現死神~鈴木悟~ (ザルヴォ)
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いつもの展開?
安定の初手〈
今現在、エンリ・エモットは死を覚悟していた。突然現れた騎士達に村が襲われ、両親は自分たちをかばって立ち向かった。
エンリは妹であるネムの手を引いて必死に森の中へと走ったが、ただの村人でしかない自分たちでは鍛えられた兵を相手に逃げ切れるはずもない。
すぐに追いつかれて背中を切りつけられる。その衝撃と痛みで地面に倒れこみ、せめて妹だけでも助けなければとその小さな体に覆いかぶさる。
そんな思いも虚しく無情にも背後から剣を振りかぶった騎士が近づいてくる。エンリは恐怖に耐えながら目をつぶり、最後の瞬間を待った。
「・・・?」
しかしいつまでたってもその瞬間が来ない。エンリが恐る恐る目を開けると、目の前に”死”が立っていた。
◆
まるで闇を切り取ったかのような漆黒のローブを纏い、左手には神々しくも禍々しい杖を携えたその体には皮も肉は無いが、空であるはずの眼窩には濁った赤い炎のような揺らめきがある。その背後には光を拒絶するかのような黒い門のようなものが広がっている。
それと”眼”が合った瞬間エンリは理解した。先ほど感じた死の気配などただのまがい物であると。そう、目の前の存在こそが”死”そのなのだと。
同時になぜ剣が振り下ろされないのかがわかった。きっと背後の騎士もまた、エンリと同様に動けなくなっている
「・・・あ」
エンリが呆然としていると、目の前の”死”は空いている右手でエンリ達を抱きかかえて静かに門の中へと戻っていく。
突然の事ではあったが不思議とエンリは落ち着いていた。思考が麻痺していたのかもしれないが、心の中で(これから黄泉の世界に連れていかれるんだなぁ)などとぼんやり考えていた。
◆
門を抜けると、その先は予想に反してまた森が広がっていた。そこはエンリにも見覚えがあり、先ほどの場所からそう離れていない。そして”死”が優しくエンリ達を地面に下すと言葉をかけてきた。
「え、えっと・・・大丈夫ですか?多分もう安全だと思うんですけど・・・あっ・・・け、怪我してるんでしたね!?えっとポーション・・ポーション・・・。」
見た目に反してやけにおどおどとした声がしたと思ったら目の前の”死”の右手が空中に消える。・・・いや、よく見ると手首のあたりに先ほどの門のような黒い空間が存在している。「えっと・・・どこやったかなぁ・・」などと言いながら腕を動かしている様子は、袋の中を手探りで探っているかのように見える。
やがて右手が引き抜かれるとその手には小さな瓶が握られていた。それは非常に繊細な細工が施されており、まるで香水瓶のようだ。その中は真っ赤な液体で満たされている。
「っ・・血!?」
思わず口から言葉が漏れると、慌てたような声が返ってきた。
「だ、大丈夫です・・・ただのポーションですから・・・。えー、飲めますか?」
何も返答できずに固まっていると、「無理みたいですね・・・えっと・・すいません・・失礼します!」という言葉と共に、瓶の蓋が外され、その中身がエンリに降り注がれた。
「っ・・ひ!?」
全身に赤い液体が降り注ぐと同時に、背中の痛みが消えていく。
「うそ・・・」
背中に触ると、服は切り裂かれたままだが、その下にあるはずの傷は嘘のように消えていた。
「よ、よかった~。あー・・・これでもうあなたたちは助かった・・・と思います」
その言葉に振り向くとそこには先ほどと変わらぬ”死”が立っている。そしてエンリは以前薬師の友人に聞いた話しを思い出していた。
『ポーションは作る過程でどうしても青い色になっちゃうんだよ。でも本当の完成されたポーションは赤い色をしていて、”神の血”って呼ばれてるらしいんだ。それを作るのがすべてのポーション職人の夢なんだよ。』
エンリに振りかけられたポーションも赤い色をしていた。そしてその効果は実感したばかりだ。しかし目の前の存在は神どころかその逆の”死”そのものに見える。死・・・神・・・・。
「・・・あ、ああ!」
その瞬間エンリの頭に昔村に来た宣教師の言葉が蘇った。
『生と死は表裏一体なのです・・・。神は役目を終えた命を摘み取り、死を与えます。しかしそれは終わりではありません。それは神の手により新たな命となり、またこの世に生れ落ちるのです。そんな生と死を司る神の名は---』
「死・・・神・・様・・・・」
そんなエンリの呟きに目の前の”死”改め”死神”は「ぅん?」と頷く。
「あ・・・あの!あなたの・・いえ!あなた様のお名前は!?なんとおっしゃるのでしょうか!?」
「え?名前?ああ、はい・・・私”鈴木悟”といいます。」
原作で〈
一般人だったら戦わずに即逃げるよなあ・・・と思って。
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エンリ視点1
これが終わったら同じシーンを鈴木悟視点で投稿します。
「スズキサトル・・・あ、あの・・サトル様とお呼びしても?」
そう尋ねると死神は少し身じろぎするかのように体を震わせた。
「はは、私は”様”と呼ばれるような者じゃありませんよ・・気軽にスズキさんとでも———」
「あ、あなた様をそんな風に呼ぶことなどできません!お許しを・・・」
命の恩人、それも神の名をそんな気軽に呼ぶことなどできない。そんなエンリの思いが通じたのか「あ、はい。ではご自由に・・・」という声が聞こえた。
「あの、サトル様・・・お願いがあります」
気づいたらそんな言葉を口にしていた。
「ん?なんでしょうか」
突然の言葉にもかかわらずサトル様はやさしくその先を促す。——自分達の命を救ってくれた上に”神の血”まで恵んでいただいたのだ。これ以上甘えてはいけない——そう思い『すいません、何でもないです』と言おうとするが、出てくるのは別の言葉だ。
「両親を・・村のみんなの命も救っていただけないでしょうか?」
———ああ、ただでさえ返しきれない恩があるというのにさらに願いを口にしてしまった。
「村が・・突然さっきの騎士達に襲われて・・・お父さんは私達を助けるために立ち向かって・・・」
しかし他に頼れるものも存在しない。サトル様に縋り付きながらさらに懇願する。
「お願いします・・・私の・・私のすべてを捧げます!・・どうか・・・」
さっきはネムさえ助かれば他はどうなっても構わないなんて考えていたのに、いざ自分の命が助かってみればどんどん願望が溢れ出てくる自分に嫌悪感を感じる。
隣ではネムも自分と同じように「お願いします!」と言いながら縋り付いている。
サトル様からすればさぞ醜く見えているだろう。助けてもらっておきながらさらなる願いを口にする浅ましい姿は・・・
まるで時が止まったかのように沈黙が辺りを支配する。長時間———実際にはそう長くはなかっただろうが———じっとサトル様の眼を見つめながら答えを待つ———するとサトル様が静かに返答した。
「そんなものいりませんよ」
エンリは絶望すると同時に自分を恥じた。『私のすべてを捧げる』だって?おこがましい!どう考えたらただの村娘にすぎない自分にそんな価値があると云うのだろうか。
「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前・・・ですから」
うつむいて涙を流すエンリにそんな声が聞こえた。驚いて顔を上げると少し視線を逸らしながら優しい笑み———表情がわからないのでそんな雰囲気がしただけだが———を浮かべた顔が目に入る。
「私にまかせてください」
そう言いながら二人の頭を優しく撫でる。白骨の手はごつごつしていたが、不思議と暖かかった。
「あ・・・」
その言葉が頭に染み込むと同時にさらに涙が溢れてくる。しかしそれは先の物と違いとても暖かいものだ。ネムと二人泣きながらただありがとうございますと繰り返すが、ほとんど言葉になっていない。
そんな二人を見てサトル様はどこからともなくハンカチを取り出して、涙を拭ってくれた。それはまるで水を織り込んだかように柔らかく、慈愛に満ちたサトル様そのもののように感じた。
◆
『少し離れていてください』と言いながらサトル様が歩いていく。頭から離れる手が名残惜しかったが、邪魔をするわけにはいかない。サトルさまは二人から数メートル離れたところで止まり。そのまま立ち尽くしていたかと思うと左手を前方に突き出す———が何も起こらない。
(いったい・・何を・・・?)
目の前の偉大な存在が何をしようとしているのか理解できない愚昧なこの身が嘆かわしい。そう思いながら固唾を呑んで見守っている中、それは突然起こった。
サトル様を中心に十メートルにもなろう巨大な魔方陣が展開される。魔法陣は蒼白い光を放ちながら半透明な文字とも記号ともいえるようなものを浮かべている。それはめまぐるしく形を変え、一瞬たりとも同じ文字を浮かべていないように見える。
そんな幻想的とも言える光景に見入っていたが、ふと視線を戻すとサトル様の右手には小さな砂時計のような物が握られていた。それが握りつぶされると、零れ落ちた砂が魔法陣の中を駆け回る。
『〈
そんな言葉が耳に届いた瞬間、周囲に六体の天使が光の柱と共に出現した。
「———すごい」
なんとも陳腐な言葉だがエンリにはそれ以上に適した言葉が見つからなかった。出現した天使は獅子の頭を持ち、広げられた翼と体を包む翼が一対づつ、計四枚の翼。体には光り輝く鎧を着用し、その手には目の文様が記された盾と穂先が燃え上がる炎で包まれた槍を携えている。
なんの知識もないエンリでさえ、途方もない力を持っていると断言できるその姿は圧倒的な存在感を放っている。
光の柱が消えると同時に、六体の天使達はサトル様の前に跪く。———神の前に跪く天使達。その光景はまるで神話の世界を切り取ったように神々しかった。そして先頭の天使が口を開く。
「〈
発せられる声は雄々しくも深い知性を感じさせる。その声にサトル様は頷くと、次々と呪文を唱えていく。
呪文の度にサトル様と天使達、そしてエンリとネムの体が様々な色の光に包まれる——と同時に体中に力が満ちていく。
驚愕しながら体の調子を確かめていると、サトル様がゆっくりとこちらに振り向いた。
「村まで案内してもらえますか?」
・童貞
・美少女
・上目遣い
・ボディータッチ
・・・つまりそういう事です。
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エンリ視点2
村の方向を伝えると、サトル様は天使達に道中危険がないか探ってくるように指示を出す。その背中を祈りながら見守る。――――どうかみんな無事でいますように。
「サトル様!さっきのって魔法?文字がこう・・・ぶわーってなったすごいやつ!」
そんな中、手持無沙汰になったのかネムがキラキラした目をして問いかける。まだ先ほどの興奮が冷めきっていないようだ。
「こら!サトル様にそんな失礼な口聞いちゃダメでしょ!」
すぐに注意した後、慌ててサトル様の様子を窺う。幸いサトル様は特に気にした様子もないようだ。
「はは、大丈夫ですよ。子供は元気なのが一番ですから。・・・さっきのは超位魔法のひとつで〈
