聖者ホトケと神の孫ベル (カイバーマン。)
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仏1号
一説 仏、間違える


亡き祖父の影響で英雄譚にあるような異性との運命の出会いに憧れていた白髪紅眼の少年ベル・クラネル

 

ダンジョンを中心に栄える迷宮都市オラリオに来た彼は女神ヘスティアのファミリアに入団し

 

駆け出しの冒険者でありながらも僅かな期間でレベル2になる程の目覚ましい成長を見せる。

 

この物語はそんな将来有望で裏表の無い純粋無垢な少年が

 

不幸にもはた迷惑な神と出会った瞬間から始まる

 

 

 

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」

「おーほほほ! おほほほほほほ!」

 

早朝から特に目的もなく迷宮都市・オラリオをブラブラと散歩していたベル・クラネルは思わぬモノと遭遇してしまった。

 

いきなり空から「ヨシヒコー! ヨシヒコー!」という野太い声が聞こえたと思って顔を上げてみたら。

 

太陽が昇ったばかりの気持ちの良い空に突如パァーと大きな光が発生し

 

そこからいきなり巨大な顔をしたパンチパーマの神様らしき人物が現れたのだ。

 

「あ! ああ~どうしよコレ! ねぇどうしよう!? うっかりこっちに出て来ちゃったよ仏! いや~!」

 

その人物は仏

 

天界からとある勇者一行を導いている神様である。

 

しかし実際の所はやる気が無かったり曖昧な指示を出したりたまにサボる事もよくあり、正直頼りになる存在と素直に言い切れる神ではない。

 

現に今もこうして、うっかり降臨する場所を間違えてしまった様子で、驚いてぽかんと口を開けて固まっているベルだけではなく、他の通行人からもバッチリ見られているみたいで凄くオロオロし始めた。

 

「いやあの! みんな落ち着いて! 怪しいもんじゃないから! そんな見つめられても私凄く困る! 立ち止まらずにそのまま進んで! いくら相手が仏だからってね! ジロジロ見られたらこっちもどうしていいかわかんなく……! うん?」

 

このオラリオに住み着いて自分のファミリアを築いている神様に知り合いでもいたのだろうか、周りをキョロキョロしながらも愛想笑いを浮かべて仏は軽く手を振って挨拶。

 

「ああうん久しぶり久しぶり、元気してた? なん百年ぶりだよオイ、うんうんこっちは超元気よ、今もバリバリ仕事中だし……ば! バカちげぇよ! 現れる場所間違えたんじゃねぇよ!!」

 

本当は間違えてこの世界に出て来てしまったのだが、それを正直に言ったら今後、神々による祝宴の席でその件でイジられると思った仏は、神々に指を突き出して半笑いの状態で必死に否定し始めた。

 

「「嘘言ってんじゃねぇよバカヤロー」じゃねぇよ! お前がバカヤローだよ! なに神のクセに早朝からプラプラ散歩してんだよ! 働けバカヤロー!」

 

癪に障る事でも言われたのかすぐに言い返す仏、そして突き出した指をそのまま自分の鼻の穴に突っ込みながらしかめっ面を浮かべて

 

「んだよしつけぇな……だから本当に仕事でここに来てんの! アレだよアレ! 今から私はね! この世界に現れた魔王を倒す為の勇者に! 魔王を倒すお告げをしに来た訳ですよ先輩! あ、先輩じゃないか、お前同期か、ごめんごめん……ってなんで謝らなきゃいけねぇんだよ! もうほっとけ! 仏だけに!」

「ま、魔王を倒す勇者!?」

 

 

こちらに横顔を見せながら街にいる誰かと会話している様子の仏の話を聞いてベルはその内容に強く食いついた。

 

彼はいつも祖父から多くの英雄の話を聞いて育っていった。故にベルにとって世界を支配せんとする魔王を倒す勇者は正に憧れの存在、自分が目指す理想のヒーローなのだ。

 

まさかこの神様は、この世界に魔王が現れた事で選ばれた勇者にお告げを下しにやってきたのかと、ちょっとドキドキした様子でベルは仏を見つめる。

 

すると

 

「いやだから今から! 今から今から! この世界に現れた邪悪なる魔王を倒す為に勇者にねお告げを……あ」

「へ?」

 

気のせいだろうか、誰かと会話していたパンチパーマの神様がこちらとバッチリ目が合ったような気が……

 

するとキョトンとしているベルを尻目に、仏は偶然視界に入ったその少年を見つめながら「あ~……」と短く呟くと軽く微笑み

 

「そこの、そこの少年、白髪頭の少年」

「えぇ!? も、もしかして僕の事ですか!?」

「あの、んーとね……魔王を倒しに行くとかその、興味ある? 1回倒してみたいとか思ってない?」

「うえぇぇ!?」

 

完全にこちらの特徴を捉えた上で話しかけて来たと思ったら、突然魔王を倒してみたいか?と無茶振りを仕掛けて来た。

 

そんな仏にベルがギョッと驚くのも束の間、仏は自分のおでこを擦りながら「いや~」と苦笑を浮かべ

 

「少年あの、お名前はなんていうのかな?」

「えーと……ベル・クラネルですけど」

「ベル、ベル君ね、あ、私はね、仏って言うの、よろしく」

「よろしくお願いします仏様……」

「はい仏様です、様付けれるなんて偉いね~、キノコ頭と大違い、それでベル君はその~……勇者とかやってみたい?」

「ぼ、僕でいいんですか!? やれるのであれば是非!」

「おお~と! 予想以上にがっつり食いついて来たー! やだこの子超ピュア!」

 

こんなチャンス二度とないぞと後先考えずに勇者に立候補するピュアなベルに

 

仏は思わずハハハと笑いながらパンパンと両手を叩き始める。

 

「あのねベル君、、ベル君がいるこの世界あるでしょ? ここが今ね、とてもマズい事になってるの、何故なら! 魔王がこの世界を滅ぼそうとしているから~!」

「本当ですか!?」

「う、うん、本当……です」

 

ぶっちゃけ他の神々に馬鹿にされたくないからと、真面目に仕事をしてるフリする為に

 

偶然目に留まったベルに出まかせで魔王が現れたと言っているだけなのだが

 

人を疑う事、ましてや神を疑う事など出来やしない彼は純粋に仏の話を信じ込んでしまう。

 

「私もね~本当はこの世界に、ヨシヒコっていう勇者を別の世界から派遣したいんだけどね~」

「ええーッ! 本物の勇者様がこの世界に!?」 

「それがね~、ヨシヒコもヨシヒコで今別の世界で魔王を倒しに行かなきゃいけないって事でこっち来れないの、スケジュール合わないんです、売れっ子だからヨシヒコ、別の世界でね、竜王って奴が暴れてるから倒しに行ってもらってるの」

「そうなんですか……ちょっと会ってみたかったですが魔王と戦っているなら仕方ありませんね……」

「仕方ないね~、こればっかりは仕方ない、うん」

 

ヨシヒコという名前は聞いた事無いが、どうやらここではない別の何処かで魔王を倒す為に冒険に出掛けているらしい。

 

彼がここに来る事は出来ないと聞いてベルはガックリと肩を落とすも、仏は優しそうな口調で首を傾げながら彼を見下ろしたまま

 

「だからここは少年に、ベル君に。ヨシヒコに次ぐもう一人の勇者として、魔王と戦って貰おうと思います!」

「凄い! 魔王を倒しに行けるなんて正に英雄みたいだ! ありがとうございます!」

「あの君~、さっきから勇者になる気満々だけどいいの?」

 

自分でデタラメ言っておいてアレだが、こうもキラキラとした目をこちらに向けながら上手く信じてくれるベルに

 

流石に仏も多少の罪悪感が芽生えた様子。

 

「魔王を倒しに行くって超大変だからね? まず魔王に会いに行く道のりも険しいし、魔王の前にも中ボスがガンガン出て来て何度も死にかけたりして凄い怖い目に遭うぜ絶対?」

「それでもやりたいです! お祖父ちゃんから色んな英雄の話を聞いていたから憧れだったんです! 勇者!」

「こんの野郎……誰だか知らねぇけど余計な事を孫に聞かせてんじゃねぇよジジィ……」

「?」

 

ベルの祖父が何者かは知らない仏だが、苦々しい表情でベルには聞こえない声量でボソリと悪態を突く。

 

そして

 

「んーまあいいか……魔王なんてどこの世界にでも大体いんだから、こっちでも探せばいるんじゃないかな~多分……」

「どうしたんですか仏様?」

「ううんなんでもない、ただの独り言だから気にしないで」

 

別にこの世界を管理してる訳でもないんだしと、物凄く適当な感じで纏めると仏は首を横に振って改めてベルに話しを続ける。

 

「それでは新しき勇者よ! この世界の魔王を倒しに行くのだ!」

「はい! あ、でも仏様、どこに行けばその魔王に会えるんですか?」

「あ~……どこに行けばいいのか……ね……じゃあとりあえず、北に向かって、うん」

「北ですねわかりました! 旅の支度を終えたらすぐに行って来ます!」

「うわ~、なんかもうこの子、綺麗なヨシヒコって感じで私結構好き、そのままでいて! お願いだからヨシヒコに染まらないで!」

 

魔王が何処にいるかなんて全く知らない仏は、またもや曖昧な感じで雑に向かう場所を導く。

 

それでも馬鹿正直に信じたベルは、一旦家に戻って荷造りの準備をして来ると一目散に駆けだして行ってしまった。

 

そして脱兎の如く俊敏な動きでなんの迷いもなく行ってしまったベルを見送りながら仏はヘラヘラと笑いながら

 

「まあなんとかなるかなぁ……あ、おいタケミカヅチ! テメェなにジロジロ見てんだコラ! 仏ビーム食らわすぞ!」

 

なるようになるの精神で安易にそう結論を出しつつ、ふと見下ろしたらまた別の神と目が合ったので速攻喧嘩を売り始める仏であった。

 

 

 

 

 

そして魔王と戦う勇者に任命されてしまったベル・クラネルはというと

 

「神様!」

「おおどうしたんだいベル君、早朝に出掛けたと思ったすぐに戻って来て」

 

ヘスティア・ファミリアのホームである廃墟となっている教会に心弾ませて帰って来たベルは

 

勢いよく地下室のドアを開けて、そこで迎えてくれた女神・ヘスティアと顔を合わせた。

 

見た目は黒髪ツインテールの小柄な少女ではあるがこれでもれっきとした女神。

 

しかも見た目は幼いのに胸はかなりの巨乳で、その胸を更に強調するかのように紐で括り上げられている。

 

「なにかあったのかい? それともほんの束の間でもボクと離れて寂しくなったとか? フフ」

 

ベルに対してちょっとした想いを抱いているヘスティアが悪戯っぽく微笑むと

 

彼はウキウキした様子でテンション高めのご様子で

 

「聞いて下さい神様! 僕! 魔王を倒す勇者に選ばれました!!」

「は?……ごめん、今なんて?」

「今から魔王を倒しに! 勇者として僕は旅に出ます!」

「おぉ……そんな事言われるのは流石に神であるボクも予想できなかった……」

 

突然の急な発言にヘスティアは言葉を失いすぐに笑みが消えて困惑の表情に

 

それでもベルは興奮した面持ちで彼女に歩み寄り

 

「という事で神様! ちょっとの間ここを留守にしますけど! 魔王を倒して強くなって戻ってきます!」

「あーうん、そうなんだ……ところでベル君、ボクの方に顔を近づけてくれないかな?」

「え? こうですか? あだッ!」

 

自分に言われた通りに腰をかがめて顔を近づけて来たベルの頬に向かって

 

ヘスティアはジト目でパシンとやや強めなビンタをお見舞いした。

 

「あのねぇベル君、君はボクのファミリアの一員になって、冒険者としてそれなりに苦労しながらレベルアップしたばかりという大切な時期だ」

「はい……」

「そんなタイミングでなに魔王を倒すとか勇者になるとか訳の分からない事を言い出すんだい君は」

「で、でも神様! さっき僕はお告げを貰ったんです! 空から現れた神様に!」

「空から? それって下界に降り立った神って事?」

「いえ、空にパァーッと現れたんです! 凄い頭で顔と耳の大きい神様が!」

「……」

 

凄い頭で顔と耳が大きい神様……ベルから聞いたその些細な特徴だけですぐに誰だかわかった様子で顔をしかめるヘスティア

 

そして彼女は腰をかがめてベルの顔を覗き込むながら

 

「もしかしてその神様というのは……仏とか名乗ってなかったかい?」

「はいそうです、仏様です、勇者を導く凄い御方みたいですよ。あ、もしかして神様のお知り合いでしたか? 友達とか?」

「……ベル君もっかい顔をこっちに近づけて」

「え、また? いったッ!」

 

またもや自分の言う事に従って顔をグイッと近付けて来たベルの頬を

 

今度は本気で引っ張叩くヘスティアであった。

 

この後、ベルは彼女にたっぷり説教されたおかげで、魔王を探しに行くという無謀な旅を断念してくれたのは言うまでもない。

 

 

これはこんな人の良いなんでもすぐに信じてしまうピュアな白髪紅眼の小さな冒険者が

 

女神・ヘスティアだけでなく周りの人達にフォローされつつ時には必死に止められたりしてもなお

 

ズボラでウザくてめんどくさがりで、たまに台詞を噛んだり忘れちゃったりする

 

うっかり屋な天界一のはた迷惑な神様と呼ばれている仏に導かれてしまい

 

 

 

最後には伝説の勇者とその一行と出会って本当に世界を救ってしまうという奇想天外の英雄譚である。

 

 

 

次回、仏、謝罪する

 



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二説 仏、謝罪する

突如オラリオの上空に現れた神様、仏に

 

「魔王を倒しに行くのだー!」とか言われてしまった少年、ベル・クラネルは

 

一時のテンションに身を任せてオラリオを出て、魔王を倒しに行くことを決意。

 

しかしそこへ彼が所属しているファミリアの神様である、ヘスティアが断固阻止して往復ビンタと説教をかました

 

そしてそれから数日後

 

「……ごめん」

「いやいいんですよ、僕もそんな気にしてませんから……」

 

数日前に突如空から現れた仏は、今ベルの目の前で姿を現し、正座したまま申し訳なさそうに謝って来た。

 

何故だか知らないが左目の周りには殴られたようなアザを残して。

 

今日は朝から一緒に住んでいる女神・ヘスティアがバイトに出てしまっている。

 

そこでベルが一人ホームで暇を持て余していた所、テンションの低い仏がお詫びの品持参で突然やって来たのだ。

 

なんでもこの世界に魔王がいるというのは全て出まかせで、それがとある友人にバレると、すぐに呼び出し食らって出会い頭に思いきり殴られたらしい。

 

仏様を殴れるなんて一体どんな方なのか気にはなるが、とにかく仏は、自分の出まかせで迷惑を掛けてしまった事を詫びる為にベルの所へと自ら訪問しに現れたのだ。

 

「あ~……まさかあのクソジジィの孫だったなんてなぁ……」

「はい?」

「いやこっちの話だから気にしないで、あのね、あのねベル君、ガッカリさせちゃった事は本当にごめん、はいコレ、お詫びの品です」

「いえ、だからお気になさらずに……え? なんですかそれ?」

 

ボソボソと小声でなにか呟くと、仏はまたベルに頭を下げながら持って来たお詫びの品を両手で渡す。

 

パッと見だと少々古めの書物という感じだが、受け取ったベルが一体コレはなんなんだろうと首を傾げていると

 

「それ、「デビルマン」、名作だから読んで」

「デビルマン!?」

「あ、ハレンチ学園の方が良かった?」

「ハレンチ!?」

 

神の眷属であるベルにまさかの悪魔が主役の漫画をチョイスするというセンス。

 

漫画というモノを良く知らないベルは怪訝な様子を見せながらも、とりあえず後で試しに読んでみようと床に置いた。

 

「ところで仏様はあの、この世界に魔王がいるというのは嘘だったみたいですけど、勇者様の話は……」

「あ、やっぱベル君的にはそこ気になってた!? んとね! それだけはハッキリ言う! 勇者ヨシヒコがいるって事は本当の事!」

「!」

 

間違いなく勇者は実在すると断言する仏、驚くベルに力強く頷いた。

 

「ヨシヒコとその一行が魔王を倒す為に導く仕事をしているのが! この仏な訳なんです!」

「うわぁ、魔王と戦う勇者様がいるというのは本当だったんですね、それがわかっただけで僕嬉しいです」

「あぁ、そういやベル君って、勇者とか冒険とかに憧れ持ってる系男子だったね」

「はい、祖父から聞いたお話や本の影響で、自分もいつかそんな風になってみたいなぁと夢見てます」

 

 

憧れ持ってる系男子という言葉にはいまいちピンと来ないが、勇者とかそういう英雄には強く憧れている事をベルは主張する。

 

物語として書かれるようなヒーローにいつか自分も……

 

そんな大それた夢を密かに抱いている事を仏に暴露しながら、後頭部を掻きながらベルは苦笑する。

 

「まあでも今の僕じゃそんなの全然無理なんですけどね、魔王を倒すなんてそれこそアイズさんぐらい強くならなきゃいけないのに……」

「いいじゃないの~英雄になりたいとかカッコイイじゃーん、男の子ならそんぐらいデカい夢持ってる方が丁度いいぜ?」

「そうなんですかね……でも僕の場合は本当に実現するには程遠いんですよ……」

 

子供らしい夢だとヘラヘラしながら励ます仏だが、ベルは未だ己の力量がまだまだだと顔をしかめる。

 

「この前レベルアップしてレベル2になれたんですけど……あ、仏様はファミリアとか眷属の関係とか、レベルアップやスキルとかってわかりますか?」

「まあ一応ね、カミさんから聞いた事あるし」

「ええ!? 仏様の奥さんはファミリア結成してるんですか!?」

「んーそうそう、まー大分前に色々あって引退したから、そのファミリアってのはもう残ってないみたいだけどね」

「そうだったんですか……」

 

仏の奥方がかつてこの地でファミリアを築いてたと知ってベルは驚くも

 

