月明かりに照らされて (小麦 こな)
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本編
プロローグ


みなさん初めまして!
小麦 こなと申します。処女作なので駄文が続くと思いますが暇なときにちらっと見てあげてください。
よろしくお願いします。


プロローグ

 

 

 

いつもより暗い夜道を俺は一人で歩いていた。まるで俺だけが四角い箱に閉じ込められているような寂しく暗い夜道。

この道はいつも歩いているのだけれど、夜一人で歩くのは久しぶりな事で、こんなに物静かで広い道だとは思わなかった。朝はいつもこの道を歩いているにも関わらず。

 

そこから二つの分かれ道があり、自分の自宅のある方向へ歩いていく。

 

「どうしてなんだろうな」

 

ぽろっとこんな言葉が口から零れ落ちる。この言葉の真意は今日の出来事によるもので、俺自身にも理解が出来ていない。

もちろん社会人だから仕事をしていた。過去形なのは、ついさっき職場をクビになった。上の人間は一週間前から俺をクビにすると決めていたみたいだけれど。理由?さっぱりわからない。

 

「今回は上手くいくと思っていたんだけどな」

 

仕事自体は楽しかったし、たくさんの人にも出会うことが出来た。半年しか働いていないけれど、次の仕事を企画から任せてくれると聞いていたのに。

 

このまま俺の家へとゆっくり歩を進める。行先はアパートだけれど。

俺の部屋付近で初老の女性が掃除をしていた。いつもは軽く挨拶をして世間話をするのだけれど、真っ黒な感情である今は彼女と話そうとも思えなかった。

 

 

「ただいま」

 

自分の部屋のドアを開ける。九月の夜にふさわしくないやけに冷たい空気が俺を迎える。一人暮らしだから仕方がないが、こう言う時は誰かに居て欲しい気分だ。そして愚痴を聞いて欲しい。

 

気怠くかばんを放り投げてベッドに腰掛ける。いつもは少し料理をしてお腹を満たすのだけれど、今日はご飯がお腹に入りそうにもない。

 

どうやら今日起こった出来事は俺に大きなダメージを与えたようだ。このような経験をたくさんしてきたが、今回はどうやら違うらしい。

 

どういう事かと言うと、俺は今まで失敗ばかりの人生を送ってきた。大学受験に失敗して一年浪人したにも関わらず、第一志望どころか滑り止めまで落ちてしまい専門学校に進学した。どうせなら一発大きい夢を叶えたいと思ってバンドを結成し、メジャーデビューを目指すも挫折。卒業後もやる気が出ず一年ニートした。

そして今回、仕事を見つけて半年でクビになった。

 

 

いつもは俺と一緒に音を奏でている相棒たちも今は複数掛け楽器スタンドに立てられており、みんな横を向いてしまっていてこいつらまでもが俺の方を向いてくれない。

最近までこの部屋もにぎやかだったのに、今は閑散としている。元から狭い部屋なのに何故か今日だけ広く感じる。

もうあのような日は二度と来ることは無いだろう。

 

そのまま腰掛けていたベッドに寝転んだ時、ふと本棚に目が行った。

その本棚には手のひらサイズほどの木目模様の写真立てがある。写真立てには俺と、あの人のツーショット写真が入れてある。傍から見ればカップルに見える、そんな写真。

 

「……」

 

俺はベッドから立ち上がり写真立てを手に持ちながら写真を眺める。

その時、水のきれいな小川を見ているような穏やかな気持ちになった。つまり、あの人とのキラキラとした楽しい思い出を回想した。

いつも俺の事を気にかけてくれていた事、俺が仕事を終えるまで外で待っていてくれた事、仕事を達成できた事、大きな仕事の後は楽しく打ち上げをした事などたくさんある。

 

そしてその写真に写っているあの人はきれいな笑顔で、俺はぎこちなく笑顔を作っている。

 

 

だけれど雨が降った小川は汚い水で覆われるように、今までの思い出が一瞬にして濁った。

俺がクビになる事を知っていたくせにやけに心配を装う姿や笑顔を向ける姿。極めつけはあの人の最後の表情、そしてあの言葉が俺の頭の中を駆け回る。

 

“君にそんな事を言われたくない!!” 

“君の顔なんてもう見たくない!!もう二度と来ないで!!”

 

「くそっ!」

 

俺は思わず木目模様の写真立てを力強く本棚に打ち付けた。大きな物音を立てた癖に写真立ては申し訳なさそうに頭を下げている。

このような行動をとって残った感情は、もうこの写真を見たくないという気持ちと何故か胸がチクチクする訳が分からない気持ちだけが残った。

 

どうして胸がチクチクするのかが分からない。あの人は俺を見捨てた人なのに、もしかしたら俺はまだあの職場に行きたいと思っているのか?

 

「もう、寝よう」

 

大分時間が早いけれど、今日はもう寝ることにする。早くこんな気持ちを無くしたいから。それに、最近はずっと楽しくない日々を送っていたのだから今日ぐらいは楽しい夢を見ても誰も俺を責めたりしないだろう。

 

今日を境にまた明日から新しい仕事を探したり、物事を整理すれば良いじゃないか。あの人の事なんて忘れてしまった方が良いに決まっている。

今の俺はそう思っていたし、それが正解だって思っている。

 

 

今日は新月。

夜空は俺と同じで、真っ暗だった。

 

 

 

 

この後、俺が想定した通り夢を見ることが出来た。

 

 



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第1話

まだ寒さの残る季節、春。春は出会いと別れの季節だなんていうけれどそんな言葉を作った奴は相当人間関係をドライに考えている奴だろう。連絡先さえ知っていればいつでも会えるじゃないか。もう会わない気なんて薄情な奴。なんてしょうもないことを考えながら俺は新しい職場の面接の用意をしている。

 

「履歴書と判子……まぁこんなもんだろ」

 

持ち物を確認したからそろそろ向かおう。ちなみに向かう先はライブハウス。バンドマンたちが演奏するあのライブハウスだ。音楽経験もあるし、音楽は嫌いじゃない。どうせ仕事するなら好きを仕事にって感じ。そんな安直な考えだ。いつまでも無職でのらりくらりするわけにはいかない。

 

最後に身だしなみだけでもチェックしておこう。寝癖がついているなんて論外だし。

鏡を見る。目にちょっとかかるくらいの長さで黒色の平均的な髪形に若干釣り目な俺の顔が写された。

 

それじゃ、行こうか。

 

 

「ここか!」

スマホで道順を確認しながら、目的地に着いた。ライブハウス「CiRCLE」。イメージしていたライブハウスよりだいぶきれいじゃないか。なんて感心していると一人の女性が姿を現した。

 

「君がうちのライブハウスで働きたいって言ってくれた人かな?」

「あ、はい。そうです。本日はよ、よろしくおねがいします!」

 

すごくきれいな人で焦った。ライブハウスだから働いている人なんておっかないじいさんや個性派のにおいがプンプンする人間ばかりだと思っていた。もしこんなところで働けるなら、かなりラッキーだろう。

 

「そこの中庭にあるテラスで面接しよっか。今日はいい天気だしねー」

「え?お姉さんが面接してくれるんですか?」

「そうだよ。今日はオーナーが忙しいらしくてね。任されちゃった」

 

まじか。最高じゃないか。オーナーさんのファインプレーも忘れちゃいけない。

 

「じゃ、コーヒーでも買ってくるからテラスに座って待っててくれるかな?」

「はい。分かりました」

 

お姉さんはコーヒーを買いに行ったらしい。あと、お姉さんからかなり良いにおいがした。もうちょっと残り香を……やめておこう。俺からは犯罪のにおいがする。

 

「おまたせ。じゃ早速なんだけど履歴書を見せてもらえるかな?」

「はい、どうぞ」

 

犯罪者のような写りの悪い照明写真が貼られた履歴書を彼女に渡す。彼女はなにやら「うんうん……なるほど」とつぶやきながら俺をちらちらと見てくる。

 

「結城拓斗君って言うんだね。私はここのライブハウスでスタッフとして働いている月島まりな。まりなさんって呼んでもらえるとうれしいな。」

「はい!」

「おっ、良い返事だね。」

 

名前で呼んでほしいってだけでポイントが高いのにウインク付き。そりゃ良い返事にもなる。日本女性がウインクしても似合わないどころかイタイだけだが、まりなさんは例外。全然あざとくないわ。笑顔も素敵だ。

 

「趣味はギターか……うんうん。ギター楽しいよね」

「そうですね。つい夢中になっちゃうんです」

 

少し世間話をする。

 

この後、まりなさんの表情が変わった。ついに選考が始まるのかもしれない。

気を引き締め始めた。と同時に暗記してきた志望動機を準備する。

 

だけど、まりなさんから発せられた言葉によって緊張と志望動機は彼方へと飛んで行った。

代わりに占い師に自分の過去を透視されたような気持ちになった。

 

「私はね、音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけてもらえるようにって思ってここで働いているんだ。」

「はい」

「それは私の夢でもあるの。そのためにあなたの……結城君の力を貸してくれる?」

「え?」

 

驚いた。

そ、それって……

 

「ここで働いても良いんですか?」

「もちろん!」

「でもどうしてです?ほぼ即決でしたし……」

「それはね……」

 

そう言ってまりなさんは少し顔を下げた。

しばらくの沈黙のあと、顔を上げたまりなさんと俺は目が合った。その時の目は、今も俺は覚えているし、今後も忘れないだろう。だって……

 

「結城君の履歴書の字と顔つきを見たら分かるよ。すっっごく熱意を感じたよ。君となら本気でお仕事ができると思ったんだ。」

 

今まで見たことないようなきれいな目で、しかもそれでいて熱い目だったから。

 

俺の答えはもう決まっている。

 

「これからよろしくお願いします」

「うん。こちらこそよろしくね!結城君!」

 

 

 

 

その日の夜、珍しくベランダの外で缶ビールを飲んでいた。俺の住んでいるアパートにはベランダがある。

 

明日からまりなさんのいるライブハウスで仕事をする。普通は「明日から仕事かぁ」だなんて言って憂鬱になるのだろうけど、今回は違う。何か、俺の人生の中での大きなターニングポイントになるような気がする。今はまだ分からないけれど、そんな気がする。

 

俺は残った缶ビールをぐいっと飲み干して普段は見ない月を見上げながら、もう学校も卒業している社会人なのに柄にもなく決意する。

 

明日から張り切って仕事、やってやるか!

 

 

今日は、満月。朧月ではなく、きれいな満月。

 

 




次話は9月27日(木)に投稿予定です。
次話までまったり待ってあげてください。


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第2話

「おはよう、結城君。今日も一日頑張ろうね」

「おはようございます、まりなさん。先に機材チェックしておいたので確認お願いします」

「お、仕事が早いねー。りょーかい」

 

そう言ってまりなさんはライブハウスに併設されているスタジオに入っていった。

 

俺、結城拓斗がここ、「CiRCLE」で働き始めて一週間になる。今はフロアの清掃を行っている。結構きれい好きだからか、掃除は嫌いじゃない。

機材チェックとフロア清掃は就業前と就業後の二回行われる。

 

このライブハウスで働いてから分かった事が二つある。

 

一つ目、CiRCLEはオーナーさんがこのあたりで活動しているガールズバンドを応援したくてこのライブハウスを作ったそうだ。この情報はまりなさんからも聞いたが、オーナーさんからも直接聞いた。すなわち、ここの出演者は女の子だけなのだ!!

控えめに言って素晴らしい。

 

ちなみにオーナーさんは想像していたより気さくな方で助かった。個性の塊!って感じのおじさんが出てきたらどうしようと思っていたけれど、その考えは杞憂に終わった。

 

 

二つ目は……

 

「働き始めて一週間で言うのもあれですけど……全然お客さん来ませんね。」

「き、気のせいだよ。きっと……」

 

機材チェックを終えたまりなさんが苦笑いをしながら答えてくれる。

 

 

そう。客足が少ない。

近くに二つも女子高があるにも関わらず。しかも二校とも中等部まである割と規模が大きい学校だ。軽音楽部は存在しているのだろうか。

近々何かしらの策が必要になるような気がする。

 

このライブハウスは歴史が浅く、知名度も低いらしい。

 

そろそろまりなさんはポジティブな事を言ってくれるはずだ。ここで一週間働いた俺には分かる。素直に言うと、いつでも物事を前向きにとらえられる彼女の姿勢は俺にはまぶしい。俺にはそんな思考を持っていないから。

 

「でもね」

ほらきた。

「私はうまくいくと思うんだよね」

「どうしてです?」

「私の夢を知っている仲間が増えたからだね。結城君に来てもらってよかったよ」

 

まだまりなさんの話には続きがあった。

 

「たくさんの子達を見つけてもらえるような場所を一緒に作ろうね!」

 

俺はそこまで言ってくれるなんて全く想定していなかった。

どうやらまりなさんの方が一枚上手だったようだ。

 

 

 

 

ライブハウスでの仕事も午後の中盤あたりに差し掛かる。

 

仕事の昼休みは一週間毎日チョココロネを食べている。

今日はやけにお腹が空いたので昼飯に中庭にあるカフェでチョココロネを九個買った。そして一個ずつ確実に咀嚼していった。ハムスターが大好きなヒマワリの種を食べるような感じをイメージしてもらうとわかりやすいと思う。カフェの店員さんからは「チョココロネ君」と呼ばれるようになった。この呼び名は長く続かないのだけれど。

ちなみに今日の俺の食事シーンを目の当たりにしたまりなさんは、ドン引きしていた。

 

 

まぁそんな感じで昼飯を食べすぎて今すごく眠い。

睡魔が昼間に食べたチョココロネのチョコ並みに詰まってきた。

 

まりなさんは何やら真剣にデスクワークをしているから少しうたた寝してもばれないんじゃないか。

 

 

妄想が少し暴走する。世間体を重視する表の俺では絶対に言わないような事。

もし寝ていてもまりなさんが優しく起こしてくれるんじゃないか……。たとえば「ほぉら結城君。早く起きないとイタズラ、しちゃうぞ?」みたいな。ちなみに声はセクシーに。よし寝よう。

 

なんて妄想していると、一人の女子高生が中に入ってきた。

 

 

「こんにちはーっ!!」

「はい?誰?」

 

どこの学校かはわからないけど制服を着ている。背丈を見るにたぶん高校生じゃないかな。それに頭から猫耳が生えている。ん?猫耳?

とにかく、元気で活発そうな女の子だ。

 

突然で、尚且つ大声だったので思わず「誰?」って言ってしまった。完全に不意をつかれた。

落ち着いてよく見ると背中に楽器のソフトケースを背負っている。ベースほど長くは無いからおそらくギターケース。

間違いない。お客さんだ。

 

 

「いらっしゃいませ。こんにちは」

 

 

 

 

これが、俺とPoppin’Partyとの初めての出会いだった。

 

 

 




次話は9月28日(金)の22:00に投稿予定です。
まだ始まってばかりなのにこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。これからも頑張りますのでよろしくお願いします。

いよいよ明日がイベント最終日ですね!みなさんが一人でも目標としている順位まで到達出来る事を願っています!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第3話

「いらっしゃいませ。こんにちは」

 

俺はお客さんであろう女の子に出来る限りの営業スマイルでそう言った。女の子一人だろうか。まぁスタジオで自主練習かもしれない。やっぱり家にあるようなミニアンプとスタジオにあるアンプじゃ天と地の差だし、音作りも兼ねてだろう。俺も思いっきり弾きたくなってきた。

 

「あ、こんにちは香澄ちゃん。今日は一人なの?」

「そろそろ来ると思います!」

 

どうやらまりなさんとこの女の子は知り合いらしい。常連さんだったりするのだろうか。それにそろそろ来るっていうことは遅れてくる子もいるのだろう。学生だし仕方がない。俺も追試のオンパレードだった。

 

「はー、はー……」

一人の女の子が疲れた表情で入ってきた。金髪のツインテールの女の子だ。先に来た香澄ちゃんだっけ?その子と同じ制服だから同じバンド仲間だろう。

 

いや待て。この子凄く胸がでかい。ふつうにまりなさんよりも大きいだろう。この大きな胸をぶら下げて走ってきた……だと!?絶対にぷるんぷるんじゃないか!彼女が走っている姿を想像する。

……今年の体育祭は参加必須だな。もちろん見る専門だ。

 

「やっと追いついた……。ほんっとに言うこと聞かねーやつだな!ちょっとは人の言うことを聞けっての!」

「だって早く来たかったんだもーん!いいじゃん、有咲ぁー」

 

香澄ちゃんが勝手に先走って来たみたいだな。そりゃ他のメンバーも怒るだろう。

でもこの口論にもちゃんと友情みたいなものを感じられる。仲は良さそうだな。

 

その後すぐに他のメンバーだと思われる三人が到着した。この三人も走ってきたのだろう。お疲れ様だ。でもこうやって見ると五人ともかわいい。この地域の女の子偏差値はすごそうだ。

 

「みんなほんとに元気だね!若いっていいなー」

 

まりなさんはにこにこしながら彼女らと会話している。こういう空気は苦手だ。一人だけ会話についていけないという空気。

俺はまりなさんに目線で訴えてみた。

 

「そうだ。みんなに新しく入ったスタッフを紹介するね」

 

さすがはまりなさん。気づいてくれた。相手は高校生だ。無難な自己紹介をすれば引かれることはないだろう。

 

「CiRCLEの新人スタッフの結城君です」

 

少し咳払いをする。みんなの顔を見て言った。

「みなさんこんにちは。新人スタッフの結城拓斗と言います。よろしくね」

 

 

 

 

その後、五人からも簡単に自己紹介してもらった。

 

最初に来てくれた猫耳の女の子は戸山香澄ちゃん、担当はギターボーカル。金髪ツインテールの女の子が市ヶ谷有咲ちゃん、キーボード担当。清楚黒髪ロングの女の子が花園たえちゃん、リードギター担当らしい。少し恥ずかしがり屋の女の子が牛込りみちゃんでベース担当。ポニーテールとシュシュが似合う女の子が山吹沙綾ちゃん。ドラム担当だ。

この五人からなるバンドがPoppin’Party、通称ポピパだ。

 

現在、ポピパは併設スタジオで練習を行っている。スタジオに入る時もにぎやかに入っていった。気持ちは分かる。砂漠を歩いている時に念願のオアシスを見つけたような気持ちになる。俺も学生の時にテンションが上がって普段やらないドラムを叩きバスドラムを破ったのはいい思い出だ。

 

なんて過去を思い出してしみじみしているとまりなさんがやってきた。

 

「どう?ポピパのみんな。元気だったでしょ」

「ほんとです。若いっていいですね」

「急におっさんになってるよ……」

 

社会人にあの元気は出せないだろう。スイカ割りを「もうちょっと右」みたいな指示もなしに叩くレベルで難しい。でも……

 

「ポピパがどんな音楽を奏でるかは興味あります。想像はつきますけど」

「ポピパは私イチオシのバンドなんだ。今度のイベントに出てもらう予定だからその機会に聴いてみてよ」

 

なるほど、まりなさんのイチオシか。かなり期待が持てる。最近の高校生は技術も高いのだろうか。彼女たちが楽器歴何年かなんて知らないけれど、ライブハウスのイベントに出演できるくらいだし。俺がギターを始めた頃の四月なんてコードチェンジもできなかった。Fコードを弾けるようになったのは七月だ。かなり遅めの上達スピードだろう。

 

「きっとポピパのファンになるよ」

「期待しておきます」

 

「それとね」

なんだろう。

「有咲ちゃんが来たとき結城君の目が見開いていたのはどうしてかなー?」

ばれてた。そういうのは気づかなくていいのに。

「え、えっと……それは……」

「それは……何かなぁ?気になるなぁ」

 

まりなさんの笑顔が怖い。鏡を見ていないから分からないけど、目が泳ぎまくっているのだろうな。「有咲ちゃんの胸をガン見してました」なんて死んでも言えないだろう。

最近の高校生はかわいい子が多いですね。ああいう子がタイプなんです。なんて言えば誤魔化せられるかと考えていた時だった。

 

スタジオのドアが大きく音を立てた。

 

スタジオのドアは防音の為かなり重たい。そのドアが思い切り開いたのだ。何かあったに違いない。もし何かあったら……。身体が凍り付いたかと思うほどゾッとした。

 

 

「助けてーっ!」

 

涙目の香澄ちゃんが出てきた。彼女の相棒である赤いギターと共に。

 

 

 

 




次話は9月30日(日)の22:00に投稿予定です。
次話あたりから物語が少しづつ加速していきますので、お楽しみに!(小並感)
引き続きこの小説をお気に入りにしてくださった方々、そして投票してくださった方ありがとうございます!そして今後ともよろしくお願い致します。

感想とかあればぜひ聞かせてください!「面白くない」とかでも良いので(傷つきやすいタイプです)

チャレンジイベントが終了しましたね。みなさんお疲れ様でした!
私は地味に全体、楽曲順位ともに3000位台をキープしました。報酬ウマウマ(笑)

長くなりましたが
では、次話までまったり待ってあげてください。



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第4話

「助けてーっ!」

 

涙目の香澄ちゃんが出てきた。彼女の相棒である赤いギターと共に。

 

 

すぐに駆け寄った。まりなさんも心配そうな顔でこちらをのぞいている。もしケガとかなら応急処置をしなくちゃいけない。俺たちが焦っちゃいけない。ここは落ち着いて……。

 

「どうした!大丈夫か?香澄ちゃん」

「どうしよう。拓斗さん……」

「まずは深呼吸をして、それから何があったか落ち着いて話してくれないか」

 

香澄ちゃんは「あのねっ」と涙目でたどたどしく言った。見た感じ香澄ちゃんはケガをしていなさそうだけど、油断はできない。まだ寒気がする。残りのメンバーが出てこないのが嫌な予感を増長させる。頼むからみんな無事でいてくれ。

 

香澄ちゃんが放った言葉。それは俺たちの度肝を抜いた。すさまじい勢いで。

例えるならば、初めて真近で人工衛星の打ち上げに立ち合い、目の当たりにしたような感じ。

 

 

「ギターの弦が切れちゃった……」

「……そうか」

 

香澄ちゃんから放たれた言葉によって、今まで感じていた不安はロケットのようなスピードで消え去り、寒気は宇宙の彼方にまで飛んで行った。

 

こんなにも脱力したのは人生で初めてかもしれない。思わずその場で座り込んでしまう。まりなさんは苦笑いを浮かべながらどこかに消え去り、スタジオからはあきれ顔をした四人がぞろぞろと出てきた。

 

 

「そんなことで騒ぐな!こっちも心配しただろ!」

「ごめーん!有咲ぁー」

「だから抱きつくなっての!」

 

一応スタジオで何があったのか沙綾ちゃんに聞いた。沙綾ちゃん曰くいつも通り練習をしていたのだけれど急に香澄ちゃんが「あっ」と言って演奏を中断。何があったのか確認する暇もなくそのまま走って出ていってしまったらしい。念の為に言っておくけれど、ギターの弦が切れるのはよくある事だ。

 

この世界は平和だ。ギターの弦が切れただけでこんなにも盛り上がれるのだから。しかしスタジオの使用時間がまだ少し残っているからこのまま練習を終えるのはもったいない。

 

どうしようかと考えていると、まりなさんが出てきた。手に何か持っている。

 

「まぁでもケガとかじゃなくて何よりだよー。はい、香澄ちゃん。貸出用のギター使って」

「わぁー!ありがとうございます。まりなさん」

 

どうやらまりなさんは貸出用のギターを取ってくるためにどこかに行っていたようだ。俺もここのスタッフだし、ギター経験者だ。弦の張り替えに少しだけレモンオイルをかけてきれいにしてあげよう。ほんの少しのサービスだ。

 

「じゃ、みんなが練習している間に弦を替えてあげるからギターを預かっても……いいかな……」

「どうしたんですか?」

 

香澄ちゃんが首をかしげている。かわいいなぁ……じゃなくて。ギターをよく見る。見間違いじゃないと思うけどESPのランダムスター。高級品だ。今の高校生の金銭感覚は大丈夫なのだろうか。それともお金持ちなのかもしれない。値段は……言わないでおくけれど俺が初めて買ったギターの十倍以上するだろう。もしかしたら俺の所有している楽器をまとめて買ってもお釣りがくるかもしれない。

 

「あ、いや。良いギター持っているんだなと思って。ちょっと預からせてもらいますね」

「キラキラドキドキしますよね?拓斗さんっ!」

 

キラキラドキドキが何かは知らないけど、ドキドキはした。ESPのギターを手にしたから。後、俺の話した内容の答えになっていないんじゃないかと思ったけれど、気にしたらダメな気がする。ギターを借りても良いと勝手に解釈しよう。

 

 

ポピパのみんなは再びスタジオに入っていった。その間に弦を張り替えなくてはならない。多分だけれどギター経験者なら弦を替えるのが好きな人って多い気がする。普段掃除できないようなほこりも掃除できるし、仕上げに使うレモンオイルのにおいが好きだったりする。

ちなみにだけれど、ギターの弦を替えた直後はチューニングが安定しないから三時間ぐらいは何もせず置いておいた方が良い。

 

少しの高揚感を持ちつつ、弦を緩めてニッパーで弦を切っていく。ばちっと言う音もたまらない。そして新しい弦を取り出し、ペグに巻きながら張っていく。ペグっていうのはギターの先端についているやつ。チューニングする時に回す部品の事だ。

 

ギターは六弦からE、A、D、G、B、Eの音階がレギュラーチューニングだ。最初は覚えるのが大変で苦労したけれど、家でじいさんバッドエンドって語呂合わせを思いついたら忘れなくなった。

 

「それにしても意外だなー」

「何がです?」

 

弦を巻きながらまりなさんの方を向く。何が意外なのだろう。たまにまりなさんの言う事は分からない。ギターの弦を楽しそうに替えることが意外なのだろうか。でも、面接時にギターが趣味だということを話しているはずだ。

 

「優しいところもあるんだなーってね」

「……。それって普段は優しくないって聞こえますけど」

「ははっ、そうだね」

 

いきなりはずるい。顔が熱くなる。女の人に優しいって言われただけで照れるなんてどうかしている。もしかしたら、まりなさんに言われたからこそ照れたのかもしれない。真相は分からないけど。だから憂さ晴らしに照れ隠しを言った。

 

赤くなった顔を隠すために急いでクリップチューナーを取り出しギターをチューニングする。だけど脳裏にまりなさんの表情がくっついて離れない。俺には無いあの明るい笑顔。

 

チューニングは終わったけどまだ顔が熱いからクリップチューナーをつかんで自分のあごにくっつけて「あー」って言っていたら、まりなさんは「結城君が壊れちゃったー」なんて言って腹を抱えて笑っていた。

 

 

 

 

チューナーには“A”と言う文字が浮かび上がっていた。

 

 

 





次話は10月2日(火)の22:00に投稿予定です。
この小説をお気に入りにしてくださった方々、本当にありがとうございます。
伝え忘れていて申し訳ないのですが、評価9をつけてくださったsteelwoolさんありがとうございます!この場で感謝の言葉を述べさせていただきます。

常時感想を受け付けておりますので、何かあれば送ってきてください。よろしくお願いします。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第5話

 

「それじゃ、まりなさん。お先に失礼します」

「はーい。お疲れさまー」

 

今日の仕事も大きな問題も無く終われた。そろそろこのライブハウスで働くことにも慣れてきた。天気予報によると、もうすぐ梅雨入りらしい。ギターにとっては天敵となる季節。

ギターは湿気に弱いのだ。

 

それにしても最近の女子高生はとっつきにくいように感じる。ポピパは別だけれど。どんな女子高生かの例を挙げると黒毛に赤いメッシュが入った子とか、銀髪で猫が好きそうな子とか。どちらもスタジオを使ってくれている大事なお客さんなのだけれど、話を振ってもそっけない対応で終わってしまう。

 

「あ、ちーくんだ。今日はもう仕事終わったの?」

「はい。今日は早くあがらせてもらいました。」

 

うちのライブハウスの中庭にあるカフェの店員さんが挨拶してくれた。「ちーくん」についてなのだけれど、最初は「チョココロネ君」って呼んでくれていたけど、どうやら語呂が悪い上に呼びにくいらしく五月には「ちーくん」に変わっていた。個人的にはちーくんと言う呼び名は気に入っている。

 

「ちーくんの大好きなチョココロネがちょこっと残っているんだけれど、買わない?」

「あ、じゃあちょこっと買います。」

「ありがとうございまーす。ちーくんが来てからチョココロネを多く取り寄せるようにしたんだから感謝してよねー」

 

本当にここのチョココロネはおいしい。しかも手ごろな値段。給料の半分をここのチョココロネに変えられても文句を言わない自信がある。

 

なんて考えながらお金を出している時、店員さんのとある言葉に引っかかった。さっきチョココロネを取り寄せているって言っていたような?どういう事だろう。

 

「あれ?ここのチョココロネって自家製じゃなかったんですか?」

「ありゃ、知らなかったの?近くのパン屋さんから取り寄せているんだよ」

「詳しく」

 

思わず前のめりになって店員さんに言い寄ってしまったからか、CiRCLEで働いてから早くも二度目となるドン引きを食らった。二週間に一回ペースである。

 

 

 

 

お宝情報を手に入れた俺はその週の休日、そのパン屋さんに向かうことにした。仕事はどうしたって?有給を取った。せっかくの有給制度だ。使わなくちゃもったいない。それに最近は睡眠不足もあって昼間まで寝ていたかったのもある。

 

手に入れた情報によるとお店の名前は「やまぶきベーカリー」。商店街に店を構えており列をも作る人気店らしい。あまり商店街には来たことがなかったので土地勘はないが前もって携帯で調べておいたからスムーズに行けるはずだ。

 

「見つけた。ここだ」

 

やまぶきベーカリー発見。夕焼けにも映えるかなりおしゃれな店構え。お店に入る前からこんなにもいい匂いがするなんて。手に入れた情報に不備はないようだ。早速中に入ろう。

 

「いらっしゃいませー。ってあれ?拓斗さん?」

「え?」

 

ついに俺のチョココロネ好きがこの街にも知れ渡ってしまったのかと思って声のした方向に目をやると、そこには知っている人が店員の恰好をしてレジにいた。

 

 

 

 

情報を整理すると、やまぶきベーカリーは沙綾ちゃんのご両親が経営しているお店だった。そして沙綾ちゃんもよくお店の手伝いをしているらしい。本当に良くできた子だと思う。まぁ、俺も気づくべきだった。お店の名前と沙綾ちゃんの名字が一致していることに。

 

「拓斗さんがうちに来るのって初めてですよね?」

「うん。CiRCLEの中庭のカフェにあるチョココロネが大好きでね。そこの店員さんにここで仕入れているって聞いて来たんだよ」

「そうなんですか!ありがとうございます」

 

店に入って思ったけれど、人気店だけあってたくさんのパンが並べられている。チョココロネを目当てに来たけれど、他のパンも買っていいかもしれない。時間も時間だし値引きされているパンたちもいるけど、誰もが規則正しく列をなしている。

 

「ということは拓斗さんもチョココロネが好きなんですか?」

「も?と言うことはやっぱり人気あるの?」

 

人気があるのも当然だろう。あのチョコの甘さと苦みの絶妙なバランス。それに生地も忘れちゃいけない。あの生地がチョコをくるんで味全体を支えている。初めて食べた時なんて本当に驚いた。

 

「りみりんもチョココロネが大好きなんですよ」

「そうなんだ」

 

これは朗報だ。実はポピパの残りメンバーである四人はそれなりに仲は良くなっていたが、りみちゃんだけは少し距離があるように感じていた。もしかすると、ポピパの中で一番仲良くなれる素質を秘めていたのはりみちゃんだったのかもしれない。

 

「そうなんです。好きすぎて曲まで作るぐらいですから」

「えぇ!」

 

先を越された。俺も初めてチョココロネを食べた後にチョココロネに捧げる歌を作ろうと思い立って夜な夜な時間を作っては作曲していた。ちなみに歌詞は完成済みだ。やるな、りみちゃん。よし、今度チョココロネ談話でもしよう。

 

なんて思いながら沙綾ちゃんと楽しく話をしていると後ろから肩をぐっとつかまれた。しかもかなり強い力で。もしかしたらレジで精算しようと思っていたけど、沙綾ちゃんと話してばかりだったからレジ前が開かず苛立っているのかもしれない。でも、暴力はいけないだろう。

 

そう思っていたから、少しにらんで後ろに振り向いた。

 

後ろに振り向いた瞬間、広場で野球のバッターをやっている少年のような気分になった。

放った会心の当たりがこの町で一番のカミナリオヤジの家に吸い込まれていくような、今までは楽しかったのが一瞬にして無になるような。そんな気分。

 

どうしよう。冷や汗が止まらない。

 

 

「結城君は女子高生をナンパするために有給をとったのかなー?」

「ははは……」

 

まりなさんはとっても笑顔だ。

どうしてやまぶきベーカリーにまりなさんがいるんだ……。

 

沙綾ちゃんに「助けて」と目線でメッセージを送った。

沙綾ちゃんは苦笑いをしながら「ありがとうございましたー」と言った。

 

 

 





次話は10月4日(木)の22:00に投稿予定です。
新たにこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!

