施しの英雄 (◯のような赤子)
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新たな叙事詩はここに幕開く

あらすじにもあるとおり、カルナとインドラの会話が見たいが為に書いたものです

しばらくイッセー達は出て来ません


インド神話において、『施しの英雄』と呼ばれた無欲な大英雄がいた。

 

 

母親であるクンティーが後の夫である弓の名手、クル王パーンドゥは呪いにより子作りをすることが出来なかった。しかしクンティーは彼と結婚する以前、リシのドゥルヴァーサより、任意の神を父親とした子を産む真言(マントラ)を授かっていた。

 

パーンドゥは彼女が神々と交わることを了承し、彼女は3柱の神と交わり子を成した。更に二人目の妻マードリーもアシュヴィン双神との間に二人の子を成し、これが後にパーンタヴァ五兄弟と呼ばれ、クル族は更なる発展を約束された。

 

 

では、彼の大英雄はどうか?

 

まず彼の話をするには少し、時間を戻す必要がある。

 

クンティーはパーンドゥに一つだけ、胸の内に秘めた事があった。それは彼と結婚し、子を授かる以前に一度だけ、神を呼び出しその神と子を成したこと。

 

まだ好奇心の塊であった生娘の時、その真言(マントラ)を唱えてしまったのだ。呼び出された神は太陽神・スーリヤ。神々の王と称されるインドラ、今では帝釈天と名を変えた最強の武神と並び称される途方もない神格の持ち主を。

 

 

好奇心が冷め、彼女は恐れた。未婚の女性が子を宿すなど、醜聞極まると。

 

故に彼女はスーリヤに求めた。「神の血を引く証を、そして初めて宿したこの命に貴方と同じ黄金の鎧を」と。

 

スーリヤはその愛情に感激し、生まれる赤子に己の子である証である黄金の鎧と耳輪(ピアス)を与え、神界へと戻って行った。この女ならば、我が子を大切にするだろう――そう思って。

 

しかし…クンティーはその期待を裏切り、醜聞を恐れ生まれた赤子を箱に入れ、川へと流してしまう。

 

その後、その赤子は御者である老夫婦に拾われ、生まれつき耳飾りを付けていたことから“カルナ”(“耳”の意味)と呼ばれることとなる。

 

これらはクンティーがパーンドゥに嫁ぐ前の話であり、つまり後に敵対し、最大の好敵手となるパーンタヴァ五兄弟、その中でもインドラとの間に産まれ、『授かりの英雄』と呼ばれたアルジュナとは異父兄弟であり、カルナはパーンダヴァの長兄であることを意味する。

 

 

彼、カルナは成長していくと共に己の中に流れる彼の太陽神、自分の父がスーリヤであると理解し、同時に母に感謝した。

 

 

“――母は殺すこともできた己を殺さず、川へ流してくれた。更に父スーリヤに懇願し、これほど立派な鎧を授けてくれたのだ。何と恵まれ、そして様々なものを授かっていることだろうか。

 

ならば…俺もこの恩を他者へ還元していこう。それこそが産んでくれた父と母に対する恩返しである――“と

 

 

遥か先、インドラこと帝釈天は今生において再び命を授かった(・・・・・・・・)彼にこう言った。

「まさかあの馬鹿野郎の息子が馬鹿を超える大馬鹿だったとは…」と。

 

それに対し、帝釈天が言う馬鹿から生まれた大馬鹿野郎はこう返した。

「俺もまさかあそこまで露骨に分かりやすい変装でこの鎧を寄こせと言う神だとは思わなかった。次はもっと上手く化けろ」と。

 

 

話を戻そう。彼は『施しの英雄』と呼ばれるようになるほど高潔な精神の持ち主でありながら、同時にマハーバーラタにおいて悲劇の英雄でもあった。

 

異父兄弟とはいえ、同じ母に生まれた肉親との殺し合い。その中でも最大の好敵手と定めたアルジュナとの決戦クルクシェートラの戦いの前日、父に捧げる正午の沐浴の際、バラモンに化けたインドラにその身を包む黄金の鎧を求められ、沐浴の際中求めを断ることのできないカルナはこれを了承。この事象と二つの呪いにより、カルナは戦いの最中命を落とすこととなる(なお、インドラの正体はこの時分かっており、このことを本人から聞いた帝釈天はひたすらバツの悪そうな顔しか出来なかったとか)

 

 

鎧と引き換えにインドラから必殺の一撃を一度だけ放つ槍を貰い、死後その身を父である太陽神・スーリヤと同化した彼だが、その生涯は決して楽ではなかったと言えよう。しかし彼は誰を恨むこともなく、その生涯を否定することも後悔することもなかった。

 

産んでくれた、授けてくれた。施すことしか知らぬ己が初めて勝ちたいと思える好敵手と槍と弓を交えることができた…満足だ。

 

 

しかし、その生涯に待ったをかけた者がいる。何を隠そう、父である太陽神・スーリヤだ。

 

彼はその身を晒すことも(まぁ、太陽として日々照らしてはいたのだが)語りかけることもなかったが、それでも息子であるカルナのことを思わぬ日はなかった。

 

それでも決して彼に語り掛けなかったのは、己が神であるという心情だ。何よりそう易々と地上を照らす太陽(自分)が地上に降りては世界が闇に包まれてしまうと。

 

クンティーが息子を捨てた時は激怒した。しかし殺すことなく川に流したので溜飲を下げた。

友を作ったことに安堵したが、何故あのように強欲の化身が如き男と友情を交わすのかと嘆いた。

…インドラの愚かさに殺意が沸いた。本来スーリヤとインドラは同格…つまりスーリヤの子であるカルナとインドラの子であるアルジュナと同じ好敵手同士なのだ。何度あの駄神の下へ我が子と同じ鎧を着て戦いを申し込もうとしたことか…それをしなかったのは――分かるからだ。

 

もし、あれが我が子可愛さではなく、ただ己の欲を満たすためだけであったならスーリヤは己の使命すら忘れ、カーリー神やシヴァ神ですら巻き込んだインド神話大決戦を開催しようとしたことだろう。しかし今回インドラが我が子から鎧を奪った理由が子供の為…同じ父として、また同じ神でありながら動かなかった自分と我が子の為に動いたインドラ(好敵手)――愚かと断じることもあるが、同時に嫉妬したのだ。

 

 

だからこそ、スーリヤは己と同化したカルナを切り離した(・・・・・)

もう一度、今度こそ我が子に幸せな…人としての生をちゃんと全うし、そして再び己の下へ戻ってくれば良いと(なお、これを知った帝釈天は「お前だけ何で息子生き返らせてんだア゛ァン゛!?俺様のガキもだったら生き返っていいだろうが!!」と激怒したとかなんとか)

 

 

憎いアンチクショウことインドラが奪った鎧を再び授け、しかしインドラがその高潔な在り方に感激し、与えた槍をそのままにスーリヤは同化した影響で眠り続ける我が子カルナを輪廻の輪へと解き放った。

 

 

だが…彼は幾つか、うっかり(・・・・)忘れていたことがあった。

古代、神々と人が近かった時代ならいざ知らず、しかし現代ではもはや神や神話、魔といったものは人とかなり離れてしまったのだと。

 

とあるこの世界において最大の信仰を誇る勢力が、その勢力内の争いにより信仰を一身に受ける唯一神。彼が敵対するルシファーをはじめとする4大魔王――彼等と共に、その戦乱のさなか関係あるかと言わんばかりに乱入してきた二匹のドラゴン。それらの封印と共に命を落としていたこと。その唯一神が置き土産として人々の為に“神器”(セイクリッド・ギア)を世界中にバラまいたこと。そのせいで、力ある人間の中には不幸な最後を迎え、更には悪魔等の一部の人外に良いように扱われていること。己の最大好敵手であるインドラが、自分とは違い今だ現世に関わりを持っている事(すでにスーリヤはこの世界に対し、これ以上関わりを持つ気は少なくともなかった。なお、カルナに関してはまた別なのだとか)

 

そして最後――己の息子があまりにも高潔に過ぎたこと。

 

太陽神・スーリヤは、何もカルナ(息子)を“カルナ”として転生させる気など毛頭なかった。

輪廻の輪に加わり、そこで別の人間として生を全うしてほしいだけだったのだ。前世において無欲であった息子に少しでも楽しみというものを知ってほしかった。

 

 

しかし…先程も言ったとおり、太陽神・スーリヤの子カルナは高潔に過ぎた。

 

輪廻の輪に知らない内に加わり、本来ならば他者として生を授かるはずであった『施しの英雄』。しかし英雄という生き物はかなり酷…と言うか濃い(・・)のだ。

 

「己が彼の大英雄ヘラクレスの生まれ変わりである」――と勘違い(・・・)した者が、ただそれだけで人外染みた力を発揮できるように『英雄』という生き物はその存在したという事実だけで、世界に大規模な干渉を成してしまう。

 

更にジャンヌ・ダルクのほんの少しの“残滓”を魂に受け継いだ少女はジャンヌに関係するように、その身に“聖剣”に関わる“神器”(セイクリッド・ギア)を宿した。

 

 

では…世界各国にある神話において、更に頭がブッ飛んだインド神話が誇る大英雄。その本人(・・)が転生した場合どうなるか…。

 

輪廻という、魂や在り方ですら洗い流す機構を用いてもその身に宿した最大神格(更にこのカルナは一度、父である太陽神・スーリヤと同化している)は落とすことができず、授けられた黄金の鎧、インドラの槍もまた同じ。

前世の行いをもって性別性格、更には顔の醜悪が決まるのだが、カルナの場合はカルナ以外に真似もできるワケもなく、結果カルナはそのままカルナとして生まれ変わることとなった。

後に三大勢力、その中でもいっとう頭がキレる堕天使総督ことアザゼルは今生において保護者(・・・)となった帝釈天にこう言った。「マジでインドいい加減にしろ」と。

 

 

 

こうして『施しの英雄』カルナは再び現世に蘇った。

その身にこの世界において最も価値ある“神器”(セイクリッド・ギア)。その中でも神すら殺しうると言われる“神滅具”(ロンギヌス)…すら超える正真正銘の“神殺しの槍”と“神殺しですら貫けぬ鎧”を携えて――。

 

 



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これが彼の在り方

二話目です


その赤子は生前と同じく(・・・・・・)、インドに生まれ落ちた。

 

今生における母と呼べる存在は娼婦であり、望まれぬ命でありながら赤子を殺すという大罪を背負いたくないが為、赤子は箱に入れられ川へと流された。それだけではない、その娼婦は生まれ落ちた我が子を気味悪がったのだ。

 

生まれたと同時にその身は黄金に輝く鎧に包まれ、また耳にも同様の輝きを持つ耳飾りを付けていた。

髪と肌は産んだ自分や、恐らく父親であろう客達(・・)ではあり得ぬ程に白く(・・)、また僅かに見えるその瞳は透明な海を思わせる程に透き通った水色だった。

 

故に捨てた。後ろ髪を引かれる思いは確かにあったが、子供がいては客が寄ってこないし、何より自分が食べるだけで精一杯。

 

 

「…恨んでいいわ、許してとも言わない。でも…良い人に拾われてね?」

 

 

名も授けなかった我が子の額にそっと口づけを落とし、名も無き赤子はその後、子を授かることが無かった老夫婦が天が与えた子だと育てられることとなる。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

…生まれた瞬間から、今生における母に悪いが意識はしっかりしていた。

 

再び生まれた。それも父であるスーリヤの意とは違い、オレはオレとして。

 

生まれたばかりのこの身では、身動き一つとることが出来ず、川の流れのままに漂流を続けた。途中これが生存本能というやつか。己の意志とは関係無しに大声で泣き、小さなこの身は一生懸命訴えた。「ここにいる、腹が減った」と。

 

泣いては寝る、泣いては寝るを何度も繰り返し、次第に声も嗄れ何も口にしていないこの身は衰弱していった。もはや寝る元気も無い、泣く余裕も無い。しかし前世の記憶をもったこの頭は考えることを止めなかった。

 

様々なことが気になった。我が生涯最大の好敵手、アルジュナとの戦い。己は負け、我が友にして主ドゥルヨーダナはどうなったのだろうか?

 

 

(…いや、あの男のことだ。笑って敵に討たれたに違いない)

 

 

勝ちたかった、友の友情に応えたかった。しかし…後悔だけはない。

 

衰弱しきった己、赤子のソレとなった手を見やる。前世では槍を弓を引き無骨にしてマメだらけだった手が今や本当にここにあるのかと思うほどに柔らかい。手だけではない。微かに見えるこの身体には、再び我が父、太陽神・スーリヤの鎧を授かっていた__父はインドラの子であるアルジュナに負けた己を今だに愛してくれているのだ。それをこうして直に感じられただけで…嬉しかった。

 

今生における母親もそうだ。名も顔も分からぬ彼女ではあるが、こうして己を殺さず更には額に口づけと愛情を示してくれたではないか。

 

 

(なら…充分だ。生まれて幾日の命、我が父と名も知らぬ今生の母には悪いが短きこの命、もう充分に貰い過ぎた)

 

 

父スーリヤには悪いが、そもそも己は前世を十分謳歌した。返せぬほどに貰い受け、偉大な父と共にあったではないか。

 

眼前には薄く広がる暗闇、しかし箱の間からは、確かに父スーリヤを感じる太陽光が己を優しく温め、今生の母が寒くないようにと暖かく、柔らかい布で包んでくれている。これ以上はあまりにこの身に不釣り合いだ。あぁ、だが……。

 

 

(偉大なる父スーリヤよ、この不義理な息子を許せ。オレは…貴方の気持ちを無碍にしてしまった)

 

 

眼を閉じ、生を全うしようとした瞬間…突如目の前が眩しくなり、太陽に包まれた気がした。

 

(父スーリヤよ…オレに生きろと…そう…仰る…か)

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

それはたまたまだった。

人より獣の方が多い山間部、上流には都市があり、近年発展と共に川の水は汚れ人が徐々に住まなくなったような場所に取り残されたように農業に励む老夫婦。彼等には子がいなかった。

 

子が出来ぬ妻を夫は支え、また妻もこうして中高年に差し掛かってもなお愛し、幸せに暮らしていた。

 

それでもつい望んでしまうのだ。もはや成せぬと分かっていながらも子を、例え血が繋がらずとも、愛情を持って接したいと思える存在が。

 

彼等は農業に励む一般人であり、山間部に佇む地に世界最大の信徒を誇る某宗教の教えは存在しない。

彼等は自然と共にあり、ゆえに最も信仰するは天より恵みを与えてくれる太陽。即ち太陽神・スーリヤだ。

 

 

 

 

――ある朝、妻が起きると同時に信じられないと言った顔で言ってきた。「スーリヤから神託があった」と。何でも今日、太陽が最も昇る時間に川へ行き、そこで捨てられた幼子を我が子として育てよと。

 

確かに私達が最も信仰するのは自然の恵みを与えてくださる太陽神・スーリヤだ。そして子供も欲しいと思ってはいたが…本当だろうか?

 

今一度妻に確認するも、彼女もどうやら半信半疑らしい。

 

兎に角、スーリヤからの思し召しであれば確認しないワケにゆかぬと、いつものように昔と比べ、痩せ細った畑を耕し太陽が最も昇る時間、昼頃に近くの川へ行くと――。

 

 

「…おぉ、あれは!」

 

 

妻の肩を抱き、信じられんと眼を見開く。

 

確かに防水加工が施された箱が流れてきており、何よりその箱にいるであろう赤子を守ろうと後光が常に差しているではないか!

 

濡れることも気にせず、急ぎ箱を川から出してみると…神託の通り、中には生まれたばかりであろう赤子が入っていた。

 

眩い輝く黄金の鎧らしきものに包まれ、どれだけ長い旅路だったのだろうか。顔と髪の毛はまるで幽鬼のように真っ白だ。

微かに呼吸音のようなものが漏れているため、かろうじて生きている…つまりいつ死んでもおかしくないと悟った私達は、急いで家畜として育てていた山羊の乳を布に染み込ませ与えた。

 

その間、妻が絶対に落とすまいと腕の中に抱いたが、その赤子の肌と同化しているように見える鎧が痛そうだ。それでも妻は必死の表情でその赤子を生かそうとしたし、それは私も同じだった。

 

 

しばらく経ち、ようやく峠は越えたのか、ケプと可愛らしい音を立て、スヤスヤと安心したかのように眠りについたこの赤子を見つめ、妻と顔を会わせ決意する。

 

 

「きっと…スーリヤ様がお与えくださったのよ…」

 

「あぁ、きっとそうだ。神に感謝しよう」

 

 

妻が子守歌を歌う中、赤子が入っていた箱を隅々まで見るも包んでいた布以外何も無い。つまりこの子の名が分からないのだ。

それを妻に伝えると、妻はしばし赤子に着いていた耳飾りを見つめ。

 

 

「…カルナ。スーリヤ様には悪いけど、彼の偉大な英雄と同じ名を付けさせてもらいましょう」

 

「カルナ…か。そうだな、それがいい」

 

 

 

 

“カルナ”――そう名付けられた赤子は、しかし普通に家ならば薄気味悪がられるような子であった。

まず泣かないのだ。泣いたとしてもそれは普通の赤子のソレではなく、まるで泣かねば将来声が出なくなると知っているような、そんな感じで泣くのだ。

 

次第に身体が出来てきて、山羊の乳だけでなく離乳食を食べれるようになると、拾った彼等をただじっと眺め、時には外を――太陽を常に眺めるような、そんな奇妙な子であった。

 

しかし老夫婦は赤子を疎むことも、気味悪がることもせず

こちらを見てくれば静かに微笑み見返し、ハイハイを始めた時にはまるで我が子のように喜んだ。

 

しばらくして、徐々に声を出すようになるとその赤子はまるで喋るとはこういうことかと確かめるような仕草をし――そしてある日

 

 

「済まないが、あなた方に話がある。俺には前世の記憶があり、名付けてくれたこの名、確かに俺はカルナその人だ」

 

 

齢にして3歳、しかしその言動はすでに成人した男性のそれであり、静かな水色の瞳には確固とした意志を覗かせていた。

 

 

突然の告白、子供とは思えぬ態度に男の妻は驚き口元に手をやり、それを見たカルナは目を伏せた。

 

 

「…俺のような者を今生では忌み子と嫌うそうだな。俺を育んでくれた養母よ、情を持って接してくれた養父よ、太陽神・スーリヤに頼み、この地に祝福を願い出た。もう俺は歩く事ができる。出て行くことができる。…世話になった」

 

 

自分が分かっていた。転生した今の時代、この時代において己はあまりに強者(・・)であると。

カルナは虚偽、嘘は言わないし考えもしない。ただあるがまま、思ったことを口にするだけだ。それは前世においてもそうだし、今もそうだ。

 

気味が悪いと自覚はある。何しろ前世がそうであったからだ。

疎まれ続け、しかし武を磨くことしかできなかった。生まれ変わろうと、この身に刻まれた経験は消え去っていないし、何より当時と比べ今の己は一度太陽神そのものと同化していたのだ。

 

かつてほど神秘はこの世界に溢れておらず、今のカルナは歩く魔力炉心が如き有り様であった。

その証拠に、カルナが来る以前では畑で中々農作物が育たなかったものの、今では比べ物にならないほどに豊作を毎年迎えていた。

 

更に夫婦の肌艶も良くなっており、健康そのもの。後にカルナを一目見た白音こと塔城小猫が言った言葉がこれだ。

 

『あの人の氣…何なんですか…星が…まるで太陽そのものが歩いているような…!?』

 

 

 

強大な力が災いを招くことを彼は知っている。ゆえに世話になった彼等に迷惑がかかる前に立ち去ろうと言葉をかけたのだが…。

 

 

立ち上がり、去ろうとしたカルナに次の瞬間痛覚が襲った。

 

 

「…ッ」

 

 

頬を叩かれた――どんな攻撃もその概念すら10分の1にまで下げ、とある世界において最古の英雄王ですら欲したソレが意味を成さず、カルナは久しく感じることのなかった痛みに放心すらしていた。

 

叩いたのは養父だ。

彼は顔を真っ赤にし、しかしその眼に涙を溢れんばかりにしカルナに物申す。

 

スーリヤの加護が欲しくてお前を育てたワケではない、カルナとして育ってほしくてカルナと名付けたワケではないと。

 

呆けるカルナを抱きしめ彼は言う。

 

子供が欲しかった。授かった。…忌み子だろうがカルナ本人であろうがそんなのは関係ない、お前は私達の大切な子である――と。

 

彼は憎くてカルナを叩いたのではない。妻を、母親を泣かせる我が子を叱る為、父親として不器用な彼は言葉ではなく、手を出してしまったのだ。

 

しかしカルナにとって、それはとても心が伝わった瞬間だった。

この鎧のことは誰よりも知っているし、信頼もしている。なにしろ自身の皮膚に等しいのだ。

 

その鎧が機能しない…つまりこれは攻撃ではなく、本当に父として、子を思うがゆえに手が出たのだと。

 

貧者として前世を過ごし持つものはこの身に宿った鎧だけであった彼は、他者が放つ言葉の虚偽を見抜く慧眼を持つ。だから分かるのだ――この二人は心の底から、己を思ってくれているのだと。

後に彼は己を保護しに来た帝釈天から聞かされた、『施しの英雄』という名を自嘲する。

 

【彼等こそ、真の施しを俺のような何も持たぬ男に無償で与えてくれた――その名は“愛”である】

 

 

同時に彼は思い出す。

 

あぁ、そうだ…あの時、己を拾い育ててくれたかつての養父母もこのように抱きしめてくれたのだと。

 

 

(…父スーリヤは、本当に良い縁を俺のような男に持って来てくれる)

 

ならば誓おう

 

 

「“カルナ”と…あなた方(・・・・)から授かったこの名に恥じぬ男になろう。何でも言ってくれ、俺は…父と母に恩返しがしたい」

 

 

その後カルナは10年と少しの間、この夫婦と共に暮らした。

 

農作業に汗を流し、時にはかつて研鑽を積んだ武を忘れぬよう棒を振るい、またある時は神話として語られ続けた己の生涯を話し野山に入り精が着くよう獣を狩り、更にある時にはいきなりやってきて「眷属になれ」とかワケ分からん蝙蝠のような羽を生やした人外相手に「真の英雄は眼で殺す!!」とインドにおける奥義をブッパして地形を変えたりと…まぁ、彼なりの青春を謳歌し、また夫婦は時々白目を剥きながらも健やかに育つ我が子の成長に喜んだ。

 

 

 

しかし…その日々は突如終わりを告げることとなる。

 

 

それは日課としている正午の沐浴の際だった。

夫婦が暮らす家の近くには、カルナが捨てられた川が流れており、正直綺麗とは言えず、また飲み水としても使えない。

しかしカルナは「自然が与えたもうた水だ」と関係ねぇと入ろうとしたが、流石に身を清める行為にその水だけはいけないと夫婦が抗議、以降は小さなプールにカルナが持つ太陽の神性を持って煮沸消毒した水で行うようになったのだが……。

 

いつものように沐浴を行うカルナ。その姿は確かに神性を感じさせ、それを眺め本当の父親であるスーリヤの日を浴びることが夫婦の日課となっていた。

 

細く華奢な身体は少し不安を抱かせるが、健康そのものだ。この時間がいつまでも続けばいいと夫婦は太陽神・スーリヤに祈りを捧げていた。

 

 

ピクリ_と、静かに身を清めるカルナが突如この山間部にまで伸びる道を睨みつける。何事かと夫婦が問いを投げる前に――。

 

 

「父よ!我が偉大なる父太陽神・スーリヤよ!!お願いだ、彼等を守りたまえ!!」

 

 

天を仰ぎそう吼えるカルナ。するとまるで聞き届けたと言わんばかりに、後光が彼等がいる家を照らすではないか。

 

それを見届け、カルナは悲しそうに…彼等夫婦のように長年連れ添った相手でしか分からぬ程度に顔を歪め。

 

 

「済まない…あなた方を巻き込んでしまった」

 

 

今まで彼等の前では出すこともなかった武神の槍を構え、カルナはこちらに近づく相手を射殺さんばかりに見つめる。

 

 

 

 

 

「――相変わらず、お前どういう子育てしてんだよ…スーリヤ。その槍をこの俺に対し向けるか…なぁ、カルナ」

 

 

ただ声を発しただけ…しかしそれだけで山は胎動し、辺りにいた獣は逃げるか死を悟り、中にはその()に耐えれぬとばかりに死ぬ小動物までいた。

 

まず目がいくのはそのド派手なアロハシャツだろう。五分刈りの頭に丸レンズのグラサン、首にはどう見ても適当にかけた数珠がジャラジャラと音を鳴らし、大股でこちらに近づいてくる男の名は――。

 

 

「…インドラ、何をしにきた」

 

 

“インドラ”と、カルナは声に出し、聴いていた夫婦は驚愕する。

 

“インドラ”――その名は義息子であるカルナ、その死を定めた戦神であり、カルナの実の父親であるスーリヤの好敵手のはず…。

 

 

「その名で呼ぶな、今は須弥山の帝釈天と名を改めてんだ」

 

 

うっとおしそうにそう呟きながら、ガリガリと頭を掻き――直後上空、つまり太陽を見つめ。

 

 

「ムカつくクソ野郎の気配がプンプンするから、念のため俺自ら顔を出して正解だったな。スーリヤ…誰を見下ろしてんだ?アァ゛!?」

 

 

怒気を携え、神々の王と呼ばれる覇気を辺りへの影響も気にせず立ち昇らせる。

 

が、見るからに古い夫婦が住まう家、そして彼等には何の影響もない。同格であるスーリヤがその権能を駆使し、またスーリヤと同化していたカルナもまた、その身に宿す鎧を持って打ち消していた。

 

 

「…ッチ、ムカつくぜ。テメェカルナおい、何で俺が取り上げたその鎧また持ってんだ。てか何でテメェ、またその姿で転生してんだよ。つか転生とかマジザけんな」

 

「父が授けてくれた。一度は輪廻の輪に加わったようだが、生憎あの程度では俺を俺として転生させるのが精一杯だったようだ」

 

「あームカつくわ、そういえばテメェはそういう喋り方だったな」

 

 

サングラスの奥が光ったように見え、サっと帝釈天が手を前にやり、カルナもまた警戒を示す…が、帝釈天はただ手をクイっと、まるで何かを寄こせと言わんばかりに動かすだけだ。

 

 

「――?何だ帝釈天、踊りに誘いたいのか?済まないが、俺はキサマと踊る趣味はない」

 

「俺だってそうだわバーカ!!てかどう見れば俺がお前をダンスに誘ってるように見えんだよ!?槍だよ槍!!鎧があるなら俺の槍返せ!!」

 

 

今カルナが握る神槍、それは本来帝釈天ことインドラが、鎧と引き換えに彼に授けたものであった。

 

あの鎧がある限り、息子であるアルジュナは決して勝てない。むしろ次に負け、首を取られるのはアルジュナだと悟ったインドラはバラモンに化け、沐浴の最中頼まれれば断れないカルナに鎧を求めたのだ。

しかしカルナが纏う黄金の鎧は、スーリヤが決して他者に盗まれないようにと身体と同化させ、つまり鎧はカルナの皮膚に等しい。流石の施しの英雄もその頼みには難色を示すもインドラは何度もねだり、ついにはナイフを用いて皮膚ごと削り与えたのだ。その無表情に微笑みを携えて。

 

これに驚愕したのはインドラだ。それと同時に己の行いに恥を覚え、代わりにと与えたのがたった一度だけ、世界すら滅ぼす力を行使できる神槍。

 

ゆえに帝釈天は鎧があるならノーカンだ。だから返せと言う。

それを聞いた夫婦は激怒した。与えた物を再び返せなど…それでも神々の王か!!と。

 

 

「ウルセぇ、部外者は引っ込んでろ。そもそも…人間如きが俺様に口を開くな」

 

 

殺気がスーリヤの加護すら貫き、夫婦を襲う。ただ睨まれただけ…しかし絶対にして最強格の武神のソレはただの人間には到底耐えきれるものではなく、夫婦は心臓を握られたような感覚に陥った…が。

 

 

「ほう?中々だな」

 

 

それでも気丈にも、帝釈天を睨み返す。

「ここは太陽神・スーリヤを崇める地」「お前など呼んでいない、息子の前から去れ」と過呼吸を起こしながらも必死に訴える。

 

これに驚いたのは帝釈天だ。まさか“神器”(セイクリッド・ギア)すら宿さぬ、文字通りただの人間が神々の殺気に耐えるとは。

 

 

「止めろインドラ、分かった、返す」

 

 

ブン―と特に思う事のないように放られた己の槍を、帝釈天は納得のいかない顔で掴む。

 

 

「あぁ、それは確かにお前の言う通り、俺のような者には不釣り合いな代物だ。何より我が父スーリヤから再び鎧を授かり、あまつさえお前の槍までとは…強欲に過ぎる。だから返す」

 

 

その眼は真実のみを語っていた。本気でこの馬鹿はそう思っていると理解し、同時に思い出す。コイツはウソを言わず、言葉を装飾することなど無い男だと。

 

 

「…チッ、本当に面白くねぇ奴だよ、お前」

 

 

呟いた言葉が聴こえず、カルナが首を傾げると――。

 

 

「――何の真似だ」

 

 

何と言うことはない、帝釈天は己の槍を再びカルナに放り投げたのだ。

 

 

「いや、確かにあの夫婦の言う通りだって思っただけさ。あの時テメェから取った鎧は今も俺様の下にある。それに…一回ぽっきりしか使えねぇ俺の権能なんか今更いらねぇ」

 

「…もう一度問うぞ、神々の王よ。何故その一回(・・)しか使えぬ権能を増やし、あまつさえキサマの好敵手であるスーリヤの子にそれを与えた」

 

 

そう、帝釈天は受け取った槍の状況を確かめ、更には一度きりしか使えぬ力を更にもう一度――つまり二回使える状態にしてカルナに渡したのだ。

 

 

『貧者の眼』を持つカルナでも、流石に神々の王の考えまでは分からない。

更に警戒を強めるカルナに対し、逆に帝釈天__インドラはただ肩を竦め。

 

 

「いやなぁに、お前に会いに来た」

 

「嘘だな、それだけでお前程の存在が降りてくるワケなどあるまい」

 

「俺はお前のオヤジとは違うぜカルナ?……あぁったく!自分で行動しておきながら鳥肌が収まんねぇ!」

 

 

一度だけしか言わねぇと大股で近づく帝釈天を前に、カルナは戦闘態勢を解いた。そこには闘気も殺意も何も無く、ただ本当に何かを言うだけだと理解したのだ。

それは事の成り行きを見ていたスーリヤも同じだ。すでに加護を解き、太陽は燦々と照り続けるだけ。

 

 

そして…帝釈天はインドラの時代であるなら、彼の神々の王の在り方を知る者ならば、絶対に信じられないようなことをカルナに告げた。

 

 

「太陽神・スーリヤの子、転生者カルナよ…俺は…

 

 

 

 

 

 

 

―――お前を保護しに来た」

 



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帝釈天ではなく、インドラとして

…たった一日で何があったし

仕事から帰るとそこには凄まじい速さで5000突破しそうなU・Aと、増え続けるお気に入り登録がガggg…ッ!!

ありがとうございます


タグが文字制限で追加できないので、この場で言わせてもらいますが
この作品は独自解釈・独自設定のオンパレード(カルナさんに優しいインドラを書きたかったんです…(汗)

原作キャラの性格改変などがありますので、平にご容赦ください
(あとであらすじにも足しておきます)


それとこの場を借りて言わせていただきたいのですが

作者はぶっちゃけマハーバーラタに詳しくありません。カルナさんやアルジュナ、インドラの事も、Fateやwiki、二次創作でしか知りません

なのでここ叙事詩からしたらおかしくね?等があっても目を瞑って見逃してください
あくまでカルナさんに優しい世界とインドラを描きたいだけなので(大切なk

マハーバーラタに関しても、「こんなのあんぞゴラァ!!」と教えていただければ幸いです



カルナの転生、その異常にいち早く気づいたのは他でもない帝釈天だ。

 

 

(何だ…この気配…いや、俺はコイツを知っている…?)

 

 

初めは分からなかったが、徐々に思い出す。

この神格、この熱量。しかしその表面はまるで水底のように透明で涼やか――間違いない。

 

 

「…カルナ…なのか…?」

 

 

呟いた彼の表情は何とも言えないものであった。

 

“カルナ”――彼の古巣であるインドに伝わる世界三大叙事詩『マハーバーラタ』に描かれた己の息子、『授かりの英雄』ことアルジュナと対を成す『施しの英雄』

 

かつてまだ自分がインドラであった時、好敵手として敵対した太陽神・スーリヤの子にして己がその在り方を辱めた不撓不屈、真の英雄であった男…。

 

 

帝釈天――インドラはカルナの転生に気づき、頭を抱えた。

 

今の時代に、カルナという大英雄の存在はあまりにも重すぎる(・・・・)のだ。古代インドのように神秘が溢れ、神と人とが近かった時代ならともかく今は信仰も色褪せ、最大宗教の唯一神が滅び世界バランスがかなり崩れている。

 

もし、本当にあのカルナが蘇ったのなら、その施しの精神はあまりにも尊過ぎる。

 

 

「あの馬鹿野郎ォ…何考えてんだ!クソッ!!」

 

 

スーリヤに悪態をつくのもしょうがなかった。

カルナは死後、スーリヤと同化していたハズだ。どんな存在…例え無限や夢幻であっても己が認めたあのライバルを相手にそうおいそれと手を出せるワケがなく、またカルナを甦らせようなどあの自己中自由気ままなドラゴン共がそもそも考えるワケないのだ。ならば此度の異変カルナの転生は父親スーリヤの仕業に間違いない。

 

 

思わず太陽に向かって己が所持する“本物のインドラの槍”を5・60発撃ちこみたい衝動に襲われたが、とにかく落ち着けと己を律する。何よりこの瞬間、様々な問題が発生していたのだ。

 

 

(あの馬鹿にはいつか抗議するとして…今はカルナだ、どうする…?)

 

 

『マハーバーラタ』おいて、無類の知名度を誇るカルナだが、その名は世界に対しそこまで知れ渡っていない。しかしその身に宿した最高クラスの神性や、研鑽した武勇は比類なき大英雄のソレだ。もし比肩できるとしても、それは彼の神々と人の訣別を行った最古の英雄王ギルガメッシュ。またはギリシャ神話が誇る人類史上最大の英雄ヘラクレスのみだろう。

 

聖書の神が死に、世界に“神器”をバラまいた。

その所為で人間界でも様々な問題がおき、自分達他神話の連中も戦力増強と“神器”を宿した人間を自陣営に取り込んでいた。自分もまた、その中でも最強の槍を所持した少年に目を付けたばかりだ。

 

 

「…なぁ、お前が今ここにいれば…何と言うのだろうな――…アルジュナ」

 

 

ここにいない、父親すら置いてこの世ともあの世とも言えぬ場所へと旅立った息子。『授かりの英雄』アルジュナの名を呟くインドラ。

 

あの当時、アルジュナとカルナは敵対し、また父親である自分達のように互いに研鑽の限りを尽くせる好敵手であった。

 

しかし己は戦神としてではなく、一人の父親として神聖な決闘を穢してしまった…今でも最後、実の息子から言われた怨嗟の声を忘れた日はない。

 

 

――インドラよ、我が父よ!!俺は……このような勝ち方だけはしたくなかったッッ!!!――

 

 

 

もう一度、息子に会いたい。会って抱きしめて、嫌われようとも何度も謝りたい。父として…愛しているのだと…そう伝えたい。

 

 

(いや…今はいない俺のガキの事ではなく、あの馬鹿が寄こした大馬鹿野郎のことだ)

 

 

己が権能を駆使し、たやすくカルナを見つけることはできた。今の時代に不釣り合いな神格の持ち主だ。探すだけなら苦などない。

 

そこから更に深く探り、聖書の神がバラまいた“神器”がその身に宿っていないことにホっとする。

何も帝釈天は宿敵の子が更に力を付けることを恐れたワケではない。あの高潔な英雄に、父親と自分が与えた神の力――部外者(・・・)にあの英雄が穢されることを何より恐れたのだ。

 

 

「…ハッ!馬鹿みてぇ…あの野郎を穢したのは他ならぬ俺様じゃねぇか…」

 

 

インドラに取って、カルナとは己の子であるアルジュナの次に目を掛けるに値する男だ。カルナがいたからアルジュナがあり、スーリヤがいたからインドラがいたと彼は断言する。確かにシヴァや阿修羅神族とも因縁がある。しかしそれとこれとは話が別だ。

 

自嘲しながらもこれからの事を考える。

あれほどの英雄を、今の各神話が放っておくワケなど無く、またうっとおしい聖書の三大勢力が、自身の宿敵であった太陽神の力を授かったカルナを放置するはずなどない。

悪魔は間違いなく“悪魔の駒”を用いて転生悪魔にさせようとするし、堕天使も自陣営に加えようと躍起になるだろう。天使達など、己の創造主たる聖書の神以外の権能を持つカルナを許さず、必ず害しようとするはずだ。

 

しかしカルナはその程度(・・・・)の戦力では負けない。

“悪魔の駒”などその身に宿した馬鹿の力で跳ね返せるし、鴉程度が何匹群れようと恒星そのものであるスーリヤの子に勝てる道理などない。それは鳩共もそうだ。

人でありながら、主神クラスの力――それが『マハーバーラタ』が誇る我が息子の好敵手カルナ。

 

 

目を瞑り、戦神としての戦略眼全てを用いて思考をフル回転させ――気づけば動き出していた。

 

部屋を飛び出すように出た彼を、お付きの者が問いただす。

 

 

「帝釈天様、どこへ…?」

 

「インドだ。シヴァやハヌマーン共と話がある」

 

 

慌てふためくお付きの彼等を放置し、帝釈天は広がる青空を――太陽へとサングラスの奥に隠した双眸を向け。

 

 

「…これが、インドラ(・・・・)としての最後の仕事だ馬鹿野郎。お前のことだ、何も考えずガキの事だけを思ってのことだろう?分かるよ」

 

故に――。

 

「無事、生を全うさせてお前の下へ返す。…俺が辱めたあの戦士の矜持を、もう一度胸に抱かせてな。だから…ガキだけは大切にしろ…我が好敵手スーリヤよ」

 

 

 

 

 

その後、帝釈天は供すら付けずインドに足を運んだ。アポも取らず、いつものように派手なアロハにグラサンと、完全に物見遊山な恰好で。

 

 

「おーおー、懐かしい顔ばかりじゃねぇか」

 

 

インドに着いた瞬間、彼を歓迎したのは完全武装したインド神軍だ。どの神話においても「あそこだけは手を出すな」と太鼓判を押されまくったキチガイ集団――破壊という概念を司る最高神格保有者シヴァを筆頭とした彼等は帝釈天に殺気を隠さず警戒していた。

 

何しろ仮想敵にしてその敵対勢力の長が、こうして古巣に戻って来たのだ。何より帝釈天――インドラは今現在も武を司る最強の武神。警戒するなという方がおかしい。

 

 

「やぁ、久しぶりだねインドラ」

 

「その名で呼ぶなシヴァ。今の俺様は帝釈天だ」

 

「どちらでもいいさ、問おう――何をしにきた?カリ・ユガ(終末の時)をついに引き起こす気にでもなったかい?」

 

「Hahaha!!馬ッ鹿じゃねぇの?今更何で俺様がカリ・ユガなんぞに興味を持たねばならんのだ」

 

 

心底アホらしいと馬鹿笑いする帝釈天に彼等は更に警戒を上げる。何故わざわざ敵対組織にこうして赴いたのか、その意図が全く読めなくなったからだ。

 

しばし笑い、ヒーヒーと脇を押さえ涙を拭うと――そこには先程までのふざけた雰囲気はなく、在りし日の戦神としての気配を晒し。

 

 

「――頼みがあってきた。どうか聞き届けてほしい」

 

 

頭を下げた(・・・・・)――もう一度言おう、あのインドラが頭を下げたのだ。

 

これにはさすがのシヴァも目を白黒させた。

 

 

「…何のつもりだインドラよ、キサマ・・・我等インド神話の顔に泥を塗るつもりか」

 

 

今は須弥山に所属を変えても、元は帝釈天もインド神話に身を置いた存在。その中でも文字通り、別格の格の持ち主だ。そんな彼が下げてはならない頭を下げた。

 

 

「そのつもりはない。が、泥なら俺がいくらでも被ろう。その程度でお前等が俺の頼みを聞いてくれるなら安すぎる」

 

 

騒めきが彼等の間に広がるが、シヴァが手を横に振り落ち着けと伝える。

 

 

「ふむ、ひとまず聞こうか。話はそれからだ」

 

「感謝する。我が怨敵シヴァよ」

 

「君からの感謝なんて唾を付けて唾棄するよ。早く言え」

 

「ならば__我が故郷インドが誇る神々よ、どうか頼む。どうか…聖書の三大勢力。いや、貴殿等以外の神話勢力全てがインド国内に入れぬよう、権能を用いてもらいたい」

 

 

元々このインドは他神話から見ても化け物だらけということもあり、各神話に喧嘩を売っている聖書の連中でもそうおいそれと手を出してこない。なのにこの神はそれを知っていながらわざわざ頭を下げて願い出た。

 

これに理解を示したのはシヴァであった。ゆえに問う「何がインドで起こっている」と。

 

インドラのことは1柱を除き、誰よりも詳しいと自負している。

かつてはゾロアスターの悪神でありながら、月の兎の死に涙した。戦を司る神として、誰よりも人の傍に侍り、その在り方も戦士のソレとして女を好み酒を好み、しかしどこか憎めない人間らしい神であった。

それを考えれば確かに自分達と袂を分かったのも分かる。問いに続き、更にもう一つどうしても気になることがあったため聞く。

 

 

「インドラ、お前のそれはもしやスーリヤと関係あるのか」

 

 

ピクリと僅かな反応を、シヴァが見逃すことはなく続けて言う。

 

 

「最近現世と袂を分かった神々の一柱にして、生命を育む太陽神・スーリヤの気配が以前とは比べものに…いや、意識さえこちらに向けることがなかった彼が今現在、確かにこちらの世界へと干渉している。インドラ言え、何を知っている?」

 

 

言っていいのか?確かにカルナが成長するまでコイツ等に任せることこそが最優だろう。しかし間違いなく、スーリヤはインド神話に入ってほしくて自分のガキを転生させたワケではないはずだ。

 

何より…あの最後の日、スーリヤが俗世から離れ、最後に己の下へ来た日のことだ。

 

何を言ってきても受け入れる覚悟ができていた。カルナのことでいくら罵られようと、全てを受け入れ謝る準備もできていた己にあの宿敵(とも)は――。

 

 

 

【――あとは任せた】

 

 

 

 

「…言えない」

 

「何?」

 

「悪いなシヴァ、それを言うわけにはいかねぇ。でもどうかお願いだ。頼みを聞いてほしい」

 

 

言えないと伝えながら、変わらず頭を下げる帝釈天に噛み付く若武者がいた。父を殺された阿修羅神族の王子マハーバリだ。

 

 

「ふざけるな!!我が父を辱めながら、よく顔を出して不遜にもそのような態度を…ッ!!」

 

 

剣を振りかざし、首の皮一枚で止める。

 

 

「どうした!何故動かん!!俺はキサマを殺せる!!辱められる!!戦え戦神よ!!俺はキサマがどのような卑怯な手を使ってでも、勝ってみせるぞ!!」

 

 

しかし帝釈天は微動だにしない、剣に血が滴ろうとも決して武神の一面を見せず、ただただ頭を下げていた。

 

その様が信じられないとマハーバリは驚愕し、ポンとシヴァがその肩に手を置き下がらせようとするが――。

 

 

「~~~ッ!!何故だ!!何故今になって…ッ!!」

 

今だからだ(・・・・・)。…インドラとしての最後の務めを果たす為、貴公等に助力願いたい」

 

 

静かでありながら絶対の熱量をその眼に宿し、太古における神々の王は若き1柱へ言葉を紡ぐ。

その様があまりに己が知る姿とは違い過ぎて、マハーバリや神々は言葉を無くし目を背けるしかなかった。

 

代表し、シヴァがインドラを見下ろす。

 

 

「インドラと名乗り上げたということは、僕達インド神話も他人ごとではないんだね?」

 

「そうだ」

 

「なら君がどうにかすればいいじゃないか。まだその程度、3大勢力程度なら負けはしないだろう?」

 

「…俺が姿を晒すワケにはいかん。いや、本音を言おう」

 

 

スゥっと覚悟を決めるように息を吸い。

 

 

「…怖いんだ。あの馬鹿に何と声をかければいいか…まだ、心の整理が追い付かねぇ」

 

 

この時シヴァはおおよそでありながら、限りなく正解に近い答えを導き出していた。

 

誰にも聞こえないよう、帝釈天の耳元に顔を近づけ。

 

 

「…まさかカルナか?あの『施しの英雄』が現世に?」

 

 

答えは沈黙。しかし正解であると悟ったシヴァも、思わず天を仰ぐ。

 

 

(うわぁ…今?そりゃこの問題児でも頭を抱えるに決まっている)

 

 

そのまま太陽を睨みつけるが、スーリヤはただ佇むだけだ。

ハァっと溜息を吐き。

 

 

「分かった。なら、しょうがないね。僕は力を貸すよインドラ」

 

 

どよめきが起こり、何事かと神々がシヴァに問い詰めるが黙したままだ。

 

【カルナ】――その名はシヴァにとっても覚えがある。スーリヤの子にして大英雄

本来ならばこちらの陣営に入れるべきだ。何より帝釈天は「まだ」と言った。つまりいつかはカルナを迎えに行く気なのだ。敵対する須弥山に現代における最高クラス戦力が招かれる…ならば止めるべきなのだろうが…止めた。どう見てもインドラにその気があるようには見えないし…もう一度言おう。あのカルナ(・・・・・)だ。

 

どれほどの悲劇を背負い、どれほどの汚辱を背負おうと決して自身が定めた在り方をついぞ変えなかったインド神話が誇る最強の頑固者。それに、そんな息子を諫めるはずの父親は見ての通り、最強の放任主義者だ。たとえ須弥山に加わろうと、インドラですら御しきれるワケなどない。

 

 

悪人の中の悪人ドゥルヨーダナを友と呼び、父から授かった黄金の鎧を目の前の馬鹿にやった超大馬鹿野郎だ。

 

そんな彼が転生した。人類史が誇る頑固者が、主神クラスの力を携え現世に再び蘇ったのだ。死んだ聖書の神もこれには「マジふざけんな」とキャラ崩壊を起こすだろう(実際シヴァもだいぶキャラが崩壊していた)

 

 

「…ねぇインドラ、ちょっとスーリヤに連絡取れる?」

 

「…電話したけど着拒された」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

それから十数年、シヴァ達インド神群は約束通り三大勢力が入れぬような強固な結界を張り侵入を拒んだ。これには4大魔王サーゼクス・ルシファーが抗議しセラフォルーが外交官として赴いたが、「文句は帝釈天に言え」と取り付く島を与えず、悪魔側も聖書の陣営を嫌っていることで有名な帝釈天に文句など言えるはずもなく、インドは平和そのものだった。

 

 

その中で帝釈天とシヴァは時々会って、近況報告のようなものをしていた。まぁ近況報告とは言っても、お互い数分だけ会い、喋ることなく酒を飲むだけなのだがそれで充分だった。

 

互いに敵対しあう仲ではあるが、スーリヤの子という共通認識もあって以前ほどの嫌悪感は薄れていた。

 

 

そんなある日、いつものように黙って飲んでいるとシヴァが唐突に語り掛ける。

 

 

「…そろそろ行けば?」

 

「どうした、急に」

 

「いやね?この前弱すぎて結界に反応せず素通りした悪魔がいたんだけどさー。カルナが『梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)』ぶっ放してさー…地形変えやがった」

 

「おい、悪魔とか聞いてねぇぞ!」

 

「いやそれどころじゃないでしょ。今のご時世にあれだけの神秘ぶちまけられたら堪ったもんじゃないよ。だから連れてって」

 

 

カルナの存在はインド神話、須弥山においてもこの二人しか認知していない。いくら帝釈天がギリシャ神話における死の神ハーデスや、北欧のオーディンと知り合いとは言っても秘密は持つものだ(まぁ、今回の悪魔の件は本当に偶々だったのだろう)

何より英雄を求める気質があるこの二つの神話が関わってくれば、間違いなく今以上にメンドクサイことになること間違いなし。

 

 

カラァン――と手の中で回したグラスに氷が当たり、それをしばし眺め。

 

 

「そうだな、明日行って来るわ」

 

 

クイっと呷る帝釈天をシヴァが見つめ

 

 

「覚悟、決まったのかい?」

 

「んぁ?いいや全然」

 

 

今でもスーリヤに連絡は取れず、あの馬鹿が何考えてるのか一切分からない。だが――。

 

 

「一つだけ、絶対なことがある…俺があの闘争を辱めた。死ぬはずだった我が子可愛さに、神々に捧げられる神聖な儀式をブチ壊したのは戦を司るこのインドラだ」

 

「そうだね、最高に最低な行為だったよ」

 

「でもな、後悔だけはしてねぇ。子供に生きてほしい、父親として当たり前のことだ。俺はあの時戦神ではなく、一人の父親として介入した…それでも後悔するとしたら…あぁ、そうだな。あの馬鹿のガキが予想を超えた大馬鹿だったことだ」

 

 

3大勢力の介入を帝釈天が恐れた理由。それは彼が利用した『正午の沐浴の際、頼まれれば断れない』という戒めだ。

 

“悪魔の駒”ではカルナを転生させることは不可能だ。その身に宿したスーリヤの神性は、悪魔に取って毒以上のものに等しい。しかし、もしその神聖を捨ててほしいと言われれば?あの馬鹿はあの時と同じく、頼まれるがままに父から受け継いだその力を捨てるだろう。もし堕天使が悪魔と天使を滅ぼすのに力を貸してほしいと言えば、カルナは力を貸すだろう。最悪なのは天使が他神話を駆逐するのに助力願えばもはやインド神話、須弥山を巻き込んだ神話大戦の勃発だ。

 

 

「だから保護者が必要なんだ。そしてそれはあの馬鹿親子を誰より良く知る俺以外にいねぇ…誰にも譲るもんか、英雄の誇りを今こそ返す…!!」

 

 

誰となく呟く帝釈天をシヴァは静かに見つめた後、スっとグラスを掲げ。

 

 

「この数年、まぁ君との関係は悪くなかったよ」

 

「俺もだシヴァ。良い酒を飲ましてもらった――だが」

 

「あぁ、次にあいまみえるは」

 

「戦場の誉れを互いに掲げ」

 

「「死闘の果てに賛美の笑いを――!!」」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「保護しにきた」と告げた帝釈天に、カルナが返した言葉はYesだ。

 

あまりにアッサリ言ってきたので流石の帝釈天もズレるグラサンを直すことを忘れていた。

 

言いたいことがあった、聞きたいことがあった。憎くないのか、恨んでないのか。アルジュナのことドゥルヨーダナのことを問いたださないのか。

 

そんな彼の内心を、『貧者の見識』を持つカルナは口に出して答える。

 

 

「あぁ、確かにこの俺とて色々聞きたいことがある。だがお前がそれを悩むなら、俺は何も聞かない。お前が語る勇気を持った際、改めて聞かせてもらおう」

 

 

それだけ言って、カルナは帝釈天に背を向け世話になった老夫婦へと足を進める。そんな彼を帝釈天は黙って見つめるだけだ。

 

 

「世話になった、俺は行く。元よりあの蝙蝠が来た時点で、俺は出て行くべきだったのだ」

 

 

それは幼い頃のような言い方であるが、この夫婦にはカルナの言いたいことが良く分かった。【あなた方にこれ以上迷惑をかけられない。もし、己のせいで何かあれば自分を殺してしまう】と。

 

 

幸せな一時だった。子を授かれず、しかし最愛の家族を天より授かった。

 

その身を包む黄金の鎧も気にせず彼等はカルナを強く抱きしめる。少しでも気持ちが伝わるように、少しでも自分達のことを覚えていてもらえるように。

 

温もりを感じれぬ鎧を通して、確かに彼等の暖かさがカルナの身体を包み込む。

 

 

「…必ず帰って来る。今生において、あなた方こそ我が父であり母だ」

 

 

無表情しか知らぬその顔に、僅かな微笑みを讃えたカルナが離れると、帝釈天が今度は夫婦に近づき。

 

 

「さっきは悪かったな。…良い家庭に拾われたなカルナ」

 

「あぁ、スーリヤは良い縁を運んでくれる」

 

「アイツの加護だけってのも何だ、俺の加護も与えてやる。太陽神と戦神の加護を持つ土地なんて、今じゃそうそうねぇぞ?…もういいか?行くぞカルナ」

 

 

帝釈天から声をかけられ、もう一度「必ず戻る」と誓いを立て、カルナは前世における宿敵の父の隣に並び、決して振り返らずに山道を歩き出す。

 

 

かつてなら絶対にありえなかった光景がそこにあり、スーリヤはただ嬉しそうに息子と宿敵(とも)を燦々と照らすだけであった。

 




カルナを眷属にしようとしたシヴァ曰く、弱すぎる上級悪魔の家は次期当主を失い、仕方無くヤンキーのような恰好とタトゥーを彫り込んだ分家のクソガキを渋々次期当主に指名したとかなんとか


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破壊神からの試練

すみません、予想外の反響に第五話を書き直し、仕事が忙しく時間がかかりました(毎日残業3時間て…)


それと皆様のおかげで、日間ランキング二位になることができました。本当にありがとうございます!これも全てカルナさんのおかげですね!流石幸運A+!(なお自己申告)


前回のあらすじ

シヴァ
「スーリヤに連絡取れる?」

帝釈天
「…着拒された」

その頃のスーリヤ
「よっしゃぁぁああ!!カルナたんレベルに絆マックス!!待ってろやぐだイベェェエエ!!」※作者はfgoやってません(やる暇がないんです…(泣)



カルナを育てた養父母の下から離れた後、二人は更に山奥へと向かっていた。

 

 

「どこに連れていくつもりだ、インドラよ」

 

「帝釈天だ。まずは住む場所が必要だろうが」

 

 

帝釈天がカルナを保護したのは、何も悪魔や堕天使、他神話からカルナを隠す為だけではない。

 

【あとは任せた】――己に対し、あの馬鹿(スーリヤ)が最後に言った言葉の意味は、まだしかと理解はしていない。が、ともかく娯楽の一つも知らぬ、そして今のこの世界の在り方を理解していない大馬鹿野郎に、帝釈天はまず常識を叩きこむことにしたのだ。

 

 

着いた場所はインドでありながら、まだインドラであった時代から使っていた場所。そこは四方を山に囲まれ、部外者はそうそう入って来ず、カルナを保護すると決めた時から少しづつ用意し、コテージのような建物が建っていた。

 

 

「…オレの知る住居とは、だいぶ違うのだな」

 

「当然だ、お前が死んで何年たってると思ってやがる」

 

 

中に入ると、キョロキョロと辺りを軽く見渡しスゥっと息を吸い込み

 

 

「木々に囲まれているのか…土壁ではない、森の匂いがする」

 

 

ほのかに笑みを浮かべるカルナに、帝釈天が話しかける。

 

 

「おい、荷物は取りあえずここに…って、そういえばお前、荷物それだけ(・・・・)だったな」

 

 

コクリと相槌を打つカルナの手には、一本の棒切れが握られていた。

粗削りながらも、おおよそ長槍と見られるその棒は、カルナが唯一養父母に求めた物だ。

 

彼等が父と母として、まずカルナに求めたものは「何が欲しい?」という問いかけだった。それに対しカルナが返した言葉は「何も」。

 

 

【この身はすでにたくさんの施しを受けている。スーリヤの加護たる我が鎧。そしてあなた方という掛け替えのない両親。これ以上は貰えない】――これに困ったのは養父母だ。『施しの英雄』であるカルナの伝説は知っていたが、まさかここまで無欲だったとは。

 

苦労しながら何とか聞き出し、そしてプレゼントしたのがこの棒だ。クシャトリヤ(戦士階級)として、己が研鑽を積んだ武を忘れず、また彼等を守りきれるようにとカルナが唯一求め、養父が彼が成長しても手に馴染むよう、そして槍としての実用性を兼ねた重さと長さを追求し、夜なべして作成したのだ。今やこの木で出来た何の変哲の無い棒が、カルナにとってスーリヤから授かった黄金の鎧と同意義で、所有する唯一無二の宝となっていた

 

 

「あぁ、これだけで充分だ。それと置くなどできない。父から授かったこの槍はすでに、オレの身体に等しいものだからな」

 

 

グっと握るその箇所は、おおよそ幼い頃から何度も握ってきたのだろう。粗削りとは無縁な、しかし膨大な数の素振りを重ねた証拠である手垢と共に、薄く光を反射し。カルナの手はすでに、齢にして14、5歳でありながら、戦士のそれであった。

 

帝釈天がその棒きれを見て、笑うことはない。戦士がそれを槍と言ったのだ。ならばその矜持を、武を司るこの神が笑うことはない。むしろ帝釈天はサングラスの奥に隠した眼を細め

 

 

(…懐かしい手だ、そうだ。これこそがクシャトリヤ――英雄の手だ)

 

 

別に帝釈天は、今の人間の在り方を否定しているワケではない。ギルガメッシュが神と人とを訣別した時から、いつかこの時が来ることは分かっていた。しかし軍神、天部の1尊であったとしても、やはり懐かしいものは懐かしいのだ。

 

 

「だが今は置け。別に放置しろと言ってるワケじゃねーぞ?やることがまずあるからな」

 

 

 

ごそごそと、何やら部屋の隅に置かれた段ボールを漁る帝釈天に、カルナは僅かに首を傾げ何をしているのかと問いを投げると、彼はニヤリと笑いながら振り向き

 

 

「勉強だよ、勉・強」

 

 

 

 

 

 

 

「―――そうか、オレの下に来た蝙蝠。あれが聖書とやらの悪魔だったのか」

 

 

帝釈天が言った勉強。それは今の時代における各神話の説明であったり、人間界の常識など色々だ。

 

 

「という事は、オレは()のマーラに喧嘩を売ったに等しいのか」

 

「いや、あんな雑魚と覚者ですら悩ませる超級の大悪魔とを比べてやるな…流石に可哀想で何も言えんわ」

 

 

特に教え込んだのは、今現在、世界最大規模の信仰を受ける聖書の陣営、その3大勢力。

そして今の世界において、もっとも価値がある――

 

 

「神器(セイクリッド・ギア)?」

 

「そうだ、聖書の神が死に際に残した聖遺物とでも言おうか。色々とあるぞ?例えば『龍の手(トゥワイス・クリティカル) 』。こいつは所有者の力を二倍から、数倍に高めると言った力がある。割りとポピュラーな神器だな。分かりやすいが、その分所有者次第で、力量が大分変る」

 

 

他にも帝釈天がどのような神器があるかを言うと、カルナは眼を輝かせ、頷きながら聞いていた。元々カルナは戦うことが好きだ。己が極めんと鍛え続けた武の境地、己の中に有る業を解き放てる強者と出会えるかもしれないという期待が、カルナにはあった。

 

 

「もっとも強いのはどれだ?」

 

「『神滅具(ロンギヌス)』だ。今の所13しか確認されておらず、文字通り神すら殺しうると言われてる神器だな。だがそれ以前に、普通の神器でも“バランス・ブレイカー”と呼ばれるものがあって――あん?どうした?やけに嬉しそうじゃねぇか」

 

 

帝釈天が言う通り、今のカルナはとても嬉しそうだった(まぁ、相変わらずの無表情で、雰囲気でしか分からないが)

 

カチャリと身に纏う鎧と、耳飾りを鳴らしながら椅子から立ち上がり、机の横に掛けていた木の槍を持ち、外へ向かおうとしたカルナを、帝釈天が呼び止めようとするが。

 

 

「どこ行くんだよオイ!」

 

「修行だ。クシャトリヤとして、そしていつか出会おうであろう、今生における我が好敵手の為に…オレは更に強くならねば」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

木々の隙間、コテージの目の前に広がる盆地。

 

普段なら、立ち寄った者を風のせせらぎが癒しを与えてくれる空間が、この時ばかりは違っていた。

 

 

手にした木の槍を、カルナはゆっくりとした動作で振るう。

 

 

「――ふぅ…ッ!」

 

 

それはまるで初めて歩く赤子の如く。亀ですら追い抜きそうな速度で、一つ一つの動作を確認するように。しかし本来なら、どこかぎこちない動きになるであろう速度でありながら、その動作はまるで流れる流水のようであった。

 

 

「スゥ、……ふっ!!」

 

 

次第に動きが激しくなる。先程とは違い、息を短く吸い、吐いた後、流水のようであった動きはまるで、嵐が過ぎ去った後のような激流を思わせるそれへと変貌していく

 

 

まるで獣。その眼は確かにこの場にいないハズの誰かを思い描き、その急所の一つ一つに必殺を持って応戦していると、演武を眺める帝釈天ともう一人(・・・・)には見えた。

 

 

「…で、何でテメェがここにいんだよ―――シヴァ」

 

 

シヴァ――と、帝釈天が呼ぶ少年。見た目は今のカルナとそう変わらない14、5歳に見え、美しく輝く黒髪を、そよ風に靡かせている。

 

 

「良いじゃないか。僕は確かにカルナを君が引き取ることは了承したけど、会いに行かないとも、見に来ないとも言っていない。確かに君とあいまみえたらと約束はしたけど…ここは戦場ではないだろう?」

 

 

にこりと子供のように笑いながら、シヴァは再びこちらに気づかず槍を振るうカルナを見る。

 

 

「誰かな相手は…君の息子かな?」

 

「いや違う。あれはジャザーランダだな」

 

 

かつてカルナが戦い、制した相手ジャザーランダ。

その身を別々の母から、肉体の全てを半分に別って生まれたマカダ王国に生まれた王。気味悪がった母親達から捨てられ、その後、羅刹(ラークシャサ)の女に育てられた彼は、その身を三度引き裂かれてもなお死なず、剛の者にして賢君としてマカダ王国に君臨した。

 

『マハーバーラタ』において、そんな彼を御したのがカルナだ。友ドゥルヨーダナの命で不死身として恐れられた彼を、たったの一合で負けを認めさせた。

 

 

「お前は知らないだろうが、アイツも確かな強者だった。いきなり己が宿敵クラスを相手とするでなく、徐々に慣らしていく所から始めるとは…マジメだねぇ…」

 

 

良く見れば、その相手は確かに二人にも見える。元々ジャザーランダは別々の母から肉体を二つに分かれて生まれた者だ。あの時は一合で負けを認めたが、もしそれが無く、またその身が二つになるという状況を想定し、カルナは槍を振るう。

 

そこから帝釈天とシヴァは何を言うでもなく、カルナの演武を見つめていた。するとポツリとシヴァが呟く。

 

 

「…これは良い、酒が飲みたい」

 

 

演武とは本来、神々に捧げる供物でもある。そしてカルナのそれは、父である太陽神・スーリヤに捧げられ、また近くで眺めるこの二柱にも、それは確かに届いていた。

 

純粋な闘気を込め、その白すぎる肌に汗を浮かべ明確な意志を持って前へ突き出す。無駄の無い動作で、一撃一撃が敵を倒すと告げていた。

 

 

「あれ、そう言えば弓は?」

 

 

シヴァがカルナの演武を見ていて、その疑問を抱くのはもっともだ。

クシャトリヤとは本来戦車を駆り、車上より穿つ弓矢で敵を討つことこそが本懐だ。しかしカルナが弓を出すような動作をすることは無く、ただひたすらに槍だけを振るっていた。

 

 

「インドラ、これはどういうことだい?カルナには、僕がパラシュラーマに授けた“ヴィジャヤ”があるハズだ。何故使おうとしない?」

 

 

“ヴィジャヤ”。それは古代インドにおいて、シヴァが弟子であったヴィシュヌ第6の化身パラシュラーマに授けた弓。担い手を勝利へと導き、またその弓を持つ者は、どんな傷を負う事もなく、またその弦は何をしても切れることがない。インド三大弓と称される宝具の一つ。

 

クルクシェートラの戦い、その17日目にカルナがそのヴィジャヤを取り出し戦場へ赴いた。その姿を見たパラシュラーマと同じヴィシュヌ第8の化身クリシュナは、同じ母から生まれた異父兄弟アルジュナに、「二人でもってしても、勝てない」と告げたそうな。三界ですら制することができる――それこそが弓を持ったカルナ本来の姿のはず、なのに…。

 

 

どこか呆れたような姿を見せる帝釈天は、やる気の無い顔をシヴァに見せたまま教える。

 

 

 

「あの弓なら、あの大馬鹿が養父母に渡した」

 

 

「へ…?はぁ!?」

 

「あー、分かるぞその気持ち。お前と同じなんて吐きそうだが、まぁしょうがないな」

 

「いや、だって…あれ僕が作るのにどれだけかかったと!?それに普通の人間に、正真正銘神々の宝物を渡すなんて…ッ!?」

 

「アイツ曰く、【オレにはすでに、この鎧(日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ))がある。ならば持ち主を守るこの弓は、父と母にこそ必要だ】なんだと」

 

 

空いた口が塞がらないとはこのことだろうか、現在の姿、子供のように大口を開けて呆れるシヴァに、帝釈天はフンと鼻を鳴らし教える。

あの槍は今生の養父が手ずから製作し、カルナに与えた物であると。どうやらカルナは養父から授けられたこの槍を、極めんとしているらしい。

 

 

「それに、弓なら問題ない。変わりのモンならもう持ってる」

 

 

その言葉と共に、帝釈天は安楽椅子に掛けたまま、いつの間にか握っていた剣をカルナへと投げる。

 

 

「――ッ!(アグニ)よ!!」

 

 

カルナがそれに反応し、弓をつがえるような動作をしたと思いきや、その手には炎が宿り、飛来してきた剣を燃やし溶かす。

 

 

「我が父に捧げる演武を邪魔するか、インドラよ。それとも何か、お前がオレの相手をしてくれると?」

 

「誰がンなメンドクセェ事を。夢中になりすぎだ、いい加減気付け」

 

 

その言葉に、ようやくカルナはこの場に招かれざる客がいたことに気づき、僅かに目を見開く。

 

 

「成程、確かにお前の言う通りだ。貴方の存在に気付けなかった事を、心から謝罪しよう…破壊神シヴァよ」

 

「いや、良いものを久しぶりに見せてもらった。だからその謝罪は必要ないよ?太陽神・スーリヤの子、施しの聖者カルナよ」

 

「おいテメェ、何でこの野郎には敬称つけて、俺様には無ぇんだよ!?」

 

「お前に敬称を付ける意味が理解できない。それにシヴァ神は、我が師であったパラシュラーマの師。つまりオレはこの方にとっての孫弟子だ。それにお前という神のことは、良く知っているつもりだ。それを踏まえ、付ける必要がないと理解した」

 

「あはは!君はホントに言葉を飾らないんだね」

 

 

青筋を立てながらカルナに近づく帝釈天とは反対に、シヴァは心底面白いと言った風に、カラカラと子供のように笑うだけだ。

 

 

「ヴィジャヤの事は聞いたよ?まったく、アレを君にあげたパラシュラーマもそうだけど、君も君だ」

 

「本来の持ち主であった貴方には、悪いと思っている。しかしオレ以上に父と母には必要だった、それだけだ。が、謝罪を求めると言うのなら、好きなだけ求めるがいい」

 

 

このインドにおいて、三大弓と称されるヴィジャヤ――あれを無償で誰かに授けるなど、果たしてこの聖者の他に誰ができようか。

 

眩しい…古代より様々な英雄を見、その失墜、栄華の極みの全てを視て来たシヴァをもってしても、カルナの施しの精神はあまりにも尊く感じられた。ゆえに思う。

 

 

面白い(・・・)――】

 

 

ゾワリと、帝釈天に何故か軽い寒気が襲う。咄嗟にシヴァの顔を見ると、そこには少年のような笑みはなく、残虐で容赦の無い、破壊神としての顔が張り付いていた。

 

止めろと口に出そうとするがもう遅い。

施しの英雄は施しを求め、神はその求めに応えた。

 

 

突如シヴァがカルナの眼を覗き、頬に手を添えられたカルナは微動だにせず、シヴァを見つめ返す。

 

 

「…へぇ、パラシュラーマの呪いは健在か」

 

 

シヴァが瞳を見つめたのは、その奥にある魂を覗き見ようとしたからだ。そこで彼は、今だにかつての弟子パラシュラーマがカルナにかけた呪い。『自らより格上の相手、もしくは絶体絶命に陥った時、授けた奥義を忘れる』というものが健在であると知り

 

 

「どうやらそのようらしい。だが彼を騙してまで奥義を授かろうとした、オレこそが罪人だ。ならばこれは、オレが負うべき咎だ」

 

「ダメ、それじゃあ僕が楽しめない(・・・・・)。君は仮にも僕の孫弟子で、僕は君の大師父だ。なら君には僕を楽しませる義務があると思わない?」

 

 

どんな理屈だと帝釈天が噛み付くが、二人がそれを気にすることはなく、すでに契約は交わされた。

 

 

「成程、確かに一利ある。ならばシヴァよ、オレは何をすればいい?」

 

「君には試練を与えよう。もし、乗り越えることができれば、パラシュラーマがかけた呪いだけじゃない、君にかけられた数々の呪いを僕が破壊しよう」

 

「是非も無い。だがオレからも条件がある」

 

「良いよ、言ってごらん」

 

「我が父と母に、貴方の加護を授けてほしい。彼等は普通の人であり、これより先、あの悪魔のようにオレを手にいれんと父と母を利用する者がいるかもしれない」

 

「それくらいお安いごようさ。君を“カルナ(英雄)”としてではなく、“カルナ(愛し子)”として育んでくれた彼等には、僕も感謝してるからね」

 

 

カルナは抑揚のない声で「感謝する」と伝えたが、最高神クラス3柱による加護など…あの地はいったいこれからどんな人外魔境へと変貌していくことだろうか

 

これは後の話になるが、確かにカルナが言ったように、悪魔の一部が彼を利用せんと養父母の下へ行き、彼等を攫おうとしたのだが……近づいたとたん、殺人光線と化した太陽光が空から降り、また嵐が吹き荒れどう見ても自分達が知る“滅びの魔力”とか目じゃねぇと破壊の権能吹き荒ぶ光景が広がったとかなんとか。

 

 

「では神託を告げるがいい。オレはどんな試練であっても、必ず乗り越えるとスーリヤの名に誓おう」

 

 

笑いながら、スっと指を向ける先。そこは遥か遠く、帝釈天がトップとして立つ須弥山を差していると何故か帝釈天には分かり、同時に冷や汗が止まらない。

 

 

「施しの英雄カルナよ。この先にいる相手、西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)という称号を持つ五大竜王が一匹、玉龍(ウーロン)――

 

 

 

 

 

――の傍にいるであろう、歳くった猿を倒した証を僕に持って来てくれるかい?」

 

 




帝釈天
「……(;゚Д゚)ハァ?」

シヴァ
「使えるものは使う。悲しいけどこれ、戦争なんだよね」



時間軸的にはまだ原作始まってないです


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技 対 義

皆様方のおかげで、マハーバーラタやカルナさんに関する事がだいぶ分かってきました(これからもお手数おかけしますが、どうかよろしくお願いします)


それとここ数日、感想欄がほとんど初代を心配する声ばかり(汗

どうしてなんだ!?何故誰も初代が勝つとは思わない!?
あの初代なんですよ!?あの序盤、イッセー達が何とか勝てた英雄派(笑)を子供の手を捻るより簡単に倒しまくったあの初代!D×D総出でようやく勝てると言われた西遊記チームの主戦力であろうあの初代!どこからどう見ても帝釈天の使いっパシリにされているあの初代!!

