ローターの起こす大きな音で何も聞こえない中、二人の男はヘッドセットを介して談笑していた。
「おいおい、それじゃあお前はスコーピオンに変態認定されたわけか?」
「そうらしいな……俺みたいな紳士はなかなかいないだろうに」
「ちがいねえ。確かに修復施設前で堂々と立っているアホはお前くらいさ」
これがお硬い人物を乗せていたなら、任務中のこんな軽口は処罰モノである。しかしながらここは部隊を迎えに行くヘリコプターの中、談笑し合う二人の男しか存在しない。
「帰ったらなにか甘い物でも奢って……」
「……?どうした?」
外を眺めていた男が相棒へと向き直る。遅れて制御を失ったヘリコプターが暴れだした。
「っ!ちくしょーが」
急いで操縦桿を握り直し、なんとか制御を取り戻そうと奮闘する。人員不足のG&Kだがパイロットが二人体制であったのが幸いした。でなければ、隣に座る彼が撃ち抜かれていた瞬間にこの貴重なヘリコプターは空飛ぶハリボテに変わっていただろう。
「くそ!HQ!」
乱暴に無線機を操作し、周波数をあわせる。しかしながら返ってくるのは雑音ばかりで、人の声は全く聞こえない。
急いで周波数を変えるが、それも無駄に終わる。
「ジャミング!?ここはまだウチの勢力圏のハズじゃ!」
大声をだした瞬間、大きな衝撃が機体を襲う。回る視界の中、テールローターが吹き飛んでいくのが見えた。こうなれば万が一にもヘリコプターが立て直す可能性は消えた。男は衝撃に備えて身を縮こまらせ、神に祈るしか無かった。
=*=*=*=*=
「ねえ、生きてるの?」
少女の声が聞こえる。目は上手く開かず、鼻をつくのは鉄と炎の匂いだ。
「ねえ、所属は?」
「その前に助けてくれ、こんなところで焦げたくない」
「もう、仕方ないなあ」
少女の近づいてくる足音には金属同士がぶつかってたてる乾いた音が含まれている。それを聞いて、男は彼女が戦術人形であることを確信した。
「おっもい……」
「すまんな、まだ力がはいらん」
少女に抱えられヘリコプターの残骸の外へと出される。相棒はもう燃え始めており、遺品すら回収できそうにない。
「ありがとう、なんとか歩けそうだ」
「そう、じゃあすぐにここから離れなきゃ。すぐに鉄血の人形たちが集まってくるから」
少女はそういうと銃を構え直し、木の生い茂った方へあるき出す。男は近くに落ちていた手頃な枝を杖代わりに、彼女の後ろへと続いた。
=*=*=*=*=
少女がやっと立ち止まったのは小さな洞窟の中だった。火の痕や周りに仕掛けられていた罠から見るに、数日はここにとどまっているらしい。単独行動の戦術人形というだけで男の警戒心は最大限まで引き上げられているのだが、このようにサバイバルしているとなると尚さらである。
「それで、所属を聞かせてもらえる?」
少女の手には銃が握られたままである。洞窟に入る前あたりにカチリとセーフティを解除していたのを男は確認していた。距離は近い。男にはアーミーナイフと拳銃の備えがある。相手が彼女――戦術人形でなければ彼は襲いかかっていただろう。
「俺はG&Kに所属しているただのヘリパイロットだ。名前は……ジョンとでも呼んでくれ」
「……あくまで明かす気は無いってこと?」
彼女の落ち着きを持った声に凄みが増す。男は偽名を使ったことは申し訳なく思うも、謝罪する気はなかった。
「……はあ、まあいいわ。私はump9、気づいていると思うけど戦術人形だよ」
「戦術人形がどうしてこんなところに居る。所属はどこだ」
「所属は40……いや、今はどこにも所属してないわ」
そう言って9は銃のセーフティを戻して地面に置いた。しかし武器を置いたと侮るなかれ、戦術人形は成人男性に匹敵するかそれ異常の力をもっている。
「そうか、じゃあボッチ仲間だな」
「ボッチ仲間……そうね。これからはよろしく、指揮官!」
9は笑顔で手を差し出してくる。ジョンはその握手を受け入れたが、その瞳に光が灯っていないことに気が付き、苦笑いしか返せなかった。
気が向いたら続き書く
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境遇
「そういえばさ、指揮官はなにか端末を持ってる?」
9が用意してくれた毛布にくるまって寝ようとしたところで、そう尋ねてくる。
「たしかに持っているが……その指揮官って呼び方はどうにかならんのか」
ジョンはそう言いながらポケットから端末を取り出す。あまりいじられたくないが今は休みたい。そう思ったジョンは9に端末を投げ渡す。
「パスはかけてないから自由に触ってていいぞ。だけど変なことはするなよ」
そう言ってジョンは横になった。事故での負傷とその後の移動の疲れからだろうか、寝息を立て始めるのにそう時間はかからなった。
9は受け取った端末を眺める。彼女が特に注目したのは側面にある端子だ。普通ならば2~3の差込口があるだけなのだが、彼女の持つそれには5つある。
「こっちは戦術人形用……そしてこっちは重要機密転送用……やっぱり一般兵じゃないみたい」
一介の傭兵であれば端末の支給はないが、ジョンのようにG&Kに所属するようになれば一般用の端末が配られる。
しかし例外で別の端末を配られる者たちがいる。所謂指揮官という者たちだ。彼らの端末は戦術人形のシステム改ざん用の端子と、本部との重要機密をやり取りするときのための端子とがついている。まさにジョンの持つそれである。
9がジョンを指揮官と呼んでしまうのはまさにこの端末のせいだろう。所属がないはぐれ人形という状態の9に指揮官権限をもつジョンが近づいてしまったのだ。システムはただ機械的に、指揮官が人形を保護したときの動作をしただけに過ぎない。
「指揮官……あなたは一体何者なの?」
9のつぶやきは夜空に消えていく。明日からはまた忙しくなると気合を入れ直して、9はスリープモードをオンにした。
=*=*=*=*=
「9、どこなの……」
暗闇を縫うようにして影が動く。その数は6……いや、7である。ふと端末が着信を振動で伝える。影は一斉に動きを止め、中心にいた一人がヘッドセットのスイッチを入れる。
「416、何?」
「45、先行しすぎよ。下がりなさい」
「でも9が……」
「私だって心配。でも今は優先すべきことが別にあるでしょう?」
「……分かった」
45はヘッドセットを外して近くの倒木に腰掛ける。腰のポーチから彼女の腕にあるものと同じ部隊章をとりだすと、それを握りしめる。
「9……お願い、無事でいて」
思い出すのはいつも元気に振る舞っていた彼女だ。その彼女はある日忽然と45たちの部隊――404小隊から姿を消した。
彼女の願いの言葉が9に届くなんて奇跡は、起きるわけがなかった。
=*=*=*=*=
「おはよう!指揮官」
「うん、ああ、おはよう」
目が覚めたら突然少女が目の前にいるものだから、ジョンはびっくりして間抜けな挨拶を返すことしかできなかった。昨日の出来事を思い出し、今日するべきことを頭の中で整理していく。
「9、食料はあるか?」
「残念ながら人用はないよ」
そういって彼女はバッグからチューブ状のものを取り出す。ジョンはそれをみてげんなりとした顔をする。
「戦闘糧食……それも最悪の時代の?」
「うん、そうだよ。人の食べ物じゃないってやつ」
そういって9はそれを食べ始める。戦術人形にも味覚は搭載されているはずだ。しかし彼女の表情は変わっていない。
ジョンは覚悟を決めて一本に手をのばす。切り口から開けてみると独特な匂いが鼻に突き刺さる。灰色のペースト状のそれは見ているだけで食欲が失せてくるから不思議である。
鼻をつまんで一気に中身を絞り出す。食感も最悪で、ヌルヌルのなかにあるザラザラが頬の裏側につき、いそいで水で口を濯いだ。
「はあ、お前味覚死んでるのか?」
「うん、そうみたい」
9は平気な顔をして2本目を咥えながらそう言う。
「今回ばかりはそれが羨ましいよ」
ジョンは今度これを食べるときは空腹で死ぬ間際にしようと心から誓った。
朝食を済ませた9とジョンは、向かい合って座っていた。あいにくの雨で、外で活動することを諦めたのだ。
「そういや端末で何をしたんだ?」
「えっと……ちょっと確かめたいことがあってね」
「で、わかったのか?」
「うん……指揮官の端末は一般兵用ではなくて、つまりは指揮官も只者じゃないってこと」
「……そうか」
9はジョンの表情をうかがうが、洞窟の薄暗さとジョンが俯いていることもあって影になっていて見えない。
「やっぱ……他のやつとは違うとは思ったんだよな」
「……へっ?」
「いやな、この端末をもらったときに一人だけ違うからハブられててな」
「それは……ご愁傷様?」
「ははは、そうか。他のやつよりも多機能なだけなのか」
「うん。簡単に言うなら指揮官の端末には人形のシステムをいじれる機能とアクセス許可があるものなら何でもダウンロードしておく機能があるの」
「人形の……システムを?なるほどな」
「なるほど?」
「いやなに、こう見えて俺は技術畑出身でね。人形のシステムにも触ったことがあるのさ」
意外だとは9も思ったが、口には出さなかった。それよりも彼に聞きたいことがあったのだ。
「あのね、指揮官……お願いがあるの」
「なんだ?」
9は自分が人形らしくもなく緊張で体がこわばっているのに気がつく。
「私を……直してくれない?」
9の表情は真剣で、ジョンはそれに軽口で返すことはできなかった。
「話を聞こうか」
ジョンの顔にも真剣さが移る。紆余曲折はあれど、彼も昔はエンジニア志望であったただの一般人であった。その技術者魂に、再び火が入れられるのをジョンは感じ取っていた。
スローペースにはなりますが少しずつ投稿していけたらと思います。応援よろしくお願いします。
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バグ
「それで罠にかかって、鉄血の奴らがお前のシステムに入り込んだってとこか」
「うん。それでシステムを書き換えられる指揮官ならどうにかできないかと思ったの」
9から話を聞いたジョンはため息をついた。人形のシステムに自分が介入することは問題ない。しかしながら戦術人形、しかも特別製ともなれば話は別だ。それに今回は攻撃に対して後手に回っている状況で、完璧な復元というのは不可能な話である。
「指揮官?」
「わかった……最善は尽くそう。しかし一つだけ約束してくれないか?」
9は何か重大なことを言うのだと思い、ゴクリと喉を鳴らした。
「俺に危害を加えない。それだけは約束してくれ」
「えっ?そんなことでいいの?」
9は拍子抜けしたようで首をかしげる。しかしジョンには思惑があった。
「もし重大なエラーが起きてしまったときの目安になるだろ?」
その思惑は隠したまま、当たり障りの無いことを述べる。9も疑う様子はない。
「そっか。でもそんな約束しなくても私は普通指揮官を襲ったりしないよ~」
「すまんな、俺だって9を信じたい気持ちはあるんだ。だけどその左手をナイフからどかさないようじゃ信じる気なんて起きてこないんだよ」
9のリラックスしたような動きが突然止まる。
「いつから?」
「話をしはじめたあたりでは既にだったな。無意識か?」
9は首を縦に振った。もちろん肯定の意味である。
「思ったよりも深刻なようだな。指揮官の首を掻き切る戦術人形なんて一発廃棄だぞ」
「そうだね。それでちょっとお願いがあるんだけど――」
9の足についた外骨格が起動し、静かな空間に駆動音が響く。
「――指揮官、私から逃げて!」
9はナイフを振り切る。それと同時に壁に立てかけてあった銃を右手で掴み、そのまま動きを止めずに構える。ホロサイト越しにジョンを見つめる瞳にはかろうじて正気が残っていた。いや、残ってしまっていた。
「すまん、とりあえず眠っててくれ」
9が引き金を引くよりも早く、ジョンは9のすぐ近くに踏み込んだ。乱暴にポーチから出されたのは注射器である。9はそれが人形の活動を緊急停止させる薬剤が入っているものだと知っていた。
腹にプスリと針が突き刺さった感触を最後に、9のメモリーは記録を停止した。
=*=*=*=*=
カタカタという打鍵音で9は覚醒する。腕は後ろで縛られ、足は外骨格等の装備が外された状態で縛られていた。身体を楽な姿勢にしたいと四肢に信号を送るも、切断されているようでピクリとも動かない。
「ねえ、指揮官だよね?」
「ああ」
ジョンの返事はそっけない。
「ごめんね。まさかあんなすぐに約束を破っちゃうなんて」
「ああ」
「……ねえ指揮官、聞いてる?」
「ああ」
打鍵音は先程から止まることなく鳴り続いている。9の表情から反省の色が抜けていく。
「……ねえ指揮官、結婚しよ?」
「ああ……ああ?」
「なんてね、冗談だよ~」
9はしてやったりと舌を出す。その顔を見て集中力が切れたジョンはキーボードを膝の上からどかした。
「それで、私は今どうなってるの?」
「そうだな、一応説明しておこう」
ジョンは今9のシステムを端末でハッキングして無理矢理動きを止めていることを伝える。システムを正面突破するには技術が足りず、遠回りしてしまっていることも隠さずに9に報告した。
「直りそう?」
「難しい。そもそも俺はシステムに触ったことはあっても専門家には程遠いからな」
「そう、やっぱり難しいんだね」
「まあ任せておけ。少なくとももう侵入口は見つけられたんだ。きっとこれから良くなるさ」
ジョンは毛布にくるまった。腕時計はもう夜を指し示していた。外は真っ暗になっても、雨は降り止まない。
「ハクション!うう、さみい。9、体温調整のシステムは動いてるか?」
「うん、問題ないみたいだけど」
「ならよかった。毛布は俺がもらう」
ジョンは9用の毛布を自分の方へ手繰り寄せる。
やたらと気温が低いと思った9は焚き火が消えてしまっていることに気づく。おそらく薪がきれてしまったのだろう。人形である9なら余裕で耐えることのできる気温だが、人であるジョンには少し低すぎた。
「ねえ指揮官」
「なんだ?」
「よかったら毛布に一緒にくるまらない?少し体温を高めに設定すれば湯たんぽみたいで暖かいかも。なんてね~」
「いいのか?ありがたい」
笑ってごまかす9を無視してジョンは9の隣に移動して毛布に一緒に入る。
「ええ!ちょっと指揮官!」
「あったけ~」
すぐに寝息を立て始めたジョンは寝ぼけて9に抱きつく。
「ちょっと指揮官!?私達そういう関係じゃないでしょ!?」
しかし9の抵抗は無駄である。ジョンはいくら大きな音をたてても起きないことで部隊内でいつも話題にのぼるような奴であるし、身体の動かない9はジョンの腕から逃れることなどできないのだから。
「も~。べ、別にいいんだけどさ~」
9は自分のシステムが状況の変化から高速で何かを演算し始めるのを感じ取って、それらを強制中断してスリープモードに無理矢理入った。
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影
ターンという一発の銃声でジョンは飛び起きる。たぬきの寝入りが得意であると隠し続けてきた彼であるが、命の危険があるこのときばかりは反応した。
「指揮官~起きたなら離して~」
「ああ、すまん」
9はふくれっ面でジョンに抗議するも、彼はそれを気にもとめずに装備を確認する。
「どっちの方角だった?」
「わからないよ。洞窟の中で反響しちゃった」
「ちっ、G&Kの奴らならいいんだが」
「銃声の音から銃の割り出しはできるよ?」
「そうか、頼む」
9は目を瞑ってしばらくう~んと唸る。
「味方……?の銃みたい」
「どういうことだ?」
9はジョンの視線から目をそらす。
「わからないの。敵味方の識別システムもバグがあるみたいで」
「そこもか……こりゃ早く直さないと大変だ」
前途多難過ぎやしないかと、ジョンは神を睨むかのように快晴の空を睨みつけた。
=*=*=*=*=
草木をかきわけながら森を進む。ジョンは額から流れ出る汗を袖口で拭った。
「あっついな、脱ぐか」
9は洞窟に置き去りにしてきたので遠慮なしにジャケットを脱ぎ去る。腕に張り付く葉がうっとおしく思うも、少しだけ暑さが増しになったように感じた。
銃声の方向はジョンが来た方向、つまりヘリコプターの落下地点の方向からだった。9は味方だといっていたが、システムの状態を覗いたジョンはそれを信用できなかった。
9に埋め込まれていたウイルスはとても厄介なものだった。取り除こうとすればより奥深くまで根を張るトラップまで仕込まれており、うかつに手が出せるものではなかったのだ。
また、ウイルスは9のシステムを消去するのではなく、上書きや追記をするものだった。つまり、9はウイルスの影響で鉄血の人形すらも味方と認識してしまうようになっているかもしれないということだ。
しばらく歩いたあと、ふと足元の違和感に気づきジョンは足を止めた。
「これは……小さいながらに深い足跡……重い荷物をもつ少女?……なわけないか」
武装した戦術人形がここを通ったということだろう。ジョンは拳銃を手にとり、さらに警戒しながら進む。しばらくするとヘリの墜落地点に着いた。
「物資を回収してから撤収するわ。一つずつ持って帰りなさい」
突然聞こえてきた声にジョンは反応して草むらに隠れる。草の隙間から覗いてみれば、鉄血の人形たちがヘリコプターに積んであった補給物資を盗んでいるのが見える。
「ホント……どこに行っちゃったのかしらね……」
ジョンは歯を食いしばって今すぐ飛び出したくなる気持ちを抑え込む。相棒の死体を足で転がす光景を黙って見ていることしかできない無力さを悔やむ。
人形たちが去ったあとにジョンは警戒を緩めないまま草むらから出た。相棒の死体に近づき、手を合わせる。しばらく黙って祈ったあと、首から下げられているドッグタグを引きちぎる。
残っている物資はほとんど燃えてしまったもので、まともなものはバッグ一つ分程しか残っていなかった。なけなしの物資をかき集めたジョンは、丁寧に痕跡を消しながら来た道を戻った。遠くからその影を見ているものがいたことに、彼が気づくことはなかった。
=*=*=*=*=
「おかえりなさい、指揮官」
「ああ、ただいま」
「何か見つかった?……ってどうしたの?」
「何がだ?」
「酷い顔してる。何か嫌なものでも見ちゃった?」
「いや、何でもない。それよりも、鉄血の人形がいた。イントゥルーダーのオマケ付きでな」
ジョンの報告に9は悲しい顔をする。やはり彼女の敵味方判別システムは壊れてしまったようだ。
「ごめんね。私、役立たずで」
「なに、昨晩凍えずに寝れたんだ。感謝してるよ」
「……ありがと」
9のことを一瞥してジョンは荷物を置く。
「だから今夜も頼むわ」
「指揮官なら……いいよ」
「……冗談のつもりだったんだが、言質はとったからな」
その日もぐっすりと眠るジョンに抱かれながら、9は見たこともないきれいな夜空を眺めていた。
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コア
鉄血の人形に遭遇してから三日後、洞窟を満たす打鍵音を少女の声が上書きした。
「あっ動いた」
9が嬉しそうに身体を動かすなか、ジョンは座った体勢から後ろに倒れ込む。
「久しぶりにこんなに頭を使ったかも知れん。流石に疲れた」
「指揮官、お疲れ様。私ちょっと外に行ってくるね!」
「ああ、いってらっしゃい」
ジョンは寝転がった状態のまま手だけ振って彼女を見送る。嬉しそうに駆けていく彼女をみていると元気が出てくるが、身体の疲労をごまかすことはできなかった。