そして評価9という高評価をつけてくださいました穂乃果ちゃん推しさん、感謝の言葉をこの場を借りてさせていただきます。本当にありがとうございます!


ガルパ、ついにドリフェスが始まりましたね。皆さんに欲しいキャラクターが当たりますよう祈っております。私はパスパレファンなのでそれなりに引くと思います。

さてさて
では、次話までまったり待ってあげてください。


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第6話

 

「ありがとうございましたー」

 

結局、チョココロネとその他多数のパンを購入してやまぶきベーカリーを後にする。

これで毎朝おいしいパンを食べられる。でも、今はそんなのんきな事を考えている場合ではない。

 

「それで、ナンパは成功したの?」

「ナンパじゃないですって」

 

今はまりなさんと一緒にあの場所に向かっている。普段ならご褒美イベントなのだけれど、今回は違う。どうして有給を取っただけなのにこんなにまりなさんにいじめられているのか。その理由は有給を申し出た日までさかのぼる。

 

 

 

 

俺はカフェの店員さんが教えてくれたパン屋さんが気になって仕方がなく、どうしようか悩んでいた。店員さん曰く「人気店だから仕事前に行っても買えない」らしい。その後ふと有給を取ればいいじゃないかと思い立った。我ながらナイスアイディアだ。

 

善は急げ。早速まりなさんに申し出る。

 

「まりなさん、少し時間良いですか?」

「うん。どうしたの?」

 

デスクワークをわざわざ止めてくれた。

 

「この日に有給取りたいんですけど……」

「うーん……もうすぐイベントがあるから出来るだけ来てほしいのだけれど」

 

知っている。約一か月後にイベントがある事もいきなり有給なんて取れない事も。だけれど、どうしてもあの絶品チョココロネを作っているお店を拝んでおきたい。そして産地でアツアツできたてを食べたい。ここで最終手段をとる。

 

「好きなバンドのライブがあってチケットまでとったんですよ……」

もちろん、うそだ。

「んー……しょうがないなぁ。私が取っていた有給を結城君にあげるよ。」

 

イベント後に使う予定らしかった有給をくれるらしい。まりなさんは「オーナーに上手く言っておくから」と言って電話をしに行った。

その時から、俺は宿題があるのを母親に隠して広場まで野球をしに行った。もちろん、結果は知っての通りだ。カミナリオヤジの家の窓を壊すわ、母親に宿題を隠していたのがばれるわで散々である。

 

 

 

「結城君の目的はライブじゃなくてやまぶきベーカリーだったってこと?」

「本当に申し訳ありません」

「まったくもう……しょうがないなぁ」

「え?」

 

いつものまりなさんの雰囲気に戻っている。明るくて、マイナスな出来事をプラスに捉える、俺には無いあの雰囲気。

 

「反省しているなら良し!明日からばっちり働いてもらうからねー」

 

太陽のような光とは違う優しい明るさなのだけれど、俺にはその明るさはまぶしすぎて直視できなかった。

 

 

そして目的地に着く。ライブハウス「CiRCLE」。

 

実はまりなさんがやまぶきベーカリーに居たのは後半の休憩時間に小腹が空いたため気分転換の散歩をかねて商店街まで行き、パンを買うところだったらしい。そこで俺とばったり出会ったという訳だ。すなわちまりなさんはまだ仕事中である。

 

たいして営業時間も残っていないが、反省を兼ねて今日のフロア清掃をやることにした。自ら志願して。

 

最後のお客さんのスタジオ練習が終わった。後は会計を済ましてお客さんを見送る。その後は出番だ。早速掃除に取り掛かる。

 

「あ、まりなさんは先にあがって下さい。機材チェックもしておきますので」

「え?悪いよ。それは」

「良いんですよ。今日の罪滅ぼしぐらいさせてください」

 

まりなさんは申し訳なさそうな顔をしていたけれど、説得により何とか分かってくれた。いつもより入念にフロア清掃を行い、機材もくまなくチェックした。後は戸締りをしておしまいだ。

 

 

ライブハウスの入り口に鍵をかけてさて帰ろうかと思い振り向いた時、いきなりコーヒーカップが横からひょこっと出てきた。

 

「お仕事お疲れさま。結城君。」

「まりなさん!? どうして……」

 

どうしてまだいるのだろう。それに二人分のコーヒーカップを片手に一個ずつ持っている。もしかしたら……

 

「あれ?コーヒーいらないの?せっかく買ってきてあげたのに」

「貰います。……その、ありがとうございます」

 

そのままの流れで途中まで一緒に帰る事になった。横を歩いているまりなさんはなんだか楽しそうだ。普通に歩いているのにスキップでもしているかのように。俺は我慢できなくて、聞きたかったことを聞いた。

 

「どうして、待っていてくれたんですか」

 

どうしても、その行動が理解できなかったから、聞いた。

 

「後輩が残っているのに先輩が先に帰れないじゃない。それにね」

「それに……なんです?」

「君の一生懸命な姿を見るのが好きなの」

 

その瞬間、無重力空間にいるような気分になった。顔が熱くなる。今まで受験に失敗して、プロデビューもできなくて、何をやっても上手くいかなくて、誰も認めてくれなかった俺が。なんだか嬉しかった。自分に着いてきてくれる人なんていなかったから。自分を見てくれている人なんていなかったから。

 

夜だからよかった。顔が赤くなっているところなんて、見せたくない。

 

「家まで送りますよ、まりなさん」

「ナンパしてた人が家まで来たら何されるか分からないから遠慮したいなー」

「ナンパの次はストーカーですね」

 

心がフワフワしている俺はそう言ったら「結城君には絶対私の家の場所は教えないからねー」と言われた。まりなさんはとても良い笑顔だった。パン屋さんの時とは大違いだ。

 

 

その後、まりなさんと別れ、一人で帰宅の途についている。今日は色々あったけれど、楽しかった。まりなさんといると楽しい。なんでもない雑談がジェットコースターのようなアトラクションのように感じる。

 

ジェットコースターのように楽しい出来事が次から次へと来たらいいのに。って思いながらまだフワフワしている感情と共に、帰宅した。

 

 

今ならあの丸い月に届くんじゃないかな、なんて思った。

 

 

 

 





次話は10月5日(金)の22:00に投稿予定です。
新たにお気に入りにしてくださった方々、引き続きお気に入りにしてくれている方々に毎回ながら感謝の言葉をかけさせていただきます!ありがとうございます!

評価9と言う高評価をつけていただきました黒猫ウィズさん。この場をお借りして感謝の気持ちをお伝え致します。本当にありがとうございます!


ガルパ、みなさんは今回のドリフェスはどうでしたか?私は150連しました……。
彩ちゃんは出なかったんですけど130連目に日菜が出てくれて取りあえず勝利しました。やったね!

では、次話までまったり待ってあげてください。



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第7話

 

梅雨が明けそうな季節になった。気温も高くなり、暑いのが苦手な俺にとっては憂鬱な季節だ。ギターを背負うと一段と背中の蒸れが激しくなる。そんな季節がもうすぐやってくる。

 

俺はここ、ライブハウス「CiRCLE」で忙しい毎日を送っている。どうして忙しいのかと言うと、週末にライブハウスでイベントを行う予定になっているためだ。もちろん、まりなさんも忙しい。言い方は極端だが、ここ最近はずっとライブハウス内を走り回っているような気がする。要するにそれぐらい忙しいのだ。

 

それに加えて、本番も近いということはリハーサルも近いということで……今週は忙しくなりそうだ。

 

ちなみに今日の俺の仕事は少し楽しみだったりする。理由は……お、出てきた。

 

「練習、たのしー!」

「今日も、楽しかった」

 

香澄ちゃんとおたえちゃんを先頭に併設スタジオから出てくる。今日の俺の仕事は出演バンドとの打ち合わせだ。そして今日の打ち合わせはポピパだからかなりリラックスしながら話も出来る。

 

「みんな、練習お疲れさま」

「「「「「お疲れ様です」」」」」

「これから打ち合わせだけど外がいい天気だから中庭でしようか」

 

ライブハウスの外にある中庭の方にみんなを案内する。普段は机と椅子×2のセットだけれど、今日は珍しくいい天気だったから外でやるかと思い立ち、あらかじめ六つ椅子を用意しておいた。

 

「う~ん、今週のライブ楽しみっ」

「あんまりライブ中に話しかけてくるなよ」

「えー、いいじゃん。有咲ぁー」

 

練習が終わってすぐなのに本当に元気だ。特に香澄ちゃん。バンドが、そして音楽が好きなのだろうな。

 

ちなみにチョココロネ好きを活かしてりみちゃんとは仲良くなったと思う。おたえちゃんも仕事関係で楽器屋に行く時などで会うことが多く、結構話す。たえちゃんからおたえちゃんに呼び方が変わったのは最近だけれど。

 

「あ、あの……一つ案があるんですけど……いいですか?」

「うん、大丈夫だよ。りみちゃん」

 

あの真面目なりみちゃんから提案と来た。これは期待度が高い。耳をかっぽじって聞き洩らしの無いようにせねば。

 

「ライブ中に、チョココロネを投げたいんですけど……」

 

さすが、この前チョココロネ同盟を締結した仲だ。その考えは無かった。こんな盟友を持てて俺は幸せだ。とてもいい案なのだが……

 

「それは今度にしよう。りみちゃん」

「わ……分かりました」

 

流石に「ここのライブハウスってライブ中にチョココロネ飛んでくる所だよね」なんて噂されたら俺たちは一巻の終わりだ。ただでさえ売り出し中のCiRCLEには大打撃だ。それにそんな世間の目に晒されて働くなんて俺には無理だろう。ごめんね、りみちゃん。だからそんな顔をしないで。

 

「じゃ、気を取り直してこれから打ち合わせを始めます」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

 

 

打ち合わせも終わりに差し掛かる。雑談交じりで楽しく過ごせたから、俺にとっても有意義な時間となりそうだ。ポピパのみんなも真剣な話の時は真剣に聞いてくれたし、みんな良い子たちだ。

 

「結城君、ちょっといいかな?」

「分かりました。みんなちょっと待っててね?」

 

呼ばれたからみんなに断ってからまりなさんの方に向かう。ポピパのみんなは「はーい」やら「分かりました」をわざわざ言ってくれる。

 

「どうしたんですか?まりなさん」

「この後予約を入れてくれていたバンドの子達がキャンセルになってね。」

なるほど。

「ポピパのみんなが入りたそうだったら入っていいよって伝えてくれる?」

「分かりました」

 

まりなさんが空いている時間帯を教えてくれた。まだ少し時間はあるけれど、彼女たちに伝えておこう。

 

「おまたせ」

 

楽しそうに談笑している女子高生たちの輪に入る。なんだかみんなワクワクしているような気がする。なぜだろう。まぁいいか。伝えることを伝えよう。

 

「みんなこの後時間ある?もし良かったらなんだけど、この後スタジオ空いてるから使っても良いよ」

 

まだ時間があるけどね。と付け加えて伝えた。

 

「本当ですかっ!やったー」

「だから抱き着くなっつーの!」

 

香澄ちゃんと有咲ちゃんのいちゃいちゃは何度見ても飽きない。有咲ちゃんが振りほどこうとするたびに揺れる胸!最高である。でも最後は許容してあげる有咲ちゃん!最高である。

 

「あ、そうだ!」

 

香澄ちゃんが突然大声を出す。今日はいちゃいちゃが少ない。結構がっかりしている俺がいた。

 

「拓斗さんがバンドをしていた時の話が聞きたいです!」

 

なぜ急にそんな事を……。それにバンドをしていたなんてまりなさんにも話していないのだけれど。女子高生の情報網は怖い。帰って来た時にワクワクしていたのはこの件かもしれない。

 

「そんなのみんな興味ないでしょ?」

「私は興味ありますよ。拓斗さんのバンド」

 

沙綾ちゃんが言う。試しにみんなの方を見てみると、聞きたそうな表情を隠しきれずにいる。何か他の話題に移そう。女子高生なら恋愛話でもしていたら忘れるはず……

 

「少し時間ありますし、良いですよねっ!」

 

香澄ちゃんが身を乗り出して言う。みんなも寄ってくる。これはもう観念するしかなさそうだ。漢軍に囲まれた項羽もこんな気持ちだったのだろう。四面楚歌とはよく言ったものだ。

 

「分かった。話すよ。だけど面白い話じゃないから文句言うなよ」

 

 





次話は10月7日(日)の22:00に投稿予定です。
新たにこの小説をお気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます!

毎回この小説を読んでくれているみなさん、さらにお気に入りにしてくださった方や評価をつけてくださった方がいることが私のモチベーションとなっております。
本当にありがとうございます!

感想がありましたら気楽に送ってきてください。必ず返信しますので。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第8話

 

「分かった。話すよ。だけど面白い話じゃないから文句言うなよ」

 

 

女子高生に言い寄られ、観念する社会人の男性。滑稽だな。ただ本題を話す前に聞いておきたい事がある。

 

「でもどうして俺がバンドをしていた事を知っているんだ?」

「それはねーっ!」

 

香澄ちゃんが胸を張って腰に手を当てながら話す。どうやらギターを弾いた事があって、さらにはライブハウスで働いているからバンド経験があると結論付けたらしい。

 

俺は売れない手品師のような気持ちになった。なるほど、タネがバレバレで事の顛末はすべてお見通しらしい。

 

 

「飲み物を飲みながら話そう。みんな何が良い?奢るよ」

 

そう言ってみんなとカフェの方へ向かう。みんな思い思いの飲み物を頼んでから席に戻っていった。……六つも飲み物を持てるわけが無いことは分かっているはずなのだけれど。仕方なく店員さんにお盆を借りることにした。

 

「ちーくんモテモテだね!羨ましい」

「ただの修羅場ですよ」

 

注文していた飲み物たちがぞろぞろとやって来る。なかなか色とりどりで何故か変な気分になった。お盆に乗っている飲み物がポピパのイメージカラーのような気がしたから。一つ余分な黒い飲み物が混ざっているけれど。

 

「お待ちどうさま!それで誰がちーくんの本命?」

「決められませんね」

「うわー、ひっどーい」

 

店員さんに別れを告げ、ポピパのみんながいる机に到着する。お盆の上に置いてあった飲み物たちはそれぞれの場所に就いた。飲み物同士でも談話しているかのように机の上で円を描く。

 

 

「じゃ、話すよ。俺のいたバンドはね……」

 

 

 

 

俺のいたバンドは三人、いわゆるスリーピースバンドだった。簡単な紹介になるけれど、ギターボーカルが俺でベースが女の人、そしてドラムが男だった。スリーピースバンドにした理由なんて特に無いけれど、個々の技術力がはっきりし、さらに音の数がごちゃごちゃしていない曲が好きだったからなのかもしれない。

 

メンバーは三人とも高校の同じ軽音楽部にいた同級生で組んだ。発起人は俺。専門学校に行っても特に学ぶ気になれなかったからどうせならプロになりたいと思い、のちにメンバーとなる二人を誘ったのだった。

 

「順風満帆のスタートだった」

 

みんな経験者だし。俺たちの軽音楽部は楽器ごとに分かれていて、特にバンド同士で行動という訳では無いと言う、少し変わった軽音楽部だった。分かりやすく説明すると、ギターパート、ベースパートなど同じ楽器をする人間たちが同じ空間で練習するんだ。

 

バンドは固定じゃ無かったから、在学中に色々な人達とバンドをした。

だからお互いの性格も良く分かるし、部活の時に何回か組んだからクセも分かる。

 

ライブハウスでも初めてなりに成功を収めた。少人数だが俺たちのファンも出来たし、たいして出来の良くないお手製CDも買ってくれた。このままいけばプロになれるんじゃないかって本気で思った。

 

「だけどね」

 

俺の手元にあるコーヒーが波打つ。

 

その後は楽しくない日が続いた。やる気のない練習が続いた。俺だけ空回りしているように思えたから、メンバーに喝を入れた。無茶な練習を強いた。このままじゃプロになれないって言った。そうしたら、メンバーたちは「俺たちの用事もしっかり聞けよ、自己中野郎」だなんて言い出す。「もっと質を高めた練習の方が身になるよ」とも。俺は、お前らは何もバンドの運営をしないじゃないかとキレた。

 

スタジオで練習中にもかかわらず、俺たちは口論になる。ドラム担当とは取っ組み合いのケンカにまで発展した。そんな状態でバンドが上手くいくわけが無い。その日を持って俺たちは解散した。今はもうあいつらが何処で何をやっているのかさえも分からない。関係の修復が不可能なレベルにまでなった。

 

 

「っていうのが俺のバンドの結末だよ」

 

 

 

 

話し終えて、一呼吸してからみんなの方に向いたけど、明らかに雰囲気が沈んでいる。当たり前だろう。あんな暗い話を聞いたのだから。だからあまり話したくなかったのだけれど、彼女たちが求めたのだから仕方ない。

 

特に暗い表情をしている沙綾ちゃんが気になったけれど、彼女は普段は明るいから特に落ち込んでいるのだろう。今はそう思っておく。ちゃんと「今でも音楽が好きだからここで働いているのだけどね」とフォローも入れておいた。

 

ふと腕時計を見る。そろそろ時間だ。

 

「みんな、そろそろスタジオが空くから準備出来る?」

 

みんな表情が優れないまま各々準備している。そのまま練習に向かうのだろう。なんだか罪悪感がふつふつと湧いてくる。俺は悪い事をしていないと思うけれど。

 

「沙綾ちゃん」

 

一番落ち込んでいた沙綾ちゃんに今、俺が思うことを伝えてみる。失敗した先輩のアドバイス。

 

「ポピパは良いバンドだから大丈夫。練習楽しんできてね。」

「はい。ありがとうございます」

 

少しだけ沙綾ちゃんの雰囲気が少し明るくなったような気がする。後は彼女の明るさがバンドの雰囲気を良い方向に持っていくことに賭けるしかない。その思いを込めて彼女たちを見送る。

 

机の上には飲みかけのコーヒーと空になった五つのコップだけになっていた。残っていたコーヒーを一気にぐっと飲み干し、コップたちをお盆に乗せてカフェに返す。やはりあのタイミングでバンドの話をしたのはまずかったなと思っていると。

 

 

 

 

「ごめんね、結城君。全部……聞いちゃった」

 

まりなさんがライブハウスの入り口で立っていた。

 

一番聞かれたくない人に聞かれてしまった。

 

 

 





次話は10月9日(火)の22:00に投稿予定です。

新たにお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
毎日ちょっとずつ増えていくお気に入り数にいつも元気を貰っています。

感想もよければ気楽に書いてくださいね。


では、次話までまったり待ってあげてください。


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第9話

 

「ごめんね、結城君。全部……聞いちゃった」

 

まりなさんがライブハウスの入り口で立っていた。

別にやましい話では無いことは分かっている。バンドの解散話も良くあることだ。それに解散に至っては俺がすべて悪いという訳では無いということも分かっている。それなのに。

 

何故かまりなさんにだけは聞かれたくなかった。教えたくなかった。理由なんて分からない。少なくとも今は。

 

「どう思いましたか?俺の過去」

「どうって……。同じだなって」

「同じって?どういう事ですか?」

 

思わず聞き返してしまった。何が同じなのだろう。まりなさんも同じような経験をしたということなのか、それとも挫折経験なのか。だけれど、どうして……。

 

「この話はお客さんが帰ってからにしない?」

 

思案の中に溺れていた俺は急に返答なんてできず、気が抜けた声で「はい」としか言えなかった。そのまままりなさんは「最後まで頑張ろう」と言って元気に入っていったけれど、仕事が終わるまでずっと上の空だった。気づいたらフロア清掃を行っていたぐらいに。

 

 

清掃と機材チャックを終えて、俺はまりなさんにライブハウス内の椅子に座るように促された。まりなさんは少し申し訳なさそうな顔を作っている。

 

「その……ごめんね?勝手に君の過去を聞いちゃって」

「別にいいですよ。それより」

 

何が同じなのかを聞きたい。そして、あの後ずっと考えていた事の結論を出したい。ポピパのみんなといる時に飲んだコーヒーがお腹をぐるぐると駆け回る。

 

「私と同じなんだ。バンドの結末が」

「え?」

 

まりなさんの口からバンドの結末が話された。

まりなさんも過去にバンドを組んでいた事。ギターを担当していた事。本気でプロを目指していた事。そしてバンド内の仲が悪くなり楽器をしていても楽しくなくなってしまったという事。確かに、ほとんど同じ経験をまりなさんはしていた。

 

違うところはと言うと、まりなさんは五人組バンドで俺がスリーピースバンドだったという事ぐらいだ。それくらいにあまりにも類似点が多い。再び思案の海に飛び込む。

 

「苦しそうな顔で話していたから、心配だったんだからねー」

 

まりなさんから何か言ってもらった気がするけれど、海の中にいる俺には全く聞こえなかった。

 

「私はもう気にして無い。だからあまり思い詰めないでね、結城君」

「そうですね」

 

そう言っておいた。

 

「よし、今日はもう帰ろう。あー疲れたなぁ」

 

こうしてお互いの過去を話し終えて、CiRCLEの戸締りをした俺たちは一緒に帰り道を歩く。いつもはどんな会話をしたか覚えているはずなのだけれど、今回は全く覚えていない。覚えている会話は、

 

「お疲れ様でした。まりなさん。ではまた明日」

この別れの挨拶だけだった。

 

そう言ってまりなさんと別れた。そう言って各々帰路に就く。

明日からも忙しい。

 

帰り道。どうしても分からないから、真っ暗闇の心の中に入る。

 

確かに同じだった。俺とまりなさんは過去に同じ苦い経験をしている。

だけどどうして。

 

俺はその後も大して成功もしていないし、まりなさん以外誰も俺を見ようとしなかった。

まりなさんのその後は知らないけれど、現に今は一つのライブハウスを任されている。

 

どうしてこうも違いが生まれるのだろうか。

 

同じ境遇だったのに、持っているものが違う。

まりなさんは光を持っているけれど、俺には無い。

他人を照らすような、元気づけるような、未来を明るくするような、そんな光。

俺にはそんなまりなさんがまぶしい。

 

もう考えるのはやめる。これ以上考えたら仕事に支障が出る。そうなればイベントの成功も遠ざかってしまう。

 

イベントがイマイチだったら今後の経営が厳しくなるだろう。

明日も頑張ろう。俺はまりなさんと働けて楽しいと思っている。

 

真っ暗闇の心の中から出てくる。

 

 

けれど、俺の周りは心の中と同じで、真っ暗だった。

 

 

 

 

次の日から、俺は真っ暗闇の中に入る行為をしなくした。自分が持っていなくて他人は持っているからと言う子供っぽい感情に嫌気が差したからだ。人間、違いがあって当然なのだ。それにまりなさんと一緒に働けるなら……。

 

その後も相変わらずの忙しさが二人を襲った。特にブッキング担当であるまりなさんは出演者とこまめに連絡を取ったりと大忙しだ。でも、彼女の表情は柔らかいもので、楽しそうであるとも取れた。

 

前日のリハーサルを終えて、いよいよ明日が本番である。当日の持ち場はたくさんあるけれど、主にステージ袖で待機し、緊急事態や準備を円滑に運べるようにする役目だ。

 

イベントは最後ポピパに締めてもらう予定だ。予定と言ってもほぼ決定事項だけれど。

ポピパと知り合って三ヶ月ぐらい経つけれど、演奏を聴くのは初めてだから楽しみだ。

 

 

この日を境に、俺の心の中は真っ暗だという事を忘れていた。

 

 





次話は10月11日(木)の22:00に投稿予定です。

新たにお気に入り登録していただいた方々、ありがとうございます!
8日時点でなんと!お気に入り数が50を突破しました!!
10話ぐらいで50行けたらいいなって思っていましたからかなりうれしいです!
これも、この小説を読んでくれているみなさんのお陰です。ありがとうございます!