作者は信じてます!初代の雄姿を!あの初代ならば、カルナさんに勝てるとそう信じ、この言葉を贈ります!!











初代ダイーン!!



飛翔する一つの流星。本来なら落ちて大地を穿ち、穴を空けるそれは落ちることなく大空を舞う。

 

 

「…成程、確かに便利だ」

 

 

飛行機雲を描いているのはカルナだ。

 

徒歩で行けばいいのかと聞いた際、シヴァから提案された“魔力放出(炎)”を用い、現在須弥山を目指していた。

 

 

(シヴァは猿と表していたな…という事はヴァナラ(猿族)…ハヌマーン神の眷属か?)

 

 

そう心の中で呟くカルナの手の中に、養父から授かった木槍は無く、帝釈天が前世において授けた“インドラの槍”が握られていた。

 

 

【――私にはこれくらいしかできず申し訳ない】

 

 

そう呟きながら、目元に隈を作り力無く笑う養父に首を振り、カルナは誓った。「この槍に誓い、今生はこれ(槍術)を極めよう」と。

 

無論カルナはかつて槍においてもその名を轟かせた。だがそれでは駄目だと彼は感じた。それではこの父が作ってくれた槍に見合わぬと――。しかし今握るのは“インドラの槍”、これは何故か?

 

カルナは理解しているのだ。物とは使い続ければ、いつか壊れるものだと。だが壊れるべき時に壊れるのと、壊れるべきではない時に、無意味に壊すのでは意味が違う。ハヌマーンの眷属であれば、養父には悪いが彼の作った槍では戦いに耐えられない。ゆえに神属には神槍をと持ち出した。それでも――。

 

 

「いつか必ず、我が好敵手と認めた相手には、父の槍を…」

 

 

心の中で今一度呟き、カルナは更に速度を上げる――。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「で?何が目的だシヴァ」

 

 

カルナが飛び立った直後、二人は相対し、帝釈天の手にはヴァジュラ(金剛杵)。シヴァの手にはトリシューラ(三又の槍)が握られ、その場はもはや人や獣では息絶えてしまうほどに濃密な殺気が溢れている…のだが――。

 

 

「あはは!止めなよインドラ、そんな虚仮脅しの殺気なんて。くすぐったくて、たまんないよ」

 

 

トリシューラを一回転し肩にかけ、シヴァは戦意が無い事をアピールし。帝釈天もまた、ヴァジュラを空気に紛れさせるように掻き消す。

 

先程のはシヴァが口にしたように、ただの虚仮脅し(・・・・)だ。元より各神話がドン引きするインド神話。そこで派生した彼等にとって、他の者では耐えられない殺意の嵐など挨拶に過ぎない。

何より彼等は、このような場所での戦など望んでいない。戦いを司る神と、破壊の神。その時はまだだと理解しているのだ。

 

 

「チッ、つまんねぇ…。アザゼルなんかこの程度で顔を青くして、何かブツブツ呟き始めんのに。これだから元同郷はやりづれぇ」

 

「雑魚と同じにしないでくれる?確かにアザゼルは面白いし気に入ってるけど、前衛じゃなく後衛向けだしね、彼」

 

 

殺意が晴れ、森のせせらぎが戻ってくる中、帝釈天は頭を掻き。

 

 

「…俺が斉天の猿に(けしか)ける予定だったんだ。…それを先取りしやがって」

 

 

そう、元々は帝釈天も同じことを考えていた。ただ早いか遅いか、それだけ。

 

 

ガタリと帝釈天は乱暴に安楽椅子に腰かけ、シヴァは対面となる手摺りに座る。

 

 

「…どうなるかな。ねぇ、どっち(・・・)が勝つと思う?」

 

「ハッ、語るまでもねぇ」

 

 

プシュっと持ち込んでいた缶ビールのプルタブを開け、もう一つをシヴァに投げつけ。

 

 

「カルナだ。俺の息子でも本来勝てなかった、あの馬鹿から生まれた大馬鹿野郎だぞ?」

 

 

“斉天大聖 孫 悟空”

 

釈迦如来にすら喧嘩を売り、ついには花果山に封印され、玄奘三蔵の天竺を目指す旅に共付いた【西遊記】に語られる大妖怪。今は須弥山所属となり、長年生き、氣を操ることに関してはこの神仏修羅溢れる世界においても右に出る者はいない、帝釈天の使いとも言える右腕に等しい存在。…だが、それでも帝釈天は断言する。「勝つのはカルナ」だと。

 

“混世魔王”から“牛魔王”。唐であった時代の中国。今の時代においても恐怖の象徴として語り継がれる彼等に時には負け、しかし乗り越えついには到達した偉業を持つ初代。永きに渡る時の中、老いてはいるがその研鑽は一種の極致と言えよう。それでも――。

 

 

「うん、だから僕も倒した証(・・・・)を持ってこいとは言ったけど、殺せ(・・)とも再起不能(・・・・)にしろとも言ってない」

 

「だから見逃したんだよ、言ってたら俺様が止めてる。…あれは天才だ、そもそもあのクシャトリヤ嫌いで有名なパラシュラーマが認めた時点でおかしいんだ」

 

 

グビリと喉を鳴らし飲む帝釈天が呟いた言葉、それが全てだ。

 

 

全てのクシャトリヤ(戦士階級)を滅ぼすと誓い、そして本当に滅ぼした最強のバラモン(僧侶)パラシュラーマ。カルナに【己より強い者と相対し、絶体絶命に陥った際、奥義を忘れる】という呪いをかけた張本人は、しかしその直後、カルナに告げた言葉がこれである。

 

 

【だが、お前より強い者などそういまい】

 

 

「あー、そういえばそんな事言ってたね。パラシュラーマ今どこいるのかなぁ…目の前のグラサンかけたクソ坊主頭殺してくれないかな」

 

「若作りした下手すれば俺様より上のお前には言われたくねぇ。てかヤメロ。アイツは駄目ゼッタイ」

 

「分かってるよ。あんな戦士絶対殺すマンとか連れて来れるワケないじゃないか。師匠の僕でも下手すれば制御不能なバーサーカーなのに…そもそも今何処にいるかも分からないんだよ?もしかしたら、別の世界にでも行って戦士という名の存在全てを狩り尽くしてるかもね」

 

「Hahaha!!ンなワケねぇだろぉ?」

 

「あはは!だよねー」

 

「Hahahaha!!!」 「あはははは!!」

 

 

そのままどのくらいでカルナが戻って来るかの賭け事を始める二人。インドは今日も、良い天気であった。

 

 

 

 

~~???~~

 

「――バラモンン!!ズズ…噂か?一体どこのクシャトリヤが…まぁいい。次は…X×X

か、待っていろクシャトリヤよ!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

“須弥山”

そこは七つの金山と鉄囲山と八つの海に囲まれ、その忉利には帝釈天が住まう善見城がある。――その手前に五大竜王が一匹、西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)玉龍(ウーロン)と斉天大聖(以降は“初代”と明記する)が駄弁っていた。

 

 

『なぁ、猿ぅ…オイラ暇なんだけど』

 

「良い事じゃねぇか。お日様浴びてこうして呆けて、こういうのを幸せな一時ってぇんだよ。分かんねぇかなぁ…これだから若いのは」

 

『オイラ達ほぼ同い年だろう!?河童と豚は中々会いに来ないし、お師さんは…人間だよな?』

 

「仏だよ今は。まったく、俺ッチの子孫みたいな事言いやがって」

 

 

今はここにいない…正確には、あまりの修行の辛さに逃げ出した腰抜けの猿野郎を思い出し、煙管の煙をプカプカと吹かす初代。

 

 

『美猴、今何してんだろうなぁ…』

 

「なぁに、何でもいいさ。生きてようが死んでようが。ようはテメェのケツをしっかり拭けてりゃそれで充分…――ッ!?玉龍(ウーロン)!!」

 

 

突如初代が身を翻し、玉龍へと駆け出す。その顔には帝釈天と同じように、だがデザインが違うサイバーなイメージのサングラスをかけており、表情は伺えないが大量の汗を搔いて非常に焦っていることが分かる。

 

しかし玉龍は何も感じていないようで、のほほんとした声と顔を向けるかつて玄奘三蔵の馬として活躍した彼を、初代は思いっきり伸ばした棍で殴りつける。

 

 

『どうした~?ついにボケt――うわらば!!?』

 

「馬鹿野郎!!今すぐ逃げろ!!早く!!」

 

 

そのまま頭に乗り、角を引っ張り無理やり方向を定め、そちらに全速力で向かわせる――その刹那――

 

 

 

――太陽が落ちて来た(・・・・・・・・)

 

 

 

凄まじい爆炎が広がり、木々は瞬時に消し炭となる。肺は人であれば空気を吸った瞬間燃え尽きる程の劫火が広がり、辺り一帯を灼熱地獄へと塗り替えていく。

 

 

『な……何だ!?』

 

 

互いに人ですらない身。玉龍は何事かと驚き、初代はその表情を固定したまま、爆心地の中心を見据え。

 

 

「…太陽が落ちて来やがった……おい玉龍、今すぐ悟浄と八戒を連れて来い」

 

『はぁ!?猿、お前一体何を…』

 

「早くしろい!!俺が……死ぬ前に!!」

 

 

棍を構え、傍にはすでに代名詞とも呼べる金遁雲が控えており、身体には氣を巡らせている。その姿はどこからどう見ても、全力での戦闘を行う準備が出来た斉天大聖――伝説の大妖怪がそこにはいた。

 

 

「――まさか避けるとは思わなかったぞ。いや、流石はヴァナラ(猿族)と讃えるべきなのだろうか」

 

 

玉龍は耳を疑う。それもそうだろう。何故なら生き物が生きていられない地獄が顕現した中心部から、声が聴こえてきたのだ。

 

クレーターの奥から具足を鳴らし、白髪の黄金輝く幽鬼。手には背丈を超える長槍が握られており、その身は今の時代、神々と比肩する程の魔力と神気を纏い、こちらを静かな瞳で見つめていた。

 

 

『…おいおいおい、猿。アレはヤベェぞ…ッ!?』

 

「だからアイツ等を呼べっつってんだよボケ。あと期待はしてないが、ボスも探して来い。須弥山が落ちるぞってなぁ!」

 

 

言葉と共に、初代は縮地――僅かに本物に届いていないものを用いてこちらを見つめる幽鬼のような少年に一瞬で駆け寄り、棍を振りおろす。

 

玉龍がそれを見ることは無い。すでに彼は初代に言われた通り、その身を空へやり、彼等の仲間を呼びにいったのだ。

 

少年は突然目の前に現れた初代の攻撃に、当たり前のように槍で防いで見せる。

 

ギチギチと鍔迫り合いをしながら、初代はその表情を凶暴に変え、幽鬼――カルナに話しかける。

 

 

「おうおうおう、どうしたんでぇ。お前さんなら撃ち落とせると思うんだがねぃ」

 

「オレが言われたのは、龍の傍にいるであろう猿を倒した証を持って来いということだけだ。何よりオレは何人相手でも、別に構わんぞ?」

 

「ハッ!!ほざけぇ!!」

 

 

キンっと鍔迫り合いを終え、瞬間再び金属音と衝撃が、辺りを更に破壊する。

 

一合、二合。いや、刹那の間に交わされた攻防の数々は、もはや数えることすら馬鹿馬鹿しい。

 

 

「伸びよ!棍!!」

 

 

一端距離を取り、初代は棍をカルナに向け、瞬時に棍は持ち手に意を汲みカルナに襲い掛かる。が、カルナもまた、それを一瞬で見やるやいなや、頭目掛けて飛来する棍を首を僅かに動かすだけで回避する。

 

 

「チィ、これでも駄目だってか!」

 

「確かに驚いた。が、それだけだ。しかしこれ程の棒術の使い手と会いまみえようとは…シヴァも良い試練を与えてくれた」

 

 

“シヴァ”――その名を聞き、初代は

 

(シヴァだと…!?てぇ事は、この坊主はインド神話の鉄砲玉かい!!)

 

 

しかし解せない。これ程の攻防、これほどの破壊力を持ちながら、初代はこの男の正体が掴めないでいた。まぁそれもしょうがない。まさかインド神話が誇る大英雄が転生したと思いつけという方が無茶な話だ。

 

 

パチパチと、辺りが燃える音が響き、二人はこの時、ようやくしかと互いの姿を見やり――。

 

 

「老人…いや、老猿よ。お前の名を聞きたい」

 

「へっ、若ぇの。まずはお前さんから名乗るのが筋ってモンだぜぃ?名乗れやガキ、戦の作法はまずそれからだろう?」

 

 

槍を下し、そう聞いて来るカルナに対し、初代がその手に持つ棍を下すことも、構えを解く様子も一切無い。この時点で、両者の実力の開きが見て取れた。

 

 

「たしかにそうだ。今生において、オレは挑戦者であり、お前はそれを迎え撃つのだからな」

 

「今生…?何言ってんだい、おめぇさん…」

 

「知る必要は無い。今お前が欲するのはオレの名であり、オレが欲するのもまた、お前の名だ。では名乗ろう――我が名はカルナ。父に太陽神・スーリヤを持ち、今生において、養父母から授けられた名もまたカルナだ」

 

 

先程まで詰めていた初代の雰囲気が、僅かに揺らぐ。

 

 

「カルナ…だと?馬鹿馬鹿しい、俺が生まれる遥か大昔に活躍した大英雄だぞ!?あれか?もしかして最近流行りの、魂だけ受け継いだ別人だろい?お前」

 

「流行りかどうかは知らん。山の中で育ったのでな、都会のソレには疎い」

 

 

だが――と、カルナはこの時、初めて構えを見せ。

 

 

「このオレが本物か偽物か…それはこれより、この武を持って示そう…ッ!!」

 

 

ゴウッ!!と再びカルナを中心に、爆炎が広がる。それはまるで、決して初代を逃がさないというように彼等を囲い、その眼は一時も初代を捉えて離さない。

 

 

(これは…本格的にヤベェな…)

 

「次はお前だ。戦の作法に則り、名乗りを上げるがいい」

 

「…斉天大聖 孫 悟空」

 

 

短く返し、再び力強く棍を握りしめる初代。

 

 

「斉天大聖 孫 悟空か、良い名だ。自ら大聖を名乗るその気負い、オレにはとても真似できない。今生において、初めて死合うのがお前で良かった」

 

「それは…馬鹿にしてんのか?」

 

「まさか、そのままの意味に決まっているだろう?さて、作法は終わり、これより先は戦を始めようと思うが…どうだ?」

 

 

ズズズっと大気がカルナを中心に、膨大な魔力が渦を形成し、焔となる。

 

 

(ここが決め時か…)

 

 

初代はサングラスに隠された瞳を閉じ、思いを馳せる。

 

 

生まれて幾星霜。若かりし頃はヤンチャもした。師と呼べる男と旅をし、かけがえのない、今なお続く腐れ縁もできた。

 

子を成し、それは今も続き才のある子孫を持つ事もできた…ならば思い残す事など――

 

 

「…カッ、呵呵呵!!何を弱気になってるんでぃ!!」

 

 

否、断じて否!まだ己は生を楽しみきっていない、まだまだあの逃げ出した馬鹿弟子に伝えきれていない事など多々ある。何よりッ!!

 

 

(こんな楽しい喧嘩を、こうも簡単に終わらせていいものか!!)

 

 

己が磨いた武が通じない。それは当の本人である初代が一番分かっていた。達人はたったの一合手合わせしただけで、相手との差が分かるというが、まさにそれだ。――己では、この目の前の小僧に勝てない……だからどうした(・・・・・・・)

 

 

「おうおうおう!!目と耳があるなら、引ん剝いて聞きやがれ!!おっと、口は閉じておいてくれよ?それはオイラ(・・・)の仕事だからなぁ!!」

 

 

棍を頭上で回し、見得を切る初代。その姿をカルナは邪魔することなく、静かに見つめ返す。

 

 

「聞け!我こそは天を征し、大聖と己を定めた大妖怪!!西遊記に残されし我が武勇、我が誉れ!!斉天大聖 孫 悟空とはオイラの事だぁ!!」

 

 

続けて初代はサングラスの間から、凄まじい闘気を纏った眼を向け。

 

 

「さぁ!!喧嘩だ喧嘩!!お前がカルナだろうが、どうでもいい!!楽しい喧嘩をしようぜぃ?」

 

 

棍を向ける。これより先、言葉は無粋。しかし最後まで言わせてくれた礼だと、初代もまたカルナの言葉を待つ。

 

 

「――感謝しよう。この出会い、この一時に。あいにくと、オレにはお前のような異名は無い。人はオレを施しの英雄と言うらしいが…この場では、敢えてこう名乗らせてもらおう…クシャトリヤの誇りにかけ、スーリヤの子カルナ――

 

 

 

推して参る!!」  「来いやぁ!!」

 

 

 

先陣は初代が取った。毛を媒介とした分身を多数生み出し、まずはカルナの動きを封じにかかる。その数はおよそ20。上下左右、様々な場所からカルナに襲い掛かる。

 

 

一体目の分身は、棍を突き出しその胸元に赤く光る宝石目掛け突き出す――が、カルナはそれをインドラの槍で弾き、石突きで逆に突き、そのまま返す刀で後ろに迫っていたもう一匹の分身を壊しにかかる。

 

槍を振るい、時には穂先で射し、また時には分身の一つを槍で捉え、そのまま別の分身へとぶつける。まるで嵐のように、だがその動きは水面のように静かであり、カルナは今一瞬の攻防の間、ただの一歩も動かず全てを捌ききっていた。

 

 

「「「まだまだぁ!!」」」

 

 

が、更に分身が追加され、雨の如き止まない攻撃が再び開始される。

 

 

(…中々に厄介だ。成程、己の一部を媒介としたこの分身は、気配も本体と変わらぬか)

 

 

カルナは何も、ただ成すがままにされていたワケではない。

 

本体が紛れ、好機を狙っているのではと、この刹那に命を落とすであろう攻防の間でも、分身だけでなく、また本体を探すことを止めてはいなかった。何より――。

 

 

「楽しい…な」

 

 

ポツリと呟かれたその言葉、それが今のカルナの心の全てだ。

生まれて十数年、かつて師や好敵手達と磨き続けた己が技量。しかし今生では相手に恵まれず、一人槍を振るう毎日だった。一度だけ、悪魔が来たが…あれでは物足りない…。

 

だからこそ、カルナはこの瞬間を楽しんでいた。相手は多数、更にはまだ奥の手を隠しているであろう、誇りを携えた戦士。

 

 

(ならばこちらから、その奥の手を晒さしてみせよう…!)

 

「見事だ、斉天大聖よ。これ程の研鑽…積み上げたお前の歴史を今、この身で感じている所だ」

 

「へっ!ナメンじゃねぇよ!!」 「そもそもだ、言葉はもはや無粋と断じたハズ」 「オメェさんも気づいてんだろう?なら、そちらから出してみろよ」

 

 

異口同音。分身達が次々と吼えるが、そのどれもが同じことを語る。『やれるモンならやってみろや』と。

 

 

「ではそうしよう。まずは邪魔なこれ等からだ……(アグニ)よ!!」

 

 

カルナから発生した焔がリング状に広がり、炭と化した木々を灰という過程すら起きる事を許さず燃やし尽くす。それは近くでカルナを取り囲んでいた、初代の分身達も同じだ。だが――。

 

 

(この瞬間を待っていた!!)

 

 

どんな強者にも、必ずある僅かな油断の瞬間…それは大技を出し終えた後。

 

初代は分身を出し終えた後、それに紛れ一端退却。姿を自然に紛れ込ませ、ただひたすら氣を練っていた。

 

 

鋼気功を纏い、そのほとんどを右手に集め、金遁雲という、古くから頼りにし続けた相棒にその身を任せ――駆ける。

 

 

炎が身を焦がす。が、鋼気功を用い痛覚を誤魔化し駆け続ける。服が燃え堕ち脚絆のみとなり身体を包む毛もまた酷い匂いと共に焼け、皮膚が爛れていくのが分かる。カルナの前に突如現れたのは、火に包まれた初代。金遁雲はすでに燃え尽き、しかし今だ何とかかけられたサングラス、割れたそこから覗く眼は、酷くギラついていた。この様をもし、美猴が見たなら驚いただろう。

これほどまでに追い詰められた己が祖先。技術のみで駆け上がって来た男が見せる獣性――だがここにいるのは永き時の中で徐々に摩耗していった、弟子を育てる喜びを知った初代ではない。

 

“斉天大聖”――遥かな昔、釈迦にすら喧嘩を売った大馬鹿野郎。生きながらえるよりも、刹那の一時を愉しむ若かりし頃の孫 悟空がそこにはいた。

 

 

流石のカルナも、まさか(アグニ)に包まれながら特攻してくるとは思わず、気付けば神珍鉄で出来た棍がその特性を活かし形を変え、カルナの身体に纏わりつき。

 

 

「届けぇぇぇええあああああ!!!」

 

 

練った氣の殆どを使った掌底が、カルナの鎧を通り抜け、ついに彼の身体を捉えた。

 

 

「ッゥ!?――ごほッ」

 

 

眼を見開き、身体をくの字に曲げるカルナを見て、初代の心に勝利の二文字が浮かぶ。事実初代の顔には、すでに笑みが浮かんでいた。それほどまでに完璧に決まった一撃だった。

 

しかしその身はとても勝者とは思えぬ程にボロボロだ。火傷していない箇所は無く、酷い所は骨まで炭と化していた。痛みを誤魔化す余裕も無く、一瞬のうちに気絶と覚醒を繰り返しながらも、初代は変わらず笑みを浮かべる。

 

 

(へへ…嗚呼、そうだ…オイラがあの馬鹿を育てようと思ったのは…こんな燃える喧嘩がしたかったからだ…)

 

 

満足した。だが同時にまだやり残した事があったと思い出した。

 

帰ったら、まずはあのケツの青い若造を探し出そうと初代が心の中で、そう決意を決める――のだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――見事な一撃だ。謝ろう、斉天大聖。オレはまだどこかで、貴方の事を侮っていたらしい」

 

 

聴こえぬハズの声が、目の前から聞こえてくる。

 

 

「カ、カカ…だよなぁ(・・・・)…」

 

 

分かっていた(・・・・・・)。確かに当てた最後の一撃。だが掌に伝わった感触は、まるでその身に纏う鎧に全てを吸収されるような感覚がしていたのだ。

 

カルナの皮膚と同化している鎧、【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】。攻撃であれば、その概念ですら十分の一にまで威力を下げるインド叙事詩『マハーバーラタ』が誇る、施しの英雄カルナのみに許された最硬宝具。練られた氣、“鎧通し”によって直接叩きこまれた内臓も、すでに完治していた。

 

 

 

ここに勝敗は決した。

 

 

 

今、カルナが手にしているのは“インドラの槍”…ではない。養父が作り授けた木槍が握られ――。

 

 

「オレが持つ中で、最高の武具だ。どうかこれを手向けとして受け取ってほしい」

 

 

好敵手ではない。しかしこの男には、最高の一撃を持って組するに値するとカルナは認め、ゆえに木槍を持つ。

 

 

馬鹿にしているのか?この男は最後まで、己を辱めるのかと初代は喉すら焼けた声帯で、そう吼えようとし…止めた。

余りにその眼が本音だと告げていたから。その手に握られた粗末な槍を、この男は本気で誇りに思い、手向けとしようとしていると理解したから――。

 

 

もう身体に力は入らず、赤々と燃え続ける大地も気にせず初代は座り、震える手で煙管を取り出し、焼け枯れた喉から声を絞り出す。

 

 

「…へ、へへ。最後の゛一服だ…ちぃっとばかし、待ってぐれ゛ても良い゛だろい?」

 

「良いだろう。存分に堪能するが良い」

 

 

火元などもはや要らない。煙草を詰め、一吸いすれば火が灯り――。

 

 

 

――プッ。

 

 

息を吐き出し、燃える煙草がカルナの顔に僅かな、だが瞬時に治る程度の火傷を負わせ。

 

 

「バァカ…オ゛イ゛ラ゛の゛…勝ちだぁ…」

 

 

その様はまるで、イタズラが成功した悪ガキのようだった。

 

カルナは数瞬眼を閉じ、開く。

 

 

「――見事」

 

 

掲げた木槍を、その剛腕を持って振り下ろす。初代は眼を瞑ったまま笑い続け、最後を静かに受け入れる。

 

 

轟音が辺りに鳴り響き、土煙が晴れるとそこにはカルナだけが口を真一文字にしたまま佇んでいた。その傍には、罅が多数入った煙管――。

 

 

 

 

どちらが勝者か…それはこの二人のみが知る。

 




アザゼル先生が好きな方には申し訳ありませんでした(作者も先生大好きです)


アーチャーなカルナさんや、ライダーなカルナさんを期待した方々には悪いですが
やはりカルナさんはランサー(ランチャー}が良いと、こうなりました。(弓は時々使います。無論、ランチャーの由縁も)




次回 『初代死す』 デュエルスタンバイ!(すでに終了している模様)


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戦士の約定

待ってくれていた方がいるか分かりませんが、お待たせしてすみません(汗

(評価とお気に入りの数々の期待に応えようとした結果がこれだよ!!本当にありがとうございます!)

それとこの場を借りて、感想を中々返せなかったことを謝罪します。
全部目を通して、書く為の燃料となっているのでこれからもよろしくお願いします。

これからも遅い更新となりそうですが、どうかお付き合いいただけると幸いです



――酒が進む。とにかく酒が進む。

 

次から次へと缶やビンが二柱の足下に無造作に転がり、手が次の酒を求めて止まない。それはこの美しい景色の合間に聴こえる木々が風に煽られ、川のせせらぎに鳥のさえずりが木霊する自然が奏でるオーケストラに酔いしれている――からではない。

 

 

「…最高だ」

 

 

帝釈天が手に持った缶を掲げ、己が居城である須弥山へと伸ばしながらニヤリと笑う。

 

二人が()にしているもの。それはカルナと初代が織りなす闘争の気配。

 

かつてならば当たり前に行われていた、神々に捧げるに値する戦いは、この時代ではそうそう無い。それと比べ、今須弥山の麓で繰り広げられているこの讃美歌に等しい奏で合いの素晴らしき事。

 

 

「だからこそ悪いんだよ(・・・・・)。これじゃあ中途半端だ。斉天のお猿さんも、だいぶ鈍ってたんだねぇ」

 

 

本来ならば、この戦いと破壊を司る二柱が戦いを前に、酒を飲むことなどない。何故なら闘争こそが天上にすら存在しない美酒そのものであり、極上の肴となるからだ。

 

だが…今行われている程度(・・)では酔えない。更に言えば、中途半端に身体が火照り、悪酔いのような状態になりそうだった。ならば酒を飲み、まぁアテとしては上出来だと、どこからそんな量用意したんだお前等と言いたくなるほどの数をまだまだ開けながら、二柱は軽く雑談を始める。初めは誰ならば、呪いすら解けたカルナを相手にできるのか?それに次々と、互いに懐かしき英霊達の名を上げていき、次第に酔っ払い達の話の内容は今の世界…つまり“神器”やそれをばら撒いた聖書の陣営へと変わっていく。

 

 

「カルナには話したの?“神器”のこと」

 

「あぁ、眼ぇ輝かせて話聞いてた」

 

「へぇ、そうなんだ。ふぅん…――可哀想に…」

 

 

ポツリと誰となくシヴァが呟いたその言葉は、これからカルナと出会う“神器”所有者に対してか、はたまた“上位神滅具”でもってすら、満足できる戦いができるかどうか分からない程に強すぎるカルナに対してか…だが、何故だろうか。

 

帝釈天がシヴァの言葉に思い出したのは、己が蒼天を仰がせた、今のカルナとそう歳の離れていない少年――己の中に流れる英雄の血を受け入れ、自らもまた英雄を目指し、同じ思想、同じ苦悩を抱いた仲間を救うべく、今は力を付け、技を磨いている最強の神滅具…“神滅具(ロンギヌス)”の由来となった槍を持つ、今だ()を探しきれていない英雄の卵(・・・・)の事――。

 

ふと思い出せば、見つけた時期がカルナの時期と重なっていた為、あまり会う事ができていない。何より自分もいつまでもカルナにばかり構っていられないのだ。

 

 

(…ちょっと一人にしてみるか。どうせ何かあったら、あの馬鹿(スーリヤ)が手を貸すだろ……貸すよな?)

 

 

最強の放任主義者を思い浮かべ、取りあえず結界でも張っておくかと、頭を抱え悩んでいると――。

 

 

「…終わったね」

 

 

シヴァの言葉に現実に戻され顔を上げると、確かに先程までここまで届いていた熱は次第に退き始めていることが分かる。すると帝釈天はどこからともなく携帯電話のようなものを取り出し、誰かへ電話をかけ始めたではないか。

 

 

「――おし、今三蔵の野郎に猿を拾うよう言った。丁度玉龍(ウーロン)も来たみたいだしな。流石に閻魔帳から名前を消したアイツが死ぬとは思えんが…カルナだからな」

 

君の槍(インドラの槍)もあるしねぇ。“神すら滅ぼしうる(・・・・・)聖遺物”と“神すら確実に殺せる(・・・・・・)槍”。あーヤダヤダ、他神話から文句来たら全部君に任せるよ」

 

「おう、こればかりは俺の責任だ。それに…言ったハズだぞ?泥でも何でも被ってやる。これがインドラとしての最後の仕事だと…来たな」

 

 

帝釈天が天を仰ぐと、太陽に黒点がポツリと一つ見え始め、徐々にそれは大きなり、こちらへと向かって来――。

 

 

「――戻ったぞ。…酷い有様だな」

 

 

フワリと地上に降り立つカルナだが、すぐに出た言葉がこれだ。

 

辺りはアルコールの匂いで充満し、酒の銘柄が綴られた缶や瓶が至る所に転がっていた。

 

 

「おかえりー。中々良いツマミになったよ」

 

 

カラカラと笑いながら、カルナを迎え入れるシヴァを見て、どういう事かと首を傾げつつも理解する。

 

 

「…そういうことか。神々が満足できるような武を披露できたなら、オレとしても、これ以上の賛辞は無いに等しい」

 

 

続けてシヴァは、カルナに手を差し出し。

 

 

「じゃあ出して。君が約束を破るワケなんてないけど、一応ね?」

 

 

「心得た」と、カルナが後ろに手をやり取り出したのは、罅だらけの煙管。それを手に取り、しげしげと眺め。

 

 

「ふぅん、これなんだ。僕はてっきり棍とか金環とか、そういう有名なものを持って来るとばかり」

 

「それがオレに傷を付けた唯一のものであり、ゆえにオレは、それこそが貴方に捧げる供物であると断じた。…確かに棍を手にしていたが、あの御仁はそれほどまでに有名なのか?」

 

 

え?と呟き驚くのは、何もシヴァだけではない。帝釈天もまた、二人のやり取りを見ながらカルナの一言に、サングラスがずり落ちるのを止める事ができなかった。

 

 

「おまッ!西遊記くらい知ってるだろ!?」

 

「西遊記?何のことだ?」

 

 

カルナは本気で理解していないようだが、これには少し事情がある。

 

カルナを拾った養父母は山に住む農家だ。その所得は少なく、本を買う余裕があれば生活費に回す程。しかし子供(カルナ)の為にと彼等は何とか生活費を切り崩し、古代インドとまるで変わってしまった文字を教え、教科書の類を買い与えていたのだ。娯楽に回す金など無いに等しかった。

 

 

「…ねぇインドラ」

 

「あぁ、取りあえず西遊記や三国志からだな」

 

 

どこか疑問を浮かべるような顔をするカルナに、帝釈天は軽く咳払いをし。

 

 

「あー、まぁあれだ、気にすんな。それより猿はどうした?」

 

「倒せとは言われたが、殺せとは言われていないのでな、置いて来た。何より勝者が敗者に手を貸す事程、侮辱に等しい行いは無い」

 

 

それは暗に、初代を戦士として、ある程度認めたと言っているようなものだ。その表情はどこか満足気に見え、それを見た帝釈天も、初代に対し、労いを心の内で唱える。なにせ本気を出す間も無かったにしろ、インド神話でも上位の力を持つカルナが認めたのだ。だがどうせなら、須弥山ごと焼き払ってくれれば御の字かなと思っていたシヴァは、面白くないと言った表情を見せるが……約束は約束だ。何より今は、スーリヤもこちらを見ている。下手に嘘など吐けば、インドラと等しき力を持った太陽神までもが敵と成り得る。

 

 

(まぁそんなつもり端から無いんだケドね)

 

 

満足ではないが、久方ぶりに滾るものがあった。ならば礼を返さねばと、シヴァは手をカルナの前に持って行き、約束を果たす。

 

 

「では施しの英雄カルナよ。この破壊神シヴァの名を持って、お前にかけられた呪いをこの場で破壊(・・)するとしよう」

 

「あぁ、よろしく頼む――」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

――大地が燃えている。轟々と音を立て、燃え上がる焔が地面ですら朱に染め、仰向けに空を見上げる初代の視界で大空へと舞い上がる。その様はまるで、龍のよう。

 

 

次第に炎は雨雲を呼び、辺り一帯を鎮めるように雨が降り出す。それでも初代は静かに空を仰ぐ事を止めない。

 

 

「……あ゛ぁ…負けちまった(・・・・・・)

 

 

初代は帝釈天が言ったように、かつて地獄の使者が寿命が尽きたと迎えに来た際、彼等に着いて行き、そこで閻魔帳に書かれた自らの名を墨で塗りつぶし不死の身となった。ゆえにいくら致命傷を受けようと、その身が亡ぶことは無いが、流石に太陽の化身とも言えるカルナの炎は別だったらしく、すぐさま“内気功”を用いねば、本当に危ない状況であった。

 

 

身体の中に今だ燻る炎の痛みに、初代は顔を歪めることすらせず、サングラスの間から見えるその瞳が映していたのは、先程までここにいたカルナの事だ。

 

 

 

【――すまない…オレは我が身可愛さに、何も知らぬ貴方と矛を交え、こうして偉そうに見下ろしている。戦えぬ者に手を出すのは、クシャトリヤの矜持に反する。ゆえにここに置いていく】

 

 

ふざけるなと思った。ゆえに声に出す。

 

 

「…ざけんな…ふざけるな!!」

 

 

どこまで自分を…この斉天大聖を馬鹿にすれば気がすむのだ!?生殺与奪を握っておきながらも、こうして生き恥を晒せと?更にカルナが勝者の証として、選んだのはこの首でも、今自らが握っている棍でもない。最後まで己であれと取り出した、ただの煙管だ。それがどれだけ腹立たしく、そしてどれだけ…自分を恥じた(・・・・・・)事だろうか……。

 

 

「ふざけんなよ孫 悟空…ッ!?何が斉天だ!!何が闘戦勝仏だッ!!」

 

 

生まれ、そして腕を磨き続け幾星霜。数々の旅をこなし、ついには仏の座にまで登り詰め…何故、その程度で満足してしまったのだろうか?

 

 

(あぁ…ッ!そうだ!満足した、満足しちまってたんだ…ッ!!)

 

 

仙術を戦闘に用いることでは、右に出る者は今でもいないと断言できる。しかし釈迦に喧嘩を売った時とは違い、彼は世界を知ってしまったのだ。

 

 

己程度では、頂点には昇れない――と。神々と、たかだか大妖怪風情から至った自分では、その差はあまりにも開きすぎていると…事実、かつて初代が若さに任せ、遊興の旅からここ中国に帰った際、帝釈天はこう言い放った。

 

 

【…組織の長としては、まぁその方が良いんだが…あれだな、つまんなくなっちまったな、猿】

 

 

かけがえのない師を持ち、心差しを共にする腐れ縁とも言える友を持った。子を育み、子孫繁栄を喜ぶ好々爺となった。

 

 

 

だが彼は男だ。

 

 

 

あの日何故、己はその言葉に激怒し殴りかかる事もせず、ただヘラリと笑ったのだろう。

あの時から研鑽を積んでいれば、あの男に…勝者にあんな申し訳ない顔をさせずにすんだというのに……。

 

 

分かっていた。あの今だ幼い面影を残す少年が、一切の本気を出していなかったことは。

 

槍の鋭さを見せてくれた。その時点で勝敗は決していたというのに、あの少年はこちらの覚悟に応えてくれるように、その力の一部をわざわざ使い、分身を消してくれた。彼は終始、こちらを気遣ってくれていたのだと、初代はそう感じたのだ。

 

それが悔しくて…最後にこんな老いた猿に見事と言ってくれた、戦士の言葉が嬉しくて…ッ!

 

 

初代が顔を隠すその横には、大地に一閃が入っていた。木槍と言う、あまりに脆いそれでカルナが魅せた(・・・)のだ。それは初代ですら今だ到達できていない境地――どこまでも完敗だった…何故己は、最後にたかだか軽い火傷を負わせた程度で勝者と名乗りを上げたのだろうか…ゆえに恥じるのだ。

 

 

「すまねぇ…ッ!すまねぇお師さん!!豚に河童もすまねぇッ!!オイラは…オイラは…ッ!!」

 

 

呟く謝罪は雨の音に消え、その隠した瞳から流れるソレも、雨に混ざり見る事は叶わない。

 

 

 

 

 

「――いいえ、貴方は負けてなどいませんよ…悟空(・・)

 

 

燃える大地を雨が穿ち、辺りを霧が包みだした頃、初代しかいないこの場に若い男の声が、初代の耳へと聴こえてくる。それはどこか安心するような、今まで何度も聴き、己を導いてくれた声――。

 

 

「……お師さん…?」

 

 

初代がそう呼ぶ者など、ただ一人しかいない。

 

天竺から経典を持ち帰り、その功績で仏の座へと招かれた。その名を“旃檀功徳仏”。つまり三蔵法師その人が、横たわる初代の隣に立ち、微笑んでいた。

 

 

「帝釈天様から聞きました。あのマハーバーラタに刻まれた大英雄カルナが、貴方の下へ行き、勝負したと」

 

「ボスが…?じゃあ……」

 

「えぇ、何故あの方が、シヴァが隣にいる状況で戦を始めないのか理解しかねます。ですが貴方が戦い、そして勝利した相手は確かに今生に再び蘇った施しの英雄カルナその人です」

 

 

三蔵法師は一度天竺…つまりインドを目指した者として、叙事詩に描かれたカルナを知っている。何より帝釈天が彼にカルナの存在を話したのだ。それが今回の事で、彼を隠すことが難しくなったと判断したのか、それとも己を信頼してのことかは三蔵には判断できない。

 

『勝者』と己を差した師に、初代は背を向け。

 

 

「…勝ってねぇ…勝ってねぇよ、お師さん。見ろよこの様」

 

 

身体を包んでいた金毛は全て焼け落ち、内気功で治す今も、見える火傷が痛々しい。だが三蔵は、背を向ける愛弟子に対し、言い放つ。

 

 

「いいえ、貴方の勝ちです。そもそも悟空、勝利とは何を持って指す言葉なのでしょうか?」

 

 

“悟空”と、帰依した時に捨てた名で、あえてそう呼び問答を投げかける師が何を考えているか分からず、初代はようやく師を見上げる。

 

それを見やり、師は再び弟子に教えを説く。

 

 

「私はかつて、この場にいない二人も含め、お前達に伝えたはずです。命ある者は、生を受けたその日より、戦場を渡り歩く戦鬼に他ならない。“生きる”という事は、即ち戦うことです。だからこそ羅刹とならぬべく、笑顔を浮かべ、この戦場を渡り歩けと、そう私はお前達に教えたはずですが?悟空(・・)。私はあえて、この名で今、お前を呼びましょう。悟空、貴方は最後、あのカルナを相手に笑えましたか?」

 

「…あぁ、笑った…笑ってやったさ。火の付いた煙草をよう、綺麗なあの顔に吹きかけてやった」

 

「ならば私は、お前こそが勝者であると賛辞を贈るとしましょう。…よくやりましたね、流石我が愛弟子」

 

 

そう告げる三蔵の表情は、仏が浮かべる悟りを開いた笑み(アルカイック・スマイル)ではなく、どこまでも世俗に満ちた…弟子を褒める師としての表情を浮かべ、笑っていた。それに釣られ、初代もまた下品ともとれる男らしい笑みを返す。

 

 

「…クッ、呵呵!!それが仏が浮かべる顔かよ、お師さん」

 

「仏がこうして笑ったのです。ならばこれもまた、悟りの先にあるものなのでしょう」

 

「なんでぇ、相変わらずケツ(・・)を取るのが上手いねい」

 

 

全てが黒く焼け焦げた世界の中心で、師弟は笑い声を響かせる。次第に霧は晴れて行き、日輪が彼等に後光となって降り注ぐ。

 

 

『おーい!!お師さんどこだー!猿―!猿どこだー?生きてるか~?』

 

「呵呵!玉龍の野郎、相変わらず空気を読めねぇ奴だ」

 

 

そう一人ごちながら、初代は辛うじて残った脚絆を探り、煙管を咥えようとするが、手はただ宙を探るだけだ。

 

 

「あ~…そうだった…」

 

「私が行きましょうか?幸い、シヴァは受け取らず、カルナが持ったままらしいですし」

 

 

カルナがもっとも無防備になるのは、父スーリヤに捧げる沐浴の時間。その時間に三蔵法師(・・)、つまりバラモンの階級が願えばカルナはそれを叶えようとする。

かつてインドラ(帝釈天)が利用したこの逸話はあまりにも有名すぎ、ゆえに帝釈天は今カルナがいる山に自ら結界を張り、その強度は上級悪魔でさえ触れた瞬間滅びる程だ。

 

だがやはり帝釈天は部下である三蔵を信じたのだろう。彼の入山を許可していた。

 

 

話を聞き、しばし俯き考えるような仕草をした初代は、サングラスのブリッジを中指の腹で上げ。

 

 

「いや、オイラが行く。…どうしても言いてぇ事がある」

 

「そうですか…では、帰りましょう。ここでは貴方の治療などできませんし、氣での治癒も、もう限界でしょう?このままでは肉が腐り、生ける屍のようになってしまいますよ?」

 

「おう、もう空っぽだ。地脈もこれじゃあズタボロだしねぃ。それとそれはいけないねぃ。オイラのようなイケメンが、そんなになっちゃ女の子達を泣かせちまう」

 

 

軽口を叩きながら、彼等はようやく霧の迷宮から抜け出した玉龍の背に乗り、三蔵の住む庵を目指す。そんな中…おそらくは風の囁きを聞き間違えたのだろう。初代は微かに声が聴こえたような気がした。

 

 

 

 

――息子が世話になった――と。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

数日後。いつものように木槍を振るい、鍛錬を終えたカルナは父スーリヤに捧げる沐浴を行う為、近くにある水場へと向かっていた。

その肌には汗が滴り落ち、乱雑に伸ばした髪が顔にかかり、どこか憂いを帯びた表情を醸し出している。

 

余談ではあるが、この場にはすでにシヴァはいない。元々ここは須弥山が治める領地であり、彼は仮にも敵対する立場なのだ。呪いを解いた後、またねと言って帰って行った。

帝釈天もまた同じ。いつまでもカルナにばかり構っていられないと、一時己の居城へと戻っている。

 

 

静かに水の中に入り、汗を流すカルナを太陽(スーリヤ)は優しく、そして暖かく包んでいた。

すると水を梳く手をピタリと止め。

 

 

「…後をつけていたのは気づいていた。だが習慣付いたこれだけは止めるという事はできないのでな、許せ」

 

「なぁに、オイラが勝手にアポも取らず来たんだ。謝るのはオイラの方さ」

 

 

声が聴こえる方にカルナが水を掻き分け振り向くと、そこには身体中に包帯を巻き、新しいサングラスを掛けた初代がいた。

 

ニヤリを笑う彼に、カルナは変わらずの無表情を返し。

 

 

「あの時は、貴方の事を知らなかったオレの無知を許してほしい。素晴らしき御仁なのだな、貴方は」

 

 

そう、あの後帝釈天はすぐさまカルナに“西遊記”を読むよう本を渡し、世話になる身が文句など言えようはずがないと初代の旅路が綴られたそれを読んだのだ。そこに書かれていたのはインドラ(天帝)にさえ背き、釈迦に喧嘩を売り、掛け替えのない師と友と共に過ごした日々の数々。

 

 

「おう、でもまぁアレじゃ駄目だ。オイラのカッコよさが全然伝わってねぇ。もっと若いモン向けに、書き直した方が良いと何度も言ってるんだがねぃ」

 

 

阿阿!と笑いながら、手にした棍で肩をトントンと叩く。明らかに戦闘態勢が整っていると分かりながらも、カルナは身体を清める事を止めない。もとより戦いに来たワケではないと、雰囲気から察していたのだ。ならば…。

 

 

「生憎だが斉天大聖、闘戦勝仏よ。今のオレが頼みを聞くのはバラモン(僧侶)の階級だけだ。確かに貴方は仏とやらに至った身ではあるが…」

 

「あぁ、オイラはお師さんみたいな説教臭ぇクソ坊主じゃねぇさ。物欲塗れのただの猿よ」

 

「では何故そのような体(・・・・・・)で来た。オレはどこにも、逃げも隠れもせん」

 

 

どこか挑発するような言い方だが、それは暗に初代を心配しての声だ。その証拠に、今も新しく滲み出る血が包帯を赤に染めて行く。だが初代は気にしないと言いたげに、石の上に胡坐を掻き、棍を両肩に乗せ、その上に手を適当に置く。

 

 

「呵呵!おめぇさん、前世はさぞかし苦労したろう?そんな言い方じゃ、これから先苦労するぜぃ?」

 

「何を言う。オレは自分では、言葉を尽くしているつもりだが?…オレがカルナであると信じたのだな」

 

 

その言葉に何を思ったのか。初代は軽く俯きサングラスに隠した瞳を閉じ、次の開いた時には、真っ直ぐにカルナを見やり。

 

 

「…あぁ信じるさ。その鎧、その神性。何より…あぁ、オイラをここまでやっつけたんだ。オイラはおめぇさんがカルナだと信じるよ」

 

「感謝する。血は繋がっていないが、父と母より授かった誇りあるこの名を、信じてもらえないのはオレでも少し、思う所がある」

 

「そうかい、そりゃよかった。…っと、あんまりお邪魔するってぇのも悪い。ちゃちゃっと用を済ますとするかい。オイラから持ってった煙管、まだ持ってるかい?」

 

 

そう初代が問いかけると、カルナは腰に下げていた小さな麻袋から、今にも壊れそうな煙管を大切そうに取り出し、初代へと差し出す。

 

戦利品として持ち帰ったが、返せと言われれば返そうとは思っていた。だが、初代は首を横に振る。

 

 

「何故だ、貴方はこれを取り返しに来たのではないのか?」

 

「いんや?逆だよ、逆」

 

「…逆?」

 

 

おうと初代は、カルナが握る己の煙管を指さし。

 

 

「持ってろ。んでもって、今度はオイラがお前に挑戦する(・・・・)

 

 

ただそれだけを、初代はカルナに伝えに来た。

 

 

戦いに本来、次など無い。それは同格の力を持った者同士くらいでしか発生しないし、己はこの少年と比べ、遥か格下であると理解もした。だからどうした(・・・・・・・)

 

次が出来た。矜持も全て投げ出してでも、彼は再戦を望み、その証として、煙管を取り返しに来ると告げたのだ。

 

カルナが決して己を忘れぬ為の、楔として――。

 

 

玉二つ(・・・)持って生まれたんだ。見下げて見下ろすよりも、見上げて見下す連中を蹴り倒す方が面白いだろい?んで持って、オイラはお前に今度こそは勝ちてぇ…いや、勝つ。負けたまんまは性に合わねぇ」

 

 

カルナは僅かに目を見開きながら、その口元に微かな弧を描いていた。煙管を持たない手を握り、歓喜に震わせる。

 

この時代にもまだ、これほどの男がいたのかと。あれだけの実力の開きを正しく感じてなお挑み、己を更に上へと導いてくれる真の猛者がいたのかとッ!

 

 

「ま、まだしばらく先だけどな。ちぃとばかしやる事が溜まってんだ」

 

「あぁ、オレは先程も言ったように、どこにも逃げん。この生涯を通じ、オレは貴方との再戦の約定を忘れぬと誓おう」

 

「へへ、嬉しい事言ってくれるねぃ。おっと!別に千年後でも構わねぇだろう?そん時はよう、またこうして転生してこいや」

 

「構わない。その時は父スーリヤに願い出て、必ず三度あいまみえるとしよう。その時までこの煙管、確かに預かり受けた」

 

 

 

 

 

その言葉を聞き届け、初代はその場を後にした。

 

ただの口約束ではあるが、戦士と戦士が交わした約定だ。ならば自分は、あの男が将来幻滅せぬよう、更に腕を磨き上げるのみ。

 

 

「よう、久々に見たぜ、お前のそういう表情」

 

 

山を下る初代に、そう語り掛けるのは彼が所属する須弥山の頂点に君臨する戦の神、帝釈天。彼はずっと、彼らのやり取りを見ていたのだ。

 

 

「趣味が悪いぜボス、覗くなら女風呂の方が粋ってモンだぜぃ?」

 

「クカカ!だな。…良い顔だ」

 

 

元々帝釈天は、初代がただ年老いていく事を憂いていた。長い付き合いでもあるし、自分にすら逆らった彼が風化するような様はとても見ていられなかったのだ。

 

 

「だからカルナをオイラの所に?そりゃ良い!オイラは最高にクソっタレな上司を持てて恐悦至極でございますよ?クソアロハ」

 

「カカッ!!クソ猿のクセに生意気だなおい!」

 

 

帝釈天の事など気にしないといった風に、初代が再び歩みを進めると、それに付き合うように、帝釈天もまた隣を歩き出す。

 

 

「…良いだろう?あれが俺様のガキの宿敵だ。あの偉そうに俺様を見下ろす大馬鹿野郎のガキだ。俺様がインドラとして見て来た数々の英雄の中でも…とびっきり最高の大馬鹿野郎(大英雄)だ」

 

「あぁ、最高だ。最高すぎて…なぁ、ボス。見てくれよ」

 

 

そう言う初代は今まで見た事が無いほどに、その身に氣を巡らせていた。身体は今もどこかぎこちない動きをしているが…今ならば、あの時以上に喰い付けると確かに感じさせる。

 

 

「だがまだだ。まだ先にテメェにはやってもらう事がある。インド神話にはシヴァを通してしばらく不戦の約定を交わした。美候を探すのもまだ後だ」

 

「…アンタ…遊んでたワケじゃないんだねぃ」

 

「たりめーだ。この俺様を誰だと思ってやがる」

 

「アロハで遊んでばかりの女好きの救えないオイラの上司さ。となると…」

 

「あぁ、まずはこの須弥山付近を伺う邪魔な聖書の陣営をつまみ出せ。ついでだ、修行がてら最上級悪魔の一匹や二匹潰して来い。ここらにいるヤツはこれに書いてある」

 

 

そう言いながら帝釈天は初代に紙切れを渡す。そこにはリストアップされた、以前からこの付近で目撃されていた悪魔の名が並んでいた。

 

 

「はっはぁ!こりゃいい!食い放題ってワケだ!!」

 

「そういうことだ。手が足りないなら、関羽にも言っておくがどうする?」

 

 

須弥山はその頂点に座す存在が戦神ということもあり、かなりの武闘派が所属している。これがインド神話ですら、そう手を出さぬ理由であり、その中には当然、古代中国で名を馳せた大英雄関帝こと関羽 雲長もいる。だがその言葉に、初代は獰猛に歯を剥き出し嗤いながら答える。

 

 

「おうおう、これはオイラの獲物だ。誰にもやるもんか、カルナにもな!…そういえばボス、カルナはいつまであそこに置いとくんで?あれほどの男だ、アンタもいつまでも山に籠らせるつもりなんて、ねぇだろう?」

 

 

そう言われ、しばし考えるように顎に手を添え――。

 

 

「…もう3、4年だな。常識を叩きこみながら、アイツの身体ができるのを待つ。後はタイミングを見計らってお披露目だな。その後は…そうだな、アイツの好きにさせるさ」

 

 

それは初代にとって、意外であった。もとより帝釈天は、須弥山にカルナを入れるべく動いているものとばかり思っていたのだ。

 

 

「違ぇよタコ。……俺様はただ、英雄の誇りをアイツに返す為、俺様の中で燻ってたモンを消化する為に、アイツを保護しただけだ。せっかく馬鹿(スーリヤ)が転生させたんだ、自由を満喫させてぇじゃねぇか」

 

「そうかい…じゃあなボス、身体を動かしてぇんだ。チョチョイと悪魔狩ってくるわ」

 

 

帝釈天を一瞥し、初代は金遁雲を呼び空へ駆け出す。それを見届けた帝釈天は一人――。

 

 

「…カルナに曹操。それだけじゃない、今だ世界には英雄ってのがまだまだたくさんいる。見ていて飽きねぇぜ?まぁ、今みたいに力に振り回されてるようじゃ、到底英雄なんぞ無理だがな」

 

 

それは誰に対し放った言葉なのか。しかし帝釈天のサングラスの奥の瞳に浮かぶのは、己が蒼天を仰がせた、最強の“神器”を持って生まれた少年。

 

 

今だ物語は始まってすらいない。だがドラゴンを中心に回るハズのそれは、すでに――。

 

 




オマケ

~【施しの英雄】第二話と第四話の文を型月で解釈すると?~


農作業に汗を流し、時にはかつて研鑽を積んだ武を忘れぬよう棒を振るい、またある時は神話として語られ続けた己の生涯を話し野山に入り精が着くよう獣を狩り――

「流行りかどうかは知らん。山の中で育ったのでな、都会のソレには疎い」


型月解釈

カルナさん、NOUMINとなってYAMAにてINOSISIを狩る日々。なお今はまだ、TUBAMEを切っていない模様



軽く聞きたい事があるのですが、【カルナにかけられていた呪いの全て】と【帝釈天が原作に初めて出た時期】を知りたいです。
(hsdd読み返そうにも時間が…(汗)

活動報告で聞いた方が良いですかね?


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破壊神という名のトリックスター

今回カルナさん出ません(半ギレ)

もう少しで原作に入ります。それと前回グラサンアロハが言った数年を表現する為、数話くらいカルナさんの周辺の話を書いて行きます

あと…キャラ崩壊がついに始まったぞ…ッ!!(今更ですね)


前回の質問に皆様お答えいただきありがとうございます!

みんなどんだけインド神話詳しんスか…(汗

この作品は皆様の応援とインド神話の助力で成り立ってます




「ただいま~、帰ったよ~」

 

 

インド神話、神々が座す最奥。そこにカルナの呪いを解き、帰ったシヴァが見た目にそぐわない疲れ切った声でまるで金曜日の夜のオッサンのように缶ビールを片手に戻って来た。

 

 

「シヴァよ!貴方様は、このインド神話を纏め上げる三柱の一角であると自覚は御有りか!?」

 

 

そこへやってきたのは、若き阿修羅神族の王子マハーバリ。インドの伝統衣装であるサリーを纏い、鍛え上げられた長身とその長い黒髪を揺らし、怒号と共にシヴァの下へとやって来た。

 

 

「うわぁ、メンドクサイのに見つかったなぁ…あ、一本どう?インドラからくすねて来たけどさぁ~、良いよね日本。お酒もご飯も美味しいし」

 

 

ホイっと子供の笑顔を浮かべつつ、その行動は完全にただのオヤジと化したシヴァに、マハーバリは身体を震わせながら吼える。

 

 

「またインドラの下へ…ッ!?あれほどまでに嫌っていたあの男の下へ何故ッ!!?あの男が、我が父を殺した事をお忘れか!?」

 

 

阿修羅神族の王、つまりマハーバリの父ヴィローチャナはまだ彼が幼い頃に、インドラ(帝釈天)との戦いで命を落としている。

それだけではない、他にもアスラ族の一派、ダーナヴァの名を持つ全ての者の母であるダヌ。更には己の友でもあったナムチをヴリトラ退治と同じ方法で殺害している。阿修羅神族そのものと、インドラ個人の間にある亀裂は凄まじく深い。

 

 

「あー、あったねそんなの。でもさ、ナムチに関しては自業自得だよ。だって先に裏切ったのはナムチじゃないか」

 

 

確かにそうだ。自ら友になろうと言いながら、インドラがトヴァシュトリ神の息子である三つ頭を持つ怪物ヴィシュバルーパを殺し衰弱した際、彼にスラー酒を飲ませ、その全ての力を奪ったのはナムチだ。そこはマハーバリでも擁護のしようがない。それでも…。

 

 

「ッ納得できるか!!私の…俺から最愛の父を奪った仇と貴方は酒を酌み交わすのか!?それは我等、阿修羅神族への侮じょk――ッ!?」

 

 

唾棄すべき仇の肩を持つような言い方に、いずれは神王とまで呼ばれることになる…だが今だ若い彼は、この世界(インド)を総べる三柱の一柱を糾弾しようとするが、それ以上言葉が出ない。シヴァがマハーバリを持ってしても見えぬ速さで、いつの間にかその手にはトリシューラ(三又の槍)を握り、喉元へ突きつけていたのだ。

 

 

「お前の納得なんか知らん。我等インド神群は、しばしの間須弥山と休戦協定を交わした。すでにブラフマーとヴィシュヌにも話は通してあるんだ。もうお前みたいなガキ(・・)の我儘は通らないんだよ」

 

 

冷や汗をかきながら、マハーバリは信じられないと目を見開く。身長差で見下ろしているはずの己が、遥か上空から見降ろされているような錯覚が彼を襲う。だがそれは錯覚ですらない。

 

“破壊神シヴァ”

遥か昔、人が文明を作り出した黎明より語り継がれる最古の神々の一柱。破壊と創造、つまり宇宙の理を司る権能を持った、絶対不変のブラフマン(大宇宙の根本原理の意)

 

若き彼が噛み付くには、その存在はあまりに大きく、絶対であった。

 

 

突きつけられたトリシューラが降ろされ、マハーバリは一人膝を着き、荒々しくも短い呼吸を繰り返す。その様子を、シヴァは見下ろしながらも語り掛ける。

 

 

「あんまり後ろばかり見てんじゃねぇよ。アイツの所にいる()はいいよ?全てを背負いながらも前をしかと見据えている」

 

 

()?今この破壊神は、インドラの下に誰かいると言ったのか…?

 

 

「ハッ、ハッ…ッ!それが…貴方がインドラと約定を交わし、幾度もあの地へ赴く理由なのか…?」

 

 

衝動がマハーバリの心を襲う。

 

知りたい。この神々の頂点がそこまで肩入れし、仮にも太古の神々の王であった、あのインドラが頭を下げてまでその存在を守ろうとした者の事を…。

 

 

息を整え、己が非礼をまずは詫び、その上で彼はシヴァへ問いを投げかける。

 

 

「名はなんと…」

 

「うーん…まぁ、いずれは表に出すだろうし構わないよね?あ、でも最低でもあと四年は動いちゃ駄目だよ?僕に恥を掻かせたら、今度こそ存在した歴史もろとも世界から破壊し尽くすからね?」

 

 

まるで子供のような言動(実際見た目は14、5の少年ではある)ではあるが、その内容はすさまじく恐ろしい。だができてしまうのが、目の前の破壊神だ。

 

ゴクリと自分でも気づかず唾を飲み込み、覚悟の意を表す。

 

 

「では、阿修羅神族が王子マハーバリ。君は僕達インドが誇る叙事詩、マハーバーラタに刻まれた太陽神スーリヤの子。不運に見舞われ続け、しかし己が信念を貫き通した施しの英雄――」

 

 

 

――カルナの事を、知っているかい?――

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

マハーバリを追い返し、シヴァはとある場所へと来ていた。もとよりカルナとの約束を終えた後、すぐさまインドに帰って来たのは、他に先約があったからだ。

 

 

そこはすでにインドですらない。己が権能を用い、次元の狭間に穴を空け、自らが創造した世界へと赴いた。

 

 

「遅かったですね、もう来ないものとばかり」

 

 

本来シヴァしか入れぬ場所には、すでにその先約がいた。

 

夜空の如く、多元宇宙が互いに絡まり星の輝きを形成し、その真下には水面が星々の光を反射しながら、波の音と共に揺らめく。そのような幻想的な光景を繰り広げる砂場に置かれたビーチチェアに座る男――現冥界の政権を担う魔王の一人、アジュカ・ベルゼブブが立ち上がろうとするのをシヴァは手で制し、己もその隣に置かれた椅子に腰かける。

 

 

「いやゴメンね?若い子はいいねぇ~、もう僕にはあぁいう無鉄砲さは無いよ」

 

「あはは、そのお姿でそのような事を言われては、俺も混乱しちゃいますよ」

 

 

シヴァとアジュカ。インド神話と聖書の陣営である彼等は以前より、関係を持っていた。

 

シヴァもまた、帝釈天やギリシャ神話における冥府の王ハーデスと同じく聖書の三大勢力を悉く毛嫌いしている。と言うよりかは聖書の神を嫌っているのだ。

 

三大勢力内の戦争。あの自分勝手な二匹のドラゴンの闘争に巻き込まれ、死んだ聖書の神はその死後、己の持てる力全てを持って“神器”を人間界へとばら撒いた。その“神器”の中には聖書とは何の関係も無い、各神話においても伝説と呼べる存在を閉じ込めて…無論その中には、邪龍としてインドラが討伐したヴリトラも含まれている。彼は戦士が会得した勝者の証を奪った罪人に過ぎない。

 

 

「愚かだよねぇ…使いきれない、制御すらできない炉心を与えて…プロメテウスでさえ、使い方とその危うさを教えたと言うのに」

 

「人に知恵と火を与えたギリシャの神ですか」

 

 

何よりシヴァが気に食わないのは、戦士ですら無い者が武器を手に取れる事にしたことだ。

 

確かに人は銃を作り、それを子供でも手に入れる環境を作り上げてしまった。だがそれは神々の介入の無い、いわば人の業であり積み上げた歴史そのものである。見守る事しか許されない神々において、“神器”という武器を与えた聖書の神は、プロメテウス以上の咎を持つと言えよう。

 

 

「あ、でもヴリトラに関してはどうでもいいよ?あれはインドラが倒した、インドラの誇りだからね。ジャンジャンあのクソ坊主に関わる“神器”を探し出して、ジャンジャン人界に災厄を振り撒いてくれたまえ!その方が、僕的には面白いからさ」

 

 

ケラケラと童のような笑いをするシヴァを、アジュカはじっと見つめる。

 

【インドラ】と自ら言ってくれた。ここに来た理由を問う環境が出来たとアジュカは改めて、シヴァへと向かう。

 

 

「…失礼ながらシヴァ。俺がここに来たのはそのインドラ…帝釈天。つまり須弥山とインド神話が手を組んでいるのではと、上層部で上がったからだ」

 

 

腹を押さえ笑っていたシヴァはその動きを止め、まるで三日月のように口を引き裂き嗤う。

 

 

「へぇ、面白い仮説だね。理由は?そもそもそういうのってさ、外交を担う魔王レヴィアタンの仕事じゃないの?」

 

 

そう、こういう事は本来外交官の肩書を持つ四大魔王の一人、セラフォルー・レヴィアタンの仕事だ。

 

 

「彼女では、()貴方が放つその殺気に耐えられない。何より何かあれば、足止めすることさえ…ッ!?」

 

 

咄嗟にアジュカは、己を悪魔の超越者とする能力【覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)】を展開する。何故ならこの世界を覆う夜空が一斉に、彼の下へ落ちて来た(・・・・・・・・・)からだ。

 

何とか《落下》という現象を起こす隕石群を、その能力を持ってズラそうとするが――。

 

 

(この…ッ!?何て馬鹿げた容量だよッ!!これと同量のメモリなんて、世界そのものしか知らねぇぞ…!?)