「・・・見たことないです」
これは自信をもって断言できる。あれほど幻想的で神々しい光景を見たら忘れるわけがない。
「そのあとのピカピカもちょーいまほうってやつなんですか?あれやってもらってからすっごく体が軽いの!」
「いや、あれはただ全体化しただけの強化魔法だからそんなに大した事はないよ。あれも見たことないですか?」
しいて言えば、最初に唱えられた。『ボディ・オブ・・・なんとか』ってやつが友人の見せてくれた服を丈夫にする魔法に似てた気がする。次々魔法が唱えられたので正直ほとんど憶えられなかった。
ただ、失礼だがサトル様が使うような魔法を彼が使用できるとはとても思えない。―――いや、そもそも人間が神と同じ魔法を使おうとすること自体が間違っているのではないだろうか。
「はい、薬士の友人が魔法を使えるんですけどどれも見たことないです。・・・あの、あれは特別な魔法ではないのですか?」
そんな様子を見てサトル様がう~んと首を傾げる。
「まあ人によって習得している魔法は様々ですから。きっと私とは方向性が違うんでしょう。・・・ぷにっと萌えさんがいればもっとすごい強化ができましたよ」
プニットモエ・・・プニット・モエ?名前だろうか。そんな疑問を感じ取ったのかサトル様が続けて答える。
「えっと、ぷにっと萌えさんはアインズ・ウール・ゴウンの一人で味方の強化が得意だったんです。」
彼がいただけでパーティーの強さが跳ね上がったなぁ。と呟くサトル様の様子からとても親しい関係であった事が伝わってくる。
「アインズ・ウール・ゴウン?」
またしても知らない名前が出てきた。それに気づいたサトル様が『あ、すいません』といって補足する。
「アインズ・ウール・ゴウンはギルド―――あ~えっと私の仲間達の事です。私を含め四十一人で構成された集団をそう呼んでいたんですよ。・・・今はもう無くなってしまったんですが」
「サトル様のお仲間と言うことはきっとすばらしい方々だったんでしょうね」
そう返答した瞬間、サトル様がすごい勢いでこちらに振り向く。こちらを見つめる眼差しには圧力さえ感じられる。
「そうなんです!ほんと私にはもったいないぐらいみんないい人達だったんです!ぷにっと萌えさんは指揮官系を中心にした
突然饒舌になったかと思いきや矢継ぎ早に仲間たちの事を話すサトル様。ああ、友人がポーションについて語る時もこんな感じだったなー。などと思いながら聞いていると唖然としているこちらに気付いたのかサトル様がコホンと咳ばらいをする。
「・・・すいません。仲間達の事を話すのは久しぶりだったのでつい」
「い、いえ・・・大丈夫です」
確かにあっけにとられてしまったが、サトル様がどれだけ仲間のことを大事に思っていたのかが伝わってきた。不謹慎かもしれないがとても微笑ましい気持ちになる。
「アインズ・ウール・ゴウンは昔はとても有名だったんですけど。・・・まあしかたないことですね。忘れ去られるのは寂しいですが」
少し寂しそうにサトル様が笑うと同時に天使たちから返事が届いた。
仲間の事になると早口になる鈴木悟が書きたかった。
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エンリ視点3
次回から鈴木悟視点を開始します。
「どうやら森の中にはぐれた騎士がいたようです」
サトル様が何か呪文を唱えると空中に鏡のような物が現れる。その中には一体の天使と二人の騎士が映っている。それを見た瞬間体が震える。忘れるはずが無い。あれは間違いなく先ほど私たちを襲った騎士だ。ネムも不安そうに服の端を握ってくる。私の手も震えていたが、安心させるように上に重ねる。
騎士は天使の姿を見て驚いた様子で、矢継ぎ早に言葉をかけている。天使も何か言葉を返しているように見えるが何を話しているかまではわからない。
そして騎士達は一度顔を見合わせると、剣を抜き天使に切りかかる。
「ああ!」
天使は槍どころか盾すら構えない。柔らかな翼に剣が振り下ろされて切り裂かれる
―――と思ったのだが、剣はまるで見えない壁に当たったかのように弾き返される。しばし呆然としていたが、騎士達は引き寄せられるかのようにまた剣を振るう。しかし何度振るっても一度も天使の翼を切り裂く事はできない。そもそも翼どころか羽一枚傷ついていないように見える。
「もういいかな」
サトル様がそう呟いた瞬間突然騎士達の体が炎に包まれる。突然起こった事態に騎士達は一瞬呆然としていたが、慌てて炎を消そうとする。踊り狂うかのように悶え、必死に地面に体をこすりつけるが炎が消える様子はない。次第に動きが鈍っていき、やがて完全に動きが止まる。炎が消えるとそこには人間大の黒い灰が二つ転がっているだけであった。
その様子を見て最初に浮かんだのは驚き、そして暗い喜びが湧き上がってくる。村を襲いみんなを殺した騎士があっけなく炎に巻かれて死んでいく姿は静かに心を高揚させる。そんな中六体の天使達が戻ってきて跪く。
「サトル様。あれの他は森に危険はございません」
サトル様は小さく頷くと天使の持つ槍に視線を向ける。
「ありがとうございます。えっと・・・槍の炎って消せます・・か?
「ご命令とあらば」
「じゃあお願いします。あ、あと村では村人の救出を優先してください。騎士達は・・・その・・あまりやりすぎないように」
「御心のままに」
最初炎を消させる理由がわからなかったが、続く言葉を聞いてその真意が理解できた。サトル様は命だけでなく村の未来をも考えてくれているのだ。村の建造物はほとんどが木造なので当然火に弱い。もし家や食糧庫が失われれば今は助かっても冬を越すことができなくなるだろう。
「では村に行きましょうか」
「は、はい」
◆
天使達の内三体は村に着くなり翼を翻して飛び回り次々と騎士達を打倒していく。私達は残りの三体に守られながら家々を回り生存者がいないか探す。残念ながらほとんどの村人は死んでおり、奇跡的に息が残っていた者もほぼ虫の息であった。
しかしサトル様が神の血を与えるとたちまち意識を取り戻す。傷口は元からそんなもの無かったかのように塞がり、腕や足を切り落とされていた者もたちまち新しい手足が生えてくる。
起き上がった村人達は不思議そうに自分の体を見た後、サトル様の姿を見て身を震わせる。しかしその背後に付き従う天使の姿を見てすぐに安堵の表情を浮かべる。
救出した村人を引き連れて村の中央にある広場に行くと、そこには多くの村人がおびえた様子で集まっていた。彼らもまたサトル様の姿を見て恐怖の表情を浮かべるが、背後の天使達、そして殺されたはずの隣人がこちらに手を振る姿を見てその表情が驚愕に変わり――そして一斉に歓声をあげた。
◆
「あの、亡くなった方を広場に集めてもらえますか」
サトル様が天使達にそんな指示を下す。死者を弔うためだろうか?どちらにせよ葬式の準備をしなければならないので反対の声は無い。
十分ほどですべての遺体が広場に集められる。騎士達の死体も少し離れた場所に集められており、生き残った騎士も縛られて近くに転がされている。ひどい扱いかもしれないが村を襲った連中に対して優しくする気にはならない。
死んだ村人の中にはエンリの両親も含まれていた。エンリとネムを庇うために騎士に正面から立ち向かったのだ。覚悟はしていたものの実際に目の当たりにすると深い悲しみに覆われ、冷たくなった体に縋りついて泣き崩れる。
そうして皆が最後の別れを告げていると、サトル様が騎士達の方へ歩いていく。その手には30センチほどの一本の杖が握られている。神聖な雰囲気を持つそれを騎士の死体に近づけると急に死体が光り輝く――と同時にまるで焼け尽きたかのように真っ白な灰と化す。そんな様子をしばらく眺めたあと、次々と他の死体にも同様の事を行っていく。死体が同様に真っ白な灰になっていく中、十人目の死体が光り輝き――違う変化が訪れる。コフッと言う音がしたかと思えば、死体であったはずのそれが起き上がったのだ。
その瞬間エンリは目の前でなにが行われてるのかを理解した。
これは
最終的に数人の騎士が蘇生すると、サトル様がこちらを振り向く。次は村人の選別が始まるのだろう。せめて安らかな眠りが与えられるように祈っていると、サトル様の視線が手の中の杖に――いや、正確にはその先、指にはめられた指輪に向けられる。
そしてサトル様が手を上に掲げて叫ぶ。
「
同時にサトル様の体を中心に、十メートルにもなろうかという巨大なドーム状の魔法陣が展開される。天使達を呼び出した時と同じだ。それを初めて見る者も、一度みているエンリとネムもその幻想的な光景に目を奪われる。
魔法陣が弾け、無数の光の粒となって天空に舞い上がる。そして一気に爆発するかのように天空に広がる。
そして奇跡が起こった。
「エ・・ン・・・リ?」
聞き覚えのある、しかしもう聞くことができないと思っていた声が聞こえた気がした。幻聴だろうか?
「ネムも・・どうして?」
幻聴なんかではない、恐る恐る下を向くと目が合う。――そこにはもう二度と開かれないはずの目を見開いた両親の姿があった。
「お父さん!お母さん!!」
ネムが真っ先に母の胸に飛び込む。母は少し驚いた様子だったが、すぐにネムを抱きしめる。
「よかった・・よかったよ」
辺りを見渡せば皆が涙を流しながら再会を喜んでいる。みんな泣き崩れているがその顔にははち切れんばかりの笑顔を浮かべている。
この奇跡を起こしたサトル様を見るとサトル様はうんうんと頷きながらこちらを見ている。ようやくエンリが状況を飲み込む。――ああ、そうか、サトル様・・・あなた様は・・・。
そう、サトル様は全ての村人に生きて良いと。死ぬ必要はないとおっしゃってくださったのだ。
(サトル様・・ああ、このお方のために私達は何ができるのだろうか・・・)
カルネ村は小さな村だ。何も返せる物などない。――いや、本当の意味で神に相応しい贈り物などどんな大国にもできないだろう。無力感を感じる中、エンリの頭に道中サトル様とした会話が浮かび上がる。
『アインズ・ウール・ゴウンは昔はとても有名だったんですけど。・・・まあしかたないことですね。忘れ去られるのは寂しいですが』
その瞬間、エンリは自分達は何をすべきなのかを理解した。
(そうだ、サトル様を、サトル様の仲間たちの偉大さを語り継ごう。世界中に、永久にその名が知れ渡るように)
それがどれだけ困難であり、途方もない時間がかかるのかは分からない。しかしこのお方の名を歴史に埋もれさせたくない――否――埋もれさせてはならない。
この日、世界に新たな宗教が誕生した。
アインズ・ウール・ゴウン教 爆誕
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鈴木悟視点1
「・・・ん?」
目を開けるとそこは”草原”だった。
視線を下に向けると、そこには見慣れた骨の体、黒いローブ、手には完成してから初めて持ち出したギルド武器〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉が握られている。
先程までナザリック大地下墳墓の玉座の間で静かに終わりを待っていた筈だが、いったいこれはどうなっているのだろうか?