特に何も「記念に」とか無いんですけど……。 46345500
この数字で私のガルパ垢と友達になれます。いらないですかね?(笑)
ランクは202です。

長くなってしまいましたが
では、次話までまったり待ってあげてください。


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第10話

 

イベント当日。

 

俺たちスタッフの朝は早い。いつもは八時出勤なのだけれど、今日はいつもより二時間も早い。イベントは午後だけれど、併設スタジオでの練習は午前中のみ行えるためお客さんはやって来る。

 

「おはよう。今日は気合い入れていこうね、結城君」

「おはようございます。もちろんですよ」

 

いつもの如くフロア清掃と機材チェックを終えて、ライブハウス会場に足を向ける。まりなさん曰く「ガールズバンドだし飾りつけはポップでキュートな感じでお願い」らしいけれど、男の俺には何がポップで何がキュートなのかがさっぱり分からない。ポップなんてコーンぐらいしか知らない。

 

 

……。後でまりなさんに助けてもらおう。

 

朝六時に来て分かったことは、俺には女子力が皆無であることが分かっただけだった。

 

 

飾りつけはまりなさんに五回ぐらい指摘されて、ようやく解放された。

作業が終わった時にはカマキリのオスのような気持ちになった。カマキリのオスは絶対にメスには勝てない。交尾するとメスはオスを食べてしまう。

何が言いたいのかと言うと、俺は女の人の尻にひかれて生きていくのだろう。そんな気持ちになった。

 

 

そしてお待ちかねの昼休みに入る。イベントがある日にスタジオが使えるのは午前だけなので今いるのはまりなさんと二人だ。ちなみに二人一緒にお昼ご飯を食べる。

 

羨ましいだろう。そう思う奴はおとなしく手を上げろ。三分間待ってやる。良く思わない奴?そんなの皆殺しだ。

 

なんてふざけているけれど、一緒に食べるのには理由がある。イベントの打ち合わせを昼食と兼ねて行うからだ。なのでペンとメモ帳は持参する必要がある。

 

「本当に結城君ってチョココロネ大好きだよね……」

「まりなさん。お願いなので引かないでください」

 

本当に引かないでほしい。今日は三つと控えめなのだから。それに悪いのはやまぶきベーカリーであってこんなに美味しいチョココロネを世に出すから犠牲者が出る。主に俺とりみちゃん。それに甘いものは頭の回転を助長するって聞いたことがあるし今回は適任だろう。

 

 

「じゃ、そんな感じでよろしくっ!」

「分かりました。」

 

必要事項をメモして、打ち合わせは終わる。後は数時間後に始まる本番に向けて精神を集中していくだけだ。残ったチョココロネにかぶりつく。

 

「結城君」

「どうかしましたか?」

 

顔を上げる。そこには手を後ろに組んで今までで一番の笑顔をしたまりなさんがいて……。

 

「みんなを輝かせようね!」

 

きれいすぎるまりなさんに、俺は思わず見とれてしまっていた。

 

 

 

 

イベントがもうすぐ始まる。客の入りは上々らしい。

 

当日の俺の役割は以前の通りだ。まりなさんはPAを担当する。今回は照明は全バンド同じにする。色ぐらいは変えるけれど。

少し専門用語が出てきたが、照明は分かると思う。あの曲や場面に合わせてチカチカさせるあれだ。PAっていうのはマイクやスピーカーの音を調整する、いわゆる音の司令塔のようなものだ。説明が分かりづらかったら申し訳ないが許してくれ。

 

すなわち今イベントでのまりなさんは重要な役割を担っているという事だ。俺とまりなさんは無線をつけていて、まりなさんの指示が俺に行くようになっている。もちろん逆も然り。

ステージの準備が出来たか否かを伝える為だが、何か問題が発生した時は無線でやり取りを行い、解決する時も使う。そういう用途で使わないのが一番良いのだけれど。

 

俺はポケットにペンライトがある事を確認する。ステージ上は暗いから、ペンライトは必須アイテムだ。

 

イベントは順調に問題も無く消化されていく。本当は良くないけれど、無線で雑談を交わすぐらい上手くいっている。そしてもうすぐポピパの出番、大トリである。ポピパのみんなは俺と一緒にステージ袖で待機中。何やら円陣らしい事をしている。ポピパパなんちゃらみたいな掛け声で円陣を終える。

 

ステージ上のバンドが演奏を終える。前のバンドが掃けると同時にポピパと俺がステージに行き、俺は準備を手伝う。手伝いと言ってもアンプをリハーサルの時と同じイコライジングにするぐらいの軽い手伝いだ。

イコライジングって言うのはアンプの設定みたいなもの。音量や歪みなどアンプについているつまみを回して音色を調整する事。

 

 

準備を終え、みんなに頑張れと伝えステージ袖に掃ける。まりなさんに準備オッケーと伝える。まりなさんから返答が来たので香澄ちゃんに合図を送り、MCが始まる。

 

……はずなのだけれど、何か様子がおかしい。するといきなり香澄ちゃんの前にあるメインマイクが暴走する。キーーンと音を立てたり音がぶつぶつしたりする。

 

「まりなさん!メインマイクのエフェクトとゲインを下げてください!」

「下げているけど、治まらないよ!」

 

甲高い音は鳴りを潜めたけど、この音量じゃボーカルが入らない。それにぶつぶつやらブーという音は未だに鳴っている。

無線越しでもまりなさんが焦っているのが分かる。これはまずいかもしれない。

お客さんの方も「何だ何だ」とざわざわしてきた。

 

もちろん、ポピパのみんなも不安そうにしている。これから歌おうとしているのにいきなりマイクがああなってしまっては無理もない。

 

俺はステージ袖で立っていた。考えを巡らす。

この場合はどうするべきか。スタッフで出演者の近くにいるのに何もできなくて腹が立った。この瞬間、俺に出来ることは……。

 

 

このトラブルを解消することだろうがっ!

 

 

今の問題の解決で、尚且つ最短ルートを頭で組み立てながらステージに向かった。

 

 

 





次話は10月12日(金)の22:00に投稿予定です。

この小説を新たにお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!

そして、この小説に評価8と言う高評価をつけていただきました猿もんてさん!
本当にありがとうございます!!
これからも頑張りますので期待してくださいね!

ガルパ、ハロハピ2章が始まりましたね!私、パスパレ以外では美咲ちゃんが一番好きなんですよね。ガチャを引く方は、目的のキャラが当たりますよう祈っております。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第11話

 

このトラブルを解消することだろうがっ!

 

 

どうして俺がこんな気持ちになったのかは、正直覚えていない。多分だけれど、ライブハウスのスタッフとして働いているのだから失敗なんて許されないと思ったのだろう。

 

その行動をとった本当の理由が分かるのは、もう少し後になる事をまだ知らない。

 

相変わらず暴走するマイクのもとに駆け足で走っていった。解決のための最短ルートを組み立てながら。

 

「まりなさん。一度メインマイクの電源を落としてください。それとおたえちゃんのコーラスマイクも同時に切って下さい」

「わ、分かった」

 

 

マイクの暴走は止まる。まるでやんちゃ坊主が親に怒られてシュンとしたように。

キーーンと音が鳴るハウリングと言う現象の発生原因はたくさんあって分からないが、ぶつぶつやブーと鳴っている原因はおそらく……。まず優先事項から。

 

おたえちゃんのコーラスマイクを香澄ちゃんの前に置く。そしてそのマイクの電源を入れてもらう。

 

「香澄ちゃん、ごめんね。すぐ直すから。それまで有咲ちゃんとMC、お願いできるかな」

「分かりました!」

 

その間にメインマイクとPAを繋ぐ線(専門用語でキャノンケーブルと言う)を取り換える。音がぶつぶつ言っている原因はおそらくキャノンケーブルの断線が原因だと感じた。ブーと言う音は断線した時に出る音だと思う。下手にそのまま放置しておくと爆発音が鳴る。

急いで新しいケーブルと、念のために予備のマイクも用意する。

 

小走りでPA席のところまで行く。

 

「まりなさん。このケーブルでメインマイクをつなぎましょう」

「うん。分かった!」

 

キャノンケーブルをまりなさんに渡してPA席に刺されたことを確認した後、ケーブルを持ってステージまで持っていく。そして予備のマイクとケーブルを接続する。これで解消されればいいのだけれど。

 

「まりなさん。メインマイクのチェックお願いします」

「分かった。よろしく」

「はい。よろしくお願いします」

 

マイクが使えるかを確認する。もちろん今、香澄ちゃんと有咲ちゃんが漫才のようなMCをしている時に「あー」とか言って確認するのはまずいのは分かり切っている。そう言う時のチェック法は爪でマイクを優しくかく。カリカリと。そのカリカリ音がスピーカーまで届いていたら成功だ。……。よし、聞こえる。暴走も無い。

 

そのまま修復したメインマイクをおたえちゃんの前に置く。今回だけこのメインマイクはコーラスマイクになってもらう。その趣旨をまりなさんに伝えてある。

 

問題は解決した。俺はステージ袖に戻り、香澄ちゃんにオッケーの合図を送る。

 

「それじゃあ、みんないっくよー!」

 

 

 

少しハプニングはあったが、今はこうしてポピパの演奏が始まっている。初めて聞くけれど、彼女たちらしいなって思ったのが第一印象だ。

 

「結城君……」

 

無線からまりなさんの声が聞こえた。この後に続く言葉が分かってしまった。だから。

 

「まりなさん。キャノンケーブルってオスとメスの性別があるってご存知ですか」

「……もうっ」

 

話を脱線させた。暗いまりなさんなんて見たくない。あの人はいつも明るくなくちゃだめだろう?

 

……そっか。

 

俺が突拍子も無く、自分らしくない行動をとった理由が、分かった。

 

 

 

「ありがとうございました。またのご来場をお待ちしております」

 

ライブはこうして無事終えることが出来た。

俺は誠意を込めてお客さんの帰りを笑顔で送る。その後はライブがあった会場の掃除という憂鬱な仕事が残っている。パーティと一緒だ。パーティの最中はとても楽しいけど片づけは気が進まない。

 

まりなさんは現在出演バンドの楽屋を回っている。今日のイベントに出演してくれた事に対するお礼と、希望されればバンドの評価や改善点を伝える。ライブハウスのスタッフはイベントが終わった後も忙しい。

 

 

お客さんが全員帰っていった。後は出演バンドたちが帰るだけだ。と言っても既に何組かは「ありがとうございました。お疲れさまでした」と言って帰路に就いている。さて、そろそろ掃除用具の準備でもするか。

 

「拓斗さーんっ!」

 

後ろからぱたぱたと走って向かってくる。この元気なのは香澄ちゃんたちだろう。

 

「ポピパのみんな。今日はお疲れさま」

「本当にありがとうございました。拓斗さん」

「今日の拓斗さん、すごくかっこよかった」

「ははは、ありがとう。沙綾ちゃん、おたえちゃん」

 

別にお礼を言われるような事はしていないと思うけど、ありがたくお礼の言葉を貰っておこう。……おたえちゃんの言葉には引っかかるが。いつもはかっこよくないって聞こえるよ?

 

その後、ポピパのみんなと少し雑談を交わしてから、みんなに帰宅を促した。女子高生の帰り道はなるべく早い時間の方が良い。トラブルに巻き込まれた側なのに、香澄ちゃんは「んー!サイコー」なんて言っていて楽しそうに帰っていった。

 

ポピパのみんなには雑談のほかに今日の評価も聞かれたから、感じた第一印象を伝え、少しテンポにばらつきがあったからメトロノームを使った練習法を伝授した。

 

実はもう一つ、ポピパの演奏を聞いて感じたことがあった。正確に言うと香澄ちゃんに感じたのかもしれない。だけれど感じたことはとても曖昧だった。

香澄ちゃんは誰かに似ている。顔とか容姿じゃなくて、何かが。

 

 

まぁ良い。早く掃除を終わらせよう。今日は早く帰って寝たい。

 

「結城君!そこまで!!」

「はい?」

 

突然のまりなさんの声に驚いた。何がそこまでなんだ。

 

「片付けは今度にして、打ち上げに行くよ!」

まじか。

「良いですね。行きましょう。良い居酒屋知っていますよ?」

「行く場所は決まってるから安心して。結城君」

 

凄い。まりなさんはきっと最初から打ち上げをするつもりで何処かに予約していたのかもしれない。明日の仕事はしんどいかもしれないがお酒の力を借りよう。

 

そう思っていた矢先、まりなさんはとんでもない行き先を指定してきた。

 

 

 

 

「結城君の家で打ち上げ、しよ?」

 

 





次話は10月14日(日)に投稿予定です。

新たにこの小説をお気に入りにしてくれた方々、ありがとうございます!
さらに!評価10と言う最高評価をしていただきました生ナマコさん、本当にありがとうございます!
誤字報告をくださった蛟龍さん、ありがとうございます。加えて読者のみなさんにはご迷惑をおかけしましたこと深くお詫び申し上げます。

本日、読者のみなさんに感謝したいことが2つあります!!
①評価バーに色が付きました!
②日間ランキングにこの作品が初めてランクインしました(22位)
これも、私の作品を見てくださっているみなさんの力が無ければ成し遂げられませんでした!本当にありがとうございます!
これからもどうかよろしくお願いしますね。

では、次話までまったり待ってあげてください。



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第12話

 

「おじゃましまーす!」

 

俺の後に続いてまりなさんが部屋に入って来る。玄関でちゃんと靴を揃えて上がるという動作を自然に行っていたため彼女の育ちの良さを垣間見た。

 

もちろんまりなさんに考え直すように諭したつもりだ。仮にも一人暮らしの男の家にお酒を飲むと言っているようなものなのだから。しかし結果は見ての通りだ。まりなさんの手元にはお菓子が入ったレジ袋。俺の手元にはアルコール飲料の入ったレジ袋を持っている。

 

「思っていたよりきれいな部屋だね」

「散らかっていると思ってたんですか?」

「うん。座るところあるのかなって思ってた」

 

ひどい言われようだ。少し落ち込んだような顔をしてしまったのか、すぐにまりなさんが「冗談だよー」と言っていた。今日のまりなさんはご機嫌だ。これは夜遅くまでお酒を飲む事になりそうだ。

 

机に買ってきたビールを二本、そしてチューハイを一本置いて残りを冷蔵庫に放り込む。ついでに天然水も入れておいた。

 

「それじゃ、今日はお疲れさま!かんぱーい」

「お疲れさまでした」

 

こうして二人でひっそりとCiRCLEのイベント成功を祝う打ち上げが始まった。

缶ビールをガラスコップに入れて乾杯した。まりなさんは一気に飲み干していた。結構飲めるのかもしれない。俺はちょろっとしか飲んでいない。

 

「それにしても結城君ってたくさん楽器持っているんだね」

「そうですかね?気づいたらこんなに買ってたんですよ」

 

早くも缶ビールを一缶開け、チューハイに手を伸ばしているまりなさんが部屋にある複数掛けスタンドを見ながら言った。

 

楽器スタンドの左から順にエレキギター三本、アコースティックギター、エレキベースの計五本が並べられている。高校一年の時からエレキギターを始めたが高校三年の時にアコギにはまり、長年弾いているうちにベースってかっこいいよなと感じるようになりベースも買った。ギター経験者ならピック引きに限るがほぼ問題なくベースも弾ける。逆にベース経験者がギターを弾くのはかなりの練習が必要になる。

 

まりなさんは何を思ったのか一番左に飾ってあったギターを取り出した。

 

「結城君のエレキギターって全部同じ種類で同じ色なんだね」

「俺にはストラトが弾きやすいんです。色は無意識なんですけど」

 

俺が使っているエレキギターは全部ストラトキャスターだ。CiRCLEの壁に掛けてあるやつだ。色は3トーンサンバースト。えらく大層な名前の色だが、簡単に言えば木のような色。ストレートに言えば茶色だ。

 

まりなさんが手に取ったのはFender JapanのST58。俺の二代目のギターで、個人的に三本の中で一番好きな音を出すギターだったりする。なので三代目より使う頻度が多い。

 

まりなさんが弾き始めた。アンプを繋いでいないから小さな音だけれど上手いのが分かった。それにストラトを弾き慣れている。俺でも急にレスポール(黒毛に赤いメッシュを入れた女の子が持っている赤いギターの事)を渡されてもフレット数が分からなくなってしまう。という事はまりなさんもストラト系のギターを所有しているのかもしれない。

 

楽しく引いているところを邪魔するわけにもいかないので、冷蔵庫に向かう。本当にまりなさんの飲むスピードが速い。……何か嫌な事でもあったのだろうか。

 

缶ビール二本とチューハイ、サワーを持ち机に向かう。ビールを飲みながらまりなさんを見ていると「私も飲む」なんて言ってギターを片づけてお菓子を広げ始めた。

 

「あ、そうだ!」

「どうしました?まりなさん」

「今日デジカメ持っているんだ。どう?二人で撮らない?」

 

デジタルカメラは多分、イベントの様子を撮る為に持っているんだろうけれど。なんだかまりなさんと二人で写真と聞くとなんだか恥ずかしい。それに。

 

「俺、今日全身真っ黒なんですけど。撮るなら着替えたいですね」

 

今日はステージに立つ機会のある役割だったから半袖の黒のポロシャツに黒のチノパン。スタッフがライブ準備中に目立ってはいけないから全身黒なのだが。

 

「別に大丈夫だよー。普段と変わらないし」

「そうですけど……」

 

普段もオシャレと言うわけでは無い。普段のこの時期は白の七分袖シャツに黒のズボンを合わせて働いている。春はUネックの白のシャツに黒のジャケットを羽織って黒のチノパン。いわゆるオフィスカジュアルである。秋と冬も春と同じ服装で働く予定だ。……俺ってズボンは黒色しか持って無いのかもしれない。

 

「ホームページに貼るわけじゃないし、いいよね?」

「そうですね」

 

もう照れ隠しはやめよう。どうせならいい表情で写真を撮ろうじゃないか。

 

「じゃあ撮るよー!……結城君もっと近づいて。じゃないと枠から外れちゃうよ」

「あ、はい」

「はい、チーズ」

 

カシャっという音が狭い部屋に響いた。

まりなさんは撮った写真を見せてくれた。そこには……。

まぶしいほどの笑顔で写るまりなさんの横に、少し強張った表情だが良い笑顔をした俺がいた。

 

 

 

もうかなりの時間飲んでいる。もう日付も変わってしまった。俺は控えていたから大丈夫なのだけれど……。

 

「ゆうきくん、てがとまってるよ。のめのめー」

 

まりなさんは大丈夫ではなさそうだ。目がとろんとしているし、顔も赤い。さらには会話文がひらがなになっている気がする。そろそろ本格的に天然水の力を借りる時が来そうだ。

 

「あしたはやすみだからのんでもいいんだよ?」

「え?」

 

そんな情報初耳だ。普段のまりなさんから聞かされていたなら大喜びなのだが、いかんせん今のまりなさんは泥酔中だ。本当に信じても大丈夫なのだろうか。もし明日遅刻してもまりなさんが休みって言いましたって言えば怒られはしないか。

 

「ゆうきくん。きょうはありがと」

 

まりなさんの方を向いた。相変わらず目はとろんとしているし、今にも溶けてしまいそうなぐらいぐでーっとしているけれど声は真面目そうな感じがした。

 

「……きょうのことでゆうきくんのこと……」

 

俺は初めて山に来た少年のような気持ちになった。やっほーと言って向こうの山から同じ言葉が返って来るのを待つような気持ち。早く続きを聞きたい。純粋にそう思ってしまった。

 

「k……」

「あ?」

 

思わず聞き返してしまった。あまりにも期待していた言葉と違っていたから。てっきり「す」から始まるのかと……考えが飛躍しすぎだな。何て言ったのだろう。俺には「あ」としか聞こえなかった。

 

「うにゅ……」

 

どうやらまりなさんは眠ってしまったようだ。どうしよう。まりなさんの家の場所を聞いていなかった。揺すっても起きないだろうな。薄い毛布を掛けてあげる。

今日はお疲れさまでした。まりなさん。

 

 

あらぬ誤解を招くわけにはいかないから今日は徹夜をすることにした。

何度も今日撮った写真を見ながら、徹夜した。

 

 





次話は10月16日(火)の22:00に投稿予定です。
前回は時刻を指定し忘れてましたね……今気づきました(笑)

この小説を新たにお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
読者のみなさん、以前にお気に入りにしてくださった方々もこれからに期待してください。

なんとお気に入り数が100を超えました!これもみなさんのお陰です。本当にありがとうございます!
感想も常時受け付けております!何かあれば気楽にお書きください。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第13話

 

「ん……?もうこんな時間か」

 

ベッドの上から時計を見ると短い針が1を指している。あれから泥のように寝たからな。学生の時は良くこんな生活を送っていたなと感慨にふける。

 

俺は昨日、正確に言えば今日だが、徹夜してまりなさんが起きるのを待っていた。寝ている時の彼女の顔は幼く感じた。そして彼女は朝の六時頃に起床した。

おはようございますと声をかけると「え?私寝てた?」と返ってきたからそりゃもう、ぐっすりと答えた。

 

実はこの後に最大の見せ場が来るとは思ってもいなかった俺は、まりなさんに昨日俺の事どう思ったんですか?って聞いた。

そうしたらまりなさんは急に顔が赤くなり「今日はごめんね。ありがとっ!」と言い残しすごいスピードで家から出ていってしまった。

 

その後睡魔が襲い掛かり睡眠をとろうと思い、寝て今に至る。携帯にメッセージが届いていたので見てみるとまりなさんからで、今日は休みだからゆっくりしてという趣旨だった。どうやらあんな状態のまりなさんでも情報に関しては正確のようだ。

 

久しぶりの休日だし何をしようかと思っていると、机の上にデジカメが置いたままになっていた。昨日撮った写真を現像しに行こうか。このデジカメも返さないといけない。

行先が決まれば行動は速い。さっとお昼ご飯を食べて出かけた。

 

 

 

 

やってきたのはカメラの専門店。ここに来るのも受験生以来だ。

 

店に備えてあるパソコンを使ってデジカメに入っている映像を取り入れる。目的の写真を少し小さめのサイズにして購入手続きを行う。ついでに写真のデータを保存できるサービスも活用した。

 

俺がここに来たのは写真の現像だけではない。もう一つの目的があったからだ。それは。

 

「これで良いか」

 

片手サイズで木目模様の写真立てを手に持つ。やはり俺は無意識に木目模様を選んでしまうようだ。これを部屋に置いて飾ろう。そう思い、写真立てを再びレジに持って行った。

 

どうして二人が写ったあの写真を現像しようとしたのかって理由を聞かれたら困るけれど。

あえて理由を挙げるならば

あの写真を見たら、優しい光に包まれるような感じがしたから。

 

 

カメラの専門店を後にした俺はそのまま帰ろうと思ったのだけれど、帰り道に小さな楽器店を見つけた。この辺りでは江戸川楽器店しか行ったことが無かったから入店してみた。やはり音楽をやっている人間は楽器店を見つけると入ってしまうものだ。

 

感想を言うと意外だった。

小さい割にはしっかりした品ぞろえで隠れた名店だと思った。もう一つがベース専門店だった。ギターの専門店は結構あるけれど、ベースの専門店って珍しい。店名は“Le beau ciel”と言うらしい。どうやら今は店長が不在らしくアルバイトの子が店を切り盛りしていた。店ではベースを試奏させてもらって帰ったが、また来たくなるような店だった。

 

 

ベース専門店を出た後、無性にチョココロネが食べたくなったからやまぶきベーカリーで買おうと向かったが、なんと売り切れ。諦めきれなかったのでCiRCLEの仲庭にあるカフェに向かった。

 

「あ、ちーくんだ。もしかして社長出勤?」

「いや、今日は休みなんですよ。いつもの二つ下さい」

 

本当にここのカフェの店員さんとは話しやすい。なんだか仲のいい友達と話しているような感覚を持つ。それにここの店員さんは結構、いやかなりかわいい。

 

「はい、チョココロネおまたせ」

「ありがとうございます」

 

テラスでいつものようにチョココロネを食べる。そう言えば働き始めてすぐの頃、この食べている姿を見てまりなさんはドン引きしていたっけ。もう三ヶ月も経つのか。

 

「あ、ここまで来たんだからちゃんと先輩に挨拶するんだよ?ちーくん」

「先輩……?誰の事ですか?」

 

使われていないテラスの掃除をしている店員さんにそんな事を言われた。カフェの先輩店員さんが来たのだろうか。でも今まで見たことが無い。

 

「まりなちゃんだよー。お昼ぐらいから来てたよ?」

「え?そうなんですか」

 

どういうことだろう。確かにまりなさんは休みと言っていた。それにはまりなさんも含まれていたはずだ。夜遅くまで、それも潰れるまでお酒を飲んでいたのだから。

 

店員さんから教えてもらってCiRCLEに向かうと確かに関係者専用出入り口の鍵が開いている。営業はしていないみたいだけれど。入ってみると昨日のイベント会場の方から物音が聞こえた。こっそり様子を伺うとまりなさんが一人で掃除を行っていた。ため息が出る。

 

「まったく……一人で何やってるんですか?手伝いますよ」

「うわぁ、結城君!?びっくりしたよ」

 

そんなにびっくりされても心外だなとは思ったが、まりなさんにとっては俺がここにいるだけでびっくりだろうし仕方がない。俺も手を動かそう。邪魔しに来たわけでは無いのだから。

 

「結城君。ありがと」

 

俺は後ろを振り返っていないからまりなさんの表情は見えなかったけれど、声色が何だか嬉しそうだったから張り切って掃除をした。意外に俺は単純なのかもしれない。

 

 

「結城君、ちょっとスタジオに来ない?」

 

掃除が終わって、デジカメも返したし帰ろうかと考えている時にまりなさんからのお誘いが来た。スタジオで何をするのだろう。

……ま、まさかスタジオで大人のお勉強会が始まるのか!「スタジオは防音だから声出しても平気だよ?だから夜のセッション、しよ?」みたいな!興奮してきたわ。

そんなわけないか。

 

「結城君。セッションしない?」

「せ、攻めですか、受けですか?」

「え?」

 

やってしまった。まさか下らない妄想と同じ言葉、セッションと聞いてしまって訳の分からない事を言ってしまった。夏なのに冷たい汗が止まらない。何とか話を戻さなくては。

 

「そ、そのギターって倉庫に置いてあったギターですよね」

「え?うん。これ私のギターなんだ」

 

そうだったのか。知らなかった。もしかしたら閉店後とかにスタジオで思いっきり弾くために置いてあるのかもしれない。ともかく、話を戻すことに成功した。

俺は貸出用のギターを持ってきてスタジオにあるMarshallアンプに接続し、準備を整える。

 

「このアンプでセッションなんて、贅沢ですね」

「あはは、本当だね」

 

 

やはりまりなさんはギターが上手くて、こっちもノリノリになってしまいセッションは夜遅くまで続いた。

だけれど、たまにはこう言うのも悪くないと思った。

 

 





次話は10月18日(木)の22:00に投稿予定です。

また新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
通算UAも5000を突破しました!これも読者のみなさんのお陰です。
温かい読者さんに囲まれて自分は幸せ者だなと感じております。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第14話

 

気候が変わり、大分涼しくなってきた。今は九月下旬。

CiRCLEで働き始めて半年が経った俺は中々の労働力を発揮していると思う。

 

八月は今まで以上に忙しかった。CiRCLEは女子高生が主なお客さんである。故に夏休みを迎えた彼女たちはスタジオに良く足を運んでくれる。もちろんイベントも多く開催したため、休みもほとんど無かった。ちなみにイベント終わりの俺の家での打ち上げは恒例行事になっている。何度か飾ってある写真を見てからかわれたけれど。

 

九月上旬、俺は傷心した。

ポピパのみんながスタジオを利用してくれた時に今年の体育祭に見物したいから見に行っても良いかを問うたところ、有咲ちゃんに「一般公開していませんよ」と言われた。とどめの一撃でまりなさんにも嫌な目で見られ、戦闘不能になった。

 

……と色々あって現在に至るという訳だ。今日のスタジオ予約表を見ても今日はどこのバンドも予約が無かった。暇だ。

 

「結城君。楽器店に……あれ?だらけてるね」

「予約表見ましたけど、今日誰も来ないんですね」

 

八月と今の半分ぐらいの忙しさで働きたい。忙しすぎるのも嫌だけれど、暇すぎるのも考え物だ。

 

「落ち着いてきたからね。ほら、結城君。仕事」

「機材の購入でしたっけ。行ってきます」

 

購入ぐらいネットで済ませられるけれど、故障品や劣化品が届いてしまうこともある為、CiRCLEでは現物を見てから購入。その商品を発送してもらうことになっている。小さなライブハウスだからこそ出来る技なのかもしれない。

 

そう言えば言い忘れていたが、俺は八月の最後のイベント後にまりなさんから次のイベントのブッキング担当をしてくれと言われた。そのイベントはいつになるか分からないけれど、責任重大な仕事が遅かれ早かれやって来る。

 

「結城君。気を付けてね」

「はい。分かりました」

 

 

 

 

やってきたのはCiRCLEの近くにある楽器屋である江戸川楽器店。いつもお世話になっている。不足している機材や最新の機材などを購入予定だけれど、どのくらいの量を買うかは俺が決めて良いらしい。まりなさん曰く「結城君なら信頼できる」だそうだ。

 

あらかじめ不足している物や断線しそうな物はメモにピックアップしておいた。これらは優先的に購入するとして、何か面白い物はないだろうか。見て回ることにしよう。

 

配線類やエフェクターなど購入用紙に記入し大体こんなものだろうと思いレジに渡そうと思っていると、ある売り場に目を奪われた。

その場所にあったのはギターケース。その中でも特にハードケースの方に目が行った。まりなさんとセッションをした翌日、物置に行くとまりなさんのギターがあった。が、そのギターはギタースタンドに掛けられたままだった事を思い出した。

 

「あのままだったらほこりがつくし……」

 

梅雨の時期だと湿気が多くなり、ギターが悪くなってしまう。そもそも日本は湿気が多い国だからギターに適していない国だ。ハードケースなら湿度管理も出来るし長期保管に向いている。

ただ、あのギターの所有者は俺ではなくまりなさんだ。勝手にハードケースを買われても困るかもしれない。ハードケースは持ち運びが大変だし。

 

結局、答えが出ないまま時間だけが過ぎていき、このまま帰らなければまりなさんに不審がられるからハードケースは自分のお金で購入し、俺の家に届くようにしておいた。他人の心配より自分の方を優先した。

 

 

CiRCLEに帰ってくると、椅子に座ってギターを弾いているまりなさんがいた。アンプを介さない為、弦そのものの音だけが小さく響く。挨拶を軽く済まし、断線した配線類や古くなった機材の整理を始める。古いがまだ使える配線類や機材もある為、物置に移動させたり家に持って帰ったりする。

 

「君が来てくれて、本当に助かったよ」

「急に来て変な事言うのやめて下さいよ」

 

物置にギターを置きに来たまりなさんがらしくない事を言う。それにまりなさんの笑顔にドキっとする。

 

「本当だよ?あ、結城君。今日はもう仕事あがっても良いよ」

「掃除とかしなくて良いんですか?」

「今日暇だったから結城君がいないうちにやっておいたんだ」

 

