施しの英雄  (◯のような赤子)
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新たな叙事詩はここに幕開く

あらすじにもあるとおり、カルナとインドラの会話が見たいが為に書いたものです

しばらくイッセー達は出て来ません


インド神話において、『施しの英雄』と呼ばれた無欲な大英雄がいた。

 

 

母親であるクンティーが後の夫である弓の名手、クル王パーンドゥは呪いにより子作りをすることが出来なかった。しかしクンティーは彼と結婚する以前、リシのドゥルヴァーサより、任意の神を父親とした子を産む真言(マントラ)を授かっていた。

 

パーンドゥは彼女が神々と交わることを了承し、彼女は3柱の神と交わり子を成した。更に二人目の妻マードリーもアシュヴィン双神との間に二人の子を成し、これが後にパーンタヴァ五兄弟と呼ばれ、クル族は更なる発展を約束された。

 

 

では、彼の大英雄はどうか?

 

まず彼の話をするには少し、時間を戻す必要がある。

 

クンティーはパーンドゥに一つだけ、胸の内に秘めた事があった。それは彼と結婚し、子を授かる以前に一度だけ、神を呼び出しその神と子を成したこと。

 

まだ好奇心の塊であった生娘の時、その真言(マントラ)を唱えてしまったのだ。呼び出された神は太陽神・スーリヤ。神々の王と称されるインドラ、今では帝釈天と名を変えた最強の武神と並び称される途方もない神格の持ち主を。

 

 

好奇心が冷め、彼女は恐れた。未婚の女性が子を宿すなど、醜聞極まると。

 

故に彼女はスーリヤに求めた。「神の血を引く証を、そして初めて宿したこの命に貴方と同じ黄金の鎧を」と。

 

スーリヤはその愛情に感激し、生まれる赤子に己の子である証である黄金の鎧と耳輪(ピアス)を与え、神界へと戻って行った。この女ならば、我が子を大切にするだろう――そう思って。

 

しかし…クンティーはその期待を裏切り、醜聞を恐れ生まれた赤子を箱に入れ、川へと流してしまう。

 

その後、その赤子は御者である老夫婦に拾われ、生まれつき耳飾りを付けていたことから“カルナ”(“耳”の意味)と呼ばれることとなる。

 

これらはクンティーがパーンドゥに嫁ぐ前の話であり、つまり後に敵対し、最大の好敵手となるパーンタヴァ五兄弟、その中でもインドラとの間に産まれ、『授かりの英雄』と呼ばれたアルジュナとは異父兄弟であり、カルナはパーンダヴァの長兄であることを意味する。

 

 

彼、カルナは成長していくと共に己の中に流れる彼の太陽神、自分の父がスーリヤであると理解し、同時に母に感謝した。

 

 

“――母は殺すこともできた己を殺さず、川へ流してくれた。更に父スーリヤに懇願し、これほど立派な鎧を授けてくれたのだ。何と恵まれ、そして様々なものを授かっていることだろうか。

 

ならば…俺もこの恩を他者へ還元していこう。それこそが産んでくれた父と母に対する恩返しである――“と

 

 

遥か先、インドラこと帝釈天は今生において再び命を授かった(・・・・・・・・)彼にこう言った。

「まさかあの馬鹿野郎の息子が馬鹿を超える大馬鹿だったとは…」と。

 

それに対し、帝釈天が言う馬鹿から生まれた大馬鹿野郎はこう返した。

「俺もまさかあそこまで露骨に分かりやすい変装でこの鎧を寄こせと言う神だとは思わなかった。次はもっと上手く化けろ」と。

 

 

話を戻そう。彼は『施しの英雄』と呼ばれるようになるほど高潔な精神の持ち主でありながら、同時にマハーバーラタにおいて悲劇の英雄でもあった。

 

異父兄弟とはいえ、同じ母に生まれた肉親との殺し合い。その中でも最大の好敵手と定めたアルジュナとの決戦クルクシェートラの戦いの前日、父に捧げる正午の沐浴の際、バラモンに化けたインドラにその身を包む黄金の鎧を求められ、沐浴の際中求めを断ることのできないカルナはこれを了承。この事象と二つの呪いにより、カルナは戦いの最中命を落とすこととなる(なお、インドラの正体はこの時分かっており、このことを本人から聞いた帝釈天はひたすらバツの悪そうな顔しか出来なかったとか)

 

 

鎧と引き換えにインドラから必殺の一撃を一度だけ放つ槍を貰い、死後その身を父である太陽神・スーリヤと同化した彼だが、その生涯は決して楽ではなかったと言えよう。しかし彼は誰を恨むこともなく、その生涯を否定することも後悔することもなかった。

 

産んでくれた、授けてくれた。施すことしか知らぬ己が初めて勝ちたいと思える好敵手と槍と弓を交えることができた…満足だ。

 

 

しかし、その生涯に待ったをかけた者がいる。何を隠そう、父である太陽神・スーリヤだ。

 

彼はその身を晒すことも(まぁ、太陽として日々照らしてはいたのだが)語りかけることもなかったが、それでも息子であるカルナのことを思わぬ日はなかった。

 

それでも決して彼に語り掛けなかったのは、己が神であるという心情だ。何よりそう易々と地上を照らす太陽(自分)が地上に降りては世界が闇に包まれてしまうと。

 

クンティーが息子を捨てた時は激怒した。しかし殺すことなく川に流したので溜飲を下げた。

友を作ったことに安堵したが、何故あのように強欲の化身が如き男と友情を交わすのかと嘆いた。

…インドラの愚かさに殺意が沸いた。本来スーリヤとインドラは同格…つまりスーリヤの子であるカルナとインドラの子であるアルジュナと同じ好敵手同士なのだ。何度あの駄神の下へ我が子と同じ鎧を着て戦いを申し込もうとしたことか…それをしなかったのは――分かるからだ。

 

もし、あれが我が子可愛さではなく、ただ己の欲を満たすためだけであったならスーリヤは己の使命すら忘れ、カーリー神やシヴァ神ですら巻き込んだインド神話大決戦を開催しようとしたことだろう。しかし今回インドラが我が子から鎧を奪った理由が子供の為…同じ父として、また同じ神でありながら動かなかった自分と我が子の為に動いたインドラ(好敵手)――愚かと断じることもあるが、同時に嫉妬したのだ。

 

 

だからこそ、スーリヤは己と同化したカルナを切り離した(・・・・・)

もう一度、今度こそ我が子に幸せな…人としての生をちゃんと全うし、そして再び己の下へ戻ってくれば良いと(なお、これを知った帝釈天は「お前だけ何で息子生き返らせてんだア゛ァン゛!?俺様のガキもだったら生き返っていいだろうが!!」と激怒したとかなんとか)

 

 

憎いアンチクショウことインドラが奪った鎧を再び授け、しかしインドラがその高潔な在り方に感激し、与えた槍をそのままにスーリヤは同化した影響で眠り続ける我が子カルナを輪廻の輪へと解き放った。

 

 

だが…彼は幾つか、うっかり(・・・・)忘れていたことがあった。

古代、神々と人が近かった時代ならいざ知らず、しかし現代ではもはや神や神話、魔といったものは人とかなり離れてしまったのだと。

 

とあるこの世界において最大の信仰を誇る勢力が、その勢力内の争いにより信仰を一身に受ける唯一神。彼が敵対するルシファーをはじめとする4大魔王――彼等と共に、その戦乱のさなか関係あるかと言わんばかりに乱入してきた二匹のドラゴン。それらの封印と共に命を落としていたこと。その唯一神が置き土産として人々の為に“神器”(セイクリッド・ギア)を世界中にバラまいたこと。そのせいで、力ある人間の中には不幸な最後を迎え、更には悪魔等の一部の人外に良いように扱われていること。己の最大好敵手であるインドラが、自分とは違い今だ現世に関わりを持っている事(すでにスーリヤはこの世界に対し、これ以上関わりを持つ気は少なくともなかった。なお、カルナに関してはまた別なのだとか)

 

そして最後――己の息子があまりにも高潔に過ぎたこと。

 

太陽神・スーリヤは、何もカルナ(息子)を“カルナ”として転生させる気など毛頭なかった。

輪廻の輪に加わり、そこで別の人間として生を全うしてほしいだけだったのだ。前世において無欲であった息子に少しでも楽しみというものを知ってほしかった。

 

 

しかし…先程も言ったとおり、太陽神・スーリヤの子カルナは高潔に過ぎた。

 

輪廻の輪に知らない内に加わり、本来ならば他者として生を授かるはずであった『施しの英雄』。しかし英雄という生き物はかなり酷…と言うか濃い(・・)のだ。

 

「己が彼の大英雄ヘラクレスの生まれ変わりである」――と勘違い(・・・)した者が、ただそれだけで人外染みた力を発揮できるように『英雄』という生き物はその存在したという事実だけで、世界に大規模な干渉を成してしまう。

 

更にジャンヌ・ダルクのほんの少しの“残滓”を魂に受け継いだ少女はジャンヌに関係するように、その身に“聖剣”に関わる“神器”(セイクリッド・ギア)を宿した。

 

 

では…世界各国にある神話において、更に頭がブッ飛んだインド神話が誇る大英雄。その本人(・・)が転生した場合どうなるか…。

 

輪廻という、魂や在り方ですら洗い流す機構を用いてもその身に宿した最大神格(更にこのカルナは一度、父である太陽神・スーリヤと同化している)は落とすことができず、授けられた黄金の鎧、インドラの槍もまた同じ。

前世の行いをもって性別性格、更には顔の醜悪が決まるのだが、カルナの場合はカルナ以外に真似もできるワケもなく、結果カルナはそのままカルナとして生まれ変わることとなった。

後に三大勢力、その中でもいっとう頭がキレる堕天使総督ことアザゼルは今生において保護者(・・・)となった帝釈天にこう言った。「マジでインドいい加減にしろ」と。

 

 

 

こうして『施しの英雄』カルナは再び現世に蘇った。

その身にこの世界において最も価値ある“神器”(セイクリッド・ギア)。その中でも神すら殺しうると言われる“神滅具”(ロンギヌス)…すら超える正真正銘の“神殺しの槍”と“神殺しですら貫けぬ鎧”を携えて――。

 

 



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これが彼の在り方

二話目です


その赤子は生前と同じく(・・・・・・)、インドに生まれ落ちた。

 

今生における母と呼べる存在は娼婦であり、望まれぬ命でありながら赤子を殺すという大罪を背負いたくないが為、赤子は箱に入れられ川へと流された。それだけではない、その娼婦は生まれ落ちた我が子を気味悪がったのだ。

 

生まれたと同時にその身は黄金に輝く鎧に包まれ、また耳にも同様の輝きを持つ耳飾りを付けていた。

髪と肌は産んだ自分や、恐らく父親であろう客達(・・)ではあり得ぬ程に白く(・・)、また僅かに見えるその瞳は透明な海を思わせる程に透き通った水色だった。

 

故に捨てた。後ろ髪を引かれる思いは確かにあったが、子供がいては客が寄ってこないし、何より自分が食べるだけで精一杯。

 

 

「…恨んでいいわ、許してとも言わない。でも…良い人に拾われてね?」

 

 

名も授けなかった我が子の額にそっと口づけを落とし、名も無き赤子はその後、子を授かることが無かった老夫婦が天が与えた子だと育てられることとなる。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

…生まれた瞬間から、今生における母に悪いが意識はしっかりしていた。

 

再び生まれた。それも父であるスーリヤの意とは違い、オレはオレとして。

 

生まれたばかりのこの身では、身動き一つとることが出来ず、川の流れのままに漂流を続けた。途中これが生存本能というやつか。己の意志とは関係無しに大声で泣き、小さなこの身は一生懸命訴えた。「ここにいる、腹が減った」と。

 

泣いては寝る、泣いては寝るを何度も繰り返し、次第に声も嗄れ何も口にしていないこの身は衰弱していった。もはや寝る元気も無い、泣く余裕も無い。しかし前世の記憶をもったこの頭は考えることを止めなかった。

 

様々なことが気になった。我が生涯最大の好敵手、アルジュナとの戦い。己は負け、我が友にして主ドゥルヨーダナはどうなったのだろうか?

 

 

(…いや、あの男のことだ。笑って敵に討たれたに違いない)

 

 

勝ちたかった、友の友情に応えたかった。しかし…後悔だけはない。

 

衰弱しきった己、赤子のソレとなった手を見やる。前世では槍を弓を引き無骨にしてマメだらけだった手が今や本当にここにあるのかと思うほどに柔らかい。手だけではない。微かに見えるこの身体には、再び我が父、太陽神・スーリヤの鎧を授かっていた__父はインドラの子であるアルジュナに負けた己を今だに愛してくれているのだ。それをこうして直に感じられただけで…嬉しかった。

 

今生における母親もそうだ。名も顔も分からぬ彼女ではあるが、こうして己を殺さず更には額に口づけと愛情を示してくれたではないか。

 

 

(なら…充分だ。生まれて幾日の命、我が父と名も知らぬ今生の母には悪いが短きこの命、もう充分に貰い過ぎた)

 

 

父スーリヤには悪いが、そもそも己は前世を十分謳歌した。返せぬほどに貰い受け、偉大な父と共にあったではないか。

 

眼前には薄く広がる暗闇、しかし箱の間からは、確かに父スーリヤを感じる太陽光が己を優しく温め、今生の母が寒くないようにと暖かく、柔らかい布で包んでくれている。これ以上はあまりにこの身に不釣り合いだ。あぁ、だが……。

 

 

(偉大なる父スーリヤよ、この不義理な息子を許せ。オレは…貴方の気持ちを無碍にしてしまった)

 

 

眼を閉じ、生を全うしようとした瞬間…突如目の前が眩しくなり、太陽に包まれた気がした。

 

(父スーリヤよ…オレに生きろと…そう…仰る…か)

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

それはたまたまだった。

人より獣の方が多い山間部、上流には都市があり、近年発展と共に川の水は汚れ人が徐々に住まなくなったような場所に取り残されたように農業に励む老夫婦。彼等には子がいなかった。

 

子が出来ぬ妻を夫は支え、また妻もこうして中高年に差し掛かってもなお愛し、幸せに暮らしていた。

 

それでもつい望んでしまうのだ。もはや成せぬと分かっていながらも子を、例え血が繋がらずとも、愛情を持って接したいと思える存在が。

 

彼等は農業に励む一般人であり、山間部に佇む地に世界最大の信徒を誇る某宗教の教えは存在しない。

彼等は自然と共にあり、ゆえに最も信仰するは天より恵みを与えてくれる太陽。即ち太陽神・スーリヤだ。

 

 

 

 

――ある朝、妻が起きると同時に信じられないといった顔で言ってきた。「スーリヤから神託があった」と。何でも今日、太陽が最も昇る時間に川へ行き、そこで捨てられた幼子を我が子として育てよと。

 

確かに私達が最も信仰するのは自然の恵みを与えてくださる太陽神・スーリヤだ。そして子供も欲しいと思ってはいたが…本当だろうか?

 

今一度妻に確認するも、彼女もどうやら半信半疑らしい。

 

兎に角、スーリヤからの思し召しであれば確認しないワケにゆかぬと、いつものように昔と比べ、痩せ細った畑を耕し太陽が最も昇る時間、昼頃に近くの川へ行くと――。

 

 

「…おぉ、あれは!」

 

 

妻の肩を抱き、信じられんと眼を見開く。

 

確かに防水加工が施された箱が流れてきており、何よりその箱にいるであろう赤子を守ろうと後光が常に差しているではないか!

 

濡れることも気にせず、急ぎ箱を川から出してみると…神託の通り、中には生まれたばかりであろう赤子が入っていた。

 

眩い輝く黄金の鎧らしきものに包まれ、どれだけ長い旅路だったのだろうか。顔と髪の毛はまるで幽鬼のように真っ白だ。

微かに呼吸音のようなものが漏れているため、かろうじて生きている…つまりいつ死んでもおかしくないと悟った私達は、急いで家畜として育てていた山羊の乳を布に染み込ませ与えた。

 

その間、妻が絶対に落とすまいと腕の中に抱いたが、その赤子の肌と同化しているように見える鎧が痛そうだ。それでも妻は必死の表情でその赤子を生かそうとしたし、それは私も同じだった。

 

 

しばらく経ち、ようやく峠は越えたのか、ケプと可愛らしい音を立て、スヤスヤと安心したかのように眠りについたこの赤子を見つめ、妻と顔を会わせ決意する。

 

 

「きっと…スーリヤ様がお与えくださったのよ…」

 

「あぁ、きっとそうだ。神に感謝しよう」

 

 

妻が子守歌を歌う中、赤子が入っていた箱を隅々まで見るも包んでいた布以外何も無い。つまりこの子の名が分からないのだ。

それを妻に伝えると、妻はしばし赤子に着いていた耳飾りを見つめ。

 

 

「…カルナ。スーリヤ様には悪いけど、彼の偉大な英雄と同じ名を付けさせてもらいましょう」

 

「カルナ…か。そうだな、それがいい」

 

 

 

 

“カルナ”――そう名付けられた赤子は、しかし普通の家ならば薄気味悪がられるような子であった。

まず泣かないのだ。泣いたとしてもそれは普通の赤子のソレではなく、まるで泣かねば将来声が出なくなると知っているような、そんな感じで泣くのだ。

 

次第に身体が出来てきて、山羊の乳だけでなく離乳食を食べれるようになると、拾った彼等をただじっと眺め、時には外を――太陽を常に眺めるような、そんな奇妙な子であった。

 

しかし老夫婦は赤子を疎むことも、気味悪がることもせず

こちらを見てくれば静かに微笑み見返し、ハイハイを始めた時にはまるで我が子のように喜んだ。

 

しばらくして、徐々に声を出すようになるとその赤子はまるで喋るとはこういうことかと確かめるような仕草をし――そしてある日

 

 

「済まないが、あなた方に話がある。俺には前世の記憶があり、名付けてくれたこの名、確かに俺はカルナその人だ」

 

 

齢にして3歳、しかしその言動はすでに成人した男性のそれであり、静かな水色の瞳には確固とした意志を覗かせていた。

 

 

突然の告白、子供とは思えぬ態度に男の妻は驚き口元に手をやり、それを見たカルナは目を伏せた。

 

 

「…俺のような者を今生では忌み子と嫌うそうだな。俺を育んでくれた養母よ、情を持って接してくれた養父よ、太陽神・スーリヤに頼み、この地に祝福を願い出た。もう俺は歩く事ができる。出て行くことができる。…世話になった」

 

 

自分が分かっていた。転生した今の時代、この時代において己はあまりに強者(・・)であると。

カルナは虚偽、嘘は言わないし考えもしない。ただあるがまま、思ったことを口にするだけだ。それは前世においてもそうだし、今もそうだ。

 

気味が悪いと自覚はある。何しろ前世がそうであったからだ。

疎まれ続け、しかし武を磨くことしかできなかった。生まれ変わろうと、この身に刻まれた経験は消え去っていないし、何より当時と比べ今の己は一度太陽神そのものと同化していたのだ。

 

かつてほど神秘はこの世界に溢れておらず、今のカルナは歩く魔力炉心が如き有り様であった。

その証拠に、カルナが来る以前では畑で中々農作物が育たなかったものの、今では比べ物にならないほどに豊作を毎年迎えていた。

 

更に夫婦の肌艶も良くなっており、健康そのもの。後にカルナを一目見た白音こと塔城小猫が言った言葉がこれだ。

 

『あの人の氣…何なんですか…星が…まるで太陽そのものが歩いているような…!?』

 

 

 

強大な力が災いを招くことを彼は知っている。ゆえに世話になった彼等に迷惑がかかる前に立ち去ろうと言葉をかけたのだが…。

 

 

立ち上がり、去ろうとしたカルナに次の瞬間痛覚が襲った。

 

 

「…ッ」

 

 

頬を叩かれた――どんな攻撃もその概念すら10分の1にまで下げ、とある世界において最古の英雄王ですら欲したソレが意味を成さず、カルナは久しく感じることのなかった痛みに放心すらしていた。

 

叩いたのは養父だ。

彼は顔を真っ赤にし、しかしその眼に涙を溢れんばかりにしカルナに物申す。

 

スーリヤの加護が欲しくてお前を育てたワケではない、カルナとして育ってほしくてカルナと名付けたワケではないと。

 

呆けるカルナを抱きしめ彼は言う。

 

子供が欲しかった。授かった。…忌み子だろうがカルナ本人であろうがそんなのは関係ない、お前は私達の大切な子である――と。

 

彼は憎くてカルナを叩いたのではない。妻を、母親を泣かせる我が子を叱る為、父親として不器用な彼は言葉ではなく、手を出してしまったのだ。

 

しかしカルナにとって、それはとても心が伝わった瞬間だった。

この鎧のことは誰よりも知っているし、信頼もしている。なにしろ自身の皮膚に等しいのだ。

 

その鎧が機能しない…つまりこれは攻撃ではなく、本当に父として、子を思うがゆえに手が出たのだと。

 

貧者として前世を過ごし持つものはこの身に宿った鎧だけであった彼は、他者が放つ言葉の虚偽を見抜く慧眼を持つ。だから分かるのだ――この二人は心の底から、己を思ってくれているのだと。

後に彼は己を保護しに来た帝釈天から聞かされた、『施しの英雄』という名を自嘲する。

 

【彼等こそ、真の施しを俺のような何も持たぬ男に無償で与えてくれた――その名は“愛”である】

 

 

同時に彼は思い出す。

 

あぁ、そうだ…あの時、己を拾い育ててくれたかつての養父母もこのように抱きしめてくれたのだと。

 

 

(…父スーリヤは、本当に良い縁を俺のような男に持って来てくれる)

 

ならば誓おう

 

 

「“カルナ”と…あなた方(・・・・)から授かったこの名に恥じぬ男になろう。何でも言ってくれ、俺は…父と母に恩返しがしたい」

 

 

その後カルナは10年と少しの間、この夫婦と共に暮らした。

 

農作業に汗を流し、時にはかつて研鑽を積んだ武を忘れぬよう棒を振るい、またある時は神話として語られ続けた己の生涯を話し野山に入り精が着くよう獣を狩り、更にある時にはいきなりやってきて「眷属になれ」とかワケ分からん蝙蝠のような羽を生やした人外相手に「真の英雄は眼で殺す!!」とインドにおける奥義をブッパして地形を変えたりと…まぁ、彼なりの青春を謳歌し、また夫婦は時々白目を剥きながらも健やかに育つ我が子の成長に喜んだ。

 

 

 

しかし…その日々は突如終わりを告げることとなる。

 

 

それは日課としている正午の沐浴の際だった。

夫婦が暮らす家の近くには、カルナが捨てられた川が流れており、正直綺麗とは言えず、また飲み水としても使えない。

しかしカルナは「自然が与えたもうた水だ」と関係ねぇと入ろうとしたが、流石に身を清める行為にその水だけはいけないと夫婦が抗議、以降は小さなプールにカルナが持つ太陽の神性を持って煮沸消毒した水で行うようになったのだが……。

 

いつものように沐浴を行うカルナ。その姿は確かに神性を感じさせ、それを眺め本当の父親であるスーリヤの日を浴びることが夫婦の日課となっていた。

 

細く華奢な身体は少し不安を抱かせるが、健康そのものだ。この時間がいつまでも続けばいいと夫婦は太陽神・スーリヤに祈りを捧げていた。

 

 

ピクリ_と、静かに身を清めるカルナが突如この山間部にまで伸びる道を睨みつける。何事かと夫婦が問いを投げる前に――。

 

 

「父よ!我が偉大なる父太陽神・スーリヤよ!!お願いだ、彼等を守りたまえ!!」

 

 

天を仰ぎそう吼えるカルナ。するとまるで聞き届けたと言わんばかりに、後光が彼等がいる家を照らすではないか。

 

それを見届け、カルナは悲しそうに…彼等夫婦のように長年連れ添った相手でしか分からぬ程度に顔を歪め。

 

 

「済まない…あなた方を巻き込んでしまった」

 

 

今まで彼等の前では出すこともなかった武神の槍を構え、カルナはこちらに近づく相手を射殺さんばかりに見つめる。

 

 

 

 

 

「――相変わらず、お前どういう子育てしてんだよ…スーリヤ。その槍をこの俺に対し向けるか…なぁ、カルナ」

 

 

ただ声を発しただけ…しかしそれだけで山は胎動し、辺りにいた獣は逃げるか死を悟り、中にはその()に耐えれぬとばかりに死ぬ小動物までいた。

 

まず目がいくのはそのド派手なアロハシャツだろう。五分刈りの頭に丸レンズのグラサン、首にはどう見ても適当にかけた数珠がジャラジャラと音を鳴らし、大股でこちらに近づいてくる男の名は――。

 

 

「…インドラ、何をしにきた」

 

 

“インドラ”と、カルナは声に出し、聴いていた夫婦は驚愕する。

 

“インドラ”――その名は義息子であるカルナ、その死を定めた戦神であり、カルナの実の父親であるスーリヤの好敵手のはず…。

 

 

「その名で呼ぶな、今は須弥山の帝釈天と名を改めてんだ」

 

 

うっとおしそうにそう呟きながら、ガリガリと頭を掻き――直後上空、つまり太陽を見つめ。

 

 

「ムカつくクソ野郎の気配がプンプンするから、念のため俺自ら顔を出して正解だったな。スーリヤ…誰を見下ろしてんだ?アァ゛!?」

 

 

怒気を携え、神々の王と呼ばれる覇気を辺りへの影響も気にせず立ち昇らせる。

 

が、見るからに古い夫婦が住まう家、そして彼等には何の影響もない。同格であるスーリヤがその権能を駆使し、またスーリヤと同化していたカルナもまた、その身に宿す鎧を持って打ち消していた。

 

 

「…ッチ、ムカつくぜ。テメェカルナおい、何で俺が取り上げたその鎧また持ってんだ。てか何でテメェ、またその姿で転生してんだよ。つか転生とかマジザけんな」

 

「父が授けてくれた。一度は輪廻の輪に加わったようだが、生憎あの程度では俺を俺として転生させるのが精一杯だったようだ」

 

「あームカつくわ、そういえばテメェはそういう喋り方だったな」

 

 

サングラスの奥が光ったように見え、サっと帝釈天が手を前にやり、カルナもまた警戒を示す…が、帝釈天はただ手をクイっと、まるで何かを寄こせと言わんばかりに動かすだけだ。

 

 

「――?何だ帝釈天、踊りに誘いたいのか?済まないが、俺はキサマと踊る趣味はない」

 

「俺だってそうだわバーカ!!てかどう見れば俺がお前をダンスに誘ってるように見えんだよ!?槍だよ槍!!鎧があるなら俺の槍返せ!!」

 

 

今カルナが握る神槍、それは本来帝釈天ことインドラが、鎧と引き換えに彼に授けたものであった。

 

あの鎧がある限り、息子であるアルジュナは決して勝てない。むしろ次に負け、首を取られるのはアルジュナだと悟ったインドラはバラモンに化け、沐浴の最中頼まれれば断れないカルナに鎧を求めたのだ。

しかしカルナが纏う黄金の鎧は、スーリヤが決して他者に盗まれないようにと身体と同化させ、つまり鎧はカルナの皮膚に等しい。流石の施しの英雄もその頼みには難色を示すもインドラは何度もねだり、ついにはナイフを用いて皮膚ごと削り与えたのだ。その無表情に微笑みを携えて。

 

これに驚愕したのはインドラだ。それと同時に己の行いに恥を覚え、代わりにと与えたのがたった一度だけ、世界すら滅ぼす力を行使できる神槍。

 

ゆえに帝釈天は鎧があるならノーカンだ。だから返せと言う。

それを聞いた夫婦は激怒した。与えた物を再び返せなど…それでも神々の王か!!と。

 

 

「ウルセぇ、部外者は引っ込んでろ。そもそも…人間如きが俺様に口を開くな」

 

 

殺気がスーリヤの加護すら貫き、夫婦を襲う。ただ睨まれただけ…しかし絶対にして最強格の武神のソレはただの人間には到底耐えきれるものではなく、夫婦は心臓を握られたような感覚に陥った…が。

 

 

「ほう?中々だな」

 

 

それでも気丈にも、帝釈天を睨み返す。

「ここは太陽神・スーリヤを崇める地」「お前など呼んでいない、息子の前から去れ」と過呼吸を起こしながらも必死に訴える。

 

これに驚いたのは帝釈天だ。まさか“神器”(セイクリッド・ギア)すら宿さぬ、文字通りただの人間が神々の殺気に耐えるとは。

 

 

「止めろインドラ、分かった、返す」

 

 

ブン―と特に思う事のないように放られた己の槍を、帝釈天は納得のいかない顔で掴む。

 

 

「あぁ、それは確かにお前の言う通り、俺のような者には不釣り合いな代物だ。何より我が父スーリヤから再び鎧を授かり、あまつさえお前の槍までとは…強欲に過ぎる。だから返す」

 

 

その眼は真実のみを語っていた。本気でこの馬鹿はそう思っていると理解し、同時に思い出す。コイツはウソを言わず、言葉を装飾することなど無い男だと。

 

 

「…チッ、本当に面白くねぇ奴だよ、お前」

 

 

呟いた言葉が聴こえず、カルナが首を傾げると――。

 

 

「――何の真似だ」

 

 

何と言うことはない、帝釈天は己の槍を再びカルナに放り投げたのだ。

 

 

「いや、確かにあの夫婦の言う通りだって思っただけさ。あの時テメェから取った鎧は今も俺様の下にある。それに…一回ぽっきりしか使えねぇ俺の権能なんか今更いらねぇ」

 

「…もう一度問うぞ、神々の王よ。何故その一回(・・)しか使えぬ権能を増やし、あまつさえキサマの好敵手であるスーリヤの子にそれを与えた」

 

 

そう、帝釈天は受け取った槍の状況を確かめ、更には一度きりしか使えぬ力を更にもう一度――つまり二回使える状態にしてカルナに渡したのだ。

 

 

『貧者の眼』を持つカルナでも、流石に神々の王の考えまでは分からない。

更に警戒を強めるカルナに対し、逆に帝釈天__インドラはただ肩を竦め。

 

 

「いやなぁに、お前に会いに来た」

 

「嘘だな、それだけでお前程の存在が降りてくるワケなどあるまい」

 

「俺はお前のオヤジとは違うぜカルナ?……あぁったく!自分で行動しておきながら鳥肌が収まんねぇ!」

 

 

一度だけしか言わねぇと大股で近づく帝釈天を前に、カルナは戦闘態勢を解いた。そこには闘気も殺意も何も無く、ただ本当に何かを言うだけだと理解したのだ。

それは事の成り行きを見ていたスーリヤも同じだ。すでに加護を解き、太陽は燦々と照り続けるだけ。

 

 

そして…帝釈天はインドラの時代であるなら、彼の神々の王の在り方を知る者ならば、絶対に信じられないようなことをカルナに告げた。

 

 

「太陽神・スーリヤの子、転生者カルナよ…俺は…

 

 

 

 

 

 

 

―――お前を保護しに来た」

 



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帝釈天ではなく、インドラとして

…たった一日で何があったし

仕事から帰るとそこには凄まじい速さで5000突破しそうなU・Aと、増え続けるお気に入り登録がガggg…ッ!!

ありがとうございます


タグが文字制限で追加できないので、この場で言わせてもらいますが
この作品は独自解釈・独自設定のオンパレード(カルナさんに優しいインドラを書きたかったんです…(汗)

原作キャラの性格改変などがありますので、平にご容赦ください
(あとであらすじにも足しておきます)


それとこの場を借りて言わせていただきたいのですが

作者はぶっちゃけマハーバーラタに詳しくありません。カルナさんやアルジュナ、インドラの事も、Fateやwiki、二次創作でしか知りません

なのでここ叙事詩からしたらおかしくね?等があっても目を瞑って見逃してください
あくまでカルナさんに優しい世界とインドラを描きたいだけなので(大切なk

マハーバーラタに関しても、「こんなのあんぞゴラァ!!」と教えていただければ幸いです



カルナの転生、その異常にいち早く気づいたのは他でもない帝釈天だ。

 

 

(何だ…この気配…いや、俺はコイツを知っている…?)

 

 

初めは分からなかったが、徐々に思い出す。

この神格、この熱量。しかしその表面はまるで水底のように透明で涼やか――間違いない。

 

 

「…カルナ…なのか…?」

 

 

呟いた彼の表情は何とも言えないものであった。

 

“カルナ”――彼の古巣であるインドに伝わる世界三大叙事詩『マハーバーラタ』に描かれた己の息子、『授かりの英雄』ことアルジュナと対を成す『施しの英雄』

 

かつてまだ自分がインドラであった時、好敵手として敵対した太陽神・スーリヤの子にして己がその在り方を辱めた不撓不屈、真の英雄であった男…。

 

 

帝釈天――インドラはカルナの転生に気づき、頭を抱えた。

 

今の時代に、カルナという大英雄の存在はあまりにも重すぎる(・・・・)のだ。古代インドのように神秘が溢れ、神と人とが近かった時代ならともかく今は信仰も色褪せ、最大宗教の唯一神が滅び世界バランスがかなり崩れている。

 

もし、本当にあのカルナが蘇ったのなら、その施しの精神はあまりにも尊過ぎる。

 

 

「あの馬鹿野郎ォ…何考えてんだ!クソッ!!」

 

 

スーリヤに悪態をつくのもしょうがなかった。

カルナは死後、スーリヤと同化していたハズだ。どんな存在…例え無限や夢幻であっても己が認めたあのライバルを相手にそうおいそれと手を出せるワケがなく、またカルナを甦らせようなどあの自己中自由気ままなドラゴン共がそもそも考えるワケないのだ。ならば此度の異変カルナの転生は父親スーリヤの仕業に間違いない。

 

 

思わず太陽に向かって己が所持する“本物のインドラの槍”を5・60発撃ちこみたい衝動に襲われたが、とにかく落ち着けと己を律する。何よりこの瞬間、様々な問題が発生していたのだ。

 

 

(あの馬鹿にはいつか抗議するとして…今はカルナだ、どうする…?)

 

 

『マハーバーラタ』おいて、無類の知名度を誇るカルナだが、その名は世界に対しそこまで知れ渡っていない。しかしその身に宿した最高クラスの神性や、研鑽した武勇は比類なき大英雄のソレだ。もし比肩できるとしても、それは彼の神々と人の訣別を行った最古の英雄王ギルガメッシュ。またはギリシャ神話が誇る人類史上最大の英雄ヘラクレスのみだろう。

 

聖書の神が死に、世界に“神器”をバラまいた。

その所為で人間界でも様々な問題がおき、自分達他神話の連中も戦力増強と“神器”を宿した人間を自陣営に取り込んでいた。自分もまた、その中でも最強の槍を所持した少年に目を付けたばかりだ。

 

 

「…なぁ、お前が今ここにいれば…何と言うのだろうな――…アルジュナ」

 

 

ここにいない、父親すら置いてこの世ともあの世とも言えぬ場所へと旅立った息子。『授かりの英雄』アルジュナの名を呟くインドラ。

 

あの当時、アルジュナとカルナは敵対し、また父親である自分達のように互いに研鑽の限りを尽くせる好敵手であった。

 

しかし己は戦神としてではなく、一人の父親として神聖な決闘を穢してしまった…今でも最後、実の息子から言われた怨嗟の声を忘れた日はない。

 

 

――インドラよ、我が父よ!!俺は……このような勝ち方だけはしたくなかったッッ!!!――

 

 

 

もう一度、息子に会いたい。会って抱きしめて、嫌われようとも何度も謝りたい。父として…愛しているのだと…そう伝えたい。

 

 

(いや…今はいない俺のガキの事ではなく、あの馬鹿が寄こした大馬鹿野郎のことだ)

 

 

己が権能を駆使し、たやすくカルナを見つけることはできた。今の時代に不釣り合いな神格の持ち主だ。探すだけなら苦などない。

 

そこから更に深く探り、聖書の神がバラまいた“神器”がその身に宿っていないことにホっとする。

何も帝釈天は宿敵の子が更に力を付けることを恐れたワケではない。あの高潔な英雄に、父親と自分が与えた神の力――部外者(・・・)にあの英雄が穢されることを何より恐れたのだ。

 

 

「…ハッ!馬鹿みてぇ…あの野郎を穢したのは他ならぬ俺様じゃねぇか…」

 

 

インドラに取って、カルナとは己の子であるアルジュナの次に目を掛けるに値する男だ。カルナがいたからアルジュナがあり、スーリヤがいたからインドラがいたと彼は断言する。確かにシヴァや阿修羅神族とも因縁がある。しかしそれとこれとは話が別だ。

 

自嘲しながらもこれからの事を考える。

あれほどの英雄を、今の各神話が放っておくワケなど無く、またうっとおしい聖書の三大勢力が、自身の宿敵であった太陽神の力を授かったカルナを放置するはずなどない。

悪魔は間違いなく“悪魔の駒”を用いて転生悪魔にさせようとするし、堕天使も自陣営に加えようと躍起になるだろう。天使達など、己の創造主たる聖書の神以外の権能を持つカルナを許さず、必ず害しようとするはずだ。

 

しかしカルナはその程度(・・・・)の戦力では負けない。

“悪魔の駒”などその身に宿した馬鹿の力で跳ね返せるし、鴉程度が何匹群れようと恒星そのものであるスーリヤの子に勝てる道理などない。それは鳩共もそうだ。

人でありながら、主神クラスの力――それが『マハーバーラタ』が誇る我が息子の好敵手カルナ。

 

 

目を瞑り、戦神としての戦略眼全てを用いて思考をフル回転させ――気づけば動き出していた。

 

部屋を飛び出すように出た彼を、お付きの者が問いただす。

 

 

「帝釈天様、どこへ…?」

 

「インドだ。シヴァやハヌマーン共と話がある」

 

 

慌てふためくお付きの彼等を放置し、帝釈天は広がる青空を――太陽へとサングラスの奥に隠した双眸を向け。

 

 

「…これが、インドラ(・・・・)としての最後の仕事だ馬鹿野郎。お前のことだ、何も考えずガキの事だけを思ってのことだろう?分かるよ」

 

故に――。

 

「無事、生を全うさせてお前の下へ返す。…俺が辱めたあの戦士の矜持を、もう一度胸に抱かせてな。だから…ガキだけは大切にしろ…我が好敵手スーリヤよ」

 

 

 

 

 

その後、帝釈天は供すら付けずインドに足を運んだ。アポも取らず、いつものように派手なアロハにグラサンと、完全に物見遊山な恰好で。

 

 

「おーおー、懐かしい顔ばかりじゃねぇか」

 

 

インドに着いた瞬間、彼を歓迎したのは完全武装したインド神軍だ。どの神話においても「あそこだけは手を出すな」と太鼓判を押されまくったキチガイ集団――破壊という概念を司る最高神格保有者シヴァを筆頭とした彼等は帝釈天に殺気を隠さず警戒していた。

 

何しろ仮想敵にしてその敵対勢力の長が、こうして古巣に戻って来たのだ。何より帝釈天――インドラは今現在も武を司る最強の武神。警戒するなという方がおかしい。

 

 

「やぁ、久しぶりだねインドラ」

 

「その名で呼ぶなシヴァ。今の俺様は帝釈天だ」

 

「どちらでもいいさ、問おう――何をしにきた?終末の時(カリ・ユガ)をついに引き起こす気にでもなったかい?」

 

「Hahaha!!馬ッ鹿じゃねぇの?今更何で俺様がカリ・ユガなんぞに興味を持たねばならんのだ」

 

 

心底アホらしいと馬鹿笑いする帝釈天に彼等は更に警戒を上げる。何故わざわざ敵対組織にこうして赴いたのか、その意図が全く読めなくなったからだ。

 

しばし笑い、ヒーヒーと脇を押さえ涙を拭うと――そこには先程までのふざけた雰囲気はなく、在りし日の戦神としての気配を晒し。

 

 

「――頼みがあってきた。どうか聞き届けてほしい」

 

 

頭を下げた(・・・・・)――もう一度言おう、あのインドラが頭を下げたのだ。

 

これにはさすがのシヴァも目を白黒させた。

 

 

「…何のつもりだインドラよ、キサマ・・・我等インド神話の顔に泥を塗るつもりか」

 

 

今は須弥山に所属を変えても、元は帝釈天もインド神話に身を置いた存在。その中でも文字通り、別格の格の持ち主だ。そんな彼が下げてはならない頭を下げた。

 

 

「そのつもりはない。が、泥なら俺がいくらでも被ろう。その程度でお前等が俺の頼みを聞いてくれるなら安すぎる」

 

 

騒めきが彼等の間に広がるが、シヴァが手を横に振り落ち着けと伝える。

 

 

「ふむ、ひとまず聞こうか。話はそれからだ」

 

「感謝する。我が怨敵シヴァよ」

 

「君からの感謝なんて唾を付けて唾棄するよ。早く言え」

 

「ならば__我が故郷インドが誇る神々よ、どうか頼む。どうか…聖書の三大勢力。いや、貴殿等以外の神話勢力全てがインド国内に入れぬよう、権能を用いてもらいたい」

 

 

元々このインドは他神話から見ても化け物だらけということもあり、各神話に喧嘩を売っている聖書の連中でもそうおいそれと手を出してこない。なのにこの神はそれを知っていながらわざわざ頭を下げて願い出た。

 

これに理解を示したのはシヴァであった。ゆえに問う「何がインドで起こっている」と。

 

インドラのことは1柱を除き、誰よりも詳しいと自負している。

かつてはゾロアスターの悪神でありながら、月の兎の死に涙した。戦を司る神として、誰よりも人の傍に侍り、その在り方も戦士のソレとして女を好み酒を好み、しかしどこか憎めない人間らしい神であった。

それを考えれば確かに自分達と袂を分かったのも分かる。問いに続き、更にもう一つどうしても気になることがあったため聞く。

 

 

「インドラ、お前のそれはもしやスーリヤと関係あるのか」

 

 

ピクリと僅かな反応を、シヴァが見逃すことはなく続けて言う。

 

 

「最近現世と袂を分かった神々の一柱にして、生命を育む太陽神・スーリヤの気配が以前とは比べものに…いや、意識さえこちらに向けることがなかった彼が今現在、確かにこちらの世界へと干渉している。インドラ言え、何を知っている?」

 

 

言っていいのか?確かにカルナが成長するまでコイツ等に任せることこそが最優だろう。しかし間違いなく、スーリヤはインド神話に入ってほしくて自分のガキを転生させたワケではないはずだ。

 

何より…あの最後の日、スーリヤが俗世から離れ、最後に己の下へ来た日のことだ。

 

何を言ってきても受け入れる覚悟ができていた。カルナのことでいくら罵られようと、全てを受け入れ謝る準備もできていた己にあの宿敵(とも)は――。

 

 

 

【――あとは任せた】

 

 

 

 

「…言えない」

 

「何?」

 

「悪いなシヴァ、それを言うわけにはいかねぇ。でもどうかお願いだ。頼みを聞いてほしい」

 

 

言えないと伝えながら、変わらず頭を下げる帝釈天に噛み付く若武者がいた。父を殺された阿修羅神族の王子マハーバリだ。

 

 

「ふざけるな!!我が父を辱めながら、よく顔を出して不遜にもそのような態度を…ッ!!」

 

 

剣を振りかざし、首の皮一枚で止める。

 

 

「どうした!何故動かん!!俺はキサマを殺せる!!辱められる!!戦え戦神よ!!俺はキサマがどのような卑怯な手を使ってでも、勝ってみせるぞ!!」

 

 

しかし帝釈天は微動だにしない、剣に血が滴ろうとも決して武神の一面を見せず、ただただ頭を下げていた。

 

その様が信じられないとマハーバリは驚愕し、ポンとシヴァがその肩に手を置き下がらせようとするが――。

 

 

「~~~ッ!!何故だ!!何故今になって…ッ!!」

 

今だからだ(・・・・・)。…インドラとしての最後の務めを果たす為、貴公等に助力願いたい」

 

 

静かでありながら絶対の熱量をその眼に宿し、太古における神々の王は若き1柱へ言葉を紡ぐ。

その様があまりに己が知る姿とは違い過ぎて、マハーバリや神々は言葉を無くし目を背けるしかなかった。

 

代表し、シヴァがインドラを見下ろす。

 

 

「インドラと名乗り上げたということは、僕達インド神話も他人ごとではないんだね?」

 

「そうだ」

 

「なら君がどうにかすればいいじゃないか。まだその程度、3大勢力程度なら負けはしないだろう?」

 

「…俺が姿を晒すワケにはいかん。いや、本音を言おう」

 

 

スゥっと覚悟を決めるように息を吸い。

 

 

「…怖いんだ。あの馬鹿に何と声をかければいいか…まだ、心の整理が追い付かねぇ」

 

 

この時シヴァはおおよそでありながら、限りなく正解に近い答えを導き出していた。

 

誰にも聞こえないよう、帝釈天の耳元に顔を近づけ。

 

 

「…まさかカルナか?あの『施しの英雄』が現世に?」

 

 

答えは沈黙。しかし正解であると悟ったシヴァも、思わず天を仰ぐ。

 

 

(うわぁ…今?そりゃこの問題児でも頭を抱えるに決まっている)

 

 

そのまま太陽を睨みつけるが、スーリヤはただ佇むだけだ。

ハァっと溜息を吐き。

 

 

「分かった。なら、しょうがないね。僕は力を貸すよインドラ」

 

 

どよめきが起こり、何事かと神々がシヴァに問い詰めるが黙したままだ。

 

【カルナ】――その名はシヴァにとっても覚えがある。スーリヤの子にして大英雄

本来ならばこちらの陣営に入れるべきだ。何より帝釈天は「まだ」と言った。つまりいつかはカルナを迎えに行く気なのだ。敵対する須弥山に現代における最高クラス戦力が招かれる…ならば止めるべきなのだろうが…止めた。どう見てもインドラにその気があるようには見えないし…もう一度言おう。あのカルナ(・・・・・)だ。

 

どれほどの悲劇を背負い、どれほどの汚辱を背負おうと決して自身が定めた在り方をついぞ変えなかったインド神話が誇る最強の頑固者。それに、そんな息子を諫めるはずの父親は見ての通り、最強の放任主義者だ。たとえ須弥山に加わろうと、インドラですら御しきれるワケなどない。

 

 

悪人の中の悪人ドゥルヨーダナを友と呼び、父から授かった黄金の鎧を目の前の馬鹿にやった超大馬鹿野郎だ。

 

そんな彼が転生した。人類史が誇る頑固者が、主神クラスの力を携え現世に再び蘇ったのだ。死んだ聖書の神もこれには「マジふざけんな」とキャラ崩壊を起こすだろう(実際シヴァもだいぶキャラが崩壊していた)

 

 

「…ねぇインドラ、ちょっとスーリヤに連絡取れる?」

 

「…電話したけど着拒された」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

それから十数年、シヴァ達インド神群は約束通り三大勢力が入れぬような強固な結界を張り侵入を拒んだ。これには4大魔王サーゼクス・ルシファーが抗議しセラフォルーが外交官として赴いたが、「文句は帝釈天に言え」と取り付く島を与えず、悪魔側も聖書の陣営を嫌っていることで有名な帝釈天に文句など言えるはずもなく、インドは平和そのものだった。

 

 

その中で帝釈天とシヴァは時々会って、近況報告のようなものをしていた。まぁ近況報告とは言っても、お互い数分だけ会い、喋ることなく酒を飲むだけなのだがそれで充分だった。

 

互いに敵対しあう仲ではあるが、スーリヤの子という共通認識もあって以前ほどの嫌悪感は薄れていた。

 

 

そんなある日、いつものように黙って飲んでいるとシヴァが唐突に語り掛ける。

 

 

「…そろそろ行けば?」

 

「どうした、急に」

 

「いやね?この前弱すぎて結界に反応せず素通りした悪魔がいたんだけどさー。カルナが『梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)』ぶっ放してさー…地形変えやがった」

 

「おい、悪魔とか聞いてねぇぞ!」

 

「いやそれどころじゃないでしょ。今のご時世にあれだけの神秘ぶちまけられたら堪ったもんじゃないよ。だから連れてって」

 

 

カルナの存在はインド神話、須弥山においてもこの二人しか認知していない。いくら帝釈天がギリシャ神話における死の神ハーデスや、北欧のオーディンと知り合いとは言っても秘密は持つものだ(まぁ、今回の悪魔の件は本当に偶々だったのだろう)

何より英雄を求める気質があるこの二つの神話が関わってくれば、間違いなく今以上にメンドクサイことになること間違いなし。

 

 

カラァン――と手の中で回したグラスに氷が当たり、それをしばし眺め。

 

 

「そうだな、明日行って来るわ」

 

 

クイっと呷る帝釈天をシヴァが見つめ

 

 

「覚悟、決まったのかい?」

 

「んぁ?いいや全然」

 

 

今でもスーリヤに連絡は取れず、あの馬鹿が何考えてるのか一切分からない。だが――。

 

 

「一つだけ、絶対なことがある…俺があの闘争を辱めた。死ぬはずだった我が子可愛さに、神々に捧げられる神聖な儀式をブチ壊したのは戦を司るこのインドラだ」

 

「そうだね、最高に最低な行為だったよ」

 

「でもな、後悔だけはしてねぇ。子供に生きてほしい、父親として当たり前のことだ。俺はあの時戦神ではなく、一人の父親として介入した…それでも後悔するとしたら…あぁ、そうだな。あの馬鹿のガキが予想を超えた大馬鹿だったことだ」

 

 

3大勢力の介入を帝釈天が恐れた理由。それは彼が利用した『正午の沐浴の際、頼まれれば断れない』という戒めだ。

 

“悪魔の駒”ではカルナを転生させることは不可能だ。その身に宿したスーリヤの神性は、悪魔に取って毒以上のものに等しい。しかし、もしその神聖を捨ててほしいと言われれば?あの馬鹿はあの時と同じく、頼まれるがままに父から受け継いだその力を捨てるだろう。もし堕天使が悪魔と天使を滅ぼすのに力を貸してほしいと言えば、カルナは力を貸すだろう。最悪なのは天使が他神話を駆逐するのに助力を願えばもはやインド神話、須弥山を巻き込んだ神話大戦の勃発だ。

 

 

「だから保護者が必要なんだ。そしてそれはあの馬鹿親子を誰より良く知る俺以外にいねぇ…誰にも譲るもんか、英雄の誇りを今こそ返す…!!」

 

 

誰となく呟く帝釈天をシヴァは静かに見つめた後、スっとグラスを掲げ。

 

 

「この数年、まぁ君との関係は悪くなかったよ」

 

「俺もだシヴァ。良い酒を飲ましてもらった――だが」

 

「あぁ、次にあいまみえるは」

 

「戦場の誉れを互いに掲げ」

 

「「死闘の果てに賛美の笑いを――!!」」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「保護しにきた」と告げた帝釈天に、カルナが返した言葉はYesだ。

 

あまりにアッサリ言ってきたので流石の帝釈天もズレるグラサンを直すことを忘れていた。

 

言いたいことがあった、聞きたいことがあった。憎くないのか、恨んでないのか。アルジュナのことドゥルヨーダナのことを問いたださないのか。

 

そんな彼の内心を、『貧者の見識』を持つカルナは口に出して答える。

 

 

「あぁ、確かにこの俺とて色々聞きたいことがある。だがお前がそれを悩むなら、俺は何も聞かない。お前が語る勇気を持った際、改めて聞かせてもらおう」

 

 

それだけ言って、カルナは帝釈天に背を向け世話になった老夫婦へと足を進める。そんな彼を帝釈天は黙って見つめるだけだ。

 

 

「世話になった、俺は行く。元よりあの蝙蝠が来た時点で、俺は出て行くべきだったのだ」

 

 

それは幼い頃のような言い方であるが、この夫婦にはカルナの言いたいことが良く分かった。【あなた方にこれ以上迷惑をかけられない。もし、己のせいで何かあれば自分を殺してしまう】と。

 

 

幸せな一時だった。子を授かれず、しかし最愛の家族を天より授かった。

 

その身を包む黄金の鎧も気にせず彼等はカルナを強く抱きしめる。少しでも気持ちが伝わるように、少しでも自分達のことを覚えていてもらえるように。

 

温もりを感じれぬ鎧を通して、確かに彼等の暖かさがカルナの身体を包み込む。

 

 

「…必ず帰って来る。今生において、あなた方こそ我が父であり母だ」

 

 

無表情しか知らぬその顔に、僅かな微笑みを讃えたカルナが離れると、帝釈天が今度は夫婦に近づき。

 

 

「さっきは悪かったな。…良い家庭に拾われたなカルナ」

 

「あぁ、スーリヤは良い縁を運んでくれる」

 

「アイツの加護だけってのも何だ、俺の加護も与えてやる。太陽神と戦神の加護を持つ土地なんて、今じゃそうそうねぇぞ?…もういいか?行くぞカルナ」

 

 

帝釈天から声をかけられ、もう一度「必ず戻る」と誓いを立て、カルナは前世における宿敵の父の隣に並び、決して振り返らずに山道を歩き出す。

 

 

かつてなら絶対にありえなかった光景がそこにあり、スーリヤはただ嬉しそうに息子と宿敵(とも)を燦々と照らすだけであった。

 




カルナを眷属にしようとしたシヴァ曰く、弱すぎる上級悪魔の家は次期当主を失い、仕方無くヤンキーのような恰好とタトゥーを彫り込んだ分家のクソガキを渋々次期当主に指名したとかなんとか


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破壊神からの試練

すみません、予想外の反響に第五話を書き直し、仕事が忙しく時間がかかりました(毎日残業3時間て…)


それと皆様のおかげで、日間ランキング二位になることができました。本当にありがとうございます!これも全てカルナさんのおかげですね!流石幸運A+!(なお自己申告)


前回のあらすじ

シヴァ
「スーリヤに連絡取れる?」

帝釈天
「…着拒された」

その頃のスーリヤ
「よっしゃぁぁああ!!カルナたんレベルに絆マックス!!待ってろやぐだイベェェエエ!!」※作者はfgoやってません(やる暇がないんです…(泣)



カルナを育てた養父母の下から離れた後、二人は更に山奥へと向かっていた。

 

 

「どこに連れていくつもりだ、インドラよ」

 

「帝釈天だ。まずは住む場所が必要だろうが」

 

 

帝釈天がカルナを保護したのは、何も悪魔や堕天使、他神話からカルナを隠す為だけではない。

 

【あとは任せた】――己に対し、あの馬鹿(スーリヤ)が最後に言った言葉の意味は、まだしかと理解はしていない。が、ともかく娯楽の一つも知らぬ、そして今のこの世界の在り方を理解していない大馬鹿野郎に、帝釈天はまず常識を叩きこむことにしたのだ。

 

 

着いた場所はインドでありながら、まだインドラであった時代から使っていた場所。そこは四方を山に囲まれ、部外者はそうそう入って来ず、カルナを保護すると決めた時から少しづつ用意し、コテージのような建物が建っていた。

 

 

「…オレの知る住居とは、だいぶ違うのだな」

 

「当然だ、お前が死んで何年たってると思ってやがる」

 

 

中に入ると、キョロキョロと辺りを軽く見渡しスゥっと息を吸い込み

 

 

「木々に囲まれているのか…土壁ではない、森の匂いがする」

 

 

ほのかに笑みを浮かべるカルナに、帝釈天が話しかける。

 

 

「おい、荷物は取りあえずここに…って、そういえばお前、荷物それだけ(・・・・)だったな」

 

 

コクリと相槌を打つカルナの手には、一本の棒切れが握られていた。

粗削りながらも、おおよそ長槍と見られるその棒は、カルナが唯一養父母に求めた物だ。

 

彼等が父と母として、まずカルナに求めたものは「何が欲しい?」という問いかけだった。それに対しカルナが返した言葉は「何も」。

 

 

【この身はすでにたくさんの施しを受けている。スーリヤの加護たる我が鎧。そしてあなた方という掛け替えのない両親。これ以上は貰えない】――これに困ったのは養父母だ。『施しの英雄』であるカルナの伝説は知っていたが、まさかここまで無欲だったとは。

 

苦労しながら何とか聞き出し、そしてプレゼントしたのがこの棒だ。クシャトリヤ(戦士階級)として、己が研鑽を積んだ武を忘れず、また彼等を守りきれるようにとカルナが唯一求め、養父が彼が成長しても手に馴染むよう、そして槍としての実用性を兼ねた重さと長さを追求し、夜なべして作成したのだ。今やこの木で出来た何の変哲の無い棒が、カルナにとってスーリヤから授かった黄金の鎧と同意義で、所有する唯一無二の宝となっていた

 

 

「あぁ、これだけで充分だ。それと置くなどできない。父から授かったこの槍はすでに、オレの身体に等しいものだからな」

 

 

グっと握るその箇所は、おおよそ幼い頃から何度も握ってきたのだろう。粗削りとは無縁な、しかし膨大な数の素振りを重ねた証拠である手垢と共に、薄く光を反射し。カルナの手はすでに、齢にして14、5歳でありながら、戦士のそれであった。

 

帝釈天がその棒きれを見て、笑うことはない。戦士がそれを槍と言ったのだ。ならばその矜持を、武を司るこの神が笑うことはない。むしろ帝釈天はサングラスの奥に隠した眼を細め

 

 

(…懐かしい手だ、そうだ。これこそがクシャトリヤ――英雄の手だ)

 

 

別に帝釈天は、今の人間の在り方を否定しているワケではない。ギルガメッシュが神と人とを訣別した時から、いつかこの時が来ることは分かっていた。しかし軍神、天部の1尊であったとしても、やはり懐かしいものは懐かしいのだ。

 

 

「だが今は置け。別に放置しろと言ってるワケじゃねーぞ?やることがまずあるからな」

 

 

 

ごそごそと、何やら部屋の隅に置かれた段ボールを漁る帝釈天に、カルナは僅かに首を傾げ何をしているのかと問いを投げると、彼はニヤリと笑いながら振り向き

 

 

「勉強だよ、勉・強」

 

 

 

 

 

 

 

「―――そうか、オレの下に来た蝙蝠。あれが聖書とやらの悪魔だったのか」

 

 

帝釈天が言った勉強。それは今の時代における各神話の説明であったり、人間界の常識など色々だ。

 

 

「という事は、オレは()のマーラに喧嘩を売ったに等しいのか」

 

「いや、あんな雑魚と覚者ですら悩ませる超級の大悪魔とを比べてやるな…流石に可哀想で何も言えんわ」

 

 

特に教え込んだのは、今現在、世界最大規模の信仰を受ける聖書の陣営、その3大勢力。

そして今の世界において、もっとも価値がある――

 

 

「神器(セイクリッド・ギア)?」

 

「そうだ、聖書の神が死に際に残した聖遺物とでも言おうか。色々とあるぞ?例えば『龍の手(トゥワイス・クリティカル) 』。こいつは所有者の力を二倍から、数倍に高めると言った力がある。割りとポピュラーな神器だな。分かりやすいが、その分所有者次第で、力量が大分変る」

 

 

他にも帝釈天がどのような神器があるかを言うと、カルナは眼を輝かせ、頷きながら聞いていた。元々カルナは戦うことが好きだ。己が極めんと鍛え続けた武の境地、己の中に有る業を解き放てる強者と出会えるかもしれないという期待が、カルナにはあった。

 

 

「もっとも強いのはどれだ?」

 

「『神滅具(ロンギヌス)』だ。今の所13しか確認されておらず、文字通り神すら殺しうると言われてる神器だな。だがそれ以前に、普通の神器でも“バランス・ブレイカー”と呼ばれるものがあって――あん?どうした?やけに嬉しそうじゃねぇか」

 

 

帝釈天が言う通り、今のカルナはとても嬉しそうだった(まぁ、相変わらずの無表情で、雰囲気でしか分からないが)

 

カチャリと身に纏う鎧と、耳飾りを鳴らしながら椅子から立ち上がり、机の横に掛けていた木の槍を持ち、外へ向かおうとしたカルナを、帝釈天が呼び止めようとするが。

 

 

「どこ行くんだよオイ!」

 

「修行だ。クシャトリヤとして、そしていつか出会おうであろう、今生における我が好敵手の為に…オレは更に強くならねば」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

木々の隙間、コテージの目の前に広がる盆地。

 

普段なら、立ち寄った者を風のせせらぎが癒しを与えてくれる空間が、この時ばかりは違っていた。

 

 

手にした木の槍を、カルナはゆっくりとした動作で振るう。

 

 

「――ふぅ…ッ!」

 

 

それはまるで初めて歩く赤子の如く。亀ですら追い抜きそうな速度で、一つ一つの動作を確認するように。しかし本来なら、どこかぎこちない動きになるであろう速度でありながら、その動作はまるで流れる流水のようであった。

 

 

「スゥ、……ふっ!!」

 

 

次第に動きが激しくなる。先程とは違い、息を短く吸い、吐いた後、流水のようであった動きはまるで、嵐が過ぎ去った後のような激流を思わせるそれへと変貌していく

 

 

まるで獣。その眼は確かにこの場にいないハズの誰かを思い描き、その急所の一つ一つに必殺を持って応戦していると、演武を眺める帝釈天ともう一人(・・・・)には見えた。

 

 

「…で、何でテメェがここにいんだよ―――シヴァ」

 

 

シヴァ――と、帝釈天が呼ぶ少年。見た目は今のカルナとそう変わらない14、5歳に見え、美しく輝く黒髪を、そよ風に靡かせている。

 

 

「良いじゃないか。僕は確かにカルナを君が引き取ることは了承したけど、会いに行かないとも、見に来ないとも言っていない。確かに君とあいまみえたらと約束はしたけど…ここは戦場ではないだろう?」

 

 

にこりと子供のように笑いながら、シヴァは再びこちらに気づかず槍を振るうカルナを見る。

 

 

「誰かな相手は…君の息子かな?」

 

「いや違う。あれはジャラーザンダだな」

 

 

かつてカルナが戦い、制した相手ジャラーザンダ。

その身を別々の母から、肉体の全てを半分に別って生まれたマカダ王国に生まれた王。気味悪がった母親達から捨てられ、その後、羅刹(ラークシャサ)の女に育てられた彼は、その身を三度引き裂かれてもなお死なず、剛の者にして賢君としてマカダ王国に君臨した。

 

『マハーバーラタ』において、そんな彼を御したのがカルナだ。友ドゥルヨーダナの命で不死身として恐れられた彼を、たったの一合で負けを認めさせた。

 

 

「お前は知らないだろうが、アイツも確かな強者だった。いきなり己が宿敵クラスを相手とするでなく、徐々に慣らしていく所から始めるとは…マジメだねぇ…」

 

 

良く見れば、その相手は確かに二人にも見える。元々ジャザーランダは別々の母から肉体を二つに分かれて生まれた者だ。あの時は一合で負けを認めたが、もしそれが無く、またその身が二つになるという状況を想定し、カルナは槍を振るう。

 

そこから帝釈天とシヴァは何を言うでもなく、カルナの演武を見つめていた。するとポツリとシヴァが呟く。

 

 

「…これは良い、酒が飲みたい」

 

 

演武とは本来、神々に捧げる供物でもある。そしてカルナのそれは、父である太陽神・スーリヤに捧げられ、また近くで眺めるこの二柱にも、それは確かに届いていた。

 

純粋な闘気を込め、その白すぎる肌に汗を浮かべ明確な意志を持って前へ突き出す。無駄の無い動作で、一撃一撃が敵を倒すと告げていた。

 

 

「あれ、そう言えば弓は?」

 

 

シヴァがカルナの演武を見ていて、その疑問を抱くのはもっともだ。

クシャトリヤとは本来戦車を駆り、車上より穿つ弓矢で敵を討つことこそが本懐だ。しかしカルナが弓を出すような動作をすることは無く、ただひたすらに槍だけを振るっていた。

 

 

「インドラ、これはどういうことだい?カルナには、僕がパラシュラーマに授けた“ヴィジャヤ”があるハズだ。何故使おうとしない?」

 

 

“ヴィジャヤ”。それは古代インドにおいて、シヴァが弟子であったヴィシュヌ第6の化身パラシュラーマに授けた弓。担い手を勝利へと導き、またその弓を持つ者は、どんな傷を負う事もなく、またその弦は何をしても切れることがない。インド三大弓と称される宝具の一つ。

 

クルクシェートラの戦い、その17日目にカルナがそのヴィジャヤを取り出し戦場へ赴いた。その姿を見たパラシュラーマと同じヴィシュヌ第8の化身クリシュナは、同じ母から生まれた異父兄弟アルジュナに、「二人でもってしても、勝てない」と告げたそうな。三界ですら制することができる――それこそが弓を持ったカルナ本来の姿のはず、なのに…。

 

 

どこか呆れたような姿を見せる帝釈天は、やる気の無い顔をシヴァに見せたまま教える。

 

 

 

「あの弓なら、あの大馬鹿が養父母に渡した」

 

 

「へ…?はぁ!?」

 

「あー、分かるぞその気持ち。お前と同じなんて吐きそうだが、まぁしょうがないな」

 

「いや、だって…あれ僕が作るのにどれだけかかったと!?それに普通の人間に、正真正銘神々の宝物を渡すなんて…ッ!?」

 

「アイツ曰く、【オレにはすでに、この鎧(日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ))がある。ならば持ち主を守るこの弓は、父と母にこそ必要だ】なんだと」

 

 

空いた口が塞がらないとはこのことだろうか、現在の姿、子供のように大口を開けて呆れるシヴァに、帝釈天はフンと鼻を鳴らし教える。

あの槍は今生の養父が手ずから製作し、カルナに与えた物であると。どうやらカルナは養父から授けられたこの槍を、極めんとしているらしい。

 

 

「それに、弓なら問題ない。変わりのモンならもう持ってる」

 

 

その言葉と共に、帝釈天は安楽椅子に掛けたまま、いつの間にか握っていた剣をカルナへと投げる。

 

 

「――ッ!(アグニ)よ!!」

 

 

カルナがそれに反応し、弓をつがえるような動作をしたと思いきや、その手には炎が宿り、飛来してきた剣を燃やし溶かす。

 

 

「我が父に捧げる演武を邪魔するか、インドラよ。それとも何か、お前がオレの相手をしてくれると?」

 

「誰がンなメンドクセェ事を。夢中になりすぎだ、いい加減気付け」

 

 

その言葉に、ようやくカルナはこの場に招かれざる客がいたことに気づき、僅かに目を見開く。

 

 

「成程、確かにお前の言う通りだ。貴方の存在に気付けなかった事を、心から謝罪しよう…破壊神シヴァよ」

 

「いや、良いものを久しぶりに見せてもらった。だからその謝罪は必要ないよ?太陽神・スーリヤの子、施しの聖者カルナよ」

 

「おいテメェ、何でこの野郎には敬称つけて、俺様には無ぇんだよ!?」

 

「お前に敬称を付ける意味が理解できない。それにシヴァ神は、我が師であったパラシュラーマの師。つまりオレはこの方にとっての孫弟子だ。それにお前という神のことは、良く知っているつもりだ。それを踏まえ、付ける必要がないと理解した」

 

「あはは!君はホントに言葉を飾らないんだね」

 

 

青筋を立てながらカルナに近づく帝釈天とは反対に、シヴァは心底面白いと言った風に、カラカラと子供のように笑うだけだ。

 

 

「ヴィジャヤの事は聞いたよ?まったく、アレを君にあげたパラシュラーマもそうだけど、君も君だ」

 

「本来の持ち主であった貴方には、悪いと思っている。しかしオレ以上に父と母には必要だった、それだけだ。が、謝罪を求めると言うのなら、好きなだけ求めるがいい」

 

 

このインドにおいて、三大弓と称されるヴィジャヤ――あれを無償で誰かに授けるなど、果たしてこの聖者の他に誰ができようか。

 

眩しい…古代より様々な英雄を見、その失墜、栄華の極みの全てを視て来たシヴァをもってしても、カルナの施しの精神はあまりにも尊く感じられた。ゆえに思う。

 

 

面白い(・・・)――】

 

 

ゾワリと、帝釈天に何故か軽い寒気が襲う。咄嗟にシヴァの顔を見ると、そこには少年のような笑みはなく、残虐で容赦の無い、破壊神としての顔が張り付いていた。

 

止めろと口に出そうとするがもう遅い。

施しの英雄は施しを求め、神はその求めに応えた。

 

 

突如シヴァがカルナの眼を覗き、頬に手を添えられたカルナは微動だにせず、シヴァを見つめ返す。

 

 

「…へぇ、パラシュラーマの呪いは健在か」

 

 

シヴァが瞳を見つめたのは、その奥にある魂を覗き見ようとしたからだ。そこで彼は、今だにかつての弟子パラシュラーマがカルナにかけた呪い。『自らより格上の相手、もしくは絶体絶命に陥った時、授けた奥義を忘れる』というものが健在であると知り

 

 

「どうやらそのようらしい。だが彼を騙してまで奥義を授かろうとした、オレこそが罪人だ。ならばこれは、オレが負うべき咎だ」

 

「ダメ、それじゃあ僕が楽しめない(・・・・・)。君は仮にも僕の孫弟子で、僕は君の大師父だ。なら君には僕を楽しませる義務があると思わない?」

 

 

どんな理屈だと帝釈天が噛み付くが、二人がそれを気にすることはなく、すでに契約は交わされた。

 

 

「成程、確かに一理ある。ならばシヴァよ、オレは何をすればいい?」

 

「君には試練を与えよう。もし、乗り越えることができれば、パラシュラーマがかけた呪いだけじゃない、君にかけられた数々の呪いを僕が破壊しよう」

 

「是非も無い。だがオレからも条件がある」

 

「良いよ、言ってごらん」

 

「我が父と母に、貴方の加護を授けてほしい。彼等は普通の人であり、これより先、あの悪魔のようにオレを手にいれんと父と母を利用する者がいるかもしれない」

 

「それくらいお安いごようさ。君を“カルナ(英雄)”としてではなく、“カルナ(愛し子)”として育んでくれた彼等には、僕も感謝してるからね」

 

 

カルナは抑揚のない声で「感謝する」と伝えたが、最高神クラス3柱による加護など…あの地はいったいこれからどんな人外魔境へと変貌していくことだろうか

 

これは後の話になるが、確かにカルナが言ったように、悪魔の一部が彼を利用せんと養父母の下へ行き、彼等を攫おうとしたのだが……近づいたとたん、殺人光線と化した太陽光が空から降り、また嵐が吹き荒れどう見ても自分達が知る“滅びの魔力”とか目じゃねぇと破壊の権能吹き荒ぶ光景が広がったとかなんとか。

 

 

「では神託を告げるがいい。オレはどんな試練であっても、必ず乗り越えるとスーリヤの名に誓おう」

 

 

笑いながら、スっと指を向ける先。そこは遥か遠く、帝釈天がトップとして立つ須弥山を差していると何故か帝釈天には分かり、同時に冷や汗が止まらない。

 

 

「施しの英雄カルナよ。この先にいる相手、西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)という称号を持つ五大竜王が一匹、玉龍(ウーロン)――

 

 

 

 

 

――の傍にいるであろう、歳くった猿を倒した証を僕に持って来てくれるかい?」

 

 




帝釈天
「……(;゚Д゚)ハァ?」

シヴァ
「使えるものは使う。悲しいけどこれ、戦争なんだよね」



時間軸的にはまだ原作始まってないです


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技 対 義

皆様方のおかげで、マハーバーラタやカルナさんに関する事がだいぶ分かってきました(これからもお手数おかけしますが、どうかよろしくお願いします)


それとここ数日、感想欄がほとんど初代を心配する声ばかり(汗

どうしてなんだ!?何故誰も初代が勝つとは思わない!?
あの初代なんですよ!?あの序盤、イッセー達が何とか勝てた英雄派(笑)を子供の手を捻るより簡単に倒しまくったあの初代!D×D総出でようやく勝てると言われた西遊記チームの主戦力であろうあの初代!どこからどう見ても帝釈天の使いっパシリにされているあの初代!!

作者は信じてます!初代の雄姿を!あの初代ならば、カルナさんに勝てるとそう信じ、この言葉を贈ります!!











初代ダイーン!!



飛翔する一つの流星。本来なら落ちて大地を穿ち、穴を空けるそれは落ちることなく大空を舞う。

 

 

「…成程、確かに便利だ」

 

 

飛行機雲を描いているのはカルナだ。

 

徒歩で行けばいいのかと聞いた際、シヴァから提案された“魔力放出(炎)”を用い、現在須弥山を目指していた。

 

 

(シヴァは猿と表していたな…という事はヴァナラ(猿族)…ハヌマーン神の眷属か?)

 

 

そう心の中で呟くカルナの手の中に、養父から授かった木槍は無く、帝釈天が前世において授けた“インドラの槍”が握られていた。

 

 

【――私にはこれくらいしかできず申し訳ない】

 

 

そう呟きながら、目元に隈を作り力無く笑う養父に首を振り、カルナは誓った。「この槍に誓い、今生はこれ(槍術)を極めよう」と。

 

無論カルナはかつて槍においてもその名を轟かせた。だがそれでは駄目だと彼は感じた。それではこの父が作ってくれた槍に見合わぬと――。しかし今握るのは“インドラの槍”、これは何故か?

 

カルナは理解しているのだ。物とは使い続ければ、いつか壊れるものだと。だが壊れるべき時に壊れるのと、壊れるべきではない時に、無意味に壊すのでは意味が違う。ハヌマーンの眷属であれば、養父には悪いが彼の作った槍では戦いに耐えられない。ゆえに神属には神槍をと持ち出した。それでも――。

 

 

「いつか必ず、我が好敵手と認めた相手には、父の槍を…」

 

 

心の中で今一度呟き、カルナは更に速度を上げる――。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

「で?何が目的だシヴァ」

 

 

カルナが飛び立った直後、二人は相対し、帝釈天の手にはヴァジュラ(金剛杵)。シヴァの手にはトリシューラ(三又の槍)が握られ、その場はもはや人や獣では息絶えてしまうほどに濃密な殺気が溢れている…のだが――。

 

 

「あはは!止めなよインドラ、そんな虚仮脅しの殺気なんて。くすぐったくて、たまんないよ」

 

 

トリシューラを一回転し肩にかけ、シヴァは戦意が無い事をアピールし。帝釈天もまた、ヴァジュラを空気に紛れさせるように掻き消す。

 

先程のはシヴァが口にしたように、ただの虚仮脅し(・・・・)だ。元より各神話がドン引きするインド神話。そこで派生した彼等にとって、他の者では耐えられない殺意の嵐など挨拶に過ぎない。

何より彼等は、このような場所での戦など望んでいない。戦いを司る神と、破壊の神。その時はまだだと理解しているのだ。

 

 

「チッ、つまんねぇ…。アザゼルなんかこの程度で顔を青くして、何かブツブツ呟き始めんのに。これだから元同郷はやりづれぇ」

 

「雑魚と同じにしないでくれる?確かにアザゼルは面白いし気に入ってるけど、前衛じゃなく後衛向けだしね、彼」

 

 

殺意が晴れ、森のせせらぎが戻ってくる中、帝釈天は頭を掻き。

 

 

「…俺が斉天の猿に(けしか)ける予定だったんだ。…それを先取りしやがって」

 

 

そう、元々は帝釈天も同じことを考えていた。ただ早いか遅いか、それだけ。

 

 

ガタリと帝釈天は乱暴に安楽椅子に腰かけ、シヴァは対面となる手摺りに座る。

 

 

「…どうなるかな。ねぇ、どっち(・・・)が勝つと思う?」

 

「ハッ、語るまでもねぇ」

 

 

プシュっと持ち込んでいた缶ビールのプルタブを開け、もう一つをシヴァに投げつけ。

 

 

「カルナだ。俺の息子でも本来勝てなかった、あの馬鹿から生まれた大馬鹿野郎だぞ?」

 

 

“斉天大聖 孫 悟空”

 

釈迦如来にすら喧嘩を売り、ついには花果山に封印され、玄奘三蔵の天竺を目指す旅に共付いた【西遊記】に語られる大妖怪。今は須弥山所属となり、長年生き、氣を操ることに関してはこの神仏修羅溢れる世界においても右に出る者はいない、帝釈天の使いとも言える右腕に等しい存在。…だが、それでも帝釈天は断言する。「勝つのはカルナ」だと。

 

“混世魔王”から“牛魔王”。唐であった時代の中国。今の時代においても恐怖の象徴として語り継がれる彼等に時には負け、しかし乗り越えついには到達した偉業を持つ初代。永きに渡る時の中、老いてはいるがその研鑽は一種の極致と言えよう。それでも――。

 

 

「うん、だから僕も倒した証(・・・・)を持ってこいとは言ったけど、殺せ(・・)とも再起不能(・・・・)にしろとも言ってない」

 

「だから見逃したんだよ、言ってたら俺様が止めてる。…あれは天才だ、そもそもあのクシャトリヤ嫌いで有名なパラシュラーマが認めた時点でおかしいんだ」

 

 

グビリと喉を鳴らし飲む帝釈天が呟いた言葉、それが全てだ。

 

 

全てのクシャトリヤ(戦士階級)を滅ぼすと誓い、そして本当に滅ぼした最強のバラモン(僧侶)パラシュラーマ。カルナに【己より強い者と相対し、絶体絶命に陥った際、奥義を忘れる】という呪いをかけた張本人は、しかしその直後、カルナに告げた言葉がこれである。

 

 

【だが、お前より強い者などそういまい】

 

 

「あー、そういえばそんな事言ってたね。パラシュラーマ今どこいるのかなぁ…目の前のグラサンかけたクソ坊主頭殺してくれないかな」

 

「若作りした下手すれば俺様より上のお前には言われたくねぇ。てかヤメロ。アイツは駄目ゼッタイ」

 

「分かってるよ。あんな戦士絶対殺すマンとか連れて来れるワケないじゃないか。師匠の僕でも下手すれば制御不能なバーサーカーなのに…そもそも今何処にいるかも分からないんだよ?もしかしたら、別の世界にでも行って戦士という名の存在全てを狩り尽くしてるかもね」

 

「Hahaha!!ンなワケねぇだろぉ?」

 

「あはは!だよねー」

 

「Hahahaha!!!」 「あはははは!!」

 

 

そのままどのくらいでカルナが戻って来るかの賭け事を始める二人。インドは今日も、良い天気であった。

 

 

 

 

~~???~~

 

「――バラモンン!!ズズ…噂か?一体どこのクシャトリヤが…まぁいい。次は…X×X

か、待っていろクシャトリヤよ!!」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

“須弥山”

そこは七つの金山と鉄囲山と八つの海に囲まれ、その忉利には帝釈天が住まう善見城がある。――その手前に五大竜王が一匹、西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)玉龍(ウーロン)と斉天大聖(以降は“初代”と明記する)が駄弁っていた。

 

 

『なぁ、猿ぅ…オイラ暇なんだけど』

 

「良い事じゃねぇか。お日様浴びてこうして呆けて、こういうのを幸せな一時ってぇんだよ。分かんねぇかなぁ…これだから若いのは」

 

『オイラ達ほぼ同い年だろう!?河童と豚は中々会いに来ないし、お師さんは…人間だよな?』

 

「仏だよ今は。まったく、俺ッチの子孫みたいな事言いやがって」

 

 

今はここにいない…正確には、あまりの修行の辛さに逃げ出した腰抜けの猿野郎を思い出し、煙管の煙をプカプカと吹かす初代。

 

 

『美猴、今何してんだろうなぁ…』

 

「なぁに、何でもいいさ。生きてようが死んでようが。ようはテメェのケツをしっかり拭けてりゃそれで充分…――ッ!?玉龍(ウーロン)!!」

 

 

突如初代が身を翻し、玉龍へと駆け出す。その顔には帝釈天と同じように、だがデザインが違うサイバーなイメージのサングラスをかけており、表情は伺えないが大量の汗を搔いて非常に焦っていることが分かる。

 

しかし玉龍は何も感じていないようで、のほほんとした声と顔を向けるかつて玄奘三蔵の馬として活躍した彼を、初代は思いっきり伸ばした棍で殴りつける。

 

 

『どうした~?ついにボケt――うわらば!!?』

 

「馬鹿野郎!!今すぐ逃げろ!!早く!!」

 

 

そのまま頭に乗り、角を引っ張り無理やり方向を定め、そちらに全速力で向かわせる――その刹那――

 

 

 

――太陽が落ちて来た(・・・・・・・・)

 

 

 

凄まじい爆炎が広がり、木々は瞬時に消し炭となる。肺は人であれば空気を吸った瞬間燃え尽きる程の劫火が広がり、辺り一帯を灼熱地獄へと塗り替えていく。

 

 

『な……何だ!?』

 

 

互いに人ですらない身。玉龍は何事かと驚き、初代はその表情を固定したまま、爆心地の中心を見据え。

 

 

「…太陽が落ちて来やがった……おい玉龍、今すぐ悟浄と八戒を連れて来い」

 

『はぁ!?猿、お前一体何を…』

 

「早くしろい!!俺が……死ぬ前に!!」

 

 

棍を構え、傍にはすでに代名詞とも呼べる金遁雲が控えており、身体には氣を巡らせている。その姿はどこからどう見ても、全力での戦闘を行う準備が出来た斉天大聖――伝説の大妖怪がそこにはいた。

 

 

「――まさか避けるとは思わなかったぞ。いや、流石はヴァナラ(猿族)と讃えるべきなのだろうか」

 

 

玉龍は耳を疑う。それもそうだろう。何故なら生き物が生きていられない地獄が顕現した中心部から、声が聴こえてきたのだ。

 

クレーターの奥から具足を鳴らし、白髪の黄金輝く幽鬼。手には背丈を超える長槍が握られており、その身は今の時代、神々と比肩する程の魔力と神気を纏い、こちらを静かな瞳で見つめていた。

 

 

『…おいおいおい、猿。アレはヤベェぞ…ッ!?』

 

「だからアイツ等を呼べっつってんだよボケ。あと期待はしてないが、ボスも探して来い。須弥山が落ちるぞってなぁ!」

 

 

言葉と共に、初代は縮地――僅かに本物に届いていないものを用いてこちらを見つめる幽鬼のような少年に一瞬で駆け寄り、棍を振りおろす。

 

玉龍がそれを見ることは無い。すでに彼は初代に言われた通り、その身を空へやり、彼等の仲間を呼びにいったのだ。

 

少年は突然目の前に現れた初代の攻撃に、当たり前のように槍で防いで見せる。

 

ギチギチと鍔迫り合いをしながら、初代はその表情を凶暴に変え、幽鬼――カルナに話しかける。

 

 

「おうおうおう、どうしたんでぇ。お前さんなら撃ち落とせると思うんだがねぃ」

 

「オレが言われたのは、龍の傍にいるであろう猿を倒した証を持って来いということだけだ。何よりオレは何人相手でも、別に構わんぞ?」

 

「ハッ!!ほざけぇ!!」

 

 

キンっと鍔迫り合いを終え、瞬間再び金属音と衝撃が、辺りを更に破壊する。

 

一合、二合。いや、刹那の間に交わされた攻防の数々は、もはや数えることすら馬鹿馬鹿しい。

 

 

「伸びよ!棍!!」

 

 

一端距離を取り、初代は棍をカルナに向け、瞬時に棍は持ち手に意を汲みカルナに襲い掛かる。が、カルナもまた、それを一瞬で見やるやいなや、頭目掛けて飛来する棍を首を僅かに動かすだけで回避する。

 

 

「チィ、これでも駄目だってか!」

 

「確かに驚いた。が、それだけだ。しかしこれ程の棒術の使い手と会いまみえようとは…シヴァも良い試練を与えてくれた」

 

 

“シヴァ”――その名を聞き、初代は

 

(シヴァだと…!?てぇ事は、この坊主はインド神話の鉄砲玉かい!!)

 

 

しかし解せない。これ程の攻防、これほどの破壊力を持ちながら、初代はこの男の正体が掴めないでいた。まぁそれもしょうがない。まさかインド神話が誇る大英雄が転生したと思いつけという方が無茶な話だ。

 

 

パチパチと、辺りが燃える音が響き、二人はこの時、ようやくしかと互いの姿を見やり――。

 

 

「老人…いや、老猿よ。お前の名を聞きたい」

 

「へっ、若ぇの。まずはお前さんから名乗るのが筋ってモンだぜぃ?名乗れやガキ、戦の作法はまずそれからだろう?」

 

 

槍を下し、そう聞いて来るカルナに対し、初代がその手に持つ棍を下すことも、構えを解く様子も一切無い。この時点で、両者の実力の開きが見て取れた。

 

 

「たしかにそうだ。今生において、オレは挑戦者であり、お前はそれを迎え撃つのだからな」

 

「今生…?何言ってんだい、おめぇさん…」

 

「知る必要は無い。今お前が欲するのはオレの名であり、オレが欲するのもまた、お前の名だ。では名乗ろう――我が名はカルナ。父に太陽神・スーリヤを持ち、今生において、養父母から授けられた名もまたカルナだ」

 

 

先程まで詰めていた初代の雰囲気が、僅かに揺らぐ。

 

 

「カルナ…だと?馬鹿馬鹿しい、俺が生まれる遥か大昔に活躍した大英雄だぞ!?あれか?もしかして最近流行りの、魂だけ受け継いだ別人だろい?お前」

 

「流行りかどうかは知らん。山の中で育ったのでな、都会のソレには疎い」

 

 

だが――と、カルナはこの時、初めて構えを見せ。

 

 

「このオレが本物か偽物か…それはこれより、この武を持って示そう…ッ!!」

 

 

ゴウッ!!と再びカルナを中心に、爆炎が広がる。それはまるで、決して初代を逃がさないというように彼等を囲い、その眼は一時も初代を捉えて離さない。

 

 

(これは…本格的にヤベェな…)

 

「次はお前だ。戦の作法に則り、名乗りを上げるがいい」

 

「…斉天大聖 孫 悟空」

 

 

短く返し、再び力強く棍を握りしめる初代。

 

 

「斉天大聖 孫 悟空か、良い名だ。自ら大聖を名乗るその気負い、オレにはとても真似できない。今生において、初めて死合うのがお前で良かった」

 

「それは…馬鹿にしてんのか?」

 

「まさか、そのままの意味に決まっているだろう?さて、作法は終わり、これより先は戦を始めようと思うが…どうだ?」

 

 

ズズズっと大気がカルナを中心に、膨大な魔力が渦を形成し、焔となる。

 

 

(ここが決め時か…)

 

 

初代はサングラスに隠された瞳を閉じ、思いを馳せる。

 

 

生まれて幾星霜。若かりし頃はヤンチャもした。師と呼べる男と旅をし、かけがえのない、今なお続く腐れ縁もできた。

 

子を成し、それは今も続き才のある子孫を持つ事もできた…ならば思い残す事など――

 

 

「…カッ、呵呵呵!!何を弱気になってるんでぃ!!」

 

 

否、断じて否!まだ己は生を楽しみきっていない、まだまだあの逃げ出した馬鹿弟子に伝えきれていない事など多々ある。何よりッ!!

 

 

(こんな楽しい喧嘩を、こうも簡単に終わらせていいものか!!)

 

 

己が磨いた武が通じない。それは当の本人である初代が一番分かっていた。達人はたったの一合手合わせしただけで、相手との差が分かるというが、まさにそれだ。――己では、この目の前の小僧に勝てない……だからどうした(・・・・・・・)

 

 

「おうおうおう!!目と耳があるなら、引ん剝いて聞きやがれ!!おっと、口は閉じておいてくれよ?それはオイラ(・・・)の仕事だからなぁ!!」

 

 

棍を頭上で回し、見得を切る初代。その姿をカルナは邪魔することなく、静かに見つめ返す。

 

 

「聞け!我こそは天を征し、大聖と己を定めた大妖怪!!西遊記に残されし我が武勇、我が誉れ!!斉天大聖 孫 悟空とはオイラの事だぁ!!」

 

 

続けて初代はサングラスの間から、凄まじい闘気を纏った眼を向け。

 

 

「さぁ!!喧嘩だ喧嘩!!お前がカルナだろうが、どうでもいい!!楽しい喧嘩をしようぜぃ?」

 

 

棍を向ける。これより先、言葉は無粋。しかし最後まで言わせてくれた礼だと、初代もまたカルナの言葉を待つ。

 

 

「――感謝しよう。この出会い、この一時に。あいにくと、オレにはお前のような異名は無い。人はオレを施しの英雄と言うらしいが…この場では、敢えてこう名乗らせてもらおう…クシャトリヤの誇りにかけ、スーリヤの子カルナ――

 

 

 

推して参る!!」  「来いやぁ!!」

 

 

 

先陣は初代が取った。毛を媒介とした分身を多数生み出し、まずはカルナの動きを封じにかかる。その数はおよそ20。上下左右、様々な場所からカルナに襲い掛かる。

 

 

一体目の分身は、棍を突き出しその胸元に赤く光る宝石目掛け突き出す――が、カルナはそれをインドラの槍で弾き、石突きで逆に突き、そのまま返す刀で後ろに迫っていたもう一匹の分身を壊しにかかる。

 

槍を振るい、時には穂先で射し、また時には分身の一つを槍で捉え、そのまま別の分身へとぶつける。まるで嵐のように、だがその動きは水面のように静かであり、カルナは今一瞬の攻防の間、ただの一歩も動かず全てを捌ききっていた。

 

 

「「「まだまだぁ!!」」」

 

 

が、更に分身が追加され、雨の如き止まない攻撃が再び開始される。

 

 

(…中々に厄介だ。成程、己の一部を媒介としたこの分身は、気配も本体と変わらぬか)

 

 

カルナは何も、ただ成すがままにされていたワケではない。

 

本体が紛れ、好機を狙っているのではと、この刹那に命を落とすであろう攻防の間でも、分身だけでなく、また本体を探すことを止めてはいなかった。何より――。

 

 

「楽しい…な」

 

 

ポツリと呟かれたその言葉、それが今のカルナの心の全てだ。

生まれて十数年、かつて師や好敵手達と磨き続けた己が技量。しかし今生では相手に恵まれず、一人槍を振るう毎日だった。一度だけ、悪魔が来たが…あれでは物足りない…。

 

だからこそ、カルナはこの瞬間を楽しんでいた。相手は多数、更にはまだ奥の手を隠しているであろう、誇りを携えた戦士。

 

 

(ならばこちらから、その奥の手を晒さしてみせよう…!)

 

「見事だ、斉天大聖よ。これ程の研鑽…積み上げたお前の歴史を今、この身で感じている所だ」

 

「へっ!ナメンじゃねぇよ!!」 「そもそもだ、言葉はもはや無粋と断じたハズ」 「オメェさんも気づいてんだろう?なら、そちらから出してみろよ」

 

 

異口同音。分身達が次々と吼えるが、そのどれもが同じことを語る。『やれるモンならやってみろや』と。

 

 

「ではそうしよう。まずは邪魔なこれ等からだ……(アグニ)よ!!」

 

 

カルナから発生した焔がリング状に広がり、炭と化した木々を灰という過程すら起きる事を許さず燃やし尽くす。それは近くでカルナを取り囲んでいた、初代の分身達も同じだ。だが――。

 

 

(この瞬間を待っていた!!)

 

 

どんな強者にも、必ずある僅かな油断の瞬間…それは大技を出し終えた後。

 

初代は分身を出し終えた後、それに紛れ一端退却。姿を自然に紛れ込ませ、ただひたすら氣を練っていた。

 

 

鋼気功を纏い、そのほとんどを右手に集め、金遁雲という、古くから頼りにし続けた相棒にその身を任せ――駆ける。

 

 

炎が身を焦がす。が、鋼気功を用い痛覚を誤魔化し駆け続ける。服が燃え堕ち脚絆のみとなり身体を包む毛もまた酷い匂いと共に焼け、皮膚が爛れていくのが分かる。カルナの前に突如現れたのは、火に包まれた初代。金遁雲はすでに燃え尽き、しかし今だ何とかかけられたサングラス、割れたそこから覗く眼は、酷くギラついていた。この様をもし、美猴が見たなら驚いただろう。

これほどまでに追い詰められた己が祖先。技術のみで駆け上がって来た男が見せる獣性――だがここにいるのは永き時の中で徐々に摩耗していった、弟子を育てる喜びを知った初代ではない。

 

“斉天大聖”――遥かな昔、釈迦にすら喧嘩を売った大馬鹿野郎。生きながらえるよりも、刹那の一時を愉しむ若かりし頃の孫 悟空がそこにはいた。

 

 

流石のカルナも、まさか(アグニ)に包まれながら特攻してくるとは思わず、気付けば神珍鉄で出来た棍がその特性を活かし形を変え、カルナの身体に纏わりつき。

 

 

「届けぇぇぇええあああああ!!!」

 

 

練った氣の殆どを使った掌底が、カルナの鎧を通り抜け、ついに彼の身体を捉えた。

 

 

「ッゥ!?――ごほッ」

 

 

眼を見開き、身体をくの字に曲げるカルナを見て、初代の心に勝利の二文字が浮かぶ。事実初代の顔には、すでに笑みが浮かんでいた。それほどまでに完璧に決まった一撃だった。

 

しかしその身はとても勝者とは思えぬ程にボロボロだ。火傷していない箇所は無く、酷い所は骨まで炭と化していた。痛みを誤魔化す余裕も無く、一瞬のうちに気絶と覚醒を繰り返しながらも、初代は変わらず笑みを浮かべる。

 

 

(へへ…嗚呼、そうだ…オイラがあの馬鹿を育てようと思ったのは…こんな燃える喧嘩がしたかったからだ…)

 

 

満足した。だが同時にまだやり残した事があったと思い出した。

 

帰ったら、まずはあのケツの青い若造を探し出そうと初代が心の中で、そう決意を決める――のだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――見事な一撃だ。謝ろう、斉天大聖。オレはまだどこかで、貴方の事を侮っていたらしい」

 

 

聴こえぬハズの声が、目の前から聞こえてくる。

 

 

「カ、カカ…だよなぁ(・・・・)…」

 

 

分かっていた(・・・・・・)。確かに当てた最後の一撃。だが掌に伝わった感触は、まるでその身に纏う鎧に全てを吸収されるような感覚がしていたのだ。

 

カルナの皮膚と同化している鎧、【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】。攻撃であれば、その概念ですら十分の一にまで威力を下げるインド叙事詩『マハーバーラタ』が誇る、施しの英雄カルナのみに許された最硬宝具。練られた氣、“鎧通し”によって直接叩きこまれた内臓も、すでに完治していた。

 

 

 

ここに勝敗は決した。

 

 

 

今、カルナが手にしているのは“インドラの槍”…ではない。養父が作り授けた木槍が握られ――。

 

 

「オレが持つ中で、最高の武具だ。どうかこれを手向けとして受け取ってほしい」

 

 

好敵手ではない。しかしこの男には、最高の一撃を持って組するに値するとカルナは認め、ゆえに木槍を持つ。

 

 

馬鹿にしているのか?この男は最後まで、己を辱めるのかと初代は喉すら焼けた声帯で、そう吼えようとし…止めた。

余りにその眼が本音だと告げていたから。その手に握られた粗末な槍を、この男は本気で誇りに思い、手向けとしようとしていると理解したから――。

 

 

もう身体に力は入らず、赤々と燃え続ける大地も気にせず初代は座り、震える手で煙管を取り出し、焼け枯れた喉から声を絞り出す。

 

 

「…へ、へへ。最後の゛一服だ…ちぃっとばかし、待ってぐれ゛ても良い゛だろい?」

 

「良いだろう。存分に堪能するが良い」

 

 

火元などもはや要らない。煙草を詰め、一吸いすれば火が灯り――。

 

 

 

――プッ。

 

 

息を吐き出し、燃える煙草がカルナの顔に僅かな、だが瞬時に治る程度の火傷を負わせ。

 

 

「バァカ…オ゛イ゛ラ゛の゛…勝ちだぁ…」

 

 

その様はまるで、イタズラが成功した悪ガキのようだった。

 

カルナは数瞬眼を閉じ、開く。

 

 

「――見事」

 

 

掲げた木槍を、その剛腕を持って振り下ろす。初代は眼を瞑ったまま笑い続け、最後を静かに受け入れる。

 

 

轟音が辺りに鳴り響き、土煙が晴れるとそこにはカルナだけが口を真一文字にしたまま佇んでいた。その傍には、罅が多数入った煙管――。

 

 

 

 

どちらが勝者か…それはこの二人のみが知る。

 




アザゼル先生が好きな方には申し訳ありませんでした(作者も先生大好きです)


アーチャーなカルナさんや、ライダーなカルナさんを期待した方々には悪いですが
やはりカルナさんはランサー(ランチャー}が良いと、こうなりました。(弓は時々使います。無論、ランチャーの由縁も)




次回 『初代死す』 デュエルスタンバイ!(すでに終了している模様)


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戦士の約定

待ってくれていた方がいるか分かりませんが、お待たせしてすみません(汗

(評価とお気に入りの数々の期待に応えようとした結果がこれだよ!!本当にありがとうございます!)

それとこの場を借りて、感想を中々返せなかったことを謝罪します。
全部目を通して、書く為の燃料となっているのでこれからもよろしくお願いします。

これからも遅い更新となりそうですが、どうかお付き合いいただけると幸いです



――酒が進む。とにかく酒が進む。

 

次から次へと缶やビンが二柱の足下に無造作に転がり、手が次の酒を求めて止まない。それはこの美しい景色の合間に聴こえる木々が風に煽られ、川のせせらぎに鳥のさえずりが木霊する自然が奏でるオーケストラに酔いしれている――からではない。

 

 

「…最高だ」

 

 

帝釈天が手に持った缶を掲げ、己が居城である須弥山へと伸ばしながらニヤリと笑う。

 

二人が()にしているもの。それはカルナと初代が織りなす闘争の気配。

 

かつてならば当たり前に行われていた、神々に捧げるに値する戦いは、この時代ではそうそう無い。それと比べ、今須弥山の麓で繰り広げられているこの讃美歌に等しい奏で合いの素晴らしき事。

 

 

「だからこそ悪いんだよ(・・・・・)。これじゃあ中途半端だ。斉天のお猿さんも、だいぶ鈍ってたんだねぇ」

 

 

本来ならば、この戦いと破壊を司る二柱が戦いを前に、酒を飲むことなどない。何故なら闘争こそが天上にすら存在しない美酒そのものであり、極上の肴となるからだ。

 

だが…今行われている程度(・・)では酔えない。更に言えば、中途半端に身体が火照り、悪酔いのような状態になりそうだった。ならば酒を飲み、まぁアテとしては上出来だと、どこからそんな量用意したんだお前等と言いたくなるほどの数をまだまだ開けながら、二柱は軽く雑談を始める。初めは誰ならば、呪いすら解けたカルナを相手にできるのか?それに次々と、互いに懐かしき英霊達の名を上げていき、次第に酔っ払い達の話の内容は今の世界…つまり“神器”やそれをばら撒いた聖書の陣営へと変わっていく。

 

 

「カルナには話したの?“神器”のこと」

 

「あぁ、眼ぇ輝かせて話聞いてた」

 

「へぇ、そうなんだ。ふぅん…――可哀想に…」

 

 

ポツリと誰となくシヴァが呟いたその言葉は、これからカルナと出会う“神器”所有者に対してか、はたまた“上位神滅具”でもってすら、満足できる戦いができるかどうか分からない程に強すぎるカルナに対してか…だが、何故だろうか。

 

帝釈天がシヴァの言葉に思い出したのは、己が蒼天を仰がせた、今のカルナとそう歳の離れていない少年――己の中に流れる英雄の血を受け入れ、自らもまた英雄を目指し、同じ思想、同じ苦悩を抱いた仲間を救うべく、今は力を付け、技を磨いている最強の神滅具…“神滅具(ロンギヌス)”の由来となった槍を持つ、今だ()を探しきれていない英雄の卵(・・・・)の事――。

 

ふと思い出せば、見つけた時期がカルナの時期と重なっていた為、あまり会う事ができていない。何より自分もいつまでもカルナにばかり構っていられないのだ。

 

 

(…ちょっと一人にしてみるか。どうせ何かあったら、あの馬鹿(スーリヤ)が手を貸すだろ……貸すよな?)

 

 

最強の放任主義者を思い浮かべ、取りあえず結界でも張っておくかと、頭を抱え悩んでいると――。

 

 

「…終わったね」

 

 

シヴァの言葉に現実に戻され顔を上げると、確かに先程までここまで届いていた熱は次第に退き始めていることが分かる。すると帝釈天はどこからともなく携帯電話のようなものを取り出し、誰かへ電話をかけ始めたではないか。

 

 

「――おし、今三蔵の野郎に猿を拾うよう言った。丁度玉龍(ウーロン)も来たみたいだしな。流石に閻魔帳から名前を消したアイツが死ぬとは思えんが…カルナだからな」

 

君の槍(インドラの槍)もあるしねぇ。“神すら滅ぼしうる(・・・・・)聖遺物”と“神すら確実に殺せる(・・・・・・)槍”。あーヤダヤダ、他神話から文句来たら全部君に任せるよ」

 

「おう、こればかりは俺の責任だ。それに…言ったハズだぞ?泥でも何でも被ってやる。これがインドラとしての最後の仕事だと…来たな」

 

 

帝釈天が天を仰ぐと、太陽に黒点がポツリと一つ見え始め、徐々にそれは大きなり、こちらへと向かって来――。

 

 

「――戻ったぞ。…酷い有様だな」

 

 

フワリと地上に降り立つカルナだが、すぐに出た言葉がこれだ。

 

辺りはアルコールの匂いで充満し、酒の銘柄が綴られた缶や瓶が至る所に転がっていた。

 

 

「おかえりー。中々良いツマミになったよ」

 

 

カラカラと笑いながら、カルナを迎え入れるシヴァを見て、どういう事かと首を傾げつつも理解する。

 

 

「…そういうことか。神々が満足できるような武を披露できたなら、オレとしても、これ以上の賛辞は無いに等しい」

 

 

続けてシヴァは、カルナに手を差し出し。

 

 

「じゃあ出して。君が約束を破るワケなんてないけど、一応ね?」

 

 

「心得た」と、カルナが後ろに手をやり取り出したのは、罅だらけの煙管。それを手に取り、しげしげと眺め。

 

 

「ふぅん、これなんだ。僕はてっきり棍とか金環とか、そういう有名なものを持って来るとばかり」

 

「それがオレに傷を付けた唯一のものであり、ゆえにオレは、それこそが貴方に捧げる供物であると断じた。…確かに棍を手にしていたが、あの御仁はそれほどまでに有名なのか?」

 

 

え?と呟き驚くのは、何もシヴァだけではない。帝釈天もまた、二人のやり取りを見ながらカルナの一言に、サングラスがずり落ちるのを止める事ができなかった。

 

 

「おまッ!西遊記くらい知ってるだろ!?」

 

「西遊記?何のことだ?」

 

 

カルナは本気で理解していないようだが、これには少し事情がある。

 

カルナを拾った養父母は山に住む農家だ。その所得は少なく、本を買う余裕があれば生活費に回す程。しかし子供(カルナ)の為にと彼等は何とか生活費を切り崩し、古代インドとまるで変わってしまった文字を教え、教科書の類を買い与えていたのだ。娯楽に回す金など無いに等しかった。

 

 

「…ねぇインドラ」

 

「あぁ、取りあえず西遊記や三国志からだな」

 

 

どこか疑問を浮かべるような顔をするカルナに、帝釈天は軽く咳払いをし。

 

 

「あー、まぁあれだ、気にすんな。それより猿はどうした?」

 

「倒せとは言われたが、殺せとは言われていないのでな、置いて来た。何より勝者が敗者に手を貸す事程、侮辱に等しい行いは無い」

 

 

それは暗に、初代を戦士として、ある程度認めたと言っているようなものだ。その表情はどこか満足気に見え、それを見た帝釈天も、初代に対し、労いを心の内で唱える。なにせ本気を出す間も無かったにしろ、インド神話でも上位の力を持つカルナが認めたのだ。だがどうせなら、須弥山ごと焼き払ってくれれば御の字かなと思っていたシヴァは、面白くないと言った表情を見せるが……約束は約束だ。何より今は、スーリヤもこちらを見ている。下手に嘘など吐けば、インドラと等しき力を持った太陽神までもが敵と成り得る。

 

 

(まぁそんなつもり端から無いんだケドね)

 

 

満足ではないが、久方ぶりに滾るものがあった。ならば礼を返さねばと、シヴァは手をカルナの前に持って行き、約束を果たす。

 

 

「では施しの英雄カルナよ。この破壊神シヴァの名を持って、お前にかけられた呪いをこの場で破壊(・・)するとしよう」

 

「あぁ、よろしく頼む――」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

――大地が燃えている。轟々と音を立て、燃え上がる焔が地面ですら朱に染め、仰向けに空を見上げる初代の視界で大空へと舞い上がる。その様はまるで、龍のよう。

 

 

次第に炎は雨雲を呼び、辺り一帯を鎮めるように雨が降り出す。それでも初代は静かに空を仰ぐ事を止めない。

 

 

「……あ゛ぁ…負けちまった(・・・・・・)

 

 

初代は帝釈天が言ったように、かつて地獄の使者が寿命が尽きたと迎えに来た際、彼等に着いて行き、そこで閻魔帳に書かれた自らの名を墨で塗りつぶし不死の身となった。ゆえにいくら致命傷を受けようと、その身が亡ぶことは無いが、流石に太陽の化身とも言えるカルナの炎は別だったらしく、すぐさま“内気功”を用いねば、本当に危ない状況であった。

 

 

身体の中に今だ燻る炎の痛みに、初代は顔を歪めることすらせず、サングラスの間から見えるその瞳が映していたのは、先程までここにいたカルナの事だ。

 

 

 

【――すまない…オレは我が身可愛さに、何も知らぬ貴方と矛を交え、こうして偉そうに見下ろしている。戦えぬ者に手を出すのは、クシャトリヤの矜持に反する。ゆえにここに置いていく】

 

 

ふざけるなと思った。ゆえに声に出す。

 

 

「…ざけんな…ふざけるな!!」

 

 

どこまで自分を…この斉天大聖を馬鹿にすれば気がすむのだ!?生殺与奪を握っておきながらも、こうして生き恥を晒せと?更にカルナが勝者の証として、選んだのはこの首でも、今自らが握っている棍でもない。最後まで己であれと取り出した、ただの煙管だ。それがどれだけ腹立たしく、そしてどれだけ…自分を恥じた(・・・・・・)事だろうか……。

 

 

「ふざけんなよ孫 悟空…ッ!?何が斉天だ!!何が闘戦勝仏だッ!!」

 

 

生まれ、そして腕を磨き続け幾星霜。数々の旅をこなし、ついには仏の座にまで登り詰め…何故、その程度で満足してしまったのだろうか?

 

 

(あぁ…ッ!そうだ!満足した、満足しちまってたんだ…ッ!!)

 

 

仙術を戦闘に用いることでは、右に出る者は今でもいないと断言できる。しかし釈迦に喧嘩を売った時とは違い、彼は世界を知ってしまったのだ。

 

 

己程度では、頂点には昇れない――と。神々と、たかだか大妖怪風情から至った自分では、その差はあまりにも開きすぎていると…事実、かつて初代が若さに任せ、遊興の旅からここ中国に帰った際、帝釈天はこう言い放った。

 

 

【…組織の長としては、まぁその方が良いんだが…あれだな、つまんなくなっちまったな、猿】

 

 

かけがえのない師を持ち、心差しを共にする腐れ縁とも言える友を持った。子を育み、子孫繁栄を喜ぶ好々爺となった。

 

 

 

だが彼は男だ。

 

 

 

あの日何故、己はその言葉に激怒し殴りかかる事もせず、ただヘラリと笑ったのだろう。

あの時から研鑽を積んでいれば、あの男に…勝者にあんな申し訳ない顔をさせずにすんだというのに……。

 

 

分かっていた。あの今だ幼い面影を残す少年が、一切の本気を出していなかったことは。

 

槍の鋭さを見せてくれた。その時点で勝敗は決していたというのに、あの少年はこちらの覚悟に応えてくれるように、その力の一部をわざわざ使い、分身を消してくれた。彼は終始、こちらを気遣ってくれていたのだと、初代はそう感じたのだ。

 

それが悔しくて…最後にこんな老いた猿に見事と言ってくれた、戦士の言葉が嬉しくて…ッ!

 

 

初代が顔を隠すその横には、大地に一閃が入っていた。木槍と言う、あまりに脆いそれでカルナが魅せた(・・・)のだ。それは初代ですら今だ到達できていない境地――どこまでも完敗だった…何故己は、最後にたかだか軽い火傷を負わせた程度で勝者と名乗りを上げたのだろうか…ゆえに恥じるのだ。

 

 

「すまねぇ…ッ!すまねぇお師さん!!豚に河童もすまねぇッ!!オイラは…オイラは…ッ!!」

 

 

呟く謝罪は雨の音に消え、その隠した瞳から流れるソレも、雨に混ざり見る事は叶わない。

 

 

 

 

 

「――いいえ、貴方は負けてなどいませんよ…悟空(・・)

 

 

燃える大地を雨が穿ち、辺りを霧が包みだした頃、初代しかいないこの場に若い男の声が、初代の耳へと聴こえてくる。それはどこか安心するような、今まで何度も聴き、己を導いてくれた声――。

 

 

「……お師さん…?」

 

 

初代がそう呼ぶ者など、ただ一人しかいない。

 

天竺から経典を持ち帰り、その功績で仏の座へと招かれた。その名を“旃檀功徳仏”。つまり三蔵法師その人が、横たわる初代の隣に立ち、微笑んでいた。

 

 

「帝釈天様から聞きました。あのマハーバーラタに刻まれた大英雄カルナが、貴方の下へ行き、勝負したと」

 

「ボスが…?じゃあ……」

 

「えぇ、何故あの方が、シヴァが隣にいる状況で戦を始めないのか理解しかねます。ですが貴方が戦い、そして勝利した相手は確かに今生に再び蘇った施しの英雄カルナその人です」

 

 

三蔵法師は一度天竺…つまりインドを目指した者として、叙事詩に描かれたカルナを知っている。何より帝釈天が彼にカルナの存在を話したのだ。それが今回の事で、彼を隠すことが難しくなったと判断したのか、それとも己を信頼してのことかは三蔵には判断できない。

 

『勝者』と己を差した師に、初代は背を向け。

 

 

「…勝ってねぇ…勝ってねぇよ、お師さん。見ろよこの様」

 

 

身体を包んでいた金毛は全て焼け落ち、内気功で治す今も、見える火傷が痛々しい。だが三蔵は、背を向ける愛弟子に対し、言い放つ。

 

 

「いいえ、貴方の勝ちです。そもそも悟空、勝利とは何を持って指す言葉なのでしょうか?」

 

 

“悟空”と、帰依した時に捨てた名で、あえてそう呼び問答を投げかける師が何を考えているか分からず、初代はようやく師を見上げる。

 

それを見やり、師は再び弟子に教えを説く。

 

 

「私はかつて、この場にいない二人も含め、お前達に伝えたはずです。命ある者は、生を受けたその日より、戦場を渡り歩く戦鬼に他ならない。“生きる”という事は、即ち戦うことです。だからこそ羅刹とならぬべく、笑顔を浮かべ、この戦場を渡り歩けと、そう私はお前達に教えたはずですが?悟空(・・)。私はあえて、この名で今、お前を呼びましょう。悟空、貴方は最後、あのカルナを相手に笑えましたか?」

 

「…あぁ、笑った…笑ってやったさ。火の付いた煙草をよう、綺麗なあの顔に吹きかけてやった」

 

「ならば私は、お前こそが勝者であると賛辞を贈るとしましょう。…よくやりましたね、流石我が愛弟子」

 

 

そう告げる三蔵の表情は、仏が浮かべる悟りを開いた笑み(アルカイック・スマイル)ではなく、どこまでも世俗に満ちた…弟子を褒める師としての表情を浮かべ、笑っていた。それに釣られ、初代もまた下品ともとれる男らしい笑みを返す。

 

 

「…クッ、呵呵!!それが仏が浮かべる顔かよ、お師さん」

 

「仏がこうして笑ったのです。ならばこれもまた、悟りの先にあるものなのでしょう」

 

「なんでぇ、相変わらずケツ(・・)を取るのが上手いねい」

 

 

全てが黒く焼け焦げた世界の中心で、師弟は笑い声を響かせる。次第に霧は晴れて行き、日輪が彼等に後光となって降り注ぐ。

 

 

『おーい!!お師さんどこだー!猿―!猿どこだー?生きてるか~?』

 

「呵呵!玉龍の野郎、相変わらず空気を読めねぇ奴だ」

 

 

そう一人ごちながら、初代は辛うじて残った脚絆を探り、煙管を咥えようとするが、手はただ宙を探るだけだ。

 

 

「あ~…そうだった…」

 

「私が行きましょうか?幸い、シヴァは受け取らず、カルナが持ったままらしいですし」

 

 

カルナがもっとも無防備になるのは、父スーリヤに捧げる沐浴の時間。その時間に三蔵法師(・・)、つまりバラモンの階級が願えばカルナはそれを叶えようとする。

かつてインドラ(帝釈天)が利用したこの逸話はあまりにも有名すぎ、ゆえに帝釈天は今カルナがいる山に自ら結界を張り、その強度は上級悪魔でさえ触れた瞬間滅びる程だ。

 

だがやはり帝釈天は部下である三蔵を信じたのだろう。彼の入山を許可していた。

 

 

話を聞き、しばし俯き考えるような仕草をした初代は、サングラスのブリッジを中指の腹で上げ。

 

 

「いや、オイラが行く。…どうしても言いてぇ事がある」

 

「そうですか…では、帰りましょう。ここでは貴方の治療などできませんし、氣での治癒も、もう限界でしょう?このままでは肉が腐り、生ける屍のようになってしまいますよ?」

 

「おう、もう空っぽだ。地脈もこれじゃあズタボロだしねぃ。それとそれはいけないねぃ。オイラのようなイケメンが、そんなになっちゃ女の子達を泣かせちまう」

 

 

軽口を叩きながら、彼等はようやく霧の迷宮から抜け出した玉龍の背に乗り、三蔵の住む庵を目指す。そんな中…おそらくは風の囁きを聞き間違えたのだろう。初代は微かに声が聴こえたような気がした。

 

 

 

 

――息子が世話になった――と。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

数日後。いつものように木槍を振るい、鍛錬を終えたカルナは父スーリヤに捧げる沐浴を行う為、近くにある水場へと向かっていた。

その肌には汗が滴り落ち、乱雑に伸ばした髪が顔にかかり、どこか憂いを帯びた表情を醸し出している。

 

余談ではあるが、この場にはすでにシヴァはいない。元々ここは須弥山が治める領地であり、彼は仮にも敵対する立場なのだ。呪いを解いた後、またねと言って帰って行った。

帝釈天もまた同じ。いつまでもカルナにばかり構っていられないと、一時己の居城へと戻っている。

 

 

静かに水の中に入り、汗を流すカルナを太陽(スーリヤ)は優しく、そして暖かく包んでいた。

すると水を梳く手をピタリと止め。

 

 

「…後をつけていたのは気づいていた。だが習慣付いたこれだけは止めるという事はできないのでな、許せ」

 

「なぁに、オイラが勝手にアポも取らず来たんだ。謝るのはオイラの方さ」

 

 

声が聴こえる方にカルナが水を掻き分け振り向くと、そこには身体中に包帯を巻き、新しいサングラスを掛けた初代がいた。

 

ニヤリを笑う彼に、カルナは変わらずの無表情を返し。

 

 

「あの時は、貴方の事を知らなかったオレの無知を許してほしい。素晴らしき御仁なのだな、貴方は」

 

 

そう、あの後帝釈天はすぐさまカルナに“西遊記”を読むよう本を渡し、世話になる身が文句など言えようはずがないと初代の旅路が綴られたそれを読んだのだ。そこに書かれていたのはインドラ(天帝)にさえ背き、釈迦に喧嘩を売り、掛け替えのない師と友と共に過ごした日々の数々。

 

 

「おう、でもまぁアレじゃ駄目だ。オイラのカッコよさが全然伝わってねぇ。もっと若いモン向けに、書き直した方が良いと何度も言ってるんだがねぃ」

 

 

阿阿!と笑いながら、手にした棍で肩をトントンと叩く。明らかに戦闘態勢が整っていると分かりながらも、カルナは身体を清める事を止めない。もとより戦いに来たワケではないと、雰囲気から察していたのだ。ならば…。

 

 

「生憎だが斉天大聖、闘戦勝仏よ。今のオレが頼みを聞くのはバラモン(僧侶)の階級だけだ。確かに貴方は仏とやらに至った身ではあるが…」

 

「あぁ、オイラはお師さんみたいな説教臭ぇクソ坊主じゃねぇさ。物欲塗れのただの猿よ」

 

「では何故そのような体(・・・・・・)で来た。オレはどこにも、逃げも隠れもせん」

 

 

どこか挑発するような言い方だが、それは暗に初代を心配しての声だ。その証拠に、今も新しく滲み出る血が包帯を赤に染めて行く。だが初代は気にしないと言いたげに、石の上に胡坐を掻き、棍を両肩に乗せ、その上に手を適当に置く。

 

 

「呵呵!おめぇさん、前世はさぞかし苦労したろう?そんな言い方じゃ、これから先苦労するぜぃ?」

 

「何を言う。オレは自分では、言葉を尽くしているつもりだが?…オレがカルナであると信じたのだな」

 

 

その言葉に何を思ったのか。初代は軽く俯きサングラスに隠した瞳を閉じ、次の開いた時には、真っ直ぐにカルナを見やり。

 

 

「…あぁ信じるさ。その鎧、その神性。何より…あぁ、オイラをここまでやっつけたんだ。オイラはおめぇさんがカルナだと信じるよ」

 

「感謝する。血は繋がっていないが、父と母より授かった誇りあるこの名を、信じてもらえないのはオレでも少し、思う所がある」

 

「そうかい、そりゃよかった。…っと、あんまりお邪魔するってぇのも悪い。ちゃちゃっと用を済ますとするかい。オイラから持ってった煙管、まだ持ってるかい?」

 

 

そう初代が問いかけると、カルナは腰に下げていた小さな麻袋から、今にも壊れそうな煙管を大切そうに取り出し、初代へと差し出す。

 

戦利品として持ち帰ったが、返せと言われれば返そうとは思っていた。だが、初代は首を横に振る。

 

 

「何故だ、貴方はこれを取り返しに来たのではないのか?」

 

「いんや?逆だよ、逆」

 

「…逆?」

 

 

おうと初代は、カルナが握る己の煙管を指さし。

 

 

「持ってろ。んでもって、今度はオイラがお前に挑戦する(・・・・)

 

 

ただそれだけを、初代はカルナに伝えに来た。

 

 

戦いに本来、次など無い。それは同格の力を持った者同士くらいでしか発生しないし、己はこの少年と比べ、遥か格下であると理解もした。だからどうした(・・・・・・・)

 

次が出来た。矜持も全て投げ出してでも、彼は再戦を望み、その証として、煙管を取り返しに来ると告げたのだ。

 

カルナが決して己を忘れぬ為の、楔として――。

 

 

玉二つ(・・・)持って生まれたんだ。見下げて見下ろすよりも、見上げて見下す連中を蹴り倒す方が面白いだろい?んで持って、オイラはお前に今度こそは勝ちてぇ…いや、勝つ。負けたまんまは性に合わねぇ」

 

 

カルナは僅かに目を見開きながら、その口元に微かな弧を描いていた。煙管を持たない手を握り、歓喜に震わせる。

 

この時代にもまだ、これほどの男がいたのかと。あれだけの実力の開きを正しく感じてなお挑み、己を更に上へと導いてくれる真の猛者がいたのかとッ!