9の身体が動くようになったのは、数日前の暴走の原因を解明できたからであった。どうやら鉄血からハッキングを受けたことを他者に伝えると発動するらしい。そのプログラムを削除はできなかったが、発動したものを再び潜伏状態に書き換えることはできた。
「しっかしまさかこんなところでキーボードを叩く日が来るとはね」
ジョンは辺りに散らばるメモ用紙の一枚を手に取る。そこには何度も修正線の入れられた、プログラミング言語の仕様を表す文字がびっしりと書き込まれている。もちろん彼のお手製のもので、今や彼の手助けをする聖書である。
「まったく……見たことがない言語を組むのは骨が折れる」
ジョンは目を瞑る。木々の擦れ合う音が疲れた彼の脳に染み入る。
少しうとうとしたあと、彼は起き上がって洞窟の外に出る。近場で薪を拾って、川で空のペットボトルに水を注ぐ。そしてポケットから端末をとりだして電源を入れた。
「ここでもダメか」
ネットワークの接続強度を示すバーが未接続状態であると示している。もしここがG&Kの勢力内であるなら、基地局が機能しているはずだった。しかしその様子は感じられない。
はあ、とため息をついて洞窟へと戻る。まだ9は帰っていなかったので、ジョンは火をつけて待つことにした。サバイバルキットがありジョン自身そういった訓練を受けたこともあったのですんなりと火は着いた。
「ただいま!指揮官見てみて!」
「おかえり……ってなんだそりゃ!」
「何って今日の晩ごはん?」
9が持って帰ってきたのは、肉付きの良い見事な鹿だった。
「解体の仕方なんて知らねえぞ!」
「大丈夫!私にまかせて!」
9は手慣れた手付きで解体していく。戦術人形とは……とジョンが自問している間に9は火にかけ始める。
「う……美味え……」
「それはよかった!料理の腕にバグはないみたいだね」
香草の良い匂いがジョンの鼻をくすぐる。用意した分はすぐになくなってしまった。
「ふう、腹いっぱいだ。ごちそうさま」
「おそまつさまでした~。残りは干し肉にしてみるね」
9は木の枝を巧みに使い、肉を干していく。数日はあのまずい戦闘糧食を食べなくても良いという事実にジョンは自分の気分が上向きになるのを感じた。
片付けを終えると9にプラグを差し込んで作業を再開する。9には告げていないが、ジョンは戦術人形にとって致命的ともなるプログラムを仕込んでいた。一刻も早く9を正常に動く状態に戻して、そのプログラムを削除できるようにしたかった。
「ねえ、指揮官」
「どうした?」
「指揮官はどうしてパイロットになったの?」
ジョンは無言でキーボードを叩き続ける。9はその様子を見て話す気がないと察し、諦めて俯く。
「空を……空を飛んでみたかったんだ」
しばしの無言の後、ジョンはそうぼそっと呟いた。
「空?」
「元々はヘリコプターじゃなくて戦闘機のパイロットになりたかったんだ。でも入隊検査で落とされてな。その後は普通にプログラムの技術で就職したよ」
ジョンはキーボードを叩く手を止めた。
「就職ってことはG&Kじゃないとこ?」
「ああ、そのあといろいろあってG&Kに引き抜かれてな。パイロットに成りたかったと言った次の日には乗せられてたよ」
「珍しい。システムエンジニアを引き抜くなんて」
「……ほら、一回意識途切れるから寝転がってくれ」
「はいは~い」
9は何も疑わず、言われたとおりに横になり目を閉じた。
ジョンは物言わぬ本物の人形と化した9に手を伸ばす。シャツのボタンを丁寧にひとつひとつ外していき、そのまま胸と腹はだけさせる。下着も破かぬよう丁寧にめくると、胸の下あたり、つまりは鳩尾のあたりを触る。
「やはり……か」
押し込むとカチリと音がして、パネル状になった人口皮膚がスライドする。中には人体を模倣したパーツの他に、真っ黒な箱が収まっていた。これが彼女を戦術人形たらしめるコアである。これがなければ彼女は戦闘に関する機能を喪失してしまう。
コアを丁寧に取り出す。途中配線が絡まっておりヒヤリとするが、なんとか無事に取り出すことができた。唯一ある端子に端末をつないでアクセスを開始する。
「なんだこりゃ……流石に素人が手に出せる代物じゃなかったか」
表示されるのは膨大な量の規則的な文字列だ。しかしジョンにはそれが、見たことがないプログラミング言語で書かれたものということしかわからない。
「また解読しなおし!?ふざけんな!」
ジョンは潔く諦めてコアを元に戻す。人工皮膚をスライドさせると、つなぎ目は消えて綺麗な肌に戻る。服も元通りにしてジョンは再び9のシステムにアクセスする。コアを覗いたことによるプログラムの強制変更がないことを確認して、ジョンは起動コマンドを打ち込んだ。
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破壊
「あ、しまった!くそ!」
ジョンの声が洞窟に響く。元々速かった打鍵音がさらに速く、そして強くなる。
「ど、どうしたの指揮官?」
「9、すまんが話してる暇はない」
「えっちょっ…指揮…どうし…の?」
「ちくしょう!9、端末にありったけのデータを流し込め!」
「よくわ…んない…ど、了…!」
ジョンは画面の端に出てきた進行状態を表すバーを横目で見る。しかし進み具合が遅い。送信側のメモリが別の動作に盗られているのだ。
バーが半分を過ぎた頃、突然座っていた9の身体が横に倒れる。ジョンは端末を投げ捨てるように置いて9に近づく。
「あ…?おか…いな、力が…らな…よ」
「頑張れ!できる限りデータを送り込め!」
フッと9の目から光が消える。全身は既に脱力しきっており、肩を揺らしても何も反応しない。
「くそっ!内部から壊すウイルスは想定してたのに!……そうだ、データ!」
ジョンは再び端末に向かうが、画面はエラーのダイアログが無数に表示されているだけだった。
「まさか……端末にまでウイルスが?」
端末はその数秒後、急いで対処したジョンの努力をあざ笑うかのように、煙を吹きながら画面が真っ黒にそまった。
=*=*=*=*=
9はジョンのバイタルの不安定を察知してスリープモードを解いて起動状態に戻った。見てみればそこには額に汗を流してうなされるジョンの姿があった。
悪夢を見てうなされるなんて子供みたい
9はそう思ってクスリと笑った。
「9……ちくしょう……頑張れ……」
「指揮官、私の夢をみてるの?」
9はジョンの汗を拭って、手をにぎる。
「大丈夫、指揮官。私はここにいるよ」
そう9が呟いた瞬間、ジョンの手に力が入る。完全に油断していた9はその引かれる手に抵抗できずに、ジョンの胸元に引き寄せられてしまった。
「夢……か……夢で良かった」
そう言いながらジョンは9を抱く力をさらに強める。
「ちょっと!指揮官!苦しいってば!」
9の抗議の声はジョンに届かない。むしろさらに強く抱きしめられるばかりだ。
「もう……指揮官ったら」
抵抗が無駄だとわかり、9は腕をジョンの背中へ回した。
「大丈夫、私はここにいるよ」
9はジョンが落ち着くまでその背中をさすってあげた。
=*=*=*=*=
「すまん、取り乱した」
「いや~まさか指揮官の胸で窒息死する体験をするとは思わなかったよ」
「ほんとにすまんかった」
ジョンは土下座をしていた。昔の仲間に聞いた最上級の謝罪の構えである。
「ふん!しばらくは戦闘糧食しか食べさせてあげないんだから!」
「それだけはご勘弁を~!」
「……フフッ。ハハハ!」
9は急に怒っていた顔を笑顔に変えて、腹を抱えて笑い始めた。
「そんなに嫌なの?戦闘糧食なら食べ慣れてるはずなのに!?」
9の笑いは止まらない。それにつられてジョンも笑い始めた。
「戦闘糧食っていっても人形用だろ?あれはまさしく人間の食べ物じゃないんだよ!」
「美味しいじゃん!栄養素をとってるみたいでさ!」
「とうとう味覚までバグったか!?」
「なら早く直してくださ~い」
笑い声は洞窟に響き渡る。それはとても愉しげではあるのだが、その声は彼ら以外にも聞こえているとなれば話は別である。
「くそが!直してやんよ!」
ジョンはコードを持って9を押し倒す。そしてそのまま首にあるパネルを外し、端子を突き刺そうとした。
「動くな」
洞窟の入り口から声が聞こえた。明らかに殺意の含まれたそれは、ジョンを戦闘態勢にするには十分だった。
ジョンは考えていた。もし殺しに来た人物であれば声もかけずに発砲してきただろう。つまりは襲撃者の目的は自分か9の身柄である可能性が高い。そして、彼には奥の手……9の動きも止めた薬がまだ残っていた。人形相手であればなんとか殺れるはずである。
「動くな、と警告はちゃんとしたわ」
すばやく起き上がってポーチに伸ばした手を、襲撃者は容赦なく撃ち抜いた。
「いってえな!」
無事である右手で拳銃を抜き、相手に向かって構える。
「無駄よ。それはダミー人形だから」
入り口から同じ声が聞こえる。と同時にジョンの太ももに赤いレーザーポインターが着いた。
「あなたが何者かは知らないけど……バイバイ」
ポインターはだんだん上に昇ってくる。そして心臓の位置でピタリと止まった。
「45姉!待って!その人を撃っちゃだめ!」
「9、それはできないわ」
45は9の言葉に答えた。いや、答えてしまった。目線は必然的にジョンから離れ、9の方を向いてしまった。
撃鉄が落ちる音がして、爆発音が洞窟内を反響する。
「9!逃げるぞ!」
「了解!ごめんね45姉!」
ジョンに銃を向けていた人形はジョンの発砲によって身体が受けた衝撃により、その照準を心臓から外してしまっていた。
カランという音の後に辺りを光と音が満たす。光が収まったあとすぐに、ジョンと9は動けなくなっている人形の脇を通り抜けて洞窟から飛び出た。
「どこに行くの指揮官!」
「わからん!とにかく走れ!」
襲撃者が9と同じ服を着ていたということをジョンはしっかりと見ていた。襲撃者はおそらく9が元いた部隊のメンバーであるだろうと目星をつける。であれば、まさか編成拡大の回数が一回だなんてことはないはずである。
しばらく走った後二人は廃墟に着いた。どうやら元工場のようである。
「指揮官、少し中で休もう」
「ああ、流石にきつい」
工場の中は意外と綺麗であった。まるで従業員だけどこかに消えてしまったかのようである。
「指揮官、こっちにベッドがあったよ」
「仮眠室か、ありがたい」
ジョンは横になって目を瞑る。脳内麻薬が切れたのだろうか、撃たれた手が熱を持ち始める。
「指揮官、ちょっとまってて!応急処置のために道具を探してくる!」
「ああ、頼んだ」
ジョンは痛みに耐えながらそう返した。
「くそっ、早くここも離れないといけないか」
「その必要はないよ」
額に冷たい金属の感触がする。目を開けて見れば、そこには帽子を被った少女が銃らしきものをこちらに構えながら立っていた。
「……詰みか」
9はまだ戻ってこない。ただの人間であるジョンでも、この状況の打破が不可能であると導き出すのはそう難しくはなかった。
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404小隊
「どうして9と一緒に行動してるの?」
銃を突きつけてきている少女はそう静かに言葉を発した。
「あ、あいつは今致命的なエラーが発生している。俺はそれを直すために――」
「ふーん、そう」
少女はジョンの言葉を遮る。
「でも、もう一緒にいる意味はないよね?端末、置いてきちゃったんでしょ?」
その言葉にジョンは自分たちの荷物を洞窟に残してきたことに気がつく。大半の食料や端末、銃弾の予備も置いてきてしまった。
「ふわぁ。私、もう寝たいし……おやすみ」
少女が指に力を入れていくのがスローモーションで見える。咄嗟に銃を右手で掴み銃口をそらそうとするが、びくともしない。人形と生身とでは力の差がありすぎるのだ。
万事休す……か
「ごめん!G11!」
少女の目が驚愕に染まる。全く気配を感じさせることなく近づいてきた9は、緊急停止用の薬剤をG11に打ち込んだ。
「お前いつの間に盗ったんだ!?」
「そんなことはいいから指揮官!早く逃げるよ!」
二人は工場の出口を目指す。ジョンは途中の部屋に端末が置かれていることに気がつくが、足を止めるわけにはいかなかった。
「指揮官、手は大丈夫?」
「駄目だ!出血が止まらん!」
「しょうがないか、ここで治療していこう!」
そういって9はポーチからガーゼと包帯を取り出す。データとして処置の仕方もインプットされているのだろう、手際が良い。
「とりあえず止血はこれでできたはずだから……指揮官?」
「ああ、すまん。ぼーっとしていた」
もう一緒にいる意味はないよね?
G11の言葉がジョンの脳内をかすめた。
「なあ、ここで別れないか?」
「なにを言ってるの指揮官!?」
「お前のいた部隊は怪我人を見逃すような間抜けじゃないだろ?俺は足手まといだ」
ジョンの言葉に9が俯く。
「それに俺はもう端末を持ってない。お前のシステムにアクセスはできないんだ」
「駄目だよ指揮官。私にとってはもう指揮官以外に頼れる人はいないの」
「無理だ、これ以上は俺の手には負えない。だから……9?」
9は顔を上げてジョンの両肩に手を置く。
「だからお願い指揮官、私を見捨てないで……。もう私に戻る場所はないの……。私一人だけになったらもう自己破壊するしかなくなっちゃうの」
ジョンの肩を握る手に力が入る。ジョンには9の目から涙が溢れ出そうになっているように見えた。
「くそっ、泣くのは卑怯だろ……。わかった、一緒にいてやるから泣くな?ほら追っ手が来る前に離れるぞ」
血はなんとか止まってくれたようだ。これからは痕跡をしっかりと消しながらいかなければとジョンは気を引き締めた。
=*=*=*=*=
「45、やっと見つけた」
「誰……416か」
「9じゃなくて残念だったわね」
「そういうこと言うのはやめてくれるかしら?」
「トリガーに指をかけても無駄ってことくらいわかってるでしょ?それとも改造のせいでそれすら忘れちゃったのかしらね」
45は銃口を下に向ける。その表情は明らかに不機嫌さを表している。
「……それで、何の用?」
「用って……はぁ、先行しすぎたあなたを連れ戻しに来ただけよ。G11は近くの工場跡に残してきたわ」
「……ごめんなさい、私9のことで頭が一杯になっちゃって」
「そんな素直に謝るなんてあなたらしくないわね……。まあいいわ、それで何か手がかりは得られたの?」
「ええ、存分にね」
45は先ほどまで見ていた端末の履歴に視線を移す。人間が即興で作ったセキュリティを突破するのは容易だったが、その内容は理解できなかった。
しかし幸いにもジョンの残したメモが残っていた。そこから彼が9のシステムをいじっていることは推測できた。
「ねえ416、私G&Kに連絡を取ってくるわ。あなたはG11を……反応が消えた?」
「話は後!早く行くわよ!」
「待って」
45は端末を物資の入ったバッグに押し込んでストラップを肩にかけた。
「よし、行くわ」
「容赦ないわね、まああなたらしいとは思うけど」
12の影が森を駆ける。警戒を最低限にしてスピードを重視した45と416はすぐに工場跡に到着し、迷わずに仮眠室へと急ぐ。
「G11!」
倒れているG11に416は駆け寄る。
「停止してる……45、起動コードをちょうだい」
「なんで……なんであの男がこれを持っているの?」
416の言葉に反応することなく45は床に転がった注射器を拾う。緊急停止用の薬剤が入っているそれは、本来指揮官ですらも手に入れることは不可能だ。
「やはりただものではないみたいね……」
こんなにも手応えのある獲物は久しぶりかもしれない
45は自分の口角が上がるのを感じ取った。
「45、聞いてる?」
「ごめんなさい、起動コードよね」
G11にコードを差し込み自分の端末につなぐ。起動コードを打ち込むとG11はゆっくりと起き上がった。
「あれ?私……そうか、9にやられたのか」
G11の表情にいつもの眠気は見られない。あるのは獲物を狩る動物のようにギラついた目だ。416はため息をついた。
この二匹の狂犬を制御しきれる気がしないわ
その呟きを受け止めてくれる存在はいない。
ジョンと9に執着する45とG11、そして苦労人と化した416
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追いかけっこ
ガシャンという音が規則正しく連続して響き渡る。その音はあまりにも大きすぎて、管理室の大窓を揺れさせる。
「いつか壊れるんじゃねえかな」
部屋でコーヒーを飲んでいた男がそう言葉を漏らした。
「俺の帰宅後にしてほしいもんだね」
向かいに座る男は肩をすくめながらそういった。しばらく談笑していると、壁に備え付けられた計器が異常であることを告げた。
「おい、お前見てこいよ」
「しゃあねえな」
男の片方は立ち上がるとヘルメットを被った。ゴーグル型のディスプレイの電源を入れて各機能を点検する。
「じゃあ行ってくる」
男はそういって管理人室を出て、工場内を歩く。異常を告げるアラームの箇所に着くのにそれほど時間はかからなかった。そこは外からの搬入口のベルトコンベア上で、何かが赤い液体を撒き散らしながら流れを止めていた。
それが人間の死体であることに気がつくと同時に、工場内に銃声が響き渡った。
=*=*=*=*=
「夢……か。懐かしいのを見たもんだ」
「おはよう指揮官、また悪夢でも見たの?」
「いや、悪夢っていう程じゃないさ」
そう言いながらもジョンは汗をびっしょりとかいていた。
「出発しよう、見つかる前に」
ジョンは立ち上がって土を払い落とす。9も点検プログラムを走らせて、異常なしの文字にほっと胸をなでおろした。
軍人とはいえジョンは人間である。少しでも栄養をつけようと道端の木の実を齧る。身体への影響は不安ではあるが、9のデータベースにも無害と記録されており、なにより飲水すらまともに得られていない中、水分も摂取できる木の実を食べずにはいられなかった。
「あれは、建物?」
「廃村か、すこし寄っていってもいいか?」
「うん、もちろん。手分けして物色しよう!」
9は少し興奮していた。こういった人間の生活の痕跡を見ることは彼女が昔からよく好んでしていたことの一つだ。あまり良い顔をしないながらもいつも一緒に付いて来てくれた45のことを思い出し、9は棚を開く手が止まった。
「いや、今はそれどころじゃないんだった」
棚を片っ端から開けていく。食料の方は大方駄目になっていたが、包帯などの医療品やバッグなどはまだ使えるものが残っていた。
あらかた探し尽くしたリビングを出て廊下を進み、寝室の扉を開ける。そこにはほとんどが白骨化した死体が抱き合うようにそばに転がっていた。
視界が真っ赤に染まる。エラーを告げるダイアログボックスが視界を埋め尽くす。
9はすぐにその家から出るが、玄関先で蹲ってしまう。しばらくするとダイアログボックスは1つずつ、ゆっくりと消えていった。
「い、今のは何なの……?」
初めて体験する現象に9は戸惑いを隠せない。全身の制御が効かずに震えが止まらない。原因不明のエラーに頭を悩ませていると、後ろから足音が聞こえてくる。
恐る恐る振り返ってみると、ジョンが満面の笑みで立っていた。
「避難所らしきところがあってな。そこにたくさんあったんだ」
そういって背負ったリュックの中身を9に見せつける。そこには賞味期限間近の缶詰がぎっしりと詰まっていた。