それなら仕事をあがらせてもらおうか。まりなさんに挨拶をして今日は帰ることにした。たまには家でゆっくりギターを弾こう。

 

もうすぐ日が暮れる。夕焼けは一瞬にして消えてしまうけれど、あの美しさは一日で一番の絶景だろう。こんな時間に帰るのは久しぶりかもしれない。

ふと自分の腕時計を見ようとした時。

 

「あ、時計CiRCLEに忘れてきたかも」

 

どうやら機材整理の時に腕時計を外したままだったらしい。社会人になってから毎日腕時計をするようになったので時計が無いと落ち着かない。時間もたっぷりある事だ。CiRCLEに戻ることにしよう。

 

戻ってきたけれど、受付の場所にまりなさんはいなかった。お手洗いに行っている可能性もあるし深く考えないでおこう。

そのまま物置に向かうと物置から何やら声が聞こえる。

 

「あ、オーナー。お久しぶりです」

 

まりなさんがいた。どうやらオーナーと電話をしているようだ。少し気になったから身を潜めて聞き耳を立てる。どうやら会話は始まったばかりみたいだ。

 

「……はい」

 

この後の会話を聞いて、目の前が真っ暗になった。良く代表的な比喩に水を奪われた魚のようだ。とか聞いてどんな感じだよって今まで思っていたけれど、今ならわかる。

息が苦しい。

呼吸は、出来るはずなのに。

 

 

 

 

「それって結城君に、ここを辞めてもらうってことですよね」

 

 




次話は10月20日(土)の22:00に投稿予定です。
新しくお気に入り登録してくださった方々、ありがとうございます!
これからもこの作品をよろしくお願いします。

感想も募集しておりますので、何かあればどんどん送ってきてくださいね。

ガルパ、イベントお疲れさまでした!イベントストーリーで号泣しました(笑)
私のフレンド枠も少し空いているので申請下さったら承認いたします。
その時は読者と分かるように一言添えていただけると助かります。IDは第9話のあとがきを見てください。

では、次話までまったり待ってあげてください。



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第15話

 

「それって結城君に、ここを辞めてもらうってことですよね」

 

 

この言葉が頭から離れてくれなかった。この会話を最後に俺は我慢できなくて外に出てきてしまっていた。結局腕時計も回収出来ずに。

 

訳も分からず、頭が混乱したまま家に帰ってきた。突然のクビ宣告。

 

そこからさらに追い打ちをかけたのは家の冷蔵庫を開けた時だった。八月の最終日にまりなさんとここで打ち上げをした時に飲んだアルコール飲料がまだ残っていて、今も覚えているまりなさんの笑顔が今の俺には苦痛だった。

 

 

ベランダに出て空気を吸ってみたけれど、俺は心も目の前も真っ暗なままだった。この暗闇は墨のように粘っこく、取れにくい。

 

ベランダから見た月は、半分だった。月に詳しくないから分からないけれど、上弦の月か下弦の月、どっちかなんだろう。

これから満月になるのか、それとも新月になるのか、どっちかなんだ。

 

 

 

気持ちの整理がつかず、真っ暗なまま一週間が経過した。あの会話を聞いた後でも休みなくCiRCLEで働いている。ただいつもと違う点は、いつ直接クビ宣告されるのかと言う恐怖と、仕事にかける情熱がまるっきり無くなったことだ。それと、腕時計は今も物置に置かれたままだ。

 

まりなさんを見る目も変わったかもしれない。あの会話の後、まりなさんはやたらと昼食に誘ってくるようになった。より笑顔で接してくるようになった。

もうすぐクビになる人間にどういう風の吹き回しだ。

 

「結城君。最近元気ないみたいだけど……悩み事?」

 

ほら、こんな感じ。元気が無いのはあなたのせいだろう。俺の暗闇は増幅する。

現在は営業終わりでフロア清掃をしている。テキトーに箒を左右に動かしているだけなのだけれど。

 

「本当に何があったの?私で良かったら話聞くから、ね?」

 

まりなさんが箒でテキトーに左右しておる右手をぎゅっと掴んできた。今の真っ暗な俺にはまりなさんがどんな表情で手を掴んでいるのか分からない。声は少し震えていたように感じる。

 

「何でも言って?私も一生懸命考えるから」

 

もう我慢できないかもしれない。暗闇の増幅量が多すぎて溢れてしまいそうだ。俺のいないところでクビを決定しておきながら、本人に伏せておくなんて考えられない。何が話を聞くなのだろう。まりなさんに掴まれているジャケットの袖のしわが深くなっていく。

 

暗闇が溢れた。

 

「聞きましたよ。まりなさんとオーナーの電話」

「え?」

 

溢れた暗闇は容赦なくまりなさんにも降りかかる。取れにくい黒色が。

 

「俺、クビなんでしょ」

「あ……。それはね、結城君」

 

まりなさんは慌てて物事を整理し、伝えようとしている。でも、俺にはまりなさんの言葉など聞く気にもなれなかった。

 

「その件なんだけど……実は、私ね?か」

「俺のどこがいけなかったんですかね」

 

確かに一回下らない理由でまりなさんの有給を貰ったこともあった。だけれどそれを補うほどの、いやそれ以上の貢献をしたはずだ。一度も遅刻していないし、客とトラブルになる事なんて一度も無かった。それに、

 

「今まで行われたイベントも失敗無く無事に終えれました」

「うん。あの時は本当に助かったし、それ以外のイベントも成功してる。だから私は感謝してるよ?」

 

感謝していると言う癖に、あっさりと一人の人間を辞めさせる事が出来るなんてどうかしている。

 

「まりなさんだけはちゃんと見てくれてるって思ってました」

「え?」

 

俺は、今までで一番粘っこい暗闇を。

 

 

「以前よりも利益も上がったし、知名度も少しは上がりました」

 

 

まりなさんにぶつけてしまった。

 

「今まで一生懸命やって来たのに、いきなりクビなんておかしいじゃないですか!それにクビなら直接言えばいいじゃないですか!それなら『結城君なら信頼できる』だなんて上辺だけの言葉、言ってほしく無かった!」

 

こんな事なら……。

「もう、どうでも良い。CiRCLEなんて潰れてしまえば良いんですよ」

 

真っ暗な俺にでも、分かるくらい。まりなさんの表情が変わった。

まりなさんは目にたくさんの涙をためていたから。

 

「君にそんな事を言われたくない!!」

 

そして、

 

「君の顔なんてもう見たくない!!もう二度と来ないで!!」

 

 

俺の視界が横にぶれた。

頬を叩かれた。

頬も痛かったけれど、心の方がその何十倍も痛かったと思う。

 

 

 

 

 

 

その痛みはまだ残っていて。

 

その痛みで俺は、

長い夢から、覚めた。

 

 

 





次話は10月22日(月)の22:00に投稿予定です。
新たにこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!

この15話を持ちまして前編が終了しました。次回から後編がスタートします!
最後の「長い夢から、覚めた」と言う言葉にえっ?と思った方、いますか?
良かったらプロローグをもう一度読んでみてください。きっと最初に読んだ時と違う見え方になると思います。誰との「写真」なのか今なら分かると思います。

後編からはこの物語の核であり、見どころでもあります。これからもこの作品をよろしくお願いしますね。
では、次話までまったり待ってあげてください。




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第16話

 

「はぁ……嫌な時間に起きてしまったな」

 

今まで夢を見ていた。CiRCLEに働き始めてから、まりなさんに頬を叩かれて出て行った今日の出来事まで。どうしてこんな夢を見たのだろうか。どちらにしても嫌な目覚め方だ。

 

時刻は四時。朝の四時だから辺りはまだ暗いまま。もう一度寝ようかと思いベッドで横になったが、また今日の出来事が夢に出てしまうかもしれないというもどかしい感情とやけに心がチクチクするから眠れないと感じた。

 

一度ベッドから降りると足に何かが当たった。そう言えば機材購入の時に買ったハードケースを置く場所が無いと言う理由でベッドの下に入れておいたのを忘れていた。あの時は家のギターの保管に使えると思い買ったが、結局使わずじまいだった。それならまりなさんのギターに……やめておこう。

 

起きてから無性にむしゃくしゃするから、朝の散歩をしようか。そう考え、携帯も財布も持たずに家から出た。

 

 

 

 

何分歩いたかもわからないが、体感では一時間ぐらい歩いたような気がする。もっとも時刻を確認する術が無いから分からないけれど。あの腕時計はCiRCLEの物置の肥やしになっているだろう。もしかしたら捨てられているかもしれない。今となればどちらでも良いが。

 

なんて考えていると、何かにぶつかった。

 

「いってぇな!どこ見て歩いてんだオラァ!?」

 

どうやらチンピラとぶつかったらしい。チンピラの横にいるのはかなり若い女性だからカップルか、もしくは世間ではよろしくない関係かどちらかだろう。そもそもなんでこんな時間にチンピラがいるんだ。

 

「腹立った。何かしゃべれよこのクソがっ!」

「っ!」

 

いきなり殴られた。今日はたくさん人に殴られる日だなんて考えていた。こんなチンピラとじゃれたくて朝早くに外に歩いているわけでは無いのだが。

 

「こんな男なんかほっといて早く行こぉよぉ」

「そうだな」

 

チンピラと女性は歩いて行った。本当についてないな。歩いていたらいきなり殴られたのだから。だがあの男は力が無かったのかもしれない。全然痛くなかった。

 

 

「まったく。意味が分かんねぇよ」

 

愚痴が口に出る。俺はチンピラが嫌いだ。なぜなら。

 

「あいつらは自分さえ良ければ何しても良いって考えているから」

すなわち。

「自分の事しか……考えて……な、い」

 

冷たい風がさっと吹いた。そして今まで自分がしてきたことがフラッシュバックした。

 

香澄ちゃんが涙目でスタジオから出てきた時、俺は香澄ちゃんやポピパのみんながケガしたのかもと思って寒気がしたわけでは無い。スタジオでケガをしたと言う理由で責任が俺に来たらまた仕事を探さないといけないと思ったから寒気がした。

 

ポピパのみんなにバンドの事を話して暗い雰囲気になってしまったのは、ポピパのみんなから聞いてきたので俺は悪くないと思っていた。

 

スリーピースバンドも周りの意見を聞かなかった。ただ自分がプロになりたかったから。他の二人のメンバーの事は考えていなかった。

 

CiRCLEで働いていたのも自分の給料を増やすため、利益の為に働いていた。

 

 

「これじゃあ……」

 

今までやってきた事は俺を殴ったチンピラと同じじゃないか。考え方も、やってる事も全部。自分さえ良ければ良いって思っていたじゃないか。

 

「ははは……」

 

自分の事しか考えない真っ黒な自分に嫌気がさした。そりゃ、俺の事なんて見てくれる訳が無い。どうしてこんなに簡単な事を今まで考えなかったのだろう。そんな事も気付けない自分にも嫌気がさした。

 

 

前まで分からなかったけれど、今なら分かることもある。

 

どうして今まで失敗ばかりなのか。それは周りの事を考えなかったから。

どうしてまりなさんはまぶしく見えたのか。それは憧れていたから。こんな人間になりたいなって直観的に思ったから。

 

どうしてまりなさんには明るく居てほしかったのか。それはまりなさんへの感情が憧れからあるものへと変わったから。

 

どうしてまりなさんは俺の頬を叩いたのか。

 

どうしてチンピラのグーパンチよりまりなさんの平手の方が痛かったのか。

 

そして、今なら分かる。まりなさんにどれほどひどい事を言ったのか。

 

 

CiRCLEでまりなさんに出会った。まりなさんは真っ黒な俺を優しく照らしてくれていた。まるで、夜空に浮かぶ満月にように。

 

月明かりに照らされて、仕事をした。

月明かりに照らされて、ポピパのみんなと出会った。

月明かりに照らされて、イベントを成功させた。

月明かりに照らされて、まりなさんにある思いを抱いた。

月明かりに照らされて、信頼してもらった。

月明かりに照らされて、ひどい事をした。

 

 

もう、元の関係には戻れないかもしれない。いや、戻れない。

罪滅ぼしと言っても許してくれるはずがない。

だけれど、俺に出来る事はこれしかない。たった一つの願いの為に。

 

“まりなさんには、笑っていてほしいから”

 

もうすっかり明るくなった街並みを全力で走る。向かう場所は俺が住んでいる場所。

まだ覚えていた、まりなさんの「あの夢」を唱えながら。

 

 

全速力でアパートに戻り、充電器から携帯を引きちぎった。

そして、ある人に連絡を入れる。

 

 

「朝早くに申し訳ございません。CiRCLEの結城拓斗です」

「CiRCLEの社員として、最後のチャンスを俺にください!」

 

 

 





次話は10月24日(水)の22:00に投稿予定です。
新たにこの小説をお気に入りにしていただき、ありがとうございます!

そして評価もたくさんつけていただきました。
評価10と言う最高評価をつけていただきました ちかてつさん!
同じく評価10と言う高評価をつけていただきました たわしのひ孫さん!
評価9と言う高評価をつけていただきました 外房線さん!
この場を借りてお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました。

感想もたくさんの方からいただきました。嬉しくてつい長文になってしまいましたが(笑)
また良ければ感想をいただけると幸いです。他の読者の方も気楽に感想書いてくださいね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第17話

 

「朝早くに申し訳ございません。CiRCLEの結城拓斗です」

「久しぶりだね。結城」

 

電話の相手はオーナー。俺をまりなさんにクビにしろと提言した張本人。だけれど彼の協力が必要だ。何度断られても、粘るつもりだ。本当に俺は自分勝手だなってつくづく思う。

 

「CiRCLEの社員として、最後のチャンスを俺に下さい!」

「最後のチャンス?」

「イベントを企画します。それにはオーナーの協力が必要なんです」

 

そう。イベントを企画する。それは利益を増やすためでは無く、知名度を大きくするというものでも無い。「音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけてもらえる」ライブイベントを。

 

経緯と詳細をオーナーに伝える。

どのようなイベントにするか。イベントの企画全てを自分がやる事。訳あってCiRCLEに行かない事。そしてイベント当日、オーナーにも来てもらう事。

 

「給料もいりません。お願いします!やらせてください!」

「うーん……」

 

ここで断られる訳にはいかない。もちろん悩む理由も分かる。まだイベント自体白紙に近いし成功するかも分からない。しかも俺がお願いしているのだ。向こうは俺を信頼していない可能性の方が高い。

 

「……分かった。良いだろう」

「本当ですか!ありがとうございます」

「ただし、無理はしないように、分かったな?」

 

そう言って電話が切れた。まず第一関門は突破した。この後は出演バンドのブッキングをしていきたいが、どうしようか。

今回のイベントの意図と合致するようなバンドがそんな簡単に見つかるか。

……いるじゃないか!いつも練習が終わっても元気で、音楽が好きな子たちがやっているバンドが!

 

さっそく俺は彼女に電話をかける。

 

「いつもお世話になっています。CiRCLEの結城拓斗です。……久しぶりだね。香澄ちゃん」

 

 

 

 

香澄ちゃんに電話した。単刀直入にバンドのみんなに話したい事があるから会える日にちを教えてと問うと「今日の放課後大丈夫です」と言ってきた。即答で。本当に大丈夫か心配になる。また有咲ちゃんに怒られるんじゃないかな。なんて想像したりする。

 

ちなみに待ち合わせ場所は羽沢珈琲店というところらしい。俺は行ったことが無いのだけれど、香澄ちゃんがそこで待ち合わせをしようと提案があったので乗った。

 

待ち合わせ時刻の四時半に珈琲店の前に着いた。どうやらまだポピパのみんなは着いていないらしい。立っていても仕方がないし先に店に入ろうか。

 

「いらっしゃいませ。一名様でしょうか」

「後から五人来るんだけど、大丈夫かな」

「はい。大丈夫ですよ。こちらのお席へ」

 

真面目そうな女の子が注文を取ってくれるそうだ。俺はカフェオレを注文した。見た感じ高校生ぐらいで学校帰りに働いているのかと思い、感心した。俺は仕事にも行ってないから。

 

それにしてもこのお店の雰囲気、好きかもしれない。なんと言うか、家でもないのに落ち着けて、さらには温かく迎えてくれる。例えるなら幼馴染の家にお邪魔するような気持ちになれる。

 

「あ、拓斗さん。こんにちはーっ!」

「こんにちは、香澄ちゃん。一人?」

「あはは……走ってきちゃって」

 

なんだか既視感があるやり取りだ。香澄ちゃんのそう言う期待の裏切らない姿勢は好きだ。きっとこの後みんなが走って追いついてくるのだろう。ならば店前で待っておかねば。有咲ちゃんのぷるぷるをみるチャンスだ。

 

実際にはそう言う行動には移せなかった。なぜならすぐにみんながやって来たから。もちろん、この後のやり取りにも既視感があった。でも、なんだかほっとするやり取りだったりする。

 

「す、すみません。時間に遅れちゃって」

「ううん。気にしないで。りみちゃん」

 

ポピパのみんなに好きな物を頼んでいいよ。と言って注文させた。俺の個人的な用事でみんなに集まってもらったのだからこれぐらいはしなければ。もちろん奢りで。

 

「それで、拓斗さん。私たちに用って何ですか?」

 

頼んだチョコレートケーキをフォークで切りながら沙綾ちゃんが聞いて来た。もうすぐ本題に入ろうか。……香澄ちゃんはがっつり食べているけれど。

 

「うん。実はね」

 

彼女たちに詳細を話す。もちろん、俺とまりなさんとの間で起こった出来事を伏せて。この子達に迷惑をかけたり心配させたりしてはいけないと思ったから。

 

「今、俺はCiRCLEで行うイベントを企画しててね。ぜひ君たちにも出て欲しい」

「ライブ?出たいですっ!」

「おまえ決めるの早すぎだろ!?」

「えー!有咲は出たくないのー?」

 

確かに決めるのは早いかもしれないけれど、決断の早さは香澄ちゃんの良いところだと思う。悩むのも大事だけれど、この先決断の早さも必要になる。

 

「結城さん。聞きたいことがあるんですけど」

「何かな?りみちゃん」

「どうして私たちなんですか?」

 

その質問はもっともだと思うし、大事だと思う。どうしてポピパのみんなに出てもらいたいか。もちろんたくさん理由があるけれど、一言で言うと……。

 

「君たちポピパは、本気で音楽をしているから……かな」

 

みんなの視線が一斉にこちらに集まる。表情は三者三様って感じだった。五人いるんだけれど。これから他のバンドにも出演してくれるようにお願いするつもりだ。ポピパは技術はまだまだでもっと上手いバンドはたくさんあるけれど、彼女らほど音楽を楽しみつつ本気でやっているバンドはいないと思う。だから心が惹かれる。

まりなさんがこのバンドをイチオシな理由が分かる。

 

「今すぐ決めなくても大丈夫だから。ゆっくり考えて結論を出してくれたら良いよ」

 

それじゃ。と俺は珈琲店を後にする。つもりだった。

 

 

「拓斗さん」

 

振り向くと、香澄ちゃんを中心にみんなが立っていた。さっきまで表情がバラバラだったのに今はみんな同じ表情をしている。

この子達はすごいなって思った。

お願いするのは、俺の方なのに。

 

 

 

「「「「「私たちにそのイベント、出演させて下さい!」」」」」

 

 





次話は10月26日(金)の22:00に投稿予定です。

新たにこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
評価10と言う最高評価をつけていただきました 風禰さん!(字が正しく変換されなくてすみません)
同じく評価10と言う最高評価をつけていただきました ハッピー田中さん!
評価9の高評価をつけていただきました Wオタクさん!
同じく評価9の高評価をつけていただきました アクアランスさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございます!

今回のお話で拓斗君がカフェオレを飲んでいるんですけど、前編では酒類を除くとコーヒー(ブラック)しか飲んでいません。飲み物も拓斗君も何かが変化したんですね。

長くなってしまいましたが。
では、次話までまったり待ってあげてください。


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第18話

 

「「「「「私たちにそのイベント、出演させて下さい!」」」」」

 

そんなにお願いされるなんて思ってもいなかったから度肝を抜かれたけれど、俺の答えは決まっている。

 

「こちらこそよろしく。Poppin’Partyのみなさん」

 

 

その後、今後の事を詳しく教えて欲しいらしく、俺は再び席に座る。ついでにカフェオレの追加注文もした。

 

「今後の事と言ってもあまり決まっていないけど、十一月下旬に開催するつもりだよ」

 

そう、ほとんど白紙の状態なのだ。決めていたのは開催日時とポピパには絶対に参加してほしいという漠然な事以外考えていない。

 

「拓斗さん。私たちも手伝いますよ」

 

まじか。こんなところに天使がいたわ。何このポニーテールの似合う天使。お嫁に欲しいわ。そして毎日チョココロネを食べたい。でも、りみちゃんも天使が似合いそうだな。今までは冗談だけれど、正直手伝ってほしいものがある。

 

「ありがとう。もし良かったらポスターを作ってくれたらうれしいのだけど」

 

俺は絵心が皆無だったりする。オスのカブトムシを描いたつもりなのに、見た人から「何この気持ち悪い蜘蛛」って言われた。カブトムシと蜘蛛は足の数が違うのに。

 

「まっかせてー!私絵が得意なんだよねー!」

 

どうしてだろう。香澄ちゃんが言うと嫌な予感がする。折り紙にマジックで目を書き足して「キラキラドキドキするっ!」なんて言い出しそう。楽しそうで良いけれど。

 

「拓斗さんっ!私パーティみたいなライブがしたいです」

 

香澄ちゃんの言葉を咀嚼する。なるほど、パーティか。良いかもしれない。

多分香澄ちゃんは楽しくみんなとパーティのような音楽がしたいと考えていると思う。俺は本気で音楽がしたい人達の集まりと訳したい。せっかくpartyには二つの意味があるのだから。

 

今、決めた。このイベント名なら上手くいくような気がする。音楽を本気でしたい出演者たちが熱意を込めて音を奏でて、出演者お客さん問わず全員が楽しめるpartyのようなイベント。

 

 

「そうだね。イベント名はガールズバンドパーティにしよう」

 

みんなと協力すれば、こんなにも早く物事が決まっていくんだ。良い方向に。

まだまだ不安はいっぱいだけれど、大丈夫な気がする。

 

 

 

「そうだ。みんな、この四つのバンドで知り合いっているかな?」

 

俺はポピパのみんなに箇条書きのメモを渡す。そこにはこの辺りで活動していているバンドの名前が書いてある。

Afterglow。何度かCiRCLEのスタジオを使ってくれたこともあるバンド。

Pastel*Palettes。最近デビューしたアイドルバンド。

ハロー、ハッピーワールド! 音楽業界でもあまり知られていない隠し玉。

そしてRoselia。誰もが認める実力派バンド。

 

イベント名が決まった後に頭の中に記憶していて、尚且つこのイベントにぴったりなバンドをピックアップした。この五バンドが揃えば面白いかもしれない。

 

結果から言うと、知り合いがいた。香澄ちゃんと同じクラスにPastel*Palettesのメンバーが、沙綾ちゃんの知り合いにハロー、ハッピーワールド!のメンバーが。

さらに幸運なことにこのコーヒー店の店員さんがAfterglowのメンバーだった。

 

香澄ちゃんと沙綾ちゃん、お店の店員さんである羽沢つぐみさんにはこういうイベントがあるから興味があったら連絡してきて欲しいと伝えておいた。

 

「よし、もう六時だし今日は解散にしよう。みんなありがとう」

 

あまり遅くまで話に着き合わせるのは悪いし、楽器を持ってきているから彼女たちにもバンド練習があるだろう。後は教えてもらったメンバーや関係者から興味を持ってくれるのを待とう。もちろん機会があったら会って話をするつもりもある。

 

ガタン!!

 

いきなり音がしたから驚いて音のした方向を向くと香澄ちゃんが立ち上がっていた。彼女が発した言葉で、俺は公式を初めて知った中学生のような気持ちになった。

 

「うーん!イベント楽しみっ!今からみんなで有咲の蔵で練習しよっ!」

「あ、ちょっ、待てって!すみません結城さん。失礼します」

 

今まで難しかった問題なのに、公式を使えばすぐに解ける。そっか。

 

今まで香澄ちゃんが誰かに似ているけど誰かは分からなかった。けれど、今やっと分かった。香澄ちゃんのあの明るく、前向きな姿勢はまりなさんに似ているんだ。だからポピパのみんなも香澄ちゃんに着いていくのかもしれない。何も見えない真っ暗な道を明るく照らしてくれるのだから。

 

香澄ちゃんはそのまま走ってお店を出て行き、有咲ちゃんはお礼を言って走っていった。後の三人もお礼を言って追いかけていった。突然の事だったから思わずポカンとしたけれど。

 

まだ出演バンドも一つしか決まっていないのに香澄ちゃんは楽しみと言った。その期待を裏切らないようにしよう。もう誰かを悲しませるような事はしたくない。

 

そこから俺はネットカフェに行った。目的はチラシ作り。家ではだらけてしまうからネットカフェを使う。

出演バンドのところには、まだ誘えてないのに五つのバンド名を書いた。

 

 

たまにはまりなさんや香澄ちゃんみたいに前を向いてみよう、って思ったから。

 

 

まりなさんの夢を現実にしたい、って思ったから。

 

「私はね、音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけてもらえるようにって思ってここで働いているんだ」

 

面接の時に聞いた言葉とまりなさんの笑顔が俺を後押ししてくれているように感じた。

 

 





次話は10月27日(土)の22:00に投稿予定です。

この小説を新たにお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
また評価10の最高評価をつけていただきました 師匠@ゲーム実況もしてますさん!
同じく評価10の最高評価をつけていただきました MairoMurphyさん!
評価9の高評価をつけていただきました 新庄雄太郎さん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございます!

私がハーメルン様に投稿して1ヶ月経つんですね。はやっ!(笑)
通算UAが1万を超え、お気に入り数も150超えたんですよ。
日間ランキングも10位に入っていました!(10月26日午後9時)
これらすべて読者のみなさんのお陰です。本当に感謝しかありません。

記念と言うには軽いですが、今週は明日と明後日も投稿しますのでお楽しみに!