サービス終了が延長になったのならこの体はまだ玉座に座っているはずだ。
順次サーバーを落としていて、ナザリック大地下墳墓のデータが消された結果自分が草原に放り出されたのならばギルド武器も消滅しているはずだ。
「・・・まさか」
サービスが終了したはずなのに残っているアバター。見渡す限り広がる草原。これはもう間違いない。
「ユグドラシル2が始まったんだ!」
糞運営だと思っていたが最後の最後にこんなサプライズを仕込んでいるとは思いもしなかった。『やっほーい!』とはしゃいでいたがふと疑問が浮かんできた。
「そうだ、魔法とかどうなってんだろ?」
新しくサービスが始まったなら様々な部分で仕様が変更されている可能性が高い。そう思いコンソールを開こうとしたが――――
「ん?どうやって開くんだ?」
今までと同じように操作しようとしたがコンソールが開く気配は無い。恐らくこれも仕様変更されたのだろう。色々と試していると突然頭の中にイメージが浮かんでくる。自分のMP、使用できる魔法、効果範囲、リキャストタイムについての情報が流れ込んでくる。
困惑しながら遠くに転がっている岩に向かって指を突きつけ、呪文を詠唱する。
〈
突きつけた指の先で炎の玉が膨れ上がり、打ち出される。火球はそのまま岩に着弾して燃え上がる。
その様子を愕然としながら眺めていると、ふつふつと高揚感が巻き上がってくる。
「すげー!どうやってんのかしらないけど、すげー!!」
何をどうしたらコンソール無しで操作できるようになるのかは無学な鈴木悟には理解できない。VRはここまで進化したのかと感動しながら次はスキルを試してみる。
〈下位アンデッド作成 スケルトン〉
意識を集中させると同時に瞬時に、周りの空中から沸き立つように骨格標本のようなモンスターが出現する。
「よし!え~っと・・これはどうやって動かすのかな?」
脳内で動かそうとしてみるが、スケルトンはピクリとも動かない。悩んでいると頭から何か線のような物が伸びている感じがした。その線は目の前のスケルトンに繋がっているような感覚がある。まるでラジコンみたいだなと思いながら命令を下してみる。――歩け。
するとスケルトンがガチャガチャと歩き出す。
「おー、できたできた。にしてもコンソールを廃止するとか思い切ったことするな~」
困惑したが、コンソールから魔法を選択してカーソルを移動させなくていい分発動が早くなっている気がする。
そのまま魔法やスキルを次々試していく。
◆
「・・・ッハ!?」
つい熱中してしまった。気が付くと周囲は燃え尽きたり凍り付いたりと荒れ放題になっていた。遠くではアンデットの群れが一糸乱れぬ動きでコサックダンスを踊っている。
「いかんいかん明日、じゃない今日は四時起きだというのに」
はしゃぎすぎて時間を忘れてしまった。今何時かわからないが、流石に今すぐログアウトして寝ないとまずい。しかしひとつ問題があった。
「ログアウト・・・どうやるんだろ?」
四苦八苦しながら色々と試してみるが、ログアウトできる気配はない。しだいに焦燥感が生まれてくるが、どうしようもない。
「仕方ない。寝落ちしかないか」
VRMMOではユーザーの精神状態が一定以上に高まったり、意識が失われたりすると自動的にログアウトするようになっている。プレイ中に寝てしまう・・いわゆる寝落ちも例外ではない。ユグドラシルのためにちょっと高い椅子を買っているが、ベッド代わりになるような物ではない。
―――起きたら体バキバキになってるな。
周囲は大惨事になっているので、少し離れて無事な草むらに寝転ぶ。柔らかな草の感触とどこか青臭い匂いが漂ってくる。――匂い?
電脳法によって味覚と嗅覚は仮想世界では完全に削除されている。触覚はあるがそれも制限されたものであり、こんな精密な感触はしないはずだ。
それにナノマシン補給アラームも鳴っていない。最後に水を差されないよう多めに接種してきたとはいえ、さすがにもう切れているだろう。
慌てて起き上がり周囲を見渡す。そこには先ほどの惨状が広がっている。――おかしい。自然オブジェクトは破壊されてもすぐに元に戻るはず。しかしそれはいつまでたっても戻る気配は無い。となると考えられる可能性はひとつだ。
「夢か」
きっとこれはユグドラシルを惜しむ気持ちが生み出した夢なのだろう。それならコンソール無しで魔法が使えたり、ログアウトが出来ないのも説明がつく。
――なら目が覚めるまでこの世界を楽もう。
そう思い再び草むらに寝転ぶと、柔らかな感触と降り注ぐ太陽の光を楽しむのだった。
「ログアウトされない、魔法が使える、五感がある。・・・夢だな!」
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鈴木悟視点2
「うう、夜の森怖いよぉ・・」
あれからゴロゴロしているのにも飽きて、歩き回っていると森を発見した。ワクワクしながら探索しようと思ったのが運の尽きだ。どんどん森の中に入っていく内に日が暮れていった。それに気づいて急いで森を出ようとしたが、何も考えずに歩いてきたので今自分がどこのいるのかもわからなかった。そうしてる内にあっという間に真っ暗になってしまった。
アンデッドのスキルとして〈
「たっちさん・・ペロロンさん・・助けて・・・」
そんな泣き言を言いながら夜の森を彷徨い歩く骸骨。傍から見ればこちらの方がよっぽど怖いが、彼にそんな事を気にする余裕はない。雰囲気が怖いと思うのはもちろんだが、もう一つ悟を追い詰める物があった。
――ぶいいいいいいいいいい!!
「ひぃ!?」
そう、時節飛んでくる羽虫。張り詰めた緊張感の中、突然飛んでくるそれはどんどん悟を追い詰めていく。
「ううう・・・・あ、そうだ!〈絶望のオーラ〉使えば寄ってこないかも」
エフェクトが鬱陶しかったので、〈
――――ザワザワザワザワザワ――――
その瞬間、周囲にいたすべての蟲がオーラにあてられて蠢き出した。
「キャアアアア!!」
◆
「・・・・・・あ」
気づくと朝になっていた。アンデッドの特性で睡眠や気絶は無効となるが、どうやらあまりの事態に放心状態になっていたようだ。
「・・・もう二度と〈絶望のオーラ〉使わない」
そう誓いながらスキルを解除する。
「まだ夢から覚めないのかなぁ」
そんな事を言いながらも、ここまできたら流石に実感する。これは夢ではなく現実なのだと。というより今までリアルだと思っていた世界こそが夢だったのかもしれない。
「タブラさんが言ってたな、たしか胡蝶の夢だっけ」
蝶になって飛んでる夢を見た人間が、自分が夢の中で蝶になったのか、それとも夢の中で蝶が自分になったのか、自分と蝶との見定めがつかなくなったと言う話だ。
しかし理由がどうであろうと関係ない。悟にとっての〈
「人を探そう。文明・・あるよね?」
もう野宿はこりごりだ。
◆
〈
効果範囲を拡大させた魔法で人間大の生命を探知する。するとそう遠くない場所に四つの生命を確認できた。
〈
その場所に魔法で作成された感覚器官が飛ぶ。人間だと思って近づいたら猛獣でしたなんて事態は勘弁したい。
「これは、演劇・・じゃないよな?」
そこには少女がより小さな女の子を連れて騎士達から逃げる光景があった。二人の表情は恐怖で溢れており、とても演技とは思えない。
「助けないと・・でも・・・」
ちらりと背後に視線を向けると、鎧に身を包み、剣を握る騎士の姿が目に入る。
――――怖い。
悟は今まで暴力とは無縁の生活を送ってきた。昨日までの、これが夢だと思っていた時ならともかく。ここが現実だと認識した悟にとって本物の剣を持った人間は恐怖しか感じない。『自分には関係ない』『見捨てるべきだ』そんな汚い感情が溢れ出てくる。そして少女が背中を切られ、地面に倒れこむ。その瞬間たっち・みーに助けられた時の事が思い出される。
『――――誰かが困っていたら助けるのは当たり前』
「ッ!!」
あれはゲームの中の出来事であった。しかし、実際に鈴木悟は救われたのだ。そんな自分が同じように襲われている人を見捨てることなんて出来ない。
覚悟を決めて魔法を発動する。
〈
視界が変わり、先ほど見ていた場所に出る。目の前には蹲る二人の少女と、その背後には二人の騎士が立っている。本当は魔法の一つでも打ってやろうと思っていたが、実際に剣を振り上げた騎士を目の当りにするとそんな気持ちは儚く霧散してしまった。
もし騎士達がそのままこちらに迫ってきたら、そのまま回れ右して逃げていたかもしれない。幸い騎士達は突然現れた悟に困惑してるのか固まっている。
そのまま二人の少女を抱えてまだ残ったままの〈
「え、えっと・・・大丈夫ですか?多分もう安全だと思うんですけど・・・あっ・・・け、怪我してるんでしたね!?えっとポーション・・ポーション・・・。」
少女の背中に痛々しく刻まれた傷跡が目に入り、すぐにアイテムボックスを開き
〈
「っ・・血!?」
「だ、大丈夫です・・・ただのポーションですから・・・。えー、飲めますか?」
少女は何も言わずに固まっている。ここで悟は対応を失敗したことに気づいた。突然あらわれたおっさん―――自分ではまだ若いと思っているが、少女からしたら立派なおっさんだろう―――がおもむろに薬を取り出して『飲め』と言っているのだ。怪しまれても仕方ないが、傷口は痛々しく血を流している。
「無理みたいですね・・・えっと・・すいません・・失礼します!」
「っ・・ひ!?」
恐怖に顔を歪ませる少女に罪悪感を覚えたが『これは治療なんだ!しかたないことなんだ!』と自分を納得させてポーションを振りかける。
「うそ・・・」
どうやらちゃんと治ったようだ。〈
「よ、よかった~。あー・・・これでもうあなたたちは助かった・・・と思います」
先ほどの騎士達が追ってくる様子はない。このままじっとしていれば見つかることもないだろう。
「死・・・神・・様・・・・」
「ぅん?」
少女が何かつぶやいたようだが、良く聞こえなかった。
「あ・・・あの!あなたの・・いえ!あなた様のお名前は!?なんとおっしゃるのでしょうか!?」
そういえばまだ自己紹介をしていなかったな。騎士に襲われていたら突然名前も知らないおっさんに攫われて、挙句に得体のしれない赤い液体をかけられたのだ。・・・これ事案じゃないよな?
「え?名前?ああ、はい・・・私”鈴木悟”といいます。」
夜の森って怖いよね
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鈴木悟視点3
気を付けてたつもりでしたが、やはり出てしまうものですね。
あと今回で書き溜めが尽きたので、次回から不定期更新になります。
「スズキサトル・・・あ、あの・・サトル様とお呼びしても?」
悟様!?女性に下の名前を、しかも様付けで呼ばれるなんて初めてだ。———ぶくぶく茶釜さんに”お兄ちゃん”呼びはされたことはあるけど———なんともむず痒い。
「はは、私は”様”と呼ばれるような者じゃありませんよ・・気軽にスズキさんとでも———」
「あ、あなた様をそんな風に呼ぶことなどできません!お許しを・・・」
「あ、はい。ではご自由に・・・」
押し切られてしまった。まあ元々反対する女性に意見を押し通せるほどの度胸もないんだけど。
「あの、サトル様・・・お願いがあります」
「ん?なんでしょうか」
「両親を・・村のみんなの命も救っていただけないでしょうか?」
村?
「村が・・突然さっきの騎士達に襲われて・・・お父さんは私達を助けるために立ち向かって・・・」
どうやら彼女達が住む村全体がさっきの騎士達に襲われているらしい。———考えてみれば当たり前か。この二人だけが偶然騎士に追われるような状況になるわけがない。
しかし村全体を救うと言うことは、さっきのようにただ逃げるだけとはいかないだろう。二人を助けただけでもなけなしの勇気を振り絞ったのだ。これ以上は荷が重すぎる。
・・・うん。二人には申し訳ないけど無理だ。さすがにそこまでは———
「お願いします・・・私の・・私のすべてを捧げます!・・どうか・・・」
(うひゃ!ちょ、胸が!?)
その言葉と共にエンリが飛びついてきた。慎ましいながらも柔らかな双球が惜しげもなく押し付けられる。
(うわ、女の子って柔らかいんだな。全身フニフニしてる。それになんかいい匂いが・・・・って俺は何を考えてるんだ!!)
しかも『私のすべてを捧げます』だって!?まるでペロロンチーノさんに借りたエロゲみたいなセリフだ。
気のせいか『ここ重要選択肢ですよ。モモンガさん!』と言うバードマンの幻聴が聞こえてくる。
固まっているとネムも同様に飛び付いている。こちらはさすがに情欲は感じないが、二人の少女が泣きながら縋り付き、こちらを見上げてくる様子はすさまじい保護欲と罪悪感を煽ってくる。
(う・・そんな目をされたら断れないじゃないか・・・)
っていかんいかん。感情に流されるな。できない事を約束するほど無責任な事はない。
よし、ちゃんと断るんだ———
「そんなものいりませんよ。誰かが困っていたら、助けるのは当たり前・・・ですから。私にまかせてください」
しかし、意思とは裏腹に、口からそんな言葉が出る。さらに自然と手が二人の頭に動き、優しく撫でていた。
「あ・・・」
すると二人とも泣き出してしまったので、慌ててハンカチを取り出して涙を拭う。
・・・嫌がって泣いてるんじゃないよな?大丈夫だよな!?