「もう、こんなに持ってても足が遅くなるだけでしょう?もう少し減らせないの?」
「次はいつこんな場所に出られるかわからないんだぞ?持っていけるだけ持っていかなきゃ損だ」
「あのね指揮官、物事には限度というものがあってね?」
話しながら9は震えが止まっていることに気がつく。エラーを示すダイアログボックスもすでになくなっていた。
「説教じみた話はあとだ。今は出発しよう」
「そうね。でも道をたどっていくのは発見のリスクが高いわ」
「そりゃもっともだ。だがこれを見つけた」
そういってジョンはポケットから折り畳まれた紙を取り出す。それは山登りのためのルートの書かれた地図だった。
「山登りか……指揮官、身体は大丈夫?」
「大丈夫……とは言えねえな。まだ完全に止血できたわけではないみたいでな」
包帯はすでに赤く染まっていた。物色しているときにまた傷口から出血してしまったのだ。
「じゃあ今手当てしよう、幸いここには医療品がいっぱいあるし」
そういってジョンの手をとり包帯をほどき始める。痛々しい傷の跡を見ても9は動じずに淡々と作業をこなす。9は初めて自分が人形で良かったと考えた。
「サンキューな。じゃあ行こうか」
廃村を見つけられたのは幸運であった。物資の補給はもちろんのこと、近くにまた村や町がある可能性も高いとわかったからだ。
しかし不運であったのは、廃村から痕跡を完全に消せなかったことだった。
=*=*=*=*=
「416、聞こえる?痕跡を見つけたわ。そこから三時の方向にある廃村よ」
「45、お願いだから先行しすぎないでってたった数分前に言ったばかりよ?」
「……それで、二人はどこに行ったと思う?」
「そりゃ道沿いに次の村だか町だかへ向かうんじゃないかしら」
416はため息をつきながら無線で45と連絡をとっていた。となりではG11が銃の手入れをしている。
「9ならきっとそんな見つかりやすい道を通らないよ」
「G11のいうとおりね。私は山道の入り口を探しておくわ」
そういって一方的に無線を切られる。ついため息をもらした416を咎める者はいない。
「ほらG11、行くわよ。早く45に追いつかなきゃいつか鉄血の群れに一人で突っ込んじゃうわよアイツ」
「少し待って……おっけ~出発~」
「……なんで背中に乗るのよ」
「ちょっと休憩……」
「寝ないでよ!ああ、ほんともう!」
416は背中の重りを担ぎ直して廃村への道を進み始めた。
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依存
森の中に得体の知れない鳥の鳴き声が響き渡る。ジョンと9は3日間夜通しで歩き続け、山中にシェルターを構えていた。こうして悠長に拠点を構えられたのは、404小隊が2人に気が付かないまま先に進んでいったからだ。よほどの嗅覚がなければ、再び戻ってくることはないというのが2人の共通認識であった。
「指揮官、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
そう答えるジョンの言葉には覇気がなかった。ただでさえ手の怪我で消耗している中の3日間の強行軍は彼の体力をギリギリまで削ってしまった。その影響で免疫力が低下してしまい、熱を出してしまっていた。
「缶詰は食べられる?」
「ああ、問題ない」
ジョンは9から缶詰を受け取るが、熱でもうろうとしておりうまく開けることができない。
「もう、かして。ほら開いたよ」
「ああ、すまんな」
弱っているジョンを見て9の表情が曇る。やはり人形である自分と人間であるジョンとで生活するのは無理だったのだと考えてしまっていた。
「そんな顔をするな。それより川でタオルを濡らしてきてくれないか?」
「うんわかった!すぐに帰ってくるからね!」
9はバッグから何枚かタオルを取り出し、シェルターから飛び出た。川の場所はしっかりと記録しており、最短距離を駆け抜ける。到着するのにそう時間はかからなかった。
川の水でタオルを濡らし、軽く絞る。そして急いでジョンの元へ帰ろうと振り向いた、その時だった。
気がつけたのは幸運だった。聴覚センサーが少し離れた場所で足音を感知した。
9は細心の注意を払って音の方へと進む。センサーは足音の元には多くの人がいることを示していた。
これが人のだったらよかったんだけどな……
9の聴覚センサーは人の足音とともに、特徴的な駆動音も感知していた。Manticoreと呼ばれる鉄血製の装甲機械である。その4脚の足をせわしなく動かしながら、ひび割れた道路を一列で行軍している。
9は通信機に無意識に手が伸びていた。しかし、404小隊から抜けたときに自ら壊したそれの電源がつくことはない。今の9には強敵を倒す武器も、この状況を助けてくれる仲間もいない。
十分な距離をとってから9は走り出す。タオルが乾いてしまう前にジョンの元へ帰らなければいけない。それに、何か胸騒ぎがした。
「指揮官、ただいま!」
「ああ、おかえり」
ジョンの返事に9はホッとする。演算のバグを疑わざるを得ないが、妙な胸さわぎは気のせいだったようだ。
9が帰ってくるまで寝ていたジョンは、自分が寝汗で濡れていることに気がついた。濡れたタオルを渡されたジョンはおもむろに服を脱ぎ始める。
「ちょっと指揮官!いきなり何!?」
「いや……その、汗をかいたから拭きたかったんだが、あんまりジロジロ見るんじゃねえよ」
「み、見てないよ!」
そういう9は、しっかりと指の間からジョンを見ている。ジョンはなれない視線をくすぐったく感じながらも、汗をふきとる。熱を持った身体が冷えていく心地よさを感じた。
ジョンは悩んでいた。もう9と逃げ続けるには身体が持たないと理解していたのだ。追われることに慣れている彼であったが、だからこそ、これ以上足止めしていては嗅ぎつけられる可能性があるということを理解していた。
だがしかし、そんな彼が9にそのことを告げられない理由があった。先日彼女が言った、自己破壊という言葉だ。ジョンが9に別れを告げるということは、彼女にこれ以上生きるなと言っているのと同義である。
「どうしたの、指揮官?」
「いや、なんでもない」
9の無邪気な顔を見てジョンはその考えを振り払った。ここで彼女と過ごすのも悪くないと考えることにした。
「なあ、もし俺が死んだらおまえはどうするんだ?」
「何を言ってるの!?ぜったいに治るよ!」
「いや、もしもの話さ。おまえはどうするんだ?」
「それは……私も後を追うよ。でも絶対に死んじゃ駄目だからね!」
9の反応を見てやはりか、と心の中で呟いた。コアの感情抑制システムが働いていないようだ。孤独の中に入り込んでしまったジョンという存在に依存し始めている。
「そっか、そりゃなおさら死ぬわけにはいかなくなってきたな」
「そうだよ!指揮官には私を直すっていう重要な任務があるんだから!」
「ははは、端末がなけりゃ無理な話だがな」
そう言ってジョンはバッグを引き寄せる。水を飲もうと思ったのだ。しかし、そのバッグを動かした瞬間、ジョンからは死角となっている場所で何かが倒れる音がした。
それは洞窟に置いてきたはずのジョンの端末だった。
端末を置いていったのは……
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異常
9はジョンの襟をつかんで思いっきり引っ張り、端末から遠ざける。端末に爆破物が仕掛けられた可能性を演算が導き出したのだ。
「指揮官、あれは洞窟に置いてきた端末で間違いない?」
「ああ、少なくとも俺以外であの型の端末を持っているやつはみたことがないよ」
「じゃあ指揮官の端末っていう可能性が一番高いってことだよね……もしや45姉……?」
9は銃を構えてシェルターの外に出る。辺りに変化が見られないことを確認して、罠を確認する。しかしながらなにの痕跡も見つけられない。端末のことさえなければ、だれも来なかったことを確信していただろう。
「9、まずいぞ……」
「ちょっと指揮官!端末は危険だよ!」
「いや、そこは大丈夫なようだが……端末のパスワードが変えられている」
つまりは誰かに確実に侵入されたということだ。ジョンはいろいろとパスワードを試してみるが、パスワードの不一致ではじかれてしまう。
「指揮官ちょっと貸して?45姉ならきっと……」
9はジョンから端末を受け取ってキーボードをたたく。2回ほどエンターを押した後、少し悩んでもう一度打ち直す。
「はいれた……やっぱり45姉だ、間違いないよ」
「45というと……洞窟に襲撃してきた方か」
「そういえば指揮官って404小隊を知らないんだね」
「ああ、結局もうひとりは姿すら見てないしな」
そう話しながらもジョンは端末の変更履歴を探す。案の定自分の知らない領域にデータが入れられているようだ。打鍵音をシェルターに響かせながらジョンは集中していく。9はその様子を見ながら、まだ周囲を警戒していた。
ジョンの手が止まったのはそれから1時間ほどたってからだった。
「指揮官、どうだった?」
「ダメだ……尻尾をつかむことすらできなかった……」
何重もの堅固なセキュリティがあり、その中には多くのダミーとさらにまたセキュリティロックが用意されていた。端末を初期化してしまえば9を直すためのソフトウェアが消えてしまうし、履歴から復旧しようにもバックアップデータの最も古いものが2日前である。消去されたデータを掘り出そうとすればまたマトリョーシカ人形のようなダミーとセキュリティをぬける必要がでてくるのだ。
「しょうがないよ指揮官。だから今は少し休んで?」
「ああ、そうするよ。警戒は頼んだ」
熱がでている中でさらに集中したジョンは疲れており、すぐに寝息を立て始める。9はその寝顔をしばらく見つめて、それからシェルターの外に出てクリアリングを行う。9はもう少し遠くまで安全確認をすることにした。だが異常は見られず、地面を探しても見つかるのは自分とジョンの足跡だけである。
足跡は自分とジョンのものだけである。
どうして分かるかといえば、ブーツが特徴的な足跡を残しているからだ。
ではもし同じ靴を用意したからと言って、9のシステムは欺けない。固有の足跡パターンがあるからだ。彼女の演算機能は、残っている足跡の付き方は間違いなく9とジョンのものであると計算していた。
だがしかし、同じ靴で足跡をたどればどうかといえば、土の凹み具合が体重の差を示してくれるはずである。戦術人形であればハンドガンやサブマシンガンの一部の者たちを除けば、9がつけたものとは違う深さに足跡がついているはずだ。
9がここを離れていた時間はそう長くない。そんな短い時間の中で足跡をたどり、なおかつ後ろ向きで同じ足跡をたどって帰ることは、人形に積める演算機能の制限からして不可能である。
例えばの話として9は条件を組み合わせて計算を行う。
端末を置いていったのが45であるとして、9の足跡をたどってきたとする。
45は9が置いてきた予備の靴を持っている可能性があり、体重は9と同じかむしろ軽く、9の足跡のパターンを持っているはずなので比較的早く足跡をたどることができる。
しかしそこで疑問に残るのは45の現在の居場所である。さすがに高スペックな演算機を持つ45でも、足跡を後ろ向きでたどっていくことをあの短時間で成し遂げることは不可能である。ずっと隣にいた9だからこそ、45の処理能力の限界も知っていた。
ではどこにいるか、と9は考える。その視線は足跡の続く方へ向かっていった。
「もしかして……シェルターの近く!?」
9は走り出す。銃をにぎり直してセーフティーをいつでも解除できるように指をそえた。
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ump45
シェルターの近くに忍ばせているダミー人形の録音を聞いて45は、普段とは違って自分の表情の動きを感じる。
どうやらあのジョンという9のシステムを改変している男は熱を出して寝込んでいるらしい
今ならば容易に殺すことができるだろう
45は前々から考えていた端末と共に設置した即席爆破装置で殺す作戦を実行に移すことにした。自分の制御を一度切り、ダミー人形へと意識を移動する。
ダミー人形の方へ意識が移ったことを確認し、記憶の同期ログを横目で見ながらバッグから必要なものを取り出す。また、端末に端子をつないでハッキングを開始、いろいろなプログラムデータを流し込み始める。
「うんわかった!すぐに帰ってくるからね!」
シェルターの方から9の声が聞こえる。どうやら9が水を求めて川まで走っていったようだ。設置のチャンスである。
手早く作業を済ませて忍び足でシェルターへと向かう。どうやらジョンは寝ているようだ。爆破装置を隠してその近くに端末を置く。後はスイッチを押せば起爆できる状態だ。爆破威力は低いが、端末に近づいたときに爆破すれば十分に人間を殺せるだろう。
シェルターの中が見える位置に隠れる。手の中のスイッチを押す瞬間を楽しみに感じてきてしまい、45は自分を落ち着けるように戦闘糧食を口にいれた。
「指揮官、ただいま!」
9がシェルターに戻ってくる。その手には濡れたタオルが握られていた。45はタイミングを考えなければいけなくなった。ジョンを殺して9を取り戻す。その過程で9を傷つけることは避けたかった。
その瞬間を一時も逃さないよう、45の目が細まる。スイッチを握る手が誤作動を起こさないか心配になるほど彼女は緊張していた。
「なあ、もし俺が死んだらお前はどうするんだ?」
ジョンの言葉に9が怒る。そして、こう答えた。
「それは……私も後を追うよ。でも絶対に死んじゃ駄目だからね!」
その言葉は45を動揺させるには十分だった。
なぜ9は男の後を追うというのだろう?やはり疑似人格まで改変されてしまったのだろうか?
45の脳内を疑問が駆け巡る。
「そうだよ!指揮官には私を直すっていう重要な任務があるんだから!」
45は9のその言葉を何度も繰り返して解釈し直す。私を直す、と9は言った。ジョンは9のシステムを直していたのではという推測を振り払い、何度も解釈を変えてみる。
「ははは、端末がなけりゃ無理な話だがな」
ジョンがそう言って端末を置いた近くのバッグへと手を伸ばした。今爆破させれば腕を吹っ飛ばせるだろう。まともな治療施設がないこの状況ならジョンを殺すには十分だ。
スイッチを握る手に力が入る。そのスイッチを押せばこの悩みから開放されるかもしれない。しかし、大切な9を失う可能性すらあるそのスイッチを、45に押すことはできなかった。
=*=*=*=*=
45はジョンの寝顔を見下ろす。その目には敵意こそあれど、殺意はなかった。ジョンはまだ熱がさがっておらず、苦しそうにしていた。
「誰だ……?」
ジョンが薄く目を開けた。45はジョンに馬乗りになり足と片手で彼の手を押さえつける。ジョンは元から弱っていることもあり大した抵抗もできずに動きを封じられてしまった。
「たしか……45だったか?」
「覚えててくれたの?だけど……もう覚えていなくてもいいわ」
空いた片腕でジョンの首に手をかける。この手に力を入れてしまえば、人間である彼はいとも簡単に窒息死してしまうだろう。45の手に力が入っていく。
ジョンは意識が薄れていく中、その手の力が弱まっていくことに気がついた。しかし、その力が弱まるよりも先に、彼の意識は闇へと沈んでいった。
=*=*=*=*=
「指揮官!」
シェルターに駆けつけた9はそう叫んで中へと入る。するとそこにはジョンの上に乗って首を絞めている45のダミー人形の姿があった。
「9……大丈夫よ」
そう言う45の表情は優しい。しかし、それは45の意識がダミー人形に宿っていることの証明になってしまった。
「絶対に……絶対に許さない!」
9の指に力が入り、連続した爆発音がシェルターを満たす。45の身体に銃弾が突き刺さっていく。45のダミー人形が完全に動かなくなった後、9はゆっくりとその人形に近づく。首元のパネルを外して手を突っ込み脳にあるメインシステムを破壊してから、ようやく銃のセーフティーをかけた。
「指揮官……!生きてる!」
意識を失ってはいるが、ジョンの胸は上下しており生きていることを視覚的に9に伝えてくる。
「良かった……本当に良かった……」
9の声が、寂しくシェルターの中へと響いた。
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システム
「45?ねえ、45起きなさい」
45のシステムが再起動し、意識が元の身体へと戻ってくる。
「ダミー人形にでも意識を移してたの?油断しすぎよ」
瞳が作動して顔をのぞき込んできている416の顔にピントがあう。システムチェックが完了し、異常なしという診断結果が視界の端に表示された。
しかしながら、45にはまだ9から撃たれた感触が身体に残っている気がした。動作が効かなくなった後に首に手を突っ込まれ、破壊されるまでのことが何度もフラッシュバックする。
「ちょっと45、なんかおかしいわよ。どうしたの?」
「いえ、なんでもないわ」
45はそう答えて立ち上がる。装備を確認して、再び歩き始めた。そのフラフラとした足取りを見て、416は深いため息をついた。
=*=*=*=*=
「あら、めずらしい客人ね」
ペルシカはコーヒーをすすりながら、部屋の入り口に立つ人物を眺めた。その人物はフードを深く被っているが、その腕に付いているものでペルシカは彼女の正体を察した。
「知りたいことがあるの」
「特別な暗号技術を積んだ君がわざわざ訪ねてくるほどのことだ。聞かせてもらおうか」
そういってペルシカはソファーへと移動する。自律人形がお茶を置き、来訪者はそれを手に取った。
「それで、いったいどんな厄介ごとなんだい、ump45」
「人形に関してならあなたが1番詳しいと思ったからここに来たわ。そしてこの情報は外部に漏らして欲しくないんだけど、お願いできるかしら」
フードを脱いでお茶を手にとったものの、45がそれを口に運ぶ様子はない。
「残念ながら確約はできない。何せ私はしがない研究者、出資者からの圧力には抗えないのさ」
「……自分から話さなければそれでいいわ」
「理解してくれてなによりだよ。それで?」
「9がウイルスに侵されているわ。直したいのだけど」
45の言葉にペルシカは笑みを浮かべる。
「鬼の404小隊長にも涙ね。あなたがそんな顔をするようになるなんて思わなかったわ」
「顔……?なにか変?」
「そりゃもう。まるで家族の不幸を嘆き悲しむ人間のようだ。どこでそんな表情を……いや、危機感による感情の暴走……」
突然うつむいたかと思うと、ポケットからメモ帳を取り出し何かを書き始める。
「その……話を続けていいかしら」
「おっとすまない。新しい研究テーマを見つけてしまってつい」
「さすがは研究者ね、扱いきれないわ。それで、直すことは可能かしら?」
ペルシカはおもむろに立ち上がり、デスクへと向かう。そして端末を立ち上げてから45の方へと向き直る。
「どういったウイルスかはわかるかい?」
「システムを改変するらしいわ。実際に私、ダミー人形の一体を破壊されたわ」
「仲間を破壊!?……これは知っていると思うけど、君たち戦術人形にはフレンドリーファイアを防ぐ機能が備わっている」
「ええ、知ってるわ」
「もし、もしウイルスが今もump9の中にいるとすると……手遅れになるかもしれない」
その言葉に45は思わず立ち上がる。
「どういうこと?」
「そのままの意味さ。彼女は既にコアまで侵入されている。つまりはいつメインのシステムを壊されるかわからないのさ。ある日突然動かなくなるなんてこともあるかも」