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第19話

 

「うーん、目が疲れた」

 

今は夜の十一時。ネットカフェに通い始めて一週間が経つ。チラシを作っているけれど、いくつか家で印刷して出来栄えを見るが、色使いが悪かったり伝えたい部分が目立っていなかったりで想像以上に大苦戦を強いられている。

 

 

いつものように自分のアパートまでゆっくりとした足取りで向かう。するとドアの前に初老のおばさんが立っていた。こんな時間にどうしたのだろうか。

 

「大家さん。こんにちは。どうしたんです?こんな夜遅くに」

「やっと帰って来たか。あんたも悪い男だねぇ」

「何がです?」

 

急に悪い男呼ばわりとはひどいな。まぁ最近まで自己中まっしぐらだったから否定はできないし、完全に治ったわけでもない。大家さんにまで迷惑をかけていたのなら、謝らなくちゃいけない。

 

「九時から十時くらいまでここで若いお姉さんがいたんだよ。人を待ってるって言ってね。あんたを待ってたんじゃ無いのかい?」

「人に会う約束はしていませんけど……」

 

本当に人違いだろう。俺に用がある人はいないと思う。ポピパの誰かかもしれないと思ったけれど、誰にも俺の住んでいる場所を教えたことは無い。まりなさんは知っているだろうけれど、まさか。

 

それに詳しく聞くと、何回か来ているらしい。ますます分からないから大家さんに幽霊でも見たんじゃないですか?なんて言ったら「そこまでボケて無いよ」って軽くあしらわれた。

 

大家さんと別れを告げ、部屋に入る。最近は楽器たちを弾いてあげれていないから少し罪悪感はある。

 

結構順調な滑り出しではあると思っている。あの三バンドの人達から連絡をもらったのだ。脈ありなバンドもあったし、話を聞いてから決めたいと言うバンドもあった。

今日から三日後に取りあえず三バンドの代表者+ポピパで軽く説明をする予定になっている。後はRoseliaなんだけどまだ接点が無い。

 

さっとお風呂に入ってベッドに寝転ぶ。明日は速いから寝なくちゃいけない。

携帯を充電器に刺して、いつものように枕元に置く。

 

携帯が光る。

待ち受け画面は本棚に飾られている写真と同じ。

俺と、まりなさんの二人が写った写真。

 

 

 

朝の七時。携帯のアラームによって目が覚める。携帯の待ち受け場面を見てやる気を出すあたり、相当やばいかもしれない。まりなさんはこんな気持ち、俺に向けてはいないのに。

 

ふと本棚に目をやると、未だに伏せられたままの写真立てがある。あの写真立てはガールズバンドパーティが終わって、成功した時に立てるって決めた。

 

 

今日は特に予定は無いからチラシを完成させる。朝からネットカフェなんて行ったら料金もかかるから家で行い、集中力が切れたら場所を移そう。そして今日中に仕上げてしまおう。そう思い、パソコンを立ち上げた時。

 

「♪~」

 

携帯の呼び出し音が鳴る。好きなスリーピースバンドの曲。

 

「もしもし」

「あ、拓斗さん。朝早くにすみません」

 

電話をしてきた相手は沙綾ちゃんだった。それに声が少し暗いから何かあったのかもしれない。

 

「今日の午後って空いてますか?」

「うん。大丈夫だよ。……何かあった?」

「直接聞きたいことがあって。十七時にうちのお店の前まで来てもらえませんか?」

「分かった。行くよ。十七時だね」

「はい。ありがとうございます。では失礼します」

 

電話は切れた。女子高生からのお呼び出しだから普通なら大喜びだけれど、今回はそんな気分ではない。

電話では無く、直接聞きたい。

そして今日の午後。多分沙綾ちゃんは今日の午後が空いているって確信があったはず。

 

もしかすると、あの件の事かもしれない。

電話が切れた後、待ち受け画面を見ながらそう思った。

 

 

 

 

「お待たせ、沙綾ちゃん」

 

集合時刻ぴったりに着いた俺は、やまぶきベーカリーの前で待っていた沙綾ちゃんに声をかける。沙綾ちゃんは私服に着替えている。

 

「拓斗さんこんにちは。そんなに待ってないので大丈夫です。……公園で話しませんか」

「そうだね。行こうか」

 

二人そろって歩を進める。普段なら恋人みたいな会話だね、なんて言って場の空気を明るくするのだけれど、今回は真面目な話だろうから自重する。

 

十月も目前。少し冷たい風を受けながら公園に着く。特に二人で決めていたわけでは無いけれど、ベンチの方に歩みを寄せる。

 

「拓斗さんって最近CiRCLEに居ないですよね。どうしてですか?」

 

やっぱりその件だった。珈琲店の時はこの事を伏せていたから知らなくて当然だ。今思えばちゃんと話しておくべきだったのかもしれない。

 

「そうだね。ちょっと俺が失敗しちゃって。休職中なんだ」

 

そう、今俺は休職中。オーナーとの相談により休職とさせてもらっている。実質無職のようなものだけれど。休職期間中にガールズバンドパーティがあって、終わったら退職。

 

「そうなんですか。まりなさんと何かあったんですか?」

「うん。俺が色々やっちゃって」

 

今でもまりなさんって聞くと罪悪感によって胸がチクチクする。

 

「やっぱりそうでしたか」

「まりなさん、元気ないの?」

「えっと……そんなこと無いと思います」

 

良かった。まりなさんは元気で。でも多分心のどこかで俺がつけた傷があると思う。今、俺に出来る事はガールズバンドパーティを成功させる事だ。

 

「沙綾ちゃん。ガールズバンドパーティの事、まりなさんに内緒でお願い」

「え?……。はい、分かりました」

 

「でもどうして内緒、なのですか」

 

沙綾ちゃんはさみしそうな顔をしている。あまり内緒と言う言葉が好きでは無いのかもしれない。だから、俺の考えをぶつける。

 

「まりなさんには、笑っていてほしいから」

「え?」

「俺はまりなさんの夢を壊すような事を言ったし、やった。そんな人間が謝っても説得力無いでしょ?」

「……はい」

「だから行動に移して、まりなさんの夢を叶えたいって思った。それに、イベントの企画が俺だって分かったらダメだと思った。俺はまりなさんに許して欲しいって思っていない。それほどひどい事をしたから。だけど、笑っていてほしい。そう言う俺のエゴイストかな」

 

全く、自分は自分勝手だと思う。だけれど、人の夢を叶える手伝いが出来るならしたい。それがその人に嫌われていても。俺はその人の事を大事な人だと思っているから。

 

「ふふっ」

 

沙綾ちゃんが笑った。長々と訳の分からない言葉を連ねただけだからあきれられたかな。沙綾ちゃんは笑顔からにやにやした表情に変わった。

 

「拓斗さんってまりなさんの事、好きですよね?」

「どうだろうね。大事な人だとは思っているよ」

 

大事な人。だって真っ黒な俺を優しく照らしてくれて、楽しい時間を俺にくれたから。

「それって好きってことですよね?」なんて沙綾ちゃんに言われたけど、図星をする。けれど、好きって思ってはいけないような気もする。俺はひどい人間だから。

 

 

 

でも、今はこの感情を持っていても良いですか?まりなさん。

 

 




次話は10月28日(日)の22:00に投稿予定です。
新たにお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
評価9の高評価をつけていただきました グンナンノマサさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございます!

今回のお話での沙綾ちゃんの言動、何か意味深ですね。
今は出番少ないですけどメインヒロインはまりなさんですよ。みなさん知っていましたか?(笑)

では、次話までまったり待ってあげてください。
感想の常時募集していますので気楽に書いてくだされば幸いです。


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第20話

沙綾ちゃんと公園で話した日から二日が経った。あの後、帰り道に香澄ちゃんと遭遇して「さーやと拓斗さんがデートしてるっ!」なんて大声で言うものだから大変だった。

 

今日は、五バンドが集まる日。ガールズバンドパーティの核が出来上がると言っても過言ではないと思う。今日の出来次第でイベントの出来が左右する。

ただ謎なのはRoselia。前情報が無かったのにいきなり連絡が来たから正直焦った。もしかしたら他のバンドの人が教えてくれたのかもしれない。例えば姉妹間とかで。無いか。

 

五バンド集会は午後六時からファミレスで行うことになっている。それまで少し休憩しよう。またこれから忙しくなりそうな気がするから。

 

 

 

六時。みんな時間どおりに集まってくれたのでファミレスの中に入っていく。制服を着た子もいるから何だか周りの目が痛い。

Afterglowからは上原さん。Pastel*Palettesから丸山さん。ハロー、ハッピーワールド!から奥沢さん。Roseliaは湊さん。それとポピパは五人来ている。

 

……ハロー、ハッピーワールド!にあんな子いたっけ。奥沢さんと言うらしいが見覚えが無い。クマは凄く印象に残っているけれど。

 

取りあえずドリンクバーとポテト大盛りを注文する。時間帯もそうだけれど、早く終われば自由に食事してもらおうとは思っている。

 

「みなさん、この度はお集まりいただきありがとうございます。今回のイベント、ガールズバンドパーティを担当する結城拓斗と申します」

 

「まずはガールズバンドパーティの詳細をお伝えします」

 

日時、開催場所、どのような目的かを伝える。

十一月二十四日、CiRCLEで本気で音楽をしたい人達が集まり、尚且つパーティのようにみんなで楽しめるようなイベントを目指す。参加資格はプロアマ問わず、やる気があれば参加可能である。

 

「……という感じだけど、何か質問があったら遠慮無く聞いてください」

 

表情を見る限り、かなり感触は良い。ただ、一人だけ浮かない顔をしている。やはり彼女たちのバンドはこの条件で納得しないだろうとは思っていた。

 

「ひとつ、いいかしら」

 

そのバンド、Roseliaの代表者である湊友希那さんが声をあげる。

 

「どうぞ、湊さん」

「参加資格はやる気があれば良いと言う事はオーディションを行わないのかしら」

「そう言う事で間違っていませんよ」

 

湊さんの言う事はとても分かる。プロは実力と人気の世界。やる気があっても生きていけない。Roseliaは音楽の頂点を目指していたはず。

 

「そう言う遊びのようなイベントなら、断らせてもらうわ」

「湊さん」

 

確かに君たちRoseliaは実力はある。技術ははっきり言ってプロで活躍しているバンドより上だと思う。だけれど、本気でプロを目指すのならば……。

 

「確かにRoseliaって演奏技術は高いね。だけど、君たちには足りないものもたくさんある」

「それは何かしら」

「それはイベントに参加して自分の力で見つけて欲しい。君たちに足りないものがきっと見つかるライブイベントになる。それと」

 

俺は湊さんを強く見る。ポピパのみんなはどうしてか驚いているように感じる。

 

「俺は本気でこのイベントを企画している。遊びなんかじゃないし、それは出演するバンドにも失礼じゃないかな」

 

 

 

こうして集会が終わって、今はポピパのみんなとご飯を食べている。

あの後、Roselia以外は参加をしてくれる事になった。湊さんは「少し考えさせてもらうわ」と言って帰っていった。でも、あの顔つきは前向きに考えてくれている感じがした。

 

「拓斗さんってあんなに真面目になるんだねー。知らなかった」

「うん。敬語、似合わなかった」

 

どうして俺は香澄ちゃんとおたえちゃんにボロクソ言われているのだろうか。有咲ちゃんも頷いているし、沙綾ちゃんも苦笑いだし。俺の周りには敵しかいないのかもしれない。

りみちゃんは……幸せそうにチョコレートパフェを食べている。

 

伝票を見ているとげっそりするから一番遠い場所に置いた。

 

確かに自分らしく無いとは思う。あんなに真面目になって人と話すことなんて無かった。けれど、何故かまりなさんやオーナーも貶されたように感じてしまったから強く言ってしまったところもあった。今度謝ろう。

 

「拓斗さんもやるねぇ~。さっ」

「香澄、サラダが欲しいのか!」

 

何だかポピパのみんなは楽しそう。有咲ちゃんなんて香澄ちゃんの口に大量のサラダをぶち込んでいる。さすがに俺も笑ってしまった。

 

「もごもご……有咲ぁ、ひどいよ~」

「お前、それは内緒だろ?」

「あ、そっか」

 

何が内緒なのか分からないけれど、香澄ちゃんは「てへへ」なんて言ってるし多分大したことじゃないだろう。みんなにやにやしているのも気のせいだ。

 

「♪~」

「あ、電話だ。ちょっと失礼するね」

 

俺の携帯が呼んでいるから、速足で店の外に出る。

 

「結城さんの携帯で間違いないかしら」

「うん合ってるよ。……決めてくれた?湊さん」

 

電話の相手は湊さん。正直あれから二時間ぐらいしか経ってないけれど、答えは決まったようだ。

 

「ガールズバンドパーティに参加させていただくわ」

「大歓迎だよ、ありがとう。それときつく言ってごめんね」

「結構よ。本当に足りないものが見つかるなら」

「きっと、見つかるよ。俺が保証する」

 

 

 

やっと出演者がそろった。これからが本番だ。

 

秋の冷たい空気に触れながら、大きく伸びをする。

そして半分ぐらいの月を見て誓う。

 

 

 

 

みんなを、誰かが見つけてくれるようなイベントにしよう。

 

 




次話は10月30日(火)の22:00に投稿予定です。
新たにお気に入りにしてくださったみなさん、ありがとうございます!

みなさんいきなりなんですけど、小麦こながツイッターを本日19時頃開設しました!
知らなかったでしょ?(笑)
ユーザー情報(左上の作者名をクリック)に載せておきましたので、みなさんぜひフォローお願いします! ヘッダー大募集してます。
小説の情報はもちろんのこと、読者のみなさんとガルパで部屋作ってライブもしたいなって思っています。

ちなみに私、情報難民でツイッターでアカウントを作ったのが大学生にもなって初めてだったりしますのでツイッター慣れてませんがよろしくお願いします。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第21話

 

「ちょっとこれはやばいかもしれない」

 

自室。真夜中の十二時に俺はそうつぶやく。手に持っているのは紙切れ。家のプリンターは不満がたまっている女子大生の愚痴のようにその紙切れを絶えず吐き出している。

 

プリンターの吐き出す愚痴を無視して、俺は出てきた紙を持ち上げる。多分、関西の女子大生ならこう言うのだろう。

 

「めっちゃ最高やん」

 

 

 

ガールズバンドパーティの出演者が決まって一週間。十月に入ってもうすぐ日数が二ケタになりそうである。そんな日に俺は駅前に出かけている。ここなら人がたくさんいると踏んだ。

 

出演バンドの人達は真面目に練習を積んでくれている。香澄ちゃんから聞いた話だと合同練習も行ってくれているみたいだ。技術の交換やアドバイスももらえるし、かなり良い感じである。後は俺がしっかりする番だ。

 

「十一月にCiRCLEでライブイベントを行います。よろしくお願いしまーす!」

 

普通ライブの告知は各バンドごとでやるのが当たり前だが、今回はそう言う事はしない。今回それをしてしまうと実力派であるRoseliaや既にデビューしているPastel*Palettesなど知名度が高いバンドにお客さんが集中したり、目当てのバンドだけ見て帰ってしまうお客さんも出てくる恐れがある。それだとガールズバンドパーティの開催意図から外れてしまう。

 

また、CiRCLEの知名度も決して高いという訳では無い。せっかく出演者も確定したのに「そんなイベントあるの知らなかった」なんて言われてしまえば本末転倒である。

なのでこうして俺は出来栄えのいい(自称)チラシを配っているのだけれど。

 

 

「全然取ってくれない……」

 

さっきから配っているけれど、取ってくれたのはせいぜい五枚と言ったところか。けれど、ここであきらめるわけにはいかない。

 

「ライブイベントを開催します!興味があったらどうぞ!」

 

必死に声をかける。だけれど、結果は変わらない。

 

いつもと同じだ。最初は上手くいくけれど、段々雲行きが悪くなって失敗する。今回は成功させるって決めたのに、何をやっているんだ。

 

もう、今日は諦めようと思った。

 

「♪~」

 

電話?誰だろう。俺は携帯を耳にする。だけれど、声が聞こえるのは後ろの方だった。

 

「てへへ。引っかかったーっ!」

後ろに携帯電話を持った香澄ちゃんとポピパのみんながいた。

 

 

「香澄ちゃんか……今は遊んでるんじゃなくて、チラシを配ってるんだ」

 

あきれた感じで返事をするとポピパのみんなが同じような表情で俺を見ている。

 

「拓斗さんっ!手伝いますよ」

「え?でもさ」

「みんなでやった方が大きな成果になりますから!」

 

そう言って香澄ちゃんたちは持っていたチラシを半分ぐらい持って行って周りを歩いている人に渡し始めた。

 

そっか。

また同じ失敗をしてしまっていたんだ。また自分一人で考えて行動してたんだ。俺はまりなさんを傷つけてしまった時から何も変わっていなかった。けれど、今だから間違いに気づける。今だから他人の事を考えて行動できる。

 

もう、間違えない。

今日から、変わるんだ。

 

 

 

香澄ちゃんたちが来てくれてから、あっという間にチラシが無くなった。それはもちろん、配る人数が増えたから無くなるスピードが速かった訳では無い。その証拠に俺の持っていたチラシも無くなったのだから。

 

「ありがとう、みんな。ところでみんなは駅前で何をしてたの?」

「拓斗さんを探していましたっ!」

「はい?」

 

香澄ちゃんは意気揚々と答えてくれたけれど、理由がぶっ飛んでいる。だけど、頼りにされているのかもしれないと思うと何だか妙に嬉しい。

 

「教えてください!拓斗さんっ!」

 

 

 

 

香澄ちゃんたちと駅前にあるカフェにお邪魔している。教えてくださいって急に言われてかなり焦った。何を?って思うし、思春期男子なら勘違いしてしまいそうなセリフだし。有咲ちゃんが「抽象的すぎてわかんねーだろ!」って言ってたけれど、本当にそうだ。

 

「それで、何かあったのかな」

 

みんなに聞く。ポピパのみんなが困っているなら助けてあげたいし、相談にも乗ってあげたい。パフェをおいしそうに食べる香澄ちゃんは何だか微笑ましい。

 

「それがですね……」

 

代わりに沙綾ちゃんが伝えてくれた。

合同練習でバンド同士上手くいかない時が多々あるらしい。本格派、実力派バンドにアイドルバンド、王道系のバンドもあればサーカスのようなバンドもある。要は方向性がバラバラだからすれ違いも起こる。

 

なるほど、俺の狙いが少し裏目に出てしまったようだ。

 

「それに、パーティって感じがしなくて」

 

珍しく香澄ちゃんもしょんぼりしている。彼女の猫耳も心なしか垂れているように思える。

 

「香澄ちゃんはどんな感じがパーティっぽい?」

「にぎやかで色とりどりで、みんなで楽しくって感じっ!」

 

にぎやかで色とりどりはステージの飾りつけで何とかなりそうだけれど、他にも何か方法があるかもしれない。それに一バンドずつ演奏していたら今までのイベントと変わりない。せっかくのガールズバンドパーティって名前なのに。

 

 

……。もしかしたら、この問題を解決できるかもしれない。

そして上手くいけば、他のライブハウスでも出来ない画期的なライブイベントが出来るかもしれない。

 

 

「みんな、三日後の放課後って予定空いてる?」

 

 

 





次話は11月1日(木)の22:00に投稿予定です。
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評価9と言う高評価をつけていただきました ソウソウさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました AkatsukiRさん!
この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございます!

昨日見たんですけど、この小説の評価バーがMaxになりました!これも読者のみなさんのお陰です。みなさん、ありがとうございます!これからもよろしくね。

それで記念としてTwitterにて一週間ずつ情報公開します。
①「月明かりに照らされて」の未公開情報(本日23時)
②次回作のタイトル発表!
③次回作のヒロイン、その他情報
ぜひTwitterをチェックしてくださいね。ユーザー情報から見れますよ。

長くなりましたが
では、次話までまったり待ってあげてください。



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第22話

 

「三日後に、皆さんにお伝えしたいことがあります。羽沢珈琲店に来てください」

 

三日前、このメッセージをガールズバンドパーティ出演者の代表に送った。みんな本当に律義で返信はすぐに来た。全員参加できるみたいだ。

貴重な放課後に時間をいただくのだから、有意義な時間にしよう。いや、する。

 

そう意気込んで、鏡を見る。

多少疲れた顔をしているけれど、昔の顔と少し雰囲気が変わったような気がした。

もし今証明写真を撮ったならば、履歴書に貼られたような犯罪者のような写りの悪い照明写真にはならないと言う事を言いたかっただけなんだけれど。

 

 

 

 

集合時刻の午後五時。みんな真剣な顔つきで座っている。お店で働いている羽沢さんと若宮さんも緊張しているように思える。

 

「本日はお忙しい中集まってくださり、本当にありがとうございます。皆さんに、一つ提案があります」

 

みんな息を飲むような緊張感を醸し出している。別にそんなに緊張しなくてもいいのだけれど。姿勢を正して提案をする。

 

「参加バンド五つで一つのMIXバンドを作って、そのMIXバンドで新曲をやってみませんか?」

 

みんな、目を丸くしている。予想外の提案だったのだろう。それに普通のライブイベントでMIXバンドなんて作らないから初めて過ぎて驚いている可能性もある。ボーカルは出演するすべてのバンドから出てもらい、演奏隊は各バンドから一名ずつ出てもらう形式だ。

 

「目的は、何ですか?」

 

上原さんが質問をする。

 

「みんなで一体感を作って楽しくライブをしてほしくて、MIXバンドが良いんじゃないかなって思いました。イベント名にもぴったり合致しますから」

 

みんなが納得したような表情をしている。けれど、俺がMIXバンドにこだわるには大きな理由がある。

 

「それに、このMIXバンドを組むことで、五バンド全体に相乗効果が見られると確信しています。せっかくのライブイベントなので皆さんには成長していただきたいのです」

 

俺はこう睨んでいる。俺は闇雲に知っているバンドを勧誘した訳では無い。意図的に方向性のバラバラなバンドを集めたのだ。みんながこの意図に自分から気づいてくれたら、今後のバンド生活も良いものになるはずだ。

 

「その相乗効果って何ですか?」

「それは自分たちで気づいてほしいから答えない。ごめんね、丸山さん」

 

 

その後、色々な質問が飛び出したけれどみんな納得してくれたみたいで、俺の提案に乗ってくれるそうだ。湊さんも同意してくれたからかなりうれしい。

作詞作曲を今から行うというのは中々リスキーだ。後一ヶ月ちょっとしか残されていないから。けれど、彼女たちなら出来る。そう思う。

 

「あ、そうだ。最後に聞きたいことがあったんです!」

 

忘れるところだった。正直、この件がこの集会一番の目的と言っても過言では無い。みんなが集まっていて、尚且つ直接話せる機会なんてそう多くないのだから。

さぁ!力強く言うんだ!

 

 

 

「皆さんの服のサイズ、教えてください!!」

 

 

一瞬にして場が凍り付いた。あれ、俺おかしなこと言ったっけ?

 

「へ……ヘンタイ!」

 

丸山さんに切り捨てられた。現役アイドルに罵られました。ふへへ。

他のみんなの顔を見たけれど、全員がジト目だ。

 

俺は庭に生える雑草のような気持ちになった。

こんなジト目で見られながら、引っこ抜かれ、捨てられるのか。

 

 

とにかく、重要な事は伏せて服のサイズを俺に送ってほしいと伝えた。SとかMで良いからと言ってもあまりいい顔はされなかった。最近の女子高生は怖い。別にスリーサイズを聞いている訳じゃ無いのになぁ。

 

みんなが解散して、一人で少しゆっくりする。

 

「急にあんなこと言い出して驚きましたよ。カフェオレです」

「ありがとう。羽沢さん。服のサイズって女子高生にタブーなんだね」

 

このお店は個人的に気に入っている。ただ、CiRCLEの中庭にあるカフェに行けてないから少し寂しい。あの店員さんはお客さんが一人減ったとしか考えないだろうが。

 

「相席、いいかしら」

「もちろん、どうぞ」

 

湊さんがいる。もう帰ったのだと思っていたけれど、まだいたらしい。二人で話したいことがあるのかもしれない。

 

「私はまだ、あなたの言う足りないものが分からないの」

「湊さんってせっかちだね」

「真面目に聞いているのだけれど」

 

もし、そんなすぐに分かるなら苦労はしないと思うけれど。でも湊さんの気持ちも分かる。俺もバンドをしていた時は時間が無いって思い込んで勝手に自分を追い込んでいた。

 

「じゃ、特別ヒント。ガールズバンドパーティに参加するバンドの長所をメモしてみて」

「それで、効果があるのかしら」

「あるよ。それと君たちはまだ若い。視野を広げてみたらどうかな?」

「視野を……広げる?」

「これは、昔失敗した先輩からのアドバイス。受け取ってよ」

 

俺はカフェオレをぐっと飲み干して、湊さんの方をじっと、力強く見る。

 

「君たちの事も期待しているから」

 

君たちの実力は申し分無いのだから、あともうちょっと他の角度から自分たちを見れるようになれば面白くなる。

 

「アドバイスありがとう。私からも一ついいかしら?」

何だろう。

 

 

 

「女の人に服のサイズを聞くときは目を血走らせてはダメよ」

 

「……善処します」

 

どうやら無意識に血走ってしまうらしい。俺の目は。

湊さんには乾いた声で返すことしか出来なかった。

 

 




次話は11月3日(土)の22:00に投稿予定です。
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後編、ガールズバンドパーティ編も折り返しに入っております。私個人の意見なんですけど、小説は後半になるにつれて面白くなるものが好きなんですよ。
次話辺りからドンドン話が進むと思います。

前回のあとがきで次回作の事を書きましたが、この小説が完結してから投稿するつもりですので、その旨ご理解の程よろしくお願いいたします。
次回作まだ全て書けていませんが……。執筆頑張ります。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第23話

 

人間、年を取るにつれて一年が短く感じるようになる。

それをジャネーの法則と言うらしい。俺は専門学生になった時ぐらいから早く感じるようになった。今、二十三歳だけれど、専門学生から今に至るまでは一瞬だった気がする。

 

そんな年単位が早いのだから、イベントの開催が近づくのも早く感じるはずだ。

ガールズバンドパーティの開催まで二週間が切った。参加してくれる各バンドも詰める作業を行っている。

 

MIXバンドについても曲がほぼ完成し、スタジオで合わせ練習も行えている。何回か合同練習やMIXバンド練習を見させてもらった。まだ詰めるところもあるけれど、今のペースなら上手くいきそうな気がする。

 

 

「じゃ、俺も詰めの作業を始めるか」

 

俺は今、ある目的を達成するため花咲川女子学園の近くに来ている。

その目的は女子高生をナンパしてショッピングモールに行ったり、有咲ちゃんの胸のぷるぷるを覗きに来た訳でも無い。

 

「いらっしゃいませー」

「すみません、この紙に書いてあるやつを書いてある分だけ用意して欲しいんですけど」

 

店員さんに紙切れを渡す。これで取引は完了だ。

 

「お渡しできるのは二十日になりますがよろしいでしょうか?」

「はい、結構です」

 

 

「ありがとうございましたー」

 

これで財布の中身がすっかり軽くなった。そろそろ貯金額もやばくなってきた。本格的に仕事のリストアップをしたいけれど、今から中途採用は厳しいかもしれない。アルバイトにしよう。

 

「あ、結城さん。こんにちは」

「あれ?りみちゃん。何してたの?」

 

帰り道にりみちゃんと出会った。彼女も学校帰りなのか制服を着ている。それにベースも背負っているからこれからバンド練習かもしれない。

 

「沙綾ちゃんのところでチョココロネを買いに行こうかと……」

「行こう、りみちゃん!今すぐ!!」

 

 

 

「チョココロネ~~~!会いたかったよー!」

「はぁ~。本当に美味しいよなぁ」

 

二人してやまぶきベーカリーにお邪魔してチョココロネを買った。ここ最近忙しかったから食べてなかったけれど、これは反則だわ。

 

「りみりんと拓斗さんが一緒に来たら大変だなぁ」

 

沙綾ちゃんはちょっと困った顔をしている。

俺とりみちゃんが入店して二人でたくさん並んであったチョココロネが一つ残らず無くした時ぐらいから同じ顔をしている。

 

「結城さんはどうして花女の近くにいたんですか?」

「ちょっと用事でね」

「そうなんですか」

 

この用事についてだけれど、今は秘密にしておこう。みんなの驚いた顔が見たいものだ。香澄ちゃんとかはかなり喜んでくれそうな気がする。

 

「あ、拓斗さん。ポスター出来ましたよ!」

「本当!?見せてもらっても良い?」

「もちろんです!」

 

沙綾ちゃんが渡してくれたポスターを見る。

素直に言うと、クオリティが高すぎる。俺がパソコンで描いたチラシが小学生の落書きレベルに思えてくる。

 

「ありがとう、みんな。これはオーナーに渡すね」

「結城さん。良ければですけど……練習、見てもらっても良いですか?」

「うん。もちろん!」

 

もうポスターまで出来たし、本当にもうすぐガールズバンドパーティが始まるんだな。まりなさんの夢が叶えば良いなと思う待ちきれない気持ちと、イベントが終わればもうポピパのみんなとこうして会えなくなってしまうという何とも言えない気持ち。

 

最近はこの相容れない二つの気持ちが混ざり、複雑な気分になる。

俺にはこんな気持ちになる資格なんて無いのにな。

 

 

 

 

「お疲れさまでした!」

 

スタジオでポピパとAfterglowの合同練習が終わる。

ちゃんとお互いの意見を出し合い、メモまで取りながら真剣に練習している風景を見ると、俺も高校生に戻ってバンドをやりたいって思ってしまった。……それにしてもここのスタジオは設備が良いな。

 

「拓斗さん、感想を教えてくださいっ!」

「私たちもお願いします」

 

こう言う時は真剣に答えてあげる。まずは改善点から述べる。こうすればいいんじゃないか、音色はこうした方が雰囲気に合う、ここは力強く弾いたら歌詞と合うんじゃないか、とか。

その後に良かった箇所をしっかり褒めてあげる。怒られてばっかりでも伸びるバンドもあれば伸びないバンドもある。多分ポピパは後者だろう。

 

個人的な意見だけれど、こうやってバンドを育てるのもライブハウスの、そこで働くスタッフの仕事だと思っている。多分、まりなさんもそう思っていると思う。

 

こうして、じっくりと総評をポピパとAfterglowのみんなに伝えた。

イベントに関わってくれるバンドたちが日に日に上達していくさまに、俺はまるで自分の事のように喜ばしくなって自然と口角が上がった。

 

 

 

 

午後八時。しっかり暗くなって肌寒くなってきた。今日はコンビニに寄って帰ろうかな。久しぶりにビールが飲みたい。安い発泡酒なら今の財布の中身でも買える。つまみはこの前大量に買ったピリ辛のお菓子がある。

 

コンビニに入って、一番安い発泡酒を一本手に取ってレジに向かう。

レジの男性を見た時、折り紙で作られただまし船に初めて騙された子供のような気持ちになった。

 

「いらっしゃいませ……。お前、拓斗か」

「……。久しぶりだな」

 

驚いた。まさかこんなタイミングで再開するなんて思ってもいなかった。

もう二度と会いたくないと思っていた人物で、でも最近は一度話してみたいって思うようになった人物が、そこにはいた。

 

 




           @komugikonana

次話は11月5日(月)の22:00に投稿予定です。
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評価8と言う高評価をつけていただきました とーーーーーーーーすとさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございした!