「まあその辺は気にしないでいいから話し続けて」とちょっと素っ気ない感じで軽く流して、仏はさっさと話に戻る。

 

「あれ? でもベル君、こっちの世界でレベルアップするのって、結構しんどいって聞いたんだけど?」

「はい何度も経験を踏み続けてやっとレベルを上げることが出来るんです、僕も何度も死ぬ思いをしてやっと……」

「おーい! じゃあレベル2になれただけでも凄いじゃんベル君~!」

「でもまだ僕が目標としている人には全然届かないんです、もっと強くならなくなちゃ……」

 

ニヤニヤしながら拍手してくる仏だが、ベルは浮かない表情でポツリと呟く。

 

「僕は一刻も早く、あの人に追いつきたいんです」

「デビルマン?」

「違います!」

「あ、じゃあマジンガーZ?」

「それ人の名前なんですか!?」

 

見当違いな事を真顔で言い出す仏に即座にツッコむと、ベルは指を突き合わせながらちょっと恥ずかしがりつつ

 

「その、実は僕……ちょっと気になってる人がいてですね、異性として……」

「フゥー!! なになに好きな人いんのかよベル君! 急に面白い話になって来たぜフゥー!」

「ちゃ、茶化さないで下さい! でもその気になる人ってのが僕なんかよりもずっと強い高みの存在でして」

 

急にテンション上がり始める仏に赤面しつつも、ベルはずっと前から気になっている一人の少女の事を話し始めた。

 

「その人、僕とは違うファミリアの人なんですけど、あの、ロキって神様は知ってますか?」

「いやまあ、友達」

「えぇー!?」

「めっちゃ仲良いよ俺とアイツ、マジで、うん」

 

ベルはロキという神様自体はあまり知らないが、意外にも仏はその神と仲が良いらしかった。

 

「なに? もしかしてアイツの事好きになっちゃったの? あまりおススメしないよロキは? だって胸が……ほんっとうの平ら胸なんだぜアイツ!」

「違います違います! 神様の方じゃなくて眷属の方です! ロキ・ファミリアの一員です!」

「もう貧乳じゃなくてね、アレはそう、無乳! まさに無乳! 無い乳と書いて無乳!」

「いや胸の事もロキ様の事も良いですから!」

 

嬉々とした表情でロキの事をバカにし始める仏、本当に友人なんだろうか……

 

「そのロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインって人にちょっと前に命を助けられ事があったんです」

「アイズヴァレン……全く覚えられないけどなにその名前超カッコいいんだけど、ウチの所の勇者なんか名前ヨシヒコなのに」

「それでその……その時からすっかりその人の事ばかり考えるようになっちゃって……」

「好きになっちゃんだ! うぇ~い!」

「いた!」

 

そのアイズという人物に恋してしまった経緯を恥ずかしそうに話すベルに、仏はややウザいテンションでまさかの彼の肩に軽くパンチ。

 

「で? どこまでいった? チューした?」

「チュ、チュー!? そそそんなの無理に決まってるじゃないですか! 僕とアイズさんは出会ったばかりだし! レベルも実力も圧倒的に彼女の方が上だし! そもそも所属しているファミリアが違うからそういう関係にはなれないんですよ!」

「ごちゃごちゃ言い訳ばっか並べてんじゃねぇよバカヤロー! その子が好きならガツンと行けガツンと! ガツンとチューしろ!」

「だから今の僕じゃまだダメなんですってば! ていうかチューはいくらなんでも早過ぎです!」

 

自分の膝をパチンと叩きながら強い口調で一喝する仏、しかし彼が言う程この恋は簡単には実らないのだ。

 

ベルの言う通り、想い人である彼女との間にはいくつもの壁があり、成就にはそれら全てを打ち壊す事他ならない。

 

すると仏は「よしわかった!」と叫んでスクッと立ち上がると

 

「今からその子の所行って! ちょっと告って来い!」

「えぇぇぇぇ!? こ、告って来いって何を言ってるんですか! 無理ですよ僕なんかじゃ!」

「ならお前はその子とチューしたくないのかコノヤロー!」

「したいです! 凄くチューしたいです!」

「フ、その言葉が聞きたかった……よっしゃあ! じゃあ行くしかねぇだろうがぃ!」

 

つい仏に乗せられて日頃思っていた事をポロリしてしまうベルに、立ち上がった仏は「早く来い」と誘いながら部屋のドアの方へと歩き出す。

 

「案ずるな冒険者ベルよ! この私が上手くお前を導いてやろう! 勇者を導く仏が! 恋のキューピッドとしてお前をチューまで導いてやろう!」

「えぇ!? ほ、本当ですか仏様!?」

「さあ私について来るのだー!」

 

ぶっちゃけ暇だしなんか面白そうだから、という理由で仏はベルを連れて彼の想い人の所へ向かおうとする。

 

別々のファミリア同士では結婚してはならないとかそういったルールも仏には関係ないのだ。

 

「よーし、とりあえず今日のベル君のノルマは……チューまでやれ、以上」

「ちょ! だからそれはいきなり過ぎますって!」

「なんならもう、告白する前にチューしちゃえ」

「そんな真似したら僕殺されますよ絶対……」

 

無茶振りにも程があるノルマを掲げるのでベルも赤面させながら慌てて首を横に振るが

 

その反応を楽しむかの様にヘラヘラ笑いながらガチャリとドアノブを回して扉を開けた。

 

するとその扉の先に

 

「……」

「……は? なんでいんのお前?」

 

こちらを待ち構えていたかのように両手を腰に当てて立つ、ジト目でこちらを見上げる女神が現れた。

 

ロリ巨乳、ロリ女神、紐、等々言われているヘスティアだ。そしてベルの所属するヘスティア・ファミリアの神様でもある。

 

そんな彼女がただジッと明らかに何か言いたげな様子でこちらを睨みつけているので

 

仏はちょっと驚いた様子を見せるも、すぐに持っていたドアノブを自分の方へ引き戻してパタンと閉め

 

 

背後に立っているベルの方へとそっと振り返り

 

「え、え、え、ちょい待ち、ベル君ちょい待って……キミが所属しているファミリアってもしかして……」

「ああはい、ヘスティア・ファミリアですけど」

「……ヒモ・ファミリア?」

「ヘスティア・ファミリアです」

「おぉ……思いもよらぬ事実に仏困惑」

 

そこで初めてベルがヘスティア・ファミリア所属の冒険者だと知った仏は、軽く苦笑しながら困惑するリアクションを取ると

 

急に真顔になってベルに向かって

 

「よし、改宗しよう」

「なんで!?」

「改宗して、仏・ファミリアに入ろう」

「仏・ファミリア!?」

 

急に何を言い出すんだと慌てるベルをよそに、仏は真顔のまま再びドアノブを回してガチャリと扉を開けて

 

「おい、急に無言でドアを閉めるとか! キミは相変わらず同じ神に対して無礼……!」

「チェンジ!」

「はぁ!?」

 

開けたと同時に待っていたヘスティアが苛立ちを隠さずに抗議しようとするが

 

仏はチェンジ!とだけ叫ぶとすぐにまた閉める。

 

「ベル君、今すぐに改宗しよう、アレはダメ、アレだけは絶対にダメ、水色頭のバカ女神の次にダメ」

「どういう事ですか仏様!? 神様はとても素晴らしい方ですよ!?」

「あのねよく聞いて、素晴らしいとかそう言うんじゃなくてね? ダメなモノはダメなの、あんな奴の所にいたら絶対にロクな事にならない、はいじゃあ仏・ファミリアに入りましょうねー」

 

そう捲し立てて無理矢理ベルを自分がまだ立ち上げてもいないファミリアに改宗させようとしたその時

 

 

 

 

「扉越しでハッキリと話が聞こえてるんだよー!」

「ポピィィィィィ!」

「仏様ァー!」

「ボクのベル君に! 余計な事を吹き込んだのはやっぱりお前だったんだなー!」

 

扉の前にいた仏を扉ごと思いきり蹴りつけながら激怒した様子で現れるヘスティア。

 

彼女の登場にベルは驚き、仏は奇声を上げながら吹っ飛んで倒れてしまう。

 

そして女神ヘスティアはフン!と強く鼻を鳴らしながら倒れた仏を見下ろしながら

 

「まさかお前がこっちに来ていたとはね! ボクだけじゃ飽き足らず眷属のベル君までからかいに来たのか! 今回という今回は絶対に許さないぞ! さあそこに直れ!」

「違うんです神様! 仏様はただボクの事を助けようとしてくれたんです! 僕がアイズさんとチュー出来る為の手助けを!」

「よしキミも座るんだベル君! そしてとりあえずもう一回ビンタだ!」

「ええ!? いだ!」

 

余計な事を口走ってしまったベルに、ヘスティアは強制的に彼を座らせてそこから流れる様に左頬にビンタをかますのであった。

 

 

 

次回 仏、喧嘩する。

 

 



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三説 仏、喧嘩する

前回のあらすじ

 

少年・ベルの下へ仏が直接侘び入れに来た

 

そこへ彼の所属する神であるヘスティアが現れて仏をグーパンで殴った。

 

そしてどれだけ時が流れてもやはりデビルマンは名作だった。

 

「あーもう……よりによってベル君にこんな奴と会わせる事になってしまうなんて……」

「え、なにがいけないんですか神様?」

「全部だ全部! コイツは本当にボク達神々の中でも生粋のロクデナシなんだぞ!」

 

仏がヘスティアに殴られてから数十分後、彼等三人は近くの飲み屋に足を運んでいた。

 

ベルとヘスティアは隣同士、そしてその向かいの席ではまだ仏が痛そうに氷詰めの袋でヘスティアに殴られた目を押さえている。

 

「あーいてて……おいお前、お前コレ本当にアレだぞ、アレだからな、アレにするからマジにアレ覚悟しろよ」

「まさかこの男がこっちに降りてくるなんて……」

「ベル君、さっきから目が痛いよー、君の所の女神に殴られたから目が痛いよー、だからこいつに謝らせて」

「仏様……謝ってください神様」

「ベ、ベル君! なんで仏なんかの肩を持つんだい!?」

 

目を押さえて痛がる仏に同情したのか、すぐにこちらに振り返って謝るよう強要してくるベルに

 

少しショックを受けた様子を見せながらも、ヘスティアはフンと鼻を鳴らして

 

「まあ確かに、出合頭にいきなり殴ったという事に関してはボクも非があると認めよう。だけどね! 君がボクの眷属に余計な事を吹き込んだ件についての謝罪を済ませるのが先ってモンだろ!!」

「は? いや私、ちゃんとその件についてはベル君に謝ったから、ね? 謝ったよね私?」

「あ、はい、それに見た事のない書物もお詫びの印として頂きました」

「読み終わったら感想教えてね、デビルマンの」

「神の眷属になんてモンを貸しているんだ! そこはゲッターロボだろ!」

「気にするとこそこですか神様!? なんですかゲッターロボって!?」

 

よりによって悪魔を題材とした漫画をお詫びとして持ってくるとは……

 

というか仏はまさか、ベルだけに謝ればそれでいいと思っているのだろうか?

 

「というか仏、ベル君に謝ったのは良いとして、そのベル君を預かっているボクに対しての謝罪はまだなのかい?」

「ハッハッハー! なんでお前に私が謝らなきゃいけないんだバカヤロー!」

「あぁ!?」

「うわ! 落ち着いてください神様!」

 

本来ベルの身元を預かる立場にある神に対してもなんからの謝意を表す必要があるのが筋だというのに

 

仏はこちらに対しては悪びれもせずにヘラヘラ笑うだけ

 

元々嫌な奴だと思っていたがここまで性格が悪い男だったとは……

 

ヘスティアは再び殴りたい衝動に駆られ立ち上がろうとするが、そこをベルが慌てて止めに入る。

 

「ここ店の中ですから! 喧嘩したら追い出されちゃいます!」

「む~……そうだね、本題に入る前に怒ってる場合じゃなかった……」

 

ベルにそう言われると渋々席に座りなおすヘスティア、そして急に改まった様子で仏の方へ顔を向け

 

「さて仏、君にはハッキリとこの場で伝えておくべきことがある」

「わかってる皆まで言うな、ベル君を仏・ファミリアに改宗させる事だろ」

「そんな訳ないだろ! 誰が許すかそんな事! ボクが言いたいのは、もうこの世界に来るなって事だよ!」

「えーとカシスオレンジ一つと、枝豆、あと焼き鳥の盛り合わせ、塩ね、塩」

「注文は良いから話を聞け!」

 

こちらの話を全く聞こうとしないどころか店員を呼んで注文までする始末。

 

日頃仲の悪いロキと顔を合わせた時でさえここまで強い苛立ちを持った事がない。

 

「とにかく君がここに来ると色々と面倒なんだ! 現にベル君に魔王を倒せとか訳の分からないこと抜かしたり! ボクのホームに押し入ってベル君に良からぬ事吹き込んだりと! ここに来ただけで君は必ずボクだけじゃなくて他の神々にとっても災厄になるんだよ!!」

「あ、他の神々で思い出したけどタケミカヅチの奴今どこ住んでんの? 久しぶりにちょっとイジり倒しに行きたいんだけど?」

「これ以上タケをイジメるな! 天界にいた時に散々弄んでただろ!」

 

仏は全く自分の言葉に耳を貸さなかった、それ所か更なる被害者を生み出そうとする始末。

そんな相手にヘスティアは深々とため息をついて隣のベルの方へ振り返り

 

「わかったかいベル君、これが仏という他の神々に迷惑を掛ける事も厭わない最低な神様さ、だからもう絶対にこの男と関わらないと誓ってくれ」

「で、でも神様? 仏様は勇者様を導き世界を支配しようとする魔王を倒す手伝いをするのが仕事だと聞きました、それってとても素晴らしい事ですよね?」

「確かにそう聞いた事はあるよ、けどね、果たしてその仕事をこの仏が真面目にやっていると君は本当に思うのかい?」

「そ、それは……」

 

真顔で尋ねてくるヘスティアにベルは口をごもらせる。

 

確かにさっきから焼き鳥をほおばりながら嬉々とした様子でカシスオレンジを飲んでいる仏が、まじめに仕事してる姿は想像できない

 

すると

 

「お前さぁ、さっきからね、仏の事を最低だとか災厄を呼ぶとか、挙句の果てには真面目に仕事しないとか、勝手なこと抜かしてるけどさー」

「紛れもない事実だろ、文句あるのかい?」

 

一気にカシスオレンジを飲み干して、空になったコップをテーブルに置くと

 

仏は急にしかめっ面を浮かべてヘスティアの方へ向き直った。

 

そんな彼に彼女もまた挑戦的にジロリと睨みつける。

 

「ボクが言ってる事に何か間違いがあるなら遠慮なく言ってみるがいいさ」

「いやそもそもさ、お前が言ってる事ってさ、私以外の神にも当てはまる事だよね?」

「う!」

 

言われてみれば確かに仏以外にもいい加減な神はたくさんいる、下手すれば仏以上に災難を振りまく奴だっている。ロキがいい例だ、彼女も今となっては丸くなってはいるが、天界では色々と厄介な事ばかりしでかしていた。

 

「そもそも紐って、今仕事何してるの?」

「バ、バカにするな! じゃが丸くんを売るバイトと、ヘファイストスの店でのバイトと掛け持ちさ!」

「え、なに? じゃが丸くん? なにじゃが丸くんって? すげぇ自信持った表情で言ったけどバイトだろそれ? なに? バイトするのがお前の仕事なの? 神様の仕事、バイトなの?」

「……」

「神様どうしたんですか!? 仏様からのまさかの反撃に怯んでいるんですか!?」

 

天界から降り立った身である神様の中にはヘスティアの様に細々とバイトしている神もいる。

 

果たしてそれが神様が為すべき仕事なのかと真顔で尋ねてくる仏に、彼女は言葉を失いベルが心配そうに見つめる。

 

「い、いいだろ別にバイトぐらい! これもファミリアを支える為に必要な事なんだ! そうだろベル君!」

「はい! じゃが丸くんを売る事が神様の大事なお仕事です! シフトもフルタイムで週六ですもんね!」

「あ、あぁそうだよ……一日のノルマを達成しないとおばちゃんに怒られる大変なお仕事さ……」

 

面と向かってそれが神様の仕事だと眷属であるベルに言われるとちょっと精神的に来る。

 

自ら自爆行為に出てしまったヘスティアは苦笑しながらちょっと泣きそうになっていると

 

仏は店員に「カシスウーロン!」と注文しながら彼女の方へ目を向け

 

「だから私の言いたいことは、いい加減な神様なんて全然珍しくないって事よ、不倫ばかりするクズ神とか姉ちゃんの家の前で脱糞する神とか、週六でじゃが丸くんを売りさばいてる神とか色々いる訳じゃん? なのに私だけここに来ちゃダメって言われるのは、ちょっと納得いかないなー」

「うぅ……」

「はい、という事で紐もわかってくれた事だし」

 

具体的な神を並べながら説明しつつ焼き鳥を食べ終えると、改まった様子で仏はベルの方へ顔を上げ

 

「改宗しよっかベル君」

「えぇー!?」

「なんでそうなるんだよ!」

 

上手く反論できないヘスティアをよそにまたもやベルに改宗をしようと誘う仏。

 

ドサクサに紛れてなにしてんだとそこは断固止めに入った。

 

「ベル君は渡さないぞ! 好き勝手言ってくれたがこれ以上君なんかをボクのベル君に近づかせるものか!」

「え、なんなのお前? そこまで言うって事はもしかしてアレ? 好きなのベル君? ノーライク、イエスラブ的な感じなのお前?」

「!?」

 

単刀直入にぶっちゃけた事を聞いてくる仏に、ヘスティアは顔を真っ赤にしてまたもや言葉を失う。

 

すると仏は彼女の反応を見てすぐに察し、「あ~そうか~」とニヤニヤしだして

 

「ベル君ベル君、紐が君の事を好きなんだって~どうする~?」

「おいコラ仏ェェェェェェェ!!!」

「アハハ……多分神様として好きって意味ですよきっと、そうですよね神様?」

「い、いや~……その……」

 

