聖王国エヴァンジェリスト【完】 (トラロック)
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Rivive.
超絶的なモンスター『ヤルダバオト』の討伐から数日が過ぎた。
海沿いに面する聖王国は南北を権力が二分する国で、亜人連合によって他の国との国交は無いに等しい。しかし、敵対関係でもない。
これから少しずつ発展していく未来ある国である。
海産物の取り引きが盛んな街中を重厚な鎧を身にまとう一団が通り過ぎる。
彼らは聖王国が誇る聖騎士団。――その成れの果てともいうべき残骸達だ。
顔色が冴えない彼らを率いるのはつい先日まで従者だった少女『ネイア・バラハ』だ。
見慣れない装飾品によって顔を隠しているが、これは目つきの鋭い自顔を隠す為のもので、魔法的な加護などは備わっていない――という話しになっている。
「……国の復興は一日にしてならず、です。亜人達も絶滅したわけではありません」
つい先日であれば彼女の言葉に耳を傾ける聖騎士は殆ど居ないに等しい。けれども今は誰もが彼女の言葉を欲していた。
それは偏に『
一度は失った命――
蘇生によって新しい気持ちに目覚めた、のであれば良かったのだが――
現状は国の復興で手一杯の有様。
国が誇る最強の聖騎士『レメディオス・カストディオ』は現在、幽閉中。
当初は妹のケラルトと聖王女『カルカ・ベサーレス』を失った彼女は悪鬼もかくや、と言わんばかりに荒れ狂ったモンスターと化した。それでも国を思う僅かな気持ちが辛うじて自制心を保つ事に成功する。しかし、それも長くは続かないと思われる。
目に付く全てを殺そうとする憎しみの心に捉われたレメディオスはネイアをもってしても改心、または説得などが通用しない。
人の言葉は理解しているけれど、彼女はそもそも他人の言葉に耳を傾けない傾向にある。
全てはカルカのために。
暇を見ては話し相手になろうとするのだが、蛙の面になんとやら。
本物の蛙の方がまだ物分りが良いといえた。
内に秘めた憎しみでレメディオスは更なる強化を遂げたようだ。
単純な力関係で言えば紛う事なく最強の騎士だ。その恩恵を失おうとも――
「……団長。外に出て日の光を浴びませんか?」
そう声をかけるも『ウォォオオン』という咆哮のような唸り声が――多分幻聴の筈だ。
人間の声ではないようなものはきっと疲れているだけ、とネイアは自分に言い聞かせる。
会う度に人間の姿から乖離しているように見えるのもきっと気のせいだ、と。
「……その前にこの拘束具はなんとかならないのか?」
とレメデイオス側は普通に喋っているようだが、ネイア達にはどうしても『ウォォオオン』と聞こえてしまう。そう聞こえるような重厚な声で喋っている為だ。
悲しみのあまり喉が潰れたレメディオスはまるで巨大人型兵器の様な――形容しがたいものを想起させる。
「……喉が治らないうちは対話も難しいとは……。……しかし、先ほどから聞こえている音楽は何なんでしょうか。……まるで……未知の敵が襲来してきたような雰囲気がありますね」
「……外で祭でもやっているんだろう」
と、唸り声のまま喋るレメディオス。
股間からオレンジ色の液体が零れているのはさっき看守が誤ってぶちまけた飲み物のせいだ。
しばらく安静にしてください、と言い置いてネイアは外に出た。
彼女の出番は当分無い方が世の中が平和な証拠、かもしれないと思いつつ。
聖王国が平和になったとはいえ敵はまだ居る。それこそ第三使徒の次は第四使徒が現われるものであるかのように。
確か亜人連合は十七部族が参加していた。
「人類の戦いは終わったわけではありません。次に備えなければ……」
都合のいい時に『魔導王』が助けに来てくれるわけではない。
自分達の力で困難を打破しなければ。
それには新たなレメディオスが必要だ。
彼女に匹敵するほどの強者を育てなければ。
自分の実力の底上げも当然必要なのだが、こと武力において他の聖騎士達より劣る事を自覚しているネイアは他人と同じ事をしてもたかが知れる事を知っている。
効率的に強くなる方法は簡単には見つからない。
今の自分には支えてくれる人民が大勢居る。戦えなくとも出来る事があるはずだと――
攻撃はレメディオスに引き続き任せるとして自分は外交で味方を増やそうと思った。
(同じ人類圏の守護者『スレイン法国』……。この国と交流を持てば……。……問題は魔導王陛下の天敵というところだけど……。ここら辺はシズ先輩とすりあわせで詰めていくしかありませんね。あ~、シズ先輩……。連絡手段を構築する前に帰ってしまわれて……)
今のネイアの良き理解者にして悪魔のメイド。
何度も交流するうちに仲良くなった間柄だが、元々がヤルダバオトのメイドだ。簡単に心を許して良いものか今でも迷う。
だが、恩には恩で応えなければならない。
(……あの瞬間、確かに心が重なって……。……んっ? ……気のせいでしょうか)
シズというメイド共に強大なモンスターと戦った記憶が蘇ったのだが、なにやら違和感を覚える。
数分ほど考えてみたものの原因は不明。
気にしてはいけない、ということかもしれない。
ある日の事。
弓の鍛錬で自分は何事か呟いている事に気づく。
手に持つ武器は魔導王陛下より賜ったポジトロン――ではなく『アルティメイト・シューティングスター・スーパー』という超絶的な弓。
この武器を持ってから命中率がかなり向上した事に驚いたものだ。
最初こそは生々しい外見に驚いたが。
「……標準を合わせて……、撃つ……。……標準を合わせて……、撃つ……」
というのを無意識下で呟いていたらしい。
いつからなのかは覚えていない。
大勢の敵を倒しているうちに自然と口走るようになっていたのかも。であれば、げん担ぎとして言っておいてもいいと思った。しかし、周りは気にするかもしれない。
魔法と一緒で、言う事によって命中率が上がる。または自己暗示的な能力向上だと思ってもらうしかない。
他にも『逃げちゃ駄目』とか言っているとか。
指摘されると直すのも一苦労だし、かえって気恥ずかしい。
「……私が死んでも代わりは居るもの。……これも駄目と……」
何がどうして駄目なのか分からない。
あと、笑っても駄目というのが理解出来ない。
人の感情まで制限される覚えは無い。
確かに目つきが悪くて悪人だと陰口を叩かれている事は知っている。それでも、個人の自由をそこまで束縛されるいわれはない筈だと訴えたい。
個人の感想については色々と思うところはあるけれど、今の自分は聖王国の人々に幸福になってもらうのが仕事だ。
この国の中心でネイアは声を張り上げて喧伝する。
魔導王陛下こそ聖王国、果ては人類の救い手である事を。
非力な自分に出来る事は多くない。
この国の建て直しには時間と労力が多大にかかることも分かっている。それでもネイアにあるのは言葉だけだ。――残念ながら――
聖騎士団の一員とはいえ
人類救済の道は遠く険しい。
それでも進まなければならない。
この地で生きる一人の人間だから。
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