ナザリックと同格のギルド放り込んでみた (ダイアジン粒剤5)
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シャルティア戦

 月と星の光だけが照らす森の空、背に負う翼を羽ばたかせ自らに迫る白き戦乙女を、黄金に光る巨龍が鉄砲水のごとき息吹によって遥か遠方へと吹き飛ばした。

 

 「なっ‥‥?!」

 

 空を切り裂き遥かな山脈の彼方まで吹き飛んでいく己の分身の姿に、白き戦乙女と全く同じ姿をした深紅の戦乙女――シャルティア・ブラッドフォールン――は、眷属招来によって生み出した吸血狼や吸血蝙蝠を殺す(フレンドリーファイア)ことも忘れ驚愕し目を見開いた。

 

 —―――そして、それが失策だった。

 

 黄金の巨龍はその隙を逃さず、神聖属性を持つ白く光り輝く炎のブレスをシャルティアに向かって噴き出した。

 

 「グ、ギャァァアアアアアッッッ!!」

 

 吸血鬼(トゥルーヴァンパイア)であるシャルティアに、神聖属性を持つ炎は効果抜群だ。

 とはいえ、神器級には劣るものの伝説級の装備で固めたシャルティアに致命傷を与えることは出来ない。だがシャルティアが自己回復の手段として生み出した眷属たちは、全て炎で焼き殺されてしまった。

 

 (くそっ、くそっ! 何故、こうも上手くいなかない‥‥! 何故、こうも邪魔ばかりが入るッ‥‥!!)

 

 巨龍の吐き続ける炎によって断続的にダメージを受けながら、シャルティアは自分の失態、そして不運を嘆いた。

 

 ケチの付き始めは、あの標的の剣士に逃げられたことだった。

 至高なる主人より持ち帰るよう命じられた、反社会的勢力に属した武技などの特殊技能を持つ人間。山賊たちを戯れに殺している間に秘密の抜け道から逃れられたのが、最初の失敗だった。

 だが、それだけならまだ挽回できた。周囲に散らせた吸血狼たちにより補足できるはずだった。

 問題なのは、そこに山賊たちを討伐すべく派遣された冒険者たちという予想外の闖入者が現れたことであり、しかもその中に至高の主人よりナザリックのアイテムを与えられた女がいたことだった。

 主人の計画を台無しにしてしまったやもと焦るところに吸血狼たちが何者かに倒され始め、確認すべく走り出そうとしたところを、今自分を焼く巨龍に襲われたのだ。

 西洋の翼あるドラゴンではなく東洋の蛇のような肢体を持つドラゴンであり、龍鱗に覆われた尾の一振りによる一撃は疾く鋭く重く、シャルティアは幾百もの木々をへし折りながら吹き飛ばされ、連れていた部下の吸血鬼の花嫁たちも一瞬で蒸発させられてしまった。

 

 —―――自分に匹敵する力を持っている

 

 装備をしていなかったとはいえ、100レベル前衛職である自分に決して少なくないダメージを与えた巨龍を侮れない敵と認識したシャルティアは、装備を整え一日一度しか使えない切り札――スキルや魔法は使えないが自らと同じステータスを持つ分身を生み出すエインヘリアル——を使い、万全な状態で戦うためまずはソレを突撃させ時間を稼ぎ、その隙に召喚した眷属たちを殺し失った体力を回復しようとしたのだ。

 

 だが、結果は見ての通りだ。

 切り札たるエインヘリヤルは相手のスキルによって援護の望めない彼方へと飛ばされ、眷属たちも焼き滅ぼされてしまったため回復も出来なかった。

 

 (逃げるべき……?)

 

 そんな思考が、シャルティアの頭をかすめる。

 至高なる主人も情報収集を第一とし、無理はするなとい仰っていた。ここでこれ以上、これほど強いドラゴンと戦うことに利はなさそうだった。

 だが同時に、ここでドラゴンを仕留めナザリックに連れ帰れば大手柄間違いなしという功名心があった。至高なる主人からお褒めの言葉を賜るのは至上の悦び、その誘惑は抗いがたいものがあった。

 

 ――しばしの煩悶の末、シャルティアは戦う事を選んだ。

 

 仮に逃げようとしたところでドラゴンが素直に見逃してくれとは思えなかったことが一つ、それになにより、至高なるナザリックの守護者たる自分が敵に対し背を見せ無様に逃走するということに、自尊心が耐えられなかったのだ。

 そうと決めればやることは一つ、シャルティアは自信が持つ装備の中で唯一の神器級アイテムであるスポイトランスを構えると、中空に座すドラゴンに向け背をはばたかせ突進した。

 シャルティアの持つスポイトランスには攻撃し削り取った敵の体力を吸い取り、自身へ還元するという特殊能力があった。固く鋭いスポイトランスの攻撃を繰り返し、戦いながら体力を回復させようと考えたのだ。

 転移門/ゲートの魔法によってエインヘリヤルを呼び戻すことも考えたが、その隙をつかれて攻撃されるのが嫌だったし、なによりまた吹き飛ばされては意味が無いと思い、その考えは切り捨てた。

 狙うは首か頭(クリティカル)、どういう訳かドラゴンは天を仰ぎ無防備な首元を晒している。

 何らかの攻撃を行うための前フリなのだろうが、関係ない。

 ドラゴンなら必ず持つ弱点、喉元にある逆鱗——は奇妙な紋章の描かれた首飾りによって守られているため、その下、蛇のような体躯のため分かりにくいが両腕の間にある心臓部を狙う。

 固い鱗に厚い筋肉、そして丈夫な肋骨に守られているだろうが問題ない。

 神器級の武器であるスポイトランスの一撃ならば致命傷は不可能でも十分なダメージを与えられるはず。

 そう思っての突貫であり、ドラゴンもあえて避けようとはしなかったため、スポイトランスは過たずドラゴンの胸部にブチ当たり————

 

 ギャリィッ、という音と共にスポイトランスによる一撃は鱗に威力を削がれ、筋肉に突き刺ささり肋骨に傷を付けたたところで止められた。

 

 「なっ……?!」

 

 シャルティアにとって、これは完全に予想外であった。

 100レベル前衛職である自分が、神器級武器であるスポイトランスを構えて突貫したのだ。並大抵の守りなど意味をなさない筈。仮に意味を成すとすればそれは——相手の鱗は、神器級並みの固さを持つということだった。

 とはいえ、ドラゴンにとってもシャルティアの攻撃は予想以上のものであったらしい。

 ドラゴンは苦し気な悲鳴をあげ身をよじらせたが、それでも攻撃だけは行った——天を仰いだ体勢のまま、口から光の玉を打ち上げたのだ。

 光の玉は空高く打ちあがったが、やがて上空で停止し浮かび、白く神聖な光を発し始め、シャルティアとドラゴンのいる森の一角だけを、まるで昼間のように照らし始めた。

 

 「ぐぅッ……!」

 

 光は神聖属性の攻撃となりシャルティアに継続的なダメージを与え、また身体機能低下などのデパフも与えた。 また吸血鬼であるシャルティアには今までの夜間戦闘では各種ボーナスがあったのだが、この光のせいでそれらも全て失われた。 

 夜間の戦いということで得ていた地の利を、シャルティアは失ってしまったのだ。

 

 そして、光に怯んでスポイトランスを刺したまま動きを止めてしまったのは失策だった。

 ドラゴンの両腕の先、爪に光が集まり巨大な光の剣が生まれていたのだ。

 ドラゴンは、恐らくは神器級武器並みの硬度を誇るだろう爪を振るい、攻撃特技≪竜爪/ドラゴンクロー≫をシャルティアに向かって放った。

 

 「…なめるなッ!!」

 

 だがシャルティアも、むざむざと敵の攻撃を受けるほど弱くはない。

 突き刺していたスポイトランスを即座に引き抜くと後ろに下がり、両爪による斬撃をスポイトランスで防ぎ切ったのだ。

 

 「…………!」

 

 —―そこで、不思議なことが二つ起こった。シャルティアにとって有利なことと不利なことが、一つずつ。 

 有利なことは、ドラゴンの爪が砕け大量のHPがスポイトランスを通じてシャルティアに流れ込んだこと。全回復するには至らなかったが、それでも体力面での不利はある程度緩和された。

 そして不利なことは、神器級武器であるスポイトランスが一部欠け、全体にヒビが入ったことだった。

 

 (武器破壊系のスキル?!)

 

 それも、相当高位の。そうでなければ、神器級武器であるスポイトランスに傷がつくなど有り得ない。

 だが、そんなことより重要なのは————

 

 「き、貴様っ…よくも、よくも…ペロロンチーノ様が、私のために与えてくださった武器を!?」

 

 今は御隠れになってしまった至高の御方、自らの創造主たるペロロンチーノが自らのために創り上げ、与えてくれた武器に傷を付けられた。

 そのことに血の狂乱が発動したときの暴走状態を遥かに超えるほどの激情を抱いたシャルティアは、怒りのままにありったけのスキルと魔法を乗せた清浄投擲槍を放とうとして——肢体を鞭のようにしならせたドラゴンの一撃によって、地面に叩き付けられた。

 圧倒的な実力差があるならともかく、同程度の実力を持つ相手との一騎打ちで、そんな大技はそうそう当てられるものでは無いのだ。

 

 「ぐっ、ぐぅうううううう!!」

 

 とはいえ、シャルティアも100レベル前衛職。

 その膨大なHPは、ズガンと地面に大穴があくほど叩き付けられたからといってまだまだ余裕はある。

 立ち込める土砂と土煙をランスの一振りで払いのけ、天空から更なる追撃のブレスを吐こうとするドラゴンを怒りに燃える目で睨みつけるシャルティアだったが、頭の冷静な部分では逃走すべきだと分かっていた。

 悔しく、そして不愉快極まりないが、あのドラゴンは自分より格上だ。

 このまま戦い続けても勝利は見込めない。ナザリックに戻り、この脅威を偉大なる主人へ報告することこそ今重視すべきことだ。

 創造主から賜った武器に傷を付けられた応報は、後日部下を引き連れ、仲間たちの手も借りて成せばいい。

 ここまで戦った感触から、守護者がもう一人いるか最精鋭の部下たちいれば、このドラゴンとも互角に渡り合えるとシャルティアは感じていた。

 となると、後はどう逃げるかだけが問題だ。

 幸いにもシャルティアは≪転移門/ゲート≫の魔法が使える。

 一瞬のスキさえあれば逃げることが出来るが、同格の敵を相手にその一瞬を得ることは極めて難しい。

 いっそセバスが向かった王都の方向に逃げるのがいいかもしれない。

 セバスとソリュシャンから別れて、まだそれほど時間は経っていない。足の遅い馬車で移動していることを考えれば追いつけないことは無いはずだ。

 セバスと合流することさえ出来れば、ナザリックに帰還することも容易である。

 

 よし、そうしよう——と決めたところで、最早避けられないドラゴンの追撃に耐えるべく身を固めたシャルティアであったが、そこで予想外の事が起きた。

 シャルティアとドラゴンが戦っていた場所から少し離れた森の一角、そこから光の奔流が吹き上がり、黄金の巨竜へと向かって伸びていったのだ。

 シャルティアとの戦いに集中していたのだろう巨竜はその突然の光に反応が遅れ、避けることも出来ずに光の直撃を受けた。

 

 「グ、ァァアアアアアアアッッッ!!??」

 

 今までの咆哮とは違う、人間の様な悲鳴を挙げたドラゴンはもがき苦しむが、ドラゴンの体を縛るように纏わりついた光を払うことは出来ず、だんだんと力を失っていった。

 

 「これは……。ッ……!貴様、何者だッ?!」

 

 ガキン! と、森の奥から飛び出してきた謎の襲撃者の一撃をランスで薙ぎ払ったシャルティアは、その相手を睨み付けた。

 まだ幼さを残した顔立ちをした、長髪の黒髪をした人間の男であった。

 なかなか質の良い鎧とそれに不釣り合いな粗末な槍を持っており、実力はソリュシャン以上だが自分には及ばないという印象だった。

 

(吸血狼たちを殺したのは、コイツか?)

 

 捕らえナザリックに連れ帰る価値がある。今回の失敗を全て帳消しにして、なお余りある価値が。

 

 ――だが、今はナザリックに帰還することを何より優先すべきだ。

 

 あのドラゴンがいつ復活するか分からないし、ドラゴンを攻撃した目の前の男の仲間も森の奥にいるだろう。

 男一人なら問題ないが、男と同程度の実力の敵を複数相手にするのは今の消耗した状態では厳しいし、ドラゴンと三つ巴の乱戦などになれば最悪だ。

 今はこの二つの未知の脅威を主人に知らせるべき。

 そう判断したシャルティアは、まず無数の眷属を召喚し男を襲わせた。

 無論、眷属将来で呼び出した雑魚モンスターなどで男は倒せない。粗末な槍を振るい、男は吸血蝙蝠と吸血狼の群れを容易く倒していく。

 だが、眷属たちを倒すために槍を振るう隙を作れれば十分だった。

 その隙にシャルティアは≪転移門/ゲート≫の魔法を使いナザリックへと通じる魔法の扉を生み出し、その中に自分の体を潜り込ませた。

 そしてナザリック大墳墓の正面、荒廃した古代神殿の真ん前に転がり出たシャルティアは、急いで扉を閉めた。これで、敵は自分を追ってこれない筈だ。

 

 扉を閉めたシャルティアは、ホッと息をつくと武装を解き、いつもの普段着に戻って地に臥せた。

 アンデットであるシャルティアは肉体的な疲労を感じないが、予想外の強敵との戦いで想像以上に精神的に疲れていたらしい。倒れた視界に逆さまに映る栄光あるナザリックの姿だけが、疲れた心を癒してくれるようだった。

 ――遠くに、シモベ達の騒ぐ声が聞こえる。

 守護者である自分がボロボロの姿で帰還したのだから当然だ。

 騒ぎは遠からず守護者統括であるアルベドの耳に届き、今は外に出ている偉大なる主人の耳にも届くだろう。

 至高なる主人の命を果たせなかった自分の不甲斐なさに自決したくなるが、それは報告を済ませてからだ。

 守護者の中でも最強の実力を持つ自分より強いドラゴンと、それと敵対していた謎の集団。

 この存在を報告することが自分の最後の仕事になるかもしれない————栄光あるナザリックの姿を視界に焼き付けながら、シャルティアはそんな事をぼんやりと考えていた。

 

 



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ナザリック地下大墳墓

 ナザリック地下大墳墓、第九階層。

 壮麗にして荘厳な装飾のなされた自身の執務室で、アインズはヒビ割れたスポイトランスを見ながら頭を抱えていた。

 

 「……失態だ」

 

 失敗した、油断した、判断を誤ったという後悔の念が、報告を受けてからずっとアインズの心を鈍く攻め立て続けている。

 アンデットであるアインズは種族特性として、感情が酷く揺れ動いたときそれを抑制するスキルがある。 だが、抑制された後も弱い感情は残り続けるのだ。

 

 「この世界の危険性を、低く見積もり過ぎていた。 守護者なら単騎で外に出しても問題ないと思っていた。 俺の判断ミスが、シャルティアを危険にさらした」

 

 ――――謎の敵対勢力の攻撃を受けたシャルティアが、重傷を負ってナザリックに帰還した。

 

 その報告をアルベドからアインズが受けたのは、冒険者モモンとしてンフィーレアという少年を助け出すという依頼を彼の祖母から受けた直後の話だった。

 自分から持ち掛けた仕事を料金前払いで引き受けた直後に反故にするということに若干の気後れを感じたアインズだったが、我が子にも等しい守護者たちの安否は他の何よりも優先される。

 多少の策を講じた後、即座にナザリックに帰還したアインズは、傷の治療を受けたシャルティアと面会した。

 そして使命をこなせなかったことをしきりに詫びるシャルティアを慰めながら、シャルティアの身に何が起こったのかを、魔法による記憶の読み取りなども含めて聞き出したのだった。

 

 「シャルティア以上の実力を持つドラゴンに、それと敵対する謎の人間、か。 クソッ! シャルティアが無事に帰ってこれたのは、運が良かっただけだぞ!!」

 

 ドンッ!! と自らの不甲斐なさに対する憤りから机を叩くが、その激情は即座に静められ、冷静な思考が戻ってくる。

 

 「……今回の事は、この世界に大した脅威などないと油断した俺の失態だ。 少し考えてみれば当然のことだ。 シャルティアの実力はプレイヤーで言えば上の下にも匹敵するが、ユグドラシル基準で考えれば上の下程度のプレイヤーがソロでフィールドを闊歩しているなんて、カモでしかない」

 

 無論、ユグドラシルにもソロプレイヤーは多くいた。しかしそういった者達は通常、傭兵NPCや傭兵モンスターを連れてフィールドを散策するのが常だった。本当に自分ひとりだけでフィールドを闊歩するプレイヤーもいないことは無かったが、それはよほど自分の腕に自信があるか変人かのどちらかだった。

 

 「いや、敵がプレイヤーだった場合、よほど相性が良くなければ同じ上の下相手でもシャルティアは負けてしまう。NPCであるシャルティアは超級魔法やそれに類する特技を使えない。そのアドバンテージの差を考えれば、最悪中級プレイヤーにも負けてしまうかもしれない」

 

 それどころか、仮に100レベルにも達していない下級プレイヤー相手でも複数相手なら負けることは十分ありうる。オンラインゲームであったユグドラシルは、基本的にプレイヤー相手に無双は出来ない。90レベル代のプレイヤーでも、4人ほど集まれば100レベル上位プレイヤーに勝ちうるのだ。

 どれほど腕に自信があろうが、ソロでのフィールド探索は常に危険が付きまとう。

 ましてここは全てが未知の異世界。

 今回のように、自分たちと同じように転移してきた上位プレイヤーと偶然かち合う可能性だってあったのだ。

 

 「……まさか、あのカルト集団がこっちに来ているなんて」

 

 アインズは、シャルティアと交戦した相手の正体を知っていた。

 その個人名(ハンドルネーム)を、そして、その所属ギルドを。

 シャルティアの記憶を読み取ることで知った、敵の巨竜が身に着けていた首飾りと、そこに刻まれていた紋章。あの紋章を見れば、奴が何者かなどすぐに思い出した。

 何しろ奴らは、その全盛期においてはアインズ・ウール・ゴウンを超える地位にいた、ユグドラシルでは知らぬ者の無いトップギルドだ。

 

 「最終的なギルドランクはウチ(28位)よりもかなり下だった。……何人だ? 何人、戻ってきている? 少なくとも、ギルド最強の一角だった奴は戻っていた。 奴一人で転移してきたなら問題ない、なにがなんでも見つけ出して、、シャルティアを傷つけた報いを与えてやる。 だが、ギルドごと転移して来たなら……。 それに、ほかのメンバーまで転移して来ているなら、ナザリックも落とされる危険がある。 なにしろ、奴らは全盛期には構成員1000人を超える巨大ギルドだったんだ」

 

 アインズは机に突っ伏し、頭を抱えた。

 敵の事は良く知っている。知っているからこそ、脅威が分かる。ナザリックが今、とてつもない危険にさらされているという事実に、アインズの心は千々に乱れる。

 だが、こういう時にはありがたい精神鎮静化のスキルがアインズの思考を安定化させ、頭をクリアにする。

 

 「……まあ、焦っても仕方がない。 あのカルトギルドの戦力は、ある程度把握しているんだ。 それを前提に、ナザリックを強化計画を進めていくしかない」

 

 奴らの強みは、大きく3つあった。

 一つは、1000を超えるギルドメンバー。

 強さは玉石混交だったが、2ch連合などと比べると遥かに統率されていて手ごわかった。

 二つは、奴らが所有する最強最大の移動型ギルド≪フリングホルニ≫

 ワールドアイテムの一つにして、ワールドエネミー並みの攻撃性能を持つ奴らの旗艦だった。

 そして三つ目、奴らがカルト呼ばわりされていた所以。

 最も強力な効果を持つワールドアイテム、二十のうちの一つから作り出されたオリジナルワールドエネミー。奴らが女神と崇拝していた、アレだ。 

 

 ――――仮にギルドごと転移していた場合、奴らはワールドエネミーを二体所有していることになるのだ。

 

 その場合、八層のあれらをワールドアイテム併用で運用しただけではまだ戦力として足りない。

 アインズ・ウール・ゴウン秘中の秘、宝物庫に保管されている二十を使う必要があるだろう。

 アレを使えば、十分勝ちうる。

 

 「とはいえ、まずは小さなことからコツコツと、だな。――今後は外で活動する守護者たちには高レベルモンスターの護衛を複数付け、一人では行動させない。 そしてアルベドから報告にあったリザードマンの集落。 ここを攻め、人間より強靭な肉体を持つリザードマンの死体から強力なアンデットが作れないか調べる。そして……」

 

 守護者達にワールドアイテムを持たせるべきか? という考えがアインズの頭を掠めた。

 ワールドアイテムは強力な効果を持つアイテムだ。今回の戦いでも、仮にシャルティアがワールドアイテムを持っていればドラゴンに勝つことは可能だったかもしれない。

 またそれだけでなく、ワールドアイテムの所有者は他のワールドアイテムの効果から身を守ることも出来る。例えばアインズ・ウール・ゴウンの所有する山河社稷図は敵全体を異空間に閉じ込めるというものだが、ワールドアイテムを持っていれば閉じ込められずに済むのだ。

 

 「……いや、やめておこう。外に出せば奪われるリスクが増すし、そもそも奴ら相手にはたいして意味がない」

 

 ワールドアイテムを持っているからといって、無双は出来ない。多数に囲まれれば普通に負けるし、ワールドエネミーからの攻撃を無効化できるわけでもないのだ。

 

 「だが、奴らと敵対して謎の集団には有効か? あの槍は、アレの可能性があるが……」

 

 アインズも直接見たことがあるわけではないのだが、あの突如乱入して来た謎の男が持っていた槍は、二十の一つ≪ロンギヌス≫の可能性がある。

 使用者を完全抹消する代わりに、相手も完全に抹消できるという二十の一つ

 仮に守護者達に使われれば、大切な彼らを永遠に失ってしまう。それを避けるためなら、ワールドアイテムは絶対に与えなければならないが————

 

 「……もはや一片の油断もするべきじゃない。 外に出る守護者達には、全員にワールドアイテムを支給しよう」

 

 ワールドアイテムを出し渋って守護者達を失っては、本末転倒だ。ワールドアイテムも何もかも、彼らを守るためにこそあるのだから。

 

 「だが、奴らとの戦いの最中に乱入して来たあの男は何者だ? もし奴らと敵対しているなら、手を組みたいが」

 

 シャルティアを攻撃したことは不快だが、結局傷つけることは出来なかったので、彼らの事は許してもいいとアインズは考えていた。

 あのギルドにおける最強格の一人だった奴を止められるほどの集団、手を組む価値は十分あるだろう。

 

 「だがなんにせよ、情報が少なすぎるな。 あの男たちに付いて調べる、特別チームでも作った方がいいかな?」

 

 そんなことを言いながら、アインズは執務机から立ち上がった。

 これからの方針を守護者達に伝え、そのうえで次の行動に移らなければならない。何しろ、やるべきことは山積みなのだから。

 

 「――っと、いけない。 そういえば、あのことを忘れていたな」

 

 アインズは頭に手を当て、伝言≪メッセージ≫の魔法を唱える。

 

 「ナーベラル、私だ。 聞こえているか?」

 

 『はい、聞こえております、アインズ様』

 

 頭の中に、護衛と共に地上で待機させていたナーベラルの声が響く。

 

 「そうか、何か危険なことは無かったか? 不審なことや、気になったことは?」

 

 『いいえ、特には』

 

 もしもの時には全力でナザリックに帰還するよう言っていたので、まだ地上にいるという事は、本当に何もなかったのだろう。

 

 「良かった、だが、本当に何かあった時はすぐに帰るんだぞ? 危険だからな。 ……それで、ンフィーレア少年とその祖母はどうなった?」

 

 仕事を投げ出す気後れから、アインズは中級アンデットを二体作成し、それにンフィーレア少年を保護するように命ずるという策を残しておいた。ついでに、依頼者であるバレアレ老人の保護も。

 依頼達成出来ていれば嬉しいのだが…………

 

 『はい、ヤブカは無事です。 ボウフラも助け出しましたが、面倒なことに……』

 

 「……ナーベラル、その呼び方は私にとって分かりにくい。 ちゃんと、名前で説明してくれ」

 

 『申し訳ありませんでした、アインズ様!! ……依頼者であるリイジー・バレアレは無事に街から逃げ切りました。 ンフィーレア・バレアレは無事ですが、眼球を負傷しており、また呪いのアイテムを装備させられています。 そしてンフィーレア・バレアレを保護する過程で、街にアンデットを放った主犯とみられるムシケラどもを、アインズ様がお創りになったジャック・ザ・リッパーが全て処分いたしました』

 

 「そうか、では一応は依頼達成という事か。 それで呪いのアイテムということだが、外せないのか?」

 

 『外すには、破壊する必要があるようです』

 

 「では、壊せ。 ついでに目も治してやれ。 依頼を途中で放り出した、せめてもの侘びだ」

 

 『アインズ様がガガンボに詫びることなど……』

 

 「ナーベラル、私の言葉に従えないのか?」

 

 『いえ、そのようなことは決して!! ……では、全てアインズ様のお言葉の通りに』

 

 「ああ、頼む。 ……それで、エ・ランテルの街はどうなった?」

 

 『は、ノミ共は全て死に絶え、街はアンデットのみが蔓延る死都と化しました』

 

 「……そうか。 では、ンフィーレア少年を治療して待機するように。 後で私もモモンとして、そちらに同流する」

 

 ナーベラルとの伝言を終えると、アインズは目頭を押さえ、フーッと深い溜息を吐いた。

 

 「冒険者モモンの冒険も、また最初からやり直しかぁ。 エ・ランテルは崩壊しちゃったし、セバスのいるこの国の首都にでも行こうかな? ……あと、いい機会だからナーベラルは他のプレアデスと交代させよう。 見た目だけで選んだけど、向いてなかったみたいだし」

 

 さらに膨らんだ今後やるべき課題に気が重くなりながら、アインズは執務室を後にしたのだった。

 



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放り込んだギルド

 ナザリック地下大墳墓の存在する平原地帯より北に位置する、アゼルリシア山脈。

 麓にトブの大森林を要するこの雪深い山脈の奥地に、巨大な船が浮かんでいた。

 全長は三百メートルを遥かに超え、横幅と高さも共に数十メートルはあろうかという超弩級の威容を誇り、山の峰々に巨大な影を落としていた。

 巨船はゆっくりと南下しており、その後には何百、千ものフロスト・ドラゴンが付き従っていた。彼らの群れもまた、巨船以上の影を山に落としており、世界を闇に染めながら進むその行軍は山に住む知性ある者たち——フロスト・ジャイアントなど——に世界の終わりを実感させるには十分すぎるモノであり、絶望し自殺する者まで出る有様だった。

 

 

 

 巨船≪フリングホルニ≫の内部は、その外観以上に広い。

 魔法により空間を拡張されたその内部は、船というよりも神殿を思わせるモノであり、内装としてユグドラシル各地から収集・強奪された珍品・名品、草花や芸術品が飾られていた。

