り締める。

━━━━其処に、ヒカリは結実し、輝く布を紡ぎ出す。

 

「━━━━行ってきます……ッ!!」

 

━━━━演算するのは、可能性世界。世界の中を飛び回るのでは無く、世界そのものを選び取る。

……一歩間違えれば、全く異なる世界に落着してしまうだろう。だが、恐れは無い。

 

「━━━━手を伸ばし、求め続ける。

 俺が助けたい女の子たちは……あの世界にしか居ないんだから……ッ!!」

 

━━━━跳躍、飛翔。

高き玉座を離れ、俺は向かう。

俺が立ち向かうべき破滅の基へ。

俺が護るべき少女達の基へ━━━━ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ブリッジに状況を報告する為だろうか。自動的に起動したモニターに映るのは、人質と取られた美舟と、そして……ぶつかり合う、調と切歌の姿だった。

 

「そん、な……どうして……?仲の良かった調と切歌までが……あぁ……!!

 (マリア・カデンツァヴナ・イヴ)の選択は……悪役を背負いきれなかったツケは……こんなにも……ッ!!」

 

━━━━頽れて床へと突いたままの私の手、そこに零れ落ちる涙の粒。その粒でさえ……私の過ちを糾弾するかのように重く、苦しい。

 

『━━━━マリア。』

 

「━━━━はッ!?マムッ!?」

 

━━━━そんな中でブリッジへと響くのは、マムからの通信だった。

 

『マリア……今、其処にはあなた一人ですね?』

 

「……えぇ。美舟は……ドクターに人質として連れていかれてしまった……」

 

『……そう、ですか。ですが、立ち止まっている暇はありません。

 ━━━━フロンティア内部の情報を解析する中で、月遺跡へのアクセス方法を見つけました。

 ですが……残された最後の希望。それを成すにはマリア、貴方の歌が必要なのです……ッ!!』

 

「ッ!?月遺跡へのアクセスには、月へと直接乗り込む事が必要だったのではッ!?」

 

『えぇ。ですが、月は地球人類より相互理解を剥奪する為にカストディアンが設置した監視装置……であれば、ルナアタックにて一部機能不全となれど、機構に組み込まれている以上は地上からのアクセスが出来ない筈が無いのです。

 そして、予想通り、フロンティアにはその機能が内包されていた……しかし、現状のままでは出力が足りないのです。』

 

━━━━大よその事情は理解した。だけども……

 

「……私に、何ができるというの……?」

 

悪役を任じながらも、それを背負いきれなかった私の歌に、いったい……何が残っているというのだろうか……?

 

『……マリア。よくお聞きなさい。

 貴方は確かに悪役(フィーネ)を貫き徹す事は出来なかった……!!

 けれど、貴方の歌は!!ただの優しいマリアの歌は……!!まだ失われてはいないのです!!

 今や最後の希望は貴方の歌ただ一つ……ッ!!

 ━━━━セレナが生きるこの世界を救えるのは、もはや貴方だけなのですよッ!?』

 

━━━━マムの叱責に、思わずとも一瞬で顔を挙げる。

流れる涙を振り払い、私はよろよろと……それでも、しっかりと立ち上がる。

 

「そうだ……ドクターのやり方で世界が救われたとしても……セレナは間違いなく其処には居ない……ッ!!」

 

そもそも、今どこに居るのかもわからないのだ。ドクターの指揮の下でフロンティアへと残される人類の中にセレナが入る可能性なんて、考えるまでも無く0しか有り得ない……ッ!!

 

「━━━━私が、悪役(フィーネ)を背負ってまで、世界を救おうとした理由……忘れてしまっていた……!!

 ごめんなさい、マム……私、歌うわ。世界を救う為に……セレナの未来を、護る為に……ッ!!」

 

━━━━たった一人だとしても、独りきりの歌でしか無いとしても……それでも、この胸に宿った、信念の火だけは……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━はァーッ!!」

 

━━━━蒼ノ一閃━━━━

 

「━━━━うらァッ!!」

 

━━━━BILLION MAIDEN━━━━

 

(風鳴翼)の大ぶりな剣の一閃と、雪音のバラ撒く弾丸が小型ノイズの群れを打ち砕く。

 

「ッ!!雪音ッ!!左に避けろッ!!」

 

「━━━━ッとぉ!?」

 

━━━━だが、次の瞬間には別方向から小型ノイズの群れが殺到してくる。

……()()()()()()()()()()()()()()

 

「クソッ……!!こんな小手先にかかずらっちまうなんて……!!」

 

「ノイズは同士討ちを起こさない……その常識を覆すとは……コレが、ソロモンの杖の真打か……ッ!!」

 

「それだけじゃねぇ……ッ!?」

 

それでも、雪音と二人で背を預け合う形で小型ノイズを討ち払う私達を覆った影。それは、巨大な人型ノイズの物で……ッ!!

 

「クッ!!大型ノイズと小型ノイズの組打ちッ!!コレもまた、ソロモンの杖あればこそか……ッ!!」

 

咄嗟に弾けるように別方向へと逃れる事で私達はその緑色の大型ノイズの攻撃を避ける。

……だが、その先をも圧し潰すように迫りくる、小型ノイズの群れ……

 

「へヒャーハハハハハァ!!どうですゥ?ソロモンの杖に選ばれたこのボクのッ!!

 ボクの指揮する楽団の切れ味はァ!!」

 

「━━━━ハッ!!なまっちょろくて欠伸が出るぜ!!」

 

「……あぁ、如何に数を揃えようと、私達の切れ味の前にはノイズの百や二百程度ッ!!」

 

ハッタリ、虚勢、大口。言いようは様々あるだろうが……要するに、強がりでしかない事は戦っている私達自身がよく分かっている。

無尽の軍勢であるノイズの猛威の前には、如何にシンフォギア二領といえども永遠に保たせる事など出来はしない。

 

……戦場(いくさば)となった此処が市街地で無い無人の荒野である事は、数多い不幸の中の幸いというものだろう。

 

「……とはいえ、流石に一騎当千を(うそぶ)くのは大口が過ぎるか……雪音、どうだ?」

 

「……ダメだ。まだ距離も方角も悪すぎるし……あの野郎、スイッチからまだ手を放しちゃいねぇ……このままだと最悪、破壊する前に衝撃でスイッチが押されちまう……」

 

「如何なイチイバルといえど、電光そのものの速度には追い付けぬ、か……仕方ない。このまま奴を此処に釘付けるぞ。

 月読と……そして、立花ならば間違いなく成し遂げてくれる筈だ。」

 

「作戦をか?」

 

「フッ……いいや、人助けを、さ。」

 

再び合流した雪音と交わす言葉は、ドクターが人質として傍に置く彼女……天逆美舟を救う為の一手の相談。だが、それも今すぐに出来る方策では無い……

このままでは擂り潰されるのは必定……さりとて、下手に突撃したとて、彼女の命を可惜(あたら)散らしてしまうのみ……

 

━━━━そんな状況を変えたのは、千日手の予感に苦笑いする私達を見下ろすドクター・ウェルの言葉だった。

 

「……ふ、ふへ。フヘヘヒャハハハァ!!

 ━━━━獲ったァァァァ!!」

 

「なんだッ!?いきなりトチ狂いやがったのか!?」

 

「違うさッ!!戦略が見えていないお前達とはなァ!!

 ━━━━パイモン!!オリエンス!!エギュン!!アマイモン!!

 飛行型超巨大ノイズ四種が、貴様等二課の本部上空に到達したァッ!!」

 

「━━━━なんだとッ!?」

 

騎士(ナイト)が暴れるなら……(キング)は手薄になるってワケよッ!!

 これこそが数で勝る物の取る最善手ッ!!残る一振りのガングニールで止めようとしても無駄無駄ァッ!!

 飛行型超巨大ノイズ四体の物量で圧し潰されるのは見物じゃあ無いかッ!!」

 

━━━━千日手にわざわざ付き合って来たのはそれが理由か……ッ!!

……だが、しかし。

 

「……フフッ。」

 

「……ヘヘッ。」

 

私と雪音は、顔を見合わせて笑い合う。

 

「なんだァ?勝ち目を喪ってトチ狂ったかァ?」

 

「……いいや、逆さ。」

 

「確かに、この強襲は私達二人だけならば防ぎきれなかっただろう……」

 

けれど、私達は二人きりでは無い。だから。

 

「ッ!?エギュンの反応が……消えたッ!?一体何がッ!?」

 

「━━━━防人の剣、あまり嘗めてくれるなッ!!」

 

━━━━背中を任せて往けるのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━フィーネの予想通り、本陣強襲に別動隊を割いて来ましたね。』

 

「あぁ。手駒の数はともかく、その質による手数で劣る以上、視界外での操作故に単調な動きしか出来ずともドクターはこういった手段に出ざるを得ない……

 だが、そここそが反撃の好機……」

 

━━━━通信から聴こえてくる緒川の声に返事をしながら、(風鳴弦十郎)は呼吸を整えながら()()()()()()()()()()()()()

短くも濃密な戦いとなろう。迎撃失敗で敗北。さりとて速くやり過ぎても敗北。許されるのは蜘蛛の糸の如き微かな勝機唯一つ。

 

━━━━空を跳び、四体の飛行型超巨大ノイズを叩き潰す。それによってウェル博士の陽動を挫き、本命であるシンフォギア装者達の背を護らねばならない。

 

『地上に落ちてくる連中は任せてくれ、ダンナ!!』

 

「━━━━あぁ、本部の防衛は任せたぞ、奏くんッ!!」

 

『発射カウント、開始します……5,4,3,2,1……発射!!』

 

━━━━鳴弥くんのカウントダウンの終わりと同時に、打ち上げられる衝撃が俺の身体を襲う。

 

「ぬッ……ぐぬぅ……ッ!!」

 

飛翔時間は十秒以内。だがそれでも、十分な加速を得た()()()はフロンティアの更に上空を飛ぶ飛行型超巨大ノイズの上まで打ち上がり……

 

━━━━外装をパージした事で、俺の視界が開ける。

 

「━━━━風鳴弦十郎、RN式回天特機装束で出るぞッ!!」

 

━━━━共鳴くんがこの世界に残してくれた雷神の鼓枹。

そして、フィーネくんがこの短時間で修正項目をリストアップし、鳴弥くんが最終調整を終わらせてくれたRN式。

その二つが揃った事で、こうして俺は戦える……ッ!!

 

ミサイルを蹴って加速度を得ながら、眼下に見下ろす飛行型超巨大ノイズの上部へと迫る。

護衛のつもりだろう飛行型ノイズの群れも、上からの攻撃など想定していなかったが故にその数は少ない。

 

「ふッ……!!

 藤尭ァ!!残りの三体の位置はッ!?」

 

故に、その背に着地する事は容易であった。

 

『その一体を最前列に、近い方から一時、十一時、十二時の方角ッ!!それぞれの相対距離は約500ッ!!』

 

「500mか……航行速度も考えれば、やはり一体ずつ打ち上げで対処するには無理があるな……止むを得ん。このまま四体を空中で爆砕するッ!!」

 

『嘘でしょうッ!?相対距離500ですよ!?第一、倒したらノイズは炭化してしまって足場が……!!』

 

「スーッ……ハーッ……!!

 ━━━━ふんッ!!」

 

━━━━振り上げた拳を、足場としている飛行型超巨大ノイズへと叩きつける。

だが、その拳が即座に破壊へと変換されるワケでは無い。

呼吸と共に練り上げた勁は拳を徹り、ノイズの中を徹り……

 

━━━━俺式・浸透爆砕勁━━━━

 

━━━━飛行型超巨大ノイズの下っ腹で爆裂する。コレで、暫くすればこのノイズとて空を飛ぶ事が出来なくなり墜ちるだろう。

 

『へ……?』

 

「さぁ行くぞ藤尭ァ!!次の一体は一時の方角だったなッ!!」

 

━━━━走りだす、この足で。(落下)も恐れずに……ッ!!

 

「━━━━はァッ!!」

 

500mの距離を、一息で零にする為に、空へと飛び出す。

 

『ダメだ……約100m!!人の足じゃやっぱり500mのジャンプだなんて……!!』

 

「━━━━フッ!!」

 

━━━━確かに、空に飛び出せば人に出来る事は数少ない。

だが……この空には、足場に出来る()()が存在している……ッ!!

 

『━━━━嘘ォ!?ひ、飛行型ノイズを踏み台にしたァ!?』

 

「さぁ、このまま跳んで往くぞッ!!」

 

━━━━昔、御伽噺に聴いた義経の八艘跳びを真似て、護衛代わりに下を飛ぶ飛行型ノイズを足場に更に前へ……ッ!!




━━━━(ソラ)に、(ソラ)に、(ソラ)に、希望を求めて飛び出す三様の希望。

だが、月へと届く物は一つとて無い。人の身では、実現した杞憂に抗う事は叶わぬのか?

分からない。解らない。判らない。故にこそ……ぶつかり合う鉄火の中で、人はその輝きを掲げるのだ。
未来(あした)を護る為に。救う為に。


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第七十五話 転機のカウンターアタック

「……接続したぜィ。」

 

『OK。コレでこうこうこうやって……よし、遠隔とはいえコネクタに接続してもらえばこんなもんさ!!』

 

━━━━エアキャリア後部に存在するロックの掛かった扉を、オレ(アゲート・ガウラード)は回線の先の少年に頼んで開けてもらう。

このエアキャリアと対面するのは、あの倉庫でフィーネを名乗る少女と戦った時以来だろうか?

 

「……さぁて、お目当ての物はァどこにある……?」

 

━━━━怒りは、胸の内に燃えている。

戦場(いくさば)で交わした約束を横から掻っ攫われるのを指を(くわ)えたまま見ている趣味なんざ……生憎だが、持ち合わせが無い。

 

だが、だからこそ転機が必要だったのだ。ドクター・ウェルの殺害よりもスマートで、()()を救えるとっておきの秘策が。

 

「━━━━有った。」

 

━━━━無人のカプセルの設置された後部カーゴ。その片隅に放置されていた、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あとはタイミングを見計らって……ん?」

 

切り札は得た。

それを切るタイミングを計る為、操縦席からエアキャリアのシステムをハックしに向かう中、側面個室の机の上に見つけた()()

……書きながらに握り締めたのか、所々がくしゃくしゃで、蚯蚓ののたくったような文字列にも涙の跡も残った、その()()

 

「……やるせねぇ、な……」

 

━━━━同情は、しない。どんな都合や事情があれ、戦場(いくさば)に立つ覚悟を固めた以上、その身は戦士だ。それを女だ子どもだで区別するのは侮辱に他ならない。

……けれど、けれども。心だけは。そう容易くは割り切れない物なのだ。

特に、子どもの心を護ると宣いながらも、護り切れなかった今のオレには……

 

『……システムには接続出来た。いつでも離陸出来るよ。』

 

「おう……自動操縦も頼めるか?」

 

『……誰に物言ってるのさ?迎えの便までバッチリだよ。

 ━━━━だから、さ。帰って来いよ。オッサン。』

 

「━━━━そんなに、分かりやすかったかィ?」

 

最悪、相討ちでも構わないと思っては居た。

元々、七彩騎士としての仕事に固執していたワケでも無し。

共ちゃんの忘れ形見……真っ直ぐな目をしたあの少年が光に消えた以上、彼との約束さえ護れればそれでいいと。

……そんな後ろ向きは、スッカリ見抜かれていたようで……

 

『もうバレバレだって。ムサシだって気づいてて敢えて何も言わなかったんじゃない?』

 

「……参ったねィ……」

 

操縦席に座りこみ、一人頭を掻く。

 

「━━━━まぁ、アレだなァ、うん。帰ってくるともさ。

 だから、出迎えは丁重に頼むぜ?小僧。」

 

バツは悪いが、この口の悪い小僧が此処まで真っ直ぐに心配してくれているのだ。

コレでまたしても約束を破ったりなんぞしちまったら……それこそ、死んでも死にきれねェ。

 

『フッフッフ……超特急で届けるからね?』

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━相殺、相殺、相殺相殺相殺!!

アタシ(暁切歌)と調の戦いは、お互いを知っているからこその物になっていた。

アタシが投げ飛ばした鎌の刃に対して、アームの先の丸鋸を飛ばして撃ち落とす調。

アームの数を倍増させて手数を稼ぐ調に対して、アタシは鎌の数を倍増させて手数を稼ぐ。

 

「━━━━どうして分かってくれないんデスかッ!?

 もうアタシ達に賭けられるモノなんて何も残ってないんデスよッ!?」

 

だから、撃ち落とし合うだけでは明かない埒を開ける為に、アタシは叫びを挙げる。

 

「賭けられるかどうかじゃないッ!!

 ……ドクターのやり方じゃ何も残らないッ!!遺せないッ!!

 私は……切ちゃんにそんな世界に居て欲しくないッ!!」

 

でも……調はその叫びにも動じる事無く答えを返してきて……

 

「ッ……!!アタシだって……アタシだってそうデスよッ!!

 調にも……美舟にだって……大切な人達に、笑っていて欲しかったんデス……!!」

 

━━━━けど、もう。そんな結末は有り得ない。美舟の腕は異形と変えられて……おにーさんも、もう居ない。

 

「……切ちゃん……だから、護る為に私は戦うよ。切ちゃんも、マリアも、美舟も……私は、大好きだから。」

 

「━━━━大好きとか言うなッ!!あたしの方がずっと……皆の事が大好きデス!!

 だから……だから……ッ!!おにーさんが護ろうとした世界を!!絶対に護らないといけないんデス……ッ!!」

 

零れそうな涙を振り払い、目の前の調を見つめる。

 

「切ちゃん……私も、切ちゃんの事が……」

 

━━━━緊急φ式 双月カルマ━━━━

 

調のツインアームが身体の上下へと展開し、回転と共に浮き上がる。

ギア単独での空中機動は調の奥の手。

 

「調……アタシも、調の事が……」

 

━━━━封伐・PィNo奇ぉ(ピノキオ)━━━━

 

だから、それに対抗する為にアーマーを展開する。

上からの有利を、抗うアームの数で押し返す……ッ!!

 

『━━━━大好きって、言ってるでしょォォォォッ!!』

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━飛天八双、空を往く。

残る三体の飛行型超巨大ノイズを叩き潰す為に、(風鳴弦十郎)は飛行型ノイズの群れの上を駆け抜ける。

 

「━━━━コレで、最後だッ!!」

 

━━━━俺式・雷神蹴撃衝━━━━

 

そして、最後の一体を後方宙返りからの急降下蹴りで砕き散らす。

 

『おーおー、綺麗な花火じゃん……お陰でアタシの出番がまるで無かったけどさ。』

 

「フッ、すまんな……緒川ァ!!着地は任せたぞッ!!」

 

蹴り散らした事で空中での足場を失い、始まる落下と、それによってもたらされる加速を軽減する為に腕を開き、全身で風を受け止める。

だが、恐れは無い。

━━━━なにせ、俺には頼れる仲間が居るのだから。

 

『了解しました!!

 ━━━━風呼ぶ轍、今刻まん……ッ!!』

 

眼下に見えるのは、走り込んで来た緒川のジープがバック走行で一点を軸に高速回転し始めるその姿。

 

━━━━風遁・車輪旋風(しゃりんせんぷう)━━━━

 

そして、回転は風を巻き上げ、空へ昇る旋風(つむじ)を巻き起こす……ッ!!

 

「ぬッ……おおおおお!!」

 

━━━━巻き上がる風を全身で受け止め、落下の速度を殺しきる。

そして、竜巻から離れながらの前方回転受け身で着地を成功させる。

 

「━━━━司令!!御無事ですか!?」

 

「問題無いッ!!鳴弥くんッ!!そちらには何か動きはあったかッ!?」

 

『あったわ!!今、マリア・カデンツァヴナ・イヴが全世界に向けての演説を始めたの!!』

 

通信機越しに聴こえる鳴弥くんの声と共に流れるのは、情報通りの物。

 

「やはり、FISはドクター・ウェルとナスターシャ教授の間で内部分裂しているようですね……」

 

「━━━━急ぐぞ、緒川ッ!!」

 

「……はい!!こうしてナスターシャ教授達が堂々と動けるという事は……」

 

「作戦通り、ドクターが釣り出されたという事ッ!!」

 

急発進するジープに掴まりながら、マリア・カデンツァヴナ・イヴの演説を聞く。

 

『中継に関しては此方でも精査しておきます。

 ……先に向かった響ちゃんの事、よろしくお願いしますね?』

 

「━━━━任せろッ!!」

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━深呼吸を、ひとつ。

 

「━━━━私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 月の落下が(もたらす)す災厄を最小限に抑える為、フィーネの名を騙った者だ。」

 

━━━━コレは、布告。私が騙して来た者たちへの謝罪であり……同時に、世界を救う為の所信表明。

 

「━━━━半年前のルナアタック事件……コレに端を発する月の公転軌道の異常は、とある存在によって隠蔽されていた。」

 

━━━━コレは、事実。マムに齎された情報を基に私達が調べ上げ、確証と共に世界へ告げる物。

 

「それは、米国・国家安全保障局(NSA)とパヴァリアの光明結社。

 ━━━━彼等のように政界・財界の一角を占有する特権階級において、月の異常とそれが齎すだろう混乱は極めて不都合であり……

 彼等にとっての不利益を齎す自体だったからだ。それ故、彼等は自己の保身のみに終始した。」

 

━━━━コレは、陰謀。秘匿された世界の裏側で起きている、仄昏い欲望を満たす事しか頭にない連中の末路。

 

「━━━━今、月は落ちてこようとしている。かつて、杞の国の人が描いた憂いは有り得る未来となったのだ。

 ……コレが落ちる事は即ち、重力バランスの変動や環境の著しい変化などの未曽有の災害を引き起こし、数多くの犠牲者を出すだろう……」

 

━━━━コレは、未来。月の落下が齎し、世界を書き換える呪い。

 

「私は……私達はッ!!それを止めたいッ!!

 だから……(みな)の力を貸して欲しいッ!!」

 

━━━━コレは、誓願。遍く世界の総ての人々を救う為に、願いながらも伸ばすこの手。

 

「手立てはある。だが、私一人では足りない……全世界の━━━━皆の協力が必要だ。

 歌には力がある。冗談でも比喩でも無い。本当に……歌には力が、()()()()()()()()がある。

 大量のフォニックゲイン……全世界を、全人類を震わせる歌があれば、月を公転軌道上へと押し戻す事が出来る。」

 

━━━━コレは、博打。全世界をフォニックゲインで繋げる事で、フロンティアを起動させる為のエネルギーを賄おうという物。

 

「……目的があったにせよ、私達がテロという手段に走り、世間を騒がせ、混乱の種を撒いたのは確かだ……

 目的の為にと総てを偽って来た私の言葉が、今やどれほど響くか自信は無い……

 ━━━━だが、歌が力になるという、この事実だけは信じて欲しいッ!!」

 

━━━━コレは、懇願。セレナが居る世界を護る為に私が取る、パンドラの箱に残った最後の希望。

 

「━━━━Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた熱情)……」

 

━━━━故に、私は鎧を纏う。歌に力がある事を、まず隗より始めて示す為に……ッ!!

 

「……繰り返しになるが、私一人の力では、落下する月を受け止め切れない……ッ!!

 ━━━━だから、貸して欲しいッ!!皆の歌を……届けて欲しいッ!!」

 

━━━━セレナが救ってくれたこの命。誰かを……そしてなによりも、セレナが生きるこの世界を護る為に。

それが、セレナが遺してくれた物に報いる為に出来る事……ッ!!

 

独唱歌(カデンツァ)に込めるのは、私の想い、私の総て。

━━━━だから、どうか、歌を……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「━━━━分からず屋には、いいお薬を処方して説得(オペ)しま……しょうッ!!」

 

「━━━━でやァァァァッ!!」

 

落下する(月読調)の巨刃一対を弾き飛ばし、肩のアーマーも用いて手数を増やした切ちゃんが迫りくる。

 

「ターゲットには、容赦はしない……ッ!!感情を後回しに(アンインストール)……!!」

 

その四本のアームを、私は一対のアームで弾き、逸らし、相殺し、その反動で距離を取る。

 

「━━━━交錯してく刃の音が、何故か切ない狂騒曲(ラプソディ)に……ッ!!」

 

開いた距離は一足一刀、私達にとっての、技一つ分。

だから、私がぶつけるのは最大級の突撃力━━━━!!

 

━━━━非常Σ(シグマ)式 禁月輪━━━━

 

━━━━双斬・死nデRぇラ(シンデレラ)━━━━

 

「籠の中から……救ってあげるッ!!両断の一閃(クチヅケ)で……ッ!!」

 

それを読み切ったのだろう。切ちゃんが取ったのは、迎撃に特化した待ちの一手。

━━━━それなら、私はその迎撃ごと叩き斬る……ッ!!

 

「━━━━早くこんな……涙は……」

 

「叫んでみてcall now、涙ごと全部……ッ!!」

 

重なる刃、重なる歌。それは、重なりながらも擦れ違う心の在り方を現わすようで。

 

『━━━━斬り刻んであげましょう(伐り刻んであげましょう)……ッ!!』

 

だから、重なり合った筈の切ちゃんの鋏も、重なり続ける筈の私の鋸も、相手の決意を切り裂くに至らない。

 

伝えきれない(臨界を越えた想い)……ココロ、を(━━━━)今ぶつけようッ!!(今ぶつけようッ!!)

 

━━━━だけど、そんな事は当然分かってる。だって、相手は切ちゃんなんだもの。

何が出来て、何が出来なくて、何をしてくるかだってお互いに分かってる。

 

「遠慮」なんて要らないッ!!(「遠慮」なんて要らない……ッ!!)さぁ、今試すMy allッ!!(さぁ、今試す愛……ッ!!)

 

━━━━けれど、けれども。心だけは分からない。

分かってあげられなかった。だからこそ……手を伸ばす事、諦めないと。

敵とか味方とかじゃない。

━━━━切ちゃんと、今度こそ分かり合う為に……ッ!!

 

「━━━━募り切って止まらない……ッ!!《大好き》伝えたいよッ!!」

 

「きっと……きっと……そうッ!!《大好き》伝えたいッ!!」

 

離れてしまった距離を、今度は私自身の(ローラー)で詰める。

 

「━━━━煌めいたッ!!」

 

「━━━━煌めくッ!!」

 

そんな私を足止める為に切ちゃんが放つ(アンカー)をスウェーバックで避ける。

 

「━━━━運命にッ!!」

 

「━━━━運命(サダメ)ッ!!」

 

上体を起こす反動を跳躍に変換し、私は、空へ飛び出して……

 

『━━━━二人はッ!!(嗚呼……溶ける)月と太陽……ッ!!(月と太陽……ッ!!)

 

━━━━交錯、一対。

翠紅が……互角の威を以て弾き合う。

 

「……ッ!!」

 

「……ッ!!」

 

━━━━またしても、開いてしまった距離。それを詰める為に、私は声を挙げる。

 

「━━━━切ちゃんッ!!どうしても退けないのッ!?」

 

「退けないデスッ!!退かないデスッ!!だって、アタシ達はもう()()()()()()()()()()()()じゃないデスかッ!!

 ━━━━それでも、退かしたいって言うのなら……力づくでやってみせるといいデスよ……ッ!!」

 

「……ッ!!コレ、は……!!」

 

(Linker……それも、貴方達に合わせてドクター・ウェルが調整した『あなたに優しい』物……

彼女は最初から、コレを狙っていたワケね……)

 

「━━━━ままならない想いは、力づくで押し通すしか無いじゃないデスか……ッ!!」

 

━━━━あぁ……

こんなにも、私達は切ちゃんを追い詰めてしまったんだ。

優しい切ちゃん。誰よりも優しいから、貴方は全部を背負ってしまおうとするのね……

 

(……フィーネさん。ごめんなさい。私……)

 

(━━━━言ったでしょう?胸の歌を信じなさい……って。それが貴方の決断ならば、かつての影でしか無い私に止める権利なんて有りはしないわ。)

 

━━━━Linkerの詰まった無針注射器を首に当てる。逡巡なんて、もう有りはしない。

 

━━━━ワタシの全部、キミに捧げて調べ歌う━━━━

 

「━━━━絶唱にて繰り出されるイガリマは、相手の魂を刈り取る刃ッ!!

 コレで、分からず屋の調から、ほんの少し負けん気を削げば……ッ!!」

 

━━━━まるで、魔女の箒のよう。ブースターを展開し、空を飛ぶほどの出力を撒き散らして、イガリマの絶唱は此処に顕現する。

 

「━━━━分からず屋はどっち?私が望んでいるのは、切ちゃんが笑えないこんな未来(あした)じゃないッ!!

 寂しさを押し付ける世界なんて……私はちっとも欲しくはないッ!!」

 

━━━━そんな魔法に対峙するのは、展開される機械鋸(マシンソー)。それを支える機械脚(マシンレッグ)

かつて、弾圧されながらも物語を綴り続けた作家兄弟がこの世界に産み落とした、人に非ずして人を支える物。

━━━━人型機械(ロボット)が、シュルシャガナの絶唱として顕現し、迎え撃つ。

 

「……だったら……だったら、アタシはどうすれば良かったんデスか!?

━━━━美舟を人質にされてッ!!手を差し伸べてくれたおにーさんも居なくなってッ!!

ドクターのやり方以外で世界を救う方法がドンドンと削られて行って……ッ!!」

 

━━━━まるで駄々をこねるように、足に鎌を履いた切ちゃんは回転し、加速のままに此方の絶唱を両断せんと迫りくる。

 

「━━━━だったら、抗うしか無い……ッ!!

 抗うって字は、上から押し付けるドクターみたいな横暴に……ッ!!」

 

左の機械鋸(マシンソー)で、その大回転魔斬を弾き、逸らす。

……けれど、一瞬のインパクトに全力を叩き込んだその魔斬に耐えきれず機械鋸(マシンソー)は崩壊する。

 

━━━━構うもんかッ!!

 

「下から手で押し上げてッ!!抗い続ける姿を表しているんだよッ!!

 だから、切ちゃん!!手を伸ばしてッ!!」

 

「━━━━ッ!!今さらッ!!どのツラ提げてェェェェッ!!

 たとえ調に嫌われたって、今さら、アタシはァァァァッ!!」

 

二撃目、私自身を狙った攻撃を、右の機械鋸(マシンソー)で辛うじて受け止める。

━━━━けれど、砕け散るのは私の機械鋸(マシンソー)だけ。

……この結末を呼び寄せたのは、最初の一撃で総てを決めようとした切ちゃんと、説得し続けようと温存を選んだ私の、たった一つの大きな違い。

 

「━━━━届かないの……?手を伸ばしても、やっぱり……」

 

目前に迫る鎌刃。それを止める手段が、私には無い。私の代わりに手を伸ばしてくれたシュルシャガナの刃も砕けて散ってしまったのだから。

 

(……潮時、かしらね。

━━━━手を伸ばし続けなさいッ!!月読調ッ!!彼女を救いたいと思うのならッ!!)

 

━━━━だから、脳裏に響く彼女(フィーネ)の囁く通りに私は手を伸ばして……

 

━━━━ASGARD━━━━

 

━━━━瞬き一つよりも速く、その壁は顕現する。

 

(……北欧神話において、山の巨人(ベルグリシ)がスヴァジルファリと共にアースガルズの最果てに築いた、()()()()()()()

それを模した鉄壁の防御術式……だが、コレを造り上げるという事は……)

 

「━━━━ッ!?」

 

「コレ、は……まさか、フィーネが貸してくれた力……?」

 

「……まさか、そんな……調……だったんデスか……?

 ━━━━フィーネが見届けていたのはアタシじゃなくて……そして、調を護る為に……力を貸して……」

 

『━━━━そうだ。真に私が宿ったのは、この娘だった。

 だが、お前の信念は━━━━』

 

私の口を借りて、フィーネが語り掛ける。けれど、切ちゃんの絶叫が、それを遮る。

 

「黙れェッ!!

 ……黙って……

 アタシは調を、美舟を、みんなを……護りたかった……ッ!!

 おにーさんがしたかった事、やりたかっただろう事……フィーネが見守ってくれているだろうからこそ、未来に、絶対に繋げないといけないと思って……ッ!!」

 

━━━━それは違う!!と、そう叫びたいのに。言葉よりも先に、切ちゃんの意を汲んだ獄鎌(イガリマ)は空高くまで飛び上がり、地に叩きつける断頭台(ギロチン)となっていて……!!

 

「━━━━でも、出来た事は誰かを傷つけて……調が伸ばしてくれた手だって振り払って……

 アタシって、ホント馬鹿だ……このまま、消えてなくなりたいデスよ……」

 

(━━━━走ってッ!!イガリマの絶唱は魂の情報構造そのものを分解する不可逆の一閃ッ!!

アレが直撃したら、彼女は絶対に助からないッ!!)

 

「━━━━切ちゃん、ダメェッ!!」

 

フィーネの言葉を聴くまでも無く、私は走り出していた。

目の前で命を投げ捨てようとしている切ちゃんを、放っておけるワケが無いッ!!

 

━━━━あぁ、だけど……二人一緒に逃げ切るのは無理だろうなぁ……

……まぁ、いいか。切ちゃんが居ない世界で、私は歌えないんだから。ただの我儘かも知れないけど……何が有っても、私は切ちゃんに生きていて欲しいんだ。

 

 

 

「━━━━天津糸闘流・四の(よわい)……ッ!!」

 

━━━━天津糸闘流・四の齢・弧月━━━━

 

 

━━━━けれど、切ちゃんを庇った私の身体を貫く筈の鎌刃は、突然の乱入者に打ち払われて……

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━間に合ったッ!!

 

世界を越える跳躍という初めての運用。容易には掴めぬその勝手に四苦八苦しながらも、(天津共鳴)は俺の行くべき場所に辿り着いた。

 

━━━━即ちフロンティア直上、高度数十㎞の大気圏内へと。

 

「━━━━優先すべきはまず切歌ちゃんと調ちゃんを止める事ッ!!

 美舟ちゃんを助ける為に、そして、世界を救う為にッ!!彼女達のどちらが欠けてもそれは成し得ない無理難題ッ!!」

 

━━━━睨みつけるのは、直下に広がるフロンティアの偉容。現行人類の作成可能規模を遥かに超えた、まさに《島が浮いている》とでも言うべきふざけたスケール。

その中から一組の戦いを見つけるとあっては、遥か上空からでは個々人の区別など困難だ……そう考える俺の手元で、アメノハゴロモが震えだす。

 

「これは……フォニックゲインに反応しているのかッ!!

 ……場所は、中枢、右舷、船首、そして……左舷ッ!!この規模は……絶唱かッ!?」

 

━━━━震え、共振し、共鳴する羽衣が、俺を往くべき場所へと導いてくれる。

 

「間に合え……ッ!!」

 

━━━━絶唱の齎すバックファイアは、装者の生命を考慮しない全力の叫び……ッ!!

届かなければ、間に合わなければ……不安と共に脳裏を過るのは、二年前の後悔。崩壊する少女の四肢。

 

「……いいや。」

 

間に合うのか?違う。

届くのか?違う。

 

「━━━━届かせると、伸ばし続けると……そう誓っただろうが……ッ!!」

 

短距離跳躍(ショートジャンプ)の連続で空を跳び、空を落ちていく。

 

「━━━━居たッ!!やっぱり、調ちゃんと切歌ちゃん……ッ!?」

 

一瞬にして七里(セブンリーグ)を駆け、それでもようやく顔が見える程度に近づいた瞬間。

見えてしまったのは、少女の横顔。

 

━━━━涙を零して笑う、切歌ちゃんの姿。

 

━━━━そして、断頭台のように鎌が飛び上がる。

 

「━━━━ふざけるな。」

 

━━━━それは、自分への怒り。

━━━━それは、理不尽への怒り。

 

少女に涙を流させて、悲しみを誤魔化す笑顔でッ!!

 

「━━━━そんな絶望(モン)を打ち砕く為にッ!!

 俺は拳を握ったンだァァァァッ!!」

 

━━━━左腕は無い。開けた岩場であるからには、糸の展開で絶唱の一撃を喰いとめるには《一瞬》が必要だ。

故に、選択するのは天津家に伝わる武闘術。

月の満ち欠けに掛けた三十の型。

その、四番。

 

「━━━━天津糸闘流・四の(よわい)……ッ!!」

 

━━━━天津糸闘流・四の齢・弧月━━━━

 

「吹っ……飛べェェェェ!!」

 

転機を齎す為の逆蹴撃(カウンターアタック)

下方から打ち上がる蹴り脚は弧を描き、敵対者を蹴り上げる。

 

━━━━ムーンサルトキックと、そう呼ばれる事もある一撃が、切歌ちゃんを庇った調ちゃんに刺さる筈だった鎌刃。

()()()()()()()を蹴り上げ、弾き飛ばす。

 

「……え?」

 

「……なに、が……?」

 

「━━━━悪い、遅くなった。」

 

━━━━何が起こったのかもわからないだろう二人に、安心させるように笑顔を向ける。

 

「おにーさん……?」

 

「共鳴……さん?」

 

「あぁ、そうだ……とはいえ、まずはアッチをどうにかしなきゃな。」

 

━━━━暴走は、そう易々とは止まらない。切歌ちゃん自身を狙っていたらしい鎌は弾き飛ばされながらも回転を増して戻ってこようとする。

 

「━━━━悪いな、イガリマ。

 その頑張りは、叶えてやれない。」

 

━━━━だが、それが切歌ちゃん達に届く事は無い。

 

「どんなに加速しようとも、どんなに回転しようとも……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから、張り巡らせたアメノハゴロモが巣と張る面影糸の結界が……キミを、止める。」

 

━━━━弧月の蹴り上げと同時に周囲の岩場と接続し、造り上げた糸の結界へと最短ルートで突っ込んでしまったがために。

 

「……ホントに……ホントに、おにーさんなんですか……?」

 

「━━━━あぁ、幽霊でも無いし、化けて出たワケでも無い。

 正真正銘の天津共鳴だよ。」

 

遅ればせながらも……証明も兼ねて彼女達のギアと同調し、絶唱の反動を放出する。

━━━━カラン、と音を立てて、力を失った鎌が面影糸の結界をすり抜けて地に落ちる。

 

「……おにーさん……おにーさん……!!」

 

安心からか、ギアまでも解除してしまった切歌ちゃんが飛び込んで来るのを、俺は迷いなく受け止める。

確かに、ドクターの野望を止める為の時間はあまり残されてはいない。けれど……だからとて、此処で彼女の涙を無視するような事が、俺に出来る筈はなかったのだ。

 

「……はぁ。遅いわよ。」

 

━━━━切歌ちゃんの代わりに辛辣な言葉を掛けてくるのは、同じくギアを解除した調ちゃん……では無い。

 

「アハハ……すいません、了子さん。一応、最速で、最短で、真っ直ぐに……一直線に向かって来たんですがね……」

 

彼女と共存して眠りに着いていた、フィーネ。その魂が語り掛けて来ているのだ。

 

「……あら?知っているなら話は早いわね。状況は分かっている?」

 

「FISと二課がぶつかり合っている事と、本当はフィーネが調ちゃんに宿っている事……そして、美舟ちゃんが人質として前線に駆り出されている事くらいです。

 それ以外は……」

 

「━━━━それだけ分かっていれば十分よ。貴方はこのままブリッジに向かいなさい。」

 

「ですが、美舟ちゃんが……」

 

「あのねぇ……こっちはアンタが乱入しない事前提で作戦建ててるのよ!?

 天舟の娘の救出だって、ちゃんと策を練ってやってるの!!そこに貴方が横から突っ込んでったら折角の策が台無しになるじゃない!!」

 

「う……」

 

━━━━そう言われると、どうにも弱い。

だが……此方とて、反論の一つも無いワケでは無い。というか、目の前の彼女に言ってやらねばならない事と、やってやらねばならない事があるのだから。

 

「そんな事言って!!フィーネさんだってさっき乱入してイガリマの攻撃代わりに喰らっていい感じに退場しようとしてたでしょう!?」

 

「ぎくっ……」

 

━━━━切歌ちゃんが自分をイガリマの絶唱で狙い、それを調ちゃんが止めようとした。

それ自体は、二人の関係性を知っていれば当然の事だと思うだろう。

 

━━━━だが、調ちゃんの中にはもう一人が居る。

永遠の刹那に生きる者……先史文明の巫女、フィーネが。

 

「そもそも今回の一件も元を辿れば貴方のせいなのに何もしないで寝てるのがヘンだと思いましたよ!!

 大方、司令や奏さんやクリスちゃんと顔を合わせるのが恥ずかしいとかそんな所だったんでしょうけど、そのせいで尻拭いさせられてるのは俺等なんですからね!?」

 

「しょ、しょうがないじゃない!!『千年後の今日に、また逢いましょう?』とか言ったのに今さら数ヶ月で戻ってきました~なんて、どのツラ提げて言えって言うのよそんな事!!

 ━━━━それに……真面目な理由だってあるわよ……まったく……隠しても仕方ないから言うけれど、この子……月読調には先史文明の巫女である私……フィーネの魂が宿っている。

 ……それは、この子の人生を否応なく書き換えるわ。たとえ、私が表に出てこの事件を解決に導いていたとしても。」

 

━━━━表情を沈痛な物に変えて言うフィーネの言葉は、事実だ。

フィーネが宿っていると知れれば、たとえこの事件が解決したとしても、調ちゃんの人生はどうしようもなく狂い果てる。

……かつて、聖遺物研究の道に進んだだけのただの研究員だった櫻井了子を、アウフヴァッヘン波形による目覚めと共に聖遺物研究ほぼ総ての第一人者である櫻井理論の体現者と変えてしまったように。

 

「……だから、私が眠ったまま解決すれば万々歳!!と思って静観してたんだけど……貴方が居なくなって落とし所(グッドエンド)が見えなくなっちゃったんだもの。そりゃあ手を貸すしか無いじゃない?」

 

「……色々言いたい事はありますが、概ね主張は理解しました……真面目な理由も嘘では無いでしょうし。

 ━━━━とはいえ、その問題の解決手段は俺が持ってきましたので。問題無いですよ。」

 

「……へ?」

 

━━━━そういえば。呆気に取られるフィーネの顔なんて、俺は初めて見た気がするな。

そんな事を想いながら、俺は皆が笑える未来(グランドエンディング)への道筋を模索し続けるのだった……




━━━━さぁ、逆襲劇(カウンターアタック)を始めよう。

銀の弾丸を銃に込め、狩人は赤ずきんを救う為に舞台に上がる。
崩れ落ちる前提の中で、黄金が観るのは紅か、蒼か……

弾け飛び、下げ合わせ、狭間に立つ三様を……刮目して視よ、英雄。


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第七十六話 穿通のブリューナク

━━━━弾丸と、白刃が閃光(フラッシュ)を撒き散らし、近づくノイズ共を片っ端から炭へと消し飛ばす。

 

「━━━━オラオラオラオラァッ!!」

 

「━━━━ハーッ!!」

 

「くっ……ヌヌヌ……ッ!!」

 

あたし(雪音クリス)あの人(風鳴翼)の撃ち鳴らす戦線前奏曲(バトルプレリュード)

 

「……ッ!!」

 

━━━━それが、不意に途切れる。あたしの手の中に握った双銃の弾丸が切れる事で。

 

「弾切れッ!!貰ったァァァァ!!」

 

「そうは……させんッ!!」

 

その瞬間を狙って動かされる、巨大ノイズ複数……ッ!!

━━━━けれど、問題はない。

言葉を交わすまでも無く、()()()()()()()()()()()()()()()()

巨大化を果たしたその手の剣で……ッ!!

 

……この拳銃形態は、そもそもがあたしのアームドギアを近接戦闘に寄せる為の取り回し重視。確かに装弾数ではガトリングに劣るが、リロードに掛かる時間も一瞬。

使い果たした弾倉をパージし、スカートアーマーから引き出したサブアームで蛇腹状に積み重なった新たな弾倉を銃の塚尻に叩き込む。

 

「お返しだァァァァッ!!」

 

━━━━MEGA DETH PARTY━━━━

 

その流れのまま、更にスカートアーマーの中から引きずり出すのは、ミサイルの詰め合わせ。

発射、そして、爆散。

あたしを狙い、そしてあの人に迎撃された巨大ノイズ達に真っ赤な爆炎の華を咲かせて砕き散らす。

 

「ぐぬぬぬぬ……ッ!!」

 

その光景に、地団駄を踏む男が一人。

 

「━━━━ハッ!!いい加減諦めたらどうだ!!

 砕かれちまったんだろう?ご自慢の別動隊とやらもッ!!」

 

「誰がァッ!?ふざけるなよシンフォギアッ!!

 無尽の軍団はまだまだ尽きちゃ……居ねぇんですよッ!!」

 

━━━━瞬間、あたし達の視界を埋め尽くす程に広がる翠の輝き。

ドクターと、そして彼女の姿すら見えなくなる程に大量に召喚される、数多のノイズ達……

 

「……いよいや、ソロモンの杖の最大稼働ってワケか。」

 

「あぁ……だが、負けるワケにはいかない……ッ!!」

 

気炎万丈、ソロモンの杖の最大稼働を前にしてもあたし達の姿勢に揺らぎは無い。

無尽蔵にノイズが召喚されるというのなら、叩くべきはその頭。

幸いにも、最後の一瞬に見えたドクターは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「場所は覚えてる……いつでもイケるぜ、コッチは。」

 

「あい分かった……では……往くぞッ!!雪音ッ!!」

 

━━━━故に、大攻勢に出来る一瞬の隙を、あたし達は見逃さない。

刀を巨大な剣と変えた彼女の峰に足を掛け……

 

「━━━━ヤェェェェッ!!」

 

━━━━空へと、駆け上がる。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あぁ、ボク(天逆美舟)は、(天舟美坂)は、一体何をしているのだろうか。

戦場(せんじょう)の喧騒の中で一人、蚊帳の外へと置かれながらに考える。

ドクターにこの命を人質と取られて……フロンティアを起動させる事も結局出来なかったボクの無力。

 

そして、今も尚、ボクは誰かの足を引きずったまま……

目の前に広がるノイズの群れに、紅と蒼の二人が呑まれて行くのを、ボクはウェル博士に腕を引かれながらも茫然と見つめるしかない。

 

━━━━そう、思って居たのに。

 

「━━━━ヤェェェェッ!!」

 

━━━━蒼の少女の裂帛の一声と共に、空へと跳ね上がるのは紅の色。

その手に長大な銃を構えた、シンフォギアの少女の姿だった。

 

「━━━━護る、ためにィィィィッ!!」

 

「なん……だと……ッ!?

 空中狙撃ッ!?まさか、見越していたのかッ!?この展開をッ!?」

 

回転、反転、天地を逆にした一瞬の停滞。その瞬間に、銃口は突然の逆撃に狼狽えるドクターへと向かい……

 

━━━━RED HOT BLAZE━━━━

 

━━━━放たれる弾丸、一直線に。狼狽えたままのドクターへと向かい……

 

「━━━━ヘッ!!なーんちゃってェ~!!!!」

 

━━━━ドクターの基へ届く前に弾かれる。

それを成したのは、巨大な黄金のノイズ……あの時、空母甲板に召喚されたのと同じ型……ッ!!

 

「ッ!!抜きやがったか、砲撃型ッ!!」

 

「一発逆転狙いなんて読めてるんですよォッ!!

 ですが残ねェンッ!!バアルのコマンドはとっくのとうに入力済みッ!!」

 

「だったらァァァァッ!!」

 

「援護するぞッ!!雪音ッ!!」

 

━━━━MEGA DETH PARTY━━━━

 

━━━━千ノ落涙━━━━

 

だが、彼女達はそれに怯む事は無く。

降り注ぐ二種の力が彼女達を囲むノイズ達を蹴散らしていく。

 

「ヘヘェ……無駄、無駄、無駄ァ……!!」

 

━━━━その姿を見て、思う。

 

「お兄ちゃんなら……どうしていたのかな……?」

 

きっと、彼女達と同じように戦っていただろう。

ボクのように、ただ悲しみに涙を零すだけでは無く……

 

「なにか……出来る事がある筈……」

 

━━━━ふと、へたりこんだボクの左手が大地に触れる。

 

「━━━━左手……ネフィラの……?」

 

━━━━相も変わらずテンションを上げ続けるドクターの姿を見る。

正しくは、その左腕。

聖遺物を取り込み、自らと一体化させるネフィリムの特性を引き出し、聖遺物と同調する事で万能ハブへと変えた物……

 

「━━━━出来る、かもしれない……」

 

この左腕は、そのネフィリムから抽出、分割された《個》であるネフィラが憑り付いた物。

ならば、同じようにネフィラの暴食の特性を引き出せれば……!!

 

━━━━そうしようと、意識を左腕に集中させて。

 

 

━━━━飢餓喪失分裂おなかすいたなんだこれ空腹食欲みえない不味いおなかすいた目の前の物を喰らう喰らう喰らう喰らう喰らう喰ら喰らう喰らう━━━━

 

 

「━━━━ひ、あああああああああああああ!?」

 

━━━━瞬間、意識、持っていかれそうになって。気づけば私は、叫びをあげながら地をのたうち回っていた。

生体型聖遺物、その意思。

()()であるソレは、()()でしか無い私達の意思にとっては、あまりにも強烈で。

ダメだ、コレは。壊れてしまう。ボクの今までの人生が、私の遺されたたった一つの想い出が。

 

「━━━━あァん?

 なぁにやってんですかァ?今更ァ……」

 

「ひ、あ……」

 

左腕が蠢く。ボクを、私を喰らい尽くそうと。

 

「……ははぁん?なるほどなるほど……ボクのネフィリムの腕のように?そのネフィラの腕で聖遺物複合構造体でもあるこの舟の制御を奪ってやろうと?

 ━━━━浅はかですねぇ!!このボクがッ!!そんな初歩的なミスを犯すとでもォ?」

 

その異変を、遠巻きに見るだけで気づいたのだろうドクターは、ボクを嘲笑う。

 

「━━━━ボクのこの腕に使われたネフィリムはあくまでもただの一部。本質的に言えば、今も尚このフロンティアの動力部にみっともなくへばりついてるネフィリムの本体と同じ物です。

 ですが、アナタのそのネフィラは、()()()()()()()()()()をわざと崩してやった不完全品ッ!!ネットワークから切除されたソレがッ!!たかだかLinkerのちょっとくらいで唯々諾々と尻尾を振るワケが無いでしょうッ!!」

 

━━━━言ってる事、よく分からない。痛みにのたうつボクの頭では理解が及ばない。

 

「……ですが、このまま放置しておいても面倒ですねぇ……この舟はもうボクの物ですしィ?

 勝手をされちゃあ困りますし、此処等で一発、真っ赤な華でも咲かせちゃいましょうかァァァァ!!」

 

けれど、涙に滲む視界でもよく見えるのは、ドクターが懐から何かを取り出す姿。

……あぁ、起爆スイッチか。この首輪の。

 

『━━━━やめろォォォォッ!!』

 

━━━━遠くから、爆裂と一閃の音が聴こえる。一直線に、ドクターの基へと向かおうとする音が。

……羨ましいなぁ、なんて。暢気にも思ってしまう。死の恐怖が、喪失の恐怖がひたひたと迫る中で。

 

「……ごめんね、調……ボク、何も教えて上げられなかった……」

 

━━━━呟きと同時に、ドクターが、その指を……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━瞬間、その場に起こったのは複数の事象。

最も大きな一つは、ドクター・ウェルキンゲトリクスがギアスの起爆スイッチを押した事。

その一つに抗わんとしたのは、紅と蒼の一対……雪音クリスと風鳴翼。二人の攻撃で周囲のノイズが一掃された。

 

━━━━そして、その中に紛れた最後の一つ。

それは、地に撃ちつけ、大地外殻を穿ったモノ。

 

━━━━一発の弾丸が、混迷の戦場の中へと撃ち込まれ、地面を崩落させたのだ。

 

「ッ!?のわァァァァ!?」

 

「雪音ッ!?」

 

「なんですとォォォォ!?」

 

「う……」

 

四者四様に、落ちていく者達。

 

━━━━その、遥か遠く。

 

━━━━小高い丘の上に、男が一人陣取っていた。

双槍騎士(ザ・デュアル・ドラグナイト)》。たった一人の竜騎兵が、一挺の銃を抱え込んで。

 

━━━━銃?はたして、それは銃と呼んでいい物なのか?

抱え込むという表現も正しくはないだろう。

()()()()()()()()()()()異様なまでの大質量。地に支持対脚(バイポッド)を据え付け、長く、長く砲身を伸ばしたそれは……まるで、砲と呼ぶのが相応しく。

 

━━━━超長距離狙撃用(アウトレンジスナイプモデル)特殊外装(スペシャルアタッチメント)ブリューナク━━━━

 

散弾銃(ショットガン)を狙撃戦用に改造するという激烈にも程がある馬鹿馬鹿しい強化パーツ。

大質量の弾頭を、増設された電力収容体(キャパシタ)と、元々のバレル前方に大きく伸びた二本の誘導極(レール)が齎す電磁誘導によって撃ち放つ、個人携行用電磁誘導砲(レールガン)

大規模な配備では無く、個人である七彩騎士がたった数発撃ち放つ為だけに造られた、異形の槍。

 

━━━━そして、そのマッハ13.3にも及ぶ超絶初速加速で彼が撃ち放ったのは、これもまた特殊な弾頭である。

特殊外装に付けられたブリューナクの名も、この弾丸を撃ち放つ事から付けられたのだから。

 

━━━━開発コード、《神の眼を射抜く物(タスラム)》━━━━

 

高速射出された弾頭の特殊金属が摩擦、着弾の衝撃で弾ける事で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()強烈なEMPパルスを放つ。

情報処理、通信、遠隔制御。その他多数の『個では処理しきれぬ情報量』を捌く為のネットワーク通信。それを引き裂き、穿つ為の弾頭。

 

邪眼のバロールを穿ったとされる長腕のルーの投石器と、その弾丸。

それに(なぞら)えた、現代の神の眼を射抜く為の個人兵装。

 

━━━━その弾丸を以て、彼は()()()()()()()を撃ち切ったのだ。

 

「━━━━さぁ、後は頼んだぜ、シンフォギア。コレでキッチリ十二発。

 同時多発の暴発で使わず終わった最後の一発、ソイツをブッ放した今じゃあ俺の手札はほぼカラッケツだからな……」

 

『とか言って、様子を見に行くつもり満々なクセに~』

 

「うっせ!!」

 

特殊外装をその場に放棄して、男は走り出す。

自らが撃ち放った弾丸のその先へ━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━誇りッ!!とッ!!契れーーーーーッ!!」

 

━━━━大きく手を広げて、世界へと(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)は歌う。

 

……だが、ヒカリは、齎されない。

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

世界各地への同時中継。歌に宿る力を求めた一手は、しかし……

 

『……月の遺跡は依然、沈黙……』

 

届かない。届かない。伸ばした腕が、届かない……

 

「私の歌は……誰の命も救えないの……?セレナ……貴女が生きる、世界をも……?」

 

━━━━涙が零れる。私は、いつだって手遅れになってからしか……

 

「う……あぁ……!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━あの人、ビッキー達と同じだね。」

 

創世の言葉に、アタシ(板場弓美)達は揃って頷く。

 

「うん……」

 

「誰かを救う為に、歌を歌う人……」

 

「でも、この状況じゃ~……」

 

━━━━あまあま先輩の言葉と共に見渡せば、眼に入るのは、画面を見上げる人達の茫然とした顔の群れ。

スマホで画面を撮影している人や、もう興味が無いとばかりに歩き出してしまう人。

 

「歌には力が有るって、分かってるのに……」

 

「実際に見た事があるワケじゃないんだから、信じがたいのも分かるけどさ……」

 

「コレでは、あの方が可哀想ですわ……」

 

「……待ちましょう。こんな状況を、あの人達が放っておくワケが無いでしょう~?

 最後は皆で応援して~、サヨナラ満塁逆転ホームラン、ってね~?」

 

「そう……ですね!!応援上映はライト振ってナンボ!!まだまだ諦めるワケにはいかないッ!!よね!!」

 

カラ元気かも知れない。けれど……アタシだって、信じているのだ。彼女達の歌の力を……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ん……」

 

あたし(雪音クリス)は、土ぼこりの中で目を覚ます。

その腕の中には、咄嗟に手を伸ばした少女の姿。

その胸が上下に揺れる姿を見て、あたしはホッと息を吐く。

この高さから落ちれば、シンフォギア装者でも無ければよほどの幸運が無い限り無事では済まないだろう……

 

「う……なんなんですか全く……シンフォギア装者はボクが統制する未来には不要だからと叩き潰しに来ただけなのに……

 足下を掬われるなんざ、このボクには似合わないって言うのに……」

 

━━━━だが、どうやらアイツはよほどの幸運を持っているらしい……

 

「よう、ドクター。誰が不要だって?」

 

「ひっ!?う、動くな!!起爆するぞ!!ソイツの首輪を!!」

 

人の顔を見て即座に狼狽える失礼はともかく、即座にスイッチを構える対応の速さはいっそ清々しい程の物。

 

「さっきテメェで爆破しようとしやがっただろうが。

 今さらだ……それにな、」

 

「この距離ならシンフォギアのバリアフィールドと言えど……あ?」

 

カチッ、カチッ、とスイッチを押し込むドクター。だが、手の内のこの娘の首輪は爆発なんてしやしない。

 

「━━━━壊れてんだよ。さっきの一瞬、崩れる中であの人が首輪をぶっ壊してくれた。

 だから、あたしはこの娘を助ける為に全力で飛び込めたんだ。」

 

最早残骸でしか無い首輪を引き千切り、ドクターへと一歩近づく。

 

「んな……ッ!?神業ァッ!?」

 

━━━━けれど、奴がその左手に握るのはソロモンの杖。四方八方に召喚しやがるのは、ノイズの姿。

 

「今さらノイズッ……!?」

 

「アンチリンカーは……忘れた頃にやってくる……!!うひ、へへへへへ……!!」

 

目覚めてすぐにアンチリンカーを撒き散らしてやがったのか……!!周到なッ!!

けど、それならあたしが取るべき手段は決まっている。

腕の中の少女を足元に横たえさせ、あたしは叫ぶ。

 

「━━━━なら、纏めて吹っ飛びやがれッ!!

 アーマーパージだッ!!!!」

 

━━━━フォニックゲインで形成された装甲を、アームドギアを火砲に変える要領で弾丸と化し、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ひぃッ!?」

 

全てのノイズを潰そうとは思わない。それよりも、狙うべきは……

 

「……」

 

「━━━━ちぇいさーッ!!」

 

「ぬわぁっ!?」

 

━━━━奴がその手に担うソロモンの杖ッ!!

だが、無理矢理に引っぺがしたせいで本来ならフォニックゲインによって保存される筈の服が戻っていないッ!!ペンダントもだッ!!

それでも!!奴に……ドクターに杖を担わせたままなんかじゃ居られないッ……!!

 

「━━━━杖をッ!!」

 

「ひッ!?ひィィィィ!!

 なんて馬鹿をするんだ、お前ッ!?この状況で杖を手放させたら、ノイズは基幹プログラムに応じて近くの生命体を……ボク達を襲うんだぞォォォォ!?」

 

そんな事は分かっている。ギアは戻って来ていないし、杖だってこの手には無い。

でも……問題はない。だって、あたしの背には……

 

「━━━━後は頼んだ。先輩ッ!!」

 

━━━━瞬間、空から降り注ぐのは蒼の剣。あたし達の周囲のノイズを殲滅して……

 

「なぁッ!?そのギアはッ!?バカな……!!アンチリンカーの負荷を抑える為、敢えてフォニックゲインを高めず出力の低いギアを纏う、だとッ!?

 出来るのかッ!?そんな事がぁッ!?」

 

その中心に立つのは、三か月ほど前まであの人が纏っていた蒼のギア。脚部のバーニアが、まだ展開刃だった頃のその姿。

 

「━━━━出来んだよ。そういう先輩だ。」

 

……きっと、アンチリンカーの性質を聴いた時から修行していたのだろう。

あたし達に心配を掛けなくていい様にと。

 

「━━━━(はやて)を射る如き……刃ッ!!

 麗しきは、千の花……宵に煌めいた残月……哀しみよ浄土に還り、な……さいッ!!」

 

━━━━逆羅刹━━━━

 

だから、あたしはその邪魔にならないよう、横たえた少女の身を引き寄せて……

 

「う……あぁ……ッ!!が……ああああッ!!」

 

その、異変に気付いた。

左腕を侵蝕するネフィリムのような部位が、徐々にその領域を広げているのだ。

 

「まさか……!!アンチリンカーの効果が効いてるってのか!?

 マズい……早くアンチリンカーが撒かれてない場所に連れて行かねぇと……!!」

 

「付き合ってられるか……!!ボクはブリッジに戻るぞ!!ふざけやがって!!」

 

「あ、コラ逃げるな!!Linker置いてけ!!」

 

「━━━━嗚呼、絆に総てを賭した閃光の……(け、ん)よッ!!」

 

ドクターが逃げるが、それでもあたし達を囲うノイズ達は消えていない。

それ故、先輩も此方を優先して処理に掛からざるを得ない……最後まであのトンチキは余計な事を……ッ!!

 

━━━━しかし、コレで一旦ノイズが打ち止めとなったのも事実。少女を寝かせて、あたしは弾き飛ばしたギアの欠片を呼び戻す……

 

「回収完了だな……よし、このまま彼女を連れて上がるぞ、雪音!!」

 

「あぁ!!しかし、この娘をアンチリンカーの影響を受けない所まで連れて行って……その後はどうすればいいんだ!?」

 

━━━━どうすればいいのだろうか?

あたし達は決して専門家では無い。だから、苦しむこの娘に何をしてやればいいのかが分からない……

 

「━━━━おう、こんなこともあろうかとな。用意してあるぜィ?」

 

━━━━そんな時だった。崩落した上の方からソイツが飛び降りて来たのは……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……それで?解決手段というのはなんなの?」

 

目の前の少女……調ちゃんに間借りしたフィーネさん━━━━ややこしいなぁ……が事情説明を求めてくる。

(天津共鳴)が言った《フィーネが降臨した事実を隠す方法》について、ちゃんと考えていたからだろう。

その眼は真剣で、誤魔化しや精神論で対処しようとしたら伐り刻むと言わんばかり。

 

「えーっと、ですね。色々有ったんで、信じてもらえるかも怪しいんですが……俺、あの極光の中で跳ばされた先で魔法を授かってきまして……」

 

だから、俺は誤魔化すこと無く正直に話す。

 

「……はぁ?」

 

「えぇっ!?おにーさんは魔法使いなんデスか!?」

 

うん、まぁ信じてもらえないよなー……と、半ば予想通りの反応に悲しくはなるが、落ち込みはしない。

というか、切歌ちゃんはもうちょっと他人を信用し過ぎではないだろうか?それともそれだけ俺が信頼されているという事なのか……?

 

「……切ちゃん、ちょっと静かにしててね。

 ━━━━それで?誰から、どういう術式を授かって来たって言うのよ?」

 

「アッハイデス。」

 

「はい……世界から弾き出された俺は、世界の外に座す玉座、フリズスキャルヴにてどこかの世界でオーディンの役目を果たす事無く逃げ出した方と出逢いました。

 ……その際に、ルーンの秘奥の一端を授けてもらったんです。」

 

「……ふーん……オーディン、フリズスキャルヴ……それにルーン魔術、ねぇ……ま、いいわ。信じましょう。」

 

「……いいんですか?」

 

自分で言うのもなんだが……世界の外まで行って来て、神話に名を遺す神様から力を授かって来ただなんて、あまりに荒唐無稽が過ぎると思う。

 

「あのねぇ……貴方がそこで態々嘘を吐くような性格してたら私だってこんな苦労してないわよ?

 貴方が《有った》って言うんなら、信じがたいけど……何かしらの事実の欠片があるって事よ。

 ……それに、北欧神話の神々に関してはまぁ可能性として有り得るのだしね。」

 

「……可能性として有り得る……?」

 

「━━━━だって、私の知る限り神々の黄昏(ラグナロク)そのものは起きていないんだもの。

 数千年もの間、人の歩みを見続けて来たのによ?なら、予言された神々の黄昏によって死の運命を迎えるとされる北欧神話の神が……正確には、神を自称出来る程に先史技術に精通した者が存在しても不思議では無いわ。」

 

━━━━その言葉の重みは、やはり数千年を生きる巫女の物で。

 

「……はい。ベルヴェルクを名乗った彼も、同じ事を言っていました。

 ラグナロクはこれから来たる、と。」

 

「ふむ……そっちの詳細も研究者としては気になるけど……流石に今回のこの()では目立ちすぎてしまうわね……」

 

「そうですね……シンフォギア装者にして今代のフィーネ。しかも身柄的には日本国内で誘拐された元アメリカ所属の違法研究の被験者……まで乗ってしまうと、些か……」

 

「年齢的にも厳しいわ。せめて、前の私みたいに20其処等だったら対話次第でアリだったのだけれどもねぇ……」

 

━━━━その言い草には正直思う所が色々とあるが、フィーネの知識が後々必要になるかも知れない事を考えるとあまり強くは言えない。

 

「……まぁ、調ちゃんに宿った後の事を考えるに信用しても問題無いでしょう。少なくとも今は言い分通りの動きをしているようですし……」

 

「えぇ。精々言葉半分くらいで信じて頂戴な。

 ……それで?何千年も生きて悪者をやって来た私をどうするつもり?今さら、正義のミカタでも気取れって言う気はないでしょう?」

 

「……そこを突かれるとちょっと困るんですよね……だって、俺は手の届く総てを救いたいと思って動いてますから。

 その中に貴方が……フィーネが居て、しかも俺もお世話になってる司令の想い人だって言うんだからそりゃ猶更放ってはおけないと思っただけなので……」

 

「…………ホンットに……貴方も!!あの子も!!あの人も!!皆して馬鹿ばっかりなんじゃないの!?もうちょっと信頼する相手を選んだらどうなの!?」

 

「選んでますよ?選んだ上で、フィーネさんを信じたいって思うから、手を伸ばしてるんです。」

 

「……ッ!!」

 

俺の返答の何かに納得いかないようで、フィーネさんは地団駄を踏んで悔しがる。

 

「おぉ……調がなんだか前に見せてもらった古い映画みたいな地団駄アクションを……珍しい物が見られたデス……」

 

「━━━━切歌ちゃん、その言い方は多分フィーネさんが傷つくからやめてあげよう。」

 

「もう傷ついてるわよッ!!

 ……はい!!本題に入る!!どうやってこの()と私を分離するって言うの?

 言っておくけど、私はまだそんな機能つけてないわよ?

 あくまでも私は、《遺伝情報に刻まれた私との相似》からアウフヴァッヘン波形を調律機として元の自分の知識をアカシックレコードからダウンロードしているだけなのだから。

 私自身がイガリマのような情報構造そのものへの攻撃を受けない限り、この()と私は一心同体よ?そのせいで同じ時代に二人以上のフィーネが存在する事も出来ないのだし……」

 

フィーネが言うのはつまり、パスワードが似ているのでクラウドサーバーから情報をちょろまかしやすいとか、そういった事なのだろう。と推理する。

完璧に理解出来ているとは言えないが……この形式なら、俺の手札でもどうにか出来る筈だ。

 

「はい。なので、それを逆手に取ります。」

 

「逆手に……?」

 

「ボルヴェルクから譲り受けたルーンを使って、調ちゃんの中から《フィーネの記憶》と《フィーネの人格データ》のみを再生不可能にします。

 こうすれば、調ちゃんはフィーネとしての能力を使う事は出来ず……」

 

フィーネの側は主観的には消滅した形となる。

 

「ん。なるほどね。その形式なら……恐らくだけど、私という主観データは別のどこかでアウフヴァッヘン波形を受けてダウンロードが為されるまで眠りに着いている筈よ。

 ━━━━と言っても、アウフヴァッヘン波形をシンフォギア装者以外で浴びる事なんて極々稀なワケだから、恐らく一生の別れになるでしょうけどね。」

 

━━━━その言葉に、一抹の寂しさを感じてしまう。

確かに、彼女の存在にはどこまでも振り回されてはいたが……だからとて、一生の別れとあって悲しくなる程度には、触れ合いがあったのだから……

 

「━━━━そんな顔しないの。私はあくまでも過去の亡霊。何時かに遺った残響なんだから。

 今の世界は、今を生きる貴方達が……貴方達自身の力でなんとかなさい。

 いつか未来に人は繋がれると、明日を望んで歩んでいけると……そんな事は、亡霊が語るものでは無いのだから……ね?」

 

「…………はい。」

 

万感の想いを込めて、俺は返事を返す。

何時かの空に願いを込めた……けれど、今もまだ届く事の無い残響の少女に。

 

「調ちゃん、じゃあ……この方法を行ってもいいかな?キミに危険が及ばないように細心の注意を払うけれど……」

 

「……いいよ。貴方の事、フィーネも、切ちゃんも、あの子も、信じているから。

 だから、私は……手を伸ばす貴方の事を、信じてみたい。」

 

「……あぁ。」

 

━━━━その信頼に応える為に、手を伸ばす。この右手。少女の頭に。

 

刻むのは、《忘却》のルーン。俺に刻まれた時と同じように、しかして少しずつ、確実に範囲を選定する。

もしもこの術式が失敗すれば、調ちゃんを救う事は絶対に出来なくなるのだから。

 

「━━━━だからこそ、俺は、必ずやり遂げる。」

 

━━━━決意と覚悟を握り締め、俺は……




━━━━真大神槍(ガングニール)天羽々斬(アメノハバキリ)櫟魔弩弓(イチイバル)対紅鏖鋸(シュルシャガナ)対翠獄鎌(イガリマ)、そして、天衣無縫(アメノハゴロモ)と、白銀のシンフォギア。
此処に七つの音階は揃い踏み、集う筈の無かった、あり得ざる筈の理論が結実する、と魔女は笑う。

……だが、人の想像の、その遥か上を行く者は往々にして存在する。
例えば、英雄とならんとする男だとか……
例えば、それを食い止める為に飛び出す男だとか……


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第七十七話 七彩のコンセントレーション

━━━━七つの惑星、七つの音階。

それは、世界を構成する調和の理論。

()()()()()の欠片であり、同時にそれへ到る為の鍵。

 

かつて、真の叡智を求めた数多の錬金術師達が、世界の根幹の《一》を探し求める中で辿り着いたモノ。

 

━━━━それは、オレ(ディーンハイムの裔)にとっても同じく……

 

「━━━━そして、フィーネですら手に入れる事の(あた)わなかった物……」

 

「イヤですねェマスタァ?そんなの当然に決まってるじゃないですかァ。

 幾らフィーネがシンフォギアを造り上げたからってェ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それこそ()()()()()()()()()()()()辿り着けない解答じゃないですかァ。」

 

━━━━零れた声に応えるのは、いつも通りの減らず口。

オレの自我側面(アルターエゴ)から組み上げられた自動人形(オートスコアラー)、その一騎。

 

「だろうな……だからこそ、オレの万象追想曲(バベル・カノン)の全貌に誰もが気づかぬまま誰もが踊ってくれた……」

 

「約一名は相も変わらず好き勝手してるようですけどねェ。」

 

「フン……最初から契約者(アレ)に計画通りなど期待しておらん……今回に関しては、そのお陰で危うく欠ける所だった一つを掬いあげたのだから構わんだろう。」

 

「アヒャハハハァ!!マスタァってば、相も変わらず行き当たりばったりな所ありますよねェ!!

 ガリィちゃんとしてはその方が楽しいのでいいんですけどォ……」

 

「ぐっ……人が気にしている事をズケズケと……」

 

━━━━確かに、オレの万象追想曲(バベル・カノン)にはアドリブ要素が多い……いや、今もまだ、最後までこの曲を弾き切れる条件は揃っていない。

故に、耳に痛くとも、人形(ガリィ)の言葉を否定する事は出来ないのだ。

 

「……だが、そうだな。未だ条件はクリアされていない。

 だからこそ、仕掛けるならば此処しかないとも言える。

 江戸の過去から()()()()()()()()()()によって、首都東京へと流れ込む地脈(レイライン)の詳細を調べてはいるが、未だ地球全体の地脈図までは描き切れてはおらんのだ……

 此処で人類に星を捨て去られてしまっては計画の達成に支障をきたす。

 ━━━━ならば、七つの音階を以て奴の思惑を覆すしか道はあるまい?」

 

此方が持つ最大のアドバンテージ。

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()事。

フィーネが日米の間で蝙蝠しながら造り上げるも、神獣鏡を起動するに足る七人目の適合者を見つけられ無かったが故に放置した()()()()()()()()()()

その使い手を確保していた事こそが……

 

「━━━━はい、了解しましたマスタァ。

 では、お姫様(シンデレラ)をお呼びしますねェ?」

 

「━━━━あぁ……此方も、かぼちゃの馬車を用意させるとしよう。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━フロンティアの地下、アンチリンカーが充満しようとしている洞窟内。

あたし(雪音クリス)達の前に降り立った男に思わず身構える。

実際に逢った事は無いが、顔写真は見せられた事があるその男……米国の秘密部隊、七彩騎士(セブンカラード)の一人、アゲート・ガウラード。

 

「用意してあるだと?」

 

「あぁ、その子に合わせて調整されたモデルMのLinkerだ……ついでに言えば、彼女を収容できるようにFISのエアキャリアをハッキングして此方に回して貰ってもいる。」

 

「……信用出来ねぇ!!

 アンタは米国所属でッ!!FISが陣取ったアジトを襲撃してッ!!フロンティアに乗り込む直前にも共鳴の奴を襲ってこの子を殺そうとしたんだろうがッ!!」

 

旨すぎる話だ。だから、信じられない。あのバカ二人じゃあるまいし、銃を向けて来た相手が掌返して救いに来たなんて言って来ても信じられるもんか。

 

「……確かに。さらに言えば、今さっき崩落したばかりの此処に迷わず飛び降りた事からして……先の崩落、もしかせずとも貴方の仕業だろう?

 狙いはこの娘の殺害か?それとも、このソロモンの杖の横取りか?」

 

あたしの隣に立つ先輩も同じ考えなのだろう。横抱きに少女を抱えるあたしの前に立ちながら、いつでも仕掛けられるようにと身構えているのだから。

 

「……あー……確かに、そう見える……か。

 参ったな……崩落させちまう気はなかったんだが……」

 

「崩落させる気はなかった……という事は、やはりあの横槍は……ッ!!

 先ほどから本部と連絡が付かぬのも同じくかッ!?」

 

頭を掻きながら弁明する男の言葉は、けれどあたし達にとってはこんがらがっていた事実の確認にもなっていて……

 

「……あー、うん。そうだな……横槍を入れたのも、通信が途絶してるのも俺の仕業だ。だが、一つだけ言わせてくれ。

 ━━━━俺は、少年と約束した。あの子が戻ってくるまで、その嬢ちゃんを見守る……ってな。」

 

━━━━けれど、その不信を払うように、真摯に男は言葉を重ねる。

 

「……はぁ……共鳴くんと来たら、本当に敵味方関わらず……」

 

その中身は、要するに()()()()が手を伸ばしていたという事で。

 

「……分かった。あのバカに免じてひとまずは信用する。

 けど、信頼したワケじゃねぇ。それは忘れるなよな?」

 

「あぁ、それでいい……天津の一族じゃねぇんだ。敵同士の距離感ならコレくらいがちょうどいいさ。」

 

Linkerの入った無針注射器を放りながらの物言いは苦笑交じりの物。

……それを見ただけで、なんとなく警戒心が緩んでしまうのは、あたしも丸くなったって証だろうか……?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━上昇するエレベーターの中で、ボク(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス)は隠しきれない憤りに震えていた。

 

「クソッ!!クソッ!!クソォッ!!ソロモンの杖を手放すとは……ッ!!

 こうなったら仕方ない……ッ!!マリアをぶつけている間にブロック毎切り離してフッ飛ばしてしまえば……ッ!!」

 

やりたくなかったァ……未来の国土となるこの舟の一部を放り投げるなんて手は……ッ!!

 

「━━━━無理よ!!私の歌で世界を救うなんてッ!!」

 

『━━━━マリア!!月の落下を食い止める最後のチャンスなのですよ!!』

 

━━━━そんな折に頭上のブリッジから漏れ聴こえてくる声に、ボクのテンションは怒髪天レッドゲージをブチ抜いた。

 

「ッ……ドクター……ッ!!」

 

━━━━あぁ、イライラする。

何も出来やしないクセに。何もしやしないクセに。

許せないとかなんだとか、薄っぺらい正義感に満ちたそんな眼でボクを見るんじゃあない……ッ!!

 

「━━━━邪魔だッ!!」

 

「あぁッ!!」

 

だから、振り払う手の一撃は全力の物。

……ま、シンフォギア纏ってんだ。死にゃしないだろう。

 

「……月が落ちなきゃ、好き勝手出来ないだろうがッ!!」

 

『マリア!!』

 

「……やっぱり、黒幕はアンタでしたかぁ、オバハン……」

 

『━━━━お聴きなさいッ!!ドクター・ウェルッ!!

 フロンティアの機能を使って収束したフォニックゲインを月へ照射し、バラルの呪詛を司る遺跡を再起動出来れば月を元の軌道へ戻せるのですッ!!』

 

━━━━今さらそんな事を言われたって、ボクの心はピクリとも動きやしない。

だってそうだろう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「━━━━そんなに遺跡を動かしたいなら、存分に動かして来いよッ!!

 あんたが月に行く事でなァァァァッ!!」

 

ボクを好きにならない奴は邪魔なんだよッ!!どいつもこいつもッ!!

━━━━突き出した左腕でフロンティア中枢に指令(コード)を入力する。

 

━━━━第三艦橋をパージ、秒速13kmで月へ向けて加速━━━━

 

第二宇宙速度を越えた瞬間加速ッ!!コレでオバハンは月に行けてハッピー!!ボクは邪魔な奴が居なくなってハッピーってもんだッ!!

 

「マム!!」

 

「━━━━有史以来、数多の英雄達が人類支配を成し得なかったのは、人の数がその手に余るからだッ!!

 だったら、()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!ボクだからこそ気づいた発想の転換ッ!!これぞコロンブスの卵ッ!!

 英雄に憧れるボクがッ!!人類史に名を刻むあらゆる英雄を越えていくゥ!!」

 

人類支配という大偉業を前にすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!

ボクは人類史に人類支配を成し遂げた最大の英雄として名を刻み、永遠に語り継がれるんだァエヘヘェ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……どうだい?調ちゃん。」

 

「じー……うん。フィーネの魂?意識?とにかく、そういう物がある感じはしない。

 ━━━━私自身の記憶に関しても、問題はないと思う。」

 

━━━━その言葉に深く安堵して、(天津共鳴)は詰まっていた息をようやく吐き出せた。

 

「はー……緊張した……」

 

「……それで、その……ありがとう。イガリマを前に身を差し出すしか無かった私を助けてくれて……」

 

「ふふっ、どういたしまして。でも、ありがとうを言うのはコッチもだよ。

 調ちゃんが手を伸ばす事を諦めずに二課の皆と協力してくれたから、俺はこうして間に合う事が出来たんだから。」

 

「━━━━調ェェェェ!!」

 

「おっと……」

 

そんな風に俺と話している調ちゃんの姿に感極まったのか、切歌ちゃんが調ちゃんに飛びついて涙を零す。

 

━━━━あぁ、良かった。と胸をなでおろす。

その涙が、悲しみの物では無いと分かるから。

 

「……ね、切ちゃん?私、皆に助けられて此処に居るの。だから……切ちゃんも力を貸して?皆で一緒にマリア達を救おう?」

 

「うん……今度こそ、調も、おにーさんも皆一緒に……」

 

━━━━けれど、そんな彼女達の麗しい会話にふと居た堪れなくなってしまうのは、アレである。

 

「……そういえば、共鳴さんの方が切ちゃんよりも一人で無茶してる……」

 

「……そうデスね……そもそもあたしが一人でやらなきゃって思ったのも、おにーさんが突っ走って居なくなっちゃったからデスし……」

 

『じー……』

 

━━━━うん、つまり……今までの自分が大分やらかしてた自覚があるからなのである。

 

「えーっと……その……」

 

『━━━━おい、契約者よ。』

 

━━━━だが、謝罪の言葉を紡ごうとした次の瞬間に脳裏に浮かぶのは、ヴァールハイトが座す玉座……

 

『念話ッ!?何故このタイミングでッ!?』

 

『何故も何も無い。オレにとって必要な事だからやるだけだ。

 まずは、あの光の中から戻って来た事を褒めてやろう……そこで、契約者(お前)と、この世界にとって必要な贈り物(プレゼント)を用意しておいた。』

 

相も変わらず、ヴァールハイトの言葉は一方的な物で……けれど、だからこそ其処に違和感が滲み出る。

 

『……ちょっと待て、ヴァールハイト。何故俺が戻ってくる事を知っていた?

 俺が此処に戻ってこれたのは偶然の産物で……』

 

━━━━なによりも、この状況自体が様々な思惑の果てに落ち窪んだ物。其処に必要なプレゼントなど、用意しておける物なのか……?

 

『ハッ!!どうでもよかろう、そんな事。

 この局面に置いて大事な事はただ一つ。

 お前が、()()を連れてフロンティアのブリッジへと向かう事だけなのだからな。

 ━━━━上を見てみろ。』

 

「上……?」

 

「上……?」

 

「上に何かあるデスか?」

 

念話に釣られて、じーっと俺の事を見つめる二人が映る視界に意識を集中し、上空を見上げる。

 

━━━━遠くの空に、なにかが飛んでいる?

 

「鳥デスか……?」

 

「でも、此処は太平洋の真ん中だよ、切ちゃん。飛行機……にしては、動きがヘン……?」

 

「いや、アレは……ッ!?」

 

『━━━━お姫様が舞踏会に間に合うように気張れよ、契約者(かぼちゃの馬車)?』

 

━━━━ヴァールハイトの笑いをこらえるような念話と共に気付く。

 

「女の子ッ!?空から落ちて来てるッ!?

 ━━━━ゴメン、二人共ッ!!俺はあの子を助けに行くからッ!!」

 

言葉と同時に、地を蹴って飛び出す。

贈り物って……

 

「あんな小さな子を空に放り出すのは絶対贈り物とは言わねェェェェ!?」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━きゃあああああああああ!?」

 

━━━━ふわり、ふわり、ぐいん。浮遊感?落下感?

ギュッと手元に()()()()()を握りながら、どうしてこうなったんだっけ?と(セレナ・カデンツァヴナ・イヴ)はここまでの事を思い出していた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

「━━━━マリア姉さん達が!?」

 

「あぁ、そうだ。このままでは月は落下し……生き残るのはさて、何千人か……」

 

━━━━玉座の間で、キャロルさんから聞かされたのは、衝撃的な事実。

 

「そんな……どうして……」

 

「……さて、な。フィーネが月を穿った事がそもそもの発端である事を考えれば、誰が悪いと言い切る事も難しかろう。

 だが、言える事が一つある。今この瞬間戦わねば、未来は無いという事だ。」

 

月の落下を防ぐ為の争いの激化が、月の落下を速めてしまったのだと。

 

「……どうして、どうして……私に、それを……?」

 

「あぁ、そもそもオレが貴様を助けた理由、それこそがこういった人類存続の危機に対処する為だからな。」

 

「危機に……?私が……?それって、もしかして……!!」

 

━━━━私の持つ力、人類存続の危機だというこんな局面に対処出来るなんて言ったら、それは一つしか浮かばない。

 

「あぁ……銀腕(アガートラーム)のシンフォギア、その第一種適合者であるお前の力。

 ダメ押しとしてそれを振るってもらう。」

 

「━━━━分かりました。私が、マリア姉さんを護れるのなら。」

 

迷いはない。眠りに着く前のあの焔の日と同じ事。

━━━━誰かの為のヒカリになれるのなら。

諦めない強さで、ミライを掴みたい……ッ!!

 

「フッ……愚問だったな。ならば、持っていくがいいッ!!この欠片をッ!!」

 

そう言って、立ち上がったキャロルさんが私にナニカを投げ渡す。

 

「コレは……ギアペンダントの欠片……?」

 

「あぁ。コールドスリープ装置の起動の為に貰っておいた物だ……だが、幾ら修復を施そうとコレだけでは足りん。

 ペンダントの残りの半分と合わせねば、シンフォギアと纏う事は出来んだろう。」

 

「残りの半分……それは、どこに?」

 

「お前の姉が持っている。故に……お前も、そこまで向かわねばならない。

 安心しろ。足は用意してある。」

 

その言葉に、私の胸がいっぱいになる。

それは、マリア姉さんが私を忘れずに居てくれた事の証だから。

 

「マリア姉さんが……嬉しい。持っててくれたんだ……

 ……って、アレ?足は用意してあるって……普段みたいにテレポートジェムでパッと行けばいいんじゃないですか?」

 

「ん?……あぁ、残念だがそれは不可能だ。テレポートジェムは確かにそういった場所を指定しない転送にも使えるが、その場合は低確率で指定した座標とは異なる座標に飛ばされる事があるからな。」

 

「異なる座標……?」

 

「あぁ、お前も宇宙空間に飛ばされたくはないだろう?」

 

「う、宇宙空間!?

 流石にそれは……」

 

宇宙に投げ出されたりなんてしたら死んじゃいます……!!

 

「まぁ、そんなワケでな。現地へは別の方法で行ってもらう。」

 

「はァい、そういうワケでェ……一名様ご案内~」

 

ガシリ、と後ろから掴まれて、持ち上げられたのだと気づいたのは、彼女がスキップしながら歩きだしてから。

 

「え!?が、ガリィさん!?どうして私を持ち上げて運ぶんですか!?」

 

「そんなの決まってるじゃないですかァ?

 ━━━━自分の足で歩いたら逃げられちゃうでしョォ?」

 

「どうして逃げる事前提なんですかぁぁぁぁ!?」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━以上、走馬灯めいた回想でした。

 

「だからって、自由落下なんて聴いてませんよぉぉぉぉ!?」

 

足は用意してあるって言ってたけど、ホントに来るの!?こんな高い所に!?

足下に見える大きな大きな島……フロンティアと言うらしい。其処に段々と近づいている筈なのに、一向に近くなった気がしないのは何故なのだろうか?

 

「あ、そっか。フロンティアが大きすぎるから動きが分かりにくいんだ。

 ━━━━って、それだけ高い所から落ちてるって事じゃないですかぁぁぁぁ!?」

 

━━━━そんな風に、絶望にバクバクと鳴る心臓と、折れそうな心を叫び声で必死に抑えている私の下に、真っ直ぐに駆け上がってくるヒカリが、一つ。

 

「アレは……?」

 

━━━━それは、とても綺麗なヒカリだった。

最果てへと向かうように、その先へと手を伸ばすように。

金色のヒカリが、真っ直ぐにソラへと駆け上がって来る。

 

「綺麗……」

 

思わず、息を呑む。

そして……

 

「よっ……相対速度を合わせて……!!」

 

ヒカリの正体が見える所までやって来て、ようやく気付く。

 

「隻腕の、男の人……?」

 

━━━━それはまるで、キャロルさんが言っていた《空から落ちて来た男》と重なるようで。

 

「━━━━大丈夫か!?

 ヴァールハイトの奴……こんな小さい女の子を放り出して何をしようって……」

 

「あ、はい!!大丈夫です!!

 えっと……つかぬ事をお聴きするんですが……キャロルという人を、知っていますか?」

 

「キャロル?

 ……いや、すまないが聞いた事が無いな……キミは?」

 

……やっぱり、違うのだろうか。さっき呟いていた名前も、キャロルさんとは違うようだったし……

 

「私は……セレナ・カデンツァヴナ・イヴって言います。」

 

「カデンツァヴナ……?もしかして、マリアさんの家族?」

 

「マリア姉さんの事を知ってるんですか!?

 だったら、連れて行ってくださいッ!!私、どうしてもマリア姉さんに逢わないといけないんですッ!!」

 

その人の返してくれた言葉で、私は一番大事な事を思い出す。

━━━━そうだ。まずはマリア姉さんを助けなくちゃ……ッ!!

 

「……分かった。俺は天津共鳴。じゃあ、キミをこのままフロンティアのブリッジへ連れて行くよ。」

 

「このままって……そういえば、さっきから落下が随分ゆっくりなような……?」

 

「あぁ……相対速度を合わせて少しずつ減速してたから気づかなかったのかな?

 セレナちゃんはもう落ちてないよ。俺のこのアメノハゴロモは空を飛ぶ事が出来るんだ。」

 

「空を飛べるなんて……凄いです!!」

 

「あはは、ありがとう。じゃあ、速度を上げて向かうから、ちゃんと掴まっててね?

 それと……保持の為に腕を回すけど、触られるのが嫌だったら言って欲しいかな。」

 

そう言って、ゆっくりと私の背中に右腕を回してくれる姿に、落下の恐怖でバクバクが収まらないままだった心臓が落ち着くのを感じる。

……そっか、ガリィさん達やキャロルさん以外の人の温もりを感じるのって久しぶりなんだ。

 

「……大丈夫です。だから━━━━マリア姉さんの所へ、よろしくお願いします。」

 

「━━━━分かった。じゃあ……ッ!?」

 

いよいよ飛び出そうとした出鼻をくじいたのは、下から飛び上がっていく━━━━

 

「遺跡ッ!?」

 

「アレは……ッ!!セレナちゃん、しっかり掴まってッ!!急がないといけないッ!!

 俺の推測が正しければ……あの遺跡には……ッ!!」

 

「は、はいッ!!」

 

━━━━いったい、何が起こっているの?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━目の前が、真っ暗だ。

(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)が貫こうとした悪は……もう居ない。

だからせめて、目の前に居る悪を……ドクターを……ッ!!

 

「よくも……マムをッ!!

 それに、美舟はどうしたのッ!!」

 

「あぁん?死んだよ!!あの小娘はッ!!アンチリンカーで拒絶反応を起こしたネフィラに全身を食い散らかされてるだろうなァ今頃はぁッ!!」

 

━━━━その言葉に、心が固まる。

悪を貫く槍(アームドギア)を、殺意と共に握り締める。コイツだけは……コイツだけは……ッ!!

 

「手に掛けるのか?このボクをッ!!ボク以外に人類を救える奴は最早誰一人居ないッ!!巫女(フィーネ)もッ!!適合者(こむすめ)もッ!!英雄(こぞう)もッ!!誰もだッ!!

 それでも━━━━」

 

「━━━━殺すッ!!」

 

この期に及んで、それでも貴様は死者を愚弄するのか……ッ!!

 

「えええええッ!?」

 

「━━━━ダメですッ!!」

 

だが、私の突撃に横合いから割って入る影が一つ。

 

「ッ!?

 ━━━━そこを退けッ!!融合症例第一号ッ!!」

 

それは、少女。リディアンの制服に身を包んだ、一人の少女。

 

「━━━━違うッ!!私の名前は立花響16歳ッ!!融合症例なんかじゃないッ!!

 ただの立花響が、マリアさんとお話したくて此処に居るッ!!」

 

「お前と話す必要など無いッ!!マムも、美舟もッ!!そこの男に殺されたのだッ!!だから、私はそいつを殺すッ!!

 ━━━━同じように、お前もッ!!天津共鳴をそいつに殺されただろうがッ!!

 もう私に、生きる意味なんて無いッ!!」

 

━━━━貫き徹す。その意思と共に少女の脇をすり抜ける軌道で突き出した槍は……

 

「はァァァァッ!!」

 

しかし、掴み取られる。真剣なこの槍を、白羽取りでッ!?

 

「ッ……!!」

 

だが、その手は、ただの少女の手だ。決して、ガングニールに包まれた物では無い。だから……零れ落ちる、赤。

 

「お前……」

 

「お兄ちゃんは……きっと、まだ死んでないです。美舟ちゃんだって、私の仲間が助けに行ってくれました……ナスターシャ教授だって、お兄ちゃんが生きていれば、助けられるかもしれません……

 それに、生きる意味なんて後から探せばいいんです。皆で、一緒に……

 ━━━━だからッ!!生きるのを諦めないでッ!!」

 

「えっ……?」

 

━━━━美舟を、助けに行った?どうして?貴方達は敵だった筈でしょう?

脳裏を埋め尽くす疑問符を前に、槍を掴んだままの少女は叫ぶ。

 

Balwisyall nescell gungnir……トロォォォォンッ(喪失までのカウントダウン)!!」

 

「聖詠ッ!?今さら、何のつもりの……ッ!?」

 

━━━━叫びに呼応するかのように、掴まれた槍が輝き、消える。

馬鹿なッ!?

 

「きゃっ!?」

 

しかし、輝きは収まらず、私の纏うギアすらも消し去っていく……!?