躊躇もなく本人に確認を取り始める仏にヘスティアはキレるも

 

そういう事に関してはてんで鈍いベルはその辺ハッキリとわかってない模様

 

ほっと安心しつつも上手く伝わってないのだと少しモヤモヤした気持ちになる。

 

そして歯切れ悪そうにつぶやきながらなんとか誤魔化そうとするヘスティアを見ながら、仏はフフッと軽く笑いながら

 

「でもまあベル君にはもう好きな人いるからね~、紐、フラれちゃったね~」

「ほ、仏様!?」

「ベル君! 君はあれだけボクが口を酸っぱく言ってもまだ諦めていないのかい! あのヴァレン某の事を!」

 

まるでこの状況で更にヘスティアに火を付けるかのように余計な事を言い出す仏。

 

彼女にとってベルに想い人がいる事が何より面白くない事なのと既に察しているのだ。

 

「考え直すんだベル君! ロキ・ファミリアで剣姫として名を馳せる女が君と釣り合うわけないだろ! 身の丈を知るんだ! そしてもっと身近にいてくれてかつ常に見守ってくれるそんな優しい人がいる事に気付くんだ!」

「そ、そこまでハッキリと無理って言わなくてもいいじゃないですか!」

 

突き飛ばした感じに言いながらも遠回しに自分の方へと誘うヘスティアだが

 

逆効果だったのかムキになった様子でベルは叫び

 

「僕だってこれから頑張って強くなればきっと振り向いてもらうチャンスがあるかもしれないんですよ! チュー出来るチャンスはあるんです!」

「チュ、チューは駄目だ! チューとは一生を添い遂げる事を誓った者にしかしちゃいけないんだ! 軽々しくチューしたいなんて言うな!」

「軽い気持ちで言ってません! 僕は本気です! 本気でアイズさんとチューしたいんです!!」

「そ、そんなハッキリと言うなぁ~!!」

 

力強く想い人とチューしたいのだと全力で叫ぶベルにヘスティアは泣きそうな顔をしながら無理やり黙らせようとする。

 

そんな状況を作り出した張本人の仏は、愉快そうに眺めながら「ヨシヒコみてぇ~」と笑い声を上げると、席から立ち上がり店員を呼んで

 

「んじゃ、お勘定で」

「待った仏! まだボクの話は済んでないぞ! 君のせいでベル君がますますあの女に熱を上げてるじゃないか!」

「そりゃね、私、ベル君の恋路を応援するキューピッドだし」

「はぁ!? ペヤングフェイスの君がキューピッドだってぇ!?」

「誰がペヤングフェイスじゃい! 誰が! 誰が焼きそば顔なんじゃい~!」

 

仏がベルの想いを無事に成就する事を願っていると聞いては、ヘスティアも黙っていられない。

 

そんなことはさせないぞと立ち上がる彼女だが、既に仏はお勘定を済ましてそそくさと退散。

 

「じゃあ私、一人で飲み直してきまーす、ベル君、この辺に美味い飯が食える所ってどこ?」

「えーと、豊饒の女主人ですかね?」

「サンクス、じゃ行ってきまーす」

「おいコラ待て! 逃げるな仏!」

 

ベルに良い店を紹介してもらった後ヘラヘラしながら仏は行ってしまった。

 

残されたヘスティアはすぐに彼を追おうとするが

 

「ぐぬぬ! やっぱりアイツは迷惑を振りまく存在だ! 一刻も早くここから追い出さないと!」

「待ってください神様! 僕の本気を認めて下さい! そして願わくば神様にも仏様の様に応援してほしいんです! 僕とアイズさんの結婚……へぐッ!」

「いい加減君は正気に戻れ!」

 

身を挺して通せんぼしてきたベルのまさかの発言にヘスティアは鉄拳で制裁。

 

それからしばらく、店の者から追い出されるまで二人でギャーギャーと揉め続けるのであった。

 

そしてまんまと逃げおおせた仏はというと

 

ベルの紹介で行ってみたお店で酔っ払いながら勇者達にお告げをしている真っ最中で

 

そこで働く店員に店内での通話は禁止されていると言われながらも無視してやり続け

 

挙句の果てにその店員に失礼な事を言いながら喧嘩を売る行為に走り出し

 

あっという間にボコボコにされてしまったみたいだ。

 

 

 

 

次回、仏、入院する

 

 

 

 



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仏2号
四説 仏、入院する 


「仏の奴、入院してるんだってさ」

 

ある日の朝、ヘスティアから唐突にかされてベルは我が耳を疑った。

 

先日、ベルが仏に「豊饒の女主人」という店を紹介した所、そこで酔っぱらった状態で店員に喧嘩を売ってしまい

 

見事なまでにボコボコにされて病院に搬送されたらしい。

 

あそこの店は料金はやや高めだが出してる食べ物も酒も美味いし、何より店員も可愛い

 

しかし店内で揉め事を起こすと瞬く間にシメられるというちょっと怖い場所でもある。

 

その辺の事をあの時もっと詳しく仏に教えておけば……そんな事を思いながら人間が出来ているベルは多少の罪悪感を覚え

 

ヘスティアの猛烈な反対も聞かずに謝罪がてら彼の見舞いに行く事にした。

 

 

 

 

 

「ここが仏様が入院してる病院かー」

「ベル様、本当に大丈夫なんですか?」

 

ベルは早速、仏の入院する病院に足を運んでいた。

 

そしてそんな彼を後ろから心配そうにフードの奥から見つめる小柄な少女が一人

 

リリルカ・アーデ、通称リリ

 

ベルのサポーターを務める小人族(パルゥム)の少女であり、レベルは1。所属はソーマ・ファミリア

 

戦闘力は高くないがダンジョンに潜るベルを影ながらサポートに徹し、時には状況を見極めて適切な指示をベルにするなど、将来的には参謀役として更なる活躍が期待される器を秘めている。

 

かつては色々と悪事に身を染めてベルにも良からぬ事を働いた彼女ではあるが、彼の凄まじく大きな器に感銘を受けて改心を遂げて、所属ファミリアは違うものの、正式に彼の専属サポーターになったのだ。

 

「出掛ける前に散々ヘスティア様に止められてたじゃないですか? リリはその仏様という御方にお会いした事ありませんが、本当にベル様が近づいても問題ない方なんですか?」

「うん大丈夫、神様は仲が悪いみたいだけど、仏様は凄く良い方だよ、ちょっとめんどくさい所あるけれど……」

「本当ですかぁ? ベル様は少しお人好しな所があるのでリリは心配です」

 

こうしてリリがベルと共に仏の入院に来ているのはちょっとした訳がある。

 

ヘスティアから直接指令を受けているのだ「あの男がベル君にまた余計な事言い出したらお目付け役の君が止めてくれ」と

 

「あそこまでヘスティア様が警戒してるって事は……かなり気を付けた方が良い相手だと思うのですが?」

「仏様は本当に頼もしい方なんだよ、この前なんか僕の恋を成就させる為にキューピッドになってあげるとか仰ってくれたし」

「今すぐに縁を切りましょう」

「なんで!?」

 

ベルの話を聞いて疑惑から確信に代わり、やはり面倒事を起こしかねない存在だとリリは瞬時に理解した。

 

前からリリはベルに多大な恩と共にちょっとした想いを抱いている。

 

なのにその仏とかいう神は、ベルの片思いを叶えてあげるとか余計な事を言ったみたいだ。これは見過ごせない……

 

「見舞いなんて行かずにこのまま予定通り今日もダンジョン探索で良いじゃないですか、なんなら街でリリと一緒に食事でもしましょう、そうしましょう」

「ダ、ダメだよ! そもそも仏様が入院してしまったのは僕の責任なんだ! ちゃんと直接会ってお詫びしないと! あ、この部屋だよ!」

 

瞬く間に仏アンチの勢力に加わったリリをなんとかなだめながら、ベルは仏のいる病室を見つけて歩み寄って行く。

 

すると目の前で病室がガララと開き

 

「それじゃあ仏先輩、しばらくちゃんと療養して下さいね。仏先輩の仕事は私が代行する形になりますので」

 

部屋から出てきたのは綺麗な顔立ちの銀髪の女性であった。不自然な形で胸が盛り上がっているのが気になるが、それ以外はいかにも清楚という言葉を体現した人物だ。

 

そしてベルとリリとすれ違い様に微笑みながら会釈すると、彼女はそそくさと行ってしまった。

 

「なんだろう今の凄い美人な人、仏様の知り合いかな?」

「……あの女、偽乳ですね、リリの目は誤魔化せません」

「ええ!?」

「間違いなく盛ってます、それもかなり過剰に」

 

日々周りを欺く生活を送っていたリリは、他人の隠し事に対しても鋭く見極める事が出来る。

 

だからこそ先程の女性の胸が不自然な形であった理由もピンと来たのだ。

 

「ベル様、己の見た目を誤魔化そうとするああいう女に騙されてはいけません。ありのままの自分を堂々と曝け出す人を信じるべきです」

「ハハ……それ、リリが言うの?」

 

長けた変装能力で周りを誤魔化し続けた彼女が言うと自虐に聞こえる様な……

 

頬を引きつらせながら苦笑すると、ベルは仏のいる病室へと入って行った。

 

「失礼しまーす、ってああ! 仏様!」

 

中へと入ると早々、ベルはすぐにギョッとした表情で声を上げた。

 

こじんまりとした殺風景な部屋で、ポツンと置かれたベッドの上で

 

「やぁ……よく来たねベル君……」

「まるでお手本みたいな凄い重体だ!」

 

体の至る所を包帯に巻き、両足を吊るされた痛々しい姿をした仏が苦しそうな声を上げて弱々しく笑みを浮かべた。

 

「僕が思ってた以上にボコボコにされてますね! 大丈夫なんですか!?」

「いやもう多分……私死ぬ」

「死ぬんですか!?」

「ほんっと容赦なかったからね、あそこの店のむっつり店員……」

「むっつり店員!?」

 

むっつり店員とは一体……いや物凄く心当たりある人物が一人浮かぶが今は黙っておこう

 

「あの、とりあえず仏様がこうなったのも僕の責任です、本当にすみませんでした、店を紹介したのは僕なのに詳しく教えて上げられなくて」

 

「どんだけよい子なんだ君は、もう仏の中で君の株が上がる一方だよ……あの、ベル君は気にしなくていいから、悪いのは全部……あのむっつり貧乳ド腐れ店員です」

 

「そこまで言わないで上げて下さい!」

 

わざわざ見舞いがてらに自分の非礼を詫びに来たというベルに、仏は心底彼の事を高く評価しつつ、一方で自分をボコボコにした張本人にさり気なく悪態をつく。

 

しかしそこで、ベルの後ろから病室にひょこっと入って来たリリがそんな仏にジト目を向けて

 

「それは違うんじゃないでしょうか?」

「ん? 誰そこのちっこい、ちっこいミニマムレディー?」

「お初にお目にかかります、ベル様の専属サポーターをやっているリリルカ・アーデです、以後お見知りおきを」

「ああそう、はいよろしく」

 

不自然なくらいご丁寧に挨拶してくるリリに、仏は怪しむ様に見つめながら頷くと、リリはすぐに顔を上げて見つめ返し

 

「それとさっきのお話の続きですが、リリはここに来るまで仏様が入院した経緯をベル様から聞きました。その話を聞いた限り、確かにやり過ぎかと思いますが、元はと言えばお店に迷惑を掛けた仏様自身が悪いんじゃないですか? そこん所キチンとわかっておいでですか?」

「なんかお前、すげぇ裏切りそう」

「はい!?」

 

ここはハッキリと言っておくべきだと相手が神であろうと堂々と意見を主張するリリ

 

だが仏はそんな話に全く耳も貸さずに、リリに向かって目を細めながらいきなり失礼な事を言い出す。

 

「ベル君、コイツにはちょっと気を付けた方が良いよ、その腰にぶら下げてるナイフとか狙ってるぜきっと」

「あ、大丈夫です仏様、このナイフもう以前にリリに盗まれた事あるんで」

「いや大丈夫じゃねぇだろそれ、なに? 一度盗んで来た奴を仲間にしてるのベル君? やだそれ、ちょっと仏心配なんですけど……」

 

一応神様の類な訳で、妙な所が鋭かったりする仏。リリの過去の過ちまで見抜いてる様子で、ベルに対して心配そうに呟いた後、再び胡散臭いモノを見る様な目をリリに向けて来た。

 

「やっぱあの紐にベル君を任せる訳にはいけないなぁコレ……やっぱ仏・ファミリアだわ」

「リ、リリはもう反省しています! ベル様にはもう絶対に愚かな真似はしません!」

「いやなんかもう、ぶっちゃけ始めてこの部屋にお前が入って来た時、頭の中に「明智光秀!」って言葉が浮かんだんだよね私」

「誰ですかそれ!?」

 

疑問に思いながらリリはツッコミを入れると、仏と顔を合わせてまだ数分しか経ってないのにどっと疲れた気分に。

 

「ベル様、やはりヘスティア様のご忠告通りこの神様相当ふざけ過ぎてリリ苦手です……」

「会ったばかりなのにもう!?」

「あ~私の無自覚に迸る威光が凄すぎて、一般ピーポーの嬢ちゃんにはちょっと刺激が強過ぎたかなー?」

「威光!? そんなの放てるんですか仏様! 凄い! けどリリが弱ってるからちょっと威光を抑えて下さい!」

 

包帯に巻かれた方の手で頭を掻く仕草をしながら、してやったりの表情を浮かべる仏。

 

そんな彼にベルが純粋に称賛を上げるも、そこは冷静にリリが口を挟む。

 

「もういいでしょうベル様、用は済ませましたしとっとと帰りましょう……」

「はぁ! ベル君……今、仏、超死にそう……」

「うわぁ! しっかりして下さい仏様!」

「さっきまで凄い元気にふざけてたじゃないですか!」

 

帰ろうとリリがベルに促した途端、ベッドで横にまま急に苦しみだす仏。当然ベルはすぐに駆け寄る。

 

「しっかりして下さい仏様!」

「うう……あの窓から見える木の枝にある、最後の葉っぱが落ちた時私は……」

 

そう呻きながらチラリと窓から見える一本の木に視線を向ける仏

 

見事な位手入れが届いている、緑の葉っぱに覆われた木だった。

 

「葉っぱ沢山あるじゃないですか! 全然余裕じゃないですか!」

「うう……あのチビのツッコミがうるさくて死ぬ……」

「リリ! 仏様の体に障るツッコミは止めるんだ!」

「どんなツッコミですかそれ……ベル様までふざけないで下さい……」

 

仏だけでなくベルにまでボケに回れたらツッコミが追い付かない。

 

こんな空間から一刻も早く脱出したくてたまらないリリは、渋々といった感じで

 

「それで? なにかリリ達にして欲しい事でもあるんですか? 出て行こうとした時にいきなり下手な演技したのもそれが理由なんですよね?」

「え、うっそ! お前どうしてそこまでわかんの!? 凄くない!?」

「やったー仏様が復活した!」

 

リリの洞察眼は瞬時に相手が偽乳だと見抜く程鋭い。相手が仏であろうとなに企んでるのかぐらいお見通しだ。

 

未だ騙されたままベルをよそに、仏は素直にそんな彼女を「お前ヤバいな」と高く評価しつつ、ベッドの横にあった棚から一枚の封筒を取り出す。

 

「あの、実はこれ、私をボコボコにした店員さんに渡してくれない?」

「なんですかこの手紙? 恨み事でも沢山書かれた不幸の手紙かなんかですか?」

「おい! この仏がそんな器の小さな仕返しをする様に見えるのかコノヤロー!」

「バッチリ見えますが?」

 

店員に渡して欲しいと手紙を無理矢理押し付けようとして来る仏に、リリはそっと一歩後ずさりして受け取ろうとしない。

 

「悪いですけどリリ達は冒険者です、そういう運び屋みたいな仕事は別の人に頼んでください」

「あのね、違うのよ、ここに書いてある手紙の内容を疑ってるみたいだけど、実は謝罪文なのよコレ」

「謝罪文?」

「確かにこうしてボコボコにされたけども、全ては私のせい! 全ては私の責任! もう全面的に私が悪いんであなたは気にしないで下さいって書いてあるの!」

 

見た目は重体に見えて結構ハキハキと喋るし、わざと過剰に包帯グルグル巻きにしてるだけで、本当は大して怪我してないんじゃないかと新たな疑いが芽生え始めたリリに対し、仏の次の手は自分をシメてきた店員への謝罪の意。

 

だがリリはそれでもなお仏に向かって目を細めて首を傾げ

 

「本当ですか? なら一度中身を確認して読んでも構いませんよね?」

「……」

「……目逸らしましたね、今確実にわかりやすいぐらい目を逸らしましたよね?」

「ピュー……ヒューヒュー」

「下手くそな口笛で誤魔化さないで下さい」

 

中身を確認させて欲しいと言って来たリリに対し、仏はあからさまに誤魔化すと

 

「それでは冒険者・ベルよ! 仏の謝罪を込めた手紙をすぐに店に持って行くのだ!」

「わかりました! 仏様の謝罪の意! 全速力で送り届けます!」

「あ、ズルい! 私だと無理だと悟ってベル様に!」

 

リリではなく隣に立っているベルへ手紙を渡して店に届けようと仕向けた仏。

 

ベルは迷いなくその手紙を受け取ると、一目散に駆けだして病室を後に行ってしまう。

 

「ベル様ー! その手紙には嫌な気配がします! 渡しに行ったらきっとベル様にもめんどくさい事が! って速ッ!」

 

慌ててリリも彼の後を追うがもう後ろ姿さえ確認できない

 

ここはもうベルの目的地であろう豊饒の女主人に出向くしかない。

 

「あーもう!」

 

そしてリリもまた、「ベル君超速ぇー!」と驚いている仏を残して急いで病室を後にするのであった。

 

次回、仏、復讐する

 

 



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五説 仏、復讐する

入院中の仏から謝罪の意を示した手紙を受け取ったベルは、リリと共に、彼をボコボコにした店員がいる飲み屋、豊饒の女主人へとやってきた。

 