今話で最後に出てきた人物は一度だけ主人公の語りで出てきているんですよ。
気になる方は第8話をご覧ください。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第24話

 

「いらっしゃいませ……。お前、拓斗か」

「……。久しぶりだな」

 

本当に久しぶりだ。だいたい三年ぶりぐらいだと思う。

ここで会ったのも何かの運命なのかもしれない。お互い少し気まずい視線のやり取りをしている。

 

「時間があったら、少し話さないか。雄二」

「三十分の休憩を前倒しでもらうからちょっと待ってろ」

 

 

 

「お前、コンビニで働いてたのか」

「まぁな。拓斗、お前は何しているんだ?」

 

雄二は昔、俺がスリーピースバンドをやってた時にドラムを担当していた。すなわち俺とメンバーだった人間、それが雄二だ。

短髪なのと無駄に筋肉質なのはあの時から変わらない。

 

「俺か?……フリーターって感じだな」

「はぁ?……まぁ拓斗っぽいな」

 

俺っぽいか。確かにそうかもしれない。こいつとのバンド生活もそんなに長くなかったけど高校からの知り合いだから俺の事を良く知っている。

でも、俺は雄二と世間話をしたい訳ではない。

 

「雄二、お前のバンド生活を勝手に終わらせて悪かった」

「はぁ?拓斗。いきなりどうした?」

 

俺は語り始めた。CiRCLEっていうライブハウスで働き始めた事、そして先輩にひどい事をやってしまった事。

 

「その時にやっと気づいたんだよ。俺は自分の利益になる事しか考えてなくて、その行動が他人を不幸にさせてたって事が」

 

それはバンドを組んでいた時もそうだった。俺が無茶な練習を強いてしまった。楽しくなかったはずだ。雄二だって高校は軽音楽部。俺と同じで音楽が好きだから俺の誘いにも乗ってくれたのだろう。

 

「あんなバンドの終わらせ方して、ごめん」

 

これを元バンドメンバーに伝えたかった。音楽を嫌いにさせてしまったのでは無いかって今更気づいた。だから一言謝りたかった。

深々と頭を下げる。許してもらえなくても良い、だけど俺の嘘偽りないこの気持ちを伝えたかった。

 

頭を下げているから分からないけど、前から笑い声が聞こえた。

 

「はーはっは!何言ってんだ拓斗。俺は今も音楽が好きだぞ!」

「え?」

「それに、拓斗とスタジオで殴り合ったのは今では良い思い出だ」

「まじかよ……」

 

俺は良い思い出なんて無いぞ。あの時の雄二はすごく強くてボコボコにされた。こっちは素手なのに雄二はドラムスティック持っていたのだから。あの後ドラムスティックが怖くなってしまい、ドラムスティックを見ただけでじん麻疹が出るほどだった。

 

「拓斗、お前変わったな」

「そんな事ねーよ」

 

そんな簡単には人は変われないだろ?でも考え方の変化は少しずつだけれど、変わったかもしれない。真実は俺には分からないけれど。

 

「でも、俺は今、先輩の夢を実現させる手伝いをやってる。その手伝いが終わったら退職だけど、今は凄く楽しいよ」

「そうか。かっこいいじゃん、拓斗」

「男に言われてもキモイだけだ」

「そりゃ、そうだな」

 

しばらく二人で笑いあう。俺が雄二にした罪は消えない。だけれど、犯した罪を覚えておいて、しっかり償おう。

 

「ほんと、お前変わったよ。過去の失敗に気づけたなら、それは変わってる証拠だろ?」

「雄二、めっちゃキモイ」

「ひでぇ!」

 

変に大人ぶった事を言うのも昔と変わらないなって思った。また、機会があったらスタジオで音を合わせたいなって素直に思う。可能ならば三人で楽しく音を合わせたい。

 

「雄二、俺を受け入れてくれてありがとう」

「なんだよ、拓斗。お前の方がキモイぞ。それと」

なんだ?

「みっちゃんは音楽やってるらしいぞ。それに確か専門店を作ったって電話で聞いたぞ」

 

あいつにもいつか、直接あって謝らないといけないな。

 

女の子なのに寝る間を惜しんで、ずっとベースを練習していたらしい彼女は高校三年間で見違えるほど上手くなって、音楽で生きていきたいって俺に笑顔で答えてくれたっけ。

 

「そうか。……いつかあいつにも直接会いに行くよ」

「今から電話しようか?」

「いや、いい。自分であいつを探すよ」

 

電話で呼び出すのはダメな気がした。

自分から探して話した方が良い気がした。

 

「そうか。そろそろ俺仕事に戻るわ。またな」

 

もうそんな時間か。楽しい時間はあっという間に過ぎる。最後に雄二に伝えることがあるから、柄にもないけど大声で言った。

 

「今月の二十四日に俺が企画したライブイベントがある。良かったら雄二も来いよ!」

「分かった。考えとくよ」

 

雄二の考えておくはほぼ確実に来る時のセリフだっけ、と思いながら離れていく影を最後まで見送った。

 

レジ袋に入った発泡酒はもう冷たくないけれど、今日ぐらいは冷たくなくても良いんじゃないかなって思えた。

 

 

 

 

雄二と別れてから、俺はそのまま帰路に就く。たまにはあのコンビニにも顔を出して何か買ってやるかと思いながらアパート前まで着いた。

そのままいつものようにゆっくりと歩を進める。大家さんが見回りをしていた。

 

「いつもお疲れ様です」

「あんたに言われたくないよ」

 

ここのアパートの大家さんは活発だなと思う。普通こんな見回りなど毎日行わないだろう。

 

「傷ついちゃいますよ?俺」

「そんなに頼りないのかい?最近の男は」

 

ちなみに、以前俺の家の前にいた女性の事はまだ分かっていない。帰りながらきょろきょろと周りを確認しても人がいる気配が全くない。

大家さんもあれからその女性を見ないらしい。ますますその女性は幽霊なんじゃないかって思えてきた。俺の家の前で現れる幽霊とかシャレにならないけれど。

 

「それじゃ、失礼します」

「いつも遅くまでお仕事ご苦労さん」

 

大家さんは口が少し悪いところもあるけれど、ちゃんと住人の事を把握しているし優しいところもたくさんある。

 

そのまま俺は家のドアを開けて、ベッドに腰掛ける。

今日はギターを弾きたい気分だけれど、先にやらなくてはいけない事がある。

携帯電話でオーナーに電話を掛ける。

 

 

「夜分遅くに申し訳ありません。結城です」

「結城か。どうだ?良い調子か?」

「順調ですよ」

 

定期的にこうしてオーナーに状況を報告している。俺の勝手なわがままにこうして付き合ってくれるオーナーには感謝しかない。俺は今年、良い人達に囲まれているんだなってつくづく思う。

 

出演者たちも良い感じに仕上げてきてくれている事や、一体感が増すと思いあれを製作中だと言う事など。伝えることはたくさんある。

 

「あ、それとガールズバンドパーティのポスターが出来上がったんです。出演者の子たちが作ってくれて。この後FAXで送ります」

「おお!そうか。楽しみに待っているよ」

 

きっとオーナーも見たら驚くはずだ。あのポスターはプロ顔負けだから。

ポスターも出来上がり、後の仕事はリハーサルぐらいだ。本当にもうすぐなんだ。

 

「……。それにしても、本当に良いのか?結城」

 

急にオーナーの声が真面目なものに変わった。本当に良いのか……か。申し訳ない気持ちでいっぱいだけれど、俺は良いと思っている。俺の、最後の仕事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガールズバンドパーティの企画者、責任者は全て私と言う事にして」

「はい。良いんです。前日リハーサルをすべてオーナーに任せてしまう事、本当に申し訳ございません」

 

 

 




@komugikonana

次話は11月6日(火)の22:00に投稿予定です。
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明日の23時にTwitterで次回作のタイトル発表を行います。興味があればぜひ見てください。ユーザー情報からすぐ飛べますよ。

今回「みっちゃん」と言う人が会話で出てきましたが、今作で出てくるまで待っててください。今はまりなさんの方が優先ですからね。
……もうみっちゃんの名前が分かってしまった人がいたらお手上げです(笑)

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第25話

 

「ガールズバンドパーティの企画者、責任者は全て私と言う事にして」

「はい。良いんです。前日リハーサルをすべてオーナーに任せてしまう事、本当に申し訳ございません」

 

 

きっと、まりなさんはもうガールズバンドパーティの事を知っていると思う。だからせめて、企画者だけは秘密にしておいて欲しい。まりなさんが純粋な気持ちで、夢を叶えて欲しい。

 

「……分かった。その代わり」

「はい。何でしょうか」

「ガールズバンドパーティ当日、結城はステージスタッフをしてもらう」

「え?リハーサル無しで急にステージスタッフを、ですか?」

「結城ならぶっつけ本番でも出来るだろう。それに月島とは入り時間をずらすから。本当の企画者なのだから誰よりも近くでライブを見ると良い」

「ありがとうございます」

 

本当にオーナーには頭が上がらない。俺は幸せ者なのかもしれない。この半年間は俺にとってかけがえのない宝になるような気がした。本当に俺には勿体無い。

 

その後オーナーとの電話を終え、FAXでポスターを送る。

送られた事を確認した俺は軽くお風呂に入り、買ってきた発泡酒を飲みながらギターの手入れを行う。そのまま基礎練習を一時間ほど行い、気のままギターを弾いた。

 

基礎練習を一時間行ったのは久しぶりだ。いつもは三十分ぐらいだから。最近弾いていないせいで指がまごついたのだ。

 

途中アンプに繋ぎたくなりギターを接続し、近所迷惑防止の為に変換を用いてイヤホンでアンプ音を聞こえるようにした。耳元で聞こえるギターサウンドに気分が良くなり、調子に乗ってエフェクターを繋いで弾いた。

 

 

ギターに集中していて、気が付いたら日付が変わっていた。明日は確か、湊さんに練習を見に来てほしいって頼まれていた。朝からって言っていたから少し早めに寝ようかな。

 

アンプの電源を落とし、ギターのチューニングを半音ぐらい下げてからスタンドに立て掛ける。半音下げる理由は、ギターのネックが反らないようにするため。諸説あるし、賛否両論あるから正しいかどうかなんて分からないけれど。

 

部屋を暗くして携帯電話を充電器に刺しこむ。

暗いからかもしれないが、携帯の待ち受け画面がやたらとまぶしい。

 

前の俺ならばまぶしくて目をそらしていたけれど、今は見れる。

まりなさんの笑顔を見てドキッとする。

 

 

イベント企画の理由は今まで散々言ってきたけれど、一言で言うならばこの気持ちがあったからなんだろうなって待ち受け画面を見ながら思った。

 

 

 

 

十一月二十三日。ガールズバンドパーティ開催まであと一日と迫った。

 

出演者のみんなは今頃CiRCLEでリハーサルを行っていると思う。リハーサル途中にもかかわらず、香澄ちゃんが電話を掛けてきて「拓斗さん寝坊ですか?」なんて言われた。今日はオーナーの言う事をちゃんと聞いて良い子にしておくんだよって返すと「拓斗さんが意地悪するーっ!」なんて言って一方的に電話が切られた。

 

 

俺は今、外を歩いている。

本当は明日に備えて各バンドのセットリストを見ながら想像で予行練習をするのが正解なのだけれど、外を歩きたいって思った。

 

半年間色々あった。その軌跡を辿りたいって思った。

 

そう思い、最初に来たのはCiRCLE。何もかもが始まった場所。今はリハーサル中だから外なら誰にも会わないしこっそり来てみた。実に二か月ぶり。

ここでまりなさんと面接をしたっけ。今でもまりなさんのきれいで、熱いまなざしを覚えている。

 

なんて感慨にふけっていると、頭に衝撃が走った。

 

「痛っ!」

 

もしかしたら香澄ちゃんか誰かに見つかったのかもしれない。けれど頭を叩くなんてやはり最近の女子高生は怖い。

 

「ちーくん!今までどこに行ってたの!」

「あ、お久しぶりです」

 

どうやらカフェの店員さんが俺の頭を叩いたらしい。もう少し手加減してくれても良いんじゃないかって言うまなざしで彼女を見た。

 

「最近ちーくんが来ないから心配したんだよ?それにチョココロネが大量に余るし!」

 

そう言えば俺がCiRCLEで働き始めてからチョココロネを多く入荷したって言ってたな。やっぱり店員さんと話すのは楽しい。ここまで来てよかったと思う。

 

「あの、その事でなんですけど。明日で、俺ここ辞めるんです」

「えっ……うそ……」

 

店員さんは目を大きく見開いている。その後店員さんは少し涙を目に浮かべた。何だか、まりなさんを傷つけたあの時を思い出す。あなたが泣く必要なんて無いのに。

 

「近くで……働くの?」

「今は考えていますが、隣県で働くつもりですので住む場所も変えると思います」

「そっか」

 

以前の俺なら、どうする事も出来なかったと思うけれど、今なら少しは声を掛けられる。しっかりと店員さんの目を見て。

 

「また必ず来ますから」

「約束だよ!」

 

店員さんはまざさしをこちらに力強く向ける。おまけに店員さんは両手で俺の右手を握るものだから驚く。

 

「約束しますよ」

「うん!……ごめんね、もうちーくんに会えなくなると思って……」

「大袈裟ですよ。毎週でも来ますから」

「じゃ、ちーくんの旅路を祝ってチョココロネサービスするから持って帰ってね!」

 

と言って大量のチョココロネが入った袋を渡してきた。この量はダメだろうって思っていたけれど、店員さんは笑顔だし良いか。毎日十個は食べないとな。

 

「これ、余ったチョココロネですよね。ありがたくいただきますけど」

「余りじゃないよー!……明日、ちーくんの最後の仕事、頑張ってね」

「ありがとうございます」

 

 

 

次に向かったのは商店街。

一度有給をとってここに来たっけ。たしかカフェの店員さんに場所を教えてもらって来た気がする。

 

「お店に入ったら沙綾ちゃんがいて驚いたんだよな」

 

やまぶきベーカリーの近くに着く。流石にこれ以上パンを買うわけにはいかないけれど、良くここに来た。初めて来た時、後ろからまりなさんに肩を掴まれたのは本当に驚いたよな。何でここにいるんだって。

 

「そして、沙綾ちゃんと待ち合わせて公園で話をしたな」

 

そして、ガールズバンドパーティの事を内緒にしてってお願いした。なぜ沙綾ちゃんがその事について聞いて来たのかなんて分からないけれど、訳の分からない事をグダグダ話した。

……羽沢珈琲店ではみんなにジト目で見られた。

 

 

 

CiRCLEの近くにあって、機材購入でお世話になった江戸川楽器店。

何度も来た事あるが、一番印象に残っているのは最後に行った時。すなわちあの会話、間接的にクビ宣言をされた日。

 

そう言えば自分のギターに使うか、それともまりなさんのギターに使うか悩んで結局自分の為にハードケースを買ったよな。使わずじまいでベッドに下に息を潜ませている。

 

明日、こっそりハードケースをCiRCLEの物置に置いて帰ろうかな。使わずじまいなら、使ってあげた方がハードケースも喜ぶだろう。

丁度楽器店にいるんだ。湿度調整剤を買ってハードケースに入れておこう。

 

 

 

 

色々回って、自宅に着いた。日も暮れているんだから結構歩いたのかもしれない。ここは俺が住んでいるアパートだけれど、思い出がたくさんある。

 

CiRCLEでのライブイベントが終わったら決まってここで打ち上げをしていた。二人で。今伏せられている写真立ての写真も、今の俺の携帯の待ち受け画面の写真も、ここで撮った。同じ写真だって言うツッコミはしてはいけない。

 

いつもまりなさんがアルコール飲料をこれでもかっていうほど買って、ひどい時は酔いつぶれてしまう。ライブイベント前の部屋の掃除と、天然水の補充は俺の日課だった。

 

あの楽しい打ち上げがいつでもできるんだって思っていたけれど、終わりは突然来たんだ。原因を作ったのは俺だ。だけどもう一度、打ち上げをまりなさんとしたいな。

 

「♪~」

 

あ、電話だ。

 

「もしもし。」

「結城か?私だ」

「あ、オーナー。お疲れさまです」

「明日、朝の九時にCiRCLEに集合だ」

「分かりました。わざわざお電話していただきありがとうございます」

 

明日の朝九時か。確か十九時に開始だったからかなり早めだな。その時にしっかりセットリストと機材を照らし合わせよう。

 

「結城」

「はい」

「良いライブイベントになりそうだな」

「それは明日にならないと分からないですね」

 

 

ベランダに出る。

夜の冷たい風にあたりながら、真っ暗な空を見上げる。

今日はたくさんの思い出に触れながら、一日を過ごした。思い出に浸っていると、ある事に気がついた。

 

思い出の全てに、まりなさんが関わっていたんだ。楽しい思い出が多くて、思い出しても口元が緩む。

 

 

明日はまりなさんに、恩返しをしよう。そしてお礼の気持ちを込めて、ガールズバンドパーティをまりなさんに届けよう。

 

曇っていて全く見えない月に、そう誓った。

雲の奥では力強く光を照らす月があった。

 

 




@komugikonana

次話は11月8日(木)の22:00に投稿予定です。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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なんとこの小説のお気に入り数が200を越えました!これも読者のみなさんのお陰です。本当にありがとうございます!
これからもこの作品の事、よろしくお願いします。

今日の23時に次回作のタイトルをTwitterに公開します!気になる方はぜひチェックしてくださいね。
現在、次回作の終盤を書いているのですが……感情移入しながら書いているとつい泣いちゃいました(笑)作者は涙腺弱い系男子ですので(笑)

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第26話

 

いつもライブイベントの時に着ていく黒いポロシャツをかばんの中にしまう。

鏡に前に立つ。そしてヘアワックスをつけてスプレーで固める。準備は出来た。

かばんとハードケースを手に持ち、あの場所に向かう。

 

 

二ヶ月ぶりにこの時間に向かう。半年ぐらい通っていたのに、何だか慣れない土地を歩いているように感じる。なんだかむずがゆい。

 

「おはよう、結城。早かったな」

「おはようございます、オーナー。今日はよろしくお願いします」

 

集合時間より二十分も早いけれど、オーナーとCiRCLEに入る。ここに入るのも二か月ぶりで懐かしい気分だ。緊張もあってそわそわする。

 

「何そわそわしてんだ。月島は十五時まで来ないから安心しろ」

「え、そうなんですか」

「十四時に出演者が入る。それまでにステージに行って確認して来い」

「わ、分かりました」

 

持ってきたハードケースをステージ袖に置き、機材チェックとセットリストを確認する。MIXバンドの時は大幅に機材の配置が変更になりそうだ。少し頭で整理をしておく。今日のPAはオーナーが担当する。後で無線も問題なく使えるかチェックしておこう。

 

徐々に緊張を解いていき、ふとステージ全体を見るときれいな装飾が施されておりパーティ会場のように感じる。自分で企画しておいてなんだけれど、俺も演奏がしたい気分になる。

 

セットリストを頭に入れて準備が整ったのでそっとかばんからポロシャツを取り出し着替える。この時期半袖は寒いから中に長袖のインナーシャツを着た。

その後オーナーと詳細の確認を行い、軽く二人でリハーサルを行う。

 

リハーサル後、オーナーに誘われお昼を食べながら十四時になるのを待った。

 

 

オーナー曰く出演者全員が楽屋に入ったらしいので、かばんを持って彼女たちのもとへ向かう。彼女たちに渡したいものがあるから。

 

ノックをする。中から「どうぞ」と声がかかったのでドアを開ける。

 

「皆さん、おはようございます」

「拓斗さんだーっ!」

 

今回の控室は一部屋しか解放していないから大分狭いけれど、合同ミーティングが出来たり勝手が良いと思い、一部屋にした。

 

「皆さんに渡したいものがあります」

 

かばんを床に置いて渡したいものを取り出す。それは。

 

「皆さん二十五人分のお揃いのシャツを作っておきました。事前に洗ってあるのでこのまま着て演奏してもらえると嬉しいです」

 

そう、彼女たちにお揃いのシャツを用意した。オリジナルのシャツを作ってくれる店が花咲川女子学園の近くにあって、お願いした。

洗濯は俺の家で行ったから一度にこの量が干せないから、そりゃもう大変だった。

 

「それでは、本日はよろしくお願いします」

 

そう言って楽屋を出ようとしたけれど、香澄ちゃんに「待ってください!」と言われ振り返ると二十五人みんなが、

 

「ありがとうございます!!」

 

と言うから、照れくさくなって右頬を掻きながら頭を下げることしか出来なかった。

 

 

楽屋を出るとすぐ近くにオーナーが立っていた。

「なんだ?女子高生にお礼を言われたら照れるのか?」

「……なんでいるんですか」

 

オーナーは必死に笑いを堪えている。すごく恥ずかしいところを見られた。そりゃあんなにかわいい女子高生が二十五人集まってお礼を言われれば恥ずかしくなるだろう。なるよね?

 

「恥ずかしくならないだろう。……まさか今まで一度も彼女を」

「それ以上、言わないでください」

 

凄く惨めになってきた。この年で一回も彼女が出来た事の無い野郎なんて結構いるだろ?逆に何回も付き合った事のある奴の方がおかしい。女性を何だと思っているんだ。

 

「どうでも良い事は置いといて本題に行くぞ」

「どうでも良いんですか……」

「結城、お前は今日、ステージ袖で演奏を見るだけで良いぞ」

 

はい?ステージスタッフしろって言われたし、そのためにいるんだけれど。

 

「どういう事ですか?」

「出演者に出来るだけ自分たちでセッティングしろと伝えてある。お前は緊急事態用だ」

「そんな滅茶苦茶な事して良いんですか」

 

出演をお願いしておいて、自分たちでセッティングしろってライブハウスとして終わってるような気がする。

 

「今回ばかりはみんな了解してくれた。企画者として近くで見て、お前の目的を達成しろ」

「え?」

「年食えばだいたい分かるんだよ。その代わり、私が無線入れたらしっかり動け。いいな?」

「はい!」

 

何だかすごく横暴なやり方だけれど、今回はありがたい。まりなさんに一度も見られる事無くイベントを終わらせられるから。全部オーナーは分かっていて、気を使ってくれたのだろう。

 

 

 

入場が始まる。受付はまりなさんがやっているらしい。俺はステージ袖でお客さんがどれくらい来ているかこっそり見る。

まだ入場している途中なのに、今まで行ってきたライブイベントよりも大勢のお客さんが既に来ている。まりなさんは大変そうだな……頑張ってください。

 

携帯の時計を見ると、開演時間の三十分前を表示している。もうすぐトップバッターが準備しに来るはずだ。えっとトップバッターは……。

 

「拓斗さんの携帯の待ち受け画像女の人とツーショットだ!いいなーっ」

「うわっ!」

「香澄、人の携帯勝手に見ちゃダメだよ?」

 

香澄ちゃんに見られてしまった。しかも中々大きな声で。女子高だから恋愛系はがっついてくるのかもしれない。沙綾ちゃんもっとちゃんと叱って!

 

「急にびっくりしたよ香澄ちゃん。調子はどう?」

「それはもうばっちりですよーっ!」

 

調子がばっちりなら良かった。今回もかなり期待しているから頑張ってね!

……有咲ちゃんが「うわっ。露骨に話題替えたなー」って言うのが聞こえてかなりメンタルにダメージを受けた。

 

もうすぐガールズバンドパーティが始まる。ポピパのみんなも真剣な顔になる。

 

「拓斗さん!私たちと円陣組んでみませんかっ!?」

「え?俺も?……まぁいいけど」

「拓斗さん。掛け声お願いします」

「分かった。……もう出番だね。トップバッターらしく盛り上げて来い!」

「「「「「「ポピパ!ピポパ!ポピパパ!ピポパー!」」」」」」

 

そう言ってステージに飛び出していった。

初めて会った時はまだ「バンドを組んですぐです!」みたいな初々しい感じだったけれど、成長スピードが早い。安心して見られる。

 

「みなさーん!こんにちはーっ!Poppin’Partyです!」

 

演奏が始まる。まだ技術面なんてまだまだだし、粗さも目立つ。

だけれど、彼女たちの音楽は聴いている人達の心に響く。歌詞に、演奏に感情がこもっているからもっと聴いていたいってなる。そして何より楽しい気持ちになる。これが出来るバンドが成功する。

 

良いバンドになったね。

 

「結城さん」

 

後ろから声が聞こえたから振り向くと、そこには湊さんがいた。出番はもう少し後なのに。

 

「結城さんが言っていた私たちに足りないもの、分かったわ」

「そっか。ますます良いバンドになるね」

「頂点を目指しているもの。当然よ。……ありがとう、結城さん。私たちの今後も見ていて」

「もちろん。俺の注目バンドだから」

 

湊さんは流石だ。

Roseliaはミスなんてほとんどしない、忠実な音楽。それは悪く言うとCD音源みたいに感じてしまう。だから、色んな音楽、色んなバンドを見て欲しい。バラードでも、クラシックでも。色々な音楽観を手に入れられれば、アレンジも、弾き方も、感情も、歌い方にもバリエーションが増える。つまり表現力が磨かれる。だから色々なジャンルを一流レベルで演奏できるんだ。

一発屋のアーティストは同じ曲調しか出来ないんだ。だから、売れない。

君たちにはそうなってほしくないから。

 

これは五バンド全てに言えること。多分、全バンドが気づいただろう。

五バンドとも今後が楽しみだ。

 

 

「次で最後の曲になります」

「バンドの垣根を越えて、私たちで作った曲です」

 

「「「「「聴いてください」」」」」

 

クインティプル☆すまいる

 

各バンドのボーカルたちで歌うMIXバンド。

一番のAメロで感じる。やっぱり気づいていたんだねって。

途中から、視界が霞んできた。彼女たちが作った詞で大人が泣いてしまうなんて思わなかった。

彼女たちの歌詞が心に響く。そしてガールズバンドパーティを企画し始めた頃から今までの思い出がフラッシュバックした。

 

まりなさんにひどい事を言って、自らの過ちに気づいて。

イベントを企画して、素敵なバンドたちに出会って。

オリジナルTシャツを作って、素晴らしいステージが出来て。

 

 

彼女たちも俺に大切なものを教えてくれたのかもしれない。

何度失敗してしまっても、出来損ないの人間なんていない。みんな素敵なんだって。

 

 

ステージ袖でこそっと観客の方を見る。

視界が霞んでいるから上手く見えないけれど、まりなさんを見つけた。

まりなさんのその素敵な笑顔に、幸せが来ますように。

 

オーナーが無線でつぶやいた。

 

「よくやったな、結城」

 

 

 

ありがとうございます。オーナー。

ありがとう、みんな。

 

俺はみんなに出会えて、良かった。

 

 

 

 

ガールズバンドパーティは特にトラブルも無く、無事に終わった。あの後もアンコールがあったりで俺が知っている中で、一番のライブイベントになったんじゃないかなと思う。観客全員が楽しく過ごしてくれたのではないだろうか。

 

現在、俺はさっきまで活気のあったステージを一人で観客サイドから見ている。余韻に浸っているところだ。

オーナーは出演者の楽屋に向かった。各バンドに今日のお礼と総評を伝えている。まりなさんは客出しして、終わったら楽屋に行くと思う。

 

「♪~」

電話の音が静かに響く

 

「結城!今日のライブは大成功だな!音楽関係者の方もいつもの倍以上来てくださった」

「これもオーナーのおかげです」

「嫌に謙虚だな。それよりだ、結城」

「はい」

「お前の去就、この後じっくり考えろ」

「あの……。もう決めてるんですけど」

「いいから考えろ。今日中で無くても良いから。それとまだライブ会場にいるのか?」

「はい、まだいますよ。もうすぐ帰りますけど」

 

 

後ろのドアがゆっくり開いた音がした。

そして、足音がだんだん近づいているような気がする。

 

「結城にどうしても話がしたい人がいるんだ。もうすぐ着くだろうから。じゃあな」

 

電話が切れた。

俺はゆっくりと後ろを向いた。

そこには自分から傷つけておいて、そのくせ会いたいのに避け続けてきた人がいた。

 

 

 

 

「結城君」

 

 




@komugikonana

次話は11月9日(金)の22:00に投稿予定です。
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またこの作品に評価8と言う高評価をつけていただきました Siroapさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

今回のお話は2話分を1話に凝縮致しましたので少し長くなっております。
みなさん、長らくお待たせしました。次話に「あの人」が登場します。そしてクライマックスを迎えます。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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第27話

 

「結城君」

 

俺はゆっくりと後ろを向いた。

そこには、神妙な顔をしたまりなさんがいた。

 

俺はなんて言えば良いか分からなかった。本当は以前のように楽しく話したい。だけれど彼女を傷つけた時の顔が、セリフが、頭から離れてくれない。

「君の顔なんてもう見たくない!!もう二度と来ないで!!」って言葉。

 

だから、出来る限り顔を伏せて話しかける。

 

「……今日のライブイベント、良かったですね」

「そうだね」

「あのイベント企画したのってオーナーらしいですね。感動しました」

 

そう言って俺は歩を進める。そのまま帰ろうと思った。

 

「またCiRCLEに来ちゃってすみません。もう帰りますので」

 

まりなさんは俺なんて見たくないって思っているのに。これ以上まりなさんを傷つけたくない。

本当はこんな事言いたくないし、謝りたい。それなのに臆病な俺は開きたいと願っている口を無理矢理抑え込んだ。

 

けれど、俺の右手が後ろに引かれた。

 

「待って!結城君!」

 

俺はそのまま前を向いたまま、まりなさんの声に耳を傾ける。

まりなさんの震えた声が胸をチクチクさせる。掴まれた右手からも震えを感じ取れる。

 

「ガールズバンドパーティ。企画したのって本当は結城君だよね」

「……違いますよ」

「もう隠さなくて良いよ。オーナーとポピパのみんなから……聞いたから」

 

俺は目を大きく見開いた。

だからあの時、沙綾ちゃんは公園でまりなさんの事を聞いてきたんだ。内緒にしておいてってお願いしたのだけれど、多分タイミングが遅かったのだろう。

 

「企画した目的までは知らないけど……。本当に良いイベントだったよ」

「そうですか。俺も大成功でほっとしてますよ」

「ねぇ、結城君。こっち向いて?君と顔を見て話したい」

 

ゆっくりと振り向いた。同時に驚いた。なんで……

まりなさんの目から涙が溢れて、こぼれていたから。

そして、まりなさんは俺の胸に飛び込んできたのだから。

 

 

「ごめん、なさい結城君。うっ、うっ、……ごめんなさい」

「ちょ、ちょっとまりなさん!どうしたんですか」

 

正直思考が追いつかない。どうしてまりなさんが泣いていて、抱き着いて来たのか。

全部、俺が悪いのに。

 

「君につらい思いをさせたから」

「あれは俺が悪いんですよ。クビになるのも当然です。ですから、泣かないでください」

「違うの!あれは……私の、勘違い、で。うっ、うっ、結城君に他の場所で、研修させるって、意味だって」

 

頭が真っ白になる。あのクビ宣言がまりなさんの勘違いだったとしたら、俺が勝手に被害妄想しただけ。ろくに真相を聞かずに人の話を聞かなかった俺のミスじゃないか。

 

「それなのに!私がきちんと君に伝えていれば、こんな事にはならなかった!君につらい思いをさせなくて済んだ!」

 

まりなさんの嗚咽がひどくなる。こんな状態なのに、俺は彼女に何もしてあげられない。そんな自分が、嫌だ。

 

生意気かもしれないけれど、まりなさんの目からこぼれる涙を優しく指でふき取る。

 

「私、結城君がいなくなって寂しかった。謝る為に何回か、君の家の前まで行ったけど君に会えなくて、このまま君がっ!消えちゃってもう二度と会えなくなると思った。それが、怖かった!」

 

待って。それじゃあ、俺は。

大家さんが見た女性がまりなさんだとしたら、俺はまた、まりなさんを傷つけたんじゃないか。

……何やってるんだよ!