45は脱力する。彼女ら404小隊にバックアップデータは存在しない。メインシステムがやられてしまえば二度と彼女は戻ってこない。
「とにかく早急な対処が必要だ。彼女は今どこに?」
「……技術員をよこしてくれたりしないかしら?」
「無理だね。私以上に人形のシステムに詳しい人物はもう存在しない。コアへのアクセスができる者も限られているし、私以外は自分の仕事でコーヒーを飲む暇すらないようでね」
「つまりは誰かが9を直そうとしても無駄だってこと?」
「そうだね。ウイルスに侵されたシステムを復旧することは不可能だ。人形のシステムはハッカーですらなげだすほど複雑だ。経験がないとまず無理だ」
「もし書き換えられる人がいる人がいるとしたら?」
「だからそんな人はいないと……いや、いたかもしれないね」
「誰?」
「人形システムの開発者たちさ。何も人形製造に乗り出したのはI.O.Pや鉄血だけじゃない。多くの中小企業だって開発していたさ。最もそのほとんどはもうつぶれてしまったけどね」
「なるほど、そこでシステムを触っていた人ならば」
「あくまでの話しさ。可能性があるならそんなところだろうね。もっともそれに合致する人物は私の記憶の中では全員が死亡しているけどね」
「死亡?何か事件?」
「いや、老衰さ。老後の楽しみとしてばくちをして、その大半がその夢を抱えながら死んでいったという何の面白みもない話だ」
ジョンは少なくとも老人ではなかったと45は彼の容姿を思い出す。であればやはり彼に対しての謎は深まるばかりである。
「しかし、ump9は君たちから離れてしまったんだね?」
「……ええ、ある日突然ね」
「そうか、まるで死期を悟った猫のようだね」
「あまり意味のない発言は控えてくれるかしら」
45の鋭い目線がペルシカに突き刺さる。
「そう怒らないで、ただのたとえ話だよ。それよりも、何か他に用事はあるかい?ump9の話は諦めるか無理やりここに持ってくるかしないと不可能ということが結論だが」
「そうね、欲しいものがあるわ。人形の動作を強制停止する薬はある?」
「……404小隊なら存在を知っていてもおかしくはないか。残念ながらアレを渡すわけにはいかない」
「どうして?」
「だって君、その薬を仲間に使うつもりだろう?しかしそれは無理だ。味方に危害を加える行為はシステムが許さない。そうさっきも話しただろう?」
「……じゃあ私のシステムでその制限を解いて」
「無理だ。もしそうしてしまえば私は打首だ。文字通り首と身体がお別れしてしまう」
「どうしても?」
カチリという音が部屋に響く。それは45が銃のセーフティを外した音だった。
「……しょうがない、私も命は惜しいからね」
「あら、案外あっさり許してくれるのね」
「君はためらいなく私を殺せるようにできているからね。君たちに味方として登録されているのは404小隊だけなのさ」
ペルシカはコードを引っ張って45へと渡す。45はそれを受け取ると、自分に差し込む前にバッグから何かを取り出して机の上に置いた。
「変なことはしないでよ?」
「やれやれ、少しは余裕をくれよ」
45がとりだしたのは、カウントダウンを始めた時限爆弾だった。
=*=*=*=*=
「おいおいおい、いったい君は何をしたんだ!」
ペルシカの声が彼女の研究室に響く。彼女のシステムに入り込んだはいいのだが、明らかに手が加えられている。しかしそれはまるで目をつぶって打ったかのようにミスが目立つ。
「これは……編成拡大数の増加?衛星経由の操作……ump45、君まさか自分で書き換えたのか」
45が答えることは今はできない。
「おもしろい、不可能にしてある自己改造をしてしまうとは……これは技術革新がおきるかもしれない」
ペルシカは再びメモ帳をとりだし、書き込んでいく。しかしながら机の上の爆弾を見て再び作業に戻った。
「フフッ、常に冷血であれとプログラムされた君がここまでむちゃをするようになるとはね」
ペルシカは笑いが止まらない。9の離脱によってここまで404小隊が変化するとは想定外なのだ。
「できたよ。気分はどうだい?」
45は目を明けてゆっくりと起き上がる。
「……最悪の気分よ。まるで他人に自分の中を隅々まで見せたみたい」
「みたい、ではなく本当にそうなのだが、まあいい。これで私は解放されるのかい?」
「ええ、用済みね。ここで消したいところだけど、さすがにそこまでの勇気はないわ」
45はフードを被り扉へと向かう。そして一度ペルシカの方へと向き直った。
「まあ、感謝しているわ。ありがとう」
そう言って45は部屋から出た。ペルシカはしばらくは動けなくなった。
「はは、君が感謝の言葉を言えるなんて聞いてないよ」
そう言って机の上のコーヒーカップに手を伸ばしたところ、何かに手が触れる。
それは45の置いた時限爆弾だった。
「おいおい、まさかね」
カウントが0となる。光が部屋を満たしていく。ペルシカは急いでソファを飛び越えて身を隠す。
しかし、いつまでたっても爆音も爆風もなかった。
改造に改造を重ねる45
未だ45の行動を把握しきれていない416とG11
そしてジョンと9は……
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失速
「なあじいちゃん、なにしてるの?」
男の子はソファに座る老人の手元をのぞき込む。老人は年齢からは考えられないほどの打鍵音で、端末に文字を打ちこんでいた。
「これはね、ヒトを作っているんだよ」
「ヒトって人間のこと?でもお母さんは人間は畑から取れるんだって言ってたよ」
「ははは、人間はさすがに作れないさ。でも人間に近い存在を作る、それが私の夢さ」
「夢?……じゃあ僕も大きくなったらおじいちゃんと一緒にヒトを作る!」
「うれしいねぇ。そうだ、じゃあこれをやろう」
そういって老人は胸ポケットから金属の板を取り出した。何か文字が刻印されているが、男の子にはまだそれが読めなかった。
「なにこれ?なんて書いてあるの?」
「知りたい?」
「うん、知りたい!」
「そうかそうか。じゃあ宿題を終わらせてからだな」
「えー!」
家の中は談笑の声で満たされる。ごく普通の、ただの一般家庭であった。
=*=*=*=*=
「指揮官、おはよう!」
「おはよう、9」
9はジョンの腕から抜け出して軽く身体を伸ばす。ジョンは朝の肌寒さに毛布に包まる。少し熱も下がったようで、冷たい風に心地よさを感じる。
「よし、出発するぞ」
「うん、了解!」
9は笑顔で銃を構える。ジョンはその笑顔からつい目をそらしてしまった。
45の襲撃以降、9とジョンは再び404小隊から逃げる生活に戻っていた。たまに聞こえる銃声は、追跡者が迫ってきていることを2人に告げてくる。
そしてもう一つ、変化があった。夜の時間に9が外に出るようになったのだ。ジョンは警戒に出ているだけだろうと考えていた。朝までには戻ってきてジョンの腕の中に収まっているので、それほど心配もしていなかった。
「指揮官、あれを見て!」
すこしひらけた場所に出た9は視界の先に映る町を指差す。廃村よりも大きく、スーパーマーケットや病院も見えた。
ジョンの顔も心なしか明るくなったようだ。
「今日……はさすがに無理かな。でも明日には付きそうだよ!」
「ようやく補給できるのか、今夜はごちそうだな」
「ごちそうって言っても缶詰だけどね~。でも戦闘糧食よりかはましか」
「ははっ、違いねえや」
そう言ってジョンはペットボトルのキャップを外す。回転するキャップはするりと手を抜けて地面へと落ちていく。
「おっと」
ジョンはそれが地面に落ちる前にキャッチした。その瞬間、銃弾がすぐ近くの木に突き刺さる。
「指揮官、伏せて!」
9はジョンの頭を上から押さえつけながら、もう片方の手で銃弾の飛んできた方向へ弾をばらまく。その弾はおそらく当たっていないのだが、ジョンを狙った銃撃はもうこなかった。
「もう404小隊に追いつかれたのか!?」
「違う……と思う。とにかく今はここを離れなきゃ」
その小さい身体でジョンをかばいながら移動する。ジョンはそんな中、銃弾の当たった木を見ていた。もしキャップを拾うためにしゃがんでなければ、あの木ではなくジョンの頭に銃弾がめり込んでいただろう。
=*=*=*=*=
2人は崖下のくぼみに逃げ込んだ。ちょうど良く倒木があり、寝転がっていれば姿が隠れるようになっていた。
「それで、さっき404じゃないと言ってたよな」
「うん、あの撃ち方……一発で仕留めようとするのは404小隊の誰でもないよ」
「そうなのか?」
「うん、G11なら頭なんて狙わずに足とかを撃って動きを止めてからトドメをさすはず。416は私から狙うはずだし、45姉だったら――」
「いや、もういい。それで、何者だと思う?」
「十中八九は鉄血じゃないかな」
「だよなぁ。まったくしつこい奴らだ」
ジョンは木々の隙間から見える夕焼け空を眺める。その様子を見て9は疑問を思い出した。
「そういえば指揮官って何か特別な存在だったりする?」
「どういうことだそりゃ?」
「いや、前から気になってたんだけどね。鉄血にヘリコプターを落とされて、捜索されてるなんて一般人にしては過剰なほどに狙われてるなって」
「ああ……そうか。もしかして落とされたのは俺が原因か……あいつには悪いことをしたな」
隣に座っていた相棒をジョンは思い出す。軽口をたたきあうほど仲がよかった戦友である。少なくとも間違いで殺さえるような人物ではなかった。
「それで、どうなの?」
「そうだな……、話すまえに水飲んでいいか?」
「うん、はいどうぞ」
「ありが……」
ジョンに水を渡して残りの本数を数えていた9は、自分の後ろでドスンと何かが倒れた音を聞いた。
「指揮官?……指揮官!」
倒れたジョンに急いで駆け寄る。息はしているが荒い。手を額に当ててみると、明らかに熱い。どうやら熱が下がったのは一時的で、ぶり返してしまったようだ。
9の中でさまざまなタスクが組み上がっていく。ジョンを救う最善手を選ぼうと演算能力をフルに使って解決策を探してゆく。
「指揮官……待ってて!」
水や食料をすべて取り出してジョンの近くへと置くと、9はバッグを持って立ち上がった。彼女の出した答えは、近くの町へと向かうことだった。人がいれば助けを求めることができ、いなくとも解熱剤などが残っているかもしれない。
もうこれ以上ジョンに熱を出させるわけにはいかない。どんどんと削られていく体力からして、彼が町へと到着したころには一歩も動けない可能性が高いと9は計算したのだ。
9は森を駆け抜ける。途中、枝に服が引っかかりほつれてしまうが、気にもとめずに走り続ける。
9が町に着いたのはもう日が暮れてあたりが真っ暗になった後だった。しかし、夜だと言うのに町には街灯の一つすらつく気配がなかった。
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あやしい町
9は銃をにぎり直して、静まり返った町を歩く。確かにもう夜ではあるが、寝静まるには早すぎる。
「どういうこと?」
廃村のように廃れていれば理解できる。しかし、ここはまるで住人が突然消えてしまったかのように生活感が残っているのだ。
警戒を緩めないまま9はスーパーマーケットへと向かう。薬に関して専門知識があるわけではない9は、市販薬に頼ることにしたのである。
ゆっくりと扉を押してみると、普通に開いてしまった。店の中にも人の気配はなく、商品も陳列されたままだ。9は薬が置いてあるコーナーへと向かい、いくつかの薬を雑にバッグへと詰めこんだ。この不思議な場所をもう少し調べたかったが、早くジョンのところへと戻らなければいけない。
9は再び全速力で町を駆け抜け、山へと突入した。
=*=*=*=*=
「良かった、見つかってないみたい」
戻ってみればそこにはまだ眠っているジョンがいた。缶詰が一つ開いているところを見ると、一度目を覚ましたらしい。
「えっとこれは頭痛薬で、これは整腸剤で……あった、解熱剤」
9は箱の側面の用法を読み込む。しかし、寝ている相手への薬の飲ませ方など書いてあるはずもなく、とりあえず枕元に薬を置いておくことにした。しばらく9はジョンの顔を眺めながら座っていた。彼に会ってから刻一刻と状況が変わっていく。初めこそ自分を直してもらうための共同生活であったが、今はその目的から大幅にそれてしまっていることを自覚していた。しかし、9にとってはもうジョンもかけがえのない家族の1人であった。
「じゃあ次は……ゴミ掃除だね」
9はおもむろに立ち上がって銃のセーフティを外す。不要な荷物をバッグにいれてジョンとともに倒木の陰へと隠した。
パーカーのファスナーを上まで上げてフードをかぶる。バンダナで口元を隠せば、ほぼ真っ黒な人型のできあがりだ。
「じゃあ指揮官、行ってきます」
9は真っすぐ目的地へと進んでいく。目標は鉄血の人形だ。404小隊を相手取るには力不足ではあれど、鉄血兵数体であれば勝てるくらいの実力はあると自負していた。
敵はすぐに見つかった。ジョンが撃たれたときに軽く計算した予測位置のすぐ近くにいたのだ。9は木の陰に隠れながらゆっくりと射程圏内まで近づく。特別製の人形である9をただの鉄血兵が感知することは不可能だった。しかし、引き金にかけたその指が動くことはなかった。
9は驚いた表情を浮かべたあと、唇を噛んだ。
=*=*=*=*=
ジョンが目を覚ますと目の前に何かの箱が視界を塞いでいた。しかしほんのり温かい腕の中からして、これは彼女からの贈り物だろうと見当をつけた。
「9、おはよう」
「おはよう、指揮官!ぐあいはどう?」
「まだ熱がひどいみたいだ。熱いのに寒気がしてきた。これはおまえが?」
「うん!ただの市販薬だけどね」
「いや、ありがたい」
ジョンは薬を取り出して水で一気に飲み込む。
「ところで昨日はどこに行ってたんだ?薬の入手手段も気になる」
「昨日見えた町までひとっ走りね。途中木の枝に髪の毛が引っかかっちゃって痛かったんだよ」
「町か……どうだった?」
ジョンの質問に9はあまり良い表情を浮かべなかった。しかし情報を伝えないのはそれはそれで問題だろう、9は町の様子をジョンに話した。
「あやしい町か。でも行かざるを得ないからな……」
「うん、町では私から離れたりしないでね?」
「わかってるさ。……もう少し休む、警備頼んだぞ」
「了解、指揮官」
ジョンは再び横になって毛布をかぶる。薬があればこの熱はなんとかなるだろう。だから彼は体力の回復を優先するべきだと結論づけたのだ。
「……ごめんね、指揮官」
ジョンが完全に眠りについたことを確認して9はそうつぶやいた。彼女の身体に隠れたところに、ump9が置いてある。しかしその銃は、まるで何か硬いものを殴ったかのように銃床が歪んでいた。
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メール
この小説はゲーム0~6戦役と日本語wikiの知識にて構成されております。
ジョンは目を開けて9がいないことを確認する。まだ空は暗く、時刻を確認してみれば夜中の三時を指している。
バッグを手繰り寄せて中から端末を取り出すと、電源ボタンを押した。夜の静寂に機械の作動音が加わる。パスワードを打ち込むと、ホーム画面に通知が表示された。
「メールの通知?……ネット回線はきてないぞ?」
回線強度を示すアイコンは接続されていないと表示していた。しかしながら、ブラウザを立ち上げてみればしっかりと表示される。明らかな異常にジョンは診断ソフトを走らせる。しかし異常は検知されなかった。
もしやと思い端末を裏返せば、ネジ穴を隠すシールに剥がされた跡があった。45の仕業だろうとジョンは結論づけた。
ジョンはG&Kへとアクセスを試みることにした。表示されたログイン画面に自分のIDとパスワードを入力する。そしてエンターを押すと……
「戦死……?この日付はヘリで落ちた日か」
ログインは承認されず、画面に戦死した旨を告げる文が表示された。これは家族からの安否確認に使われるシステムでもあるため、そういう機能も備わっているのだ。
「そうか……俺は戦死したのか……」
ジョンは真っ暗な夜空を見上げる。このシステムにアクセスできないとなると、もうG&Kに直接救援を求める手段がジョンには残されていないことになる。彼は帰る家を失ったかのような気持ちになる。
呆然としながらもメールへと目が向く。件名には、ump45よりとだけ書かれていた。ジョンはそれを開いてみることにした。明らかにあやしいが、罠だったとしてももうジョンにとってはどうでもよいことだった。
彼にとって、救援も呼べず、9を直すこともない端末など何の価値もなかった。
メールの開封ボタンを、ジョンは冷静な瞳で押した。
=*=*=*=*=
周囲の哨戒に出ていた9は、一つ疑問を抱く。ジョンが鉄血に命を狙われる理由についてだ。
確かに鉄血兵は人間を排除するようにできている。だからこそ、ジョンという1人の人間にこだわる理由が理解できなかった。人間を殺したいのであれば避難民の集落を襲うほうが効率が良い。1人の人間など放っておけばいずれ勝手に死ぬだろう。しかし奴らはしつこくジョンを付け狙う。
やはりジョンはただの一般人ではないと9は結論を出す。明らかに彼は鉄血に狙われる原因を持っている。
そんなことを考えながら戻っていると、ジョンのいるあたりで光っているものを見つける。それに気づいた瞬間、9は銃を構えて走り出した。隠密に慣れているおかげで走っていても音は最小限である。近づいてくると、光と共に人影も視認する。9は一度足を止めてゆっくりと進む。
「……なんだ、指揮官か」
「うおっ!9か、おかえり」
そこには端末を開いているジョンがいた。ジョンは端末を閉じて9の方を向く。
「どこに行ってたんだ?」
「ちょっと周りを警戒してたの。それより指揮官、熱は下がった?」
「ああ、おかげさまでな。もう大丈夫だ」
「そう、良かった。でも今はもう少し休んだほうがいいよ。日が昇ったら移動しよ?」
「そうだな。じゃあおやすみ」
ジョンは端末をバッグの上へ置いて再び寝転がる。やはり熱で体力を消耗していたのだろう、彼が寝息をたてはじめるのにそう時間はかからなかった。
その様子を見届けて、9は端末へと手をのばす。以前盗み見たパスワードで端末を開くと、メールが表示される。
件名を見て9は今すぐ消したくなったが、内容も見てみることにした。
「どういうこと……?」
三度ほど読み返しても、その意味は分からなかった。否、メールに書いてある文章が読めないわけではなかった。しかしながらそのメールをジョンに送りつける意味がわからないのだ。
これではまるで、ジョンに一目惚れした45が出した恋文だ。
9はメールの文面を何度も見てみるが、法則性をもった暗号として認識することはできなかった。そもそも9はこういった情報戦は苦手分野である。
45への殺意が薄れていき、別の感情が9の中を満たしていく。しかし、その感情を的確に表す言葉を9は持ち合わせていなかった。
「どうしよう……とにかく会わせちゃいけないってことだよね?」
9の脳内はハテナで埋め尽くされていた。演算はフル稼働しており、45の意図を探ろうとする。しかし、結果が出る前に何かが邪魔をして、結論を捻じ曲げてしまうのだ。どうしても、45がジョンに恋をしてしまったという結論が出てしまうのだった。
恋愛ものが始まる予感……?