「ベル様、今からでも遅くないです、その手紙を今すぐ燃やしてなかった事にしましょう」

「ここまで来て引き下がる事なんて出来ないよ、ていうか燃やすって……」

「リリの女の勘がさっきから訴えてるんです、その手紙が元で面倒なトラブルに巻き込まれると」

「ハハハ、大袈裟だなー」

 

店に来るまでずっと「燃やして下さい」と後ろからブツブツ呟いているリリ。

 

しかし彼女の警告に耳も貸さずに、あの勇者を導く仏様が、自分に指令を下さったと内心ちょっと喜んでるベルは意気揚々と店の中へと入って行った。

 

「失礼します!」

「クラネルさん? 今日は随分と早くやって来ましたね」

 

店に入って早々現れたのはこの店で働く店員のリュー・リオンだった

 

『豊饒の女主人』で住み込みで働く薄緑の髪のエルフの女性であり訳アリの元冒険者

 

謹厳で実直な性格であり、口調も厳しめだが、気を許した相手には若干柔らかい態度になる

 

つまり気を許さない相手にはとことん厳しい、必要とあらば躊躇なく手を出す程容赦ない。

 

「すみません、シルはまだ厨房でクラネルさんのお弁当を作っている所なんです、呼んできましょうか」

「あ、いえ、今日はちょっとリューさんに用事があってですね」

「私に?」

 

彼女の同僚であるシル・フローヴァはベルに気があるのだろうと思っていたリューは、すぐに気を回して厨房にいる彼女を呼ぼうとするが、それをベルがすぐに止めて歩み寄る。

 

「あの、先日、仏様という神様がこの店にやって来たと思うんですけど……」

「ええ、来ました、シメました」

「あ、やっぱりリューさんがシメたんですね……」

「シメました、店内で無作法をやり続け挙句の果てに私に喧嘩をお売りになったので、遠慮なく買ってシメました」

 

表情一つ変えずに淡々とした口調で先日起こった出来事を短絡的にまとめて話すリューに、ベルは若干強張った顔付きで

 

「相手が一応、神様だというのは知ってました?」

「知ってましたがなにか問題でも?」

「いえ……」

 

相手がお客様だろうが神様だろうが、この店で度を越えた騒ぎを起こすのは当然ご法度。

 

だからこそ躊躇なく仏をボコボコにしたと自ら白状するリューに、女性である彼女がちょっと漢らしいと思ってしまうベルであった。

 

「それで先程仏様が入院している病院へ行ってきたんですけど……」

「生きてたんですか?」

「生きてますよ! 包帯グルグル巻きの状態で! それでその仏様にリューさんへお手紙を預かったんです!」

「その手紙燃やして頂いて結構ですよ」

「なんでリリといいリューさんといいこの手紙を頑なに燃やしたがるんだろう……」

 

手紙一つでさえ拒絶されてしまう仏にベルはちょっと可哀想だと思いつつ、懐から彼からの手紙をササッとリューに差し出す。

 

「いいから受け取ってください! 仏様が言ってました! 店で騒いだ事は反省してる! 謝罪の意味が込められたこの手紙をどうか彼女に渡して欲しいって!」

 

「なるほど……胡散臭いですが一応受け取っておきます、クラネルさんがわざわざ届けてくれたんですし」

 

「ありがとうございます!」

 

人の良いベルだからきっと断れずにここまで持って来てくれたんだなと解釈すると、リューは素直にその手紙を受け取ってあげた。

 

ようやく仏からの指令を全う出来たとベルがホッと一安心したのも束の間、彼の下へリリが恐る恐る近寄って

 

「大丈夫なんですか、彼女に手紙を渡してしまって」

「大丈夫、リューさんは確かに厳しい所があるかもしれないけど根は本当に優しくて良い人なんだよ」

「リリはその優しくて良い人に一度腕折られかけたんですけど?」

 

かつてリリがベルをターゲットにして彼の持つ武器を盗んだ時に偶然リューと出くわしてしまい、尋問という名の拷問を受けた事を思い出しブルッと震えるリリ。自業自得なのだがあの時ばかりは命の危機を覚えた。

 

そんな彼女をよそに、リューは早速封筒から仏直筆の手紙を取り出して黙々と読み始める。

 

そして読み始めてすぐに

 

「クラネルさん、この手紙、全く謝罪の意を込められた反省文とはとても思えない」

「ええ!?」

「冒頭からいきなり私に対しての罵詈雑言から始まり、中間からは私を侮辱する歌がラップ調で書かれています」

「ラップ調!? どんなラップですか!?」

「それと物凄く字が汚くて凄く読み辛いので、それが更に神経を逆なでます」

 

どうやら仏は全く反省する気無しだった様だ、仕返しと言わんばかりに恨み連ねた文章と歌を送る事で少しでもスカッとしたかったんだろうか

 

あんなにも弱々しい状態だったからてっきり本気で反省していると思ってたのに……してやられと、ベルは頬を引きつらせていると、一応最後まで読み終えてくれたリューが静かに彼の方へ顔を上げ

 

「それと最後の文章に、「我が仏・ファミリアのエースのベル君が! お前にギャフン!言わせる為に! 私の代わりに戦ってくれるから覚悟するがいいわこのむっつり貧乳娘!!」って書かれてましたけど?」

「へ!? どういう事ですかそれ!? ていうか僕、仏ファミリアに改宗した覚えないんですけど!?」

「私と戦いたいんですか? 私にギャフンと言わせたいんですか?」

「なんで! なんでこっちににじり寄って来るんですかリューさん! やる気なんですか僕と!?」

 

どうやら仏がベルに直接リューに手紙を渡してくれと言ったのは策略だったらしい。

 

しかしいくらなんでも彼女とこんな所で戦えるわけないと、こちらへ歩み寄りながら今にも仕掛けて来そうなリューに対してベルが必死に首を横に振って否定しようとするも……

 

 

 

 

 

「行けー我が仏ファミリアの絶対エース! 私を酷い目に遭わせたそのムッツリウーマンをしばき倒すのだ!」

「ってええー!?」

 

店の入り口から車椅子の状態で、入院中である筈の仏が復活して舞い戻って来たのだ。

 

「なんで仏様がここにいるんですか!?」

「後輩のエリスを呼んで! ここまで車椅子で運んでもらったのだー!」

「なんでそんな元気そうなんですか!?」

「仏パワーでちょっと回復したのだー!」

「す、凄い!」

「ベル様そこ感心するとこじゃありません、呆れる所です」

 

両足と首はまだ包帯グルグル巻きだが、そんな状態でも相変わらず偉そうに叫ぶ仏にベルは感動しリリはしかめっ面

 

そしてまたもやノコノコと店へと戻って来た仏にリューは早速振り返り

 

「あんな手紙を書いた上で本人までやって来るとは……しかし、一度落とし前を付けた相手を痛めつける趣味はありません。大人しくこの場から去りなさい」

「おいおいお~い! ここまで! ここまで私をボコボコにしておいてよく言うぜ鉄仮面! そしてお前の胸は鉄壁! オーイエィ!」

 

手紙に書かれていた自分が作曲した歌の一部を叫びながら挑発的な態度を取る仏、そしてすぐにベルの方へ視線を送り

 

「よし行け、超行け、超倒せ」

「や、やっぱり僕が行くんですか!?」

「うん、そりゃだって、君しかいないじゃん?」

 

かなり雑に指示を飛ばしながらベルをリューと戦わせようとする仏。

 

しかしこればっかりはベルも頬を掻きながら申し訳なさそうに

 

「いや流石に今回は仏様の言う事は聞けないですよ、だって相手がリューさんですし……」

「うんわかってる、紳士な心構えを持つ優しいベル君の心境はちゃんと仏わかってます、だがこれは、私が与えるベル君の為の試練なのです」

「試練?」

 

リューがジッと見てる中でこえを潜めて耳打ちを始めるベルと仏、リリもまた仏が彼に余計な事を言い出さないか怪しむ様に見つめている

 

「君が好きな人はさ、君よりずっとずっとず~っと強い訳じゃん?」

「はい、アイズさんは僕なんかよりも遥かに強いです」

「でもいずれは追いつきたいとは思ってるんだよね?」

「勿論です、いつか追いつきたいです」

「よっしゃ! だったらここで、予行練習としてあの女を倒して来い!」

「えー!?」

 

無茶苦茶な試練の理由は更に無茶苦茶だった、ベルが困惑する中、いよいよ黙っていられないとリリがすぐに二人の下へ

 

「な、なにをベル様に言っているんですかあなたは! どうしてベル様が彼女とそんな理由で戦わなきゃならないんですか!」

 

「では娘よ、お前に一つ尋ねよう、この少年は今彼女に戦いを挑んで勝てるかどうか」

 

「へ? ん~まあ……相手の戦闘力は把握できてませんが、日々この店にやってくる荒くれ者を相手にしているだけあって相当強いのは確かです、レベル2になったばかりのベル様でも……骨も残らないかもしれません、本気で挑んだら間違いなく死にます」

 

「酷い!」

 

顎に手を当て現実的な意見を出すリリにベルがショックを受けていると、仏は厳しい顔を浮かべて腕を組む。

 

「そう、あの妖怪ムッツリーニは挑んだら絶対に勝てない強敵、でもだからこそベル君は、一度彼女に挑むべき、何故なら絶対的な格上に挑む事を経験し続ける事こそが、己をより成長させ強くなる為の近道とも言えるのだから!」

 

「いやまあ……冒険者の端くれであったリリもその根性論はよく知っていますけど、それって相手がモンスターだった時の場合ですよね? 飲み屋の店員は倒しても経験値貰えませんよ?」

 

「だから経験値はいらないの、自分より強い者と戦うという意気込みを、私はベル君に教えたいの!」

 

「それで本音は?」

 

仏の力説を唱えるのを遮って不意にリリがボソリと尋ねると、つい流れで仏は一層力強い口調で

 

「私をこんな目に遭わせたいけすかないあの女店員を! どうか私の為に倒して下さい!」

「ほらー! やっぱり自分の目的の為にベル様を利用してるだけじゃないですかー!」

「あ、いっけね! 乗せられちゃった! てへぺろ~!」

「全然可愛くないしムカつくんで止めて下さいその舌出すの!」

 

 

してやられたと舌をチョロッと出して頭をコツンと叩く仏、全く可愛くない。

 

「聞きましたかベル様! もうこんなバカバカしい茶番に付き合うのはよしましょう! とっととこの場から立ち去ってリリとデートしましょう!」

「いや待ってリリ……確かに仏様が言う事も正しいと思うんだ」

「はい!?」

 

どさくさに紛れてちゃっかり自分とのデートを持ち掛けるリリだが、彼女に腕をグイグイ引っ張られながらベルは目を鋭く光らせる。

 

「もっと強くなるには強敵と剣を交える……アイズさんに数日だけ鍛錬を指導してもらった事あったけど、あれのおかげで確かに強くなったかもと自覚できた、そしてそのあの後すぐにダンジョンでミノタウルスと戦い、運よく勝つことが出来て……その結果、レベル2になれた……」

 

己の経験を踏まえながら一人でうんうんと頷くベルを、仏とリリが

 

「ねぇ、なにブツブツ言ってんの彼?」

「まあ……たまに自分一人の世界に閉じこもるクセがあるんですよベル様……」

 

と困り顔で見守っているとベルは意を決したかのようにリューの方へ顔を上げ

 

「格上の相手と戦う事が強くなる為の近道! 決めましたリューさん! 僕はもっと強くなりたいんです!」

「そうですか、その心意気はシルも不安に思いますがきっとわかってくれるでしょう、じゃあこちらから」

「え、ちょ! なんの躊躇いもなく……うぶへ!」

「ベル様ーーー!」

「うわ痛そう! ラリアットモロに入った!」

 

ベルの誘いを即座に受けると、相手の準備も確認せずにリューは容赦なく彼の首に腕をめり込ませて地面に叩き落とす。

 

実を言うと彼女は今、店の準備の真っ最中である、だからぶっちゃけこんな面倒事さっさと終わらせたくて仕方ないのだ。

 

「クラネルさん、肝に銘じて欲しい、格上と戦うという事はより命を失う可能性も高まるという事、焦って強くなろうとして無謀な真似をするのは冒険者としては愚の骨頂だ」

「は、はい、すみません……」

「ではもっと念入りに覚えてもらいたいので、更にお灸を据えさせてもらいます」

「へ!?」

 

元冒険者としての適切なアドバイスを優しく送るリューに、ベルが鼻を押さえて倒れたまま返事すると彼女は更に本気を出す。

 

かつて『疾風』と呼ばれていたその強さを片鱗を見せつけ、ベルに焦らず徐々に強くなろうという意味を込めながら

 

 

 

 

「あぁぁーーーー!!!」

「ベル様ーーー!!!」

「うわ凄い、ベル君ぐるんぐるん回ってる」

 

店内で仏が呑気に呟いてる中、リリの悲鳴とベルの叫びが響き渡る。

 

そして当然、他の店の者がその声を聞いて慌てて駆けつけるのも、さほど時間はかからなかった

 

 

次回、仏、逃走する

 

 

 

 

 

 

 

 



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六説 仏、逃走する

シル・フローヴァは、オラリオでも人気の酒場「豊饒の女主人」で働く店員だ。

 

ベルに対して好意を抱いている節があり、同僚のリューもそれを知ってか、度々彼女に気を回したりする事がある。

 

そんなリューの事をシルはただの同じ職場で働く同僚としてではなく、心優しき友人だと心から思っている。

 

そして今、シルの目の前では

 

「な、何が起きてるの!?」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「ファイト! ファイトですベル様!」

「お~凄い凄い、グルグルだよベル君、頑張れ~」

 

想い人であるベルの叫び声が聞こえたので慌てて厨房から駆けつけて来た彼女であったが

 

そこでは友人のリューが無表情でベルの両足を掴み

 

店内で豪快にジャイアントスイングをしている真っ最中であった。

 

それを離れた場所で観戦し声援を送っているのはベルの専属サポーターであるリリと

 

前に一度だけ店内で見かけた事がある仏の姿があった。

 

「ちょっと皆さん! コレは一体どういう事ですか!?」

 

このまま騒がれては直に店主がスッ飛んでくる、そうなったらもう色々と一巻の終わりだ。

 

騒動を終わらせる為にシルは身を挺してベルをぶん回しているリューの方へ駆け寄る。

 

「あなたまで何やってるの!」

「シル、実はこれには訳がありまして」

「ふぎゃふッ!」

「ベルさん!」

 

回してる途中でシルに言い寄られたリューは、反射的に回るのを止めてポイッとベルの両足を離してしまった。

 

そのまま遠心力で吹っ飛び壁に頭から直撃してズルズルと床に崩れ落ちるベルに、シルは慌てて駆け寄る。

 

「しっかりして下さい、意識はありますか!?」

「ちがう……ちがう俺は悪魔じゃない……明だ、不動明だ……!」

「はい!? 何をおっしゃってるのかわからないんですけど!? 本当に大丈夫なんですか!?」

 

どうやら打ち所が悪かったのか、朦朧とした感じで意味不明な戯言を呟き始めるベル。

 

シルは知らないが、これは以前彼が仏に頂いた漫画の中で出てきた主人公の台詞であり、無意識にその台詞を呟いてしまったみたいだ。

 

「聞こえますかベルさん! 聞こえていたら返事して下さい!」

「おぉ、なにやらヤバめな雰囲気……よし、ここは私の仏ジョークで周りを和ませよう」

 

急いで彼の上体を抱き起してしっかりしろ耳元で叫ぶシル

 

そしてそれを見ていた仏が車いすを動かして彼女の方へ近寄り

 

「あなたは不動明なんて名前じゃありません! ベル・クラネルです!」

「違うよ、人間の心を持つ、デビルマンだよ」

「は?」

「ハッピーバースデー! デビルマン!」

「これ以上ふざけた事言いますと本気で怒りますよ私?」

「はい……すみません」

 

流石におふざけが過ぎたと、若干イラついているシルを前にしょんぼりと頭を下げて素直に謝る仏

 

そしてそれからすぐに「う、う~ん……」とシルに抱き抱えられたベルがゆっくりと目を開ける。

 

「あれ、僕は……」

「良かった、意識が回復したみたいですね……念の為確認しますけどご自分の名前はわかりますか?」

「デビル……ベル・クラネルです」

「……なんか出だしがおかしかった気がしますけどまあ良しとしましょう」

 

一瞬また変な事を言い出そうとしたベルにまだ心配は残るものの、とりあえず無事みたいだとホッと一安心するシル

 

だがそれも束の間、目覚めたばかりのベルは彼女に抱き抱えられている事に気付き、すぐに顔を赤くさせて慌てて起き上がった。

 

「なな! なんでシルさんが僕を抱き……!」

「当然の処置です、覚えてないんですか? リューがあなたを投げ回して思いきり壁にぶつけたんですよ?」

「僕が、リューさんに?」

 

恥ずかしがるベルを前に平然とシルが説明すると、自分を投げ飛ばしたらしいリューがツカツカとこちらに歩み寄って軽く頭を下げた。

 

「申し訳ないクラネルさん、つい力を入れ過ぎて思い切り投げてしまった」

「い、いえいいんです、元々僕がリューさんに勝負を挑んだのが原因ですし……」

「え、ベルさんがリューに勝負?」

 

自分でもやり過ぎたと反省している様子のリューと後頭部をさすりながらポロッと漏らしたベルの言葉に、いち早くシルが反応した。

 

「それってどういう事ですか?」

「い、いや実は……もっと早く強くなる為には、格上の相手との経験を積み重ねるのが大事だと言われたんで、ついリューさんに勝負を……」

「誰にそんな事を聞いたんですか? ヘスティア様な訳ありませんよね?」

「えと……」

 

微笑を浮かべているが、ちょっと怒っている感じが見受けられる彼女にビビッて頬を引きつらせつつ、すぐ近くにいる仏を指差し。

 

「仏様です」

「言ってません」

「ええー!?」

「私は、何も、言ってません」

「酷い!」

 

ハッキリとした口調と真面目な顔を取り繕って平然と嘘をつく仏。

 