 それらは全てギルドの全盛期にギルドメンバー達がこの船、そして自分たちの真の主である女神のために集め創り出したものであり、いわば彼らの信仰心の結晶であった。

 船の内装が王侯たちの住まう宮殿というよりは神を祀る社のようになっているのは、その表れであった。

 とはいえ、この船は女神を祀る神殿であると同時にギルドメンバー達の集う本拠地でもあった。

 内部にはメンバー達が集い歓談するための談話室が各所に設けられており、その中の一つ、幹部用の談話室にて二人のプレイヤーが額を突き合わせ、真っ青な暗い顔で話し合っていた。

 

 

 「やばい……やばいよ、女神様、本気でキレてたよ。 世界を焼き払ってでも、百段さんを見つけ出して助けるって言ってたよ。 あの人なら本気でやるよ、どうしてこんなことに…‥‥」

 

 一人は黒髪黒目の短髪で筋骨逞しい、Tシャツに軍用ズボンを履いた青年。

 本名は渡辺一、ハンドルネームはフナザカ。 人間種の100レベルプレイヤーであり、職業は≪銃士≫である。

 

 「落ち着きましょう、とりあえずは落ち着きましょう、フナザカさん。 とにかく、百段さんを見つけないといけないのは確かなんです。 なのでここは安全を期して慎重に行動すべきだと、あの人に進言することで何とか穏便な方向で探すようもっていきましょう」

 

 もう一人は僧侶の様な袈裟と立帽子を身に着けた骸骨。

 本名は田所法然、ハンドルネームはTEN☁KAI。異業種≪オーバーロード≫の100レベルプレイヤーであり、職業は≪大僧正≫である。

 

 「もっていきましょうって……。 無理だったじゃないですか、ソレ。 いや、確かに強くは言いませんでしたし、言えませんでしたけど。 でも無理でしょ、あの人に意見するなんて。 あの人の機嫌を損ねたら、僕たちなんて一撃で殺されるんですよ。 TEN☁KAIさん、出来るんです?」

 

 「いや……まあ、私もちょっと、怖くて無理ですけど」

 

 フナザカの言葉に、TEN☁KAIは言い淀む。

 

 「でしょ? こんな訳の分からない状況になって、しかもあの人まで意思を以て動き出して、今でもいっぱいいっぱいなのに、今度は頼れる百段さんが何処かの誰かに洗脳されて裏切り。 どうしろってんですか……」

 

 頭を抱えて蹲るフナザカの姿に、TEN☁KAIは道場の視線を送る。

 ゲームのアバターの姿で、見知らぬ異世界にギルドごと転移した。頭が沸いたとしか思えないこの状況に、一番憔悴しているのがフナザカだ。

 現実世界でそれなり以上の収入を得ていたらしい彼は、その現実と切り離されたことに深いストレスを感じているらしかった。

 

 (ゲーム上の繋がりしかなかったけど、こういうのはフナザカさんらしくないなー。 いつも飄々として、楽天家で楽しい人だったのに……)

 

 まあゲームだったものが現実になってしまった以上、ゲームをプレイしているような感覚ではいられないのは当然だろう。

 対して、どういう訳か自分は結構落ち着いている。というより、感情が一定を超えると抑制されるのだ。

 睡眠欲や食欲が無くなり、疲労も感じなくなって感性の類も変わった気がする。

 なんというか、人間じゃなくなった感があるのだ。

 

 (百段さんがゲームやってる時と雰囲気があまり変わってなかったのも、ドラゴンになって人間じゃなくなったからかな? もしくは年の功か……。 あの人、結構な年のはずだよね)

 

 百段やフナザカとはもう十年以上、一緒にゲームをしている。

 個人的な事情もあってリアルでは一度もあってないし、お互いにリアルの事は深く詮索しないようにしてはいたが、それでも十年一緒に遊んでいれば色々と分かることはあるものだ。

 

 例えばフナザカは異常な金額の課金をしているが、その資金は株取引で稼いでいる。課金を家族に咎められている様子はないため、独り身。更にはかなりの上流企業の上役で、隠してはいるが、株取引での利益は職業柄仕入れた情報をもとにインサイダーをやってる感があった。

 

 対して百段は、話す話題や趣味から高齢であることが伺えた。ただしゲームキャラの動きの良さなどから察するに決して体は弱くなく、むしろ武術か何かを嗜んでいるような雰囲気があった。そしてこれは悪魔でも噂だが、アーコロジー戦争に従軍したことがあるのではないかと、仲間内で有名だった。本人に聞いてもはぐらかすばかりなので事実は分からないが、この状況下でも比較的冷静だったため、ひょっとしたら噂は事実なのかもしれなかった。

 

 そんな冷静で頼れる年配者だった百段が、謎の敵の攻撃を受けて洗脳され失踪してしまった。

 やはりストレスは色々と溜め込んでいたらしく、ストレス発散のため夜な夜な一人で空中散歩を楽しんでいたらしいのだが、その隙を狙われたらしい。

 その事実に打ちのめされたフナザカとTEN☁KAIの二人だったが、もっと危険な反応を示したのが彼らの女神様だった。

 女神は酷く取り乱し、怒り、嘆き、悲しみ暴れ、山をいくつか吹っ飛ばし、アゼルリシア山脈の奥地に巨大なクレーターを作ってしまった。

 そして百段を救い出すべく、ギルドに溜め込んでおいた金貨を使い大量の傭兵モンスターを呼び出し、またこの世界に来てから支配下に加えたフロスト・ドラゴン達に動員令を下して、ローラー作戦を行うと言い出したのだ。

 目に映る国、勢力、組織を片っ端から潰していき、何処かに捕らえられている百段を救い出すつもりなのだ。

 

 正直、狂気の沙汰としか思えない。

 

 そんな目立つマネをすれば、必ず大同盟なりなんなりを組まれて袋叩きになってお終いだ。

 そんな無謀な真似はやめてほしいのだが、単騎でも恐ろしい力を持つワールドエネミーであり、ギルドの女神として設定したがために、ギルドの全戦力を実質的に支配下に置いている彼女に逆らえるわけがない。意見をすることだって怖い。

 ゆえに彼らは、破滅への道と分かっていても従うしかないのだ。

 

 「ハァ……」

 

 深い溜息を吐き、TEN☁KAIは天を仰ぐ。

 幹部用の談話室らしく、頭上には煌びやかなシャンデリアが吊られ、天を仰いだことによる重心の移動によって体が柔らかいソファーに沈み込む。

 現実ではとても味わえない高価な調度品の数々だが、所詮はゲームで集めたものと思うと心は沈み、癒されない。

 感情が抑制されるならこの鬱症状も消えないかと思うが、強い感情ではないため消えないらしい。

 

 コンコン。

 

 ままならないなぁ、などと考えていると、談話室の扉がノックされた。

 

 「ご歓談中の所、申し訳ございません。 緊急の事態が発生したため、ご報告にあがりました」

 

 「……そうか、入れ」

 

 失礼いたします、という声と共に、黒い長髪を靡かせた巫女風の女性が入って来た。

 ――完全に人間の姿であり、事実として人間種だが、彼女は傭兵モンスターである。傭兵NPCというのが、より正確かもしれない。

 城にも負けない巨体とはいえ、≪フリングホルニ≫は船である。NPCを自作することは出来ない。

 とはいえ女神を祀る神殿にいるのが自分たちプレイヤーだけでは寂しいという事で、船内には大量の傭兵モンスター、それも神職や僧職を始めとした神に仕える者たちが配備されていた。

 プレイヤーが自作したわけではないため、彼ら彼女らは基本的に量産型で見た目の違いなどもほとんどないのだが、実は個性があるらしく——

 

 「あー……君は確か、キサラギさん、だったっけ?」

 

 「はい、フルーツ フルーツ 様から名と、この首飾りを賜りました」

 

 どうやらヒマなメンバーの何人かが名前と識別のための装飾品を与えていたらしく、割と個性があるようだった。

 

 「そうか……そうだったんだ、アイツが。 ……まあいいや、それで、報告というのは?」

 

 「はい、何者かに拉致されていた百段様が、戻られました」

 ガタッ、と音を立てて立ち上がったのは二人同時だった。

 

 「本当か!? 本当に、百段さんが帰ったのか?!」

 

 喜色を隠せない様子で尋ねるフナザカの横で、TEN☁KAIは小さくグッとガッツポーズをしている。

 実際のところ、喜びの感情は立ち上がった時点で抑制されたのだが、それでも弱い感情は続くのだ。現在の自分たちの苦境は全て、百段が拉致されたことに始まっている。その百段が帰って来たのなら、自分たちを悩ませている目下の問題は解決したも同然だった。

 —―とフナザカもTEN☁KAIも思ったのだが、世の中そうは甘くなかった。

 

 「はい、ご帰還されました。 ですが、問題が一つ」

 

 「――――問題?」

 

 とたんに暗くなるフナザカに、キサラギは告げる。

 

 「百段様は、下手人である国の代表8人を連れてご帰還されました。 ――つきましては、その者ら及び当該国の処分を決めるべく会合を開きたいとの、主のご意向です。 どうか、奥の院へ」

 

 それだけ告げると、キサラギは談話室を出て言った。

 彼女たちシモベ達は、女神の事を名で呼ばない。プレイヤーではない自分たちが名を呼ぶのは不敬であると、もっぱら主、もしくは神と呼ぶ。

 つまりこの場合、奥の院への参上は女神様の御意向ということである。

 

 「……行きます?」

 

 「行くしかないでしょ」

 

 TEN☁KAIの問いに、フナザカが憔悴した声で答える。絶対的存在である女神様のお言葉に、逆らうことなど出来るハズがないのだ。

 

 「なんで百段さんはこう、面倒ばかり起こすかな……」

 

 「ですね、出来れば一人で帰って来てほしかったですよ……」

 

 愚痴り合いながら、二人は奥の院——女神≪アイラム≫が見守る下で、ギルドメンバー達が話し合うための大会議場——へと、テレポートしたのだった。

 



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スレイン法国

 移動型巨船ギルド≪フリングホルニ≫の奥の院——大会議場は、四層構造になっていた。

 まず第一層、最下層には無数のシモベ達——傭兵モンスターが詰めていた。彼らも全て神職に位置するモンスター達であり、戦闘などの用が無いときは、ここで女神への祈りを捧げているよう設定されている。

 だが、今はその場に部外者の人間が7人立っていた。

 姿形こそ周りにいる者たちと同じような法衣であるが、他の者たちとは身に刻んでいる装飾、具体的には信仰する神を表すエンブレムが全く異なっていた。

 シモベ達は襲い掛かりこそしないものの、この部外者7人に強い憤りと殺意に満ちた視線を送っており、女神の親衛隊でもある彼ら高位モンスターの悪意は、レベルにして半分以下の7人に対して物理的な圧力と化して濁流の如く押し寄せているが、7人は顔を青くしながらも毅然として屹立していた。

 それは、彼らの信仰心の域にまで高められた使命感の賜物に他ならない。

 彼ら彼女ら7人は、精神力だけでこの状況に耐えているのだ。

 そして、そんな7人とシモベ達を見下ろす第二階層は、ギルドに所属するプレイヤー達の集う場所だった。

 全盛期には数百人のプレイヤーが集い賑わったその場所は、しかし今は僅か3人しか座っていない。

 一人は、Tシャツと軍用ズボンを履いたフナザカ。

 眼下に並ぶ7人を見下ろしながら顔色を悪くする彼は、この状況に最もストレスを感じていた。

 もう一人は、ある意味全ての元凶ともいえる黄金の巨竜、百段。

 ドラゴンであるため表情の変化は分かりずらいが、居心地悪そうに蜷局を巻いて座っている。

 そして最後の一人は、左右で綺麗に漆黒と白銀に分かれた長髪を持つ、美しいオッドアイの少女であった。

 少女は百段にもたれ掛かり、眼下に居並ぶモンスター達や横に座るフナザカを面白そうに見回している。その表情は年相応に無邪気で、しかし苛烈な戦闘意欲に満ちたものだった。

 そんな3人すら見下ろす更なる上段には二十三人分の席があり、今はTEN☁KAIだけが座っていた。

 そこはかつて千人を超えるほどの所属プレイヤーを有していたこの複合ギルド——≪ブラックオーダー≫の幹部であったそれぞれのギルドマスター、あるいはクランマスター達が座っていた席であり、今は総合ギルドマスターであったTEN☁KAIだけが座っていた。

 骸骨であるTEN☁KAIの表情は全くうかがえないが、内実としては既に精神安定化が複数回行われている程度には混乱していた。

 そしてそんなギルドの代表たちが座る席より更に上、最上段には、7つ首の竜と7種類の獣の像が掘られた壮麗な玉座が安置されている。

 玉座の左右には特別な装備を与えられた最高位の天使と悪魔が屹立しており、全員が揃ったことを確認した悪魔が頷くと、天使が一歩前に出て、滔々たる声音で宣告した。

 

 「皆々様方、傾聴されよ。————我らが女神が、ご降臨されます」

 

 その言葉を聞いたシモベ達は、即座に人間たちに殺意の視線を送ることを辞め拝跪し、その様を見た7人も無礼にならぬように跪いた。

 3人のプレイヤー達も玉座に向けて頭を下げ、少女もそれに倣った。

 そして全員が女神を迎えるに相応しい態度をとった時————玉座の前に、紅みを帯びた黄金の粒子が集まり始めた。

 粒子は輝きを放ちながらやがて人の形に纏まっていき、光が治まった時、そこには数多の宝石で彩られた緋色のドレスを纏う、黄金の長髪を靡かせた女性が立っていた。

 

 

 逆座の前に現れた女性——ギルド≪ブラックオーダー≫の女神アイラムは、穏やかな目で議場を見渡すと、まずは百段に対して、花がこぼれるような笑顔を向けた。

 

 「百段よ、まずは其之方の無事の帰還を、予は何よりも嬉しく思うぞ」

 

 女神アイラムの優しさと思いやりに満ちた喜色に溢れた声に、百段は頭を下げて答える。

 

 「はい——この度は、心配と迷惑をおかけして、本当に申し訳なく思います」

 

 「よいよい、其之方が負い目に感じることは何もない。 無事に帰ってこられたなら、それで良い。 ————だが」

 

 そこで言葉を切ると、アイラムは一転して冷酷で無慈悲な目を、最下層で跪く7人に対して向けた。

 

 

 「何故、不快な下手人共がここにおる?」

 

 

 ゴウッ!! という風と共に、ズシッ!! という音を立てて会議場の空気が重くなったのは、決して勘違いなどではないだろう。

 ワールドエネミー、単騎で世界を滅ぼしうる怪物の発する感情は、何のスキルや魔法の助けを借りずとも、空間を歪めるに足るものだ。

 その圧は、感情を直接向けられたわけでもないプレイヤー達と少女にも影響を与える。

 フナザカは余りの恐ろしさに失神し、百段は失神こそ免れたが恐怖のあまり硬直し、少女は涙目になって百段に縋りついている。

 いわんや、直接感情を向けられている7人にかかる圧は彼らの比ではない。

 跪く姿を維持することも出来ず、潰れた蛙のように地面に押しつぶされ、中枢神経にも異常が起きたのか正常な呼吸が出来ていない。

 最早思考すらまともに紡げない状態だが、その状況でも尚気を失わないのは、彼らの精神力というよりはアイラムの稚気だった。百段を浚い自分を心配させた者たちを苦しめたいという、子供が虫の足を戯れで千切るかのごとき些細な残酷さ。

 とはいえ、絶対者の行うそれに異議を指し挟めるものなどそうはいない。

 そしてこの場でそれが出来る者は、種族的な特性によりアイラムに対する恐怖が常に抑制されるTEN☁KAIだけだった。

 

 「アイラム様、どうかそのへんで。 百段さんも何か理由があるんでしょうし、何よりフナザカさんが気絶しちゃってます」

 

 「……む? フム、これはすまぬな。 では百段よ、理由を述べるがよい。 あと、だれかフナザカにポーションを頼む」

 

 TEN☁KAIの言葉にアイラムが頷くと同時に圧は消え、それを確認したシモベの一人が気付けのポーションをかけて、フナザカを覚醒させる。

 そしてフナザカが覚醒したことを事を確認した百段は、ホッと一息つくと、今までの経緯を語り始めた。

 

 「彼ら7人、そして私の傍らにいるこの少女は、私を捕らえていたスレイン法国という国の最高責任者たちです。 私と彼らは不幸な行き違いにより敵対しましたが、今は和解しております。 そして彼らスレイン法国は、我らのギルドの一員、傘下に入りたいと言ってきております」

 

 百段の言葉にアイラムは目を細め、今だ立ち上がれず最下層で這い蹲っている、スレイン方向の最高責任者たち——最高神官長と六神官長達——を見下ろす。

 

 「アイラム様、どうか彼らの加入をお許しください」

 

 「‥‥‥‥」

 

 百段の嘆願に暫し思考を巡らせていたアイラムだったが、やがて答えを告げた。

 

 「‥‥加入の是非については予の管轄ではない。 其之方等が良いと言うならば、良い」

 

 かつて千人を超える所属メンバーが居ただけあって、ギルド≪ブラックオーダー≫への加入は難しくない。入りたいという者がいれば、よほど素行不良で有名などでなければ、ほぼ歓迎される。ギルド内に推薦人がいた場合などは確実だ。

 後はアイラムの前で加入の儀式を行い、何処かにギルドのマークを入れれば即ギルドメンバーに成れる。

 ギルドごと傘下に入る場合などにはもう少し話し合いが行われるが、反対意見が出なければ問題ない。

 

 「それは良かった! 実はTEN☁KAIとフナザカの二人には、もう内諾を得ていまして————」

 

 「――――だが」

 

 弾んだ声で話を続けようとした百段を遮り、アイラムは続けた。

 

 「そこにいる7人には、その資格がない。 あるのは――――」

 

 百段の隣に座る少女に視線を移し、アイラムは告げる。

 

 「その少女のみだ。 その少女の所有物としてならば、そこの7人を含めたスレイン法国とやらの、ギルドへの加入を許す」

 

 静かな声で告げられたアイラムの言葉に、少女は視線を彷徨わせる。

 当初はどこか超然とした、好奇と傲慢に満ちた表情をしていた少女だったが、空間を歪ませるアイラムの圧を感じた後あたりから、年相応の少女のように怯え始めていた。

 生まれてから一度も感じたことの無い、自分より圧倒的に上位に位置する生物の威圧感。それが少女の持っていた、自分は力強きものであるという優越感と余裕を奪い取ってしまったのだ。

 故に少女は自信なく、親に縋る子のように視線を百段や眼下の七人に送る。自分ではできない決断を、彼らに委ねるために。

 

 「ヌゥ‥‥‥‥」

 

 委ねられた百段は困ったように唸り、7人に伝言≪メッセージ≫で意思を尋ねる。

 そして今だ息も絶え絶えな彼らの意思を確認した百段は、自身に縋る少女にそれを伝えた。

 

 「彼らは、それで良いと言っている。 女神に頷くといい」

 

 百段の言葉を聞いた少女は眼下の7人を見下ろし、次に傍らに座る百段を見上げ、最後に意を決したようにアイラムを拝顔すると、大きく頷いた。

 

 「————愛い。 歓迎するぞ少女よ、我が新たな愛し子よ。 後に入団の儀を執り行い、幹部としてTEN☁KAIの隣に新たなる席を設けよう。 そして、この船に我らと共に住むがよい」

 

 アイラムの裁断により、少女とスレイン法国の今後の身の振り方は決まった。

 圧倒的強者たる女神の言葉は常に絶対、異見を述べることなど有り得ない事だった。

 

 「さて、これでこの件は片が付いた。 ゆえに、次は今後の我らの行動について話そう。 ひとまずは、この船の進路についてだ」

 

 アイラムの言葉に、TEN☁KAIが意見を述べるべく挙手した。

 

 「良いぞ、言葉を紡ぐことを許す、TEN☁KAI」 

 

 「はい、ありがとうございます。 では早速ですが、百段さんも帰ってきたことですし、全世界相手への戦争は止めるべきだと考えます。 今すぐ、行軍は中止すべきかと」

 

 「ふふ」

 

 TEN☁KAIの言葉に、アイラムは愉快そうに笑って答えた。

 

 「安心するがよい、其之方等が世界相手の戦争に恐怖を感じておったのは知っておる。 百段が無事に帰ってきた以上、もはや世界を焼き払うつもりは無い。 ————が、進軍は続ける。 進路はここより東方の国、バハルス帝国だ。 まずは、そこを手に入れる」

 

 アイラムの言葉に、その場にいる者たちは二の句が継げなかった。

 国を手に入れるという言葉に驚いたというのもあるが、それ以上に、その力強い宣言に異論をさし挟む意思を挫かれたからだ。

 

 「百段よ、帰ったばかりで悪いが、其之方にも働いてもらうぞ。 なに、そう難しいことは言わぬ。 ただ堂々と在ればそれだけで良い、名誉挽回の機会と思って気楽にこなせ」

 

 そう告げたアイラムは百段の答えも聞かずに立ち上がり、奥の院に集うもの全てを見渡し語り始めた。

 

 「皆心して傾聴せよ、バハルス帝国を手に入れることは始まりに過ぎぬ。 我らは、この世界の全てを手に入れる。 国を、人を、知識を、宝を、資源を、何もかも、全てを。 これより我らはそう動く、皆にはそのために働いてもらう。 皆、奮起せよ」

 

 ————それは、世界征服を成すという宣言だった。

 

 そんなこと出来るはずがない、とTEN☁KAI達3人は思った。

 彼女がそういうのなら出来るのだろう、と少女はぼんやりと確信した。

 そんなことになれば人はどうなるのだ、と7人は戦慄した。

 下層に侍るシモベ達は必ず成すと雄叫びを上げ、その熱気と大音量は奥の院を震わせた。

 

 そしてアイラムは、そんな奥の院に集った者達全ての感情を理解し飲み込み、ギルドメンバーである4人を見て朗らかに笑った。

 混乱と恐怖の感情に狼狽える3人と、自分に憧憬に近い感情を抱きつつある少女の事が愛おしくてたまらなかったからだ。

 ギルドを支配する女神、アイラム。

 彼女の目的と喜びは常に、彼らギルドメンバー達の幸福だ。そのように、彼女は創られた。

 故に彼らを幸せにするためならば、アイラムはどんなことでも必ずやるのだ。

 

 



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バハルス帝国

 バハルス帝国の首都、アーウィンタール。

 歴代最高と称される若き名君、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの治世の下、高い治安と繁栄を謳歌するこの都市は、常に活気に満ちている。

 帝都有数の大路である中央道路には、常に多くの物資を積んだ馬車と大勢の人々が往来しており、中央市場には驚くほど多くの様々な物品が売買されており、モノを売ろうとする商人の掛け声と町ゆく人々の喧騒で活気にあふれている。

 だがそんな中央道路や中央市場も、今は閑散として人ひとりいない。

 かといって、帝都から人が消えてしまったわけではない。レンガ造りの帝都の家々の中からは、押し殺したような多くの人々の息遣いが感じられる。

 そしてそんな押し殺した人間の息遣いとは別に、常の喧騒とは異なる音が帝都には響いていた。

 それは巨大で複数の皮膜から発せられる羽ばたきであったり、強大で恐ろしい獣の唸り声であったりといったものだ。なかには、その獣が何かの肉を咀嚼し骨を噛み砕く恐ろしい音も含まれている。

 

 ————帝都は、三日前に突如として飛来した百頭のフロスト・ドラゴンに占拠されてしまったのだ。

 

 ドラゴン達は無用に暴れることも人を襲うことも無かったが、帝都から人が逃げ出すことは禁じた。それを示すように、今も帝都の外へと繋がる大路の先には、特に大柄なドラゴンが複数の部下を従えて陣取っている。

 そしてドラゴン達は口々に告げたのだ、

 

 『我らの帝がこの地に行幸される。 偉大なりし竜帝を、敬拝の念をもって迎えよ』と。

 

 その三日後が、今日である。

 大路は塞がれたが、それ以外にも帝都の外に出る道はある。ドラゴン達が見張ってはいるが、レンジャーや盗賊などの職を修めた者ならば往来は容易い。

 そのため帝都の者たちは、ある程度は外の状況を知ることが出来た。

 それによると、千を超そうかというほどのドラゴンの大群を引き連れた、信じられないほど巨大な空飛ぶ船が、この帝都に向かって来ているという。

 

 ――――この世の終わりが来たのだ。

 

 多くの人々はそう諦め、神々に祈りを捧げた。

 諦めきれない人々は、皇城にて対策を練っている皇帝に最後の望みを託した。

 ドラゴン達は彼らの皇帝を迎えろと言った、ならば生き残る目は決して少なくないはず。史上最も英目とされる今代皇帝ならば、ドラゴン達の皇帝の不況を買うことなく帝国を存続させてくれるはずだと。

 

 

 

 そしてそんな国民の希望を一身に託された皇帝ジルクニフは、皇城の執務室にて側近の者たちと共に、この危機にどう対応するべきか議論を重ねていた。

 ジルクニフが腰かける椅子も含め、執務室内の調度品は大国の皇帝に相応しい美麗なものばかりだったが、その美しさに心を動かされるだけの余裕は、この場に集った誰の心にも無かった。

 

 「皇室地護兵団(ロイヤル・アース・ガード)皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)、そして我等白銀近衛。 全て配置完了しました、陛下」

 

 「そうか、ご苦労」

 

 白銀近衛隊長の言葉に、ジルクニフは鷹揚に頷いた。

 

 「帝都郊外の帝国軍はどうなっている、ロウネ」

 

 「既に第一軍から第六軍まで揃い、帝都に入ってこの皇城まで向かって来ております、陛下。 ‥‥‥‥ただ、流石に三日では全軍勢ぞろいというわけにはいかず、即応できる精鋭のみではありますが」

 

 「それでいい。 もともと不可能だと分かっていたし、ドラゴン共の出方を知りたかっただけだ。 ――――それで、大路を見張っていたドラゴンは何も言わずに軍を通したのか?」

 

 「はい、事前に確認をとったところ、好きにするようにと言い、実際に行進中も何も言いませんでした」

 

 「そうか、まあ強者故の傲慢という奴だろうな。 せいぜい、そこを突かせてもらうとしよう」

 

 「そこを突いて奴らを倒そうってんですかい、陛下?」

 

 薄く笑ったジルクニフに、帝国最強戦力である四騎士の一人、バジウッド・ベシュメルが尋ねる。平民から実力で今の地位まで這い上がって来た彼の口調は荒いが、その裏には、もし陛下が戦えと言うなら命を懸けてドラゴン達と戦うおうという、猛々しい忠誠心が燃え上がっていた。

 

 「おいおい、無茶を言うなよバジウッド。 あんな数のドラゴン達に勝てるわけがない。 そうだろう、ニンブル?」

 

 同じく四騎士の一人、ニンブル・アーク・ディル・アノックは貴族出身に相応しい丁寧な物腰で答えた。

 

 「はい、口惜しい話ですが、帝国の総力を挙げても今帝都にいるドラゴン達だけでも倒すのは難しいでしょう。 それだけでなく我等四騎士も、例え全員で戦ったとしても今皇城の中庭にいる白き竜王オラサーダルクを名乗るドラゴンには勝てません。 更にあの竜王さえ従える竜帝を名乗るドラゴンと、それが率いる千を超えるドラゴンとなると‥‥‥‥」

 

 「まあ、絶望的だな。 仮に敵対すれば、我が帝国は滅びるだろう」

 

 余裕すら感じさせる態度であっさりと答えるジルクニフに、四騎士の紅一点レイナース・ロックブルズは訝し気に尋ねる。

 

 「随分と余裕ですが‥‥何か勝算がおありで?」

 

 「もちろん、あるとも」

 