 

「はいはーい、頑張って~。ほら、アジュカ君なら足止めできるんでしょ?この僕を。ほらほら、最近ちょっと昔を思い出して(・・・・・・・)るからさぁ…――楽しませろよ」

 

 

必死に歯を食い縛りながら耐えるアジュカとは対象に、シヴァは変わらずビーチチェアに腰かけ、傍に置いてあったジュースを飲んでいた。黒いガンジス川を思わせる髪が余波で靡き、顔にかかる。その様は見る者がいれば、危ういと感じる色気を放っていた。だがそれを見る余裕は、今のアジュカにはない。

 

 

 

ようやく星々の落下という現象が終わった時には、すでに悪魔が誇る絶対の超越者、アジュカは服をボロボロに、息を絶え絶えにしていた。だがその眼に恐れはない。もとよりこの破壊神に勝てる道理すらなく、足止めさえ自分やサーゼクスの二人で何とか10分持てば良い方だと思っていたのだ。

 

 

「おぉ!生きてたの?流石僕のお気に入り(・・・・・・・)。やっぱり君とアザゼルだけは欲しいなぁ」

 

 

それは暗に、堕天使の長とも繋がりがある事を意味している。だが今のアジュカに、それを問いただす元気はないし、何より同じ悪魔でありながら、冥界から人間界へと移り住んだ最古の悪魔。【灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)】という魔法使い協会の創設者メフィスト・フェレスもまた、アザゼルと個人的な付き合いがあることも知っている。

 

 

「悪いが俺は、誰かを振り回すのは好きだが、振り回されるのは嫌いなんだ。…先程の失言を取り消す。すまない。だがその上で、俺の問いに答えていただきたい」

 

「いいよー。…なんだっけ?」

 

「ッ!!……貴方と帝釈天が手を組んだかどうかだ」

 

 

どこまでこちらを馬鹿にすればと声を大にして言いそうになったが、グっと堪える。古来より神々とは気まぐれであることは知っているし、この場をおいて、次の機会はないと感じたのだ。

 

 

「あぁ、それね。分かった、じゃあ教えるよ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

――シヴァとの会談を終えたアジュカは、己の能力を使い次元の狭間に穴を空け、人間界にある己が居城。【駒王町】という場所の近くにある街に作られたビルの一室で軋みを上げる椅子に座り、乱雑に机の上に足を放り出していた。

 

 

「あぁ…クソイテェ…セラの奴覚えてろ?何が『マジカル☆レヴィアたん』の撮影があるだ…」

 

 

そう、アジュカがシヴァに言った事は半分嘘で半分本当だ。それもそうだろう。まさかテレビ撮影で、己の使命を放り出す身内の恥など外部に漏らせば、その時点で政治家として終わりだ。

 

 

(でもまぁ正解だったな。セラやファルビーじゃ、あの場で魔王が一人死んでいたとこだ)

 

 

別に彼等が弱いわけではない。【魔王】の名は伊達ではないし、彼等もその席に座るに相応しい力を持っている。だがその魔王すら超える【超越者】でこの体だ。しかもシヴァは全く本気ではなく、終始遊んでいた…まるで羽虫の足を毟り取る子供のように……。

 

だが成果はあった。

 

 

「…手は組んでない…か」

 

 

【否だよ、アジュカ君。あんな奴と手を組む?気持ち悪いよ。まぁでも惜しいかな。確かに僕達インド神話が、君達聖書の陣営を追い出したのはインドラから頼まれたからだ。ちょっと僕達にも、他人事じゃない事が起きてね。さ、ヒントはあげたんだ。その優秀な頭脳で、答え合わせの無い答えを求めたまえよ。まぁ…】

 

 

 

【――あと数年後には、全て分かるだろうけどね――】

 

 

悪魔の絶滅という危機を“悪魔の駒”で救った…悪魔側から見れば、英雄である魔王アジュカは、シヴァが揶揄したそのアザゼルに匹敵する頭脳で持って、思考する。

 

 

(数年後…インド神話と帝釈天…いや、この場合はインドラ(・・・・)が正しいか…どれだ(・・・)…?)

 

 

まずシヴァが嘘を吐いたという考えは除外する。神々は確かに気まぐれだ。だが試練を乗り越えた者には、褒美を必ず与えるのもまた神々だ。

 

 

(【ゾロアスターの経典】。【リグ=ヴェーダ】に【プラーナ】…更には【ラーマヤーナ】と【マハーバーラタ】…)

 

「あぁクソッ!全然ヒントになってねぇぞシヴァ!」

 

 

インド神話を構築する世界は、数ある神話群の中でも更に広大だ。その中で、たったあれだけのヒントで探せというのは、この天才を持ってしても砂漠の中で、砂粒程の金を探せと言われたようなものだった。

 

 

「帝釈天は…駄目だ。今の須弥山はこちらに対し、戦闘状態だとこの前セラが言ってたな…」

 

 

それに鎖国状態に等しい須弥山に対し、何を思ったのか馬鹿な上級悪魔や貴族。それに大王派の者がこちらに何か牽制できる材料をと、子飼いの悪魔や転生悪魔を解き放っていた。更にそれらを駆逐する者の中に、あの斉天大聖までもがいたと報告が上がっていたのだ。

 

 

「ホントにどうなってんだ…いつからインドは昔のような魔境に戻ったってんだ…」

 

 

完全なお手上げだと、アジュカは頭を振り…そして考えることを放棄した。

 

 

「まぁ、どうにかなるだろ。シヴァも言ってたじゃねぇか。数年後(・・・)だと」

 

 

悪魔からすれば刹那に等しい年月。何より、本気をあのインドと須弥山に出されたら、仮に自分とサーゼクスが生き残ろうとも、悪魔という種族は今度こそ滅びる。…悪魔だけではない、聖書の陣営そのものが崩壊する恐れすらあるのだ。

 

 

(それに面白いモンも手に入ったしな。何だよ、「この世界いらないからあげる」って…)

 

 

 

【君ならこの世界を好きにイジれるだろう?次来た時にはもっと面白い世界にしておいてね?】

 

 

アザゼルとアジュカは研究者だ。だが決定的な違いがあり、それは『1を2にするか』『0から1を作り出すか』。アジュカは後者であり、すでにあるものを変えろというのは彼のプライドが本来許さない。しかしいくら悪魔の超越者と言っても、【創造】の域――つまり神の領域には到底追いついていない。

 

だが確かに面白い。すでに大本があるなら、それを参考に初めから創り直すだけだ。これでまだまだ飽きない創作が出来ると、生粋の技術屋気質を見せながら、アジュカは一人ほくそ笑む。

 

 

 

「取りあえずは報告書を纏めねぇと…あぁ、あとアザゼルにも連絡取るか。何か知ってるかもしれん」

 




シヴァ「うめぇ、酒うめぇ!」クチャクチャ←右手スルメ左手ビール&徒歩で帰った


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親の気持ち子知らず

今回もカルナさん一切出ません(全キレ)

それと今更ながら、10万U・A突破ありがとうございます!

あと普段から誤字報告をくださる読者様にも、この場を借りて感謝します。本当にありがとうございます!

これからもどうか、カルナさんをよろしくお願いします。



世界という水面から見れば、その存在は知覚すらできない程に小さく、しかし穿たれた(つぶて)は次第に巨大な波紋を形成していく――。

 

 

 

七山八海に囲まれた須弥山。その頂上、忉利天にある善見城に戻った帝釈天を待つ男が一人いた。

 

おおよそカルナと変わらぬ14、5歳に見える、まだ幼い面影を残す少年――曹操は、 “神滅具(ロンギヌス)”の由来となった最強と名高い“神器”【黄昏の聖槍】を肩にかけ、帝釈天に自分が須弥山を去ろうとしている旨を伝える。

 

 

「――へぇ、“禍の団(カオス・ブリゲード)”ねぇ」

 

「あぁ、聖書の陣営。悪魔の中で、真の魔王を名乗る者達が立ち上げた組織だ。三大勢力各所の過激派が集まり、世界に変革をと誘われてな。その中で俺は、“英雄派”を立ち上げるつもりだ」

 

 

彼等はどうやら、この【黄昏の聖槍】が欲しいから誘ったワケではなく、使えるなら使ってやろうという、あくまで上から目線で曹操に誘いをかけたらしい。

 

派閥を創り上げると謳う曹操に、帝釈天は色々言いたい事があるが取りあえず疑問を浮かべ、問う。

 

 

「派閥ってことは、仲間が他にいんのか?俺様は見た事ねぇZE?」

 

「いや、まだ誰もいないさ。だからまずはこの須弥山を出て、世界を回り、俺と同じく“神器”を宿す者達や、著名な英雄の血や魂を受け継ぐ転生者を探すつもりだ。できれば彼の大英雄ヘラクレスや、ドラゴン退治で有名なジークフリートが欲しい所だな」

 

 

その眼は己ならば、彼等のような存在を探しきれると自信に溢れていた。確かに彼の中に流れる血、“三國志”にその名を刻む曹操孟徳は、人材発掘の才で有名ではあるが…。

 

 

「貴方の言いたいことは分かる。そもそもこの最強の“神器”を持つ俺に、この須弥山を出ていくなと言いたい所なのだろう?」

 

 

そう帝釈天を見据えながら、言葉を放つ曹操の額には、一筋の汗が浮かんでいた。

 

“神器”というものは、宿主の魂と密接に繋がっており、それだけを取り出すことなど不可能だ。それはつまり、所有者を殺すと同意義となる。本来ならば、“神器”は宿主が死んだ途端、すぐさま別の人間へと宿るのが普通だが…相手は神々の中でも有数の力を持つ帝釈天。宿主を失った神器をそのまま所有することなど、造作も無いだろうと曹操はあたりを付け、下手をすればこの場で殺されるかもしれないと覚悟を決めていたのだが…。

 

 

「いや別に?好きにしな。俺様は止める気ないZE?」

 

「何…?」

 

 

それは曹操にとって、信じられないことだった。各神話勢力からも、来るべきシヴァとの戦いに備え、精力的に“神器”を集めていることで有名なあの帝釈天が、己が持つ“神滅具”をどうでもいいと言ったに等しいのだ。驚くなというほうが無理がある。

 

だが曹操には一つ、心当たりがあった。

 

 

(シヴァとの約定か…?)

 

 

それは彼が保護される以前のことではあるが、この須弥山では彼も知る程に有名な話だ。なにせこの神々の王と謳われた武神が、わざわざ自分でインドに向かい、その頭を下げたのだから…。

 

曹操はそれを、自分を各勢力に奪われない為のものだとタカを括っていたが…どうやらこの様子を見るに、違うらしい。

 

 

「それで?お前はそんな事を言う為に、この俺様に会いに来たのか?親に言われなきゃ、何もできんガキかテメェ」

 

 

まるで興味が無いように…いや、事実帝釈天は己にもはや興味が無いのだろうと考える曹操の心に、黒いモヤのようなものが到来する。その理由は、この武神に頭を下げさせた存在に嫉妬してか…はたまた自分を止めもしてくれない、親のように尊敬するこの男に心配の一声もかけてもらえないことか…。

 

 

「もう一度聞くぞ、曹操。何用でこの帝釈天が住まう善見城まで、その足を運んだ」

 

 

ただの問いかけ…しかし今の曹操には、どこか責められているような錯覚に陥る。だが……――。

 

 

「…決まっている。俺達の後ろ盾になってほしい」

 

「ほぉ?」

 

 

だが…彼はすでに、本音を隠すということに…その受け継がれた古代の為政者の血(・・・・・)は、彼に甘える時間を与えることなく、かつて(・・・)と同じように、破滅への道を歩ませようとする。

 

 

「俺は弱っちい人間様だからさ、後ろから刺されることが何よりも怖い」

 

「だから俺様の名を使わせろと?矛盾に気づいているか?俺様が後ろから刺さないとでも思っているのか?」

 

「矛盾こそが人の業だ。そしてこの俺は英雄となる男…貴方の在り方が、それを許さないだろう?」

 

 

それは“信頼”とは違う“利用”――何とこの青臭いガキは、この英雄達が崇める武神を利用させろと本人を前に、そう言い放ったのだ。

 

 

――だからこそ面白い――

 

 

「HAHAHA!!この俺様を利用するか!!曹操!!どこまでも業腹な奴め!いいZE?なってやんよ」

 

 

英雄とはどこまでも自分勝手な存在だ。その証拠に、どこかの馬鹿は己の誓いの為に、母親の頼みに首を縦にふらず、代わりに奪える異父兄弟達の首を取らず、その命を落としたように――。

 

 

「でもな曹操、お前は一つ勘違いをしている。ゆえに問おう、お前は己の何を持って、英雄と指す?どうやって、この帝釈天を愉しませようと?」

 

 

ニヤニヤと笑いながら、神は人を試そうとする。しかし言葉とは裏腹に、その心に映された情景は、つい最近見た、武神と名高い彼でさえも吐息を漏らした一つの死合い。すでに枯れた男を漢に戻した、あの施しの英雄の姿。

 

 

 

カルナを保護すると決めた時、帝釈天は一つ決めていたことがある。それは曹操とカルナを会わせないこと。

 

 

英雄とは、天に描かれた星辰のようなもの。そして大英雄と呼ばれる存在は、刹那に綺羅めく流れ星――その生涯を諸人に魅せ続け、その終わりを迎える際、彼等は新たな英雄を生み出す礎となる。己が蒼天を見せたこの少年に、カルナはあまりにも眩しすぎるのだ。

 

問わねばならない。もし今の曹操がカルナと出会えば、その影響は計り知れない。大英雄とはそういう存在だ。確かに施しの英雄とまで讃えられるカルナは良い影響を、この英雄の卵に与えるだろう。だが駄目だ、それでは駄目なのだ。

 

どれだけ尊い在り方を示そうと、どれだけ人に施そうと…それはただの真似(・・)にすぎないのだから。そのような者を、英雄とは断じて呼ばない。

 

ゆえに問わねばならない。英雄を目指す彼が、その先に、何を得ようとしているのかを…。

 

すると曹操は天井…いや、この場合は見えぬ空を指さし

 

 

「…あの蒼天に誓った。どこまでいけるのか、どこまで人という弱っちい身でできるのか…この身、この頭脳のみで、どこまであの蒼天に近づけるのかを、俺は試したい!試したいんだ!!」

 

 

次に手にした聖槍を、己を保護してくれた親の代わりとも言える帝釈天へと向け。

 

 

「あの蒼天に、貴方に誓った!!俺はいつか、貴方が認める…神々の王と称された、全ての英雄が崇める貴方が認める男になると!!帝釈天!俺は…俺達(・・)はいつか、神々への反逆を開始する!!歪められた人生、奪われ弄ばれ続けたこの刹那に等しい生を持って、人はこの瞬間、超常の存在へと牙を向けると誓おう!!」

 

 

それは若さに任せた、井の中の蛙に等しい、一人の若者の啖呵。だがそれでも大空の広さを知る彼は、知ってもなお目指すことを止めることなどせず、その身は人しか宿せぬ熱を孕んでいた。

 

 

つまり【何をし、何を利用してでも】という、あまりにも危険な熱を…。

 

 

だが帝釈天はそれを否定することなどせず、むしろ肯定する。

 

 

「…ハッ、いいぜ?それがお前の在り方か。どこまでも人間らしい、手前勝手な口上だNA」

 

 

戦いとは何も、英雄のように煌びやかな面だけではない。

 

血と狂気。泣き叫ぶ女子供を犯し、敗者を辱めることもまた、戦の本懐の一つ。つまり暗黒面も存在するのだ。ゆえに戦の全てを司る帝釈天が、それを否定することなど無い。

 

 

手首から先をプラプラと振り、出て行けという仕草をすると、曹操は黙って一礼を贈る。それが世話になったからか、はたまたこれから厄介をかけるというものかは定かではない。

 

出て行こうとする曹操の背中に、念を押すように帝釈天がもう一度声をかける。

 

 

「おい曹操、忘れんな?人として、俺様の前に来い。使えるモンなら何でも使え、それが仲間の命でもな。だがな、悪魔や人外の力に頼ってみろ。俺様に恥を掻かせたと、殺すだけじゃすまさねぇZE?」

 

「…あぁ、分かっているさ」

 

 

それが互いにとって、最後に交わした言葉だった。

 

閉じられた扉の先を見ることを止め、部屋で帝釈天は手を頭の後ろに組み、一人呟く。

 

 

「ったく、世話の焼けるガキばっかりで、嫌になるぜ…」

 

 

 

この数年後。曹操は失うことになった眼球の代わりに、“メデューサの眼”を移植することとなる。その後イッセー達に負け、帝釈天自らギリシャ神話のハーデスが治めるコキュートスに曹操を落とす時、彼がその様子をどのように感じ、その眼に何を映したかは、本人さえも分からない――。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

シヴァとアジュカとの会談、その数週間後。突如インド神話は鎖国に等しい状況を取り下げ、かつてのように悪魔でさえも好きに入れるようにした。

 

この知らせを受けた悪魔達は、「流石は魔王だ」と自分達の英雄を口々に讃え、その様子を面白く思わない者達は、それぞれが好き勝手な行動をとっていた。つまり悪魔(サイド)は、インド神話が何故あのような事をと疑問に思う事も、その解明もしようとはせず、いつも通りの日々を送っていた。

 

 

だが同じ冥界にある堕天使領。その堕天使達のトップ、総統アザゼルだけは違っていた。

 

 

「クソッ!サーゼクスの奴、相変わらず甘すぎる!!」

 

 

個人的な交友を持つアジュカからの知らせ。同じく表面上は敵対しているとはいえ、交友を持つサーゼクスはそこまで深刻に考えていないようだが…。

 

 

(いや、アイツが悪いワケじゃねぇことは分かってンだ。そもそも悪魔は今、それどころじゃないからな…)

 

 

聖書の陣営で、その数を最も減らしているのは悪魔だ。元々出生率が少ない上に、最近…と言っても数百年前ではあるが、前魔王の血筋が己達こそが魔王に相応しいと内乱を起こし、悪魔達は天才アジュカが発明した“悪魔の駒”で、何とか種としての保存を食い繋いでいる形だ。他勢力に関心を向けている場合じゃないのは分かっている。

 

 

(だが、その“悪魔の駒”でインド神話がこちらを排除したのもまた、一つの理由なんだろうな…こっち(堕天使)は関係無いってのによ)

 

 

“悪魔の駒”の特性の一つに、『他種族を悪魔に変える』というものがある。これを使い、悪魔達は次々と“神器”を宿す人間や、それぞれの勢力で力のある存在、例えば妖怪などを眷属へと変えていた。更にはその眷属達を用いた“レーティング・ゲーム”が人気を博しているのもまた、現政権が悪魔達に無理やりの眷属化を止めない理由となっているのだろう。

 

 

(でもそれだけじゃない、そもそも“レーティング・ゲーム”は各神話にファンを多く持つ競技だ。何せ、今時大規模な戦争なんざできないからな。特に英雄を好む北欧のジジィなんざは堪んねぇモンがあるだろうしな)

 

 

確かに各神話勢力は、互いに休戦状態にあると言えよう。しかし昔とはだいぶ違うのだ。それは自分と四大魔王達との関係が裏付けしている。

 

 

「…【あと数年】と、シヴァは言ったんだよな…?」

 

 

それが何を意味しているのか?その意味を、シヴァがその頭脳を欲しがった理由を、アザゼルはこの場で示す。

 

 

「たかだか数年じゃ、俺達のような人外は何もできねぇ。たかだか100年程度じゃ、俺達は月へ行く事もできねぇからな。…つまり人間…“神器”か…?」

 

 

“神器”所有者の覚醒。即ちシヴァや帝釈天のように、インド神話を元にした“神器”が発見されたのではと、アザゼルはあたりを付ける。

 

 

「…だったら最悪だぞオイ…()()()()()()()関連の“神器”なんざ、下手しなくても全て“神滅具”級じゃねぇか!?」

 

 

多数の武神を抱えていることで有名なインド神話。それ由来の宝具とも称される武器は、全てが神々に届きうる代物ばかりだ。特に弓矢関連などは、お前もう弓矢じゃねぇだろと言いたくものばかりである。

 

例えば以前、カルナが養父母に施した【ヴィジャヤ】。これは持ち主に勝利を呼び込み、その身に守護の加護を与えることで有名だ。他にもカルナが使った弓だけでも、【バルガヴァアストラ】は放つだけで敵対したパーンダヴァ軍を壊滅にまで追い込み、【ナーガアストラ】はあのシヴァをもってしても、破壊不能とされたアルジュナの冠を破壊することに成功している。

 

他にも超兵器【パーシュパタ】や【ガーンディーヴァ】など、上げればキリがない。しかも始末に負えないことは、この全てが下手をすれば、“神滅具”を軽く上回ることだ。だからアザゼルのような“神器”研究者達は、インド由来の“神器”が無いか血眼で探していたのだが…。

 

 

「いやいや、落ち着け俺…まだ見つかったってワケじゃねぇんだ。何とかシヴァやインドラと連絡を取りたい所だが…」

 

 

アジュカに対し、あのような答えを示したのだ。自分にも同じようなことを言わないだろうし、アジュカで相殺できないような攻撃を、遊び半分でされては身体が文字通り持たない。インドラ(帝釈天)はそもそもインド神話が開放されたにも関わらず、今もまだ沈黙を守ったままだ。それについ最近、アザゼルは自分の使者として、バラキエルを送り出したのだが…彼は傷だらけで帰って来た。それが答えなのだろう。

 

 

「どうする…バラキエルであれじゃあ、コカビエルでも駄目だな。それに最近、アイツは何か企んでいるみたいだし…」

 

 

ふと、一人の少年の顔が思い浮かぶ。

 

数年前、己の腹心シェムハザの下に、ある悪魔から少年を保護してほしいとの一報が入って来た。言われた先に向かうとそこには、ダークシルバーの髪を持つ幼い少年がいた。

 

調べて愕然とした。その身には悪魔の頂点ルシファーの血が流れており、更にはかつて自分達三大勢力の衰退を担った二天龍の一角、アルビオン=グィバーが宿った“神器”【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】を持っていたのだ。ゆえにアザゼルはこの言葉を彼に贈った。「お前こそが、過去未来、全てを合わせた中で、最強の白龍皇である」と。

 

その少年、ヴァーリであれば、帝釈天もその懐を開くやもと考えるが…。

 

 

「…いや駄目だな。アイツじゃ逆に、帝釈天にケンカ売って、こちらにエライ損害を与えそうだ…」

 

 

彼は自他共に認める戦闘狂だ。確か今も、ケガの治ったばかりのバラキエルに無茶を言って、戦っているところだと思い出していると…。

 

 

「アザゼル、終わったぞ。…何か悩み事か?」

 

 

扉が開き、中へ入って来たのは先程まで悩んでいたヴァーリ=ルシファーその人だ。子供らしくも無い、すでにその身は戦士のように洗練され、眼光鋭くアザゼルを捉えていた。

 

 

「おう、お疲れさん。良く分かったな、悩んでるってよ」

 

「ふっ、舐めてもらっては困る。お前ともう、何年の付き合いになると思っているんだ」

 

 

カツカツとブーツの音を立て、こちらに来て書類を無断で読むヴァーリを、アザゼルは咎めることなく、どこか遠くを眺めるような眼差しで見つめる。

 

 

(そうか…もう何年もたつのか)

 

 

あの時はまだ、己の腰くらいの身長しかなかったのに。今ではそう背丈も変わらずむしろ超えられそうだ。

 

 

「…早いもんだな、ガキの成長ってモンは」

 

「ん?何か言ったかアザゼル」

 

「いや何も」

 

 

ふむと喉を鳴らし、先程まで読んでいた書類を放り。

 

 

「バラキエルから聞いたぞ。最近須弥山辺りが何か、不穏な動きをしていると…おっと、彼を責めないでくれ、俺が無理に聞いたんだ」

 

「あのヤロォ…簡単に機密情報を流すなよ…ったく」

 

 

それでどうすると、暗に行かせろと告げてくるヴァーリにしばし考えたアザゼルの答えは――。

 

 

「…いや、駄目だ。すまないがアルビオン、出て来てくれ」

 

 

そうアザゼルが言うと、ヴァーリの背中が輝き、そこから現れたのはどこか、無機質めいた機械でできたかのような翼。するとその翼から、声が聞こえてき――。

 

 

『お前が私を呼ぶなど珍しいなアザゼル。それで、何用だ?』

 

「教えてくれアルビオン。確かインドラは、お前を欲しがってたんだよな?」

 

『…あぁ、何代か前の白龍皇は、その身を帝釈天に狙われたことがある。どうやらこのアルビオンの力を、彼の戦神は欲しているらしい』

 

「そうか…いや、すまないな。もう良いぞ、アルビオン」

 

 

会話を終え、再び輝きと共に背中の翼が消えアザゼルはヴァーリを見据える。それが何を意味しているか理解したヴァーリは、気に食わないという顔を隠すことなくアザゼルに食いかかる。

 

 

「…この俺が負けると言いたいのか」

 

「そうだ。今のお前じゃ、インドラには勝てん。万が一を考えろヴァーリ。お前を失うワケにいかん。それにお前、まだバラキエルにさえ勝った事ないだろ」

 

 

続けてアザゼルは告げる。そのバラキエルがボロボロになって帰って来た意味を考えろと。

 

 

「…最近は引き分けばかりだ。それに、もう俺は弱くない。過去と未来において、最強だと太鼓判を押してくれたのはお前だぞ、アザゼル」

 

「だから今は(・・)と言ったんだ。インドラよりも、()()()()()俺にお前はまだ勝てない。まずは彼我(ひが)の戦力を知れ、ヴァーリ」

 

 

そう言われてはグゥの音も出ない。確かに今のヴァーリは、すでに戦線から退き、研究がメインとなっているこの堕天使総督の足下にも及ばない。

 

 

「頼むよヴァーリ…俺は…お前を失いたくない。インドラの野郎は信用も、信頼もできない、何を考えているか分からん奴だ。そんな奴にとって、今のお前は恰好のエサだ」

 

 

グレード・レッド。つまり【真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)】すら超えた、【真なる白龍神皇】となる事を目標としている彼にとって、アザゼルの言葉は耐えがたいものがある。

 

 

「…ふぅ、分かったよアザゼル。だからそんな目で俺を見るな」

 

 

だがヴァーリはアザゼルの頼みを聞き入れた。その眼があまりにも心配そうに…息子を心配する父親のようにこちらを見ていたからだ。

 

ヴァーリは父親から虐待を受け続けていた身だ。だからアザゼルのその眼は彼にとってどこか、むず痒いような印象を与え、だからこそ、ヴァーリはこの場を引き下がった。

 

 

「悪いな、ヴァーリ。代わりにシェムハザに行ってもらう。アイツなら、そう無碍に扱われることもねぇだろうしよ」

 

「だがアザゼル、条件がある。俺のライバル、つまり赤龍帝を早く見つけてくれ」

 

 

二天龍――ドライグとアルビオンは互いに殺し合う宿命にあり、それは“神器”を宿した者達もまた同じ。どんな奴と戦うことになるのか、早く知りたいとこのバトルジャンキーはせっつく。

 

その様子がまるで、欲しいものを親にねだるよう子供のように感じたアザゼルは、軽くその頬を緩め。

 

 

「ったく、しょうがねぇ奴だな。まぁもう少し待ってろ。以前より、各段に“神器”を見つけやすくなる装置を、今開発中だ。遅くてもあと数年で、【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を宿した奴は見つかるさ」

 

「ふっ、流石アザゼルだな。ならば俺は来るべき日の好敵手の為にも、更に強くなるとしよう」

 

 

踵を返し、再び鍛錬上へと赴くヴァーリが部屋を出た後、堕天使総督は一人ごちる。

 

 

「やれやれ、最近出来た“禍の団”にも目を光らせなきゃなんねぇってのに…お前は分かんねぇだろうなぁ、インドラ。ったく、ガキの世話ってのはいつになっても慣れねぇぜ」

 

 




意外とこの二人、似た者同士じゃね?と感じてもらえれば幸いです(パパの言う事聞きなさい!)

それとこの時期では、まだ禍の団のトップがオーフィスであると、誰も知りません
(決してオーフィスの事を忘れていたワケではアリマセンヨ?えぇ、アリマセントモ…(汗)

次回で原作次期を決めようかなと思います(もう1、2話閑話のようなものを挟むかもしれません)

その為、かなり投稿期間が空くとは思いますが、なるべく皆様の評価にお応えしたいと丁寧に書いていきたいので、決して失踪ではないことをここで書かせていただきます(多分長くて1か月くらいですね)

それでは次回もワインでも飲みつつ、聖書の陣営がどうなるか、愉悦と共にお楽しみください


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贖罪の施し

何回も書き直して消してを繰り返し、途中「あれ、何が書きたいんだっけ?てかカルナさん、こんな感じで良かったっけ?」となる事が幾度もありました(汗

これ以上はやりすぎると文の書き方や設定が崩壊すると思ったので投稿します


何回書き直したか教えたろか?――13回や

いやもうね、ホントにカルナさん話をさせるのムズカシイ…(汗

今回で原作時期が決まりますが、原作組は次回となります。

ほぼお話し回です(いつものことか)
それと所々、矛盾のように感じる箇所があるかもしれません。
ですが、つじつま合わせはちゃんとしていこうと思っているので、見逃してもらえると助かります(もしかしたらただ単に、作者が書き直し過ぎて違和感感じてるだけかもしれません)



世界は常に、その在り方を変えていく。

 

 

それは世界の片隅で、小さな蝶が羽ばたき、大陸で嵐が吹き荒れるように。科学における僅かな発見が、多大な進歩を促すように。赤龍帝の発見は、聖書の陣営を短い間に大きく変えていった。

 

堕天使コカビエルという名の世界から見れば小さな蝶の羽ばたきが、聖書の三大勢力の同盟という、各神話から見れば大きな旋風を巻き起こした。その中心には堕天使、そして悪魔であるリアス=グレモリーが見つけた今代の赤龍帝――スケベな事しか取り柄の無い、兵藤一誠という少年の存在が、大きく関わっている事は間違いないだろう。

その証拠に、彼は同盟の際起きた【禍の団】の襲撃と、後に生涯の宿敵となる男、魔王ルシファーの血を受け継ぐ最強の白龍皇となる事が約束されたヴァーリを追い返し、その後もおっぱいのおっぱいによるおっぱいの為の覚醒を繰り返し続け、ついには『北欧のトリックスター』悪神ロキを打ち倒すという偉業を成してしまった。彼はただのスケベな高校生から、冥界のヒーローへと転身していったのだ。

 

 

 

 

「最近のガキはすげぇのな。乳で神がやられるなんざ、恥以外の何モンでもねぇぜ」

 

 

紅葉に彩られた山道を、季節なんか知るかとばかりに辺りの景観をぶち壊しにして、いつものようにアロハシャツという、一目で「あ、その歳で発症しちゃったんですね、分かります」と言わんばかりの恰好で歩く帝釈天。

 

 

カルナを保護してあれからすでに4年の月日が流れていた。今いる場所は、以前帝釈天自身が結界を張り、悪魔などが入れないようにしたあの山だ。

 

 

 

「しっかしオーディンも良くキレねぇな、こんな身内の恥を記事にされたら、俺様だったらヴァジュラぶっ飛ばしてたぞ」

 

 

先程の内容を知っていた理由は簡単明快。冥界側が、須弥山や各神話に“おっぱいドラゴン”というヒーローが生まれた経緯を記事にし送っていたのだ。更にそこには、先日の同盟を祝い、是非生のレーティング・ゲームを見に来ないかと招待状と、最近あったレーティング・ゲームの映像記録が送られていた。

 

内容は赤龍帝と、己がかつて打ち滅ぼした邪龍ヴリトラの神器を宿した転生悪魔達の一戦。恐らくは、ヴリトラと関わりのある自分に、興味を引いてほしいとこの内容を選んだのだろうが…。

 

 

「アイツもクソだな。この俺様が殺してやったのに。……あんなガキに良いように使われやがって」

 

 

すでに彼はヴリトラに対し、何も思う事はなく、むしろ嫌悪感すら湧き上がらせていた。

 

【如何なる武器でも、乾いた物、湿った物でも傷つけることなど出来ず、昼も夜も殺せない】――だから帝釈天はかつて、明け方に泡を用いてヴリトラを殺害し、彼は“ヴリトラハン”の名を誇りにさえ思っていた。だが今はどうだ?

 

聖書の神にその誉れは穢され、更にかつてその名を轟かせた邪龍はあんな戦士ですら無い高校生(クソガキ)に良いように使われている。帝釈天はあのイッセーと匙の戦いを見たうえで、そう評価した。

確かに男と男の戦いではあった。だがすでにあの大英雄と初代の戦を見た彼では、ただの河原での殴り合いにしか見る事ができなかったのだ。更に言えば、その程度で命を削った愚かな行為に呆れた。

送られてきた映像には、手紙が添えられており、匙達シトリー眷属の背景が書かれていた。そこには彼等が、将来レーティング・ゲームの学校を建設し、そこで教師になろうと夢を追いかけていると書かれていたのだが…読んだ感想は『教師になるならガキの為に命を張れ。もしくは戦に出ろ、そして死ね』

 

戦神であるからこそ、彼は理解していた。

命とは張るべき時と、そうでない時があり、匙の行いは完全に後者であると。

 

 

「悪魔は数を増やしたいのか、ガキを殺したいのか分かんねぇなぁ…さて、どうすっかなコレ」

 

 

目的の場所へと歩きながら、ヒラヒラと招待状を仰ぐ帝釈天。まぁ、すでに答えは出ている。彼はこの招待状を受けると決めていた。だが、その過程を迷っていたのだ。

 

だからこうして、四年の年月を迎え、成長しきった大馬鹿野郎の息子の下へと向かっていた。

 

 

会うのはもう半年程ぶりだ。帝釈天はあの時の呟きの通り、カルナを放置し、好きにやらせていた。無論、山から出る事だけは止め、ちょこちょこ様子を見には来ていたが。

 

彼は冥界への御伴として、もう一つの案件と共に、カルナにこの話を持ち掛けようとしていたのだ。

 

山を進みきり、コテージの外でその姿が一瞥できた為、声をかける。

 

 

「――よう、元気にしてたか?」

 

「見ての通りだ。すでに冬を迎えようとしているこの時期に、そのような恰好をする者など、お前くらいしかいないだろうよ」

 

 

その手には木槍…ではなく、()を持って、カルナが帝釈天を己が耕した畑(・・・・・・)で出迎えた。

 

「いつからクシャトリヤは農家と読むようになったんだよ…」と帝釈天が呟くのも、この光景を見てしまっては無理も無い。だが今生において、カルナを拾った老夫婦は農家である。まだ彼等と共に過ごしていた頃、カルナは少しでも恩返しをと養父母の手伝いをし、彼にとって土いじりは慣れ親しんだものとなっていた。

 

 

「帝釈天だ。ったく、取りあえず家に上がらせろ――話がある」

 

 

 

 

 

 

 

「――お前がオレに手伝えだと?インドラ」

 

 

カルナが淹れたチャイを飲みながら、帝釈天はこの家を建てた時に自分で用意したソファーに座り一息つき、早速自分が今回来た理由を切り出した。

 

 

「あぁ。いい加減、閉じこもるのも飽きたろ?――仕事だ。俺様の名代として、日本…京都に行き、そこで妖怪共の話を聞いて来い」

 

 

もう一度初めから説明してやると言いながら、帝釈天は家主であるカルナに断りを入れるでもなく煙草に火を付け語り出す。

 

 

「この須弥山の隣、日本には日本神話だけでなく、妖怪の勢力もある。水虎(河童)や鬼なんかだな。そこから会談の誘いを受けた。どうせ、最近の俺様への御機嫌伺いだろうが…一つ、気に食わないことがある。奴等その時期に、聖書の陣営とも何やら話があるらしい」

 

 

揺らめく煙を特に気にするようでもなく、カルナは頷く。

 

 

「了解した。オレはその場に行き、お前の代わりにその妖怪共の真意を問えば良いのだな?」

 

「そうだ。『貧者の慧眼』を持つお前なら、相手の虚偽を簡単に見抜けるだろう?」

 

 

この世界では、カルナはスキルのようなものを持っておらず、これもただの特技のようなものだ。だが帝釈天はあえて、この特技に名を付けた。

 

どんなおべっか(・・・・)も、当たり障りの無い言葉では、この男の心を動かすことなど出来ない――そう分かりやすくする為に。

 

 

「今回は取りあえず、俺様が話しを聞く価値があるか見定めてくれ。お前の価値観で良い」

 

「心得た。だがインドラ、その価値がなかったらどうすればいい」

 

「好きにしろ。滅ぼすも見逃すもテメェに任せるぜ」

 

 

まるでこの会談が、失敗でもすれば面白いだろうにと言わんばかりに帝釈天は、歯を剥き出しにしながら笑う。

 

実際彼は最初、カルナではなく斉天大聖こと初代に自分の代わりをさせる予定だった。しかしこちらの方が何かと面白い事が起こりそうだと急遽考えを改めた。だが彼は戦神であり、天候を司る神でもある。戦うことこそ生き甲斐にして、その考えは天気のように移ろいやすい。そしてこのような事を平然と言う所が、研究者気質でまっ先に三大勢力の同盟を訴えたアザゼルが信用ならないと疑いをかける理由でもある。

 

 

(それに、観光でもすれば、この無欲な馬鹿も、愉悦の一つでも知るだろうしな)

 

 

あの初代との戦いの後、西遊記を面白そうに読んでいたカルナを見て、帝釈天は彼に様々な本を与え読ませた。だがカルナの感想は幼子に与えるような内容から、その筋の学者でしか読まないようなものでも一律して「面白い」としか言わなかったのだ。

ただこれは本人曰く、「本とは素晴らしいものだな。後世の人々が明日を目指し、ひたすらに歩み続けた足跡を感じさせてくれる」とのことで、それをつまらないと思うことなどあり得ないらしい。つまり楽しいとかではなく、古代を生きた者としての義務として、カルナは本を読んでいたのだ。

 

 

 

「文句を言ってくるなら結構。武器を手に取った瞬間が、ケンカの始まりだ。俺様は派手な祭りが好きだからよ、そん時は日本神話やシヴァ共を巻き込んで、楽しい殺し合いと行こうや」

 

「業が深いな、インドラよ。神々は戦を所望か」

 

 

カルナの言葉にニヤリと笑い、それはお前もだろう?と、暗に告げる。

カルナもまた軽く自嘲するような笑みを浮かべ、鎧と共に、生まれた時から身に纏わりつく黒衣へと目をやる。

 

 

「この身は穢れに犯されている。お前の言う通り、オレは戦うことしか出来ず、敵の屍を野に晒すことしか出来ぬ男だ」

 

 

だが――

 

 

「その言葉を待っていた。今のオレはお前に世話になる身であり、食客に等しい。与えられた恩を返さぬは、クシャトリヤにあらず。良いだろう、オレはお前の槍となり、あらゆる障害、あらゆる敵を、かつて授かりしお前の槍に誓い、討ち滅ぼしてみせよう」

 

 

宣誓するように告げるカルナ。先程の鍬を握っていた時の雰囲気は霧散し、英雄として、クシャトリヤとしての姿がそこにあった。

 

 

「そこまで堅苦しくなってんじゃねぇよ。言ったろ?好きにしろとな」

 

 

ではそうしようと、カルナは再びチャイを口にし、鋭い眼光は穏やかな色を讃え、窓の外に広がる景色を見ていた。

成長期を終えた身体はかつてのように、かなりの長身となった。武人らしく、座った状態でも背筋は伸び、まるで1本の芯が通っているようだ。身体の線は相変わらず、女性のように細いが油断は出来ない。かつてカルナは今程の肉体で、あのアルジュナでしか引けなかった剛弓の弦を引き絞ったのだから。

 

帝釈天も煙草を咥え、静かな時間が過ぎていく。

 

するとふと、帝釈天は思い付きのまま呟きを漏らす。

 

 

「そういえばお前、結局俺様の事“帝釈天”と呼ばなかったな」

 

 

この4年間、カルナはただの一度も彼を“帝釈天”とは呼ばず、すでに捨てた名である“インドラ”と呼び続けた。

 

それに対しカルナもまた、気にする風でもないように言葉を返す。

 

 

「当然だ。お前が名を改め、どれほどの年月が流れ、その在り方が変わろうと――オレにとってお前が、あの男の父(・・・・・)であることに変わりない」

 

 

 

 

 

―――ポトリと、咥えていた煙草が敷いていたカーペットに落ち、焦げ跡と共に、何かが焼ける匂いが部屋に漂う。その変化が、帝釈天にカルナと会ったあの日の記憶を呼び覚まし、彼が口にした言葉が鮮明に、脳裏に思い浮かぶ。

 

 

【あぁ、確かにこの俺とて色々聞きたいことがある。だがお前がそれを悩むなら、俺は何も聞かない。お前が語る勇気を持った際、改めて聞かせてもらおう】――つまりカルナは、あの時自らが口にした言葉を頑なに守り、貫き通していたのだ。

 

 

自分は一体、この4年間何をしていたのだろうか?ただ逃げていただけではないのか?

つまり…それはつまり、もうアルジュナがこの世界のどこにもいない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ということに――。

 

 

(…あぁそうか…俺はただ、今だにそれを認めることが、怖かっただけか……)

 

 

急にストンと、何かが心の中に落ちた気がした。

そこで自分は、先程まで煙草を吸っていたのだと思い出し、下に落ちていた煙草を拾い上げるも、すでに火は消えている。それを暫し見つめ、口を僅かに開き、閉じるを幾度か繰り返した後、クシャリと手の中で握り潰し、帝釈天はあの日から一度も口にしなかった…今、数千年の時を経てようやく今、かつての好敵手の子から施され、認める事ができた真実を口にする。

 

 

「あいつは…アルジュナは、もういない……もう…いない(・・・)んだ」

 

 

帝釈天――インドラの子として、マハーバーラタに刻まれた、“施しの英雄”カルナと対を成す存在、“授かりの英雄”アルジュナ。その生涯は誰よりも素晴らしいもので…誰よりも残酷だった。

 

 

誰もが彼に期待を寄せ、どれほどの難行を乗り越えようと、出来て当然という態度を取り、師や兄弟、友ですら、そのように彼を扱い…次第に彼の心は摩耗していった

 

 

【止めろ…そんな目で、私を見るな。そんな期待を、()などにするな――ッ!!】

 

 

そう叫びたかった。が、彼はそれを表に出すことなどせず、常に微笑みを浮かべ、期待に応え続けた。

 

 

【素晴らしき家に生まれ、神々の王という、これ以上ない父を持つことができた。ならば誰よりも素晴らしきものを授かり続けた己は、その素晴らしき在り方を、人々に見せなければならない】――そう己を叱咤し、彼は母親であるクンティーや己の妻たちでさえ見抜けぬ“笑顔の仮面”を被り続けた。

 

 

そんな彼が唯一、ある意味本音を晒すことができたのがカルナだ。

 

【貧者の慧眼】は正しくアルジュナの心を暴き、彼等はドローナの下で修業を重ねる中で、互いに唯一比肩する宿敵となる。

 

 

あの男が右に行こうものなら己は左へ。カルナがカウラヴァに着くのなら、己はパーンタヴァ側へ。カルナが救おうとするのであれば、己はその全てを滅ぼす側へ――。

 

だが…その関係性も、クルクシェートラの戦いで破綻することとなる。

 

 

神々の介入は、勝者となるはずだったカルナに敗北を与え。敗者となり、骸を晒すはずだったアルジュナに勝利を与えた。彼はその生涯の宿敵との戦いにさえ、勝利を授けられて(・・・・・)しまった。

それだけではない、カルナに勝利した後、アルジュナを待っていたのは数々の真実。

 

カルナが実は、本来であればパーンタヴァの長兄となる男であったこと、つまりカルナとアルジュナは、異父兄弟であったこと。更にカルナにかけられていた様々な呪い。母クンティーと交わした約束。そして――…誰よりも尊敬し、この勝利を捧げる予定であった父、戦神インドラの姑息な罠…。

 

全力を出して打倒した相手は、あの戦いが始まる前にはすでに屍同然だった。素晴らしきこの勝利は、ただ与えられたものだと知り、彼は父がいるであろう、天に向かい吼えた。

 

 

【インドラよ!!我が父よ!!俺は…ッ、このような勝ち方など、したくなかったッ!!】

 

 

 

「――…結局、それが最後だ…それを最後に、アイツは俺に語り掛けることも、俺からの声を聞く事も止めた。…そうだよな、ガキの喧嘩に親が出た(・・・・・・・・・・)んだ…しかもあらゆる可能性を潰して、絶対に勝てるよう仕向けたんだ…これをアイツに対する侮辱以外の何と言えば良い?」

 

 

まるで泣いているような笑みを口元に浮かべ、帝釈天はこの時ようやくカルナの方を見る。その気配を察したのか、カルナも閉じていた目を静かに開けるのを見て、再び帝釈天は口を開く。

 

 

「お前を保護したのは罪滅ぼしみたいなモンだ。お前を無事、スーリヤの下へ返す(・・)。…俺はまた、手前勝手な理由でお前を両親の下から奪ったんだな」

 

 

笑っていいぞと帝釈天は力無く笑うが――【罪滅ぼし】。その言葉を聞いて、ついにカルナの無表情が崩れ、信じられないと顔に出る。

 

今までカルナはこの神々の王が、あの時のことにここまで心を割いていたと思わなかったのだ。

 

 

「…それは罪ではない、あれは…」

 

「ウルセェ、黙れ。お前が是と言おうがアルジュナは否と答えた。それが俺にとっての全てだ。だからカルナ…俺に罪滅ぼしの機会を施せ(・・)

 

 

 

 

 

――施せと…この偉大な神々の王はそう言ったのか…?

 

 

罪などこの男には無い。あのインドラ自らの行いは、素晴らしい父性の表れであった。だがこの男はあの時の行いを恥じ、再びこの何も持たぬ己に施しを求めて来たと思い…そこで考える事を敢えて止めた。

 

もとより世話になった恩を返す為に、この男に言われるがまま槍を振るい、父の槍に相応しき者とあいまみえんと決めていたのだ。その罪滅ぼしが、今回のように己に戦場を用意してくれると言うのなら是非も無し。

 

 

「分かった。それでお前が満足するというのであれば、オレはお前から授かった槍を手に取るだけだ」

 

「自己満足だってのは分かってんだ。だが…感謝する」

 

「そのようなものは必要ない。…オレはこれから、お前を帝釈天と呼び改めたほうが良いのだろうか?」

 

 

もとはと言えば、この話の始まりはこの神々の王の呼び方だったなと、カルナはどうすればいいと彼に訊ねる。

 

 

「いや…インドラ(・・・・)だ。お前はそのままで良い」

 

 

帝釈天としてではなく、インドラとして――この男と、己の犯した罪と向き合うにはその名の方が良いと彼は思い、カルナにそう呼ぶように告げる。

 

 

 

数日後、カルナは4年間過ごしたこの山を去る事になる。

 

向かう先はこの須弥山の隣、海を挟んだ国――“日本”。

 

 

そこで彼は、小さな蝶の羽ばたきとは比べものになるはずもない、その存在を示すこととなる。

 




カルナさん「農家を舐めるな、お米食べろ」鍬&麦わら帽


カルナさんはマハーバーラタの内容をある程度、養父母から聞かされています。
それでも帝釈天に聞いた理由は、やはりあの当時を知る者、何よりアルジュナの父親である彼の口から聞きたかったからです。(多分この辺が読まれた時、あれ?となりそうな所だったので、この場を借りて説明しておきます)


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英雄の来日―1

教えてくれ、私はあと何度書き直せばいいんだ!?
今まで一話区切りでお送りしていましたが、いざ数話続くともう書き直しの連発よ!!(ボスケテ…)


それと前回、原作組が出ると約束したな?あれは嘘だ

これは所謂、コラテラルダメージというものに過ぎない。カルナさんの尊さを布教する為の、致し方無い犠牲だ。
(スミマセン文字数がエライ事になりそうだったんです…(汗)



4年過ごした山を離れ数日後。カルナと帝釈天は一度、須弥山に寄り用事を済ませ、とある場所へと来ていた。

そこは長く平坦な道が続いており――端的に言えば滑走路だ。

 

ここは須弥山が民間会社に扮して所有している空港だ。聖書の悪魔と同じく、各神話もいざ人界に関わる際、お金が必要なことに変わりないらしい。

 

 

「本当にこんな鉄の塊が空を飛ぶのか?インドラ」

 

「ま、案ずるより産むが易しだ。それにこの空港にある旅客機には、俺様の他に天部の加護もある。何よりたとえ雷が落ちようが墜落しようが、お前死なねぇだろ」

 

 

それもそうかと目の前の飛行機に向かい、歩くカルナの恰好はいつもの鎧姿ではなく、誰がどう見ても最高級と一目で分かるダークスーツに袖を通し、その肩には深紅のコートが羽織られていた。更には自らの名の由来となった、父スーリヤより授かりし耳飾りの他に、左耳には虹色に光り輝くカフスが付けられている。

これはかつて、ヴァジュラを製作した工巧神トヴァシュトリが、スラー酒に酔っ払い製作したものだ。その効果は『身に纏うものを見た目上消し、衣擦れの音も消す』という、今まで使い所の無いものだったが何となく持っていて良かったと、この時帝釈天は初めて思った。

 

このスーツも帝釈天が彼に与えたものだ。

『使者として赴くのなら、それなりの身なりでなければならない』――これにはかつて、ドゥルヨーダナの下で将として、彼の傍にいたカルナも理解を示し、同時に自分の存在を隠したいという帝釈天の意図も察し、カフスも必要であるとありがたく受け取った。

 

これらを取りに彼等は一度須弥山に足を運んだのだが、カルナはその時、須弥山には入山していない。

と言うのも【施しの英雄】――カルナと須弥山のトップに立つ帝釈天(インドラ)の逸話はあまりにも有名であり、それは須弥山でもまた同じ。

何らかの勘違いを下の者が起こすやもと帝釈天は考え、ついでに言えば彼はカルナを須弥山に所属させる気など更々無く、今回の件も将来カルナの存在を公表した際の、下ごしらえ程度にしか考えていない。

 

 

その為カルナは今回、一人(・・)で日本に向かう事となった。

 

どうやら帝釈天にとって、会談の成功云々よりも、カルナが伸び伸び観光を楽しめるかどうかの方が大切らしい(まぁ、本人がそのことを口にすることはまずあり得ないが)

 

 

「だがインドラ、何故このような手段を?オレ自身が飛んだ方が、遥かに速く目的の日本とやらに着くだろうに」

 

 

とある世界において、空間移動に等しい速度に追いついていたカルナの飛行能力。その速さは目の前にある、小型旅客機などとは比べものにならない。

 

 

「今時の人間は、空なんか飛べねぇんだよ。見つかってもまぁ、どうせ見間違いなんかで済まされるだろうが、面倒はなるべく避けたい。何よりこれは、お前が言う所の後世の人間たちが明日を目指して歩んだ証だ。なら使ってやれ」

 

 

確かにそうだとカルナは思った。

生まれた時に感じたように、今と己がかつて駆けまわった時代とでは、人の思想や在り方さえも違うのだと。

 

 

「空を飛ぶ乗り物などあの当時、神々が所有していた“ヴィマーナ”くらいしかなかったが…人は神々しか成し得ぬ偉業にまで、その手を伸ばしたのだな」

 

 

「ありがたく使わせてもらう」と呟き、搭乗する為の手摺りにカルナは手をかけながら再度、自分を見上げてくる帝釈天(インドラ)へと振り向きながら一言。

 

 

「では行って来る」

 

 

 

「…おう、行って来い」

 

 

 

 

 

 

カルナが一人、乗客として乗る飛行機の中で、今回キャビンアテンダントとしての仕事に励む彼女は今、激しい胃の痛みに襲われていた。

 

前日彼女は上司に突如呼ばれ、そこで言われたのがこの一言。『今回乗る客に何かあれば、文字通り私達の首が飛ぶ』

初めはどうせ、いつもの冗談だろうと同僚と笑っていたのだが…それも先程の、自らが所属する須弥山の頂点に立つ男の姿を見て、瓦解した。

 

【帝釈天】――天帝とも名高く、その名の通り、数多くの仏神が彼に付き従う様はまさに、神々の王と言える。

そんな彼と、頬杖をつきながら窓辺に静かに座り、外を眺めているこの男は、タメ口(・・・)で話していたのだ。しかもその呼び名は、この須弥山では誰も呼ぶ事を許されていない、かつて捨てた名であるインドラ(・・・・)。それだけで、この何の身分や名すら聞かされていない謎の客が、とんでもない存在だと彼女は理解した。

 

 

(もうヤダァ…お家帰りたいよぉ…!!)

 

 

そうは心の中で思いつつ、顔には客に嫌な思いをさせるワケにはゆかぬと笑みを浮かべている。

この飛行機は普段人間が使うものだが、時折仏などが下界たる人間界に降りる際、使うこともあり、彼女はそんな修羅場を何度もくぐり抜けているのだ。

 

そうだ、私なら出来る。どうせあと3時間程度のフライトだ。なら私なら何の問題もないと、何の理由もない自信に身を委ね、彼女は客室サービスのプロとして、安定飛行に入った機体の中、彼に話しかけに行く。

 

 

「お客様。この度は当旅客機をご利用いただき、ありがとうございます。お手数ですが、手荷物などはございます…か?」

 

 

近づき改めその男の顔を見て、彼女は一瞬言葉を失った。

 

その肌と髪の毛は、まるで全ての色が抜け落ちたかのように真っ白で、目元を彩る朱色が鮮やかにその存在感を放っている。それとは対比的に見える瞳の色は、どこまでも涼やかな水色を讃えていた。今はコートを脱ぎ、その中に隠されていたスーツを着込んだ身体の線は、男性とは思えぬ程に細い。何より100人中、100人が美形だと断言できる顔の作り……はっきり言おう。

 

 

(ヤダ何この人!?滅茶苦茶タイプなんですけどッ!?)

 

 

彼女は即堕ち二コマのような速さで彼に一目惚れし、すでに胃の痛みなどとうに忘れ、その頭の中はどうやって彼を食事に誘おうかという思考に変わるという、お前本当に仮にも仏に仕える神職してんのかとツッコミどころ満載のものになっていた。

 

 

「預ける荷物など無い。持っている物もこれだけなのだが…」

 

 

荷物の有無を確認されたカルナだが、彼の言う通り、その手には普段持ち歩いている父の木槍も無い。これはこの世界でよくある異空間に収納している為であり、帝釈天が「あの国は何かと煩いから」と、カルナに教えていたのだ。

そんな彼が胸元から出したのは、スーツ姿に似合わぬボロボロの麻袋。そこから取り出された物も、ボロく今にも壊れそうな煙管(・・)だった。

これは初代から預かったあの煙管であり、カルナはあれからただの一度も、それを入れたこの麻袋を手放していない。

 

 

見せ終わり、彼女が何も言って来なかった為、カルナは大事に戻しながら彼女に話しかける。

 

 

「これでいいか?それと、先程の言葉は間違いがある。オレはただ、インドラに言われるがままに、この飛行機とやらに乗った。ならその発言はあの男にこそ、くれてやるものだろう」

 

 

普段であれば同じ須弥山所属として、初代がこの飛行機を好奇心から何度か利用し、その時出会った事もある彼女は、その煙管本来の持ち主に気づき問いただしていただろう……が、今はそれどころではないらしく…。

 

 

(キャー!すっごい良い声!しかも何!?すごい謙虚なんですケドこの人!?)

 

 

一目惚れがベタ惚れに変わった瞬間だった。

 

嗚呼、だが…悲しいかな。彼女はその男(カルナ)のことを何一つ知らない。

 

 

「ところで、オレと話をする暇があるなら、もっとマシな事に時間を割くべきだ。どうやら貴女はオレと何か、語り明かしたいようだが…あいにくと、オレは話すことなど何もない。墜落などという事故が起こらぬよう、職務に戻るべきだと、オレは思うのだが」

 

 

それは彼女達、この旅客機の運行に関わる者達を心配しての発言ではあるが…その言葉を彼女が聞いた瞬間。ピシリと何故か、カルナには何かが罅割れるような音が聴こえた気がした。

 

しばし時が止まったかのように、身じろぎ一つしなかった彼女は一言、「ごゆっくりどうぞ」という言葉と共に、急ぎ足で控室へと戻っていき、その後は別の男性乗客員が相手をすることになったのだとか。

 

 

 

 

その三時間後。カルナは大阪にある伊丹空港から、事前に帝釈天から伝えられていたリムジンバスに何とか乗り、ついに京都へと降り立っていた。

そこでカルナを待っていたのは、その珍しい見た目に目を引かれた人々の好奇の視線。

 

まずはその肌と髪に目を奪われ、次には彼が着るスーツの感想が飛び交い、女性達が彼の顔を見て、情を込めた視線を送る。

武人としての足運びは今の時代、誰もが見惚れる美しい姿勢を生み出し。その英雄としての気質が、カルナに目をやりながらも誰一人近づかないという、奇妙な空間を作り出していた。だがカルナはそんな自らに送られる視線を気にすることもなく、辺りを見渡しながら様々な感情を思い浮かべ、ポツリと呟く。

 

 

「…分かってはいたが、本当にオレが知る、かつての世界(インド)とは違うのだな」

 

 

これはそれぞれの神話世界に共通するのだが、各神話体系が創り出し、各々が統治していたものの一つが古代インドだ。ゆえに以前のカルナにとって、世界とは即ちインドであり、転生した今生でもしばらくはそのように考えていた。

だがその考えは、養父母によって訂正された。世界とはこの広大な地球を差す言葉であり、その中でインドは今や、星と比べて小さな国に過ぎないと。

カルナはその教えを聞いた当時、かなり驚いた。己がかつて駆け回り、友にして主君ドゥルヨーダナのために捧げ、制した世界(・・)と考えていた存在(もの)が、まさか一部にしか過ぎなかったのかと。

だが同時に歓喜もあった。己が駆けた世界はまだまだ果て無く広がり、ならば我が父より授かりし木槍を振るうに相応しい戦士も必ずやいるのだろうと、期待が更に膨らんだ。

 

 

そんなカルナに視線を送りながらも彼等――つまり日本人はその足を止めることなく行き交う。カルナにはその様子が、まるで何かに追われるようにも見て取れた。だが以前、帝釈天はカルナに一言、「あの国はインドと違い、常に急いで何かを成そうとしているから気にすんな」と言われた事を彼は思い出し、それもまた有りかと心の中で一人納得しつつ空港を出て、帝釈天から渡されたメモ用紙を広げながら今回の会談が行われる場所へ赴こうとするのだが…。

 

 

「मैं माफी चाहता हूँ ऐसे लोग मैं यहाँ जाना चाहता हूँ?(すまないが、そこの方。ここにはどう行けばいい?)」

 

「あ、その…あ、アイアムドントスピークイングリッシュ!」

 

 

島国に住む日本人にとって、外国語…それもヒンドゥー語はかなりの難門だったらしく、カルナが言葉を発しただけで、彼等は子グモのように彼の周りから離れる。

 

今生に転生し、初めてカルナを持ってしても倒せぬ強敵が現れた。それは“言葉の壁”である。

 

だが…実はこのカルナさん。神性持ちの特権として、悪魔などと同じように言語の壁など本来無いに等しい。

だがそこは今の世界情勢も考えず、うっかり息子を転生させた太陽神スーリヤの子。彼はうっかり、養父母の下に居た頃の名残り(・・・)としてヒンドゥー語を連発し、次第にこのままでは時間に間に合わないのではと焦り出していた。

 

 

 

 

 

「うひゃー、偶にはイベントの為に外に出てみるもんスねぇ~。白すぎる外人さん?まぁ、ボクも人のことあまり言えた口じゃないスけどね~」

 

 

そんな彼に、近づく小さな影が一つあった。

 

人が大勢集まる京都駅近くのこの場所で、人の目線など、どうでもいいと言いたげに手入れもされていない伸び放題の髪。それに着古したTシャツとカーディガン、窮屈そうなジーンズと、オシャレとは無縁の恰好をした少女は呟きながら、カルナに許可を得るでも無く、カシャカシャと手に持ったケータイで連写しまくる。

 

 

「ふぅ、これでネットに上げる面白画像が手に入ったッス!タイトルは『マフィアな白粉(おしろい)星人』!これは流行るッス!」

 

 

突然の出来事に、目を白黒させるカルナを放置したまま、その少女はコホンと軽い咳払いをし。

 

 

「あ~、まぁ面白いモン撮らしてくれたお礼ですけど…Can you speak English?」

 

「――?यह कहते हैं कहां?(それはどこの言葉だ?)」

 

 

流暢な英語で話しかける少女だが、カルナは変わらずヒンドゥー語で聞き返した。

カルナは英語は理解している(・・・・・・・・・)。だがそれは何を意味するのか?どこの言葉なのかは分からず、そのまま返してしまったのだ。

 

 

「あちゃー、お手上げッス。てかアンタ、日本に来て日本語喋れないんスか?」

 

 

オーバーなリアクションで諦めの仕草を見せる少女。すると…――。

 

 

「いや、喋れるが?」

 

 

いきなり先程のヒンドゥー語から、当たり前のように日本語を喋り出したカルナを前に、少女は思わずズッコケる。

 

 

「ちょっ!?だったらソッチでいけば良いじゃないスか!?何でインドかどこか分からない言葉で聞いて回ってたんスか!?」

 

「そうか、初めからこちらの言葉で声をかければ良かったのだな。気づかせてくれて感謝する」

 

 

頭を下げて感謝の意を示すカルナに、少女も怒るに怒れないといった顔を見せ。

 

 

「う~…まぁ良いッス。これも何かの縁だろうし…それで?どこに行きたいんッスか?」

 

「あぁ、ようやく聞く事が出来る。ここなのだが…」

 

 

カルナがメモ用紙を見せると、その少女は普段からずり落ちそうな眼鏡を掛け直し、フムフムとしばらく頷くと。

 

 

「あぁ!ここッスね!ここはこう、ブワァーと行って次の信号をズキュゥゥウン!って感じで、そこからメメタァ!って先にある交番に聞けば分かるッスよ」

 

「成程、感謝する。取りあえずお前が行き方を知らないことだけは理解した」

 

「いやいや!それのどこに感謝の要素があるのかナゾッスよ!?」

 

「―?何故だ。交番とやらに行けば、分かると提示してくれた。他の者がオレを何故か怖がり近づかぬ中、オレにこうして日本語で喋ればいいと教えてくれたことにも、改めて感謝したい。ありがとう」

 

 

あれ、この人見た目に寄らず、かなり天然なのでは?と少女は呆れたように溜息を吐き。

 

 

「まぁ、問題が解決したようで何よりッス。じゃ」

 

 

手をヒラヒラとさせながら、カルナの方を見向きもせず、その少女は踵を返していく。カルナは咄嗟に恩を返そうと、せめて名前だけでも教えてほしいと手を伸ばそうとするが――彼の背後から、こちらを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「す、すみません!須弥山からの使者様ですね!?本当に申し訳ありませんでした!こちらの不手際で、駅構内でお迎えするはずが…」

 

 

カルナがその声に反応し、振り返ると人間の女性に化けた妖狐がペコペコ頭を下げていた。カルナもこの狐が、京都からの使者なのだろうかと確認しつつ、返事を返す。

 

 

「いや、気にしなくていい。こちらも今着いた所だ」

 

 

向こうがこちらの言葉にホッとしているのを見届け、再びカルナは先程の少女の姿を探そうとするのだが、すでに影も形も無く、彼女は立ち去っていた。

 

 

(そうか…名を聞きたかったのだが、致し方無い…か)

 

 

礼の一つも出来ず、残念に思うカルナだが――その直後、先程彼女が言った言葉を思い出す。

 

 

そうだ、あの少女が先程言っていたではないか。『これも何かの縁』だと。ならばその縁を信じ、もう一度会えた時にこそ、名を聞かせてもらおう――そう心に決めて。

 

 

「ではこちらへ」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 

京都側の使者に連れられ、駅を後にするカルナ。

 

()しくもと言うべきか、それらの出来事は、赤龍帝と呼ばれるドラゴンをその身に宿し、数奇な運命によりその“神器”を覚醒させ、悪魔となったとある高校生とその仲間達が、修学旅行として京都に来る数時間前のことであった――。

 




カルナさんの恰好は、某概念礼装の際のあの恰好です。

大阪から京都に来れた理由は、たまたまそこにいたヨガを極め過ぎて宙を飛んだり口から火を吹く謎のインド人が丁寧に教えてくれたからだとか(いったいどこのヨガフレイムなんだ…)

それと途中、カルナさんに話しかけた女の子についての質問は一切お答えできませんので、あしからず


※次回更新はまた1か月後くらいになりそうです


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英雄の来日―2

一応形になったので投稿します

一体いつになったら原作組や英雄派(笑)を出せるんだ!?


それと今回完全なオリキャラとの絡みしかありません
いつも以上に「この回必要か?」と思われるかもそれませんが、しっかりと作り込む上での致し方無い古くから続く因縁の犠牲の犠牲になったとでも思ってもらえれば助かります(オレのオレオれオレオレお!!)


独特の文化を築き上げ、古より日本の中心地として栄え続けたここ京都。それはこの都の防人たらんとする者達が、陰陽師から妖怪に変化しようと変わりない。

 

 

「この国は色彩豊かなのだな。オレが父と母に育てられた山も、冬が近づくと、木々はその厳しさに備え葉を落としていた。だがまさか、それを慈しむ文化が存在するとは思いもよらなかった」

 

 

静かに過ぎ行く悠久の時。その断片を感じさせるこの場所で、カルナは思ったままの感想を、後ろを着いて来る京妖怪側からの使者に言葉にして伝える。

 

 

「それはよろしゅうございました。天帝様にも是非一度、今度は直接来ていただきたいとお伝えください」

 

 

その妖狐。名を弥々というのだが、男ならば誰もが見惚れる笑みを浮かべ、口元を着物の袖で隠す仕草はまさに、嫋やかな京美人と言った様子が似合っている。だがその心中は、言葉とは裏腹に、完全に真逆を唱えていた。

 

 

(何なんだこの人間(・・)は…確かにこちらにとって、今の状況は都合が良いが…)

 

 

先程、弥々は京都駅にて遅れた謝罪として、カルナに頭を下げた。だが神仏だろうと気配を探れば何だ、ただの人間(・・・・・)ではないか。

 

 

“トヴァシュトリ神”――彼が酔っ払ったまま適当に作り、まだインドラであった帝釈天にかつて押し付けた、カルナが今付けているこのカフス。これの効果は『身に着けた物を見た目上消し、衣擦れの音も消す』というものなのだが…その本質はまったく違う。

 

このインド神話最高と名高い工巧神が創り出した宝具本来の効果は、『身に纏う全てを隠す』というものだ。それはつまり、普段から特に隠す理由も無いとカルナが周囲に流している莫大な神格ですら、人外に悟らせぬという破格の性能を誇り、それ故に弥々はカルナの事を、『何らかの“神器”を宿した人間』としか受け止めなかった。

何よりも帝釈天はかつて、“神器”を集めていたことでも有名であり、それらの事前情報、今の世界情勢が、彼女をそのように勘違いさせた。

 

しかし……気に食わない。

 

 

「―?すまないが、あの店頭に並んだ野菜達は何だ?乾燥させ、日持ちを良くさせようとしているのだろうと思ったが、それにしては水分が多いようにも見える」

 

 

この使者は、使者でありながら今回の会談について、一切問いを投げかけて来ず、先程からその美貌を惜しげも無く晒し、この京都に来た理由をまるで、観光しに来ただけかのように見て回っていた。

 

いや、一度だけ。駅から街へと降りる際、車内で本来今日行われる予定だった会談を行えぬと告げた際、僅かに反応を示し、こちらに言って来た言葉がこれだ。

 

 

【いや、それならば問題無い。もとよりあの男からは、観光を楽しめと言われたのでな。お前達が受け継いで来たその意志を、オレは見定めさせてもらおう】

 

 

気に食わない、ふざけるな。

弥々達の御大将、九尾の八坂は今この京都にはいない。彼女は突如出現した、霧の中へとその姿を消していた。そのような理由もまた、弥々がカルナがこちらを見ていないからと、眉間の皺を隠そうともせず睨みつけている理由だろう。

それ以外にも、今回行われる二つの勢力――つまり須弥山と聖書の陣営それぞれとの話し合いは、彼女達にとって、大切な意味合いを含んでいた。

 

それは最近日本に好意的に歩みを近づけて来る聖書の陣営の見定め。それとこの20年近く、不気味な程に静観を決め込んでいる須弥山。及び、そんな彼等と同盟を組んでいるのでは?と噂に上がる、インド神話との関係性。

 

 

何よりコイツは何様なのだ?楽しめと言われたから会談など、どうでもいいと?我等が守り続けて来たこの京都が今、大変な事になり、それをこうも必死に悟られまいとしている最中(さなか)、それを見定めさせてもらうだと?