 

 

「ま、まだしばらく先だけどな。ちぃとばかしやる事が溜まってんだ」

 

「あぁ、オレは先程も言ったように、どこにも逃げん。この生涯を通じ、オレは貴方との再戦の約定を忘れぬと誓おう」

 

「へへ、嬉しい事言ってくれるねぃ。おっと!別に千年後でも構わねぇだろう?そん時はよう、またこうして転生してこいや」

 

「構わない。その時は父スーリヤに願い出て、必ず三度あいまみえるとしよう。その時までこの煙管、確かに預かり受けた」

 

 

 

 

 

その言葉を聞き届け、初代はその場を後にした。

 

ただの口約束ではあるが、戦士と戦士が交わした約定だ。ならば自分は、あの男が将来幻滅せぬよう、更に腕を磨き上げるのみ。

 

 

「よう、久々に見たぜ、お前のそういう表情」

 

 

山を下る初代に、そう語り掛けるのは彼が所属する須弥山の頂点に君臨する戦の神、帝釈天。彼はずっと、彼らのやり取りを見ていたのだ。

 

 

「趣味が悪いぜボス、覗くなら女風呂の方が粋ってモンだぜぃ?」

 

「クカカ!だな。…良い顔だ」

 

 

元々帝釈天は、初代がただ年老いていく事を憂いていた。長い付き合いでもあるし、自分にすら逆らった彼が風化するような様はとても見ていられなかったのだ。

 

 

「だからカルナをオイラの所に?そりゃ良い!オイラは最高にクソっタレな上司を持てて恐悦至極でございますよ?クソアロハ」

 

「カカッ!!クソ猿のクセに生意気だなおい!」

 

 

帝釈天の事など気にしないといった風に、初代が再び歩みを進めると、それに付き合うように、帝釈天もまた隣を歩き出す。

 

 

「…良いだろう?あれが俺様のガキの宿敵だ。あの偉そうに俺様を見下ろす大馬鹿野郎のガキだ。俺様がインドラとして見て来た数々の英雄の中でも…とびっきり最高の大馬鹿野郎(大英雄)だ」

 

「あぁ、最高だ。最高すぎて…なぁ、ボス。見てくれよ」

 

 

そう言う初代は今まで見た事が無いほどに、その身に氣を巡らせていた。身体は今もどこかぎこちない動きをしているが…今ならば、あの時以上に喰い付けると確かに感じさせる。

 

 

「だがまだだ。まだ先にテメェにはやってもらう事がある。インド神話にはシヴァを通してしばらく不戦の約定を交わした。美候を探すのもまだ後だ」

 

「…アンタ…遊んでたワケじゃないんだねぃ」

 

「たりめーだ。この俺様を誰だと思ってやがる」

 

「アロハで遊んでばかりの女好きの救えないオイラの上司さ。となると…」

 

「あぁ、まずはこの須弥山付近を伺う邪魔な聖書の陣営をつまみ出せ。ついでだ、修行がてら最上級悪魔の一匹や二匹潰して来い。ここらにいるヤツはこれに書いてある」

 

 

そう言いながら帝釈天は初代に紙切れを渡す。そこにはリストアップされた、以前からこの付近で目撃されていた悪魔の名が並んでいた。

 

 

「はっはぁ!こりゃいい!食い放題ってワケだ!!」

 

「そういうことだ。手が足りないなら、関羽にも言っておくがどうする?」

 

 

須弥山はその頂点に座す存在が戦神ということもあり、かなりの武闘派が所属している。これがインド神話ですら、そう手を出さぬ理由であり、その中には当然、古代中国で名を馳せた大英雄関帝こと関羽 雲長もいる。だがその言葉に、初代は獰猛に歯を剥き出し嗤いながら答える。

 

 

「おうおう、これはオイラの獲物だ。誰にもやるもんか、カルナにもな!…そういえばボス、カルナはいつまであそこに置いとくんで?あれほどの男だ、アンタもいつまでも山に籠らせるつもりなんて、ねぇだろう?」

 

 

そう言われ、しばし考えるように顎に手を添え――。

 

 

「…もう3、4年だな。常識を叩きこみながら、アイツの身体ができるのを待つ。後はタイミングを見計らってお披露目だな。その後は…そうだな、アイツの好きにさせるさ」

 

 

それは初代にとって、意外であった。もとより帝釈天は、須弥山にカルナを入れるべく動いているものとばかり思っていたのだ。

 

 

「違ぇよタコ。……俺様はただ、英雄の誇りをアイツに返す為、俺様の中で燻ってたモンを消化する為に、アイツを保護しただけだ。せっかく馬鹿(スーリヤ)が転生させたんだ、自由を満喫させてぇじゃねぇか」

 

「そうかい…じゃあなボス、身体を動かしてぇんだ。チョチョイと悪魔狩ってくるわ」

 

 

帝釈天を一瞥し、初代は金遁雲を呼び空へ駆け出す。それを見届けた帝釈天は一人――。

 

 

「…カルナに曹操。それだけじゃない、今だ世界には英雄ってのがまだまだたくさんいる。見ていて飽きねぇぜ?まぁ、今みたいに力に振り回されてるようじゃ、到底英雄なんぞ無理だがな」

 

 

それは誰に対し放った言葉なのか。しかし帝釈天のサングラスの奥の瞳に浮かぶのは、己が蒼天を仰がせた、最強の“神器”を持って生まれた少年。

 

 

今だ物語は始まってすらいない。だがドラゴンを中心に回るハズのそれは、すでに――。

 

 




オマケ

~【施しの英雄】第二話と第四話の文を型月で解釈すると?~


農作業に汗を流し、時にはかつて研鑽を積んだ武を忘れぬよう棒を振るい、またある時は神話として語られ続けた己の生涯を話し野山に入り精が着くよう獣を狩り――

「流行りかどうかは知らん。山の中で育ったのでな、都会のソレには疎い」


型月解釈

カルナさん、NOUMINとなってYAMAにてINOSISIを狩る日々。なお今はまだ、TUBAMEを切っていない模様



軽く聞きたい事があるのですが、【カルナにかけられていた呪いの全て】と【帝釈天が原作に初めて出た時期】を知りたいです。
(hsdd読み返そうにも時間が…(汗)

活動報告で聞いた方が良いですかね?


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破壊神という名のトリックスター

今回カルナさん出ません(半ギレ)

もう少しで原作に入ります。それと前回グラサンアロハが言った数年を表現する為、数話くらいカルナさんの周辺の話を書いて行きます

あと…キャラ崩壊がついに始まったぞ…ッ!!(今更ですね)


前回の質問に皆様お答えいただきありがとうございます!

みんなどんだけインド神話詳しんスか…(汗

この作品は皆様の応援とインド神話の助力で成り立ってます




「ただいま~、帰ったよ~」

 

 

インド神話、神々が座す最奥。そこにカルナの呪いを解き、帰ったシヴァが見た目にそぐわない疲れ切った声でまるで金曜日の夜のオッサンのように缶ビールを片手に戻って来た。

 

 

「シヴァよ!貴方様は、このインド神話を纏め上げる三柱の一角であると自覚は御有りか!?」

 

 

そこへやってきたのは、若き阿修羅神族の王子マハーバリ。インドの伝統衣装であるサリーを纏い、鍛え上げられた長身とその長い黒髪を揺らし、怒号と共にシヴァの下へとやって来た。

 

 

「うわぁ、メンドクサイのに見つかったなぁ…あ、一本どう?インドラからくすねて来たけどさぁ~、良いよね日本。お酒もご飯も美味しいし」

 

 

ホイっと子供の笑顔を浮かべつつ、その行動は完全にただのオヤジと化したシヴァに、マハーバリは身体を震わせながら吼える。

 

 

「またインドラの下へ…ッ!?あれほどまでに嫌っていたあの男の下へ何故ッ!!?あの男が、我が父を殺した事をお忘れか!?」

 

 

阿修羅神族の王、つまりマハーバリの父ヴィローチャナはまだ彼が幼い頃に、インドラ(帝釈天)との戦いで命を落としている。

それだけではない、他にもアスラ族の一派、ダーナヴァの名を持つ全ての者の母であるダヌ。更には己の友でもあったナムチをヴリトラ退治と同じ方法で殺害している。阿修羅神族そのものと、インドラ個人の間にある亀裂は凄まじく深い。

 

 

「あー、あったねそんなの。でもさ、ナムチに関しては自業自得だよ。だって先に裏切ったのはナムチじゃないか」

 

 

確かにそうだ。自ら友になろうと言いながら、インドラがトヴァシュトリ神の息子である三つ頭を持つ怪物ヴィシュバルーパを殺し衰弱した際、彼にスラー酒を飲ませ、その全ての力を奪ったのはナムチだ。そこはマハーバリでも擁護のしようがない。それでも…。

 

 

「ッ納得できるか!!私の…俺から最愛の父を奪った仇と貴方は酒を酌み交わすのか!?それは我等、阿修羅神族への侮じょk――ッ!?」

 

 

唾棄すべき仇の肩を持つような言い方に、いずれは神王とまで呼ばれることになる…だが今だ若い彼は、この世界(インド)を総べる三柱の一柱を糾弾しようとするが、それ以上言葉が出ない。シヴァがマハーバリを持ってしても見えぬ速さで、いつの間にかその手にはトリシューラ(三又の槍)を握り、喉元へ突きつけていたのだ。

 

 

「お前の納得なんか知らん。我等インド神群は、しばしの間須弥山と休戦協定を交わした。すでにブラフマーとヴィシュヌにも話は通してあるんだ。もうお前みたいなガキ(・・)の我儘は通らないんだよ」

 

 

冷や汗をかきながら、マハーバリは信じられないと目を見開く。身長差で見下ろしているはずの己が、遥か上空から見降ろされているような錯覚が彼を襲う。だがそれは錯覚ですらない。

 

“破壊神シヴァ”

遥か昔、人が文明を作り出した黎明より語り継がれる最古の神々の一柱。破壊と創造、つまり宇宙の理を司る権能を持った、絶対不変のブラフマン(大宇宙の根本原理の意)

 

若き彼が噛み付くには、その存在はあまりに大きく、絶対であった。

 

 

突きつけられたトリシューラが降ろされ、マハーバリは一人膝を着き、荒々しくも短い呼吸を繰り返す。その様子を、シヴァは見下ろしながらも語り掛ける。

 

 

「あんまり後ろばかり見てんじゃねぇよ。アイツの所にいる()はいいよ?全てを背負いながらも前をしかと見据えている」

 

 

()?今この破壊神は、インドラの下に誰かいると言ったのか…?

 

 

「ハッ、ハッ…ッ!それが…貴方がインドラと約定を交わし、幾度もあの地へ赴く理由なのか…?」

 

 

衝動がマハーバリの心を襲う。

 

知りたい。この神々の頂点がそこまで肩入れし、仮にも太古の神々の王であった、あのインドラが頭を下げてまでその存在を守ろうとした者の事を…。

 

 

息を整え、己が非礼をまずは詫び、その上で彼はシヴァへ問いを投げかける。

 

 

「名はなんと…」

 

「うーん…まぁ、いずれは表に出すだろうし構わないよね?あ、でも最低でもあと四年は動いちゃ駄目だよ?僕に恥を掻かせたら、今度こそ存在した歴史もろとも世界から破壊し尽くすからね?」

 

 

まるで子供のような言動(実際見た目は14、5の少年ではある)ではあるが、その内容はすさまじく恐ろしい。だができてしまうのが、目の前の破壊神だ。

 

ゴクリと自分でも気づかず唾を飲み込み、覚悟の意を表す。

 

 

「では、阿修羅神族が王子マハーバリ。君は僕達インドが誇る叙事詩、マハーバーラタに刻まれた太陽神スーリヤの子。不運に見舞われ続け、しかし己が信念を貫き通した施しの英雄――」

 

 

 

――カルナの事を、知っているかい?――

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

マハーバリを追い返し、シヴァはとある場所へと来ていた。もとよりカルナとの約束を終えた後、すぐさまインドに帰って来たのは、他に先約があったからだ。

 

 

そこはすでにインドですらない。己が権能を用い、次元の狭間に穴を空け、自らが創造した世界へと赴いた。

 

 

「遅かったですね、もう来ないものとばかり」

 

 

本来シヴァしか入れぬ場所には、すでにその先約がいた。

 

夜空の如く、多元宇宙が互いに絡まり星の輝きを形成し、その真下には水面が星々の光を反射しながら、波の音と共に揺らめく。そのような幻想的な光景を繰り広げる砂場に置かれたビーチチェアに座る男――現冥界の政権を担う魔王の一人、アジュカ・ベルゼブブが立ち上がろうとするのをシヴァは手で制し、己もその隣に置かれた椅子に腰かける。

 

 

「いやゴメンね?若い子はいいねぇ~、もう僕にはあぁいう無鉄砲さは無いよ」

 

「あはは、そのお姿でそのような事を言われては、俺も混乱しちゃいますよ」

 

 

シヴァとアジュカ。インド神話と聖書の陣営である彼等は以前より、関係を持っていた。

 

シヴァもまた、帝釈天やギリシャ神話における冥府の王ハーデスと同じく聖書の三大勢力を悉く毛嫌いしている。と言うよりかは聖書の神を嫌っているのだ。

 

三大勢力内の戦争。あの自分勝手な二匹のドラゴンの闘争に巻き込まれ、死んだ聖書の神はその死後、己の持てる力全てを持って“神器”を人間界へとばら撒いた。その“神器”の中には聖書とは何の関係も無い、各神話においても伝説と呼べる存在を閉じ込めて…無論その中には、邪龍としてインドラが討伐したヴリトラも含まれている。彼は戦士が会得した勝者の証を奪った罪人に過ぎない。

 

 

「愚かだよねぇ…使いきれない、制御すらできない炉心を与えて…プロメテウスでさえ、使い方とその危うさを教えたと言うのに」

 

「人に知恵と火を与えたギリシャの神ですか」

 

 

何よりシヴァが気に食わないのは、戦士ですら無い者が武器を手に取れる事にしたことだ。

 

確かに人は銃を作り、それを子供でも手に入れる環境を作り上げてしまった。だがそれは神々の介入の無い、いわば人の業であり積み上げた歴史そのものである。見守る事しか許されない神々において、“神器”という武器を与えた聖書の神は、プロメテウス以上の咎を持つと言えよう。

 

 

「あ、でもヴリトラに関してはどうでもいいよ?あれはインドラが倒した、インドラの誇りだからね。ジャンジャンあのクソ坊主に関わる“神器”を探し出して、ジャンジャン人界に災厄を振り撒いてくれたまえ!その方が、僕的には面白いからさ」

 

 

ケラケラと童のような笑いをするシヴァを、アジュカはじっと見つめる。

 

【インドラ】と自ら言ってくれた。ここに来た理由を問う環境が出来たとアジュカは改めて、シヴァへと向かう。

 

 

「…失礼ながらシヴァ。俺がここに来たのはそのインドラ…帝釈天。つまり須弥山とインド神話が手を組んでいるのではと、上層部で上がったからだ」

 

 

腹を押さえ笑っていたシヴァはその動きを止め、まるで三日月のように口を引き裂き嗤う。

 

 

「へぇ、面白い仮説だね。理由は?そもそもそういうのってさ、外交を担う魔王レヴィアタンの仕事じゃないの?」

 

 

そう、こういう事は本来外交官の肩書を持つ四大魔王の一人、セラフォルー・レヴィアタンの仕事だ。

 

 

「彼女では、()貴方が放つその殺気に耐えられない。何より何かあれば、足止めすることさえ…ッ!?」

 

 

咄嗟にアジュカは、己を悪魔の超越者とする能力【覇軍の方程式(カンカラー・フォーミュラ)】を展開する。何故ならこの世界を覆う夜空が一斉に、彼の下へ落ちて来た(・・・・・・・・・)からだ。

 

何とか《落下》という現象を起こす隕石群を、その能力を持ってズラそうとするが――。

 

 

(この…ッ!?何て馬鹿げた容量だよッ!!これと同量のメモリなんて、世界そのものしか知らねぇぞ…!?)

 

「はいはーい、頑張って~。ほら、アジュカ君なら足止めできるんでしょ?この僕を。ほらほら、最近ちょっと昔を思い出して(・・・・・・・)るからさぁ…――楽しませろよ」

 

 

必死に歯を食い縛りながら耐えるアジュカとは対象に、シヴァは変わらずビーチチェアに腰かけ、傍に置いてあったジュースを飲んでいた。黒いガンジス川を思わせる髪が余波で靡き、顔にかかる。その様は見る者がいれば、危ういと感じる色気を放っていた。だがそれを見る余裕は、今のアジュカにはない。

 

 

 

ようやく星々の落下という現象が終わった時には、すでに悪魔が誇る絶対の超越者、アジュカは服をボロボロに、息を絶え絶えにしていた。だがその眼に恐れはない。もとよりこの破壊神に勝てる道理すらなく、足止めさえ自分やサーゼクスの二人で何とか10分持てば良い方だと思っていたのだ。

 

 

「おぉ!生きてたの?流石僕のお気に入り(・・・・・・・)。やっぱり君とアザゼルだけは欲しいなぁ」

 

 

それは暗に、堕天使の長とも繋がりがある事を意味している。だが今のアジュカに、それを問いただす元気はないし、何より同じ悪魔でありながら、冥界から人間界へと移り住んだ最古の悪魔。【灰色の魔術師(グラウ・ツァオベラー)】という魔法使い協会の創設者メフィスト・フェレスもまた、アザゼルと個人的な付き合いがあることも知っている。

 

 

「悪いが俺は、誰かを振り回すのは好きだが、振り回されるのは嫌いなんだ。…先程の失言を取り消す。すまない。だがその上で、俺の問いに答えていただきたい」

 

「いいよー。…なんだっけ?」

 

「ッ!!……貴方と帝釈天が手を組んだかどうかだ」

 

 

どこまでこちらを馬鹿にすればと声を大にして言いそうになったが、グっと堪える。古来より神々とは気まぐれであることは知っているし、この場をおいて、次の機会はないと感じたのだ。

 

 

「あぁ、それね。分かった、じゃあ教えるよ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

――シヴァとの会談を終えたアジュカは、己の能力を使い次元の狭間に穴を空け、人間界にある己が居城。【駒王町】という場所の近くにある街に作られたビルの一室で軋みを上げる椅子に座り、乱雑に机の上に足を放り出していた。

 

 

「あぁ…クソイテェ…セラの奴覚えてろ?何が『マジカル☆レヴィアたん』の撮影があるだ…」

 

 

そう、アジュカがシヴァに言った事は半分嘘で半分本当だ。それもそうだろう。まさかテレビ撮影で、己の使命を放り出す身内の恥など外部に漏らせば、その時点で政治家として終わりだ。

 

 

(でもまぁ正解だったな。セラやファルビーじゃ、あの場で魔王が一人死んでいたとこだ)

 

 

別に彼等が弱いわけではない。【魔王】の名は伊達ではないし、彼等もその席に座るに相応しい力を持っている。だがその魔王すら超える【超越者】でこの体だ。しかもシヴァは全く本気ではなく、終始遊んでいた…まるで羽虫の足を毟り取る子供のように……。

 

だが成果はあった。

 

 

「…手は組んでない…か」

 

 

【否だよ、アジュカ君。あんな奴と手を組む?気持ち悪いよ。まぁでも惜しいかな。確かに僕達インド神話が、君達聖書の陣営を追い出したのはインドラから頼まれたからだ。ちょっと僕達にも、他人事じゃない事が起きてね。さ、ヒントはあげたんだ。その優秀な頭脳で、答え合わせの無い答えを求めたまえよ。まぁ…】

 

 

 

【――あと数年後には、全て分かるだろうけどね――】

 

 

悪魔の絶滅という危機を“悪魔の駒”で救った…悪魔側から見れば、英雄である魔王アジュカは、シヴァが揶揄したそのアザゼルに匹敵する頭脳で持って、思考する。

 

 

(数年後…インド神話と帝釈天…いや、この場合はインドラ(・・・・)が正しいか…どれだ(・・・)…?)

 

 

まずシヴァが嘘を吐いたという考えは除外する。神々は確かに気まぐれだ。だが試練を乗り越えた者には、褒美を必ず与えるのもまた神々だ。

 

 

(【ゾロアスターの経典】。【リグ=ヴェーダ】に【プラーナ】…更には【ラーマヤーナ】と【マハーバーラタ】…)

 

「あぁクソッ!全然ヒントになってねぇぞシヴァ!」

 

 

インド神話を構築する世界は、数ある神話群の中でも更に広大だ。その中で、たったあれだけのヒントで探せというのは、この天才を持ってしても砂漠の中で、砂粒程の金を探せと言われたようなものだった。

 

 

「帝釈天は…駄目だ。今の須弥山はこちらに対し、戦闘状態だとこの前セラが言ってたな…」

 

 

それに鎖国状態に等しい須弥山に対し、何を思ったのか馬鹿な上級悪魔や貴族。それに大王派の者がこちらに何か牽制できる材料をと、子飼いの悪魔や転生悪魔を解き放っていた。更にそれらを駆逐する者の中に、あの斉天大聖までもがいたと報告が上がっていたのだ。

 

 

「ホントにどうなってんだ…いつからインドは昔のような魔境に戻ったってんだ…」

 

 

完全なお手上げだと、アジュカは頭を振り…そして考えることを放棄した。

 

 

「まぁ、どうにかなるだろ。シヴァも言ってたじゃねぇか。数年後(・・・)だと」

 

 

悪魔からすれば刹那に等しい年月。何より、本気をあのインドと須弥山に出されたら、仮に自分とサーゼクスが生き残ろうとも、悪魔という種族は今度こそ滅びる。…悪魔だけではない、聖書の陣営そのものが崩壊する恐れすらあるのだ。

 

 

(それに面白いモンも手に入ったしな。何だよ、「この世界いらないからあげる」って…)

 

 

 

【君ならこの世界を好きにイジれるだろう?次来た時にはもっと面白い世界にしておいてね?】

 

 

アザゼルとアジュカは研究者だ。だが決定的な違いがあり、それは『1を2にするか』『0から1を作り出すか』。アジュカは後者であり、すでにあるものを変えろというのは彼のプライドが本来許さない。しかしいくら悪魔の超越者と言っても、【創造】の域――つまり神の領域には到底追いついていない。

 

だが確かに面白い。すでに大本があるなら、それを参考に初めから創り直すだけだ。これでまだまだ飽きない創作が出来ると、生粋の技術屋気質を見せながら、アジュカは一人ほくそ笑む。

 

 

 

「取りあえずは報告書を纏めねぇと…あぁ、あとアザゼルにも連絡取るか。何か知ってるかもしれん」

 




シヴァ「うめぇ、酒うめぇ!」クチャクチャ←右手スルメ左手ビール&徒歩で帰った


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親の気持ち子知らず

今回もカルナさん一切出ません(全キレ)

それと今更ながら、10万U・A突破ありがとうございます!

あと普段から誤字報告をくださる読者様にも、この場を借りて感謝します。本当にありがとうございます!

これからもどうか、カルナさんをよろしくお願いします。



世界という水面から見れば、その存在は知覚すらできない程に小さく、しかし穿たれた(つぶて)は次第に巨大な波紋を形成していく――。

 

 

 

七山八海に囲まれた須弥山。その頂上、忉利天にある善見城に戻った帝釈天を待つ男が一人いた。

 

おおよそカルナと変わらぬ14、5歳に見える、まだ幼い面影を残す少年――曹操は、 “神滅具(ロンギヌス)”の由来となった最強と名高い“神器”【黄昏の聖槍】を肩にかけ、帝釈天に自分が須弥山を去ろうとしている旨を伝える。

 

 

「――へぇ、“禍の団(カオス・ブリゲード)”ねぇ」

 

「あぁ、聖書の陣営。悪魔の中で、真の魔王を名乗る者達が立ち上げた組織だ。三大勢力各所の過激派が集まり、世界に変革をと誘われてな。その中で俺は、“英雄派”を立ち上げるつもりだ」

 

 

彼等はどうやら、この【黄昏の聖槍】が欲しいから誘ったワケではなく、使えるなら使ってやろうという、あくまで上から目線で曹操に誘いをかけたらしい。

 

派閥を創り上げると謳う曹操に、帝釈天は色々言いたい事があるが取りあえず疑問を浮かべ、問う。

 

 

「派閥ってことは、仲間が他にいんのか?俺様は見た事ねぇZE?」

 

「いや、まだ誰もいないさ。だからまずはこの須弥山を出て、世界を回り、俺と同じく“神器”を宿す者達や、著名な英雄の血や魂を受け継ぐ転生者を探すつもりだ。できれば彼の大英雄ヘラクレスや、ドラゴン退治で有名なジークフリートが欲しい所だな」

 

 

その眼は己ならば、彼等のような存在を探しきれると自信に溢れていた。確かに彼の中に流れる血、“三國志”にその名を刻む曹操孟徳は、人材発掘の才で有名ではあるが…。

 

 

「貴方の言いたいことは分かる。そもそもこの最強の“神器”を持つ俺に、この須弥山を出ていくなと言いたい所なのだろう?」

 

 

そう帝釈天を見据えながら、言葉を放つ曹操の額には、一筋の汗が浮かんでいた。

 

“神器”というものは、宿主の魂と密接に繋がっており、それだけを取り出すことなど不可能だ。それはつまり、所有者を殺すと同意義となる。本来ならば、“神器”は宿主が死んだ途端、すぐさま別の人間へと宿るのが普通だが…相手は神々の中でも有数の力を持つ帝釈天。宿主を失った神器をそのまま所有することなど、造作も無いだろうと曹操はあたりを付け、下手をすればこの場で殺されるかもしれないと覚悟を決めていたのだが…。

 

 

「いや別に?好きにしな。俺様は止める気ないZE?」

 

「何…?」

 

 

それは曹操にとって、信じられないことだった。各神話勢力からも、来るべきシヴァとの戦いに備え、精力的に“神器”を集めていることで有名なあの帝釈天が、己が持つ“神滅具”をどうでもいいと言ったに等しいのだ。驚くなというほうが無理がある。

 

だが曹操には一つ、心当たりがあった。

 

 

(シヴァとの約定か…?)

 

 

それは彼が保護される以前のことではあるが、この須弥山では彼も知る程に有名な話だ。なにせこの神々の王と謳われた武神が、わざわざ自分でインドに向かい、その頭を下げたのだから…。

 

曹操はそれを、自分を各勢力に奪われない為のものだとタカを括っていたが…どうやらこの様子を見るに、違うらしい。

 

 

「それで?お前はそんな事を言う為に、この俺様に会いに来たのか?親に言われなきゃ、何もできんガキかテメェ」

 

 

まるで興味が無いように…いや、事実帝釈天は己にもはや興味が無いのだろうと考える曹操の心に、黒いモヤのようなものが到来する。その理由は、この武神に頭を下げさせた存在に嫉妬してか…はたまた自分を止めもしてくれない、親のように尊敬するこの男に心配の一声もかけてもらえないことか…。

 

 

「もう一度聞くぞ、曹操。何用でこの帝釈天が住まう善見城まで、その足を運んだ」

 

 

ただの問いかけ…しかし今の曹操には、どこか責められているような錯覚に陥る。だが……――。

 

 

「…決まっている。俺達の後ろ盾になってほしい」

 

「ほぉ?」

 

 

だが…彼はすでに、本音を隠すということに…その受け継がれた古代の為政者の血(・・・・・)は、彼に甘える時間を与えることなく、かつて(・・・)と同じように、破滅への道を歩ませようとする。

 

 

「俺は弱っちい人間様だからさ、後ろから刺されることが何よりも怖い」

 

「だから俺様の名を使わせろと?矛盾に気づいているか?俺様が後ろから刺さないとでも思っているのか?」

 

「矛盾こそが人の業だ。そしてこの俺は英雄となる男…貴方の在り方が、それを許さないだろう?」

 

 

それは“信頼”とは違う“利用”――何とこの青臭いガキは、この英雄達が崇める武神を利用させろと本人を前に、そう言い放ったのだ。

 

 

――だからこそ面白い――

 

 

「HAHAHA!!この俺様を利用するか!!曹操!!どこまでも業腹な奴め!いいZE?なってやんよ」

 

 

英雄とはどこまでも自分勝手な存在だ。その証拠に、どこかの馬鹿は己の誓いの為に、母親の頼みに首を縦にふらず、代わりに奪える異父兄弟達の首を取らず、その命を落としたように――。

 

 

「でもな曹操、お前は一つ勘違いをしている。ゆえに問おう、お前は己の何を持って、英雄と指す?どうやって、この帝釈天を愉しませようと?」

 

 

ニヤニヤと笑いながら、神は人を試そうとする。しかし言葉とは裏腹に、その心に映された情景は、つい最近見た、武神と名高い彼でさえも吐息を漏らした一つの死合い。すでに枯れた男を漢に戻した、あの施しの英雄の姿。

 

 

 

カルナを保護すると決めた時、帝釈天は一つ決めていたことがある。それは曹操とカルナを会わせないこと。

 

 

英雄とは、天に描かれた星辰のようなもの。そして大英雄と呼ばれる存在は、刹那に綺羅めく流れ星――その生涯を諸人に魅せ続け、その終わりを迎える際、彼等は新たな英雄を生み出す礎となる。己が蒼天を見せたこの少年に、カルナはあまりにも眩しすぎるのだ。

 

問わねばならない。もし今の曹操がカルナと出会えば、その影響は計り知れない。大英雄とはそういう存在だ。確かに施しの英雄とまで讃えられるカルナは良い影響を、この英雄の卵に与えるだろう。だが駄目だ、それでは駄目なのだ。

 

どれだけ尊い在り方を示そうと、どれだけ人に施そうと…それはただの真似(・・)にすぎないのだから。そのような者を、英雄とは断じて呼ばない。

 

ゆえに問わねばならない。英雄を目指す彼が、その先に、何を得ようとしているのかを…。

 

すると曹操は天井…いや、この場合は見えぬ空を指さし

 

 

「…あの蒼天に誓った。どこまでいけるのか、どこまで人という弱っちい身でできるのか…この身、この頭脳のみで、どこまであの蒼天に近づけるのかを、俺は試したい!試したいんだ!!」

 

 

次に手にした聖槍を、己を保護してくれた親の代わりとも言える帝釈天へと向け。

 

 

「あの蒼天に、貴方に誓った!!俺はいつか、貴方が認める…神々の王と称された、全ての英雄が崇める貴方が認める男になると!!帝釈天!俺は…俺達(・・)はいつか、神々への反逆を開始する!!歪められた人生、奪われ弄ばれ続けたこの刹那に等しい生を持って、人はこの瞬間、超常の存在へと牙を向けると誓おう!!」

 

 

それは若さに任せた、井の中の蛙に等しい、一人の若者の啖呵。だがそれでも大空の広さを知る彼は、知ってもなお目指すことを止めることなどせず、その身は人しか宿せぬ熱を孕んでいた。

 

 

つまり【何をし、何を利用してでも】という、あまりにも危険な熱を…。

 

 

だが帝釈天はそれを否定することなどせず、むしろ肯定する。

 

 

「…ハッ、いいぜ?それがお前の在り方か。どこまでも人間らしい、手前勝手な口上だNA」

 

 

戦いとは何も、英雄のように煌びやかな面だけではない。

 

血と狂気。泣き叫ぶ女子供を犯し、敗者を辱めることもまた、戦の本懐の一つ。つまり暗黒面も存在するのだ。ゆえに戦の全てを司る帝釈天が、それを否定することなど無い。

 

 

手首から先をプラプラと振り、出て行けという仕草をすると、曹操は黙って一礼を贈る。それが世話になったからか、はたまたこれから厄介をかけるというものかは定かではない。

 

出て行こうとする曹操の背中に、念を押すように帝釈天がもう一度声をかける。

 

 

「おい曹操、忘れんな?人として、俺様の前に来い。使えるモンなら何でも使え、それが仲間の命でもな。だがな、悪魔や人外の力に頼ってみろ。俺様に恥を掻かせたと、殺すだけじゃすまさねぇZE?」

 

「…あぁ、分かっているさ」

 

 

それが互いにとって、最後に交わした言葉だった。

 

閉じられた扉の先を見ることを止め、部屋で帝釈天は手を頭の後ろに組み、一人呟く。

 

 

「ったく、世話の焼けるガキばっかりで、嫌になるぜ…」

 

 

 

この数年後。曹操は失うことになった眼球の代わりに、“メデューサの眼”を移植することとなる。その後イッセー達に負け、帝釈天自らギリシャ神話のハーデスが治めるコキュートスに曹操を落とす時、彼がその様子をどのように感じ、その眼に何を映したかは、本人さえも分からない――。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

シヴァとアジュカとの会談、その数週間後。突如インド神話は鎖国に等しい状況を取り下げ、かつてのように悪魔でさえも好きに入れるようにした。

 

この知らせを受けた悪魔達は、「流石は魔王だ」と自分達の英雄を口々に讃え、その様子を面白く思わない者達は、それぞれが好き勝手な行動をとっていた。つまり悪魔(サイド)は、インド神話が何故あのような事をと疑問に思う事も、その解明もしようとはせず、いつも通りの日々を送っていた。

 

 

だが同じ冥界にある堕天使領。その堕天使達のトップ、総統アザゼルだけは違っていた。

 

 

「クソッ!サーゼクスの奴、相変わらず甘すぎる!!」

 

 

個人的な交友を持つアジュカからの知らせ。同じく表面上は敵対しているとはいえ、交友を持つサーゼクスはそこまで深刻に考えていないようだが…。

 

 

(いや、アイツが悪いワケじゃねぇことは分かってンだ。そもそも悪魔は今、それどころじゃないからな…)

 

 

聖書の陣営で、その数を最も減らしているのは悪魔だ。元々出生率が少ない上に、最近…と言っても数百年前ではあるが、前魔王の血筋が己達こそが魔王に相応しいと内乱を起こし、悪魔達は天才アジュカが発明した“悪魔の駒”で、何とか種としての保存を食い繋いでいる形だ。他勢力に関心を向けている場合じゃないのは分かっている。

 

 

(だが、その“悪魔の駒”でインド神話がこちらを排除したのもまた、一つの理由なんだろうな…こっち(堕天使)は関係無いってのによ)

 

 

“悪魔の駒”の特性の一つに、『他種族を悪魔に変える』というものがある。これを使い、悪魔達は次々と“神器”を宿す人間や、それぞれの勢力で力のある存在、例えば妖怪などを眷属へと変えていた。更にはその眷属達を用いた“レーティング・ゲーム”が人気を博しているのもまた、現政権が悪魔達に無理やりの眷属化を止めない理由となっているのだろう。

 

 

(でもそれだけじゃない、そもそも“レーティング・ゲーム”は各神話にファンを多く持つ競技だ。何せ、今時大規模な戦争なんざできないからな。特に英雄を好む北欧のジジィなんざは堪んねぇモンがあるだろうしな)

 

 

確かに各神話勢力は、互いに休戦状態にあると言えよう。しかし昔とはだいぶ違うのだ。それは自分と四大魔王達との関係が裏付けしている。

 

 

「…【あと数年】と、シヴァは言ったんだよな…?」

 

 

それが何を意味しているのか?その意味を、シヴァがその頭脳を欲しがった理由を、アザゼルはこの場で示す。

 

 

「たかだか数年じゃ、俺達のような人外は何もできねぇ。たかだか100年程度じゃ、俺達は月へ行く事もできねぇからな。…つまり人間…“神器”か…?」

 

 

“神器”所有者の覚醒。即ちシヴァや帝釈天のように、インド神話を元にした“神器”が発見されたのではと、アザゼルはあたりを付ける。

 

 

「…だったら最悪だぞオイ…()()()()()()()関連の“神器”なんざ、下手しなくても全て“神滅具”級じゃねぇか!?」

 

 

多数の武神を抱えていることで有名なインド神話。それ由来の宝具とも称される武器は、全てが神々に届きうる代物ばかりだ。特に弓矢関連などは、お前もう弓矢じゃねぇだろと言いたいものばかりである。

 

例えば以前、カルナが養父母に施した【ヴィジャヤ】。これは持ち主に勝利を呼び込み、その身に守護の加護を与えることで有名だ。他にもカルナが使った弓だけでも、【バルガヴァアストラ】は放つだけで敵対したパーンダヴァ軍を壊滅にまで追い込み、【ナーガアストラ】はあのシヴァをもってしても、破壊不能とされたアルジュナの冠を破壊することに成功している。

 

他にも超兵器【パーシュパタ】や【ガーンディーヴァ】など、上げればキリがない。しかも始末に負えないことは、この全てが下手をすれば、“神滅具”を軽く上回ることだ。だからアザゼルのような“神器”研究者達は、インド由来の“神器”が無いか血眼で探していたのだが…。

 

 

「いやいや、落ち着け俺…まだ見つかったってワケじゃねぇんだ。何とかシヴァやインドラと連絡を取りたい所だが…」

 

 

アジュカに対し、あのような答えを示したのだ。自分にも同じようなことを言わないだろうし、アジュカで相殺できないような攻撃を、遊び半分でされては身体が文字通り持たない。インドラ(帝釈天)はそもそもインド神話が開放されたにも関わらず、今もまだ沈黙を守ったままだ。それについ最近、アザゼルは自分の使者として、バラキエルを送り出したのだが…彼は傷だらけで帰って来た。それが答えなのだろう。

 

 

「どうする…バラキエルであれじゃあ、コカビエルでも駄目だな。それに最近、アイツは何か企んでいるみたいだし…」

 

 

ふと、一人の少年の顔が思い浮かぶ。

 

数年前、己の腹心シェムハザの下に、ある悪魔から少年を保護してほしいとの一報が入って来た。言われた先に向かうとそこには、ダークシルバーの髪を持つ幼い少年がいた。

 

調べて愕然とした。その身には悪魔の頂点ルシファーの血が流れており、更にはかつて自分達三大勢力の衰退を担った二天龍の一角、アルビオン=グィバーが宿った“神器”【白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)】を持っていたのだ。ゆえにアザゼルはこの言葉を彼に贈った。「お前こそが、過去未来、全てを合わせた中で、最強の白龍皇である」と。

 

その少年、ヴァーリであれば、帝釈天もその懐を開くやもと考えるが…。

 

 

「…いや駄目だな。アイツじゃ逆に、帝釈天にケンカ売って、こちらにエライ損害を与えそうだ…」

 

 

彼は自他共に認める戦闘狂だ。確か今も、ケガの治ったばかりのバラキエルに無茶を言って、戦っているところだと思い出していると…。

 

 

「アザゼル、終わったぞ。…何か悩み事か?」

 

 

扉が開き、中へ入って来たのは先程まで悩んでいたヴァーリ=ルシファーその人だ。子供らしくも無い、すでにその身は戦士のように洗練され、眼光鋭くアザゼルを捉えていた。

 

 

「おう、お疲れさん。良く分かったな、悩んでるってよ」

 

「ふっ、舐めてもらっては困る。お前ともう、何年の付き合いになると思っているんだ」

 

 

カツカツとブーツの音を立て、こちらに来て書類を無断で読むヴァーリを、アザゼルは咎めることなく、どこか遠くを眺めるような眼差しで見つめる。

 

 

(そうか…もう何年もたつのか)

 

 

あの時はまだ、己の腰くらいの身長しかなかったのに。今ではそう背丈も変わらずむしろ超えられそうだ。

 

 

「…早いもんだな、ガキの成長ってモンは」

 

「ん?何か言ったかアザゼル」

 

「いや何も」

 

 

ふむと喉を鳴らし、先程まで読んでいた書類を放り。

 

 

「バラキエルから聞いたぞ。最近須弥山辺りが何か、不穏な動きをしていると…おっと、彼を責めないでくれ、俺が無理に聞いたんだ」

 

「あのヤロォ…簡単に機密情報を流すなよ…ったく」

 

 

それでどうすると、暗に行かせろと告げてくるヴァーリにしばし考えたアザゼルの答えは――。

 

 

「…いや、駄目だ。すまないがアルビオン、出て来てくれ」

 

 

そうアザゼルが言うと、ヴァーリの背中が輝き、そこから現れたのはどこか、無機質めいた機械でできたかのような翼。するとその翼から、声が聞こえてき――。

 

 

『お前が私を呼ぶなど珍しいなアザゼル。それで、何用だ?』

 

「教えてくれアルビオン。確かインドラは、お前を欲しがってたんだよな?」

 

『…あぁ、何代か前の白龍皇は、その身を帝釈天に狙われたことがある。どうやらこのアルビオンの力を、彼の戦神は欲しているらしい』

 

「そうか…いや、すまないな。もう良いぞ、アルビオン」

 

 

会話を終え、再び輝きと共に背中の翼が消えアザゼルはヴァーリを見据える。それが何を意味しているか理解したヴァーリは、気に食わないという顔を隠すことなくアザゼルに食いかかる。

 

 

「…この俺が負けると言いたいのか」

 

「そうだ。今のお前じゃ、インドラには勝てん。万が一を考えろヴァーリ。お前を失うワケにいかん。それにお前、まだバラキエルにさえ勝った事ないだろ」

 

 

続けてアザゼルは告げる。そのバラキエルがボロボロになって帰って来た意味を考えろと。

 

 

「…最近は引き分けばかりだ。それに、もう俺は弱くない。過去と未来において、最強だと太鼓判を押してくれたのはお前だぞ、アザゼル」

 

「だから今は(・・)と言ったんだ。インドラよりも、()()()()()俺にお前はまだ勝てない。まずは彼我(ひが)の戦力を知れ、ヴァーリ」

 

 

そう言われてはグゥの音も出ない。確かに今のヴァーリは、すでに戦線から退き、研究がメインとなっているこの堕天使総督の足下にも及ばない。

 

 

「頼むよヴァーリ…俺は…お前を失いたくない。インドラの野郎は信用も、信頼もできない、何を考えているか分からん奴だ。そんな奴にとって、今のお前は恰好のエサだ」

 

 

グレート・レッド。つまり【真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)】すら超えた、【真なる白龍神皇】となる事を目標としている彼にとって、アザゼルの言葉は耐えがたいものがある。

 

 

「…ふぅ、分かったよアザゼル。だからそんな目で俺を見るな」

 

 

だがヴァーリはアザゼルの頼みを聞き入れた。その眼があまりにも心配そうに…息子を心配する父親のようにこちらを見ていたからだ。

 

ヴァーリは父親から虐待を受け続けていた身だ。だからアザゼルのその眼は彼にとってどこか、むず痒いような印象を与え、だからこそ、ヴァーリはこの場を引き下がった。

 

 

「悪いな、ヴァーリ。代わりにシェムハザに行ってもらう。アイツなら、そう無碍に扱われることもねぇだろうしよ」

 

「だがアザゼル、条件がある。俺のライバル、つまり赤龍帝を早く見つけてくれ」

 

 

二天龍――ドライグとアルビオンは互いに殺し合う宿命にあり、それは“神器”を宿した者達もまた同じ。どんな奴と戦うことになるのか、早く知りたいとこのバトルジャンキーはせっつく。

 

その様子がまるで、欲しいものを親にねだるよう子供のように感じたアザゼルは、軽くその頬を緩め。

 

 

「ったく、しょうがねぇ奴だな。まぁもう少し待ってろ。以前より、各段に“神器”を見つけやすくなる装置を、今開発中だ。遅くてもあと数年で、【赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)】を宿した奴は見つかるさ」

 

「ふっ、流石アザゼルだな。ならば俺は来るべき日の好敵手の為にも、更に強くなるとしよう」

 

 

踵を返し、再び鍛錬上へと赴くヴァーリが部屋を出た後、堕天使総督は一人ごちる。

 

 

「やれやれ、最近出来た“禍の団”にも目を光らせなきゃなんねぇってのに…お前は分かんねぇだろうなぁ、インドラ。ったく、ガキの世話ってのはいつになっても慣れねぇぜ」

 

 




意外とこの二人、似た者同士じゃね?と感じてもらえれば幸いです(パパの言う事聞きなさい!)

それとこの時期では、まだ禍の団のトップがオーフィスであると、誰も知りません
(決してオーフィスの事を忘れていたワケではアリマセンヨ?えぇ、アリマセントモ…(汗)

次回で原作次期を決めようかなと思います(もう1、2話閑話のようなものを挟むかもしれません)

その為、かなり投稿期間が空くとは思いますが、なるべく皆様の評価にお応えしたいと丁寧に書いていきたいので、決して失踪ではないことをここで書かせていただきます(多分長くて1か月くらいですね)

それでは次回もワインでも飲みつつ、聖書の陣営がどうなるか、愉悦と共にお楽しみください


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贖罪の施し

何回も書き直して消してを繰り返し、途中「あれ、何が書きたいんだっけ?てかカルナさん、こんな感じで良かったっけ?」となる事が幾度もありました(汗

これ以上はやりすぎると文の書き方や設定が崩壊すると思ったので投稿します


何回書き直したか教えたろか?――13回や

いやもうね、ホントにカルナさん話をさせるのムズカシイ…(汗

今回で原作時期が決まりますが、原作組は次回となります。

ほぼお話し回です(いつものことか)
それと所々、矛盾のように感じる箇所があるかもしれません。
ですが、つじつま合わせはちゃんとしていこうと思っているので、見逃してもらえると助かります(もしかしたらただ単に、作者が書き直し過ぎて違和感感じてるだけかもしれません)



世界は常に、その在り方を変えていく。

 

 

それは世界の片隅で、小さな蝶が羽ばたき、大陸で嵐が吹き荒れるように。科学における僅かな発見が、多大な進歩を促すように。赤龍帝の発見は、聖書の陣営を短い間に大きく変えていった。

 

堕天使コカビエルという名の世界から見れば小さな蝶の羽ばたきが、聖書の三大勢力の同盟という、各神話から見れば大きな旋風を巻き起こした。その中心には堕天使、そして悪魔であるリアス=グレモリーが見つけた今代の赤龍帝――スケベな事しか取り柄の無い、兵藤一誠という少年の存在が、大きく関わっている事は間違いないだろう。

その証拠に、彼は同盟の際起きた【禍の団】の襲撃と、後に生涯の宿敵となる男、魔王ルシファーの血を受け継ぐ最強の白龍皇となる事が約束されたヴァーリを追い返し、その後もおっぱいのおっぱいによるおっぱいの為の覚醒を繰り返し続け、ついには『北欧のトリックスター』悪神ロキを打ち倒すという偉業を成してしまった。彼はただのスケベな高校生から、冥界のヒーローへと転身していったのだ。

 

 

 

 

「最近のガキはすげぇのな。乳で神がやられるなんざ、恥以外の何モンでもねぇぜ」

 

 

紅葉に彩られた山道を、季節なんか知るかとばかりに辺りの景観をぶち壊しにして、いつものようにアロハシャツという、一目で「あ、その歳で発症しちゃったんですね、分かります」と言わんばかりの恰好で歩く帝釈天。

 

 

カルナを保護してあれからすでに4年の月日が流れていた。今いる場所は、以前帝釈天自身が結界を張り、悪魔などが入れないようにしたあの山だ。

 

 

 

「しっかしオーディンも良くキレねぇな、こんな身内の恥を記事にされたら、俺様だったらヴァジュラぶっ飛ばしてたぞ」

 

 

先程の内容を知っていた理由は簡単明快。冥界側が、須弥山や各神話に“おっぱいドラゴン”というヒーローが生まれた経緯を記事にし送っていたのだ。更にそこには、先日の同盟を祝い、是非生のレーティング・ゲームを見に来ないかと招待状と、最近あったレーティング・ゲームの映像記録が送られていた。

 

内容は赤龍帝と、己がかつて打ち滅ぼした邪龍ヴリトラの神器を宿した転生悪魔達の一戦。恐らくは、ヴリトラと関わりのある自分に、興味を引いてほしいとこの内容を選んだのだろうが…。

 

 

「アイツもクソだな。この俺様が殺してやったのに。……あんなガキに良いように使われやがって」

 

 

すでに彼はヴリトラに対し、何も思う事はなく、むしろ嫌悪感すら湧き上がらせていた。

 

【如何なる武器でも、乾いた物、湿った物でも傷つけることなど出来ず、昼も夜も殺せない】――だから帝釈天はかつて、明け方に泡を用いてヴリトラを殺害し、彼は“ヴリトラハン”の名を誇りにさえ思っていた。だが今はどうだ?

 

聖書の神にその誉れは穢され、更にかつてその名を轟かせた邪龍はあんな戦士ですら無い高校生(クソガキ)に良いように使われている。帝釈天はあのイッセーと匙の戦いを見たうえで、そう評価した。

確かに男と男の戦いではあった。だがすでにあの大英雄と初代の戦を見た彼では、ただの河原での殴り合いにしか見る事ができなかったのだ。更に言えば、その程度で命を削った愚かな行為に呆れた。

送られてきた映像には、手紙が添えられており、匙達シトリー眷属の背景が書かれていた。そこには彼等が、将来レーティング・ゲームの学校を建設し、そこで教師になろうと夢を追いかけていると書かれていたのだが…読んだ感想は『教師になるならガキの為に命を張れ。もしくは戦に出ろ、そして死ね』

 

戦神であるからこそ、彼は理解していた。

命とは張るべき時と、そうでない時があり、匙の行いは完全に後者であると。

 

 

「悪魔は数を増やしたいのか、ガキを殺したいのか分かんねぇなぁ…さて、どうすっかなコレ」

 

 

目的の場所へと歩きながら、ヒラヒラと招待状を仰ぐ帝釈天。まぁ、すでに答えは出ている。彼はこの招待状を受けると決めていた。だが、その過程を迷っていたのだ。

 

だからこうして、四年の年月を迎え、成長しきった大馬鹿野郎の息子の下へと向かっていた。

 

 

会うのはもう半年程ぶりだ。帝釈天はあの時の呟きの通り、カルナを放置し、好きにやらせていた。無論、山から出る事だけは止め、ちょこちょこ様子を見には来ていたが。

 

彼は冥界への御伴として、もう一つの案件と共に、カルナにこの話を持ち掛けようとしていたのだ。

 

山を進みきり、コテージの外でその姿が一瞥できた為、声をかける。

 

 

「――よう、元気にしてたか?」

 

「見ての通りだ。すでに冬を迎えようとしているこの時期に、そのような恰好をする者など、お前くらいしかいないだろうよ」

 

 

その手には木槍…ではなく、()を持って、カルナが帝釈天を己が耕した畑(・・・・・・)で出迎えた。

 

「いつからクシャトリヤは農家と読むようになったんだよ…」と帝釈天が呟くのも、この光景を見てしまっては無理も無い。だが今生において、カルナを拾った老夫婦は農家である。まだ彼等と共に過ごしていた頃、カルナは少しでも恩返しをと養父母の手伝いをし、彼にとって土いじりは慣れ親しんだものとなっていた。

 

 

「帝釈天だ。ったく、取りあえず家に上がらせろ――話がある」

 

 

 

 

 

 

 

「――お前がオレに手伝えだと?インドラ」

 

 

カルナが淹れたチャイを飲みながら、帝釈天はこの家を建てた時に自分で用意したソファーに座り一息つき、早速自分が今回来た理由を切り出した。

 

 

「あぁ。いい加減、閉じこもるのも飽きたろ?――仕事だ。俺様の名代として、日本…京都に行き、そこで妖怪共の話を聞いて来い」

 

 

もう一度初めから説明してやると言いながら、帝釈天は家主であるカルナに断りを入れるでもなく煙草に火を付け語り出す。

 

 

「この須弥山の隣、日本には日本神話だけでなく、妖怪の勢力もある。水虎(河童)や鬼なんかだな。そこから会談の誘いを受けた。どうせ、最近の俺様への御機嫌伺いだろうが…一つ、気に食わないことがある。奴等その時期に、聖書の陣営とも何やら話があるらしい」

 

 

揺らめく煙を特に気にするようでもなく、カルナは頷く。

 

 

「了解した。オレはその場に行き、お前の代わりにその妖怪共の真意を問えば良いのだな?」

 

「そうだ。『貧者の慧眼』を持つお前なら、相手の虚偽を簡単に見抜けるだろう?」

 

 

この世界では、カルナはスキルのようなものを持っておらず、これもただの特技のようなものだ。だが帝釈天はあえて、この特技に名を付けた。

 

どんなおべっか(・・・・)も、当たり障りの無い言葉では、この男の心を動かすことなど出来ない――そう分かりやすくする為に。

 

 

「今回は取りあえず、俺様が話しを聞く価値があるか見定めてくれ。お前の価値観で良い」

 

「心得た。だがインドラ、その価値がなかったらどうすればいい」

 

「好きにしろ。滅ぼすも見逃すもテメェに任せるぜ」

 

 

まるでこの会談が、失敗でもすれば面白いだろうにと言わんばかりに帝釈天は、歯を剥き出しにしながら笑う。

 

実際彼は最初、カルナではなく斉天大聖こと初代に自分の代わりをさせる予定だった。しかしこちらの方が何かと面白い事が起こりそうだと急遽考えを改めた。だが彼は戦神であり、天候を司る神でもある。戦うことこそ生き甲斐にして、その考えは天気のように移ろいやすい。そしてこのような事を平然と言う所が、研究者気質でまっ先に三大勢力の同盟を訴えたアザゼルが信用ならないと疑いをかける理由でもある。

 

 

(それに、観光でもすれば、この無欲な馬鹿も、愉悦の一つでも知るだろうしな)

 

 

あの初代との戦いの後、西遊記を面白そうに読んでいたカルナを見て、帝釈天は彼に様々な本を与え読ませた。だがカルナの感想は幼子に与えるような内容から、その筋の学者でしか読まないようなものでも一律して「面白い」としか言わなかったのだ。

ただこれは本人曰く、「本とは素晴らしいものだな。後世の人々が明日を目指し、ひたすらに歩み続けた足跡を感じさせてくれる」とのことで、それをつまらないと思うことなどあり得ないらしい。つまり楽しいとかではなく、古代を生きた者としての義務として、カルナは本を読んでいたのだ。

 

 

 

「文句を言ってくるなら結構。武器を手に取った瞬間が、ケンカの始まりだ。俺様は派手な祭りが好きだからよ、そん時は日本神話やシヴァ共を巻き込んで、楽しい殺し合いと行こうや」

 

「業が深いな、インドラよ。神々は戦を所望か」

 

 

カルナの言葉にニヤリと笑い、それはお前もだろう?と、暗に告げる。

カルナもまた軽く自嘲するような笑みを浮かべ、鎧と共に、生まれた時から身に纏わりつく黒衣へと目をやる。

 

 

「この身は穢れに犯されている。お前の言う通り、オレは戦うことしか出来ず、敵の屍を野に晒すことしか出来ぬ男だ」

 

 

だが――

 

 

「その言葉を待っていた。今のオレはお前に世話になる身であり、食客に等しい。与えられた恩を返さぬは、クシャトリヤにあらず。良いだろう、オレはお前の槍となり、あらゆる障害、あらゆる敵を、かつて授かりしお前の槍に誓い、討ち滅ぼしてみせよう」

 

 

宣誓するように告げるカルナ。先程の鍬を握っていた時の雰囲気は霧散し、英雄として、クシャトリヤとしての姿がそこにあった。

 

 

「そこまで堅苦しくなってんじゃねぇよ。言ったろ?好きにしろとな」

 

 

ではそうしようと、カルナは再びチャイを口にし、鋭い眼光は穏やかな色を讃え、窓の外に広がる景色を見ていた。

成長期を終えた身体はかつてのように、かなりの長身となった。武人らしく、座った状態でも背筋は伸び、まるで1本の芯が通っているようだ。身体の線は相変わらず、女性のように細いが油断は出来ない。かつてカルナは今程の肉体で、あのアルジュナでしか引けなかった剛弓の弦を引き絞ったのだから。

 

帝釈天も煙草を咥え、静かな時間が過ぎていく。

 

するとふと、帝釈天は思い付きのまま呟きを漏らす。

 

 

「そういえばお前、結局俺様の事“帝釈天”と呼ばなかったな」

 

 

この4年間、カルナはただの一度も彼を“帝釈天”とは呼ばず、すでに捨てた名である“インドラ”と呼び続けた。

 

それに対しカルナもまた、気にする風でもないように言葉を返す。

 

 

「当然だ。お前が名を改め、どれほどの年月が流れ、その在り方が変わろうと――オレにとってお前が、あの男の父(・・・・・)であることに変わりない」

 

 

 

 

 

―――ポトリと、咥えていた煙草が敷いていたカーペットに落ち、焦げ跡と共に、何かが焼ける匂いが部屋に漂う。その変化が、帝釈天にカルナと会ったあの日の記憶を呼び覚まし、彼が口にした言葉が鮮明に、脳裏に思い浮かぶ。

 

 

【あぁ、確かにこの俺とて色々聞きたいことがある。だがお前がそれを悩むなら、俺は何も聞かない。お前が語る勇気を持った際、改めて聞かせてもらおう】――つまりカルナは、あの時自らが口にした言葉を頑なに守り、貫き通していたのだ。

 

 

自分は一体、この4年間何をしていたのだろうか?ただ逃げていただけではないのか?

つまり…それはつまり、もうアルジュナがこの世界のどこにもいない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ということに――。

 

 

(…あぁそうか…俺はただ、今だにそれを認めることが、怖かっただけか……)

 

 

急にストンと、何かが心の中に落ちた気がした。

そこで自分は、先程まで煙草を吸っていたのだと思い出し、下に落ちていた煙草を拾い上げるも、すでに火は消えている。それを暫し見つめ、口を僅かに開き、閉じるを幾度か繰り返した後、クシャリと手の中で握り潰し、帝釈天はあの日から一度も口にしなかった…今、数千年の時を経てようやく今、かつての好敵手の子から施され、認める事ができた真実を口にする。

 

 

「あいつは…アルジュナは、もういない……もう…いない(・・・)んだ」

 

 

帝釈天――インドラの子として、マハーバーラタに刻まれた、“施しの英雄”カルナと対を成す存在、“授かりの英雄”アルジュナ。その生涯は誰よりも素晴らしいもので…誰よりも残酷だった。

 

 

誰もが彼に期待を寄せ、どれほどの難行を乗り越えようと、出来て当然という態度を取り、師や兄弟、友ですら、そのように彼を扱い…次第に彼の心は摩耗していった

 

 

【止めろ…そんな目で、私を見るな。そんな期待を、()などにするな――ッ!!】

 

 

そう叫びたかった。が、彼はそれを表に出すことなどせず、常に微笑みを浮かべ、期待に応え続けた。

 

 

【素晴らしき家に生まれ、神々の王という、これ以上ない父を持つことができた。ならば誰よりも素晴らしきものを授かり続けた己は、その素晴らしき在り方を、人々に見せなければならない】――そう己を叱咤し、彼は母親であるクンティーや己の妻たちでさえ見抜けぬ“笑顔の仮面”を被り続けた。

 

 

そんな彼が唯一、ある意味本音を晒すことができたのがカルナだ。

 

【貧者の慧眼】は正しくアルジュナの心を暴き、彼等はドローナの下で修業を重ねる中で、互いに唯一比肩する宿敵となる。

 

 

あの男が右に行こうものなら己は左へ。カルナがカウラヴァに着くのなら、己はパーンタヴァ側へ。カルナが救おうとするのであれば、己はその全てを滅ぼす側へ――。

 

だが…その関係性も、クルクシェートラの戦いで破綻することとなる。

 

 

神々の介入は、勝者となるはずだったカルナに敗北を与え。敗者となり、骸を晒すはずだったアルジュナに勝利を与えた。彼はその生涯の宿敵との戦いにさえ、勝利を授けられて(・・・・・)しまった。

それだけではない、カルナに勝利した後、アルジュナを待っていたのは数々の真実。

 

カルナが実は、本来であればパーンタヴァの長兄となる男であったこと、つまりカルナとアルジュナは、異父兄弟であったこと。更にカルナにかけられていた様々な呪い。母クンティーと交わした約束。そして――…誰よりも尊敬し、この勝利を捧げる予定であった父、戦神インドラの姑息な罠…。

 

全力を出して打倒した相手は、あの戦いが始まる前にはすでに屍同然だった。素晴らしきこの勝利は、ただ与えられたものだと知り、彼は父がいるであろう、天に向かい吼えた。

 

 

【インドラよ!!我が父よ!!俺は…ッ、このような勝ち方など、したくなかったッ!!】

 

 

 

「――…結局、それが最後だ…それを最後に、アイツは俺に語り掛けることも、俺からの声を聞く事も止めた。…そうだよな、ガキの喧嘩に親が出た(・・・・・・・・・・)んだ…しかもあらゆる可能性を潰して、絶対に勝てるよう仕向けたんだ…これをアイツに対する侮辱以外の何と言えば良い?」

 

 

まるで泣いているような笑みを口元に浮かべ、帝釈天はこの時ようやくカルナの方を見る。その気配を察したのか、カルナも閉じていた目を静かに開けるのを見て、再び帝釈天は口を開く。

 

 

「お前を保護したのは罪滅ぼしみたいなモンだ。お前を無事、スーリヤの下へ返す(・・)。…俺はまた、手前勝手な理由でお前を両親の下から奪ったんだな」

 

 

笑っていいぞと帝釈天は力無く笑うが――【罪滅ぼし】。その言葉を聞いて、ついにカルナの無表情が崩れ、信じられないと顔に出る。

 

今までカルナはこの神々の王が、あの時のことにここまで心を割いていたと思わなかったのだ。

 

 

「…それは罪ではない、あれは…」

 

「ウルセェ、黙れ。お前が是と言おうがアルジュナは否と答えた。それが俺にとっての全てだ。だからカルナ…俺に罪滅ぼしの機会を施せ(・・)

 

 

 

 

 

――施せと…この偉大な神々の王はそう言ったのか…?

 

 

罪などこの男には無い。あのインドラ自らの行いは、素晴らしい父性の表れであった。だがこの男はあの時の行いを恥じ、再びこの何も持たぬ己に施しを求めて来たと思い…そこで考える事を敢えて止めた。

 

もとより世話になった恩を返す為に、この男に言われるがまま槍を振るい、父の槍に相応しき者とあいまみえんと決めていたのだ。その罪滅ぼしが、今回のように己に戦場を用意してくれると言うのなら是非も無し。

 

 

「分かった。それでお前が満足するというのであれば、オレはお前から授かった槍を手に取るだけだ」

 

「自己満足だってのは分かってんだ。だが…感謝する」

 

「そのようなものは必要ない。…オレはこれから、お前を帝釈天と呼び改めたほうが良いのだろうか?」

 

 

もとはと言えば、この話の始まりはこの神々の王の呼び方だったなと、カルナはどうすればいいと彼に訊ねる。

 

 

「いや…インドラ(・・・・)だ。お前はそのままで良い」

 

 

帝釈天としてではなく、インドラとして――この男と、己の犯した罪と向き合うにはその名の方が良いと彼は思い、カルナにそう呼ぶように告げる。

 

 

 

数日後、カルナは4年間過ごしたこの山を去る事になる。

 

向かう先はこの須弥山の隣、海を挟んだ国――“日本”。

 

 

そこで彼は、小さな蝶の羽ばたきとは比べものになるはずもない、その存在を示すこととなる。

 




カルナさん「農家を舐めるな、お米食べろ」鍬&麦わら帽


カルナさんはマハーバーラタの内容をある程度、養父母から聞かされています。
それでも帝釈天に聞いた理由は、やはりあの当時を知る者、何よりアルジュナの父親である彼の口から聞きたかったからです。(多分この辺が読まれた時、あれ?となりそうな所だったので、この場を借りて説明しておきます)


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英雄の来日―1

教えてくれ、私はあと何度書き直せばいいんだ!?
今まで一話区切りでお送りしていましたが、いざ数話続くともう書き直しの連発よ!!(ボスケテ…)


それと前回、原作組が出ると約束したな?あれは嘘だ

これは所謂、コラテラルダメージというものに過ぎない。カルナさんの尊さを布教する為の、致し方無い犠牲だ。
(スミマセン文字数がエライ事になりそうだったんです…(汗)



4年過ごした山を離れ数日後。カルナと帝釈天は一度、須弥山に寄り用事を済ませ、とある場所へと来ていた。

そこは長く平坦な道が続いており――端的に言えば滑走路だ。

 

ここは須弥山が民間会社に扮して所有している空港だ。聖書の悪魔と同じく、各神話もいざ人界に関わる際、お金が必要なことに変わりないらしい。

 

 

「本当にこんな鉄の塊が空を飛ぶのか?インドラ」

 

「ま、案ずるより産むが易しだ。それにこの空港にある旅客機には、俺様の他に天部の加護もある。何よりたとえ雷が落ちようが墜落しようが、お前死なねぇだろ」

 

 

それもそうかと目の前の飛行機に向かい、歩くカルナの恰好はいつもの鎧姿ではなく、誰がどう見ても最高級と一目で分かるダークスーツに袖を通し、その肩には深紅のコートが羽織られていた。更には自らの名の由来となった、父スーリヤより授かりし耳飾りの他に、左耳には虹色に光り輝くカフスが付けられている。

これはかつて、ヴァジュラを製作した工巧神トヴァシュトリが、スラー酒に酔っ払い製作したものだ。その効果は『身に纏うものを見た目上消し、衣擦れの音も消す』という、今まで使い所の無いものだったが何となく持っていて良かったと、この時帝釈天は初めて思った。

 

このスーツも帝釈天が彼に与えたものだ。

『使者として赴くのなら、それなりの身なりでなければならない』――これにはかつて、ドゥルヨーダナの下で将として、彼の傍にいたカルナも理解を示し、同時に自分の存在を隠したいという帝釈天の意図も察し、カフスも必要であるとありがたく受け取った。

 

これらを取りに彼等は一度須弥山に足を運んだのだが、カルナはその時、須弥山には入山していない。

と言うのも【施しの英雄】――カルナと須弥山のトップに立つ帝釈天(インドラ)の逸話はあまりにも有名であり、それは須弥山でもまた同じ。

何らかの勘違いを下の者が起こすやもと帝釈天は考え、ついでに言えば彼はカルナを須弥山に所属させる気など更々無く、今回の件も将来カルナの存在を公表した際の、下ごしらえ程度にしか考えていない。

 

 

その為カルナは今回、一人(・・)で日本に向かう事となった。

 

どうやら帝釈天にとって、会談の成功云々よりも、カルナが伸び伸び観光を楽しめるかどうかの方が大切らしい(まぁ、本人がそのことを口にすることはまずあり得ないが)

 

 

「だがインドラ、何故このような手段を?オレ自身が飛んだ方が、遥かに速く目的の日本とやらに着くだろうに」

 

 

とある世界において、空間移動に等しい速度に追いついていたカルナの飛行能力。その速さは目の前にある、小型旅客機などとは比べものにならない。

 

 

「今時の人間は、空なんか飛べねぇんだよ。見つかってもまぁ、どうせ見間違いなんかで済まされるだろうが、面倒はなるべく避けたい。何よりこれは、お前が言う所の後世の人間たちが明日を目指して歩んだ証だ。なら使ってやれ」

 

 

確かにそうだとカルナは思った。

生まれた時に感じたように、今と己がかつて駆けまわった時代とでは、人の思想や在り方さえも違うのだと。

 

 

「空を飛ぶ乗り物などあの当時、神々が所有していた“ヴィマーナ”くらいしかなかったが…人は神々しか成し得ぬ偉業にまで、その手を伸ばしたのだな」

 

 

「ありがたく使わせてもらう」と呟き、搭乗する為の手摺りにカルナは手をかけながら再度、自分を見上げてくる帝釈天(インドラ)へと振り向きながら一言。

 

 

「では行って来る」

 

 

 

「…おう、行って来い」

 

 

 

 

 

 

カルナが一人、乗客として乗る飛行機の中で、今回キャビンアテンダントとしての仕事に励む彼女は今、激しい胃の痛みに襲われていた。

 

前日彼女は上司に突如呼ばれ、そこで言われたのがこの一言。『今回乗る客に何かあれば、文字通り私達の首が飛ぶ』

初めはどうせ、いつもの冗談だろうと同僚と笑っていたのだが…それも先程の、自らが所属する須弥山の頂点に立つ男の姿を見て、瓦解した。

 

【帝釈天】――天帝とも名高く、その名の通り、数多くの仏神が彼に付き従う様はまさに、神々の王と言える。

そんな彼と、頬杖をつきながら窓辺に静かに座り、外を眺めているこの男は、タメ口(・・・)で話していたのだ。しかもその呼び名は、この須弥山では誰も呼ぶ事を許されていない、かつて捨てた名であるインドラ(・・・・)。それだけで、この何の身分や名すら聞かされていない謎の客が、とんでもない存在だと彼女は理解した。

 

 

(もうヤダァ…お家帰りたいよぉ…!!)

 

 

そうは心の中で思いつつ、顔には客に嫌な思いをさせるワケにはゆかぬと笑みを浮かべている。

この飛行機は普段人間が使うものだが、時折仏などが下界たる人間界に降りる際、使うこともあり、彼女はそんな修羅場を何度もくぐり抜けているのだ。

 

そうだ、私なら出来る。どうせあと3時間程度のフライトだ。なら私なら何の問題もないと、何の理由もない自信に身を委ね、彼女は客室サービスのプロとして、安定飛行に入った機体の中、彼に話しかけに行く。

 

 

「お客様。この度は当旅客機をご利用いただき、ありがとうございます。お手数ですが、手荷物などはございます…か?」

 

 

近づき改めその男の顔を見て、彼女は一瞬言葉を失った。

 

その肌と髪の毛は、まるで全ての色が抜け落ちたかのように真っ白で、目元を彩る朱色が鮮やかにその存在感を放っている。それとは対比的に見える瞳の色は、どこまでも涼やかな水色を讃えていた。今はコートを脱ぎ、その中に隠されていたスーツを着込んだ身体の線は、男性とは思えぬ程に細い。何より100人中、100人が美形だと断言できる顔の作り……はっきり言おう。

 

 

(ヤダ何この人!?滅茶苦茶タイプなんですけどッ!?)

 

 

彼女は即堕ち二コマのような速さで彼に一目惚れし、すでに胃の痛みなどとうに忘れ、その頭の中はどうやって彼を食事に誘おうかという思考に変わるという、お前本当に仮にも仏に仕える神職してんのかとツッコミどころ満載のものになっていた。

 

 

「預ける荷物など無い。持っている物もこれだけなのだが…」

 

 

荷物の有無を確認されたカルナだが、彼の言う通り、その手には普段持ち歩いている父の木槍も無い。これはこの世界でよくある異空間に収納している為であり、帝釈天が「あの国は何かと煩いから」と、カルナに教えていたのだ。

そんな彼が胸元から出したのは、スーツ姿に似合わぬボロボロの麻袋。そこから取り出された物も、ボロく今にも壊れそうな煙管(・・)だった。

これは初代から預かったあの煙管であり、カルナはあれからただの一度も、それを入れたこの麻袋を手放していない。

 

 

見せ終わり、彼女が何も言って来なかった為、カルナは大事に戻しながら彼女に話しかける。

 

 

「これでいいか?それと、先程の言葉は間違いがある。オレはただ、インドラに言われるがままに、この飛行機とやらに乗った。ならその発言はあの男にこそ、くれてやるものだろう」

 

 

普段であれば同じ須弥山所属として、初代がこの飛行機を好奇心から何度か利用し、その時出会った事もある彼女は、その煙管本来の持ち主に気づき問いただしていただろう……が、今はそれどころではないらしく…。

 

 

(キャー!すっごい良い声!しかも何!?すごい謙虚なんですケドこの人!?)

 

 

一目惚れがベタ惚れに変わった瞬間だった。

 

嗚呼、だが…悲しいかな。彼女はその男(カルナ)のことを何一つ知らない。

 

 

「ところで、オレと話をする暇があるなら、もっとマシな事に時間を割くべきだ。どうやら貴女はオレと何か、語り明かしたいようだが…あいにくと、オレは話すことなど何もない。墜落などという事故が起こらぬよう、職務に戻るべきだと、オレは思うのだが」

 

 

それは彼女達、この旅客機の運行に関わる者達を心配しての発言ではあるが…その言葉を彼女が聞いた瞬間。ピシリと何故か、カルナには何かが罅割れるような音が聴こえた気がした。

 

しばし時が止まったかのように、身じろぎ一つしなかった彼女は一言、「ごゆっくりどうぞ」という言葉と共に、急ぎ足で控室へと戻っていき、その後は別の男性乗客員が相手をすることになったのだとか。

 

 

 

 

その三時間後。カルナは大阪にある伊丹空港から、事前に帝釈天から伝えられていたリムジンバスに何とか乗り、ついに京都へと降り立っていた。

そこでカルナを待っていたのは、その珍しい見た目に目を引かれた人々の好奇の視線。

 

まずはその肌と髪に目を奪われ、次には彼が着るスーツの感想が飛び交い、女性達が彼の顔を見て、情を込めた視線を送る。

武人としての足運びは今の時代、誰もが見惚れる美しい姿勢を生み出し。その英雄としての気質が、カルナに目をやりながらも誰一人近づかないという、奇妙な空間を作り出していた。だがカルナはそんな自らに送られる視線を気にすることもなく、辺りを見渡しながら様々な感情を思い浮かべ、ポツリと呟く。

 

 

「…分かってはいたが、本当にオレが知る、かつての世界(インド)とは違うのだな」

 

 

これはそれぞれの神話世界に共通するのだが、各神話体系が創り出し、各々が統治していたものの一つが古代インドだ。ゆえに以前のカルナにとって、世界とは即ちインドであり、転生した今生でもしばらくはそのように考えていた。

だがその考えは、養父母によって訂正された。世界とはこの広大な地球を差す言葉であり、その中でインドは今や、星と比べて小さな国に過ぎないと。

カルナはその教えを聞いた当時、かなり驚いた。己がかつて駆け回り、友にして主君ドゥルヨーダナのために捧げ、制した世界(・・)と考えていた存在(もの)が、まさか一部にしか過ぎなかったのかと。

だが同時に歓喜もあった。己が駆けた世界はまだまだ果て無く広がり、ならば我が父より授かりし木槍を振るうに相応しい戦士も必ずやいるのだろうと、期待が更に膨らんだ。

 

 

そんなカルナに視線を送りながらも彼等――つまり日本人はその足を止めることなく行き交う。カルナにはその様子が、まるで何かに追われるようにも見て取れた。だが以前、帝釈天はカルナに一言、「あの国はインドと違い、常に急いで何かを成そうとしているから気にすんな」と言われた事を彼は思い出し、それもまた有りかと心の中で一人納得しつつ空港を出て、帝釈天から渡されたメモ用紙を広げながら今回の会談が行われる場所へ赴こうとするのだが…。

 

 

「मैं माफी चाहता हूँ ऐसे लोग मैं यहाँ जाना चाहता हूँ?(すまないが、そこの方。ここにはどう行けばいい?)」

 

「あ、その…あ、アイアムドントスピークイングリッシュ!」

 

 

島国に住む日本人にとって、外国語…それもヒンドゥー語はかなりの難門だったらしく、カルナが言葉を発しただけで、彼等は子グモのように彼の周りから離れる。

 

今生に転生し、初めてカルナを持ってしても倒せぬ強敵が現れた。それは“言葉の壁”である。

 

だが…実はこのカルナさん。神性持ちの特権として、悪魔などと同じように言語の壁など本来無いに等しい。

だがそこは今の世界情勢も考えず、うっかり息子を転生させた太陽神スーリヤの子。彼はうっかり、養父母の下に居た頃の名残り(・・・)としてヒンドゥー語を連発し、次第にこのままでは時間に間に合わないのではと焦り出していた。

 

 

 

 

 

「うひゃー、偶にはイベントの為に外に出てみるもんスねぇ~。白すぎる外人さん?まぁ、ボクも人のことあまり言えた口じゃないスけどね~」

 

 

そんな彼に、近づく小さな影が一つあった。

 

人が大勢集まる京都駅近くのこの場所で、人の目線など、どうでもいいと言いたげに手入れもされていない伸び放題の髪。それに着古したTシャツとカーディガン、窮屈そうなジーンズと、オシャレとは無縁の恰好をした少女は呟きながら、カルナに許可を得るでも無く、カシャカシャと手に持ったケータイで連写しまくる。

 

 

「ふぅ、これでネットに上げる面白画像が手に入ったッス!タイトルは『マフィアな白粉(おしろい)星人』!これは流行るッス!」

 

 

突然の出来事に、目を白黒させるカルナを放置したまま、その少女はコホンと軽い咳払いをし。

 

 

「あ~、まぁ面白いモン撮らしてくれたお礼ですけど…Can you speak English?」

 

「――?यह कहते हैं कहां?(それはどこの言葉だ?)」

 

 

流暢な英語で話しかける少女だが、カルナは変わらずヒンドゥー語で聞き返した。

カルナは英語は理解している(・・・・・・・・・)。だがそれは何を意味するのか?どこの言葉なのかは分からず、そのまま返してしまったのだ。

 

 

「あちゃー、お手上げッス。てかアンタ、日本に来て日本語喋れないんスか?」

 

 

オーバーなリアクションで諦めの仕草を見せる少女。すると…――。

 

 

「いや、喋れるが?」

 

 

いきなり先程のヒンドゥー語から、当たり前のように日本語を喋り出したカルナを前に、少女は思わずズッコケる。

 

 

「ちょっ!?だったらソッチでいけば良いじゃないスか!?何でインドかどこか分からない言葉で聞いて回ってたんスか!?」

 

「そうか、初めからこちらの言葉で声をかければ良かったのだな。気づかせてくれて感謝する」

 

 

頭を下げて感謝の意を示すカルナに、少女も怒るに怒れないといった顔を見せ。

 

 

「う~…まぁ良いッス。これも何かの縁だろうし…それで?どこに行きたいんッスか?」

 

「あぁ、ようやく聞く事が出来る。ここなのだが…」

 

 

カルナがメモ用紙を見せると、その少女は普段からずり落ちそうな眼鏡を掛け直し、フムフムとしばらく頷くと。

 

 

「あぁ!ここッスね!ここはこう、ブワァーと行って次の信号をズキュゥゥウン!って感じで、そこからメメタァ!って先にある交番に聞けば分かるッスよ」

 

「成程、感謝する。取りあえずお前が行き方を知らないことだけは理解した」

 

「いやいや!それのどこに感謝の要素があるのかナゾッスよ!?」

 

「―?何故だ。交番とやらに行けば、分かると提示してくれた。他の者がオレを何故か怖がり近づかぬ中、オレにこうして日本語で喋ればいいと教えてくれたことにも、改めて感謝したい。ありがとう」

 

 

あれ、この人見た目に寄らず、かなり天然なのでは?と少女は呆れたように溜息を吐き。

 

 

「まぁ、問題が解決したようで何よりッス。じゃ」

 

 

手をヒラヒラとさせながら、カルナの方を見向きもせず、その少女は踵を返していく。カルナは咄嗟に恩を返そうと、せめて名前だけでも教えてほしいと手を伸ばそうとするが――彼の背後から、こちらを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「す、すみません!須弥山からの使者様ですね!?本当に申し訳ありませんでした!こちらの不手際で、駅構内でお迎えするはずが…」

 

 

カルナがその声に反応し、振り返ると人間の女性に化けた妖狐がペコペコ頭を下げていた。カルナもこの狐が、京都からの使者なのだろうかと確認しつつ、返事を返す。

 

 

「いや、気にしなくていい。こちらも今着いた所だ」

 

 

向こうがこちらの言葉にホッとしているのを見届け、再びカルナは先程の少女の姿を探そうとするのだが、すでに影も形も無く、彼女は立ち去っていた。

 

 

(そうか…名を聞きたかったのだが、致し方無い…か)

 

 

礼の一つも出来ず、残念に思うカルナだが――その直後、先程彼女が言った言葉を思い出す。

 

 

そうだ、あの少女が先程言っていたではないか。『これも何かの縁』だと。ならばその縁を信じ、もう一度会えた時にこそ、名を聞かせてもらおう――そう心に決めて。

 

 

「ではこちらへ」

 

「あぁ、よろしく頼む」

 

 

京都側の使者に連れられ、駅を後にするカルナ。

 

()しくもと言うべきか、それらの出来事は、赤龍帝と呼ばれるドラゴンをその身に宿し、数奇な運命によりその“神器”を覚醒させ、悪魔となったとある高校生とその仲間達が、修学旅行として京都に来る数時間前のことであった――。

 




カルナさんの恰好は、某概念礼装の際のあの恰好です。

大阪から京都に来れた理由は、たまたまそこにいたヨガを極め過ぎて宙を飛んだり口から火を吹く謎のインド人が丁寧に教えてくれたからだとか(いったいどこのヨガフレイムなんだ…)

それと途中、カルナさんに話しかけた女の子についての質問は一切お答えできませんので、あしからず


※次回更新はまた1か月後くらいになりそうです


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英雄の来日―2

一応形になったので投稿します

一体いつになったら原作組や英雄派(笑)を出せるんだ!?


それと今回完全なオリキャラとの絡みしかありません
いつも以上に「この回必要か?」と思われるかもそれませんが、しっかりと作り込む上での致し方無い古くから続く因縁の犠牲の犠牲になったとでも思ってもらえれば助かります(オレのオレオれオレオレお!!)


独特の文化を築き上げ、古より日本の中心地として栄え続けたここ京都。それはこの都の防人たらんとする者達が、陰陽師から妖怪に変化しようと変わりない。

 

 

「この国は色彩豊かなのだな。オレが父と母に育てられた山も、冬が近づくと、木々はその厳しさに備え葉を落としていた。だがまさか、それを慈しむ文化が存在するとは思いもよらなかった」

 

 

静かに過ぎ行く悠久の時。その断片を感じさせるこの場所で、カルナは思ったままの感想を、後ろを着いて来る京妖怪側からの使者に言葉にして伝える。

 

 

「それはよろしゅうございました。天帝様にも是非一度、今度は直接来ていただきたいとお伝えください」

 

 

その妖狐。名を弥々というのだが、男ならば誰もが見惚れる笑みを浮かべ、口元を着物の袖で隠す仕草はまさに、嫋やかな京美人と言った様子が似合っている。だがその心中は、言葉とは裏腹に、完全に真逆を唱えていた。

 

 

(何なんだこの人間(・・)は…確かにこちらにとって、今の状況は都合が良いが…)

 

 

先程、弥々は京都駅にて遅れた謝罪として、カルナに頭を下げた。だが神仏だろうと気配を探れば何だ、ただの人間(・・・・・)ではないか。

 

 

“トヴァシュトリ神”――彼が酔っ払ったまま適当に作り、まだインドラであった帝釈天にかつて押し付けた、カルナが今付けているこのカフス。これの効果は『身に着けた物を見た目上消し、衣擦れの音も消す』というものなのだが…その本質はまったく違う。

 

このインド神話最高と名高い工巧神が創り出した宝具本来の効果は、『身に纏う全てを隠す』というものだ。それはつまり、普段から特に隠す理由も無いとカルナが周囲に流している莫大な神格ですら、人外に悟らせぬという破格の性能を誇り、それ故に弥々はカルナの事を、『何らかの“神器”を宿した人間』としか受け止めなかった。

何よりも帝釈天はかつて、“神器”を集めていたことでも有名であり、それらの事前情報、今の世界情勢が、彼女をそのように勘違いさせた。

 

しかし……気に食わない。

 

 

「―?すまないが、あの店頭に並んだ野菜達は何だ?乾燥させ、日持ちを良くさせようとしているのだろうと思ったが、それにしては水分が多いようにも見える」

 

 

この使者は、使者でありながら今回の会談について、一切問いを投げかけて来ず、先程からその美貌を惜しげも無く晒し、この京都に来た理由をまるで、観光しに来ただけかのように見て回っていた。

 

いや、一度だけ。駅から街へと降りる際、車内で本来今日行われる予定だった会談を行えぬと告げた際、僅かに反応を示し、こちらに言って来た言葉がこれだ。

 

 

【いや、それならば問題無い。もとよりあの男からは、観光を楽しめと言われたのでな。お前達が受け継いで来たその意志を、オレは見定めさせてもらおう】

 

 

気に食わない、ふざけるな。

弥々達の御大将、九尾の八坂は今この京都にはいない。彼女は突如出現した、霧の中へとその姿を消していた。そのような理由もまた、弥々がカルナがこちらを見ていないからと、眉間の皺を隠そうともせず睨みつけている理由だろう。

それ以外にも、今回行われる二つの勢力――つまり須弥山と聖書の陣営それぞれとの話し合いは、彼女達にとって、大切な意味合いを含んでいた。

 

それは最近日本に好意的に歩みを近づけて来る聖書の陣営の見定め。それとこの20年近く、不気味な程に静観を決め込んでいる須弥山。及び、そんな彼等と同盟を組んでいるのでは?と噂に上がる、インド神話との関係性。

 

 

何よりコイツは何様なのだ?楽しめと言われたから会談など、どうでもいいと?我等が守り続けて来たこの京都が今、大変な事になり、それをこうも必死に悟られまいとしている最中(さなか)、それを見定めさせてもらうだと?

 

 

無論、彼女は理解している。これはどうしようも無い、醜い嫉妬(・・・・)なのだと。

 

弥々達妖狐は本来、この伏見に奉られる豊穣神“宇迦之御魂”の眷属だ。だが永き時の中でその在り方は、間違った伝承や大陸から伝わった神話に飲み込まれ、今や妖怪などという区分に落ち着いてしまった。

誇りを穢され、低位に堕ちて行きながらも、彼女達妖狐は神の眷属としての使命を全うし続け、今もなお、先程も述べたように、この京都を悪意の渦から守り続けている。

だが…それほどの献身を、それほどの忠誠を捧げようと、かつて掲げた誇りは帰って来ず。どれほど己が主神である、“宇迦之御魂”に尽くそうと、その献身は報われることなどなく、“高天原”は黙したまま、ついに悪魔がこの地に足を踏み入れた。

 

しかし…この人間はどうだ?

その身に纏うは美しき夜の帳を彷彿とさせるスーツ。肩に羽織りそよ風を受け、様々な様式を魅せる深紅はまるで、かつて戦国の世で彼女が見た、武士(もののふ)達が流し大地を潤した血のようではないか。

 

何より…先程の一言、【楽しめと言われた(・・・・・・・・)】――つまりたかだか人間風情が、主神たる帝釈天の言葉を聞いたのだ。

この事実が、弥々に激しい嫉妬を負わせた。何故なら何度語りかけようと、どれほどの献身を尽くそうと…“宇迦之御魂”はその忠義に応えることも、労いをかける事もなかったのだから。

 

 

これがただの、八つ当たりだという事は理解している。これがただの、人間風情に抱いてはならぬ嫉妬だという事も重々理解している。

だからこの程度…そう、この弥々のような妖狐にとって、軽い悪戯程度である“狐火”で、その変わらぬ表情を崩してやろう。静かな観光の中起こる、軽いハプニング…なに、軽い火傷風情、帝釈天が見初めた“神器”使いであれば、問題などないのだろう?ならば軽い辱めを持って、この弥々の情緒を鎮めさせておくれやす――。

 

 

「使者殿、あれは“漬物”というもの。其方が車内で言った、作物が育たぬ厳しい冬を乗り越える為に、我々が古くから受け継いだ知恵の一つと認識されよ」

 

 

初めのような態度はナリを潜め、かつて神々の眷属であった存在らしく、その口調を上からのものに変えながら、弥々はカルナに気づかれぬよう、歩法を用いた“人払いの陣”を敷いて行く。すると自然に人々は彼女達の周りから徐々に消えて行き、しかしカルナはその異常な状況に気づかないかのように、振り向く事なく弥々に語り掛ける。

 

 

「成程、母が作っていた、アチャールのようなものか。面白いものだ、海を隔てたこの地でも、どうやら思想というものは、そう変わりないらしい」

 

 

――?アチャール?そのような食べ物が、須弥山がある中国(・・・・・・・・)に、果たして存在していただろうか?

 

そのように弥々は口元を隠しながら考え…はたと気づく。

先程までこちらを見向きもせず、前を歩いていたこの男が、自分を睨みつけるように視線を向けていることに――。

 

 

「ところで――もう良いか(・・・・・)?」

 

「なに…が…?」

 

 

急に弥々の背筋に、氷を入れられたかのような悪寒が襲う。先程まで、何の変哲の無い人間にしか見えなかったこの男が急に、まるで歴戦の戦士のような威圧感を放ってきたのだ。

 

いや、勘違いだ。例えバレてもこれは悪戯(・・)。“人払い”はすでに済み、問題など起こりえないと。

 

だが…その考えはすぐさま取り消す事となる。

それはいつものよう(・・・・・・)に、言葉を飾る事を知らぬカルナが放ったこの一言。

 

 

「知らぬフリは止せ。最初に会った時から、お前の目には嘲りと侮蔑。それと嫉妬が浮かんでいた。仕掛けて(・・・・)くるなら早くしろ。一度だけならその使者への無礼、オレは許すこととしよう」

 

 

見抜かれていた!?と思う以前に、身体が動いていた。

人前ということで隠していた耳と尻尾を出し、印を組んで火傷程度では済まされぬ極大の焔を召喚し、カルナへと放つ。

 

 

「キサマ…キサマァァアアア!!我が心を覗くか!たかだか人間風情の分際でッ!!」

 

 

一つ、二つと次第に数えることすら難しい、数々の火炎球が建物を崩落させつつ、カルナが先程までいたであろう場所へと、次々と放たれる。後に残る、この崩れ落ちた建物に関しては何も問題無い。何故ならこの周辺は、人に紛れ生活している彼女達妖狐が治める土地であり、この建物も幻術を使いつつ修復すれば、ものの二日もあれば直ると、弥々は攻撃の手を緩めない。

 

覗かれた、たかだか人間に…化かし畏れられねばならぬこの妖狐がッ!!

何たる屈辱、何たる辱め。何より…何だ先程の物言いは?

 

この地を治める“宇迦之御魂”。その末端ながらも誇り有る、眷属である己に対し許してやる(・・・・・)だと?

 

怒りが彼女を支配していた。今ここにいるのは、京都側の使者として、その内面を隠していた、ただの妖狐ではない。

【古事記】に描かれた、いと神格高き“宇迦之御魂”の眷属――報われぬ京都の防人、その一員としての誇りが、弥々を激情へと向かわせた。

 

だが無論、此度の使命を忘れるような者を、使者として向かわせたワケではない。弥々は確かに怒りに支配されながらも、しかと手加減を施していた。何より須弥山の使者を殺しては、本当に戦争の引き金となるのだ。ならば彼の戦神であれば、戦いを司るあの神であれば、おそらく許すであろう程度で済ませる気でいた。

 

意外にも見えるが仏教がこの日本に伝わり、はや千年を超えている。その中で、天部筆頭とされる帝釈天の逸話はここ京都にまで聞き及んでおり、弥々としては最悪、この首一つでむしろ会談を上手く進め、協定の先。つまり更なる千年京の礎になれるやもと考え、敢えてその身を焦がす、激情に身を委ねたのだ。

 

 

「――フゥーッ!フゥーッ!!…頼むから生きていろよ人間。お前が死んでは我が望みが(つい)える」

 

 

肩で息をし、祈るように呟きながら、彼女は朦々と上がる土煙の先へと視線を飛ばす。が――。

 

 

「…死んだか」

 

 

その先には生地の切れ端すら残っておらず、形成されたクレーターだけが弥々を出迎え…そこで気づく。

おかしい、あれは見た目だけが派手であって、その威力は確かに人の形が残る程度。何よりコートの切れ端すら残らないとはどういう…――。

 

 

 

「――…成程、オレと戦いその武功を示し、インドラの機嫌を伺おうとしたわけか」

 

 

変わりない、静かな水面の如く変化を見せぬ声音が聴こえてきた、崩壊した瓦礫の上を弥々が汗を浮かべ見ると…そこには羽織るだけのコートすら落ちておらず…いや、土埃一つ付けていない、カルナの姿があるではないか。

 

 

「キサマ…ただの人間ではないな!?一体何の“神器”をその身に宿している!?」

 

 

この時彼女は、まだカルナが“神器”使いであると勘違いしていた。それもそうだろう。彼女達人外の攻撃を、こうも容易く躱す者など、それくらいしかいないと思うのが普通だからだ。

 

だが、彼女を見下ろすこの男は、“神器”使いどころの騒ぎではない存在。

かつて修羅神仏さえ押さえ、三界を征するとさえ謳われた大英雄。

 

 

「あいにくと、オレはそのような“神器”なるものを持って、生まれてなどいない。我が身に宿るは父の加護のみ。さて、一度は許すとオレは言ったが…満足したか?」

 

「ッゥ!?キィサァマァアアアア!!!」

 

 

しかし彼女はそれを知らず、カルナの挑発染みた言葉に血が昇り、もはや殺さずという考えは抜けていた

 

 

「眷属召喚!焔より、我が怒りの化身となりて権限せよ!“焔狐―火炎の陣―”!!」

 

 

再び印を組み、大きく薙ぎ払う仕草をしたと思えばその先に、見えてくるのはその身を陽炎の先より出でるように現れた、火炎を纏いし狐の群。

これは本来、一介の妖狐に扱えぬ術式ではあるが、弥々は元々この京都の守護者に名を馳せた勇士。本来であれば、襲撃を受けた八坂の守護に着くハズだった。しかし八坂自身が、須弥山を見定めよと命じ、こうして残りカルナを待つこととなっていたのだ。

 

 

『グルル』と獣達が、群れの長へ命令を促すように喉を鳴らす。

早く命じろ、早くあの肉を喰らわせろ。そう言わんばかりに。弥々もまた、その美しい顔を凄惨なものへと変え、掲げた手を振り下ろし――。

 

 

「殺sッ……え?」

 

 

――振り下ろそうとした手は、そのまま宙に固定され、弥々の瞳には、すでに召喚された焔狐を駆逐し終わりインドラから授かりし槍を、自身の細く白い首筋へと突きつけているカルナの姿が映されていた

 

 

「なん…で…私の眷属は…?」

 

「あの程度の熱、オレには涼風に等しい。何より殺してくれと言わんばかりに遅い初動だったのでな、全て駆逐した」

 

 

馬鹿な、あり得ないッ!一体何匹いたと思っている!?この京都を守る我等の絆をそんな容易く…ッ!?

 

言葉を出すことはすでに不可能。指先すらも動かすことなど出来ようがない。何故なら弥々を見据えるカルナの眼は、一切の容赦や手加減をしないと、あまりに雄弁に語っていたのだ。

 

 

「二度目は無いと言ったはず。俺はクシャトリヤとして、女子供に手を出さぬ誓いを立てている。だからといって、無抵抗でやられる気も無いのでな。何よりお前のその眼は、守るべきものを持つ、戦士の眼だ。ならば…容赦はむしろ、お前への侮辱となる」

 

 

言葉を飾る事を知らず、武人らしくどこまでも直線的な言葉は、弥々へ確かな賛辞を贈っていた。

人間の女として、表で活動する事もある彼女は、欲情した男の視線に晒されたことなど何度もある。だが防人の一員として、幼い頃よりこの地を守ると心に定めた弥々自身を見た者が、一体何人いた事だろうか。

 

もしや自分は、この男を見誤っていたのではという気持ちが、沸々と沸く。だがそれを早々に認めるには、この妖狐という種族はあまりに気位が高くありすぎた。穂先の鋭さに顎先を汗が伝い、それでも彼女は気丈にも鼻を鳴らし。

 

 

「ふん、クシャトリヤ(・・・・・・)とはまた古い言葉を…古代に生きた益荒男の真似事か?使者殿」

 

 

“クシャトリヤ”――それはインドにおいて、戦士や王族の階級を差す言葉であり、この遠く離れた地で何故、彼女はそれを知っているのだろうかとカルナは眼を薄く閉じるような仕草をし。

 

 

「…そうか、オレ達が駆けたあの時代は今もなお、海すら超えて受け継がれているのだな」

 

 

そう呟いて槍を下げ、どうしようもなく…己を拾い上げ、友誼を求めた男と語り合いたくなった。『我々の意志はこうして、確かな形となって残っている』と――。

 

 

 

弥々は呆けたような顔を隠すことが出来なかった。

 

先に仕掛けたのはこちらで、死ぬやもしれぬ攻撃を放ち…そして圧倒された。

自分は負けたのだ。その始まりが例え、ただの悪戯であっても、最後のアレは本気で殺そうとしていた。敗者に残された選択など、二つに一つ。即ち『殺されるか』『生き恥を晒すか』。更に女の身である自分には、辱められるという最悪の選択まである。だというのにこの男は穂先を下げ、闘志を讃えた瞳はすでに、その熱を下げている。

 

だからつい、問いかけてしまった。「殺さぬのか」と。

 

 

「お前の目には、見覚えがある。守るべきものを持つ者のみが、持ちえる目だ。お前は死を望んでいたようだが、死地はここにあらず。何よりお前はオレに大変喜ばしい事を教えてくれた。それを持って、先程の二度目を無き事(・・・)としたいのだが…どうだ?」

 

 

「防人としての任を果たせ」と、そう言われた気がした。

 

この男はこの京都に住まう者達を、舐めてなどいなかった。舐めていたのはこの弥々であり、例え悪戯から始まったものであっても、彼は先程の戦いの中で、摩耗し妖怪に格を落としたこの身に、戦士としての誉れを抱けと言ってくれた。

やはり己は見誤っていたのだ。何と…高潔な精神の持ち主であろうか…っ!

 

膝を折り、弥々がその旨を伝え謝罪しようとした…その時。

 

 

「クセ者じゃ!京都を穢すクセ者じゃ!」 「仲間を守れ!弥々殿を助けよ!!」

 

 

異変を感知した鴉天狗と見える妖怪達が、カルナを取り囲み弥々から離れさせようとする。その手には捕縛用と見える鎖が音を立て、カルナに警告を送っている。

 

違う!彼は何もしておらず、全ての責は私にあると弥々が叫ぶも、その身は先の戦闘で、激しく動いた所為か肌蹴ており、見る者が見れば乱暴されたかのように見えていた。彼女はカルナに有らぬ罪など背負ってほしくなく、どうか起こったままを言ってほしいと願うも、相手はあのカルナだ。

 

 

「連れて行け。その方が、互いに手早く用事が済む」

 

 

言葉少なく、一切事情を説明しないその言動は、彼等がカルナを鎖で縛り上げるにそれ以上の理由を必要としなかった。

 

 

こうしてカルナは当初の予定通り、その身を“裏京都”へと入れることとなる。ただ通されたその場所は牢獄であり、それは弥々が必死に事情を説明し釈放され、そこで更にひと悶着あるまでの、束の間の休息であることを、この時はまだ誰も知らない。

 




次回投稿は昼頃だぁ!!
(今回はガチです。なおその後またしばらく開きます)


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英雄の来日―3

前回のあらすじ

カルナさん、鎖に繋がれ緊縛ぷr(作者よ、死に侯え)


※※原作との矛盾が生じた為、内容を少々書き直しました。


ピチャリと石の間を伝い、地下水が滴る音が響く。その他にもカサカサと何かが蠢く音。この地下牢で命を落としたと思える怨念達の嘆きが、そこに座す男をそちら側へ引きずり込もうと囁くも、その男――カルナは微動だにせず、ただ目を閉じ瞑想するかの如く、鎖に縛られたまま座っていた。

 

 

どれほどの時間がたったのかは、カルナには分からない。ここは父の光も届かぬ地下牢。

無論、カルナがその身に宿す神性を、ほんの少し開放するだけでこの場は崩れ落ち、彼等京都妖怪は、自分達がどれほどの存在を侮っていたのか分かるだろう。だがそれをしないのは、カルナが帝釈天より預かった、「彼等を見極めろ」という使命を全うできない為だ。

 

【恐れられては本意を知るなどできぬ。武人である己は、ただ使命を全うするのみ。その為には、どのような扱いを受けようと、相手の懐に潜りこんだほうが、はるかに効率的だ】と、カルナは状況が動くその時まで、このままでいるつもりでいた。何よりこのような不当な扱いに、彼は生前から慣れていた(・・・・・・・・・)のだ。

 

 

そのように考えていると、不意にカルナの耳にコツコツと、石階段を下る足音が聴こえて来る。

その足音が、カルナが入れられた牢獄の前でピタリと止まり、閉じていた眼を開くと、そこには彼を連行した中にいた、鴉天狗の一匹が立っていた。

 

 

「お前が須弥山からの確かな使者であると、弥々殿が幹部に説明なされた。出ろ――この京都の御大将、八坂様がお待ちだ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

「――よう来られた、須弥山からの客人よ。わらわがこの京都、西日本に住まう全ての妖怪達の御大将。八坂じゃ。よろしゅう頼む」

 

 

カルナが捕らえれていた屋敷の最奥に位置する部屋の中、カルナはついに京都妖怪達の総大将、八坂にお目通りすることができた。

金毛輝く髪の毛は、ここが浮世であると忘れさせる程に美しく。口元を隠し、眼を細めこちらを見る仕草は普通の男であれば、それだけで理性が蒸発しそうに蠱惑的だ。

 

そこから八坂はカルナに口を開く間を与えずに、口早に今回の会談についての予定を詰めていく。

 

 

「さて、互いにこうして面通りしておるが、あいにくと、わらわは今、体調が優れぬ。お主にはちと悪いがもうしばし、観光を楽しみ待ってほしいのじゃが?」

 

 

どうかな?と問いを投げかけて来るが、これは命令だ。その証拠に、カルナと八坂のいる部屋の左右には殺気を隠す気も無い、大妖怪に分類される猛者共が、カルナの事を睨んでいるではないか。

 

 

「オレは構わない。いつまでにお前達と話して来いとは、あの男から言われていないのでな」

 

「それは良かった。いきなりの不躾を、許してもらい感謝するぞ使者殿」

 

 

感謝と口にはするが、そこには嘲りの感情が垣間見えていた。

相手は人間(・・)。こうしてこの“裏京都”に入れてもらえただけでも、感謝しろと言わんばかりに。

 

 

「では、弥々」

 

「…はっ」

 

 

八坂に名を呼ばれ、屈強な妖怪達の隙間から、細い身体を潜り込ませるように弥々がカルナの隣で三つ指揃えて八坂に頭を下げる。

そこには先刻カルナと対峙した時のような、烈士の如き激しさは無く、今にも霞に紛れてしまいそうな、儚い雰囲気があった。

 

 

「其方には引き続き、そこの使者殿の観光を補助してもらう。日時が決まり次第、狐をそちらに送るでな。それまで決して、使者殿がこの京都で迷子にならぬよう、片時も離れぬように」

 

 

もはや隠す気も無い。つまりカルナを見張れという事だ。

 

 

もう話すことも無いと言いたげに、八坂はカルナから眼を離し、それを合図に弥々がカルナを伴い、表の京都に戻ろうと促す。

 

 

待て(・・)

 

 

だがそこに、待ったをかける声がカルナにかけられる。それはこの場にいた大天狗が放った言葉であり、どうやら想定外の事であったらしく、周りの者がざわりとし出すが。

 

 

「静まれ、我等の行動一つ一つが、この京都そのものの価値をこの男に見せると思え」

 

 

まさに鶴の一喝。瞬時に騒然としていた者達は静まり、まるでこの大天狗こそが大将なのでは(・・・・・・)と思わせる雰囲気が、そこにはあった。

 

カルナは黙したまま、話を聞こうと大天狗に一歩踏み出す。

 

 

「何用か、これではお前達の企み(・・)が、ヴリトラが沈んだ泡の如く消えてゆくぞ?」

 

企み(・・)?はて、何の事ですかな?それよりもお主に一つ、問いたいことがある」

 

 

大天狗はそう言い、まるで赫火の炎もかくもやと、鋭い眼光をカルナに向け。

 

 

「お主、我等が御大将の名乗りに何故返さん。それがどれほどの意味合いを持つかも知らぬ使者を、天帝殿は送り込んで来たのか?」

 

 

そう、誰もがカルナを名で呼ばず、『使者』と呼ぶのはカルナが自らを名乗り上げていない為だ。だがこれには理由があり、帝釈天が『お前には、もっとド派手な舞台を用意してやる』と言い、木っ端程度に教える義理はないと命じていたのだ。

 

大天狗のその問いかけに、カルナはいつものように、揺れぬ瞳で答える。

 

 

「あの男は向こう見ずな所はあるが、決して愚かでは無い。むしろ戦略すら見据え、己が名を貶めてまで勝ちを取りにいこうとするほどだ。その姿は決して、侮辱する事は許されぬ尊い行為であり、何よりオレが名を明かさぬ理由など、お前達は分かりきっているのだろう?」

 

「…何?」

 

 

大天狗…だけではない、上段で口元を隠しその様を見守っていた八坂。カルナに不審な動きあれば、即座にと構えていた者達全てに冷や汗が浮かび、そして…。

 

 

「オレは八坂に会いに来た(・・・・・・・・)。彼女がいないのであれば、名乗りを上げる道理も無く、その程度のまやかしなど、オレには通じん。次は本物と会いまみえる事を願い、この場を後にさせてもらおう」

 

 

最後にビクリと身体を震わせる八坂と思わしき妖狐()を一瞥し、今度こそカルナは、急ぎ後を着いて行った弥々を引き連れ、屋敷を後にした――。

 

 

 

 

「――…ハァ、バレておったか。…もう良いぞ」

 

 

大天狗がカルナが去った部屋の中で、溜息と共に八坂…に化けていた妖狐(・・・・・・・)へと禿げた頭を撫でながら、声をかける。

するとボフンと煙を上げ、中から九つの尾を持つ狐ではない、一尾しか持たぬただの狐が身体を震わせ現れたではないか。

 

 

「あ…あの、皆様…その…私の所為でしょうか…?」

 

 

恐る恐るといった感じで、ここに座す幹部達と比べ、格下の彼女はカタカタと震え叱責を待つ。

 

 

「いや、あの男…どうやら初めから分かっていたようじゃ。弥々殿の言った通りじゃな。儂もあの眼に睨まれた途端、心を暴かれたかのような錯覚に陥った。…誰じゃ、あれを人間風情と言った馬鹿者は」

 

 

この場を代表し…いや、実質的に八坂が行方不明な今、この京都を一粒種の九重に代わり治める大天狗は、集まった各種族の長達を一瞥する。

 

 

「わ、儂ではないぞ」 「儂もじゃ!儂も違うわい!」

 

 

かつては源 義経がまだ牛若丸であった時、彼を鍛え上げた鞍馬山の大天狗に睨まれては堪らんと、各々が違うと声を張り上げ、それは再び大天狗が溜息を上げるまで続き。

 

 

「ハァ…まぁ良いわい。こう言っては何だが、バレていたとはいえ、何も聞かれず助かったわい」

 

 

いや、正確に言えば八坂はまだ、この京都のどこかにいる。

“千年京”とまで呼ばれるこの都、それを可能にしたのは何もこの地を守護する者達の努力だけではない。

氣を操り地脈を纏め、千年の風化にすら耐えうる強固な陣を持って、途切れぬ流れの中に置く。

 

『陰』と『陽』、『妖』と『人』――住まう者達で太極を描き、その中心と呼べる場所で、氣の流れを管理することこそが御大将八坂の役割だ。

この地で崇められる宇迦之御魂神の眷属でありながら、妖怪としての一面を持ち、その中でも最上位の力を宿す八坂は扇で言うところの()にあたる。

 

故に彼女がこの地を離れれば、これまで防いで来た天変地異が立て続けにこの地を襲い、不安定となった力場が、いたる所に次元の狭間へと続く穴を作り上げていることだろう。だがそのような事は、まだ一件も起きておらず、それこそが八坂が京都のどこかにいるという証となっていた。

 

出来れば大陸から、仏教が伝わって来た時より細々とではあるが、知古と言っても良い関係性を保っていた須弥山側に、共に八坂を探してほしいと協力を要請したいところではある。しかし…。

 

 

「言いたくないが…恨みますぞ九重様」

 

 

言葉ではこの場にいない九重を責めていながら、大天狗の呟きに反応した幹部が睨みつけるは八坂に化けさせていた妖狐。

 

そう、カルナは囚われていた為、分かり得るはずもないが、あれからすでに一日がたっており、前日にこの京都に足を踏み入れたイッセー達悪魔に対し、勘違いした九重が襲撃を仕掛けていたのだ。この妖狐はその場にいながら、九重を制止するどころか、彼女を危険に晒したと今回罰として、八坂に化けさせられていた。

 

そのせいで京都側は八坂がいない事実を聖書の陣営に知られ、今この瞬間にも魔王レヴィアタンと、堕天使の総督にして、かつての三大勢力の大戦を生き延びたアザゼルが、ここに向かっているとの報告もあった。おそらくは協力体制と共に、八坂を探す手助けをと言ってくるつもりだろう。そしてこちら側には、それを断る術が無い。何しろこちらは襲撃をしかけ、謝罪する立場に転落しているのだ。それを覆す事など、もはや不可能。

 

それに須弥山側は使者(“神器”を宿したであろう人間)だが、聖書の陣営側は魔王と総督…どちらを優先せねばならぬかは、考えるまでも無い。だが大天狗は蓄えた、見事な髭を撫でながら思う。

 

 

(惜しい事をした…あと一日、いやせめて半日早ければ、あの男と酒でも交わし、本音をぶつけてみたかった…)

 

 

大天狗もまた、この京都守護に名を馳せる勇士の一人。その仲間を容易くあしらい、鴉天狗の報告で、追い詰めたとされるあの男…。

 

とても若者とは思えぬ佇まい。何より己の殺気を涼やかな風の如く受け流し、あまつさえ恐れもしないあの胆力…あれほどの匂うような漢を見せる者など、はや何年見ていないことか…。

 

 

(いや、今は聖書の者どもについて、考えねばならんな)

 

「此度の一件は、全て弥々殿の責であり、あとは彼女に任せたが…これでもって不問とする。よいな?」

 

 

大天狗の低く、齢を重ねた者のみが持ちえる厳かな声が部屋に響き、皆一様に賛同の意を示す為頷く。

 

弥々は全てを話し、カルナの釈放を必死に訴えた。その上で、身勝手な判断で、須弥山と下手をすれば戦争になっていたかもしれぬ今の状況に対し罰を求め、大天狗が下した判決が先程のもの。つまり今最も失ってはならぬ九重の護衛に着く事を許されず、変わらずカルナを見張れといったものであった。

見方を変えれば罰にすらなっていないだろう。だが弥々程の者を遊ばせておくには今の状況では出来ず、またそんな彼女を一歩手前追い詰めた人間を放置することなど、出来ようもなかったのだ。

 

 

「では次の件。聖書の者どもの対応であるが…流石に今回は、九重様にも反省してもらわねばならん。ゆえに奴らの対応は、九重様に任せ、次期大将としての自覚を持ってもらい、同盟をいかするかを見極めてもらう。それと同時に我等は八坂様を捜索しつつ、決死の覚悟を持って、九重様を影より必ず守り通せ!()いな!?」

 

『おう――ッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

屋敷を出てから弥々はカルナと目を合わせることが出来ず、彼の後ろをトボトボ着き歩くだけだった。

 

 

あれは全て、自分の嫉妬が原因…だというのに、あのような不当な扱いを受けさせ、あまつさえ自分は何の罰も受けていない。

 

何と声をかければいいのだろうか…謝罪する?気にしないフリをする?否、全て否だ。そのような資格すら、今の己には何一つ無い。

 

 

だが謝らないという虫の良い考えなど、この弥々にはできない。その為、声をかけようとする。

 

 

「あ、あの…全ての責は、この弥々にあります。いかような罵倒も、受け入れる所存でございます」

 

 

違う。こんな間接的ではなく、もっと直線的に謝らせてほしいと何故言えないのかと、弥々が一人、更に落ち込んでいると。

 

 

「その必要は無い。まず殺しにかかり、それによって同盟を組むか否かなど、オレが生まれたあの国では、日常茶飯事だったのでな」

 

 

中国とはそんな恐ろしい国だったのかと弥々が一人勘違いし、戦々恐々するが、カルナが生まれた国というのは【マハーバーラタ】に刻まれた、在りし日の古代インド。何よりカルナにとってこの程度など、辱めですら無い。

 

こちらも試し、相手も試した。それは言葉を交わさぬ武人の語りであり、彼女とあの大天狗とやらは、充分に己に語り明かしてくれた。特に大天狗など、この何も持たぬ、父に太陽神を持つだけの人間を初見から侮らず、対等の敵として殺気を飛ばしてくれた。かつて御者の息子として、舞台に上がる資格すら無いと侮辱されたカルナにとって、これがどれほど嬉しかったか…。

 

 

「お前程の女が、あれ程の怒気を見せたのは、オレが何か言ってはならぬ事を告げたからなのだろう?許せ。昔から、一言多いと良く言われるのでな」

 

「へ?あぁ、いえ。……御身は、おかしな方でございます」

 

 

何を言われたか一瞬分からなかった弥々だが、何となくこれがこの男なりの冗談と、励ましなのだろうと察し。そこにはもう、人間という嘲りと侮りなど無く。今度こそ、弥々はカルナを尊敬できる者なのだと、心の底から言葉使いを改めようやくカルナの隣に身を置き、先程の一件を問うてみる。

 

 

「使者殿。何故、あの者が影であると気づいたので?」

 

 

もはや隠しても意味はないと、八坂が偽物であったと告げる弥々。本来であればこれはかなりいけない事ではあるが、すでにカルナを信用できると考えての質問だ。

 

 

「あの程度の実力では、あの場にいた者達を統括するなど不可能だ。長に必要なものとは即ち、諸人を引き付ける才と、何よりも実力だ。あれにはその全てが欠け、オレに殺気を放っていた鼻の長い御仁が大将であると言われたほうが、まだ納得できたぞ」

 

「…つまり全て視空かしていたという事ですか。…申し訳ありませんが」

 

「分かっている。八坂について、オレは何も聞かん。だが…これは独り言だと聞いてくれ。早く見つかるといいな」

 

 

何とも不器用生き方しかできぬ、カルナらしい労い。だがそこには確かな優しさが溢れており、人の機微に敏い獣でもある弥々は、その言葉を正しく受け止めることができた。

 

 

「っはい!」

 

 

ようやく陰を見せていた顔に、太陽のような笑みが燦然と輝きを見せる。

そのまま弥々は、カルナの前へと駆け寄り、もう一度ちゃんと、頭を深々と下げ。

 

 

「この度は本当に申し訳ありませんでした。不肖ながらこの弥々、使者殿を会談まで退屈させぬよう、精一杯持て成す事を、どうかお許しくださいまし」

 

「別に構わない。こちらこそ、この国の作法に疎い為、迷惑をかけると思うが、よろしく頼む」

 

 

カルナの誠実さを今一度感じながら、弥々は“裏京都”の出口が近づく中尋ねる。「まずはどのような場所を見て回りたい?」と

 

するとカルナは顎に手を当て、しばし考えるような素振りを見せると。

 

 

「ふむ、ではあの店頭に並んでいた漬物とやら――」

 

 

――【千枚漬け】が気になるな。

 




これだけは言っておきますが、この弥々がヒロインになる事はありません


またしばらく期間が空くと思いますが、次回こそはイッセー達を出せるよう頑張らせていただきます

(早く京都編書き終ってfgo始めたいお…)


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英雄の来日―4

ようやく原作組を出せました(書き直した数?聞くな…(震)


ちょっち視点が多い+裏作りの為、話が全然進まず本当にスミマセン…(汗(だってこの京都編、『カルナさんサイド』『原作組サイド』『妖怪サイド』『アザゼル先生サイド』『英雄派サイド』『送り出した甥っ子を心配するサイド』と視点が多すぎんよォ!!)
一応次回もう一視点やった後、次々回でようやく話が進み出すと思います(知ってっか?この京都編、本来は5話くらいで終わる予定だったんだぜ?)
もう少々お付き合いください。

※アザゼル先生の『元堕天使総督』のとこを『堕天使総督』に変更しました。

※原作との矛盾が生じた為、内容を少々書き直しました。



押忍!俺の名は兵藤一誠!上級悪魔、リアス=グレモリー様のもと、日夜モテモテハーレムを手に入れる為、最上級悪魔目指して修行中です!