 レイナースの問いに、ジルクニフは快活ともいえるほど明るい笑顔で答える。

 

 「まず前提として、奴らは我々を支配しようとしている。 それも恐怖だけによらない形で、だ。 その証拠に帝都にいるドラゴン共は食い物を商人から買う際、金貨を払っているというじゃないか。 そうだろう、ロウネ?」

 

 「はい、ドラゴン達は何か必要なものがあれば必ず、通常よりも多くの金貨を払って帝国の商人から物資を購入しております。 またドラゴンに殺された者もおらず、立ち向かった者も重傷こそ負わされたものの、回復魔法で十分治癒する範疇でした」

 

 「という訳だ、奴らは帝国民の人心を可能な限り傷つけないように行動している。 金貨を多めに払う事から、人心を買おうとすらしているのかもしれん。 そういう相手なら、やりようも付け入る隙も幾らでもあるというというものだ」

 

 ジルクニフの自信に満ちた言葉に、執務室にいる側近たちにホッっと一息つくような弛緩した空気が生まれた。

 千を超えるドラゴンの群れに、それを支配する竜帝という驚異の存在。

 立場上、勝ち目が欠片も見えない恐るべき相手とでも戦わなければならない彼らは、ドラゴンが現れた三日前から常に極度の緊張状態にあり、ジルクニフの言葉にようやく一安心できたのだ。

 そんな一息ついた側近たちを自身に満ちた笑顔で眺めるジルクニフだが、その心は一片も緩んでいなかった。

 なぜなら部下たちに語ったことは嘘ではないが、同時に全てでもないからだ。

 たしかに竜帝なる存在は自分たちを恐怖だけで支配するつもりは今のところないのかもしれないが、それも相手の心持ち次第。自分たちとは別種の高次生命体であるドラゴンの、ほんの気まぐれで一つで帝国の全てが、あるいは人間(亜人も含む)という種族そのものが滅ぼされるかもしれないのだ。

 現状、人類という種の存続そのものがジルクニフの両肩に圧し掛かっていると言っていい。一欠けらたりとも緊張を緩められるわけがない。

 とはいえ、その緊張を部下にまで押し付けてはいけない。

 人間というものは極度の緊張状態にさらされ続けていては万全の能力が発揮が出来ないものであり、適度に緩めてやる必要がある。

 部下のコンディションを万全に保つことも上司の仕事。

 ここで一度安心させることで次に来る最大の山場、未知なる竜帝との面会では毅然としていて貰わなければ困る。

 とはいえ、緩め過ぎても問題だ。

 緊張を取り戻すよう声を掛けようとしたところで————執務室の扉がノックされた。

 

 「失礼します、フールーダ様をお連れしました」

 

 「よい、入れ」

 

 ジルクニフの許可と共に扉が開かれ、弟子たちに体を支えられた帝国魔法省最高責任者である人類最高の魔法使い、英雄を超えた「逸脱者」、フールーダ・パラダインが入室して来た。

 

 「このような姿で申し訳ありません、陛下」

 

 「よい、気にするな爺。 ‥‥‥‥加減が悪いところ早速ですまぬが、火急の折なのだ、教えてくれ。 何故、この帝都に向かってくる巨船を魔法で眺めたことにより眼を焼かれ、昏倒したのだ?」

 

 「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

 気遣うようなジルクニフの問いに、フールーダは沈黙で返す。

 この急場に皇帝よりの問いを沈黙で返すなど不敬極まりないが、そのことを問い詰める者は誰もいない。

 ジルクニフの祖父より以前から帝国に仕えた人類最高の魔法詠唱者であるフールーダの権威は、ある点ではジルクニフをも凌ぐからであり、更にはジルクニフもフールーダを実の家族より慕っているからである。

 だが、やがてフールーダもポツリと答えを返した。

 

 「‥‥‥‥太陽を、直視いたしました」

 

 「太陽?」

 

 フールーダの答えに、ジルクニフが訝し気に首を捻る。

 

 「はい、太陽です。 そうとしか形容できません。 神という言葉ですら陳腐に思えるほどの、圧倒的な魔力の奔流。 知っての通り、私には相手の魔力量を見ることが出来るという生まれついての異能(タレント)がありますが、その目が船の発する魔力によって焼かれ、脳にまで衝撃が走り昏倒したのです。 陛下、あの船は、この世に降臨した魔力塊という名の太陽です」

 

 「‥‥‥‥そうか」

 

 フールーダの話に緩んでいた部下たちの心に再び緊張が戻ってくるが、ジルクニフの心に変化はない。

 元より賭けられているのは種の命運。敵の力は絶大であり抗しうる余地はなく、服従以外の道はない。ただ予想より更に相手の力が上だったというだけの話だ。

 状況もやるべきことも、何一つとして変わりはない。

 

 そう結論付けたジルクニフの覚悟を試すかのように執務室の扉が勢いよく開かれ、近衛である白銀騎士の一人が錯乱した様子で駆け込んできた。

 

 

 「は、報告いたします! くだんの巨船と、千を超すドラゴンの群れが帝都に到着! 巨船は想像をはるかに超えるほどの巨体で、ドラゴンの群れが作り出す影によって帝都に夜が訪れたようです! こ、この世の光景とは思えません!!」

 

 早口で報告を終えた騎士に、ノックもせずに皇帝の執務室に乗り込んできた無礼を咎めることはやめておいた。

 報告を聞いただけでも戦慄が抑えられないのだ、直接その光景を見てしまっては正気も保てないだろう。きちんと報告できただけ、褒めてやるべきだった。

 

 「そうか、ご苦労だった。 ————ではお前たち、行くぞ」

 

 毅然とした態度で立ち上がったジルクニフは劉貞との会談の場所に指定されていた中庭へと移動すべく歩き出し、部下たちもその後に続いた。

 人間という種の存続をかけた会談が、始まるのだ。

 



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ジルクニフ

 ————まるでこの世の終わりのような光景だな。

 

 見慣れたはずの帝城の庭園であったが、ジルクニフはそう思った。

 帝都の上空全体に滞空した千ものドラゴンの大群は日の光を覆い隠し、帝都全体を屋内の様な暗闇に包み込んでいたが、その中でも特に闇が濃い場所がこの帝城だ。

 その原因は帝城上空に滞空した、あの巨船だ。

 まさに規格外、という言葉でしか表せないほどの船だった。

 全長は帝城にも等しいほど長く、横幅は帝都の大手門よりも大きい。下から見上げている関係上確かなことは分からないが、高さも帝都でも音も高い塔より更に高いだろう。

 

 (爺曰く、太陽と見紛うほどの魔力の塊らしいが‥‥‥‥。 これほどの船を宙に浮かせているのだ、それも当然かもしれんな)

 

 チラとフールーダの方を見ると、渇望するような表情で巨船を見上げていた。

 タレントは何らかの魔法により抑えているらしくもう失明の心配はないが、いまにも飛行の魔法で飛び上がり、船に頬ずりしそうな顔だった。

 

 (‥‥‥‥爺が魔法の深奥に至りたいと常々思っていたのは知っていたが、まさかこれほどとはな。 どうか会談の場で無礼な真似だけはしてくれるなよ)

 

 フールーダの奇行に胃を痛めながら、しかし表情だけは平静に巨船を見上げていたジルクニフだったが、やがて船から一頭のフレイム・ドラゴンが舞い降りてきた。

 先だってより帝城に居座っていた白き竜王オラサーダルク以上の巨体を誇っていたため、さてはこれが竜帝かと思ったジルクニフだったが、すぐにその考えは消え去った。

 フレイム・ドラゴンの背に、若い女が立っていたからだ。

 仮にも竜帝、千を超すドラゴンを従える王が、誰かをその背に乗せることなど有り得ないだろう。

 黄金の髪飾りを身に着け長い黒髪を靡かせた、奇妙な民族衣装を着た美女だった。

 

 (この辺の人間とは思えんな、南方の出か? とすれば、竜帝とやらも南から?)

 

 帝国や王国、法国のある大陸北方とは異なり大陸の中央から南にかけては亜人の国があるが、そのあたりについてはよく分かっていない。

 というのも亜人の国において人間は家畜であり、良くても奴隷だからだ。

 故に亜人の国に人間が訪ねることは自殺行為に等しく、南の情勢については殆ど分かっていない。南からなら、何が来ても可笑しくないのだ。

 

 (とはいえ、これは朗報だ。 あの明らかに竜王級のドラゴンの背に人間が乗っている。 これはつまり、竜帝とやらは人間を竜王以上に優遇することも有り得るという事だ。 我々の有用性を見せつければ、俺達を見下ろしているあのドラゴン共を従えることも可能! いや待て、人間の女が好みという可能性もあるか? 竜王国の若作り婆、アレの祖先の七彩の竜王も人間との間に子を作ったという。 それはそれで好都合だ。 その場合は、しかるべき帝国の子女を贈り‥‥‥‥)

 

 笑顔の仮面の裏であれこれと思案を巡らせるジルクニフだったが、女がジルクニフに視線を送ってきたことで、いったん思考を切り替える。

 今まで考えていたことは竜帝に仕えることになった後の事。

 此処で何か失態を犯せば、その瞬間に帝国は滅びるのだ。余計なことを考えるのは後にして、今は全力で竜帝を迎えねばならない。

 

 「‥‥竜帝陛下が、降臨されます」

 

 いかなる魔法によるものか、女の声は決して大きくない静かなものだったが、不思議と中庭に集った全員の頭の中に響いた。

 

 ————いや、ジルクニフは知らないことだが、女の声は帝都にいる者全ての頭の中に響いた。

 

 ————それどころか、女がジルクニフに話しかけている光景すらもが帝都の人々の頭の中に映った。

 

 竜帝と皇帝の会談は、帝都にいる全ての者の頭の中でリアルタイムに流されていたのだ。

 

 「頭を垂れ、身を低くして迎えなさい」 

 

 帝都にいる全ての者に見られているとも知らず――――仮に知っていたとしてもそうするしか無かったろうが————ジルクニフは、跪いた。

 中庭に集った帝国軍の精鋭たちも、それに続く。

 そしてこの瞬間、その光景を見せられている全ての人間達が悟った。自分たちの上に君臨する絶対者、頂点に立つ者が、皇帝から竜帝に変わったのだと。

 同時に理解した。自分たちが明日を生きられるか否かは、これから目の前で行われる皇帝の一挙一動にかかっていると。

 故に帝都にいるすべてが祈った、明日を生きられるよう、皇帝が竜帝を怒らせることが無いように、と。

 

 

 そんな祈りを国民から向けられているなど知らないジルクニフは、跪きながらも全力で頭を働かせていた。

 

 (予想通り、対等な関係を結ぶ気など無いか。 まあ当然だ、ここまでの戦力差がある以上、従属を迫るのが当然だ。 こちらも反抗するという選択肢はない以上、後はいかにして独立性と国民の安全を守るか、だな)

 

 とはいえ基本的には相手の言う通りにするしかない。

 例えば生贄として毎年女や子供を用意しろと言われても、黙って従うしかない。帝国ごと滅ぼされ、皆殺しにされるより遥かにマシだからだ。

 

 (そんな相手ではないことを祈るばかりだが、仮に言われたらどうするか‥‥‥‥)

 

 あれこれと思案を巡らせるジルクニフだったが、やがて頭を垂れながらもなお感じるほどの光が、ジルクニフの全身を浸した。

 光は眩く明るく、ドラゴンの群れと巨船の作り出す影によって夜の様な暗闇に覆われた帝城を、昼間以上に明るく照らし出した。

 

 「――――面を上げなさい、竜帝陛下への拝謁を許します」

 

 女の言葉に顔を挙げたジルクニフの目に映ったのは、黄金に光り輝く巨大なドラゴンだった。

 

 巨体、である。最初に現れたフロスト・ドラゴンや女を乗せるフレイム・ドラゴンも、竜王という格に見合った雄大な体躯を持っていたが、この黄金のドラゴンはそれ以上に大きい。

 他のドラゴン達とは異なり翼を持たず蛇の様な体躯をしているが、その差異は劣等性ではなく神秘性を高めていた。

 竜王を超える存在、ドラゴン達の皇帝。

 ジルクニフの中の生物としての本能が言っていた。目の前の存在こそ、この世における最強の生物であると。

 

 「偉大なるドラゴンの皇帝たる竜帝が、人間の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスに、その意志を伝えます」

 

 竜帝は言葉を発さず、女が言葉を続ける。

 王が直接言葉をかけるほどの価値は無いと思われている、とジルクニフは理解した。

 そのことに屈辱はない。これほど圧倒的な生物にとって人間の皇帝などその程度の存在なのだろうと、むしろ納得した。

 そしてその評価を覆し、自分の、自分たち人間の価値を改めさせてやるという強い意志の炎が、ジルクニフの胸に灯った。

 

 「遥かなる彼方よりこの地に御降臨なされた陛下は、全地を征し統べるという大望を抱かれました。 そしてそのための尖兵として、この地に住まう同族と、そして貴方がた人間を選ばれました。 これより陛下はここより南方、亜人たちの統べる大陸中央へと大遠征を開始されます。 バハルス皇帝ジルクニフよ、其方達に竜帝陛下の旗の下で戦う栄誉を与えます」

 

 「‥‥‥‥!」

 

 女の言葉は半分は予想通りであったが、もう半分は予想外だった。

 従属を要求してくることは分かっていた、故にその後にとるべき手段は複数用意していた。

 だが戦争への参加、それも亜人たちの統べる南方へと攻めかかる先兵となれとい言われるとは予想していなかった。

 

 (亜人たちの国に攻めかかるだと?! 馬鹿な、正気ではない! 南方の亜人たちの国、なかでも五大国と呼ばれるものは一つでも人類の総力を上回る。 そんなものと戦って勝てるわけが‥‥‥‥いや、勝つ。 勝つだろう、この竜帝とかいう怪物なら、単騎で五大国全てを滅ぼせてもおかしくない)

 

 ジルクニフは戦士ではないが、それでも生物としての本能が言っている。亜人たちの大国など、この怪物の前では塵芥のようなものだと。

 ならば大遠征とやらを成す戦力に問題はない。

 正気でないと思ったのは、単にジルクニフの世界が狭いだけだ。

 

 (となると問題は、俺達をどう使うつもりなのかとう点だ。 南方の支配を任せてくれると言うなら有難いが、ボロ雑巾のように使い潰されるという可能性もある。 我々に支配を任せた方が利になる、人は黄金の卵を産む鶏だと思わせることが出来れば、帝国そして人類に黄金期が‥‥‥‥)

 

 グルルルル‥‥‥‥

 

 竜帝の喉から漏れた唸り声に、ジルクニフの思考は遮られた。

 それと同時に背筋に冷たいものが走り、全身に震えが走る。

 ガチャガチャという金属鎧が擦れる音が庭園に響いたあたり、この場に集った帝国兵全員に震えが走ったのだろう。

 帝都上空に陣取ったドラゴン達もまた恐怖のあまりヒュッと息を飲み、その音が帝都に響く。

 圧倒的上位生物の唸り声は、それだけで下位生物たちを恐れ怯えさせるのだ。

 

 (いかん、思考に時間を割き過ぎたか!? そもそも判断の余地など無い、即座に答えなくては!)

 

 実際の所ジルクニフの思考は数秒にも満たない時間だったのだが、竜帝に不快を抱かれたくないジルクニフは、声を張り上げて答えたのだった。

 

 「拝命、承りました! 我ら帝国、全力を以て陛下の大望を成すべく粉骨砕身いたします!!」

 

 ジルクニフの答えに女は頷き、それを見た帝国兵の間から安堵のため息が広がっていった。

 竜帝という怪物、そしてそれに率いられたドラゴンの群れという絶望相手に戦う必要が無くなったのだ。高度な訓練を受けた彼らといえど、安堵のため息が漏れる程度は仕方がないだろう。

 

 「ではジルクニフよ、其方にはまず共に戦う者たちと顔合わせをしてもらおう」

 

 だが女の幼児はまだ終わっていなかったらしい。

 女が手を掲げると、巨船の下から背に人を乗せたドラゴンが二頭、中庭へと降りて来た。

 片方の背には7人の男女が、もう片方の背にはグラマラスな美女が乗っており、ドラゴンの背から降りた彼女らはジルクニフの前まで歩いてきた。

 

 「法国の神官長と六神官、そして竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスだ。 共に竜帝陛下の尖兵として働く同士、見知っておくがよい」

 

 女の言葉に、ジルクニフは衝撃を受けた。

 

 (すでに法国と竜王国を傘下に加えていたのか! そんな報告はなかったぞ、クソッ!!)

 

 帝国の情報網は人類最高の魔法詠唱者であるフールーダが一手に担っている。

 故にお前は何をしていたのだとフールーダを叱りかけたジルクニフだったが、グッと堪える。

 

 (‥‥考えてみれば、フールーダがあらゆる情報を得られていたのは、奴以上の魔法の使い手がいなかったからだ。 あの船がフールーダの言うように奴の理解を超えるモノなら、竜帝もフールーダ以上の魔法の使い手である可能性は高い。 魔法の技量で劣っていれば、情報を得ることは出来んだろう。 クソッ、フールーダ頼りで情報局の育成を怠っていたツケがきたか)

 

 マズイ状況だった。

 竜帝という上位者に仕えることになった以上、仕えた順番というものが重要になってくる。

 何らかの方法で存在感を示さねば、今後帝国は法国と竜王国の後塵を常に拝し続けることになるだろう。

 

 (もしや南方への大遠征とやらも、法国と竜王国の差し金か? ‥‥可能性は高いな。 竜王国にとって南方のビーストマン国は最大の脅威、人類守護を国是とする法国にとっても南方の亜人国家群は潜在的脅威だ。 竜帝とドラゴン共の力を借りて、その力を削ぎたいと思ってもおかしくはない)

 

 だとすればいよいよマズイ。

 法国が竜帝に対しそこまでの影響力を持ち、大遠征とやらが法国主導で進んでいったとすれば、帝国は法国の属国と化したも同然になってしまう。

 国力的には下の竜王国にすら、亜人との戦闘経験の差と法国との繋がりで後れを取るかもしれない。

 何としてもここで今、二国につけられた差を少しでも埋めなければならなかった。

 

 「竜帝陛下に奏上いたします!」

 

 そのためにジルクニフは、巨船に戻ろうとする竜帝に向けて叫んだ。

 

 「‥‥‥‥」

 

 ジルクニフの叫びに、竜帝が踵を返し視線を向ける。

 ドラゴンである竜帝の表情は読めないが、困惑しているという事だけは分かった。

 

 (こんな怪物でも困惑するのだな‥‥)

 

 ついそんなことを思い恐ろしい怪物である竜帝に親近感を抱きそうになるが、グッと気を引き締め直してジルクニフは言葉を続けた。

 

 「我が帝国を、大遠征のための前線基地としてお使いください! 陛下の御同族の方々の滞陣費用も、全て我らが持ちます! 決して不自由はありません!」

 

 竜帝の視線が、代弁者の女へと向く。

 やはり竜帝に最も信頼されているのは、あの女らしい。覚えが目出度くなるよう行動する必要があるだろう。

 

 「そして今だ陛下の御威光を知らぬ我が同族を説得する役目を、私のお与えください! 都市国家連合、飛竜の部族、そして暗殺集団イジャニーヤ! 必ずや陛下の旗下に参じさせて御覧にいれます!!」

 

 口先だけでは無い。

 帝国の力だけでは不可能だったが、竜帝という規格外の力をバックに迫れば説得は可能だろう。

  

 (いや、実現させて見せる! その成果を以て、誰が最も優秀で信頼に値するか、この怪物に分からせてみせる!)

 

 ジルクニフの言葉に竜帝は沈黙を貫くが、やがて従者の女に向かって頷き、それに答えるように女が告げた。

 

 「竜帝陛下の意思を告げる。 陛下は其方の献身に期待しておられる、励むが良い」

   

 (直接言葉はかけない、か。 言葉とは裏腹に、たいして俺を重要視していないという事か。 上等だ、その認識を改めさせてやる)  

 

 竜帝と女に対し深々と頭を下げ礼を述べたジルクニフは、毅然とした態度で法国と竜王国の代表たちに向き合った。

 競争者である彼らに頭など下げない。

 竜帝という絶対者に自分の価値を認めさせ人類を守り、帝国の評価を上げる事で競合国の上に立つ。

 やるべきことは今までと変わらない。 それどころか南方への大遠征とやらが成功すれば、帝国は夢想だにしなかったほどに飛躍する。

 怪物の機嫌を常に窺わなければならない綱渡りな、しかしやりがいと栄誉に満ちた仕事が目の前にあった。

 ジルクニフは決意した。

 必ず成し遂げてみせると、そして帝国に黄金期を到来させてみせると。

 バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの新たな覇道が、ここに始まったのだった。

 



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リ・エスティーゼ王国

 リ・エスティーゼ王国の首都、王都リ・エスティーゼの一角にある冒険者組合。

 王国では正規軍の練度が低くモンスターの駆除を行えないため冒険者の需要が高く、冒険者組合には多くの冒険者がひしめき合い、大小の依頼を受け人々を脅かすモンスターを退治していた。

 だが、今の冒険者組合にそのような活気はない。

 多くの冒険者が先を争って受注を競っていた依頼掲示板には未達成の依頼が山済みとなり、冒険者たちが仕事の前の腹ごしらえに、あるいは依頼達成祝いに食卓を囲っていた酒場には閑古鳥が鳴いている。

 いま酒場にいるのは、たった五名の女性だけ。

 

 長い黄金の髪を靡かせた生命力に溢れる美女、ラキュース。

 男性と見紛うばかりに筋骨隆々な女傑、ガガーラン。

 細身の体に忍び装束を身に纏った双子、ティアとティナ。

 紅いマントに仰々しい仮面を被った小柄な少女、イビルアイ。

 

 彼女たちこそ王国の誇る最高位冒険者たちの一チーム。

 アダマンタイト級冒険者チーム、≪青の薔薇≫である。

 

 彼女たちは精をつけるため、そして客足が遠退いて経営の苦しい酒場にために特に高い物を注文して食事を摂っていた。

 その顔には、疲労の色が濃い。

 

 「今回の依頼は、結構大変だったな」

 

 疲労を含んだガガーランの言葉に、ラキュースは酒場で一番良い肉にフォークを突き刺しながら答えた。

 

 「ええ、まったくね。 侵攻してくるゴブリン部族連合と、それを率いるトロールたち。 あの魔法剣を使っていたグとかいうトロールは結構な強敵だったわ」

 

 「そうだな、強敵だった。 もしあのまま侵攻を許していたら町は奴らの餌場となり、そのまま奴らの前線基地となって被害は更に拡大していただろう。 ラキュース、お前のやったことは正しかったんだ」

 

 どこか自嘲するような声で答え、そのまま口に肉を運び会話を続けることを拒否するように噛み締めるラキュースに、イビルアイが慰めの言葉をかける。

 

 「‥‥本当にそう思う? 今回私は貴族としての家柄を誇示して領主から強引に軍権を奪い、無理に兵を動員してモンスター達に当たったわ。 犠牲も随分出た。 本来なら冒険者としての資格を取り消されても文句は言えないわ」

 

 「問題ない、今の冒険者組合に私たちを追い出す余裕はない。 何をやっても許される」

 

 「その通り。 組合長も今回の件で文句は言わなかった。 よくやってくれたと感謝していた」

 

 双子忍者の言葉に、ラキュースは首を振って答える。

 

 「そういう問題じゃないのよ、これは。 私の心の問題。 私はああいう事をしたくて冒険者になったわけじゃないの。 あれも、冒険者だけで対策チームを組めていれば犠牲者を出さずに済んだ。 私の蘇生魔法で全員生き返らせられたもの。 もともとの生命力が弱い民兵を動員してしまったせいで、あれだけの被害を出してしまった。 ‥‥練度の低い兵士を動かすのって、想像以上に難しかったわ」 

 

 「しゃうがねえだろ、そもそも今は冒険者の数自体が少ないんだからよ」

 

 付け合わせのサラダを豪快に口に掻っ込みながら、ガガーランが続ける。 

 

 「例のアレ、あの竜帝様とやらが始めた南への大遠征。 アレに参加するために、ここらで働いてた冒険者連中がほとんどが居なくなっちまった。 そのせいで俺達は前はやらずにすんだ小さな仕事もやらなきゃいけなくなったし、今回みたいに大きな仕事では大規模なチームを編成できなくなった。 法国の連中は人類躍進の大偉業なんて喧伝してやがるが、こっちにはいい迷惑だぜ」

 

 「それだけではないぞ」

 

 食事の必要のないイビルアイは手持無沙汰なのか、フォークを弄びながら言葉を続ける。

 

 「竜帝は各地のドラゴンを強制的に徴兵して自軍に組み込んでいるからな。 生態系の頂点を失った山や森ではパワーバランスが乱れ、大規模な混乱が起きている。 今回倒したグとかいうウォー・トロールも、本来ならトブの大森林奥地で生活していたと言っていた。 あれだけの怪物だったが、何者かに追い出されて人間の生活圏まで逃げて来たんだ」

 

 森の奥には、あのウォー・トロールすら逃げ出さざるを得ないナニカがいる。

 イビルアイの言葉にラキュースは顔を暗くする。

 現状でもいっぱいいっぱいなのだ。仮にそのナニカが森の外にまで出て来たなら、はたして自分たちは対抗できるのだろうか?