 

 

無論、彼女は理解している。これはどうしようも無い、醜い嫉妬(・・・・)なのだと。

 

弥々達妖狐は本来、この伏見に奉られる豊穣神“宇迦之御魂”の眷属だ。だが永き時の中でその在り方は、間違った伝承や大陸から伝わった神話に飲み込まれ、今や妖怪などという区分に落ち着いてしまった。

誇りを穢され、低位に堕ちて行きながらも、彼女達妖狐は神の眷属としての使命を全うし続け、今もなお、先程も述べたように、この京都を悪意の渦から守り続けている。

だが…それほどの献身を、それほどの忠誠を捧げようと、かつて掲げた誇りは帰って来ず。どれほど己が主神である、“宇迦之御魂”に尽くそうと、その献身は報われることなどなく、“高天原”は黙したまま、ついに悪魔がこの地に足を踏み入れた。

 

しかし…この人間はどうだ?

その身に纏うは美しき夜の帳を彷彿とさせるスーツ。肩に羽織りそよ風を受け、様々な様式を魅せる深紅はまるで、かつて戦国の世で彼女が見た、武士(もののふ)達が流し大地を潤した血のようではないか。

 

何より…先程の一言、【楽しめと言われた(・・・・・・・・)】――つまりたかだか人間風情が、主神たる帝釈天の言葉を聞いたのだ。

この事実が、弥々に激しい嫉妬を負わせた。何故なら何度語りかけようと、どれほどの献身を尽くそうと…“宇迦之御魂”はその忠義に応えることも、労いをかける事もなかったのだから。

 

 

これがただの、八つ当たりだという事は理解している。これがただの、人間風情に抱いてはならぬ嫉妬だという事も重々理解している。

だからこの程度…そう、この弥々のような妖狐にとって、軽い悪戯程度である“狐火”で、その変わらぬ表情を崩してやろう。静かな観光の中起こる、軽いハプニング…なに、軽い火傷風情、帝釈天が見初めた“神器”使いであれば、問題などないのだろう?ならば軽い辱めを持って、この弥々の情緒を鎮めさせておくれやす――。

 

 

「使者殿、あれは“漬物”というもの。其方が車内で言った、作物が育たぬ厳しい冬を乗り越える為に、我々が古くから受け継いだ知恵の一つと認識されよ」

 

 

初めのような態度はナリを潜め、かつて神々の眷属であった存在らしく、その口調を上からのものに変えながら、弥々はカルナに気づかれぬよう、歩法を用いた“人払いの陣”を敷いて行く。すると自然に人々は彼女達の周りから徐々に消えて行き、しかしカルナはその異常な状況に気づかないかのように、振り向く事なく弥々に語り掛ける。

 

 

「成程、母が作っていた、アチャールのようなものか。面白いものだ、海を隔てたこの地でも、どうやら思想というものは、そう変わりないらしい」

 

 

――?アチャール?そのような食べ物が、須弥山がある中国(・・・・・・・・)に、果たして存在していただろうか?

 

そのように弥々は口元を隠しながら考え…はたと気づく。

先程までこちらを見向きもせず、前を歩いていたこの男が、自分を睨みつけるように視線を向けていることに――。

 

 

「ところで――もう良いか(・・・・・)?」

 

「なに…が…?」

 

 

急に弥々の背筋に、氷を入れられたかのような悪寒が襲う。先程まで、何の変哲の無い人間にしか見えなかったこの男が急に、まるで歴戦の戦士のような威圧感を放ってきたのだ。

 

いや、勘違いだ。例えバレてもこれは悪戯(・・)。“人払い”はすでに済み、問題など起こりえないと。

 

だが…その考えはすぐさま取り消す事となる。

それはいつものよう(・・・・・・)に、言葉を飾る事を知らぬカルナが放ったこの一言。

 

 

「知らぬフリは止せ。最初に会った時から、お前の目には嘲りと侮蔑。それと嫉妬が浮かんでいた。仕掛けて(・・・・)くるなら早くしろ。一度だけならその使者への無礼、オレは許すこととしよう」

 

 

見抜かれていた!?と思う以前に、身体が動いていた。

人前ということで隠していた耳と尻尾を出し、印を組んで火傷程度では済まされぬ極大の焔を召喚し、カルナへと放つ。

 

 

「キサマ…キサマァァアアア!!我が心を覗くか!たかだか人間風情の分際でッ!!」

 

 

一つ、二つと次第に数えることすら難しい、数々の火炎球が建物を崩落させつつ、カルナが先程までいたであろう場所へと、次々と放たれる。後に残る、この崩れ落ちた建物に関しては何も問題無い。何故ならこの周辺は、人に紛れ生活している彼女達妖狐が治める土地であり、この建物も幻術を使いつつ修復すれば、ものの二日もあれば直ると、弥々は攻撃の手を緩めない。

 

覗かれた、たかだか人間に…化かし畏れられねばならぬこの妖狐がッ!!

何たる屈辱、何たる辱め。何より…何だ先程の物言いは?

 

この地を治める“宇迦之御魂”。その末端ながらも誇り有る、眷属である己に対し許してやる(・・・・・)だと?

 

怒りが彼女を支配していた。今ここにいるのは、京都側の使者として、その内面を隠していた、ただの妖狐ではない。

【古事記】に描かれた、いと神格高き“宇迦之御魂”の眷属――報われぬ京都の防人、その一員としての誇りが、弥々を激情へと向かわせた。

 

だが無論、此度の使命を忘れるような者を、使者として向かわせたワケではない。弥々は確かに怒りに支配されながらも、しかと手加減を施していた。何より須弥山の使者を殺しては、本当に戦争の引き金となるのだ。ならば彼の戦神であれば、戦いを司るあの神であれば、おそらく許すであろう程度で済ませる気でいた。

 

意外にも見えるが仏教がこの日本に伝わり、はや千年を超えている。その中で、天部筆頭とされる帝釈天の逸話はここ京都にまで聞き及んでおり、弥々としては最悪、この首一つでむしろ会談を上手く進め、協定の先。つまり更なる千年京の礎になれるやもと考え、敢えてその身を焦がす、激情に身を委ねたのだ。

 

 

「――フゥーッ!フゥーッ!!…頼むから生きていろよ人間。お前が死んでは我が望みが(つい)える」

 

 

肩で息をし、祈るように呟きながら、彼女は朦々と上がる土煙の先へと視線を飛ばす。が――。

 

 

「…死んだか」

 

 

その先には生地の切れ端すら残っておらず、形成されたクレーターだけが弥々を出迎え…そこで気づく。

おかしい、あれは見た目だけが派手であって、その威力は確かに人の形が残る程度。何よりコートの切れ端すら残らないとはどういう…――。

 

 

 

「――…成程、オレと戦いその武功を示し、インドラの機嫌を伺おうとしたわけか」

 

 

変わりない、静かな水面の如く変化を見せぬ声音が聴こえてきた、崩壊した瓦礫の上を弥々が汗を浮かべ見ると…そこには羽織るだけのコートすら落ちておらず…いや、土埃一つ付けていない、カルナの姿があるではないか。

 

 

「キサマ…ただの人間ではないな!?一体何の“神器”をその身に宿している!?」

 

 

この時彼女は、まだカルナが“神器”使いであると勘違いしていた。それもそうだろう。彼女達人外の攻撃を、こうも容易く躱す者など、それくらいしかいないと思うのが普通だからだ。

 

だが、彼女を見下ろすこの男は、“神器”使いどころの騒ぎではない存在。

かつて修羅神仏さえ押さえ、三界を征するとさえ謳われた大英雄。

 

 

「あいにくと、オレはそのような“神器”なるものを持って、生まれてなどいない。我が身に宿るは父の加護のみ。さて、一度は許すとオレは言ったが…満足したか?」

 

「ッゥ!?キィサァマァアアアア!!!」

 

 

しかし彼女はそれを知らず、カルナの挑発染みた言葉に血が昇り、もはや殺さずという考えは抜けていた

 

 

「眷属召喚!焔より、我が怒りの化身となりて権限せよ!“焔狐―火炎の陣―”!!」

 

 

再び印を組み、大きく薙ぎ払う仕草をしたと思えばその先に、見えてくるのはその身を陽炎の先より出でるように現れた、火炎を纏いし狐の群。

これは本来、一介の妖狐に扱えぬ術式ではあるが、弥々は元々この京都の守護者に名を馳せた勇士。本来であれば、襲撃を受けた八坂の守護に着くハズだった。しかし八坂自身が、須弥山を見定めよと命じ、こうして残りカルナを待つこととなっていたのだ。

 

 

『グルル』と獣達が、群れの長へ命令を促すように喉を鳴らす。

早く命じろ、早くあの肉を喰らわせろ。そう言わんばかりに。弥々もまた、その美しい顔を凄惨なものへと変え、掲げた手を振り下ろし――。

 

 

「殺sッ……え?」

 

 

――振り下ろそうとした手は、そのまま宙に固定され、弥々の瞳には、すでに召喚された焔狐を駆逐し終わりインドラから授かりし槍を、自身の細く白い首筋へと突きつけているカルナの姿が映されていた

 

 

「なん…で…私の眷属は…?」

 

「あの程度の熱、オレには涼風に等しい。何より殺してくれと言わんばかりに遅い初動だったのでな、全て駆逐した」

 

 

馬鹿な、あり得ないッ!一体何匹いたと思っている!?この京都を守る我等の絆をそんな容易く…ッ!?

 

言葉を出すことはすでに不可能。指先すらも動かすことなど出来ようがない。何故なら弥々を見据えるカルナの眼は、一切の容赦や手加減をしないと、あまりに雄弁に語っていたのだ。

 

 

「二度目は無いと言ったはず。俺はクシャトリヤとして、女子供に手を出さぬ誓いを立てている。だからといって、無抵抗でやられる気も無いのでな。何よりお前のその眼は、守るべきものを持つ、戦士の眼だ。ならば…容赦はむしろ、お前への侮辱となる」

 

 

言葉を飾る事を知らず、武人らしくどこまでも直線的な言葉は、弥々へ確かな賛辞を贈っていた。

人間の女として、表で活動する事もある彼女は、欲情した男の視線に晒されたことなど何度もある。だが防人の一員として、幼い頃よりこの地を守ると心に定めた弥々自身を見た者が、一体何人いた事だろうか。

 

もしや自分は、この男を見誤っていたのではという気持ちが、沸々と沸く。だがそれを早々に認めるには、この妖狐という種族はあまりに気位が高くありすぎた。穂先の鋭さに顎先を汗が伝い、それでも彼女は気丈にも鼻を鳴らし。

 

 

「ふん、クシャトリヤ(・・・・・・)とはまた古い言葉を…古代に生きた益荒男の真似事か?使者殿」

 

 

“クシャトリヤ”――それはインドにおいて、戦士や王族の階級を差す言葉であり、この遠く離れた地で何故、彼女はそれを知っているのだろうかとカルナは眼を薄く閉じるような仕草をし。

 

 

「…そうか、オレ達が駆けたあの時代は今もなお、海すら超えて受け継がれているのだな」

 

 

そう呟いて槍を下げ、どうしようもなく…己を拾い上げ、友誼を求めた男と語り合いたくなった。『我々の意志はこうして、確かな形となって残っている』と――。

 

 

 

弥々は呆けたような顔を隠すことが出来なかった。

 

先に仕掛けたのはこちらで、死ぬやもしれぬ攻撃を放ち…そして圧倒された。

自分は負けたのだ。その始まりが例え、ただの悪戯であっても、最後のアレは本気で殺そうとしていた。敗者に残された選択など、二つに一つ。即ち『殺されるか』『生き恥を晒すか』。更に女の身である自分には、辱められるという最悪の選択まである。だというのにこの男は穂先を下げ、闘志を讃えた瞳はすでに、その熱を下げている。

 

だからつい、問いかけてしまった。「殺さぬのか」と。

 

 

「お前の目には、見覚えがある。守るべきものを持つ者のみが、持ちえる目だ。お前は死を望んでいたようだが、死地はここにあらず。何よりお前はオレに大変喜ばしい事を教えてくれた。それを持って、先程の二度目を無き事(・・・)としたいのだが…どうだ?」

 

 

「防人としての任を果たせ」と、そう言われた気がした。

 

この男はこの京都に住まう者達を、舐めてなどいなかった。舐めていたのはこの弥々であり、例え悪戯から始まったものであっても、彼は先程の戦いの中で、摩耗し妖怪に格を落としたこの身に、戦士としての誉れを抱けと言ってくれた。

やはり己は見誤っていたのだ。何と…高潔な精神の持ち主であろうか…っ!

 

膝を折り、弥々がその旨を伝え謝罪しようとした…その時。

 

 

「クセ者じゃ!京都を穢すクセ者じゃ!」 「仲間を守れ!弥々殿を助けよ!!」

 

 

異変を感知した鴉天狗と見える妖怪達が、カルナを取り囲み弥々から離れさせようとする。その手には捕縛用と見える鎖が音を立て、カルナに警告を送っている。

 

違う!彼は何もしておらず、全ての責は私にあると弥々が叫ぶも、その身は先の戦闘で、激しく動いた所為か肌蹴ており、見る者が見れば乱暴されたかのように見えていた。彼女はカルナに有らぬ罪など背負ってほしくなく、どうか起こったままを言ってほしいと願うも、相手はあのカルナだ。

 

 

「連れて行け。その方が、互いに手早く用事が済む」

 

 

言葉少なく、一切事情を説明しないその言動は、彼等がカルナを鎖で縛り上げるにそれ以上の理由を必要としなかった。

 

 

こうしてカルナは当初の予定通り、その身を“裏京都”へと入れることとなる。ただ通されたその場所は牢獄であり、それは弥々が必死に事情を説明し釈放され、そこで更にひと悶着あるまでの、束の間の休息であることを、この時はまだ誰も知らない。

 




次回投稿は昼頃だぁ!!
(今回はガチです。なおその後またしばらく開きます)


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英雄の来日―3

前回のあらすじ

カルナさん、鎖に繋がれ緊縛ぷr(作者よ、死に侯え)


※※原作との矛盾が生じた為、内容を少々書き直しました。


ピチャリと石の間を伝い、地下水が滴る音が響く。その他にもカサカサと何かが蠢く音。この地下牢で命を落としたと思える怨念達の嘆きが、そこに座す男をそちら側へ引きずり込もうと囁くも、その男――カルナは微動だにせず、ただ目を閉じ瞑想するかの如く、鎖に縛られたまま座っていた。

 

 

どれほどの時間がたったのかは、カルナには分からない。ここは父の光も届かぬ地下牢。

無論、カルナがその身に宿す神性を、ほんの少し開放するだけでこの場は崩れ落ち、彼等京都妖怪は、自分達がどれほどの存在を侮っていたのか分かるだろう。だがそれをしないのは、カルナが帝釈天より預かった、「彼等を見極めろ」という使命を全うできない為だ。

 

【恐れられては本意を知るなどできぬ。武人である己は、ただ使命を全うするのみ。その為には、どのような扱いを受けようと、相手の懐に潜りこんだほうが、はるかに効率的だ】と、カルナは状況が動くその時まで、このままでいるつもりでいた。何よりこのような不当な扱いに、彼は生前から慣れていた(・・・・・・・・・)のだ。

 

 

そのように考えていると、不意にカルナの耳にコツコツと、石階段を下る足音が聴こえて来る。

その足音が、カルナが入れられた牢獄の前でピタリと止まり、閉じていた眼を開くと、そこには彼を連行した中にいた、鴉天狗の一匹が立っていた。

 

 

「お前が須弥山からの確かな使者であると、弥々殿が幹部に説明なされた。出ろ――この京都の御大将、八坂様がお待ちだ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

「――よう来られた、須弥山からの客人よ。わらわがこの京都、西日本に住まう全ての妖怪達の御大将。八坂じゃ。よろしゅう頼む」

 

 

カルナが捕らえれていた屋敷の最奥に位置する部屋の中、カルナはついに京都妖怪達の総大将、八坂にお目通りすることができた。

金毛輝く髪の毛は、ここが浮世であると忘れさせる程に美しく。口元を隠し、眼を細めこちらを見る仕草は普通の男であれば、それだけで理性が蒸発しそうに蠱惑的だ。

 

そこから八坂はカルナに口を開く間を与えずに、口早に今回の会談についての予定を詰めていく。

 

 

「さて、互いにこうして面通りしておるが、あいにくと、わらわは今、体調が優れぬ。お主にはちと悪いがもうしばし、観光を楽しみ待ってほしいのじゃが?」

 

 

どうかな?と問いを投げかけて来るが、これは命令だ。その証拠に、カルナと八坂のいる部屋の左右には殺気を隠す気も無い、大妖怪に分類される猛者共が、カルナの事を睨んでいるではないか。

 

 

「オレは構わない。いつまでにお前達と話して来いとは、あの男から言われていないのでな」

 

「それは良かった。いきなりの不躾を、許してもらい感謝するぞ使者殿」

 

 

感謝と口にはするが、そこには嘲りの感情が垣間見えていた。

相手は人間(・・)。こうしてこの“裏京都”に入れてもらえただけでも、感謝しろと言わんばかりに。

 

 

「では、弥々」

 

「…はっ」

 

 

八坂に名を呼ばれ、屈強な妖怪達の隙間から、細い身体を潜り込ませるように弥々がカルナの隣で三つ指揃えて八坂に頭を下げる。

そこには先刻カルナと対峙した時のような、烈士の如き激しさは無く、今にも霞に紛れてしまいそうな、儚い雰囲気があった。

 

 

「其方には引き続き、そこの使者殿の観光を補助してもらう。日時が決まり次第、狐をそちらに送るでな。それまで決して、使者殿がこの京都で迷子にならぬよう、片時も離れぬように」

 

 

もはや隠す気も無い。つまりカルナを見張れという事だ。

 

 

もう話すことも無いと言いたげに、八坂はカルナから眼を離し、それを合図に弥々がカルナを伴い、表の京都に戻ろうと促す。

 

 

待て(・・)

 

 

だがそこに、待ったをかける声がカルナにかけられる。それはこの場にいた大天狗が放った言葉であり、どうやら想定外の事であったらしく、周りの者がざわりとし出すが。

 

 

「静まれ、我等の行動一つ一つが、この京都そのものの価値をこの男に見せると思え」

 

 

まさに鶴の一喝。瞬時に騒然としていた者達は静まり、まるでこの大天狗こそが大将なのでは(・・・・・・)と思わせる雰囲気が、そこにはあった。

 

カルナは黙したまま、話を聞こうと大天狗に一歩踏み出す。

 

 

「何用か、これではお前達の企み(・・)が、ヴリトラが沈んだ泡の如く消えてゆくぞ?」

 

企み(・・)?はて、何の事ですかな?それよりもお主に一つ、問いたいことがある」

 

 

大天狗はそう言い、まるで赫火の炎もかくもやと、鋭い眼光をカルナに向け。

 

 

「お主、我等が御大将の名乗りに何故返さん。それがどれほどの意味合いを持つかも知らぬ使者を、天帝殿は送り込んで来たのか?」

 

 

そう、誰もがカルナを名で呼ばず、『使者』と呼ぶのはカルナが自らを名乗り上げていない為だ。だがこれには理由があり、帝釈天が『お前には、もっとド派手な舞台を用意してやる』と言い、木っ端程度に教える義理はないと命じていたのだ。

 

大天狗のその問いかけに、カルナはいつものように、揺れぬ瞳で答える。

 

 

「あの男は向こう見ずな所はあるが、決して愚かでは無い。むしろ戦略すら見据え、己が名を貶めてまで勝ちを取りにいこうとするほどだ。その姿は決して、侮辱する事は許されぬ尊い行為であり、何よりオレが名を明かさぬ理由など、お前達は分かりきっているのだろう?」

 

「…何?」

 

 

大天狗…だけではない、上段で口元を隠しその様を見守っていた八坂。カルナに不審な動きあれば、即座にと構えていた者達全てに冷や汗が浮かび、そして…。

 

 

「オレは八坂に会いに来た(・・・・・・・・)。彼女がいないのであれば、名乗りを上げる道理も無く、その程度のまやかしなど、オレには通じん。次は本物と会いまみえる事を願い、この場を後にさせてもらおう」

 

 

最後にビクリと身体を震わせる八坂と思わしき妖狐()を一瞥し、今度こそカルナは、急ぎ後を着いて行った弥々を引き連れ、屋敷を後にした――。

 

 

 

 

「――…ハァ、バレておったか。…もう良いぞ」

 

 

大天狗がカルナが去った部屋の中で、溜息と共に八坂…に化けていた妖狐(・・・・・・・)へと禿げた頭を撫でながら、声をかける。

するとボフンと煙を上げ、中から九つの尾を持つ狐ではない、一尾しか持たぬただの狐が身体を震わせ現れたではないか。

 

 

「あ…あの、皆様…その…私の所為でしょうか…?」

 

 

恐る恐るといった感じで、ここに座す幹部達と比べ、格下の彼女はカタカタと震え叱責を待つ。

 

 

「いや、あの男…どうやら初めから分かっていたようじゃ。弥々殿の言った通りじゃな。儂もあの眼に睨まれた途端、心を暴かれたかのような錯覚に陥った。…誰じゃ、あれを人間風情と言った馬鹿者は」

 

 

この場を代表し…いや、実質的に八坂が行方不明な今、この京都を一粒種の九重に代わり治める大天狗は、集まった各種族の長達を一瞥する。

 

 

「わ、儂ではないぞ」 「儂もじゃ!儂も違うわい!」

 

 

かつては源 義経がまだ牛若丸であった時、彼を鍛え上げた鞍馬山の大天狗に睨まれては堪らんと、各々が違うと声を張り上げ、それは再び大天狗が溜息を上げるまで続き。

 

 

「ハァ…まぁ良いわい。こう言っては何だが、バレていたとはいえ、何も聞かれず助かったわい」

 

 

いや、正確に言えば八坂はまだ、この京都のどこかにいる。

“千年京”とまで呼ばれるこの都、それを可能にしたのは何もこの地を守護する者達の努力だけではない。

氣を操り地脈を纏め、千年の風化にすら耐えうる強固な陣を持って、途切れぬ流れの中に置く。

 

『陰』と『陽』、『妖』と『人』――住まう者達で太極を描き、その中心と呼べる場所で、氣の流れを管理することこそが御大将八坂の役割だ。

この地で崇められる宇迦之御魂神の眷属でありながら、妖怪としての一面を持ち、その中でも最上位の力を宿す八坂は扇で言うところの()にあたる。

 

故に彼女がこの地を離れれば、これまで防いで来た天変地異が立て続けにこの地を襲い、不安定となった力場が、いたる所に次元の狭間へと続く穴を作り上げていることだろう。だがそのような事は、まだ一件も起きておらず、それこそが八坂が京都のどこかにいるという証となっていた。

 

出来れば大陸から、仏教が伝わって来た時より細々とではあるが、知古と言っても良い関係性を保っていた須弥山側に、共に八坂を探してほしいと協力を要請したいところではある。しかし…。

 

 

「言いたくないが…恨みますぞ九重様」

 

 

言葉ではこの場にいない九重を責めていながら、大天狗の呟きに反応した幹部が睨みつけるは八坂に化けさせていた妖狐。

 

そう、カルナは囚われていた為、分かり得るはずもないが、あれからすでに一日がたっており、前日にこの京都に足を踏み入れたイッセー達悪魔に対し、勘違いした九重が襲撃を仕掛けていたのだ。この妖狐はその場にいながら、九重を制止するどころか、彼女を危険に晒したと今回罰として、八坂に化けさせられていた。

 

そのせいで京都側は八坂がいない事実を聖書の陣営に知られ、今この瞬間にも魔王レヴィアタンと、堕天使の総督にして、かつての三大勢力の大戦を生き延びたアザゼルが、ここに向かっているとの報告もあった。おそらくは協力体制と共に、八坂を探す手助けをと言ってくるつもりだろう。そしてこちら側には、それを断る術が無い。何しろこちらは襲撃をしかけ、謝罪する立場に転落しているのだ。それを覆す事など、もはや不可能。

 

それに須弥山側は使者(“神器”を宿したであろう人間)だが、聖書の陣営側は魔王と総督…どちらを優先せねばならぬかは、考えるまでも無い。だが大天狗は蓄えた、見事な髭を撫でながら思う。

 

 

(惜しい事をした…あと一日、いやせめて半日早ければ、あの男と酒でも交わし、本音をぶつけてみたかった…)

 

 

大天狗もまた、この京都守護に名を馳せる勇士の一人。その仲間を容易くあしらい、鴉天狗の報告で、追い詰めたとされるあの男…。

 

とても若者とは思えぬ佇まい。何より己の殺気を涼やかな風の如く受け流し、あまつさえ恐れもしないあの胆力…あれほどの匂うような漢を見せる者など、はや何年見ていないことか…。

 

 

(いや、今は聖書の者どもについて、考えねばならんな)

 

「此度の一件は、全て弥々殿の責であり、あとは彼女に任せたが…これでもって不問とする。よいな?」

 

 

大天狗の低く、齢を重ねた者のみが持ちえる厳かな声が部屋に響き、皆一様に賛同の意を示す為頷く。

 

弥々は全てを話し、カルナの釈放を必死に訴えた。その上で、身勝手な判断で、須弥山と下手をすれば戦争になっていたかもしれぬ今の状況に対し罰を求め、大天狗が下した判決が先程のもの。つまり今最も失ってはならぬ九重の護衛に着く事を許されず、変わらずカルナを見張れといったものであった。

見方を変えれば罰にすらなっていないだろう。だが弥々程の者を遊ばせておくには今の状況では出来ず、またそんな彼女を一歩手前追い詰めた人間を放置することなど、出来ようもなかったのだ。

 

 

「では次の件。聖書の者どもの対応であるが…流石に今回は、九重様にも反省してもらわねばならん。ゆえに奴らの対応は、九重様に任せ、次期大将としての自覚を持ってもらい、同盟をいかするかを見極めてもらう。それと同時に我等は八坂様を捜索しつつ、決死の覚悟を持って、九重様を影より必ず守り通せ!()いな!?」

 

『おう――ッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

屋敷を出てから弥々はカルナと目を合わせることが出来ず、彼の後ろをトボトボ着き歩くだけだった。

 

 

あれは全て、自分の嫉妬が原因…だというのに、あのような不当な扱いを受けさせ、あまつさえ自分は何の罰も受けていない。

 

何と声をかければいいのだろうか…謝罪する?気にしないフリをする?否、全て否だ。そのような資格すら、今の己には何一つ無い。

 

 

だが謝らないという虫の良い考えなど、この弥々にはできない。その為、声をかけようとする。

 

 

「あ、あの…全ての責は、この弥々にあります。いかような罵倒も、受け入れる所存でございます」

 

 

違う。こんな間接的ではなく、もっと直線的に謝らせてほしいと何故言えないのかと、弥々が一人、更に落ち込んでいると。

 

 

「その必要は無い。まず殺しにかかり、それによって同盟を組むか否かなど、オレが生まれたあの国では、日常茶飯事だったのでな」

 

 

中国とはそんな恐ろしい国だったのかと弥々が一人勘違いし、戦々恐々するが、カルナが生まれた国というのは【マハーバーラタ】に刻まれた、在りし日の古代インド。何よりカルナにとってこの程度など、辱めですら無い。

 

こちらも試し、相手も試した。それは言葉を交わさぬ武人の語りであり、彼女とあの大天狗とやらは、充分に己に語り明かしてくれた。特に大天狗など、この何も持たぬ、父に太陽神を持つだけの人間を初見から侮らず、対等の敵として殺気を飛ばしてくれた。かつて御者の息子として、舞台に上がる資格すら無いと侮辱されたカルナにとって、これがどれほど嬉しかったか…。

 

 

「お前程の女が、あれ程の怒気を見せたのは、オレが何か言ってはならぬ事を告げたからなのだろう?許せ。昔から、一言多いと良く言われるのでな」

 

「へ?あぁ、いえ。……御身は、おかしな方でございます」

 

 

何を言われたか一瞬分からなかった弥々だが、何となくこれがこの男なりの冗談と、励ましなのだろうと察し。そこにはもう、人間という嘲りと侮りなど無く。今度こそ、弥々はカルナを尊敬できる者なのだと、心の底から言葉使いを改めようやくカルナの隣に身を置き、先程の一件を問うてみる。

 

 

「使者殿。何故、あの者が影であると気づいたので?」

 

 

もはや隠しても意味はないと、八坂が偽物であったと告げる弥々。本来であればこれはかなりいけない事ではあるが、すでにカルナを信用できると考えての質問だ。

 

 

「あの程度の実力では、あの場にいた者達を統括するなど不可能だ。長に必要なものとは即ち、諸人を引き付ける才と、何よりも実力だ。あれにはその全てが欠け、オレに殺気を放っていた鼻の長い御仁が大将であると言われたほうが、まだ納得できたぞ」

 

「…つまり全て視空かしていたという事ですか。…申し訳ありませんが」

 

「分かっている。八坂について、オレは何も聞かん。だが…これは独り言だと聞いてくれ。早く見つかるといいな」

 

 

何とも不器用生き方しかできぬ、カルナらしい労い。だがそこには確かな優しさが溢れており、人の機微に敏い獣でもある弥々は、その言葉を正しく受け止めることができた。

 

 

「っはい!」

 

 

ようやく陰を見せていた顔に、太陽のような笑みが燦然と輝きを見せる。

そのまま弥々は、カルナの前へと駆け寄り、もう一度ちゃんと、頭を深々と下げ。

 

 

「この度は本当に申し訳ありませんでした。不肖ながらこの弥々、使者殿を会談まで退屈させぬよう、精一杯持て成す事を、どうかお許しくださいまし」

 

「別に構わない。こちらこそ、この国の作法に疎い為、迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」

 

 

カルナの誠実さを今一度感じながら、弥々は“裏京都”の出口が近づく中尋ねる。「まずはどのような場所を見て回りたい?」と

 

するとカルナは顎に手を当て、しばし考えるような素振りを見せると。

 

 

「ふむ、ではあの店頭に並んでいた漬物とやら――」

 

 

――【千枚漬け】が気になるな。

 




これだけは言っておきますが、この弥々がヒロインになる事はありません


またしばらく期間が空くと思いますが、次回こそはイッセー達を出せるよう頑張らせていただきます

(早く京都編書き終ってfgo始めたいお…)


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英雄の来日―4

ようやく原作組を出せました(書き直した数?聞くな…(震)


ちょっち視点が多い+裏作りの為、話が全然進まず本当にスミマセン…(汗(だってこの京都編、『カルナさんサイド』『原作組サイド』『妖怪サイド』『アザゼル先生サイド』『英雄派サイド』『送り出した甥っ子を心配するサイド』と視点が多すぎんよォ!!)
一応次回もう一視点やった後、次々回でようやく話が進み出すと思います(知ってっか?この京都編、本来は5話くらいで終わる予定だったんだぜ?)
もう少々お付き合いください。

※アザゼル先生の『元堕天使総督』のとこを『堕天使総督』に変更しました。

※原作との矛盾が生じた為、内容を少々書き直しました。



押忍!俺の名は兵藤一誠!上級悪魔、リアス=グレモリー様のもと、日夜モテモテハーレムを手に入れる為、最上級悪魔目指して修行中です!

 

 

「――じゃあ、野郎ども!行くわよ!」

 

「「「おぉー!!」」」

 

 

でも今は、俺が通う駒王学園2年生の一大イベント、修学旅行で京都に来ているんだ。

今日はもう二日目ではあるけど、どうやらオレの持つドラゴンの気というやつは、旅行だからと俺を放置してくれる気は無いらしい。

 

 

【――母上を返せ!!】

 

 

昨日、京都に入ったばかりの俺達にそう言い、襲撃してきた幼い妖狐の女の子。後からアザゼル先生に事情を説明しても、先生にも分からなかったようで、俺達がこうして今日、観光を楽しむ間、調べてみると言ってくれた。

その言葉に俺は、何だか悪いような気もしたけど…でも先生は俺達に『こういう時の為に、大人や責任者ってのはいんだよ』って…俺、すげぇグっと来ちゃったよ!

 

 

だからこうして先生達のお言葉に甘え、桐生や元浜、松田達と一緒に、観光へと繰り出した。昨日は一切見て回れなかったって言っていた匙達も、今日は先生達に任せるって言ってたし、各観光名所を見て回るんだろうな。

 

 

そこから俺達は、京都駅前のバス停から清水寺を目指し、二日目の修学旅行を始めることにした。

見知らぬ街の風景を目にしながら、周りの同じ学校の生徒が降りようとした際、ここが清水寺近くかを確認しバスを降りる。

 

そのまま周辺を軽く散策し、坂を上って清水寺を目指す。おぉっ、赴きのある日本家屋のお店が両脇に建ち並んである。

 

 

「ここ“三年坂”って言って、転ぶと三年以内に死ぬらしいわよ?」

 

 

パンフレットを見ながら桐生がそう言うと、マジで怖がったアーシアが俺の腕に抱き着いて来た!ま、まぁアーシアはドジっ子だから、本当に転ぶと危ないからな。この方が安全だとは確かに思う…ケド…。

 

 

(ふぉぉ!?あ、アーシアのおっぱいが俺の腕を優しく包んで…ッ!?てかアレ?もしかしてアーシア、おっぱいおっきくなってないか!?)

 

 

ごめんなさい!内心アーシアの心配よりも、お父さん成長したかもしれないアーシアのおっぱいが気になってしょうがありません!!っと、今度はゼノヴィアが空いている方の腕に抱き着いてきた!?どうしたんだと聞くと、表情は変わらなくても、若干震えながら――。

 

 

「…に、日本とは中々恐ろしい術式を、このような何の変哲もない街中に仕込むのだな」

 

 

信じてる!?ゼノヴィアさん、偶に壮大な勘違いなさるよね!?でも、そこが可愛い所だと思う。

 

 

こうして俺は、美少女二人のおっぱいを堪能しつつ、坂を上ることとなった。その間、松田と元浜の野郎二人からの恨めしい視線を感じたが…ふふふ、適度な嫉妬が心地良いぜ!――何て思っていると、もう少し行った先。他の生徒…というか、大勢の女生徒が坂の上でキャーキャー言いながら何かを指差していた。

何かと思い、俺達もそちらの方に急いで行ってみると…何だアレ!?

 

 

「何々?何でみんな騒いでるのって…ヤダ!何あのイケメン!?」

 

 

顔を真っ赤にしながら言う桐生の言う通り、坂の先にある団子屋。そこには男から見ても綺麗としか言いようのない外人さんのイケメンが、黙々と団子を口にし、その度に黄色い悲鳴がそこらかしこで上がるという、カオスな空間がそこに広がっていた。だが、俺達男三人組は、そちらではなく別…つまりその隣から、目を離せないっ!

 

 

「おいおい見ろよ松田!元浜!あの野郎ォ、滅茶苦茶綺麗な姉ちゃん隣に侍らせやがってぇ…ッ!!」

 

 

思わずギリギリと歯ぎしりが起こり、激しい嫉妬の嵐が俺の心に吹き荒ぶ!!

京都だから芸者か舞妓か…とにかくすっごいドエロイ…じゃなかった、どえらい別嬪さんが粛々とそのイケメンに、お茶のおかわりを淹れてたんだ!

 

 

「何、イッセー!それは本当か!?…っ着物美人…だと!?おい元浜!」

 

「分かっている!!…戦闘力89B(バスト)…だと!?しかも着物の帯に隠れて良く見えないが、キュっと引き締まったお腹回りは細くしなやかな(くび)れを生み出し、安産型のヒップには犯罪だと分かっていながらも、手を伸ばさずにはいられないッ!!」

 

 

俺を含め、3人がゴクリと唾を飲み込む音が互いに聴こえた。その間に、周りでさっきまで騒いでいた女生徒達が白い目でこちらを見ているような気がしたが、俺達はそれどころじゃなかった。

 

 

「はわわ、凄く白い人ですねぇ~」

 

 

ホント、アーシアの言う通りだと思った。

イケメンの方は人垣の間から見ても、隣のお姉さんに負けず劣らず真っ白な肌で、その髪の毛も、色が抜け落ちたように白い。男のくせに化粧しているのか、切れ長な目元には、朱色が施されていた。

それだけじゃない、袖を通しているスーツと、その肩に羽織るように掛けられた赤いコートは、一目で最高級だと分かる光沢を見せ、耳に付けた大きなピアスは、最近リアス部長の実家で見た財宝と、そう変わらない輝きを放っている。その辺もまた、女の子達がキャーキャー言う理由なのだろう。

 

でも、このままじゃ前が邪魔で、俺達や他の通行している人達が通れない。ゼノヴィアもどちらかと言うとイケメンよりも、早く清水寺に行きたいのか迷惑そうな顔をしているし…。

 

っと、そう思っていると、隣のお姉さんが男の人の耳もとに近づき、何か囁くような仕草を見せた。くそう、俺だってあんな綺麗なお姉さんに、耳もとで何か言ってほしい!こう、例えば「今夜どう?」みたいな…?くぅ~っ!堪んねぇなおい!!

 

 

「いいなぁ…」 「うん。私もあんなイケメンの顔、間近で見てみたいなぁ」

 

 

周りの女生徒達も、別の意味で羨ましいらしい。

 

 

「クソ!これだからイケメンは…ッ!!」 「滅びろ!この世から全てのイケメンなんか滅びろと、俺は神に祈るぞぉおお!!」

 

 

隣で松田と元浜が、必死になって神様に祈り、その姿を他の男子生徒達が応援するという、もはや変なカルト集団のようなものが一瞬で形成されてしまった!

 

すると流石にこれは周りに迷惑だと二人は立ち上がり、そのままどこかへ行こうとし始めた。うぉっ、結構あの人身長高いな。高身長、高収入な上に超絶イケメンだと!?誰だこんな勝ち組を作り出した奴は!?

 

 

「…――」

 

 

―?何だあの人、何でこっちの方をジっと見て来るんだ?

 

 

「ねぇ、兵藤。あの人こっち見てる気がするけど、知り合い?」

 

 

桐生からそう聞かれても、何も理由が思い浮かばない。それは他のグレモリー眷属も同じらしく、首を傾げていた。

 

 

「イッセー、もしかしたら彼は我々と同じように、裏側の存在かもしれない」

 

 

ゼノヴィアが隣でコッソリと、桐生や松田達には聴こえないように呟いてきて、確かにそうかもしれないと思った。何というか、普通の人間では出せないような…そんな雰囲気をどこか、纏っているような気もしてきたのだ。

 

同じことをどうやらイリナとアーシアも思ったようで、同時にイケメンの方をもう一度見るも、すでにそこには姿はなく。コートを翻しながら先程と同様に、着物のお姉さんを横に侍らせ、こちらには背中を向けていた。

 

一体何だったんだ?あの人。

 

 

「良し!これで清水寺に行けるぞ!さぁ行くぞ!早く行くぞ!!」

 

「まぁそうね。イケメンを見に来たわけじゃないし、ゼノっちの方も、もう待てないようだからアンタ達―、まだまだ先は長いんだから早く出発するわよー!」

 

 

おっと、確かに分からないことに囚われてちゃ、せっかくの修学旅行が楽しめなくなっちまう。こういうときは、ゼノヴィアの考え無しな所は尊敬できる。何よりアザゼル先生達も言ってくれたじゃないか。『俺達に任せろ』って。なら俺達グレモリー眷属は、たまには子供らしく、その言葉に甘えさせてもらおう!

 

 

「おーい!待ってくれ二人共―!」

 

 

でも、先生達今頃、何してんのかなぁ…――。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、詳しく聞かせてもらおうか?大天狗殿」

 

 

昨日イッセー達が襲われた事情を詳しく聞くために、俺と魔王にして外交を担当しているセラフォルーは“裏京都”に着いたとたん、通された部屋で待っていた大天狗を筆頭に、昨日イッセーを襲った中にいた狐数匹から話を聞きに来ていた。

 

 

「キサマァ!それが大天狗様に対する口の利き方か!このカラスめが!!」

 

 

すると先程の俺の話し方が気に食わなかったらしく、まだかなり若いと見える狐が一匹、俺に対し噛み付いてきた。が、正直これは、軽く狙っての事だ。

“どうすれば、相手がキレてこちらに有利な情報が聞き出しやすくなるか”――例えこちらに噛み付き、攻撃の一つでもしてくれば、その時点で政治的にこちらが上。更に言えば、今この瞬間を許せばこちらの懐の深さを相手に見せつけることができると、まぁ始まり方は俺としては理想だったワケだが…。

 

 

「そもそもだ!誰の許しを得てこの京都に足を踏みいr――ッッ!?」

 

 

閉めきった部屋の中を、暴風が吹き荒れその狐が血を撒き散らして庭へと放り出された。この俺ですら目で追うのがやっとの神通力…この場でそんな事をできるヤツなんざ、目の前の大天狗しかいねぇ。

 

 

()じゃ。そしてこの者達は、前もってしかと正規の方法で、京都に足を踏み入れておる。去れ。宇迦之御魂の眷属とは思えぬその無様、京都守護に身を費やす、他の仲間の名すら貶めるものと知れ」

 

 

そのまま誰が触れるでも無く障子が閉まり、残りの狐達が身を抱き寄せ、震えている。

 

 

「…ねぇねぇアザゼルちゃん。もしかしてこの天狗のお爺ちゃん、滅茶苦茶強い?」

 

「あぁ、強いなんてモンじゃねぇぞ?ぶっちゃけ“魔王(レベル)”だぜ、この爺さん」

 

 

俺達の話が聴こえたのか大天狗…つまり目の前に座る【鞍馬山僧正坊】は長く伸ばした顎鬚を撫で。

 

 

「京都の者が失礼を致した。じゃがこうして手打ちは儂がしたのでな。それでどうか、許してほしい」

 

(けっ、何が許してほしいだ。許さなきゃ、タダじゃ済まさねぇって目に書いてあんぜ?)

 

 

だが、俺はその言葉にただ頷くことしかできず。セラも俺の態度に何か、感じることがあったのか、軽い調子ではあるが、気にしないと明言してくれた。助かるぜ、なにせセラにはあぁ言ったが、相手は本来“神”(レベル)と称される実力の持ち主だ。それにここは京都。何かあれば、更にヤバイ【愛宕山太郎坊】まで出て来る可能性がある。

 

 

「おう、今の俺はガキ共の教師もしてるからな、アイツ等がいない場所でも大人の対応ってもんを見せなきゃな」

 

「ほぉ、人の世界で教鞭を振るっておるというその噂、本当じゃったか。ここは見ての通り田舎でのう。中々新しい情報が耳に入ってこんで困るわい」

 

 

互いに軽い笑い声を上げ、見た目的には穏やかな会談にも見えるだろうが…冗談じゃない。いつから天狗は狸になったってんだ!?

何が新しい情報が入って来ねぇだ、こうして他の部屋や屋敷の様子を見る間も無く、自分の所に通したのはどこのどいつだってんだ。ったく。

 

 

次第に和やかとは程遠い気配…即ち殺気のようなものが、部屋の中へと溢れ出すが、それを俺も大天狗も止めることなく、むしろ向こうに負けてなるものかと更に濃くしていく。折角こちらが多少とはいえ、有利な立場にいるのだ。この状況を崩させるワケにはゆかず、それは大天狗もまた同じだろう。

昨日イッセーから得た事前情報。俺の予想が正しければ、恐らく今、京都に八坂はいない(・・・・・・・・・)。いや、正確には表には(・・・)だ。

恐らく彼女は今、この京都と重なった、どこか別の次元にいるのだろう。そうじゃなきゃ、もっと地脈に乱れが見えてもいいはずだ。だから今日一日、目を凝らして歩き回ったが、特におかしな所は見られなかった。

何よりイッセー達に襲い掛かった狐の娘、まぁ話を聞いた限りでは八坂の娘だろうな。そいつが言ったとされる『母上を返せ』という言葉と、先程の辺りを伺わせないよう急いで連れてこられたこの部屋…間違いない。

 

 

八坂は誰かに連れ去られた(・・・・・・・・・・・・)――。

 

 

だから少しでも、弱気を見せればそこから喰らい潰されると向こうは思っているのだろう。そんなことは無いと、俺の推理をこの場で聞かせて、是非協力させてほしいと言い出せばいいのだろうが…それは即ち、こちらが下手に出て、今の関係性をひっくり返す事態にもなり得る…だから悪いな。

 

 

「こちとら、これでも男の子なんでね。一度張った以上、意地は通させてもらう」

 

「はて、お主は突如、何を言い出すかと思えば“意地”とな?結構、いくらでも付き合おうぞ」

 

 

軽い笑いは獰猛な嗤みへと姿を変え、歯を剥き出しに互いの闘争心を煽りながらも、決してボロは出さぬよう、会談は遊びの場へと変化を見せ始める…ちょっちヤベェな、このままじゃ行くとこまで行き(・・・・・・・・)そうだ。

 

だからこそ――。

 

 

「もう!二人共何やってるの!今は喧嘩の場じゃなくて、話し合いの時間だよ!」

 

 

この場にセラを(・・・・・・・)同席させた(・・・・・)。こういう時、常に自分のキャラというものを崩さず、適度なガス抜き(・・・・)をどんな時も振り撒いてくれる存在というのは、ある意味でこのような外交の場においては、トランプのジョーカー的な存在感を放つ。

その証拠に、先程まで狐達が心臓を止めそうになっていても収めなかった殺気を、大天狗は霧散させ、今度こそ、極々普通の苦笑いと共に禿げた頭を撫で上げ。

 

 

「いや、うむ…これはズルイ。ズルイとしか言いようがないではないか、アザゼル殿」

 

「大天狗殿、それは言いっこ無しだぜ?ほら、俺達は堕天使と悪魔だ」

 

 

おどけるように肩を竦めつつ、まだプンプンと頬を膨らませ、怒ってるポーズを取るこの魔王少女さまに、ナイスと親指を立ててやるが…まぁ、本人は何も分かってねぇだろうな。でもサンキューな、セラ。

 

 

「フハハハ!!確かに!これは一本取られたわい!そうじゃな、お主等は堕天使と悪魔。あの人間とは違い、化かし合いもまた本分とな」

 

 

…人間?一体何の事だと聞きたい所だが、向こうが折角懐を開き始めてくれたのだ。再び話を混ぜ返して、機会を失うわけにはいかないと、俺は心のメモに、後で聞けるようにと軽く留めて置くことにした。

 

では始めるかと、俺と大天狗が胡坐を掻き直そうとすると。

 

 

「はいはーい!じゃあもっとお互いの事を知れるように、魔法少女レヴィアたん☆一曲歌いまーす☆キャハ☆」

 

 

…前言撤回。コイツやっぱ、外交向いてねぇわ…。

 

 

「おぉ!それは楽しみじゃ!曾々々孫が最近、その“まほー僧女(そうじょ)”とやらにハマっておってな!是非詳しく知りたいと思っておったところじゃ!」

 

「もう!お爺ちゃん?“僧女”じゃなくて、“しょ☆う☆じょ☆”だょ☆」

 

「それは失敬した、魔王殿!最近耳が遠くてなぁ」

 

「フハハハハ!!」 「あはは!おもしろーい☆」

 

 

…もう、コイツが最強で良いんじゃなかろうかと、頭を抱えた俺は何も悪くねぇ!

 

 

その後は終始、話し合いは穏やかに進んだ。途中で俺が悟っていると見抜いたのか、八坂の秘密を大天狗が。そして何故イッセー達が襲撃を受けたのかを、狐達が教えてくれた。成程…確かに母親を探す子供なら、勘違いしてもしょうがねぇよな。

 

 

「と、言うワケじゃ。次期大将としての自覚と、責任を取らせる為、九重様をここに呼ぶでな。しばし待っておれ」

 

 

…んん?何かまた、ややこしい事になってねぇか――!?

 

 

 

 

 

 

「――世界は広いと、父と母より教わったが…存外狭いものだな」

 

 

先程の茶屋で出会った悪魔達を思い出し、誰となく呟くカルナ。

同じ時期に来ているとは帝釈天(インドラ)から聞いていたが…まさかあぁも簡単に、顔を会わせることとなるとは。

 

その呟きに、茶屋を出てから悪魔がついて来てないかを警戒していた弥々は軽く目線を向け、疑問を浮かべるような表情をする。

 

 

「それは、先程の悪魔達ですか?」

 

 

イッセー達が悪魔であると、まずまっ先に気づいたのは弥々だ。それと同時に舌打ちもしたくなった。『何故このタイミングなのか』と。

 

“裏京都”を出て、まず立ち寄った漬物屋の次は、様々な場所を観光してもらおうと案内し、あの時はちょうど、清水寺を見てもらう前の軽い休憩の際だった。

弥々としては、意外と食べ物に興味があるように見えたカルナに是非、美味しい団子でもと振舞っていた所だったのだが……団子を頬張るカルナを見て、歩いていた女学生の一人が呟いた。

 

 

『あ、さっきネットに上がってた、白粉星人だ』

 

 

そこからがさっきまでの状況だ。

辺りは黄色い声を上げる女学生の群れ。白粉星人って何だよ…と、面倒な事になったと悩む弥々を横目に、まるで気にしないようと言わんばかりに、黙々と団子を口に詰め込みまくるカルナ。

追い払うという選択肢もあった。だが人に手を出すことは、仮にも宇迦之御魂神様の眷属としてどうかと弥々を悩ませ…しかしその結果、悪魔と鉢会う事となった。

 

 

「急かすように、あの場からオレを離したように見えたが、悪魔とオレが顔を会わせることは、何か拙いのか?」

 

 

須弥山のトップ、帝釈天が聖書の陣営を良いように思っていないことは、この京都でも有名だ。

しかも今この京都には、その聖書の陣営の中でも、特に帝釈天を毛嫌いしている堕天使総督アザゼルが来ているというではないか。その為顔を会わせるのは、かなり拙かったと弥々がカルナにそう伝えると。

 

 

「ふむ、あの神々の王は、今も敵を作るのが上手いらしい」

 

 

最後の一串を口にしながら、まるで皮肉のような事を口走る。

 

こうして話していると、更にこの男の人物像が分からなくなると、弥々は思う。

 

武人としての礼儀を常に重んじり、牙を向けたこちら側を思いやる懐の深さを持っている。しかしその反面、まるで煽るような事を時折口にするのだ。(まぁ、すべては『カルナだから』の一言で済むのだが…それを彼の正体を知らぬこの弥々に、理解しろと言う方が無理な話だ)

 

 

「あまり休憩も出来ず、申し訳ありません使者殿。次はもう少し、人の少ない場所へ案内したいと思います」

 

「いや、充分に休憩できた。それに関しては、そちらに任せたいと思う」

 

 

どうやら先程の事を、本当に気にしていないようだと、弥々はほっと胸を撫で下ろす。

 

そのまま清水寺近く、“石堀小路”を連れ添うように歩いていると、カルナは軽く目を細め、まるで眩しい光景を見るかのような仕草を見せ。

 

 

「この国は本当に豊かだ。一度は見に行けと言った、あの男の言葉が今ようやく理解できた」

 

「―?使者殿、それはどういう」

 

「豊かさとは贅沢だ。そして贅沢とは、平和な世でしか成り立たない。先程店舗でいただいた、あの味には確かな工夫がされていた。美味しく食べてほしいという工夫が。良き統治を、この国の長達はされている。でなければこれ程の味が出る長い平和を維持するなど、不可能だろう」

 

 

これもそうだとカルナはすでに食べ終わった、団子の串を見つめる。

 

 

「使者殿、ですがそれは、手前が普段住まうであろう表の世では、当たり前の事では?戦乱の世は終わりを告げ、今や豊かさを競うようになったと聞いております」

 

「あぁ、オレも父と母からそう聞いている(・・・・・)。…置いてゆかれるのは、辛いと聞いてはいたが、まさか置いてゆかれ、これほど嬉しい(・・・)ことがあるなど、知りもしなかった」

 

 

もう何度目だろうか。カルナは一人、静かに呟く。『オレ達が駆けたあの時代は、間違いではなかった』と。

 

この未来を目指す為に、弓に矢を番え槍を振るい、戦士として戦場を掛けた。

 

例え、己の生が全て意味も無く、ただあの男(アルジュナ)を、物語の中で引き立てるだけの道化であったとしても…それがこの未来に繋がっていてくれていたなら、これほど嬉しいことはない。

 

 

弥々はその言葉に、どう返せばいいか…そもそもこの男は、まるで遥か過去の遺物(・・・・・)のように己を語るのだ。それに返す言葉など、たかだか400年程度しか生きていないこの妖狐に答える術など、ありようも無い。

 

だからこそ、気になる。

 

 

この男が何を感じ、どのような目線で世界を見ているのか。

先程の茶屋で弥々は見た。団子を握ったその手が、想像も出来ない程に肉刺(まめ)とタコだらけであったことを。それは現代では似合わぬ…まるで己に突きつけて来たあの槍を、振るうことしか知らぬと言わんばかりのものであった。

普通の女であれば、そのあまりの痛々しさに目を背けるような光景を、しかし弥々は目を離せずに、カルナから「どうした」と聞かれるまで見つめていた。

 

 

“その手に触れてみたい”――気づかぬ間に、再びカルナの手を見つめていた弥々は、そう思い。そっと、手を伸ばそうとするが……。

 

 

「…使者殿、次はどこへ向かわれたい?どこへなりとも、案内(あない)しますゆえ」

 

 

そのまま近づけた手を胸にあて、静かに微笑み問いかける。

数瞬…その僅かな間に、彼女が何を思い、その思いを自覚しないよう(・・・・・・・)蓋をしたのかは誰にも知れず、それはカルナもまた同じ。

 

 

「この京都では、野菜も有名だと聞く。是非、僅かばかりでも、その畑を見てみたいと思っていたところだ」

 

 

その言葉を聞き、本当に面白い御仁だと、弥々は口元に着物の袖を持って行きつつ了承し、再び連れ添うように、“石堀小路”を歩き出す。

 

 

少し伸ばせば重なる手。だがそれが重なることは、もう…――。

 

 




このカルナさんサイドと原作組との空気の違いよ…(汗

畑を見たカルナさん「…良い土だ」←土をにぎにぎしながら


もう一度だけ念の為に言っておきますが、弥々がヒロインになることだけは絶対にあり得ません。

次回はまた時間が飛んで“渡月橋”での英雄派(笑)とイッセー達との邂逅後となる予定です。
年内には、何とかこの京都編を終わらせたいところですね(さぁ、作者が再び何回書き直して読者が愉悦を感じるのか!?その回数を張った張った!)


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英雄派との邂逅

ただし『原作組』がですが

待たせたわりに、カルナさん出ません(本当にゴメンなさい)
結局伏線回になってしまいました…(汗
(分かりにくいうえに、次回もまた伏線回という…)

その分、カルナさんが出た際は盛り上げる気マンマンなので、どうかご容赦を。



「ここが“裏京都”なのね」

 

 

呟かれたイリナの言葉に、俺達は釣られるように辺りを見渡す。そこは異界とも呼べるような場所だった。

 

江戸時代の街並みのセットの如く、古い家屋が立ち並び、薄暗い光源を家の中から覗かせながら、一つ目の大きな顔の妖怪、頭に皿を置いた河童など、御伽噺でしか見た事のないような妖怪という種族が、通りを歩く俺達を、好奇の視線で見ていた。

 

何故こうなったかと言うと、俺達は清水寺を見終えた後、予定通り桐生達と銀閣寺や金閣寺を見て回った。途中、あの綺麗な外人さんが団子を食べていたのを思い出し、時間も丁度良いと休憩所に。そこで桐生達が突如気を失い、俺達は初日の伏見稲荷の時のように、妖狐の皆さんに囲まれた。何事かと思いきや、そこにロスヴァイセ先生がやって来て、何でも昨日の誤解が解け、あの時俺達に襲い掛かって来た九尾の娘さんが、俺達に謝りたいから来てくれという事らしく、こうして“裏京都”に入って来たワケだが…。

 

 

「悪魔か、珍しいなや」

 

「人間じゃねぇのか?この前連れて来られてたしよぉ」

 

「いんや、人の匂いがしねぇ。弥々がどこかへ連れて行ったが…食うのか?」

 

「阿呆、あれは須弥山の使いぞ。天帝の怒りなんぞ、儂は喰らいたくないわい」

 

「龍だ、龍の気配もあるぞ。悪魔と龍…」

 

 

薄暗い灯火の中、俺達は進む。すると悪魔や“神器使い”が珍しいのか、かなり歳食ったと見える妖怪達の、話し声が聞こえて来る。でも向こうは別に、こちらに聞かせる気が無いのか――小さな呟きは、少し離れた場所にある木々のさざめく音に掻き消され、良く聴こえない。

 

そのまま前を歩く狐のお姉さんに先導され、小さな川を挟んで先程の林へと入る。そこを更に進むと巨大な鳥居が出現し、その先にはこれまた大きなお屋敷が、威厳と古さを醸し出しながら静かに佇んでいた。

 

 

「お、来たか」

 

「やっほー、皆☆」

 

 

鳥居の先には、アザゼル先生と着物姿のレヴィアタン様がいた。二人共、妖怪の世界に来ても相変わらずなようで。

 

そんな二人の間には、小さな金髪の少女が立っていた。あの時の女の子だ、この子が九尾の娘さんで良いんだよね?

 

 

「九重様、悪魔の皆様をお連れしました」

 

 

そんな俺の疑問に答えてくれるように、狐のお姉さんが明らかに目上と話すような態度で、その少女――九重に報告し、ドロンと消えてしまった。…あれか、狐火ってやつ?

 

すると僅かに九尾のお姫様は頷き、こちらへと一歩出て来て口を開く。

 

 

「私はこの京都に住まう、全ての妖怪を束ねる御大将八坂の娘、九重と申す。…先日は事情も知らず、襲い掛かってしまった。どうか、許してほしい」

 

 

ペコリと可愛らしく頭を下げられ、俺は困り顔で頬を掻いた。それは他のみんなも同じらしく、気にしていないと声を出すが、どうやらこの子はあの時のことを思った以上に気にしていたらしく、中々頭を上げてくれない。

なので本当に気にしなくていいんだよと伝えるため、近づいて目線を合わせようと膝をつこうとすると――。

 

 

「姫様。儂は確かに自らの咎を認められよと申し上げましたが、物乞いのようにいつまでも頭を下げなされとは、一言も申しておりませぬぞ」

 

 

シャランと金属と金属がぶつかり合う音が辺りに鳴り響き、それと同時にまるで長い時の中、大地に根付いた巨木を思わせるような声が聞こえ、そちらの方に顔を向けると。

 

 

「大天狗殿、部屋で待つって言ってたじゃねぇか」

 

 

アザゼル先生の言う通り、そこには物語に出てくるような鴉の羽を生やし、真っ赤な顔に長い鼻と、手に錫杖を持つ天狗がそこにはいた。

 

 

「じいじ!し、しかし…悪いのはこちらじゃし…」

 

「確かに手前勝手な行動でしたな。出て行かれたとあの日聞き、我等がどれほど心配したと思うておるのですか」

 

 

先程以上にしどろもどろな態度で、九重がその天狗を前におどおどしだす。でも天狗の方は、そんな仕草を見ても眉間の皺を解こうとせず、むしろ睨みつけるような眼光を向けるばかりだ。…少し厳しすぎやしないか?だってこの子、母親が心配であんな事したんだろ?だったらしょうがないじゃないか。

 

 

「何ぞ小童、言いたい事があるなら儂の前で言ってみせろ」

 

 

うぉ、今度はこちらを睨んできやがった!てか超怖ェェエエ!!?何あの眼力!?睨まれただけで殺されそうなんだけど!?

 

他のみんなも、その眼光にたじたじだ。そういや天狗って、確か昔は神様みたいに信仰されてたとか聞いたな…もしかしたら、俺達みたいな悪魔にはかなりの天敵なのかも知れない。

 

しばらくこちらを睨むように見ていたと思いきや、すぐに視線を九重へと、その天狗の爺さんは戻し。

 

 

「姫様。それで、どういたす」

 

 

―?何のことだと思っていると、九重がどこか、悩むような素振りを始めた。

 

 

「その…じいじ、私はどうすればいいのじゃ?その…私なんかが、それを決めて良いのじゃろうか?」

 

 

本当に何のことかとアザゼル先生に視線を向けるも、先生もロスヴァイセさんも何も聞かされていないらしく、ただ首を傾げて成り行きを見守っていた。

しかし…今なら元浜のような、ロリコン紳士の気持ちが少し分かる。もじもじと悩む少女の画、これは確かに萌えるッ!!

 

 

「貴女様が決めなされ、九重様。八坂様が行方不明な今、儂が一時の総大将を務めておりますが、御身は将来、我等の旗頭となられる存在。酷とは思いますが、京の都を背負う覚悟のもと、貴女様の決定を、我等京都の意志として、しかとお伝えなされよ」

 

 

突き放すような…しかしどこか、思いやりを込めているような声音で天狗の爺さんは、静かにお姫様を見つめていた。

するとお姫様は、しばらく考えるような素振りを見せた後。

 

 

「…咎がある身でどうかとも思うのじゃが…どうか、どうか!母上を助ける力を貸してほしい!」

 

 

覚悟の篭った眼で、こちらを見据えて来た。

 

 

 

 

俺達はそのまま屋敷の中に通され、今は数ある座敷の一つに集まり、情報を交換し合っていた。

 

この京都を取り仕切る大将、八坂姫は須弥山の帝釈天から遣わされた使者と会談を行う場所を再確認する為、この屋敷を出たという。ところが帰って来るはずの時間に戻らず、しかもそれを伝える為の狐の一匹も戻って来なかった為、不審に思った妖怪サイドが調査したところ、瀕死の重傷を負った鴉天狗を保護したという話だそうだ。で、京都にいる怪しい輩を徹底的に探していたと、そういうことか。

 

その後先生とレヴィアタン様が、この九重の右前で腕を組んで目を閉じている大柄な天狗の爺さん…後から聞いたんだけど、何とこの爺さん、あの源 義経が幼少、つまり牛若丸だった頃に世話した、あの鞍馬天狗なんだって!スゲー!!

 

っと、話が逸れたな。兎に角、大将を代わりに務めているこの鞍馬天狗さんと交渉し、冥界側の関与は無いことを告げ、手口から今回の首謀者が、【禍の団】の可能性が高いとの情報を提示した。

 

 

「しかし…インドラか。大天狗殿、何故京都は須弥山なんぞと会談を行おうと?あちらの噂は聞いているだろうに」

 

 

ん、『インドラ』?誰のことだ?それに何か、先生の顔つきが強張っているようにも見えるし…。

 

 

『相棒。インドラとは、先程出た帝釈天の別名だ。正確には昔の名と言うべきだが…アザゼルのように、仏門に帰依する以前からあの神々の王を知る存在は、今だそちらの名で呼ぶのさ』

 

 

左腕。正確には、“神器”の中から厳かで、強者の風格漂う声が響く。ドライグの声だ。

 

 

「それを聞いて何とする、総督殿。…先の声はブリテンの守護龍か、ということはお主が今代の赤龍帝であったか。何ぞ、最近の(わっぱ)は天帝の名すら知らんのか」

 

 

…何かこの爺さん、ちょくちょくこちらを馬鹿にしているような気がするけど…我慢だ我慢。そう、俺はキレやすい、現代の若者じゃないからな。

 

先程の天狗の爺さんの言葉に付け足すように、ロスヴァイセ先生とアザゼル先生も、そのインドラだか帝釈天だかの事を教えてくれた。

 

 

「インドラ…帝釈天様は、かなり古い起源を持つ神です。かつてはゾロアスターの悪神とされ、しかし月の兎の自己犠牲に涙し善神となる誓いをなされた後、インド神話では、そのあまりの強さと格の高さに、神々の王として敬われました」

 

「だがそれも少しの間だけさ。破壊神シヴァに信仰を奪われ、阿修羅神族との終わりなき戦いの日々を繰り広げ、それは今も続いている。何よりも戦いと血を好み、己こそが最強でないと我慢ならない自己中心的な武と戦の頂点に座す神…それがインドラだ」

 

 

な、何か話だけ聞いていると、滅茶苦茶ヤバイ神様ってことだけは分かった。ロキの時も思ったけど、神様ってのは色々いるもんだな。

 

 

「っと、そう言えばインドラと言えば、匙が一番身近な存在だぞ?何しろアイツに宿るヴリトラは、インドラの手で殺されたんだからな」

 

 

ッ!しぶとさと生命力なら、邪龍の中でも一際ヤバイと言われるあのヴリトラを!?

 

 

【それだけあの神々の王が、凄まじく強いというわけさ。ちなみに言っておくと、生前のヴリトラは俺達二天龍と、競う程の強さを誇っていたぞ?】

 

 

神々でさえ恐れた二天龍クラスを、一人で倒したってのか!?うわ、絶対に会いたくねぇ!そんな神様!!

 

怖っ!と最近、何かと神様と関係がある気がする俺は、どうか会う事などありませんように!と、死んだ聖書の神様に祈りを捧げていると、横から突かれるような感触を受け、何かと振り向くと。

 

 

「ねぇ、イッセー君。もしかして、昼間会ったあの外人さん。あの人が、その須弥山からの使者だったんじゃないの?」

 

 

っ!確かにそうかもしれない。その証拠に、横にいたドエロイお姉さん。九重達、妖狐の皆さんと同じ金髪だった。

 

どういうことだとアザゼル先生がこちらに問い詰めて来て、三年坂で出会った綺麗な男の人の話をしていると、こちらの話を興味深そうに静かに聞いていた九重が、「おぉ!」という声と共に、ポンっと小さな拳を手の平に振り下げ。

 

 

「そういえば、私は会わせてもらえなんだが、弥々がその人間を迎えに行き、今は世話をしておると、じいじから聞いたぞ!」

 

 

途端に先程まで、静かにこちらの話を聞いていた、周りにいる妖怪の重鎮と見られる方々が、『姫っ!!』と声を上げ、九重を咎めるような視線を向ける。天狗の爺さんもだ。それはいかんと言わんばかりに、首を横に振っていた。

 

 

「…九重様。八坂様が見つかれば、まずはお尻ペンペン100回をお願いするのでお覚悟を」

 

 

その言葉に、途端に顔を青褪める九重…分かるぜ、あれ、結構痛いもんな。しかも部長、“滅びの魔力”まで上乗せしてたし…。

 

 

「ま、兎に角だ。俺達聖書の陣営は、是非そちらと協力関係をと思っている。今回のように、最近何かとテロリスト共が動き回っているからな。各勢力、手を取り合った方が良いに決まっている」

 

 

確かにそうだ。それに仲間は多いに越した事はないだろうしな。

でも、妖怪のお偉いさん達はどこか、悩むような素振りを見せる。どうしてだろ?

 

 

「総督殿、それは脅しか?提携を結ばねば、我等が八坂様の捜索を手伝わぬと?」

 

 

なッ!?この天狗のジジィ、ンなワケねぇだろ!?こっちは心配して言ってるのに!?