 

 

「――じゃあ、野郎ども!行くわよ!」

 

「「「おぉー!!」」」

 

 

でも今は、俺が通う駒王学園2年生の一大イベント、修学旅行で京都に来ているんだ。

今日はもう二日目ではあるけど、どうやらオレの持つドラゴンの気というやつは、旅行だからと俺を放置してくれる気は無いらしい。

 

 

【――母上を返せ!!】

 

 

昨日、京都に入ったばかりの俺達にそう言い、襲撃してきた幼い妖狐の女の子。後からアザゼル先生に事情を説明しても、先生にも分からなかったようで、俺達がこうして今日、観光を楽しむ間、調べてみると言ってくれた。

その言葉に俺は、何だか悪いような気もしたけど…でも先生は俺達に『こういう時の為に、大人や責任者ってのはいんだよ』って…俺、すげぇグっと来ちゃったよ!

 

 

だからこうして先生達のお言葉に甘え、桐生や元浜、松田達と一緒に、観光へと繰り出した。昨日は一切見て回れなかったって言っていた匙達も、今日は先生達に任せるって言ってたし、各観光名所を見て回るんだろうな。

 

 

そこから俺達は、京都駅前のバス停から清水寺を目指し、二日目の修学旅行を始めることにした。

見知らぬ街の風景を目にしながら、周りの同じ学校の生徒が降りようとした際、ここが清水寺近くかを確認しバスを降りる。

 

そのまま周辺を軽く散策し、坂を上って清水寺を目指す。おぉっ、赴きのある日本家屋のお店が両脇に建ち並んである。

 

 

「ここ“三年坂”って言って、転ぶと三年以内に死ぬらしいわよ?」

 

 

パンフレットを見ながら桐生がそう言うと、マジで怖がったアーシアが俺の腕に抱き着いて来た!ま、まぁアーシアはドジっ子だから、本当に転ぶと危ないからな。この方が安全だとは確かに思う…ケド…。

 

 

(ふぉぉ!?あ、アーシアのおっぱいが俺の腕を優しく包んで…ッ!?てかアレ?もしかしてアーシア、おっぱいおっきくなってないか!?)

 

 

ごめんなさい!内心アーシアの心配よりも、お父さん成長したかもしれないアーシアのおっぱいが気になってしょうがありません!!っと、今度はゼノヴィアが空いている方の腕に抱き着いてきた!?どうしたんだと聞くと、表情は変わらなくても、若干震えながら――。

 

 

「…に、日本とは中々恐ろしい術式を、このような何の変哲もない街中に仕込むのだな」

 

 

信じてる!?ゼノヴィアさん、偶に壮大な勘違いなさるよね!?でも、そこが可愛い所だと思う。

 

 

こうして俺は、美少女二人のおっぱいを堪能しつつ、坂を上ることとなった。その間、松田と元浜の野郎二人からの恨めしい視線を感じたが…ふふふ、適度な嫉妬が心地良いぜ!――何て思っていると、もう少し行った先。他の生徒…というか、大勢の女生徒が坂の上でキャーキャー言いながら何かを指差していた。

何かと思い、俺達もそちらの方に急いで行ってみると…何だアレ!?

 

 

「何々?何でみんな騒いでるのって…ヤダ!何あのイケメン!?」

 

 

顔を真っ赤にしながら言う桐生の言う通り、坂の先にある団子屋。そこには男から見ても綺麗としか言いようのない外人さんのイケメンが、黙々と団子を口にし、その度に黄色い悲鳴がそこらかしこで上がるという、カオスな空間がそこに広がっていた。だが、俺達男三人組は、そちらではなく別…つまりその隣から、目を離せないっ!

 

 

「おいおい見ろよ松田!元浜!あの野郎ォ、滅茶苦茶綺麗な姉ちゃん隣に侍らせやがってぇ…ッ!!」

 

 

思わずギリギリと歯ぎしりが起こり、激しい嫉妬の嵐が俺の心に吹き荒ぶ!!

京都だから芸者か舞妓か…とにかくすっごいドエロイ…じゃなかった、どえらい別嬪さんが粛々とそのイケメンに、お茶のおかわりを淹れてたんだ!

 

 

「何、イッセー!それは本当か!?…っ着物美人…だと!?おい元浜!」

 

「分かっている!!…戦闘力89B(バスト)…だと!?しかも着物の帯に隠れて良く見えないが、キュっと引き締まったお腹回りは細くしなやかな(くび)れを生み出し、安産型のヒップには犯罪だと分かっていながらも、手を伸ばさずにはいられないッ!!」

 

 

俺を含め、3人がゴクリと唾を飲み込む音が互いに聴こえた。その間に、周りでさっきまで騒いでいた女生徒達が白い目でこちらを見ているような気がしたが、俺達はそれどころじゃなかった。

 

 

「はわわ、凄く白い人ですねぇ~」

 

 

ホント、アーシアの言う通りだと思った。

イケメンの方は人垣の間から見ても、隣のお姉さんに負けず劣らず真っ白な肌で、その髪の毛も、色が抜け落ちたように白い。男のくせに化粧しているのか、切れ長な目元には、朱色が施されていた。

それだけじゃない、袖を通しているスーツと、その肩に羽織るように掛けられた赤いコートは、一目で最高級だと分かる光沢を見せ、耳に付けた大きなピアスは、最近リアス部長の実家で見た財宝と、そう変わらない輝きを放っている。その辺もまた、女の子達がキャーキャー言う理由なのだろう。

 

でも、このままじゃ前が邪魔で、俺達や他の通行している人達が通れない。ゼノヴィアもどちらかと言うとイケメンよりも、早く清水寺に行きたいのか迷惑そうな顔をしているし…。

 

っと、そう思っていると、隣のお姉さんが男の人の耳もとに近づき、何か囁くような仕草を見せた。くそう、俺だってあんな綺麗なお姉さんに、耳もとで何か言ってほしい!こう、例えば「今夜どう?」みたいな…?くぅ~っ!堪んねぇなおい!!

 

 

「いいなぁ…」 「うん。私もあんなイケメンの顔、間近で見てみたいなぁ」

 

 

周りの女生徒達も、別の意味で羨ましいらしい。

 

 

「クソ!これだからイケメンは…ッ!!」 「滅びろ!この世から全てのイケメンなんか滅びろと、俺は神に祈るぞぉおお!!」

 

 

隣で松田と元浜が、必死になって神様に祈り、その姿を他の男子生徒達が応援するという、もはや変なカルト集団のようなものが一瞬で形成されてしまった!

 

すると流石にこれは周りに迷惑だと二人は立ち上がり、そのままどこかへ行こうとし始めた。うぉっ、結構あの人身長高いな。高身長、高収入な上に超絶イケメンだと!?誰だこんな勝ち組を作り出した奴は!?

 

 

「…――」

 

 

―?何だあの人、何でこっちの方をジっと見て来るんだ?

 

 

「ねぇ、兵藤。あの人こっち見てる気がするけど、知り合い?」

 

 

桐生からそう聞かれても、何も理由が思い浮かばない。それは他のグレモリー眷属も同じらしく、首を傾げていた。

 

 

「イッセー、もしかしたら彼は我々と同じように、裏側の存在かもしれない」

 

 

ゼノヴィアが隣でコッソリと、桐生や松田達には聴こえないように呟いてきて、確かにそうかもしれないと思った。何というか、普通の人間では出せないような…そんな雰囲気をどこか、纏っているような気もしてきたのだ。

 

同じことをどうやらイリナとアーシアも思ったようで、同時にイケメンの方をもう一度見るも、すでにそこには姿はなく。コートを翻しながら先程と同様に、着物のお姉さんを横に侍らせ、こちらには背中を向けていた。

 

一体何だったんだ?あの人。

 

 

「良し!これで清水寺に行けるぞ!さぁ行くぞ!早く行くぞ!!」

 

「まぁそうね。イケメンを見に来たわけじゃないし、ゼノっちの方も、もう待てないようだからアンタ達―、まだまだ先は長いんだから早く出発するわよー!」

 

 

おっと、確かに分からないことに囚われてちゃ、せっかくの修学旅行が楽しめなくなっちまう。こういうときは、ゼノヴィアの考え無しな所は尊敬できる。何よりアザゼル先生達も言ってくれたじゃないか。『俺達に任せろ』って。なら俺達グレモリー眷属は、たまには子供らしく、その言葉に甘えさせてもらおう!

 

 

「おーい!待ってくれ二人共―!」

 

 

でも、先生達今頃、何してんのかなぁ…――。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、詳しく聞かせてもらおうか?大天狗殿」

 

 

昨日イッセー達が襲われた事情を詳しく聞くために、俺と魔王にして外交を担当しているセラフォルーは“裏京都”に着いたとたん、通された部屋で待っていた大天狗を筆頭に、昨日イッセーを襲った中にいた狐数匹から話を聞きに来ていた。

 

 

「キサマァ!それが大天狗様に対する口の利き方か!このカラスめが!!」

 

 

すると先程の俺の話し方が気に食わなかったらしく、まだかなり若いと見える狐が一匹、俺に対し噛み付いてきた。が、正直これは、軽く狙っての事だ。

“どうすれば、相手がキレてこちらに有利な情報が聞き出しやすくなるか”――例えこちらに噛み付き、攻撃の一つでもしてくれば、その時点で政治的にこちらが上。更に言えば、今この瞬間を許せばこちらの懐の深さを相手に見せつけることができると、まぁ始まり方は俺としては理想だったワケだが…。

 

 

「そもそもだ!誰の許しを得てこの京都に足を踏みいr――ッッ!?」

 

 

閉めきった部屋の中を、暴風が吹き荒れその狐が血を撒き散らして庭へと放り出された。この俺ですら目で追うのがやっとの神通力…この場でそんな事をできるヤツなんざ、目の前の大天狗しかいねぇ。

 

 

()じゃ。そしてこの者達は、前もってしかと正規の方法で、京都に足を踏み入れておる。去れ。宇迦之御魂の眷属とは思えぬその無様、京都守護に身を費やす、他の仲間の名すら貶めるものと知れ」

 

 

そのまま誰が触れるでも無く障子が閉まり、残りの狐達が身を抱き寄せ、震えている。

 

 

「…ねぇねぇアザゼルちゃん。もしかしてこの天狗のお爺ちゃん、滅茶苦茶強い?」

 

「あぁ、強いなんてモンじゃねぇぞ?ぶっちゃけ“魔王(レベル)”だぜ、この爺さん」

 

 

俺達の話が聴こえたのか大天狗…つまり目の前に座る【鞍馬山僧正坊】は長く伸ばした顎鬚を撫で。

 

 

「京都の者が失礼を致した。じゃがこうして手打ちは儂がしたのでな。それでどうか、許してほしい」

 

(けっ、何が許してほしいだ。許さなきゃ、タダじゃ済まさねぇって目に書いてあんぜ?)

 

 

だが、俺はその言葉にただ頷くことしかできず。セラも俺の態度に何か、感じることがあったのか、軽い調子ではあるが、気にしないと明言してくれた。助かるぜ、なにせセラにはあぁ言ったが、相手は本来“神”(レベル)と称される実力の持ち主だ。それにここは京都。何かあれば、更にヤバイ【愛宕山太郎坊】まで出て来る可能性がある。

 

 

「おう、今の俺はガキ共の教師もしてるからな、アイツ等がいない場所でも大人の対応ってもんを見せなきゃな」

 

「ほぉ、人の世界で教鞭を振るっておるというその噂、本当じゃったか。ここは見ての通り田舎でのう。中々新しい情報が耳に入ってこんで困るわい」

 

 

互いに軽い笑い声を上げ、見た目的には穏やかな会談にも見えるだろうが…冗談じゃない。いつから天狗は狸になったってんだ!?

何が新しい情報が入って来ねぇだ、こうして他の部屋や屋敷の様子を見る間も無く、自分の所に通したのはどこのどいつだってんだ。ったく。

 

 

次第に和やかとは程遠い気配…即ち殺気のようなものが、部屋の中へと溢れ出すが、それを俺も大天狗も止めることなく、むしろ向こうに負けてなるものかと更に濃くしていく。折角こちらが多少とはいえ、有利な立場にいるのだ。この状況を崩させるワケにはゆかず、それは大天狗もまた同じだろう。

昨日イッセーから得た事前情報。俺の予想が正しければ、恐らく今、京都に八坂はいない(・・・・・・・・・)。いや、正確には表には(・・・)だ。

恐らく彼女は今、この京都と重なった、どこか別の次元にいるのだろう。そうじゃなきゃ、もっと地脈に乱れが見えてもいいはずだ。だから今日一日、目を凝らして歩き回ったが、特におかしな所は見られなかった。

何よりイッセー達に襲い掛かった狐の娘、まぁ話を聞いた限りでは八坂の娘だろうな。そいつが言ったとされる『母上を返せ』という言葉と、先程の辺りを伺わせないよう急いで連れてこられたこの部屋…間違いない。

 

 

八坂は誰かに連れ去られた(・・・・・・・・・・・・)――。

 

 

だから少しでも、弱気を見せればそこから喰らい潰されると向こうは思っているのだろう。そんなことは無いと、俺の推理をこの場で聞かせて、是非協力させてほしいと言い出せばいいのだろうが…それは即ち、こちらが下手に出て、今の関係性をひっくり返す事態にもなり得る…だから悪いな。

 

 

「こちとら、これでも男の子なんでね。一度張った以上、意地は通させてもらう」

 

「はて、お主は突如、何を言い出すかと思えば“意地”とな?結構、いくらでも付き合おうぞ」

 

 

軽い笑いは獰猛な嗤みへと姿を変え、歯を剥き出しに互いの闘争心を煽りながらも、決してボロは出さぬよう、会談は遊びの場へと変化を見せ始める…ちょっちヤベェな、このままじゃ行くとこまで行き(・・・・・・・・)そうだ。

 

だからこそ――。

 

 

「もう!二人共何やってるの!今は喧嘩の場じゃなくて、話し合いの時間だよ!」

 

 

この場にセラを(・・・・・・・)同席させた(・・・・・)。こういう時、常に自分のキャラというものを崩さず、適度なガス抜き(・・・・)をどんな時も振り撒いてくれる存在というのは、ある意味でこのような外交の場においては、トランプのジョーカー的な存在感を放つ。

その証拠に、先程まで狐達が心臓を止めそうになっていても収めなかった殺気を、大天狗は霧散させ、今度こそ、極々普通の苦笑いと共に禿げた頭を撫で上げ。

 

 

「いや、うむ…これはズルイ。ズルイとしか言いようがないではないか、アザゼル殿」

 

「大天狗殿、それは言いっこ無しだぜ?ほら、俺達は堕天使と悪魔だ」

 

 

おどけるように肩を竦めつつ、まだプンプンと頬を膨らませ、怒ってるポーズを取るこの魔王少女さまに、ナイスと親指を立ててやるが…まぁ、本人は何も分かってねぇだろうな。でもサンキューな、セラ。

 

 

「フハハハ!!確かに!これは一本取られたわい!そうじゃな、お主等は堕天使と悪魔。あの人間とは違い、化かし合いもまた本分とな」

 

 

…人間?一体何の事だと聞きたい所だが、向こうが折角懐を開き始めてくれたのだ。再び話を混ぜ返して、機会を失うわけにはいかないと、俺は心のメモに、後で聞けるようにと軽く留めて置くことにした。

 

では始めるかと、俺と大天狗が胡坐を掻き直そうとすると。

 

 

「はいはーい!じゃあもっとお互いの事を知れるように、魔法少女レヴィアたん☆一曲歌いまーす☆キャハ☆」

 

 

…前言撤回。コイツやっぱ、外交向いてねぇわ…。

 

 

「おぉ!それは楽しみじゃ!曾々々孫が最近、その“まほー僧女(そうじょ)”とやらにハマっておってな!是非詳しく知りたいと思っておったところじゃ!」

 

「もう!お爺ちゃん?“僧女”じゃなくて、“しょ☆う☆じょ☆”だょ☆」

 

「それは失敬した、魔王殿!最近耳が遠くてなぁ」

 

「フハハハハ!!」 「あはは!おもしろーい☆」

 

 

…もう、コイツが最強で良いんじゃなかろうかと、頭を抱えた俺は何も悪くねぇ!

 

 

その後は終始、話し合いは穏やかに進んだ。途中で俺が悟っていると見抜いたのか、八坂の秘密を大天狗が。そして何故イッセー達が襲撃を受けたのかを、狐達が教えてくれた。成程…確かに母親を探す子供なら、勘違いしてもしょうがねぇよな。

 

 

「と、言うワケじゃ。次期大将としての自覚と、責任を取らせる為、九重様をここに呼ぶでな。しばし待っておれ」

 

 

…んん?何かまた、ややこしい事になってねぇか――!?

 

 

 

 

 

 

「――世界は広いと、父と母より教わったが…存外狭いものだな」

 

 

先程の茶屋で出会った悪魔達を思い出し、誰となく呟くカルナ。

同じ時期に来ているとは帝釈天(インドラ)から聞いていたが…まさかあぁも簡単に、顔を会わせることとなるとは。

 

その呟きに、茶屋を出てから悪魔がついて来てないかを警戒していた弥々は軽く目線を向け、疑問を浮かべるような表情をする。

 

 

「それは、先程の悪魔達ですか?」

 

 

イッセー達が悪魔であると、まずまっ先に気づいたのは弥々だ。それと同時に舌打ちもしたくなった。『何故このタイミングなのか』と。

 

“裏京都”を出て、まず立ち寄った漬物屋の次は、様々な場所を観光してもらおうと案内し、あの時はちょうど、清水寺を見てもらう前の軽い休憩の際だった。

弥々としては、意外と食べ物に興味があるように見えたカルナに是非、美味しい団子でもと振舞っていた所だったのだが……団子を頬張るカルナを見て、歩いていた女学生の一人が呟いた。

 

 

『あ、さっきネットに上がってた、白粉星人だ』

 

 

そこからがさっきまでの状況だ。

辺りは黄色い声を上げる女学生の群れ。白粉星人って何だよ…と、面倒な事になったと悩む弥々を横目に、まるで気にしないようと言わんばかりに、黙々と団子を口に詰め込みまくるカルナ。

追い払うという選択肢もあった。だが人に手を出すことは、仮にも宇迦之御魂神様の眷属としてどうかと弥々を悩ませ…しかしその結果、悪魔と鉢会う事となった。

 

 

「急かすように、あの場からオレを離したように見えたが、悪魔とオレが顔を会わせることは、何か拙いのか?」

 

 

須弥山のトップ、帝釈天が聖書の陣営を良いように思っていないことは、この京都でも有名だ。

しかも今この京都には、その聖書の陣営の中でも、特に帝釈天を毛嫌いしている堕天使総督アザゼルが来ているというではないか。その為顔を会わせるのは、かなり拙かったと弥々がカルナにそう伝えると。

 

 

「ふむ、あの神々の王は、今も敵を作るのが上手いらしい」

 

 

最後の一串を口にしながら、まるで皮肉のような事を口走る。

 

こうして話していると、更にこの男の人物像が分からなくなると、弥々は思う。

 

武人としての礼儀を常に重んじり、牙を向けたこちら側を思いやる懐の深さを持っている。しかしその反面、まるで煽るような事を時折口にするのだ。(まぁ、すべては『カルナだから』の一言で済むのだが…それを彼の正体を知らぬこの弥々に、理解しろと言う方が無理な話だ)

 

 

「あまり休憩も出来ず、申し訳ありません使者殿。次はもう少し、人の少ない場所へ案内したいと思います」

 

「いや、充分に休憩できた。それに関しては、そちらに任せたいと思う」

 

 

どうやら先程の事を、本当に気にしていないようだと、弥々はほっと胸を撫で下ろす。

 

そのまま清水寺近く、“石堀小路”を連れ添うように歩いていると、カルナは軽く目を細め、まるで眩しい光景を見るかのような仕草を見せ。

 

 

「この国は本当に豊かだ。一度は見に行けと言った、あの男の言葉が今ようやく理解できた」

 

「―?使者殿、それはどういう」

 

「豊かさとは贅沢だ。そして贅沢とは、平和な世でしか成り立たない。先程店舗でいただいた、あの味には確かな工夫がされていた。美味しく食べてほしいという工夫が。良き統治を、この国の長達はされている。でなければこれ程の味が出る長い平和を維持するなど、不可能だろう」

 

 

これもそうだとカルナはすでに食べ終わった、団子の串を見つめる。

 

 

「使者殿、ですがそれは、手前が普段住まうであろう表の世では、当たり前の事では?戦乱の世は終わりを告げ、今や豊かさを競うようになったと聞いております」

 

「あぁ、オレも父と母からそう聞いている(・・・・・)。…置いてゆかれるのは、辛いと聞いてはいたが、まさか置いてゆかれ、これほど嬉しい(・・・)ことがあるなど、知りもしなかった」

 

 

もう何度目だろうか。カルナは一人、静かに呟く。『オレ達が駆けたあの時代は、間違いではなかった』と。

 

この未来を目指す為に、弓に矢を番え槍を振るい、戦士として戦場を掛けた。

 

例え、己の生が全て意味も無く、ただあの男(アルジュナ)を、物語の中で引き立てるだけの道化であったとしても…それがこの未来に繋がっていてくれていたなら、これほど嬉しいことはない。

 

 

弥々はその言葉に、どう返せばいいか…そもそもこの男は、まるで遥か過去の遺物(・・・・・)のように己を語るのだ。それに返す言葉など、たかだか400年程度しか生きていないこの妖狐に答える術など、ありようも無い。

 

だからこそ、気になる。

 

 

この男が何を感じ、どのような目線で世界を見ているのか。

先程の茶屋で弥々は見た。団子を握ったその手が、想像も出来ない程に肉刺(まめ)とタコだらけであったことを。それは現代では似合わぬ…まるで己に突きつけて来たあの槍を、振るうことしか知らぬと言わんばかりのものであった。

普通の女であれば、そのあまりの痛々しさに目を背けるような光景を、しかし弥々は目を離せずに、カルナから「どうした」と聞かれるまで見つめていた。

 

 

“その手に触れてみたい”――気づかぬ間に、再びカルナの手を見つめていた弥々は、そう思い。そっと、手を伸ばそうとするが……。

 

 

「…使者殿、次はどこへ向かわれたい?どこへなりとも、案内(あない)しますゆえ」

 

 

そのまま近づけた手を胸にあて、静かに微笑み問いかける。

数瞬…その僅かな間に、彼女が何を思い、その思いを自覚しないよう(・・・・・・・)蓋をしたのかは誰にも知れず、それはカルナもまた同じ。

 

 

「この京都では、野菜も有名だと聞く。是非、僅かばかりでも、その畑を見てみたいと思っていたところだ」

 

 

その言葉を聞き、本当に面白い御仁だと、弥々は口元に着物の袖を持って行きつつ了承し、再び連れ添うように、“石堀小路”を歩き出す。

 

 

少し伸ばせば重なる手。だがそれが重なることは、もう…――。

 

 




このカルナさんサイドと原作組との空気の違いよ…(汗

畑を見たカルナさん「…良い土だ」←土をにぎにぎしながら


もう一度だけ念の為に言っておきますが、弥々がヒロインになることだけは絶対にあり得ません。

次回はまた時間が飛んで“渡月橋”での英雄派(笑)とイッセー達との邂逅後となる予定です。
年内には、何とかこの京都編を終わらせたいところですね(さぁ、作者が再び何回書き直して読者が愉悦を感じるのか!?その回数を張った張った!)


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英雄派との邂逅

ただし『原作組』がですが

待たせたわりに、カルナさん出ません(本当にゴメンなさい)
結局伏線回になってしまいました…(汗
(分かりにくいうえに、次回もまた伏線回という…)

その分、カルナさんが出た際は盛り上げる気マンマンなので、どうかご容赦を。



「ここが“裏京都”なのね」

 

 

呟かれたイリナの言葉に、俺達は釣られるように辺りを見渡す。そこは異界とも呼べるような場所だった。

 

江戸時代の街並みのセットの如く、古い家屋が立ち並び、薄暗い光源を家の中から覗かせながら、一つ目の大きな顔の妖怪、頭に皿を置いた河童など、御伽噺でしか見た事のないような妖怪という種族が、通りを歩く俺達を、好奇の視線で見ていた。

 

何故こうなったかと言うと、俺達は清水寺を見終えた後、予定通り桐生達と銀閣寺や金閣寺を見て回った。途中、あの綺麗な外人さんが団子を食べていたのを思い出し、時間も丁度良いと休憩所に。そこで桐生達が突如気を失い、俺達は初日の伏見稲荷の時のように、妖狐の皆さんに囲まれた。何事かと思いきや、そこにロスヴァイセ先生がやって来て、何でも昨日の誤解が解け、あの時俺達に襲い掛かって来た九尾の娘さんが、俺達に謝りたいから来てくれという事らしく、こうして“裏京都”に入って来たワケだが…。

 

 

「悪魔か、珍しいなや」

 

「人間じゃねぇのか?この前連れて来られてたしよぉ」

 

「いんや、人の匂いがしねぇ。弥々がどこかへ連れて行ったが…食うのか?」

 

「阿呆、あれは須弥山の使いぞ。天帝の怒りなんぞ、儂は喰らいたくないわい」

 

「龍だ、龍の気配もあるぞ。悪魔と龍…」

 

 

薄暗い灯火の中、俺達は進む。すると悪魔や“神器使い”が珍しいのか、かなり歳食ったと見える妖怪達の、話し声が聞こえて来る。でも向こうは別に、こちらに聞かせる気が無いのか――小さな呟きは、少し離れた場所にある木々のさざめく音に掻き消され、良く聴こえない。

 

そのまま前を歩く狐のお姉さんに先導され、小さな川を挟んで先程の林へと入る。そこを更に進むと巨大な鳥居が出現し、その先にはこれまた大きなお屋敷が、威厳と古さを醸し出しながら静かに佇んでいた。

 

 

「お、来たか」

 

「やっほー、皆☆」

 

 

鳥居の先には、アザゼル先生と着物姿のレヴィアタン様がいた。二人共、妖怪の世界に来ても相変わらずなようで。

 

そんな二人の間には、小さな金髪の少女が立っていた。あの時の女の子だ、この子が九尾の娘さんで良いんだよね?

 

 

「九重様、悪魔の皆様をお連れしました」

 

 

そんな俺の疑問に答えてくれるように、狐のお姉さんが明らかに目上と話すような態度で、その少女――九重に報告し、ドロンと消えてしまった。…あれか、狐火ってやつ?

 

すると僅かに九尾のお姫様は頷き、こちらへと一歩出て来て口を開く。

 

 

「私はこの京都に住まう、全ての妖怪を束ねる御大将八坂の娘、九重と申す。…先日は事情も知らず、襲い掛かってしまった。どうか、許してほしい」

 

 

ペコリと可愛らしく頭を下げられ、俺は困り顔で頬を掻いた。それは他のみんなも同じらしく、気にしていないと声を出すが、どうやらこの子はあの時のことを思った以上に気にしていたらしく、中々頭を上げてくれない。

なので本当に気にしなくていいんだよと伝えるため、近づいて目線を合わせようと膝をつこうとすると――。

 

 

「姫様。儂は確かに自らの咎を認められよと申し上げましたが、物乞いのようにいつまでも頭を下げなされとは、一言も申しておりませぬぞ」

 

 

シャランと金属と金属がぶつかり合う音が辺りに鳴り響き、それと同時にまるで長い時の中、大地に根付いた巨木を思わせるような声が聞こえ、そちらの方に顔を向けると。

 

 

「大天狗殿、部屋で待つって言ってたじゃねぇか」

 

 

アザゼル先生の言う通り、そこには物語に出てくるような鴉の羽を生やし、真っ赤な顔に長い鼻と、手に錫杖を持つ天狗がそこにはいた。

 

 

「じいじ!し、しかし…悪いのはこちらじゃし…」

 

「確かに手前勝手な行動でしたな。出て行かれたとあの日聞き、我等がどれほど心配したと思うておるのですか」

 

 

先程以上にしどろもどろな態度で、九重がその天狗を前におどおどしだす。でも天狗の方は、そんな仕草を見ても眉間の皺を解こうとせず、むしろ睨みつけるような眼光を向けるばかりだ。…少し厳しすぎやしないか?だってこの子、母親が心配であんな事したんだろ?だったらしょうがないじゃないか。

 

 

「何ぞ小童、言いたい事があるなら儂の前で言ってみせろ」

 

 

うぉ、今度はこちらを睨んできやがった!てか超怖ェェエエ!!?何あの眼力!?睨まれただけで殺されそうなんだけど!?

 

他のみんなも、その眼光にたじたじだ。そういや天狗って、確か昔は神様みたいに信仰されてたとか聞いたな…もしかしたら、俺達みたいな悪魔にはかなりの天敵なのかも知れない。

 

しばらくこちらを睨むように見ていたと思いきや、すぐに視線を九重へと、その天狗の爺さんは戻し。

 

 

「姫様。それで、どういたす」

 

 

―?何のことだと思っていると、九重がどこか、悩むような素振りを始めた。

 

 

「その…じいじ、私はどうすればいいのじゃ?その…私なんかが、それを決めて良いのじゃろうか?」

 

 

本当に何のことかとアザゼル先生に視線を向けるも、先生もロスヴァイセさんも何も聞かされていないらしく、ただ首を傾げて成り行きを見守っていた。

しかし…今なら元浜のような、ロリコン紳士の気持ちが少し分かる。もじもじと悩む少女の画、これは確かに萌えるッ!!

 

 

「貴女様が決めなされ、九重様。八坂様が行方不明な今、儂が一時の総大将を務めておりますが、御身は将来、我等の旗頭となられる存在。酷とは思いますが、京の都を背負う覚悟のもと、貴女様の決定を、我等京都の意志として、しかとお伝えなされよ」

 

 

突き放すような…しかしどこか、思いやりを込めているような声音で天狗の爺さんは、静かにお姫様を見つめていた。

するとお姫様は、しばらく考えるような素振りを見せた後。

 

 

「…咎がある身でどうかとも思うのじゃが…どうか、どうか!母上を助ける力を貸してほしい!」

 

 

覚悟の篭った眼で、こちらを見据えて来た。

 

 

 

 

俺達はそのまま屋敷の中に通され、今は数ある座敷の一つに集まり、情報を交換し合っていた。

 

この京都を取り仕切る大将、八坂姫は須弥山の帝釈天から遣わされた使者と会談を行う場所を再確認する為、この屋敷を出たという。ところが帰って来るはずの時間に戻らず、しかもそれを伝える為の狐の一匹も戻って来なかった為、不審に思った妖怪サイドが調査したところ、瀕死の重傷を負った鴉天狗を保護したという話だそうだ。で、京都にいる怪しい輩を徹底的に探していたと、そういうことか。

 

その後先生とレヴィアタン様が、この九重の右前で腕を組んで目を閉じている大柄な天狗の爺さん…後から聞いたんだけど、何とこの爺さん、あの源 義経が幼少、つまり牛若丸だった頃に世話した、あの鞍馬天狗なんだって!スゲー!!

 

っと、話が逸れたな。兎に角、大将を代わりに務めているこの鞍馬天狗さんと交渉し、冥界側の関与は無いことを告げ、手口から今回の首謀者が、【禍の団】の可能性が高いとの情報を提示した。

 

 

「しかし…インドラか。大天狗殿、何故京都は須弥山なんぞと会談を行おうと?あちらの噂は聞いているだろうに」

 

 

ん、『インドラ』?誰のことだ?それに何か、先生の顔つきが強張っているようにも見えるし…。

 

 

『相棒。インドラとは、先程出た帝釈天の別名だ。正確には昔の名と言うべきだが…アザゼルのように、仏門に帰依する以前からあの神々の王を知る存在は、今だそちらの名で呼ぶのさ』

 

 

左腕。正確には、“神器”の中から厳かで、強者の風格漂う声が響く。ドライグの声だ。

 

 

「それを聞いて何とする、総督殿。…先の声はブリテンの守護龍か、ということはお主が今代の赤龍帝であったか。何ぞ、最近の(わっぱ)は天帝の名すら知らんのか」

 

 

…何かこの爺さん、ちょくちょくこちらを馬鹿にしているような気がするけど…我慢だ我慢。そう、俺はキレやすい、現代の若者じゃないからな。

 

先程の天狗の爺さんの言葉に付け足すように、ロスヴァイセ先生とアザゼル先生も、そのインドラだか帝釈天だかの事を教えてくれた。

 

 

「インドラ…帝釈天様は、かなり古い起源を持つ神です。かつてはゾロアスターの悪神とされ、しかし月の兎の自己犠牲に涙し善神となる誓いをなされた後、インド神話では、そのあまりの強さと格の高さに、神々の王として敬われました」

 

「だがそれも少しの間だけさ。破壊神シヴァに信仰を奪われ、阿修羅神族との終わりなき戦いの日々を繰り広げ、それは今も続いている。何よりも戦いと血を好み、己こそが最強でないと我慢ならない自己中心的な武と戦の頂点に座す神…それがインドラだ」

 

 

な、何か話だけ聞いていると、滅茶苦茶ヤバイ神様ってことだけは分かった。ロキの時も思ったけど、神様ってのは色々いるもんだな。

 

 

「っと、そう言えばインドラと言えば、匙が一番身近な存在だぞ?何しろアイツに宿るヴリトラは、インドラの手で殺されたんだからな」

 

 

ッ!しぶとさと生命力なら、邪龍の中でも一際ヤバイと言われるあのヴリトラを!?

 

 

【それだけあの神々の王が、凄まじく強いというわけさ。ちなみに言っておくと、生前のヴリトラは俺達二天龍と、競う程の強さを誇っていたぞ?】

 

 

神々でさえ恐れた二天龍クラスを、一人で倒したってのか!?うわ、絶対に会いたくねぇ!そんな神様!!

 

怖っ!と最近、何かと神様と関係がある気がする俺は、どうか会う事などありませんように!と、死んだ聖書の神様に祈りを捧げていると、横から突かれるような感触を受け、何かと振り向くと。

 

 

「ねぇ、イッセー君。もしかして、昼間会ったあの外人さん。あの人が、その須弥山からの使者だったんじゃないの?」

 

 

っ!確かにそうかもしれない。その証拠に、横にいたドエロイお姉さん。九重達、妖狐の皆さんと同じ金髪だった。

 

どういうことだとアザゼル先生がこちらに問い詰めて来て、三年坂で出会った綺麗な男の人の話をしていると、こちらの話を興味深そうに静かに聞いていた九重が、「おぉ!」という声と共に、ポンっと小さな拳を手の平に振り下げ。

 

 

「そういえば、私は会わせてもらえなんだが、弥々がその人間を迎えに行き、今は世話をしておると、じいじから聞いたぞ!」

 

 

途端に先程まで、静かにこちらの話を聞いていた、周りにいる妖怪の重鎮と見られる方々が、『姫っ!!』と声を上げ、九重を咎めるような視線を向ける。天狗の爺さんもだ。それはいかんと言わんばかりに、首を横に振っていた。

 

 

「…九重様。八坂様が見つかれば、まずはお尻ペンペン100回をお願いするのでお覚悟を」

 

 

その言葉に、途端に顔を青褪める九重…分かるぜ、あれ、結構痛いもんな。しかも部長、“滅びの魔力”まで上乗せしてたし…。

 

 

「ま、兎に角だ。俺達聖書の陣営は、是非そちらと協力関係をと思っている。今回のように、最近何かとテロリスト共が動き回っているからな。各勢力、手を取り合った方が良いに決まっている」

 

 

確かにそうだ。それに仲間は多いに越した事はないだろうしな。

でも、妖怪のお偉いさん達はどこか、悩むような素振りを見せる。どうしてだろ?

 

 

「総督殿、それは脅しか?提携を結ばねば、我等が八坂様の捜索を手伝わぬと?」

 

 

なッ!?この天狗のジジィ、ンなワケねぇだろ!?こっちは心配して言ってるのに!?

 

あまりに失礼な物言いに、匙じゃないけど俺は思わず立ち上がり、抗議の声を上げそうになる。だがそれを、アザゼル先生は座ったまま手で制し、こちらを見向きもせず天狗の爺さんを見据え。

 

 

「そんなつもりは無い。これは純粋な好意だ。この京都は俺も気に入ってる。隣に座る魔王少女さまもだ」

 

「はーい!出来ることなら何でも手伝うわよ☆」

 

「てなわけだ。…そちらの気持ちも理解している。様子を見るに、須弥山側との話もまだ、済んですらいないんだろ?」

 

 

先生のその言葉に、更に悩まし気な雰囲気が部屋を包む。…それだけその須弥山との会談が、この京都にとって大切なんだろうな。

でも…なんだろこの感じ。「早まったか」とか、「やはりあれは」とか「牢屋」がどうのこうのと、何やら物騒な呟きがボソボソと聴こえるんだけど…。

 

天狗の爺さんも更に眉間に皺を寄せて、さっきの人を殺せそうな眼光を、部屋の隅にいる狐のお姉さん達に向けている。

 

 

「じいじ、先程から皆が呻いておるが、何かあったのか?」

 

「…少し、使者殿と手違いがありましてな。その際、もうしばし待ってほしいと告げ、今は九重様も知るように、弥々殿に予定通り、この京都を案内させているのです」

 

 

やっぱりあの人が、その須弥山側からの使者だったんだ。そうだよな、じゃなきゃあんな凄く高そうなスーツ着た外人さんなんか、そうそうお目にかかれないもんな。

他のみんなも、どうやら同じ考えに至ったらしい。するとアザゼル先生が、こちらに近づいて来た。

 

 

「なぁイッセー、そいつはどんな感じだった?俺の予想だと、あのインドラの謂わば名代だ。名のある仏神か、もしくは凄まじい“神器”使いだと思うんだが…そんな気配はあったか?」

 

 

どうだっただろうか?思い出しても、印象は兎に角、綺麗だったとしか言えないや。でも雰囲気だけは、確かに表の人間の感じではなかったと言うと。

 

 

「いや、あれはただの人間じゃ。そこな小僧や、お主らのような人外の雰囲気の無い、ただのな」

 

 

天狗の爺さんが代わりに答えてくれた。

すると先生は、口元を隠すように、何か思案するような仕草の後、俺達の方を真剣な表情で見てきた。

 

 

「そいつ、思った以上にヤベェかもな」

 

「え、何でですか?」

 

「あの武神が、ただの人間なんざ寄こすワケねぇだろ。“神器”の気配も無い、もしくはそれこそが、そいつの“神器”の能力かもしれんが…何かある(・・・・)。これが終わったら、少し探してみる。その間、もし見つけたとしても、迂闊に近づくな」

 

 

それだけ言うと、パンっと座ったまま、注目を集めるように膝を叩いて先生は再び、京都側との話を進め始める。

 

 

「兎に角だ。申し訳ないが、恐らく時間が無い。テロリスト共が八坂姫を攫ったのは間違いなくこの京都で何かを起こす為だ。アイツ等はこちらの事なんざ関係ない。攫われた八坂姫も、何をされているか分からんからな。協力体制については、彼女を無事保護してからで充分だ。だからどうか、俺達を信じて助力させてほしい」

 

 

その言葉に、九重の心配の気配が強まったのを感じた。

そのまま周りを見渡し、最後にすぐ右隣の座る天狗の爺さんを見上げる。

 

 

「じいじ…っ!」

 

「…もとよりこれは、儂が決めることではありませんでしたな。申し訳ありませぬ九重様。御身は先程、彼等に協力をと懇願したばかりであるというのに…歳をとると、どうしても疑い深くなるのは悪い癖ですな」

 

 

おぉ、ということは!

 

 

「今一度、私から、この京都の意志を口にさせてもらうのじゃ。どうか母上を助けることを、協力してほしい」

 

 

九重の言葉に、一斉にその場にいた妖怪達が、頭をこちらに下げて来た。勿論、答えなんか決まってる!

 

 

「当たり前だぜ!なぁみんな!」

 

「えぇ!勿論困った人…まぁ今回は妖怪だけど、そんな者を助ける事こそがミカエル様のエースである、私の使命なんだから!」

 

「はいっ!九重ちゃんのお母さんを助けましょう!」

 

「まぁ、テロリストに良い顔させたくないしね。協力させてもらおうじゃないか」

 

 

へへ、流石オカ研メンバーだ!

俺達の啖呵に、九重は顔をパァっと明るくさせ、天狗の爺さんが、これが八坂姫だと肖像画を持ってこさせた。って、まじか!おっぱい超デカイじゃん!!こ、こんなデカ乳の狐姫を攫ってテロリスト共は何を…ひ、卑猥な事をしていたら、俺が許さん!!

 

そこからアザゼル先生が、八坂姫はまだこの京都にいると、俺達に言ってきた。理由を聞くと、何でも九尾とは、この巨大な力場である京都に流れる気を統括し、バランスを取る役目にあるのだとか。異変が起きた様子もないし、それこそが彼女がこの地を離れていない証拠なんだと。

 

レヴィアタン様も、早期に手を打って、京都に詳しいスタッフに動いてもらっているらしい。普段はそんな雰囲気も見せないが、流石は魔王様だと思った。

 

先生も、もう一度こちらの覚悟を問いかけて来て、旅行を楽しみながらも決して気を抜くなとの言葉をいただいた。

 

そんな中、再び九重が手をつき頭を下げて、どうか母を助けてほしいと重ねてきた。他の妖怪もそうだ。

 

こんな小さな子供が頭を下げ、声を涙に震わせている。任せろ九重!絶対に母ちゃんは助け出してやるからな!

 

それに…もしかしたら、助けた八坂姫が何か、ご褒美くれるかもしれないし!ヤベ、あのおっぱいを好きにしていいかもと妄想すると、鼻血が出てしまった。

 

 

「…イッセーさん、エッチなこと考えてませんか?」

 

 

アーシアから、ジト目で睨まれ俺は頭を振り妄想を止める。いかんいかん、幼い狐のお姫様の懇願なんだぞ!

 

気持ちを新たに決意して、旅行中の戦闘を覚悟し、俺達はそのままこの“裏京都”を出た。

 

 

 

 

 

イッセー達が出た後、大天狗は九重の前で隠さず溜息を吐いた。

 

 

「…姫様、本当に明日、彼等を案内するつもりで?」

 

 

彼等が出て行く直前、九重はそれを約束した。やはりまだ、多少の負い目があったのではと大天狗は思う。

 

 

「それもある。じゃが他にも理由はあるのじゃぞ?私はまだ、その須弥山の使者と会っておらぬ。歩いておれば、一目会えるかもしれないではないか」

 

 

それはあまりにも子供らしい理由だった。『知らない、だから見たい』――。

しかし今の状況では、それはかなり難しい。テロリストが八坂だけを狙っていたとは思えない。その娘である九重すらも、標的にされているのは間違いないのだ。ならばこの“裏京都”に籠っていてもらったほうが、遥かに守りやすいのだが…止める間もなく、すでに彼女はイッセー達と約束した。

例え口約束でも、堕天使総督や魔王。北欧のヴァルキリーと思える大物ばかりが集まっていたあの場では、もはやそれを覆すことは難しい。

 

腕の利く護衛を大天狗が、その頭の中で選別していると、九重が使者はどんな感じであったを聞きだした。

九重にとって、弥々は今よりも更に幼い頃から世話になった、謂わば姉のような存在だ。その力量も、守護者に名を連ねるに相応しいと理解しており、そんな彼女が付きっ切りで世話をする使者――カルナに興味を引くなというのは無理がある話だ。

 

思い出すように、先程アザゼル達と話していた時とは打って変わり、髭を撫でながら遠くを見るようなその眼は、ある種別の緊張を含み一言。

 

 

武士(もののふ)…それが一番ふさわしい印象でしょうな」

 

 

全てはこちらの不手際。今ならはっきり認めることができる。しかし彼は、それに対し一言も不満を漏らさず、牢に閉じ込め様子を見に行った者が言うには、一夜明けてもその様子はまるで研ぎ澄まされた刃のようであったと聞く。それは己と直面し、殺気を軽やかに受け流した時もそうだ。

 

 

(それに比べ、今代の赤龍帝…あれは酷い)

 

 

それが大天狗の素直な感想だ。

試しに気配を消し近づこうと、こちらの接近に一切気づいた様子はなく、殺気すら込めていない、警告の意で放った気程度で、彼等は狼狽えていた。動きもまた、とても戦士とは思えぬ体捌き、かろうじて筋肉がついているようだが…もとより人外は、その身に宿した魔力や気で、筋力の差などいかようにもできる。

 

彼等と話している間も不安しか感じられなかった。それと同時に何度、あの使者への無礼を悔やんだことか…それは途中、この場であの時いた者達も感じたことだろう。

 

大妖怪ですら、たじろぐ大天狗の殺気。カルナはそれに、見事に応えてみせたのだから。

 

 

だが九重はどうやら違うようで――。

 

 

「私は良いと思ったぞ?優しいのじゃ!」

 

 

『甘さから来る優しさ』――まだ悪意を知らない、晒されていない幼い姫君は、それを好意的に受け取ったらしい。

もっと世間を見せるべきであったかと、大天狗は内心苦笑いを隠しきれなくなりそうだが…これもまた、この幼き将来の旗頭が成長する為に必要なこと。ならば我等は、影から支えるのみと、この場に揃う幹部に目線を送る。全力で守護せよと。

 

出来れば自身で影から警護したいところだが…この大天狗第三位に連なる【鞍馬山僧正坊】は今、その神通力を持って、何やら安定しない、八坂の気を必死にフォローしている最中なのだ。迂闊に動けば、必ずこの京都は崩壊してしまう。ゆえに彼は動けない。それは他の京都守護もそうだ。

四方に別れ、陣を敷いて必死にバランス調整をしている。唯一フリーとなっているのは弥々のみだが…彼女を戻すわけになどいかない。

 

 

「さ、慣れぬ事をさせて申し訳ありませぬ。今日はもうお休みなされよ。明日は彼等を案内するのでしょう?万全をもってして、我等の京都を紹介なされよ」

 

「そうじゃなぁ、じいじの言う通りにするのじゃ!じいじもあまり、無理をするでないぞ?」

 

「ほっほ、無論ですじゃ」

 

 

 

 

次の日。九重は約束通り、天竜寺の境内にて、イッセー達と合流し、嵐山方面へと案内を務めた。途中、桐生が彼女の抱き着いた際、境内の雀達が何かを感じ、一斉に飛び立ったが…それをイッセー達が気付く事はなく、様々な場所を案内しながら、観光名所巡りは渡月橋へと辿り付き…――そこでぬるり(・・・)と、突如彼等を生暖かい空気が包み込み……その先で、彼等はついに出会う。

 

 

 

 

 

「――初めまして、アザゼル総督、そして赤龍帝」

 

 

 




???「来たぜ、ぬるりと」

ふと、「これカルナさんじゃなくても、大天狗(鞍馬)出たら終わりじゃね?」と思い、急遽出れない理由を付けたすというこの浅はかさよ(汗


大天狗の眼光は鋭いようですが…とある大英雄は、眼力だけで本当に殺すらしい(そんなワケないよネ!)


次回はとうとうみんな大好きな、あの人達が出るよ!是非(意味深)もないよネ!(ノッブ感)

Q・それで、次回の投稿はいつだ?
A・千年後(明日)でどうだ?


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英雄とは是、即ち

本来このような場で言うべきではないのかも知れませんが、昨日の日刊ランキング一位になることができました。
夢だろ…?とか、いや無いって…いつチート・バッカーズの邪眼喰らったっけ?と何度も見直しましたが、これも全て皆様のおかげです!本当にありがとうございます!
どうしてもお礼が言いたかったので、少しこの場をお借りしました。申し訳ありません。
(ジャスト一日だ。良い夢見れたかよ?)

今回までが、伏線張りという名のカルナさん以外の状況説明です。

数々の作者のねつ造や妄想が繰り広げられますが、どうか生暖かい目で御覧ください。



 

「――くっ、はは!あれが赤龍帝、上級悪魔リアス=グレモリーの眷属達か!」

 

 

青年とおぼしき笑い声が、辺りに木霊する。

ここは京都であって京都でない。冥界で暮らす悪魔達の娯楽の一つ、“レーティングゲーム”で使用される技術を用いて作られた、謂わば異界だ。

 

嬉しそうに笑うこの男こそ、4年前に帝釈天と袂を別ち、その身に最強の“神滅具”【黄昏の聖槍】を宿した青年――三國志にその名を残す英雄、曹操 孟徳の血を受け継ぎ、自らも曹操と名乗る彼は先程ここ京都の渡月橋にて、イッセー達に初めて自分達“英雄派”の姿を晒した。

 

 

そんな曹操の笑い声に、彼の周りにいた仲間は一人、また一人と嘲りを含む笑みを浮かべていく。そこには人であるという誇りなど無く、ただ己より下…つまり弱い者を見つけ、嬲れることへの暗い歓喜があった。

 

 

その証拠に、曹操の傍にいる幹部と見られる少年少女達は、思い思いに口を開く。

 

 

「良いね君は、楽しそうで。まぁ気持ちは分かるよ?あれは確かに、予想外の塊だ」

 

 

曹操と共に、渡月橋にてイッセー達と相対した、魔剣士ジークフリートがそう口にする。するとその言葉に呼応するかのように、分厚い筋肉に覆われた肉体をこれ見よがしにと晒しあげ、己をかの大英雄“ヘラクレス”の魂を受け継いだ存在であると思い込み(・・・・)、父と母から授かった名を捨て、自らをヘラクレスと名乗る巨躯の男。その隣にて、僅かな残滓を確かに受け継いでいるものの、すでにその高潔な精神を無くし別人と化した聖女、ジャンヌは残念そうに首を振り。

 

 

「おう、見させてもらったが何だアレ?このヘラクレスがあの場にいりゃ、俺様一人で余裕で全員ぶっ殺せたぜ」

 

「私も行きたかったなー、特にあの金髪の可愛い男の子。【魔剣創造(ソード・バース)】の“神器”なんて…お姉さんを挑発してるのかしら♪」

 

 

“驕り”と“慢心”――だが曹操はそれを止める事も、注意を促すこともなく。隣にいつの間にか現れた、己に次ぐ実力者にして、この“英雄派”の参謀とも呼べるゲオルグと、まだ幼いながらも、その身に宿す“神滅具”【魔獣創造】は、数の暴力という点を見ればこの中でも随一であると認めるレオナルドの二人に見向きもせず、ただ誇らしげに彼等を見据える。

 

 

そうだ、これこそが英雄(・・・・・・・)だ。

絶対の自信を持ち、自らの力を好き勝手に振る舞い、他者をそれにて魅了する。【力】こそが弱者を導き、ゆえに…――“最強の【力】を持つ己こそが、真の英雄である(・・・・・・・)”。

 

 

だからこそ、この“英雄派”を築き上げた。

弱い人間の中でも、特異な力を宿す彼等を探し出し、いつしか英雄と呼ばれるであろう存在をまとめ上げ、その先にて“英雄をまとめ上げた大英雄(・・・・・・・・・・・・)”として名を残す為に……あの神々の王に、今度こそ認めてもらう(・・・・・・)為に――。

 

 

「おい曹操、そういえばあの狐を連れた男はどうすんだ?」

 

 

知らず知らずの内に握りしめられていた拳は、ヘラクレスの投げかけた問いに気を取られ、彼は気づかずそれを解く。

 

 

「あぁ、あの帝釈天が寄こしたとされる須弥山の使者か」

 

 

彼等はカルナがこの地に足を入れる前から潜伏しており、曹操はかつて住ごした古巣である須弥山の内情に多少詳しいこともあって、スパイを幾人か送りその情報をこちらに流させていた。

ただこのスパイとは、カルナの情報を流させた直後に連絡が取れなくなっているが…曹操がそれを気にすることは無かった。

 

初めから捨てる気でいた駒(・・・・・・・・)のことなど、気にしてなどいられない。何よりこうして自分達、真の英雄となる者の為に役立ったのだ。ならば彼らも満足だろう――…そう思って。

 

 

トントン――っと、彼を知る者ならば見慣れた最強の“神滅具”で肩を叩く仕草をしながら、曹操は思考する。

 

スパイに掴ませた情報から、あの白く細い男が、須弥山側が寄こした使者であることは間違いない。だが幾つか解せないことがあると、曹操は肩を叩く仕草を止め、視線を聖書の神の意志が宿る“神滅具(ロンギヌス)”――その由来となった【黄昏の聖槍】へとやる。

 

 

(帝釈天は、いと名高き武神…その頂点だ。だから弱っちい…どう見ても“神器”を宿しているとは思えない、ただの人間(・・・・・)としか見えないあの男を何故…自身の名代として寄こした?)

 

 

曹操はいつしか、帝釈天へと挑まんと心に決めている。それこそが拾ってくれた恩義を、返す唯一の方法であると。その為に、すでに“禁手(バランス・ブレイク)”できる状態にも関わらず、長い時間をかけ“亜種”へと変質させ、その能力を更に研鑽している状態だった。

 

だが…まだその時ではない。曹操は理解しているのだ。

 

【今の段階では、悪魔や堕天使程度は相手できようと、神々を滅ぼすにはまだほど遠い】と。

 

誰よりもあの神を見て来た。いつしか超えんと――だが時間は待ってくれない。何より今の彼は、【禍の団】。その中で、今や最大派閥となった“英雄派”を率いる長なのだ。

 

軽く流すように視線をヘラクレス達へと向ければ、誰もが『やらせろ』と声に出さず、目で訴えて来る。『人外と共にいるのであれば、それはもはや人でありながら人の敵である』と。

 

 

かつて広大な地に生まれた三國において、彼等と比べることすら烏滸(おこ)がましい、英雄達が群雄割拠した時代に、その英雄達から魔王と恐れられた曹操 孟徳であればその時を理解し、この流れにも似た雰囲気を一喝し塞き止めることができただろう。だが…――。

 

 

「じゃあ、やろっか」

 

 

ただ血を受け継ぐ子孫でしかないこの若造に、それを理解しろというのは、どだい無理な話だ。

 

 

「…良いのかい、曹操?帝釈天は僕等のパトロンでもあるのだろう?」

 

 

若干の不安を見せるゲオルグに、曹操はもはや癖となったそれを再び始めながら。

 

 

「何だいゲオルグ、不安か?問題ないさ、むしろ俺達弱っちい人間に攻められて、負けるヤツなんかここで殺してやったほうが幸せというやつさ」

 

 

誰よりも、理解しているという自負がある。

かの神々の王は、英雄たる者が誰しも崇める英雄神でもある。つまりは強い存在…英雄を誰よりも好む。だというのに、あの男は何だ?

 

 

曹操はカルナがこの京都に入って以来、監視しておくよう構成員に命じ、時折ゲオルグに魔術を使わせ、その映像を見させてもらっていた。

 

確かにこの京都守護に名を馳せる妖狐との戦いは曹操をして、思わせる所のある戦いだった。

見た事もない形状の、己と同じように槍を使った戦闘。そのスピードは確かに目を見張るものがあった。

 

だが、それだけだ(・・・・・)

焔狐の熱に耐えるだけなら、この“英雄派”にて耐熱の“神器”を宿す者なら誰でもできるし、単純な威力だけでも己の聖槍のほうが、遥かに上だ。更に勝者でありながら、敗者を辱める権利を放棄し、あまつさえ、今やその敵と隣を歩き案内を任せ、更には背中を晒して土遊びに興じていると来た…ッ!!

 

 

(何故だ、帝釈天よ…何故…英雄であるはずの俺には、何の音沙汰もくれず、あのような男を自らの名代としたっ!?)

 

 

再び気づかず握り拳を形成する曹操。そこには強く握り過ぎた為か血が滲み出ていた。

 

誰よりも…あの神々の王を理解し、好む英雄であると自負(・・)がある。

だがこの地に馳せ参じたのは、【西遊記】に名を刻む仙術の担い手でも、三國にその名を轟かせた大英雄でもなく…誰とも知れぬ、まるで農家のような男ときた。

 

これが嫉妬であることなど、曹操は理解している。だが我慢できない。何故ならそこは本来、自分のような者にこそ相応しい(・・・・・・・・・・・・・・)からだ。

 

気配が変わった己の傍から離れる部下になど目もくれず、殺意を周囲にばら撒く。

 

 

「…曹操、怖い…よ?」

 

 

だがそれは人外に追われ、人の悪意に晒され迫害された者にしか理解できない事であり、望んでいなかった力を手にし、曹操達に連れて来られたその日から道具(・・)としか見られていないと自覚するレオナルドには通じない。

恐怖を覚えてしまえば、それはもはや道具ではない。そう彼等に思われては今度こそ、自分は一人になると…恐怖を覚えるという矛盾を抱えたまま、彼は感情の込っていない声音と共に、曹操の裾を引っ張る。

 

 

「っと、すまないレオナルド。俺らしくなかったね、ごめんよ?」

 

 

裾を引かれたことにより、自らが英雄らしくない行いをしていたと理解し取り繕いながら、「ん」と短い返事をするレオナルドを少し後ろに下げ、曹操は逆に少し前に出て、これからの予定を語り出す。

 

 

「さて、まずは当初の予定を思い出そうか。ゲオルグ、『龍殺し』の調整と、八坂姫の調教は順調かい?」

 

「当然さ、この僕はあのゲオルグ=ファウストの子孫だよ?甘く見てもらっては困るね」

 

 

曹操の問いかけに、遺憾であるといわんばかりに顔を歪ませパチンと指を鳴らす。すると霧のようなものが発生し、その中からどう見ても、正気とは思えぬ八坂が出て来るではないか。

 

 

「調教たぁ、良い言い方だな。これで娘産んでるんだろぉ?スケベな大妖怪だなオイ」

 

 

ヘラクレスが軽口を叩き、下品な笑い声がそこらかしこから上がる。

 

霧の中に手足を隠したままの八坂は、その瞳に光を映さず、口元からは淫靡な銀糸が落ち続けている。それだけではない。

成熟した女の色香。乱れた着物から覗く豊満な胸と、程良いと思わせる肉付きをした太ももは、思春期の彼らが抱く欲求を、目に見える形となって意識の無いであろう彼女へ熱い視線となって降り注ぐ。

 

 

「ま、妖狐ってのは、男を誑かすことでも有名な妖怪だ。だからって手をつける(・・・・・)なよ?これは大事な道具(・・)だ」

 

 

念を押すような言葉と共に、軽く曹操が彼等を一睨みすれば、獣欲に駆られた者達が一歩下がる。その光景に軽く悦を感じつつ、ゲオルグに確認を再開する。

 

 

「ふむ、様子を見る限りでは問題なさそうだね。では予定通り、赤龍帝達を君の【絶霧】でこの異界におびき寄せ、彼等がいかに無力で俺達人間が、どれだけ素晴らしいか見せつけるとしよう。それとゲオルグ、あの目障りな狐と農民擬きも招き入れよう。あと今回はこの場への接続深度を更に深くしておいてくれ、ヴァーリ達にまた邪魔されたくないからね」

 

 

問いかけですらない、それはもはや決定事項のように、さも当然と言わんばかりに曹操は己の新たな考えを右腕たる彼に伝え、ゲオルグもまた当然と返す。

 

 

「【絶霧】に不可能なんかないよ。いくら君の聖槍より一段劣るとはいえ、上位“神滅具”と呼ばれるコレをあまり舐めないでもらいたいね」

 

 

「ならば良し」と曹操は順に、ヘラクレス達幹部と末端の構成員達を見据え。

 

 

「ヘラクレス達は俺達と共に、二条城にて彼等を待っていよう。助ける直前に俺達が現れ、絶望するその姿を笑ってやろう」

 

「おいおい、それじゃあ俺達がまるでゲームに出て来る魔王みてぇじゃねぇか」

 

「はは!魔王ならすでにいるじゃないか!俺達は何をしようと、どれほど人外に絶望を味あわせようと――英雄以外にはなれないよ」

 

 

“大儀は我等に在り”――そう曹操は言葉巧みに思考誘導し、ただ手にした力に(・・・・・・・・)(はしゃ)ぐ子供達(・・・・)は、熱に浮かされたように頷く。

 

 

「その間はお前達に任せる。ついでだ、須弥山の使者の相手もしてやれ。そうすれば、神々の王は、俺達を真の英雄として称賛するだろう。神の使いとして選ばれておきながら、人外と隣を歩く、人の誇りも忘れたあの男の横っ面を、お前達の手で思いっきり殴って囲んで蹴ってやれ。強者が悪いんじゃない、弱者が悪いんだ。それを俺達は味わい、そして証明してきただろ?なに、いつものように…英雄らしく、弱者を甚振ってやれ」

 

 

これで話は終わりだと告げるように、曹操が後ろを振り向けばその瞬間、異界に若く猛々しい怒号が上がる。

まだ何も成していない。だというのに、彼等はもう勝ったと、最強の“神滅具”がこちらにある。誰もが恐れる上位“神滅具”が3つもある。だから負けるわけなど無いと、特に理由もない自信に身を委ね、鬨の声を上げる。

 

彼等の目的は、大儀を掲げ悪魔に成り下がった者への忠罰。

しかしその中心。曹操はもはや、イッセー達のことなど見ておらず――。

 

 

「さて、お手並み拝見だ。須弥山、帝釈天の名がどれほど重いか、その身をもって味わうといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

七海八山に囲まれた須弥山、その中心にそびえ立つ“善見城”。

その頂点にして主、帝釈天は豪華絢爛、これぞ贅の極みであると一目で分かる、数人かけのソファーのような座椅子に一人ダラけるように腰かけながら、煙草を咥え一言。

 

 

「遅ぇ。あの馬鹿、いつまで道草食ってんだ?」

 

 

カルナが京都に旅立って、すでに3日が立つ。本来であれば、初日で終わる予定のものが中々帰って来ないのだ。もう子供では無いと理解はしているが…相手は叙事詩【マハーバーラタ】の時代から、紀元前50世紀も隔て遡行して来た古代人。いかなる事も是と認め、基本断るという考えの無い大馬鹿野郎だ。

 

ジャラジャラと首から掛けた数珠を鳴らし、不機嫌な様子を隠すことなく胡坐を掻く帝釈天。基本彼は待つ事が嫌いではないのだが…この程度のおつかい(・・・・)、ちゃちゃっと済ませろというのが本音だ。

 

 

その様子に、流石にこちらも迷惑だと、軽い用事を済ませる為に来ていた初代は、帝釈天から貰った煙草の煙を吐き出し。

 

 

「まぁまぁボス、あのカルナだ。心配するだけ無駄だって、分かってんだろい?」

 

 

まるで子供をあやすような初代の言い方が、今は酷く気に食わないのか。

帝釈天は煙を吐き出しながら、濃密な殺気をこの小柄な老猿に向けるが…あの日以来、釈迦にすら喧嘩を売った当時に戻りつつある(・・・・・・・・・)初代にはまるで意味を成さず、かつて天すら征すると誓いを立てたこの老猿はただニヤニヤと笑うばかりだ。

 

 

「…チッ、面白くねぇ。おい猿、あんま調子乗ってると、閻魔帳から名を消していようがマジ殺すぞ」

 

「呵呵っ!そりゃ怖いねい!カルナと殺し合う前に、アンタとなんざ股座がいきり立ってしょうがねぇ!」

 

 

互いに軽口の応酬。だがこれはカルナに初代が敗れて以来、何度も繰り返された彼等のお決まりのようなものだ。

いつものお決まりを済ませた後、彼らは同時に煙草の火を消し帝釈天は、初代が来た理由をもう一度確認する。

 

 

「んで?確かアザ坊から、お前にテメェ等の膿(・・・・・・)の後始末を手伝ってほしいだっけか?」

 

 

『膿』とは即ち、【禍の団】の事である。

彼らの殆どが、かつて聖書の三大勢力のどれかに所属していたことは、各神話が皆知ることであり、それをどの面下げて助っ人に来てほしいと言ってるんだというのが、帝釈天の素直な感想だ。

 

くだらねぇ、自慰で死ぬなら最高じゃね?と、帝釈天は新たな煙草に火を付け、大口を開けてプカリと煙を吐き出す。

だが初代はその言葉に首を振り。

 

 

「ボス。残念ながら、今回はオイラ達も他人事じゃねぇぜ?何せ今京都で暴れてんのは、“英雄派”だって話だ」

 

 

アザゼルはその食えぬ性格と優秀な研究者という一面で、各神話の個人と多くの連絡先を交換しており、今回初代は直接アザゼルから助力の願いを出されていた。

そこで聞かされたのは、八坂の行方が分からずその犯人が、【禍の団】に所属する“神器”を宿した人間達。その頭目が、己を曹操と名乗っているという情報。これには今まで、いつかカルナを今度こそ本気にさせる為、修行と称して各地でテロリスト相手に大立ち回りを繰り返していた初代も迷い、こうして一度帝釈天に意見を仰ごうと立ち寄った。

 

しばし天井へと立ち上る煙を見やり、すぐさま帝釈天はニヤリと笑う。

 

 

「あぁ、ようやくそこか(・・・・・・・)。八坂は確か、龍王クラス程度(・・)だったな。クラブ活動(・・・・・)にしては、まぁまぁじゃねぇの?」

 

 

及第点だと言わんばかりに、煙草を咥え直す。

 

【禍の団】は何も、それだけで活動しているワケではない。

聖書の陣営…その中の一勢力、悪魔の陣営に個人で彼らに出資している者がいるように、この須弥山もまた、帝釈天がかつての約束を守り、“英雄派”の背後(バック)として名前と資金を与えている。

 

 

「…興味なさそうだねぃ。アンタ、それなりにあの坊やに目ぇかけてたんじゃねぇのかい?」

 

 

かつて帝釈天は、いつか来るであろう破壊神シヴァとの戦いに備え、各地に散らばる“神器”を集めていた。それは各神話、誰もが知る程に有名であった。

 

 

「おう、だって興味ねぇからな」

 

 

だがそれは、かつて(・・・)の事だ。

 

カルナを引き取り、暫くして思った。

 

【己が求めたものは、使いきれない数の武器ではなく、一騎当千の(つわもの)――即ち英雄である】と。そしてすでに己は、その英雄を数多く所有しているではないか。

 

目の前に存在する、天を征すると己が名に定めた初代 孫 悟空。

世界中に信仰され、人の身からその忠義と武威により、神の座にまで召し上げられた関帝、関羽 雲長。

そして…――。

 

 

 

 

ズン――ッ!!と突如、この須弥山が揺れた(・・・)。それは中国全土の信仰を集め形を成し、最高位の神格を有する帝釈天が存在するこの神域では決してあり得ない事。

 

ズンッ!!と再び須弥山全域が揺れ、徐々にその震源は、この“善見城”に近づいていることが分かる。

 

 

「おーおー、珍しいねぃ。あの三男坊(・・・)が、山から降りてくるなんざ」

 

 

だが初代は焦ることも無く、煙で輪っかを作り、帝釈天もまた、座椅子から立ち上がる様子はない。

理解しているのだ。この地鳴りを起こし、こちらを目指し、七海八山を越えやって来る存在が誰なのか。

 

 

 

地鳴りが止む。そこは今現在、帝釈天と初代がいる部屋の前。

4回のノックの後に扉が開き、入って来たのは少年としか思えぬ華奢な背の持ち主。

 

そのまま彼は、敢えて初代を無視するように、帝釈天の前まで赴き膝を着き、左手で右の拳を包む“拱手の礼”で敬意を表す。

 

それをまためんどくさそうに帝釈天は、再びプカリと煙を吐き出し。

 

 

「相変わらず、動くだけでこれだ(・・・)。もちっと神格を隠しやがれ。何しに来た――哪吒(・・)

 

 

哪吒――と呼ばれた少年は、そこでようやく顔を上げる。

 

【哪吒】、または【哪吒太子】

インドにおける財宝神クベーラ、後に仏教に取り入れられ、名を毘沙門天と改めた神の子にして、己もまた【托塔李天王】という武神として崇められ、かの“西遊記”においては弼馬温(馬の世話役)の役職に不満を覚えた初代孫悟空が天界にて暴れた際、その討伐に向かうも敗退。だがその後は彼等、三蔵一行の数々の窮地を救い、その旅を成功へと導いた立役者でもある。

 

 

「決まっている、天帝よ。昨日(さくじつ)この“善見城”の方角から、ただならぬ強者の気配を感じた。ゆえにこうして是非、武芸の競い合いをと馳せ参じた」

 

 

立ち上がった哪吒太子は、確かに全力の戦闘を想定してか…その身に纏うは己が代名詞とも言える蓮をあしらった衣服。その上からは“混天綾”を纏い、腰には“乾坤圏”、手には“火尖鎗”を持ち、足下にはすでに回転している“風火二輪”と、お前今すぐ牛魔王退治行って来いと言いたくなるようなガチ装備の姿がそこにはあった。

 

 

「呵呵っ!!オメェ!今その気配が無いことなんざ、簡単に分かるだろい?牛魔王が復活してるかもしれねぇと、蓮の池から今まで動かなかったってのにご苦労さん。ブァッッッカじゃねぇの!?」

 

 

そのあまりに遊びの無い装備を見た初代は、こりゃ面白れぇと腹を抱えて笑い転げる。

 

 

「…エテ公風情が…キサマのような毛むくじゃらの、子種をばら撒く事しか能の無い無能が、このいと高き善見城に何用か」

 

 

この時初めて哪吒太子は初代の方を見る。その眼は心底侮蔑と怒りに満ち満ちていた。

そのまま哪吒太子は、“火尖鎗”を初代へと振りかざす。だが初代はそれをいとも簡単に受け止め、更に煽り出す。

 

 

「おやぁ?おやおやぁ?そのエテ公風情に止められるなんざ、武神ってのは安い格だねぃ。オイラが貰ってやろうか、ん?」

 

「キサマ…ッ!!」

 

 

そのままかつての【西遊記】のように、二人は目の前に帝釈天がいる事も忘れ暴れ出した。

確かに哪吒太子は【西遊記】において、三蔵一行の窮地を幾度も救っている…が、それはこの帝釈天が命じての事。彼的には、殺したくてしょうがない程には初代を嫌っていた。

 

初代もまた同じ。恩は確かにある。だがそれ以上にお高く留まったこのクソガキが気に入らねぇと、二柱の武の境地に至った神仏は、部屋の調度品をじゃんじゃんブチ壊しながら会話をし出す。

 

 

「まぁだあの時ぶちのめした事を根に持ってんのかい!?ったく、女々しい武神だ!立派に育った兄達が聞けば、玉ナシ(・・・)だって言うぜきっと!」

 

「兄者達は関係無い!!キサマのような弼馬温ですら勿体無い山猿が、この場にいる事自体甚だ不愉快だ!!」

 

 

火炎を振り撒き、如意棒がそれを掬いあらぬ方向へと飛ばし、神々の王に相応しい部屋の様子は、まるで強盗に荒らされたようになっていく。それを見ながら帝釈天は――。

 

 

(…あー、スーリヤの馬鹿やアグニと、誰がプリティヴィーが作ったメシを最初に食うかでケンカした時思い出すわ)

 

 

思考放棄していた。

たった今、哪吒太子が壊した調度品は、確かオーディンから貰った物。その横で初代が踏んでいる花は、冥府でしか咲かない珍しい花だったはず。

他にも須弥山に所属する者達が、是非自分にと見繕った宝物の数々が、この瞬間にも壊れていく。

 

 

「だいたいキサマ、何故ここにいる!?まさかあの気配の持ち主を、キサマも追って来たのか!?」

 

「ハンッ!テメェと一緒にすんな阿呆!4年も前からカルナとは、闘争の約定を交わしてらぁ!!」

 

 

急に哪吒太子の動きが、ピタリと止まる。

 

 

「……カルナ(・・・)だと…?」

 

 

何を馬鹿なと哪吒太子は思うが、初代の表情が本気のそれであると分かり、ここでようやく帝釈天の方を向く。

 

 

「…どういう事だ。何故【マハーバーラタ】に刻まれし、施しの英雄がそこで出て来る。それは貴方にとって、不倶戴天であるスーリヤの息子の名だ」

 

「おう、そのカルナで間違いないぜ?取りあえずお前等、後で説教な?兄貴達と三蔵には、もう連絡しておいたから」

 

 

良い笑顔に青筋を浮かべ、帝釈天はいつの間にか持っていた携帯を、グシャリと握りつぶす。

瞬間二人は顔を合わせ、不味いと表情を浮かべるがすでに遅い。今頃哪吒太子の兄達は、釈迦如来や観世音菩薩に頭を下げ、三蔵は玉龍を酷使して凄まじい速度でこの場に来ていることだろう。

 

 

取りあえずの溜飲を下げるように、帝釈天はもはや何本目か分からぬ煙草を咥え、一息で根元まで吸い、凄まじい量の煙を正座する二人へと吐き掛ける。

 

 

「後で溜めこんだ財全部出せやコラ。誰ン家壊したか分かってんのか?ア゛ァ゛!?」

 

 

サングラスをずらし、その奥に隠された神性の証である紅玉のような瞳を覗かせ恫喝。まるでチンピラのようではあるが…それをするのが武神の頂点クラスでは、まったく話が変わる。

 

 

上司のメンチに完全にヤベェと久方ぶり…それこそかつての牛魔王と対峙した時に感じた“死”の気配に焦るこの昔から仲が変わらぬ馬鹿二人をしばし見つめ、帝釈天は溜息を吐き。

 

 

「ハァ…何か、アイツ拾ってから溜息が増えたな…歳か?まぁいい。おい猿」

 

「…へい」

 

「三蔵の説教の後、玉龍連れて京都入りしろ。カルナの事だ。どうせあの言葉足らずな言動で、相手が何か勘違いしてんだろ。お前も使者として赴け」

 

 

カルナに会える!

あの死闘以来、初代はカルナと会っていない。今だあの域(・・・)に到達していないこの身で挑めば、またカルナに気遣われてしまうと自重していたのだ。

だがやはり、武に生きる者の業か…落ち込んだ姿は、もはや曹操達の事など頭から離れ、腕試しが出来ると喜々と飛び上がる。

 

 

 

 

そこから数刻も立たぬ内に、身内が迷惑をかけたと兄達と三蔵(保護者達)がやってきた。

 

哪吒太子は、尊敬する兄達からの説教に更に落ち込み、初代はもう我慢できねぇ!と三蔵の説教の最中、玉龍を強奪しそのまま京都へと向かった。

 

 

罰として、せめてこの部屋の片付けくらいしろと兄達から言われた哪吒太子は、部屋に帝釈天と二人残り。

 

 

「その…天帝よ、先程の猿の話…あれは真か?」

 

 

そう、どうしてもこれだけは問い質したかった

カルナの名はこの中国…しいては須弥山においても、絶大な知名度を誇る。何しろ帝釈天がその高潔さに感激し、自らの武器を授けた大英雄なのだ。

 

 

「本当だ。あの馬鹿…スーリヤの野郎が、何を思ったのか輪廻の輪に入れやがった。あのカルナが、あいつ以外に生まれ変わるはずもねぇのにな」

 

 

掃除の手を止め、哪吒太子は思考する。

かの施しの英雄は、確か目の前に座す天帝の御子息と不倶戴天の間柄であったはず。だが天帝はその宿敵の子を保護し、あまつさえ先程の話を聞いた限りだと、自らの名代として京都に向かわせたらしい。そこから考えられることは一つ。

 

 

「…御身はあの施しの英雄を、この須弥山に入れるつもりか?」

 

「なワケゃ無ぇだろ?…こっちにも、色々あんだよ」

 

 

理由を話すつもりは無いと、暗に告げられ、哪吒太子もまたこれ以上は問い質すまいと、掃除を再開する。しかしその心は三界すら征するとされた、自らと同じ神々を父に持つ大英雄との腕の競い合いを思い描き、中々掃除は思うように進まない。だが理由は、それだけではないのだ。

 

 

思わず目が行くのは、何か考えるように視線を浮かす帝釈天…――その後ろ。

 

 

 

そこには己と初代がどれほど暴れようと、決して傷一つ付く事の無かった黄金の鎧(・・・・)。その横には、破壊神シヴァが彼の息子へと与えた()が、決して失わぬようにと大事に安置されていた。

 




一応この作品では、型月で語られた紀元前5000年前説としています。

次回投稿予定はクリスマスだよっ!!(あーヒマ人で良かったわー、予定ガラ空きで本当に良かったッ!!(泣)

皆様に「キター!」となってほしいので、次回のタイトルだけネタバレしておきます。



次回――【真の英雄は眼で殺す】


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農家とは是、即ち

MERRYのせいで苦しんだよ(メリークリスマス)

まずはお詫びを。
前回眼で殺させると言いましたが、どうしても文字数がエライ事になったのと、一区切りしないとこの流れは違和感があると感じ、このままでは投稿すらしないと思ったので、取りあえずイヴの今日に一話更新しておきます。

ほぼ内容は考えてあるのですが…少しやることが多すぎて、明日また投稿できるか保証はできません。
年内だけはお約束します(これだけは絶対です)
それではカルナさんの生き生きとした姿、とくと堪能あれ。






四又に別れた切っ先が、鋭く大地に突き刺さる。だが男はそれで満足しない。

確かな目的を持ち、次へ、その先へと、どこか使命を帯びたかのように、地面を掘り起こしていく。

 

 

「――ご老公、この程度で良いだろうか?」

 

 

そう言いながら上着を脱ぎ、ベストとシャツを泥塗れにして振り向くカルナ。その手にはもはや彼にとって馴染み深い、鍬が握られていた。

 

ここは弥々がカルナに頼まれ連れてきた、とある農家の畑だ。

着いた途端、カルナはその帝釈天が与えたスーツが汚れる事も気にせずしゃがみ込み、早速土に触れ感激した。

 

『空気を含み、羽毛のように軽い。しかし根付いた作物は、これならば例え、インドラが起こす嵐であっても耐えうる程に深く根を張っている』と。

 

 

「いやいや、充分だ。助かり申した使者殿、歳を取るとどうしても、畑を満足に耕す事が難しくてのう」

 

 

そう礼を告げるこの老狐(・・)…そう、彼は人の姿をしているが、弥々と同じ宇迦之御魂神の眷属にして妖狐なのだ。

この京都には、様々な妖怪が存在する。それは種族の話ではなく、人と歩む事を決め、(つが)いとなった者。魑魅魍魎蔓延る魔都と呼ばれたかつてのように、今も夜の闇に紛れ、畏れを集め力を欲し、弥々達守護者により陰陽師に変わり討伐される者。

 

そして…遥か昔、古の京から今代までこの地を見守り続け、年老い妖怪としての力を失った者(・・・・・・・・・・・・)――老狐は完全にこの定義に当てはまり、彼は老い先短いその生を、豊穣の神である宇迦之御魂神の眷属らしく、農家として生きる事を決めた。

 

だが人として生きるということは、ただでさえ悠久の時に奪われた、その妖怪としての力を失い、より人に近づくということ。

老いた人間とそう変わりなくなった彼では先も言ったように、一人で畑を満足に耕すことも難しく、ならばオレが耕そうと、この素晴らしい土を腐らせるのは農家にあらずとカルナはこうして普段から、異空間にインドラから授かった槍と共に納めてある自らの鍬を取り出し、汗水流していた。

 

 

その間、ここへカルナを連れてきたイッセー曰く、ドエロイ姉ちゃんこと弥々はというと――。

 

 

「……はい?」

 

 

唖然としていた。

確かに畑を見せてほしいとは言われた。だがそれは為政者などにおける、生産性云々を学ぶものだとばかり思っていたのに…。

 

 

【このような『盆地』という環境は昼夜の大きな寒暖差を生み、それにより、甘く美味な作物が実ると聞いたが、本当だろうか?】

 

【ほぉ、若いの。オメェさん、中々良い所に目を付けるやないの】

 

 

まさか出会った瞬間、この一族でも長命にあたる彼と農家談義に会話を弾ませ、そのまま畑をどうにかしてほしいと冗談(だと弥々は思いたい)で頼んだこの老狐に言われるがまま、どこからともなく鍬を取り出し何時間も耕すことになろうとは…っ!

 

 

(まさか…あの手はまさか、こうして槍ではなく、鍬で形成されたと!?嘘だと言ってくださいまし!使者殿!?)

 

 

勿論カルナのタコや肉刺は、日夜クシャトリヤとして励む修練の賜物である。

だが弥々は、どこかフラつくような仕草のままカルナに普段の職業を聞く。

 

 

「あの…使者殿、失礼ながら普段はどのようなお仕事を?」

 

「――?見れば分かるだろう、農家だ」

 

 

美しい、京都が誇る技術でこしらえた織物が汚れる事も忘れ、弥々が地面にガクリと膝を着いた瞬間であった。

無論、弥々は別に農家を馬鹿にしているワケではない。だがしょうがないではないか。彼女は幼い頃から生まれついたこの地を守らんと、男を作り子を成す事もなく、日々宇迦之御魂神の名を穢さぬよう、修行に明け暮れていたのだから。

 

暗い影をその美しい横顔に差したまま、項垂れる弥々を放置し、ようやくカルナの傍まで来た老狐は笑いながら、再び感謝を伝える。

 

 

「ほっほ。いやぁ、ありがたやありがたや。これも豊穣の神、宇迦之御魂神が運んできてくれた縁かのう」

 

「こちらにも、素晴らしい縁を運ぶ神はいるのだな。我が父もそうだ。素晴らしい縁をオレのような、不出来な息子へ与えてくれる」

 

 

まるで神々を父に持つ(・・・・・・・)かのような、この人間(・・)の言い方がひどく彼のツボに入ったのか、これは愉快と言わんばかりに老狐は大口を開けてカラカラと笑う。

 

 

「カカッ!流石は天帝が寄こした使者だ!剛毅な奴は嫌いではないのでな、気に入った!使者殿、儂の畑を代わりに耕してくれた礼や。今夜(うち)に泊まってくださらぬか?」

 

 

それに対し、カルナは是非と答えた。まだまだ聞きたい事が山ほどあると言い、二人の時代と国を越えた農家は互いに固い握手を交わし、カルナは弥々にそれでいいか?と聞くも、彼女は今だ、現実へと戻ってきていない。なので――。

 

 

弥々(・・)

 

 

カルナはしゃがみながら、この時初めて弥々の名を呼ぶ。だが弥々はそれに気づかず、瞳のハイライトをどこかへやったまま、「宇迦之御魂神様申し訳ありません…弥々は今一度、一から修行を積み重ねとうございます…」とブツブツ呟くままだ。

 

カルナとしては彼女が正気に戻るまで、このまま待つつもりだ。しかしこの場には、足腰が弱っているであろう老狐がいる。なので肩を揺すろうと、手を伸ばすが…その手はピタリと、肩先で止まる。

 

 

(…穢れに満ちたこの身体が、彼女に触れて良いものだろうか…?)

 

 

今は身に着けたトヴァシュトリ神手製のカフスがあるため、カルナの英雄としての武威と父から授かった膨大な魔力。その身と同化している【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】。そして衣となって彼に纏わりつく、穢れが衆目に晒されることはない。だがそれ等が無くなったワケではなく、あくまで見えないだけであり、今もカルナには生前自らが手にかけ、屍とした者達の嘆きが聴こえている。

 

以前、破壊神シヴァが彼と交わした『呪いを解く』という約定を守った際、彼はこの穢れも払おうとし、しかしカルナはそれを断っていた。

 

 

【これは呪いではなく、オレが積み重ねた業にして咎だ。何より彼らの嘆きをオレが聞かずして、誰が耳を傾けるというのか】

 

 

だが今は、この穢れが彼を悩ませている。

どうしたものかと悩んでいると、カルナの後ろから皺嗄れた大声が辺りに響く。老狐の声だ。

 

 

「これ弥々!いつまでそうして呆けておるつもりや!いい加減にせんと、使者殿が困っとる!!」

 

「へ?…あ、はいっ!」

 

 

ようやく現実に戻った弥々にホっとしつつ、カルナは先程決まったこの老狐の家に宿泊したいと彼女に告げる。

それに対し、弥々はどこか遠慮するような仕草を見せ。

 

 

「その…よろしいのですか?」

 

 

眉根を寄せつつそう聞く理由は、目の前に畑が広がるこの古く煤けた家(・・・・・・)が理由だ。

相手は須弥山の使者ということで、弥々はこの京都で悪魔達の経営していない、こちらの手がかかった最高級のホテルを一応予約し、美しい女中をたくさん用意して持て成そうとしていた。

 

 

「構わない。寧ろオレとしては、こちらの方が生家を彷彿とさせ、落ち着く」

 

 

どれだけ素晴らしいか、どれだけ女が美しいかを彼女が説明しようと、カルナはこちらで一夜を過ごす方が、遥かに有意義だと言って聞かない。

 

 

「…儂が聞いた限りでも、かなり若ぇのには堪らんと内容だと思うが…オメェさん、欲ってのが無いんかや?」

 

「何を言うか、御老公。オレほど欲に塗れた咎人など、そうはいない」

 

 

驚く老狐に、そう返すカルナ。その言葉に弥々はどこか、安堵(・・)していた。

 

 

安堵(・・)…?何故私は…そのように感じたのだろうか…)

 

 

いけない(・・・・)気付くな(・・・・)。――緩んだ心の蓋を再び閉じ、弥々はホテル側に連絡を取る。

その様子を見て、久方ぶりの客人だと老狐は嬉しがり、カルナの肩を強く叩きながら、早く家に入ろうと言う。

冬が近いということもあり、外は寒く、すでに太陽が沈もうとしていたのだ。

 

 

「っ伯父御殿!その方は、天帝が遣わした使者です!そのように叩かれるのは…」

 

「なぁに、これも農家同士のたしなみだ!使者殿、弥々に儂が作った京野菜を調理させるゆえ、楽しみにしておいていただきたい!」

 

 

殿方に手料理を振る舞うなどと、弥々が口をパクパクとさせるがこの老狐。もはや逃がさんと言わんばかりに弥々を強引に家へと連れていくではないか。

 

 

「良いやないか!前みたいに儂に酌しておくれや」

 

「何百年前の話ですか!」

 

「儂からしたら、つい最近や!いやぁ、こりゃ今夜の酒は旨いやろうなぁ」

 

 

話を二人が盛り上げている間、カルナはただそこに立って沈みゆく太陽を眺めていた。

 

この国に入ってからというもの、父スーリヤの気配は薄まり、代わりにどこか、己を試すような視線が日輪より放たれている。

この地にも、己が父とはまた違う太陽神が存在することは理解している。それでもカルナにとってはやはり、今も沈みゆくあの灼熱に輝く日輪は、尊敬する父に変わりない。

 

 

「本日も務め、感謝致す。どうか明日も、我等をその威光で照らしたまえ――我が父、太陽神スーリヤよ…」

 

 

 

 

 

 

昔ながらの土間作りの厨房で弥々は一人、調理を始める。

男性に料理を振る舞う事など初めてではない。八坂の屋敷では、何かあるたび宴会が始まり、女はそこで、料理を作り配膳することが決まりだったからだ。

 

着物の裾を帯で止め、白魚のような美しく、しかし烈士としての修行のせいで、どこか無骨な印象を与える手を晒し、クツクツと煮立つ吸い物の味付けを確認する。

 

 

「…これでいいのかしら」

 

 

味は中々だと言える。だが今夜持て成す相手は馴染みの顔ではなく、ましてや舌が違う異邦人(・・・)なのだ。

味付けは薄くないか?でも濃すぎると身体に悪い等々――弥々が一人悩んでいると。

 

 

「本当に手伝わなくて良いのか?これでも幼い頃から、母の手伝いをしていたと自負があるのだが」

 

 

土間と居間を分け隔てる暖簾の奥から、カルナがやって来た。

その姿はダークスーツにあらず、老狐が貸し与えた着流しを身に付けており、そこから覗く胸元と鎖骨は、この生娘同然である妖狐にとっては刺激が強すぎたのか。

 

オレンジ色にその場を照らす室内灯のおかげで分かりにくいものの、弥々は顔を真っ赤にさせながら口をパクパクさせ、「厨房は女の城」だと何とかカルナをこの場から追い出すことに成功した。

 

再び一人となった厨房で、ホッとしつつも思い出すのは先程のカルナの姿だ。

 

女性からしても、羨ましい程に白い肌。細く風が吹く度に靡く髪に隠されたうなじはきっと、それ以上に白いのだろう。身体もまた、女性のように細いが…あの身体に抱きしめられ、耳もとであの蠱惑的とも取れる声で、名を囁かれれば…――。

 

 

クツクツと、煮立ったと自己主張する鍋の音に、そこで思考が中断され、彼女は居間へと出来上がった料理の配膳を始める。

 

蓋をしつづけたその思い――それを自覚する瞬間が、確かに近づいていた――。

 

 

 

 

 

 

「――馳走になった。色は薄いにも関わらず、これほどの深い味わいを見せる料理など、今まで食したことがない」

 

 

米粒一つ残さず、カルナは作り手である弥々に感謝を伝えるべく、深々と頭を下げる。

 

 

「いえ、このような家庭料理など…あちらに行けば、更に美味な食事を用意できましたのに…」

 

「いや、飾らぬ家庭の料理こそ、最上の持て成しだ。この素晴らしい素材を提供してくれた貴方にも、感謝を」

 

「カカッ!いやはや、手前は本当に良く出来た御仁だ!ご両親はさぞや、鼻が高いでしょうな」

 

 

「まぁ飲みねぃ」と老狐が言えば、弥々が酌を注ごうとカルナに近づく。だがそれに対し彼は首を振り、「酌など不要」だとカルナは弥々から酒の入った器を受け取る。その際、二人の手が僅かに触れ合い弥々が頬を染めるのだが…タイミング悪くと言うべきか、この時を待ってましたと言わんばかりに、老狐はカルナに話しかける。

 

 

「さぁて、楽しい時間の始まりやな!若いの、早速やが、最近の機械農業をどう思う?儂としては、昔ながらの農耕の方が良いと思うんやが」

 

「ふむ、では語るとしよう。オレとしては――」

 

 

そこから老狐は止まらなかった。やれ最近の若いのは根性がないだの、やれこの生娘を嫁に貰えと始める前から飲んで出来上がっていた(・・・・・・・・)彼は言い、弥々が時折合いの手を入れ、顔を真っ赤に染めたりと、賑やかな時は過ぎ…気づけば飲み過ぎたのか。老狐はその場でイビキを掻き寝ており、このまま放置するワケにゆかぬと結局この日、弥々は一夜をカルナと同じ家で過ごすハメになるのだが…何も特になかったことなど、説明するまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

朝――再び日輪が、この地を朱色に染める頃。弥々は微かに聴こえる物音で、目を覚ます事となる。

 

 

「んっ、…何の音…?」

 

 

寝ぼけている為か。上着を羽織ることなく弥々は、胸元が見えそうな程肌蹴たままの襦袢姿で、その何かを振るう音の方へと足を進める。

 

そこは畑の前であり、見すぼらしい…一目で素人が作成したと分かる木槍を振るう、着流し姿のカルナがあるではないか。

 

 

「――ふっ!ハァ…ッ!!」

 

 

鋭く前方に槍を突き出し、時には足を振り上げそのまま流れるような動作で木槍を振るう。

揺れる着流しが彼の動きに続くように後を追い、流す汗は、朝日を浴びて朝露のように光を反射する。その様子はまるで、神々に捧げる神楽舞の如く。

 

そんなカルナの姿を見て、弥々はかつて、戦乱の時代の中駆けた武士の姿を…時に自分達妖を退治し、その首を持って武勇を掲げた【英雄】と呼ばれた者達を思い出した。

 

 

「美しい…あの当時を思い出すのう」

 

 

それは起きて来た、この老狐も同じらしい。朝焼けの眩しさに目を細め、だがそれだけで無いと分かる一言が、肌蹴た胸元を正しつつも、その添えられた手が離れる事の無い弥々の心情と重なる。

かつてこれほどの鋭さを見せ、しかし美しい舞を見た事が今まであっただろうか…。

 

 

「む…すまない。どうやら起こしてしまったようだ」

 

 

寝起きの無防備な姿に表情を変えることなく、カルナは日輪を背後に抱えながら、こちらを見据える二人に一言謝罪する。そのまま動きを止め、木槍を異空間へ戻そうとするが――。

 

 

「許しをいただけるなら使者殿。もうしばし…手前の修練を、見させていただきとう存じ上げます」

 

 

その言葉に、再び木槍を手に取りカルナは鍛錬を再開する。

 

『やはりあの手はこうして出来たのか』――神域とも称される、カルナのあまりの美しい舞を前に、弥々は自分でも気づかぬまま、その頬を伝うは一筋の涙。

 

 

「…日輪を背負いし御子か」

 

 

老狐の呟きと共に吐かれた息は、朝焼けに照らされまるで燃えるように輝く。いや、事実燃えたのだ(・・・・・)

ほぼ閉じられた瞼を見開き、動作の一つ一つをまるで食い入るかのように見つめる。しかしその視線は弥々とは違い…どこか初代と似た色(・・・)を見せていた――。

 

 

 

鍛錬を終え、朝食をいただいた後もカルナはしばし、この老狐の家にいた。というのも、農家を見たいと言ったカルナの要望に、もっとも応えられるのが、この老狐のもとだったのだ。無論、他にも妖怪でありながら、農作を営む者はいる。だが彼がその筋でもっとも経験豊富であり、カルナも役に立てるならと昨日に続き、老狐から指導を受けながら、農業に精を出し――結果それは夜になるまで続いた。

 

 

二日も同じ家に世話になるわけにはいかない、大変世話になったとカルナは老狐に告げ、今はこうして夜の京都を人の少ない路地の中、二人は今度こそ弥々が用意した宿泊先へと足を運んでいた。

 

 

「…本当によろしかったのですか?あれほど精を出しておきながら、報酬はその程度など…」

 

「いや、これほど素晴らしきものを受け取り、申し訳ないのはむしろオレの方だ」

 

 

眉根を潜め、申し訳なさそうに呟く弥々にそう返すカルナの手には、これまた見すぼらしい、とても今着ているスーツに似合わぬボロい麻で出来た袋が持たれていた。

その口紐を緩め、中から出て来たのは数種類の種。これらはあの老狐が自分の所でも是非育ててほしいと、カルナに分け与えたものだ。

 

どこか嬉しそうな雰囲気に絆され、弥々もまたクスリと笑いながら、その手に持たれた麻袋は何かと問いを投げかける。

 

 

「母がオレに渡してくれた物だ。これの他にあと2つある」

 

 

『貴重品を無くさぬよう』――初代から受け取った煙管も、今手に持つ分とは違う袋に大事に保管されてある。これ等は全て、養父が木槍を作ってくれたように、養母が手作りで彼に与えたものだ。

 

 

「何度か手伝おうとした事がある。だが母の手付きを見様見真似でしようとも、何度も解けてはその度に、母はこうだと見せてくれた。オレにはその様がまるで、魔法のように見えた」

 

 

「こうするんだ」とカルナは歩きながら、母の手付きを思い出しつつ編むような仕草を見せる。その様子があまりに眩しく、そして尊いものに見えた弥々は、思わず母親のような気持ちでカルナを見守る。

 

 

「御身は、ご両親を愛しておられるのですね」

 

「あぁ、愛している」

 

 

言葉少なめに、そう返す。

暖かい方なのだなと、三度彼女が笑みを浮かべていると――カルナは続ける。「だがそれだけではない」と。

 

 

「オレを捨てた(・・・)実の母、顔も知らぬ、母を孕ませた父。彼らもまた、オレという存在を産み出してくれた、尊い存在だ」

 

「え…それは……どういう…」

 

「オレが先程言った父と母、彼らとは血の繋がりも何も無い。本来赤の他人であるオレを、しかし彼らは自らの子として育て、そして慈しんでくれた。実の母もそうだ。いらぬなら、殺してしまえばよかった赤子をこうして誰かに託す為、身体を冷やさぬようにと柔らかな厚手の布で包み、川へと流してくれた。なら充分だ。オレは充分に…授かり(・・・)を受けている」

 

 

…信じられないことだった。

これほどに高潔な方が、まさかそれほど壮絶な生まれを持っていたとは…恨んでいいはずだ、殺したいと思っていいはずだ。獣ではない、彼は人として生まれ、また産んだ存在もまた人だ。しかしこの男は、「彼女にも事情があり、生きてほしいと望んでくれただけで満足だ」とそう言い放った。産んでくれただけで感謝だと…。

 

そして…次の一言。次の一言で、彼女はこの誰よりも不運に見舞われ、しかし恵まれた者の義務として、他者に還元せねばと考える、施しの精神(・・・・・)を持つこの男の正体にようやく気付く。

 

 

「それは我が父(・・・)スーリヤ(・・・・)もそうだ。彼が素晴らしき縁を運んでくれたおかげで、素晴らしき男と出会い。こうして異国の地へと、足を運ぶことができた」

 

 

『スーリヤ』とは確か、この国の最高神である天照大神と同じ、インド神話に登場する太陽神であったはず。同じくインド神話における神々の王…インドラ(帝釈天)と不倶戴天の間柄であり、その関係は彼らの子へと受け継がれ…世界三大叙事詩と名高い【マハーバーラタ】では、この御仁と同じような生を受けた英雄がいたはずだ…――。

 

 

「まさか…御身はまさか…っ」

 

 

“転生”と呼ばれる現象がある。

人類史に名を残し、後世において英雄と呼ばれた者達は、そのアク(・・)の強さから他者となろうと記憶を受け継ぎ、時には数世紀も離れた子孫ですら、人々を魅了し纏め上げる英傑となる事を、彼女は知っている。

だが…この武勇、この立ち振る舞い。何より今の時代では決してありえない、この高潔に過ぎる精神。これらが果たして、ただの記憶を受け継ぐだけの者や子孫に、真似できようか?

 

【俺達が駆けたあの時代は、間違いではなかった】――あぁ、今ようやく、彼がこう呟いた意味が理解できた。

 

 

「貴方様は…カルn…――ッ!?」

 

 

目の前を歩く、【施しの英雄】の名をようやく口にしようとするが…それは突如ぬるりとした感触と共に発生した(・・・・)()により遮られる。

 

すぐさま弥々は、八坂が攫われた際護衛の任につき、そして深い傷を負って戻って来た、鴉天狗の話を思い出す。曰く、「気づけば霧に包まれていた」と――その為これが、御大将を攫った敵の攻撃であると気づき、抵抗をみせようとするが…。

 

 

(場所が…悪すぎる…ッ!?)

 

 

霧が発生したのは弥々達が、なるべく人目につかぬようにと選んだ小路。つまりは生垣を挟んだすぐ隣は、裏の世界を一切知らずこの地に住まう一般の家。今この瞬間では、人払いの陣は間に合わず、霧を払うには、彼女の攻撃は炎を基本とした火力や見た目が派手なものしか無く、それはカルナもまた同じ。

 

 

「中々の策士と見える。これでは無辜の民を巻き込みかねん…か」

 

 

それは貴方もだと、弥々は言いたかった。

恐らく狙いは己であり、どうか今すぐ逃げてほしいと。しかしカルナは首を振り。

 

 

「敵を前に背を晒すは武に生きる者の恥であり、クシャトリヤにあらず。何よりお前一人を置いてなど、できようもない」

 

 

『置いて行けない』――このような状況で、不適切だと理解はしている。が、弥々は顔が赤くなるのを我慢できず、その口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

「…背中は任せます」

 

「それはこちらの台詞だ。せいぜい邪魔にならぬよう、立ち振る舞わせてもらおう」

 

 

笑みがより一層濃くなっていく。しかししょうがないではないか。

何故なら彼女はこれより、人類史にその名を刻んだ大英雄(・・・)と肩を並べ戦おうとしているのだから――。

 

 

 

 

霧が二人を包む。

その先で待つのは果たして蛇か鬼か…――否。

 

 

待つのは陶酔に浸り、痴れた夢しか見れぬ者達。是、即ち英雄に非ず。

 

 

ならば…――武器など不要。

 

 

 

 

さぁ、真の英雄を括目せよ。

 




いざ他県の方言を書こうとすると難しいのなんの(汗
違和感やこ(↑)こ(↓)違うよという箇所があればよろしくお願いします。

一応言っておきますが、老狐はカルナさんの正体に気づいたわけではありません。
ただその姿を見て、感嘆を漏らしたみたいな感じです。

次回は本当に眼からビームするよ。
京都編も一応あと3話くらいで終わる予定です。


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真の英雄は眼で殺す

30日…うん、まだクリスマスだな!!(迫真)

いやお待たせしてスミマセン(汗)
年末という事もあり、会社の忘年会や最後の追い込み、あとは書き直しとか書き直しとかどこで区切るかとかで時間がかなりかかりました。

恐らくこれが、今年最後の更新となると思います。なので少しお時間をもらいまして、少々お付き合いください。

自分は初め、何となくの思い付きでこの『施しの英雄』を書き始めました。
ですが皆様からの予想以上の評価、『面白い』『続きが読みたい』との励ましや、『ここは少し変えたほうが良いのでは?』『インド神話、カルナさん関係の逸話はこんなのがあるよ』との意見や誤字報告もたくさん(毎回すごい見直してるんですが…(汗)いただき、自分はこの作品を作者一人ではなく、読んでいただいている読者の皆様と一緒になって作り上げていっているものだと思ってます。(無論、『もっと愉悦を!』『ワインの味が変わらねぇぞ!!』な愉悦部も、じゃんじゃん募集しています)

更新速度もそこまで早くなく、物語の進みも遅い作者ではありますが、一歩一歩ちゃんと踏みしめて、止まらず歩み続けようと思っていますので来年もどうか、このカルナさんを主役とした、原作hsdd『施しの英雄』をよろしくお願いします。

(たま)のような赤子より~m(__)m 皆様良いお年を



異界に作られた、まるで鏡映しの如く存在する京都の街並み。その建物の上を、須佐が起こす神風の如きにて疾走するカルナ。

 

 

「…ここにもいないか」

 

 

この地に引きずり込まれた際、背後にいたはずの弥々の気配はすでになく、急ぎカルナは彼女を探し出そうとしたのだが…空さえ飛び、弓兵でもあった彼の眼を持ってすれば、人探しなど容易く出来る。しかしすでにこの異界に入り込んで、30分程が経過していた。何故ならば――。

 

 

急にカルナは見渡していた建物から飛び降りる。直後、爆発音と共に先程までいた家屋が倒壊したではないか。

 

身軽な曲芸師のように、ふわりと地面に降り立つカルナを待っていたのは、手を前に掲げるかのようにする男…だけではない。大勢の様々な国籍の者が、彼を取り囲んでいた。

 

 

「へへ、追いかけっこは終わりか使者サマ?チョロチョロ逃げ回りやがってよぉ!!」

 

 

先程家屋を倒壊させたリーダー格と思える男が吠え立て、周囲もその声に釣られ、思い思いにカルナを罵倒する。

 

「この腰抜け」「逃げ足だけは上等だ」等々――。それは聞く者によっては激昂し、中にはこの暴力的ともいえる人の数に、委縮する者もいるだろう。

 

 

「逃げたわけではない、探していただけだ。何よりお前達の相手など、時間の無駄だ」

 

 

だがこの男に、『貧者の見識』を携えたこのカルナに、まるで中身のない言葉など無意味。

『クシャトリヤとして、オレは戦う意志の無いお前達と矛を交えるわけにはいかない』と、いつものように言葉少なく返すカルナ。

 

そう、彼らにはそもそも戦う意志など、はなから存在しないのだ。

 

 

「テメッ…!?この俺達“英雄派”を…選ばれた人間(・・・・・・)である俺を馬鹿にしたな!?」

 

 

誇りはあるか?――否。

己がこれから、殺し合いをするという自覚はあるか?――否、断じて否。

 

あるのは“神器”という武器に選ばれた(・・・・・・・)という自負。彼らは殺し合いをしに来たのではない。ただ一方的に、曹操から言われた通りに、嬲りに来ただけだ。

 

 

カルナの自覚の無い煽りに、彼は顔を真っ赤にさせ頭上に手を掲げ合図する。すると周囲の者達は“神器”を発現し、次々とアザゼル曰く「世界のバランスを崩壊させる」と言わせた禁手(バランス・ブレイク)を行っていく。それはこのリーダー格と見える男もまた同じ。

 

これが選ばれた俺達の力だと、彼は再び吼える。しかしカルナの瞳に映るはこの多様さを見せる“神器”使いに対する恐怖でも、興味ですらない。

 

ニタニタと下卑た笑みを浮かべ近づく彼らに、カルナは待てと告げる。その眼には疑問が浮かんでいた。

 

 

「そもそも何故、お前達はオレを攻撃する?オレにはその理由が、皆目見当がつかないのだが」

 

「んだよ、そんなの決まってんだろ?俺達は英雄(・・)だぞ?」

 

 

人外である妖狐と仲睦まじくしていた。だから殺す。

英雄である自分達に恥を掻かせた。だから殺す。

イケメンが気に食わない。だから殺す。

誰かを虐めるのが気持ちいい。だから…殺す。

 

 

すでに勝った気でいるのか、彼らはどこか和気あいあいとした雰囲気すら見せ、そうカルナに告げる。他者を貶める悦楽はどうやら、つい最近までただの一般人であったはずの彼らをここまで堕落させるのに、そう時間を与えなかったらしい。

 

その様子を黙って聞いていたカルナの手にはいつの間にか、黄金に輝く日輪をモチーフにしたと見れる装飾が施され、長身の彼すら超える長さの槍が握られていた。

 

 

「…もう一つ、問わせてもらおう。お前達は自らを英雄と称したな?では何を持って、その誉れを掲げんとする」

 

「ハァ?馬鹿かお前、これを見ろ!!」

 

 

手を前に突きだし大きく振るう。するとカルナの後ろで爆発音が響き、彼が羽織るコートが大きくたなびく。

 

 

「これが俺の神器、【重きを持って、爆発と成す(グラヴィティ・ブラスト)】だ!!超重力で圧縮を起こす!生物には使えず範囲は狭いが爆風に巻き込めば何の支障もない、更には俺の視界であれば場所は自由!!分かるか?これが聖書の神から授けられた“神器”!つまりは選ばれた存在…英雄に相応しい力と証拠だ!!」

 

 

明らかに自分に酔いしれていると分かる声音で、彼はこの時ようやくカルナが握る槍に気づき。

 

 

「それがお前の“神器”か?無駄にデカイな。そんなの振るえるワケもねぇし、何の力も感じねぇ。へっ!逃げるしかねぇお前に相応しいな!ソレ!!」

 

「…そうか、確かにこの槍は、神々の王であるインドラが授けた物に相違ない。しかし今のオレは、あの男の名代として赴いている。その程度の力しか持ち得ぬ“神器”とやらと比べた侮蔑を、彼は決して許しはしないだろう」

 

 

カチャリと耳飾りを鳴らし、カルナはその大槍を悠々と水平に掲げ(・・・・・・・・)つつ、穂先を男へと向け。

 

 

「そしてオレは英雄(・・)だ。ならば先達の一人として、静かに眠る英霊達(彼ら)に代わり、お前達を今、我等英雄の敵として認めよう…ッ!」

 

 

そのまま一閃――大地に深々と、地平の果てまで続く一筋の線が刻まれる。

 

 

「ここから先、一人でも越えようものならその瞬間、お前達を殺し尽くす。英雄と自らを称したのならば、その真偽をこのオレに見せるがいい」

 

 

片目を閉じ、もう片方の揺れぬ水面のような瞳が彼らを捉えて離さない。

 

誰かがタラリと冷や汗を流し、それはいつしか全員に伝播した。魂が、心が理解してしまったのだ。

 

 

この男は本物(・・)であると――しかし…。

 

 

「~~ッ!こ、虚仮脅しだ!!数はこっちの方が上なんだ!!ビビッてんじゃねぇ!!」

 

 

男が今まで間違った方法で積み上げた自信。それが彼らの心に浸透し、理解した思いを上書きする。

 

「かかれ!!」という声と共に、誰もがその線を越える。普通ならば遠距離からでも攻撃すればと思うだろう。しかしまともな司令官もいない、更にカルナが解き放った英雄としての威圧にやられた彼らはすでに、まともな思考などできようもない。そもそも今まで誰かに流され、熱に浮かされたまま悪魔や堕天使など、人とそう変わらぬ姿の命を絶つという重さも理解せずに殺して来た彼らだ。誰もが意味のない叫びと共に、次々とその英雄としての資格(・・・・・・・・)らしい“神器”を解き放とうとするが…。

 

 

「――是非も無し」

 

 

神速で振るわれた槍は、その穂先に血が付着する事すら許さず、瞬時に目の前の10人程の首を斬り落とす。

後ろにいた者達は何が起きたか理解できず、ピチャリと頬に跳ねた血を見てようやく今、自分が命の取り合いをしようとしていたと理解し、瞬間反転。そのまま逃げようとするが…時すでに遅し。

 

 

「言ったはずだぞ。一人でも線を越えれば殺し尽くすと」

 

 

再び一閃すれば、彼らの身体だけでなく、視界に入る全ての建物すら二つに別たれる。すでにリーダー格として振る舞っていた男は、カルナの初撃により、無様にその骸を晒して横たわっていた。

 

そのままカルナは魔力放出などの特殊な攻撃方法を使わず、己が重ねた技量のみを持って、五分もかからぬ内に、その場にいた50人程を宣言通り殺し尽した。彼が羽織るコートは肩から落ちるどころか、血の一滴すら着いていない。

 

血の海と成り果てた光景を一瞥し、カルナは再び移動を開始する。そのスピードは先程の比ではない。もとよりカルナは目的すら分からない、こちらを追って来る彼らの正体が分からず、問うために速度を合わせていたのだ。だがその目的が分かった今、わざわざ遅く移動する道理もなく、何より先程彼らは同じ人間である己ですら躊躇いなく攻撃してきた。ならば妖狐である弥々こそが最も危ういと、カルナは先程からこの異界で感じる数多の闘争の気配から、彼女の存在を探ろうとする。

 

 

「……そこか」

 

 

集中する為に閉じていた眼を開き、更に速度を上げる為に魔力を纏い、目の前に存在する建物を幾つも倒壊させつつ彼女のもとへ向かうカルナ。

 

 

凄まじい爆発音を鳴り響かせ、ついに到着したカルナを待っていた弥々。その姿は…。

 

 

「…弥々……?」

 

 

先程のカルナと同じように、大勢の刺客に囲まれ、着ていた着物は酷く損壊。美しい肌にはワザとらしく切り傷が無数に付けられ、嬲られた後と見られる姿がそこにあった。

 

 

「ッ!弥々!!」

 

 

名を叫びつつも、カルナは彼女を更に痛めつけんとしていた、これも“神器”と思える炎を手足に宿した蜥蜴をすぐさま切り捨て、周りにいた“英雄派”もその余波で全てが死に絶える。

 

 

「弥々、しっかりしろ。お前程の女が何故このような…」

 

 

生きた者がこの場にいないと確認し、カルナは彼女を抱きかかえ、名を呼ぶ。だが彼女は気絶しているらしく、更に顔色は優れぬまま滂沱の汗を玉のように浮かべ、呼吸も酷く浅い。

 

 

「…毒か」

 

 

先程カルナがいとも簡単に切り捨てた蜥蜴型“神器”。名を【火食い蜥蜴(サラマンダー)】と言い、その名の通り、炎を取り込み己が力とする、まさに弥々との戦いの為に曹操達が送り込んだものだった。更にこの【火食い蜥蜴(サラマンダー)】は、大型の蜥蜴に見られる特徴…つまりは毒すら保有しており、弥々は今まさにその毒に犯されていた。

 

無論、彼女もやられるばかりではなかった。

焔狐を召喚し、耐熱性の無い者を悉く屠り、時には爪で、時には牙で喉元を食い千切り、すぐにでもカルナを探そうとしていたが…あまりにその相性が悪く、更に彼女の苦しみ喘ぐ様をもっと見ようと、彼女を囲んだ“英雄派”の男達はワザと時間をかけ、彼女を追い詰めていたのだ。

もし…もしカルナが間に合わなければ…彼女は八坂に代わり、死よりも辛い、女としての辱めを受けていただろう。【敗者は辱めろ】と、曹操が大儀を与えた(・・・・・・)者達の手によって…。

 

 

「…っぁ……し…しゃどの…?」

 

 

ようやく目を覚ました弥々だが…やはり、酷く苦しそうに息を吐く。

「出口を探す」とカルナが彼女を、今は己が纏う穢れすら気にしていられないといわんばかりに抱きかかえようとするが…弥々はそんな彼を引き留めるように、力なく袖を引き。

 

 

「置いて…くだ…まし。貴方…けでも…はや…く」

 

 

無様を晒した自分を見ないでほしい――そんな思いすら込め、弥々は自らの安否さえ気にせずカルナに逃げるよう言う。だが…全てを是と捉えるこの男でも、それだけは看過できない。

 

 

「それはできない。お前には、この地を案内し素晴らしき景色を見せてくれた恩がある。それを忘れ見捨てるなど、我が父と母の名を穢す最低の行いだ」

 

 

『だから必ず助ける』――毒に犯され、潤む彼女の瞳をしかと見据えカルナはそう宣言し、今度こそ抱きかかえ、駆け出す。

 

なるべく彼女に負荷の掛らぬよう、だが速度を落とさず広い視野をと屋根を(つた)い、カルナは飛ぶように駆ける。

 

 

徐々に人化も解け、狐耳と尻尾が現れ霞む視界の中弥々は、抱きかかえられたカルナの腕の中で身を委ね、その(いだ)かれた胸へと耳を当てる。

 

聴こえてくるのは静かでありながら、当てた耳が火傷しそうな程の熱き血潮を全身へと送る鼓動の音。

寄せては返すさざ波のように、一定のリズムを刻むカルナの心音。そこには突如連れ去られ、敵の攻撃に晒されたにも関わらず、微塵の恐怖や不安も抱いていないと分かる、彼の心情が有り有りと映し出されていた。

 

無意識に顔をシャツに擦りつけるような仕草を弥々は見せ、ようやく彼女はこの不動の大木が如き安心感を与えてくれる、施しの英雄の名を心中にて呟く。

 

 

(…カルナ様……)

 

 

今も身命が削られているこの最中、弥々には恐怖などなく、まるで暖かな日差しに包まれたような気すらしていた。それもそうだろう。なにせこの男は、常にこの星をあまねく照らす太陽の御子なのだから。

カルナの名を心の中で唱えた次の瞬間…――彼女はついに自覚する。

 

 

「…お慕いしております…――愛してます」

 

 

トクリと心音が、彼と重なる。

男を時に誑かす、妖狐としての生を受けて以来、人から向けられるのは欲情の視線。女だから…それだけで京都守護を任せられぬと侮辱され、それは拾ってくれた八坂と鞍馬天狗が推薦してくれるまで続き、ようやく持てた誇りは先程、人の手によって地に堕ちた。しかし…それでもこの男だけは、己を素晴らしき戦士だと褒め讃え、暖かく包んでくれた。

 

『愛している』――だがその思いを綴った言霊は、駆けるカルナの耳には届かず、遥か後方へと流れていく。しかし弥々はそれでいいと力無く、カルナには分からぬよう笑う。

 

理解した。理解してしまった。

神々の王インドラとその格を同じくして、この日の本の主神天照大御神とまた同じ太陽神であるスーリヤ。その息子に自分は知らなかったとはいえ、一度矛を向けたのだ。まさしく万死に値する蛮行だろう。更に…その身分はあまりにも違いすぎるのだ。

 

主神とほぼ同じ格を有した大英雄と、神々の眷属の一員とはいえその末端…更には妖狐にまで格落ちした自分。

くたりと力無く彼に抱かれる今の自分のどこに、少しでもこの英雄に相応しいと誇れる箇所があるというのだろうか。それに…それに自分は今でも、この京都を守りたいという思いがある。つまりはほんの刹那とはいえ、この素晴らしい英雄とこの地を天秤にかけ、更には思いをしかと告げればこの英雄は、応えてくれるやもと酷い愚妄が頭を()ぎった。何と…何と自分は、卑しい女なのだろうか…っ。

 

 

叶わぬ初恋、揺れる心。焦がれる程の恋慕は涙となって、彼女の頬を伝う。その複雑に過ぎる心境は、この『貧者の慧眼』を持つカルナでも、分からぬものだ。だから少しでも、苦痛をほんの僅かばかりでも忘れられるようにと、彼は語り掛ける。

 

 

「弥々、お前が何故泣くのかは、オレには分からない。だが母は言っていた。辛い時は、とにかく涙を流すものだと」

 

 

叫びたい、愛しているのだと。今にでもこの唇を重ね、貴方に思いを告げたい。でも…。

 

 

「はい…はい…っ、少しだけ…胸を借りとうございます……っ」

 

「構わない。それくらいの器量はあるつもりだ。辛いだろうが…もう少しだ」

 

 

顔を隠すように、ギュっとスーツを握る弥々。カルナは更に、出口を探さんと速度を上げる。

 

その後方にて宙を舞うは、彼女の(思い)――風に舞う花弁如く、それは流れ(捨てられ)ていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…おかしい、これだけ駆けまわろうと、その綻びすら無いとは…もしやここは、閉じられた空間か…?)