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探索
「おい9、どうかしたか?」
「……えっ?いや、何でもないよ」
少しぼーっとしている9を見てジョンは不思議な顔をする。バグを疑ったが、どうもそういう様子ではない。まるで処理落ちしているかのようだという印象を抱いた。
「おい!足元よく見ろ!」
「えっ……きゃあ!」
9は木の根が地面から飛び出ているところにつまずいてしまった。思いっきりこけてしまった9にジョンは手を差し伸べる。
「ありがと、指揮官」
「どういたしまして。それにしてもどうしたんだ今日は」
9は答えずに気まずそうに目をそらすだけだ。
「はあ、何かあるなら言ってくれ」
「な、何でもないよ~」
9に答える気がないことを理解したジョンはそれ以上尋ねることを止めた。
=*=*=*=*=
二人が町に着いたのは陽がちょうど真上に来た頃だった。とりあえず町の入り口に近い店に入ってみることにする。
「こんにちはー」
ジョンの声に返答はこない。ゆっくりと店の中を進んでいく。どうやらそこは雑貨屋のようで、いろいろな物がてきとうに配置されている。
「指揮官、これみて~」
ジョンが振り返ると、そこには正規軍のヘルメットを模したお面を被った9がいた。
「何してんだよまったく。もっと緊張感をだな」
「え~。だって昨日来たときも何の気配もしなかったもん」
「ほんとうか~?」
ジョンは店の中を歩き回りながらふと何かを見つける。9には見つからないようにそれをポケットに入れた。
「何もないね、他のところも見てみる?」
「そうだな、行こうか」
そういってジョンと9は店を出ていく。ジョンは出ていく間際に、入り口のそばのレジにお金を少し置いていった。
次に二人が入ったのはスーパーマーケットだった。昨日9が来たところだ。9は昨日と何も変わっていない様子を見て、やはりここには誰も来ていないということを確信した。
「おいおいおい、やったぞ賞味期限前だ!」
ジョンは思わず大きな声を出してしまう。食品類はほとんどがだめになっていたが、長持ちする缶詰などはまだ賞味期限がきていないものが並んでいた。二人はバッグに詰め込めるだけ詰め込む。
「こら指揮官!お肉の缶詰ばっかりじゃない!」
「おまえ……オカンか」
「ち、違う!」
「とかいって実はまんざらでもないんだろ?」
「それは……」
空想の世界に入った9をそのままにしてジョンは店内を進む。従業員専用の入り口へ向かい、その扉を躊躇なく開いた。目当ての物はすぐに見つかった。それは商品リストだ。ジョンはそこに書かれている日付を確認する。
「やっぱり……最近捨てられた町か。でもどうしてだ?戦闘の痕跡すら見当たらない」
「ちょっと指揮官待ってよ!……それは?」
「商品のリストだ。これでいつ発注してここに届けられたかまでわかる。そしてここに記載された最後の日付は……数週間前だ」
数週間前とは比較的最近だといってよかった。なにせこの世界は今、勢力が膠着している。ここ数週間で勢力圏の大きな変動も無かったはずだと二人は記憶していた。
「じゃあどうしてこの街はすてられたの?」
「わからん……もう少し他の建物にも行ってみるか」
9はその言葉に頷き、外へと向かうジョンのあとに続いた。
=*=*=*=*=
店の中は綺麗なままだったが、民家はそうもいかなかった。何軒か回ってみたがやはり人の気配はない。仕方がないと施錠されていなかった家の一つにはいってみると、生活に不必要なものだけが残されて置いてある状態だった。
「まるで夜逃げのあとだな……」
「でもここに人が住んでいたってことは間違いないよね」
「ああ、それに何かしら急な事情でこの町を出ていかなければいけなくなったということもな」
9は家を探索していると、一枚の写真を見つける。そこには父親と母親、それに双子に見える姉妹が写っていた。
「ねえ指揮官」
いろいろな棚を開いては閉じてを繰り返すジョンに9は話しかける。
「45姉のことをどう思ってるの?」
「45か、あいつは……よくわからないやつだ」
「よくわからない、か。それじゃあ45姉を殺そうと思う?」
「殺す?えらくまた物騒な話だな。そんなわけないだろう」
ジョンは当たり前であるかのようにそう作業の片手間に言った。
「どうして?45姉は指揮官を殺そうとしたんだよ?」
「ああそうだな。しかし殺さなかった。45がいったい何を考えているのかは知らんが、一度命を見逃されたという恩は感じてしまうのさ」
「それじゃあ、私が45姉を殺したらどう思う?」
ジョンは軽く笑って手を止め、9の方に向き直る。
「どうしておまえが殺す必要があるんだ?なにか大事なものでも奪われたか?」
「それは……違うけど、でも45姉は私の指揮官を殺そうとしたんだよ?配下の人形としては当たり前の行為だと思うけど」
「おまえはどう思うんだ。45を殺したいと、そう思っているのか」
「う、うん」
「本当か?じゃあ聞くが、404小隊のメンバーはおまえにとっては家族じゃないのか?」
「そ、そうだったけど」
「おまえが404小隊を抜けた理由は家族を守るため、そうじゃないか?」
「うん……」
「じゃあ聞こう。おまえは家族を傷つけないように始めたこの生活を、家族を殺すことで終わらせたいのか?」
「……ちがう」
「じゃあもう45を殺したいなんて考える必要はないだろ?」
「でも……でも!」
「家族は大切にするもんだ。自分で殺すなんて絶対にあっちゃいけねえ」
ジョンは9の持つ写真をそっと元の位置に戻した。
「落ち着け。今は感情抑制がうまくできてないだけさ。じきに直してやるからさ」
「でも……45姉からメール届いたでしょ?」
「ああ、あれか。気にすんな。しょうもない話だぞ」
「気にするよ!あれは何だったの!?」
「あの文を45から入れられたプログラムに読み込ませるとロックが解除されるのさ。つまりは端末が復旧できるってことだ」
ジョンは9の頭に手をのせて笑顔を浮かべてみせた。
嵐の前の静けさ……
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夢
「やっと見つけたぞ……」
暗闇から声が聞こえる。声の主は配下の人形たちに指示を出していく。眼下にはもう誰もいない町が広がっていた。
「必ずここで殺してやる……くくっ楽しみだ」
声の主はガトリングをなでる。その手はまるで愛らしいものを愛でるかのようだった。
=*=*=*=*=
「じいちゃん。俺、卒業したらじいちゃんとこで働きたい」
青年と読んでも差し支えないくらいに成長した男の子は、決意のまなざしで祖父を見た。
「ダメだ。うちは新卒はとらんと決めておる」
老人は孫を見もせずにそう言った。
「じゃあ他のところに就職してからにするよ!」
「そこまでしてうちの工場に来たいのか?」
「ああ!だって昔からの夢だからな」
「そうか……そんなに人形をつくりたいか」
「俺が作りたいのは人形じゃない、ヒトだ。じいちゃんもそうだろ?」
男の子は首から下げた金属プレートを取り出す。勉強を怠らなかった彼は、それに書かれた文字列が彼の祖父が組んだプログラムに関するコマンドの一つだと理解していた。
「そう……だったな。よし、知り合いのところを紹介してやろう。大手の下請け企業だがノウハウを知るにはちょうどいいだろう」
「本当か!ありがとう!」
=*=*=*=*=
目が覚めたジョンは長い夢を見ていた気がした。首のチェーンを手繰り寄せれば、ドッグタグの他に一枚の金属プレートが光を反射する。
「おはよう、指揮官」
いつもどおり腕の中にいる9はなんとも言えない顔をしていた。
「おはよう。変な表情してるぞ、どうかしたか?」
「わからない。でもなんか嫌な予感がするの」
「いつのまに虫の知らせシステムが人形に搭載されたんだか」
「危険を事前に察知できるなら良い機能かもね」
9はそういいながらベッドから出る。ジョンも起き上がって身体をほぐしはじめた。
「このままここに住みたいくらいだ」
「私はこんな不気味なところ嫌だよ。でもベッドがあったのは嬉しかったね」
久しぶりのベッドは疲労回復に役立ってくれた。いつもよりも身体が軽く感じていた。
ジョンはバッグから端末を取り出す。そして45からのメールをプログラムに読み込ませた。進行度合いを示すダイアログボックス内のバーが右端までいき、端末が自動で再起動した。
「いけそうだ。9、端子をつないでくれ」
「……45姉を信じるの?」
「まだ言うか。それよりも急がなきゃいけない理由があるだろ」
ジョンは9の銃へと目を向けた。ゆがんだストックに気づいていたのだ。
「これはその……」
「敵を味方と識別してしまったらトリガーにロックがかかるんじゃないのか?」
「さ、さすが指揮官。よく知ってるね」
「はあ、とりあえずそこを優先的に直さないとな」
「……わかった」
9は首のパネルを開けて端子をつないだ。
「あっ……45姉……」
その言葉を最後に、9はベッドへと倒れ込んだ。
=*=*=*=*=
「ここは……どこ?」
そこは建物の屋上だった。9はフェンスに近寄るも、その先は作られていないかのようになにもない空間が広がっているのみだ。
ガチャリ
屋上の扉が開く音がした。扉を開けて屋上へと来た人物は、45であった。
「45姉!いったいここはどこ!?」
9の顔にはいらだちが浮かんでいるが、45はそれに反応しない。
「9、これを聞いているということはきっと私を信用してくれたということよね。これはメールに添付したファイルで、人形に決まった夢を見させるというものよ」
45は9の方を向いてはいるが、その瞳に9の姿は映り込んではいない。45の形をしたものは一方的に話を続ける。9は為す術もなく、その話を聞くことしかできなかった。
=*=*=*=*=
ジョンは起動コマンドをたたき込んで一息つく。敵味方識別システムのバグは取り除けたはずだった。ペットボトルにわずかに残る水を一気に飲み込んで、ため息をつく。そして9の方を見ると、ゆっくり起き上がっているところだった。
「おはよう、なにか異常はあるか?」
「ううん、ないけど……」
「けど?」
「夢を見たの」
9の言葉にジョンは訝しげな顔をする。人形が夢を見るなんてことはないはずだ。だからある意味、それは異常事態であるといえた。
「どういう夢だ?」
「45姉が出てきた。メールに添付したって言ってたけど」
ジョンは端末を操作してメールを見る。確かに謎のファイルが隠れて添付されていた。
「それで、45はなにを話したんだ?」
9は夢の一部始終を語る。大まかに言えば、45はいまの9の状況を理解しており、404小隊メンバーには隠すこと、そして直ったら再び小隊へと戻ってきてほしいとのことだった。
「良かったじゃないか。理解してもらえて」
「うん、でも私……45姉にひどいことをしちゃった。ダミー相手にとは言えあんなこと」
「大丈夫さ、謝ればゆるしてくれるだろ。それより早く直す理由が増えたな」
ジョンが9の頭をなでる。9はそれを受け入れてジョンを見上げる。
ジョンの後ろの窓の外から、何かの丸い反射光が見えた。
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侵入者
「指揮官!」
9はジョンの手を引いた。突然の行動にジョンは前に倒れ込む。
銃弾が窓ガラスを突き破って真っすぐ飛んできていることを9は見ていた。そしてそのまま弾丸は9の目に吸い込まれていく。
「9!大丈夫か!?」
「大丈夫!視界が狭くなっただけ!」
そういいながらも9は右目を抑える。粉々に粉砕された視覚モジュールとともに液が漏れ出していた。
弾丸は二人の頭上を埋め尽くし、立ち上がることすら不可能である。
「指揮官!逃げよう!」
「逃げるってどこへ!?」
9は少し考える。
「この家ってシェルターとかないかな?」
「シェルターか、よし探してみよう!」
ジョンと9は姿勢を低くしながら家の中を探してみる。しかし、シェルターどころか地下室すら見当たらない。
「指揮官!鉄血兵たちが近づいてきてる!」
「待て……一つ試してみたいことがあるんだ」
ジョンは車の置いてあったガレージの扉を指さした。そして9に小声でその内容を話す。
「指揮官、本当にやるの?」
「ああ、この包囲網を抜けなきゃ蜂の巣にされるからな」
ジョンはキーを回して、エンジンをかけた。
=*=*=*=*=
イントゥルーダーは銃撃音にまぎれて聞こえたエンジン音に気がつく。聴覚センサーを調整してみると、それは二人が潜んでいる家から聞こえるようだった。
配下の人形たちに銃撃を止めるように指示する。ピタリと止まった銃声に反して、エンジン音は鳴り止むことはない。
間もなくしてガレージのシャッターが吹き飛ぶ。配下の人形たちが一斉にそちらに銃を向けた。
飛び出してきたのはただの乗用車だ。
「待て!撃つな!」
イントゥルーダーの声で鉄血兵たちの指はトリガーから離れた。
車の座席に人影はない。ハンドル操作もされず真っすぐ道を進んでいくだけだ。
「まだ二人は家の中よ!撃て!」
鉄血兵は何も迷うことなく命令に従う。もはや蜂の巣となった家に対して、念入りに弾を撃ち込んでいく。
イントゥルーダーが車の方を見たのは偶然だった。
車は曲がり角で曲がった。タイヤが曲がったように車体が回転していく。それは正常な動作である。ただし、それは人が乗っていた場合である。
イントゥルーダーはガトリングの引き金を引く。射線上に鉄血兵がいるが気にしない。味方を撃てないなんてシステムは元から搭載されていない。
車体に銃弾が突き刺さるが、すぐに曲がり角を曲がってしまう。イントゥルーダーは急いで軍事衛星をハッキングし映像を見る。車はコンクリート製の建物の近くへと止まり、中から二人が建物へと走る姿が見える。
「グズグズしないで!早く二人を殺しなさい!」
鉄血兵たちは無言のまま、建物を目指して行軍し始めた。
=*=*=*=*=
「うまくいったな!」
「喜んでる場合じゃないよ指揮官!鉄血の連中がすぐにきちゃうよ!」
「まあ落ち着け。ここにはいっぱい武器があるんだよ」
ジョンの言葉に9は首をかしげる。個人宅であれば武器が隠されていても不思議ではない。しかしここは公共の施設のようである。
9の様子をみてジョンは笑う。
「武器といっても銃じゃないさ。この限られた空間ならこいつでも十分武器になる」
そういってジョンはパイプ椅子を手に持った。
「……本気?」
「もちろんだ」
9はやれやれと肩をすくめた。
「代案も思いつかないし……指揮官に従うよ。さあ私に命令して?」
某作品の影響により満腹になったので絶望控えめ
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戦闘
イントゥルーダーは配下の人形たちに突入の指示を出す。出し惜しみなどしない。全力で二人をつぶしにかかるつもりだ。
出入り口は正面のものを除いて封鎖されていた。屋上まで登る手段もないので、必然的に全人形がそこに集中することになる。
最大限に警戒しながら鉄血兵たちは前へと進む。イントゥルーダーの指揮のもと、見事な連携でクリアリングしていく。1階にはいないようで、手をつけられた形跡もほとんどなかった。
二階へと行く階段にさしかかったときだった。
「行くよ指揮官!」
「ああ!せーのっ」
階段の上から何かが雪崩のように押し寄せる。それは台車に載っているパイプ椅子の山だ。台車が段差で倒れてパイプ椅子は空を舞う。
人間が最も守るべき場所は脳であるというのはわかりきったことである。であるからして、人間は頭蓋骨に髪の毛と過剰に頭に保護機構が備わっている。人形にもこの構造は受け継がれ、頭の内部には首のパネルなどの別の場所からしかアクセスできず、頭部も強固な構造で守られている。
しかし、脳ではない弱点がある。それは首だ。人間は首をやってしまうと身体が動かなくなる。それは人形も同じで、首をおられた後にもまともに動く人形はいない。人の形に似せたがゆえの、拭いきれぬ弱点である。
突入してきた人形の半分ほどが動けなくなっていた。パイプ椅子の下敷きに、飛んできたパイプ椅子の衝突で、中には他の人形が死ぬ間際にエラーを起こし放った弾丸で、というのもいた。
「元404小隊にあの男の組み合わせ……流石といったところね」
イントゥルーダーは眼の前に転がってきた鉄血兵の首をそっと机の上に置く。鉄血兵の残数は二桁にも満たない。パイプ椅子で階段がつぶされた今、二階に上がる手段は一つだけだ。イントゥルーダーは非常階段へと目を向ける。建物の外側にあるそれは視界が通りやすく、しかも足をのせればきしんで音が出る。
「仕方がないわ……スナイパーのあなたたちは外に出て見張っていなさい」
イントゥルーダーの言葉にうなずき、二体の鉄血兵は玄関へと向かう。その背中から目を離した瞬間、鈍い音が響いた。
後ろを振り向けば、ロープでつるされた長机がゆらゆらと揺れていた。スナイパーの二体は首がひしゃげており、もがくように手足が意味もなく動いている。イントゥルーダーは顔を背けて、配下の人形に二体を殺すように指示した。
「これだから人間って嫌いなのよ。どんな生き方をしたらこんな戦術を思いつくのかしら」
イントゥルーダーは静かに憤る。彼女は自分の首をなでる。そこに何かあるわけではなかった。当たり前である。彼女はこの素体に入ってから今まで傷一つ負ったことがない。
しかし、前の素体が死んだときの痛みが彼女をむしばんでいた。常に付きまとう息苦しさを払拭するには彼を殺すしかない。そうイントゥルーダーは確信していた。
「殺してあげるわ。あなたが私を殺した方法でね」
彼女の脳内を埋め尽くすのは、ジョンへの純粋な殺意だ。
=*=*=*=*=
何事もなく二階へと上がったイントゥルーダーたちは、壁にぶち当たっていた。文字通り壁である。非常階段口から入った彼女らを迎えたのは長机で作られた壁であった。
「どきなさい」
イントゥルーダーのガトリングが火を噴く。壁は決して薄くはないのだが、ガトリングの弾を受けてしまえば紙切れのようにボロボロになっていく。
ガトリングの回転が止まり、木の壁が崩れていく。その先に彼女らが見たものは……
閃光だった。
光が視界を満たし、耳に爆音が鳴り響く。人間であれば失神していたかもしれない容赦ないそれは、9の閃光手榴弾だった。
視覚モジュールは光の情報を過度に集め、聴覚モジュールは意味もない音を解析し始める。情報過多により、処理能力が不足していく。それが人形が閃光手榴弾を受けたときの症状だ。スペックの良さを逆に利用するこの手段は、人形が戦争利用される前から無力化する手段として用いられてきた。
古くから使用されてきた手段であるからこそ、人形側にもそれに対処する機構が備わっている。すぐに予備の視覚聴覚モジュールが起動する。
しかし、その一瞬が大事だった。銃撃戦の始まりだ。
=*=*=*=*=
「9!残弾は!?」
「大丈夫だよ!ちゃんと節約して撃ってるから!それよりも指揮官、絶対に頭を上げちゃダメだよ?」
「そうだな……天国まで一直線だわ」
頭上を飛んでいく弾は、コンクリート製の柱すら削る威力を持っている。
「ほら!ボケっとしてないで早く準備してよ!」
「すまんすまん!じゃあ頼んだぞ!」
ジョンは端末に挿していた小型の補助記憶装置を取り外してポケットへと入れる。そして、必要なものだけが入ったバッグを肩にかける。
「さあ、決着をつけようかイントゥルーダー!」
ジョンの目には、自分の勝利する未来が見えていた。
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勝敗
突然、鳴り響いていた銃声がピタリと止んだ。イントゥルーダーが鉄血兵たちの発砲をやめさせたのだ。
しばらく静寂が建物を支配する。最初に動き始めたのはイントゥルーダーだった。鉄血兵たちとともにゆっくりと廊下を進む。しばらく行くと少し広い空間にでる。そこは先程まで9たちがいたところだ。
そこには大量の食料があるばかりで、二人の姿はなかった。イントゥルーダーが戦闘糧食を踏み潰したときだった。
ガチャリ
扉の開閉音が聞こえた。急いで振り向くと、扉を少しだけ開けてからこちらへと銃口を向ける9の姿があった。
「行きなさい!」
イントゥルーダーの声に応じて鉄血兵たちは9の方へと走る。多少の被弾を気にせずに近づくと、9は扉を勢いよく閉めた。
鉄血兵たちは一度止まってイントゥルーダーに顔を向ける。イントゥルーダーはやれやれとガトリングを持って扉の前に立つ。
「ump9だったかしら?いますぐ投降しなさい。あなたに用はないわ」
その声に返事はこない。イントゥルーダーはためらいなく引き金を引いた。
ガトリングの爆音が建物内に響き渡る。しばらくしてそれが止んだあと、ボロボロになった扉がバタンと大きな音を立てて倒れた。
鉄血兵が部屋の中へと突入してクリアリングを始める。しかし、そこに9の姿はなかった。
「まだこの部屋にいるはずよ、くまなく探しなさい」
しかし見つからない。人が入るスペースはすべて探したはずだった。おかしいとイントゥルーダーが部屋の入り口を振り返る。この部屋の出入り口はこの扉があった場所だけである。
「しょうがないわ。各部屋を――」
イントゥルーダーがそう言いながら鉄血兵たちの方を向いた。そこには部屋の捜索を続ける鉄血兵と、一体の天井からぶら下がった人形があった。
その人形は首に縄が巻き付いており、その縄は天井のダクトの方へと続いている。引っ張られた勢いでだろうか、人形は首がへし折られていた。
ガトリングが天井へと火を噴く。しかし、手応えはない。イントゥルーダーは、こんな攻撃で9が死ぬとは思わなかった。
「行くわよ。あの男の姿が見えないのも気になるわね」
イントゥルーダーたちは部屋から出て、次の部屋へと向かった。
=*=*=*=*=
二人のゲリラ戦法はゆっくりとイントゥルーダーたちをむしばんでいった。部屋に入るたびにどんどん殺されていく。
気がつけば、イントゥルーダーは一人になっていた。まるで手のひらで転がされているかのようだった。
残りが自分も含め5体を下回ったとき、イントゥルーダーは撤退を決意した。しかし、外に出るまでに一体、また一体と消えていくのだ。
やっとのことで玄関までたどり着いたイントゥルーダーは一度振り向いた。いや、振り向いてしまった。
彼女の目に、廊下を逆方向へ急いで走っていくジョンの姿が映った。
「逃さないわよ!」
ガトリングが火を噴く。しかし、すぐに曲がり角をまがったジョンには当たらなかったようだ。
イントゥルーダーは彼を追って走り出す。途中、重いガトリングを置き去って、近くの鉄血兵のアサルトライフルを手にとった。銃にかけられた電子ロックなど、イントゥルーダーであれば瞬時に解除できた。
曲がり角を曲がると、二人の人影が目に入る。もちろん、ジョンと9のものである。先程は当たっていなかったようだが、ジョンの方は足を引きずっており、9の肩をかりている。
イントゥルーダーは引き金を引いた。ハンマーが撃針をたたき、雷管と衝突する。発射された弾丸は、まっすぐに男の方の人影へと吸い込まれていく。
「指揮官!」
9の叫び声が廊下に響く。しかし、銃弾は無抵抗なものへどんどんと突き刺さっていくだけだ。
9が手を引いて、すぐそばの扉へと飛び込んだ。イントゥルーダーは、にやける顔を抑えながらゆっくりとその扉へと近づいていく。
扉を蹴破ると、そこには倒れ伏した血だらけの人影に覆いかぶさるようにして声を上げて泣く9がいた。
イントゥルーダーは、こちらを見向きもしない9を蹴り飛ばした。彼女には、9への関心はなかった。
「はっ?」
常に笑みを崩さないようなイントゥルーダーでさえ、このときばかりは驚きの表情を浮かべた。
9の下にいたのは、人形だった。それは自律人形ではなく、ただの人型に形どられた布である。カーテンなどを使って作られたそれには、ジョンが着ていた上着がかけられていた。
「残念だったな、イントゥルーダー」
呆然とするイントゥルーダーは肩をつかまれ、強制的に振り向かされる。眼の前には、拳を振りかぶったジョンがいた。
ジョンの拳がイントゥルーダーの口内へと侵入する。かみ付いて抵抗しようとするが、それよりも先に奥歯のスイッチが押された。
イントゥルーダーの身体から力が抜けていく。
「どうしてこのスイッチのことを知ってるの!?」
「そりゃ簡単なことだ。俺は昔、鉄血製の人形の製造に関わっていただけだ」
そのスイッチは、人形の四肢の動きを強制停止するものだ。
「油断したわ。でも次の身体では――」
「ああ、そのことだがな。今日、おまえは死ぬんだ」
イントゥルーダーの言葉を遮ったジョンは、ポケットから補助記憶装置をとりだした。そしてキャップを取り外し、イントゥルーダーの服の隙間から鳩尾の部分へと突き刺した。肌色になって目立っていなかったが、そこには端子があるのだ。
「何?これはまさか……ウイルス!?ダメ!バックアップまで侵入して……」
「ああそうだ。はやく通信を切ったほうがいいぞ?でないとおまえらのシステム全体に広がるようにしてある」
「このウイルス……まさか私の?」
「そうだ、おまえが9に仕込んだものを流用している。どうだ?自分のプログラムで自分が死んでいくのは」
「嫌よ……お願い……助けて……」
イントゥルーダーはか細い声を絞り出す。まさかこんなことになるとは彼女は思ってもいなかった。たとえこの身体がどんなことになろうと、別の基地の素体が起動するだけなのだ。しかし、その手が封じられた。通信を切断しなければ、鉄血は滅びる。それほどに感染力が高いものを、イントゥルーダーは9に使ったのだ。
「じゃあな、イントゥルーダー。一人で苦しみながら停止するのを待つんだな」
ジョンは9に手をかして起き上がらせると、部屋を出ていった。
イントゥルーダーは回線から自分が弾き出されたことを確認した。ウイルスを検知した鉄血側のシステムが、自分を見捨てたのだろう。これで、ここのイントゥルーダーは死んだことになり、新しいイントゥルーダーが誕生する。
しかし、ここにいるイントゥルーダーはここにいるままである。彼女たち人形に、システムだけで自壊する手段はない。そして、手足も動かぬイントゥルーダーに自決することはできない。
イントゥルーダーは目をつむる。それは睡眠を不要とする人形にとっては意味のない行為だが、今後長い時間孤独に耐えなければならない彼女には、こうするほかなかった。
新しいドルフロ二次創作書き始めました。投稿は少女隠線を優先しますのでご了承ください。
「北区の店主」:https://syosetu.org/novel/172933/
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幕間
「45……、45応答しなさい」
「416、ごめんなさい私」
「はあ、とうとう9離れができたのかと思ったのだけれど、どうやらまだだったみたいね」
416はボケっとしていた45を見てため息をつく。最近は任務に集中できていたはずだが、今日の45は少し様子がおかしい。
「ところでG11は?」
「ああ、あれならあそこの建物で寝てるわ。通信が入ったらすぐに起きるとはいっていたけれどね」
G11は相変わらず寝ることが好きなようだった。45は肩をすくめる。
「9に負けて少しは変わったかと思ったけど、勘違いだったようね」
そういって45は銃のセーフティを外した。
「45?具合が悪いならすぐに言いなさいよ?」
「大丈夫だよ~。……?」
45は首をかしげた。
どうして416はこちらに銃を向けているのだろう?