 

あまりに失礼な物言いに、匙じゃないけど俺は思わず立ち上がり、抗議の声を上げそうになる。だがそれを、アザゼル先生は座ったまま手で制し、こちらを見向きもせず天狗の爺さんを見据え。

 

 

「そんなつもりは無い。これは純粋な好意だ。この京都は俺も気に入ってる。隣に座る魔王少女さまもだ」

 

「はーい!出来ることなら何でも手伝うわよ☆」

 

「てなわけだ。…そちらの気持ちも理解している。様子を見るに、須弥山側との話もまだ、済んですらいないんだろ?」

 

 

先生のその言葉に、更に悩まし気な雰囲気が部屋を包む。…それだけその須弥山との会談が、この京都にとって大切なんだろうな。

でも…なんだろこの感じ。「早まったか」とか、「やはりあれは」とか「牢屋」がどうのこうのと、何やら物騒な呟きがボソボソと聴こえるんだけど…。

 

天狗の爺さんも更に眉間に皺を寄せて、さっきの人を殺せそうな眼光を、部屋の隅にいる狐のお姉さん達に向けている。

 

 

「じいじ、先程から皆が呻いておるが、何かあったのか?」

 

「…少し、使者殿と手違いがありましてな。その際、もうしばし待ってほしいと告げ、今は九重様も知るように、弥々殿に予定通り、この京都を案内させているのです」

 

 

やっぱりあの人が、その須弥山側からの使者だったんだ。そうだよな、じゃなきゃあんな凄く高そうなスーツ着た外人さんなんか、そうそうお目にかかれないもんな。

他のみんなも、どうやら同じ考えに至ったらしい。するとアザゼル先生が、こちらに近づいて来た。

 

 

「なぁイッセー、そいつはどんな感じだった?俺の予想だと、あのインドラの謂わば名代だ。名のある仏神か、もしくは凄まじい“神器”使いだと思うんだが…そんな気配はあったか?」

 

 

どうだっただろうか?思い出しても、印象は兎に角、綺麗だったとしか言えないや。でも雰囲気だけは、確かに表の人間の感じではなかったと言うと。

 

 

「いや、あれはただの人間じゃ。そこな小僧や、お主らのような人外の雰囲気の無い、ただのな」

 

 

天狗の爺さんが代わりに答えてくれた。

すると先生は、口元を隠すように、何か思案するような仕草の後、俺達の方を真剣な表情で見てきた。

 

 

「そいつ、思った以上にヤベェかもな」

 

「え、何でですか?」

 

「あの武神が、ただの人間なんざ寄こすワケねぇだろ。“神器”の気配も無い、もしくはそれこそが、そいつの“神器”の能力かもしれんが…何かある(・・・・)。これが終わったら、少し探してみる。その間、もし見つけたとしても、迂闊に近づくな」

 

 

それだけ言うと、パンっと座ったまま、注目を集めるように膝を叩いて先生は再び、京都側との話を進め始める。

 

 

「兎に角だ。申し訳ないが、恐らく時間が無い。テロリスト共が八坂姫を攫ったのは間違いなくこの京都で何かを起こす為だ。アイツ等はこちらの事なんざ関係ない。攫われた八坂姫も、何をされているか分からんからな。協力体制については、彼女を無事保護してからで充分だ。だからどうか、俺達を信じて助力させてほしい」

 

 

その言葉に、九重の心配の気配が強まったのを感じた。

そのまま周りを見渡し、最後にすぐ右隣の座る天狗の爺さんを見上げる。

 

 

「じいじ…っ!」

 

「…もとよりこれは、儂が決めることではありませんでしたな。申し訳ありませぬ九重様。御身は先程、彼等に協力をと懇願したばかりであるというのに…歳をとると、どうしても疑い深くなるのは悪い癖ですな」

 

 

おぉ、ということは!

 

 

「今一度、私から、この京都の意志を口にさせてもらうのじゃ。どうか母上を助けることを、協力してほしい」

 

 

九重の言葉に、一斉にその場にいた妖怪達が、頭をこちらに下げて来た。勿論、答えなんか決まってる!

 

 

「当たり前だぜ!なぁみんな!」

 

「えぇ!勿論困った人…まぁ今回は妖怪だけど、そんな者を助ける事こそがミカエル様のエースである、私の使命なんだから!」

 

「はいっ!九重ちゃんのお母さんを助けましょう!」

 

「まぁ、テロリストに良い顔させたくないしね。協力させてもらおうじゃないか」

 

 

へへ、流石オカ研メンバーだ!

俺達の啖呵に、九重は顔をパァっと明るくさせ、天狗の爺さんが、これが八坂姫だと肖像画を持ってこさせた。って、まじか!おっぱい超デカイじゃん!!こ、こんなデカ乳の狐姫を攫ってテロリスト共は何を…ひ、卑猥な事をしていたら、俺が許さん!!

 

そこからアザゼル先生が、八坂姫はまだこの京都にいると、俺達に言ってきた。理由を聞くと、何でも九尾とは、この巨大な力場である京都に流れる気を統括し、バランスを取る役目にあるのだとか。異変が起きた様子もないし、それこそが彼女がこの地を離れていない証拠なんだと。

 

レヴィアタン様も、早期に手を打って、京都に詳しいスタッフに動いてもらっているらしい。普段はそんな雰囲気も見せないが、流石は魔王様だと思った。

 

先生も、もう一度こちらの覚悟を問いかけて来て、旅行を楽しみながらも決して気を抜くなとの言葉をいただいた。

 

そんな中、再び九重が手をつき頭を下げて、どうか母を助けてほしいと重ねてきた。他の妖怪もそうだ。

 

こんな小さな子供が頭を下げ、声を涙に震わせている。任せろ九重!絶対に母ちゃんは助け出してやるからな!

 

それに…もしかしたら、助けた八坂姫が何か、ご褒美くれるかもしれないし!ヤベ、あのおっぱいを好きにしていいかもと妄想すると、鼻血が出てしまった。

 

 

「…イッセーさん、エッチなこと考えてませんか?」

 

 

アーシアから、ジト目で睨まれ俺は頭を振り妄想を止める。いかんいかん、幼い狐のお姫様の懇願なんだぞ!

 

気持ちを新たに決意して、旅行中の戦闘を覚悟し、俺達はそのままこの“裏京都”を出た。

 

 

 

 

 

イッセー達が出た後、大天狗は九重の前で隠さず溜息を吐いた。

 

 

「…姫様、本当に明日、彼等を案内するつもりで?」

 

 

彼等が出て行く直前、九重はそれを約束した。やはりまだ、多少の負い目があったのではと大天狗は思う。

 

 

「それもある。じゃが他にも理由はあるのじゃぞ?私はまだ、その須弥山の使者と会っておらぬ。歩いておれば、一目会えるかもしれないではないか」

 

 

それはあまりにも子供らしい理由だった。『知らない、だから見たい』――。

しかし今の状況では、それはかなり難しい。テロリストが八坂だけを狙っていたとは思えない。その娘である九重すらも、標的にされているのは間違いないのだ。ならばこの“裏京都”に籠っていてもらったほうが、遥かに守りやすいのだが…止める間もなく、すでに彼女はイッセー達と約束した。

例え口約束でも、堕天使総督や魔王。北欧のヴァルキリーと思える大物ばかりが集まっていたあの場では、もはやそれを覆すことは難しい。

 

腕の利く護衛を大天狗が、その頭の中で選別していると、九重が使者はどんな感じであったを聞きだした。

九重にとって、弥々は今よりも更に幼い頃から世話になった、謂わば姉のような存在だ。その力量も、守護者に名を連ねるに相応しいと理解しており、そんな彼女が付きっ切りで世話をする使者――カルナに興味を引くなというのは無理がある話だ。

 

思い出すように、先程アザゼル達と話していた時とは打って変わり、髭を撫でながら遠くを見るようなその眼は、ある種別の緊張を含み一言。

 

 

武士(もののふ)…それが一番ふさわしい印象でしょうな」

 

 

全てはこちらの不手際。今ならはっきり認めることができる。しかし彼は、それに対し一言も不満を漏らさず、牢に閉じ込め様子を見に行った者が言うには、一夜明けてもその様子はまるで研ぎ澄まされた刃のようであったと聞く。それは己と直面し、殺気を軽やかに受け流した時もそうだ。

 

 

(それに比べ、今代の赤龍帝…あれは酷い)

 

 

それが大天狗の素直な感想だ。

試しに気配を消し近づこうと、こちらの接近に一切気づいた様子はなく、殺気すら込めていない、警告の意で放った気程度で、彼等は狼狽えていた。動きもまた、とても戦士とは思えぬ体捌き、かろうじて筋肉がついているようだが…もとより人外は、その身に宿した魔力や気で、筋力の差などいかようにもできる。

 

彼等と話している間も不安しか感じられなかった。それと同時に何度、あの使者への無礼を悔やんだことか…それは途中、この場であの時いた者達も感じたことだろう。

 

大妖怪ですら、たじろぐ大天狗の殺気。カルナはそれに、見事に応えてみせたのだから。

 

 

だが九重はどうやら違うようで――。

 

 

「私は良いと思ったぞ?優しいのじゃ!」

 

 

『甘さから来る優しさ』――まだ悪意を知らない、晒されていない幼い姫君は、それを好意的に受け取ったらしい。

もっと世間を見せるべきであったかと、大天狗は内心苦笑いを隠しきれなくなりそうだが…これもまた、この幼き将来の旗頭が成長する為に必要なこと。ならば我等は、影から支えるのみと、この場に揃う幹部に目線を送る。全力で守護せよと。

 

出来れば自身で影から警護したいところだが…この大天狗第三位に連なる【鞍馬山僧正坊】は今、その神通力を持って、何やら安定しない、八坂の気を必死にフォローしている最中なのだ。迂闊に動けば、必ずこの京都は崩壊してしまう。ゆえに彼は動けない。それは他の京都守護もそうだ。

四方に別れ、陣を敷いて必死にバランス調整をしている。唯一フリーとなっているのは弥々のみだが…彼女を戻すわけになどいかない。

 

 

「さ、慣れぬ事をさせて申し訳ありませぬ。今日はもうお休みなされよ。明日は彼等を案内するのでしょう?万全をもってして、我等の京都を紹介なされよ」

 

「そうじゃなぁ、じいじの言う通りにするのじゃ!じいじもあまり、無理をするでないぞ?」

 

「ほっほ、無論ですじゃ」

 

 

 

 

次の日。九重は約束通り、天竜寺の境内にて、イッセー達と合流し、嵐山方面へと案内を務めた。途中、桐生が彼女の抱き着いた際、境内の雀達が何かを感じ、一斉に飛び立ったが…それをイッセー達が気付く事はなく、様々な場所を案内しながら、観光名所巡りは渡月橋へと辿り付き…――そこでぬるり(・・・)と、突如彼等を生暖かい空気が包み込み……その先で、彼等はついに出会う。

 

 

 

 

 

「――初めまして、アザゼル総督、そして赤龍帝」

 

 

 




???「来たぜ、ぬるりと」

ふと、「これカルナさんじゃなくても、大天狗(鞍馬)出たら終わりじゃね?」と思い、急遽出れない理由を付けたすというこの浅はかさよ(汗


大天狗の眼光は鋭いようですが…とある大英雄は、眼力だけで本当に殺すらしい(そんなワケないよネ!)


次回はとうとうみんな大好きな、あの人達が出るよ!是非(意味深)もないよネ!(ノッブ感)

Q・それで、次回の投稿はいつだ?
A・千年後(明日)でどうだ?


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英雄とは是、即ち

本来このような場で言うべきではないのかも知れませんが、昨日の日刊ランキング一位になることができました。
夢だろ…?とか、いや無いって…いつチート・バッカーズの邪眼喰らったっけ?と何度も見直しましたが、これも全て皆様のおかげです!本当にありがとうございます!
どうしてもお礼が言いたかったので、少しこの場をお借りしました。申し訳ありません。
(ジャスト一日だ。良い夢見れたかよ?)

今回までが、伏線張りという名のカルナさん以外の状況説明です。

数々の作者のねつ造や妄想が繰り広げられますが、どうか生暖かい目で御覧ください。



 

「――くっ、はは!あれが赤龍帝、上級悪魔リアス=グレモリーの眷属達か!」

 

 

青年とおぼしき笑い声が、辺りに木霊する。

ここは京都であって京都でない。冥界で暮らす悪魔達の娯楽の一つ、“レーティングゲーム”で使用される技術を用いて作られた、謂わば異界だ。

 

嬉しそうに笑うこの男こそ、4年前に帝釈天と袂を別ち、その身に最強の“神滅具”【黄昏の聖槍】を宿した青年――三國志にその名を残す英雄、曹操 孟徳の血を受け継ぎ、自らも曹操と名乗る彼は先程ここ京都の渡月橋にて、イッセー達に初めて自分達“英雄派”の姿を晒した。

 

 

そんな曹操の笑い声に、彼の周りにいた仲間は一人、また一人と嘲りを含む笑みを浮かべていく。そこには人であるという誇りなど無く、ただ己より下…つまり弱い者を見つけ、嬲れることへの暗い歓喜があった。

 

 

その証拠に、曹操の傍にいる幹部と見られる少年少女達は、思い思いに口を開く。

 

 

「良いね君は、楽しそうで。まぁ気持ちは分かるよ?あれは確かに、予想外の塊だ」

 

 

曹操と共に、渡月橋にてイッセー達と相対した、魔剣士ジークフリートがそう口にする。するとその言葉に呼応するかのように、分厚い筋肉に覆われた肉体をこれ見よがしにと晒しあげ、己をかの大英雄“ヘラクレス”の魂を受け継いだ存在であると思い込み(・・・・)、父と母から授かった名を捨て、自らをヘラクレスと名乗る巨躯の男。その隣にて、僅かな残滓を確かに受け継いでいるものの、すでにその高潔な精神を無くし別人と化した聖女、ジャンヌは残念そうに首を振り。

 

 

「おう、見させてもらったが何だアレ?このヘラクレスがあの場にいりゃ、俺様一人で余裕で全員ぶっ殺せたぜ」

 

「私も行きたかったなー、特にあの金髪の可愛い男の子。【魔剣創造(ソード・バース)】の“神器”なんて…お姉さんを挑発してるのかしら♪」

 

 

“驕り”と“慢心”――だが曹操はそれを止める事も、注意を促すこともなく。隣にいつの間にか現れた、己に次ぐ実力者にして、この“英雄派”の参謀とも呼べるゲオルグと、まだ幼いながらも、その身に宿す“神滅具”【魔獣創造】は、数の暴力という点を見ればこの中でも随一であると認めるレオナルドの二人に見向きもせず、ただ誇らしげに彼等を見据える。

 

 

そうだ、これこそが英雄(・・・・・・・)だ。

絶対の自信を持ち、自らの力を好き勝手に振る舞い、他者をそれにて魅了する。【力】こそが弱者を導き、ゆえに…――“最強の【力】を持つ己こそが、真の英雄である(・・・・・・・)”。

 

 

だからこそ、この“英雄派”を築き上げた。

弱い人間の中でも、特異な力を宿す彼等を探し出し、いつしか英雄と呼ばれるであろう存在をまとめ上げ、その先にて“英雄をまとめ上げた大英雄(・・・・・・・・・・・・)”として名を残す為に……あの神々の王に、今度こそ認めてもらう(・・・・・・)為に――。

 

 

「おい曹操、そういえばあの狐を連れた男はどうすんだ?」

 

 

知らず知らずの内に握りしめられていた拳は、ヘラクレスの投げかけた問いに気を取られ、彼は気づかずそれを解く。

 

 

「あぁ、あの帝釈天が寄こしたとされる須弥山の使者か」

 

 

彼等はカルナがこの地に足を入れる前から潜伏しており、曹操はかつて住ごした古巣である須弥山の内情に多少詳しいこともあって、スパイを幾人か送りその情報をこちらに流させていた。

ただこのスパイとは、カルナの情報を流させた直後に連絡が取れなくなっているが…曹操がそれを気にすることは無かった。

 

初めから捨てる気でいた駒(・・・・・・・・)のことなど、気にしてなどいられない。何よりこうして自分達、真の英雄となる者の為に役立ったのだ。ならば彼らも満足だろう――…そう思って。

 

 

トントン――っと、彼を知る者ならば見慣れた最強の“神滅具”で肩を叩く仕草をしながら、曹操は思考する。

 

スパイに掴ませた情報から、あの白く細い男が、須弥山側が寄こした使者であることは間違いない。だが幾つか解せないことがあると、曹操は肩を叩く仕草を止め、視線を聖書の神の意志が宿る“神滅具(ロンギヌス)”――その由来となった【黄昏の聖槍】へとやる。

 

 

(帝釈天は、いと名高き武神…その頂点だ。だから弱っちい…どう見ても“神器”を宿しているとは思えない、ただの人間(・・・・・)としか見えないあの男を何故…自身の名代として寄こした?)

 

 

曹操はいつしか、帝釈天へと挑まんと心に決めている。それこそが拾ってくれた恩義を、返す唯一の方法であると。その為に、すでに“禁手(バランス・ブレイク)”できる状態にも関わらず、長い時間をかけ“亜種”へと変質させ、その能力を更に研鑽している状態だった。

 

だが…まだその時ではない。曹操は理解しているのだ。

 

【今の段階では、悪魔や堕天使程度は相手できようと、神々を滅ぼすにはまだほど遠い】と。

 

誰よりもあの神を見て来た。いつしか超えんと――だが時間は待ってくれない。何より今の彼は、【禍の団】。その中で、今や最大派閥となった“英雄派”を率いる長なのだ。

 

軽く流すように視線をヘラクレス達へと向ければ、誰もが『やらせろ』と声に出さず、目で訴えて来る。『人外と共にいるのであれば、それはもはや人でありながら人の敵である』と。

 

 

かつて広大な地に生まれた三國において、彼等と比べることすら烏滸(おこ)がましい、英雄達が群雄割拠した時代に、その英雄達から魔王と恐れられた曹操 孟徳であればその時を理解し、この流れにも似た雰囲気を一喝し塞き止めることができただろう。だが…――。

 

 

「じゃあ、やろっか」

 

 

ただ血を受け継ぐ子孫でしかないこの若造に、それを理解しろというのは、どだい無理な話だ。

 

 

「…良いのかい、曹操?帝釈天は僕等のパトロンでもあるのだろう?」

 

 

若干の不安を見せるゲオルグに、曹操はもはや癖となったそれを再び始めながら。

 

 

「何だいゲオルグ、不安か?問題ないさ、むしろ俺達弱っちい人間に攻められて、負けるヤツなんかここで殺してやったほうが幸せというやつさ」

 

 

誰よりも、理解しているという自負がある。

かの神々の王は、英雄たる者が誰しも崇める英雄神でもある。つまりは強い存在…英雄を誰よりも好む。だというのに、あの男は何だ?

 

 

曹操はカルナがこの京都に入って以来、監視しておくよう構成員に命じ、時折ゲオルグに魔術を使わせ、その映像を見させてもらっていた。

 

確かにこの京都守護に名を馳せる妖狐との戦いは曹操をして、思わせる所のある戦いだった。

見た事もない形状の、己と同じように槍を使った戦闘。そのスピードは確かに目を見張るものがあった。

 

だが、それだけだ(・・・・・)

焔狐の熱に耐えるだけなら、この“英雄派”にて耐熱の“神器”を宿す者なら誰でもできるし、単純な威力だけでも己の聖槍のほうが、遥かに上だ。更に勝者でありながら、敗者を辱める権利を放棄し、あまつさえ、今やその敵と隣を歩き案内を任せ、更には背中を晒して土遊びに興じていると来た…ッ!!

 

 

(何故だ、帝釈天よ…何故…英雄であるはずの俺には、何の音沙汰もくれず、あのような男を自らの名代としたっ!?)

 

 

再び気づかず握り拳を形成する曹操。そこには強く握り過ぎた為か血が滲み出ていた。

 

誰よりも…あの神々の王を理解し、好む英雄であると自負(・・)がある。

だがこの地に馳せ参じたのは、【西遊記】に名を刻む仙術の担い手でも、三國にその名を轟かせた大英雄でもなく…誰とも知れぬ、まるで農家のような男ときた。

 

これが嫉妬であることなど、曹操は理解している。だが我慢できない。何故ならそこは本来、自分のような者にこそ相応しい(・・・・・・・・・・・・・・)からだ。

 

気配が変わった己の傍から離れる部下になど目もくれず、殺意を周囲にばら撒く。

 

 

「…曹操、怖い…よ?」

 

 

だがそれは人外に追われ、人の悪意に晒され迫害された者にしか理解できない事であり、望んでいなかった力を手にし、曹操達に連れて来られたその日から道具(・・)としか見られていないと自覚するレオナルドには通じない。

恐怖を覚えてしまえば、それはもはや道具ではない。そう彼等に思われては今度こそ、自分は一人になると…恐怖を覚えるという矛盾を抱えたまま、彼は感情の込っていない声音と共に、曹操の裾を引っ張る。

 

 

「っと、すまないレオナルド。俺らしくなかったね、ごめんよ?」

 

 

裾を引かれたことにより、自らが英雄らしくない行いをしていたと理解し取り繕いながら、「ん」と短い返事をするレオナルドを少し後ろに下げ、曹操は逆に少し前に出て、これからの予定を語り出す。

 

 

「さて、まずは当初の予定を思い出そうか。ゲオルグ、『龍殺し』の調整と、八坂姫の調教は順調かい?」

 

「当然さ、この僕はあのゲオルグ=ファウストの子孫だよ?甘く見てもらっては困るね」

 

 

曹操の問いかけに、遺憾であるといわんばかりに顔を歪ませパチンと指を鳴らす。すると霧のようなものが発生し、その中からどう見ても、正気とは思えぬ八坂が出て来るではないか。

 

 

「調教たぁ、良い言い方だな。これで娘産んでるんだろぉ?スケベな大妖怪だなオイ」

 

 

ヘラクレスが軽口を叩き、下品な笑い声がそこらかしこから上がる。

 

霧の中に手足を隠したままの八坂は、その瞳に光を映さず、口元からは淫靡な銀糸が落ち続けている。それだけではない。

成熟した女の色香。乱れた着物から覗く豊満な胸と、程良いと思わせる肉付きをした太ももは、思春期の彼らが抱く欲求を、目に見える形となって意識の無いであろう彼女へ熱い視線となって降り注ぐ。

 

 

「ま、妖狐ってのは、男を誑かすことでも有名な妖怪だ。だからって手をつける(・・・・・)なよ?これは大事な道具(・・)だ」

 

 

念を押すような言葉と共に、軽く曹操が彼等を一睨みすれば、獣欲に駆られた者達が一歩下がる。その光景に軽く悦を感じつつ、ゲオルグに確認を再開する。

 

 

「ふむ、様子を見る限りでは問題なさそうだね。では予定通り、赤龍帝達を君の【絶霧】でこの異界におびき寄せ、彼等がいかに無力で俺達人間が、どれだけ素晴らしいか見せつけるとしよう。それとゲオルグ、あの目障りな狐と農民擬きも招き入れよう。あと今回はこの場への接続深度を更に深くしておいてくれ、ヴァーリ達にまた邪魔されたくないからね」

 

 

問いかけですらない、それはもはや決定事項のように、さも当然と言わんばかりに曹操は己の新たな考えを右腕たる彼に伝え、ゲオルグもまた当然と返す。

 

 

「【絶霧】に不可能なんかないよ。いくら君の聖槍より一段劣るとはいえ、上位“神滅具”と呼ばれるコレをあまり舐めないでもらいたいね」

 

 

「ならば良し」と曹操は順に、ヘラクレス達幹部と末端の構成員達を見据え。

 

 

「ヘラクレス達は俺達と共に、二条城にて彼等を待っていよう。助ける直前に俺達が現れ、絶望するその姿を笑ってやろう」

 

「おいおい、それじゃあ俺達がまるでゲームに出て来る魔王みてぇじゃねぇか」

 

「はは!魔王ならすでにいるじゃないか!俺達は何をしようと、どれほど人外に絶望を味あわせようと――英雄以外にはなれないよ」

 

 

“大儀は我等に在り”――そう曹操は言葉巧みに思考誘導し、ただ手にした力に(・・・・・・・・)(はしゃ)ぐ子供達(・・・・)は、熱に浮かされたように頷く。

 

 

「その間はお前達に任せる。ついでだ、須弥山の使者の相手もしてやれ。そうすれば、神々の王は、俺達を真の英雄として称賛するだろう。神の使いとして選ばれておきながら、人外と隣を歩く、人の誇りも忘れたあの男の横っ面を、お前達の手で思いっきり殴って囲んで蹴ってやれ。強者が悪いんじゃない、弱者が悪いんだ。それを俺達は味わい、そして証明してきただろ?なに、いつものように…英雄らしく、弱者を甚振ってやれ」

 

 

これで話は終わりだと告げるように、曹操が後ろを振り向けばその瞬間、異界に若く猛々しい怒号が上がる。

まだ何も成していない。だというのに、彼等はもう勝ったと、最強の“神滅具”がこちらにある。誰もが恐れる上位“神滅具”が3つもある。だから負けるわけなど無いと、特に理由もない自信に身を委ね、鬨の声を上げる。

 

彼等の目的は、大儀を掲げ悪魔に成り下がった者への忠罰。

しかしその中心。曹操はもはや、イッセー達のことなど見ておらず――。

 

 

「さて、お手並み拝見だ。須弥山、帝釈天の名がどれほど重いか、その身をもって味わうといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七海八山に囲まれた須弥山、その中心にそびえ立つ“善見城”。

その頂点にして主、帝釈天は豪華絢爛、これぞ贅の極みであると一目で分かる、数人かけのソファーのような座椅子に一人ダラけるように腰かけながら、煙草を咥え一言。

 

 

「遅ぇ。あの馬鹿、いつまで道草食ってんだ?」

 

 

カルナが京都に旅立って、すでに3日が立つ。本来であれば、初日で終わる予定のものが中々帰って来ないのだ。もう子供では無いと理解はしているが…相手は叙事詩【マハーバーラタ】の時代から、紀元前50世紀も隔て遡行して来た古代人。いかなる事も是と認め、基本断るという考えの無い大馬鹿野郎だ。

 

ジャラジャラと首から掛けた数珠を鳴らし、不機嫌な様子を隠すことなく胡坐を掻く帝釈天。基本彼は待つ事が嫌いではないのだが…この程度のおつかい(・・・・)、ちゃちゃっと済ませろというのが本音だ。

 

 

その様子に、流石にこちらも迷惑だと、軽い用事を済ませる為に来ていた初代は、帝釈天から貰った煙草の煙を吐き出し。

 

 

「まぁまぁボス、あのカルナだ。心配するだけ無駄だって、分かってんだろい?」

 

 

まるで子供をあやすような初代の言い方が、今は酷く気に食わないのか。

帝釈天は煙を吐き出しながら、濃密な殺気をこの小柄な老猿に向けるが…あの日以来、釈迦にすら喧嘩を売った当時に戻りつつある(・・・・・・・・・)初代にはまるで意味を成さず、かつて天すら征すると誓いを立てたこの老猿はただニヤニヤと笑うばかりだ。

 

 

「…チッ、面白くねぇ。おい猿、あんま調子乗ってると、閻魔帳から名を消していようがマジ殺すぞ」

 

「呵呵っ!そりゃ怖いねい!カルナと殺し合う前に、アンタとなんざ股座がいきり立ってしょうがねぇ!」

 

 

互いに軽口の応酬。だがこれはカルナに初代が敗れて以来、何度も繰り返された彼等のお決まりのようなものだ。

いつものお決まりを済ませた後、彼らは同時に煙草の火を消し帝釈天は、初代が来た理由をもう一度確認する。

 

 

「んで?確かアザ坊から、お前にテメェ等の膿(・・・・・・)の後始末を手伝ってほしいだっけか?」

 

 

『膿』とは即ち、【禍の団】の事である。

彼らの殆どが、かつて聖書の三大勢力のどれかに所属していたことは、各神話が皆知ることであり、それをどの面下げて助っ人に来てほしいと言ってるんだというのが、帝釈天の素直な感想だ。

 

くだらねぇ、自慰で死ぬなら最高じゃね?と、帝釈天は新たな煙草に火を付け、大口を開けてプカリと煙を吐き出す。

だが初代はその言葉に首を振り。

 

 

「ボス。残念ながら、今回はオイラ達も他人事じゃねぇぜ?何せ今京都で暴れてんのは、“英雄派”だって話だ」

 

 

アザゼルはその食えぬ性格と優秀な研究者という一面で、各神話の個人と多くの連絡先を交換しており、今回初代は直接アザゼルから助力の願いを出されていた。

そこで聞かされたのは、八坂の行方が分からずその犯人が、【禍の団】に所属する“神器”を宿した人間達。その頭目が、己を曹操と名乗っているという情報。これには今まで、いつかカルナを今度こそ本気にさせる為、修行と称して各地でテロリスト相手に大立ち回りを繰り返していた初代も迷い、こうして一度帝釈天に意見を仰ごうと立ち寄った。

 

しばし天井へと立ち上る煙を見やり、すぐさま帝釈天はニヤリと笑う。

 

 

「あぁ、ようやくそこか(・・・・・・・)。八坂は確か、龍王クラス程度(・・)だったな。クラブ活動(・・・・・)にしては、まぁまぁじゃねぇの?」

 

 

及第点だと言わんばかりに、煙草を咥え直す。

 

【禍の団】は何も、それだけで活動しているワケではない。

聖書の陣営…その中の一勢力、悪魔の陣営に個人で彼らに出資している者がいるように、この須弥山もまた、帝釈天がかつての約束を守り、“英雄派”の背後(バック)として名前と資金を与えている。

 

 

「…興味なさそうだねぃ。アンタ、それなりにあの坊やに目ぇかけてたんじゃねぇのかい?」

 

 

かつて帝釈天は、いつか来るであろう破壊神シヴァとの戦いに備え、各地に散らばる“神器”を集めていた。それは各神話、誰もが知る程に有名であった。

 

 

「おう、だって興味ねぇからな」

 

 

だがそれは、かつて(・・・)の事だ。

 

カルナを引き取り、暫くして思った。

 

【己が求めたものは、使いきれない数の武器ではなく、一騎当千の(つわもの)――即ち英雄である】と。そしてすでに己は、その英雄を数多く所有しているではないか。

 

目の前に存在する、天を征すると己が名に定めた初代 孫 悟空。

世界中に信仰され、人の身からその忠義と武威により、神の座にまで召し上げられた関帝、関羽 雲長。

そして…――。

 

 

 

 

ズン――ッ!!と突如、この須弥山が揺れた(・・・)。それは中国全土の信仰を集め形を成し、最高位の神格を有する帝釈天が存在するこの神域では決してあり得ない事。

 

ズンッ!!と再び須弥山全域が揺れ、徐々にその震源は、この“善見城”に近づいていることが分かる。

 

 

「おーおー、珍しいねぃ。あの三男坊(・・・)が、山から降りてくるなんざ」

 

 

だが初代は焦ることも無く、煙で輪っかを作り、帝釈天もまた、座椅子から立ち上がる様子はない。

理解しているのだ。この地鳴りを起こし、こちらを目指し、七海八山を越えやって来る存在が誰なのか。

 

 

 

地鳴りが止む。そこは今現在、帝釈天と初代がいる部屋の前。

4回のノックの後に扉が開き、入って来たのは少年としか思えぬ華奢な背の持ち主。

 

そのまま彼は、敢えて初代を無視するように、帝釈天の前まで赴き膝を着き、左手で右の拳を包む“拱手の礼”で敬意を表す。

 

それをまためんどくさそうに帝釈天は、再びプカリと煙を吐き出し。

 

 

「相変わらず、動くだけでこれだ(・・・)。もちっと神格を隠しやがれ。何しに来た――哪吒(・・)

 

 

哪吒――と呼ばれた少年は、そこでようやく顔を上げる。

 

【哪吒】、または【哪吒太子】

インドにおける財宝神クベーラ、後に仏教に取り入れられ、名を毘沙門天と改めた神の子にして、己もまた【托塔李天王】という武神として崇められ、かの“西遊記”においては弼馬温(馬の世話役)の役職に不満を覚えた初代孫悟空が天界にて暴れた際、その討伐に向かうも敗退。だがその後は彼等、三蔵一行の数々の窮地を救い、その旅を成功へと導いた立役者でもある。

 

 

「決まっている、天帝よ。昨日(さくじつ)この“善見城”の方角から、ただならぬ強者の気配を感じた。ゆえにこうして是非、武芸の競い合いをと馳せ参じた」

 

 

立ち上がった哪吒太子は、確かに全力の戦闘を想定してか…その身に纏うは己が代名詞とも言える蓮をあしらった衣服。その上からは“混天綾”を纏い、腰には“乾坤圏”、手には“火尖鎗”を持ち、足下にはすでに回転している“風火二輪”と、お前今すぐ牛魔王退治行って来いと言いたくなるようなガチ装備の姿がそこにはあった。

 

 

「呵呵っ!!オメェ!今その気配が無いことなんざ、簡単に分かるだろい?牛魔王が復活してるかもしれねぇと、蓮の池から今まで動かなかったってのにご苦労さん。ブァッッッカじゃねぇの!?」

 

 

そのあまりに遊びの無い装備を見た初代は、こりゃ面白れぇと腹を抱えて笑い転げる。

 

 

「…エテ公風情が…キサマのような毛むくじゃらの、子種をばら撒く事しか能の無い無能が、このいと高き善見城に何用か」

 

 

この時初めて哪吒太子は初代の方を見る。その眼は心底侮蔑と怒りに満ち満ちていた。

そのまま哪吒太子は、“火尖鎗”を初代へと振りかざす。だが初代はそれをいとも簡単に受け止め、更に煽り出す。

 

 

「おやぁ?おやおやぁ?そのエテ公風情に止められるなんざ、武神ってのは安い格だねぃ。オイラが貰ってやろうか、ん?」

 

「キサマ…ッ!!」

 

 

そのままかつての【西遊記】のように、二人は目の前に帝釈天がいる事も忘れ暴れ出した。

確かに哪吒太子は【西遊記】において、三蔵一行の窮地を幾度も救っている…が、それはこの帝釈天が命じての事。彼的には、殺したくてしょうがない程には初代を嫌っていた。

 

初代もまた同じ。恩は確かにある。だがそれ以上にお高く留まったこのクソガキが気に入らねぇと、二柱の武の境地に至った神仏は、部屋の調度品をじゃんじゃんブチ壊しながら会話をし出す。

 

 

「まぁだあの時ぶちのめした事を根に持ってんのかい!?ったく、女々しい武神だ!立派に育った兄達が聞けば、玉ナシ(・・・)だって言うぜきっと!」

 

「兄者達は関係無い!!キサマのような弼馬温ですら勿体無い山猿が、この場にいる事自体甚だ不愉快だ!!」

 

 

火炎を振り撒き、如意棒がそれを掬いあらぬ方向へと飛ばし、神々の王に相応しい部屋の様子は、まるで強盗に荒らされたようになっていく。それを見ながら帝釈天は――。

 

 

(…あー、スーリヤの馬鹿やアグニと、誰がプリティヴィーが作ったメシを最初に食うかでケンカした時思い出すわ)

 

 

思考放棄していた。

たった今、哪吒太子が壊した調度品は、確かオーディンから貰った物。その横で初代が踏んでいる花は、冥府でしか咲かない珍しい花だったはず。

他にも須弥山に所属する者達が、是非自分にと見繕った宝物の数々が、この瞬間にも壊れていく。

 

 

「だいたいキサマ、何故ここにいる!?まさかあの気配の持ち主を、キサマも追って来たのか!?」

 

「ハンッ!テメェと一緒にすんな阿呆!4年も前からカルナとは、闘争の約定を交わしてらぁ!!」

 

 

急に哪吒太子の動きが、ピタリと止まる。

 

 

「……カルナ(・・・)だと…?」

 

 

何を馬鹿なと哪吒太子は思うが、初代の表情が本気のそれであると分かり、ここでようやく帝釈天の方を向く。

 

 

「…どういう事だ。何故【マハーバーラタ】に刻まれし、施しの英雄がそこで出て来る。それは貴方にとって、不倶戴天であるスーリヤの息子の名だ」

 

「おう、そのカルナで間違いないぜ?取りあえずお前等、後で説教な?兄貴達と三蔵には、もう連絡しておいたから」

 

 

良い笑顔に青筋を浮かべ、帝釈天はいつの間にか持っていた携帯を、グシャリと握りつぶす。

瞬間二人は顔を合わせ、不味いと表情を浮かべるがすでに遅い。今頃哪吒太子の兄達は、釈迦如来や観世音菩薩に頭を下げ、三蔵は玉龍を酷使して凄まじい速度でこの場に来ていることだろう。

 

 

取りあえずの溜飲を下げるように、帝釈天はもはや何本目か分からぬ煙草を咥え、一息で根元まで吸い、凄まじい量の煙を正座する二人へと吐き掛ける。

 

 

「後で溜めこんだ財全部出せやコラ。誰ン家壊したか分かってんのか?ア゛ァ゛!?」

 

 

サングラスをずらし、その奥に隠された神性の証である紅玉のような瞳を覗かせ恫喝。まるでチンピラのようではあるが…それをするのが武神の頂点クラスでは、まったく話が変わる。

 

 

上司のメンチに完全にヤベェと久方ぶり…それこそかつての牛魔王と対峙した時に感じた“死”の気配に焦るこの昔から仲が変わらぬ馬鹿二人をしばし見つめ、帝釈天は溜息を吐き。

 

 

「ハァ…何か、アイツ拾ってから溜息が増えたな…歳か?まぁいい。おい猿」

 

「…へい」

 

「三蔵の説教の後、玉龍連れて京都入りしろ。カルナの事だ。どうせあの言葉足らずな言動で、相手が何か勘違いしてんだろ。お前も使者として赴け」

 

 

カルナに会える!

あの死闘以来、初代はカルナと会っていない。今だあの域(・・・)に到達していないこの身で挑めば、またカルナに気遣われてしまうと自重していたのだ。

だがやはり、武に生きる者の業か…落ち込んだ姿は、もはや曹操達の事など頭から離れ、腕試しが出来ると喜々と飛び上がる。

 

 

 

 

そこから数刻も立たぬ内に、身内が迷惑をかけたと兄達と三蔵(保護者達)がやってきた。

 

哪吒太子は、尊敬する兄達からの説教に更に落ち込み、初代はもう我慢できねぇ!と三蔵の説教の最中、玉龍を強奪しそのまま京都へと向かった。

 

 

罰として、せめてこの部屋の片付けくらいしろと兄達から言われた哪吒太子は、部屋に帝釈天と二人残り。

 

 

「その…天帝よ、先程の猿の話…あれは真か?」

 

 

そう、どうしてもこれだけは問い質したかった

カルナの名はこの中国…しいては須弥山においても、絶大な知名度を誇る。何しろ帝釈天がその高潔さに感激し、自らの武器を授けた大英雄なのだ。

 

 

「本当だ。あの馬鹿…スーリヤの野郎が、何を思ったのか輪廻の輪に入れやがった。あのカルナが、あいつ以外に生まれ変わるはずもねぇのにな」

 

 

掃除の手を止め、哪吒太子は思考する。

かの施しの英雄は、確か目の前に座す天帝の御子息と不倶戴天の間柄であったはず。だが天帝はその宿敵の子を保護し、あまつさえ先程の話を聞いた限りだと、自らの名代として京都に向かわせたらしい。そこから考えられることは一つ。

 

 

「…御身はあの施しの英雄を、この須弥山に入れるつもりか?」

 

「なワケゃ無ぇだろ?…こっちにも、色々あんだよ」

 

 

理由を話すつもりは無いと、暗に告げられ、哪吒太子もまたこれ以上は問い質すまいと、掃除を再開する。しかしその心は三界すら征するとされた、自らと同じ神々を父に持つ大英雄との腕の競い合いを思い描き、中々掃除は思うように進まない。だが理由は、それだけではないのだ。

 

 

思わず目が行くのは、何か考えるように視線を浮かす帝釈天…――その後ろ。

 

 

 

そこには己と初代がどれほど暴れようと、決して傷一つ付く事の無かった黄金の鎧(・・・・)。その横には、破壊神シヴァが彼の息子へと与えた()が、決して失わぬようにと大事に安置されていた。

 




一応この作品では、型月で語られた紀元前5000年前説としています。

次回投稿予定はクリスマスだよっ!!(あーヒマ人で良かったわー、予定ガラ空きで本当に良かったッ!!(泣)

皆様に「キター!」となってほしいので、次回のタイトルだけネタバレしておきます。



次回――【真の英雄は眼で殺す】


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農家とは是、即ち

MERRYのせいで苦しんだよ(メリークリスマス)

まずはお詫びを。
前回眼で殺させると言いましたが、どうしても文字数がエライ事になったのと、一区切りしないとこの流れは違和感があると感じ、このままでは投稿すらしないと思ったので、取りあえずイヴの今日に一話更新しておきます。

ほぼ内容は考えてあるのですが…少しやることが多すぎて、明日また投稿できるか保証はできません。
年内だけはお約束します(これだけは絶対です)
それではカルナさんの生き生きとした姿、とくと堪能あれ。






四又に別れた切っ先が、鋭く大地に突き刺さる。だが男はそれで満足しない。

確かな目的を持ち、次へ、その先へと、どこか使命を帯びたかのように、地面を掘り起こしていく。

 

 

「――ご老公、この程度で良いだろうか?」

 

 

そう言いながら上着を脱ぎ、ベストとシャツを泥塗れにして振り向くカルナ。その手にはもはや彼にとって馴染み深い、鍬が握られていた。

 

ここは弥々がカルナに頼まれ連れてきた、とある農家の畑だ。

着いた途端、カルナはその帝釈天が与えたスーツが汚れる事も気にせずしゃがみ込み、早速土に触れ感激した。

 

『空気を含み、羽毛のように軽い。しかし根付いた作物は、これならば例え、インドラが起こす嵐であっても耐えうる程に深く根を張っている』と。

 

 

「いやいや、充分だ。助かり申した使者殿、歳を取るとどうしても、畑を満足に耕す事が難しくてのう」

 

 

そう礼を告げるこの老狐(・・)…そう、彼は人の姿をしているが、弥々と同じ宇迦之御魂神の眷属にして妖狐なのだ。

この京都には、様々な妖怪が存在する。それは種族の話ではなく、人と歩む事を決め、(つが)いとなった者。魑魅魍魎蔓延る魔都と呼ばれたかつてのように、今も夜の闇に紛れ、畏れを集め力を欲し、弥々達守護者により陰陽師に変わり討伐される者。

 

そして…遥か昔、古の京から今代までこの地を見守り続け、年老い妖怪としての力を失った者(・・・・・・・・・・・・)――老狐は完全にこの定義に当てはまり、彼は老い先短いその生を、豊穣の神である宇迦之御魂神の眷属らしく、農家として生きる事を決めた。

 

だが人として生きるということは、ただでさえ悠久の時に奪われた、その妖怪としての力を失い、より人に近づくということ。

老いた人間とそう変わりなくなった彼では先も言ったように、一人で畑を満足に耕すことも難しく、ならばオレが耕そうと、この素晴らしい土を腐らせるのは農家にあらずとカルナはこうして普段から、異空間にインドラから授かった槍と共に納めてある自らの鍬を取り出し、汗水流していた。

 

 

その間、ここへカルナを連れてきたイッセー曰く、ドエロイ姉ちゃんこと弥々はというと――。

 

 

「……はい?」

 

 

唖然としていた。

確かに畑を見せてほしいとは言われた。だがそれは為政者などにおける、生産性云々を学ぶものだとばかり思っていたのに…。

 

 

【このような『盆地』という環境は昼夜の大きな寒暖差を生み、それにより、甘く美味な作物が実ると聞いたが、本当だろうか?】

 

【ほぉ、若いの。オメェさん、中々良い所に目を付けるやないの】

 

 

まさか出会った瞬間、この一族でも長命にあたる彼と農家談義に会話を弾ませ、そのまま畑をどうにかしてほしいと冗談(だと弥々は思いたい)で頼んだこの老狐に言われるがまま、どこからともなく鍬を取り出し何時間も耕すことになろうとは…っ!

 

 

(まさか…あの手はまさか、こうして槍ではなく、鍬で形成されたと!?嘘だと言ってくださいまし!使者殿!?)

 

 

勿論カルナのタコや肉刺は、日夜クシャトリヤとして励む修練の賜物である。

だが弥々は、どこかフラつくような仕草のままカルナに普段の職業を聞く。

 

 

「あの…使者殿、失礼ながら普段はどのようなお仕事を?」

 

「――?見れば分かるだろう、農家だ」

 

 

美しい、京都が誇る技術でこしらえた織物が汚れる事も忘れ、弥々が地面にガクリと膝を着いた瞬間であった。

無論、弥々は別に農家を馬鹿にしているワケではない。だがしょうがないではないか。彼女は幼い頃から生まれついたこの地を守らんと、男を作り子を成す事もなく、日々宇迦之御魂神の名を穢さぬよう、修行に明け暮れていたのだから。

 

暗い影をその美しい横顔に差したまま、項垂れる弥々を放置し、ようやくカルナの傍まで来た老狐は笑いながら、再び感謝を伝える。

 

 

「ほっほ。いやぁ、ありがたやありがたや。これも豊穣の神、宇迦之御魂神が運んできてくれた縁かのう」

 

「こちらにも、素晴らしい縁を運ぶ神はいるのだな。我が父もそうだ。素晴らしい縁をオレのような、不出来な息子へ与えてくれる」

 

 

まるで神々を父に持つ(・・・・・・・)かのような、この人間(・・)の言い方がひどく彼のツボに入ったのか、これは愉快と言わんばかりに老狐は大口を開けてカラカラと笑う。

 

 

「カカッ!流石は天帝が寄こした使者だ!剛毅な奴は嫌いではないのでな、気に入った!使者殿、儂の畑を代わりに耕してくれた礼や。今夜(うち)に泊まってくださらぬか?」

 

 

それに対し、カルナは是非と答えた。まだまだ聞きたい事が山ほどあると言い、二人の時代と国を越えた農家は互いに固い握手を交わし、カルナは弥々にそれでいいか?と聞くも、彼女は今だ、現実へと戻ってきていない。なので――。

 

 

弥々(・・)

 

 

カルナはしゃがみながら、この時初めて弥々の名を呼ぶ。だが弥々はそれに気づかず、瞳のハイライトをどこかへやったまま、「宇迦之御魂神様申し訳ありません…弥々は今一度、一から修行を積み重ねとうございます…」とブツブツ呟くままだ。

 

カルナとしては彼女が正気に戻るまで、このまま待つつもりだ。しかしこの場には、足腰が弱っているであろう老狐がいる。なので肩を揺すろうと、手を伸ばすが…その手はピタリと、肩先で止まる。

 

 

(…穢れに満ちたこの身体が、彼女に触れて良いものだろうか…?)

 

 

今は身に着けたトヴァシュトリ神手製のカフスがあるため、カルナの英雄としての武威と父から授かった膨大な魔力。その身と同化している【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】。そして衣となって彼に纏わりつく、穢れが衆目に晒されることはない。だがそれ等が無くなったワケではなく、あくまで見えないだけであり、今もカルナには生前自らが手にかけ、屍とした者達の嘆きが聴こえている。

 

以前、破壊神シヴァが彼と交わした『呪いを解く』という約定を守った際、彼はこの穢れも払おうとし、しかしカルナはそれを断っていた。

 

 

【これは呪いではなく、オレが積み重ねた業にして咎だ。何より彼らの嘆きをオレが聞かずして、誰が耳を傾けるというのか】

 

 

だが今は、この穢れが彼を悩ませている。

どうしたものかと悩んでいると、カルナの後ろから皺嗄れた大声が辺りに響く。老狐の声だ。

 

 

「これ弥々!いつまでそうして呆けておるつもりや!いい加減にせんと、使者殿が困っとる!!」

 

「へ?…あ、はいっ!」

 

 

ようやく現実に戻った弥々にホっとしつつ、カルナは先程決まったこの老狐の家に宿泊したいと彼女に告げる。

それに対し、弥々はどこか遠慮するような仕草を見せ。

 

 

「その…よろしいのですか?」

 

 

眉根を寄せつつそう聞く理由は、目の前に畑が広がるこの古く煤けた家(・・・・・・)が理由だ。

相手は須弥山の使者ということで、弥々はこの京都で悪魔達の経営していない、こちらの手がかかった最高級のホテルを一応予約し、美しい女中をたくさん用意して持て成そうとしていた。

 

 

「構わない。寧ろオレとしては、こちらの方が生家を彷彿とさせ、落ち着く」

 

 

どれだけ素晴らしいか、どれだけ女が美しいかを彼女が説明しようと、カルナはこちらで一夜を過ごす方が、遥かに有意義だと言って聞かない。

 

 

「…儂が聞いた限りでも、かなり若ぇのには堪らんと内容だと思うが…オメェさん、欲ってのが無いんかや?」

 

「何を言うか、御老公。オレほど欲に塗れた咎人など、そうはいない」

 

 

驚く老狐に、そう返すカルナ。その言葉に弥々はどこか、安堵(・・)していた。

 

 

安堵(・・)…?何故私は…そのように感じたのだろうか…)

 

 

いけない(・・・・)気付くな(・・・・)。――緩んだ心の蓋を再び閉じ、弥々はホテル側に連絡を取る。

その様子を見て、久方ぶりの客人だと老狐は嬉しがり、カルナの肩を強く叩きながら、早く家に入ろうと言う。

冬が近いということもあり、外は寒く、すでに太陽が沈もうとしていたのだ。

 

 

「っ伯父御殿!その方は、天帝が遣わした使者です!そのように叩かれるのは…」

 

「なぁに、これも農家同士のたしなみだ!使者殿、弥々に儂が作った京野菜を調理させるゆえ、楽しみにしておいていただきたい!」

 

 

殿方に手料理を振る舞うなどと、弥々が口をパクパクとさせるがこの老狐。もはや逃がさんと言わんばかりに弥々を強引に家へと連れていくではないか。

 

 

「良いやないか!前みたいに儂に酌しておくれや」

 

「何百年前の話ですか!」

 

「儂からしたら、つい最近や!いやぁ、こりゃ今夜の酒は旨いやろうなぁ」

 

 

話を二人が盛り上げている間、カルナはただそこに立って沈みゆく太陽を眺めていた。

 

この国に入ってからというもの、父スーリヤの気配は薄まり、代わりにどこか、己を試すような視線が日輪より放たれている。

この地にも、己が父とはまた違う太陽神が存在することは理解している。それでもカルナにとってはやはり、今も沈みゆくあの灼熱に輝く日輪は、尊敬する父に変わりない。

 

 

「本日も務め、感謝致す。どうか明日も、我等をその威光で照らしたまえ――我が父、太陽神スーリヤよ…」

 

 

 

 

 

 

昔ながらの土間作りの厨房で弥々は一人、調理を始める。

男性に料理を振る舞う事など初めてではない。八坂の屋敷では、何かあるたび宴会が始まり、女はそこで、料理を作り配膳することが決まりだったからだ。

 

着物の裾を帯で止め、白魚のような美しく、しかし烈士としての修行のせいで、どこか無骨な印象を与える手を晒し、クツクツと煮立つ吸い物の味付けを確認する。

 

 

「…これでいいのかしら」

 

 

味は中々だと言える。だが今夜持て成す相手は馴染みの顔ではなく、ましてや舌が違う異邦人(・・・)なのだ。

味付けは薄くないか?でも濃すぎると身体に悪い等々――弥々が一人悩んでいると。

 

 

「本当に手伝わなくて良いのか?これでも幼い頃から、母の手伝いをしていたと自負があるのだが」

 

 

土間と居間を分け隔てる暖簾の奥から、カルナがやって来た。

その姿はダークスーツにあらず、老狐が貸し与えた着流しを身に付けており、そこから覗く胸元と鎖骨は、この生娘同然である妖狐にとっては刺激が強すぎたのか。

 

オレンジ色にその場を照らす室内灯のおかげで分かりにくいものの、弥々は顔を真っ赤にさせながら口をパクパクさせ、「厨房は女の城」だと何とかカルナをこの場から追い出すことに成功した。

 

再び一人となった厨房で、ホッとしつつも思い出すのは先程のカルナの姿だ。

 

女性からしても、羨ましい程に白い肌。細く風が吹く度に靡く髪に隠されたうなじはきっと、それ以上に白いのだろう。身体もまた、女性のように細いが…あの身体に抱きしめられ、耳もとであの蠱惑的とも取れる声で、名を囁かれれば…――。

 

 

クツクツと、煮立ったと自己主張する鍋の音に、そこで思考が中断され、彼女は居間へと出来上がった料理の配膳を始める。

 

蓋をしつづけたその思い――それを自覚する瞬間が、確かに近づいていた――。

 

 

 

 

 

 

「――馳走になった。色は薄いにも関わらず、これほどの深い味わいを見せる料理など、今まで食したことがない」

 

 

米粒一つ残さず、カルナは作り手である弥々に感謝を伝えるべく、深々と頭を下げる。

 

 

「いえ、このような家庭料理など…あちらに行けば、更に美味な食事を用意できましたのに…」

 

「いや、飾らぬ家庭の料理こそ、最上の持て成しだ。この素晴らしい素材を提供してくれた貴方にも、感謝を」

 

「カカッ!いやはや、手前は本当に良く出来た御仁だ!ご両親はさぞや、鼻が高いでしょうな」

 

 

「まぁ飲みねぃ」と老狐が言えば、弥々が酌を注ごうとカルナに近づく。だがそれに対し彼は首を振り、「酌など不要」だとカルナは弥々から酒の入った器を受け取る。その際、二人の手が僅かに触れ合い弥々が頬を染めるのだが…タイミング悪くと言うべきか、この時を待ってましたと言わんばかりに、老狐はカルナに話しかける。

 

 

「さぁて、楽しい時間の始まりやな!若いの、早速やが、最近の機械農業をどう思う?儂としては、昔ながらの農耕の方が良いと思うんやが」

 

「ふむ、では語るとしよう。オレとしては――」

 

 

そこから老狐は止まらなかった。やれ最近の若いのは根性がないだの、やれこの生娘を嫁に貰えと始める前から飲んで出来上がっていた(・・・・・・・・)彼は言い、弥々が時折合いの手を入れ、顔を真っ赤に染めたりと、賑やかな時は過ぎ…気づけば飲み過ぎたのか。老狐はその場でイビキを掻き寝ており、このまま放置するワケにゆかぬと結局この日、弥々は一夜をカルナと同じ家で過ごすハメになるのだが…何も特になかったことなど、説明するまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

朝――再び日輪が、この地を朱色に染める頃。弥々は微かに聴こえる物音で、目を覚ます事となる。

 

 

「んっ、…何の音…?」

 

 

寝ぼけている為か。上着を羽織ることなく弥々は、胸元が見えそうな程肌蹴たままの襦袢姿で、その何かを振るう音の方へと足を進める。

 

そこは畑の前であり、見すぼらしい…一目で素人が作成したと分かる木槍を振るう、着流し姿のカルナがあるではないか。

 

 

「――ふっ!ハァ…ッ!!」

 

 

鋭く前方に槍を突き出し、時には足を振り上げそのまま流れるような動作で木槍を振るう。

揺れる着流しが彼の動きに続くように後を追い、流す汗は、朝日を浴びて朝露のように光を反射する。その様子はまるで、神々に捧げる神楽舞の如く。

 

そんなカルナの姿を見て、弥々はかつて、戦乱の時代の中駆けた武士の姿を…時に自分達妖を退治し、その首を持って武勇を掲げた【英雄】と呼ばれた者達を思い出した。

 

 

「美しい…あの当時を思い出すのう」

 

 

それは起きて来た、この老狐も同じらしい。朝焼けの眩しさに目を細め、だがそれだけで無いと分かる一言が、肌蹴た胸元を正しつつも、その添えられた手が離れる事の無い弥々の心情と重なる。

かつてこれほどの鋭さを見せ、しかし美しい舞を見た事が今まであっただろうか…。

 

 

「む…すまない。どうやら起こしてしまったようだ」

 

 

寝起きの無防備な姿に表情を変えることなく、カルナは日輪を背後に抱えながら、こちらを見据える二人に一言謝罪する。そのまま動きを止め、木槍を異空間へ戻そうとするが――。

 

 

「許しをいただけるなら使者殿。もうしばし…手前の修練を、見させていただきとう存じ上げます」

 

 

その言葉に、再び木槍を手に取りカルナは鍛錬を再開する。

 

『やはりあの手はこうして出来たのか』――神域とも称される、カルナのあまりの美しい舞を前に、弥々は自分でも気づかぬまま、その頬を伝うは一筋の涙。

 

 

「…日輪を背負いし御子か」

 

 

老狐の呟きと共に吐かれた息は、朝焼けに照らされまるで燃えるように輝く。いや、事実燃えたのだ(・・・・・)

ほぼ閉じられた瞼を見開き、動作の一つ一つをまるで食い入るかのように見つめる。しかしその視線は弥々とは違い…どこか初代と似た色(・・・)を見せていた――。

 

 

 

鍛錬を終え、朝食をいただいた後もカルナはしばし、この老狐の家にいた。というのも、農家を見たいと言ったカルナの要望に、もっとも応えられるのが、この老狐のもとだったのだ。無論、他にも妖怪でありながら、農作を営む者はいる。だが彼がその筋でもっとも経験豊富であり、カルナも役に立てるならと昨日に続き、老狐から指導を受けながら、農業に精を出し――結果それは夜になるまで続いた。

 

 

二日も同じ家に世話になるわけにはいかない、大変世話になったとカルナは老狐に告げ、今はこうして夜の京都を人の少ない路地の中、二人は今度こそ弥々が用意した宿泊先へと足を運んでいた。

 

 

「…本当によろしかったのですか?あれほど精を出しておきながら、報酬はその程度など…」

 

「いや、これほど素晴らしきものを受け取り、申し訳ないのはむしろオレの方だ」

 

 

眉根を潜め、申し訳なさそうに呟く弥々にそう返すカルナの手には、これまた見すぼらしい、とても今着ているスーツに似合わぬボロい麻で出来た袋が持たれていた。

その口紐を緩め、中から出て来たのは数種類の種。これらはあの老狐が自分の所でも是非育ててほしいと、カルナに分け与えたものだ。

 

どこか嬉しそうな雰囲気に絆され、弥々もまたクスリと笑いながら、その手に持たれた麻袋は何かと問いを投げかける。

 

 

「母がオレに渡してくれた物だ。これの他にあと2つある」

 

 

『貴重品を無くさぬよう』――初代から受け取った煙管も、今手に持つ分とは違う袋に大事に保管されてある。これ等は全て、養父が木槍を作ってくれたように、養母が手作りで彼に与えたものだ。

 

 

「何度か手伝おうとした事がある。だが母の手付きを見様見真似でしようとも、何度も解けてはその度に、母はこうだと見せてくれた。オレにはその様がまるで、魔法のように見えた」

 

 

「こうするんだ」とカルナは歩きながら、母の手付きを思い出しつつ編むような仕草を見せる。その様子があまりに眩しく、そして尊いものに見えた弥々は、思わず母親のような気持ちでカルナを見守る。

 

 

「御身は、ご両親を愛しておられるのですね」

 

「あぁ、愛している」

 

 

言葉少なめに、そう返す。

暖かい方なのだなと、三度彼女が笑みを浮かべていると――カルナは続ける。「だがそれだけではない」と。

 

 

「オレを捨てた(・・・)実の母、顔も知らぬ、母を孕ませた父。彼らもまた、オレという存在を産み出してくれた、尊い存在だ」

 

「え…それは……どういう…」

 

「オレが先程言った父と母、彼らとは血の繋がりも何も無い。本来赤の他人であるオレを、しかし彼らは自らの子として育て、そして慈しんでくれた。実の母もそうだ。いらぬなら、殺してしまえばよかった赤子をこうして誰かに託す為、身体を冷やさぬようにと柔らかな厚手の布で包み、川へと流してくれた。なら充分だ。オレは充分に…授かり(・・・)を受けている」

 

 

…信じられないことだった。

これほどに高潔な方が、まさかそれほど壮絶な生まれを持っていたとは…恨んでいいはずだ、殺したいと思っていいはずだ。獣ではない、彼は人として生まれ、また産んだ存在もまた人だ。しかしこの男は、「彼女にも事情があり、生きてほしいと望んでくれただけで満足だ」とそう言い放った。産んでくれただけで感謝だと…。

 

そして…次の一言。次の一言で、彼女はこの誰よりも不運に見舞われ、しかし恵まれた者の義務として、他者に還元せねばと考える、施しの精神(・・・・・)を持つこの男の正体にようやく気付く。

 

 

「それは我が父(・・・)スーリヤ(・・・・)もそうだ。彼が素晴らしき縁を運んでくれたおかげで、素晴らしき男と出会い。こうして異国の地へと、足を運ぶことができた」

 

 

『スーリヤ』とは確か、この国の最高神である天照大神と同じ、インド神話に登場する太陽神であったはず。同じくインド神話における神々の王…インドラ(帝釈天)と不倶戴天の間柄であり、その関係は彼らの子へと受け継がれ…世界三大叙事詩と名高い【マハーバーラタ】では、この御仁と同じような生を受けた英雄がいたはずだ…――。

 

 

「まさか…御身はまさか…っ」

 

 

“転生”と呼ばれる現象がある。

人類史に名を残し、後世において英雄と呼ばれた者達は、そのアク(・・)の強さから他者となろうと記憶を受け継ぎ、時には数世紀も離れた子孫ですら、人々を魅了し纏め上げる英傑となる事を、彼女は知っている。

だが…この武勇、この立ち振る舞い。何より今の時代では決してありえない、この高潔に過ぎる精神。これらが果たして、ただの記憶を受け継ぐだけの者や子孫に、真似できようか?

 

【俺達が駆けたあの時代は、間違いではなかった】――あぁ、今ようやく、彼がこう呟いた意味が理解できた。

 

 

「貴方様は…カルn…――ッ!?」

 

 

目の前を歩く、【施しの英雄】の名をようやく口にしようとするが…それは突如ぬるりとした感触と共に発生した(・・・・)()により遮られる。

 

すぐさま弥々は、八坂が攫われた際護衛の任につき、そして深い傷を負って戻って来た、鴉天狗の話を思い出す。曰く、「気づけば霧に包まれていた」と――その為これが、御大将を攫った敵の攻撃であると気づき、抵抗をみせようとするが…。

 

 

(場所が…悪すぎる…ッ!?)