コレは……フォニックゲイン……ッ!?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━その瞬間を、世界中の誰もが見ていた。

 

フロンティアのブリッジより放たれる、そのヒカリを。

 

 

「あれは……あの子のヒカリ……?」

 

「じゃあ、マリアと出逢っちゃったって事デスか!?アタシ達も早く行かないと……!!」

 

 

肉眼であるか、全世界に中継された放送を通してかは違ったが、確かに。

 

 

「あのバカの仕業、か……」

 

「ああ。だけど、それでこそ立花らしい。」

 

「……ヒカ、リ……?あ……行かなきゃ……私……ボクは、あそこに……」

 

「おいおい、まだ喋れる状態じゃねぇぞ……?」

 

「━━━━ダメッ!!行かないといけないッ!!ドクターから、この舟を取り戻す為にッ!!」

 

「……わぁったよ。エアキャリアならひとっ飛びだしな。」

 

 

━━━━紐育(ニューヨーク)倫敦(ロンドン)北京(ペキン)巴里(パリ)莫斯科(モスクワ)デリー経済圏(ニュー&オールドデリー)偉大なる勝利(ジャカルタ)서울(ソウル)東洋の真珠(マニラ)上海(シャンハイ)聖市(サンパウロ)墨西哥市(メキシコシティ)、そして、東京(とうきょう)

 

 

「わぁ……綺麗……」

 

「輝いてますね、立花さん!!」

 

「いや、ヒカリで見えないからいいけど実質全裸なんだけど……?」

 

 

その輝きの中で、ガングニールの少女は叫ぶ。喪失(サヨナラを)した筈の融合症例の少女へと。

 

 

「なにが……なにが起きているのッ!?こんな事ってあり得ないッ!!

 融合者は、適合者では無い筈ッ!!

 ━━━━コレは貴方の歌ッ!?胸の歌がしてみせた事ッ!?

 貴方の歌って何!?なんなのッ!?」

 

『いっちゃえ、響ッ!!ハートの全部でッ!!』

 

 

背中を押してくれる声が、聴こえた。

━━━━だから、少女は叫ぶ。腹の底から。希望の歌よ、世界に鳴り響き渡れとばかりに。

 

 

「━━━━撃槍・ガングニールだァァァァッ!!」

 

 

━━━━輝きと共に、少女の装いは変わっていた。

その両手には機械腕(マシンアーム)、その両足には機械脚(マシンレッグ)

輝くマフラー、たなびいて……

 

 

「ガングニールに適合、だと……ッ!?」

 

 

その姿もまた、世界に届いていた。

歌には力があると、胸の歌は此処に有るのだと。

━━━━輝きは、誰の胸にもあると、そう示すかのように。

 

 

「ビッキー……ッ!!」

 

「やっぱり、立花さんの……」

 

「人助けッ!!ラストはやっぱりこうじゃなきゃねッ!!」

 

「えぇ~。アニメみたいだけど、ハッピーエンドの方がきっと楽しいですもの~」

 

「━━━━頑張れー!!響ー!!」

 

「……?男の人の声?誰なんだろう……?」

 

「━━━━さぁ?誰でもいいんじゃない?あの子が紡いだ絆を、大切にしてくれた誰かって事なんだし!!」

 

 

━━━━擦れ違う筈だった想いは、此処に収束する。

見上げたヒカリに想いを馳せる人々の心は、徐々に一つへと向かい始めていた……

 

 




━━━━総てが、一つの流れへ向かおうとしていた。人の心が、地を伝い、天へと届く(バベル)の如く。

そして、奪われたのでは無く、解き放たれたと知ったキミは遂に立つ。
倒すべき闇の潜まぬ闇を貫くのは、二つに別たれた純白の輝き。
始祖より受け継がれし意思の具現。
英雄でないキミだからこそ、その手に零さず掴める世界がある。

そして、それでも零れゆくモノがあるというのなら……その悲しみを拭い去る為に、少年は天へと飛ぶだろう。誰に唆されるでも無く、自らの意思で。


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第七十八話 始源のリプロダクション

━━━━信じられない。

理解は出来る。適合係数が()()()()()()()に宿る……即ち、《愛》だという事。

それを解き明かし、優しいLinkerへと昇華せしめたのは他の誰でも無いボク(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス)なのだから。

 

━━━━だが、この土壇場でッ!!

()()()も居なくなったかも知れないと突きつけられてッ!!

それでもなお、と叫びをあげてッ!!

 

「このボクの完璧な計画をぉぉぉぉ……ッ!!

 こんな所でッ!!」

 

此処ではダメだ。ブリッジまで踏み込まれてしまった以上、フロンティア中枢を直接操作するのでは重力場で吹っ飛ばす前にブン殴られて終いだッ!!

そう頭では分かっていても、ボクの身体はこの完璧な頭脳に着いて来る事が出来ず……

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

階段を降りる中でバランスを崩し、転倒。

だが!!選ばれた英雄であるこのボクはッ!!この程度の困難程度に屈しはしないッ!!

 

「諦め……られるかァァァァ!!こんな所でッ!!」

 

左腕を叩きつけ、ブリッジの緊急脱出装置を強制起動する。

 

「ッ!?待ってッ!!」

 

「ぁ……」

 

「っとぉ!?」

 

そんなボクに追いすがろうとするガングニールだが、何やらあったようでコッチに飛んで来はしない。

━━━━ツイてるッ!!やはりボクは人類史に名を刻むべく選ばれた天才なんだッ!!

 

「━━━━ウェル博士ッ!!」

 

目の前のエレベーターからやってくる二課の連中も、既に緊急脱出装置に乗り込んだボクには届かない……ッ!!

 

━━━━コレで勝ちだッ!!ボクのッ!!

 

「にへ……」

 

━━━━目指す場所はフロンティアのもう一つの中枢……動力室ッ!!

其処にみっともなくへばりついたネフィリムの心臓を直接稼働させれば……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

ガングニールを剥ぎ取られて力んでいた物が弾けてしまったのだろうか?

力無く倒れ込むマリアさんを支えながら、(立花響)は思う。

 

━━━━信じていたい、と。

 

マリアさんの言葉は事実だ。お兄ちゃんは今も行方不明だし、美舟ちゃんも助けられたのかは分からないし……ナスターシャ教授の命だって、状況はよく分からないけど危ない筈なのだ。

だけど、私は一人じゃない。一人きりの歌では無く、私は今も繋がっている。

 

「ぬぅ……!!」

 

「響さん!!そのシンフォギアは!?」

 

「マリアさんのガングニールが、私の歌に応えてくれたんですッ!!」

 

━━━━そう、こうして司令と緒川さんが駆けつけてくれたように。

 

けれど、喜ぶよりも先に、振動と共にフロンティアが揺れる……

 

「コレはッ!?」

 

『━━━━重力場の異常を検知ッ!!』

 

『フロンティア、上昇しつつ移動を開始ッ!!』

 

「ッ!?」

 

通信の向こうから聞こえるのは、フロンティアが今なお動き続けているという事実……ドクターはブリッジから去った筈なのにッ!?

 

「……今のウェルは、左腕のネフィリムをフロンティアと繋げる事で意のままに制御できる……

 今まで律儀にブリッジから動かしていたのは、単に状況判断に必要な情報を集めるのにこの中枢制御機構を介するのが一番楽なやり方だったからだ……

 ……恐らく、奴は重力波の偏向か……或いはブロック毎の投棄でお前達シンフォギア装者と二課本部潜水艦を排除しようとするだろう……

 ━━━━けれど、それを成し遂げる為には中枢制御機構を介さずにフロンティアを全域掌握する事が不可欠。それには今少しの時間がかかる筈……

 その前に、フロンティアの動力源となっているネフィリムの心臓を止める事が出来れば……

 戦う資格の無い、己の憎悪で刃を振るってしまった私に変わって……お願い……」

 

抜けた力が戻らないかのように、へたり込んだままにマリアさんは言葉を紡ぐ。

……けれど、それはまるで懺悔のようで。

自分では前に進めないと断じてしまう、そんな姿。

 

「━━━━調ちゃんにも頼まれてるんだ。

 マリアさんを助けて、って。だから、心配しないで。」

 

━━━━だから、私は笑顔で微笑みかける。安心してもらえるように。

 

「あな、たは……」

 

「━━━━破ァァァァッ!!」

 

その瞬間、横から聞こえるのは破砕の轟音。

 

「師匠!!」

 

それは、師匠の拳がウェル博士が逃げ出した辺りの床をブチ抜く音。

 

「━━━━ウェル博士の追跡は俺達に任せろ。だから響くんは……」

 

「━━━━ネフィリムの心臓を止めますッ!!」

 

「ふっ……行くぞ、緒川ァ!!」

 

「はい!!」

 

━━━━二人が行ってくれるのなら、ウェル博士の方は問題ない。だって、師匠なんだもの!!

だから、私は私のやるべき事を……!!

 

「待ってて。ちょーっと行ってくるから!!」

 

『━━━━高質量のエネルギー反応、位置特定ッ!!

 恐らく、此処が炉心の筈よ!!さっきまで途絶してた翼ちゃん達の反応も再捕捉出来ているから、合流して炉心に向かってちょうだい!!』

 

通信を聴いて、向かう先はブリッジの外。其処に広がるソラの下。

 

「はいッ!!至急向かいますッ!!」

 

飛び出す足に迷いはない。

━━━━信じているのだ。皆の事を。皆の力を……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━フロンティアのブリッジから、ヒカリが放たれて。

 

「まったく……響がやる事はいつもいつも……」

 

(天津共鳴)は、そのヒカリの主が誰なのかが分かるが故に微笑みを浮かべていた。

 

「綺麗な光……もしかして、あの光は、お知り合いの方が?」

 

そんな俺の姿に疑問を抱いたのか、腕の中のセレナちゃんが声を掛けてくる。

 

「あぁ……確信があるんだ。あのヒカリの中心に居るのは……

 とても真っ直ぐで……躓いたって、誰かと一緒なら何度でも立ち上がれる……そんな、どこにでも居る、心優しい普通の女の子だって。」

 

━━━━だからこそ、行かなければならない。

先ほど打ち上げられた遺跡の一部。その行動の意味を想定したのなら辿り着く答え。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。で、あれば。

 

「切歌ちゃんと調ちゃんでも無い……美舟ちゃんでも無い……であれば、あそこに居たのは……!!」

 

その先を言葉にする事は無い。腕の中の少女、セレナちゃんがマリアの妹だと言うのなら……間違いなく()()()の世話になっている筈。

ならば、まだ疑惑の段階で口に出す事は出来ない……

 

━━━━そうして、輝きが収まる中でブリッジへ到ろうとする俺達の足下で、フロンティアが急激な上昇を行い始める。

 

「ッ……!!セレナちゃん!!しっかり掴まっててくれッ!!」

 

「は、はいッ!!」

 

マズい……ッ!!地を走るよりも速いからと、飛行でブリッジへ向かう選択が悪手と変わってしまった……ッ!!

相対速度を合わせるよりも速く迫りくる大質量!!ブリッジ側面の階段状構造物!!

 

「飛べよ……ッ!!」

 

━━━━急速浮上!!大気圏外までも飛び上がろうかという速度で上昇し始めたフロンティアに叩きつけられれば骨の数本では済まない!!

それでも殺しきれない相対速度の差!!グングンと迫りくる地面(デスゾーン)!!

 

「おォォォォ……らァッ!!」

 

だが、その程度で防人の意気は砕けはしない……ッ!!

インパクトの瞬間、伸ばしきった脚を相対速度差に合わせて屈曲、衝撃を殺し……短距離跳躍!!

 

「相対速度差……コレでぇ……ッ!!」

 

ブリッジ側面の下方、崖となっている部分へ一旦降り、浮遊を止める事でフロンティアと上昇速度を共にする……ッ!!

それでも合わさり切らぬ速度を、滑り落ちる事で斜めのベクトルへと変え、ようやくに急制動を掛け終える。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫だ、問題無い……ッ!!それより、この急上昇……もしかしなくともウェル博士の差し金か……ッ!!」

 

━━━━顔を上げて見上げるのは、またも遠くなってしまったブリッジの外周。

気圧の問題などをフロンティア全体を覆うバリアフィールドが解決してくれているが故に、外宇宙航行も可能な船でありながらも密閉構造では無いそこへ。

 

「ここからは飛行では無く跳躍になる。揺れたりフワッとしたりするかも知れないけど……」

 

「はい!!しっかり掴まってます!!」

 

そう言って、俺の服の裾をキュッと握るセレナちゃん。

━━━━この幼い少女もまた、守護らねばならないという想いを新たに、俺は一段数mはあろう階段状構造物に糸を掛けて登り始めた。

最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に。そこへ向かう為に……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『うわ……コレどうなってんの?大気ごと保持されて持ち上がってるじゃん……』

 

「あぁ?どういう事だよ。俺達にもォ……分かるように言ってくれぃ。」

 

エアキャリアの遠隔自動操縦によってフロンティアのブリッジへと向かうその途上。

通信越しのラズロの言葉に(アゲート)は眉を(ひそ)めて問い返す。

 

『あぁ、うん。説明からしないとだね……ついさっき、フロンティアが再度の上昇を始めた。

 さっきまでは高度で言えば約10㎞ちょいだったけど……今はもう20㎞を越えてまだ上昇中。このままだとオゾン層も超えて成層圏も突破しそうな勢い。

 ━━━━けど、エアキャリアの周囲の気圧は地上と同じ一気圧に保持されてるのさ。つまり地上とほぼ同じ条件の大気が一緒に持ち上げられてるって事。』

 

「そいつぁ……凄まじいな……」

 

━━━━問いに返って来た答えは、想像を遥かに超えた規模の物。

 

『だから、同じ速度で大気ごと持ち上げられてるエアキャリアがこんな高高度で運用出来てるってワケ。

 ホントなら、こんなに気圧が低い高高度じゃローター式は揚力を得られない筈なんだからね?』

 

「なるほど……」

 

『……ただ、ちょっとマズい事もあってさ。』

 

「マズい事ぉ?おいおい、これ以上何がマズい状態になるってんだ?」

 

『━━━━つい今さっき、フロンティア前部上方に重力異常が発生してさぁ。

 どうもそれを浮上と前進の推力に転用してるみたいで、今フロンティア表面に掛かる重力が月並み(地表の六分の一くらい)になっちゃってるんだよね。』

 

「……は?」

 

それはつまり、こうして飛んでいるエアキャリアに掛かる重力も小さくなっているという事で……

……そういえば、よく比喩表現として月面では六倍跳べるなんて言われるような……?

 

『ゴメン。地上の感覚でローター回してた。機体重量が実質六分の一なんでこのままだと加速し過ぎてブリッジの上部構造物に突っ込む。』

 

「━━━━そういう事は早く言えェェェェ!?」

 

ブリッジを飛び出し、後部のキャリア部分で横になっている少女を引っ掴み、そのまま側面ハッチを蹴り開けて飛び出す。

この間、約三秒。

 

「だァァァァ!!貧乏籤引いたァァァァ!!」

 

『ゴメンってばー。遠隔自動操縦なんで細かい場の空気の違いなんて分からなかったしー。』

 

「そういう問題じゃねぇ!!あぁもう!!しっかり掴まってろよ嬢ちゃん!!このままブリッジに飛び込むからな!!」

 

━━━━幸か不幸か、落下軌道はそのままブリッジへと落ちていける物。ならば時間短縮も兼ねてこのまま飛び込むのが吉……ってかぁ!?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ブリッジの階段を降りる(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)の足取りは重い。

戦う資格……烈槍(ガングニール)のシンフォギアを喪い、歌で人を束ねる事も出来ず……

挙句の果てに、マムまでも喪ってしまった……

 

「……私の歌では世界を……セレナが生きるこの世界を護る事は……出来ないの……?」

 

世界を救いたいと、そう思って拳を握った筈なのに……

 

「━━━━だァァァァ!!」

 

━━━━沈みゆく思考の海から私の意識を浮上させるのは、ブリッジ正面から飛び込んで来る誰かの叫び声と……

 

「爆発音ッ!?どこから!?」

 

━━━━頭上、ブリッジの更に上から聞こえた爆発音。

 

「今の爆発音は!?」

 

「━━━━マリア姉さん!!」

 

その混乱も収まらぬ内にブリッジ側面から飛び込んで来るのは……

━━━━居なくなってしまった筈の少年と少女の姿。

 

「━━━━セレナ!?天津共鳴までッ!?」

 

「……おうおうおう、生きてやがったかよ……孺子(こぞう)ッ!!」

 

魔女に連れられ、また、ヒカリの中に消えて。

居なくなった筈の二人が急に現れた事に驚愕を隠せない私を置き去りに、状況は更に混迷を極めていく。

爆発音に気を取られて気づけなかった男、アゲート・ガウラード。

親しげに天津共鳴へと声を掛ける彼の腕の中に居るのは……!!

 

「美舟ッ!?どうして貴方が!?」

 

「約束したのさぁ、其処の孺子(こぞう)とよぉ……

 ━━━━約束通り、お前さんが戻ってくるまで護ってやったぜぃ。後は好きにしな……

 フロンティアが浮上しちまった以上、こっから手出しが出来る手札は米国(おれら)には殆ど無いんだからな……

 救って見せろぃ……お前さんの手の届く涯まで……!!」

 

「━━━━えぇ……やってみせますとも。

 手の届く総てを救う為に、俺は此処に帰って来たんですから。」

 

「お兄ちゃん……」

 

そんな私の困惑を蚊帳の外にして、男達と美舟はなにやら約束とやらについて語り出す始末……

 

「えぇと……そうだ、セレナ!!貴方はどうして此処に!?」

 

「うん……私、マリア姉さんに届けないといけない物を持って来たの。」

 

そう言って、セレナは握り込んでいた拳を開く。

其処にあるのは……

 

「ギア……ペンダント……!?」

 

二つに割れたギアペンダント、その欠片。

 

「うん。あの日、私が纏った白銀のシンフォギア。その欠片……」

 

━━━━その声に応えて胸元から取り出すのは、セレナと同じ物。残りの半分。

 

「……やっぱり……今でも持っていてくれたんだね。マリア姉さん。」

 

「えぇ……唯一残った貴方(セレナ)との絆だもの……手放したりだなんて、出来る筈が無いわ……

 ……でも、もう私にはコレを持つ資格すら無いのかも知れない……貴方が生きる世界を護りたいって、そう思って握った筈の力は……

 いつしか、破壊と混乱を巻き起こす欲望に塗りつぶされてしまって……」

 

━━━━そもそも、ドクターを巻き込んだのは私達なのだ。

そんな事を言う資格は……

 

「━━━━マリア姉さんがやりたい事は何?」

 

「……え?」

 

セレナに向ける顔が無くて、俯くしかない私に掛けられるのは、セレナからの問い。

 

「マリア姉さんがやりたい事……本当にやりたかった事を教えて?

 私は、それが知りたいな。」

 

「━━━━大丈夫だよ、マリア。どんなに遠く穢れても、ボク等は星を探すんだ。

 だからお願い。マリアの気持ちを聴かせて?ボク等は此処に居るから……」

 

「でも……」

 

「━━━━マリア姉さん、生まれたままの感情を……隠さないで?」

 

━━━━ペンダントを重ねるように手を重ねてくれるセレナと共に、手を握ってくれる、美舟の手の温かさ。

あぁ……忘れてしまっていた。悪を貫かねばならないと自分を偽って……

こんなにも、繋ぐ手はあったかいんだ……

 

「…………歌で、世界を救いたい。

 月の落下が齎す災厄から、皆を……そして、何よりも貴方を助けたかった……でも、私の胸の歌(烈槍)では世界を束ねる事は出来なかった……

 七十億の人のフォニックゲインを束ねて月遺跡を再起動する事が出来れば、月の軌道を修正する事が出来る筈だったのに……」

 

「歌……そうだ、歌だ!!

 マリアさん!!フォニックゲインを束ねる事が出来ればいいんですよね!?」

 

私の……今さらに過ぎるちっぽけな夢の吐露。

それにいち早く反応したのは、片腕を喪った筈なのに力強く見つめてくる少年だった。

 

「え、えぇ……でも、それは失敗してしまったのだもの……」

 

「━━━━いいえ。まだ失敗したワケじゃありません。だって、マリアさんの胸の歌は他の誰でも無い、マリアさんだけの物……

 今まで、世界が滅ぶと知る由も無かった人々が、総てを背負おうとしたマリアさんと同じ歌を歌うのは……とても難しかった。それだけの事なんです。

 だから……歌を。」

 

━━━━歌を、と彼は言う。

……どんな歌を?独唱(ひとりきりのうた)では遠いというのなら、どうすればいいの?

 

「古い、古い歌を。いつかの昨日から、今この時まで受け継がれてきた歌を……通し道歌(日本の童謡)でも、清しこの夜(十字教の聖歌)でも、恐らく足りない。

 ━━━━マリアさんが知る、一番古い歌が必要なんです。」

 

「古い、歌……」

 

「マリア姉さん、一緒に歌おう?昔のように……黒い茎(チョルノーブィリ)から避難したお祖母ちゃんたちが、唯一受け継いだ、古い、古い歌を……」

 

━━━━その言葉に、思い出すのはかつての記憶。

 

『━━━━むかしむかし、私達の父祖は牧畜と農耕を生業として、天に住まう神々を信仰していたの。

 そして……神様に言葉が届くようにと、この歌を歌ったの……』

 

「りんごは浮かんだ、お空に……」

 

「りんごは落っこちた、地べたに……」

 

━━━━それは、わらべ歌。

 

『━━━━星が生まれて……歌が、生まれて……ルル・アメルは笑った、永久(とこしえ)と……』

 

カミサマに届くようにと祈りを込めて歌われた、古いコトバ。

 

『星が交叉(キス)して、歌が眠って……』

 

━━━━終ぞ、届く事が無かったコトバ。けれど、その響きは今、世界に鳴り渡って……

 

『帰るとこは……どこでしょう……?

 ━━━━還るとこは……どこでしょう……?』

 

セレナと、私と、そして美舟と。

気付けば、騎士アゲートまでも共に歌ってくれていた。

 

『━━━━マリア……マリア……!!』

 

「━━━━マムッ!?」

 

━━━━歌の力を確かめるよりも先に、ブリッジ中央から聴こえてくるのは、マムからの通信の音声。

 

『あなたの歌に、世界中が共鳴しています……これだけフォニックゲインが高まれば、月の遺跡を稼働させるには十分ですッ!!

 ━━━━月は、私が責任を持って止めますッ!!』

 

「でも……ッ!!」

 

━━━━それは、つまり。マムが帰還を捨ててでも遺跡を起動させるという事……

溢れる涙を止められない。だって……コレが一生のお別れなんだって分かっているからッ!!

 

『……もう、何も貴方を縛る物はありません……行きなさい、マリア。

 ━━━━行って私に、あなたの歌を聴かせなさい……ッ!!』

 

「マム……」

 

マムの意志は堅い。そんな事、計画を始めた当初から分かっていた事で……

 

「ッぅ……やっぱり、先ほど投棄された遺跡ブロックにはナスターシャ教授が乗せられていたんですね。」

 

そんなお別れの言葉に横から言葉を混ぜてくるのは、いつの間にか頭を抑えてしゃがみ込んでいた少年の声。

 

『━━━━ッ!?天津共鳴!?生きていたのですね!!でしたら、マリアの護衛を……』

 

「俺だけじゃありません。セレナちゃんも、美舟ちゃんも此処に居ます……だから、生きる事を諦めないでくださいッ!!

 貴方の献身で世界が救われたって、それだけじゃ俺はもう満足出来やしないッ!!手の届く総て、諦めないと誓ったからッ!!」

 

━━━━そう言って、少年は叫ぶ。迷いなどもう無いと示すかのように……

 

『ッ……!!ですがッ!!此処は月軌道ッ!!人の手を此処に届かせるとて、それだけで何ヶ月かかるか……ッ!?』

 

マムの反論は科学的には正しい物。ロケットを準備し、宇宙へと発射するだけでどれほどの労力が掛かるか分かったものでは無い。

 

━━━━だが、此処に例外が存在する。

 

「アメノ……ハゴロモ……ッ!!」

 

「━━━━そうッ!!此処には、奇跡を手繰り寄せる為の最後のピースが揃っているッ!!

 だから、月遺跡を起動して、ちょっと待っててください。飛んで行って、貴方を助けに行きますから。」

 

『……フッ。分かりました。囚われのお姫様などガラではありませんが、今だけは待ちましょう……

 ━━━━マリア。私は必ず帰ります。だから……私が、いいえ。私やセレナ、美舟たちも帰る場所であるこの世界を……頼みましたよ。』

 

気付けば、マムの言葉は、別れでは無い激励の物と変わっていて。

それが分かるから、私は涙を拭いて振り返る。

 

「━━━━OK、マム。

 世界最高のステージの幕を上げましょうッ!!」

 

「マリア!!ボク達の未来をッ!!」

 

「私達の希望も託しますッ!!

 ……頑張ってッ!!お姉ちゃんッ!!」

 

━━━━決意を胸に抱く私に、皆が声を掛けてくれる。

 

「ギアペンダントは応急処置にはなるけど、遺跡を経由するフォニックゲインとアメノハゴロモの糸で繋いで、こうすれば……!!

 アゲートさん!!セレナちゃんと美舟ちゃんを頼みます!!」

 

「あぁ……乗りかかった舟だしな。戻り際、二課本部まで連れてってやらァ。」

 

そして、その決意を後押ししてくれる人も……

なら、私はまだ歌えるッ!!頑張れるッ!!戦えるッ!!

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━その歌を聴いた瞬間、(天津共鳴)の意識は吹き飛んでいた。

 

何が起こったかも分からない。だが、本能が理解と共に叫ぶ。

 

━━━━コレが、オーディンが言っていた(はは)へと還る為の機能なのだと……ッ!!

 

 

━━━━45i3.wyfuz@:o;w6or@、dqi3.aimjq@ut@utzqsgkbs━━━━

 

 

『ごッ……!?』

 

流し込まれる、莫大な情報の洪水。自分の中から浮かび上がるイメージの暴力。

━━━━それは、宇宙から見た地球の姿だった。

 

 

━━━━fd@/i32[rーt@3l、r^@wt@4j;w@q。bysy=3o0rwe3jsmjq、r^@w=4nq@rffw@3zq━━━━

 

 

『コレ……は……ッ!?』

 

脳が理解を拒む。理解してはならぬと警鐘がガンガンと鳴り響く。

……いいや、コレはもしや走馬燈なのかも知れない。

 

 

━━━━nr@fqt@eijx@l3zw6l、kftqat@uh、d/zqf@d9mno;utzq━━━━

 

 

━━━━脳裏に映し出されるそれは、無限の荒野。

乾いた風が吹き荒び、生命の一つすら存在しない……始まる前の大地。

 

 

━━━━tnt@nkutw@、4j;we.mkfq@;meutzq━━━━

 

 

『アレ、は……』

 

だが、その荒野にヒトが産み落とされ、文化を育み、命を繋いでいく姿が見えるようになる。

 

 

 

━━━━目覚/9、十一k子k一z、]d82d8━━━━

 

 

『ガッ……あァ……!?』

 

脳髄に叩き込まれる情報が変質したと思った瞬間、走る激痛。

声が……先ほどまでよりも明瞭に聴こえてくる。

 

 

━━━━我等ffk器sdw子sdw生j;落admk、xof@我等k意義fffk喜v@su.事也━━━━

 

 

『ちが、う……!!』

 

意味は、相変わらず理解できない。だがそれでも、反射的に俺は叫ぶ。

承服できないと、その言葉にだけは頷けないと、ナニカが叫ぶから。

 

 

━━━━愚t也、過a也。汝k身i刻j;d印f紛;muhfft@作ld物k証也━━━━

 

 

『ぐあ、あぁ……!!やめろ……やめろォォォォ!!』

 

━━━━肉体が何かに変質してしまう感覚。俺という自意識を書き換える、暴力的を越えた衝撃的な情報の濁流が、俺という個を押し流して……

 

 

『━━━━大丈夫。運命は、貴方の味方だよ。』

 

━━━━だが、そうなる事は無かった。

イメージの中の地球との周りを、いつの間にか月が回っている。

 

 

『━━━━意思を強く持って。今の貴方は、遺伝子(ジーン)に刻まれた烙印(スティグマ)に乗っ取られようとしているのだから。

 貴方は貴方。ムシュフシュと呼ばれたかつての怪物では無い筈よ。』

 

声が、聴こえる。月の方から?

 

『キミ、は……?』

 

『……私は、ソーマ。神智記録(アーカーシャ)と物質世界の間に起きる(ひず)みを正すモノ……』

 

ソーマ……?それは確か、インド神話における神酒だったような……?

 

『━━━━天津共鳴。まだ、貴方にはやらなければならない事がある筈よ。

 七十億の共鳴で(はは)が刻んだシステムが起動した程度で、貴方は止まっては居られないでしょう?』

 

━━━━そうだ。俺は……手を伸ばし続ける事、諦めないと誓った。

だって……俺の理想は……

 

【手の届く総てを、救う為に。】

 

声が重なる。

……何故、彼女が知っているのだろう?それは分からない。けれど、今俺がやるべきことは分かっている。

宇宙の調和を示すかのようなイメージの総てを振り払い、意識と共に停止していた生身の右手に集中する。

 

「━━━━ッ!!」

 

━━━━そこに、忘却のルーンを刻む。

 

「まだ……止まれないんだよ、俺は……ッ!!」

 

━━━━神の視点から見た記録と、其処から産み落とされる筈の怪物の情報。その総てを、俺はこの右手で否定する……ッ!!

 

 

『━━━━マリア……マリア……!!』

 

━━━━そして、意識が、浮上する。

 

戻った場所はフロンティアのブリッジ。聴こえるのはナスターシャ教授からの通信。

なるほど、やはり先ほど射出された遺跡には……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━歌を胸にヒカリを纏う誰もが、戦う為に決意を握っていた。

覚悟無く、世界は永遠に続くと信じていた蒙昧なるヒトが。

この世界に《明日》が欲しいと。ただそれだけの為に。

 

「━━━━ふざけるなよ、ヒトよ……!!

 目覚めてしまうじゃ無いか、それじゃあ……!!

 神がッ!!ボクの手に神の力が収まる前にッ!!」

 

━━━━だが、それを認めぬモノも居る。

 

「くだらん……この神州に我が物顔でのさばらんとする夷敵共ッ!!

 その尻拭いの為に、何故儂が立たねばならんッ!!」

 

そして、この期に及んでも尚、他人事だと嘲笑う者でさえも。

 

「━━━━うぬ等の選択、人の意志を束ねる事。それが正しかったのかどうか……

 そして、世界が殺意の波動を必要とするか否かッ!!

 我に示してみせよッ!!」

 

そして、人でありながら人ならざる修羅を選んだ鬼は、地獄の島でヒトの選択を見届ける為空を見上げる。

 

 

 

━━━━そして、その空の上。

エアキャリアが激突し、大破炎上したフロンティアのブリッジ上部。その構造体の中。

 

━━━━《左腕》は、其処に居た。

覚醒(めざ)めの時を待ち、忌まわしき呪いを消し去られた……まさしく《怪物》の卵として……




━━━━其れは、暴食の具現。
共食いの果てに全にして一と化した、漆黒の巨人。
暴走する生体反応炉は稼動の叫びと共に爆発たる火球を撃ち放つ。

だが、それを止めんと、打ち破らんとする者達が居る。
拳を握り、剣を携え、槍を振るい、弓を鳴らし、鎌を打ちつけ、鋸で抉る者達。
そして、その後ろにはもっともっと多くの者達が、共に立っている……
ならば、奇跡の一つや二つなど……


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第七十九話 荒野のトールテイル

━━━━錯綜する情報の流れの中でボク(藤尭朔也)等は、脱出プランを必死に練っていた。

 

「陸に揚がった潜水艦なんて冗談じゃない……!!」

 

「全くね……!!秘匿建造されていた最新鋭潜水艦とはいえ、流石に地盤ごと空に浮かべられるだなんて想定されてないわよ!?

 鳴弥さん!!揚陸装備の応用は可能ですか!?」

 

「……ダメね。やっぱり駆動させての脱出は重量が重すぎて不可能だわ……となれば、試製地中貫通爆弾(バンカーバスター)による岩盤破砕で本部を落下、その後に司令部エリアに備え付けられた緊急脱出装置で着陸を目指すしか無いわ……

 藤尭くん、フロンティア本体の移動と並行になるけれど、軌道計算をお願い出来るかしら?」

 

「浮上していく目標からの安全な投下と着陸要求とか無茶苦茶言いますね!!やってみせますけどさぁ!!」

 

手元に送られてくる観測情報を基に、着陸可能な島をピックアップしていく。

だが……

 

「クソッ……日本南洋で着陸可能な島なんてそうそうありゃしないっての……いや、あった!!()()()!!沖ノ鳥島周辺で砂浜がある唯一の無人島!!

 かつては極園島リゾートとして開発される計画があったのが、中国側の領海取得に邪魔だってんで潰されたとかいう曰く付きだけど……四の五の言ってる場合じゃないか……!!」

 

「━━━━艦内乗員に通達!!当艦は本部機能を放棄、その後司令部エリアのみを用いてフロンティアより脱出を行う!!

 各自、既定の手順に従って機密保持プロトコルを実行、その後司令部エリアに集合せよ!!繰り返す……」

 

「奏ちゃん!!本当に出撃するのね!?」

 

『あぁ!!此処で手をこまねいてる余裕はないだろ!!完全聖遺物が相手だってんなら一人だけ寝てるワケには行かないさ!!』

 

「……分かったわ!!幸運を!!」

 

ボクの齎した情報を基にあおいさんが艦内放送を、そして、鳴弥さんが奏さんとの通信を行う。

 

「響……翼さん……クリス……奏さん……調ちゃん……どうか、皆無事で……」

 

━━━━そんな慌ただしいブリッジの中でただ一人、手を合わせて祈りを捧げる少女の姿。

……あぁ、全く。護るべき少女にこんな重荷まで背負わせてしまうだなんて。喉元まで出かかった言葉を必死に抑え、手元に流れる数字から事象を演算する。

 

━━━━口に出してしまえば、それは彼女と、彼女達を信頼した二課のクルー全員への侮辱だ。

 

『━━━━聞こえますか。』

 

不可解な通信が飛び込んで来たのは、そんな矢先の事。

 

「……?外部回線からの通信?だけど、司令も装者の皆も反応はコッチでキャッチしてるし……」

 

『━━━━二課本部、聞こえますか。此方は識別番号RG-n00、レゾナンスギアの天津共鳴です。』

 

━━━━その声に、思考が一瞬停止する。幻聴?だが……

 

「おにい、ちゃん……?

 ━━━━お兄ちゃんッ!!」

 

そんな逡巡を切り裂いて、少女の叫びがブリッジ内に木霊する。

 

『未来か?

 ……心配かけてゴメン。だけど、俺は此処に居るよ。』

 

「よかった……よかった……」

 

「……フフッ、ちょっと遅かったんじゃない?」

 

『母さん……うん、そうかも知れない。もう少しで何もかもが間に合わなくなる所だった……けれど、その前に俺は此処に到ったんだ……

 ━━━━だから、藤尭さん。お願いがあります。』

 

「ボクに……?一体何を?」

 

━━━━何があったのだろうか。居なくなる前よりも堅く決意を握ったような声音で、少年はボクへと頼み込んで来る。

 

『先ほど、フロンティアが浮上を始める前に切り離され、高速垂直射出された遺跡ブロックがあった筈です。

 ━━━━そのブロックが今、どこにあるのかが知りたいんです。』

 

「遺跡ブロックって……さっきのアレか!?」

 

それは、重力異常を感知する直前の事。

打ち上げロケットのような速度でフロンティア遺跡の一部が飛び出していった事、確かに此方でも観測していた。

すわ本部への攻撃か……?と身構えたものの、そのまま大気圏外まで飛び出して行った事でひとまず棚上げにしてあったのだ。

 

「無茶だッ!!詳細な観測データなんて殆ど無い!!目測主軸でたった数十m程の構造物を宇宙から探すだなんてッ!?砂漠の中から一粒のダイヤを見つける方がまだ容易いッ!!

 なんだってこんな緊急時にそんな事を!?」

 

『━━━━あの遺跡ブロックに、ナスターシャ教授が取り残されています。』

 

━━━━ヒュッ、と息を詰まらせたのは。その言葉の重さ故。

第二宇宙速度(11.2 km/s)を越えた速度で宇宙に射出された?生身の人間が……!?

 

「生きて……」

 

『生きています。通信がありましたから。

 ━━━━だからこそ、俺はその座標を知らなければならない。手を伸ばし続ける為に。

 ……難しい事だとは分かってます。けど……』

 

━━━━無理、無茶、無謀。脳裏を過る冷酷な計算はその少年の要求に否を突きつける。

構造物の形状、重量、大きさ、加速度、そして発射された座標に風速その他諸々……計算に必要な情報があまりにも膨大だ。

 

不可能とは言わない。それくらいのプライド、ボクにだってある。だけど……

手元のコンソールから顔を上げ、指令室を見渡す。この艦の乗員全員の命を、ボクは背負って脱出の軌道計算をしていたのだ。

流れ落ち、眼に入る汗が鬱陶しい。あぁ、ボクは……命の選択を迫られて……

 

「━━━━藤尭くん。私からもお願い。

 脱出後の軌道計算、此方で受け持つわ。最悪でも司令部エリアには航行機能があるのだもの。誤差が許されるのはまだ此方の方の筈よ。

 ……だから、あの子の我儘を叶えてあげて欲しいの。防人として手を伸ばす、あの子の夢を。」

 

━━━━その選択に、第三の選択肢を差し込んでくれたのは、下層でコンソールを叩く鳴弥さんの声。

先ほどのような、難題を願う声音では無い。困ったような、それでいて嬉しそうな……母が子を見守る……優しい声音。

 

「はぁ…………ヨシ!!」

 

今も尚脳内で叫びをあげる弱音を、両手で頬を叩く事で黙らせる。

 

「━━━━共鳴くん。十五分だ。十五分で軌道計算を果たして見せる。

 だから、その間にウェル博士を止めてくれ。」

 

『━━━━はい。藤尭さんなら出来ると信じています。』

 

「……ハハッ!!

 ━━━━そこまで言われちゃね。全力でやらなきゃ男がすたるってもんだ……ッ!!」

 

本部外周のカメラ映像、日本から送られている人工衛星からの監視映像、そして手元の端末に収めた膨大な数の軌道計算用マクロを同時起動。

 

構造物の形状、重量、大きさ、加速度、そして発射された座標に風速その他諸々……

 

「計算に情報が必要だってんなら、それを用意するだけさ……ッ!!」

 

『━━━━ソイツはありがたい。手が足りないようだったらボクまで投入されちゃう所だったしね。

 二課に優秀な人材が居て助かったよ。』

 

「誰ッ!?」

 

外から聞こえる余計な情報は一旦棚上げ。今のボクに必要なのは数字と計算、その二つだけ……!!

 

『なぁに、通りすがりのホワイトハットさ。相棒を危険に晒した補填と……あと、此処でやらなかったら姉さんに殺されそうなんで多少ながら援護させてもらうよ。

 ━━━━コッチの権限で出せる衛星からの映像と、下から見た映像を送る。

 それ以上の観測データは残念ながら出せないけど……ま、頑張ってね。』

 

━━━━誰だか知らないがありがたい……ッ!!

危険性が無いかどうか、また、偽造が無いかどうかのチェックだけを最速で済ませ、そのデータも計算に組み込んでゆく。

 

「とにかく精度だ……精度を高めなければ、最悪……」

 

━━━━共鳴くんが宇宙に置き去りになってしまう。

呑み込んだコトバを現実にしない為に、ボクは数字と戦い続ける……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「よし、あとは響たちと合流すれば……」

 

「━━━━待って、お兄ちゃん。」

 

通信を終え、ブリッジの下方からマリアと共に飛び立とうとするお兄ちゃんを、ボク(天逆美舟)は呼び止める。

 

「━━━━美舟ちゃん?そういえば……どうして、キミは此処に来たんだ……?」

 

━━━━あぁ、気づいてもらえた。それだけで嬉しいと思う自分が居る。

お兄ちゃんは……皆を見ているから。ボクなんかは気づいても貰えないかとちょっと不安だったのだ。

 

「……うん。ドクターは、ネフィリムの左腕をフロンティアと接続する事で船体のコントロールを掌握していた……

 ━━━━それはつまり、ブリッジの中枢端末にアクセス出来なくなった今も、ドクターは少しずつ掌握範囲を広げているという事……」

 

「……あぁ、だからこそドクターがフロンティアの掌握を完了する前に彼を止め……待て、待ってくれ。」

 

瞬間、ナニカに気づいたように、眼の色を変えて此方へ手を伸ばそうとするお兄ちゃん。

 

「……ゴメンね?

 でも、こうしなければお兄ちゃん達が間に合わないかも知れないんだもの。」

 

━━━━けれどそれよりも、ボクの左腕が中枢端末に触れる方が速い。

 

「━━━━接続(アクセス)。」

 

呟く言葉、ネフィラの左腕を通じ、フロンティア……鳥之石楠船神と自身を同調する為の、鍵たる言葉(キーワード)

━━━━ブリッジに飛び込むまでの短い間だったけれど、その間に同調を重ね、少しだけ……ほんの少しだけ、ボクの意思を伝えてくれるようになった、この手、伸ばして。

 

「━━━━同調(シンクロ)開始(スタート)。」

 

━━━━続く指令(オーダー)と共に、溢れる情報の流れ。

本来ならば、血統たるボクですら数十年の研究の果てにしか辿り着けなかった筈の深層領域(インナースペース)

 

『━━━━けれど、ドクターはとうに其処に手を掛けていた。

 なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。』

 

だから、ボクが掌握する。この船の総てを……ッ!!

 

「━━━━が……ぐ、うぅ……ッ!!」

 

「━━━━美舟ちゃんッ!!」

 

「美舟さん!?」

 

「美舟ッ!?」

 

━━━━叫ぶ、声が聴こえる。

それは、背中を押してくれる声だ。

……だからッ!!この、泣けるくらい……勇気になるくらい……あたたかい力を……ッ!!

 

「━━━━束ねてッ!!ネフィラッ!!」

 

━━━━了承代替飢餓不足解決代償要求おなかすいた━━━━

 

━━━━腕を通して伝わるネフィラからの直截な要求に笑みを零しながら、ボクは告げる。

 

「━━━━フロンティア中枢(ブレイン)起動(アウェイクニング)……ッ!!」

 

━━━━ドクターの計画をブチ壊す為の、宣誓の言葉を。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━跳んで、跳んで、跳んで。

重力異常の影響からか、浮遊する岩が数多く浮いている事も相まって、(立花響)の足取りは軽やかに。

 

「━━━━翼さんッ!!クリスちゃんッ!!」

 

「立花か。その姿……フッ。どうやら口説き落とせたらしいな?」

 

「……おせぇんだよスクリューボール二号!!」

 

「二号って、そんな消える魔球か力自慢みたいな……

 ━━━━それで、はい……マリアさんの想いも、ちゃんと受け止めて来ましたッ!!このガングニールと一緒にッ!!

 ……だから、もう負けませんッ!!」

 

━━━━胸の内から溢れる歌。融合症例で無くなった今だって、答えてくれる物。

それを、そっと握り締める。それだけで、あったかい物が心を満たしてくれている。だから……

 

「……よし。ならば行くぞッ!!この場に槍と弓、そして剣を携えた者は……」

 

「此処にも居るぜッ!!もう一人なッ!!」

 

━━━━翼さんの発破に負けぬ声と共に飛び込んで来る声、一つ。

 

「━━━━奏ッ!?」

 

「奏さんッ!?」

 

「おい、アンタ身体は……」

 

「問題無しッ!!だから、訂正だ。

 ━━━━行くぞ、皆。この場に槍と弓、そして……拳と剣を携えているのはアタシ達だけなんだから、さ?」

 

「もう……奏はいつもそうやって……

 ━━━━だが、そうだな。四人揃って……行くぞッ!!」

 

おうッ(はいッ)!!』

 

拳を突き出す奏さんの訂正と、それに合わせた翼さんの掛け声に、私達もまた拳を突き合わせて応える。

そして、四人で共に飛び出す足取りはもっともっと軽くなって。

 

……うん。大丈夫だ。だから、見守っていてね。お兄ちゃん……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━人ん家の庭を走り回る野良猫め……」

 

━━━━フロンティア中心部、炉心区画。

へばりついたネフィリムの心臓によって無限の動力を得たジェネレーターを前に、ボク(人類の救世主)はモニターの中のシンフォギア装者達を睨みつける。

 

「フロンティアを喰らって同化したネフィリムの力ァ……思い知るがいいィィィィッ!!」

 

思念と共に命令(オーダー)するのは、ネフィリムの肉体の顕現。

コントロールできぬ状態であらばその欲望の赴くままにフロンティアの船体毎喰い潰してしまいかねないが為に使わなかった奥の手だッ!!

 

『コレはッ!?』

 

「かつて、天から追放され、落ちたるネフィルの集積体ッ!!

 3000キュピドの神体そのものとまでは行かずとも、これだけの巨体であれば守護端末には十分至極ッ!!

 貴様等シンフォギアは一見すりゃあ質量保存の法則をガン無視したシロモノだが、それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!

 歌が力になるトンチキのタネと仕掛けさえ見抜いてしまえばッ!!このフロンティアを丸ごと砕けないのと同じように、ネフィリムを砕き散らす出力が用意出来ないなんて事丸分かりなんだよォォォォッ!!」

 

『━━━━あの時の、自律型完全聖遺物なのかッ!?』

 

『にしちゃあ張り切り過ぎだッ!!』

 

モニターの中では、ネフィリムから分離、突撃したネフィルミサイルの雨霰を避けた装者達に向けて、ネフィリムの肉体が火球を解き放っている。

 

「フヘヘ……フヘヘヘァ!!

 そうだ……喰らい尽くせ……ボクの邪魔をする何もかもを……《暴食》の二つ名で呼ばれた力をォ……

 ━━━━示すんだッ!!ネフィリィイムッ!!」

 

叫びを此処に。ボクは此処に居るのだと。

人類を救う英雄は、紛れもなく、此処に居るのだ……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「オラオラオラオラァッ!!」

 

「━━━━はァァァァッ!!」

 

「うらッ!!」

 

「せいッ!!」

 

爆音鳴らす数多の矢が、風鳴る剣が、立つ花の拳が、そして天に羽ばたく槍が、力となって天の墜とし子へと炸裂する。

 

━━━━だが、届かない。徹らない。それは巨大であるが故に。それは、巨人であるが故に。

古の伝承に曰く。巨人とは、人の域を越えたモノを指すのだから。

 

「堅い……ッ!?」

 

「なら……全部載せだァァァァッ!!」

 

矢を放つ少女の持つガトリングが、ミサイルが火を噴き十字砲火と撒き散らす。

……そして、爆発。

 

「ヘッ……」

 

「やったかッ!?」

 

「……いや、まだだッ!!クリス避けろッ!!」

 

━━━━されど、巨人健在……!!

質量差と、そして内包するエネルギーの大きさが本体への直撃を決して通さない……!!

反撃に放たれる一撃は、ゆうに摂氏数億℃を越えるエネルギーの暴力!!着弾と共に弾け飛ぶ余波だけでシンフォギアを吹き飛ばしてなお余りある……!!

 

「うわぁぁぁぁ!?」

 

「雪音ッ!?━━━━ッ!!」

 

「クリスはアタシが拾うッ!!翼は反撃の機を窺ってくれッ!!」

 

「わかったッ!!」

 

「翼さんッ!!クリスちゃんッ!!」

 

そして、そのエネルギーに飽かした無秩序な体躯操作が、腕部の伸長という摩訶不思議を以て風鳴る剣に、そして後方へと抜けた立つ花へと向かい……

 

 

 

「━━━━ダァァァァム、デストロォォォォイ!!」

 

 

━━━━だが、それを阻む刃もまた、この地へ集っていた。

 

「切り刻んであげる……ッ!!」

 

翠刃と紅刃の一対が。巨人の腕を裂き、脇腹を抉る……ッ!!

 

「……シュルシャガナと、」

 

「イガリマ。到着デスッ!!」

 

「━━━━来てくれたんだ……ッ!!」

 

「通信機、借りたままだったから……」

 

「それにまぁ……コイツの相手をするのは、結構骨が折れそうデスしね……」

 

感極まった少女の声に応えながら、翠の少女と紅の少女を揃えた全員が顔をあげる。

 

━━━━其処に立つのは、切断された傷口を即時修復し、元の姿を取り戻す巨人の姿。

 

「コイツ、不死身なのか?」

 

「ううん。フロンティアの炉心と融合したネフィリムは、今もフロンティアの土壌を吸収して自分の身体を再生しているだけ……」

 

「つまり!!再生するより速く切り刻んでやれば問題無いって事デス!!」

 

「……だが、それに最も適した絶唱は、共鳴が居ない今放てば自らをも傷つける諸刃の剣……」

 

「……ん?」

 

「……んん?」

 

「……もしかしておにーさん、誰にも連絡を入れてなかったんじゃ……ッ!?アレは……!?」

 

伝えなければ、伝わる筈も無く。無自覚な相互の不理解によって自覚無く擦れ違っていた少女達がその意見を擦り合わせんとしたその瞬間。

 

━━━━フロンティア、そのブリッジより立ち上る光の柱、一つ。

 

「アレは……?」

 

━━━━そして、光の中から現れる影、一つ。

その大きさ、優に二十m以上。巨人(ネフィリム)の大きさに並ぶほどの巨体。

その色合い、白銀と赤を混ぜた物。巨人(ネフィリム)の黒と赤と対にて並ぶようで。

 

……そして、その肩に乗る姿、一人。

 

『━━━━美舟ッ!?』

 

━━━━天逆美舟が、その右肩に立っている。自立せしネフィル(ネフィラ)と融合した左腕を、新たな巨人に繋ぎ止めて。

 

「━━━━そうだ。貴方に名前、付けないと……ネフィラってのはドクターが付けた名前だし……何より、この姿(巨人)でネフィラだと、ネフィリムと混ざっちゃうでしょ?

 だから……うん。新天地(フロンティア)に立つ巨人。貴方の名前は……」

 

「━━━━ポール・バニヤン。」

 

━━━━それは、人々が囁いたホラ話(トールテイル)

誰もがホラ話だと知っている、最も新しい巨人のお話。その、巨人。

 

人々が豊かになればなる程に新天地へと赴き続け、最後には遥かアラスカまで去って行ってしまったという、まさしく新天地に居るべき巨人。

人が困難に挑み、苦難を共に乗り越えた歴史を表す優しい嘘が、其処に立って居た。

 

「━━━━さぁ、行こう!!バニヤン!!」

 

【━━━━Oooooo!!】

 

バニヤンが跳ぶ。ブリッジとこの場の距離を零にするように、速く。

 

ネフィリムはそれを受け止める。燃え滾るエネルギーを撒き散らすように、荒々しく。

 

━━━━巨人(ネフィリム)巨人(バニヤン)。黒と銀の乱闘が此処に始まった……

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「美舟……良かった……無事だったのね……」

 

「━━━━えぇ!!そして、私達も此処に居るッ!!歌と共にッ!!」

 

━━━━巨人と共に現れて、ネフィリムと取っ組み合いを始めた美舟。そんな彼女の姿に安堵を零す(月読調)達の後ろから聞こえる声、一つ。

 

『━━━━マリアッ!!』

 

「━━━━お兄ちゃんッ!!」

 

浮かぶ岩の上に立つその声の主は、覚悟を決めた眼をしたマリア。そして、その隣には……片腕を喪っても尚、諦めない輝きを宿した人。

 

「…………お兄ちゃん。」

 

「……ただいま。響、翼ちゃん、クリスちゃん、奏さん……」

 

「……寄り道し過ぎなんだよ、ったく……」

 

「あぁ……全くだ……」

 

「心配かけさせやがって!!この~!!」

 

「お兄ちゃん……ッ!!」

 

……でも、やっぱり彼は二課の装者達に連絡をしていなかったみたいで、彼女達から手荒い歓迎を受けている。

だから、私は私で、マリアに問う。ネフィリムを放り投げる巨人について。

 

「マリア……あの巨人は……」

 

「えぇ……美舟がフロンティア中枢を主体にフロンティアの船体から組み上げた巨人……」

 

━━━━私達の目の前で、ネフィリムを相手に圧倒しているその姿。そう、まるで一夜の子守歌(ララバイ)に聴いたあの巨人のよう……

 

「ネフィリムを制御室から遠隔にて操っているドクターに対して、美舟はその場で直接巨人を操っている……

 だから、反応の差は歴然と出る……ッ!!」

 

「このまま彼女にネフィリムを抑えてもらっている間に、レゾナンスギアの力で絶唱を束ねてエクスドライブを稼働させれば……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━とかなんとか思ってるんでしょうがァ!!そうは問屋が卸さねぇんだよッ!!

 出来損ないを幾つ集めた所で、此方の優位は揺るがないッ!!」

 

━━━━ボクと同じくネフィリムの肉体を仮想顕現させるなんて曲芸には驚いたが……

 

「直接制御じゃ、落ちて潰れちまうから再構成は戦術に出来ねぇよなァ!!」

 

━━━━ネフィリムの肉体構成を崩壊させ、土へと還す。

それに驚愕の叫びをあげる連中の姿は既にボクより三手遅い……ッ!!

 

「足下からの火球で……吹っ飛びやがれェェェェ!!」

 

━━━━再構成させる場所はあの巨人の足下。そして、土を盛り上げるのでは無く()()()()()()()()()形式でネフィリムを再構成させる……ッ!!

 

『きゃあああああ!?』

 

『━━━━美舟ちゃんッ!?』

 

勿論、急ごしらえの一撃を足下からぶち込んだだけじゃあ使い手ごと吹き飛ばす事は出来ない。

 

━━━━だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「生きていた事には正直びっくらこいたが、コレで詰みなんだよォ!!」

 

━━━━フッ飛ばされた少女と、そして……

 

「━━━━焼き尽くせッ!!ネフィリィィィィム!!!!」

 

━━━━生身のままで戦場(いくさば)にノコノコ顔を出したマリア。

どちらかを救えば、どちらかには手が届かない。

トロッコの進路の二つは既に天秤に量られてたんだよォッ!!

 

━━━━着弾。そして、爆裂。

勝ったッ!!シンフォギア共はコレで御終いだァァァァッ!!

 

『━━━━皆ッ!?』

 

「フフ……ウヒヒヒ……エヘヒャハハハァァァァ……」

 

勝つってのは気持ちがいいなァ!!

 

『━━━━Seilien coffin airget-lamh tron(望み掴んだ力と誇り咲く笑顔)

 

「━━━━ンンンン!?」

 

━━━━だというのに。歌が聴こえやがる。何故だ……ッ!?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)の歌に、ヒカリが応えてくれていた。

 

シンフォギアを纏う際のバリアフィールドは、ともすれば近くに居る誰かをも傷つけてしまう諸刃の剣。

だけど……それだけじゃないと信じられた。

だって……調が居る。切歌が居る。美舟も、セレナだって居てくれる。

そして……マムだって、まだ諦めるには早すぎる。皆が居てくれるのなら、こんな奇跡……

 

「━━━━安い物ッ!!」

 

「━━━━託す魂よ(Croitzal ronzell gungnir zizzl)。」

 

天羽奏の声が聴こえる。

 

『装着時のエネルギーをバリアフィールドにッ!?』

 

「━━━━繋ぐ魂よ(Balwisyall nescell gungnir tron)。」

 

立花響の声が聴こえる。

 

『だがそんな芸当、いつまでも続く物では無ァいッ!!』

 

それを遮るように、拒むように。ドクターの操るネフィリムが火球を撃ち放つ。

 

「━━━━天を羽撃く光(Imyuteus amenohabakiri tron)。」

 

「セット、ハーモニクスッ!!S2CAッ!!フォニックゲインを力に変えてェェェェ!!」

 

━━━━けれど、けれども。その拒絶を打ち払う為に、立ち上がるヒカリがある。

 

「━━━━弓に番えよう(Killter Ichaival tron)。」

 

風鳴翼の声と、雪音クリスの声が聴こえた。

 

『━━━━何億の愛を重ね(Gatrandis babel ziggurat edenal)我等は時を重ねて(Emustolronzen fine el baral zizzl)。』

 

「惹かれ合う音色に、理由なんて要らない……」

 

重なり合い、惹かれ合う歌を通して、私達の心は一つになろうとしていた。

そう……調が、彼女(風鳴翼)の手を取ったように……

 

『━━━━原初の鼓動の歌へと(Gatrandis babel ziggurat edenal)我等は今還る(Emustolronzen fine el zizzl)。』

 

「あたし等も、付ける薬が無さそうだ……」

 

「それは……お互い様デスよ。」

 

切歌が、彼女(雪音クリス)の手を取るように。

 

「調ちゃんッ!!切歌ちゃんッ!!手を繋ごうッ!!」

 

「……なら、アタシはマリアとだな。ちょうどアンタと翼と組んで三人で世界に乗り出す計画を練ってた所なんだ。

 チャチャっと世界を救っちまって、今度のライブの予定を建てようぜ?」

 

「……フフッ。そうね。世界最高のステージは今日この日だけれども……世界最後のステージは、今じゃ無いのだものね……」

 

そして私が、彼女(天羽奏)機械の腕(マシンアーム)と手を繋ぐように……

 

「━━━━紡ぐ魂よ(Granzizel bilfen gungnir zizzl)……腕に包まれて(Seilien coffin airget-lamh tron)……」

 

胸の内から湧き上がる、心地いい歌に合わせて、私は歌う。

 

「……貴方の事、偽善者じゃないって段々分かって来た。

 ━━━━だから、この先も見せて欲しい。貴方の人助けを、私達に。」

 

「……うんッ!!」

 

(ソング)が、歌唱(シング)が、歌詞(フレーズ)が。

一つになって、調和を成していくのが、私にも分かる。

 

「━━━━太陽のように強く(Zeios igalima raizen tron)。」

 

切歌の声が聴こえる。

 

「━━━━月のように優しく(Various shul shagana tron)。」

 

調の声も、また……

 

『━━━━湧き立つ未来(Rei shen shou jing rei zizzl)……』

 

繋いだ手だけが紡ぐ物……広がっていくヒカリの中に、私はそれを見た。

 

『絶唱六人分……()()()()()()()()()()ッ!!

 ━━━━すっかりその気かァァァァ!!』

 

『━━━━物語は終わりへ(La endia chandrahaas tron)……そしてまた咲くのだろう(Stray rivira nephill-a encun zizzl)……ッ!!』

 

━━━━それでも、彼は拒絶の意を以て力を振るう。暴力的なまでのエネルギー、赤い破壊のヒカリへ変えて……

 

「六人じゃない……」

 

━━━━けれど、けれども。その拒絶を打ち返すように、叫びあげるヒカリがある……ッ!!

 

『━━━━奇跡はやがて歴史へと(Abdicat amenotorihune tron)……ッ!!誇り煌めくだろう(Twink lombardia fine el zizzl)……ッ!!』

 

━━━━その瞬間、見えた気がする。手を繋ぎ、想いを繋ぎ……《明日が欲しい》と叫びをあげる、世界の人々の祈る姿が……

 

「私が束ねるこの歌は……ッ!!

 ━━━━七十億の、絶唱ォォォォッ!!」

 

━━━━ヒカリが溢れる。ただギアを構成するだけでは収まり切らぬ程の大出力!!明確にそのカタチを変える程の大質量!!

 

「━━━━響き合う皆の歌声がくれた……」

 

その先は、言葉を交わさずとも分かる。だから、共に……叫ぶ……ッ!!

 

『━━━━シンフォギアでェェェェッ!!』

 

━━━━虹色の輝き、尊い物。

暴食の具現、貫いて……




━━━━限定解除(エクスドライブ)の歌声が、七色の輝きとなって無限の暴食を打ち貫く。
コレは、人が紡ぎあげた奇跡のカタチ。
━━━━だからこそ、その後に続くべきは人の歩みだろう。


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第八十話 彼方のジェネシスソング

━━━━有り得ない光景が、モニターの中に広がっていた。

七色のヒカリが、ネフィリムを貫いて……

 

「何故だ……なぁぜだァァァァ!?」

 

七領のシンフォギアを揃えた所で、絶唱の一発程度では奇跡(エクスドライブ)を齎す程のフォニックゲインには届かぬ筈……ッ!!

どこだ……どこで計算が違っていた……!?

 

「━━━━ウェル博士ッ!!お前の手に、世界は大きすぎたようだなッ!!」

 

炉心を前に有り得ない光景に頭を抱えて驚愕するボク(英雄)の前に現れる、不埒な闖入者共……

 

「━━━━ッ!!」

 

驚愕と、フィードバックを考慮したが故に端末との接続を断っていたボクにとって最悪の展開……ッ!!

それを覆す為、ボクはネフィリムの左腕を伸ばし……

 

「あなたの好きには━━━━」

 

それよりも速く、抜き放たれる銃弾……ッ!!コレだから短絡的な暴力バカ共はッ!!

━━━━だが、その軌道は、ボクを貫く物では無く。そこに到る前に()()()()()

 

「はァァァァ!?」

 

そして、ボクの腕の下にブッ刺さり……!?

 

「がッ……!?ぐぐぐ……ッ!!」

 

━━━━動かない!?何の攻撃も受けていないボクの腕がッ!?

 

━━━━影縫い━━━━

 

「━━━━させませんッ!!」

 

その言い草からして狙っての物……つまり、コレは……

 

「催眠暗示……ッ!!弾丸を見ただけでこれほどの暗示を……ッ!?

 ━━━━だが、まだだッ!!まだ終わってなァいッ!!

 奇跡が一生懸命の報酬なら……ボクにこそォォォォ……ッ!!」

 

ふざけるな。認められるものか。奇跡を手繰るのはボクの……英雄の権利だ……ッ!!

だから、全力を込めて左腕のネフィリムを動かし、炉心の心臓と同調させる。

 

━━━━指令(オーダー)はただ一つ。

 

「━━━━ッ!?何をしたッ!!」

 

「フヘッ……ただ一言、《ネフィリムの心臓を切り離せ》とネフィリムの左腕を通して命じただけ……

 此方の制御を離れたネフィリムの心臓は、フロンティアの船体を無秩序に喰らい、糧として、暴走を開始するッ!!

 そうして再構成された神体たるネフィリムが地上に落着した時に発生するエネルギーは……1,000,000,000,000℃だァァァァッ!!

 ボクが英雄になれない世界なんて、蒸発してしまえば……」

 

「━━━━ふんッ!!」

 

━━━━瞬間。鳴り響く破砕の音。

 

「━━━━ひィッ!?」

 

気付いた時には一撃で、先ほどまでボクが接続していたコンソールが砕かれていた。

ウワサには聴いてたが、なんて馬鹿力ッ!?

 

「……壊してどうにかなる状況では、無いようですね……」

 

「……そうか。

 ━━━━来いッ!!ウェル博士ッ!!アンタを確保させてもらうッ!!」

 

「なんて甘ちゃんッ!?」

 

「━━━━あぁ。甘いと、よく言われたとも……」

 

━━━━そうやって、誇らしげに笑いながらボクに手錠をかける男の姿が、何故だろうか。ボクの苛立ちを更に増させるのだった……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━それは、輝ける希望のヒカリだった。

(天津共鳴)の目の前で立ち上った、七色の光の翼(フリューゲル)

限定解除(エクスドライブ)のキラメキをその身に宿した、六種七領のシンフォギア達……

 

「……良かった……本当に、良かった……」

 

━━━━大火球が直撃した瞬間、呼吸を忘れてしまうかと思った程の長い一瞬。

それを、自ら手繰った奇跡で乗り越えてくれた彼女達は、やはり強い少女達だ。

 

「……美舟ちゃん……」

 

━━━━腕の中、眠りに着いたように目を覚まさない少女もまた……

息はある。だが、巨人から切り離された衝撃がやはり大きかったのだろう……

 

「早く二課本部で保護してもらわなければ……」

 

『━━━━此方でウェル博士を確保したッ!!だが、その際にネフィリムの心臓をパージさせられてしまった為、現在ネフィリムは暴走状態に陥っているッ!!

 フロンティアの船体を呑み込んだネフィリムが地上に落着し、その衝撃で臨界に達すれば、地上の壊滅は免れないッ!!

 本部潜水艦は要救護者を確保した後に脱出するッ!!装者達は、限定解除(エクスドライブ)ギアの総力を以てネフィリムを打倒せよッ!!

 ……頼んだぞッ!!』

 

『━━━━了解しました。臨界に達する前に対処します。』

 

騎士から借り受け、本部側で調整してもらった新たな通信機から聴こえてくるのは、司令からの指示と、それに対して凛と応える翼ちゃんの姿。

 

「……なら、司令と合流して一度本部潜水艦へ戻らなきゃ、だな……」

 

ネフィリムの打倒の為に先に向かうべきか、それとも人命救助を優先すべきか。

先ほどにウェル博士が俺に吹き飛ばされる美舟ちゃんと生身のままだったマリアさんを選ばせたのと同じ、命の選択。

 

━━━━だが、俺はもう一人じゃない。

確かに、俺の手の届く総てには限りがある。どれだけ手を伸ばしたって、救えない人が居る。

けれど、そんな時に。助けてくれる人達が居る。共に手を繋いで、もっと先へと手を伸ばせる人が居る……!!

 

「━━━━了解、ネフィリムは装者に任せ、天津共鳴は要救助者の救出に向かいます。

 皆……世界を、未来(あした)を頼んだ。」

 

『……あぁ、任せておけ。』

 

『任せてッ!!ドーンとやっちゃうからッ!!』

 

「━━━━共鳴くん!!」

 

通信の最中、地下から飛び出してくるのは、司令達の乗り込んだジープの姿。

掛けられる声に合わせ、俺はその荷台に飛び降りる。同時に、セレナちゃんを連れた騎士もまた。

 

━━━━背後では、重力制御が霧散した事で落ち始めた浮遊岩塊がフロンティアの船体を叩いている。

 

「━━━━お待たせしました。天津共鳴、帰還しました。」

 

「うむ……信じていたぞ、共鳴くん。」

 

「邪魔するぜィ……やれやれ、エアキャリアをぶっ壊しちまったのは失敗だったかねィ?」

 

「どいつもこいつも悠長な事を……ボクを殺せば簡単な事……うぇ?」

 

━━━━拘束されたウェル博士の長口上を遮るように、前方から降ってくる浮遊岩塊、一つ。

 

「緒川ッ!!」

 

「はいッ!!」

 

「足場をッ!!」

 

「━━━━はァァァァッ!!」

 

司令の声かけに応える緒川さんの迷いない直進。その信に応えるかのように、車輌前方に浮遊した俺の手の上を足場に勁を解き放ち、岩塊を砕くのは司令の一撃。

……というか、俺の手に反動が伝わってこないのだが、もしや反動すらも岩塊に叩き込んだのか……!?

 

「ふッ!!……殺しはしない。お前を、世界を滅ぼした悪魔にも、理想に殉じた英雄にもさせやしない……ッ!!

 ━━━━どこにでもいる、ただの人間として裁いてやるッ!!」

 

━━━━砕いた残心を解いて着地した司令がウェル博士に言い放つのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という残酷な言葉。

 

「……ちくしょうッ!!ボクを殺せェッ!!英雄にしてくれェェェェ!!」

 

その残酷が分かるが故に、ウェル博士は現実を認められずに喚き散らす。

 

「……どうして。

 ━━━━どうしてアンタはッ!!世界を危険に晒してまで英雄になろうとするんだよッ!!」

 

━━━━その姿に、どうしても一言物申してやりたい。

それは未熟だと、八つ当たりでしかないと頭では分かっている。だけど……ッ!!

 

「あァ!?決まっているだろうッ!!英雄は誰よりも畏敬を集め、飽くなき夢をその背で語る物ッ!!

 世界が月の落下という危機に陥ったんなら、それを利用してでもその先端に立たなきゃいけないだろうがッ!!」

 

「━━━━その為に、何を犠牲にしたとてもかッ!?」

 

「当たり前だろうッ!!英雄は世界の総てを背負う物ッ!!世界の危機に立ち向かう為の致し方ない犠牲(コラテラルダメージ)なんざ一々気にしていられるかッ!!」

 

「……ッ!!ふざけるなッ!!

 ……アンタの技術力は紛れもない天才で……だからッ!!

 ……その才能を使って誰かと手を取り合おうとしていたのなら……アンタは世界を救った英雄になれたかもしれないじゃないかよ……ッ!!」

 

━━━━酷い言い草だ。自分でも分かる。

 

《お互いに見据える未来も違えば、その為に取り得る手段も違う。そして……何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だってあり得る。》

 

……あの日、切歌ちゃんに自分で言った事と矛盾する言葉を他人にぶつけてしまっているのだから。

けれど、どうしても。この天災の如き天才を前には言わずには居られなかったのだ。

 

手の届く総てを救おうとする俺と、手の届く物だけを救おうとした男。

━━━━どうしても、それが他人のようには見えなくて。

 

「…………クソッ……クソックソックソッ!!

 ━━━━天津共鳴ッ!!覚えていろッ!!ボクはッ!!貴様みてぇに甘っちょろくてッ!!反吐が出る程のお人よしなんか大っ嫌いだァァァァ!!」

 

━━━━俺の八つ当たりが、彼にどう思われたのかは分からない。

分からないけれど……

 

「……あぁ。甘っちょろく、お人好しで……だから、俺は誰かと手を繋ぐんだ。」

 

本部潜水艦に到着し、緒川さんに引きずられながら叫ぶ男の声に背中を向けて、俺は進む。

━━━━明日に、手を繋ぐ為に……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━閃光が、フロンティアの内側から溢れ出す。産まれ落ちる赤子が叫びを挙げるように。

 

「高出力のエネルギー、更に上昇……爆発的膨張までもう時間が……ッ!!」

 

━━━━呟いた瞬間、一瞬の静寂を突き破り、ネフィリムの神体が爆裂と共に姿を見せ……太陽を視た人の目を焼き尽くすように、外部カメラの殆どを動作不能にまで追い込んでいく。

ゆうに数㎞は離れている筈の本部潜水艦にすら多数のERRORを巻き起こす大熱量……ッ!!

 

「━━━━鳴弥くんッ!!状況はッ!!」

 

「最悪一歩手前って所ね!!今すぐ落下しないと本部まで呑み込まれるわッ!!」

 

━━━━本部の脱出を主導していた(天津鳴弥)の周りでは、優秀なスタッフ達が戦い続けていた。

 

「お兄ちゃん……ッ!!」

 

「ゴメンな、未来……心配かけた。代わりに、この子達を頼む……」

 

「うん……ッ!!えっと、貴方は……」

 

「はい!!セレナ・カデンツァヴナ・イヴです!!ひとまずよろしくお願いします!!」

 

「クソッ!!さっきの一撃のせいで演算領域が足りない……ッ!!こうなりゃ最後の手段だ……ッ!!」

 

「筆算でッ!?この土壇場にッ!?」

 

「━━━━今は恐らく、ナスターシャ教授の居る遺跡は地球と月を結ぶL1のラグランジュポイント付近で安定してるッ!!けど、月の公転軌道修正に入ったら、ラグランジュポイントもまた移動してしまうんだッ!!

 だから、ナスターシャ教授を救えるチャンスは今しかないッ!!この一瞬、月軌道の修正が完了する前に……ッ!!

 ━━━━共鳴くんッ!!あったよッ!!計算式がッ!!」

 

「━━━━はいッ!!」

 

━━━━そして、それでも尚届かなかった筈の手を伸ばし続け、戦い続ける防人(息子)の姿も、また。

 

「フフッ……脱出シーケンス、開始ッ!!

 試製地中貫通爆弾(バンカーバスター)、全弾発射ッ!!」

 

━━━━だから、私も。

発射された弾頭は本部潜水艦の周囲数百mのフロンティア船体を爆砕、それによって本部潜水艦は重力に引かれた自由落下を開始する……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━総てを呑み込んで、()()は産まれ落ちた。

 

「アレが、司令の言っていた……」

 

「フロンティアの船体を呑み込んで、心臓だけの状態から再誕した……天の墜とし子(ネフィリム)……ッ!!」

 

━━━━その大きさ、凡そ1㎞以上ッ!!

赫灼たる威容はヒトのカタチへと近づき、翼のように腕を広げる……

 

「━━━━先手必勝デスッ!!」

 

「どんなに大きかろうと、限定解除(エクスドライブ)ギアの出力なら……ッ!!」

 

━━━━終Ω式・ディストピア━━━━

 

━━━━終虐・Ne破aア乱怒(ネバーランド)━━━━

 

「━━━━ッ、待てッ!!」

 

(風鳴翼)の静止も聴かずに飛び出すのは、暁と月読の二人。

……出力の向上した限定解除(エクスドライブ)ギアで先んじて叩く。確かに、その言葉には些か以上の理がある。

 

━━━━だが、我々が相手取るのは、斯く在るべしという理を蹴り飛ばす完全聖遺物……ッ!!

 

アームドギアを巨大なロボットへと変えた月読と、三枚刃へと変わった鎌を振り抜く暁。

 

『━━━━ああああああッ!?』

 

だが、その一撃が齎した結果は……

 

「━━━━聖遺物どころか、それが発するエネルギーまで喰らっているのかッ!?」

 

イガリマとシュルシャガナのギアを構成するエネルギーさえも強制的に喰らい始めたという、埒外の結果……ッ!!

 

「重力に引かれて落着し、臨界に達したら地上は……ッ!!」

 

フロンティアを喰らった、まさに島一つほどもある大質量ッ!!

その落着の際の衝撃は、門外漢である私達にすら理解出来てしまう程の大衝撃……ッ!!

 

「━━━━蒸発しちゃうッ!!」

 

「だったらァァァァ!!

 ━━━━バビロニア、フルオープンだァァァァッ!!」

 

どう対処するべきかを悩む私達の中で真っ先に動いたのは、雪音。

その手に握ったソロモンの杖を振るい、重力に引かれ徐々に落下していくネフィリムの真下にバビロニアの宝物庫への扉を開く……

 

「バビロニアの宝物庫をッ!?でも、ノイズを使役しても……」

 

「いや、違う……()()では無い、()()だッ!!

 限定解除(エクスドライブ)の出力でソロモンの杖を機能拡張したというのかッ!?」

 

「━━━━そうかッ!!ゲートの向こう……隔たれたバビロニアの宝物庫にネフィリムを格納出来れば……ッ!!」

 

━━━━臨界に到った爆発も地上を焼く事は出来ない……ッ!!

 

「━━━━人の叡智が産み出した物だってんならァ……ッ!!人を殺すだけじゃなくて、人を救って見せろッ!!

 やって見せろよッ!!ソロモンッ!!」

 

━━━━底の底から叫びを挙げる雪音に呼応するように、バビロニアの宝物庫への扉が開いてゆく……ッ!!

だが、まだ足りないッ!!その大きさ、ようやく1㎞弱……ッ!!

 

「コレなら……」

 

「ッ、避けろッ!!雪音ッ!!」

 

━━━━だが、自我と呼ぶべき物がネフィリムにもやはりあるのだろうか?

バビロニアの宝物庫への扉を開くソロモンの杖を危険と認識したか、雪音をその巨大な腕で薙ぎ払う……ッ!!

 

「ぐあッ……しまった、杖がッ!!」

 

「雪音のフォローには私が入るッ!!杖の確保を……ッ!!」

 

「私がッ!!

 セレナが笑って暮らせる……明日をォォォォッ!!」

 

━━━━マリアの裂帛の気合いが杖を通して輝き、ネフィリムをも超える超巨大ゲートを造り上げる……ッ!!

 

「やったッ!!」

 

「あとは、この手を避ければ……」

 

「いや、まだだッ!!マリア、杖を放り投げて逃げろッ!!」

 

━━━━薙ぎ払うネフィリムの手を避けたマリアに、奏が叫ぶ。

 

「えっ……きゃあッ!?」

 

『マリアッ!?』

 

「ネフィリムの腕が(ほど)けてッ!?」

 

細い糸のようになったネフィリムの指先が、杖を持ったマリアを絡め取って離さない……ッ!!

しかも……

 

「マズい……ッ!!本格的なネフィリムの落下が始まった……ッ!!早く切り離さねば、マリアが……ッ!!」

 

重力に引かれる速度が上がり、ネフィリムは最早半ばまでバビロニアの宝物庫の中へと落ち窪んでいる

 

「━━━━格納後、私が内部よりゲートを閉じるッ!!

 ネフィリムは、刺し違えたとしても私が……」

 

「自分を犠牲にするつもりデスかッ!?」

 

「マリアッ!!ダメェェェェ!!」

 

「……こんな事で、世界を滅ぼし掛けた私の罪が償える筈は無い……

 だけど、この世界は……セレナが生きるこの世界の、総ての命だけは私が護って見せる……ッ!!」

 

━━━━その決意は、紛れもなく尊い物。防人の如き信念だ。だが……

 

「━━━━それじゃあ、マリアさんの命は私達が護ってみせますね?」

 

━━━━手が届く場所でそのような自己犠牲を見逃すような者は、私達には一人も居なかった。

 

「あなた達……ッ!!」

 

「マリア、さっきお前が自分で言ったじゃないか。

 ……今日はまだ、世界最後のステージじゃあ無いんだぜ?

 ━━━━だから、生きるのを諦めるなッ!!」

 

「奏……」

 

「英雄でない私に、世界を護るなんて出来やしない……

 でも、私達……私達は、一人じゃないんだ……ッ!!いつだって、どんな時だって……ッ!!」

 

━━━━バビロニアの宝物庫。特異災害たるノイズを産み出し続ける、隣り合う異界。

その中に、私達は飛び込んで……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━バビロニアの宝物庫。その扉、閉ざされて。取り残された者、数多く。

 

 

「━━━━響ィィィィ!!」

 

「━━━━マリア姉さんッ!!」

 

「衝撃に備えてッ!!」

 

「……さぁ、間に合わせろよ、孺子(こぞう)……?」

 

 

━━━━それでも、多くの者が祈る。明日が欲しいと。まだ、歌っていたいと……

 

 

「よく分かんないけど……頑張って、響……ッ!!」

 

「ビッキーだけじゃないッ!!先輩達も皆よッ!!」

 

「明日にまた、共に歌う為にッ!!」

 

「私達、此処に居るって事を~ッ!!」

 

 

━━━━祈りは歌に。そして、歌は集う。光となって。星の海へ……

 

 

「━━━━フォニックゲイン、照射継続……ッ!!

 ……月遺跡、バラルの呪詛、管制装置の再起動を確認……

 月軌道、アジャスト開始……ッ!!」

 

━━━━彼女は見上げる。遠く彼方になった、青い星を。

 

「あぁ……星が、音楽となって━━━━」

 

言葉は続かず。倒れゆく女の身体を止める者は……

 

「━━━━えぇ。泣いて、笑って……この鼓動の(ウタ)を、伝え、紡いでいます。

 だから、帰りましょう。ナスターシャ教授。」

 

━━━━此処に、一人。確かに、立っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━よく分からない黄金の構造物が数え切れぬほど浮かび、その上に、それどころか空間すら埋め尽くすかのように立つ者共が居る。

 

「━━━━なんて大量のノイズッ!!」

 

「さんざんこの杖から呼び出して来た奴等の住処だからなッ!!」

 

「まずは切り払い、道を開くッ!!往くぞッ!!」

 

はいッ!!(おうッ!!)

 

「響ッ!!ブチかますぞッ!!ガングニールの二重奏をッ!!」

 

「はいッ!!奏さんッ!!一番槍、二人で行きますッ!!」

 

━━━━我流・特大撃槍━━━━

 

━━━━ULTIMATE∞COMET━━━━

 

『はァァァァッ!!』

 

━━━━翼を広げ、槍持つ乙女二人が塞ぐ者共を打ち払う。

 

 

「ふっ……ならば見せようッ!!双翼の刃をもッ!!」

 

━━━━断空ノ煌刃━━━━

 

 

「退けよやァァァァッ!!」

 

━━━━DESTRUCTION SABBATH━━━━

 

極大なる剣が大型ノイズを易々と薙ぎ払い、数多の光条が小型ノイズの群れを焼き尽くす。

 

「せぇいッ!!

 ……調ッ!!まだデスかッ!?」

 

「もう少し……でッ!!」

 

そして、近寄るノイズを切り伏せる切歌の鎌と、未だに(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)を拘束していたネフィリムの糸を切り、共に砕け散る調のメカ。

 

「マリアッ!!」

 

「ありがとう、調……でも、一振りの杖ではこれだけの数は……制御が追い付かないッ!!」

 

彼女等に死角から忍び寄るノイズを優先して止めども、止めども、溢れるノイズ達は尽きやしない……ッ!!

 

「━━━━マリアさんは、その杖でもう一度宝物庫を開く事に集中してくださいッ!!」

 

「━━━━何ッ!?」

 

「外から開くならッ!!中から開ける事だって、出来る筈だッ!!

 ━━━━ハーッ!!」

 

「鍵なんだよ、そいつはッ!!」

 

「鍵……ソロモンの……」

 

「お前さんが行きたい所を願えッ!!繋がる筈だッ!!」

 

━━━━私が、行きたい場所。この銀の、()()()()()()で以て帰りたい場所……それは……

 

「━━━━セレナァァァァッ!!」

 

━━━━もう一度、逢いたい……ッ!!逢って、話がしたい……ッ!!私、まだ貴方に伝えられていない言葉がいっぱい有るのだもの……ッ!!

 

「脱出デスッ!!」

 

「ネフィリムが飛び出す前にッ!!」

 

「行くぞッ!!雪音ッ!!」

 

「おうッ!!

 ━━━━吹っ飛びやがれッ!!」

 

分離(パージ)した装甲を光条に変え、弓の少女は追手のノイズを打ち払う。当たり前のように行われたそれの、なんて技巧ッ!!

 

━━━━だが、七人並んで脱出への道を飛ぶ私達の脇を追い越してゆく、赫灼の大質量一つ……ッ!!

 

「━━━━ああッ!?」

 

アリがどれほど速く足を動かそうと象の一歩に追い付けぬように、1.5m程の私達と1.5㎞程もあるネフィリムではやはり速度が違いすぎる……ッ!!

 

「……迂廻路は無さそうだッ!!」

 

「ならば、往く道は唯一つッ!!」

 

「この━━━━億万のノイズの群れと、ネフィリムを……」

 

「打ち破って、進むッ!!それ以外、答えなんてある訳が無いッ!!

 ━━━━だから、手を繋ごうッ!!」

 

荒唐無稽な筈の少女達の答え。だが、それを《出来る》と確信する自分達が居る……ッ!!

 

「マリアッ!!」

 

「マリアさんッ!!」

 

胸の歌が、最高潮へと達した証のように胸元から産まれるは……白銀の剣、一つ。

━━━━どうか、力を貸して欲しい。剣を握るのでは無く、手を握り合う私達が……明日へと繋がる道を往く為の力をッ!!

 

「━━━━この手、簡単には離さないッ!!」

 

しっかりと、七人が手を繋ぎ、明日へ向かって駆け出す……ッ!!

その想いに応えるかのように、ギアは変わるッ!!装甲の総てを一点収束……ッ!!白銀の左腕と、黄金の右腕ッ!!左右一対の双腕へとッ!!

 

『━━━━最速で、最短で、真っ直ぐに……ッ!!』

 

回転、加速。全て、全て、貫き徹す、その為に……ッ!!

 

『━━━━一直線にィィィィッ!!』

 

━━━━Vitalization━━━━

 

━━━━ヒカリが、巨人を、貫いて……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━空に開いた穴から、七色の輝きが降り注ぐ。

ネフィリムを貫き、押し通ったシンフォギア、七領の姿。

 

……だが、その代償もまた甚大。超新生(ノヴァ)へと到りし巨人(ネフィリム)のエネルギードレインを前に、ギアが悲鳴を挙げる程の、動けぬ程の……

 

「くッ……杖が、弾かれて……ッ!!

 すぐにゲートを閉じなければ、ネフィリムの爆発が……だが、身体が……ッ!!」

 

満身創痍、疲労困憊。当然だ。彼女達は半日にも渡って歌い、戦い続けたのだ。常人であればとうに死んでいる程の運動量。

 

「まだ、だ……」

 

━━━━それでも。

 

「心強い仲間は他にも……」

 

「まだ、居るのさ……ッ!!」

 

━━━━諦めず、輝きをその眼に宿して、少女達は見据える。未来(あした)を。

 

「仲間……?」

 

「━━━━私の、親友だよ……」

 

すぐ近く。()()()()()()二課仮設本部潜水艦、その艦橋部から駆け出す影、一つ。

 

(ギアだけが戦う力じゃないって、響が……お兄ちゃんが教えてくれたッ!!

 ━━━━私だって、戦うんだッ!!)

 

━━━━小日向未来が、砂浜を必死に駆けていた。

 

「━━━━ッ!?マズいデスよッ!!ネフィリムが!!」

 

━━━━だが、あぁ……だが、しかし。奇跡のように甘く、残酷のように苦い現実は、有り得ざる事象を映し出す。

 

「左腕を……ッ!!そうか、ドクターのネフィリムと引き合って……ッ!!」

 

「それだけじゃない……ッ!!美舟(あの子)の左腕に宿ったネフィルともだッ!!」

 

━━━━即ち、ネフィリム・ノヴァが伸ばす、左腕……境界を越え、此方の世界へと……

 

「マズい……仮令(たとえ)腕一本でも、此方の世界で爆裂してしまえば……ッ!!」

 

「━━━━大丈夫。絶対、大丈夫だよ。」

 

「……ヘヘッ。奇遇デスね。アタシも、なんとなく分かるデスよ。」

 

「アイツ、こういうタイミングは完璧だからなぁ。」

 

━━━━けれど、太陽に陰り無く。

 

『━━━━未来ッ!!そのまま杖を投げろッ!!』

 

「━━━━お願いッ!!閉じてェェェェッ!!」

 

通信の向こうから聴こえる声に背中を押され、陽だまりの少女は杖を投げ放つ……ッ!!

 

━━━━瞬間、その杖を護り、導くように空を奔る糸、複数……ッ!!

 

「━━━━螺旋線輪(ソレノイドコイル)、起動……ッ!!

 雷神の鼓枹(ボルトマレット)……聖遺物同調(サクリストチューン)ッ!!

 演奏開始(ミュージックスタート)……ッ!!」

 

螺旋を描き、黄金の雷電を奔らせ、空に描かれる一本の誘導直線(ガイドレール)……ッ!!

 

「━━━━天津糸闘流、奥伝ッ!!

 雷神飛翔脚が崩し……ッ!!」

 

━━━━ガウスガン、そう呼ばれる武器がある。螺旋線輪(ソレノイドコイル)が起こす電磁誘導によって物体を加速させ、撃ち放つという、空想(フィクション)の産物。

陽だまりの少女の後方より一足にて()()()()、地を蹴り放って飛び上がった青年が起こした事象は、まさしくソレだ。

アメノハゴロモが持つ重力から浮く力。飛翔の機能の総てを()()()()()()加速へと変え、青年は飛ぶ。先んじて飛ばされた杖に向かって……ッ!!

 

「もう響が━━━━誰もが戦わなくていいような……世界にィィィィッ!!」

 

━━━━共弦奏曲・神鳴(かみなり)━━━━

 

━━━━神鳴り。それは、狂言の演目の一つ。

空から落ちて来た雷様に、通りがかった医者が針を刺して天へと還る手伝いをするという物語……

 

「━━━━天へと、還れッ!!墜とし子よッ!!」

 

━━━━雷速の蹴撃が、ソロモンの杖を、撃ち放ち……此方の世界へとまろび出たネフィリムの左腕へと叩きつけられる。

 

「破ァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

一瞬の、拮抗。大質量が持つ大熱量が、超高速の一撃すら止めんとして……

 

「頑張ってッ!!お兄ちゃんッ!!」

 

━━━━背後からの声、一つ。それだけで十分過ぎる。

 

「━━━━絶対に……決めるッ!!」

 

再度の加速。距離は短くとも、杖までの距離を落ちるだけで、拮抗を破るに足る━━━━ッ!!

 

「━━━━さよなら。ソロモンの小さな鍵(ゴエティア)。」

 

弾かれ、押し込まれた左腕は異界へと繋がる穴へと杖と共に消え……そして。

空の色を変える程の大爆発の幻覚を遺し……ただ、それだけだった……




━━━━バラルの呪詛(ネットワークジャマ―)は再動し、ヒトの完全なる相互理解(神の復活)という(ひがん)は阻まれた。

それでも歌があると、少女は微笑む。
カミサマも知らないヒカリが、此処にあるのだと。

━━━━あぁ、あぁ。それでこそだ。
それでこそ、無茶苦茶にする(救済してもらう)に足るという物だ。
だが、この身()はひとまず眠りに着こう。
今はまだ、その時にあらぬから……


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第八十一話 明日のディヴェルティメント

━━━━夕暮れの海岸で(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)は、救急搬送の為に飛び立ったヘリを見届ける。

 

「マムが、未来を繋げてくれた……」

 

……ありがとう、お母さん……

言葉にはしない。だって、いつか……

 

「……マム、助かるのよね?」

 

隣に立って、共に見届けるセレナの不安そうな声に、私は彼女の頭を撫でながら応える。

 

「えぇ……遥かな宇宙(ソラ)を越えて、駆け抜けてくれた彼が居たから……改めて言おう、天津共鳴。

 ━━━━キミに、何度も助けられた。ありがとう……」

 

波打際の私達の後ろから、二課の正規装者三人と共に歩いて来た少年へ、改めて声を掛ける。

 

「私からも、ありがとうございます!!」

 

「アタシ達からも、ありがとうデス!!」

 

「……ありがとう。」

 

「━━━━いえ、此方こそ感謝を。

 ……過程はどうあれ、ナスターシャ教授が世界を救おうとしてくれた事で俺達は月の落下に気付く事が出来ました。

 ━━━━ナスターシャ教授は、世界を救ったんです。それだけは、誰がなんと言おうと紛れの無い事実です。」

 

━━━━その言葉に、流し尽くした筈の涙が零れてしまう。

 

「……ありがとう。マムの行動を認めてくれて……」

 

「━━━━あの!!マリアさんッ!!」

 

━━━━次いで言葉を掛けてくるのは、ガングニールのギアペンダントを握った少女。

元々の持ち主だからと返そうと言うのだろうか?だが……

 

「……ガングニールは、キミにこそ相応しい。

 ━━━━どうか、その力で人々を救って欲しい。正しい信念の基に。」

 

「……はい。」

 

━━━━そもそも、私達はコレからどうなるかすらわからないのだ。

世界を救うという大義の為とはいえ……結局、出来た事は数多の混乱を引き起こし、世界を滅ぼしかけたという罪悪の結実ばかり……

天津共鳴は私達をも救うために行動を起こした。そして、二課もまたそれに応えた事から彼等は信頼できる。

……だが、果たして米国政府が私達を易々と諦めるだろうか?私達は、いわば彼等の汚点の証明そのもの。七彩騎士を放ってきたように私達を消そうと暗躍するのでは無いか?

それに気づいてしまえば、ガングニールを受け取る事なんて出来なかった。

 

「……だが、今回の一件で、停止していた月の遺跡を再起動してしまった……」

 

「━━━━バラルの呪詛、か……」

 

「人類の相互理解は、また遠のいちまったってのかよ……」

 

━━━━人類に不和を与え、相互理解を拒むとされるバラルの呪詛。

FISの研究では、ルナアタックによって表面構造物が砕かれた衝撃で一時的に停止していたと目されていた。

だがマムは、その遺跡を再起動させる事で地上への落下が起きぬ正常な軌道へと修正した……

故に不和の呪いは未だ解けず、地上にも争いの種は尽きない……

 

「━━━━へいき、へっちゃらです。」

 

「━━━━ッ!?」

 

「……!?」

 

けれど、だけども。

平気だと、へっちゃらだと言葉を紡ぐガングニールの少女の眼に迷いはなく。

 

「それは……何故?」

 

「だって……この世界には、歌があるんですよッ!!

 だからいつか……今日、今この瞬間じゃなくても……未来(あした)に手を取り合える日がきっと……」

 

未来に淡い希望を託し、空を見上げる少女の瞳は、とても眩しくて……

 

「━━━━響……うん。私も、そんな未来を信じたい。」

 

「……やれやれ。じゃあ、そうやって分かり合う為に手を伸ばす時は……俺も一緒に居てやるよ。」

 

「……歌、デスか。」

 

「━━━━いつか未来に人は繋がれると、明日を望んで歩んでいけると……」

 

「……フィーネさんの言葉?」

 

「……うん。今の世界は、今を生きる貴方達自身の力でなんとかしなさいって。」

 

「……そっか。」

 

━━━━先ほど話に聞いたが、まさか真にフィーネが宿っていたのが調だったとは驚きだ。

私が背負った名を真に受け継ぐ者。それがすぐ近くに居ただなんて。

 

「……立花響。

 ━━━━キミに出逢えて、良かった。」

 

……そろそろ時間なのだろう。近づいて来る二課司令達の姿にそれを感じ取った私は、最後に……そう、最後に。そう、胸の内を明かした。

 

「━━━━はいッ!!私もですッ!!」

 

そんな私の告白に笑って答える彼女の眼はなんて……輝かしい物なのだろうか……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……キミ達の身柄は、日本政府が預からせてもらう。

 ━━━━今後の事態収拾に協力して欲しい。」

 

━━━━(天津共鳴)の目の前では、マリアさん達の身柄に関する話が始まっていた。

 

「わかっている……マムも、快復さえすれば協力する事に否やは無い筈だ。だが……」

 

そう言ってマリアさんが目線にて示すのは、手を繋いだ少女、セレナ・カデンツァヴナ・イヴの事。

 

「……ふむ。行方不明……いや、FISと協力関係にある異端技術研究者の基で治療を受けていたという事だが……」

 

「あぁ……だが、この娘はつい最近までコールドスリープされていたらしい。なんでも、FIS経由で譲り受けた試作型のコールドスリープカプセルだとか……」

 

━━━━その、思いっきり聞き覚えのある存在に、司令と俺は揃って頭痛を抑えるように目を隠す。

 

「それは……もしかしなくとも、かつて了子さんが米国に払い下げたという……」

 

「どう考えてもそうだろう……個人用コールドスリープ装置《眠れる森の美女(スリーピング・ビューティ)》、その試作機の米国への勝手なリース問題。

 当時の外交筋が数人胃痛で寝込んだあの悪夢が、巡り巡ってセレナくんを救っていただなどと……」

 

「……なんなんでしょうね……完ッ全に救われた立場なのに、敬う気持ちが一切湧いてこないの……」

 

「あはは……ですが、その証拠がセレナさんの無実を証明する鍵にもなりそうですね。」

 

━━━━そう。マリアさんの妹にして、自らもレセプターチルドレンであるというセレナちゃんの存在はハッキリ言って米国にとっても邪魔なのだ。

であれば……

 

「七彩騎士を使った制圧は諦めたようですが……アレ?そういえばアゲートさんは?」

 

「━━━━逃げたよ。とっくのとうにな。銃床使った近接戦闘でも俺か緒川くらいしか相手にならん存在だ。

 逃げる分には此方も干渉はしない……と、言う建前の上で撤退してもらった。今頃は他の騎士達と一緒に公海上だろうさ。」

 

なるほど。向こうからすれば制圧するチャンスだが……其処に関しては、様々な取引があったのだろう。

━━━━あぁ、というかマリアさんが派手にやり過ぎたから、此処で抹殺したとしても人の口に戸は立てられないという事か。

禍福は糾える縄の如しというが、ウェル博士やマリアのド派手な行動が結果的にはFIS脱走からの一連の事件を米国側が火消しする機会を消した……という事になるのだろうか?