どうしてG11が狙撃の用意ができたことを416に伝えているのだろう?
どうして自分は、416に銃口を向けているのだろう?
=*=*=*=*=
ジョンと9の二人は、今日も山の中でたき火を囲んでいた。市街地だといつ戦闘区域になっても不思議ではない地域に入ったので、山奥こそが二人にとっての安全地帯であった。
「ねえ指揮官」
「……なんだ?」
「私は直るの?」
その言葉にジョンは口を閉ざした。
「そんなに悪い状態なの?」
「……ああ。正直、いつまでおまえが自我を保てているか見当もつかない」
「そう……。指揮官にお願いがあるんだ」
9はジョンに笑いかける。ジョンは顔を伏せた。
「もし私が動かなくなったら、私を置いて保護区域まで逃げて」
「馬鹿なことは言うな。俺が直すって言ってるだろ」
「でも指揮官にも限界っていうものがあるでしょ?」
ジョンはその言葉に拳を握りしめる。
そのとおりである。ジョンに限らず、プログラムに詳しいものが見れば9の状態は最悪の一言に尽きる。もし彼が心のない軍人であれば、9のことをすぐに廃棄していたであろう。
しかし、ジョンはあきらめなかった。
「うるせぇ。一度直すって言ったんだ。最後まであきらめてたまるか」
「……どうして?どうして指揮官は私のことを救おうとしてくれるの?」
9の疑問はもっともだ。ジョンと9は偶然出会っただけで、元は何の関係もない他人のはずである。
「……別におまえだから救おうってわけじゃねえ。ただ目の前に不幸な人形がいるのが気に食わないだけだ。もう俺は寝る」
それだけ言うと、ジョンは毛布にくるまり横になった。9は寝ているジョンに近づき、身体を寄せる。
ふと身体に金属のプレートが当たる。それはジョンのドッグタグだった。そういえば彼の本当の名前をしらなかったなと9は考えた。きっとドッグタグには本当の名前が書いてあるだろう。
しかし9はそれを見ないことにした。もしそれを知ってしまったら、ジョンとの時間が夢のように消えてしまうような気がした。
=*=*=*=*=
「イントゥルーダーがやられましたか……」
暗い部屋の中で、メイドのような姿をした少女が不敵に笑った。
「しかし厄介ですね。実に厄介です。まさか生き残りが居たとは」
ディスプレイには、ウイルスを検知したことによる警告のダイアログボックスと、それに対処するために一部の人形との通信を切ったことを伝えるメッセージが表示されていた。
「この件はもう保留にできませんね。部隊を展開させましょう」
少女は端末を操作して、配下の鉄血兵に指示をだした。
「私自身は彼に恨みはありませんが……死んでもらうしかないでしょうね」
少女は資料を手に取る。そこには、鉄血のAIの開発に関わった者の中の一人に関する資料と、その人物と同じく珍しい名字を持つ一人の男性の経歴が書かれた紙があった。
物語は佳境へ……
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移動
静かな森の中に、連続した爆発音が鳴り響く。
それは9が銃を放つ音だ。隣にはジョンが立っており、耳を抑えている。
「どうかな、指揮官」
「う~ん。ダメだな」
ジョンの言葉に9は肩を落とす。ジョンの視線の先には、大きな木がある。そこにはナイフで刻まれた円と、そこを中心に四方八方へとばらついた着弾跡がある。
先日のイントゥルーダーとの戦闘で、9は右目を損傷した。その結果、基本的に右利きに設計された9は支障が生じた。射撃の命中率の低さもこれが原因である。
「指揮官、もしかして烙印システムも不具合ある?」
「かもしれないな。まったくこれの製作者誰だよ。絶対性格悪いだろ」
ジョンは得体も知れない開発者に愚痴を送る。あまりにも複雑すぎて、ジョンは烙印システムもコアのときと同様に諦めることにしていた。
「指揮官、これからどうしよっか」
「どうするもなにも、このままサバイバル生活を続けるしかないだろ?」
ジョンは当たり前であるかのようにそう言った。9は作業しながらそう答えたジョンの顔をのぞきこむ。
「なんだ?」
「私はそうは思わないよ」
9は地図を指差す。その指の先にはI.O.Pの研究所があることを二人は知っていた。
「そこまで行って直そうってことか?でもここからじゃ遠すぎるだろ」
「思ったの。指揮官はヘリコプターを操縦できるんでしょ?ならヘリコプターさえ調達できれば簡単に移動できるんじゃないかって」
「あのなぁ、俺が操縦できるのはG&Kで使ってたやつだけだぞ?」
「大丈夫でしょ!同じヘリコプターなんだから!」
ニシシと笑う9の頭を雑になでる。
「でもアテはあるのか?」
「大きな都市だったらあると思うの。報道用とか救急用とか」
「なるほどな……確かに残されている可能性もある」
地図を指す指が現在地へと向かい、途中で止まる。そこにはそこそこ名のしれた都市名が書かれていた。
「二日……いや、三日くらいでいけるか?」
「しっかり警戒しながら行きたいから五日くらいを見ていたほうがいいかも」
「そうだな。じゃあそうしよう」
案外すんなりと了承したジョンに、9は首をかしげる。
「もうちょっと反対すると思ったんだけど」
「そりゃおまえ、俺だってそろそろ暖かいベッドが恋しいだけさ」
「私とベッドどっちが大事なのよ!」
「僅差でベッド」
「え~ひど~い」
森のなかに二人の笑い声が響いた。
=*=*=*=*=
そろそろ寝ようかと端末を閉じる手が止まる。メールが届いたのだ。
「また45のやつか?」
「どうしたの、指揮官?」
「またメールがきたんだが……ウイルスが仕込まれてるな」
ダイアログボックスがウイルスを検知したと表示してくる。ジョンはメールを隔離環境下へと持っていき、そこで開いた。
「なにこれ……45姉も感染したってこと?」
メールの文面には、404小隊の現状が書かれていた。45はウイルスに侵され、敵味方問わず攻撃してしまっているらしい。
「G11と416に影響はなし……ということは声での感染は考えなくてもいいか」
「もしかして私が45姉のダミーを壊したときに?」
「だろうな……45を助けたいか?」
9はうつむいたまま首を横に振った。
「私たちに他人を気にする余裕なんてないもん」
「……他人じゃないだろ?おまえの家族だ」
「でも!……私たちが行ったところで45姉を直せるかなんて――」
「直す必要はないさ」
そう言いながらジョンは注射器をとりだした。
「あと何本あるの?」
「……これが最後の一本だ。だが、これで45の動きを止めれば研究所まで運べるだろ?」
「本当にいいの?」
「ああ、少しくらい寄り道してもバチは当たらないさ」
ジョンは地図を取り出し、メールにあった座標と照らし合わせる。そこは目的地とほぼ同じ方向で、一日ほど行程が伸びるくらいで済むと考えた。
「指揮官……ありがとう」
「ほら、もう寝るぞ。明日からは移動するんだ」
「うん!おやすみ、指揮官」
「ああ、おやすみ」
ジョンが毛布をかぶると、9が潜り込んでくる。今日もジョンは、寒さに凍えることはなく熟睡した。
=*=*=*=*=
「ねえ416、もう諦めようよ~」
「なにをいってるの!これ以上メンバーを減らすわけにはいかないわ!」
そう言う416の顔を弾丸がかすめる。通路の先に目をやると、こちらに銃口を向ける45がいる。その瞳は赤く染まっており、それがエラーのダイアログボックスであることを理解した。
「もう!ボケっとしないでよ~!」
G11が416の手を引いて物陰に隠れる。先程まで二人がいた場所を銃弾が埋め尽くす。
「G11、45を撃てる?」
「識別システムがあるから無理~」
「そうね、45はどうして私たちを撃てるのかしら」
「とにかく無力化すれば良いんでしょ?ここは頼んだ」
そう言ってG11は銃を抱えて走っていく。416は引き留めようとするも、頭上を弾丸がかすめてそれどころじゃなくなる。
「ああもう!どうしてイレギュラーばっかりなのよ!」
416は応戦しようとするが、45に銃口が向くと自動でトリガーがロックされる。
障害物を変えながら後退していく。なんとか致命傷は避けているが、416の身体にはすでに数発の銃弾が貫いていた。そんななか、G11から無線がはいった。
「416、聞こえる?」
「なによ!」
「榴弾を撃って」
「だからトリガーロックで!」
「だから45からすこし離れたところに撃って」
416に考える暇はなかった。言われたとおりに榴弾を45からそらして撃った。
「ナイス」
榴弾は地面や壁に着弾する前に爆発した。それはちょうど45の右横くらいで、右腕に大きな損傷を与えたようだった。
「あれ?私……」
「45、正気に戻ったの?」
416の言葉で、45は状況を察した。手は自然と腰のポーチに伸びていた。そこには、ペルシカの研究室で受け取った注射器が入っている。
「ごめん416、G11。二人は基地に戻って」
45はためらいなく注射器を自分に刺した。中に含まれた薬剤を検知し、ダイアログボックスが視界を埋め尽くす。
「ちょっと45?聞いてるの?」
「……おかしい」
45はつぶやいた。薬剤は人形を強制停止させるもののはずだった。しかし45は今、身体を動かすことこそできないものの、思考はめぐっていた。
「416、これは小隊長命令よ。いますぐG11を連れて基地へと戻りなさい。私のことは……ペルシカに言えばたぶん分かってくれるはずよ」
「いったいどういうこと?説明して……くれそうにもないわね。わかったわ、じゃあね小隊長」
416は45に背を向けて走っていく。これでよかったのだと45は自分を説得した。先程まで脳内を満たしていた破壊欲はなくなり、味方を攻撃したという罪悪感だけが残った。
「もう動ける……違う薬を渡されたのかしらね」
空になった注射器を投げ捨てる。せめて彼にだけはとメールを作成して送信したあと、45は自身の通信機能を遮断した。
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合流
遠くから近づいてくる爆音に、ジョンと9の二人は身を隠す。
「9、見えるか?」
「うん……ヘリコプターみたい。所属は……G&Kだよ!」
「乗員は見えるか?」
「さすがに無理~。でも戦闘区域の方に向かってるわけではないみたいだよ」
ジョンは地図を広げる。指でなぞった先に、45から送られてきた座標が重なった。
「404小隊の可能性があるな……」
「どうする?」
「どうするもなにも、行くしかないだろ」
ジョンは地図をしまい、拳銃の残弾を確認する。イントゥルーダーとの戦いでも消費したため、残りは3発しか残っていない。
「9、そっちは残弾はどうだ?」
「もうほとんどないよ。あと1本だけ換えマガジンがあるくらい」
「戦闘はきついな……」
ジョンはルートを変更するか頭を悩ませる。最短で進むほうがいいかもしれないが、どうしても開けた場所を通ることになる。もともとは森の中を進み、目的地に一番近い場所で抜ける予定だった。しかしヘリコプターという制限時間が加わった以上、悠長に回り道をしている場合ではない。
「指揮官、私は大丈夫だよ。必ず指揮官のことを守ってみせる」
「……わかった。でも自己犠牲だけはやめてくれよ?おまえが死んだら元も子もない」
「わかってるよ。私は死んだりしない。じゃないと指揮官が今後、夜の寒さに震えることになるからね!」
「あのなぁ……まあそうだな。せめて湯たんぽ以上の働きはしてくれ」
「ちょっとひど~い!」
静かな森の中には二人の声だけが響いていた。
=*=*=*=*=
森を抜けて市街地へと着いた二人は、再び聞こえてきた爆音に建物の影に隠れる。
「9、同じヘリか?」
「そうみたい。404のみんなを回収した帰りとかかな」
「だといいが……暴走状態の45がおとなしく乗ってるとは思えないな」
ジョンがそう言いながらヘリの近くのビルに目を向けたときだ。何かがキラリと光った。
「9、スナイパー!」
9は素早くジョンの隠れている物陰に身を隠した。
ジョンは嫌な予感がした。ヘリコプターにスナイパーは、今の彼が考えうる中で最悪の組み合わせだった。
プロペラの回転音に混じって一発の銃声が耳に届いた。ジョンと9は物陰から出ていない。
「9!ヘリを確認してくれ!」
「了解だよ!」
9は物陰から顔の左側だけを出した。そこから見えたのは、案の定落ちていくヘリだった。
「指揮官のときと一緒だね。もしかすると同じスナイパーかも?」
「あいつのかたきか……」
ジョンは手が拳銃に伸びた。しかし、手が届く前にスナイパーの位置を確認した。
「まだこっちには気づいてないみたいだな。いまのうちに行くぞ」
「行くってどこに?」
「決まってる。ヘリの墜落地点だ」
「スナイパーはいいの?」
「いまの装備じゃ難しいだろ。それよりも今はヘリの乗員の方が重要だ」
ジョンが言葉に出さずとも、9には彼が苦渋の決断をしたことがわかった。
「了解だよ。私が先行するからちゃんとついてきてね」
9は銃のグリップを強く握る。絶対に守ってみせるという強い決意が、そこにはあった。
=*=*=*=*=
9は十数メートル後方へといるジョンへ止まれとハンドサインをだした。草木の切れ間からヘリコプターの残骸が見えたからだ。
落ちたヘリコプターに鉄血兵が寄ってくる可能性を考えた。ジョンのときにも鉄血兵たちは墜落地点に来ていた。否定することはできない。
9はゆっくりとヘリコプターへと近づく。辺りには、人形のちぎれた腕や足などが転がっている。
「416……?」
沼に半分沈む形でうつぶせになっている人形の着ている服には見覚えがあった。404小隊のメンバーのHK416がいつも着用しているものである。
動かないことを確認してからそばに寄る。身体を仰向けに回転させると、それは紛れようもなく、416の顔をしていた。
「なんだ、ダミーか」
9は瞬時に判断できた。416のチャームポイントがなかったからだ。
ダミー身体から手を放した瞬間、9は大きく横に跳ぶ。先程まで9が居た場所を弾丸が通り過ぎていった。
「ちょっとG11!撃たないでよ!」
しかし、G11はトリガーを引き続けていた。
「ああもう!」
9は簡単に被弾するようなひ弱な人形ではない。巧みな脚さばきで銃弾を避け、G11から距離をとっていく。
それからまもなく、G11は銃をおろした。
「リロード?のんきだね~」
「うう、違うよぉ~。換えマガジンが水没したんだよ」
G11の指は、沼に落ちている物資を指していた。
「あらら~。でもG11は無事だったんだね。良かった」
「ひぃ、ち、近寄らないでよ!伝染る!」
「あはは、そっか。そうだね」
9は笑いながらも、少し悲しそうな表情を浮かべた。
=*=*=*=*=
ジョンは9の止まれというハンドサインに従い、その場にしゃがみこんでいた。バッグをおろして一息いれ、中からペットボトルを取り出す。水が喉を通り過ぎる感触を楽しみながらも、周囲の警戒は怠らない。
パキリ
後ろで枝を踏み折った音が聞こえた。ジョンはすばやくホルスターから拳銃をとりだし、音の発生源へと銃を向けた。人影が視界に入った瞬間、ジョンは引き金を引いた。人影はグラリと後ろへ倒れていく。
「少女……いや、戦術人形か!」
ジョンはすばやく目を動かす。正面に他に居ないことを確認して、後ろへと振り返る。
「ええ、正解よ」
振り返った先には、アサルトライフルを構えた戦術人形がいた。その銃口は、彼の心臓がある位置を正確にとらえている。ジョンは、戦術人形の左目下のタトゥーの赤さが嫌に目に残った。
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416
416の視界にダイアログボックスが映り込む。そこには45との通信が切れたと書いてある。
「ああもう!どうしてこんなことになっちゃったのよ!」
416は壁に手を叩きつける。
「しょうがないよ416、それより早く行かないと」
「あんたは平気なの!?もう二人も抜けちゃったのよ!壊滅してるのよ!?」
「うぅ、わかってるよぉ。でもここで足を止めてたら状況は悪化するだけだよぅ」
大声をだす416に怯えながらもG11はそう答えた。
「……ごめんなさい、取り乱したわ」
416は深呼吸をする。それはただいつもよりも大きく呼吸しただけに過ぎない。しかし、416は思考がクリアになったように感じた。