 

 

10分ほど後、カルナは弥々を伴い、京都タワーから辺りを俯瞰していた。そこから見えるのは薄暗い空と、陰鬱とした表情を見せる京都の街並み…そして数か所から昇る闘争の気配。だがどうやらそれは終わったらしく、今は遠くに見える二条城へと何らかの力が集まっていることが伺える。

 

そこに恐らくは、今回の首謀者がいるだろう。しかしカルナは敢えてそこへは向かわず、更には焦りすら見せていた。何故ならば――。

 

 

「ハァっ、ハァ…ッ!ア゛ぐ…ッ!!」

 

 

弥々を蝕む毒が更に彼女の全身へと回り、今や抱きかかえる事すら難しい程に、苦しみもがいていたからだ。

 

どうにかせねば…このままでは間に合わない。

 

 

(…なりふり構ってはいられぬか)

 

 

覚悟を決め、弥々の肩をそっと抱きかかえる。

 

 

「弥々。オレはこれから、お前を連れて敵の首魁へと乗り込む。…危険に晒してしまうが……」

 

 

置いて行くという選択は出来ない。ここへ来る道中も彼らは追撃に見舞われ、その全てをカルナは弥々を抱いたまま、突破してきたのだ。

 

もしかしたらと、置いてゆけば今度こそと不安が彼を襲う。

しかしまるで死人のような土気を見せる顔色でありながら、弥々はカルナを安心させるかのように微笑みを浮かべながら、彼の頬を撫で。

 

 

「し…じます……あなたに…身を…委ね…から」

 

 

掠れる声で囁き、再び気絶したのか…添えられた手が地面に落ちようとする。が、その手を落としてなるものかと握りしめる、肉刺(まめ)だらけの手がそこにはあった。

 

 

「その覚悟、しかと受け止めた。ならばオレも応えるとしよう」

 

 

宣言するかのような声音で、カルナは弥々を横たわらせ、父スーリヤから今生でも再び授けられた耳飾り…その上に取り付けられた、虹色に輝くトヴァシュトリ神が作りしカフスへと手を伸ばし、僅かばかり外す。

 

瞬間、カルナの足下に具足が出現。そして――。

 

 

「…ッ――!」

 

 

あらん限りの膂力を持って、その一部を引き剥がす(・・・・・)

拷問に等しき痛みがカルナを襲うが…その表情を僅かばかり顰めただけで、足から流れる血すら気にせず弥々にその具足の一部を持たせる。すると死人のような顔色が、軽くではあるが回復したではないか。

 

その様子に安堵した表情を見せ、いざ向かわんと二条城へと視線を向けると。

 

 

「っ!この気配…斉天大聖殿か」

 

 

かつて相対し、いつか再び相まみえんと約定を交わしたあの老猿の気配があるではないか。

 

確か彼は、『氣』や『仙術』という回復術を使えた覚えがある。

 

 

逸る気持ちで魔力を放出。炎で形成された翼を生やし、飛翔しながら向かうとそこには三年坂で出会った悪魔達、更には“裏京都”の屋敷で見た覚えがある妖怪が幾人か見える。その中に、あの小さくも存在感を放つサングラス姿を確認し声をかけようとするが――。

 

 

『グルォォォオオ!!』 『グルルァァアア!!』

 

 

猛々しい獣の咆哮が響く。

そちらに目を向け、カルナが見たのは美しい金毛を靡かせる巨大な九本の尾を持つ狐、おそらくあれが八坂なのだろう。その証拠に、金色に輝く巨体からは、弥々とよく似た神気(・・)を微かに感じる。

それと相対するかのような位置取りで、威嚇するは二匹のドラゴン。

 

カルナはその姿を視界に捉え、驚愕の表情を浮かべる。

片方はまだあの老猿がいるから分かる。あの時見逃した、確か玉龍(ウーロン)だっただろうか……だがもう一匹、その姿を見てカルナは、心に抱いた思いを口にする。

 

 

「ヴリトラか、何と……憐れな(・・・)

 

 

古代インドに生まれた者ならば、誰もが知る偉大なる蛇(アヒ)。その巨体は天地を覆い、生命を営む上で大切な、水を覆い隠す者として恐れられ、最後は壮絶な死闘の上、インドラの手により殺された。しかしヴリトラの死後暫くは、インドラはこの大いなる蛇(アヒ)を退治したにも関わらず恐れ、我が名声を高める素晴らしき者であったと彼は『ヴリトラハン』(ヴリトラを退治せし者)の名を掲げ、至上の誉れとした。

 

だが…あの姿は何だ…?

 

あの程度であれば、クシャトリヤであれば誰でも殴殺できるほどに弱く、更には己であっても殺しきる事が難しいと断言できるその不死性は、今や微塵も感知できない。何より…。

 

 

「大いなる蛇(アヒ)よ、何故お前が現世に存在している。…これでは誇り高きあの死闘の全てが、無意味な泡へと消えてしまう」

 

 

何より目の前に存在するこの邪龍は、完全に一度死んだのだ(・・・・・)。それがこうして目の前に存在し、まるでかつての誇り高き姿を忘れたかのように、無意味に黒炎を撒き散らし、八坂程度の実力者(・・・・・・・・)を相手に苦戦している。

インドラの実力、その権能である槍を持つがゆえに…偉大なる武神が恐れた、かつてのヴリトラの実力を理解できるがゆえに…カルナにはまるで、無理やり生きる真似を強要されているかのような、今のヴリトラの姿があまりにも憐れで仕方なかった。

 

 

だが今は、ヴリトラに憐憫を感じている場合ではない。

 

カルナが弥々を少しでも、早く治してもらおうと初代がいる地上に降下しようとした時――。

 

 

 

「曲がれぇぇえええ!!」

 

「――ッぐぅぅう…ッ!!目が…ッ、赤龍帝ぇぇえええっっ!!」

 

 

二つの若い男のものと思える叫び声が響き…瞬間、カルナの方向(・・)へとイッセーが曹操へ放った魔力弾(・・・・・・・・・・・・・・)が飛んできた。

 

カフスの影響で、初代がカルナに気づけぬまま仙術で目覚めさせたイッセーの全力。しかしこの程度(・・・・)では彼の鎧、【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】に掠り傷一つ付ける事など不可能。だが…今カルナの腕の中には、弥々がいる。

 

避ける?――否、それでは彼女に負担が掛かってしまい、更に症状が悪化する可能性がある。

武器を取り出して弾く?――否、それでは腕の中の彼女を落としてしまう。

鎧を全て剥ぎ、彼女に?――否、そのような時間など無く、だからあの時も一部しか持たせなかった。

 

目前に迫る魔力弾を見ようとも、カルナは一切焦る事なく、どうすれば最解適かを思考し辿り着いた答えは即ち…――ならば、武器など不要(・・・・・・)

 

 

 

「真の英雄は眼で殺す……!梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)――!!」

 

 

真言(マントラ)と共に、放たれるは目に映る全ての景色を朱に染める古代インド奥義。ヴィシュヌ第6の化身パラシュラーマから身分を偽ってでも教わり、しかしその身に受けたかつての呪いはすでになく、十全で放たれた真の英雄の眼光は向かってきたイッセー渾身の魔力弾を蒸発させ、更には遥か地平の彼方…つまりはこの京都を似せて作られた、異界を形成する“世界の壁”ともいえる空間そのものに罅を入れる…だけではない。

 

 

「むんッ!!はぁ…ッ!!」

 

 

万が一、初代の治療の際、追撃を受けて施術が失敗せぬようにと、カルナは“梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)”を放ったまま周囲を睨みつけ、溶解した地表はマグマとなって激しい爆発と共に、辺りを文字通り火の海へと変えていく。

 

しばらくし、これで安心して降りられるとカルナはパチパチと全てが燃え堕ちる地獄のような光景の中、弥々を抱きかかえ。

 

 

「この場でお前に会えた幸福に感謝しよう。斉天大聖よ、どうか彼女を助けてほしい」

 

 

初代の前に降り立つカルナ。そこには初代だけでなく、突然の事に唖然となり、身動き一つ取ることも出来ず、ただ見ているだけしかできなかったイッセー達の姿もあった。

 

 

『施しの英雄』と『赤龍帝』

人と悪魔、英雄とヒーローはこうして邂逅し、再び紡がれる事となった叙事詩は新たな章へと突入しようとしていた――。

 




一応もう2~3話でこの京都編終了の予定です。
区切りがついた際は、活動報告にてボツ案晒しでもやる予定です(メチャありますからね、ネタには困りませんよ?)


あと…書いてて思ったんですが、何でこの弥々って子、ヒロインじゃないのん(´・ω・`)?
おい誰だよ、この子ヒロインじゃないなんて言った馬鹿は(感想を書いてくださる読者は次に、『お前だよ!!』と言う)←ジョセフ風

こんな感じで最後を締めくくりましたが…済まない、本当に済まない。
今回はまだ、顔合わせ程度ですませる気なんだ(汗


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抱く思いは様々な形と成りて

遅くはなりましたが感想評価、そして誤字報告をくださり読んでいただいている読者の皆様、明けましておめでとうございます。
あとこれも遅くなりましたが、推薦をくださった方へ本当にありがとうございます。
(スンゲー驚きました)


今年も遅筆かつ展開の遅さに定評が付きそうな程に(てかもう付いてるか)中々進まぬこの『施しの英雄』ですが、どうかよろしくお願いしますm(__)m




赤龍帝の三叉成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)】――歴代赤龍帝の先輩達や、俺の尋常じゃないスケベ心が起こした奇跡、“召喚(サモン)おっぱい”で呼び出したリアス部長のおっぱいのおかげで覚醒できた新たな力は一撃でこの空間を揺らし、今回の騒動を引き起こした新たな敵“英雄派”を名乗る者達の首魁、曹操をもう少しまで追い詰める事ができたんだけど…。

 

突如空間を引き裂く音が聴こえ、俺はついそちらの方に意識をやってしまった。いや、俺だけじゃない。

曹操もまた、体勢を整えてその裂け目を嬉しそうに眺めている。

 

 

「どうやら始まったようだ。あの九尾を使った魔法陣、そして君のドラゴンの気が、俺達の今回の目的、グレート・レッドを呼び出す事に成功したらしい」

 

 

ッ!コイツ等の目的は、あの次元の狭間を泳ぐ世界最強のドラゴンを呼び出す事だったのか!?

もはやこちらに興味が無いと言わんばかりに曹操は、今回俺達をこの異界に閉じ込めた張本人、これまた上位“神滅具”【絶霧】を持つゲオルグとかいう眼鏡に話しかける。

 

 

「ゲオルグ、予定通り『龍殺し』を召喚する準備に取り掛かって…――」

 

 

―?何だ、急に目を細めて次元の狭間を見つめたりして…。

 

 

「…違う、これは…グレート・レッドじゃない!あれは…それにこの闘気…ッ!?【西海龍童(ミスチバス・ドラゴン)玉龍(ウーロン)か――ッ!!」

 

 

曹操がそう叫ぶと、中から細長い印象を与える東洋タイプのドラゴンが出て来た!あれが五大竜王と名高い玉龍か!

 

更には鴉天狗と思える妖怪達も、玉龍の後を追うように出て来たけど…曹操の視線はすでにドラゴンの方ではなく、その背中に向けられており、俺もその視線に釣られ見ると、そこには小さな人影が…うぉ、落ちて来た!いや、降りて来たのか?あの高さから!

 

小さな人影はまるで高さなど感じさせないように、スッと静かに降り立ち。

 

 

「…あぁん?オイ玉龍、アイツの所にまずは行けっつったじゃねぇか。乱れまくった『妖』の気、中途半端な『覇』の気流渦巻くこんなチンケな場所に、アイツが居りゃ全部飲み込む膨大なうねりがあるに決まってらぁ」

 

 

小さな人影は老いたような皺嗄れた声音で一歩一歩、何だか不機嫌そうに歩きながらこっちに来る。てか口悪くねぇか!?

現れたのは園児くらいの身長しかない、小さな猿のような顔の人。顔は皺くちゃで、法衣みたいな服を着ており、肌は黒い。長い棍のようなものを肩に担ぎ、サイバーなサングラスをかけ煙草を咥えている。そして…その法衣の下には大量の包帯を巻き、時折火傷と思われる傷跡が、合間から覗いていた。

 

 

「おー、久しい限りじゃいクソガキ。チョロチョロとボスの後ろ着いて歩き回ってた頃が懐かしいねぃ」

 

「っ!闘戦勝仏殿…各地で我々の邪魔をしてくれた際、仲間から貴方の様子を聞きましたが…貴方程の達人が、いかような理由でそれほどの手傷を…!?」

 

「おっ!へへ、良いだろい?オイラの宝モンさ。簡単に治すにゃちと勿体無くてね、まだ時々燃えるように痛みが襲うが…まぁ、それすら心地良いってモンだ」

 

 

話の内容を聞く限り、あの二人は知り合いか?それに何だか、あの曹操が畏敬を持って接しているようにも見える。それに何だ、他の英雄派の構成員が猿の爺さんを見る目が厳しいようにも思える。五大竜王である玉龍を、何だかタクシー代わりに使っているような印象を受けたし…(何だかあのドラゴンすげー疲れてるみたいだし)

 

 

「…誰だ、あの猿のような…爺さん?」

 

 

思わず疑問を口から出すと。

 

 

「恐らくは…孫 悟空。それも初代だよ」

 

 

治療を終えた木場が俺に近寄りながら教えてくれって…な、な、な、何だとぉぉおおお!?

 

 

「しょ、初代孫 悟空ぅぅううう!?あ、あの爺さんが西遊記で有名な…っ!?」

 

 

マジかよ!スゲェ!そうか!もしかしてアザゼル先生が言ってた助っ人っていうのは――。

 

猿の爺さんは俺の視線に気づいたのか、こちらをサングラスで隠された瞳で見て来て。

 

 

「オメェさんが今代の赤龍帝の坊やかい?呵呵っ!こりゃ良い、面白ぇ感じの龍の波動だ。まっ、確かにアザ坊に頼まれたんだ、しょうがねぃ。後はこの爺ちゃんに任せときな――玉龍、九尾を押さえとけ」

 

 

猿の爺さん――初代が空を舞う玉龍に指示を出したけど、玉龍はどうやらそれが不満らしく。

 

 

『おいおい、ザケんなこのクソザル!!須弥山からここまでどれだけ飛ばしたと思ってんだ!?オイラ、チョー疲れたんですけど!?白龍皇の兄ちゃん達が手伝おうかっつっても無視して無理やり入りやがって!っておいおい、見ろよアレ!ヴリトラだ!うわっ、懐かしーなオイ!あの真っ白な兄さんやボスがいたら何て声かけんだろーな!』

 

 

…テンション高いな、あのドラゴン!?

 

 

「良いじゃねぇか。言っとくがこれが終わっても、お師さんのとこには帰らねーぞ?生臭坊主の説教なんざ、誰が聞いていられっか。このまま京都に居座って、即会談済ませて修行代わりに【禍の団】を狩って狩って殺しまくる。オメェさんも鍛えれるんだ、ありがたく思えや」

 

『お師さぁぁあん!!助けてー!!殺される!?オイラ過労死しちゃうから、今すぐコッチ来てこのクソ猿止めてっ!!』

 

 

何か泣きながら玉龍は、巨大な九尾の姿となり、ヴリトラと化した匙と相対している八坂さんへと向かった。てかコエェェエエエ!?何この爺さん!何かすげぇ怖い事言ってるんですけど!?

 

初代が曹操達へと歩もうとした時、放たれる()にあてられたのか…“神器”【龍の手】の亜種“禁手”である6本の腕を展開したジークフリートが突貫していった!

 

 

「お猿の大将!相手に取って不足は――」

 

 

曹操が止まれというが、もう遅い。

 

 

「オイラが不足だタコ。お前のような半端モンにゃコレ(・・)で充分よ」

 

 

初代がそう呟くと、そのまま振り下ろされた剣を全て軽々と避け、ジークフリートの腹を軽い動作で蹴り付ける。するとジークフリートは軽々と瓦礫の中へ、凄まじい勢いで吹き飛ばされてしまった。つ、強ぇぇええ!!な、何だあのジジィ!?手に持った武器も使わずに、木場や新デュランダルを持ったゼノヴィアが二人がかりでも勝てなかった、あのジークフリートを!?

 

 

「年期が違う。赤い坊や、悪ぃがお前さん等みたいな若造と比べてくれンな。これでも斉天と名乗りを上げてんだ。流石に失礼と思わんか?」

 

「え、ご、ごめんなさい…」

 

 

な、何だか知らないけど、怒られた。でもあの二人だってかなり強いんだぜ?それと比べて怒るって…。

ちょっと落ち込んでいると、そこへ玉龍が悲鳴を上げた。

 

 

『うぉぉっ!?おい、クソジジィ!!この狐の嬢ちゃん、中々強ぇぞぉぉおっ!』

 

 

見ると玉龍と匙が、九本の尾に締め付けられている!

 

 

「気張れぃ、玉龍。アイツがもしかしたら、見てるかもしれねぇんだ、無様を晒すんじゃねぇ。疲れたから…なんて、言い訳すんなよ?」

 

『ヒェ……分かったよ、頑張りたい!』

 

 

や、やっぱこの爺さんコエェェ…っ!でも何か、良いコンビっぽい…?

――っと、ゲオルグとかいう眼鏡野郎が、八坂さんを捕縛していた魔法陣を解いて、手を初代へと突きだした!今はグレード・レッドの召喚より、あの爺さんをどうにかしなきゃという事か!

 

 

「捕縛する!霧y――「甘いねぃ」…何!?」

 

 

霧が初代の周りに集まっていたけど、空気をかき混ぜるような仕草一つで、霧があっという間に霧散した!ゲオルグも信じられないといった顔をしている!そうだよな、“神滅具”の中でも上位ってのがまるで効かなかったんだからさ!

 

 

「槍よ!!」

 

 

奇襲するかのように、曹操が槍を構え、ギュンっ!!と穂先が初代へと凄まじい勢いで向かう――が…ウソだろ?あのジジィ、咥えた煙草(・・・・・)で止めやがった!?

曹操も流石に呆けたような顔を晒し、信じられないと口が開きっぱなだ!

 

 

「…これで英雄目指してんだっけか?ふざけんなよクソガキ(・・・・・・・・・・)。アイツが魅せてくれた鋭さは、こんなモンじゃなかったぜぃ?」

 

 

初代の一言に、曹操は苦笑いを浮かべ、頬を引きつらせ。

 

 

「…俺が居た頃でも、ここまでバケモノじゃなかったぞ…一体何が、貴方をそこまで変えたというのだ」

 

 

曹操の問いかけに、初代は不敵にニヤリと笑うだけだ。

その間に、瓦礫に埋まっていたジークフリートはどうやら仲間に掘り起こされたらしく、お腹を押さえ、口元からは血を流しながら肩を借り、曹操にここが引き際だと告げる。曹操もそれを感じ取ったらしく、今までやって来た鴉天狗などの妖怪達と戦っていた“英雄派”のメンバーが素早く一か所に集結し、霧使いゲオルグが足下に巨大な魔法陣を描き出した。

 

 

「ここまでにしとくよ。情報収集としては、上出来だ。初代、グレモリー眷属、そして赤龍帝、再び(まみ)えよう」

 

 

曹操が捨て台詞を吐くが…待て待て待て、逃がすかっ!!

俺達の楽しい修学旅行を、九重のお袋さんをこんな酷い目に合わせやがって!!

 

俺は残ったオーラを集め、左手にキャノンを生みだしてパワーを装填し、静かな鳴動音を上げ籠手のキャノンに一撃が溜まった。一発だけでいい、アイツに届けばそれでいい!!

 

 

「あぁ、確かにコイツはお前さん達が始めたケンカだ。坊や、あのガキ共にお仕置きしてみぃ。手助けくらいはしてやるわい」

 

 

初代が笑いながら、コツンと棍の先で鎧を叩く――途端、身体中からオーラが吹き出てきた!仙術の応用かな?まぁいい!

 

 

「お咎め無しで帰れると思うのか!?こいつは京都での土産だ!!」

 

 

濃縮されたオーラが、キャノンから放たれる!

途中、その肉体を生かし盾になろうとヘラクレスが前に出るが…ここだ!サーゼクス様が見せてくれた、縦横無尽の動きじゃなくていい!少し…ほんの少しでも…っ!!

 

 

「曲がれぇぇええええ!!」

 

 

ヘラクレス達を飛び越え、確かに俺の魔力弾は曹操の顔面を捉え、アイツは目を押さえている。

 

やった!――と思った時…。

 

 

 

 

「真の英雄は眼で殺す……!梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)――!!」

 

 

打ち出して曹操達の後方へと飛んでいった魔力弾は、突如聴こえて来た声と共に、視界が真っ赤に染まる程の凄まじい光線の中へと消えた。何が何だかワケが分からなかった。

思わずこの中で、アザゼル先生がいない今の状況、最も頼りになると思える初代の方を見ると――。

 

 

「――っ!?」

 

 

ブルリと寒気がするほどの(オーラ)が初代から立ち昇り、その表情は凄まじいとしか言いようがない笑みを浮かべていた。

 

あまりの恐ろしさに俺は曹操達がいた場所に顔を戻すと、どうやら彼らは、すんでの所で逃げたらしい。でも…――。

 

 

「むんッ!!はぁ…ッ!!」

 

 

その声の主。光線をよく見ると目から放ち、次々とこの異界に作られた京都を焼け野原にしていく男の人。それは昨日団子屋でみたあの外人さんで、その腕の中には同じく一緒にいたあのドエロイお姉さんが抱かれていた。

 

 

 

 

 

地獄がこの世に顕現した。

かつて閻魔帳から名を消す為、本物の地獄に赴いたことのある初代をもってすら、そうとしか形容しようのない光景の中。

 

 

「…んだよ、そんなのもあんのかよ…っ!!」

 

 

(初代)は歯を剥き出しにして笑い、ミシリと棍が折れん限りに強く握りしめる。

 

あの時はそんなもの見せてくれなかったじゃないか、それを使えばもっと簡単にお前は勝てたじゃないか、それを……それを自分は、使わせることすら出来なかった(・・・・・・・・・・・・・・)じゃないか…ッ!!

 

二律背反の心情が、イッセー達を近寄らせず言葉も出させない。

その為、邪魔無くカルナは初代へと近寄り。

 

 

「この場でお前に会えた幸福に感謝しよう。斉天大聖よ、どうか彼女を助けてほしい」

 

 

燃え滾る闘争心を理解した上で、今は何よりも彼女を助ける事が先決だと、カルナは迷いなく以前負かせたこの敗者に頭を下げた。嗚呼、この男は…どこまで…っ!

 

 

「頼むよ…お前さんにそれだけ(・・・・)はしてほしくねぇ。あぁ任せてくれ、オイラの全てを賭してでも、この嬢ちゃんは必ず助ける」

 

 

「感謝する」と目礼を初代へと送り、初代は力強く頷き弥々を受け取り横たわらせ、容体を確認していくが。

 

 

(これは…!?)

 

 

初代が驚きの表情を見せるのも無理はない。

明らかに毒されていたであろう顔色は、見ている間にも徐々に回復の様子を見せ、更には身体中に付けられた生傷は、見る見る内に傷口が塞がれていくのだ。それだけではない、仙術を使うがゆえに分かる気の流れも正常に戻っていき、体内を凄まじい勢いで駆け巡っている。

一体何がと見ていて気付く。弥々の手の中に、黄金に輝く金属と思わしき破片が握られていることに。

初代はそれの正体にすぐ気づき、本来の持ち主へと問う。

 

 

「おい…これはまさか…」

 

「あぁ、鎧を剥がした」

 

 

誰の鎧かなど、もはや問うまでも無い。

カルナの鎧は決して誰にも奪われぬようにとスーリヤが彼の皮膚と同化させ、その事実を帝釈天から聞き及んでいた初代は思わずカルナの方を勢いよく振り向き足下を見ると、すでに止まっているようだがスーツには血が滲んでいるではないか。

 

 

「この程度、どうということはない。…もしやオレは、何かいらぬ世話を彼女に焼いてしまったか」

 

「いや、それは問題ねぇ。むしろオイラがいらねぇくらいだ。気を失ってはいるが、これなら明日には全快して目を覚ますわな」

 

「っ!そうか…良かった」

 

 

ほっとした表情を極僅かに見せるカルナ。だが直後、ポカリと軽い音と共に少しばかりカルナの身体が揺れ、その足下には弥々とよく似た金髪を覗かせる小さな少女の姿があった。

 

 

「お前っ!弥々に何をした!この人間めが!!」

 

 

涙を溜めつつ再びカルナに殴りかかるのは九重だ。

姉のように慕ってきた弥々、そして最愛の母。大切な家族が二人も目の前でこうして傷付き、その全てがこの男と同じ、人間のせいと来た。

 

無論、九重も馬鹿ではない。彼が弥々を助ける為にこうして駆けつけた事くらい理解している。理解はしているが…――。

 

一瞬の内に火の海を形成したカルナに相変わらずポカポカと殴りかかる九重を、彼女を心配し、初代に無理を言い助けに来た鴉天狗達が身体を抱え引き離す。このままでは凄まじいとしか言いようのない、得体の知れない力をもったこの男が、次代の御大将を担う一粒種に手を掛けないという保証はなく、同時にこれ以上須弥山側との亀裂を深めないようにとの行動だ。

 

その間も九重は鴉天狗の腕の中で暴れ、次第に大人しくなるがその眼から大粒の涙を流し出し。

 

 

「…私達が何をしたというのじゃ。嫌いじゃ…人間なんか、大嫌いじゃ!!」

 

 

叫ぶ。出て行けと、母上をもとに戻せと。それは悲痛としか言いようの無い、小さな身体で何とか受け継いで来たこの京都を守ろうとしてきた無力な少女の思いであり、初代やイッセー達ですら、ただ黙って聞いているしか無い中。

 

 

「そうか。だがお前がオレをどれだけ嫌おうと、お前の母は戻って来ないぞ」

 

 

まるでどうでもいいと言わんばかりの言動。勿論真実は違う。『お前の怒りは至極当然であり、正当なものである。だが今はまず、八坂をもとに戻す事が先決のはずだ』――カルナとしては、そう言ったつもりである。しかし彼はどこまでも言葉が足りず、そして…。

 

 

「っ!テメェ何様だよ!何て言い方だよそれ!?女の子がこうして泣いてんのに…それがかける言葉かよ!?」

 

 

もはや魔力は空っぽであるにも関わらず、イッセーは鎧を纏ったままカルナに噛み付く、が。

 

 

「オレが何者であるかなど、お前に一体何の関係がある?悪魔よ、お前のそれは、ただ時間を無駄に浪費するだけだ」

 

 

『己のような男に構っている暇など、今は無いだろう』――だがイッセーにはこう聞こえた。『お前の事など眼中に無い』と。思わず反射的にイッセーは、カルナの胸倉を掴みかかりにいこうとするが…途端、グラリと姿勢を崩し、駆け寄った木場に肩を借りる。もはや限界だったのだろう。すると他のグレモリー眷属も心配するようにイッセーの周りに駆け寄り、その様子を見ていたカルナは、『人徳がある男のようだ』と感心すらするが…そんなカルナを見る彼らの視線はまるで、先程の“英雄派”と対立しているかのように鋭い。

 

 

「おいおい、下らねぇ事でケンカなんざしてる暇は無ぇだろい?」

 

 

流石に見かねて初代が間に入る。何よりこれ以上有らぬ疑いがこの男にかけられる事が、我慢ならなかったのだ。

 

すでに弥々の中に残っていた僅かばかりの毒は外に出し終え、そろそろこの異界から出ねば崩壊する危険すらあると彼らに伝える。

この異界を形成していたのはゲオルグであり、その彼がいない今この状況はあまりに不安定だ。無論それだけでない事など、今は説明する必要も無いだろう。

 

 

「やりすぎだぜお前さん。見な、デカイ次元の狭間が開き始めてらぁ」

 

『オイラ達が無理やり入って来たのも原因だろうけどな!元気してた?白い兄さん』

 

 

カルナを軽く小突く初代に、八坂のもとからこちらへと移動してきた玉龍がカルナに話かけ、その間に同じく先程まで八坂の相手をしていた匙は人の姿に戻り、今はアーシアに治療されていた。

 

「無視していいぞ」と初代が言い、それを聞いていた玉龍の『酷ェ!?』という声を無視する形で「さて」と呟き、動きを止めた八坂を見据える初代。

 

 

「どうしたもんかねぃ。オイラの仙術で邪な気を取り除いてもいいんだけどねぃ…」

 

 

それでは時間がかかりすぎると初代は悩む。

先程言った通り、すでにこの異界は崩壊の兆しを見せ、今もカルナが入れた罅が広がり次元の狭間が顔を覗かせている。

 

 

「斉天大聖、オレのこれ(・・)は使えないだろうか」

 

 

自分自身。つまり今は見えない弥々にも与えた鎧を指差し、カルナは提案する。

 

 

「駄目だ。そこの嬢ちゃんは良かったが…九尾(・・)じゃあまりにこの国の神々に近すぎる(・・・・)。使えば高天原は、あのお姫さんを裏切り者として、この京都の地を見限るだろうねぃ」

 

 

八坂、そして弥々を含めた妖狐という種族は、この日の本における豊穣神“宇迦之御魂神”の眷属であり、末端も末端であった弥々程度ならばともかく妖狐の中でも最上級、つまりもっとも“宇迦之御魂神”と繋がりが深いと言える八坂では、スーリヤの加護を与えてしまうワケに行かぬと初代はカルナに説明し、再びどうしたものかと思慮していると――突如、イッセー達の方を思い出したかのように顔を向け。

 

 

「赤い坊や、そういやお前さん、女の胸の内が聴ける能力があったよなぁ」

 

 

“レーティングゲーム”は今や、各神話の娯楽となっている。そして娯楽とは即ち、暇つぶしには丁度良いバラエティ番組(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ということだ。また、初代も“悪魔の駒”を使った疑似戦争(命を賭けると軽々しく口にするお遊び姿)を下らないB級映画のように眺め、その中でイッセーの『乳語翻訳(パイリンガル)』があったなと思い出した。

 

 

「え、えぇ、ありますけど…」

 

「そうか、それが一番手っ取り早い。手伝ってやるから、そこの小さな嬢ちゃんとあの九尾のお姫さんに掛けろや」

 

 

まさかあんな下らない技が、こうして役に立つ日が来るとは!

何が起こるか分かったもんじゃねぇと、初代はやれやれと首を振りながらイッセーに命令する。

 

どこか納得のいかないような顔をするイッセーだが、重ねて言うが時間がない事は確か。「いけぇぇええ!!『乳語翻訳(パイリンガル)』ッ!!」とイッセーが叫び、同時に【赤龍帝の鎧】が解除されたのを確認し、初代はしゃがみ込み、トンっと軽く地面を叩く動作を見せる。(はた)から見れば何をしているのだろうかと疑問に思うところだろうが、様子を見ていたカルナには分かる。

明らかに変わった辺りの雰囲気を作り出したのは、間違いなくこの男だと。同時に法衣から覗く包帯へと目をやり。

 

 

「それは恥からか?それとも…」

 

「オメェさんとの約束を忘れない為に、文字通り身体に刻んでいるのさ。それに勲章ってのは、これ見よがしに晒してこそだろ?」

 

 

もはや自分の仕事は終わったといわんばかりに、煙草を咥える初代。

あの日から煙管は一度もやっていない。吸えば何だか、あの日から抱くこの思いが吐き出されるような気がしたからだ。

 

初代はカルナに顔を向けず、ただ前を向き、イッセーの『乳語翻訳(パイリンガル)』によって届くようになった声を、必死に母親にかける九重へと視線を固定している。

 

『覚えているか、あの約束を』『まだ持ってくれているか、あの証を』――聞きたい事など山ほどある。しかしそれではこの男を信用していない事になるのでは?と、初代は燻る思いを煙へ込めて、静かに吐こうと火を付けようとすると――横から手が伸び。

 

 

「無論、忘れた日など一度も無い。次はオレも本気で、お前を迎え撃つ」

 

 

指先に火を灯したカルナが代わりに火を付ける。これは良いものを見せてもらった礼だと言うように。

認められたような気がした。今もまだ、追いついていないと断言できる…こんな雑魚でしかない自分を確かにこの大英雄は、挑戦を迎え撃つに相応しい相手と認めてくれたのだ…っ!!

 

パァァアアっと辺りが光に包まれ、その中から人の姿となった八坂が出て来た。どうやら九重の()いは、確かに届いたらしい。見ればその光景に感動した、グレモリー眷属達が涙を流しているではないか。

初代もまた、別に意味で溢れそうになった思いを、男がそう簡単に涙を見せてなるものかと法衣で素早く拭い。

 

 

「ま、何はともあれ解決だねぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トントントン、クツクツクツ――台所を心地良い調理の音が包み込み、女はその中央で、まるでオーケストラの指揮者のように、忙しなくその腕前を振るう。

手にはリズムを刻む包丁が握られ、彼が育て収穫した野菜を食べやすいサイズへと切っていき、その横では鍋蓋が跳ね、料理が出来たと自己主張をしている。その様子はまるで、彼女の今の心境を現しているかのだ。

 

鼻歌を歌いながら、着物の袖を紐で縛り、調理を続ける女。その頭には獣の耳が生え、臀部からはこれまた毛並みの良い尻尾が左右に揺れている。女がどれだけ御機嫌か、それだけで窺い知れるというものだ。

 

味見用の小皿を、そのふっくらとした艶やかな口元へ近づけ味を確認。いい塩梅だと皿へと料理を移し、折角できた料理を落とさぬようにと静かに彼が待つ、居間へと持って行く。

 

そこにいたのは女の身である己からしても、羨ましい程に白い肌と処女雪のような印象を与える髪の色をした、細身の男性。

その姿が見えた瞬間、女――弥々は誰もが見惚れる程の、幸せとはまさしくこれだと思わせる優しい笑みを見せ、愛しい男の名を切に願うように囁く。

 

 

【カルナ様――】

 

 

 

「――悪いね(・・・)オイラ(・・・)はあの大英雄様じゃねぇんだ」

 

 

だが帰って来たのは望んだ声音ではなく、酷く皺嗄れた、弥々が全く知らぬ声。

 

 

「…ッ誰ぞ!?」

 

 

寝かされていた布団を蹴飛ばし、声の持ち主から離れた部屋の隅へと瞬時に移動し構える弥々。

そこにいたのは身体中に包帯を巻き、その上から法衣を着てサングラスをかけたひどく小柄な、猿のような老人。その身体から洗練された気を立ち昇らせる様子から、弥々にはこの小柄な老猿が誰かすぐに分かった。

 

 

「まさか…闘戦勝仏様…?」

 

「おぉ、オイラはその闘戦勝仏だよ。そういうオメェさんの名は弥々で間違い無いねぃ?いやぁ、カルナが世話になった(・・・・・・)らしいじゃねぇか」

 

 

「良かった、良かった」と初代は呟くが…何がなんだか分からない。

何故あの初代孫 悟空がこの京都にいる?いやそれよりもここは一体…何故貴方程の御仏(みほとけ)がと、弥々は今だ回らぬ頭を抱えて問いを投げかけるが、初代は「その前に」とサングラスのブリッジを中指で上げ。

 

 

「色々見えてるぜ?こんなおいちゃんで良ければ、そりゃ頑張らせてもらうけどねぃ?」

 

 

何の事だと思い…そしてはたと気づく。

誰かに着せられたと見える襦袢は、先程これまた誰かに寝かされていたと思える布団を蹴飛ばした際に酷く着崩れ、片膝を立ていつでも動けるようにと身構えていたその姿は、ぶるんと豊満な胸が今にも零れ落ちそうになり、その太ももの奥も軽く初代が首を動かせば簡単に見える仕様となっていた。

 

 

「~~~っ!!?あ、あ…その…見苦しいものを…っ」

 

 

すぐさま後ろを向き、顔を真っ赤にしながら弥々は襦袢の裾を正していく。初代はその後ろ姿を眺め、ただヘラヘラと笑うばかり。そのまま「もういいね」と煙草に火を付け、吐いた煙がこの密室となった空間に漂う。

起きたばかり、そして獣の嗅覚を持つ身としては、今すぐ吸うのを止めてほしい所だが…今はそれよりも、どうしても聞きたい事がある。

 

 

「あの、闘戦勝仏様…その、カルナ様は…この弥々と共におりました、あの方はいづこへ…」

 

 

あの時自覚したこの恋慕は、今も確かに弥々の胸を焦がし続け、ギュっと胸元に添えられ握られた手は、彼女の思いを現しているかのように見える。

 

だが初代は突如、口元を真一文字へと結び、持った煙草の火元を障子へと、つまりはこの部屋の外へと向ける。開けろという意味なのだろうかと、この時初めて弥々はここが“裏京都”に存在する八坂の屋敷だと気づき、急ぎ障子に手をかけた…その時――。

 

 

「――っ!?う、ぁ……」

 

 

人化の術が半ば解け、狐の耳と尻尾がブルリと突如密室のはずの部屋の中にも吹き荒れた、凄まじい気配に充てられ逆立ち、あまりの圧に耐えられぬと弥々はその場にペタリと座り込み、恐る恐るといった感じでようやく隔てられた障子を開けた先。

 

 

そこにいたのは見覚えのある顔の数々。そのどれもが弥々が幼少の頃から見て来た、年老い皺だらけの顔馴染みばかりでありその手には…。

 

今はもう、振るう事叶わぬはずの巨大な金棒を携えた細身のやつれた鬼がいる。

以前は水神と敬われ、しかし信仰薄い今の世では、かつての神通力を振るえず皿の乾いた河童がいる。

神々の眷属でありながら、その身を妖怪に貶められ、今や人間の作った農具である鍬すら満足に振るえぬ老狐の姿がある。

 

他にもまだまだ、まるで百鬼夜行のような様がそこには広がっていた。

 

種族の全く違う彼らではあるが、幾つかその姿には共通点がある。それは誰もが今やひっそりと暮らす老いさらばえた、かつての栄光色褪せた妖怪達であり、その手には誰もが明らかに殺生を目的とした、思い思いの武器を握っているという事。

 

 

一体何がと弥々は縁側へと飛び出し、辺りを見渡す。するとようやく、彼女は愛しい思いを連ねる男の姿を見初めるが…言葉を、彼の名を呼ぶことができない程に、弥々はその眼を見開き――。

 

化外である彼女ですら目を背けたくなる程の、怨嗟渦巻く悍ましい穢れを黒衣として身に纏い、その上から神威吹き荒れる神々しいとしか言いようの無い、黄金輝く鎧を重ねたカルナの姿がそこにはあった。

 

すると向こうもこちらを捉えたのか。

 

 

「…良かった、無事で何よりだ」

 

 

耳介に心地いい声が響き、それだけで男であれば誰でも蕩けるような笑みを浮かべる弥々。

 

だが…それも次にカルナが口にする言葉を聞くまで――。

 

 

カチャリとカルナはその手に持った、かつて弥々にも向けた長槍を彼女が幼い頃から世話になり、家族に等しいと慕う彼ら老いた妖怪達へと水平に掲げ。

 

 

「弥々、オレを恨んでくれて構わない。だがオレはこれから…」

 

 

 

この者達を全て、お前の目の前で塵殺(・・)せねばならない――。

 




新年一発目から書き直しの連続よ…(汗
八坂を救い出したイッセー達のその後は、次回描いていきます(そして何故、このようになったのかも)

ん、英雄派?…そんな連中いましたっけ?


もうね、書いてて思った。
こういう風に描かないと、納得できずに更新すらしなくなるって。
『また展開が遅ぇ!どんだけ焦らしプレイが好きなんだよ!?』だって?
ハハっ、我慢しやがれくださいマジでお願いします何でもしまs――


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屍へと向かひ(い)ける

難産でした…えぇ、難産でしたよ…。
正直完全な納得はいってません。ですがこれ以上はもう無理でした。
恐らくいつも以上に読みにくいと思われます。
(ちょっと題名重いですかね?)

過去最長です、でもただの前回の前語りで終わるという…もうね(汗
(文字通りの意味でのカルナさん無双は次の予定です)

多分読んでて色々気になる事や、少し読みにくいと感じる部分も多々あると思われます。ですがそれは今回の雰囲気作り、そして次回ちゃんと補間していく予定なので、どうか軽いスルーでお願いします。
(本当にこれ以上纏める事が無理です)

アザゼル先生目線から始まります。



異界からイッセー達が帰って来た。

かなりの激闘だったらしく、全員ボロボロになっていた為、今回皆の(キング)となってとくに頑張っていたであろうイッセーの肩に手を置きながら、俺は労いの言葉をかけつつ、こちらに駆け寄って来る救護班に指示を出す。

 

 

「よくやったなイッセー、お前は休んでろ。救護班!グレモリー眷属とイリナ、匙を見てやってくれ!ケガはともかく、魔力と体力の消費が激しい!」

 

 

頷いて即座に対応を始める彼らは、俺達聖書の三大勢力が今回の事件を京都妖怪から聞いたあの日から、セラが即座に用意した精鋭達だ。これで奴等“英雄派”を一網打尽にしてやろうとも思っていたが…確かレオナルドだったか?あの子供が宿した“神滅具”【魔獣創造】で生み出されたアンチ・モンスターが思った以上にこちらの防衛網を食い破り、そこから“英雄派”はまんまと逃げちまった。

 

 

(ま、それだけじゃねぇんだけどな)

 

 

本来この作戦は京妖怪達とも足並みを揃えてやるつもりだったが…。

 

九重が行方不明になった事で、動ける主要戦力はそっちに行っちまうし、間違いなく大戦力になったであろう、鞍馬の大天狗を筆頭とした京都守護を担う者達は、何かやる事があるという事で一切動けず、結局防衛網は完成出来なかったが…まぁ、今回の目的、八坂奪還は確かに達成できたんだ。大金星には間違いないだろう。

 

 

救護班がイッセー達から離れて行く。どうやらある程度は回復したようだな。

 

 

「よっ、今回はお疲れさん」

 

「あ、先生。俺もう疲労困憊っす…」

 

 

敵と戦ったという事で、まだ解けてない緊張をほぐしてやろうと敢えて軽い口調で話しかけると、ニヘラと笑い返して来た。ったく、本当に可愛い教え子だぜ。

 

イッセーの隣にいた木場も相当疲れたらしく、イッセーに先に上がらせてもらうと声をかけていた。その少し先では、今回もかなり無茶したんだろう。匙が気絶したまま、担架で運ばれて、周りでは匙と同じシトリー眷属が心配した声をかけている。愛されてんな。お前も可愛い俺の大切な自慢の教え子だよ。

 

 

「アイツ、かなり頑張ったんすよ。前みたいに『龍王変化(ヴリトラプロモーション)』で暴走しちゃったけど…でも必死に八坂さんを助けようと、先生が呼んでくれた玉龍と一緒に戦って」

 

 

「力使い切ったのか知らないですけど、いつの間にか『龍王変化』も解けてましたし」とイッセーは言うが…あの様子を見る限り、ヴリトラ自身が匙を強制的に止めたような印象を受けたが…いや、今はそっちよりもその後の方(・・・・・)だ。

 

 

「イッセー、俺が呼んだ初代はどこに行った?今回駆けつけてくれた礼を言わなきゃな」

 

 

この場に初代の姿は無い。てっきり一緒に戻ってくるもんだと思ってたんだがな。

 

 

「…異界が崩壊する直前に、『このまま“裏京都”に行く』って。…使者の人(・・・・)と一緒に」

 

 

っ!何!?

 

俺は“裏京都”でロスヴァイセと共に、インドラの話をイッセー達に聞かせた時からその使者を探し続けていた。あの予想出来ない動きを見せるインドラの使者の動向を知らねぇと、安心できないと思ったからだ。結局探し出す事はできなかったが…まさかイッセー達と【絶霧】に巻き込まれていたとはな。これもコイツの持つ、【龍の気】が成せた技か?いや、今はともかく。

 

 

「どんな奴だった!?特徴は!?どんな“神器”を宿していた!?」

 

 

あのインドラが寄こした人間なんざ、気になり過ぎてしょうがねぇ!

思わず肩を強く掴んで話を少しでも早く聞き出そうとすると。

 

 

「アザゼル総督!止めてください!彼がいくら冥界を代表するヒーローだとしても、体力までも無尽蔵では無いんですよ!?」

 

 

先程イッセーを見ていた救護班の女悪魔が再び駆け寄って来て、イッセーを庇うように抱きしめた!

確かに今の状態で聞く話でも無かったとイッセーに軽く詫びを入れるが…鼻の下が伸びて全然聞いちゃいねぇ…そのまま女悪魔の方はサインねだってるし…ただのファンだったんじゃねーか!

 

 

(まぁ、これくらいあってもいいか。頑張ったのは本当だろうしな)

 

 

本当に、お疲れさん。

 

 

 

 

 

修学旅行最終日。

アザゼル先生に労いをかけてもらった後、大激戦を終えて安堵したからか、寝てもまるで疲れの取れなかった俺達グレモリー眷属は、疲弊しきった身体を引きずって最後のお土産巡りを敢行した。…ぜーはー息を切らしながら京都タワーに登ったのは、意外と思い出に残るんじゃなかろうか。駒王町に戻るのが少し怖い…というのも、あの後すぐに部長から電話がかかってきて、事の顛末が向こうに伝わったのです。しかもその時はファンだと言っておっぱいを堪能させてくれた悪魔の女性が抱き着いている時!戻ったらじっくり話し合う事があるそうなのですが…俺、死ぬのかな…?

 

 

笑顔で怒る部長や朱乃さんが脳裏に浮かび、身体をガクブルさせているといつの間にか京都駅の新幹線ホームに着いていて、そこには見送りに来てくれたのか。元気になったと見える八坂さんが、九重と手を繋いで待っていた。

 

こちら――正確には一番偉いアザゼル先生だろう。俺達の姿を見つけると、八坂さんがアザゼル先生と何か話し出した。何話してんのかな?

 

 

「きっと協力体制について話してるのよ。イッセー君頑張ったから、良い方向に話が進んでると思うわ!」

 

 

昨日の疲れを感じさせない笑顔で、イリナが笑いながらそう言ってくれた。へへ、なら良いんだけどな。

 

 

「…おい、そりゃどういう事だ!?」

 

 

っ!アザゼル先生が急に大声を出し、俺達だけでなく、八坂さんの隣にいる九重もかなり驚いている。

そんな九重を安心させるかのように、八坂さんは優しく髪を撫でながら――今回の聖書の陣営との話合いはすでに終わり、そこでもセラフォルー様に伝えたと言う内容を話し出した。

 

 

「鴉天狗共に話は聞いておる。お主ら、特に赤龍帝の技がわらわの意識を覚醒させる事に、大いに役立ったと。それについては礼を申しあげよう。赤龍帝殿、感謝致す」

 

 

軽く会釈してくる八坂さんに続き、九重もペコリと頭を下げる。

 

 

「しかし協力体制についてはまた後日の機会とさせていただきたい。その旨は昨日(さくじつ)、すでに魔王殿には伝え申した。まずは須弥山との話し合いをしかと進めて(・・・・・・・・・・・・・・・・)からだと」

 

 

っ!ここでも須弥山かよ!

 

同じ事をアザゼル先生も思ったらしく、どうしてだと問い質す。何故そこまで須弥山に重きを置こうとするのかと。

 

 

「こちらから呼び出したのじゃ、通す筋というものがある。……お主達はあの男を見て、何も感じなかったのだな」

 

 

ん?最後の方は小さくてよく聴こえなかったけど、でも…っ!

 

 

「…分かった。協力体制についてはまた今度、できれば良い返事を聞きたい。…【禍の団】なんてテロ組織が活発に動き、アンタは利用されそうになったんだ。俺達は手を組んで、この脅威に立ち向かわなきゃならない」

 

「分かっておる、アザゼル殿。じゃがこればかりは通さねばならぬ道理じゃ。我等妖怪にも、義理はあるのでな」

 

 

「また京都に来て、九重と遊んでほしい。その時はぶぶ漬け(・・・・)でも出して、持て成すのじゃ」――そんなやり取りをして、俺達は新幹線に乗車した。発車するまで二人は手を振って見送ってくれたけど…何だろう、この納得のいかない感じ。だって俺達、あんなに頑張って八坂さん助け出したんだぜ?なのに…。

 

先生も納得がいってないらしい。でもこう言ってきた。

『お前達の旅行ついでに、いきなり話を持ち掛けたこちらも確かに悪い。前向きな返事を貰えただけでも御の字』だって。うーん、これが政治ってやつなのかな?

 

 

「よぉ、さっき何の話してたんだ?」

 

 

悩んでいると、昨日の疲れをまだ引きずっているっぽい匙が来た。なので先程の話をそのまま伝えると、「確かにそりゃ難しいわな」と返してきた。

 

 

「会長もいつも頭回転させて悩んでるよ。レーティングゲームで顔と名前が売れ出したとはいえ、俺達まだ学生だからさ、次期当主としての勉強や学校設立のパトロン探しと毎日書類と睨めっこして…もっと俺達眷属を頼ってくれてもいいのにさ、これは自分の夢だからって。ま、だからこそ支え甲斐のあるご主人様なんだけどな!」

 

 

…スゲェ、ソーナ様の話ばかりだけど、コイツ等はちゃんと夢じゃなくて目標に向かって頑張ってるんだ。俺達も負けちゃいられねぇ!

 

 

「今度の試合はあのサイラオーグさんだろ?俺の分まで頑張ってくれよ」

 

「―?何だよその言い方、何かあったのか?」

 

「あーはは…実は…」

 

 

頭を掻きながら、何だか少し恥ずかしそうな仕草をする匙。

どうしたと聞くと…何でも昨日から、ヴリトラの調子がおかしいらしい。何かブツクサ小声で、「何故…」とか「あのような姿を」とか…ホントにどうしたんだ?

 

「駒王町に戻ったら、アザゼル先生に相談する」と言って戻る匙を見送り、俺は窓辺に頬杖をついてこの三泊四日の旅行を思い返していた。

 

“英雄派”――曹操。

あの男は何というか…不気味だった。今まで戦ってきた悪魔や堕天使じゃない『人間』。そして初代と共に姿を消した、あの真っ白な外人。

アザゼル先生には朝一であの男の情報を話した。

初代と知り合いのようだった様子。炎の翼を生やして、眼から光線を放ち、あの頑丈な異界に罅を入れた事。話を聞いていた木場達によると、二条城に集まる前、俺達がそれぞれ別れて“英雄派”の相手をしている間、何やら破壊音が立て続けに聴こえ、煙が上がっていたとの報告もあったので、破壊力も相当持っていると分かった。それに…。

 

 

【真の英雄は――!!】

 

 

自分から英雄だなんて、曹操と元々は同じ組織だったのか?

同じ事をみんな思ったらしく、話を聞いた先生は「まさか“英雄派”のパトロンは…」っていつもみたいにブツブツ自分の世界に入っていったけど…でも、泣いている女の子にあんな言葉しか言えない奴が、英雄だなんてワケがない!

 

 

『相棒、あの男を曹操とか言うガキと同じように捉えない方が良い。俺のドラゴンとしての魂が叫んでいる…あの男は、下手をすれば“神滅具”所有者以上に危険な奴だと』

 

 

ドライグが忠告を心の中で入れてくれた。そうだよな、油断大敵ってやつだ!

 

ドライグが宿る【赤龍帝の籠手】が宿る左手を見る。

“神器”に眠っていた力と、【悪魔の駒】を組み合わせた俺の新しい力。まだ改善の余地は十分にある。また一から修行だな。

 

…サイラオーグさん、ヴァーリ…そして曹操。

 

 

(俺は負けない。もっと強くなる。もっと、もっと…!)

 

 

決意を新たに、最後にもう一度この綺麗な京都の街並みを見ておこうと窓の外を見る…ん、何か忘れているような――…あっ。

 

 

「うわぁぁあん!!八坂さんの、九尾のおっぱいぃぃぃぃぃい!!」

 

 

無念の叫びを出しながら、俺は扉に噛り付く!

こうして俺達、駒王学園2年の修学旅行は終わりを告げたのであった――。

 

 

 

 

 

イッセー達を京都駅から見送ってすぐ後、九重は熱を出した。

 

八坂が戻り、自分でも知らない内に張っていた緊張が切れたのだろう。八坂自身、己がいない間、九重が皆を纏めようと空回りしながらも頑張っていた事を知っているし、それを誇らしくさえ思う。だが八坂がそんな我が子にかけた言葉は――…叱責だった。

 

何故屋敷で大人しくしていなかった、何故行動を起こした、何故…この子を誰も止めてくれなかったのか…っ!

 

もう一つの事情もあり、八坂は人間達に空を飛ぶ姿を見られぬよう術を展開しつつ、胸にくたりと力無く項垂れる九重を抱きしめ更に急ぐ。その間、昨日起きた事を思い出しつつ――。

 

 

 

昨日助け出された異界。朦朧とする意識の中、聴こえて来た声に心揺すぶられ、覚醒した意識が捉えたのは今は亡き夫が唯一自分に残してくれた最愛の一粒種たる九重の姿。それだけではない、龍の気が混じる悪魔の童や他の悪魔、更には部下である鴉天狗や闘戦勝仏の大物までいるではないか。しかし、最も驚いたのはそんな多種多様溢れる様ではない。

 

自らがかつて祝いの席で授けた着物、それは所々が破れ、女の宝物である美しい肌を痛ましいものに変え、気絶する娘や妹のような存在、弥々――その傍で静かに佇む男。

一目見て八坂は思った。あれは人の姿をした日輪そのもの(・・・・・・・・・・・・)だと。

恐らくは太陽神である天照大神、その姪にあたる宇迦之御魂神に最も近い(・・)眷属である八坂だからこそ、その男――カルナがただの人間でない事に気づけた。

 

初代に促され、崩壊するこの世界の中、呑気にこちらに話しかけてきた悪魔達を半ば無視する形で急ぎ裏京都に戻り、八坂はどうしても気になるカルナの正体を知らぬかと、急遽召集した幹部達を集め…愕然とした。

 

聞かされたのは、彼らがカルナ…つまりはこちらから願い出た話し合いに応じた帝釈天が寄こしたとされる、使者に対する無礼の数々。(この時、この場にはカルナと初代はいない。異界からの帰りの道中、着いて来た鴉天狗の様子を不審に思った八坂が急遽、自らが用意できる中で最上級の旅館へと彼らを持て成したのだ)

 

 

先程気絶し、今はこの屋敷の一部屋で眠っている弥々の嫉妬から始まった使者への攻撃。そこからの勘違いから始まり投獄、更には己が影武者を用いた使者が目前にいる状況での監視の命――等々。

 

 

操られ、無理やりグレード・レッドを呼び出す人柱にされ疲労困憊の身体に鞭打ち、八坂はすぐさまこの場に集まる幹部に命ずる。

 

 

「今すぐこの地に来ている魔王セラフォルーを呼び出し、会合の手筈を整えよ。そして明日、最大限の謝辞を重ね、須弥山との会合に臨む。明日が本番(・・・・・)じゃ、今すぐ手配せよ」

 

 

その言葉に騒々しくなる幹部達、当然だろう。

 

かつての戦争により先代魔王、そして聖書の神を失った聖書の陣営は、最盛期と比べ没落の一途を辿っている。それでも最大級の宗教規模を誇る事には変わらず、更には“聖書陣営の同盟”という、各勢力をして胆を抜かれた出来事は新しい。なのに何故、聖書の陣営ではなく須弥山をと声が上がる事もしょうがない事だ。しかし八坂はそれを一蹴する。

 

 

「たわけが。キサマ等が人間風情と侮ったあの男は帝釈天の使者ぞ。ただの人間をあの神々の王が寄こすと本気で思うておるのか」

 

 

それは…と声が微かに上がる。堕天使総督アザゼル、赤龍帝のイッセーが来た時、妖怪達はカルナと比べ、確かに早まった行動だったと軽い後悔を起こし、今の八坂の言葉だ。徐々に今の自分達がいか程の状況に置かれているかを悟り出す。

 

 

「そうじゃ、このままでは下手をすれば戦争となる。我等京都…そして戦狂い(・・・)の須弥山とな」

 

 

『戦神に手を出すな』――これは各神話、全てが持つ共通認識であり、当然の事。

 

古い存在が少ない、古くから矢面に立ち続けた存在がアザゼルくらいしかいない聖書陣営ではあまり知られていない事ではあるが、少しでもまともな神経をしている者であれば、これは考えるまでも無い事だ。

 

インド神話という超級の武力神話。その隣にありながら、幾千もの年月淘汰されず、されど膝を屈せず首を虎視眈々と狙い続ける須弥山。頂点にはそのインド神話内ですら神々の王と畏怖された帝釈天、そんな男の下に集った益荒男達が、戦を楽しめないワケがない(・・・・・・・・・・・・)

 

考えてもみてほしい、“日和見主義の実力者の集まり”と“笑顔で殺し合いに臨む糞野郎共”

――一体どちらが恐ろしいのかを。

 

 

「ゆえに須弥山じゃ。…千年受け継いだこの京都、我等の代で終わらせるか?否、断じて否ッ!!次の千年、子孫に誉れと言われる為にも、明日を関ケ原とせよ!良いなっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

冷水に浸からせた厚手の布。それを絞り、水気を飛ばすなど本来大将のする事ではないのだろう、だがそれは母親ならば当然の事。

 

荒い寝息を吐く九重の愛らしいでこにそれを乗せ、八坂は林檎のように真っ赤に染まった頬を優しく撫で。

 

 

「許せ九重、母は…もう行かねばならぬ」

 

 

ひんやりとした母の手が気持ち良かったのだろう、安堵したかのような愛娘の笑みに、八坂は袖を引かれるような思いになるがそれを振り払い、九重が寝る部屋を出る。

部屋を出れば、そこには母の顔は存在せず、この京都に住む妖怪、それらを束ね上げる女傑としての顔があった。

 

何故ならば、イッセー達が京都を出た今日が須弥山との会談であり、すでに使者であるカルナと初代はこの屋敷に到着しているからだ。

 

お付きの者が廊下を歩く八坂の様相を整え、その大広間の前に到着した八坂は深く息を吸い、そして――。

 

 

「重ね重ね、お待たせしました。この京都の御大将、八坂と申し上げます」

 

 

そこにはスーツ姿のまま、胡坐を掻いたカルナ。それと誰がどう見ても不機嫌な初代が煙草を吹かし待っており、部屋の隅にはどこかバツが悪そうな幹部達が沈黙を守っていた。

 

 

「昨日と同じ気配…そうか、今回は影を用意してこなかったのだな」

 

「おう、まぁ嬢ちゃんが体調を崩したならしょうがねぇわな。いやぁ、中々良い時間だったぜぃ?面白い話(・・・・)も聞けた事だしねぃ」

 

 

八坂の姿を見て、互いに口を開いた後、畳で吸い終えた煙草を無造作に火消しを始める初代。

 

そう、彼はこの場に集うた幹部達のカルナに対する余所余所しい態度をおかしく思い、カルナに何があったかを問いかけたのだ。当然隠す意味など全くないカルナは初代の疑問に答えた。

 

 

『中々に刺激的だった。来ていきなり牢に連れられ、目の前で監視すると言われたのは、流石に初の体験だ』

 

 

カルナとしては悪気など毛頭ない。以前も言った通り、この程度は古代インドではごく普通の事であり、更に言えば難癖をつけてその場で殺し合いとなる事すら当然だったのだ。だからこの程度、気にするまでの事では無いとカルナとしては告げるつもりだったのだろうが…初代はこの言葉にブチ切れた。幹部達が今静かにしているのはただ単に、先程まで初代が殺気を振り撒きながら尋問していた為、しかし今は大人しくしているのはカルナから続けてこう言われたからだ。『お前はオレが与えられた使命を邪魔しに来たのか?』と。

こう言われては初代も黙り込むしかない。もとより帝釈天がカルナに全て任せると話している事は聞いている。その為に今は沸々と業を煮やしながら、不機嫌な様子は隠さずとも、こうして話し合いを見守ろうとしているのだ。

 

部屋に入った八坂は何故、闘戦勝仏殿はここまで…と身体を硬直させるが、すぐに思い当たり、こちらをじっと見つめて来るカルナの視線に耐え切れず、彼らの前に一先ず膝をつき。

 

 

「改めて自己紹介を、京都を総べる長をしております、八坂と申す。この度は我等京都がとんだ無礼を…」

 

 

頭を下げた(・・・・・)。本来、大将に就く者ならばそれはならぬ事だろう、だが此度の件、そして己を助け出してくれた恩に少しでも報いる為、八坂は躊躇いなく頭を下げ、部屋に集められた幹部達はそのような行動をとらせてしまった自身達の軽薄な行いに、三度後悔を見せた。

 

 

「そうか、お前が八坂か。ならばオレも、名乗りを返そう」

 

 

胡坐を掻いたまま、垂直に立てるかのように置かれた拳を解き、カルナはようやくと言った面もちでカフスに手を伸ばし、軽い動作でそれを取り外した…瞬間。

 

閉じきっているにも関わらず、吹き荒れる神威。肩にかけていた深紅のコートとダークスーツはどこかへと霧散し、神々しい黄金の鎧、その下にインナーのように着込んでいるかの如く見られるは、かつて悪鬼羅刹と恐れられた妖怪達ですら、怖気が走る程の禍々しい穢れが顕現する。

 

その時、神威に煽られ目を覆っていた幹部達は直感にも似た思いを抱いた。

この男を知っている(・・・・・)。いや、似たような男達を我等はかつて、見た事がある。それはこの国において、武士(もののふ)と称され、我等を闇へと閉ざした存在…英雄であると。そして思い出す。自分達がいかなる存在…闇に追いやられ、しかし光を恋い焦がれる事を忘れられず、いつしかその(人間達)身を焼か(退治さ)れる存在であることを…っ!

 

 

「では、名乗らせてもらおう。我が名はカルナ(・・・)。偉大なる太陽神スーリヤの息子にして、此度インドラの名代として、この地に参った人間(・・)だ」

 

 

顔にかかる髪がうっとうしいのか、首を軽く振れば、何故か今まで気にならなかった(・・・・・・・・・・・・・・)黄金に輝く耳飾りがカチャリと音を鳴らし、その音がカルナの放たれた存在感に飲まれていた八坂達京都勢を現実へと戻した。だが、誰もが先程のカルナの名乗りを思い返す。

 

 

カルナの名はこの日本では正直、そこまでの知名度を誇っていない。その武勇もまた然り。だが…たった一つ、須弥山と海を隔てる程度しか離れていないこの地にはただ一つ、カルナに関する逸話が聴こえていた。

 

曰く、帝釈天がまだインドラであった時代、彼が己が武器を与えてでも弱体化を謀った(・・・・・・・・・・・・・・・・・)埒外の実力者――更に今言った事が事実であれば、彼は主神天照大神と同じ太陽神の息子と聞く。“太陽”という、この星をあまねく照らす信仰の対象としては最大格。その系譜にあたる存在は皆、全てが想像できない程の実力者ばかり。

 

喉がひりつく…それは何も、急にこの部屋の気温が上がったが為ではない。

“何を差し出せば、この男の怒りを鎮める事ができる”――それを考えてしまえば、八坂はとにかく喉が渇いて仕方なかった。

 

しかしカルナはスっと手を前に出し。

 

 

「いや、お前が考えているような事なぞ、オレは望まん」

 

 

心が読めるのか!?と、誰もが驚くが違う。

『貧者の見識』は正しく今の八坂の心を見透かし、その上でカルナは言う。「何も求めなどしない」と。だがそこに待ったがかかる。初代だ。

 

 

「おいおいカルナ、それは駄目だ。いくらお前さんが良かろうが、ボスが黙っちゃいねぇ」

 

 

サイバーなサングラスのブリッジを上げ、初代はズイっとカルナより前に身体を押し出し。

 

 

「弥々とやらを出せ、それで半チャラ(・・・・)だ」

 

 

「やはりそうなるか…」――それが八坂が抱いた思いだ。

確かに此度の一件、使者であるカルナに対する数々の無礼は全て、弥々の浅はかな行動から生まれたもの。道理と言えば道理ではあるが、八坂はそれに対し、軽々しく頷けようはずがない。

 

『“血よりも濃い絆”――ゆえ持って我等は家族である』

これは京都に生まれた者が幾度も繰り返し聞かされ、魂に刻まれた言葉である。それは母から九尾の座を受け継いだ八坂とて同じ。更に言えば、今も自らの為に傷つき眠る弥々を渡すなど、義理人情を大切にする京都の女として、どうしても納得がいかなかったのだ。

 

沈黙を守る八坂。だが初代の隣、カルナがまたも京都側を庇うかのように口を開く。

 

 

「その必要など無い。斉天大聖、彼女を貰ってどうする?インドラが治めるあの地に、弥々が益をもたらす事など、できようはずが無い」

 

 

まるで役立たずのようなカルナの言葉に、怒気を募らせる京都側。しかしカルナと初代はその程度に反応すら見せず、初代はカルナに食って掛かり出す。

 

 

「おいカルナ、唾吐かれたからにゃケジメをつけなくちゃなんねぇんだ。それが組織ってもんなんだ。面子を保つって事なんだよ」

 

 

確かにそうだ。とくに信仰…ある意味では精神界における強さが、そのまま力に変わる修羅神仏。仏でもある初代はその大切さ、舐められたままで終わる事だけは絶対にならない事を良く理解している。

しかしカルナの論点はそこではない。

 

 

「それはお前の考えであって、あの男の考えでは無い。須弥山を率いているのはお前か?斉天大聖」

 

 

各神話にその名を轟かせる初代に対し、さらりと恐ろしい事を問い出すカルナ。しかしカルナとしてはこれは本心であり、またカルナにはどうしても、弥々を安全な場所に置く必要があった。

 

 

「…おめぇさん、何でそこまで…」

 

「恩がある。素晴らしき風景、素晴らしき贈り物を、彼女からは戴いた。与えられた恩に報いず、オレはクシャトリヤの称号を掲げるワケにはいかない。それだけだ」

 

 

続けてカルナは言う、「だから昨日も助けた」と。この言葉に、初代は昨日カルナが抱えていた女こそがその弥々なのだと気づき、悩まし気な顔を覗かせた。初代としても昨日の異界で、必ず助けるとカルナに誓った手前、この男との間に交わされた誓いを破りたくないという思いが浮かんできたのだ。

 

その様子を見ていた京都勢はかなり驚いた。それはまるで、初代よりもカルナのほうが地位が上のように見えたからだ。

勿論初代は別段、カルナの下についているというわけでも、そもそもカルナ自体が須弥山に所属しているワケでもない。だが一度は負け、生かされた相手。更に初代は不思議な友情にも似た思いをカルナに抱いており、それが今のような態度を取らせていた。

 

 

「…ッチ、分かった!分かったよ!オイラの負けだ。だがボスには報告させてもらうぜぃ?さっきも言った通り、おめぇさんには良くてもボスにとっては良くない事だろうからな」

 

 

文句は無いだろうとカルナを見るが、カルナは特に返事をしない。だがそれは是を示しているのだろうと、軽い悪態を付きながら初代は胡坐の上に頬杖をつきだす。それを見届け、カルナは再び八坂へと視線を向け、では話合いを始めようと言い出そうとした時――突如閉じられていた襖が開き、飛び出すように一匹の妖狐がこの部屋へと入って来た。

 

 

「何事じゃ!今は使者との話し合いの場、それをかき乱すとは…ッ!!」

 

 

弥々の処置が一端保留となり、ホッとした所に突然の乱入者だ。これには流石の八坂も怒号を抑える事ができず、近寄る同族を睨みつける。しかしそれすら気にしている場合では無かったのだろう。妖狐は息絶え絶えの様子で急ぎ知らせる事があると、この場にいる全員に聴こえるよう報告を始める。その内容とは――。

 

 

「…百鬼夜行がこの屋敷に向かっておる…じゃと?」

 

 

 

 

 

ザッザッと、草鞋が砂利を踏む音が、この裏京都の大通り、つまり八坂の屋敷へと進んでいく。それは軍隊のように整ったものではなく、ただただ歩くといったものである。が、その様相の凄まじき事。

 

錆びだらけの野太刀を鞘に戻す事なく肩に担ぐ者。人では到底振るえぬと、一目で分かる大槌を両手で握りしめる者。おおよそ人を殺す為の道具といえるものを持ち、彼らは大通りを練り歩く。その速度も様々であるが、最も目を引かれるのは彼らの姿だろう。

 

この場にいるのは人間ではない。“妖怪”――それも共通しているのは、誰もが年老い最盛期をとうに過ぎた者達であるという事。だが窪んだ眼元は爛々と怪しき光を放ち、それが百を超えている様子は、恐怖以外の何ものでもない。

 

先頭を歩いていた鬼と見られる赤い肌の老妖が呟く、「もう少し」だと。それに続くように、伝染し、熱に浮かされたかのように後続にその呟きは広がる。

 

もう少し、ようやく叶う、ようやく…待ちに待ったこの日が来たと。

 

 

カルナが昨日放った『梵天よ、地を覆え(ブラフマー・ストラ)』。それは異界に罅を入れただけではなく、近くにあったこの裏京都、そして表の京都にまでその波動とも言うべき気配が伝わり、穏やかな余生を謳歌していたかつての益荒男達は目を覚ました。

そう、彼らはカルナに会いに行くためにこうして集い、その為に凶器を手にしている。

 

八坂の屋敷にたどり着く。護衛の者が必死に何とかお帰り下さいと懇願するが、誰もが糠に釘だと言わんばかりに一蹴し、ついには会談が行われている大広間へと到着する。

 

勢いよく開かれた廊下とこの広間を隔てる障子が開かれ、八坂を代表し、京都の者達は驚愕に目を見開いた。

彼らはすでに、終わりかけた(・・・・・・)妖怪…悠久の時に力を無くし、今や穏やかな死を迎える事を待つばかりであったはずの老妖怪達が…かつて今の幹部達がいくら集まろうと敵わなかった大妖怪(・・・・・・・・・)が、そこに並んでいた。

これには古くから彼らを知る鞍馬天狗も目を見開き、思わず呟く。

 

 

「お主等…何があった…」

 

 

だが彼らがその呟きに応える事はない、ただただ静かに会いたかった男を…カルナを見つめ。

 

 

「…問わせてもらおう、お前……強いか?」

 

 

突然の問いかけに、瞬時に身構えた初代ですら疑問を浮かべる中、『貧者の見識』で彼らが何を言いたいかをすぐに見抜いたカルナは言葉を返す。

 

 

「そうだ、オレは英雄(・・)だ」

 

 

本来ならば突拍子もない返しだろう。しかし廊下に並ぶ老妖怪達はその返事に、急に(いわお)を崩し、「そうか、そうか」とさぞ嬉しいと言わんばかりに、朗らかに笑い出し。

 

 

「じゃあ殺し合おう、儂等全員と殺し合おう」

 

 

まるで遊びに誘うような気軽さで、彼らはカルナに殺し合いを求め出した。これには流石の八坂も黙っていられず、立ち上がり何事かと問いただす。

 

 

「お主達、一体何を…っ!?いや……どうか帰られよ、手前方に手荒な真似だけはしたくないのじゃ、どうか…」

 

 

要求ではある、命令でもある。だがそこには敬意が込められていた。

事実、この場に集まったこの百鬼夜行。彼らは八坂達が生まれる遥か以前より存在した大妖であり、彼らがいなければ今の京都…千年京都を守り続けた、この太極図は完成しなかったのだ。人を食い、人を殺して殺される。それを平安の世から存在する彼らが行ってきたからこそ、今のこの地があるのだから。

 

黎明期を作り上げてくださった方々に、素晴らしき前任者達にそうような事をと、八坂は言葉少な目に頼み込む。それに対し、金棒を担いだ鬼が口にしたのは――。

 

 

「無理や、大将。だって儂等、妖怪(・・)やもん」

 

「…それは…どういう…」

 

 

『妖怪だから』それだけで納得しろとはどだい無理な話であり、八坂が疑問をていするのも当然と言えよう。だがその口火に続き、妖怪らしく(・・・・・)、誰もが好き勝手に話し出す。

 

 

「やな、無理や、無理」 「おう、ようやくやなぁ」 「やね、ずっと待っとったんや、この時を…」

 

 

――死ぬ時を…――。

 

 

一歩、また一歩と大広間、しいてはカルナに一人一人と近づきながらも彼らは語りを止めない。

 

 

「儂等はな、妖怪なんや。今は禁止されとるし、もうそんな力も無いけどな?妖怪なんよ。人を食って犯して、殺して殺されて…最後はこの首を取った人間に、見事天晴!!と、殺される事こそが妖怪なんや」

 

「全力で人間殺しにかかって、んで逆に殺してもらえたら…あぁ、最高に過ぎる(・・・・・・)。そう思わねぇかい?人間(・・)

 

 

ズンッ!!――とカルナの目の前に、巨大な金棒が振り下ろされる。しかしカルナは動じない。

 

 

「愚問だな、それはお前達の考えであり、妖怪ですら無いオレにそれを求めるのは、お門違いというものだ」

 

 

くっ、まるで息が詰まったような息が漏れ、次第にそれは呵呵笑いへと変わり出す。

 

 

「カカカッ!!おう、そりゃ違いない。でもな…」

 

 

ズイっとまるで脅すように、鬼の巌が眼前へと前のめりとなり。

 

 

「英雄なんだろう?だったらよぅ、殺り合おうや。…なぁ、頼むよ…強ぇ奴と殺りあって、死にてぇんだ」

 

 

その為だけに、今まで生き恥を晒して生きて来た。――年老い、今の中腰の体勢でもキツイのだろう、良く見れば足下は震え、今にも膝から崩れ落ちそうだ。しかし金棒を何とか握りしめ。

 

 

「昔は何度かあったんだ。強い…それこそ儂が住んでた大江山の鬼の大将がおっ死んじまった時なんざ、今思い返せば最高の瞬間だった。だがその頃に儂はまだ弱っちい子鬼でな?隅で震えてたらそいつ等、何時の間にかいなくなっちまってよぅ、生き延びちまった。その時儂の中の鬼の誇りは死んじまった…死んじまったんだ」

 

 

悲しそうに、今にも泣き出しそうな鬼に同情するかのように、後ろに控える老妖の中に頷く姿が見られる。

 

 

「人間が怖くて、そんな自身を誤魔化し、いつしか儂を見逃した連中のハラワタを食うてやろうとこの地で力を付けた。その間も陰陽師なんかに追われてな?そのたんびに逃げて次こそ、今度こそと言い訳を続けて…気づいたら…な?こんなにも生きちまった」

 

 

自身ではこう言うが、彼とてこの京都を恐怖に陥れた一角であることには間違いない。だが彼は後悔を口にする。こんなにも生き恥を晒してしまったと。

金棒から手を離し、座るカルナが見上げる程の巨体が…かつては分厚い筋肉に覆われていたであろう、今や皺で弛んだ腕を地に付け頭を下げ。

 

 

「頼む、儂等と殺し合ってくれ。でなければ儂等は…儂は…鬼の大将、仲間達と…家族に顔向けできねぇんだ…っ!」

 

 

次に頭を下げたのは、顔に深い皺を讃えた魍魎の類。

 

 

「誇れるもんが欲しいんだ。息子が…孫が誇れるような男になりたいっ!!」

 

「妖怪の在り方を、あいつ等に見せてやりてぇんだ!」

 

「今の世に、あんた程の力をもった人間なんざそうはいねぇ…っ!頼む、この通りだっ!!」

 

 

次々と頭を下げていく老妖達。その心境を一番に理解したのは今の京都を治める八坂達ではなく、意外にも初代だった。いや、ある意味ではこれは妥当なのだろう。

彼もまた、カルナと戦う以前はただ生きているようなものだった。確かに子孫が繁栄する様を眺めるのは、尊いと感じた。だが違うのだ。

 

“男として生まれたからには、強い奴と闘いたい”

これはもはや理屈ではない。『男だから』――この一言以外に、理由など存在しない。

 

 

「…“神器”というものが、今の世には存在するはずだ。それは人間しか宿せない物とも聞く」

 

 

カルナの言葉はもっともだ、しかし…。

 

 

「違うんだ。あれは赤の他人が授けたモンで、自力(・・)じゃない。儂等が殺りたいのは、誉れを抱いた戦士なんだ!!“神器”を宿していれば、嫌でも分かる。だがお前さんからはその気配が感じられん。あの波動、あの力は、お前さんが収めた武勇に他ならないんだろう?」

 

 

だからアンタなんだ――死にたいと物申す者とは思えない、力強い眼光が、カルナへと一身に降りかかる。すると今までその圧に飲まれていた八坂が口を開こうとする。

 

知らなかったとはいえ、尊敬する者達が実は死にたがっていたという事実は衝撃だった。だが家族とも言える彼らが殺されようとする様を、黙って見ていられようか。そう思い、何とか踏みとどまって欲しいと口にしようとすると。

 

 

「嫌じゃよ八坂、儂等とて馬鹿やない。それを越えた大馬鹿野郎だからこそ、この値千金の好機にこうして集まったんやからな」

 

 

百鬼の中から八坂の懇願を遮るように先の声が響く。その声に聞き覚えのあったカルナは、僅かばかりにピクリと身じろぎする。その様子は声の主からも見えたはず、だが声は変わらず八坂へと向けられ。

 

 

「妖怪っちゅうモンはな、所詮クソと同じや。しかも儂等みたいに便所にこびり付いた糞垢みたいな連中はな、綺麗サッパリと消えちまった方が良い。古い…弱いモンは淘汰される。それが妖怪っちゅうもんやろ?なぁ八坂、今の京都に儂等が必要かや?」

 

 

八坂は答える事が出来ない。それは彼女が幼い頃…この目の前にいる老妖達に言われ続けた言葉だからだ。

 

 

「『弱い奴が悪い』。善とはそもそもなんや?簡単や、“勝ったモンが正義”で“負けたモンが悪”や。妖怪っちゅうもんは所詮悪役で、誰かに退治されてようやく、その生を意味あるモンに出来る。鞍馬やったら、よう分かるんやないの?」

 

 

鞍馬(・・)と呼び捨てにされ、しかし鞍馬天狗が怒りを見せる様子はなく、その様はどこか、悩むような気配すら見えた。

その姿に声の主は「悪い、意地悪な質問をした」と謝り、再び八坂へと声が飛ぶ。

 

 

「どっちにしろあれやろ?お前等、何かこの御仁にやらかして、今この初代さんにケジメつけぇ言われとるんやろ?なら丁度ええやんか。儂等百鬼の首と引き換えに、許してもろうたら良いやん?」

 

 

カラカラと声の主は楽し気に語るが、その内容は凄まじい。身内(自分達)を売れと、暗に告げているのだから。だが…それ以外の最良の策が、一体どこにある?今のままでは間違いなく、須弥山との戦争になる。もしかすれば高天原から応援が来るやもしれないが…他人にケツを拭かせる程、彼女達は厚顔無恥ではない。更に言えば戦火には下手をすれば幼子、つまり将来を担う子らまで巻き込まれる可能性があるのだ。

老い先短い命と若い命…本来比べてはならぬはずが、この場では何と前者の軽い事か。

 

キュっと艶の良い唇が結ばれ、その端からは血が滴る。そうしているのは八坂であり、つまりそれは…肯定の意。

瞬間上がるは鬨の声。値千金であるこの日を幾日も待ち望んだ男達の歓喜の雄叫びが、怒号となって鼓膜を震わせる。その凄まじさはただの人間であれば、魂が抜けだしそうな程にそれは凄まじい。

 

しかし、当の本人。つまりカルナは立ち上がる事すらせず。

 

 

「待て、その闘争を行うなど、オレは一言も申していない。そも、オレは一夜の宿を借りた恩人(・・・・・・・・・・)となど…」

 

 

「殺し合いたくない」――そう続くハズだったカルナの言葉を遮り、八坂を諭した声の持ち主の意が、今度はカルナへと向かい。

 

 

「おう、だから返せ。儂等に満願成就の夢をくれや。…お前さんにやった()、あれの分も全部全部返せや」

 

 

それが恩返しだ。そう締めた。

何と言う厚顔無恥にも程があるのだろうか…その声の主はあれだけ畑を耕してもらいながら、随分と長い一人の夜を、たった一夜とはいえ誰かと酒を飲み語るという、カルナの好意を持ってしてもとても足りないとまだ要求してきたのだ!その声の…なんと悲痛が込められた叫び(・・)だろうか。

 

普通であれば、あれだけ人を使いながらと申し立てするだろう。しかしカルナは、僅かばかり目を閉じ。

 

 

「分かった、やろう。確かに貴方から戴いた恩に、まだ報いていないと気づかされた。まずは非礼を詫びよう」

 

 

見開いた時、その瞳には確かな闘志が燃えていた。その様子を静かに見ていた初代は、更にふてくされた姿で。

 

 

「…なんでぇ、オイラとはしてくれねぇのに、やけに軽く受けンだねぃ」

 

「済まない、だが…」

 

「あぁ!みなまで言うな!!くっそ、分かってんだ……塵殺してやれカルナ、満足に死に切れるまで、何度も…何度もコイツ等殺してやれ、オイラからの頼みだ」

 

 

コクリと僅かばかりに頷き、立ち上がる。その時カルナの手には、何時の間にかインドラが授けたあの槍が握られ、部屋に渦巻いていた妖気が槍から出る神気に掻き消され、それが凄まじく嬉しいと、老妖達はこれまたいと(・・)恐ろしい形相で歯を剥き出し嗤う。

 

 

「斉天大聖、ならばオレからも頼みがある。弥々の傍に、いてやってほしい」

 

 

お前は何を言っているんだ?と、初代の顰めていた顔が崩れる。自分が彼女にあまり良い感情を抱いていない事など、お前なら理解しているだろうと。

 

 

「無論。目を覚ましていないと先程聞いた。オレとしてもお前が彼女の傍にいてくれた方が、安心して戦える」

 

 

暗に愚行を起こすハズなどないと言いたいのだろう、信頼していると言えばいいのだろうが…。

初代もそこまで言われてはと、軽く照れくさそうに頭を掻きつつ了承する。軽く振り返りながらその姿を見たカルナは前を向き、己の身長を越える大槍を悠々と片手で持ち。

 

 

「では始めよう…殺し合いを」

 

 

その言葉に先程以上の雄叫びが上がる。

表と裏の京都、それを隔てる次元の壁すら突き抜け、表では雲一つない晴天だというのに、誰もが雷鳴が轟く音を聞き届け、普段は霊験あらたか、されど平安よりこの地を見守り続ける山々――そこで夢半ばで倒れたであろう、拾われる事なく打ち捨てられ、人々に忘れ去られなお、彷徨うだけであった霊魂達も理解したのだろう。

 

 

戦人(いくさびと)達が聴こえぬ声に呼応したのか、雷鳴は何時までも木霊する――。

 




死して屍拾う者無し 死して故郷(くに)の肥しとなり もって報国と成さん 


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愛する者よ 死に候へ

何か最近、毎回難産な気がする…(汗

お待たせしました。そして皆様読んだ後、こう思うでしょう。
「また焦らしプレイかよぉ!!」って(スミマセン、どう考えても3万文字超えるんです(汗)

ちょっと今回グロいというかエグいかも?
そして結構文がくどいです。

一応後書きにカルナさんの挿絵を置いておくので許して…?



手を伸ばす――そうすれば何かが変わる気がして。

手を伸ばす――そうしなければいけないような気がして。

 

そうしないと彼らが…大切な宝物(思い)が手のひらから零れ落ちるような気がして…大切な人がどこか、遠くに行ってしまうような気がして……手を伸ばす。

 

 

止めよ(・・・)弥々。妾達に許されるのはただ、彼らが死ぬ様を括目し、見届ける事だけじゃ」

 

 

ふと、何かを求めるように伸ばされていた弥々の手に、横から陰が重なり手が重なる。ほのかに香るは稲穂の匂い。耳に届くは幾度も聴きし、敬愛せし者の声――。

 

 

「八坂…様…?」

 

 

己と同じ、されど豊穣に実り、秋風に揺れる麦畑が魅せるが如し、金毛を讃えた九本の尾。おおよそ妖狐の種族…否、妖怪ではとくと出せぬ神格を確かに携えたこの京都を裏から束ねるこの女傑を、幼い頃行方を眩ませ顔も知らぬ父と母の代わりに、姉のように、母のように接してくれた彼女の気配をこの弥々が間違えようも無く――だからこそ、弥々は先の言葉を信じられなかった。

 

 

「止めよ…とは…八坂様、貴女様程の方があの方々が死ぬ様を…家族に死ね(・・・・・)と申すのですか!?」

 

 

【血の繋がりは無く、されど絆により、我等の繋がりは血よりも濃く】――そう教えられた、それを何よりも大切にしてきた。そう教えてくれたのは他の誰でも無い、八坂だ。

 

己の襦袢が着崩れる事も気にせず、彼女は八坂に縋り付く。

どうか止めてくれと、あの方と戦う事だけはあってはならないと…弥々は己の時のように、きっとこれは何かの勘違いが起きた(・・・・・・・・・・)からこその、認識の違いが生んだ状況だろうと思ったのだ。きっとあの方の…カルナ様の正体を知らぬからこそ、ただの人間と勘違いしているからだろうと――だが…。

 

 

カルナ殿(・・・・)…じゃろう?知っておる。とくと理解しておる。故に…あの者達には、この場で死んでもらわねばならぬ」

 

 

八坂は目線を合わせ、決して聞き間違えぬよう、頬に手をそえながら断言する。その際、何故その名をと微かに呟いた弥々の様子に、やはり気づいていたかと八坂は思う。でなければ彼らに死んでもらうと言った己の言葉に、弥々は止めてほしいと、つまり戦えば死ぬのは使者(カルナ)ではなく、老妖怪達であると弥々は反応を示したからだ。そして八坂は弥々の揺れる瞳をしかと見つめながら、何故このようになったのかをとうとう(・・・・)と語り出す。

彼らは常々此度、つまり確かな強者たる人間(・・)との、命を賭した真剣勝負を望んでおり、その中で死ぬ事を焦がれ、つい先刻、カルナがその命の取り合いを了承し、現状に至ると。

この時、八坂はとある事実を隠し(・・・・・・・・)弥々に語り掛けた。もうこれ以上失わぬように、これからを担う(・・・・・・・)であろう若人(わこうど)を失わぬように、もうこれ以上…家族を失わぬよう…家族(弥々)をもうこれ以上、帝釈天へと捧げずに済むように。

 

隠居していたとはいえ、こちらは今回の一件で多大な貢献、そして膨大な経験を積んだ戦人(いくさびと)達を大勢失う。八坂としてはこれで手打ちにしてもらい、最悪己の身を好色としても有名な帝釈天へと捧げる気であった。その際、おそらくこの京都の地脈は乱れるだろう。だが今は己の娘、次代の九尾たる九重がいる。今は亡き夫だけに捧げた操であり、きっとあの子はまた泣くだろうが…。

 

爛々と輝く眼がある。

屍のように朦朧と生きていたような、老妖怪達の確かな息吹。おっ()てる事すらもはやままならぬと諦めを受け入れた者達が、そうあってなるものかと再び(いき)り勃たせたのだ。熱い滾りを胸に抱き、再び夢に恋い焦がれたのだ。

 

 

これに充てられないのであれば(・・・・・・・・・・・・・・)それは京都の女ではない(・・・・・・・・・・・)

 

 

だが…それは話を聞き終え、顔を俯かせていた弥々とて同じ。

 

八坂としてはこの状況へと向かったその際たる理由を茶を濁して話していたのだろうが…弥々は少々、(さか)しすぎた。

 

震える手で八坂の肩を掴み、瞬間――。

 

 

「――ッ!弥々!!」

 

 

八坂を横へと押し倒し、その反動と言わんばかりに目の前の百鬼夜行をすり抜ける。その際、老妖達の一匹が握っていた薙刀を奪い。

 

 

弥々はカルナへと得物を向けた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「…弥々」

 

 

途端、老妖達へと掲げていた鎧と同じく黄金輝く長槍を、お前と戦う意志は無いと暗に告げるように降ろすカルナ。だが弥々は(さか)しまの如く、薙刀をカルナの喉元へと突きつけ。

 

 

「構え…っ、構えろ…人間(・・)ッ!!」

 

 

「構えてほしい」「構えてくださいまし」――思わず懇願、敬語が出そうになるのを何とか抑え、弥々は強い口調と共に、更に喉元へと突きつける。

 

彼女は気付いたのだ、この状況へと貶めた元凶に。

彼女は気づいたのだ、全てはこの弥々にこそ責があると。

 

揺れる感情が滂沱の汗となりて、柔肌を滴り落ちていく。その後ろには命を賭してでも守らねばならぬ、家族があった。そして目の前には…初めて恋をした人の姿。

 

弥々の両親は彼女が小さい頃に殺された…人間に殺されたのだ。しかし彼女が人を呪い、恨む事は無かった。彼女は見たのだ。

綺麗に(なめ)された毛皮。それは両親を撃った猟師から商人へ、商人から大名へと渡り歩き、その家の世継ぎが幼少期、母の腕の代わりに赤子を優しく抱く“御包(おくる)み”として、その大名家が維新の波に付いて行けず、没落するその最後まで大切に使われ続けた、両親の死してもなお、立派な最後を――だから決めた。

 

もう二度と奪われてなるものか、もう二度と、家族を奪われてなるものか…っ!!

その為に男と肌を通わせ、悦楽に一度も身を委ねる事なく彼女は己に厳しくあり続けた。いつか己も父と母のような立派な最後を遂げるよう、報われぬ献身へとその身を費やし、いつしか彼女は今だ男尊女卑、封建社会の風習が残るこの京都で、家族が暮らすこの地を守る守護者へと成り、彼女は出会ったのだ。

 

極彩を奏で、後ろで揺らめく外套は陽炎の如く儚く、さりとてその佇まいは目を瞑っていても鮮明と言わざるを得ない存在感。

誰もが己の容姿を褒めた、誰もがその目に邪な色を映し、この清きを保った我が身を穢す事を思い描いた。でも…彼だけは違った。

 

初めて戦人として褒められた。家族でも無い者に。

無骨な手に惹かれ、気付けば短い間ではあるが、常に目でその手を追っていた。

その素朴さに惹かれ、気付けば彼の後ろ姿だけを追っていた。初恋だった。

 

以前、色にうつつを抜かす同僚を叱咤し、「弥々も恋をすれば分かる」と言われた事がある。同時にそれが初恋なら、それは叶わないだろうと。初恋は基本、叶わないものだと言われ、あの時はだからどうしたと鼻で笑ったが…あぁ、確かに彼女の言葉は正しかった。だって…っ!

 

 

「どうした、何故構えない?今更になって怖気づいたかや?ふん、これが帝釈天が名代ぞ?神々の王と謳われ、戦神と呼ばれた男もお前に似て、さぞ胆の小さい男なのだろう!!」

 

 

知らなければ良かった、気付かなければ良かった…っ、だって…だってこんなにも…胸が苦しいなんて…っ!!

 

視界が揺らぐ、手が震える。自分は…自分は今、笑えているだろうか?さぞ馬鹿にしているかのように…きっとこちらを見ているであろう、帝釈天すらも馬鹿にしているのだと、分かってもらえているだろうか?

 

頬を伝い、滴が落ちる。表情は歪み、口元は歯を一生懸命食い縛り、必死に嗚咽が漏れぬよう、耐え忍んでいる。

その様子を、今の今まで静かに見据えていたカルナは一言「弥々」と彼女の名を呼び、弥々が僅かばかりに身じろぎした瞬間、薙刀へと手を添え近づき――。

 

 

「お前の勇ましい行動、背負う覚悟を決めた心無い暴言。その全てにもはや、意味など無い」

 

 

通り過ぎた――彼女の暴言に反応する事なく、守るべきものの為に立ち上がったその行動を肯定も否定もすることなく、カルナは通り過ぎ、その視線は変わらず彼に闘志を向ける老妖達へと真っ直ぐ向けられていた。

そう、カルナの言う通り、弥々の行動にはもはや全て、意味など無いのだ。何故ならばすでに闘争の約定は交わされ、その間には何人も立つ事など不可能。

 

覚悟を見た、絶対の覚悟を――それを否定し貶める事も、肯定し言葉にするには余りに重いその家族への愛深さ故に、カルナはかける言葉など持ち得ていなかった。

 

 

敷き詰められた砂利を鳴らし、何かが崩れ落ちる音がカルナの背後から聴こえた。弥々だ。次に薙刀が落ちる音が聴こえ、しかし弥々がそれを再び握る様子は無い。

 

彼女は悟ったのだ、もはや自分の手の届かぬ場所に、事は行ってしまったのだと。

 

項垂れる弥々に、カルナが振り向く事はなく、その視線は真っ直ぐに老妖達へと向けられている。その力強い、弥々とはまた違う、背負う者のみが持ち得るその眼を向けられた老妖の一匹が、まるでそれに応えるかのように。

 

 

「…なぁ兄ちゃん、良い女だろ?」

 

「あぁ、良い女だ。間違いなく、彼女と出会えた事こそが僥倖以外の何ものでもない」

 

 

このような状況でも、ふざけるのかと問いただしたくなるような問いに、カルナは真面目に受け答えする。その様子がどこか、可笑しく感じたのだろう。夜の帳の如く張詰めていた殺気が霧散。怪しい光を帯びた目は三日月状に歪められ、真一文字を描いていた口元は抜けた歯を覗かせ、そして――。

 

 

 

「…ありがとなぁ(・・・・・・)弥々、ほんまに…ありがとぅなぁ」

 

 

感謝を告げた。その声はこれから死にゆくとは到底思えない、優しさに溢れたものであり、弥々はかけられた言葉に、蹲り誰にも見えぬ(まなこ)を見開く。

 

 

「お前さんのおかげで、ようやっと向こうに逝けるわ」 「おぅ。感謝や、感謝やで」 「長生きぞ、してみるもんや」

 

 

一人、また一人と弥々の横を通り過ぎ、声と共にその先にある大通りへと続く門へ、砂利を踏み鳴らす音が増えていく。その度に…皆口々に感謝を告げる。

 

違う!感謝されるような事など何も…っ!この弥々のせい、この弥々が貴方達を、殺したのだと、そう叫ぼうとする…が、嗚咽を噛み殺し続けた喉はとうに枯れ、まるで金縛りにあったかのように動かない身体で弥々はただ、首を横に振るしかない。だがそんな様子を見ても…何という人でなし(・・・・)共なのだろうか。

誰も感謝を止めようとしないのだ。暖かい表情、暖かい言葉を掛ける事を止めようとしないのだ。

きっとそれが最後なのだろう、一つ残った足音が、弥々に言葉をかけた瞬間――。

 

 

「あの世で先に逝っとった連中に自慢してくるわ、儂等の孫(・・・・)はまっこと、これ以上無い孝行モンやって」

 

 

決壊した。

さめざめと流れゆくは、家族の情が籠った涙。砂利はその色を鈍いものに変え、雨は止めどなく流れ続ける。しかし老妖達は決して振り向かず、前を向く。曲がった腰をそのままに、弱り切った足腰はしかと大地を踏まぬままに、それでも男達はこれからを任せる者達にその背中を見せ、ひたむきに前へ前へと…終わりを目指し顔を上げる。

 

そんな彼らの後姿を、カルナは一言も発さず見守り続けた。

覚悟を背負い、矜持を抱いたその勇ましき…されど曲がり二度と張る事の無いその背中が、カルナには尊く感じられたからだ。それは似たような背中(思い)を持つ初代もまた同じ。

 

カルナは一度、まるで今見たその光景を刻むかの如く瞼を閉じ誰となく――。

 

 

「では行って来る」

 

「おう、殺して(行って)来い」

 

 

その呟きを拾ったのは初代だった。

己の代わりに、己もまたいつか…サングラスに隠されたその瞳を見る事叶う者がいれば、その奥に浮かぶ憧憬を確かめる事ができただろう。

初代がかつて戦ったカルナはまだ、身体が出来上がっていない童と称せる年頃だった。だがこれから死にゆく者達は、真の不撓不屈、神々でさえ魅了した大英雄とその矛を交えようとしているのだ。これに羨望を覚えない者など、益荒男とさえ唱える事すら烏滸がましい。

 

砂利が三度(みたび)踏み鳴らされ――弥々は手を伸ばす。

 

もう二度と失わぬよう、もう二度と抱く事の無いであろうこの思いを失わぬよう、彼女は手を伸ばす。

守るべきものがある。その手はカルナ程ではないが、女にしては無骨で、しかしどこか美しさを感じさせるものであった。しかし伸ばされた手は次第に、止まり木を失い、寄る辺無く彷徨い力果てた渡り鳥のように降ろされていく。目覚めたばかりに晒された、濃密な殺気とこの僅かな時間は彼女の体力を削りきり、閉じられていく瞼の中、弥々の耳に届いたのはこちらに駆け寄って来る八坂の足音と――。

 

 

 

 

「あーあ、やっちまった(・・・・・・)。馬鹿だねぃ、ホント…どいつもこいつも、仏でも救えねぇ馬鹿しかいやしねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷へ赴いた時同様、百鬼夜行が練り歩く。石畳を踏むその足は時折擦るように、歩く事さえままならぬと言わんばかりに…されど歩みを止める事なく、ただ前へ前へと進みけり。次第に足下は整えられたものではなくなり、どこか退廃した雰囲気漂う長屋へと辺りは変わる。

そこは彼らが晩年過ごした我が家。

すでに老いさらばえ、老害となり果てる事を嫌がった彼らが、家族の止める声を無視してでも住み着いた思い出深い…しかしどれだけ壊れようと、もはや構わないこの場所こそが最後を飾るに相応しいと、無意識に彼らの足を、そこへと向かわせていた。

 

 

「…悪いね、付き合ってもらって」

 

 

隣を歩く老妖がカルナへとそう呟く。こんな骨と皮ばかりの死にかけを殺そうとも、お前には何の得も無いと、視線を前へ前へと向けて…言葉を掛けられたカルナもまた、ただ前だけを見て。

 

 

「お前達程の強者(・・)を相手に、この(わざ)を振るえる。ならばこれ程の栄誉、そうは無い」

 

 

強者(・・)と、カルナは讃えた。

この歩くだけで息を荒げ、上がらぬ足を擦るように歩くだけのこの老妖達を、カルナはその精神、在り方を強者(つわもの)と讃え、全力を出すに値すると認めたのだ!

 

その言葉を聞いた老妖、周りにいた者達もまた、弥々に向けた笑みとは違う、歯を剥き出しにするように表情を変え、改めてカルナを取り囲む。

ある者は下げていた武器を構え、ある者は空を飛び、またある者は目を爛々と怪しく輝かせ――。

 

 

「おう、頼むわ。でもな…勘違いすんなや」

 

 

嗤う。

彼らは皆、殺される為に馳せ参じた。だが…違うのだ。

 

 

「ただ死ぬんじゃ意味がねぇんだ…そうだ、本気で来い。でなきゃ…」

 

 

儂等がお前を殺すぞ――?

 

 

耳まで引き裂かれるように描かれた弧、その下弦から滴るは、げに卑しきと称する他無き滂沱の唾液。

 

 

「簡単にこの首、取れると思うなや」 「せや、お前聞いた所によると、神と人の相子(あいご)やろ?」 「美味かろうなぁ、どんな味やろうなぁ…」 「あぁ、さぞ美味かろうて…そのハラワタ(・・・・)

 

 

ジリジリとその包囲網を縮めつつ、彼らはもはや我慢ならぬと、溢れ出す涎を隠そうともしない。

先程まで殺してくれと言いつつ、今はカルナが喰いたくてしょうがないと言い出す老妖達。好き勝手極まるが…勘違いしてはいけない。

 

これこそが妖怪(・・・・・・・)なのだ。人の都合も考えず、自分の意見を押し付ける彼らはまさに、妖怪の中の妖怪。今では手を取り合う事ばかりを重きに置く、この世界でもそうそうお目にかかれぬ、昔ながらの妖怪の理に従う姿がそこにはあった。

 

 

「原初の理か…成程、これが妖怪、これがお前達が望む、お前達が求めた死に方か」

 

「そうや、これが儂等妖怪(・・)ちゅうもんや」

 

 

これしか知らない。こういう方法でしか、人と語る術を持たない…これしか知らなくていい、最後まで己を貫き通し、彼らは逝くのだ。

 

数々の化け物を退治した神々の王インドラ――その槍を掲げ、人間(英雄)妖怪(化け物)を退治する…ならばこれはもはや、偶然では無く必然なのだろう。幾度も遠回りをし、ついにここまで来てしまった老妖達。だが…全てはこの瞬間、夢のような一時と出会う為だとするならば…それは決して、無駄などではなかった。

もはやカルナと彼らの間に交わされる言葉など存在しない。これより先、それは無粋極まり、言葉よりも多く彼らは語り合うのだから。

 

この時、カルナは槍を構えた(・・・・・)

4年前の初代の時のように――英雄派との戦いでは見せなかった構えを、この時カルナは見せたのだ。

つまり、それはつまり、彼らとのこれからの戦いが、初代の時に相応するという事。

 

 

カルナは構えたままその場から一歩も動かず、だが老妖達もまた動けない(・・・・)。カルナはこの勝負を挑んで来たのは彼ら――つまり挑戦する側から来る事こそが、戦の作法と捉えているが故。無論、彼らは臆病風に吹かれたワケではない。今の現状を生みだした理由はまさにその逆。

 

この男の心、カルナの魂に己を残したい。ただただ死ぬのではなく、この男に認められて…互いに見事と讃え殺されたい。

 

 

あの者達は見事に散っていったと…カルナ(この漢)の口から家族にそう言わせたい――。

 

 

カルナが微動だにせず静かに構える一方、老妖達は夥しい汗を搔き、荒い息が止まらない。それは歳という事もあり、同時に改めて理解したからだ。この男、カルナの余りに過ぎる武人としての格、そして積み上げて来た技量の高さに…!

 

どれほど経っただろうか、硬直が続き、誰かが握る武器を握りしめ直した…その時。

 

 

「――!――――っ!!!」

 

 

それは声だった。誰かが…包囲する彼らの誰かが発した、開戦を告げる鬨の声。だが誰もその声を声と思う事ができず、風のさざめきとしか捉える事ができない。それほどに小さな鬨の声。それを発した(つわもの)共は…足下に現れた。

 

それはまさしく魑魅魍魎。名も無き小さな小さな魍魎共だった。

小さな小さな彼らは包囲から前に出て、駆け荒ぶその足並みは、赤子が這う姿以上に遅く、手に持つ武器をいくら掲げようと、それは爪楊枝程度の大きさしかない。その程度しか持ち得ぬ力無き極小の魍魎(つわもの)達。

駆ける足音、喉から発せられる叫びすら、誰も聞く事叶わぬ中、ついに魍魎(つわもの)達はカルナの絶対殺傷圏へと足を踏み入れた――直後。

 

 

「ふん――ッ!!」

 

 

カルナは一切の躊躇なく、一片の容赦すら見せず、神速で槍を振るい、彼らを悉く殺し尽す。

 

老いたからか、眼を擦り、小さな魍魎達をようやく老妖達が捉えた時にはすでに槍を振り終えた後。

振るった槍の穂先、そしてカルナの顔にはらしくない(・・・・・)僅かばかりの血が付着していた。その穂先へとカルナは目を細め――。

 

 

「――見事」

 

 

讃えた(・・・)。誰もが気づけず、そもそもいたかどうかすら知られず参戦していた魍魎達をカルナは確かな敵として認識し、一切の手加減なく、その武勇を彼らに振るったのだ。

 

見事――と呟かれた確かな賛辞。それは小さな呟きであった。だが…。

 

 

 

「う…ぉ…ッ!!」

 

 

それは再び止まりかけていた時計の針を動かすには、充分に過ぎた。

 

 

『ウォォォオオオオオ゛――ッ!!!』

 

 

動けなかった自分達を恥じり、しかし死んでいった彼らに対する確かな憧憬の感情混じる鬨の声が上がり、誰も彼もがカルナへと殺到する。その様子は見る者が見れば、まるで篝火に我が身を投じる愚かな羽虫にも見えた事だろう。馬鹿だと嘲笑う事だろう。

 

しかし、それでもきっと、後ろ指を指されようと彼らは是正し、なお向かうだろう。

これは夢なのだ。幾歳を重ね、なお死に場所を求めた大馬鹿野郎共が、ただ(ひとえ)に望んだ最後の夢の舞台。

 

終わらぬ()を覚ます為、彼らは最後の(終わり)を求めいざ向かう。この()に先に、きっと素晴らしい何かがあると信じて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは直感にも等しかった。

体力が尽き、気絶していた時間はおおよそ四半刻にも満たぬだろう。

 

意識が浮上した弥々がまず気づいたのは、周囲に漂う夥しい血の匂い。霧のように辺りを包み、そのあまりに濃すぎる香りに弥々はむせ返る事を我慢できず、口元を抑える。

 

 

(これは…まさかッ!?)

 

 

嘘であってほしい、この(うつつ)こそが夢であってほしい。これが…この光景を生み出したのがあの方であり、この血霧が家族の成れの果て(・・・・・・・・)などと受け入れられるワケなど無い。

咄嗟に立ち上がろうとする弥々。だが立ち上がり、辺りの様子をしかと視界に捉えた時、彼女の身体は硬直した。そこには…。

 

己と同じように、その身を血霧により朱に染める者達。その容姿は皆若く、どこか先程行ってしまった老妖達と重なるが、さもありなん。

彼らは皆、先程の老妖達の子や孫、血族なのだ。その中に…弥々は見つけた。

 

胸元を抑え、眼には涙を浮かべ、地べたに蹲る小さな姿。その臀部には母親とよく似た実りきった稲穂色の尾――九重が吐瀉物を何度も何度も嘔吐している姿を。その傍には九重の母である八坂が背後に幹部達を連れ、そのような様子の愛娘を悲痛の面もちで見つめ、八坂の横では大天狗が幹部、そしてこの場に集いし若人と同様、ただ一点を見つめている。いや、正確には垣根が存在する為、見えてはいない。しかし断続的に続く倒壊音、彼らはその音を一心に聴い()ていたのだ。その倒壊音の間に聴こえる何か肉を切り裂くような音…それが僅かばかりに聴こえる度、霧は更に濃密さを増していく。それが今もなお、殺し合いが続いている証なのだと、回り始めた頭がようやく理解した…その時。

 

 

「――ッ!!いかん!!八坂!!」

 

「っ、はい!!」

 

 

普段とは立場が逆転したかのように、大天狗――鞍馬が八坂へと命を出すかのように大声を上げる。八坂もまた、それが当然と言わんばかりに大天狗の声に反応し、両手で印を組み始める。大天狗も然り、沸々と汗を浮かばせ両手を勢いよく合わせれば、柏子木のように乾いた音が周囲に木霊する。

この京都において、絶対と称せる程の強者二人が見せた焦りの色。何事かと気づいた者達が口にしようとした瞬間――それは起きた。

 

 

ぞわりと肌が粟立つ。気づけば音は完全に途絶え、垣根で見えないはずの景色が音の聴こえていた方向から色を変えて迫って来るではないか。

 

円形状に、まるでこの千年をかけて築き上げた“裏京都”を覆い尽くそうとするもの…その正体は、あり得ぬ熱量を誇った熱風(・・)であり、触れた途端色を変えゆく景色は漂う血霧があり得ぬ速度で乾いたが故のものだった。

 

触れた物全てを劫火に包み込む熱風はついに弥々達がいる、この八坂の屋敷まで到来し、しかし屋敷が焔に晒される事はない。鞍馬の神通力、八坂の地脈操作でこの場には一瞬で強固な結界が張られ、凌いだのだ。だが…。

 

 

「むぅ…ッ!!あの男、この地を炎獄に変えるつもりか!?」

 

 

鞍馬の言う通り。

確かに屋敷は守られた。しかしそれは屋敷のみ。

呼吸するだけで咽頭が張り付く程に、空気中の水分は枯渇。空気を燃やしながら進んで来た熱風はもはや炎の壁となって、“裏京都”中を燃やし尽していく。

 

だが…彼らは勘違いしていた(・・・・・・・)。そして知らなかったのだ。これが――…まだ始まりですら無い事を――。

 

 

炎の壁が屋敷を通り過ぎ、あまりの熱に塞いでいた眼を皆がようやく開いた時。

 

 

 

梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)――ッ!!」

 

 

一条の光、まるで太陽の紅焔と見紛うことある極焔がこの“裏京都”を――。

 

 

 

世界を穿った。

 




次回が正真正銘カルナさん無双です


【挿絵表示】


今のカルナさんの鎧はこんな感じです。
(2019・5/5 描き直しました)

腰の羽のようなものは宝具の真名開放の時に現れる設定なので、今回は描いていません。
弥々の絵、また数点を今描いている最中ですが、そちらはこの京都編が終わった後の活動報告でやる予定のボツ案晒しや、作者の軽い愚痴の際に晒す予定です。


次回投稿はいつになるのかなぁ…(涙


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語り継ぐこと

……(;゚Д゚)右良し、(゚Д゚;)左良し…うん、誰も気づいていないな!
(いやホントお待たせしました(汗)

感想をくださった方々も返信遅れて本当に申し訳ないです。

サブタイはあの歌からです。多分ちょくちょくこうしていきます
(リトルグッバイにしようか凄く悩んだよ…)

これだけお待たせしてしまい、本当に申しわけないです。
本当は『令和』に変わる前に何とかと思っていたのですが…駄目でした(汗

途中で何か思い浮かばなかったり、仕事や仕事が忙しかったり、冬の地方のコミケに向けてサークル作ったり、なろうにもオリ小説投稿しようかと設定考えたり、とうとう某スタイリッシュデビルハンターのゲームを我慢できなくてやったり(マジサイコーでした。取りあえず暫くブラッディパレスから出る気ないです)
こんな感じになりました(汗
あとはあれですね、裏設定がまた大量に出来たりとか。

取りあえずようやく京都編一応の終わりです。
場面転換がいつも以上に多いです。

「あれ?」と思われる場面が多々あるかもしれませんが…勘弁してくだちぃ(泣



押しては返す波のように、されどこの波、帰る場所無し。

力を持たぬ、小さき強者(魑魅魍魎)達がその命を持って開幕を告げたこの死闘。迫り来るこの人外織り成す波濤が、カルナの眼には止まっているかのように遅く見える。それはクシャトリアとして幾重もの戦場を潜り抜けて来たが故の技巧か。

 

 

「この国の者は皆、良い顔で死ぬのだな。そのように、死ねるのだな」

 

 

老妖達が浮かべる最上の笑み。例えこの殺し合いが終わり、名を知らずともせめて顔だけはと、カルナは一人一人を網膜に焼き付ける。その中の一匹を視界に捉えた時、カルナは更に槍を握りしめ、構え直しその妖怪――あの時カルナに一晩を貸したあの老狐と、カルナは目で僅かばかり語り合う。

 

 

“オレはクシャトリヤだ。この誉れある戦いにおいて、オレは貴方達を必ず殺すと父スーリヤの名に誓った。だが…貴方亡き後、あの地はどうなる?”

 

“なぁに、何の心配もあらへん。近々別の土地から農家をしとった人間が引っ越してくる予定やった。きっと儂の畑を継いでくれる。活かしてくれる。やから…っ!”

 

 

「本気でかかってこいやッ!!人間――ッ!!」

 

「あぁ、オレの全てを持って、お前達を焼き滅ぼそう――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――…始まってしまったか」

 

 

鋭い嗅覚を持つ八坂の鼻孔に突如血の匂いが飛び込み、それが人のものではなく、仲間である妖怪であると理解し、つい顔を歪めてしまう。

本当にこれで良かったのか、もっと他に何かなかったのだろうかと悩むも答えなど出ず、むしろ考えれば考える程、あれしかなかったと大将として肯定していく冷静な己の一面に、八坂は更に顔を歪め、それを誤魔化すように今も気絶する弥々の頭を愛おしそうに撫でていると――闘いのものとは違う、この屋敷に近づく足音が聴こえてくる。

 

 

「来たか」

 

 

そう呟き弥々から顔を上げると、そこにはこの屋敷を離れていた幹部達に引き連れられ、先程の老妖達を若くしたような顔の者達が大勢八坂を見ているが、さもあらん。

この者達は皆、彼らの息子や孫、親族に位置するのだから――その面もちは誰もが陰鬱としており、それは幹部に連れて来られる道中、何故老妖達が死なねばならぬのかを語られたのだろうと察する事は難しくない。

 

全てはこの八坂が至らぬためと、彼女が表に出さず謝罪をする。が、どうしても一つ、分からない事がある。

 

 

(――?鞍馬様(・・・)は何処じゃ…幹部と共に行ったのではないかや?)