◆
「少し離れていてください」
二人が落ち着いた後、そう言って距離を取る。数メートル離れたところで動きを止め———
〈
周囲の動きが停止した事を確認すると、頭を抱えてしゃがみ込む。
「何やってんだ俺は・・・できないって言ってんだろうが・・・」
何が『まかせてください』だ!安請け合いしてんじゃねえよ!!とさっきまでの自分を責めながら姉妹に視線を向ける。動きは止まっているものの二人とも花の咲いたような笑顔をしており、こちらを信頼している様子が伝わってくる。
『美少女の上目使いおねだりは最強だぜ!』と昔ペロロンチーノさんが言っていたが、あれほどとは思っていなかった。
「今からやっぱ無理です・・・ってのは駄目だよなぁ」
一度希望を持たせておいてそれを否定するなんて最低だ。なによりあんな目を見ながら断るなんて無理だ。
「いかん、効果時間が切れる」
急いで立ち上がり、元の体勢に戻ると同時に魔法が切れる。
(やばい、どうする。こうなったら自分が戦うしかないか?)
先ほどの騎士を思い出す。鎧を着た男、その手には本物の剣が握られていて———
無理無理無理!!
しかし、絶望する悟の頭に一つのアイデアが浮かんだ。
(そうだ、何も俺自身が戦う必要は無い。モンスターを召喚してそれに戦ってもらえばいいじゃないか)
さっそくユグドラシル時代愛用していた〈
(となると召喚するのはレベルが高いのはもちろんとして、耐久力にも優れたモンスターだな。最悪逃げるまでの時間稼ぎができるように。)
少し考えた後、召喚するモンスターを決めた。
———使用するのは超位魔法〈
超位魔法は魔法と名がつくがMPを消費せずに発動できる。その代わり使用できる回数が限られており、どちらかというと〈
同じ超位魔法である〈
普段ならばそのまま発動を待つ所だが、今は悠長にしている時間は無い。発動時間を省略する課金アイテムを取り出し———砕く。
砂時計の様な形をしたそれが握りつぶされると零れ落ちた砂が魔法陣の中を駆け回り、周囲に六体の天使が光の柱と共に出現した。
召喚されたのは八十レベル台の天使〈
光の柱が消えると同時に、六体の天使達は悟の前に跪く。そんな様子に戸惑っていると、先頭の天使が口を開く。
「
(しゃべった!?)
アンデッド召喚の実験で、召喚モンスターにユグドラシル時代より段違いの自由度があるのは把握していたが、まさか会話までできるとは思わなかった。召喚したアンデッドは『ヴゥ』とか『ヴァ』としかしゃべらなかったので分からなかったが、あれらにも意思があったのだろうか?
(やばい、なんかすごい変な事させてたぞ)
集団でコサックダンスをしてるアンデッドの群れを思い出す。
(うわぁ、『こいつ何やらせてんだろ』とか思われてたらどうしよう。あんまり憶えてないけど他にも色々やらせてた気がするぞ・・・)
急に羞恥心が湧き出てきたが、今はそんな事考えている場合じゃないと無理やり意識を戻す。もし
〈
〈
〈
〈
〈
〈
〈
〈
こんな所かな?
鈴木悟が使用できる限りの強化魔法はかけた。これでやられるようなら仕方が無い。その時は迷わず逃走だ。
(エンリ達はここで待っててもらったほうがいいかな?ただその場合は護衛用に天使を置いておく必要があるな。一体だと少ないか?でも二体以上置いておくとなるとこっちが手薄になるな・・・)
天使の配分を考える悟だったが、ここで肝心な事に気づく。
(・・・俺、村の場所知らないじゃん)
今まで考えてたのはなんだったのかと思いながらエンリ達の方に振り向く。
「村まで案内してもらえますか?」
結局全員で村まで向かうことになったのだった。
Wikiって偉大。
今回使用した強化魔法は、ほとんどがシャルティア戦でモモンガ様が使用した物ですが、一部モモンガ様以外が使用した物があります。
もし使用出来ないものがあったらすいません。
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鈴木悟視点4
エンリから村の場所を聞くと、まず
「サトル様!さっきのって魔法?文字がこう・・・ぶわーってなったすごいやつ!」
返事を待つ間手持無沙汰になったのかネムそんな質問をしてくる。慌てたようにエンリが注意しながらこちらの様子を窺ってくるが、こちらとしては少女に敬られると恐縮してしまう。止めるどころかできればエンリにももっとフランクに接してほしい位だが、先ほどからの様子をみるに難しいだろう。
「はは、大丈夫ですよ。子供は元気なのが一番ですから。・・・さっきのは超位魔法のひとつで
〈
「・・・見たことないです」
さらに話を聞くと、超位魔法どころかそのあとの強化魔法も見たことが無いそうだ。
(あの時使った魔法は特殊なやつ以外、かなりメジャーなやつだったんだけどなあ)
特に〈
(もしくは俺みたいに一系統に特化してるのかもしれないな)
通常習得可能な魔法の数は三百であり、課金アイテムによって四百まで増やせる。魔法職以外から見ると十分に思えるかもしれないが、実際にはかなり少ない。
確かに必要な魔法だけを取得できるならば十分であろうが、強力な魔法の習得には前提条件がある場合が多い。
例えば第七位階魔法に〈
なので一つの系統を極めようと特化するなら他の魔法は切り捨てざるを得ない。悟は死霊系の魔法に特化しているが、課金アイテムに加えて特別なイベントをこなすことによって七百以上の魔法を習得している。そのためある程度汎用性の高い魔法も使用可能なのである。
「まあ人によって習得している魔法は様々ですから。きっと私とは方向性が違うんでしょう。・・・ぷにっと萌えさんがいればもっとすごい強化ができましたよ」
かつてアインズ・ウール・ゴウンの諸葛孔明と呼ばれた男を思い起こす。思い出を懐かしんでいると、エンリが小さく首を傾げているのが目に入る。
「えっと、ぷにっと萌えさんはアインズ・ウール・ゴウンの一人で味方の強化が得意だったんです。」
「アインズ・ウール・ゴウン?」
「アインズ・ウール・ゴウンはギルド―――あ~えっと私の仲間達の事です。私を含め四十一人で構成された集団をそう呼んでいたんですよ。・・・今はもう無くなってしまったんですが」
―――そう、もう過去の話だ。
実験中にギルド拠点からアイテムを引き出せる課金アイテムを使ってみたが、何も起こらなかった。他のアイテムは正常に機能したのでこれだけ効果が無くなったとは考えにくい。きっとあの時こちらに来たのは”モモンガ”及び所持していたアイテムだけなのだろう。
ふと視線をギルド武器〈スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉に移す。ギルド拠点が無いのになぜこれが消えなかったのかはわからないが、今はこれと〈リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン〉だけがギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉が存在した証だ。
(いまや俺自身が”アインズ・ウール・ゴウン”そのものである。・・・なんてね)
この誇りある名を一人で背負う覚悟なんてない。
かつてギルド拠点を獲得した時の冒険を思い起こす。クラン〈
当時二十七人だったギルドメンバー全員の力を持ってそれを完遂し、その報酬としてギルド拠点”ナザリック地下大墳墓”とワールドアイテムを手に入れた。今なお色あせない輝かしい思い出だ。
「サトル様のお仲間と言うことはきっとすばらしい方々だったんでしょうね」
―――ぐるん
その言葉を聞いた瞬間、エンリの顔が目の前にあった。その顔は軽く驚いているように見えるが、今の悟にそんな事を気にする余裕はない。
「そうなんです!ほんと私にはもったいないぐらいみんないい人達だったんです!――――」
◆
「あ・・・」
いつのまにか語っていた。
「・・・すいません。仲間達の事を話すのは久しぶりだったのでつい」
「い、いえ・・・大丈夫です」
(やばい、絶対ドン引きしてる。うわー!こんな少女に語るおっさんとかきもいよ!しかも全部身内ネタじゃん!)
以前ぶくぶく茶釜さんに『あいてが興味ない事を長々語るのってキモイよ?モモンガお兄ちゃん』と注意されてから気を付けていたのだが、ユグドラシルにて長い孤独を味わい、この世界で人恋しくなって会話に飢えていたのだ。それでも相手が女性、しかもまだ少女ということもあって緊張していたのだが、仲間を褒められて枷が外れてしまった。
「アインズ・ウール・ゴウンは昔はとても有名だったんですけど。・・・まあしかたないことですね。忘れ去られるのは寂しいですが」
いきなり黙るのも気まずいので、急いで会話を打ち切る。互いに沈黙する中、
「どうやら森の中にはぐれた騎士がいたようです」
数は二人。おそらくエンリ達を襲った騎士であろう。探知防御を使用した後、
〈
『あー、えっと、まずは攻撃せず様子を見てもらえますか?その・・・防御もしないで』
『御心のままに』
無防備に敵に攻撃されろという理不尽な命令にも関わらず、
騎士達は突然現れた天使を見て驚いた様子だったが、そのうち顔を見合わせると、剣を抜き天使に切りかかった。しかし、どれだけ剣を振るおうと傷一つ付かない。
(よし、スキルは通用するみたいだな。防御力も十分みたいだ)
「もういいかな」
次は攻撃能力を確かめようと槍を振るうように指示を出す。
槍を振るった瞬間、騎士達の体が炎に包まれる。騎士達は一瞬呆然としていたが、慌てて炎を消そうとする。踊り狂うかのように悶え、必死に地面に体をこすりつけるが炎が消える様子はない。次第に動きが鈍っていき、やがて完全に動きが止まる。炎が消えるとそこには人間大の黒い灰が二つ転がっているだけであった。
(うわ・・)
騎士が死んだことについてはあまり思うことはない。自分自身で手を下したわけではないのも大きいが、あいつらは女子供を追い回して殺そうとしたのだ。あまり罪悪感は感じない。
――――しかし
(グロい)
悟は以前ブラクラを踏んだ時のことを思い出した。怪しげなURLを好奇心からクリックした瞬間画面いっぱいにグロ画像が広がる。絶叫しながら消そうとしたが、どんどん新しい画像が表示されて切りがなかった。泣く泣く強制シャットダウンして解決させたが、今でもトラウマになっている。
「サトル様。あれの他は森に危険はございません」
六体の
「ありがとうございます。えっと・・・槍の炎って消せます・・か?」
「ご命令とあらば」
「じゃあお願いします。あ、あと村では村人の救出を優先してください。騎士達は・・・その・・あまりやりすぎないように」
「御心のままに」
こちらを殺そうとする相手なのだから殺すなとは言わない。しかし何度も惨殺死体なんて見たら発狂しかねない。
◆
村の救出はあっけないほど簡単に終わった。数に圧倒的な差があったが、
「あの、亡くなった方を広場に集めてもらえますか」
危険が無いことを確認した後、
さっそく〈
(ちゃんと蘇生できるかわかんないからな。他のアイテムはちゃんと使えたから大丈夫だと思うけど)
他のアイテムならともかくこれは生き死に関わるのだ、失敗しましたでは済まされない。
そして騎士の死体に近づけると急に死体が光り輝く―――と同時にまるで焼け尽きたかのように真っ白な灰と化した。
(え、嘘、失敗?マジで!?)