 

「オーナーに君が最後のお願いで、イベントを、企画しているって、聞いて、私……君に見捨てられちゃったって、思った。だから!最後に、君に、会いたかった」

 

まりなさんを強く抱きしめた。

 

「だから……だからぁ」

「このイベント、まりなさんがいつまでも、ずっと笑っていてほしいから、企画したんです」

「えっ?」

「今まで、俺に楽しい時間をたくさんくれたまりなさんに感謝の気持ちを伝えたくて企画したんです。企画者を秘密にしたのは、まりなさんにひどい事しておいて『何を今更』って思われたくなかったからです」

「そんな事っ、絶対に思わないよ!」

「まりなさんを見捨てるどころか、毎日まりなさんの事考えていたぐらいですよ?」

「うんっ、うんっ」

「だけれど、俺の行動がずっとまりなさんを苦しめていたんですよね。……。まりなさん、たくさん傷つけて、心配させて、ごめんなさい」

「っ!私も、ごめんなさい!」

 

ううっ……うわぁあああ、うう、うぅあああ――――――――

 

 

まりなさんは泣きながら謝って来る。「ごめんなさい、ごめんなさい」って。まりなさんはもう良いんですよ、謝らなくて。

その思いを乗せて、彼女を包み込む。

 

今回の俺の犯した罪の大きさを、実感しながら。

 

 

 

「落ち着きましたか?まりなさん」

「あとちょっとだけ、このままでいよ?」

 

まりなさんの涙の冷たさが俺の体温によって浄化され、温かさが満たされていく。

冷たいものと温かいものが合わさったら中間になる。プラスとマイナスを合わせるとゼロになるように。でもさ、この時ぐらいは常識なんて概念はぶっ壊してもいいだろ?

たまには非常識も悪くないから。

 

俺は、まりなさんに聞く。今回の目的は達成できたか。

 

「まりなさんの夢、叶いましたか?」

「結城君。私の夢、覚えていてくれてたの?」

「はい。『音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけてもらう』ことですよね」

「……。半分正解だね」

「半分?なんですか?」

「うん。私はその後に君の力を貸してって言ったよ?だからまだ半分。君と一緒に、音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけてもらう事が私の夢だよ?それとね」

 

 

 

 

 

 

「私は結城君の事が好き」

 

え?まりなさん……。

 

「人の為に動けて、いざと言う時には頼りになって、喧嘩して傷つけた相手なのに私の事を想って働きかけてくれる。そんな結城君が好き」

「俺で良いんですか?……まりなさんにひどい事もしたのに、そんな俺で良いんですか」

「うん。もちろんだよ」

「……。俺もまりなさんの事が好きです。暗闇にいた俺を、ぽかぽかと温かい場所に導いてくれた、まりなさんが好きです」

 

「ねぇ結城君。いや、拓斗君」

「何ですか?」

 

 

 

 

 

「もう、離れないで。ずっと一緒にいて」

 

 




@komugikonana

次話は11月10日(土)の22:00に投稿予定です。
次話はエピローグです。

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評価9と言う高評価をつけていただきました KATSU51さん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました 曇メガネさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました わるわるさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

では、次話までまったり待ってあげてください。





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エピローグ

 

エピローグ

 

 

「もうそろそろ勘弁してくださいよ」

 

肌寒さを感じるようになってきた季節、街は一足早くクリスマスムードを漂わせている。俺はとあるライブハウスで働いている。現在は昼休み中であり、お昼ご飯を選んでいるのだけれど。

 

「だーめ!ちーくんが嘘をついたんだから」

「ははは……」

 

どういう事なのかはちょっと昔にさかのぼる。

 

 

 

 

俺とまりなさんが付き合う事になったあの後、その場で俺はオーナーに電話をかけた。もちろん自分の意思でそのような行動をとった。胸元にいるまりなさんとずっと一緒にいたいと思ったから。そしてこれからも夢を持ち続けたかったから。

 

オーナーに仕事を続けたいと伝えたところ、彼は二つ返事で了承してくれた。さらに休職期間だったにも関わらず、通常通り給料を入れておいたと言われた。もちろん拒否はしたけれど、「九月から十一月の結城は他の場所で研修していたんだろ?」だって。

やっぱりオーナーには頭が上がらない。

そのままオーナーに誘われて、まりなさんと三人で居酒屋で打ち上げをしたけれど、朝まで家に帰してくれなかった。

 

 

そのような経緯でCiRCLEに復帰できた俺は翌日から働いた。そこに待っていたのはカフェの店員さん。彼女はオバケを見たような顔になって「なんでちーくんがいるの!?」と聞いてきたから、仕事復帰ですと伝える。

「じゃあ、ちーくんは嘘をついたんだね?……毎日ここでチョココロネを十個買ってくれたら許してあげる♪」

そんな嬉しそうな顔をされたら、俺の答えは一つしかないじゃないか。

 

 

 

 

「はい、お持ちどうさま!いつもの十個とミルクティーです!」

「ありがとうございます」

 

もうこの大きなお盆を持つのも慣れたもの。それよりも毎日十個食べても全く飽きないパンを作れるやまぶきベーカリーは天晴れなものだ。今日も千円札が無くなる。

 

「ふふっ。またたくさん買ったね」

「一つもあげませんよ?まりなさん」

 

本当はライブハウス内でご飯を食べるのはよろしく無いのだけれど、まりなさんから特例で許可が降りた。チョココロネをハムスターのように頬張る。

 

今、俺の右手には腕時計が戻ってきている。倉庫にあったのをまりなさんが見つけたらしい。戻ってきた時には見違えるほど明るくなっていた。まりなさんが黒くなった古い金属バンドを新しく変えてくれたのだ。

 

「拓斗君。一週間前のガールズバンドパーティが大好評でオーナーが第二弾を企画して欲しいって言ってたよ」

「オーナーに伝えておきます。ガールズバンドパーティは一年に何回も行いませんって」

 

ガールズバンドパーティが終わって今日でちょうど一週間が経過した。ガールズバンドパーティはCiRCLEの持つ経営記録を大幅に塗り替えたらしい。その影響でここ最近はCiRCLEの知名度が瞬く間に広がっていき、ガールズバンドと言えばCiRCLEとまで業界内ではささやかれているのだそうだ。

 

ちなみに情報ソースはオーナー。本当かどうかは知らない。

本当かどうかなんてどうでも良い。だって俺とまりなさんは、音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけてもらう為にライブイベントを行うのだから。

 

ガールズバンドパーティは俺に、大切なことを教えてくれた。

人を思いやる大切さ。力を合わせる重要さ。そして、今までの俺の愚かさ。

 

「拓斗君の企画、楽しみだなぁ」

「まりなさんも手伝ってくれないと、やる気出ないんですけど」

「ふふっ。拓斗君、言うようになったね」

 

だって事実ですから。

俺はまりなさんに大切なことを教えてもらえるきっかけをくれたのだから。

先輩として、恋人として。俺にとってあなたは欠かせない存在なんですよ。

 

「拓斗君。実は第二弾ガールズバンドパーティより先に頑張らなくちゃいけない事があるんだ」

「そうなんですか?」

「うん。ロッキンスターフェスって言うイベント」

「あぁ、全国各地のライブハウスが集まるイベントでしたっけ。聞いたことあります」

「そう!さすが拓斗君だね。私たち招待されてね」

「ありがたい話ですね」

「本当にね。それで相談があるんだけど……CiRCLE代表のバンドはどのバンドが良いかな?」

「まりなさん。俺の答えは決まってますよ。一バンドなら……。まりなさんも本当は決めているんですよね?」

「わ!流石私の彼氏だね。じゃあ、せーので一緒に言わない?外れたら罰ゲーム」

 

まりなさんはうきうきしている。罰ゲームは何にするかなんて決める必要は無い。だって外すわけが無いから。これで外したら笑いものだし、もうすでに店員さんの罰を受けているからダブルブッキングはシャレにならない。

 

 

「「せーの!」」

 

 

これからの人生、きっと山あり谷ありだと思う。俺の今までの人生もそうだった。だけれど、今の俺には何故か明るく見えるんだ。

 

月明かりに照らされて

 

「「……!!」」

 

 

 

 

俺は、今日も働く。

 

 

 




@komugikonana

次話は11月12日(月)の22:00に投稿予定です。
……終わりじゃないの?って思っている方も多いと思いますが、10月30日(21話)に月明かりの未公開情報をTwitterで開示しますって言って公開した情報ですが、Afterstory全7話を公開しますので、もう少しだけ続きます。RPGの裏ストーリーだと思ってください。「CiRCLING編」をお届けします。これが終われば完結です。

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では、次話までまったり待ってあげてください。


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Afterstory
Afterstory1


 

寒さが厳しくなる十二月。その月の最初の月曜日の昼、俺こと結城拓斗は自分の職場へと足を運ぶ。寒がりな俺はマフラーにカーキ色のチェスターコートとばっちりな防寒装備。

関係者出入り口の鍵を開けて、中に入る。

 

「おはようございます」

 

まぁ誰もいないけれど、一様挨拶は大事だ。ライブハウス関係者は朝から準備をしている人たちが多いから昼に入っても夜に入ってもおはようございますと言う。

……今日は何も用意してないから別に普通で良いのだけれど、癖だ。

 

暖房を思いっきり入れる。そしてコートをロッカーに掛けて、日課のフロア清掃を行う。特に休日など無い俺たちはこうして月曜日はお昼出勤だったりする。

 

さっと掃除と機材チェックを終えた俺はカフェに行き、いつもの十個とミルクティーを外とは対照的なライブハウス内で味わう。寒さの中、仕事をしている店員さんには満面の笑みを残して屋内に入ってやった。

 

「一個チョココロネもらうね」

「え!?あ、ちょっと」

 

後ろからひょいっと手が出てきてチョココロネが一つ無くなる。

 

「う~ん!美味しいね」

 

そう言って俺のチョココロネを食べているのは、月島まりなさん。俺が働いているライブハウスCiRCLEの先輩スタッフであり、俺の大事な彼女。

 

「おはよう。拓斗君」

「おはようございます。まりなさん」

 

 

ガールズバンドパーティが終わって一週間と何日か経った。その時に俺とまりなさんは恋人になったのだけれど、俺は呼び方をまりなさんのまま変えていないのは関係が変わっても先輩だと思っているから。まりなさんには「オフの時ぐらい呼び捨てで呼んで?」と良く言われるが、今は仕事でなくてもまりなさんと呼んでいる。

 

 

「拓斗君。あの子たちいつ頃来るって言ってた?」

「えっと、四時半って言ってましたよ」

 

今日は俺たちCiRCLE側からあるバンドを呼びだしている。

理由としてはロッキンスターフェスの出演をオファーするため。ロッキンスターフェスっていうのは、全国のライブハウスが集まってあんな事やこんな事など凄い事をするイベント。

 

「でも四時半って結構急がないとしんどいよね?」

「まりなさん。もう想像がついています」

 

絶対に走って来るだろう。まりなさんも「あの子たちらしくて良いね」ってクスクス笑っていた。

俺もそうだな、と思いながら残りのチョココロネをリスがドングリを食べているような感じで食べた。

 

「それじゃあ、それまでの間に……」

 

まりなさんがチョココロネを食べ終えた俺の方に近づいてきた。

ま、まさか。こんな真昼に……。た、確かに今日のお昼はスタジオの予約が無いけれど。でも、誰かに気づかれるかもしれないって緊張しながらというのも良いのか。「拓斗君のドラムスティック、ちょうだい?」とか言われて……。あるかもしれない!

 

「買い出しに行ってきて。拓斗君」

 

 

無かったです。

 

 

 

江戸川楽器店で機材購入を終え、使えない物を処分するなり家に持ち帰る用にかばんに入れたりしていると、四時二十分になっていた。そろそろあの子たちが来ると思うので受付の方に向かう。

まりなさんと雑談をしていると、入り口のドアが大きな音をたてて開いた。

 

「こんにちはーっ!」

「いらっしゃーい!待ってたよ」

「こんにちは。香澄ちゃん」

 

入ってきたのは猫耳をつけたような髪形の女子高生、戸山香澄ちゃん。俺たちが待っていたバンドは香澄ちゃんたちが組んでいるバンド、Poppin’Party。

案の定、来たのは香澄ちゃん一人。俺とまりなさんはニコニコしながら他のメンバーの到着を待つ。香澄ちゃんたちに会うのも、あのライブイベントぶり。

 

「ちょっと香澄……走るの速すぎだって……」

 

しばらくして沙綾ちゃん、おたえちゃんにりみちゃんが入って来る。みんな大分息が荒いから本当に走って来たんだな。……あれ?一人足りない。

 

「……はぁはぁ……ふぅ」

 

ありゃ、有咲ちゃんが相当疲れている。結局この後のやり取りも変わらなくて、俺は声を出して笑った。やっぱり、こうじゃないと。

どうやら走ってきた理由は香澄ちゃんの補習が原因らしい。仕方無いな。補習が悪い。

 

「まりなさんたちが私たちを呼び出すって……何かありました?」

「まさか、香澄がまたなんかやらかしちゃった……とか?」

 

沙綾ちゃんと有咲ちゃんが言う。

 

またと言うのには理由がある。ギターアンプを一個壊してしまったり、香澄ちゃんがテンション上がってマイクスタンドを振り回していたら、角が当たって鏡を割ってしまったり。

 

安心して欲しいのはCiRCLEの方針で、壊したお金はバンドから徴収しない事になっている。子が壊したものを親が払うようなもので、すべてCiRCLEが負担する。

……その後決まって俺の通帳から十万単位でお金が消えていたこともあるけど、そこには触れないでおこう。

 

有咲ちゃんが言った言葉に反応した俺は少しその発言に乗ってみる。

 

「香澄ちゃん、心当たりあるよね?」

「え!?えぇぇ!?どうしよ、心当たり無いよ~」

 

あたふたする香澄ちゃんが何だかかわいい。今まで遊んでいたネコジャラシを届かないところに置かれた子猫のような感じ。

 

「もう!拓斗君。意地悪したらダメでしょ」

 

まりなさんがその言葉を発言した瞬間、ポピパのみんなの顔がまりなさんの方に向く。うん。何だか嫌な予感がする。

 

「まりなさん今、拓斗君って名前で呼んだよっ!」

「そーいや前までは結城君だったからな」

 

香澄ちゃんが大声で聞くし、有咲ちゃんは核心を突いた。

まぁまりなさんも大人だしさらっと笑顔で誤魔かしそうだと思ってまりなさんの方を見た。

 

そこには

 

 

 

 

 

顔を真っ赤にしたまりなさんがいた。

 

 




@komugikonana

次話は11月14日(水)の22:00に投稿予定です。

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評価10と言う最高評価をつけていただきました 這いよる脳筋さん!
同じく評価10と言う最高評価をつけていただきました なお丸さん!
同じく評価10と言う最高評価をつけていただきました C18H27NO3さん!
評価9と言う高評価をつけていただきました レオパルドさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました 夜刀神@soraさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました ニャンコ先生さん!
評価8と言う高評価をつけていただきました TAROHさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

拓斗君の飲み物がミルクティーに変化していますねって感想を複数いただきました!飲み物はこの作品では拓斗君の心情を表しているんですけど、気づいてくれる方が多くいらっしゃって感無量です!

では、次話までまったり待ってあげてください。



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Afterstory2

 

「え!?う、その……」

 

顔を真っ赤にしたまりなさんがちらちらと俺の方を見る。そのかわいらしい行動にポピパのみんなは興味津々になっている。おたえちゃんは何を考えているか分からないような表情をしているけれど。

 

「俺とまりなさんは付き合ってるよ。恋人同士」

 

そういうと「きゃー!」と黄色い歓声があがる。まりなさんは相変わらずな顔色で軽くみんなに会釈をしていた。何だか親に結婚相手を紹介しているみたいだ。

これ以上はまりなさんがかわいそうだし、本題に入る。

 

「さて、本題に入るよ。ここにポピパのみんなを呼んだのには理由があるんだ」

 

ポピパのみんなの雰囲気が真面目なものに変わる。

 

「今度全国各地のライブハウスが集まって開催されるイベントがあるんだ。各ライブハウスがブースを出して物販したり、ライブハウスの代表がライブしたりするイベント」

「あ、私そのイベント知ってるかも。確か、ロッキンスターフェスとかって言う……」

 

どうやらおたえちゃんは知っているようだ。結構おたえちゃんってこういう音楽の知識が豊富なところがある。それにイベントを知っているなら、話が早いな。

 

「実は、俺とまりなさんで決めたんだけど、君たちPoppin’Partyに手伝ってもらいたいと思っているんだ」

「分かりました!もちろんやらせてもらいます!ね?いいよね、みんな!?」

 

香澄ちゃんはすぐに参加を表明してくれた。

ただ、みんなは違う風に解釈しているみたいだ。沙綾ちゃんも「お店の手伝いでそういうのは慣れてる」と言っている。残念だけど、俺たちはポピパのみんなに物販の手伝いを依頼する為に呼んだわけでは無い。

 

俺とまりなさんは目を合わせる。そしてまりなさんが口を開く。俺たちがポピパを呼んだ理由。それは、

 

「ポピパのみんなには、CiRCLEの代表バンドとして、イベントのステージでライブをしてもらいたいと思ってるの」

「わ、私たちが……CiRCLEの代表バンドとしてっ!?あ、あの、私たちよりたくさん上手なバンドもありますよね?私たちで良いんですか?」

 

意外だった。てっきり香澄ちゃんの事だから「やりますっ!」って言うと思っていた。他のみんなも責任を感じているのか、重たい空気が流れる。おたえちゃんは何やらみんなと違った雰囲気を出している。

 

多分だけれど、おたえちゃんはイベントに出たいと思っている。それが分かったならどう行動するか。おたえちゃんの夢を叶えられるように手伝う事だ。

そんな感情、以前の俺には無かったけれど、今なら気づけるし、行動できる。

 

「もちろんだよ。俺とまりなさんが決めたんだから、胸を張ってくれたら良いよ。君たちは良いバンドなんだから」

「あ、ありがとうございます!拓斗さん、まりなさんっ!」

 

俺は最後にちらっとおたえちゃんの方を見る。大丈夫。君なら叶えられるよ。

 

「やります!私、あそこでライブやりたい!」

 

 

 

 

 

 

夜の九時。機材チェックを終えた俺は、フロア清掃に勤しむ。

あの後、ロッキンスターフェスの詳細をポピパのみんなに伝えた。そしてまりなさんの「新曲をやってみたらどうかな?」と言う提案に賛成らしく、彼女たちは有咲ちゃんの家に向かっていった。

 

今日はポピパのみんなの参加が正式に決まった。これから忙しくなりそうだ。

 

「ね、拓斗君」

「はい?」

 

大きく伸びをしていると、背後からまりなさんが声をかけてきた。振り向くと、にこにこ顔のまりなさんが立っている。

 

「ブースとか物販の事を拓斗君の家で決めない?飲みながら」

 

 

 

「拓斗君の家って久しぶり~。おじゃましま~す」

 

まりなさんは慣れた雰囲気で部屋に入っていく。今日は打ち上げでは無いからアルコール類は控えめ……のはずなのだけれど、俺が持っているレジ袋はちぎれてしまいそうだ。

そのままアルコール類を数本だけ手に持ち、残りは冷蔵庫に入れる。ついでに天然水も。

 

 

「拓斗君。何か思いついた事があったらどんどん言ってね!」

「あ、じゃあ、いいですか?」

 

ビールを飲みながら聞いてくる。

思いついた事ならある。イベント関係では無いけれど。まぁ仕事ではないしこれくらいは聞きたいし、聞いておきたい。

 

「まりなさんって恋愛関係に関しては初心なんですね」

「ゲホッゲホッ!」

 

あ、まりなさんがむせた。顔を真っ赤にさせながら涙目でこちらをにらんでくる。もしかしたらまりなさんって精神年齢が中学生で止まっているのかもしれない。

 

「ひどいよ拓斗君!」

「変な事聞いてすみませんでした。イベントに話を戻しましょう」

 

このままアルコールを大量摂取されるとまた徹夜になってしまうし明日も仕事なのだからそのような事は避けたい。まりなさんは「もう……」と言いながら姿勢を正す。

 

「でも拓斗君は初めての恋人だし、大事な人なんだから照れちゃうよ……」

 

何だか俺の顔がやけに熱くなってくる。涙目で尚且つ上目遣いなんて反則だろう。

にやにや顔のまりなさんに「顔が真っ赤だよ~」って言われ、お酒を飲んで誤魔化す。

 

 

どうやら仲良く二人とも、恋愛に関しては初心らしい。

 

 




@komugikonana

次話は11月16日(金)の22:00に投稿予定です。
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評価10と言う最高評価をつけていただきました ぶたまん茶葉さん!
評価9と言う高評価をつけていただきました シフォンケーキさん!
同じく評価9と言う高評価をつけていただきました 九条ユウキさん!
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!

明日の22時にTwitterで次回作「僕と、君と、歩く道」の本文の一部を公開しようと思っていますので気になる方はぜひチェックしてくださいね。
作者ページからすぐ飛べますよ!

では、次話までまったり待ってあげてください。



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Afterstory3

 

まだ夜にもなっていないのにそこら中に若い男女が手やら腕やらにくっついて歩く姿を多く見る。それもそのはずで、今日は十二月二十五日。

そんな街中に幸せオーラが漂っている中、俺は忙しく足を動かす。まだ今日はマシだ。昨日なんて俺の目の前でキスしたカップルを何組も見たし、夜の街へと消えていくカップルも見た。少しは自重して欲しい。

 

俺は今日もロッキンスターフェスの準備に取り掛かっている。まりなさんが物販するグッズをデザインまでしてくれた。ステッカーやキーホルダーだけでなく、タオルやTシャツまで。

ちなみに俺もデザインを手伝ったのだけれど、自分からその役割を退いた。俺に絵心は無いし、デザインなんてもっての外。まりなさんは「わ、私は好きなデザインだけどなー……」とフォローしてくれたが、まりなさんの声も震えていたので彼女に任せた。

 

そして出来たデザイン案をお店の方に直接出しに行ったり、電話で話した後にFAXで送ったりを俺が担当している。

 

今日はブースで用いる細かい物を購入している。例えば文房具とかで、テープやハサミなんかも一様買っておいた。ペン類は以外にあるのだけれど、テープとかって意外となかったりする。

そのままCiRCLEに戻ろうと思いながら歩いていると。

 

「おっ」

 

何か良さげなお店を見つけ、そのまま入店した。

 

 

 

 

「おかえり、拓斗君」

「お疲れさまです。まりなさん」

「帰ってきて早々ごめんなんだけど、ポピパのみんなが練習見て欲しいって言ってたよ」

「分かりました。覗いてきますね」

 

ロッカーにチェスターコートとお店で買った物を入れ、文房具類をまりなさんに渡してから、併設スタジオに向かう。

音が鳴り終わった事を確認し、ノックをする。

 

「練習お疲れさま、みんな」

「「「「「お疲れさまです!」」」」」

 

 

まだ三週間ちょっとしか経っていないのに新曲が出来ており、感想を聞かせて欲しいらしかった。もちろんまだ粗さも目立つし、アレンジしたい部分なんかもあったけれど良い感じに出来上がっている事に安心した。粗さはこれから詰めていけば良いし、アレンジはポピパのみんなに任せればいい。技術的や表現的なアドバイスをした。

 

あの後、少し休憩時間を作りチョココロネをかじっているとりみちゃんがやってきた。どうやら相談に乗ってほしいらしい。

今まで知らなかったけれど、りみちゃんはポピパの作曲を担当しているらしい。俺が指摘した箇所のアレンジを迷っているようだ。俺は貸出用のアコギを持ってきて、二時間ぐらい二人で曲を思案した。

 

 

「すみません、先に掃除をさせてしまって」

「いいよ、それくらい。曲は良い感じに出来そう?」

 

りみちゃんとの相談し終えた時には、もう閉店時間に差し迫っていた。既に会計を済ましていたポピパのみんなは帰っていき、俺は大急ぎで物置に行きアコギを置いた。

戻ってきた時にはまりなさんが先に掃除を始めていた。

 

「ヒントをあげただけですよ。でも、良い感じになりそうな気はします」

 

新曲は俺たちの曲では無い、ポピパの曲なのだ。だからアレンジとかは本人たちに任せた方が良い。今後のノウハウにもなる。

俺は掃除を終えた後、機材チェックをこなした。そこからロッカーに向かいチェスターコートと買った物をかばんに入れてCiRCLEを後にする。

 

 

「今日もお疲れさま、拓斗君!」

「お疲れさまです」

 

まりなさんはいつも、俺が機材チェックを終えて戸締りが完了するまで待っていてくれる。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。寒いのに待たせてしまう事、そして。

 

「その……まりなさん、すみません。クリスマスなのに何もできなくて」

「ううん、良いの。仕事が忙しいし、拓斗君が近くにいるだけで良いから」

 

せっかく恋人になったのに、まりなさんに何もできなかった事。レストランの予約も、イルミネーションが綺麗なところに行く計画も。

だから俺は、かばんに入れてあった物を取り出す。

 

「大したものではないんですけど、クリスマスプレゼントです」

「えっ!?」

 

黒くて、四角い箱をまりなさんに渡す。正直かなりベタなものだから喜んでくれるか分からないけれど。

 

「開けても、良い?」

「もちろんです」

 

まりなさんが箱を開ける。そこにあるのはシルバーの丸いネックレス。俺にはこの丸が、満月に見えたんだ。

 

まりなさんはネックレスを見て、「わぁ」と声を漏らした。その後に見せたまりなさんの表情がとびっきりの笑顔で、

 

「ありがとう!拓斗君!」

 

そんな笑顔を見た俺は、裁縫の時に使う針山のような気持ちになった。

心をチクチクと針でつつかれる、刺される。けれど痛くはなくて、心地いい。

 

「ねぇ拓斗君。今日は手を繋いで帰ろ?」

「そうですね」

 

恐る恐る手を繋ぐ。お互い顔を見合わせる。寒さのせいか、恥ずかしさのせいか分からないけれど、ほんのり顔が赤くなっていた。

チクチクと刺される針の量が増える。ドキドキする。

 

恋人となって初めて手を繋いで帰った。最初は普通に手を繋いでいた。けれど二人が分かれる時間が近づいてくると、自然と恋人繋ぎになっていた。まだ別れたくないという心情が行動に移されたかのように。

 

 

 




@komugikonana

次話は11月18日(日)の22時に投稿予定です。
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最近急に寒くなってきましたね。読者のみなさんも体調には気を付けてくださいね。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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Afterstory4

 

新しい年になって早二週間が経った。後一週間でロッキンスターフェスが始まる。

新年にはまりなさんと初詣に行きたかったのだけれど、母親に実家まで帰ってこいと言われたため一緒に過ごせなかった。実家に帰ってもやることが無いからずっとロッキンスターフェスで用いるチラシを作って過ごす残念な正月を過ごした。

 

そして昼下がりの現在、腰痛で動けなくなっている。腰痛の原因、それは

 

「もう、だらしないなー。拓斗君」

 

まりなさんに罵られる。フェスで物販する商品を運んでいたのだけれど、最近はめっきり運動をしていなかったのが仇となった。今日の夕方に業者さんが来るからそれまでに運ばなくてはいけない。

 

「イベントまであと一週間か~、よーしっ!」

 

スタジオからポピパが出てきた。今は猫の手も借りたい。この猫耳少女たちに商品を運ぶ手伝いをしてもらおう。ついでに沙綾ちゃんに湿布も貼ってほしい。

 

「ポピパのみんな、練習お疲れ。暇があったら手伝ってほしい事があるんだけど」

「拓斗さんのお願いだもんねっ!分かりましたー!」

 

倉庫にあるからゆっくりで良いから持ってきて、と伝える。

すると香澄ちゃんが「あー!」と言うから何だろうと思っていると、こっちを向いてにやにやしている。

 

「拓斗さんの携帯の待ち受け画面の女の人って誰か、手伝いが終わったら教えてくださいねーっ!」

 