「こう取り乱してちゃ完璧の名が廃るわね」
自分に言い聞かせるようにそう言った。416はバッグから緊急用の通信機を取り出す。それは、数日前に45から託された荷物の中に入っていたものだ。メモリに記録されているのは、404小隊専用のSOS回線だ。
「まさかこうなる可能性を考えて……?」
スイッチを入れると正常に作動した。オペレーターが一方的にヘリの到着地点と時間を伝えてくる。視界の端にそれらをメモしたものを表示しながら、再び移動し始める。
「416、ヘリの場所が近すぎない?」
「どういうこと?」
「ここはいま、前線ではなくてもG&Kの勢力圏とは言えないでしょ?それにしてはずいぶんと深くまでヘリを送ってくれるなって」
G11の指摘に416は目を見開く。射撃の腕は良く、銃の特性もあって制圧力も素晴らしい。それに加えてこの頭脳があれば、404小隊などという部隊ではなく一軍のエースになれる。
「はぁ、そろそろ疲れた。416、おんぶして~」
「ダミーにでも担がせなさい」
すぐサボりたがる癖さえなければ、彼女こそ完璧にもっとも近いと言えるかもしれないのにと416は考えた。
=*=*=*=*=
ヘリは時間通りに指定された地点に到着した。乗り込んで座席に身体を預けると、いままでかかっていた負荷が疲労感という形で416に襲いかかる。416は目を閉じて負荷を減らす。G11は座席に寝転がるなりすぐに寝息を立てていた。
「そういえばあなた」
416はパイロットに話しかける。
「どうして一人なの?G&Kはいつの間に操縦士一人体制になったのかしら?」
パイロットは最近失った二人の操縦士の話をしてくれた。元から人員がそこまで多くないG&Kは応急的に一人体制に移行したらしい。
「人員不足ねぇ。人形には任せないのかしら」
操縦士は答えない。何も言わなくなった操縦士に416は目を向ける。
「ちょっと、どうしたの――ちょっと!」
操縦席は赤く染まっていた。それは言うまでもなく、先程まで話していた操縦士の血だ。
416は急いで操縦席に手を伸ばす。操縦桿は不安定に揺れており、それを力ずくで止める。
しかし不安定な体勢で、しかもヘリの操縦について一切知識のないものがそんなことをしても、一度崩れた機体のバランスは戻らない。
「G11!起きなさい!」
「ふぇ?えっ?なに!どういう状況!?」
「落ちるわ!掴まりなさい!」
G11は座席につかまろうとするが、突然機体が傾いて外に投げ出されてしまう。
「もう!行きなさい!」
416のダミーの一体が飛び出ていったG11へと飛びつく。これでましにはなるだろう。
機体の回転はさらにひどくなっていく。416は座席に捕まっていたが、あまりの力に手が離れた。
「どうやら助かったみたいね……」
服に着いた泥を落とすと、自分をかばってくれたダミーを見る。
「ありがとう。さて、G11を探さないとね」
ヘリの落下地点からは離れた場所に落ちたはずである。416は唯一動ける状態のダミー一体とともに、森の中へと足を踏み入れた。
=*=*=*=*=
歩いている途中、だんだんと左手と左足が動かなくなっていく。どうやら落下の衝撃でなにか問題が生じていたらしい。
一人で歩く分には問題ないが、動きはとても遅くなってしまう。それに左手が使えないとなれば、射撃精度も下がってしまう。
「先に行って偵察をお願い」
ダミーもボロボロだが、自分の主を守るために身体にムチを打っていた。
何かが歩く音がして416はその場に止まる。見回せば、木に隠れるようにして男が一人いた。音の発生源とは別な気がしたが、おそらく敵の仲間だろう。
ダミーを回り込ませて男を後ろに向かせる。男は素晴らしい腕の持ち主のようで、一発でダミーのコアに当てた。ボロボロだった416のダミーは、そこで役目を終えたかのように倒れる。
「少女……いや、戦術人形か!」
男が勢いよく振り返るが、416は落ち着いて銃を構えた。この距離ならば外すことはない。
「ええ、正解よ」
416は銃の引き金に指をかけ、力を入れていく。
「待って!その人を撃っちゃダメ!」
416はその声に動揺した。もう二度と会えない人物だと思っていた。
「9!?あなたいままでどこに!」
「話はあと!とりあえず銃をおろしてよ」
「まさかこの男にたぶらかされてるの!?正気じゃないならここで――」
「落ち着いてよぉ。感動の再会なんだからさ」
「G11、あなたまで?」
「あぁもう信用度ゼロだよ、どうしよう9」
「こうだよ」
9は416に銃を向けた。これで416に向く銃口は二つである。
「……降参よ」
416は納得のいかない顔をしながら銃口を下げた。
詳細は活動報告内にしますが、とにかくやらかしました。穴があったら入りたいです。
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応急処置
「とりあえず銃をおろしてくれないかしら?」
ジョンは9の隣にG11がいることを見て銃をホルスターにしまった。おそらく目の前の少女が404小隊の最後の一人、HK416であることを確信したからだ。
しかし、9は銃を構えたままだった。
「あなたが無抵抗の人形に銃を向ける趣味があったなんて知らないんだけど?」
「無抵抗?笑わせないでよね。416ならその状態からでもすぐに指揮官を撃てるでしょ?」
「指揮官……?ああ、この男のこと?」
416はジョンの方を向いた。
「まさか9が男とかけおちするために小隊を抜けたなんてね……」
「違うぞ」
「知ってるわよ」
ジョンの言葉に416はあきれたようにそう返す。
「あらかた小隊を抜けた9があなたに拾われたって判定になったんでしょ?」
「そういうことみたいだな」
「ただ一つわからないことがあるわ」
「なんだ?」
416はジョンを指差す。
「なんで指揮官権限のあるようなやつが戦場にいるわけ?戦場にでるのは戦術人形とほんの少しの人間、指揮官になるような高い階級の人はいるはずがないわ」
「俺はもともと指揮官じゃないぞ」
416は困惑の表情を浮かべる。
「ちょっと待ってどういうこと?わけがわからないわ」
「そうだよな。でも俺、ただのヘリパイロットなんだ」
「嘘よ!ヘリパイロットなんて下っ端の下っ端じゃない!整備兵並かそれ以下よ!?そんな階級が指揮官権限なんて持ってるはずがないじゃない。」
「まあそうわめくな。話は後にしないか?ここだと鉄血兵が集まってくるかもしれん」
「……分かったわ」
416は銃をおろして、杖代わりの枝を拾った。
「足がやられたのか?」
「ええ、墜落したときにね」
「ちょっと見せてみろ」
そういって416に近づくと、足を触りだす。
「ちょっと何してんのよ!」
「骨格はなんとかなりそうだが回路までダメージをうけてそうだな。まったく動かないみたいだ」
「そんなベタベタさわらないで!」
416は言葉では拒んでいるが、身体は動かせない。この状態で動けばバランスを崩して倒れるからだ。
「とりあえず我慢してくれ」
そういってジョンは416の腕を引く。そのままよいしょと416の身体を自分の肩の上にのせた。いわゆるファイヤーマンズキャリーとよばれる持ち方である。
「9、もしかして嫉妬してる?」
「G11のくせに生意気」
「ほっぺを引っ張らないで~」
=*=*=*=*=
四人は街へと戻った。森の中で接敵すると、戦いが長期的に成りがちで逃げづらいからだ。
「これで少しはましだろ」
「あ、ありがとう」
416の足には森でとってきた枝がくくりつけてある。足が遅いままなのは変わりないが、松葉杖を持つ必要がなくなり両手がつかえるようになっていた。
その間G11は自身の銃の清掃を、9はせっせと街から物資を集めてきていた。
「あなたヘリパイロットって嘘でしょ?人形の修理ができるパイロットなんてきいたことないわよ」
「修理ってほどじゃないさ。それこそ応急処置だ。こういうときばっかしは人間と似てる構造でたすかるよ」
「人間と……ね」
416は自分の足を見た。少女の見た目としては素晴らしい造形である。しかし、それは戦いに向いてるとは思えなかった。
「私たちはなんでこんなにも人間に似せて作られたのかしら……」
「さあな。研究者の考えることはわからん」
「案外、研究者が変態だっただけかもよ~?」
G11はにやりと笑みを浮かべながらそう口を挟んだ。
「そういえばおまえらは特殊部隊だったっけか?」
「まあそうね。そんなところよ」
「じゃあ存在を知った俺はどうなるんだ?」
「……消されはしないわ。多分ね」
「多分じゃ困るんだが」
ジョンは道具を片付けながら苦笑する。
「ただいま指揮官!」
「9おかえり。どうだった?」
「いい知らせと悪い知らせの2つがあるんだけど、どっちから聞きたい?」
ジョンは少し悩むそぶりを見せた。
「じゃあ良い方からで~」
その隙にG11が答えてしまった。
「じゃあ良い方はね、じゃ~んこんなにあったよ」
そういって9はバッグからいろいろと取り出す。そこにはジョンの想像以上のものがあった。
「じゃあ悪い方は?」
「鉄血兵が近づいてくるみたい。小隊二つ分くらいかな」
9の言葉に息をのむ。こっちの戦力はといえば、戦術人形が三体で、かつ一体は銃をダメに、もう一体は身体に大きな損傷、そして最後にソフトウェアの方にいつ異常がでてもおかしくないと満身創痍である。
「手数が圧倒的に足りないわ。どうするの?」
416の言葉にジョンは肩をすくめた。
「どうするも何も、戦うしかないだろ」
ジョンは立ち上がり、G11と416の方へと向き直る。
「G11には偵察、416は火力担当ってとこか。二人はまだ通信ができるんだよな?」
「うん、問題ないよ」
「よし、じゃあG11はあそこのビルだ。できるだけ高く登れ」
「えっ嘘……あのビルって高すぎるよ。階段のぼるのだるい」
「泣き言を言わないの!それで、私はどうすればいいのかしら?」
「416はあそこだ」
そういってジョンが指を差したのは道のど真ん中だ。
「……私に死ねと?」
「勝手に死ぬな。弾は9がとってきてくれたのを使え。銃は無理でも弾なら民生品を使えるはずだ」
そういって9のバッグから出てきた弾を416へと押し付ける。
「それで、私と指揮官は?」
「俺たちはこれだ」
そういってジョンは酒瓶を手にとった。
V●ct●r「……」
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戦闘開始
9は森の中を走り抜ける。後ろからは両手でも足りないほどの数の鉄血兵が追いかけてきていた。
「やっぱり人数差あり過ぎだよ指揮官!」
9でなければとっくに銃弾が突き刺さっていただろう。ここまで敵を引きつけられるのは、ひとえに彼女の囮役としての経験の賜物である。
指揮官の方は大丈夫かな……
9は街の方にいる三人のことを考える。
416とG11の腕を侮っているわけではない。しかし、二人とも万全の状態とは言えない。ダミーもおらず、416に至っては身体の損傷で戦闘能力が低下している。
走る足を適度に緩める。スペックの差と人数の差で、全速力だとどうしても先に行き過ぎてしまうのだ。
9は囮だ。敵をうまく分断し、その片方を森の中で引き止める。時間になるまで一人で逃げ回ることが9に与えられた任務だ。
9は時計を見た。そろそろ街の方で戦いが始まった頃だろう。9は木々の切れ間から見えた街の方へと目を向けた。
=*=*=*=*=
「……!G11から連絡がきたわ。接敵まであと1分よ」
「了解だ。まあこんなもんだろ」
そう言ってジョンは持っていた大きな箱を道路の上に置いた。それは、416が立っているところからちょうど隠れられる場所になっている。
「こんなのが本当に上手くいくのかしら?」
「あとで神にでも祈っておくさ」
「人形が祈るべき神って誰かしら?」
「I.O.Pのお偉いさんとかでいいだろ」
「……祈ったほうが状況が悪化しそうだからやめておくわ」
「そりゃ賢明なこった。っと来たか」
鉄血兵が曲がり角から姿を現した。
「416、ここは頼んだぞ!」
ジョンは建物の中へと入っていった。
「まったく、私を置いて逃げればいいものを」
そういいながら416は銃を構える。急ごしらえのバイポッドは安定しないが、片手で撃つよりかはましである。
「倒さなくていいなんて言ってたわね……。完璧である私が腕の一本失ったところで、敵を倒せなくなるわけないじゃない!」
416は引き金に指をかけ、ためらわず引いた。
=*=*=*=*=
「始まったか……」
ジョンは銃声を聞きながらそうつぶやいた。彼の足元には即席の火炎瓶がいくつもある。その中の二つを手に持ち、移動を開始する。
ここら一体の建物は、地下ですべてつながっている。ジョンは地図を見ながら、事前にチェックしていた場所から火炎瓶を投げる。
地上ではパニックが起きていた。銃撃戦をしていたと思ったら突然火の手が上がったからだ。到着したばかりでここの地理状況を把握しきれておらず、前に居た数体はあっという間に行く手を阻まれた。
後方の部隊と合流しようとしてもすでに火の手は回っている。動きを止めた彼女らを416の放つ弾丸が襲う。急所を狙ってくるそれは腕の損傷を思わせない正確さだ。
先行部隊の異常を察知して後方の部隊は散開し、416の射線を意識しながら障害物に隠れた。
ハイエンドモデルならば気づけただろう。しかし彼女らはただの一般モデルで、高度ではあっても複雑な思考を再現するようなスペックはなかった。
彼女らは道路に転がる箱やドラム缶を盾にした。
それは元からあったものではなく、ジョンが設置したものだ。
突然上から何かが落ちてくる。それは酒瓶のようだが、その先には火の着いた布が付いていた。
その物陰は、意図的に設置されたものだ。近くの建物内から狙いやすい場所におかれたそれは、416の射線を遮るのに都合が良すぎた。そして、ジョンが火炎瓶を投げ込むには絶好の位置だった。
一体がジョンの存在に気づき、他の兵と情報を共有する。複数体で情報を共有することで、演算を分散させてより高度な計算を素早く行えるようになるのだ。
しかし、416の射撃という脅威を優先して排除しようとしてしまう。どれだけ計算しても、手負いの416を撃破後にもう片方へと行くルートを選んでしまう。
演算を繰り返す間にも火の手は広がるばかりだ。街中の燃えるものをかき集めたのだろう。その勢いはもはや消火活動でどうにかできる域を越えていた。
「よそ見してる場合じゃないわよ!」
416の正確な射撃は確実に敵の数を減らしていた。それに加え火の手に巻き込まれ銃の暴発、回路への熱によるダメージ、熱暴走による異常の発生など、さまざまな症状が現れ始める。
まさにこの世の地獄のような光景だった。
=*=*=*=*=
9は焦げ臭い匂いを感じて街の方へと顔を向ける。立ち上る煙を見た後、時計に目を向けた。
もう時間稼ぎは十分かな
9は相変わらず追いかけてくる鉄血兵を見た。足を止めればいつ当たってもおかしくないほどの弾幕が9に今も襲いかかっている。
しかし9に有効打は当たらない。損傷を最低限にしながらも、敵の目を引き続けている。
突然開けた場所へと出る。そこはヘリの墜落地点だった。9はヘリの残骸を盾に休憩をとる。疲労感というものはないが、パーツの疲労という概念を知っていた。なにより、動かし続ければ熱を持ち、制御があまくなってしまうこともある。
「9!」
突然の声に9が振り向くと、顔の横を弾丸がすり抜けていった。
鉄血兵とは逆方向からの銃撃に9は目を見開く。
「よ……45姉!」
「9!私から逃げて!早く!」
45は銃口を9の方向に向けている。9はそこで45の暴走の件を思い出した。9は再び走り出す。
45の方へ向かって。
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改造
すみません結末を意識しすぎてどんどん難産に……
「9!こっちへ来ないで!」
そう言いながらも45は銃口を9へと向けてしまう。
しかし、9はまっすぐに45の方へと向かってくる。その瞳には狂気じみた信頼の色に満ちている。
「聞いてるの9!避けて!」
45は自分の指に力が入っていくのを感じる。銃口は9に当たるように自動で調整されていく。もはや45の意思で発砲は避けられない。
間に合って!