 

「となれば、セレナさんは二課に保護された()()()となるワケですか。」

 

「そうですね……二課側で受け入れ先やリディアンの籍を用意しておきます。

 コールドスリープしていましたので、セレナさんの肉体年齢は十三歳のまま……となれば、義務教育期間もまだ修了していませんからね。」

 

「━━━━」

 

そんな俺と緒川さんのやり取りに、ぽかんと口を開けているFISの装者達……

 

「えっと……俺達、なにかヘンな事を言ってしまったかな?」

 

「━━━━ハッ!!あ、いえ……ウワサには聴いていたのだけれど……二課は本当に、装者の事を考えているのだな、と……」

 

「……FISだと、装者はあくまでも予備プランの予備プラン程度の扱いだったから……」

 

「そもそもレセプターチルドレン自体、そんなに待遇良くなかったデスよ!?」

 

━━━━思わず飛び出してしまったのだろう彼女達の言葉に、俺は胸が締め付けられる。

……かつて防げなかった米国による略取の数々。それが、彼女達の人生をこうも変えてしまって……

 

「━━━━うむッ!!二課は来る者拒まずッ!!去る者は……まず事情を聴くッ!!そんな組織を心掛けているからなッ!!

 そして……それは勿論、キミ達にも適用されるッ!!現状の段階では拘束をさせてもらうが、それは恒久的な物ではない事は約束しようッ!!」

 

暗くなりかけた雰囲気を吹き飛ばすのは、司令の力強い言葉。

……やっぱり敵わないなぁ……

 

「そうですよマリアさんッ!!また逢って、いっぱいお話して、いっぱい仲良くなりましょうッ!!」

 

「なれる……のかな……」

 

「大丈夫ですよ~!!クリスちゃんだって最初はトンデモ無かったんですから~!!」

 

「━━━━バッ、おまッ!?ちょッ!?」

 

……あ、コレはダメなパターンだな?瞬間、長い付き合いが響の弄りが行き過ぎる事を察知し、瞬間的に自身の存在感を無にする。

 

「いや~見せてあげたいよね~、知らない人にもクリスちゃんのネフシュタンの鎧を~!!」

 

「おまッ!!そういうッ!!やめッ!!」

 

━━━━ホラ見た事か。こんな意見に賛同なんぞ求められちゃ、どっちに着くにも角が着いてしまってたまったもんじゃない。

……いや、まぁ。ネフシュタンを纏ったクリスちゃんが月の光の下で立つ姿は綺麗だったとは思うのだが。

 

「言ってる事もトゲトゲしてたけど、コレは今も大して変わらないかな~?」

 

「━━━━では、皆さんは此方へ。」

 

そんな響の弄りの間に、緒川さんに連れられてFISの装者達とセレナちゃんはヘリへと向かう。

 

「━━━━ゴー、トゥ、ヘルッ!!」

 

「━━━━アームストロングッ!?」

 

━━━━立て板に水とばかりの響の無礼舞(ぶれいぶ)に、遂にクリスちゃんのツッコミ(物理)が炸裂する。そりゃそうだ。

 

「あたた……マリアさん!!

 まぁ、こんな感じですよ。

 ━━━━だから、また。」

 

━━━━ツッコミが炸裂すると知っていて何故止めなかったのか。その答えがコレだ。

……結局の所、立花響が何かをするというのは大抵、誰かの為なのだから。

 

「━━━━ありがとう。またいつか、逢いましょう……」

 

━━━━そんな響の献身に、彼女は笑って。

遠く離れてしまっていた姉妹は、手を繋いでヘリへと向かっていくのだった……

 

 

「いや~めでたしめでたし。コレで私達も普通の生活に戻れるって事で……」

 

「……オイ?立花響(この馬鹿)、ちょっと借りてっていいか?」

 

「あぁ、構わないが……」

 

「右に同じく。」

 

「流石にかばい立ても出来んなァ……」

 

「あ、クリス。私も一緒に行くね?」

 

「━━━━えっ!?ちょっと待って!?コレは綺麗に終わる流れじゃないのォォォォ!?」

 

「待てやゴラァァァァッ!!人の事ダシ昆布にしやがって、ソイツがちょっきりチョップ一発で無罪放免と行くかよバーロォォォォッ!!」

 

そう叫びながら走って逃げだす響と、それを追いかけるクリス。

その微笑ましさが眩しくて、俺は手をかざす。

 

━━━━あぁ、本当に……手を伸ばし続けてよかった……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━世界を救う一撃、美事也。だが……」

 

━━━━遥か遠く、獄炎なる島の岸壁の上より。

男は見下ろす。人の在る様を。

 

「防人よ。輝きを求める者よ。

 善なるを慈しみ、されど手にする事を今だ恐れる小童よ。

 ……お主の存在、それこそが()となった時。

 ━━━━お主は、どちらを選ぶ?」

 

━━━━それはまるで、裁定を下すように。

厳かな一言を告げ、男は海の涯へと視線を向ける。

 

「━━━━今はまだ、(ディヴァインウェポン)は孵らぬだろう。

 ……保って、半年……否、()()()、か。

 ……わざわざそれを待つとは、()も丸くなった物よな……」

 

━━━━否、その眼が見据えるのは、海そのものでは無く。

水底(シーオル)に沈んだ……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━晴れ渡る空、流れる白い雲。

十一月も半ばの空は、まさに天高く馬肥ゆる秋、といった風情。

 

「翼さーんッ!!クリスちゃーんッ!!」

 

(小日向未来)の隣を歩いていた響が、見慣れた二人の連れ立つ姿を見て駆けだすのを微笑ましく見て、思う。

 

「……よかった。響が笑ってくれていて。」

 

あの時、無我夢中になって走って、杖を投げた時に祈った事。

もう、響が戦わなくていいような……そんな世界になって欲しいって。そんな、ちっぽけな願い。

全部がいきなり叶うなんて思わないけれど……其処に一歩近づいたような、そんな予感。

 

「聴いてくれ、立花……アレ以来、雪音が私の事を先輩と呼んでくれないのだ……」

 

「だ、だからァッ!!」

 

「なになに?クリスちゃんってば、もしかして翼さんの事先輩って呼んでるの?

 お兄ちゃんと翼さんばっかりず~る~い!!私の事もアレとかコレとかじゃなくて名前とかで呼んで欲しい~!!」

 

「ちょっと、響?流石にそんな事急に言ったってクリスを怒らせるだけじゃ……」

 

「……いい機会だから教えてやる……ッ!!」

 

━━━━と、止めようとしても時すでに遅し。

地の底から這いあがるようなクリスのドスの効いた声がリディアンの校舎入り口に響き渡る。

 

「あたしはッ!!お前よりッ!!年上でッ!!先輩だって事をなーッ!!」

 

「━━━━コリンズッ!?」

 

『はぁ……』

 

奇しくも重なる溜息に、翼さんと二人、顔を見合わせて苦笑を零す。

 

「二人とも、それくらいにしておけ。アレからまだ数日しか経っていないのだからな……

 傷も癒えていないのに大騒ぎをして傷口が開きました……では申し訳が立たんだろう?」

 

「えへへ……」

 

「ねぇ、響……」

 

━━━━傷と聴いて、思わず口を衝いてしまう言葉。

 

「んー?」

 

「……身体、平気?おかしくない?」

 

……分かっているのに、やっぱり不安。だって、この前までだって、外から見ただけじゃあんな事になってるなんてわからなかったんだもの……

 

「心配性だなぁ、未来は……私を蝕んでいた聖遺物は、あの時ぜーんぶ、きれいさっぱり消えたんだって。

 ━━━━未来のお陰だよ。」

 

「響……」

 

「━━━━でもね?胸のガングニールは無くなったけれど……皆と紡いだ歌は、絶対に無くしたりしないよ。」

 

━━━━響は、まるで祈るように言葉を紡ぐ。

 

「それに……それは私だけじゃなくて……

 ━━━━きっとそれは、誰の胸にもある歌なんだ……ッ!!」

 

「フッ……」

 

「……ったく。大きく出すぎだバカ……けどま、悪くねェんじゃねぇか?そういうのも……」

 

「えへへ~、そう?」

 

「もう……調子に乗らないの。」

 

なんてことない日常。なんてことない時間。

 

━━━━あぁ、こんな日々がずっと続いて行けばいいのに……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

━━━━よく晴れた十一月の昼下がり。二課と協力関係にあるとある病院にて(天津共鳴)は、喪った片腕に馴れる為のリハビリに打ち込んでいた。

 

「よっ……うーん、やっぱり片腕だとバランスが取りづらいな……」

 

「……それは、リハビリと言っていい物なのか……?」

 

「……?えぇ、確かに天津糸闘流の修練を基にした我流の物ですけど……

 ━━━━()()()()()()って、バランス特訓だと結構普通にやる物じゃないですか?」

 

「……いや、それはそうだが……病み上がりならもっとこう……穏当に歩いたり、物を持ったりとか……」

 

━━━━拘束中という事で俺の随伴が無ければ出歩けないが故、リハビリの間、二課所属の医師の先生と共に待ってもらっているマリアさんの言葉は、何故だかどうにも歯切れが悪い。

ただ地下の実験室を貸して貰って糸を張ったその上で演武をしているだけなのだが……

 

「フッ……!!うーん……足技も、やっぱりキレが落ちてるな……カウンターウェイトが軽くなって重心移動のタイミングが変わってるからか……?

 義手を付けたらどうせまたバランスが変わるだろうし、この状態に馴れるよりはナスターシャ教授に先に義手を作ってもらった方がいいかも知れないな……」

 

「……ねぇ先生、二課のメンバーって皆こんな感じなの?」

 

「あはは……流石にあそこまでブッ飛んでるのは装者の皆と共鳴くん、それと司令と緒川さんくらい……かな?

 司令なんか腹をぶち抜かれた半日後にはフィーネともう一回戦いに出たし。」

 

「……どうやら、二課と向き合うのなら常識的な考えは捨てた方が良さそうね……」

 

「常識的な考え方を持ったままで居てもらえると医療スタッフ(コッチ)としては気が楽なんですけどねぇ……

 ……共鳴くん、そろそろ先生との約束の時間だ。片付けてもらえるかな?」

 

━━━━糸の上で動きの確認を続ける俺に掛けられるのは、次の予定の時間も迫っている事を告げる言葉。

 

「分かりまし……たッ!!」

 

部屋の端同士を繋ぐように伸長させていたアメノツムギを回収しながらの跳び上がりに捻りを加え……そして、着地。

 

「っと……やっぱり止まる時が一番バランスの違いが出るな……

 お待たせしました。行きましょうか、マリアさん。」

 

「えぇ……というか、根本的な質問をしていいか?」

 

「はい?」

 

「━━━━私を、拘束せずに連れ回していいのか?

 立場上、日本政府、並びにその旗下にある二課は私を拘束する義務がある筈だが……」

 

━━━━拘束衣では無く、いつぞやのコート姿のマリアさんの疑問は尤もな物。

 

「えぇ。普通なら問題アリアリですね。

 ━━━━ただ、ナスターシャ教授達の入院しているこの病院を拘束衣で出歩かせるのは逆に危険なので……」

 

ナスターシャ教授の入院する特別病棟は難病患者の入院する場所として通常の病棟とは切り離されており、一般人が入り込む可能性は低い。だが、それでも外部から一切見えないワケでは無いのだ。

入院患者の精神面に配慮すればするほど病院というのは見通しが良くならねばならない為にガラス窓が増えていく。そんな中で拘束衣を着た人物が連行されていたら……

 

「いやー、人体実験をしているのはある意味では事実ですけど、恐怖を煽る為の都市伝説になると流石にマズいですねー。」

 

「なるほど……なるほど?」

 

「それにまぁ、対外的には腕輪型発信機を仕込んでいる事で承認を得てますし……マリアさんは、切歌ちゃん達が居る状況で脱走を図るような人では無いでしょう?

 ━━━━信じていますから。貴方の事を。」

 

「━━━━」

 

「く、ククッ……いやぁ、隻腕になっても……共鳴くんはいつも通りだなぁ。」

 

あれ?何かおかしな事を言っただろうか……?

マリアさんは驚愕の表情で固まっているし、いつもの外科医の先生は笑っているし……

 

「━━━━貴方ねぇ!?そういう言い方は誤解を招くから、軽々に言うのはよしなさいなッ!!」

 

「えっ!?誤解も何も、マリアさんが信頼のおける優しい人だというのは分かっていますし……褒め言葉のつもりだったんですが……?」

 

「褒め筋がおかしいのよッ!!不用心に信頼し過ぎッ!!」

 

「まぁまぁマリアさん。其処等辺で……共鳴くんは誰に対してもこんな感じなので今さらかと……」

 

「はぁ……小日向未来の気苦労が知れるわね……」

 

━━━━何故、そこで未来……?

 

「うっ……この大型犬のような純粋な視線……切歌と同じタイプ……ッ!!」

 

「……そういえばマリアさん、素の口調ってもしかしてそっちの方なんですか?」

 

「えっ……えぇ、そうね……もう取り繕う必要も無いでしょうけど、あちらの口調はフィーネとしての責を負う為の物。

 ……自分すら偽って、それでも凛と立つ為の寄る辺だった……」

 

━━━━マリアさんが自らの口調について零すその姿が、防人と歌女の差異に悩む翼ちゃんと重なって見えて。

 

「……俺は、どちらの口調もマリアさんの姿だと思いますよ……いひゃ、いはいいはい!?」

 

それ故に思った事を口にしたのだが、返って来たのは何故かマリアさんの指による頬抓り。

 

「思った事をそのまま口にしないッ!!しかも貴方、今のは誰かに掛けた言葉をそのまま持ち込んだでしょうッ!!

 そういうの、女の子は敏感に感じ取るんだから重ねないのッ!!」

 

「ふぁい……」

 

━━━━だが、彼女の言い分は蓋し真っ当なので言い訳の余地もない。

 

「ハッハッハ、仲がいいねぇキミ達は。

 さ、キミ達を呼び出した内科の先生は此方だ。それじゃ後はよろしくねー。」

 

「まったくもう……ほら、私はあくまで連行されてるって事になるんだから貴方から入りなさいな。」

 

「はい……

 ━━━━失礼します。」

 

挨拶の後、俺とマリアさんは診察室に入る。

 

「……よく来てくれましたね。マリアさん。」

 

「……えぇ。マム━━━━ナスターシャ教授に関する話だと聴きましたが……いったい、なにが……?」

 

━━━━ナスターシャ教授の担当医となってくれた先生の表情は、暗い。

……もしや、そこまで病状が重かったのだろうか……?

 

「……まずは、検査結果からお知らせします。第二宇宙速度を越えた速度での打ち上げ……そして、その状態での月面への激突……

 一歩間違えれば……いいえ、即死していたとしてもおかしくない状況でした。

 ですが幸いにも、彼女の乗っていた可変型車椅子のパワードスーツ機能によって身体がロックされていた事……

 天津さんのアメノハゴロモによって即時の帰還が成し遂げられた事……

 ━━━━そして何よりも、帰還後の二課仮設本部の医療スタッフによる処置が迅速だった事。これらが合わさった事もあって、事故後の状態としては奇跡的なまでに良いと言えるでしょう。」

 

「……良かった……本当に、良かった……」

 

「えぇ。本当に……」

 

検査結果を聞いて、先生の雰囲気に当てられて張り詰めた表情になっていたマリアさんが胸を撫でおろす。

それが嬉しくて、俺も思わず笑顔が零れる……

 

「━━━━ですが。」

 

『━━━━ッ!?』

 

━━━━だが、それを覆すのは、先生の続けた言葉と、差し出して来た一つの紙。

 

「コレは……?」

 

「……身体検査の際に並行して行った血液検査、その他全体的な健康診断の結果です。どうぞ、ご覧になってください」

 

『……ひッ!?』

 

━━━━見せられたその内容のあまりの恐ろしさに、俺とマリアさんは同時に詰まった悲鳴を挙げる。

 

高血圧の症状あり

塩分過多による下半身のむくみの兆候あり

味蕾の機能障害の可能性あり

動脈硬化の兆候、複数あり

慢性腎臓病(CKD)の疑いあり

骨粗鬆症の症状あり

筋肉量の低下が深刻。神経筋電気刺激療法(EMS)の使用を推奨

初期段階の胃がんの可能性あり。要追加検査

 

健康診断総合評価:(要長期入院)

 

「……申し訳ありませんが、どんな理由があろうと少なくともこれから半年はナスターシャ教授をこの病院から出すつもりはありません。

 今回お呼びしたのは、そこの所を納得していただく為です……」

 

『━━━━はいッ!!分かりましたッ!!マム(ナスターシャ教授)の事、よろしくお願い致しますッ!!!!』

 

━━━━気づけば、マリアさんと俺は二人揃って頭を下げていた。見るだけで分かる程にあまりにもヤバすぎる状況だったからだ。

 

「……それで、参考までにナスターシャ教授の普段の食生活についてお聞きしたいのですが……」

 

「……うぅ……あの時……あの時、調が作ってくれた牛肉風味のもやし炒めに醤油を小瓶一本分も掛けていたマムを止めて居れば……ッ!!

 私は……私はなんてことを……ッ!!」

 

……凄まじく、凄まじく世知辛いお台所事情が暴露されてしまった気がして、何故だろう。涙が溢れて止まらない。

━━━━というか醤油を小瓶一本分ッ!?一食でッ!?

 

「……今後も此方でリハビリ食を準備しますね。

 また、体力が戻り次第胃がんの検査と、必要な場合は手術も行います。

 ━━━━どうか、彼女に寄り添ってあげてください。希望は人に未来を見せてくれますから。」

 

「はい……ッ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━目が覚めた時には、(ナスターシャ)は病院のベッドの上だった。

それから、数日。天津共鳴が約束通りに助けてくれた事で生き長らえた私は、しかし各種検査の結果が芳しく無かったらしく、長期入院を余儀なくされる事となった……

 

「……やはり病院食は味気ないですね……醤油は無いのでしょうか?」

 

「もう……マムったら。お医者さんが栄養バランスを考えて作ってくれているんだから、お醤油を追加したりしたらダメでしょう?

 ━━━━ただでさえ六年前に比べて細くなっちゃったんだから。いい機会だし、此処でゆっくり療養してね?」

 

「……そう、ですね。随分と長く……仕事に邁進してきましたからね……

 次の仕事の依頼も有るには有りますが……こんな身を圧して作ったとて彼は喜ばないでしょうし……」

 

見舞いに来てくれたセレナ(彼女も同じく、コールドスリープの影響を調べる為の検査入院をしているのだという。)と取り留めも無い話をしながら、午後のひと時を過ごす……

 

「━━━━本当に、久しぶりのゆっくりした療養になりますね……」

 

━━━━思えば十数年前のあの日……フィーネがレセプターチルドレン計画を掲げて連れて来た子供たちの押し込まれた劣悪な環境を見た時から、心休まる日がどれほどあっただろうか……

 

「……うん。マムは頑張ったんだから。だからこうして長いお休みを貰ったって、神様も許してくれるよ。」

 

「━━━━そうですね……ですが……あの子達は、本国に遺されたレセプターチルドレンの皆は無事なのでしょうか……世界が救われた今、それだけが気がかりで……」

 

━━━━シンフォギアに適合出来ず、警備兵の道へ進んだ者。研究者の道へ進んだ者。料理人の道へ進んだ者。

……そして、それが出来るよりも先に、他の研究所へ引き取られて行って離れてしまったジャンヌ達のような者達……

贅沢な願いだとは分かっている。けれど……自分が助かった今、脳裏を埋めるのは彼等の行く末……計画が頓挫した事で不要と断ぜられれば、彼等の命脈は……

 

「━━━━その心配は無用ですよ、ナスターシャ教授。」

 

━━━━そんな私の不安を払うのは、マリアと共に入室して来た彼……天津共鳴の声。

 

「どういう……事ですか?」

 

「諜報部の調べと、外交筋からの情報で、現在のレセプターチルドレンの状況が分かって来たんです。

 ━━━━結論から言えば、彼等は無事です。米国側で解放、或いは内部調査員による保護が行われているそうです。

 追跡調査中ですが、ほぼ全員の安否が確認できるのも時間の問題かと。」

 

「良かった……!!ね、マリア姉さん!!」

 

「えぇ……本当に……ダメね。今日は嬉し涙ばかり流しちゃうわ……」

 

抱き合って我が事のように喜ぶマリア達姉妹の微笑ましさに思わず口角が上がるのが分かる。だが……

 

「……嬉しいニュースだとは思います。ですが、何故今になって米国はレセプターチルドレンへの方針転換を……?」

 

━━━━上層部の彼等への評価は冷ややかだった。それはそうだろう。全世界からの数千人規模の誘拐略取、そしてその後の維持管理……どう考えても現代国家で背負いたい責では無い。

そして、フィーネが彼等の誰にも宿った形跡が無かった以上、オルタネイティブ・フロンティア計画に必要だった私達を除けば彼等の利用価値はほぼ0になった筈なのに……

 

「━━━━それは貴方のお陰ですよ、ナスターシャ教授。」

 

「わた、しが……?」

 

「えぇ。ナスターシャ教授と、FISの装者達の蜂起が世界規模のフロンティア事変となった事で、世界はマリアの出自に注目しました。

 ━━━━即ち、レセプターチルドレンの隠れ蓑となった児童保護施設に、ね?」

 

「あ、あぁ……」

 

━━━━それは、まるで福音のように。

 

「当然、探られれば痛い腹であった為に、FISは彼等の処分を進めようとしていたそうですが……七彩騎士の一人が、その処分を殴り飛ばしたらしいです。

 そしてそうなれば当然、何も知らされていなかったとされる大統領と米国国家安全保障会議(NSC)はリスクマネジメントの為、世界全体への大統領の潔白アピールの為に大々的な内部調査を行った……というワケです。

 米国国防情報局(DIA)米国国家偵察局(NRO)米国国家安全保障局(NSA)米国国土安全保障省(DHS)……そして、当然ながらの米国中央情報局(CIA)

 そんな超大物まで関与した大捕り物と相成って、連邦捜査局(FBI)が全力で駆けずり回っているそうですよ?」

 

「……私の為した事は、何もかも……上手く行かなかったと思って居ました……」

 

「……」

 

「ですが……私は……救えたのですね……あの子達を……私自身の選択で……」

 

━━━━零れ落ちる涙の熱さが、私の心に刺さった棘を溶かしていく。

 

「━━━━はい。」

 

「ありがとう……ありがとう……ッ!!」

 

「マム……ううん。ありがとう……お母さん……」

 

━━━━マリアも、セレナも、皆喜びの涙を流していて。

そんな中でマリアが掛けてくれたのは……私を、母と呼んでくれる言葉……

 

「マリア……セレナも……いらっしゃい。今は……この温もりを感じていたいのです……ッ!!」

 

『━━━━うんッ!!』

 

━━━━私達は、この世界を……家族を、護りきれたのだ……ッ!!




━━━━小夜曲(セレナーデ)と共に堕とし子を天へと返した少年少女。その懸命への報酬は、救われた者達の嬉遊曲(ディヴェルティメント)
キミは笑って、一人立ち去る。次なる報せを告げる為に……


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閑話 冬休み(ラストバケーション)
第八十二話 因果のジャッジメント


2020年12月8日:設定変更によりレストランの名前を変更


名残惜しくも、その身を縛る立場故に拘束されねばならぬマリアさんを送り届けたその足で俺が向かったのは、同じ施設内のとある特別房。

 

━━━━其処には、とある男が隔離されている。

 

「━━━━こんにちは。差し入れですよ、ウェル博士。」

 

━━━━その男の名は、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。

 

「…………差し入れェ?この期に及んで何を……おや、ボクの好物の麦芽飲料。ココア味で栄養もバッチリ取れる研究のオトモじゃあ無いですか。

 なんですゥ?オバハンかマリア辺りに聞きましたか?ボクの好物で懐柔でもしようと?」

 

差し入れとはつまり、この偏屈の食糧を大量に運び込む事ではあるのだが……

 

「アンタの好みを聴いたのは事実だけど、残念ながらご機嫌取りの為じゃあ無いよ……

 アンタがお菓子以外食べないってマリアさんから聞いたから、施設の人も困り果ててるだろうと思ってね。

 ……というか、一体いつまでそんな食生活を貫き通すつもりだよ……」

 

お菓子だけで栄養バランスを考慮した食事が出来るとかどんな暴論だよ……などと思った物だが、調べてみるとなんと麦芽飲料で大半が摂取できるらしい。

 

「━━━━無論。死ぬまでですよ。しかしまぁ……貴方、とんだお人よしですねぇ?

 ボクはお前を殺し掛けた男ですよ?なんでそんな奴に餞別なんて送ってるんですか?バカですか?」

 

打てば響くというのか、この人相手だとやけにすらすらと会話が繋がるなぁ……なんて思いながら、麦芽飲料の入った段ボール箱を載せた台車をロックする。

 

「はいはい。バカでいいですよ……それに第一、お人好しだけでこんな事やってるワケじゃないんだぞ?

 確かに、フロンティア事変において、世界はアンタを認めなかった。

 ━━━━けど、いつか世界はアンタを求めるかも知れない。アンタはそう思わせる程の天才だからだ。

 ……その時にお菓子しか食べないって言い張って栄養失調で死んでました~。なんてなったら……残される奴等の方が悲惨だろ?

 ━━━━だからだよ。」

 

「…………フン。天才だなんて言われなれた言葉。今さら幾ら掛けられようと嬉しくはありませんね。」

 

そう言って、彼は顔を逸らす。フロンティア事変が終わった直後の、総てを認めずに現実を直視する事を止めた彼とは全く違う。

まぁ、ずっとあんな感じで狂われていても困るので此方としてはありがたいのだが……

 

「はいはい。褒めても何も出ないのは承知の上ですよ……

 ━━━━あぁでも、それならなんで……」

 

━━━━瞬間、口に出てしまいそうになった言葉に言いよどむ。コレは、踏み込んでいい問題なのか?と。

 

「なんで……?なんです?そんな終わり際の歯磨きチューブみたいな歯切れの悪い言い方しないでくださいよ?

 どんな疑問だろうとこのボクがパパっと答えられないワケ無いじゃないですか。」

 

だが、気にした風も無く彼は追求する。

……ならいいか。許可も出たし。

 

「……いや。アンタは紛れもない天才で、FISでもなんだかんだと実績を積んでただろう人物だろう?

 ━━━━それなのに、アンタはやけにフィーネに拘ってたらしいじゃないか?

 ……それは、どうしてなんだ?」

 

━━━━天才と天才……いや、天災と天災か?

俺からして見ればどちらもメーターを振り切った二人の距離感。俺達が知らなかった、FISでの櫻井了子。

……出刃亀にも程があるからあまり言いたくはなかったのだが、気になる物は気になる。

 

「……そうですねぇ。逆に問いましょう。キミは()()()()()()()()()を見て、どう思いますか?

 櫻井理論やら、突拍子も無い本人の性格は無視して、過去から浮上する亡霊が最先端の異端技術を振るう様を見て、です。」

 

「……フィーネという存在、か……上手く言いづらいけど……その技術の矛先が人に向かなければ大きな問題では無いと思う。

 ━━━━勿論、その矛先が人に向けば、俺は何度だって彼女の前に立ちはだかるつもりだが……」

 

「ふむふむ……ま、武闘派から見りゃそんなとこでしょうねぇ……

 ━━━━ボクは、あの女が大っ嫌いでしたよ。」

 

━━━━そう独白する彼の姿は、何かを思い出すような物で。

 

「ボク達人間よりも長い時を生き、多くの事象に触れて来た存在……様々な異端技術に精通し、FISという組織そのものを拡張していった……

 ━━━━それが、どうにも気に入らなかった。確かに、英雄とは歴史に名を刻み、永遠に人々の中で生き続ける存在です。

 ですが……だからこそ、そんな存在である筈のフィーネがまたも地上に降り立って、なんでもかんでも自分の思う通りに動かそうってその魂胆が気に入らなかった。」

 

「それは……」

 

同族嫌悪?同類相哀れむ?

……いや、そういう風に名前の付いた感情では無いだろう。憧憬、嫉妬、羨望、愛情……どれもが違って、どれもが当てはまらなくもない。

 

「……フィーネが永遠の刹那に存在し続け、常にアップグレードを繰り返して先端を往く事を認めるのなら……人が先達である英雄から受け継ぐべき知恵など無いと、そう言い切ってしまうのと同じ事です。

 ━━━━だから、ボクはフィーネを越えようとした。ボクが英雄となってフィーネすら成し得ない偉業を達成した時……その時こそ、人は先史文明を超えると信じて。」

 

━━━━握り込んだ拳を見て呟くその姿は、常の飄々とした姿とは異なる真摯な物。

 

「━━━━なんだ……アンタも藻掻いてたんだな。」

 

それを見て、抱いていた疑問が、ストンと腑に落ちる。

━━━━届かない理想を、それでもと叫び続けるその姿。

きっと、それは俺も同じ事で。

 

「……な~に勝手に同類認定してるんですかッ!!

 ボクが上ッ!!お前は下でしょうッ!!どう考えてもッ!!」

 

「はぁ~?上だってんならなんで負けてるんですか~?」

 

「お前自身はボクに完璧に負けてたでしょうがッ!!ボクが負けたのは貴様にじゃないッ!!

 ━━━━世界に、負けただけだ。

 ……ふん。業腹だが其処だけは認めてやる。あの時のボクは世界に求められていなかった事だけはなァッ!!」

 

「なんでそんなに上から目線なんだ……」

 

━━━━何はともあれ。

全く分からないと思って居た彼の考えが少しだけ……理解を示せるような気がした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━それで、クリスの誕生日プレゼント。響とお兄ちゃんはどうするの?」

 

━━━━早い物で、フロンティア事変からもう一月近くが経とうとしていた。

11月も末になれば、冬支度も必要になる。今年のコートをどうしようかと相談しながらのデートの中。

ふと気づいた(小日向未来)いつものファミレス(イルズベイル)で寛ぐ二人に問いかける。

 

「えっ!?クリスちゃんの誕生日ってそろそろなの!?」

 

「あれ?響は聞いてないの?12月28日なんだって。

 この前聴いたら教えてくれたけど……」

 

「……多分、単純に響が聞きに行ってないから教えられてないパターンだろうなぁ……普通に話してる流れの中だと、そこに行き着く前にクリスちゃんの逆鱗(さかさうろこ)に触れるのが目に見えるようだし……」

 

けれど、返って来た意外な返事も、お兄ちゃんの推測を聞けば有り得そうな話で……

 

「クリス、多分自分から言えてない事気にしてると思うけど……」

 

「とは言ってもなぁ……響にコレからド直球で誕生日の話させても、既に聞いちゃった以上はどっかでボロを出しそうだし……二人の連名って事でプレゼントを送ったらどうだ?」

 

 

『クリスちゃーん!!クリスちゃんの誕生日っていつなの?教えて教えて!!』

 

『た、誕生日ィ!?ま、まぁ教えてやらんことも無い……けどさ……12月28日だよ……!!コレで満足かッ!?』

 

『やっぱり!!未来から聞いた日で合ってたんだ~!!誕生日プレゼント、期待しててね!!』

 

『━━━━ちょっと待て。お前、アイツからあたしの誕生日聞いてたのか?』

 

『ほぇ?そうだけど……』

 

『とっくのとうに聞いてんなら態々人に羞恥プレイを強要すんじゃねェェェェッ!!』

 

『あだだだだだ!?ギブ!!ギブギブギブ━━━━ッ!!』

 

━━━━何故だろう。お兄ちゃんが言うような構図の想像が容易についてしまうのは。

 

「おぉ、ナイスアイディアだよお兄ちゃん!!

 ━━━━連名でってなったら何にしようか……」

 

「うーん……あ、そうだ!!御揃いのキーホルダーとかどうかな?

 クリス、キーホルダー集めてたでしょう?」

 

「いいねそれ!!折角だし、翼さんや奏さんも含めて皆の分を買っちゃわない?」

 

「なら……模様は同じで、色のバリエーションが多いのがいいかな……?」

 

方向性が決まれば話は早い。私は手元のスマホでちょうどいいキーホルダーを検索する……と、その前に。

 

「……あ、そうだ。結局お兄ちゃんは何にするの?」

 

━━━━結局聞いて居なかったな、と気づいて、コーヒーを傾ける

 

「んー?あぁ、俺のプレゼントはもう決めてあって、話を進めてる最中だから大丈夫だよ。

 ……っと、そうだった。それに関して何だけど……クリスちゃんのお誕生日会、ウチを貸すから昼の内にしてもらっても大丈夫かな?」

 

「昼の内に?まぁ、私はいいけど……何か夜にあるの?」

 

「あぁ。ちょっとディナーにご招待しようかなって……未来?」

 

━━━━ちょっと待って欲しい。

ディナーッ!?誕生日にッ!?

 

「そ、それってもしかして……コク、告白ッ!?」

 

「ふーん……って━━━━えぇッ!?」

 

「ちがッ!?

 ━━━━違うからッ!!ステイッ!!落ち着いてッ!!」

 

━━━━乙女回路の暴走に歯止めなんて効くわけもなく。気づけば早合点が口を衝いてしまって。

……だけど、落ち着かせる声音に一段落して気づくのは、周りから集まった視線の数々……

 

「あはは……すいません。」

 

着席。

深呼吸。

 

「━━━━それでお兄ちゃん。どういう経緯でそんな誕生日プレゼントを贈ろうと思うのか。説明を要求します。」

 

「うんうん。流石に寝耳に水にも程があるよッ!?」

 

「はいはい……って言ってもなぁ……

 ━━━━クリスちゃん一家を父さんがバルベルデまで護衛していった話は知ってるだろ?」

 

「うん……前に聴いたね……」

 

━━━━なんでクリスとお兄ちゃんは仲がいいの?って聞いた時に二人が教えてくれた事。

そして、あの日私に教えてくれたクリスの両親の事……合わせれば、二人の距離感が近いのにも納得がいったのだけれど……

 

「それが誕生日プレゼントとどう繋がるの?」

 

響の問いかけは、私にとっても聴きたい事。あまり繋がりが見えなくて、私達は揃って首を傾げる。

 

「あー、それでだな。

 ━━━━父さんが、その時に雪音夫妻の馴れ初めを聞いてたんだよ。隠れ家的な有名レストランに招待したって。

 それで……ちょっと探して見たら、その店がまだ営業してるのが分かったからさ。折角だし、誕生日プレゼントにどうかなと思って━━━━貸切にさせてもらおうかと。」

 

……途中まで良い話だったのになぁ……どうして其処でお金で解決するのが真っ先に浮かぶのだろうか?

 

「貸切って……年末でしょ?ホントに大丈夫なの?お店の迷惑になってない?」

 

「大丈夫。その分の迷惑料も込みで契約させてもらったし……ホラ、クリスちゃんにディナーを楽しんでもらう以上、貸切は必要不可欠だろう?」

 

「それは、そうだけど……」

 

「クリスちゃん、食べるの不器用だもんねぇ……」

 

響の言い方は直截過ぎるけれど、それは確かな事実。有名レストランでクリスが食事という事になれば、上へ下への大騒ぎになるのは目に見えているからだ。

 

「……はぁ。まぁ、今更止めても聴かないだろうし其処に関してはいっか……

 ただし!!完全にサプライズにするんじゃなくて事前に食事をプレゼントにする事は伝えておく事!!

 女の子にだって色々準備があるんだから……」

 

「あ、そうだ!!ならさ、お昼の内にクリスちゃんの準備も手伝っちゃおうよ!!」

 

「いいかもね!!じゃあ、お誕生日会とアクセサリー合わせを……お兄ちゃん、予約の時間って何時頃?」

 

「確か……十九時だね。《AVANTI(アヴァンティ)》ってお店で……その近くなら、東京ナイトタウンとかなら問題無いんじゃないかな?」

 

東京ナイトタウンといえば、昔からある複合商業施設だ。確か六本木ビルズと並んで有名なんだとか……?

 

「それなら大丈夫そうだね……じゃあ……」

 

━━━━なんでもないデートの一幕。救われた響と、そしてお兄ちゃんと一緒に過ごせるあたたかな時間。

こんな時間が、私には何よりも嬉しくて……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━頼む、共鳴ッ!!数学教えてくれッ!!」

 

━━━━久々の学校に少々浮かれながら受けた授業も終わった平日の夕暮れ。教室の中で(天津共鳴)が受けたのは、そんな切実な嘆願だった。

 

「んー……まぁいいけど……どうしたんだよシン。自分から勉強したいって言い出すなんて、お前にしては珍しくないか?」

 

その内容自体に問題はないのだが、頼んで来た相手が相手なだけに俺は戸惑ってしまう。

━━━━なにせ、目の前の愛乃・K・シンという大男は、学生でありながらも全く以て勉強しない事で有名だったからだ。

 

「だって母さんがさぁ!!卒業できなかったら宿題三倍だし、オヤジのとこに遊びに行くのも残念ながら禁止ですッ!!って言うんだぜ!?

 流石のオレだって焦るぜそりゃ!!」

 

「あぁ……ディズィーさんの釘刺しかぁ……まぁ、それなら納得だな……

 それじゃそうだな……シン、お前数学どれくらいまで分かる?」

 

「全然!!」

 

彼の母親であるディズィーさん。彼女は喫茶愛乃を経営するその温和な見た目に反した結構なスパルタ教育でも知られており……

そんなディズィーさんでもコレなのだから、シンの抱える問題の根深さも察せようという物だ。

 

「うーん……じゃあ、基本のキにもなる因数分解からやっていくか……

 あ、その前に確認なんだけど、xやyが分からない数の所にひとまず置いておく代理数だって事は分かってるよな?」

 

━━━━いつぞやのように眼鏡を装備して、俺は黒板に向かう。

 

「はい、先生!!なんで眼鏡装備なんですか?」

 

「━━━━その方がカッコいいだろう?」

 

「━━━━なるほどな!!」

 

「いや、その理屈はおかしい。」

 

「ん?なんだ、まだ居たのか良哉。彼女さん待たせていいのか?」

 

「居たよ!!最初から!!お前等だけだとツッコミが足りなそうだから残ってやってんの!!トミも了承済み!!」

 

「ならいいか……んじゃ、因数分解についてだな。

 ━━━━とはいっても、テキストも用意出来るワケじゃないし、授業でやり方自体は習ってる筈だから、因数分解って言葉の意味辺りをやっていこうか。」

 

「はーい!!」

 

「さて、因数分解というとこういう……好きな数を入れられる数字xを置いて計算する物を想像するだろうけど……」

 

黒板に書くのは、簡単な一次方程式。そして、その隣には15=3×5という単純な乗算式。

 

「━━━━実は、コッチの方も因数分解なんだ。」

 

「……うぇ!?マジで!?」

 

「うん。因数分解って言うのは、漢字の意味で言うと《因子となる数に分けて解く》って事なんだよ。

 それで、その因子って言うのがつまり……コッチの式で言うと3と5の事だね。」

 

「へぇー……完ッ全にxとかyが入ってるのしか考えてなかったぜ……」

 

「まぁそうだね……基本的に、因数分解を使うのは『大きい数字同士で分かりにくい計算式を小さい数字同士の計算で分かりやすくしたい』って時だから、俺達みたいな学生が使う場合はxを使う式が多いから。」

 

「ほーん……ところで、因子ってなに?」

 

━━━━ズルッ、と音を立てて良哉が頬杖を机から落とす。リアクションが堂に入ってるなぁ……と、俺は思わず感心してしまう。

 

「そこから分かって無かったのかよ……っつってもまぁ、因子なんて聴くのはアニメやマンガが多いだろうし、ああいうのって大抵細かい説明しねぇしなぁ……」

 

「そうだね。じゃあ因子の説明からしちゃおうか。

 ━━━━因子って言うのは色々意味があるんだけど……そうだね。大雑把に言う時は《結果を起こす原因となる物》……って言うのが近いかな?

 こういう物があるから、こういう事が起きる。酸素があるから火は燃焼する……そういった物、概念の事を《因子》って言うんだ。」

 

「んー……つまり……母さんが居るから俺が居る、みたいな話か?」

 

「そうそう。だから因数分解って言うのは、突き詰めると『難しい話を分かりやすいように考えて解く』って事なんだ。

 ━━━━今、シンがやってくれたみたいにね?」

 

「……おぉ!!なるほど!!オレってば、因数分解出来ちゃったのか!!」

 

「いや、因子の事は説明出来ても因数分解は出来てないが……まぁいいか……」

 

「━━━━ん?でもよ……それってつまり、因子?ってのが《何を起こすのか》ってのが分かってるって事だろ?

 xとかyとかで《何が起きるのか》が分からなくなっちまったら、因子がなんなのか分からなくなっちまわねぇか?」

 

「……ん?どういう事だ?」

 

━━━━シンのそのふとした気づきは、何かとても重要な事のように思えて。

 

「そう……だね。xで因子を表現する時は大抵問題文に『xは自然数である』とか、『x≧3』とか……つまり、『xはどういう物か』って説明があるけれど……

 ━━━━もしも、そういう説明が一切無くなって、因子と結果の間の関係が分からなくなってしまったら、その式を解き明かすのはとても難しくなっちゃうね?」

 

「ん?出来ないワケじゃねぇの?」

 

「あぁ。一応はね……と言っても、要するにそれは『全部のパターンを試す』か、『式を組み替えて一つの因子しか当てはまらないようにする』かって言う荒業なんだけど……難しい話になるけど聞く?」

 

「ノー!!オレには普通の解ける問題だけでも手一杯なのッ!!」

 

「だよなぁ……」

 

━━━━ありふれた、こんな日常。片腕を喪っても変わる事のない、何でもない日々。

……そんな日常が、永遠に続くと思って居たのに。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━少年は、夢に落ちる。落ちていく。上も下も分からぬのに、落ちていく事だけを感じながら。

 

━━━━落ち行き着くは、淡い昏い水の底。

ヒトの深奥。繋がりの大海。

 

『━━━━ここ……は……?』

 

疑問が意識を呼び覚ます。自分はいつも通り床に着いた筈だ、と。

 

『━━━━此処は深淵(アビス)。集合的無意識が混じり合い、影響し合う深層世界。』

 

答えなど期待していなかった筈の疑問に、答える声、一つ。

━━━━その声は、どこか聞き覚えがある物だった。

 

『お、前は……誰……だ……?』

 

『俺か?()()()()()()お前(天津共鳴)の中の、お前(怪物因子)だよ。』

 

『なん……だと……ッ!?』

 

その言葉に、少年は総身に力を入れて跳ね起きる。

━━━━瞬間、移り変わる景色。その背景は変わる。無人の荒野へと。

 

『かつて、母上(グレートマザー)が造り上げた十一のガーディアン、その一つでありながら()()()()()()()()()()()()()()

 ━━━━マルドゥークに恭順せし裏切り者。ムシュフシュたるその身に刻まれた怪物因子(DNA)

 忌々しきバラルの呪詛を解かれた事で、俺はようやくお前に真実を伝えられるのだ……』

 

流暢に言葉を語る()()は、人の型では無かった。

それは、少年があの日に喪った筈の……

 

『━━━━左腕……ッ!!』

 

『そう。最早取り返す事も出来ぬ深淵へと沈んだ……お前の因子を保持した器。

 だが、俺だけでは不完全だ。完全体へとなるには時間が足りな過ぎる。

 ━━━━だから、お前も神の器となれ。母上の無限にして無上なる愛の中で、永劫に生きろ。』

 

━━━━瞬間、荒野を覆い尽くす……銀の光。五芒の形、取った物……

 

『ガッ……!?』

 

その光が、少年の自我を食い潰すように目覚めさせるのは、その身に刻まれた因子。怪物たる由縁。

 

『━━━━知っているぞ。識っているぞ。

 お前はあの時、自らの命などというちっぽけなリソースを焚べた。

 ……故に、お前はもう長くはないという事を。保って半年、短くはなれど長くはならぬ。

 ━━━━だから、神の器となって永遠の幸せを手に入れてしまえ……』

 

━━━━告げられる言葉は、残酷な真実の発露。

あの日、騎士が放った致死の弾丸は、紛れもなく少年の命を貫いていたのだ。

それでも、と少年は叫んだ。だからこそ、燃える命(バーニングハート)は歌となり、少年の手に奇跡を与えた。

 

━━━━けれど、あぁだけれども。

誰もが胸に宿す命の鼓動(むねのうた)。重ねて、束ねて、引き出す少年の命は、少年自身の抱く願い、その大きさに耐えかねて……

 

『……く、そッ……やっぱり、そうなのか……ッ!!』

 

あの日、玉座に導かれる直前に少年が感じた、熱が流れ出ていく感触。それこそが限界の証。

命の鼓動の刹那の煌めき、その終わり。

 

『そうだ。だが、母上の力があれば話は変わる……ッ!!

 お前とッ!!俺がッ!!今こそ……一つにッ!!

 ━━━━そうすれば、俺達は神の力(ディバインウェポン)になれるッ!!

 あらゆる不条理をねじ伏せる埒外なる力があれば、お前の命を再び燃え上がらせる事など造作も━━━━』

 

『━━━━その為に……』

 

高らかに、自らに酔うように矢継ぎ早に理想論を語り告ぐ神の腕に、少年は静かに問い返す。

 

『……なに?』

 

『その為に……何を犠牲にするつもりだ……ッ!!

 ━━━━俺は見たッ!!七十億の人々が、この深淵を介して繋がる中でッ!!貴様の言う母上(グレートマザー)とやらの求める世界の形をもッ!!』

 

『それは当然の事だ。母上(グレートマザー)はその為に人間(デコイ)を造られた。

 ━━━━被造物が創造主の役に立つのは本望では無いのか?』

 

断絶。擦過。相容れぬ物。神の腕は、世界を滅ぼして世界を救うモノ。

であれば、相容れぬその信念は。

━━━━輝きとは。

 

『━━━━断じて違うッ!!

 人は、人の為に争い、傷つけ……その果てに今、此処に居るッ!!母上(グレートマザー)とやらの生贄になる為なんかじゃなくッ!!

 ━━━━生きて居たいから、生きるんだッ!!』

 

━━━━知恵の実を食べた人間は、その瞬間より旅人となった。寓意(カード)が示す旅路に従い、未来へ淡い希望を託して……

 

『またも忘却にて難を逃れようと言うのかッ!?だが甘いッ!!

 ()()が何の危険も無い物だとでも思ったかッ!?忘却とは即ち、因果の遮断ッ!!

 知啓は消滅し、欠乏する(ニイド・アンサズ・ユル)ッ!!情報にロックを掛ける()()を使い続ければ、貴様は自らの情報にすらロックを掛け続ける事となるッ!!

 ━━━━待っているのは、誰もがお前の事を忘却する絶望の未来ッ!!紛れも無い貴様自身の消滅だッ!!往けば死に、往かねば消えるッ!!

 貴様には最早、神の器となる以外に生きる道は無いッ!!だからこそ、神の器となれッ!!

 ━━━━生きて居たいから生きると、そう叫ぶのならばッ!!』

 

神の腕の言葉は、理論だったもの。生きて居たいと叫ぶのならば、この言葉に頷く以外に道など無い。

━━━━なるほど、確かに。

……けれど、どうやら。鋼の心は()()では無い。

鋼のキミ。防人たる少年よ。キミは……

 

『……確かにそうだ。人は、誰だって生きて居たい。未来(あした)に笑って居たい物だ……

 ━━━━だけど、それだけじゃないッ!!未来(あした)に笑って居て欲しい誰かの為のヒカリになってッ!!

 絶望を吹き込む悪なる者共に毅然と立ち向かう者もまたッ!!』

 

━━━━掲げる、右手。刻まれた情報(ルーン)、輝いて。

 

『━━━━ば、バカかッ!?言った筈だッ!!お前に道など無いとッ!!

 此処で俺を食い止めた所で、お前が死ぬまで俺は蘇り続けるだけッ!!一時的な抑制の為に……お前は命を投げ捨てるのかッ!?

 お前は……一体なんだッ!?なんなのだ……ッ!?』

 

『そんなの決まってるさ。

 ━━━━天津の防人は、国のみならずひいては世界を防人る者ッ!!即ちッ!!』

 

『━━━━未来を防人る守護者(ガーディアン)だからだッ!!』

 

掲げた輝き、深淵を、貫いて……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そして、意識が浮上する。

 

「……ん。夢……か?」

 

ベッドの上で上体を起こし、軽く身体を動かしながら(天津共鳴)は、先ほどまで見ていた夢を回想する。

 

「……夢にしては、なんか迫真だった気がするけど……」

 

寝汗も激しかったから、特に感じていないが喉も乾いているだろう。早めの水分補給が大事だというし、夜明け前だがこのまま起きてしまおう……

 

「ふぁ……昨日は結局、シンの奴に連れられて紗夢(ジャム)さんの店で大騒ぎするハメになったしなぁ……

 大体あの人もシンを福の神扱いするのはいいんだがどういう繋がりなんだか……」

 

冷蔵庫から牛乳を取り出し、テーブルに置きつつ足で操作したアメノツムギで冷蔵庫のドアを閉める。

……段々と、片腕しか無い生活にも慣れて来た物である。

 

「なになに……?『大手運送会社バーンスタイン・カンパニーが、来年六月に徒手空拳による格闘大会を開催する事を宣言した』……運送会社が格闘大会ねぇ……」

 

カップに入れた牛乳を電子レンジで温めながら読むのは、派遣メイドのイェシアーダさんが取り込んでくれた新聞の朝刊。

 

「あちっ……はぁ……やっぱ冬はホットミルクだよなぁ……」

 

温めたカップの熱さに驚きながら、俺は、ホットミルクを口に含み━━━━

 

「━━━━え?」

 

━━━━瞬間、感じたのはどうしようもないほどの違和感。

まるで、自分の肉体が自分の感覚では無くなったような、致命的な()()

 

「まさ、か……」

 

『情報にロックを掛ける()()を使い続ければ、貴様は自らの情報にすらロックを掛け続ける事となるッ!!』

 

脳裏を過るのは、夢の中で突きつけられた言葉。

 

「━━━━味が……わからない……」

 

━━━━気づけば俺は、自らの感じたはずの味覚の情報を、理解出来なくなっていた。




━━━━忘却が、キミの魂を蝕んでいく。人類が明日に歌う為の致し方ない犠牲(コラテラル・ダメージ)
それでも。少しずつ、少しずつ進んでいく日常の美しさを、キミは知っているから。

故に、鬼は試すだろう。キミの想い、キミの握る決意の硬さを。

━━━━だからこそ、大時計は鳴り響く。キミに告げる為に。
キミ自身の、喪失のカウントダウンを。


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第八十三話 喪失のカウントダウン

━━━━街外れの公園で、(天津共鳴)は一人、ベンチに座って途方に暮れていた。

 

「━━━━遺伝子に刻まれた、怪物因子……」

 

天津家の祖である菅原道真。その母親にして、アメノハゴロモ……零落する以前のアメノツムギの持ち主であった天女とは、かつての神の被造物たる怪物であったのだと。

夢の中で神の器となれと俺に囁いて来た神の腕(ディバインアーム)はそう語った。

そして……

 

「ボルヴェルグが俺に託した力……忘却のルーンとは、即ち……」

 

俺に託されたその力のメカニズムが、情報にロックを掛ける事で()()()()()()()()()()()()物だったという事もまた……

 

「……進めば忘却、進まねば死、か……」

 

命を燃やした輝き、その代償。

━━━━死ぬのが怖いのではない。防人として誰かを護る為に戦って死ぬ事などとうに覚悟している。

……怖いのは、忘れられてしまう事。

 

━━━━脳裏を過るのは、ノイズの暴虐の痕。

生きる事を否定され、存在する事を否定され、遺して逝く事を否定された、尊厳すら踏みにじられた炭の山。

 

「……同じなのかも知れないな。俺も……」

 

総てから忘れられて、何も遺せず……それでも、明日に人類(ヒト)の未来を繋げて防人る……

━━━━そう考え、忘却のルーンを今すぐ使おうかという考えが頭を過った、その瞬間。

 

 

「━━━━愚か者めッ!!」

 

 

()が、天から降って来た

 

 

「━━━━ッ!?」

 

思考よりも先に身体に染み着いた反射が肉体を動かし、半捻りを加えた前転にてその()()を避け、相手を見据える。

 

━━━━果たして、其処に立っていた者は《鬼》だった。

 

空手の胴着のようなボロボロの服を着こみ、巨大な数珠を提げた、巨漢の偉丈夫。

朱い髪に黒ずんだ肌。そして……死を直観させるほどに濃密な闘気と、それが込められた、力強い眼。

その体制は振り下ろした手刀の一撃でベンチを両断した事など感じさせぬ構えた立ち姿で止まっている……まるで、何かを見据えるかのように。

 

「……あな、たは……ッ!!」

 

━━━━噂には聞いた事がある。格闘家の間で伝説となって消えたという、一人の男の話。

最早御伽噺だろうと誰もが笑って、映画にだってなった存在。

 

━━━━拳を極めし者が、其処に立っていた。

体幹に些かのブレも無く立ち続け、その一撃を受けたベンチが破壊では無く()()されているというその事実からも彼の技前が噂通り……いや、それ以上なのは如実にしれる……ッ!!

 

━━━━間違いなく、司令と同等ッ!!あるいは……()()()()ッ!?

 

「……何故、避けた?」

 

巌のような巨躯が、その外見に見合った重苦しい言葉で告げたのは、単純な質問。

 

「……死を、予感したからだ。」

 

だから、それに俺が返すのもまた単純な答え。

 

「━━━━自らが消える事を受け入れようとしながら、今更に死を恐れるか?」

 

━━━━だというのに。其処に立つ鬼が投げかける言葉は、俺が目を逸らした事実を貫いて来て。

 

「━━━━ッ!?それは違うッ!!

 仮令(たとえ)最後には消えるとしても、戦わなければならないからだッ!!防人としてッ!!」

 

「……同じであろう。うぬが消えれば、神の力(ディバインウェポン)の復活は遠のく。消滅もまた然り。

 ━━━━うぬが世界を護らんとするのなら、疾く消える事こそが最善だ。」

 

「それ、は……ッ!!

 いや、そもそも何故貴方が知っているッ!?」

 

━━━━詰まった言葉を誤魔化すように、問い返すのは前提の確認。

俺の内に蘇った神の力の事を、何故知っている……!?

 

「愚問なり……我が纏いし《殺意の波動》とは即ち、人の奥底に眠る闘争本能の具現。《人の世の乱れを齎す力》に対抗する為に人が願いし物……

 うぬの中に目覚めんとしている《神》とは、源流を同じくしながらに異なる物。故に、《殺意の波動の意思》たる我が知っているのは当然ッ!!」

 

「殺意の波動……」

 

━━━━これもまた、噂には聞いた事がある。格闘家が道を極める中で辿り着く事があるという境地の一つ。

曰く、『極めし者ですら呑まれる』という、危険極まる力。

司令もその伝説を格闘技として整形したマスターズ通信空手とやらを習っているらしいが……

 

「さぁ、答えよッ!!消えるかッ!!それとも此処で塵と果てるかをッ!!

 出来なければ……」

 

━━━━瞬間、視界の中に確かに存在していた筈の鬼の姿が、消えた。

 

「━━━━砕け散れッ!!下らぬ器と成り果てる前にッ!!」

 

その声と共に、背後より襲い来る()の重圧。

 

「━━━━ッあァッ!!」

 

高速移動だ、と見切るよりも早く、染み着いた反射が右腕を後方に差し込み、ガードへと変え……

 

━━━━次の瞬間、俺は地面を跳ねるように吹き飛ばされていた。

 

「がッ……はッ、あァッ!?

 ━━━━ま、だァ!!」

 

ガード毎弾き飛ばされながらも、受け身を兼ねた捻りを加えて立ち上がり、鬼が居た場所を見据える。

━━━━だが、既に鬼は其処には居ない。

 

「グッ……!!」

 

「━━━━惰弱なりッ!!その程度の力で、その程度の覚悟でッ!!

 自らを消すなどとほざくつもりかッ!!」

 

━━━━滅殺豪昇龍━━━━

 

「がッ!?ク、そァ!!」

 

一瞬の隙に飛び込んで来た鬼の一撃……否、三撃がガードを打ち破り、俺の身体を身動きの効かない空中へと引きずり上げる。

 

「━━━━天魔ッ!!」

 

「ッ!!」

 

━━━━天魔豪斬空━━━━

 

そして、鬼が放つ全身を貫くかのような多数の死の予感に背く為、俺は近くの木に糸を掛けて飛び降りる事で鬼の決死圏を辛くも逃れる。

次の瞬間に放たれたのは、遠当ての域を超えた気弾の乱射。喰らっていたら、まず数瞬は動けなくなっていただろう……

 

「は、はぁ……はぁ……ッ!!」

 

「……うぬの中に眠りし物は確かに世を乱す厄災の種。

 だが、うぬがその愚かな声に耳を傾けるかはまた別の……ぬ?」

 

━━━━耳を、傾ける……?そういえば、あの声は《耳に聞こえる音》としてではなく、念話のように思念を伝えて来た。

で、あるのなら……

 

「━━━━豪鬼ッ!!何をしているんだッ!!」

 

極限状態に加速した思考で朧気ながらに答えに辿り着きかけた俺の後ろから、駆けて来る人影が一人。

白い胴着に、赤いハチマキを巻いた、鬼と同じく筋骨に溢れた男の背中が、俺と鬼の間に立ちふさがる……

 

「……リュウか……我が闘気を追って来たか。」

 

「あぁそうだッ!!この少年に何をしていたッ!!片腕の少年を玩ぶ貴様ではあるまいにッ!?」

 

「……小僧よ。今一度機会をやろう。刻限は恐らく半年後だ。

 ……うぬが導き出す答え、その如何によって、我が拳を振るうかを見定める。

 ━━━━リュウよ!!貴様との決着もだッ!!半年後……サウスタウンにて待って居るぞッ!!」

 

━━━━声と同時に、練り上げた気を鬼は地へと叩きつける。

 

「ぐっ……!?」

 

「待て、豪鬼ッ!!」

 

━━━━叩きつけられた土煙が晴れた時には、もう、鬼は其処には居なかった。

 

「……まったく、どうなってるんだ……?キミ、怪我は無いか?」

 

「あ、はい……貴方は……?」

 

「俺はリュウ。流れの格闘家だ。キミは……」

 

「天津共鳴です。」

 

「天津……あぁ、もしかして共行さんの息子さんか?」

 

乱入して来た男性は、流れの格闘家だという。ストリートファイターという職業は、日本ではともかく、海外においては賭け試合なども含めてなんだかんだと潰えない物なのだと父さんに聴いていた。

だから、父さんを知っているという彼の言葉にも、多少は驚いたがむしろ納得の方が大きかった。

 

「はい。天津共行の息子、天津共鳴です。」

 

「そうか……では、その腕は……」

 

「……はい。防人としての戦いで……」

 

「……そうか。

 ━━━━もし、また豪鬼が襲ってくる事があったら、どうにか時間を稼いで欲しい。今回みたいに間に合うかは分からないが、出来るだけ速く駆けつけるつもりだ。」

 

「……いいえ。次に彼と出逢った時にはぶつけたいと思います。俺自身の答えを……ッ!!」

 

「……ははっ。なるほど、共行さんの息子なだけはあるみたいだな。それじゃ、またどこかで!!」

 

「はいッ!!」

 

━━━━そう言って、風のようにリュウさんは去っていく。

 

「……俺が今此処で死んでも、神の力の復活自体は止められない……」

 

『だが、俺だけでは不完全だ。完全体へとなるには時間が足りな過ぎる。』

 

━━━━夢の中で奴は言っていた。そして、鬼もまた同様の事を。

つまり、神の力(ディバインウェポン)とやらは俺が消滅したとしても何らかの手段で復活する算段を考えているという事だ。

その為に、何を犠牲にしようと。だから……

 

「━━━━それを砕き、人々を防人るのが、俺の使命だ。」

 

宣言と共に、踏み出す一歩。明日に向かって……

 

「……まずは、学校行かないとな……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━フロンティア事変から、約二週間。

急ピッチで進められた二課仮設本部の修復━━━━担当者が言うにはほぼ新造だったらしいが……その進行も順調な中、(風鳴弦十郎)と緒川はブリッジにて証拠品の精査を行っていた。

 

「フロンティア、およびエアキャリアの残骸をサルベージし、FISの関与を示す証拠が無いかと探っては見たのですが……

 フロンティアはそもそもの構造体の七割がネフィリムの神体構築の為に吸収され、残りの三割も海に落下した際に散逸していまして……」

 

「証拠品としての機能を持つような中枢ブロックは一つも残らなかった、か……エアキャリアの方はどうだ?」

 

「其方も探ってみました。マリアさんの証言通り、騎士アゲートが操縦を誤ってブリッジ上部に突撃、炎上してしまっていたので、PC内部のデータなどは残っていなかったのですが……

 書類の方は炎上する前に落下した影響で燃え残った物があったようです。ただ……」

 

「ただ?」

 

緒川が言い淀むとなると相当の難物だろう。そう予想したのだが……

 

「……二課分析班の最新技術を使って、潮流でバラバラになっていた書類を復元したのですが……」

 

「金かけたなぁ……」

 

「内容が一見すると謎ポエムなので、すわ暗号か!?と解読班を結成しようとした時に通りがかった鳴弥さんから『いや、コレ遺書でしょう?』と一刀両断されてしまいまして……」

 

「……FISの装者諸君、か……」

 

━━━━死を覚悟してまで、シンフォギアを纏って戦った、少女達の歌。

……《少女の歌には、血が流れている》。そう言っていたのは了子くんだったか……

 

「はい。ですので、遺書という事は伏せて、後々共鳴くんの方から本人に私物として直接渡して貰おうかと。ボク達が戻すよりは良いのではないないでしょうか?」

 

「だろうなぁ……」

 

━━━━覚悟といえば、そう。

 

「……共鳴くんだが、その後の様子はどうだ?」

 

「━━━━今の所、腕の喪失による体調不良や、心身のバランスの大きな崩れは見られません。ただ……」

 

「防人として自らを律している可能性は否めない、か……響くんや未来くん達との交流が彼の精神を安定させてくれればいいんだが……」

 

━━━━脳裏に過るのはやはり、腕だけとなって帰って来た共行さんの事。

覚悟を握った天津の男は、どこまでだって突き進んでいくと分かっているだけに見ていて危なっかしい。

 

「……つくづく、難儀なもんだなぁ、俺達も。」

 

「ふふっ、そうですね。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

━━━━その日、アタシ(暁切歌)は思い出したのデス。

(てがみ)に支配されていた恐怖を……

 

「━━━━はうあァ!?」

 

「切ちゃん?大丈夫?」

 

「だ、だだだ大丈夫デスよ!!なんでもなんにもなんくるないデス!!」

 

「それじゃ沖縄の方言……本当に大丈夫なの?」

 

「アハハ……ちょっと寒気と恐怖と狂気が一緒くたになって襲来しただけなのでもう問題ナシデス!!

 今度、おにーさんも遊びに来てくれるらしいし、体調を崩してなんて居られないデスよ!!」

 

「そうだね……美舟の事とか、マムの事とか。

 色々訊かないとだもんね?」

 

━━━━そう。きっと大丈夫デス。だって今のアタシ達には、皆で勝ち取った明日があるんだから……

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━晴れ渡る空に、鳥の鳴き声が木霊する。

十二月の冷たい空気に晒されながらも(天津共鳴)がその日足を運んだのは関東郊外の屋敷だった。

 

「━━━━失礼します。天津共鳴、入ります。」

 

「……うむ。」

 

室内に座するのは、内閣情報調査室(CIRO)の長……即ち、日本の諜報防衛のトップに立つ存在。

 

━━━━名を、風鳴八紘。

 

「……国防より追われし天津家の者が風鳴の敷居を跨がせていただく温情、感謝致します。」

 

下座となる此方が述べるのは、毎度毎度のお馴染みの口上……とはいえ、コレは致し方無い事だ。

 

「……うむ、国防を万全と為すが故の特例である事、肝に銘じて戴く……では、報告を頼む。」

 

━━━━なにせ、俺達天津は彼の父たる風鳴宗家当主に真っ向から喧嘩を売ったのだから。

宗家からの命令で無碍にされぬだけマシという物だ……

 

「はッ!!ではまず、フロンティア事変後の各国の動きからご説明致します。

 ━━━━FIS構成員全員の拘束、並びにウェル博士の収容は完了しています。

 本来であれば、大半の被害が出た日本の行政府たる日本政府がその責を追訴する筈ですが……」

 

「……Queens of Music会場での宣言を基に、米国は彼等を《世界に対する宣戦布告を為した前代未聞のテロ行為である》として国際法廷での審議を申し立てて居るのだったな……

 此方にも、その情報は入っている。」

 

━━━━全世界生中継の中での国土割譲要求……シンフォギアを釣り出す為にぶら下げた餌が、予想外の形へと姿を変えて彼女達の身を犯そうとしている。

 

「はい。コレは間違いなく世界正義を標榜する米国、その影響力で以て彼女達に死刑を求刑するつもりかと。」

 

「━━━━つまるところは生贄の羊(スケープゴート)、というワケか……」

 

「……はい。米国は今回、彼女達の行動によって数々の不都合な真実を白日の下に晒されてしまいました。

 1971年にFBIから違法な捜査資料が流出した時と同じ……いや、それを遥かに上回る程の……」

 

━━━━それ故、米国はそれを揉み消さねばならない。その為に、何をしようとも。

 

「……未成年の構成員までにも死刑を求刑するとなれば、凡そ合法的なやり口は取れまい……

 となると、湾岸戦争の引き金の一つとなったナイラ証言のように……」

 

「えぇ、偽造された証拠類の用意を既に始めているかと。」

 

「……難題、だな。」

 

「……はい。難題です。

 二課はあくまでも対策の為の実働部隊……政治上の問題に持ち込まれてしまえば、我々が打てる手は極端に少なくなりますから……」

 

━━━━敵は既に包囲を完成させようとしている。だが、その網には一分を超える程の実態が混ぜ込まれているのだ。

拡大解釈と強権執行という理不尽な裁定であろうと、それを打ち破るには生半可なやり口では突破力が足りない……

 

「……だが、光明はある。

 先日、斯波田事務次官が米国政府に吹っ掛けたそうだ。

 ━━━━月の落下に関して、米国政府、並びに米国国家航空宇宙局(NASA)が《ルナアタックの影響による月の軌道への影響は軽微だった》という公式声明を出していた事。

 並びに、《ルナアタック後に設立された》と説明されていたにも関わらず、ソロモンの杖の秘匿、並びにレセプターチルドレンの略取という形で存在が示唆されている米国連邦聖遺物研究機関(Federal Institutes of Sacrist)の設立経緯そのもの……つまり、彼等が隠そうとしている不都合な真実を先んじてぶつけたという事だ。」

 

「━━━━ッ!?

 それは……紙一重なやり口なのでは!?もしも米国が強硬を目論めば……」

 

米国が求める不都合な真実の隠蔽。それを台無しにすれば確かに米国が彼女達を糾弾する理由は消える。

……だが、それはあくまでも米国の出鼻を挫けるというだけの事では無いのか?

 

「……そうだな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()止められなかっただろう。

 だが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ━━━━斯波田事務次官の狙いは、米国そのものに譲歩を求める物では無いという事だ。」

 

━━━━八紘さんが語るそれは、かつて。父さんが唱えた新たな護国の理念と似通っていて。

そして、狙いが米国の譲歩を求める物でないとすればそれは……

 

「━━━━国際世論の矛先を、米国へと向ける為……?」

 

「そうだ。情報化の波に伴い、米国はかつての完全一強体制を保つ事が出来なくなっている。それでも、日本と米国の間の単独交渉では非常に分が悪い……

 ━━━━だが、米国が世界正義を標榜するが故に絶対に越えられぬ一線が有る。それが、自国の潔白性だ。実際には異なるとしても、国際社会に見せる面はクリーンでなくてはならない。

 単独の国家でありながら、米国が世界全体に影響を持つように見せかけられる理由がそれであるが故に、彼の国は其処を違える事が出来ない。」

 

「であれば……」

 

「あぁ。斯波田事務次官の追求を認めるワケにはいかんだろうな、米国側は。

 ━━━━今後の動向もまた注視せねばならんが、今すぐに米国の主張が通る事は無いだろう。」

 

「……よかった……」

 

━━━━その言葉に、安堵の溜息が漏れる。

世界を救った彼女達が、世界の為の生贄になるだなんて……そんな事、俺には受け入れられない結末だから。

 

「……他に、報告はあるかね?」

 

━━━━だから、コレで一区切りだと言外に告げる八紘さんの言葉に、緩んだ頬を引き締め、姿勢を更に正す。

 

「はい。フロンティア事変後の一ヶ月程の計測ではありますが、やはり現在の所ノイズの出現は世界的にも確認されていません。

 ━━━━ソロモンの杖によってバビロニアの宝物庫へのゲートが完全に閉じられた事でノイズの偶発的出現の可能性が極端に下がるという母さ……天津博士の仮説。

 追加の検証を続けていく必要はありますが、論ずるに値する物だと思われます。」

 

「……そうか。」

 

━━━━未来が願いと共に投げ放ち、ネフィリムの腕を巻き込んで宝物庫の中へと消えたソロモンの杖。

その力によって再び閉じられたバビロニアの宝物庫は時空から切り離され、今までのようにこの世界と激突する事でノイズを撒き散らす可能性は大きく下がるという。

そして、それは、つまり。

 

「……追加の検証の結果次第ではありますが、認定特異災害であるノイズが地上に現れる事が無くなれば……

 それに対抗する為という名目で結成された特異災害対策機動部一課、並びに二課の存在意義は大きく目減りする事となります。

 そして、シンフォギアの存在と装者の存在がルナアタック、そしてフロンティア事変という形で世界中に知れ渡った以上、二課の存在を旧風鳴機関と同じ秘匿機関として運営、隠匿する事は難しいかと思われます。

 ……現に、旧風鳴機関の設計構想で造られ、目下再建造中の二課仮設本部潜水艦に関しても、各国政府からの資金提供の代わりに技術の供与を求める打診が来ているとか……?」

 

風鳴宗家、並びに風鳴機関前司令であった風鳴訃堂の命の下、後に二課仮設本部となる元の潜水艦を建造していた事実。

それが無ければ、改装を前提にしたとはいえ、三ヶ月程度で二課仮設本部が動き出す事は出来なかっただろう。

━━━━だが、それは露見してしまえば各国の嘴を刺す隙間となる。先ほどの米国と同じように。

 

「……そうだな。秘匿組織とするにもそろそろ限界であろう……親父殿の機嫌は右肩下がりとなるだろうが、日本もまた国際社会の一員である事実からは逃れられん。

 ━━━━ともすれば、二課は国連預かりという形で日本から活動の場所を移すかも知れんな。」

 

「はい。そうなれば二課か、その後進となる組織は国連直轄の……父が所属していたという特務部隊のようになるでしょう。

 ━━━━だからこそ、どうか逢ってあげてくれませんか。()()()に……」

 

━━━━父と娘、難しい関係だろう事は知っている。まだお互いが幼い頃、父に叱られた彼女と出逢ったあの日から。

……けれど、国連直轄となれば日本との関係を維持し続ける事は難しくなるかもしれない。俺と、父さんのように。

 

━━━━そうすれば、いつか彼女は物言わぬ姿で帰って来てしまうかも知れないのだ。そうはさせないと誓っている。

……そうはならないと信じている。

だけど、やっぱり。

 

「それは……共鳴くん。

 ……それは天津家、並びに二課からの連絡員としての言葉かね?」

 

「━━━━いいえ。俺自身の我儘です。」

 

━━━━()()()()()()()()()()、どうか親子で話して欲しい。国連直轄機関となる事で御当主の割込みの可能性は減る筈なのだから。

 

「……………………それは、出来ない。

 実態として裏にも関わるとはいえ、私の立場はどこまでも表沙汰に立つ者だ。旧友の息子を招く等という隠れ蓑も無しにこの時期に二課との接触があったと知れれば各国は(こぞ)ってそこに嘴を挟む。

 ━━━━故に、私と二課の関係はどこまでも、ビジネスライクであらねばならんのだ。」

 

「ですが……ッ!!」

 

「━━━━くどいッ!!」

 

━━━━追いすがる言葉に重ねられるのは、痛烈なまでの否定の意思。

 

「ッ……失礼しました……」

 

「いや……万難たる危機を排するのが私の仕事だ……故に、是は致し方のない事なのだ。

 ……だが……キミのその厚意の、その心は受け取っておこう……」

 

「はい……」

 

━━━━あぁ、なんて難しいのだろうか。人と人が分かり合うというのは……

父と娘でさえ、こんなにも……遠い━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あたたかな麦芽飲料に舌鼓を打ちながら、ボク(ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス)は仮説構築を行っていた。

 

「━━━━シンフォギアの適合において、奇跡などという要素は介在しない……であれば、立花響がガングニールに再び適合出来た理由は大よそ予測が付く……」

 

だが。

それはむしろ、より大きな謎を産んだとも言える。

 

「……シンフォギアの産み出すエネルギーの根幹はウタノチカラ……つまり、波形パターンに宿るフォニックゲインを光として固着、物質化する事にある。

 ━━━━だが、逆に言えばそれは、装者という波形の供給源を喪えば固着された物質もただの波へと還る事を示している……」

 

ボク自身は見ていないが、ルナアタック事件の際にもそういった事があったそうだ。

 

「━━━━だというのに。一つだけ例外が存在した。」

 

初めは、誰もそれに気づかなかった。だって当然だろう?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()等!!

 

「なるほど。融合症例!!あまりにも興味深いシロモノだ!!」

 

━━━━二年前のライブ会場の惨劇。其処で破片に身体を貫かれた立花響。

だが、その胸を穿った破片はそんじょそこらの瓦礫などでは無かった!!

即ち、ガングニールのシンフォギア!!その断片!!

 

「……だが、その理屈が分からない。」

 

原因は分かる。結果も分かった。

━━━━だが、それを繋ぐ因果が見えない。

ボクのように、生体型の完全聖遺物を肉体と融合させれば、基本的に安定して融合する事が可能だ。

けれど、それを少しでも崩した不完全聖遺物では、天逆美舟のように聖遺物の強大なエネルギーが干渉を引き起こし……最悪、そのまま聖遺物に喰い破られる。

 

━━━━だというのに。立花響はそうはならなかった。

ギアの欠片だというのに消える事無く、聖遺物の欠片だというのに肉体を喰い潰す事も無くッ!!

 

「何故だ?どうしてだ?

 分からない。だが、分からないからこそ解き明かし甲斐があるってもんだッ!!

 この禁忌の箱(パンドラボックス)は……ッ!!」

 

「……相変わらず、テンションがおかしいんだな。アンタは。」

 

「あぁン?」

 

━━━━そんなボクの思考に水を差すのは、横から掛けられる声。

天津共鳴。憎たらしい上に甘ったれたクソガキが、其処に立っていた。

 

「……おや。ボクに何用ですかね?まだ麦芽飲料はたっぷりありますが……?」

 

「ふざけんな。アンタが本差し入れろって言ったんだろうが!!

 ……ホレ、錬金術関連のオカルト本だ……一体何に使うんだ?」

 

そう言って男が差し出す本は、確かにボクが以前頼んでいた学術書。

 

「あぁ、ありがとうございます……とだけは言っておきましょう。

 ━━━━あぁそうだ。折角なんで一応、キミに意見だけは聴いておきましょうか……この学術書と同じように、天才であるボクにインスピレーションを与えるのは日々の様々な努力の地道な積み重ねですからねぇ。」

 

「なんでそんな上から目線なんだよ……んで?質問ってなんだよ。」

 

「えぇ。質問といっても一つだけですよ。

 ━━━━立花響の胸に刺さったガングニールの欠片。アレは何故、ヒカリへと還る事無く胸に刺さったままだったのか……という事についてです。

 理論などは此方で考えますから、好き勝手言ってみなさいな。」

 

挑発も兼ねておちょくりながら、ボクは問いを投げかける。この男は頭の回転自体は早いのだから、何か面白い返しでもしてくれば御の字だ。

 

「……確かに。言われてみればそうだな……櫻井理論に則れば、アームドギアの欠片であっても、フォニックゲインが無ければ固着が解けて還る筈なのに……

 ……絶唱によって大規模なフォニックゲインを浴びた事で実体化した……?だが、それなら他にも実体化した実例が無ければおかしい……

 なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……?

 ━━━━あ。」

 

「あァ?」

 

━━━━そう。コイツに問いかけたのは何かボクの踏み台になれば御の字程度の思いつきだったのに。

 

「……あぁ、なんだ……そういう事だったのか……」

 

「━━━━分かったってんですかァ?この謎の答えがァ?」

 

「……俺達人類は、誰もが胸に歌を宿している。

 アンタが打ち破られたあの奇跡……七十億の絶唱と同じように。

 だから、響の胸に突き刺さったガングニールの欠片は、歌を聴き続けていたんだ。

 ━━━━あの子の、胸の歌を……」

 

━━━━それは。

━━━━確かに。

━━━━理屈の通る屁理屈で。

 

「ふ、ハハ……アヒャハハハァ!!

 ━━━━天津共鳴ィ!!」

 

「うおっ!?なんだよいきなり……」

 

「く、ククッ!!()()()()()ッ!!あのフィーネも匙を投げていた難問を、お前はッ!!

 なるほど!!確かに!!シンフォギアの適合係数に奇跡が介在しない以上ッ!!誰もの胸に歌が宿るという前提もまた、七十億の絶唱が立証した以上ッ!!

 鼓動に歌が宿るのは必定かッ!!

 ハハッ!!ヒャーハハハハハハハ!!」

 

━━━━ならばつまり。

()()()()()()()という事だッ!!アレもッ!!ソレもッ!!コレもッ!!ドレもッ!!

 

「ふひっ……えぇ。面白いインスピレーション、確かに戴きました。

 気分がいいッ!!最高だッ!!

 ……なので、貴方の質問になんでも答えてあげますよ。どうせ、この前みたいに何かしらの疑問の答えが知りたいからってボクに構ってるんでしょう?」

 

「知りたいというか……まぁいいや。

 ━━━━じゃあ、質問の代わりに、一つ契約してもらっていいか?」

 

「……契約ゥ?此処じゃ発行できるのは空手形だけですよォ?んなモンはテメェが一番よく分かってるでしょう?」

 

ボクの厚意を無碍にし、(あまつさ)え要求上乗せとは厚かましい……とは思ったが、気分がいいのでボクは許そう。

 

「まぁまぁ……

 ━━━━もしも、貴方が拘束を解除されて……世界の危機に立ち向かう事になったらの話だ。

 その時は、一度だけでいい。あの子達シンフォギア装者に無条件で協力して欲しい。」

 

「…………なるほど。ボクに対しての永続的な協力や、人類を救うためにやむを得ぬ犠牲を出す事自体は止めないが……」

 

「そう。たった一度でいい。あの子達が手を伸ばして、誰かを助けようとするのを手伝って欲しい。」

 

「━━━━お前を手伝う。じゃあ無いんですねぇ?」

 

「━━━━あぁ。あの子達を、だ。」

 

━━━━まるで、寿命を悟った老猫のようにくしゃりと笑って、その男は断言した。




━━━━雪が降り積もる。街に、道に、そして心に。
キミがこの世に生まれてくれた日を祝福するかのように灯火は煌めき、夜宴は始まる。

━━━━そう。だから。仮令(たとえ)何も感じられないとしても。
俺は、キミ達が笑って居てくれるだけで、幸せなのだ。


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第八十五話 新生のトリガーオフ

『━━━━クリスちゃん(キネクリ先輩)、お誕生日おめでとう!!』

 

━━━━頼んでも居ないのに、示し合わせたらしいソイツ等があたし(雪音クリス)の家にやって来たのは12月の28日……つまり、あたしの誕生日だった。

 

「お、おぅ……ありがと……よ……」

 

いつものお節介な奴等から、確かに交友はあるが普段はつるまない奴等まで。

寄ってたかって祝福の言葉を投げかけて来て……こんな風に祝われていいのかな。なんて気持ちが鎌首をもたげてしまう。

 

「━━━━はい、クリス。私と響からはコレ。普段のクリスの趣味とはちょっと違うかもだけど……色んな種類がいっぱいあるシリーズで、皆の分をお揃いにしてみたの。

 クリスには赤のを、私には紫の。それで……」

 

「私は黄色ので、翼さんには青のッ!!奏さんにはオレンジので~……お兄ちゃんは黒いのッ!!」

 

「む。私達の分まで考えてくれたのか……?小日向はよく気が付くのだな。良いお嫁さんになれると思うぞ?」

 

「そんな……お嫁さんだなんて、まだ……」

 

「翼さんッ!?私が気が付いたという想定は無いんですかッ!?そっちは私のアイデアなのに!?」

 

「ハハッ!!アタシ的には皆の分ってのが響らしいと思ってたぞ~。よしよし~」

 

「う~……奏さーん!!」

 

「えぇっ!?……す、すまない立花……私はてっきりキーホルダーに決めたのが立花のアイデアかと……」

 

━━━━けど、少し顔を上げるだけで見えてくるのは、誰もが笑っている、そんな姿。そして……

 

「━━━━」

 

おめでとうの言葉を掛けた直後だというのに、真剣な表情でパパとママの仏壇に祈りを捧げる、実直にも程があるバカその二の姿。

……あたしも、こんな風に想ってくれる奴等が居るのなら……笑っても、いいのかな?

 

「ク、リ、ス、ちゃ~ん!!」

 

「どわぁ!?テメ、天音!?」

 

そんな疑問すら振り払うように後ろから強襲を掛けて来たのは、同じクラスになったという縁だけで何故かお節介を焼いて来るバカその三。

桃色の髪をふわりと載せるようにあたしを後ろから抱き込みながら、バカその三はラッピングの付いた色紙を渡してくる。

 

「アニメ同好会候補の皆を代表して~、私からはコレをプレゼントしちゃうわね~。

 ━━━━なんと!!《快傑☆うたずきん》の描きおろしイラストでーす!!」

 

「……なんだって?」

 

よく分からない言葉の羅列にフリーズしたあたしの思考では、ただ問い返す事しか出来ない。

 

「━━━━よくぞ聴いてくれましたッ!!

 《快傑☆うたずきん》とは、天上界にあるハッピーソングキングダムの守護天使で、同時に未来の大天使長候補でもある『うたずきん』が、『うたゆきひめ』や『うたデレラ』と言った童話モチーフの仲間たちと一緒に地上に来訪した所から始まるお話で、歌魔法を使って変身する事で人々に幸せを齎す事で発生するエネルギー結晶『しあわせのかけら』を一年以内に最も集めた者が次なる大天使長になれるという縦軸の下でおっちょこちょいだけどいつも元気で一生懸命なうたずきんが、何故か毎回社会派なサスペンスに巻き込まれては歌魔法で人々を幸せにしていく中で、社会派なサスペンスを止める為に奔走する年上の謎のスーツの青年に恋しちゃったりする思春期の淡い恋心を横軸に『みんなの幸せとはなにか?』を問いかけるマジカルハートフルストーリーで、今はまだ読み切り版第一話と連載版の第一話が掲載されただけなんだけど既に大ヒットの兆しが見え始めてる作品で……」

 

「実はね?皆が装者として戦う姿が人伝のウワサとして都市伝説になっちゃってたの~。だから、それを先んじて抑える事で無茶な撮影等によるSNS映え狙いを抑制する為に二課の皆さんが頭を捻って~……

 そうして出来上がったのがこの《快傑☆うたずきん》なのよ~?」

 

「お、おぅ……二課ってもしかして、頭いいけどバカの集まりなんじゃねーか……?」

 

「ま、ユミの大暴走はいつもの事として……あまあま先輩の伝手のお陰でなんとか手に入ったから、折角なんでキネクリ先輩へのプレゼントにしようって事になったんですよ。

 布教用に使われるのならいいってあまあま先輩もユミも納得してくれましたし。」

 

そう言って話しかけてくるのは、バカその一のクラスメイトの三人組の一人。

 

「ほーん……いや待て。そういや、お前さんはなんで他人の事をそんな変な呼び方するんだ……?

 あのバカと違って先輩と付いてるのはいいが……」

 

「えー?結構いいと思いません?ゆ()()()()ス先輩でキネクリ先輩。」

 

「……色々滅茶苦茶ツッコミたい所はあるがひとまず置いておいて……じゃあ、其処等の連中は?」

 

「えーっと、あまあま先輩、ひ()()でビッキー、こ()()たでヒナ、かざな()()ばささんでりっちゃん先輩、あも()()なでさんでウカさん、とも()()でナリさん。

 んで、()()()までテラジと……板場弓美で、バキュラ。」

 

━━━━いや、どうしてそうなる?と口に出さずに済んだのは奇跡だっただろう。いや、本当にどうしてそうなるんだ?()(キュウ)は分かるがラはどっから来た?

 

「━━━━って!!だからそのあだ名だけはやめてって言ったでしょ創世ッ!?

 花も恥じらう女子高生がなんではたまた時には現れて256発当てないと倒せ無さそうな無敵の名前になってんのよッ!?」

 

「アハハ!!ごめんごめん……ってワケで、今は普通にユミって呼んでるんですよ。」

 

「そ、そうか……」

 

━━━━変わった奴等だな……いや、本当に……

このまま話を進めるのもアレだと思って視線を彷徨わせるあたしの前に立ち替わるようにやって来たのは……さっきまでバカその一を宥めていた筈のセンパイだった。

 

「どうだ、雪音?楽しんでいるか?」

 

「ま、まぁ、ぼちぼち……?

 ━━━━そういや……この忙しい時期によくこんな時間取れましたね?」

 

話を変えるように振るのは、しかし心底からの疑問。

年末年始と言えば特番、歌番、生放送の書き入れ時な筈だが……

 

「あぁ、うむ……実はな。緒川さんに無理を言って時間を作ってもらったのだ。

 ━━━━なので、あと三十分で次のリハーサルに赴かねばならん。」

 

「━━━━って、全然ダメじゃねぇかッ!?んなにゆったり構えてていいのかよッ!?」

 

「うむ。既に下で緒川さんにスタンバイしてもらっている。安心していいぞ。

 ━━━━それでもな。大事な後輩の誕生日を祝ってやりたかったのだ。

 それと、コレは誕生日プレゼントの菓子の詰め合わせだ。緒川さんや奏と一緒に選んだ物だが、良ければ仲の良い友達と一緒に楽しんでくれると嬉しい。」

 

━━━━弾丸のように真っ直ぐに、いつもこの人は飛び込んで来て。

……というかこの菓子、美味いけど高いってウワサだったような……?

 

「んなっ……その……ありがとう……ございます……」

 

━━━━あぁ、本当に。こんなあったかい物にあたしは。

何かを返してやる事が出来るのだろうか……?

 

「ふふっ……それでは行ってくる。

 共鳴、雪音のエスコートを頼んだぞ?」

 

「あぁ、しっかりエスコートして来るよ。翼ちゃんも頑張って。」

 

━━━━普段の装いとそうそう変わりはしない筈なのに。

アイドルとして立つが故か、しゃなりしゃなりと歩み出ていくセンパイの背中はやけに大きく見えて……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━というワケで、クリスちゃんを飾り立てるぞ~!!」

 

『おーッ!!』

 

━━━━昼下がりのクリスの誕生日パーティを終えて、(小日向未来)達はディナーの準備も兼ねて東京ナイトタウンの中での買い物に向かっていた。

クリスマス自体は終わったとはいえ、年末年始を煌々と照らすイルミネーションの中を歩く皆は、自然と二手に分かれるような形になっていた

響と天音さんに手を引かれてクリスが連れられ、後ろを歩く私とお兄ちゃんは横に並ぶ形。

 

「……はー……もうすっかり冬だね……お兄ちゃんは防寒大丈夫?

 クリスのエスコートだからって無茶してタキシードとかにしてない?」

 

マフラーを巻いて防寒しても、やっぱり冬は冷え込むもので……

来年はマフラーだけじゃなくて、クリスみたいに上着も羽織らないとダメかな?なんて逸れる思考を戻しながら、上着をキッチリ着込んでいるお兄ちゃんに問いかける。

 

「さっきクリスの部屋で見たでしょうが……セミフォーマルくらいにしてあるって。」

 

「ふふっ、冗談。

 だって……クリスが緊張するのに、お兄ちゃんが何も無いのは不公平でしょ?」

 

「それは……そうかもな。」

 

━━━━そう言いながら微笑むお兄ちゃんには、左腕が無い。

不便じゃないか?って聴くと、馴れればなんでもないさ、と貴方は笑う。

……だけど、その腕が無い理由は。私が……

 

「━━━━未来?」

 

「━━━━えっ!?」

 

「どうしたんだ?響達はもう店に向かっちゃったぞ?」

 

「……その、ごめん……お兄ちゃんの左腕の事、考えてて……」

 

━━━━誤魔化す為の嘘は吐かないって、約束してもらったから。私も、誤魔化す為の嘘は吐きたくない。

だから……

 

「…………そうだなぁ……未来には感謝しないといけないな。」

 

「……え?」

 

「未来のお陰で、俺はFISの皆に手を伸ばす事が出来た。

 ウェル博士の策に嵌められたのは事実だけど……そのお陰で、美舟ちゃんや切歌ちゃん、調ちゃんやセレナちゃんやマリアさん……そして何より、ナスターシャ教授を助ける事が出来たんだ。

 だから、後悔はしていないんだ。」

 

「それは……」

 

━━━━確かに、それは事実なのかも知れない。けど……

 

「どうか泣かないで……未来……」

 

「━━━━泣いて、ないよ……」

 

泣いてなんか、無いのに……

残った右腕で、お兄ちゃんがそっと抱き寄せてくれる、その温かさが切なくて━━━━

 

「━━━━だから、ゴメン。

 未来には……笑って居て欲しい。だから━━━━」

 

━━━━私の頭を抱き寄せる、お兄ちゃんの右手。

そこから発される何かが、輝いた気がして━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━あれ?」

 

━━━━(小日向未来)、今何してたんだっけ……?

 

「ん……気が付いた?」

 

━━━━声に気づいて顔を上げると、すぐ近くに見えるのは、心配そうにのぞき込むお兄ちゃんの顔。

 

「わ……近いってば……!!」

 

あぁ、そうだ……私、クリスの為の買い物に来て……それで……あれ……?

 

「どう?少しは落ち着いた?」

 

「え……?あ、うん……

 それで……何の話してたんだっけ?」

 

━━━━何かを思い出そうとして、すり抜けるような感触。

頭の中、何かが、引っ掛かって……?

 

「あぁ……未来のお陰で、俺は頑張れたって話だよ。

 ……やっぱり、それでも不安?」

 

━━━━それでも思い出せたのは、お兄ちゃんの左腕について話していたって事。

それを、私のお陰で頑張れたってお兄ちゃんは言ってくれて。だけど……

 

「うん……やっぱり不安。いつもみたいに人助けに行って……そのまま、帰って来ないんじゃないかって……」

 

きゅ、と握るのは、中身のないコートの袖口。

━━━━本当に、無くなってしまったんだという喪失感と、自責の念。

そして……左腕を失くしたように。

お兄ちゃん自身までどこかに行ってしまうんじゃないかって、不安な気持ち。

 

「━━━━じゃあ、約束しようか。」

 

「━━━━約束?」

 

あれ……?約束って……何か、大事な約束を……もうしていたような……?

 

「果てしなく遠くへ行っても……必ず此処へ……未来の下に帰ってくる。

 ……約束だ。」

 

━━━━だけど、お兄ちゃんの真剣な声に圧されてしまう。

何故?どうして?……この答えは、いつか分かるのだろうか?