 

 

この京都、しいては西日本の妖怪を束ねる立場にあるのはこの八坂に相違ない。だがそれも表では…だ。

八坂の母、その更に前から…平安京の時代より遥か以前よりこの地に存在し、時に土地神とさえ敬われた大妖中の大妖怪――たかだか龍王程度(・・・・)の力しか持ち得ぬ八坂では、逆立ちしても決して敵わぬ格上の存在…それが大天狗第三位に名を馳せる、鞍馬山僧丈坊。そんな彼が何故いない?と一抹の不安を八坂が覚えていると。

 

 

「スマンな、少し寄り道をしておったのでな」

 

 

謝罪と共に鞍馬天狗が姿を屋敷の方(・・・・)から現し。その手には何と無造作に…。

 

 

「離せ!離すのじゃ、じぃじ!!」

 

 

熱に魘され寝ていたはずの九重が。瞬間八坂の目は血走り、先のイッセー達と操られ戦っていた時とは比べものにならぬ程の妖力を晒し、怒号を発する。

 

 

「キサマァァア!!鞍馬ァ!!何故じゃ!?その子は今、寝ていないと…っ!?」

 

「ふん、下らぬ情よな。今のでよう分かったわ、アヤツ等は死んで正解であったとな」

 

 

娘を思う母の気持ち。だがそれを今の鞍馬はただ鼻で笑うだけだ。

 

 

「堕落しておる、放棄しておる。…一体何時から我々はここまで弱くなった、一体何時から…キサマ等は妖怪としての誇りを失ったというのだ…っ?」

 

 

ピシリ――と敷き詰められた小石が急な問いかけが成される中割れる。その様子に家族の死を際悩んでいた若者達と八坂、襟を掴まれ宙に浮かんだままの九重も顔を青くし、その様子が更に鞍馬天狗の機嫌を悪くさせ、鞍馬はふと、八坂が抱きかかえ、今も気絶する弥々を指差し。

 

 

それ(・・)の所為ぞ、今アヤツ等が死にゆくはそこの弥々の所為、しいてはそれを命じた儂(・・・・)の考え無しの行動故…さぁ、どうする?下手人はここにいるぞ?あの者達が死す理由(元凶)はここにおるぞ?」

 

 

次に遠く、倒壊を続ける轟音立ち上る方を指差し、最後に己を指差す。だが誰も動かない。

 

今何某らの行動を起こせば、必ず鞍馬が己を殺しにかかる――そう思うよう、鞍馬が凄みを見せていたが故だ。それが鞍馬の狙いであり、彼らが何も行動を見せなかったが故に――鞍馬は今までが間違いであったと悟った。

 

 

「どうした、こんのか?その程度の覚悟…儂のような身内に立ち向かう意気込みすら見せられぬ者が、アヤツ等の死を厭う資格がある?」

 

 

どれほど覚悟したと思うておる、どれほどの覚悟を持って、あの者達が死に(そうら)へておると思う――その言葉と共に、鞍馬は轟音と共に土煙を上げる死合いの地に、再び指を差し。

 

 

「だからあの者達は死ぬのだ。誇りを忘れ、ただ生きるだけのキサマ等に、真の妖怪の姿を見せる為に死ぬのだ。お前達(京都)の為に…儂が殺したのだ(・・・・・・・)…ッ!!」

 

 

最後の言葉、それは不甲斐ない己に向けた言葉であった。その証拠に鞍馬の眼からは血が流れ、口元はどれほどきつく食い縛っているのだろうか…血がいずれ大河を生み出す山の湧き水のように、止めどなく流れ続ける。

 

 

「見届けよッ!!歯を食い縛り、しかし括目して見届けよッ!!死に逝く最期、御見事と讃え、憧憬を抱き見届けよッ!!…いづれお前達も死ぬのだ…今から人間に打ち滅ぼされる彼らのように、お前達は妖怪として(・・・・・)死なねばならんのだ!!」

 

 

震える指を差したまま、断固とした意志を示した鞍馬は次に、九重を庭へと放り。

 

 

「姫よ、次代を担うであろう、次の九尾よ。儂も忘れておった、忘れてはならぬものがある(・・・・・・・・・・・・)と…人の世が明る過ぎ、他神話の流れを止める事が出来なんだが故に…儂等は妖怪であると――」

 

 

人に滅ぼされる定めにある、化け物であると――鞍馬はそう締め、放り出された九重は熱に浮かされ辛い我が身を、それでもしかと鞍馬へと向け。

 

 

「そん…な…それでは私達妖怪が、まるで“悪”のようではないか…ッ!」

 

「然り、儂等はどこまで行っても化け物に過ぎん。好き勝手に生き、人に淘汰される…元より妖怪はあの時代、平安に滅びる運命にあった(・・・・・・・・・・・・)。そこに千年京を生み出す為、太極の陰の役割を与えられ、偶々生きる事を許されただけの種族に過ぎん。あぁそうじゃ、儂等は人間にとって、絶対の悪(・・・・)でなければならん」

 

 

小さな子供に鞍馬の語りのなんと、凄まじき事。じぃじと可愛がってもらっていた九重にとって、今の鞍馬天狗が見せる豹変ぶりは信じられないものなのだろう、林檎のように紅い頬はもはや、真っ青に変わっていた。

 

 

「いや…じゃ、そんなの…人間なんか…母上も皆も虐める人間なんか…っ!」

 

 

鞍馬の言葉を認めたくないのか、九重は逃避とばかりに恨みつらみを、今の血煙を生み出しているであろう、鞍馬の言葉が真実であれば、殺し続けるカルナ(人間)へと向け涙を流す。だが…。

 

 

「愚か者がッ!!使命を全うする彼らを羨む事はあれど、望む最後に付き合うあの者を恨む事だけは断じてならん!…見届けよ、それが我等残された者に唯一許された事よ」

 

 

そう締めくくり、途端に屋敷の屋根瓦が幾つも木の葉のように、突如吹き荒んだ突風に煽られ飛んでいく。それは神通力からなる風であり、今の鞍馬の心情を所実に語っていた。

最後に鞍馬は今だ気絶する弥々を一瞥。言葉もかける事なく縁側へと近づき、気圧された若い妖怪達は黙したまま、道を譲る。もはや彼らが言葉を発する事など無く、視線は遥か遠方へと固定されていた。

 

 

 

「いやぁ、良かったねぃ。茶番(・・)ご苦労さん」

 

 

隣に座って来た鞍馬に、初代は笑いながらそう言葉を掛ける。

全ては残された者達を守るため、いずれ須弥山…しいては人間に抱くやもしれぬ怨恨を自らに向けさせる為の、鞍馬が描いたシナリオなのだ。

 

 

「…邪魔しないでいただき感謝する」

 

 

煙草を一本貰えないか?――先程とは打って変わり、静かな雰囲気でそう求める鞍馬に初代は一本、箱から差し出し火を付ける。

 

 

「――っ!ゴホ…っ。…大陸の煙は不味いのだな」

 

「おう、安モンだからねぃ、コレ」

 

 

おどけるような仕草に、鞍馬は黙してもう一口、煙草を吸う。そんな彼らへ向けられる視線はなく、誰も彼もが轟く音に集中を見せている。

 

 

「…これがアンタの望みだろぅ?鞍馬の」

 

 

その様子をサングラスの奥から見た初代は、鞍馬へと語り掛ける。

 

 

『今を生きる者が、終わりゆく古い者達を見届ける』――ここに込められた意味は決して言葉や文字では到底表現できないものがある。

 

鞍馬天狗は初代の言葉に応える事なく、ただ前を見据え友の死に際をその身に感じ、一人頬を濡らす。

 

山と共に在り、土地神としての側面を持つ鞍馬山僧丈坊は本来、歳を取ることの無い、永遠に無垢なる少年と言い伝えられている。が、この場にいる鞍馬本人は確かに年老い、見事な髭を蓄えている。それは何故か?

 

 

「時間というものは、本当に恐ろしいものだ。怖いものなど何一つないと見得を切っておった者達が、いつしか細くなりゆく己が腕に嘆き悲しみ、人前に出る事すらならなんだ」

 

 

そう、全ては友の傍に少しでも寄り添うため。その為だけに容姿を変え、妖力を時代と共に徐々に隠し、己を京都が分裂せぬよう楔となるべく八坂の一族を持ち上げ、一歩俯瞰した立場である副大将として見守って来た。

 

 

「初代殿、帝釈天に言伝を頼んで良いか?『あの人間を遣わせていただき、感謝致す』と」

 

 

涙をとうとうと流し続ける鞍馬だが、その実彼は老妖達の死を嘆いているワケではなく、むしろ羨ましいとさえ思っていた。

妖怪は人と在らねばならぬ――人に退治され、その時初めて妖怪として生まれた意味を持つことができる。その意味では、己の死がつまり土地の終わりと同意である鞍馬は、この場で誰よりも実力を持ちながら、その実、誰よりも不自由な存在とさえ言えるだろう。

 

妖怪とは、ここまで美しい涙を流す事ができるのか――かつては同じ妖怪だった初代は、鞍馬の言葉の裏を感じ取り、コクリと頷き帝釈天が先兵として、この地の者達をボスは必ず許すだろうと思いを馳せ…弥々を一瞥。

 

 

(まぁ…アレだけ(・・・・)は、もうどうしようも無いけどねぃ)

 

 

 

 

 

 

息を吐かせぬ連撃とは斯く成りや――。

 

極彩纏いし極楽鳥が宙を舞う。その度に、斬々バラりと散るは華。

椿が散る。烈風怒涛が吹き荒ぶ度、嵐には耐えられぬと首が落ちる。

 

舞うは戦士、散るはげに(・・)醜き首。

鮮やかな羽毛にも見える、しかし絶えず形を変え尾を引く外套を翻し、一人のクシャトリヤ(カルナ)は求めに応じ、その積み重ねた武勇を惜しげも無く披露する。

 

 

今はまだ、鬨の咆哮から幾分すら起たぬ短き時間。しかし、すでにそこには死屍累々、死山血河の光景が…塵殺された老妖達の亡骸が転がっていた。

 

槍を一振りすれば10の人影が20に増え、槍を振り下ろせば10の人影が消滅する。その度に夥しい血飛沫が辺りを舞い、カルナの色の抜け落ちた髪と肌を深紅に染め、神域で振るわれる槍が周囲を朱色に変えては更に細分化を促し、ついには霧を形成する。

 

 

「これ程とはな…」

 

 

驚きの色が垣間見える呟き――それはたった今、上段から地面に串刺す形で老妖を槍で貫いたカルナの声だった。

ゴボリと真っ黒な血を口から吐き出す一つ目の老人。本来仲間、家族であればその様子に奮起し、助けようとするものだろう。

 

だが…妖怪とは、全く持って度し難い。

 

 

「そのままじゃ!!」 「おぉ!!そのまま刺されて武器を構えさせるな!!」 「とくと逝け!!離したらお主、あの世で情けないと馬鹿にし続けてやるでなぁ!!」

 

 

いくら槍に貫かれた一つ目が苦悶の表情を浮かべようと、そこにあるのは罵詈雑言。「囮で有れ」「そのまま(はりつけ)で在れ」「死ね」「そのまま死んでしまえ」――今だと言わんばかりにその顔に笑みを張り付かせ、我先にとカルナに群がり始める化外の集団。言われた者はたまったもんじゃない。罵詈雑言の数々の中、槍に貫かれ続ける一つ目は――。

 

 

「お゛…ッ、おぉ――ッ任せろ!!」

 

 

嗤っていた。今の彼の様子はまさに、敗者の構図。だが一つ目を爛々と輝かせ、槍を自らのハラワタに勢いよく、更に深く突き刺す。

 

 

「お゛ッ!?お゛ぁ゛ぁ゛あ゛ア゛あ゛あ゛!!」

 

 

それは果たして、喉から出せる声なのかと言いたくなる程の叫び声。歯が砕ける程に食い縛り、余りの痛みに意識が飛びそうになりながらも。

 

 

「あ゛ァ゛ア゛ッは、かか…ッ、クカカカカカ!!!」

 

 

嗤う。

砕けた歯を血と共に吐き出し、まるで己こそが勝者であると言わんばかりに嗤い続け、鬼はカルナを下から見上げ(下し)

 

 

「見事!!おぉ、まっこと御見事!!首をやる(・・・・)!!持ってけ人間!!」

 

 

まるでこの状況など知らぬと言わんばかりに、一つ目は嗤い続ける。周りもそうだ、誰も彼もが人で無い(・・・・)化外特有の壮絶な表情を浮かべ、全方位からカルナに襲い掛かる。しかし…彼らは知らない。

 

人と神の間に産まれた半神半人、あのインドラでさえ魅了した男である事は知っている。しかし彼らは知らないのだ。

 

 

その男が真の英雄(・・・・)であることを――。

 

 

「ッ!ぬっ、おぉ!?」

 

違和感を感じた。まるで地面がせり上がってくるような…それでも構うものかとカルナに迫る老妖達の目の前に、突如壁が迫って来る。その正体は土壁――否、それは巨大な岩盤の塊。

それは抜けぬならば全てひっ包め、無理やり持ち上げればいい(・・・・・・・・・・・・)とカルナが自身の膂力に任せた文字通りの力技だった。

 

 

「ふん――ッ!!」

 

 

短く鼻から息を吐き、カルナは悠々と一つ目の老妖を突き刺したまま無造作に蹴りを放ち、あまりの脚力に岩盤は砕け、まるで散弾銃の如く目の前に迫っていた者達に突き刺さる。死に逝きながらもあまりの埒外の光景にその一つしか無い目をこれでもかと見開いていた一つ目の老妖は、その蹴りで槍から抜け落ち、そのまま彼らが長年住んだ長屋を次々と穿ちながら吹き飛んでいく。だがカルナは真っ直ぐに彼が飛んでいった方向を見やり。

 

 

「では、その首確かに貰い受ける」

 

 

逆手に持ち替え、槍を投擲。

穿たれた穴を更に広げながら飛翔し、遥か遠くで血飛沫が盛大に舞う。恐らくは宣言通り、彼の首は今頃胴体を離れているのだろう。

 

この凄惨極まる光景を前にし、カルナを背後から奇襲しようとしていた老妖達は足を止め――

 

 

()じゃぁああ!!」 「今が好機ぞ!!コヤツ、武器を捨ておったわ!!」 

 

 

――ることなく差し迫る。

家族が死んだ、大昔からの馴染みがたった今、その命を散らした…で?だからどうした(・・・・・・・)

元より死ぬ為に来たのだ、戦いの中で、確かな誉れを抱いて死ぬ為に、今の今までこうして生き恥を晒してきて、ようやっとあの者は死ぬ(旅を終える)事ができたのだ。ならば笑おう、あの者を羨み、あのように死ねるよう笑おう。

 

どうする?今のお前に武器は無く、こちらは寄って集ってキサマを相手取るに恥すら覚えぬ人でなしぞ?――笑みを張りつけ、そう問いを投げかけてみれば。

 

 

「ふむ、ではこうしよう(・・・・・)

 

問題など何一つ無いと、カルナは後ろを振り向く。途端、彼の目の前に迫っていたのは先程の意趣返しと言わんばかりの赤く巨大な壁。その正体は妖力で肉体を大きく変貌させた、一匹の赤鬼の握る拳だった。

 

以前、鞍馬天狗がイッセーの体幹を見て思った通り、妖怪等の人外はその身に宿す妖力や魔力で如何様にも膂力を補う事ができる。この赤鬼の本来衰え弛んだ腕がここまで瑞々しく、それ以外はそのままであるが故に身体の軸を崩しながらも殴れば鉄塊すら砕く剛腕を発揮できているのはまさにそれ。そしてカルナが先程驚きの声を漏らした理由もまさにここにある。

 

(うま)いのだ、戦い方が。上手いのだ、その熟練と言わざるを得ない、妖力の用い方が。その証拠に、その赤鬼の背後にはすでに足の筋を断裂させながらも妖力を足に込め、二度と歩けずとも良いと捨て身で追撃をかけようとする者共の姿が。

 

 

捕った!!――赤鬼の巨腕が確かにカルナの鎧に触れた…その瞬間。

 

 

「なッ!何ィ!?」

 

 

するりと赤鬼のその巨大となった腕にカルナは片足を引っ掛け(・・・・・・・)、まるでポールダンスを披露するかのようにそのまま回転しつつ腕を蛇のように這い上がり(・・・・・・・・・・)、舌の如く伸ばされた細腕が老いてもなお太い首に巻き付き、そのままカルナは鬼の首を圧し折る。更にその首を軸に逆立ちし、足に焔を纏い回し蹴りを放ち迫る老妖達を悉く燃やし尽くす。それは一切淀みの無い、数瞬の瞬きにすらならない僅かな時間の出来事…まさに絶技としか言いようの無い技を放とうと、カルナは油断無く構えを解かない。何故なら――。

 

 

 

“唖゛亞゛ア゛あ゛ぁぁあああア゛――!!!!”

 

 

「…流石に、驚く他に無い。まさか首を刎ねて(・・・・・)なお、向かってくる事ができようとは」

 

 

地を裂くような叫びとはまさにこの事としか言いようの無い、凄まじい咆哮。それはカルナの言う通り、先程槍で穿たれたはずの一つ目の首が巨大化し、それだけで飛翔しカルナへと向かってきたからだ。首だけでも生きていた者なら見て来た。殺しても死なぬ不死と言われる者なら数多く見て来た。だが…まさか首だけで動き、なお猛追して来る存在がいようとは…ッ!!

 

 

(まるでジャラーザンダだ、不死性ならばアレの方が上だが…まさかこの小さな島国で、あの男を思い出す程の存在がいようとは)

 

 

カルナは相対した中でも屈指の不死性を持った王、ジャザーランダを思い出しつつ、あの時のように、鎧を噛み砕かんと大口を開ける巨大化した生首に手刀を構え、カルナは中央から思い切り引き裂く。血が裏京都の地を、カルナを更に染め上げ、引き裂いた頭部の奥からまたもや歯を剥き出しにした笑みを覗かせる悪鬼が迫る。

 

 

『うぉぉおおおおおおおお!!!』

 

 

手の平に炎を作り出し、息を吹きかければまるで意志を持ったかのように、炎はカルナの下から飛んでいき、妖怪達を燃やす――が、止まらない。

神々の創作物であるが故か、カルナが放ったインドラの槍は彼の手元に幾何学模様を描きながら戻ってき、手に持った勢いのまま薄い炎を槍に宿し、斬撃を飛ばすように槍を振るう――が…止まらないのだ。

 

 

『お゛ぉぉおおおおおお!!!』

 

 

前へ、更に前へ――!!

今まで…過去(後ろ)の事なんざどうでもいい!!ただ前へ!!あの男に、ただ一矢を――ッ!!

 

もはや覚悟という言葉ですら生温い。

神格…それも太陽の神格を宿したカルナの炎は彼らの肌を焼け爛れさせ、爛れた皮膚は目を潰し、口を塞ぎ地面へと垂れていく。炭化した骨すら覗く中、それでも男達は前へ這いながらも突き進んでいく。それは矜持だった。妖怪として、人に退治されようやく完成する…闇に紛れ生きる者として、悪であると生まれた時から決まっていた、定められていた最後を迎える為だけに…正義を人に与える為だけに、彼らはなお、前に進むのだ。

 

ぶるりと鳥肌が立ち、気付かぬ内にカルナの表情もまた、彼らと似た僅かばかりの笑みを覗かせる。

 

 

見事だ(・・・)。お前達とのこの闘争、斉天大聖以来に、心揺すぶられる――!」

 

故に――。

 

「我が師パラシュラーマから授かりし奥義、それを手向けに逝くがいい!!」

 

 

右手に持っていたインドラの槍を左手に持ち替え、カルナは己が顔半分を空いた右手で覆い。

 

 

「武具など不要、真の英雄は眼で殺す!!『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』――!!」

 

 

右目が赤く発光。古代インド奥義と化した大英雄の眼光は、その直線状に存在する全てを悉く貫き遥か遠方、表と景観をほぼ同じとする裏京都に存在した大文字山の山頂を蒸発させ、なお突き進みながら、ゲオルグが作成したあの異界の時のように、境界とも言うべき裏京都の空に穴を空ける。本来ならばその時点で崩壊が始まるのだが…ここはかつて、日の本の中心とも言えた場所。莫大な地脈が流れ込むこの異界は、空いた穴をすぐさま修復し、ならば遠慮はいらぬ(・・・・・・)とカルナは首を動かし視界に入る全てを朱に染め上げ、その度に古代インド奥義は老妖達を消し炭すら残らぬ程に消し去り、遠方では噴火の如き爆発が立て続けに起きる。

魔境に等しい、数ある神話群の中でも最強ではと謳われるインド神話――そのインド神話においても、数々の武神さえ差し置き三界を征する力を持つと名高き大英雄カルナ。その身はシヴァですら破壊困難の鎧に守られ、まさに不撓不屈の称号が相応しい彼であるが……。

 

 

「…な…っ!?」

 

 

これだけは、流石のカルナでさえ予想外だった。そこには…。

 

 

「――ァ゛ッだ…まだまだ(・・・・)ぁ゛ぁあ!!!」

 

 

(あき)らかにもう歩く事すらできない…一体どうやって、骨だけと化した足で駆け、どうして彼らは己が前方に――。

 

 

仲間を盾に(・・・・・)しているのだろうか……?

 

 

カルナが眼から放った『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』――その閃光が眼に焼き付いた途端、彼らは理解したのだ。

 

「あぁ、これだけは無理だ」と…一人では到底耐えられぬと。

理解すれば早かった。這う者を眼前に掲げ、更に前に仲間を掲げ立てる者を配置して…言葉など不要だった。誰も彼もが誰でもいい…あの男の心にどうか、儂等を残してくれと願い、頼り…誰もが笑いながら、自己犠牲に身を投じたのだ。

 

 

「逝゛…げ…ッ!!」 「ごのまま゛…逝゛げぇ゛ぇぇええ!!」

 

「応ッ!!逝こう!!このまま逝こう!!みんなで…俺達(・・)で逝こうッ!!」

 

 

だらりと力無く、千切れかけの腕。ただの硝子玉と成り果てた目を、それでも確かな視線をカルナに向け、動けず自らその役目を志願した者達は叫び、それに涙を浮かべ応答し、男達は前へ進む。幾重にも重ねた肉盾(・・)が、インド奥義すら耐え抜き、奇跡の前進を成功させていた。

 

 

血やハラワタを撒き散らし、彼らは突き進む。その光景にカルナは動く事が出来ず…そして己を恥じた(・・・・・)

 

耐えられない…必ず殺すと心を込めて、彼は『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』を放った。だというのに――。

迫る肉壁。妖怪の矜持はいとも簡単に、カルナの予想を裏切りついに…。

 

 

「ガアァアアア!!」

 

 

血反吐を撒き散らし、肉の壁がカルナの鎧に噛み付き、次に槍が、刀が次々と腕に、足に、腹に突き立てられていく。しかしそれらがカルナを傷付ける事など…そこまでの奇跡を、(スーリヤ)は許しなどしなかった。

カルナの皮膚と同化した鎧、『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』は、破壊神シヴァですら破壊困難と言われる全神話中、最高峰の硬度を誇る屈指の絶対防御。例え欠けようと、ましてや一部を突破され、彼に届こうとすぐさま鎧はカルナの肉体を修復し、『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』もまた不変の日輪の如く、破損した箇所は瞬く間にその掠り傷すら無かったものとする、まさに“洛陽無き日輪”――それこそが太陽神スーリヤが、カルナに与えた唯一無二の愛情の印。

 

傷付かない、壊れない――それでも食らい付いたまま、武器を掲げたまま、老妖達は前進を止めず、カルナも後方へと押され続けていく。そんな中、身体をくの字に曲げていたカルナは――。

 

 

「謝罪しよう、オレは…お前達をどうやら、甘く見積もり過ぎていたらしい」

 

 

梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』では彼らを殺しきるには力不足だった。ならば――。

石突きでガリガリと地面を削り強制的に彼らの突進を止め、顔面が消し飛ぶほどの力を込め、カルナは盾となって歯を突き立てていた老妖を蹴り殺し、その反動で宙へ飛翔。

 

 

「故に、この生において初めて放つ、我が身に宿る父の威光を顕現せしオレだけの奥義(・・・・・・・)。それを持って、約定を守るための手向けとしよう!!」

 

 

燃える陽炎のような外套を背後に携え、カルナは言葉と共に槍を再び逆手に持ち、構える。その様子はまるで引き絞られた弓の弦を彷彿とさせ、次第に膨大な熱が、逆手に持たれた槍を中心に形成される。

熱波は悉くを破壊し、それでもなお、老妖達は倒れない。互いが互いを支え合い、折り重なるように空に浮かぶカルナ(日輪)を見上げ、ついに悟る。

 

「嗚呼…もう終わっちまうのか」と――誰もが笑顔を浮かべていた。肌は焼かれ、眼も耳も、喉も肺も…おおよそ全てが太陽に飲み込まれんとする中…。

 

 

皆が子供のように無邪気な笑みを浮かべ、満足そうにしているのだ。

 

 

槍に超極焔の陽が灯る。

引き絞られた弓の構えをカルナが解き、音すら置き去る速度で矢となった神槍が放たれたその瞬間…カルナは確かにその呟きを拾ったのだ。

 

 

 

「――ありがとうなぁ」

 

 

「『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』――!!」

 

 

 

 

 

 

 

膨大な熱を含んだ突風を防いだ――が、足りない。

この裏京都が崩壊しそうな程の技に、見事この地は耐えてみせた――が、足りないのだ。

 

あの男が落とした、この太陽をどうにかするには――。

 

 

この地を守護する二大巨頭。八坂と鞍馬がその額に滂沱の汗を浮かべ、カルナの『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』を何とかしようとする。

 

八坂が地脈の力を全て異界維持に務めようと、神に匹敵する力量であるはずの鞍馬が、その国すら燃やし尽くす焔を何とか防ぎ止めようとしようと…全てを燃やし尽くす日輪を止める事などできず、屋敷を覆った強固な結界すら徐々に蒸発していく。

何とかしなければ――それはこの場にいた幹部妖怪、京都守護を担う者達、そして意識を取り戻した弥々がまず思った事だった。

妖力で障壁を作り、大妖怪クラスが多数で生み出したそれは、この世界で魔王クラスと呼ばれる攻撃ですら耐えうる強固なものとなる。だが…足りないのだ。

 

 

「かはっ、これ…程かッ!!」

 

 

地脈に続き、この場で渦巻く妖気すら方向性を操っている為か、その膨大な力の奔流に八坂は咳き込み血を吐き出す。

そしてついに膝を屈しそうになった…その時。

 

 

『おぉい猿!?これ一体どういう事!?何で世界が燃えちまってんだ!?』

 

 

初代と共に来ていながら、今まで姿を現さなかった五大竜王である玉龍が慌てた声と共に結界の綻びから入ってき、八坂はその姿を見て好機だと捉えた。

ドラゴンは力の塊であり、五大竜王となればまさにそのトップクラス。彼が持つ龍の気が合わされば、何とか皆が集まるこの屋敷だけでも凌げると頭で考え…この場で命を捨てる(・・・・・)事を決断した。

ただでさえ地脈と妖力を纏めるだけで血反吐を吐いているのだ。そこに龍の気まで入れば間違いなく身体が持たない。

 

 

(でも、九重がいる。あの子さえいれば…あの子と鞍馬様、皆さえ残れば…妾の命程度、捨てるは今ぞ!!)

 

 

彼らのように――そう覚悟を決め、玉龍の気を分けてもらおうと決死の覚悟を決める――が、それは結局、無駄に終わる事となる、何故なら。

 

 

「――天道、雷鳴をもって龍のあぎとへと括り通す。地へ這え」

 

 

この場には大陸においても屈指の気の担い手である、初代が存在するからだ。

トンっといつの間にか持っていた如意棒で地面を叩いた途端、八坂の負担は凄まじく軽くなり、同時に玉龍が空から地響きを立てて落ちて来た。

 

 

『グァァアア!?す、吸われるぅぅう!?さ、猿!!テメェ何しやがる!?』

 

「うるせぇ玉龍、いいからテメェの気を寄こしやがれ。どっちにしろこのままじゃ、オイラ達こんがり焼かれて猿肉と馬肉にされちまんぞ」

 

 

初代はそう言って玉龍を黙らせ、次に八坂の方を向き、後は任せろと意を見せれば、流石は大将と言うべきだろう。それだけで八坂と鞍馬は悟り、更に妖力を放出するよう、周りの者に告げる。その様子にこれならば何とかと、初代はもう二度とそちらを見向きもせず、極焔の中、その存在感を放つ小さな影を見据え。

 

 

「ここから見ればこんなに小せぇのに…お前は本当に、遠くにいるんだな。何てデカイ男だよ、なぁ…大英雄」

 

 

 

 

 

 

 

 

地面が溶け、肉が焦げるような酷い悪臭の中、カルナは降り立っていた。軽く辺りを見渡しても、そこには彼以外に命ある者など存在しようはずも無い。

 

 

「…夢は醒めたか?」

 

 

誰もいない、しかしカルナは問いを投げかける。そこには黒く焦げ付いた無数の影。それが人の姿をした何某かの遺体であると分かれば、誰もが畏れを抱き慄くだろう。何故ならその焦げ付いた影達は、老妖達は死してなお……笑っていたのだ。

 

 

「良い夢だった」――そう言いたげに、最後まで彼らは笑って逝ったのだ。目を瞑れば、網膜の裏でも彼らは笑いながら、カルナにこう言っていた。「次は地獄で閻魔に喧嘩売ってくるわ」と。彼らは確かに、(カルナ)に己を刻む事に成功していた。

 

それが何だか可笑しく感じたのだろう、カルナはキュっと僅かに口元に弧を描き。

 

 

「そうか…では、良き旅路(・・・・)を行かれるといい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いが終わったのだろう。

紅蓮が徐々に消えて行き、屋敷の庭では八坂や鞍馬が荒い息と共に、その場に突っ伏す。それは今回の功労者である初代や玉龍、そして弥々とて同じ…いや、生き残った全ての者が疲労困憊の中。

 

 

「戻ったぞ」

 

 

理不尽にさえ思える。あれほどの技を放ったのも関わらず、カルナは息も切らさずまるで散歩でもしてきたかのように戻って来たのだ。ただし、美貌とさえ取れる面容は血だらけになり、その身も血に濡れていない場所など皆無。そして…その手には貰うと口にしたからだろう。

 

 

「それは…アヤツ等の首か…」

 

 

鞍馬はそれが何であるか、一目で看破し、その場の誰もが眼を見開き確かめる。

今も煙が立ち上がるソレは、焦げ付きもはや何かも分からぬ…しかしよく見れば、確かにそれは最愛と言っていい…家族の亡骸だった。

 

 

「あぁ、約束は確かに守り通させてもらった」

 

 

そう言いながらカルナは、首を彼らの眼前に掲げ、見せつける。

 

家族が殺された…しかし彼らは望んで死に(そうら)へた。

複雑な思いが若い妖怪達の表情を曇らせ、俯かせる。だが…。

 

 

「たわけ、儂は言うたぞ?括目せよとな」

 

 

彼らを掻き分け、鞍馬はカルナの持つ首を奪い取り、更に衆目に晒した後、気付かず一族毎に集まっていたその集団の中に、首を無造作に放り投げ…彼らはついに、生まれて初めて本当の妖怪(・・・・・)を知る事となる。

 

 

「…笑ってる」 「何で…こんなにも満足した表情してんだよ…っ!」 「何で…っ、こんなにも、羨ましい(・・・・)って!!なんで…なんでっ!?」

 

 

嘆き悲しみ涙を流し、だが誰もがその炭化した家族から眼を背けようとせず、その心には憧憬が浮かびつつあった。何故…俺達は、あの劫火に身を焦がさず、このような場所でただ怯えていたのだろうか…ッ!!

 

それは何も、これからを担う若い衆だけではない。いずれ彼らを率いる幼き姫もまた、その凄惨さに嘔吐(えづ)き嗚咽を漏らす。だが…。

 

 

「な…ぜじゃ、何故私は…家族が…爺や達が死んだのに何故っ、こんなにも美しい(・・・)と感じておるのじゃ!?」

 

 

その問いに誰も答えない。何故ならすでに、九重の中で答えは出ているのだから。

その様子を見て、母八坂は大将としても安堵した。この子なら大丈夫、きっとこの先千年、彼らの思いを引き継ぎ語り継ぎ…きっと己を超える、立派な大将に成長してくれると。

 

 

「結果はこのようになったが、名代としての任、確かに果たさせてもらったと解釈させてもらおう。あの男にも告げておく、この地には…お前(インドラ)ですら知り得ぬ猛者達がひしめいていると」

 

 

あれほど一方的にも見える展開を繰り広げてなお、カルナは最後まで彼らを讃え、その賛辞を残された者達は確かに受け取った。

 

死してなお、屍拾う者なし。だが死してなお、老妖達()を忘れる者などいない。その意志を受け取った若者達はしかと頷き、そしてカルナへ視線を飛ばす。だがそこに恨みつらみ、憎しみなどは一片も無く、ただ妖怪として…いつしか人間に淘汰される者として、お前の前に必ず立つという意が宿っていた。

 

それをカルナも一切臆する事なく受け止め、一度輝くその耳飾りを鳴らし――こちらを見つめる弥々へ語り掛ける事なく、先程入って来た正門へと再び歩み出す。

“これ以上彼女に関心を集めさせるワケにはいかない。何より今すぐ戻り、あの男(インドラ)止めなくては(・・・・・・)”――その思いがカルナの足を早まらせ、だが性分なのだろう。一度立ち止まり、僅かにカルナは弥々を振り向き。

 

 

「お前との出会いから全て始まった。感謝する、弥々」

 

「――っ!」

 

 

「急がねばならない、玉龍を貸していただけないか?」――そうカルナが初代に問いかければ、初代は玉龍の意志を確認しないまま容認した。

 

 

『ハァ!?おいおい、オイラもうヘトヘトだぜ?だいたい、オイラ五大竜王でタクシーじゃねぇんだぞ!?』

 

 

だが玉龍としては心底勘弁してほしいのだろう、文句を垂れ始めたが、結局は初代に睨まれ渋々了承。カルナもすまないと謝りつつ、更に歩みを早める。その背中に、弥々は思わずと駆け寄ろうとしたのだが。

 

 

「おっと、へへ、悪いね。ちとお爺ちゃんに付き合ってもらうぜぃ?」

 

 

それに待ったをかけるように、初代がその肩に手を置く。

 

 

「っ、お願いです初代殿!その手を離してくださいまし!」

 

「あぁ悪いと思ってるよ?でもな、そりゃもう出来ねぇンだ。だって…――アンタもう、手遅れだもの(・・・・・・)

 

 

カルナが見えなくなった途端、初代はその雰囲気をガラリと変え、まるで脅すように声を低く呟く。彼は待っていたのだ、八坂と鞍馬。おおよそ実力者と呼べる者達が疲労困憊するこの瞬間を…いや、本来これは彼の、しいては彼にこの場に残るよう密かに命じたあの神々の王ですら予定になかったものだ。だが…。

 

 

アレ(・・)でアンタ終わっちまった。カルナに薙刀突きつけて、アンタ誰を貶しやがった(・・・・・・・・)?こうなるって覚悟して…アンタ、ボス(・・)に唾吐いたんだろぃ?」

 

 

肩を掴んだまま、初代は弥々をその場に組み伏せる。苦悶の表情を弥々が見せ、まっ先に動いたのは鞍馬だ。

 

 

「初代!キサマッ!!」

 

 

身体に鞭打ち翼を広げ、疾風怒涛の勢いで初代を突き飛ばそうとする。しかし先程から初代が言うように、もう全ては遅いのだ。

 

 

「おっと、動かないほうがいいぜぃ?何しろオイラをどうにかしようと、ボスが怒りを鎮めるなんざありゃしねぇ!」

 

 

さもこの状況が楽しそうに、初代は敢えて挑発するような笑みを浮かべる。くしくもそれは老妖達が浮かべたような、妖怪特有のモノであった。

 

 

「初代殿、お前は一体弥々をどうするつもりじゃ…っ?」

 

「おう、八坂の大将。良く聞いてくれた」

 

 

「ボスからアンタに伝言がある」――そう言って切り出された内容は、到底受け入れられぬものだった。それは……。

 

 

「聞け、京都の者達よ。――『この娘を寄こせ、でなければ俺様直々にこの地を滅ぼす』…だとさ」

 

 




恐らく疑問に思われる方々が多いと思うのでこの場で説明させていただきますが、カルナさんを泊めたあの老狐は仲間に紛れ挑み、そしてクンダーラで焼き尽くされています。最後の感謝の声がこの老狐だったのか、それとも名も知れぬ老妖達の誰かだったのかは、皆様方のご想像にお任せします(一応自分の中では決まっています)

それと前回描いたカルナさんの絵を書き直しています。よければどうぞ(ぶっちゃけこの絵に一番時間かかりました(汗)

次回は
・あの後どうなったの?英雄派
・原作主人公、京都壊滅を知る←(これは書くか分からないです)
・狐の嫁入り
を予定しています。

そしておそらくカルナさんは出ませんッ!!(血涙)


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ナニカが壊レル音がシタ

最近の中では割とサクサク書けました。
愉悦を目指したのですが…すみません、最後の方は胸糞展開注意です。(書いてる自分でも少しきつかったです)
それと原作キャラの一人が超良い性格(腹黒)となっていますが、この作品の前書きにもある通り、この小説は独自解釈や性格改変が含まれます。その辺を注意して読んでもらえると幸いです。


・英雄派
・カルナさん
・弥々の順となっています。


それと活動報告でも書かせていただいたのですが、しばらくの間感想返しを自粛させていただきます。
全部にはちゃんと目を通していて、ある程度時間がたってからの返信と考えております。

今まで返信しよったのに、いきなりなんやゴルルァ(゚Д゚)!?となった方には大変申し訳なく思っておりますm(__)m



始まりは二人だった。

「偉大な祖先を超えないか?俺達にはその資格があり、力も授かっている」と彼に手を差し伸べられた時、僕は彼――曹操のその姿に英雄を見た。なのに…。

 

 

『京都という巨大な力場を利用し、グレート・レッドを召喚。ハーデス神から借りたアレ(・・)が果たして、世界最強であっても通じるのか』という実験は、結果失敗に終わった。

 

僕等と同じ『神滅具』を宿していながら、悪魔に組した兵藤一誠と同じく共にいた三大勢力の連中のせいで…だがこれは計算の内だった。あの程度、例えあの場に堕天使総督がいたとしても何も問題無いと打ち合わせして、決行された計画だった。

“戦はそれまでにどれだけ何を積み上げるか”――これは曹操が僕に言った言葉だったか。きっと彼の中に流れる曹操孟徳という為政者の血が彼にそう教え、僕もまさにそうだと思った。同時に偉業を成すには流される血(犠牲)が必要だと。

 

神器の覚醒、バランスブレイカーの数を増やす。人外を滅ぼす為の力を得る為、そしてそれが出来ない弱者を彼は必要とせず、今の英雄派に所属する神器使い達は皆、見事にそれを成し遂げた。

もう誰も弱者なんかじゃない。僕達は英雄となるべき人間で、そんな僕達を率いる男はそれに値する偉大な男だと、誰もが認め付いて来た。だからこそ…敢えて言わせてもらおう。

 

 

ここにいる曹操は、本当に僕等が知るあの曹操なのか――?

 

 

 

「はは、見たかあの三大勢力の悔しそうな顔!」

 

「あぁ!まんまと俺達に逃げられてやんの!」

 

 

僕達は京都から【禍の団】の中にある、僕達英雄派の拠点で宴会のような騒ぎを起こしていた。

三大勢力の包囲網を掻い潜り、彼らに一泡吹かせた事実は一層仲間達の士気を上げる事に成功したらしく、まるで勝利したかのように皆浮かれきっている。だがそれに対し、僕やヘラクレス、ジャンヌ等と言った幹部の表情は皆浮かれない。

 

 

「クソ!何なんだあの神器使い(・・・・)!?おいゲオルグ、お前あの神器(・・)に覚えはないのか?」

 

 

ヘラクレスが急に悪態を吐いて僕に詰め寄って来る。ったく、一体誰のおかげでこうして無事に帰って来れたと思っているんだ。

 

 

「さぁ、僕にだって分からない事くらいあるさ。ただ一つ、もしアレが神器だとすれば間違いなく神滅具級…それもインド神話に由来するものだ」

 

 

僕がインド神話と言ったとたん、周りで僕達の話を聞いていた者達が一斉に息を飲んだ。

 

 

「なっ!?そんな、あり得ないでしょ!?あの神話体系の神器は存在しないってのが通説じゃなかったの!?」

 

 

ジャンヌの言った通り、神器には様々な神話体系の由来するものが数多く存在するけど、インド神話に由来する神器だけは見つかっておらず、それは当然だとされた。

 

インド神話を構成する世界観はあまりに膨大で、しかもその殆どが“破壊”と“創造”、この宇宙の根本を突き詰めるという途方もないもの。いくら聖書の神でも、流石に国すら簡単に滅ぼす超兵器ばかりのインド神話にだけは手を出さないだろうとされていた。だというのに…っ!

 

 

「あの男が放った光線…その正体は分からないけど、同時に発した言葉『ブラフマー・ストラ』は古代インド奥義の名だったはずだ」

 

 

これだけは間違いないと断言できる。

曹操に誘われ、僕達は同士を探す傍ら世界中の神話を調べて回っていたからだ。

 

 

「――それが本当だとしたら…僕達、実は結構危ないんじゃない?」

 

 

皆が集まるこの部屋に繋がる通路から声がして、そちらを振り向くと初代の攻撃で気絶し、今まで治療を施していたジークフリートがやって来た。

 

 

「おう、元気になったかジーク!で、危ないってどういう事だ?」

 

「簡単な事さ、ヘラクレス。僕達の出資者(パトロン)が、元々どこの神話に属していたか…思い出してごらんよ」

 

 

ジークフリートの問いかけに、脳筋のヘラクレスはしきりに首を傾げるばかり。だがジャンヌは気づいたようだ。

 

 

「…っ!帝釈天は元々インドの神、インドラだったのよね?」

 

「その通りさ、更に僕達英雄派は、パトロンである帝釈天が寄こした使者を攻撃した。彼に何も言わずにね。しかも使者はインド由来の神器所有者と来た。…ねぇ曹操、帝釈天はどうしてそんな存在を、今まで僕達に隠していたんだろうね?」

 

 

その言葉には「僕達はあの男の当て馬にされたのでは」という非難も含まれていた。でもそう言葉を向けられ、視線が集まる曹操は…。

 

 

「………」

 

 

黙り込んでいた。今だけじゃない、『絶霧』でこの拠点に戻って以来、赤龍帝の攻撃で負傷した右目を治療されている間も、その表情は何の色も浮かんでいなかった。…どうかもう一度だけ言わせてほしい、本当にこの目の前にいる男は…今までその類いまれなカリスマで僕達を率いていた、あの曹操なのか…っ?

 

 

「――ん、何だ何だ?ケンカか?」

 

 

知らずにゴクリと喉を鳴らし曹操を見守っていると、ヘラクレスが言う通り、中央で乱闘染みた事が起きていた。

 

 

「テメェ、もう一回言ってみろ!!」

 

「ハッ、何度でも言ってやんよ!俺達のチームが三大勢力を足止めしている間、テメェの所はたった一人に全滅したんだろ?情けねぇなオイ!」

 

 

…どうやら功績の差で揉めているらしく、確か今胸倉を掴んでいる彼は須弥山からの使者を任せた部隊所属だったか。しかも聞いていると彼はただ後方で待機、それで生き延びる事ができたと。

 

 

「ハハ!良いぞ!もっとやれ!おら、そこだ!!」

 

 

徐々に激しさを増していく喧嘩。だが誰も止めようとせず、ヘラクレスなんか寧ろ煽ってすらいるが、これが僕等の普通(・・・・・)だ。

神器を宿したが故に迫害された者が多く所属する英雄派には、劣等感を抱え、誰よりも自分が優れていると証明したい者ばかりだ。それだけに喧嘩は日常茶飯事、流石にジャンヌやヘラクレス等の幹部、僕や曹操と同じ上位神滅具を宿すレオナルドに売る馬鹿はいないが、仲間同士の半殺し程度は当たり前。

 

強い感情が神器を成長させる――様々な実験からこれは証明されているし、何より相手を傷付ける事もできなくては使い物(・・・)にならない。だからある程度は傍観し、途中で僕達幹部や曹操が止めるのが常道だけど…この時は違っていた。

 

 

「曹操…?」

 

 

突然先程まで部屋の隅で頭を抱えていた曹操が立ち上がり、乱闘の中心たる二人の下へ。そして…。

 

 

「…ア゛ッ!?ガァッ!?」

 

「な゛っ!?んで…俺まで…!?」

 

 

手に持った最強の神滅具で二人を刺し殺した(・・・・・)。これには僕等幹部も目を疑い、言葉も出なかった。

今まで曹操の計画の中で、何度も仲間を危機に陥らせる事はあった。でもそれは神器の覚醒を促す為であり、強者を選別する為でもあった。なのにこれは一体…。

 

 

「…一体、何時まで騒いでいるつもりだ?」

 

 

ようやく戻って以来、初めて曹操が言葉を発した。…ズチャリと死んだ二人から槍を引き抜いて。

 

 

「ジーク、さっき俺に聞いたな?『何故帝釈天があの使者の存在を隠していたのか』と」

 

「え…あ、あぁそうだ」

 

「決まっている。これがその答えだ」

 

 

血に濡れた槍で、死んだ二人を指し、次に周りの構成員に槍を向けていく。

 

 

「お前達、情けないと思わないのか?無事逃げる事が出来た?一泡吹かせてやった?違うだろ、俺達の目的は何だ?ゲオルグ」

 

 

槍ではなく、顔を向けてそう僕に言い放つ。

 

 

「…人外の撲滅、僕達人間がどこまで出来るのかの証明だ」

 

「そうだ、それこそがこの英雄派がある理由…俺達英雄(・・)の存在証明だ」

 

 

僕の答えに初めて笑みを見せる曹操。でも…何故だろう…その表情がどこか僕には、薄ら寒さを覚えさせる。

 

 

「何もお前達だけを責めるワケではない。かく言う俺も、結局一人も殺せず、また負傷した身だ。そこは謝罪しよう」

 

だから――。

 

「これからは今まで以上に厳しくしていく。もっと大勢殺せるよう、もっと俺達は出来るんだと全ての神話に証明するよう、もっともっとお前達には強くなってもらう。今までは俺が禁じていたが…止めにするとしよう、今度からは仲間でも殺し合え(・・・・・・・・)。だから彼らを殺した。トップからこういうのは始めないとな」

 

 

トントンといつもの癖で、槍で肩を叩きながら続ける曹操。

 

 

「強い奴が英雄だ、力こそが全てだ!!もっと貪欲にそれを求めていこう!…どうした、何故動かない?鍛錬に戻れ!!」

 

 

仲間にすべきではない殺気を向け、一般構成員達は蜘蛛の子を散らすように曹操の前から姿を消す。後に残ったのは僕やジークフリート等の幹部連中だけだった。それでも曹操は殺気を隠す気もなく、そこに佇む。その様子にただ事ではないと、僕は彼に声をかける。

 

 

「曹操…君は、一体なにが…」

 

「ゲオルグ、我が友よ。確か君はまだ、アレを持っていたな?ペルセウスが置き土産だと置いて行った、メデューサの『邪視(イーヴィル・アイ)』だ」

 

 

僕の言葉を遮るように言った『邪視(イーヴィル・アイ)』とは、曹操に付いて行けないとつい先日英雄派を離脱した元幹部、ギリシャの英雄ペルセウスの魂を持ち、その名も受け継いだペルセウスが所持していたものだ。

 

 

「あ、あぁ、まだ持っている。でもそれがどうした?」

 

「移植してくれ、英雄が御した化け物の眼だ。なら英雄たる俺の力になるほうが、メデューサも感謝ってモンさ」

 

 

そう言って曹操は、たった今治療が終わり、巻いていた包帯を解き始めた。その下には眼球まで真っ赤に染まった目があり、瞳孔が開き見えていないのは明らかだった。でも…っ。

 

 

「その程度ならまだ、治療で治るかもしれないだろ!?『不死鳥(フェニックス)の涙』だってまだまだ余りがあるんだ!!」

 

 

そう、この程度ならまだ治る。何も問題などないと僕が詰め寄ると――グリュリと曹操は自らの右目を抉りだし、ポタポタと血が滴る眼球を僕に突き付けてきた。

 

 

これで新しい目が必要になった(・・・・・・・・・・・・・・)。ほら、何も問題無いな(・・・・・・・)?」

 

 

突然の行動に、僕達はもう何も言えなかった。長年彼に付き添ってきたこの僕でさえ、今の曹操には恐怖を覚えるしかない。でも…――。

 

 

曹操を失ったら僕達は(・・・・・・・・・・)一体これからどうなるんだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 

各神話に喧嘩を売った僕達にはもう居場所なんかない。あるとすれば、それは彼がいるここだけ(・・・・)だ。

 

 

「先に施術室で待っている」――そう言って背を向ける曹操に、僕はただ頷くしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

ポタポタと血が止めどなく流れる事も気にせず、ただ一人黙々と足を進める曹操。

この場には誰もいない。彼はたった独りで進み続ける。だからこそ、その声を拾う者などここには存在しない。

 

 

「…認めるものか…アレが英雄などと、誰が認めるものか…ッ!!」

 

 

ギシリと歯を食い縛る曹操。だがそれは痛みに耐えているのではなく、嫉妬からだった。

 

あの時、一目カルナの姿を見た曹操は悟ってしまった。「アレは間違いなく、英雄だ」と。あの男こそ、己が目指す英雄像…その全てだと。

 

 

「違う!!あり得ない!!俺が英雄なんだ(・・・・・・・)!!俺がッ、俺だけが(・・・・)!!英雄でないといけないんだ!!」

 

 

ガン!!と壁を殴り当たり散らし、荒い息を吐くままに前を向き。

 

 

「その為なら全て殺す。全て俺の為に使い潰す…っ!…あぁそうさ、あの時、彼も言ってたじゃないか…『使えるものは全て使え』と…俺は…神々に愛されているんだ…っ!」

 

 

そう言って曹操は己が英雄たる証である“黄昏の聖槍”を一振り。着いていた血を振り払い、同時に薄ら寒い笑みを浮かべ。

 

 

「感謝するぞ兵藤一誠、俺に初心を思い出させてくれて。だが…この借りは必ず返す!!悪魔め…ただで死ねるとは思うなよッ!!」

 

 

カツカツとたった独り、曹操は歩みを進める。その先に何があるかも理解せず、井の中の蛙は蒼天を目指し、だが井戸の奥深くへと、気付かずその身を沈めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぺたぺたぺた――無機質な通路に響く、裸足だと思われる足音。

とてとてとて――幼女のような姿で【禍の団】の首領、世界最強にして無限の龍神であるオーフィスは今日も一人、孤独に【禍の団】施設内を歩き回る。

 

 

「……」

 

 

言葉を発する事もなく、何をするでもなく亡霊のように徘徊するオーフィス。これが見た目通りの童ならば、誰もが庇護欲をそそられ彼女(?)に話しかけている所だろう。だがもし、この無限の龍神を知る神々が、今の様子を見れば誰もがこう言うだろう、「当然だ、何故ならソレが欲するのは静寂なのだから」と。

 

 

「……」

 

 

あの場所に帰りたい。永遠に静かで心落ち着くあの次元の狭間に。だがそこには、自らを追い出したグレート・レッドがいる。アレがいる限り自分は戻る事が出来ず、だからと言ってグレート・レッドを追い出す、又は勝つ事など出来ない。それはオーフィスが弱いからではない。無限を司るこの龍神は正真正銘の世界最強だ。例外と言えば、極端な能力を持った一部の存在だけだろう。そしてオーフィスを追い出したグレート・レッドはまさに、その極端の極みと言っていい存在だった。

 

グレート・レッド――オーフィスと対を成すとされる夢幻の体現者は、その名の通り、夢や幻そのもの(・・・・・・・)だ。言い方を変えれば、この世界(三次元)においてアレだけが二次元の存在と言って良い。

例えばの話をしよう。夢に介入する事は可か?答えは否である。

では夢が現実に介入する事は可か?答えは是である。

 

悪夢を見れば、人は汗を流し魘される。だからと言ってその夢を終わらせる事などできず、できる事と言えば、起きて見ないようにすることしかできない。それでは直接介入したとは到底言い難い。

グレート・レッドとはまさにそういう存在。一方的に世界に干渉できる夢そのものだ。これは神々ですら同じであり、ゆえに夢幻のドラゴンは今も次元の狭間を揺蕩っている。当然だ。触れもできない幻のような存在に触ろうとする者など、ただの白痴に他ならないのだから。無限(オーフィス)もそうだ、だからこそ彼女は負け、そして【禍の団】のトップに据えられた。莫大な力を服用者に約束する『蛇』を生み出すだけの装置(・・・・・・・・・)として…誰もオーフィスに関心を向ける事なく、故にオーフィスは組織のトップでありながら付き添いの一人も護衛もなく、今日もまた独りで彷徨い続ける。彼女もまた、そんな生活に微塵も疑問を抱かない。何故ならこれが【禍の団】の長となってからの、彼女の日常だからだ。だからだろうか?

 

 

「………」

 

 

急にその場に立ち止まり、どこを見ているのかも定かではない、闇より暗い瞳で虚空を見つめ出すオーフィス。

次元の狭間から追い出され、こうして放浪を続けて幾星霜。ありとあらゆる勢力からその力を狙われ、時に疎ましがられ追いやられ続け、こうして己自身(・・・)に関心を向けられない生活を続けた龍神は過去に一度、絶対の敵意(・・・・・)を向けられた事がある。

 

 

「……」

 

 

それは人類史において、まだ黎明の時と言える程に古い時代。この世界で最も天高き山の(いただき)で、ナニカが開く感じがして、今とは違う老人の姿でオーフィスはその場に赴き…見つけたのだ。

次元の狭間ではなかった。だが僅かに覗くそこは確かに静寂に過ぎ、また完全な孤独で在れると感じたオーフィスは迷う事無く閉じかけたその世界への扉をくぐった。そこは本当に何もなく、これこそが求め続けた永遠の静寂(・・・・・)であると安堵した矢先…絶対の敵意がオーフィスを襲った。

 

 

【――ふざけるな…ようやく手に入れたんだ。異父兄弟達を騙し、父の目も欺きようやく…私は孤独になれたというのに…ッ!!】

 

 

ゆらりと何もないはずの空間で、人のような姿がオーフィスの目に止まった。瞬間――。

 

 

【ッ見るな!!私を…俺を見るな(・・・・・)!!】

 

 

その言葉を聞いた途端、気付けばオーフィスはその世界から追い出されていた。全身にまるで大量の矢を穿たれたような傷跡を付けて。無限の力であってももう二度とその世界への入り口を開く事などできず、しかしオーフィスは自身を追い出した者の姿をはっきりと見ていた。

 

 

「……」

 

 

辺りをキョロキョロと見渡してみる。誰もいない、何も聴こえない。

今は確かに静寂だ。でも……何かが違う、求めたもの(静寂)なのに嬉しく(静寂じゃ)ない。それに比べ、今思い出したあの男(・・・)がいた場所は、僅かしかいる事ができなかったが、今でも忘れられない程に心地よかった…。

 

 

 

 

 

「――こんな所で何をしている?邪魔だ、退いてくれ」

 

 

どれほどオーフィスは虚空を見つめ続けていたのだろうか、後ろからどこか苛ついた声色に振り向くと、そこには窪んだ右目から血を流す曹操がいた。

 

 

「曹操、その目は?」

 

「どうでもいいだろ?君には何も関係ない。君は次元の狭間にさえ帰れればいいんだろ?」

 

「そう。けど…」

 

 

「あの場所こそが、我が本当に求める孤独なのでは?」――そう思い、言葉にしようとした時、すでに曹操はオーフィスを半ば無視するように通り過ぎる――瞬間。

 

 

「…スーリヤの匂い?でも、何か違う…」

 

「何か言ったか?あぁ、また『蛇』を用意しておいてくれ。大量に使う事になるだろうからな」

 

 

コクリと何の疑問も持たず、いつものように了承するオーフィス。一体何に使うのだろうか?誰が使うのか(・・・・・・)など、この龍神が思う事はない。何故ならこれが日常だからだ。だがやはりとも思う、これは何かが違うと。もう一度、先程思い出したあの場所に行きたいと。

 

 

 

「…我もそこに行きたい…どうすればあの時、我も置いてくれた?――アルジュナ(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京都から身を翻し、カルナは今、玉龍の背に乗っていた。

 

 

「急いでくれ玉龍、間に合わなくなる前に」

 

『いや急ぐったって、これが今オイラが出せる最高速度だぜ!?何より兄ちゃんが飛んだ方が遥かに速いだろ!?』

 

 

玉龍の言葉はまさにド正論だ。カルナがその気になれば亜音速に等しい速度で飛翔する事ができる。だがカルナは前を向き、否と答える。

 

 

「今は出来るだけ体力を温存しておきたい。恐らくインドラと戦争になるだろうからな」

 

『へぇ~ボスと戦争…って、ウエェエエ!?ハァ!?ボスと戦争(・・・・・)だぁ!?』

 

 

『どういう事だ!?』と玉龍はカルナに問い詰めるが、カルナはただ、「だから戦争だ」としか答えを返さない。カルナには一つ、危惧していた事がある。それはあの時、意識を取り戻した弥々が自らに薙刀を向けた事――ではなくその後、インドラを馬鹿にしたことだ。

 

誰よりもあの男の性格を知っていると自負がある。だからこそカルナは確信していた。インドラは己に唾を吐いた弥々を、決して許しはしないだろうと。

ギュっと握るインドラの槍に力をいれ、どこかいつも以上に覚悟を決めたような顔をするカルナ。だが玉龍は彼とは反対に冷や汗が止まらない。

 

 

(え、え?どゆこと!?てかオイラ、須弥山に一応所属してんだぜ!?分かってる!?)

 

 

(帝釈天)と敵対しようとしている男を今、玉龍は運んでいる。これが帝釈天にバレれば、玉龍は下手をすれば殺されるのではと、内心焦る。しかし玉龍は空を翔ける事を止める事も、その身からカルナを振り落とそうとする動きさえ見せない。何故なら――。

 

 

(ッベェエエ!?え、何この兄ちゃん!?止まったらオイラの事殺す気マンマン(・・・・・・・・・・・・)じゃん!?)

 

 

そう、気を引き締め直す為カルナが握りしめた槍が、玉龍には「止まれば…分かっているな?」的な脅しに見えたのだ。

勿論カルナはそのような手段に出る輩ではないし、本人には毛頭そのつもりは一切無い。しかしカルナの性格を十全に掴んでいない玉龍からすれば、後で死ぬかもしれない(・・・・・・・・・・)今殺される(・・・・・)かという極限状態にしか見えず、結果玉龍は前者の良い方向のIfに賭ける事にした。

 

 

「――?どうした、汗が止まらないようだが?無理ならもういい、後はオレが…」

 

『い、いえ!頑張らせていただきますぅううう!!』

 

 

「自ら飛ぼう、苦労をかけた」と言おうとしたカルナを遮り、玉龍は言葉を重ね更に速度を上げようとする。カルナにはそれが恐怖からではあると見抜いたが、それが誰に対して(・・・・・)かまでは理解する事ができず、「では任せた」と再び前を見据えたその時。

 

 

「っ、止まれ玉龍!」

 

「ふぇ?…ぐへぇ!?」

 

 

玉龍の角を掴み、首を上に上げる事で無理やり止める。その際、玉龍の角の根元がミシリと音を立て、僅かに片方のバランスが悪くなり、後で初代に腹を抱えて笑われる事になるが、まぁこの場では関係の無い事だ。

 

カルナが玉龍を急停止させた理由、それは彼らの前に突如、人が現れたからだ。だが…おかしい、何故ならここはまだ洋上…つまり空の上なのだから。

 

 

『つぅ…テテ…誰アレ?兄ちゃんの知り合い?』

 

 

鈍痛に苛まれながら、片目を閉じつつ玉龍がそう聞くが、カルナは首を横に振り、知らないと意を示す。だがその正体は一目見て看破していた。

 

 

「阿修羅神族か、それも王家の血を引く者と見た」

 

「…ふふ、流石は施しの英雄。一目でそこまで見抜きますか」

 

 

正体を見抜かれた事に、その男は愉快だと笑う。その姿はカルナ程ではないが白い肌、黒く美しい長髪は大気に流され、まるで黒い大河がそこに生まれたかのようにさえ見える。カルナと同じく長身でありながら、彼とは対照的に引き締まった肉体をインドの伝統衣装サリーに身を包んだその男の正体は――。

 

 

「偉大なる阿修羅王ヴィローチャナが息子、マハーバリと申します。僅かではありますがこの4年間…ずっと貴方にお会いしたかった」

 

 

胸に手を当て万感極まると言った風に自らを紹介し始めるマハーバリ。次に胸に当てていた右手をカルナへと差し向け。

 

 

「単刀直入に言いましょう、太陽神スーリヤが御子息カルナよ。再びインド神話に参入し、私と共に――」

 

 

――インドラを討ちませんか?

 

 

ここが分岐点(・・・・・・)だった。この直後、全神話は一人の大英雄の帰還を理解する事となり……これだけは伝えておこう、結果――。

 

 

 

カルナは間に合う事はなかった(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

“――ねぇ聞いた?”

 

“うん聞いたよ!今朝も聴いた!トンテンカン(・・・・・・)って!”

 

 

三日ほど前(・・・・・)から京都では、ある噂…都市伝説が広まっていた。どこからともなくトンテンカン(・・・・・・)と音が鳴り響き、それは場所の関係無く…例えば民家や学校、あるいは都庁であろうとどこからともなく聴こえてくるというもの。

 

 

“やっぱり噂は本当だったんだね、でも凄くない?今の時代に妖怪(・・)だなんて!”

 

 

『妖怪トンテンカン』――それがいつしかこの不可思議な音に付けられた名称であり、京都で今最もホットな話題として、お茶の間でも騒がれている。しかし、本日を彩る話題は――。

 

 

ポツポツとお天道様が覗く空から降り出したソレに手を翳し、京都の人々は口々にその名を唱える。

 

 

「あぁ、こりゃ珍しい。“狐の嫁入り”だ」

 

 

 

 

 

 

トンテンカン、トンテンカン――釘が金槌に打たれ、板に沈んでいく。

トンテンカン、トンテンカン――表で不可思議な現象として話題になっているなど露知らず、若い妖怪達は今日もカルナに軒並み焼き尽くされた裏京都の復興に務めていた。

 

 

「…ふぅ」

 

 

若い衆の一人が汗を拭い、息を吐くと共に身体を起こす。屋根から見下ろす生まれた時から見た景色はそこにはもう無い。全ては劫火に飲まれたのだから。

 

 

『……』

 

 

一人、また一人と手を止め辺りを見渡す。

 

子供の頃よく遊んだ大通りはもう存在しない。

妻を口説いた見事な枝垂れ桜、その傍を流れていた小川はもう無い。

家族と共に過ごした家はもう、どこにも無い。

大切な家族…老妖達が生きて来た証…彼らが晩年を過ごした長屋はもう…どこにも存在しない。

 

 

「…っ」

 

 

こみ上げるのは哀愁か、当然だろう。

 

彼らが知る裏京都はもう…どこにも本当に無いのだから。しかし下を向く者は一人もなく、再び一人、また一人とトンテンカンと音を響かせ始める。

 

 

「…みんな、ここ(・・)から始めたんだ…何も無いここから、俺達までずっとずっと、受け継がせてくれたんだ…あぁ、爺さん達が出来たんだ。なら俺達が出来ないワケがねぇ」

 

 

誰かがそう呟けば、応えるように打ち付ける音が大きくなる。

(かんな)が景気付けるように節を削り出し、鋸は削りかすを勢いよく噴き出す。これは産声なのだ。新たな裏京都…新たな時代の到来を、その象徴足る彼ら自ら奏で…ふと思い出す。

 

 

「あぁ、そういえば今日だったな……“(弥々)の嫁入り”」

 

 

 

 

 

 

 

裏京都で唯一その原型を保つ事が出来た八坂の屋敷。その一室で今、一人弥々は鏡に映る己を見つめていた。

 

 

「これが…弥々()…?」

 

 

穢す事、汚す事さえ躊躇う程の白の衣装に身を包み、普段は肩から胸元に一纏めにして流している後ろ髪を、文金高島田の形に結い上げ綿帽子の中に隠してある。その姿は誰がどう見ても、婚前前の花嫁にしか見えない。

 

 

「…」

 

 

女性ならば誰もが憧れるであろう時が近づいているというのに、弥々の表情にはどこか陰があり、彼女は淡々と艶やかな唇に紅を差していく。その際、ジャラリ(・・・・)と金属同士が擦れる音が部屋に響くが、弥々がそれを気にする事はない。

 

 

「弥々、迎えが来たのじゃ。さぁ…行こうぞ」

 

 

支度が終わると同時に、部屋の外から屋敷の主にして御大将八坂が声をかける。だが…どうしてだろうか?どうして…その声は悲しみに彩られ、震えているのだろうか…。

 

 

「はい…八坂様…」

 

 

返事を返し、ジャラリと音を鳴り響かせ弥々は立ち上がる……その両手足に冷たい罪人用の枷を嵌めて――。

 

 

 

八坂は反対した、鞍馬は反対した。

初代が突きつけた条件に対し、その場にいた誰もが反対し、須弥山との戦を覚悟した。しかし弥々だけは受け入れた。

 

 

『………』

 

 

雲一つ無い裏京都の空を、雨が彩る。花嫁(弥々)を濡らすまいと横で朱色の和傘を差す鞍馬、白無垢を纏った弥々を見送る妖怪達の顔は、門出を祝うソレではなく、まるで彼女がこれから死に行くかのように悲壮に包まれていた。

 

何故なら弥々はこれから、人身御供として帝釈天の下へ嫁ぐ(売られる)のだから。

 

 

「貴女が弥々さんですね?成程、これは天帝に相応しい」

 

「…初代殿ではなく、まさか手前(・・)とはな…玄奘三蔵殿」

 

 

鞍馬がその迎えの者――玄奘三蔵法師にフンと鼻を鳴らし、凄みを効かせると同時に、もう一度弥々の意志を…頼むからこの婚姻を断ってくれと言葉に出さず、肩に手を添え僅かばかりに後ろへ引く。

 

 

「えぇ、私です。彼は少々…天帝自らお灸を据えられ(・・・・・・・)動けないので」

 

 

「まぁ玉龍はまた違う理由ですが」と続く言葉は鞍馬、そして後ろから見守る八坂の耳には届かない。彼らの意識は語る三蔵の後ろ、4本の牙と7つの鼻を持つ、真っ白な象へと向かっていたからだ。

 

 

「その象は…まさかっ!?」

 

「その通り、天帝(インドラ)のみが乗る事を許されるヴァーナハ(神の乗り物)、名をアイラーヴァタと言います。彼が引く御車で天帝の下へ連れてくるよう命を受けましたが…この意味、分かりますよね?」

 

 

これは脅迫だと、誰もが理解した。彼女(弥々)を渡さなければ、このアイラーヴァタがただでさえ崩れ落ちたこの地を、更に破壊していくのだと。その証拠に、静かに三蔵の後ろで佇むアイラーヴァタの瞳は、主を侮辱した者に対する怒りが燃えていた。

 

身体を震わせ、八坂は三蔵に吠え立てる。

 

 

「これが…ッ、これが仏の所業かや!?妾達が一体何をしたというのじゃ!?」

 

「簡単です。天帝を侮辱したからですよ。そしてこれが仏の所業です。これでも仏門に帰依した身…()が仏の所業であると是正しましょう。ならばこれは、正しき事なのです」

 

 

八坂とは相対的に、淡々と語る三蔵の目はどこまでも冷たい。

 

 

「我が愛弟子からある程度の話は聞いています。“(妖怪)”として滅んだのでしょう?“妖怪()”として死んだのでしょう?それだけが“救い”だと、そうした(・・・・)のでしょう?どうします?私は別に構いませんよ?妖怪だろうと人だろうと…全ては救われるべくして生きているのですから」

 

 

それは救いと称した殺しの予告だった。

全てを救う旅を(天竺を目指)した玄奘三蔵はその旅路、幾重も襲い掛かって来た妖怪達を退治している。果たしてこれは、救いだったのだろうか?彼はきっと、こう答えるだろう。「妖怪として在る(救う)べく、私は殺した」のだと。だから彼は躊躇わない。この場で明日を目指す者達の、その明日を奪う行為に何ら忌避など抱かない。

 

 

その言葉を聞き、対面から三蔵を見る鞍馬は更にきつく三蔵を睨みつける。

 

こんな奴等に家族を渡すものか…こんな場所に、弥々()を渡してなるものかッ!!

 

そう言わんばかりに弥々の肩を更にきつく抱き寄せる――が、弥々はふわりとした動作で鞍馬の下から離れ、雨の中、一人静々と歩き出す。急いで鞍馬が弥々を和傘の中へ戻そうとした…その瞬間。

 

 

カツン――と弥々に、石が投げられた(・・・・・・・)。一体誰がと八坂が怒り、下手人をその瞳に捉えた途端、彼女は信じられないものを見たと目を見開いた。何故ならその犯人は――。

 

 

「何をしておるのじゃ…投げよ、石を投げよ…私達がこれから苦痛に苛む中、神々の下へ召し上げられるこの罪人に石を投げよ!!次期総大将命令(・・・・・・・)である!!」

 

 

九重だったからだ。

雨の中傘も差さず、ずぶ濡れになり、稲穂と同じ色の髪を曇らせ周りの者にも石を投げよと命令する。

 

 

「全てソヤツのせいじゃ!!私達の町が無くなったのも、家族が殺されたのも全て…っ!!…汚せ、穢せ…いと高き天帝の下に、襤褸(ボロ)として晒すのじゃ!!」

 

 

再び泥だらけの石を拾い投げ、白無垢は九重の言う通り汚れていく。

 

八坂は止めようとした。弥々がどのような思いで天帝にその身を渡すかお前は知っているのかと、初めて娘に手を出そうとし…気づく。

 

雨で分かりにくいが、九重が涙を流している事に…鞍馬も怒号を発しようとする。だがその時には皆、泥だらけの石を握りしめ、歯を食い縛り。

 

 

「お前のせいだ!!」

 

「お前のせいで…俺達の爺さんは…っ!!」

 

「そんな綺麗な姿で行かせるものか!汚れてしまえ!汚い姿で帝釈天の前に出ろ!!」

 

「恥を掻け!そして捨てられ(戻っ)て来い!!」

 

 

この時、鞍馬は気づいた。“狐の嫁入り”…つまり雨のせいで近づかねば分からないが、誰もが涙を流していることに…。

弥々は避けず、全身を泥に染め上げていく。これは元より、弥々が密かに九重に頼んでいた事だったのだ。

全てを背負って出て行けば、鞍馬様や八坂様…誰にも(・・・)後に、怨恨が向かわずに済む…そう考えていた。だが今も一心不乱に叫び礫を投げる九重の心境は全く異なっていた。

 

 

汚れてしまえ(渡すものか)!!捨てられてしまえ(これ以上奪われてなるものか)!!」

 

 

それは声無き最後の抵抗に等しかった。

汚れれば、もしかしたら天帝は弥々から手を引くかもしれない。傷付ければ、もしかしたらこれ以上酷い事はされないかもしれない。――そう九重はこの場にいる者達に頭を下げ、家族に石を投げるようお願いした。

 

全ては彼女を守る為に――。

 

 

「お前なんか…っ、お前なんか…っ!!頼むから…ねぇ、お願いだから…っ!行かないで…っ」

 

 

雨音に邪魔され、最後に出てしまった幼子の懇願を、三蔵()聞き逃した(・・・・・)。彼は石が投げられる間もずっと、近づき弥々を守る事なく、彼女の足でこちらに向かわせていた。

 

 

カツンと最後に九重が投げた礫は、弥々の化粧に彩られた眉元へと当たり、ツゥ――と血が線を引く。すると弥々は初めて後ろを、残していく家族を…九重を見て…口だけを動かして――。

 

 

“ごめんね?立派な大将になって――”

 

 

 

「っぅ、うわぁぁああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

――あの子が泣く声が聞こえる、皆が流す()の音がする。

(弥々)が泣かした、(弥々)が奪った。ならばこれは報いなのだと、天帝に我が身を売った。それくらいしか(弥々)には出来る事が無かったから。

 

 

(皮肉なものだ…宇迦之御魂神の眷属として少しでも相応しいようにと貫いたこの純潔、まさか神々に奪われる事となろうとは)

 

 

いや、因果応報とはまさにこの事なのだろう。

 

 

「…お待たせしました、三蔵様」

 

「いいえ、待ってなどいませんよ。さ、中へどうぞ」

 

 

先程まで浮かべていた無表情を崩し、そう口元だけの笑みを浮かべて私を中へ招く玄奘三蔵法師。けど今は泥だらけとなり、これでは煌びやかな内装を汚してしまう。

どうしようかと少し逡巡していると。

 

 

「いえ、そのままで結構です。汚してしまいなさい、こんな悪趣味な内装など」

 

 

――この方は一体何を仰っているのだろうか…?

ギリギリ私に触れるか触れないか程に手を添え、汚れた白無垢のまま中へ招かれ座るように言われた。

 

 

「蓮の花が何故あれほどまでに美しいか、ご存じですか?泥に塗れ、汚れているからこそです。汚れていればいるほど、その真価は目に止まりやすくなる。だから汚しなさい。私が許可します。きっと帝釈天もその時ようやく理解するでしょう、『おぉ!俺様は御車の美しさを汚れた今、知る事ができた!』とね」

 

 

どこか悪童を思わせる、到底仏が浮かべるようではない表情のまま、そう言ってくれる三蔵様に、私は彼が気遣ってくれているのだと理解できた。そして成程、道理だとも思った。

 

わざと裾を翻し、所々に付着していた泥を盛大に撒き散らす。勿論床に敷かれた絨毯を、履物で踏み躙る事も忘れない。それを見た三蔵様は「では私も」と、こちらを真似して…いや、こちら以上に地団太を踏みながらグチャグチャに敷物を汚していく。…この方は本当に仏か?いやそれ以前に先程平然と“帝釈天”と敬称を付けぬままに口にした事といい、良く分からない。

 

 

「仏といえど、納得できない事の一つや二つあるものです。あぁ、貴女が別に帝釈天にいくら穢され(・・・)ようが、別段それは構わないのです。ただ私の愛弟子を…悟空を殺そう(・・・)とした事だけは異議を唱えたい」

 

 

――時が止まったような気さえした。僅かな言葉の中に、あまりに膨大な情報が縮約されていたからだ。

 

 

「初代様が…何故…?」

 

「約束したからだそうですよ?カルナと」

 

 

カルナ(・・・)と、あの方の名前が出ただけでピクリと反応する我が身が憎らしい。どれほど…この身は卑しいのだろうか…っ。

 

 

「貴女の事を、命を賭けてでも助ける。そう八坂が攫われていた異界で彼らは誓いあったそうです。間違いなくその場限りの話だというのに…今や悟空の中では、帝釈天以上にカルナの方に重きが行っているらしい。京都側に貴女を寄こすよう告げた次の日に戻って来た悟空は、そのまま帝釈天に突貫…不死である彼が、今も生死をさ迷うほど一方的(・・・)に嬲られました」

 

 

三蔵様が話をしているが今、私の胸は張り裂けそうな程…あの方の事を考えていた。

知らずに手には、密かに忍ばせて置いたあの方が授けてくれた鎧の一部。それは暖かさと共に、先程負った傷をまた癒し始める。

 

 

「あの…あの方は…カルナ様は今、いづこへ…?」

 

 

聞かずにはいられなかった。でも…すぐに後悔した。

 

 

「彼は今、たった一人で戦っています――我々須弥山と(・・・・)ね」

 

「――え…な…っ、何故!?あの方は須弥山の名代、帝釈天の遣いだったハズでは!?」

 

貴女のせい(・・・・・)ですよ。彼は帝釈天が貴方に危害を加えようとしていた事に気づいたらしく、また帝釈天もカルナの意図に気づき、我々全員に命を下しました。『花嫁(クソったれ)を俺様の物にし終えるまで、殺せるものなら殺していい、足止めしろ』と」

 

 

気付けば黄金の欠片が手から零れ落ちていた。これを持つ資格は、(弥々)には無いと理解したからだ。

カルナ様が殺される…そう思った。

あの方は確かに大英雄、京都という一勢力を相手にしても、彼は負けようがない。だが…三蔵様の話が本当ならば規模が違う(・・・・・)

 

 

神話が一人の人間を殺しにかかっている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「弥……々が…殺した………?あの方を……この弥々が………っ」

 

 

視界が歪む、呼吸が荒い。ふるふるとまるで子供のように首を横に振る。認めたくないからだ。

 

 

 

 

自らの身体を抱きしめ、御車の中でも雨が降り出す。それに目を通し、直後三蔵法師は祈るように目を伏せ。

 

 

「ままならないものですね…仏の世界というものも…」

 

 

 

 

雨はまだ止まない――。

 




この曹操は雁夜おじさんが軽くinした状態だと思ってもらえると幸いです。
要するに周りが一切見えてません。
あとFateの英霊はカルナさん以外出さないと言いましたが…名前が出ないとは言ってですよ?
何か似てる気がしたんです、オーフィスとアルジュナ。


弥々の絵

【挿絵表示】

(一応言っておきますが、ぽっと出のモブの絵を描くつもりは自分には無いです)


次回は閑話(これはほぼ本編とは関係ない、弥々のその後を描いた話です)を予定しています。その投稿と同時に活動報告で行うボツ案晒しでようやく完全に京都編終了です。

弥々の絵を2~3枚書き終えてからの投稿になると思います。こちらは活動報告でしか晒しません。
(普通のもあればマニアックなものも予定してたり…(汗)


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悪を背負う神々の王

色々悩んだのですが、閑話は無しということで(汗

本編です。
幾つかの疑問は活動報告で書かせてもらう予定ですし、いづれ明かしていく予定です。
(読者様への質問などもあるので、できればお付き合いいただけると幸いです)

ではどうぞ。



須弥山――7つの金山に鉄囲山、8つの海が間に存在するそこは、まさに神仏が住むに相応しい神界と言える。

カルナがそんな須弥山に翔けたのは何も、戦をする為ではない。帝釈天と話をする為だった。

 

あの素晴らしき益荒男達との決闘を捧げてもなお、まだ所望するのか。弥々という妖狐が一体、お前に何を与える事ができようかと言った事を聞こうとし、同時にきっと問いかけようとすれば帝釈天は時間を稼ぎ、答えを先に提示する――つまり全てを終えてから己に会おうとするとカルナには分かっていた。その為先手を打とうと急ぎ須弥山へと向かっていたのだが……。

 

マハーバリが差し伸べた手をカルナが握り返す事は無かった。それに対し、マハーバリは酷く驚いた様子を見せ問いかけた。「貴方はインドの大英雄ではないのか」と。だがカルナはこう返した。

 

 

【英雄であることと、神群に属する事のどこに繋がりがある?何よりあの男を討つと言うならば、阿修羅神族が王子マハーバリよ、お前はオレが討つべき敵と成り果てる】

 

 

マハーバリには理解できなかった。

インドラが憎くないのか?あの男が貴方の国を、友を、その命さえ全てを奪ったに等しいというのに…っ!?そう思いを湧き上がらせ、カルナにぶつけた。だがカルナにとって帝釈天(インドラ)は、決して憎むべき相手だとは一度でさえ思った事すらない。

 

確かに宿敵たる彼の息子、異父兄弟の三男との決闘を邪魔され、結果己は鎧を差し出し、アルジュナの放った弓で首を刎ねられた。しかしその行い自体は、息子を思う父親の行動だった。彼は後にかけられる侮蔑の声すら恐れず、神である前に一人の父親であっただけ…その行いは施しの英雄と称されるカルナであっても酷く尊く感じ、また彼に一定の敬意すら浮かべていた。

 

 

何故なら同じ父親として、自分は家族を守る事ができなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)のだから…。

 

 

更に言えば今生において、カルナはインドラに多くの授かりを受けている。

カルナが望まずともインドラは彼に一定の教育ができる環境を与え、知識を授けた。また今もインドに残した義父母がいる土地に加護を与え、彼らを悪しき者達から守ってくれている。

きっと、この話を何の事情も知らぬ者が聞けば、それはインドラがお前を利用する為だと言うだろう。

 

 

【それでもなお、たとえあの男がオレを利用する為に傍に置いたとしても、それがインドラに矛を向ける理由には、到底成り得ない】

 

 

実際に誰もが思い浮かべるであろう、インドラへの不信感からマハーバリはそう言い、上記のように言い返された。カルナはそれを最後ずっと黙り込んで見守っていた玉龍と共に、再び須弥山へ急ごうとするが、マハーバリは何度も考えを改めてほしいと懇願し、最後まで首を頑なに縦に振らないカルナに対し「いつからスーリヤの子は、インドラの犬へと成り下がった!!」と吐き捨て怒り心頭に踵を返した。それは僅か、一時間にも満たぬ出来事。しかしその僅かな時間が……カルナに間に合わせる事を許さなかった。

 

須弥山の神界へと足を踏み入れたカルナを待っていたのは、帝釈天の手足とも言える多くの闘神仏と、彼を拒絶するかのようにそびえ立つ山々、間に隔てる大海。そして…――。

 

 

一日目――迫り来る神仏に対し、カルナは逃げの一手を打った。亜音速で飛行し続けるも、韋駄天等を筆頭とした足の速さに自信がある者達に追いつかれ、幾度も先へ向かう事を邪魔される。だがカルナはこの時、相手に攻撃する事はなかった。己は戦いに来たのではなく、ただインドラと話がしたいだけだと、何度も口下手ながらそう伝え、その度に何故かカルナを攻撃する手は激しくなっていった。

 

二日目――流石にこれでは埒が明かないと、迫る相手にこちらも攻撃を加える事となる。だがそれは気絶や戦闘不能にする程度であり、その証拠に意気揚々と迫って来た毘沙門天(クベーラ)の子、哪吒に対し、カルナは彼を山間部へとめり込む程度の蹴りで済ませている。(なおその際、兄者達に見せる顔がないと嘆いた哪吒に対し、カルナが呟いた一言が更なる猛追のきっかけとなった)

 

三日目(・・・)――反撃してくるカルナに、須弥山側はそれまで追い詰めるような形を、カルナの遅延へと目的を変更し、消耗戦へと移行する。その頃にはもうすでにカルナはだいぶ疲弊し、それでも迫る相手への反撃の手を休めず、最外縁部の海と金山のそれぞれが消滅(・・)。海は完全に蒸発しきり、止まぬ雨を降らせカルナの喉を潤し、時折まだ残る山に実る果物等で飢えを辛うじて防いでいた。

 

四日目(・・・)――ついに須弥山側の神仏の大部分が消耗(・・・・・・・・・・・・・・)。これには流石の闘仏神達も驚愕を隠せなかった。たった一人の英雄に、神群の殆どが手を抜かれているという状況でなお、壊滅寸前に追いやられているのだから。しかし消耗しきっているのはカルナもまた同じだった。

絶えず迫る敵を前に、常人ならばとうの昔に根を上げ、足はふらつき大雨が生みだす泥に身体を沈ませているだろう。しかしカルナは気力のみで槍を振るい、魔力を放出し雨を霧に変え視界を奪い、それでもなお帝釈天がいるであろう善見城を目指し続けた。

ほぼすでに時遅しだろう、だが間に合わないと決まったわけではない。だからカルナは更に山を二つ程、消滅させて先を目指した。

 

 

そして……五日目(・・・)

 

 

 

「おーおー、こりゃスゲェ、何も無くなってらぁな」

 

 

今まで沈黙を守り続けていた帝釈天が善見城から降りて来て、辺りを見渡す。そこには他神話からさえ絢爛豪華と謳われた景色は存在せず、金や鉄で出来ていた山々はその残りを二つまで減らし、外縁部から数えて3つ目までの海は完全に干上がり煙と陽炎が絶えず昇る灼熱の大地が延々と続いていた。

 

さてと呟くと帝釈天はゆっくりとした動作で、何かを探すような仕草を見せ――見つけた。

上から見れば、まるでお菓子に群がる黒蟻の群れに見えるだろう。だがその真実は神仏達が荒く息を吐き出し、天を仰ぐように倒れ伏せていた。円状に広がるその中央には二つの影があり、倒れた部下を労う様子すら見せず、帝釈天はその内の一つ、カルナへと話しかける。

 

 

「流石のテメェでも、まぁそうなるわな。どうだったカルナ?俺様の軍勢は」

 

 

そう問われたカルナは身体中に槍や弓(・・・・・・・)刀剣の類が突き立てられ(・・・・・・・・・・・)、槍を支えに辛うじて立ちながらなお、力強い眼差しを帝釈天へと向ける。

 

 

「オレの声は聴こえていたはずだ、何故今まで姿を現さなかった?」

 

「そりゃオメェ、用事が全部済んだからな(・・・・・・・・・・・)

 

 

肩を竦め、どこか演技染みた仕草をしながら帝釈天は小馬鹿にしたような態度を見せ、次にカルナの傍にあったもう一人へと声をかけた。

 

 

「ご苦労さん、関帝聖君――関羽雲長」

 

 

そこには見事な長髭を蓄えた偉丈夫、義に生き義に参じ、義によって神々の座へと召し上げられた、三國を代表する大英雄(・・・)関羽雲長が膝をついて帝釈天を見上げていた。

 

 

「…命は確かに全うし申した。が、これが戦であれば我々はこの御仁相手に全滅していましたぞ」

 

「当然だ、この馬鹿(カルナ)だからな。これが俺様達が敵対し続けるインドの実力だ。最近お前等驕ってたろ?なら丁度良かったじゃねぇか」

 

 

そう、京都での事案を帝釈天は使えると判断したのだ。

確かに須弥山は、全神話でも指折りの強者の集いだ。だが時間の流れというものは戦士の勘や腕を鈍らせ、それは時折やってくるはぐれ悪魔や、中国で発生する妖怪達相手では、到底落とせぬ錆びへと成り果てた。結果がこの有り様だ。しかし帝釈天がその光景を叱咤する事はない。何故ならこうなるだろうと帝釈天は考えていたからだ。

何度でも言おう。そう帰結した理由はただ一つ、相手がカルナだったから。

 

神話の時代においてなお、呪いさえなければ数ある神々を差し置いて、三界制覇すら確実と言われた大英雄は伊達ではない。そして帝釈天が今、姿を現した理由もまた分かり切っていた。

 

 

全て終わったのだ(・・・・・・・・)

 

 

 

「インドラ、オレはお前に話があって急ぎ戻った。あの女がお前に…」

 

「あぁ、中々良かった(・・・・・・)ぜ?若い女ってのは、元気があってつい気張ってしょうがねぇ」

 

 

「何の益を与えられる?」そう聞こうとしたカルナを遮るように、帝釈天は首をゴキリと鳴らしながら気だるげに、しかしニタニタと下卑た笑みを覗かせる。

 

 

嘘だな(・・・)、オレに嘘が通じないことなど、お前が一番良く知っているだろうに。そこまで余裕を持つ事すらできないか?」

 

「あぁ、()だぜ?何せ俺様の領土がここまで荒れちまったんだ。それに、怖ぇ狐の親玉(・・・・)にまでこの数日間狙われ続けたんだ。下らねぇジョークでも言わねぇとやってられないんだよ」

 

 

「クソ猿も生意気言ってくるしな」と笑みを消し去り、如何にもイラ立っているという様子を見せる帝釈天をよく見れば、その頬には痣があり、更に首に当てていた右手には、覆い隠すよう全体に包帯が巻かれていた。

 

 

「不必要なら、お前の下に置く理由など無いだろう。弥々を京都に返すべきだ」

 

「確かに、俺様はあんな女いらねぇぜ?また他の女に手を出したって、カミさんから小言を言われたくねぇからな」

 

 

けどな――。

 

 

「あっちから俺様の女にさせてほしいと言われていたら、どうする?」

 

「何…?」

 

 

思わず聞き返してしまったが、【貧者の見識】は確かにそれが真実である(・・・・・)と告げていた。

 

 

差し出せ(・・・・)とは言ったが、花嫁として(・・・・・)とは一言も言ってねぇ。差し出さなくとも、何かする(・・・・)とは一言も言ってねぇ。向こうから頼んできたんだぜ?俺様に身を捧げたいとな」

 

 

裏がある(・・・・)。だからこうして今ようやく、この男は己の目の前に現れたのだから。しかし真実しか述べていないのもまた…事実だった。

 

 

「…そうか、ならばしょうがないな(・・・・・・・・・・)。一度はオレが背中を預けた相手だ。どうか丁重に扱ってやってほしい」

 

 

それはあまりにもと言える是正だった。だがカルナは以前、京都で初代にこう言っていたではないか。「長はお前ではなく、決定するのは帝釈天ではないのか」と。

 

帝釈天が決めた。帝釈天(インドラ)がそう決めたのであれば、須弥山に所属すらせずただ一方的に世話になる身が一体、何を言えようか。何より彼女(弥々)は、自ら決めたのだ。その意志を尊重せず、手前勝手な考えを浮かべる選択肢など、このカルナには存在しない。

 

 

「ぬん―っ!!」

 

 

力を込めるように鼻から息を吐き出し、鎧の隙間を縫いまるで針鼠のように突き立てられた武器の数々を、カルナは魔力を放出してその悉くを燃やし尽くす。その瞬間、【日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)】は即座にカルナの身体を治癒。その身に纏った炎が鎮火した時、カルナの傷は全て消え去り全快していた。

 

 

「ホンットに…ッ!ふざけんじゃねぇぞテメェ!何で神仏である俺から見てもチートとしか言いようがねぇんだよ!?」

 

 

その様子を、ゼェゼェと息を吐き出しながら見ていた韋駄天が叫ぶ。今の快復したカルナを見て、この五日間が全て意味の無いものに変じたと理解したからだ。

 

 

「神が理不尽を嘆いてンじゃねぇよ阿呆が。テメェも追いかけ回した捷疾鬼にそう言われた口だろうが」

 

 

そう言われてギシリと歯噛みを見せる韋駄天。

天部の一柱であり、伽藍の護法神である韋駄天の逸話で最も有名なのは、仏舎利を盗み出した捷疾鬼からそれを追いかけ取り戻したものだろう。

他の者達も皆、悔しそうにその表情を歪ませている。それもそうだろう、カルナは立ち、己達はこうして座り込んでいるのだから。これに屈辱を感じない戦士など、この須弥山には存在しない。何より彼らは帝釈天からカルナが来ると聞き、どうしてもカルナを打倒したい思いがあった。

 

突然だが、この須弥山には迦楼羅天という仏神がいる。この仏神はインド神話における神鳥ガルーダという神が帰依した姿として認識されているが、それは本来あり得ない事だ。

何故ならばガルーダは帝釈天…つまりインドラの天敵中の天敵とされ、故にガルーダ神たる迦楼羅天が帝釈天の下に着く事はまず無い。だが事実、迦楼羅天はこうして須弥山に所属し八部衆、後に二十八部衆として名を馳せている。

これは“こうであってほしい”という人々の願いにより発生した、謂わば彼らが分霊であるからだ。故に由来となった本神とは別の存在として、こうして成り立っている。

 

 

【本霊がいるインドにだけは負けたくない】【己は己であると証明し、確固たる己を持ちたい】――故に今回のカルナの相手というのは、良い経験程度に彼らは考えていた。所詮は半神半人(・・・・)、神には敵うはずがないと。

 

舐めていた(・・・・・)、恥を覚えた。この様で本当に、己は本体と相対した時、自らを高らかに名乗り上げられるのかと疑心暗鬼さえ覚えた。

 

 

「なら、また戦えばいいじゃねぇか。暫くコイツを須弥山(ここ)に置く。所属させるわけじゃねぇぞ?あくまで俺様の食客だ。カルナ」

 

「了解した。オレは彼らの相手をすれば良いのだな?インドラ」

 

 

名前を呼ばれただけでカルナは帝釈天の意志を汲み取り、その場で再び槍を構え出す(・・・・・・・・・・・・)。サァっと地面に身体を委ねていた者達の表情が青くなるが、帝釈天はそんな彼らを気にせず言い放つ。

 

 

「疲れたから休ませてくれなんざ、戦場で通用するワケねぇだろ。腹ぁ減ったら戻って来い」

 

 

カカカと笑い、帝釈天はその場をカルナに任せ関羽を連れて後にする。背後から「いつか殺してやる!!」と神仏が彼に呪いの言葉を吐くが…まぁこれはいつもの事だ。

 

帝釈天がその場を離れてすぐ、カルナは回復した身体の調子を確かめるように槍を振り、まだ信じられないと表情を引きつらせる者達に対し一言告げる。

 

 

「インドラから了承を得たのでな。次は本気で(・・・・・)行かせてもらおう」

 

 

多くの神仏が悲鳴を上げる中、ここに第二ラウンドが開始した。

 

 

 

 

 

 

 

「して、何故手前だけを連れ出したのですかな?」

 

 

カルナの紹介とも言えない紹介を終えた帝釈天の背中に、関羽が問いをかける。何故天部ですら無い、己を傍に置いたのかと。

 

 

「簡単な話さ、連中だと絶対マトモに答えないだろうことを聞くためだ。関羽、今の須弥山でインド神話を相手取って勝てるか?」

 

 

「あぁ」と理解したように関羽が軽く息を漏らす。元々が人であったからこそ分かる。神々は傲慢の塊で、認めたくないものは絶対に認めない。だから己なのかと関羽は帝釈天が求めるであろう答えを提示する。

 

 

無理(・・)ですな。人々の信仰により派生した者達を多く抱える我等は、確かに宗教としては確かな力を持っています。ですが純粋な闘神が相手となれば話が変わる。何より経験が違い過ぎる(・・・・・・・・)

 

 

仏教勢力は世界三大宗教と言われる程に、信仰する者が多く、信者の数だけ力が変わる事は、聖書の三大勢力である天使達を見れば一目瞭然だろう。だがそれはあくまで宗教として箔を付けたりする意味合いの方が大きく、純粋な戦闘能力という意味合いでは三大勢力は神話を覗いてみてもどうにか中堅程度となる。だがインド神話は人類の黎明から存在し、常にその歴史は闘争に置かれていた。

 

関羽の言う通り、積み上げた経験(しかばね)の数があまりにも違い過ぎるのだ。

 

それでも、インド神話の隣にありながら睨みあう事を可能にしていたのは他ならぬ、今現在計画通りに事が進んで楽しくてしょうがない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と、歯を剥き出しにして笑うこの男がいたからに他ならない。

 

 

以前から帝釈天は思っていた。今の須弥山はぬるま湯に浸かり、己という絶対の庇護に甘える赤子に逆戻りしていると。同時に幾度かのカルナの戦いを見やり、カルナが前世と比べ弱くなっている(・・・・・・・)と感じた。

確かに技は以前と比べ鋭くなっている。だが思い出せばカルナは今生において、まともな対戦は初代くらいしかおらず、初代を通して視た(・・・・・・・・)京都では、たかだか奥義を防がれた程度で硬直を見せていた。

 

 

あれでは駄目だ(・・・・・・・)。あの程度でスーリヤの下へ返すなんざ、俺様の誇りが…その程度でアルジュナの好敵手だなんざ認めねぇ――。

 

 

「だからまずは、我々をあの御仁へぶつけたのですな?確かにいくら貴方であろうと、いきなりインドの大英雄を置くと言われては、拒否しかねない。何より貴方と何かと因縁のある、あのカルナですからな」

 

 

帝釈天(インドラ)とカルナの逸話は、インドの隣に存在するこの中国にまで伝わっている。だからこそ前回、帝釈天はカルナを入山させなかったのだから。

 

前回はそのきっかけ、理由が存在しなかった。だが。

 

 

「全く、本当にあの小娘には感謝しかねぇ。獣臭ェ女なんざ、抱きたくもねぇが…今なら礼に俺様のガキを仕込んでやっても良いくらいだぜ」

 

 

弥々という妖狐の存在が、そのきっかけを与えた。所詮路傍に転がる石ころ以下の存在が、この須弥山と帝釈天の誓い(カルナ)に大いに影響を与えてくれたのだ。

 

 

「ふむ、その言葉を聞くに、貴方らしくないですな。下半神(・・・)とさえ称されるゼウスと同列視される程の、生粋の女好きの貴方が、花嫁を抱かなかったと?」

 

「まぁな。てか今はあのジジィの悪口は止めとけ、視てる(・・・)からな」

 

 

そう言って帝釈天は、天に向かって包帯を巻いた右手で指差す。だが関羽の視線は差した天ではなく、その右手にこそ注がれていた。

 

 

「気にはなっていたのですが…その手は?」

 

「あぁ、宇迦のクソアマに祟られた。流石日本神話、俺様の領域だろうと構わず呪いを通して来やがった」

 

 

そう、今の帝釈天は絶賛呪われその右手は包帯の隙間からも、酷い腐臭とジュクジュクと肉が絶えず腐り落ちていく音が漏れていた。

カルナが言った「余裕を持つ事すら」、そして帝釈天の「狐の親玉」とは全て、この事を指していた。

 

 

「大概放置しておいて、いざ奪われたら過保護を見せやがる。眷属が大切なら、初めからしっかりと加護を与えておけってんだ」

 

 

そう言った途端、パァン!と帝釈天の右手が腐り爆ぜた。「あのアマァ…!」と憎々し気に帝釈天が呟く様子を見るに、どうやら更に彼は祟られたらしい。

 

 

「…良いのですか?」

 

「あん?あぁ、この程度ならカミさんに全身女陰だらけにされた時のほうが…」

 

「いいえ違います。先程言われたではないか、視られている(・・・・・・)と…この須弥山は天帝、貴方の存在があるからこそ。それを…」

 

 

「弱った姿を視られて、果たして大丈夫なのか?」――関羽の言葉はそう告げており、しかし言われた帝釈天はクツクツと愉快気に喉を鳴らす。

 

 

「カカ!それができねぇんだよなぁ、今は(・・)。俺様は先程の戦いを、敢えて他神話でも見られるよう、カルナのバカげた神格を隠す事なく垂れ流した。無論、あの英雄好きで知られるオーディンのジジィにもだ」

 

すると…どうなる?

 

「絶対に欲しがる。必ず欲しがる。あの英雄狂い(オーディン)のことだ、フリズスキャールブ(世界を見渡す高座)に座ってカルナの正体もすぐさま見抜き、正攻法で手に入れようと…即ち俺様か、もしくはカルナに恩を着せて北欧に迎えようとする。例えば他神話が今の疲弊しきった須弥山を攻めたりとかな。だがそうなればインド神話が黙っちゃいねぇ。必ず孫弟子であるカルナを気に掛けるシヴァが出向いて来る。クカカ!(まつりごと)ってのは性に合わねぇが、世界を掻きまわすとなっちゃこうも面白ぇ事なんざねぇわな」

 

 

やってみろや(・・・・・・)――天に向けた手の中指を突き立て、帝釈天はどこまでも傲慢不遜な笑みを浮かべる。

 

 

(あぁそうだ、これでどこもカルナに手が出せなくなる(・・・・・・・・)。誰もアイツの命運に手をかけられなくなる。これで良い(・・・・・)。どこに行き、どこに所属するかをアイツだけに決めさせる事ができる。これで…カルナは自由だ)

 

 

浮かべた笑みはいつの間にか消え、口は真一文字に結ばれていた。

 

 

(これでも元は悪神(・・)だ。今更他人の悪口が怖いワケなんざねぇだろ?)

 

 

誓いは果たす。今度こそ必ず、あの高潔に過ぎる男の生を全うに終わらせ、父親(スーリヤ)の元に返す。その為ならば、あらゆる悪名を背負おう。

 

 

 

 

施しの英雄の存在が世界に明るみになったこの時、その裏では一人、神話間に存在した平穏を壊してでも、彼を守ろうと覚悟を決めた男がいた。

 




一応(?)一連の流れはこれで終了です。

帝釈天の喋り方ですが、あの独特の「~ZE」や「~DA」は、馬鹿にしたり、試している相手にのみという独自設定です


次回を挟んでようやく原作主人公側と触れ合う予定です。
(ではボツ案晒しへどうぞー)


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変化する日々

お待たせしました。そして実は、それなりに内容自体は以前から出来てました。
ただ軽い修正をしている内に、あの凄惨な事件が起こり、内容が軽く類似している為、これではあまりにも不謹慎過ぎると少し時間を取らせていただきました。

人によっては不快に感じるかもしれません。ただこれだけは言わせてください。

自分は京都アニメーションがあったからこそ、こうして絵を描き、物語を書くクリエイターを目指しました。(念の為に言わせていただきますが、自分は挫折した人間です)
自分がこの世界を目指したきっかけである、『AIR』を見た感動と衝撃を今でも忘れる事が出来ません。それほどまでにあの当時、あのクオリティの作画に心を惹かれ、またこれこそが自分が描きたい、書きたいものだと思いました。それは今でも一切変わりありません。

またあの素晴らしい作品達が見れる日を心待ちにしております。



夏が終わりを見せ始め、秋の気配が深まる今日この頃、俺達グレモリー眷属は悪魔としての活動、冥界で最近子供達に人気を博している『おっぱいドラゴン』のショーを一通り終え、人間界に戻り学生生活を謳歌していた。

 

 

「それでは、作業開始よ」

 

『おーっ!』

 

 

授業が終わった放課後。俺の大事なご主人様であり、次期グレモリー家の当主であるリアス部長の号令の下、俺達オカルト研究部の面々は元気に返事をして、もうじき始まる学園祭の催し物の準備に取り掛かった。

 

 

「イッセー君、そっちの鋸取ってもらえる?」

 

 

了解と返し、鋸の柄を木場の方に向けて渡す。

俺達オカルト研究部の出し物は、その名も『オカルトの館』!普段俺達が管理しているこの旧校舎全体を使った色んな催しをしようとなったんだ。そこには今年で学園祭が最後となる部長や朱乃さん達の為に、思い出に残るようなものにしようという俺達後輩の思いと、様々な案を出した俺達に配慮してくれた部長の優しさが詰まっていた。本当に、部長は下僕思いの優しいご主人様です!

 

 

「あ、あの…イッセー様、その…このカナヅチ?とやらはどう扱えばいいのでしょうか?」

 

 

そう俺に声を掛けて来たのは、この個性溢れる駒王学園でも早々お目にかかれない金髪縦ロールという、お嬢様感丸出しのレイヴェル・フェニックスさん(まぁ本人からレイヴェルと呼んでくれと言われているから、こんな呼び方今だけだろうけど)

以前から部長達が通う人間の学校に興味があって、今日転校という形でやってきたのだ。初めはお嬢様らしく高飛車な態度なのかなと思いきや、同じ教室の生徒との接し方が分からずしどろもどろしてたり、そこにフォローに入った小猫ちゃんと…鳥と猫だからだろうか?軽いバトルを繰り広げたりと、今日一日だけでかなり色々な表情が見れて、結構良い学園生活のスタートを切れたと思う。

 

 

「あぁ、いいよいいよ。そういう力仕事は男の仕事だからな」

 

 

サンキュと言いながらレイヴェルが握った金槌を受け取る。魔力を使えばすぐに終わる旧校舎の改装だけど、学生なんだし部長はなるべく手作りでやりたいとおっしゃった。だから当然のように反対する理由もないし、俺達も手作業でこうして汗水垂らして頑張ってたけど、よく考えればレイヴェルってあまりこういう工具にすら触れた事の無い生粋のお嬢様なんだよな。だから何だか一生懸命俺達に馴染むよう頑張る姿を見せてくれるレイヴェルが微笑ましくて、つい笑いながら感謝したけど…途端にレイヴェルが顔を俯かせて走り去ってしまった…うーん、馬鹿にしたように見えたのかな…?

 

 

「何だイッセー、お前もうフェニックス家の令嬢まで落としたのか?どんだけ節操ねぇんだよ」

 

 

レイヴェルが走り去る方向から匙が来て、いきなり呆れるような顔をしてそんな事を言ってきやがった。てか本当に失礼じゃね?確かにハーレム王を目指しているけど、まだこっちは誰とも良い関係になれてねぇんだよぉ!!

 

 

「あれ、匙君こんな所にどうしたの?確か生徒会は今、学園祭の話で忙しいじゃなかったっけ?」

 

 

木場と匙に背を向けてグヌヌと悔し涙を隠れて流していると、木場が気になったのか鋸を動かす手を止めて、匙に話を振り出した。

 

 

「てかホントだよ、今日の昼間もお前忙しそうに学園の中、走り回ってたじゃんか」

 

「うげッ!?見てたのか…。会長には内緒にしといてくれ、規律を守る生徒会役員が、廊下を走ってましたってのは、やっぱアレだからな」

 

 

バツが悪そうに頭の後ろを掻きながら片目を瞑る匙を前に、俺と木場は顔を見合わせそんな事かと口に出さず、雰囲気で安心しろと告げた。

 

 

「クス、まぁ僕達もこうして軽く作業をサボってるワケだからね。それくらい全然良いよ」

 

「それで匙、何でこっち来たんだ?」

 

「あぁ、単純に学園祭前だとお前達オカルト部みたいに、夜遅くまで残って準備に励む生徒が多いだろ?その安全確認をな。勿論お前達の前に、他の部も見回って来たぜ?良いよなぁ、みんな…俺達生徒会なんて、出し物一つも無いんだもんなぁ」

 

 

ゲンナリとした表情の匙に、俺達は苦笑いを返すしか他にない。だから生徒会のおかげでみんな安心して準備できてるんだと言ってやれば、少し誇らしい表情をして匙が照れくさそうに鼻を擦った。

 

 

「後はアレだな、フェニックスさんだ。どうやらお前達のおかげで早く学園に馴染めたみたいだな、ありがとよ」

 

 

さっき来た道を振り返り、親指を旧校舎に指す匙。何でも会長もレイヴェルの事を気に掛けてたらしく、それの確認も兼ねて最後にここに来たんだと。

そこから俺達の話は次第に盛り上がり、徐々にその内容はもうじき試合を控えている事もあって、レーティングゲームやその上位ランカー達の話へと変わっていった。

皇帝と称される実力を持つディハウザー・ベリアル。ランキング20位に名を連ねる上位ランカー達は英雄と称される程の実力があると語る木場はどこかウキウキしていて、いつか彼らと剣を交えたいと語る木場の表情は、聖剣事件の時とは違ってとても晴れやかだった。コイツも日々成長してるんだ、俺だって負けられない!それは当然、次の対戦相手であるサイラオーグさんにもだ!

 

おー!と俺と木場が金槌や鋸を持ったまま、天に手を付き出せば、匙が軽い溜息を見せた。

 

 

「良いよなぁイッセー、お前の方は色々と順調そうで…」

 

「ん、どういう事だよ匙?」

 

「そういえば匙君、ヴリトラの不調の理由は分かったの?」

 

 

京都から戻って以来、匙の中にいるヴリトラは匙の声にも反応せず、どうやらずっと神器の奥底にいたらしい。初めは匙も何かあったんだろうと反応しないヴリトラを敢えて放置していたらしいけど、流石にそれが数か月近く経てば不安になったらしく、さっき学園祭の会議が始まる前に、アザゼル先生に相談したんだと。

 

 

「で、ヴリトラが不調の理由は分かったのか?」

 

 

俺がそう聞くと、匙は教えてくれた。アザゼル先生が言うには、やはり何かショックを受けたらしい。ただそれを聞くと、俺の横で顎に手をやりながら木場が納得できないって感じで続いてきた。

 

 

「だってヴリトラはドラゴン…それも名高き五大竜王だよ?まさかあの京都の光景がそれを引き起こしたとは思えないし」

 

 

京都をモチーフにした、英雄派がグレード・レッドを呼び出す為に用意した異界。あの火に包まれた光景はまだ俺の頭にこびりついて離れないし、その光景を生み出したあの真っ白な男の人もそうだ。

 

 

「アザゼル先生は、おそらくその須弥山からの遣いが関係してるって言ってたけど…結局誰なんだソイツ?俺は【龍王変化(ヴリトラ・プロモーション)】してたから周りがあまり見えてなかったし、ソイツのせいでヴリトラがおかしくなったってんなら一発お返ししてやらなきゃ気が済まねぇからな」

 

 

軽い調子で言う匙だが、その目には相棒を思う気持ちが見えた。当然だよな、相棒が困ってるってんなら手を貸さなきゃ男じゃねぇもんな!でも…。

 

 

「ワリィ匙、俺達も良くあの人の事分かってねぇんだ」

 

 

俺達が帰った後、もう一度アザゼル先生は京都の八坂さんの元へ赴いたらしい。それは須弥山との会談の内容や、ドライグさえ危険だと言わしめたあの男についての情報収集だと言って。そして戻って来た先生は神妙な面持ちで、京都で得た情報を教えてくれた。と言っても、何も教えてもらえなかったって事をだけど。

帰れの一点張りで、こちらの話を聞く様子も一切無かったらしい。それを聞いて思わず何だよソレ!!って俺、怒っちゃったけど…次の情報で血が昇った頭が一気に冷えた。

 

“裏京都”がまるで災害にあったように、軒並み燃やし尽くされてたらしい。更に先生曰く、魔王クラスが暴れても壊れる事がないと太鼓判を押した“裏京都”と表の京都を分け隔てる界の境目がボロボロになっていたって。おそらくは武神…それも主神クラスじゃないと、あれはあり得ないって言ってた。

それを聞いて、一番ショックを受けていたのは部長だ。そうだよな、あんなに京都の事を大好きだって言ってたし、サーゼクス様やセラフォルー様だってきっとショックだったに違いない。

 

 

「…っ!おいおいちょっと待てよ、それって絶対…ッ!?」

 

「うん、きっと英雄派のゲオルグが創ったあの異界を燃やし尽くした、須弥山の使者が犯人だと思う」

 

 

匙の驚きの声に、木場が返した。それはアザゼル先生も考えていた事だ。でもそれだと、人間が主神クラスの力を持っている事になる。そんなの可能なのか?

 

 

「おっ、男を二人も侍らせて密談なんてよ。赤龍帝は性別問わずだな」

 

 

冗談を言いながら、いつもの感じでアザゼル先生がやって来た。

 

 

「先生、カンベンしてくださいよ。って、学園祭関連の会議はもう終わったんですか?」

 

「おう、体調不良を理由に抜け出して来た。ったく、外国の生徒もいるせいか、やたらと注意事項が多くてな。あーだこーだ言い合ってるから、全部ロスヴァイセに任せて逃げて来た」

 

 

ひでぇ!相変わらずこの先生、そういうところが雑で不真面目だ!

 

あまりにいつもの調子で先生がこっちに接して来るから、思わずいつも通りの感じで返したけど、匙だけはそんな先生にあの男の人に関して聞き始めた。

 

 

「アザゼル先生!あの野郎のせいなんスか!?アイツのせいで、ヴリトラは…ッ!それに“裏京都”も酷い目にあったって…っ。俺達、あんなに八坂さん助ける為に頑張ったのにっ!」

 

 

匙の言葉に、俺も同意してしまう。

京都は俺達悪魔にとっても、思い入れが強い土地のはずだ。ならせめて、復興支援だけでも出来ないのかと匙に続いて聞いてみた。すると先生はふざけた雰囲気を真面目に変えて、こう言ってきた。

 

 

「ヴリトラとその須弥山が寄こした男との関係性は、調査中だ。まだ分からんとしか言えないのがもどかしいがな。それと京都の事は、高度な政治性が求められる案件だ。悪ィがお前達に出来る事も、そして教える事も何もない。これはソーナやリアスにも言った事だ」

 

「っ!それを…ソーナ会長や部長は納得したんですか?」

 

「あぁ。まぁリアスは納得いかない感じだったが、ソーナが魔王が悩む中、私達が勝手な行動を起こすワケにいかないって説得していたよ。ったく、やっぱりお前達の方にも顔を見せに来て正解だったぜ」

 

 

手を後ろに回し、頭を掻く仕草をしながら息を吐く先生。

 

 

「確かに“裏京都”の現状を話しちまった俺も悪いが、でも今はその事じゃなくてサイラオーグやシークヴァイラの方に集中しろ。今お前達がやるべき事は、試合に向けて特訓する事だ。政治じゃねぇだろ?」

 

 

真剣な表情のままそう言われて、俺達は何も言い返せなかった。

『レーティングゲーム』は確かに俺達にとって大事で、俺と匙のご主人様の夢がこの試合に掛かっていると言っても全然過言じゃない。それに…部長達が我慢しているのに、俺達が何か言えるワケないじゃないか。

 

 

「……分かりました。会長がそうおっしゃるなら…」

 

 

匙が渋々と引き下がった。

俺も人の事を言えないのは自覚してるけど、匙の【龍王変化(ヴリトラ・プロモーション)】は現状かなりムラがある。それに要であるヴリトラも結局は調子が不良のままだし…俺だってそうだ。

赤龍帝の三叉成駒(イリーガル・ムーブ・トリアイナ)】(俺は縮めてトリアイナと呼んでいる)はまだまだ不完全で、そんな状態で倒せる程、サイラオーグさんは楽な相手じゃない事は分かってる。あの人がこれまで積み重ねた努力に少しでも報いるよう、俺も全力で戦いたいと思っている。

 

 

「今用意している学園祭だってあんだ。あれやこれに手を出してると、全部中途半端になって、結局後悔しちまうもんだ。駒王学園の生徒として、冥界のこれからを担う新人悪魔として、その二つに今は集中するべきだ」

 

 

俺と匙の肩に手を置いて、目を合わせてくる先生は本当にズルイと思う。悩んでいると、俺達に行くべき道を示してくれる。まさに先生の鑑だと、俺は改めてこの人に尊敬の念を抱いた。

 

 

「ま、匙のヴリトラに関しては何とかするさ。ドライグから頼まれていたカウンセラーのアテも見つかった事だしな」

 

『何、本当か?そうか、すまない…』

 

 

籠手が出現して、宝玉の中から心底安堵したようなドライグの声が周りにも聴こえるように…って、ンン!?

 

 

 

これ…ドライグもヴリトラみたいにヤバイんじゃね!?