初回から蘇生失敗した事に内心焦りながら次々と他の死体に試していく。中には蘇生に成功した者もいたが、ほとんどが灰になってしまった。
(成功率一割弱・・・こんなんじゃとても使えないぞ)
実はこの惨状には理由がある。
ただし、一人目で首尾よく成功していた場合そのまま村人の蘇生を行っていただろうから、不幸中の幸いだったのかもしれない。
(高位の蘇生が出来るワンドもあるけど・・・あれは全員分はないからなあ。くそ、こんなことならもっとアイテムを持ち出しておくんだった)
ギルドの維持費用を稼いでいた時はPKを警戒してあまりアイテムを持ち歩いていなかった。最終日にはせっかくだからと最高位の装備は整えたが、消費アイテムはそのままだ。
(村人全員を生き返らせるとなると、あとはこれ位か)
右手の人差し指に嵌めている指輪に目をやると、〈
〈
(・・・これゲットするのにボーナス全部ガチャに突っ込んだんだよな)
ある意味愚か者の証明でもある指輪を見ながら悩んでいるとエンリとネムの姿が目に留まった。両親の遺体の前で泣き崩れている。その姿が鈴木悟の過去と重なる。
自分を小学校に行かせるために無理して働いた母。過労状態だったのに最後まで自分のために好物を作ろうとしてくれていた。仲間であるウルベルトも同様に両親を亡くしていた。
『俺の親父もお袋もろくでもない死に方だよ。―――負け組は簡単に切り捨てられる』
ある意味この村人達も負け組なのだろう。勝手な都合で生き死にを決められ、抗うこともできず死んでいった。あの時は無力であったが、今は違う。
(ええい、ボーナスがなんだ!金で命が買えるなら安いもんだ!!)
「〈
別に叫ばなくても効果は発揮されるが、決意を言葉にして吐き出す。指輪の効果が発揮された瞬間、頭ではなく感覚で理解した。この世界において〈
(なんだこれ・・選択肢を用意する運営がいないから?)
疑問を感じるがそんな事どうでもいい。今はただ願う。
(エンリ達の両親を。殺された村人すべてを完全蘇生させろ!)
そして願いが聞き届けられる。
◆
悟の目の前には再開を喜ぶ村人たちの姿があった。
(ボーナスの1/3って事は何万・・・いかん、考えるな)
もともと指輪の効果は三回使用する覚悟だったのだ。それが一回で済み、なおかつこの世界における〈
視線の先には抱き合うエンリとネム、両親達の姿がある。これを見れただけでも十分だ。
しかし、そんな空気を壊すように村長が声を上げる。
「た、大変だ。馬に乗った戦士の者が近づいている!」
次回で一番やりたかった????と???を??せる事ができそうです。
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戦士長
次回、次々回位でカルネ村編終了かな?
村長からの報告を聞き再び〈
先ほどの騎士達は完全に統一した重装備であったが、この騎兵達は各自バラバラの装備をしている。全身鎧は共通であるが、一部だけ皮鎧だったり、鉄の装甲板を外し鎖帷子を露出させたりと個性が窺える。
(さっきのやつらとは違うみたいだな)
少なくとも野盗ではないだろう。村長達も不安そうにしつつもまた襲われるとは考えていないようだ。
「えっと、村を襲った騎士とは違うみたいなので話を聞こうと思うんですけど。・・・その、村長さん一緒にきてもらえないでしょうか?」
「わ、わかりました。ただ、その・・・申し訳ないのですが、サトル様は体を隠した方がよろしいかと」
「体?」
なんでも通常アンデッドは生者を憎み襲う存在らしい。さらにアンデッドが集まるとより強力なアンデッドが生まれるため、発見次第討伐するのが基本であり、悟がそのまま出向くと無用な混乱を招く恐れがある。
と何度も頭を下げながら村長に説明され、変装するための装備を探す。
とりあえずローブの前を閉めて肋骨が見えないようにし、手にはガントレットをはめる。顔をどう隠すか悩んだ末、泣いているような、怒っているような形容しがたい外見をした”嫉妬マスク”をかぶる。他に顔を隠せそうなアイテムが無かったので仕方ないが、複雑な気分だ。
〈
護衛の
それは屈強な体躯の男であり、力強さに満ちている。年齢は悟より少し上、三十前後だろう。歴戦の戦士を思わせる顔は引き締まっている。
(かっこいい)
映画やドラマでも同じような男を見た事があるが、比べ物にならないほどの迫力を感じる。彼らはあくまで俳優であり画面の中の存在であった。それに対して目の前の男は今を生きる本物の”漢”なのだろう。
男の視線は村長を軽く流し、
さっきの騎士達とは比べ物にならないその眼力は圧力すら感じられ、そんな視線に射抜かれて悟は指一本動かせなくなる。目を逸らしたくても逸らせない。もし人間のままだったら漏らしていたかもしれない。悟がアンデッドの体に感謝している間も男の視線はまっすぐこちらを見据えている。
「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を退治するために王の御命を受け、村々を回っているものである」
見た目に違わぬ重々しい声が響く。
「王国戦士長・・・」
「し、知り合いですか?」
村長の声で金縛りが解けた悟は、声が震えないように精一杯努力しながら村長にささやく。
「話でしか聞いたことが無いのですが、王国の御前試合に勝利した最も腕の立つ人間であり、王国の王直属の精鋭兵士達を指揮する人物だとか」
そんな会話が聞こえたのかガゼフの視線が逸れ、村長に向かう。
「あなたが村長だな、そして横にいる者は一体誰か教えてもらいたい」
「は、はい。私がカルネ村の村長です。こちらはスズキサトル様。村が騎士に襲われていた所を助けていただいた・・その・・・
ちらりと村長がこちらを窺う。ガゼフの視線が再びこちらに向くのを見て、慌てて自己紹介する。
「た、ただいま紹介に預かりました鈴木悟です。お会いできて光栄です。今後ともよろしくお願いします」
緊張のあまり営業職時代の話し方が出てしまったが、幸い不審には思われなかったようだ。ガゼフはそれを聞くと馬から飛び降り、重々しく頭を下げた。
「村を救っていただき感謝の言葉も無い」
「え、あ、いえ!とんでもありません。当たり前の事をしただけですから。あ、頭をお上げください!」
思ってもいなかった事態に混乱する。詳しくは知らないが王国戦士長という、おそらく高い地位にある人間がただの一般市民である自分に頭を下げたのだ。周囲の空気からそれがどれほど重大な事なのかが伝わってくる。しかもガゼフは酸いも甘いも味わったような年季を感じる”漢”なのだ。小市民でしかない悟としては恐縮するしかない。
「感謝する。・・・すまないが今二つほど質問させてもらってもいいだろうか?」
「は、はい。何なりと」
頭を上げたガゼフの視線が隙無く構えている
「あれは?」
「あ、あれは私が召喚した天使です」
「ほう」
鋭い視線が悟の全身を観察するように動く。
「ではその仮面は」
「え!?・・・あー、その、えっと・・・
「仮面を外してもらえるか?」
「はい」カパッ
「アンデッド!?」
(・・・あ)
悟の素顔をみたガゼフが素早く距離をとると剣を抜き放つ。同時に後ろの兵士達も一斉に武器を構え警戒態勢に移る。それを見た
(バカ!『はい』じゃねーよ『はい』じゃ!?村長さんが忠告してくれてたじゃないか。
あう・・・ど、どうしよう)
ガゼフ達はこちらを警戒しているのかすぐに攻撃してくる気配は無い。だがきっかけがあればすぐにでも戦闘が始まってしまうだろう。どうにかしなければいけないのは分かっているのだが、頭の中は真っ白でフリーズしている。
「お待ちください!!」
一触即発の中、村長が
「隠し事をして申し訳ありません。確かにサトル様はアンデッドです。しかし、村を救っていただいたのは事実なのです!私の首を取っていただいて構いません。だから何卒悟様にはご容赦ください」
村長の声を聞き、様子を見ていた村人たちも前に出てきて村長に続く。
「お願いします」「サトル様は村を救ってくれたんです」「騎士を倒してくださったんです」
「お父さんとお母さんを救ってくれたんです」「サトル様はとってもやさしいの」
ガゼフはそんな村人たちをしばらく見ていたが、やがて剣を収めた。
「全員武器をしまえ」
「戦士長!?」
ガゼフの言葉に兵士達が次々と反論するが、ガゼフはそれを一喝する。
「サトル殿が村を救ってくれた事は事実のようだ。ならば俺たちに出来なかった事。・・・弱き者を助けていただいたのだ。ならばたとえアンデッドだろうと問題ではない。
―――それに」
ガゼフが
「この天使を見ろ。こんな雄々しくも神々しい天使を従える者が邪悪なわけがない」
(ごめんなさい!これ
「申し訳ないサトル殿。外見に惑わされた俺が未熟であった」
「と、とんでもございません」
そもそも悟が仮面を外さなければこんな問題は起きなかったのだ。
「そう言っていただけるとありがたい。重ねて礼を言わせてもらう。村を救っていただき本当にありがとう」
(ひと悶着あったけど、無事終わったな)
半分は自業自得であったが、危機を乗り越え安堵のため息を吐いていると、兵士の一人が緊迫した様子で駆け込んでくる。
「戦士長!村を囲むように複数の人影が接近しています!」
(・・・え?)
意外とガゼフにかかってしまいやりたかった事が次回にずれてしまいました。
まあ、バレバレだと思いますけど。
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ニグン死す
「成る程・・・確かにいるな」
悟が〈
「これは・・・〈
「知っているのか?」
「はい、確か第三位階魔法で召喚されるモンスターです」
「第三位階・・・」
ガゼフが苦々しい表情を浮かべて呟く。ただの雑魚モンスターだと思うのだが、何か不安要素があるのだろうか?