それに対してすぐにあんまりだとベルが嘆くと、仏の隣にいたリリがシレッとした表情で

 

「ベル様をそそのかしてそこの店員さんに勝負を挑ませたのは全てこの仏様のせいです、リリは全て見て聞いていましたので間違いありません」

「おいおま! お前ぇー! なんで言うんだよー!」

「本当ですか仏様?」

「あ……」

 

リリに告発されてすぐにヤバいという表情を浮かべる仏に、シルが微笑んだまま静かに歩み寄って行く。

するとリリはまたしても

 

「純粋でお人柄が良いベル様の性格を利用して、自分を病院送りにしたそこの店員に仕返しようとしたんです」

「え、待って! そこまで言う!? この追い込まれている仏を前にしてそこまで言っちゃうの!? ねぇ! リリちゃん!」

「気安くリリをちゃん付けで呼ばないで下さい」

「なるほど、大体わかりました」

「いやん……シルちゃん笑ってるのに、目だけ笑ってないよ……」 

 

トドメと言わんばかりにリリの二度目の告発を受けて更に慌てる仏、そしてそんな彼にシルは更に顔をニコニコ、目はギラギラと輝いていた。

 

「リューは昔からちょっとやり過ぎな所がありました、この後私から彼女にきつく言っておきます、ですがもう一人、この場できちんと言わなきゃいけない相手がもう一人いるみたいですね……」

「やだ怖い、シルちゃん超怖い、仏ピンチ、仏、車椅子だから動けなくてマジピンチ、でもそんな時は……」

 

このままだとシルにきついお叱りを受けてしまうと、そんな事されたら散々馬鹿にしているヘスティアにざまぁみろと笑われてしまう(彼が入院したと聞いた時点で既に彼女は笑っている)

 

それだけは己とプライドとして許されないと、仏は狼狽えつつも突然天井を見上げて

 

「後輩! ヘルプミ~~~~!!!」

「!?」

 

いきなり大声で叫び始めた仏に周りの者はビックリする。

 

急にどうしたんだとシルが眉をひそめていると、店の外からこちらに向かって勢い良く駆け込んで来る足音が

 

店のドアが勢いよくバタン!と開かれる。

 

「ハァハァ……! な、なんですか仏先輩、急にまた呼び出して! 私、今ヨシヒコさん達にお告げをする所だったんですけど!?」 

「あ! 仏様の病室にお見舞いに来てた綺麗な人!」

 

ここまでどういう経緯でやって来たのか知らないが、汗だくの様子で綺麗な銀髪を乱しながら清純そうな女性が息を荒げながら現れた。

 

ベルはすぐに病院で見た彼女だと気付くや否や、仏の方はすぐにバッと彼女の方へ振り返って

 

「カモン! 今すぐ私を連れてこの場から脱出しろ! 早く車椅子を持て!」

「えぇ~……さっきは連れて行けって、無理矢理ここまで運ばせたばかりじゃないですか……」

「バカ野郎! 状況は刻一刻と変わるモンなんだよ! 急ぎ私を連れてこの場から避難しろ!」

「わかりましたよもう……」

 

相変わらず勝手な先輩だと不満を募らせつつ、渋々彼の言う事に従って車椅子の取っ手を掴むと、その女性は勢いよく仏を出口の方へと引っ張って行く。

 

「こういうのはこれっきりにしてくださいよ!」

「フハハハハ! さらばだ諸君! また会おう!」

「あ!」

 

悪役の捨て台詞みたいなのを吐きながら、高らかに笑い声を上げて仏は女性に連れ去られて逃げてしまった。

 

しかし相手は車椅子、追うのは容易い。

 

「シル、私が追ってシメてきましょうか?」

「はぁ、もういいわ……なんだか疲れちゃったし、ベルさんが無事なら私もそれで満足だしね」

「シル、私が追ってシメてきましょうか?」

「……追いかけたいのあなた?」

 

同じ事を二度繰り返すリューに、そんなに先程の仏が嫌いなのかとシルは対応に困ってしまう。

 

そういえばあの仏、前にこの店で酔っ払っていた時、彼女の事をむっつりだの貧乳だの罵倒していた様な……

 

「この街にいる限りまたどうせ会えるわよ、だから今はあの人を追いかけるより店の準備が先、でしょ?」

「……そうですね、今の私達は働いてる身だというのを忘れていました……居所は掴んでますし、いずれ始末しに行くとしましょう」

「シメるから始末に変わってるんだけど……お願いだから神様を殺すなんて真似は止めてよね……」

 

躊躇いも無くヤバい事を口走るリューにシルはジト目で軽く忠告して上げた後、仏が逃げてしまった事に口をポカンと開けて立ちすくんでいるベルの方へと振り返った。

 

「ベルさん、私からもすみませんでした、ウチの店の者がとんだ御無礼を」

「いやいやだから僕の方が悪いんですって! リューさんに勝てたらもっと強くなれるかもと、レベル2になれて調子乗ってしまった僕のせいです!」

「ベル様はなにも悪くありません、その店員さんも勿論悪くありません、悪いのはあの仏様だけです」

「リリ!?」

 

シルにまで謝られたら申し訳ないとアタフタしながら自分に非があったと叫ぶベルであったが

 

そこへリリが口を挟んで、恨めしい目つきで仏が逃げて行ったドアを見つめる。

 

「自分の都合で他人を振り回した挙句、反省する素振りも見せずに逃げ出すなんて全く酷い神様です、ベル様、もうあんなのとは付き合うべきではありません、リリはそれを今確信しました」

「そ、そんな事無いよ! 仏様は確かに変わっているけど優しい神様だよ!」

 

何を根拠に言ってるのだとジッと見つめて来たリリに、察した様子でベルは言葉を付け足す。

 

「この前謝りに来た時なんか凄い面白い書物をくれたんだから!」

 

「面白い書物ですか? それは一体?」

 

「デビルマン! ちょっと残酷だったけど凄く考えさせる物語だったよ!」

 

「デ、デビルマン……? そんな物語、リリは聞いた事ありませんけど……」

 

「なんだか、人間誰しも狂気に目覚めて心が歪めば、醜いモンスターになり得る事があるって痛感したよ……」

 

「はぁ……なんだか複雑そうなお話ですね……リリは難しい話は苦手なので遠慮します」

 

感傷に浸ってる様子で天井を見上げながら完全に作品にのめり込んでいる様子のベル。

 

しかしリリの方はなんだか物騒な名前と内容だなと思うだけで、正直あまり読みたいとは思わない……

 

「なんだか怖そうなお話ですね……ベルさんってそういうの好きなんですか、ちょっと意外かも……」

 

「シルさんも絶対ハマりますよ」

 

「いや私はどちらかというと明るく愉快なお話が好きなんで……」

 

「ジンメンっていうモンスターがいるんですけど、凄い残酷な方法でデビルマンを陥れようとするんです、シルさんも絶対トラウマになると思いますよ、今度貸しましょうか?」

 

「いやベルさん、今私明るく愉快な話が好きって言いましたよね? なんでそんな人に笑顔でトラウマになりますよとか言って更に貸そうとするんですか? 私の事嫌いなんですかベルさん?」

 

読んで欲しいのだろうか物凄くテンション上がった様子で見所を言い始めるベルだが、シルはジト目で彼の提案を全力で拒否するのであった。

 

そしてそれを傍で見ていたリューは「ああ」と短く呟くと静かに頷くと

 

 

 

「私はサイボーグ009派ですね」

「「「サイボーグ009!?」」」

 

なんかまたいきなり変なタイトルの名前が現れて、思わずそのタイトルを叫んでしまう一同。

 

「大切な人から頂いた物なんですが、よろしければ貸しましょうかクラネルさん?」

「なんか面白そうなんで是非!」

「即決ですかベルさん! ていうかリュー、あなたってそういう書物読むのね……」

「シルは読んではいけない、間違いなくトラウマになる」

「……なんでみんなそういうトラウマ抱えるダークな本ばかり読んでるのよ……」

 

想い人と友人の意外な一面を垣間見て、シルはちょっと複雑な気持ちを抱くのであった。

 

「私も頑張って読んでみようかしら……」

「!?」

 

ため息交じりにボソッと呟いたシルの一言をリリは聞き逃さなかった。

 

オラリオ、ここでまさかの漫画ブーム到来か?

 

 

次回、仏、舞浜へ行く。

 

 

 

 



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仏3号
七説 仏、舞浜へ行く


なんだかんだ神なので治りが早かった仏は、全快して無事に退院した。

 

そして早朝、仏は今、退院したばかりの体を癒すという名目で

 

ベル達の暮らすオラリオから、ちょっと離れた場所へ来ていた。

 

正式名称は伏せていただくが、そこは足を踏み入れただけで老若男女誰もが笑顔を浮かべるという

 

 

 

 

 

 

 

神々も仰天させた偉大なる人物が造り上げた理想郷であった。

 

 

 

 

 

 

「夢の国キター!!!」

「うっさいわい! 耳元で叫ぶでない!」

 

朝から行列に並び、やっとこさオープンゲートをくぐって夢の中へと入った仏が関口一番に両手を上げて雄叫びを上げると

 

隣りでうっとおしそうに怒鳴る老人の姿が

 

「あのな! 叫ぶのは良い、ここは夢の国だからそれは全然良い! けどな仏! お前のダミ声を耳元で大音量で聞かされる儂の身にもなってみろ!!」

 

「ごめんごめんごめん、マジちょっと久しぶり過ぎて興奮しちゃった、夢の国なんだからそんな怒らないでよーゼウス君!!」

 

入り口で貰ったパンフレットを早速開いてチェックし始めている相手に、仏は両手を合わせつつもヘラヘラ笑いながら謝った。

 

その者の名はゼウス、全知全能の存在でありオリュンポスの神々の頂点に君臨する男

 

行った功績は数知れず、行った浮気も数知れない、良い意味でも悪い意味でもスケールがデカい絶対神だ。

 

そんなゼウスだが、実は仏とは昔からよく一緒に遊ぶ仲で、更にオラリオで頑張っている少年、ベル・クラネルの祖父でもある。

 

「あー、本当は孫と行きたかったなー、夢の国。なーんでお前なんかと一緒に来る羽目になったんじゃか……」

 

「んもーおたくの孫に色々と迷惑掛けた件についてはさ、ちゃんと謝ったんだからさー、いい加減機嫌直せよもー」

 

「ド阿呆、可愛い孫が行く当てのない旅に行かされそうになったら、全世界のじいちゃんはブチ切れるに決まってるじゃろうが」

 

ちなみに仏がベルと最初会った時にふざけたお告げをして逃げ去った後、彼の顔を最初にぶん殴ったのは他でもない彼である。

 

今回仏が、ゼウスをこの夢の国へ連れて来たのは、その件を含めてのお詫びでもある。

 

まあぶっちゃけ自分自身が楽しみたいだけなのだが

 

「うわやっぱ、超綺麗だわここ……パネェ」

 

まだ来ただけだというのにこの堪え切れないワクワク感にテンション弾ませながら、モザイク加工されたた中をじっくり眺める仏

 

そして一緒に歩きながらもまだパンフレットを読んでいるゼウスに話しかける。

 

「いやでも、夢の国久しぶりに来たなー、一年振りだっけ? ゼウス君はいつ振り?」

「儂、昨日一人で来た」

「はぁ!?」

「わし、週4でここ通ってるから、年パスも持ってるし」

「ウソだろおい! 夢の国に来て早々! 全知全能なるゼウスの衝撃の新事実に驚きを隠せない私!」

 

イベント内容が書かれたパンフレットからやっと顔を上げたゼウスの口から出て来た意外な事実に

 

仏は口をあんぐりと開けてまたもや大きな声で叫んでしまう。

 

「長年の友人が!! 夢の国の年パス取る程の常連だったなんて初めて知ったんだけど!」

 

「いやだってほら、儂ってもうだいぶ昔から十分働いたじゃん? だからもういいだろって感じで、今は老後を楽しむって感じで、よくここに来るのよ、まあ家族を連れていく事もあるけど……基本は一人じゃな」

 

「マジかよお前! 夢の国に一人で来るぐらい大好きだったの!?」

 

「大好きというかもう、愛してるレベル? もうー孫の次に愛してるからわし、お前も1回一人だけでここ来てみ? すぐに年パスを買ってわしみたいになるぞ」

 

「すげぇ……夢の国を語るゼウス君の目が……神々の戦いを繰り広げている時みたいな本気の目をしておられる……」 

 

鋭い目をこちらに向けながら熱く語りだそうとするゼウスに思わず仏は後ずさり。

 

確かにこの国が素晴らしいというのは十分承知だが、あの全知全能の神がここまでハマってしまっていたとは……

 

「ていうか無駄話は置いといて、さっさとバ〇・ライト〇ヤーのアトラクションのファストパス取りに行くぞ」

「ほほーさすが常連、既にどこのファストパスを取るのかお決めになられてるようで」

「その後ちょっと歩いてカリブの〇賊に乗って、その次にジャ〇グルクルー〇じゃ」

「あ、もう段取りまで頭の中で完成されてるんですね」

 

これは絶対に逆らっちゃダメな奴だと悟った仏は、素直に夢の国の玄人であられるゼウスの手順通りに従う事にするのであった。

 

「今日はアレじゃぞ、絶対に各アトラクション30分以上は並ばせんとここで約束しておいてやる」

 

「いやいやいや! それは流石に無理でしょ! だってここ夢の国だぜ!? 1時間待ち、2時間待ちなんて当たり前の所だよ!?」

 

「つべこべ言わずに儂について来い、ここにお前と二人きりで来たのもなんかの縁じゃ、今日はお前にとことん夢の国を堪能させてやる……」

 

「やだ、なんなのゼウス君、なんかすげぇ頼もしく見えるんだけど、カッコいい……女性関係は最悪のクソエロジジィなのに……」

 

立派な白髭に覆われた口元を僅かに動かしてニヤリと笑って見せるゼウスに

 

仏はいつの間にか買っていたチョコレート味のチェロスを口に入れながら、不思議と頼もしいとさえ思えて来たのであった。

 

しかしその瞬間

 

「あぁーーーー!!!! グー〇ィさんじゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

「うわビックリした! いきなりどうしたジジィ!!」

 

急に何かを見つけて慌てて指を差しながら叫び出すゼウス。

 

仏はビックリしつつも彼が指差した方向に目をやると、なんともマヌケな顔をした二足方向の犬がこちらにおどけた様子で手を振っていた。

 

「あ、グー〇ィー! すげぇこんな間近で見たの私初めてだわ!」

「グー〇ィーさぁぁぁぁん!!!」

「おいジジィ!! さっきからどうした!! 年なんだから興奮するな!」

 

夢の国に関しては基本知識は当然持っている仏もすぐに彼の存在に気付くと、ゼウスは老人とは思えない素早い走りで急いで彼の方へとつっ走ってしまう。

 

慌てて仏も追いかけると、追いついた先では既にゼウスはグー〇ィーに深々とお辞儀をしていた。

 

「おはようございますグー〇ィーさん! 朝からお疲れ様です! あの! 前々から好きだったんですけど、『パパはグー〇ィー』を見てからますます好きになりました!! これからも応援してます!!」

 

「なんだよその大御所の俳優の楽屋に入る若手俳優みたいなノリ……なんで全知全能の絶対神がグー〇ィー相手に敬語使ってんだよ」

 

肩に手を置いて何度もうんうんと頷くグー〇ィー、そして彼と手汗をすぐに拭き取って握手を交えながら喜んでいるゼウス。

 

見てるだけで面白い友人の新たな一面を見ながら、仏はちょっと距離を置きながら苦笑いを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

そしてそれから1時間後、ゼウスの案内通りのアトラクションを乗り終えた仏は、先程のゼウスに負けず劣らずの凄い笑顔を浮かべていた。

 

「夢の国、超楽しーー!!」

「あー今回のガイドさんの解説も素晴らしかったわい、おい、ここ夜になったらまた乗りに行くからな、夜になるとジャングルの中がライトアップされてまた別の景色が観れるんじゃ」

「了解であります! ゼウス隊長!」

 

まだ二つ目のアトラクション乗っただけなのにすっかりこの国の虜になってしまった仏、ゼウスの指示にもなんの疑いも無くビシッと敬礼しながら答える。

 

「そんじゃあ次はホーンテッ〇マンショ〇にでも……あ、そうじゃ、歩き途中で聞きたいんじゃけど」

「あれ? さっき降りて来た紫色のターバン被った男とアホそうな水色頭の女ってもしかして……ん? なに?」

 

先程妙に知り合いと似ている二人組が、自分達と同じアトラクションから出て来たのを確認していた仏に

 

急にゼウスの方が改まった様子で話しかけてくる。

 

「ウチの孫は、オラリオでちゃんとやっていけてるのか?」

 

「ああ、ベル君はまあ、おたくが心配しなくてもちゃんと頑張ってるよ、なにせこの私がちゃんと見てあげてるんだから」

 

「いやお前は傍にいなくていい、むしろお前が傍にいるのが余計に心配、てかウチの孫にこれ以上関わらんといてくれ」

 

「おい、三段重ねで酷い事言うんじゃねぇよ! 私がどれだけあの子を導いてあげてるのか知らねぇのかコノヤロー!」

 

自信ありげに言ってのける仏に対して真顔で辛辣に返すゼウス。

 

だが仏は自分はちゃんとベルを導いてあげていると譲らない。

 

「私がベル君を精神的に成長させる為に授けた書物知ってんのか? デビルマンだぞオイ!」

 

「デビルマン!? なんちゅうバイオレンスなモンをウチの孫に読ませてるんじゃ! そこはあばしり一家じゃろうが!」

 

「そっちの方がよっぽどバイオレンスじゃねぇか!! テメーの孫にエッチでグロテスクな漫画読ませる気かよ!!」

 

導くというか単に漫画を渡しただけである仏に、ゼウスはちょっとズレたツッコミをしながら

 

やはりコイツを自分の孫の傍には置かせたくないとため息をこぼす。

 