 

 

 

 

 

 

イッセー達と一端別れ、俺は旧校舎の中を焦る気持ちの表れだろうか、大股で急ぐように歩きながら、“神を見張る者(グリゴリ)”に頼んでいた須弥山襲撃(・・・・・)についての情報を携帯越しに聞いていた。

 

 

「シェムハザ、それは本当なのか!?」

 

『えぇアザゼル、間違いありません。須弥山を陥落させんとさせた者…その神性が“裏京都”を崩壊させたものと一致しました』

 

 

その報告を聞き、俺は思わず頭を抱え足を止めざるを得なかった。

1週間ほど前だろうか?突如今まで胸元を開けず、不気味さを保っていた須弥山が、その情報をまるで見せつけるように開示してきやがった。

神を見張る者(グリゴリ)”はその名の通り、何も“神器”の研究だけを行っている機関ではない。それぞれの神話を見張る役割も担っている。あの日、須弥山を見張るために用意していた計器類は突如そのメーターを振り切り全て壊れた。何とか計測できたのは、須弥山に所属する多数の闘仏神達が争っているという事と、それと相対していたのがたった一人(・・・・・)であり、莫大な熱量を誇る神性を宿しているという事だけだった。正直、シェムハザの報告を聞いた途端理解しちまったよ、あれが暴れたんじゃ“裏京都”があぁなったのも仕方無いってな。

 

 

「だが待て、その男は使者だったんだぞ?須弥山の使者(・・・・・・)が何故、須弥山に戦を仕掛けた!?」

 

『アザゼル、私に分かるワケないじゃないですか。何よりインドラの動きのほうに注目したほうが良いと進言します。プライドの高い神々の王と謳われたあのインドラが、まるで恥を晒すかのような行動を起こしたのですから』

 

 

まるで冷静になれと言わんばかりの静かな口調に、内心感謝しながら深く息を吸い、乱れた心を落ち着かせる。やっぱ“神を見張る者(グリゴリ)”の副総督にコイツを選んで大正解だった。ありがとよ、シェムハザ。

 

 

「スマン、落ち着いた。だが解せない…クソッ!やっぱりリアルタイムで視れなかったのがここで響いて来るか!」

 

 

あの時、計器が振り切れた際、直で繋がり(パス)のようなものを飛ばし、須弥山を視ようと“神を見張る者(グリゴリ)”では試みた。あの時の須弥山はそれほどに覗き放題だったのだ。だが出来なかった。

 

 

『ほぼ全ての他神話の目が集中していましたからね。正直、我々堕天使が持つ権限程度では、主神達を押しのけることなど不可能です』

 

 

シェムハザの言う通り。当時の須弥山には北欧、ギリシャ、日本神話やインド神話。更に珍しい所では、ケルトの影の国からも監視が向かっていたらしい。それはつまり――。

 

 

それほどの何か(・・・・・・・)が、あの地で起きたって事だ。あのクソグラサンアロハ坊主め…一体何が目的なんだっ?」

 

 

もしくはそれ程の存在…神々でさえ魅了する程の奴だってのか?その男は…。

 

 

『アザゼル、貴方がそれほどインドラを警戒するのは、やはりあの懸念があるからですか?』

 

 

シェムハザの声が、没頭しそうな答えの出ない思考に待ったを掛けてくれた。一端その考えを頭から追い出し、信頼できるが故に唯一コイツに話した懸念を、改めて言葉にする。

 

 

「あぁ、恐らく…いや、十中八九インドラは【禍の団(カオスブリゲード)】と繋がっている。それもかなり深い所でだ。そもそも曹操を名乗る『黄昏の聖槍』を持つあの男がいる時点でおかしいんだ。最近は目立っちゃいねぇが、インドラの“神器”収集はお前も知るところだろ」

 

 

遥か昔、中国が統一されていない時に現れた覇道の英雄曹操 孟徳。その血を受け継ぐあの男を、インドラが抱えないワケがねぇ。

 

 

『ですが…それではインドまでもが【禍の団(カオスブリゲード)】と繋がっているという事になります。その辺を貴方はどう捉えてますか?』

 

 

俺達聖書の陣営のトップ連中は、情報を互いに交換し合っている。もう昔のようにいがみ合う理由も消えてるからな。

4年前、アジュカがシヴァ自身に問いかけ、明確ではないがシヴァはインドラとの繋がりを示唆した。

 

 

「…こればっかりは俺でも分からん。最近待ちの姿勢ばかりで面白くねぇが、今度のレーティングゲームにはシヴァが来る。インドラもだ。そこで仕掛けてやる」

 

 

むしろそこしかなかった。

危険だとシェムハザのどこか、焦りが浮かぶ声が聞こえるが…ここ最近、安定していた各神話間が揺れ動き出している。未来を担うガキ共が今、一生懸命夢に向かって邁進してんだ。なら大人である俺が多少の無茶をせずにどうすると言えば、呆れるかのような溜息を吐きながらも賛成してくれた。

 

 

『毎回…貴方は無茶ばかりだ。付き合わされるこっちの身にも、少しはなってほしいものです』

 

「はは、そりゃ無理だ!だって総統だし?俺。それと須弥山の監視は続けてくれ。各神話もだ。イッセー達の試合までに、少しでも情報が出そろっていれば、それで他の神話を動かす材料になるかもしれねぇ」

 

 

最後に悪いとだけ一言だけ告げて、シェムハザとの連絡を切った。しかし…。

 

 

「“神器”を宿しちゃいねぇ…だが神々が注目せざるを得ず、またあの須弥山にたった一人で立ち向かう程の胆力。並べるとなんだ、まるで大昔の英雄(・・・・・・・・)みてぇじゃねぇか」

 

 

電話が終わり、旧校舎を出ればリアスがイッセーをどこかへ連れ出そうとしているのが見え、急に薄暗いところから出たからだろうか。沈む太陽に彩られた夕日が、やけに眩しく感じる。

 

 

「全ての鍵は謎の使者か…お前は一体、何者なんだ――?」

 

 

 

 

 

 

 

バサバサと前を開けたアロハシャツが風に煽られ、これ見よがしと見事に割れた腹筋を晒した坊主頭にサングラス姿の男は煙草を咥えながら噛み付くように、これから巻き起こるであろう事を思うだけで、股座が勃きり立つ感覚に酔いしれながら下界を見下し笑う。

 

その後ろには帝釈天とは打って変わり、無表情とすら取られそうな面持ちの、背後に極彩の外套を帝釈天と同じように翻す、黒衣の上に黄金輝く鎧を纏った白亜の肌を持つ青年の姿が――。

 

 

「時間だ、行こうze」

 

「あぁ」

 

 

 

物語は収束する。

 

役者は揃った、舞台は整った。さぁ世界よ――。

 

 

 

――真の英雄の凱旋を見届けよ――。

 




ようやく序章が終わったといったところです。

それと何人かのコメントをくださった方々へ
中々返信できず申し訳ありません。
これから全てに返信というのが難しくなりそうです(汗
(内容自体は全て目を通させていただいております)

次回こそは早めに投稿をと言いたいところですが、11月にヤフードムであるコミケに参戦する為イラストを描いている最中なので、また遅くなる可能性が大です。
あと7月3連休のマリンメッセであったコミケの三日目に、初めてコミケに行きましたが、やっぱ熱量というかクオリティヤバイですね。こちらも気合いを貰いました。
それと会場で久々に恩師と会いました。数々の激励の言葉ありがとうございます。


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冥界に下る

久々にこれだけ短いスパンで更新できました。
それと盛大なネタバレという名の特に意味の無い、今まで張っていた伏線回収があります。



目を閉じる。これで人が得られる情報量の約8割が閉ざされ、世界が暗闇に満ちることとなる。

 

 

「――…」

 

 

だがその男に――カルナに恐れはない。

 

嗅覚は踏みしめる大地が確かに広がるものだと教え、聴覚は僅かな風の音さえカルナに届け、味覚は徐々に変化する空気を呼吸と共に伝え、触覚は彼が握る神槍がそこに確かにあるのだと、お前(カルナ)が全力で振るい、命を預けるに足るものだと告げていた。

 

故に。

 

 

「――シィッッ!!」

 

 

武神――帝釈天(インドラ)が放つその一撃を防ぐことは、必然の理とさえ言えた。

 

 

「――ッHAHAHA!!この俺様を真正面から防ぎきるか!」

 

「閉じた視界だ。ならば前であろうと後ろだろうと、何も変わりなど無い」

 

 

ギャリギャリと凄まじい音を立て散る火花。カルナが持つ神槍と帝釈天が持つ関羽の青龍刀(・・・・・・)が擦れる度にそれ(火花)は大地を捲り上げ、しかし二人はその場で体勢を崩す事なく鍔迫り合いを続け、先に動いたのはカルナだった。

 

 

不動の体勢を自ら崩し、押される形で後方へと身を逃がす――ように見せ、空中で魔力を放出。三次元軌道を描きながら帝釈天の周囲を高速で低空飛行を見せ始める。当然今もまだ、カルナは自らの意志でその瞳を閉じている。だが。

 

 

「どれほどの神格が集まろうと、それがこの地を覆っていようと、インドラ、お前の気配だけは決して見失なう事など無い…ッ!」

 

 

周囲に存在する岩が徐々にカルナが放つ熱で溶け始めた時、すでにカルナの持つ槍は帝釈天を捉えており、その時ようやくカルナが瞼を上げ、視界に収めたものは――。

 

 

「あぁ、だがそれはこの俺様も(・・・・・・・・)だぜ?カルナ」

 

 

完璧な形で迎撃の準備を終え、振り下ろされる青龍刀と帝釈天が剥き出しに見せる笑みだった。

 

再びの激突。

先程以上の衝撃が円状に周囲を塵へと変化させ、神々が鋳造せし神器と人が鋳造し、神域にまで上り詰めた人器がぶつかり合った結果は――。

 

 

「……オレの負けか」

 

「あぁ、テメェの負けだぜ――カルナ」

 

 

この勝負、勝ったのは右手にボロボロの青龍刀を持ち、左に短刀を逆手で握り、カルナの喉元に切っ先を突き付けた帝釈天であった。

一切の綻びさえ見えない神槍を引き、負けを認めたカルナだが、勝者である帝釈天はそれを誇ることなく手の中で短刀をクルクルと弄び始める。

 

 

「ま、一回殺せるだけだがな。てかやっぱ駄目だ。所詮は人造…この程度の遊び(・・・・・・・)でこのザマか」

 

 

そう、傍から見ればただの殺し合いにしか見えなかったこの一時は、彼等からすれば遊びに等しい時間だった。ただし、その遊びの為だけに帝釈天は嫌がる関羽から青龍刀を取り上げ、周囲を自らの手で更地へと変貌させたのだが…きっと今のカルナが持つ槍と鍔迫り合いを見事に果たし、尚且つボロクソに使えねぇと罵られ、ボロボロにされた青龍刀を見れば関羽はこう言っただろう。「私の冷艶鋸が泣いている…」と。

 

 

「そこは本来、お前の槍と幾度も打ち合う事のできた、その武器を褒め称えるべきだろう。間違いなく人造の中では最高峰に数えられると、オレは思うのだが?」

 

「カカ!違ぇねぇ!一応こっちの短刀は神造の一種なんだが、打ち合えば冷艶鋸には負けるだろうな」

 

 

そう言って帝釈天は宙に短刀を放り投げ、青龍刀を振るう。すると短刀は乾いた音と共に、粉みじんに砕け散ったではないか。

 

 

「流石俺様の奥様ウットリ間違いなしの御立派な槍だ」

 

「そうだな。お前には不相応な程に、素晴らしいとオレでさえ感嘆せざるを得まい。インドラ、何故関羽のそれをこの腕試し(・・・)で用いた?お前にはヴァジュラがあるだろうに」

 

「そりゃオメェ、これが所詮今のお前を測る為以外の何モンでもねぇからだ。言ったろ?遊びだって」

 

 

そう言い終わるやいなや、ドカリと近くの溶けた岩へと気にせず腰かけ、前を開けたアロハシャツの胸ポケットから煙草を取り出し帝釈天はプカリと煙を吐き出す。そう、これは殺し合いでも、果し合いですらない。

 

カルナの錆落としが終わったかどうかの確認に過ぎなかったのだ。

 

 

「ようやくだな。ようやく前世くらいには戻った。どうだった?この数週間、毎日テメェを殺しに来る俺様の部下共との生活は。どうだった?最高に楽しい毎日だったろ?」

 

 

その内容は最悪の一言に尽き、聞く態度も煙草を咥えふんぞり返るという最悪に限る帝釈天を前に、しかしカルナが口にした言葉は感謝だった。

 

 

「彼等のおかげで、今生では足りていないとお前が差した経験値を積み上げる事が出来た。今でおおよそ、オレがあの男(アルジュナ)に殺される直前程度か。どうにか一言、感謝を告げたいのだが」

 

「HA!そりゃ無理ってもんだぜカルナ。あれだけテメェにボロクソにされてんだ。神様だって自信無くして神格がすり減るってモンだ。先に言っとくが、猿は論外だぜ?この俺様に歯向かいやがったんだ。テメェに会わせない事こそが、今のアイツにとっての一番の罰だからな」

 

 

頬を撫でる。そこには以前あった擦り傷はすでに癒え、また祟りを受けた右手も元に戻っていた。だが癒えたはずの頬は今だに熱を感じさせ、苦虫を潰したような表情を帝釈天に作らせる。それはきっと、この場にいないこのカルナと手合わせを幾度も行った闘仏神達もそうだろう。

 

韋駄天は「俺がスロウリィ!?舐めんじゃねぇ!!」と追いかけっこをし始め、最後はもう少しでカルナに追いつかれそうになり、始めにカルナの足蹴りにより、山にめり込んだ哪吒は何度もそれ以来次こそはと挑戦を繰り返し、その度にめり込み突き抜ける山の数を更新しては父である多聞天(毘沙門天)が爆笑を見せていた。しかしこの場に帝釈天以外の神々が顔を見せていない本当の理由は――。

 

 

もはやこの男(帝釈天)以外では相手になることすら不可能に、カルナがなってしまった為である。

 

 

「だが感謝もしてたZe?テメェのおかげで果たすべきインド神群の力量が見えて来たってNa。どうする?もしかすると、テメェのせいでインドはこの俺様に滅ぼされるかもしれねぇZe?」

 

 

それは意地悪が過ぎる質問だった。しかしこれこそが帝釈天――天邪鬼ですらあり、どの神々よりも人間に近しい神々の王は、神らしく、人を試さずにはいられない。

 

 

「まるで無意味な事に、お前は価値を見出すのだな、インドラ。そもそも神群に所属すらしていない、所詮人と人との間に産まれた、ただの人間が、神々を測る器になど到底成り得ないとお前は知っているはずだ」

 

 

カルナの言う通り、彼は今や、ただの人間(・・・・・)に過ぎなかった。

彼の父は彼の母を一夜限りで買っただけの男、その買われた売春婦であり、望まぬ赤子(カルナ)を宿した母親もまた人。彼を拾い育てた夫婦も老いて痩せこけた大地で飢える事を待つしか出来なかった、ただの…人だった。

確かに前世では半神半人。父は偉大なる太陽神スーリヤであり、今や血すら繋がらぬ彼をカルナは崇め尊敬し、父と敬っている。己を捨てたクンティーを、カルナは今でも母と呼んで欲しいと乞われれば、それを躊躇う気すら無い。

 

それでもこのカルナは…人に過ぎないのだ。

 

 

「ここに来る途中、阿修羅神族の王子マハーバリと出会った。共にインドに来てほしいと。だがこの身は人として生まれ、父と母からはカルナ(以前のオレ)ではなく、カルナ(今のオレ)として生きてほしいと別れ際に頼まれた」

 

 

ピっと咥えた煙草が縦に割れる。それはカルナが向けた切っ先が、帝釈天の眼前に向けられた為だった。

 

 

「本心を煙に巻こうとするその癖、お前は隠し事が下手だなインドラ。お前が何を画策し、何を企もうと、その全てを無意味なものへと変じてみせよう」

 

 

それはこの数年で気づいた事だった。

アルジュナの真実を話す際、そして今もまた、何か大切な事を隠す為――誓いの為に悪を背負う覚悟を、煙に紛れさせたのだ。

 

それはこの帝釈天のプライド、男の矜持以外の何ものでも無かった。誰にも明かすつもりのなかったそれを、しかしカルナの“貧者の見識”は完全ではないがそれを見抜いていた。それはきっと、己に関わる事だろうと。

 

ゆえに、カルナは自身の心の内を曝け出す。

 

 

「全て余計なお世話だ。英雄としての生き方を変えるつもりは無い。何故ならオレはオレだからだ。誰を主と定め、このお前から授かった槍を振るうのか。インドだけではない、この広がった世界で誰かがオレを求めてくれる限り、オレはその誰かに寄り添いたい」

 

「…それがテメェが決めた、テメェ(人として生まれたカルナ)の生き方か?それがたとえ、テメェ等人間に仇名す存在(・・・・・・・・・・・・)でもか?」

 

「あぁ、生きとし生ける者全てが花だ。全てが違う色を宿し、生きて咲き誇るそれはきっと、守るべき価値があるとオレは思う」

 

 

 

――少し間を置き、再び煙草を咥え火を付けようとし、途中で帝釈天はカルナから送られる、どこか咎めるような視線に気づく。

 

 

「いくらその身が神とはいえ、お前は少々度が過ぎるぞ。ほどほどに煙草はしておくべきだ」

 

「ウルセェ、テメェは俺様のオカンか。だが…まぁそうかよ、好きにしろや。文字通りお前の人生だ。あの馬鹿(スーリヤ)だって勝手にテメェを転生させたんだ。ならテメェも好き勝手、自由気ままに生きろや」

 

「お前に言われるまでもない。だが忘れるな、お前にオレは何一つ返す事が出来ていない。確かお前の下で世話になるのは、冥界に居を構えるという、悪魔達が催すレーティングゲームとやらの付き添いまでだったな?」

 

「あぁそうだぜ。だからどうした?」

 

 

吸いたくても火を付ければ間違いなく再び取られる。咥えた煙草をそのまま上下に動かし、僅かに感じる苛立ちを誤魔化しつつ等閑(なおざり)にそう聞き返せば、返って来たのは思いもよらない一言だった。

 

 

「ならばそれまで、お前が今仕えるべき(マスター)だということだ。好きに使うと良い。オレはお前の命に従おう」

 

 

 

…これで何度目だろうか、煙草を落としそうになるのは。一体どのような思考をすれば、そのように…ただでさえ前世の死因である己に仕えさせろという言葉が出て来るのだろうか?

信じられないという心境が宿る。だが浮かんでくるのは愉快さだった。

 

 

(何も変わらねぇ、あの時から何も。なんだ、この頑固者の言う通り、初めから俺様の心配なんざ、全部無駄だったんじゃねぇか)

 

 

そうだ、これこそがカルナだ。たった一度、使えばアルジュナでさえ滅ぼせた神槍を、仲間の為に躊躇いなく使用した大馬鹿野郎。馬鹿の考えなど、初めから悩むだけ無駄だったのだ。いや、無駄と言うのは言い過ぎかもしれない。だが…これ以上は無粋に思えた。

 

 

「ッHa!なら短い間だが扱き使ってやる。途中でやっぱ無しなんざ、聞く耳持たねぇからNa」

 

「安心しろ、むしろ望むところだ」

 

 

笑いが止まらない。止める気にもならない。

腰掛けた岩から身体を起こし、立ち上がると同時に咥えたままの煙草に火を付ける。我慢したからだろうか?その一口がやけに美味く感じる。カルナも今度は帝釈天の今の気持ちを察したのだろう。苦言を言う事も無く、今はその背中に静かに付いて行くだけだった。

 

 

「時間だ、行こうZe」

 

「あぁ」

 

 

須弥山最外縁部の縁から下界を見下ろせば、そこに広がるのは人間界。しかし視線は更にその先、これより向かう冥界――そこで待つであろう、幾多の存在へと向けられる。

 

 

「っとそうだ、お前まだトヴァシュトリが創ったカフス、あれ持ってんだろ?今の内に付けとけ」

 

 

ふと思い出したように帝釈天がそう言えば、カルナは何も疑問を浮かべることなく言われた通りカフスを耳飾りの上に付け、隠れる鎧の上に、以前帝釈天から贈られたあのダークスーツへと袖を通し、深紅のコートを肩に掛け、無造作に伸ばした髪を後ろへと流す。

 

 

「それで、どうやって冥界へと向かうつもりだ?お前のヴァーナハ(神々の乗り物)たるアイラーヴィタは見当たらないようだが」

 

「今回はアイツには乗らねぇよ。特に馬鹿(スーリヤ)の匂いが強いお前なんざ、乗せたがらねぇしな。少し面白いモン見せてやる。インドラではない、帝釈天と名を変えたからこそ使える小細工だ。なぁカルナ、お前――」

 

 

“縮地”って知っているか――?

 

 

帝釈天がそう言い振り向いた瞬間、荘厳なる神々が住まうに相応しい景色は変貌し、上空は紫色の雲に覆われ、辺りには瘴気と魔力が漂うおおよそ人では僅かな時でも生きられない場所へと変化していた。

 

 

そこはカルナが初めて足を踏み入れた場所。京都のような規模ではない、完全な異世界。

地球と同規模で広がるその場所の名は――冥界。

 

 

「これは…流石に驚きを隠せないな。ただの気分で名を変えたものとばかり思っていたぞ」

 

「アホかテメェ、てかあまりキョロキョロすんな。お上り感満載だぞ、今のお前」

 

 

帝釈天が言った通り、カルナは今だに目を見開き、信じられないと辺りを忙しなく見渡す。その際、呼吸と共に瘴気がカルナを犯そうとするが、今はカフスの効果で見えない『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』がそれを許さず、また主神たる帝釈天の存在が、そこに存在するだけで辺りの瘴気を浄化していた。

 

そのまま我が物顔で冥界の舗装された道路――今回レーティングゲームが行われる上空都市アグレアスを目指し歩く帝釈天。その右後ろを自らが宣言した通り、まるで従者のように付き従うカルナの視線は、歩きながらも空を――存在しない日輪を探していた。

 

 

「……まさか全てを遍く照らす日輪さえ存在しない地が存在しようとは…やはり世界は広いな」

 

「まぁな、てか面白いだろ?神ですら無い存在が、一世界を治めた気でいるんだからよ」

 

 

短パンのポケットに手を突っ込んだまま、帝釈天は舗装された道をサンダルの音を鳴らし歩く。彼が歩く先には悪魔が一人も存在しない。

 

 

サンダルの音が鳴る。その瞬間、格の違い(・・・・)が悪魔の魂を壊さんとする為だ。皆が我先にと、その場を後にしていた。

 

 

「っ帝釈天様!!勝手に来られては!しかもこのような街中でそのように神格を撒き散らされては困ります!!」

 

 

声が空から落ちてきた。同時にバサバサと羽ばたく音が聴こえ、蝙蝠のような羽を生やした男の悪魔が降りて来る。どうやら身なりからして案内役、それも以前カルナが幼い頃に出会った悪魔とは違い、教えられた最上級に位置する悪魔と見るや否や、カルナは帝釈天の前に立とうとし、しかし邪魔だと帝釈天自身が腕を上げて牽制する。

 

 

「おう、赤龍帝とバアルのガキの試合が楽しみすぎてNA。待てなかったんだYo。つうかよぉ…――

 

 

悪魔風情がこの俺様を見下ろすなんざ何様Da?ア゛?」

 

 

ズンッ!!――と迎えに来た悪魔の身体が、地面へとめり込む。それは神に由来する神通力や、帝釈天が何かしたワケではない。

ただ機嫌が悪くなった(・・・・・・・・)それだけ(・・・・)だ。

 

 

「オ゛っ!?お止めぐだざいぃ゛っ!!どうかっ、どうか!!」

 

「頭が高ぇ、今度俺様の前に姿見せる時は、ちゃんと許しが出るまで顔面引き摺りながら来いや。神様からのありがたいお言葉Da、理解できたか?ン?」

 

 

今でいうヤンキー座りで悪魔の前に身を近づける帝釈天。その表情には笑ってはいるが青筋が見えた。近づいたが故に更に悪魔のかかる圧は徐々に上がり、メキメキと悪魔の身体から軋みが上がり始めたその時、帝釈天の後ろから声がかけられた。

 

 

「インドラ、止めておけ。弱者を甚振る行為は、お前の価値を下げる以外の何も生みださない」

 

 

臣として、主の行いに苦言をカルナが申し出れば、帝釈天の放つ圧が僅かではあるが下がる。それを信じられないと驚愕を浮かべるのは、今も地面に這いつくばる悪魔だ。まさかあの帝釈天が他人の意見を汲み取るとは!

 

 

(一体何者なのだ、この男は…!?)

 

「…ッチ、臣下の礼から来る助言とあれば、仕方ねぇKa。おら、いつまで無様さらしてんDa?早く案内しろやボケ」

 

 

再びあのような圧を当てられればひとたまりも無い。案内役の悪魔は素早く立ち上がり、先導の役目を果たし出す。その間、彼が少しでも帝釈天の退屈を紛らわせようと話しかける事は無い。いや出来ないのだ。

帝釈天の聖書の陣営嫌いは上層部だけでなく、自分のような者にまで伝わる程に有名だ。とくにこの数年間、近場のはぐれ悪魔の全てを殺し尽し、尚且つ鎖国状態に突入した際は、とうとう戦争を仕掛けて来るのではと噂になった程。ゆえに彼は少しでもこの帝釈天の情報を上に持ち帰ろうと耳を後ろに傾け、そこで信じられない会話を耳にした。

 

 

「以前から時折思っていたが、その間抜けな話し方はどうした?ただでさえ普段から見えない威厳が、もはや存在しないものにまで低下しているぞ」

 

「ウルセェボケ。てかテメェ、主に対する口の利き方がなってねぇぞオイ。よくドゥリーヨダナは許したな」

 

「お前と違い、あの男は寛大だった。それだけだ。お前も是非、我が友の真似をしてみると良い」

 

(一体どういう事だ!?あの帝釈天に対して間抜けと…更にタメ(ぐち)だとッ!?)

 

 

あまりにも気になり、チラリと横目でその姿を改めて確認する。

その絶世とさえ言える美貌は悪魔ですら比べる事ができない程であり、その身なりはまるで、どこぞの王族と見間違う程に豪華でありながら、見事に着こなしている。特に目を引くのはその白亜に煌めく髪と肌、そして左耳に付けられた、金色に眩く耳飾りと、その上に虹色に輝くカフスだろう。ならばそれほど特別な存在なのかと気配を探れば、何も感じない(・・・・・・)ただの人間ではないか!

 

 

「あの、御談笑中申し訳ありません。そちらの方は?」

 

 

ごく稀ではあるが、普段帝釈天は冥界や他神話を訪問する際、そのお付きの者は天部が殆どだ。しかし今回はその天部を一柱も連れず、傍仕えはこの正体不明の男一人。流石にこれは何かあると、彼はその人間(カルナ)について質問を尋ねてみる。

 

 

「あん?期間限定俺様の奴隷Da。上に伝えとけ、手ェ出したらテメェ等滅ぼすぞってNa」

 

「インドラの言う通り、オレの事など気にするな。ただの従者に過ぎない」

 

 

結果は答えになっていない答えが異口同音で返って来ただけ。ただ帝釈天が、この男に敬語を使わせていない事、見目麗しい姿と細い線をカルナがしている事に目が行ったその悪魔は一つ、勘違いをした。

 

成程、この男は帝釈天の夜枷の相手(・・・・・)なのかと。

 

 

これ以上は下手すれば、かなり危険な方向へと話が行きかねない。そう思い、話を切り上げ悪魔は今回のレーティングゲームへと話題を切り替えて道すがらに誰が勝つかを話し出す。だが今回来た目的が、ただカルナに広がった世界の一つを見せる為だった帝釈天は一切興味を持っておらず、逆にまだ幾度かしか“神器”を見ていないカルナは興味津々に聴いていたが、その対応はもはや語るまでも無いだろう。

その後は終始無言となり、そのまま帝釈天とカルナはアグレアスへと到着、直接今回帝釈天等の要人用に用意された観戦室へと通された。それは今回呼んだ他神話の中に顔を合わせづらい者がいるだろうという趣旨と、それぞれ試合観戦に集中してほしいという悪魔側の配慮と企みだった。

 

部屋に入って早速帝釈天はソファーへと腰かけ足を組み、机の上に置かれたアイスペールの中にあったウィスキーをグラスへ移すことなくラッパ飲みし、カルナはソファーに腰掛けることなく近くの壁に背中を預けて腕を組んで片目を閉じ、帝釈天の背中へと声をかける。

 

 

「今回の主賓たる4大魔王とやらに、顔を見せに行かなくていいのか?」

 

「ゲフっ、どうせ今日と明日のジャリガキ共のじゃれ合いの後でやるパーティーで、嫌でも顔を合わせんだ。二回もなんてメンドクセェだろ?」

 

何より――。

 

 

「何故俺様が足を運ばねばならんねぇんだ?まだ聖書の神が生きてンならあれだが、所詮は悪魔。格下から来るのが礼儀だろうが」

 

 

帝釈天のこの言葉こそ各神話が、今現在も聖書の陣営を見逃し続ける理由に他ならなかった。

 

つまり彼等からすれば、『粋がったガキの相手をわざわざしてやる義理がねぇ』と言ったところか。

 

 

「神がいるならまだ分かる。俺様も神だ。通すべきスジってモンがあるからな。でもよ、今聖書の陣営を治めているのはたかだか天使(ミカエル)堕天使(アザゼル)悪魔(サーゼクス)だぜ?まともに相手してたんじゃ、他の神話から見くびられちまう。まぁ、アザ坊だけなら話を聞く程度には買ってるがな」

 

「ほぉ、それ程の者なのか。その堕天使は」

 

 

おうと空になったボトルを床に捨て、次のボトルへと手を伸ばす帝釈天。

 

 

「まっ先に和平を唱えた。つまり今後がしっかりと見えていたって事だ。このままじゃ、聖書陣営は滅びるってな。滅びちまえ、こんなクソ。“神器”もそうだ。俺様も昔は趣味がてら集めてはいたが、研究まではしていなかった。おおよそ人外の視点じゃねぇ。その意味では間違いなく、アイツはある種の天才だ。そこだけは認めてやるよ」

 

 

それは帝釈天からのあらん限りの称賛の一言に尽きた。だがそこには侮蔑の色も垣間見える。

 

 

「人外のクセに人に近ぇんだよ。確か今は、人間界で教師やってんだろ?馬鹿かテメェ。だからお前等(聖書)は他の神話に嫌われんだよ」

 

「それはお前も(・・・)だろうインドラ。お前のそれは言葉にするなら、同族嫌悪に他ならないぞ」

 

「お前が言うならお前の中ではそうなんだろうよ。俺様は絶対ェ認めねぇがな」

 

 

壁に背を預け、腕を組みつつ瞠目するカルナの言葉に僅かに部屋がピシリと音を立てて軋むが、その音は帝釈天の目の前に存在する、巨大なモニターから流れてきた歓声に隠された。

 

 

『会場にお集まりの皆様!そしてモニターから見守る各神話からご招待させていただいた神々の皆様!お待たせしました!これよりリアス・グレモリーチーム対サイラオーグ・バアルチームのレーティングゲーム開催を宣言させていただきます!!』

 

 

「ま、くだらねぇ話はここまでだ。始まるぜ」

 

「あぁ、良く見ておくとしよう。今も広がる、オレの知らない世界を――」

 

 

 

 

 

 

 

イッセー達の試合が始まる。

俺達シトリー眷属は、明日このアグレアス・ドームで試合があり、尚且つ「リアスちゃんと赤龍帝君達の試合だもんね、近くで雰囲気を感じたいでしょ?」と俺の主であるソーナ・シトリー様の実の姉、魔王セラフォルー・レヴィアタン様のご厚意により、こうして招待枠とは別に試合をゆっくり観戦できる部屋をご用意していただき皆画面を食い入るように見つめていた。

 

 

『西口ゲートから、リアス・グレモリーチームの入場ですッッ!!』

 

 

リアス先輩達が宣言と同時に会場入りした。その瞬間大歓声に包み込まれ、モニターからも会場の熱気が大迫力で伝わって来る。すでにサイラオーグさんは眷属を率い、フィールドに浮かぶ岩の一つで待機していた。その様子は一切気負った様子もなく、逆にイッセー達からは緊張の色が伺えた。…本当ならこの場で声を大にして何してんだよと叱責したり、頑張れと両方に応援を送りたい。でも俺達はモニターから目を離さず、カメラが画面に送る映像を追っていた。

 

 

「匙、そして皆も良く見ておきなさい。あれが私達が切磋琢磨し、ようやくここまで来れたこのレーティングゲーム…その頂点です」

 

 

コクリと声も出さず、俺達は主であるソーナ会長の声に頷き、特別ゲストとして呼ばれたアザゼル先生、その横に座る皇帝ディハウザー・ベリアルを一心に見つめていた。…その姿を見た瞬間から、今も震えが止まらない。だがこれは恐れとかそんなものから来る震えじゃない。

それは武者震いにも似たものだと思う。今まで口にしてきた目標、「レーティングゲームの学校を、それも誰もが平等に通えるそんな学校を創りたい」――それが何だかようやく目に見えたような気がして、とにかく嬉しかった。会長が何故、モニターを付けた途端「決して騒がず、そして目を離さないように」と言った意味がようやく分かった。確かにこれは、明日アガレス家と試合を控える俺達にとって、これ以上ない発破だ。

 

 

「勝とうみんな。勝ちましょう会長」

 

 

思わず口から洩れた呟きは、どうやら聴こえていたらしく、小さくみんな返してくれた。それは会長もだ。

小さな、本当は聞き間違いかもしれないが、クスリと笑いが漏れたような音が聴こえ、背後で会長が笑ってくれたような…そんな気がした。

 

それだけで嬉しかった。その笑顔さえあれば俺は戦える。だから――。

 

 

「勝つぞヴリトラ。今度こそ、俺達の手で勝とう」

 

【――…あぁそうだな。我が分身よ】

 

 

机に手を乗せ指を組んで口元を隠しつつ、小さく言えば、神器から声が――ヴリトラがそう心の中で返してくれた。

 

何とか間に合った。アザゼル先生にドラゴンのセラピストを紹介してもらい、会長達にまで特訓の時間を削ってもらい、こうしてヴリトラが帰って来てくれた。

言いたい事がいっぱいあった。心配もしたし正直何故この時期にと苛立ちも覚えた。でも『済まない』と、そう短く謝罪してきたその声があまりにも弱くて…それ以上何も言えなかったし、そうなった理由もまた…聞けなかった。

 

 

「もう大丈夫なのか?」

 

【安心しろ。再び“神器”の奥底に潜る事は、もう二度とない。これ以上無様を今晒すワケに行かぬ(・・・・・・・・)は、我も同じだからな】

 

 

そうかと会話を打ち切り、再びモニターに注目を集める。モニターの中では今回のゲームの内容の要、『ダイス・フィギュア』の説明がされており、いよいよかと皆身体を乗り出して集中し出す。

 

 

そう、俺達は…俺は集中し過ぎていたのだ。だから気付けなかった(・・・・・・・)

 

何故ヴリトラが“神器”の奥へと閉じこもったのか。ヴリトラの過去、ヴリトラの苦悩、ヴリトラがその身をバラバラにひき裂かれようと、決して手放さなかった邪龍としての、たった一つの矜持。

 

 

己を滅ぼした相手の名を(・・・・・・・・・・・)死にきれず穢した(・・・・・・・・)――…その相手、殺し殺される事でしか生まれないその絆を思い知るのはこのレーティングゲームが終わり、招待された神々の中にあのアロハ姿を視界に入れた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

あの時、京都で意識が暴走し、『龍王変化(ヴリトラ・プロモーション)』が制御不能に陥った中でも、ヴリトラはその姿を一目見た瞬間、我が目を疑った。

 

その身に宿していたのは、間違いなく生まれ故郷たるインドの偉大なる太陽神スーリヤの神性。風がヴリトラに届けたのは、遥か懐かしいインドの土の香りと、その男が違えようのない“神器”すら宿していないただの人間だという事実――――否。

 

 

【化身…それもスーリヤのアヴァターラ(・・・・・・・・・・・)……だと?】

 

 

化身(アヴァターラ)”――その名の通り、神々がその身を変え、人と関わる際に己を降ろす現身である。特に有名なのは、ダシャーヴァターラとも表現されるインド最高神、三位一体(トリムルティ)の一柱でもあるヴィシュヌが生み出した10の化身だろう。だが理解できない。

 

そこに存在したのは先に述べたように、ヴィシュヌではなくスーリヤの化身(アヴィターラ)だったのだ。己が存在した遥か昔、その時スーリヤは化身(アヴァターラ)など生み出しておらず、確かにあの神は子が幾つか存在したがと…そこで思い出す。

 

 

意識が表層へ浮かんでいない間も、ヴリトラの“神器”を宿した者は当然いた。“神器”を宿していると自覚した者は否が応でも自身の“神器”を調べたくなるというもの。特にそれが、命に関わるかもしれないとすれば尚更だ。

 

意識がなくとも、宿主との繋がりから知識は入って来る。(ヴリトラ)の伝承、そこから広く調べれば、己を殺した誇り高き神々の王。その男があまりの高潔さに、己が神槍を譲り渡した大英雄――人である母とスーリヤの間に産まれ、異父兄弟にして同じ半神半人に首を落とされた死後、スーリヤのもとへと召され同化したその者の名は――。

 

 

【カルナ…そうか、汝がカルナか】

 

 

この時、このアグレアスに足を踏み入れた者達の中で、帝釈天とシヴァを除くヴリトラだけがカルナの正体に気づいていた。しかしその事実を今日(こんにち)までヴリトラは心の中に閉じ込めていた。それが如何なる理由なのかは、ヴリトラしか理解出来ない。

 

 

(お前はそこにいるのだな、お前は……ここにいるのだな。…我を討ち滅ぼせしヴリトラハンよ)

 

 

気付いていた。巧妙に隠された、父である工巧神トヴァシュトリの神性とスーリヤの神性を宿したスーリヤの化身(カルナ)の存在に。

 

その傍にこちらを一切見向きもしない(・・・・・・・・・・・・・)帝釈天(インドラ)が存在する事に。

 

 

絶望した。声を大にして叫びたかった。

違う!!我はお前の名を、ヴリトラハンという偉大な英雄神の名を穢したくなかったのだと!!

 

絶望した。恥以外の何ものでもなく、しかしこれ以上無様を晒したくなかった。

 

“一度だけで良い、たった一度だけでいいから汝に謝らせてほしい”――その思いだけでヴリトラは吹き上がるありとあらゆる感情を抑制し、明日少しでもあの男がこちらにせめて興味だけでもと“神器”の中で願望を抱き、明日を待つ。

 

 

 

だが――ヴリトラの願いが永遠に叶う事は無い。彼は知らないのだ。

 

 

 

 

もはやこの世界にヴリトラハンなる称号は存在しないのだと。

 




正しくあろうとする人だけではなく、求めてくれる全ての為に。
“悪”として生まれた者であっても、その者が“悪”の矜持を抱いて終われるように。



現状でカルナさんは対人経験が前世と同等、腕前は前世以上です。それでも帝釈天には一度は最低でも負けます(宝具無し。ただし帝釈天もまだ本気ではない)
それでも不死身なので、例え一度は勝つ事ができてもカルナさんと相対した瞬間から、いずれ相手は体力が切れて必ずカルナさんに負けるという無理ゲーが確定します。


そして今までと今回カルナさんをくどいくらい人と表現したのはこういうワケさ!!

カルナァ!!何故君が完全な人の子として生まれたにも関わらず、主神と変わらぬ程の神格を宿しているのか。何故シヴァやインドラが過剰に気にかけているのか。何故半神半人であった頃より強くなれたのかぁ!その答えはただ一つ…君がスーリヤ唯一のry――…はい、まぁぶっちゃけただの隠れスキルです。
一応帝釈天もシヴァも気づいていますが、だからどうした?って感じです。
(だってねぇ、どこかの10化身さん達なんか、もっと下手すればヤバイ連中ばかりだし)


スーリヤ「…あれ、そんなつもりはなかったんだけど…」(;゚Д゚)


次回こそ鉢合わせになる…ハズ(汗


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邂逅、後に再会

まず感謝を。
皆様のおかげでUA100万、お気に入り1万、感想数1000超えという何か色々ヤベェ数字を突破する事ができました。
正直全てが雲の上の出来事だと今まで思いながら書いていたので本当に感謝です、ありがとうございます!

初めは感謝企画でこれ書く前に考えていたギル様本人D×D世界転生でも軽く投稿するかとも思いましたが、早く続き書けやコルルァと私のゴーストが囁いたので本編です。
遅れた理由?いつもどおりの書き直しですが何か?

イッセー対サイラオーグは飛ばしてます。
じゃないと文字数がドエライ事になったので。

それと感想で言われて気づいたのですが。
カルナさんの年齢は23~25くらいです。
読み直されるとあれ、おかしくね?と絶対になるのですが、脳内補間ということでどうか(汗

今回行けるとこまで行きたかったので少々長いです。
ではどうぞ。




――耳を澄ませば大歓声が、その戦いの結果を見ていない者達にも伝えてくれる。

 

 

『す、凄まじい歓声の上がり方です!ですがそれもしょうがないのでしょう!素晴らしい試合でした!勝ったのは赤龍帝!勝者はリアス・グレモリーチームです!!』

 

 

実況のナウド・ガミジンの声が廊下にあるスピーカーから流れ、勝敗が決まった直後、すぐに席を立ち、今こうして要人用の観戦室へと向かう俺――アザゼルは、その結果を目の当たりにしていたにも拘わらず、思わずガッツポーズをしてしまう。

 

イッセーが、イッセー達が勝った。あのサイラオーグ・バアルにだ。それも相手の土俵に等しいガチンコ勝負でだ。これを嬉しく…そして誇らしく思えないなら、俺はあいつ等の教師失格だ。もう長い事生きちゃいるが…長い堕天使生、その中でも一位か二位を競うほどに良い戦いだった。

気付かず握りしめていた拳を一度見つめ、嬉しさのあまりふっと笑ってしまい、拳を解く。

 

 

それを自身の合図にして思考を、表情を、イッセー達の教師から堕天使総督へと変化させる。

 

試合中、解説をしていた為に席を外せなかったが、部下からの連絡で「例の者」がここアグレアスドームにある要人用の観戦室に姿を現したと一報を受けていた。

個室となっているそこはいくつも会場内に用意されており、今回はそれがフルに活用されたようだ。それだけ今回の一戦が、神々にとっても興味引かれるものだったのだろう。その証拠に、オーディンの爺さんは「ヴァルハラ」専用に、試合前に姿を見せていたゼウスやポセイドンなどは「オリュンポス」専用に、そして姿をまだ見ていないシヴァは「インド」専用に調度されたそれぞれの観戦室に護衛を付けて入室しているはずだ。

 

その要人用の一部屋に俺は歩みを進めていると――丁度俺がお邪魔する予定だった部屋から二つの人影が出て来るのが見えた。

一人は目的の相手。五分刈りの頭に丸レンズのサングラスとアロハシャツ、首から数珠をジャラジャラと鳴らしながら掛けるその姿は、まるで要人とは思えない姿をしている「例の者」――帝釈天。そして二人目は……。

 

(…コイツ…何者だ?知らない顔だぞおい)

 

 

普段帝釈天はこういう場に顔を出す際、連れて来る従者は同じ天部である事が殆どだ。だが帝釈天の少し後ろ、出て来てすぐにこちらに気づき、射抜くように見つめて来るこの男は今まで見た事がない。それどころか真紅のコートを肩にかけ、明らかに高そうなダークスーツを着こなすその姿はまるで、この男の方が要人にさえ見えてしまう。

 

 

「インドラ、どうやらお前に客のようだぞ」

 

 

――!?今コイツ何つった?しかもタメ口だと!?

 

 

「あん?おー、Yo!堕天使のお兄さん!」

 

「これは奇遇ですな帝釈天殿、ゲームは如何でしたかな?」

 

 

後ろに控える男の、どう聞いても敬いの見えない言葉に驚きの表情を浮かべてしまうが何とか取り繕い、俺は帝釈天に声をかける。

 

 

「イカした試合だったZE!現魔王派と癒着してる堕天使兄さんにとっちゃ『教え子』ってのが勝って良かったンだろぉ?グレモリーチームだっけ?まぁまぁじゃねぇの?悪魔同士なら(・・・・・・)ありゃ並のメンツじゃ歯が立たねぇだろうNA」

 

 

……相変わらず皮肉の利いた事言ってきやがる。だがはっきりと俺はコイツに言い返す事が出来ない。それはコイツの言った事が正しいからじゃない。

全勢力のトップ陣営でも最高クラスの実力者。『天空神』『天帝』、闘いの神“阿修羅”…そして当時、神々でさえ手を焼いた全盛期の“ヴリトラ”を相手に勝利した最強の武神…それが帝釈天、それがこの男、帝釈天(インドラ)だ。

だが俺はどうしても訊きたい事があった。それは先日京都であった英雄派のテロに関わる事、そして…。

 

 

「訊きたい事がある」

 

「HAHAHA!ンだよ、正義の堕天使総督さん!そんな怖ェ顔してよぉ!俺様で良かったらなんぼでも答えてやんZE?」

 

「…神滅具所有者のことを、曹操のことを俺達よりも先に知っていたな?」

 

 

この男の配下である初代孫悟空が曹操の事を知っていたとイッセー達から聞いている。つまり帝釈天は――曹操の事を以前から知っていた。最強の聖槍を持つあの男と、接触を持っていた。

そう問うと、帝釈天は口の端を歪めつつ、愉快だと言いたげに笑みを見せる。

 

 

「で、それがどうした?俺様があのクソガキを知っていたとして、何が不満なんだ?報告しなかったことか?それとも…通じていたことかぁ?」

 

 

この野郎……ッ!自らバラしやがった!?

 

 

「何故俺様がテメェ等クソ共に、報告などせにゃならねんだ?ンな義務、俺様(神々)なんざにありゃしねぇZE?おう、ついでに言うとな?神滅具を持ったアイツを外に出したのはこの俺様DA。しばらく連絡なんぞしてねぇが、コイツからも報告を聞いて、随分愉快なお友達と楽しい事してるみてぇだNA」

 

 

「テメェ…インドラァ…ッ!!」

 

 

俺は怒気を含んだ声でその名を呼んだ。すると帝釈天が不敵に笑いを見せ――。

 

 

「HAHAHA!!――おう、誰がその名で呼んでいいと言った?」

 

 

次の瞬間、俺が見せた怒気を遥かに上回る怒気が圧となり、俺に襲い掛かって来た…っ!

 

 

「テメェ如きが俺様をそう呼んでんじゃねぇよタコ。確かにアザ坊、テメェの事はそれなりに認めてるZE?だがなぁ、コイツだけだぜ」

 

 

そう言って帝釈天は圧を若干弱め、従者とおぼしき白髪の青年の肩に手をかける。…何だか青年の方が少し、嫌がっているようにも見えるが…。

 

そのまま帝釈天は冷や汗を流す俺に、指を突き付けて来る。

 

 

「一つ教えてやるぜ若造。最近はどの勢力も和平や和議なんてもんを謳ってやがるがな、腹の底じゃ『俺らの神話こそ最高!他神話なんぞ滅べクソが』って思ってンだよ。例外はインド神話や日本神話くらいだZE。日本は特異に過ぎやがるし、インドはいずれ“カリ・ユガ”で滅び第十の化身(カルキ)が現出する事が確約してるからNA」

 

 

「まぁその前にアイツとだけは決着はつけるが」と僅かな間だけ真顔になり、それもすぐに消え再び帝釈天は俺にニヤリと笑いかけ。

 

 

「オーディンのクソジジイやゼウスのクソジジイだってそうだ。最近は甘々なだけだったがこれからは違う。互いが互いに牽制し合い、手出しできなくなる。そうなるよう、俺様は須弥山での戦闘を見せたからな。てかよ、テメェ等(聖書陣営)が一体どれだけの神話を民間伝承レベルにまで蹴落としたか分かってっか?各種神話でも見直せや。――…神ってのは相手を選ばず呪いや祟りを仕掛けてくるからな」

 

 

ふっとその言葉を最後に錘のように圧し掛かっていた圧が消える。…分かってんだよそんな事は。俺達聖書の陣営がどれだけの神話を害したかくらい。今だってそうだ。はぐれ悪魔や俺の目から隠れ、堕天使達は好き勝手にやらかしている。でもなぁ…恥知らずだと罵られようがこれだけは叫ばせてほしい。それでも今は建前ってのを張らねぇといけない時期だろうが…っ!

 

勢力図が変われば、人間界は簡単に滅ぶんだ…ッ!!

 

 

「ま、最近少し目立ち過ぎたからな。しばらくはテメェ等他神話と足並み揃えてやンよ。また明日な、アザ坊。あぁ、勘違いされるのが気に食わねぇから先に言っとくが、オーフィスが邪魔なのは俺様も同じだ。あとアイツは好きにした、だからテメェ等もあのクソガキを好きにしろ」

 

 

そう言って俺の横を、帝釈天は従者の男を連れて後にしようとする。…アイツってのは、曹操の事か?つまり今現在、帝釈天は曹操に…最強の神滅具たる“黄昏の聖槍”に興味がない…?

 

 

「――いや待て帝釈天!最後にもう一つ、訊きたい事がある!」

 

「…まぁなんぼでも答えるっつったのは確かに俺様か。良いぜ、何DA?」

 

「その男、その従者はお前が京都に使者として送った者…そうだな?」

 

 

初めは曹操の事だけを訊こうと思っていた。だがあの男を見た瞬間、その特徴がイッセー達から聞いていたものと同じだと、すぐに分かったのだ。

 

 

「あぁ、そうだ。確かにオレは一度、このインドラの命で遣いとして、京都に赴いた」

 

 

問いかけると、白髪の男は此方に一歩踏み出し、肯定してきた。

 

 

「お前は一体何者だ。さっきから気配を探っちゃいるが“神器”も宿していない、ただの人間にしか感じねぇ。だがそれじゃおかしいんだ。普通の人間が瘴気に犯される事なく、何故平然としていられる?イン…帝釈天と対等のように接するその姿も異常だ。何故それが許される?…英雄派が暴れた後、俺はもう一度京都に、“裏京都”に足を踏み入れた。イッセー達から話は聞いている。お前だろう?“裏京都”を焼き払ったのは…っ!」

 

「問いかけに一貫性がまるで無いぞ。堕天使の長ならば、もう少し整理して問う事をお勧めしよう」

 

 

コイツ…ッ!喧嘩売ってんのか!?

 

 

「HAHAHA!!最ッ高だなお前!普段はマジ殺してぇくらいウゼェが、聴いてるだけだと愉快痛快だな、こりゃ!」

 

「何がお前をそこまで抱腹絶倒にさせるのか良く分からないが、オレは当然の事を言ったまでだ」

 

 

キレそうな俺を置いて、互いに話し出す。そこには部下といった雰囲気はなく、まるで親しい間柄のようにさえ見える。

 

 

「おい待てよ!話を聞けお前等!」

 

「明日で良いだろ?どうせさっきアザ坊、テメェがコイツに訊いた事は全て、明日の試合終了後のパーティーで分かンだからよ」

 

 

そう言って今度こそ、帝釈天は背中を向けて再び観戦室から伸びる廊下を歩き出す。当然従者だろう男も帝釈天の後を追い…途中此方を振り向き。

 

 

(マスター)であるインドラが、お前に吐いた数々の失礼極まりない言葉を謝罪しよう。それとお前が“裏京都”と呼ぶあの異界、確かに崩壊寸前にまで追い込み、そこに住む者達を殺したのはこのオレだ」

 

「な…ッ!?やっぱりそうかよテメェ…!何でだ!何であんな事をした!あそこに住む連中が、一体何をしたってんだ!?」

 

何も(・・)。第三者たるお前からすれば、それは至極当然の怒りなのだろう。…聖書は読ませてもらったが、やはり書物に描かれたお前達とこうして出会い、話す姿は違うのだなと良く分かる」

 

「質問に答えろ!イッセー達から聞いたが、お前真の英雄を名乗ったそうじゃねぇか。けどな、俺は見たんだ!“裏京都”で焼け焦げた死体の数々を、その前で涙を流す遺族の数々を!一体お前のどこが英雄ってんだ!」

 

「堕天使の長よ、お前の言う事は尤もだ。だがお前がどれだけオレを貶そうと、オレが英雄である事に変わりない。それだけは変われない(・・・・・・・・・・)。たとえ何度蘇ろうとだ。それと何故、彼等を殺したかなど、決まり切っている。オレが殺すと決めたから殺した(・・・・・・・・・・・・・・)。それだけだ」

 

 

――絶句する他無かった。この男は、自らの意志であれだけの数を殺したのか?それでなお、自身は英雄だと!?

 

 

「…狂ってるよ、お前」

 

「だろうな。だがこういう生き方しかオレは知らない」

 

 

その言葉を最後に、今度こそ男は帝釈天の後を追っていく。

 

…俺はただ、その後ろ姿を見ているだけしか出来なかった…――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優しい男なのだな。お前が認めたあの男、アザゼルとやらは」

 

 

帝釈天の後ろを付き添い、カルナは初めて会ったアザゼルについて感想を呟く。

 

カルナが堕天使に会ったのは初めてだ。しかもそれが長ならば、さぞ強者なのだろうとカルナは考えていた。それはカルナがこれまで会った頂点に立つ者達が、シヴァやこのインドラ(帝釈天)などの長足るに相応しい実力を持っていたからだ。しかし実際にあぁして会い、カルナはアザゼルが並の戦士(クシャトリヤ)にさえ劣ると見抜き幻滅…したワケではない。むしろ彼の中で、アザゼルに対する評価はかなり昇っていた。

 

一勢力を纏め上げる者でありながら、力ではなく知恵での統率――力で抑え込む者は見た事がある。力と知恵で強欲に王座を欲した永遠の友の姿をカルナはすぐ傍で見て来た。しかしまさか、知恵回りだけで長の座に着くとはと、カルナは勘違いした(・・・・・)のだ。

 

 

「はっ、ありゃ優しいンじゃねぇ。甘ェだけだ」

 

 

そう言いながら帝釈天は片手をポケットに突っ込み、もう片方の手にはいつの間にか握られていた短剣を――一閃。

廊下が広がる景色が僅かにずれ、次の瞬間には何事もなかったかのように戻る。

 

 

「チッ、覗き魔オーディンめ…明日まで待てねぇのか」

 

「成程、先程の視線はかの北欧の主神、オーディンのものか。だが解せない。何故オレの正体を隠そうとする」

 

 

先程のアザゼルとの邂逅の際、カルナは名乗りを上げていない。何故なら今の(マスター)である帝釈天が、それを望んでいないと見抜いたからだ。

 

 

「サプライズだよ、サプライズ。てか一々誰か来る度にテメェの事を聞かれるなんざ、面倒ったらありゃしねぇ」

 

「…神々がオレに注目を?今回彼等がここに集ったのは、先程のブリテンの守護龍を宿した転生悪魔と、ギリシャ神話に名高きネメアの獅子を従えたあの悪魔を見る為ではなかったのか?」

 

「表向きはそうだ。でも実際は違う。どいつもこいつもテメェに夢中さ。須弥山でテメェが見せた戦いが、余程琴線に触れたらしい。…自覚しろカルナ、そんだけお前って英雄(存在)は重いんだよ」

 

 

どこか納得のいかない顔をカルナは浮かべる。彼からすれば“己程度の英雄はまだまだ存在するだろうに”と口に出さず、心の中で呟く。

その心境を帝釈天は悟ったのだろう。

 

 

「昔はな。でも今は違う。かつてであれば、さっきのネメアを絞殺した大英雄ヘラクレス。たった一人で万軍を相手に立ち塞がったクー・フーリン。この世界の担い手を神々から人へと授けた英雄王ギルガメッシュ。これだけじゃない、俺達神々が心底惚れてやまない英雄なんざいくらでもいた。…アルジュナもな」

 

 

だが、と帝釈天は一拍置き。

 

 

「今はお前だけだ。大英雄と呼べる存在なんか、今じゃお前しかいねぇ。まぁ北欧のヴァルハラなんかに行けば簡単に会えるだろうぜ?でもな、生きた英雄ってのは、それだけで俺達(神々)は手元に欲しがるんだよ」

 

 

無論英雄を、死者を生き返らせる方法などいくらでもある(・・・・・・・)。だがそれをしてしまえば世界バランスそのものがいずれ壊れてしまう為、そしてハデスなどの冥府に連なる場所を管理する者達に、結局は押収される可能性が高い為、とある“神滅具(聖杯)”を宿した者達以外誰もそれを成そうとはしなかった。

だがカルナだけは例外だ。何せスーリヤの手が僅かに入っていたとはいえ、誰が前世の全てを洗い流す理そのものである輪廻の輪を潜り抜けてなお、その高潔さ故に前世の全てを引き継いで生まれる者がいようとは神々でさえ想像がつかなかったのだから。

 

だから神々は求めた。英雄の代わりになるやもしれない“神器”を。事実“神器”の中には、かつてを彷彿とさせる力を宿主に与えるものまである。ある意味飢えていた神々がそれに飛びつかないワケもなく、この帝釈天も以前はそうだった。

 

 

「ま、俺様はお前なんかいらねぇけどな。さっさとその人生を謳歌して、ちゃちゃっとあの馬鹿の下へ帰りやがれ」

 

「約束された帰還だ、ならばそう急ぐ事もないだろう。そういえば先程の会話で一つ、以前浮かんだ疑問を思い出した。オーフィスの事だ」

 

 

数年前、まだ帝釈天に引き取られたばかりの時、カルナは今の世界情勢を教えられている。その中には当然、無限と夢幻を司る二匹の最強のドラゴンの事も含まれていた。

 

 

「グレート・レッド…真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)はまだ分かる。あれはつまり、人々の無意識下の集合体なのだろう?」

 

「正解だ。今俺様が所属している仏教では“阿頼耶識”とも呼んでいる。認識できない領域に存在する、人間という存在の根本だ。だからアレだけには俺様達神々は手を出さねぇ。何故か自我を宿して大昔、オーフィスと大喧嘩した時は焦ったモンだが…まぁ基本俺様達は放置している。何よりあれはまさに夢幻そのものだ。もうどうにかしようとかいう次元じゃねぇしな」

 

 

帝釈天の歩きながらの講義にカルナはフムと顎に手を添え、軽く頷き。

 

 

「だからあの当時、あのような存在はいなかったのだな(・・・・・・・・・・・・・・・・)。まだ人類の数が少なく、また世界の管理が神々の手にあったが故に」

 

 

かつてドゥリーヨーダナの命で世界(インド)を制覇したカルナではあるが、彼はその際グレート・レッドなど聞いた事も見た事もなく、だからこそ、グレート・レッドはそれぞれ独立していた世界が繋がり、人類が神々の手から離れたが故に発生したものだとほぼ正解に近い答えへと辿り着いていた。

 

しかし、だからこそオーフィスの存在理由が分からない。

“夢幻”は確かに人が人として存在する為に必要なのだろう。では“無限”は――?

 

 

「ある種の(さか)しまだ。グレート・レッドが“人が存在するが故の結晶”であるのに対し、オーフィスは謂わば“世界が一つとなった象徴”だ。元々は各神話が治めていた世界――宇宙、真理とも呼べるモンが互いにぶつかり統合され、その時落ちた世界の欠片のようなものが集まったのが無限龍オーフィスだ。ある意味神々が秩序を担っていた過去の遺物とも言える。だからこっちは別にいくら手を出そうが今の世界に何ら問題無ぇし、だからアイツがいくら古巣である次元の狭間に帰ろうとしても、グレート・レッドが許さねぇし勝てねぇ。“蛇”と言われる所以はどの神話においても蛇が永遠の象徴だからだ。同時に様々な特徴も受け継いでいる。以前はジジイだったが、今はロリっ娘になってんのが良い証拠だ。ごちゃ混ぜなんだよ、色々と」

 

(アヒ)であるがゆえの帰巣本能。いや、この場合はオレとアルジュナのようなものか」

 

「…まぁンなモンだ。結晶体であるグレート・レッドと違い、オーフィスは謂わば無限に最も近いだけ(・・・・・・・・・)だ。それに元々はバラバラだった世界の集合体。“蛇”に形を変えた力を分け与えられンのも、その名残りだな。その分当然本体は弱体化するし、殺そうと思えば当然殺せる」

 

 

長話で疲れた――そう言葉を切り、背中をカルナへと向けたまま帝釈天は手をプラプラと気だるげに振り、伸びをしだす。

 

 

「さぁて、見るモン見たしさっさと悪魔共が用意したホテルに行こうぜ。さっき飲んで思ったが、意外と冥界の酒って美味いな。どうせ明日のパーティーまで暇なんだ。お前も付き合えカルナ。浴びる程飲んで寝れば、丁度夜になってンだろ」

 

「…待てインドラ。お前まさか、明日の試合を見ないつもりか?」

 

「あん?そうだぜ。何だその意外そうな顔」

 

 

まさに帝釈天の言う通り、カルナは僅かに目を見開き、驚きの表情を作る。

 

 

「お前…明日はヴリトラが出るんだぞ。それをヴリトラハンたるお前が見ないなど…」

 

 

「ありえないだろ」――そう言いたかった。だがカルナは途中で言葉を止めざるを得ない。

振り向きカルナを見つめるその顔が、どこまでも無表情に染まりきり、カルナでさえその無貌に気圧されたからだ。

 

 

「おい、イイコト教えてやるよ。――ヴリトラなんざ、ここにはいねぇ。俺様が殺した。殺し尽した。それが全てだ。なら“神器”に宿ったアレは何かって?パチモンに決まってんだろ。死んだんだよ、ヴリトラは。俺様が滅ぼした。邪龍だぞ?アイツは。この俺様を殺す為だけに生み出された、この俺様が何よりも恐れた存在が…なぁ、それが実は生きていて?バラバラにされているとはいえあんな英雄ですらねぇ、クッッッソみてぇなガキ共に良いようにされるワケがねぇだろ」

 

 

それは所謂闘気でも、殺気でもない。ただドロドロとした感情が帝釈天から垂れ流され、空間が歪みを見せ始める。

 

普通ならばこの話はここで終わりだろう。だがカルナは…頑固に過ぎた。

 

 

「だがあれは間違いなくヴリトラだ。オレはかつて、お前とあの大いなる(アヒ)が死闘を演じた場所へ赴き、ヴリトラが残した気配を体感した事がある。オレでさえそうなのだ。それをお前が…ヴリトラハンたるお前が認めずして、誰があの(アヒ)をヴリトラだと認める」

 

 

珍しく食って掛かるカルナだが、そこにはカルナの…いや、あの時代を生きた一人の英雄としての思いがあった。

つまるところ…カルナは憧れたのだ。

 

彼が生まれる遥か以前に演じられたインドラとヴリトラの死闘。その場所へ赴いたカルナは目を瞑り、瞬間閉じた視界に映し出されたのは凄まじいまでの殺し合いの数々。

朝、昼、夜。更に形ある物では決して殺せない、スーリヤの鎧に下手をすれば匹敵する凄まじいまでの不死性を宿したヴリトラだが、帝釈天(インドラ)はかつて、夜明けに泡を用いてこの邪龍を討伐した。だが無論、ヴリトラとてただやられるばかりではない。海すら塞き止める巨体。彼を殺す為だけに生み出されたその身は、悍ましいまでの呪いに包まれ帝釈天(インドラ)を押し潰そうと迫り、帝釈天(インドラ)もまた負けじと泡の武器とヴァジュラを振り翳し、天すら揺らす咆哮を喉奥から轟かせ、まさに神々の王として立ち向かい、果てに何とか殺す事ができた。

 

カルナが視界を開けた時、彼はその場で最大限その戦いを讃え、称賛した。

 

まさにこれこそ、後世に残されるべき英雄譚だと――だからこそ、せめてインドラにだけは…古代インドの時代に生きた者達全てが憧れたヴリトラハンにだけは、そんな否定の言葉を吐いてほしくなかった。

 

 

「ヴリトラハンならもういねぇ(・・・)、その名は返上したからな」

 

 

だがその憧れた存在は…帝釈天がカルナに返した言葉は無常に尽きた。

 

 

「だから終わりなんだよカルナ。この話はこれで()めぇだ。…俺達の物語はあの時終わってたんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……耳を澄ませば大歓声が、この戦いの結果を見ていない者達にもどうか伝わってくれと願うようにこのアグレアスを包み込む。

 

 

『二日にかけて行われた、このアグレアスドームにおける第二試合スクランブル・フラッグ、何と何と!下馬評や予想を大きく覆し、勝利したのはシトリー眷属!ソーナ・シトリーチームの勝利です!!』

 

 

ソーナ・シトリーが率いる若き悪魔達は、その喝采を存分に浴び、また応えるように右手を大きく掲げる。それは当然の事。

 

勝者としての当然の権利を彼等は険しい試練を乗り越え、ようやく手に入れたのだ。だがソーナは勝って兜の緒を締める。

 

彼女の夢はようやく始まるのだ。

“誰でも身分に関係なく通える学校を創る”――これでようやく、目指す事ができる。

 

彼女達は今ようやく、始まる権利を得たのだ。

 

称賛が贈られる。だがその中でただ一匹、黒炎を燻らせるその邪龍は探せども見つからぬその姿を探し――。

 

 

(…そうか…やはりお前はもう、我の前に姿を見せてくれなんだか…)

 

 

一つの物語が今ようやく始まりを見せた時、かつて誰もが憧れた英雄譚はついぞ再び紡がれる事無く、誰の目にも止まらず泡沫のように消えていった。

 

 

 

 

 

 

レストルームへと通された俺は、普段慣れないその衣装――スーツへと袖を通していた。

 

と言うのもこれから二日にかけてこのアグレアスで行われたレーティングゲーム、その閉会式を兼ねたパーティーへと出席する為だ。

今回は多くの神様達が集まっているということもあり、普段正装として着用している制服ではなく、こうして明らかに高そうなスーツへと着替えているんだけど…。

 

 

「つぅ~!まだ身体中が軋んでイテェ!」

 

 

サイラオーグさんから受けたダメージが、まだ身体に残っている。パーティーに参加する為に、レイヴェルが作ってくれた“フェニックスの涙”を使わせてもらったにも拘わらずだ。

 

 

「あはは、僕もだよイッセー君。身体中が痛くて堪らないや」

 

 

木場も俺と同じく、鈍く続く、身体の奥から滲み出る節々の痛みに、眼尻に僅かに涙を浮かべながら、それでも俺達は笑顔で笑い合っていた。

 

互いに格上とも言えるサイラオーグさんを相手にこうして勝つ事が出来た――昨日はまだ実感が湧かなかったけど、一夜明けた今、ようやく沸々と喜びが溢れ出て、それが表情にも出てしまう。

 

と、少し急いで着替えないと。

パーティーの用意を始める前、レイヴェルから男は着替えを早く済ませ、後からやってくる女性のエスコートをするものだと言われたのだ。

 

それを思い出し、イタタと軽く口に出しながら今着ているシャツを脱ぎ、用意された上等なカッターシャツを着ていると。

 

 

「…すごく良い身体付きになったねイッセー君、少し触ってもいいかい?」

 

 

なんて事を木場が突然言い出して来た!

 

 

「な、何だお前!いきなり!?ま、まさか本当にそっち方面に目覚めたとか、そう言うんじゃねぇよな!?」

 

「いや、無いからね?流石に。ほら、僕って君と比べたら身体の線が細いじゃない?これでも男だし、やっぱり君みたいなガタイに憧れるんだよ」

 

 

それに木場はその戦い方の特性上、素早さを損なわないよう普段の筋トレでも、余分に筋肉が付きすぎないよう調整している。

多分、俺達グレモリー眷属の中で一番ストイックなのは木場だ。だから口ではこう言いながらも多分、木場がこれ以上筋肉を付けることはまずない。

 

 

だからだろうか?俺はこの友人兼、誰よりも誇らしい騎士様のお願いを聞くくらいならと魔が差したのだ。

 

 

「…まぁ、鍛えた筋肉を褒められるのは嫌いじゃねぇし、良いぜ。でも少しだけな?早く部長達を迎えに行かないと」

 

「ホントかい?ありがとう!大好きだよイッセー君!」

 

「だから止めろって!気持ちワリィ!…ほらよ」

 

 

ボタンを掛ける前だったシャツの前を大きく開く。すると「じゃあ遠慮なく」と木場が手をこちらに伸ばして来た――その時。

 

 

コンコンコンとノックが部屋に響く。

 

 

「イッセー先輩達、いつまで着替えてるんですか?男の人って早いイメージ…が………」

 

 

すぐに扉が開き、中に入って来たのはドレスコードを終えた小猫ちゃんだった。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

俺と木場は互いに無言のまま、伸ばした手とこれ見よがしにと開いた胸元をそのままに、小猫ちゃんに視線を集める。すると小猫ちゃんは頭部にある耳をピンっと何かに気づいたように伸ばし。

 

 

「スミマセン、お邪魔しました…にゃあ」

 

 

断りを入れてそっと扉を閉めようとし始めた…って待て待て待てい!!

 

 

「大丈夫ですイッセー先輩、部長にはちゃんと黙っておきますし、たとえ先輩と木場先輩がそういう関係でも大好きです。にゃあ」

 

「ありがとう小猫ちゃん!でも人の話はちゃんと聞いてほしいなぁ!?」

 

「そんな…僕にあれだけ無理やり触らせようとしながら…酷いよイッセー君、くすん」

 

「くすん、じゃねぇぞ木場テメェエエ!!ややこしい悪ノリなんかかましてんじゃねぇ!!」

 

 

お前マジぶっとばすぞ!?と割と本気でキレながら、急いで開けたシャツのボタンを閉める。すると木場がクスクスと笑いながらゴメンと謝って来た。お前ホント良い性格になったなぁ!?

 

 

「私も冗談ですよ?あ、でも急いだ方が良いのは本当です。そろそろ部長や朱乃先輩も終わる頃だと思うので」

 

「え、まじ?やべぇ、急ぐぞ木場!」

 

「うん。小猫ちゃんは外で待ってて?すぐ終わると思うから」

 

 

分かりましたと返事をして、小猫ちゃんが出て行き、今度こそ俺達はいそいそとスーツを着ていくのであった。

 

 

 

 

 

「お待たせイッセー。どう?似合ってるかしら」

 

 

何とか間に合う事が出来た。そう思っていると後ろから声がかかり、振り向くと部長を筆頭とした女性陣が!

 

 

「さ、サイコーに似合ってます部長!」

 

 

サムズアップしながら、思わず鼻の下を伸ばしてしまう。

紅色の髪の毛に良く映える、深紅のドレスを身に纏った部長は、活発そうなイメージと共に、令嬢然とした雰囲気を全面に押し出していた。特に目が行くのはやはりおっぱい!おへそのすぐ上まで空いたドレスの装いはも、もしかして…!

 

 

「ふふ。えぇ、頑張ったアナタに喜んでほしくて、大胆にしちゃったわ。でもこのままだと、色んな人の視線に晒されちゃうから、ちゃんと私の隣で牽制して、ね?」

 

「は、はい!!お任せ下さい!!」

 

 

拳を握り、しっかりと部長のおっぱいを目に焼き付けながら宣誓する。すると右手にむにゅりと何やら柔らかな感触が伝わり、そっちに目を向けると朱乃さんが抱き着いていた!

 

 

「あらあら、リアスばかりズルイですわ。私だってイッセー君に見てほしくて、しっかりおめかししてきたのに」

 

 

そう言って怪しげな笑みを浮かべる朱乃さんも、自身の髪の毛の色を意識したのだろう。少し緑がかった所謂鴉の濡羽色に見える黒いドレスは深いスリットが入り太ももを大胆に晒したもので、同じ色の黒いレースのかかった手袋がまた危うい色気を醸し出している。

 

 

「いやいや!朱乃さんもスゲェ綺麗です!てかすごいエロイです!」

 

「ありがとう。初めの方はすごい嬉しいけど、でも最後のほうは全然ダァメ。お詫びに今からわ・た・しだけを始めから最後までエスコートしてくださると許してあげます♪」

 

 

は、初めから最後まで…だと!?そ、それはどこから始まりナニで終わると考えればいいのでしょうか…っ?

 

 

「う~…部長や朱乃さんばかり…!イ、イッセーさん!私もちゃんと見てください!」

 

「そうだぞイッセー。私達だってお前に見てほしくて、しっかりと見てくれを気にして来たんだ!さぁ、見ろ!穴が空くほど見て良いぞ!」

 

 

おっと、そうこうしていると今度はアーシアとゼノヴィアからも声が上がって来た!(てか見てくれなんて言い方、女の子から初めて聞いたぞ…)

なのでそっちの方を見てみると…おぉ!

 

 

「綺麗だよアーシア、すごい似合ってる!まるで絵本から出て来たお姫様みたいだ」

 

 

駒王が誇る二大お姉様とは違い、アーシアのドレスは純白の、いたって極普通のドレスだった。でもそれがアーシアの純情さを良く出していて、これ以上ない程似合っていた。

ゼノヴィアもそうだ。色は朱乃さんのような黒だけど、どこか小悪魔的な雰囲気のするデザインとなっている。

 

「えへへ、ほ、ホントですか?私、こういう雰囲気にまだあまり慣れていないので、今日はイッセーさんに傍にいてもらえるとすごい安心すると思うんですけど…」

 

 

「駄目ですか?」――そう言いながらこっちに近寄り、スーツの袖をちょこんと摘まみ上目遣いでこちらを見上げて来るアーシア。

な、何て高等技術を何時の間に!?一体誰がこんな事教えた!?マジグッジョブ!!

 

 

「……私の時は一切何の反応もしなかったクセに。胸ですか?やっぱり先輩はおっぱいしか認識できないんですか?サイテーです」

 

「ち、違うからね小猫ちゃん!?あの時はもうそれどころじゃなかったから!だからそんな冷めた目で俺を見ないで!お願い!」

 

 

そうやって必死に小猫ちゃんに頭を下げてると、「何かあったんですか?」とギャスパーが聞いて来た。…ってアレ?

 

 

「そういやお前、今までどこで着替えてたんだ?てか何でお前も女の子みたいなピンク色のドレス着てんだよ!?」

 

 

しかもミニスカート!すげぇ似合ってるし!

 

 

「ひ、酷いですよぉイッセー先輩。ボクも先輩達と同じ部屋でちゃんと着替えてたじゃないですかぁ!」

 

「はぁ?いやお前どこに…いや待てよ?確か部屋の隅でガサゴソと何か段ボールが擦れるような音が聴こえたような…」

 

 

ま、まさかコイツ、着替えまで段ボールの中で!?良く出来たなおい!

 

 

「あれだけ昨日暴れておきながら、皆元気ですねぇ。…まさかこれが若さの違い?わ、私もまだ一応10代なのに…」

 

 

一番奥では何故かロスヴァイセさんが項垂れていた。何やら黒いモヤのようなものが出ている気もするけど、それでも絵になるなぁなんて思ってしまうのは、流石美人だなと考えてしまう。

 

そうこうしていると、部長が手を鳴らして注目を集めた。

 

 

「ふふ。さて、私から始めてなんだけど、そろそろ行きましょ?何より今回の主役はイッセー、貴方よ。今日の試合で勝ったソーナ達もそろそろ向かう頃だし、私達だけかなり遅れるってのは流石に怒られるでしょうし、見に来た神々もきっと、早くイッセーとお話ししたいと思ってるに違いないわ」

 

 

はい!と眷属皆声を揃えて歩き始めた部長の後に続く。そうだよな、流石にみんなもう会場に入ってるだろうし、何より今回はオーディン様をはじめ、各方面の神様が大勢集まってるってアザゼル先生が教えてくれた。

 

 

「そう言えば部長、アザゼル先生は一緒じゃないんですか?この場に見当たらないですし」

 

「もう、イッセーしっかりしてちょうだい。彼なら先に行くって昨日の夜、報告しに来たじゃない」

 

 

…そういえばそうだった。

先生もあらゆる方面にコネを持った、所謂大御所だ。だから先に顔合わせしたい相手が多いからと、先に行って待ってるって言いに来た事を緊張からか、完全に忘れてた。

 

 

「ねぇリアス。やっぱり彼は今回来ないの?」

 

 

ちょっと失敗したと、気を引き締めていると今度は朱乃さんが部長にそう聞き出した。

 

 

「えぇ、彼は…サイラオーグは来ないわ」

 

 

少し残念そうな部長の表情は、この場全員の心境を表していた。

サイラオーグさんとその眷属は、今回のパーティーに出席しない。そう聞いたのは昨日のベッドでだ。

 

 

【今回のパーティーはお前達、勝者を讃えるものだ。ならば敗者である俺が赴くのは、見当違いというものだ。楽しんで来い。そして存分に喝采を浴びてこい。お前達にはその権利がある】

 

 

残念だと思った。同時に勿体無いとも。

サイラオーグさんの夢、魔王になるという夢には、様々な困難と、同時に大勢の協力者がいる。だがその協力者達は昨日の試合でその殆どが離れてしまったとアザゼル先生が教えてくれた。でも、ある意味その頑固さは、あの人らしいなと納得できた。

 

どこまでも真っ直ぐで、どこまでも尊敬できる男。きっとこれから先の長い悪魔生、俺があの人を尊敬する気持ちはどこまでも変わらないのだろう。

 

 

「イッセー君、念の為に聞いておくけど」

 

「あぁ、大丈夫だ木場。今度はきちんと思い出した」

 

 

俺がサイラオーグさんに思いを馳せていると、木場がそう耳打ちしてきたので大丈夫だと頷く。

 

「帝釈天が来ている。それとお前達の前から姿を消した、あの使者もだ」――昨晩アザゼル先生にそう教えられた時には、思わずその場で文句を言いに行こうとした。でも相手は所謂国賓だと先生に止められ、また目を付けられないようにと今日も自重しろと言われたのだ。その最後の方で先生は、こうも言ってきた。

「あの使者には本気で関わらないほうが良い」と――何でも昨日俺達の試合のすぐ後、先生はその帝釈天の下へ行き、あの使者と顔を合わせたそうな。そう教えてくれた時の先生を思い出せば、そうおいそれと近づきたいとも思えなくなってしまった。

 

 

「…ごめんなさいイッセー。でもアザゼルの言う事は正しいわ。下手をすれば、お兄様たち魔王様方にも迷惑をかけてしまうし」

 

「いえ、誰よりも京都の事を残念に思っているのが部長だってこと、俺知ってますから。だから大丈夫です」

 

 

そうだ、この中で一番文句を言いたいのは、あの独特の文化を誰よりも愛した部長だ。

少しでも不安を取り除ければいいなと、軽く笑えば、笑い返してくれた。うん、やっぱり部長は笑顔が一番似合うぜ!

 

 

長い廊下を歩く。その道中、此方に気づいた悪魔の方達が軽く会釈をしてきて、こっちも返していると、ようやく目的の会場に到着できた。

 

 

「…ん?部長、あれってもしかしてアザゼル先生じゃ…」

 

「え、ホントだわ…アザゼル!どうしたの!?」

 

 

木場が気付き、部長の声をきっかけに皆一目散に会場前の扉に座り込む、アザゼル先生のもとへ向かう。

近づけば先生の顔が真っ青になっており、酷く項垂れていた。

 

 

「……よぉ、お前等か。まずはめでたい席だ。おめでとさん」

 

「今の貴方にそう言われても、全然嬉しくなんてないわ。一体どうしたのよ…」

 

 

部長が心配そうに顔を覗き込み、周りで心配していた給仕と思われる人達に何があったのか話を聞こうとすると、先生がへっと軽く笑い。

 

 

「すまねぇリアス、すまねぇお前等。…あぁそうだな、俺達はまんまとお膳立てに利用されたワケだ。クソ、昨日の時点でまずおかしいと気づくべきだった。本当にすまない」

 

 

何度もそう謝る先生に、俺達はただ戸惑うしかない。酷く後悔したような感じだけど、本当にこの短時間で何があったんだろう?

 

 

「釈迦の掌じゃなく、全ては帝釈天の掌だったのさ。この日の為、周到に用意された…な。酷い比較だぜこりゃ。イッセー、お前も立派な被害者だ。何せ赤龍帝と大英雄じゃ、比べものになんねぇからな」

 

「だ、大英雄…?さっきから先生、何の話をしてんすか!?」

 

「あぁ、そうだよな…ワリ。会場に入れ。俺の言いたい事がそこに全て、広がってる」

 

 

そう言って、先生はようやく立ち上がり、俺達を後ろから促すように押して来た。俺達も何があったのか知るために意を決し、会場の中に入る。

 

 

 

そこには京都で会った、黄金色のピアスが特徴的なあの使者の男と――試合を見に来ていたであろう全ての神々が、彼を取り囲むように群がっていた。

 

 

 




ようやくこの時まで持ってこれた…(泣
ホントにキャラ多すぎると途端に動かすのが難しくなりますね(汗


帝釈天に「返上」と表現させましたが、これこそが彼のヴリトラに対する思いを表してます。

流石にオーフィス達を拡大解釈し過ぎましたかね…?
一応詳しい解説を活動報告に乗せておきます。
何故か自分の中で【無限】=世界の理、【夢幻】=人の理みたいになったんです。
(笑えよ厨二全開だよ)

次回投稿はおそらく11月もしくは12月になると思われます。
ちょっと本気でイラスト書かなきゃいけないので。



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誓いの数は多けれど、守る者はただ一人。

ただいま。


パーティー会場へと繫がる廊下を、フラフラと彷徨う影がある。その表情はまるで死人のようでさえあり、後ろに付き従う幽鬼のように色白な青年に負けず劣らずと言えるほど、その顔色は悪い。

 

 

「ア゛―…タマイテェ…完全に飲みすぎたな」

 

 

ウプっと口を押え、壁に寄りかかるその正体は最強の武神と称される帝釈天に他ならない。彼がこれほどまでに弱っている理由は単純明快。

 

 

ただの二日酔いである。

 

 

「まさに道理だな。調子に乗りすぎだ」

 

 

その後ろで腕を組み、どこか呆れたような表情を向けているカルナ。彼も昨夜はこの帝釈天(酔っ払い)に付き合わされ、かなりの量のアルコールを摂取しているのだが、今にも口から汚いヴァジュラを吐き出しそうな帝釈天とは打って変わり、こちらはケロリとした表情でいつも通りの調子を見せている。

 

 

「ウルセェこのボケ。てかテメェどんだけ酒強ぇンだよ!?明らかにそのガリガリの体に入る容量超えてただろ!?」

 

「知らんよ。今生では飲む機会がまるで無かったが…そういえば前世において、一度も酔った覚えがないな」

 

 

ふと思い出すのは友であり、主君だったドゥリーヨダナと酒を酌み交わした時のことだ。彼が潰れる直前「お前とはもう二度と飲まない」と回っていない呂律で確かに言われた。

あれはかなりショックだった。ただ自分はごく普通に飲んでいただけなのに……。

 

 

 

「マジかよ…お前とはゼッテェ二度と飲まねぇわ」

 

「お前もかインドラ…ドゥリーヨダナといいお前といい、全て自業自得だ。オレはただ、普通に飲んでいただけだぞ?」

 

「ペースが尋常じゃねぇんだよお前!!しかも顔色一切変えないまま黙々と飲むから潰したくなンだ~~っ!?…あぁクソ、頭に響くから叫ばせんなよ…」

 

 

事実なのだろう。そう言って帝釈天は壁に寄りかかり、こめかみを掴むように顔全体を手で覆う。

 

 

「インドラ」

 

「あぁ?ンだよ、くだらないことだったらマジヴァジュるぞテメェ…」

 

 

名を呼ばれ、思わず振り向くと、その眼前には水の入ったペットボトルが迫っていた。いくら二日酔いに悩まされようと反応できない帝釈天ではない。咄嗟に身構えパシンと空中で掴む。最初は体が反応しただけであり、頭が追い付かず訝し気な表情を浮かべていたが、合点がいったとその場で蓋を開け一気に飲み干し、ゴミとなった空のペットボトルをその場に捨ててまるで何事もなかったかのように歩き出す。カルナはそんな帝釈天に小言の一つも言わずに拾って後を追う。

 

 

「…先程から思っていたが、誰とも会わないな」

 

「だろうな。普通にもう遅刻の時間だ」

 

 

なら急いだほうがいいのでは?とカルナは思うが、そもそも分かってやっていることだ。ならばこれは、一々言うことでもあるまいと口を噤み、廊下には互いの足音だけが木霊する。

 

 

その沈黙が嫌だったワケではない。そもそもカルナという男は、無駄に話すこともなく、どちらかというと行動で語る男だ。

だがどうしても、帝釈天には聞いておきたいことがあった。

 

 

「なぁ、覚えてるか?」

 

 

突然の問いかけ、そこには主語も何もない。しかしカルナは、彼が何を聞きたいかすぐに把握する。

 

 

「あぁ、オレがお前の世話になるのは、今日この時をもって終わりだ」

 

 

それは血の繋がらぬ己を我が子と育ててくれた養父母の元から離され、一人畑を耕し、現世の知識を蓄え、学べる素晴らしさに歓喜していた日々。それが終わりを迎えた日、帝釈天が口にした一言。

帝釈天としては続けて、これからどうするんだと聞きたかった。親の元へ帰るのか、それともまだ見ぬ強者を求め、研鑽を続けながらこの広がった世界を旅するのか。

 

正直どれでも良い。己としてはスーリヤの元へ必ず返すという誓いさえ守れれば。

後はコイツの自由だ。その為に可能性を広げ、神々でさえそうおいそれと手を出せなくなる程度には鍛え上げた。

 

帝釈天は必ず否定するだろう。だがそれは人を導く、神としての在り方だった。

 

 

だからだろう、帝釈天が問いかける前にカルナはこの10年近くの出来事を思い出しながら、ポツポツと彼の背中へと声をかける。

 

 

「アルジュナの父であり、我が父スーリヤの宿敵たるお前にあまり言いたくはないが……感謝している」

 

 

まさかあのインドラが己を保護し、こうして世話を焼いてくれるなど、この【貧者の見識】と名付けられた(スキル)を持つ自分でも想像していなかった。あの時、眼前にこの神々の王が現れた際、カルナはこの男に殺されることすら覚悟していた。

 

むしろそうでなければおかしい――それこそが普通だといえる関係性なのだ、この二人は。

 

 

まだ血の繋がらぬ己を本当の息子として慈しんでくれた父と母の元にいたあの時は、こうして見分を広めることができるなど想像すらしていなかった。毎日土を弄り、見守ってくれる(スーリヤ)に感謝し祈りを捧げ、誰に見せるでもなく自らを鍛え続け……そのままひっそりと天寿を迎えるつもりだった。

カルナは幼少の頃から、心のどこかで気付いていたのだ。

 

 

「お前の言う通りだ。この世界にはもう、英雄は存在しない。()()()()()()()()()()。世界の情勢を教えてもらい、改めてそう思えた。人々はもう、自らの足だけで歩いて行ける。オレ達は必要ないのだと」

 

 

今のように機会がなければ、カルナは先程の記述のように世間に知られず生活していただろう。だがカルナはこうして、彼が知らなかった土地を歩いている。そのきっかけを与えてくれたのは間違いなく目の前の男なのだ。だがその帝釈天は、カルナの感謝の言葉に何も返さない。いつものように、背中を彼へと向け歩くだけ。

 

カルナはこの光景が少しだけ好きだった。別れの時が近づきようやく気付けた。

カルナは父であるスーリヤの姿を知らない。彼が一度もカルナの前に姿を現さなかったのだから当然だ。

 

だからだろう。

 

 

 

カルナは知らず知らずの内に、何かと世話を焼いてくれたこの()()に、父の姿を重ねていた。

 

 

「そうか…恩を感じるというのなら、それは返してもらわなきゃならねぇ。――だから誓え、カルナ」

 

 

感謝の言葉を最後に、沈黙を破るかの如く帝釈天が口を開く。だが視線は前に固定され、決して後ろ(カルナ)を振り返ることはない。

 

 

「何があっても()の槍と、スーリヤの鎧を手放すな。良いか?それが僧侶(バラモン)だろうと誰に頼まれようと…それが俺であったとしても、決してその二つだけは施すな」

 

「分かった。お前の名に誓おう」

 

 

「もう一つ」――そう言って帝釈天はようやく振り向く。その顔にはいつもかけているサングラスはなく、紅玉と称せる程に燃え滾る赤い瞳がカルナを射抜いていた。

 

 

「もう一つ…誰であろうと、決して負ける事は許さねぇ…。何と言おうと、お前は英雄なんだ、カルナ。このインドラが認め、そして我が槍を授けた英雄なんだ。お前の行く先には必ず戦いが待っている。お前もそれを望んでンだろ?なら負ける事は許されねぇ…()()に恥を掻かせんじゃねぇぞ…ッ」

 

「愚問だな。それは父からこの木槍を受け取った際、すでに誓っている」

 

 

そう言ってカルナは、空間からあの木槍を取り出す。

父が削り出して早20と幾余年。大英雄が振るうにはあまりにもお粗末としか言いようのないその木槍こそ、カルナが自らに立てた誓いの証。

 

 

「我が父が授けてくれたこの木槍、そして今も我が身の安全を祈ってくれているであろう我が母。否、前世を含めた4人の父と()()()()に、そして我が好敵手たるアルジュナに誓おう。オレは…もうあの男にさえ負けないと…っ!!」

 

 

ふわりと肩にかけたコートが揺れる。風でもなければ魔力を放ったワケでもない。カルナの確固たる意志が目に見える形で放たれ、それは暖かな日差しのように彼らが存在する廊下を包み込んだのだ。

 

覚悟を見届けた。誓いを確かに立てた。ならもう言うことはないと、帝釈天はサングラスを掛け直してふと、思い出したかのように一言。

 

 

「…あぁ、出立する前に一度須弥山に寄れ。お前に渡すモンがある。傍に置くも、捨てるも()()もテメェの自由だ。()()()()()()()()()()()()()

 

 

何を指しているのか答えるつもりはない。彼の背中がそう語っていた。

気にはなる。が、主が話すつもりがないなら、それでいいのだろうと、再びカルナは後ろに付き添う。

 

 

いびつに歪んだ…でも、確かな温かさがあった日々が終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

朗らかな笑みを浮かべ、己に話しかけてくるこの魔王サーゼクスは確かにこの冥界における英雄と称して良いだろう。だが違う。

 

先のレーティングゲーム。以前、直にこの目で見た赤龍帝は、確かにこの短期間で凄まじい成長を見せ、優勝確実とされていたバアルの跡取りとの殴り合いに勝利し、名実ともにこの冥界におけるヒーローとなった。だが違う。

 

 

違うのだ。…北欧の主神、オーディンが見たいのはこの程度の存在ではない。英雄がその程度で良いはずがない。

 

 

「どうでしたかなオーディン様、我々が誇る若手悪魔達の試合は」

 

 

ニコニコと上機嫌なこの魔王(サーゼクス)は、さぞ彼らを褒めてほしくてしょうがないのだろう。

 

 

「ほっほ、うむ。あの赤龍帝、また面白い技を身に着けておったのう」

 

 

髭を撫でつつ、無難な言葉を選び口にする。それ以外に何を言えばいいのか…褒めろとでも?確かに近年稀に見る戦いではあった。

 

知恵勝負も良し。ゲーム性を競うも良し。だがこのオーディンが最も好むのは、あのように熱い血潮を滾らせ無我夢中で互いを打ち合う原始の決闘。その点ではまぁ、良かったとこの目の前にいる若造に告げても良いやもしれない。

 

だが…もう無理なのだ。

 

簡単な話を済ませ、そそくさとその場を後にする。その際、オーディンはお付きとして連れてきたバルキリーに問いかける。()()()と。

 

 

「はい、須弥山から帝釈天様、及びインド神話のシヴァ様の姿はまだ見えておりません」

 

 

事務的な、このように目と耳が多くある場だからこそかもしれない、無機質な返答に思わずオーディンは舌打ちをしたくなる。

 

ロスヴァイセを悪魔に()()()()()()のは間違いであり、早計だった。同盟を求めたからこそ此方は差し出し、また彼女自身があまりにも若年かつ、早く結婚したがっていたにも拘わらずその小姑染みた言動と行動から、北欧でロスヴァイセを欲しいという男が皆無であり、その様子があまりにも可哀そうに見えたから送り出したのだが…。

 

後ろに付き従うこのバルキリーは見た目は良い。胸もでかいし仕事も遥かにロスヴァイセより出来る。しかし何というか…面白味がない。

 

揶揄い甲斐が無い。だからセクハラしようとも思えない。男受けという点では、遥かにロスヴァイセの初心な反応の方が良かっただろう。

 

 

そしてあの大英雄――()()()()()としても。

 

 

我慢が出来なかった。そもそも我慢できるような気質なら、時間をかけて全ての知恵を収集している。この目をミーミルの泉へと捧げる事もなかった。

オーディンは帝釈天がその視線に気づき、パスを切った僅かな時間で見えたカルナの正体をすぐさま看破し、その高潔さ、その英雄としての格の高さにすぐに欲しくなった。もはや()()()()()()()()()()のこのパーティーですらどうでもよく、早く終わってほしくて仕方なかった。

我慢など出来ない、会いたい。向こうが此方に来ていると分かっていても、今すぐ()()()()()()()()()()()()したくなる程に……っ!

 

しかしそんな事が不可能な事など、態々考えるまでもない。【知識】に繫がり見たマハーバーラタ。巨石に潰されようと何事もなく復活した姿と、そもそも破壊神シヴァ本人が破壊困難と謡うスーリヤの鎧がある限り、カルナはまさしく不死身の英雄だ。

 

 

ならどうする?どうすれば、あの輪廻の理すら跳ね除ける強靭かつ高潔な魂をグラズヘイムに招き、永遠に自らの手で愛でる事ができる?

 

 

 

 

 

「どうするって言われてもなぁ…そもそもオーディン、お主天帝が連れてきた男があのスーリヤの子であるなど、どうやって知った?なぁ、ポセイドン」

 

「俺に話を振るでないゼウス。だが…そうか、我等はあの男が“青銅”か“鉄”かを見極めに来ただけだが…ハデスが帰ったところを見るに、まぁ“鉄の種族”なのだろうよ。しかしとんでもない名前が出てきたものだな」

 

 

答えは簡単。欲しいから、手放さざるを得ない状況に(多方面から)追い詰めれば良いじゃない…!

 

 

三大勢力の思惑とは異なった理由で来た各神話の代表達。件の男が英雄に属する者と当りを付けていた彼らだが、流石にあのインド神話でおいてすら、十指に入るとされるカルナの名に驚き、またそれ程の力を帝釈天が所持していたことに難色を示し出す。その様子にニヤリと裏で笑うオーディンの姿は流石、古い時代アイルランド(イギリス)に根付いたケルトの英雄、彼が所持していた槍の原典とされるグングニルを持つとさえ言えよう。

つまるところオーディンは“英雄狂い”気質を見せつつも、狡猾に政治でカルナを手に入れようとしていたのだ。

 

だがそれはカルナの名を教えてもらった神話の代表者達も予感していた。それ程の英雄…この()()()()が求めないワケがないと。

 

主催者である魔王サーゼクスやその他悪魔、招待されていた上級天使と堕天使達に気取られず牽制し合う中――その違和感に気づいたのはやはりというべきか、各勢力に顔合わせの為早く会場入りしていたこの男(アザゼル)だった。

 

 

「よぉお偉いさん達!何話してんだ?俺も混ぜてくれや」

 

 

アザゼルは入ってすぐに気づいていた。

彼らの意識は会場内にも、ましてやこのパーティーの主役であるイッセー達にすら向けられていないと。思わず憤慨しそうになったが、伊達に長をやっていない。軽い雰囲気で近寄り何があっているのか早急に知ろうとするその姿は、この男の有能性の表れ以外何ものでもない。

だがアザゼルは幾つか見落としていた。いや、この場に集まる代表者がアグレアスに来る以前から得ていた情報。最も必要な大前提――“帝釈天が英雄を連れて来る”というこの一つを、アザゼルはどうやっても得ることができなかったのだから、これはしょうがないことなのだろう。

 

問いかけた先はオーディン。そして返ってきたのは……まるで憐れむような表情。

 

 

「可哀そうに…おぉそうか、お主達は何も知る事すらできなかったんじゃよなぁ。それさえ知っていれば、何故これ程神々が集うたのか分かっただろうに…。儂等がお主等聖書の陣営が掲げる理想に、本当に感銘を受けたとでも?あぁ、確かに儂も初めはそれも良いと思うた。じゃからロスヴァイセを置いて行ったが、お主達は最後まで気づかなんだ。その幸先に須弥山じゃ。ほれ、無理じゃろ?」

 

 

主語など無い。何のことだか聞かされるアザゼルは理解することすら出来ない。いや、そもそもオーディンは聞かせるつもりなど端から無い。ただただあしらいたいからこうして話しているだけだ。

 

語り始めは穏やかな口調。だが須弥山の名を出し、神話を相手にただ一人立ち向かったあの雄姿を思い出したのか、徐々に隻眼は血走り、その口調は激しくなっていく。

 

 

「儂のものじゃ…誰にも渡さん。あれは儂のものじゃ…っ!あれをグラズヘイムに連れ帰り、我がエインヘリヤルとして永久に愛でるのはこの儂なのだ!!あれはッ!()()()はこの儂のものじゃ!!」

 

「カ…ルナ…?なんでいきなり、施しの英雄の名が出てきてンだよ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そりゃオメェ、俺様がそいつを連れてきてるからNA。アザ坊」

 

 

掠れるようなアザゼルの呟きに、会場入り口から答えが返ってきた。その声量は決して大きくないが不思議と響き、瞬間オーディンがグリンと明らかに首の可動範囲を超えた動かし方をし、その声へ視線をやる。周りは異様な動きに特に反応せず、しかし釣られてこの“英雄狂い”が首を向けた方を見る。

 

 

「YO、雁首揃えて馬鹿みてぇに待ってたか?テメェら」

 

 

鍛え上げた胸筋を開けたアロハシャツから曝け出し、首からジャラジャラとまるでアクセサリーのように数珠を掛けた坊主頭のサングラスという普段の恰好…しかしこの面子を前にしてもなお、最強の武神の称号が相応しい雰囲気を携えた須弥山の代表――帝釈天がそこにいた。

 

 

「お…おぉ……!!」

 

 

だが違う。ポッケに手を入れ大股でサンダルを鳴らしながら近づく帝釈天に、誰も目を向けていない。その後ろに従う男にこそ神々の視線は集まり、オーディンは涙さえ流していた。

 

 

「あん?何だアレか、もう我慢できないってか?」

 

「そうじゃ!そうじゃ!!さぁ早う!早うその名を口にしてくれ、我がエインヘリヤルよ!!」

 

 

オーディンの魂から出た渇望に、帝釈天は「テメェのじゃねぇだろ」と半ギレになりつつ訂正するが、もはやその声すら届いていない。

逆にエインヘリヤルと呼ばれた男はどこか戸惑っているように見えるなと、突然の出来事にむしろ冷静になったアザゼルはこの時、改めて見たその従者の姿にようやくピースの一つ一つが繫がるような気がし、オーディンが出した古代インドの英雄の逸話を思い出した途端、突如ブワリと冷や汗が滝のように溢れ出す。

 

 

「アザゼル!いきなりどうした?」

 

 

神々が一点に注目を見せる中、ヨロヨロと急にその輪の中から出てきたアザゼルに思わず駆け寄るサーゼクス。倒れかけたアザゼルは支えてくれた彼には感謝を告げなければならないのだろう。だがアザゼルはもうそれどころではない。

 

 

人間でありながら主神に匹敵する神格…あり得るとすれば半神半人。更にインドラに関係があり……何故今まで気づけなかったのか…よく見れば叙事詩に登場していないあのカフス。あれが存在を覆い隠すような働きを持っていたのだろう。とにかく気づいてしまった今はハッキリと視界に捉えた金色に…太陽のように輝くあの耳飾り。

 

気づいてしまった…そんな英雄、全神話においてただ一人しかいないと。だがそれは絶対にあり得ないと()()()()()()()。誰だってそうに違いない。

 

()()()()()()()()()が、自らを殺した()()()()()()()が広げた手の中にいたなどと、一体誰が想像できるというのだ…ッ!?

 

 

目を開き、口元に手を置く。動悸が止まらない。天地が引っくり返ろうと、それだけはあり得ないと目の前の光景があってもなお、聡明な頭脳だからこそ、キャパオーバーを繰り返し、チカチカと視界が点滅を繰り返している。

 

 

「HAHAHA!!そうかそうか!アザ坊ももう待てないってか!良いぜ、“待て”は終わりだ。派手に凱旋を告げろ、施しの英雄」

 

「その称号はオレには不釣り合いだと、何度言っても理解してくれないのだなお前は。だが…(マスター)から最後の命令(オーダー)だ。期待に応えさせてもらおう」

 

 

腕を組み、これ程の大物達を前に緊張する様子を一切見せず、普段と変わらぬ様子でコツコツと革靴を鳴らし、威風堂々とした姿で帝釈天より一歩前へ出る耳飾りの男。彼の瞳はまるで鏡のように会場を映し、その全てを見渡し終えた後――。

 

 

「聞け、この場に集いし全ての者よ。我が名はカルナ。太陽神スーリヤの子」

 

 

 

 

 

 

 

「――それが全てだ。お前たちが到着する前にあったのは」

 

 

アザゼルは大まかにイッセー達が到着するまでに何があったのかをポツポツと語り、それを聞かされた彼らの反応はまさに様々なものとなった。

 

イッセーはそもそもカルナという人物自体が分からず、話を聞かされた今も疑問を頭に浮かべているが、元より如何に世界三大叙事詩で語られる大英雄と言えど、この辺境、極東とさえ比喩される日本に生まれた彼にとって、その名は全くと言っていいほどに馴染みがなく、また悪魔として生を謳歌する今も、その知識の大半はこれからの長い悪魔生を見据えたものに重きを置かれた教育を受けている為仕方無しと言える。

それは神道系の家に生まれた朱乃も同じであり、グレモリー家の次期当主たるリアスに仕えるとはいえ、ヨーロッパ生まれの木場、ギャスパーも似たような感想を抱いていた。

 

しかしとあるキーワードに反応したゼノヴィアとアーシアとリアス、そして彼女たちとはまた違う反応を小猫とロスヴァイセは見せていた。

 

 

「…“神の子”だと?それをこの私の前で口にするのか、先生」

 

「そ、そうです!だって“神の子”は、あの御方しか…っ!」

 

 

敬虔なカトリック教徒であったゼノヴィアとアーシアにとって、“神の子”とは即ちただ一人のみに許された言葉だ。悪魔に身を落とそうと、主を敬う気持ちを忘れられない彼女達にとって、その一言は決して聞き逃せるものではなかった。

 

 

「ゼノヴィア達に続くワケじゃないけど、信じられないわね。グレモリー家の次期当主として各神話に関わる書物はある程度網羅しているわ、勿論マハーバーラタもね。だからこそあり得ない…だってカルナが生きた時代は紀元前…今から()()()()()()()の英雄よ?」

 

 

リアスもまた浮かんだ疑問をアザゼルへとぶつける。聖書の陣営に属しているとはいえ、彼女は悪魔。当然“神の子”と呼ばれる存在が一人だけではないことも知っているし、それを言い出せば世界中で英霊として召し上げられた者達はどうなると逆にゼノヴィア達を諭し、納得させていた。

 

 

「ということは部長、彼もまた“英雄派”と同じ、生まれ変わりや血を受け継いでるんじゃないですか?」

 

「リアスの言う通りだ。お前たちが戦ったその魂を受け継いだと言っていたヘラクレスなんかの大本は、あそこにいるゼウスの子だぞ?それと木場、俺も初めはお前と同じ事を思ったさ。最近世間を騒がせ、俺達の前に現れた曹操と同じじゃないかとな。けどな、それを否定し、なおかつあの男がその叙事詩に描かれたカルナ本人だっていう証明が、この場に来てやがンだよ」

 

 

リアスの後ろで「7000年前!?」と驚くイッセーの姿に、いつもの調子を少し取り戻したらしいアザゼルはそう言って神々が集まる輪を指さす。どういうことかと差された方向を見て、リアスはそこにいたとある人物の姿に驚愕する。

 

 

「HAHAHA!!YOクソ野郎共!ありがたく思えよNA!散々見てぇと言ってたコイツを連れてきてやったのは誰だ?SO!この俺様DA!HAHAHA!!」

 

「……帝釈天ですって…っ?確かに信憑性が出て来るわね…」

 

 

場違いなアロハシャツという恰好、坊主頭にサングラスをかけ、首から数珠をジャラジャラ鳴らし馬鹿笑いする者など、世界広しといえどただ一人しかいない。

即座に叙事詩における彼らの因縁を思い出したリアスは、だからこそ本人なのではと思考するが、その傍で置いて行かれているイッセーや、他神話にあまり深く触れてこなかったゼノヴィアが何故と聞き、リアスとアザゼルは交互にカルナと帝釈天…つまりインドラの逸話を語り出す。

 

 

「良いか、よく聞けよ?簡単に言うとだ。叙事詩における、カルナが死んだ原因があのインドラなんだ。いや、殺した張本人とさえ言える」

 

 

「え?」と短く今も母の面影に後ろ髪を引かれ、父であるバラキエルと完全な和解を果たしていない朱乃は呟くが、周りの喧騒に邪魔されそれが他の者に届くことはなく、アザゼルは続ける。

 

 

「カルナには纏う者に不死の加護を与える鎧があった。父親であるスーリヤが与えたモンだ。それがある限り、カルナを殺す事は神々でさえ不可能だった。当然敵対するインドラの子、アルジュナでさえもな」

 

「だから彼から奪ったの、その鎧を。鎧は奪われないよう、カルナの皮膚と同化し、カルナは求められた鎧を手に持ったナイフで、全て自ら剥いだとされているわ」

 

「ヒッ、そ、そんなことしたら、ただ事じゃ済まないですぅ!」

 

 

ギャスパーがその壮絶な内容に叫び声を上げ、他の者達も()()()()()()()()()()()()()の様子に気づかず、頷く。

 

 

 

「インドラはその際、バラモン…僧侶に化けていた。何故ならカルナはスーリヤに捧げる沐浴の最中、バラモンからの頼みを断らないと自らに誓っていたからな。だがカルナは見抜いていた。そのバラモンが、インドラだと理解した上で、鎧を差し出したんだ」

 

「そしてカルナは全身から夥しい血を流しながら、宿敵たるアルジュナと戦うわ。その際彼は、インドラがその高潔な行動に感激し与えた“神槍”があったのだけれど…一度だけであれば如何なる敵をも貫く力を、アルジュナと戦う前に彼はすでに友軍のピンチを救うために使っていたの。更に味方と思っていた者達は皆、アルジュナ側であるパーンタヴァに傾倒していた…満身創痍、武器も味方もない中、彼は独り最後まで戦い…」

 

 

「そして死んだ」――リアスが最後を締めくくったその直後、ドサリと最後尾で何かが崩れ落ちるような音がした。

 

 

「っ小猫さん!一体どうしたんですか!?」

 

 

まず真っ先に声をかけたのは小猫の横で、彼女と同じく眼を見開きカルナを見ていたロスヴァイセだった。他の者もその声に小猫の異変に気づき、傍へ駆け寄れば、小猫は肩を震わせ俯き口を押え、まるで信じられないものを見たかのように荒く息を吐き、動揺を見せていた。

イッセーやリアスが大丈夫かと声をかけ、先程までカルナの過去に悲鳴を上げていたギャスパーも何かと面倒を見てくれる彼女のことが心配なのだろう、まるで自分のことのように心配した顔で小猫に声をかけるが、彼女が彼らに返した言葉はこれだ。

 

 

「こんなの…絶対にあり得ないです…あの人の氣…何なんですか…星が…まるで太陽そのものがあそこにいるような…っ!?」

 

 

それはある種、仙術使いである彼女だからこそ出た言葉だった。仙術とは即ち、この世界そのものに己の身を任せ、同化するようなもの。だからこそだろう。

 

だからこそ小猫は人類史にその名を刻む大英雄――その存在のあまりの大きさを他の者と違い、直に触れていた。

 

 

騒ぎに気づいたボーイの悪魔が近づき、何があったのかとアザゼル達に声をかけるが、目の前の最新の話題と触れ合っている神々はそれに気づくことなく戯れる。

神々は気付けない。何故なら最早“神器使い”や将来有望な悪魔などに興味を持っていないのだから。

 

 

「――失礼する。どうやら今宵の主賓が今ようやく到着したようだ」

 

 

神々()気づけなかった。だがスキルと称せる程の卓越した観察眼を持つカルナはこの喧騒の最中でもその騒ぎに気づき、自らの足で彼らの元へ歩み寄る。イッセー達もまた同様にカルナが此方にやって来る様子に気づきリアスが小猫を守るようにカルナの前に立ち塞がるが、カルナは従者を通さず主とすぐに挨拶を交わせるとは幸いだと、その一通りの行動を気にせず話しかける。

 

 

「お初にお目にかかる、カルナという者だ。主役が登場する前に、目立って悪かったな」

 

「えぇホント、気に食わないわ。頑張ったのは私達であり、これはその報酬の為に開かれたパーティーだったはずよ」

 

「道理だな。オレもそのように聞いていた。だがいざ来てみれば、ご覧のあり様だ」

 

 

カルナとしては誠心誠意な態度で接してるつもりだ。だが彼が口を開く度に、リアスやその眷属達の表情は硬くなっていく。その様子にカルナは理由が分からず何故だと疑問を呈するが、リアスの後ろで隠れるように此方を見る小猫の姿に合点がいったと再び口を開きだす。

 

 

「なるほど、確か試合の中でその少女が希少な妖怪たる猫魈という情報が出されていたな…仙術使いか」

 

スっと僅かに細めた目は、いつまでも色あせる事のない、今生で初めて出会った確かな強者である初代を思い出したのだろう。だがリアス達にはそのような事が分かるはずがなく、短く悲鳴を上げ、更に顔色を悪くしていく小猫の姿が更なる勘違いを生み出す事となった。

 

 

「っ貴方、私の可愛い下僕に一体何をするつもり!?この子は私の眷属よ!絶対に渡さないわ!!」

 

そう、何と彼女達はカルナが希少な種族である小猫をカルナが欲しがったと邪推したのだ。無論カルナはそんな事を微塵も思ってないし、むしろ彼の中で妖怪という種族は一度背中を預けた存在であり、彼らが最後に見せた益荒男の表情を思いだす度、敬意を抱かずにはいられないものとなっている。

 

 

勘違いだと言おうとし、いつもの調子を見せようとした時、カルナがこの十数年、幾度も聞いた呵呵笑いが彼の後を何事かと着いてきていた神々の輪を割り込んできた。帝釈天だ。その横にはもう一人――。

 

 

「HAHAHA!!オメェはどこに行こうとホント、騒ぎの渦中だNA、カルナ!」

 

「ふむ、どうやら本当にかの施しの英雄のようですな。いや、無論帝釈天殿を疑っていたわけではないが…流石に叙事詩に描かれた彼を貴方が従者として引き連れてきたとは、マハーバーラタを読んだ者からすれば晴天の霹靂以外何ものでもないものでして」

 

 

その髪色から『紅髪の魔王(クリムゾン・サタン)』と称される()()()()()にして悪魔達の象徴、リアス・グレモリーの実兄でありながらもその実力から、この場に今だ到着していない3人を含めた4大魔王の一角を担うサーゼクス・ルシファーの姿が。

 

 

「お兄様!?いえ、魔王様!今の言葉は本当なのですか!?」

 

突然のサーゼクスの登場に思わず素面で兄と呼んでしまい言い直したリアスに、サーゼクスはいつも浮かべる柔和な表情を更に緩めそうになりながらも、流石にこの場ではと何とか思いとどまり最愛の妹の疑問に答える。

 

 

「本当だよリーア。私自身、彼が本当にカルナなのかと疑ったが、此方にいる帝釈天殿が私に教えてくれたんだ。何よりアザゼルから聞かされた京都の件と須弥山の一件は、【禍の団(カオス・ブリゲード)】に所属すると報告を聞いた英雄派でも不可能と言わざるを得ない、まさに英雄の所業だ」

 

「おいサーゼクスの()()、ンなごっこ遊びで満足してるガキ共とコイツを比べンなや。そりゃ遠回しに俺様の息子を馬鹿にしてんのと同意義だZE?言葉は選べ」

 

 

その言葉に、思わずムっとした表情を浮かべそうになるリアス達だが、既での所で我慢した。相手は何せ所謂国賓として招待されており、アザゼル自身が危険だと態々忠告した程の男なのだ。何より言われた当人であるサーゼクスが怒ることなく受け流しており、それを差し置き勝手な行動は、流石の彼女達でも出来ないでいた。

 

 

……次の瞬間まではだが…。

 

 

 

「挨拶が遅れ失礼した、カルナだ」

 

「此方こそカルナ、君の活躍は叙事詩で幾度も読み返させてもらっているよ。是非とも今度、君の口からその英雄譚を聞いてみたいものだ」

 

 

主賓への挨拶が遅れたと謝罪するカルナに、サーゼクスは変わらず朗らかに笑みを浮かべながら受け取り、会話を交わす起点としてマハーバーラタでの活躍を当人から是非と口にする。カルナとしても、友や好敵手達を語れるのは嬉しいことだと、()()()()調()()()つい返してしまう。

 

 

「面白い。オレも他者が見る、オレ達(あの時代を生きた者)を聞いてみたいと思っていた。楽しみにしておこう――この小さな箱庭でさえ、一人では満足に治める事の出来ぬ王よ」

 

 




冒頭でただいまと言わせてもらいましたが、下手すれば今回で年内締めかもです。
もう一話投稿したいんですけどね、綺麗に区切れるので。
(ただコミケ用のイラスト終わってねぇんだよなぁ…(汗)

あとツイッター始めました。もし興味があれば活動報告に詳しく記載(?)しておくのと、少し愚痴に付き合っていただければと思います。


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舞台に上がるのは赤の槍兵

明けましておめでとうございます(白目)
今年の目標は「投稿速度をあげる」「今年中に完結させる」です。

コミケの入稿&本の仕上がりが来るまで気が気じゃなく書けませんでした(汗
(そのくせワンピースの方で挿絵を描くというね)

いつも通り難産ではありましたが、第二話に貼っていた伏線みたいなものをようやく回収できて満足です。



人は時折あまりに突然すぎる出来事に対して驚きを通り越し、むしろ冷静になり、更に周囲がよく見えることがある。

それはどうやら、悪魔も同じだったらしい。

 

 

カルナなりの賛辞を受け取ったサーゼクスは今、全てがスローモーションのように遅く見えていた。

 

視界の横では最愛の妹リアスの思い人、いずれ義弟として迎えたいと思っているイッセーが、自らの為に怒り、その拳を握りしめている様子が見える。またリアスも眉間に皺を寄せ、背後でも常に傍にいてくれる妻にして己の女王(クイーン)であるグレイフィアが、怒り心頭である気配が感じられる。それだけではない。この場に集まった多くの悪魔達が、自身にかけられた言葉に対し怒ってくれている様子、その雰囲気が空気を通して伝わってくる。

冷静に私は果報者だなと考えながら、サーゼクスは並の悪魔では目にもとまらぬ速さで動き出す。

 

 

 

――今にも殴りかかろうとするイッセーを止める為だ。

 

 

「テメェ!サーゼクス様に何てことを…っ!サーゼクス様!?」

 

 

動きの始点を潰すように体を密着させ、握られた拳の上からサーゼクスが手のひらで包み込んだことにより、ようやく目の前に誰かが立ったと分かったイッセーは怒号を驚きの声へと変え、何故だと言うようにサーゼクスの顔へ視線をやる。

その表情にいつも浮かべている笑みはなく、どこか咎めるような色が浮かんでいた。

 

 

「イッセー君、私の為に怒ってくれることは、大変嬉しく思う。けどここは大勢の目が集まる場で、彼は須弥山代表である帝釈天殿の従者だ。たとえ彼が私を唐突に馬鹿にしようと、それだけはいけないよ」

 

 

イッセーと目を合わせてそう言い聞かせ、次に「君たちもだ」と周囲にも視線をやる。その様子はまさしく為政者たるものだ。だが彼を知る者が見れば、その姿は違和感を抱かざるを得ないものだろう。しかし勘違いしてはいけない。

 

サーゼクス・ルシファー。彼は確かに担がれただけの男だ。

担がれ神輿とされ、それ以外ではその悪魔としては異常としか言いようのない、“超越者”と呼ばれる力だけを求められるだけの存在だ。彼の本質は優しく、また夢想家だ。

 

だがしかし…彼は政治家だ。どれほど無能で神輿であることだけを求められていようと、彼が冥界を思う気持ちだけは本物なのだ。ここでの不祥事、それも一目だけで各勢力に気に入られているカルナに何かあれば、それは彼が愛する冥界に、マイナスを与えてしまうと、彼は冷静に引き延ばされた思考の中で悟ったのだ。

 

 

その間もイッセーは、彼に掴まれた手を振りほどこうとするが、まるで万力に締め上げられたかのような、イッセーでは到底太刀打ちできない握力によりそれは叶わない。

 

リアスやグレイフィアも滅多に見ないその姿に驚き動けない中、サーゼクスは再びカルナの方へ顔を向ける。

 

 

「さて、急な騒ぎが起こり申し訳ない。だがカルナ、君に一つ聞かせてほしい。何故君は突如、私を馬鹿にしたのかな?誰かにそう言えと頼まれていたのかい?」

 

 

策謀はある種の政治の華だ。恐らくは聖書の陣営嫌いで有名かつ、従者としてカルナを引き連れこの場に来ている帝釈天が、此方を貶めるために仕込んだのではないかと、彼にしては珍しく頭を利かせ、問いかける。その際、たとえ否定したとしても何かしらのアクションがあるだろうと、サーゼクスはカルナの一挙手一投足も見逃さぬようにと、これまた珍しく真剣な雰囲気でカルナを見つめる……のだが。

 

 

「――?一体何のことだ、オレはこの冥界を統べるお前たち魔王を称えただけだ」

 

 

その表情もこのカルナの一言に崩壊し、サーゼクスもまた周囲と同じく眼を大きく開く。瞬間「ブフォっ」と何かを吐き出すような声と共に、帝釈天が身体をピクピクと痙攣させつつカルナの周りに築かれた輪から離れていったが、皆考え事をするように視線を斜め上にしていた為、幸いというべきか帝釈天がその醜態を晒すことはなく、しばらくするとアザゼルが顎を擦り前に出てきた。

 

 

「……えーと、つまりあれか?『独裁的ではなく、多数で意見を出し合い取り入れようとするサーゼクス達は素晴らしい為政者だ』と?…分かりにくいわ!!」

 

 

その叫びが聞こえたのだろう。壁をバンバン叩き、会場の隅では最強の武神(笑)が更に腹筋を一生懸命鍛えている。

 

 

「その通りだ。何か誤解が生まれ、お前達が不快な思いをしたというのならば謝罪しよう。許せ」

 

「ちょっと貴方!さっきから聞いていれば魔王様に対して口の利き方が全然成っていないわよ!一体何様なの?」

 

 

兄であり、魔王でもあるサーゼクスに対するカルナの物言いが、彼女の琴線に触れたのだろう。怒り心頭だと言わんばかりにカルナに言葉使いを正すよう求めるリアスだが、返ってきたのは彼女が思ってもいないものだった。

 

 

「何様でもない。オレはただ、誰かの求めに応じることしかできない過去の遺物に過ぎん。ならばリアス・グレモリー、その偉大な魔王とオレが話す中、その間に割って入ったお前は何様だ?」

 

 

まさしくリアスからすれば、痛烈な返しだった。そして帝釈天はとうとう部屋の隅で、物言わぬ時折ビクンビクンと跳ねる肉塊へと成り果てた。

 

 

どう返せばとリアスは悩む。

カルナという人物像が見えない。更に言えば、彼の言うことは間違っていないのだ。

確かに兄とカルナが話している最中、急に割り込んだのは自分だ。何より少し考えてみれば、彼らがいる場所は、この会場に来ていた神々の注目の場でもあった。そんな中に今回のレーティングゲームで結果を出したとはいえ、まだ学生の身である自分が躍り出てしまった。一体ここからどう返すのかと、注目はすでにリアスに集まっている。下手な返しはできない…どうすれば…何が正しい?