 

 

霧が発生したのは弥々達が、なるべく人目につかぬようにと選んだ小路。つまりは生垣を挟んだすぐ隣は、裏の世界を一切知らずこの地に住まう一般の家。今この瞬間では、人払いの陣は間に合わず、霧を払うには、彼女の攻撃は炎を基本とした火力や見た目が派手なものしか無く、それはカルナもまた同じ。

 

 

「中々の策士と見える。これでは無辜の民を巻き込みかねん…か」

 

 

それは貴方もだと、弥々は言いたかった。

恐らく狙いは己であり、どうか今すぐ逃げてほしいと。しかしカルナは首を振り。

 

 

「敵を前に背を晒すは武に生きる者の恥であり、クシャトリヤにあらず。何よりお前一人を置いてなど、できようもない」

 

 

『置いて行けない』――このような状況で、不適切だと理解はしている。が、弥々は顔が赤くなるのを我慢できず、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

「…背中は任せます」

 

「それはこちらの台詞だ。せいぜい邪魔にならぬよう、立ち振る舞わせてもらおう」

 

 

笑みがより一層濃くなっていく。しかししょうがないではないか。

何故なら彼女はこれより、人類史にその名を刻んだ大英雄(・・・)と肩を並べ戦おうとしているのだから――。

 

 

 

 

霧が二人を包む。

その先で待つのは果たして蛇か鬼か…――否。

 

 

待つのは陶酔に浸り、痴れた夢しか見れぬ者達。是、即ち英雄に非ず。

 

 

ならば…――武器など不要。

 

 

 

 

さぁ、真の英雄を括目せよ。

 




いざ他県の方言を書こうとすると難しいのなんの(汗
違和感やこ(↑)こ(↓)違うよという箇所があればよろしくお願いします。

一応言っておきますが、老狐はカルナさんの正体に気づいたわけではありません。
ただその姿を見て、感嘆を漏らしたみたいな感じです。

次回は本当に眼からビームするよ。
京都編も一応あと3話くらいで終わる予定です。


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真の英雄は眼で殺す

30日…うん、まだクリスマスだな!!(迫真)

いやお待たせしてスミマセン(汗)
年末という事もあり、会社の忘年会や最後の追い込み、あとは書き直しとか書き直しとかどこで区切るかとかで時間がかなりかかりました。

恐らくこれが、今年最後の更新となると思います。なので少しお時間をもらいまして、少々お付き合いください。

自分は初め、何となくの思い付きでこの『施しの英雄』を書き始めました。
ですが皆様からの予想以上の評価、『面白い』『続きが読みたい』との励ましや、『ここは少し変えたほうが良いのでは?』『インド神話、カルナさん関係の逸話はこんなのがあるよ』との意見や誤字報告もたくさん(毎回すごい見直してるんですが…(汗)いただき、自分はこの作品を作者一人ではなく、読んでいただいている読者の皆様と一緒になって作り上げていっているものだと思ってます。(無論、『もっと愉悦を!』『ワインの味が変わらねぇぞ!!』な愉悦部も、じゃんじゃん募集しています)

更新速度もそこまで早くなく、物語の進みも遅い作者ではありますが、一歩一歩ちゃんと踏みしめて、止まらず歩み続けようと思っていますので来年もどうか、このカルナさんを主役とした、原作hsdd『施しの英雄』をよろしくお願いします。

(たま)のような赤子より~m(__)m 皆様良いお年を



異界に作られた、まるで鏡映しの如く存在する京都の街並み。その建物の上を、須佐が起こす神風の如きにて疾走するカルナ。

 

 

「…ここにもいないか」

 

 

この地に引きずり込まれた際、背後にいたはずの弥々の気配はすでになく、急ぎカルナは彼女を探し出そうとしたのだが…空さえ飛び、弓兵でもあった彼の眼を持ってすれば、人探しなど容易く出来る。しかしすでにこの異界に入り込んで、30分程が経過していた。何故ならば――。

 

 

急にカルナは見渡していた建物から飛び降りる。直後、爆発音と共に先程までいた家屋が倒壊したではないか。

 

身軽な曲芸師のように、ふわりと地面に降り立つカルナを待っていたのは、手を前に掲げるかのようにする男…だけではない。大勢の様々な国籍の者が、彼を取り囲んでいた。

 

 

「へへ、追いかけっこは終わりか使者サマ?チョロチョロ逃げ回りやがってよぉ!!」

 

 

先程家屋を倒壊させたリーダー格と思える男が吠え立て、周囲もその声に釣られ、思い思いにカルナを罵倒する。

 

「この腰抜け」「逃げ足だけは上等だ」等々――。それは聞く者によっては激昂し、中にはこの暴力的ともいえる人の数に、委縮する者もいるだろう。

 

 

「逃げたわけではない、探していただけだ。何よりお前達の相手など、時間の無駄だ」

 

 

だがこの男に、『貧者の見識』を携えたこのカルナに、まるで中身のない言葉など無意味。

『クシャトリヤとして、オレは戦う意志の無いお前達と矛を交えるわけにはいかない』と、いつものように言葉少なく返すカルナ。

 

そう、彼らにはそもそも戦う意志など、はなから存在しないのだ。

 

 

「テメッ…!?この俺達“英雄派”を…選ばれた人間(・・・・・・)である俺を馬鹿にしたな!?」

 

 

誇りはあるか?――否。

己がこれから、殺し合いをするという自覚はあるか?――否、断じて否。

 

あるのは“神器”という武器に選ばれた(・・・・・・・)という自負。彼らは殺し合いをしに来たのではない。ただ一方的に、曹操から言われた通りに、嬲りに来ただけだ。

 

 

カルナの自覚の無い煽りに、彼は顔を真っ赤にさせ頭上に手を掲げ合図する。すると周囲の者達は“神器”を発現し、次々とアザゼル曰く「世界のバランスを崩壊させる」と言わせた禁手(バランス・ブレイク)を行っていく。それはこのリーダー格と見える男もまた同じ。

 

これが選ばれた俺達の力だと、彼は再び吼える。しかしカルナの瞳に映るはこの多様さを見せる“神器”使いに対する恐怖でも、興味ですらない。

 

ニタニタと下卑た笑みを浮かべ近づく彼らに、カルナは待てと告げる。その眼には疑問が浮かんでいた。

 

 

「そもそも何故、お前達はオレを攻撃する?オレにはその理由が、皆目見当がつかないのだが」

 

「んだよ、そんなの決まってんだろ?俺達は英雄(・・)だぞ?」

 

 

人外である妖狐と仲睦まじくしていた。だから殺す。

英雄である自分達に恥を掻かせた。だから殺す。

イケメンが気に食わない。だから殺す。

誰かを虐めるのが気持ちいい。だから…殺す。

 

 

すでに勝った気でいるのか、彼らはどこか和気あいあいとした雰囲気すら見せ、そうカルナに告げる。他者を貶める悦楽はどうやら、つい最近までただの一般人であったはずの彼らをここまで堕落させるのに、そう時間を与えなかったらしい。

 

その様子を黙って聞いていたカルナの手にはいつの間にか、黄金に輝く日輪をモチーフにしたと見れる装飾が施され、長身の彼すら超える長さの槍が握られていた。

 

 

「…もう一つ、問わせてもらおう。お前達は自らを英雄と称したな?では何を持って、その誉れを掲げんとする」

 

「ハァ?馬鹿かお前、これを見ろ!!」

 

 

手を前に突きだし大きく振るう。するとカルナの後ろで爆発音が響き、彼が羽織るコートが大きくたなびく。

 

 

「これが俺の神器、【重きを持って、爆発と成す(グラヴィティ・ブラスト)】だ!!超重力で圧縮を起こす!生物には使えず範囲は狭いが爆風に巻き込めば何の支障もない、更には俺の視界であれば場所は自由!!分かるか?これが聖書の神から授けられた“神器”!つまりは選ばれた存在…英雄に相応しい力と証拠だ!!」

 

 

明らかに自分に酔いしれていると分かる声音で、彼はこの時ようやくカルナが握る槍に気づき。

 

 

「それがお前の“神器”か?無駄にデカイな。そんなの振るえるワケもねぇし、何の力も感じねぇ。へっ!逃げるしかねぇお前に相応しいな!ソレ!!」

 

「…そうか、確かにこの槍は、神々の王であるインドラが授けた物に相違ない。しかし今のオレは、あの男の名代として赴いている。その程度の力しか持ち得ぬ“神器”とやらと比べた侮蔑を、彼は決して許しはしないだろう」

 

 

カチャリと耳飾りを鳴らし、カルナはその大槍を悠々と水平に掲げ(・・・・・・・・)つつ、穂先を男へと向け。

 

 

「そしてオレは英雄(・・)だ。ならば先達の一人として、静かに眠る英霊達(彼ら)に代わり、お前達を今、我等英雄の敵として認めよう…ッ!」

 

 

そのまま一閃――大地に深々と、地平の果てまで続く一筋の線が刻まれる。

 

 

「ここから先、一人でも越えようものならその瞬間、お前達を殺し尽くす。英雄と自らを称したのならば、その真偽をこのオレに見せるがいい」

 

 

片目を閉じ、もう片方の揺れぬ水面のような瞳が彼らを捉えて離さない。

 

誰かがタラリと冷や汗を流し、それはいつしか全員に伝播した。魂が、心が理解してしまったのだ。

 

 

この男は本物(・・)であると――しかし…。

 

 

「~~ッ!こ、虚仮脅しだ!!数はこっちの方が上なんだ!!ビビッてんじゃねぇ!!」

 

 

男が今まで間違った方法で積み上げた自信。それが彼らの心に浸透し、理解した思いを上書きする。

 

「かかれ!!」という声と共に、誰もがその線を越える。普通ならば遠距離からでも攻撃すればと思うだろう。しかしまともな司令官もいない、更にカルナが解き放った英雄としての威圧にやられた彼らはすでに、まともな思考などできようもない。そもそも今まで誰かに流され、熱に浮かされたまま悪魔や堕天使など、人とそう変わらぬ姿の命を絶つという重さも理解せずに殺して来た彼らだ。誰もが意味のない叫びと共に、次々とその英雄としての資格(・・・・・・・・)らしい“神器”を解き放とうとするが…。

 

 

「――是非も無し」

 

 

神速で振るわれた槍は、その穂先に血が付着する事すら許さず、瞬時に目の前の10人程の首を斬り落とす。

後ろにいた者達は何が起きたか理解できず、ピチャリと頬に跳ねた血を見てようやく今、自分が命の取り合いをしようとしていたと理解し、瞬間反転。そのまま逃げようとするが…時すでに遅し。

 

 

「言ったはずだぞ。一人でも線を越えれば殺し尽くすと」

 

 

再び一閃すれば、彼らの身体だけでなく、視界に入る全ての建物すら二つに別たれる。すでにリーダー格として振る舞っていた男は、カルナの初撃により、無様にその骸を晒して横たわっていた。

 

そのままカルナは魔力放出などの特殊な攻撃方法を使わず、己が重ねた技量のみを持って、五分もかからぬ内に、その場にいた50人程を宣言通り殺し尽した。彼が羽織るコートは肩から落ちるどころか、血の一滴すら着いていない。

 

血の海と成り果てた光景を一瞥し、カルナは再び移動を開始する。そのスピードは先程の比ではない。もとよりカルナは目的すら分からない、こちらを追って来る彼らの正体が分からず、問うために速度を合わせていたのだ。だがその目的が分かった今、わざわざ遅く移動する道理もなく、何より先程彼らは同じ人間である己ですら躊躇いなく攻撃してきた。ならば妖狐である弥々こそが最も危ういと、カルナは先程からこの異界で感じる数多の闘争の気配から、彼女の存在を探ろうとする。

 

 

「……そこか」

 

 

集中する為に閉じていた眼を開き、更に速度を上げる為に魔力を纏い、目の前に存在する建物を幾つも倒壊させつつ彼女のもとへ向かうカルナ。

 

 

凄まじい爆発音を鳴り響かせ、ついに到着したカルナを待っていた弥々。その姿は…。

 

 

「…弥々……?」

 

 

先程のカルナと同じように、大勢の刺客に囲まれ、着ていた着物は酷く損壊。美しい肌にはワザとらしく切り傷が無数に付けられ、嬲られた後と見られる姿がそこにあった。

 

 

「ッ!弥々!!」

 

 

名を叫びつつも、カルナは彼女を更に痛めつけんとしていた、これも“神器”と思える炎を手足に宿した蜥蜴をすぐさま切り捨て、周りにいた“英雄派”もその余波で全てが死に絶える。

 

 

「弥々、しっかりしろ。お前程の女が何故このような…」

 

 

生きた者がこの場にいないと確認し、カルナは彼女を抱きかかえ、名を呼ぶ。だが彼女は気絶しているらしく、更に顔色は優れぬまま滂沱の汗を玉のように浮かべ、呼吸も酷く浅い。

 

 

「…毒か」

 

 

先程カルナがいとも簡単に切り捨てた蜥蜴型“神器”。名を【火食い蜥蜴(サラマンダー)】と言い、その名の通り、炎を取り込み己が力とする、まさに弥々との戦いの為に曹操達が送り込んだものだった。更にこの【火食い蜥蜴(サラマンダー)】は、大型の蜥蜴に見られる特徴…つまりは毒すら保有しており、弥々は今まさにその毒に犯されていた。

 

無論、彼女もやられるばかりではなかった。

焔狐を召喚し、耐熱性の無い者を悉く屠り、時には爪で、時には牙で喉元を食い千切り、すぐにでもカルナを探そうとしていたが…あまりにその相性が悪く、更に彼女の苦しみ喘ぐ様をもっと見ようと、彼女を囲んだ“英雄派”の男達はワザと時間をかけ、彼女を追い詰めていたのだ。

もし…もしカルナが間に合わなければ…彼女は八坂に代わり、死よりも辛い、女としての辱めを受けていただろう。【敗者は辱めろ】と、曹操が大儀を与えた(・・・・・・)者達の手によって…。

 

 

「…っぁ……し…しゃどの…?」

 

 

ようやく目を覚ました弥々だが…やはり、酷く苦しそうに息を吐く。

「出口を探す」とカルナが彼女を、今は己が纏う穢れすら気にしていられないといわんばかりに抱きかかえようとするが…弥々はそんな彼を引き留めるように、力なく袖を引き。

 

 

「置いて…くだ…まし。貴方…けでも…はや…く」

 

 

無様を晒した自分を見ないでほしい――そんな思いすら込め、弥々は自らの安否さえ気にせずカルナに逃げるよう言う。だが…全てを是と捉えるこの男でも、それだけは看過できない。

 

 

「それはできない。お前には、この地を案内し素晴らしき景色を見せてくれた恩がある。それを忘れ見捨てるなど、我が父と母の名を穢す最低の行いだ」

 

 

『だから必ず助ける』――毒に犯され、潤む彼女の瞳をしかと見据えカルナはそう宣言し、今度こそ抱きかかえ、駆け出す。

 

なるべく彼女に負荷の掛らぬよう、だが速度を落とさず広い視野をと屋根を(つた)い、カルナは飛ぶように駆ける。

 

 

徐々に人化も解け、狐耳と尻尾が現れ霞む視界の中弥々は、抱きかかえられたカルナの腕の中で身を委ね、その(いだ)かれた胸へと耳を当てる。

 

聴こえてくるのは静かでありながら、当てた耳が火傷しそうな程の熱き血潮を全身へと送る鼓動の音。

寄せては返すさざ波のように、一定のリズムを刻むカルナの心音。そこには突如連れ去られ、敵の攻撃に晒されたにも関わらず、微塵の恐怖や不安も抱いていないと分かる、彼の心情が有り有りと映し出されていた。

 

無意識に顔をシャツに擦りつけるような仕草を弥々は見せ、ようやく彼女はこの不動の大木が如き安心感を与えてくれる、施しの英雄の名を心中にて呟く。

 

 

(…カルナ様……)

 

 

今も身命が削られているこの最中、弥々には恐怖などなく、まるで暖かな日差しに包まれたような気すらしていた。それもそうだろう。なにせこの男は、常にこの星をあまねく照らす太陽の御子なのだから。

カルナの名を心の中で唱えた次の瞬間…――彼女はついに自覚する。

 

 

「…お慕いしております…――愛してます」

 

 

トクリと心音が、彼と重なる。

男を時に誑かす、妖狐としての生を受けて以来、人から向けられるのは欲情の視線。女だから…それだけで京都守護を任せられぬと侮辱され、それは拾ってくれた八坂と鞍馬天狗が推薦してくれるまで続き、ようやく持てた誇りは先程、人の手によって地に堕ちた。しかし…それでもこの男だけは、己を素晴らしき戦士だと褒め讃え、暖かく包んでくれた。

 

『愛している』――だがその思いを綴った言霊は、駆けるカルナの耳には届かず、遥か後方へと流れていく。しかし弥々はそれでいいと力無く、カルナには分からぬよう笑う。

 

理解した。理解してしまった。

神々の王インドラとその格を同じくして、この日の本の主神天照大御神とまた同じ太陽神であるスーリヤ。その息子に自分は知らなかったとはいえ、一度矛を向けたのだ。まさしく万死に値する蛮行だろう。更に…その身分はあまりにも違いすぎるのだ。

 

主神とほぼ同じ格を有した大英雄と、神々の眷属の一員とはいえその末端…更には妖狐にまで格落ちした自分。

くたりと力無く彼に抱かれる今の自分のどこに、少しでもこの英雄に相応しいと誇れる箇所があるというのだろうか。それに…それに自分は今でも、この京都を守りたいという思いがある。つまりはほんの刹那とはいえ、この素晴らしい英雄とこの地を天秤にかけ、更には思いをしかと告げればこの英雄は、応えてくれるやもと酷い愚妄が頭を()ぎった。何と…何と自分は、卑しい女なのだろうか…っ。

 

 

叶わぬ初恋、揺れる心。焦がれる程の恋慕は涙となって、彼女の頬を伝う。その複雑に過ぎる心境は、この『貧者の慧眼』を持つカルナでも、分からぬものだ。だから少しでも、苦痛をほんの僅かばかりでも忘れられるようにと、彼は語り掛ける。

 

 

「弥々、お前が何故泣くのかは、オレには分からない。だが母は言っていた。辛い時は、とにかく涙を流すものだと」

 

 

叫びたい、愛しているのだと。今にでもこの唇を重ね、貴方に思いを告げたい。でも…。

 

 

「はい…はい…っ、少しだけ…胸を借りとうございます……っ」

 

「構わない。それくらいの器量はあるつもりだ。辛いだろうが…もう少しだ」

 

 

顔を隠すように、ギュっとスーツを握る弥々。カルナは更に、出口を探さんと速度を上げる。

 

その後方にて宙を舞うは、彼女の(思い)――風に舞う花弁如く、それは流れ(捨てられ)ていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…おかしい、これだけ駆けまわろうと、その綻びすら無いとは…もしやここは、閉じられた空間か…?)

 

 

10分ほど後、カルナは弥々を伴い、京都タワーから辺りを俯瞰していた。そこから見えるのは薄暗い空と、陰鬱とした表情を見せる京都の街並み…そして数か所から昇る闘争の気配。だがどうやらそれは終わったらしく、今は遠くに見える二条城へと何らかの力が集まっていることが伺える。

 

そこに恐らくは、今回の首謀者がいるだろう。しかしカルナは敢えてそこへは向かわず、更には焦りすら見せていた。何故ならば――。

 

 

「ハァっ、ハァ…ッ!ア゛ぐ…ッ!!」

 

 

弥々を蝕む毒が更に彼女の全身へと回り、今や抱きかかえる事すら難しい程に、苦しみもがいていたからだ。

 

どうにかせねば…このままでは間に合わない。

 

 

(…なりふり構ってはいられぬか)

 

 

覚悟を決め、弥々の肩をそっと抱きかかえる。

 

 

「弥々。オレはこれから、お前を連れて敵の首魁へと乗り込む。…危険に晒してしまうが……」

 

 

置いて行くという選択は出来ない。ここへ来る道中も彼らは追撃に見舞われ、その全てをカルナは弥々を抱いたまま、突破してきたのだ。

 

もしかしたらと、置いてゆけば今度こそと不安が彼を襲う。

しかしまるで死人のような土気を見せる顔色でありながら、弥々はカルナを安心させるかのように微笑みを浮かべながら、彼の頬を撫で。

 

 

「し…じます……あなたに…身を…委ね…から」

 

 

掠れる声で囁き、再び気絶したのか…添えられた手が地面に落ちようとする。が、その手を落としてなるものかと握りしめる、肉刺(まめ)だらけの手がそこにはあった。

 

 

「その覚悟、しかと受け止めた。ならばオレも応えるとしよう」

 

 

宣言するかのような声音で、カルナは弥々を横たわらせ、父スーリヤから今生でも再び授けられた耳飾り…その上に取り付けられた、虹色に輝くトヴァシュトリ神が作りしカフスへと手を伸ばし、僅かばかり外す。

 

瞬間、カルナの足下に具足が出現。そして――。

 

 

「…ッ――!」

 

 

あらん限りの膂力を持って、その一部を引き剥がす(・・・・・)

拷問に等しき痛みがカルナを襲うが…その表情を僅かばかり顰めただけで、足から流れる血すら気にせず弥々にその具足の一部を持たせる。すると死人のような顔色が、軽くではあるが回復したではないか。

 

その様子に安堵した表情を見せ、いざ向かわんと二条城へと視線を向けると。

 

 

「っ!この気配…斉天大聖殿か」

 

 

かつて相対し、いつか再び相まみえんと約定を交わしたあの老猿の気配があるではないか。

 

確か彼は、『氣』や『仙術』という回復術を使えた覚えがある。

 

 

逸る気持ちで魔力を放出。炎で形成された翼を生やし、飛翔しながら向かうとそこには三年坂で出会った悪魔達、更には“裏京都”の屋敷で見た覚えがある妖怪が幾人か見える。その中に、あの小さくも存在感を放つサングラス姿を確認し声をかけようとするが――。

 

 

『グルォォォオオ!!』 『グルルァァアア!!』

 

 

猛々しい獣の咆哮が響く。

そちらに目を向け、カルナが見たのは美しい金毛を靡かせる巨大な九本の尾を持つ狐、おそらくあれが八坂なのだろう。その証拠に、金色に輝く巨体からは、弥々とよく似た神気(・・)を微かに感じる。

それと相対するかのような位置取りで、威嚇するは二匹のドラゴン。

 

カルナはその姿を視界に捉え、驚愕の表情を浮かべる。

片方はまだあの老猿がいるから分かる。あの時見逃した、確か玉龍(ウーロン)だっただろうか……だがもう一匹、その姿を見てカルナは、心に抱いた思いを口にする。

 

 

「ヴリトラか、何と……憐れな(・・・)

 

 

古代インドに生まれた者ならば、誰もが知る偉大なる蛇(アヒ)。その巨体は天地を覆い、生命を営む上で大切な、水を覆い隠す者として恐れられ、最後は壮絶な死闘の上、インドラの手により殺された。しかしヴリトラの死後暫くは、インドラはこの大いなる蛇(アヒ)を退治したにも関わらず恐れ、我が名声を高める素晴らしき者であったと彼は『ヴリトラハン』(ヴリトラを退治せし者)の名を掲げ、至上の誉れとした。

 

だが…あの姿は何だ…?

 

あの程度であれば、クシャトリヤであれば誰でも殴殺できるほどに弱く、更には己であっても殺しきる事が難しいと断言できるその不死性は、今や微塵も感知できない。何より…。

 

 

「大いなる蛇(アヒ)よ、何故お前が現世に存在している。…これでは誇り高きあの死闘の全てが、無意味な泡へと消えてしまう」

 

 

何より目の前に存在するこの邪龍は、完全に一度死んだのだ(・・・・・)。それがこうして目の前に存在し、まるでかつての誇り高き姿を忘れたかのように、無意味に黒炎を撒き散らし、八坂程度の実力者(・・・・・・・・)を相手に苦戦している。

インドラの実力、その権能である槍を持つがゆえに…偉大なる武神が恐れた、かつてのヴリトラの実力を理解できるがゆえに…カルナにはまるで、無理やり生きる真似を強要されているかのような、今のヴリトラの姿があまりにも憐れで仕方なかった。

 

 

だが今は、ヴリトラに憐憫を感じている場合ではない。

 

カルナが弥々を少しでも、早く治してもらおうと初代がいる地上に降下しようとした時――。

 

 

 

「曲がれぇぇえええ!!」

 

「――ッぐぅぅう…ッ!!目が…ッ、赤龍帝ぇぇえええっっ!!」

 

 

二つの若い男のものと思える叫び声が響き…瞬間、カルナの方向(・・)へとイッセーが曹操へ放った魔力弾(・・・・・・・・・・・・・・)が飛んできた。

 

カフスの影響で、初代がカルナに気づけぬまま仙術で目覚めさせたイッセーの全力。しかしこの程度(・・・・)では彼の鎧、【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】に掠り傷一つ付ける事など不可能。だが…今カルナの腕の中には、弥々がいる。

 

避ける?――否、それでは彼女に負担が掛かってしまい、更に症状が悪化する可能性がある。

武器を取り出して弾く?――否、それでは腕の中の彼女を落としてしまう。

鎧を全て剥ぎ、彼女に?――否、そのような時間など無く、だからあの時も一部しか持たせなかった。

 

目前に迫る魔力弾を見ようとも、カルナは一切焦る事なく、どうすれば最解適かを思考し辿り着いた答えは即ち…――ならば、武器など不要(・・・・・・)

 

 

 

「真の英雄は眼で殺す……!梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)――!!」

 

 

真言(マントラ)と共に、放たれるは目に映る全ての景色を朱に染める古代インド奥義。ヴィシュヌ第6の化身パラシュラーマから身分を偽ってでも教わり、しかしその身に受けたかつての呪いはすでになく、十全で放たれた真の英雄の眼光は向かってきたイッセー渾身の魔力弾を蒸発させ、更には遥か地平の彼方…つまりはこの京都を似せて作られた、異界を形成する“世界の壁”ともいえる空間そのものに罅を入れる…だけではない。

 

 

「むんッ!!はぁ…ッ!!」

 

 

万が一、初代の治療の際、追撃を受けて施術が失敗せぬようにと、カルナは“梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)”を放ったまま周囲を睨みつけ、溶解した地表はマグマとなって激しい爆発と共に、辺りを文字通り火の海へと変えていく。

 

しばらくし、これで安心して降りられるとカルナはパチパチと全てが燃え堕ちる地獄のような光景の中、弥々を抱きかかえ。

 

 

「この場でお前に会えた幸福に感謝しよう。斉天大聖よ、どうか彼女を助けてほしい」

 

 

初代の前に降り立つカルナ。そこには初代だけでなく、突然の事に唖然となり、身動き一つ取ることも出来ず、ただ見ているだけしかできなかったイッセー達の姿もあった。

 

 

『施しの英雄』と『赤龍帝』

人と悪魔、英雄とヒーローはこうして邂逅し、再び紡がれる事となった叙事詩は新たな章へと突入しようとしていた――。

 




一応もう2~3話でこの京都編終了の予定です。
区切りがついた際は、活動報告にてボツ案晒しでもやる予定です(メチャありますからね、ネタには困りませんよ?)


あと…書いてて思ったんですが、何でこの弥々って子、ヒロインじゃないのん(´・ω・`)?
おい誰だよ、この子ヒロインじゃないなんて言った馬鹿は(感想を書いてくださる読者は次に、『お前だよ!!』と言う)←ジョセフ風

こんな感じで最後を締めくくりましたが…済まない、本当に済まない。
今回はまだ、顔合わせ程度ですませる気なんだ(汗


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抱く思いは様々な形と成りて

遅くはなりましたが感想評価、そして誤字報告をくださり読んでいただいている読者の皆様、明けましておめでとうございます。
あとこれも遅くなりましたが、推薦をくださった方へ本当にありがとうございます。
(スンゲー驚きました)


今年も遅筆かつ展開の遅さに定評が付きそうな程に(てかもう付いてるか)中々進まぬこの『施しの英雄』ですが、どうかよろしくお願いしますm(__)m




赤龍帝の三叉成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)】――歴代赤龍帝の先輩達や、俺の尋常じゃないスケベ心が起こした奇跡、“召喚(サモン)おっぱい”で呼び出したリアス部長のおっぱいのおかげで覚醒できた新たな力は一撃でこの空間を揺らし、今回の騒動を引き起こした新たな敵“英雄派”を名乗る者達の首魁、曹操をもう少しまで追い詰める事ができたんだけど…。

 

突如空間を引き裂く音が聴こえ、俺はついそちらの方に意識をやってしまった。いや、俺だけじゃない。

曹操もまた、体勢を整えてその裂け目を嬉しそうに眺めている。

 

 

「どうやら始まったようだ。あの九尾を使った魔法陣、そして君のドラゴンの気が、俺達の今回の目的、グレード・レッドを呼び出す事に成功したらしい」

 

 

ッ!コイツ等の目的は、あの次元の狭間を泳ぐ世界最強のドラゴンを呼び出す事だったのか!?

もはやこちらに興味が無いと言わんばかりに曹操は、今回俺達をこの異界に閉じ込めた張本人、これまた上位“神滅具”【絶霧】を持つゲオルグとかいう眼鏡に話しかける。

 

 

「ゲオルグ、予定通り『龍殺し』を召喚する準備に取り掛かって…――」

 

 

―?何だ、急に目を細めて次元の狭間を見つめたりして…。

 

 

「…違う、これは…グレード・レッドじゃない!あれは…それにこの闘気…ッ!?【西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)玉龍(ウーロン)か――ッ!!」

 

 

曹操がそう叫ぶと、中から細長い印象を与える東洋タイプのドラゴンが出て来た!あれが五大竜王と名高い玉龍か!

 

更には鴉天狗と思える妖怪達も、玉龍の後を追うように出て来たけど…曹操の視線はすでにドラゴンの方ではなく、その背中に向けられており、俺もその視線に釣られ見ると、そこには小さな人影が…うぉ、落ちて来た!いや、降りて来たのか?あの高さから!

 

小さな人影はまるで高さなど感じさせないように、スッと静かに降り立ち。

 

 

「…あぁん?オイ玉龍、アイツの所にまずは行けっつったじゃねぇか。乱れまくった『妖』の気、中途半端な『覇』の気流渦巻くこんなチンケな場所に、アイツが居りゃ全部飲み込む膨大なうねりがあるに決まってらぁ」

 

 

小さな人影は老いたような皺嗄れた声音で一歩一歩、何だか不機嫌そうに歩きながらこっちに来る。てか口悪くねぇか!?

現れたのは園児くらいの身長しかない、小さな猿のような顔の人。顔は皺くちゃで、法衣みたいな服を着ており、肌は黒い。長い棍のようなものを肩に担ぎ、サイバーなサングラスをかけ煙草を咥えている。そして…その法衣の下には大量の包帯を巻き、時折火傷と思われる傷跡が、合間から覗いていた。

 

 

「おー、久しい限りじゃいクソガキ。チョロチョロとボスの後ろ着いて歩き回ってた頃が懐かしいねぃ」

 

「っ!闘戦勝仏殿…各地で我々の邪魔をしてくれた際、仲間から貴方の様子を聞きましたが…貴方程の達人が、いかような理由でそれほどの手傷を…!?」

 

「おっ!へへ、良いだろい?オイラの宝モンさ。簡単に治すにゃちと勿体無くてね、まだ時々燃えるように痛みが襲うが…まぁ、それすら心地良いってモンだ」

 

 

話の内容を聞く限り、あの二人は知り合いか?それに何だか、あの曹操が畏敬を持って接しているようにも見える。それに何だ、他の英雄派の構成員が猿の爺さんを見る目が厳しいようにも思える。五大竜王である玉龍を、何だかタクシー代わりに使っているような印象を受けたし…(何だかあのドラゴンすげー疲れてるみたいだし)

 

 

「…誰だ、あの猿のような…爺さん?」

 

 

思わず疑問を口から出すと。

 

 

「恐らくは…孫 悟空。それも初代だよ」

 

 

治療を終えた木場が俺に近寄りながら教えてくれって…な、な、な、何だとぉぉおおお!?

 

 

「しょ、初代孫 悟空ぅぅううう!?あ、あの爺さんが西遊記で有名な…っ!?」

 

 

マジかよ!スゲェ!そうか!もしかしてアザゼル先生が言ってた助っ人っていうのは――。

 

猿の爺さんは俺の視線に気づいたのか、こちらをサングラスで隠された瞳で見て来て。

 

 

「オメェさんが今代の赤龍帝の坊やかい?呵呵っ!こりゃ良い、面白ぇ感じの龍の波動だ。まっ、確かにアザ坊に頼まれたんだ、しょうがねぃ。後はこの爺ちゃんに任せときな――玉龍、九尾を押さえとけ」

 

 

猿の爺さん――初代が空を舞う玉龍に指示を出したけど、玉龍はどうやらそれが不満らしく。

 

 

『おいおい、ザケんなこのクソザル!!須弥山からここまでどれだけ飛ばしたと思ってんだ!?オイラ、チョー疲れたんですけど!?白龍皇の兄ちゃん達が手伝おうかっつっても無視して無理やり入りやがって!っておいおい、見ろよアレ!ヴリトラだ!うわっ、懐かしーなオイ!あの真っ白な兄さんやボスがいたら何て声かけんだろーな!』

 

 

…テンション高いな、あのドラゴン!?

 

 

「良いじゃねぇか。言っとくがこれが終わっても、お師さんのとこには帰らねーぞ?生臭坊主の説教なんざ、誰が聞いていられっか。このまま京都に居座って、即会談済ませて修行代わりに【禍の団】を狩って狩って殺しまくる。オメェさんも鍛えれるんだ、ありがたく思えや」

 

『お師さぁぁあん!!助けてー!!殺される!?オイラ過労死しちゃうから、今すぐコッチ来てこのクソ猿止めてっ!!』

 

 

何か泣きながら玉龍は、巨大な九尾の姿となり、ヴリトラと化した匙と相対している八坂さんへと向かった。てかコエェェエエエ!?何この爺さん!何かすげぇ怖い事言ってるんですけど!?

 

初代が曹操達へと歩もうとした時、放たれる()にあてられたのか…“神器”【龍の手】の亜種“禁手”である6本の腕を展開したジークフリートが突貫していった!

 

 

「お猿の大将!相手に取って不足は――」

 

 

曹操が止まれというが、もう遅い。

 

 

「オイラが不足だタコ。お前のような半端モンにゃコレ(・・)で充分よ」

 

 

初代がそう呟くと、そのまま振り下ろされた剣を全て軽々と避け、ジークフリートの腹を軽い動作で蹴り付ける。するとジークフリートは軽々と瓦礫の中へ、凄まじい勢いで吹き飛ばされてしまった。つ、強ぇぇええ!!な、何だあのジジィ!?手に持った武器も使わずに、木場や新デュランダルを持ったゼノヴィアが二人がかりでも勝てなかった、あのジークフリートを!?

 

 

「年期が違う。赤い坊や、悪ぃがお前さん等みたいな若造と比べてくれンな。これでも斉天と名乗りを上げてんだ。流石に失礼と思わんか?」

 

「え、ご、ごめんなさい…」

 

 

な、何だか知らないけど、怒られた。でもあの二人だってかなり強いんだぜ?それと比べて怒るって…。

ちょっと落ち込んでいると、そこへ玉龍が悲鳴を上げた。

 

 

『うぉぉっ!?おい、クソジジィ!!この狐の嬢ちゃん、中々強ぇぞぉぉおっ!』

 

 

見ると玉龍と匙が、九本の尾に締め付けられている!

 

 

「気張れぃ、玉龍。アイツがもしかしたら、見てるかもしれねぇんだ、無様を晒すんじゃねぇ。疲れたから…なんて、言い訳すんなよ?」

 

『ヒェ……分かったよ、頑張りたい!』

 

 

や、やっぱこの爺さんコエェェ…っ!でも何か、良いコンビっぽい…?

――っと、ゲオルグとかいう眼鏡野郎が、八坂さんを捕縛していた魔法陣を解いて、手を初代へと突きだした!今はグレード・レッドの召喚より、あの爺さんをどうにかしなきゃという事か!

 

 

「捕縛する!霧y――「甘いねぃ」…何!?」

 

 

霧が初代の周りに集まっていたけど、空気をかき混ぜるような仕草一つで、霧があっという間に霧散した!ゲオルグも信じられないといった顔をしている!そうだよな、“神滅具”の中でも上位ってのがまるで効かなかったんだからさ!

 

 

「槍よ!!」

 

 

奇襲するかのように、曹操が槍を構え、ギュンっ!!と穂先が初代へと凄まじい勢いで向かう――が…ウソだろ?あのジジィ、咥えた煙草(・・・・・)で止めやがった!?

曹操も流石に呆けたような顔を晒し、信じられないと口が開きっぱなだ!

 

 

「…これで英雄目指してんだっけか?ふざけんなよクソガキ(・・・・・・・・・・)。アイツが魅せてくれた鋭さは、こんなモンじゃなかったぜぃ?」

 

 

初代の一言に、曹操は苦笑いを浮かべ、頬を引きつらせ。

 

 

「…俺が居た頃でも、ここまでバケモノじゃなかったぞ…一体何が、貴方をそこまで変えたというのだ」

 

 

曹操の問いかけに、初代は不敵にニヤリと笑うだけだ。

その間に、瓦礫に埋まっていたジークフリートはどうやら仲間に掘り起こされたらしく、お腹を押さえ、口元からは血を流しながら肩を借り、曹操にここが引き際だと告げる。曹操もそれを感じ取ったらしく、今までやって来た鴉天狗などの妖怪達と戦っていた“英雄派”のメンバーが素早く一か所に集結し、霧使いゲオルグが足下に巨大な魔法陣を描き出した。

 

 

「ここまでにしとくよ。情報収集としては、上出来だ。初代、グレモリー眷属、そして赤龍帝、再び(まみ)えよう」

 

 

曹操が捨て台詞を吐くが…待て待て待て、逃がすかっ!!

俺達の楽しい修学旅行を、九重のお袋さんをこんな酷い目に合わせやがって!!

 

俺は残ったオーラを集め、左手にキャノンを生みだしてパワーを装填し、静かな鳴動音を上げ籠手のキャノンに一撃が溜まった。一発だけでいい、アイツに届けばそれでいい!!

 

 

「あぁ、確かにコイツはお前さん達が始めたケンカだ。坊や、あのガキ共にお仕置きしてみぃ。手助けくらいはしてやるわい」

 

 

初代が笑いながら、コツンと棍の先で鎧を叩く――途端、身体中からオーラが吹き出てきた!仙術の応用かな?まぁいい!

 

 

「お咎め無しで帰れると思うのか!?こいつは京都での土産だ!!」

 

 

濃縮されたオーラが、キャノンから放たれる!

途中、その肉体を生かし盾になろうとヘラクレスが前に出るが…ここだ!サーゼクス様が見せてくれた、縦横無尽の動きじゃなくていい!少し…ほんの少しでも…っ!!

 

 

「曲がれぇぇええええ!!」

 

 

ヘラクレス達を飛び越え、確かに俺の魔力弾は曹操の顔面を捉え、アイツは目を押さえている。

 

やった!――と思った時…。

 

 

 

 

「真の英雄は眼で殺す……!梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)――!!」

 

 

打ち出して曹操達の後方へと飛んでいった魔力弾は、突如聴こえて来た声と共に、視界が真っ赤に染まる程の凄まじい光線の中へと消えた。何が何だかワケが分からなかった。

思わずこの中で、アザゼル先生がいない今の状況、最も頼りになると思える初代の方を見ると――。

 

 

「――っ!?」

 

 

ブルリと寒気がするほどの(オーラ)が初代から立ち昇り、その表情は凄まじいとしか言いようがない笑みを浮かべていた。

 

あまりの恐ろしさに俺は曹操達がいた場所に顔を戻すと、どうやら彼らは、すんでの所で逃げたらしい。でも…――。

 

 

「むんッ!!はぁ…ッ!!」

 

 

その声の主。光線をよく見ると目から放ち、次々とこの異界に作られた京都を焼け野原にしていく男の人。それは昨日団子屋でみたあの外人さんで、その腕の中には同じく一緒にいたあのドエロイお姉さんが抱かれていた。

 

 

 

 

 

地獄がこの世に顕現した。

かつて閻魔帳から名を消す為、本物の地獄に赴いたことのある初代をもってすら、そうとしか形容しようのない光景の中。

 

 

「…んだよ、そんなのもあんのかよ…っ!!」

 

 

(初代)は歯を剥き出しにして笑い、ミシリと棍が折れん限りに強く握りしめる。

 

あの時はそんなもの見せてくれなかったじゃないか、それを使えばもっと簡単にお前は勝てたじゃないか、それを……それを自分は、使わせることすら出来なかった(・・・・・・・・・・・・・・)じゃないか…ッ!!

 

二律違背の心情が、イッセー達を近寄らせず言葉も出させない。

その為、邪魔無くカルナは初代へと近寄り。

 

 

「この場でお前に会えた幸福に感謝しよう。斉天大聖よ、どうか彼女を助けてほしい」

 

 

燃え滾る闘争心を理解した上で、今は何よりも彼女を助ける事が先決だと、カルナは迷いなく以前負かせたこの敗者に頭を下げた。嗚呼、この男は…どこまで…っ!

 

 

「頼むよ…お前さんにそれだけ(・・・・)はしてほしくねぇ。あぁ任せてくれ、オイラの全てを賭してでも、この嬢ちゃんは必ず助ける」

 

 

「感謝する」と目礼を初代へと送り、初代は力強く頷き弥々を受け取り横たわらせ、容体を確認していくが。

 

 

(これは…!?)

 

 

初代が驚きの表情を見せるのも無理はない。

明らかに毒されていたであろう顔色は、見ている間にも徐々に回復の様子を見せ、更には身体中に付けられた生傷は、見る見る内に傷口が塞がれていくのだ。それだけではない、仙術を使うがゆえに分かる気の流れも正常に戻っていき、体内を凄まじい勢いで駆け巡っている。

一体何がと見ていて気付く。弥々の手の中に、黄金に輝く金属と思わしき破片が握られていることに。

初代はそれの正体にすぐ気づき、本来の持ち主へと問う。

 

 

「おい…これはまさか…」

 

「あぁ、鎧を剥がした」

 

 

誰の鎧かなど、もはや問うまでも無い。

カルナの鎧は決して誰にも奪われぬようにとスーリヤが彼の皮膚と同化させ、その事実を帝釈天から聞き及んでいた初代は思わずカルナの方を勢いよく振り向き足下を見ると、すでに止まっているようだがスーツには血が滲んでいるではないか。

 

 

「この程度、どうということはない。…もしやオレは、何かいらぬ世話を彼女に焼いてしまったか」

 

「いや、それは問題ねぇ。むしろオイラがいらねぇくらいだ。気を失ってはいるが、これなら明日には全快して目を覚ますわな」

 

「っ!そうか…良かった」

 

 

ほっとした表情を極僅かに見せるカルナ。だが直後、ポカリと軽い音と共に少しばかりカルナの身体が揺れ、その足下には弥々とよく似た金髪を覗かせる小さな少女の姿があった。

 

 

「お前っ!弥々に何をした!この人間めが!!」

 

 

涙を溜めつつ再びカルナに殴りかかるのは九重だ。

姉のように慕ってきた弥々、そして最愛の母。大切な家族が二人も目の前でこうして傷付き、その全てがこの男と同じ、人間のせいと来た。

 

無論、九重も馬鹿ではない。彼が弥々を助ける為にこうして駆けつけた事くらい理解している。理解はしているが…――。

 

一瞬の内に火の海を形成したカルナに相変わらずポカポカと殴りかかる九重を、彼女を心配し、初代に無理を言い助けに来た鴉天狗達が身体を抱え引き離す。このままでは凄まじいとしか言いようのない、得体の知れない力をもったこの男が、次代の御大将を担う一粒種に手を掛けないという保証はなく、同時にこれ以上須弥山側との亀裂を深めないようにとの行動だ。

 

その間も九重は鴉天狗の腕の中で暴れ、次第に大人しくなるがその眼から大粒の涙を流し出し。

 

 

「…私達が何をしたというのじゃ。嫌いじゃ…人間なんか、大嫌いじゃ!!」

 

 

叫ぶ。出て行けと、母上をもとに戻せと。それは悲痛としか言いようの無い、小さな身体で何とか受け継いで来たこの京都を守ろうとしてきた無力な少女の思いであり、初代やイッセー達ですら、ただ黙って聞いているしか無い中。

 

 

「そうか。だがお前がオレをどれだけ嫌おうと、お前の母は戻って来ないぞ」

 

 

まるでどうでもいいと言わんばかりの言動。勿論真実は違う。『お前の怒りは至極当然であり、正当なものである。だが今はまず、八坂をもとに戻す事が先決のはずだ』――カルナとしては、そう言ったつもりである。しかし彼はどこまでも言葉が足りず、そして…。

 

 

「っ!テメェ何様だよ!何て言い方だよそれ!?女の子がこうして泣いてんのに…それがかける言葉かよ!?」

 

 

もはや魔力は空っぽであるにも関わらず、イッセーは鎧を纏ったままカルナに噛み付く、が。

 

 

「オレが何者であるかなど、お前に一体何の関係がある?悪魔よ、お前のそれは、ただ時間を無駄に浪費するだけだ」

 

 

『己のような男に構っている暇など、今は無いだろう』――だがイッセーにはこう聞こえた。『お前の事など眼中に無い』と。思わず反射的にイッセーは、カルナの胸倉を掴みかかりにいこうとするが…途端、グラリと姿勢を崩し、駆け寄った木場に肩を借りる。もはや限界だったのだろう。すると他のグレモリー眷属も心配するようにイッセーの周りに駆け寄り、その様子を見ていたカルナは、『人徳がある男のようだ』と感心すらするが…そんなカルナを見る彼らの視線はまるで、先程の“英雄派”と対立しているかのように鋭い。

 

 

「おいおい、下らねぇ事でケンカなんざしてる暇は無ぇだろい?」

 

 

流石に見かねて初代が間に入る。何よりこれ以上有らぬ疑いがこの男にかけられる事が、我慢ならなかったのだ。

 

すでに弥々の中に残っていた僅かばかりの毒は外に出し終え、そろそろこの異界から出ねば崩壊する危険すらあると彼らに伝える。

この異界を形成していたのはゲオルグであり、その彼がいない今この状況はあまりに不安定だ。無論それだけでない事など、今は説明する必要も無いだろう。

 

 

「やりすぎだぜお前さん。見な、デカイ次元の狭間が開き始めてらぁ」

 

『オイラ達が無理やり入って来たのも原因だろうけどな!元気してた?白い兄さん』

 

 

カルナを軽く小突く初代に、八坂のもとからこちらへと移動してきた玉龍がカルナに話かけ、その間に同じく先程まで八坂の相手をしていた匙は人の姿に戻り、今はアーシアに治療されていた。

 

「無視していいぞ」と初代が言い、それを聞いていた玉龍の『酷ェ!?』という声を無視する形で「さて」と呟き、動きを止めた八坂を見据える初代。

 

 

「どうしたもんかねぃ。オイラの仙術で邪な気を取り除いてもいいんだけどねぃ…」

 

 

それでは時間がかかりすぎると初代は悩む。

先程言った通り、すでにこの異界は崩壊の兆しを見せ、今もカルナが入れた罅が広がり次元の狭間が顔を覗かせている。

 

 

「斉天大聖、オレのこれ(・・)は使えないだろうか」

 

 

自分自身。つまり今は見えない弥々にも与えた鎧を指差し、カルナは提案する。

 

 

「駄目だ。そこの嬢ちゃんは良かったが…九尾(・・)じゃあまりにこの国の神々に近すぎる(・・・・)。使えば高天原は、あのお姫さんを裏切り者として、この京都の地を見限るだろうねぃ」

 

 

八坂、そして弥々を含めた妖狐という種族は、この日の本における豊穣神“宇迦之御魂神”の眷属であり、末端も末端であった弥々程度ならばともかく妖狐の中でも最上級、つまりもっとも“宇迦之御魂神”と繋がりが深いと言える八坂では、スーリヤの加護を与えてしまうワケに行かぬと初代はカルナに説明し、再びどうしたものかと思慮していると――突如、イッセー達の方を思い出したかのように顔を向け。

 

 

「赤い坊や、そういやお前さん、女の胸の内が聴ける能力があったよなぁ」

 

 

“レーティングゲーム”は今や、各神話の娯楽となっている。そして娯楽とは即ち、暇つぶしには丁度良いバラエティ番組(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ということだ。また、初代も“悪魔の駒”を使った疑似戦争(命を賭けると軽々しく口にするお遊び姿)を下らないB級映画のように眺め、その中でイッセーの『乳語翻訳(パイリンガル)』があったなと思い出した。

 

 

「え、えぇ、ありますけど…」

 

「そうか、それが一番手っ取り早い。手伝ってやるから、そこの小さな嬢ちゃんとあの九尾のお姫さんに掛けろや」

 

 

まさかあんな下らない技が、こうして役に立つ日が来るとは!

何が起こるか分かったもんじゃねぇと、初代はやれやれと首を振りながらイッセーに命令する。

 

どこか納得のいかないような顔をするイッセーだが、重ねて言うが時間がない事は確か。「いけぇぇええ!!『乳語翻訳(パイリンガル)』ッ!!」とイッセーが叫び、同時に【赤龍帝の鎧】が解除されたのを確認し、初代はしゃがみ込み、トンっと軽く地面を叩く動作を見せる。(はた)から見れば何をしているのだろうかと疑問に思うところだろうが、様子を見ていたカルナには分かる。

明らかに変わった辺りの雰囲気を作り出したのは、間違いなくこの男だと。同時に法衣から覗く包帯へと目をやり。

 

 

「それは恥からか?それとも…」

 

「オメェさんとの約束を忘れない為に、文字通り身体に刻んでいるのさ。それに勲章ってのは、これ見よがしに晒してこそだろ?」

 

 

もはや自分の仕事は終わったといわんばかりに、煙草を咥える初代。

あの日から煙管は一度もやっていない。吸えば何だか、あの日から抱くこの思いが吐き出されるような気がしたからだ。

 

初代はカルナに顔を向けず、ただ前を向き、イッセーの『乳語翻訳(パイリンガル)』によって届くようになった声を、必死に母親にかける九重へと視線を固定している。

 

『覚えているか、あの約束を』『まだ持ってくれているか、あの証を』――聞きたい事など山ほどある。しかしそれではこの男を信用していない事になるのでは?と、初代は燻る思いを煙へ込めて、静かに吐こうと火を付けようとすると――横から手が伸び。

 

 

「無論、忘れた日など一度も無い。次はオレも本気で、お前を迎え撃つ」

 

 

指先に火を灯したカルナが代わりに火を付ける。これは良いものを見せてもらった礼だと言うように。

認められたような気がした。今もまだ、追いついていないと断言できる…こんな雑魚でしかない自分を確かにこの大英雄は、挑戦を迎え撃つに相応しい相手と認めてくれたのだ…っ!!

 

パァァアアっと辺りが光に包まれ、その中から人の姿となった八坂が出て来た。どうやら九重の()いは、確かに届いたらしい。見ればその光景に感動した、グレモリー眷属達が涙を流しているではないか。

初代もまた、別に意味で溢れそうになった思いを、男がそう簡単に涙を見せてなるものかと法衣で素早く拭い。

 

 

「ま、何はともあれ解決だねぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トントントン、クツクツクツ――台所を心地良い調理の音が包み込み、女はその中央で、まるでオーケストラの指揮者のように、忙しなくその腕前を振るう。

手にはリズムを刻む包丁が握られ、彼が育て収穫した野菜を食べやすいサイズへと切っていき、その横では鍋蓋が跳ね、料理が出来たと自己主張をしている。その様子はまるで、彼女の今の心境を現しているかのだ。

 

鼻歌を歌いながら、着物の袖を紐で縛り、調理を続ける女。その頭には獣の耳が生え、臀部からはこれまた毛並みの良い尻尾が左右に揺れている。女がどれだけ御機嫌か、それだけで窺い知れるというものだ。

 

味見用の小皿を、そのふっくらとした艶やかな口元へ近づけ味を確認。いい塩梅だと皿へと料理を移し、折角できた料理を落とさぬようにと静かに彼が待つ、居間へと持って行く。

 

そこにいたのは女の身である己からしても、羨ましい程に白い肌と処女雪のような印象を与える髪の色をした、細身の男性。

その姿が見えた瞬間、女――弥々は誰もが見惚れる程の、幸せとはまさしくこれだと思わせる優しい笑みを見せ、愛しい男の名を切に願うように囁く。

 

 

【カルナ様――】

 

 

 

「――悪いね(・・・)オイラ(・・・)はあの大英雄様じゃねぇんだ」

 

 

だが帰って来たのは望んだ声音ではなく、酷く皺嗄れた、弥々が全く知らぬ声。

 

 

「…ッ誰ぞ!?」

 

 

寝かされていた布団を蹴飛ばし、声の持ち主から離れた部屋の隅へと瞬時に移動し構える弥々。

そこにいたのは身体中に包帯を巻き、その上から法衣を着てサングラスをかけたひどく小柄な、猿のような老人。その身体から洗練された気を立ち昇らせる様子から、弥々にはこの小柄な老猿が誰かすぐに分かった。

 

 

「まさか…闘戦勝仏様…?」

 

「おぉ、オイラはその闘戦勝仏だよ。そういうオメェさんの名は弥々で間違い無いねぃ?いやぁ、カルナが世話になった(・・・・・・)らしいじゃねぇか」

 

 

「良かった、良かった」と初代は呟くが…何がなんだか分からない。

何故あの初代孫 悟空がこの京都にいる?いやそれよりもここは一体…何故貴方程の御仏(みほとけ)がと、弥々は今だ回らぬ頭を抱えて問いを投げかけるが、初代は「その前に」とサングラスのブリッジを中指で上げ。

 

 

「色々見えてるぜ?こんなおいちゃんで良ければ、そりゃ頑張らせてもらうけどねぃ?」

 

 

何の事だと思い…そしてはたと気づく。

誰かに着せられたと見える襦袢は、先程これまた誰かに寝かされていたと思える布団を蹴飛ばした際に酷く着崩れ、片膝を立ていつでも動けるようにと身構えていたその姿は、ぶるんと豊満な胸が今にも零れ落ちそうになり、その太ももの奥も軽く初代が首を動かせば簡単に見える仕様となっていた。

 

 

「~~~っ!!?あ、あ…その…見苦しいものを…っ」

 

 

すぐさま後ろを向き、顔を真っ赤にしながら弥々は襦袢の裾を正していく。初代はその後ろ姿を眺め、ただヘラヘラと笑うばかり。そのまま「もういいね」と煙草に火を付け、吐いた煙がこの密室となった空間に漂う。

起きたばかり、そして獣の嗅覚を持つ身としては、今すぐ吸うのを止めてほしい所だが…今はそれよりも、どうしても聞きたい事がある。

 

 

「あの、闘戦勝仏様…その、カルナ様は…この弥々と共におりました、あの方はいづこへ…」

 

 

あの時自覚したこの恋慕は、今も確かに弥々の胸を焦がし続け、ギュっと胸元に添えられ握られた手は、彼女の思いを現しているかのように見える。

 

だが初代は突如、口元を真一文字へと結び、持った煙草の火元を障子へと、つまりはこの部屋の外へと向ける。開けろという意味なのだろうかと、この時初めて弥々はここが“裏京都”に存在する八坂の屋敷だと気づき、急ぎ障子に手をかけた…その時――。

 

 

「――っ!?う、ぁ……」

 

 

人化の術が半ば解け、狐の耳と尻尾がブルリと突如密室のはずの部屋の中にも吹き荒れた、凄まじい気配に充てられ逆立ち、あまりの圧に耐えられぬと弥々はその場にペタリと座り込み、恐る恐るといった感じでようやく隔てられた障子を開けた先。

 

 

そこにいたのは見覚えのある顔の数々。そのどれもが弥々が幼少の頃から見て来た、年老い皺だらけの顔馴染みばかりでありその手には…。

 

今はもう、振るう事叶わぬはずの巨大な金棒を携えた細身のやつれた鬼がいる。

以前は水神と敬われ、しかし信仰薄い今の世では、かつての神通力を振るえず皿の乾いた河童がいる。

神々の眷属でありながら、その身を妖怪に貶められ、今や人間の作った農具である鍬すら満足に振るえぬ老狐の姿がある。

 

他にもまだまだ、まるで百鬼夜行のような様がそこには広がっていた。

 

種族の全く違う彼らではあるが、幾つかその姿には共通点がある。それは誰もが今やひっそりと暮らす老いさらばえた、かつての栄光色褪せた妖怪達であり、その手には誰もが明らかに殺生を目的とした、思い思いの武器を握っているという事。

 

 

一体何がと弥々は縁側へと飛び出し、辺りを見渡す。するとようやく、彼女は愛しい思いを連ねる男の姿を見初めるが…言葉を、彼の名を呼ぶことができない程に、弥々はその眼を見開き――。

 

化外である彼女ですら目を背けたくなる程の、怨嗟渦巻く悍ましい穢れを黒衣として身に纏い、その上から神威吹き荒れる神々しいとしか言いようの無い、黄金輝く鎧を重ねたカルナの姿がそこにはあった。

 

すると向こうもこちらを捉えたのか。

 

 

「…良かった、無事で何よりだ」

 

 

耳介に心地いい声が響き、それだけで男であれば誰でも蕩けるような笑みを浮かべる弥々。

 

だが…それも次にカルナが口にする言葉を聞くまで――。

 

 

カチャリとカルナはその手に持った、かつて弥々にも向けた長槍を彼女が幼い頃から世話になり、家族に等しいと慕う彼ら老いた妖怪達へと水平に掲げ。

 

 

「弥々、オレを恨んでくれて構わない。だがオレはこれから…」

 

 

 

この者達を全て、お前の目の前で塵殺(・・)せねばならない――。

 




新年一発目から書き直しの連続よ…(汗
八坂を救い出したイッセー達のその後は、次回描いていきます(そして何故、このようになったのかも)

ん、英雄派?…そんな連中いましたっけ?


もうね、書いてて思った。
こういう風に描かないと、納得できずに更新すらしなくなるって。
『また展開が遅ぇ!どんだけ焦らしプレイが好きなんだよ!?』だって?
ハハっ、我慢しやがれくださいマジでお願いします何でもしまs――


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屍へと向かひ(い)ける

難産でした…えぇ、難産でしたよ…。
正直完全な納得はいってません。ですがこれ以上はもう無理でした。
恐らくいつも以上に読みにくいと思われます。
(ちょっと題名重いですかね?)

過去最長です、でもただの前回の前語りで終わるという…もうね(汗
(文字通りの意味でのカルナさん無双は次の予定です)

多分読んでて色々気になる事や、少し読みにくいと感じる部分も多々あると思われます。ですがそれは今回の雰囲気作り、そして次回ちゃんと補間していく予定なので、どうか軽いスルーでお願いします。
(本当にこれ以上纏める事が無理です)

アザゼル先生目線から始まります。



異界からイッセー達が帰って来た。

かなりの激闘だったらしく、全員ボロボロになっていた為、今回皆の(キング)となってとくに頑張っていたであろうイッセーの肩に手を置きながら、俺は労いの言葉をかけつつ、こちらに駆け寄って来る救護班に指示を出す。

 

 

「よくやったなイッセー、お前は休んでろ。救護班!グレモリー眷属とイリナ、匙を見てやってくれ!ケガはともかく、魔力と体力の消費が激しい!」

 

 

頷いて即座に対応を始める彼らは、俺達聖書の三大勢力が今回の事件を京都妖怪から聞いたあの日から、セラが即座に用意した精鋭達だ。これで奴等“英雄派”を一網打尽にしてやろうとも思っていたが…確かレオナルドだったか?あの子供が宿した“神滅具”【魔獣創造】で生み出されたアンチ・モンスターが思った以上にこちらの防衛網を食い破り、そこから“英雄派”はまんまと逃げちまった。

 

 

(ま、それだけじゃねぇんだけどな)

 

 

本来この作戦は京妖怪達とも足並みを揃えてやるつもりだったが…。

 

九重が行方不明になった事で、動ける主要戦力はそっちに行っちまうし、間違いなく大戦力になったであろう、鞍馬の大天狗を筆頭とした京都守護を担う者達は、何かやる事があるという事で一切動けず、結局防衛網は完成出来なかったが…まぁ、今回の目的、八坂奪還は確かに達成できたんだ。大金星には間違いないだろう。

 

 

救護班がイッセー達から離れて行く。どうやらある程度は回復したようだな。

 

 

「よっ、今回はお疲れさん」

 

「あ、先生。俺もう疲労困憊っす…」

 

 

敵と戦ったという事で、まだ解けてない緊張をほぐしてやろうと敢えて軽い口調で話しかけると、ニヘラと笑い返して来た。ったく、本当に可愛い教え子だぜ。

 

イッセーの隣にいた木場も相当疲れたらしく、イッセーに先に上がらせてもらうと声をかけていた。その少し先では、今回もかなり無茶したんだろう。匙が気絶したまま、担架で運ばれて、周りでは匙と同じシトリー眷属が心配した声をかけている。愛されてんな。お前も可愛い俺の大切な自慢の教え子だよ。

 

 

「アイツ、かなり頑張ったんすよ。前みたいに『龍王変化(ヴリトラプロモーション)』で暴走しちゃったけど…でも必死に八坂さんを助けようと、先生が呼んでくれた玉龍と一緒に戦って」

 

 

「力使い切ったのか知らないですけど、いつの間にか『龍王変化』も解けてましたし」とイッセーは言うが…あの様子を見る限り、ヴリトラ自身が匙を強制的に止めたような印象を受けたが…いや、今はそっちよりもその後の方(・・・・・)だ。

 

 

「イッセー、俺が呼んだ初代はどこに行った?今回駆けつけてくれた礼を言わなきゃな」

 

 

この場に初代の姿は無い。てっきり一緒に戻ってくるもんだと思ってたんだがな。

 

 

「…異界が崩壊する直前に、『このまま“裏京都”に行く』って。…使者の人(・・・・)と一緒に」

 

 

っ!何!?

 

俺は“裏京都”でロスヴァイセと共に、インドラの話をイッセー達に聞かせた時からその使者を探し続けていた。あの予想出来ない動きを見せるインドラの使者の動向を知らねぇと、安心できないと思ったからだ。結局探し出す事はできなかったが…まさかイッセー達と【絶霧】に巻き込まれていたとはな。これもコイツの持つ、【龍の気】が成せた技か?いや、今はともかく。

 

 

「どんな奴だった!?特徴は!?どんな“神器”を宿していた!?」

 

 

あのインドラが寄こした人間なんざ、気になり過ぎてしょうがねぇ!

思わず肩を強く掴んで話を少しでも早く聞き出そうとすると。

 

 

「アザゼル総督!止めてください!彼がいくら冥界を代表するヒーローだとしても、体力までも無尽蔵では無いんですよ!?」

 

 

先程イッセーを見ていた救護班の女悪魔が再び駆け寄って来て、イッセーを庇うように抱きしめた!

確かに今の状態で聞く話でも無かったとイッセーに軽く詫びを入れるが…鼻の下が伸びて全然聞いちゃいねぇ…そのまま女悪魔の方はサインねだってるし…ただのファンだったんじゃねーか!

 

 

(まぁ、これくらいあってもいいか。頑張ったのは本当だろうしな)

 

 

本当に、お疲れさん。

 

 

 

 

 

修学旅行最終日。

アザゼル先生に労いをかけてもらった後、大激戦を終えて安堵したからか、寝てもまるで疲れの取れなかった俺達グレモリー眷属は、疲弊しきった身体を引きずって最後のお土産巡りを敢行した。…ぜーはー息を切らしながら京都タワーに登ったのは、意外と思い出に残るんじゃなかろうか。駒王町に戻るのが少し怖い…というのも、あの後すぐに部長から電話がかかってきて、事の顛末が向こうに伝わったのです。しかもその時はファンだと言っておっぱいを堪能させてくれた悪魔の女性が抱き着いている時!戻ったらじっくり話し合う事があるそうなのですが…俺、死ぬのかな…?

 

 

笑顔で怒る部長や朱乃さんが脳裏に浮かび、身体をガクブルさせているといつの間にか京都駅の新幹線ホームに着いていて、そこには見送りに来てくれたのか。元気になったと見える八坂さんが、九重と手を繋いで待っていた。

 

こちら――正確には一番偉いアザゼル先生だろう。俺達の姿を見つけると、八坂さんがアザゼル先生と何か話し出した。何話してんのかな?

 

 

「きっと協力体制について話してるのよ。イッセー君頑張ったから、良い方向に話が進んでると思うわ!」

 

 

昨日の疲れを感じさせない笑顔で、イリナが笑いながらそう言ってくれた。へへ、なら良いんだけどな。

 

 

「…おい、そりゃどういう事だ!?」

 

 

っ!アザゼル先生が急に大声を出し、俺達だけでなく、八坂さんの隣にいる九重もかなり驚いている。

そんな九重を安心させるかのように、八坂さんは優しく髪を撫でながら――今回の聖書の陣営との話合いはすでに終わり、そこでもセラフォルー様に伝えたと言う内容を話し出した。

 

 

「鴉天狗共に話は聞いておる。お主ら、特に赤龍帝の技がわらわの意識を覚醒させる事に、大いに役立ったと。それについては礼を申しあげよう。赤龍帝殿、感謝致す」

 

 

軽く会釈してくる八坂さんに続き、九重もペコリと頭を下げる。

 

 

「しかし協力体制についてはまた後日の機会とさせていただきたい。その旨は昨日(さくじつ)、すでに魔王殿には伝え申した。まずは須弥山との話し合いをしかと進めて(・・・・・・・・・・・・・・・・)からだと」

 

 

っ!ここでも須弥山かよ!

 

同じ事をアザゼル先生も思ったらしく、どうしてだと問い質す。何故そこまで須弥山に重きを置こうとするのかと。

 

 

「こちらから呼び出したのじゃ、通す筋というものがある。……お主達はあの男を見て、何も感じなかったのだな」

 

 

ん?最後の方は小さくてよく聴こえなかったけど、でも…っ!

 

 

「…分かった。協力体制についてはまた今度、できれば良い返事を聞きたい。…【禍の団】なんてテロ組織が活発に動き、アンタは利用されそうになったんだ。俺達は手を組んで、この脅威に立ち向かわなきゃならない」

 

「分かっておる、アザゼル殿。じゃがこればかりは通さねばならぬ道理じゃ。我等妖怪にも、義理はあるのでな」

 

 

「また京都に来て、九重と遊んでほしい。その時はぶぶ漬け(・・・・)でも出して、持て成すのじゃ」――そんなやり取りをして、俺達は新幹線に乗車した。発車するまで二人は手を振って見送ってくれたけど…何だろう、この納得のいかない感じ。だって俺達、あんなに頑張って八坂さん助け出したんだぜ?なのに…。

 

先生も納得がいってないらしい。でもこう言ってきた。

『お前達の旅行ついでに、いきなり話を持ち掛けたこちらも確かに悪い。前向きな返事を貰えただけでも御の字』だって。うーん、これが政治ってやつなのかな?

 

 

「よぉ、さっき何の話してたんだ?」

 

 

悩んでいると、昨日の疲れをまだ引きずっているっぽい匙が来た。なので先程の話をそのまま伝えると、「確かにそりゃ難しいわな」と返してきた。

 

 

「会長もいつも頭回転させて悩んでるよ。レーティングゲームで顔と名前が売れ出したとはいえ、俺達まだ学生だからさ、次期当主としての勉強や学校設立のパトロン探しと毎日書類と睨めっこして…もっと俺達眷属を頼ってくれてもいいのにさ、これは自分の夢だからって。ま、だからこそ支え甲斐のあるご主人様なんだけどな!」

 

 

…スゲェ、ソーナ様の話ばかりだけど、コイツ等はちゃんと夢じゃなくて目標に向かって頑張ってるんだ。俺達も負けちゃいられねぇ!

 

 

「今度の試合はあのサイラオーグさんだろ?俺の分まで頑張ってくれよ」

 

「―?何だよその言い方、何かあったのか?」

 

「あーはは…実は…」

 

 

頭を掻きながら、何だか少し恥ずかしそうな仕草をする匙。

どうしたと聞くと…何でも昨日から、ヴリトラの調子がおかしいらしい。何かブツクサ小声で、「何故…」とか「あのような姿を」とか…ホントにどうしたんだ?

 

「駒王町に戻ったら、アザゼル先生に相談する」と言って戻る匙を見送り、俺は窓辺に頬杖をついてこの三泊四日の旅行を思い返していた。

 

“英雄派”――曹操。

あの男は何というか…不気味だった。今まで戦ってきた悪魔や堕天使じゃない『人間』。そして初代と共に姿を消した、あの真っ白な外人。

アザゼル先生には朝一であの男の情報を話した。

初代と知り合いのようだった様子。炎の翼を生やして、眼から光線を放ち、あの頑丈な異界に罅を入れた事。話を聞いていた木場達によると、二条城に集まる前、俺達がそれぞれ別れて“英雄派”の相手をしている間、何やら破壊音が立て続けに聴こえ、煙が上がっていたとの報告もあったので、破壊力も相当持っていると分かった。それに…。

 

 

【真の英雄は――!!】

 

 

自分から英雄だなんて、曹操と元々は同じ組織だったのか?

同じ事をみんな思ったらしく、話を聞いた先生は「まさか“英雄派”のパトロンは…」っていつもみたいにブツブツ自分の世界に入っていったけど…でも、泣いている女の子にあんな言葉しか言えない奴が、英雄だなんてワケがない!

 

 

『相棒、あの男を曹操とか言うガキと同じように捉えない方が良い。俺のドラゴンとしての魂が叫んでいる…あの男は、下手をすれば“神滅具”所有者以上に危険な奴だと』

 

 

ドライグが忠告を心の中で入れてくれた。そうだよな、油断大敵ってやつだ!

 

ドライグが宿る【赤龍帝の籠手】が宿る左手を見る。

“神器”に眠っていた力と、【悪魔の駒】を組み合わせた俺の新しい力。まだ改善の余地は十分にある。また一から修行だな。

 

…サイラオーグさん、ヴァーリ…そして曹操。

 

 

(俺は負けない。もっと強くなる。もっと、もっと…!)

 

 

決意を新たに、最後にもう一度この綺麗な京都の街並みを見ておこうと窓の外を見る…ん、何か忘れているような――…あっ。

 

 

「うわぁぁあん!!八坂さんの、九尾のおっぱいぃぃぃぃぃい!!」

 

 

無念の叫びを出しながら、俺は扉に噛り付く!

こうして俺達、駒王学園2年の修学旅行は終わりを告げたのであった――。

 

 

 

 

 

イッセー達を京都駅から見送ってすぐ後、九重は熱を出した。

 

八坂が戻り、自分でも知らない内に張っていた緊張が切れたのだろう。八坂自身、己がいない間、九重が皆を纏めようと空回りしながらも頑張っていた事を知っているし、それを誇らしくさえ思う。だが八坂がそんな我が子にかけた言葉は――…叱責だった。

 

何故屋敷で大人しくしていなかった、何故行動を起こした、何故…この子を誰も止めてくれなかったのか…っ!