「あの、手ごわい相手なのでしょうか?」
「ああ、相手はおそらくスレイン法国の者だ。さらにこのような戦術をとれるということは、特殊工作部隊。・・・噂に聞く六色聖典のどれかだろうな」
「特殊工作部隊!?」
「ああ、おそらくこの村を襲ったのも彼らの仲間だろう」
ガゼフはここに来るまでにも多くの村が襲われていたと語る。そのために多くの隊員を救助のために残して来ざるを得なかったこと。さらに貴族を動かされ、本来の装備を持ってこれなかったこと。
王国最強の戦士にしては装備が貧弱なのではないかと思っていたが、それは本意ではなかったようだ。そんな状況に追い込んだ貴族とやらに怒りが込み上げてくる。
(なんてやつらだ、勝手な理由で装備を制限するなんて!うちの会社にもいたなぁ、気に入らない部下には会社の設備を使わせないくそ上司が)
コピー機の使用を許されず、会議の資料を必死に手書きで用意した同僚の姿が思い出される。その上で『なにモタモタやってるんだ』だの『字が汚くて読めない』なんて難癖を付けるのだ。
自前の武具から貸し出したいところだが、自分は純
そしてガゼフが追い詰められている理由が分かった。やつらは物量戦を狙っているのだろう。こちらの数を減らしたうえで低レベルの天使を村に差し向ける。本来なら軽く蹴散らせるのだろうが、無力な村人を狙われたのならそれを守るために奔走せざるを得ない。そうして消耗させてから本命を差し向ける。
・・・これを避けるにはこちらから敵の本陣に突っ込むしかない。
「なるほど、強敵ですね」
「うむ」
悩んでいた様子のガゼフだったが、こちらに向かって問いかける
「サトル殿。良ければ雇われないか?」
「え?」
「報酬は望まれる額を約束しよう」
「いや、その・・えっと」
悟としては法国の特殊部隊なんてゲームやアニメでしか聞いたことのないような存在と戦うなんてごめんだった。正面からでは王国最強のガゼフでさえ勝ち目は薄いという。
「頼む。我らだけならともかく、作戦が終わったらやつらはこの村を再び襲うだろう。目撃者を処理するために」
先ほどのようにサトルに向かって頭を下げるガゼフ。エンリとネムの時とは違う意味で断りにくい雰囲気だ。
「う・・ぐ・・わ、わかりました」
「本当か!」
「え、ええ・・・」
かかっているのが自分の命だけだったらそれでも断っていただろう。しかしまた村が襲われるとなっては自分だけ逃げるわけにはいかない。ならばガゼフ達と一緒に戦った方が勝率が高い。―――それに
(
勝て・・るさきっと)
騎士との戦いで
期待を込めて後ろに視線を向けると、光の粒子になりながら消えていく
「・・・え?」
◆
「む、サトル殿。天使が消えていくようだが、これは?」
「や、役目を終えた・・ようです・・ね」
(ま、まずいぞ。まだ超位魔法のクールタイムが終わってない)
超位魔法は使用するほどクールタイムが長くなっていく。先ほど〈
「あ、あの。戦いについてなんですが―――」
「あれほどの天使を召喚できるサトル殿が共に戦ってくれるなら心強い。天使が役割を終えたというのはサトルどのご自身で戦われるという事ですかな?」
(やばい!このままじゃ俺が戦う事になってしまう)
先ほどと違い今度はガゼフ達がいるので自分は後衛になるだろうが、それでも戦場に立つのに変わりはない。
「い、いえ、違います。あー、私は召喚魔法が得意でして。もっと相応しいモンスターを召喚しようかと思ったんです」
言いながら何を召喚すればいいか必死に考える。〈アンデッドの副官〉は経験値を消費するのでできれば使いたくないし、一度に一体までしか作成できないので保険として温存しておきたい。
〈上位アンデッド創造〉は最大七十レベルのモンスターしか作成することができない。スキル強化して一度に二回分使用することで最大九十レベルまでのアンデッドが作成できるが、〈上位アンデッド創造〉は四回しか使用できないので二体しか召喚できない。
(・・・となるとあれしかないか)
死霊系魔法に特化した〈
〈邪神降臨〉
スキルを発動した瞬間空を影が覆う。見上げるとそこには禍々しい漆黒の球体が宙に浮いている。徐々に大きくなりながら降りてきた球体は大地に触れると弾けた。
中に満ちていた粘着質な液体が放射状に広がると、それは蠢きながら膨らみ、吹き上がるように”何か”が姿を現す。そして産声をあげるかのように鳴いた。
―――メェェェェェェ
◆ ◆ ◆
「汝らの信仰を神に捧げよ」
スレイン法国の特殊部隊”六色聖典”の一つ”陽光聖典”。彼らはガゼフ抹殺の指令を受けて作戦を遂行していた。作戦は最終局面に入り、あとはその命を摘み取るだけだ。
「では、作戦を―――」
ガゼフのいる村を見据えながら陽光聖典の隊長であるニグン・グリッド・ルーインが作戦開始を宣言しようとした瞬間”それ”は現れた。
外見は蕪に似ている。葉の代わりにのたうつ触手が何本も生え、胴体は栗立つ肉塊であり、その下には黒い蹄を持つ山羊のような足が五本生えている。
”メェェェェェェ”
胴体にはいくつか亀裂があり、粘液をだらだらと垂らす口になっている。そこから可愛らしい山羊の鳴き声が聞こえてくる。
巨大で異様な存在が太くて短い足を器用に動かして走る。それは不器用な生き物が一所懸命動いている様であり、ある意味笑ってしまう光景だったかもしれない。
それがこちらに向かってきていなければの話だが。
「全天使でやつを足止めしろ!」
隊員すべてが呆けている中、ニグンの声が響く。
「最高位天使を召喚する。時間を稼げ!」
その言葉に我に返ったかのように隊員が動き出す。目の前の化け物に対して立て続けに魔法を詠唱し、四方八方から天使が飛び掛かる。しかしどの魔法も効いている様子はなく、天使達は化け物に触れた瞬間消滅していく。
(あれは魔神!?それとも。・・・まさか〈
隊員は半ば狂乱状態に陥っている。部隊が崩壊していないのは”最高位天使”という希望があるからだ。
「現れよ!〈
ニグンが魔法封じの水晶を使用すると、周囲を爆発的な光が覆う。そこには光り輝く翼の集合体が存在していた。手には笏が握られており、それを見た隊員から喝采が上がる。
至高善の存在。それは目の前の
「〈
個人では決して到達できない領域。大掛かりな儀式を通じてのみ発動可能な第七位階魔法を選択する。
―――そして魔法が発動した。
光の柱が化け物を包み、ジュウジュウと音を上げる。〈
「・・・やったか?」
光が徐々に弱まり、消える。
―――そこには何事も無かったかのようにこちらに向かってくる化け物が存在していた。
「あ、あり・・えない・・・」
よく見ると表面が少し焦げている様に見える。効いていないわけではないようだが、”あれ”を倒すのに何回〈
それは森の木すべてを一本の剣で切り倒せと言われたようなものだ。
―――それならばまだ時間をかければできるかもしれない。しかし化け物はもう目前に迫っている。
召喚者を守ろうと
ニグン、いやすべての陽光聖典はもはやただ唖然として迫りくる化け物を見ているしかできない。再び触手が振り上げられる。
「・・・そういえば休暇が溜まっていたな。近所に新しい劇場ができたらしいから行ってみてもいいな。久しぶりに教会でミサを開くのも悪くない。子供は国の宝だからな。今の内に正しい知識を身につけさせなければ。力があってもそれを正しく扱えなければ意味がない。・・・あの忌々しい青薔薇め。やつらは人類の置かれた状況を知らないからあんな短絡的な事ができる。どちらに大義があるのかもわからぬ愚か者が」
全員が終わりを感じ取り、あきらめる。それは神の裁きを待つ哀れな罪人のようであった。
―――しかしいくら待っても終わりは訪れない。
ニグンが恐る恐る視線を上げると、そこには触手を振り上げたまま凍り付いたように動きを止める化け物の姿があった。
◆ ◆ ◆
「・・・あれ?」
「ど、どうされたサトル殿」
「えっと、ぷにっと萌えさん考案『誰でもらくらくPK術~釣り野伏せ編~』を実践したんですけど。釣りの段階で終わってしまったようで。『魔法を使おうとするやつを倒せ』って命じたんですけど”黒い仔山羊”の攻撃範囲に入ったらなぜかみんな魔法使わなくなったんで攻撃対象がいなくなっちゃったみたいです。降参したんですかね?
・・・タンクもいなかったからな。それも召喚モンスターで賄ってたのかな?やっぱり召喚魔法は応用力には優れるけど時間がかかる分対応力には劣るなあ。とっさに
元々の作戦はまず正面から”黒い仔山羊”を突撃させ、それを対処させてる間にガゼフ達が背後に回り込んで奇襲するというものだった。正直あの化け物だけでも過剰戦力だと思うのだが、サトル殿によるとあれはあくまで囮であり本命はガゼフ達だったという。
(一目見ただけでも力の差は分かるはずだが、なぜそんな事を?)
疑問を抱くガゼフの頭に、サトルが召喚した天使が消滅した時の事が思い浮かぶ。
『や、役目を終えた・・ようです・・ね』
『もっと相応しいモンスターを召喚しようかと思ったんです』
(なるほど。そういう事か)
あの天使達は人を守護するための者であり、人々の救済が役目なのだろう。
そしてあの冒涜的な獣はその逆。罪深き命を刈り取る存在なのだ。しかし彼らは抵抗を止めて己が罪を受け入れた。ならばその裁きは自分ではなく我々―――人間自身で行うべきだと言っているのだ。
「・・・感謝する。サトル殿!」
「え、あ、はい、どうも?」
その清廉な考えに感動しながらも、もしあの力が王国に振るわれたらと思うと身震いする。あの貴族たちはきっと自分の尻に火が付くまで愚かな争いを止めないだろう。
◆
その後村長の家で色々と話し合い、村を襲った騎士と降参したスレイン法国の特殊部隊はガゼフ達に連行してもらう事になった。捕虜の扱いなんて知らないのでこちらとしては大助かりだ。
話の中でどうやらこの世界はユグドラシルが現実化した物ではないというのがわかった。改めてこの世界の情報を聞くと、リ・エスティーゼ王国だのバハルス帝国だの聞いたこともない国や地域ばかりだ。魔法やスキルはそのままなので共通点はあるようだが。
(なんで言葉通じてるんだろ?)
今まで気にしてる余裕がなかったが、ガゼフを含めこの世界の住人は明らかに日本人ではないのに日本語が通じている。ユグドラシルは日本のゲームだったので言語が日本語なのはまだ分かるのだが、文字は国によって独自の物が使われているという。そんな異常な状態なのに全員それに対して疑問を抱いていないようだ。
(う~む。わかんない。まあ、いっか僥倖僥倖)
言葉が通じないならともかく、通じるなら問題ない。文字に関しては確か読解のモノクルがあったはずだから大丈夫だろう。・・・筆記はどうしよう?
話がひと段落したところでガゼフがこちらに向き直る。
「サトル殿。改めて礼を言わせてもらう」
「いいですよ。もう、何回目ですか?」
最初は恐縮していたが何度も言われたのでもう慣れてしまった。もはや律儀なガゼフに苦笑するばかりである。
「サトル殿、この感謝の気持ちは言葉で言い表せぬ程なのだ。村人や我々の命が今あるのも全て貴方のおかげだ」
顔を上げたガゼフがさらに続ける。
「それでサトル殿。もし良ければ王に会っていただけないだろうか?」
「え?」
「六色聖典の一つを捕える大活躍をされたのだ。約束の謝礼に加えて、国王陛下に謁見してもらえれば可能な限りの待遇を約束しよう」
(王って王様の事だよな?それって国で一番偉い人か!?うわ、それって平社員が会長に挨拶するようなものじゃないか)
正直勘弁して欲しい。ガゼフと会った時でもあんなに緊張したのに王様に謁見なんてしたら心臓が止まるかもしれない。――無いけど。
「頼む。サトル殿。ぜひ王国まで来て欲しい」
「ぐ・・う・・・き、機会がありましたらぜひ」
迷った末否定とも肯定ともとれるジャパニーズ営業テクニック使う。これならどっちに捉えられても穏便にこの場を切り抜けられるだろう。
「おお、そうか!ならぜひ一緒に王都まで来てくれ」
ダメでした。
仔山羊がアンデッドなのか?とか
普通に召喚できるのか?とか
そもそもエクリプスにそんなスキルあるのか?
など多数ねつ造ありましたが許して。
タイトル詐欺でニグンさん生き残ったけど、元ネタに遵守した結果です。
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聖地誕生
なるべく違和感が無いようにしたいですが、邪心降臨とかやっちゃったし今更かな?