 

 「‥‥その生態系の混乱ってやつ、帝国や法国ではどうなんだ? 自分の支配下でも問題が起きてるってんなら、竜帝様とやらも困るんじゃねえのか?」

 

 もしそうなら竜帝も何らかの対策をとるのではないかというガガーランの希望的観測だったが、イビルアイは大袈裟に肩をすくめながら言った。

 

 「それが竜帝の支配下で問題はいっさい起こっていないらしい。 なにしろ竜帝の軍門に下ったドラゴン達が群れになって人間と一緒に巡回を行っているらしいからな、モンスター達も恐れて近づかん。 それどころかドラゴン達の力を借りて森や山の開発まで行っているらしい。 喜べ人間たちよ、モンスターは追われ、人類の生存圏は刻一刻と広がっているぞ」

 

 おどけた口調で法国が行っているプロパガンダを口ずさむイビルアイだったが、双子の忍者がそれに言葉を添える。

 

 「まあ、その追われたモンスターが王国に来てるんだけど」

 

 「竜帝が未だに王国を支配下に加えようとしないのは、帝国と法国が王国を忌み嫌ってるというのもあるけど、王国に負債を押し付けるためとのもっぱらの評判」

 

 双子忍者の言葉に、ラキュースは深いため息をつく。

 

 「ラナーの話では、王国も竜帝に跪くべきという話が出ているそうよ。 まあ例によって国王派と貴族派の間の政争に種になって遅々として話は進んでないみたいだけど。 まったく、そんなことを話し合ってる暇があるならエ・ランテル奪還についてもう少し真剣に考えて欲しいものだわ。 あそこから流れてくるアンデットたちが周辺にどれだけの被害を出しているか分かっているのかしら?!」

 

 憤懣やるかたないといったラキュースだが、彼女が口にしたラナーとは国王の三児にしてリ・エスティーゼ王国王位継承権3位の≪黄金≫と讃えられる王女である。

 王国最高とも言われる美貌と他に比肩する者の無い知性を持ったラキュースの友人であり、ラキュースは度々彼女から相談を受けていた。

 

 「じゃあ、やっぱりエ・ランテルの奪還作戦は行われねぇのか?」

 

 「‥‥ええ、特に貴族派の反対で無理そうね。 もともとエ・ランテルは国王領で貴族派閥の利害には関わらないし、中にはあそこがアンデットだらけになったおかげで帝国との戦争が無くなったと喜ぶ者までいる。 そのせいで周辺に深刻なアンデット被害が広がっていることなんて、誰も気にしてないわ」

 

 今はアンデットが闊歩する死都と化したエ・ランテルも、元々は帝国と法国の両国に接する交通の要所であり、帝国とは領有権を巡って毎年戦争が起きていた。

 その戦争は徐々に、しかし確実に王国の国力を削ってきており、エ・ランテル含む王国はいずれ全土が帝国に併吞されると目されていた。

 だが死都と化したことによりエ・ランテルの戦略的価値は消滅し、帝国が竜帝に従い南方への大遠征を始めたことにより戦争の危機は去った。

 

 「戦争が無くなったことは喜ばしいわ。 毎年行われるあの戦争のせいで田畑は荒れ、人々は困窮していたもの。 ラナーも今が王国が立ち直れる最後の機会だと言っているけど‥‥。 正直、前途は暗いとしか言いようがないわね。 くだらない派閥争いに終始して、誰も王国の現状に気を向けていないわ」

 

 国に縛られない冒険者が気にすることじゃないんだけどね、と自嘲するラキュースだが、その瞳は暗い。

 高位貴族の家に産まれながらアダマンタイト級冒険者である叔父の冒険譚に憧れ家を飛び出したラキュースだったが、その実、貴族としての責任感は人一倍強い。

 国を背負うべき貴族の怠慢によって国家と国民が苦しむことは、彼女にとって何よりも耐え難いのだ。

 

 そんな彼女の気質を良く知る仲間たちは慰めの言葉をかけようとするが、丁度その時冒険者組合の扉が力強く開かれ、二本の大剣を背負った大柄な漆黒の戦士と長い黒髪を夜会巻きにし眼鏡をかけた美女が入って来た。

 

 漆黒の戦士は青の薔薇の姿を見とめると片手をあげて彼女たちの座るテーブルへと歩き出し、傍らに控える美女は戦士と青の薔薇に軽くお辞儀をすると、一人組合の受付へと歩いて行った。おそらくは報酬の受け取りと、新しい依頼の受領を行うのだろう。

 

 「しばらくぶりです、青の薔薇の皆さん。 今回の依頼はどうでしたか?」

 

 「おう、今回も大成功さ。 積もる話もあるし、そこに座れよ、モモン」

 

 戦士の名は、モモン。

 青の薔薇と同じくアダマンタイト級に位置する冒険者チーム≪漆黒≫のリーダーである。

 

 「では、失礼して‥‥」

 

 ガガーランに勧められるまま席に座るモモンだったが、早速双子の忍者が絡みだした。

 

 「今回も王国の端の方の町まで行って活躍して来たらしいな、モモン。 祝杯だ、グッいけ」

 

 「後輩のくせに先輩の私達より活躍して生意気だ。 祝ってやる、肉も上手いぞガッといけ」

 

 モモンの左右に陣取り酒と肉を差し出す双子だったが、モモンは手を振って断った。

 

 「いえ、宗教的な理由で殺生した後は人前で食事をしない事にしているので」

 

 「何だ、先輩の酒が飲めないのかー。 ‥‥で、辺境の方はどうだった?」

 

 「たまには先輩に素顔を見せろー。 やっぱり冒険者不足で荒れてた?」

 

 軽く文句は言うがあっさりと食事を下げる双子の忍者。モモンも毎回恒例のじゃれ合いなので特に気にしたふうもない。

 

 「ええ、やはり冒険者たちが多く退職し、竜帝の大遠征に参加した影響は甚大ですね。 王国中どこもかしこもモンスターの襲撃に悩まされ、対応する兵士たちも全体的に練度が低いため国中荒れ放題です。 レエブン侯の領地などはまだそれなりにマシなようですがね」

 

 レエブン侯とは、王国における最大貴族の一人である。

 国王派閥と貴族派閥を行き来する蝙蝠として評判は悪いが、両地経営の能力は確かなようだった。

 

 「やっぱり冒険者不足は何処も深刻ってわけか。 クソッ、なんでどいつもこいつも竜帝なんて訳の分からねぇ奴の始めた大遠征なんてモンに参加しやがるんだ。 噂程度だが、嫌でも聞こえてくるぜ。 南で奴らが、亜人たちに対してどんなことをやってるかってよ!」

 

 怒りのままに酒樽をテーブルに叩き付けるガガーランだったが、実際漏れ聞こえてくる南の大遠征の噂は人情家の彼女には耐えられない様な陰惨なものが多い。

 口の悪い者の中には、竜帝が行っているのは大遠征ではなく大虐殺だと言うほどだ。

 

 「気持ちはわかるが、そう怒るな。 冒険者たちが大遠征に参加するのは仕方ないだろう。 あっちは国家が後ろ盾となって支えてくれる上に、ドラゴン達の支援で勝つと決まった戦いで功績を挙げれば領土に貴族位までくれるんだ。 名誉欲や出世欲、金が目的で冒険者になった様な連中は向こうに飛びつくだろうよ。 聞いた話では、ワーカーもかなりの数が参加してるという話だ」

 

 ワーカーとは裏家業や違法行為に従事する戦闘専従者たちの事で、冒険者からのドロップアウト組などが過半を占めている者達である。

 裏家業ゆえに冒険者と比べ社会的な保証はないが稼げる職業であり金銭欲が強い者が多く、亜人からの略奪などで荒稼ぎできる大遠征には多数のワーカーが従軍していた。 

 

 「亜人の虐殺に関しても、まあ当然起こりうることだ。 もともと亜人の国で人間は家畜扱い、最大限良くて奴隷だ。 それが逆転すれば今までの恨みから殺戮に走る者はいるだろうし、そのような扱いをされていた同胞を見て義憤にかられる人間も多いだろう。 仕方のないことだ」

 

 「‥‥まあ、そりゃそうかもしれねぇけどよ。 でも、やっぱりいい気はしないぜ」

 

 ブスッとした顔で酒を口に含んだガガーランだったが、それ以上の反論はしなかった。

 気持ちはともかく、頭ではイビルアイの言葉が正しいと分かっているのだろう。

 

 「‥‥その大遠征についてですが、頼んでいた調査は————」

 

 「はい、これ」

 

 「簡潔かつ詳細に纏めてるぞ」

 

 どこから取り出したのか、ティナが本ほどの厚さの紙の束をモモンに差し出す。

 モモンはお辞儀をして紙の束を受け取るとザッと目を通し、得心したように頷くと懐から白金貨の詰まった小袋を取り出しティアの前に置いた。

 

 「毎度のことながら、ありがとうございます。 他のルートでは得られない様な情報まで載っていて、いつも助かっています」

 

 「別に気にしなくていい。 私たちも個人的に興味があって、調べたかったし」

 

 「古巣が関わってるから、私達にとっても他人事じゃない」

 

 彼女たち二人は、もともとイジャニーヤと呼ばれる暗殺者集団の頭首に連なる者たちだった。

 ラキュースの暗殺を依頼され失敗し、その後、説得されて青の薔薇に加入したのだ。

 

 「独立独歩、雇われはしても従う事はなかったイジャニーヤは竜帝を後ろ盾にした帝国の圧力に屈した」

 

 「南で、かなり無茶苦茶やってるらしい。 反発してるのも多いから、そこから情報を得てる。 そのための資金までくれてるから、こっちこそ感謝してる」

 

 白金貨も入った袋を手に取り、目にもとまらぬ早業でソレを何処かにしまったティアは言葉を続けた。

 

 「―――—で、竜帝の情報を知りたい理由は、まだ教えてくれない?」

 

 「私たち、一緒に仕事したりして結構仲良くなったよな? そろそろ信頼して教えてくれてもよくない?」

 

 「‥‥すみません、それは、ちょっと」

 

 口ごもるモモンだが、双子忍者は特に気にした様子はない。

 

 「そう、じゃあしょうがないね」

 

 「いつかは話してね」

 

 報酬さえきちんと支払われるなら、依頼人の事情は斟酌しない。

 自分たちの安全のため調べるはするが、深入りしない。

 それがイジャニーヤの在り方だったし、決して前歴が明るい者だけではない冒険者間でのマナーだった。

 二人がモモンに自重を訪ねたのは、単なる軽口である。

 

 「モモンさん」

 

 双子忍者との取引の後、しばし歓談していたモモンと青の薔薇だったが、やがて眼鏡をかけた美女がモモンの後ろに現れ、深々とお辞儀しながら報告した。

 

 「報酬の受け取り、ならびに次の依頼の受諾と情報収集が完了致しました。 いつでも出発できます」

 

 「そうか、ご苦労だったな、ユリ。 ‥‥これが今回の調査書だ、お前も目を通してみてくれ」

 

 ユリと呼ばれた美女は恭しくモモンから調査書を受け取ると、眼鏡を豪華な装飾の入った物にかけ直し、紙の束を勢いよくめくりながら速読し始めた。

 そして最後のページまで読み終わると顔を挙げ、双子の忍者に向けてお辞儀をしたのだった。

 

 「いつもながら、微に入り細を穿った詳細な情報をありがとうございます。 ボクた‥‥いえ、私どもも大変助かっております。 今後とも、どうか宜しくお願い致します」

 

 「ボクでいいと思うよ。 私的に、そっちの方が好み」

 

 「‥‥すみません、ユリさん」

 

 レズッ気のあるティアが茶化し、それをラキュースが謝罪し、ユリがお気になさらずと手を振るやり取りの後、モモンは席から立ち上がった。

 

 「では皆さん、私達はこれで。 次の依頼をこなさなければならないので」

 

 「なんだい、もう行くのかい。 もう少しゆっくりしてからでもいいじゃねぇか」

 

 「そうしたいのはやまやまですが、予定がありますので。 ‥‥そうだな、ユリ?」

 

 「はい、これから街道周辺を回りながらモンスター退治を行い、数日後以内に王国外周部の辺境伯領まで出向く必要があります。 大規模なモンスター集団の移動が確認されているらしく、かなり危険な状態だとか」

 

 「‥‥という訳です。 では、また近いうちに。 ティアさんとティナさんは、竜帝についての情報収集を引き続きよろしくお願い致します」

 

 そう言うとモモンはユリを連れて冒険者組合の出入り口へと向かい、青の薔薇たちから送られる別れの言葉に手を振って返しながら、扉の外へと消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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青の薔薇

 モモンとユリの二人が旅立った後、後に残った青の薔薇の五人の話題は、自然と旅立った二人の冒険者のものとなった。

 

 「しっかし、相も変わらず忙しねぇなぁ。 飯も食わずに次の依頼に行っちまったぜ。 ああいうのを仕事中毒っていうのかね?」

 

 「口が悪いわよ、ガガーラン。 確かに働き過ぎだとは思うけど、彼らのおかげで王国の多くの国民が助かっているのよ。 今ではモモンさんの二つ名である≪漆黒の英雄≫は、王国では知らぬ者のいない救世主の名前なんだから」

 

 漆黒の英雄、モモン。

 竜帝による大遠征に端を発する、王国全体での冒険者不足とモンスター被害の拡大。

 王国貴族の怠慢により対策も取られず多くの民衆が犠牲になる暗黒の時代に現れた、一筋の光。

 どれほど遠隔の地で起きた事件でも、アダマンタイト級冒険者に支払われる額としては少なすぎる報酬でも、決して断らずに引き受け駆け付け、瞬く間に恐ろしいモンスターを倒し去っていくという御伽噺のような存在。

 旅の途中でモンスターに襲われる村があれば無報酬でも助けるというのだから、暗黒の時代に苦しむ民衆が生み出した幻想だと思う者も他国にはいるらしい。

 しかし、その御伽噺は確かに存在している。

 冒険者組合にアダマンタイト級として確かに登録されており、その力で従えた伝説の魔獣と美しい美女を引き連れて、今日も英雄は王国中を駆け巡っているのだ。

 

 「……まあな。 俺らも最近は目につく依頼は片っ端から受けちゃいるが、アイツ等には敵わねぇ。 身を粉にし、自分を犠牲にして人々に尽くす本当の英雄ってのは御伽噺の中にしかいないと思ってたが、まさかお目にかかれる日が来るとはな」

 

 そう言いながら、ガガーランはどこか遠い目をした。

 この五人の中で最も冒険者としての経歴が長いのがガガーランであり、彼女の言う御伽噺の様な英雄に最も近い行動理念を持っているのもガガーランである。

 そして彼女がそんな行動理念を持つようになったのも、元を辿れば幼い頃に聞いた御伽噺の英雄譚に憧れた事が根っこにある。

 憧れの英雄そのものの様な存在に出会えた感動は、とても言葉には出来ないものだった。

 同じように御伽噺の英雄譚に憧れて冒険者になったラキュースも気持ちはわかるのか、同意するように深く頷いていた。

 

 「……御伽噺、というのは言い得て妙だな。 恐らくだが、あのモモンとユリは純正の人間ではあるまい。 ぷれいやの血を引き、血を覚醒させた神人だろう。 神の血を引く英雄など、なるほど物語めいている」

 

 イビルアイの言葉に、ティアが反応する。

 

 「神人?」

 

 「ああ、お前たちには以前話しただろう? ぷれいや、すなわち神の血を継ぎ、その力を覚醒させた者たちの事だ」

 

 そこまで言うとイビルアイは周囲を軽く見まわし、自分たちの話を聞いている者が誰もいないことを確認してから話を続けた。

 

 「この国で信仰されている火風水土の四大神、法国では闇と光を足して六大神。 それらの神は全てぷれいやと呼ばれる、この世界とは異なる次元からやって来た超越者達の事だ」

 

 周囲に声を漏らさぬようにする魔道具は使わない。

 無暗に吹聴する話題ではないが、周りに人がいない状況で更に隠匿する必要がある程の話でもないからだ。

 

 「とはいえ正確には神人とはその六大神の血を引く者たちの事で、それらは全員法国で厳重に管理されているからモモンがそうという訳ではないだろう。 かの八欲王もぷれいやであると言われているし、他にもぷれいやではないかと考えられている伝説の存在は複数いる。 遠方の王族ではそういったぷれいやから連なる血筋を今の守っているというし、モモンもそういった出で、血を覚醒させた者なのだろう。 恐らく、あのユリという女もな。 そうでなければいくらあの魔獣がいるとはいえ、戦士と武闘家という前衛職しかいないチームでアダマンタイト級に成れるはずがない」

 

 「モモン王族説って奴か。 割と色んなところで信じられてるやつだな、そりゃ」

 

 漆黒の戦士モモンは、謎の多い冒険者である。

 ある日突然王都に現れ、圧倒的な強さで最高位のアダマンタイト級まで昇り詰めた。

 竜帝の件もあり冒険者が少なくなり、組合が人を留めるべく昇級を簡易にしたことがあるにしても、それは異常な速度だった。

 しかしながらその華々しい功績と実力に反して前歴は全くの不明で、礼儀正しい態度と知性を感じさせる応答からそれなり以上の教育を受けた高貴な身なのだろうとは想像できるたが、誰もモモンという貴族など知らなかった。

 数多の依頼をこなし常に各地を転々としているのもあって、親しくなった者も少なく謎は深まるばかり。

 故に、様々な噂が飛び交った。

 曰く、遠方の王国の落胤である。

 曰く、伝説の十二英雄の血を引くものである。

 曰く、神により苦しむ人々を救うため地上に遣わされた使徒である。

 ————その他に無数。どれも好意的なモノばかりなのは、彼の功績と人柄ゆえだろう。

 恐らく本人も知らぬ間に、モモンという存在は王国の人々の間で途轍もなく大きな存在と化していた。

 

 「まあ王族かどうかはわからいけど、それなり以上の生まれなのは確かだと思うわよ。 だってあのユリさんの立ち振る舞いとか、どう見ても高度な教育を受けた従者のそれだもの。 あれだけの人を連れることが出来るのなんて、それこそ大貴族くらいよ」

 

 貴族出身であるラキュースが、貴族らしい視点で語る。

 従者の品格は、主の品格をも決める。

 主が多少奔放でも従者の品性が確かならば主も粗野とは思われず、逆に主の品格が良くても従者が駄目なら主もその程度の人間と思われてしまうのである。

 その点から言ってあのユリという美女の醸し出す品格は、大貴族や王に仕える者の、貴族としてのそれだった。 

 「ふーん、ラキュースの目から見てもそうなのかよ。 じゃあ高貴な生まれってのは、そう間違った話でもねぇってことか。 でもよ、だったら何でこんな王国で冒険者なんてやってんだ? おかしいだろ」

 

 ラキュースや彼女の叔父のように貴族に産まれながら冒険者となった例外もいるが、基本的に冒険者というのは根無し草の無頼漢がなる職業であり、決して社会的立場が良いわけではない。

 単なる冒険譚への憧れからなるものも存在はするが、それでも異常なことではあった。

 

 「……そこはやっぱり、竜帝が関係してるんじゃ?」

 

 「そう。 でなければ私たちに高い報酬を払ってまで、竜帝の情報を手に入れようとする理由が分からない」 

 

 双子忍者の言葉に、イビルアイも頷く。

 

 「私も同じ考えだな。 恐らくはあの竜帝もぷれいや、もしくはその血を継ぐものだろう。 八欲王の中にはドラゴンのようだったと伝わる者もいる、決して有り得ない話ではない。 ぷれいやに連なる者同士、何かしら因縁があってもおかしくは…………む?」

 

 そこでイビルアイは話を切った。

 冒険者組合の扉が開くのを見たからだ。

 あまり吹聴すべきでない話を魔道具も使わず行っていたこともあり少しばかり緊張するイビルアイだったが、その緊張はすぐに解かれた。

 扉を開けて入って来た者が、よく見知った相手だったためだ。

 太い眉に意志の強そうな三白眼、金髪を短く刈り揃え純白の全身鎧を纏った少年臭さを残した青年、ラキュースの友人であるラナー王女の従者、クライムだった。

 

 クライムは青の薔薇の五人の姿を見とめると訓練された確固とした歩みで近寄り、頭を下げた。

 

 「お久しぶりです、青の薔薇の皆さん」

 

 「おう、久しぶりだな、童貞坊主」

 

 ガガーランは快活に笑いながら立ち上がりクライムの背を叩いて席を勧め、席に座ったクライムに双子忍者とイビルアイ、そしてラキュースが挨拶する。

 フランクな仲であり堅苦しい場でもないため、互いの態度は割合気楽なものである。

 

 「……それで、何の用でここに来たの、クライム? 多分だけど、ラナーの使いじゃない?」

 

 クライムの飲み物を注文するガガーランを尻目に、ラキュースが尋ねる。

 口調は穏やかだが、その目は真剣で強い光を放っている。

 実のところここ数か月、とある問題を解決するためラキュースを含む青の薔薇の面々はラナーの指揮の下で秘密裏に動いていた。

 その極秘任務の成果と結実が、そろそろ出る頃なのだ。

 

 「はい、ラナー様からは、この手紙を皆様に渡すようにと言付かっています」

 

 クライムは厳重に封の押された手紙を懐から差し出し、手紙を受け取ったラキュースは慎重に封を切ると、美しい筆跡で書かれた手紙の内容を咀嚼した。

 

 「…………」

 

 手紙を読み切ったラキュースは息を吐き、やがて強い光を宿した目をすると、強い意志の籠った声で双子の忍者姉妹に告げた。

 

 「ティア、ティナ。 悪いんだけど、今すぐモモンさんを追いかけてくれる? まだ出発してからそれほど時間が経ってないし、貴方たちなら追いつけると思うの」

 

 「了解、リーダー」

 

 「了解、ボス」

 

 ラキュースの言葉を聞いた双子の姉妹は、まさに忍者の様な早業で、風のように冒険者組合の外へと走り去って行ってしまった。

 あの速さなら仮に馬を駆って出て行ったしても間に合う。双子忍者の動きを見たクライムは、そんな感想を抱いたのだった。

 

 「モモンを呼びに走らせるってことは……例の、八本指の件か?」

 

 ガガーランの問いに、ラキュースが頷く。

 

 「ええ、彼にとっても因縁のある相手よ。 ————王国を裏から操り蝕む犯罪結社、八本指。 遂に、奴らに鉄槌を下す時が来たのよ」

 

 王国の闇を支配する巨大犯罪組織、八本指。

 麻薬の販売から人身売買、暗殺までありとあらゆる犯罪行為に手を染め、貴族や王族とも深いつながりを持つため誰も手出しが出来ない、王国に巣食う巨悪。

 モモンもかつて知り合いの商家の執事が拾った少女が八本指の関係者であり、その執事と少女をを救うため色々と骨を折ったことがあった。

 それ以来モモンは八本指を嫌い、八本指、特に警備部門のトップであるゼロもモモンに敵意を持っているという。

 今回ラナーが進めようとしている計画――八本指の壊滅——に加わる資格は十分にあるだろう。

 

 「ゼロを筆頭とする八本指最高戦力≪六腕≫。 奴らに対抗できるのは私達アダマンタイト級か王国戦士長のガゼフ・ストロノーフくらいよ。 戦士長殿も今回の作戦には協力してくれるみたいだし、後はモモンさんが手を貸してくれれば成功は間違いないわ」

 

 ラキュースの言葉に、ガガーランとイビルアイも力強く頷く。

 社会に害を巻き散らす八本指を許せないという気持ちは皆同じなのだ。

 何としてもこの作戦を成功させ、奴らを王国から排除しなくてはならない。

 

 (竜帝の出現によって、世界は大きく動き出している。 王国だけがこの動きから取り残されているわけにはいかない、傘下に下るにせよ対抗するにせよ、動き出さなければいけない。 そのためにはまず、王国が他国から嫌悪され敵視される原因である八本指を排除することから始めなければならない)

 

 ラキュースはラナーが言っていたことを思い出す。

 八本指は王国で生産している麻薬を帝国や法国にも流しており、その件は既に外交問題にまで発展している。

 竜帝が未だに王国に接触を図らないのも、法国や帝国が意図的とも思えるほどにモンスターを王国に追い立てているのも、結局はそれが遠因にあるのだろう。

 家で同然で実家を飛び出してきた身とはいえ、貴族の家に産まれた者の責務として王国とその民のために力を尽くさなければならない。

 良い意味で貴族らしいラキュースはそう決意し、作戦の成功を願って神に祈りを捧げるのであった。

 



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闘鬼ゼロ

 王都中央の屋敷内の大広間。

 浅黒い肌を持つスキンヘッドの修行僧と二本の大剣を振り回す漆黒の戦士が、互いに拳と剣を唸らせ激しい戦いを繰り広げていた。

 攻勢をかけるのは、漆黒の戦士モモン。

 二振りの大剣を縦横無尽に振り回し、スキンヘッドの男——八本指警備部門の長、≪闘鬼≫ゼロ――を追い詰める。

 足捌きはほぼ素人のそれであり、体幹のバランスも滅茶苦茶。

 得物の長さすら正確には把握しきれていないのか大剣は壁や天井に何度もぶつかるのだが、圧倒的な膂力によりスピードも破壊力も一切落ちず、周囲に亀裂を刻みながら刃をゼロに叩き付けてくる。

 対するゼロは、基本的には防戦の構え。

 モモンの攻撃前の予備動作は分かりやすいため、行動を事前に察知し最適な体捌きで素早く躱す。

 膂力によって強引に攻撃の軌道を変えてくるときもあるが、そういう時も事前に視線の移動などの兆候が表れるため躱すのは容易い。

 そして躱す瞬間にタイミングよく、手技足技により衝撃波を発生させモモンに確実にクリティカルヒットを決める。

 2メートルを超える大柄な体躯に人の身長程はあろうかという大剣を獲物として扱うモモンのリーチは、大柄とはいえ徒手空拳なゼロのリーチを圧倒的に上回っているように見える。

 だがゼロほどの域に達したモンクにとって、手足の先から衝撃波を飛ばすことなど朝飯前だ。

 その有効射程、おおよそ十メートル以上。

 仮に全身鎧を纏っていたとしても常人ならば致命に到る程の衝撃波を飛ばせるゼロにとって、大剣程度のリーチの差など有って無きが如きものだった。

 

 ————だが漆黒のモモンにとっても、衝撃波など有って無きが如きものに過ぎなかった。

 

 既に何発も、モモンの体には衝撃波が叩き付けられている。

 どれほど頑丈でも関係ない、当たれば脳が揺れ昏倒する顎先にも何発も当てた。

 だが、全く効果がない。

 モモン自身が持つ圧倒的な筋力と骨の頑丈さ、そして強固な全身鎧の賜物なのだろう。

 どれほど衝撃波を当てても、モモンにダメージを与えることはおろか、動きを鈍らせることも出来なかった。

 

 (クソッ!! コイツ、本当に人間か?! まるで、ドラゴンとでも戦っているようだ……!)

 

 舌打ちし、ついそんなことをゼロは考えてしまう。

 漆黒のモモンとは因縁があった。

 かつて八本指奴隷部門が、とある商家の執事を相手に大金を強請ろうとしたことがある。

 その執事の老人はかなりの使い手と見られたため、ゼロの部下である八本指最高戦力≪六腕≫の一人が付き添い万全の態勢で挑んだ。

 失敗など有り得ず、大金をせしめ商家の娘すら手籠めに出来ると考えていた奴隷部門だったが——モモンが商家を救うべく現れて、全てが狂った。 

 モモンは金貨の詰まった袋を差し出し言った——これで満足しないなら、自分はあらゆる法を無視して立ち向かう、と。

 モモンとの全面対決を恐れた八本指指導部はこの提案を受け入れ、当初期待したよりも遥かに少ない金額で満足することになってしまった。 

 

 (アレで俺のメンツは傷つけられた! 指導部は俺と六腕ではモモンに勝てぬと、勝てるとしても深刻な被害を受けると考えた!)  

 

 そんなわけがない。

 六腕全員で戦えば大した被害も無く勝てる、否、自分一人でも勝って見せる。

 そう考えていたゼロにとって、今回の王女主導で行われた八本指壊滅作戦は渡りに船だった。

 モモンガ襲撃してくるだろう拠点で待ち構え、従者の女と魔獣は部下たちに相手させ、モモンとの一騎打ちに持ち込んだ。

 他の六腕は別の拠点に派遣しているためいないが、冒険者で言えばミスリル級の者を十数人にオリハルコン級を数人集めた。まさか遅れを取りはしないだろう。

 あとは自分がモモンを倒せば片が付く。

 そう思っていたのだが。

 

 (とんだ誤算だ! コイツ戦士としては未熟だが、強さという点ではガゼフに匹敵するやもしれん……!)

 

 周辺国家最強、いつかは超えたいと願う頂きに匹敵する強さと目の前の敵への認識を改めたゼロは、安全策を捨て命を賭けることにした。 

 

 暴風の如く吹き荒れるモモンの剣戟からバックステップで距離を取り、呼吸を整え構えをとる。

 そんなゼロにモモンは一切の躊躇なく大剣を振りかぶり、追撃を加えるべく襲い掛かる。罠や駆け引きを警戒することも無く動物的本能に任せて追撃を加えようと追いすがるあたり、今まで碌にダメージを負う機会が無かったのだろう。

 圧倒的強者故のその傲慢が隙だった。

 大上段から振り下ろされるモモンの大剣の速度は、ゼロの反射神経を大きく超えるモノだ。

 だが今まで先読みにより攻撃を躱してきたゼロの体は、モモンの攻撃速度を覚えている。

 

 武技により強化されたゼロの裏拳がモモンの大剣の腹に当たり、モモンにより大上段からの切り下げは大きく横に逸れた。

 

 「…………!」 

 

 それと同時に、モモンの体制が大きく逸れる。

 今までの戦いでこのような事態に陥ったことが無かったのだろう。絶大な筋力により転倒は防いだが、上体が無防備に晒された態勢でモモンは停止した。

 

 (もらった!)