 

もう一つの事情もあり、八坂は人間達に空を飛ぶ姿を見られぬよう術を展開しつつ、胸にくたりと力無く項垂れる九重を抱きしめ更に急ぐ。その間、昨日起きた事を思い出しつつ――。

 

 

 

昨日助け出された異界。朦朧とする意識の中、聴こえて来た声に心揺すぶられ、覚醒した意識が捉えたのは今は亡き夫が唯一自分に残してくれた最愛の一粒種たる九重の姿。それだけではない、龍の気が混じる悪魔の童や他の悪魔、更には部下である鴉天狗や闘戦勝仏の大物までいるではないか。しかし、最も驚いたのはそんな多種多様溢れる様ではない。

 

自らがかつて祝いの席で授けた着物、それは所々が破れ、女の宝物である美しい肌を痛ましいものに変え、気絶する娘や妹のような存在、弥々――その傍で静かに佇む男。

一目見て八坂は思った。あれは人の姿をした日輪そのもの(・・・・・・・・・・・・)だと。

恐らくは太陽神である天照大神、その姪にあたる宇迦之御魂神に最も近い(・・)眷属である八坂だからこそ、その男――カルナがただの人間でない事に気づけた。

 

初代に促され、崩壊するこの世界の中、呑気にこちらに話しかけてきた悪魔達を半ば無視する形で急ぎ裏京都に戻り、八坂はどうしても気になるカルナの正体を知らぬかと、急遽召集した幹部達を集め…愕然とした。

 

聞かされたのは、彼らがカルナ…つまりはこちらから願い出た話し合いに応じた帝釈天が寄こしたとされる、使者に対する無礼の数々。(この時、この場にはカルナと初代はいない。異界からの帰りの道中、着いて来た鴉天狗の様子を不審に思った八坂が急遽、自らが用意できる中で最上級の旅館へと彼らを持て成したのだ)

 

 

先程気絶し、今はこの屋敷の一部屋で眠っている弥々の嫉妬から始まった使者への攻撃。そこからの勘違いから始まり投獄、更には己が影武者を用いた使者が目前にいる状況での監視の命――等々。

 

 

操られ、無理やりグレード・レッドを呼び出す人柱にされ疲労困憊の身体に鞭打ち、八坂はすぐさまこの場に集まる幹部に命ずる。

 

 

「今すぐこの地に来ている魔王セラフォルーを呼び出し、会合の手筈を整えよ。そして明日、最大限の謝辞を重ね、須弥山との会合に臨む。明日が本番(・・・・・)じゃ、今すぐ手配せよ」

 

 

その言葉に騒々しくなる幹部達、当然だろう。

 

かつての戦争により先代魔王、そして聖書の神を失った聖書の陣営は、最盛期と比べ没落の一途を辿っている。それでも最大級の宗教規模を誇る事には変わらず、更には“聖書陣営の同盟”という、各勢力をして胆を抜かれた出来事は新しい。なのに何故、聖書の陣営ではなく須弥山をと声が上がる事もしょうがない事だ。しかし八坂はそれを一蹴する。

 

 

「たわけが。キサマ等が人間風情と侮ったあの男は帝釈天の使者ぞ。ただの人間をあの神々の王が寄こすと本気で思うておるのか」

 

 

それは…と声が微かに上がる。堕天使総督アザゼル、赤龍帝のイッセーが来た時、妖怪達はカルナと比べ、確かに早まった行動だったと軽い後悔を起こし、今の八坂の言葉だ。徐々に今の自分達がいか程の状況に置かれているかを悟り出す。

 

 

「そうじゃ、このままでは下手をすれば戦争となる。我等京都…そして戦狂い(・・・)の須弥山とな」

 

 

『戦神に手を出すな』――これは各神話、全てが持つ共通認識であり、当然の事。

 

古い存在が少ない、古くから矢面に立ち続けた存在がアザゼルくらいしかいない聖書陣営ではあまり知られていない事ではあるが、少しでもまともな神経をしている者であれば、これは考えるまでも無い事だ。

 

インド神話という超級の武力神話。その隣にありながら、幾千もの年月淘汰されず、されど膝を屈せず首を虎視眈々と狙い続ける須弥山。頂点にはそのインド神話内ですら神々の王と畏怖された帝釈天、そんな男の下に集った益荒男達が、戦を楽しめないワケがない(・・・・・・・・・・・・)

 

考えてもみてほしい、“日和見主義の実力者の集まり”と“笑顔で殺し合いに臨む糞野郎共”

――一体どちらが恐ろしいのかを。

 

 

「ゆえに須弥山じゃ。…千年受け継いだこの京都、我等の代で終わらせるか?否、断じて否ッ!!次の千年、子孫に誉れと言われる為にも、明日を関ケ原とせよ!良いなっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

冷水に浸からせた厚手の布。それを絞り、水気を飛ばすなど本来大将のする事ではないのだろう、だがそれは母親ならば当然の事。

 

荒い寝息を吐く九重の愛らしいでこにそれを乗せ、八坂は林檎のように真っ赤に染まった頬を優しく撫で。

 

 

「許せ九重、母は…もう行かねばならぬ」

 

 

ひんやりとした母の手が気持ち良かったのだろう、安堵したかのような愛娘の笑みに、八坂は袖を引かれるような思いになるがそれを振り払い、九重が寝る部屋を出る。

部屋を出れば、そこには母の顔は存在せず、この京都に住む妖怪、それらを束ね上げる女傑としての顔があった。

 

何故ならば、イッセー達が京都を出た今日が須弥山との会談であり、すでに使者であるカルナと初代はこの屋敷に到着しているからだ。

 

お付きの者が廊下を歩く八坂の様相を整え、その大広間の前に到着した八坂は深く息を吸い、そして――。

 

 

「重ね重ね、お待たせしました。この京都の御大将、八坂と申し上げます」

 

 

そこにはスーツ姿のまま、胡坐を掻いたカルナ。それと誰がどう見ても不機嫌な初代が煙草を吹かし待っており、部屋の隅にはどこかバツが悪そうな幹部達が沈黙を守っていた。

 

 

「昨日と同じ気配…そうか、今回は影を用意してこなかったのだな」

 

「おう、まぁ嬢ちゃんが体調を崩したならしょうがねぇわな。いやぁ、中々良い時間だったぜぃ?面白い話(・・・・)も聞けた事だしねぃ」

 

 

八坂の姿を見て、互いに口を開いた後、畳で吸い終えた煙草を無造作に火消しを始める初代。

 

そう、彼はこの場に集うた幹部達のカルナに対する余所余所しい態度をおかしく思い、カルナに何があったかを問いかけたのだ。当然隠す意味など全くないカルナは初代の疑問に答えた。

 

 

『中々に刺激的だった。来ていきなり牢に連れられ、目の前で監視すると言われたのは、流石に初の体験だ』

 

 

カルナとしては悪気など毛頭ない。以前も言った通り、この程度は古代インドではごく普通の事であり、更に言えば難癖をつけてその場で殺し合いとなる事すら当然だったのだ。だからこの程度、気にするまでの事では無いとカルナとしては告げるつもりだったのだろうが…初代はこの言葉にブチ切れた。幹部達が今静かにしているのはただ単に、先程まで初代が殺気を振り撒きながら尋問していた為、しかし今は大人しくしているのはカルナから続けてこう言われたからだ。『お前はオレが与えられた使命を邪魔しに来たのか?』と。

こう言われては初代も黙り込むしかない。もとより帝釈天がカルナに全て任せると話している事は聞いている。その為に今は沸々と業を煮やしながら、不機嫌な様子は隠さずとも、こうして話し合いを見守ろうとしているのだ。

 

部屋に入った八坂は何故、闘戦勝仏殿はここまで…と身体を硬直させるが、すぐに思い当たり、こちらをじっと見つめて来るカルナの視線に耐え切れず、彼らの前に一先ず膝をつき。

 

 

「改めて自己紹介を、京都を総べる長をしております、八坂と申す。この度は我等京都がとんだ無礼を…」

 

 

頭を下げた(・・・・・)。本来、大将に就く者ならばそれはならぬ事だろう、だが此度の件、そして己を助け出してくれた恩に少しでも報いる為、八坂は躊躇いなく頭を下げ、部屋に集められた幹部達はそのような行動をとらせてしまった自身達の軽薄な行いに、三度後悔を見せた。

 

 

「そうか、お前が八坂か。ならばオレも、名乗りを返そう」

 

 

胡坐を掻いたまま、垂直に立てるかのように置かれた拳を解き、カルナはようやくと言った面もちでカフスに手を伸ばし、軽い動作でそれを取り外した…瞬間。

 

閉じきっているにも関わらず、吹き荒れる神威。肩にかけていた深紅のコートとダークスーツはどこかへと霧散し、神々しい黄金の鎧、その下にインナーのように着込んでいるかの如く見られるは、かつて悪鬼羅刹と恐れられた妖怪達ですら、怖気が走る程の禍々しい穢れが顕現する。

 

その時、神威に煽られ目を覆っていた幹部達は直観にも似た思いを抱いた。

この男を知っている(・・・・・)。いや、似たような男達を我等はかつて、見た事がある。それはこの国において、武士(もののふ)と称され、我等を闇へと閉ざした存在…英雄であると。そして思い出す。自分達がいかなる存在…闇に追いやられ、しかし光を恋い焦がれる事を忘れられず、いつしかその(人間達)身を焼か(退治さ)れる存在であることを…っ!

 

 

「では、名乗らせてもらおう。我が名はカルナ(・・・)。偉大なる太陽神スーリヤの息子にして、此度インドラの名代として、この地に参った人間(・・)だ」

 

 

顔にかかる髪がうっとうしいのか、首を軽く振れば、何故か今まで気にならなかった(・・・・・・・・・・・・・・)黄金に輝く耳飾りがカチャリと音を鳴らし、その音がカルナの放たれた存在感に飲まれていた八坂達京都勢を現実へと戻した。だが、誰もが先程のカルナの名乗りを思い返す。

 

 

カルナの名はこの日本では正直、そこまでの知名度を誇っていない。その武勇もまた然り。だが…たった一つ、須弥山と海を隔てる程度しか離れていないこの地にはただ一つ、カルナに関する逸話が聴こえていた。

 

曰く、帝釈天がまだインドラであった時代、彼が己が武器を与えてでも弱体化を謀った(・・・・・・・・・・・・・・・・・)埒外の実力者――更に今言った事が事実であれば、彼は主神天照大神と同じ太陽神の息子と聞く。“太陽”という、この星をあまねく照らす信仰の対象としては最大格。その系譜にあたる存在は皆、全てが想像できない程の実力者ばかり。

 

喉がひりつく…それは何も、急にこの部屋の気温が上がったが為ではない。

“何を差し出せば、この男の怒りを鎮める事ができる”――それを考えてしまえば、八坂はとにかく喉が渇いて仕方なかった。

 

しかしカルナはスっと手を前に出し。

 

 

「いや、お前が考えているような事なぞ、オレは望まん」

 

 

心が読めるのか!?と、誰もが驚くが違う。

『貧者の見識』は正しく今の八坂の心を見透かし、その上でカルナは言う。「何も求めなどしない」と。だがそこに待ったがかかる。初代だ。

 

 

「おいおいカルナ、それは駄目だ。いくらお前さんが良かろうが、ボスが黙っちゃいねぇ」

 

 

サイバーなサングラスのブリッジを上げ、初代はズイっとカルナより前に身体を押し出し。

 

 

「弥々とやらを出せ、それで半チャラ(・・・・)だ」

 

 

「やはりそうなるか…」――それが八坂が抱いた思いだ。

確かに此度の一件、使者であるカルナに対する数々の無礼は全て、弥々の浅はかな行動から生まれたもの。道理と言えば道理ではあるが、八坂はそれに対し、軽々しく頷けようはずがない。

 

『“血よりも濃い絆”――ゆえ持って我等は家族である』

これは京都に生まれた者が幾度も繰り返し聞かされ、魂に刻まれた言葉である。それは母から九尾の座を受け継いだ八坂とて同じ。更に言えば、今も自らの為に傷つき眠る弥々を渡すなど、義理人情を大切にする京都の女として、どうしても納得がいかなかったのだ。

 

沈黙を守る八坂。だが初代の隣、カルナがまたも京都側を庇うかのように口を開く。

 

 

「その必要など無い。斉天大聖、彼女を貰ってどうする?インドラが治めるあの地に、弥々が益をもたらす事など、できようはずが無い」

 

 

まるで役立たずのようなカルナの言葉に、怒気を募らせる京都側。しかしカルナと初代はその程度に反応すら見せず、初代はカルナに食って掛かり出す。

 

 

「おいカルナ、唾吐かれたからにゃケジメをつけなくちゃなんねぇんだ。それが組織ってもんなんだ。面子を保つって事なんだよ」

 

 

確かにそうだ。とくに信仰…ある意味では精神界における強さが、そのまま力に変わる修羅神仏。仏でもある初代はその大切さ、舐められたままで終わる事だけは絶対にならない事を良く理解している。

しかしカルナの論点はそこではない。

 

 

「それはお前の考えであって、あの男の考えでは無い。須弥山を率いているのはお前か?斉天大聖」

 

 

各神話にその名を轟かせる初代に対し、さらりと恐ろしい事を問い出すカルナ。しかしカルナとしてはこれは本心であり、またカルナにはどうしても、弥々を安全な場所に置く必要があった。

 

 

「…おめぇさん、何でそこまで…」

 

「恩がある。素晴らしき風景、素晴らしき贈り物を、彼女からは戴いた。与えられた恩に報いず、オレはクシャトリヤの称号を掲げるワケにはいかない。それだけだ」

 

 

続けてカルナは言う、「だから昨日も助けた」と。この言葉に、初代は昨日カルナが抱えていた女こそがその弥々なのだと気づき、悩まし気な顔を覗かせた。初代としても昨日の異界で、必ず助けるとカルナに誓った手前、この男との間に交わされた誓いを破りたくないという思いが浮かんできたのだ。

 

その様子を見ていた京都勢はかなり驚いた。それはまるで、初代よりもカルナのほうが地位が上のように見えたからだ。

勿論初代は別段、カルナの下についているというわけでも、そもそもカルナ自体が須弥山に所属しているワケでもない。だが一度は負け、生かされた相手。更に初代は不思議な友情にも似た思いをカルナに抱いており、それが今のような態度を取らせていた。

 

 

「…ッチ、分かった!分かったよ!オイラの負けだ。だがボスには報告させてもらうぜぃ?さっきも言った通り、おめぇさんには良くてもボスにとっては良くない事だろうからな」

 

 

文句は無いだろうとカルナを見るが、カルナは特に返事をしない。だがそれは是を示しているのだろうと、軽い悪態を付きながら初代は胡坐の上に頬杖をつきだす。それを見届け、カルナは再び八坂へと視線を向け、では話合いを始めようと言い出そうとした時――突如閉じられていた襖が開き、飛び出すように一匹の妖狐がこの部屋へと入って来た。

 

 

「何事じゃ!今は使者との話し合いの場、それをかき乱すとは…ッ!!」

 

 

弥々の処置が一端保留となり、ホッとした所に突然の乱入者だ。これには流石の八坂も怒号を抑える事ができず、近寄る同族を睨みつける。しかしそれすら気にしている場合では無かったのだろう。妖狐は息絶え絶えの様子で急ぎ知らせる事があると、この場にいる全員に聴こえるよう報告を始める。その内容とは――。

 

 

「…百鬼夜行がこの屋敷に向かっておる…じゃと?」

 

 

 

 

 

ザッザッと、草鞋が砂利を踏む音が、この裏京都の大通り、つまり八坂の屋敷へと進んでいく。それは軍隊のように整ったものではなく、ただただ歩くといったものである。が、その様相の凄まじき事。

 

錆びだらけの野太刀を鞘に戻す事なく肩に担ぐ者。人では到底振るえぬと、一目で分かる大槌を両手で握りしめる者。おおよそ人を殺す為の道具といえるものを持ち、彼らは大通りを練り歩く。その速度も様々であるが、最も目を引かれるのは彼らの姿だろう。

 

この場にいるのは人間ではない。“妖怪”――それも共通しているのは、誰もが年老い最盛期をとうに過ぎた者達であるという事。だが窪んだ眼元は爛々と怪しき光を放ち、それが百を超えている様子は、恐怖以外の何ものでもない。

 

先頭を歩いていた鬼と見られる赤い肌の老妖が呟く、「もう少し」だと。それに続くように、伝染し、熱に浮かされたかのように後続にその呟きは広がる。

 

もう少し、ようやく叶う、ようやく…待ちに待ったこの日が来たと。

 

 

カルナが昨日放った『梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)』。それは異界に罅を入れただけではなく、近くにあったこの裏京都、そして表の京都にまでその波動とも言うべき気配が伝わり、穏やかな余生を謳歌していたかつての益荒男達は目を覚ました。

そう、彼らはカルナに会いに行くためにこうして集い、その為に凶器を手にしている。

 

八坂の屋敷にたどり着く。護衛の者が必死に何とかお帰り下さいと懇願するが、誰もが糠に釘だと言わんばかりに一蹴し、ついには会談が行われている大広間へと到着する。

 

勢いよく開かれた廊下とこの広間を隔てる障子が開かれ、八坂を代表し、京都の者達は驚愕に目を見開いた。

彼らはすでに、終わりかけた(・・・・・・)妖怪…悠久の時に力を無くし、今や穏やかな死を迎える事を待つばかりであったはずの老妖怪達が…かつて今の幹部達がいくら集まろうと敵わなかった大妖怪(・・・・・・・・・)が、そこに並んでいた。

これには古くから彼らを知る鞍馬天狗も目を見開き、思わず呟く。

 

 

「お主等…何があった…」

 

 

だが彼らがその呟きに応える事はない、ただただ静かに会いたかった男を…カルナを見つめ。

 

 

「…問わせてもらおう、お前……強いか?」

 

 

突然の問いかけに、瞬時に身構えた初代ですら疑問を浮かべる中、『貧者の見識』で彼らが何を言いたいかをすぐに見抜いたカルナは言葉を返す。

 

 

「そうだ、オレは英雄(・・)だ」

 

 

本来ならば突拍子もない返しだろう。しかし廊下に並ぶ老妖怪達はその返事に、急に(いわお)を崩し、「そうか、そうか」とさぞ嬉しいと言わんばかりに、朗らかに笑い出し。

 

 

「じゃあ殺し合おう、儂等全員と殺し合おう」

 

 

まるで遊びに誘うような気軽さで、彼らはカルナに殺し合いを求め出した。これには流石の八坂も黙っていられず、立ち上がり何事かと問いただす。

 

 

「お主達、一体何を…っ!?いや……どうか帰られよ、手前方に手荒な真似だけはしたくないのじゃ、どうか…」

 

 

要求ではある、命令でもある。だがそこには敬意が込められていた。

事実、この場に集まったこの百鬼夜行。彼らは八坂達が生まれる遥か以前より存在した大妖であり、彼らがいなければ今の京都…千年京都を守り続けた、この太極図は完成しなかったのだ。人を食い、人を殺して殺される。それを平安の世から存在する彼らが行ってきたからこそ、今のこの地があるのだから。

 

黎明期を作り上げてくださった方々に、素晴らしき前任者達にそうような事をと、八坂は言葉少な目に頼み込む。それに対し、金棒を担いだ鬼が口にしたのは――。

 

 

「無理や、大将。だって儂等、妖怪(・・)やもん」

 

「…それは…どういう…」

 

 

『妖怪だから』それだけで納得しろとはどだい無理な話であり、八坂が疑問をていするのも当然と言えよう。だがその口火に続き、妖怪らしく(・・・・・)、誰もが好き勝手に話し出す。

 

 

「やな、無理や、無理」 「おう、ようやくやなぁ」 「やね、ずっと待っとったんや、この時を…」

 

 

――死ぬ時を…――。

 

 

一歩、また一歩と大広間、しいてはカルナに一人一人と近づきながらも彼らは語りを止めない。

 

 

「儂等はな、妖怪なんや。今は禁止されとるし、もうそんな力も無いけどな?妖怪なんよ。人を食って犯して、殺して殺されて…最後はこの首を取った人間に、見事天晴!!と、殺される事こそが妖怪なんや」

 

「全力で人間殺しにかかって、んで逆に殺してもらえたら…あぁ、最高に過ぎる(・・・・・・)。そう思わねぇかい?人間(・・)

 

 

ズンッ!!――とカルナの目の前に、巨大な金棒が振り下ろされる。しかしカルナは動じない。

 

 

「愚問だな、それはお前達の考えであり、妖怪ですら無いオレにそれを求めるのは、お門違いというものだ」

 

 

くっ、まるで息が詰まったような息が漏れ、次第にそれは呵呵笑いへと変わり出す。

 

 

「カカカッ!!おう、そりゃ違いない。でもな…」

 

 

ズイっとまるで脅すように、鬼の巌が眼前へと前のめりとなり。

 

 

「英雄なんだろう?だったらよぅ、殺り合おうや。…なぁ、頼むよ…強ぇ奴と殺りあって、死にてぇんだ」

 

 

その為だけに、今まで生き恥を晒して生きて来た。――年老い、今の中腰の体勢でもキツイのだろう、良く見れば足下は震え、今にも膝から崩れ落ちそうだ。しかし金棒を何とか握りしめ。

 

 

「昔は何度かあったんだ。強い…それこそ儂が住んでた大江山の鬼の大将がおっ死んじまった時なんざ、今思い返せば最高の瞬間だった。だがその頃に儂はまだ弱っちい子鬼でな?隅で震えてたらそいつ等、何時の間にかいなくなっちまってよぅ、生き延びちまった。その時儂の中の鬼の誇りは死んじまった…死んじまったんだ」

 

 

悲しそうに、今にも泣き出しそうな鬼に同情するかのように、後ろに控える老妖の中に頷く姿が見られる。

 

 

「人間が怖くて、そんな自身を誤魔化し、いつしか儂を見逃した連中のハラワタを食うてやろうとこの地で力を付けた。その間も陰陽師なんかに追われてな?そのたんびに逃げて次こそ、今度こそと言い訳を続けて…気づいたら…な?こんなにも生きちまった」

 

 

自身ではこう言うが、彼とてこの京都を恐怖に陥れた一角であることには間違いない。だが彼は後悔を口にする。こんなにも生き恥を晒してしまったと。

金棒から手を離し、座るカルナが見上げる程の巨体が…かつては分厚い筋肉に覆われていたであろう、今や皺で弛んだ腕を地に付け頭を下げ。

 

 

「頼む、儂等と殺し合ってくれ。でなければ儂等は…儂は…鬼の大将、仲間達と…家族に顔向けできねぇんだ…っ!」

 

 

次に頭を下げたのは、顔に深い皺を讃えた魍魎の類。

 

 

「誇れるもんが欲しいんだ。息子が…孫が誇れるような男になりたいっ!!」

 

「妖怪の在り方を、あいつ等に見せてやりてぇんだ!」

 

「今の世に、あんた程の力をもった人間なんざそうはいねぇ…っ!頼む、この通りだっ!!」

 

 

次々と頭を下げていく老妖達。その心境を一番に理解したのは今の京都を治める八坂達ではなく、意外にも初代だった。いや、ある意味ではこれは妥当なのだろう。

彼もまた、カルナと戦う以前はただ生きているようなものだった。確かに子孫が繁栄する様を眺めるのは、尊いと感じた。だが違うのだ。

 

“男として生まれたからには、強い奴と闘いたい”

これはもはや理屈ではない。『男だから』――この一言以外に、理由など存在しない。

 

 

「…“神器”というものが、今の世には存在するはずだ。それは人間しか宿せない物とも聞く」

 

 

カルナの言葉はもっともだ、しかし…。

 

 

「違うんだ。あれは赤の他人が授けたモンで、自力(・・)じゃない。儂等が殺りたいのは、誉れを抱いた戦士なんだ!!“神器”を宿していれば、嫌でも分かる。だがお前さんからはその気配が感じられん。あの波動、あの力は、お前さんが収めた武勇に他ならないんだろう?」

 

 

だからアンタなんだ――死にたいと物申す者とは思えない、力強い眼光が、カルナへと一身に降りかかる。すると今までその圧に飲まれていた八坂が口を開こうとする。

 

知らなかったとはいえ、尊敬する者達が実は死にたがっていたという事実は衝撃だった。だが家族とも言える彼らが殺されようとする様を、黙って見ていられようか。そう思い、何とか踏みとどまって欲しいと口にしようとすると。

 

 

「嫌じゃよ八坂、儂等とて馬鹿やない。それを越えた大馬鹿野郎だからこそ、この値千金の好機にこうして集まったんやからな」

 

 

百鬼の中から八坂の懇願を遮るように先の声が響く。その声に聞き覚えのあったカルナは、僅かばかりにピクリと身じろぎする。その様子は声の主からも見えたはず、だが声は変わらず八坂へと向けられ。

 

 

「妖怪っちゅうモンはな、所詮クソと同じや。しかも儂等みたいに便所にこびり付いた糞垢みたいな連中はな、綺麗サッパリと消えちまった方が良い。古い…弱いモンは淘汰される。それが妖怪っちゅうもんやろ?なぁ八坂、今の京都に儂等が必要かや?」

 

 

八坂は答える事が出来ない。それは彼女が幼い頃…この目の前にいる老妖達に言われ続けた言葉だからだ。

 

 

「『弱い奴が悪い』。善とはそもそもなんや?簡単や、“勝ったモンが正義”で“負けたモンが悪”や。妖怪っちゅうもんは所詮悪役で、誰かに退治されてようやく、その生を意味あるモンに出来る。鞍馬やったら、よう分かるんやないの?」

 

 

鞍馬(・・)と呼び捨てにされ、しかし鞍馬天狗が怒りを見せる様子はなく、その様はどこか、悩むような気配すら見えた。

その姿に声の主は「悪い、意地悪な質問をした」と謝り、再び八坂へと声が飛ぶ。

 

 

「どっちにしろあれやろ?お前等、何かこの御仁にやらかして、今この初代さんにケジメつけぇ言われとるんやろ?なら丁度ええやんか。儂等百鬼の首と引き換えに、許してもろうたら良いやん?」

 

 

カラカラと声の主は楽し気に語るが、その内容は凄まじい。身内(自分達)を売れと、暗に告げているのだから。だが…それ以外の最良の策が、一体どこにある?今のままでは間違いなく、須弥山との戦争になる。もしかすれば高天原から応援が来るやもしれないが…他人にケツを拭かせる程、彼女達は厚顔無恥ではない。更に言えば戦火には下手をすれば幼子、つまり将来を担う子らまで巻き込まれる可能性があるのだ。

老い先短い命と若い命…本来比べてはならぬはずが、この場では何と前者の軽い事か。

 

キュっと艶の良い唇が結ばれ、その端からは血が滴る。そうしているのは八坂であり、つまりそれは…肯定の意。

瞬間上がるは鬨の声。値千金であるこの日を幾日も待ち望んだ男達の歓喜の雄叫びが、怒号となって鼓膜を震わせる。その凄まじさはただの人間であれば、魂が抜けだしそうな程にそれは凄まじい。

 

しかし、当の本人。つまりカルナは立ち上がる事すらせず。

 

 

「待て、その闘争を行うなど、オレは一言も申していない。そも、オレは一夜の宿を借りた恩人(・・・・・・・・・・)となど…」

 

 

「殺し合いたくない」――そう続くハズだったカルナの言葉を遮り、八坂を諭した声の持ち主の意が、今度はカルナへと向かい。

 

 

「おう、だから返せ。儂等に満願成就の夢をくれや。…お前さんにやった()、あれの分も全部全部返せや」

 

 

それが恩返しだ。そう締めた。

何と言う厚顔無恥にも程があるのだろうか…その声の主はあれだけ畑を耕してもらいながら、随分と長い一人の夜を、たった一夜とはいえ誰かと酒を飲み語るという、カルナの好意を持ってしてもとても足りないとまだ要求してきたのだ!その声の…なんと悲痛が込められた叫び(・・)だろうか。

 

普通であれば、あれだけ人を使いながらと申し立てするだろう。しかしカルナは、僅かばかり目を閉じ。

 

 

「分かった、やろう。確かに貴方から戴いた恩に、まだ報いていないと気づかされた。まずは非礼を詫びよう」

 

 

見開いた時、その瞳には確かな闘志が燃えていた。その様子を静かに見ていた初代は、更にふてくされた姿で。

 

 

「…なんでぇ、オイラとはしてくれねぇのに、やけに軽く受けンだねぃ」

 

「済まない、だが…」

 

「あぁ!みなまで言うな!!くっそ、分かってんだ……塵殺してやれカルナ、満足に死に切れるまで、何度も…何度もコイツ等殺してやれ、オイラからの頼みだ」

 

 

コクリと僅かばかりに頷き、立ち上がる。その時カルナの手には、何時の間にかインドラが授けたあの槍が握られ、部屋に渦巻いていた妖気が槍から出る神気に掻き消され、それが凄まじく嬉しいと、老妖達はこれまたいと(・・)恐ろしい形相で歯を剥き出し嗤う。

 

 

「斉天大聖、ならばオレからも頼みがある。弥々の傍に、いてやってほしい」

 

 

お前は何を言っているんだ?と、初代の顰めていた顔が崩れる。自分が彼女にあまり良い感情を抱いていない事など、お前なら理解しているだろうと。

 

 

「無論。目を覚ましていないと先程聞いた。オレとしてもお前が彼女の傍にいてくれた方が、安心して戦える」

 

 

暗に愚行を起こすハズなどないと言いたいのだろう、信頼していると言えばいいのだろうが…。

初代もそこまで言われてはと、軽く照れくさそうに頭を掻きつつ了承する。軽く振り返りながらその姿を見たカルナは前を向き、己の身長を越える大槍を悠々と片手で持ち。

 

 

「では始めよう…殺し合いを」

 

 

その言葉に先程以上の雄叫びが上がる。

表と裏の京都、それを隔てる次元の壁すら突き抜け、表では雲一つない晴天だというのに、誰もが雷鳴が轟く音を聞き届け、普段は霊験あらたか、されど平安よりこの地を見守り続ける山々――そこで夢半ばで倒れたであろう、拾われる事なく打ち捨てられ、人々に忘れ去られなお、彷徨うだけであった霊魂達も理解したのだろう。

 

 

戦人(いくさびと)達が聴こえぬ声に呼応したのか、雷鳴は何時までも木霊する――。

 




死して屍拾う者無し 死して故郷(くに)の肥しとなり もって報国と成さん 


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愛する者よ 死に候へ

何か最近、毎回難産な気がする…(汗

お待たせしました。そして皆様読んだ後、こう思うでしょう。
「また焦らしプレイかよぉ!!」って(スミマセン、どう考えても3万文字超えるんです(汗)

ちょっと今回グロいというかエグいかも?
そして結構文がくどいです。

一応後書きにカルナさんの挿絵を置いておくので許して…?



手を伸ばす――そうすれば何かが変わる気がして。

手を伸ばす――そうしなければいけないような気がして。

 

そうしないと彼らが…大切な宝物(思い)が手のひらから零れ落ちるような気がして…大切な人がどこか、遠くに行ってしまうような気がして……手を伸ばす。

 

 

止めよ(・・・)弥々。妾達に許されるのはただ、彼らが死ぬ様を括目し、見届ける事だけじゃ」

 

 

ふと、何かを求めるように伸ばされていた弥々の手に、横から陰が重なり手が重なる。ほのかに香るは稲穂の匂い。耳に届くは幾度も聴きし、敬愛せし者の声――。

 

 

「八坂…様…?」

 

 

己と同じ、されど豊穣に実り、秋風に揺れる麦畑が魅せるが如し、金毛を讃えた九本の尾。おおよそ妖狐の種族…否、妖怪ではとくと出せぬ神格を確かに携えたこの京都を裏から束ねるこの女傑を、幼い頃行方を眩ませ顔も知らぬ父と母の代わりに、姉のように、母のように接してくれた彼女の気配をこの弥々が間違えようも無く――だからこそ、弥々は先の言葉を信じられなかった。

 

 

「止めよ…とは…八坂様、貴女様程の方があの方々が死ぬ様を…家族に死ね(・・・・・)と申すのですか!?」

 

 

【血の繋がりは無く、されど絆により、我等の繋がりは血よりも濃く】――そう教えられた、それを何よりも大切にしてきた。そう教えてくれたのは他の誰でも無い、八坂だ。

 

己の襦袢が着崩れる事も気にせず、彼女は八坂に縋り付く。

どうか止めてくれと、あの方と戦う事だけはあってはならないと…弥々は己の時のように、きっとこれは何かの勘違いが起きた(・・・・・・・・・・)からこその、認識の違いが生んだ状況だろうと思ったのだ。きっとあの方の…カルナ様の正体を知らぬからこそ、ただの人間と勘違いしているからだろうと――だが…。

 

 

カルナ殿(・・・・)…じゃろう?知っておる。とくと理解しておる。故に…あの者達には、この場で死んでもらわねばならぬ」

 

 

八坂は目線を合わせ、決して聞き間違えぬよう、頬に手をそえながら断言する。その際、何故その名をと微かに呟いた弥々の様子に、やはり気づいていたかと八坂は思う。でなければ彼らに死んでもらうと言った己の言葉に、弥々は止めてほしいと、つまり戦えば死ぬのは使者(カルナ)ではなく、老妖怪達であると弥々は反応を示したからだ。そして八坂は弥々の揺れる瞳をしかと見つめながら、何故このようになったのかをとうとう(・・・・)と語り出す。

彼らは常々此度、つまり確かな強者たる人間(・・)との、命を賭した真剣勝負を望んでおり、その中で死ぬ事を焦がれ、つい先刻、カルナがその命の取り合いを了承し、現状に至ると。

この時、八坂はとある事実を隠し(・・・・・・・・)弥々に語り掛けた。もうこれ以上失わぬように、これからを担う(・・・・・・・)であろう若人(わこうど)を失わぬように、もうこれ以上…家族を失わぬよう…家族(弥々)をもうこれ以上、帝釈天へと捧げずに済むように。

 

隠居していたとはいえ、こちらは今回の一件で多大な貢献、そして膨大な経験を積んだ戦人(いくさびと)達を大勢失う。八坂としてはこれで手打ちにしてもらい、最悪己の身を好色としても有名な帝釈天へと捧げる気であった。その際、おそらくこの京都の地脈は乱れるだろう。だが今は己の娘、次代の九尾たる九重がいる。今は亡き夫だけに捧げた操であり、きっとあの子はまた泣くだろうが…。

 

爛々と輝く眼がある。

屍のように朦朧と生きていたような、老妖怪達の確かな息吹。おっ()てる事すらもはやままならぬと諦めを受け入れた者達が、そうあってなるものかと再び(いき)り勃たせたのだ。熱い滾りを胸に抱き、再び夢に恋い焦がれたのだ。

 

 

これに充てられないのであれば(・・・・・・・・・・・・・・)それは京都の女ではない(・・・・・・・・・・・)

 

 

だが…それは話を聞き終え、顔を俯かせていた弥々とて同じ。

 

八坂としてはこの状況へと向かったその際たる理由を茶を濁して話していたのだろうが…弥々は少々、(さか)しすぎた。

 

震える手で八坂の肩を掴み、瞬間――。

 

 

「――ッ!弥々!!」

 

 

八坂を横へと押し倒し、その反動と言わんばかりに目の前の百鬼夜行をすり抜ける。その際、老妖達の一匹が握っていた薙刀を奪い。

 

 

弥々はカルナへと得物を向けた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「…弥々」

 

 

途端、老妖達へと掲げていた鎧と同じく黄金輝く長槍を、お前と戦う意志は無いと暗に告げるように降ろすカルナ。だが弥々は(さか)しまの如く、薙刀をカルナの喉元へと突きつけ。

 

 

「構え…っ、構えろ…人間(・・)ッ!!」

 

 

「構えてほしい」「構えてくださいまし」――思わず懇願、敬語が出そうになるのを何とか抑え、弥々は強い口調と共に、更に喉元へと突きつける。

 

彼女は気付いたのだ、この状況へと貶めた元凶に。

彼女は気づいたのだ、全てはこの弥々にこそ責があると。

 

揺れる感情が滂沱の汗となりて、柔肌を滴り落ちていく。その後ろには命を賭してでも守らねばならぬ、家族があった。そして目の前には…初めて恋をした人の姿。

 

弥々の両親は彼女が小さい頃に殺された…人間に殺されたのだ。しかし彼女が人を呪い、恨む事は無かった。彼女は見たのだ。

綺麗に(なめ)された毛皮。それは両親を撃った猟師から商人へ、商人から大名へと渡り歩き、その家の世継ぎが幼少期、母の腕の代わりに赤子を優しく抱く“御包(おくる)み”として、その大名家が維新の波に付いて行けず、没落するその最後まで大切に使われ続けた、両親の死してもなお、立派な最後を――だから決めた。

 

もう二度と奪われてなるものか、もう二度と、家族を奪われてなるものか…っ!!

その為に男と肌を通わせ、悦楽に一度も身を委ねる事なく彼女は己に厳しくあり続けた。いつか己も父と母のような立派な最後を遂げるよう、報われぬ献身へとその身を費やし、いつしか彼女は今だ男尊女卑、封建社会の風習が残るこの京都で、家族が暮らすこの地を守る守護者へと成り、彼女は出会ったのだ。

 

極彩を奏で、後ろで揺らめく外套は陽炎の如く儚く、さりとてその佇まいは目を瞑っていても鮮明と言わざるを得ない存在感。

誰もが己の容姿を褒めた、誰もがその目に邪な色を映し、この清きを保った我が身を穢す事を思い描いた。でも…彼だけは違った。

 

初めて戦人として褒められた。家族でも無い者に。

無骨な手に惹かれ、気付けば短い間ではあるが、常に目でその手を追っていた。

その素朴さに惹かれ、気付けば彼の後ろ姿だけを追っていた。初恋だった。

 

以前、色にうつつを抜かす同僚を叱咤し、「弥々も恋をすれば分かる」と言われた事がある。同時にそれが初恋なら、それは叶わないだろうと。初恋は基本、叶わないものだと言われ、あの時はだからどうしたと鼻で笑ったが…あぁ、確かに彼女の言葉は正しかった。だって…っ!

 

 

「どうした、何故構えない?今更になって怖気づいたかや?ふん、これが帝釈天が名代ぞ?神々の王と謳われ、戦神と呼ばれた男もお前に似て、さぞ胆の小さい男なのだろう!!」

 

 

知らなければ良かった、気付かなければ良かった…っ、だって…だってこんなにも…胸が苦しいなんて…っ!!

 

視界が揺らぐ、手が震える。自分は…自分は今、笑えているだろうか?さぞ馬鹿にしているかのように…きっとこちらを見ているであろう、帝釈天すらも馬鹿にしているのだと、分かってもらえているだろうか?

 

頬を伝い、滴が落ちる。表情は歪み、口元は歯を一生懸命食い縛り、必死に嗚咽が漏れぬよう、耐え忍んでいる。

その様子を、今の今まで静かに見据えていたカルナは一言「弥々」と彼女の名を呼び、弥々が僅かばかりに身じろぎした瞬間、薙刀へと手を添え近づき――。

 

 

「お前の勇ましい行動、背負う覚悟を決めた心無い暴言。その全てにもはや、意味など無い」

 

 

通り過ぎた――彼女の暴言に反応する事なく、守るべきものの為に立ち上がったその行動を肯定も否定もすることなく、カルナは通り過ぎ、その視線は変わらず彼に闘志を向ける老妖達へと真っ直ぐ向けられていた。

そう、カルナの言う通り、弥々の行動にはもはや全て、意味など無いのだ。何故ならばすでに闘争の約定は交わされ、その間には何人も立つ事など不可能。

 

覚悟を見た、絶対の覚悟を――それを否定し貶める事も、肯定し言葉にするには余りに重いその家族への愛深さ故に、カルナはかける言葉など持ち得ていなかった。

 

 

敷き詰められた砂利を鳴らし、何かが崩れ落ちる音がカルナの背後から聴こえた。弥々だ。次に薙刀が落ちる音が聴こえ、しかし弥々がそれを再び握る様子は無い。

 

彼女は悟ったのだ、もはや自分の手の届かぬ場所に、事は行ってしまったのだと。

 

項垂れる弥々に、カルナが振り向く事はなく、その視線は真っ直ぐに老妖達へと向けられている。その力強い、弥々とはまた違う、背負う者のみが持ち得るその眼を向けられた老妖の一匹が、まるでそれに応えるかのように。

 

 

「…なぁ兄ちゃん、良い女だろ?」

 

「あぁ、良い女だ。間違いなく、彼女と出会えた事こそが僥倖以外の何ものでもない」

 

 

このような状況でも、ふざけるのかと問いただしたくなるような問いに、カルナは真面目に受け答えする。その様子がどこか、可笑しく感じたのだろう。夜の帳の如く張詰めていた殺気が霧散。怪しい光を帯びた目は三日月状に歪められ、真一文字を描いていた口元は抜けた歯を覗かせ、そして――。

 

 

 

「…ありがとなぁ(・・・・・・)弥々、ほんまに…ありがとぅなぁ」

 

 

感謝を告げた。その声はこれから死にゆくとは到底思えない、優しさに溢れたものであり、弥々はかけられた言葉に、蹲り誰にも見えぬ(まなこ)を見開く。

 

 

「お前さんのおかげで、ようやっと向こうに逝けるわ」 「おぅ。感謝や、感謝やで」 「長生きぞ、してみるもんや」

 

 

一人、また一人と弥々の横を通り過ぎ、声と共にその先にある大通りへと続く門へ、砂利を踏み鳴らす音が増えていく。その度に…皆口々に感謝を告げる。

 

違う!感謝されるような事など何も…っ!この弥々のせい、この弥々が貴方達を、殺したのだと、そう叫ぼうとする…が、嗚咽を噛み殺し続けた喉はとうに枯れ、まるで金縛りにあったかのように動かない身体で弥々はただ、首を横に振るしかない。だがそんな様子を見ても…何という人でなし(・・・・)共なのだろうか。

誰も感謝を止めようとしないのだ。暖かい表情、暖かい言葉を掛ける事を止めようとしないのだ。

きっとそれが最後なのだろう、一つ残った足音が、弥々に言葉をかけた瞬間――。

 

 

「あの世で先に逝っとった連中に自慢してくるわ、儂等の孫(・・・・)はまっこと、これ以上無い孝行モンやって」

 

 

決壊した。

さめざめと流れゆくは、家族の情が籠った涙。砂利はその色を鈍いものに変え、雨は止めどなく流れ続ける。しかし老妖達は決して振り向かず、前を向く。曲がった腰をそのままに、弱り切った足腰はしかと大地を踏まぬままに、それでも男達はこれからを任せる者達にその背中を見せ、ひたむきに前へ前へと…終わりを目指し顔を上げる。

 

そんな彼らの後姿を、カルナは一言も発さず見守り続けた。

覚悟を背負い、矜持を抱いたその勇ましき…されど曲がり二度と張る事の無いその背中が、カルナには尊く感じられたからだ。それは似たような背中(思い)を持つ初代もまた同じ。

 

カルナは一度、まるで今見たその光景を刻むかの如く瞼を閉じ誰となく――。

 

 

「では行って来る」

 

「おう、殺して(行って)来い」

 

 

その呟きを拾ったのは初代だった。

己の代わりに、己もまたいつか…サングラスに隠されたその瞳を見る事叶う者がいれば、その奥に浮かぶ憧憬を確かめる事ができただろう。

初代がかつて戦ったカルナはまだ、身体が出来上がっていない童と称せる年頃だった。だがこれから死にゆく者達は、真の不撓不屈、神々でさえ魅了した大英雄とその矛を交えようとしているのだ。これに羨望を覚えない者など、益荒男とさえ唱える事すら烏滸がましい。

 

砂利が三度(みたび)踏み鳴らされ――弥々は手を伸ばす。

 

もう二度と失わぬよう、もう二度と抱く事の無いであろうこの思いを失わぬよう、彼女は手を伸ばす。

守るべきものがある。その手はカルナ程ではないが、女にしては無骨で、しかしどこか美しさを感じさせるものであった。しかし伸ばされた手は次第に、止まり木を失い、寄る辺無く彷徨い力果てた渡り鳥のように降ろされていく。目覚めたばかりに晒された、濃密な殺気とこの僅かな時間は彼女の体力を削りきり、閉じられていく瞼の中、弥々の耳に届いたのはこちらに駆け寄って来る八坂の足音と――。

 

 

 

 

「あーあ、やっちまった(・・・・・・)。馬鹿だねぃ、ホント…どいつもこいつも、仏でも救えねぇ馬鹿しかいやしねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷へ赴いた時同様、百鬼夜行が練り歩く。石畳を踏むその足は時折擦るように、歩く事さえままならぬと言わんばかりに…されど歩みを止める事なく、ただ前へ前へと進みけり。次第に足下は整えられたものではなくなり、どこか退廃した雰囲気漂う長屋へと辺りは変わる。

そこは彼らが晩年過ごした我が家。

すでに老いさらばえ、老害となり果てる事を嫌がった彼らが、家族の止める声を無視してでも住み着いた思い出深い…しかしどれだけ壊れようと、もはや構わないこの場所こそが最後を飾るに相応しいと、無意識に彼らの足を、そこへと向かわせていた。

 

 

「…悪いね、付き合ってもらって」

 

 

隣を歩く老妖がカルナへとそう呟く。こんな骨と皮ばかりの死にかけを殺そうとも、お前には何の特も無いと、視線を前へ前へと向けて…言葉を掛けられたカルナもまた、ただ前だけを見て。

 

 

「お前達程の強者(・・)を相手に、この(わざ)を振るえる。ならばこれ程の栄誉、そうは無い」

 

 

強者(・・)と、カルナは讃えた。

この歩くだけで息を荒げ、上がらぬ足を擦るように歩くだけのこの老妖達を、カルナはその精神、在り方を強者(つわもの)と讃え、全力を出すに値すると認めたのだ!

 

その言葉を聞いた老妖、周りにいた者達もまた、弥々に向けた笑みとは違う、歯を剥き出しにするように表情を変え、改めてカルナを取り囲む。

ある者は下げていた武器を構え、ある者は空を飛び、またある者は目を爛々と怪しく輝かせ――。

 

 

「おう、頼むわ。でもな…勘違いすんなや」

 

 

嗤う。

彼らは皆、殺される為に馳せ参じた。だが…違うのだ。

 

 

「ただ死ぬんじゃ意味がねぇんだ…そうだ、本気で来い。でなきゃ…」

 

 

儂等がお前を殺すぞ――?

 

 

耳まで引き裂かれるように描かれた弧、その下弦から滴るは、げに卑しきと称する他無き滂沱の唾液。

 

 

「簡単にこの首、取れると思うなや」 「せや、お前聞いた所によると、神と人の相子(あいご)やろ?」 「美味かろうなぁ、どんな味やろうなぁ…」 「あぁ、さぞ美味かろうて…そのハラワタ(・・・・)

 

 

ジリジリとその包囲網を縮めつつ、彼らはもはや我慢ならぬと、溢れ出す涎を隠そうともしない。

先程まで殺してくれと言いつつ、今はカルナが喰いたくてしょうがないと言い出す老妖達。好き勝手極まるが…勘違いしてはいけない。

 

これこそが妖怪(・・・・・・・)なのだ。人の都合も考えず、自分の意見を押し付ける彼らはまさに、妖怪の中の妖怪。今では手を取り合う事ばかりを重きに置く、この世界でもそうそうお目にかかれぬ、昔ながらの妖怪の理に従う姿がそこにはあった。

 

 

「原初の理か…成程、これが妖怪、これがお前達が望む、お前達が求めた死に方か」

 

「そうや、これが儂等妖怪(・・)ちゅうもんや」

 

 

これしか知らない。こういう方法でしか、人と語る術を持たない…これしか知らなくていい、最後まで己を貫き通し、彼らは逝くのだ。

 

数々の化け物を退治した神々の王インドラ――その槍を掲げ、人間(英雄)妖怪(化け物)を退治する…ならばこれはもはや、偶然では無く必然なのだろう。幾度も遠回りをし、ついにここまで来てしまった老妖達。だが…全てはこの瞬間、夢のような一時と出会う為だとするならば…それは決して、無駄などではなかった。

もはやカルナと彼らの間に交わされる言葉など存在しない。これより先、それは無粋極まり、言葉よりも多く彼らは語り合うのだから。

 

この時、カルナは槍を構えた(・・・・・)

4年前の初代の時のように――英雄派との戦いでは見せなかった構えを、この時カルナは見せたのだ。

つまり、それはつまり、彼らとのこれからの戦いが、初代の時に相応するという事。

 

 

カルナは構えたままその場から一歩も動かず、だが老妖達もまた動けない(・・・・)。カルナはこの勝負を挑んで来たのは彼ら――つまり挑戦する側から来る事こそが、戦の作法と捉えているが故。無論、彼らは臆病風に吹かれたワケではない。今の現状を生みだした理由はまさにその逆。

 

この男の心、カルナの魂に己を残したい。ただただ死ぬのではなく、この男に認められて…互いに見事と讃え殺されたい。

 

 

あの者達は見事に散っていったと…カルナ(この漢)の口から家族にそう言わせたい――。

 

 

カルナが微動だにせず静かに構える一方、老妖達は夥しい汗を搔き、荒い息が止まらない。それは歳という事もあり、同時に改めて理解したからだ。この男、カルナの余りに過ぎる武人としての格、そして積み上げて来た技量の高さに…!

 

どれほど経っただろうか、硬直が続き、誰かが握る武器を握りしめ直した…その時。

 

 

「――!――――っ!!!」

 

 

それは声だった。誰かが…包囲する彼らの誰かが発した、開戦を告げる鬨の声。だが誰もその声を声と思う事ができず、風のさざめきとしか捉える事ができない。それほどに小さな鬨の声。それを発した(つわもの)共は…足下に現れた。

 

それはまさしく魑魅魍魎。名も無き小さな小さな魍魎共だった。

小さな小さな彼らは包囲から前に出て、駆け荒ぶその足並みは、赤子が這う姿以上に遅く、手に持つ武器をいくら掲げようと、それは爪楊枝程度の大きさしかない。その程度しか持ち得ぬ力無き極小の魍魎(つわもの)達。

駆ける足音、喉から発せられる叫びすら、誰も聞く事叶わぬ中、ついに魍魎(つわもの)達はカルナの絶対殺傷圏へと足を踏み入れた――直後。

 

 

「ふん――ッ!!」

 

 

カルナは一切の躊躇なく、一片の容赦すら見せず、神速で槍を振るい、彼らを悉く殺し尽す。

 

老いたからか、眼を擦り、小さな魍魎達をようやく老妖達が捉えた時にはすでに槍を振り終えた後。

振るった槍の穂先、そしてカルナの顔にはらしくない(・・・・・)僅かばかりの血が付着していた。その穂先へとカルナは目を細め――。

 

 

「――見事」

 

 

讃えた(・・・)。誰もが気づけず、そもそもいたかどうかすら知られず参戦していた魍魎達をカルナは確かな敵として認識し、一切の手加減なく、その武勇を彼らに振るったのだ。

 

見事――と呟かれた確かな賛辞。それは小さな呟きであった。だが…。

 

 

 

「う…ぉ…ッ!!」

 

 

それは再び止まりかけていた時計の針を動かすには、充分に過ぎた。

 

 

『ウォォォオオオオオ゛――ッ!!!』

 

 

動けなかった自分達を恥じり、しかし死んでいった彼らに対する確かな憧憬の感情混じる鬨の声が上がり、誰も彼もがカルナへと殺到する。その様子は見る者が見れば、まるで篝火に我が身を投じる愚かな羽虫にも見えた事だろう。馬鹿だと嘲笑う事だろう。

 

しかし、それでもきっと、後ろ指を指されようと彼らは是正し、なお向かうだろう。

これは夢なのだ。幾歳を重ね、なお死に場所を求めた大馬鹿野郎共が、ただ(ひとえ)に望んだ最後の夢の舞台。

 

終わらぬ()を覚ます為、彼らは最後の(終わり)を求めいざ向かう。この()に先に、きっと素晴らしい何かがあると信じて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは直感にも等しかった。

体力が尽き、気絶していた時間はおおよそ四半刻にも満たぬだろう。

 

意識が浮上した弥々がまず気づいたのは、周囲に漂う夥しい血の匂い。霧のように辺りを包み、そのあまりに濃すぎる香りに弥々はむせ返る事を我慢できず、口元を抑える。

 

 

(これは…まさかッ!?)

 

 

嘘であってほしい、この(うつつ)こそが夢であってほしい。これが…この光景を生み出したのがあの方であり、この血霧が家族の成れの果て(・・・・・・・・)などと受け入れられるワケなど無い。

咄嗟に立ち上がろうとする弥々。だが立ち上がり、辺りの様子をしかと視界に捉えた時、彼女の身体は硬直した。そこには…。

 

己と同じように、その身を血霧により朱に染める者達。その容姿は皆若く、どこか先程行ってしまった老妖達と重なるが、さもありなん。

彼らは皆、先程の老妖達の子や孫、血族なのだ。その中に…弥々は見つけた。

 

胸元を抑え、眼には涙を浮かべ、地べたに蹲る小さな姿。その臀部には母親とよく似た実りきった稲穂色の尾――九重が吐瀉物を何度も何度も嘔吐している姿を。その傍には九重の母である八坂が背後に幹部達を連れ、そのような様子の愛娘を悲痛の面もちで見つめ、八坂の横では大天狗が幹部、そしてこの場に集いし若人と同様、ただ一点を見つめている。いや、正確には垣根が存在する為、見えてはいない。しかし断続的に続く倒壊音、彼らはその音を一心に聴い()ていたのだ。その倒壊音の間に聴こえる何か肉を切り裂くような音…それが僅かばかりに聴こえる度、霧は更に濃密さを増していく。それが今もなお、殺し合いが続いている証なのだと、回り始めた頭がようやく理解した…その時。

 

 

「――ッ!!いかん!!八坂!!」

 

「っ、はい!!」

 

 

普段とは立場が逆転したかのように、大天狗――鞍馬が八坂へと命を出すかのように大声を上げる。八坂もまた、それが当然と言わんばかりに大天狗の声に反応し、両手で印を組み始める。大天狗も然り、沸々と汗を浮かばせ両手を勢いよく合わせれば、柏子木のように乾いた音が周囲に木霊する。

この京都において、絶対と称せる程の強者二人が見せた焦りの色。何事かと気づいた者達が口にしようとした瞬間――それは起きた。

 

 

ぞわりと肌が粟立つ。気づけば音は完全に途絶え、垣根で見えないはずの景色が音の聴こえていた方向から色を変えて迫って来るではないか。

 

円形状に、まるでこの千年をかけて築き上げた“裏京都”を覆い尽くそうとするもの…その正体は、あり得ぬ熱量を誇った熱風(・・)であり、触れた途端色を変えゆく景色は漂う血霧があり得ぬ速度で乾いたが故のものだった。

 

触れた物全てを劫火に包み込む熱風はついに弥々達がいる、この八坂の屋敷まで到来し、しかし屋敷が焔に晒される事はない。鞍馬の神通力、八坂の地脈操作でこの場には一瞬で強固な結界が張られ、凌いだのだ。だが…。

 

 

「むぅ…ッ!!あの男、この地を炎獄に変えるつもりか!?」

 

 

鞍馬の言う通り。

確かに屋敷は守られた。しかしそれは屋敷のみ。

呼吸するだけで咽頭が張り付く程に、空気中の水分は枯渇。空気を燃やしながら進んで来た熱風はもはや炎の壁となって、“裏京都”中を燃やし尽していく。

 

だが…彼らは勘違いしていた(・・・・・・・)。そして知らなかったのだ。これが――…まだ始まりですら無い事を――。

 

 

炎の壁が屋敷を通り過ぎ、あまりの熱に塞いでいた眼を皆がようやく開いた時。

 

 

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)――ッ!!」

 

 

一条の光、まるで太陽の紅焔と見紛うことある極焔がこの“裏京都”を――。

 

 

 

世界を穿った。

 




次回が正真正銘カルナさん無双です


【挿絵表示】


今のカルナさんの鎧はこんな感じです。
(2019・5/5 描き直しました)

腰の羽のようなものは宝具の真名開放の時に現れる設定なので、今回は描いていません。
弥々の絵、また数点を今描いている最中ですが、そちらはこの京都編が終わった後の活動報告でやる予定のボツ案晒しや、作者の軽い愚痴の際に晒す予定です。


次回投稿はいつになるのかなぁ…(涙


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語り継ぐこと

……(;゚Д゚)右良し、(゚Д゚;)左良し…うん、誰も気づいていないな!
(いやホントお待たせしました(汗)

感想をくださった方々も返信遅れて本当に申し訳ないです。

サブタイはあの歌からです。多分ちょくちょくこうしていきます
(リトルグッバイにしようか凄く悩んだよ…)

これだけお待たせしてしまい、本当に申しわけないです。
本当は『令和』に変わる前に何とかと思っていたのですが…駄目でした(汗

途中で何か思い浮かばなかったり、仕事や仕事が忙しかったり、冬の地方のコミケに向けてサークル作ったり、なろうにもオリ小説投稿しようかと設定考えたり、とうとう某スタイリッシュデビルハンターのゲームを我慢できなくてやったり(マジサイコーでした。取りあえず暫くブラッディパレスから出る気ないです)
こんな感じになりました(汗
あとはあれですね、裏設定がまた大量に出来たりとか。

取りあえずようやく京都編一応の終わりです。
場面転換がいつも以上に多いです。

「あれ?」と思われる場面が多々あるかもしれませんが…勘弁してくだちぃ(泣



押しては返す波のように、されどこの波、帰る場所無し。

力を持たぬ、小さき強者(魑魅魍魎)達がその命を持って開幕を告げたこの死闘。迫り来るこの人外織り成す波濤が、カルナの眼には止まっているかのように遅く見える。それはクシャトリアとして幾重もの戦場を潜り抜けて来たが故の技巧か。

 

 

「この国の者は皆、良い顔で死ぬのだな。そのように、死ねるのだな」

 

 

老妖達が浮かべる最上の笑み。例えこの殺し合いが終わり、名を知らずともせめて顔だけはと、カルナは一人一人を網膜に焼き付ける。その中の一匹を視界に捉えた時、カルナは更に槍を握りしめ、構え直しその妖怪――あの時カルナに一晩を貸したあの老狐と、カルナは目で僅かばかり語り合う。

 

 

“オレはクシャトリアだ。この誉れある戦いにおいて、オレは貴方達を必ず殺すと父スーリヤの名に誓った。だが…貴方亡き後、あの地はどうなる?”

 

“なぁに、何の心配もあらへん。近々別の土地から農家をしとった人間が引っ越してくる予定やった。きっと儂の畑を継いでくれる。活かしてくれる。やから…っ!”

 

 

「本気でかかってこいやッ!!人間――ッ!!」

 

「あぁ、オレの全てを持って、お前達を焼き滅ぼそう――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――…始まってしまったか」

 

 

鋭い嗅覚を持つ八坂の鼻孔に突如血の匂いが飛び込み、それが人のものではなく、仲間である妖怪であると理解し、つい顔を歪めてしまう。

本当にこれで良かったのか、もっと他に何かなかったのだろうかと悩むも答えなど出ず、むしろ考えれば考える程、あれしかなかったと大将として肯定していく冷静な己の一面に、八坂は更に顔を歪め、それを誤魔化すように今も気絶する弥々の頭を愛おしそうに撫でていると――闘いのものとは違う、この屋敷に近づく足音が聴こえてくる。

 

 

「来たか」

 

 

そう呟き弥々から顔を上げると、そこにはこの屋敷を離れていた幹部達に引き連れられ、先程の老妖達を若くしたような顔の者達が大勢八坂を見ているが、さもあらん。

この者達は皆、彼らの息子や孫、親族に位置するのだから――その面もちは誰もが陰鬱としており、それは幹部に連れて来られる道中、何故老妖達が死なねばならぬのかを語られたのだろうと察する事は難しくない。

 

全てはこの八坂が至らぬためと、彼女が表に出さず謝罪をする。が、どうしても一つ、分からない事がある。

 

 

(――?鞍馬様(・・・)は何処じゃ…幹部と共に行ったのではないかや?)

 

 

この京都、しいては西日本の妖怪を束ねる立場にあるのはこの八坂に相違ない。だがそれも表では…だ。

八坂の母、その更に前から…平安京の時代より遥か以前よりこの地に存在し、時に土地神とさえ敬われた大妖中の大妖怪――たかだか龍王程度(・・・・)の力しか持ち得ぬ八坂では、逆立ちしても決して敵わぬ格上の存在…それが大天狗第三位に名を馳せる、鞍馬山僧丈坊。そんな彼が何故いない?と一抹の不安を八坂が覚えていると。

 

 

「スマンな、少し寄り道をしておったのでな」

 

 

謝罪と共に鞍馬天狗が姿を屋敷の方(・・・・)から現し。その手には何と無造作に…。

 

 

「離せ!離すのじゃ、じぃじ!!」

 

 

熱に魘され寝ていたはずの九重が。瞬間八坂の目は血走り、先のイッセー達と操られ戦っていた時とは比べものにならぬ程の妖力を晒し、怒号を発する。

 

 

「キサマァァア!!鞍馬ァ!!何故じゃ!?その子は今、寝ていないと…っ!?」

 

「ふん、下らぬ情よな。今のでよう分かったわ、アヤツ等は死んで正解であったとな」

 

 

娘を思う母の気持ち。だがそれを今の鞍馬はただ鼻で笑うだけだ。

 

 

「堕落しておる、放棄しておる。…一体何時から我々はここまで弱くなった、一体何時から…キサマ等は妖怪としての誇りを失ったというのだ…っ?」

 

 

ピシリ――と敷き詰められた小石が急な問いかけが成される中割れる。その様子に家族の死を際悩んでいた若者達と八坂、襟を掴まれ宙に浮かんだままの九重も顔を青くし、その様子が更に鞍馬天狗の機嫌を悪くさせ、鞍馬はふと、八坂が抱きかかえ、今も気絶する弥々を指差し。

 

 

それ(・・)の所為ぞ、今アヤツ等が死にゆくはそこの弥々の所為、しいてはそれを命じた儂(・・・・)の考え無しの行動故…さぁ、どうする?下手人はここにいるぞ?あの者達が死す理由(元凶)はここにおるぞ?」

 

 

次に遠く、倒壊を続ける轟音立ち上る方を指差し、最後に己を指差す。だが誰も動かない。

 

今何某らの行動を起こせば、必ず鞍馬が己を殺しにかかる――そう思うよう、鞍馬が凄みを見せていたが故だ。それが鞍馬の狙いであり、彼らが何も行動を見せなかったが故に――鞍馬は今までが間違いであったと悟った。

 

 

「どうした、こんのか?その程度の覚悟…儂のような身内に立ち向かう意気込みすら見せられぬ者が、アヤツ等の死を厭う資格がある?」

 

 

どれほど覚悟したと思うておる、どれほどの覚悟を持って、あの者達が死に(そうら)へておると思う――その言葉と共に、鞍馬は轟音と共に土煙を上げる死合いの地に、再び指を差し。

 

 

「だからあの者達は死ぬのだ。誇りを忘れ、ただ生きるだけのキサマ等に、真の妖怪の姿を見せる為に死ぬのだ。お前達(京都)の為に…儂が殺したのだ(・・・・・・・)…ッ!!」

 

 

最後の言葉、それは不甲斐ない己に向けた言葉であった。その証拠に鞍馬の眼からは血が流れ、口元はどれほどきつく食い縛っているのだろうか…血がいずれ大河を生み出す山の湧き水のように、止めどなく流れ続ける。

 

 

「見届けよッ!!歯を食い縛り、しかし括目して見届けよッ!!死に逝く最期、御見事と讃え、憧憬を抱き見届けよッ!!…いづれお前達も死ぬのだ…今から人間に打ち滅ぼされる彼らのように、お前達は妖怪として(・・・・・)死なねばならんのだ!!」

 

 

震える指を差したまま、断固とした意志を示した鞍馬は次に、九重を庭へと放り。

 

 

「姫よ、次代を担うであろう、次の九尾よ。儂も忘れておった、忘れてはならぬものがある(・・・・・・・・・・・・)と…人の世が明る過ぎ、他神話の流れを止める事が出来なんだが故に…儂等は妖怪であると――」

 

 

人に滅ぼされる定めにある、化け物であると――鞍馬はそう締め、放り出された九重は熱に浮かされ辛い我が身を、それでもしかと鞍馬へと向け。

 

 

「そん…な…それでは私達妖怪が、まるで“悪”のようではないか…ッ!」

 

「然り、儂等はどこまで行っても化け物に過ぎん。好き勝手に生き、人に淘汰される…元より妖怪はあの時代、平安に滅びる運命にあった(・・・・・・・・・・・・)。そこに千年京を生み出す為、太極の陰の役割を与えられ、偶々生きる事を許されただけの種族に過ぎん。あぁそうじゃ、儂等は人間にとって、絶対の悪(・・・・)でなければならん」

 

 

小さな子供に鞍馬の語りのなんと、凄まじき事。じぃじと可愛がってもらっていた九重にとって、今の鞍馬天狗が見せる豹変ぶりは信じられないものなのだろう、林檎のように紅い頬はもはや、真っ青に変わっていた。

 

 

「いや…じゃ、そんなの…人間なんか…母上も皆も虐める人間なんか…っ!」

 

 

鞍馬の言葉を認めたくないのか、九重は逃避とばかりに恨みつらみを、今の血煙を生み出しているであろう、鞍馬の言葉が真実であれば、殺し続けるカルナ(人間)へと向け涙を流す。だが…。

 

 

「愚か者がッ!!使命を全うする彼らを羨む事はあれど、望む最後に付き合うあの者を恨む事だけは断じてならん!…見届けよ、それが我等残された者に唯一許された事よ」

 

 

そう締めくくり、途端に屋敷の屋根瓦が幾つも木の葉のように、突如吹き荒んだ突風に煽られ飛んでいく。それは神通力からなる風であり、今の鞍馬の心情を所実に語っていた。

最後に鞍馬は今だ気絶する弥々を一瞥。言葉もかける事なく縁側へと近づき、気圧された若い妖怪達は黙したまま、道を譲る。もはや彼らが言葉を発する事など無く、視線は遥か遠方へと固定されていた。

 

 

 

「いやぁ、良かったねぃ。茶番(・・)ご苦労さん」

 

 

隣に座って来た鞍馬に、初代は笑いながらそう言葉を掛ける。

全ては残された者達を守るため、いずれ須弥山…しいては人間に抱くやもしれぬ怨恨を自らに向けさせる為の、鞍馬が描いたシナリオなのだ。

 

 

「…邪魔しないでいただき感謝する」

 

 

煙草を一本貰えないか?――先程とは打って変わり、静かな雰囲気でそう求める鞍馬に初代は一本、箱から差し出し火を付ける。

 

 

「――っ!ゴホ…っ。…大陸の煙は不味いのだな」

 

「おう、安モンだからねぃ、コレ」

 

 

おどけるような仕草に、鞍馬は黙してもう一口、煙草を吸う。そんな彼らへ向けられる視線はなく、誰も彼もが轟く音に集中を見せている。

 

 

「…これがアンタの望みだろぅ?鞍馬の」

 

 

その様子をサングラスの奥から見た初代は、鞍馬へと語り掛ける。

 

 

『今を生きる者が、終わりゆく古い者達を見届ける』――ここに込められた意味は決して言葉や文字では到底表現できないものがある。

 

鞍馬天狗は初代の言葉に応える事なく、ただ前を見据え友の死に際をその身に感じ、一人頬を濡らす。

 

山と共に在り、土地神としての側面を持つ鞍馬山僧丈坊は本来、歳を取ることの無い、永遠に無垢なる少年と言い伝えられている。が、この場にいる鞍馬本人は確かに年老い、見事な髭を蓄えている。それは何故か?