「ハァ~、やっぱりウチの孫に必要なのは頼れる師匠みたいな存在じゃなぁ、肉体的にも精神的にも鍛えてくれる者があの子の傍にいてくれたらわしも安心して夢の国に通えるんじゃが……」

 

「孫御飯にとってのピッコロさん的な?」

 

「なんでそこでドラゴンボールで例えるかなぁ、間違ってはないけども……」

 

孫が壁にぶつかった時にサッと現れて壁の超え方を指導してくれる者、そんな人物がいないモノかと、ゼウスは嘆きながらまたもやため息。

 

「孫の主神がアレだと聞くし……せめて教えの師匠的な者を傍にいて欲しいわい」

「ああ紐ね、アレはね~、むしろアレがベル君の足を引っ張ってるって私確信してるから」

「やっぱりそうか、アイツ、アホじゃしの」

「アホだからねー」

 

ベルの主神であるヘスティアに対してはなんの期待をしてもいないゼウスと仏。彼女の事を軽く鼻で笑い飛ばすと、二人はまた歩き出す。

 

「人の子が成長するには何かしらのキッカケを必要とする、そのキッカケを掴めばベルは確実に実力を大きく成長させ、かつ多くの女性達を手籠めに出来る程のモテモテになれるんじゃが……」

 

「いや、その言い方だとモテる事がなにより大事みたいに聞こえんだけど?」

 

「当たり前じゃろうが! 男はモテてこそなんぼ! ハーレムを築いてこそ人生! 女人を囲めてウハウハする事こそ醍醐味!! でもヤンデレだけはマジ勘弁!!」

 

「出たー! ゼウス君の超クズ格言! 奥さんに言いつけてやろうかコノヤロー!」

 

孫の成長、そして彼が自分の様にハーレムを築いて幸せな人生を歩む事こそが、ゼウスにとって何より一番望んでいる未来なのだ。

 

しかし言ってる事は男として最低なので、カッコよく言っても全く決まっていない。

 

「わしの孫であれば絶対に出来る筈なんじゃ、なにせわしの孫なんだからな!」

 

「いやまあでも、確かに既に現在形で色んな女の子に囲まれてますからね、彼」

 

「え、もう? うわ、さすがわしの孫、で? 何人とそういう関係になった? 既にわしのひ孫が誕生してたりする?」

 

「気が早ぇよ!! なにひいおじいちゃんになろうとしてんだよ!」

 

オラリオの街に最近よく顔を出す仏は、ベルが何かと女性と縁がある事を知っていた。

 

その話にゼウスはすぐに食いつくと、早速ひ孫の誕生を心待ちにしている様子。

 

「そもそもね、ベル君自信にはまだ一人の女性を攻略する事に集中しているから! ハーレムなんてまだまだ先だから!」

 

「はえ~そうかそうか、まずは一人目を狙ってるんじゃな、念の為に言っておくけど紐じゃないよな?」

 

「それだったら私が全力で止めてあげてるわ」

 

「ですよねー」

 

もし孫が主神の神にでも惚れこんでいたらどうしようかと思っていたが、ヘラヘラ笑いながらその可能性を手を振って否定する仏を見てホッと胸を撫で下ろすゼウス。

 

「一人目を攻略……そうか、最初の攻略が一番コツを掴むチャンスじゃからな……頑張るんじゃぞベル、そしてわしにひ孫を早く見せてくれ……」

 

「だから気が早ぇんだよジジィ」

 

「よし、ならば孫の成長を祈って、今からホーン〇ッドマンショ〇に乗るぞ」

 

「それ孫の成長関係ないだろ! 単にお前が乗りたいだけじゃん!」

 

「その後ファストパスを使ってバ〇・ライトイ〇ーのアトラクションに乗って、そん次にハニー〇ントのファストパスを取るからな」

 

「もはや孫の事なんか全く関係なしに楽しむ気満々じゃねぇか!」

 

ハーレム築いてこそ人生、それが孫であるベルにもしっかり受け継がれている事を確信しながら

 

ゼウスは仏と共に夢の国の観光を再開するのであった。

 

 

次回、ゼウス、息子に会う。

 

 

 

 

 



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八説、ゼウス、息子に会う

オラリオから抜け出し、仕事もさっさと切り上げた仏は、ゼウスと一緒に夢の国を絶賛堪能中であった。

 

「あースプ〇ッシュマウン〇ン! 久しぶりに乗ったけどすげぇヤバかったー!」

 

「はぁ、お前がせがんだから仕方なく乗ったけど……やっぱこのジェットコースターだけはマジビビるわい……」

 

「ハハハハハ! だってお前、滝から落下する時に手すりをガッツリ掴んでたモンな!」

 

「うっせ! 夢の国を愛するわしでも苦手なアトラクションの一つや二つあるもんじゃ!」

 

背後から数名の悲鳴が聞こえてくる中で、仏はすっかり楽しんでる様子で

 

先程の乗ったアトラクションでちょっとお疲れ気味のゼウスと共に再び次のアトラクションへと向かう。

 

「特にシーの落下する奴がもうマジでヤバい、毎回昇る時に「あー乗らなきゃよかったー」って心底後悔する」

 

「それは私もわかる、さっきもコレ乗った時に何度も落下するから、「あ、これ私死ぬわ」って思わず非常用の出口無いか探してた」

 

「でも最後の滝から落ちた後の達成感が半端ない」

 

「そうそう! すんごいテンション上がってもう一回乗りたいって思っちゃうんだよね! だってほら! テンション上がり過ぎてついそこで写真買っちゃったもん!」

 

「あるあるじゃな」

 

嬉しそうに顔をほころばせながら、落下した時の写真を見せて来た仏にゼウスは満足げにうんうんと頷く。

 

夢の国をガイドしている者として、相手が楽しんでいるのを見ると、こちらとしても満足感があるのだ。

 

「ん? てかその写真でわし等の席の前にいる水色頭の娘はもしや……」

 

ふと写真に見知った顔がいるのを確認してゼウスが目を細めると、仏は若干顔をしかめて

 

「どういう訳かコイツも来てたんだよ……しかもウチの勇者連れて……コイツの隣に座っている奴が、ウチの勇者です」

 

「なんと、そう言えば前の席で必要以上にギャーギャーと喚き散らす奴がいるなと思っていたがあのアホ女神じゃったか……」

 

水色頭の娘、名前は忘れたが仏同様ロクでもない奴だったのはハッキリと記憶している。

 

彼女の数々の奇行を思い出しながらゼウスもまた顔をしかめつつも、彼女の隣に写っている紫色のターバンの男にも目を向け。

 

「それとお前が担当している勇者は、儂と同じでガッチリと手すりを掴んでおるな」

 

「よく見てみ、お前とウチの勇者、縦一列で全く同じポーズしてんの! なにこのどうでもいい奇跡? てか両手離した方が怖くないからね?」

 

「いやそれはよく言われるけども、まずそれを試す時点での恐怖心に勝てないから無理、いかに儂が全知全能の神であろうと、この者が勇者であろうと、あの状態から手を離す恐怖に勝てない時は勝てないと断言する」

 

「奥さんに不倫バレた時とどっちが怖い?」

 

「んー、そりゃやっぱりカミさんの方が怖いかな?」

 

落下する時に両手を離して万歳するのと、嫉妬深くて有名な奥さんに隠し事を見破られた時と比べたら

 

流石に圧倒的に後者の方が怖いと真顔で頷くゼウス。

 

それに仏は「だったら浮気すんなよ」と言いたげな視線を向けながら、持っていた写真を大切に手提げ袋に仕舞って再び夢の国での活動を再開する事に。

 

「よし、そんじゃゼウス君、次に乗るアトラクションを決めて下さい、仏はもう全部あなたに任せますんで」

 

「任せとけ、んー時間もそろそろ夕方じゃし……そろそろモンス〇ーズイン〇のファストパスがギリギリ残ってる筈じゃからそっちに向かおう、そんでファストパスを取ったら、モンス〇ーズイン〇の近くにあるス〇ーツアー〇を乗りに行くぞい」

 

「いやも本当にすげぇな……頭の中で先の先の予定まで考えてるなんて、なのにどうして不倫した時は後の結末も予想せずにつっ走ろうとするんだろうね」

 

「そりゃまあ……そこに素敵な女性が現れたら、その瞬間男ってのはなにも考えられずに夢中になっちまう馬鹿になるんじゃよ」

 

「うんまあ……私としてはね、それはわからなくもないのよ、本当に、実を言うと私もね、前に色々遭ったし……」

 

あっさりとした感じで答えたゼウスに、仏はちょっと暗い表情でか細い声でた。実を言うと彼も以前不倫がバレてえらい事になった事があるのだ。

 

それにゼウスは「テメーも浮気した事あるならこっちの浮気をイジってくるんじゃねぇよ」と言いたげな視線で睨み付けながら、予定通りに済ませる為に話を切り上げて歩き始めた。

 

「まあ、それはともかくとして……そういった複雑なモンは忘れてさっさとこの国を楽しむぞ、夕方になったからと言ってまだまだ遊ぶ時間はたっぷりとある、全アトラクションを制覇する勢いで歩き回るぞ」

 

「そうっすね~、嫌な事は忘れて今をとにかく楽しまなきゃな、せっかく夢の国に来たんだし」

 

「辛い事も悲しい事もここでは全て浄化される、さあ行くぞ仏、こっからもっとはしゃぎ倒すぞ」

 

気を取り直してゼウスは仏とと共に不倫事情やら怖いカミさんの事も忘れて、ただこの日を精一杯楽しもうと意気込む。

 

しかしふと、ゼウスは一人の人物が向かいから来るのを見つけて目を細めた。

 

「む? も、もしやあの男は……!」

「なになに、どったの? あ、なにあのすげぇ筋肉モリモリのイケメンマッチョマン?」

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「っておい! またどうしたジジィ! 血圧上がるから走んな!!」

 

仏の制止も振り切って、突然ゼウスは向かいにやって来た男の方へと駆け出して行った。

 

その男は屈強な肉体を惜しげなく披露し、口からキランと光る歯を出しながらにこやかに笑っている。

 

これ程までに爽やか過ぎるイケメンはいないだろうと断言できるその男に対し、ゼウスは急いで駆け寄ると

 

「久しぶりだなぁ息子! 元気にしてたか!?」

「うそぉ!? おま! え!? マジで!? そのイケメン、ゼウス君の息子!?」

 

いきなり嬉しそうな声を上げながらゼウスはその男に向かってすぐに手を差し出した。

 

男が笑顔でそれに応えてガッチリと握手している光景を眺めながら、仏は信じられないという表情で追いつく。

 

「おいおいマジかよお前の息子! 夢の国の住人だったのかよ! てか全然顔似てねぇな!」

「バカ言うなどう見ても瓜二つじゃろ! なあ息子よ!」

「いやいやいや! こんな爽やか好青年がお前に瓜二つなわけがない!!」

 

ゼウスの言い分に仏がすかさず叫んで否定すると、息子の方はこちらにも輝く歯を見せながら手を振ってくれる。

 

見た目だけでなく中身までも素晴らしい好青年だ。仏はますます「絶対違うだろ……」と首を傾げた。

 

「てかホント、マジでカッコいいわこの人……長身でムキムキでイケメン……やだ、ウチのヨシヒコよりもずっと勇者っぽい」

 

「勇者、か、まあ確かに巷ではヒーローと呼ばれて民衆を沸かせておるからな、そんじょそこらの男とは比べ物になる筈無いわい、なにせ儂の息子だし」

 

「おい、ウチのヨシヒコはそんじょそこらの男だと思ったら大間違いだぞ! あんな奴がそんじょそこらにいたら世の中終わりだっつうの!」

 

「なんでフォローに回ろうとしたお前が最終的に乏す側に回っておるんじゃ」

 

自分が導いている勇者の事を軽くバカにされたと感じた仏はすかさずカチンと来て訂正しようとするが、結果的にその勇者がまともな奴ではないと思いきり告白してしまう仏。

 

ゼウスはそれに怪訝な様子でツッコミを入れると、再び息子の方へと振り返り、何か名案を思い付いたかのように「あ!」と声を上げ

 

「そうじゃ息子! お前ちょっとわしの孫に会って来てくれんか!? そんで孫に力を貸して一人前の男に導いてやってくれ!!」

 

「うぉいジジィ! それは流石にヤベェだろ! 息子とはいえ夢の国の住人だぞ! いくらなんでもそれはマズいって!」

 

「いや! コレはまたとないチャンスじゃ! 我が孫を導いてくれる強き存在が欲しいと思っていた所に、颯爽と目の前に現れた我が息子! これはもう神のお導きに違いない!」

 

「神はお前だろうが!!」

 

突然の無茶振りを息子にし始めるゼウスに流石の仏も何を考えてるんだと強く叫ぶ。

 

いくら息子だからって相手は夢の国の住人、余所の所へお邪魔するなど言語道断、出来る筈がない。

 

しかしなんと、ゼウスからの頼みに息子はしばらく腕を組んで頭を捻って悩む仕草をすると

 

 

 

 

グッと親指を立てて、まさかの「引き受けた!」というポーズを取りながら輝く笑顔を向けて来たのだ

 

「よっしゃあぁぁぁぁ!!! 孫への土産ゲット!!」

「え、うそぉぉぉぉぉ!?」

 

頼み事を快く引き受けてくれた彼にゼウスは勝利のガッツポーズ、その後ろで仏は仰天の表情。

 

「じゃあ頼むわ息子、あと悪いけど、今からでも行って来てくれない?」

「おい考え直せ息子! お前が行くとマズいって! ベル君だっていきなり叔父さんがやってきたらビックリしちゃ……ってもう行っちゃったよ!」

 

仏が慌てて呼び止めようとするも、既に息子は颯爽と駆け出しながら口笛を吹いたかと思いきや

 

突如空から舞い降りた真っ白なペガサスに飛び乗って、あっという間に飛んで行ってしまい見えなくなってしまう。

 

「流石は夢の国の住人! 行動力の早さ半端ねぇ!」

「ベル、ビックリするじゃろうなぁ」

「いやぁ~……もう私知らないからね?」

「さあ、孫へのプレゼントも済ませたし、改めて遊ぶとするか」

「あーなんだろう……なんかちょっと、ヨシヒコ達の気持ちがちょっとわかった気がする」

 

ゼウスという自分勝手で無茶苦茶な事を平然とやらかしてしまう神を見て

 

いつもお告げを下しつつヨシヒコ達を度々振り回す自分を省みて

 

仏はほんのちょっぴり反省するのであった。

 

 

 

 

 

なお、次のアトラクションに乗った瞬間、そんな反省の気持ちも忘れる模様。

 

「やっべー! なんだよジジィ! お前反乱軍のスパイだったのかよ!」

「おい! ここに通い続けて遂に初スパイになれたぞわし! でもやべぇ! このまま捕まったら帝国軍にやられる!」

「べーダーさーん! このジジィ! このジジィがスパイです!」

「おいバラすな! 全力逃げ切れC-3〇O!」

 

アトラクションの中でひたすらはしゃぎ回る大の大人二人組は

 

その後もひたすら夢中になって夢の国を満喫するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、祖父と仏が物凄くめっちゃいい笑顔で楽しんでいる頃

 

ゼウスの孫・ベル・クラネルはめっちゃヤバい顔でピンチになっていた。

 

「ヤバい! 未だかつてない程の大ピンチだ!!!」

「ベル様逃げましょう! とにかくただ逃げる事だけを考えましょう!!」

 

彼とお供であるリリは現在ダンジョンの中を探検中だった。

 

今回はあまり遠出はせずに、そこそこ稼いだらすぐに退散するというスタンスで

 

難易度の上がる中層には行かず、上層を一通り攻略したらさっさと帰ろうと思っていたのだ。

 

だがどういう訳か、上層でモンスター狩りを続けていた彼等の所へ思わぬ客人が……

 

「なんでですか! どうしてあんな大量のミノタウロス達がこんな上層で現れるんですか!」

「僕にもわからないよ! もしかしたら前みたいに中層から上って来たとか!?」

「いやそりゃ1体2体ならわかりますけども! どう見てもアレ! パッと見で30体はいますよ!?」

 

ベルとリリが必死に逃げている背後では、ベルにとっては何かと縁が深いあの恐ろしいミノタウロスが

 

ザッザッザッと隊列を乱さず大人数でこちらへと迫って来ていたのだ。

 

「完全にリリ達だけを狙ってるかのようにこちらに向かって来ますよ! これ絶対おかしいです! 絶対に誰かが意図的にミノタウロスになんらかの仕掛けを施したに違いありません!」

 

「一体誰がそんな事を……! 僕達なんかしたっけ!?」

 

「リリは前科モンなんで心当たりありまくりですけど……ベル様は他人に恨みを買う様なタイプでは無いですし……」

 

というかあんだけ大量のミノタウロスを操る程の凄い存在が、レベル2とレベル1のしょぼいパーティーをここまで全力で潰そうとする理由はなんなんだろうか……

 

「とにかく理由はわかりませんが……今はとにかく生き残る事だけを考えましょう!」

「うん! ってあぁぁぁ!! 気が付いたらもうすぐそこまで来てる!」

「あーもうホントわけわかんないですよ! どうしてリリ達がこんなミノタウロスに追われなきゃいけないんですか!!」

 

これ以上考える余裕はもう残されていないと、ベルとリリはひたすらに足を動かして脱兎の如く駆ける事に集中して引き離そうとする。

 

しかしミノタウロス達は、それでもなお逃げる彼等をズンズンと歩を進めながら少しずつ追い詰めていく。

 

そしてそのミノタウロス達の最後列からちょっと離れた場所で、物陰に潜む大きな男が一人。

 

「これは試練だ、もう一度乗り越えろ、そして成長しろ……」

 

低い声でボソッと独り言を呟くこの男はオッタル

 

オラリオのギルド内でもトップクラスに君臨するフレイヤ・ファミリアの団長を務める都市最強の腕を持つ猪人だ。

 

レベルはオラリオ内で現在最高値である『7』、彼の実力をもってすればあれ程の数のミノタウロスを同時に調教して操る事も造作もない。

 

「あの御方の寵愛を受ける資格を得る為に、お前は更に成長せねばならんのだからな」

 