 

 そしてそれが、ゼロの望んでいたものだった。

 ゼロの体に刻まれたスペルタトゥー≪呪文印≫、動物の力を得られる特殊な刺青が光り輝きゼロに力を与える。

 足に刻まれたパンサーの刺青の力により強化された脚力で一瞬の内に自らの拳が届く射程距離までモモンとの距離を詰め、その勢いを殺さぬまま腕のライナサラスの力も発動し、強化された腕力でオリハルコン並みの硬度を誇る正拳をモモンの胸に叩きこんだ。

 

 ————金属のひしゃげる心地良い感触と衝撃が、ゼロの体を駆け抜けた。

 

 ゼロの正拳は過たずモモンの鎧に突き刺さり、アダマンタイト並みの硬度を持つだろうモモンの鎧を陥没させていた。

 これだけの攻撃を喰らえば、例えモモンがドラゴン並みの肉体強度を持っていたとしてもタダでは済まないだろう。心臓への衝撃から絶命していてもおかしくない。

 数多の殺人経験からそう確信したゼロだったが、次の瞬間、背筋を冷たいものが走った。

 

 ――――このままでは、死ぬ。

 

 そう直感したゼロは体を沈め、再び発動させた足のパンサーの力により地面を踏み砕くほどに強く蹴り、一気にモモンとの距離をとった。

 

 そしてゼロが距離をとるのとほぼ同時に、3つの金属音が響いた。

 

 2つは、モモンの持っていた大剣が地面に落ちた音だった。モモンは剣士にあるまじきことに、戦闘中に剣を両手から手放したのだ。

 そして3つ目の音は、モモンが大剣を手放した両腕を胸の前でクワガタのようにクロスさせた時に鎧同士がぶつかり合って鳴った音だった。

 モモンは自身の胸に正拳を叩きこんだ状態で静止していたゼロを、大剣を手放した両腕で鯖折りにしようとしていたのだ。

 

 (こいつ……正気か?)

 

 とても戦士とは思えない、完全に素人の行動だった。

 たしかに完全に虚を突かれたため間一髪の所で死にかけたが、それにしても戦闘中に武器を手放すという行為はリスクが高すぎる。 

 手放した武器を再び手に取るのは至難の業、否、そのような隙はこのゼロが決して与えない。

 戦いの趨勢は、完全に自分の方へと傾いたのだ。

 

 「……どうも、よくないな」

 

 だがモモンは自らが圧倒的に不利な状況にあるにも関わらず、焦った様子など全く見せずに呟いた。

 

 「これでも、自信はあったんだ。 今まで多くのクエストをこなし、数えきれないほどのモンスターを倒してきた。 戦士としての技量も身についてきたと思っていたんだが、甘かったな。 対人戦の玄人、近接戦の達人相手との戦闘経験が圧倒的に足りていなかった。 自分の未熟を痛感させられたよ」

 

 その呟きは独り言のようで、ゼロに対して向けられた言葉ではなかった。 

 自分など眼中にないとでも言うつもりかと激しかけるが、挑発の可能性もあるとゼロは自分の心を抑える。

 目の前の敵が冷静な思考の下に戦わなければいけない強者だという事は、既に今までの戦いで痛感している。一片の油断もするべきではない。

 

 「だが今はこの戦いだ……そうだな、こういうのも一度やってみたかったんだ」

 

 しかしモモンはそんなゼロの内面など気付いていないらしく、両腕を体の前に掲げ、いわゆるファイティングポーズというものをとった。

 

 「拳での殴り合い。 悪いが、色々と付き合ってもらうぞ」

 

 そう言うとモモンは、酒場のチンピラの様な動きで殴りかかって来た。

 

 「くっ……?!」

 

 動きこそ素人のそれとはいえ、モモンの身体能力で行えばゼロの命を刈り取るには十分な殴打となる。

 先読みによってスピードと威力だけはあるモモンの拳を躱すが、もともと脅威に感じていたモモンの反射神経は殴打による、より至近距離での戦闘に移行したことで更に危険となった。

 先読みによって攻撃を躱そうとするゼロを、驚異的な反射神経により後追いで追尾してくるのだ。

 結果、戦いは当初のモノと同じになった。

 暴風の様なモモンの攻撃を、ひたすらにゼロが躱すだけ。

 ただしより至近距離での戦いとなった結果、ゼロには衝撃波でカウンターを決める余裕すらなくなった。

 

 「なめるな!!」

 

 とはいえ、徒手空拳での戦いの技巧はモンクであるゼロの方が圧倒的に上だ。

 

 機会を伺いモモンの殴打を殺さず受け流して足を払いバランスを崩して、モモンを転ばせることに成功した。

 

 モモンの筋力がどれほど凄まじくとも、バランスを崩しては転ばざるを得ない。

 モモンは、無様に地面に這い蹲った。

 

 「死ねッ!!」

 

 無論、この絶好の機会を逃すゼロではない。

 再び足に刻まれたパンサーのスペルタトゥーを発動させ、強化した極力を以て全力でモモンの頭を踏み抜いた。

 

 一度や二度ではない。何度も何度も、息をつく間もなく。

 

 スペルタトゥーで強化した脚力による全体重を乗せ重力に従った踏みつけの威力は高く、頑丈なモモンの兜をボコボコに凹ませることが出来た。

 兜に守られた頭蓋骨だって、決して無傷という事はないはずだ。

 

 ————なのに、モモンは平然と立ち上がろうとする。

 

 驚愕し、焦燥し、躍起になって。

 踏みつけ、蹴りつけ、蹴り上げるが、まったく動じた様子がない。

 モモンはふらつくことも無く再びファイティングポーズをとり、ゼロは飛びのいて距離をとった。

 

 (コイツ……不死身か?)

 

 背中に冷たいものが走る。

 今までの長い戦いの人生の中で初めて、ゼロは勝てないかもしれないという恐怖を感じていた。

 戦いを挑んだことへの後悔と、降伏し命乞いをしたいという欲求も湧いてきた。

 これも、初めての事だった。 

 

 「ム……?」

 

 そんなゼロの心の中の動きなど露とも知らないモモンは、突如として構えを解き片手を耳に当て、何事かを呟き始めた。

 一瞬何をしているのかわからなかったゼロだったが、すぐにそれが伝言≪メッセージ≫の魔法により外部から通信を受けているのだと気づいた。

 

 「フム、なるほど、そちらはそんな状況か。 エントマは無事か? そうか、デミウルゴスが。 ああ、殺してはダメだ。 彼女たちには色々と世話になっているし、重要な情報源だからな」

 

 モモンは伝言に気を取られており明らかに隙だらけだったが、ゼロはその隙をつくことが出来なかった。

 モモンに感じた恐怖。それがゼロの体を縛り、自由に動けなかったのだ。

 

 「ああ、私もすぐにそちらに向かう。 それまでは、殺さない程度に彼女たちの相手をしてやっていてくれ」

 

 動けずにいるゼロを尻目に通信を終えたモモンが向き直り、再びゼロに視線を向けた。

 そしてまるで何かを迎え入れるかのように両手を広げると、ゼロに向かって語り掛けた。

 

 「すまないな、緊急事態でいますぐ向かわなければならない所が出来た。 だから一瞬で勝負を決めよう。 ――――お前の最高の一撃を、私に向けて放つがいい」

 

 モモンの言葉に、ゼロは目を見開いた。

 

 「私はお前に感謝しているんだ。 お前のおかげで、私は自分の未熟を知ることが出来た。 戦闘巧者との戦いの経験も詰めた。 だからこれは礼だ。 お前の最高の一撃を受けてやる。 そのうえで、お前を殺す」

 

 怒りが、恐怖を拭い去りゼロの体に再び活力を与えた。

 

 (舐めてやがる……この、闘鬼ゼロを!)

 

 モモンの言葉が挑発であり、自分を誘うものだということくらい分かっている。

 先ほど両剣を手放した時と同じように、攻撃を受けた上で耐え、自分を鯖折りにしようとしているのだろう。

 いいだろう。

 ならば、耐え切れないほどの一撃をくれてやる。

 

 「その言葉、後悔するなよ……。 俺の≪猛撃一襲打≫! 受けて生きていた者はいない!!」

 

 全身に刻まれた五つのスペルタトゥーを全て起動させる。 

 

 足のパンサー、背中のファルコン、腕のライノセラス、胸のバッファロー、頭のライオン。

 

 総身に制御し難いほどの獣の力が溢れ、万能感に満たされる。

 今の自分の力ならば何者をも粉砕できるという確信が生まれ、目の前の敵への恐怖が完全に消え去る。

 だが、そのうえでも決して油断しない。

 モンクとして鍛え上げ習得して来た多数のスキルと武技を同時発動させ、腰を落とし正拳突きの構えをとる。

 積み上げた修練と無数の戦闘の末に辿り着いた答え、至高の正拳突きを放つために。

 

 ——暫しの間。

 

 ——そして、ゼロは風と化す。

 

 数多のスキルによって、限界の更に先まで強化された肉体。

 それを最適な動きで稼働させ、最短距離を最速で間合いを詰め、完璧なタイミングの肉体駆動で最高の威力となった正拳突きをモモンの胸に放つ。

 狙いは今までの戦いの中で凹み、脆弱となった欠損部。

 

 狙いは過たず、拳がモモンの胸に突き刺さるとゼロが確信したところで————時が止まった。

 

 

 

 「やはり時間対策はない、か。 必須なんだがな」

 

 アインズは魔力で編んだモモンとしての鎧を解くと、いつもの漆黒のローブ姿へと変わった。

 

 「さて、ゼロといったか」

 

 正拳突きを放つ瞬間で停止したゼロの胸に手を当て、アインズは語り掛ける。

 

 「さっきも言ったが、お前には本当に感謝しているんだ。 だからお前には苦痛も恐怖もない、勝利の確信の中での穏やかな死を贈ろう」

 

 時間を停止させた状態では、相手に攻撃を与えることは出来ない。

 だが時間停止が解除される丁度その時に魔法を発動させることで、時が動き出すと同時に魔法の効果を発動させることが出来る。

 ユグドラシルでもほんの一握りしか出来ないその特殊技能を、アインズは血が滲むような特訓の末に習得していた。

 

 「では、さらばだ。 ——≪死/デス≫」

 

 時が動き出すと同時にアインズの即死魔法は効果を発揮し————闘鬼ゼロは、必殺を確信した悪鬼の様な笑みを顔に貼り付けたまま、苦痛も恐怖も感じることなく死んだ。

 

 

 

 「お疲れ様です、アインズ様」

 

 髪を夜会巻きに巻き上げた眼鏡の女性——ユリ・アルファが、シャドウデーモンなどの高位の傭兵モンスターを引き連れて現れる。

 

 「ユリか。 他の制圧は終わったのか?」

 

 「はい、この屋敷にいた八本指の関係者は全員ナザリックへ送りました。 他の八本指拠点も制圧が完了したそうですが、一ヵ所で問題が発生したようで……」

 

 「ああ、聞いている。 エントマが青の薔薇とかち合ってしまったようだな。 今はデミウルゴスが相手をしているようだが、私はこれからそちらに向かう。 ユリ、お前もついて来てくれ」

 

 「かしこまりました」

 

 深々と頭を下げるユリを尻目に、アインズはシャドウデーモンにも指示を下す。

 

 「お前たちはこのゼロという男の死体をナザリックに運んでくれ。 この世界の基準ではかなりの強者だったようだからな、強いアンデットの素材になるかもしれん」

 

 ——命令を受けたシャドウデーモンがゼロの死体を運び始めるのを確認したアインズは、再び魔法で漆黒の鎧と大剣を造り出すとモモンの姿に変わり、ユリを従えて歩き始めた。

 

 (デミウルゴス主導の作戦≪ゲヘナ≫か。 とりあえず実行の許可は与えたけど、実際どうなるんだろうなー。 詳しい説明を聞いても何言ってるのか半分も分からなかったし、アインズ様の進められている計画の一助になればとか言われたけど……。 デミウルゴスの中で、俺はいったいどんな計画を進めていることになっているんだろう?)

 

 まあデミウルゴスのやることに間違いはないだろうしナザリックの利益になることは確実なので、後は高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくしかない。

 今の自分に解決できない問題は、将来の自分に解決してもらうしかないのだ。

 

 (最大の仮想敵であるあのカルトギルドが勢力を爆発的に拡大させている以上、ナザリック強化計画の伸展は急務だしな。 ……よし、かんばるぞ!)

 

 自分に気合を入れ直したアインズは、デミウルゴスが殺さない程度に相手をしている青の薔薇を颯爽と現れて助けるという、心の底で憧れていたロールプレイをこなせることに密かに心を弾ませながら歩を進めるのだった。

 



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ゲヘナ後

 ナザリック地下大墳墓第九階層、ロイヤルスイート。

 その一角にある談話室にて、ナザリック最高の智者たるデミウルゴスとアルベドは、自分たちを遥かに超える至高の頭脳を持つ主人アインズ・ウール・ゴウンの胸の内を推し量り今後の方策を決めるべく、額を突き合わせて話し合っていた。

 

 「まずは≪ゲヘナ≫の成功おめでとう、デミウルゴス。 この作戦の成功でナザリックは多くの物資を手に入れることができ、王国の半分も支配下におけたわ。 流石ね」

 

 「お褒めにあずかり光栄だね、アルベド。 しかしやはり、この作戦もアインズ様の想定内であったようだ。 私はただ、至高なる御方の計画の一端を預かれた喜びに震えるばかりさ」

 

 穏やかに笑いあう彼らの内にあるのは主君に対する純粋な崇敬、そしてどちらがより主人の役に立ち貢献できるかという競争心だ。

 守護者である彼らにとって、至高なる主人の役に立つ以上の喜びと存在意義の証明はないのだから。

 

 「とはいえ目下最大の敵対勢力であるかのギルドとは、以前大きな差がある。 裏に回り慎重に事を進めてきたのが仇になった形だね」

 

 デミウルゴスの言葉にアルベドの視線が鋭くなる。

 至高なる主人が最も警戒し、同胞であるシャルティアを傷つけた敵だ。怒りを感じぬ者などナザリックには一人たりとも存在しない。

 

 「……確かに支配下においている国は多いけど、所詮は人間共が支配する国でしょう? 雑魚が集まったところで物の数に入らないわ」

 

 「私もそう思ってはいたんだがね。 だが、そうも言ってられなくなった。 これを見てくれ」

 

 デミウルゴスはアインズから渡された報告書を取り出し、アルベドに差し出す。

 アルベドは報告書を受け取ると内容を速読するが、読み進めるほどに、その端正な顔が怒りと驚愕の歪んでいった。

 

 「……超位階まで含む魔法知識や各種スキル知識の拡散に、錬金鍛冶やゴーレム作成などの各種高等技術の伝播に教育、訓練? それにユグドラシル産の動植物や希少金属の配布? 奴らは、ユグドラシルの知識や技術をこの世界の住人にバラ撒いてるの?」

 

 正気か、というアルベドの言葉にデミウルゴスは重々しく頷く。

 

 「私としても正気を疑うが、事実だ。 それどころか、ユグドラシルで培われた戦術や戦法なども伝えているらしい。 ……狂気だよ」

 

 ――信じられない、とアルベドが呟くのも道理だ。

 

 情報や技術は、力だ。

 それをどれだけ持っているか、どれだけ優越しているかで彼我の上下は決まる。

 幾ら支配下においたとはいえ、まだ日も浅い者たちに自らの持ちうる技術や知識を無造作に与えるなど反乱の種を蒔くようなものだ。

 被支配階級にある者は無力な羊、あるいは物を考えず上位者に従うだけの愚者であることが望ましい。

 彼らの持ち高めた技術や知識は全て収奪し、こちらが持つ知識や技術は限られ選別された無害なものしか与えない。

 それが正しい支配者と被支配者との関係なのだ。

 

 「まあ、彼らの正気を議論したところで始まらない。 ……私の個人的見解としては、恐らく正気なのだろうが」

 

 「正気? こんな愚行を正気で行えるなら、それはよっぽどの馬鹿か頭の中がお花畑かのどっちかよ。 奴らは頭の中にお花畑が広がっている馬鹿だと、あなたは思ってるわけ?」

 

 「いいや」

 

 嘲るようなアルベドの問いに、首を横に振ってデミウルゴスは答える。

 

 「我々がこれを狂気の沙汰と思うのは、奴らの目的が我々と同じ世界征服だと仮定しているからだ。 彼らの目的がまるで違うものなら、これはそのために必要なことなのだ。 ――――彼らを馬鹿だと思っているかと聞いたね? そんなこと、君と同じく欠片も思っていないさ。 奴らは至高の御方達には劣るとはいえ、御方達と争っていたプレイヤー達だ。 我々を超える頭脳を持っていることなど、前提条件だよ」

 

 強い口調で断言するデミウルゴスに、アルベドは軽く頭を下げる。 

 

 「ごめんなさい、動揺のあまり不躾な言い方をしたわ。――それで、貴方は奴らの目的は何だと考えるわけ?」

 

 「……君と同じだよ、アルベド。 想像し想定できることは無数にあるが、情報不足でどれも確定的でなく、現時点でソレを考えることは不毛なだけだ」 

 

 報告書を軽く叩き、デミウルゴスは話を続ける。

 

 「アインズ様の構築された情報網のおかげで、我々は奴らの進める表の行動は正確かつ最速で把握できている。 ああ、アインズ様のおかげで我々は情報戦では確実に上回っていると断言できるだろう。 我々が奴らの情報を数多く入手出来ているのに対し、奴らは我々の事を恐らくほとんど把握できていない。 せいぜいがアインズ様の指示で建設された偽のナザリックの場所を知っている程度だろう。 ――だが奴らの真の目的、裏の行動はなかなか補足できない。 隠密能力に長けた高レベルモンスターを放ってはいるのだが、むこうもその程度は警戒しているからね」

 

 索敵・情報収集系の魔法も同様に、である。

 共にユグドラシルのトップギルドだったもの同士、技術系統・水準は同程度であり動員可能な人員の能力も等しいため、それだけでは互いに一方的に優位になることは難しいのだ。

 

 「故に彼らの真の目的を推察することは建設的とは言えない。 今考えなければならないのは、奴らの行動が我々にどのような影響を及ぼすかだ。 ――君はどう考えるね?」

 

 「分かり切っていることを、わざわざ聞くものではなくてよ。 当然、計り知れないほどの損害を負っているわ。 奴らが垂れ流している知識と技術は、ナザリックと同一のもの。 奴らがソレをこの世界の住人に配れば配る程、我々の知的財産と優位性が目減りしてく。 アインズ様がこの世界を支配された際の支配力が落ちてしまうわ」

 

 「その通りだ。 そしてユグドラシルの知識と技術を持つ者が奴らの配下に加速度的に増えていくという事は、奴らと我々との間の戦力差が開いていくという事でもある。 ――早急の対処が必要だろう」

 

 「妨害のためにテロでも起こす?」

 

 「それも一つの手だが、効果は限定的だろう。 それに奴らと正面から全面衝突することにアインズ様は慎重だ。 やるなら我々が直接的に行うのではなく、この世界の住人を裏から扇動し我々の関与を隠す必要があるだろうね」

 

 「――面倒ね」

 

 「ああ、そして効果も薄い。 ……やはりここは王国を完全に支配する形で我々も表の存在となり、表の世界から影響力を行使し勢力を伸ばしていくのが最善だろう」

 

 デミウルゴスの言葉に、アルベドが眉をひそめた。

 

 「王国にはまるで魅力を感じないわ。 それに今のやり方を続けるという事は、形式的であれ人間をアインズ様の上に置かねばならなくなる。 気分が悪いわ」

 

 「私もだよ、だが仕方のないことだ。 奴らは人間至上主義を掲げており、少なくとも表面上はそれを堅持している。 異形種である我々が直接人間の上に立つことは、奴らに有形無形の干渉を受ける口実を与えることになる。 人間の神輿を立てることは必要なことだ。 ――それに、彼女ならば十二分に神輿の役を果たせるだろうからね」

 

 「貴方がゲヘナの前に会ったという、人間の娘のこと? あなたがそこまで言うという事は信頼できるという事だけど、大丈夫なの」

 

 アルベドの問いに、デミウルゴスは力強く頷いて肯定する。

 

 「ああ、とても人間などとは思えない、王国で唯一価値ある存在だ。 折を見つけて君も会ってみると良い、きっと私と同じ結論に至るはずだよ」

 

 そして無論、形式的にとはいえ人間をアインズの上に置くなどという不敬極まる計画を実行する許可は貰っている。

 幾らその全てが至高なる主人の遠大なる計画通りであるとはいえ、そうでなければ不敬極まり過ぎて口にできるものでは無い。

 

 「ではこの後の事も、全てアインズ様の計画通りに?」

 

 「ああ、その深淵なる思慮の全てを把握できているとはとても言えないが、全てはアインズ様の計画の通りに進めるつもりだ」

 

 

 モモンという偶像、王国民にとっての救世主の創出。

 首謀者のみを消し、統率者の無い死都と化させたエ・ランテル。

 魔皇ヤルダバオト、恐怖の象徴たる絶対悪を生み出す魔王計画。

 

 

 この世界に初めて訪れた際にわざわざカルネ村などという人間が暮らす小規模集落を救い、その後ガゼフという王国戦士長を法国と敵対してまで助けたのも、全てはその神をも超える頭脳で全てを見通していたからに違いない。

 すべては、誰もが認める形で王国の支配層に就くために。

 

 「これより私は魔皇ヤルダバオトとして、エ・ランテルそしてカッツェ平原のアンデットたちを率いて王国に戦争を仕掛ける。 無能で邪魔な貴族たちを全て殺し、王国を間引きする。 竜帝が救助の名目で干渉しようとしてくるだろうが、そこは彼女が貴族たちを操り内政に干渉しないよう伝えて止めるだろう。 —―奴らは王国内に我々の存在を感じ警戒してあまり近づいてこないが、それでももしもという事がある。 奴らが強硬な手段をとって来た時の対処は君に任せるが、構わないね?」

 

 「もちろん、アナタがいない間のナザリックの守護は任せて頂戴」

 

 アルベドの答えに満足気に頷くと、デミウルゴスは席を立った。

 

 「では行ってくるよ。 至高なる御方にこの世界の全てを捧げるため、お互い最善を尽くそうじゃないか」

 

 



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魔皇ヤルダバオト

 ――――廃墟と化したエ・ランテルの地から、死の河が奔流となって溢れだした。

 

 

 アンデットを扱う秘密結社ズーラーノーンの手により死都と化した大都市、エ・ランテル。 

 法国・帝国との国境近くにあり、交通の要所でもあったため帰属をめぐって毎年帝国との小競り合いの要因ともなっていた戦略上の要所だったが、死都と化したことにより価値は無くなった。

 その後は小規模なアンデットの群れが周辺の領地を荒らす原因となっていたが、もともと国王の直轄領であったため貴族派閥が奪還のための兵を出すことを渋り、放置されるがままとなっていた。

 

 そんな地から、幾万ものアンデットの群れが雪崩となって溢れだした。

 しかも強大な悪魔たちに率いられた軍団となって、だ。

 

 いくつかの貴族の領地が蹂躙された後、この死の軍団を統べる者は先日王都を襲撃し、迎撃しようとした第二王子ザナックを殺害した魔皇ヤルダバオトであると判明した。

 息子を殺され復讐に燃える国王ランボッサ三世は大号令を発し、王国が動員できる最大戦力である25万の大軍勢を構築し、これを迎え撃った。

 この軍は敵が悪魔とアンデットであるという理由から青の薔薇を始めとするアダマンタイト級冒険者も参戦する、まさに王国の全戦力ともいえるモノだったが――――魔皇の率いる死の軍団を相手に惜敗した。

 ヤルダバオトと互角に戦えるモモンは奮戦したが魔皇を仕留めるには至らず、王国戦士長ガゼフや青の薔薇などの実力者は魔皇軍幹部の大悪魔相手に動きを封じられ、最後は統制を無視し無謀な突撃を行った第一王子バルブロが討たれたことにより大勢は決した。

 王国軍は散り散りになり多くがアンデットと化して魔皇軍の一部となり、王国民にとっての希望であるモモンもまた魔皇との戦いにより重傷を負った。

 魔皇軍はその勢いに乗って王都に攻め入り一日もたたず落城させ、王国は事実上魔皇の手に落ちた。

 

 もう終わりだ。

 自分たちは魂無きアンデットとなり永遠に魔皇の下棒として彷徨い続けるのだ――――王国に住まう全ての者たちがそう絶望したとき、二つの奇跡が起きた。

 

 一つ目の奇跡は辺境の集落、カルネ村から起きた。

 エンリという名の少女が率いる軍団が、魔皇の率いる死の軍団を打ち破ったのだ。

 それはゴブリンを主力にオーガ、トロール、ナーガ、そしてかつてエ・ランテルが滅んだ際に逃れた難民たちで構成された混成軍だった。

 彼らはそれぞれの種族の特性を生かした戦法で死力を尽くして戦い、防衛戦とはいえ大悪魔が率いる死の軍を退けた。

 戦略的には意味のない勝利だったが、その勝利は絶望の淵に沈んでいた王国民たちの心に希望の火を灯した。

 

 そして二つ目の奇跡、それはモモンによりもたらされた。

 モモンが自分の父だという大魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウンをランボッサ三世に紹介したのだ。

 死霊魔術を扱うというアインズの手を借りることに一瞬躊躇したランボッサ三世だったが、最も信頼する家臣であるガゼフがかつてアインズに助けられたことがあり、信頼し尊敬できる人物であると太鼓判を押したため、その力に縋ることを決断した。

 そしてランボッサ三世は自らアインズの下に出向きその場で跪くと、アインズに助力を懇願した。

 大魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンは助力を快諾し、魔皇への反撃が始まった。

 

 第一の奇跡の地であるカルネ村もかつてアインズに助けられた過去があり、協調路線は容易く取られた。

 そしてアインズ傘下の死の騎兵500とカルネ混成軍、そして王国軍残存兵からなる連合軍は王都奪還作戦を遂行し、見事に王都を取り戻すことに成功した。

 その後連合軍はアインズの死霊魔術によって魔皇軍のアンデットを自軍に引き抜きながら制圧された各地を解放して回り、ついにヤルダバオトを始まりの地であるエ・ランテルにまで追い詰めたのだった。

 

 

 

 王国における魔皇の最後の牙城となったエ・ランテル。

 かつてよりも更に重厚に、そして高くなった城壁の周りをヤルダバオト配下の悪魔とアンデットたちが陣を布き防備を固めている。

 その威容を、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは傍らに立つ仮面の魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンと共に睨み付けていた。

 

 「……あれほどの城壁は、生まれてこのかた見たことが無い。 あの悪魔とアンデットからなる防衛線も強固なものだ。 ゴウン殿、疑うわけではないが、本当にアレらに魔法の一撃を以て風穴を開けられるのですか?」

 

 仮面の魔法詠唱者アインズは、ガゼフの問いに力強く頷いて答える。

 