 

 

「時間というものは、本当に恐ろしいものだ。怖いものなど何一つないと見得を張っておった者達が、いつしか細くなりゆく己が腕に嘆き悲しみ、人前に出る事すらならなんだ」

 

 

そう、全ては友の傍に少しでも寄り添うため。その為だけに容姿を変え、妖力を時代と共に徐々に隠し、己を京都が分裂せぬよう楔となるべく八坂の一族を持ち上げ、一歩俯瞰した立場である副大将として見守って来た。

 

 

「初代殿、帝釈天に言伝を頼んで良いか?『あの人間を遣わせていただき、感謝致す』と」

 

 

涙をとうとうと流し続ける鞍馬だが、その実彼は老妖達の死を嘆いているワケではなく、むしろ羨ましいとさえ思っていた。

妖怪は人と在らねばならぬ――人に退治され、その時初めて妖怪として生まれた意味を持つことができる。その意味では、己の死がつまり土地の終わりと同意である鞍馬は、この場で誰よりも実力を持ちながら、その実、誰よりも不自由な存在とさえ言えるだろう。

 

妖怪とは、ここまで美しい涙を流す事ができるのか――かつては同じ妖怪だった初代は、鞍馬の言葉の裏を感じ取り、コクリと頷き帝釈天が先兵として、この地の者達をボスは必ず許すだろうと思いを馳せ…弥々を一瞥。

 

 

(まぁ…アレだけ(・・・・)は、もうどうしようも無いけどねぃ)

 

 

 

 

 

 

息を吐かせぬ連撃とは斯く成りや――。

 

極彩纏いし極楽鳥が宙を舞う。その度に、斬々バラりと散るは華。

椿が散る。烈風怒涛が吹き荒ぶ度、嵐には耐えられぬと首が落ちる。

 

舞うは戦士、散るはげに(・・)醜き首。

鮮やかな羽毛にも見える、しかし絶えず形を変え尾を引く外套を翻し、一人のクシャトリア(カルナ)は求めに応じ、その積み重ねた武勇を惜しげも無く披露する。

 

 

今はまだ、鬨の咆哮から幾分すら起たぬ短き時間。しかし、すでにそこには死屍累々、死山血河の光景が…塵殺された老妖達の亡骸が転がっていた。

 

槍を一振りすれば10の人影が20に増え、槍を振り下ろせば10の人影が消滅する。その度に夥しい血飛沫が辺りを舞い、カルナの色の抜け落ちた髪と肌を深紅に染め、神域で振るわれる槍が周囲を朱色に変えては更に細分化を促し、ついには霧を形成する。

 

 

「これ程とはな…」

 

 

驚きの色が垣間見える呟き――それはたった今、上段から地面に串刺す形で老妖を槍で貫いたカルナの声だった。

ゴボリと真っ黒な血を口から吐き出す一つ目の老人。本来仲間、家族であればその様子に奮起し、助けようとするものだろう。

 

だが…妖怪とは、全く持って度し難い。

 

 

「そのままじゃ!!」 「おぉ!!そのまま刺されて武器を構えさせるな!!」 「とくと逝け!!離したらお主、あの世で情けないと馬鹿にし続けてやるでなぁ!!」

 

 

いくら槍に貫かれた一つ目が苦悶の表情を浮かべようと、そこにあるのは罵詈雑言。「囮で有れ」「そのまま(はりつけ)で在れ」「死ね」「そのまま死んでしまえ」――今だと言わんばかりにその顔に笑みを張り付かせ、我先にとカルナに群がり始める化外の集団。言われた者はたまったもんじゃない。罵詈雑言の数々の中、槍に貫かれ続ける一つ目は――。

 

 

「お゛…ッ、おぉ――ッ任せろ!!」

 

 

嗤っていた。今の彼の様子はまさに、敗者の構図。だが一つ目を爛々と輝かせ、槍を自らのハラワタに勢いよく、更に深く突き刺す。

 

 

「お゛ッ!?お゛ぁ゛ぁ゛あ゛ア゛あ゛あ゛!!」

 

 

それは果たして、喉から出せる声なのかと言いたくなる程の叫び声。歯が砕ける程に食い縛り、余りの痛みに意識が飛びそうになりながらも。

 

 

「あ゛ァ゛ア゛ッは、かか…ッ、クカカカカカ!!!」

 

 

嗤う。

砕けた歯を血と共に吐き出し、まるで己こそが勝者であると言わんばかりに嗤い続け、鬼はカルナを下から見上げ(下し)

 

 

「見事!!おぉ、まっこと御見事!!首をやる(・・・・)!!持ってけ人間!!」

 

 

まるでこの状況など知らぬと言わんばかりに、一つ目は嗤い続ける。周りもそうだ、誰も彼もが人で無い(・・・・)化外特有の壮絶な表情を浮かべ、全方位からカルナに襲い掛かる。しかし…彼らは知らない。

 

人と神の間に産まれた半神半人、あのインドラでさえ魅了した男である事は知っている。しかし彼らは知らないのだ。

 

 

その男が真の英雄(・・・・)であることを――。

 

 

「ッ!ぬっ、おぉ!?」

 

違和感を感じた。まるで地面がせり上がってくるような…それでも構うものかとカルナに迫る老妖達の目の前に、突如壁が迫って来る。その正体は土壁――否、それは巨大な岩盤の塊。

それは抜けぬならば全てひっ包め、無理やり持ち上げればいい(・・・・・・・・・・・・)とカルナが自身の膂力に任せた文字通りの力技だった。

 

 

「ふん――ッ!!」

 

 

短く鼻から息を吐き、カルナは悠々と一つ目の老妖を突き刺したまま無造作に蹴りを放ち、あまりの脚力に岩盤は砕け、まるで散弾銃の如く目の前に迫っていた者達に突き刺さる。死に逝きながらもあまりの埒外の光景にその一つしか無い目をこれでもかと見開いていた一つ目の老妖は、その蹴りで槍から抜け落ち、そのまま彼らが長年住んだ長屋を次々と穿ちながら吹き飛んでいく。だがカルナは真っ直ぐに彼が飛んでいった方向を見やり。

 

 

「では、その首確かに貰い受ける」

 

 

逆手に持ち替え、槍を投擲。

穿たれた穴を更に広げながら飛翔し、遥か遠くで血飛沫が盛大に舞う。恐らくは宣言通り、彼の首は今頃胴体を離れているのだろう。

 

この凄惨極まる光景を前にし、カルナを背後から奇襲しようとしていた老妖達は足を止め――

 

 

()じゃぁああ!!」 「今が好機ぞ!!コヤツ、武器を捨ておったわ!!」 

 

 

――ることなく差し迫る。

家族が死んだ、大昔からの馴染みがたった今、その命を散らした…で?だからどうした(・・・・・・・)

元より死ぬ為に来たのだ、戦いの中で、確かな誉れを抱いて死ぬ為に、今の今までこうして生き恥を晒してきて、ようやっとあの者は死ぬ(旅を終える)事ができたのだ。ならば笑おう、あの者を羨み、あのように死ねるよう笑おう。

 

どうする?今のお前に武器は無く、こちらは寄って集ってキサマを相手取るに恥すら覚えぬ人でなしぞ?――笑みを張りつけ、そう問いを投げかけてみれば。

 

 

「ふむ、ではこうしよう(・・・・・)

 

問題など何一つ無いと、カルナは後ろを振り向く。途端、彼の目の前に迫っていたのは先程の意趣返しと言わんばかりの赤く巨大な壁。その正体は妖力で肉体を大きく変貌させた、一匹の赤鬼の握る拳だった。

 

以前、鞍馬天狗がイッセーの体幹を見て思った通り、妖怪等の人外はその身に宿す妖力や魔力で如何様にも膂力を補う事ができる。この赤鬼の本来衰え弛んだ腕がここまで瑞々しく、それ以外はそのままであるが故に身体の軸を崩しながらも殴れば鉄塊すら砕く剛腕を発揮できているのはまさにそれ。そしてカルナが先程驚きの声を漏らした理由もまさにここにある。

 

(うま)いのだ、戦い方が。上手いのだ、その熟練と言わざるを得ない、妖力の用い方が。その証拠に、その赤鬼の背後にはすでに足の筋を断裂させながらも妖力を足に込め、二度と歩けずとも良いと捨て身で追撃をかけようとする者共の姿が。

 

 

捕った!!――赤鬼の巨腕が確かにカルナの鎧に触れた…その瞬間。

 

 

「なッ!何ィ!?」

 

 

するりと赤鬼のその巨大となった腕にカルナは片足を引っ掛け(・・・・・・・)、まるでポールダンスを披露するかのようにそのまま回転しつつ腕を蛇のように這い上がり(・・・・・・・・・・)、舌の如く伸ばされた細腕が老いてもなお太い首に巻き付き、そのままカルナは鬼の首を圧し折る。更にその首を軸に逆立ちし、足に焔を纏い回し蹴りを放ち迫る老妖達を悉く燃やし尽くす。それは一切淀みの無い、数瞬の瞬きにすらならない僅かな時間の出来事…まさに絶技としか言いようの無い技を放とうと、カルナは油断無く構えを解かない。何故なら――。

 

 

 

“唖゛亞゛ア゛あ゛ぁぁあああア゛――!!!!”

 

 

「…流石に、驚く他に無い。まさか首を刎ねて(・・・・・)なお、向かってくる事ができようとは」

 

 

地を裂くような叫びとはまさにこの事としか言いようの無い、凄まじい咆哮。それはカルナの言う通り、先程槍で穿たれたはずの一つ目の首が巨大化し、それだけで飛翔しカルナへと向かってきたからだ。首だけでも生きていた者なら見て来た。殺しても死なぬ不死と言われる者なら数多く見て来た。だが…まさか首だけで動き、なお猛追して来る存在がいようとは…ッ!!

 

 

(まるでジャザーランダだ、不死性ならばアレの方が上だが…まさかこの小さな島国で、あの男を思い出す程の存在がいようとは)

 

 

カルナは相対した中でも屈指の不死性を持った王、ジャザーランダを思い出しつつ、あの時のように、鎧を噛み砕かんと大口を開ける巨大化した生首に手刀を構え、カルナは中央から思い切り引き裂く。血が裏京都の地を、カルナを更に染め上げ、引き裂いた頭部の奥からまたもや歯を剥き出しにした笑みを覗かせる悪鬼が迫る。

 

 

『うぉぉおおおおおおおお!!!』

 

 

手の平に炎を作り出し、息を吹きかければまるで意志を持ったかのように、炎はカルナの下から飛んでいき、妖怪達を燃やす――が、止まらない。

神々の創作物であるが故か、カルナが放ったインドラの槍は彼の手元に幾何学模様を描きながら戻ってき、手に持った勢いのまま薄い炎を槍に宿し、斬撃を飛ばすように槍を振るう――が…止まらないのだ。

 

 

『お゛ぉぉおおおおおお!!!』

 

 

前へ、更に前へ――!!

今まで…過去(後ろ)の事なんざどうでもいい!!ただ前へ!!あの男に、ただ一矢を――ッ!!

 

もはや覚悟という言葉ですら生温い。

神格…それも太陽の神格を宿したカルナの炎は彼らの肌を焼け爛れさせ、爛れた皮膚は目を潰し、口を塞ぎ地面へと垂れていく。炭化した骨すら覗く中、それでも男達は前へ這いながらも突き進んでいく。それは矜持だった。妖怪として、人に退治されようやく完成する…闇に紛れ生きる者として、悪であると生まれた時から決まっていた、定められていた最後を迎える為だけに…正義を人に与える為だけに、彼らはなお、前に進むのだ。

 

ぶるりと鳥肌が立ち、気付かぬ内にカルナの表情もまた、彼らと似た僅かばかりの笑みを覗かせる。

 

 

見事だ(・・・)。お前達とのこの闘争、斉天大聖以来に、心揺すぶられる――!」

 

故に――。

 

「我が師パラシュラーマから授かりし奥義、それを手向けに逝くがいい!!」

 

 

右手に持っていたインドラの槍を左手に持ち替え、カルナは己が顔半分を空いた右手で覆い。

 

 

「武器など前座、真の英雄は眼で殺す!!『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』――!!」

 

 

右目が赤く発光。古代インド奥義と化した大英雄の眼光は、その直線状に存在する全てを悉く貫き遥か遠方、表と景観をほぼ同じとする裏京都に存在した大文字山の山頂を蒸発させ、なお突き進みながら、ゲオルグが作成したあの異界の時のように、境界とも言うべき裏京都の空に穴を空ける。本来ならばその時点で崩壊が始まるのだが…ここはかつて、日の本の中心とも言えた場所。莫大な地脈が流れ込むこの異界は、空いた穴をすぐさま修復し、ならば遠慮はいらぬ(・・・・・・)とカルナは首を動かし視界に入る全てを朱に染め上げ、その度に古代インド奥義は老妖達を消し炭すら残らぬ程に消し去り、遠方では噴火の如き爆発が立て続けに起きる。

魔境に等しい、数ある神話群の中でも最強ではと謳われるインド神話――そのインド神話においても、数々の武神さえ差し置き三界を征する力を持つと名高き大英雄カルナ。その身はシヴァですら破壊困難の鎧に守られ、まさに不撓不屈の称号が相応しい彼であるが……。

 

 

「…な…っ!?」

 

 

これだけは、流石のカルナでさえ予想外だった。そこには…。

 

 

「――ァ゛ッだ…まだまだ(・・・・)ぁ゛ぁあ!!!」

 

 

(あき)らかのもう歩く事すらできない…一体どうやって、骨だけと化した足で駆け、どうして彼らは己が前方に――。

 

 

仲間を盾に(・・・・・)しているのだろうか……?

 

 

カルナが眼から放った『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』――その閃光が眼に焼き付いた途端、彼らは理解したのだ。

 

「あぁ、これだけは無理だ」と…一人では到底耐えられぬと。

理解すれば早かった。這う者を眼前に掲げ、更に前に仲間を掲げ立てる者を配置して…言葉など不要だった。誰も彼もが誰でもいい…あの男の心にどうか、儂等を残してくれと願い、頼り…誰もが笑いながら、自己犠牲に身を投じたのだ。

 

 

「逝゛…げ…ッ!!」 「ごのまま゛…逝゛げぇ゛ぇぇええ!!」

 

「応ッ!!逝こう!!このまま逝こう!!みんなで…俺達(・・)で逝こうッ!!」

 

 

だらりと力無く、千切れかけの腕。ただの硝子玉と成り果てた目を、それでも確かな視線をカルナに向け、動けず自らその役目を志願した者達は叫び、それに涙を浮かべ応答し、男達は前へ進む。幾重にも重ねた肉盾(・・)が、インド奥義すら耐え抜き、奇跡の前進を成功させていた。

 

 

血やハラワタを撒き散らし、彼らは突き進む。その光景にカルナは動く事が出来ず…そして己を恥じた(・・・・・)

 

耐えられない…必ず殺すと心を込めて、彼は『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』を放った。だというのに――。

迫る肉壁。妖怪の矜持はいとも簡単に、カルナの予想を裏切りついに…。

 

 

「ガアァアアア!!」

 

 

血反吐を撒き散らし、肉の壁がカルナの鎧に噛み付き、次に槍が、刀が次々と腕に、足に、腹に突き立てられていく。しかしそれらがカルナを傷付ける事など…そこまでの奇跡を、(スーリヤ)は許しなどしなかった。

カルナの皮膚と同化した鎧、『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』は、破壊神シヴァですら破壊困難と言われる全神話中、最高峰の硬度を誇る屈指の絶対防御。例え欠けようと、ましてや一部を突破され、彼に届こうとすぐさま鎧はカルナの肉体を修復し、『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』もまた不変の日輪の如く、破損した箇所は瞬く間にその掠り傷すら無かったものとする、まさに“洛陽無き日輪”――それこそが太陽神スーリヤが、カルナに与えた唯一無二の愛情の印。

 

傷付かない、壊れない――それでも食らい付いたまま、武器を掲げたまま、老妖達は前進を止めず、カルナも後方へと押され続けていく。そんな中、身体をくの字に曲げていたカルナは――。

 

 

「謝罪しよう、オレは…お前達をどうやら、甘く見積もり過ぎていたらしい」

 

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』では彼らを殺しきるには力不足だった。ならば――。

石突きでガリガリと地面を削り強制的に彼らの突進を止め、顔面が消し飛ぶほどの力を込め、カルナは盾となって歯を突き立てていた老妖を蹴り殺し、その反動で宙へ飛翔。

 

 

「故に、この生において初めて放つ、我が身に宿る父の威光を顕現せしオレだけの奥義(・・・・・・・)。それを持って、約定を守るための手向けとしよう!!」

 

 

燃える陽炎のような外套を背後に携え、カルナは言葉と共に槍を再び逆手に持ち、構える。その様子はまるで引き絞られた弓の弦を彷彿とさせ、次第に膨大な熱が、逆手に持たれた槍を中心に形成される。

熱波は悉くを破壊し、それでもなお、老妖達は倒れない。互いが互いを支え合い、折り重なるように空に浮かぶカルナ(日輪)を見上げ、ついに悟る。

 

「嗚呼…もう終わっちまうのか」と――誰もが笑顔を浮かべていた。肌は焼かれ、眼も耳も、喉の肺も…おおよそ全てが太陽に飲み込まれんとする中…。

 

 

皆が子供のように無邪気な笑みを浮かべ、満足そうにしているのだ。

 

 

槍に超極焔の陽が灯る。

引き絞られた弓の構えをカルナが解き、音すら置き去る速度で矢となった神槍が放たれたその瞬間…カルナは確かにその呟きを拾ったのだ。

 

 

 

「――ありがとうなぁ」

 

 

「『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』――!!」

 

 

 

 

 

 

 

膨大な熱を含んだ突風を防いだ――が、足りない。

この裏京都が崩壊しそうな程の技に、見事この地は耐えてみせた――が、足りないのだ。

 

あの男が落とした、この太陽をどうにかするには――。

 

 

この地を守護する二大巨頭。八坂と鞍馬がその額に滂沱の汗を浮かべ、カルナの『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』を何とかしようとする。

 

八坂が地脈の力を全て異界維持に務めようと、神に匹敵する力量であるはずの鞍馬が、その国すら燃やし尽くす焔を何とか防ぎ止めようとしようと…全てを燃やし尽くす日輪を止める事などできず、屋敷を覆った強固な結界すら徐々に蒸発していく。

何とかしなければ――それはこの場にいた幹部妖怪、京都守護を担う者達、そして意識を取り戻した弥々がまず思った事だった。

妖力で障壁を作り、大妖怪クラスが多数で生み出したそれは、この世界で魔王クラスと呼ばれる攻撃ですら耐えうる強固なものとなる。だが…足りないのだ。

 

 

「かはっ、これ…程かッ!!」

 

 

地脈に続き、この場で渦巻く妖気すら方向性を操っている為か、その膨大な力の奔流に八坂は咳き込み血を吐き出す。

そしてついに膝を屈しそうになった…その時。

 

 

『おぉい猿!?これ一体どういう事!?何で世界が燃えちまってんだ!?』

 

 

初代と共に来ていながら、今まで姿を現さなかった五大竜王である玉龍が慌てた声と共に結界の綻びから入ってき、八坂はその姿を見て好機だと捉えた。

ドラゴンは力の塊であり、五大竜王となればまさにそのトップクラス。彼が持つ龍の気が合わされば、何とか皆が集まるこの屋敷だけでも凌げると頭で考え…この場で命を捨てる(・・・・・)事を決断した。

ただでさえ地脈と妖力を纏めるだけで血反吐を吐いているのだ。そこに龍の気まで入れば間違いなく身体が持たない。

 

 

(でも、九重がいる。あの子さえいれば…あの子と鞍馬様、皆さえ残れば…妾の命程度、捨てるは今ぞ!!)

 

 

彼らのように――そう覚悟を決め、玉龍の気を分けてもらおうと決死の覚悟を決める――が、それは結局、無駄に終わる事となる、何故なら。

 

 

「――天道、雷鳴をもって龍のあぎとへと括り通す。地へ這え」

 

 

この場には大陸においても屈指の気の担い手である、初代が存在するからだ。

トンっといつの間にか持っていた如意棒で地面を叩いた途端、八坂の負担は凄まじく軽くなり、同時に玉龍が空から地響きを立てて落ちて来た。

 

 

『グァァアア!?す、吸われるぅぅう!?さ、猿!!テメェ何しやがる!?』

 

「うるせぇ玉龍、いいからテメェの気を寄こしやがれ。どっちにしろこのままじゃ、オイラ達こんがり焼かれて猿肉と馬肉にされちまんぞ」

 

 

初代はそう言って玉龍を黙らせ、次に八坂の方を向き、後は任せろと意を見せれば、流石は大将と言うべきだろう。それだけで八坂と鞍馬は悟り、更に妖力を放出するよう、周りの者に告げる。その様子にこれならば何とかと、初代はもう二度とそちらを見向きもせず、極焔の中、その存在感を放つ小さな影を見据え。

 

 

「ここから見ればこんなに小せぇのに…お前は本当に、遠くにいるんだな。何てデカイ男だよ、なぁ…大英雄」

 

 

 

 

 

 

 

 

地面が溶け、肉が焦げるような酷い悪臭の中、カルナは降り立っていた。軽く辺りを見渡しても、そこには彼以外に命ある者など存在しようはずも無い。

 

 

「…夢は醒めたか?」

 

 

誰もいない、しかしカルナは問いを投げかける。そこには黒く焦げ付いた無数の影。それが人の姿をした何某かの遺体であると分かれば、誰もが畏れを抱き慄くだろう。何故ならその焦げ付いた影達は、老妖達は死してなお……笑っていたのだ。

 

 

「良い夢だった」――そう言いたげに、最後まで彼らは笑って逝ったのだ。目を瞑れば、網膜の裏でも彼らは笑いながら、カルナにこう言っていた。「次は地獄で閻魔に喧嘩売ってくるわ」と。彼らは確かに、(カルナ)に己を刻む事に成功していた。

 

それが何だか可笑しく感じたのだろう、カルナはキュっと僅かに口元に弧を描き。

 

 

「そうか…では、良き旅路(・・・・)を行かれるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いが終わったのだろう。

紅蓮が徐々に消えて行き、屋敷の庭では八坂や鞍馬が荒い息と共に、その場に突っ伏す。それは今回の功労者である初代や玉龍、そして弥々とて同じ…いや、生き残った全ての者が疲労困憊の中。

 

 

「戻ったぞ」

 

 

理不尽にさえ思える。あれほどの技を放ったのも関わらず、カルナは息も切らさずまるで散歩でもしてきたかのように戻って来たのだ。ただし、美貌とさえ取れる面容は血だらけになり、その身も血に濡れていない場所など皆無。そして…その手には貰うと口にしたからだろう。

 

 

「それは…アヤツ等の首か…」

 

 

鞍馬はそれが何であるか、一目で看破し、その場の誰もが眼を見開き確かめる。

今も煙が立ち上がるソレは、焦げ付きもはや何かも分からぬ…しかしよく見れば、確かにそれは最愛と言っていい…家族の亡骸だった。

 

 

「あぁ、約束は確かに守り通させてもらった」

 

 

そう言いながらカルナは、首を彼らの眼前に掲げ、見せつける。

 

家族が殺された…しかし彼らは望んで死に(そうら)へた。

複雑な思いが若い妖怪達の表情を曇らせ、俯かせる。だが…。

 

 

「たわけ、儂は言うたぞ?括目せよとな」

 

 

彼らを掻き分け、鞍馬はカルナの持つ首を奪い取り、更に衆目に晒した後、気付かず一族毎に集まっていたその集団の中に、首を無造作に放り投げ…彼らはついに、生まれて初めて本当の妖怪(・・・・・)を知る事となる。

 

 

「…笑ってる」 「何で…こんなにも満足した表情してんだよ…っ!」 「何で…っ、こんなにも、羨ましい(・・・・)って!!なんで…なんでっ!?」

 

 

嘆き悲しみ涙を流し、だが誰もがその炭化した家族から眼を背けようとせず、その心には憧憬が浮かびつつあった。何故…俺達は、あの劫火に身を焦がさず、このような場所でただ怯えていたのだろうか…ッ!!

 

それは何も、これからを担う若い衆だけではない。いずれ彼らを率いる幼き姫もまた、その凄惨さに嘔吐(えづ)き嗚咽を漏らす。だが…。

 

 

「な…ぜじゃ、何故私は…家族が…爺や達が死んだのに何故っ、こんなにも美しい(・・・)と感じておるのじゃ!?」

 

 

その問いに誰も答えない。何故ならすでに、九重の中で答えは出ているのだから。

その様子を見て、母八坂は大将としても安堵した。この子なら大丈夫、きっとこの先千年、彼らの思いを引き継ぎ語り継ぎ…きっと己を超える、立派な大将に成長してくれると。

 

 

「結果はこのようになったが、名代としての任、確かに果たさせてもらったと解釈させてもらおう。あの男にも告げておく、この地には…お前(インドラ)ですら知り得ぬ猛者達がひしめいていると」

 

 

あれほど一方的にも見える展開を繰り広げてなお、カルナは最後まで彼らを讃え、その賛辞を残された者達は確かに受け取った。

 

死してなお、屍拾う者なし。だが死してなお、老妖達()を忘れる者などいない。その意志を受け取った若者達はしかと頷き、そしてカルナへ視線を飛ばす。だがそこに恨みつらみ、憎しみなどは一片も無く、ただ妖怪として…いつしか人間に淘汰される者として、お前の前に必ず立つという意が宿っていた。

 

それをカルナも一切臆する事なく受け止め、一度輝くその耳飾りを鳴らし――こちらを見つめる弥々へ語り掛ける事なく、先程入って来た正門へと再び歩み出す。

“これ以上彼女に関心を集めさせるワケにはいかない。何より今すぐ戻り、あの男(インドラ)止めなくては(・・・・・・)”――その思いがカルナの足を早まらせ、だが性分なのだろう。一度立ち止まり、僅かにカルナは弥々を振り向き。

 

 

「お前との出会いから全て始まった。感謝する、弥々」

 

「――っ!」

 

 

「急がねばならない、玉龍を貸していただけないか?」――そうカルナが初代に問いかければ、初代は玉龍の意志を確認しないまま容認した。

 

 

『ハァ!?おいおい、オイラもうヘトヘトだぜ?だいたい、オイラ五大竜王でタクシーじゃねぇんだぞ!?』

 

 

だが玉龍としては心底勘弁してほしいのだろう、文句を垂れ始めたが、結局は初代に睨まれ渋々了承。カルナもすまないと謝りつつ、更に歩みを早める。その背中に、弥々は思わずと駆け寄ろうとしたのだが。

 

 

「おっと、へへ、悪いね。ちとお爺ちゃんに付き合ってもらうぜぃ?」

 

 

それに待ったをかけるように、初代がその肩に手を置く。

 

 

「っ、お願いです初代殿!その手を離してくださいまし!」

 

「あぁ悪いと思ってるよ?でもな、そりゃもう出来ねぇンだ。だって…――アンタもう、手遅れだもの(・・・・・・)

 

 

カルナが見えなくなった途端、初代はその雰囲気をガラリと変え、まるで脅すように声を低く呟く。彼は待っていたのだ、八坂と鞍馬。おおよそ実力者と呼べる者達が疲労困憊するこの瞬間を…いや、本来これは彼の、しいては彼にこの場に残るよう密かに命じたあの神々の王ですら予定になかったものだ。だが…。

 

 

アレ(・・)でアンタ終わっちまった。カルナに薙刀突きつけて、アンタ誰を貶しやがった(・・・・・・・・)?こうなるって覚悟して…アンタ、ボス(・・)に唾吐いたんだろぃ?」

 

 

肩を掴んだまま、初代は弥々をその場に組み伏せる。苦悶の表情を弥々が見せ、まっ先に動いたのは鞍馬だ。

 

 

「初代!キサマッ!!」

 

 

身体に鞭打ち翼を広げ、疾風怒涛の勢いで初代を突き飛ばそうとする。しかし先程から初代が言うように、もう全ては遅いのだ。

 

 

「おっと、動かないほうがいいぜぃ?何しろオイラをどうにかしようと、ボスが怒りを鎮めるなんざありゃしねぇ!」

 

 

さもこの状況が楽しそうに、初代は敢えて挑発するような笑みを浮かべる。くしくもそれは老妖達が浮かべたような、妖怪特有のモノであった。

 

 

「初代殿、お前は一体弥々をどうするつもりじゃ…っ?」

 

「おう、八坂の大将。良く聞いてくれた」

 

 

「ボスからアンタに伝言がある」――そう言って切り出された内容は、到底受け入れられぬものだった。それは……。

 

 

「聞け、京都の者達よ。――『この娘を寄こせ、でなければ俺様直々にこの地を滅ぼす』…だとさ」

 

 




恐らく疑問に思われる方々が多いと思うのでこの場で説明させていただきますが、カルナさんを泊めたあの老狐は仲間に紛れ挑み、そしてクンダーラで焼き尽くされています。最後の感謝の声がこの老狐だったのか、それとも名も知れぬ老妖達の誰かだったのかは、皆様方のご想像にお任せします(一応自分の中では決まっています)

それと前回描いたカルナさんの絵を書き直しています。よければどうぞ(ぶっちゃけこの絵に一番時間かかりました(汗)

次回は
・あの後どうなったの?英雄派
・原作主人公、京都壊滅を知る←(これは書くか分からないです)
・狐の嫁入り
を予定しています。

そしておそらくカルナさんは出ませんッ!!(血涙)


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ナニカが壊レル音がシタ

最近の中では割とサクサク書けました。
愉悦を目指したのですが…すみません、最後の方は胸糞展開注意です。(書いてる自分でも少しきつかったです)
それと原作キャラの一人が超良い性格(腹黒)となっていますが、この作品の前書きにもある通り、この小説は独自解釈や性格改変が含まれます。その辺を注意して読んでもらえると幸いです。


・英雄派
・カルナさん
・弥々の順となっています。


それと活動報告でも書かせていただいたのですが、しばらくの間感想返しを自粛させていただきます。
全部にはちゃんと目を通していて、ある程度時間がたってからの返信と考えております。

今まで返信しよったのに、いきなりなんやゴルルァ(゚Д゚)!?となった方には大変申し訳なく思っておりますm(__)m



始まりは二人だった。

「偉大な祖先を超えないか?俺達にはその資格があり、力も授かっている」と彼に手を差し伸べられた時、僕は彼――曹操のその姿に英雄を見た。なのに…。

 

 

『京都という巨大な力場を利用し、グレート・レッドを召喚。ハーデス神から借りたアレ(・・)が果たして、世界最強であっても通じるのか』という実験は、結果失敗に終わった。

 

僕等と同じ『神滅具』を宿していながら、悪魔に組した兵藤一誠と同じく共にいた三大勢力の連中のせいで…だがこれは計算の内だった。あの程度、例えあの場に堕天使総督がいたとしても何も問題無いと打ち合わせして、決行された計画だった。

“戦はそれまでにどれだけ何を積み上げるか”――これは曹操が僕に言った言葉だったか。きっと彼の中に流れる曹操孟徳という為政者の血が彼にそう教え、僕もまさにそうだと思った。同時に偉業を成すには流される血(犠牲)が必要だと。

 

神器の覚醒、バランスブレイカーの数を増やす。人外を滅ぼす為の力を得る為、そしてそれが出来ない弱者を彼は必要とせず、今の英雄派に所属する神器使い達は皆、見事にそれを成し遂げた。

もう誰も弱者なんかじゃない。僕達は英雄となるべき人間で、そんな僕達を率いる男はそれに値する偉大な男だと、誰もが認め付いて来た。だからこそ…敢えて言わせてもらおう。

 

 

ここにいる曹操は、本当に僕等が知るあの曹操なのか――?

 

 

 

「はは、見たかあの三大勢力の悔しそうな顔!」

 

「あぁ!まんまと俺達に逃げられてやんの!」

 

 

僕達は京都から【禍の団】の中にある、僕達英雄派の拠点で宴会のような騒ぎを起こしていた。

三大勢力の包囲網を掻い潜り、彼らに一泡吹かせた事実は一層仲間達の士気を上げる事に成功したらしく、まるで勝利したかのように皆浮かれきっている。だがそれに対し、僕やヘラクレス、ジャンヌ等と言った幹部の表情は皆浮かれない。

 

 

「クソ!何なんだあの神器使い(・・・・)!?おいゲオルグ、お前あの神器(・・)に覚えはないのか?」

 

 

ヘラクレスが急に悪態を吐いて僕に詰め寄って来る。ったく、一体誰のおかげでこうして無事に帰って来れたと思っているんだ。

 

 

「さぁ、僕にだって分からない事くらいあるさ。ただ一つ、もしアレが神器だとすれば間違いなく神滅具級…それもインド神話に由来するものだ」

 

 

僕がインド神話と言ったとたん、周りで僕達の話を聞いていた者達が一斉に息を飲んだ。

 

 

「なっ!?そんな、あり得ないでしょ!?あの神話体系の神器は存在しないってのが通説じゃなかったの!?」

 

 

ジャンヌの言った通り、神器には様々な神話体系の由来するものが数多く存在するけど、インド神話に由来する神器だけは見つかっておらず、それは当然だとされた。

 

インド神話を構成する世界観はあまりに膨大で、しかもその殆どが“破壊”と“創造”、この宇宙の根本を突き詰めるという途方もないもの。いくら聖書の神でも、流石に国すら簡単に滅ぼす超兵器ばかりのインド神話にだけは手を出さないだろうとされていた。だというのに…っ!

 

 

「あの男が放った光線…その正体は分からないけど、同時に発した言葉『ブラフマー・ストラ』は古代インド奥義の名だったはずだ」

 

 

これだけは間違いないと断言できる。

曹操に誘われ、僕達は同士を探す傍ら世界中の神話を調べて回っていたからだ。

 

 

「――それが本当だとしたら…僕達、実は結構危ないんじゃない?」

 

 

皆が集まるこの部屋に繋がる通路から声がして、そちらを振り向くと初代の攻撃で気絶し、今まで治療を施していたジークフリートがやって来た。

 

 

「おう、元気になったかジーク!で、危ないってどういう事だ?」

 

「簡単な事さ、ヘラクレス。僕達の出資者(パトロン)が、元々どこの神話に属していたか…思い出してごらんよ」

 

 

ジークフリートの問いかけに、脳筋のヘラクレスはしきりに首を傾げるばかり。だがジャンヌは気づいたようだ。

 

 

「…っ!帝釈天は元々インドの神、インドラだったのよね?」

 

「その通りさ、更に僕達英雄派は、パトロンである帝釈天が寄こした使者を攻撃した。彼に何も言わずにね。しかも使者はインド由来の神器所有者と来た。…ねぇ曹操、帝釈天はどうしてそんな存在を、今まで僕達に隠していたんだろうね?」

 

 

その言葉には「僕達はあの男の当て馬にされたのでは」という非難も含まれていた。でもそう言葉を向けられ、視線が集まる曹操は…。

 

 

「………」

 

 

黙り込んでいた。今だけじゃない、『絶霧』でこの拠点に戻って以来、赤龍帝の攻撃で負傷した右目を治療されている間も、その表情は何の色も浮かんでいなかった。…どうかもう一度だけ言わせてほしい、本当にこの目の前にいる男は…今までその類いまれなカリスマで僕達を率いていた、あの曹操なのか…っ?

 

 

「――ん、何だ何だ?ケンカか?」

 

 

知らずにゴクリと喉を鳴らし曹操を見守っていると、ヘラクレスが言う通り、中央で乱闘染みた事が起きていた。

 

 

「テメェ、もう一回言ってみろ!!」

 

「ハッ、何度でも言ってやんよ!俺達のチームが三大勢力を足止めしている間、テメェの所はたった一人に全滅したんだろ?情けねぇなオイ!」

 

 

…どうやら功績の差で揉めているらしく、確か今胸倉を掴んでいる彼は須弥山からの使者を任せた部隊所属だったか。しかも聞いていると彼はただ後方で待機、それで生き延びる事ができたと。

 

 

「ハハ!良いぞ!もっとやれ!おら、そこだ!!」

 

 

徐々に激しさを増していく喧嘩。だが誰も止めようとせず、ヘラクレスなんか寧ろ煽ってすらいるが、これが僕等の普通(・・・・・)だ。

神器を宿したが故に迫害された者が多く所属する英雄派には、劣等感を抱え、誰よりも自分が優れていると証明したい者ばかりだ。それだけに喧嘩は日常茶飯事、流石にジャンヌやヘラクレス等の幹部、僕や曹操と同じ上位神滅具を宿すレオナルドに売る馬鹿はいないが、仲間同士の半殺し程度は当たり前。

 

強い感情が神器を成長させる――様々な実験からこれは証明されているし、何より相手を傷付ける事もできなくては使い物(・・・)にならない。だからある程度は傍観し、途中で僕達幹部や曹操が止めるのが常道だけど…この時は違っていた。

 

 

「曹操…?」

 

 

突然先程まで部屋の隅で頭を抱えていた曹操が立ち上がり、乱闘の中心たる二人の下へ。そして…。

 

 

「…ア゛ッ!?ガァッ!?」

 

「な゛っ!?んで…俺まで…!?」

 

 

手に持った最強の神滅具で二人を刺し殺した(・・・・・)。これには僕等幹部も目を疑い、言葉も出なかった。

今まで曹操の計画の中で、何度も仲間を危機に陥らせる事はあった。でもそれは神器の覚醒を促す為であり、強者を選別する為でもあった。なのにこれは一体…。

 

 

「…一体、何時まで騒いでいるつもりだ?」

 

 

ようやく戻って以来、初めて曹操が言葉を発した。…ズチャリと死んだ二人から槍を引き抜いて。

 

 

「ジーク、さっき俺に聞いたな?『何故帝釈天があの使者の存在を隠していたのか』と」

 

「え…あ、あぁそうだ」

 

「決まっている。これがその答えだ」

 

 

血に濡れた槍で、死んだ二人を指し、次に周りの構成員に槍を向けていく。

 

 

「お前達、情けないと思わないのか?無事逃げる事が出来た?一泡吹かせてやった?違うだろ、俺達の目的は何だ?ゲオルグ」

 

 

槍ではなく、顔を向けてそう僕に言い放つ。

 

 

「…人外の撲滅、僕達人間がどこまで出来るのかの証明だ」

 

「そうだ、それこそがこの英雄派がある理由…俺達英雄(・・)の存在証明だ」

 

 

僕の答えに初めて笑みを見せる曹操。でも…何故だろう…その表情がどこか僕には、薄ら寒さを覚えさせる。

 

 

「何もお前達だけを責めるワケではない。かく言う俺も、結局一人も殺せず、また負傷した身だ。そこは謝罪しよう」

 

だから――。

 

「これからは今まで以上に厳しくしていく。もっと大勢殺せるよう、もっと俺達は出来るんだと全ての神話に証明するよう、もっともっとお前達には強くなってもらう。今までは俺が禁じていたが…止めにするとしよう、今度からは仲間でも殺し合え(・・・・・・・・)。だから彼らを殺した。トップからこういうのは始めないとな」

 

 

トントンといつもの癖で、槍で肩を叩きながら続ける曹操。

 

 

「強い奴が英雄だ、力こそが全てだ!!もっと貪欲にそれを求めていこう!…どうした、何故動かない?鍛錬に戻れ!!」

 

 

仲間にすべきではない殺気を向け、一般構成員達は蜘蛛の子を散らすように曹操の前から姿を消す。後に残ったのは僕やジークフリート等の幹部連中だけだった。それでも曹操は殺気を隠す気もなく、そこに佇む。その様子にただ事ではないと、僕は彼に声をかける。

 

 

「曹操…君は、一体なにが…」

 

「ゲオルグ、我が友よ。確か君はまだ、アレを持っていたな?ペルセウスが置き土産だと置いて行った、メデューサの『邪視(イーヴィル・アイ)』だ」

 

 

僕の言葉を遮るように言った『邪視(イーヴィル・アイ)』とは、曹操に付いて行けないとつい先日英雄派を離脱した元幹部、ギリシャの英雄ペルセウスの魂を持ち、その名も受け継いだペルセウスが所持していたものだ。

 

 

「あ、あぁ、まだ持っている。でもそれがどうした?」

 

「移植してくれ、英雄が御した化け物の眼だ。なら英雄たる俺の力になるほうが、メデューサも感謝ってモンさ」

 

 

そう言って曹操は、たった今治療が終わり、巻いていた包帯を解き始めた。その下には眼球まで真っ赤に染まった目があり、瞳孔が開き見えていないのは明らかだった。でも…っ。

 

 

「その程度ならまだ、治療で治るかもしれないだろ!?『不死鳥(フェニックス)の涙』だってまだまだ余りがあるんだ!!」

 

 

そう、この程度ならまだ治る。何も問題などないと僕が詰め寄ると――グリュリと曹操は自らの右目を抉りだし、ポタポタと血が滴る眼球を僕に突き付けてきた。

 

 

これで新しい目が必要になった(・・・・・・・・・・・・・・)。ほら、何も問題無いな(・・・・・・・)?」

 

 

突然の行動に、僕達はもう何も言えなかった。長年彼に付き添ってきたこの僕でさえ、今の曹操には恐怖を覚えるしかない。でも…――。

 

 

曹操を失ったら僕達は(・・・・・・・・・・)一体これからどうなるんだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

各神話に喧嘩を売った僕達にはもう居場所なんかない。あるとすれば、それは彼がいるここだけ(・・・・)だ。

 

 

「先に施術室で待っている」――そう言って背を向ける曹操に、僕はただ頷くしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

ポタポタと血が止めどなく流れる事も気にせず、ただ一人黙々と足を進める曹操。

この場には誰もいない。彼はたった独りで進み続ける。だからこそ、その声を拾う者などここには存在しない。

 

 

「…認めるものか…アレが英雄などと、誰が認めるものか…ッ!!」

 

 

ギシリと歯を食い縛る曹操。だがそれは痛みに耐えているのではなく、嫉妬からだった。

 

あの時、一目カルナの姿を見た曹操は悟ってしまった。「アレは間違いなく、英雄だ」と。あの男こそ、己が目指す英雄像…その全てだと。

 

 

「違う!!あり得ない!!俺が英雄なんだ(・・・・・・・)!!俺がッ、俺だけが(・・・・)!!英雄でないといけないんだ!!」

 

 

ガン!!と壁を殴り当たり散らし、荒い息を吐くままに前を向き。

 

 

「その為なら全て殺す。全て俺の為に使い潰す…っ!…あぁそうさ、あの時、彼も言ってたじゃないか…『使えるものは全て使え』と…俺は…神々に愛されているんだ…っ!」

 

 

そう言って曹操は己が英雄たる証である“黄昏の聖槍”を一振り。着いていた血を振り払い、同時に薄ら寒い笑みを浮かべ。

 

 

「感謝するぞ兵藤一誠、俺に初心を思い出させてくれて。だが…この借りは必ず返す!!悪魔め…ただで死ぬとは思うなよッ!!」

 

 

カツカツとたった独り、曹操は歩みを進める。その先に何があるかも理解せず、井の中の蛙は蒼天を目指し、だが井戸の奥深くへと、気付かずその身を沈めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぺたぺたぺた――無機質な通路に響く、裸足だと思われる足音。

とてとてとて――幼女のような姿で【禍の団】の首領、世界最強にして無限の龍神であるオーフィスは今日も一人、孤独に【禍の団】施設内を歩き回る。

 

 

「……」

 

 

言葉を発する事もなく、何をするでもなく亡霊のように徘徊するオーフィス。これが見た目通りの童ならば、誰もが庇護欲をそそられ彼女(?)に話しかけている所だろう。だがもし、この無限の龍神を知る神々が、今の様子を見れば誰もがこう言うだろう、「当然だ、何故ならソレが欲するのは静寂なのだから」と。

 

 

「……」

 

 

あの場所に帰りたい。永遠に静かで心落ち着くあの次元の狭間に。だがそこには、自らを追い出したグレート・レッドがいる。アレがいる限り自分は戻る事が出来ず、だからと言ってグレート・レッドを追い出す、又は勝つ事など出来ない。それはオーフィスが弱いからではない。無限を司るこの龍神は正真正銘の世界最強だ。例外と言えば、極端な能力を持った一部の存在だけだろう。そしてオーフィスを追い出したグレート・レッドはまさに、その極端の極みと言っていい存在だった。

 

グレート・レッド――オーフィスと対を成すとされる夢幻の体現者は、その名の通り、夢や幻そのもの(・・・・・・・)だ。言い方を変えれば、この世界(三次元)においてアレだけが二次元の存在と言って良い。

例えばの話をしよう。夢に介入する事は可か?答えは否である。

では夢が現実に介入する事は可か?答えは是である。

 

悪夢を見れば、人は汗を流し魘される。だからと言ってその夢を終わらせる事などできず、できる事と言えば、起きて見ないようにすることしかできない。それでは直接介入したとは到底言い難い。

グレート・レッドとはまさにそういう存在。一方的に世界に干渉できる夢そのものだ。これは神々ですら同じであり、ゆえに夢幻のドラゴンは今も次元の狭間を揺蕩っている。当然だ。触れもできない幻のような存在に触ろうとする者など、ただの白恥に他ならないのだから。無限(オーフィス)もそうだ、だからこそ彼女は負け、そして【禍の団】のトップに据えられた。莫大な力を服用者に約束する『蛇』を生み出すだけの装置(・・・・・・・・・)として…誰もオーフィスに関心を向ける事なく、故にオーフィスは組織のトップでありながら付き添いの一人も護衛もなく、今日もまた独りで彷徨い続ける。彼女もまた、そんな生活に微塵も疑問を抱かない。何故ならこれが【禍の団】の長となってからの、彼女の日常だからだ。だからだろうか?

 

 

「………」

 

 

急にその場に立ち止まり、どこを見ているのかも定かではない、闇より暗い瞳で虚空を見つめ出すオーフィス。

次元の狭間から追い出され、こうして放浪を続けて幾星霜。ありとあらゆる勢力からその力を狙われ、時に疎ましがられ追いやられ続け、こうして己自身(・・・)に関心を向けられない生活を続けた龍神は過去に一度、絶対の敵意(・・・・・)を向けられた事がある。

 

 

「……」

 

 

それは人類史において、まだ黎明の時と言える程に古い時代。この世界で最も天高き山の(いただき)で、ナニカが開く感じがして、今とは違う老人の姿でオーフィスはその場に赴き…見つけたのだ。

次元の狭間ではなかった。だが僅かに覗くそこは確かに静寂に過ぎ、また完全な孤独で在れると感じたオーフィスは迷う事無く閉じかけたその世界への扉をくぐった。そこは本当に何もなく、これこそが求め続けた永遠の静寂(・・・・・)であると安堵した矢先…絶対の敵意がオーフィスを襲った。

 

 

【――ふざけるな…ようやく手に入れたんだ。異父兄弟達を騙し、父の目も欺きようやく…私は孤独になれたというのに…ッ!!】

 

 

ゆらりと何もないはずの空間で、人のような姿がオーフィスの目に止まった。瞬間――。

 

 

【ッ見るな!!私を…俺を見るな(・・・・・)!!】

 

 

その言葉を聞いた途端、気付けばオーフィスはその世界から追い出されていた。全身にまるで大量の矢を穿たれたような傷跡を付けて。無限の力であってももう二度とその世界への入り口を開く事などできず、しかしオーフィスは自身を追い出した者の姿をはっきりと見ていた。

 

 

「……」

 

 

辺りをキョロキョロと見渡してみる。誰もいない、何も聴こえない。

今は確かに静寂だ。でも……何かが違う、求めたもの(静寂)なのに嬉しく(静寂じゃ)ない。それに比べ、今思い出したあの男(・・・)がいた場所は、僅かしかいる事ができなかったが、今でも忘れられない程に心地よかった…。

 

 

 

 

 

「――こんな所で何をしている?邪魔だ、退いてくれ」

 

 

どれほどオーフィスは虚空を見つめ続けていたのだろうか、後ろからどこか苛ついた声色に振り向くと、そこには窪んだ右目から血を流す曹操がいた。

 

 

「曹操、その目は?」

 

「どうでもいいだろ?君には何も関係ない。君は次元の狭間にさえ帰れればいいんだろ?」

 

「そう。けど…」

 

 

「あの場所こそが、我が本当に求める孤独なのでは?」――そう思い、言葉にしようとした時、すでに曹操はオーフィスを半ば無視するように通り過ぎる――瞬間。

 

 

「…スーリヤの匂い?でも、何か違う…」

 

「何か言ったか?あぁ、また『蛇』を用意しておいてくれ。大量に使う事になるだろうからな」

 

 

コクリと何の疑問も持たず、いつものように了承するオーフィス。一体何に使うのだろうか?誰が使うのか(・・・・・・)など、この龍神が思う事はない。何故ならこれが日常だからだ。だがやはりとも思う、これは何かが違うと。もう一度、先程思い出したあの場所に行きたいと。

 

 

 

「…我もそこに行きたい…どうすればあの時、我も置いてくれた?――アルジュナ(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都から身を翻し、カルナは今、玉龍の背に乗っていた。

 

 

「急いでくれ玉龍、間に合わなくなる前に」

 

『いや急ぐったって、これが今オイラが出せる最高速度だぜ!?何より兄ちゃんが飛んだ方が遥かに速いだろ!?』

 

 

玉龍の言葉はまさにド正論だ。カルナがその気になれば亜音速に等しい速度で飛翔する事ができる。だがカルナは前を向き、否と答える。

 

 

「今は出来るだけ体力を温存しておきたい。恐らくインドラと戦争になるだろうからな」

 

『へぇ~ボスと戦争…って、ウエェエエ!?ハァ!?ボスと戦争(・・・・・)だぁ!?』

 

 

『どういう事だ!?』と玉龍はカルナに問い詰めるが、カルナはただ、「だから戦争だ」としか答えを返さない。カルナには一つ、危惧していた事がある。それはあの時、意識を取り戻した弥々が自らに薙刀を向けた事――ではなくその後、インドラを馬鹿にしたことだ。

 

誰よりもあの男の性格を知っていると自負がある。だからこそカルナは確信していた。インドラは己に唾を吐いた弥々を、決して許しはしないだろうと。

ギュっと握るインドラの槍に力をいれ、どこかいつも以上に覚悟を決めたような顔をするカルナ。だが玉龍は彼とは反対に冷や汗が止まらない。

 

 

(え、え?どゆこと!?てかオイラ、須弥山に一応所属してんだぜ!?分かってる!?)

 

 

(帝釈天)と敵対しようとしている男を今、玉龍は運んでいる。これが帝釈天にバレれば、玉龍は下手をすれば殺されるのではと、内心焦る。しかし玉龍は空を翔ける事を止める事も、その身からカルナを振り落とそうとする動きさえ見せない。何故なら――。

 

 

(ッベェエエ!?え、何この兄ちゃん!?止まったらオイラの事殺す気マンマン(・・・・・・・・・・・・)じゃん!?)

 

 

そう、気を引き締め直す為カルナが握りしめた槍が、玉龍には「止まれば…分かっているな?」的な脅しに見えたのだ。

勿論カルナはそのような手段に出る輩ではないし、本人には毛頭そのつもりは一切無い。しかしカルナの性格を十全に掴んでいない玉龍からすれば、後で死ぬかもしれない(・・・・・・・・・・)今殺される(・・・・・)かという極限状態にしか見えず、結果玉龍は前者の良い方向のIfに賭ける事にした。

 

 

「――?どうした、汗が止まらないようだが?無理ならもういい、後はオレが…」

 

『い、いえ!頑張らせていただきますぅううう!!』

 

 

「自ら飛ぼう、苦労をかけた」と言おうとしたカルナを遮り、玉龍は言葉を重ね更に速度を上げようとする。カルナにはそれが恐怖からではあると見抜いたが、それが誰に対して(・・・・・)かまでは理解する事ができず、「では任せた」と再び前を見据えたその時。

 

 

「っ、止まれ玉龍!」

 

「ふぇ?…ぐへぇ!?」

 

 

玉龍の角を掴み、首を上に上げる事で無理やり止める。その際、玉龍の角の根元がミシリと音を立て、僅かに片方のバランスが悪くなり、後で初代が腹を抱えて笑われる事になるが、まぁこの場では関係の無い事だ。

 

カルナが玉龍を急停止させた理由、それは彼らの前に突如、人が現れたからだ。だが…おかしい、何故ならここはまだ洋上…つまり空の上なのだから。

 

 

『つぅ…テテ…誰アレ?兄ちゃんの知り合い?』

 

 

鈍痛に苛まれながら、片目を閉じつつ玉龍がそう聞くが、カルナは首を横に振り、知らないと意を示す。だがその正体は一目見て看破していた。

 

 

「阿修羅神族か、それも王家の血を引く者と見た」

 

「…ふふ、流石は施しの英雄。一目でそこまで見抜きますか」

 

 

正体を見抜かれた事に、その男は愉快だと笑う。その姿はカルナ程ではないが白い肌、黒く美しい長髪は大気に流され、まるで黒い大河がそこに生まれたかのようにさえ見える。カルナと同じく長身でありながら、彼とは対照的に引き締まった肉体をインドの伝統衣装サリーに身を包んだその男の正体は――。

 

 

「偉大なる阿修羅王ヴィローチャナが息子、マハーバリと申します。僅かではありますがこの4年間…ずっと貴方にお会いしたかった」

 

 

胸に手を当て万感極まると言った風に自らを紹介し始めるマハーバリ。次に胸に当てていた右手をカルナへと差し向け。

 

 

「単刀直入に言いましょう、太陽神スーリヤが御子息カルナよ。再びインド神話に参入し、私と共に――」

 

 

――インドラを討ちませんか?

 

 

ここが分岐点(・・・・・・)だった。この直後、全神話は一人の大英雄の帰還を理解する事となり……これだけは伝えておこう、結果――。

 

 

 

カルナは間に合う事はなかった(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

“――ねぇ聞いた?”

 

“うん聞いたよ!今朝も聴いた!トンテンカン(・・・・・・)って!”

 

 

三日ほど前(・・・・・)から京都では、ある噂…都市伝説が広まっていた。どこからともなくトンテンカン(・・・・・・)と音が鳴り響き、それは場所の関係無く…例えば民家や学校、あるいは都庁であろうとどこからともなく聴こえてくるというもの。

 

 

“やっぱり噂は本当だったんだね、でも凄くない?今の時代に妖怪(・・)だなんて!”

 

 

『妖怪トンテンカン』――それがいつしかこの不可思議な音に付けられた名称であり、京都で今最もホットな話題として、お茶の間でも騒がれている。しかし、本日を彩る話題は――。

 

 

ポツポツとお天道様が覗く空から降り出したソレに手を翳し、京都の人々は口々にその名を唱える。

 

 

「あぁ、こりゃ珍しい。“狐の嫁入り”だ」

 

 

 

 

 

 

トンテンカン、トンテンカン――釘が金槌に打たれ、板に沈んでいく。

トンテンカン、トンテンカン――表で不可思議な現象として話題になっているなど露知らず、若い妖怪達は今日もカルナに軒並み焼き尽くされた裏京都の復興に務めていた。

 

 

「…ふぅ」

 

 

若い衆の一人が汗を拭い、息を吐くと共に身体を起こす。屋根から見下ろす生まれた時から見た景色はそこにはもう無い。全ては劫火に飲まれたのだから。

 

 

『……』

 

 

一人、また一人と手を止め辺りを見渡す。

 

子供の頃よく遊んだ大通りはもう存在しない。

妻を口説いた見事な枝垂れ桜、その傍を流れていた小川はもう無い。

家族と共に過ごした家はもう、どこにも無い。

大切な家族…老妖達が生きて来た証…彼らが晩年を過ごした長屋はもう…どこにも存在しない。

 

 

「…っ」

 

 

こみ上げるのは哀愁か、当然だろう。

 

彼らが知る裏京都はもう…どこにも本当に無いのだから。しかし下を向く者は一人もなく、再び一人、また一人とトンテンカンと音を響かせ始める。

 

 

「…みんな、ここ(・・)から始めたんだ…何も無いここから、俺達までずっとずっと、受け継がせてくれたんだ…あぁ、爺さん達が出来たんだ。なら俺達が出来ないワケがねぇ」

 

 

誰かがそう呟けば、応えるように打ち付ける音が大きくなる。

(かんな)が景気付けるように節を削り出し、鋸は削りかすを勢いよく噴き出す。これは産声なのだ。新たな裏京都…新たな時代の到来を、その象徴足る彼ら自ら奏で…ふと思い出す。

 

 

「あぁ、そういえば今日だったな……“(弥々)の嫁入り”」

 

 

 

 

 

 

 

裏京都で唯一その原型を保つ事が出来た八坂の屋敷。その一室で今、一人弥々は鏡に映る己を見つめていた。

 

 

「これが…弥々()…?」

 

 

穢す事、汚す事さえ躊躇う程の白の衣装に身を包み、普段は肩から胸元に一纏めにして流している後ろ髪を、文金高島田の形に結い上げ綿帽子の中に隠してある。その姿は誰がどう見ても、婚前前の花嫁にしか見えない。

 

 

「…」

 

 

女性ならば誰もが憧れるであろう時が近づいているというのに、弥々の表情にはどこか陰があり、彼女は淡々と艶やかな唇に紅を差していく。その際、ジャラリ(・・・・)と金属同士が擦れる音が部屋に響くが、弥々がそれを気にする事はない。

 

 

「弥々、迎えが来たのじゃ。さぁ…行こうぞ」

 

 

支度が終わると同時に、部屋の外から屋敷の主にして御大将八坂が声をかける。だが…どうしてだろうか?どうして…その声は悲しみに彩られ、震えているのだろうか…。

 

 

「はい…八坂様…」

 

 

返事を返し、ジャラリと音を鳴り響かせ弥々は立ち上がる……その両手足に冷たい罪人用の枷を嵌めて――。

 

 

 

八坂は反対した、鞍馬は反対した。

初代が突きつけた条件に対し、その場にいた誰もが反対し、須弥山との戦を覚悟した。しかし弥々だけは受け入れた。

 

 

『………』

 

 

雲一つ無い裏京都の空を、雨が彩る。花嫁(弥々)を濡らすまいと横で朱色の和傘を差す鞍馬、白無垢を纏った弥々を見送る妖怪達の顔は、門出を祝うソレではなく、まるで彼女がこれから死に行くかのように悲壮に包まれていた。

 

何故なら弥々はこれから、人身御供として帝釈天の下へ嫁ぐ(売られる)のだから。

 

 

「貴女が弥々さんですね?成程、これは天帝に相応しい」

 

「…初代殿ではなく、まさか手前(・・)とはな…玄奘三蔵殿」

 

 

鞍馬がその迎えの者――玄奘三蔵法師にフンと鼻を鳴らし、凄みを効かせると同時に、もう一度弥々の意志を…頼むからこの婚姻を断ってくれと言葉に出さず、肩に手を添え僅かばかりに後ろへ引く。

 

 

「えぇ、私です。彼は少々…天帝自らお灸を据えられ(・・・・・・・)動けないので」

 

 

「まぁ玉龍はまた違う理由ですが」と続く言葉は鞍馬、そして後ろから見守る八坂の耳には届かない。彼らの意識は語る三蔵の後ろ、4本の牙と7つの鼻を持つ、真っ白な象へと向かっていたからだ。

 

 

「その象は…まさかっ!?」

 

「その通り、天帝(インドラ)のみが乗る事を許されるヴァーナハ(神の乗り物)、名をアイラーヴァタと言います。彼が引く御車で天帝の下へ連れてくるよう命を受けましたが…この意味、分かりますよね?」

 

 

これは脅迫だと、誰もが理解した。彼女(弥々)を渡さなければ、このアイラーヴァタがただでさえ崩れ落ちたこの地を、更に破壊していくのだと。その証拠に、静かに三蔵の後ろで佇むアイラーヴァタの瞳は、主を侮辱した者に対する怒りが燃えていた。

 

身体を震わせ、八坂は三蔵に吠え立てる。

 

 

「これが…ッ、これが仏の所業かや!?妾達が一体何をしたというのじゃ!?」

 

「簡単です。天帝を侮辱したからですよ。そしてこれが仏の所業です。これでも仏門に帰依した身…()が仏の所業であると是正しましょう。ならばこれは、正しき事なのです」

 

 

八坂とは相対的に、淡々と語る三蔵の目はどこまでも冷たい。

 

 

「我が愛弟子からある程度の話は聞いています。“(妖怪)”として滅んだのでしょう?“妖怪()”として死んだのでしょう?それだけが“救い”だと、そうした(・・・・)のでしょう?どうします?私は別に構いませんよ?妖怪だろうと人だろうと…全ては救われるべくして生きているのですから」

 

 

それは救いと称した殺しの予告だった。

全てを救う旅を(天竺を目指)した玄奘三蔵はその旅路、幾重も襲い掛かって来た妖怪達を退治している。果たしてこれは、救いだったのだろうか?彼はきっと、こう答えるだろう。「妖怪として在る(救う)べく、私は殺した」のだと。だから彼は躊躇わない。この場で明日を目指す者達の、その明日を奪う行為に何ら忌避など抱かない。

 

 

その言葉を聞き、対面から三蔵を見る鞍馬は更にきつく三蔵を睨みつける。

 

こんな奴等に家族を渡すものか…こんな場所に、弥々()を渡してなるものかッ!!

 

そう言わんばかりに弥々の肩を更にきつく抱き寄せる――が、弥々はふわりとした動作で鞍馬の下から離れ、雨の中、一人静々と歩き出す。急いで鞍馬が弥々を和傘の中へ戻そうとした…その瞬間。

 

 

カツン――と弥々に、石が投げられた(・・・・・・・)。一体誰がと八坂が怒り、下手人をその瞳に捉えた途端、彼女は信じられないものを見たと目を見開いた。何故ならその犯人は――。

 

 

「何をしておるのじゃ…投げよ、石を投げよ…私達がこれから苦痛に苛む中、神々の下へ召し上げられるこの罪人に石を投げよ!!次期総大将命令(・・・・・・・)である!!」

 

 

九重だったからだ。

雨の中傘も差さず、ずぶ濡れになり、稲穂と同じ色の髪を曇らせ周りの者にも石を投げよと命令する。

 

 

「全てソヤツのせいじゃ!!私達の町が無くなったのも、家族が殺されたのも全て…っ!!…汚せ、穢せ…いと高き天帝の下に、襤褸(ボロ)として晒すのじゃ!!」

 

 

再び泥だらけの石を拾い投げ、白無垢は九重の言う通り汚れていく。

 

八坂は止めようとした。弥々がどのような思いで天帝にその身を渡すかお前は知っているのかと、初めて娘に手を出そうとし…気づく。

 

雨で分かりにくいが、九重が涙を流している事に…鞍馬も怒号を発しようとする。だがその時には皆、泥だらけの石を握りしめ、歯を食い縛り。

 

 

「お前のせいだ!!」

 

「お前のせいで…俺達の爺さんは…っ!!」

 

「そんな綺麗な姿で行かせるものか!汚れてしまえ!汚い姿で帝釈天の前に出ろ!!」

 

「恥を掻け!そして捨てられ(戻っ)て来い!!」

 

 

この時、鞍馬は気づいた。“狐の嫁入り”…つまり雨のせいで近づかねば分からないが、誰もが涙を流していることに…。

弥々は避けず、全身を泥に染め上げていく。これは元より、弥々が密かに九重に頼んでいた事だったのだ。

全てを背負って出て行けば、鞍馬様や八坂様…誰にも(・・・)後に、怨恨が向かわずに済む…そう考えていた。だが今も一心不乱に叫び礫を投げる九重の心境は全く異なっていた。

 

 

汚れてしまえ(渡すものか)!!捨てられてしまえ(これ以上奪われてなるものか)!!」

 

 

それは声無き最後の抵抗に等しかった。

汚れれば、もしかしたら天帝は弥々から手を引くかもしれない。傷付ければ、もしかしたらこれ以上酷い事はされないかもしれない。――そう九重はこの場にいる者達に頭を下げ、家族に石を投げるようお願いした。

 

全ては彼女を守る為に――。

 

 

「お前なんか…っ、お前なんか…っ!!頼むから…ねぇ、お願いだから…っ!行かないで…っ」

 

 

雨音に邪魔され、最後に出てしまった幼子の懇願を、三蔵()聞き逃した(・・・・・)。彼は石が投げられる間もずっと、近づき弥々を守る事なく、彼女の足でこちらに向かわせていた。

 

 

カツンと最後に九重が投げた礫は、弥々の化粧に彩られた眉元へと当たり、ツゥ――と血が線を引く。すると弥々は初めて後ろを、残していく家族を…九重を見て…口だけを動かして――。

 

 

“ごめんね?立派な大将になって――”

 

 

 

「っぅ、うわぁぁああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

――あの子が泣く声が聞こえる、皆が流す()の音がする。

(弥々)が泣かした、(弥々)が奪った。ならばこれは報いなのだと、天帝に我が身を売った。それくらいしか(弥々)には出来る事が無かったから。

 

 

(皮肉なものだ…宇迦之御魂神の眷属として少しでも相応しいようにと貫いたこの純潔、まさか神々に奪われる事となろうとは)

 

 

いや、因果応報とはまさにこの事なのだろう。

 

 

「…お待たせしました、三蔵様」

 

「いいえ、待ってなどいませんよ。さ、中へどうぞ」

 

 

先程まで浮かべていた無表情を崩し、そう口元だけの笑みを浮かべて私を中へ招く玄奘三蔵法師。けど今は泥だらけとなり、これでは煌びやかな内装を汚してしまう。

どうしようかと少し逡巡していると。

 

 

「いえ、そのままで結構です。汚してしまいなさい、こんな悪趣味な内装など」

 

 

――この方は一体何を仰っているのだろうか…?

ギリギリ私に触れるか触れないか程に手を添え、汚れた白無垢のまま中へ招かれ座るように言われた。

 

 

「蓮の花が何故あれほどまでに美しいか、ご存じですか?泥に塗れ、汚れているからこそです。汚れていればいるほど、その真価は目に止まりやすくなる。だから汚しなさい。私が許可します。きっと帝釈天もその時ようやく理解するでしょう、『おぉ!俺様は御車の美しさを汚れた今、知る事ができた!』とね」

 

 

どこか悪童を思わせる、到底仏が浮かべるようではない表情のまま、そう言ってくれる三蔵様に、私は彼が気遣ってくれているのだと理解できた。そして成程、道理だとも思った。

 

わざと裾を翻し、所々に付着していた泥を盛大に撒き散らす。勿論床に敷かれた絨毯を、履物で踏み躙る事も忘れない。それを見た三蔵様は「では私も」と、こちらを真似して…いや、こちら以上に地団太を踏みながらグチャグチャに敷物を汚していく。…この方は本当に仏か?いやそれ以前に先程平然と“帝釈天”と敬称を付けぬままに口にした事といい、良く分からない。

 

 

「仏といえど、納得できない事の一つや二つあるものです。あぁ、貴女が別に帝釈天にいくら穢され(・・・)ようが、別段それは構わないのです。ただ私の愛弟子を…悟空を殺そう(・・・)とした事だけは異議を唱えたい」

 

 

――時が止まったような気さえした。僅かな言葉の中に、あまりに膨大な情報が縮約されていたからだ。

 

 

「初代様が…何故…?」

 

「約束したからだそうですよ?カルナと」

 

 

カルナ(・・・)と、あの方の名前が出ただけでピクリと反応する我が身が憎らしい。どれほど…この身は卑しいのだろうか…っ。

 

 

「貴女の事を、命を賭けてでも助ける。そう八坂が攫われていた異界で彼らは誓いあったそうです。間違いなくその場限りの話だというのに…今や悟空の中では、帝釈天以上にカルナの方に重きが行っているらしい。京都側に貴女を寄こすよう告げた次の日に戻って来た悟空は、そのまま帝釈天に突貫…不死である彼が、今も生死をさ迷うほど一方的(・・・)に嬲られました」

 

 

三蔵様が話をしているが今、私の胸は張り裂けそうな程…あの方の事を考えていた。

知らずに手には、密かに忍ばせて置いたあの方が授けてくれた鎧の一部。それは暖かさと共に、先程負った傷をまた癒し始める。

 

 

「あの…あの方は…カルナ様は今、いづこへ…?」

 

 

聞かずにはいられなかった。でも…すぐに後悔した。

 

 

「彼は今、たった一人で戦っています――我々須弥山と(・・・・)ね」

 

「――え…な…っ、何故!?あの方は須弥山の名代、帝釈天の遣いだったハズでは!?」

 

貴女のせい(・・・・・)ですよ。彼は帝釈天が貴方に危害を加えようとしていた事に気づいたらしく、また帝釈天もカルナの意図に気づき、我々全員に命を下しました。『花嫁(クソったれ)を俺様の物にし終えるまで、殺せるものなら殺していい、足止めしろ』と」

 

 

気付けば黄金の欠片が手から零れ落ちていた。これを持つ資格は、(弥々)には無いと理解したからだ。

カルナ様が殺される…そう思った。

あの方は確かに大英雄、京都という一勢力を相手にしても、彼は負けようがない。だが…三蔵様の話が本当ならば規模が違う(・・・・・)

 

 

神話が一人の人間を殺しにかかっている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「弥……々が…殺した………?あの方を……この弥々が………っ」

 

 

視界が歪む、呼吸が荒い。ふるふるとまるで子供のように首を横に振る。認めたくないからだ。

 

 

 

 

自らの身体を抱きしめ、御車の中でも雨が降り出す。それに目を通し、直後三蔵法師は祈るように目を伏せ。

 

 

「ままならないものですね…仏の世界というものも…」

 

 

 

 

雨はまだ止まない――。

 




この曹操は雁夜おじさんが軽くinした状態だと思ってもらえると幸いです。
要するに周りが一切見えてません。
あとFateの英霊はカルナさん以外出さないと言いましたが…名前が出ないとは言ってですよ?
何か似てる気がしたんです、オーフィスとアルジュナ。


弥々の絵

【挿絵表示】

(一応言っておきますが、ぽっと出のモブの絵を描くつもりは自分には無いです)


次回は閑話(これはほぼ本編とは関係ない、弥々のその後を描いた話です)を予定しています。その投稿と同時に活動報告で行うボツ案晒しでようやく完全に京都編終了です。

弥々の絵を2~3枚書き終えてからの投稿になると思います。こちらは活動報告でしか晒しません。
(普通のもあればマニアックなものも予定してたり…(汗)


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