 

「……分かった。じゃあ……うん。お兄ちゃんがあんまり遅いようなら、私の方から迎えに行っちゃうから。

 だから……」

 

━━━━だから、この約束は仕返しも兼ねて。

お兄ちゃんが手を伸ばし続けるように……私も、手を伸ばし続けるという約束。

 

「……あぁ。必ず帰ってくるから。」

 

━━━━寒空の下、約束にと交わす指の温もり。

この温もりだけは……どうか、すり抜けないように……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━東京は元麻布。仙台坂上近くにひっそりと佇む、隠れ家的レストラン。かつては、常連の紳士が店への道を教えてくれていたという。

普段はフレンチレストランだが、土曜の夕方五時には常連客が会話を楽しむウェイティング・バーにもなるのだとか。

 

 

━━━━なんて、あたし(雪音クリス)がそんな風に現実逃避全開でバカその一のクラスメイト三人組が教えてくれた店の情報を諳んじてる理由。そいつは簡単だ。

 

「━━━━どうしたの?クリスちゃん?」

 

━━━━目の前のバカその二があたしの誕生日プレゼントにと用意した店が、思いっきりオシャレなフレンチレストランだったからだ……ッ!!

どう考えても場違いだろうがッ!!学生二人が年末に貸切とかッ!!

……だというのに、目の前の男はそんなあたしの視線に気づいた風もなく首を傾げて、アペリティフの炭酸入りのミネラルウォーターに口を付ける。

 

「……どうもしねぇよ!!」

 

「Oh!!Signorina(お嬢さん)!!どうしましたかね?」

 

「あ、いや……その……」

 

━━━━そんな店のバーテンダーを継いで数十年になるのだという、イタリア人のシェフ兼バーテンダー。彼にいきなり声を掛けられた事に驚いて、つい委縮してしまう。

 

「━━━━アンジェロさん。今日は貸切にしていただいてありがとうございます。」

 

「ハハハ!!気にしなくてイイヨ。雪音サンの御両親とは常連だった時代から仲が良かったからネ。

 ソレなら常連の頼みみたいなモノさ!!」

 

「……パパとママも……常連だったのか?」

 

「Si!!教授サンとも仲良かったデスね!!」

 

「教授さん……この店の事を教えてくれた取手さんが言ってた《常連の紳士》の人の事ですね?」

 

「それも、Si!!20歳になったら、土曜日の(サタデー)ウェイティング・バーもよろしくお願いネ!!」

 

「━━━━はいッ!!」

 

……そっか。ホントにこの店が、パパとママの通ってた店なんだな……

 

「……って、そういやアイツ等はどうしたんだ?」

 

あたしとこのバカを置いて、他の皆は一足先にどこかに行ってしまったのだが……

 

「あぁ、皆は俺の奢りで焼き肉したいって言うから、イェシアーダさん……あ、ウチのメイドさんね?彼女に頼んで肉を買い込んでもらったし、屋敷で焼き肉してるんじゃないかな?」

 

「アイツ等らしいな……」

 

━━━━というか、そっちも奢ってるのかよ……其処にも呆れてしまう。

 

「あはは……まぁ、元々年末で皆で遊ぼうって話にはなってたから、ちょうどよかったんじゃないかな?」

 

「……にしたって、全額補填はやり過ぎじゃねぇのか?」

 

「……やっぱり?クラスメイトにもツッコミ入れられちゃったんだよね……

 前にもマックをクラスメイト全員分奢って怒られたし……『流石にやり過ぎだッ!!』って……」

 

「其処で怒ってくれるってのは……いい友達、なんだな……」

 

「……あぁ。俺には勿体ないくらいのいい友達だよ。」

 

「……友達、か……」

 

━━━━真っ先に浮かぶのは、お世話係だなんだと懐いて来る桃色の少女。

……いや、此処で友達と認めると絶対調子に乗るのが目に見えるッ!!それだけは勘弁だッ!!

 

「クリスちゃんは━━━━」

 

「それより、だッ!!

 ……ありがと、な……パパとママの想い出の場所に連れて来てくれて……」

 

「……ふふっ、どういたしまして。

 さ、料理がそろそろ来そうだし……まずは、料理を楽しもう?」

 

「お、おう……そうだな……」

 

━━━━絶望の空を見上げたあの日には、絶対に考えられなかった光景。

まるで、夢のような時間が流れて行って……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

━━━━レストランでの食事を終え、クリスちゃんを部屋まで送り届けて。

帰って来た(あまつともなり)の前に広がっていたのは、まぁ大層な大惨事の光景だった。

 

「……お帰りなさいませ。」

 

「おう、お帰り~」

 

「お帰りなさい、共鳴さん。」

 

「ただいま、イェシアーダさん、奏さん、セレナちゃん……ところで、コレは……」

 

「はい。皆様によって肉は食べ尽くされました。」

 

「凄かったぞ~?クリスやトモにも見せてやりたかったくらいだよ。」

 

「はい……一人でキロ単位のお肉を食べる姿には本当にびっくりしました……」

 

「……結構な量買ってた筈なんだけどなぁ……ま、育ち盛りって事か……」

 

座敷に敷いた炬燵の中にあるのは、座椅子であったまっている奏さんとセレナちゃん、そして……くっつき合って眠る響と未来の姿。

どうやら響が食べ過ぎて動けなくなったのを介抱していた所、未来も寝落ちてしまったようだ。

 

「流石に炬燵で寝ると風邪をひきそう、か……イェシアーダさん、布団の用意は━━━━」

 

Tes.(テス) 既に完了しております。」

 

「━━━━流石。」

 

プロのメイドという触れ込みに偽りはない。イェシアーダさんは既に客間の準備も布団の準備も整えていたらしい。

 

「じゃあお願い。母さんは……」

 

「鳴弥様は仕事で詰めるとの事で連絡が御座いました。お帰りになられるお嬢様方は道行様が別邸への帰り際にお送りになられました。」

 

「アタシ達ももう寝るだけだから、響達の後にイェシアーダさんに送ってもらうよ。」

 

「分かりました。じゃあ、早いけど俺も風呂に入って寝ますね。」

 

Tes.(テス) おやすみなさいませ。」

 

「おやすみなさい、共鳴さん。」

 

「おやすみ~」

 

━━━━セレナちゃんが何故我が家に居るかと言えば、まぁ当然の事ながら戸籍などが存在しない難民状態だったからだ。

幾らなんでも、そんな状態の13歳を一人で暮らさせるような無体をしては二課の沽券に関わる……という事で、お手伝いさんも居り、既に先客(奏さん)も居る我が家が一番だった……という話である。

 

「……」

 

━━━━廊下を歩き、自分の部屋に向かう。帰る時間の連絡はしておいたから、イェシアーダさんが暖房を付けている事だろう。

 

━━━━それが、今の俺には分からない。知覚出来た事を判断出来ない。

 

「……味覚の次は温感、か……」

 

遺伝子の裡より甦る神の力の二度目の発作。それを散らした代償が、温感(それ)だった。

 

「全く……誤魔化せるとはいえ地味に面倒な物から消えていくな……」

 

自室に入り、上着を掛けて椅子に腰かける。

味覚、温感と忘却されていく俺の肉体感覚。

だが、視覚、聴覚、触覚の三つが全て消えない限りは問題無い。ギリギリにはなるが、残りの感覚と勘で補う事で短時間の戦闘行動くらいならば支障はない。無いのだが……

 

「……ちゃんと、笑えてたかな。俺は……」

 

クリスちゃんへの誕生日プレゼント。フレンチレストランでの夕食。

━━━━その味も、俺には感じ取れなかった。

 

俺の左腕を結果的に奪ってしまった事を悔やむ未来。その温かさ。

━━━━その熱も、俺には感じ取れなかった。

 

「……クソッ……!!」

 

約束を破った事。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その無念に、握る拳に力が入る。

━━━━それでも、気を窺うしか無い。

ただ俺の中の因子を消すだけでは足りない。

俺の肉体、海中に喪われた左腕。その行先を探りだし、それを器と降臨せんとする神の力(ディバインウェポン)そのものを消し飛ばす。

 

「……今もフロンティアの残骸をサルベージしている調査部が海底から腕を引き揚げるのが先か、俺の魂が何も感じられなくなるのが先か……」

 

━━━━分の悪い賭けだ。だが、それでも……

 

「━━━━お前を遺して逝くワケには、いかないんだ……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━バチバチと、ギアコンバーターの表面に火花が弾ける。

年末という目出度い時に、修復の済んだ二課仮設本部に籠ってまで(天津鳴弥)がこうしてギアペンダントとにらめっこしている理由。

その原因は、この目の前のギアペンダントの状態にあった。

 

「あーーーー……真っ二つになったギアコンバーターの新造とか、もう二度とやりたくないわ……」

 

━━━━即ち、銀のシンフォギアをマリアちゃんに纏わせた謎の聖遺物……セレナちゃんが言うには、アガートラームだという。

その解析、並びにギアとしてギリッギリにでも使用可能な程度への修復作業だった。

 

「ん~~~~!!

 ……でも、コレが完成しなきゃ、マリアちゃんが釈放されてもセレナちゃんと一緒に出歩く事が出来ないワケだし……」

 

伸びをしながら想いを馳せるのは、保護されて我が家に居候している少女と、その姉の事。

マリアちゃんは、FIS関連がこのまま斯波田事務次官の働きで封殺されたなら陽の下を歩く事が出来る筈だ。

━━━━だが、セレナちゃんはそれだけではすまない。

世界に向けてのパフォーマンスを行ってしまったマリアちゃんと違い、セレナちゃんは存在自体がトップシークレット。

更に言えば、彼女達姉妹の故郷はチェルノブイリ原発事故で帰還不能区域と化したままであり……挙句の果てに、公的な書類上はセレナちゃんは引き取られた養護施設で死亡したとされてしまっている。

米国の情報操作の結果であるそれを二課の側で書き換える事は即ち、(七彩騎士のアゲートくんにはバレているが)米国にセレナちゃんの生存をむざむざ大々的に知らせてしまう事と同じである。

その為に、現状の彼女は記憶喪失だったという名目で就籍を行い(同様に聖遺物にまつわる事件や、ノイズに襲われた事による強いストレスなどによって記憶喪失となり就籍を用いた実例は存在する)、我が家の養子のセレナ・C・天津としたのだが……

 

「つまりそれは、昔の私と同じ立場なのよね……」

 

聖遺物に関わりながらも、自衛の手段を持たない存在。

勿論、二課は全力で彼女を護ると断言できる。だが……

 

「それを絶対と言えぬ事、知らぬ私達では無いものね……」

 

━━━━レセプターチルドレン。

戸籍無縁者や、フィーネの遺伝子的近似値を持つ者達を略取し、フィーネ再誕の器として蒐集した、米国の暗部そのもの。

その犠牲者の中には、日本から誘拐された少女達も居た。

そして、二課はそれを見過ごしてしまった。共鳴という未遂に終わった実例が無ければ、きっと気付く事すら出来なかった国内の不審な失踪事件の数々。

ならば、二度目は無いと断言する事が誰に出来る?

 

「だからこそ……バリアフィールドと、最低限の武装だけでも展開出来るようにしないといけない……ん、だけど……」

 

━━━━参った。

櫻井理論に基づき、ギアコンバーター内に仕込まれた総数301,655,722種類のロックの数々。

装者の技量、そしてバトルスタイルに基づいて系統的、段階的にロックが解除されていくその難解にして複雑怪奇摩訶不思議なシステム構造は、様々な分野のエキスパートが集まる二課技術班を以てしても私以外に弄れる段階に達した技術者が居ない。

……そして、そんな私ですらとば口に立てているだけなのだ。

 

「……はぁ……全ッ然わかんないわ……」

 

━━━━というか、完全に二課が誇る先端技術とも、二課が保有する異端技術とも別系統のナニカが仕込まれている。

つまり、今の私はロゼッタストーンも無いままにヒエログリフを解読しようとしている哀れな考古学者という事で……

 

「……其処等辺、いつかフィーネさんがこの世界に戻って来たら分かるのかしらね?」

 

━━━━けれど、フィーネがこの世界に戻ってくるという事は。

それは……新たなる世界の危機が差し迫っている事を示しているのではないだろうか?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……片腕になっても、()()は相変わらずなのね。」

 

━━━━復旧工事の進むスカイタワーの屋上にて。

監視カメラの悉くをハッキングし、警備システムの悉くをもハッキングして、その少女は其処に立っていた。

 

「……月の軌道は修正された。()がこうして蘇ってしまうというイレギュラーはあったけれど……世界はノイズの脅威を排除出来た。

 ━━━━けれど、コレで終わりでは無いわよ?真に異端なるモノ……彼等の毒牙は、すぐ傍まで迫っている。」

 

━━━━月を見上げ、さりとて月を見通さずに少女は語る。この場に居ない誰かに向かって。

 

「遥けき彼方に坐したあの方が姿を隠した後、()の前に立ちはだかったモノ……アダム、なるモノ。」

 

一度は月に伸ばした手を戻し、()()は語る。

 

「アレがなんなのかは分からないけれど……その力は紛れもなく。そして、アレが不死である事もまた、紛れもない……

 ━━━━遥けき彼方に坐したあの方々(カストディアン)に仕えた貴方の先祖であれば、アレの正体も知っていたのかしらね?」

 

その言葉を最後に、踵を返して少女は出口へと歩みを進める。

 

━━━━だが、その歩みは、唐突に止まる。

 

「……高く、高く、塔を作ればあの御方は応えてくれると思って居た。軌道エレベーター(カ・ディンギル)を造り上げ、月の遺跡へと手を伸ばせば、と……

 ━━━━けど……本当に、それは正しかったのかしら……?」

 

━━━━高き塔(カ・ディンギル)の最果てで、誰にも聴かせるつもりのない()の声は、その通りに誰にも届く事は無く……風に溶けて、消えていった……




━━━━そして、時は来る。誰の下にも平等に、どんな事情をも呑み込んで、残酷に。

(ソラ)より帰還せしソレこそ、終わりの始まり。
人は未来(あす)を美酒のように飲み干せるのか。それを知らずとも、投げ捨てぬ為にキミは跳ぶ。それが最期の断崖への飛翔だと知りながらも。

━━━━だから……
果敢なく揺蕩う世界を、キミはキミの手で護ったのだから。
今はただ、孤独な翼を畳んで、ゆっくり眠りなさい。


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第八十六話 孤独のテイクオフ

━━━━二月の、とある日曜日。

FIS所属の少女達を拘留する施設にて。

 

『わぁ……!!』

 

「良かった……皆元気そうで。二課の人達からは聴いてたけど、やっぱり心配だったから……」

 

「でも、春からは一緒の学校だよ!!

 ━━━━というワケで、気が早いけどお祝いとバレンタインも兼ねたドーナツの差し入れ、どうぞ!!」

 

「私も、一緒に中等部に通う事になったんですよ!!」

 

彼女達の処遇にようやく大筋が付いた事。

それによって面会が可能になった響達に付き添って(天津共鳴)はこの施設を訪れていた。

 

「ま、先輩として厳しく指導してやるから、そこんトコロは覚悟しておけよな?」

 

「━━━━調と切歌、それにセレナも学校に……」

 

リディアン生徒として、来年度から共に通う事になる三人からの温かい言葉に、やはり彼女達三人の学歴について思う所があったのだろうマリアさんが感極まったように目を逸らす。

 

「━━━━それにしても、三人共……丸くなったな。」

 

『━━━━はぅッ!?』

 

━━━━そんな和やかな雰囲気を一刀両断した快刀の持ち主、それは翼ちゃんだった。

 

「な、何を言い出すデスか……確かにおせちは豪華に二段でデザートも付いてより取り見取りだったデスけど……」

 

「ご、ご飯が以前より充実してるとかあ、有り得ないし……年越しそばは出て来たけども……」

 

━━━━二課側で唯一、彼女達の凄まじい台所事情を知っている俺は、その言葉に涙がこぼれ落ちそうになってしまう。

 

「うん……?皆の印象があの時より険が取れたな……と、そういう話だったのだが……何故ご飯の話に……?」

 

「━━━━天然で、この切れ味ッ!?」

 

「特にマリアが丸くなったな。以前よりも今の姿の方が、私としては好ましいのだが……」

 

「……クッ……やっぱりこの剣……可愛くない……ッ!!」

 

翼ちゃんの天然理心の一撃に、マリアさんがあえなく轟沈する。南無……

 

「お兄ちゃん?他人事みたいに言ってるけど、お兄ちゃんも翼さんと同類だと思うんだけど……」

 

「やめてくれ、未来。その言葉は俺に効く……」

 

流石に此処まででは無いと思うのだが……此処まででは無い、よな……?

 

「……こほん。改めて……調と切歌の事、感謝するわね。特機部二(とっきぶつ)の事を信じていないワケでは無かったのだけれど……

 こうして、一つずつ実現していくのを見ると……」

 

「えっへん!!師匠達は凄い人達ですから!!」

 

「……そうだな。叔父様達や斯波田事務次官等の尽力あればこそ……これほど早くの事態収拾が成ったと言えるか。」

 

「まさか、米国に思いっきり吹っ掛ける事で自分から矛盾を踏ませるたぁな……あの蕎麦のオッサン、思ったよりもやり手じゃねぇか。」

 

「事務次官が言うには『トワリよりもニハチの方が喉ごしがいいってもんサ』……だってさ。

 ……言いたい事は分かるんだけど、なんで何でもかんでも蕎麦で例えるんだろうな……?」

 

「それだけ蕎麦を愛している……って事なのかしらね……?

 ……それで、話は変わるのだけれども……美舟の容態は?」

 

そう言って、申し訳なさそうにマリアさんが訊いて来るのは、此処にまだ居ないもう一人の少女の事。

だが、それは当たり前の事だ。

 

「美舟ちゃんは……まだ、眠りに着いたままです。ネフィリムの細胞の侵蝕自体は収まっているんですが……

 左腕を介して直結していた巨人をウェル博士に破壊された際のフィードバックの影響が大きかったようで……」

 

「そう……」

 

言葉と共に、拳を握りしめるマリアさん。

 

「━━━━大丈夫だよ、マリア姉さん。」

 

「セレナ……?」

 

そんな彼女の拳を握り締め、微笑みを向けるのは、妹のセレナちゃんだった。

 

「命を懸けて絶唱を歌った私だって、コールドスリープから戻ってこれたんだもの……美舟さんだって、きっといつか目を覚ます。

 ……二度目だって、ある筈だよ?」

 

「セレナ……」

 

「━━━━そうデスよ、マリアッ!!」

 

「私達も、美舟を信じて待ってあげよう?」

 

「調……切歌……

 ……そうね。きっといつか……美舟も、マムも一緒に……」

 

━━━━その先の、言葉にならない言葉を訊くのは野暮というものだろう。

……それだけに、その願いが叶う日を見る事が出来ないだろうこの身の脆さに腹が立つ。

 

━━━━だが……だからこそ、同時に思う。この未来を護りたいのだと。

 

「そういえば……どうして差し入れがドーナツなんデスか?ありがたくちょうだいいたしますデスけど……」

 

「確か……今の時期って、バレンタインデーなんですよね?」

 

「あ~……おう。ちょうど今日だったんだけど、な……」

 

調ちゃんと切歌ちゃんの質問に、顎をしゃくって此方を指す事で答えを返すクリスちゃん。その対象は俺と、そして翼ちゃんで……

 

「……すまない。今年もファンからのチョコの山を削るのに手一杯で、この時期にチョコは鬼門なのだ……」

 

「気持ちを蔑ろにする気は無いんだけど……流石に、机の上でチョコが山になってると色々キツイ物があって……」

 

「翼さんは公式ファンクラブ経由で、お兄ちゃんは単純に告白数の多さでチョコが山盛りになっちゃってね……

 そんな状況だから、いっそチョコに関係無い物の方がいいかな?って。」

 

『なるほど…………(デス)

 

━━━━味覚が機能していない以上、チョコを味わう事も出来ないのに。そう自嘲する言葉は、しかし音として紡がれる事も無い。

 

「……あぁ、そうだ。マリアさん。ナスターシャ教授なんだが、暫くは此方とも通信が出来なくなりそうなんだ。」

 

「……マムと共に射出された、フロンティア第三艦橋……その調査の件に絡んでの話ね?」

 

━━━━そう。あの日、ナスターシャ教授を乗せて射出された、フロンティア最大の遺留物。ラグランジュ1付近、月周回軌道上を漂う遺跡の調査が遂に始まろうとしていたのだ。

 

「えぇ。アルテミス13号による月周回軌道へのアクセスを狙う国連主導の調査……では、あるのですが……」

 

「アルテミス13号……確か、米国の宇宙開発計画で使われる筈だったスペースシャトルだったか?

 私とて門外漢故詳しくは知らないが……」

 

「うん。元々は2020年代から始まったアルテミス計画だったんだけど……EUがデュランダルを手放す理由になった欧州の超規模経済破綻、およびそこから波及した世界恐慌による経済活動の縮小が原因で計画は一時中断。

 けれど、シャトル自体は既に竣工していた為に製作が続けられていたのがアルテミス13号なんだよ。」

 

「ほへぇ……色々大変なんだなぁ……」

 

「……その話は、私達も多少聞いた事があるわね……FISと直接の関わりは無かったけれど、月遺跡へのシャトルによるアプローチはフィーネの研究命題の一つだったらしくて、その関係でね?

 ……尤も、シャトルは目立ちすぎる上に、遺跡の防衛機構を越える算段が付かないからと棚上げしていたらしいのだけれども……」

 

その話は初耳だったが、言われてみれば妥当な話だ。フィーネの目的が月遺跡の機能停止であるのなら、わざわざ完全聖遺物を複数揃える必要があるルナアタックでなく、シャトルによる月遺跡への物理的アプローチであってもなんら問題はない筈なのだから。

 

「シャトル自体の投入出来る絶対数も少ないですから、表沙汰の宇宙開発計画ともバッティングしてしまいますしね……

 まぁ、そんな感じで……ちょうど今年の三月に打ち上げ予定のスペースシャトルがあるからには、場所も分かっているフロンティアの遺留物を探らない手は無い、という事。

 国連による計画の一時的引継ぎというカタチで米国からアルテミス13を借り受けて、米国の宇宙飛行士を載せて発射……そして、異端技術関係者の指示の下で遺跡から情報を回収する、という流れが予定されているらしいです。

 なんでも、ナスターシャ教授によれば《世界の未来を救えるかもしれない》物が眠っているそうで……」

 

「━━━━そして、其処に日本側の代表者としてマムが通信越しに参加する……と。

 そんな時期に私達と通信をしていれば、其処を根拠にして米国が噛みついてこないとも限らないものね?」

 

「そういう事ですね……」

 

━━━━あぁ、まったく。世の中は儘ならない物だ。折角再開を果たした筈のナスターシャ教授とマリアさん達が、こうしてまたも引き裂かれてしまうなど……

 

「━━━━そんなしょげた顔をしないでちょうだい?」

 

そんな俺の内心が、雰囲気にも出てしまっていたのだろうか。マリアさんが俺の顎にその指を掛け、上を向くようにクイ、と上げさせる。

 

「マムは生きている。今は少しだけ逢えなくても……いつか、きっとまた逢える……

 ━━━━そんな奇跡を齎してくれたのは他でもない貴方。だから……胸を張りなさいな。」

 

「……はい。」

 

━━━━奇跡。そう、奇跡だ。

大気圏外、ラグランジュポイントまで超高速で射出されたというのに即死する事無く。

ナスターシャ教授が生きたまま地上に帰還出来た事。それは、紛れもない奇跡の産物だ。

━━━━俺が手繰り寄せられた、奇跡。

 

「ふふっ、コレではまるで姉弟(してい)のようだな。天津家でセレナを義理の妹と迎えているからにはちょうどいいのか?」

 

「珍しいね、お兄ちゃんが言いくるめられる方なのって。」

 

「むぅ……たとえ共鳴さんが相手でも、マリア姉さんを渡すつもりは無いですからね!?

 マリア姉さんの妹は私なんですから!!」

 

「フフッ……安心しなさい、セレナ。幾らこの子が手のかかる弟みたいな感じとはいえ、私とてセレナの姉の立場を譲る気はないわ。

 むしろ、ライバルと言ってもいいかも知れないわね?」

 

「ライバルってなんですか……」

 

━━━━そんな俺とマリアさんの会話を見て、空気を和ますように茶々を入れてくれる翼ちゃんと未来。

あぁ……護りたい。護り続けたい。こんな、なんでもない日常を……

 

 

━━━━けれど、日常の終わりはひたひたと、確実に近づいてきていて……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

早い物で、フロンティア事変(2043年9~11月)から四ヶ月近くの月日が流れた。

そして、旧リディアン音楽院で起きたルナアタック(2043年4~6月)から数えれば、もう一年。

 

━━━━そう。もう、一年が経ったのだ……

 

「━━━━仰ぎ見よ太陽を、よろずの愛を~学べ」

 

皆の歌が、聴こえる。

校歌斉唱。聴き慣れた筈の、リディアン音楽院の校歌。

 

━━━━けれど、今の(風鳴翼)にその歌を聴く余裕など無く……

 

「う゛ぅ~!!ぐすっ……」

 

「つ、翼ちゃん……気持ちは分かるけど、流石に流石にだよ……皆の涙も引っ込んじゃってるし……ね?」

 

ただただ、溢れる涙が止まらなかった。隣で落ち着かせようと声を掛けてくれるクラスメイトの優しさに身につまされるが、それでも涙は止まらない。

 

『元栓閉め忘れてんじゃねーんだ!!簡単に泣く物かよッ!!

 むしろ泣くのは卒業するそっちだろッ!?』

 

『剣に涙は似合わないッ!!二度と泣かぬと決めたのだッ!!』

 

つい先日、雪音の売り言葉に対して啖呵を切ったばかりだというのにこの始末……

 

 

 

「━━━━言わんこっちゃねぇな……」

 

式次第も終わり、自らも卒業式を終えた共鳴くんとも合流した私達二課メンバー。

 

「面目ない……だが、もう皆と一緒に居られないと思うと、つい……」

 

━━━━モラトリアム(猶予期間)は終わり、夢に向かって歩き出す時なのだと。頭では理解している。

理解しているのだが、それでも……

 

『う、う゛ぇ~!!』

 

━━━━気づけば、雪音と私のどちらもが涙を溢れて泣き出していた。

 

「あはは……お兄ちゃんの方は、どうだったの?」

 

「ん……皆と挨拶もちゃんとしてきたよ。あんまり出席は出来なかったけど……やっぱり、学校に行ってて良かったって思ったんだ。」

 

「泣きそうになったりは?」

 

「━━━━男ってのは馬鹿だからさ。泣きたい時こそ笑ってカッコつけたがる物なんだよ。

 だから、良哉とシンとは一発クロスカウンター決めるくらいで済ませて来た。」

 

「……そっか。でももし……ホントに泣きたくなったら、その時は私達にも言ってよね?

 幼馴染なんだから。そういうのだって受け止めてあげるのが良い幼馴染でしょう?」

 

「……さて、気が向いたらね……」

 

共鳴くんもまた卒業する。進路については……聴くまでもなく、彼は既に就職しているような物だろう。

 

「……寂しく、なるね。」

 

「ずっと一緒に居られると思ったから、余計にね……」

 

しんみりとした雰囲気で、私と雪音の鳴き声が響くこの場に、似つかわしくないように響くのは、端末のコール音。

 

『━━━━ッ!!』

 

瞬間、防人としての決意を固めた顔で防人姉妹(わたしたち)は頷き合う。

 

『はいッ!!』

 

『先ほど、国連からの緊急通信があったッ!!

 ━━━━アルテミス13号の月周回軌道からの帰還中にシステムトラブルが発生ッ!!現在、制御を喪って大気圏に突入し始めているッ!!』

 

「国連所属のスペースシャトルがッ!?」

 

「よりにもよって帰還時のシステムトラブルかよ……ッ!!」

 

「まるでアポロ13号の焼き直しだな……ッ!!」

 

「了解しました。本部にて合流しますッ!!

 ━━━━翼さん。最後にもう少しだけ……手伝ってくれますか?」

 

立花のその言葉は、最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に、私の胸に飛び込んで来る。

 

「━━━━無論だ。これからも、どんなに離れようと……私達はずっと一緒だッ!!」

 

だから、私が返す言葉も勿論決まっている。

 

「ヘッ……そういうのは後回しだ!!行くぞッ!!」

 

━━━━走りだす、この足で。何も恐れる事は無く。

辿り着く地平も今は見えない。けれど、未来へ続く道を切り開く為に、前へ……ッ!!

 

「━━━━いってらっしゃーい!!」

 

小日向の見送りを背に、防人姉妹(わたしたち)は本部へと向かう。

 

 

━━━━だから、最後まで気付く事が出来なかった。

防人姉妹(わたしたち)の後ろを走る共鳴くんの、その眼に浮かんだ感情一つにさえも……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「城南大学の久住教授に確認、急げッ!!」

 

「シャトルに激突したデブリの正体は廃棄衛星S・ティアン号の破片と判明ッ!!」

 

「外部からのアクセス、機体が受け付けませんッ!!」

 

「現在の墜落予測地点はウランバートル周辺……人口密集地ですッ!!」

 

━━━━二課司令(風鳴弦十郎)の下にその情報が入ったのは、たった数十分前の事だった。

 

「安保理からの解答はまだかッ!!」

 

「外務省、内閣府を通じて再三打診していますが……今だありません……ッ!!」

 

「まさか、見捨てるつもりでは……!?」

 

「……いえ、宇宙空間は1966年に採択された宇宙憲章によってどの国家にも属さない永世中立地帯……

 更に言えば、日本政府保有の軍備と扱われる装者達を其処に打ち上げた場合に着陸・着水を行う場所がどこの国になるのかが予測出来ない以上、国連安保理がそう易々と装者の国外活動を承認する軽挙を起こす事は出来ないわ……」

 

━━━━最善を探り合うが故に、共に動く事が出来ない二課と安保理。

そもそもの事の始まり、それは……

 

「……ラグランジュ点に漂う、フロンティアの一区画……そこから国連調査団が回収した異端技術達……」

 

「それが……帰還時のシステムトラブルだなんて……」

 

「━━━━ッ!!承認、降りましたッ!!安保理の規定範囲で、特異災害対策機動部二課(われわれ)の国外活動、イケますッ!!」

 

━━━━故に、それは待ちかねた言葉。

 

「━━━━よォッしッ!!お役所仕事に見せてやれ、藤尭ァッ!!」

 

「軌道計算なんてとっくにですよッ!!」

 

「ミサイル発射管、左舷三番。経路よし!!

 ━━━━発射ッ!!」

 

━━━━そして、モニターの中発射されるミサイル。

それは、尋常な形では決して届かぬ手をそれでも届ける為の……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━アルテミス13号。それはまさしく、アルテミス計画の十三番目に発射されるシャトルの事を示している。

……だが、その道のりは決して平らな物では無かった。

欧州の超規模経済破綻の影響をもろに受け、2030年代には成就される筈だった計画は遅れに遅れ、2043年にまでずれ込んでしまった。

そして、其処に追い打ちをかけるかのように起きた、ルナアタックと、フロンティア事変。

月にまで影響を与える甚大特異災害。さらには、其処に関与していた米国の闇……

そうしたフィーネの齎した影響によって米国は計画の主導を外れ、アルテミス13号はフロンティアの遺留物を探る為の国連の調査団として再編されたのだ。

 

━━━━それは、まさしく13という忌み数の名に相応しい程のすったもんだであり、その最後にデブリが直撃してシステムがダウンするだなんて、そんなケチが付いたとしてもしっくり来てしまうな。

なんて、余計な考えまで浮かんでしまう。

 

「システムの再チェック……!!軌道を修正し、せめて人の居ない所に……ッ!!」

 

「そんなの分かってますよ……ッ!!

 ━━━━うぁ!?」

 

話をしている間にも後方で起きる爆発に、俺の言葉は強制的に途切れさせられる。

━━━━そして、爆発に揺さぶられてコックピット前部のレーダーを見た俺は、気付く。

 

「ミサイル……!?俺達を、撃墜する為に……ッ!?」

 

「……クッ……致し方無し、か……!!」

 

━━━━このまま行けば、ウランバートルの人口密集地にシャトルが墜落するという宇宙開発史上最大にして最悪の大事故が起きる。起きてしまう。

ウランバートルの人口は約147万人。しかも、人口密集地と疎遠地に大きく分かれている都合上、シャトル一機の落着による衝撃と、其処で起きる混乱は容易く何十万もの命を奪ってしまうだろう……

そうなれば、宇宙開発の歴史は其処で幕を閉じる。宇宙飛行士の命だけでなく、多くの人々を奪ったシャトルは、人々の希望では無く、呪いを受ける事になるからだ。

━━━━だから、仕方がない。致し方ない犠牲(コラテラル・ダメージ)として乗員二名を切り捨て、何十万もの命を救う。当たり前に人々が突きつけられる、最悪の二択……

 

『━━━━へいき、へっちゃらですッ!!』

 

「━━━━ッ!?」

 

━━━━だというのに。

 

『━━━━だから……生きる事を、諦めないでッ!!』

 

━━━━声が、聴こえた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━始まる歌」

 

「━━━━始まる鼓動」

 

「響き、鳴り渡れ」

 

『希望の(オ、ト)ッ!!』

 

『生きる事を諦めないと……』

 

「示せ」「熱き夢の」「幕開けを……!!」

 

「爆ぜよ」「この」「奇跡に」

 

『━━━━嘘は無いッ!!』

 

━━━━このままだと、大都市圏にシャトルが落ちる。

落ちて……人が、死ぬ。多くの、あまりにも多くの人が。

そんな事、許容できるワケが無いッ!!その想いを重ね、亜宇宙にまで飛び上がった(立花響)達三人。

凄く速く動くシャトル(お兄ちゃんが言うにはなんだか違うらしいけれど……)に追い付く高速機動を為す為、私達はクリスちゃんのミサイルに乗って、大気圏に突っ込むシャトルと速度を合わせに掛かる。

 

「ッ……!!まるで、雪音のようなじゃじゃ馬っぷり……ッ!!」

 

「━━━━だったら乗りこなしてくださいよ、()()()()?」

 

卒業したとしても、翼さんが私達と同じリディアン音楽院に通っていた事実は消えない。

それを示すように、クリスちゃんが声を掛けるのが聴こえる。

 

「ハッ!!」

 

「テェヤッ!!

 ━━━━立花ッ!!」

 

「はいッ!!」

 

そうしてミサイルを乗りこなし、速度を合わせて飛び移った事で、シャトルの速度に合った衝撃?摩擦?を受ける私達。

だけど、だからこそ、此処でこの速度を落とさないといけない……!!

その為に翼さんと左右を分担し、ウェイブライダー(突入殻)を支える支柱に取り付いて全力で逆方向へとブーストを掛ける……ッ!!

 

『装者、取り付きましたッ!!減速を確認ッ!!』

 

『墜落地点、再計測!!依然、カラコルム山系への激突コースですッ!!』

 

『突入角が悪い……ッ!!どうしてユーラシア大陸ド真ん中なのよッ!!』

 

オペレーターの皆も彼等なりの戦いを続けている音が通信越しに聴こえる。

だから、諦める理由なんて……何一つ、無いッ!!

 

「━━━━その手は、何を掴む為にあるッ!?」

 

「━━━━多分ッ!!待つだけじゃ叶わないッ!!」

 

「━━━━その手は、何を護る為にあるッ!?」

 

「伝うッ!!」

 

「熱はッ!!」

 

『━━━━未来(あす)を輝かす種火にッ!!』

 

ミサイル(イチイバル)と、バーニア(アメノハバキリ)と、ハイク&ブースト(ガングニール)の三つの加速が、シャトルの速度に対抗するべく咆哮をあげる……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「シャトルの減速、間に合いませんッ!!カラコルム山系を回避する事は不可能ですッ!!」

 

━━━━それでも。地球の自転が産み出す時速1600㎞もの相対速度差。それに対抗しきって巨大質量を停止させるのは通常のシンフォギアでは不可能。

 

「なんとか船内に飛び込んで、操縦士達だけでも……ッ!!」

 

だから、ボク(緒川慎次)は声を張り上げる。人命救助を最優先にすれば、この状況も……

 

『致し方無し……ですか。どんな発見も、彼等の命には変えられません……』

 

通信越しに状況を見守るナスターシャ教授達もその判断を受け入れたからか、顔を伏せる……

 

『━━━━ソイツは聴けない相談だ。』

 

だというのに、耳朶を打つのは、諦めなど一切感じさせない、強い言葉。

 

『人命と等しく、科学の発展も護られるべき人の進歩……』

 

『ナスターシャ教授は、世界の未来を救えるかも知れない発見をしたんですよ?

 ━━━━だったら、それを諦めるって事は、千年後の今日を、其処に生きる人達を諦めるって事じゃないですかッ!!』

 

━━━━その断言に、返す言葉も無い。

 

『どこまでも……』

 

『欲張りデスよ……』

 

『……ちくしょう、敵わないワケだ……!!』

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━恐怖が、身体を支配している。

もう、ダメだ。生きる事を諦めるな?

そんな事を言われたって、もうどうしようもないッ!!俺達宇宙飛行士は宇宙の、そして地球のスケールの大きさを知っているッ!!

……其処に、人が竿を挿した所で、大河の流れには敵わないと、分かってしまうから……

 

「もう……ッ!!」

 

スロットルレバーに掛けた手。操縦士としての責務。

━━━━放してしまえ、と囁く悪魔が、頭の中に……

 

「━━━━燃え尽きそうな空に、歌が聴こえてくるんだ。諦めるな……ッ!!」

 

けれど、けれども。先輩が手を重ねてくれて。

諦めるなと、声を掛けられて。

━━━━そこで、思い出す。

確かに宇宙は、地球は、人間を遥かに超えた長大なスケールで生きていて。

そのスケールに独り立ち向かうだなんてどだい無理な話だ。

 

━━━━だけど、人類はそうじゃない。一人で出来ない事の為に共通の認識を付け、分からない事を理解しようとし続け、時に崇め、時に恐れ、時に争い、時に助け合って来た……!!

 

「━━━━その積み重ねが、人類の武器……科学だから……ッ!!」

 

大河の流れに竿を挿しているのは、歌う彼女達だけじゃない……ッ!!彼女達を支える者、彼女達を支えた者ッ!!

なら、俺だって……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

K2(カラコルム山系測量番号二番)への直撃、避けられませんッ!!』

 

『━━━━直撃まで、1㎞を切りましたッ!!』

 

「━━━━行くぞバカァッ!!」

 

━━━━直撃は避けられない。減速は終わらない。

そんな中であたし(雪音クリス)は頭の中で十露盤(そろばん)を弾く。

大規模破壊にゃなるが……イケる筈だッ!!コレならッ!!

 

だが、あたしのギアには踏ん張る為のアンカーがねぇ!!だから、掛ける声と共に、アンカーでしっかりと足場に喰い込んだバカの上半身にしがみつく……ッ!!

 

━━━━MEGA DETH SYMPHONY━━━━

 

選択したのは、メガデス級のミサイル、その変奏曲。

多弾頭の分裂型爆弾(クラスターボム)を岩肌に、いいや、その内部にまで抉りこませるッ!!

 

一瞬の静寂……そして、破裂ッ!!

あとは、コイツを……ッ!!

 

「━━━━ブン殴れェッ!!」

 

「えぇェ!?」

 

山脈を構成する岩塊を破砕。其処をこのバカの打撃力でブン殴らせる事で()()()()()()を造り上げるッ!!

無茶苦茶だが、許せよ国連さんよッ!!

 

『K2の標高、世界三位に下方修正!!』

 

『シャトル、不時着を強硬します!!』

 

━━━━そして、山をすり抜けた事でようやく方向の一致した斜面に乗っかれたッ!!だが……

 

「加速が付きすぎだ……ッ!!」

 

ジェットコースターも真っ青なスピードで斜面に落着、暴れ馬のままで駆け下るのは想定外だ……ッ!!

そして、目の前に広がるのは……森林ッ!?そういや確か、テレビの教育番組だかでヒマラヤの気候は標高で変わってるとあったが……!!

 

「あわわわわわ……!?」

 

「━━━━切り裂けッ!!まだ見ぬ日に往く為にッ!!」

 

「不可能なんて何一つ無いッ!!」

 

だが、その障害物を物ともせずに、センパイは構えた剣を巨大化させてそれを切り裂く……ッ!!

 

「こんなに心強い事は無い……ッ!!」

 

「絶対」

 

「絶対!!」

 

『絶対信じあい━━━━』

 

森を抜けたその先は……谷ッ!!それも、山に直撃するルートッ!!

 

「━━━━ぶっちぎィィィィるッ!!」

 

だが、その前に既にバカは前に出ている……ッ!!

振り抜いた右腕がガイドレールとなり、シャトルは左へと大きく逸れて衝突から逃れる……ッ!!

 

仮令(たとえ)闇に吸い込まれそうになって……」

 

「次は左だッ!!立花ッ!!」

 

「涙さえも血に濡れて苦しくて……もォッ!!」

 

━━━━左腕が壁を殴り、今度は右へとシャトルの進路を変更する。

速度が落ち切らない事に不安はあるが、このまま進めれば……ッ!!

 

「この調子で麓まで行ければ……ッ!!」

 

━━━━だが、目の前のバカの台詞がフラグになったのか。目の前の谷間に見えてくるのは……

 

「ヤバイ……ッ!!

 ━━━━村だッ!!」

 

谷間の隙間から見えるのは、人の生きる姿。家屋の数々。

このまま突っ込んだら、全部砕けて散っちまう……ッ!!

 

「はッ!?

 ━━━━せぇいッ!!」

 

「バカッ!?」

 

それを見た瞬間、居ても堪らずにシャトル前面に飛び出すバカの姿があって……

━━━━って、アホか!?シャトルの速度はまだまだ落ち切ってなんか居ねぇ!!その何千トンもの重量が乗った加速は、幾らあたし達のギアでも到底相殺しきれねぇ……ッ!!

 

『━━━━問題無いッ!!装者達はそのまま直進してくれッ!!響はそのままブレーキングッ!!』

 

「はぁ!?」

 

━━━━だというのに、通信の向こうから聴こえてくるアイツ(共鳴)の声は直進を促すもので……!?

 

『━━━━黙って見てるワケにはいかないのさ。コッチだってね……ッ!!』

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……怖いかい?」

 

装者三人と同じようにミサイルに乗って飛び出し、シャトルの予測進路に立ちふさがるように立つ(天津共鳴)が、

隣でギアを纏う少女……セレナ・カデンツァヴナ・イヴに掛けるのは心配の言葉。

 

「━━━━はい。

 あの日と同じように……私の後ろに、多くの人が居て……命を懸けて歌わないといけない……

 それは、やっぱり怖くて……」

 

そういう少女の手は、少しだけ。少しだけ、震えている。

 

━━━━だから俺は、そっとその左手を取る。

 

「━━━━大丈夫。今度は必ず、俺がキミを護る。

 だから、セレナちゃん。キミは、キミのしたい事を全力でやればいい。」

 

「……フフッ。共鳴さんって、まるで白馬の王子様みたいですね。」

 

「白馬の王子様、かぁ……うーん……流石にそれは……恥ずかしい、かな……」

 

「褒め言葉のつもりなんですけど……」

 

セレナちゃんの純朴な褒め言葉に、なんと返そうか。と思うよりも速く。

目の前の岩塊を破壊して、斜面を駆け下ってくる巨影が一つ。

 

「━━━━来た。」

 

『ヤバイ……ッ!!

 ━━━━村だッ!!』

 

『はッ!?

 ━━━━せぇいッ!!』

 

『バカッ!?』

 

通信と、目の前に広がる光景から状況を理解する。

 

「━━━━問題無いッ!!装者達はそのまま直進してくれッ!!響はそのままブレーキングッ!!

 ━━━━黙って見てるワケにはいかないのさ。コッチだってね……ッ!!

 ……セレナちゃん。頼む……ッ!!」

 

「━━━━はい。」

 

「━━━━Gatrandis babel ziggurat edenal(ヒトの夢、小夜曲は星の瞬き)━━━━」

 

━━━━絶唱。シンフォギアに搭載された決戦機能。その一つ。

装者への反動を考慮しない全開の歌が爆発的なフォニックゲインを産み……その反動を、俺が纏うレゾナンスギアが放出する。

 

「━━━━整列(アラインメント)。」

 

アガートラームのシンフォギアから取り出された、数多なる白銀のダガー達。

それらがセレナちゃんの声に呼応し、壁を成すように俺達の前へと並び揃う。

その形は……

 

━━━━pha†anx(ファランクス)━━━━

 

古代ギリシャの過去より伝わりし重装密集陣形の如き、斜め向きの壁……ッ!!

 

「真っ直ぐに受け止めれば、幾ら絶唱したアガートラームと言えど、あの大質量を受け止め切る事は出来ない……

 ━━━━だから、こうして斜めに受ければ……ッ!!」

 

「グッ……うゥ……ッ!!」

 

『━━━━絆ッ!!心ッ!!一つに束ねッ!!

 響き、鳴り渡れ希望の音ッ!!』

 

━━━━アガートラームの絶唱特性であるエネルギーのベクトル変換。それを最大限に利用する事で、ダガーの壁をジャンプ台に。

そうする事で、加速を上方へのホップへと変えられたシャトルは……

 

「━━━━跳べッ!!」

 

━━━━瞬間。鋼の翼が再び空に舞った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━その日、カラコルム山系に竜が舞った。

中腹にある村の人々は、その事件について訊かれた際、口々にそう答えたという。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━先ほどに続く、二度目の浮遊感。

 

「なんと……ッ!?」

 

『━━━━翼ちゃん!!前部を下げる形で噴射三秒ッ!!』

 

「━━━━ッ!!了承したッ!!」

 

考えるよりも先に聴こえた通信に彼の考えを理解し、突き立てた切っ先を支点にして(風鳴翼)は脚部のバーニアを噴かす。

 

「どわわッ!?」

 

前部を下げる事で、浮遊によって一瞬の低重力状態となったスペースシャトルを回転させ……()()()()()()()()()()

 

『━━━━響ッ!!噴射二秒ッ!!』

 

「わわわわわ……せ、ぇ……のッ!!」

 

だが、バーニアが片側だけでは、回転を産み出す事は出来ても、その回転を止める事は出来ない。

━━━━それ故に、突入殻の裏側に取り付いていた立花の噴射が必要だったのだ……ッ!!

 

「でもダメだ……ッ!!このままじゃ村の先の岩場に激突して……ッ!?」

 

けれど、向きを固定しても速度は落ちない。

防人姉妹(わたしたち)だけでは、このシャトルは止められない……ッ!!

 

『━━━━操縦士ッ!!聴こえてるなッ!!

 全力で噴かせッ!!此処で止める為にッ!!』

 

『━━━━ッ!!

 ラァァァァ!!』

 

━━━━だからこそ、共鳴くんは叫ぶ。

この場で最も強力なバーニアを持つ物……即ち、シャトルのバーニアを全力で起動させる為に……ッ!!

 

爆音、轟いて……

内部から操作された事で、シャトルは着陸シークエンスを開始する。

 

微調整のバーニアによって姿勢がコントロールされ、ゆっくりとスペースシャトルが地に降り立つ……

 

「はぁ……なんって……荒業だよ……」

 

「━━━━任務。完了しました。」

 

突き立てた剣に掴まり、雪音を支えながらに飛ばす通信は、任務の成功を示すもの……

 

「無事か!!立花ッ!!」

 

「はいッ!!

 ……えへへ、ふふっ……あはははは!!」

 

「……おかしな所でもぶつけたか?」

 

飛び降りて顔を揃えた私達なのだが……

立花がいきなりに笑いだす理由が、私達には分からなくて……

 

「━━━━私、シンフォギアを纏える奇跡が、嬉しいんです……ッ!!」

 

━━━━その言葉の意味。分からぬ私達では無く……

 

「……お前、本当のバカだな。」

 

雪音の、言葉とは裏腹の苦笑が、私達二人の心情を現わしていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ぐらり、と身体が崩れそうになる。

それを気合いで支えて、俺はシャトルに寄りかかる。

 

━━━━目の前で、響達が楽しそうに笑う姿。

その姿が……()()()()()()()()()()()

 

「遂に……視覚が持っていかれちまったか……」

 

━━━━発作が起きたのは、シャトルを打ち上げた瞬間。

発作の間隔が短くなる中、忘却のルーンにて鎮めたその反動が、遂に視覚情報にまで及んだのだと理解する。

 

「……潮時、だよな……」

 

━━━━二課の必死の捜索も虚しく、俺の左腕は見つからなかった。

つまりそれは、俺の左腕を封印する事で神の力を封じ込める策が不可能なままである事を意味する。

 

『━━━━あぁ、そうだ。潮時だ。

 だから諦めろ、天津共鳴。』

 

━━━━囁く声が、聴こえる。

 

『これ以上喪えば、間違いなくお前は死ぬ。

 むしろ、ここまでよく耐えたと言ってやろう……だからこそ、お前を喪うワケにはいかない。

 さぁ、母上(グレートマザー)と一つになれ……ッ!!人たるを捨て、怪物(ムシュフシュ)としての(サガ)を取り戻せ……ッ!!』

 

それは、俺の中に潜む怪物因子。

遺伝子(ジーン)に刻まれた、神の力……

 

「━━━━なに、勘違いしてるんだ……」

 

『━━━━なに……?』

 

「諦めるなんて、一言も……言ってねぇだろうが……ッ!!」

 

━━━━だからこそ、その声に否を返す。

その決意と覚悟と共に、この右手に宿るのはアメノハゴロモ。絶唱と、三人のユニゾンした歌声が齎したフォニックゲイン、そして……

 

『バカな……ッ!?

 またもや命を燃やしたのか、貴様はッ!?

 死ぬぞッ!?死んでしまうぞ天津共鳴ッ!!』

 

「━━━━それが、どうした?」

 

『なん……だと……ッ!?』

 

━━━━俺の命を燃やして、紡ぎあげたモノ。

 

「━━━━俺が隠してた最後の手段には、どっちみち命を燃やす必要があるんだ……

 だったら、今更寿命の幾らか程度。燃やしてヒカリと変えても誤差だッての……ッ!!」

 

━━━━取っておきたかった、とっておき。

最後の、最後の手段としておいた物。

 

『一体、何を……ッ!?』

 

「━━━━()()()()。この世界に。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()を……ッ!!」

 

━━━━神の力。俺から別たれたモノ。

けれど、俺自身の遺伝子情報を宿し、俺と同じであるモノ……!!

 

『━━━━ば、かな……ッ!!

 それは……ッ!!やめろッ!!

 そんな事をすればお前を……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!

 正気か、貴様ッ!?』

 

「━━━━ハッ。構いやしねぇよ。退けば死に、進めば消える。

 だったら……世界を救って消えるのが、一番上等なやり口に決まってるだろう……?」

 

……ウソだ。

……俺は、嘘を吐いている。

 

『やめろ……やめろッ!!そんな神殺しをすれば、母上の降臨すら危うく……ッ!!』

 

「━━━━それが目的に、決まってるだろうがァァァァッ!!」

 

……怖い。

━━━━喪失が、怖い。

━━━━忘却が、怖い。

 

『怖いよ……!!死にたくない……!!私、生きていたい……ッ!!』

 

『デートの約束、ちゃんと守ってくれよ?』

 

『……分かった。じゃあ……うん。お兄ちゃんがあんまり遅いようなら、私の方から迎えに行っちゃうから。』

 

『……ありがと、な……パパとママの想い出の場所に連れて来てくれて……』

 

『━━━━それでも、思い出してくれてありがとう。貴方の人生の片隅に居た、小さな女の子の事を、覚えようとしてくれて……本当にありがとう。』

 

『━━━━そんな奇跡を齎してくれたのは他でもない貴方。だから……胸を張りなさいな。』

 

『━━━━そう……ならいつか、貴方自身の願いが分かったら……それを私にも教えて頂戴ね、共鳴クン?』

 

━━━━脳裏を駆け巡る走馬灯。前後不覚になった想い出達が暴走する。

 

『いや!!死にたくない……死にたくないっ!!』

 

あぁ。あの日、ライブ会場の惨劇の中で。叫びをあげた少女の最期の言葉が。

今さらになって、実感と共に思い出される。

 

「……死にたく、無い……ッ!!」

 

━━━━怖い。恐い。こわい。コワイ。

自己の喪失、自我の消失、自身の消滅。

━━━━恐ろしくないワケが無いッ!!

 

「あ、あぁ……うああああああああああああッ!!護る……為にィィィィッ!!」

 

━━━━それでも。ルーンを刻むこの手に揺るぎは無い。

ルーンとは、正しく刻まれなければ意味を為さない物。

……そう。たとえ()()()()()()()()()()刻まねばならないのだから……ッ!!

 

『やめろォォォォ!!』

 

…………事此処に到って、ようやく気付いた。

 

「…………俺は、皆と幸せに……なりたかったんだ…………」

 

━━━━義務はいつしか、願いに変わっていたんだって。

 

「……なんて、遠い回り道…………」

 

皮肉な事だと、最期に、俺は、笑って━━━━




━━━━その日、一陣の風が吹いた。


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第三章 創星改規(ジェネシスエクステンド)
断章 追想のターンアップ


━━━━ゴトゴトと、轟々と鳴り響く音が、広い空間に反響する。

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間……そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

「━━━━説明してください!!

 ボクが建造に携わったチフォージュ・シャトーは、()()()()()()()の意思を継ぐ為の物じゃないんですか!?

 世界をバラバラにするなんて聞いて居ません!!」

 

「━━━━如何にも。チフォージュ・シャトーは錬金技術の粋を集めた万象解剖機(ワールドデストラクター)にして、巨大なフラスコだ……」

 

━━━━その少女の名は、キャロル・マールス・ディーンハイム。

彼女が、ボク(エルフナイン)へと掛ける言葉には、情の欠片も見当たらない。

 

「ボクを騙すつもりで……」

 

「━━━━廃棄躯体十一号……偽なる力のカード(エルフナイン)

 お前をシャトー建造の任より解く。

 ……あとは、どうとでも好きにするがいい。」

 

「それは……シャトーが、チフォージュ・シャトーが完成したから……ですか?」

 

「そうだ。元はと言えばオレの新たな器として造り上げたお前だが、完全なる一致に到らなかった不完全品……

 それをわざわざシャトーの建築要員にと使っていたのは、オレの技術たる記憶を持つ者が居れば都合が良かったからだ。

 だからこそ、シャトーが完成した今、最早お前に用は無い。」

 

「それは……でも……ッ!!」

 

……その通りだ。ボクは、キャロルの器として造られた人造生命(ホムンクルス)……なのに、ボクは不完全だった。

メラニン色素の沈着によってキャロルとの完全なる一致を果たす事が出来ず、廃棄される筈だった……十一番目の壊れた器。

けれど、だけど……ッ!!

ボクの中には、キャロルから転写された記憶があるッ!!そして、其処に刻まれたパパとの想い出が……ッ!!

 

「キャロルッ!!本当に、()()()()()を進めるつもりなんですかッ!?

 ボクが想い出の中のパパを大好きなように、貴女もパパの事が大好きな筈です……ッ!!

 パパは世界をバラバラにする事なんて望んで居なかったッ!!パパが望んで居なかった事を、ボクは貴方にさせたくないッ!!」

 

「━━━━くどいッ!!」

 

瞬間、巻き起こる疾風。腕の一振りで巻き起こされる、キャロルの錬金術の余波……!!

 

「ひゃッ……!?」

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()……

 だが、それでもッ!!

 オレは退かぬッ!!曲げぬッ!!押し通すッ!!

 万象黙示録を成し遂げる事こそ、今のオレがやらねばならぬ聖約(テスタメント)だからだッ!!」

 

「そんな……!!」

 

「お前を放任するのは、断じて仏心などからでは無いッ!!

 同じ躯体である貴様を縊り殺せば、魂は異なれど自分自身を殺した事による拒絶反応が出るかもしれないが故の実利一辺倒ッ!!

 ━━━━それでも、お前がそのままオレを止めようとするのなら……オレは、お前を、殺してしまうぞ……ッ!!」

 

「キャロル……

 ……分かり、ました……自室に戻りますね……」

 

━━━━その言葉に込められた本気が、想い出を共有する躯体を持つボクには分かる。

……けれど、どうして……

 

「フンッ!!勝手にするがいいッ!!」

 

━━━━パパとの約束を忘れていないのなら、どうして……

 

『━━━━キャロル。

 生きて、もっと世界を識るんだ。それが、キャロルの……』

 

「……どうして、キャロルは世界を壊そうとするんですか……?」

 

━━━━その疑問の声に答える者は無く。

シャトーの中に残響し、消えた……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……全く。

 ……あぁ、分かっているさ。パパの遺した言葉に従うのなら、万象黙示録なんて物が八つ当たりでしかない事など……」

 

「━━━━だからこそ、マスタァは万象黙示録を更に一歩進めた《万象追想曲(バベル・カノン)》を画策したんですものねェ?」

 

━━━━エルフナインが去った玉座にて独り言ちるオレ(キャロル・マールス・ディーンハイム)の言葉尻を捕らえる、人形(ヒトガタ)の声。

オレの人格データの一部を入力した自我側面(アルターエゴ)、その一つが纏う色は、蒼。

 

「……そうだ。万象黙示録というのは、コレより獅子身中の虫となってもらうエルフナインを操作しやすくする為のミスリード……

 ━━━━オレの真なる計画は、更にその二歩先を往く。」

 

「エルフナインも知った表向きの計画である万象黙示録の為に世界を分解、解剖する大機関時計(ワールド・デストラクター)として建造されたのが、このチフォージュ・シャトォ……

 そして、その手引線(ガイドライン)となるのがァ……」

 

「三ヶ月前に月軌道のラグランジュポイントより回収された情報集積体━━━━フォトスフィア。

 ……皮肉、だな。()()が最後の最期に護ったシロモノのお陰で、計画に必要な最後のピースが揃うとはな……」

 

「エヒャハハハハァ!!皮肉も皮肉ゥ大爆笑物じゃないですかァマスタァ?

 ━━━━助けてやりたい相手が死ぬことが、計画の始まりの号砲だなんてェ!!」

 

━━━━人形の放つその言葉に、怒りのボルテージが跳ね上がる。

……だが、それは事実なのだ。数百年の時を数え、様々な策を巡らせてまで、オレが成し遂げなければならぬと自らに課した聖約(テスタメント)

それこそが、あの大馬鹿者に未来をくれてやるという事。言ってしまえば単純な、それだけの事……

 

「……それでも、だ。借りっぱなしでは断じてオレの気が済まん。

 どんなに遠く去ろうとも、オレは借りた貸を熨斗を付けて叩き返す。そう決めたのだから。」

 

「……それがマスタァの望みでしたら、なんなりとォ。

 ━━━━それでェ、万象黙示録に隠した、万象追想曲のハナシでしたよねェ?」

 

「そうだな……一応の確認という奴をしておくか。

 エルフナインも、まだ脱走するには早かろうしな……」

 

「可哀想なエルフナインちゃァん!!まさか、自分自身の意思でしたいと思ったシャトーからの脱走が、実はマスタァの掌の上だっただなんて……エヒヒヒヒ!!

 この事実ゥ……叩きつけたらどうなっちゃうのかしらァアハハハハ!!」

 

━━━━確認だと言ったばかりだというのに、他者を……それも、曲がりなりにも自分の主の同位体をおちょくる話にすり替えるガリィの姿に、オレは思わず頭を抱えてしまう。

 

「……言っておくが、絶対にするんじゃないぞガリィ。貴様の腐った性根だと本ッ当に言いかねんからな!?」

 

「アヒャハハハ!!まさかまさかァ!!しませんよォそんな事ォ……やるとしたら、ちゃーんとエルフナインが()()()()()()をSONGに持ち込んでェ……シャトーがワールドデストラクターとして動き出した後にするべきでしょォ?」

 

「……まぁ、良かろう。その段階ならば最早計画は誰にも止められん。

 お前達《黙示録の四騎士(ナイト・オブ・クォーターズ)》とアルカノイズの組打ちは現行のシンフォギアのスペックを凌駕する。

 それ故、表向きである万象黙示録を止める為にエルフナインが自らの錬金知識に基づいて考えれば……」

 

━━━━その時にはお前達は計画の糧と砕けているだろうが。

思いながらも告げぬ言葉を呑み込み、計画の輪郭を告げる。

 

「━━━━錬金術を用いたシンフォギアの強化改造ォ……予想するだにィ?触媒としてダインスレイフの機能を用いたァ点火(イグナイト)……って所ですかねェ?

 アヒャハハハ!!アタシ達四騎士(ナイト)に対抗する為に用意される力が卑劣な騎士(イグナイト)だなァんて……滑稽で笑いが止まらないですよォ!!エヒヒへハハァ!!」

 

「フッ……そうだな。だが、そうしてダインスレイフの呪われた旋律を奴等が振るえば……刻まれた呪いが《終わらぬ旋律》となり、総ての記録を大機関時計(ワールド・デストラクター)へと刻み込む……

 そして、世界の総てを記したその記録から必要部分を抽出、再生、転写すれば……」

 

━━━━言葉と共に手元に映すのは、シャトー内部の工房、その奥底に仕舞いこんだ秘匿領域。

エルフナインどころか、今までの廃棄躯体の総てに一度も知らせる事の無かったその領域に隠した物、それは……

 

「━━━━隻腕の遺骸のDNAデータから復元された器ァ……其処に、()()()()を焼き付ける事も出来る……って事ですねェ……」

 

━━━━培養槽に浮かぶ、ホムンクルスの躯体。眠るその姿は、ホムンクルスでありながらにして、男性体。

……我が契約者、天津共鳴の新たな肉体が、其処に浮かんでいた。

 

「……そうだ。オレは、世界を壊す歌を以てして、たった一人の大馬鹿者をこの世界に叩き返す。

 ━━━━その為に、何億の屍を積んだとしてもだ。」

 

━━━━言葉にすれば、たったそれだけの計画なのだ。万象を追想し、追走するこの歌は。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━立つ鳥跡を濁さぬ、と言いますからね!!

 まずは自分の部屋のお片付けをキチンとしないと、残った方々に迷惑が掛かります!!」

 

━━━━結局、ボク(エルフナイン)はキャロルの下を出奔する事に決めた。

色々考えたし、色々悩んだ。

だけど……やっぱり、アルカノイズまで使うだろうこの計画が、ボクにはどうにも正しい事のようには思えなかったのだ。

 

「━━━━戸締りヨシ!!《ドヴェルグ=ダインの遺産》ヨシ!!

 ……指さし確認問題無し!!」

 

念には念を入れよ、とも言うので、確認は念入りに。

一度出奔すれば、もう此処に戻ってくる事は出来ないのだから、隅々まで気を配っておくのが大事だろう。

 

「今日は、脱走デビューとなる特別な日なので、相応しい一張羅にしないと……」

 

《━━━━いいからさっさと脱走しろォッ!!!!!!!!》

 

「ひぅ!?

 ……い、今……誰かに怒鳴られた気が……?」

 

……気のせい、かな?

…………気のせい、だよね?

 

「……ううん!!ボクは決めたんです!!キャロルの計画を止めるって!!行くぞー!!!!」

 

意気軒昂、萎えかけた心に喝を入れ、ボクは部屋の外へと歩を踏み出す━━━━!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━その、数分後である。

 

『ふぬぬ……コレが、侵入者を拒み、脱走者に立ちはだかるという……チフォージュ・シャトーの防衛システム……あっ!?』

 

べちゃり、という擬音が似合う感じに倒れ込むエルフナインを、オレ(キャロル・マールス・ディーンハイム)は錬金術による遠見(クレヤボヤンス)で見届ける。

 

「……いや、それは唯の自動ドアだぞ……」

 

『いけない……早くも大ダメージ……!!』

 

勿論、エルフナインが怪しまずに脱走出来るようにする為もあってエルフナインの外出を承認せず、しかし無理矢理開かれたとて防衛システムが反応しないようにしてはあるのだが……

 

「この調子では、何も無い所で転ぶただのおっちょこちょいのまま保護されてしまうか……」

 

━━━━それではいけない。エルフナインが持ち込むモノは、確実にシンフォギアに組み込まれねばならないのだ。

唯のおっちょこちょいと、敵の追跡を辛くも逃れる存在……どちらが語る言葉に説得力があるかといえば、断然後者であろう。

 

「━━━━レイア。此方が誘導していると悟られぬよう、エルフナインを追い立ててやれ。」

 

ファラは既に倫敦(ロンドン)での仕込みの為に出立済み、ガリィはどう考えてもやり過ぎるので却下、ミカは割に合わん。

即座に弾いた十露盤(ソロバン)から選び抜いた黄の人形へと命を下す。

 

「はぁ……マスターからの命令とはいえ、エルフナインのあの姿を見ると……地味に、良心が痛みます。」

 

「良心回路なんてお前達に取りつけた覚えは無いぞッ!!」

 

「おっと……とはいえ、マスター。私達はマスターの自我側面(アルターエゴ)……一部とはいえ、マスターが想う事を受け継いでいるのです。

 ━━━━特に、私は名も無き妹分を持つという点でマスターの立ち位置に近しい……それ故、エルフナインという疑似同一体を想うマスターの感傷も、多少は理解しているつもりです。」

 

「……ッ!!

 ……いいや、必要ない。エルフナインをこのままゆったり脱走させた所で、此方にとっての益は無い。

 ━━━━いいかッ!!オレは、何億を犠牲としてもこの計画を完遂するッ!!

 同情心などという感情は封じておけッ!!」

 

「━━━━それが、マスターの決断であれば。

 ……では、地味にエルフナインの追走を開始します。」

 

━━━━言葉と共に、影は去る。玉座に残るのは、オレ一人……

 

「……そうだ。エルフナインも、シンフォギアも……総ては、喪われた物を取り戻す為の……」

 

━━━━だが、それを奴は望むだろうか?

心の中で鎌首を(もた)げる不安の種は、何もかもを知らせなかったエルフナインの言葉が撒いた物。

 

《パパは世界をバラバラにする事なんて望んで居なかったッ!!パパが望んで居なかった事を、ボクは貴方にさせたくないッ!!》

 

「……きっと、誰も望んで居ないのだろうな。そんな結末は……」

 

━━━━けれど、だったらどうすればいい?

手の届く総てを救わんと手を伸ばし続け、挙句の果てに時計の砂の一粒として逆巻いた(トキ)の流れに遺され……それでも、自分を助けた少女一人の為に、世界の総てを敵に回した男が生きた証を。

……如何なる手段に拠ってか、自らを示す情報の総ての繋がりを喪失せしめ、悲しみに形すら与えぬまま去ってしまった大馬鹿者が生きた証を……!!

 

「━━━━どうやって、示してやればよかったのだろうな……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━山梨県武甲山周辺地震の際の災害対策出動について。

━━━━チリ、サン・ホセ鉱山における落盤事故の際の災害対策出動について。

━━━━そして……

 

「━━━━はい。あったかいもの、どうぞ。」

 

モニターを睨む(藤尭朔也)の思考が止まった一瞬を見逃さないように、横合いから差し込まれてくる、湯気の立つコーヒーカップ。

 

「おっと……あったかいもの、どうも。

 装者の皆ならともかく、僕にもくれるってのは珍しいね?」

 

「一言余計よ。夜遅くまで働く同僚を偶に労うくらいいいでしょう?

 ……シャトルの救出任務から、もう三ヶ月になるのね……」

 

「あの事件の後、二課は国連直轄のSONG(Squad of Nexus Guardians)として再編成され、今は世界各国の災害救助活動が主だった任務……

 とはいえ、直轄の理由も安保理の規約に則っての日本保有の異端技術の中立化という裏があるだろうし……All's right with the world.(すべて世はこともなし)、とはいかないワケだね……」

 

「そうね……それに……」

 

━━━━視線を再び、シャトル救出任務の報告書へと戻す。

其処に記載された犠牲者の数は、幸いにもほぼ0人。シャトルが村を飛び越えた際に腰を抜かしたり、転んで怪我をしてしまったとか、その程度の物で済んだのだ。

 

━━━━だが。

 

「……任務中未帰還者(MIA)一名……Re:RN式を使っていた()()()……シャトルの救出任務までの間、二課に所属していた筈の彼に関するデータの総てが書き換えられている。

 ……いや、コレはクラッキングや秘匿では無く、僕達の脳の方がこのデータを認識・参照する事が出来なくなっている……と、見た方が正しいのか……」

 

SONGとして再編されるドタバタの中ではあったが、その隙を縫う形で、僕等は各方面に当たってこの事象を調査した。

━━━━だが、返って来た答えは原因不明の一語のみ。二課本部内の独立データベースのみならず、記憶の遺跡に保持された国民データベースすら《彼》一人のデータを認識できないコードへと変成させられていたのだ。

 

「……思い出せなくなった記憶……きっと、響ちゃん達にも近しい人だった筈よね?

 だったら、()()()の事が思い出せなくなった事は、彼女達の精神面にも大きな影響を及ぼしているんじゃ……」

 

「……それだけじゃない。僕達の推論が正しければ、居なくなった《彼》は天津家の息子さんの筈だ。

 ……自分の子どもが、ある日突然居なくなって、その記憶すら思い出せなくなってしまうだなんて……」

 

━━━━SONG所属の異端技術研究者、天津鳴弥。

彼女は最近、家に帰らなくなった。今も研究室に泊まり込んでシンフォギアを構成する櫻井理論の解明の為に掛かり切りになっている。

 

「……鳴弥さん、大丈夫かしら……」

 

「……分からない。だけど、だからこそ……僕はこの件を解明するまでのんびり楽隠居を決め込むつもりは無いよ。

 ━━━━だって、放っておけないじゃないか。」

 

「……フフッ、そうね……」

 

━━━━瞬間、自動モードで待機していた本部のシステムが起動する。

 

「━━━━ッ!!横浜港付近で、未確認の反応を検知ッ!!」

 

「予算も増えて、更に大規模にやれるようになった途端コレかッ!!波形パターンの解析を……」

 

だが、そんな僕の意気込みを嘲笑うかのように、反応は消失する。

 

「消失……ッ!?急ぎ、司令に連絡をッ!!」

 

「了解ッ!!」

 

━━━━本部の記録に無い未確認の反応の突然の出現、そして即座の消失……間違いなく、尋常な法則を無視した事象が起こっている。

 

……コレが、思い出せなくなった《彼》に繋がる事なのかは分からない。

いいや、関係無いのだとしても……SONGとして在る僕達に出来る事があるのなら、それに全力で取り組むだけだ……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

 

━━━━走る。走る。走る。

 

瞬間、聴こえる着弾音、一つ?二つ?

 

目の前に見える物陰……確か、公衆電話と言っただろうか?その陰に飛び込む。

……どうやら、追手は物品的被害を出して尻尾を掴まれる事を恐れているらしい。

先ほどから、物陰に隠れる事で追撃の手を緩める事が出来ている。

 

「ドヴェルグ=ダインの遺産……総てが手遅れになる前に、この遺産を届ける事がボク(エルフナイン)の償い……!!」

 

━━━━腕の中の希望をしっかりと握りしめ、ボクは走りだす。

目指すべき場所であるSONG本部が今どこに居るかは分からない。だが、潜水艦であるというからには、こうして首都近辺の港を探って居れば近づける筈……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━その、頭上。逆三角形の突き刺さったような構造で知られる、横浜大さん橋ふ頭ビル、その屋上……

 

其処に、ヒトガタが立っていた。

━━━━その名は、レイア・ダラーヒム。地のアルカナを示し、地より産まれる貴金属より錬成されるコインを使いこなす自動人形(オートスコアラー)の一である。

 

「━━━━私に地味は似合わない。

 だから次は……派手に行く。

 ……よろしいですね?マスター。」

 

『……良いだろう。今の一撃でSONGは警戒態勢に入る筈だ。

 あとは明日のライブに合わせた同時攻撃を行えば……』

 

「釣り出し、そして破壊。派手な花火こそ計画の旗揚げに最適かと。」

 

『フッ……そうだな。好きにしろ……』

 

━━━━リングを纏う月が、傾いた立ち姿(ポーズ)を取るヒトガタの姿を見下ろしていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━意識が、浮上、する。

 

真っ先に眼に入ったのは、知らない天井。石造りの家だろうか……?

 

「……おや?目が覚めたようだね。

 気分はどうかな?」

 

「……なんか、ボーっとしますね……」

 

「なるほど……となれば、やはり……」

 

━━━━はて?そういえば、この人は誰なのだろうか?

気付けば俺は当たり前のように返事をしていたし、この人も俺が居る事を当たり前のように受け入れてくれているが……見覚えが、無い。

起き上がりながら見回す室内もそう。白墨(チョーク)で書き込まれた複雑な記号や式、そしてよく分からない窯や研究器具が並ぶ景色。

 

「あの……」

 

「ん?おぉ!!ごめんごめん、まずは座ってゆったりするといい。

 眠気覚ましにお茶も用意してある……意味があるかは、まぁよく分からないのだけれどもね……」

 

━━━━その人は、どこか古めかしい雰囲気を漂わせる人だった。

テンプル(つる)が紐状の、現代ではあまり見かけないタイプの眼鏡を掛け、少しだけ伸びた無精ひげに、編み込みも混じった長い金の髪……

 

「ありがとうございます……?

 ……って、苦ッ!?」

 

眠気覚ましにと貰ったお茶。匂いからして緑茶では無い、だろうなくらいは思ったのだが……

なんだコレ!?滅茶苦茶苦い!!そして旨味が全然無いッ!?

 

「アハハ……やっぱり薬草茶は口に合わなかったかな?」

 

「はい……すいません。折角のお茶なんですが……」

 

「いやいや、ボクの方こそ気付くべきだったよ。ボクにとってはこの薬草茶が当たり前の認識だったけれど、キミにとってはそうでは無いのだからね。

 さて、じゃあ話を本題に戻すとしよう。キミも、いい加減に気になっているだろうしね?

 ━━━━単刀直入に言おう。キミは、自分の名前を思い出せるかい?」

 

━━━━その、言葉に、思考が完全に停止する。

名前。

俺の……名前。

個人を識別する物。

自分を表す為の……

 

「━━━━思い、出せない……」

 

背中に氷柱が入ったように、寒気が這い上ってくる。

━━━━俺は……誰だ?

知識はある。眼鏡の名称、名前という概念への理解。薬草茶だって分かっている。

 

━━━━だというのに、自分に関する事だけが一切思い出せない。

 

「……キミは、とある事情によって自らを構成する情報の繋がりを断たねばならなくなったんだ。

 そうなれば、人は誰もキミに関する事を思い出す事は出来ず……世界から、消え失せる。

 ━━━━けれど、そうはならなかった。キミが知らないキミを、それでも忘れずに居てくれた女の子が居たんだ。」

 

ゆっくりと、落ち着かせるように、目の前の男性は説明をしてくれる。

自分を構成する情報の繋がりを断ち切る……それはつまり、()()()()()という行動を阻害するという事。

ニューロンの繋がりが断たれて、自身に関するエピソード記憶だけを思い出せなくなってしまった……という事だろうか?

確か、記憶喪失の症例の一つとして実際に起きていた事例の筈だ。

 

「俺が、知らない……俺を……?」

 

「そう……だからこそ、キミは此処に居る。最早()()()の想い出の中にしか存在しない筈の此処に……

 ━━━━けれど、それだけではダメなんだ。」

 

「俺が此処に居るだけでは……ダメなんですか……?」

 

━━━━断たねばならなくなった、と彼は言った。それはつまり、俺が自ら情報の繋がりを断った事を意味するのではないだろうか?

……であれば、もしかしたら。

俺が忘れる前の俺は……世界に絶望したのではないか?

 

「━━━━そう、だね。此処に居るだけ、という選択肢もキミにはあるだろう。

 ……だけど、ボクとしてはその選択をして欲しくは無い。ボクは、ただの過去の残響(エコー)だけれども、キミはまだ生きている。

 繋がりが断たれ、肉体を一度喪い……だけど、キミは此処に居る。

 ━━━━そして、そんなキミの未来を取り戻す為に、あらゆる総てを犠牲にしても走り切ろうとしている女の子が居る。」

 

━━━━ズキリと、胸が痛んだ気がした。知っている筈の、知らない誰かを思い出したのだろうか?

 

「……此処に居れば、キミは永遠の揺籃の中に居られる。けれどそれは、キミを助けたいと手を伸ばしている総ての人の手を払い続ける事と同義だ。

 それに対して……此処から出ようとするのなら、キミは煉獄山に登らなければならない……かつて、名高きダンテ・アリギエーリがそうしたように。」

 

━━━━ダンテ・アリギエーリ。神曲という作品の中で彼は、人生の半ばにして暗い森に迷い込み、地獄・煉獄・天国の彼岸の三界を遍歴したという。

 

「煉獄山に、登る……」

 

「あぁ。知っているようだけれど、それは苦難の旅路だ。キミは地獄を巡るワケではないが……世界から喪われたキミの繋がりを取り戻す為には、キミの苦難と後悔に向き合う必要がある。

 ━━━━それでも、キミは進むかい?」

 

━━━━苦難と、後悔。

あぁ、その言葉も知っている。いいや、()()()()()

自分に関する記憶なんて、一つたりとも覚えていない筈なのに。それでも、と叫ぶ声が聴こえるのだ。自分の中から。この胸の鼓動から。

 

「━━━━進みます。どんな苦難が待とうとも、どんな未来があろうとも……

 まだ、歩けるというのなら。俺は……立ち止まりたくないって。俺の魂が叫んでいるんです。」

 

「……フフッ。ありがとう。

 では、キミの事はひとまずダンテと呼ぶ事にしよう……いやぁ、不謹慎とは思うが嬉しいなぁ!!

 まさか、かの名高き詩聖ウェルギリウスの名を代わりに名乗れる日が来るだなんてね!!」

 

……ここまで嬉しそうなウェルギリウスさんに、こんな声かけをするのは気が引けるのだが……

何故だろう。一つだけ、譲れない気がして声をかける。

 

「……あー、すいません。呼び方なんですけど……

 ━━━━ウェルギリウスじゃなくてヴァージルの方でもいいですか……?」

 

「ん?あぁ、すまない。

 ギリシャ語じゃなくて英語の方がまだ呼びやすかったかな?」

 

「いえ、それもあるんですけど……なんか、()()()ギリウスって呼びかけてたら、なんか湧いて出て来そうな人が居た気がして……」

 

「……?まぁ、いいんじゃないかな。キミが呼びたい名前で呼ぶといいさ。

 ━━━━さぁ、では行こうか。ダンテ!!キミの記憶を巡る煉獄山の旅路へ!!」

 

━━━━その言葉と同時、いつの間にかヴァージルさんの姿が変わって居た。

口元まで覆うような襟の立った二重廻し(インバネス)コートに身を包み、三角帽子(トリコーン)を目深に被ったその姿は、まさしく中世後期の旅人と言った装いで……

 

「━━━━はいッ!!」

 

その後ろを、俺は付いていく。

━━━━この煉獄の底にさえ、手を伸ばしてくれる人が居るというのなら。俺は、その手を掴まなければならないから。




━━━━シャトル事故より、約三ヶ月。
2044年6月の或る日。
認定特異災害ノイズを始めとする超常の脅威の犠牲者の鎮魂と、遺族救済の為に行われるチャリティーコンサート《LIVE GenesiX》。
救世の英雄と担がれたマリア・カデンツァヴナ・イヴや、日本を飛び出したアイドル風鳴翼も参加するこのライブは、多くの人々の希望を背負って準備が進められていた。

……その陰で蠢く、超常なる陰謀と、新たなる脅威の産声に気付く事も無く。


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第八十七話 開演のグラン・ギニョール

━━━━アスファルトに照り返す陽と共にじりじりと夏の気配が近づく、深緑の候(六月中旬)

 

「今日の課題ってさ、やってきた?」

 

「うん、流石に学校に来てから課題に四苦八苦するのはマズいかなーって思って……」

 

「おッはよー!!」

 

「あ、やっちーおはよー……また朝練?最近寝不足だって言ってなかった?」

 

「あ、あはは……まぁほら、女子高生には色々秘密が付き物なんだって……」

 

ゆったりと登校するあたし(雪音クリス)の耳に聴こえてくるのは、実に平和な会話の数々。

━━━━あぁ、平和だ……

 

「━━━━クーリスちゃーん!!」

 

━━━━だが、その平穏を打ち破る者にあたしは容赦しねぇ。

声と共に飛び掛からんとしたバカその一(立花響)を鞄でキッチリ対空して押さえ込む。

 

「……あたしは年上で、学校では先輩!!

 コイツ等の前で示しがつかないだろ?」

 

顎でしゃくって指し示すのは、この春から入学して来た後輩二人。

まったく……このバカだって今年は二年で先輩になった筈なんだが……?

 

「おはよう、調ちゃん。切歌ちゃん。」

 

「おはよう……ございます……」

 

「ごきげんようデース!!」

 

アイツ(小日向未来)の挨拶に応える件の後輩二人の姿も、相も変わらずの好対照ぶりだ。

 

「暑いのに相変わらずね?」

 

「ん……?

 ━━━━いや~、暑いのに相変わらずだねぇ……?」

 

そんな折にあのバカが気づいたのは、後輩二人が仲良く手を繋ぐその姿について。

……やっぱり突っ込まねぇとダメだったか……?

 

「いやいやそれがデスね~

 調の手はちょっとひんやりしてるので、ついつい繋ぎたくなるのデスよ~」

 

「━━━━そういう切ちゃんのプニッた二の腕も、ひんやりしててクセになる……」

 

「━━━━それ、本当なのッ!?

 ……ぷに……?」

 

「や~~~~!!やめてとめてやめてとめてやめてあ~~~~!!」

 

━━━━そんな風に煩悶するあたしの前で、エスカレートを続ける後輩二組。

……と、言うか……ッ!!

 

「━━━━フンッ!!

 ……そういう事は家でやれ……」

 

━━━━鞄ノ一閃━━━━

 

━━━━通学路だぞ、此処はッ!!

 

「ふ~ん……じゃあ、家でだったらいいのかにゃぁ~?」

 

「ゲェッ!?天音ッ!?」

 

「あ、あまあま先輩!!おはようございますッ!!」

 

「おはようございます。」

 

「おはよ~。今夜は楽しみね~?」

 

そんなあたしの必死の抵抗を嘲笑うかのようにするりと現れたのは、同じクラスのバカその三(天ヶ瀬天音)

 

「おまっ……お前、まさかッ!?」

 

「ん~?なんの事かにゃ~?

 私はただ、今夜のお泊り会が楽しみだな~って言っただけなのにぃ~?」

 

「……やっぱお前だけは叩きだすとするわ。悪いな、あたしン家は九人用なンだ。」

 

「あ~!?ゴメンってばクリスちゃ~ん!!何もしないから心配しないでよ~!!」

 

━━━━そういえば、バカその一とバカその三はこの場に居るけれど……

 

……バカその二って、誰の事だったっけ……?

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「進路についての三者面談……もうすぐですわね……」

 

一時間目から水泳というスケジュールにも、二年目となれば馴れたもので。

……というか、水泳の授業って半分くらい遊んでるだけな気がするんだけれどどうなんだろう?

そんな疑問を抱く(立花響)の耳にその話題が入って来たのは、ある種当然の帰結だった。

 

「憂鬱~……成績についてのアレコレはママよりもパパに聴いてもらいたいよ~……」

 

「ビッキーの所は誰が来るの?」

 

「ん~……ウチはお父さんが来てくれるって言うんだけど……」

 

「響のお父さん、最近特に過保護だもんね?

 この前も衣替えだ~って定期報告の筈なのに、響ったらうっかり長電話してたし。」

 

「アハハ……」

 

━━━━二年前のあの日、ライブ会場での事件からちょっと経って……お父さんが一度居なくなった日から、お父さんは私にとっても過保護になった。

……でも、居なくなろうとしたお父さんを助けてくれたのは……アレ……?

 

「はぁ……ちょっと響が羨ましいよ……」

 

「う、羨ましいって言われると、ちょっと照れちゃうなぁ~……」

 

「って言うか、そんなに過保護だとビッキーの成績について面談で知ったら……」

 

「━━━━とォウッ!!」

 

『わぁッ!?』

 

━━━━おっと、其処から先は聴きたくないッ!!

だから……

 

「━━━━ぷはッ!!そぉんな事より、泳ごうよッ!!

 今日の夜更かしに備えてお昼寝するなら、ちょぉっと疲れたくらいが良くないかな?

 わぁお!!自分で言ってて驚きのアイデアだねッ!!」

 

「……フフッ。よぉし!!」

 

「それッ!!」

 

━━━━今夜は折角の翼さんとマリアさんのタッグライブ!!それを眠気で見逃すなんて……そんなのは、イヤだッ!!

 

「……カラ元気のクセに……」

 

━━━━けれど。微かに聴こえた未来の言葉がどうしてか、耳に残って離れない気がした……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━なるほど?

 今夜、夜更かしする為に?私の授業を昼寝に充てる、と……

 そういう事なのですねッ!!立花さんッ!!」

 

「ふぎゃん!?」

 

━━━━やっぱり、響の言い訳はダメでした。

うわぁ、痛そう……なんて思いながら、(小日向未来)達は先生の御尤もな怒りに恐れをなす。

 

「はぁ……二年になって少しは落ち着いたかと思えばこの始末……まぁいいでしょう。

 とはいえ、ロンドンが気になるという想いは分かりますしね。

 ━━━━という事で、脱線にはなりますが、久々にちょっとした小噺でもしましょうか。

 歴史は現在と過去が密接に関わって出来る物ですから、テスト範囲だけでなく、そういった脇道も知る事が理解をより深める事にも繋がりますから。

 ……さて、ロンドンで今夜開催されるチャリティーロックフェスですが、会場となるテムズドームの警備にBSAAも参加する事がネットニュースにもなりましたね?

 皆さんはBSAAについて、どの程度の知識があるでしょうか?コレは授業の範囲では無いので、気軽に応えてもらって結構ですよ?」

 

「確か、国連直轄の対テロ特殊部隊の一つ……でしたよね?アニメにもなってたので知ってます!!」

 

「んー……アタシ達的には、なんだか外国のニュースで聴く言葉って事くらいしか馴染みがないかなぁ……」

 

「えーっと……板場さんの説明に追加するなら、21世紀前半に世界で多発した生物兵器を使ったテロに対抗する為に設立された物でしたわね?

 全盛期には国連加盟国ほぼ総てにおける無制限の活動権限がありましたが、現在は生物兵器テロの減少傾向からテロを起こさせない事を重視した警備などでの活動が多いんだとか……?」

 

「ウソォ!?詩織、なんでそんなに詳しいのッ!?」

 

「あはは……古美術品は完璧な消毒や検査が難しくて、生物兵器関連の防疫によく引っ掛かりますので……お父様の商談に付き合う時にBSAAへの愚痴がチラホラと……」

 

「なるほど……大筋は寺島さんや板場さんの説明で合っていますね。

 正式名称はBioterrorism Security Assessment Alliance(対バイオテロ防衛査察連合)といい、元々は製薬会社連合が支援するNGO(非政府組織)でした。

 ですが、00年代当時多発していたバイオテロへの対策強化、そして、当時対バイオテロを標榜していた米国の特務機関FBCが秘密裏にバイオテロに加担していたというセンセーショナルな事実……

 それ等への対応として、BSAAは国連直轄組織として生まれ変わったワケです。

 今回のような欧州での大規模イベントでBSAAが警備を行うのも、今回のチャリティーロックフェスティバルの収益の一部が超常脅威の一端であるバイオテロの被害者救済に使われるから……という事情もありますね。」

 

分かりやすい先生の解説に感心していると、ようやく痛みから再起動した響がふと何かを思い出したような顔をし始めた。

 

「あてて……あ、そういえば……ジョージさんとマーティンさんも、今そのBSAA?だったかに出向してるって話だっけ……」

 

「ジョージさんとマーティンさんが?あの人達もSONGに編入されたんじゃないの?」

 

「えーっと……なんだか難しい話がてんこ盛りであんまり覚えてないんだけど……二人はそもそも昔の二課に所属してたワケじゃなくて、傭兵として雇われてた形だったらしくて……

 だから、ただの機密組織だった二課ならともかく、国連直轄のSONGで雇い続けるのは難しいからって話だったかな……?

 そしたらジョージさんが昔の伝手を頼ってBSAAに行くって話になったらしくて……」

 

「へぇ……じゃあ、もしかしたらマリアさんと翼さんにも、会場警備って形で逢えるかもね?」

 

「そうだといいなぁ……」

 

━━━━そんな、穏やかな筈の日々。

それなのに、どうして……こんなにも心がざわついてしまうんだろう?

警備とか護衛の話なんてしてるから?それとも……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━で……結局、どうしてあたしん家なんだ……?」

 

━━━━午前三時。どう考えてもうら若き乙女共が起きているには不釣り合いな時間。

だと言うのに、あたし(雪音クリス)の部屋は満員御礼。十人分のグラスを準備しておいて正解だったな……とは内心思いながらも、一応ツッコミは入れておかねばなるまい。

 

「すみません……こんな時間に、大人数で押しかけてしまいました……」

 

「ロンドンとの時差は約八時間ッ!!」

 

「チャリティーロックフェスの中継を皆で楽しむには、こうするしかないワケでして……」

 

謝罪、開き直り、懇願と、三者三様ながらも、その言葉の意味するところは同じモノ。

 

「ま、頼れるセンパイって事で……それに、やっと自分の夢を追いかけられるようになった翼さんのステージだよ?」

 

「そうだよ~?先輩の活躍を皆で応援しなきゃだよ~?」

 

あたしの横合いからグラスを受け取りながらのバカ二人の物言いは蓋しその通り。

━━━━ノイズの災禍が去り、世界に羽撃(はばた)けるようになった先輩の晴れ舞台なのだ。

 

「ま、確かに皆で応援……しないワケにはいかないよな?」

 

「━━━━そして、もう一人……」

 

「マリア……」

 

「歌姫のコラボユニット、復活デース!!」

 

「折角のマリア姉さんの晴れ舞台ですもんね!!」

 

━━━━後輩三人の保護者であるマリア・カデンツァヴナ・イヴもまた……

 

テレビに映る中継を眺めながら、あたし達もまた、会場の熱気に中てられて行くのだった……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ライブジェネシスのチケットが取れたのは、狙ったというよりは、偶然に近い物だった。

そもそも休暇が何時取れるかも分からぬ身の上であるが故、ロンドン公演のチケットとなれば取れた所で迎えるとは限らんが……

仮令(たとえ)そうだとしても売上はチャリティーとして寄付されるのだから構わない……

そんな風に想っていたものだから、チケット当選の連絡を受けた時に真っ先に考えたのは、『今から休みが取れるだろうか……?』という事だった。

……そもそも、我等(緒川忍軍)と彼女の関係は複雑であるが故に……

 

『━━━━ふむ。構わんよ。行ってきたまえ。

 機密漏洩などでも無ければ、休日に何をしようと一々看過しようとは思わんよ。

 家を飛び出した宗家の娘に逢いに行くワケでもあるまい?アイドルのライブ一つ、誰が行ってもおかしくは無かろう?』

 

━━━━だが、頭領の温情により、望外の休暇を得た俺は、こうしてロンドンに辿り着き……

 

━━━━俺は、其処に天女を見たような錯覚を覚えた。

 

『━━━━遺伝子レベルの』『インディペンデント……!!』

 

『絶望も希望も……』『━━━━抱いて……!!』

 

『━━━━足掻けッ!!命尽きるまで……ッ!!』

 

星天ギャラクシィクロス。

マリア・カデンツァヴナ・イヴと風鳴翼が今回のライブの為に再結成した特別ユニットの曲……

先んじてリリースされたその曲は、俺の懐にも確かに音源があった。

 

━━━━だが、圧が違った。力が違った。

……そして何よりも、込められた想いの質が違うのだと、忍者である(オロチ)の勘がそう告げている。

 

「……想いで、歌は変わるのだな……」

 

他の観客の迷惑とならぬよう、静かに落涙しながら、俺は目の前で起きるパフォーマンスの一挙手一投足から眼を放さぬように見据える。

 

圧倒的……ひたすら圧倒的だった。

会場全体の変形という大仕掛けも、夕陽射すタワーブリッジの逆光の影すらも利用した計算の妙……

 

『━━━━ヒカリと飛沫のKiss(くちづけ)……』

 

『恋のような』『虹の産まれた日(バースディ)……』

 

『どんな美しき日も……』『なにか産まれ』『なにかが死ぬ……』

 

そして、何よりも。スモークの舞う水舞台(ステージ)を踊りながら歌う二人の天女の歌声が……

 

『せ、め……て唄おう!!』『I Love you(愛していると)!!』

 

『世界が酷い地獄だとしても……せ、め……て伝えよう!!』

 

I Love youッ!!(愛しているとッ!!)

 

『━━━━解放の……時は来た……ッ!!』

 

『星降る』『天へと』『響き飛べッ!!リバティソング(自由の歌を)……ッ!!』

 

何よりも、美しい物だと魂で理解出来たのだ。

 

『━━━━Stardustッ!!』

 

━━━━夜の濃紺に染まりゆく空と照応するように、天井のスクリーンに映し出されるのは満天の流星雨。

 

『━━━━そして奇跡は待つ物じゃなくて!!』

 

『その手で創る物と……』

 

《咆・え・ろッ!!》

 

『涙した過去の苦みを』『鎮魂歌(レクイエム)にして……ッ!!』

 

「━━━━なッ!?」

 

━━━━空を舞いながら二人の歌姫が擦れ違う瞬間、忍として鍛え上げた動体視力が捉えたのは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なんと……ッ!!」

 

(せ、い)、あ、る全の……力で……ッ!!』

 

ステージ演出とはいえ、命を懸けた物だと理解出来る。吊り下げたワイヤーを外せば、待っているのは重力に引かれた自由落下。

しかも、直前までは飛行演出の為に速度を出して振り回されていたのだ……ッ!!