45の思いに反して銃弾発射される!放たれた銃弾はまっすぐと9の方へと向かっていき、9の顔を――
――かすめていった。
「45姉!信じてたよ!」
9はポケットから何かを取り出す。それはジョンから受け取った最後の注射器だった。
「9!それは!」
「最後の一本だよ!大事に使ってね!」
9はすれ違いざまに45のポケットにそれを入れた。そしてそのまま森の奥へと走り去っていく。
「……まったく、手のかかる妹だこと」
45は自ら切断した射撃アシストを再起動する。システムは正常に作動し、目の前から迫ってくる鉄血兵たちを捉えた。
「さあかかってらっしゃい。最期まであがいてみせるわ」
不敵な笑みを浮かべながら、引き金に指をかけた。
「……あら?」
45は首をかしげる。さっきまでこちらへと向かってきていた鉄血兵たちの動きが止まったのだ。そしてそのまま、後退していった。
「せっかく格好つけたんだから戦わせなさいよ……」
=*=*=*=*=
ジョンは拳銃の引き金を引く。乾いた爆発音が響き、鉄血の人形が倒れた。
「これで最後か?」
そう呟いたジョンに416は銃口を向け、引き金を引いた。
「これで最後よ」
ジョンの後方から忍び寄っていた鉄血兵が倒れた。
「あっぶねえな。俺に当たってたらどうする気だ」
「何よ、私が外すわけないでしょ?」
「……そうだな、サンキュー」
「今なにを悩んだのよ!?」
声を荒らげる416をジョンはなだめる。
「それよりG11を呼んでくれ。9が戻ってくる前にやっておきたいことがある」
「わかったわ。……何をする気なの?」
「なーに、ちょっと改造するだけさ」
「……ちょっとで改造できる人なんていないわよ」
416はやれやれと首を振りながら、G11に通信を入れた。
=*=*=*=*=
「それで、どう改造する気なの?」
「まずG11にも戦闘に参加してもらう」
「え~、でも銃ないよぉ」
「416の銃を使えばいい。念のために9にとりに行かせてよかった」
ジョンはバッグからHK416を取り出す。
「それは私のダミーの!?」
「ああ、一丁だけ無事なものがあった。ロックは……G11のシステムの方で解除させる」
「そんなことができるの?」
416の質問に答えたのはジョンではなかった。
「できるよ!指揮官ならね!」
「9!もう帰ってきたの!?鉄血の奴らは!?」
「大丈夫だよ416、一度撤退していったみたい。それより指揮官、私の銃もG11に使わせることはできない?」
「まあ可能だと思うが、おまえはどうやって戦うつもりだ?」
「私は指揮官と一緒にこれでいいよ」
9の手には火炎瓶が握られている。
「放火魔コンビの爆誕か」
「それより指揮官、私は何をすればいい?」
「そうだな、416の立ち位置のバリケードを強化しておいてくれ。あとは障害物の設置だな。できるか?」
「うん!強固なバリケードと火炎瓶を活かせる障害物だね。了解!」
「一を聞いて……」
「……十を知るだねぇ」
=*=*=*=*=
ジョンはG11の首元からコードを抜く。
「なんとか間に合ったか。調子はどうだ?」
「う~ん特に変わりはないよ」
「そりゃよかった。じゃあ射撃練習だな。最初のうちは慣れない銃で戸惑うかもしれないが――」
ジョンの言葉を二発の銃声が遮る。
「問題ない」
G11は銃を両手に持った銃を掲げた。その両方から硝煙が立ち上っている。
「……すごいな。最適化までは出来なかったはずなんだが」
ジョンはG11が撃った柱を見る。中央にほぼ重なるように弾痕がついている。
「でもこれ疲れるよぉ」
「今回だけだから我慢してくれ」
「ちょっと指揮官!G11とイチャイチャしてないで配置について!そろそろ来るよ!」
9が上の階から大声を出した。
「よし、戦闘開始だ!絶対に死ぬなよ!」
「了解!任せて指揮官!」
「私が死ぬわけないでしょ?一番多く敵を倒すのは私よ」
「死なない程度には頑張る」
「ははは、まったくよくそれで小隊なんて組んでたなお前らは!」
ジョンは笑いながら、鉄血兵が来る方向へと目を向けた。
@3
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傷
ジョンは焦げ臭い匂いを感じて目を開く。眼の前には朽ちた天井があるだけだ。しばらく辺りを見回して、ようやく自分が倒れていることに気がつく。
「……!戦闘は!」
建物の外からはまだ銃撃音が聞こえている。少なくとも416かG11のどちらかは無事のようだ。
勢いよく起き上がろうとして、視界にそれが入る。
それとは人の足だ。
しかし、それには様々な破片が突き刺さっている。ひと目見てそれが重症であることがわかる。
そしてそれが自分の足であることに気がつくのに、それほど時間はかからなかった。
「まじかよ……痛みがないだけましか」
ジョンは負傷した左足を手で触る。それからは痛みどころか感触すら感じられなかった。
「起きたの?」
窓から飛ぶようにして入ってきたのはG11だった。その肩には脱力した9が乗っかっていた。
「9?いったい何が?」
「覚えてないの?はぁめんどくさい」
そういいながらもG11はジョンの質問に答える。
ジョンは敵の手榴弾で意識を失い、それを見て死んだと勘違いした9が我を忘れて敵軍へと突撃していったらしい。
「まったく回収する方にもなってほしいなぁ。……416?わかったすぐ行く」
416から通信が入ったG11は9を抱えるために後ろに回していた銃を構え直す。
「9はとりあえず頼んだからね」
ジョンが言葉を返す間もなく、G11は再び外へと飛び出していった。
「くそがっ!」
ジョンはなんとか動く右足と両腕でバッグまで這っていく。膝や腕が擦れて血が滲み始めるが、それを気にする様子はない。
なんとかバッグまでたどり着き、ファスナーを開ける。中から端末を取り出したジョンは再び這って9の元まで戻る。
「待ってろ。すぐに直してやるからな」
ジョンは9の首元に触る。そしてパネルをはずし、コードを差し込んだ。
端末の作動音は銃声にかき消えていく。エディタが立ち上がり、読み込みが終了する。
「なんだ……こりゃ……」
9のシステムはさらに複雑化していた。まるで何かが上書きしていったかのように、プログラムが荒らされているとジョンは感じた。
ジョンはとりあえず起動することを優先で書き直していく。しかし、書くたびに何かが上書きしていく。
「くそっまたダメか!いったい何が……」
そう叫びながら書き換えられていくプログラムを見ていると、その規則性に気がついた。ジョンはもしやと思い、ある一部を書き換える。
「……できた。書き換えも行われてない!」
ジョンは同じ要領で他の部分も書き換えていく。
ふと、9のシステムを書き換えるのはこれで何度目かと考えた。
9との不思議な出会いをジョンは思い出す。あそこで救われていなければ、彼は今物言わぬ屍だっただろう。そして9も、彼に出会っていなければいつシステムの異常が原因で死んだかわからない。
「さあ寝てる暇はないぞ!」
ジョンは起動コマンドをたたき込んだ。
ゆっくりと、実にゆっくりと9の左目が開いていく。
「あれ……指揮官?」
「9、起きろ!まだ戦闘は続いてるぞ!」
「良かった指揮官!生きてたんだね!」
9は勢いよく起き上がり、指揮官に飛びかかる。
「よかった……生きててよかった――」
「――あれっ?」
9は首をかしげる。
自分はどうして指揮官を押し倒しているのだろう?どうして指揮官の腕を足で押さえつけているのだろう?
どうして、指揮官の首を、絞めているのだろう?
「ちがう!こんなの!」
9は否定するが、手に入る力は強くなっていく。
「お願い!指揮官!私を止めて!」
それが無理な願いであることに9は気がついている。ジョンが9を止める手段だった薬は、すでに手元に残っていない。
「……9、本当に良いんだな!?」
ジョンはかすれた声でそう言った。
9はその言葉に、涙を浮かべながらうなずいた。
ジョンが突然、数字を読み上げていく。9のシステムはその規則性を確かめるべく、自動でその数列を解析し始めた。
そして、その解析は途中で強制的に終了され、9のシステムは沈黙した。
薄れゆく意識の中で、9は自分を構成する何かが壊れていく気がした。
=*=*=*=*=
「ゲホッゲホッ」
ジョンは何度か咳き込むと、自分の上で動かなくなった9を押しのける。
全く動かなくなった9を見て複雑な気持ちになりながら、窓の外へと目を向けた。
その瞬間、窓を破って何かが投げ込まれてきた。それにジョンは見覚えがあった。自分が意識を失う前に見た光景と同じである。
「また手榴弾かよ!」
ジョンは腕で頭をかばう。しかし、この軌道ではまた直撃してしまう。
無慈悲にも爆発音がジョンの鼓膜を震わせ、顔を爆風がなでる。
しかし、いつまでたっても痛みはこなかった。
「まったく、手がかかるわね」
ジョンをかばった人影は、そう言ってフードを脱いだ。
@2
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さいご
「45!どうしてここに!?」
「ふふふ、会いたかったわ。なんてね」
そう言いながら、45は銃を落とした。
「……流石に無傷とはいかないわね」
そう言う45の右腕は、今にも千切れそうなくらいの損傷を負っていた。
「おい大丈夫か!?」
「このくらい……どうってこと……」
45の顔が歪む。それはまるで人間が痛みをこらえているときのようだった。
「痛むのか?」
「ええ、少しね……」
45は膝から崩れ落ちる。明らかに異常である。
「どうした?たかが腕一本だろ!」
腕が吹っ飛ぶことなど、人形にとっては日常茶飯事だ。だから、損傷したときの痛みのフィードバックは、それほど高く設定されていない。
「ええ、そうね。たかが一本ね……でもこれは少し……」
45の言葉が続かなくなってくる。ついには、痛みに耐えかねてうめき声をあげはじめた。
「痛覚フィードバックの……異常のようね……お願い、私のポケットに……」
「ああ、わかった」
ジョンは45に近づき、ポケットを探る。そこには注射器が入っていた。45は注射器をもったジョンの手に自分の手を重ねた。
「最期に……私はどうなってもいいから9を……直して。……あと9にごめんって……」
「ばかやろう。俺は記憶力に自信はないぞ?」
「……ふふっ。じゃあ自分で言わなくっちゃね……」
「ああそうだ。二人とも助かるんだ。だから今は仲良くお昼寝してろ」
そう言ってジョンは注射器をさした。
「ありがとう」
45は最後にそう言って、目をつむった。
「45、ありがたく使わせてもらうぞ」
そう呟きながらジョンは、9の隣で眠る45に目を向けた。
ジョンの足には、45がつけていた外骨格が付いている。あまり正確に調整する時間はなかったが、移動するだけなら問題ない程度には動いてくれる。
「ラストスパートだ!」
ジョンは火炎瓶と45の銃を持って、再び戦場へと駆け出した。
=*=*=*=*=
戦場は泥沼と化していた。416のいるバリケードは、事前の強化が上手くいってまだもちこたえていた。中にいる416もほとんど被弾していない。G11の二丁持ちによる奇襲も、確実に鉄血兵の数を減らしていた。
「416~、もう弾が残り少ないよ~」
「自分でなんとかしなさいよ!私だって精一杯やってるの!」
「おこらないでよぉ」
そういいながらG11はマガジンに予備の弾を込めていく。そして半分を416の手の届く範囲に置き、もう半分をポケットに無造作に突っ込んだ。
「じゃあいってきま~す」
「頼んだわよ!」
G11はバリケードから飛び出してビルの中へと入ろうとする。しかし、その足元に被弾しかけて思わず躓いた。
「あっしまった」
「G11!」
転んでしまって無防備なG11に、容赦なく鉄血兵の銃口が向けられる。
「ばんじきゅーすか」
G11はせめてもの餞別とマガジンを手でつかみ、416の方へと投げようとする。
「まだ諦めるにははやいぞ」
突然上から何かが飛んでいき、鉄血兵とG11との間に炎の壁ができる。鉄血兵たちは突然現れた炎を見て一瞬判断が遅れた。
G11はその一瞬を見逃さない。すぐに体勢を立て直し、牽制のために数体に致命傷を与えながらビルの中へと身を隠した。
「ありがとう、助かったよぉ」
「礼は後だ。まずは目の前の敵だ」
「そうだね。416~作戦を練るからちょっと一人で相手してて~」
「はあ!?えっちょっ」
「416ならできるでしょ~?」
「あ、あったりまえじゃない!……できるかな……」
「よっ!HK416!世界一!」
「あんたら後で覚えておきなさいよ!」
そう言いながらも416は引き受けた。その間に素早く作戦を立てていく。
「よし!じゃあ頼んだぞ!」
「まかされた。416~お願いね~?」
「えっ内容聞いてるわけないじゃないおしえなさいよ!」
「大丈夫だよ。416の役割は変わらないから~」
「そういうことじゃないでしょ!」
そう言いながら416はフルオートでマガジンを使い切るまで引き金をひいた。
=*=*=*=*=
「G11、残弾数は?」
「あとこれくらい」
そういって指を数本立てる。おそらく416はその半分くらいだろう。早くしなければ416がただの案山子になってしまう。
「そろそろ仕掛けるぞ」
「りょ~か~い」
そう言ってG11は道路へと飛び出した。両手に持っているのはUMP9とUMP45である。
両方ともSMGにしたG11は驚くほど素早く敵の間を縫って移動していく。SMGではダメージは低く、倒れることはない。しかし、注意は引くことができた。無防備になった背後に、火炎瓶が投げ込まれる。
「よし撃てぇ!」
ジョンの声とともに、三方向からの銃声が鉄血兵を襲う。ジョンは久々に撃つアサルトライフルの反動を必死に抑えながら、なんとか数体に致命傷を与える。
鉄血兵たちはたまらずに物陰に身を隠した。それは木箱やドラム缶など脆いものであったが、射線上に身を置くには幾分かましに見えたのだ。
しかし、その木箱やドラム缶は、ジョンや9が設置したものだ。
一体の鉄血兵は、穴の空いた木箱から何かが漏れていることに気がつく。それと、周りを囲んでいる火とを見て、すぐにそれが可燃性の液体である可能性を考えた。
気がついたときにはすでに遅く、すぐに足元から全身が火に包まれた。
「もう弾が切れるわ!」
「こっちももうないよ~!」
「くそっあと少しだってのに!」
しかしそう上手くは行かない。炎というのはそう簡単に制御できないのだ。炎自体で行動不能にできる鉄血兵の数は意外と少ない。
ジョンは考えを巡らす。が、さすがにもう思いつかない。屋外では質量による攻撃はかわされやすく、事前に準備もしていない。炎で足止めすることだけしか、準備できていないのだ。そしてこちらは足に怪我を負っているのが一人と一体、それに加え行動不能が二体である。撤退も難しい。
そんなときだった。
何か大きな音が遠くから響いてくる。それは銃撃音のようでもあったが、それにしては音が大きく、しかも近づいてくるスピードも早かった。
「ちょっと!何よアレ!」
416はジョンの後方へと指をさす。それにつられてジョンも振り返ると、ヘリコプターの郡があった。四方を武装ヘリに囲まれた輸送ヘリである。
「あの型は最新式の……!G&Kの援軍だ!」
ジョンはG11へと目配せする。G11は分かってくれたようで、すぐに416の方へと走り出す。それを見て、ジョンは9と45を置いてきた建物へと走った。
ヘリ部隊が通りを制圧射撃していく。その機関砲に捉えられた者はすべて粉々に粉砕されていく。
「あっ……あっぶねえ」
息を整えながらジョンはほっと一息をつく。
「安心してる暇はないみたいだよぉ」
G11は担いできた416を下ろすと銃に手をかける。鉄血兵の方も炎の壁を通り抜けてビルへと避難してきた者がいるらしい。
「あの部屋で立てこもるぞ」
「りょ~かい」
G11は数発撃って鉄血兵を牽制し、416を引きずりながら後退していく。ジョンはその間に部屋へと入り、クリアリングをする。どうやら敵はいないようだ。
部屋の中の物を障害物にして、入り口を警戒する。
少しの間、銃撃が止んだ。戦場を静寂が支配する。
パリンと背後からガラスの割れる音がした。それと同時に、4体の人形が部屋へと入ってくる。ジョンに最も近くに突入してきた人形はすぐさま銃口を向け――
「人間……ですか?」
――目を見開いて固まってしまった。
「M4!敵はそいつじゃない!」
少し離れたところへと突入した人形が、そう怒鳴る。M4と呼ばれた人形はそれで我を取り戻したのか、入り口へと銃口を向けた。
「M4……AR小隊か?」
「はい。そのとおりです」
M4は目線をそらさぬまま答えた。
「なんで最前線で戦う人形がここへ?」
「助けに来ました。ペルシカさんから依頼されたので」
「ペルシカが誰なのかは知らないが助かった。感謝する」
「……仕事ですから」
それだけ言うと、M4は入り口から外へと出ていってしまった。しばらく銃撃音が響いた後、再び場に静寂が訪れる。
「どうやら……助かったようだな」
ジョンは大の字になると、目をつむった。
@1
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終章
「G11?起きなさいよ」
416は合流地点で帽子を顔にかぶって寝ているG11を揺さぶった。
「うぅ~眠いよぉ」
「人形なんだから睡眠なんて必要ないわよ。ほら、次の地点に行くわよ」
G11は渋々と起き上がり、両脇に銃を抱えた。
「……聞きたいのだけれど」
「どうしたの416?」
「なんであなたがHK416を持っているのかしら?」
そう言って416はG11が左手に持つ銃を指さした。
「別にいいでしょ~?」
「いったいどこで……まさかあんた私のダミーの死骸から!」
「へへへ~」
G11は無邪気に笑いながら、次の地点へと歩き始めた。
「まったく……あの猫耳研究員は何をやっているんだか」
416は頭を手で抑えて、ため息をついた。そして、G11の後へと続いていった。
G11の寝ていた場所には、鉄血兵の無残な死体のみが残っていた。
=*=*=*=*=
「すこし遅れたわね、ごめんなさい」
416とG11が次の地点でしばらく待っていると、黒いパーカーのフードを被った人物が来た。
その人物は左手でフードを脱ぎ去り、その灰色がかった髪を整えた。
「もうそれは大丈夫なの?」
416は45に尋ねた。G11は寝転がっているが、視線は45の方へと向いていた。
二人の視線は、45の右腕に向いていた。
「まだ上手く扱えないわ。もう少し時間がかかりそう」
45はそう言いながら、右腕を動かした。
45の右腕は陽の光を鈍く反射し、金属同士の擦れ合う音が微かに響いた。
「G11といいあなたといい、あいつから受けた影響が大きいわね」
「そういうあなただって、最近は榴弾以外も使っているようじゃない」
416はウッと声を出した。彼女のポーチには、普通の榴弾とは色の違うものが入っていた。
「わ、私は彼の戦い方を学んだだけよ」
そういってそっぽを向く416を見て、G11はこんなキャラクターがいる資料を誰かが持っていたなと考えた。
「それで45、元気だった?」
「今日は会ってないわ。家にいなかったのよ」
「あら珍しいわね。たしか足は完治しなかったからあまり外に出ないときいたけど?」
416の質問に45は首を振った。
「知らないわよ。きっと大事な用事でもあったんじゃないかしら?墓参りとか……ね」
「はあ、変なこと言ってないで任務に集中しなさい。久しぶりの任務なんだから確実に成功させないと」
「416~肩に力が入りすぎだよぉ」
「あんたは抜けすぎよ!」
二人の会話を見て45は軽く笑う。
「……珍しいわね、45が普通に笑うなんて」
「失礼な。まあ今日は面白い出会いもあったし多少浮かれてるのかもしれないわ」
=*=*=*=*=
「君があの子のプログラムを書き換えた張本人かい?」
視界の端に白衣の女性が立っていた。ジョンは真っ白なベッドから身体を起こす。
「あなたは?」
「私はペルシカ。16LABの主席研究員さ」
そういってペルシカは首から掛けた社員証をジョンへと見せた。
「そうか、あんたが……。9は直りそうか?」
「端的に言えば無理だね」
ペルシカは椅子を手繰り寄せて座った。どうやら長話していくつもりのようだ。
「絡まった糸を整えるくらいに面倒な作業になるだろうね。そしてそれに加えて一部が破壊されている。もう彼女は戦場に立つことはできないだろう。この破壊も君の仕業だね?」
「……そうだといったら?」
「人形を行動不能にできる人物を処理するというのは珍しい話でもないさ」
ペルシカは端的にそう言って、コーヒーを啜った。
「殺すのか?それとも監禁か?」
「そうするのが普通なんだが、どうやら君はG&Kの兵士だったらしいじゃないか。だとするとI.O.P側は君に手を出すわけにはいかなくなるんだ。取引先の兵士を殺したとなれば大問題だからね」
「じゃあどうするつもりなんだ?」
「解放さ。君は治療が終われば自由だ。新しく義足でもつければ復帰はできなくはないだろうし、安全圏でひっそり過ごすのもいいだろうね」
「どういうつもりだ?野放しにする気か?」
「まさか!そんなに甘い世界じゃないよ」
ペルシカの口角が上がる。ジョンはそれを見て悪魔とでも契約するかのような緊張感を覚えた。
「鉄血の人形だけを殺すプログラム。その開発をしてもらう。私も自分の作ったものにウイルスを仕込まれるばかりで嫌気がさしていてね。そろそろ仕返しがしたいんだ」
「開発?俺みたいな素人よりもプロに任せたほうが良いだろ」
「そうしたいのは山々なんだけどね、なかなか鉄血兵のセキュリティを突破できないんだ。そこに自称素人のハッカー君が現れたものだから、こちらとしては喉から手が出るほどほしいんだよ君のことが」
「そうか。だがその話は断って――」
「君に拒否権はないよ」
ジョンの言葉をペルシカが遮る。
「実に残念ながら君にこの話の拒否権はないんだ」
ペルシカの手には拳銃が握られている。
「……分かった。開発に協力くらいはしてやる」
ジョンはそう言うしかなかった。
=*=*=*=*=
ジョンは墓標に刻まれた名前を見て、いろいろなことを思い出した。
結局あの後、ジョンは安全圏の街に住むことにした。オンラインで開発を手伝いながら、のんびりと暮らしている。
負傷した傷はほぼ癒えたが、左足だけは完治しなかった。歩くことに障害があり、常に介護用に人形を側に置いている。
エンジン音がして後ろを振り向く。駐車場に停めてあった車をとってきてくれたようだ。運転は件の人形である。
ジョンは再び墓標へと向き直り、目を閉じて祈りを捧げる。そこまで信心深くない彼でも、死者が安らかに眠れるように神に祈るのだった。
「さて、行くか」
杖を握り直して車へと向かう。人形が車から降り、こちらへと走り寄ってくる。
「指揮官、帰ろう!」
「ああ、9」
ジョンは9に支えられながら、車へと乗った。
ここまで読んでくださってありがとうございました!
長ったらしいあとがきは活動報告にてしようと思います。質問等はこちらでもかまいません。
無事に完結できたのはひとえに読者の皆さんのおかげです。本当に応援ありがとうございました。
最後に宣伝
「北区の店主」:https://syosetu.org/novel/172933/
を投稿してます。全5話中現在3話まで投稿しているので、よかったら見てください。
45の言っていた「面白い出会い」の意味がわかるかもしれません。
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