結局断り切れずガゼフ達と一緒に王都まで行く事になってしまったが、もう日も暮れかけていたので今日はカルネ村で一泊させてもらう事になった。
アンデッドである悟は睡眠をとる事ができないので、みんなが寝静まった後一人夜空を見上げていた。
「星がきれいだな」
あちらの世界では大気汚染によって星どころか空すらろくに見えなかった。きれいに澄み渡った空にたくさんの星がきらきらと輝く姿はまるで宝石箱のようだ。
「今日は大変だったな」
エンリとネム、村が襲われている所を助けたと思ったらガゼフ達がやってきて一悶着あった。そして誤解が解けたとたん法国の特殊部隊の襲来。
一日で事件が起こりすぎだが、すべてはガゼフ一人を殺すために仕組まれたのだという。
「一人倒すのにここまで仕込みするなんて対たっちさん作戦並みだな。・・・にしても
まだ作戦前だったから良かったが、もし戦闘中に時間切れになってたらと思うとゾっとする。自分のせいでガゼフ達も村のみんなも死んでいたかもしれないのだ。
「やっぱ召喚時間の制限があるのは危ないよなぁ。
・・・そうだ!」
先ほど〈
一回使用された
初めて課金した時も同じだった。最初は無課金同盟を組んでいたのに、いつのまにか
「あの時三回全部使うつもりだったんだし・・・いいよね?」
謎の言い訳をしながら指輪の効果を使用する。
「俺が生み出す物の制限時間を無くしてくれ。・・・あとできれば召喚する時の消費経験値も無くしてください!」
指輪によって効果が最大まで高められた〈
「どうだ?」
魔法は正常に発動した。後から付け足した消費経験値に関しては微妙だが、召喚時間に関しては叶えられたような気がする。
試しに下位アンデッド創造でスケルトンを召喚し〈
「よし、成功だ!」
短剣とスケルトンを消すと悟は満足げに頷いた。
◆
日が昇り始めると目覚めたガゼフ達が家から出てくる。
「おはようございます、ガゼフさん」
「おはよう、サトル殿。待たせてしまってすまないな。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。よくわかってますから」
なにせつい最近まで自分も人間だったのだ。むしろ疲労も眠気もまったく感じない今の体に戸惑っている。挨拶を終えて出発の準備をしていると、村長とガゼフが話し合っているのが目に入った。なにやら深刻そうであり、別れの挨拶ではなさそうだ。
「ガゼフさん、村長さん。どうかしましたか?」
「おお、サトル様。・・・恥ずかしい話ですが、皆様が出発された後の事が心配でして」
「心配?」
村を襲った連中はすべて倒したと思うのだがまだ何かあるのだろうか?疑問を浮かべているとガゼフが渋い顔で告げる。
「やつらがおそらく法国の六色聖典の一つだというのは話しましたな?その狙いが私の殺害だというのも」
ガゼフ曰く、法国はこれほどの戦力を投入したにも関わらずガゼフの暗殺という目的は果たせず。挙句の果てに六色聖典の一つが捕らえられるという大失態を犯している。
そのため、挽回のために何らかの行動を起こす可能性が高く、その場合またカルネ村が巻き込まれる可能性は否定できないとの事だ。
「事を起こすと分かっているならともかく、可能性の話では兵を駐屯させるのも難しいのです」
悔しそうに歯噛みながらガゼフが告げる。守るべき民を置いて戻らなければならない自分が許せないのだろう。悟は敵は倒したのだからもう大丈夫だろうと単純に考えていたが、どうやらまだ安心できない状態らしい。もし悟もガゼフもいない状況でまた村が襲われたら今度こそ村は壊滅してしまうだろう。
(う~ん。やっぱり王都へ行くのを断るべきかな?せめて村の安全が確認できるまでは。
・・・いや、べつに断る理由ができて良かったなんて思って無いぞ?気が重いといっても王様にコネができるのは大きい。当てもないままフラフラするのもうんざりだし、カルネ村にいつまでも厄介になるわけにもいかないだろうしな)
どうするべきか考えていた悟だったがここで一つの考えが浮かぶ。カルネ村を守るには自分が残って戦うしかないと思っていたが、どうせまたモンスターを召喚して戦わせるだけだ。
―――そして召喚モンスターの時間制限は昨日解決している。
「大丈夫です。村は私が守りましょう」
「サトル様!?しかしあなた様は戦士長と王都へ向かわれると・・」
「はい、ですので私が直接守るわけではありませんが・・・〈
昨日も使った超位魔法を再び使用し、悟を中心にドーム状の魔法陣が展開される。ガゼフ達も、一度見ているはずの村人達もその様子に圧倒されたように見入っている。全員の視線が自分に向けられているのにむず痒くなるが、さすがに課金アイテムを使って短縮するつもりはない。
しばらくして魔法が発動する。六体の
「この村を守ってください。あと、手伝える事があったら手伝ってあげてください」
「御心のままに」
そう悟が命じると、周囲がざわめいた。村人のみならずガゼフ達も驚いた様子だ。
「よ、よろしいのですか?この天使はサトル様が御身を守られるためのものでは?」
「構いませんよ。あとついでにこれも」
スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンから火の宝玉と水の宝玉の力を使用する。ユグドラシル時代には一度も使用する事がなかったので忘れていたが、夜の暇な時間に調べていたら発見した物だ。
〈
悟の命に従うように力が揺らめき目の前に巨大な光球が発生する。それを中心に炎の渦が巻き起こる。そして渦が膨らみ周囲に熱風を撒き散らそうとした瞬間、それを抑え込むように水の奔流が巻き起こる。二つの渦は互いにぶつかり合うかのように膨らんでいき、やがて二つの人型を形どる。
融解した鉄のような真っ赤な輝きを放つのが
「どちらも無数に分裂して無限に炎と水をだせる・・はずですから。どうぞ使ってください」
この世界ではお湯を沸かすのも苦労がある。井戸から水を汲み、火種を作って竈に火を起こす。最初は物珍しくやってみたいとも思ったが、これを毎日やらねばやらないのは大きな負担だろう。王都等では魔法やマジックアイテムによって電気や水道に近いインフラもあるらしいが、とても高価であり辺境の村では使えないそうだ。
「なんという・・・我々のためにこのような」
「はは、それほどでも。それに袖振り合うも・・何かの縁って言いますから」
実際超位魔法もスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンによる召喚も一日の使用回数に制限があるだけで惜しい物でもない。
昨日スケルトンで実験しただけなので超位魔法やギルド武器による召喚にも効果があるのか。そもそも永続的に召喚できるのかは不明だが、召喚モンスターとは繋がりがあるので消えればすぐ分かる。いざとなれば〈
「縁・・それは・・・この村をサトル様の
恐る恐るといった様子で村長が問いかけてくる。
(・・・たか?・・・拠点って事か?)
「ええ、皆さんがよろしければぜひ」
一瞬、静寂があたりを包み込む。
「もったいなきお言葉!カルネ村一同全霊をもって仕えさせていただきます」
村長が膝をつき、両手を胸の前に組む。それに村人すべてが追従する。
(え!?何この状況)
ちょっとした人助けのつもりだったのに村人全員に拝まれる状況になってしまった。救いを求めてガゼフに視線を向けるが、ガゼフも深く頷いている。
「わが身の不徳を呪っていたが・・・本当にありがとうサトル殿!あなたのような存在を英雄と呼ぶのだろうな」
この場を諫めてくれるのを期待してたのだがガゼフまで褒め称えてきた。昨日の時点で慣れたと思っていたのだが小市民な悟にはとても居心地が悪い。このままではずっと崇められてそうな雰囲気だ。
「い、行きましょうか?いつまでもこうしてるわけにはいきませんし」
「そうですな。カルネ村の皆、この度は世話になった。サトル殿は私ガゼフ・ストロノーフが王国戦士長の名に懸けて無事王都まで連れていくことを約束しよう!」
その言葉を受けて今度は割れんばかりの歓声を上げる村人を背に王都へ向かうことになった。
原作でも死体を媒体にすれば中位アンデッドまでは永続召喚できるので、最大効果の星に願いをなら制限を無くせるかなと。
もし違和感があったらモモンガ玉の効果だと思ってください。
根源の水精霊は火がいるなら水もいるだろうという単純な考えです。
高天原は日本神話で天照大御神とかが住んでいる場所のことです。かなりおかしいですが、神が住む土地みたいなニュアンスでお願いします。
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エ・ランテル1
冒険者組合の受付嬢であるイシュペン・ロンブルは暇を持て余していた。
普段は依頼や依頼を受ける冒険者の受付や対応を行い、その波が途切れれば依頼書の作成や掲示板の更新をしている。しかし今日は新規の依頼もない。冒険者も来ない。他の仕事はとっくに終わっている。
圧倒的な手持ち無沙汰にいっそ面倒ごとでも起こらないかな、などと思いながら本日五度目となる依頼書の確認をしていると、扉がきしみ開く音が聞こえてくる。
仕事の気配に目を輝かせながら急いで手元の依頼書を片付ける。仕事の依頼でも依頼の報告でもしばらく時間がつぶせる。なんなら少し面倒な冒険者の新規登録でも今は大歓迎だ。
しかし入口に視線を向けたイシュペンは”それ”が目に入った瞬間笑顔を浮かべたまま全身が固まる。
まるで闇を切り取ったかのような漆黒のローブを纏い、左手には神々しくも禍々しい杖を携えた姿。顔には笑っているような怒っているような模様の仮面をかぶり、手には武骨なガントレットをはめている。黒いローブは全身を余すことなく包み込み肌は一切見えない。
ヤバイ奴が来た。
一瞥しただけでわかる厄介ごとに頼むから自分の所には来ないでくれとあまり信じていない神に祈るイシュペンだったが、その男?は辺りを見渡した後視線をこちらに向ける。
依頼書を片付けるんじゃなかったと後悔するも男はまっすぐこちらに向かって来る。
「あのー、ここって冒険者組合であってますか?」
見た目に反して男の声と話の内容は実に平凡だった。
「は、はい。こちらが冒険者組合で間違いありません。どんなご用件でしょうか?」
よかった。どうやら話は通じる相手みたいだと胸を撫で下ろしたイシュペンは改めて目の前の男を観察する。
黒いローブを纏い杖を持った姿は魔術師組合の
そんな男が冒険者組合に何の用だろうか?