なんという覚悟ッ!!そして、それをエンターテインメントとして昇華する絶技ッ!!

 

『輝けFuture World(世界よ)』『信じ照らせ』

 

『星天ギャラクシィクロス……ッ!!』

 

━━━━銀河(星天)交叉(クロス)するという、天井に映し出された神秘的な演出への感嘆。そして、何よりも……交叉する歌姫二人の立ち姿に、拍手を鳴らす手が止まらない。

 

「……ありがとうございます……頭領……ッ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「うわーッはははは!!

 こんな二人と一緒に友達が世界を救ったなんて、まるでアニメだねェ!!」

 

「あはは……うん、本当だよ……」

 

ライブ中継に心ときめいている三人娘を見て、(天ヶ瀬天音)は思う。

こんな日常が……皆が笑って居る日々が、私は大好きだな

 

「良かった……マリア姉さん、元気そうで。」

 

「うん、本当に。

 でも……」

 

「……月の落下と、フロンティアの浮上に関連する事件を終息させる為、マリアは生贄とされてしまったデス……」

 

「大人達の体裁を護る為にアイドルを……文字通り、偶像(アイドル)を強いられるなんて……」

 

……けれど、世界はそれだけで回っているワケでは無くて。

曾祖父様が為した大罪のように、後ろ暗い理由付けもまた、この世界には溢れている。

 

「━━━━そうじゃないよ。」

 

『え……?』

 

「うん?」

 

━━━━けれど、その悲観を遮るように声を挙げるのは、陽だまりの少女。

 

「マリアさんが護っているのは、きっと……誰もが笑って居られる日常なんだと思う。」

 

「未来……」

 

その言葉は、マリアさんを信じる物。単純だけど、だからこそ、誰にも否定できない、愛ある言葉。

 

「……そうデスよね!!」

 

「だからこそ、私達がマリアを応援しないと。」

 

「マリア姉さんが私達を護ってくれるなら、私達もマリア姉さんの護りたい日常を護らないと……ですよね!!」

 

━━━━けれど瞬間、歓談を遮るように響き渡る呼び出し(CALL)音。

 

『━━━━第七区域に大規模な火災発生。目撃証言から、石油輸送タンクローリーが崖から団地へと落下した事が原因と思われる。

 消防活動が困難な為、此方に応援要請が入った。』

 

「━━━━はいッ!!すぐに向かいますッ!!」

 

「響……」

 

「大丈夫、人助けだからッ!!」

 

━━━━その呼び出しはつまり、誰かが困っているという事。

 

「なら、私達も……!!」

 

「手伝うデスッ!!」

 

「戦うならともかく、避難誘導くらいなら……ッ!!」

 

そして、その報に居ても立っても居られない女の子達が、二人……いや、三人

 

「━━━━三人は留守番だッ!!

 Linkerも無しに、出動なんかさせないからなッ!!」

 

『セレナくんも同様だ。正式装者として登録されていないキミを矢面に立たせていては米国からの余計な嘴を呼び込みかねない。

 ━━━━どうか、二人を信じて待っていてはくれないか?』

 

『……むぅ……』

 

━━━━そして、走りだすクリスちゃんと響ちゃん。

 

「クリスちゃ~ん!!鍵~!!開けて待ってるからね~!?」

 

その背中に掛けるべき言葉は唯一つだろう。

 

━━━━私は、此処で待ってるよって。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━奈落へと続くエレベーターを通って、(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)は舞台裏へと降り立つ。

 

「━━━━任務、ご苦労様です。」

 

「……アイドルの監視ほどでは無いわ。」

 

其処に待つのは、黒服のSP達。

国連の監視下でようやく軟禁から解き放たれている私に、行動の自由は無い……

 

「監視では無く、警護です。

 世界を護った英雄を狙う輩も、少なくはないので……」

 

「━━━━なら、やっぱり警護の人数は多けりゃ多い程いいよな?」

 

その言葉と共に通路の端から現れるのは、重装備に身を包んだ兵士二人……?

 

「……そうですね。貴方方は些か重武装過ぎる気もしますが……」

 

黒服の二人が歓迎していない素振りを見せる辺り、どうやら国連の回し者では無いようだが……?

 

「よっ、久しぶり!!」

 

━━━━そう言って、兵士の片方は私に声を掛けてくる。

……もしかして……

 

「貴方、ジョージ・アシュフォードッ!?」

 

「その通り!!……って、もしかして気づいてなかったのか!?」

 

「因みに私も居るぞ。」

 

「マーティン・フリーマンまでッ!?」

 

二課に所属していた筈の傭兵達が何故此処にッ!?

 

「何故此処に?って顔してるんで説明するがな。

 二課のSONG再編の時、フリーの傭兵のままで雇用してもらってた俺等を国連の予算で雇うのは難しいってのが分かってな……それで、古巣のBSAAに出戻りして来たって事だよ。」

 

「俺はその付き添いって所だ。

 どうせ、米国に戻っても、当時の職場ももう無いしな……」

 

「なるほど……」

 

━━━━話をしながらに進めた歩みは、いつの間にかステージ衣装を保管するマネキンが立ち並ぶ通路に差し掛かっていた。

……というか、これだけのマネキンを並べても、衣裳として使う数って一定なんじゃないかしらね……?

 

「……風?」

 

「うッ……!?」

 

「━━━━誰か居るのッ!?」

 

それに気づいたのは、屋内だというのに吹き込んで来た風を感じたが為。

襲撃の気配を前に、監視の二人も護衛の二人も、即座に戦闘が出来る姿勢になって周囲を見回す。

 

『……司法取引と情報操作によって仕立て上げられた、フロンティア事変の汚れた英雄……マリア・カデンツァヴナ・イヴ……』

 

━━━━だというのに。声の在処が分からないッ!!

まるで耳元で囁くような声量。だというのに、どこから語り掛けているのか分からぬ、不可思議な声ッ!?

 

「何者だッ!?」

 

誰何の言葉に、返って来たのは……

 

「おあッ!?ンーッ!?うぁ……うぅ……」

 

「後ろッ!?

 ━━━━な、何をッ!?」

 

━━━━目の前に広がるのは、まるでホラー映画のワンシーンのような光景。

緑を纏う、おぞましい程に美しい女が、監視の男の唇を貪り喰らっている……ッ!!

エロティシズムというよりも、バイオレンスに見えるのは、喰らわれる男が身震いしながら色を喪い始めているが故。

 

「ッ!!離れろッ!!」

 

「動くなッ!!動けば撃つ……ッ!!」

 

いち早く正気に戻ったのは、もう一人の監視の男。

そして、それに続くように護衛の二人も銃を構える……私にも武器が……何物をも貫く無双の一振りがあったなら……ッ!!

 

「フッ……」

 

警告への女の答えは、男を投げ捨てながらに向ける、微笑み。

……いいや、あれは微笑みでは無い。獲物に喰い付かんとする、捕食者の表情……ッ!?

 

「貴様ッ!!」

 

「━━━━ッ!!止せッ!!」

 

「━━━━ハァッ!!」

 

━━━━次の瞬間、起こったのは連続しながらもお互いに干渉しあわぬ複数の事象。

まず一つ、三発の銃声と共に……恐らく、拳銃から弾丸が放たれた。

そして二つ、それを止めるように静止の声を挙げたジョージと、弾丸を放った監視の男をマーティンが蹴り飛ばし……

最後に、三つ。女がスカートを翻した瞬間、巻き上がる風が弾丸を巻き込み……弾き返した、だとッ!?

 

カツカツと、まるでフラメンコダンサーのように足を鳴らし、女は構える。

 

「なッ……!?」

 

「あら……腕と脳天を狙いましたのに、眼の良い戦士が居たものね?

 まぁ、纏うべきシンフォギアを持たぬ者に用はないが……」

 

━━━━狙いはシンフォギア装者かッ!!マズい……私を人質として翼を……そして、同時に()()()を引きずり出すつもりか……ッ!!

 

「マーティンッ!!」

 

「あぁッ!!コッチだ、お嬢ちゃん(レディ)!!」

 

「えぇッ!!」

 

瞬間、目配せし合った二人。片方が蹴り倒された監視の男を引きずりながらにマネキンの裏へ回り、もう片方であるマーティンは私を連れて走り出す。

 

「あら……判断が早くて大変結構。

 ですが、それだけでは私は……ッと。」

 

━━━━瞬間、鳴り響く銃声。それも先ほどの護身用の9㎜弾では無いッ!!

 

「まさか、マグナム弾をッ!?」

 

だが、先ほどのように風が巻き上がる音も後方から聴こえてくる……ッ!!これでは、残ったジョージの命は……

 

「……驚きましたわ。まさか、マグナム弾を横っ飛びで放つだなんて……しかも、狙いも正確……流石は元BSAAのSOA(エージェント)ですわね?」

 

━━━━なんという絶技……ッ!!ジョージはマネキンからマネキンへとカバーチェンジしながらにマグナム弾を女が対処せねばならない精度で叩き込んだのかッ!?

 

「そりゃどうも……ッ!!クソッタレ!!気を付けろマーティン!!コイツ、マグナムが効かねぇぞッ!!」

 

「えぇ、えぇ。無粋な弾丸を二度も通すなど、私のプライドが許しませんから……ね?」

 

その弾丸すらも巻き上げ、撃ち返した女の風もまた、兇悪無比……ッ!!私達の今の戦力では勝ち目が無いッ!!

 

「了解ッ!!ならば選ぶべきは……」

 

『━━━━三十六計ッ!!』

 

━━━━瞬間、スプレー缶を落としたような金属音が複数鳴り響く。

コレは、まさかッ……!?

 

「逃げるんだよォォォォ!!」

 

「━━━━えぇッ!?」

 

背後から聴こえる閃光、爆音、そして、広がり始める煙幕……良かった!!流石に破片手榴弾を屋内でブン投げる非常識では無かったッ!!

閃光手榴弾と煙幕手榴弾の重ね技ッ!!この布陣なら……

 

「あの女は、一体……!?」

 

「分からんッ!!だがとにかくこうして距離を保っていれば……」

 

「━━━━残念ながら、そうは参りませんの。」

 

「ッ!!」

 

「どわァ!?」

 

「フッ!!」

 

━━━━立ち上る悪寒に従い、私は背を丸めながらの前転に移行し、背後から迫る刃を回避する……ッ!!

左右を走る二人も、飛び込みと壁を蹴った三角跳び(バニーホップ)でそれぞれに回避する。

 

「まさか……風の刃ッ!?」

 

「マジかよ……ッ!!」

 

「この狭い通路では避け続ける事は難しいか……謀られたな……」

 

「えぇ、えぇ。そう易々と逃げられてしまっては困りますもの。ですから……この剣を受け、散りなさいなッ!!」

 

━━━━悠々とした足取りで私達を追いかけてくる女は、閃光手榴弾の効果など無かったかのように真っ直ぐに此方を見据え、いつの間にかその手に携える両刃剣を此方に向けてくる……ッ!!

 

「クッ……!!」

 

銃は効かない。逃げ切るには場所が悪すぎる。では、どうするべきか……

 

「そんなものッ!!決まっているッ!!」

 

「おいッ!!嬢ちゃんッ!?」

 

此方から女へと走り込み、その刃圏へと一歩踏み込む。

 

「飛んで火に入るッ!!」

 

「一寸の虫だろうと、風を乗りこなせばッ!!」

 

横振りを慎重に間合いを見切って避け、大振りの踏み込みを誘発させる……ッ!!

 

「━━━━取ったッ!!はァッ!!」

 

踏み込みでガラ開いた首元が狙い目ッ!!悪いが、話はベッドで聴かせてもらうッ!!

跳び上がる遠心力を活かし、180度回転した上下逆の身体を捻った回し蹴りへと変える……ッ!!

 

「ダメだ嬢ちゃんッ!!ソイツは……ッ!!」

 

━━━━ぐるり。と、()()()()()()()()()()

 

「しまった……ッ!?」

 

コイツ、まさか……()()()()()()ッ!?

私の脚ごと巻き上げるこの力もッ!!

 

巻き上げられた私に、動きの自由は存在しない……ッ!!

そして、私の落ちる先には……!!

 

女神像の如く剣を掲げる、ヒトガタの姿、一つ……ッ!!

 

「嬢ちゃんッ!!」

 

━━━━そして、私は。重力に引かれて……




掲げる剣は、慈愛の女神の如く、熱い抱擁を齎すだろう。

鎮魂の夜に捧げられるのは、赤き血か、それとも赤き焔か。

魔の欠片を持ちて走る小さな躯体を、地のアルカナは追い立てる。

かけてもつれた抒情詩(リリック)の声と、かつてこわれた追想曲(カノン)の音色。二つの鼓動が溶け合う時、生きる意味が変わった事を知ったが故に……


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第八十八話 救命のブレイクスルー

━━━━地のアルカナ(レイア・ダラーヒム)を示すこの身を翻し、手に現したコインを以て眼下の廃棄躯体(エルフナイン)を追い立てる。

 

「━━━━踊れ。踊らされるがままに。」

 

埋伏の毒として、世界を壊し、紡ぎ直す歌に込められるために。

 

故に、狙いは正確に。そして同時に決して当たらないように調整した連射を叩き込む。

足下に八発。そして、近くに止まる迂闊にもガソリンの残量が少ない車を狙い、エンジン内部でかち合うように二発。

 

「細工は派手に流々……後は、仕上げを御覧じろ。という奴だ。」

 

━━━━派手な爆発の華が紅く咲くのを眼下に見下ろしながら、私は待ち人が来るのを待ち構える……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━走る。走る。走る。

人目を避けた故か、昼間の間は止んでいた敵の追撃が再開したのは、朝焼けも近くなった黎明の頃だった。

最早遠慮は要らないからだろうか?ボクが日中潜んでいたマンションの近くで火災まで引き起こしてその人形(オートスコアラー)は追って来た。

 

「━━━━ハァ……ハァ……あッ!?」

 

━━━━追い詰める為にか、ボク(エルフナイン)の足下を狙う弾丸から逃げる中、後方から叩きつけられる爆風……!!

 

「うぅ……まだ、まだ……ッ!!」

 

━━━━逆に考えるんです。これだけの騒ぎを起こせば、間違いなくSONGは救援活動にやってくる筈……!!

 

「諦めない……諦められないです……ッ!!」

 

吹き飛ばされたボクの軽い身体を、それでもと起こし、ボクは抱え込んだドヴェルグ=ダインの遺産を放さないようにしながら階段を駆け下りる。

背後で燃え上がる焔から目を逸らすように、必死に……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━付近一帯の避難はほぼ完了……だが、火元近くのこのマンションに多数の生体反応を確認している。』

 

━━━━現場へと急行するヘリの中での簡易的なブリーフィング。一刻を争う為のそれを、(立花響)はクリスちゃんと一緒に聞いていた。

 

「まさか人がッ!?」

 

『どうやら防火壁の向こうで崩落が起きた為、閉じ込められる形になってしまったようだ。

 だが、更に気になるのは、被害状況が依然四時の方向(東南東)に拡大している事だ……』

 

防火壁で炎を遮断したけど、その逆方向から逃げる事が出来ない……避難訓練でやった逃げ方が出来ないって事かッ!!

 

赤猫(放火魔)でも暴れていやがるのか?」

 

『響くんは救助活動に。クリスくんは、拡大している被害状況の確認にあたってもらう。』

 

「━━━━了解ですッ!!」

 

━━━━ブリーフィングの終了と同時に、私はヘリのドアを開ける。

眼下に見えるのは、火の手の上がるマンション街の姿……あそこに、助けを待っている人が居る。

 

「━━━━任せたぞッ!!」

 

「━━━━任されたッ!!

 ほっ……!!」

 

此処から別行動となるクリスちゃんの言葉が、背中を押してくれる。

━━━━だから私は、マリアさんから預かったガングニールのギアペンダントを握って、その信頼に応える。

 

そして、ヘリから飛び降りる瞬間、訪れる浮遊感……!!

 

「━━━━Balwisyall Nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)……ッ!!」

 

墜ちるままに火元へ向かいながら、私は突き出すッ!!この拳をッ!!胸の歌をッ!!

そして、歌は光となり、光は輝く武装へ変わるッ!!

 

━━━━故に瞬間ッ!!私の姿は、ギアを纏った物へと変わるッ!!

 

「━━━━一点突破の決意の右手……ッ!!」

 

『響ちゃん!!落下ポイントはそのソーラーパネルの中心よッ!!中途半端に壊れたままだと漏電の恐れもあるから、思いっきり破壊しちゃってッ!!』

 

「了解ッ!!」

 

通信の声に応えると同時、マンション屋上に備え付けられたソーラーパネルを右手の拳で打ち砕き、私は現場となるマンションへと突入する……ッ!!

 

「というか、こんなに派手に壊しちゃっていいんですかッ!?」

 

『問題無いわ!!むしろ、此処で派手に壊しておかないと、救助の為の誘導路作成の時に急激に流入した空気がバックファイアを起こす……つまり、逆に危険なのッ!!

 だから響ちゃん、貴方は最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に突き進んでッ!!

 ━━━━反応座標までの誘導、開始しますッ!!』

 

「言ってる事、全然分かりませんッ!!

 でも、分かりましたッ!!

 ━━━━私という音響く中で……ッ!!」

 

回る火の手を拳圧で掻き消し、私は進む、真っ直ぐに……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あぁ、私は、どこで道を間違えてしまったのだろうか。

大学受験に合格して、この春から入居したマンションが火災に遭った中、()は思う。

 

母さんに逆らわなかった事?

……あの子を地獄に叩き落としておきながら、見捨てた事?

フロンティア事変のあの日、空に輝く光を見た事?

……それとも、■■■■(あ■■と■■■)の掛けて来た呪いのような言葉を、思い出せなくなってしまった事?

 

「うぅ……」

 

「大丈夫……大丈夫だよ……」

 

━━━━分からない。分からない。分からない。

(桜井咲)の人生が正しかったのか、間違っていたのか。

それすらも分からないけれど……この腕の中の少年の小さな命を見捨ててしまえば、私は何かに顔向けできないのだと、()()()()()()()が叫んでいる。

 

「怖いよ……怖いよぉ……!!ママぁ……!!」

 

始まりは偶然。避難する為に階段を目指した時に、防火扉を開けようとする少年の姿を見てしまった事。

……だけど、気づけば身体が動いていた。少年をかばう義理なんて無かったのに。

……なんでだろう。全然分からない。バックファイアを辛くも避けられたけれど、それから回って来た火の手が齎す熱さで、私の頭は回らなくなってしまって。

 

━━━━それでも。

 

「━━━━大丈夫よ。」

 

「え……?」

 

「耳を澄まして御覧なさい?

 しゅうしゅう、ぱちぱちと爆ぜる焔の音の中に……」

 

「━━━━生きる事を諦めないと、そう鳴り響く歌が聴こえて来たんだから。」

 

━━━━()()()()()()が、微笑みと共に零すその言葉に重なるように、歌が、聴こえたんだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━高鳴れッ!!」

 

砕く。

 

「メーターをッ!!ガンとッ!!振り切れ!!」

 

砕く。砕く。砕く砕くッ!!

目指す階層に辿り着くまで、廊下の床を粉砕して突き進むッ!!

 

『響ちゃん!!左手90°の壁を打ち抜いて、迂廻路を作ってッ!!』

 

「スゥーッ……(つ・ら・ぬ)・けッ!!」

 

━━━━槍の如く研ぎ澄ました一撃が壁に突き刺さり、其処に大穴を開ける……ッ!!

その先には、火の手の回っていないもう一本の通路……ッ!!

 

『コレで階段までの迂廻路が出来たわね。

 其処から先に進んでちょうだい。生体反応の近くに辿り着いたらまた迂廻路を開けてもらうわ。』

 

「了解ッ!!限界ッ!!なんてッ!!要らないッ!!知らないッ!!」

 

指示に従う為、歌いながらまだ火の手の薄い通路を走り抜け……

 

『其処よ!!其処も左手90°の壁ッ!!』

 

「絶対……ッ!!繋ぎ放さない……ッ!!」

 

━━━━ようやく、辿り着いたッ!!防火壁の向こう、閉ざされてしまった通路にッ!!

 

「キミは……!?」

 

「避難経路はコッチですッ!!その先に階段がッ!!」

 

「あ、あぁ……でも、隣の家の子がまだ……」

 

「今はとにかく避難を優先してくださいッ!!頭を低くして、煙を吸わないように気を付けてッ!!

 その子は私が見つけ出しますッ!!

 ━━━━せぇいッ!!」

 

纏まって居た人達の、こんな状況だというのにあったかい言葉を背に受け、火の手が回っているもう一つの階段へと私は驀進する……ッ!!

 

『響ちゃん!!生体反応ラストツー!!階段を少し上に上がった所よッ!!』

 

「高鳴れッ!!

 メーターをッ!!ガンとッ!!振り切れッ!!」

 

上の階はもう火の手が回っている……なら……ッ!!

 

「この機械腕(りょうて)でッ!!この鼓動(うた)で護り切ってやるッ!!」

 

━━━━最速で、最短で、真っ直ぐに、一直線に焔と瓦礫を貫いて、最後の二人の基へ私は辿り着く……ッ!!

 

「……ふふっ……ありがとうね、響ちゃん……」

 

「━━━━えっ!?」

 

私は今来たばかりだし、シンフォギアの事だって知る由もない筈なのに、少年をその腕に抱いて……まるで、聖母のように微笑むその女性は確かに、私の名前を呼んだんだ。

 

「━━━━ッ!!」

 

考えるよりも先に、私の驀進に耐えきれなかったのか、階段の上部が落ちてくる……ッ!!

 

「限界……ッ!!なんてッ!!要らないッ!!知らないッ!!」

 

瞬間、選択したのは蹴りの乱打。落ちてくる階段どころか、その先の空まで届く大穴を開ける……ッ!!

 

「━━━━絶対ッ!!繋ぎ放さない……ッ!!」

 

全力全開の跳躍で、私は最後の二人を抱えて夜明けに向かう明け方の空へと飛び出す。

 

━━━━護り切れたんだッ!!私はッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━何を考えるよりも先に、(風鳴翼)は飛び出していた。

 

「シッ……!!」

 

落ち行くマリアの身体を抱え、捻りを加えた跳躍の速度を込めた渾身の一刀……だが、浅いッ!!

この人形、飛び込む瞬間には此方の剣を受け流すように動いていたッ!!

 

「━━━━翼ッ!?」

 

「フッ……!!友の危難を前にして、鞘走らずに居られようかッ!!」

 

故に、油断なく正眼に構えて目の前の人形を見据える。

先刻のマリアとの一合でこ奴が人間の可動域を越えた動きをする事は知れている……だが。

 

「━━━━待ち焦がれていましたわ。」

 

「━━━━貴様は何者だッ!!」

 

━━━━こ奴は、一体?

 

その問いに、人形はまさに大袈裟に構えた大上段の剣と共に応える。

 

「━━━━自動人形(オートスコアラー)。」

 

「オートスコアラー……?」

 

個体名では無いだろう。であれば、自らの所属組織か、或いは自らのナンバリングか?

……だが、寡聞にして聞いた事が無いッ!!

 

「目的は……と尋ねられるでしょうから、先んじて伝えておきましょう。

 私は、貴方の歌を聴きに来ましたの……よッ!!」

 

言い終わる瞬間、人形は踏み込んで来ていた……ッ!!

まるで無拍子ッ!!だが、それだけでこの剣は打ち砕けぬと知るがいい……ッ!!

 

「フッ!!はッ!!」

 

「フフフ……」

 

━━━━だが。此方の攻撃を人形は的確に受け止める……ッ!!

 

「クッ……ならば、コレでッ!!

 ━━━━ハァーッ!!」

 

一刀対一刀では埒が明かぬッ!!

故に、左手に展開したもう一刀と合わせた二刀流で一気に押し切る……ッ!!

 

「大丈夫か、嬢ちゃんッ!!」

 

「えぇ、私は大丈夫……けれど、このままでは……」

 

「あの女、人形だったのかよ……ッ!?まるでレヴェナントだな……ッ!!」

 

背後でマリアと護衛二人が合流したのを聴きながら、私は二刀の斬り上げで人形を先ほどのマリアのように宙へと放る……ッ!!

 

「━━━━(かざ)鳴る刃、輪を結び……火翼を以て、斬り候……ッ!!」

 

印を結び、焔を纏い、火の輪と化した翼の如き対剣(ツインセイバー)

 

「━━━━月よ、煌めけッ!!」

 

だが、赤き焔では力が足りぬ……ッ!!回転速度を上げ、取り込んだ空気で蒼く燃え上がる焔と共に私は、ふわりと降り立った人形へと、その一閃を叩き込む……ッ!!

 

━━━━風輪火斬・月煌━━━━

 

蒼き焔と、一閃の相まった衝撃が人形を吹き飛ばし、機材の山へと叩き付ける。

 

……だが……

 

「翼ッ!!アレは一体……」

 

「まだだッ!!

 ━━━━手合わせして分かった。コイツは、どうしようもなく……」

 

━━━━手応えが、軽い。

振り向けば、人形が砕き散らした機材を纏めて吹き飛ばしながらに立ち上がる姿、一つ。

 

「化け物だッ!!」

 

あれほどの出力を叩き出しながら、あの人形は(まさ)しく人形(ヒトガタ)だ……ッ!!

構成するパーツ自体の重量が人間とは全く異なるのか……ッ!?

 

「━━━━ふふっ……話に訊いてたよりずっとしょぼい歌ねぇ?

 確かにこんなのじゃ、やられてあげるワケには行きませんわ?」

 

……アレ程の一撃を受けながら、無傷……ッ!!

であれば、狙うべきは撃破では無く……ッ!!

 

「クッ……ハァーッ!!」

 

「無駄ですわよ?」

 

切っ先を上に向けた突きを、人形は綺麗に、寸分違わず弾き上げる。

 

━━━━だが、それこそが私の狙いだと知るがいいッ!!

 

「━━━━ッ!?まさか、この狭所を逆手に……ッ!?」

 

瞬間、剣は天ノ逆鱗へと拡大変容し、人形を床ごとその真下へと叩き落とす……ッ!!

 

「やったッ!!」

 

「やったかッ!?」

 

「いいやッ!!この程度では、下に叩き落としただけに過ぎない……ッ!!」

 

下はテムズ川……この高さなら、多少の時間は稼げる筈だが……

 

「ッ……なら、此処は退くわよ、翼ッ!!」

 

そんな風に想う私の腕を、マリアが力強く引っ張る。何故!?どうしてッ!?

 

「え、えぇッ!?」

 

「奴の狙いは、言葉通りならシンフォギアの歌ッ!!なら、このまま馬鹿正直に迎撃しようとして観客を巻き込むのは悪手ッ!!

 有利な郊外へと誘いこむわよッ!!」

 

「ッ!!……なるほど、そういう事ならば……だが、奏がまだ会場に……ッ!!」

 

「よし、んじゃ南の出口に客が予約してるっつータクシーが止まってる筈だ。ソイツを借りて、そっちから市街地を西に抜けていけ!!

 俺等は嬢ちゃんを回収しつつ別ルートで警護しながら支援に向かうッ!!」

 

「……了解ッ!!」

 

━━━━しかし、謎の人形の襲撃とは……一体、何が起こっているのだ……?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━あーあ、折角皆でお泊りだと思ったのにぃ……」

 

「立花さん達が頑張っているのに、私達だけ遊ぶワケにはいきませんから……」

 

「あまあま先輩とヒナがキネクリ先輩の家の合鍵を持ってたから良かったけど……

 ━━━━でも、どうして持ってたの?合鍵なんかさ。」

 

響達が出動したのを見届けた(小日向未来)達。

天音先輩は、クリスちゃんの帰りを待つ為のお留守番で……私達はお泊りを切り上げて帰る事にしたのだ。

そんな中でふと会話の矛先が私に向けられて……やっぱり、合鍵を持ってるって、不思議な事だよね……?

 

「え……そ、そうだよね?

 どうしてだろう……前に響から預かってたんだったかな~?」

 

━━━━なんとなく、緊急時の安否確認の為だって、本当の事を言うのは縁起が悪いかなって憚られて。

つい誤魔化してしまう、鞄の中のホントの気持ち。

 

「ふぅーん……」

 

「━━━━じゃあじゃあ先輩方ぁ!!

 あたし等はこっちなのデース!!」

 

「……誘ってくれて、ありがとう……」

 

「皆で夜更かし、凄く楽しかったです!!」

 

そんな折、コンビニの近くの十字路で別の道へ向かう調ちゃんと切歌ちゃんとセレナちゃん。

 

「あ、そっか……三人は寮じゃなくて、SONGでマンションを借りてるんだっけ……」

 

「はい!!マリア姉さんが帰って来た時に一緒に暮らせるように、って……」

 

「それは……とってもナイスな考えですわ!!」

 

今はまだ国連の管理下にあるマリアさんだけど……いつか、姉妹と家族の皆で暮らせるといいな。セレナちゃんの笑顔を見て、私も思う。

 

「じゃあ、失礼するデースッ!!」

 

「あっ……切ちゃん!?」

 

「あ、暁さん!?」

 

━━━━そう言って、マンションに向かって走る切歌ちゃんと、そんな彼女に腕を引かれる二人を見送って……残されたのは私達四人だけ。

 

「バイバーイ。」

 

「気を付けてねぇー!!

 ……さて。じゃあ私は、コンビニでおむすびでも買っておこうかな?」

 

「あらあら?」

 

「まぁまぁ……」

 

「てっきり二人の事、心配してるのかと思ってたら……意外と違う系?」

 

「響の趣味の人助けだから平気だよ。

 むしろ……」

 

━━━━むしろ、なんだろう?

背後を過ぎ去る電車の音に混じって、何か大切な事がすり抜けてしまった気がする。

思い出せない想いが、胸の奥からこみあげて来て……続く言葉を紡ぎ出す事が、できなくて……

 

「……ヒナ?泣いてるの……?」

 

「え……?

 ううん……泣いてない……泣いてなんか……ないよ……」

 

━━━━なんで、こんなにも……心の中、寂しいのかな……■■■ちゃん……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あたし(雪音クリス)を降ろし、飛び立つヘリを見上げる。

此処は横浜港近くの広場。火災現場から見て四時の方角に広がる被害の最先端……

 

『火災マンションの救助活動は、響ちゃんのお陰で順調よ。』

 

「へっ……あいつばっかにいいカッコさせるか……ッ!!」

 

━━━━瞬間、ヘリの爆音を越えて耳に届く、コインを弾く音。

明確な、異常……ッ!!

 

「ッ……!?」

 

着弾の音、二発……ッ!!

後方でヘリが爆発し、墜落するのを、あたしは呆然と見上げ……いいやッ!!

 

━━━━見上げるのは、モノレールの橋脚の上に立つ……影。

 

「この仕業は、お前か……ッ!?」

 

問いを投げるあたしを、動かぬ瞳孔で見据えるその姿は……人間というより、まるで……ッ!!

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

SONG本部。仮設という枕を捨て去り、正式に本部となった潜水艦、その内部。ブリッジを兼ねた司令室に響くのは、悲鳴のような報告の声。

 

「━━━━装者輸送ヘリ、沈黙ッ!!」

 

「どうなっているッ!!」

 

昨日の謎の反応への対処の為に詰めていた(風鳴弦十郎)は、混迷する状況に対応する為、更なる情報を求める。

 

「何者かの襲撃を受けている模様ッ!!」

 

「ロンドンからも、翼さんが交戦しているとの知らせですッ!!」

 

━━━━同時多発……ッ!!

此方の混乱を誘っているのか……ッ!?だがしかし……

 

「━━━━緒川ッ!!」

 

驚愕を押さえ込み、開く通信の先は、ロンドンで翼と共に行動している緒川の端末。

 

『はい。』

 

「このままでは情報が不足して、相手の狙いが絞り込めない。

 情報収集と現地でのバックアップを頼む!!」

 

『了解しました。ロンドン警視庁(ヤード)英国機密諜報部(MI5)に協力を仰ぎつつ、状況把握に務めます。』

 

「頼んだぞッ!!」

 

━━━━ロンドンと日本。9600㎞もの遠く離れた二点で同時に起きた襲撃……果たして、其処に蠢く陰謀の根はどこまで蔓延っているのか……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ライブは中止だッ!!」

 

「客席へのアナウンスッ!!テロの可能性がある事を最優先で伝えて混乱を最小限に抑えろッ!!」

 

━━━━司令からの通信を切り、眼鏡を外す。

此処からは風鳴翼のマネージャーである緒川慎次では無く……SONG諜報班所属のエージェント、緒川慎次の出番なのだから……

 

「━━━━面倒事が起きているようだな。緒川慎次。」

 

「━━━━ッ!?

 貴方は……オロチッ!?どうして此処に!?」

 

そう決意し、駆けだそうとした僕の前にふらりと現れたのは、スーツを肩に掛け、刺青も目立つ一見すれば無頼漢の如き男。

その名は、オロチ。緒川忍軍で修行していた時、僕と並んで最も優秀と謳われた忍者の彼が何故……!?

 

「気にするな。ただの休暇だ。

 ━━━━それより急ぐがいい。避難誘導などは俺の方で段取りを付けておく。会場の()もな。

 ……行くべき所があるのだろう?」

 

「それは……はいッ!!

 ━━━━ありがとうございますッ!!」

 

ただの休暇という答えには納得がいかなかった(そもそも忍者にとって休暇という概念自体が縁遠い)が、それを問い詰める時間も惜しいのは事実だ。

緒川忍軍のバックアップを一時的に受けられたような物と考えて先を急ぐべきだろう……

 

「━━━━会場の目も引き付けてくれるというのなら……ッ!!」

 

━━━━僕が逸らすべきは裏の警護だけに絞られる……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「……行ったか。やれやれ、世話の焼ける……」

 

━━━━緒川慎次。緒川忍軍宗家の次男であり、風鳴家に仕える為に里を抜けた男。

……そして、風鳴に仕える者の中でも、()()に最も近い男……

 

「……フン。

 ともあれ、まずは避難誘導への協力を━━━━ッ!?」

 

━━━━動き出そうとした瞬間、総身を貫く悪寒が俺を襲う。

なんだ……一体、何がこの会場に潜んでいる……ッ!?

 

……だが、その悪寒も一瞬で消え去る。

 

「……警戒は怠らず、避難誘導への参加、だな……」

 

どこに潜んでいるのかは分からない。だが、俺が標的で無い事は今の一瞬で分かった。

であれば、俺は俺のやるべき事を果たすのみだ……

 

「━━━━失礼。責任者の方はどちらに?私は日本政府のエージェント・矢又と申します。今起きているテロについて事態収拾にご協力する為に馳せ参じた次第で……」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━付近に居た忍者達がそれぞれの仕事に戻るのを感じ取り、()は偽装の為に目を落としていた書類から顔を上げる。

 

『━━━━驚いたわね。まさかロンドンで緒川忍軍(ニンジャソルジャーズ・オガワ)と二回も鉢合わせしてしまうだなんて。』

 

「……問題はない。事前情報にもあった通り、彼等は標的(ターゲット)に雇われているワケでは無いのだから。」

 

骨伝導通信を通して私に語り掛ける女の声に答えつつ、私はゆっくりとVIP席へと歩いてゆく。

 

()()()とは状況が違うのだものね……いいわ、4()7()。そのままターゲットに接近してしまいましょう。

 ━━━━ターゲットはブラッドリー・オールドリッチ。表向きは難民保護NGOの支援者である資産家であり……その裏の顔は、難民孤児を売り捌く人身売買ブローカー……

 主に南米を拠点としていて、近年ではシンフォギア装者の雪音クリスの売買にも関わっていたと目されているわ。

 ……今回、ライブ・ジェネシスのVIPとして招待を受けたのは表の顔が原因だけれど、その裏では雪音クリスを再び手に入れる為に風鳴翼との人脈を築く事を目的としているようね。

 標的(ターゲット)として申し分のない相手よ。存分にやってちょうだい。』

 

「━━━━了解した。」

 

━━━━VIPルームの護衛もこのテロへの対処の為に浮足立っている。避難誘導を装って一人ずつ倒せば標的を丸裸にする事が出来るだろう……

 

「……失礼。ブラッドリー様はまだ此方にいらっしゃいますか?」

 

「ん……?あぁ、中に留まってるぜ。爆発があったんじゃライブは中止だろうが……もしかして、避難誘導の人か?」

 

「えぇ。VIPの避難誘導を先に行う事に決まりましたので。」

 

「助かるぜ……いつ避難出来るのかとダンナがイライラしてっからよ。」

 

護衛は二人、外が一人で、中にも一人。最小限の人数。

━━━━ワイヤーを構え、周囲の状況を確認する。本物の避難誘導が来るのは二分後。それまでに始末を付け、離脱せねばならない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━先ほどヘリを落とした時と同じ、甲高い音と共に軌条(レール)の上に立つ影が放った弾……コインがあたし(雪音クリス)の足下に突き刺さる。

そして、影の手元から手品のように現れる、新たなコイン。

 

「━━━━此方の準備は出来ている。」

 

なるほど。投げ銭って奴か……だが。

 

「━━━━抜いたなぁ?

 だったら貸し借り無しでやらせてもらう……後で吠え面かくんじゃねぇぞッ!!」

 

━━━━宣言と同時に、あたしが首元から引き抜くのはギアペンダント……ッ!!

 

「━━━━Killter ichiival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

聖詠(トリガー)と共に、あたしは掲げるッ!!この手をッ!!胸の歌をッ!!

そして、歌は光となり、光は輝く武装へ変わるッ!!

 

「━━━━鉛玉の大安売り(バーゲン)ッ!!」

 

速攻をかます為、引き出すアームドギアの形は弩弓(クロスボウ)。クルリとキッチリ一回転で手の中に納まったソイツをアイサツ代わりにぶち込んでいく……ッ!!

 

「馬鹿につける……(ナンチャラ)はねぇッ!!」

 

左右それぞれのクロスボウ、トリガー一回が五発ずつ、合計十発体制だってのに、影はその総てをキッチリ避けて来やがる……ッ!!

軌条(レール)を使ったブレイクダンスまで混じったこの動き、人間離れどころじゃねぇ……ッ!!

 

「ドンパチ感謝祭さぁ躍れッ!!ロデオの時間さBaby……ッ!!」

 

━━━━人外そのものッ!!

 

挙句の果てにゃあ、放った矢を空中で掴み取り、そのまま砕くなんてパフォーマンスまで交えて披露してきやがるッ!!

まだまだ物足りないと言わんばかりのその動き、コッチとしても大層おありがてぇ……ッ!!

相手が人を越えた、ヒトでないモノだってんなら……

 

「━━━━つまり、やりやすいッ!!」

 

━━━━加減も容赦もゼロの、全開フルスロットルで構わねぇって事だよなァ!!

 

進化した歌で解除されたシンフォギアのカタチッ!!五、四、三本をピラミッド配置した十二本の矢の同時撃ちを叩き込んでやらァなッ!!

 

「世の中へとッ!!文句を垂れたけりゃ……(マト)から卒業しな……ッ!!

 神様、仏様……あ・た・し・様が許せねぇってんだ……ッ!!」

 

『……司令。』

 

『どうした!!』

 

『この一連の騒乱……昨夜確認された謎の反応と関係があるのでは……?』

 

『……未確認の反応波形と、新たな敵……』

 

通信の向こうから漏れ聞こえる言葉を聞き流しながら、あたしは十二本から成る乱射を影へと叩き込む……ッ!!

 

━━━━瞬間、またも手品のように奴の手の内に現れるコインの数々。

それも十や二十と数えられねぇ程の大量のッ!!

 

ソイツ(コイン)を弾いてあたし様の乱射ちに対抗しようってか!?片腹痛いぜこんちきしょうッ!!

 

金属音と乱射音、そして相討つ相殺の衝撃音。

三様の音が乱舞する戦場に、あたしの歌が響いていた……




━━━━三様の音、まさしくその通り。
人形二者だけでは恐怖劇(グラン・ギニョール)は終わらず。
太陽の少女が遇い出逢うのは、琥珀の記憶のその持ち主。

何故?どうして?
そう問う少女に返される咆哮は鋭く、そして烈しく。
知らずの内に喪ってしまった少女の胸へと滑り込む。
戦ってでも、いいや、戦わねば手に入らぬモノをこそ……彼方からの迷い子(オレ)は求めるのだと。


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第八十九話 焔景のノスタルジア

「下がってください!!火元に近づくと危険です!!」

 

「なんだか変な人影を見たって話よ……」

 

「怖いわねぇ……」

 

「ウチの子がまだ見つからないんです……まだ救助されてないんじゃ……」

 

意識が朦朧としている女の人を背中に背負って、気を喪った少年を抱えて歩く(立花響)の足取りは重い。

けど、同時に誇らしい。この重さは、命の宿った重さだから……

 

「この二人もお願いしますッ!!」

 

「あぁっ……!!コウちゃん!!」

 

「背中の女性は此方で預かります!!」

 

「ありがとうございますッ!!

 二人共、煙を沢山吸い込んでます。早く病院へッ!!」

 

「コウちゃん……!!コウちゃん……!!ママは此処よ……!!」

 

「ご協力、感謝します!!」

 

━━━━救急隊員の人に二人を預けた私は、思わず笑顔になっていて。

私が握るこの拳で、誰かを助けられるその事実が、何よりも嬉しい。

 

「ふぅ……」

 

だけど、燃え盛る焔は未だ消えたワケでは無くて。

見上げる私の前ではまだまだ消火活動が続いている……

 

「━━━━あれ?」

 

視線の先、火が回っていないマンション同士を繋ぐ空中回廊。

そこに、一人の()()が立っていた。

欄干に寄りかかるようにして、背を向けて。

 

「━━━━あの!!消火活動もまだ続いてますから、其処に居ると危ないですよー!!」

 

火の手は落ち着いているけれど、それだけでは安心できない。

だから、声を掛けたのだけれども……

 

「……あぁ、貴様か。

 ━━━━立花響。」

 

「━━━━えっ……?」

 

━━━━返される言葉は、本日二回目のような気がする不思議な事。

さっき助けたあの人もそう。どうして、初めて会った人が私の名前を知っているの?

 

「私の名前……貴方も……?

 なんで……?」

 

「貴方も?……まぁ良い。

 何故を問うなら教えてやろう……

 ━━━━オレが、お前の敵だからだ。」

 

「━━━━ッ!?」

 

その紡ぐ言葉に、その見下ろす眼に、宿るのは冷たい意思。

敵だと告げるその人の言葉に、嘘は無い。

 

『━━━━敵だッ!!敵の襲撃だッ!!

 そっちはどうなってるッ!?』

 

「敵……!?」

 

それを示すように、火元を追いに行ったクリスちゃんが通信から告げる、敵襲の報。

 

「あぁ、そうだ。

 ━━━━キャロル・マールス・ディーンハイムの錬金術は、世界を壊し、万象黙示録を完成させる……」

 

━━━━しなやかで、綺麗な彼女の指が空中にナニカを描いていく。

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()現れる……

その形は、六角形で構成された円。でも、それを除けば、まるで……

 

「魔法陣……?」

 

そう。フィクションに出てくる魔法陣みたいなんだ、アレは。

それに、彼女が口ずさんだ名前は……ッ!!

 

「━━━━死にたくなければシンフォギアを纏うがいい。

 この一撃、生身で受けられる程甘くはないぞ?」

 

「待って……ッ!!世界を壊すって……ッ!?」

 

何が起こっているのかは分からない。

けど、受け入れられない言葉が確かにあったんだッ!!

 

「オレが、()()()()()と言っている……ッ!!」

 

━━━━けれど、私の問いへの答えは、烈しく燃え上がる言葉と、総てを吹き飛ばすような烈風で。

 

「うわぁッ!?」

 

咄嗟に跳び退いて衝撃を受け止められたのは、ギアを纏う為に普段から鍛えていたからだ。

 

━━━━それでも、全身が痛む。

 

めくれ上がったアスファルトが肌を裂き、巻き上げる風が私を吹き飛ばしたのだと分かったのは、倒れ込んだ土の感触から。

 

「くっ……うぅ……ッ!!」

 

痛みを感じながらも、顔を上げて、彼女を見据える。

 

「……何故シンフォギアを纏わない?敵が目の前に居ると言うのに?」

 

「くぅ……訊かなきゃ、いけない事があるから……

 ━━━━貴方の名前、セレナちゃんから聴きましたッ!!

 助けてくれたって……マリアさんとまた逢えるチャンスを作ってくれたって!!

 なのに、どうして世界を壊すなんて……ッ!!」

 

助からない筈だった命を助けてくれたって、救ってくれた人だって聞いていたから。

私は、友達の恩人に拳を向けたくなんかなくて、だから……

 

「……ん……」

 

━━━━返答の代わりに、彼女は飛び降り……けど、ふわりと、風に乗るようにゆったりと砕けた大きな瓦礫の上へと降り立つ。

その足元にもまた、魔法陣……?

 

「……事情が変わった。

 ……いや、オレの本来の在り方に戻った……それだけだ。」

 

その言葉は、拒絶の言葉。《戦え》と言外に叫ぶ、宣戦の意思で……でも……!!

 

「私は……戦いたくないッ!!」

 

━━━━世界を救う手助けをしてくれた人に向ける拳なんて、私には無いよ……ッ!!

 

「……そうか、だがな。

 お前に戦う理由がなくとも、オレには()()()()()()()()()がある。

 ━━━━故に、オレの術理は区別なく、お前の命をも噛み砕くぞ?」

 

目を伏せた私に、彼女のその言葉は重く、重く()し掛かって……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━傷ごとエグって涙を誤魔化してッ!!

 生きた背中でも━━━━」

 

「装者屈指の戦闘力とフォニックゲイン……それでも、レイアに通じない……!!」

 

ボク(エルフナイン)を追っていたレイアが急行して来た装者(雪音クリスさん)と激突するのを、ボクはビルの陰から伺い見やる。

その趨勢は、一見すれば互角の撃ち合い。けれど……その実態は間違いなくレイアの優勢……!!

それは即ち戦闘特化でないオートスコアラーですら、シンフォギアを上回れるという証明なのだ……!!

 

「━━━━やはり、ドヴェルグ=ダインの遺産を届けないと!!」

 

握りしめるのは、腕の中の匣。キャロルの下から持ち出せた、逆転の秘策……!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━相殺、相殺、相殺相殺相殺ッ!!

 

あたし(雪音クリス)の弾丸を、目の前の人外はよくもまぁ弾いてくれるッ!!

飛び込んでの至近距離ですらお互いに弾き合うだけで致命打には程遠く。

 

だが、その交錯で距離は離れ、お互いの立ち位置は入れ替わった。

━━━━前後の避けはもう許さねぇ……ッ!!

 

「なれねぇ敬語でも土砂降ッる弾丸でもッ!!」

 

左手に握るクロスボウを変形させ、この手に握るのは三連回転砲身を上下に揃えたガトリングッ!!

 

「━━━━ブチ込んでやるからッ!!」

 

ビルの壁面へと器用に着地した人外へ向かい、回転砲身から文字通りの土砂降りを叩き込む……ッ!!

 

「繋いだ手だけが()()()……ッ!!」

 

だが、奴はこの掃射すら避けて近づいて来やがる……ッ!!

ならばと左右に弾をバラ撒けば、狙い通りに奴は跳び上がる。

会心の笑みを浮かべ、あたしは叫ぶッ!!

 

「笑顔達を護る強ォさ教えろ……ッ!!」

 

━━━━MEGA DETH PARTY━━━━

 

スカートアーマーから引きずり出した大量のミサイル。あたしの十八番(オハコ)を自在には動けぬ空中で叩き込む……ッ!!

 

「はッ!?」

 

━━━━爆発、炎上。

紛れも無い直撃の証。だが……

 

「━━━━ヘタな芝居まで打ってんなッ!!勿体ぶらねぇでさっさと出て来やがれッ!!」

 

この程度で終わったワケが無い事くらい、さっきの攻防で分かってらぁッ!!

 

「フッ……」

 

言葉に答えるように、煙の中から現れるのは……

 

「盾……ッ!?」

 

「━━━━いいや、硬貨(コイン)だ。

 地味に配置を工夫した、なッ!!」

 

コインで頂点を描いた光輝く図形を、盾のように構え。

そうしてあたしの一撃を凌いだ人外は、光を喪い落ちるコインに目もくれず、返す刀でまたもコインを弾いてあたしへと迫る……ッ!!

 

『何があったの、クリスちゃん!?』

 

「ッ……敵だッ!!敵の襲撃だッ!!

 ━━━━そっちはどうなってるッ!?」

 

放たれるコインを捻りを加えた跳び上がりで避けながら、あたしはクロスボウの矢弾を返してや……

 

「━━━━危ない!!」

 

━━━━瞬間、どこかから響く声。

 

「━━━━ッ!?危ないって……はぁ!?」

 

その声に意識を引っ張られ、周囲に感覚を向けれたなら。

お互いの発射音に紛れるように、あたしの真上から聴こえる風切り音。

訝しんで見上げるあたしは、そのあまりの異様に思わず声を挙げてしまう。

 

━━━━空を舞う、無数の船……ッ!?

 

「おいおい待て待て……なんの冗談だァァァァッ!?」

 

思考停止も一瞬、落ちてくる多数の船から逃れる為に思いっきり飛び込み……

 

「ぐあッ!?」

 

背後から叩き付ける……爆風ッ!!吹っ飛んだのかッ!!船がッ!!

吹っ飛ばされる勢いを逆に利用して一段下がった茂みまで一気に移動し、その陰へと隠れる。

 

「クッ……ハチャメチャしやがる……!!」

 

「大丈夫ですか?」

 

「あぁ……?ってェ!?」

 

━━━━この緊急時に、声を掛けてくる奴だとッ!?

気付かず応じてしまったが、一瞬後に気が付いたあまりの違和感に顔を向けたあたしの目に飛び込んで来るのは、エグイ程に露出した下半身と……裸フードッ!?

ほぼ真ッ裸(マッパ)と言うべきそんな恰好の、年端も行かぬ少女の姿。

 

「おまっ……その恰好……!?」

 

「あなたは……」

 

「えぇっ!?あぅ……あ、あたしは快傑☆うたずきん!!

 国連とも、日本政府とも関係無く、日夜無償で世直しの……」

 

あまりのハレンチルックに呆気に取られてしまったが、あたしがシンフォギア装者である事を知られるのは問題がある。

そう思ってついつい口に出るのは、カバーストーリーも兼ねて作られたとかいう()()の事。

 

「━━━━イチイバルのシンフォギア装者。雪音クリスさんですよね?」

 

そんなあたしの誤魔化しを気にもしないで、ソイツは問いを重ねてくる。

そして、ソイツの声にあたしは聞き覚えがあった。

 

「━━━━んッ……待て、その声、さっきあたしを助けた……」

 

「……ボクの名前はエルフナイン。世界は狙われています。

 ボクはそれを……キャロルの錬金術から世界を護る為、皆さん(SONG)を探していました。」

 

「なッ……!?錬金術、だと……?」

 

━━━━あたし達の背後、投げ捨てられた船達が燃え盛る焔の音の中。確かにソイツは、そう言ったんだ……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

深夜の街、アタシ(暁切歌)達三人は並んで横断歩道を待っていた。

 

「……考えてみれば、当たり前の事……」

 

「……あぁ見えて、底抜けにお人よし揃いデスからね……」

 

そんな中でふと思い出すのは、調とアタシで同じ事。

LiNKER無しでの出動を禁じられ、留守番を命じられてしまったその顛末について。

 

「……フロンティア事変の後、拘束されたアタシ達の身柄を引き取ってくれたのは……敵として戦って来た筈の人達デス……」

 

━━━━あの日の事、よく覚えている。

……そのはずなのに。ドーナツの差し入れを持ってきてくれた()()の事、思い出すと胸がキュッとなって……

 

「そんな人達だから、保護観察も兼ねてかもしれないけど……学校にも通わせてくれて……」

 

「……そうですね……私の事も、迷わず引き取ってくれましたし……」

 

━━━━そんな、暖かな日々。

マムも居る。セレナも居る。マリアも……世界で頑張っている。

たった半年前までは想像も出来なかったようなあったかい物に囲まれた日々は……あんまりにも心地よくて。

 

「FISの研究施設に居た頃には想像も出来ないくらい、毎日笑って過ごせているデスよ。」

 

見上げた視線の先、青信号が灯る。

 

「あ、青信号になりましたね……月読さん?暁さん?」

 

……でも、アタシ達の脚は、どうにも動かせなくて。

 

「……何とか、力になれないのかな……」

 

「……何とか、力になりたいデスよ……」

 

調とアタシから零れる言葉は、同じ事を言っていて。

 

「力は……間違いなく、此処にあるんデスけどね……」

 

「……でも、それだけじゃ何も変えられなかったのが、昨日までの私達だよ。切ちゃん……」

 

「月読さん……暁さん……」

 

隣に立つセレナも、胸に提げたギアペンダントにそっと触れる。

危険性があるからと、出撃を却下されたアタシ達……

 

『━━━━都内で発生した高層マンション、及び周辺の住宅街で起きた火災事故に関する続報です。

 火災の原因は未だ調査中ですが、住民の避難は着々と進んでいる様子が窺えます。

 しかし、混乱が続く現場では、不審な人影の目撃が相次ぎ、テロの可能性も指摘されています。』

 

そんな折に、街頭ビジョンに大写しのニュース速報が流すのは、響さん達が向かった救助活動の現場の映像……

 

『━━━━あぁッ!?』

 

━━━━瞬間、中継映像の中に火の華が咲く。

 

「今の……ッ!!」

 

「空中で、爆発したデス……ッ!!」

 

「暗くてよく見えなかったですけれど……もしかして、SONGのヘリなんでしょうか……!?」

 

「……何か、別の事件が起きてるのかも……」

 

「なら、こうしては居られないデスね……ッ!!」

 

「はいッ!!」

 

さっきまで動かなかった脚は、《やらなければ》の想いに応えてくれる。

朝が近づく街並みの中を、アタシ達は駆け抜けていく……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━通信の向こう、クリスくんを助けた少女の言葉を基に、バックアップメンバーが情報整理に務めていた。

 

「━━━━錬金術……科学と魔術が分化する以前の、オーバーテクノロジーだった、あの錬金術の事でしょうか……?」

 

「だとしたら……シンフォギアとは別系統の異端技術が挑んで来ているという事……」

 

「科学の発展と独立によって、個人の形質と合致させる魔術的要素の難解さ故に歴史の表舞台から消えたとされているけれども……

 各種データを見る限り、彼女が言う錬金術とは、現代で入手できる情報における錬金術とは一部異なる定義で構成された異端技術のようね。」

 

「むぅ……新たな敵、錬金術師……」

 

研究室から駆けつけた鳴弥くんの簡潔な説明から、錬金術という技術体系の大枠は掴めた。

━━━━だが、だというのなら疑問が残る。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

響くんの前に現れた彼女の姿をモニター越しに見つめながらも、俺達は次の一手を決めあぐねていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━見下ろしてくる彼女の言葉は重くて。

それでも、(立花響)

 

「戦わなきゃいけない理由……?」

 

「そうだ……お前にだって有るだろう?

 だからその歌で月の破壊を食い止めて見せた……その歌で、シンフォギアで。」

 

私の問いに答える彼女の言葉に、思わず息が止まってしまう。

 

「それは……違う!!

 そうするしか無かっただけで……そうしたかったワケじゃない……

 私は……!!戦いたかったんじゃないッ!!

 シンフォギアで……護りたかったんだッ!!」

 

━━━━何を?

 

心の奥底、どこかから聴こえる声に耳を塞いで、私は彼女の言葉に叫び返す。絞り出すように……

 

「……それでも、戦ってもらう。

 ━━━━戦わねば、オレの望むモノは手に入らないのだから……ッ!!」

 

「人助けの力で……戦うなんてイヤだよ……」

 

「……そうか。人助けの力を戦いの為にと振るうのは死んでもイヤか……

 ならばそうして……」

 

「死 ぬ が 良 い ッ !!」

 

片手を掲げ、黄金の光で輝く図形を描きながら、彼女は叫ぶ。私に向かって……ッ!!

 

『高質量のエネルギー反応ッ!!

 敵を前にして……どうして戦わないんだッ!!』

 

『無理よッ!!響ちゃんの歌に込められた心象を鑑みれば、この状況でギアを纏ってもギアが応えてくれるかどうか……ッ!!』

 

『救援を回せッ!!

 ……いや、相手がノイズで無いなら俺が出張るッ!!

 ━━━━本部を現場に向かわせろッ!!』

 

『いけませんッ!!司令が居ないと、指揮系統が麻痺しますッ!!』

 

『ぬぅ……ッ!?』

 

通信の向こう、聴こえてくる本部の皆の声。

……纏わなきゃ、って思う心はある。

でも……

 

「戦え、無いよ……

 ━━━━助けてくれたって……笑ってたんですッ!!セレナちゃんッ!!

 だから、戦うよりも聞きたいんですッ!!そんな貴方が世界を壊そうとする、そのワケをッ!!」

 

私の想い。握る拳は、誰かを傷つける為じゃなくて……

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「━━━━え……?」

 

━━━━意味はよく分からなかった。でも、その言葉は何故か、今までのどんな言葉よりも、私の中のナニカをざわつかせて……

 

「いいだろう。そのクソ度胸に免じて、一発は加減して放ってやる。

 ━━━━オレの錬金術。その真髄たる第五元素(エーテル)の輝き、その曇った眼に焼き付けるがいい……ッ!!」

 

その叫びと共に、彼女が、指を、鳴らして……ッ!!

 

━━━━瞬間。光と共に解き放たれた衝撃が、私の身体を木の葉のように巻き上げた。

 

「━━━━うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「空間に、歪みが発生していますッ!!」

 

「波形パターン……照合不可ッ!!未確認のエネルギーですッ!!」

 

「そんな……ッ!?アウフヴァッヘン波形も、フォニックゲインも無しに物理法則を捻じ曲げるだなんて……ッ!?」

 

━━━━有り得ざる事象を前に、(天津鳴弥)の脳裏を占めるのは驚愕の二文字。

錬金術。表向きには、現象に理論を見出す科学と道を別ちカルト化した事で、旧時代の遺物となって消えた筈の異端技術。

 

「響ちゃん、大丈夫ッ!?

 響ちゃん!!響ちゃんッ!!」

 

だが、私達の前に顕現した真なる錬金術は、そんな常識を嘲笑うかのような破壊の爪痕を刻みつける。

 

「ロンドンの襲撃者と彼女が同じ陣営だとすれば……ッ!!」

 

━━━━彼女は、響ちゃんにシンフォギアを纏えと言った。であるならば、もしや……!?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━瓦礫の上からオレ(キャロル・マールス・ディーンハイム)が睥睨するのは、クレーターの奥底に転がる、一人の女。

 

「あ……あぁ……ぐッ……うぅ……

 ……忘れてるって……なんの……?」

 

「…………気づいてすら居ない……いや、眼を逸らしているだけか。

 然も在りなん、か……」

 

「えっ……眼を……逸らして……?」

 

━━━━()()()()()()()()()()()()()()の記憶は、奴自身の手で忘却の淵へと墜ち込んだ。

だが、人が生きた証がそっくりそのまま消えて、それで何も無くはい御終いなどと終わる筈もない。

奴の記憶にロックが掛けられた事自体は、奴を知る誰もが気づける違和となって脳内を蠢いている筈だ。

 

だというのに、目の前のコイツは総てを忘れたままに今までの自分を保とうとしている……

 

「━━━━めんどくさい奴ですねェ……」

 

そんなオレ達を、更なる上から見下ろす人形(ヒトガタ)が、一つ。

その纏う色は、蒼。

 

「見て居たのか。

 性根の腐ったガリィらしい……」

 

オレの言葉に不満があるのか、見下ろす頭上から飛び降りたガリィは、口を尖らせて不満を表している……()()()()()()()()()

オートスコアラーの基礎部分には確かにオレの人格データの一部を使っている。

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

━━━━魂の定義たる21グラムすら、このヒトガタの中には存在していないのだから。

 

「やーめてくださいよォ。そーゆー風にしたのはァ、マァスタァじゃないですかァ?」

 

「……そうだったな。

 ━━━━想い出の採集は順調か?」

 

だが、コイツの言う事は常に一定以上の理がある。それを演算によって測定出来ているからこそ、この蒼の聖杯はオレの側役として十二分な仕事をするのだ。

 

「順調ですよォ?

 ━━━━でェもミカちゃんゥが大喰らいなので足りてませェん!!」

 

器用にも泣き真似まで使うガリィの姿に、そういう物だと分かってはいても苛立ちは募る。

 

「フン……予測出来ていた事態をよくもまぁぬけぬけと言えるな。

 ━━━━万象黙示録の次の段階は近い……急げよ。」

 

「りょーかーい。ガリィ頑張りマース!!

 そいッ。」

 

そう言って、ガリィはテレポートジェムを足下へと放り投げる。

 

「サヨナラァ~。」

 

バレリーナを模した動きに球体関節を軋ませながら、誰とも知れぬ観客へと手を振りながらに、転移の光の中に消えてゆく。

 

「……次は戦え。そして、思い出せ。お前にとって大事だったモノの存在を。

 ━━━━決して、眼を逸らすな。

 お前が、真に()()()()()()()()()()などと思うのならばな。」

 

━━━━何も知ろうとせぬままの貴様の歌など、ブチ砕いても何の意味も無いのだから……

テレポートジェムを放りながら掛けた言葉は、果たして目の前の女に届いたのか、否か。

光の中に解けるオレにとっては、そんな事はどちらでも良かったのだ……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━力が、抜ける。

 

「私……眼を逸らして、なんて……」

 

意識が保って居られない。

(立花響)が私で居られない。

 

「無い……筈なのに……」

 

━━━━涙が、溢れて止まらない。

崩れ落ちる身体を支えられない。

 

「━━━━どうして、涙が、止まらないんだろう……」

 

『━━━━響。』

 

━━━━声。

聴こえた気がする。

……誰の?

 

━━━━決まっている。お■ちゃんの声だ。

いつだって、私が困ったら助けてくれて……涙に歪む視界の中でも、微笑むお■ちゃんの顔だけは……綺麗に……

 

「……アレ?おかしいな……」

 

━━━━だというのに。思い出そうとしているのに。

何故か、お■ちゃんの顔、思い出せなくて……

 

「そんな筈……無い、のに……」

 

━━━━その理由に考えが到るよりも先に、私の身体は倒れ込んでいて。

真っ暗な夜の闇の中へと、私は落ちていって……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━走る。走る。走る。

入り口の封鎖はじきに行われてしまうだろう。だが、そうなればあの襲撃者をこの衆人環視の中で迎え撃たねばならない。

そうなれば、足手まといの(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)はともかく、翼が満足に動けない事は想像に難くない。

 

「━━━━エージェント・マリアッ!?」

 

そんな折、南側の入り口付近で通信を交わす黒服達が私達を止める為に声を掛けてくる。

 

「貴方の行動は保護プログラムにて制限されている筈ッ!?」

 

「今は有事。プログラムへの横紙破りへの制裁その他は後々にしてもらおう。

 ━━━━車輌を借り受ける。」

 

「えぇっ!?」

 

情報通り、南側入り口に止まっていた予約のタクシーを借り受ける為、運転手へと声を掛ける。

 

「そんな勝手は許されないッ!!

 動けば撃たせていただきますよッ!?」

 

「ひぃッ!?」

 

……だが、黒服達には私の意見は通らなかったらしい。

上の言う事に唯々諾々と従うのは、公人としては正しいのだろうが……

 

「くッ……」

 

━━━━そんな状況に風穴を開けたのは、黒服達の背後から響く三発の銃声……

 

「なッ……!?なんだ……ッ!?」

 

「身体が、動かん……ッ!?」

 

━━━━影縫い━━━━

 

曲射の弾道を描き、寸分違わずに黒服達の脚元の影へと突き刺さった弾丸が、黒服達を縫い留めた……ッ!?

 

「緒川さんッ!!」

 

返答は、言葉では無く首肯のみ。だが、それだけで此方に任せてもらった事は理解出来た。

 

「━━━━悪いが、翼は好きにさせてもらうッ!!」

 

シートベルトを締めた事を確認し、タクシーを即座に急発進させる。

目指す先はロンドン中心部にありながら多くの自然を誇る地、ハイドパーク……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━大至急、響ちゃんの回収をッ!!三番ヘリ、急いでッ!!」

 

━━━━なんだ?この拭えない違和感は……ッ!!

じわり、と脂汗が浮くのが自分でも分かる。

キャロル・マールス・ディーンハイムがあの場で退く理由が見当たらない事が原因だとは分かっている。

だが、あの攻撃が錬金術という名の異端技術由来だとして、その反動を考慮しての撤退という可能性も現段階では否定できない……

 

相手の狙いは……一体なんだ……ッ!?

 

『━━━━なんだってッ!?

 あのバカがやられたッ!?襲撃者にッ!?』

 

「翼さん達も撤退しつつ、態勢を立て直しているみたいなんだけど……」

 

『クッ……錬金術ってのは、シンフォギアよりも強ェのか……ッ!?

 ━━━━コッチにも252(要救助者)が居るんだ。ランデブー(合流地点)の指定を……ッ!?』

 

「ッ!?クリスちゃんッ!?クリスちゃんッ!?」

 

相手の狙いが掴めぬまま、後手に回る俺達SONGを嘲笑うかのように、襲撃者達は新たな一手を打ってくる。

 

「まさか、敵の狙いは同時攻撃では無く……波状攻撃だというのッ!?」

 

「波状攻撃……だとォッ!?」

 

鳴弥くんの叫びは、蓋しその通りであろう。

此方を分断する為の第一波、そして、此方の支援の手を止める為の第二波……で、あれば……ッ!!

 

「━━━━至急、クリスくんに連絡をッ!!敵の狙いはシンフォギア、或いは装者そのものと推測されるッ!!

 ランデブーを待つ猶予はないッ!!即座の撤退を命じるッ!!」

 

「は、はいッ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「いったい、何が……」

 

━━━━間一髪で翼さん達の救援は間に合った。

だが、この状況に何が起きているのかはまだ分からないままだ。

 

「━━━━翼さん!!

 いったい何が起きているんですか!?」

 

だから、少なくとも(緒川慎次)よりは情報を持っている筈の翼さんの端末へと連絡を取る。

 

『すみません……敵の狙いは、どうやらシンフォギアとその装者である私のようなのです。

 ですから、マリアの考えで人の居ない所へと抜けて改めて迎え撃つ作戦で……会場との方、お任せします。

 私とマリアを先んじて狙った事から見て、奏を優先する可能性は低い筈ですが、其方には出向して来ているジョージさんとマーティンさんが回ってくれています。』

 

「なるほど……分かりました。観客の皆さんは任せてください。

 ……其方もお気を付けて。」

 

会場に集った観客もまた、翼さんの歌に感銘を受けた護るべき人々なのだ。オロチに初動を任せる事になってしまったが、そちらにも対処しなければならないだろう……

 

「━━━━というワケで、申し訳ないんですが……()()()()()()()。ウチのタクシーが今盗まれちゃって。

 予約は申し訳無いんですがキャンセルしてもらってもいいですか?」

 

『━━━━あぁ、構わない。此方も別ルートで帰る事に決めたのでな。

 気を付けて帰りたまえ。爆発事件も起きているようだしな。』

 

「はい……ありがとうございます……」

 

━━━━後方で交わされる電話に少しの引っ掛かりを覚えながらも、僕は自らの戦場へ向かって走り出すのだった……




初めの一つは、キミ達の歌を釣り出す為に。
繋ぐ二つは、キミ達を食い止める為に。
そして今、三つ目の牙がキミ達を襲う。

その姿を目に焼き付け、震え、怖じよ。
コレこそが、人が使役せし悪魔の姿。
世界を壊す━━━━その前に。
この輝きこそ、その身に纏う歌を砕き散らす破滅の光だ。


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第九十話 粒砕のアルカへスト

━━━━収監された(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)のもとに国連からの使者がやって来たのは、シャトル事故の直後の事だった。

 

「━━━━私にこれ以上嘘を重ねろとッ!?」

 

タブレットの画面に映る文面を要約すれば、それは司法取引誓約書(リーガルトランザクションアグリーメント)

……つまり、私達の身柄を再度縛る契約が書き込まれた書類だった。

 

「あの一件以前から高まっていたキミの世界的な知名度を活かし、

 事態を出来るだけ穏便に収束させる為の役割を演じてほしいと要請しているのだ。」

 

「役割を……演じる……?」

 

話の全容が見えない私に説明する彼の言葉に対し、鸚鵡返ししか私には出来なかった。

だって、今の私に出来る事なんて……

 

「スターダムを駆け上がった歌姫マリアの正体は、我等国連所属のエージェント。

 聖遺物を悪用する反体制主義者(アナキスト)の野望を喰いとめる為に潜入捜査を行っていた……」

 

「え……?」

 

━━━━それは、あまりにも荒唐無稽な設定。

だって、私が芸能界に現れたのは米国のフロンティア計画の一部だし、実際に聖遺物を悪用していたのは……

 

「事情の多くを知る(よし)も無い大衆には、これくらい分かりやすい英雄譚の方が都合がいい……」

 

「英雄譚……私は再び、偶像を演じなければならないのか……」

 

つまりは、そういう事。

偶像として、都合のいい現実(カバーストーリー)を広める為の象徴になれという……

 

「偶像。

 ━━━━そうだ。アイドルだよ。

 大事件を未然に防いだ正義の味方にしてアイドルのシンフォギア装者……

 そんな存在が世界各地でチャリティーライブを行えば大規模宣伝(プロパガンダ)にもなる……ッ!!」

 

━━━━椅子から立ち上がりながら、強く言い切るその男の言葉には、一定の理があるのだろう……だが……それでも、私には……

 

「米国は一連の真相隠蔽の為、エシュロンからのバックトレースを行い、個人のPCを含む全てのネットワーク上から関連データを破棄させたらしいが……」

 

「ん……えっ?」

 

電子音と共に更新されたタブレット端末の画面に映るのは……調と切歌とマムのデータ、そして……

 

()()()()()()()()()()()()()()()や、キミと行動を共にした未成年の共犯者達にも将来がある……」

 

「━━━━はッ!?」

 

━━━━それを、言われるまで全く気付く事が出来なかったのは何故だ……ッ!?

()()()()()()()()()()()()()()()()……!?

立花響だけでは無い……ッ!!

私が護りたかった人……もう二度と、逢えないと思っていた……あの子も……ッ!!

 

「……例えギアを喪っても、キミはまだ誰かを護る為に戦える、という事だよ……紛れも無い、自分の護りたい誰かを……」

 

━━━━下ろした視線の先、画面に映るのは……偽造された戸籍ではあっても、光の下で笑えるようになった私の妹……セレナ・カデンツァヴナ・イヴの姿だった……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━コレが、(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)が背負う事になった保護プログラムの真相。

偶像と祭り上げられ、アリバイ作りに加担する……そんな事が、そんな事だけが私の戦いであるモノか……ッ!!

 

だからこそ、私はこうして翼の戦いを手助けしているのだ……

 

「……ッ!!マリアッ!!前だッ!!」

 

━━━━ッ!?

翼の声に引き戻されてようやくに意識する目の前の景色……ウェストミンスター橋の真ん中、時計塔(ビッグ・ベン)を背後に立つ人影……いや、人形かッ!!

 

「ブレーキングは間に合わない……突っ込むぞッ!!掴まれッ!!」

 

相手が人でないのなら、このままバンパーで吹き飛ばして……

 

「━━━━いや、ダメだッ!!あの太刀筋では……ッ!!」

 

翼の言葉を裏付けるように、人形は剣を横薙ぎに振り切らんと振りかぶる……ッ!!

 

「……ッ!!」

 

━━━━咄嗟の状況判断で座席の背もたれを全力で倒し、私達はその一閃を回避する。

だが、それでも。

寸断されたタクシーが撒き散らす硝子(ガラス)の中、制御を喪った車体は斬撃の衝撃に回転力を加えられて回転を始め……

 

「クッ……」

 

「うぅ……ッ!!」

 

「━━━━Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

 

━━━━そんな絶命の状況に、聴こえる歌声、一つ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━風を切る音と共に飛び込んで来る複数の飛来物から、エルフナインを庇いながら横っ跳んだあたし(雪音クリス)の目の前に齎された結果は、あまりにも奇異が過ぎる物だった。

 

「なんだ……コイツは……!?」

 

━━━━赤く。紅く。緋く。

融けていく……いや、解けていっているのか、コレはッ!?

 

「━━━━派手に秘匿の封を解いたのだ。

 そう易々と砕かれてくれるなよ?」

 

そう宣う人外の声の下に現れるのは……

 

『クリスちゃん!!相手の狙いは恐らく装者達よッ!!今すぐ撤退を……』

 

「わーかってるって。だがコッチも旧友とハチ合わせ中だぁ……このまま背を向けたんじゃバッサリ行かれるのがオチなんだ。ブッ飛ばしながら後退する……ぜッ!!」

 

━━━━輝きを放つ、認定特異災害(ノイズ)の姿。

 

「どんだけ出ようが、今更ノイズッ!!

 負けるかよッ!!絶対なァッ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━邪鬼のッ、遠吠えの……残音が……」

 

━━━━アメノハバキリのギアを再び纏い、(風鳴翼)はマリアを抱えて欠けた月の登り始めた夜空へと跳び上がる。

そして、着地。

 

「月下に呻き、狂う……ッ!!」

 

剣を拡大変容(パラディグム)させ、私は勢いのまま目の前の人形へと大上段を叩き込む……ッ!!

 

「━━━━剣は剣でも、私の剣は()()()……ソードブレイカー。」

 

だが、人形がその身に似合わぬ剛力で受けたたったの一合が、剣の纏う外装を打ち砕く。

……なんなのだ、コレはッ!?

 

「ッ……!?其方ッ!!の戒名に……記す字を……!?」

 

━━━━その驚愕を呑み込むよりも早くに目の前の人形が行ったのは、まるで魔法のような事象。

 

手に露わにした結晶を地面に落とす事で広がった波紋のような図形。その内より現れる……

 

「あぁッ!?そんな……ノイズッ!?」

 

━━━━輝きを放つ、認定特異災害(ノイズ)の姿。

 

『反応波形。合致ッ!!

 昨夜の未確認パターンは、やはり……ッ!?』

 

『ぬぅ……ッ!!ソロモンの杖も、バビロニアの宝物庫もッ!!

 ━━━━1,000,000,000,000℃の熱量に蒸発したのでは無かったのかッ!?』

 

『━━━━細かいアレコレは後回しだッ!!

 こっちも配置に付いた。コレより援護に入るッ!!』

 

通信の向こうから聴こえる声を思考の隅に一旦追いやり、走りくるノイズ達を迎撃するべく私は走り出す。

 

「━━━━されどッ!!今はッ!!外道に哀の……一閃を……ッ!!」

 

「悪、行、即、瞬、殺ッ!!」

 

「貴方の剣、おとなしく殺されてもらうと……ッ!!

 助かりますわね?」

 

━━━━私を挑発する言葉と同時に、轟音をも置き去りにして彼方より飛来した()()()を見もせずに手元の剣で打ち払う人形。

そして、遅れて届いた衝撃波が大気を、そして橋をも揺らす。

 

『ウソだろ……ッ!?あの人形、対物狙撃銃(バレットM82A1)の弾丸を迎撃しやがった……ッ!?』

 

「そのような、可愛げを……ッ!!

 今だ、私にッ!!求めているとはッ!!」

 

だが、それに驚いている暇はない。

組打ち、同時に攻撃してくるノイズ達を切り裂き、万が一にもマリアや狙撃地点に居る彼等の下へと向かわせぬ為、私は独り大太刀回りを繰り広げているのだから。

 

「……残念だが、『防人の剣は可愛くない』と、友が語って聞かせてくれたからな……ッ!!」

 

「こ、こんな局面で言う事かッ!!」

 

「フフ……ッ!!

 それでこそ、手折る楽しみが出来るとッ!!言うものですわ?」

 

『クソッ!!完全に射線を読んでやがるッ!!すまんが有効打は与えられそうに無いッ!!

 だが、奴はコッチで喰い留めるッ!!ノイズは頼んだぞッ!!』

 

連射される超高速の弾丸をも打ち落とし続ける人形は、やはり人の域にある強さでは無い。

だがだからこそ、ノイズと組み打つことのないこの状況にこそ勝機はある……ッ!!

 

「承知ッ!!

 ━━━━餓狼の光る牙は自らを、も……ッ!!」

 

一瞬三撃、閃いて。

走りくるノイズの三割を斬り捨てる。

それでも残る七割方……だが、掛ける情けの持ち合わせなど無い……ッ!!

 

「壊し、滅す、諸刃のよう……ッ!!

 歯軋りながら血を噴く事も……知り得て、尚も喰うッ!!」

 

━━━━逆羅刹━━━━

 

地に突いた両手を軸に、天地を逆さに脚部ブレードを振り回す。

それは、かつての()()()()()()()()()()()()()()()

生憎と……一対多の戦いには慣れていてな……ッ!!

 

「剣は剣としか呼べぬのか?

 違う、(■■)は、翼と呼ぶ……ッ!?

 ……我が、名は……『夢を羽撃(はばた)く者』也……ッ!!」

 

━━━━瞬間、胸の内より溢れた筈の歌に感じる、違和の感。

私は……今、なんと口にした?()が、私を翼と呼んだのだ……ッ!?

 

「フフッ……」

 

「な━━━━ッ!?」

 

だが、違和感の本質に触れるよりも先に、現実は私の想像をも上回って襲い来る。

心に従いブレた甘い突きを、目の前の武士(もののふ)の如きノイズはその腕の発光する部分で迎撃し……

 

「剣が……ッ!?」

 

━━━━赤く。紅く。緋く。

融けていく……いや、解けていっているのか、コレはッ!?

 

『マズい……避けろッ!!嬢ちゃん!!』

 

「はッ……!?グッ……!!」

 

剣を解かし、私の心臓へ向かって突き刺さらんとするノイズの腕。通信から聴こえる声に、私は咄嗟に背を逸らすが……

 

━━━━瞬間。パキリ、と。音が鳴った。

 

「フフッ。敗北で済まされるだなんて、思わないでね?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「はッ!!久々に出て来たと思ったら、むしろ脆くなってんじゃねぇか?あァ!?」

 

目の前に現れたノイズ達を鴨撃ちにしながら、あたし(雪音クリス)は背後の少女を連れて逃げ出す算段をしていた。

見た所、へこたれては居ないみたいだが……って!?

 

「あぶねぇ!!」

 

ノイズが発光する部分をソイツに向けて伸ばしている事に気づけたのは、シンフォギアを纏うあたしと違ってノイズに触れられたら終わりなソイツに気を配っていたから。

 

「━━━━ダメです!!()()を受け止めては……!!」

 

だが、庇った筈のあたしに対して、ソイツは甲高くも危険だと叫ぶ。

 

「ハッ!!こんな奴等の攻撃、ギアのバリアフィールドで……

 ━━━━なん、だと……?」

 

━━━━目の前で起きるのは、埒外の事象。

先ほどの地面のように、庇って広げたガトリング型のアームドギアまでもが、解けて……ッ!?

 

「━━━━ノイズだと、括った高がそうさせる……」

 

街灯の上に飛び乗る人外の言葉に返す言葉も無く、あたしはギアを砕いて迫る一撃を身をよじって避けるしか無く……

 

━━━━瞬間。パキリ、と。音が鳴った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

本部のバックアップメンバーの誰もが、その現象を前に驚愕の念を隠せずに居た。

 

「どういう事だ……ッ!?」

 

「二人のギアが、()()()()()()()()ッ!!」

 

「ノイズでは……無い……ッ!?」

 

ただのノイズであれば、シンフォギアが纏って居る各種防御フィールドに阻まれて炭化分解機能を使う事は出来ず……いいや、そもそも炭素で構成されていないギアそのものを分解する事が出来ない筈だ。

そこまで考えが到った瞬間、(天津鳴弥)の脳裏を過ぎった、最悪の可能性。それは……

 

「しまった……!!アレはただノイズを使役しただけの物じゃないんだわ……ッ!!

 ()()()()()()()()()()()ッ!!悪魔召喚という魔法と、()()()()()()()()()()()()()錬金術の合わせ技……ッ!!

 ノイズによる炭化分解機能と物理的防護を優先している()()()()()()()()()()()()()()()()()()()では、そのどれでもない分解を止める事が出来ない……ッ!!」

 

「そんな……ッ!?それじゃ、防ぎようが無いじゃないかッ!?」

 

━━━━それは、つまり。手の打ちようがないという事。

シンフォギアがノイズに対して圧倒的優位にあるのは、出力が強力だからというだけではない。

何よりも、ノイズの持つ分解能力を止めうるバリアフィールドを擁しているからなのだ。

……だが、その最強の盾をすり抜ける矛が、目の前にある。

 

「……今の一撃のデータを基に復元を試みますッ!!司令はRN式で出撃をッ!!」

 

「分かったッ!!」

 

とにかく、時間が必要だ。敵の波状奇襲は完璧に嵌まり込み、今や前線を張れる装者三人が全員行動不能という危機的状況……ッ!!

此処で彼女達が殺されてしまえば、敵への糸口であろう少女も何もかもが、喪われてしまう。

だが、今から本部を向かわせても間に合うかどうか……

 

『━━━━大丈夫ですッ!!』

 

━━━━けれど、そんな絶望の中に。聴こえる声があった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ウォータールー(ブリッジ)の上に車を止め、装者への援護射撃を続けていた(ジョージ・アシュフォード)達。

その見やるスコープの先では、ギアを纏って居た少女が辛くも分解したノイズを斬り倒し、後ろに倒れ込んでいる。

 

━━━━だからこそ、俺達が見るのはノイズでは無く、それを統率する人形。

ちらり、と此方を見て微笑むその姿は、まさに人間離れした美しさを纏って居る。

 

「クッソ……こんな状況で、あんな相手じゃなきゃ是非ともお近づきになりたい美人なんだけどなァ……ッ!!」

 

「……言ってないで撃て!!着弾修正、右に0.3!!風向きはロンドンらしく西からの風約5m!!」

 

「了解……ッ!!」

 

━━━━ジープのボンネットの上で構える対物狙撃銃(バレットM82A1)の誤差を修正し、更なる弾丸を人形に向かって叩き込む。

 

「Fuck!!この距離の12.7㎜をポンポコ弾きやがって!!人間サイズのタイラントかなんかかありゃ!?」

 

「それでも動きは封じれてる!!このまま奴を釘付ければ……」

 

だが、その総てが人形が片手に持つ剣にて弾き、散らされる。

化け物め……ッ!!と、そう毒吐いた此方の言葉を読んだワケでもあるまいに。

 

━━━━覗いたスコープの中で、()が、笑った。

そして、今まで顔の上に掲げながら振るっていた剣を、さっきの嬢ちゃんのように、構えて━━━━

 

「━━━━ッ!!」

 

瞬間、スコープから目を放し、顔を逸らす事が咄嗟に出来たのはBOWを相手に繰り広げて来た危機感知能力の賜物か。

 

━━━━だが、それでも。

顔の脇を高速ですり抜けた()()()が巻き起こした衝撃波が俺の顔を打ち、強かにフロントガラスへと叩きつけさせる。

 

「がッ……!?」

 

「■■■■!?」

 

隣の奴が何かを言ってくる。だが、聴こえない。キンキンと頭の中に充満する音が思考を奪い去っていく。

 

Fuck my life(最悪だ)……!!

 あの人形、()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

「お■■い……嘘■ろ!?」

 

認めたくないが、この状況から見てそう判断するしかないだろうと吐き捨てた俺の言葉に対する奴の返事が少し聴こえる。

どうやら鼓膜が破裂したワケじゃあないらしい。

狙撃された弾丸を突きで弾き返してスコープにホールインワンさせるなんつー悪夢みてぇな状況の中での、ちょっとだけありがてぇ幸運だ。

 

「嘘なワケねぇだろ!!

 クソが……ッ!!援護まで入念に潰して行きやがるのかよ……ッ!!」

 

「━━━━だが、まだ終わってないぜ。()()()は。」

 

「……ハッ!!確かにな……」

 

ジープのドアに寄りかかりながら、俺は大きく息を吐く。

俺達に出来る事はやった。通常兵器であんな化け物の足止めをしたんだ、むしろ褒めてもらって当然の巨人殺し(ジャイアントキリング)だ。

 

━━━━そう、俺達に出来る事は、コレで終わりだ。だから……

 

「頼んだぜ……()()()()。」

 

息を吸って顔を上げれば、()()()()()()()()()()()()()()()が視界の端に映っていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)の目の前で、翼が倒れ込んでいく。

ギアが完全に砕け散る前に攻撃して来たノイズそのものは倒したものの、後方に弾かれるように倒れ込む姿に、最早ギアの輝きは無い。

 

「━━━━翼ッ!?クッ……!!」

 

それを見捨てる事などどうして出来ようか?

考えるよりも先に身体は動き、橋の路面に投げ出された彼女を抱き上げる……

 

「クッ……!!」

 

狙撃の援護も、最早止んでいる。

睨みつける先……ノイズを従える人形が、その剣の鋭い突きで弾丸を弾き返したのだ……ッ!!

 

「どうする……どうする、マリア・カデンツァヴナ・イヴ……ッ!!」

 

諦める事などしない。だが、この状況は……!!

 

「システムの破壊を確認……コレで()()()は一段落なのですけれども……」

 

━━━━人形は、そう言いながら剣で私を指し示す。

……いいや、違う。指し示すのは、私の後ろ……?

 

「━━━━どうやら、貴方にとっては違うようですわね?()()()()()()()()()()()()()()()さん?」

 

━━━━振り向けば。

其処には、隻腕の女が立っていた。

燃えるような髪を靡かせ、その片腕に槍を持った……シンフォギアを纏う、女……

 

「天羽……奏……ッ!?」

 

「ハハッ……まさか、ウチの翼に手を出しといて手ぶらで帰るつもりじゃあないだろうな?」

 

「予定ではそのつもりでしたが……えぇ、了解致しましたわ。

 ━━━━私の方も追加のお仕事が入りました。申し訳無いですが……貴方の担うガングニールもまた、砕かせていただきますわね?」

 

「ハッ!!出来るもんなら……やってみなッ!!」

 

如何なる事情の変化か、ノイズを携えた女は天羽奏と戦う事にしたらしい。

走りだす天羽奏と、迫りくるノイズ達。

私達の脇を走り抜ける一瞬、私は思わずに彼女へ声を掛ける。

 

「翼の剣が効かなかったのは白く発光している部分だッ!!まずはとにかくそこを避けて攻撃をッ!!」

 

「了解ッ!!

 ━━━━届かぬ声……『ねぇ独りにしないで?』

 (こ、こ……ろ)ッ!!叫ぶけどッ!!」

 

━━━━交錯、一瞬。その瞬間にはじけ飛ぶ、人型のノイズ三体。

残りは人型二体と……

 

「回転する奴に気を付けてッ!!」

 

回転するタイプが三体……ッ!!だが、相手の攻撃が必殺であると分かった今や、そちらの方が人型よりも遥かに厄介に見える……ッ!!

 

「言葉は千切れて……ゆくッ!!

 ただ、受け入れ……『今』を静かに見つめ……」

 

横薙ぎの一閃が人型二体を消し飛ばし……けれど、どうしてか彼女は、人型を倒した姿勢のまま動き出さない。

そんな彼女に回転しながら迫りくるノイズ、三体……ッ!!

 

「あぁッ……!?」

 

「諦め?そうじゃなく……

 ━━━━乗、りッ!!超えるッ!!為にッ!!」

 

彼女の歌の通り、諦めたのかと思ってしまった一瞬。

━━━━その次の一瞬の間に、総ては終わっていた。

回転し、必殺たる部位を顕わに迫ったノイズを、横からの槍の一突き、伸ばした蹴り足を槍にした一撃、そして……

 

「なるほど……貴方の握るアームドギアとは、即ち掴み、伸ばす為のその手足……それが《槍》であると定義したからには、敵を砕き散らすのに不足はない、と……」

 

一撃目の槍を手放した右腕をアームドギアと変え、返す刃で叩き込んだ、手刀の一閃……ッ!!

 

「『誰かやってくれるだろう?』……なんて目を逸らす……

 猶予は、もう無い筈……ッ!!違う未来、望んで居るならッ!!」

 

裂帛の歌声と共に槍を再び手に持った彼女は、剣を携える人形の下へと突貫する……ッ!!

 

「フフッ……ならば、その槍たる手足……私が再び叩き斬って差し上げましょう……ッ!!」

 

━━━━ぶつかり合う、剣と槍。

だが、先ほどのように一撃で砕かれる事は無い……何故だ?あの破壊にはなんらかの条件があるというのか……?

 

「この手ッ!!掴んでいたのは……永遠ッ!!に見えた……有限ッ!!

 失くした時……気づいた価値。またの名を……『希望』ッ!!」

 

一合、二合、三合と、積み重なっていく打ちあいは、しかし……

 

「━━━━所詮、貴方は復讐の念で槍を握った第二種適合者……LiNKER無くしてはギアも纏えぬ半端者……そんな貴方に私が止められると思っておりまして?」

 

━━━━押し込んでいるのは、人形の方だった。

それは、当たり前の事実。翼が押し込んでもなお、余裕の表情で受けきって見せた存在なのだ、あの人形は……ッ!!

 

We are one(想いは一つと)信じて、いたいよ……ッ!!

 外はッ!!止まない……雨、でもッ!!」

 

大きく振りかぶった一撃、その反動で距離を取る天羽奏。そして構えるのは、槍の本領とも言える構え……突きを狙う、上段ッ!!

 

「━━━━ヒカリを忘れぬよう、私達は……出逢ったのかも……知れない……ッ!!」

 

「……クッ……私は……?

 ━━━━奏ッ!?」

 

苦痛の為故か気絶していた翼が目を覚ましたのは、天羽奏が突きを繰り出したその瞬間の事。

 

「━━━━君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ……ッ!!

 傍に居る……ッ!!Sing out with us(■■に歌う為)……ッ!!」

 

人形もまた突きを繰り出し、切っ先と切っ先がぶつかり合う。

それは奇しくも、先ほど翼が剣を砕かれた時と同じ構図で……

 

「━━━━残念ですわ。砕き散らす事を許されていれば、貴方の歌も是非受け止めたいのですが……」

 

━━━━余裕を崩さぬまま、女は嗤う。全力を出し切る天羽奏を嘲笑うかのように。

 

「くッ……がァッ!?」

 

「奏ッ!?」

 

その余裕を裏打ちするかのように、突きの力比べに勝ったのは人形の方だった。

 

「フフッ……本当にしょぼい歌……」

 

「クソッ……!!」

 

吹き飛ばされ、それでも右手に持つ槍を支えに立ち上がる天羽奏の姿。

━━━━その背に重なって見えるのは、あの日のセレナの背中。

 

「奏……ッ!!」

 

手を伸ばす事しか出来ない翼と、あの日の私はきっと似た者同士なのだろう……

 

「グッ……ガハッ……!!」

 

━━━━そして、彼女がその口から吐き出す血の色もまた、あの日のように紅く……

 

「絶唱を口にせずとも、貴方の適合係数は元々ギアを纏うに足りぬ物……仮令(たとえ)LiNKERで繋げようと、無理に出力を上げれば……焼き切れてしまいますわよ?」

 

「……ゲホッ……構うもんかよ……ッ!!

 ━━━━目の前で片翼を喪うよりも、ずっとずっといいッ!!」

 

「フフフ……!!いいですわ、いいですわ!!自らの命をも賭して剣舞う、その覚悟ッ!!

 ━━━━ですが……残念。時間切れのようですわ。」

 

━━━━そう言いながら、人形は懐から何かのアンプルのような物を取り出し……足下へポトリと落とす。

 

「何を……ッ!?」

 

問いに答える事は無く、人形はその美しくも恐ろしい美貌を能面のように無表情としたまま、足元より広がった光の中へと消えていく。

 

「……撤退?何故……

 いや、それよりも……敗北で済まされないとは、いったい……?」

 

「……グッ……」

 

「━━━━ッ!?天羽奏ッ!?」

 

━━━━聴こえてくるサイレンの音の中、思考を一旦棚上げにした私は、倒れ込む二人を介抱するべく動き出す。

まずは、翼に服を着せなくては……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━目の前で、ボク(エルフナイン)を庇ったクリスさんのギアがアルカへストへと解けていく。

 

「グッ……がァッ!?」

 

「クリスさん!!

 ━━━━クリスさん!!クリスさん!!」

 

倒れ込んだ彼女を抱き上げ、呼びかけるボクの目の前に降り立つのは……黄を纏う人形。レイア・ダラーヒム。

……今の一合に何が起こったのか、それはボクの中の知識を擦り合わせればすぐに分かった。

 

「世界の解剖を目的に造られた万象解剖機(アルカ・ノイズ)を、兵器と使えば……」

 

「シンフォギアに備わる各種防御フィールドを突破する事など、容易い……

 ━━━━とはいえ、次なる仕上げは、次なる役者(キャスト)に……ん?」

 

彼女の言葉の意味は抽象的で、錬金術的だ。

だけど……一つだけ、分かる事がある。

 

「━━━━彼女に手は出させません!!」

 

━━━━此処で引いたのなら、彼女の命は無いという事。

だから、ボクは倒れたままの彼女を庇うように立ちはだかる。

 

「…………」

 

けれど、無言……レイアは何故か、ボクを見つめたまま動かずに居て……?