 

 

「決まってらぁ!俺達グレモリー眷属の素晴らしい主!リアス・グレモリー様に決まってんだろ!!」

 

 

唐突な追い風が、リアスの背後から彼女を守るように吹き上げた。

そこには絶対の信頼が込められており、リアスに絶対の安心を与え、彼女の悩みを吹き飛ばす。

【貧者の見識】がそれを捉えたのだろう、今度はカルナが腕を組みながらも目を見開き、しかと此方に近づく赤龍帝――兵藤一誠を見る。

 

 

「さっきからゴチャゴチャとめんどくせぇ!こっちはさっきのサーゼクス様に対する物言いにムカついてんだ!それとよくも俺のご主人様を苛めたな!?絶対ェ許さねぇ!!」

 

「…許さないか。ならば兵藤一誠、お前はどうする?お前は一体、何をオレに求めるというのだ」

 

 

カルナにしては珍しい、どこか試すような言い方ではあるが、事実カルナはこのイッセーを試していた。

このパーティーの発端となる試合を見て、最も興味をカルナが惹かれたのは、実はこのイッセーだ。聞けばこれまで数々の偉業を、格上を倒し、その中には北欧に名高きロキも含まれているというではないか。

更に試合の中で見せた、まるで階段を駆け足で昇るどころではない…過程を飛ばしたような(・・・・・・・・・・)あり得ない成長性は、古代インドでも見たことのないものだったのだ。

 

ならばと思った。ならばこの男は己と戦えば、一体どれ程の可能性(姿)を見せてくれるのだろうかと…。

 

 

そしてイッセーは、カルナが求めていた答えを口にする。

 

 

「決まってる、俺と勝負しろ!大昔の英雄だか何だか知らねぇけど、折角俺達の為に用意されていたパーティーを台無しにされたんだ!我慢できっか!」

 

「良いだろう、やろう。お前のような男が今だに残っていた事に感謝する」

 

 

待ってましたと言わん速さでカルナは了承する。イッセーの物言いは、ただ我慢できないという子供の我儘のようなものだ。それは本来このような場で言うべきことではなく、その証拠にアザゼルなどはマジでやりやがったと若干顔色を悪くして、大勢が集まるこの状況でどうするかと頭を悩ませるが彼の思いとは裏腹に、イッセーの言動を咎めるような様子は神々からは見受けられない。それもそうだ。

 

 

何せカルナの存在が徐々に明るみに出るまで、何かと話題の中心であったイッセー(ドラゴン)カルナ(英雄)と戦う…神話の中でももはや見る事すら叶わない、ドラゴンと英雄の勝負…これが見られるかもしれないのだ。彼らの期待を体現するかのように、オーディンは町中でトランペットを眺める少年と変わらぬ熱い視線を二人へと送っている。

 

 

「ふむ…ならばその勝負、少し趣向を凝らしたものにさせてほしい」

 

 

その空気を感じとったのだろう、初めはこの話の流れに対し、口元を隠し考え事をするような仕草を見せていたサーゼクスだが、彼もまた悪魔だ。この勝負を見てみたいという欲望には勝てなかったらしい。

 

 

「ただの勝負ではつまらない…どうだろうカルナ、ここは我が冥界が誇るレーティングゲーム形式で勝敗を決めるというのは?」

 

 

願ってもない機会に、神々は興奮を隠しきれなかった。

三度目の喝采が会場を包む中、念を押すかのようにサーゼクスはもう一度どうかな?と声をかける。

 

当然、二人の答えなど決まっている。

 

 

「断る理由が無い、競い合いは久方ぶりだ」

 

「当然!俺もそっちの方が燃えてきたぜ!!」

 

「魔王様、レーティングゲーム形式ということは、私達も勝負に出れるということで良いのですね?」

 

「当然だとも。カルナ、君もまた仲間を呼ぶと良い。これはもはや個人の喧嘩ではなく、チームで競うものだからね」

 

 

やり方が上手い――この時、カルナや幾つかの神々はそう思った。いつの間にか内容がスポーツへと変化しているのだ。それはある意味悪魔らしい、言葉巧みな煽動とも言えた。だがカルナは今回のアグレアスドームで行われた試合に来る以前、帝釈天からこう聞かされている。

 

「レーティングゲームとは即ち、代理戦争のようなものである」と。ならば何も問題無い(・・・・・・・・・)。しかしこれだけは伝えておかねば。

 

 

「仲間と呼べる者など、この時代には存在しない。オレはオレだけで戦わせてもらおう」

 

 

強敵(とも)と呼べる者なら一人いる。宿敵とはまだ呼べない、だが再戦の約束を交わした男が…一度だけとはいえ、背中を任せた強い女性をカルナは知っている。

だがその二人は、インドラが所有している。チラリと壁際でのたうち回っていたインドラを見れば、その手に酒瓶をいつの間にか持ち、ニヤリと笑い、口元を「 イ ヤ ダ 」と敢えてゆっくり動かし告げてきた。

 

 

(だろうな。元よりお前の性格は承知している)

 

 

視線を細めてそう伝えれば、肩をすくめて酒を喉に流し込んでいる。それを最後に視線を切り、カルナはもう一度サーゼクスへ語り掛ける。

 

 

「オレは英雄だ。たとえ万の悪魔をそちらが用意しようと、オレは負けん」

 

「…分かった。後から文句を言われようと、此方はその一切を受け付けないよ?それでもいいのかい?」

 

「正に愚問だな。肯定したのであれば二度目のその問いは、まるで無意味だ」

 

 

水面のような瞳の中に、隠しきれぬ闘争への思いが浮かんでいる。それを見抜いたサーゼクスは「そうかい」と呟き。

 

 

「ではそのように。試合内容の詳細は追って後から連絡を入れさせてもらうよ。流石に、君が一人で戦うのであれば、従来の方式では成り立たないからね。カルナ、マハーバーラタに刻まれたその実力、遺憾なく発揮してほしいと私は君のファンの一人として、切に願っているよ」

 

「約束しよう。オレは全力をもって、お前達に相対すると――」

 

 

 

 

 

 

 

壁にもたれかかり、だらしなく持った瓶底を真上に掲げる。だが酒は一滴も落ちる事なく、帝釈天はそれを確認すると適当にその辺へと放り投げ、近くに置いてあった新しい酒を手に取る。

 

 

「全く、これでも僕達賓客なんだよ?もう少しビシっとしようと思わないの?ビシっと」

 

 

カランと鳴るはずの音が立つことはなく、鈴の音を転がしたような、子供の声が代わりに彼の耳へと届けられる。

 

 

「あーあ、折角の酒が不味くなっちまう。今更になってご登場かYO、シヴァ」

 

 

名を呼ばれニコリとだけ笑い返し、シヴァはよいしょと帝釈天の隣に座り、到着一杯と床に置かれていた酒を飲む。

 

 

「まぁね。だってさ、普通に来たら絶対質問攻めに会うじゃん?やれ須弥山(クソ)と組んだのかとか、やれ(ウ〇コ)と仲直りしたのかとか。ウ〇コが好きなインドの神様なんかいるワケないってのにさ」

 

「良し、表出ろ。いや今すぐ始めるぞすぐ殺るぞ。丁度殺してぇ連中も何匹か来てンだ。Let'sパーリィのお時間と行こうze」

 

 

ただ普通に面倒だからタイミングを見計らって来たと言えば良いだけだが、それに乗る方も乗る方だろう。

 

 

「お疲れさま。何はともあれ良かったね、インドラ」

 

 

並の神ですら死にそうな殺気を器用に二柱の間でのみ走らせていると、唐突にシヴァはそのように言い殺伐とした雰囲気を霧散させた。帝釈天もその意味を悟ったのだろう。

 

 

「まぁな…あぁ、疲れたさ。あの馬鹿の世話は」

 

 

10年に満たぬとはいえ、宿敵の子の世話を焼いた。一度は殺したに等しい行いを犯した相手が今度こそ生を謳歌できるよう、神々の間に楔を打った。おそらくここまで精力的に動いたのは、数千年ぶりではなかろうかと思いを酒と共に飲み干す。

 

 

「こっちも大変だったよ?何か勘違いした良い歳こいたガキ(・・)が勧誘しに行ったと思ったら、帰ってすぐに「あれは危険だ!」とか言い出してさ。無駄に力もあるから押さえつけるのも面倒で面倒で」

 

 

はぁっとため息を吐くその姿は本当に疲れたのだろうシヴァを見て、帝釈天は誰を指しているのかすぐ理解した。

 

 

阿修羅のガキ(マハーバリ)か。ハン、まだ俺様を逆恨みしてンのかよ」

 

 

阿修羅神族が王子マハーバリは、かつてこの帝釈天に父であるヴィローチャナを殺されている。互いに戦車を操り、操舵を誤った隙をついて帝釈天は弓で射殺しており、その結果が息子としては不服なのだろう。だが帝釈天から言わせれば、それすらも戦なのだ。

 

 

「然り。己の全て、運さえも賭してこそが戦いだ。完全な引き分けなど無い。あるのは勝つか負けるかその二択。だから戦は美しい。だからクルクシェートラの後の君は、酷く醜かったよ」

 

 

でも――。

 

 

今は違う(・・・・)。この数千年、相手するだけ臭くてしょうがないクソみたいだった君が、かつての輝きをまた纏い始めている…神々の王、どうする?今の君ならその挑戦、受けてたつよ?」

 

 

それは先程の煽りとはまるで違う、どこか敬意すら伺わせる文面で、シヴァはしかし、悪童のような笑みを浮かべて帝釈天を試す。

 

 

今は違う(・・・・)。まだその時じゃねぇ、焦んなよクソ砂利。こっちはまだ誓いを果たし終えてねぇンだ。…あの大馬鹿野郎とのな」

 

 

己に誓い、そしてスーリヤに誓った。必ずお前の元へ息子を返すと。

 

おそらくはその一言を聞きたかっただけだったのだろう。シヴァは今度こそ満足した笑みを浮かべ、最後に残っていた酒を煽り立ち上がる。

 

 

「分かった、待ってるよインドラ。そうだね、不死の鎧があるとはいえ、不老じゃないんだ。たかだか数十年くらい、待ってやるよ」

 

 

「おう、待ってろ」――そう言わんばかりに帝釈天も最後の酒を煽り、杯を僅かに掲げる。

そのまま立ち去ろうとシヴァは歩き出そうとする。が、帝釈天がそれに待ったをかけるように、今度は杯を今も話しているカルナ……のほうではなく、その傍へ向け。

 

 

オーディン(アレ)、どうにかしろ。それくらいやれや、な?」

 

 

クイっと杯を動かす。すると先程まで余裕しか持たぬと笑みを浮かべ続けていたシヴァの表情が、凄まじく面倒&ウゼェと言わんばかりに歪んだではないか。

 

 

「えぇ………あの変態を…?狙われてんの君の甥でしょ?親戚なんだし君が預かってんだから、君が相手しなよ」

 

「はぁ?いや手伝うって前に約束しただろうがよ。てか始まりはあのスーリヤ(大馬鹿)カルナ(馬鹿)を転生させたからだろ?アイツ一応まだテメェら(インド神話)所属なんだから、トップとしてケジメくらいつけろや」

 

「いやいやいや、ウチのトップはブラフマーだから。僕は所詮代理だから、ここは正規の須弥山トップである君が相手するべきだろう!?嫌だよあんな変態ジジィ!」

 

「ハァ!?ンだそりゃふざけんなよテメェ!!てかトリムルティ(三神一体)に上下もクソもあるか!テメェもトップだろうが!俺だってあんな髭の相手なんかしたくないわヴァカがッ!!」

 

 

叫びながらヒソヒソと互いに周囲から気配を消しながら罵倒し合うという、ある意味無駄に高度な無駄に洗練された無駄な神業を見せつつ押し付け合う世界最強の二柱。(というかこの二人はそんなにオーディンの相手がしたくないのだろうか…したくないんだよなぁ…)

 

しばらくの間このやり取りを続けていたが、このままでは埒が明かないと思ったのだろう。荒い息を落ち着かせるように、同時に息を深く吸い、ゆっくりと吐き…拳を握りしめる。それだけで空間はギシリと軋み、シヴァはゆっくりと握った拳を後ろに引き、帝釈天は空いていた手のひらで創り上げた拳を包み込む。

 

これから行われるのは古来より行われてきた作法。一切の遺恨なく物事を幾度となく決定してきたその決闘(デュエル)とは即ち――っ!!

 

 

「――じゃああん!!」

 

「けぇぇええん!!」

 

「「ポォォオンンン――ッ!!!」」

 

 

……勝敗は神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティーから数日後、カルナと冥界が用意した選手達(・・・・・・・・・・)が行うレーティングゲームのルールを明確にすべく、サーゼクスはとある人物を自身の館へと招いていた。

 

 

「全く、毎回毎回お前という男は、何かをやらかして俺に尻拭いさせないと気がすまないのか?サーゼクス」

 

 

言うべくもなく、サーゼクス・ルシファーは魔王だ。そんな彼に今のように苦言を呈しながらも、まるで友人にように親しくできる存在など、この冥界でも3人しかいない。つまりこの人物もまた彼と同じ、魔王という存在なのだ。

 

 

「いや済まないね、アジュカ。でも君も相手をする予定だったシヴァに、こっそりと逃げられたじゃないか。その点ではお互い様だよ」

 

 

その言葉に魔王アジュカは苦虫を潰したような表情を見せ、それを隠すように今もサーゼクスの後ろで目を瞑り、気配を消しているグレイフィアが淹れてくれたコーヒーを口につける。

 

 

「それで、一体どういうゲームにしていきたいんだ?流石に既存のレーティングゲームでは、あの大英雄カルナを枠に入れるなぞ不可能だぞ」

 

 

事の顛末はここに来るまでの間に聞かされている。その上でアジュカは不可能だと断じた。この冥界最高の技術者でありレーティングゲーム、更には今の冥界の存続を担っている悪魔の駒(イーヴィルピース)さえ制作したあのアジュカがだ。

 

 

「まさか君がそこまで言うとは…僅かな間だけでも悪魔の駒(イーヴィルピース)を埋め込むことさえ不可能なのかい?」

 

「無理だ。お前の所の炎駒も確かに神格持ちだが…済まない、お前の眷属(ポーン)を馬鹿にするわけじゃないが、格があまりにも違いすぎる」

 

 

炎駒ができたならとサーゼクスとしては考えていた。だがカルナの持つ神格はこの星でも最上位に位置する太陽神のもの。更にもし埋め込もうとすれば、それだけで息子に全神話最強の鎧を与えた父親(スーリヤ)と、今やかつての遺恨が無くなったのように、あのインド神話とさえ不可侵を結んだ叔父(インドラ)が黙っているわけがないと、アジュカはサーゼクスを諭す。

 

 

「ふむ、やはりそうか。いや、此方も念の為に聞いてみたんだ」

 

「やはり?と言うことは他にも何か考えがあるんだな?よし話せ。俺としてもこんな楽しそうなイベント、成功させてみたいのでな」

 

「勿論だとも、我が友よ。どうだろう、覚えているかな?まだレーティングゲームができる前、悪魔の駒(イーヴィルピース)を君が生み出す以前、前魔王達が行っていたゲームだ」

 

 

その話は流石に昔過ぎたのだろう。アジュカ、そして話を後ろで聞いていたグレイフィアは少しの間考え事をするように顎に手を当て、そして思い出した。

 

 

「…あぁ、あれか。一人の悪魔を(マスター)とし、用意したクラスに応じて部下を従者(サーヴァント)として戦わせるという…」

 

「そうだ。クラスは全部で7つ。騎士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎手(ライダー)魔術師(キャスター)、そして狂戦士(バーサーカー)暗殺者(アサシン)。クラス別にそれぞれ一人、そして適性を持つ者を探す事の困難から、我々は新たにレーティングゲームを生み出した」

 

「そうだ、確かにそうだった。だがサーゼクス、何故今になってそんな大昔のルールを持ち出したんだ?レーティングゲームの形式は今や膨大だ。その中からでも良いものがあっただろうに」

 

 

ギシっと座る椅子に深く腰掛け足を組み、アジュカは暗にまだ考えがあるのだろうと言わんばかりに顎を軽くしゃくる。その仕草に隠し事はできないなと笑いながらサーゼクスは、自身が設計する将来の野望を友に告げる。

 

 

「何、もっとレーティングゲームを広く、そして誰にでも楽しめるものにしたいと思ってね。知りたくないかいアジュカ、本当の最強は誰なんだろうってね」

 

「それは…まぁ俺も何故か、強者に数えられているらしいし、知りたくもある。だがそれを決めようとすれば、間違いなく世界が滅びるぞ」

 

 

言うまでもなくグレート・レッドやオーフィスはその中に数えられることはない。誰が世界という概念と、元とはいえ世界そのものだったものを相手に戦おうと思うだろうか。

 

 

「いや待て、そうかだからか!」

 

「そうさ、だからこそレーティングゲームという試合に落とし込めば、悪魔だけでなく神や名のある魔物、転生せずとも人間でも、神や我々人外と楽しく戦うことができる。僕達の大好きなレーティングゲームを、世界規模にすることができる。どうだ、ワクワクしないか?」

 

 

更に今では縮小傾向にある各神話の規模も、試合を通じて再び広がるかもしれないと、サーゼクスは夢を語ってゆく。

 

 

「レーティングゲームには悪魔の駒(イーヴィルピース)、つまり悪魔にならなければならないという考えを、まずは払拭する。その為には色々と模索する必要があり、だからこそまずはかつての模倣というわけさ」

 

「乗ったぞサーゼクス、俺も一枚噛ませろ」

 

「当然さ、勿論アザゼルも入れるとしよう。後からなんで誘わなかったと絶対文句を言ってくるだろうしね」

 

「でしょうね。それでサーゼクス様、初戦のカルナ様の対戦相手は、一体誰になさるおつもりで?」

 

 

まずはそれを決めないと始まらないと、これまで静かに控えていたグレイフィアが問いかける。

ふむと口元に手をやり、手元にアザゼルが以前人間界の技術を模倣したタッチパネルを取り出しリストを上げていき…スクロールしていた画面がある若手悪魔の元で止まった。

 

 

「じゃあ彼にしよう。この間話していた限りでは、カルナと因縁もあるようだし、バアル戦(・・・・)以来目立ったこともないしね――」

 

 

 

 

 

 

静かに目を瞑る。それは戦場ではありえない動作ながらも、競い合いというこの場では許される。

控室として通された場所でカルナは、一人静かに瞑想していた。外では大勢の歓声がすでに上がり、試合の開始を今か今かと待っている。

するとその声を割るかのように、今回も実況を任されたナウド・ガミジンがマイクを振り上げ自らの仕事を果たし出す。

 

 

『一体誰がこうなると予想していただろうか!?誰もが思ったことがないか!?神話に描かれたその雄姿、物語として語り継がれようと決して色褪せないその栄光!!今日の主賓は名を上げようとする新星(ルーキー)でも、ましてや今冥界を騒がせるおっぱいドラゴンでもスイッチ姫でもない!!神の手により現世に今一度蘇った奇跡の存在!英雄だぁああ!!』

 

 

ワァァ!!と歓声が上がる。だがこれでは足りない。これは普段行われるレーティングゲームではなくある種、神話の再現なのだとナウド・ガミジンは更なる熱狂を求め、観客を煽り続ける。

 

 

『刮目せよ!!これこそは新たな伝説の幕開け、新たな冥界の歴史がここに刻まれる!人間の英雄と我等が冥界が誇る英雄達の戦いをその魂に刻め!!では貴賓室から見守る魔王様方に代わりここに…ッ、【サーヴァントゲーム】の開始を宣言致します!!』

 

 

瞬間、会場が熱の伝播により、文字通り震える。それは観客席からだけではない。魔王達と同じく貴賓室にいる神々からも、悪魔達以上の熱が上がったからだ。それでも用意された椅子に座ることなく壁に寄りかかり、冥界側が貸し出した槍(・・・・・・・・・・)を握りしめるカルナが動じることはない。

 

 

『では早速選手達に登場してもらいましょう!まずは悪魔(サイド)、“黒の陣営”!サイラオーグ・バアルに完膚無きまでやられるも、今もその凶暴性衰えることなく!魔王様よりいただいたこのチャンスを、果たして彼は活かすことができるのだろうか!?【凶児】と恐れられたその本領が今日発揮される!サーヴァントとして登録された眷属を率い、マスターとして彼はどのような采配を我々に見せてくれるのだろうか!?ゼファードル・グラシャラボラスゥゥウウウ!!』

 

 

実況の通り、ゼファードル・グラシャラボラスが入場してきたのだろう。湧き上がる歓声の中に、カルナは己に向けられる微かな殺気を感じていた。だがカルナは相変わらず、不動のままだ。しかし同じくその殺気を、同じ空間で感じている彼女(・・)は違ったのだろう。

 

 

「不愉快ですね。汚泥の中からでさえ、蓮は美しい華を咲かせるというのに…」

 

 

その声にカルナはようやく閉じていた眼を片方だけ開き、視界に声の主、着物を着て臀部から獣の尾を生やす、帝釈天から預かった女性を視界に捉える。

 

 

「戦えばこの男が、どれほどの者なのか理解できるだろう。オレはただ、全力でもって相対するだけだ」

 

 

静かにそう告げるカルナだが、その声音には彼女があの日(・・・)あの京都(・・・・)で感じた熱が込められていた。

それを受け止めることさえ今は辛いと、女は着物の裾で顔を隠す仕草を見せつつ話題を変えようとする。その間も外では実況が続き、ついにその時がやってくる。

 

 

『今世間を騒がせている“英雄派”!!大昔の英雄の子孫やその魂を受け継いだと豪語する彼らだが、この男だけは違う!!強固な魂が、高潔すぎるその精神が、輪廻の輪さえ潜らせた!奇跡がここに降臨した!!その身は半神半人、父はインド神話に名高き太陽神スーリヤ!!彼は果たして父の威光届かぬこの冥界で、太陽の如き輝きを放つことができるのか!?――』

 

 

「良かったのですか…?字名(あざな)は御身のような戦人(いくさびと)にとって、何よりも神聖なもの。それがあのような…」

 

「構わない。たとえどのように呼ばれようと、オレはオレだ。何より太陽神の子であろうと人の子であろうと、英雄であろうとこの言い方から察するに、本質的には特に思うこともないのだろうよ。オレは両親との誓いを果たすだけだ」

 

 

それだけ言い残し、カルナは一度耳飾りを鳴らしながら出場門へと足を運ぶ。その背中に残された女性は深く頭を下げて送り出す。

 

 

「いってらっしゃいませ主様(・・)。その武功、どうか存分に発揮してくださいまし」

 

「あぁ、行ってくる――」

 

 

『“赤の陣営”!【赤のランサー】カルナ!!入場です――ッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

これはただの、序章に過ぎない。英雄はその姿でもって諸人を魅了し世界にその名を轟かせ、まだ見ぬ好敵手をいつしか彼の元へ連れて来るのだろう。

 

 

それこそが英雄譚(サーガ)

一度は終わりし叙事詩が再び続編を紡ぐ――その裏で。

 

 

「――ゥァァアアア゛ア゛ア゛!!!ふざけるな!!ふざけるな!!馬鹿野郎ォォオオオオ!!!」

 

 

英雄()に憧れ、英雄を目指して(理想に溺れて)いた青年が一人、嘆きの慟哭を上げていた。

 




出来れば年末にこの話を投稿したかった…(涙
プロレスとかである盛り上がる紹介文を目指したのですが難しスギィ!!
ちなみに決闘(デュエル)の勝敗は、この後シヴァがオーディンとO・H・A・N・A・S・Iしました。

それと活動報告に、コミケ情報と表紙を置いておきます。
頑張って描いたので、絵だけでも見てほしいです。


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サーヴァントゲーム開始

まだかかるかなと思っていたのですが、出来たので投稿再開です。
多分次回はまたかなり時間が空くと思います(汗
それと以前、感想欄にも書かれていたのですが「英雄王は書かないの」との質問ですが……お察しください(汗
あのAUOカルナさん以上に難しいよ…。

感想返しも再開させていただきます。
ではどうぞ。



“サーヴァントゲーム”――それはレーティングゲームと似て非なる新たな遊戯。

 

チェスを模した主従関係は形を変え、(キング)(マスター)となり、王の駒を除く5つの(ピース)は“騎士(セイバー)”“弓兵(アーチャー)”“槍兵(ランサー)”“騎手(ライダー)”“魔術師(キャスター)”“狂戦士(バーサーカー)”“暗殺者(アサシン)”――この7つのクラスへと姿を変え、敵となる相手の(マスター)を倒した側が勝者となる。

 

従者(サーヴァント)のクラスチェンジを行えるのは、一試合毎に一度のみ。また、それぞれの従者(サーヴァント)クラスはそれに適した行動しか行えず、例えばではあるが、“騎士(セイバー)”に無理やり槍を持たせようとしても、それはただ単に試合放棄と見なされ、従者(サーヴァント)は強制退場となり、(マスター)の評価にも繫がる。

 

(マスター)はいかに自らが持つ従者(サーヴァント)にとって最優のクラスを選ぶのか、また従者(サーヴァント)は制限される行動の中、いかに(マスター)の命令を聞くことが出来るのか…試合前からの戦略性と主従の絆、この二つこそが“サーヴァントゲーム”の見どころと言えるだろう――。

 

 

 

人間界の電光掲示版を模した巨大なモニターに今回、新しく創設された遊戯の説明を誰もが食い入るように見つめている。

 

その視線が下へと行く度、誰もが魅入られそして熱を帯びていく。

次第に熱は橋が架けられていくかのように伝播し、会場全体へと広がる。その熱の橋の端と端が一つに繫がりそうになった瞬間を、この悪魔は見逃さなかった。

 

 

『目に焼き付けたか!?ルール説明はもう不要だな!?ゲームを観戦する観客に求められるのは理解ではない!理屈でもないッ!魂を!震わせろ…ッ!!』

 

 

実況を担うドナウ・ガミジンによる、最高のタイミングでの最高の煽り(鼓舞)。熱の橋は完全に繫がって渦となり、それは熱狂となって最高のシチュエーションへと変貌する。

 

 

『では選手の紹介をさせていただきたい!!…なに?まだ待たせるのか?いい加減にしろ?どうかご勘弁いただきたい!こんな試合(ゲーム)を誰より待っていたのは誰だ?誰よりも試合(ゲーム)を愛し、一番の特等席で見守ってきたのは誰だ?それはこの私ドナウ・ガミジンだ!!これから先は何度も言ったとおり、まさに神話の再現!!ならば神話の登場人物となる彼らを説明しないわけにはいかないではないか!!』

 

 

浮かされている、己もまたこの熱に。だがなんと心地良いのだろう。

夢にまで見た。夢の中でしか行われなかったような事が、実際に目の前で行われる…たとえこれが白昼夢であってもいい。ならば己が、己がこれまで培ってきた悪魔(実況)の力をもって全力で現実へと変えてやろう。

 

 

『その男、凶暴につき。その男、何故ならば悪魔なりて!噂に違わぬ凶暴性を今日、果たして彼は我々に見せてくれるのだろうか!?サイラオーグ・バアルに折られた牙はこの日の為に人知れず研がれ続けていた!グラシャラボラス家次期当主候補、【黒の陣営】“凶児”ゼファードル・グラシャラボラスゥウウウ!!』

 

 

歓声が狂騒となって紹介と共に登場したゼファードルとその眷属達…否、従者(サーヴァント)達。

それぞれがクラスに応じた武器や服装の中、(マスター)として先頭を歩くゼファードルは観客席から降り注ぐ音の圧に気圧される事なく進む。特攻服を纏い今もその手をズボンのポッケに入れた様はどこか自信あり気にも見えるがそうではない。

 

 

「殺す…この俺を次期当主候補なんかに追いやった(・・・・・・・・・・・・・・・)クソは必ず殺してやる!!」

 

 

その声は周囲の音の壁により、誰にも聞こえることはなかった。彼はそのまま不機嫌な様子を隠さず所定の位置につく。

 

それを確認したドナウ・ガミジンは一度、間を持たせるように唇を舐めた。

“選手を紹介する”――いつも行う当たり前なこの動作ですら、今この瞬間だけは緊張を隠せずにいたのだ。観客たちもそれを感じ取ったのだろう。

熱から始まった狂騒はついに、次の選手紹介の時には狂奏へと至った。

 

 

『“英雄”とは何か?昨今世間を騒がせる“英雄派”…なるほど、確かに神々にさえ喧嘩を売ろうとするその度胸は、その称号を名乗るに相応しいのでしょう。聖書の神が残した“神器”に選ばれ好き放題出来る権利はまさに、選ばれた人間と言っていいのでしょう。だが、しかし!私は今まで以上に声を大にして言わせてもらいたい!!真の英雄(・・・・)は、大英雄(・・・)はここにいると!!世界三大叙事詩マハーバーラタに残されていた彼の生い立ちは、決して良いものではなかったでしょう。だがその英雄譚は人類史、そして全ての神々の記憶に刻まれるに相応しい…!!父はかの太陽神スーリヤ!身に纏う黄金の鎧は破壊神をもってすら破壊困難!!7000年の時を超え、我々は奇跡という言葉を目にする!全7騎の従者(サーヴァント)を討ち果たし、はたして彼はゼファードル・グラシャラボラスへと、その槍捌きを届けることができるのか!?【赤の陣営】クラス:ランサー!“施しの英雄”カルナァァアアア!!!』

 

 

紹介が終わり、観客達が一斉に腕を振り上げ叫ぼうとしたのだろう。英雄の名を呼び、ただ感じるままに声を出そうとしたのだろう。

熱に浮かされ、思いのまま感情を走らせ騒ぎ、狂ったように叫びたかったのだろう。だがそれが叶うことはなかった。

 

カチャリと、会場の中を静かな金属音が不思議と響き渡る。まだ姿さえ現していないというのに、すでに会場はその存在感に呑まれていたのだ。

もう一度カチャリと金属同士が擦れる音が鳴る。その時、とある悪魔の膝の上にはヒヤリとした何かが落ちてきた感覚が訪れ、彼がそこを見ると水滴が一粒落ちていた。これは自分の頬から落ちてきた汗なのだと、その時悪魔は理解した。それほどまでに、ただ登場するだけ(・・・・・・)でも己は緊張を…魅入っているのだと感じ、沸々と何かが心の奥底から湧き上がる感覚が次の瞬間、この場の全ての者(・・・・・・・・)を襲う。

 

 

三度目の金属音が鳴り響き、ついにカルナが姿を現した途端……感情は文字通り爆発した。

 

 

□□□□□□――――ッッッ!!!

 

 

『~~っな、なんということでしょうか!か、会場が絶叫で震えております!頑丈に作られているはずのドームがこれだけで壊れそうな勢いです!!熱狂が奔る奔る奔る!というか私の声これ聞こえてないでしょ絶対!?おぉっとカルナ選手、この異常事態と捉えてさえいい中、悠然とスタンバイ位置へ向かいます!』

 

 

視線は真っすぐ、その足取りもただ真正面へと向かわせていく。この異常な歓声ですらさも当然のように受け止めているその様子に、ゼファードルは更に苛立ちが募っていくのを感じていると突如、会場内を轟かす爆音が連続して炸裂した。これには流石の観客達も静まり返り、突然すぎる出来事にドナウ・ガミジンまでもが耳を押える。そのあまりの凄まじさに、ある種の恐怖すら幾つかの悪魔が抱いていると…声が聴こえてきた。

 

 

「当然、これは神々が打ち鳴らす拍手の音(・・・・)だからね。正真正銘、本物の神鳴り(・・・・)さ」

 

 

耳を押え、今も爆音がいたる所から轟いているというのに、不思議とその幼さを感じる声は頭の中に直接聞こえてくるようだった。それに続き、これまでで最大の神鳴りが落とされ、全ての音が消える。その様子はまるで、落とした張本人の不機嫌さを表わしているようだ。

 

 

「おい、いつまでこの俺様を待たせる気だ?てかYO、テメェ等マジウルセェ、一々はしゃぐガキかYO」

 

 

会場の実況席。そこには二柱の神が…絶対にあり得ない組み合わせがそこにあった。

 

 

『み、耳が………よし、治ってきました。おそらく観客の皆さまもそうだと信じ、この“サーヴァントゲーム”を私と共に実況してくださる方々のご紹介に移りたいと思います!すでにモニターにも映し出されていますが未だに私も、そして今回の試合を提案してくださった魔王様方も信じられません!まさかこの方々が隣同士で座っていようとは…!他神話の神々も唖然としているのが簡単に思い浮かびます!インド神話代表破壊神シヴァ様!そして須弥山代表帝釈天様でございます!ついでに我らが三大勢力代表アザゼル総督ぅ!』

 

「やぁ、シヴァだよ。よろしく。だってカルナはインド神話由来の英雄だし、スーリヤはウチの所属だからね。それに息子の友達が活躍するんだ。当然見に来るさ」

 

「おう、帝釈天様だ。俺様の神鳴りを聞いたNA?ありがたく金を払いやがれ。全財産の半分で許してやる、優しいだろ?とりあえずこのクソ餓鬼より後に俺様を紹介したテメェは後で裏に来いや、NA?」

 

「……タスケテっ!てか何で俺だけこんな色々な意味でアブネェ場所にいるんだよ!?見ろ!さっきから互いにメンチ切りまくってんだよ!サーゼクスとアジュカぁ!テメェ等今すぐこっち来い!!じゃねぇと俺死ぬ!マジで死ぬぅ!!」

 

『御三方ありがとうございます!それとアザゼル総督へ、サーゼクス様とアジュカ様から「頑張って」と声をいただいております!私も帝釈天様からの一言で膝が震えております!互いに頑張りましょう!!』

 

 

「ふざけるなぁ!!」という二人のやりとりに、会場も徐々に元の雰囲気に戻っていく。もしこれがドナウ・ガミジン流の前説ならば、彼は今後各神話中の宴の場に引っ張りだこになるだろう。(それまで生きているかどうかは帝釈天のみぞ知る事ではあるが…)

その間も中央ではカルナとゼファードルが互いを見合い、開始前から火花を散らしている――いや、ゼファードルが一方的に向け、カルナはやはり一切気にしていない様子だった。

 

 

『再び説明に戻るのですが、ご了承ください!アザゼル総督、ゼファードル選手が従者を連れての登場ですが、一方カルナ選手はたった一人。更にその手に持つランサーの証である槍は、自前のものではなく三大勢力が貸し出した物と聞いています。これにはどのような理由があるのでしょうか?』

 

「お前こいつ等が今にも戦争おっぱじめそうな雰囲気出してるのに進めるのか!?スゲェなオイ!?あー、まぁあれだ、カルナが競い合いなら一人で良いって言ったんだよ。どれだけの数が来ようと、オレは負けないってな」

 

 

頭をガリガリ掻きながら顔を青くしながらも、律儀に答えるアザゼル。彼としてはもう少し良い言い方で伝えたかったが、あの場で直に聞いた立場としてはどうやってもそうとしか言えなかった。

 

 

「だからカルナだけは従者(サーヴァント)(マスター)という変則的なルールになる。何故か本人は(マスター)呼びを嫌がってたけどな」

 

「それは彼が基本、誰かに仕える立場だったからね。アンガの王という地位についてはいたけど、それはあの悪童(ドゥリーヨダナ)が与えたもの。カルナとしては多分、従者として意識し動いたほうがやりやすいと思ったんだろう」

 

「槍に関しては当然だNA。俺様(インドラ)の槍だぞ?少しでも掠ればテメェ等クソザコナメクジなんか簡単に殺せる。あぁ、あとNA。アイツが一人なのは当然だZE」

 

 

アザゼルは第三者として、そしてシヴァと帝釈天はよくカルナを知る視点から意見を述べていき、むしろ敵から武器を渡されたというデメリットを肯定していく。

 

 

『当然とは…一体どういうことなのでしょうか帝釈天様?いくら大英雄であるカルナ選手でも、悪魔を7人…いや、(マスター)を含め8人でかかられては、流石に不利なのでは?』

 

 

ドナウ・ガミジンの疑問はもっとも。これは三大勢力全体のほぼ総意でもあった。実際目の前でカルナを見たアザゼルやサーゼクスでさえ、そう思っているほどなのだ。

それを感じ取ったのか、シヴァと帝釈天は噴き出すように突然笑い出し、帝釈天は目の前のマイクを掴み口元に近づけ…一言。

 

 

俺達(・・)が認めた英雄を舐めんなや。テメェ等三大勢力ってのは、歴史が短すぎる。だから知らねぇんだ。おう、俺様だから(・・・・・)言える事を言ってやる。人間を舐めるな(・・・・・・・)

 

 

その気迫…とくに最後の言葉に乗せられた力は、会場を再び沈黙へと戻す。

困惑も当然あった。“神が…それ(・・)を言うのか”と。

 

 

「まぁさ、とりあえず早く始めようよ。そうすればこのクソ坊主が言った意味が分かるからさ」

 

『そ、そうですね。では両陣営、準備は良いですか!?』

 

 

シヴァの言葉に何とかモチベーションを取り戻したドナウ・ガミジンが、両者に最後の確認をしていく。

 

 

「あ゛ぁ゛!?どうでもいい、さっさと始めろクソが」

 

「敵が目の前にいる。ならばオレは、成すべき事を成すだけだ」

 

 

『両者バチバチに火花を散らし合っています!では“サーヴァントゲーム”第一戦目(・・・・)――スタートです!!』

 

 

試合開始の宣言が成された瞬間――両陣営が消えた(・・・)。すると観客達は一斉に四方に置かれている巨大モニターを見やる。

この会場は謂わば観客の為の会場(・・・・・・・)であり、試合会場ではなかった(・・・・・・・・・・)のだ。これは万が一観客や貴賓に何かあってはいけないという配慮と、以前【禍の団】が試合に乗り込んできた事に起因していた。

 

試合とテロ。そんな二つの緊張感がせめぎ合う中、モニターを見つめていると。

 

 

「さて、もう終わったし、僕は帰らせてもらうよ」

 

 

シヴァがそんな事を言いながら立ち上がった。ついでに帝釈天もだ。

 

 

「俺様も帰らせてもらうZE。せめて魔王の眷属でも出てくんのかと思っていたが期待外れだ。途中で引き返したサルが正解だZE」

 

「あぁ、そういえば来てたみたいだね。今気づいたけど、いつもの天部は今日来てないの?」

 

「アイツがどうしてもって言うから天部置いて連れてきたんだがなぁ…カルナの相手を知ると唾吐いて、逃げ出した弟子が近くにいるからそっちの様子を見に行くとYO」

 

 

その姿は完全に、試合に関する興味を失っていた。するとたまらずアザゼルが二柱を止めにかかる。

 

 

「おいおい待てよ!試合はまだ始まってすらねぇんだぞ。いくらアンタらとはいえ、流石にあまり好き勝手されちゃ……」

 

 

『ゼファードル選手!今すぐ逃げてください!!』

 

 

「困る」――そう続くはずだった言葉尻は、突如逃げろとドナウ・ガミジンが叫んだことにより遮られた。そのあまりの剣幕、必死さに一体どうしたと素早くアザゼルがスクリーンの方へ首を向ける。その画面に映し出されていたのは…全てが白に塗りつぶされた世界。

 

茫然と誰もがその光景を見つめている中、シヴァは微笑みながら呟く。

 

 

「だから言ったのに。もう終わった(・・・・・・)って」

 

 

 

 

 

 

 

ゼファードル・グラシャラボラス――彼は本来次期当主、その候補にすらなれない程度(・・)の存在だった。そしてそれは本人にも自覚があり、ゼファードル自身も当主になどなる気もなかった。何の責任も持たず好き勝手できる。何をしようと全て責任を、家や当主に取らせることができる。たとえ追い出されようと、他者から見れば己がグラシャラボラス家の悪魔であることは変わりない。だから実家は己を追い出すことができない。だから今日も変わらず、何をしても許される。

 

 

そんな最高の日々が終わりを告げたのは、10年ほど前の事だ。

気に入らない、目があった。俺を誰だと思ってやがる、どこの誰がテメェ等の生活を守ってやがる。いつものようにいちゃもんをつけ、いつものようにそれが当主の耳に入り、説教の為に呼び出されたと、その時ゼファードルは思っていた。けど違った。

 

 

“次期当主になるはずだったお前の兄が、インドで消息を絶った。だからこれからは、お前が当主候補となる――”

 

何を言われたのか全く分からなかった。目の前で当主が目を真っ赤にしていた、きっと涙が涸れ果てるまで泣いた後なのだろう。だがそんな事、どうでもよかった。

 

責任ある立場を押し付けられる…目の前の当主の言葉は絶対だ。つまりこれから己が何をしようが、今告げられた言葉はもう、覆らない…。

 

沸々と、苛立ちが沸いてきた。

誰だ…誰がこの俺から、自由を奪いやがった…?俺が理不尽なのは当然のことだ、それが俺なのだ。だが…俺に理不尽を押し付けることだけは、神であっても許しておけねぇ…!!

 

それからは今まで以上に責任から逃げるようになった。

毎日仲間と遊び惚け、適当な悪魔に喧嘩を売り、立場でもって理不尽を振りまいた。そうすれば見放され、候補から落ち妹にその話が行くと思ったから。だが当主はその全てを黙認し、決してゼファードルを見捨てようとせず、あまつさえ“凶児”という名でゼファードルはそのようなものだと冥界中に認知させていった。当然、ゼファードルの品性は悪化していった。だからだろう。

 

 

誰よりも責任から逃げ続けてきた男が、誰よりも責任から逃げず向き合って来た若手最強悪魔に敵うはずがなかった。

 

ただひたすらにムカついた。恵まれ続けてきた己が何故、誰よりも恵まれないあんなクソに負けるのかと。

現実逃避の癖は更に悪化し、ついにゼファードルはサイラオーグとのレーティングゲーム以来、家から出る事もなくなった。…そんなある日の事。

 

ゼファードルは久方ぶりに当主に呼び出された。久しぶりにあった当主は以前よりも遥かに弱弱しく、今にも倒れそうであったがどうでもよかった。

 

「何だ、ついにこの俺を追い出す決心がついたのか?」――あらん限りの皮肉を込め、そう吐き出した。もういい加減にしてくれと。すると当主はそんなゼファードルの言葉を全て無視して、ただ一言。

 

 

“お前の兄の仇が見つかった。今度魔王が開催するサーヴァントゲームという試合がある。それに出ろ”と。

サーゼクスはあの日、あのパーティー会場でカルナに「グラシャラボラスという悪魔が以前インドで消息を絶った。知らないか」と聞いていたのだ。

彼は悪魔にしては善人だ。冥界を思う気持ちは本物であり、当然世界中で時折消息を絶つ仲間を探す事も苦に思わない。インドで消えたのなら、インド生まれの者に聞き、少しでも情報が手に入れば恩の字だ。おそらく彼は、その程度に思っていたのだろう。だが聞き出せた情報は、そんなサーゼクスの思いを遥かに上回っていた。カルナは答えた。

 

“その悪魔なら、オレが殺した”と――詳しく問い詰めれば、グラシャラボラス家の次期当主であった上級悪魔は、新たな眷属をインドで探し、カルナを見つけたという。奇抜にして凄まじく整った容姿を持つカルナを、彼は一目で欲しがり、断ったカルナの家族を人質に交渉しようとし、仕方なく殺したのだそうだ。

 

初めサーゼクスは、この話をグラシャラボラス家に持っていくか悩んだ。聞けば明らかに悪いのはその次期当主であったが、殺害という行き過ぎた行動を起こしたのはカルナだ。結果サーゼクスはグラシャラボラス家にこの話を告げ、ゼファードルの耳へと届けられる事となった。そんな成り行きを聞かされ、ゼファードルの心に宿ったのは怒りだった。

 

“そうか…お前か…ッ!お前のせいで!俺はこんな惨めな立場に追いやられたのか…ッ!!”

 

明らかな押し付けである。ゼファードルがサイラオーグに負けたのは彼のせい。ゼファードルが次期当主候補に持ち上げられたのは目の前の当主、そしてインド神話が直々にインドに足を踏み入れるなと忠告をしていたにも拘わらず、それを聞き入れなかった彼の兄のせいだというのに。ゼファードルが初対面であるにも拘わらず、カルナに殺気を放っていたのはこのような経緯があった為だ。

 

 

「ぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺す!!この俺をこんな不愉快にさせやがって…!生きて帰れると思うなよ!?」

 

 

所定の位置につき、試合会場へとワープしつつ、ゼファードルは一人ごちる。幸い、このサーヴァントゲームのルールに“殺し合い禁止”などは乗っていなかった。恐らくはそれを想定していなかった、あのお優しい魔王様の不慮なのだろう。ならば殺しても何ら罪はない。だから絶対に殺す。

そんな事を思っていると、ワープ特有の浮遊感が消え、目の前には広大なフィールドが広がっており、その中央にはこれまた巨大な山々が、フィールドを分断するように配置されていた。恐らくはレーティングゲームの一つ『スクランブルフラッグ』に使われる場所の一つなのだろう。見覚えがあった。更に言えば木々に囲まれた山ならば“暗殺者(アサシン)”を起用しやすく、また広大に広がる荒野は三大騎士クラスと位置付けられた“騎士(セイバー)”“弓兵(アーチャー)”“槍兵(ランサー)”を動かしやすい。

 

 

「…ッチ、気に食わねぇ。これだけお膳立てされねぇと、勝てないとでも思ってんのか?」

 

 

相手の情報は色々聞いている。太陽神の子だか何だか知らないが、半分は人らしい。更にあの黄金の鎧は決して破壊不可能だとか言うではないか。で、だからどうした?一々壊すこともない。やり方なら幾らでもある。が、今はまず従者(サーヴァント)と名を変えた眷属達に命令を出す事が先だろう。そう思い、考え事の為下を向いていた顔を上げた……その途端。

 

 

『ゼファードル選手!今すぐ逃げてください!!』

 

 

視界が真っ白に染まり、以後……ゼファードルが公に姿を現すことは二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

カルナが聖書の悪魔と戦うのはこれが初めてではない、二度目だ。

一度目はまだカルナがインドラに引き取られる以前、養父母の元で彼らの愛情を一身に受け、土と向き合い家事の手伝いをしていた頃。

 

突如現れた悪魔は、カルナに告げた。

 

 

“陶磁器のように美しい肌、更に容姿も整い美しい…我が手を取れ、永久の命をキサマに与えてやろう。悪魔になれ”

 

 

カルナはすぐに断りを入れた。「人として生まれた、ならば人として死ぬ」と。それが気に食わなかったのだろう、悪魔はならばお前の両親を殺すぞと脅し、『貧者の見識』はその言葉が本心であることを見抜いた。

何事かと家を飛び出し、目の前の悪魔に恐怖しつつも、カルナを少しでも隠そうと抱きしめていた母の腕からカルナは抜け出し、見上げながらこのように警告した。

 

 

“父と母に手を出すというならば、オレはお前を殺さねばならない。できればそのような事はしたくない。今すぐ帰ってほしい”

 

 

悪魔は激怒した。人間風情が誰に命令していると。そこからは以前、シヴァが帝釈天に語った通りだ。

家族を守るため、カルナは全力の『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』を放ち悪魔を消滅させ、山を一つ消しとばした。

 

 

ゼファードルがカルナの情報を知っていたように、カルナもまたゼファードルについて話を聞いていた。曰く今回の相手は、あの悪魔の身内なのだとか。ならば覚えのない殺気を向けられた事も、納得がいく。

 

家族の仇だ、きっと憎んでいるのだろう。同じように父と母を殺し、オレに後悔させたい事だろう。

 

息子を殺された憎しみから、オレの息子(・・・・・)を殺したアルジュナのように……。

 

 

 

不思議な浮遊感から解放され、目を開けた先には広大な大地が広がっていた。遥か遠くには山があり、集中すればその向こう側から、この冥界で何度も感じた悪魔特有の魔力を感じる。

 

だからカルナは、三大勢力から与えられた槍を逆手に掲げた。放とうとしているのは、裏京都という小さいながらも一つの世界を崩壊せしめた最大奥義。

 

ルールには「殺し合いを禁ず」という一文が無かったことは、ゼファードルと同じく(・・・・・・・・・・)カルナも確認していたのだ。

 

 

「身勝手だとは、理解している。だが済まない。オレはまだ、両親に恩を返していない」

 

 

あの地には父スーリヤとシヴァ神、そしてインドラの加護が彼らを守っているなど委細承知している。だが復讐に走るかもしれない者がここにはいる。万が一…いや、億が一の可能性が父と母を危険に晒すかもしれない…二度も家族を奪われる(・・・・・・・・・・)…それだけは絶対に嫌だった。

 

 

右足を大きく後ろに下げ、掲げた槍を極炎が包む。途端に耐え切れず、槍は崩壊し始めた。だがそんな事、この槍を握った瞬間から分かっていたカルナは構わず大きく振りかぶり、奥義を解き放つ。

 

 

「『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』――!!」

 

 

荒野が広がる大地を大きく削りながら、カルナが放った奥義はその間にあった山すらも蒸発させ、なおも速度を増しながらゼファードルへと飛翔する。途中、審判兼実況のドナウ・ガミジンが何かを叫んだが、『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』の後を追うように発生した熱風がそれをかき消す。故にカルナはただただ、奥義を放った方へと視線をやり、解せぬ(・・・)と呟く。

 

本来であればカルナが放った『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』はこの試合会場の界を隔てる壁に穴を穿つ程の威力が込められていた。しかし穴は空かず、罅割れ程度に収まっている。これは槍が耐え切れず途中で蒸発してしまった為だ。だがカルナが解せぬと思ったのはそこではない。

 

技が敵を打ち取った感覚がなかった。更に言えば、先程まで感じていたゼファードルとその従者達の気配もまた消えていたのである。

 

 

どういうことだと初の経験に佇んでいると、足元が光に包まれ出し、気づけばカルナは試合会場ではなく、観客の為に用意されていた会場へと戻っていた。そんな彼を迎え入れたのは、目の前に置かれている巨大モニター。そこには『winnerカルナ』と出ていた。

 

 

「そうか、勝ったのだな、オレは」

 

 

ゼファードルは運営により、強制退場。よってカルナはこの場における勝者となった。しかし彼に、登場の時のような歓声が上がることはなかった。

 

 

『…………………』

 

 

痛い程の静寂が、恐怖が、恐れがカルナに向けられ、会場全体を包み込む。

 

 

「だから言っただろうが。これが英雄だってNA」

 

 

そんな中、アザゼルでさえ黙り込んだ実況席からマイクを通し、声が聴こえた。帝釈天だ。その横では彼に続くように、シヴァが微笑みながらパチパチと拍手を送り始める。帝釈天もまた大振りな拍手を始め、貴賓室からは再び“神鳴り”が響きだす。

 

 

こうして初の試み。第一回サーヴァントゲームは幕を閉じた。

ある者は英雄に対する恐怖をその身に刻み、またある者は真の英雄と戦える事に歓喜しながら…。

 

次の日、冥界の新聞には、このような見出しが載る事となる。

 

 

『あれは断じて試合ではない、一方的な暴力である!』

 

『サーヴァントゲーム第2試合、カルナvs悪魔500柱決定!!』

 

『“施しの英雄”カルナ《武器の使用禁止》を言い渡され了承!』

 




いかがだったでしょうか?
感想でも「そもそも戦闘シーンいらなくね?」とありましたが、そもそもまともな戦闘描写は書く気がなかったので、長々と説明ばかりであとは省略しました(笑)
久々に書いたので自分の中で違和感がありますが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

実況が某神vs英雄の漫画みたいと感想にありましたがまさにそうです。なので隠さず意識させていただきました。

この作品の中ではゼファードルは現段階で25歳程度と考えています。
若手悪魔といってもアガレスやサイラオーグはどう考えても高校3年生であるリアスより年上でしょうし、まぁ痛いあんちゃんみたいな感じで。(一応死んではいません)
グラシャラボラス家の次期当主もそうですね。原作では兄とも何も書かれていませんでしたがこのように。
次回のカルナさんは武器禁止を言い渡されちゃいましたね。どうしよう…勝てるイメージが全然湧かないや(棒読み)



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届かぬ太陽に手を伸ばす者達

久々に1月以内に投稿できた気がする…(汗
感想欄が眼で殺すで埋め尽くされましたが…悪いなノビタ、作者は天邪鬼なんだ。
(ちょっち針妙丸探して幻想郷に下克上してきます)


この状況の中、多くの方が外出自粛をされていると思います。
少しでも暇つぶしになればと思います。
作者?今じゃなきゃ当の昔に辞めてるレベルのブラックな会社で今日も元気に文句言ってるよ(震え



――それは誰かが捨てたものか、はたまた風に煽られここまでたどり着いたのか。

 

『サーヴァントゲーム第二試合カルナVS悪魔500』と大きく見出しが載った新聞を足元に見つけ、男は笑う。

 

 

「おうおう、くせぇくせぇ。いくらあの阿呆共とてこれが悪手ってな事くれぇ簡単に分かるだろうに。オイラにゃこれが、どうにもキナ臭くてしょうがねぇンだが…そこンとこオメェさんどう思う?なぁルシファー(・・・・・)

 

「ゼェ、ゼェ…そんなこと…俺が知るか…っ!」

 

 

天を仰ぐように冥界の空を見上げ、荒い息のままヴァーリ・ルシファーは初代の問いかけを切って捨てる。

その傍には彼の仲間であり初代の子孫である美候。仙術を使う点では初代と同じながらも、その差は天と地ほどにかけ離れた黒歌。伝説のアーサー王の血を引き継ぎ、同じくペンドラゴンの名を受け継いだ妹ルフェイを庇うようにして兄のアーサーが…最上級悪魔数体であっても軽くあしらえる実力者達が倒れ伏していた。

 

これだけでも彼らを知る者が見れば惨々たる状況だが、周囲などは更に酷い。

 

冥界に存在していた森林の一角は大きく切り開かれ、辺りには巨大なクレーターやアーサーが放ったと見られる斬撃の跡が地面を切り裂き、黒歌や美候が初代と対抗したのか並の悪魔では呼吸すら難しい程の濃い氣がここには集中していた。

 

 

「呵呵!だよなぁ、オイラも正直どうだっていいのよ。別にボンクラ共が馬鹿やろうが、どうせ面白がった高みの見物連中がボケ共を煽ろうが。でもまぁ、感謝はしてやってもいい。カルナの事だ、きっとまた素敵なモンを見せてくれるだろうよ」

 

 

笹の葉を食べるパンダが描かれた安物の煙草を咥え、ヤジを飛ばす初代。それと比べ倒れ伏すヴァーリの表情は苦々しいものとなっていた。

 

ヴァーリ・ルシファー。彼はその名の通り、初代魔王の一角ルシファーの血を受け継ぐ半人半魔だ。更にその身には人の血が混じるが故に宿す事を可能とした神滅具『白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)』を所持するという、まさに奇跡のような可能性が生み出した存在だ。その仲間たちも、最低でも準魔王級という高い実力を兼ね備えている。

 

 

そんな彼らを初代は息の一つも乱さず、傷の一つも負わず、三日三晩面白半分でリンチにしていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「ゼェ…ザ…ケンなこのクソジジィ!!テメェ!最後に会った時はそこまで化け物じゃなかっただろうが!!」

 

「しかも邪気まで纏って…!卑怯ニャ!ズルイニャ!てか私ら二人がかりでこんな簡単に辺りの氣を掌握されるってどういうこと!?ニャー悔しい!お腹空いた!お風呂入りたい!白音ぇ…お姉ちゃんクサイとか言わないで~ニャア…」

 

「呵呵!いやぁ最近負け続きでよぅ、ちと自信とか色々失ってきてた頃に、鴨がネギどころか鍋背負(しょ)ってノコノコ現れたんだ。殺してねぇだけ感謝しろや」

 

 

ヴァーリ達は現在一応とはいえ『禍の団』に所属している所謂テロリストだ。その行動の殆どは自由気ままに行きたい所に行き探求心を満たすという、まるで冒険家のようなものだが…それでもテロ組織に加担しているという事に変わりはない。

 

 

「我々を捕まえる事が目的でないとするならば、何故ここまで追ってきたのですか」

 

 

彼らからすれば激闘の最中、気絶したルフェイをそっと地べたに横たわらせ自身の上着を置き、アーサーは気になった事を尋ねた。

 

 

「だから言ってンだろ?弱い者虐めだよ(・・・・・・・)、弱い者イジメ。オイラは英雄でも善神ってワケでもねぇし、ボスはあんなで一応善神らしいケド?5人もいて、大昔の古代兵器“ゴグマゴグ”まで持っていて?こんな老いぼれたサル一匹に負けました?じゃあテメェ等雑魚以外の何なんだよ」

 

「…耳が痛いな。返す言葉もない」

 

「返す言葉もないじゃねぇんだよヴァーリ、ボケが。テメェもアーサーも一人で先行しすぎだ。戦力差くれぇ見極められるようになれやタコ。確かにテメェの神器は攻撃が当たれば“半減”が働く。アーサーはそもそも武器が強ぇ。当たれば一撃必殺さ、当たればな(・・・・・)。フェイントの入れ方も下手くそなんだよ、遅ぇ。クソ砂利や黒歌の嬢ちゃん、そこの気絶してるパツキンの嬢ちゃんなんかのほうがまだ周りをしっかり見て、フォローに回ろうとしてたぞ?まぁ結局、堪え性がねぇから焦って大技連発し始めたンだけどな。何だったかヴァーリ、確か以前言ってたな?自分は強者の一角に入るとか。おう、はっきり言ってやる。テメェは雑魚だ、雑魚。オイラみてぇな底辺(・・・・・・・・・)にこんだけ良い様にされてンだぜ?だったらそれ以外の何があンだよ」

 

 

一見アドバイスのように聞こえる。実際ヴァーリやアーサーは歯を噛みしめながらもしっかりと耳を貸していた。しかし本質は違う。

 

 

これはただの八つ当たりだ。

それは初代が一番よく分かっている。

 

だが言わずにはいられない。

 

 

座っていた倒木から立ち上がり、初代は今もなお倒れ伏すヴァーリへと向かい歩き始める。その間、口元から煙草を一度も離さず、“ヂヂッ”と煙草が短く燃える音が連続して響く。

 

歩きながら、煙草の火が根元まで到達するとようやく口元から離し、手の中でぐしゃりと潰そうと肺に煙を溜めたまま、初代はヴァーリの目の前でしゃがみこむ。

 

 

「なぁ、最強目指してんだろ?“真なる白龍皇”目指してんだろ?昔は若いの一言で済ませちゃいたが、今オイラも同じなんだ。ずっとずっとずぅっと先で、アイツが約束を待ってくれてンだよ。ぶっちゃけお前らみたいな若いだけが取り柄の連中に構ってる暇なんざねぇんだ」

 

でもよ…。

 

「気に食わねぇよなぁ、口だけ最強目指してるなんざ。負けてばかりの今のオイラ(・・・・・)を見てるみたいでよぉ…あぁ気に食わねぇ!何で雑魚のクセに遠慮してンだよ、オイラが晒すこの火傷を見て、なに躊躇ってんだよ…っ、オイラがそれを望んだか!?殺す気で来いよ!!せめてこの火傷の上に、一つの傷でも残してみろよ!!」

 

 

胸倉をつかみ、無理やり顔を近づかせる初代を前に、ヴァーリは僅かばかりではあるが息をする事を忘れた。

サングラスに隠れたその先にあるのは、燃えるような闘志。若々しい萌木のようなものではなく、まさに命を燃やすような熱量がそこにはあった。

 

ヴァーリは知っている。法衣から隠す気のなく晒される痛々しい火傷が、一体に誰の手によりもたらされたものなのか…それでも聞かずにはいられない。

 

 

「…それが英雄か……曹操達のような目指す者ではない。真の頂に立つ男とは…カルナとは、貴方をそこまで奔らせるものなのか…っ!」

 

 

大英雄カルナが蘇ったことはあまりにも有名だ。だからこそヴァーリ達はどれほどのものなのか見に来たところを、初代に捕捉されていた。その為ヴァーリは、カルナの姿をまだ一度も見ていない。それでも彼は今この瞬間、カルナという男を僅かばかりではあるが理解した。

 

 

「初代、どうか俺に教えてほしい。カルナという男…一体どこまで挑戦させてくれる(・・・・・・・・・・・・)?」

 

どこまでもだ(・・・・・・)。届かぬ太陽に手を伸ばすようなモンだぜ、あれは。…でもな、意地があンだよ、男に生まれたからにはなぁ」

 

 

フゥっと最後に今まで溜めていた煙をヴァーリへと吹きかける。あまりの煙の量にヴァーリは思わず目を瞑り、ゲホゲホと咽てしまうが初代は気にせず立ち上がり、背中を向ける。

 

 

「オイラが先約だ、先ずはオイラに挑みに来い。抜け駆けはナシだ、男の約束だぜぃ?」

 

「ねぇ、私オンナなんだけど…にゃあ」

 

 

黒歌の呟きに、呵呵!と笑いながら今度こそ初代は消えていった。

そのまましばらく動けなかった彼らではあるが、誰よりも彼と長い時間を過ごした美候が盛大に溜息を吐き、大の字に寝転んだことにより、静止した時間が動き出す。

 

 

「プハァー!ンだありゃ…バケモンだバケモンだと比喩して揶揄っていたが、今じゃ修羅じゃねぇか…子孫で弟子でもある俺ッチに最後まで何も言わずに行きやがった…クソ」

 

「アンタの爺さん、あれで仏なんでしょ?どこがよ…」

 

「強いですね…いや本当に。東洋では私達のようなものを“井の中の蛙”というのでしたか…まだまだ私も精進が足りなかったのですね」

 

「う、うーん……あれ…さっきまで私、なんだかすごい良い笑顔で歯をむき出したお猿さんに追われていた気が…」

 

 

魘されながらもようやく起きたルフェイに安堵の表情を見せながらアーサーが笑いかければ、それ以上の笑い声が辺りに響き渡る。

 

 

「っく、はは!ははは!いや手も足も出なかったな。こんな完敗したのは、今まで多分ないだろうな。はは!」

 

「おやヴァーリ。言葉の割に、我々には貴方がすごく楽しそうに見えますが?」

 

 

アーサーの言う通りだ。額に手を置き天を仰いでいるが、ヴァーリは彼らが見たことが無い程満面の笑みを浮かべている。

 

 

「あぁ、楽しいさ。だってそうじゃないか。俺達はもっと強くなれる。どこまで行っても上には上がいて、どこまでも目指していけるんだ。生涯挑戦し続けても、そこに辿り着けるか分からないと教えてもらったんだ。これを知って面白くないなんて嘘だろ?」

 

 

同意を得るように見渡せば、美候もアーサーも同じように笑っている。(ただまぁ、女性陣だけは何が何だか分からないと首を傾げ、黒歌にいたってはうんざりだと肩を落としているが)

 

 

「けどまずは、ここから逃げよう。おそらくは冥界側もこの異変に気付いているはずだ」

 

「賛成にゃ。あのジジィ暴れるだけ暴れて…!しかも徐々に大勢の氣がこっちに向かってきてるし…」

 

「そうですね。流石に疲れましたし、あの方の後に警備程度の悪魔では、役者不足に感じますし、面倒ですし」

 

 

各々が好き勝手に言い立ち上がる。

ヴァーリもすでに立っており、その視線は森を超えた遥か先を見ていた。

 

 

「俺もいつか君に挑むよ、カルナ。でも先に二天龍の因縁を片付けてからだ。兵藤一誠、早くここまで来い。俺はまだまだ強くなる、強くなりたいんだ。だから早く来い。一緒に強くなろう――」

 

 

 

 

 

 

 

 

魔王の妹という立場に、今まで甘えた事など一度もない。

生まれは貴族と称される72柱の一つ、シトリー家。

 

幼馴染で同じ魔王の妹であるリアスとは違い、コツコツと小さな出来事を積み重ねてカチリとはまる戦術を組み立てる事が大好きだった……だからこそ分かる。

 

 

「このサーヴァントゲーム、現魔王政権の働きかけではありません。おそらくは大王側かレーティングゲーム運営陣…更に別の思惑も入り混じっている…神々の介入もあったとみるべきでしょうね」

 

 

人間界における城と言っても過言ではない、駒王学園生徒会室。そこで冥界から届けられた新聞に眉根を寄せ、ソーナ・シトリーは自身の考えを呟く。

 

 

「会長、それはどういう事ですか?そもそも何故、神々があのカルナとかいう男を追い込むような形を…おかしくないですか?」

 

「お姉さんにもしかして聞いたんですか?」

 

 

それは単なる独り言ではなかった。

その証拠に彼女の周りには眷属が集まりその中の一人、女王の駒(クイーン)であり副会長でもある真羅椿が皆を代表するように浮かんだ疑問をソーナへと聞き、戦車の駒の由良翼紗がそれに続く。

 

 

「いいえ、私は誰にも聞いていません。これは…そうですね、上手く表現することが難しいのですがあまりにも……短絡的すぎる…」

 

 

口元に手を当てるのは無意識なのだろう。更に鋭く新聞の一面へ目を通すソーナに、眷属達も疑問がもっと浮かんでしまったと表情を隠さない。

 

なのでソーナは、疑問点を一つ一つ上げていくことにした。

 

 

一つ。まだ第一試合が終わったばかりなのに、もう“サーヴァントゲーム”のルールが破綻している。

二つ。新聞には“500”と謳われているが、そもそもそれ程の数のレーティングゲームプレイヤーは冥界に存在しない。つまりそれだけの数の悪魔を用意できるほどの力が働いている。

三つ。おそらく急遽このような運びとなったのは、あまりにもカルナの力が予想を上回っており、悪魔としてのメンツを対外的に潰されたため。しかし現魔王政権は穏健な方ばかりであり、このような横暴をするとはとても思えない。

 

 

「……言われてみれば確かに…契約を重んじる悪魔としてはかなりおかしく感じます。ですが何故、そこに神々の名が挙がるのですか?」

 

「この“サーヴァントゲーム”を最も待ち望んでいたのが神々だからです。大英雄カルナ。彼が戦う姿を見る為だけに、あの破壊神シヴァと帝釈天が隣同士で座り解説をするなど…二柱の因縁を少しでも知っていれば絶対にありえませんでしたからね。今回は流石にアザゼル先生にも労いの言葉をかけたくなりました」

 

 

「帝釈天」の一言に、巡巴柄の後ろで静かに聞いていた匙の影が、僅かに揺らいだように見えた。だがソーナは「話が逸れました」と続ける。

 

 

「誰がどう見ても横暴であるこのルール変更を、しかし神々は現状異議を唱えていません。彼の生まれ故郷であるインド神話やパーティー会場に連れてきた須弥山からも…つまり初めから認めていた、もしくは分かっていたということです。おそらくは第一試合の後、このようなやり取りがあったはず…「見応えが無い、悪魔とは所詮この程度か」「この程度で我々に満足しろと言うのか」と。悪魔側はその言葉を聞き、頭に血が上りこのようになったのではと考えます。…とくに大王側は血の気と言うか、古くからの“悪魔こそ至高”という考えの方が多いですからね。その思想の発端となった初代バアルならきっと、この流れを止めようとしていたでしょうけど…数の暴力に勝てる者など、ほんの一握りでしょうから…」

 

 

自らの予想を語り終え、ソーナは僅かに下を俯く。

彼女自身としては、ほぼこれが正解だと思っている。

 

大王派や運営側の子飼いもしくは金に釣られた悪魔500人。その中にはきっと、レーティングゲーム上位陣を密かに紛れ込ませ、勝利を確実にしようとするだろう。何せこれだけの数を用意しておいて、たった一人に負けましたでは話にならないからだ。

 

 

『それでも負ける。お前達聖書の陣営は…あぁ、インドラが言った通り、何故なら真の英雄を知らないのだから』

 

 

それは匙の方から聴こえてきた。だが彼の声ではない。

匙の身に宿る神器、その中に存在する邪龍ヴリトラのものだ。

 

 

「お前っ、500だぞ!?確かにあの試合でカルナとかいう奴が見せた技は凄かったさ!でも何回も言うけど500人だぞ!?」

 

それがどうした(・・・・・・・)、我が半身よ。そもそも英雄とは人の臨界を超えた一種の破綻者だ。あの男、カルナが万軍相手でも負ける事はないというのは、そのままの意味だ。あの当時の我が故郷インドにおいても、すでにあの男は並居るクシャトリヤを抑え英雄と称されていたそうだ。…我がヴリトラハン(・・・・・・・・)が用意した男だ。負ける事など断じてならん(・・・・・・)

 

「おまっ、どっちの味方だよ!?その言い方だとただ単に、負けてほしくないだけじゃねーか!」

 

 

主の前で、主と共に自らが所属する悪魔側が負ければいいとも取れる相棒の物言いに流石に思うところがあったのだろう。匙は腕に出現した神器(ヴリトラ)に対し焦りだすが、ソーナの次の言葉に、眷属全員が驚く事となる。

 

 

私も同感です(・・・・・・)、ヴリトラ。おそらく悪魔陣営は今回、稀に見る大敗を喫する事になるでしょう。…何ですか、みんなして驚いた顔を…そんなに私の発言が意外でしたか?」

 

「意外も何もないでしょう会長!だって…っ!」

 

「由良、貴女の言いたいことは分かります。ですがマハーバーラタにおいてカルナは神々でさえ手を焼いた羅刹などを相手に、無敗を貫いてます。彼の敗北は唯一、鎧を帝釈天に奪われ半死半生でアルジュナの前に立った時のみ。その時でさえ、カルナはアルジュナをあと僅かなところまで追い詰めました…つまりカルナは鎧があるから強いのではなく、鎧がなくとも強い(・・・・・・・・)のです。それは先の試合で山を溶解し尽した時点で分かるはず…えぇ、確かに匙、イッセー君も倍加を使えば同じ事ができます。ですがあれだけ短時間に、しかも試合会場の壁に罅を入れる事など…魔王級の攻撃でも中々壊れない設計なんですよ?あれ」

 

 

淡々と語るその様は、きっと次の試合では理不尽な暴力を前に倒れ伏すカルナの姿を想像していた匙達に、真逆の光景を思い浮かばせるのに難しいことはなかった。

 

 

でも、それ以上に心配だった。

 

 

 

「会長…それでも参加するんですか?…“サーヴァントゲーム”に」

 

「はい。それでも私は“サーヴァントゲーム”に…カルナに挑戦したいと思っています」

 

 

三大勢力はこの“サーヴァントゲーム”を、新たに普及させようとしている。

それは悪魔のみならず堕天使や天使達から「自分達も試合に出たい」という要望が多かったのもあるし、神と戦いたいという声も前々から少なくなかったからだ。その為現在も“サーヴァントゲーム”は挑戦者を募集している。

 

 

「ですがこれだけはハッキリ言っておきます。私は一人よがりで、皆を危険な目に遭わせようとは思っていません。大英雄カルナ…彼はきっと、戦うと決心した相手には決して手を抜くような方ではないでしょうから。断る者を、むしろ私は誇らしく思います。間違いなくこれはただの負け試合(・・・・・・・・・・・・・・・)ですから。…その時は一人で出ます。いえ、出なくてはいけません」

 

 

大勢が、全世界からあの場には注目が集まっているのだ。そこで少しでも注目を集めればきっと…きっと私達の夢に賛同してくれる者が、応援してくれる誰かが見つかるかもしれない…。

 

 

(誰でもレーティングゲームに…チャンスを掴める足掛かりになるような学校を…そんな場所を……悪魔が尊い夢を見て、何が悪いのだろうか)

 

 

何より――。

 

 

「約束しましたからね。“貴方を必ず、帝釈天に会わせる”と」

 

 

柔らかい笑みをソーナが浮かべ、見やるのは匙ではない。ヴリトラだ。

 

 

『…すまない。我が半身の主よ』

 

 

ソーナは気付いていたのだ。

以前帝釈天がリアス達とサイラオーグのレーティングゲームが終わり、いざ自分達の番になった際、一切の興味もなく帰り、以来ヴリトラに元気がなかった事を。何故なのか話を聞き、この邪龍の矜持とも取れる思いに、彼女は感銘を受けたのだ。

 

 

「謝ることなんて何一つありませんよ。仲間(・・)が困っているのです。なら、どうにかしたいと思うのは当然じゃないですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――後日、“サーヴァントゲーム”“第二試合はソーナの予想通り(・・・・・・・・)となる。それだけではない、彼女の予想はその悉くが実のところ当たっていた。

 

 

神々が物足りぬと大王派に所属していた悪魔を焚き付けた。まるでかつてのコロッセウムに集まったローマ市民のように…当たり前の光景(・・・・・・・)を見せられて、だから何だと言わんばかりに。

そこから悪魔としてのプライドが傷つけられたと大王派は彼らの長である初代バアルの言葉にさえ耳も貸さず、独断でレーティングゲーム運営側と接触。元より“サーヴァントゲーム”はレーティングゲームの亜種として捉えられており、アジュカやサーゼクス、アザゼルといった開発者達の元へ話が行く頃には、全ての根回しが終わっていたのだ。

 

 

第二試合当日。試合会場はその出場者の多さから、『ワンデイ・ロング・ウォー』が行われる超広大なフィールドが用意された。

 

実況は前回と変わらずドナウ・ガミジン。解説は前回と違いアザゼルただ一人。そのどちら共が不愉快さを隠さずにいた。それもそうだろう。

 

 

端から見ればこんなもの、ただのリンチか公開処刑にしか見えないのだから。

当然観客達の中にも同意見の者がいた。だがそのような声は何故か公に出る事もなく、ついにこの時を迎えてしまった。

 

 

試合が行われるフィールドにはすでに500の悪魔がその手に思い思いの武器を手に取り、その対面では武器も持たずカルナが自然体で立っている。

 

 

「…なぁ、本当にこれでいいのかよ、俺達」

 

 

槍兵(ランサー)のクラスが与えられた悪魔の一人が、その手に持つ槍を強く握り呟く。「本当にこれでいいのだろうか」と「何か間違っていないか」と。

 

 

「そんな事分かるかよ…」

 

「てかアイツ、今回のクラスなんだ?前回と違って槍さえも本当に持ってないぞ…」

 

従者(サーヴァント)のクラスだとよ、舐めてんのか?」

 

 

一人の呟きが辺りにいる者達に伝播する。

何かじゃない、全てがおかしい…そう感じる事こそが正しい。それでも彼らが武器を構える理由など一つしかない。

 

 

「ハッ、よく言うぜ。どうせお前達も金に釣られてやってきたんだろ?」

 

 

鼻で笑う声が聴こえた。それもまた正しい。

そもそもが冥界に戦える悪魔というのはかなり少ない。

冥界には軍が無い、戦士がいない。内戦を終え政権を握った現魔王達が再び悲劇を繰り返さない為に考えたのは少数精鋭、対外的アピールも含め現在のレーティングゲームが始まった。ではここに集まった悪魔達は、一体何なのか?

 

 

答えは“ただの一般悪魔”だ。

大王派が彼らの目前に吊るした、普通の生活では決して手に入らない大金に目が眩んだ愚者達…それが彼らの正体だ。

 

勿論、そこには所謂しょうがない理由もあるのだろう。

ある者は貧困に喘ぎ、またある者はどうしようもない理由を、苦悩も抱えたのだろう。

だがその全てに共通するのは、“それでも彼らは武器を手に取った”のだ。“たった一人を大勢で寄ってたかって嬲る”のだ。

 

 

「えぇそのとおりです。欲しいのでしょう?手に入れたいのでしょう?これは許された暴力(・・・・・・)なのです。あの人間も受け入れた。だから貴方がたはここにいる。もっと裕福になりたいのでしょう?ならば強請るな、勝ち取るのです」

 

 

これだけの数だ。当然、監視の名目で大王派所属の者が紛れていようと分かるはずもない。悪魔らしく、だが悪魔が悪魔を甘言で墜としていく。

 

 

「大丈夫ですよ。貴方がたはただ、“寄ってたかって虐めるフリ”をしていればいい。衆目からあの男をその人数で隠してもらえれば…あとは我々が上手くやりますので(・・・・・・・・・・・)

 

 

最後にそう言い残し、男は煙のように紛れて姿を消す。

監視さ(見ら)れている”――そんな話は聞いていない、一体これは何の冗談だ…そう思うも、どこに誰がいるか分からないこの状況で、それを口にする者はいない。

 

彼らに残された道はただ一つ…。

 

 

『ではサーヴァントゲーム第二試合……スタートです!!』

 

 

――前に進む事のみ。

 

 

 

武器を振りかざし、得も言えぬ恐怖に身が竦むことがないよう大声を上げ先頭集団が後ろに押されるように、土煙さえ上げながら突貫する悪魔達に対し、カルナが取った行動はただ一つ。

 

腕を天に掲げた。

 

 

「――――……は?」

 

 

その仕草に視線を合わせて、見上げた悪魔達は言葉を失う。

 

 

 

それは何時、出現させたのだろう。

上空にはあまりの高熱ゆえに中心部が白色を示し、その周囲が眩い赤色に照らされた魔力で生み出したと思われる槍の形状を模した巨大な炎塊が無数に浮かんでいた。

 

 

「ふむ…まずは小手調べといくか。頭上注意だ、悪く思え」

 

 

言葉と共に振り下ろされた腕に連動するように、炎塊は悪魔達の元へ殺到。宛ら絨毯爆撃を思わせるような爆音と破壊の規模が悪魔達を襲う。

観客達はモニターに映し出された光景に言葉を失い口元を覆うもただ一人、アザゼルだけは立ち上がってマイクを握りつぶさんばかりの勢いで叫ぶ。

 

 

『おい馬鹿止めろ!!殺すな!!それだけはルール違反だと言ったはずだぞ!!』

 

 

なりふり構わずといった体だが、それは前回のサーヴァントゲームに起因する。

初手でカルナが放った『梵天よ、我を呪え(ブラフマーストラ・クンダーラ)』――そのあまりの破壊力はギリギリ運営側の避難が間に合ったゼファードルを余波だけで意識不明、全身火傷に衝撃による内臓破裂…つまり人の形が残っていただけ御の字とさえ言えるほどの重体に陥らせていた。それを見たアザゼル達はこれから普及させる予定であるサーヴァントゲームで不幸な事故が起きないようにと、今後参加するプレイヤー達とカルナに“殺生禁止”のルールを明文化していたのだ。(当然悪魔側にもこれは通達されており、紛れていた大王派も殺すのではなく、甚振り恥をかかせる事こそが目的だった)

 

 

「お前は事を急ぎがちだ、よく見ろ」

 

 

大量の土煙が舞い、徐々に落ち着いていく。

 

 

「オレは誰にも当てていない。小手調べだと言ったはずだ」

 

 

そこに広がっていたのはカルナの言葉通り、先頭集団の目前に槍が落ちてできたであろう岩盤さえ抉り穿たれた巨大な穴の数々。

 

カルナに迫っていた悪魔達は、その突然すぎる…初手にしては、あまりにも殺傷力が高すぎた攻撃を前に動けず、手にはまだ武器が握られたままだ。

 

 

「そうか、アレを見てなお、武器を落とさぬその気概(・・・・・・・・・・・)…成程、ならば此方も、そのつもりで行かせてもらう」

 

 

一体コイツは何を言っているんだ…自分達はただ、落とし損ねただけだ――っ!

 

言葉の意味を徐々に理解し、それまで動かなかった身体が命欲しさに咄嗟に武器を捨てようとする。だが…もう遅い。

 

 

「行くぞ、真の英雄に武器など不要だと、オレは我が身をもって証明しよう」

 

 

右腕を眼前に掲げ、僅かに腰を落とす。瞬間――空気が文字通り変化した。

カルナの後ろでは陽炎が揺らめき、悪魔達はまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなる。

 

この場にいる殆どの者が悟ったのだ。

 

 

“自分達はなんと、とんでもない存在に挑んでしまったのだろう”と――だが全てではない。

 

 

「えぇい、一体何を…先頭は何をしているのですか!動けこの馬鹿共が!!」

 

 

畏れで竦んだ身体を、恐怖が後ろから動かしてくる。もはやどうにもない、前に向かうしか選択肢など、何がどうあれ初めからなかったのだから。

 

 

喚き声、呻き声、叫び声…それらは聞くに堪えない雑音となって、まるで篝火に飛び込む蛾のように構えるカルナへと殺到する。

 

その場から動かぬカルナに第一陣の刃が迫り、彼の身体に触れた――瞬間。

 

 

「シィ――!」

 

 

歯の隙間から鋭く息を吐き出し、刃が先に到達していたにも拘わらず、後から動いたカルナが振り抜いた拳の方が先に相手に到着するという矛盾を意図も簡単に成し遂げる。身体の中心線、水月を打ち抜かれた悪魔は身体をくの字に曲げるがそれだけでは終わらない。

 

彼の身体を貫き、空気中へと圧縮された拳の圧は放たれ――爆発。

周囲にいた悪魔達はその衝撃に30人ほどが宙を舞う。

 

それはただの一度ではない。

拳を、掌底を、蹴りを放てばその度に爆発するような音が響き、悪魔達は木の葉のように吹き飛んでいく。その多くは血反吐を吐き、全身いたる箇所の骨が折れていた。

 

 

『な、な、なんということでしょうか!絶体絶命と思われたカルナ選手!だが我々が見ているモニターにはまるで無双ゲームのような光景が映し出されております!!』

 

 

己の本分を思い出し、茫然と見ていたドナウ・ガミジンがようやく実況を開始する。その間も地を覆う勢いであった悪魔の軍勢は、カルナが挙動を見せる度、空白地帯を生み出していく。

 

 

『は…はは、マジかよ…まさか今の時代にこれを見れるなんてな』

 

『何か知っているのですかアザゼル総督!?』

 

 

手に持っていたマイクを落とすが、どうやら音声はしっかりと拾っていたらしい。椅子に身を投げたアザゼルに構わず、少しでも情報が欲しいドナウ・ガミジンは迫るように話を振り、アザゼルは語り出す。

 

 

曰く、そのあまりの危険性ゆえ銃があっても安心できぬ(・・・・・・・・・・・)とイギリス人が滅ぼした武術。

曰く、古代インドにおいてあのシヴァが最強と謳われた聖仙パラシュラーマに武術を教え、それをパラシュラーマが完成させたモノ。

曰く、それはアジアに存在する全ての武術の源流である。

曰く、その名は――。

 

 

『“カラリパヤット”。今の時代じゃその殆どの技術が失われてるから俺でさえ全容を掴めちゃいなかった。正直、その逸話があまりにも眉唾なモンばかりだったから信じちゃいなかった。カルナがそのパラシュラーマから直に習っていると知っていても…な。嗚呼、帝釈天…確かに俺が…俺達が間違っていた。俺達は…真の英雄を知らなかったんだな』

 

 

アザゼルが謝罪を言葉にしようと、その間もカルナが止まる事はない。

 

咄嗟にレーティングゲームプレイヤーとおぼしき者が、周囲の悪魔を呼びよせ槍衾を形成する。だがカルナはそれに臆することなく侵入し、その悉くを拳の裏で折り、足で折り、全てを破壊し尽す。剣が迫れば同様に、弓の雨が降れば蛇の如く腕をしならせ迫る弓矢を片っ端から掴み、自身に当たるであろう矢に投擲。一瞬ではあるがカルナの周囲にだけ安全地帯が生まれ、同時に空を飛ぶ悪魔達が地に落ちていく。狂戦士(バーサーカー)が筋力に物言わせ腕を振り下ろそうものならば力の流れに逆らわず受け流し、暗殺者(アサシン)が背後から襲い掛かればまるで後ろに目があるかのように身体を屈め、反射で蹴り上げた足がその顎を打つ。その道中も彼の疾走が一度も止まる事はない。

 

 

「なっ、何なんだお前は…っ!一体お前は、何なんだぁああ!?」

 

 

高みの見物を決めようとしていた大王派の悪魔が、そのあまりの光景に思わず叫ぼうとも目の前に出現したカルナが手を止める事はない。

 

彼がようやく動きを止めたのは……全てが終わった時だった。

 

 

『っし、試合、終了ォオオオ!!何ということでしょうか!?カルナ選手!本当に無手のまま500を超える悪魔を倒し尽くしてしまったぞぉおお!!凄い!凄すぎる!!たとえこれから非難されようが構いません!!どうか皆様!彼に比類なき称賛を!凄いぞカルナ選手!!これが英雄だぁああ――!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――その光景をテレビ越しではあるが、彼は見ていた。

 

 

場所は病室。すでにイッセーと戦った傷は癒えているものの、それでも彼がここにいるのは戒めだ。

 

勝者であるリアス達が当然の名声を得ている間、敗者である己が同じ場所に出るべきではない…だから彼は敗北を糧とする為にも“不死鳥の涙”を使い、傷を癒す事を断った。だから彼はパーティー会場に行かず、眷属達から“サーヴァントゲーム”なる新たな遊戯が始まったと聞いても、ただ愚直にもう一度自分を見つめ直していた。

 

己のような木っ端悪魔を、主と崇めてくれるレグルスがいくらなんでもやりすぎだと鍛錬を止めようとしても、彼…サイラオーグ・バアルは決して止めようとはしなかった。

 

次こそは勝つために…次こそは己に夢を見てくれた全ての者の思いに応える為に――。

 

 

「なのに…何故…何故だ…。何故…俺は今、こんなところ(・・・・・・)で眺めている…ッ!?」

 

 

いつものように握力を鍛える為、握っていたハンドグリップはすでにベッドの上に転がり、わななくように震える両手でサイラオーグは自らの顔を覆う。その傍らでは戦闘時、唯一振るう武器であり、その転生悪魔としてはあまりに異例であるが為、傍に置いていたレグルスが心配そうに見つめるがサイラオーグは構わず吼える。

 

 

「俺の武術は所詮我流、誰かに教えを受けたものではない…だが、これだけは分かる…否、分かってしまった。あれは…あれこそがっ!俺が目指していた場所だッ!!」

 

 

カルナの噂はサイラオーグの元にまで届いていた。

古代インドの英雄であり、人と神の間に生まれし選ばれた者(・・・・・)なのだと…彼はテレビに映るカルナを見るまでそう…考えていた。

 

 

「恥を知れサイラオーグ!!何が半神半人だからだ!何が選ばれた者だ!!キサマは、あの御仁を侮辱しただけだ!!」

 

 

画面には500の悪魔を下したばかりのカルナが映し出されている。どれほど観察しても、カルナが息一つ乱している様子はない。

 

完全に自身の力量とペースを見極め、どれほど無駄のない動き、体捌きをしていたのか…

武人としてまだ半人前にすら到達していない自分には、想像さえ許されない。

 

 

気が付けばベッドから立ち上がっていた。

気が付いてしまえばもう、いつまでもここで立ち止まってなどいられない――!

 

 

「おぉ、主よ…!」

 

 

レグルスはその姿に、歓喜の声を漏らす。

理解はしていた、納得はしていた。しかし何時までも一度の敗北を引きずる姿など、我が身を振るう主には相応しくない。

 

 

「済まないレグルス、無様を晒したな。謝罪と共に一つ聞きたい。かの御仁、カルナ殿はお前から見て、どれほどの頂に立つ御方だ?」

 

「直に見ていない故断定は出来ませぬが…おそらくは我が御敵大英雄ヘラクレスに比肩するかと…」

 

「そうか、大英雄の称号…その名はそれほど重いのか…っ!!」

 

 

暗に神器たる今の己ではない、ギリシャの神々ですら慄き“獅子神王”と称されたかつての自分ですら敵わないかもしれないと告げるも、サイラオーグは獰猛な笑みを覗かせ、その身体からは溢れんばかりの闘志が出ていた。レグルスはその姿に初めて会った時を思い出す。

 

 

嗚呼、それでこそだ…その姿に私は付き従おうと思った。確固たる信念を持ち、信ずる道をただひたすらに突き進む。その姿は諸人を魅了する力があり、私はその姿に……遥か懐かしき英雄(とも)の姿を見た――。

 

 

「後で我が眷属達にも伝えるが…先にお前に言っておこう。テレビ越しではあるが、俺ではあの御仁に勝つことはできない。レグルス、お前を纏い、我が眷属総出で挑もうと…かの頂には決して届かん。イカロスの如く、ただ燃え尽きるだけだ」

 

「はい。我が主の手前、言おうか悩みましたが話が早い。真のネメアの獅子(・・・・・・・・)であったかつての私なら瞬も掛からず食い殺せる貴方が、英雄に挑み負ける。それは当然の摂理です」

 

「そうだ。何一つ違いない。レグルス、俺はお前よりはるかに弱い(・・・・・・・・・・)。俺はヘラクレスのように、お前を殴り殺すことなどできないからな。俺がカルナ殿と戦えば、間違いなく負ける。それでも俺は、あの方に挑まねばならない」

 

 

拳を握り、サイラオーグは宣言する。だが突然、レグルスはそんな彼に冷ややかな視線を浴びせ、問いを投げかける。

 

 

「それは何故です?負けると分かってなお挑むのは愚者の証です」

 

学ぶ為だ(・・・・)。俺がカルナ殿に挑むのは名声でも、己の腕を試す為でもない。遥か彼方に在るそれ(・・)が、こうして目の前にいる。少しでもそこに近づけるよう…いや、俺は行かねばならないんだ」

 

 

この背中に、夢を持ってくれた者達がいる。

この姿に、憧れを抱いてくれた子供達がいる。

悲しませたくない、必ず今度こそ…その涙を、喜びの涙に変えたいと願う者がいる。

貴女が産んでくれた出来損ないの息子は、ここまで立派になったのだと、安心させたい最愛の母がいる。

 

 

言葉ではない。画面をひたむきに見る横顔がそのように語っていた。

 

 

「我が主よ、私はやはり間違っていなかった…あの日、あの瞬間感じたものは…何一つ間違っていなかった」

 

 

再び立ち上がった己が主に、ギリシャを恐怖に陥れた怪物はもう一度忠誠を誓う。

 

 

 

 

“サーヴァントゲーム”――サイラオーグ・バアル(背負う強さを持つ男)…ここに参戦決定――。

 




この作品を投稿始めたその日から書きたいと思ってたサイラオーグさんの話、ようやく辿り着いたよ…(汗

背中で語る男…かっこいいじゃない。
(まぁ戦うまではもう少しかかるんですけどね)


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染まりゆく永久の世界

皆様メリクリウス。アクタエストファーブラ!

カルナサンタさんに元気を貰ったので更新ストップしていたお詫びに一話だけ出来たので投稿です。


※予約投稿したのに何故か同じものが二つ投稿されていたので片方を削除しました。
教えてくださった皆様ありがとうございますm(__)m



ポタポタと細く白い指先から、黒い雫が透明な瓶へと滴り落ちていく。底の方でその雫は僅かに身じろぐように蠢き、やがて小さな蛇となる。

 

 

我が身を引き裂き続ける行為であるにも関わらず、無限龍――阿頼耶識(グレート・レッド)の前身オーフィスは色の浮かばぬ表情のまま、目の前の並べられた中身の無い瓶を己を切り離し次々と満たしていく。

 

満たす(切り離す)

満たす(我が身を)

満たす(我が)

満たす(閉じていく)

 

 

もはや繰り返すつどに五度では済まされない。最近は特にそうだ。

 

曹操が仲間と呼ぶ神器所有者達に今、何をしているのかは知っている。だがオーフィスはそれを止めるつもりなどなく、また誰もがその力をのみを求め接触し、心を教えてこなかったが故に純粋に過ぎるこの龍神は、その行いが善か悪など分からない。

 

 

だが一つだけ、オーフィスにも分かることがあった。

 

 

「……我、もうグレート・レッドに勝てない。もう…届かない」

 

 

ポタっと瓶へと血が落ちれば、まるでオーフィスの心を代弁するかのように蛇が小さく鳴き、すぐさまその形を失った。

 

 

今はこのように幼女の姿をしたオーフィスではあるが、その本質は力の塊――ドラゴンだ。だからこそ分かる。

 

オーフィスが切り離した蛇の総量は、無限の名を持つ彼女からすれば刹那にも満たない。だがその刹那を失う以前でもグレート・レッドに勝てず、こうして居場所を奪われたのだ。

 

常人には比べようもない小さな差が、この二匹の間に隔絶した差を生み出していた。

それを理解していなかったわけではない。憐憫とも取れる笑みと共に「力を貸そう」との声に、その手を取った時にはもう分かっていた。

 

【禍の団】と名乗る彼らないし彼女達はただ、自分を利用したいのだろうと――それでもオーフィスは蛇を与える事を止めない。それは一種の諦めからの足掻きだったのかもしれない。

 

けど本当は……オーフィスはただ、信じたかったのかもしれない。

初めて求められた、初めて頼っていいと誰かに言われたようなものだったのだ。

 

混濁とした無限。誰よりも無垢で幼い彼女の心は無意識の内に報いたいと思ったのかもしれない。

 

仮にも龍神、“神”を関するのだ。求める声に与えようとしても何もおかしくない。

 

 

「嫌だ。我、今のここ…キライ。曹操の近く…ヤダ」

 

 

“神”のままだったなら、このようなことを言い出さなかっただろう。

だが【禍の団】は無限の龍神を首領へと落とし、ただ“蛇”を生み出すだけの道具へと貶めた。

 

きっかけは間違いなくグレート・レッドなのだろう。だが透明のキャンパスに色を差し(欲望という感情を吐き)続けたのは【禍の団】だ。

 

 

無色の世界が色鮮やかに染まる(オーフィスが感情を表す)のはある種必然だった。

 

そして更なる色相を求める事も。

 

 

 

「――オーフィス?どうした、すまないが俺は今戻ったばかりでこの通り、かなり疲れているんだが」

 

「アルビオン。我、ここキライ。我、ドライグにもう一度会ってみたい――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪魔500柱対英雄カルナの試合から数週間が経った。あれからリアス経由でサーゼクス様から上位レーティングゲーム陣から多数の応募が殺到して、かなり大変だったらしいとの報告を受けた。つい最近まで入院していたサイラオーグさんもすぐに退院して再び鍛錬を始めたという話も聞かされた。きっとあの試合をテレビで見ていたのだろう。

 

確かにすごい試合――光景だったと思う。

今まで俺だって、いろんな強いヤツと戦ってきた。その中にはロキのような神様なんかもいたりした。でも、その殆どはタイマンだったり仲間と戦ってようやく勝てたものばかりだ。もしある日、500もの悪魔と一人で戦えと言われたら…考える以前に無理だって思ってしまう。だって明らかに数が違うんだ。身近で言えば、駒王学園の全校生徒が立ち向かってくるんだ。どうやったって数の暴力に身が怯んでしまう。

 

なのにカルナは…あの人は戦った、そして勝った。圧倒的に。

 

神様の血が流れているという話は聞いている。あの人はインド神話の太陽神スーリヤの実の息子であり、あの黄金の鎧は破壊が絶対不可能で、全神話中でも最硬と名高いのだと。けどあの試合ではそのほとんどが関係なかった(・・・・・・・・・・・)。そりゃ流石に最初の攻撃は関係あったぜ?だってテレビ越しでも寒気がするくらいの膨大な魔力だったし。でも…その後だ。その後あの人はその身一つでまだ数百と残っていた悪魔達を次々と倒していった。それを可能にしたのは全神話中最硬の鎧があったからじゃない。だってカルナはあの試合中、ただの一度も攻撃を受けなかったのだから。

 

まるで全身に目があるかのように迫りくる攻撃を全て躱して、往なして…そして前へ前へと向かって…まるで洪水のように迫りくる悪魔達を次々と打倒していた。そこには彼が神様の父親を持つからだとか、英雄だから…特別だからしょうがないという慰めを誰にも許さない…。

 

ただひたすらに積み上げた“武”だけが映し出されていた。俺のような…そもそもが格闘戦を行わず、アウトレンジからの攻撃を得意とするリアスや朱乃さんですら言葉を失うほどの、一つの頂が……だからだろう。

 

 

 

だからきっとおっさんも、きっと我慢できなかったんだ。

 

 

今、職員会議でこの場にいないアザゼル先生とロスヴァイセ先生を除く俺達オカ研メンバーは部室に置かれたテレビを、瞬きすら忘れて見つめていた。

画面の中には再び赤の陣営の槍兵(ランサー)として、その手に槍を握るカルナの姿があった。それに相対するのは小山程の巨体。

 

鋭く伸びた爪と牙、その牙の間からは絶え間なく炎が漏れ出ていて、また縦に割れた瞳孔は口元と同じかそれ以上の熱量を感じさせる。何よりも特徴的なのは、その頭頂部から捻じれるように伸びる角と紫色の鱗に包まれた屈強な外観。

 

 

――“魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)”と名高き元6大龍王の一角、まぎれもない魔王級の力を持つ(・・・・・・・・・)タンニーンのおっさんが、気炎を吐きながらボロボロの姿(・・・・・・)で映し出されていた。それに対し、カルナは所々が煤けてはいるものの槍を静かに構えている。

 

果たしてどちらが勝っているのか…そんなもの、考えるまでもなかった。

 

 

「……嘘でしょう…?タンニーンなのよ?あのタンニーンがそんな…」

 

 

リアスが信じられないと呟くけど、それは全員が同じ気持ちだ。

稽古をつけてもらった時や、ロキと戦った時におっさんの実力は直でみんな見ていた。すごく強い、俺にとっての憧れ。ドラゴンとしてあるべき姿を常に見せてくれる…俺が目指したいと心から思ったドラゴンの王様が――、

 

次の瞬間、試合会場の中に沈んだ。

 

 

「うむ、決して恥ずべきところなどないが、改めてこう見るとまぁ…何と言うかやはり恥ずかしいものだな」

 

 

パタパタと羽を羽ばたかせながら、俺の横では人間界用に小さくなったタンニーンのおっさんが腕を組んでうんうんと頷いていた。

 

そう、この映像はタンニーンのおっさんが、おっさんが勝つと思い修行をしていた俺達の為、特別に持ってきてくれたものだった。

 

 

「タンニーン様、その……」

 

「少なくとも俺は本気だった(・・・・・)。本気であの男を殺す気(・・・)で戦い、そして負けた」

 

 

朱乃さんが聞きずらそうに尋ねかけると、そうおっさんは返してきた。殺すだなんて物騒だなと思ったけど、でもそれこそがドラゴンと英雄に相応しい、正しい関係性なのだと言うその目は真剣そのもので、悔しさなど微塵も浮かんでいない。

 

 

「当然だ。俺はあの時、一匹のドラゴンとして(・・・・・・・・・・)戦い、そして英雄に打倒された(・・・・・・・・)のだ。あぁ、すまないが疑うことはお前達でも許さない。たとえそれが魔王であってもだ」

 

 

続けてタンニーンのおっさんは腕を組んだまま教えてくれた。

 

 

ドラゴンが英雄に挑み、そして英雄が…人間がドラゴンに挑んでくれたのだと。

 

 

「挑戦には様々な方法というものがある。知力を振り絞り狡猾な罠を張り巡らせ、ただひたすらに相手を弱らせて挑むこともまた立派な挑戦だ。はっきり言ってドラゴンとは理不尽そのもの(・・・・・・・)だ。存在するだけで神器のような世界そのものに対するバランス・ブレイカーだとさえ言える。だからこそ、俺のようなドラゴンに挑むときは、卑怯だと罵られてようやく土俵に立ったと言える。だがあの男は…お前達も見てくれただろう?」

 

 

武器を手に取り、その身一つで戦ってくれた。それが嬉しかったんだと、おっさんは唸るような満足気な笑みを浮かべた。

 

 

「でも、よくこんな短期間でゲームをセッティングできたわね。お兄様からは上位陣からの問い合わせが殺到して大変だって聞かされたのに」

 

「あぁ、だから俺の眷属全員を引き連れて直談判した(・・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。我慢なんぞできんとな。どうだイッセー、どうだドライグ。羨ましいだろう?」

 

『あぁ…ずるい…お前だけそれはあまりにもずるいぞタンニーン』

 

 

右腕に宝玉だけが出現して、中にいるドライグの声が部室に響いた。ずるいと呟くその声は、本当に悔し気だった。

 

 

「その…俺にはまだよく…ただすごいとしか感想が出なくって……」

 

『相棒、言葉に出す必要なんかない。ただ感じればいいのさ』

 

 

おっさんと似た腹に響く笑い声をあげながらドライグがそうフォローしてくれた。でも…そうか。

 

 

「…俺達、あんなすごい人と戦うんだな」

 

「そうだ。だからお前達にこの映像を届けに来た」

 

 

俺の一言におっさんが肯定を入れてきて、改めて再び映し出されたおっさんとカルナの試合を誰が何を言うでもなく見返す。それはいずれ戦う相手を分析する為じゃない。気づけばそれを見ていた。

 

 

「強いぞカルナは。少なくとも俺より遥かにな。信じられるか?あれで全力で戦うために、全力で手加減していた(・・・・・・・・・・・)んだぞ」

 

「え…え、どういうこと…ですか?」

 

 

おっさんの一言に一拍置いて、木場がワケが分からないって顔をした。俺やリアス、オカ研全員が同じ顔をしていた。

 

 

「全力を出す為に全力で手加減していた?」

 

「うむ。古のドラゴンと英雄の作法に則り、殺意を持って俺は戦った。ならば敗者たるこの身は、殺されてこそ道理だと、俺は試合後すぐにカルナへ申し立てた。けどな――」

 

 

【お前を殺す気でいけば、この借りた槍がもたなかった。気づいてはいた。だがこの身は槍兵(ランサー)として相対していたのでな。お前のような誇り高き龍に対し、この非礼はいずれ詫びよう】

 

 

…今、俺は一体どんな顔をしているのだろうか。あの臆病者のギャスパーでさえ、怯えるような表情じゃなくて、ただただ信じられないと口を開けていた。

 

 

『クッ、クク…たまらないな』

 

「あぁ、たまらん。“魔龍聖”と呼ばれたこのタンニーンが、ドラゴンの王とさえ呼ばれるこの俺が…ッ!これに滾らずして何がドラゴンか!!」

 

 

宝玉からドライグが、目の前からタンニーンのおっさんが龍気を声に込めて笑い出す。とくにドライグの笑い声はいつものような感じじゃない。

 

二天龍の一角、ドラゴンとしての悦びが、そこには溢れていた。

 

 

「ドラゴンって、やっぱりすごい生き物なんですね。正直、私はできれば戦いたくないです」

 

 

クツクツと怪しげに笑い続けるドライグとおっさんを見て、小猫ちゃんが関心しながら最後の方はポツリと呟いた。そういえば小猫ちゃんはカルナを最初見て、倒れたんだっけ。

 

 

「ねぇ小猫、氣を使う貴女から見て、彼はどう感じたの?」

 

 

リアスが足を組んだまま、小猫ちゃんに尋ねた。正直俺も気になる。あの時はまるで太陽のようだって言ってたけど。

 

 

「そのまんまですイッセー先輩。魔王様やタンニーン様でも、大きいと感じることはできます。でもあの人は…その大きささえ分からなくって…なんで人の姿でいられるんだろうって急に思って、ワケが分からなくなってそれで……すみません、意味不明なことを言って…」

 

「いや、お前のそれは正しいぞ小猫よ。俺がこの場にいないアザゼルから、そしてアザゼルが誰から聞いたかは分からないが、斉天大聖が一度カルナと戦ったらしい」

 

「え、あの斉天大聖の爺さんが!?」

 

「あぁ、その際彼は戦う前から死を覚悟したらしい。あの帝釈天の尖兵が、だ」

 

 

嘘だろ…あの爺さんが…だって曹操達“英雄派”が束でかかっても相手にすらならなかったってのに…。

 

 

「でも…その…すごく大きくて、すごく怖かったんですけど…でも、すごく温かくて…なのにあんな失礼なことを…にゃあ」

 

 

最後に軽く鳴いた小猫ちゃんは、そのまま少し顔を俯かせた。そう言われると、俺達あの時結構失礼な態度をしてたよな。あの人はなにもしていないのに……。

 

 

「そうね、改めて思い返すと悪いことをしていたわ。その時は私も一緒に謝らせてね?小猫」

 

「はい…!」

 

 

俯いていた表情が、少し明るくなった。その時は俺も一緒に謝らせてもらおう。

 

 

「さて、では俺も用事を済ませたことだし、そろそろ帰るとしよう」

 

 

部室の雰囲気が変わって丁度いいとタンニーンのおっさんがそう言い出した。本当に映像を持ってくるためだけに来てくれたんだよな。いや、俺達の激励も込みか。ホント、すごくありがたかったぜ。

 

 

「えぇ、本当にありがとうタンニーン。対戦相手の大きさが少しでも分かっただけありがたかったわ」

 

 

リアスが代表してお礼を言うと、タンニーンのおっさんは軽く頷いて冥界への魔法陣を開き、帰っていった。

 

 

負ける(・・・)って言いたかったんでしょうね、私達が。…その上で得られるものがあるから無駄にするなって」

 

 

映像を消して、静かになった部室の中でリアスが態々おっさんが持ってきてくれた理由が、こうじゃないかとみんなに教えてくれた。正直俺もそう思った。

 

おっさんが度々“魔王級”の実力を持つと言われるのは、何もその破壊力だけじゃない。

 

聖書に記されるほど大昔から、タンニーンのおっさんは戦い続けている。その経験値は膨大で、咄嗟の判断力も凄い。そして俺達は冥界きっての新人(ルーキー)でしかない。それでも上位悪魔と比べられるのはとんでもないことだけど、おっさんはその遥か上の存在だ。

 

そのおっさんが勝てなかった相手に、果たして俺達だけで勝てるのだろうか?

 

 

「敢えて口にはしないでおくわ。でも…そうね。最近は絶対に負けられない戦いや、負けたくない相手が続いていたけれどちょっと…うん、良い機会なのかもしれないわね」

 

 

少し、本当に少しだけ困ったような表情で笑いながら、リアスが俺達の(キング)として声に出してくれた。

 

つまりこれは、テレビゲームとかでいうところの“負けイベント”なのだと。

 

 

「あらあら、うふふ。珍しいですわねリアス。以前の貴女だったら上等じゃない、目にもの見せてあげるわ!くらい言いそうなものだったのに」

 

「少し失礼じゃない朱乃、私だって無理や無茶をしなくていい時くらい分かるわよ。それに…彼氏がどんどん先に行っちゃうんだもの。私だって早く追い付いて、彼にふさわしい女にならなくちゃいけないじゃない?」

 

 

少し言葉を溜めながら、僅かに頬を赤らめたリアスがこっちを見ながら朱乃さんに言い返した。それに俺も少し恥ずかしくなって、頬を軽く掻いてしまう。普段から別に隠してないし、皆当然のように知ってる…てか告白するとき普通に見られちゃったけど!でも、改めて言われると恥ずかしい…!

 

 

「あらあら、うふふ。見せつけちゃって焼けるわリアス。でもそういう理屈だったら、チームの強化の為に、私にも彼氏が欲しいですわ」

 

 

朱乃さんが何やら怪しい雰囲気を出しながらそう言って、近づいてきた次の瞬間――フニョンと柔らかい感触が、右腕を優しく包んでいた!

 

 

「ちょっと、朱乃!」

 

「あらあらリアス、そんな怖い顔をして…ねぇイッセー君、私だったらこんな事で一々怒らないし、な・ん・で・も…好きな事を好きな時に(・・・・・・・・・・)させてあげますのよ?」

 

「ムホ!?す、好きな事を…好きな時に…な、なんでもですと!?」

 

 

「えぇ」と朱乃さんが若干とろんとした目で俺を見つめてくる。その間も頬をなでなでされながら、気のせいかもしれないけど密着感が徐々に上がっているような…っ!

 

 

「イ、イッセー先輩、今すごくやらしい顔してますぅ…!」

 

「やらしい顔してるイッセー先輩、サイテーです」

 

「いやいや小猫ちゃん!?これは何と言うか不可抗力ですし!?それに俺のせいじゃ…」

 

「あはは…まぁうん、イッセー君のせいでいいんじゃないかな。ハーレム王を目指すなら、それくらい受け止めなよ」

 

 

木場ァ!お前まで!?お前も男ならこうなるのはしょうがないって分かるだろ!?あ、そういえばギャスパーも男だった。

 

 

「わ、私だってイッセーの為ならどこでも何でもしてあげられるわ!そのくらいで良い気にならないでちょうだい!」

 

 

フニョンと空いていた左手までもが柔らかい感触に包まれる。修羅場と気持ちいい感触の二つに包まれるだなんて…これがハーレム王を目指す者の宿命なのか…っ!!

 

 

「だいたい、いつも貴女は私とイッセーが二人きりになるのを邪魔してばかり!…って、あら?」

 

 

リアスが疑問を浮かべるような声をあげたので、リアスの視線の先を見ると再び魔法陣が展開されていた。

咄嗟のことだったので、みんな反応できずそのままの体制で魔法陣の光が収まるのを待っていると…。

 

 

「やぁ、こうしてゆっくり顔を見るのはパーティー以来だね」

 

 

サ、サーゼクス様!?その後ろにはメイド姿のグレイフィアさんまで!

 

 

「お兄様!?それにグレイフィアまで!?」

 

「うんリアス、久しぶり」

 

「お久しぶりでございますリアス様。それであなた方はまだ日も高いというのに一体何をしているのでしょうか?」

 

 

あ、リアスも俺と同じこと言ってる。なんか少し嬉しい…ってそれどころじゃないだろ!グレイフィアさんが俺達を見てすっげぇ怖い顔向けて来てる!

 

急いで膝をつこうとすると、手でやんわりとしなくていいと止められて、朱乃さんが急いで俺から離れて紅茶の準備をし始めた。それを見てグレイフィアさんがはぁと溜息を吐いてリアスを軽く睨んだ。すると今も俺にくっついていたリアスがビクリと身体を少し跳ねさせた後、名残惜しそうに離れてまたグレイフィアさんが溜息を吐いた…何も言えねぇ……。

 

 

「あはは、仲が相変わらず良さそうで何よりだよ」

 

 

サーゼクス様が笑いながら席に着いて、それに合わせて朱乃さんが紅茶を出してくれたことで、少し空気が変わってくれた。いやグレイフィアさんまじでこういう時怖いんだって。

 

 

 

「タンニーンが来ていたみたいだね」

 

 

リアスが席に着いて、朱乃さんがその横に立つ。忙しいのに何かあったのかとリアスが聞こうとすると、サーゼクス様の方から話を切り出した。

 

 

「はい。彼が勝つと思い、私達は今回の“サーヴァントゲーム”を見ていなかったので…それをどこかから聞いたのでしょう。態々私達の為に持ってきてくれました」

 

 

そうかいと呟いて、サーゼクス様が少し深く腰掛け直した。

 

 

「正直に言おう。私を含め、聖書の陣営でまさかあれほど一方的に勝てるだなんて思った者はいなかった。なにせあのタンニーンだ。カルナはその前に500柱の悪魔に勝ったけど、それはタンニーンでもできることだ。だから良くてカルナは引き分けだろうとの声が多かった。まぁ、一部では腹いせな暴言も飛び交っていたけどね」

 

「あの、サーゼクス様。何で急にあんな試合を…正直、見始める時は気持ちのいいものじゃなかったです」

 

 

俺が言っているのは、カルナ対500柱の時の試合だ。サーゼクス様もすぐにそれがどの試合だったのか分かったのだろう。すまないと俺達に謝ってきた。

 

 

「すまない。それは私とアジュカ、そしてアザゼルの失態だ。我々が気付いた時にはもう止められない状況にまで進められていた。もう二度とそうならないようにしたいと思っていたんだけどね。あの後カルナ本人にも謝罪しに行ったけど、彼にはどうとないって逆に慰められたよ」

 

 

本当に悔し気な表情で、サーゼクス様はギュっと両手を組んでいた。魔王様達やアザゼル先生にも気づかれず動けるだなんて…それってつまり、裏で動いていたのは……。

 

 

「それ以上はイッセー君、言わないほうがいい」

 

 

“大王派”――口に出そうとすると、サーゼクス様が止めてきた。迂闊に犯人を言う事もできないなんて…いや、それ以上に魔王様でも簡単に止められないのか…彼らのことを。

 

 

「もう少し…あと少しなんだ。今冥界は凄まじい変革の時を迎えている。冥界だけじゃない。悪魔を含めた三大勢力も、各神話勢力も…その渦にいるのは君たちのような若い世代だと思っている。その為に私達も今必死になって動いているんだ。だからもう少し待ってほしい」

 

 

弱気にも取れる言葉だけど、その顔には少し悪い笑みが浮かんでいた。でも安心できる笑みだ。必死と言ったように、きっとサーゼクス様達は本当に冥界の未来の為に一生懸命裏で動いているのだろう。頑張ってくださいと心の中で応援させてください、サーゼクス様。

 

 

「サーゼクス様、本題に入らないとそろそろ時間が。ただでさえ仕事が溜まっているのに妹に会いたいからと無理を眷属達に押し付けて此方に来ているのですから」

 

「グレイフィア、折角決めたのに…もう少し妹や将来の義弟にカッコつけさせてくれてもいいじゃないか」

 

 

応援…していいのかなぁ…!?眷属の皆さん頑張ってください!