 「御心配には及びませんよ、ガゼフ殿。 私の魔法ならばあの程度、造作もなく打ち破れます。 ……とはいえ、その魔法は私にとっても大魔法。 基本となる十位階を更に超えた位階にある魔法です。 そうですね、……十年。 次にその魔法を撃つには十年、魔法の力を溜める必要がありますが」

 

 「なんと、それは……!」

 

 アインズの言葉を聞いたガゼフは感涙し身を震わせ、深々と頭を下げた。

 

 「そのような大魔法を我らのために……! この戦は本来、ゴウン殿には関わりなきこと。 それを我らを助けるために参戦してくれたばかりか、そこまで……! とても言葉に尽くせるものではありませんが、王国に棲む全ての生者を代表して、貴公に感謝しますゴウン殿……!」

 

 ガゼフの余りにも真摯な感謝の言葉に、アインズは慌てたように手を振って答えた。

 

 「あ、いや、そこまでのことは……。 ほら、私って引きこもりでそんな魔力を使う事もありませんし? ここが魔力の使いどころですよ」

 

 「ご謙遜召されるな……! 貴公と、そしてご子息であらせられるモモン殿はまさしく王国の救世主。 このガゼフ、国王陛下への忠誠と同じほどに、貴公たち親子への報恩のため尽くすことをここに誓わせて頂きたい」

 

 感動の涙を流しながら騎士の誓いの礼をするガゼフに、アインズはどこかバツが悪そうに片手を差し出した。

 

 「その……ガゼフ殿? そこまでしていただかなくて大丈夫ですよ。 その、私は戦士長殿の事を友人だと思っています。 その友人が困っているのです、力を尽くすのは当然ですよ」

 

 「ゴウン殿……!」

 

 ガゼフは涙を力強く拭うと、笑顔を見せてアインズの差し出した手を力強く握りしめた。

 アインズの表情は仮面で隠され分からないが、それでも力強く握られた手に戸惑いつつも嬉し気だ。

 これから凄惨な戦争が始まろうとしている地ではあるが、今この時だけは、穏やかで優しい時間が流れていた。

 

 

 

 「父上!!」

 

 

 

 そんな穏やかな空気をぶち壊したのは、何処か芝居がかった気障な声だった。

 

 

 「……! パン……いや、モモン……!」

 

 二振りの大剣を背負った漆黒の戦士が、五人組の女性――アダマンタイト級冒険者チーム≪青の薔薇≫を引き連れて、アインズたちのいる全体を見渡せる小高い丘まで歩いて来ていた。

 

 「父上!! 至高なる御身の愚息モモン、憚りながら御身の眼前に参上仕りました!」

 

 クルッと一回り、華麗なターンを決めてマントをはためかせたモモンは、アインズの眼前に劇場の俳優のように跪いた。

 そしてそんなモモンの姿に瞳をキラキラと子供のように輝かせたラキュースとイビルアイは、モモンと同じように華麗にターンを決めてから、モモンと同じようにアインズの前に跪いた。

 

 「…………」

 

 ガガーランと双子忍者もまた敬意を示して跪くが、先に跪いた3人を見る目はどこか引いたものだった。

 

 「ふぐぅ」

 

 アインズの口から奇妙な声が漏れ、それと同時に痛みに耐えかねるように胸を掻きむしり身を屈めた。

 

 「ゴウン殿!? 大丈夫ですか?!」

 

 「あ、ああ。 大丈夫です、ガゼフ殿。 少しばかり、古傷がうずいて……」

 

 「なんと、おいたわしや父上! このモモン、父上の身を苦しめる痛みを取り除くためならば竜帝にも挑みましょう! ……否、否! 父上、魔法によってその痛みを愚息めにお移し下さい! 父上のためならばこの愚息、地獄の業火にも耐えて見せましょう!」

 

 「ヒギィ」

 

 オペラの舞台俳優が如きオーバーリアクションで言葉を紡いでいくモモンの姿に更に苦悶の声を挙げたアインズは、モモンの両肩をガッシと掴むとモモンの兜にぶつかる程に顔を近づけて言った。

 

 「モモン! 息子よ! 人前でそういう言動は、慎むように言ったよな!? 今すぐ、やめるんだ!!」

 

 「 Wenn es meines Gottes Wille (我が神のお望みとあらば) 」

 

 「ドイツ語もやめろォ!!」

 

 最後は叫ぶように怒鳴ったアインズだったが、そのアインズに、とどめの一撃が放たれた。

 

 「……モモンって、親しくなるとあんな感じだったんだ」

 

 「正直引く」

 

 双子忍者の言葉に、アインズは膝から崩れ落ちた。

 

 「ゴウン殿、大丈夫ですか!?」

 

 「え、ええ、ガゼフ殿。 はい、大丈夫です、安定化しました。 ……それで、モモン。 何の用だ?」

 

 アインズの問いに、相変わらずのオーバーリアクションでモモンガ答える。

 

 「はい、父上。 私を含め、集まったアダマンタイト級冒険者チーム全員の突入準備が完了致しました」

 

 「……そうか」

 

 王国には、人間世界全域からアダマンタイト級冒険者チームが集まっていた。

 それは恐るべき魔皇ヤルダバオトには人類総出で立ち向かう必要があると各国の冒険者組合が考えたためであるが、もう一つ理由があった。

 知っての通り竜帝の大遠征が始まってから冒険者の数が減り、それに伴って組合の持つ力も弱まったのだが、それを好機と今や竜帝の片腕とまで言われるようになった帝国皇帝ジルクニフが冒険者組合の完全に掌握に乗り出したのだ。

 残っていた多くの冒険者や組合の職員達は逆らい難い時代の流れと受け入れ国家の管理下に入ったのだが、それでもなお納得できない最高位冒険者や反骨の組合職員たちが、今や聖王国と並んで数少ない竜帝傘下外の人間国家であるリ・エスティーゼ王国になだれ込んで来たのだった。

 彼らはアダマンタイト級の中でも更に規格外の実力を持つモモンを旗印に一つに纏まり、国家からの独立性を維持することを条件に、対魔皇戦線における全面協力を約束していた。

 

 「では、それ以外の全ての準備も完了したのだな?」

 

 「はい、全ての準備が完了致しました、父上」

 

 アインズはモモンの言葉に頷くと、ガゼフに向き直った。

 

 「ではガゼフ殿。 全軍の準備が完了し次第、私は魔法の準備にかかります」

 

 「分かりました。 御子息は命に代えても、私共が魔皇の下まで送り届けましょう」

 

 ガゼフもまた顔を引き締め、王国に伝わる宝剣の柄に力を込める。

 アインズの大魔法により敵軍と城壁に風穴を開け、その間隙を突いてモモンを中心としたアダマンタイト級冒険者たちが矢となり突入し魔皇ヤルダバオトの首を獲る。兵士たちは残存する敵兵たちが魔皇の救援に向かえぬよう足止めする。

 それが連合軍の立てた作戦だった。

 

 「さてと……」

 

 ガゼフがモモンたちと共に去ったのを見送り、完全に姿が見えなくなったことを確認してからアインズは誰もいないはずの背後に向けて話しかけた。

 

 「いるか、アウラ?」

 

 「はい、アインズ様!」

 

 しかしアインズが問いかけたと同時に色黒な肌に尖った耳と左右で色の違う眼をしたダークエルフの少女が透明化の魔法を解いて現れ、元気よく返事をした。

 彼女の名はアウラ・ベラ・フィオーラ。

 ナザリック第六階層の守護者を勤める、100レベルNPCである。

 

 「よし、それで、奴らの動きはどうだ? この近辺に斥候は現れたか?」

 

 「それが全然来ないんですよ。 この戦争が始まったときから一貫して、向こうはあまり干渉してきません。 最初の頃は高レベルな奴とかが来てたんですけど、こっちが迎撃するとすぐ来なくなりましたし。 今は王国の国境沿い辺りに強そうなのがかなりの数潜伏してる感じです。 それとは別に表の人間を使った密偵は来るんですけど、それもたいしたことないのばっかですよ。 どうします? そっちの方も全員消しましょうか」

 

 「いや、いい。 ある程度は情報を与えて向こうの出方を知りたい。 ……しかし、そうか。 斥候すらたいして送ってきていない、か」

 

 アインズは顎に手を当て考え込む。

 あのギルドとの全面対決すら覚悟していただけに、ここまで干渉してこないとは拍子抜けであった。

 

 (こちらに興味がない? いや、少なくとも斥候を送ってきて備えとなる部隊を配備している以上それはない。 ……敵対する意思がない? シャルティアを襲っているくせに、流石にそれはないと思うが)

 

 表向きにしろ裏にしろ、この戦争中にもっとコンタクトをとってくると思っていた。

 それが無かったのは予想外であり、はっきり言ってこの戦争の目的の半分は失敗したと言っても良かった。

 

 (まあ仕方ない、もう半分の目的の王国の支配は成功しそうなんだ。 よし! 妨害が入らなかったことはむしろ幸運だったと思って、残りの仕事を片付けるぞ!)     

 

 心の中で自分に気合いを入れると、アインズは練習によって身につけた支配者にふさわしい堂々たる態度でアウラに命を下した。

 

 「ではアウラよ、私は残りの仕事を片付ける。 流石にここまで来ての介入は無いとは思うが、それでも警戒を続け、もしもの時は頼んだぞ」

 

 「はい!!」

 

 

 

 ――――それから暫くして、連合軍の作戦は実行に移された。

 アインズの魔法は絶大な威力をもって魔皇の軍勢とエ・ランテルに築かれた城壁を粉砕し、モモン率いるアダマンタイト級冒険者たちからなる突入部隊は魔皇の下へとたどり着いた。

 魔皇、そしてその麾下の幹部たる大悪魔たちとの死闘は峻烈を極め、エ・ランテルの都市を半壊させるに及んで決着をみた。

 首魁たる魔皇ヤルダバオトこそ取り逃がしたものの麾下の大悪魔たちは全て討伐され、王国は魔皇の脅威からひとまずは開放された。

 

 

 その後、ランボッサ三世は唯一生き残った嫡子である第三王女に譲り、ラナーが新たなるリ・エスティーゼ王国の女王となった。

 そして対魔皇の戦いにおいてもっとも功績のあった二人。

 元カルネ村村長であるエンリには王国の全軍を指揮する大将軍の地位が。

 大魔法詠唱者であるアインズ・ウール・ゴウンには新たに国王に次ぐ地位である宰相の位が作られた上で贈られ、この三者による王国の新体制が始まったのであった。

 

 



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放り込んだギルド 2

 バハルス帝国首都、アーウィンタール。

 歴代最高と讃えられるジルクニフ帝の辣腕で元より活気にあふれていたこの帝都は、竜帝の傘下となったことで空前絶後の繁栄を迎えていた。

 人類版図の各所より各種珍品、名品が集まり溢れていた市場には、今や亜人たちの領域で会った南方の宝物や香辛料までもが溢れており、中には竜帝より下賜された異界の珍品までもが置かれている。

 都市の領域も元の数倍まで広がっており、そのための労働力もまた竜帝から人々に与えられた最新の魔道技術により量産されたゴーレムたちにより賄われている。

 なかにはゴーレムともまた異なる技術により作られたロボットなるモノもあるそうだったが、帝都の住民たちにとってはどうでもいいことだった。

 大切なことは、これら全てが偉大なる竜帝陛下によりもたらされたという事だった。

 

 竜帝が最初現れた時、帝都の住民は恐怖に打ち震えた。

 その支配下に入らざるを得ないと覚悟した時、被支配生物として選ばれた人間たちは到来するだろう闇の時代に絶望した。

 だが現在。

 竜帝支配下の人間種たちの顔は皆一様に、未来への希望に光輝いている。

 竜帝が推し進めた南方亜人国家群への大遠征事業。

 その圧倒的な成功とそれによりもたらせられた繁栄は、人間たちの竜帝への不信と恐怖を押し流した。

 長い年月、種としてのスペックが圧倒的に格上な亜人たちに圧迫されてきた劣等種族である人間たちは、本能的に強い者に縋り守ってもらいたいと願う本能を持っている。

 亜人たちを打倒す力を与えそれに伴う繁栄を与えてくれた竜帝を、多くの人々は庇護者として受け入れたのだ。

 竜帝陛下の下にある限り、自分たちには永遠の繁栄と安全が約束されている。

 もはや傘下にある国々の一部では、この世に降臨された新たなる神として神格化され始めている竜帝である。

 肉持ち現実に君臨する神の御許にありその御業によって繁栄と栄光を賜っている人間たちは、幸福感に酔っていた。

 

 無論、その酔いを醒ます不安材料が無いではなかった。

 隣国リ・エスティーゼ王国に現れた悪魔の親玉、魔皇ヤルダバオトがそれだ。

 歴代最強とも謳われるアダマンタイ級冒険者モモンとその親、大魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウンの手により王国から撃退されたようだが、いまだどこかに潜伏しているという。

 

 帝国や法国、都市国家群などの竜帝傘下の諸国家にその毒牙を伸ばしてくるのではないか?

 そういう恐怖が無いではなかった。

 

 だが、多くの者はそれを一笑に付した。

 

 「竜帝陛下が在られる。 魔皇ごとき、仮に現れたところで瞬く間に引き裂かれるだろう」

 

 事実人々に安心を与えるかの如く、竜帝の御座船である空飛ぶ巨船は遠征の最前線である南方から王国との国境線近くまで戻ってきていた。

 遠く離れた遠方からすらその威容が知れる巨船に、信仰対象にすら成りかけている絶対強者の庇護者が座している。

 竜帝陛下ある限り、自分たちは安全だ。

 人々は、そう確信していた。

 

 

 

 ――――ただ、人々からそう思われている張本人である竜帝こと百段の内心は安心とは程遠かった。

 

 百段だけではない。

 巨船フリングホルニの談話室内で顔を突き合わせている同じプレイヤーのフナザカとTEN☁KAI、そして新たにギルドメンバーとなったこの世界の住人、漆黒聖典の隊長の顔色は皆すぐれなかった。

 

 理由は魔皇ヤルダバオト――――などではなく、その対抗存在として現れたアインズ・ウール・ゴウンである。

 

 プレイヤーである3人はソレが何か元より覚えており、隊長も知識の共有は成されていた。

 アインズ・ウール・ゴウン。

 自分たちギルド≪ブラックオーダー≫に匹敵するほどの戦力を持った巨大ギルド。

 表に出ている五百の死の騎兵などその総兵力の1%にも満たない、ゲーム内最多のワールドアイテムを保有していたチート集団。

 そんな可能な限り敵対したくない、可能なら友好接触したい、最低でも相互不干渉を結びたい相手に、百段は既に非友好的接触をとってしまっていた。

 

 「で、やっぱり百段さんと隊長さんが戦った変な吸血鬼は、アインズ・ウール・ゴウンのNPCで間違いないと?」

 

 「……おそらく。 あのギルドの資料調べ直してみたら、最初に出てくる100レベルNPCと姿からスキルまで全部同じだったので。 偶然の一致ってことはないと思います」

 

 「マジかー」

 

 百段の答えにフナザカは天を仰ぎ、その姿に百段は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 「……すいません、毎度迷惑をかけて」

  

 「いえ、あのとき貴方は襲われていた女性を助けようとしたのです。 間違った行動をしたとは思いません」

 

 だがそんな百段の姿に隊長が待ったをかけ、TEN☁KAIもそれに続いた。

 

 「そうですよ。 それにそれもあって隊長さんとか番外ちゃん、それに法国とも親しくなれたんです。 結果オーライですよ」

 

 「ま、そうですね。 それに結局、殺してはいないんでしょう? だったら復活のための資金も使わせないで済んだんですし、プレイヤーじゃなかったのも不幸中の幸いです。 これに関してはもう、百段さんの武器破壊スキルで壊した武器の修繕費用でも払えば大丈夫ですよ」

 

 「……ありがとうございます、皆さん」

  

 仲間たちからの暖かい慰めの言葉で声音が明るくなる百段だったが、続く隊長の言葉で再び項垂れてしまった。

 

 「そうなると後の問題は……番外席次です。 どうですか百段さん、彼女の様子は?」

 

 「……かなりやる気になってます。 もう戦争したくてウズウズしてる感じで。 女神様もそれに応えて今はいないメンバーが残してった金貨を使って高レベルモンスター召喚して戦争の準備していますし、正直止められる気がしません」

 

 百段の言葉に他の3人も項垂れ顔色が悪くなる。

 女神様だけでも全く手に負えないのに、更なる問題児がソレを煽っているのだ。

 

 「隊長さん、こんなことは言いたくないんですけど、貴方たちあの子にどんな教育してたんです? あの年で結婚して子供作ろうと本気で夜這いかけてくる上に、完全な戦闘狂。 いつも欲求不満を抱えていて我侭で、正直手に負えないんですけど」

 

 割と深刻な口調で尋ねた百段だったが、お調子者なところがあるフナザカがそれを茶化し始めた。

 

 「もう諦めて手を出したらどうです? 子供出来れば落ち着くのでは」

 

 「出来るわけないだろ、相手完全に子供だぞ? しかも俺、今ドラゴン。 どんな特殊性癖だ」

 

 「竜王国の女王様の祖先も人間と子供作ったそうですし、割とありなのでは?」

 

 「無しだよ。 そもそも見た目子供で事案なのは変わんねーだろ。 それに俺、元の世界に妻も子も孫までいるから」

 

 「頑張ってロリコンに目覚めてください。 頑張れ、御爺ちゃん!」

 

 「……お前も俺と同じくらい強いってあの子に教えてやる。 近いうちに襲われるだろうけど、頑張れよ? 負けたらあの子の気がすむまでボコボコにされるし、勝ったら子作りに誘われる毎日だ」

 

 「やめて?! そもそも強いって、そりゃユグドラシルでの話でしょーが! 俺、前線で亜人ども相手にやってる弱い者いじめならともかく、あの子クラスの相手とガチ戦闘する度胸なんて無いですから!! ほんとにやめてくださいよ!?」

 

 「お、おう。 そこまでガチで言わんでも」

 

 フナザカのあまりの剣幕に若干引いた百段だったが、場の空気を戻すように隊長がゴホンと咳払いをした。

 

 「……話を戻してもいいですか?」

 

 「あ、ああ、すいません、隊長さん。 つい現実逃避を」

 

 「まあ実際、現実逃避したくなる現状ですもんね」

 

 TEN☁KAIの軽口を流し、隊長は話を続けた。

 

 「番外席次の教育については……。 正直、エルフの血を継ぐ彼女は法国の誰よりも年上なので正確なことは言えませんが、彼女の母親が関係しているそうです。 また彼女の存在そのものが評議国にある白銀の竜王との盟約に背くもののため、戦争を避けるためにも神殿に閉じ込める様な形で育ったのが悪かったのでしょう。 婚姻と子作りを強要するのは……我々の落ち度もあります。 あの時は申し訳ありませんでした」

 

 「……過ぎた事ですよ。 それに、あの子の性格からしていつかは襲われていたでしょうし」

 

 ちょうど話題に上がっていたアインズ・ウール・ゴウンの吸血鬼NPCと百段との戦いのさなか、隊長たち漆黒聖典は何者であろうと洗脳することの出来るワールドアイテムを用いて介入、戦闘を優勢に進めていた百段を支配し法国に連れ帰ることに成功した。

 そのまま臨時で最高評議会が開かれ百段の口から世界崩壊級の厄ネタが続々と語られたのだが、そのさなか、自分より強い強者を求め退屈し刺激に飢え切っていた番外席次が百段を急襲したのだ。

 洗脳下にあったとはいえ、本能的に防衛行動をとった百段はそのまま番外席次と交戦。

 番外席次は人類の守り手とも呼ばれるこの世界最強の人類だったが、ユグドラシルにおいてワールドチャンピオンを除けばトップクラスに入るプレイヤーである百段には及ばなかった。

 ほぼ一方的な戦いの末、百段は番外席次に勝利。

 以降たちの悪い懐かれ方をし、竜帝という分を遥かに超えた立場に胃壁を削られる百段の精神を更にやすり掛けする存在となっていた。

 

 「子作りとか言ってこなければ犬猫に懐かれるみたいで結構癒しになるんですけどねぇ……。 まっとうな人間関係を築けば改善されるかと思って俺の娘って形で帝国魔法学院に編入させたけど、あんまり効果ないし。 皇帝さんに無理言っただけになっちゃったなぁ」

 

 「ああ、俺が前線で知り合ったアルシェって子と一緒に編入させたんでしたっけ。 あれ、効果なかったんです?」

 

 「一部改善したんだけど、なんかよりいっそう増長したような気がする。 あまり特別扱いしないようにお願いしたんだがなぁ……」

 

 更に落ち込む百段を、隊長は苦笑しながら見つめる。

 

 (いや、どう考えても特別扱いされるだろう。 確かに帝国は我が法国と比べてハーフエルフに対する差別は少ないが、それでも無いわけではない。 支配地が急激に増えて忙しいだろうに、あの皇帝も気の毒なことだ。 万が一にも竜帝の娘に侮蔑の視線や言葉が投げかけられぬよう、散々気を配ったのだろう)

  

 世間では竜帝の右腕などと呼ばれ竜帝の治世における最大の成功者扱いされる帝国皇帝ジルクニフだったが、その立場は危ういものだった。

 なぜなら大遠征が進み竜帝の支配地が広がるにつれ、かつてジルクニフによって粛清されたり閑職に追いやられたりした元貴族たちが復活し始めたからであり、番外席次の付き人として学院に編入されたアルシェという少女の生家であるフルト家も、そういった元貴族の一つだった。

 亜人領の征服自体は竜帝軍の圧倒的な力で為されるのだが、征服した領土は統治し運営しなければならない。  竜帝軍の中核を占める元冒険者やワーカー、そして元々亜人領にいた家畜扱いの人類では領地経営などとても不可能であり、結果として曲がりなりにも領地経営のノウハウがある元貴族たちが重用されたのだ。  

 無能として粛清された彼らではあったが、竜帝という絶対者の恐怖の下、無能は無能なりに粉骨砕身し皆がそれなりの地位と財産を取り戻した。

 

 ――――そして力を取り戻した彼らは皇帝ジルクニフへの憎悪を募らせ、強大な反皇帝派閥を形成した。

 

 立場的には竜帝の家臣である彼らには皇帝も手出しはしにくく、竜帝の右腕という世間の評価が、彼ら反皇帝派閥を抑制する最大のよすがとなっていた。

 

 (当初はそれなりに竜帝への反抗心をもっていた皇帝だったが、もたらされる繁栄と反皇帝派閥の存在により反抗を不利益と判断し、完全に竜帝の治世に尽くす存在と化している。 ……これが竜帝、すなわち百段の思惑によってなされたものでないことは確かだ。 それなりに付き合ってきたが、そういうことを考えて行動する人物でない事だけは確信できる。 そうなるとやはりこの流れは全て、あの女神の考えか)

 

 番外席次を除いて唯一ギルドへの加入資格があると認められた隊長は、半ばスパイの役を担っていた。

 番外席次は性格的に向かず女神になかば籠絡されているので、人類の存続と発展ため隊長がやるしかなかったのだ。

 

 (その甲斐あってぷれいやの方々と親交を深めることができ、彼らの持つ知識や技術を人類にもたらしてくれるよう頼むことができた。 これで人類はさらなる発展の道を辿ることができるだろう)

 

 ただ気になるのは、人類に技術や知識を与えることもすべて女神の思惑通りに思えることだった。

 実のところ神にも等しい存在だと萎縮するところもあったぷれいやの3人はとても気さくで人間的で、はっきり言って付き合いやすい存在だった。

 人類のために行動することにも積極的で、世情で言われている通り新たな人類の守護者と言っても過言ではなかった。

 

 (ただ、あの女神は違う。 本当に底が知れない、何を考えているのか全く分からない。 全てが掌の上のようで、恐ろしい)

 

 そして何より恐ろしいことは、このギルドはその女神の完全独裁体制のもと運営されているということだった。

 ギルドメンバーの意見を聞いてはくれるのだが、最終的な判断は全て女神の独断に委ねられている。それに異見を述べることは誰にもできない。

 

 (御三方と親交を深めることは出来たが、それでもあの女神に異見までしてくれる方はいない。 ……人類の未来のため、あの女神の動向には今後も注意しなければ)

 

 「隊長さーん、聞いてますー?」

 

 俯きながら物思いに沈んでいた隊長だったが、TEN☁KAIの声に顔を挙げた。

 

 「あっ、すみません、ちょっと考え事をしていまして」

 

 「しっかりしてくださいよ、隊長さん。 なんだかんだで貴方が一番頼りになるんですから。 なんなら回復魔法でもかけましょうか?」

 

 高僧の姿をしているだけあって、実はTEN☁KAIのは回復と補助のスペシャリストである。 

 気分の悪さも、精神系のバッドステータスを回復する魔法をかければ一発だろう。

 

 「いえ、本当にお気遣いなさらず」

 

 ぷれいやとはいえ生命を憎むはずのアンデットに優しく気遣われるのはいまだに慣れないなと思いながら、隊長はフナザカと百段の間で交わされている話に耳を傾けた。

 

 「とりあえず今のところ絶命ちゃんは百段さんの言う事をある程度聞くんですから、その間に向こうと連絡とって不戦条約なりなんなり結ぶしかないでしょ。 それで女神様を説得するって感じで」 

 

 「……まあ、戦争するのは俺に勝ってからって約束で今は止めてるけどさ。 正直何時までも止められる気はしないぞ? あの子、最近ウチの高レベルモンスター相手に修行してドンドン強くなってるから。 俺は種族レベルの割合が高い分、対策をガチガチに固められると苦戦するからな」

 

 「百段さんなら余裕でしょー。 そういう相手、今まで何十人も倒してるじゃないですか」

 

 「……お前と同じでな? ユグドラシル時代ならともかくリアルで戦うとなると、親しい仲のあんな小さな子を本気で潰すなんて出来ないんだよ。 手心を加えて判断ミスしそうになる」

 

 不安はあれど、とりあえず当座の目的は決まったようだった。

 

 「じゃあ百段さんが絶命ちゃん止めてる間に、ともかく向こうと接触するってことで。 ……誰が行きます?」

 

 「俺は嫌です、怖いんで。 百段さん行ってくれません?」

 

 「俺も一人で行くのは嫌だよ。 どういう思惑があるのか知らんが今は向こうさんも王国とやらの重鎮って表の立場があるんだから、そっち方向から公式会談を頼む方向性でいいだろ」

 

 「……ああ、そういえば今はそうなんでしたね。 しかし、なんであいつらあの程度の戦力で魔皇ってのと戦ったんでしょうね? NPCがいるってことはギルドごと転移してきてるんでしょうに」 

 

 フナザカの疑問に、百段は首を振って答える。

  

 「皆目見当もつかん。 それにあのモモンって奴も謎だ。 あんな奴はアインズ・ウール・ゴウンにはいなかったはずだし、そもそもモモンガの子供ってのも理解不能だ。 あいつ結婚したのか?」

 

 「どうでしょね? 正直なところ親しいわけでもなかったし、ここ数年の間に結婚して子供作ってアカウント作ったんじゃないです? ギルドが解散した後も一人で細々とやってるって話は何年か前に聞きましたし」

 

 ――――彼らの話は、時々分からないことが多い。

 

 素性などに関してもユグドラシルと呼ばれる異世界から来たという以上の事があるようだったが、そこから先は決して教えてくれない。 

 どれだけ親しくなったとしても、やはりぷれいやである彼らと自分との間には大きな溝があるようだった。 

 

 (まあ彼らが現状人類に好意的で庇護しようとしてくれているのは間違いない。 隠したい素性を無理に聞き出そうとするのは関係性を壊すことにも繋がる。 あまり深入りすることではないだろう)