 

「━━━━させないデスよッ!!」

 

「む……?」

 

━━━━そんな膠着を打破する声が、上から響き渡る。

見上げれば、其処には……マフラー?のような物を巻きつけた少女が、一人……?

 

「暁切歌さん……!?」

 

「ふんッ!!」

 

「━━━━Zeios igalima raizen tron(夜を引き裂く曙光のごとく)……」

 

その少女が纏うのは、翠。

イガリマのシンフォギア装者が、どうして此処に……!?

 

「━━━━危険信号点滅!!

 地獄?極楽?どっちがイイDeath!?」

 

━━━━切・呪りeッTぉ(ジュリエット)━━━━

 

「真っ二つにされた……け、りゃ……Attention……ッ!!

 整列(きをつけ)Deathッ!!」

 

跳び上がり、放つ鎌刃はしかし、アルカ・ノイズを一掃する事は出来ず、頭部を切り落とされたアルカ・ノイズは自動迎撃の為に少女へと殺到する……

 

「小っ恥ずかしい過去は……赤面ファイヤー消去Deathッ!!」

 

━━━━災輪・TぃN渦ぁBェル(ティンカーベル)━━━━

 

けれど、少女の勢いは止まらない。噴き出すバーニアの焔で高速回転した鎌を独楽に変え、解剖器官が届くよりも速くアルカ・ノイズ達を薙ぎ払う……!!

 

「ドコまで積み上げれば?未来って見えてくるんだ、ろう……ッ!!」

 

「……派手にやってくれる……

 だが、派手さに(かま)け過ぎて目標がお留守だぞ?」

 

「……ハッ!?」

 

何時の間に背後に……!?

気付けば、ボク達の後ろにも回り込んでいたアルカ・ノイズが、その腕を振り上げていて……!!

 

━━━━だが、瞬間。ボク達の前後を包囲するアルカ・ノイズ達を切り裂く何かが数多飛来し、その姿をアルカへストへと返していく……!!

 

そして、桃色の影が走り抜けて、止まる。其処に、居たのは……

 

「月読調さん……!?」

 

「━━━━フッ!!」

 

━━━━α式・百輪廻━━━━

先ほどの切歌さんのように跳び上がり、調さんもまた、ギアから展開した刃をアルカ・ノイズへと叩き付ける。

 

「あぁ、女神、様が……」

 

━━━━女神ザババの双刃。対なるシンフォギアが、絶命の窮地のボク等の下に飛び込んで来てくれたのだ。

逃げ出してから何も食べて居なかった為に遠のく意識の中、誰かに抱え込まれる温かさだけが、強く、強く感じられた……




━━━━初めが転ばし、二つが裂いて、最後三つが傷を癒やす。
パックリ往こうと傷跡遺さず。三刃の鎌鼬、此処に揃いて御座候……

そして、砕け散りし希望の欠片達を前に、少女達は悲嘆に暮れる。
どうすればいいのか。どうしたいのか。そして……

━━━━自らが、いったい何を忘れてしまったのか。

忘却が逸らしてくれていた喪失の痛みに眼を向ければ、自分が壊れてしまうから。そう言い訳て逸らし続けた数多の違和感。気づいた所で、今更何が出来るのか……?


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第九十一話 昇暁のインヘリタース

━━━━歩く、歩く、歩く。

(■■■■)は、歩く。

 

「……煉獄山というのは、思ったより……寂しい風景をしているんですね。」

 

煉獄山。基督教において恩寵を受け死に到った人が、されども神なる愛との一体を成せぬままに流されるという地。

━━━━けれど、眼前に広がる風景は茫漠と広がり、砂煙を巻き上げる……砂漠のようで。

 

「ハハハ!!確かにそうだ。

 とはいえ、そうだね……我々が登り、その頂に到るべき煉獄山とは、西方教会の言う()()とは些か異なるのもまた事実だ。

 この光景は……あらゆる繋がりを喪った今のキミが感じる世界そのものと言えるのだろうね。

 ボクのように、キミと一切関わる事の無い物のみしか認識できない……遠縁の荒野(ファルガイア)。」

 

先を歩むヴァージルさんの言葉は、吹き荒ぶ風があるにも関わらず、朗々と響き渡る。

……即ち、目の前のこの光景は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()砂漠のように、そして、あらゆる生命を拒む荒野のように見えるのだと。

 

「……繋がりを喪った世界というのは、こんなにも物寂しいんですね……」

 

「……そうだね。ボクも……そう思うよ。」

 

━━━━そう言葉を零すヴァージルさんの背中は、何故か悲しみを背負っているようにも見えた。

 

「━━━━あぁ。見えてきたね。

 あのペテロの門の先に、キミが知らなければならない()()がある筈だ。」

 

━━━━荒野の中に聳え立つ、ヒカリが結晶と化したような門。

その大きさは、ゆうに10mを越えるだろうか?

 

「キミが知る事の出来なかった事象。キミが……()()()()()()()()()()()()()()、久遠の涯、既に終わってしまっていた物語達。

 ━━━━それを知らぬ事を、キミは後悔するのだろうね。

 ……だからこそ、繋がりを喪ったこの世界においてさえ、喪われたキミとの繋がりの先……誰かが紡いだ想いが、キミを導くヒカリとなって。

 キミの知るべき本当の後悔へと繋がる経路(パス)となってくれる。

 だが、それでも……其処にあるのは大抵、尽きる事の無い悲しみと嘆きの連鎖だ。それを受け止める覚悟は……出来ているかい?」

 

━━━━門の中に渦巻くのは、ヒカリの奔流。恐らくは俺が知る事の出来なかった筈の……いつかに終わった誰かの記憶。

……それを辿る事で、俺の後悔へといつか辿り着けるという事だろうか?

 

「……はい。行きます……ッ!!」

 

━━━━だから、逡巡は一瞬。俺は自らの意思で、門の内へと一歩を踏み出す。

俺の足はまだ、その先へと進めるのだから……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

マスターからの指示通り、地味な隠密を止めて派手に装者のシンフォギアを打ち砕いた(レイア・ダラーヒム)の目の前に現れた派手な侵入者。

その色は、翠。イガリマのシンフォギアを纏う少女。

だが、その陰を縫うように現れた紅……シュルシャガナのシンフォギアを纏う少女が目標(エルフナイン)を連れて戦線離脱を宣言するように走り出す。

 

「━━━━派手な立ち回りは陽動?いや……」

 

「嘘は無いッ!!番いの愛ッ!!」

 

「やァッ!!」

 

━━━━アルカノイズの自動防衛機能が、離脱する紅に向いた瞬間を狙い棲ましたかのように。

此方の周囲に残ったアルカノイズの追撃を封じるように白の少女……アガートラームのシンフォギアを纏う少女が降り注がせる短剣(ダガー)の雨をコインで弾き散らし、それを見る。

翠の少女が現れた時、何故か羽織っていた上り旗。それをお(くる)み代わりに、ギアを砕かれた赤の少女を抱き飛び去って行く姿を。

 

「陽動もまた陽動……そして、その後詰めを務める三枚刃……なるほど。確かこの国では()()と言うのだったか?

 地味ながらも見事なコンビネーションだ。

 ━━━━とはいえ、予定にない闖入者……指示をください。」

 

『……追跡の必要は無い。帰投を命ずる。』

 

「━━━━了解。」

 

━━━━あぁ、だがやはり。

私に地味は似合わない……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━くぅ……ッ!?」

 

禁月輪で謎のノイズ達を蹴散らし、退路を確保した(月読調)達。

だけど……変形させたギアの齎すバックファイア。その苦痛に、禁月輪を維持出来なくなってしまう。

……やっぱり、私達の適合係数ではギアを巧く扱えない……!!

 

「調!!」

 

「月読さん!!」

 

「大丈夫!!今は、それよりも……」

 

私達の身の心配よりも、抱えた少女?とクリス先輩を安全圏まで連れて行く事の方が重要。

だから追手を躱す為、私は幹線道路のアスファルトをローラーで斬りつけながら走り抜けていく……

 

━━━━そして、気が付けば旭は登り切っていて。

 

「……ふぅ。此処まで来れば……」

 

「……LiNKERが無くたって、あんな奴に負けるもんかデス!!」

 

「暁さん……」

 

━━━━バチバチと、今にも崩れてしまいそうなギアを纏ってそう強がる切ちゃんの姿は、頼もしさよりも、むしろ痛ましさの方が強く見えてしまう。

 

「切ちゃん……」

 

「分かってるデス!!……強がりだって、そんな事くらい……」

 

「私達……どこまで行けばいいのかな……」

 

「それは……」

 

「━━━━行けるとこまで……デス。」

 

「……でもそれじゃ、あの頃と変わらないよ?」

 

━━━━思い出すのは、白い孤児院……そう、美舟が名付けた、壁も天井も真っ白な、あの世界……

フィーネの器として無理矢理に詰め込まれた私達に力を与えてくれたのは、マムと、そしてシンフォギア。

 

「……皆さんは、あの事件の後……」

 

セレナが言うあの事件とは、ネフィリムの起動実験の事だろう。セレナが魔女に引き取られ、居なくなった後の事……

 

「……アタシ達の立場は変わらなかったデス。フィーネの器というサブプランに、オマケとしてシンフォギアが付いているだけの存在……」

 

「━━━━けど、マムは違った。聖遺物が引き起こしたルナアタックという災厄。そこから人々を護る為に聖遺物の力で対抗する、と……」

 

「そう考えるマムを、手伝いたいと思ったわけデスが……」

 

━━━━結果は、散々な物だった。

 

「……状況に流されるまま力を振るっても、何も変えられない現実を思い知らされた……」

 

「マムやマリアのやりたい事じゃない……アタシ達が、アタシ達のやりたい事を……握りたい正義を見つけられなかったから……!!」

 

━━━━そう。だから、あの人(■■■■)みたいに、私達も自らの想いを強く握って立ち向かわなければ……?

 

「……あれ……?」

 

「調?」

 

「……ううん。なんでもない……きっと、なんでも……

 ━━━━目的も無く、行ける所まで行った所に望んだゴールがあるなんて保証はない……我武者羅なだけでは、きっとダメなんだ。」

 

「もしかして……!?アタシ達を出動させなかったのは、そういう事なんデスか!?」

 

そうなのかも知れない……信じて待っていてくれと、そう告げた理由……

 

「っつ……」

 

━━━━そんな思考を断ち切るように、切ちゃんの腕の中で目覚めたクリス先輩が声をあげる。

 

「良かった……」

 

「大丈夫デスか!?」

 

「━━━━クッ……大丈夫な物かよッ!!」

 

━━━━その叫びに、私達は思わず顔を見合わせてしまう。

……私達がした事は、また……誰かを傷つける結果に陥ってしまったの?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━完全敗北。いえ、状況はもっと悪いかも知れません。」

 

弾丸が掠めた負傷などから、先んじて救急搬送された奏とジョージさん、そしてマーティンさん。彼等が残してくれた通信機を使ってSONG本部と通信する(風鳴翼)

その姿は、マリアの衣裳の一部を切り取らせて貰う無様……

 

「本来ならばギアの解除に伴って再構築される筈の衣服が戻って居ないのは……コンバーターの損壊による機能不全であるとみて、間違いないでしょう。」

 

「━━━━まさか、翼のシンフォギアもッ!?」

 

マリアの言葉に、私は目を逸らすしか無い。

この身の不覚が、自らには深く理解出来るが故に。

 

「……絶刀(ぜっとう)天羽々切(アメノハバキリ)が手折られたという事だ……」

 

『クリスちゃんのイチイバルと、翼さんのアメノハバキリが破損……』

 

『了子さんが居ない中、いったいどうすれば……』

 

『……ギアコンバーターの修復自体は不可能では無いわ。

 けれど……ギアの防御フィールドを貫くあのノイズの攻撃をどう防げば……』

 

『……響くんの回収は、どうなっている?』

 

━━━━通信の先……SONG本部もまた、此方と同じく混乱の最中にあった。当然だろう。

シンフォギアが新種の……それも、いずこかの勢力が保有し、運用するノイズに砕かれるなど、理解の外側に飛び出していると言って相違なかろう。

 

『━━━━もう、平気です。

 ……ごめんなさい。私がキャロルちゃんときちんと話が出来て居れば……』

 

『それは……』

 

「━━━━ッ!?ようやくのお出ましか……」

 

そんな折に走り込んで来る、黒塗りの車の数々。

その中から降りて来た黒服の彼等は、その手に握った(拳銃)を向けて私達を取り囲む……

 

「━━━━状況報告は聞いている。だが……マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 キミの行動制限は解除されていない……!!これ以上の勝手な行動は……」

 

「……翼。通信、借りるわね?」

 

「あ……」

 

彼等の威圧など物ともせずに、マリアは私の耳から通信機を取り外し……

 

「━━━━風鳴司令。私、マリア・カデンツァヴナ・イヴは、国連との司法取引の取り決めに従い、SONGへの転属を希望します。」

 

「それは……ッ!?」

 

「異論があれば聴こう。だが、新種のノイズを操る勢力が出現し、大規模なテロを発生させたのは事実だ。

 ━━━━コレは、誓約書にも記載のあった《異端技術によるテロ等が起きた場合、SONGへの転属を行う》という文言に則る事態の筈だが?」

 

「……クッ……」

 

「マリア……」

 

嘴を挟もうとした黒服を、マリアは毅然とした言葉で叩きのめす。

 

()()にギアを預けた私ですが……この状況に、偶像のままでは居られません。」

 

━━━━砕けた月の下、マリアの宣言は力強く、頼もしく響き渡ったのだった……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「本日♪の調理実習は、ビーフストロガノフ♪」

 

「アニメや♪漫画でお馴染みの、ビーフストロガノフ♪」

 

『玉ねぎは♪縦に二つ切り♪』

 

「皮と芯はちゃんと取り除いてね?」

 

『トマトは♪横に二つ切り♪』

 

「ヘタはちゃんと取らないとダメだよ?」

 

『サッと小麦粉をまぶすのは♪

 牛肉♪で無くても構わない!!』

 

「構わないけど……流石にそのまぶし方はマズいよ響!?

 はいコレ。ちゃんと大匙スプーンを使ってね?」

 

『玉ねぎに♪キノコをくわえて♪

 牛乳を♪入れて煮立ったら♪』

 

「えーっと……調べた感じだとホントは結構長く煮ないといけないみたいだね。軽く三十分くらい?」

 

「えーッ!?未来、お鍋をそんなに火にかけてたら調理実習が終わっちゃうよ!?」

 

「大丈夫だよ、響。

 そうならないように先にトマトと玉ねぎをラップで包んでチンして柔らかくしておいたから。

 コレで十分くらいで出来るかな?」

 

「おぉー!!」

 

『最後に♪塩胡椒♪ランデブー♪

 サワークリームで♪出来上がり!!』

 

「━━━━じゃなーい!!

 その前にデミグラスソース!!コレが無いと茶色くならないでしょ!?」

 

「へぇ~、デミグラスソースって缶の物があるんだ~。」

 

『男の子は♪知らないけど♪

 意外に♪簡単♪

 ビーフストロガノフ~♪』

 

『本日の♪調理実習は、ビーフストロガノフ♪』

 

『アニメや♪漫画でお馴染みの、ビーフストロガノフ♪

 にゃ!!』

 

「はぁ……」

 

━━━━即興曲を作るのはいいけれど、微妙に作り方が足りてないのは音感重視のご愛敬という物だろうか。*1

なんて、溜息と共に考える(小日向未来)が居るのはリディアン音楽院の家庭科室。

調理実習の授業で一緒の班になった私達は、五人で協力してビーフストロガノフを作る事になったのだ。

 

「いやぁ~ビーフストロガノフ、って名前なのに、よもや牛肉以外でもOKとは恐れ入ったねぇ……

 ロシア料理の懐は広大だよ。うんうん。」

 

「ビーフって言っても牛肉のビーフじゃなくて何々流って意味らしいからね……って響ッ!?

 手元手元!!ちゃんと猫の手にしないと危ないよッ!?」

 

「あ、ごめんごめん……掃除洗濯ならともかく、普段料理ってしないからつい……」

 

「リディアンは寮の食事も充実のラインナップだからね……」

 

「━━━━あれ?そういえば未来って料理出来たんだっけ?」

 

「恥ずかしながら、昔はお母さんに『台所に立たないで。危ないから』と言われてたんだけど……

 ほら。女の子だから~ってワケじゃないけど……頼りっぱなしって悔しいじゃない?

 だから、■■ちゃんに負けないようにってお母さんに……あれ……?」

 

━━━━誰に、負けないようにって思ったんだっけ……?

 

「未来……?

 ━━━━未来も、そうなの……?」

 

響が、恐ろしい事に気づいてしまったように目を瞠る姿。

それを見て、私は何か大切な事を忘れてしまったのでは無いか?という可能性にようやく思い至る。

……響がそんな顔をするようになった切欠。考えられる事と言えば……

 

「……この間の出動で、何があったの……?

 調ちゃんや切歌ちゃんも、検査入院しているんでしょう?」

 

「うん……詳しい事は、まだ未確定だからって口止めされてて言えないんだけど……私、何か大事な事を忘れてるって言われちゃって……」

 

━━━━響のその言葉を聞いて、私は、響がどうしてあんな顔をしたのかを私は……頭では無く心で理解出来た。

まるで、心臓を鷲掴みにされたような恐怖。

……思い出せない事すら、忘れてしまっていた事。

それが、胸の裡にある事に気づいてしまったから……

 

「……誰かが、居たの。

 ━━━━私達の近くに、ずっと……なのに、どうしてなんだろう……」

 

「……思い出さないと、いけない気がするんだ……それに、忘れたままじゃダメだって……」

 

「それも……その人が?」

 

「うん……だから、その為にこの力で……皆を護る為のシンフォギアで、戦えって……

 でも、それは……」

 

……だから、響は迷っているんだ。

響は、誰かを護る為に戦って来たから。

響が、誰かと戦う為に拳を握った事なんて無かったから。

 

━━━━でも、そんな事を言われたってどうすればいいのだろうか?

思い出せない事にすら気付く事の出来なかった、霞のようにぼんやりとしたこの記憶。

……思い出す事が出来ない物を、いったいどうやって思い出せばいいのだろう……?

禅問答の答えは、今の私達には見えなくて……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……退屈デース!!」

 

LiNKER無しでギアを纏った無茶の影響を調べる為にと行われた検査入院も三日目。

月読さんと暁さんは、最初こそ大人しくしていたものの……やっぱり、退屈で仕方がないみたいで。

でもその気持ち、(セレナ・カデンツァヴナ・イヴ)も分かる気がします。

 

「病院食は味が薄い……」

 

「━━━━えぇ、全くもってその通りです。病院食は醤油の量が足りません。もっと醤油をふんだんに使って……」

 

「マムったら……ホントはまだ安静にしてないといけないんだから、気を付けてくださいね?」

 

幾ら車椅子での移動が解禁されたとはいえ……今なお身体の治療の為に入院しているマムにまでそんな事を言われると、私は流石に困ってしまう。

 

「むぅ……とはいえ、新たな異端技術の脅威が現れた今、私とて横たわってままでは……」

 

「それはダメだよ、マム?」

 

「そうデス!!確かに状況は良くないデスけど……」

 

「その為にマムが無理をするのは、もっと良くない。」

 

━━━━私は一緒に居られなかったけれど、マムがレセプターチルドレンの皆を護る為に無茶をした事は皆から聴いているんだから。

 

「……そう、ですね。

 フロンティアの一区画と共に打ち上げられた私がこうして此処に居られる事、それ自体が()()と言っていいのですから……」

 

「そうだね……あれ?」

 

……月にまで飛ばされたマムは……一体どうやって、私達の元に帰って来てくれたんだっけ……?

 

「セレナ?」

 

「あ……ううん。なんでもない。

 さ、そろそろマムも病室に戻りましょう?」

 

「もうそんな時間ですか……」

 

ふと頭を過った思考を振り払い、私はマムの車椅子を押して二人の病室を出る。

……それでも、何故か。心の片隅に燻ぶる何かがモヤモヤと、私の中に渦巻いていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━日本に戻る、と?」

 

謎の敵による襲撃の翌日。メトロミュージックの事務所で(風鳴翼)は、イギリス進出をプロデュースしてくれた恩人であるトニー・グレイザー氏に自らの進退を告げていた。

 

「……世界を舞台に歌う事は、私の夢でした。ですが……」

 

━━━━認定特異災害たるノイズ。その災禍が収まる兆候を見せていると鳴弥おば様が検証してくれたが故に掴み取れた私の夢。

だが、ノイズを意のままに操る勢力が出たとなれば……話は変わる。

歌女である前に、私はこの身を剣と鍛えた戦士なのだから……

 

「……それがキミの意思であるなら尊重したい。

 ━━━━だがいつか、もう一度自分の……いや。ツヴァイウイングの夢を追いかけると約束してもらえないだろうか?

 キミ達の夢は、たかだか一度や二度の困難で挫ける程度の物では無いと……私は信じているのだから。」

 

「それは……はい……ッ!!」

 

━━━━けれど、それだけでは無いと。そう信じてくれるトニーさんの言葉は、私の背中を強く押してくれる。

 

「奏くんも、日本に戻って本格的なリハビリを始めるのだったね。

 ━━━━二人が揃って世界に飛び立つ日を、私はいつまでも待っていると伝えてくれないか?」

 

「━━━━はい。必ず。」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「翼?どうしたんだよ、シリアスに決めるにしてもあんまり静か過ぎやしないか?」

 

「……あ、奏。ううん、トニーさんに挨拶した時の事を思い出してて……

 そうそう……奏のリハビリ、トニーさんも応援してくれてるって。」

 

「おっ?ソイツはイイ事聞いたなぁ。

 じゃあ次にイギリスに行く時は自分の足で歩いて見せて驚かせてやろうぜ?」

 

━━━━目の前で楽しそうに話す双翼を見つつ、(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)は思索を巡らせる。

……国連所属のエージェントとしてアーティストをしていたこの三ヶ月。なんだかんだと翼と共に仕事をする事も多かった。

それ故に、先日のLIVE GenesiXでも共に歌う事に何の憂いも無かったのだが……

 

…………その安心感からか、歌う事に没頭し過ぎてしまったかも知れない……ッ!!

あぁ!!今になって恥ずかしくなって来たかも……ッ!!

 

『すっかり任務を忘れてお楽しみでしたね~』

 

なんて言われてしまったら、私はどんな顔をすればいいのかしら……ッ!?

 

「……ん?どうしたんだ、マリア?

 ━━━━もしかして、飛行機に乗るのが怖かったのか?」

 

「━━━━飛行機を降りるのが怖いのよッ!!!!」

 

「ん~……?」

 

私の言葉に、二人揃って首を傾げる双翼。

くっ……!!そんな仕草のユニゾン具合まで可愛いわね……ッ!!

 

『━━━━まもなく、当機は着陸態勢に入ります。

 シートベルトの着用をお願いします。』

 

「……覚悟を決めるしか、無いようね……」

 

『……????』

 

この戦い、私自身が勝利する以外に道は無い……そうよね、マムッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━学校帰り、翼さん達の帰国を待ってSONG本部に向かう為に、(立花響)達は空港のターミナルで二人を待っていた。

 

「━━━━あ、来たデスよ!!」

 

切歌ちゃんの声に目を向ければ、騒ぎにならないようにと貸切ったターミナルの向こうから歩いて来る四人の姿……

 

「翼さ~ん!!奏さ~ん!!マリアさ~ん!!」

 

「━━━━挨拶は後ッ!!

 新たな敵の出現に、それどころでは無い筈よッ!!」

 

━━━━手を振る私の前にビシッ!!とした姿勢で進んで来たマリアさんの言葉は、(けだ)し名言で。

 

『おぉ~……!!』

 

「ちょっと頼もしくてカッコいいデス!!」

 

「やっぱり、マリアはこうでなくちゃ……!!」

 

デキる大人の女性……ッ!!って感じのマリアさんの勇姿に、私も憧れが隠せない。

私って頼れるとかそういうキャラって感じになれないもんね、何故か……

 

「……ふふっ。」

 

「なるほどなぁ?」

 

「あはは……」

 

でも、それに対して翼さん達の反応は何故か微笑ましい物を見るかのようで……なんでだろう?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━SONG本部潜水艦内部・司令室。

 

「━━━━シンフォギア装者勢ぞろい……とは、言い難いのかもしれないな……」

 

国内外に別れていた装者八人が合流した事で、ようやく昨日の日本とロンドンという遠く離れた二点で同時に起きた襲撃事件……そのデブリーフィングを行う事が始まった。

……とはいえ、(風鳴弦十郎)が切り出す話題は明るい物では無く……

 

「コレは……?」

 

「━━━━新型ノイズに破壊された、アメノハバキリとイチイバルです。

 コアとなる聖遺物の欠片は無事なのですが……」

 

「装者の歌によって聖遺物の欠片が産み出したエネルギーをプロテクターとして固着させる機能が損なわれている状態です……」

 

━━━━それはつまり、シンフォギアとしての機能が破壊されているという事。

 

「それって……」

 

「フロンティア事変の直後のセレナのギアと同じ……」

 

セレナくんとマリアくんが目を見合わせて話すように、

彼女達の手に握られたアガートラームのシンフォギアは、フロンティア事変当時には真っ二つとなったコンバーターユニットを無理矢理に組み合わせた事とエクスドライブ級の出力を成した事で半壊以上の状態へと陥っていた。

 

「だったら、直るんだよな?フロンティア事変の後も直してたんだし……」

 

「……そうね。《直す》だけなら、了子さんから研究を引き継いだ私が時間を懸ければ不可能では無いわ。

 けれど……問題はむしろ、その先……」

 

鳴弥くんが言葉を濁す理由。それは即ち、シンフォギア・システムの各種防御フィールドを突き破る新型ノイズの存在……

ただ直すだけでは、あのノイズ相手には一撃を受ける事すら許されない危険な戦いを装者達に強いてしまう。

 

「……とはいえ、相手が現れるのなら対処しなければならないのも事実。

 現状、大手を振って動ける唯一の装者である響くんには負担を強いてしまうが……」

 

「私だけ……」

 

「━━━━そんな事、無いデスよ!!」

 

「私達だって……!!」

 

「ギアを纏う事は出来ますッ!!」

 

━━━━俺の発言に食って掛かるのは、元FIS所属の三人。だが……

 

「ダメだ。」

 

「ッ!?どうしてデスかッ!?」

 

「……適合係数の不足値をLiNKERで補わないシンフォギアの運用が、どれほど身体の負荷になっているのか……」

 

検査入院はこの為に行った物だ。

LiNKERを打つ事すらせずの無理矢理のギアの使用、そして戦闘まで……緊急時だからと今回は見過ごさざるを得なかったが、この状況での出撃の常態など断じて許可できない。

 

「キミ達に合わせて調整したLiNKERが無い以上……いいや、有ったとしてもこのまま出撃させる事は出来ない……」

 

「……奏ちゃんのように、命を削り続けてまでシンフォギアを纏わせるつもりが私達に無い事。それだけはどうか……分かって頂戴ね?

 奏ちゃんもそうよ。翼ちゃんから聴いてるわよ?あの時、ライブ前日に吐血してたそうね?」

 

……そう。三年前、LiNKERを使っての無理矢理なシンフォギア運用によって深く傷つきながらも、それを俺達にすら隠して大舞台に望んだ奏の無茶を、俺達は忘れてはいないのだ。

 

「うげ……!?

 ……分かってるって……今はちゃんと検査も受けてるし、連続ならともかく。散発ならまだ大丈夫だろ?」

 

「……どこまでも私達は、役に立たないお子様なのね……」

 

「……メディカルチェックの結果が思った以上によくないのは知っているデスよ……それでも……!!」

 

「奏……うむ。こんな事で仲間を喪うのは、二度と御免だからな……」

 

「その気持ちだけで今は十分だ。」

 

LiNKERを使用している第二種適合者の面々はコレで良い。だが……

 

「……私は……」

 

「━━━━セレナくんも同様だ。政治的に立ち位置が不透明な事もあるが、何よりも体力や連携訓練の不足を考えれば、正式装者として登録する事は許可できない。」

 

「……はい……」

 

「後は、()()()についてか……」

 

━━━━話を切り替え、手元の端末に映すのは、SONG本部内の一室にて保護している少女の監視映像。

 

「エルフナインちゃん、ですか……」

 

「確か、セレナを保護していた魔女……キャロル・マールス・ディーンハイムの所に、彼女も居たのだったかしら?」

 

「はい……私にはよく分からなかったんですけれど、ホムンクルス?という存在らしくて……キャロルさんは彼女にも一線を引いたような対応をしていました。」

 

「ホムンクルス……中世に偉大な錬金術師ヴァン・ホーエンハイム・パラケルススが造り上げたという人造生命の事かしら……?」

 

「……そこの所も含めて、彼女から事情を聴かなければならないな……」

 

一応、保護した際に最低限爆発物などを持っていないかのチェックはしたものの、身体検査などはまだなのだ。

……正直気は乗らないが……組織の長として、やらねばならない事だろう……

*1
うたの通りに美味しく作る為の手順はこちらを参考にさせていただきました。




必死の覚悟を握りしめ、最後の希望を届けんとした力のカード(エルフナイン)
彼女と戦姫の出逢いが導くのは、一筋の光明か、それとも……

そして、武器を握らぬ手を握りしめる少女の迷いと苦しみは、遂に彼女自身にすら牙を向ける。
━━━━命を質に取り、蒼き人形は嗤う。力を握れと。

どうすればいいのだろうか?どうあればいいのだろうか?
彷徨い流離うその苦しみは、奇しくも門を越えたとある少年の悩みに似ていて……


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第九十二話 切実のサプリケイション

━━━━問題です━━━━

 

ある所に、望みながらも望まぬ子を抱える少女が居ました。

彼女は、とあるお金持ちに見いだされて海を渡り、内縁の妻として何不自由無く暮らし……そして、彼の子を身籠りました。

 

━━━━けれど、産まれた子を見たお金持ちは言いました。

 

『この子には私が求める力は無い。』と……

 

その言葉が、少女の運命を変えました。

内縁の妻として生活していた彼女に後ろ盾は無く、お金持ちである彼の屋敷を追い出されそうになったとしても、それを止めようとする人は、まだ幼い胎違いの息子一人しか居ませんでした。

 

そして……母一人子一人。見知らぬ異国の街で彼女は流離いました。

 

━━━━彼女は、どうすべきでしょうか?

 

 

子が生きられるよう、己の身を削ってでも働き続ける?

 

 

或いは、自らが生きる事を優先して、子を諦める?

 

 

或いは━━━━

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━(トンネル)を抜けると、其処は雪の舞う夜の下だった。

轟々と鳴り響く風の音は已み、代わりに響き渡るのは、賛美歌の音色……

 

「此処は……教会?」

 

「……の、ようだね。」

 

目の前に立つのは、小さな教会。

十字架の目立つ煉瓦造りの聖堂だけでなく、その横には目立たぬようにしながらも、しっかりとした建物が立っている。修道士が生活する為に詰めている宿舎だろうか?

 

「……アンタ等、今どっから出て来たんだ?」

 

━━━━そうして、教会を見上げる俺達に、背後から声が掛けられる。その声に応じて振り向けば……

 

「━━━━■■ちゃん……?」

 

「……?今、何か言った?」

 

腕に赤子を抱きながら声を掛けて来たその女性の顔立ちが、あまりにも■■ちゃんに似ていたから。

思い出せない名前を、俺は、思い出せぬままに口に出してしまう。

 

「……いえ。知り合いに……似ていたもので。」

 

「……ふーん。ま、いいか。

 ━━━━どうせ、アタシの見てる幻覚なんだろうしね。」

 

「幻覚……?」

 

「そう。

 ……辛い現実から目を逸らしたからって、何度も何度もこの景色を見せつけられる……」

 

━━━━そう言って、女性は腕の中の赤子を教会の入り口へと置く。

……その有様はどこからどう見ても、子を棄てる母親の姿だった。

 

「……アタシはね。海外旅行にと出かけた先で、ある金持ちに見初められたのさ。既にあの男には本妻も息子も娘も居たから、内縁の妻としてだったけどね。

 ……アタシが望む物はなんでも与えてくれた。ブランド物に、使い勝手のいい使用人に、不自由のしない屋敷……

 ━━━━けど、この子が産まれた後、あの男は私に構う事をしなくなった……この子に、望んだ力が無かったからだって言ってたわ。

 要するにアタシの血統が必要なだけで、アタシ自身は必要じゃなかったのさ。それも、上手くいかなかったらしいけどね……

 ……だから、アタシは本妻から追い出された。

 女一人子一人、国籍は正式に取得した物じゃないから完璧に私生児扱い……保険も効かないし、就職だって出来やしない……」

 

━━━━それは、悲劇だった。

いつかどこかで、ボタンのかけ違いのように起きてしまった悲劇。

……俺が、きっと手を伸ばす事が出来なかった、いつかの回転悲劇。

 

「…………」

 

「……結局、ギャングの受け子として稼ぐしか無くてね。美人局(つつもたせ)って奴?

 それでも……辛かった。苦しかった。明日に希望なんて無い。昨日には後悔しか無い。

 ━━━━そして、今日にも悲嘆しか見つからない。だから……この子を棄てたのさ。あの日、聖なる生誕祭の夜に。」

 

そう、目の前の女性は吐き捨てる。過去を再現する目の前の景色を見つめながら。

 

「……それで、その後、貴方は……」

 

「売女の末路なんて決まってるだろ?

 ━━━━商品のクスリに手を出して……多分、解体(バラ)されたんだろうねぇ……

 だから、最初はこの景色もクスリのせいでバッドトリップしちゃったかと思ったもんさ。

 でも、終わらなかった。むしろ、この景色から目を背ける度に最初に戻されちまった。

 こういうの、教会じゃなんて言うんだったかな……?」

 

「━━━━怠惰の罪。七つの大罪の一つとされ、《自らの為すべきことから目を逸らし、怠惰に耽った者が冠を背負い、煉獄山の周りを走り続ける》……」

 

女性の問いに答えるのは、悲しい目をしたヴァージルさんの声。

 

「……あぁ、なるほど。そりゃ妥当だ。

 アタシは、やるべき事から目を逸らし続けたんだから……ゴメンね、()()……

 お母さん……ずっと間違えちゃってたみたい。

 だからやっぱり……貴方には、幸せになって欲しい。

 ━━━━こんな、間違いだらけの過去なんて、()()()捨ててしまって……自分だけの……喜びを()()()……ね?」

 

━━━━ヴァージルさんの声に納得したのか、一度は置いた赤子を彼女は抱き上げ、そっと抱きしめる。

 

━━━━その、赤子の顔が、俺には分からない。理解できない。

なのに。あぁ、なのに……ッ!!

その赤子が、■■ちゃんだと理解出来るッ!!出来てしまうッ!!

繋がらなかった筈の情報(アンチェインドメモリー)が繋がり、閃光(スパーク)のような衝撃と共に、()()()()()()()()()()()()()俺の脳髄を埋め尽くす……ッ!!

 

「その、子の名前は……」

 

「ん?あぁ……言ってなかったな。この子の名前は……()()()()()さ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……なんて、カッコつけすぎてるかな?」

 

━━━━あぁ。それは、つまり。

()()()()()の、名前に込められた意味。

 

「━━━━いいえ。もっともっと、カッコいい名前になりますよ。

 だって、切歌ちゃんは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんですから。」

 

━━━━だから、真っ直ぐに彼女の眼を見つめ、俺は告げる。

()が知っている、切なる祈りを握った少女の姿を。

 

「……もしかして、キミは……この子の事を知ってるの?」

 

「━━━━はい。知っています。知って……居たんです。

 助けたいと、手を伸ばしたいと、そう……心に決めた人です。

 それを、思い出せた。間違いなく、それは貴方のお陰です。」

 

「…………そっかぁ。

 ━━━━羨ましいなぁ、切歌ってば。

 こんなに素敵な旦那様を捕まえるなんて……やるじゃない?フフッ。」

 

抱え込んだ幼き日の切歌ちゃんに小声で呟く彼女の姿は、まるで聖母子像のように、美しくて。

 

「━━━━綺麗……」

 

「……フフッ、面映ゆいね。ホントに、この子が羨ましい……

 ━━━━キミ、名前は?」

 

「……すいません。俺自身の名前は、まだ思い出せていないんです。

 だから、今はダンテ、と……」

 

「……そっか。私みたいに、気づけなくて彷徨ってるって感じ?」

 

「はい。そして、取り戻す為に……前に進むんです。」

 

━━━━目線を上げて、彼女の眼をまた見つめる。嘘は無いのだと、そう、言葉に乗せずとも告げるように。

 

「……じゃあ、約束。

 ━━━━切歌(この子)の事、よろしくね?どうか……この子の道行きに、幸せが待っているように。

 この子の未来(あした)を……一緒に歩いて、支えてあげて?」

 

「━━━━はいッ!!」

 

━━━━ズキン、と胸が痛む。

まだ、なにか大事な事(やくそく)を忘れてしまっている気がする。だけど、その痛みから、決して目を逸らさない。

 

「……なるほど。手の届かなかった悲劇を、こうして巡るんだね。

 見てみたまえ、ダンテくん。

 ━━━━次の悲劇へ導く門だ。」

 

━━━━ヴァージルさんが示す先には、先ほどとは異なる色味をした門の姿……

 

「……はい。それじゃあ……」

 

「━━━━霧埜。暁霧埜(あかつききりの)って言うの。アタシは。」

 

「━━━━霧埜さん。じゃあ……行ってきます……ッ!!」

 

「━━━━行ってらっしゃい。」

 

覚悟を改めて、新たな門の中へと俺は足を踏み入れる。更なる悲劇の基へ。

次なる悲嘆の只中へと……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━ボクはキャロルに命じられるまま、巨大装置の一部の建造に携わっていました。

 ですがある時、作業の為にアクセスしたデータベースを介してその装置が《世界をバラバラに解剖する》物だと知ってしまい……

 キャロルの目論見を阻止する為に逃げ出して来たのです……!!」

 

狙い通りSONGに保護されたボク(エルフナイン)は、遂に勢ぞろいしたという装者の皆さんに対して自身の脱走の目的を伝えていた。

 

「……世界をバラバラに、たぁ穏やかじゃないなぁ……そもそも、そんな事出来るのか?世界ってつまり地球の事だろ?」

 

「はい。それを可能とするのが、錬金術です。

 ノイズのレシピを基に造られたアルカ・ノイズを見れば分かるように、シンフォギアすらも例外としない《万物を分解する力》は既にあり……

 その力を世界規模に拡大するのが建造途中の巨大装置、チフォージュ・シャトーになります……」

 

「……理論上は不可能では無いわね。19世紀末の科学者ニコラ・テスラは、共振装置によって固有振動数を合わせる事で《地球さえも割って見せる》と豪語したというわ。

 問題は、世界規模に拡大されたその分解の力で何をするか、なのだけれども……」

 

……SONGの主任研究者である天津鳴弥さんの言う言葉に、ボクは答えを返す事が出来ない。なぜならば……

 

「……分かりません。ボクもまた、キャロルと同じように錬金術の術理を転送複写(インストール)された個体なのですが……

 キャロルのようにすべての知識や能力を統括しているのではなく、《シャトーを建造する》という目的に合わせて作られたに過ぎません……」

 

「……つまり、計画の一部しか元々知らされていない、という事か……」

 

「……ん?作られたって……?」

 

ボクの言葉に納得したような風鳴翼さんとは異なり、立花響さんはボクがホムンクルスとして作られた事が気になるのでしょうか?

 

「あ、はい。ボクはシャトーを構成する装置の建造に必要な最低限の錬金術知識……即ち《理解・分解・再構築》と、《照応》と言った基礎的な事だけを脳に電気信号として転送複写されたホムンクルスなんです。」

 

「……それってつまり……?」

 

「どういう事なんデスか……?」

 

「電気的刺激によって脳に特定の情報を刻み込む……《全自動学習機関(マシン・ペディア・システム)》のような物、かしらね……?」

 

「はい。大凡はそういう物と思ってもらって構いません。

 ……先ほどから述べている通り、ボクには計画の一部の情報しか転送複写(インストール)されていません……

 ですが、世界解剖の装置《チフォージュ・シャトー》が完成間近だという事は分かります……!!

 お願いします!!力を貸してください!!

 ━━━━その為にボクは、《ドヴェルグ=ダインの遺産》を持ってここまで来たのです!!」

 

「ドヴェルグ=ダインの遺産……?」

 

━━━━ずっと抱えていた匣に刻まれた、ルーンによる多重封印(ルマルシャン)を解き、ボクは()()を摘まみ上げる。

 

「アルカ・ノイズに……錬金術師キャロルの力に、対抗しうる聖遺物……魔剣、《ダインスレイフ》の欠片です。」

 

「━━━━ダインスレイフ、ですってッ!?」

 

「知っているのか、鳴弥くんッ!?」

 

「北欧神話に語られる、ドヴェルグの造り上げた魔剣の一つ……《ヘジンとホグニの伝説》において、ヴァルキュリアの一人であるヒルドを攫ったヘジンに対してホグニ王が抜き放ったとされる《抜けば必ず誰かを傷つける》魔剣よ。

 前大戦のどさくさでアーネンエルベから紛失したと風のウワサで聴いていたけれど……まさか、錬金術師が保有していただなんて……」

 

「誰かを、傷つける……」

 

「……っつーか、順序がおかしくないか?

 そのキャロルっつー錬金術師は、其処の(セレナ)を助けて、アガートラームのギアペンダントの半分だって届けて来たんだろ?

 なのになんだって今さら世界を壊そうってんだよ?」

 

雪音クリスさんの言葉は(けだ)し正しい。フロンティア事変の中にあっては世界を救う一因を担ったというのに、キャロルの目的はシャトーを使って世界を解剖する事だという。

 

「それは……ボクも不思議に思っていました。キャロルに問いただしもしたのですが……キャロルはそれを《成し遂げねばならぬ聖約(テスタメント)》だと……」

 

「キャロルさん……どうして……」

 

「……だから、ボクはキャロルの計画を止めて、知らないといけないんです!!

 何故、キャロルがこんな事をしようというのか……聖約とは、一体なんなのかについて!!」

 

━━━━きっと、それがボクの聖約(テスタメント)なのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━画面は、エルフナインちゃんの検査結果です。」

 

「念のために彼女の……えぇ、彼女の詳細なメディカルチェックを行ったところ……」

 

「身体機能や健康面に異常は無く、また……インプラントや後催眠暗示といった怪しい所は見られなかった、のですが……」

 

「……ですが?」

 

━━━━個体名:エルフナイン。性別:なし。血液型:なし

構成元素こそ一般的な人間と同質ではあるが、全く以て……一般のヒトとは似つかない。

 

そんな事情を鑑みれば、ボク(藤尭朔也)や隣のあおいさんの口も重たくなろうと言うもの。

 

「━━━━彼女には性別が無いのよ。

 エルフナインちゃん本人が言うには『自分はただのホムンクルスであり、決して怪しくは無い』……だそうよ?」

 

『……あ、怪し過ぎる…(デース)

 

ボク達の後を受けてくれた鳴弥さんの言葉に返って来るのは、当然ながらの大合唱。

 

「……しかし興味深いわね。血液型が判別不可能となると、もしかして彼女の体内に流れているのは人工血液なのかしら?」

 

「確かに……通常のABO式血液型ならともかく、SONGのメディカルチェックでも判別不可能となれば、通常の抗体はほぼ存在しない……と考えてもいいのでしょうか?

 人工血液の製造自体は現代でも行われていますが、やはりコスト面などで大量生産は難しいですし……もしもこの技術が流出した場合、大変な事になってしまうのでは……?」

 

「其処も頭痛のタネだけれど……私としては先日の逃走劇を思い出して今さら冷や汗が噴き出ちゃうわね……

 幾ら人工血液や成分輸血によって輸血が簡単になったと言っても、エルフナインちゃんの場合は完全な新種の血液……もし、昨日の逃走劇でエルフナインちゃんが輸血が必要な程の大怪我をしてしまっていたら……」

 

━━━━その先は、言うまでもない。

輸血した血液が彼女……もう彼女で良いだろう。自認もどうやら女性系のようだし……の血に反応して凝集や溶血を起こしてしまえば……

 

「そう考えると、大事(だいじ)になる前に合流出来たのは嬉しい誤算ですね。エルフナインちゃんの幸運に感謝しなくては。」

 

「……幸運、ね……」

 

━━━━あおいさんの言葉を聴き、そう静かに呟く鳴弥さんの姿は、何故かいつかの了子さんのようにも見えた……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━んで……コレが、ロンドンでアメノハバキリを破壊したアルカ・ノイズ……?」

 

「あぁ、我ながら上手く描けたと思う。」

 

━━━━そう言って首肯して来る先輩(風鳴翼)の暢気に、あたし(雪音クリス)は思わず食って掛かってしまう。

だってそうだろうッ!?このイラストッ!!どっからどう見ても時代劇の侍でしかねぇじゃねぇかッ!?

 

「んなッ……アバンギャルドが過ぎるだろッ!?現代美術の方面でも世界進出するつもりかッ!?

 ……実際の所、何割方なんすか、コレ?」

 

ダメだこりゃ。この人本気でコレで完璧だと思ってやがる。

部屋の掃除といい、なんか抜けてるよな……なんて、評価の修正を迫られるついでに隣の対翼(天羽奏)に聴き直してみたのだが……

 

「んー……四割くらい?顔はもっとデフォルメ効いてたし、刀も差しては無かったけど……そうだな。全体の雰囲気は確かに武士ッ!!って感じだったなー。

 片手の解剖器官?だっけ?ソイツが棘になってて、それが伸びてくるんだよ。だから、刀ってよりはレイピアかもな?」

 

「マジかよ……錬金術師の美的センスが怪しく感じて来たんだが……」

 

そちらから返ってくる答えは幾ばくかの事実入りだという信じがたい物。

 

「……はいはい、話を戻すわよ。

 ━━━━目下の問題は、アルカ・ノイズを使役する錬金術師と戦えるシンフォギア装者がガングニールの二人しか居ないという事実よ。」

 

「……キャロルさん達と戦わずに分かり合うという事は……出来ないのでしょうか……」

 

━━━━数少ない戦力と数え上げられたバカその1(立花響)の言葉は、けれど萎むように小さくなっていく。

 

「━━━━逃げているの?アルカ・ノイズと独り戦う重圧から。」

 

……そんなバカの姿に何も言えないあたし達を尻目に、強く言葉を投げかける烈槍(マリア)

 

「━━━━逃げているつもりなんかありません……ッ!!

 ……だけど……適合して、ガングニールを自分の力だと……この手に握るペンダント(もの)だと実感して以来……

 この人助けの力で誰かを傷つけるのが……凄く、嫌なんです……ッ!!」

 

━━━━それは、覚悟を握る誰もが直面するジレンマなのだろう。

誰かを笑って傷つけられる人間は、この世界に間違いなく居る。だけどそういう奴だって、大抵はどこかで《アレは自分とは違う》と一線を引いているからこそ……握った力が自分を傷つけないだけなのだ。

だから、結局のところ。人が覚悟を握って拳を振るえば、その拳は誰かを傷つけてしまう。あたしがソロモンの杖を振るったように。烈槍(マリア)が世界を敵に回したように……

 

「━━━━それは……力を持つ者の傲慢だッ!!」

 

「おい、それは……ッ!!」

 

流石に言いすぎだ、と叫ぼうとしたあたしを制するのは、首を横に振る対翼(天羽奏)

 

「……それを優しさだと、そう断言する者(■■■■)も居るだろう。

 だが……その傲慢が齎す迷いは、いつか貴方の大切な人をも傷つける……

 ……それだけは、忘れないでちょうだい。」

 

「そんな……つもりじゃ……」

 

━━━━どちらの言い分にも、一分を越える理があり、信念がある。

ギアを砕かれたあたし達が其処に嘴を突っ込むのは……それこそ傲慢じゃないのか……?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━どう思います?エルフナインちゃんの事。」

 

「……現状で断定するのは早計だが……怪しいという、装者の諸君の考えを頭から否定する事は出来ないな。」

 

━━━━SONG本部潜水艦内の一室。その暗がりにて、(天津鳴弥)と司令の密談が行われていた。

 

「フフッ……どちらの可能性も考えるのがSONG司令の仕事……ですものね?」

 

「そうなるな。

 ……やはり、キミから見れば怪しいか?」

 

話題の対象は保護された少女、エルフナインについて。

 

「……えぇ。敵……敢えてこう言いますけれど、敵である錬金術師キャロル……彼女の狙いがギアを破壊する為の誘導と波状攻撃にあったとすれば……

 そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()自体がアドリブという事になる。

 ……そして、そんな状況でシンフォギアに比肩する程の存在からの襲撃をほぼ無傷で生き残った事を考えれば……」

 

「……ただの偶然、或いは、エルフナインくんが一枚上手だったという可能性もある。

 それに、作戦実行までにエルフナインくんを見つけられなかったからこそ、アルカ・ノイズを投入する事で此方の戦力を分断させたという可能性もある。」

 

司令の言う事には、多くの理がある。同じアドリブであるのなら、《此方を囮とする》形でアルカ・ノイズを投入したのかもしれない。

 

「そうね……普通に考えれば、そうなのだけれど……」

 

━━━━何かが、私の脳裏に引っ掛かる。

けれど、その理由について深く考えようとすれば、まるで■■に関する事のように、思う端から思索をすり抜けていく……

 

「……そういえば、米国は今回の件について、なんと?」

 

彼等の中にはキャロル・マールス・ディーンハイムとコネクションを持っている者もいた筈だ。

 

「━━━━七彩騎士の一人が、経歴から考えるに錬金術師であるらしい。

 だが、その七彩騎士はキャロルの本意については何も知らないと主張しているらしい。

 他の七彩騎士を此方に戦力として回す案も、KOF(ザ・キングオブファイターズ)開催の為の警備強化などが理由で七彩騎士のほぼ全員が動けないらしい。」

 

「KOF……確か、七彩騎士の一人が主催する格闘技大会でしたっけ?

 ━━━━司令は、参加しようとは思わなかったんですか?」

 

「今回の一件があっては、な……

 それに……」

 

「それに?」

 

「━━━━アメリカ国防総省(ペンタゴン)から正式な通知があった。

 《頼むから来ないでくれ。貴兄が米国に上陸すれば重大な外交問題になる》……だ、そうだ。」

 

それはつまり、司令の力が憲法どころか米国の国家安全保障法に抵触するという事を示唆しているという事で……

 

「……ぷっ、フフッ……アハハハハハッ!!

 凄いじゃない!!弦十郎君ってば、遂に戦略兵器扱いされるようになっちゃったのね!!」

 

「笑いごとでは、無いんだがなぁ……」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━私的には、ツイてるとか、ツイてないとかはあんまり関係無いと思うんだけど……」

 

「……えっ、うぇえ!?」

 

━━━━装者の皆が揃った翌日。学校の帰り道。

隣を歩く未来の言葉に、思わず大声を出してしまう(立花響)

だって、()()()()とか、()()()()()とか、それはつまりエルフナインちゃんのアレがソレで……

 

「……ビッキー、何をそんなに?」

 

「はぇ、うぇ……だって、ナニがどこに付いてるのかななんてそんな……」

 

「ツイてる、ツイてない。

 確率のお話です……いいえ、もしかしたら幸運の話かも知れませんわね?

 今日の授業……選択科目の決闘(デュエル)学の話ですよ。」

 

「まーたぼんやりしてたんでしょー?

 ……にしても、ミエル先生ってばホントに決闘占いに凝ってるわよねー……」

 

「私なんか、初手の確率計算の後のデッキトップが《死の代行者 ウラヌス》だっただけなのに、

 『帰り道を変えなさいッ!!不幸な目に遭うわよッ!!』って散々言われちゃったもんね……」

 

「ミエル先生の普段の占いは信用していますけれど……皆での帰り道に不幸が転がっているとも思えませんし……」

 

「あ……あっはっはっは!!そうだよねぇ!!」

 

━━━━どうやら、私の早とちりの勘違いは流して貰えるらしい。

……良かった……エルフナインちゃんの性別がどっちで、その場合?……その……下に、()()が……付いてるのかなぁ~?なんて、

昨日を思い出してそんな事を考えてしまっていたなんて気づかれなくて……本当に良かった……ッ!!

 

「……もしかして、昨日も何かあったの?」

 

……小声で未来が訊いて来るけれど……エルフナインちゃんの事は、まだ言えない。

 

「……その、ごめん……」

 

「……いいよ。謝らなくても……」

 

「……色々あって、さ。」

 

━━━━私は、イヤだ。

どうしても、昨日のマリアさんの言葉に対する反発心が胸を衝く。

この手に握るガングニールは、この胸に宿る歌は……

 

「━━━━きゃあッ!?」

 

「━━━━ッ!?」

 

刹那。絹を裂くような悲鳴が聴こえて、振り返った私達の眼に入って来たのは……

レンガ道の脇に放り棄てられた、人々の姿……ッ!!

 

「━━━━ッ!!」

 

「━━━━聖杯に想い出は満たされて……生贄の少女が現れる……」

 

その姿は、話に聞いたオートスコアラーの暴虐の一端に他ならなくて。

見据える先の木陰から不思議な言葉を呟く蒼の姿は、あの日に見上げた……

 

「キャロルちゃんの仲間……だよね。」

 

「仲間という言い方は正確じゃア無いですけど、まぁいいでしょう。

 ━━━━そして、貴方の戦うべき敵でもある。」

 

「━━━━違うよッ!!私は人助けがしたいんだッ!!

 戦いたくなんて無いッ……!!」

 

「チッ……この期に及んでなァんて石頭……

 ……で、もォ……」

 

━━━━カラカラと、音を立てて蒼の少女人形が掌の上で転がすのは、紅の球体が詰まった……結晶……?

掌を振るい、蒼の少女人形が、結晶を撒き散らす。

━━━━結晶が砕ける瞬間、地面に広がる、光の魔法陣。

そして、其処から立ち上がるのは……

 

『きゃああああああッ!?』

 

「━━━━アルカ・ノイズ……ッ!?」

 

「貴方みたいに()()()()()()()を戦わせる方法はよォーく知ってるの☆」

 

「コイツ、性格悪ッ……!!」

 

「あたし等の状況も良くないって!!占い通りの結果じゃない!!」

 

「このままじゃ……」

 

━━━━つまり、私が背に負う皆は人質だと。

 

「アんたの頭の中のお花畑を踏み躙ってア・ゲ・る。」

 

鳴り響く蒼の少女人形の指。その音に連動してにじり寄る……アルカ・ノイズッ!!

 

「くッ……!!」

 

━━━━戦いたくなんて無い。心の底から、そう思っている。

だけど、目の前の残酷な現実は待ってなんてくれない。だから、私は仕方なく、服の中からガングニールのギアペンダントを引きずり出し……

 

「━━━━あッ……カっ……Ba……ッ!!」

 

「━━━━響……ッ!?」

 

「━━━━ゲホッ!!ゲホッ!!」

 

━━━━胸の歌を、構えている筈なのに。

 

「……歌、えない……」

 

「━━━━えっ?」

 

「いい加減、観念しなよ……」

 

━━━━皆が、私にギアを纏えと言っているのに。

 

「聖詠が……胸に浮かばない……」

 

『えェッ!?』

 

「……あァ?」

 

「━━━━ガングニールが、私に応えてくれないんだ……ッ!?

 ……なんで、聖詠が……」

 




胸を衝く、想いと言葉に嘘は無い。
けれど、思い出せない悲しみは、踏み込む一歩を躊躇わせる。

迷い、流離い、彷徨う心に突き立つのは、苛烈なる槍と、光なる槍……

━━━━キミが信じて握るのならば、譲れぬ道に立つ壁さえも、刹那の間に砕け散るだろう。


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第九十三話 再奏のガングニール

「━━━━はい姉さん、あーん。」

 

「あ、あーん……」

 

━━━━SONG本部食堂にて。(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)は何故か、セレナに手ずからサラダを食べさせられていた。

SONG本部の潤沢な予算が実現する新鮮なお野菜は美味しいのだけれど……

 

「ね、ねぇセレナ……流石に自分で食べられるわよ……?」

 

「それはそうだけど……マリア姉さんが日本に居てくれるのは、ひとまず今回の事件の間だけでしょう?

 ……不謹慎なのは分かっているけど、それでもマリア姉さんと一緒に居られるのは、嬉しかったから……」

 

「……そうね。私も、貴女と一緒に居られて嬉しいわ……」

 

━━━━それは、強さとは真逆なのかも知れない。

立花響には傲慢だなんだと高説を垂れたクセに、自分はこうして護りたいセレナと日々を過ごしている。

これはやはり、矛盾……だろうか。

 

思い出すのは、セレナの遺してくれたギアペンダントをマムからお守りと貰った日の事。

私は、あの日のセレナのように強さを貫きたくて……だが、その想いは空回りを繰り返してしまった。それに……

 

「……セレナ。貴方は……どう思っているの?彼女……キャロルの起こしたこの事件について……」

 

━━━━今回の事件を引き起こしたのは紛れもなく、セレナを保護していた筈の彼女なのだ。

自分達を実験体としていたFISの研究者達すらも護ろうとした優しいセレナが、こうして激突する事に心を痛めないとは思えないのだ……

 

「……私は、響さんと同じ気持ち。キャロルさんにも、きっと……なにか事情があるんだろうって思う。

 ━━━━でも同時に、マリア姉さんの言う事も……分からないワケじゃないの。

 出来なくても、ダメだと思っても……それでも、前に進まないといけない時はあるから……」

 

━━━━セレナが言うのは、あの焔の日の事。

出来るワケが無いと、そう叫んだ私を前に、セレナが命を掛ける選択をした、あの時の……

 

「……私は……貴女のように、強く輝けているのかしらね……?」

 

その決意の重さが、私には分かるから。

だから、サラダに刺すフォークの輝きすら、今の私には眩しくて……

 

「……私にとっては、マリア姉さんはいつだって輝いて見える自慢の姉さんだよ?」

 

「……それは……」

 

━━━━身内の欲目、という物なのかもしれない。でも、セレナの言葉を信じたい私も、勿論居る。

……ダメね。どうしても、考えがネガティブに向いてしまう。

それが何故かを想えば……頭の片隅に引っ掛かるのは、確かに居た筈の誰か(■■■■)の事。

 

……私自身が彼?の事を深く知っているワケでは無い。

だが、思い出せない記憶に附随する情報から類推して、彼が彼女(立花響)達にとって大事な存在……私にとってのセレナのような存在であろう事は理解出来る。

あの日、ドクターの欲望に私達の計画が犯され……もうセレナに逢えないと思った時の絶望。それを思い出せば……今の彼女達に前を向けと叱咤するのは、残酷な事だったのかもしれない。

 

━━━━けれど、それでは……かつての私達と同じ。過ちに気付く事も出来ず、状況に流されるだけで、伸ばした手も届かないかもしれない……

 

グルグルと澱んだ思考は、美味しいサラダの味も一時だけ忘れさせてしまって……

 

━━━━瞬間、鳴り響くアラートの音。

 

『━━━━ッ!?』

 

食堂にも設置されている表示板に現れる文字列、それは……ッ!!

 

「アルカ・ノイズ……ッ!!私は指令室に行くわッ!!セレナは……」

 

「うん。私も指令室で待機するね……ッ!!

 出撃は許可されないかも知れないけれど……それでも、何も知らないよりはずっといいからッ!!」

 

「……そうね。行きましょうッ!!」

 

頷き合って、私達姉妹は走り出す。SONG本部潜水艦内の指令室へと……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━アルカ・ノイズの反応を検知ッ!!座標を絞り込みますッ!!」

 

「エルフナインちゃんからの情報で、補足精度が格段に上がっている……ッ!!」

 

鳴り響く警報、その原因は錬金術師達が放つアルカ・ノイズが起動する際に発するエネルギーの波形パターン。

(藤尭朔也)はそのデータをSONGに使用が許可されている複数のレーダーから感知、その反応の位置を三点測量の応用で特定する。

 

「ぬぅッ……!!先手を取られたか……ッ!!」

 

「急ぎ、装者達に対応指示を……」

 

━━━━そこまで言いつのった所で気付く。

対応指示を出すべきシンフォギア装者達が、既に残り少ないという事に。

 

「調ちゃんと切歌ちゃんのコンディションでの戦闘行為は無謀です……であれば……」

 

「━━━━鳴弥くんッ!!」

 

此方の情報処理を受けて司令が下す判断は、医務室に詰めていた鳴弥さんへの確認。

 

『はいはい。LiNKER:モデルKの準備は完了してるわ。

 運が良かったわね。今日が定期健診の日で……ッ!!』

 

「頼んだッ!!足は此方で用意するッ!!

 ……だが、増援到着まで響くんが耐えきれるか……ッ!?」

 

━━━━こうして、自らの出来る最善を目指して人事を尽くす僕達の前に横たわるのは、最大にして最小の不安要素。

それは、人の心。

 

『━━━━ガングニールが、私に応えてくれないんだ……ッ!?

 ……なんで、聖詠が……』

 

「━━━━歌わないのではなく……」

 

()()()()の……ッ!?」

 

『シンフォギア・システムの最大の強みにして、同時に最大の欠点……それは、装者の深層心理を歌と奏でる事で聖遺物の力を引き出すブースターとするという《聖歌受領(フォンゲン・ゲサング)》機能そのもの……

 融合症例で無くなった響ちゃんがギアを纏い続けられた最大の理由は、()()()()()()()の救助活動だからこそ……元より、あの子は誰かと戦う事になんて向いていないのに……ッ!!』

 

カラカラと車椅子を動かしながら状況をモニターしていた鳴弥さんの言葉は、この状況の深刻さを端的に表していたと言えるだろう。

━━━━元より、立花響に敵なんて居なかったのだ。

 

「クッ……緒川ァ!!危険だが……頼む……ッ!!」

 

「━━━━心得ています。忍びの本懐、遂げて見せましょう……ッ!!」

 

━━━━それは、即ち。

命を賭してでも彼女を護れ、という言外の命令。

アルカ・ノイズの分解器官に対して、通常の防御は一切の意味を為さない。

元より通常のノイズに対しては触れただけで即死であったことを考えれば多少は相性が良いものの、それでも。一度捕まれば緒川さんと言えど命はない。

 

だが、それでも構わない。と、彼も走り出す。

逆巻く血風が吹き荒ぶ、決死の戦場へ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ギアを纏えないィ?

 

このガリィちゃんに対してンな雑な誤魔化しをかますなんて、トンだクソ度胸……だなんて思ったその言い種は、しかし見れば見る程真実味を帯びて行く。

 

しかし、それでは困るのだ。

マスターが求める万象黙示録……その陰に隠された万象追想曲(バベル・カノン)を紡ぐ為には、シャトーを起動させる原動力である呪われた旋律が必要不可欠……

とあれば、《シンフォギアを強化しなければオートスコアラーには敵わない》という意識を持ってもらわなければ困る。

断じて、こォんな腑抜けのペンダントを砕くだけの子どものお使いでは済まされないという事……

 

━━━━だ・っ・た・ら・ァ☆

 

「此処は試しに仲良しこよしを(アルカへスト)と挽いて見るべきかァ……ン?」

 

━━━━アルカ・ノイズに突撃を命じようとするアタシの枕を潰して鳴り響く、革靴の音。

 

「━━━━あー、もうまどろっこしいなぁッ!!」

 

『……えっ?』

 

「アンタと立花がどんな関係なのか知らんけど、ダラダラやんのならアタシ等巻き込まないでくれる?」

 

「お前……ッ、コイツの仲間じゃないのか……ッ!?」

 

女王のように居丈高に。少々違(アルカと言)えどノイズはノイズ。その存在に怯える姿すら見せずに、その女は宣言する。

 

「じょーだん!!たまたま帰り道が同じダケ……ほら、道を開けなよ━━━━」

 

━━━━コイツ……ッ!?なんつークソ度胸……ッ!!

……だが、その必死の努力。いじらしくてなんとも……

 

「……くっ……えぇいッ!!」

 

━━━━だからこそ、その努力に免じてアルカノイズを下げ、包囲を緩めて見せる。

 

「━━━━今ッ!!」

 

「行くよッ!!」

 

それを待っていたのだろう。少女達は一声の下に走り出す。

一見正しく見えるその判断……だ・け・どォ……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

走る。走る。走る。

急な展開に置いて行かれないように、(小日向未来)達は走る。

 

「━━━━アンタ(詩織)って、変な所で度胸あるわよねェ!?」

 

「去年の学祭もテンション違ったし!!」

 

戸惑う私の手を引いて駈ける皆の会話は、先ほどまでの気迫とはまるで違って……

 

「じゃあ……さっきのはお芝居!?」

 

「━━━━たまには、私達がビッキーを助けたっていいじゃないッ!!」

 

「ふふっ……我ながらナイスな作戦でした!!」

 

虚を衝かれたからか、あの人形もその恐ろしげな動きを止めて……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━と、見せた希望(ヒカリ)を此処でバッ……サリ摘み取るのよねェ……ッ!!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━いないッ!!

 

『━━━━あぁッ!?』

 

此方を逃がしたのもわざとなのか。

動きを取り戻した蒼の人形は迷う事無く腕を振り、ノイズらしき存在を此方に差し向けてくる……ッ!!

 

その動き……今までのノイズとは違う?槍状に変形して突撃してくる事は無く、白い布のように輝く部分を伸ばして振りかざして来る。

━━━━そして、接触。

 

「━━━━溶けた……ッ!?」

 

「━━━━詳しい説明は今は出来ない……でも、あの白い部分には絶対に触れちゃダメッ!!だから……早く逃げてッ!!」

 

━━━━震える唇を、無理矢理に押し込めたような声音。

その叫びを聴くだけで、響が無茶をしているんだって、私には分かる。

 

「響……ッ!!」

 

「やらなくちゃ……やらないと……逃げちゃダメだ……逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……ッ!!逃げちゃ……あッ!?」

 

━━━━けれど、その無茶の代償は、響自身に降りかかってしまう。

道の舗装に蹴躓くなんて、最近の響なら絶対にしないのに。どうして……この大事な瞬間に、そんな事が起きてしまうの……?

 

「━━━━上げて落とせば、いい加減戦うムードにもなるんじゃないかしらァン!!」

 

「こんな……アニメじゃ無いんだから……ッ!?」

 

「ギアが……ッ!!」

 

ギアペンダントを放り飛ばしてしまいながら倒れる響に向かって、その輝く腕を伸ばす、ノイズらしきモノ。

急制動。間に合え……ッ!!

だって、此処で響に手を伸ばせなかったら、私は……ッ!!私は……ッ!!

 

━━━━手を伸ばす事、諦めたくない……ッ!!

 

「━━━━悪いが……此処から先は通行止めだッ!!」

 

━━━━けれど、けれども。

ノイズらしきモノが響の身体に触れる事は無い。なぜならば……

 

━━━━戦乙女(ガングニール)が、ノイズらしきその姿を大地を貫き、突き立てた……その上に立っていたのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ノイズとアタシ(天羽奏)の関係は複雑だ。

アタシから家族を奪った憎い仇であり……血反吐を吐いてでもシンフォギアに適合せんと藻掻いた原動力でもあり……同時に、仲良くフィーネに利用されていた繋がりもあり……

━━━━けれど、ノイズが機械仕掛け(ロボット)だったと知って、そんな複雑な関係の上に立つアタシの感情は、どうにもやり場を喪ってしまっていたのだ。

 

そして……フロンティア事変。その果てに、バビロニアの宝物庫は閉じられた。

ノイズの災禍はSONGの知る所では全くなくなり……世界から、アタシみたいにノイズへの復讐を握った咎人は居なくなる……筈だった。

 

それを覆したのが、錬金術。人がかつて縋ったという……異端の力。

細かい事は聞いても分からなかったが、アタシにとって大事な事はただ一つ。

 

━━━━人の身でノイズを造り上げ、それを振るう。アルカ・ノイズという存在がこの世に有るという事実だけ。

 

……赦せるものか、と叫ぶ心を、鋼の装甲で押しとどめる。

この身を焦がす《憤怒》。その根源。

人を否定する為にノイズを振るう者━━━━目の前の、蒼を睨みつける。

 

「━━━━ハァッ!!」

 

背に護るべき響達を背負うアタシの脇を通り抜け、後詰めとして回転しながら停車する車から飛び出すマリアを脇目に見ながら、ノイズ共への牽制も兼ねてアタシは地に降り立ち、右腕に握る無双の一振り(アームドギア)を振り払う。

 

「━━━━Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた熱情)……ッ!!」

 

「マリアさん……ッ!?」

 

「━━━━行くぞッ!!マリアッ!!」

 

「了解ッ!!

 ━━━━このッ!!胸に宿った……信念の灯はァ……ッ!!

 グッ……誰もッ!!消す事は出来やしないッ!!永劫の……(ブレイズ)ッ!!」

 

━━━━HORIZON†SPEAR━━━━

 

━━━━けれど、響が取り落としたペンダントを借り受けて歌うマリアの声音には、痛みの色。

LiNKER無しでのギアの起動。それが齎す負荷の大きさゆえ……だが。

 

「それを知らないアタシじゃあ……無いッ!!

 おかわりはアタシが引き受けるッ!!」

 

「なァらお望み通り、(おォお)盛りでくれてアゲルッ!!」

 

アームドギアたる槍から放たれた一閃。その爆発で響達を追いかけるアルカノイズは消し飛んだ。

だが、それを補うように蒼の人形は手元に宝石をジャラ付かせ、地へと放って新たなアルカノイズを召喚する……ッ!!

 

『緒川さんとマリアさん、並びに奏ちゃん、現着ッ!!』

 

『両者、ガングニールで交戦開始(エンゲージ)ッ!!』

 

『マリアくんッ!!奏ッ!!発光する攻撃部位こそが解剖器官ッ!!

 ━━━━気を付けて立ち回れッ!!』

 

通信の先から聴こえる、ともすれば丸投げにも聴こえるその声の……

 

「━━━━裏返しなら、信頼だよなッ!!」

 

「聖光のッ!!小夜曲(セレナーデ)ッ!!

 (ち・か・ら)よ……宿れェェェェッ!!」

 

━━━━大上段ッ!!

アタシが袈裟懸けにして右の三体を葬る合間に、マリアもその大ぶりな一撃から、即座に身を翻してさらに二体のアルカノイズを瞬殺するッ!!

 

「想定外に次ぐ想定外……捨てておいた第二種適合者(ポンコツ)共が意外なくらいにやってくれるなんてェ……」

 

「━━━━正義の為にッ!!悪を……貫けェェェェッ!!」

 

「━━━━曇りなき青い空を、見上げ嘆くより……風に逆らってッ!!

 輝いたッ!!未来へ帰ろう……ッ!!」

 

しかし、迫りくるアルカノイズから後方を護り抜くには、このままの大振り一対では抜けられる……故に交わしたアイコンタクトは、一瞬。

四肢に力漲る様子のマリアがアルカノイズ目掛けてアームドギアを投げ、それを……

 

「━━━━アタシが、使わせてもらうッ!!」

 

━━━━アームドギアを四肢へと戻したアタシが掴み、振り抜くッ!!

勢いで三体のアルカノイズを蹴散らし、その間にディフェンスを行ったマリアへとアームドギアを投げ渡し、その擦れ違いざまを回転に変えて人型アルカノイズへ足払いを掛ける……ッ!!

 

「……私のガングニールで、マリアさんと奏さんが、戦っている……」

 

━━━━見てるかッ!!響ッ!!お前の教えてくれた……繋ぐその手がアームドギアなんだって事ッ!!

今度は、アタシ達が見せてやるッ!!この背中でッ!!

 

「誇りッ!!とッ!!(ち・ぎ)……ッ!?」

 

━━━━けれど、マリアの握りしめたアームドギアの一撃は。蒼の人形が翳す手に集まる力によって、止められてしまって……!!

 

「━━━━それでもッ!!」

 

「━━━━届かせてみせるッ!!」

 

だが、マリアもアタシも。諦める気など毛頭無い……ッ!!

アームドギアの外装をパージするマリアを見上げながら、アタシが拳で狙うのはがら空きの腹━━━━ッ!!

 

「ふッ!!」

 

「はぁッ!!」

 

━━━━それは、まさしく必殺の構えだった。

翳したその手ごと、槍の外装と共に弾き飛ばし、隠し槍を叩き込むマリア。

その陰を縫うように下段から強襲を仕掛け、手刀を叩き込むアタシ。

それは、見せた事のない一手であり、奇手だった。

 

━━━━だと、言うのに……ッ!!

 

「届か、無い……ッ!!」

 

━━━━たった一片。たった一片ずつの氷の六角形(ヘキサゴン)が、アタシ達の必殺を止めていた。

 

「ぅふ。へェ……?なァんだ、やっぱりこの程度ォ?なァらぁ……」

 

━━━━言葉に伴い、増殖する氷の六角形(ヘキサゴン)……ッ!!

 

『━━━━ッ!?』

 

「━━━━アタマでも冷やしゃぁぁぁぁッ!!」

 

爆発ッ!!いや……氷を変えたのか、水にッ!!

 

『ぐああッ!?』

 

「くっ……」

 

「クソッ……!!」

 

火花と共に足先を滑らせながら、アタシとマリアは後退を余儀なくされる。

━━━━水の猛威ッ!!水圧や大河の氾濫に代表される、水と言う物質の持つ質量の暴力ッ!!アレはまさにその再現だッ!!

 

「んー……決めた。そっちのダルマは放っておいていいけどォ……ガリィの相手はアンタよ。」

 

「クッ……」

 

敵は健在。なれど此方は満身創痍……特にマリアだ。

━━━━だというのに、蒼の人形が指名するのはアタシでは無く……ギアからも火花を散らすマリアだった。

 

「ナメ……てんのか……ッ!!」

 

「アヒャハハハ!!とォぜん!!甘いキャンディを舐めつつゥ……食べる時は美味しい物優先に決まってるじゃなァいッ!!」

 

━━━━瞬間。声を残して、目の前に居た筈の蒼の人形が消えた。

違うッ!!足下を氷と変じての高速移動の跡……ッ!!一つ、二つ、三つ、四つ……音と合致したその稲妻のようなジグザグ軌道。その、狙いは……ッ!!

 

「マリアッ!!」

 

「あっ……」

 

━━━━届かない。届かない。手を伸ばしても、伸ばしても。

 

「ぐぅ……がぁァッ!?」

 

「んなァッ!?」

 

━━━━けれど、けれども。意趣返しにか胸元を狙った蒼の人形の氷刃は、突き刺さる前に目標を見失う。

 

「ギアの限界か……ッ!!」

 

どうする。どうするべきだ天羽奏……ッ!!

限界を迎えてギアが強制パージされたマリアはもう戦えないッ!!

非戦闘員を更に抱えて、あの猛威を前にどう立ち向かうッ!!

 

━━━━絶唱を、歌うべき時が来たんじゃあ無いか……ッ!?

 

「うぅ……ハァッ、ハァッ……!!」

 

「……無理矢理無理繰りにギアを纏って……それでもこの程度……

 なァによコレェ。マトモに歌える奴が、歌えなきゃ一人で立てもしないダルマ一人だなんてェ……聴いてないんですけどォ!?」

 

だが、目の前の蒼の人形はトドメを刺そうという気配も見せぬまま、その氷刃を砕き散らす。

 

「ンだと、コラァ……ッ!!」

 

「なァによ、文句あるワケェ?ガリィちゃんは確かに弱い者イジメがだァい好きだけどさァ……

 こんッな興醒めなオチは大ッ嫌いなワケ!!ッたく。クッソ面白くないッ!!」

 

━━━━言葉よりも速く、足下にアンプルを放り棄てる蒼の人形。

 

「待て……ッ!!」

 

それが逃走の合図と分かっていても、マリアが相手の目の前で倒れ込むこの状況がアタシの追撃の手を鈍らせる……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「空間移動……アレもまた、錬金術の……」

 

━━━━緒川さんに奏ちゃんを託し、途上で待機している装者達と合流しながら辿り着いた指令室に入った途端に見えたのは、虚空へと消えて行く人形の姿……

藤尭くんの驚愕も尤もだ。(天津鳴弥)からしても、あの技術は一見埒外に見える……

 

「現代に新型ノイズを完成させるとは、異なる位相に存在する、《幾何学基礎論(ヒルベルト・プログラム)》に反する事象定理にすら干渉する技術を備えているという事です……」

 

ヒルベルト・プログラム……ドイツの数学者ダフィット・ヒルベルトが提唱した23の問題提起の二番目であり……細かい所を省いてザックリ言ってしまえば、《数学というスケールにおいて、真となる命題は矛盾しないという事の証明》であり、現在も解決されたとは言い切れない(特に異端技術が関連する場合、櫻井理論を代入する事で一応の矛盾は解決するものの直観に反する処理が頻発する)。

そして、それに反する事象……それこそが錬金術の秘奥であり、アルカノイズの解剖器官や、そもそものノイズの位相遷移機能に繋がっているのだろう。

 

「━━━━んな事より!!皆、無事なのかッ!?」

 

「大丈夫。駆けつけたマリアさんと奏ちゃんがガングニールを再び纏って敵を退けてくれたわ。」

 

「マリアがデスか!!」

 

「━━━━でも、それってつまり、私達のように……」

 

「シンフォギアからのバックファイアに自分を(いじ)めながら、か……無茶をしてくれる……」

 

「マリア姉さん……」

 

……己の無力さに、私は拳を握りしめる。

セレナちゃんのギアも半端にしか修理出来ず、ウェル博士のように皆にあったLiNKERを製造する事も出来ない……

━━━━それでも、出来る事を積み重ねていかなければならない。背中を見せて立つ者の一人として……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━もしも、(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)が、ガングニールを手放して居なければ……

いいや、それは未練だな……

 

「クッ……」

 

痛みに軋みをあげる身体に鞭を打ち、私は立ち上がり、背後で気圧されていた少女達に声を掛ける。

 

「……怪我は無い?」

 

「はい……だけど、マリアさん達が傷だらけで……」

 

「歌って、戦って、ボロボロになって……大丈夫なんですかッ!?」

 

「ハハハ……大丈夫さ。むしろコッチの方が動きやすくて楽でいいね。」

 

……強いな、天羽奏は。

四肢を喪ったという重い枷を、護るべき少女達に気づかせないように話せるなんて……

 

「キミのガングニール……」

 

「……はい……」

 

━━━━私の手からギアペンダントを受け取る少女の顔は、一目見て分かる程に蒼白だった。

 

「━━━━コレは、私の受け取った……誰かを助ける為の力……なのに……どうして……」

 

……それは、無理もないだろう。

元よりこの少女は、戦いに向いてなど居ないのだから。

だが……

 

「━━━━そうだ。それは、誰かを助ける為の力だッ!!他の誰でも無い……お前だけが握れる力ッ!!

 だから━━━━目を背けるなッ!!その力で誰かを助ける為に、その誰かを傷つける者を打ち砕く為にッ!!拳を堅く握らなくてはならない時もあるという事実からッ!!」

 

━━━━残酷な世界の現実は、少女の力を求めて牙を剥く。

だから……だからこそ、目を背ける事は出来ないのだ。巻き込まれてしまった少女が本来負うべき責任などでは無いとしても。

……その力を振るわねばならない時が、いつか来るのだという事を……ッ!!

 

「目を、背けるな……でも……」

 

思わず掴みかかってしまった私の視線に耐えきれず、少女は目を伏して黙する。

……あぁ、彼女の心に澱む闇を、如何にすべきなのか。共に立ち、その手を握る()()が、もし居たのならば……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━マリアさんが響の肩を掴んで叫ぶ事は、きっと正論なのだろう。

でも……お願いマリアさん!!顔の血を拭いて!!

ギアの反動で流れたその血化粧が相まって、今のマリアさんの迫力はまさに世界級(ユニヴァーサル)!!

響じゃなくても目を合わせ続けるなんて怖くて出来ないよ……

 

「━━━━マリア、ストップ。」

 

そんな重圧(プレッシャー)の中で、真っ先に動いたのは、ギアを纏ったまま事態を静観していた奏さんだった。

 

「天羽奏……ッ!!だが……ッ!!」

 

「今のアタシ達に時間が無い事は百も承知さ。でもな……こういうのは、時間を置かないと受け入れられない事だってあるんだよ。

 それに……」

 

「それに?」

 

「……今のマリアに凄まれたらアタシだって言葉に詰まる事間違いなしだしなー。

 おーい、緒川さーん!!拭くもの貸してくれないかー?」

 

奏さんはやっぱり凄い……この状況でマリアさんを諫めつつ、オマケにマリアさんの血化粧にまで言及している……

 

「あっ、はい!!」

 

「…………もしかして……」

 

「歌舞伎役者もビックリなむきみ隈だぜ?」

 

「……そう、か……すまない。世話を掛けた。」

 

マリアさんと奏さんの会話は短かったが、それだけでお互いに通じ合ったらしい。

 

「……ふぅ。

 あー、んじゃ……すまん、皆。今回急いできたんで車椅子用意してないから……あと、よろしく……」

 

そう言って奏さんは近くのベンチに座り込んで……って、もしかして……!?

━━━━光と共に、ギアが解けて……その中から現れたのは、SONGの入院着に身を包んだ奏さんのあられもない姿……!?

 

「……ど、どうしよう……緒川さんからスーツの上着を借りてこないと……!!」

 

「……ヒナ、割と手馴れてるね……」

 

「私達は呆気にとられるばかりでしたのに……」

 

……そういえば、何故だろう?響が人助けに走るから、それを助ける為……?

ううん。それだけじゃない……それだけじゃない筈なのに……それが、思い出せない。

……なんだか、私までモヤモヤする……




━━━━何故?どうして?
運命に翻弄された少女の心を映すように、雨は降りしきる。

君という音、私という音。
いつか気づいたはずなのに、指の間から零れてすり抜けてしまった、拳を握る理由(ワケ)

だからこそ。憤怒の槍と共に、希望の槍は降りしきるそのアメごと切り裂いてその姿を現す。
━━━━此処に紡ぐは古きにして新しき双槍合唱(デュエット)
対なる奏の━━━━ガングニール。


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第九十四話 曇天のダウンヒル

━━━━問題です━━━━

 

ある所に、幸せな家族が居ました。

考古学者の父親と、同じ仕事をする母親。そして……可愛い可愛い、娘が二人。

 

娘たちはある日、父親の研究が見たいと言いました。

なんてことはない、子供らしい我儘。快諾した父親も、子供たちも、みんな、みんな笑顔でした。

 

━━━━けれど、そうして研究を見に行った日に、少女は一人になってしまいました。

 

ノイズが急に現れて、父親を、母親を、妹を……目の前で、灰に変えてしまったのです。

 

少女は怒りました。

怒って、怒って、ノイズを必ず殺してやると誓いました。

 

残ったのは、憤怒に燃える焔のように紅い少女が、一人……

 

━━━━それから、時が流れました。多くの事を少女は知りました。

 

ノイズの襲撃が仕組まれていた事。親身になってくれた恩人こそが真の仇だった事。

そして……ノイズが、造られた兵器でしか無かったという事。

 

復讐を誓った焔は、されど矛先を喪ってしまったのです。

 

━━━━彼女は、どうすべきでしょうか?

 

復讐を置き去りにして明日に生きる?

 

或いは、復讐を完遂する為にいずれ蘇る仇を待ち続ける?

 

或いは━━━━

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━歩く、歩く、歩く。

(■■■■)は、歩く。

 

「此処は……日本の、山……?」

 

「……の、ようだね。ボクの居た欧州の森とは植生が大きく違うようだ。

 けれど……」

 

傍らでヴァージルさんが呟く理由は、山の中腹と思われる目の前にある《異物》の物。

 

「遺跡……ですね。それも、探索の手も入っているようです。」

 

見た所、古い遺跡……それも、古墳のような物だろうか?

その入り口が、俺達の前にぽっかりと口を開いていた。

 

「あぁ……かなり古い物だが……うーむ、自然石を使っているのは土地柄ゆえか?

 ……惜しいなぁ!!今の私が過去の残響(エコー)で無ければ調べたい所だったのだが……」

 

「これも、誰かの記憶……なんですかね?」

 

先ほどの霧埜さんのように、煉獄山はかつての誰かの記憶を再現しているとみていいだろう。

俺が関わった事のある《誰か》と縁深く……そして、俺が手を伸ばす事が出来なかった筈の、かつての誰か。

 

「……だろうね。となれば……」

 

「━━━━其処に、誰か居るのかい?」

 

そんな折に、遺跡の闇の中から聴こえて来たのは、見知らぬ男性の声。

きっと、彼こそが此処に俺達が呼ばれた理由だろう。

 

「はい。此処に二人。」

 

そう思った俺は、誰何(すいか)の声に返事を返し、闇の中から彼が出て来るのを待つ。

 

「━━━━キミは……鳴弥くん、か……?」

 

けれど、近づいて来た彼は、俺の顔を見て、()()()()()()を口にして……

 

「━━━━ッ!!」

 

━━━━頭痛。認識よりもなお早く。

 

『はぁい!!■■ってば元気してたー?』

 

『……一応、親として訪ねておくけれども。ほんっとうにいいのね?

 改めて言うまでもないけど、それを教えるという事は、貴方の一挙手一投足が日本政府直轄機関の監視の基に入るのよ?』

 

『━━━━■鳴。』

 

脳裏を過ぎり、占めて行く記憶。

眼に映るのは、黒髪を長く伸ばした、美しい女性の姿。

 

「……いや、顔つきは似ているが……そうか、キミは……鳴弥くんの息子、か。」

 

「━━━━あぁ、そう……なんですね……」

 

━━━━気が付けば、俺は、はらはらと涙を流して泣いていた。

名を呼ばれ、結びついた記憶が、(■■■鳴)の片鱗を作り上げる。

 

「━━━━なるほど。だから私なのか。」

 

「貴方は……いったい……?」

 

「私は天羽要(あもうかなめ)

 ━━━━この煉獄山において、私の娘が燃やした《憤怒》と結びついた男だよ。」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ゴトゴトと、轟々と鳴り響く音が、広い空間に反響する。

 

そこは、機械と機構で組み上げられた玉座だった。

大小の歯車で組み上げられた機構達。まるで、世界の総てを記す時計の中に放り込まれたような錯覚する巨大な空間……そこに玉座はあり、彼女はそこに座していた。

 

━━━━そして、玉座の前に広がる人形舞台。その一角。

蒼の立つべき台座の足下に広がる魔法陣。

そして、現れるは蒼の人形━━━━

 

「……ガリィ。」

 

それを見据える玉座の主の眼は、冷たく、鋭い。

 

「━━━━そォんな顔しないでくださいよォ。

 ロクに歌えないのと、歌っても大した事無い奴と、()()()()()()()()()奴が相手だったんですからァ……

 あーんな歌を毟り取った所で、役に立ちませんって。」

 

━━━━蒼の人形の言い分は、されど(けだ)し正論。

万象黙示録……否、その陰に隠された万象追想曲(バベル・カノン)にとって、シンフォギアを上回り砕く事こそが最も重要。

力を発揮出来ぬシンフォギアを砕いたとて、それは《装者の力不足》が原因であるとも取られかねないのだから。

 

「……自分が作られた目的を忘れていないのならそれでいい。

 ━━━━だが、次こそはアイツの歌を叩いて砕け。これ以上の遅延は計画が滞る……」

 

「レイラインの解放、その前段……分かってますとも。

 ガリィにお任せです☆」

 

「……お前に戦闘特化のミカを付ける。向こうも先ほどの一戦を考慮して此方の戦力を分析するだろう故だ……いいな?」

 

「━━━━いいゾー!!」

 

玉座の主の下知に応えるのは、しかし蒼では無く、(あか)の声。

 

「そっちに言ってんじゃねぇよッ!!

 ……チッ……せめてあの時、ハズレ装者のギアが解除されなければ……」

 

紅の人形、ミカ・ジャウカーン。

四大の一つ、火を司る戦闘特化の自動人形(オートスコアラー)

紛れも無い最強の自動人形が、遂にその力を揮わんと動き出す……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━どうすればいいんだろう。

灯りを殆ど落とした部屋の中、いつもなら安心していられる筈の、二段ベッドの上で。

(立花響)は頭を悩ませていた。

 

「━━━━眠れないの?」

 

「あ……ごめん。気を使わせちゃった……」

 

だけど、そんなのはやっぱり、隣で一緒に眠る未来にはお見通しだったみたい。

 

「━━━━今日の事を、考えてるんだよね。」

 

「……戦えないんだ。歌を歌って、この手を握って、戦う事が……

 私しか居ないって、分かってるのに……」

 

━━━━怖いんだ。

歌を握る事が出来ない私の弱さが、皆を巻き込んだって、分かってるのに……

 

握り込んだ拳が震えるのは、きっと怖いから。頭の中、ぐちゃぐちゃで分からない。

でも━━━━

 

「━━━━私は知ってるよ。」

 

触れる手の感触、未来の手……

 

「響の歌が誰かを傷つける歌じゃないって事。

 そして━━━━()()が、誰かを傷つける為に戦ってなんて居ないって事……」

 

「あっ……」

 

握られた手、未来が頬に寄せる。

━━━━あったかい、な……

 

━━━━こんな、あったかい繋がりが。なにか、大切なモノが……あった、ような……

 

「……お兄、ちゃん……」

 

夜の闇の鏡から目を逸らして、睡魔に取り込まれる、その一瞬。

なにか、とても大事な言葉を、口ずさんで、いたような……?

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━あの事件から、半年の月日が経った。

病室のカレンダーを見れば分かる筈なのに、(ナスターシャ)にとってはどうにも現実味が薄い。

 

「ゴメンね、マム。帰国したらすぐに顔を出すつもりだったのに、遅くなっちゃった。」

 

「ふふっ、気にする事はありませんよ、マリア。

 ……事態の推移は聞いています。私も遠隔ではありますがSONGにアドバイザーとして詰めさせてもらう予定です。」

 

だが、世界は私達の周回遅れなど気にも留めず、新たな難題を叩きつけてくる。

マリア達が揃って見舞いに来てくれたのも、その一環。

SONG本部とこの病院の通信による連携を密にする為の通信設備設置の護衛も兼ねてのことだ。

 

「はい!!お見舞いのお醤油デース!!マムの大好きな日本の味デスよッ!!」

 

「私はお見舞い向きじゃない、って反対したんだけど……常識人の切ちゃんがどうしても、って……」

 

「おぉ……素晴らしいですね……!!」

 

そんな中、花束と共に切歌が出してくれるのは、この半年の間決して見る事も叶わなかった深みのある褐色の醤油……ッ!!

 

「━━━━あーッ!!切歌さんッ!!ダメですよッ!!」

 

━━━━だが、切歌の腕からそのボトルを受け取らんとした私の前で、その醤油は掻っ攫われる。

 

「うぇ!?どうしたデスか、セレナ!?」

 

「お見舞いだからってマムに醤油を与えないでくださいッ!!」

 

ずびしっ!!と切歌に指を指しながら、抱えた醤油のボトルを私から隠すのは、同じ病院に通うセレナの姿……

 

「うぅ……入院してからもう半年……そろそろ醤油を解禁しても良い頃では無いでしょうか……」

 

「それはお医者様が決める事ッ!!