単純に考えれば依頼の申し込みだろう。
「えっと、冒険者になりたいんですけど」
予想外の答えだ。
「冒険者の登録ですか。・・それはあなたご自身がという事でよろしいですか?」
「はい、そうです」
面倒ごとでも歓迎とはいったがそれにも限度がある。冒険者の新規登録は受付の中でも一番時間がかかる仕事だ。
―――つまりその分この男に対応しなければならない時間が増えるという意味でもある。
「か、かしこまりました。まずギルドに加入ための必要書類料として五銀貨をいただきますがよろしいでしょうか?」
「え?あ、そうなんですか。あの、これじゃダメ・・でしょうか?」
言いながら男は一枚の金貨をこちらに差し出してくる。
「あの・・これは?」
それは王国で使用されている金貨ではなかった。かといって周辺の国家で使用されている物とも違う。受付嬢として多くの貨幣を見てきたイシュペンをして一度も見たことがない。
「えっと、昔私のいたせ・・国で使われていた金貨です。多分純金でできてると思うんですけど」
「ただいま確認してまいります。こちらに目を通してお待ちください」
冒険者についての要綱書を渡して組合の奥へと向かう。金がない冒険者や依頼主が物品で直接支払いをする事も珍しくないので組合内には簡単な鑑定所が設置されている。
鑑定所へ向かう途中に横目で男を窺うが男は大人しく書類に目を通していた。
◆
「お待たせしました。こちらが書類代及び鑑定代を差し引いた返金となります」
ジャラリと音を立ててカウンターに置かれた硬貨はなかなかの大金であり、中には金貨も混じっている。交金貨二枚程度の重さがあったあの金貨は男の言う通り純金でできており、とても精巧な彫り込みがされたそれは美術品としての価値も高い。しかるべき所で換金すればさらに高値がついただろう。
「では登録の手続きを始めさせていただきます。代筆にしますか? それともご自分でお書きになりますか? 代筆の場合は銅貨五枚をいただきます」
「代筆でお願いします」
男は返金から銅貨を取り出してカウンターに置いた。冒険者を目指すような人間は読み書きができない者も珍しくないがこの男がそうとはとても思えない。先ほどの金貨といいきっと遠くの国から来たのだろうと納得するとインクつぼから羽ペンを取り出し、羊皮紙を広げる。
「ではまずは最初に登録する名前を教えていただけますか?」
「鈴木悟でお願いします」
◆
「終わった・・・」
手続きが終わり男が出て行ったことを確認するとカウンターに突っ伏す。そんなことをすれば同僚から小言を言われるのだが今回ばかりは勘弁してくれてもいいと思う。
先ほどまで疎ましく思っていた暇を堪能していると奥からバタバタと階段を降りる音が聞こえてきた。この足音は組合長であるプルトン・アインザックだ。
さすがに組合長を前にだらしない態度ができるわけがない。大急ぎで身を起こして姿勢を整えると同時に予想通りアインザックが姿を現したが、なぜかひどく慌てた様子だ。
そんな様子に戸惑っている組合員には目もくれずアインザックはイシュペンにまっすぐ向かってくる。
「スズキサトルという人物の対応をしたのは君で間違いないな?」
「は、はい。そうですけど・・」
「ここではなんだから奥で話そう」
アインザックはイシュペンを引き連れて奥にある応接室を抜けて隣にある組合長の部屋へと向かう。ただ話すだけなら応接室で十分なはずだが、ここまで来るのはよほど重要な話があるのだろう。
入念に戸締りを確認したアインザックは椅子に腰かけるとイシュペンにも座るように促す。アインザックに対面するようにイシュペンが座るとアインザックは重々しく口を開いた。
「彼が来てからの事を詳しく話してくれ」
イシュペンが登録までの流れを終えるとアインザックは椅子にもたれながら深くため息を吐く。どこか疲れた様子だ。
「あの・・私が何か?」
何か不手際があっただろうか。対応を思い返すがなにも思い当たるところは無い。
「いや、君の対応に間違いは無い。まあ途中からでもいいから私に判断を仰いでほしかったが。
―――問題なのは君が対応した人物のほうだ。結論から言うと彼は王国周辺で大きな事を起こすつもりだろう」
「サトル・・様が!?」
確かに一目見ただけで只者ではないと思ったがちゃんと理性的に話ができる男であった。何か問題を起こすような人物には思えなかった。
「一から話そうか。まず格好はいかにもな
イシュペンは頷きながらサトルの姿を思い返す。確かに声以外の部分は全く分からずじまいだったが、姿を隠すにしては目立ちすぎではないだろうか。ローブと杖はまだしもガントレットに仮面は怪しんでくれと言っているような物だ。疑問が顔に出ていたのかアインザックが補足する。
「姿を隠すといったがそれはあくまで正体を隠すためであって”スズキサトル”という存在はむしろ目立たせたかったんだろう。―――次に」
言いながらアインザックはテーブルに一枚の金貨を置く。サトルが支払いに使用した金貨だ。
「この支払いに使った金貨だ。一応確認するがこの金貨は周辺の国家で使用されている物とは違い、君にも見覚えは無い。そうだね?」
「はい。ありません」
「それを知りたかったんだろう。この金貨を運用している国。
―――つまり自身が所属している国がこちらで知られているかどうかをね」
その言葉を受けてイシュペンはなるほどと思う。先ほどは金貨自体の価値を鑑定して査定したが、もし金貨について詳しく知っていれば貨幣交換として取引していただろう。
「次に代筆を頼んだ件だが。・・彼は間違いなくこの国の文字について習熟しているだろう」
「え?」
代筆は単に異国の人物であるため王国語がわからなかったからではないのか。
「彼は書類に関して何か質問してきたかね?」
「いえ、特には。質問されたのは依頼の種類や受け方などの基本的な物だけで・・あ!」
金貨を換金する際に横目で見たサトルの様子を思い出す。仮面で表情はわからなかったが受付嬢として長年接客してきたイシュペンにはわかる。あれは文字を目で追って
「これも筆跡を隠して正体を隠すための手段だろう。ここまでくれば彼の狙いが読めてくる。とても目立つ格好をした
―――ただひとつここエ・ランテルで冒険者登録したという一点以外はね」
「か、彼は組合にすべての罪を擦り付けるつもりだと?」
イシュペンの背中を冷たい汗が流れる。
「その可能性が高いだろう。もしくは王国自体を揺さぶるためかもしれないがね」
面倒ごとに巻き込まれたとは思っていたがここまでの大事になるとは思ってもみなかった。顔面蒼白になるイシュペンにアインザックは弱々しながら笑いかける。
「さっきも言ったが君に間違いは無い。それにもし登録を断っていたとしても彼がここで冒険者登録しようとしたという噂はすぐに広がるだろう。彼にとって重要なのは”スズキサトル”という存在がエ・ランテルにいたという事実だ。冒険者登録はついでみたいなものだろう」
「で、では私はどうすれば・・」
彼を担当した責任を取らされるのかと思ったがどうやらそれはないようだ。ならばアインザックがここまでの話をイシュペンにした理由は何だろうか。
「何もする必要はない。ただもし事が起こった時には君まで調査が及ぶだろう。その時は断固とした態度で臨んでくれ。”私は組合のルールに則り対応しただけです”とね。責任はすべて私が取ろう。―――これでも代表責任者だからな」
悟さんが冒険者になるかどうかは結構迷ったんですが結局なる事にしました。
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エ・ランテル2
「ここがエ・ランテルか。やっぱりカルネ村とは規模が大違いだな」
悟は今カルネ村のほど近くにある都市”エ・ランテル”を興味深そうに歩いていた。
王都に向かう前に捕虜の受け渡し及び先触れを出すためガゼフ達と共に来たのだが、受け渡しの手続きにかなりの時間がかかるそうなのでその間都市の観光をさせてもらっているのだ。
都市に入る際に黒いローブを着た男が悟を見て取り乱して叫ぶのを見て変装―――といってもガゼフにあった時と同様に仮面をつけただけだが―――がばれたのかとひやひやしたが、ガゼフのとりなしで何とか中に入ることができた。
観光をするにあたってガゼフは供をつけると言ってくれたのだが丁重に断った。別に一人が好きというわけではないがこの世界にきて初めての都市観光なので一人気ままに見て回りたかった。
まるでゲームの中のような中世の街並みが広がっており、ちょっとした店や民家でさえ物珍しく見える。あちこちの露店を冷かしていた悟はふと背後からついてくる気配に気づく。
道中危険がないかを偵察させるために上位アンデッド創造で召喚した〈
(どうしようかな。もう役目は果たしたから消してもいいんだけど)
今は〈
(そうだ、カルネ村に置かせてもらおう)
悟を受け入れてくれたカルネ村の住人なら集眼の屍も受け入れてくれるかもしれない。より強い
『冒険者組合』
(冒険者ね)
冒険者については道中にガゼフから聞いていた。その言葉を聞いた瞬間は心が踊ったが詳しく話を聞く内にどんどん失望していった。
その言葉からはかつてユグドラシルをプレイしていた時のように未知を求め世界を冒険する者というイメージを持っていたのだが、その実態はモンスター用の傭兵にすぎなかった。
遺跡の探索や秘境の踏破といった依頼もあるにはあるがごく一部に過ぎず、基本はモンスター退治だ。それも人々に尊敬される英雄のような存在でも無く、兵士の代わりにその場その場で対処する派遣社員のような役割でありその地位も低い。
正直まったく心惹かれる職業ではなかったが、一つ悟にとって魅力的な点があった。それはどんな立場の人間でもなれるという所だ。
現在悟は戸籍も親族もいない身元不明者であり、おまけにその正体はアンデッドだ。アンデッドの部分は何とか隠せるとしても、戸籍が無い以上まともな職に就くことはできないだろう。
しかし冒険者は身元不詳者でもなれる。むしろ冒険者になることで最低限の身分を持てるのだ。これは必要となるのは基本的に腕っぷしだけであり、傭兵崩れやスラム出身者を受け入れるためだという。ろくな職に就けない彼らに野党や盗賊になられるよりはこちらで雇うほうがマシという考えらしい。
「一応登録だけしとこうかな」
王様にコネがもてるとしても職にありつけるかは分からないし、最悪感謝状一枚渡されて終わりかもしれない。ガゼフから謝礼がもらえるとしても収入がなければいつかは枯渇してしまうだろう。
とりあえず身分証代わりになるものと日銭を稼ぐ手段を得るために悟は冒険者組合の扉をくぐった。
◆
「終わった・・」
組合でもらった
「ともかく軍資金はできた」
悟はお釣として受け取った硬貨を握りしめ、先ほどまでは指を咥えて見ている事しかできなかった露店に向かって歩を進めていった。
◆
「ん?」
よくわからない人形やアクセサリーなどを買いあさり、日が暮れかけてきたのでそろそろ待ち合わせ場所である黄金の輝き亭という宿に向かおうかと思った矢先、アンデッド探知スキルである不死の祝福に反応があった。
(アンデッド反応?大したやつではなさそうだけど)
まだ発生してはいないようだがそれも時間の問題だろう。エ・ランテルにはまだ思い入れも無いが知っているのに放置するのも抵抗がある。もし放置したせいで犠牲がでたりしたら寝覚めが悪い。
市長に警告しようとも考えたが今の悟では会うこともできないだろう。ガゼフに頼めば可能かもしれないが、たとえ会えたとしてもどうやってアンデッドの気配を探知したか説明しなければならない。
(『実は自分もアンデッドなので他のアンデッドの気配がわかるんです』なんて言えないしなあ)
悟は人影の無い物陰に移動すると周囲に〈
〈邪神降臨〉
黒い子山羊を召還した時と同様の禍々しい漆黒の球体が宙に現れるが、あの時と比べるとその大きさはかなり小さい。大地に触れた球体が弾けると中から芋虫のような漆黒のモンスターが姿を現す。
こいつは子山羊とは逆にステータスは低いが様々な特殊能力を持っており、特に探知と隠密に関してはずば抜けている。
「この都市の治安を守ってください」
◆◆◆
「な、なんでこんなことをする!」
日が落ちて闇に包まれた路地裏にて、仲間を殺され戦意を砕かれた男の顔を見ながら元漆黒聖典第九席次であるクレマンティーヌは笑っていた。
どんなマジックアイテムでも使用できるタレントを持っているという有名な薬師の孫を攫いにいったのだが、あいにくと留守であったので足のつきにくいワーカーを使って帰ってくるまで監視をさせようとした。
しかし相手は四人もいたので趣味と実益をかねて三人は殺した。情報が漏れないようにするためこちらを知っている人物はできるだけ少ないほうがいい。
(あとはこいつを一発くらわすだけ)
精神操作の魔法が込められたスティレットを手に、ついに背を向けて逃げ出した男の後姿を見ながら肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。利用するため大怪我をさせられないのが残念だができるだけ激痛を与えられる場所に突き刺してやろうと思いながらその背を追いかけようと一歩踏み出そうとした瞬間―――
―――ゾクリ
背筋に冷たい悪寒がよぎり歩みを止める。逃げる男の姿が闇に消えて行くがそんなことはとうに頭から消え去っている。
今自分の背後にある”ソレ”の事を考えれば他の事を考える余地などない。戦士としてのクレマンティーヌの勘は今すぐ逃げろと警鐘を鳴らしているが、元漆黒聖典第九席次としてのプライドが逃走を拒んでいる。ゆっくりと振り向いたクレマンティーヌはソレを目の当たりにする。
そこには闇の中においてさらに漆黒に見える影。影はしだいに姿を変え黒くて朦朧とした大きな闇のかたまりとなる。その形は巨大なイモ虫のような円柱形であり、忽ち目のない顔と手足のない胴体を持つ巨人に似た姿となる。
―――殺す
殺す殺す殺すコロスコロスコロスころすころすころす。
クレマンティーヌはソレを殺すことしか考えられない。アレは人の世にいてはいけない存在だ。
いつものひょうひょうとした態度は完全に消え、漆黒聖典第九席次へと戻ったクレマンティーヌは立ったままクラウチングスタートのような体制をとる。それは刺突武器を愛用するクレマンティーヌの必殺の構えであり、たとえ思考が麻痺していたとしても染みついた戦闘技術は自然と本気の構えを取らせる。
〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉
四つの武技を同時に発動させたクレマンティーヌは息を吐きだすとソレに向かって一直線に突進した。武技によって極限まで高められた感覚は相手の動きを完璧に捉えている。あらゆる動きを想定するがソレは予想に反して何の動きも見せない。その事に疑問と僅かな恐怖を覚えるが漆黒聖典としての矜持とあふれる殺意が後退を許さない。
「死ね!」
スティレットがソレに突き刺さる寸前、突如視界が闇に包まれる。ソレに飲み込まれたのだと気づく前にクレマンティーヌの意識は闇に飲まれていった。
◆
誰もいなくなり静寂に包まれた路地裏にて、悟の命を受け殺人の現行犯の処理を終えたモンスターは腹ごなしをするかのように身震いをすると、次は墓場で怪しげな儀式をしている不届きものを処理するため闇に消えていった。
冒涜的な存在を目にしたクレマンティーヌは一時的発狂からの殺人癖発症です。
・・・いつもと変わらんね。
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