 

 「まあともあれ、百段さんには絶命ちゃんに勝ち続けて止めていてもらわないと。 次は何時、模擬戦するでしたっけ?」

 

 「週一で戦ってるから、明日だな。 とりあえず公式会談の準備さえ始めてしまえば仮に負けても即戦争ってことにはならんだろうから、絶対に勝たんとな」

 

 「では私から法国を通じて会談を行うよう取り計らいましょう。 数日内には使者を贈れると思いますので、会談自体も相手の出方次第ですが一月以内に実現できるでしょう」 

 

 「じゃあ何を決めるか考えないとかないとですね。 とりあえず相互不可侵、連絡を取り合うためのホットラインの設置とかは必須ですかね」

 

 「可能なら同盟関係の締結、無理でも情報の共有とかはしたいですね。 こんな事態に巻き込まれてるもの同士、協力できることは協力していかないと」

  

 「だったら向こうのNPCを攻撃したことの謝罪も最初にしといた方がいいかもですね。 最初に折れるところは折れて、金貨を払うくらいで手打ちってことにして」

 

 「こっちが全面的に悪いわけでもないんですから、謝罪までする必要は無いんじゃないです? 後から後から謝罪と賠償を請求されて絡まれるのは面倒ですよ」

 

 「いやあのモモンガって人はそこまで常識はずれなDQNではなかったでしょ、プレイスタイルはDQNだったけど。 一度手打ちにしたことを表立って蒸し返すほど馬鹿じゃないですよ」

 

 「じゃあこっちの対応としては…………」

 

 その後数時間にわたって前後策に対する議論が行われ、NPCの件に関しては壊した武装の修繕費分の金貨を払うということで結論を見、隊長主導で竜帝として王国宰相に正式に会談を申し込み百段が直接モモンガと話し合うという事が決まった。

 

 

 ――――そして翌日行われた番外席次≪絶死絶命≫と百段の模擬戦。

 

 まだまだ実力に差があるため終始優勢に戦いを進めた百段だったが、番外席次が行った重傷を負ったフリ弱ったフリ作戦に見事にハマり攻守逆転。

 奮戦するも一度傾いた天秤を戻すことは出来ず敗北。 

 女神アイラム全面協力のもと、番外席次の主導によるアインズ・ウール・ゴウン殲滅計画の遂行が決定された。

 



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ギルド戦

   

 ――――戦争が始まった。

 

 王国国境付近に滞空していた巨船フリングホルニから、数百もの見たことが無い様な恐ろしいモンスター達が見たことも無い様な恐るべき武器を手に溢れだし、王国への侵攻を始めたのだ。

 その先頭には今や世界最強の権力者とも言える存在と化した黄金の巨龍≪竜帝≫が、更にその龍頭には巨大な鎌のついた槍を携えた白黒で分かれた奇妙な髪をした少女の姿があった。

 

 竜帝と少女に率いられたモンスターは王国領に入ると二手に分かれ、竜帝と少女が率いる本隊は森の中にあるアインズ・ウール・ゴウンの本拠地に、分かれた別動隊は更に細かく分散し王国各所の制圧に乗り出した。

 

 王国大将軍であるエンリ・エモットは亜人と人間の混成からなる王国軍を必死に指揮したが、単騎でありながら絶大な戦力を誇るモンスター達には効果が無く短期間で王国軍は壊滅し、やがて帝国や法国から進駐して来た各国軍によって王国は完全制圧された。

 唯一王国の救世主であるモモンだけは竜帝軍のモンスターを倒す快挙を挙げたが、その後に現れた近代的な装備で身を固めた銃士――――≪フナザカ≫の手によって殺され、その死は王国民の心を絶望で染め上げた。

 

 そして竜帝と少女に率いられた本隊。

 

 彼らは森の中に建つアインズ・ウール・ゴウン本拠地へと攻めかかったのだが、竜帝の一言によってその手を止めた。

 

 「ここはナザリック地下大墳墓ではない」

 

 アインズの指示により作られた偽りのナザリック。

 何も知らぬ者ならともかく、仮想敵対ギルドとして攻略サイトに晒されていた情報や挑戦者から高値で仕入れた情報を収集していた高位ギルドのプレイヤーの目は騙せなかった。

 

 即座に膨大な物量を投入したローラー作戦が実行され、やがて平原の中にある無数の丘の中の一つからナザリック地下大墳墓が発見された。

 

 そして竜帝は超位魔法に相当するブレスで大墳墓の地層に建つ神殿を吹き飛ばし、跡地に残された地下へと繋がる大穴の周囲に大墳墓攻略のための前線基地たる砦を築いたのだった。

 

 

 

 「アインズ様、敵による侵攻が始まりました」

 

 「……そうか」

 

 ナザリック内の様子を映し出す水晶を見ながらかけられたデミウルゴスの言葉に、アインズは静かに頷いた。

 精神安定化のスキルそして自らの意思で抑えてはいるが、それでも声に怒りが滲むことは避けられなかった。

 それは、報告するデミウルゴスも同じだ。

 ナザリック最高の知性を持ち自らの精神を律するすべにも長けたデミウルゴスだが、それでも声には怒りと不快感が隠し切れていない。

 栄光あるナザリック、その栄えある地を侵入者によって穢されることはナザリックに住まうモノなら誰もが耐えがたいのだ。

 

 「アインズ様、差し出がましい申し出ではありんすが」

 

 ナザリック第十階層、最下層「玉座」。

 アインズが座する王座の周囲には、現在のアインズ・ウール・ゴウンにおける幹部格と言っていい守護者たちが一堂に会している。

 故に本来なら第一層から第三層までの階層守護者であり、本来ならば外敵の侵入に対し先陣を切って対応すべきシャルティアもまたこの地に集っていた。

 否、正確にはシャルティアだけではない。

 第一層から第三層までに駐屯するNPC、至高の41人に手ずから作り出された者達は全員、さらに下の階層へと避難させられていた。

 

 「本当に、第一層から第三層までは放棄されるのでありんしょうか? いえ、アインズ様の御意志に異議を差し挟もうという訳では決してありんせんのですが、それでも階層守護者であるわっちだけでも、あの穢らわしい侵入者どもへの一番槍を務めさせてはもらえぬものでしょうか?」

 

 侵入者達は不必要とも思えるほど徹底的に破壊の限りを尽くしながら、第一層「墳墓」を侵攻している。

 ユグドラシル時代には破壊不能だったものすら転移によって破壊可能になったらしく、床すらブチ抜き、第一層から第三層までを完全に更地にするつもりのようだった。

 

 「わっちの守護する階層を、至高の御方々が創られた場所を、あの薄汚い連中に壊されるのをただ指をくわえて見ているしかないというのは、正直耐えきれぬでありんす」

 

 シャルティアは血が滲むほど強く拳を握りしめ、その顔は怒りにゆがんでいる。

 至高なる創造主から守護するよう命じられた地を荒らされるのは、守護者にとって何よりも耐えがたい屈辱なのだ。

 

 「君の気持ちは分かるよ、シャルティア。 私も同じ気持ちだ。 奴らには苦痛と屈辱に満ちた死すら生ぬるい、永劫に己のしでかした愚行への罰を与え続けたい気持ちでいっぱいだ。 だが、ナザリック全体のためにここは耐えてくれ。 奴らを全力で迎え撃つのはガルガンチュアのいる四層からだ。 そこで打撃を与え、次の五・六・七層で戦力を逐次削り最後に八層でアインズ様手ずから奴らを殲滅する。 それが今回のナザリック防衛計画なんだ」

 

 シャルティアへの労りで満ちたデミウルゴスの言葉。

 それを、守護者統括であるアルベドが補足する。

 

 「奴らは一層から三層までの罠やギミックは、全て把握しているわ。 奴らの侵攻が始まってからの二月でだいぶ増やしたけど、それでも三層までではどうやっても大きな被害は与えられない。 奴らも多くを把握していない五層からが本番なのよ」

 

 アルベドの言葉に俯くシャルティア。

 理解は出来るが納得は出来ないという風の彼女に、アインズが優しく声をかけた。

 

 「すまないな、シャルティア。 お前に我慢を強いる私を、どうか許してくれ。 ……そして他の者達にも、無理を言った。 それぞれの守護する階層を命がけでは守らず、折を見て撤退してくれなどと。 だが、これは必要なことなのだ。 奴らを八層で殲滅するには皆の力が必要だ。 奴らが八層まで到達するまで生き残り、そこで奴らを私と共に倒してくれ」

 

 アインズの言葉に、集まった守護者達は首肯する。

 自らの守護する階層を命を捨てて守れないのは不満だが、唯一残った至高の御方たるアインズの言葉は絶対であり、またそれがナザリックを守護するために必要とあれば是非もないからだ。

 とはいえそう告げたアインズも、八層まで敵を誘引する、即ち七層までは荒らされることを是とするしかない現状に強い怒りは持っていた。

 

 (……仲間達がいたころなら、三層までで止められた。 奴らめ、まさか高レベルモンスターに伝説級や神器級のアイテムまで与えて攻めてくるとは。 恐らくは引退したギルドメンバーが残していったモノを与えたんだろうが。 クソッ!! まさかここまで本気で攻めてくるとは! 俺たちが打ち立てた伝説すら、奴らは忘れたってのか!?」

 

 無論、かつてとは比べものにならないほどナザリックの防衛力は低下している。

 ナザリックの防衛力の高さはそのギミックや配置されたNPC,モンスターの強力さによるところも大きいが、それでもその大部分は所属するプレイヤー達の能力によるところが大きかった。

 トップギルドでありながら少数精鋭であったアインズ・ウール・ゴウンのプレイヤー達は、全員が一流だった。

 彼らがいたからこそ、あの1500人からなる大侵攻があるまで誰も切り札たる八層の「あれら」のところまで到達する者がいなかったのだ。

 

 (俺だけでは、八層までに奴らを倒すことは不可能だ。 だが八層なら、あれらをワールドアイテム併用で使えば、確実に勝てる!)

 

 無論、回数に制限はある。

 ワールドアイテムを使うには経験値を膨大に消費するため、今回クラスの侵攻を複数回行われればいずれナザリックは墜ちる。

 

 (だが、今回の侵攻はギルドの総力を挙げたものだろう。 あのクラスの高レベル傭兵モンスターをあの数そろえるには、膨大な量の金貨が必要なはずだ。 いくらあのギルドがかつてはウチ以上のトップギルドだったとしても、そこまでの資産を持っているとは考えづらい。 今回の敵を殲滅すれば、次はない)

 

 それでも攻めてきたのは、向こうの最高戦力である女神に余程の自信があるからだろう。

 

 (奴らとて八層のあれらを知らない訳がない。 ……ワールドエネミーがギルドに攻めてくる。 ああ、確かにユグドラシルでは考えられなかった事態だ。 確かにあの女神なら、八層のあれらにも勝てる可能性は高いだろう)

 

 ギルド《ブラックオーダー》が総力を挙げて創りだした切り札にして、信仰対象であった女神《アイラム》。

 その力の全貌は、実のところアインズも知らなかった。

 戦っている姿を映像で見たことがないわけでは無いのだが、出陣した戦場では狂信的なギルドメンバーに守られて全力を出すまでも無く勝利することがほとんどだったからだ。

 ギルド内でも能力の全貌を知る者は幹部や一部の有力メンバーだけで、一般のメンバーには強力な情報遮断が行われていた。

 あの女神の真の力を知るものは、ユグドラシルでもほんの一握りだった。

 

 (……誇張されている可能性は高いが、それでも漏れ出てくる情報から考えられる女神の戦闘能力は相当なモノだ。 確実に勝利するには、二十を使わねばなるまい)

 

 一度しか使えないが故に最強の力を誇るワールドアイテム、二十。

 その中でアインズ・ウール・ゴウンが所有する、世界を切り裂く剣。

 あれを使えば、あの女神を倒せぬまでも大ダメージを与えることは出来るだろう。

 

 (とはいえ、この戦争が始まってから一度もあの女神は姿を見せていない。 温存しているのだろうが、不快なことだ。 どこかで現れてくれれば、あの巨船もろともたたっ切ってやれたものを……!)

 

 そうすれば、ナザリックが荒らされることも無かった。

 

 (今となっては連中の所有するもう一つのワールドアイテム、巨船フリングホルニの姿があるうちに剣で攻撃していれば良かった。 貴重な使い捨てのワールドアイテムを消費することへの抵抗感と、全面戦争を恐れる心が判断を鈍らせた。 姿を隠した今となっては補足することも難しい)

 

 最強の移動型ギルドにしてワールドエネミー並の戦闘能力を持つワールドアイテム、巨船フリングホルニ。

 この戦争が始まると同時に姿を隠した巨船は,ワールドアイテムであるが故にステルス性能も高く情報集特化型の魔法詠唱者であるニグレドをもってしても見つけられなかった。

 

 (まああの巨船を撃沈できても、その場合はあの女神への対抗策が減ってしまう。 巨船と女神。 どちらかは確実に倒せるが、もう片方が博打になる。 ……まったく、力の等しい相手との戦争というのは本当に疲れる)

 

 ゲーム時代はその均衡も楽しかったのだが、現実の殺し合いとなるとそうも言ってられない。

 現実の戦争は、一方的な虐殺であることが望ましいのだ。

 

 (とはいえそう上手くはいかない。 それは歴史が証明している、か。 ……実際のところ、何であいつらはこんな全面戦争なんて仕掛けてきたんだ? 確かに勝機が無いわけじゃないが、あいつらにとっても博打で勝っても相応の被害は出るだろうに。 俺もシャルティアの件で許せないとは思っていたけど、ここまでする気は無かったぞ)

 

 怒りが一周したことと現実認識から冷静になってきたがアインズだったが、そんな物思いに沈んでいたアインズにデミウルゴスが珍しく焦った声で具申してきた。

 

 「――――アインズ様、ナザリック防衛計画の見直しを提言いたします。 今すぐ、四層に揃えた全戦力を持って敵を撃退すべきです。 ……申し訳ありません、敵の目的を見誤りました。 奴ら、ナザリックを落とす気がありません」

 

 デミウルゴスが焦るというあり得ざる事態に一瞬でパニック状態になるアインズだったが、精神安定化により即座に落ち着き,冷静に聞き返す。

 

 「デミウルゴス、全員に分かりやすく伝えよ」

 

 「はい、まずは状況をご覧ください」

 

 焦りを表すかのような早口で、デミウルゴスが一・二層の映る映像を指さす。

 

 「連中は一・二層を更地に変え三層の攻略を始めていますが、更地にされた一層をご覧ください。 新たな部隊が侵入し、築城を始めています」

 

 デミウルゴスの言う通り、画面の中では築城能力やフィールド変換能力に長けた魔法やスキルを持つモンスター達が更地に変えられた一層に投入され、砦と呼んでいいほどの防御陣地を構築し始めていた。

 

 「恐らく連中は三層までで攻略をやめ、防御陣地を築き長期間にわたってナザリックを占拠するつもりです。 そのうえで退去を条件に交渉を持ち掛け、最終的には我々に降伏を迫るつもりです」

 

 デミウルゴスの言葉に集まった守護者達は暫し呆然となり、次に怒涛の様な怒りの感情が噴き出した。

 汚れた外部の者に長期間ナザリックを占拠され、自分たちの聖域を穢され続けるなど決して耐えられない。自分たちの命はもちろん、他の何を犠牲にしてでもそれだけは阻止して見せると全員が怒気を溢れさせ叫んだ。

 

 そして無論、強い怒りが吹き上がって来たのはアインズも同じだ。

 

 愛する子供に等しい守護者達の命より重いという事はないが、それでも仲間たちと共に創り上げたナザリックに外部の侵略者が長期に渡って居座るなど決して許せない。

 多少の犠牲を払ってでも奴らを叩きだすとアインズは決めた。

 

 「お前たち! それぞれに預けたワールドアイテムを使い、我らのナザリックを穢す不埒者どもを誅戮せよ! 私もスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを手に奴らを鏖殺する! ——アルベド、ルベドの起動も許す! ナザリックの全力を以て、奴らを叩きだすぞ!!」

 

 アインズの号令一下、守護者達は礼をとって四層に転移していく。

 あの数の敵と戦えば奪われる危険性もあるためワールドアイテムを持ち出す気は無かったが、そうも言っていられなくなった。

 破壊されればギルドが終わるため秘匿し続けてきた切り札のギルド武器も、その力を発揮させねばならないだろう。

 

 「そして女神が出て来たなら……最早迷わない。 その時こそ、二十を使う」

 

 船が残ってしまうが、それは仕方がない。

 確かにあの巨船はワールドエネミー並みの戦闘能力を持っているが、それは悪魔で攻め寄せてくる敵に対してのもの。

 あの図体ではナザリック攻略に使うことは出来ない。地下墳墓であるナザリックに入るすべがない。 

 ナザリックを侵すことが出来るあの女神こそ、最優先で排除すべき存在だった。

 

 「仲間たちと作ったナザリックを侵そうとする貴様らは、決して許さない。 必ず殺す。 たとえ今回殺せなくとも、どれほどの時間をかけてでも必ず殺す」

  

 強い決意を胸に、アインズはギルド武器を取りに行くべく八層へと転移するのだった。

 



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放り込んだギルド 3

 ナザリック内部へと繋がる地下通路の周辺に築かれた要塞。

 素の内部にてTEN☁KAIは、先行させたモンスター達からの報告を受けていた。

 

 「三層で大攻勢をかけてきた? そうか、気付かれたか。 それで百段さんと絶命ちゃんは大丈夫か? 敵の勢いが強いが数で押しているので現状問題ない? ならいい。 こっちも後詰めを送る。 そこが天王山だ。 そこで勝てば、ほぼ勝利が決まる。 陣地を構築している一層には決して近づけるな。 以上だ」

 

 そこまで告げるとTEN☁KAIは背後に立つフナザカと隊長、そしてワールドアイテムで支配したエルフ王に声を掛けた。

 

 「では全体の指揮は本船にいる女神様に任せて、私達も行きましょうか」

 

 「……あのさ、俺ら行く必要ある? 俺ら四人程度行っても、戦況は大差ないんじゃ」

 

 TEN☁KAIは本気の戦いが怖くて消極的なフナザカに、物も言わず精神安定化の支援魔法を数十重にかけた。

 

 「これで大丈夫でしょ。 ――フナザカさんが前線に出るのは女神様の指示です。 アインズ・ウール・ゴウンと女神様、どっちが怖いです?」

 

 「…………女神様」

 

 「じゃあ行きましょ。 それに私らは全員、全身を神器級装備で固めてるんです。 そんな私たちが前線に出れば十分戦況に影響があることは、フナザカさんなら分かるでしょ?」

 

 漆黒聖典隊長とエルフ王には、引退したギルドメンバーが女神への捧げものとして残していった神器級装備が与えられていた。

 高位モンスターとの模擬戦も随分こなしてきたため、今の彼らの戦闘能力はユグドラシルのプレイヤーに換算して中の上にも匹敵するだろう。

 

 「……分かってる、行く」

 

 「ええ、行きましょう。 ……言っときますが、この戦争に乗り気じゃないのは私も同じですよ。 正直ここまででもえらい被害が出てます。 完全敵対しちゃったせいで敵対してる亜人国家に武器やら技術やら人員やらが派遣されて前線が混乱してますし、支配地の各地でテロまで起こされました。 いま下でバンバン殺されてる高レベルモンスターの損害も考えたくありません。 ――でも女神様がやるって言っちゃたら、私らは従うしかないんですよ。 あの人はまさしく、単騎で世界全てを相手に戦って勝ちうる世界の敵(ワールドエネミー)なんです。 あの人の庇護下にいることが、私達の生命線なんです」

 

 覚悟を決めたのかTEN☁KAIの支援魔法が効いたのか、フナザカは意を決した頷いた。

 隊長もまた、それに続く。 

 隊長はとっくの昔に決意を固めていた。

 人類の未来を守るため、あの女神に人類が役に立つ存在だと認識させ続けるよう命を賭けると。

 

 「話は終わったな。 ならとっとと行くぞ」

 

 エルフ王が傲慢に言う。

 ワールドアイテムによって魅了されている彼に恐怖心はない。

 事前に与えられた命令通りに命を捨てて戦うだろう。

 

 「では、行きますよ」

 

 アンデットの種族特性、そして高僧の職業を修めていることによる精神ボーナスを得ているTEN☁KAIに動揺はもとよりない。

 豪奢な法衣を纏ったTEN☁KAIを先頭に、四人組のパーティはナザリックに向けて歩き出したのだった。

 

 

 

 そして女神アイラムは、そんな愛し子たちの奮戦を旗艦フリングホルニの奥の院に鎮座している自らの玉座で、笑みを浮かべながら眺めていた。

 その瞳は慈愛に満ちた優し気なものであり、彼らに無理をさせているなどとはこれっぽちも思っていなかった。

 

 「うむうむ。 皆、真剣な顔で戦に取り組んでおるな。 良い、実に良い。 やはり戦というものは、ある程度戦力が拮抗していなければ面白くない。 ――ヌルゲエ、と言ったかな? 亜人共相手ではそれが続いて退屈になる。 退屈は良くない、実に良くない。 退屈が続けば皆が飽きて、かつての様に我が元から離れて行ってしまう。 それは、もういやだ」

 

 目に涙を溜めて、アイラムはかつてのユグソラシルでのことを想起する。

 

 かつて千を超えた愛し子たちだったが、やがて様々な理由でその数を減らしていった。

 

 やりたい事をやり切ってしまったから。

 新しいイベントが無くなって退屈だから。

 現状に飽きたから。 

 他の知らない世界の方が楽しくて綺麗だから。

 

 人間関係や戦力バランスなどから去っていった者もいたが、多くは退屈だから飽きたからと去っていった。 

 そして最後には誰もいないときの方が多くなり、アイラムはこの巨大な船で独りでいる時の方が長くなった。

 そうして独り鬱々としていた時、ユグドラシルという世界そのものが消えるという話を愛し子たちがしているのを聞いた。 

 いつかは皆帰って来てくれるに違いないと、それだけを希望にしてきたアイラムにとってそれは絶望だった。

 ユグドラシルが無くなれば愛し子たちは永遠に自分のもとには戻ってこず、自分もまたこの孤独のなか死ぬ。

 なんとかしてその運命を変えたかったが、ワールドエネミーたるアイラムにも出来ることは何もなかった。

 ユグドラシル最期の時、最期を共に過ごしてくれる愛し子が3人もいたことだけを慰めに、アイラムは消滅を覚悟していた。

 

 

 ――――だが、奇跡が起きた。

 

 

 「……今この時は、奇跡だ。 この奇跡を、予は手放さぬ」

 

 ユグドラシルの時は子等の自主性に任せていたが、ここからは自分が全ての指揮を執る。 

 なにがなんでも、愛し子たちを再びこの手に取り戻す。

 

 「……アインズ・ウール・ゴウン。 最も多くの子等があった時ですら、落とせぬと言っていた強大なる者ども。 良いぞ、全力で足掻け。 そうすれば、子等も退屈せぬ。 予の真の目的が達成されるまでは、気の遠くなるほどの時間が必要であろう。 其之方たちは、その間に子等が退屈せぬための敵だ」

 

 目的を果たすための準備は、既にそれなりに進んでいる。 

 後は単調な作業をいくつかこなし、時間をかけるだけ。

 それでは刺激に欠けて退屈になってしまう。刺激的な敵対者が必要なのだ。

 

 「この戦争は始まりに過ぎぬ。 アインズ・ウール・ゴウン。 其之方等は、これより我らが過ごす長き時を彩る敵となってもらうぞ」

 




年内完結のため、投稿スピードを上げます。
残り2話です。


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戦後

 

 「クソが」

 

 数か月にも及ぶ戦いの末、停戦条約を結ぶことにより戦争は終結した。

 ルベドと無数のワールドアイテムの力により初戦で敵戦力の半分を削ったが、それでも数の差は覆せず竜帝軍をナザリックから追い出すことは出来なかった。

 二十を使えば可能性はあったのだが、結局最後まで例の女神が前線に現れる事は無かったため温存せざるを得ず、守護者が殺されワールドアイテムが奪われそうになる危険性が生じ始めたため、最終的には四層に撤退せざるを得なくなった。

 結果、一層から三層までは完全に更地にされた上で要塞化され数か月間もの間占領されることになった。

 

 「クソが」

 

 そのことによる経済的な損失自体は大したモノでは無かった。 

 もともと敵に侵入されやすい一層から三層は維持費・修復費ともに安く、更地にされ数か月占領されたところで痛くも痒くもない。 

 その程度の場所を占領するために全軍の半分を失った竜帝軍こそ、経済的な損失は甚大だろう。

 

 ――――ただ、精神的な損害は計り知れないものがあった。

 

 「クソが」

 

 仲間と共に創り上げたナザリック薄汚いを敵に占拠され、穢され続けている。

 その事実はアインズの精神に耐えがたい苦痛をもたらし続け、ナザリックという地そのものを神聖視するNPC達の精神にも深刻な傷を与えた。

 

 「クソが」

 

 苦痛から逃れるためアインズは、ナザリックを取り戻すためと心の中で言い訳しながら断腸の思いで仲間たちの残した金貨に手を付け、それにより召喚した高レベルモンスターを率い守護者達と共にナザリックを取り戻すべく奮戦した。

 

 ――――だが、それでも一度完成した要塞を攻略することは出来なかった。

 

 「クソが」

 

 敵を追い出すことが出来ずに苦悩する中、敵は降伏の条件を提示して来た。

 

 ――――それは、ギルド武器を手渡せというもの。

 

 ギルド武器を破壊されれば、ギルドは終わる。

 故にギルド武器を渡すという事はギルドの生殺与奪を相手に握られるということであり、無条件降伏に等しいとも言えた。

 

 「クソが」 

 

 無論、そんな条件を受け入れられる訳もない。 

 何とか敵を撤退に追い込むべく、ありとあらゆる手を使った。

 王国内の包囲網・占領軍へのテロはもちろん、交戦中の亜人国家に武器や技術・人材を提供しナザリックから撤退せざるをえない状況を作ろうとした。

 

 ――――だが結果として、一定の効果はあったものの敵を撤退に追い込むほどのモノではなかった。

 

 力の差がほぼ無い以上テロの効果は限定的で嫌がらせ以上のものにはならず、また竜帝支配下の各国は民主国家ではないため人命が安くどれほど民間人に被害を出そうが敵ギルドの意思決定に影響を与えることなかった。

 また戦争中の亜人国家への支援も、そもそもこの世界の存在は自分たちに比して弱すぎるため技術や武器・人材を多少送ったところで高レベルモンスターやプレイヤーが一人向かえば容易く蹂躙されてしまうため、撤退の必要が生まれるほどの脅威には成りえなかった。

 

 「クソが」

 

 さらに北方にある亜人たちの評議国を除いて周辺国は全て竜帝の支配地域のため占領を続けるために必要な物資の補給は万全であり、多少滞るようになったとはいえ南方への遠征も続いているため敵は新たな金貨を獲得し傭兵モンスターを増やすことも出来ていた。

 最期の希望を託して評議国に打診したのだが、友好的な静観を維持するという以上の言葉は得られなかった。

 

 ――――力で占領を終わらせることは出来ない。何らかの形で停戦しなければ、ナザリックが正常な状態に戻ることは無い。それが、最終的な結論だった。

 

 「クソが」

 