香澄ちゃんを始め、ポピパのみんなは倉庫に向かっていった。爆弾を落として。一度あの子には練習方法よりも礼儀作法を教えなくてはいけない。

と思っていると、肩をすごい力で掴まれる。

 

「拓斗君。待ち受け画面の女の人ってだれかなー?」

「勘違いですって!まりなさん!」

 

 

 

 

かなりの段ボールが受付まで運ばれてきた。この調子だと夕方までに間に合いそうだ。

まりなさんは心なしかまだ顔を赤くしている。あの爆弾を処理するために俺の携帯の待ち受けを見せた。もちろん保存されている画像もすべて提示したから疑いは晴れたけれど、羞恥心は居座ったままだった。

 

運ばれてきた荷物を出入りの邪魔にならないように壁に寄せる作業をしているとポピパのみんなが戻ってきた。香澄ちゃんがなにやら大きいケースを持っている。

 

「ねえねえまりなさん、拓斗さん!地下にエレキギターの入ったハードケースが置いてありましたけど、もしかして誰かの忘れ物じゃないですか?」

 

俺とまりなさんは顔を見合わせる。あのハードケースの中身は……。

 

「それ、私のギターなんだ」

「えっ!まりなさんのギターだったんですか!?」

「うん。たまにスタジオで拓斗君と弾いているんだ」

 

まりなさんのギターは、俺たちが恋人になった後からハードケースに入れて保存している。ハードケースを持ってスタジオに入る時のまりなさんの笑顔を見るだけであの時、ハードケースを買って良かったと思える。

 

「ひょっとして、まりなさんもバンドやってたんですかっ!?良かったらその話聞かせてくださーいっ!!」

「私も聞きたい」

 

本当にこの子達はバンドの話を聞きたがるな。俺の時もそんな感じで聞いて来たっけ。だけれど、俺と同じくまりなさんのバンドの結末もあまり良い物ではない。

 

「……あはは。その話はおいおいね」

 

一瞬、まりなさんは暗い顔になった。

俺はあの時のまりなさんの気持ちが分かった。「苦しそうな顔で話していたから、心配だったんだからねー」って言ってくれた、あの時。

多分ポピパのみんなにバンドの話をし終えた後の俺も、こんな表情をしていたのかもしれない。

 

 

 

「では、よろしくお願いします」

 

俺は業者さんに段ボールを渡し終えお礼を言い、トラックが見えなくなるまで見送った。きっと香澄ちゃんがギターを持ってきたのは運命なのかもしれない。だから

 

「まりなさん、せっかくギターがあるんですしセッションしましょうよ」

「あ、うん。良いよ。しよっか」

 

「まりなさん」

 

ギターのチューニングをしているまりなさんに言葉をかける。今のまりなさんはちょっとでも触れると形が変わってしまう粘土細工のような感じがしたから、優しく。

 

「バンドの過去を話すのって意外ときついですよね」

「え?」

「俺もポピパのみんなに話し終えた後、結構心が痛くなりました」

 

練習前に暗い雰囲気にさせてしまったから尚更だ。だけれど俺はその後は普通に過ごせたし、もうバンドの過去に囚われることも無くなった。まりなさんがいたから。

 

「でもあの後、まりなさんに言葉をかけてもらってから楽になったんです。俺は言葉では上手く言えないですけど、音で伝えますよ」

「拓斗君……」

 

そう言って貸出用のギターをアンプに繋げる。そして伝える。

バンドの結末が良かろうと悪かろうと否定する人なんて誰もいませんよって。

 

 

 

「ありがとう、拓斗君」

 

セッションが終わる。今日は柄にもなく情熱的になったし、まりなさんも俺の音に合わせてくれた。音で感情を表す事が出来るのは音楽だけ。だから音楽は偉大なのかもしれないし、いつの時代でも愛される理由なのかもしれない。

 

「拓斗君は……」

「はい。何ですか?」

 

まりなさんは何かにすがるような表情で俺の方を見る。このような表情をするまりなさんは出会って初めて見るもので、少し不安になる。

 

「拓斗君は、さ。またバンドをしたいって思う?」

 

俺は少し考えた。音を重ねる楽しさを知っているし、雄二と会った時にはまたあいつを入れた三人で音楽をしてみたいと感じたから。

 

「そうですね。やっても良いかなとは思ってますよ」

「……そっか」

 

俺はこのまりなさんの表情が気になった。どこかに行ってしまいそうな雰囲気だったから。だから俺は伝える。言葉は話さなきゃ伝わらないから。

 

「大丈夫ですよ」

「拓斗君?」

 

俺の気持ちは決まっているから。

 

 




@komugikonana

次話は11月20日(火)の22:00に投稿予定です。
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ついにAfterstoryも折り返しまできました。
今回のお話は結構大事なんですよね。
今後どうなっていくか注目ですね。次話からロッキンスターフェス当日となります。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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Afterstory5

 

「みんな今日は一日よろしくね!」

 

ロッキンスターフェス当日、俺たちCiRCLEのブース前でまりなさんがみんなに言う。みんなとは俺と、ポピパのメンバーの事。

 

「あ、あの、まりなさん……。こ、これがイベント会場……ですか!?」

「大きくてびっくりした?」

 

香澄ちゃんは予想以上の会場の大きさに驚いているらしい。確かに大きいけれど、こんな大きな会場で演奏が出来るポピパは素直に羨ましい。

 

「ねぇ……チラシはどうしよっか?せっかくみんなで作ったけど……」

「確かに……ここだとちょっと手作り感が強すぎるかもね……」

 

沙綾ちゃんとりみちゃんの会話を聞くと、どうやらポピパのみんなはチラシを作ってきたみたいだ。流石に準備が良い。俺の出番はなさそうだな。

 

「え、何々?チラシ作ったの!?チラシなら……」

「みんな準備が良いね。そのチラシで宣伝しちゃって!」

 

まりなさんは俺がチラシを作った事を言いそうだったので遮った。俺はまりなさんの目を見る。ここは、彼女たちに任せましょう。

 

「でも、この会場だと雰囲気とは合わないですよね?」

「チラシ、ちらっと見たけどすごく良かったしポピパらしいよ。良いチラシだよ」

 

沙綾ちゃんはあまり自信ないみたいだけれど、やっぱり本人たちにしか出せない味があっていいと思う。俺の作ったチラシはお蔵入りにしよう。

 

「本当ですか!?」

「うん。嘘は言わないよ。自信もって配っておいでよ」

 

そう言って香澄ちゃんたちはたくさん人がいそうなところへ走っていった。ポピパの元気を少しは分けて欲しいなって思う。

 

「拓斗君。良かったの?」

「はい。あのチラシの方がポピパらしいですよ」

 

まりなさんは「そっか」と言って俺の作ったチラシが入っている段ボールをブースの奥にしまった。俺たちは物販準備に取り掛かる。

 

「拓斗君って入ってきてから何だか変わったね。かっこいいよ」

「照れますからやめてくださいよ」

「でも!お説教が一つあります!」

なぜだろう。怒ってるまりなさんもかわいい。

「ポピパのみんなにTシャツ渡すの忘れてるよ!」

「あ……」

 

とても重要な事を忘れていた。

 

 

 

俺はポピパ全員分のTシャツを持って彼女たちを探し回り、やっと見つけることが出来た。手に持っているチラシが無いから全て配り終えたらしい。

 

「みんなお疲れさま」

「あ、拓斗さんっ!」

「サボり?」

 

香澄ちゃんは元気があってよろしい。だけどおたえちゃん、サボりなんかじゃないよ!きっとおたえちゃんは俺のことが嫌いなのかもしれない。

 

「みんなに見せたいものがあって」

 

俺はポピパのロゴが入ったTシャツを見せる。

 

「このポピパTシャツ見てみて」

「わっ!ポピパのロゴが入ってるよ!ほら、香澄!」

「拓斗さん!私、これ欲しいです!」

「私も欲しい!」

 

香澄ちゃんとおたえちゃんがすごく欲しがっている。自分たちのバンドのロゴ入りは欲しくなっちゃう気持ちは分かる。でもこれはみんなにあげるものだからね。

 

「これ、みんなの分だから。貰ってよ」

「ま、マジですかっ!?やったー!」

 

まさかの有咲ちゃんが一番喜んでいた。もっと飛び跳ねて喜んでも良いよ?そして胸がぷるんっと……やめよう。俺にはまりなさんがいるんだっ!

 

 

 

ポピパのみんなにTシャツを届け終えた後、俺はCiRCLEのブースまで戻る。これだけの人数がいるからきっとまりなさんも大変なんじゃないかな。

戻っている最中にあったごみ箱に目が移る。ごみ箱が中身を「見ないで」って言っているように感じた。それを無視して中を覗いてみると、ポピパのチラシが捨ててあった。

 

「仕方ない事だけど……」

 

ブースやイベント、特にスタジオで働いている人間からすれば良くある光景。だけれどポピパのチラシは手作りだし、捨てられているのを見たら香澄ちゃんたちが悲しむかもしれない。そう思ってポピパのチラシを出来るだけ回収した。

 

ごみ箱は「ごめんね」って謝っているような雰囲気を出していた。

 

 

俺はごみ箱から拾ったチラシを空の段ボールに入れて奥に置いた。その後まりなさんと二人で物販販売を行った。売り上げは決して良いという訳では無いけれど、ポピパのライブ後に期待したいところだ。

 

午前の部終了のアナウンスが響く。

 

「まりなさん、落ち着いたらご飯食べませんか?」

「そうしよっか!……拓斗君の奢り?」

「自分の分は払ってくださいね」

 

何だか学生のような掛け合いににやっとした。まりなさんは「けちー」って言っていたけれど、仕方ない。……今回だけですよ?

 

「まりなさん、拓斗さん。ただいまー」

「あ、沙綾ちゃん。おかえり」

 

ブースを午後の部に向けて整理をしていると、ポピパのみんなが帰ってきた。何だか香澄ちゃんはふてくされているような感じだ。多分すべてのブースに回れなかったのかもしれない。

 

「まりなさ~ん、拓斗さん。聞いてくださいよぉ!」

 

香澄ちゃんの話によると、チラシが他のごみ箱にも捨てられていたらしい。その話を聞いてやっぱり心がもやもやしたけれど、彼女たちは音楽でみんなを振り向かせるって聞いて安心した。

 

まりなさんは俺の方を見てウインクした。どうやら俺の作ったチラシの出番らしい。

 

「またみんなで円陣組んでみないっ!?拓斗さんも、そしてまりなさんも入ってくださいっ!」

「え?私も……いいの?」

「せっかく誘ってくれたんです。入りましょうよ!」

 

ポピパのみんなの中に俺たちも入る。まりなさんは香澄ちゃんの隣で、その隣に俺、そしておたえちゃんと並ぶ。その後はりみちゃん、沙綾ちゃん、有咲ちゃん。

円陣はガールズバンドパーティの時も組んだけれど、やっぱり少し恥ずかしい。けれど、あの時はいなかったまりなさんも円陣に入れて、やっとCiRCLEが完成したんだなって思った。

CiRCLEには円陣と言う意味もある。俺と、まりなさんと、そしてみんなと揃えれた。

 

「まりなさん、掛け声お願いします!」

「わ、私が!?」

「「「「「「お願いしまーす!」」」」」」

「もう、拓斗君まで……わかった。やってみるね?」

 

 

「Poppin’Party!思い切ってやってこいっ!気合い入れていこうっ!!」

「「「「「「「ポピパ!ピポパ!ポピパパ!ピポパー!」」」」」」」

 

 

「まりなさん、意外と掛け声ベタですね」

「もうっ!拓斗君!……恥ずかしかったけど、なんか嬉しかったな」

「俺もです。やってやるかって気持ちになります」

 

ポピパのみんなは本番に向けてステージに向かったはず。それに間に合うまでにお昼ご飯を食べないといけない。ちょっと急ぐか。

 

「まりなさん、拓斗さんっ!CiRCLEのブースにお客さんだってっ!」

 

あれ?香澄ちゃんたちが戻ってきている。それに今は休憩中だから物販はしていないのだけれど。

 

「すみません、今休憩中……」

 

香澄ちゃんたちが連れてきた女性を見て一瞬、息が止まった。

 

 

 

 

 

「やっほ。拓斗」

 

 




@komugikonana

次話は11月22日(木)の22:00に投稿予定です。

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ついに残すところ、あと2話となりましたね。最後までお付き合いよろしくお願いします。

では、次話までまったり待ってあげてください。


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Afterstory6

「やっほ。拓斗」

 

空いた口がふさがらないどころか目が見開いてまばたきが出来ないみたいな、とにかく驚いて言葉が出ない。

俺の周りだけ、時間が止まってるように感じる。

 

 

「えっ!?お姉さん拓斗さんと知り合いなんですかっ!?」

「うん。そうだよ」

「もうすぐ私たち、ライブしますのでお姉さんも聞いてくださいっ!」

 

香澄ちゃんたちはそう言い残し、ライブ会場の方へ走って行った。

まさかここで出会うなんて思ってもいなかったから、心臓の音が激しく脈打っている。まるで心のドアをノックしているように感じる。

 

「拓斗君……私、席外した方が良い?」

「いえ、大丈夫ですよ。でも少し話をさせてください」

 

正直まりなさんに席を外してもらった方が気持ちは楽だと思う。だけどそれではダメな気がした。まりなさんは恋人として、俺の言葉を聞いてもらいたい。

 

「……久しぶりだな。どうして俺がCiRCLEのブースにいると知ってたんだ?美空(みそら)

「えへへ。雄二君から電話で聞いちゃった!」

 

なるほど、雄二から聞いたか。あの短髪ゴリラは口がかなり軽いからな。

美空は、俺と雄二と組んでいたバンドのベース担当だ。雄二がみっちゃんと呼んでいる。肩ぐらいまである黒髪は相変わらずきれいで、黒縁メガネも変わらない。

 

俺は心のドアをゆっくりと開ける。開けなくてはいけない。

 

「美空。その、今更……なんだけどさ」

「なにー?」

 

俺と雄二がスタジオでケンカした時、美空はいつものふわふわした雰囲気は一切なく泣きながら止めようとしてくれた。そして、夢を壊した。

 

「美空の夢、俺が壊したよな。……ほんとにごめん」

 

美空は俺たちの中で一番メジャーデビューを目指していた。俺が一緒に有名になろう、って言ったら快諾してくれたし、一番初めにメンバーになってくれた。

 

「謝るよ。でも……」

「でも?」

「美空と雄二と組めて楽しかったんだ。お前たちだから楽しかった。だからさ、ごめんと一緒にありがとうを伝えたくてさ」

 

最近、俺はまりなさんと恋人になった時に気づいた事がある。それは、謝るだけでは一方的なんだって事。だから謝る事と一緒に感謝もしなくてはいけないって気づいた。

 

「私も楽しかったよー!今もあの時の経験が活きてるしねっ!」

「俺とバンドを組んでくれて、ありがとうな。それとあんな終わり方してごめんな」

 

何度謝っても傷は簡単には癒えない。だけど感謝の言葉で謝る事も出来るんだ。

 

「ふふっ!私、今は音楽でお金稼いでいるんだよっ!スタジオミュージシャンだよ!すごいでしょー」

「そうか。流石じゃん」

 

スタジオミュージシャンは正確な演奏技術は当たり前で、とっさの注文に応えられるような応用力に加えてアドリブ力も必要だ。美空なら軽くこなしてしまいそうだけれど。

 

「ねぇねぇ、拓斗」

「うん?」

「もう一度、雄二君を入れた私たちでプロを目指さない?」

 

なるほどな、確かにもう一度夢を見るのも良いかもしれないな。今ならギリギリ間に合いそうだ。俺の答えは決まっている。

 

ふと後ろから、まりなさんが声をかけてきた。

 

「私は応援するよ?拓斗君」

「まりなさん……。ありがとうございます」

 

俺は、こんな恋人を持てて幸せだと思う。こんなにも俺を見てくれているのだから。まりなさん、俺の答えを聞いてください。

 

 

 

 

 

 

 

「美空。その話は断るよ」

「え?どうして?」

 

確かにもう一度夢を目指すのも良い。だけれど俺にはもう、夢があってそれを叶えたいんだ。一度に二つも叶えられるほど甘くないだろ?

 

「俺はさ、新しい夢が出来たんだ。CiRCLEでここにいるまりなさんと二人で『音楽を本気でやりたくてウズウズしている子達を誰かに見つけて』もらえるようにするのが今の夢なんだ」

「そっか……。大事な人なんだね」

「うん。暗闇の中、一人だった俺を引っ張り出してくれた大事な人だよ」

 

後ろからまりなさんに腰をぎゅーっと摘ままれてすごく痛い。きっとまた、まりなさんは顔を赤くしているに違いない。

 

「ふふっ、あははは!!」

「な、突然笑いだしてどうした?……あ」

 

美空が突然笑いだす時は、昔から決まっている。

 

「美空!お前、さっきのドッキリだなっ!」

 

いつも美空がドッキリを仕掛けてきて、ネタバレする時はこのように大笑いするんだ。本当にタチの悪いドッキリだ。

 

「雄二君が言ってた通り、本当に拓斗変わったね!」

「うるせーよ。……でもさ、プロは無理だけどたまには三人で音を合わせないか?」

「うん!もっちろん!」

 

 

 

俺の心にあった、しまったままのドアが全部空いた。過去の事を何も無かったかのように閉じてあったドア。

多分、このドアは誰にでもあると思う。もちろん閉めたままにしておいても良いけれど。

 

「そろそろ行くね?……あ、拓斗。たまには私のお店にも来てね?」

「あ?お店?……どこにあるんだ?」

「カメラ屋さんの近く!Le beau cielっていうお店!」

 

 

俺はあえて勇気を振り絞って開けた。案外悪い思い出が良い方向に行くこともあるらしい。

この物語ではそうだったから。

 

 




@komugikonana

次話は11月24日(土)の22:00に投稿予定です。
次話を最後に『月明かりに照らされて』は完結となります。

新しくこの小説をお気に入りにしていただいた方々、ありがとうございます!
Twitterをフォローしてくださった方もありがとうございます!

お気に入り数が250を突破致しました!これも読者のみなさんのお陰です。
この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!!
それと、この小説を推薦してくれた黒猫ウィズさん!ありがとう!

「Le beau ciel」ってベース専門店、みなさん見覚えありますか?
第13話に一度登場しているんですよ。店名は仏語で「美しい空」と読むんです。
「仏」って漢字は背中をそむけている二人の人間に見えたので仏語にしました。私、大学では第二言語は独語なんですけどね(笑)

では、次話までまったり待ってあげてください。



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最終話

次回作「僕と、君と、歩く道」は11月26日(月)の22:00に投稿予定です。

次回作のPRと無事完結出来たお礼と感謝の言葉を活動報告に書きました。
見てください!
あとがきに最新版エンドロールを入れました。(2018年11月26日 編集)


よいしょ。うん。これで最後だと思う。俺は夜遅くのCiRCLEで今日行われたロッキンスターフェスの物販で使った機材や段ボールを片つけている。

ありがたいことに、俺たちが用意していた品物がすべて売り切れた。ポピパグッズなんて後半の売れ行きが右肩上がりどころでは無かった。

 

美空と別れた後、お昼を食べようとしたらもうすぐ午後の部が始まるとアナウンスが伝えてきた。お昼を食べていないので俺が全速力でコンビニまで行き、おにぎりを二人分購入した。

 

ポピパの演奏は彼女たちの言う通りになった。すなわち音楽でみんなを振り向かせたのだ。新曲も良い出来だったから文句なしのライブになって俺とまりなさんは二人してニッコリだった。

その後、俺たちのブースに大勢の人間が押し寄せてきて大変だったという事はここでは省かせてもらう。

 

 

 

こうしてロッキンスターフェスは無事成功を収めることが出来た。そして軽く機材チェックをしてから、いつものチェスターコートとかばんを身に着け戸締りをする。

 

「今日は本当にお疲れ様!拓斗君」

「本当にお疲れ様です。まりなさん」

 

こうしていつものように二人で一緒に帰る。この時間のまりなさんはいつも楽しそうな雰囲気で、一緒にいる俺も楽しくなる。

こんな日常がずっと、ずっと続くんだと思う。

 

「ね、拓斗君。ちょっと公園に行かない?」

「え?良いですけど」

 

俺たちは夜遅く、しかも真冬の公園に向かう。途中でコンビニに寄ってあったかい飲み物を買う。ミルクティーを買った。

最近はめっきりコーヒーを飲まなくなった。俺は飲み物を見ると心情の色が見えるような気がする。だからかもしれない。

 

「やっぱり寒いねー」

「公園に寄ろうって言ったの、まりなさんですよ?」

 

こうして公園に着き、電灯の近くにあるベンチに腰掛ける。冬の公園は寒いけれど、何故か座ったベンチだけ温かく感じた。

 

「拓斗君。本当はスリーピースバンドしたいんじゃないの?」

 

まりなさんはにやにやしながら聞いてくる。

 

「そんな事は無いですけど。それに」

「それに?」

「プロを目指したらCiRCLEにいる時間が減りますから。まりなさん、悲しむでしょ?」

 

ロッキンスターフェスまで一週間前まで差し迫っていたあの日。俺とまりなさんでセッションをした時のまりなさんの表情。あれはきっとバンドを始めれば俺がCiRCLEを辞めるからあんな表情をしたのだと思う。恋人同士でも会えない日も出てくるから。

 

「ほら、まりなさんと約束しましたし」

「……なんの約束?」

「ずっと一緒にいるって」

 

あの時、まりなさんを抱きしめながら約束した。ずっと一緒にいるって。

 

「もう……拓斗君」

 

まりなさんはすっと左手で俺の右手とつないだ。そして恋人つなぎになる。

 

「それにあの夢の話、本当ですから。バンドでプロになるより叶えたい事なんです」

「それは私と恋人だから、同じ夢なの?」

「違いますよ」

 

もし、恋人だから夢も同じにしてみました。なんて感じだったら遅かれ早かれその恋人たちは別れる事になると思う。

ちゃんと、自分の答えをしっかり伝えあわなければダメだと思う。

 

「ガールズバンドパーティを企画した時、思ったんです。みんなを輝かせる事がこんなにも嬉しい事なんだって」

「そっか」

 

ガールズバンドパーティはまりなさんの夢を叶える為、今までの感謝を伝えるためのイベントだったはずなんだけれど、俺にもプレゼントを置いていったんだ。

これから見続ける素敵な夢と言うプレゼントを。

 

 

「安心した」

「俺がバンドすると思っていたんですか?」

「違うよ?」

違うらしい。

「ちゃんと拓斗君にも夢がある事に安心したんだ。私の夢を拓斗君に押し付けたり、好きな事、やりたい事を出来ないようにさせてると思ったから」

 

俺はまりなさんとつないでいる手にぎゅっと力を込めた。

俺がこのように自分の夢を見つけられた事、そしてこんなにも充実した日常を送れるのはまりなさんのおかげだから。

 

 

「あ!拓斗君!あそこの星がきれいだよ」

「どこですか?」

 

まりなさんが指さす方を向く。俺は冬の星なんてオリオン座しか知らないのだけれど。うん、全く何の星座か分からないと思っていると。

頬っぺたが温かくなると同時に「ちゅっ」っていう音が聞こえた。

 

「ふふっ。まだ拓斗君にお礼を言ってないなと思って……ね?」

 

お礼……か。何に対してのお礼かは分からない。

ガールズバンドパーティに対して

俺と恋人になった事に対して

ロッキンスターフェスに対して

まりなさんと同じ夢を俺からも持った事に対して

約束を守っている事に対して

 

どれか一つかもしれないし、すべてかもしれない。もしかするとどれでも無いかもしれない。

だけれど、俺は当たり付きアイス棒を食べているような気持ちになった。当たりだろうとハズレだろうと、アイスの美味しさは変わらない。

 

 

「さ!拓斗君!そろそろ帰ろっか」

「そうですね」

 

二人で一緒に立ち上がり、帰路に就く。二人を結んだ手はつながったまま。

 

「あ、拓斗君。オーナーが第二弾ガールズバンドパーティの企画早くしろって言ってたよ」

「そんな頻繁にするものじゃないでしょ」

「そうだね。拓斗君は四月のイベントを今企画しているからね」

 

 

そう、新入生が入って来る四月。この時にフレッシュなガールズバンドを呼んでイベントをしようと思っている。ポピパにもオファーしてみようかな。

また明日からCiRCLEで忙しく働く。

明日からというか、これからも。

 

 

 

月明かりに照らされて、いつまでも。

 




    月明かりに照らされて


作者

    小麦 こな



キャスト

    結城拓斗
    月島まりな
    戸山香澄
    市ヶ谷有咲
    花園たえ
    牛込りみ
    山吹沙綾

    カフェの店員さん
    Roseliaのみなさん
    Afterglowのみなさん
    Pastel*Palettesのみなさん
    ハロー、ハッピーワールド!のみなさん

    雄二
    美空

    オーナー




テーマソング

    楽曲名『クインティプル☆すまいる』

    歌 ガールズバンドパーティMIXバンド
    作詞 香澄、蘭、彩、友希那、こころ
    作曲 香澄、蘭、彩、友希那、こころ




イラスト

    MiNORUん




宣伝・推薦

    黒猫ウィズ




感想

    黒猫ウィズ
    ちかてつ
    〔福〕良太鼓
    シフォンケーキ
    そら
    ピエロ
    猿もんて
    リュウティス王子




スペシャルサンクス


    Solanum lycopersicum
    師匠@ゲーム実況もしています 
    這いよる脳筋
    なお丸
    柊椰   
    風禰               
    ちかてつ
    Mairo Murphy      
    ハッピー田中           
    生ナマコ
    C18H27NO3       
    猿もんて             
    たわしのひ孫
    ぶたまん茶葉       
    レオパルド     
    KATSU51
    ソウソウ         
    グンナンノマサ          
    シコスタル
    曇メガネ         
    シフォンケーキ          
    九条ユウキ
    夜刀神@sora       
    Wオタク            
    新庄雄太郎
    穂乃果ちゃん推し
    巌窟王蒼魔オルタ     
    steelwool            
    外房線
    BELLCAT
    れすぽん         
    ニャンコ先生           
    小石音瑠
    アクアランス       
    Miku39             
    わるわる
    黒猫ウィズ        
    きな粉ミント          
    Aki@燐子推し
    TAROH         
    Siroap            
    とーーーーーーーーすと
    セイ           
    矢本兎十三           
    Aska
    生ワサビ         
    山田太郎            
    銀孤さん
    U-sk           
    豆音              
    カメルーン
    クロクロ         
    takeno
    一ノ原曲利             
    霧歌
    カフェイン大好き     
    リツィ             
    ウォルフィス
    ジタントライバル     
    QB
    滝河あさひ          
    赤い龍ポン酢
    明日のやたからす
    郷汐@乱雨スぺラ     
    c.h226          
    一人多国籍軍
    いのり          
    ピュアドライバー        
    カイリーン
    テキサスチャーシュー   
    秋刀魚太郎           
    星空とキノコ
    厨二び          
    ぬこさん            
    黒髪
    strigon     
    ポール&ジョン         
    此花
    正月のアレ        
    飛翔翼刃            
    綯花
    Eino
    斎藤 一樹
    蒼猫           
    ミカエラ            
    カズーーーー
    響クレハ         
    カイザーホース         
    森崎駿
    アイリP         
    銀の護衛艦           
    ロイローイ
    斬馬刀          
    リュー@麺ガチ勢        
    蒼燐焔
    朱里 悠         
    Tein20             
    9-3
    流離う旅人        
    かせいじん           
    アスティオン
    Bearrin          
    レスト、            
    芝ロク
    静寐           
    蒼海 燐音
    ローレン里       
    フユニャン
    イベリコ1000       
    ごどい             
    紫龍院成弥
    あっぴ          
    那智海斗            
    深々
    BackWordz        
    ランブロス           
    紅朱雀
    べっこう飴ツカサ     
    求職中            
    なんかヤバイやつ
    扇屋           
    りうまる            
    x1
    LEGOブロック      
    シンノスケさんゴリラ      
    mas-hiro
    ショペ          
    とんこつカカオ         
    やゆヨ―ソロー!
    モピオン
    もとすけ         
    クロカ             
    二流ペロリスト
    Take05          
    色々              
    ケヤック
    トルベ3         
    N.S.D.Q           
    立花紅茶
    流離いの旅人      
    カトレア0708         
    ドラドラ
    ティガー         
    アルデシール          
    沢田空
    魅曖          
    里見@元エレメンタル      
    ブブ ゼラ
    あっつ          
    司波たか            
    那由
    龍造寺月下        
    バカチキ            
    とらさん
    かんづめ         
    tppi         
    すこぶるアキネコ
    波人@          
    そ-らー            
    カザハヤカミト
    マーリン15        
    灰原衛宮            
    苔桃
    Norn1130
    天城修慧         
    いくせす            
    tyler
    桜みやび         
    筋肉              
    アクノロギア
    WINGL96
    zzzxxxhhh12392      
    幽遊             
    ジーク     
    お伽の闇
    らびらばぁ        
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    峰風              
    éclair0506
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    ごく普通の付与術師    
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    あかずきん
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    ドラえもんズ
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    しらすの素
    オジマンディアス     
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    ユダキ            
    黝夢
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    ハヤト.             
    ヨコリョー
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    KANZU
    LOM吉          
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    otakochin
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