 そもそも、ボトルで貰ったらマムは料理の色まで変えちゃうでしょッ!!」

 

「くっ……成長しましたね、セレナ……」

 

私を諫めるセレナの言葉は、(けだ)し正論だ。

主治医からは醤油解禁の言葉は未だ引き出せていない。この状況で醤油を手に入れたとしても、早晩取り上げられてしまうだろう……

 

「━━━━ですが、ありがとうございます。切歌。この醤油が使える内に必ず退院してみせますから。

 その時には、きっと一緒に卵かけごはんを食べましょうね?」

 

「━━━━はいデスッ!!」

 

だから、明日の約束を。

そんな、出来る筈の無かった事すらも、今の私には出来るのだから……

 

「こほん……それと……宇宙に射出された事でネフィリムとの融合を逃れたフロンティアの一区画……あそこから持ち帰って来た月遺跡に関するデータなのだけれど……」

 

「えぇ、それも多少は聴こえて来ます……日本や米国を含めた、各国調査機関によって調査がなされていると。」

 

「日本政府もなにかしらを掴んでいるようなのだけれども……機密情報という事でSONGには概要しか知らされていないと……」

 

「……でしょうね。」

 

━━━━あの日、射出されたフロンティアの第三艦橋で見たデータを思い返せば。それも当然であろうと分かる。

星を巡るヒカリの道……恐らくは、異端技術においてレイラインと呼ばれる、星の命の図章化。

 

その位置を知るという事は、即ちその国の栄枯盛衰を握ると同じなのだから。

今回のSONGとの連携に(かこつ)けて、私の身が日本政府の下で厳重に護られる事となったのも、恐らくは同じ理由だろう。

なにせ、私はあのフロンティア事変の最中、渦中のフロンティアへ向けて世界中のレイラインを繋げた女……

少なくとも、日本にあるいくつかの重要なレイラインについては覚えている。その情報が他国に渡れば、日本という国家そのものへの攻撃が可能となるからだ。

 

「━━━━でも、今度はFISと違って、皆で一緒に研究して、皆のために役立てようとしてるデス!!」

 

━━━━けれど、私のそんな昏い考えを打ち消すように、太陽のような少女は笑う。

 

「ゆっくりだけど……ちょっとずつ、世界は変わろうとしているみたい。」

 

それを甘い考えだ、と切り捨てるのは簡単だろう。だが……私は、人の可能性を━━━━輝きを、信じてみたい。

 

「━━━━そう、ですね……()がくれた未来は……明るい方へと向かっているのですね……」

 

━━━━もしかしたら。私の身が厳重に護られる事となった理由は、レイラインに関してでは無いのかも知れない……

 

「……マムは、彼の事を覚えているの?」

 

「……いいえ。まるで欠落したように、()に関する情報は歯抜けたまま……

 けれど、一つだけ。私が心の底から言える事があります。」

 

━━━━彼女達に、そして……今だ眠り続ける美舟にとって大事だっただろう()の事。異端技術によってか封じられたその記録。

 

「今、私がこうして未来を見ていられるのは。マリア、調、切歌、セレナ、そして美舟……貴方達の育ちゆく様を見ていられるのは、間違いなく()のお陰。

 自らを投げ捨ててでも世界を救わなければ、と生き急いでいた私をも変えてしまったのは……紛れもない()の強さだった筈なのです……」

 

「……変わったね、マム。」

 

「……そうかも知れませんね。」

 

「━━━━私も、変われるかしら。」

 

そうしてポツリと呟くマリアの言葉は、窓の外で今にも降り出しそうな雨雲のように重く、暗い。

 

「……出来るかどうかは分かりません。

 ですが……今のマリアには、もう答えを出す為に必要な物が備わっている筈ですよ?」

 

━━━━断言はしない。そして、強制もしない。

世界を救う為の人身御供になれと。悪を貫けと。あそこまで苛烈に彼女達を育て上げる事はもうしない。

けれど……今こうしてマリアの隣に寄り添うセレナ、調、切歌の三人。そして、きっと手を伸ばし続けただろう()ならば……

 

「━━━━昔みたいに、叱ってくれないのね。」

 

「すべき時ならば、幾らでも……けれど、今はまだ━━━━出来るか分からないだけ、でしょう?」

 

「そう、ね。

 ━━━━揺るぎない自分の答えは、自分達の手で探すわ。」

 

「マム達が護ったこの世界なんデスッ!!」

 

「答えは、全部ある筈だもの。」

 

……親は無くとも子は育つ、でしたか。

どうやら、それは真理のようで……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━しとしとと、雨が降りしきる。

新しい校舎の食堂は、以前の校舎と違ってレトロな感じ。

そんな学食の一角で、アタシ(安藤創世)達は人気のカレーを入手して、いつものようにビッキーとヒナを待っていた。

 

━━━━だけれども。

 

「立花さんは、食べないのでしょうか……?」

 

カレーを持って来たのは、意外な事にヒナ一人。

 

「うん……課題、やらなきゃ……って。」

 

「響がお昼ご飯より課題を優先するなんて……

 こりゃ相当な重症だわ……」

 

━━━━去年は、そういう事も少なかったのにな。とは口には出さない。

それは、私達三人が勝手に定めたルール。

……なぜか思い出せない記憶の空白。其処に関する話は、なるべくビッキー達の前ではしないって事。

 

「ふぅ……にしても、歌えないビッキーか……」

 

「私達が励ましても、立花さんってば余計に気を使いそうですし……」

 

テラジの言葉はきっと、記憶の空白についてもそうだろう。ビッキーもヒナも、そういう所は似てるから。

 

「普段は単純なクセに、こういう時ばっかりややこしいんだよね。」

 

だからこそ、ぱっと見は苦言に聴こえるユミの言葉も、その声音に非難するような色は無い。

━━━━だって、アタシ達はそんな響に助けられてきたんだから。

 

脳裏に過るのは、熱に苦しみながらも歌を握っていた、フロンティア事変の時のビッキーの姿。

 

……そこで、ふと思いついたのは、一つの仮説。

 

「んー……ビッキーが歌を歌えないのって、もしかして《歌う理由》を忘れたからじゃないかなぁ?」

 

「響が……歌う理由……」

 

「うん……何故、どうして……あんなに辛くても、それでも歌を歌いたかったのか……それを思い出せたら、きっと……」

 

「響は、また歌える……?」

 

「うん。アタシはそう思う。

 ━━━━さ、カレーが冷めないうちに食べちゃおう?

 ヒナはビッキーのお昼ご飯も買っていかなくちゃでしょ?」

 

「あ……うん。そうだね。

 ━━━━お腹空いてたら、嫌な事ばかり浮かんじゃうって、おばちゃんも言ってたもんね。」

 

「そうですね。ナイスな判断だと思いますわ!!」

 

冷めない内に食べるカレーは、やっぱり絶品だった。

コレを食べないなんて、ビッキーってば勿体ない事するねぇ……なんて、柄にもない事を想いながら、私達の昼休みは過ぎて行く。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━横須賀海軍施設ドック、係留港にて。

これまでに集められたデータを基に、(風鳴弦十郎)達は対策会議を行っていた。

参加者は指令室のメンバーと、装者を代表して翼とクリスくんと奏、そして、それぞれの付き添いとなる緒川と鳴弥くんに……

 

「先日、響さん達を強襲したガリィと、クリスさんと対決したレイア……

 これに、翼さんがロンドンでまみえたファラと、いまだ姿を見せないミカの四体が、キャロルの率いるオートスコアラー……通称《終末の四騎士(ナイト・クォーターズ)》になります。」

 

━━━━メインスクリーンを背に、自らの知識を基に解説を行う、エルフナインくん。

 

「人形遊びに付き合わされてこの体たらくかよ……ッ!!」

 

「名前からして、その機械人形達はさしずめお姫様を取り巻く護衛の騎士……といった所でしょうか。」

 

ガブリエル(神の力)……ミカエル(神の如き者)……となると、残り二体はラファエル(神の薬)と……あぁ、Uriel(ウリエル)のアナグラムでLeiur(レイア)、という事……

 なるほど、錬金術師らしい名づけ方ね。」

 

「天使サマを騙るたぁ、ふてぇ連中だな……」

 

「スペックを始めとする詳細な情報は、シャトー建造には不要だったからか、ボクには記録されていません。

 ですが……」

 

「シンフォギアをも凌駕する戦闘力から見て、その騎士達である事は間違いないだろう……」

 

敵の戦力、その概要が朧気ながらも見えて来た……で、あればだ。

 

「━━━━超常脅威への対抗こそ、俺達の使命。

 だが、対抗する為の手段であるシンフォギアが破壊された現状を打開する為、エルフナインくんより計画の立案があった。」

 

「計画……?」

 

事前に詳細を知らされている鳴弥くん以外のメンバーがエルフナインくんに注目する中、モニターに計画の草案が表示される。

その名は━━━━

 

「━━━━Project IGNITEだ。」

 

「Project IGNITE……ッ!?」

 

「まずは、この資料をご覧ください。」

 

その言葉と共にモニターに表示されるのは、開いた華のような……もしくは、()()()()()()()姿をした、新たなるギアコンバーターの設計図。

 

「シンフォギアの基礎機能の向上……いえ、むしろコレは《適応》と言うべきね。

 ━━━━アルカ・ノイズに対抗する為、ホワイトリスト式バリアフィールドの枚数と種類を増加させる事でアルカ・ノイズの解剖器官による攻撃を無効化する防御能力。

 そして、エルフナインちゃんが持ち込んだ聖遺物……魔剣・ダインスレイフの欠片。

 レゾナンスギアの《聖遺物同調(サクリストチューン)》のように、その特性を組み込む事でギアの出力を上げる禁忌のシステム━━━━イグナイトモジュールを搭載した、それが強化型シンフォギア。」

 

「皆さんもご存知の通り、シンフォギア・システムには幾つかの訣戦機能が搭載されています。」

 

「絶唱と……」

 

限定解除(エクスドライブ)モードか……」

 

「はい。ですが、絶唱は装者への負荷を度外視して聖遺物を無制限励起させる諸刃の剣……その為、単独では相討ち前提の肉弾が限界です。」

 

━━━━脳裏に過るのは、ルナアタック事変、そしてフロンティア事変の中で装者達が放った、絶唱の輝き達。

結果的に死傷者が出る事は無かったものの、奏は四肢喪失、翼は一時意識不明の重体。

響くんは自らの存在消滅の憂き目に遇い、調くんももう少しで絶唱を受けて内部のフィーネを割断される所だった……

 

まさしく、命を賭けた歌だ。確かに俺達は超常脅威から人々を護る為に打ち克たねばならないが……その為に、少女達に血を吐いて死ねと命じるほどの外道に堕ちた覚えは無い……ッ!!

 

「なら、そん時ゃ限定解除(エクスドライブ)で……ッ!!」

 

「いえ、それには相当量のフォニックゲインが必要となります。

 奇跡を戦略に組み込むワケには……」

 

「ッ……!!役立たずみたいに言ってくれるなッ!!

 ━━━━なんなら、絶唱で増しましたフォニックゲインで……ッ!!」

 

「……いいえ、それでもエクスドライブには届かない。少なくとも、独りきりの歌では。

 絶唱の仲立ちをし、それを繋げる……それこそ、響ちゃんか……()()()()()()()()使()()()が居なければ、絶唱ですらエクスドライブを起動させ得るほどのエネルギー量には届かない。

 ━━━━コレは、歌う装者が誰であってもそうなのよ。」

 

クリスくんの激昂を諫めるのは、鳴弥くんの冷静な指摘。

そして、響くんに絶唱を仲立ちしてもらう事によるフォニックゲインの回収。コレにも難題がある。

 

「更に言えば、だ。如何にS2CAと言えど、現状の装備では響くんに負担が集中するという構造的欠陥がある。

 ━━━━彼女への負担軽減が出来なければ、それは戦略では無く自爆特攻だ。SONGの司令として、到底許可は出せん。」

 

「……クッ……!!」

 

クリスくんも頭では分かっているのだろう。論理だった説明を受けて、悔しがりながらもその怒りを鎮めてくれた。

 

「━━━━じゃあ、そのどっちでも無いって事は……()()か。」

 

━━━━そんな折に声をあげたのは、イグナイトモジュールの説明を聴き始めてから思案に耽っていた奏だった。

 

「━━━━はい。シンフォギアに隠された、もう一つの訣戦機能……」

 

━━━━過去、二度だけ観測された事のある、驚異的な出力を産み出す訣戦機能……

 

「━━━━まさか、暴走ッ!?」

 

「立花の暴走は、搭載機能ではないッ!!」

 

「ッ!!トンチキな事考えてねぇだろうな……ッ!!」

 

話の流れが掴めたのだろう。エルフナインくんに掴みかかるクリスくんを、俺は止めない。

クリスくんとて、本気で害す気が無い事は分かっているし……暴走を実際に受ける事となるのは彼女達なのだ。

各自が出来る範囲で受け止めてやるのが、俺達後方支援の責務だ。

 

「ぐっ……暴走は、確かにシンフォギア・システムの初期搭載機能(プリセット)ではありません……

 ですが、偶発的でありながらも《聖遺物の無制限励起》を絶唱無しで実現し……なおかつ、《聖遺物の力に合わせる》事で、バックファイアによる肉体の崩壊を防げるその機能は強力です……

 だから……ッ!!それを制御し、純粋な戦闘力へと変換・錬成し……キャロルへの対抗手段とする。

 コレが……Project IGNITE(訣戦ブースター)の目指す所です……」

 

━━━━此処等が、頃合いだろうな。

 

「……クリスくん。確かにProject IGNITEは危険性もある物だ。

 だからこそ、俺達は装者諸君にこの強化型シンフォギアを纏うかどうかの選択の権利を与える事にした。

 ━━━━加えて言えば、この説明を自ら行うと固辞したのは、エルフナインくん本人だ。

 その覚悟を、慮って欲しい。」

 

━━━━怪しまれている事も分かっているだろうに、エルフナインくんには裏が無い。

本気で、キャロルを止めたいと願って、真っ直ぐに前を向いている。

……その姿と、本気が分かるからこそ、俺達はエルフナインくんを怪しみながらも信頼しているのだ。

 

「……クソッ!!

 ……わりぃ、頭に血が上った……」

 

クリスくんも同じ気持ちなのだろう。

逡巡しながらも、エルフナインくんを掴み上げた手を緩めて謝罪を行う。

……そうして謝れるようになった彼女の姿に、嬉しくなってしまうのは俺の勝手な自己満足だろう。

 

「しかし、イグナイトモジュール……こんなことが、本当に可能なのですか?」

 

「はい。錬金術を応用する事で、暴走という現象から《聖遺物の過剰励起》という事象だけを抜き出す……理論上は、不可能ではありません。

 ━━━━リスクを背負う事で対価を勝ち取る。その為の魔剣、《ダインスレイフ》です。」

 

「ダインスレイフの欠片をギアに組み込み、それをフォニックゲインによって励起させる事でその性質……《人を戦いに導く》という魔なる事象を抽出し、シンフォギアを構成する聖遺物に強制的に適用する……

 コレが、イグナイトモジュールの簡単な原理説明よ。

 だからこそ、イグナイトモジュールは通常のギアプロテクターとは別に、コンバーター内部に格納・隔離され、通常時は励起が起きないように調整される……それが、この新しいギアコンバーターの形状変化の理由。」

 

そう言って、鳴弥くんが画面を指した。

━━━━瞬間、鳴り響くアラートの音。

 

「━━━━ッ!!アルカ・ノイズの反応を検知ッ!!」

 

「位置特定……モニターに出しますッ!!」

 

━━━━SONGの権限で以て使用可能となった街中の監視カメラ。その映像に映るのは……

 

「立花ッ!?」

 

アイツ等(響と未来)を……ッ!?」

 

「遂に、ミカまでも……」

 

学校帰りの様子の響くんと未来くん、そして、それを追う紅い人形……アレが、終末の四騎士最後の一騎か……ッ!!

 

「━━━━緒川ァ!!」

 

「心得ていますッ!!鳴弥さんはLiNKERの準備をッ!!」

 

「えぇ!!」

 

「あぁ……まったくよぉ……」

 

「……奏?」

 

━━━━まだ歌えない様子の響くんの下へ天羽奏という戦力を送り届ける為に動き出す俺達の横で、天井を見上げ、奏がポツリと零した言葉に反応出来たのは、翼ただ一人だった……




火を現す(ロッド)の前で、少女は思う。
━━━━どうして、自分は立ち向かったんだろう?
その答えの一端を思い出した時、撃槍は、その手の中に……

……そして今、溢れんばかりの憤怒が解き放たれる。
それは、ノイズを振るう者への怒り。
それは、立ち上がれぬ自らへの怒り。
それは、降りかかる理不尽への怒り。

そして何よりも、この手に握る無双の一振りをかつて成していた……


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第九十五話 双槍のガングニール

━━━━しとしとと、降り続く雨の中、(小日向未来)と響は二人並んで帰り道を歩く。

 

「……やっぱり、まだ歌うのは怖いの?」

 

雨の音。それが、いつもなら聴こえる色んな音をかき消してくれるから……私は、隣を歩く響に問いかける。

 

「え……うん……誰かを傷つけちゃうんじゃないか、って思うとね……

 誰かを傷つけてまで拳を握るなんて、私は……」

 

だけど、響の声音は、昏く沈んだまま。

だから……

 

「━━━━ねぇ、響。

 響は、初めてシンフォギアを身に纏った時の事って覚えてる?」

 

━━━━多分、それはあの日。

翼さんのCDの発売日だって駆けだして行った、一年前のあの日の事。

……私は、お■ちゃん(あの人)から聴いただけで、その詳細を知らないけれど……きっと。

 

「んー……どうだったかなぁ……無我夢中だったし……」

 

「━━━━その時の響はさ、誰かを傷つけたいと思って歌ったワケじゃないでしょう?」

 

「えっ━━━━?」

 

━━━━だって、響の歌は……

 

「━━━━ヤッホーだゾッ!!」

 

━━━━答えに辿り着けるかも知れない。そんな淡い希望を打ち砕くように、その声は上から届く。

 

「━━━━ッ!?貴方は……ッ!!キャロルちゃんの……ッ!?」

 

「そうだゾ。

 ━━━━お前の歌、ブチ砕いてやりに来たんだゾ?」

 

「……響……ッ!!」

 

「━━━━逃げてッ!!」

 

どんよりと雨を降らす空の下、未だ点く事のない街灯の上から堂々と宣言するその紅い人形を前に、私達は傘を投げ捨て、足早に橋を駆け抜ける━━━━ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ガシャリ、ガシャリ、ガシャリ。

 

目の前の背中をミカ(アタシ)はアルカ・ノイズと共に追いかける。

 

「━━━━逃げないで歌って欲しいゾ!!

 ……あ、それとも……歌いやすい所に誘導してるのかァ……?」

 

思考、回して見る。

でも、ミカはこういうのは苦手なんだゾ。

 

━━━━こういうの(戦術)はガリィやマスターに考えてもらった方がいい方に転がりやすいから。

 

「ん~……うーぅ!!

 それならそうと言って欲しいゾッ!!

 ━━━━そーれェ!!」

 

だから、アルカ・ノイズを嗾けてみる。

よく分かんないけど、まぁ殺さなきゃどうにかなると思うんだゾ。

 

━━━━そうして、奴等が逃げ込んだのは廃ビルの中……

 

「むぅ……いい加減飽きて来たんだゾ?」

 

手加減するのは苦手なんだゾ。

━━━━でも、あの二人は解剖(こわ)したくないから……しょうがない。足場だけ崩してやるんだゾ。

 

「━━━━あぁッ!?」

 

「響ッ!?」

 

「クッ……!!」

 

落ちる、落ちる。でも、やっぱり鍛えてるから?ちゃんと着地して、アタシの事を睨みつける。

 

「━━━━いい加減戦ってくれないと……キミの大切なモノ、解剖しちゃうゾ?」

 

━━━━ホントは、そんなのイヤだけど。

マスターが悲しい顔をするから。

だけど……幾ら言っても聴かないし。

 

「友達バラバラでも戦わなければ。

 この街の人間を━━━━犬も猫も、みーんな解剖だゾーッ!!」

 

━━━━まぁ、コッチはやっちゃってもいいか。死んでもいい奴等だし。

 

「くッ……」

 

鞄を投げ捨て、ペンダントを取り出す、目の前の装者。

 

「あ……かはッ……!!あぁ……うぅッ!!」

 

でも、呻くばっかりで全然歌わない。

━━━━そんな風に呻いてたって、歌にならないゾ?

 

「んー……本気にしてもらえないなら……」

 

指を動かし、アルカ・ノイズを指揮する。

━━━━解剖はしない。まぁ、あそこから落ちたら死んじゃうカモだけど……しょうがない事なんだゾ。

 

「……ッ!!

 ━━━━あのねッ!!響ッ!!

 響の歌は、誰かを傷つける歌じゃないよッ!!

 伸ばしたその手も……誰かを傷つける為じゃないって、私は知ってるッ!!

 ……ううん、私だから知ってるッ!!だって私は響と……()()と戦って救われたんだよッ!!響の歌にッ!!」

 

「━━━━あ……」

 

「ううん、私だけじゃないッ!!

 響の歌に救われてッ!!響達の伸ばしたその手で今日に繋がっている人、沢山居るよッ!!

 ━━━━だから、怖がらないでッ!!」

 

━━━━うん。これくらいでいいんだゾ。

 

「━━━━バーイならァァァァ!!」

 

━━━━アタシの指揮に飛び掛かるアルカ・ノイズ。その解剖器官で、脆い足場、崩れ去って……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━目の前が真っ白になる。

 

脳裏を駈け廻るのは、未来が言ってくれた事。(立花響)の歌に救われた人が居るって。

━━━━当たると痛いこの拳は、それだけじゃないって事。

 

気が付けば、脚は走り出していた。

走りだすその理由……私には、難しくて分からない。

でも━━━━

 

━━━━響は、初めてシンフォギアを身に纏った時の事って覚えてる?━━━━

 

「あ、あぁ……あああああああッ!!」

 

ガンガンと叫びが鳴り響く頭の中、思い出したのは、あの日の断片。

 

━━━━絶対に、離さない。この繋いだ手は━━━━

 

胸に湧く歌に共感して、あの子の手を握ったあの時。

繋いだ手があったかいから。私は……それを手放したくないと思って……ッ!!

 

Balwisyall Nescell gungnir tro(喪失までのカウントダウ)ォォォォン……ッ!!!!!!!」

 

━━━━手を、伸ばす。

届け、届け……ッ!!

 

()()の大好きな、響の歌を……皆の為に……歌って……」

 

「━━━━届けェェェェッ!!」

 

━━━━ガングニールッ!!私に力を貸してッ!!手を伸ばす事……絶対に、諦めないからッ!!

 

「あ……」

 

━━━━背後で、上の階が崩れた音がして。背負うのは、大量の水。

……まるで、私に圧し掛かる責任みたい。でも……

 

この腕には、機械腕(マシンアーム)

この脚には、機械脚(マシンレッグ)

金色に輝く装甲を身に纏い、未来を抱きとめる私の胸には、涯の荒野にすら響くだろう口笛と……胸の歌。

 

「━━━━ゴメン、未来。私……この力と責任から逃げ出してた。

 だけど、もう逃げないッ!!だから聴いてッ!!

 ━━━━私の歌をッ!!」

 

━━━━きっと、私はこれからも迷い続けるだろう。それでも……

 

『━━━━手を伸ばす事、諦めないとッ!!』

 

声が、聴こえたんだ。

忘れても尚、忘れる事なんて出来ない声が。

 

「━━━━行ってくる。」

 

「━━━━待っている。」

 

『━━━━響くんッ!!今、全速で奏をそちらに向かわせて居るッ!!それまで時間稼ぎを頼むッ!!』

 

待ってくれる未来に、行ってくるの言葉を託して、聴こえる通信に、無言の頷きで応えて。

 

「一点突破の決意の右手━━━━ッ!!」

 

「あらーッ!!」

 

駆け出す私の前にバラ撒かれる、無数のアルカ・ノイズ達。六角形の図式と共に、廃墟の中を埋め尽くさんばかり。

 

「━━━━私、ト云ウッ!!

 (オ、ト)(ヒ、ビ)ク中で……ェッ!!」

 

右拳、左後ろ回し蹴り、回転の勢いをそのままの左後ろ半回転、反転で解剖器官を回避しつつの右前回し蹴りからの連携の左後ろ回し蹴り、一拍置いて右拳の振り下ろしからの左アッパーカットッ!!

━━━━止まる事無い拳脚の乱打で擦れ違う七体のアルカ・ノイズを粉と挽き、残りを一掃する為に拳のバンカーを引き絞る……ッ!!

 

「『何故、どうして?(私ト云ウ音)』の先を……ッ!!」

 

引き絞った弓のようなバンカーを地面に叩きつけ、爆裂する衝撃で散るアルカ・ノイズ達を尻目に、私はタイマンに持ち込んだオートスコアラーの下へと走り込む……ッ!!

 

「背負える勇気を……迷いは……無いさッ!!拳に包んだ……ッ!!

 勇めッ!!」

 

けれど、踏み込んだ初撃はオートスコアラーが手から出した宝石?結晶?に受け止められる……ッ!!

 

「━━━━コイツ、へし折りがいがあるゾーッ!!」

 

その声には、余裕の色。

 

「どんなんだって一直線で……ッ!!

 届けッ!!

 ありったけファイト一発ダイヴ……ッ!!」

 

だとしても……ッ!!私の、胸の歌……ッ!!

正義を信じて握った、この拳で……ッ!!

 

「━━━━自分、色にッ!!咲き、立つ……花にな、れェェェェッ!!」

 

「が、あぁ……ッ!?」

 

髪の中からバーニアを吹き始めた紅の人形に弾き飛ばされた反動を、むしろ逆用するッ!!

脚部のパワージャッキで空を裂き、ブーストの速度も載せた回転の勁を……叩き込むッ!!

 

「高鳴れッ!!」

 

ガングニールッ!!この胸の鼓動(ビート)をッ!!

 

「メーターをッ!!ガンとッ!!」

 

叩き込む、為にィィィィッ!!

 

「振り切れェェェェッ……!?」

 

━━━━だけど。だけども。吹っ飛んだ紅の人形に叩き込まれる筈の私の拳は、水を弾け飛ばしただけで……

 

「あ……!?」

 

「━━━━一見正しく見えたその判断……け☆どォ……それは大いなる間違ァい。

 水に映った幻は、殴った所でその実体を捉える事は無ァい……」

 

━━━━視界の端に過る蒼の色は、難しい事を言って。

そして、視界の中央。水の影に隠れていた紅の人形は、その手を銃口のように構えていて……ッ!!

 

「サ・ヨ・ナ・ラだ……ゾォォォォッ!?」

 

放たれた結晶が、私のギアの中枢を狙いすまして。

━━━━けれど、その結晶が私のギアを貫く事は無い。だって……

 

「━━━━さ、せ、る、かァァァァッ!!」

 

━━━━何物をも貫く無双の一振りが、壁をブチ抜いて乱入して来たのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━要さんの言葉に、(■■■鳴)は首を思わず首を傾げてしまう。

 

「娘さんが燃やした……憤怒?」

 

━━━━それはつまり……要さん本人の遺志では無い、という事なのか……?

 

「━━━━あぁ、そうだ。あの子は……()()()は、この遺跡━━━━皆神山で、私達家族をすべて喪った……フィーネが召喚したノイズによって……」

 

要さんが、悲しげに遺跡の入り口を見ながらに語る。

━━━━その、名前を聴いて。

繋がらなかった記憶(アンチェインドメモリー)が繋がり、閃光(スパーク)のような衝撃と共に、()()()()()()()()()()()()()俺の脳髄を埋め尽くす……ッ!!

 

「━━━━奏、さん……」

 

「……あぁ、なるほど。キミは知っているんだね。()の娘について。

 だったら話は早いね。」

 

━━━━知っている。俺は……その背中を知っている……ッ!!命を燃やし、歌を奏でたその姿を……知っていた、筈なのに……ッ!!

 

「━━━━あの子は、家族を奪ったノイズに復讐する為の力を求めた。

 そんなあの子に力を与えたのが……当時、聖遺物研究の権威となっていた櫻井了子━━━━そう、フィーネだったんだよ。」

 

「フィー、ネ……」

 

━━━━その名前も、きっと知っている筈なのだ。

けれど、知っている、筈なのに……此方は、像を結ばない。

 

「……どうやら、喪われたキミの記憶の中にも様々な種類があるようだね。

 ━━━━いや、むしろ逆、か。()()()()()()()()()繋がりの持ち主でなければ、喪われた記憶をサルベージするには到らない……代入された数値が《正しい数値》で無ければ機能しない、という事か……」

 

ヴァージルさんの解説で、すり抜けて行くような感触にある程度の納得がいく。

 

「なるほど……確かに、私と彼女はそう親しかったワケでも無いからね……では、私からは奏についての話だけをしよう。

 奏は家族を喪った。そして……ノイズに復讐する為の力を手に入れた。

 だが、それはどちらも同じ人物━━━━フィーネという女性の手による物だった。

 彼女の起こしたマッチポンプによって狂わされたあの子の人生は……けれど、今はそうでは無くなりつつある。」

 

「そうでは無くなりつつある……?」

 

俺がそうして鸚鵡返しに訊き返してしまうのもやむを得ないだろう。

……復讐を、誓ったというのに?

 

「そうさ……私達の命を、尊厳を、そのすべてを奪ったノイズ……

 だが、その存在はかつての先史文明期に、バラルの呪詛を掛けられた人類が《言葉の通じぬ相手》を恐れ、理解を放棄したが故に作られた……都合の良い終焉(デウスエクスマキナ)だったのさ。

 だから、優しいあの子は、それでもノイズを怨み続ける事が出来なかった……の、だと思う。」

 

━━━━悲しげに、だけど、奏さんについて語る時には、少し誇らしげに、彼は語る。

 

「……貴方は……怨んで、居ないんですか?」

 

━━━━だからだろうか。俺はつい聞き返してしまう。

 

「……フィーネをかい?それとも……ノイズをかい?」

 

「━━━━分かりません。けれど……」

 

━━━━なにか、大切なモノを。そこに忘れてしまった気がして……

なにか、大切だったモノ()を奪われて。そして、総てに絶望したような。

そんな喪失感。覚えていないのに、忘れられない……絶対に忘れてはいけないなにか(約束)を。

 

「━━━━そうだね。()も分からないんだ。」

 

だから。喪失感に揺らぐ俺に、一人称を変えて柔らかく微笑む要さんが言っている言葉。

その意味が、よく分からなくて。

 

「僕達は、君という存在が喪失された事による揺り戻しで偶発的に繋がった、()()()()()()()()()()()だ。

 つまり、《こういった事を喋るだろう》という哲学を持った……そうだな。AIが近いんだろうか。

 だから、僕達が知っている事は案外に少ないし……《もしも》を語ろうにも、自分で自分が分からないのさ。」

 

「━━━━それ、は……」

 

━━━━つまり。今の俺のように、考えようとしてもその情報同士が繋がらない、という事なのだろうか。

 

「━━━━だからこそ、()()()()()()()()()君は、今を生きる君は……どうか、思い出して欲しい。

 君が忘れてしまったモノを。君が喪失の悲しみに暮れるモノを。それがきっと、君がこの煉獄山を進む理由に繋がる筈だからね。」

 

「……はい。」

 

重い言葉だ。

けれど……受け止めないといけない言葉だ、と俺は思う。

俺が何故、煉獄山を進むのか。思い出さないといけない事を、思い出す為に。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━壁を破った瞬間に見えた光景は、アタシ(天羽奏)にとってはトラウマを抉られるような物だった。

響の胸元に向かって放たれる、死の魔弾(結晶塊)

三年前のあの日。アタシのガングニールの砕けた欠片が胸元に直撃した事で、響の人生は一変してしまった。

あの子は、それを恨まないだろう。そんな事は分かっている。

けれど━━━━

 

「━━━━目の前でッ!!二度も見るのはイヤに決まってんだろ……ッ!!」

 

これは、ノイズへの憤怒では無い。かつて、ガングニールを握った時の想いでは無い。

それを義憤、と……自分からそう呼ぶ事は憚られる。だが……もしかしたら、そうなのだろうか?

 

「━━━━ったくッ!!お前がボサッとしてるから横槍刺されるんじゃねーかッ!!

 最強の戦闘特化型が聴いて呆れるんですけどォ!!」

 

「うゥ……ガリィが酷い事言うんだゾ……」

 

睨みつける先で、アタシの怒りを他所に壁に叩きつけられた状態のまま暢気に話し合う紅と蒼。

━━━━全力の投槍を叩き込んで、なお無傷……ッ!!

 

「━━━━奏さん、ありがとうございますッ!!」

 

「気にするなって。

 ━━━━それより、アイツ等に連携されるのだけは避けたい。アタシ達の歌を重ねて一気にアイツ等を分断する……イケるなッ!?」

 

「━━━━はいッ!!」

 

重なる歌、重なる鼓動。

 

━━━━君ト云ウ(私ト云ウ) 音奏デ(音響キ) 尽キルマデ(ソノ先二)━━━━

 

あの日、屋上で総てを出し切って歌った歌。

響の歌に旋律(メロディー)を託した、アタシの想い。

 

それを重ねて力と変える……ッ!!

 

「━━━━幻?夢?優しい手に包ま……れッ!!」

 

突撃。アタシが相対するのは、蒼の人形。

 

「あァら?この前2:1でも負けたのにィ?今度は2:2でペアダンスでも踊ろうってェ!!」

 

「ハッ!!お生憎様。

 ━━━━ガングニールの装者は、皆揃ってバカ正直なのさッ!!」

 

━━━━蒼の人形が氷で作り上げる手刀の一閃。高速の一撃を、アタシは貫き手のように尖らせた機械腕(アームドギア)で相殺する……ッ!!

 

「━━━━運命はッ!!この場所……にッ!!」

 

「おろろ……?コイツ、さっきと違っ……ぶへッ!?」

 

その隣では、響が円の動きで紅の人形の攻撃をいなし、カチ上げる。

業腹な話だが、確かにあの人形共の出力は此方を上回るのだろう。

 

━━━━だが、アタシ達はそれ(ギアの出力)だけに胡坐をかいて装者やってたワケじゃあ無いんだぜ……ッ!?

 

「クッ……コイツ、死にぞこないのクセに、この前より鋭いじゃァ無いの……ッ!?」

 

「━━━━曇りなき青い空をッ!!見上げ、嘆くよりッ!!

 風に逆らってッ!!かがッ!!やいたッ!!未来へッ!!かえッ!!ろ、うッ!!」

 

貫く、貫く、貫く貫く貫く貫く貫く貫くッ!!

槍の形状のアームドギアでは速度に追い付けない。だが、腕のままのアームドギアでは相手の手刀の威力に追い付けない。

 

━━━━その矛盾を、この腕で貫き通す。

 

「━━━━形成された腕状のアームドギアを、小型の槍に……ッ!?」

 

「この腕もッ!!命もッ!!繋げてもらった━━━━ガングニールだァァァァッ!!」

 

━━━━家族を殺された怨みは、褪せていない。

けどさ、了子さん。

……アンタのお陰で、こうして今、アタシは誰かを護る為に戦える。それだけは……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━(立花響)の前に立ちはだかるのは、紅い人形。

そのパワーは、私よりも強い。髪に仕込んだバーニアを使われたら、私のパワーでも圧し負ける……

 

でも。

 

「あれれ~?おかしいゾ~?

 なんで上手く当たらないんだゾ?」

 

「急ぎた……く、てッ!!

 いつだって不器用で……遠い憧れ(お■ちゃん)に……まだまだ近づけ、ないッ!!」

 

━━━━私が鍛えて来たのは、力だけじゃない。

()く柔を断つように、柔()く剛を制す。

技あってこその力であり……技無き力にも意味はない。

 

相手の一撃を逸らし、決して止まらず……拳脚の乱打を叩き込む……ッ!!

 

「━━━━でも一つだけ、分かって来た事は、ねッ!!」

 

「見えたんだゾッ!!

 ━━━━グワゴラガキーンとホームラ、ンンン?」

 

乱打の中でも、紅の人形が動じず振りかぶった宝石棍のフルスイング。それをスウェーバックでブリッジ回避ッ!!

その勢いで……顎を蹴り上げるッ!!

 

「━━━━《誰かの為になら》ッ!!

 《人は強くなる》ッ!!」

 

「うわぁ~!?」

 

跳ね上がった顔面に、左回転からのメイアルーア・ジ・コンパッソ(左半月回し蹴り)を叩き込むッ!!

 

「……にへッ。へもひはないんはソ(でも効かないんだゾ)。」

 

━━━━だが、その一撃は顔面セーフッ!!白く煌めく歯に受け止められてしまう……ッ!!

 

「クッ……!!」

 

回転で歯の拘束から逃れ、距離を取る。

つけ入る隙はある……でも、有効打が決まらない……ッ!!

こうなったら、一瞬だけでも奏さんと合流して最大火力を叩き込むしかない……ッ!!

 

「━━━━奏さんッ!!」

 

「━━━━あぁッ!!」

 

目と目が合う、その一瞬で通じ合う。

 

「ブッ飛ばすゾォ!!」

 

『━━━━君と紡ぐ(記憶だけが)絆こそ(この先の)━━━━』

 

『━━━━道標(道標)ッ!!』

 

飛び掛かって来た紅の人形を巴投げで後ろへと放りだす……ッ!!

その先にあるのは、奏さんに押し込まれた蒼の人形の背中……ッ!!

 

「あ~れ~なんだゾ~!!」

 

「キャッ!?ちょ、何やってんだよミカァ!?」

 

『━━━━迷い捨てて(迷わないで)ッ!!

 強くなる(強くあれ)……ッ!!』

 

空中でかち合う、二体の人形。其処に叩き込まれるのは、私の拳と奏さんの腕の槍……ッ!!

二本のアームドギアが、人形の胸に吸い込まれて━━━━

 

「━━━━響ッ!!ダメェェェェ!?」

 

━━━━その、最中。

異常に真っ先に気づいたのは、傍で見ていてくれた未来だった。

 

「未来の顔が……歪んで見え……ハッ……!?」

 

その声に振り向けば、未来の顔がまるですりガラスを通したように歪んで見えて。

━━━━思い出すのは、奏さんの乱入直前に使われた……ッ!!

 

「水分身……だ・け・どォ……今度のは特別製ェだよォ?

 ━━━━アンタがぶっ壊して用意してくれた大量の水を使った水素と酸素の混合気ィ……ソイツを泡で留めて圧縮したってワケェ!!

 そこに火花を叩き込んでや・れ・ばァ……!!」

 

「しま……ッ!!」

 

「━━━━ばっははーいッ!!」

 

下から撃ちあげられる、トドメの一撃(ラストシューティング)

その衝撃と火花が誘発させた爆裂が、私の意識を、奪って━━━━

 

「がッ……あああああああああああああああああ!?」

 

「━━━━響ィィィィッ!?」

 

━━━━胸元から聴こえる、ナニカが砕け散る音。

それは、世界の残酷みたいに、暗闇に沈んだ筈の私の脳裏に響いていた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━(小日向未来)の目の前で、二つの星が墜ちていく。

その星の名は、ガングニール。

爆発で奏さんはさっきの紅の人形の意趣返しみたいに壁に叩きつけられて。

そして……響は、直撃を受けて、空へ打ち上げられてから墜ちていく。

 

━━━━その腕の、その脚の、ガングニールは砕けて、光と散っている。

 

「響ッ!!

 ━━━━響ッ!!目を覚ましてッ!!嫌……響ィィィィッ!!」

 

「が、ハッ……!!

 ち、くしょう……また……届かないのかよ……ッ!!」

 

叩きつけられ、地面に横たわる響に急いで駆け寄って声を掛ける私。だって、それくらいしか出来ない……ッ!!

その背後から聴こえるのは、奏さんのギアが(ほど)ける音。

他には、爆発の衝撃で諸共に吹き飛んでしまった天井がどこか遠くに落着する鈍い音。

そして……

 

━━━━まるで私達の涙のように流れる、雨の音……

 

「返事をして……お願い……」

 

こんなのって無いよ……響は、響はやっと……どうして歌えたのかを思い出せたばっかりなのに……

 

「━━━━チッ!!派手にやり過ぎちゃったかしらァ?テメェのせいだぞミカァ。」

 

「え~?泡作ったのはガリィなんだからガリィにも過失があると思うんだゾ……いひゃひゃ、いひゃいいひゃい!!」

 

「天井フッ飛ばすド派手な花火上げたのはテメェだろうがッ!!混合気爆発っつったって完全密閉の閉所じゃなきゃ大した威力にゃならねぇっての!!

 演出よ演出ゥ!!ドカンとフッ飛ばしてやりゃ自分達の未熟な策が逆用……ッ!!」

 

「ほェ?どうしたんだゾ、ガリィ?」

 

「━━━━帰るぞ。もう此処に用はねェ。」

 

━━━━そんな私達に頓着する事無く、人形達は光の中へ消えて行く……

 

「響……響ィ……ッ!!」

 

傘は無い。逃げる時に投げ捨ててしまったから。

屋根は無い。さっきの一撃で吹き飛んでしまったから。

━━━━だから、雨を遮る物が、一つも無い……

 

「━━━━未来さんッ!!響さんッ!!奏さんッ!!」

 

「未来ちゃんッ!!」

 

「緒川、さん……」

 

救急車と一緒に急行してくれたのだろうか?緒川さんと鳴弥さんが、SONGの医療チームと共に走り込んで来る。

 

「頭を打っているようです……すぐに本部に搬送をッ!!」

 

「未来ちゃん……」

 

ギュっと、雨に濡れた身体が、鳴弥さんに抱きしめられる。

 

「響が……響、やっと……歌を……」

 

━━━━雨が、降り続いている。

この頬を伝う涙と同じように、止めどなく。

 

「うん……そうね……」

 

何も言わずに抱きしめてくれるその温もりだけが、今は……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「担架通りますッ!!」

 

「緊急手術準備ッ!!絶対に助けて見せるぞッ!!」

 

「響……」

 

━━━━手術室に搬送された立花の容態は芳しくない。

それも当然だ。敵の策による混合気爆発、それと同時に打ち上げられ、ギア無しで地面に叩きつけられたのだから……

 

「大丈夫だ……立花なら、きっと……」

 

……それが気休めの言葉である事は、他ならぬ(風鳴翼)自身にも分かっている。だが……

 

「ッたりめぇだッ!!あのバカが……あのバカが……ッ!!

 こんな事で、退場するものかよ……ッ!!」

 

雪音の強い言葉に、思わず拳を握りしめる。

……立花に、私達は何度も救われた。だから……

 

「その通りだ……ッ!!たった一人で戦えと背負わされた立花の重責……それを、奏のように共に担う事も出来ず燻ぶっているなど……防人として、断じて看過できぬ……ッ!!

 ━━━━行くぞ、雪音……ッ!!」

 

「あぁ……ッ!!」

 

━━━━強化型シンフォギア。錬金術師達に対抗する為の、新たなる剣。

それを振るうに相応しい力を付ける為に、私達は修行の道をひた走る……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━さて。私の話はこれで終わりだ。

 煉獄山が映した物とはいえ、私達の悲劇はもう……とうに終わった事だし……奏も、新しい想いを握って立ち上がっている。

 だから、もう次の場面へ移れる筈だ。」

 

━━━━要さんがそう言うと同時に(■■■鳴)の前に現れるのは、またも輝くヒカリの門……

 

「━━━━ありがとうございました。

 ……母さんの事、そして……奏さんの事も、思い出させてくれて。」

 

「気にする事は無いさ。

 此処は、どうにも連想ゲームのような場所のようだからね。

 君が鳴弥くんの事を、奏の事を思い出せたのは、君自身がそれを思い出したかったから……なのかもね。

 ━━━━それに、お礼を言いたいのは此方の方さ。」

 

「え……?」

 

要さんが微笑む姿は、思い出した記憶の中の奏さんと似ていて。

 

「━━━━三年前のあの日、総てを出し切って歌い尽くし、命の焔も燃やし尽くす筈だったあの子が、今もこうして生きている。

 それは紛れもなく……(■■■鳴)のお陰だからさ。」

 

「あ……」

 

━━━━それは、いつか言われた事のあるような言葉で。

 

「だから……ありがとう。

 娘の命を救ってくれて。それと━━━━出来ればこれからも、あの子の事を助けてやってくれ。」

 

「━━━━はいッ!!」

 

安請け合い?上等だ。

まだ、思い出せない事もたくさんある。

俺自身がどういう存在だったかも中途半端なままだ。

 

━━━━それでも。俺は……きっと、《総てを諦めたくなかったんだ》。

覚えていなくとも、確信できる。

煉獄山を登る旅路の途中、俺の胸に宿り始めていたのは、そんな風に燃え上がる焔だった……




━━━━そして、一週間の月日が経った。

回天の決意と覚悟を以て進められる、強化型シンフォギアの改修・修繕作業。
その支援(バックアップ)を担うのは、深入りすまいと気を張り続ける不器用な男の覚悟。

━━━━防人がその威を握り護らんとするのは国か、人か。それとも、心か。

三代三様なる答えを胸に、不器用な家族達は未だ擦れ違っていた……


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第九十六話 間奏のクラムジーデイズ

あけましておめでとうございます。
本年もレゾナンスをよろしくお願いいたします。


『━━━━大手運送会社バーンスタイン・カンパニーが主催する格闘大会KOF(ザ・キング・オブ・ファイターズ)の開催が来月七月に迫る中、大会の舞台となるサウスタウンでは会場整備や選手団の受け入れが着々と進んでおり……』

 

━━━━窓の外に広がる、梅雨の晴れ間の昼下がり。

側面にモニターを付けた飛行船がニュースを流しながら飛んで行く。

 

「━━━━決めたッ!!俺もKOFに参加するッ!!」

 

「そうか。頑張れ、シン。」

 

「えぇッ!?ちょ、ちょっとシンッ!? 

今からそんな事言ったってディズィーさんが許してくれるか分からないじゃないッ!? 

ラムもアイス食べてないで止めて!?」

 

「シンなら大丈夫……多分。」

 

「大丈夫ッ!!なんとかなるってッ!!そうと決まれば早速……」

 

「━━━━って言うかそもそもKOFは格闘大会じゃない!! 

 旗使ってたら出れないよッ!?」

 

「……マジ?」

 

「ん。マジだぞ、シン。ホームページにも書いてある。」

 

「よ、読めねぇ……」

 

「もう……こんな英語も読めない状態でアメリカまで行ったって迷子になるだけじゃない……」

 

「勉強不足が露呈した。ザンネンだな。」

 

「━━━━ちっくしょーッ!!」

 

……その下から聴こえるのは、確かこの身体(この子)の元・同級生だったか。

《あの男》の庇護下にある子等があぁも暢気に笑えるとは……

 

「━━━━平和なものね。そうは思わないかしら?

 ノックも無しにお邪魔して来た大男さん?」

 

「……そうだな。護るべき日常そのものだ。

 ……それと、気が回らず申し訳無い。」

 

━━━━この身体()の横たわる病室の入り口に立つ彼の気配には、実はとっくに気づいていた。

だけど……

 

「ふふっ……レディを前にして何を言えばいいか分からない奥手な男の人に対してはちょうどいいジャブなのでは無くて?」

 

巌のような身体に、意志を体現するかのような力強い眼。真っ赤なYシャツを腕まくりして、パワーに満ち溢れた(風鳴弦十郎)が、()を前にうろたえる姿が可愛らしいと思ってしまったのだ。

だから、少しイジワル。

 

「……キミは……いや。

 まずは形式的な部分を済ませてしまおう。俺は風鳴弦十郎。国連直轄機関であるSONGの司令をやっている。

 ━━━━キミは……櫻井咲くん。で合っているか?」

 

━━━━その声が。その眼が。少しだけ揺れている、と思うのは、(櫻井咲ならざる者)の傲慢だろうか?

 

「━━━━えぇ。私は櫻井咲……先日、ガングニールのシンフォギア装者に救助された者であり……異端技術研究の最先端を走った櫻井了子の親戚であり……

 貴方のご想像通り。今は、終わり(フィーネ)の名を冠する者でもあるわ。」

 

彼を呼び出したのは、私。

ガングニールの装者について内密の話があると、機密事項の説明をしに来た緒川慎次を通じて知らせてみれば案の定だ。

 

「……フロンティア事変の最中、キミは調くんの中から去って行ったと聞いたが……」

 

「えぇ。()()()()()()()がバカ正直に此方を信じるなんて言うものだから、その策に乗ってやったのよ。

 ━━━━あぁ、そういえば……貴方達は全員、()()()についても忘れてしまっているのだったわね?」

 

ちくり。と胸を刺すような痛みは、未だ眠り続けるこの身体(櫻井咲)が起こす拒絶反応。

まったく……自分が居なくなるだけならともかく、周りにも迷惑をかけるようならばアフターフォローくらいしていっても……いや、止めておこう。この話題は藪蛇だ。

 

「……あぁ。だから、我々は《フィーネは消失した》という結論しか知らない。

 ━━━━勿論、今キミにフィーネが宿っているという事実も、だ。」

 

言外に彼が言うのは、米国やその他国家が私について掴んでいる事は無いという保証。

私が米国を利用し、愚かなアンクル・サム(精肉屋の小僧)と言い放ってから一年ほどであり、舌の根も乾いて居ないのだ。

そんな中で私がまたも舞い戻ったとしれば、国家機密を知られている米国としては放っては置けないだろう。

 

「━━━━相変わらずなのね。」

 

けれど、それは逆を言えば。

今の段階で私が逃亡すればその行方を追える者は居なくなるという事の裏返し。

優しいというよりかは、甘いというべきだろう。

再襲撃を考えてだのなんだの、理屈を付けて此方を拘束してしまえば、私は最早籠の鳥。

バビロニアの宝物庫が閉じた今、そこから逃げ去る為にとノイズを召喚してしまえば、それこそ自らフィーネである事を認めるようなものだからだ。

 

「━━━━甘いのは分かっている。

 ……性分だ。」

 

「ふふっ、その甘さに助けられているのだもの。感謝こそすれ、恨みつらみをぶつける意味は無いんじゃないかしら?」

 

「……キミは━━━━変わったな。」

 

━━━━その言葉は、不意討ち気味に此方を射抜いて。

 

「……そう、ね。

 ━━━━(フィーネ)は、永遠の刹那に存在し続ける。

 だけど、その同一性はどうやって保証されるのでしょうね?」

 

アウフヴァッヘン波形を以て励起した、遺伝子内の情報照合(パスワード)

コレを以て神智記録(アーカーシャ)より上書き(ダウンロード)されたフィーネの記録(データ)は、宿主となる人格を塗りつぶす……

今まではそうして来たし、そうだと説明し続けて来た。

 

━━━━けれど。表向きの為に、前々回の(フィーネ)は櫻井了子の人格を模倣(コピー)し、それを演じ続けていた。怪しまれながらも、それでも決定的な証拠は掴ませぬまま。

 

━━━━そして、前回の(フィーネ)は上書く事すらせずに、器たる月詠調の行く末を見守っていた。

 

━━━━そして、今回の(フィーネ)は、忘却のルーンによって歪な支えまでもが取り払われ、壊れかけていた櫻井咲の心を護る為に共生している。

 

果たして、それぞれのフィーネは同じ存在なのだろうか?

異なる器と、異なる状況。そこに入り込んだ(フィーネ)の同一性を保証しうる物は、この胸に宿る想いだけ……

 

「それ、は……難しい質問だな……残念ながら、現代においても魂の実在は証明出来ていない。

 魂の重さ(21グラム)というのも、実証実験においては安定しなかったと言われているからな……正直に言ってしまえば、俺のように専門知識も持たぬ人間の手には余る。」

 

重々しく口を開く彼の言葉は、(けだ)し正論だ。

最先端科学ですら未だ辿り着いていない領域……それが、魂の所在(ありか)

だが、私には一つの仮説がある。

 

「……えぇ。だから私は考えたの。私の同一性を保証する物、私のたった一つの望み━━━━

 私が変わって見えるとすれば、きっとそれは、私が()()を思い出せたからかもしれないわ。」

 

『わかりません!!わかりませんけど……!!想いの為なら何をしたっていいなんて、私は思いたくないですッ!!

 だって、そんな風になんでもかんでも踏み台にして笑いかけたって、きっと、私の好きな人は振り向いてくれないもんッ!!』

 

━━━━あぁ、まったく。耳に痛い。

ルナアタックのあの日、あの子が咆えたあの言葉。

恋も知らぬ小娘と(そし)ったその言葉を思い出したのは、この娘(櫻井咲)を護る為に立ち止まらざるを得なかったからだ。

 

あの方(エンキ様)へと想いを伝えるという目的の為に総てを懸けて突き進んだ私が、人を見守る事にして気づいた矛盾━━━━

 

━━━━それは、初めからおかしかった、たった一点の矛盾。

━━━━それは、あの方を信じたいからこそ目を逸らした事実。

 

━━━━あの方(エンキ様)は決して、(フィーネ)にすら何も語らずに愛していたヒト(ルル・アメル)を呪う事などしない━━━━

 

それこそが致命的な矛盾。

五千年前のあの日、確かにあった筈の信頼。

……きっと、走り抜ける中で取りこぼしてしまったモノ。

 

「キミの望み……それは?」

 

「遥けし空の彼方で眠る筈のあの方━━━━カストディアンの一人。

 あの方に……《ありがとう》を伝える事。

 そしてそれはつまり━━━━バラルの呪詛がヒト(ルル・アメル)に掛けられた、その意味を知るという事。

 五千年前、いったい何があったのか?その真実を━━━━私は知りたい。」

 

━━━━そして、同時に、《愛していました》と伝えたい。

 

「……バラルの呪詛が掛けられた理由は、かつてのキミの言い分であったように《天に手をかけんとしたヒトを戒める為》では無い……と?」

 

……前説も私、そして、翻した新説をぶちあげるのも、また私。

蟲の良い話だ。と、自分でも苦笑が零れる。

 

「えぇ。あの子(立花響)から真っ向否定されてしまったわ。

 何もかもを犠牲にして突き進んで、それで天に手をかけたとしても……私の好きな人は喜びはしないって。

 ━━━━思えば図星だったのよ。あの方(エンキ)が何も言わず、手を伸ばし続けたヒトを分断し、呪うだなんて……信じたくなかった。

 だから、私はバラルの呪詛を否定しようとし続けた。けれど、それは逆に言えば……」

 

「……ヒトを呪った事は、彼の本意では無いかもしれない……という事かッ!?」

 

「━━━━(フィーネ)は、そう信じたい。

 ヒトが地に満ち、増えゆく姿を言祝(ことほ)いでいたあの方の想いに、嘘偽りなど無かったのだと━━━━」

 

「……なるほど。

 それで、先史文明の異端技術と縁深いSONGに接触を……?」

 

━━━━突飛も無い話だと、そう蹴ってしまっても構わないだろうに。

寄り添って立ち、頭ごなしに否定する事無く私の意見を確かめるその姿は、以前の(櫻井了子)と接する姿と変わりない。

あぁ、本当に……相変わらずなのね、貴方は。

 

「それもあるわ。

 ━━━━けれど、一番はこの娘(櫻井咲)の心を維持する為に欠かせなくなっていたクセに、何も言わずにサックリ居なくなってしまったおバカさんを呼び戻す為よ。」

 

「━━━━それは……確かに、()については手がかりすら掴めていなかった所だ。此方としてはありがたい……ありがたいのだが……」

 

そう言って、私の言葉に渋面を返す彼の頭痛のタネには予想が付く。

 

「━━━━襲撃者の事ね?」

 

「……そうだ。欧州の闇からやって来た錬金術師。

 今、俺達SONGは彼女等への対応に追われている……本来であれば、猫の手も借りたい所なのだが……

 ━━━━つい昨日から、外部協力者を技術主任に据えてのシンフォギアの改造という大工事に取り掛かったばかり。

 此処でいきなりにキミを推薦するのは……」

 

……それ、機密情報じゃないの?とも思ったが、まぁ今の私は各国に知られていないのだし大目に見るべきだろう。

風鳴翼が一時的に活動を休止している辺りから見て、使いっぱしりにしてしまった緒川慎次も裏で防諜に勤しんでいる筈である。

 

「━━━━勘ぐられるわよねぇ?

 櫻井了子の親戚が?いきなりSONGの中枢に乗り込んで?大鉈を振るうなんてのは……それこそ、自分から《私はフィーネで御座います》と宣伝して回るような物だわ。」

 

「……その言い方からして、錬金術師について説明する必要もないようだ。

 ━━━━だが、あぁ。せめてシンフォギアの強化・改修が終わった後であればなぁ……」

 

「いいんじゃないの?別に待った所で。

 錬金術師の件が一段落したら、小日向未来のように嘱託職員として外部協力者からスタートすればいいじゃない。」

 

━━━━だって、私には無限の時間があるのだし。

今さら数ヶ月其処等待つ程度は(この娘のメンタルケアに時間が割かれるという問題はあるが)どうという事は無い。

そう思って放った私の言葉を受けて、何故か彼は頭をガシガシと掻き始める。

はて……なにか無理難題を言ってしまっただろうか?

 

「……いや、キミの協力を約束出来たとすれば安い物、か……

 ━━━━疑いもしないんだな。我々が負けるとは。」

 

「あぁ……なんだ。そんな事?

 ━━━━五千年も負ける事が無かった(フィーネ)に、貴方達は勝ったのよ?

 ━━━━カビの生えた錬金術師の陰謀一つ程度、勝ってもらわなければ困るわ。」

 

━━━━けらけらと笑いながらに語り掛ける私の姿に、彼は苦笑を零しながらもニヤリと笑う。

心地よい距離感。あの方(エンキ様)への想いとはまた異なる……(櫻井)だけの想い。

……この胸の想いだけは、決して手放したくないと……願ってしまうのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━響が吹き飛ばされてから、三日経った。

手術自体は上手く行って……それでも、響は目を覚まさない。

その間、(小日向未来)に出来る事はそう多く無かった。

 

響がいつ目覚めてもいいように部屋を片付けて、授業のノートを取って……SONG本部潜水艦内の医務室で眠り続ける響の様子を見に行く。

━━━━早くもルーティーンのようになってしまっていたその流れが少し変わったのは、鳴弥さんに付き添って貰って向かった医務室で出逢った女の子が切っ掛けだった。

いや……

 

「……女の子?」

 

「えぇ、あの子はエルフナインちゃん……以前大まかに説明した通り、錬金術師キャロルの計画に異を唱えて私達SONGに合流してくれた外部協力者よ。」

 

「小日向未来さん……ですね。初めまして。ボクはエルフナインと言います。」

 

そう言って手を差し出してくれるエルフナインちゃん……くん?握り返せば柔らかなその手は女の子のようだけど、同時にその顔立ちは端正で、可愛い男の子と言っても通じる部分があり……

 

「初めまして……えっと、初対面で失礼だとは思うんだけど……呼び方はエルフナインちゃん、でいいのかな?」

 

結局、分からなかったので聴く事にした。わからないまま接して彼女?の気にしている部分に飛び込んでしまってはいけないと思って。

 

「あ、はい。ボクはただのホムンクルスなので性別はありません。ですので、未来さんの好きなように呼んでください。」

 

━━━━けれど、返って来た答えは、更に私の混迷を深まらせるもので。

 

「えっ……と……?」

 

「あはは……エルフナインちゃんは、錬金術師キャロルの知識と彼女の性格・性質を決定づける記憶を保持する形で造られたホムンクルス……

 ━━━━私達にまだ馴染み深い概念で言えば、後から産まれた一卵性双生児のアンドロイド、とでもいうべきなのかしらね?

 だから、初期設定(プリセット)の段階では性別は存在しない。とはいえ、私個人の考えとしてはそれは今後のエルフナインちゃんの自己認識次第だろうから、

 ユング心理学における男性性(アニムス)女性性(アニマ)のように、人の心の中に様々な側面が存在する以上はエルフナインちゃんが想うように変わって行くんじゃないかと思うわ。

 ━━━━たとえば、世界も羨む恋をするとか……ね?」

 

「言ってる事、全然分からないんですけど……今の所はエルフナインちゃんと呼べばいいんですよね?」

 

━━━━なるほど。この前響がツイてるだの、ツイてないだのに過剰に反応してたのはコレでか……と、脳裏を過ぎるのはあの日のヘンな響への納得。

確かに、多感な女子高生相手に性別が変わるかもだの、男女どっちかだのという話題は目に毒だ。

━━━━とはいえ、私自身は好きな人であればどっちでも構わないという答え自体はあの時と変わらないのだが……

 

「百点満点よ。」

 

「はい。ボクもそれで構いません。

 ━━━━響さんのお見舞いですか?」

 

「うん……響、まだ目を覚まさないんだね……」

 

「はい……外傷部分への処置は終わりましたし、脳波にも異常は見られないそうなのですが……」

 

「……つまり、ただのお寝坊さんってコトね。響ちゃんらしいわ。」

 

「おば様ってば……」

 

肩をすくめながらのわざとらしいお道化(どけ)かた。きっと、暗くなり過ぎないようにって気を回してくれたんだと思う。

 

「さて……と、未来ちゃんは何か他に聴きたい事とかは無い?

 あの日から色々詰め詰めにはなっちゃったけど、大抵の事は説明出来たと思うけれど……」

 

「そうですね……錬金術、アルカ・ノイズ、自動人形(オートスコアラー)……」

 

指折り数えるのは、此処数日の事情説明でようやく教えてもらえた神秘の数々。

まるで魔法のような錬金術、そしてそれが産み出すアルカ・ノイズや自動人形(オートスコアラー)の猛威……

 

「……うーん……今の所は無いですかね?」

 

正直、ここまでの説明だけで私としてはいっぱいいっぱい。

これ以上詰め込まれても、正直言って理解の範疇を越えてしまいそうで。

 

「ふふっ、じゃあ……後の話は響ちゃんが目を覚ましたら、って事で……ね?」

 

━━━━そう言って笑う鳴弥さんの気遣いに、私も思わず微笑みを零してしまうのだった……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━横須賀海軍施設ドック、その近くにて。

 

「……何やってるんですか?先輩方」

 

工廠の建物の中で、(津山)は見知った先輩二人が何やら怪しげな事をしているのに気づいた。

 

「ん……?おぉ、津山か。

 なに、ちょっとした工作(DIY)さ。」

 

「アルカ・ノイズは位相差障壁の出力が低いから通常兵器が通じるってんだろ?

 だったらどうにか出来んじゃあねぇかと思ってな。マーティンの奴に色々作ってもらってる。」

 

「だったら本部の中でやればいいんじゃ……?」

 

「━━━━なぁ、津山よ。アルフレッド・ノーベルって知ってるか?」

 

「へ?……あの、ノーベル賞の人ですよね?」

 

「あぁ。そのノーベルだ。

 彼はダイナマイトを発明して億万長者になったが……そうなる前にはニトログリセリンの生成と安定化に悩んでいてな……

 度々危険な爆破実験をするものだからと、村の中での実験を禁止された事もある。そしてそんな時、ノーベル達は湖に浮かぶ船の上で実験を行ったと言われている……」

 

「へぇ……大分危険そうですね……って、まさか……ッ!?」

 

見渡せば、明らかにヤバそうな機械や……風船?それにアレは……

 

ミサイル燃料(ヒドラジン)ッ!?」

 

「おぅ、お陰でミズ・鳴弥に追い出されちまったい。」

 

━━━━いったい何をしようとしているんだ……この人達は……ッ!?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━そこは、闇が帳を降ろした空間であった。

欧州某所。防諜対策が施された地下空間。かつての大戦の折に建造されながらも、『存在しない物』として抹消された筈の地下世界。

そこに、結社の魔人たちが集っていた。

 

「……はァ……」

 

━━━━そんな状況だというのに、(サンジェルマン)の溜息は重く、深い。

その理由は、明白にして明解。

 

「━━━━あンのバカ錬金術師めがッ!!

 表沙汰に持ち込むだけで無く、解くなと釘刺ししたアルカ・ノイズの封印まで解くなど、腹に据えかねるワケダッ!!」

 

「も~うッ!!各国の情報操作で手が回らないんだけどぉ~!!」

 

━━━━即ち、キャロルが起こしている事件についてだ。

 

「……とはいえ、そもそも結社にアルカ・ノイズの製法を齎したのはキャロルだ。

 契約上、お互いに余計な嘴を差されぬようにと封印の合意を取っていただけ……」

 

「ま、ワンチャンあったら裏切ろうとしてたのはお互い様だしね?

 ━━━━とはいえ、このタイミングは困るのよね~……」

 

そう。キャロルと我々《結社》の契約はあくまでお互いの研究を円滑に進める為の協力体制を作る物であり、どちらかが上位と決まった物では無い。

それが故に、フロンティア事変の最中の米国による強襲では《協力者からの要請》という形でしか彼女を押し留める事は出来なかったのだ。

 

「あぁ……カリオストロ。結社内部での《ファウストローブ》の研究は未だ完成していない……そうね?」

 

「……えぇ。細かい話は後で報告書に纏めておくけど、ラピスのファウストローブを完成させるにはデータが足りないわ。」

 

そう言い切るカリオストロの表情は、長い付き合いの私でなければ分からない程度に歪んでいて。

だが、問題があればカリオストロなら報告を挙げて来る筈だ。言わない以上は、私には言わないと決めている事なのだろう。なんとも頑固な()らしい……

 

「……?

 まぁいいわ。ファウストローブが完成していない以上、シンフォギアと正面切って相対するのは不確定要素が大きすぎる……

 ━━━━であれば、SONGの眼がキャロルに向いている内に我々の計画……バラルの呪詛の解呪の為の準備を進めるべきね。」

 

「そうねぇ……とはいえ、あーしはちょっと米国で不穏な動きがあるから今は動きづらいわよ?

 ()()()()、どうにもレイラインにも関係して来そうな話だし……」

 

カリオストロには、七彩騎士として米国の動きを牽制してもらわなければならない。

ドイツで産声を上げ、欧州に根を下ろした我々パヴァリア光明結社……その影響力は基本的に欧州各国に留まっている。

米国成立に携わり、石油王として名を挙げたロックフェラー家などの十三の家系(イルミナティ十三血流)も、元々は我々パヴァリア光明結社のメンバーだったのだが……

 

「……十三人評議会が我々結社と袂を別った事が惜しいな……

 彼等の協力があれば或いは……いや、コレは弱音だな……忘れてくれ……」

 

「十三人評議会の議長に就任したユダヤ家系の家長……当時のフィーネが米国側に着いたのがマズかったわよねぇ……とはいえ、色々と策を弄して七彩騎士設立に漕ぎつけたのは勿怪(もっけ)の幸い、ってヤツ?」

 

「そうかもしれないわね。それに……フィーネの眼が教皇勢力の衰退していた欧州から離れ、資本主義経済で技術革新が進む米国に向いた事で私達結社が欧州の暗黒面を支配しやすくなったのは事実……」

 

━━━━その中で奪った、数多くの命(七万三千七百五十六)の犠牲の上で……

 

「ふぅー……そうとなれば、狙うべきは日本でも米国でも無い……というワケダ。

 ━━━━サンジェルマン。私にいい考えがあるワケダ。」

 

「プレラーティ?」

 

紅茶を飲み干し、キャロルの暴走については棚上げする事にしたらしいプレラーティが眼鏡の蔓を中指で持ち上げ、進言してくる。

 

「━━━━アルカ・ノイズを、制御用の《杖》と共に売り捌く。」

 

『━━━━ッ!?』

 

だが、その内容はあまりにも……

 

「━━━━アルカ・ノイズの兵器運用は禁じた筈だッ!!」

 

「状況が変わった……というワケダ。

 ━━━━あの大馬鹿者のせいで、アルカ・ノイズの存在はMI6やCIAにも知れ渡ってしまった。

 ならば、この状況を利用するのが結社幹部のすべき事……そういう認識で居たが、異論でも?」

 

「それは……ッ!!」

 

━━━━アルカ・ノイズ。万物解剖の理を宿す、見敵必殺(サーチ&デストロイ)の究極の対人兵器。

だが、それを一度《兵器》として売りに出してしまえば……世界中の戦場に地獄の蓋が開く事だろう。

引いて言えば、生物兵器や核兵器のような《国際社会として存在を許してはならぬ絶対悪》として槍玉に挙げられかねない、禁断の果実……

 

「……それに、無節操に売りに出すつもりは無いワケダ。

 売りに出すのは《結社の構成員となる者》に対してだけ……それも、錬金術による制御術式を教育するのではなく、ソロモンの杖を模したコントローラーによる半自律制御式しか渡さぬワケダ……」

 

「あ、な~る!!バルベルデの首脳陣に売り込むワケね!!」

 

「あぁ……奴等が結社の構成員となり、《シンフォギアをも打倒した》というネームバリューに釣られてアルカ・ノイズという果実に喰い付けば、いずれ奴等の方からティキを差し出して来る筈だ。

 ━━━━なにせ、独裁者にとっては喉から手が出る程に欲しいだろうからなァ、アルカ・ノイズというのはァ……」

 

「あ~らら、悪いカオ……とはいえ、あーし達にとっては確かに美味しい取引ね?

 もしもシンフォギアとやらが此処から逆転満塁ホームランをかましたとしても、アルカ・ノイズの軍事利用によって国際世論から追い込まれた可哀想な大統領は、秘密の花園にあーし達をご招待してくれるってワケ?」

 

「フフフ……そこについては流石に希望的観測に過ぎるワケダ……だが、否定はしない。」

 

━━━━それは、つまり。

バルベルデという国家そのものを詐欺に掛けるという、大規模な策。

 

「…………分かった。バルベルデ上層部には此方から商談を持ちかける……」

 

「……私が行ってもいいワケダね。」

 

「……いや。契約には私が行く。

 ━━━━それが、私の覚悟という物だ。」

 

━━━━仮令(たとえ)、血に塗れた王冠だとしても。

バラルの呪詛が人類に齎す不和の楔を解き放ち……私は……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━というワケで、キャロルの件には我々結社としては不干渉とし、その隙にバルベルデへの浸透を続ける方針とします。』

 

「━━━━なるほど。任せるよ、其方の事はね。」

 

(アダム)は聴く。サンジェルマンに繋げた念話から。

 

『……よろしいのですか?』

 

「何がかな?」

 

『錬金術師キャロルの事です。

 ━━━━知己という話を聞きましたが……』

 

「構わないよ。命題があるのだろうさ、彼女にはね?」

 

━━━━だが、もしも。それが僕の計画に仇成すのならば……

 

『……了解しました。』

 

切れる感覚。念話の物だ。

結社本部、局長室の中を僕は歩く。

 

「……止まるワケには行かないのさ。僕はもうね。」

 

━━━━見上げる空に光るのは、欠けた月。

だが其処では無い。本当の問題は。

 

「神たる母は目覚めるだろうさ。七十億が繋がったあの日に━━━━」

 

つまりは、一年後だ。フロンティア事変終結の。

 

「手に入れなければならない……それまでに、神を越える力を━━━━ッ!!」

 

焦っている。それは分かっている。だが僕は……かつて、改造執刀医たる(シェムハ)の手によって産まれ落ち、神々(アヌンナキ)の前に連れ出された時に思い知ったのだ……

━━━━敗北感を。

 

「僕を認めやしなかった……神も……そして、母も……」

 

━━━━人造人間試製壱號。即ち、アダム。

それ以上でも無く、それ以下でも無い。

……いいや、そもそも見ていなかったのだ、僕を。

 

「認められるものか……無能などと……(あた)わぬなどと……ッ!!」

 

廃棄処分を下した神々(アヌンナキ)も、そうなる事を見越して居たような(シェムハ)も気に食わない。

手の内で鳴り響くのは、ガラスの砕ける音。握りしめてしまっていたようだ、ワイングラスを。

 

「……キミはいつか言ったね、イザーク……人はいつか分かり合える、と……

 ━━━━残念ながら、その時は来ないよ。」

 

トリガーは、七十億の絶唱。母が蘇る手筈が整ったのだ。集合的無意識に封じられた彼女が。

 

「━━━━残念だよ、本当に。」

 

━━━━道を違えたのだ、キミ達人類は。

避けられぬ滅びへの道へ舵を切ったのだ。目の前の破滅を避ける為に。

 

「もしも……絶望の未来(あす)が姿を変えるのならば……」

 

叶わぬ願いだ。そんな希望(モノ)は。

 

「……あぁ、だからこそ……僕が天に立つ。

 ━━━━切り捨てよう。神に逢うては。

 ━━━━打ち捨てよう。悪魔に逢うては。

 ━━━━そして叶えよう。僕は……僕の、僕だけの願いを……」

 

━━━━これは、必要な孤独だ。天に居るべきは僕ただ一人なのだから━━━━




()ち直されし刃の完成も目前に、土の、風の、水の━━━━そしてなによりも、火の猛威が迫りくる。

戦える者は数少なく。抗える者もまた然り。
だが、諦める者などこの戦列には存在しない。
秘密兵器は二つ。冷酷な突撃、驚愕の一撃、恐怖すら齎す爆裂。いや、三つだ。

━━━━冷酷、驚愕、恐怖、そして……


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第九十七話 襲撃のクォーターズ

━━━━あれから一週間が経った。

 

響は、まだ目覚めない。

けれど……目が覚めて、やっと思い出せた胸の歌が壊されてしまった事を知ったら……響は、どう思うのだろう……

 

……悲しむだろうか。それとも……

 

「……心、此処にあらず……と言った所ですね。」

 

「━━━━あ……いえ!!

 ……すみません、右京先生……」

 

気が付けば、鍵盤の上を滑るべき手元は止まってしまっていて。

━━━━そうだった。七月頭に控えた中期試験。その中の音楽のテストには、選択によって楽器や声楽などの種別が加わる物がある。

そして、(小日向未来)はピアノを使った室内楽ピアノを選択していた事もあり、テスト前の実習という形で声楽選択者の為の奏者をしていたのだ。

……なのに、気づいたら私は響の事を考えてしまって……

 

「技術的な面での問題は少なかったですし、失敗するのもまた、上達の秘訣です。

 ですので、小日向さんは試験の日までに悩み事を解決しておくように。」

 

「はい……」

 

「━━━━では、次の人。」

 

━━━━消沈する気持ちを抑えて、椅子へ戻る。

……でも、この問題ばかりは……響が目を覚ました時にしか、答えを見つけられないんだろうな……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━Project IGNITE……現在の進捗は95%。

 旧二課が保有していた第一号、及び第二号聖遺物のデータと、エルフナインちゃんと鳴弥さんの頑張りのお陰で予定よりずっと早い進行です。」

 

━━━━立花のギアが砕かれてから、一週間。

懸念されていたオートスコアラーによる追撃も起きる事無く……気迫を持って訓練に当たっていた(風鳴翼)達の肩を透かすように、何事も無くProject IGNITEは完遂されようとしていた。

 

「各動力部のメンテナンスと重なって……一時はどうなる事かと思いましたが……

 作業や本部機能の維持に必要なエネルギーは、都市部用ギガソーラーシステムで外部から供給出来たのは幸いでした。」

 

「……」

 

━━━━本当に、どうなる事かと思ったのだ。

幾ら奏やセレナ達が居るとはいえ、彼の者達が装者の身辺を調べ上げている事が立花への再三の襲撃でわかっていた以上は、本部への強襲も覚悟していたというのに……

たかだか数日でSONGの装者三人のギアを手折る電撃作戦をしたかと思えば、我々にプレッシャーを与えるようなジリジリとした兵糧攻めを披露する……果たして、彼の錬金術師の目的とはいったいなんなのだろうか……?

 

「それにしても、シンフォギアの改修となれば機密の中枢に触れるという事なのに……よく許可が下りましたね?」

 

「状況が状況だからな……それに、()()()()の口利きもあった。」

 

「八紘兄貴……って、誰だ?」

 

「……限りなく非合法に近い実行力を以て、日本の安全保障を陰から支える政府要人の一人……

 超法規措置による対応人員の捻じ込みなど、彼にとっては茶飯事であり━━━━」

 

「待て待て待てッ!!とどのつまりがなんなんだッ!?

 オッサンが兄貴って呼ぶのはなんでなんだよッ!?

 っつーか、なんでセンパイが説明をしてんだッ!?」

 

……私の言葉を遮って掛けられる雪音のその言葉に返す答えは、私には無い。

だから、私は目を逸らしてしまう。

 

「……」

 

「━━━━内閣情報官、風鳴八紘……司令の兄上であり……翼さんの、御父上です。」

 

「なんだ、だったらはじめっからそう言えよなぁ。

 一々蒟蒻問答(話題のすり替え)が過ぎるんだよ。」

 

……そう。御父様だ。御父様、なのだ……だが……

 

「私のSONG編入に、セレナのSONGでの保護……そういった裏方のゴタゴタに掛かった鶴の一声も、確かその人物の名義だったけれども……

 なるほど、やはり親族だったのね。」

 

「あ、あぁ……」

 

━━━━陰に日向に。あの方は今も、日本という国家を防人(さきも)る為にその力を迷わず振るっているのだな……

 

それだけに。

 

『━━━━お前が私の娘であるものかッ!!』

 

━━━━あの日の言葉が、いつまでも、私の脳裏に響き続けるのだ。

 

「……どうした?」

 

「……ふん……」

 

「あぁ、そりゃアレだよ。翼は親父さんと喧嘩して家出中だからなぁ~」

 

━━━━どう応えた物か。悩む私の代わりに、しかして爆弾を投げ込んで来たのは奏の声。

 

「ちょ、ちょっと奏ッ!?」

 

「なんだよ、歌手になるって言って弦十郎のダンナの家に転がり込んだのは事実だろ~?」

 

「それは……そうだけどッ!?」

 

確かにそうだ。嘘は言っていない。言っていないけれど……

 

「へぇ……んな事情があったのか……」

 

「なるほどね。口が重いワケだわ。」

 

あぁもう……ッ!!奏のせいで、事実が六割とは言うすっかり私が家出娘だと思われてしまっているし……ッ!!

……でも、そのお陰で重い口を割らずに済んだのは事実。

 

「もう……やっぱり、奏には敵わないな……」

 

「━━━━響の様子を見て来ました。」

 

「やっぱり、まだ目は覚めないみたいで……」

 

些か軽くなった空気の発令所に入ってくるのは、小日向とセレナの二人の姿……

医務室にて立花の様子を見る為、放課後に立ち寄ってくれたのだ。

 

「生命維持装置に繋がれたままですが……大きな外傷も無いですし、心配は要りませんよ。」

 

「ありがとうございます……」

 

小日向の声に、場の空気が緩んだその時。

━━━━瞬間、鳴り響くアラートの音。

 

『━━━━ッ!!』

 

「アルカ・ノイズの反応を検知ッ!!」

 

「座標、絞り込みますッ!!

 ━━━━コレは……ッ!?」

 

オペレーターの皆さんが動き始めるよりも速く、本部潜水艦を揺らす、破壊の爆動。

 

「まさか、敵の狙いは……ッ!!

 我々が補給を受けている、この基地の発電施設━━━━ッ!?」

 

━━━━開戦を告げる号砲は、かくして鳴らされたのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━煉獄山を巡る旅の途中。

ふと気づけば、(■■■鳴)の意識は、煉獄山を登り始める前に居た小さな家の中にあった。

幽霊のようにふわふわと浮いた状態……まるで()()()()()()()()()()()()()()()()、第三者視点からそれを見る。

 

ヴァージルさんが料理に挑戦して失敗し、彼を《パパ》と呼ぶ少女から酷評される……

そんな、当たり前の日常の一コマ……

 

『あぁ……料理も錬金術も、レシピ通りにすれば間違いない筈なんだけどなぁ……?

 ━━━━どうしてママみたいに出来ないのか……』

 

━━━━そんな、夢を見た。

 

「━━━━大丈夫かい?」

 

「……はい……」

 

━━━━気が付けば……目の前に広がるのは、相も変わらずに荒野が広がる煉獄山。

 

「━━━━ヴァージルさんの記憶を、見ていました。」

 

「ボクの?

 ……そうか……次の記憶への道が見当たらないと思ったら……そうか……そういう事もあるのか……」

 

……コレは、どういう事なのだろうか?

 

「……ヴァージルさんも、煉獄山に刻まれた記憶なんですか?」

 

「……一つの側面から見れば、そうなのだろうね。

 ボクの後悔……ボクが遺してしまった《悲嘆》……それが、この煉獄山の核心に繋がっている。

 だからこそ、ボクはキミを導く役割を果たそうと思ったんだ。」

 

━━━━そう零す彼の姿は、まるで決意を握った殉教者のようで。

 

「悲嘆……それは、一体……?」

 

「……あぁ。煉獄山が定義する七つの大罪。それは当時のキリスト教圏における普遍的なとらえ方で語られていた。

 だが、そうなる以前。エヴァグリオス・ポンティコス(ポントスのエヴァグリオス)が人の心に強く宿る《想念》を分類した時にはまだその数は七つでは無かったとされている。

 ━━━━コレを《八つの枢要罪》と言う。」

 

話には聞いた事がある。

エヴァグリオスは、時に人の心を大きく動かし、時には人を誘惑してしまう物……即ち《想念》を八つに分類し、それ等と向き合う事を説いたのだと。

 

「えっと……七つの大罪と八つの枢要罪での違いは確か……」

 

「うん。六世紀後半の伝説的教皇グレゴリウス一世は、《高慢(傲慢)》こそすべての大罪の根源であると説き、更にはそれ以外の七つの幾つかを統合した。

 ━━━━悲嘆とは、その際に怠惰を統合した七つの大罪なのさ。」

 

「なるほど……あれ?

 ですけど、既にこの煉獄山には統合された筈の《怠惰》が根付いていました。コレは一体……?」

 

「うんうん、良い着眼点だ。

 グレゴリウス一世は《喪った物を嘆き悲しみ、自らの成すべき事から目を逸らす》事を以て《怠惰》を《悲嘆》の中へ統合した。

 ……けれど、考えてごらん?人が自らの成すべき事から目を逸らす理由は、喪った物を嘆き悲しむ悲嘆だけでは無いように思えるだろう?」

 

━━━━言われてみればそうである。

人が成すべきを為さぬ事に理由があるとしても、それは喪った物を見た事だけとは限らない。であれば起きる事は……

 

「━━━━主節と従節の逆転。」

 

「━━━━そう。人々が語る中で悲嘆と怠惰の立ち位置は逆転し……神曲の書かれた十三世紀には《怠惰こそが大罪である》という論調が広がっていた……

 さて、此処でようやく、話を煉獄山に戻す事が出来る。

 ボクは成すべき事を為したし、自らの生に迷いも無い。

 ━━━━けれど、ボクを喪った事で命題を見失ってしまった子が居たんだ……」

 

そう言って俯くヴァージルさんの顔は、深い悲しみを表している。

あぁ、だから━━━━

 

「━━━━だから、《悲嘆》なんですね。

 煉獄山に表出する事が無い、古い枢要罪の一つ。

 けれど、貴方をパパと呼んで慕っていたあの子が遺した、焼き付いた悲しみの残響(エコー)……」

 

「……そう。あの子が笑えていたいつかの記憶……その残滓。

 そして同時に、《あの子が見たボク》として、あの子の暴走を止めたいと……いや、()()()()()()と願っているモノ。それが……ボクだ。」

 

……その言葉で、俺はようやく気付く。

最初に出逢った時にヴァージルさんが言っていた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の正体に。

 

「━━━━あの子が……俺を覚えてくれていた女の子なんですね?」

 

「そう……あの子━━━━キャロルこそが、かつて空から落ちて来たキミ(隻腕の遺骸)を救い、そして彼が齎した情報を基に()()()()()を救わんと走り続ける女の子で……

 ボクにとって世界で一番の娘だ。」

 

……あぁ、だから……俺は、あの夢を垣間見せて貰ったのだろう。

 

「ありがとうございます。

 ━━━━お陰で、前に進む理由がなお明確になりました。」

 

━━━━あの子は、笑っていた。父親と二人過ごす幸福の時間の中で。

けれど、今の彼女は違うとヴァージルさんは語っていたのだ。

……それは、きっといつかの俺(隻腕の遺骸)の責任なのだろう。

 

━━━━だから、俺はそれを背負う。見捨てたりなどするものか。

 

「……ありがとう。娘の我儘を受け入れてくれて。」

 

「いいんですよ。コレも……俺の、我儘の筈ですから。」

 

━━━━だって、(ダンテ)の魂がそう叫んでいるのだ。

 

━━━━諦めたくない━━━━

 

と……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━秘密はパパが解き明かして?

 錬金術師、なんでしょ?』

 

『あははははッ!!この命題は難題だ。』

 

『問題が解けるまで、私がずっとパパのご飯を作ってあげるッ!!』

 

 

━━━━それは、それだけで満ち足りていた、いつかの記憶(おもいで)……

 

「……夢?

 ━━━━アレは、数百年を経たキャロルの記憶……」

 

温かい感触を背に受けながら目を覚ましたボク(エルフナイン)は、寝起き故か、ぼんやりと靄が掛かったような頭で考える。

 

「キャロルがボクに刻んだ記憶……パパとの想い出……

 ━━━━!!いけない!!」

 

ガバリと起き上がり、ボクは画面へと意識を戻す。

其処に示された時間は、2()0()4()4()()7()()7()()()1()5():()3()5()()

 

「あぁ……30分そこらも寝落ちてしまっていました……」

 

寝落ちてしまえば、必然として作業の手は止まる。

作業の手が止まるという事は、即ちキャロルの計画を阻止する為の準備が遅れてしまうという事だ。

 

「……でも、その分頭は冴えた筈。ギアの改修を急がないと……!!

 って、この毛布は……?」

 

「━━━━あら、もう起きちゃったの?」

 

顔を上げた時にずり落ちてしまったのか、椅子の背もたれとの間に挟まった毛布に気づいて挙げた声に重なるように入室して来たのは、SONG研究班におけるボクの先達でもある人……

 

「あ……鳴弥さん!!

 ……もしかして、毛布を掛けてくれたのも……?」

 

「えぇ。エルフナインちゃんってば、此処一週間ずーっと部屋にも戻ってないじゃない?

 ……ホントは布団も敷きたかったのだけど、流石にこの散らかりようじゃあ……ねぇ?」

 

━━━━言われて見やる研究室には、理論構築のための計算式をチョークで書いた跡に、参考文献とした魔導書の山、錬金素材としてSONG諜報班の皆さんに集めて貰った各種マテリアルのこれまた山が……

 

「……うぅ、すみません……研究に熱中するとどうしても身の回りの事は後回しになってしまって……

 ━━━━でも、キャロルの計画を止める為にも、此処が踏ん張りどころなんです!!だから……」

 

「あぁ、いいのいいの。研究室が汚いのなんていつもの事だし、どこに何があるかは分かるんでしょう?

 私達研究者にとってはそれさえ出来てればなんでもいいのよ……実際、旧二課時代もそれは酷い物だったし……ね?」

 

そう言ってウインクしてくれる鳴弥さんの口調は軽く……キャロルの記憶の中でも(彼女はパパ以外の世界を知らずに育ったのだろう)、エルフナイン(廃棄躯体十一号)として産まれてからも殆ど経験が無かった故に経験の全くないボクの対人関係スキルでも、ボクの事を気遣ってくれている事が分かった。

 

「旧二課……それは、()()()()()()()()だった時代という事ですか?」

 

「フィーネ……えぇ、そうね。旧二課の研究室は当時研究主任だった了子さんの研究室であり……同時にフィーネの研究室でもあったわ。

 とはいえ、データとして体系化されて遺されていたのは彼女の表向きの研究成果だけで、真に《フィーネの研究室》と呼べる物は……いまだに見つかっていないのよね。

 彼女が潜んでいたって言う郊外の別荘のデータも、爆破された中から出来るだけ復元したのに、櫻井理論の真髄に迫る物は無かった……

 でも、それは考えてみれば当たり前だったのよね。」

 

しまった。

ボクがそう思ったのは、フィーネの研究室という言葉を聴いて翳った彼女の顔を見据えてからだ。

でも、鳴弥さんはその翳りを振り払うかのようにすぐに話を変えてくれたし……なにより、それ以上に気になる話があったのだ。

 

「櫻井理論の真髄、ですか……?」

 

「えぇ。少女の歌に呼応して光を発し、それをギアプロテクターとして固着させる……通常の物理学では決して考えられない事象。

 それを成したのが櫻井理論と聖遺物だったのだけれども……その根幹部分には、我々表の世界の科学者では理解出来ない謎のロジックが含まれていたのよ。」

 

「通常科学では理解出来ない謎のロジック……それは、やはり……」

 

「━━━━えぇ。櫻井理論の根幹部分には、貴方達が振るう《真なる錬金術》と同じロジックが使用されているわ。」

 

……正直に言えば、ボクはそれを知っていた。

錬金術の基本は等価交換。それは逆説的に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事だ。

そして、公開された櫻井理論にその原則の応用……いや、換骨奪胎(スピンアウト)が含まれている事を知った為にシンフォギアの根幹部分に迫る事が出来……

それ故に、《シンフォギアを錬金術で強化する》というProject IGNITEの発想に到ったのだ。

 

━━━━けれど、鳴弥さんはそうではない。

秘匿された知啓に接続(アクセス)しうる手段は限られている。歴史の闇に根を張る秘密組織に入団し、通過儀礼(イニシエーション)を経る以外に体系だった知識を得る事はできないのだから。

だから、知啓を得ていない彼女にとって櫻井理論は《根幹に理解の出来ない概念が使われた理論》でしかない。

そんな中から《尋常な物理法則から逸脱している理由》がある事、ましてや、それが《まったく別の法則を換骨奪胎した物である》事にまで辿り着いて居ただなんて……

 

「……鳴弥さんは凄いですね……それに比べてボクは……」

 

━━━━ボクは、何もかも他人任せだ。

ボクに刻まれたパパとの記憶、そしてそこから構築された自我()が叫ぶのだ。キャロルを止めたいと。

……だけど、そう思ったボクに出来た事と言えばダインスレイフの欠片を持って逃げ出した事と、SONGに接触してキャロルの脅威を伝えた事だけ……

今こうしてProject IGNITEを進められているのは、偏にSONGの皆さんの尽力があったからで……

 

「━━━━もう。そんな風に落ち込まないの。」

 

ふわり、と。澱む感情に(くら)むボクの頭を、鳴弥さんは抱きしめて抱え込む。

 

「わ、わ……鳴弥さん!?」

 

「んー!!可愛い反応ねー!!

 ……ねぇ、エルフナインちゃん?

 きっと、貴方は自分には何も出来ていないと思っているんでしょうけれど……それは違うわ。」

 

びくり、と。衝かれた図星に震えてしまうボクを、ゆったりと撫でながら鳴弥さんは言葉を紡ぐ。

 

「━━━━貴方が居なければ、私達は錬金術師キャロルの攻撃に対してその正体を掴む事すら出来なかった。

 ━━━━貴方が居なければ、私達はシンフォギアを改修しアルカ・ノイズに対抗させる事も出来なかった。

 ━━━━貴方が居なければ、護れなかった人が確かに居る……それだけは、どうか忘れないで。」

 

━━━━仮令(たとえ)、総てが忘れ去られてしまっても。

 

鳴弥さんのその言葉の矛先は、ボクだけでは無いとすぐに分かった。

シンフォギア装者と、その関係者。旧二課の時代から関わっていたほぼ総ての人員に起きていた記憶の欠落。

━━━━その中心に、きっと居たはずの《ダレカ》。

 

「……お節介だって事は分かってる。けど……どうも、ウチ(天津)の男にそっくりなのよねぇ……

 そういう風に、出来る事はぜーんぶ自分の責任だと思って動くト・コ・ロ。

 ━━━━だから、きっと()()()も……」

 

━━━━鳴弥さんの声を遮るように、鳴り響くアラート音。

 

「襲撃……!!」

 

「━━━━エルフナインちゃんはアメノハバキリの仕上げ作業をお願いッ!!

 その間に私はイチイバルをッ!!」

 

「はい!!」

 

「━━━━天津の女を嘗めんじゃないわよ……ッ!!

 いつまでも後ろで見てるだけじゃあ……無いよッ!!」

 

━━━━そうか。こうしてギアを改修する事もまた……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━何が起きてるデスかッ!?」

 

「アルカ・ノイズに、このドックの発電施設が襲われているの……ッ!!」

 

「此処だけではありませんッ!!火力、水力、風力……都内複数個所の発電所、および変電所でも同様の被害を確認ッ!!

 各地の電力供給率、大幅に低下していますッ!!」

 

━━━━(月読調)が切ちゃんやセレナと一緒に飛び込んだ発令所の中では、悲鳴のような報告が響いていた。

 

「ぬぅ……ッ!!一週間と開けたのはコレが狙いか……ッ!!」

 

「今、本部への電力供給が断たれるとなれば、ギアの改修への影響は免れない……ッ!!」

 

「それだけじゃねぇッ!!こんな風に電力網がフッ飛ばされちまったら、あたし等の足下だってボロボロだッ!!」

 

「ギガソーラーシステムから蓄電していた内蔵電源も、そう長くは保ちませんからね……」

 

「それじゃあ、メディカルルームも……ッ!?」

 

「初動にはアタシが出るッ!!緒川さんは援護を━━━━」

 

奏さんが出撃すると声をあげる、その瞬間

 

「━━━━私達が連れて行きますッ!!」

 

「調ッ!?」

 

「ですが、それは……」

 

「メディカルルームに行って、LiNKERを準備するまでです。

 ━━━━それくらいは、させてください……」

 

「……分かった。セレナくんッ!!悪いが、キミにも出撃してもらいたい……だが気を付けろ、二人共ッ!!

 キミ達のギアはアルカ・ノイズ対策の改修が間に合っていない状態だ。アルカ・ノイズの攻撃の枕を潰し、味方である特異災害対策起動部に被害が及ばないよう護る事を優先してくれッ!!」

 

「━━━━はいッ!!」

 

「━━━━おうッ!!」

 

━━━━走る、走る、走る。だけど、決して躓かないように。命を乗せて、走る。

 

「……お前等、出撃するつもりだろ?」

 

「……ほえ?」

 

「━━━━ッ!!」

 

セレナと別れてメディカルルームへ走る道中、車椅子に乗った奏さんが呟く。

 

「ははッ!!切歌はともかく、調は図星か?」

 

「はい……今大切なのは、強化型シンフォギア完成までの時間を稼ぐ事……」

 

「け、けど調ッ!!あたし達のLiNKERはもう無いんデスよッ!?

 LiNKER無しでギアを纏ったって……」

 

「ううん、切ちゃん。私達用に調整されたLiNKERは無いけど━━━━」

 

タイミングよく辿り着いたメディカルルームの扉を開き、お目当ての物と……護りたい人を、私は見る。

 

「━━━━アタシのLiNKERは、鳴弥さんによって了子さんが作った分のコピーって形で数が確保されてる。

 考えたなぁ、オイ?」

 

「……それでも、相談したらきっと反対されてしまうから……」

 

メディカルルームのベッドの上で眠る彼女……立花響をそっと見つめる。

 

「ふふっ……だったらだったで、助けたい人が居ると言えばいいデスよ。」

 

「……イヤだ。」

 

━━━━だって、それは……

 

「どうしてデスか?」

 

「……恥ずかしい。ホントは、切ちゃん以外に弱音なんて見せたくないもの。」

 

「……それは弱音なんかじゃないさ。

 ━━━━それよりホラ、そこの冷蔵ケースの中だ。」

 

「はいデス!!まずは響さんを助けて━━━━そしたら、弱音なんて吐かなくたって平気の平左デスからッ!!」

 

━━━━切ちゃんのその言葉に背を押され、私は冷蔵ケースを開く━━━━

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━アルカ・ノイズ襲来。

その火急の知らせを受けて各地に展開した特異災害対策機動部の実働部隊。

その決意は固く、眼差しは鋭い。

 

「━━━━新型ノイズの位相差障壁は従来ほどでは無いとの事だッ!!