彼の主神である美を司る女神・フレイヤは、かなりベルという少年に強い執着を持ち始めている。

 

故に彼女は彼がより一層輝きを放つ為に、度々ちょっかいをかけて試練を与えているのだ。

 

そしてオッタルはそんなフレイヤの願いを聞き入れて、こうして地下に潜って大量のミノタウロスを上手く調教し終えて、ベル達を襲う様にこうして仕掛けて来たのだ。

 

しかし

 

 

 

 

「……でも流石に30体は多過ぎた……ような気がする……?」

 

ここまでやっておいてオッタルは真顔でふと思った。

 

ちょっとやり過ぎちゃったかなと

 

「……まあ……頑張れ……」

 

果たしてベルは、女神フレイヤとオッタルの無茶な試練から逃れる事は出来るのか……

 

次回、ベル、叔父に出会う



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九説 ベル、叔父と出会う

上層で大量のミノタウロスが出現し、ベルとリリはがむしゃに逃げ回った

 

が、彼等はまるで誰かに命令されてるかのように執念深くこちらを追い回し、やがて二人を壁際に追い詰めてしまう

 

「凄い、まるで絵に描いた様なこれ以上ないピンチだ……」

 

「ハァハァ……リリはもう限界です……せめてベル様だけでも……」

 

「リリ、それ以上は言わなくていい、仲間を見捨てて自分だけ生き延びようだなんて、僕には絶対に出来ない」

 

「ベル様……」

 

追い詰められたこの状況でミノタウロス達は巨大な斧を携えてジリジリとこちらに歩み寄って来る。

 

彼等の荒い息、自分達を絶対に殺そうという強い殺気ががこちらにもはっきりと伝わって来た。

 

そんな彼等を前にして、リリを見捨てて自分だけ逃げる真似など、ベルの頭にそんな選択はハナっから存在しない。

 

(全員を倒す必要は無いんだ、突破口を見つけてまた逃げればいい、リリの体力がもう限界なら、僕がおぶって出口まで走ればいいだけだ……)

 

疲れてへたり込んでいるリリを庇う様に前に出て、女神・ヘスティアから頂戴したナイフをチャキッと構えて前方を見据えるベル。

 

既に覚悟は括った、ならば後は一か八か、このミノタウロスの大群を無理矢理にでも押通るしかない。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

湧き上がる恐怖を無理矢理抑え込む様に、喉の奥から咆哮を上げながら

 

右手に強く握ったナイフを振りかざし、ベルはたった一人で大群へと突っ込んだ。

 

だがその時

 

 

 

 

「!?」

 

突然、ミノタウロスの大群の背後からピカッと強く神々しい光が見えたのだ。

 

ベルがそれを見て思わずハッとした次の瞬間

 

「「「「「ブモォォォォォォォ!!」」」」」

「えぇぇー!?」

 

突然、ミノタウロス達の悲鳴とベルの仰天する叫び声がダンジョン内で響き渡った。

 

それは信じられない光景だった、なんとあの重量級のミノタウロス達が天井に向かってポイポイと、いとも容易くほおり投げられているのだ

 

自分達のみに何が起こっているのかさえ理解出来ていない彼等は、為す総べなく何者かに次々と投げ飛ばされていく

 

間抜けな悲鳴を上げながら宙を舞うミノタウロス達に、ベルとリリは口をポカンと開けて呆然としていると

 

やがて彼等を軽々とほおり投げて来た人物が、ミノタウロス達を蹴散らしベルの所まで颯爽と現れたのだ

 

その人物の正体は

 

 

 

「あ、あなたは!? ってぇー!? 素手!?」

「だ、誰ですか一体!? ってはぁ!? なんでそんな肌を露出してるんですか!?」

 

ベルとリリがその人物と初めて顔を合わせた時に衝撃を覚えたのは言うまでもない。

 

何故なら彼はまさかの素手、しかもかなりの軽装だったからだ

 

だがそのはちきれんばかりの逞しく屈強な肉体は、ミノタウロス程度の相手を蹴散らすなど造作もないと言わんばかりに神々しい光を帯びている。

 

おまけにかなりの二枚目だ、こちらに笑いかける時に見せた歯も凄く綺麗。

 

こんなハンサム見た事無いとベルは頭の中で断言した。

 

「一体何者なんですかあなたは!?」

 

「リリも是非知りたいですね……ただの人間ではないのは確かだとリリの勘が確信していますので……」

 

背後から襲い掛かるミノタウロスも、ハエでも叩くかのように軽くペチンとはたいて吹っ飛ばしてしまう謎のナイスガイ

 

そんな圧倒的な強さ、もしかしたらベルにとって憧れの剣姫よりも強いんじゃないかと思われるその男は

 

何者かと尋ねてくるベルとリリの方へ友好的に歩み寄ると、そっとベルの耳元に顔を近づけて小声で……

 

「えぇぇぇぇー!?」

「どうしたんですかベル様!? その人になんて言われたんですか!?」

「こ、この人! 僕の叔父さんなんだって!」

「はいぃ!? このムキムキおにいさんがベル様の叔父様!?」

 

自らベルの叔父だと名乗ったこの男に、ベル自身だけでなくリリもビックリ仰天する。

 

まさか彼の親戚にこんなにも強くてたくましい青年がいたとは……

 

しかし小柄なベルと彼とでは全くと言っていい程似ていない……

 

「まあ本当かどうかはわかりませんが、リリ達を助けて下さったんですからそこん所はキチンと感謝しますね……」

 

「うわぁ感動だぁ、まさか僕にこんなカッコいい叔父さんがいたなんて……」

 

「あ、もうベル様は完全に信じ切ってますね……」

 

足手まといにならずに済んだとリリがとりあえずお礼を述べる中で

 

ベルはキラキラと目を輝かせながら、叔父と名乗る青年に羨望の眼差しを向ける。

 

一目見れば男なら誰しも憧れを抱くであろうという姿を持つこの青年が、まさか自分の叔父だったとは……

 

「あのーとりあえずお名前を聞かせて……あ! 叔父さん危ない!」

「ナチュラルに叔父さん呼びに!」

 

当たり前の様に青年を叔父と呼ぶベルにリリが思わずツッコんでいると

 

青年の背後で怒り狂う数十体のミノタウロスが一斉にこちらに襲い掛かって来た。

 

しかし青年は全く動じずにクルリと彼等の方へ振り返ると、武器を一切持たずに素手の状態で勇猛果敢に突っ込む。

 

「ブモォォォ!! ブッ!」

 

まずは先頭のミノタウロスの突進を両手で受け止めてしまうと、そのまま片手でグルングルンと振り回してしまう。

 

「ヴ! ヴォォォォォォォ!!!」

 

次にもう片方の手を伸ばして2匹目のミノタウロスを掴み上がると同じように振り回す。そして巨大な図体をお手玉する様な形で空中に何度も投げ飛ばす。

 

自分達の存在をなんの脅威とも感じない青年に他のミノタウロス達が怯んだのも束の間

 

青年は投げていた二頭のミノタウロスを両手でキャッチし直すと、綺麗な歯をキランと光らせながらその場で自ら回転し始める。

 

その瞬間、困惑しているミノタウロス達をあっという間に飲み込んでしまう程の巨大な竜巻が形成された。

 

「「「「「ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」」」」」

 

「す、凄い! 僕が苦労して倒したミノタウロスが! まるで相手にならないぐらい叔父さんは強いんだ!!」

 

「いやいやどんだけ強いんですか! 人間の身体でミノタウロス両手で掴んだまま竜巻を起こすって!」

 

思わず命令も忘れて逃げ惑い始めるミノタウロス達を容赦なく竜巻の中へと飲み込んでしまう青年。

 

ベルが彼の強さに心の底から感服し、リリがもはや人間業ではないとビビッてしまっていると

 

青年は突然ピタリと足を止めた、見ると青年の両腕にはここに来ていた全てのミノタウロスが

 

天井まで高くまで積み上げられていたのだ。

 

「ちょ、ちょっとそれは流石に! どう考えても物理的に無理な形でしょ! なんでミノタウロスの丸まったタワーが出来上がってるんですか!」

 

リリの叫びももっともだが、現に目の前で出来ているのだから仕方ない。

 

青年は両腕で大量のミノタウロスを軽々と抱えたまま、軽快なステップで駆け出す。

 

そしてベルとリリから少し離れた場所まで行くと、両腕で思いきりぶん投げてしまった。

 

「「「「「ヴォォォォォォォォォォォォォォォ……」」」」」

 

ダンジョンの壁を次々と破壊していきながら、巨大な球体となったミノタウロスの塊は遥か彼方へと吹っ飛ばされてしまった。

 

彼等の叫び声も次第に遠くなり、やがてその場はシーンと静まり返る。

 

「え、えぇ~……なんかもう……デタラメ過ぎますよ……」

「凄い! こんな強い人がいたなんて! しかもそれが僕の叔父さんだなんてもっと凄い!!」

「いやもう凄いとかそんなレベルじゃない気が……」

 

両手を掲げてガッツポーズ取って勝利したとアピールすると、青年は何事も無かったかのようにこちらの方へ戻って来た。

 

「あの! 助けてくれて本当にありがとうございました叔父さん!」

 

 

リリが怪しむ様にジト目を向ける中、ベルはすっかり青年の強さに心を奪われてしまってる様子。

 

すると青年は優しそうな目を向けながら彼の前でしゃがみ込む。

 

「あ、あの! 突然こんな事言うのもおかしいと思いますしバカみたいだと思うかもしれませんけど! 僕も叔父さんみたいに強くてカッコイイ男になれますか!?」

 

彼に尋ねるベルにリリは思わず苦笑した。

 

あんな圧倒的な強さを前にしてなお、いつか自分もなりたいと夢見る彼がいかにも子供っぽいと

 

しかしそれがベル・クラネルの良い所だというのもよくわかっている。

 

そしてそんな無邪気な事を尋ねて来たベルに対し、青年は微笑を浮かべたまま、再び彼の耳元に顔を近づけ小さく囁き

 

ベルがハッとしたような表情を浮かべると、その反応に満足したのか青年はそっと離れてスクッと立ち上がった。

 

「あ、ありがとうございます! 凄く為になりました! その言葉胸に刻みます!!」

 

嬉しそうに力強くそう叫ぶベルに青年はコクリと頷くと、勢いよく口笛を吹いた。

 

するとダンジョンの奥から大きな羽をはばかせながら蹄の音がどんどんこちらへと向かって来て……

 

真っ白な体毛と青色のたてがみの、立派な翼を生やしたペガサスが鼻歌交じりに現れたのだ。

 

「う、うわー! なんて神秘的な動物なんだ! もしかしてコレって叔父さんの!?」

「神秘的な動物の割りには結構コミカルな顔してますけどね……いやもうツッコむのも疲れました、あまりにも驚き過ぎてリリは限界です……」

 

ちょっと抜けてる顔をしたペガサスを前にベルが感激の声を上げてる中、リリが微妙な表情を浮かべるも、すっかり慣れた様子で諦めたかのようにため息をつく。

 

すると青年はこれでお別れだと言った感じで肩をすくめると、まずはリリの方へ歩み寄り、彼女の身長に合わせるかのようにしゃがみ込んで彼女の手を握り握手。

 

「ど、どうも……本当にありがとうございました……確かにベル様の叔父様なだけあって、お優しそうな方ですね」

 

彼と握手を交えながらリリがぎこちなくお礼を述べると、青年は輝かしい笑顔を浮かべて来る。

思わずリリも釣られて少しだけ笑みを浮かべて笑い返してしまう。

 

次に青年はベルの方へと移動すると、同じように握手をするかと思ったら、丸太の様な太い両腕で彼の華奢な体を強く抱きしめた。

 

「はわわ! ぼ、僕絶対に夢を実現させますから!」

 

いきなり抱きしめられて思わず赤面してしまうベルをゆっくりと解放してあげると

 

青年は立ち上がってこちらにクルリと背を向け、やってきたペガサスの青いたてがみを優しく撫でるとヒョイッとその上に跨る。

 

そしてこちらに親指をグッと立ててまたもやキランと歯を光らせてチャーミングな笑顔を浮かべると、そのままダンジョンの中を駆けて何処へと行ってしまったのであった。

 

「な、なんか……とてつもなく大きな人だったなぁ見た目だけでなく心も大きい……」

 

「そうですね、影の中を生きていたリリにとっては少し眩し過ぎます……ところでベル様、一つ聞きたいんですけど」

 

「ん?」

 

風の如くあっという間に見えなくなってしまった青年を見送った後、取り残されたリリはまだ感動している様子のベルにおもむろに問いかける。

 

「先程あの方は、ベル様の質問になんと答えたんでしょうか?」

 

「ああ、えーとごめん、ちょっと自分で言うのも照れ臭いから内緒でいいかな?」

 

「えーますます気になっちゃうじゃないですか、ヘスティア様には黙っておきますからリリにだけ特別に」

 

「んーしょうがないなぁ……」

 

本当は自分の胸の中にコッソリしまっておきたかったのだが、この様子だとずっと問い詰めて来そうだなと思ったベルは、先程の彼の言葉を、青年の真似事をするかのようにそっとリリの耳元に顔を近づけて囁くのであった。

 

 

 

 

 

「真のヒーローは力の大きさで評価されるんじゃない、大事なのは心の強さだ」

 

 

 

 

 

「大事なのは絶対に諦めない事! 最後までやり遂げればいつか君も立派なヒーローになれる!」

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ベル達からかなり離れた距離で、自ら仕掛けたミノタウロス軍団が呆気なく敗れ去ったのを確認していたオッタルはというと

 

「うーむ……まさかあの少年にあんな恐ろしい人物が傍にいたとは……」

 

あれ程の圧倒的な強さを見せられてはオッタルも素直に失敗だと認めざるを得ない

 

あの青年、もしかしたらオラリオ最強とも呼ばれている自分をも凌ぐ強さを持っているのではなかろうか

 

「これでは少年に試練を与えてもあの男に邪魔をされてしまう、急いでフレイヤ様にご報告せねば……」

 

ベルの下にあまりにもイレギュラーな存在がいると、すぐに神主であるフレイヤの下へ伝えようとオッタルはダンジョンから脱出しようとする。

 

だがその時だった

 

 

 

 

 

「ほほう、貴様はあの白髪の少年を何らかの方法で陥れようとしているのか……」

「!」

 

不意に背後から聞こえた恐ろしく低い声にオッタルはすぐ様振り返る。

 

レベル7の自分でさえ気配を感じ取ることが出来なかった、一体何者だと警戒の眼差しを向けると

 

そこには何とも形容しがたい存在が薄ら笑みを浮かべて立っているではないか。

 

恰好は赤い軽装だが顔は真っ白、しかし目元には赤い線が引かれた、髪が全て真上に伸びた怪しい男……

 

「……明らかに冒険者でも無い、かといって神でもない…何者だ」

「フッフッフ、よくぞ見抜いた、吾輩は10万55年という長い時の中を生きる者……」

 

オッタルの問いかけに男は両手を横に突き出すと、ドスの効いた低い声で

 

 

 

「吾輩の名はハーゴン……そしてその実態は、悪魔よ!」

 

「悪魔……なるほど、最近フレイヤ様が気に掛けていたのはお前だったか」

 

「すぐに知る事になろう、この吾輩がいずれこの世界にどんな破壊をもたらすのかを! フハハハハッ!!!」

 

「行ったか……」

 

オッタルの前に突如現れた謎の男は高笑いだけを残しながらスゥッと闇の中へと消えていった。

 

 

彼の登場によって、ベル、否この世界そのものに

 

とてつもない災厄が訪れようとしていたのであった

 

 

 

 

 

そして仏はそんな事も知らずに

 

「わぁぁぁぁぁぁお!! ミッ〇ィィィィィィィ!!!」

 

夢の国を絶賛エンジョイ中である。

 

 

次回、ロキ、悪友と遭遇



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仏4号
十説 ロキ、悪友と遭遇


夢の国を堪能し終え、もはや当たり前のようにオラリオに戻って来た仏

 

今日は両手に沢山のお土産を持ちながら、ベルと仲良く街中を歩いていた。

 

「それでもうダメだと思ったら、なんと僕の叔父さんがミノタウルスの群れをやっつけてくれたんです!」

 

「本当に来ちゃったのか~……ベル君の危機は去ったけど、また別の意味の危機が迫ってるかもしれないなぁ……」

 

先日ダンジョンで遭遇した奇妙な体験をテンション高めの様子で語るベルに

 

仏は苦笑いしながら手に持っていたなんともファンシーなイラストが描かれた袋から

 

ちょっと大きめの缶詰を取り出して彼に手渡す。

 

「とりあえずはいコレ、夢の国で買って来たお土産」

 

「夢の国……? なんなんですかコレ」

 

「クッキー、紐には内緒で一人で食べなさい」

 

「いや神様に内緒にするのはちょっと……そんな事したら絶対怒りますから一緒に食べますね」

 

夢の国って一体何だろうと疑問に思いながらも、カラフルな缶詰を両手で受け取りながら、とりあえず「ありがとうございます」と礼を言うベル。

 

「それにしても描かれてる絵がなんというか……エイナさんが凄く喜びそうな可愛らしい絵ですね」

 

「まあ~女子にはたまらないだろうねぇ、でもそこに描かれてるキャラと直に会ったら、男だってイチコロよ?」

 

「実在するんですか!?」

 

「当たり前だろバカヤロー! みんな夢の国の住人だコノヤロー!」

 

「す、すみません!」

 

しげしげと缶詰に描かれてる絵を見て驚くベルだが、ここに描かれてるキャラが現実に存在すると聞いて更に驚く

 

こんな種族見た事が無い、夢の国とは一体……

 

「仏様はやっぱり凄いですね、僕が見た事が無いモノをたくさん知っているんですね」

 

「ん~まあこれでも勇者にお告げをして導くって役目を担ってるから? か~な~り物知りなわけよ、実際」

 

「本当ですか!? じゃあもしかして! 僕の叔父さんの事とか詳しくわかっちゃうとか!?」

 