 

 

さっきまで少し堅苦しい話だったから肩に力が入ってたけど、どっと抜けた。

 

 

「あの、魔王様そろそろ此方に来た本題をお願いします。じゃないと後でスルト辺りからこっちに早く戻してくれと連絡が来そうなので…」

 

「それは大変だね。愛しい妹に迷惑なんかかけるワケにいかないし、じゃあ本題に入ろうか。いやなに、君たちに引っ越しの挨拶に来たいって連絡があったから、変わりにアポを取りに顔を見せに来ただけなんだ」

 

 

――?それだけ?それだけの為だけに、態々サーゼクス様自身が来たってのか?

 

それはみんな同じだったらしい。全員変な顔をしていた。

 

 

「魔王様、魔王様が動く程の誰かが、一体どこに引っ越して来るというのですか?」

 

「あぁうん、それはね――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「隣町に引っ越してきたカルナだ。よろしく頼む」

 




―軽い今後について―

書きたいものが多すぎる…!

東京喰種とハリポタのクロスオーバーだったりナルトで芸術家コンビに演出家を加えた暁メインものだったりイラスト描いたり…(汗
(今は漂白剤で構想中です)

とりあえず完結目指してぼちぼちやらせていただこうと思ってます。
プロット自体は最初期に出来上がってるんですけどねぇ…話が纏まらん(汗)


十中八九またかなりの期間が空くと思いますので、残り少ないですが皆さま良いお年を。



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叶う夢と捧げる祈り

久しぶりに書いたので少し不安です

それと少々書き方を変えています
今まで書いた文については訂正する時間がないのでそのままで


 これは夢ではなかろうかと疑う彼女を、いったい誰が責めることができるだろうか?

 

 祖母は故郷でも有数の魔法の使い手。故に幼い頃から期待されたしその期待に限りなく応えてきた。その努力がようやく実ったと思いきや、彼女が思い描いていた主神(上司)の姿はそこにはなく、同僚たちからは『オーディンの御傍付き』ではなく『老人介護』と揶揄される日々。スケベなジジィ(北欧の最高神)はセクハラを日々繰り返すしそれは徐々に酷くなり、ついにはまだうら若き10代後半の少女だというのにまるで行き遅れのような扱いを受ける始末。とうとう最後はその存在すらも忘れられ、冥界に一人置いてけぼりとこうして書き上げるだけでつい貰い涙をしてしまいそうなとある幸薄い元ヴァルキリーこと現リアス・グレモリーの眷属悪魔ロスヴァイセは今、目の前の光景にただただ呆けていた。

 

 

 「隣町に引っ越してきたカルナだ。よろしく頼む」

 

 

 長袖のワイシャツにスラックスと軽くではあるが、学校を訪問する上で失礼にならない装いでこのオカルト研究部の部室へと招かれた青年。

 他の誰でもない。自己紹介の通り、カルナである。

 

 

 「手土産と言ってはなんだが、蕎麦を持ってきた。受け取るかどうかはそちらに任せる」

 

 「あら、ならありがたく貰っておくわね。改めて私の名はリアス・グレモリー、ここの統治を任せてもらっているわ。それにしても引っ越し蕎麦だなんて風習よく知ってるのね」

 

 「あぁ、この場には相応しくなかったから呼んでいないが、一人従者を預かっていてな。それから聞いた。ちなみに蕎麦の実からは時間的に無理だったが手打ちだ。食べたら感想をくれると助かる」

 

 「自分で作ったの?それは素直にすごいと言わせてもらうわ。えぇ、後でみんなでいただきましょう。ロスヴァイセ、これ預かってくれる?」

 

 

 この場にはアザゼルもいるが、あくまで今回カルナが来た用事は引っ越しの報告だ。その為ここいら一帯を管理しているリアスが代表して対応している。

 

 主であるリアスが土産を彼女に差し出すが、ロスヴァイセには馬耳東風。つまり全然聞こえていない。だがそれもしょうがない。

 

 

 そもそもがヴァルキリーであるロスヴァイセにとって、英雄というものは人が思い描く以上に思い入れがある。

 英雄。それは人の臨界点にして神々でさえ時として一目置き、またその生涯を持ってして人類史に名を刻むことが許された唯一の存在。更にその中でも一握りの大英雄という称号を持つカルナのような人物は、ヴァルキリーからすれば『出会えば即泣きして失神するレベルで大好きなアイドル』のような存在なのだ。現に北欧では人間界の文化に感化されたのか世界中に点在する大英雄たちのプロフィール入りアイドルカードのようなものが大流行しており、このロスヴァイセもまたその一人……しかも彼女の押しメンはヴァルキリーの間でも特に顔がイケメンすぎると大人気を博しているインドの異父兄弟……つまりは目の前のカルナさんとアルジュナなのである。 

 その証拠に彼女はカルナが現在出ている『サーヴァントゲーム』を全て録画した上でカルナだけの映像を切り抜く作業を日々の業務の癒しとしているある種のガチ勢。

 

 前回ロスヴァイセがカルナと対面した時は小猫が少々危うい感じになり、空間も広い会場だった。

 ではお互いが落ち着いた状態でしかも部室という狭い空間に押し込められたら?答えは完全に目の前の現実に思考がフリーズし、ただカルナを見つめて棒立ちの状態である。

 

 

 「ロスヴァイセ、…ロスヴァイセ!」

 

 「へぁ?あ、ひゃい!」

 

 「なにボサっとしてるの。せっかくの贈り物なんだから早く受け取りなさいな」

 

 

 リアスに叱られた、しかも憧れの人の目の前で。こうなっては顔が熱を持つことも我慢できず、恥ずかしさを少しでも和らげようと急いでリアスから手土産を受け取ろうとする。

 

 そんな彼女をカルナがジっと見ていた。

 いや、正確には彼を見つめ続けていたロスヴァイセが少し気になっただけなのだが、ロスヴァイセからすればそれどころではない。

 

 

 「先程から熱心に俺を見ているが、以前そこの猫魈が倒れたことと何か関係があるのか?」

 

 「へ…あ、ひゃ、ひゃ!」

 

 

 インド神話に燦然とその名を残す大英雄、それも憧れの張本人から話しかけられた。にも拘わらずなんだ今の変な返事は。

 

 

 (へ、変な子だって絶対思われた…!あぁ…心なしかカルナ様の視線が呆れているようにも見える………)

 

 

 「…キュウ」

 

 「え、え?ロスヴァイセ!?」

 

 

 パタンと絵に描いたような失神をするロスヴァイセ。その姿に「もしかしたら気づかぬ間に何かやらかしたのか」とこれで二度目ともなれば流石のカルナも多少は焦ったらしい。用意されていた椅子から立ち上がろうとする。『貧者の見識』という類まれな観察眼を持つ彼でも、流石に死後数千年後に誕生していた『ドルオタ』という概念までは分からなかったようだ。

 

 

 「おいおい黙っていればなんだよいきなり……ん?あーそうか、そういうことか」

 

 

 流石に黙っていられないと思ったのだろう。アザゼルが様子を見るが、その姿にすぐ合点がいったと頷いた。リアスもどうすればいいのか困っているので、アザゼルにどうすればいいか聞く。が、返ってきたのはなんとも大雑把なものだった。

 

 

 「適当にその辺に放っておけ。あれだ、ヴァルキリー特有の病気みたいなもんだ。今は静かに寝かせてやるのが一番良い」

 

 「そ、そうなの?まぁアナタがそういうならそうなんだろうけど…じゃあ小猫、お願いしても良い?」

 

 「はい、にゃあ」

 

 

 『戦車』の特徴を活かして小猫がヒョイとロスヴァイセを軽く持ち上げて空いていたソファーに寝かせる。

 小猫が戻ってくると、アザゼルがコホンと軽く咳払いしてリアスに何かを促した。何が言いたいかすぐ理解したリアスは、改めてカルナと向き合う。

 

 

 「ちょっとした騒動があったけど、まずは謝らせてちょうだい。以前初めてあなたと会った時、この小猫が倒れたことがあったでしょう?あの時は何もしていないあなたを悪者のように扱ってごめんなさい」

 

 

 リアスが頭を下げると、それに倣うようにオカ研のメンバーたちも頭を下げる。

 

 

 「何も謝ることはない、そもそもオレは何も気にしていないからな。()()()()()は慣れている」

 

 「そう、でも本当にありがたいわ」

 

 

 あまりにカルナが何気なしに言った為、最後の言葉は謝罪を許してもらうことに意識がいっていた彼女達には聞こえていなかった。

 

 

 「なぁ、俺からも一つお前に聞いて良いか?また何でこの日本に来ようと思ったんだ。しかも俺達の隣街にだなんて」

 

 

 少し遠慮気味になっているリアスではここから先あまり気になる事も聞けないだろうと、静かにリアス達のやり取りを見ていたアザゼルがここから代わりに話を聞く事にしたらしい。リアスたちもその方がありがたいと、今度は聞き手に立ち替わっている。

 

 

 「帝釈天からでも何か言われたのか?俺達を監視しろって」

 

 

 アザゼルとしては、隣街に来た一番の理由がこれではないかと思っていた。カルナの背後にあの聖書陣営を嫌う筆頭格がいるのはもはや公然の事実だ。

 

 

 「インドラは関係ない。あくまでオレ個人の選択だ。それとアザゼル、オレはもう、インドラの元から離れている。所謂フリーな状態だ」

 

 「なに?」

 

 

 特に意味を含めることなく、素でそう返したのはある意味でアザゼルだからこそだ。

 以前のやりとりで過去はともかく、今の帝釈天が自らカルナを受け入れているのが見て取れた。またカルナも昔の確執を抱いている様子はなく、無理やり従わされている風でもなかった。そこから更に深読みすれば、そもそもカルナは帝釈天にとっては唯一現世に残る身内…甥なのだ。何より武闘派で知られる須弥山が一時期監視不能となった時、カルナは一人で陥落寸前まで追い込んだと後で伝手を使い調べることができた。つまり内外にその実力を知らしめているのだ。理由はともかく帝釈天もそれが目的で自陣営をカルナに攻めさせたはず…その上でカルナと姿を現したのは、「コイツの後ろには俺様がいる」ということではなかったのか?

 

 

 「とある理由(・・・・・)で日本にしばらく居住しようと思ってな、これからどうしたいとあの男に聞かれ、それを話した時手切れ金として住まいを用意された。お前達にも由縁ある山だと聞いていたが」

 

 「ん?山ぁ?」

 

 「あぁ、()()()()()()()だ。覚えがないか?」

 

 

 隣町にある抉れた山……アザゼルは頭をいくら捻っても出てこないが、すぐにピンと来たのはイッセーだ。

 

 

 「あー!もしかして!俺が間違ってドラゴンショットぶちかましたあの山(・・・)か!?」

 

 

 イッセーの叫びに、次いで思い出したのは木場だった。

 

 

 「あーあそこか。部長たちも覚えてませんか?ほら、ライザーと戦う前にイッセー君を初めて特訓したあの別荘近くの山ですよ」

 

 

 木場が人差し指をピンと立てて説明すると「あー!」と当時あの場にいたリアスと朱乃、小猫の三者三葉の声が木霊した。

 リアスの婚約を賭けたライザー・フェニックスとのレーティングゲーム。当時は悪魔として加入したばかりのイッセー、そしてゲームに勝つために隣町にある別荘で特訓し、その時イッセーが倍加の力を使用し魔力を放ったことにより、山の頂点部分が消滅したのだ。

 

 そして実はここから先には少し続きがある。

 日本には八百万信仰というものがあり、それは万物どんなものにも神様が宿るというものだ。そして山というのは大昔から神聖視され、有名所から無名な山まで主や土地神というものが住み着いている。それはあの時イッセーが魔力を放った小さい山も同様で、そこには小さいながらも山の神が住んでいた。しかしそれも突然山が吹き飛んだことにより慌て驚き出て行ってしまった。よって一時的にではあるがここは空白地帯となり、場所も魔王の妹が住む駒王町に近いということで、日本に神道と同じく根付いていた仏教勢力がこの土地を手に入れていた。それを今回帝釈天がカルナに与えたという形である。

 

 

 「ちなみにこれはインドラから聞いた話だが、もしあのまま放置しておけば近々土地神の力を失った山が大規模な土砂崩れを起こし、甚大な被害が齎されていたらしい」

 

 「それは…マジかとしかいいようがないな。てかおいリアス!そんな話聞いてねぇぞ!?お前日本神話に喧嘩売りてぇのか!?」

 

 「な!そんなつもりは…!そもそも神が存在してたなんて私も知らなかったわ!感知さえもできなかったし…」

 

 「どれだけ小さかろうが神は神だ!お前も反省しろイッセー!!悪神だったロキはともかく土地神殺しはどこの神話でも今じゃ重罪だぞ!?」

 

 「えぇ!?ち、ちなみに重罪ってどれくらい…?」

 

 「死刑だよ 死 刑!!ある意味人間の生活に一番直結している連中だ。各神話勢力じゃ今一番信仰を集める術として大切に扱ってるってのに…日本神話が基本大らかなのに感謝しろよ、おめー」

 

 

 一頻り説教を終え、はぁっと溜息を吐いてアザゼルが空いていた椅子に座り項垂れる。下手をすれば今回の件で日本神話と全面戦争になってもおかしくなかったのだ。相手は呪いという搦め手も直接戦闘という武力も豊富。しかも須弥山も介入する口実が出来ていたと後から知れば豪胆なアザゼルでも流石に憔悴せざるを得ない。

 

 

 「後で俺から各方面に謝罪しとくわ…。そういや今その山の加護はどうなっている?」

 

 

 すぐさま話を前に進められるのは、流石灰汁の強い堕天使陣営を率いるだけのことはあるのだろう。項垂れていた頭を上げてカルナに問い詰める。

 

 

 「それなら問題ない。これでも太陽神の血を引く身だからな。それも踏まえインドラはあの地をオレに寄越したのだろうよ」

 

 

 力のある存在はそこにいるだけで周囲に影響を与えていく。ましてやそれが木々に必要な太陽の力を宿すカルナなら猶更だ。元から山頂が消え去り更に規模の小さくなった山、それも神性がかなり薄れた現代ならば、神代の時代の半人半神の身で十分だった。

 

 

 「そうか、そりゃ本当に悪いことしたな。この通りだ」

 

 

 座りながらではあるがアザゼルは頭を下げた。その姿に自分達がどれほどの事をしていたのかようやく合点がいったのだろう。リアスたちもすぐさま彼に続き再び頭を下げる。

 

 

 「下げるべきはオレではない。お前がそれを一番分かっているはずだ」

 

 「当然。だがそうしなきゃ道理ってもんが俺の中で通らねんだ」

 

 

 カルナの言いたいことを分かった上で、アザゼルはそう返した。

 

 

 「でだ、こいつ等に代わってなにか礼がしたい。何か欲しいものはあるか?」

 

 「ちょっとアザゼル!何もそこまでしなくても!それならイッセーの主である私が!」

 

 「いいから、リアス。俺がここにいるのはお前らの責任者でもあるからだ。こういう時お前らガキのしでかした事を拭うのが、俺達大人の仕事ってなもんさ」

 

 

 一見すればリアス達をアザゼルが庇っているように見えるが、少し違う。

 即座にアザゼルは頭を切り替え、願いを叶える形でカルナの人となりをもう少し探ろうとしていたのだ。

 

 

 「欲しいもの、だと?」

 

 

 とは言われたものの、基本的に物欲というものをカルナは持っていない。しいていうならば書物や畑を耕す肥料や農具になるが、本はそもそもまだ読み切れていないものが多く、帝釈天からも大量に押し付けられている。それに肥料はまだ住み着いたばかりの為畑の準備ができていない。農具もまだインドラの元にいた時のものが現役で使えるのでしばらくは持つ。引っ越したなら家?自分の家は自分で建てるものではないのかとはカルナさん自身の感想である。(実際インドの養父母とよく家の修理や建て替えをしていた経験アリ)

 

 つまりカルナには何かを貰えばいいという発想があまりない。あるのはないなら一から作ればいいのではという素晴らしい某アイドル兼農家的発想である。

 

 だがないと言えばアザゼルの顔を潰すことにもなる。帝釈天なら「そのまま握りつぶして床にぶちまけろ」と言うだろうが、カルナにはその理由がない。

 

 

 「ないならしてみたいことや見てみたいものでもいい。これでも研究者で堕天使総統って地位もあるからな、一通りは出来るぜ?なんだったら綺麗なネーチャンがたくさんいる店なんかどうだ?」

 

 「はい先生!!俺がそのお店に行ってみたいです!!いや連れて行ってくださいお願いします!!」

 

 「イッセー、流石に今の今なんだ。少し黙っていよう、な?」

 

 

 素晴らしい挙手を見せるイッセーだったが、話を聞いて思う所があったらしいゼノヴィアが肩をポンと叩きながらニコリと笑う。だが対照的にイッセーの表情は見る見る内に萎んでいき、「はい…」と少し後ろに下がった。

 

 

 「いや、それはいい。もう十分に間に合っている」

 

 「うん?おぉ、そういやお前も綺麗な金髪のネーチャン連れてたな!なんだ、やっぱ英雄色を好むってかぁ?」

 

 

 そういうワケではないし、そもそも彼女はそういうものではない。しかしカルナがそれを口に出すことはない。こういう状況はインドラがよくなっていたし、たいてい人の話を聞かないからだ。彼女を渡された時(・・・・・・・・)もそうだった。

 

 

 『ま、本人もその気らしいからYo。壊れたら捨てるくらいの気持ちで好きにしていいZe?』

 

 

 馬鹿馬鹿しい。カルナにしては辛辣な感想をあの時は抱いたものだ。絶対にありえない(・・・・・・・・)

 

 何故なら彼が愛する女性(ひと)は、何度生まれ変わろうとただ一人だけだと決めている……それはすでに()()にも話した。それでもなお付いて行く…少しでも世話を、仕えて奉仕させてほしいと全てを受け止めた上で彼女は言った。こんな何も持たない…こうなる原因を作った自分にだ。だから少しでも故郷に近いようにと、この日本を選んだ。それを伝えた時のインドラの顔は、流石アルジュナの父親だったとここに表記しておこう。

 

 

 けれどこのまま黙っておくこともできないでいた。勢いのままアザゼルが決めそうだなと何がいいか悩むカルナだが、顔を上げてふと、願いが決まった。

 

 

 「なら一つだけ、頼みがある」

 

 「お、決まったか!いいぜ、英雄が何を求めるのか興味が湧いてしょうがねぇ」

 

 「では――この学校というものを、見せてはくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――それで私に御鉢が回ってきた、と」

 

 「あぁ。来た時同様、また世話になる」

 

 

 真顔でカルナにそう言われ、少し困ったような表情をしているのはこの駒王学園の生徒会長ソーナ・シトリーだ。

 「学校を案内するならアイツが一番適任だ」とアザゼルが彼女を呼び、事情を説明したのが上の会話になっている。

 互いに自己紹介はすませていた。というのもカルナを校舎に案内してオカ研の部室まで連れて行ったのが彼女なのだ。見た後はそのまま帰ると言ったカルナに、当初はみんなで見送ろうとしていたが、むしろそれは迷惑だろうとソーナが引き留め、今はこの二人の他に含生徒会長である新羅椿姫が後ろに付いてきている…のだが、椿姫はかなりのイケメン好きで、しかも頭の中に薔薇が咲き誇る淑女()である。そしてカルナは少しありえないくらいのイケメンだ(まぁそれもそうだろう何せ神様の血を引いているのだから)。

 

 その為今はここでは表現できないくらいの薔薇園が彼女の中に開園しており、先程から後ろで一人ビクンビクン!と悶えまくっている。なのでカルナの対応は実質ソーナ一人に任されていた。

 

 

 「にしても変わっているというか…普通は欲しいものと言われ、学校見学と言い出す人なんかそうそういませんよ?」

 

 

 本来、カルナはソーナの立場上そうおいそれと話しかけられる相手ではない。何せ彼の父は名高き太陽神スーリヤ。そして彼自身が高潔で知られる大英雄なのだ。

 しかし、だからといって黙り切るだなんて失礼が過ぎるし、またソーナもアザゼル同様、いつか挑みたいと思っている相手を知りたいとこうして積極的に話しかけている。

 

 

 「この時代の者達からすれば、オレという存在は過去の遺物のようなものだ。変わっていると思うのは当然だろう」

 

 「そんな、そういうつもりでは…」

 

 「いや、いい。オレは今、遺物としてここにいられることに、言い表せない思いを抱いている」

 

 

 ふと立ち止まり、傍にあるガラス窓にそっと触れるカルナ。磨き上げられたそこにはカルナ自身が映り込んでいる。

 外はすでに暗く、校舎には一般生徒も残っていない。それでもカルナには聴こえる…見えている。

 

 この学び舎で勉強する学生たちの姿が。

 友と切磋琢磨し合い、笑顔で未来に思いを馳せる姿が……そこには血が流れることのない、平凡で平和な当たり前の光景が…でも、カルナが生きていた古代の時代ではほぼ誰も手に入れることのできなかったそれが、平等に与えられている…選ぶ事ができている。

 

 

 ポツリポツリと、カルナは窓から見える校舎を眺めて独白していく。

 

 

 「ただ、明日を目指して生きていた…このような光景がいつかくればと願い、望み…オレは友の為に槍を手にした。この日を迎える為にただ……ただ………」

 

 

 儚く切ない…そして透明に過ぎるその姿に、ソーナはただただ言葉を失っていた。大英雄と称される彼の憧れていたものが、あまりにも当たり前のことすぎて……。

 

 

 「大勢殺した…大勢が殺された…オレの子も、アイツの子もみんな……やはりお前は愚かだ、アルジュナ。お前はこんなにも素晴らしい世界から自らを切り離したのか」

 

 

 全てに構うなとアレは自身の意思で閉じこもったとインドラからカルナは聞いている。どうしてだとカルナは今、どうしてもアルジュナに問い詰めたくてしょうがなかった。

 

 

 何故なら世界は今、こんなにも美しく色鮮やかに咲き誇っているというのに――。

 

 

 「どうしてこの気持ちを分かち合えるお前がいないドゥリーヨーダナ(我が朋友よ)。まだ生きているのだろう?なら何故共にこの花々を見てくれないアシュヴァッターマン(我が戦友よ)。何故お前達は今……」

 

 

 オレの隣に居てくれないんだ――?

 

 

 

 窓ガラスにつけていた掌が、いつの間にか握られていた……まるで何かに耐えるように。

 

 

 かける言葉が見つからなかった。当然カルナも傍にいるソーナに話しかけてほしくて呟いているのではない、全ては無意識だ。

 

 

 静謐とした空気が、しばしこの場には流れていた。或いは時間が止まっているかのようにもソーナには感じられた。

 

 ようやく時が動き出したのは、カルナが誰にも聞こえないような小さい…誰かに捧げるその祈りを呟いた時だった。

 

 

 

 「人理よ、どうか人々を導きたまえ…きっとその為に、オレは再び生を受けたのだ。ならばこの命」

 

 

 その祈りの為だけに捧げよう――。

 




シリアスをぶち壊す裏話


気絶したロスヴァイセちゃんは起きてカルナさんが帰ったと聞いて自らが失態を見せたという記憶を消す為にヘドバンの世界記録に挑んだそうです

カルナさんが憂いている間も椿姫は鼻血を抑えながら悶えてます




一応次回からカルナさんと原作キャラを絡めた日常回を予定しています。
(次はいったいいつだ…いつになるんだ!?)


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望まれた者同士

自分にしては早めにできた気がします。
割とギャグ多めにしたつもりですが後半は相変わらずシリアスです。



 ある休日の兵藤邸。リアスの手によりまさしく豪邸と呼べる魔改造が施されたそこでは、しばし穏やかな時間が流れていた。

 

 

 「ふぅ、めちゃくちゃ美味かったな。ごちそーさまでした!」

 

 

 パン!と両手を合わせたイッセーは満足そうに軽く腹を撫でる。食卓の上にはすでに食べ終わった丼があり、それは同じく昼食を共にしていたリアスとアーシア、木場と小猫、そしてロスヴァイセの前にも同様に空っぽの丼が置かれていた。

 

 

 「ほんと、すごく美味しかったわね。カルナの蕎麦」

 

 

 ふぅ、とリアスが息を吐きながら同意するが、その意図はなにもお腹いっぱいになっただけではない。

 食べ始める前は、誰もが戦々恐々としていたのだ。

 そもそもが太陽神(・・・)スーリヤの子、カルナが作った手打ち蕎麦。自分たちは悪魔で、太陽との相性は生粋の吸血鬼ほどではないが悪い。食べたら身体が溶けるかもしくは爆発四散するかもしれない…でも善意でくれたであろう物を、放置しておくのは相手に失礼ではないか等々…調理自体はアーシアとリアスがしたが、その時でさえも緊張した空気が流れ続けていたものだ。

 

 そんな中、良い意味で空気を読まず出来た蕎麦を即食べ始めたのが誰であろうロスヴァイセだった。理由は今のトリップした彼女を見れば単純明快だろう。

 

 

 「うへ、うへへへへ!食べちゃった…カルナ様の手作り蕎麦!うわぁ、北欧に帰った時なんて言って自慢しようかなぁ…!」

 

 「…ロスヴァイセさん、女性が人前でしちゃいけない顔してます…にゃあ」

 

 

 「あはは」と木場が少し困ったように笑うが、それはロスヴァイセ以外全員が同じだ。彼女がこうなる理由(ワケ)は、あの後アザゼルが全員に話してある。その為完全にとまではいかないが、ある程度の理解はしていた。

 

 

 「まぁ、普通で言えば憧れのアイドルから好意でプレゼントを貰ったようなものだろうからね。こうなるのもしょうがないと思うよ」

 

 「そこでなんだけど、少し私から提案があるの。みんな、聞いてくれる?」

 

 

 ポンっと柔らかく手を叩きながら、リアスは何か悪戯を思いついたように笑いながら注目を集める。きっと悪いものではないだろうとイッセーたちはそちらを見るが、約一名は未だに妄想という名のヴァルハラへと旅立っていた。

 リアスの視線はそんなロスヴァイセに向いているが、彼女は気にせず話を続けた。きっと食いつかずにはいられないだろう。そう思いながら。

 

 

 「みんな、お蕎麦すごく美味しかったと思わない?」

 

 「えぇ、まぁ。食べながら本物の英雄ってすごい器用なんだなぁって思ったりもしたし」

 

 「私もそう思いました!宗教と敬う神は違えど流石神の子。素敵な糧を与えてくれたことに感謝してます!」

 

 「ふふ、えぇそうね。だからお礼を今から言いに行かない?」

 

 

 「へ?」と声を漏らしたのは誰か分からない。ただ一つ言えることは今この瞬間、一人のヴァルキリーが自らYetzirah(形成)Briah(創造)したNicht Atziluth(流出絶対不可)グラズヘイム(妄想と悦びに満ちた世界)から帰還を果たしたということだ。

 

 

 「丁度アザゼルからカルナにお願いされてることがあるの。だからそれも兼ねて、ね?どう?古代インドで生まれ育った彼が、今この現代の日本でどんな生活を送っているのか…知りたくない?」

 

 「知りたいです!!私、もっとあの方がどんな人なのか気になります!!」

 

 

 ロスヴァイセ(妄想乙女)がガタン!と勢いよく立ち上がりながら挙手する。まるで絶対に負けられない戦いがそこにあると言わんばかりの興奮度合いに、リアスは我が意を得たりと笑いかける。

 

 

 「えぇ、私もよロスヴァイセ。それじゃあみんなはいいかしら?確かこの後は特に予定がない人に集まってもらったつもりだけど」

 

 

 オカ研の全員がこの場にいないのはそれが理由だ。

 朱乃は父であるバラキエルの元へ、ギャスパーは前回のバアル戦から行っている特訓に、そしてゼノヴィアはイリナと共に協会へ赴いている。

 

 

 「リアス…実は初めからこうする予定だったでしょ」

 

 「ふふ、あら、バレちゃったかしら?」

 

 「行くのは構いませんけど部長、そもそもカルナに今から行くと連絡はしてあるんですか?もししてないなら行き違いの可能性も出てしまいますけど」

 

 

 木場の言う事はもっともだ。しかしリアスは彼に、今度は少し困ったように笑いかけながらそれができないと教えた。

 

 

 「カルナとは連絡を取ってないの。だって彼、連絡手段を持ってないもの」

 

 「え、そうなんですか?」

 

 「えぇ、そもそもが私がアザゼルに頼まれた用事が、その連絡を取る手段を探すことなんだもの。携帯持ってないらしいのよね、カルナ」

 

 

 「へぇ」と少し抜けた返事をするイッセーを横目に、リアスは話を続ける。

 

 

 「一応アザゼルが携帯を渡そうとしたことがあるんだけど、その時は使い方が分からないし必要ないからって断られたらしいわ。まぁ、私たちからしたら珍しいわよね」

 

 

 ちなみにだが、その際断った理由としてはそもそも連絡を取る相手がほぼいないというものである。

 家族である養父母は海外、インドにいる。他に親しいと言えそうな相手はその殆どが一度は殺し合いに等しい戦いをした間柄であり、一応は保護者の立場である帝釈天は前世でアルジュナに殺された原因とも言える存在だ。その為貰っても意味がない、使わないのなら与えてくれるアザゼルに悪いとカルナは考えたのだ。

 

 

 「じゃあ、最後にもう一度聞くわね?何か用事がある人はいる?…よし、いないわね。じゃあ行くわよ!カルナがいる隣町へ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 電車を使って兵藤邸から十数分で隣町に辿り着いたオカ研一行。駒王町より少し自然が多く感じられ、休日であっても落ち着いた雰囲気が流れている。

 

 

 

 「久しぶりにこっちに来たけど、相変わらず良い場所よね」

 

 

 元々別荘を持っていたこともあり、またイッセー達は一度行ったこともあるため場所は分かっている。なので一行は特に迷う様子もなく歩いていく。

 

 

 「そういえばここ、元浜が住んでんだよなぁ」

 

 「へぇ、私知りませんでした。じゃあイッセーさんはよくこの町に来るんですか?」

 

 「あぁ、前はよくもう一人の松田と一緒に来てたぜ。最近は忙しくて中々遊べてないけど…そうだな、今度誘われたら遊ぼうかな」

 

 「私も最近は全然桐生さんと遊べてないですし…そうですね、お互いお友達は大切にしたいものです」

 

 「だな。そうだ、アーシアも今度元浜のとこ来るか?アイツん家が八百屋経営しててさ、遊びに行くとよくおばちゃんやおっちゃんが漬物だしてくれたんだ。それがまた美味しくてさぁ!また食べたいなぁ」

 

 

 互いに相手の友達がどういう相手かよく知っているため、アーシアとイッセーの話は盛り上がり、徐々にこの町に来た目的へと話題が変化していた。

 

 

 「それにしても、インドの大英雄の日常か…やっぱ普段からカレーばっか食べてんのかな?」

 

 

 どうやらイッセーの中ではインド人=カレーらしい。だが意外とこれは的を射ている。

 というのも軽い雑学のようになるが、インド人がカレーなどの香辛料を好んで摂取するのは身体が気候に慣れすぎて暑くても汗が中々出ないかららしい。その為に発汗作用を促す香辛料を使った料理がインドでは毎食のように出て来る。

 

 

 「うーん、どうなんだろうねぇ。でもお蕎麦を手作りするような人だし、意外と日本食ばっか食べてるのかもしれないよ?」

 

 「あら、この前お昼の番組でカレー蕎麦ってものが特集されていたわ。もしかしてそれが食べたかったのかも」

 

 「わぁ、美味しそうですね!今度みんなで食べに行きませんか?」

 

 「お、いいなそれ!小猫ちゃんやロスヴァイセさんはどう?」

 

 「にゃあ、私は賛成ですけどその…ロスヴァイセさんが…」

 

 

 アーシアの提案をイッセーが後ろを振り返りながら二人に聞くと、少し困ったような小猫の声が返ってきた。どうかしたのかとロスヴァイセの様子を確かめると、何かをブツブツと呟いている姿が見て取れた。

 

 

 「こ、ここがカルナ様が住んでいる街!!お、落ち着きなさいロスヴァイセ!こういう時は深呼吸して素数を数えるのよ!!素数は孤独な数字、同じ独り身の私を癒してくれる…2、3、4、5!」

 

 「あ、はは…ロスヴァイセさん、その、大丈夫?」

 

 

 それは素数じゃない、ただ数字を数えているだけだ。それに独り身だと自分で自分を追い込むのかと聞かなかったのはただ単に木場が優しいからではない。その証拠に全員がなんかもう、どう言えばいいのか分からない眼差しをロスヴァイセに送っていた。

 

 

 「全くもう、ロスヴァイセったらほんとにカルナの事が好きなのね」

 

 「77、99、666…へ?す、好き?いえいえいえ!!そんな!私程度があの方にそんな!!その…これはヴァルキリーとしてしょうがないと言うかなんと言うか…」

 

 

 「あぅぅ」と声を漏らし顔を真っ赤にしながら目を逸らすロスヴァイセの様子は、誰がどう見ても恋する乙女だ。そんな彼女が凄く可愛いと思う反面、もう少し虐めたくなる嗜虐心がリアスの心の中に浮かぶが、彼女は大切な眷属だ。これ以上は取り合えず止めておこう。そう思った矢先。

 

 

 「リアス様、もしかしてあれ、カルナじゃないですか?」

 

 「え、ほんと小猫?どこにいるの?」

 

 

 小猫の言葉にリアスが尋ねると、前の方を小猫が指さした。全員がその先を見ていくと…確かにいた。

 

 以前学校を訪ねてきた時と同じワイシャツにスラックス姿。その手には何やらビニール袋を持っている。

 

 

 

 

 ――金髪の綺麗な女性と何かを話しながら。

 

 

 

 「え…誰、あの女の人………」

 

 

 愕然とするロスヴァイセ。何度か目を擦るも、カルナと話すその女性が消えることはない。

 黒のタートルネックにスキニーパンツとどこにでもいそうな恰好ではあるが、身体のラインの出やすい服装のせいか、彼女が女性から見ても魅力的な身体付きをしているのが遠くからでも分かる。その証拠にイッセーなどは鼻の下を伸ばして金髪の女性に釘付けとなっていた。

 

 

「うおお、すげぇ美人!いいなぁ、俺もあんな金髪お姉さまとお話してみてぇ!!」

 

「流石イッセー君、相変わらずだね」

 

「ほんと、見境ないですね。サイテーです先輩、にゃあ」

 

 

 イッセー達がいつものやり取りをしていると、カルナと話していた女性が頭を下げて徐々に離れていく。その様子にロスヴァイセが道を聞いていただけかと一人安堵し、はたと疑問に思う。

 

 どうして自分は今、安心したのだろうかと。

 

 

 「あ、カルナが歩き出したわ。みんな、後を追うわよ!」

 

 

 リアスの一言で全員が動き出す。

 物陰に隠れながらカルナを尾行していく内に、ロスヴァイセは先程浮かんだことなど忘れていた。それどころではなかったのだ。

 

 

 「はぁあ…歩く後ろ姿のカルナ様、カッコえぇだぁ…」

 

 

 頬を染めて恍惚の表情を浮かべながらロスヴァイセが呟き、同様にリアスやアーシアも頷く。

 本当にただ歩いているだけなのだが、武人として体幹がしっかりとしたカルナの背筋はピンと伸びており、片手をポッケに入れている様はまるでモデルがランウェイを披露しているかのようだった。

 

 

 「でも不思議ね。目立つ容姿だし、もう少し周りから注目されてもいいと思うのだけど」

 

 

 休日ともあり、それなりに人の往来はチラホラと見受けられる。しかし特に視線がカルナへと向かうことはない。

 これはカルナがピアスと共に着けているトヴァシュトリ神のカフスによる恩恵で、その効果は何も彼が身に纏う鎧や魔力を隠すだけではない。その本質は『着用者が魔力を流せばその本質を隠す』というものであり、酒の席で適当に酔っぱらいながら作ったものとは到底思えない凄まじい効果を持っている。例えを上げるならば存在感が薄くなると言えばいいのだろうか。今は魔力も何も流していないためリアス達のような人外にはカルナがそのまま当たり前に見えているが、一般人からすれば彼がどこにでもいるごく普通の外国人としか捉えることが出来ていない。京都?あれはその前にとあるネラーがネットに彼を上げていた為注目されていただけである。

 

 歩くカルナと彼を追うオカ研一行。端から見れば彼女達もかなり目立つのだが、そこは小猫が周囲の氣を操りなるべく目立たないようにしている。

 

 

 暫くしてついにと言うべきか、カルナの足がとある山の麓で止まった。そして――。

 

 

「それで、いつまで付いてくるつもりだ」

 

 「…なんだ、バレてたのね。お久しぶりカルナ。一体いつからなの?」

 

 

 隠れる場所もなくなったことで、リアス達が後ろを振り向いたカルナの前に姿を現す。それを見てもカルナは驚くこともなく、淡々と告げる。

 

 

 「いつからも何も、初めからだ。乱れた気配が近くにあれば嫌でも分かる。少し探ればお前達だと分かったのでな。特に何をする様子でもないから放置していた」

 

 

 まだ氣の操作が未熟だと言われたように感じたのだろう、小猫の出していた猫耳が少し下がるが、カルナはもう一度何をしに来たと問いかける。

 

 

 「この間蕎麦をくれたでしょう?そのお礼と、あとは貴方がこの国でどんな暮らしをしているのか気になったの」

 

 「オレの暮らしを?」

 

 「えぇ、まぁそれ以外にもあるのだけれど…尾行していたことは謝るわ、ごめんなさい」

 

 「尾行と呼べぬものを謝られてもオレが困る。だがそうか…オレの暮らしか」

 

 

 ふむと腕を組み、口元に手を当てながらカルナは何かを考える。少しすると「なら」と呟き、カルナはリアス達が思ってもいなかった…でも望んでいたことを提案してきた。

 

 

 「なら見ていくがいい。特に何もない場所ではあるが」

 

 「え、マジでいいんスか!?」

 

 「赤龍帝か。構わない。お前達はその為に来たのではないのか?」

 

 

 カルナのド正論に思わず返事が詰まる。取り合えずノリと勢いでここまで来た為、本当に良いのかといった感じだ。

 少し戸惑いを見せている間にも、カルナは再びその足を山の方へと向けていた。

 

 

 「別にどちらでも構わないが、今までの労力を無駄に変えるのがお前達の趣味か?オレはお前達に用などないが、お前達はオレに何かあるのだろう?」

 

 

 彼の物言いに少しムっとするリアス達だが、後を着いてきたという後ろめたさもあるため何かを言い返すこともない。代わりに出てきたのは落ち着くための溜息と、その言葉に甘えるというものだった。

 

 

 「えぇ、じゃあお言葉に甘えてお邪魔するわ」

 

 「そうするといい。だが少し、身体に力を入れておけ。この山は今、お前達には少々きついものになっている」

 

 「へ、それってどういう…」

 

 

 カルナの後を追って山に入る直前、イッセーが彼の言葉の意味を聞こうとしたが、それは杞憂に終わることとなる。何故ならそれはすぐに彼らへと降りかかったのだから。

 

 

 「は…えぇ!?」

 

 「うっ…なんだ…この身体にズッシリくる感じ」

 

 「はぅ…身体が重いですぅ…」

 

 「これは…まさか…っ!?」

 

 

 身体に悪寒が走り、重圧を感じる…それは転生悪魔であるイッセー達だけではない。寧ろ生粋の悪魔であるリアスは彼ら以上にその圧を感じ取り、少しだが膝が震えていた。だがカルナが何も問題ない足取りで上るのを見て、すぐにこの中では博識なロスヴァイセと共にその理由を思いつく。

 

 

 「まさかあなた…ここを神域に変えてるの!?」

 

 

 あり得ない――そう言いたげに叫ぶリアスの疑問にカルナは答える。

 

 

 「それほどのものではない。以前お前達の元を訪れた際教えたはずだ。この山には今、オレの魔力を少量ながら流してあるとな。そこのヴァルキリーは経験から分かったようだが、覚えてないのか?」

 

 

 その言葉に全員の視線がロスヴァイセへと注がれる。どうやら元ヴァルキリーである彼女だけは何故か平気な顔をしているが、ロスヴァイセは首を全力で横に振った。

 

 

 「これで少量など…っ!恐れながらカルナ様、今すぐ魔力をお収めください!!この場に溢れる神気は人間界にあってはならないものです!今はこの山だけで済んでいるようですがいずれ必ず周囲に影響を与えてしまいます!!」

 

 

 必死な訴えがそこにはあった。カルナとしてもまさかそれほどとは思わなかったのだろう。だが少し思い当たる節があったのか、小さく「だからあれは少し辛そうな表情をしていたのか」と呟き、眉根を伏せる。

 

 次の瞬間、彼らを覆っていた重圧が一気に軽くなった。

 

 

 「っ、ぷはぁ!…あー、しんどかった…」

 

 「はぁ、はぁ…こんなこと、もう二度とごめんだよ」

 

 「…すまない。所詮は半神半人の身から出すものだと甘く見ていた」

 

 

 荒い息を吐く彼らの上から、心の底から申し訳なさそうなカルナの声がかけられる。

 

 

 「ほんと、やっぱり少しおかしいです…あれでどれだけの量なんですか?」

 

 「言葉にするなら10分の1程だな。今は更に抑えているが」

 

 「…あれでですか?以前私が住んでいたヴァルキリーの里とあまり変わらない雰囲気だったのですが…」

 

 

 小猫の問いかけにカルナが答え、ロスヴァイセが愕然とした。だがこれでもカルナは()()()()()()()()かなり抑えていたほうなのだ。

 

 

 「詫びはオレの家でさせてもらう。歩けるか?」

 

 「えぇ、取り合えずは…今はもう、早くゆっくりできる場所に行きたいわね」

 

 

 徐々に息を整え歩き出す一行。山の中腹へ辿り着く頃には、全員の顔色が戻り、辺りに注意が向く程度には回復していた。

 

 

 「…何だかやけに祠が多い気がするわね。人間が置いたの?」

 

 「いや、前に言ったと思うが、オレが来る以前、ここは須弥山が手中に収めた土地だった。役割は人が入らぬようにすることと、それでもやってくる者の監視だと聞いている」

 

 「え、じゃあ…」

 

 「あぁ、インドラならお前達の入山に気づいているぞ」

 

 

 そう言われて気になったイッセーが祠の中を覗くと、そこには金剛杵を手に持つ帝釈天像が祀られており、その眼がギロリと睨んだような気がした。

 

 

 「うわ!今睨んだ!!ゼッテェこっち睨んできた!!」

 

 「大方かつて自分が治めた領地にお前達悪魔が入り込んだことが気に食わないのだろうよ。睨み返してやればいい」

 

 「あの…以前から気にはなっていたのですがその…帝釈天様とカルナ様はどのような御関係で…いや!以前何があったかはよく知っております!ただだからこそ余計にそのぅ…」

 

 

 勇気を出してロスヴァイセがマハーバーラタにおけるカルナと帝釈天…インドラ神との因縁をよく知る者だからこその疑問をカルナに向ける。それはリアスも気になっていたことであり、アザゼルからはおそらく保護者のようなものだと教えられてはいるがどうしても腑に落ちなかった。

 

 

 「お前達が想像する通りだ。まだ父と母と共に暮らしていたオレの元に、アレが来た。そして今のオレがいる」

 

 

 かなり言葉少なめであるが、そこには家族と引き離されたという感じや嫌な雰囲気は感じられない。寧ろ僅かばかりながら感謝の意も感じ取れる。

 

 

 「アレはオレに知らない世界を教えてくれた。…それだけは感謝している」

 

 「……あなたがかつて殺された原因なのに?」

 

 

 無意識に出してしまった質問に、リアスはすぐに顔を歪めた。あまりにも不躾すぎると感じたからだ。だがカルナは気にするでもないという風に返していく。

 

 

 「勘違いするなリアス・グレモリー。あの戦いでオレが負けたのはただ単にオレが弱かったからだ。殺し合いに必要なのは過程ではない、結果だ。この身がどれほどの呪いに蝕まれ、父から預けられた鎧を失おうと選んだのはオレだ。だからこそ父スーリヤはインドラに対し何の報復もせず、こんなオレを我が身へと迎え入れてくれた」

 

 

 そこにあったのは現代を生きるリアス達では到底理解し得ない、古代人類の黎明期、戦いの中を生きた一人の戦士(クシャトリヤ)の死生観。

 全てを受け入れてもなお高潔さを失わない、カルナその人の姿があった。

 

 

 

  「すげぇ…何て言うか…曹操達とは全然違うんだな、本物の英雄って」

 

 「はい。これこそが大英雄たる由縁…カルナ様です」

 

 

 カルナの後ろ姿を見つめるイッセーの視線には、本物の尊敬の念が浮かんでいた。果たして自分には出来るだろうか?殺された相手を恨まないなんてことが…。

 

 

 「きっと、そんなカルナさんのことを、お父様も誇りに思っておいででしょうね」

 

  アーシアが祈るように両手を胸の前に持っていくと、彼らは木陰を歩いている為気づいていないが、少し日光が強くなったようだった。まるで当たり前だと言わんばかりに。

 

 

 「ご両親とは連絡を今取ってるんですか?あ、神様のほうではないです。にゃあ」

 

 

 家族と離れて暮らす寂しさをこの中で一番よく知っているのは小猫だ。そんな彼女だからこその質問にもカルナは答えようとして、少し考えるような素振りを見せた。

 

 

 「…実の両親とは会ったことがないから、どこで何をしているか分からない。養父母にはそろそろ一度、顔を見せに戻ろうとは思っているが」

 

 「え…それってどういう…」

 

  

 すぐに彼の言葉の意味を悟ったのだろう。馬鹿正直に口から出る問いかけに小猫の顔色が悪くなる。だがカルナはそれをただ、当たり前の事実であると彼女に教えた。

 

 

 「あぁ。捨てられたんだ、生まれてすぐにな。それを拾い育ててくれたのが故郷に住む養父母だ。…どうした、もうすぐ家に着く。体調が優れないようだが、もう少し我慢してほしい」

 

 

 振り向きながらそう教えてくれるカルナに、返事が戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「着いたぞ。ここが今住んでいる場所だ」

 

 

 頂上が吹き飛んだ山頂付近、そこにある小屋のようなものをカルナが指さす。辺りは整備した上で均されており、近くには畑も見え近くを流れる小川から水を引いて用意された土で出来た桶に溜まる様子が見える。

 

 

 「少し外で用事がある。中で待っているといい」――そう言うとカルナは再び外に出ていき、中にはオカ研メンバーだけが残されたが、彼らの誰一人話し出す者はいない。それに耐えられなかった小猫が震えながら目に涙を浮かべる。

 

 

 「わ…わたし…ひどい…あ、あんな酷い…うぅ…っ」

 

 

 この中で家族を失う恐ろしさを…そして捨てられる恐怖を誰よりも知っているのが彼女だ。その心の傷は今も完全には癒えておらず、実の姉である黒歌との確執が彼女の事情を知った上でも中々取れていないのはそれが原因だった。

 

 

 「あの人…すごく苦労してるんですね」

 

 小猫のトラウマを刺激しないよう小猫の呟きを拾い上げたのは木場だ。彼もまた幼い頃に家族と呼べる者を大勢目の前で失い、それを行ったパルパー・ガリレイを自ら手にかけ復讐を達成している。だからこそ自身を捨てた両親を恨む様子のないカルナに複雑な心境を抱いていた。

 すすり泣く小猫と沈痛な面持ちを浮かべる木場に、他のメンバーは声をかけられない。皆それなりに苦労しているが、家族の問題となると踏み込めなかったのだ。

 

 それでもこの空気を変えようと、リアスは何かないかと家の中を見渡す。

 

 

 「…日本の作りとは違うのね」

 

 

 彼女が言っているのは家のことだ。

 流石にリアスも様式までは知らないが、カルナの家はインドの一般的な木造の造りと、縁側があることから日本の造りが融合したようなものとなっている。

 今彼女達がいる場所は居間で、簡素な机と椅子、ソファーが置かれていて、壁際には本が多めに置かれてある。その内容はタイトルを見る限り様々だ。

 

 

 「私…謝ってきます。これだけは絶対に謝らないと」

 

 「そう…分かったわ。私達も…」

 

 

 憔悴しきった小猫にイッセーたちが声をかけられないでいると、おもむろにフラフラと小猫が立ち上がり、表の方へ歩いていく。思わずとリアスが声をかける。悪いのは自分達もだと少しでも小猫の負担を減らそうとするが、小猫はただ首を横に振った。

 

 

 「いえ、皆さんはここにいてください。…多分皆さんがいると、甘えてしまうので」

 

 

 そう言われてしまうと返す言葉がない。

 リアスたちはただ、小猫の気持ちが少しでも軽くなればと祈るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出るとすぐに小猫はカルナを見つけた。いや、見つけたというよりは感じたと言うべきか。

 どれほど抑えようと氣を操る小猫がカルナを見失うわけがない。それほど彼が無意識に流す気配は大きいのだから。すぐに小川にいると足早に向かい、視界の端に入った瞬間申し訳なさで再び涙が零れ始め、視界が滲んだ。

 

 

 「あの、その、さっきは申し訳ありませんでした!」

 

 

 普段は滅多に上げない大声を出したのは、そうしないと言葉が出なかったのだろう。下げた頭は彼が許してくれるまで上げることができない。そう小猫は思っていた。きっと怒っているだろうと。

 

 

 「…いきなりだな。何に対しての謝罪か分からないが、取り合えず頭を上げてくれ」

 

 

 だが小猫が思っていたような感情はそこにはなく、ただ困惑したものが返ってきた。もう少しはっきりと内容を言うべきだったと内心後悔し、改めてちゃんと目を見て謝ろうと小猫は顔を上げ、すぐに固まった。

 

 

 「は…な、なな…!」

 

 

 そこにあったのは水浴びをする上半身裸のカルナの姿。彼としては日課であるスーリヤへと捧げる沐浴をしているだけなのだが、それは年頃の少女である小猫にはあまりにも目に毒だった。

 何せあばら骨が浮く程の細身とはいえ、そこにあるのは極限まで引き絞られた大英雄の肉体。耳に付けられた黄金のピアスがキラキラと水を反射させ、それをまた水面が反射する様子はどこか浮世離れした光景を生み出し、身体のラインを這うように水が滴る姿はどこか蠱惑的にも見えた。

 

 

 「――?あぁ、すまないが日課なのでな。もう少しで終わる。中に戻るといい」

 

 

 迎えに来たと思ったのだろう。腕に水を少量かけながら、カルナは再びスーリヤへ日頃の感謝を捧げ出す。初めは顔を真っ赤にしていた小猫だが、それもすぐに収まり、ただ目の前のカルナの姿を見つめていた。

 

 

 「…きれい」

 

 

 小猫は妖怪だ、そして今や悪魔の身。神との相性は悪く、そもそも自分が家族と引き離されたのは神のせいだと逆恨みしたこともある。そんな彼女でも目の前で行われる神聖な儀式…言葉の存在しない家族の語り合いが無垢そのもののように感じてそれだけしか呟けなかった。

    

 

 きっと時間にすれば数分と経たない間、小猫はカルナを見つめ続け、気づけば口が動いていた。

 

 

 「…恨んでいないのですか、自分を捨てたご両親のことを…」

 

 「何故、そんな事を聞く」

 

 

 カルナからすれば尤もな疑問だ。少し考えるように小猫は俯き、そしてポツポツと身の上を話していた。

 

 

 「…小さい頃、父と母を失いました。私には姉がいて、それからは姉と二人だけで生きて…」

 

 

 身を寄せ合うことしかできなかった。いや、正確には自分がただ安心したかっただけだろうと…当時は何の力もない、ただ庇護者である黒歌に縋り付く事しかできなかった。

 

 

 「でもその姉もまた、私を置いてどこかへ行ってしまったんです。今はその理由も分かります。ただ私を守りたかっただけなんだって……でも当時の私は姉からも捨てられたと思って……それで……」

 

 「…恨んだのか」

 

 「…はい。……恨みました、蔑みました。どうして私だけがこんな目にって全てを憎みました。だから私、さっきはあなたに酷いことをって…だから謝りにきたんです」

 

 「謝ることなど何一つない。オレが勝手に身の上を話しただけだ」

 

  

 カルナはそうは言うが、小猫の気持ちは何一つ晴れていない。むしろ疑問が沸々と湧いてくる。

 自分は恨んだ、ではあなたは…恨んでいないのか?――その思いがカルナに届いたのかは分からない。だがカルナは小猫を真っすぐ見つめ、そして問いかけた。

 

 

 「そもそもだ、何故恨む必要がある」

 

 「え…」

 

 「確かにオレは捨てられた、お前もだ。だがそこにはどうしようもない理由があったはずだ。でなければ――、

 

 

 

 

 捨てる以前に、殺せばいいだけの話なのだから」

 

 

「っ…!そん、な…」

 

 「だが事実だ。捨てれば恨まれる、当然の理だな。だがそれをお前の姉も、オレの母も理解できなかったわけではないだろう。だから今もこうして生きている。お前も、オレもな。だからオレは感謝している。オレを殺さず、恨まれてもなお生きることを望んでくれた彼女に」

 

 

 特にカルナの場合、彼は生まれてすぐの記憶を所持している。捨てられる瞬間をはっきりと覚えている。その記憶の中で…確かに母は悲しい笑みを浮かべ、こう言っているのだ。

 

 

 『どうか良い人に拾われてね』と――。

 

 

 

 

 

 「恨まれても…生きることを望んで…?」

 

 

 そんな考え今までしたことがなかった。

 ただ恨んだ、自分を置いて行ったことに。ただ…悲しかった。いつも二人一緒だったのに。

 

 

 『元気にしてた?白音』――そう声をかけてきた姉の表情は、どんなものだっただろうか…?また二人で暮らそうと言ってくれたのに、あの時自分は何と返して、姉はどんな表情を浮かべていたのだろうか…?

 

 自分は姉を…黒歌を憎んだ。でも私は小猫()を…何の力も持たず、ただ甘えていた白音()黒歌()が憎んでいる様子は一切なく、むしろ安堵していたように見えた。

 

 『元気にしてた?白音』――…あの言葉は、黒歌自身に言ったものではないのだろうか?白音に恨まれると分かっててもなお捨てた、たった一人の肉親は、ちゃんと正しく自分を憎んでくれているのだろうかという……。

 

 

 「…っさま…黒歌姉さま…っ!」

 

 

 気づけばもう、止まらなかった。あの時襲い掛かってきたのは、ちゃんと一人で生きていけるだけの力があるのか確認したのでは?リアス・グレモリーはちゃんと妹を守れるだけの力を、その眷属たちはちゃんと妹を思える仲間なのか…それを確かめたかったのではないのか?

 

 本当は謝りにきたつもりだった。でも今はただ…黒歌に会いたくてしょうがなかった。

 

 

 蹲り嗚咽を上げる小猫にカルナが優しく声をかけることはない。その様子を見つめているだけだ。だだ彼にも多少は感じるものがあったのだろう。その囁きを、小川のせせらぎだけが聞き届ける。

 

 

 「オレは今、ここで生きている。……貴女はどうなんだ?」

 

 

 

――ンティー

 




こんな感じで徐々に互いを理解し合う感じで原作組と絡ませていこうと思います。
最後は読者様にとって違和感だと思います。だって赤ん坊だったカルナさんが母親の名前を知っているはずがないのですから。
答えが分かったとしてもコメなどは控えていただくと幸いですm(__)m


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愚か者

暫くは投稿スピード上がります(休職したので)

みんなお待たせ、ようやくあの子がちゃんと再登場です。



 「あの、本当にいいんですか?」

 

 「何度も言っているだろう、家主として客人に手伝わせるわけにはいかないとな」

 

 

 玄関を入ってすぐ目の前にある調理場では、もう何度目か分からないやり取りをカルナと小猫ちゃんが繰り広げている。それを居間にあたる部屋から俺達は期待と逸る気持ちを込めて見つめていた。

 

 そんな俺達の鼻孔と部屋に広がり始めたのはそう、スパイスの香りだ。

 

 

 二人は少し時間をおいて戻ってきた。初めは前回のこととさっきの小猫ちゃんの様子からかなり心配したけど、戻ってきた小猫ちゃんは軽く目元が赤くなってはいたけど、どこか清々しい表情だった。

 その姿に安心して、俺は緊張感が抜けたんだと思う。昼飯が消化の良い蕎麦だけだったってのもあるんだろうけど、お腹が正直に音を鳴らしたんだ。

 みんなもこっちを見て来るから顔が赤くなるのを感じながら腹を抑えていると、カルナが飯でも食っていくかって言ってくれたんで、せっかくだし甘えることにした。だって何を作るのか聞いたらカレーだって教えてくれたんだぜ?本場インド人が作るカレーを、それも出来たてを食べないなんて選択肢普通ないだろ?

 それは俺だけじゃなかったらしく、カルナが他にいる者はって聞くと全員が手を上げてた。まぁこんなチャンス滅多にないしな。お言葉に甘えさせていただきます!

 

 調理の準備をカルナが始めると、小猫ちゃんがすぐに手伝うと言い出した。でもカルナはさっきから同じことを言ってそれを断って、着々と香辛料を炒めていく。っと、小猫ちゃんがこっちに戻ってきた。

 

 

 

 

 「おかえり小猫。だいぶ熱心に手伝おうとしてたけど、何かあったの?」

 

 「そんな大したことでは…ただ謝って、それから少しお話をしてただけなので……あの、部長」

 

 「なぁに?」

 

 「その…いつかでいいので、もし黒歌姉さまとまた会う時があれば、少し二人にさせてもらえませんか…?」

 

 

 …リアスだけじゃない、以前のパーティーでの襲撃の時一緒にいたアーシアと木場も驚いた表情をしている。それは俺もだと思う。だってあの時、俺達は危うく死にかけたし、小猫ちゃんも無理やり連れ去られそうだったのだ。なのに二人きりで話がしたいって……。

 

 

 「ほんと、君達外で何を話していたんだい?ねぇ小猫ちゃん、それは僕達には言えないこと?」

 

 「すみません木場先輩、でもこれは姉さまだけに言わなければいけないことなので。…大丈夫です。私が帰る場所はここですから」

 

 

 笑いながらそう教えてくれる小猫ちゃんに無理をしているとか、嘘を言ってる感じは見られない。木場も聞いたけどほんと、外で何を話したんだろうか?

 

 

 「分かったわ。その時は多分ヴァーリや美候も一緒でしょうから彼らにも話しておかないといけないわね」

 

 

 ヴァーリか…アイツも今何してんだろう…いや、アイツのことだ、きっとすごい修行とかしてんだろうな。俺も負けないようにしないと。

 

 

 「出来たぞ、食え」

 

 

 料理をするためにつけていたエプロンと髪を纏めた姿のカルナが両手にお皿を持って来た。

 目の前に置かれたその中を覗き込むと、俺が良く知るカレーじゃない、所謂スープカレーが入っていて、今までに嗅いだことがないくらい良い匂いが湯気と一緒に立ち昇っている。

 

 

 「うぉ!すげぇ美味そう!!」

 

 「ほんと、これが本場のカレーなのね」

 

 「良い香りですぅ!」

 

 「挽きたてだとこんなに香りが立つんだね、今度やってみようかな」

 

 「ありがとうございます。すごく美味しそうです」

 

 「あ、ありがとうございます…フヒ」

 

 

 お皿を受け取って一人一人感謝をカルナに送る。あ、受け取ったロスヴァイセさんがプルプル震えてる。あの人ほんとカルナのこととなったら人が変わるんだなぁ…今も俯いてるけどここからニヤニヤしてるの見えるし。

 

 

 「オレは外にいる。食べ終わったら向こうにおいてある、タライの中につけておいてくれ」

 

 「あれ、食べないんですか?」

 

 「あぁ、今のうちにやっておきたいことがあるからな」

 

 

 俺が聞くと、そのままカルナは外に出て行った。何か悪い気もするけど、ここで出されたものを残すほうが失礼だ。一緒に持って来てくれたスプーンで掬い、軽く啜る。

 

 

 「辛っ!でもウマ!」

 

 

 ピリっとどころじゃない辛さが口いっぱいに広がるけど、その瞬間スパイスの香りが鼻を突き抜けていって、その後に中に入っているハーブの爽やかな匂いが広がる。それがまた大きめにカットされているチキンの脂身をくどくなくしていて、まさしく絶品だ。

 

 

「はふ!へはぁ…あたす、もう死んでもええだぁ…」

 

 

 こればっかりは少しロスヴァイセ先生に同意だ。ほんと滅茶苦茶美味い!

 

 そこからはみんな黙々と食べていた。元々の量は少なかったけど、食べ終わると何かそれ以上に満たされた感じだ。

 

 

 「ご馳走様。みんなお皿貸して、僕が洗っておくから」

 

 「いえ木場先輩、ここは私がやっておきます」

 

 

 カルナは置いておけばいいって言ってたけど、こんな美味い飯貰っておいて何もしないなんてできない。俺も動こうとしたけど、それよりも先に木場と小猫ちゃんに抜かされた。みんな考えることは同じなんだな。

 結局勝ったのは小猫ちゃんだった。流石に一度に全部持っていくと危ないので、みんなで流しに食べ終えたお皿を持っていくと…外にカルナの姿が見えた。

 

 

 「――」

 

 

 黙々と、でもザクザクと慣れた様子で土を掘っていた。肩にはタオルをかけていて、一段落ついたのか、頬についた土を拭っている。

 

 

 その姿は誰がどう見ても農家の青年だった――。

 

 

 

 

 

 

 「これでも農家に拾われた身だ。畑仕事は幼い頃から慣れ親しんでいる」

 

 

 戻ってきたカルナが淹れてくれた紅茶…いや、チャイって言うんだっけ?それを飲みながら早速リアスが外のことを聞くと、カルナがそう返してきた。

 

 

 「そ、そうなの?でもあなた、英雄じゃない」

 

 「それとオレが畑を耕すことに一体何の関係がある」

 

 

 いや…まぁそうなんだけどさぁ…なんか…ねぇ?

 

 

 「え、じゃあさっき食べたカレーとかも?」

 

 「いや、まだここに来て、種を植えたばかりなのでスーパーで買ったものだ。便利な場所だ。揃わぬものがない」

 

 

 あ、当たり前のようにこの人スーパーって言ったけど違和感しかねぇ!

 

 

 「えぇ…あなたって何ができないの?ちょっと万能すぎじゃない?」

 

 「出来ることが出来るだけだ。元々一人暮らしが長いのでな。精々がこの家を建てるくらいだ」

 

 

 え、この家ってこの人が建てたの?改めてとんでもないな!この人!!

 

 

 「オレを拾い育ててくれた養父のほうがまだ凄い。こうして彼に恥じない身であろうとしているが、まだまだあの背中には届きそうにないな。養母もそうだ、オレに出来ないことを当然のようにしていた」

 

 「…尊敬してるのね、ご両親のこと」

 

 「あぁ。彼らに拾われたことこそ、今生で最も恵まれたことだとオレは思っている」

 

 

 そう語ってくれるカルナの表情は、相変わらずの無表情に見えたけど、でも本当に家族のことが好きなんだって教えてくれた。だってその時の雰囲気がすごく優しかったんだ。……家族…か。

 

 

 【一誠、何かあれば父さんに言えよ?父さん何があってもお前の味方だからな!】

 

 【一誠、私達にとってあなたは一番の宝物なの。だから何かあれば言ってね?父さんも母さんも、何かあれば絶対に一誠のこと守るから】

 

 

 父さんも母さんも…何て思うんだろうな。

 

 

 

 

 

息子が人間を止めて、悪魔になったって知ったら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ!――はぁ!!」

 

 

 チャイを飲んで一息つきながら、俺達は色々な話をした。最初はここに来た目的であるカルナとの連絡手段だったけど、それはリアスが使い魔をここに飛ばすことをカルナが了承してあっさりと終わり、その後はカルナに色々な質問をしていた。

 特に叙事詩を読み込んでいたリアスとロスヴァイセ先生がその当時のことをかなり聞いてた。その中でも俺が特に気になったのは、カルナが永遠の友として契りを交わしたと教えてくれたドゥリーヨーダナって人のことだった。

 

 リアスが言うには、叙事詩マハーバーラタの中で悪人の中の悪人と描かれている彼の人と成りはどうだったのか。それと描かれているとおり、本当に彼は悪人だったのか。カルナが教えてくれた一言目は、意外にも肯定だった。

 

 

 「確かに当時においてあの男は最悪に近い極悪人だった。なにせ身分に囚われず、オレのような御者の子(シェードラ)戦士(クシャトリヤ)に召し上げたような男だ。勝つためなら卑怯下劣極まりない手を簡単に思いつき、実行する。傲慢無恥とはまさにあれの為にあるような言葉だろうよ」

 

 

 この人友達のことすげぇこき下ろすなぁ!?

 そう思っていると「ただ」って一言置いて話を続けた。

 

 

 「ただ、あの男は家族の…弟妹達のことをひたすらに大切にしていた。だからオレは、あいつが家族を裏切る様を一度たりとて見たことがない。その弟妹達もそうだ。最後まであの男を尊敬し、敬っていた。オレのような戦うことしか取り柄のない男に、彼はアンガを任せてくれた。誰であろうと、等身でのみしか相手を捉えない…そんな男だからこそ、オレはこの命を預けたんだ」

 

 

 それを聞いて俺は思った。

この人にとって…数千年の時が経とうと、その人は今も本当に大切な友達なんだって。

 それからカルナがロスヴァイセさんになんかすごい事を聞き出した。

 

 なんでも彼にはまだアシュヴァッターマンって友達がいて、その人がどこにいるか知らないかだって。

 いやいや、何千年も前の人が生きてるわけがって思ったけど…なんとロスヴァイセ先生が言うにはまだ生きてるらしい。

 

 え、生きてんの!?そう思ったのは俺だけじゃない、マハーバーラタに詳しくないアーシア達も目を開いて驚いてた。その人今どんだけお爺ちゃんなんだよ!?

 

 

 「カルナ様も御存じだと思いますが、酷い呪いを受けたアシュヴァッターマン様はパラシュラーマ様にそれを解いてもらい、今も旅に出たままです。おそらく次元の狭間を今も揺蕩っているものかと。…申し訳ありません、このようなことしか知らず……」

 

 「いや、こうしてオレが死んだその後を、正確に知る者から教えてもらえることほどありがたいものはない。そうか、本当にアイツはまだ生きているんだな。感謝する、リアス・グレモリーの戦車(ルーク)よ」 

 

 「へ…?いえいえいえ!!と、当然のことを言ったまででしゅ!ひゃい!」

 

 

 その時のロスヴァイセ先生の顔が真っ赤だったのはもう言うまでもない。

 

 

 

 

 「ふむ、その程度か?」

 

 「くっ!まだまだぁ!!」

 

 

 で、そこからなんだけど木場が質問というか、一つお願いをしたんだ。

 「大英雄の力がどんなものか知りたい」って。

 

 だから今、木場とカルナは外に出て、軽い模擬戦()()()()()をやっている。

 ()()()()って言ったのは…目の前で繰り広げられる光景を見てもらえれば分かると思う。

 

 

 まず初めに、木場は『魔剣創造(ソードバース)』で刃を殺した頑丈なだけの剣を構えたんだ。それを見たカルナは、近くに落ちていた()()()を拾った。そう、本当にただの棒切れだ。

 

 

 「いいものがあった。まだ至らぬ身ではあるが、たまには胸を貸そう。来るといい」

 

 

 その一言に木場がブチ切れた。そりゃ誰だってキレるさ、俺だって正直ムカついたんだ。

 …でもカルナの一言は正しかった。

 

 

 今、俺の真正面で木場の魔剣とカルナの棒切れが鍔迫り合っていた。…()()()()()()いるんだ。こんなの普通ありえないだろ!?

 

 

 「さっきから…っなんで!こっちはこんなにも力を入れているのに…っ!!」

 

 

 大粒の汗を搔きながら悪態を吐く木場に対し、カルナは涼しい顔で対応している。しかも木場は両手で渾身の踏み込みをしているのに、カルナは片手で俺からすれば突っ立っているようにしか見えない。

 

 

 「おかしなことなど何一つない。その無駄な力をただ()()()()()()()いるだけだ」

 

 

 いやいや!!何を!?どうずらして!?いなしてるの!?

 

 

 「く…そ!!ならっ、これならどうだ!!」

 

 

 悪態を吐きながら、木場が今度はカルナから少し離れた。――っ!と思いきやその場から木場の姿が消え、整地された地面を蹴る音が断続的に鳴り始める。木場のやつ、次は一番自信のあるスピードで攪乱するつもりだな!?しかもどうやらその戦法は当たりらしい。カルナはその場から一歩も動けずにいる。

 確かに今までの“サーヴァントゲーム”を思い返しても、カルナがスピードタイプの対戦相手と戦ったことはない!いずれは試合で戦うと決まっている相手の弱点を見つけられたかもしれない!…そう思った瞬間だ。

 

 

 「ここだ!とっ――――」

 

 

 木場は背後を完璧に捉えていた。俺もよっしゃ!と叫びそうになって、それに遅れながら気づいた。

 真正面を向いていたカルナがいつの間にか反転して、木場の眼球数ミリ程度前に、棒の先が突き付けられていることに。

 

 

 「慢心が過ぎるな。お前はそれほどの使い手か?」

 

 

 木の棒と共に突き付けられたその言葉は、二人の間にどれほど隔絶した力量の差があるのか…嫌と言うほど思い知らされる。

 

 

 「…――ッ!!『魔剣創ぞ(ソードバー)…――」

 

 

 それでも、矜持やプライドが俺や木場にもある。だからだろう。木場は再び少し離れて地面から大量の魔剣を生やし、それをカルナにぶつけようとした…でも、それはできなかった。

 

 

 パキンと乾いた音が次々と地面から鳴り響く。すでに剣先が数十本と生え始めていた魔剣……その全てが根元から折れた音だ。それは木場の持っていた頑丈な魔剣も同じ。

 

 何をどうしたのかは一切分からない。でもそれを成し得たのはきっと、この人しかいない。

 

 

 「問おう。これ以上は腕試しではなく、尋常な殺し合いとオレは捉えるが…お前はどうだ?」

 

 

 寒気がした。多分だけどカルナは殺気とか、闘気とかそういうものを発したわけじゃない。ただ認識をほんの少し変えただけ…それだけでもうこの場の誰も動けない。

 

 

 「やめ…ときます。僕では絶対に届かないと分かったので…」

 

 「そこまで自分を下卑する必要はない。万の時を生きる悪魔だ、いずれは追いつく」

 

 「それは…いえ、すみません。お庭を荒らしてしまって」

 

 

 頭を下げて、フラフラとした様子で戻ってくる木場の今の気持ちが痛いほど分かる。多分だけど、木場はこう言いたかったんじゃないかな。

 

 

 つまり一万年かけて、ようやく追いつく場所に貴方はいるのかって……。

 

 

 …なぁ、ヴァーリ…お前はいずれ、こんな化け物みたいな人にも挑もうってのか?

 

 あいつの…ヴァーリの強さを俺は嫌というほど知っている。でも、どうしても…。

 

 

 

 どれだけ頑張っても、俺にはこの人に勝てるヴァーリの姿が思い浮かばないでいた……。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「では、気を付けて帰るといい。次はしっかりと準備してもてなそう」

 

 「ありがとう。でも次は貴方のほうから訪ねてほしいわ。今日は色々と、もらうものが多かったから」

 

 

 日が沈み始め、明日の学校ということもありリアス達は帰路に着く事にした。

山の麓までカルナが見送り、互いに挨拶を済ませて背中を向ける彼女達を見送るカルナ。

 

 

 「Yo、いつからテメェは道端の糞と言葉を交わすほどのカスになっちまったんDa?」

 

 

 この山にはもう、カルナ以外誰もいない。だがその背後から罵りの入り混じった声がかけられた。

 

 

 「オレが誰と何を話そうと、お前に一体どのような関係がある。インドラ」

 

 

 振り向きざまのその名を呼べば、そこには木に凭れ掛かり腕を組むアロハシャツに坊主頭が特徴的な男。

本来ならば須弥山にいるはずの帝釈天その人が笑いながらそこにいた。

 

 

 「そりゃオメェ、ここは俺様がお前にくれてやった土地Da。元所有者様だZe?蛆が沸く糞が匂い撒き散らしてノコノコ来れば、そりゃ掃除もせずに何してんDaって文句の一つも言いたくなるってもんYo」

 

 

 全て視ていた。この山の祠に置かれてある帝釈天像は、謂わば分体のようなもの。この帝釈天も本体ではない。

 

 

 「インドラ、世間ではお前のようなものをストーカーと呼ぶらしいぞ」

 

 「HAHAHA!!…殺すぞこのクソガキ」

 

 

 掛けたサングラスの奥に光る紅玉が、言葉と共にカルナへと突き刺さる。それをカルナも睨み返し、その瞬間山に生ける全ての存在が呼吸を含めた動きを止めた。

 

 絶対に逃れられない死を感じ取ったからだ。だがそれも帝釈天の一言に全て霧散する。

 

 

 「誰のおかげで()()がこの国の土を踏んで生きてられると思ってんDa?」

 

 

 ピクリと僅かにカルナの目元が細くなる。それに関しては帝釈天の言葉が正しい。

 正確には()()()()()()が、だが。

 

 

 「それに関してはオレの落ち度だ。…アレと出会うべきではなかった」

 

 「Han!違うね、アレはアイツの落ち度だ。勝手に色ボケして、勝手にこの俺様に喧嘩を売りやがった。仏門に帰すこの俺様だからこそ言ってやる。自業自得だとNa」

 

 

 一人で勝手に勘違いを繰り返し、言われるがままにほんの僅かにその身に宿していた神格を手放しそして主人である豊穣神から死よりも辛い呪いを受けた。二度と日ノ本の土も踏めない呪いも。

 それでもこうして戻ってこれたのは、偏にここを治めるのが日本神話ではなく須弥山だからだ。

 

 今生において、最も自らと関わり堕ちていったのは彼女だ。己がいたからこそ彼女はこうして望まぬ目に合い続けているとカルナは考え、そしてせめて故郷に少しでも近いようにと帝釈天に望み、それを帝釈天が叶えた。勿論無料(ただ)ではない。様々な呪いを自らを侮辱した罪として掛けたうえで、彼女をカルナへと押し付けた。

 

 それこそが最大限、彼女を苦しめる方法だと誰よりも分かっていたから。それで何か、この頑固一筋の馬鹿が変わればと刹那に望んだから…。

 

 

 「用が済んだのならもう戻れ。そろそろアレが来る。彼女にとって、お前の存在はただの害悪にすぎん」

 

 「ヒュー!通い妻ってやつかやるねぇ!!どうせ身も心もお前に捧げてんDa、ならさっさと適当に抱いて飽きたらゴミみたいに捨て――」

 

 

 続けてその不快な口が開かれることはない。

何故ならカルナの手には、イッセー達には一度も見せることのなかった黄金の槍が握られていたのだから。

 

 

 「全てを知った上で、まだそのような戯言を吐くか…だからお前のことは嫌いなんだ」

 

 

 おおよそカルナらしくない、侮蔑の意がそこには込められていた。

首から上が消え、徐々に身体も霧散しながらも、それでも帝釈天はまるで注意するかのように、カルナへと最後に語り掛ける。

 

 

 “あぁ、俺もだよ。置く事も、捨てる事も選べないお前が嫌いでしょうがねぇ。…なぁ”

 

 

 

 

 “いつまで()()()()()()女に囚われてるつもりだ――?”

 

 「永久(とわ)に。幾度生まれ変わろうと、この身、この魂が遂に輪廻に組み込まれようと…それだけが唯一、オレが妻にできる贖罪だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――…っけ、何が贖罪だ。クソガキが、何様だあのクソの中のクソ馬鹿ガキが」

 

 

 須弥山の頂、善見城で帝釈天は先程のカルナの言葉に悪態を吐く。

 右手に持った煙草に火を点け、だらしなくソファーに凭れ掛かるその態度は「やってらんねぇ」――その一言に尽きる。

 

 

 「馬鹿が。あれはお前が死ななきゃ自殺なんざしなかった。俺様がお前を殺さなければ、お前の女は死ななかったんだ。それを……やってられるか、クソが。いつまでも死人に囚われて、それで一体()()()()()()ってんだ?誰が()()()()()()()()()()()()ってんだ?」

 

 

 だからこそ、帝釈天は死んだ…もしくは殺された我が子らに囚われることはない。

悲しみもしよう、愛していたと心の底から叫ぼう。だがそれを過去だと前提に置き、そして前へ、愛しき人類のその先を見届けると心に誓っている。だからこそ今も生きていると前提を置くしかないアルジュナの事を気にかけている。だがカルナは違う。

 

 彼は自らを遺物と称する。つまり彼の心は今もなお、あの当時に置いたままなのだ。

 

 

 「だからテメェは重大な()()()()()()()()()()()()()()()()()。シヴァの糞垂れもその事に気づいたからあの時、わざと見落としてやがる。お前あの当時、まだ義父親と義母親のとこいた時に、マハーバーラタ読んでんだろ?クソが。だったら気づけ、この大馬鹿野郎。…この際だ、はっきり言っといてやる。お前のそれは愛じゃねぇ…」

 

 ただの執着だ――。

 

 「あっちのほうがよっぽどスゲェわな。何せ人理に真言(マントラ)を刻み込んだんだ。あれこそが究極の愛だと俺様が断言してやる。で、だ。そんな途方もねぇ代物に、あの馬鹿を相手にテメェみたいなクソの絞りカス女が果たして勝てるのかねぇ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 リアス達が悪魔として活動し、その中で大英雄の凄まじさを確認しようと彼女達の本業が学生であることに変わりない。それは教師である、ロスヴァイセもだ。

 

 

 「……うそ。ない…ないないない!?」

 

 

 だがそんなことが霞むほど、今の彼女は焦っていた。その理由はただ一つ。

 

 

 「ようやく入れた“英雄眼福の会”会員証がなぁああい!?」

 

 

 それは一部(ほぼ全員)のヴァルキリーのみが許される秘密結社のような存在。

 その存在は秘匿され(他神話のアザゼルが知るレベルで)、時には歴史の中に埋もれた英雄の素顔(全身の肉体美も当然強調)を知ることが出来る死後の英雄を導くヴァルキリーだからこそ許される会。

 ロスヴァイセは自宅に英雄のブロマイドや抱き枕を多数所持しているが、実はそれらもこの“英雄眼福の会”経由で密かにロスヴァイセがコツコツと給料を溜めては散財してきた結果である。そしてこれがなければこれから先グッズやアイテムは一切手に入らず、そして失くした者には最悪の罰(全グッズ没収)が与えられるという恐ろしい()決まりがあるのだ。

 

 ただし、ロスヴァイセがここまで絶叫し、職員会議を終えたばかりの廊下で灰になりそうな勢いを見せているのには理由がある。

 

 

 「どうしよう…多分あそこだ。てか絶対あそこ以外で失くす場所がない……」

 

 

 ブツブツと項垂れるロスヴァイセの脳裏に思い浮かぶのは、つい先日行った場所。

 

 

 それは隣町にあるとある山…つまりカルナの家である。

 

 

 「違うのよ…ちょっと今まで私を馬鹿にしてきた連中に自慢と言うかドヤりたかったと言うか…」

 

 

 会員証には自動で持ち主が出会った英雄と何をしたかの情報が乗るようになっている。

 カルナは特に大英雄、そして優れた逸話の持ち主ということでヴァルキリーの人気トップ5に常に君臨し続ける存在…だからだろう。

 

 つい普段は絶対に自宅以外で出さないその会員証を、ロスヴァイセはカルナの家で“カルナの手料理を食べた”“カルナの自宅へお邪魔した”という表記がされているかどうしても確認したくてついリアス達に隠れてひっそりと財布(100均)から抜き出し見ていた。

 

 だから失くすとすれば、どうしてもそこしか思い浮かぶ場所がなかった。

 

 

 「まだ…まだよロスヴァイセ…!きっとあの方にはバレていないし見つかってもいないっ!きっとこの時間は出かけているはず…そう信じるのよ!!」

 

 

 今にも崩れ落ちそうな身体を、自身に言い聞かせる(暗示ともいう)ことによって何とかその場を立ち上がる。まず真っ先に向かうべきは、社会人としてあそこしかない。

 

 

 「リアスさんごめんなさい少し用事ができたので今日の参加は控えさせていただきますえぇどうしても重大な用事があって本当に申し訳ありませんがではこれで失礼いたします!!」

 

 

 オカ研の部室の扉を勢いよく空け、顔もよく見ず捲し立てるように弾丸のような謝罪を一度も噛まずに去っていく…完璧な社会人の対応である(震え)

 

 

 (飛んで行こうか?…いや、もし町中にカルナ様がいればすぐにバレる。そして飛んだ方角から自宅に私が向かっていると察するかもしれない。だってカルナ様なんだもの!だとしたら交通手段はごく普通の電車…そこからの全力疾走しかない!!)

 

 

 決まってしまえば後は早い。

 学校から発行された(させた)定期券で電車に乗り、周りの目も気にせず全力疾走。山を駆けあがるスピードは、戦闘時の木場に勝るとも劣らない。

 

 

 「はぁ、はぁ…っ!つ、着いた…!!」

 

 

 息を一端整え、そして今の自分の恰好がおかしくないか一通り調べる。万が一にも家の中にカルナがいてはいけないからだ。

 

 

 「よし!…うわぁ、私、今から一人でカルナ様の家に…し、しかも家の中は私とカルナ様だけ…ふはぁー!テンション上がるぅー!!」

 

 

 小さな声で叫ぶという器用な芸当を難なくこなし、ドキドキと聞こえる自分の心臓に落ち着けと言いながら、ついに玄関の前に立つ。

 

 

 「も、もしもぉし…だ、誰かいませんかー?」

 

 

 ノックの後にそう問いかけると…中からパタパタとこちらに駆け寄る足音が聞こえる。ただ、その足音は男性にしてはやけに軽いような気がしてならない。

 

 カルナじゃない、別の誰かがいる。そうロスヴァイセが確信した時だ。

 

 

 「はい、何方様でしょうか?」

 

 

 ()()()()と共にガラガラと横開きの扉が空いて、中から金髪の女性が…昨日、道端でカルナと話していたあの女性が、そこにはいた。

 

 

 「え…あ、あ……」

 

 

 声が…出ない、何も考えられない。

 

そんなロスヴァイセの様子に気づいたのだろう。初めは怪訝な表情を浮かべていた女性は次第に薄っすらと笑みを浮かべ、そして丁寧な口調で自らを紹介した。

 

 

 「はい、主様の従者をしております。()()と申します。それで…いったい貴女様のような悪魔風情が、我が主の元へ如何様な事があってお越しいただけたのでしょうかや?」

 




や っ と 出 せ た 。
あー長かった、ようやく話が進むわ。


【挿絵表示】

ロスさんの前に現れた弥々さん
描いた本人が言うものあれですが…なんか某聖女みたい


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再会 壱

 新しい仕事見つけて北九州から名古屋に二か月研修行って大分に飛ばされたりまた北九州戻ってきたりして趣味が一人旅になっていたりしたらマジかよ、久々にハーメルン開いて感想見たら一年経っとるやん(汗)
 
 待ってくれる人ってすごくありがたいと改めて思いました。
本当にありがとうございます。
 それと今まで勘違いしていたのですが、“グレード・レッド”じゃなくて“グレート・レッド”だったんですね…どこでそう間違えてたし(汗)
この件含め毎回誤字脱字報告してくださる皆さま方ありがとうございます。



 「それで、一体貴女様のような悪魔風情が、我が主の元へ如何様な事があって御越しいただけたのでしょうかや」

 「え…あ、あの……」

 

 

 カルナの家にいた弥々と名乗った女性の一見丁寧にも聞こえる問いかけ。

 しかしその中には確かに悪魔に対する蔑みが含まれており、即座に悪魔と見破られたことと隠された罵倒に気づいたロスヴァイセは咄嗟に返事が出来ないでいた。

 

 

 「用事がなければお帰りいただけますか?主はただいま出張らっておりますので」

 

 

 そんなロスヴァイセの心の揺らぎを弥々は見逃さず、暗に帰れと再びガラガラと横開きの扉を閉めようとするが流石にそれは看過できなかったのだろう。

 

 

 「あっ、あなたこそ一体誰なんですか!?ここはカルナ様のお家のはずです!」

 「先ほど伝えたはずですが?主の小間使いのようなものをさせてもらっていると」

 

 

 感情のままに口から出た言葉は、即座に鋭利な返しで切り捨てられた。

 しかしロスヴァイセも引くわけにいかない。

 何せ彼女がここに来た理由は命よりも大事な物(“英雄眼福の会”会員証)を探すことであり女性として、社会的尊厳を守り抜くためである。その為には家に上げてもらわなければならず、カルナが家にいない今は目の前の女性を何とか説得するしかない。

 

 

 “――で、でもどうしたら…うう、良い方法が思い浮かばない。”

 

 

 立場的には此方の方が下だ。

 何せ突然押し掛けたようなものなのだから。

 

 軽く下を俯きつつ唸りながらなんとか方法を探そうと弥々を見る。

 

 そもそも彼女はなんだ?

 つい先日一瞬ではあるがカルナと共にいた女性であることは間違いない。というかカルナに従者が付いていたなんて話聞いたこともないし髪と瞳の色こそ違えどその顔立ちは間違いなく見慣れた日本のものだ。それに微かに京都でも感じた妖怪特有の気配もある…京都にはカルナもいた。ということはこの双方で何かしらの取引があり、そこで彼女はカルナに仕えるようになったのか…。

 

 いや、そもそも…。

 

 

 “ ――すごく綺麗な人だなぁ。”

 

 

 後ろではなく前に流すように金具で纏められた長い金髪。

 身体のラインがはっきり分かる服装をしているためか、かなり強調される形で押し上げられた胸部は同年代と比べても比較的胸の大きいロスヴァイセをして完敗の文字が浮かぶほど。

 長い睫毛に彩られた目元と碧眼は知的な印象を思わせ、また現代にしては少し太めの眉毛は奥ゆかしい古き良き大和撫子を彷彿とさせる。

 

 

 “――も、もしかしてカルナ様って美形好き?いやいやでもあの人に限ってそんな!…で、でも英雄色を好むと言うし…。”

 

 

 本来なら絶対にありえないと言い切れる妄想。

 しかし突如目の前にこれほどの美人が現れ、しかも色々な意味で焦っているロスヴァイセには悶々としたものしか思い浮かばない。

 

 だから当然、それを切り捨てる役目は彼女だった。

 

 

 「はぁ…何をお考えか顔を見れば分かりますが正直不愉快です。先ほども述べたように弥々は精々が小間使いであって身体を許したことなど誰にも一度もありません」

 「っ!あ…す、すみません!別にそんなつもりじゃ!」

 

 

 流石に同じ女性として拙いと思ったのか。

 何度も頭を下げるロスヴァイセの姿に、今度は弥々がその動きを止める番となり、しばらくしてもう一度、更に深く溜息を吐いた。

 

 

 「はぁ……本当に、何をしに来たんだか。それに随分と悪魔らしくない」

 

 

 「全く」と呟きながら何を思ったのか。

 先ほどと変わり弥々はまるでロスヴァイセを家に招くように閉じようとしていた扉を開け始めた。

 

 

 「へ?あの…」

 「お上がりなさいな、どうやら主様自身に用事がないようですし」

 「い、いいのですか!?」

 「ええ、それくらいは主様より許されておりますので」

 

 

 

 

 

 昨日と今日、これで二度目となる来訪はしかし、一度目とは違う緊張をロスヴァイセに与えていた。

 

 お茶を用意してくると土間とは別にキッチンでもあるのだろうか、弥々がその奥へと消えたのを見届けるとロスヴァイセはここに来た本来の目的の為即座に動き出した。

 

 

 「えっと、確か私が昨日座っていたのはこの辺だから…あ、あったぁ!」

 

 

 ソファーの下というテンプレ的な場所に隠れていた会員証を見つけると、思わず頬擦りしたくなるほど舞い上がりそうになるがともかく今は我慢だとすぐに財布の中に戻し元居た場所に座りなおすロスヴァイセ。

 その勘は見事に当たり、息を整えると同時に弥々が戻ってきた。

 

 

 「どうぞ、粗茶ですが」

 「あ、ありがとうございます!」

 

 

 コトリと机の上に僅かに湯気を上げながら淹れたてのお茶が置かれる。

 しかしかなりタイミング的にギリギリだったせいかロスヴァイセは湯呑に手を伸ばさず、ただジっと見つめるだけだ。

 その姿に弥々は何を思ったのか「ああ」と呟いた。

 

 

 「安心なさいな、毒など入れてませんよ。何なら弥々がまずは飲んでみせましょうか?」

 「はい?い、いえ大丈夫です!はい!いただきます!…あッつ!?」

 

 

 何も考えず咄嗟に返事をした勢いで酒を流し込むように(飲まずにはいられないッ!)一気に喉へ流し込む。

 当然のように淹れたての緑茶は熱く、すぐに噎せ返ってしまう。

 

 

 「ケホ、ゲホっ!」

 「何をしているんですか全く…折角万が一の為に仕入れておいた上物でしたのに。もう少し風情を味わいなさいな」

 「はい…()()せん」

 

 

 最大限譲歩して口に含んだものを出さなかったのは及第点だと冷めた目で見つめつつ、汚されては堪らないとテッシュを渡す弥々。

 それを受け取り軽く鼻を噛むロスヴァイセの姿は、どう見ても情けなさに溢れていた。

 

 

 「ありがとうございます…でも、今更ですけど本当によろしかったんですか?私を家に上げて」

 

 

 (カルナ)不在でいたということは、恐らく彼女は家の守りでもしていたのではないだろうかと思ったのだ。

 そんなロスヴァイセに、弥々は冷たい薄っすらとした笑みを浮かべて答えを返した。

 

 「都合5回」

 「…?」

 「弥々が貴女を()()()()()()()。その湯呑も先ほど尋ねた際に毒見をさせればよろしかったのに…本当に淹れておけばよかったですね」

 

 “――()()()()()()()()()()。”

 

 

 その言葉に戦乙女としての本能が警鐘を鳴らす。

 つまり彼女は本気でそう言っているのだと。

 

 ロスヴァイセの意識とは別に、身体が即座に臨戦態勢を取ろうとする。だが、

 

 

 「っ!?」

 「遅い。やられると思ったのなら後ろに逃げず、前に出なさいな」

 

 

 ロスヴァイセが戦乙女の装束に身を包むより早く、弥々は現代の服から着物姿に変わり口元を袖で隠し、同時に()()()()()()()()()注意しながら嗤う。

 

 その臀部からは()()の狐の尾が出現しており、その内の一本は毛を針のように逆立てロスヴァイセの喉元に突きつけられていた。

 

 

 「判断が遅い。まだお若いのですね。それに人の世に未だしかと慣れていない。いや悪意に鈍感だと言うべきか…だからこうも容易くその命を取ることも……」

 

 

 ツゥと冷や汗がロスヴァイセの顎を伝う。

 対して弥々は悦に浸るような嘲笑を浮かべていたが、徐々にその声は尻すぼみになり喉元に突きつけられていた尾も彼女の後ろへと戻されていく。そして今度は弥々が表情を消して汗を流し始めた。

 

 

 「…()()()()()()()

 「え…」

 

 

 小さく掠れるような声で囁かれたその後悔の念は、ロスヴァイセには聞こえず彼女はただ茫然と態度の変わった弥々を見つめる。

 

 

 「いえ……いつまで立っているのですか、さっさとお座りなさいな」

 「は、はぁ…」

 

 

 言われるがままに再び席につくロスヴァイセ。

 対する弥々は唇を噛み切らんばかりにきつく結び、理知的な眼は責めるように自分の胸元に向けられた後、両手を膝の上に乗せ、

 

 

 そして深く頭を下げた。

 

 

 「申し訳ありません。弥々はもうそのような立場ですらない温情を預かるだけの身だというのに…先ほども風情などと。一体どんな身代であのような…どうか謝らせていただけませんか」

 「え、いやあの…」

 「従者の態度で主の価値が決まることもあります。ですが違うのです、主様はそのようなお方では…っ、かくなる上はこの弥々の命をもって主と貴女様への謝罪とさせていただきとう存じます!」

 「ちょっ、ちょっと待って!ストップ!!」

 

 

 ガタリと座っていた椅子を蹴とばす勢いで立ち上がり、咄嗟にロスヴァイセが叫ぶように静止の声を上げるのも無理はない。

 何せ気づけば弥々は尾から毛を抜きそれを短刀に変化させ、自らの胸元に突き刺そうとしていたのだ。当然ロスヴァイセはそんなこと微塵も望んでいないし、何より突然カルナの家でスプラッターな光景を見るのは嫌だった。

 

 

 「ゆ、許してもらえるのでしょうかや?」

 「許します!というかそんなこと一切求めてないですし!」

 「ですがそれでは主様の尊厳が…」

 「カルナ様はカルナ様、貴女は貴女です!何よりそんな簡単に命を投げ出すものではありません!!」

 

 

 先ほどまでの凛とした雰囲気はどこへやら。

 泣きそうな顔で「でも」と何度も繰り返す弥々の手を、それ以上進まないようにロスヴァイセは必至に抑える。

 しばらく「それでも」と自害しようとする弥々とそんな彼女を何とか宥めようとするロスヴァイセの攻防はしばらく続き、ようやく納得したのか弥々は徐々に落ち着きを取り戻し始めた。

 

 

 「すみません…その、無様を晒しました」

 「ハァ、ハァ…つ、疲れた」

 

 

 恥ずかし気な表情をする弥々に対し、ロスヴァイセは言葉通りに机に突っ伏し肩で息をする始末。つまりそれだけ彼女が必死だったということだ。

 

 

 「全く…時代劇じゃないんですから、簡単に死ぬとか言わないほうがいいですよ、全くもう」

 「時代劇…ふふ、そうですか。時代劇ですか」

 

 

 どこか自虐めいた笑いを零し、自分用に用意していた冷めてしまった緑茶を口元を湿らすように弥々は一口飲む。

 

 

 「まだ200年も生きていないから若いと思っていましたがそうですか。やはり籠っていては分からないこともあるのですね」

 「2ひゃっ!?…コホン、弥々さんは最近此方に?」

 

 

 女性に年齢を聞くのは同姓でも失礼だ。

 なので咄嗟にロスヴァイセは話を変えることにした。

 

 

 「ええ、以前いた場所でちょっと…()()ありましたから」

 

 

 手元に視線を向けながら、しかしそこではない遠くを見つめるような眼差しで弥々は答える。

 また無意識なのか湯呑から離れた手は首を擦っていた。

 

 ()()と答えた弥々の心境は当然のことながらロスヴァイセに分かるはずはない。

 ただ一つ、言えることがある。

 

 

 実らぬ稲穂()は地に落ちた、それでも彼女はここにいる。

 だから彼女はどこにも行けず、ここにいることだけしか出来ない。

 

 

 ふと、弥々はなんとなしにロスヴァイセを見る。

 そもそも何故自分は今日初めて会った…それもあれほど嫌っていた悪魔に気づけば軽くにしろ身の上話のようなものを聞かせているのだろうか?

 

 立場や住む場所が変わったから?

大英雄のとはいえ、一介の従者に身をやつしたから?

 

 

 「そうなんですか。実は私も色々ありまして、元々は北欧神話に所属するヴァルキリーだったんです。それが何の因果か悪魔となりまして…あっ、別に今の生活が嫌というわけじゃないんですよ?お給料は良いし、何よりセクハラしてくるあのオーディン様(クソジジイ)はいないしで以前ほどストレスは感じていませんし!…でもあのジジイ次あったら絶対許さないんだから…ッ!」

 

 

 それとも彼女が今口にしたように、元々悪魔ではなかったから?

 

 

 「そうですか…正直話の半分は分かりませんし、分かりたくもありませんがきっとそれは良い変化だったのでしょう」

 

 

 言葉にして思う。

 なら自分は果たして変わったのだろうか?

 

 あの日、あの時あの場所で…どこかで見下していた英雄派を名乗る人間にやられ、同じ人でありながら本当の英雄に救われたあの日。

 間違いなく自分の世界はあそこで変わった。それが目の前の彼女が口にしたように良い変化だったとは、はっきりとは言えない。

 

 ただ後悔だけはないとこれから先も、はっきりと言えることは出来る。

 

 

 「はい!だから私、こうしてカルナ様に出会うことが出来たんです!」

 

 

 嗚呼…そうか。

 どうしてこのロスヴァイセという少女をどこか嫌いになれないのかようやく分かった。

 

 ()()()()()、この子も、自分と。

 それは嫌いになれるはずがない。

 

 ただ一つ違うのは、まだ自覚していないところだろうか。

どうかまだそれに気づかないでほしい、きっと無理だと分かっていても、やはり苦しいだろうから。

 

 そう、この弥々のように。

 

 

 「クスっ、そうですか」

 「あれ…私何かおかしなこと言いました?」

 「ふふ。いいえ、ごめんなさいな、ただ何となく笑いが込み上げてきて」

 

 

 京都を離れてから張り詰めていた気が霧散していくような感じがした。

思えば自然とこうして笑ったもの、果たしていつぶりだろうか。

 

 改めて手元を見れば、先ほどより暗いような感じがした。

 確認するため外を見れば、夕日がだいぶ地平線に近づいているように思える。

 

 

 「そろそろ帰りなさいな、女性一人の夜道は危険です。よかったら…また来なさいな。その時はまたお茶でもお出してもてなします」

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 ロスヴァイセを帰した後、弥々は割烹着を上に来て調理に勤しんでいた。

 その姿は慣れたもので包丁で大根のかつら向きを行いつつも、同時に一品目の料理を作り終えようとしている。

 

 “――面白い娘だった。”

 

 生まれた土地が違うからなのか、それとも時代なのか。

 あれほど感情豊かな若い娘を見るのは楽しいし、少し羨ましくもある。

 人見知りなところがあり、毒を吐きがちな自分に対してもおどおどこそしてはいたものの物怖じせず疑問があれば素直に聞けるというところもまた良い。

 

 

 「…もしかして弥々は彼女を羨んでいるのでしょうか?いえ、どうでもいいですね」

 

 

 そもそもが詮無き事。

 自分は自分だし彼女は彼女だ。

 

 今はそれよりもしっかりと彼に美味しい御飯を作って出すことが大切だとおたまを使い、汁の上に浮かぶ灰汁を取り除く。

 

 

 「それにしても、今日は随分と遅いですね」

 

 

 出かけると前もって話は聞いてある。

 特にどこへとは聞かなかったがこれまでも何度かあり、夕方頃にはいつも帰ってきていた。しかし今はもう夜の帳が落ちるとこまで来ている。

 

 まさか何か事件に巻き込まれたのではないか。

 そう、思った時だ。

 

 外から土を踏みしめる足音が聞こえてきた。

 安堵と共に急いで手を拭き、玄関に急いで向かう弥々。

 

 

 「おかえりなさいませ、主さ……ま」

 

 

 ガラガラと横開きに扉を開けて、包み込むような笑みで出迎えた弥々はそこで言葉を失った。

 

 彼女が見たもの、それは――。

 

 

 「戻ったぞ、弥々」

 

 

 玄関の先にいたのはこの家の主、カルナその人で間違いないのだが……ここは敢えて弥々が見て感じたままに伝えさせてもらおう。

 

 腕は天高く顔の真横に掲げられその先、手は地表と並行に向けられながらも指先までピンと神経が張り詰め真っ直ぐに伸ばされてある。

 何故か両立ちではなく片足は身体のどこに触れるでもなく太ももは身体に対して垂直を維持し、不安定な片足でありながらも見事なまでの体幹は一切ぶれることなく直立したまま。

 

 その姿は大空を舞う猛禽類を彷彿とさせるが如し…つまりはそう。

 

 

 それはまさしく、一部界隈で有名な某荒ぶる鷹のポーズに相違なかった。

 




 何故こうなったのか、その原因は同時投稿しているもう一話の方で。


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再会 弐

この話の前にもう一話投稿しています。
読んでいない方は先にそちらをどうぞ。




 大英雄カルナの朝は早い。

 

 夜明けと共に眼を覚まし、自ら整備した庭に裸足で降りて行うのは前世から魂に染み付いた鍛錬。

 その手に持つのはインドで己を拾い育ててくれた養父が授けた、ただの木槍。

 すでに愛用して十数年。何度も握りしめた箇所のみならず全体が黒ずみながらも光沢が朝日を反射する様は、カルナがその木槍をどれほど大切に扱っているかの証拠に他ならない。

 ただ力任せに振るうのではなく、大気の隙間を縫うように突く。

 ()()()()()()()()()――完全な技術のみで決してありえない事を成そうと、カルナの表情に満足などという色は一切浮かばない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからもっと先へ、まだ辿り着けていないその先へ――以前であればパラシュラーマやドローナなどの優秀な師がいたが今はそれを望むことが出来ない。だから今度は敢えてゆっくりと、先ほどと全く同じ動きを再現し一つ一つの動作を見直していき、軽く呼吸を整えて一閃。

 

 おおよそ同じ速度で突き出された槍は、今度は大気を切り裂く音さえも許さなかった。

 

 

 「…今はまだ、こんなものか」

 

 

 先程の動きを幾度か繰り返し、カルナは虚空へと木槍を仕舞う。

 軽く汗を傍に置いてあったタオルで拭いながら、その足で向かうのは販売を目的としていない、精々が2、3人で消費できる規模の畑だ。

 寝巻に丁度いいと以前インドラから紹介されたジャージが汚れることも厭わず土の上にしゃがみ込む。

 育ててきた野菜の一つ一つを確認していき、その中から比較的成長の早いルッコラや二十日大根の一部をその場で収穫。

 

 朝食はこれでいいだろう。

 そう思い、収穫した野菜を持って家に戻り適当な場所に置いて足を拭き家に上がる。

 軽く汗を流そうと浴室に向かいシャワーを浴びていると、家の中に誰かが来た気配を感じた。しかしカルナは焦ることなく身体を拭き、ジャージから細身のジーパンに無地の長袖の黒シャツに着替え居間に向かうと、そこには先ほど収穫した野菜を使った朝食が用意されていた。

 

 

 「おはようございます、主様」

 「ああ、おはよう」

 

 

 カルナの返事に、割烹着姿のまま弥々は微笑む。

 そのまま配膳を済ませ、使った調理器具などを洗い終える頃にはカルナもまた食事を終えていた。

 

 

 「馳走になった。いつも悪いな」

 「いえ、むしろこの程度しか出来ないもので」

 

 

 どうぞと弥々がお茶を差し出せば、再び礼を言ってカルナが飲む。

 まるで夫婦のようにも見えるが互いにそのようなこと微塵も思っていないし、そもそも弥々はこの家に住んでいるわけでもない。

 片道一時間近くはかかるものの、この時間は彼女にとって何ものにも代えがたい幸福な時間であり、カルナもまた態々こうして世話をしに来てくれる弥々に感謝の念が絶えなかった。

 

 

 「主様、本日はどのように過ごされるのですか?」

 

 

 弥々の問いかけに、カルナはふむと考える。

 何しろこのカルナ、実は今現在特に働いているというわけではない。

 

 瘋癲(ふうてん)とまでは流石にいかないものの、帝釈天の元にいた頃や最近ではサーヴァントゲームに出る度一応賞金は貰えているため無一文というわけではなく少しばかり使う電気代などはそこから支払っている状況であり、ほぼ自給自足に近い生活を行っている。その為日によっては習慣となっている鍛錬や土弄りをしていたり、また別の日によっては今生における趣味となっている読書を日がな一日行うことも珍しくない。その場合弥々は暇ではないのかと思うかもしれないが、その時は些細なことであろうと彼の世話が出来て幸せだと感じているので問題はない。

 

 

 「そうだな、ならこの後少し、散歩に出かけてくる」

 

 

 これもまた最近新たに加わったカルナの趣味だ。

 前世とは違う時代。それも生まれ育ったインドとは違う日本という国の雰囲気や独特の気配というものは見ていて飽きが来ない。

 

 

 「分かりました。では弥々は御身が不在の間、此方のほうに滞在しておきましょう。昨日のように招かれざる客がまた来るやもしれませぬし」

 

 

 弥々が若干不機嫌そうな気配を漂わせながら口にする招かれざる客とは、当然リアスたちのことだ。

 彼女たちがカルナを追い、弥々と別れたあの時彼女もまたリアスたちに気づいていた。カルナが放置して良いと言ったためそうしたが、弥々からすれば隠れて後を追うなどあまり気分の良いものではない。

 

 

 「嫌いか、悪魔のことが」

 「嫌いです。むしろあれら聖書の陣営を好む者など、果たしていましょうか」

 

 

 嫌悪を滲ませる弥々だがその気持ちは古代人であるカルナにも多少理解できた。

 前世の時代にはまだ聖書の陣営など存在せず、関わってくることから軽く本などで調べはしたが成程と思える内容であった。

 

 当時各神話はカルナが生きていた時代から変わり、あまり人界に関わることを良しとせず見守る方針に転換する中であの陣営だけはむしろ逆、積極的に関わりその影響力を増していった。更に内戦で疲弊した戦力を元に戻そうと他陣営から自陣営に無理やり拉致ないし鞍替えさせる様は確かに嫌われてもしょうがない。             しかも本人たちがそれに悪意を持たず行っているところがまたどうしようもない。

 

 ただカルナとしては正直、あまり嫌いにはなれなかった。

 何となくだが…似ているのだ。

 悪意もなく悪意をばら撒き他者に嫌われる…そんなどうしようもない男をカルナはよく知っている。

 だからこういうのは第三者がどれほど何を言おうが意味をなさないというところも、彼はよく理解していた。

 

 

 「願わくば彼らにも、理解ある誰かが出来てほしいものだ」

 「――?何か言われましたでしょうか?」

 「いや。独り言だ、気にするな」

 

 

 軽く喉を潤そうとカップに手を伸ばすが、見るとすでに飲み干した後だった。

 それに気づいた弥々は、やんわりと微笑む。

 

 

 「すぐにおかわりを持ってまいります。お出かけになるのは、その後でもよろしいかと」

 

 

 

 

 

 

 弥々が淹れなおしたお茶を飲み干した後出かけたカルナだが、特に目的地などあるわけもない。

 インドにいた頃は見なかった信号や、養父が乗っていたボロ車と違い光を反射しながら(カルナからすれば)それなりに早い車に注意しつつ歩く彼の姿は、容姿も相まって一見モデルやアイドルが散歩しているようだがその耳につけたトヴァシュトリ神作のカフスのおかげで騒ぎになることはない。

 存在感を薄くするという特性は今も遺憾なく発揮され、他者からすれば最近では珍しくもない外国人が出歩いているという程度の認知となっている。

 

 ただ、目立つというよりは奇抜な見た目と大きすぎるピアスというものは、目敏い者には目につくというもので……。

 

 現在カルナはそんな一部の者に捉まっていた。

 

 

 「Hey! you're wearing piercings! (ヘイ!あんたイカしたピアス付けてんな!)why don't you join a band with me?(どうだ、俺とバンドでも組まないか?)

 

 

 面白そうなものには取り合えず声をかける。

 奥手な日本人とは違うお米の国の住民からすればカフスのおかげで気配が薄かろうが、あんなクソデカピアス(作者に悪意はない)を付けた南アジア系の目つきの悪い(これも悪気はありません)明らかにお前パンク系バンド似合いそうだよな(異論?認めないけど何か?)なカルナを見つければ取り合えず声をかけるのはしょうがないこと(ではないな)

 しかもこの男性、チャーリーと言うのだが英語で話しかけているとおり何故か日本で花咲かせてやると考えもなしに来日。バンド仲間?探せば見つかるだろうと思っていた矢先にこんな寡黙系ベースが似合いそうなカルナさんを見つけたのである。これが誘わずにいられるだろうか?

 

 

 「because I can do it seriously!(マジやれっから!) let's the name is “patriot”!!(名前は愛国者で行こうぜ!!)

 

 

 もはや決まったと言わんばかりにバンド名まで披露するチャーリー。

 英語で構わず話しかけ続ける彼だが、カルナは半神の身であり当然チャーリーが何を言っているのか理解している。

 さて、何となくだがこの状況。どこかで見た覚えはないだろうか?

 

 

 「いや、すまないが演奏には興味がない。他を当たってくれ」

 「what? I'm sorry, but I don't understand Japanese(なんだって?悪いけど日本語分からねぇんだ)

 「|मुझे खेलने में कोई दिलचस्पी नहीं है, कृपया मुझे कहीं और मारो」(演奏には興味ない、他を当たってくれ)

 「What more(もっと何だって)!?」

 

 

 一応言っておくが、カルナさんに悪気はない。

 ただ彼の場合ほぼ自動翻訳に等しい為、この目の前のチャーリーが何を言いたいのか理解できてもそれが()()()()()()いまいち分かりにくいのである。

 

 

 「a,Anyway, (と、とにかく、)I want to play with you! I'll ask!(俺はあんたと演奏したいんだ!なぁ頼むよ!)

 「…एवं वदसि चेदपि(そう言われてもな)

 

 

 困ったものだと思う。

 気づけば周りには外国人同士が喧嘩でもしているのかと軽く人が集まりだし、中には携帯のカメラを向け写真を取っている者までいた。

 

 軽くその集まりに目を向けるカルナ。

 

 次の瞬間、彼はその中で彼女を見つけた。

 

 

 「ひゃー、久しぶりにグッズを買いに外に出てみれば珍しいものを見るモンすねー。ほいパシャパシャと」

 

 

 ボサボサのまともな手入れもされていない髪。

 着ているのは()()()()()()着古したTシャツとカーディガンに窮屈なジーンズ。

 

 

 「ムフフ、まさか戦利品以外にもブログへ乗せるに丁度いい外国系イケメソ二人の濃厚な絡みに出くわすとは、いやぁボクも運がいいスね~」

 

 

 女らしさを全て無限の彼方へ放り捨てたその女性は一頻り写メを取り満足したのだろう。

 早速ネットに上げようと写真をしていたが、何かに気づいたようだ。

 

 

 「…ん?んん~?あれ、なんかこの真っ白な人どこかで見た気が…」

 

 

 その反応にやはりとカルナはまだバンドに誘おうとするチャーリーを軽く手で遮りながら謝罪し、まだうんうんと唸りながら記憶を思いだそうとする彼女の元へ歩いていく。

 

 

 「真っ白…うーん、何だったっけか…うぉ!?」

 「驚かせてすまないが、お前に一つ尋ねたいことがある。お前は京都で、オレに道を教えてくれた女か?――」

 

 

 

 

 

 

 

 「――いやぁ、悪いスねー!態々ボクの荷物を持ってもらって」

 「構わない、お前にはいつか会った時、恩を返そうと思っていたところだ」

 

 

 ニコニコと満面の女性の隣でカルナは彼女が持っていた大量の戦利品(オタグッズ)を抱え同じ道を歩いていく。

 その理由は上記の通りで、京都での礼がしたいとカルナの方から彼女に話を持ち出したからだ。

 

 

 「それにその身体では重い荷物を持って歩くなど不便だろうからな。この程度わけもない」

 「今、一体ボクの何を見てそう言ったんスか…?」

 

 

 カルナしては「だから悪く思うことなどない」というつもりだった。実際カルナとしてはあの時彼女に話しかけてもらえたことでどこにも行かずあの場で足を止め、弥々と出会い老狐の元で世話となり、そしてその誇りをかけた最後に自分を選んでもらえたのだ。

 しかし彼女からすれば、どうやらその言葉は色々とタブーだったらしい。実際歩く度に彼女の腹部はタプタプと波打つ様子が見て取れる。

 

 

 「全身だが?一切鍛えていない、賞賛に値する見事な贅肉の塊だな」

 「恩を返してくれるんスよねぇ!?仇じゃなくて!何でいきなりボク、アンタにディスられてるんスか!?」

 「ディス…?すまないが日本語にはまだ不慣れでな、よく分からない」

 「あー、そうでした。あの時もそうでした!てか外国特有の訛りも一切ないのに…それとどうしてボクがあのアメリカ人とお話しなきゃいけなかったんスか!」

 

 

 この場にいるのはカルナと彼女の二人、つまりチャーリーはカルナを諦めたのだ。

 意外にもその理由を作ったのは先ほどから独特の喋り方をする彼女だった。

 

 

 「お前が彼の母国語を喋ることが出来たからだろう。オレは聞いて理解できてもどこの言葉か分からないからな、助かった」

 「あんな片言イングリッシュくらい誰でも出来るっス。…何かある度お礼を言うってメンドくないスか?」

 「オレには出来ないことがお前には出来た、それは素晴らしいことではないのか?」

 

 カルナの疑問に女性は「あ~そうっスか~」とかなりなおざりな返事だ。

 どうやら何を言っても無駄であり、なおかつかなり面倒な相手として捉えられたらしい。

 

 

 「…まぁ、運んでもらってるのは正直かなりありがたいことっスからね。寛大なボクの心に感謝するっス」

 「分かった。感謝しよう……そういえばお前の名は何と言う」

 「人の名前を尋ねる時は、まず自分から名乗るのがこの国の礼儀っスよ外国人さん」

 「カルナだ。それで、お前の名は?」

 「初対面の人に教えるほどボクの名は安くないっス!かかったなアホが!」

 

 

 顔の前で腕をクロスさせ、どこか煽るような笑顔で女性はカルナの方を見る。

 

 だが…忘れてはいけない、相手はあのカルナさんなのだ。

 

 

 「初対面ではない、これで二度目だ」

 

 

 どこか薄ら寒い風が二人の間をすり抜けた。

 

 

 「ハァ~…クソデカ溜息案件スよこれ…もういいス。もすこししたらボクの家なんで」

 

 

 背中を曲げてポテポテと歩く女性。

 その背後から思わずカルナは尋ねた。

 

 

 「お前、この街の住人だったのか」

 「んぁ?そうっスよー、一体どこまでそれ持っていくつもりだったんスか…」

 「お前が望む限り、どこまでも。しかし意外だな、それなりにこの付近は散策したのだが」

 「あー、家から出ないっスからねボク。てかその言い方だとカルナさんもこの街に住んでたんスか?」

 「ああ、つい最近な」

 「へー、じゃあご近所さんかもしれないスね。引っ越し蕎麦は手打ちで勘弁してやるスよ」

 「いきなり要求を出してくるか。中々の神経の持ち主だな」

 「だから何でそういう方向になるんスか!?あーもういいや、はいここボクの家」

 

 

 彼女が足を止めた先には、立派な一軒家が立っていた。

 ただあまり手入れはされていないのか、玄関近くから見える庭は雑草が生え放題になっており、ポストの塗装もいくつか剥がれ落ちている。

 

 その玄関入口には表札とおぼしきプレートが飾られており、『雁霧』と書かれていた。

 

カルナがしばらく眺めていると、女性は「ああ」と呟く。

 

 

 「そっスよねー、読めるわけないスよねー。『雁霧(かりぎり)』って読むんスよ」

 「かりぎり…それがお前の名か」

 「そうっス、雁霧ジナコ。まぁ父親がドイツ人のこれでもハーフなんで向こう風に言うとジナコ=カリギリなんスけどね。あ、そうだ」

 

“ここまで運んでもらったし、カルナさんは特別にジナコさんをジナコさんと呼んでもいいっスよ?――”

 




 ジナコやっと出せたやったあああああ!!(歓喜)
 あ、ちなみにジナコの苗字の漢字は適当に考えました。
 調べても出なかったので、もし本当はこれだよと知っている方は教えていただけると助かります(__)
 あと英語ワカリマセーンな人間なので違ったら教えてください。
 
 ちょっと色々…例えばいきなりカルナさん呼びだったりとか違和感はあるかと思いますが許してください何でもry自分にはこれが限界です。

 次回は3か月以内に頑張ります。まぁあてになるかよと思う方が殆どだと思いますが(申しわけない…)
 一応プロット書き直して前の会社との縁も切れて頭の中スッキリしたので一年は流石にないと思います。
 ただ今後矛盾や疑問が読者様の中で生まれると思います。
 正直だいぶ忘れているので(汗)
 その時は見なかったことにしてもらえると助かります(;^ω^)


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