 解剖器官を避けて、集中斉射ッ!!

 お姫様(シンフォギア)お召替え(強化改修)が終わるまで護り切るぞッ!!」

 

『了解ッ!!』

 

無反動砲(84RR)……()てーッ!!」

 

━━━━後方への燃焼ガスの逆噴射によって反動を極限まで減らした、おおよそ人が持つには最大級の火砲が、迫りくるアルカ・ノイズの群れへと突き刺さり……そして、爆発する。

 

「━━━━着弾確認ッ!!効果アリッ!!」

 

「ぃヨシッ!!」

 

思わず、と言った風に快哉の声を挙げる指揮官。だが、それも仕方ない事だろう。

位相差障壁という摩訶不思議ゆえに、今までは臍を嚙む想いで遅滞戦術を行うしか無かったのだ。

通常兵装でも攻撃が通るのであれば、シンフォギアだけに頼る必要は薄い。

━━━━それはつまり、一般人でもある彼女達を戦場に立たせなくとも良いという事なのだ。

 

「行けそうですッ!!」

 

━━━━だからこそ気づかない。いや、気づけない。

今までのノイズ相手ならば、正面に火力を集中すれば、此方の世界に波長が合った瞬間に当たった弾丸が牽制となり、遅滞戦術となっていた。

だが、今彼等が相手をしているのは、人を襲う事を規定(プログラミング)された悪魔(ノイズ)ではない。

錬金術師が召喚し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()━━━━召喚悪魔(アルカ・ノイズ)なのだ。

 

即ち、回り込んだ後方からの急襲、

━━━━今までならば有り得なかったそんな行動を受けてしまえば、自衛隊の兵士が纏う装甲など一瞬たりとも保たずに紅塵(アルカへスト)へと分解されるだろう。

 

「━━━━危ないッ!!」

 

━━━━そんな未来を打ち砕くヒカリが、一つ。

回転しながら解剖器官を叩き込まんとしたアルカ・ノイズの横っ腹に突き刺さり、紅塵へと還すモノ。

 

━━━━白銀の光を纏うそのシンフォギアの名は。

 

「━━━━アガートラーム。セレナ・カデンツァヴナ・イヴ……行きますッ!!」

 

何故、どうして。そんな疑問を胸に抱きながらも、あの日(天の落とし子)と同じように、荒れ狂う暴虐から人々を護る為に立ち向かう、独りの少女だった……




白銀(アガートラーム)黄赤(ガングニール)桃紅(シュルシャガナ)翡翠(イガリマ)
四領が立ちし理由。それは、目の前の誰かを護る為。
そんな覚悟に立ちはだかるのは、大喰らいなる紅の人形(グラトニア)

奮戦と防戦を物ともせず、人形は嗤う。
彼女が求めるモノは、いつだって一つだけ。
人形の幸福(レゾンデートル)は、きっと。


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第九十八話 進撃のオートマータ

お待たせしました。エルデの王になったので連載再開です。


「━━━━二つ結びの輪舞(ロンド)、お仕置きのスタート……ッ!!」

 

━━━━α式・百輪廻━━━━

 

空中から、展開したアームパーツの中の丸鋸達を解き放ち、(月読調)は地上に蔓延るアルカ・ノイズを薙ぎ払う。

 

微塵切り(バラバラ)にしてあげる、の……正しさの指標(正義)初期化(イニシャライズ)……」

 

「たァッ!!」

 

━━━━切・呪りeッTぉ(ジュリエット)━━━━

 

逆方向からは切ちゃんの刃が飛び込み、アルカ・ノイズ達を切り刻む。

 

「未成熟な(ハート)ごとッ!!ぶつけた敵対心……ッ!!

 行き場の無い、激情(ボルテージ)。隠した涙達(ティアーズ)……ッ!!」

 

「━━━━悪くないデスッ!!」

 

歌と共に上がるフォニックゲインで構成された大鋸を振り回し、切ちゃんと二人、背を預け合う。

 

━━━━そんな私達の隙を突こうと、突撃してくるアルカ・ノイズ達。

 

「ハァッ!!」

 

けれど、横並びに跳んできた彼等の解剖器官。各々が持つその必殺の間にわずかに存在する一線の隙間を、無双の一振り(ガングニール)が薙ぎ払う……ッ!!

 

『シュルシャガナとイガリマ、ガングニールと共に交戦を始めましたッ!!』

 

『━━━━お前達ッ!?何をやってるのか分かっているのかッ!?』

 

通信から聴こえる司令の叫び。そこに宿る怒りの感情が、私達を心配しての事だと分かるからこそ……

 

「勿論デスともッ!!」

 

けれど、私達だって止まれない理由がある……ッ!!

 

「今のうちに、強化型シンフォギアの完成をお願いします。」

 

「その間の護りは━━━━任せなッ!!」

 

『クッ……!!

 終わったら特大の説教をくれてやるッ!!だから……ッ!!』

 

━━━━その言葉は、つまり。私達への『必ず帰って来い』のメッセージ。

 

「━━━━強く……なりたぁいッ!!護られるだけだと……!!」

 

だから、その言葉に応えたいッ!!強くなって、その信頼に応えたい……ッ!!

私の想いに応えるように、アルカ・ノイズを切り裂きながら伸ばすこの手に戻り収まるのは、シュルシャガナの新たなアームドギア(カタチ)である、糸で繋がれた手車(ヨーヨー)の姿。

 

「━━━━胸にある……」

 

━━━━指先で糸を操り、()()()()()()その手管を真似てヨーヨーを二重螺旋の形に射出する……ッ!!

その後隙を狙ったのか、解剖器官を伸ばして来るアルカ・ノイズ。

それを、私はスピンジャンプの要領で即死半径の内側に潜り込みながら飛び越えるッ!!

 

「想い、果たしきれやしない……ッ!!」

 

跳び上がりながらの横目に見えるのは、共に戦う皆の姿……

 

「━━━━当たらなければァァァァ!!」

 

切ちゃんは遠隔攻撃を避けながら砲撃型を真っ二つにし、

 

「皆さんは下がって同士討ちしないように一列になって射撃してくださいッ!!

 前衛は私達が務めますッ!!」

 

セレナは特異災害対策機動部の人達に攻撃するアルカ・ノイズ達を優先して攻撃しながら、意外にも堂に入った指示を出し、

 

「オラァッ!!

 消えたい奴から掛かって来いやァ!!」

 

奏さんはその前衛として、隻腕に握るアームドギアで大暴れする。

 

「太陽の輝きに……近づけるかな?」

 

あちらは二人に任せて問題無い。となれば優先的に対処すべきは━━━━

脚部のローラーを回し、《はぐれ》となって別の場所を……恐らくは基幹プログラムに従って周囲の脅威度を探っている段階のアルカ・ノイズ達の小集団の中へと滑り込む。

即座に切り込みはせず、中央へと回り込みながら一回転。

周囲のアルカ・ノイズ達の解剖器官の位置を探り、最適な斬撃の(タイプ)を即時選択。

 

「━━━━キミ(太陽)に照らされ、Just Loving……ッ!!」

 

スカートアーマーを翻し、丸鋸へと変えて……切り裂くッ!!

 

━━━━Δ式・艶殺アクセル━━━━

 

一撃でも当たれば、死ぬ。

だから気を抜く事なんて出来ない。それは分かっている。

━━━━それでも、戦える……ッ!!無力に(むせ)ぶだけじゃ終われない……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『…………気づいてすら居ない……いや、眼を逸らしているだけか。

 然も在りなん、か……』

 

━━━━ゆらり、ゆらゆら。

意識が揺れる。

 

想い出の中の(立花響)が揺れる。

 

━━━━気付いていないって、なに?

 

だって、私……あんなに傷ついて……

 

━━━━良い事ばかりだったワケじゃない。むしろ、イヤな事の方が多かった(思い出せていないだけ)

 

生き残ったのが悪いって、皆が責めて来て(立ち向かってくれた人が居た)……

 

お父さんだって……もしかしたら(本当なら)居なくなっていたかもしれないんだ……

 

「━━━━私、皆でまた暮らせるようにリハビリだって頑張ったのに……」

 

━━━━あぁ、その()に、何かが欠けている気がして(貴方が居ない)

 

「━━━━お兄、ちゃん……」

 

━━━━伸ばしたこの左手の先。いつも居てくれた筈の誰かの姿は、幻とすり抜けていって……

 

「……ん……」

 

━━━━そして、意識が浮上する。

見上げたその天井は、最早見慣れてしまった、SONG本部の医務室の物で……でも、いつもと違って暗い?

 

「……大切な物を壊してばかりの私……でも未来は、そんな()()に救われたって励ましてくれた……」

 

『━━━━手を伸ばす事、諦めないとッ!!』

 

━━━━そして、未来だけじゃない。声が、聴こえたんだ。

忘れさられても尚、忘れる事なんて出来ない声が……

 

「だから……未来の気持ちに応えなきゃ……あ……」

 

ギュッ、と胸元を握り締めて、ガングニールの重さを再確認しようとして、気付く。

 

「……そうだ……砕かれちゃったんだ……」

 

受け継いだ筈のガングニール。でもそれは、あの二人の人形に砕かれてしまった。

 

「……うぅ……」

 

『━━━━だから、泣いていいんだよ。寂しくて、悲しくて、怖くて。そんな時には、思いっきり泣いていいんだ……』

 

━━━━未熟を恥じる心と、切なさと、心細さと。

()い交ぜになった感情を、グッと押し込める。

 

「━━━━行こう。」

 

━━━━だって、きっと、誰かが。

この心細さを圧して、戦っている筈なのだから。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「シュルシャガナとイガリマ……装者二人のバイタル安定……ッ!?

 ギアからのバックファイアが低く抑えられていますッ!!」

 

司令部内に響く友里の声。その示す事はつまり、適合係数の()()()()が起きているという事。

 

「い、いったい、どういう事なんだ……ッ!?」

 

「やられましたね……そういう事でしたか。」

 

端的な緒川の言葉に、(風鳴弦十郎)とてもはや頷くしかない。

 

「あぁ……あいつ等、メディカルルームからLiNKERを余計に持ち出しやがった……ッ!!」

 

「まさか、Model_Kを……ッ!?」

 

「個々人に合わせた最適化や使用後の除去考慮がされていないとはいえ、了子さんの遺した実物から複製したLiNKER・Model_Kなら……

 確かに適合係数を一時的にブーストし、彼女達のギアからのバックファイアを低減する事が出来る……

 でも、それは諸刃の剣。だから私達は、彼女達にLiNKERの使用を許可する気はなかったのよ……」

 

━━━━LiNKERとは、とどのつまりは薬物注射だ。しかも大天才たる櫻井了子やドクター・ウェルが好き勝手に作り上げた芸術品のようなシロモノ……

どの成分が肉体のどの部分に作用して効き目を出しているのか……そんな部分に関する研究は未だ発展途上であるし、我々よりも進んでいた筈のFISもデータの総てを()()()()()にしている。

 

「あの子達は奏ちゃんよりも身体が小さいし、肉体的にも未発達……そんな状態でLiNKERを常用し続けた時に何が起きるかが()()()()()……」

 

「だから、あいつ等が戦わずに済む状況に持ち込めればそれが最善だった……だが……」

 

『━━━━ギアの改修が終わるまでッ!!』

 

『発電所は護って見せるデスッ!!』

 

『誰も死なせたりなんて……しませんッ!!だからッ!!』

 

『後は任せるって事さッ!!』

 

━━━━決意と覚悟を握って立つ少女達の本気。

それを前にしては、俺達保護者の《護られていて欲しい》なんて我儘は霞んでしまうのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━時を同じくして。

 

「━━━━対象・派手に破壊完了。」

 

「まるで積み木のお城ォ……レイアちゃんの妹に手伝ってもらうまでも無いわね。」

 

「━━━━該当エリアのエネルギー総量低下中。

 まもなく()()()()に到達しますわ。」

 

『……レイラインの開放は任せる。

 オレは最後の仕上げに取り掛かろう……』

 

「いよいよ、始まるのですね。」

 

「いよいよ、終わるのだ。

 ━━━━そして万象は、追想の歌へ書き換わる。」

 

都市部用ギガソーラーシステムだけで無く、周辺各所の発電・送電施設を襲う影があった。

━━━━その正体は、言うまでも無い。

 

ヒトガタに宿りしモノ、終末の四騎士(ナイト・オブ・クォーターズ)

その三騎。

 

「くそッ……!!」

 

「各地の部隊も壊滅状態です……ッ!!奴等、コッチを(なぶ)るみたいに負傷者を増やしやがって……ッ!!」

 

「自走式の地雷源かッ!!厄介なッ!!

 ……残った奴等を全員横須賀に回せッ!!」

 

「ですがッ!!それでは此処の護りが……ッ!!」

 

「━━━━履き違えるなッ!!」

 

「ッ!?」

 

「……俺達(特異災害対策機動部)は負けた。此処は護り切れないし、復旧にも時間が掛かるだろう……

 ━━━━だが、()()は負けてない……ッ!!」

 

「……迷惑な《特機部二》でしたけど、必ずやり遂げてくれる連中でしたね。そういえば。」

 

「あぁ……だから行け。此処は━━━━俺が引き受けた……ッ!!」

 

アルカ・ノイズを放たれるまでも無い。

携行兵器をも圧倒する火力。防御力。そして何より、ヒトを模したその高度演算機構が齎す圧倒的な状況対応力。

それを前にして、特異災害対策機動部の部隊は千々に敗れ去っていた。

だがそれでも。人々は諦めない。

 

━━━━希望は、確かにそこにあるのだと信じて。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━撃て撃てッ!!撃ちまくれッ!!」

 

━━━━激化する戦場。その中で(ジョージ・アシュフォード)達もまた戦っていた。

 

「ったくよッ!!キリがねぇぜコレじゃあッ!!」

 

「あぁ……これだけのアルカ・ノイズ、保管スペースはともかく、どうやって製造資金を捻出していたのか……」

 

「今考える事か!?」

 

「今すぐでなくともいつかは考えなければならない事だぞ?

 ━━━━だが、まぁ今はそれよりも目の前の敵か……よし、では対アルカ・ノイズ戦術草案を起動していく。

 前線の連中は巻き込まれないよう気を付けてくれ!!」

 

そう言ってマーティンの奴が周囲の倉庫から呼び出したのは……

 

「ロボット?」

 

武骨な二足歩行の鉄塊。銃を括りつけただけの木偶人形のような……としか言いようがないシロモノだった。

 

「あぁ。FIS……もとい、ロスアラモスの表向きの実験成果を利用した特殊戦闘用ロボット・《MobileBot》だ。」

 

モビルボット(機動する自動化プログラム)ォ?」

 

「ま、要するに《一機を操作して残りの連中を統合制御して面制圧しよう》なんて、同士討ちも乱戦も考えてない机上の空論だったんだが……こういう状況なら、使えるかもしれないだろう?」

 

「なるほどねぇ……一機だけがホストBotで、残りはその動きに追従すると……すっとアレか?足場の認識とかその程度の事だけを子機は行うってワケか?」

 

「正解だ。ホスト機を人間が操作し、子機はその挙動に追従する……地味に高度なシステムなんだぞ?」

 

概念としては魚の群れが近いだろうか?

周囲の子機同士が認識し合う事で一定の距離を保ち、攻撃行動の是非などの意思決定のみを上位アカウントに丸投げする。

実に合理的な思想だが……戦場において合理的に物事が終わるなんて事はまず有り得ない。

非合理や不合理な事象……イレギュラーが飛び交うのが戦場なのだ。マーティンが言う通り、上位アカウントを操作する人間の誤認による同士討ちや、子機同士の間に敵が入り込んだ場合の対処など、ザッと考えただけでも問題が山積みだと分かる。

 

「っつってもなぁ……アルカ・ノイズ相手だと防御面が心配だが……」

 

「ま、それも含めての実験だ。無人兵器でアルカ・ノイズへの対処が出来るなら、シンフォギアの改修が終わったとしても装者達の負担を大幅に低減できるからな。」

 

「それもそうか。」

 

ガションガションと鉄の足音を鳴らして、モビルボットが駈ける。

此方の張る弾幕を気にもせず、ただ愚直なまでに走り抜ける。

 

「……なるほど?同士討ち対策はしてないっつっても装甲はガッツリしてんのね?」

 

気にもしない……だけではない。その装甲で後ろからの流れ弾を弾き飛ばし、姿勢を崩すことなく進んでいく姿を見て、このバカげたシステムを考えた奴の評価を二段階ほど上方修正する。

 

「あぁ、アサルトライフルなら同時に十発ほど着弾でもしない限りは即時停止もしない強固さがある。システムを出来るだけ雑にした結果だそうだが……」

 

━━━━そして、モビルボットの砲火が轟音を鳴らす。

信頼性の高い発射機構だからか、いつもの(AK-47)がそのまま括りつけられたような腕からライフル弾がばら撒かれる。

 

「キルレートも良好……攻撃性能は問題無い、か……」

 

「そりゃあんだけの数で攻めりゃなぁ……」

 

見た所、ホストBot一機が二十機の子機を動かすのだ。単純な弾数計算で言えば、一人の兵士が撃つ場合の21倍だ。

勿論コレがそのまま戦力計算に適用出来るかと言えばそうでは無いのだが……

 

『━━━━あ。』

 

━━━━そして、今目の前で起きているように。

アルカ・ノイズの解剖器官でホストBotが破壊されたりなどしてしまった場合にはなお酷い。

 

周囲の子機達二十機も総て動かなくなり、アルカ・ノイズの攻撃に吞まれて赤い塵へと消えてゆく……

 

「うーん、流石にコレは信頼性低すぎるなぁ……」

 

「やはりシンフォギアの防御性能は偉大だな……」

 

いやホント。

あんなバリアフィールドを人型サイズに納めるとか、櫻井了子はどんだけのインチキを働いたんだか……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━そぉりゃァ!!」

 

━━━━背後から迫って来たその影にアタシ(暁切歌)が反応出来たのは、わざわざ声を挙げて襲ってきてくれたからだった。

 

「ハッ━━━━!?

 ぐ、ぬ……ぬぬぬ……ッ!!」

 

だって言うのに。

相手の片腕の押し込みに対して、キッチリ受け止めた筈のアタシが両腕で押し返そうとしてもなお……押し、切られる……ッ!!

 

「うりゃ!!」

 

『うああぁ!?』

 

━━━━だから、もう片方の手に握られた新しい杖……?を振り抜かれれば、近づいて攻撃の機を窺っていた調ごと吹き飛ばされてしまうのも当然の事だった。

 

『調ッ!?切歌ッ!?』

 

「月読さんッ!!暁さんッ!?」

 

「……あいったたた……」

 

「……簡単には、いかせてもらえない……」

 

「うっふふ。ジャリん子共ォ……」

 

━━━━乱入早々アタシ達をフッ飛ばした紅の人形が何をしているのかと見てみれば、やっているのは此方を嘗めているかのような、杖の上に乗ってのパフォーマンス。

……実際、嘗めているんだろう。アタシ達の適合係数は、どうやったって第一種適合者には見劣りするのだから。

 

「━━━━アタシは強いゾ?」

 

━━━━振り向きざまに不敵に笑うその顔が、対峙するアタシ達からはとても獰猛に、そして恐ろしく見える。

だけど━━━━

 

「子供だとバカにして━━━━ッ!!」

 

力及ばずと分かっていても、上から目線でジャリん子呼ばわりされて頭に来ないワケが無いのデスよ!!

 

「目にもの見せてやるデスよッ!!」

 

調と二人構えるのは、撃ち込んだ分とは別に持ち出して来ていた無針注射器。

━━━━その中身は、勿論……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「あぁッ……!!更にLiNKERをッ!?」

 

小日向未来が悲鳴を挙げるのも無理は無い。

神獣鏡を纏う為にDFS(ダイレクトフィードバックシステム)とLiNKERで繋がれた彼女も、神獣鏡の光に浄化されねば改造された脳が耐えきれずに死んでいたかもしれない瀬戸際に陥った事もあるのだ。

……そして、そんな状況に追い込まれた原因は紛れもなく……(マリア・カデンツァヴナ・イヴ)だ。

 

「━━━━二人を連れ戻せッ!!これ以上は命に関わるッ!!」

 

追いLiNKERなんて無謀を前にして、司令が止めないワケが無い。だけど……

 

「━━━━やらせてあげてください。」

 

拳を強く握り込む。

戦場(いくさば)に立つ事すらままならぬこの身の弱さに腹が立つッ!!

けれど、だからこそ。私は此処で叫ばねばならないのだッ!!

 

「これは、あの日道に迷った臆病者達(わたしたち)の償いでもあるんです……」

 

「臆病者達の、償い……?」

 

「えぇ……誰か(善意)を信じる勇気が無かったばかりに、迷ったまま独走した私達……」

 

━━━━悪意があまりにもありふれていて、忘れてしまっていた事。

手を伸ばしてくれる人は、出逢えなかっただけでこの世には必ず居るという事。

 

━━━━そして、世界にただ一人になったとしても、手を伸ばし続けてくれるような()()鹿()()も、確かに居たのだという事……!!

 

「だから、エルフナインがシンフォギアを蘇らせてくれると信じて戦う事こそ、私達の償いなんですッ!!

 ━━━━そしてそれは同時に、誓いでもある。」

 

一つでも歯車が欠けていたら、私には何も残って居なかっただろう。

悪意に抗おうと足掻き、藻掻き、それでも悪を貫き徹す事すら出来ず……セレナも、マムも。いいや、もっともっと多くの人の命をッ!!喪ってしまっていた筈なのだ……ッ!!

 

「救われた筈なのに、私達が忘れてしまった《誰か》。

 ━━━━その借りと、恩をッ!!手の届く総て、護り切る事で果たすと誓ったから、あの子達はきっと……ッ!!」

 

「……バイタルチェックを密にした上で、回収班を待機させる。それが最大限の譲歩だ。」

 

重い沈黙を破って、司令は判断を下す。

その内容は、私達の行動の認可……

 

「━━━━だが、安心しろ。

 手の届く限りに立ち向かうのは、何も《彼》だけの専売特許じゃない……ッ!!」

 

そして、それ以上を齎す、希望の光だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

手を繋ぐ。指が絡まる。

(月読調)と切ちゃんがすぐ近くに居る事。

それを、眼だけでなく五感の総てで確かめ合う。

 

「へぇえ?」

 

相も変わらず余裕を隠さない紅の人形。見逃しているのだって、此方が追いLiNKERしても叩き潰せると予測しているからなのだろう。

でも構わない。だって……

 

「━━━━貴方みたいのはそうやって、見下してばかりだから勝機を逃す……」

 

ですよね、翼さん。

 

「……LiNKERの追加投与。一人なら絶対に取らない策……でも、二人でなら。」

 

「━━━━怖くないデスッ!!」

 

━━━━そして、私達は同時に、致命の一撃(LiNKER)をお互いの首筋へと叩き込む。

 

━━━━ドクン、と。心臓が強く高鳴る。胸の内側がざわざわする。

 

「ん……!!」

 

四肢に漲る意志が、身体を無理矢理にギアへと適合させて……

 

「あ……」

 

垂れて来る感覚。粘膜の薄い所が血圧の増加に耐えきれなかったのか、抑える手を見れば溢れ出た鼻血と、小刻みに震える指先がある。

 

過剰投与(オーバードーズ)……」

 

「……鼻血がなんぼのもんかデスッ!!」

 

━━━━私達が想った事は、きっと同じ。

あの日、マムやマリアを助ける為に血塗れになったというセレナ……今もアルカ・ノイズの群れから人々を護る為に立ち回り続ける彼女の背中。

 

「━━━━行こう、切ちゃん。一緒に……ッ!!」

 

あの日、伸ばせなかったこの手を。今は、私達がッ!!

 

「━━━━切り刻むDEATH(デス)ッ!!」

 

そう言い放つ切ちゃんのアームドギアは、両手に握る二振り一対。

対鎌を一つの大鎌となす、イガリマの新たなカタチ(アームドギア)……ッ!!

 

━━━━対鎌(ついけん)螺Pぅn痛ェる(ラプンツェル)━━━━

 

私も、それに応えるように機械腕(マシンアーム)を展開し、巨刃の鋸を回転開始(エンジンスタート)させる……ッ!!

 

「お?面白くしてくれるの……かァッ!?」

 

バランスを取った状態から空中、跳び上がりながらという最悪の足場から、此方に向かってその両手の結晶塊を投げつけてくる。

 

「うぇい!!」

 

だけど、だけども。

今の私達の適合係数なら……ッ!!

 

「おぉ!!ならコレは……どうなんだゾッ?」

 

「危険信号点滅……ッ!!地ッ獄極ゥ楽どっちがいいDEATH(デス)ッ!!」

 

三発の号砲。先ほどまでならこちらを吹き飛ばして余りあっただろう猛威。

━━━━それでも、バーニアを吹かして突き進む今の切ちゃんには通じない……ッ!!

 

「真っ二つにされたけりゃAttention……ッ!!」

 

弾き飛ばし、肉薄した切ちゃんの一撃を、紅い人形は右手に持つ杖で受け止め……しかし、今度は、耐えきれないッ!!

 

「おォ!!」

 

整列(きをつけ)DEATHッ!!」

 

「未成熟な(ハート)ごとォ!!

 ぶつけた敵対心ッ!!」

 

━━━━γ式・卍火車━━━━

 

だけど、紅い人形の基礎出力は未だあらゆるシンフォギアを上回っている。だから、狙うべきは正面からの殴り合いでは無く……削り合いッ!!

切り下がる切ちゃんの後ろから交代(スイッチ)しながら、私は上を取って巨刃の鋸の投擲を叩き込む……ッ!!

 

「アハハハハハ!!メーン!!メーン!!だゾォ!!」

 

だが、やはり投擲では攻撃力が足りないのだろう。物理法則を無視して掌から現れる新たな杖で、巨刃二つは打ち落とされる。

 

「━━━━行き場の無い、激情(ボルテージ)。隠した涙達(ティアァァァァズ)ッ!!」

 

しかして、それもまた計算通り……ッ!!

迎撃の間に後方一回転。脚を起点に描くのは丸い丸い満月の刃……ッ!!

 

━━━━非常∑式・禁月輪━━━━

 

偽善者と吐いた言葉は(突き進むだけのレール)合っているの(ねぇ合っているのDEATHか)?』

 

大質量の突撃、機軸の定まったこの一撃なら……ッ!!

 

「ッとォ!?

 凄い凄いんだゾ!!」

 

切り刻む事無い(切り刻む事無い)世界に夢抱き(世界に夢抱き)

 ━━━━キスをしましょう?(キスをしましょうッ!!)

 

目論み通りに杖を打ち砕き、紅い人形を後退させる。

 

「切ちゃんッ!!」

 

「合点デスッ!!」

 

とにかく、本部に攻撃させない事が目的の一番。

だから、私達は目の前の紅い人形を本部近辺で戦う人達から遠ざけ、攻撃が当たっても問題が無い場所へと誘導を……

 

「ニヒッ☆

 なら……面白い所で戦うんだゾッ!!」

 

「上……ッ!?」

 

そんな此方の想いを読み切ったのか、後退していた紅い人形は地を蹴り宙を舞って、ギガソーラーシステムの上へと飛び移る……ッ!!

 

「ギガソーラーシステムを物質(ものじち)にッ!?」

 

「さっきの強襲も其処からだったデスかッ!!

 調ッ!!」

 

「リスクは高いけど……やるしかないよ、切ちゃんッ!!」

 

太陽光を効率よく受け止める為、空に向かって広がるギガソーラーシステムの葉の上から。

両掌をかっ開いて下へ向かって杖を乱射する紅い人形に有効打を与えるには、此方も向こうの土俵に乗るしかない……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「更なる適合係数の上昇で、ギアの出力も上がっていますッ!!」

 

「二人のユニゾンが、数値以上の効果を発揮していますッ!!」

 

司令部に鳴り響く、調ちゃんと切歌ちゃんの重なる歌。

それを聴きながら(天津鳴弥)は、二人のギアの各部をアドリブで調整しながら援護する……ッ!!

 

「女神ザババの双刃という共通項を以て二人のギアを構成するフォニックゲインを共鳴、斉唱(ユニゾン)を行う特異機能……

 二人の元々の適合係数こそは第一種適合者には及ばずとも、この輝きなら……ッ!!」

 

「━━━━だが……この輝きは時限式だ……ッ!!」

 

司令の零す言葉も、また事実。

LiNKERの追加投与による増強がいつまで保つかなんてデータ、被験者の身体への負担が高過ぎて考慮すらされていない為に揃っていないのだ。

だがそれでも一つ言えるとすれば……

 

「まず間違いなく、LiNKERの単独投与よりも増強の時間は短くなってしまう筈……」

 

LiNKERのどの部分が薬効成分として機能し、身体のどの部位へと作用しているのか。

そんな基本も基本の部分すら私達は理解出来ていない。

だがそれでも、人間の身体が化学反応によって燃焼その他の生命活動を行う以上、一つだけ確かに言える事がある。

過剰に摂取された成分は、如何に化学的に重要な物質だろうと機能しないままに排出されるという事だ。

過ぎたるは猶及ばざるが如し、コレは人間にも当然適用される事であり、オーバードーズで効果が向上しているのも、肉体負荷を抑える為の安全マージンを削っているからこそなのだ……

 

「━━━━それでも調と切歌なら、目の前の()を切り刻み、道を開いてくれる……ッ!!」

 

そんな悲観を覆すように、マリアちゃんは真っ直ぐにモニターを見つめていた……




二人でなら怖くない。それは事実。
二人でも敵わない。これも現実。
心に宿った小さな火は、二つ重なって炎となって。
あの焔の日の背中を追う力となった。

━━━━それでも、暴虐の紅い焔には届かない。

だけど、だけど……番う一つを喪いたくない。
そう願うキミ(翡翠)の声に、迷わず、揺るがず、応える声が、此処に二つ。

━━━━疑われることを怖れずに、真っ直ぐ飛び込んできた者が居た。
そしてここには、信じることを怖れずに受け止める者たちが居る。


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第九十九話 銃剣のチャージアタック

━━━━森の中に鳴り響く電話のベルに、恐怖で身が竦む。

だが、この電話を取らぬワケにはいかない。我が身の震えを自覚しながら、偉大なる黄金結社の一員である(錬金術師)は電話の受話器を取る。

 

『━━━━やぁ、ボクだよ。』

 

「は、はははいッ!!偉大なる空に輝く明けの明星にして、最も完全な存在たる統制局長閣下ッ!!」

 

このアンティーク調の電話には電話線が無い。ましてや電源など繋がっても居ない。

━━━━念話。錬金術師が己の魔力によって他者へと干渉し、直接連絡を行う技術の現れだ。

だが、一般的な念話はまさに《念》だけを相手に飛ばすモノでしかない。このように物質的な空想(イマジネーション)を叩きつけ、()()()()()()()()()()()()()()()()事など、我等にとっては埒外の絶技である。

 

『あぁ、いいよ。長い前置きはね。

 ━━━━念話を飛ばしたのは聴きたかったからさ。キミに与えた任務の動向をね。

 何かあったのだろう?ボクに連絡をして来たからには。』

 

━━━━統制局長。アダム・ヴァイスハウプト。黄金の君。解放者(スパルタクス)

フランス革命を裏から扇動したとも、英仏百年戦争をその眼で見て来たとも謳われる偉大な錬金術師。

そんな天上とも言える方から直々に拝領した私の任務。それは欧州某所に眠る《隻腕の遺骸》の監視と調査。

━━━━森の中、洞窟に隠された地下墓とその罠を乗り越えるのは如何に私が結社内部でもそれなりの(それなりの!!)地位にある私にとっても中々骨が折れた。

だというのに。

 

「は、はい……局長閣下の仰っていた地下墓に辿り着いたのですが……

 ━━━━地下墓の奥底、其処で信じられぬ物を見たのですッ!!

 地下墓の奥底に安置されていた遺骸が……私の目の前で動き出したのです……ッ!!」

 

━━━━それは、信じがたい光景だった。

数百年前に死しただろう遺骸が!!顔面を潰され、片腕を喪ったその遺骸が!!

 

『……ふむ。それは奇妙な事だね、なんとも。』

 

「その遺骸は副葬品だったろう仮面を被り、長い槍の付いた義手を付けると……私を一瞥してから転移で去って行きました……」

 

━━━━転移術式。それも、テレポートジェムを使用しない高度な用法。

まさか、こんな辺境の地下墓にそんな錬金術師が居たなんて!!

 

『……なるほどね。ウソを言っている……ワケでは無さそうだね。その様子では。』

 

「信じていただけないのも無理はありません!!ですが統制局長閣下!!私はこの目で見たのです!!」

 

統制局長閣下の疑念も当然だ。私とて、この目で見ていなければ到底信じられなかっただろう。

 

『あぁ、分かった。分かったとも。

 ━━━━キミは一度帰還したまえ、本部にね。

 詳細はそちらで聴くとしよう、報告書でね?』

 

「……はい……」

 

消沈しながらも、私が統制局長閣下の言葉に異議なく従う理由は単純至極。

━━━━あの遺骸が、恐ろしかったのだ。

 

━━━━あぁ、お前はなんなのだ。《隻腕の遺骸》よ。

見るだけで怖気(おぞけ)が走る。

この世に有りながら、この世を否定する悪魔の如き異質さ。

死んでいる筈の者が立ち上がる矛盾だけではない。もっと根本的な……

 

……そして、何よりも不思議なのは、立ち上がる最中に放った譫言(うわごと)だ。

 

『━━━━長い、夢を見ていた。

 身体は不倶で、血は歪み……幾百の歳月を積み上げ……ただ一人を待つ。

 ━━━━あぁ、狂い果てたこの身の意義は、()()()()()……』

 

━━━━お前は一体、ダレを待っていたのだ?

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━切れる感覚。念話の物だ。

 

「━━━━どういう事なのかな、コレは。」

 

調べていたのだ。ボク(アダム・ヴァイスハウプト)は秘密裏に。

彼女(ディーンハイムの裔)の足跡における最大の不明点、隻腕の遺骸について。

 

「……自動人形(オートスコアラー)であった、という事かな。*1

 数百年の時を経て動く存在となれば。」

 

━━━━そう言う事か、なるほど。

かつて彼女が(イザーク)を喪った時、その喪失に立ち会った存在……彼女はその男を自動人形へと改造したのだ、恐らくね。*2

 

「まさか()()()が居たとはね。*3黙示録の騎士(ナイト・オブ・クォーターズ)に。」

 

思考を回しながら、新調したワイングラスを揺らす。

 

「となれば……遺骸の目的は合流、という事かな?*4

 

……放置しておいて構わないだろう。そうであれば。

彼女の根幹に関わる物と目していたのだ、ボクは、あの遺骸の事を。

だがそうでは無く、彼女の計画の最後のピースだと言うのなら構わない。

 

━━━━ただ、分からなくなるだけだ。彼女が何を思って事を起こしたのかが。

 

「……無意味なものだね、感情など。」

 

━━━━あぁ、こんなモノなんて。完璧には必要ないというのに。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『━━━━胸にある(ホントの)……想い(想い達を)果たしきれやしない……ッ!!(果たしきれやしない……ッ!!)

 

━━━━ミカ(アタシ)の挑発に乗って、ギガソーラーの広げる葉の上に乗ってくるジャリ共(紅と翠)

 

強く……(強くなる勇気を)なれば(心に秘めて)太陽の(月を包む)耀きにッ!!(耀きにッ!!)

 

その耀きは申し分なく、二手に分かれたと見せかけての交叉攻撃で、ミカの命を刈り取らんと迫ってくる。

 

「子供でも下駄を履けば(LiNKERツッコめば)それなりのフォニックゲイン……」

 

━━━━マスターの計画に必要なのは、ようはミカ達を高いフォニックゲインでぶっ壊してくれる事。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「出力の高いこの子一人でも十分かもだゾ?」

 

……だけど、コイツ等を解剖(バラ)したら、やっぱりマスターは悲しい顔をするのかな。

でも、ミカはマスターの計画を絶対に成し遂げるって決めてるんだゾ。

だから……

 

「アハハハハハッ!!」

 

(わら)って、(わら)って。

マスターの願いを叶える為に、マスターの想いを踏み躙って。

ミカにはもう何が正しいのか分かんないんだゾ。

 

━━━━だけど、だからこそ、アタシの意義(レゾンデートル)に従って、アタシは壊される為に全力を尽くすんだ。

 

『━━━━強くなりたい(強くなる為には)護られる(求め続ける)だけだと(だけだと)ッ!!

 胸にッ!!ある(ホントの)想い達を(思い達を)果たしきれやしないッ!!(果たしきれやしないッ!!)

 

━━━━β式・巨円断━━━━

 

「大振りなんか通らないんだゾッ!!」

 

叩きつけるようなヨーヨーの一撃を、アタシは敢えて目の前で受けてやる。

炎の熱量で形成したバリアの目的は、ただ受け流す事だけじゃなくて……

 

『━━━━強く……(強くなる勇気を)なれば(心に秘めて)太陽の(月を包む)耀きにッ!!(耀きにッ!!)

 近づけるかな……?(嘘は無い、番いの愛)

 

━━━━Σ式・降下巨刃(兇脚・Gぁ厘ィBアa)━━━━

 

こうして動きを止めた所を好機と見て突っ込んで来るジャリ共をブッ飛ばす為の罠でもあるんだゾ。

降ってくるのは、脚に生やした一対の大鎌と大鋸(ライダーキック)

 

キミに照らされ……(キミをッ!!照らしたい……)

 

それを、こうして……

 

「━━━━ドッカーン!!」

 

『━━━━あぁッ!?』

 

爆発、炎上……ギガソーラーの葉を落として、剪定してやったんだゾ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━漆黒。ギガソーラーの葉が落ちて。

 

「内蔵電源に切り替えますッ!!」

 

━━━━復帰。立ち上がるモニターの中に広がるのは、炎の赫。

 

「━━━━負けないで……」

 

━━━━(小日向未来)には、(シンフォギア)が無い。

……あぁ、あの日と同じ無力感。

 

「セレナ……天羽奏……どうか、二人に奇跡を……ッ!!」

 

()()()()()()拳を胸の前で握り締めるマリアさんも、きっと同じ気持ちだろう。

━━━━そんな中、開かれる発令所の扉。

 

「━━━━ッ!?

 響くんッ!?」

 

━━━━其処に立っていたのは、眠り続けていた、私のお日様……!!

 

「━━━━響ッ!!」

 

「あはは……」

 

生きている。歩いてる。思わず抱き着いた彼女の身体はしっかりと床を踏みしめていて。

 

「……ありがとう……響のお陰で、私……」

 

「私の方こそ、また歌えるようになったのは━━━━未来のお陰だよッ!!」

 

━━━━今も生きているんだよ、って。続けようとした声を、響の声が上書いて。

けれど、それは……

 

「でも……平気なの……?」

 

「だーいじょうぶ!!へっちゃらだよ!!」

 

眉を(ひそ)めて問う私の声に、響は明るく応えて見せる。

━━━━だけど、胸元で握るその拳は、震えていて……

 

「━━━━状況、教えてください。」

 

━━━━その震えを止めぬままに、響は強く言葉を紡ぐ。

そんな響の姿が、私には誇らしく、けれど同時に……

 

「……あぁ、分かった。

 ━━━━現在、SONG本部を収容しているこのドックの発電施設が襲撃されている。

 大詰めに入ったギアの改修作業を完遂させるまでの時間を稼ぐべく奏くんとセレナくん、それに乗じて調くんと切歌くんも出撃した……

 だが、特異災害対策機動部の部隊はアルカ・ノイズを押し留めるのに精一杯で、其方の支援から奏くんとセレナくんが抜けられん……」

 

聞けば聞くほど、私達は追い詰められている。たった数十分の襲撃で電源は喪失し、戦える残りのメンバーも全員が出撃せざるを得ない。

 

「調ちゃんと切歌ちゃんに任せるしか、無いんですか……?」

 

「━━━━いいや。最後の希望は、既に放たれた。」

 

━━━━だというのに。信頼を握って立つ司令の言葉は力強く発令所に響いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「はぁ……クッ……!!

 このままじゃ何も変わらない……変えられない……ッ!!」

 

━━━━圧倒的。ひたすら圧倒的パワーが蹂躙し尽くす。

炎の暴威。その熱量を前に、(月読調)達は成す術無くギアの出力を削られていた。

 

「ッ……こんなに頑張っているのに……ッ!!どうしてデスかッ!?

 こんなの嫌デスよ……変わりたいデス……ッ!!」

 

LiNKERを注ぎこんで、命を賭して戦っても尚、傷だらけのギアが示すように、私達の攻撃は目の前の紅い人形にすら通じない……

無力なお子様なままで居るのがイヤだから、私達は無理を承知で力を握った筈なのに……ッ!!

 

「ンー、まぁまぁだったゾ?

 ━━━━でも、そろそろ遊びは終わりだゾ?」

 

ゾッとするような、それでいて当人は楽しそうな嘲笑と共に、紅い人形はその身に宿す暴威を高速の機動力に変えて迫りくる……ッ!!

 

「はっ……!?」

 

「バーイならァァァァッ!!」

 

「切ちゃ……ッ!?」

 

一瞬だった。

ほんの一瞬。

気落ちはしても、油断なんてしていなかった。なのに……紅い人形の左掌から放たれた結晶が、切ちゃんの胸のギアコンバーターを、貫いて……

 

「━━━━あゥッ!?あぁッ!?」

 

コンバーターが一撃で砕け散る程の衝撃に跳ねた切ちゃんの身体を地面から護って、役目を果たせなくなったギアが光と(ほど)ける。

 

「━━━━切ちゃんッ!!」

 

いかなくちゃ。

切ちゃんが傷ついてるんだ。絶対に、助けなきゃ……ッ!?

そう思い、ローラーを必死に転がす私の前に突き立つのは、新たな結晶達……

 

「クッ……!!」

 

「━━━━余所見してると、後ろから狙い撃ちだゾ~?」

 

振り向けば。私の……いいや、私達の努力を嘲笑うかのように、健在の紅い人形が結晶をその掌に浮かべて嗤っている。

━━━━ふざけるな。

切ちゃんを傷つけた紅い人形。その暴威を許せるワケが無い。だから私は、傷ついたギアに発破を掛けて、アームに纏う鋸を最大限の四つに増やして紅い人形に向かい合う……

 

「━━━━邪魔しないでッ!!」

 

「仲良しこよしで、お前達のギアも壊してやるゾ……っとォ!?」

 

━━━━紅い人形が、そうして向かい合った私を挑発した瞬間。お互いの知覚の外から放たれた一撃が紅い人形へと直撃する。

 

「━━━━嘗めてんじゃねぇぞ木偶の坊がッ!!」

 

その攻撃の正体は、ミサイル?でも、本部潜水艦はまだ兵装を動かす程の出力を出せない筈じゃあ……?

 

「対アルカ・ノイズ戦術草案第二弾ッ!!

 ━━━━ロスアラモス製の携行式ミサイル(誘導弾)による簡易的面制圧ッ!!」

 

私の疑問に答えるかのように高らかと吠えるのは、迷彩服を着て、物陰から穴の開いた筒を突き出している三人の男性たち。

 

「ジョージさんにマーティンさん!?それに……」

 

「諜報班の津山ですッ!!我々は指揮系統が特異災害対策機動部とは異なるので、此方の援護に来ましたッ!!」

 

「━━━━オマエ等……」

 

『━━━━ッ!?』

 

手短に情報交換する私達の耳朶に響く、低く、けれども熱い嗤い声。

 

「そんなに遊んでほしいンなら存分に遊んでやるんだゾッ!!そーれェ!!」

 

狂ったような笑顔を張り付けて、紅い人形はその掌に山盛りの結晶を投げ上げる……ッ!!

 

「アルカ・ノイズを……ッ!?」

 

「十や二十じゃ効かんか……仕方ない。この数相手には誘導弾も効果が薄い……()()()()も使うぞ。」

 

「うわーめっちゃイヤだわぁ……()()、ほぼ自爆兵装っしょ?」

 

「そのまま死ぬより自爆して死んだ方がアドが大きいぞ?」

 

「俺は死ぬわけにはいかないので遠慮したいですッ!!」

 

中空で砕けた結晶、その中から墜ちた光が魔法陣を描き、数多のアルカ・ノイズを召喚する……

 

「ふふふ……ほーら。千客万来の満員御礼だゾ?」

 

「に……逃げるデス……調……おじさん達も……」

 

「切ちゃんを置いて逃げるなんて出来ない……私の(こころ)は、切ちゃんに救われた命なんだものッ!!

 だから……」

 

だって、切ちゃんが居なかったら、私はあの白い孤児院で心を喪っていた。

名前を失くして、過去も無くして……家族も、きっと亡くしてしまって……

何もかもが無くなった私に寄越された月読調(なまえ)を肯定してくれて、同じ立場だと明かしてくれた切ちゃんの優しさを、私は忘れない。

だから切ちゃんを救う為なら、この命を総て使っても惜しくない。

 

「━━━━おじさん呼ばわりはヒデェな。これでもまだ二十代なんだぜ?」

 

「お前な……十は年上ならそりゃおじさん呼ばわりされるに決まってるだろう……」

 

「えー……我々としても非武装の民間人を無視して撤退する事は出来ません。だから━━━━生きる事を、諦めないでください。」

 

━━━━そう、私は思ったのに。

切ちゃんの言葉に返す彼等の言葉に恐れは無い。いいや、有るのかもしれない。でも、それを見せまいと笑っていて……

それに……

 

「その言葉、響さんの……」

 

━━━━奏さんから受け継いだんだって、響さんが笑ってた。

 

「えぇ、昔、あの二人(ツヴァイウイング)に助けられた事がありまして。

 ━━━━だから、今度は俺が助ける番って事です。彼女達を悲しませないように、彼女達を護ろうとする誰かをッ!!」

 

「言いたい事は終わったのか~?

 なら始まるゾ!!バラバラ解体ショーッ!!」

 

━━━━わざと待っていたのだろう。此方に準備させて、それでも敵わないんだって。

……それも、叶わないんだって。痛感させる為に。

 

でも。

 

「━━━━負けるワケにはいかないッ!!」

 

━━━━生きる事、諦めないと。

 

「そらそらそらァッ!!」

 

だから、飛び掛かってくるアルカ・ノイズに対して私達が選ぶのは徹底的な抗戦(トライブリゲード・リボルト)

後ろに控えつつ銃弾をばら撒いてくれる彼等の援護を受けながら、四つのアームで保持した丸鋸がアルカ・ノイズの解剖器官を避けてその身を切り刻む。

 

「くっ、はッ……うぅッ!!」

 

━━━━けれど、押し寄せる数は甚大で。

━━━━そして、私達の抵抗は果敢無くて。

 

「マズい……ッ!!空中じゃあ避け続けるにも限度があるぞ……ッ!?」

 

「クソッタレがッ!!こんだけの同時並列処理が出来るなんざ、あの人形女郎はどんなCPU積んでやがるッ!!」

 

一つ、二つ、三つ。後方宙返りで跳び上がった私を狙うアルカ・ノイズを丸鋸が切り裂いて。

━━━━けれど、四つ目。角度が合わない……ッ!!

 

「あぁッ……!!」

 

回転型アルカ・ノイズとかち合った刃は、しかし解剖器官に一瞬で競り負けて、右上方の丸鋸が基部ごと壊されてしまう。

それでも、前へ前へと進もうとする私の刃達を押し込むように、地面から空中の私の胸元へ向けて叩き込まれる人型アルカ・ノイズの一撃。それを後方上体傾斜(スウェーバック)で避けるも、左下方の丸鋸が粉砕される。

 

「火力も出せねぇ俺達は二の次ってか……ッ!!」

 

「ちくしょう……ッ!!あんだけ大口叩いたってのに……

 ()()()()()()()()()()ッ!?俺はッ!!」

 

アルカ・ノイズの狙いは、一貫して私。他のメンバーへの攻撃は散発的で、だからこそ彼等も避ける事が出来ている。

 

「くっ……はッ!!━━━━せぇい」

 

バックステップで仕切り直そうとする此方に向けて飛んで来るのは、さっき丸鋸を砕いた回転型。学習したぞと言うように、刃先を立てて此方の丸鋸に迫る。

だけど、この短時間で二度も同じ失敗はしない……ッ!!

 

「丸鋸で……ッ!?」

 

「受けて……投げたァ!?」

 

「マ・ワ・シ・受ケ……見事な……」

 

右下方の丸鋸を、今度は真っ直ぐでは無く、横から側面でビンタするように受け止め、右手のヨーヨーを突きさして、解剖器官を当てられないようにしつつ半回転。

コレで一旦距離を稼いで……ッ!!しまったッ!!

今の回し受けで砲撃型への射線が通ってしまった……ッ!!

 

「だったら……ッ!!」

 

丸鋸で挟み込むような軌道で続く回転型二体を待ち受ける……と見せかけて、お互いの丸鋸をかち合わせる……ッ!!

反動で左右に押しやられた丸鋸が左右の砲撃型を弾き飛ばし、目の前の回転型二体へ対処する猶予をくれる……ッ!!

 

「━━━━援護しますッ!!」

 

「砲撃型のトドメは任せなッ!!」

 

私が弾いたアルカ・ノイズ。だけど、それは弾かれただけで、本来ならすぐに戻ってきてしまう筈だった。

━━━━だけど、そうして弾いたアルカ・ノイズにトドメを刺してくれる人が居るのなら話は別だ。

 

砲撃型が銃弾の雨にはじけ飛ぶのを横目に、私は手に入れた一瞬で状況判断。ヨーヨーを叩き込んで回転型二体を粉と挽く……

だけど、数が多い……ッ!!

 

「そこを……どけェェェェッ!!」

 

ヨーヨーを叩き込む為に跳び上がった一瞬を突いて殺到する、後続の人型と回転型の群れ……このままじゃいけない……ッ!!

包囲を抜け出す為にローラーを後ろに全力回転させ、奴等(アルカ・ノイズ)を少しでも切ちゃんと津山さん達から引き離す……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「誰か……」

 

━━━━少女が、声をあげていた。その身に(よろ)う力も無く、その腕には立ち上がるだけの力すらも無い。

……それでも、少女はゆっくりと、しかし確実に這いずり進む。

 

「助けて欲しいデス……ッ!!

 私の友達……大好きな調を……ッ!!」

 

━━━━けれど、けれども。

少女の声は届かない。

その声を聴くものは居ない。

その声に答えるモノはない。

 

目の前で、人型を取った《死》が、少女の胸元の希望(ギアコンバーター)を砕く。

 

「アハハーッ!!砕けて散ったんだゾー!!」

 

桃色の少女がその身に纏う鎧も、光と砕けて。

壁際に倒れ込むその姿は、ただのか弱い少女でしかない。

 

━━━━そして、その壁を解剖して現れる影、二つ。その影の正体は言うまでもない。

 

……あぁ、涯無きものなど。尊くあるものなど。

━━━━すべて、すべて、あらゆるものは意味を持たない。

 

「ち、くしょう……ッ!!」

 

「あの距離じゃ()()()()も使えねぇ……巻き込んじまう……ッ!!」

 

いっそ滑稽な類の音を立てて、《死》が迫る。少女の前から、そして後ろから。

その歩みは、見せつけるかのようにゆったりと。

 

「う……うぅ……誰か……誰か、調を……

 ━━━━誰かァァァァ!!

 

━━━━少女の、声は。

 

 

「誰か、だなんて。

 つれねぇ事言ってくれるなよ?」

 

 

━━━━伸ばした、手は。

 

「剣……」

 

「……ありがとうございます━━━━翼さんッ!!」

 

 

「あぁ━━━━振り抜けば、風が鳴る剣だッ!!」

 

 

━━━━風が吹く。《死》が、塵と消えてゆく。

灰は灰に、塵は塵に。そして、万象(アルカへスト)は万象に。

 

その跡には、蒼と赤の少女達が、光を纏い、此処に。

━━━━意志を握って、立っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━放たれた最後の希望。

それは即ち、土壇場で完成していた強化型シンフォギア。その二領。

 

『━━━━さて、どうする?センパイ?』

 

『反撃……では生温いな。

 ━━━━逆襲するぞッ!!』

 

━━━━だが、それはそれとして。

このマリア・カデンツァヴナ・イヴ()にも看過出来ぬ事態がある。

 

「━━━━男共は見るなッ!!」

 

━━━━嫁入り前の娘の裸を男共に無防備に晒す事などッ!!

 

『━━━━ッ!?』

 

「なー!?ななな、なんで私まで……!?」

 

「あ、ごめん……つい勢いで……」

 

視界の端で立花響と小日向未来がじゃれ合っているのが見えるが、まぁそれに関してはそれだけ余裕があるのだろう。

 

「も、モニターから眼を離したままでは、戦闘管制が出来ませんッ!!」

 

━━━━そう言い訳じみたような言い方をしてしまう彼の性根は分かっているが、その態度はいただけない。

 

「何ッ?その必死過ぎるぼやきはッ!!」

 

職務に忠実な結果だろうが、傍から見れば嫁入り前の少女の裸体を見たいだけにも見えてしまうのだ。

……調と切歌が嫁に行くとしても、それは今じゃない。だから、彼女達の保護者代理として、私には彼女達の尊厳を護る《義務》があるッ!!

 

「安心なさい。調と切歌が撤退するまでの間よ。

 ━━━━それも……」

 

何もずっとモニターを見るなとは言っていないし、言いはしない。

 

「え?」

 

「今の翼とクリスなら、それくらい問題無い筈。」

 

━━━━そう、彼女達が無事に保護されるまでの間、あの人形を止める事程度。

 

『━━━━ところで、俺等は事故なんで許してくれねぇか?』

 

『コレを羽織ってくださいッ!!翼さんッ!!彼女達は俺達が護衛して帰還しますッ!!向こうのアルカ・ノイズもじき掃討出来そうですので、それまでお願いしますッ!!』

 

「えぇ、調と切歌を頼んだわよッ!!」

 

『えぇ、頼みますッ!!』

 

……まぁ、現地で保護する為の行動ならば致し方なかろう……あの津山とかいう青年も、真っ先に上着を渡していたし……

 

「……扱いの差ぁ……」

 

「女所帯だ、致し方あるまい……」

 

「あはははは……」

 

そんな私の後ろからあがる弱音は、残念ながら聞かなかった事にさせてもらおう……

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「リベンジマッチならいつでも受け付けるんだゾ……そりゃッ!!」

 

━━━━紅の人形はそう言って、防人姉妹(わたしたち)の周囲へ向かってアルカ・ノイズの結晶体をばら撒く。だが……今の防人姉妹(わたしたち)を、一週間前と同じと高を括ってくれるなッ!!

 

「慣らし運転がてらに片付けるぞ、雪音ッ!!」

 

「あぁッ!!綺麗に平らげてやるッ!!」

 

『━━━━はァァァァッ!!』

 

雪音と声を合わせ、呼吸を合わせて走り出す。

 

「はッ!!ハァーッ!!」

 

「ふッ!!はぁあッ!!」

 

アメノハバキリの斬撃が、イチイバルの射撃が。

位相差障壁を喰い破り、アルカ・ノイズ達を紅き塵へと還してゆく。

 

「━━━━挨拶など無用。剣舞う懺悔(斬ッ!!げ)の時間ッ!!

 地ィ獄の奥底でッ!!閻魔殿にひれ伏せッ!!」

 

鎧袖一触。一刀両断。

巨大化させた剣を振るう剣圧すら、いまやアルカ・ノイズを砕き散らす破壊の暴風となる。

 

「━━━━一つ目は、撃つッ!!二つ目も……撃つッ!!

 三つ四つ……めんどくせぇッ!!キズナァ……」

 

私が砕き散らした爆心地に立ち、周囲を囲むアルカ・ノイズをリズミカルに吹き飛ばす雪音の矢柄も、いまやその一矢一矢が絶殺の意志の具現。

 

なめッんじゃねぇッ!!(嘗めるでないッ!!)

 

━━━━そう。防人姉妹(わたしたち)のギアは、アルカ・ノイズと戦うに足る姿へと強化されたのだ……ッ!!

*1
※違います

*2
※やっぱり違います

*3
※居ません

*4
※惜しいですが違います




華やかな舞台の上で、千両役者が舞い踊る。
天女の如きその舞と、真蛇(きよひめ)の如き能面に、誘われたるは、世界を呪う少女の末路。

幾百年の時を経て、かつて天女と呼ばれた少女は舞い戻る。
かつて大妖を砕き、天津の裔に彼の天女ありと謳われたその力を。

━━━━そう、天女。
かつて、かつて、遠き世界の涯で、太母(グレート・マザー)は求めた。
この星で、この(ソラ)で、決して孤独では無いと証明する為の存在を。

あぁ、故に。空を見よ。(ソラ)を見よ。
━━━━崩れゆく曇天の空を引き裂き、赫耀が来たる様を。


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第百話 赫耀のシューティングスター

 

「━━━━天羽々斬(アメノハバキリ)、イチイバルともに、各部状態良好(コンディション・グリーン)!!」

 

━━━━調ちゃんと切歌ちゃんの撤退が終わった事で普段通りの機能を取り戻した発令所に響く、藤尭くんの声。

 

「コレが……強化型シンフォギア……?」

 

「━━━━Project IGNITEは、破損したシンフォギア・システムの修復にとどまる物ではありません……」

 

データ上は知っていたとて、その勇姿に驚きを隠せない友里ちゃんに教えるように、強化作業を終えた(天津鳴弥)とエルフナインちゃんが説明をしながら進み出る。

 

「出力向上だけじゃなく、バリアフィールドの性質をアルカ・ノイズへと適合させる事で、万象の中で唯一解剖器官への耐性を得た《対アルカ・ノイズ用回天特機装束》……」

 

「アルカ・ノイズという最強の矛に対する、最強の鎧……錬金術が到ったもう一つの究極形態。それが、強化型シンフォギアです。」

 

そう断言するエルフナインちゃん。

その眼前のモニターの中、私達の言葉を体現するようにアルカ・ノイズの解剖器官の波状攻撃をその手に握るアームドギアで受け止める翼ちゃんの姿……

 

『━━━━信じる事……諦めるなッ!!』

 

━━━━だが、その拮抗は一瞬。返す刀で三体のアルカ・ノイズは紅い塵へと消える……

 

『━━━━今のうちに撤退だッ!!』

 

『此処は二人に任せるデス!!』

 

その裏で別のモニターに映るのは、上着を着せられた切歌ちゃんと調ちゃんが、マーティンさん達と共に戦場(いくさば)から離れゆく姿……

 

『……クッ……!!』

 

「周辺の避難状況はどうなっているッ!?」

 

「大よそは終わりましたが、まだ放たれたアルカ・ノイズが残って此方を押さえ込んでいます……

 特異災害対策機動部からは此方に戦力を集中するよう進言がありましたが、セレナさんも奏さんもそれを断って彼等と共に防衛に当たっています。」

 

「人の命より優先するモノなど無い、か……頼んだぞ、翼……クリスくん……ッ!!」

 

『司令ッ!!』

 

「津山か。どうした?」

 

『遠方に避難の列から逸れた子供を発見しました。ジョージさんとマーティンさんに装者二人の護衛を任せて俺は其方の救助に向かいますッ!!』

 

「分かったッ!!気を付けろよッ!!」

 

━━━━後になって思えば。

この瞬間から、既に運命は、分水嶺を越える為に動き出していたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━平等ッ!!ってッ!!ワケにいかないがァッ!!」

 

━━━━回転弾倉(ガトリング)から弾丸をバラ撒いて、アタシ(雪音クリス)は咆える。

 

『必ずッ!!孤独ッ!!じゃないッて事だけ……』

 

━━━━回転剣技(逆羅刹)でアルカ・ノイズを切り裂いて、センパイ(風鳴翼)も咆える。

 

「忘れず、その胸に……()()()()……ッ!!」

 

そして、おおよそのアルカ・ノイズを紅い塵へと還して、センパイは不俱戴天の仇と向き合う。

それは、紅い人形。

 

「━━━━雪、にもッ!!」

 

━━━━センパイがバーニアを吹かして紅い人形の下へ跳ぶ。

 

「━━━━風、にもッ!!」

 

━━━━その道を、アタシがバラ撒く弾丸で切り拓く。

 

「━━━━花、にもォッ!!」

 

「━━━━(だ、れ)にもッ!!」

 

『━━━━負、け、ないッ!!自分の色ッでッ!!』

 

━━━━蒼刃罰光斬━━━━

 

『戦い泣く勇気のハート……』

 

大振りな剣刃から引き出され、最速の威合いとなった一刀が鍔目返す二閃。

その交叉を、紅い人形は跳び上がって躱す。だが……

 

「━━━━孤独(ひと)りにはしなァァァァいッ!!」

 

━━━━MEGA DETH FUGA━━━━

 

そっから先は、地獄行きの一方通行だ……ッ!!

強化された事を高らかに示すように、爆速で用意し、ぶっ放すミサイルは、センパイの二閃に応えるように、二発。

 

コイツでその着地を狩り獲ってやらぁなッ!!

 

━━━━狙いは過たず、着弾。響き渡る轟音と爆裂。

 

「ふんッ……ちょせぇ……」

 

コレで倒せるとは言わないが、直撃弾は確実に……

 

「いや、待て……ッ!?」

 

「━━━━それはどうかな。」

 

━━━━黄金。

轟音の中でも不思議と響く声と共に、爆煙の中で輝くのは、いつかの(ペンタクル)のような黄金の六角形(ヘキサゴン)達。

 

「な、に……ッ!?」

 

「面目ないゾ。」

 

「……いや、手ずから凌いでよく分かった……

 ━━━━()()()()()()()()()()()()()

 ならば、オレの出番だ。」

 

『キャロルちゃん……ッ!!』

 

『キャロル……』

 

━━━━見せつけるようにアタシ等の前で放つ、その言い方は即ち。

 

「ラスボスのお出ましとはなァ……」

 

「だが、決着を望むのは此方も同じ事ッ!!」

 

傍観者気取りを()めて、盤上に立つってんなら話は早ェ……ッ!!

 

「……総てに優先されるのは計画の遂行。

 此処はオレに任せて、お前は戻れ。」

 

「……うん、分かったんだゾ。」

 

……?

アイツ等の話は上手く聞こえなかったが……何か、違和感があった気がする。

手駒よりも先に親玉が戦うと言ったから?いや、違う。

親玉の言い分が妙な言い回しだから?いや、違う。

 

アタシの小さな困惑を他所に、紅い人形は跳び上がり、カプセルを割って()()()()()()()()()()()

 

「━━━━トンズラする気かよッ!?」

 

「━━━━案ずるな。

 この身一つお前等二人を相手にするぐらい……このオレには造作もない事。」

 

「その風体でぬけぬけと咆える……ッ!!」

 

センパイの言葉は油断や慢心では無い。だがそれでも、目の前のエルフナインと同じ体躯(サイズ)の少女が強化型シンフォギアを圧倒するのだ。と告げられても俄かには信じがたい……

 

「なるほど。確かに……風体(ナリ)を理由に本気を出せなかった……などと、言い訳されるワケにはいかないな……

 ━━━━ならば、刮目せよッ!!」

 

━━━━啖呵と共に、彼女の脇の空中に浮かぶのは、これまで見た事のない紫色をした魔法陣……ッ!?

何をするのか分からないアタシ等の前で、その魔法陣から彼女が引きずり出すのは……竪琴……?

 

━━━━そして、彼女は持ち替えたその竪琴を、爪弾(つまび)いて……

 

『━━━━アウフヴァッヘンッ!?』

 

『いいえ、コレは……アウフヴァッヘン波形では無い。けれど……』

 

『はい……非常に近いエネルギーパターンですッ!!』

 

『━━━━儀式(カルト)。かつての英雄英傑達が、己の手に握った聖遺物を使う為に行ったというそれ……』

 

『まさか……聖遺物の起動ッ!?』

 

『ダウルダブラの武装錬金(ファウストローブ)……ッ!!』

 

通信の先から聴こえる発令所の喧騒。それを裏付けるように、目の前の少女の変化は劇的だった。

 

━━━━いや、少女と呼ぶ事は出来ないだろう。一瞬にして成長を遂げた豊満な体躯を縛り上げるように、巻き付いた糸は服となって彼女を覆う。

 

「━━━━コレくらいあれば不足は無かろう?」

 

挑発。テメェの胸を揉んで、コッチに見せつけるように。

 

「急成長……ッ!!」

 

「エクスドライブが見せる髪の伸長の如くにか……ッ!?」

 

どうやって起こしたのかは分からないが、聖遺物の力がこれほどたぁ……ッ!!

 

「━━━━さぁ、狩りの始まりだッ!!」

 

━━━━言葉と同時に、彼女の腕が振るわれる。一閃、此方に届くようには見えない。だが……

 

「クッ!!」

 

その五指に巻き付く《五線譜(いと)》が見えたアタシ等は、勘に従って跳び上がり、その五線譜が刻む寸断を(から)くも回避する。

 

「━━━━らァッ!!」

 

「ッ!!……大きくなった所でェッ!!」

 

続く二閃はセンパイを狙った物。それをあの人は伏せて回避する。けれど、その背後の燃料タンクは紙切れのように切り裂かれ、爆発炎上する。

 

「━━━━張り合うのは望む所だァッ!!」

 

出力がデカくなったってんなら結構、その上でぶちかます……ッ!!

 

「━━━━燃えよ、押し流せ。」

 

━━━━だが、そんなアタシ等を嘲笑うかのように、その背に負う弦を開いて女は紡ぐ。力ある言葉を。

 

たった一語。それだけで、世界法則(あたりまえ)は女の前に跪く。

 

「くうッ……!?」

 

「どわぁッ!?」

 

━━━━紅と蒼の魔法陣。その色の通りに錬金術が放たれる。だが、その規模は超絶にして膨大……ッ!!

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━呆然。その言葉がふさわしいだろう。

錬金術が凄まじい物である事は、オートスコアラーの強さから誰もが身に染みていた。

だが、それでも……

 

「……歌うワケでも無く、こんなにも膨大なエネルギー……いったいどこから……?」

 

発令所で見守る(風鳴弦十郎)達の目の前のモニターに映るのは、ただ一撃で地形を変える焔と水の猛威。

その規模は超絶にして膨大。

オートスコアラー達でさえ、これほどの破壊を起こす事は容易ではない筈だ。

 

「……想い出の焼却です。」

 

「想い出の……?」

 

最も詳しいだろうエルフナインくんの言葉に、しかし理解を示せる者は誰も居なかった。

 

「キャロルやオートスコアラーの力は、想い出という脳内の電気信号を変換錬成した物……

 造られて日の浅いモノには、力に変えるだけの想い出が無いので、他者から奪う必要があるのですが……

 数百年を永らえて、相応の想い出が蓄えられたキャロルは……」

 

「それだけ強大な力を秘めている……ッ!!」

 

なるほど、確かにそれならば破壊規模の説明は付く。だが……

 

「……力へと変えた想い出は、どうなる?」

 

「……燃え尽きて、喪われます。」

 

「……そう、か……」

 

━━━━人は、何かの犠牲無くして何かを産み出す事は出来ない。

無から有を産み出すのは神の御業であり……有から何かを取り出せば、其処に残るのは変質したモノだけ……

 

「記憶の焼却……物質のエネルギーへの変換……?

 それじゃあまるで対消滅……いえ、それを高度に管理出来ているという事は想い出とエネルギーの価値を等価にしているという事……?

 ……ならそもそもこの物質宇宙は《物質》と《情報》に別れているのでは無く、ホログラフィック原理に基づいて表出した《情報》が物質となっている……?」

 

「……キャロルは、この戦いで結果を出すつもりです。

 ……仮令(たとえ)、自分がどうなろうとも……」

 

……それほどの強い覚悟があるのなら。ならば何故、彼女は……

 

目の前の戦いから眼を逸らす事無く、俺と鳴弥くんは思考を回す。

総てを賭けた少女の戦いが、何を目的としているのかを見極める為に……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「さぁッ!!さぁッ!!さぁさぁさぁッ!!」

 

竪琴の彼女(キャロル)の指が振るわれる度に、五線譜が宙を舞い、地を裂き、航空機燃料(ヒドラジン)のタンクを破壊し、爆裂を巻き起こす。

 

「━━━━うぁッ!?」

 

五線譜の直撃は避けれども、蒼き刃の少女はタンクの爆裂に背を押され、地へと叩きつけられる。

 

「━━━━光よッ!!」

 

その一瞬の停滞を見逃さず、背に負う弦を鳴らし、竪琴の彼女は世界を書き換える。

六つの魔法陣、六つの光条。第五属性(エーテル)の輝きが宙を裂き、蒼き刃の少女へと直撃する。

 

「センパイッ!?」

 

「その程度の歌で……オレを満たそうなどとッ!!」

 

蒼き刃の少女を心配し、その足を止めてしまった紅き弓の少女もまた、追撃の五線譜に追われ、足場を崩される。

 

「クソッ……お・(か・え)・し……だァァァァッ!!」

 

━━━━GIGA ZEPPELIN━━━━

 

反撃にと紅き弓が解き放つのは、本来ならば対多数へと放たれる拡散弾(クラスター)

だが、それを対個人面制圧として撃ち放ったのだ。

 

分裂、分裂。

二つが多数へ、多数が、数多(あまた)へ。

 

「━━━━猪口才(ちょこざい)なッ!!」

 

だが、その数多(あまた)の弾雨に対してすらも、竪琴の彼女は揺るぎない。

その指に通じる糸を束ね、集束回転……ッ!!

それは盾として総ての欠片を叩き落とす……ッ!!

 

「ッ!!」

 

━━━━それを、どこかで見た事があった気がして。紅き銃の少女の思考が、一瞬止まる。

 

「返礼は……高くつくぞッ!!」

 

━━━━竪琴の彼女はそれを斟酌(しんしゃく)しない。なぜならば、それは自分が五百年背負ったモノだったから。

 

集束回転した糸は()り合わさり、回転削岩機(スパイラルドリル)へと姿を変え。

そして、そのドリルの回転が描く魔法陣が風を操り、超電磁竜巻(EMトルネード)を発生させる……ッ!!

 

「ぐあッ……!?う、動きが……ッ!?」

 

「はァァァァッ!!」

 

━━━━ブロウクン・スパイラル━━━━

 

竪琴の彼女が突き抜けた事で指向性を得た超電磁竜巻が打ち上がり、地を抉りながらに瓦礫を巻き上げ、曇りゆく空に咲くギガソーラーに届く程の華を咲かせる。

 

そして、落着。

 

「━━━━ガハッ……!?」

 

━━━━圧倒的。

先の紅い人形すらも超える程の、圧倒的な出力差。

一つ一つの技が地形を変え、天へと届く程の暴力的規模。

 

「うっ……くぅッ……!!」

 

『まだよッ!!まだ立ち上がれる筈よッ!!』

 

━━━━それでも。

 

『イグナイトモジュールの可能性はこれからです……』

 

『イグ、ナイト……』

 

━━━━まだ、諦めていない。紅き銃の少女も、蒼き刃の少女も。

 

「うっ……ふぅ……ッ!!

 ━━━━クソッタレがッ……!!」

 

「……大丈夫か、雪音?」

 

()()を試すくらいにゃあ……ギリギリ大丈夫、ってとこかな……!!」

 

その眼には、光。

諦めずに立ち続ける、焔が宿って。

 

「フッ……弾を隠しているなら見せてみろ。

 オレは、お前等の総ての希望をブチ砕いてやる……ッ!!」

 

そして、遥かな高みに立つ竪琴の彼女は宣言する。

少女達の希望を()()砕くと。

 

━━━━その真意は。未だ竪琴の彼女にしか分からなくて。

 

「━━━━付き合ってくれるよな?」

 

「━━━━無論、孤独(ひとり)で行かせるものかッ!!」

 

『━━━━イグナイトモジュール、抜剣ッ!!』

 

━━━━紅と蒼が、同時に叫ぶ。

華のように胸元に咲く、新たなるモジュール部分を摘まみ、高らかに。

 

【Dainsleif】

 

胸元から取り外されたモジュールが合成音声を鳴らし、展開する。

その姿は開いた華のようにも……自らを貫く剣のようにも見えて。

 

━━━━その先に形作られた黒赤(しんく)の刀身が、紅と蒼の少女二人の胸元、貫いて……

 

「ぐあ……ぁッ!!

 はぁ……ッ!?」

 

「ぐぅ……ッ!!

 うぅ……ッ!!

 内腑(はらわた)をかき回すような……ッ!!

 コレが……っ!!この力が……ッ!!」

 

「(あのバカはずっと……こんな衝動に晒されて来たのか……ッ!?)」

 

「(気を抜けば、まるで深い闇の底に……ッ!!)」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━目の前のモニターの中で、赤と黒に染まってゆく二人を見つめる。

それは……きっと、(立花響)も向き合わないといけないモノ。

 

「モジュールのコアとなるダインスレイフは、伝承にある殺戮の魔剣……

 その呪いは、誰もが心の奥に眠らせる闇を増幅し、人為的にギアの暴走状態を引き起こします。」

 

「━━━━それでも。人の心と叡智が呪いの齎す破壊衝動を捻じ伏せる事が出来れば……ッ!!」

 

「シンフォギアは、キャロルの錬金術に打克てます……!!」

 

エルフナインちゃんの言っている事は、よく分からない。

だけど……師匠の言ってる事は分かる。

 

「心と……叡智で……ッ!!」

 

━━━━それはきっと、誰もが握って立っているモノだと思うから。

 

……だけど、何故だろう。

心の奥に眠る闇と聴いた時に、頭を過った()()は……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ふと、目を覚ます。

 

「ん……ステー、ジ……?」

 

気付けば、(風鳴翼)は舞台の上に臥して居た。

それは、風鳴翼が心の底から立ちたいと願う場所。

 

「もう一度……私は此処で……大好きな歌を歌うんだ……ッ!!

 夢を諦めてなるものか……ッ!!」

 

『━━━━どうして?』

 

「何故どうしてなどでは……ッ!?」

 

どこからか声が聴こえて、思わずに顔を上げた私の眼に映るのは……

観客席を埋め尽くすアルカ・ノイズ達。

それはまるで、歌女としての私を否定するかのようで。

 

「━━━━ッ!?

 ……私の歌を聴いてくれるのは、敵しか居ないのか……?」

 

『━━━━ほんとうに?』

 

「……新たな脅威の出現に、戦いの歌を余儀なくされ……

 剣に戻る事を強いられた私は……もう……」

 

どこからか、声が、聴こえる。

何故どうしてを問うその声に、何故か私の心は悲嘆を零してゆく。

 

「━━━━お父様!!」

 

かおをあげれば、そこにはおとうさまがいて。

だけど、おとうさまはわたしからめをそらして……

 

「━━━━お前が娘であるものか。

 ……どこまでも、穢れた風鳴の道具に過ぎん。」

 

━━━━幼き日の悲しい想い出だと、そこでようやく思い至る。

それでも、お父様に認められたい……だから、私は……私は、この身を剣と鍛えた……ッ!!

 

『━━━━ほんとうに、それだけだった?』

 

そうだ。それだけだ。

━━━━この身は剣。

()()()()()など許されない、風鳴の護国の七志刀(どうぐ)……ッ!!

 

『━━━━おもいだせないの?それとも、めをそらしているの?』

 

━━━━スポットライトが光る。

その光の中に、誰かが居る……隻腕だというのにスーツを着こなして、すらりと伸びた姿勢で立つ、男の人……

 

「貴方は……誰……?」

 

━━━━その顔が、わからない。姿形は見えるのに、その顔を、その声を。

━━━━《貴方》の事が、思い出せない……

 

『━━━━あなたの、いちばんのファン。忘れちゃったの?』

 

「だって……だって……ッ!!」

 

頭を抱え、(うずくま)る私は、声の言う通り目を逸らしているとしか言えぬだろう。

━━━━あぁ、そうだ……この声は……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━脳波パターンが一定しない……ッ!!

(天津鳴弥)の目の前にあるデータが示すのは、装者の脳波パターン。

シンフォギア・システムが呪いによって侵蝕される事で暴走状態を人為的に引き起こし、出力を引き上げるイグナイトモジュール……

だが、それを成す為に必要な前段階が一つある。

 

━━━━それは、装者の精神が呪いに屈服しない事。

呪いに屈服し、負の感情に呑まれればイグナイトギアは完成せず、暴走を制御する為の消耗だけが残る諸刃の剣……ッ!!

 

「システムから逆流する負荷に、二人の精神が耐えられませんッ!!」

 

「このままでは、翼さんとクリスちゃんが……ッ!!」

 

「真の暴走……ッ!!」

 

「やはり、ぶっつけ本番では……ッ!!」

 

発令所に漂う諦観。だが、それも仕方ない事だろう。

人間の精神を完全に理解し、それを利用する事など未だかつて出来てはいないのだ。

そしてその中でも、装者達が背負う物は重く、苦しい。

その苦しみに寄り添い続ける事を選んだ私達でも、それを受け止めろなどと居丈高に言う事は出来ないのだから。

 

「……違う……」

 

「……響?」

 

「━━━━だとしても、信じてあげてください。

 翼さんと、クリスさんを……」

 

エルフナインちゃんの言葉の通り、私達がすべきは信じる事……

だけど、小さく呟いた響ちゃんの言葉が、何故か私には気になって……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ふと、目を覚ます。

 

気付けば、アタシは教室に座っていて。

黒板に書いてある二次関数のグラフとか、斜め前の席に座る鏑木の奴とか、天音の奴をぼんやりと見ていると、視線に気づいたのか、二人共がアタシに顔を向けて微笑みやがる。

 

「うぁ……ッ!?」

 

━━━━それが、なんだかこそばゆくて、アタシはつい顔を伏せちまう。

 

『━━━━たすけて……』

 

「……あ?」

 

どこからか声が聴こえて、ようやく気付く。

アタシが居てもいい所……()()()()()()()()()場所……

ずっと欲しかった物の筈なのに……まだ、違和感を覚えてしまう。

 

━━━━それでも……この春からは新しい後輩が出来た……

 

『━━━━たすけて……』

 

なのに……ッ!!アタシの不甲斐なさで、アイツ等がボロッカスになって……ッ!!

 

孤独法師(ひとりぼっち)が、仲間とか、友達とか……先輩とか、後輩なんて求めちゃいけないんだ……ッ!!

 ━━━━だって……でないと……ッ!!」

 

━━━━気が付けば、アタシはまた孤独法師(ひとりぼっち)でバルベルデの残骸の中で(くずお)れていて。

 

……その足下には、アタシを慕ってくれる後輩達の物言わぬ骸と、顔が削ぎ落された()()の遺骸。

削ぎ落されてしまったからか、誰かも分からないのに……その遺骸が放り投げられているのを見るだけで、涙が溢れて止まらない……ッ!!

 

「残酷な世界の現実が皆を殺しちまって……本当に孤独法師(ひとりぼっち)となってしまう……ッ!!」

 

『━━━━たすけて……!!』

 

あぁ、どこからか声が響く。

けれど、それは、どこかから響く物では無くて……

 

「う……うぅ……うあああああああ!!!!」

 

━━━━アタシの心が叫んでいる声なんだって。分かってしまう。

 

だから、それを誤魔化すように。その事実から逃げ出すように、アタシは遮二無二駆け出して……

 

━━━━振り抜いたその手を、掴む感触、一つ……

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「━━━━すまないな。雪音の手でも握ってないと……底なしの淵に呑みこまれてしまいそうなのだ……ッ!!」

 

━━━━暴走、焦燥、幻想に呑まれた紅と蒼の少女達はしかし、お互いにその手を繋いで自らの心を必死に繋ぎ止める。

 

「へッ……かまいやしねえッスよ……お陰でコッチもいい気付けになったみたいだ……ッ!!

 危うく、あの夢に解けてしまいそうで……ッ!!」

 

だが、それは超克を意味しない。

《超人》たるを意味しない。

己の業を受け入れ、それでも尚、前を向き続ける事が出来ていない。

 

『くぅ……ッ!!』

 

━━━━故に、その結末は必定。黒赤の光は消え失せ、残る物は、ただ喪失の虚無があるのみ……

 

「……不発?」

 

━━━━その結末を不服に思うのは、少女達を想う者達だけではない。

竪琴の彼女もまた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「尽きたのか。それとも、折れたのか……

 いずれにせよ、このオレを前に大言壮語を吐いたのだ。立ち上がる力くらいは、オレがくれてやる……ッ!!」

 

そう言って、竪琴の彼女は紅い輝きを投げ上げる。

 

━━━━その輝きの魔法陣より出でるのは、巨大なるモノ。浮遊要塞型巨大アルカ・ノイズ……ッ!!

その足裏から出現するは、数多の飛行型アルカ・ノイズ達。

その威容は、猶も少女達を追い込み、怒りを立ち上がる力に変えろと言外に迫る為に。

 

「クッ……!!此処に来てアルカ・ノイズを……ッ!?」

 

「━━━━今からコイツ等は街を襲う。その毒牙は、有象無象の区別をせんぞ?」

 

━━━━それは、即ち。アルカ・ノイズの性質が発覚した当初よりSONGが最も恐れていた、アルカ・ノイズを用いた大量殺戮。

 

「やめ……ッ!!」

 

━━━━此処が、分水嶺。数多の人々を解剖し、世界を滅ぼしてでも一人を救わんとする少女の我儘が、大罪を孕む呪いと成り果ててしまう、その瞬間。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「マズい……ッ!!」

 

「装者、モジュールの使用に失敗ッ!!」

 

「……やっぱり、不完全な偽物(エルフナイン)であるエルフナイン(ボク)の錬金術では、キャロルを止める事はできない……」

 

……予想は出来ていた。人間の精神は不完全にして、未だ錬金術も科学も到達しえていない未知数の霧の中に眠っているパンドラボックス……

それを頼りに暴走を制御しようというのは、最初から博打の要素が大きかったのだ。だから、万策が尽きてしまったのも……

 

「━━━━大丈夫。可能性が総て尽きたワケじゃないから。」

 

「えぇ。私とエルフナインちゃんの《二人》で組み上げたのは、二領だけじゃあないでしょう?」

 

「未来さん……鳴弥さん……」

 

失意のボクを励ますように、二人は優しく背を押してくれる。

 

「改修した、ガングニール……でも……」

 

「━━━━大丈夫。なんとなく、分かったんだ。ダインスレイフの齎す暴走を止める方法。

 だから……ギアも可能性も、二度と壊させやしないから……ッ!!」

 

「響さん……!!」

 

━━━━病み上がりで、到底万全とは言えない筈なのに。何故だろう、彼女なら出来ると、ボクの心が叫んでいる。

だって、彼女は《彼》の……

 

「━━━━ッ!?巨大アルカ・ノイズ出現ッ!!同時に、飛行型アルカ・ノイズの多数出現も確認ッ!!」

 

━━━━そんな中、キャロルは遂に抜いてしまう。アルカ・ノイズを用いた大量殺戮という禁忌のカードを。

 

「ッ!?━━━━師匠ッ!!ドデカいの、一発かまして来ますッ!!」

 

「……あぁッ!!本部機能の全部載せだッ!!

 友里ォッ!!残りの電力を総てミサイル発射準備に回せッ!!

 藤尭ァッ!!ミサイルの軌道計算に演算を回す余裕はないッ!!……頼んだぞッ!!」

 

「了解ッ!!軌道計算始めますッ!!三十秒くださいッ!!」

 

……祈る事しか、もうボクには出来ない。

キャロルの暴走を今すぐに止める力はSONGにはもう無いのだから。

 

「━━━━コレは……ッ!?」

 

━━━━だけど。

 

「どうしたァッ!?」

 

━━━━思いと力を握って立つ人たちは、SONGだけに居るのでは無くて。

 

「━━━━各地の電力網防衛に当たっていた特異災害対策機動部が、全滅規模の打撃を受けながらも此処へ集結……飛行型アルカ・ノイズに対して対空攻撃を仕掛けていますッ!!」

 

「なんだとォッ!?」

 

『━━━━特異災害対策機動部第三小隊、対空車輌一輌、現着ッ!!』

 

『━━━━同じく第八小隊、通信車輌一輌、現着ッ!!通信網は此方が受け持つッ!!』

 

『━━━━同じく第十二小隊、八名現着ッ!!避難誘導、及び個人携行火器による対空攻撃を開始するッ!!』

 

「お前達……ッ!!

 ━━━━協力、感謝するッ!!三十秒だけ時間を稼いでくれッ!!」

 

きっと、彼等だって傷ついた筈だ。此処に姿を見せなかった三騎のオートスコアラー。

その猛威に立ち向かって……それでも、此処が天王山だと、強く応える為、少ないながらも援軍を送ってくれたのだ……!!

 

「……ですが、それでも浮遊する巨大アルカ・ノイズに対しての有効打は……」

 

果敢無い希望を胸に抱いて、それでも……其処に横たわる圧倒的な物量差。

仮令(たとえ)、特異災害対策機動部の人達が全力で救助に当たっても、今あの場に居る人々は……

 

無力感に苛まれながらも、人々が前を向き、希望を掲げた時。

 

「━━━━ウソだろ、おい……ッ!?

 ━━━━大気圏外より飛来する物体ありッ!!サイズは……1.8m(人間大)ィ!?しかもなんだよコレ……大気速度、時速一万二千キロォッ!?」

 

「一万二千キロ、だとォッ!?」

 

━━━━遥か空から、耀く星が降って来たのは、そんな瞬間だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━微かに笑って、その()は落ちる。

赫灼たるその速度を産み出すは、ヒトの大きさに収まりながら重力を振り切る程の大出力。

かつて太母(グレートマザー)が子等に求めた躯体性能(スペック)……即ち、星々の海を渡り切る力。

 

━━━━単独での大気圏突入・離脱機能。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その骸は、超音速で宇宙(そら)を裂きながらも、本来ならば間に合うかも怪しかった。

彼女(キャロル)を止める事は出来ただろう。だが、その前に彼女が為す大量殺戮を止める事は能わなかった筈だ。

 

猛禽の如く、地表(100㎞先)の状況を()()()()彼は、自らが居なくとも《最善を目指し足掻き続けた》人々の輝きに笑みを零す。

 

そう……

 

「━━━━強く、応えてくれたんだ。」

 

━━━━隻腕の遺骸(この身)は、()()()()()()()()()()()()、彼等と共にあった天津共鳴()では無いけれど。

それでも、この身にも過去があった。時空跳躍にて彼女(キャロル)の下へと落着するまでの過去が。

かつて……極めて近く、限りなく遠い世界で紡いだ絆を、彼はただ一人(キャロル)の為に犠牲とした。

 

「……だから、今度は俺が応える番だ━━━━ッ!!」

 

━━━━加速。大気圏を鋭く切り裂いて落ちる速度をそのままに、脚に込めるのは必殺の紫電。

 

錬金戦(アルケミック・リプロダクション)闘術(マスターアーツ)……即ち、A()R()M()s()ッ!!

 火、そして風の元素混成(エレメントコンポジション)……混ざりあいしは紫電の壱ッ!!」

 

━━━━この身に刻まれた錬金術の知啓。かつて彼女(キャロル)から教わった物。

その術理を、遺骸たるこの身を構成する《情報》を焼却する事で強制駆動させ、天津糸闘流と共に撃ち放つ。

 

━━━━コレは、歌の力を喪ったこの身が、それでも護る為に拳を握る為に鍛え上げた究極融合。

 

━━━━錬金戦闘術・紫電の壱 降蹴撃・轟雷一閃━━━━

 

━━━━電磁加速(レールスライド)と、錐型力場(コーンウォール)の合わせ技によって()()された隻腕の遺骸。

 

━━━━その一撃、浮遊要塞型巨大アルカ・ノイズを、貫いて……




━━━━耀く星は言う。
キミだけの為に、俺は此処に居ると。

その背に、少女達は忘れてしまっていたモノの残滓を見る。
それは、受け入れ難かった喪失の事実。だけど、だからこそ受け入れる。
その覚悟を以て、竪琴の彼女を止めると、撃槍の少女は叫ぶ。

あぁ、見るが良い。その隻腕を聖ゲオルギウスの槍(アスカロン)で補いし、今に枯れる華よ。
この輝きこそが、本来お前が護りたかった《すべて》に相違ないのだ。


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???
架空断章 蒼翼のレゾナンスシンガー


《追記》あくまでもテンション上がったサクシャの暴走した嘘予告的なナニカであり、この話の中での設定がそのまま今後の展開に使われるとは限りません。
それはそれとして、メリークリスマス故人ヒロイン!!!!


━━━━蒼い、蒼い月が、夜空に輝いていた。

 

「……」

 

初夏の涼し気な夜風に晒されながら、それを見上げる少年が一人。

 

━━━━彼の名は、天津共鳴。

()()()()()に深く、そう……深く関わり、()()()()に今、此処に立つ青年。

その眼には、輝く月のヒカリに重なって思い浮かぶ影があった。

 

「……竜子さん。」

 

━━━━呟くその名こそ、彼に掛けられた(のろい)の大元。

 

「━━━━《手の届く総てを救う》という理想。それを……キミは俺に贈ってくれた。

 ……そのお陰で、俺は今、皆と共に此処に居る。だけど……もし……」

 

━━━━それは、零してはいけない言葉だ、と少年は自戒するだろう。

 

だが、()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()

だからこそ、少年は願う。願ってしまう。

 

━━━━()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。と

 

「……有り得ない仮定だ。死者は戻らない。例外があったのは……最後の奇跡が揃ったからこそだ。」

 

━━━━だが、彼女にそれは無い。彼女が死んだのは人々の無自覚な悪意の坩堝の果てであり……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

青年は流れぬ涙を零し、空を見上げる。届かぬ手を伸ばし、それでも、と……

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

━━━━ギャランホルンの音色が鳴り響く。

それは、終わりの始まり。

 

「━━━━ギャランホルンのアラート、だとォッ!?」

 

 

━━━━音色に呼ばれ、共鳴達が辿り着いた可能性は、双翼が欠け、蒼翼と歪みながらも共に飛ぼうとする世界。

 

「……貴方は、あの日、助けてくれた……」

 

「━━━━キミ、は……」

 

「翼……?嘘だ……!!翼はあの日、天津とかいう奴と一緒に黒いノイズに殺された筈だ……!!」

 

「奏……そう……この世界の私は、あの日に……総てを出し切って、歌ったのね……」

 

 

━━━━未だ拙き蒼き月は、その拙さを握って、それでもと立ち上がる。

 

「響ちゃんは……どうして、私を手伝ってくれるの?」

 

「その……私も、お兄ちゃんに助けてもらったんです。それに、新人装者の辛さとかは、私も分かるつもりなんです。」

 

「あ、そっか……もしかして、そっちの世界だと、響ちゃんが三番目の装者だったの?」

 

「あっ、はい!!そうなんです!!」

 

「……そっか。そういう……事だったんだ。

 ━━━━だったら、今度は私が……」

 

「ふえ……?どうして頭を撫でるんですかー!?」

 

 

━━━━されど、黒き悪意(マリス)は容赦なく、出逢いの奇跡を消し去らんと牙を剥く。

 

「クッ……!?イグナイトモジュールが、暴走する……!!」

 

「あの黒いノイズ……負の想念を加速させるのか!?」

 

「━━━━共鳴さん、危ない!!」

 

 

━━━━蒼翼と、叢翼と。出逢う筈が無かった。出逢っては行けなかった彼と彼女達。

 

「ありがとうございます。共鳴さん。あの日、私は貴方に命を救われました。」

 

━━━━それは、二人が出逢ったあの日にまで遡る、因果の涯。

 

「━━━━だから、今度は、私が貴方を助ける番。

 行こう、【月光剣(ムーンライト)】……!!私を導いて!!」

 

━━━━La endia Chandrahaas tron(終わり定める蒼き月光)━━━━

 

「━━━━絶唱。イグナイトモジュールで打倒出来ずとも、あの日の翼さんのように度外視した一撃でなら、アイツは……アイツ等だって……!!」

 

「━━━━ふざけるな……ふざけるなッ!!

 約束……したんだ……ッ!!

 《手の届く総て》ッ!!救って見せるとッ!!決して……決してッ!!」

 

━━━━手を伸ばす事を、諦めないとッ!!━━━━

 

「キミを救うッ!!奏さんを救うッ!!みんな……みんな救ってやるッ!!

 だから……()()()()月光剣(チャンドラハース)……ッ!!

 ()()()()()()()()()()ッ!!着剣(スタート)ッ!!」

 

━━━━Unlimited DLIVE━━━━

 

「━━━━うん!!行こう、お兄ちゃん!!今度は、私達がッ!!」

 

 

━━━━空に、歌が響く限り。彼は死なない。

━━━━そして、彼は決して諦めない。手を伸ばす事を。

━━━━手の届く総てを、救う事を……ッ!!

 

 

「……ありがとう、竜子さん。俺は、キミに何度も救われた。」

 

「……ありがとう、共鳴さん。私は、貴方に二度も救われた。」

 

 

━━━━蒼き月は、今宵も空に輝く。遥けし遠き世界では喪われた、まろやかな姿で、光を放つ……




━━━━コレは、いつか訪れる筈の未来の物語。
だからきっと、コレを見せた事こそが聖夜の奇跡。

━━━━さぁ、こんな未来を掴む為に。
飛んで行って、彼女を抱きしめる為に。
共に行きましょう、■■■■。

欠けた遺跡の深奥の、暗く静かな海の底で、私は……貴方を、貴方だけを……待っています。ずっと、ずっと……


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