 とはいえギルド武器を渡すことは出来ない。完全な降伏など冗談じゃない。

 交渉を続けた結果、ワールドアイテムを一つ引き渡すという条件で停戦が成立した。

 

 「クソがクソがクソが」

 

 引き渡したワールドアイテムは『山河社稷図』。

 仮に相手に使われた場合、対応策を完全に把握しているため奪い返すことが出来るという理由で選ばれた。

 

 「クソがクソがクソがクソがクソが」

 

 停戦が成立したため竜帝軍はナザリックと王国から完全に撤退し、王国は再びアインズ・ウール・ゴウンの所有物となりナザリックは正常な状態を取り戻した。

 

 「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが」

 

 この戦い、ユグドラシル基準で言えばアインズ・ウール・ゴウンの敗北である。

 それ集めることがゲームの目的の一つとも言われる超レアアイテム、ワールドアイテムを引き渡さざるを得なかったのだ。どれほど敵傭兵モンスター軍団に甚大な被害を与えていたとしても、それは否定できない事実である。

 

 「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが」

 

 だがこの世界における評価・評判としては、竜帝の完全なる敗北であった。

 無敵にして無敗。

 圧倒的な力を以て無数のドラゴンと人類国家を従え、それを上回る数の亜人国家を完膚なきまで破壊しながら征服して来た常勝の怪物が、その近衛軍だったと思われる化物たちを動員しながら完勝出来なかったのだ。

 形式的には降伏させたとはいえ、占領地であった王国を放棄しテロにより支配地に甚大な被害を受けた。

 これを竜帝の勝利と見る方が難しいだろう。

 アインズ・ウール・ゴウンは恐るべき竜帝と同等の力を持ち、全亜人の脅威である竜帝に勝利した。

 

 圧倒的な竜帝の力に萎縮し絶望に打ちひしがれていた亜人たちはそう捉えアインズ・ウール・ゴウンを最期の希望とみなして歓喜し、逆に無敵の竜帝の支配のもと繁栄を謳歌していた人類はその無敗伝説に傷を付けたアインズ・ウール・ゴウンに恐怖し、同時に竜帝の絶対性に疑問を持った。

 

 総括して、この戦いの勝者はアインズ・ウール・ゴウンだったと言っていいだろう。

 

 「クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが」

 

 とはいえそんな世間の評価など、アインズにとってはどうでもいい。

 大切なのは仲間と共に集めた至宝、アインズ・ウール・ゴウンの輝ける軌跡の成果物と言ってもいいワールドアイテムを奪われたという事実だった。

 自分ひとりの時にこんな失態を犯してしまうなど、とても仲間たちに顔向けできなかった。

 

 「クソがあぁぁぁぁっ! クソがあぁぁぁぁっ! クソッ、クソッ、クソオォォォォッ! 絶対に、絶対に殺してやるッ!! 嬲って、嬲って、徹底的に嬲り殺してやるぅぅぅぅっ!!」

 

 突っ伏していた執務机を砕かんばかりに叩き、絶叫し殺意を噴出するアインズ。

 

 「殺っ……! っ……! っ……! ……クソ、安定化かっ!!」

 

 だが精神安定化により激情は即座に沈静化され、後には鈍い怒りと不快感だけが残る。

 

 「クソッ! クソッ!」

 

 またぞろ激情が噴き出しそうではあるが、それでも安定化により冷えた頭は今回の敗因を冷静に分析し始める。

 敗因は、明らかであった。

 

 「クソがあぁぁっ…………!」

 

 ユグドラシルにおいてナザリックは難攻不落、何物にも落とせない無敵の要害だった。

 だが、転移により前提条件が変わっていたのだ。

 

 ――――ユグドラシルにおいてナザリックは、嫌らしい能力を持つ高レベルモンスターが多数生息する上にタチの悪いフィールドダメージを受けるグレンデラ沼地に居を構えていた。

 この沼地は突破するだけでも多大なリソースを払う必要がある難所であり、ナザリックを襲う敵はまずここで戦力を消耗せざるを得なかった。

 

 だが転移により、いまナザリックはなだらかな平原地帯にある。

 

 隠蔽も兼ねて魔法で丘を作ってはいたが攻めるに易く守るに難い地であることは疑いようがなく、防衛力においてグレンデラ沼地とは比べ物にならない。

 それどころかここがグレンデラ沼地であれば、そもそも今回敵が行ったようなナザリック周辺に陣地を構築しての占領作戦など出来はしない。生息する高レベルモンスターと毒の沼地のダブルパンチで、仮に陣地を構築しても維持できなかっただろう。

 

 「……いや、そのそもユグドラシルであんな作戦を実行に移すこと自体が無理だ。 あんな作戦を実行しようとすれば、最悪ギルドが崩壊してしまう」

 

 ユグドラシルはゲームである。

 故にゲームをプレイしているプレイヤー達は、ユグドラシルに遊びに来ているし楽しみに来ている。

 数か月も小競り合いだけ続ける占領などという、つまらない上に面白くない作戦などゲームではとても実行できない。

 大手ギルドであれば所属プレイヤーに義務という形である程度の行動を強制できる場合もあるが、それでも楽しくないプレイを強要し続けるには限界がある上にギルドの求心力も下がる。

 仮にゲームで長期占領作戦をとる場合、求心力の低下という問題を抱え続けるため占領側も厳しいのだ。

 

 だが転移により、ゲームはゲームでなくなり現実となった。

 

 敵の所属プレイヤーは三人と極少人数だったが、意思決定権を持つ人間が少なければ少ないほど無茶な計画というものは実行しやすいものだ。

 召喚された傭兵モンスター達は召喚者に絶対服従であり、辛い長期占領にも文句ひとつ漏らさない。

 この世界で支配下においた人間たちは文句も言うし反抗もするが、圧倒的弱者である彼らは完全に力で抑圧できるため意思決定に影響をもたらさない。

 事実彼らはナザリックの行った破壊工作により多大な被害をこうむりながらも、占領作戦への全面的な支援と協力を行い続けた。 

 竜帝の支配下で暮らす人間たちは、完全にナザリックの敵と見なしていいだろう。

 

 ――――なんにせよ転移により変化したもろもろの事情によりナザリック上層部は数か月にも及び占拠され、その占領を解くために仲間たちと共に集めたワールドアイテムを差し出さざるを得なくなってしまったのだ。

 

 「……認識を改めなくてはならない。 そして、二度とこんなふざけた真似はさせない」

 

 まずは防衛力の強化だ。

 いずれは奴らを皆殺しにしてやるつもりだが、まずは安全を確保しなければならない。

 差し当たっては、王国の強化だ。

 都合がいいことに、あのデミウルゴスが傀儡に選んだラナーとかいう少女の働きで王国は支配する価値無しと見なされ帝国や法国の占領軍は引いて行った。

 そして都合がいいことに、あの二国は元々王国に対する怒りや嫌悪が深かったらしく占領中かなり民心が離れるようなことを繰り返しており、そのおかげもあって王国民の間には強烈な反竜帝の機運が出来上がっていた。

 王国民の間で救世主として崇拝されていたモモンを竜帝軍が殺した事もそれに拍車をかけているらしく、その時の記憶はないらしいので想像だが、パンドラズアクターはそのようになることを想定して敵のプレイヤー相手に戦死するまで戦ったらしい。

 

 「そういう風に自分の命を俺のためにあっさり捨てるのは、やめて欲しいんだがな」

 

 仲間の子、そしてある意味自分の子供にも等しいパンドラズアクターの命はナザリックと同じくらいに重い。いや、その二つは繋がっていると言ってもいいだろう。

 NPC達の安住の地であるナザリックを守ることが、NPC達を守ることに繋がるのだから。

 

 「そのためにも、王国を第二のグレンデラ沼地にしなければ。 今まではこの世界の住人に技術や知識を与えることを渋っていたが、最早迷わん。 技術を与え、知識を与え、武器を与える。 そして城塞を作り、軍隊を作り、戦士を育成してナザリックを守らせる。 今あいつらと戦っている亜人たちとも手を結び、北の評議国とも手を結ぶ必要があるだろう。 ナザリックを襲えない状況を作らねば」

 

 そういう政略的なことは初めてじゃない。

 ユグドラシル時代にもセラフィムなどの敵対的上位ギルドに対抗するため他ギルドと同盟を結んだり、弱体化工作をしたことはある。

 そういった経験をもとに、この世界で奴らに対抗するための勢力を作り出すのだ。

 

 「見ているがいい、ブラックオーダー。 アンデットの俺に寿命はない。 百年でも二百年でも、なんなら千年かけてでもお前たちを打倒する軍団を創り上げてやる。 その時こそ、今回奪われたワールドアイテムは必ずや返してもらうぞ」

   

 落ち窪んだ眼下に執念の炎を燃やし、アインズは次に取るべき行動を考え始める。

 後でデミウルゴスやアルベドに精査してもらう必要はあるが、それでもある程度の方向性は自分が決めなくてはならない。 

 まずは荒廃した王国を復興し、各地の亜人勢力と同盟を結び、自分たちの持つ知識や技術を与え強化する。

 いつかは反逆される可能性もあるため慎重を期す必要はあるが、そういった細かい算段は頭のいい者達に任せればいいだろう。

 なんにせよ現状の最優先課題は、奴等ブラックオーダーに対抗しうる戦力を作る事なのだから。

 

 

 

 ――――これよりしばらく後、アインズの考えはデミウルゴスなどナザリックの頭脳たちの手により具体化され実行に移された。

 ナザリックの全面協力により王国の復興は短期間で為され、竜帝の脅威にさらされていた南方亜人国家群や竜帝の人間至上主義ともとれる政策に危機感を募らせていた北の評議国は同盟を快諾し、中には常勝の竜帝に初めて黒星を付けた存在とアインズを讃え、自ら進んで属国となることを申し出る国までいたほどだった。

 とはいえこれにより大陸の勢力は事実上アインズ・ウール・ゴウンと竜帝の二大勢力に分かれる事となり、再びの直接対決を厭う両陣営首脳部の意向により代理戦争が頻発し、一種の冷戦ともいえる時代に突入したのだった。

 




最終話は29日に投稿したいと考えています。


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放り込んだギルド 4

 

 「オエェッ……」

 

 巨船フリングホルニの船内。

 神殿のような内装となっている執務室の机の上で、書類の山に囲まれたフナザカが青い顔でえづいていた。

 

 「フナザカさん、気持ちはわかりますけど耐えてください。 なんなら魔法、一本イっときます?」

 

 「いや、なんか最近中毒症状出てきてる気がするからいいわ。 ……でもこの数時、ウゲェッ、何度見ても精神に来るんだけど。 赤字ってレベルじゃねえよ。 いっそのこともう、あのワールドアイテム、エクスチェンジボックスに放り込まね? たいして使えねえし、金貨に変えた方がよっぽどいいわ」

 

 「ワールドアイテムってエクスチェンジ出来るんですかね? まあそれは最後の手段ってことで、とりあえず戦後処理の事務仕事終わらせましょうよ。 この世界の支配地で起こった破壊活動の被害とかは現地に任せとけばいいですけど、ギルドの出納長は自分たちでつけないと」

 

 フナザカとTEN☁KAI。

 現実世界では会計士と銀行員だった彼らはもともとギルド資産の管理を任されており、アインズ・ウール・ゴウンとの戦争で消費した資産の損害を計上している最中であった。 

 

 「まあその通りなんですけどね? でも本当にひどいですわ、これ。 もともと溜め込んでた金貨にこの世界で新しく換金した金貨も含めた全資産の五分の三が吹っ飛んでますよ。 それで手に入れたのが、あのちゃちなワールドアイテム一個。 この赤字、補填出来るんですかね?」

 

 「支配地に重税かければ出来ますけど、テロの被害がデカいのでむしろ税金は下げないといけないですからねー。 それどころか隊長さんからは復興のために持ち出しして欲しいとまで言われてますし。 この後も出費が嵩みそうですよ。 ハハッ、骨じゃなかったらジルくんみたいにストレスで剥げてますよ、きっと」

 

 「あ、ジルくん遂に禿げちゃったの?」

 

 ジルくんとは、バハルス帝国皇帝ジルクニフの事である。

 統治者として優秀な皇帝は短期間で異常なほど広がっていく支配地に恐怖していた彼らにとって頼りになる存在であり、もっとよく働いてもらうため度々贈り物をしたり様子を覗ったりしていたのだった。

 

 「うん、若いのにあの端正な顔のまま禿げちゃってた。 飲食睡眠不要の指輪に疲労無効化の指輪をあげてたんだけど、やっぱ人間働き過ぎはよくないね。 あげてから今までずっと、本当に一睡もせず食事もとらないで働いてたもん。 ナザリックとの戦争中は仕事も倍増してたから素早さが倍になる腕輪とかもあげたんだけど、今もそれ着けて二倍のスピードで仕事してるし。 あれそのうち過労死しちゃうんじゃないかな?」

 

 「ちょっとそれはマズイよ。 ジルくん死んだら国が回らなくなっちゃう。 加齢を止めるアイテムはもう渡してたし、護衛の高レベルモンスターも十数体は送ってたよね? 次は健康維持のために、神官とか医者とかのモンスターも召喚して送っといた方がいいかも」

 

 「ですね。 出費はキツイですけど、ここはケチるわけにはいきませんし。 後で召喚して送っときますわ」

 

 気を使い心配して色々と送るがゆえに、皇帝が深読みし気を張って働き続ける羽目に陥っているなどとは露ほども知らぬ彼らは今度も高レベルモンスターを送ることを決めるのだったが、丁度その時、探索に出ている漆黒聖典隊長から伝言≪メッセージ≫が届いた。

 

 『失礼します』

 

 「ああ、隊長さん? どうです、新しい鉱脈は見つかりましたか?」

 

 『はい、旧ビーストマン領内の山に新たな希少金属の鉱脈が見つかりました。 ただかなりの山奥で危険なモンスターも多数生息しているため、開発するにはそれらを駆除する必要があります。 適当な人員を召喚して送っていただけませんか?』

 

 「いまちょっと余計な出費はなー。 前線の百段さんを送りますよ。 この事態を引き起こしたのはあの人の責任みたいなものなんです。 働いてもらわないと」

 

 『……前線は大丈夫なのですか? 苦戦していると聞きますが?』

 

 「まーアインズ・ウール・ゴウンの支援のせいで、以前ほど快勝は出来なくなったけど。 それでも先に技術拡散してたうちの兵隊の方が一日の長がありますから、すぐに取って返せば問題ないですよ。 じゃあ、こっちは百段さんに連絡しますんで」

 

 『……わかりました。 では私は百段殿が到着されるまで、ここを、保持しております」

 

 隊長との伝言≪メッセージ≫による通話が終わり、TEN☁KAIは隣で書類との睨めっこを続けているフナザカに声を掛けた。

 

 「フナザカさん、隊長さんが新しい鉱脈見つけたそうです。 でも危険なモンスターが出るから百段さんに駆除して欲しいって。 連絡お願いしまーす」

 

 「よっしゃ! これで赤字が少しは減る、……はず! じゃ、連絡しまーす」

 

 フナザカは耳に手を当て、百段との通話を始める。

 ちょっとばかり揉めている様なのは前線の状況が思うようにはいっていないからだろう。

 戦争以来、アインズ・ウール・ゴウン所属の高レベルモンスターや低レベルモンスターでもこの世界の住人からすれば十分脅威なアンデットモンスターが、亜人軍の一員として現れてきているのだ。

 そのせいで以前は片手間レベルそれこそ昼寝していてでも勝てていた征服戦争が、本気で頭を使わなければ勝てない様なものに変わりつつあった。

 

 「……百段さんが前線を離れないといけない時こそ、絶命ちゃんに出て欲しんだけど。 無理かなー……無理だろうなー。 今目が意味様とお話してるし。 呼び出したりしたら女神様の不興を買っちゃうかも知れないし。 自分たちで何とかするしかないか」

 

 女神様を心から恐れる自分たちとは異なり、あの絶死絶命と呼ばれる少女は女神を畏れながらも心から懐いていた。 

 女神様も懐かれて嬉しいのだろう。

 少女の事を甘やかし望むものは何でも与え、願いは何であろうとも叶えていた。

 

 ――――誰もが恐れて何も言えない女神に、あの少女だけがモノを言えていた。

 

 だからあの少女は新参者でありながら女神に次ぐギルドのナンバー2の様な立ち位置になってしまっており、総合ギルド長という役職にあるTEN☁KAIを含め誰も少女に強く物を言えなくなっていた。

 

 「なーに話してんだろうねー、あの二人。 美女と美少女の睦みあいとか微笑ましいけど、そこで自分たちの命運が決まってると思うと胃が重いわー。 ……もう無いけど、胃」

 

 

 

 

 ちょうどその頃、女神アイラムの座す四層構造となっている奥の院の最上階。 

 玉座に腰掛けたアイラムは膝の上に番外席次≪絶死絶命≫を乗せ手元のコンソールを操作しながら、ユグドラシル時代に録画した動画や記録した記念写真などを共に眺め談笑していた。

 

 「これが敵対していたギルドの都市を攻め落とした時の写真。 これがギルドメンバーの人数が千人を超えた時の写真。 そしてこれが2CH連合と呼ばれた大規模ギルドを他の者たちと共同で倒した時の動画だな。 数千人のプレイヤーが戦い合う様は圧巻であっただろう?」

 

 「うん、本当にすごい。 本当に神話の戦いって感じ。 いろんなところで信じられない様な戦いが繰り広げられていて……。 こんなのが、ユグドラシルでは起こってたんだね」

 

 アイラムの言葉に応える絶死絶命の言葉は、その見た目に違わず何処か幼い。 

 信じられない戦いを見たことによる衝撃もあるが、それ以上に自分より圧倒的に強く甘やかしてくれるアイラムの下にいる事が大きい。 

 百年以上の時を生きているとはいえ、ハーフエルフとしては見た目通りの幼年期にあたる少女である。

 甘えられる相手には、見た目の通り子供の様に甘えたくなるのだ。

 

 「ふふ、そうだぞ。 無論この戦いはユグドラシル史上でも最も大きな戦いの一つだが、それでも先の大戦の前に参考資料として見たナザリック攻防戦に引けを取らぬ戦いだった。 ……やはり大戦争こそ花よ。 見よ、在りし日の子等の輝きを。 またこれほどの戦いを楽しませてやりたいものよ」

 

 「……この前の戦争は、ちょっと楽しくなかったかな」

  

 頬を膨れさせ、少女は続ける。

 

 「最初は楽しかったのに、後は小競り合いばっかりでさ。 確かにあの八層にいるあいつ等は私や百段でも倒せそうにないけど、アイラム様だったら倒せたよね? 下まで攻め込んで皆殺しにすれば良かったのに」

 

 「ふふ、そういう訳にはいかなんだのよ」

 

 ぶうたれる少女の頭に優しく手を乗せ、滑らかな髪を撫でるようにすきながらアイラムは言う。

 

 「もしあそこで予が出ていれば、我が方が敗北していただろう。 ……ふふ、そう驚いた顔をするな。 どうも其之方は予を無敵の存在と思っているようだが、そんなことは無いぞ? 確かに予は単騎で世界を滅ぼせるワールドエネミーではあるが、しかしワールドエネミーは無敵ではない。 それは我が子等が成したワールドエネミー討伐の動画で理解しておろう?」

 

 「……それは、まあ。 でも、見た後でも正直信じられない。 あの百段やフナザカ、それに他にも強そうなぷれいやが沢山いたのに、それでも何度も負けてしまうような怪物が何十体もいたなんて」

 

 顔を青くして、少女は恐怖に身を震わせる。 

 かつて少女は自分を最強だと思っていたし、それは事実だった。

 同じ神人である隊長すら自分と比べれば遥かに格下の存在であったし、話の上では自分と互角かそれ以上の存在あるらしい評議国の竜王も実際に戦えば善戦する自信があった。

 その自分の強さに対する自信と確信は、少女のアイデンティティであったと言っていい。

 

 ————だがその自信は、アイレムの存在によって打ち砕かれてしまった。

 

 百段は自分より強かったし実際に戦って負けたが、それでも戦いにはなったので自信が砕かれることは無かった。

 しかしアイラムの強さは、まさしく別格だった。

 勝負にすらならない。アイラムの攻撃は一撃で少女を殺し、アイラムの全力は仮にクリティカルヒットしてもアイラムに致命を与えられない。

 

 ――――存在の格が違う。

 そんな強さをアイラムは持っており、少女の自負は完膚なきまでに打ち砕かれてしまった。

 

 それにより少女が卑屈になったり精神的に脆くなったりしなかったのは、その圧倒的強者が溢れんばかりの愛を以て少女を庇護してくれたからだろう。

 自分を守ってくれる強者に愛情を持つ。

 この世界に住む人間が全員持っているこの本能を、少女も内包していた。

 少女は自分を愛し守ろうとしてくれる女神のことを、この世界の誰よりも愛するようになっていた。

 

 「女神さま、私は怖いです。 あんな奴らが、この世界に来たらと思うと。 もしその時が来たら、守ってくれますか?」

 

 「もちろんだ、安心せよ。 子等の献身により形作られたこの身は、ワールドエネミーの中でも最上位の強さを誇る。 仮に同格のモノが現れたとしても、このフリングホルニと其之方達の助けがあれば容易に退けられよう」

 

 「女神様……!」

 

 抱き付いてくる少女を、アイラムは優しく抱きとめる。

 その姿はまさに慈母そのもので、彼女を不必要なまでに恐れてる他の者たちが見れば目を白黒させること請け合いだった。

 

 「……ふふ、話を戻すぞ。 つまるところ、どれほど強いワールドエネミーと言えども倒す手段はあるのだ。 それは予もまた然り。 特に最も強い力を持つといわれる二十のワールドアイテムならば、予をも倒せるだろう。 そして多くのワールソアイテムを所持することで知られたあのアインズ・ウール・ゴウンは、確実にそれを持っておった。 もし仮に予が出陣しておれば、奴らはそれを使ったであろう」

 

 「それを使われていたら、女神様は負けていたのですか?」

 

 「おそらくはな。 だが、それゆえに予が出ぬ限り奴らはそれを使う事は出来ん。 二十はその強さゆえに一度しか使えぬ。 仮に予が出る前に使えば、への対抗策が無くなる。 予が出陣せことが、奴らに対する最大の抑止となるのだ。 故にあの時、予は前線に出なかった。 ……それでも確実に負けるという訳ではないゆえ戦っても良かったのだが、予としても本来の目的が成される前に死ぬわけにはいかんからな。 其之方達を楽しませ飽きさせぬために戦争を起こしたが、それでも予は死ぬわけにはいかぬ。 子等のためにも、予は必ずや本懐を遂げねばならんのだからな」

 

 静かな、しかし強い言葉で目的を必ず達成すると決意表明をするアイラム。

 そのアイラムに、少女は小首をかしげながら尋ねた。

 

 「女神様の目的とは、何なのです?」

 

 「ふむ……」

 

 アイラムは少女の問いに軽く指を顎に当て考え込む。

 

 「そういえば、まだ誰にも話しておらなんだな。 聞くモノがおらなんだ故、つい話そびれてしもうた。 まあよい、せっかくなのでこの機会に話しておこう」

 

 そこでいったん話を切ると、アイラムは自身が誕生した時、自らの最初の輝かしい記憶であるギルドの全員が集まって盗られた記念写真を眼前に写しながら言った。

 

 「予の目的は、子等のいた真なる世界、《リアル》と呼ばれる異世界に攻め込み征服することだ。 そこに、今は去った子等がおる。 劣悪な環境のなか酷使され、苦痛に喘いでおる。 予は必ずや彼の地に降臨し、子等と再会し救わねばならんのだ」

 

 アイラムの言葉を聞いた少女は驚愕し目を白黒させた。

 

 《リアル》

 

 その名を、少女はすでに知っていた。

 神にも等しいぷれいや達が元いた異世界、ユグドラシル。

 その名を知っている者は少ないが、それでもごく一部の超越者達は知っている。

 しかしぷれいや達がことさら秘そうとしたが故に、更なる異世界であるリアルについて知っている者はほぼいない。せいぜいぷれいやと共にいたことがある者が、その名だけは知っているという程度のものだ。

 しかし少女はそのぷれいやと特に親しく接してきたが故に、そのリアルこそがぷれいやの住んでいた真なる世界であるということまで教えられていた。

 

 「無論、予とてリアルについて多くを知っているわけではない。 しかしそこは人間のみが生きる世界であり、今の子等の姿はいわば影のようなモノで、そのリアルに真なる身体が存在するということは知っている。 ……そしてそのリアルはまさに地獄のような場所であり、子等は癒やしと楽しみを求めてユグドラシルの地に降り立っていたらしい」

 

 驚愕のあまり何も言えないでいる少女を尻目に、女神の言葉は続いていく。

 その内容は少女の持つ世界観の範疇を超えるものであり、話の規模の広がりに少女は軽い目眩を覚えていた。

 神々のいる神界のようなものがあるというだけなら受け入れられるが、その神界すら神にとっては遊び場に過ぎないなどどうして受け入れられようか?

 

 「子等が我が元から去る理由も、多くはリアルに依るものであった。 ジョウシやカイシャ、センセイにシュウショクなど、よく分からぬ理由であったが多くは苦しみながら去って行き、帰って来た者も苦しい野なかもがいている者が多く、やがて来られなくなっていった。 ……子等は、リアルで痛めつけられておる。 子等を救い幸福へ導くためにも、予はリアルに降臨し彼らを救いに行かねばならぬのだ。 そしてユグドラシルの力ではそれは叶わなんたが、この世界にはそのための力がある」

 

 そこまで言うとアイラムはコンソールを操作し、様々な武器やアイテムが項目ごとに分類分けされた表を写しだした。

 

 「この世界で手にした、ユグドラシルの者とは異なる魔法法則で動くマジックアイテムだ。 曰く、ワイルド・マジック。 この魔法こそが界渡りの秘技に繋がる道だ。 ユグドラシルの魔法に界渡りを成し遂げる物は無く、故にこの魔法が我らをこの世界にいざなった。 ……この力を、なんとしても手に入れる。 ユグドラシルの知識をこの世界の者どもに与えたのもそのためのもの。 基礎となる魔法水準を底上げし、ワイルド・マジックを解析し発展させる。 ナザリックの者共との冷戦状態もその発展に大きく寄与しよう。 戦いこそが、何よりも技術と知識の進歩をもたらすのだからな」

 

 今まで誰にも話さなかった目的を語っているためか、女神はいつになく饒舌であり、その瞳は熱っぽかった。

 そしてその熱に、番外席次は恐怖した。

 その熱には狂気が色濃く現れており、世界を燃やし尽くしてもなお冷めぬほどの炎を感じたからだ。

 

 「いずれ来る真なる人々の住まう地、リアルでの戦い。 その戦いは想像も出来ぬほど峻烈なものとなるであろう。 そのときには、其之方の働きにも期待しておるぞ。 共に、そなたの先達となる我が子らを救おうでは無いか」

 

 大火の揺らぎのような凄惨な笑顔を見せるアイラム。

 その笑みを瞳に映した番外席次《絶死絶命》は、本能的に直感した。

 

 ――――いつかはこの全てを燃やし尽くしかねない炎と戦わねばならない時が来るかもしれない、と。

 

 熱に浮かされる女神の瞳には気付かれぬほどの心の奥で、本人にも無自覚なままに世界の敵(ワールドエネミー)への小さな反旗の灯が人類の守り手である少女の胸に点った瞬間であった。

 




ひとまずこれで終わりです。
三か月近い期間お付き合いいただき、ありがとうございました。


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