「ん~ンフフ~、確かに私はね、君の叔父さんの事は凄く大好きだしかなり詳しいけども……ここで彼の話をハッキリ教える事は出来ないの、ごめんね」

 

「えーそんな~……」

 

「ここで君に彼の事をじっくり詳しく話そうとするモンなら……多分この世界は、跡形も無く消滅しますです、はい」

 

「消滅!?」

 

初めて叔父に会った時、ベルはあまり彼について詳しく事が聞けずに別れてしまった。

 

せめて名前だけでも知りたいと願うベルであったが、それは下手したら世界の崩壊を招くとして、仏がやんわりと彼の頼みを断っていると……

 

そこへ偶然にも

 

 

 

 

 

「おお?」

 

フラリととある人物が向こうからやって来た。

 

赤髪細目の、どことなく胡散臭い雰囲気を醸し出すその人物は仏をみると歩み寄り

 

「え、もしかしてお前、仏か? えぇ!? お前こっち来てたんか!?」

「ん? おお!? おお!? おお!? おおおーん!?」

「いやいや何度見すんねん」

 

相手の方へ何度も首を捻って二度見どころか四度見ぐらいし終えると、仏はびっくりした様子で目を見開き

 

「ちょ! ロキじゃーん! なになに超久しぶりじゃーん! 何世紀ぶりだっけ!?」

「いや毎年忘年会で顔合わせるやろが、そういうボケいらんねん」

 

仏とベルの前に現れたのはオラリオでも屈指の名門ギルド、ロキ・ファミリアの主神のロキであった。

 

飄々として気取らない性格、中々の切れ者であり、意外と団員からの信頼は厚い。

 

胸がコンプレックスであり、貧乳・微乳を通り越して無乳と称される絶壁なので、そこを突かれるとかなり深刻なダメージを負うらしい。

 

天界にいた頃は退屈凌ぎに他の神々を扇動して殺し合いをさせていたりと、なにかと物騒な神だった。

 

オラリオに来てからは随分と丸くなったみたいだが……

 

「なんや仏、いつからこっち来てたんや?」

 

「えーだいぶ前にうっかりこっちに来ちゃってから、ちょくちょく遊びに来てた」

 

「はぁ? だったらウチに遊びに来いや、最近子供達がロクに相手してくれなくて退屈してんねん」

 

「いやお前がいるってのは聞いてたんだけどさ、仏も色々忙しかったのよーマジでー」

 

 

ヘラヘラ笑いながら小突いて来るロキに仏も笑い返しながらやや強めにはたき返し

 

それに対してロキは半分本気の強さで彼に肩パンを食らわす。

 

そんな男子中学生みたいなしょーもないやり取りをしているのを、仏の隣でキョトンとしているベルに気付いてすぐに彼の背中を手で押しながら

 

「あ、コレ、我が仏・ファミリアのエースです」

「違います!! ヘスティア・ファミリアのベル・クラネルです!」

「ああ、あのドチビの所の少年か、最近ちょくちょく名が知れてきた……」

 

仏の隣で慌てて否定するベルを見てロキはすぐに何者かと気付く。

 

ヘスティア・ファミリアに所属して僅か一カ月半でレベル2に昇格した期待のルーキー。

 

以前神々の間で二つ名を決める時に彼の事が議題に出た時は、ロキは彼がどうしてこんな短期間で成長したのかずっと怪しんでいた。もしかして禁止されている神の力を使ったのではないかと。

 

しかしそれを主神であるヘスティアを問い詰めても答えようとせず、更にはフラリとやって来ていた美の女神・フレイヤに話を書き乱されて有耶無耶にされてしまった苦い記憶があった。

 

(あん時のフレイヤは明らか普通やなかったな、こりゃまたいつもの病気やなあの色ボケ……)

 

まあだからといってこのベルという少年に対して若干の怪しさは持っていても、特に嫌悪感があるという訳では無いので、ロキはごく普通に対応する。

 

「で? もしかして最近忙しいっちゅうのは、この少年と遊んでたからか?」

「遊んでねぇよ! 私は仏として! ベル君を立派な勇者に導いてあげてんだよ!」

 

そんな事一切していない、むしろ面倒事ばかり押し付けているクセに自信満々に答える仏

 

だが勇者と聞いてロキは小首を傾げる。

 

「あぁん? 勇者を導くってお前確か別の世界でやってた筈やろ確か、確かヨシヒコとかいう……」

 

「ヨシヒコはヨシヒコ、ベル君はベル君でキチンと分けて指導してるんですー」

 

「いやいや、あっちはなんか、世界を滅ぼす魔王と戦ってるんやろ? そんなヨシヒコから目を離してドチビの所の少年の面倒見てるなんて、大丈夫かいな……」

 

ロキは前に仏から度々勇者ヨシヒコの話を酒の席で聞かされていた。

 

なんでも超が付くほどのおバカなのに、幾度も魔王を滅ぼし世界の危機を救っている勇者だと

 

そんな彼を導きお告げを下すという大役を担っているにも関わらず、ただの冒険者に過ぎないこの少年を目に掛けているのはどうなのだろうか……と、基本的にふざけた感じのロキでさえも真面目に心配する素振りを見せた。

 

「なんならウチが代わりにヨシヒコにお告げしたろか? 退屈しのぎになりそうやし」

「ダメよ~ダメダメ~ん!」

「うわ懐かし、再現度ひっく……」

 

一昔流行ったギャグを今更やるのかと、ロキが仏の下手くそな物真似に苦言を漏らすと、彼はビシッと彼女を指差し

 

「お前みたいな天界でやんちゃばかりして、他の神々に迷惑を掛けていた悪戯っ子に! ウチのヨシヒコを任せられる訳無いでしょーが!」

 

「え~、えーやん一回ぐらい。一度そのヨシヒコっちゅう男を見てみたいと思っとったし」

 

「ヨシヒコはダメ、その代わり、ヨシヒコの仲間の金髪ホクロなら許す」

 

「誰やん金髪ホクロって、そんな奴どうでもええわ

 

そのあだ名の時点で仏にとってはかなりどうでもいい存在なのであろう。

 

ロキさほど興味がなさそうにくあしらった。

 

「そうそう、さっきからずっと気になってたんやけど、お前がその両手に持ってるモンってもしかして……」

 

「あ、気付いちゃった? これ、夢の国で買って来たお土産」

 

「おぉマジか……夢の国行ってきたんか……ランド? シー?」

 

「ランド、シーはまた今度行く」

 

「ええなぁ……一回ここ抜け出して久しぶりに遊びに行こうかな……人魚の演奏会めっちゃ好きやねん」

 

「あのね、後もうちょっと経ったらランドとシーにも新しいエリアが出来るから、そん時に行った方が良い」

 

仏が持つ夢の国で持って帰って来た戦利品をずっと気になっていた様子のロキ。

 

ベルにはわからないが、どうやら神々の間では夢の国という存在は結構有名らしい……。

 

「じゃあこうして会えたし記念に、はいコレ、あげる」

「おおあんがとな、ん? なんやコレ?」

「夢の国せんべい!」

「おーええやん、酒のつまみになるわ」

 

ベルが貰った時とは別の形をした缶詰を仏から土産として渡されてロキは、えらい上機嫌な様子でそれをすぐに受け取った

 

そして仏はチャンスと言わんばかりにそっと彼女の方へ歩み寄る。

 

「あの……それでちょっとお願いんがあるんだけど、いい?」

「えぇ~お前からのお願いって絶対ロクなもんじゃないやん……一応聞くけどなに?」

「そちらのファミリアにその~……あれ」

 

大事そうに缶詰を抱えながらこちらを怪しむロキに対し、仏は何か言おうとするも途中でベルの方へ振り返り

 

「ベル君なんだっけ? 君が超好きな女の子の名前」

 

「ちょ! 待ってください仏様! まさかアイズさんの主神であるロキ様に直接……!」

 

「あ、そうそう、そのアイズさんって娘がいるって聞いたんすけど」

 

「はぁ~? 確かにウチの可愛いアイズたんは紛れもないロキ・ファミリアやけど、それがどないしたんや?」

 

嫌な予感を覚えたベルの口から出て来た名前を聞いて思い出して再度ロキに話しかける仏だが

 

その少女に対しては強い愛情を注いでいるロキはますます疑り深く細目を若干開けて見せた。

 

「まさかとは思うが……ロキ・ファミリアのアイズ・ヴァレンタインを、そこのヘスティア・ファミリアの少年と惹き合わせようとか企んでるんじゃないやろな?」

 

「……オッケー?」

 

「んー……100パー無理やね、ただでさえ可愛いウチの子を、余所のモン、ましてやドチビの所のモンに嫁に出す真似なんて絶対せぇへんわ」

 

察しの良いロキに思い切って聞いてみる仏だが、答えは案の定ノーであった

 

「仏も奥さんからファミリア同士のルールぐらい聞いとるやろ? 別々に所属しているファミリア同士で男女の関係になるのは基本的にご法度やねん」

 

仏から貰ったせんべい入りの缶詰を指でなぞりながら、この世界の先輩らしくロキはキチンと説明する。

 

「結婚したらどっちかが相手のファミリアに改宗しなきゃならんとか、二人の間に産まれた子供はどっちのファミリアになるとか、色々とめんどくさくなるから特例が無い限り許されんのや」

 

「よしじゃあ……ベル君とそちらのアイズちゃんって子を……仏・ファミリアに改宗させましょう」

 

「なんでやねん! どうしてそこでお前出てくんねん! 仏・ファミリアってなんや!」

 

どちらかにつかないといけなくなるのであれば、ここで第三者である自分が受け皿となろうと自信ありげに提案する仏だが、速攻で却下するロキ。事はそう単純ではないのだ。

 

「とにかく、ウチのお気に入りのアイズたんは一生ウチの下におるんや。だからそこの少年がどう足掻いてもこれからどんどん強くなっても、決してその恋は実らんから諦めとけ」

 

「え、なに? もう絶対に、なにがあっても無理な事は決定な訳?」

 

「せやで、アイズはウチのモンや」

 

「そっかぁ……」

 

友人が相手であろうと首を横に振ってキッパリと断るロキに対し、仏は素直に引き下がるかと思いきや

 

「……じゃあ、アイズちゃん以外ならワンチャンある?」

 

「ほ、仏様ぁ!?」

 

 

まさかの妥協を試みたのだ、これにはベルも思わず叫んだ声が裏返ってしまう。

 

そんなの無理に決まっているし、そもそも目的が根本的にズレていると、ベルが急いで仏に指摘しようとするが……

 

ロキはしばし「う~ん……」と険しい表情を浮かべながらしばし考え込んだ後

 

 

 

 

「ベートならええで、最近勝手な行動ばっかしとるってリヴェリアも言ってたし、お灸を据えるという形でしばらくそっちに預けても構わへんよ」

「よっし!」

「いやいやいや! お二方で勝手に話を進めないで下さい!」

 

とりあえずコイツなら預けてやってもいいかととロキまでもが妥協して来たのだ。

 

困惑するベルをよそに拳を握ってガッツポーズを取る仏であった。

 

 

 

 

 

「ちなみに男やけど、その少年はそっちもいけるん?」

「えぇぇぇぇぇー!?」

「うーん……いける!」

「なんで仏様が答えるんですか! 無理ですからね!?」

 

勝手に答える仏に慌てて止めに入るベル。

 

結局この話は無かった事となり、アイズ・ヴァレンタインとの距離を縮める為には、まだまだ障害が多いと落胆するベルであった。

 

次回、ベート、兄貴と遭遇。

 

 

 

 



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十一説 ベート、兄貴と遭遇

 

今日も今日とて、お散歩気分で仏はベルと仲良く街中を歩いていた。

 

「こう叔父さんは、ミノタウルス達をお手玉みたいにポンポンって……とにかく凄いんです!」

「いや~ベル君ベル君、その話、仏前にも聞いたんだけどなー、叔父さんが強いのはわかってるんだよ仏、映画観たし」

 

今だ興奮冷めない様子で熱く語るベルに

 

仏は苦笑いしながら延々と語り出すぞコイツと察して、なにか別の話題は無いかと考えていると……

 

ふと道の真ん中を歩いている途中でベルが向かいから来た人物と軽く肩がぶつかった。

 

「そこで今度はまたしても叔父さんが……あ、すみません」

「どこ見て歩いてんだコラ、殺すぞ」

「うぇ!? す、すみません!」

 

軽くぶつかっただけでドスの利いた低い声で怒られて思わず謝ってしまうベルだが

 

ベルはその喧嘩早い荒々しい口調と灰色の毛並みの狼人の少年にどこか見覚えを感じた。

 

「ってあれ?」

「あ? テメェどっかで……あ」

 

 

ベルが気付いたと同時に少年も振り返って彼に対して目を細めるとすぐにハッと思い出した様子で

 

「テメェ……! 上層でミノタウルスに逃げ惑っている所をアイズに助けられたトマト野郎……!」

「ど、どうも……」

 

苦笑いを浮かべながらあの時の事を思い出してちょっとブルーな気持ちになるベルに対して

 

僅かに尖った歯を剥き出しながら睨み付けるこの少年はベート・ローガ。

 

ロキ・ファミリア所属であり、ファミリアの中でも最速とうたわれるレベル6の狼人。

 

腕は自他ともに認める一流なのは確かだが、口が悪いわ酒癖が悪いわ、弱者の事を見下した態度を取るその傲慢っぽさから、他のファミリアの者達から嫌悪の視線を向けられている、と言っても本人は他人にどう言われようがそんなもの全く気にしてない

 

「まさかこんな所でテメェとまた会うとはな……! まあいい、いずれ話付けてやろうと思ってた所だ……」

「ええ! 僕になんか用があったんですか!?」

「ったりめぇだコラ! レベル2にランクアップしたからって調子こくんじゃねぇぞ!」

 

そんなベートにいきなり喧嘩腰で話しかけられてしまい、過去に酒場で仲間内で自分の醜態を笑い話にしていた彼の事を思い出し萎縮するベル。

 

だがそんなちょっとした因縁を持つ二人の間に挟まれても、仏は相変わらず空気も読まずに首を傾げて

 

「ちょっとベル君……誰、この犬耳ワンパク少年は?」

「えーと、前にロキさんが言ってたべートさんだと思います、酒場でもそう呼ばれてましたし……」

「あー……アイツが誰か一人ウチに来れるならって言った奴ね、ぶふ!」

 

前回ロキに会った時の会話を思い出し、あの時彼女に売られかけていた団員が今目の前にいる男だとわかると思わず吹き出してしまう仏。

 

するとベートはますます機嫌悪そうに凄味のある剣幕で

 

「テメェ! 俺をシカトして訳のわかんねぇオッサンとボソボソ話してんじゃねぇぞコラ! それとおい、そこのオッサン!」

「え、私に何か用かな?」

 

急に矛先がこちらに変わったのでキョトンとする仏に、ベートは相手が神であろうがお構いなしに吹っかけて

 

「俺の顔見るなりなに笑ってんだオイ! マジで殺すぞ!」

「あぁん!? おい待てコラ、なんだコラ、誰に向かって喧嘩売ってんだコラァ!」

「うわ! 意外にも仏様が負けじと応戦した! すぐ僕を置いて逃げると思ったのに!」

 

ナメられてたまるかといった感じでベートに対して臆せずに、顔のパーツを更に中心に集めてツッパリ風な感じで対抗する仏。

 

そしてベルが驚く中、変な顔しながらこちらに歩み寄って来た仏に、ベートも慣れた様子で自ら近寄って行く。

 

「おい、本当はテメェビビってんだろ、俺に対して虚勢張って内心ビクついてのが、テメェの目ぇみればわかんだよこっちは!」

 

「あああ~ん!? ビビッてねぇしあああ~ん!? なんだお前どこ中だあああ~ん!? 仏とやる気かあああ~ん!?」

 

「上等だコラ! テメェみたいな変なツラした野郎なんか一瞬で沈めてやるよ!」

 

「誰が変な顔じゃい! 誰が! 誰が誰がビッグフェイスじゃいこのボケェ!」

 

「後で泣いて土下座しても知らねぇからな!」

 

「バカ野郎お前! こちとら土下座なんて慣れてんだバーカ! 前に不倫発覚した時なんかアレだぞ! カミさんにどんだけしたと思ってんだバカヤローコノヤロー!!」

 

二人で顔を近づけて目からバチバチと火花を放ち始めた仏とベートの口論に圧倒されて、間に立っていたベルはごくりと生唾を飲み込む。

 

「な、なんてレベルの低い罵り合いなんだ……! 特に仏様の方……!」

 

「あの! ガムに入ってる銀紙あるでしょ! アレを奥歯でカミカミさせると凄い不快感覚えるじゃん! それお前にやらせたろうかオラァ!」

 

「やってみろよ! テメェに今から買いに行く猶予が遺されていればの話だけどな!」

 

「はい余裕です~! ガム買うのなんて楽勝です~! でもこの世界観にガムが存在するのかどうかわかりません~!!」

 

「この言い争い、一体どっちが勝つんだ……! そもそも終わりがあるのかもわからない……!」

 

恐ろしく不毛な舌戦を道の真ん中でやっているので、騒ぎを聞きつけて段々と野次馬が現れる。

 

ベルは真面目に二人の争いの行く末を見守りつつも、恥ずかしいから一刻も早くこの場を去りたいという衝動に駆られていると、そこへ

 

 

 

 

 

「エプロン♂チャーハン?」

「……え?」

 

なんといつの間にかベルの背後を気配すら感じさせずに

 

純白のパンツの身を装備しただけの徹底的なラフスタイルを追求した屈強な体付きをした男が立っていたのだ。

 

男の放つ意味不明な言葉を理解出来ずにベルがビックリして声を失っていると、ベートと言い争いを続けていた仏はバッとそちらに振り返って

 

「あ、あなたはもしや! 兄貴!!」

「兄貴!? 知ってるんですか仏様!?」

「あ!? げぇ! なんだコイツ!」

「ナイスでーす♂」

 

突然現れたほぼ生まれたままの姿を、堂々と周囲に晒す男を前にベートも流石に畏怖する。

 

彼は通称・兄貴。知る人ぞ知る超有名人であり、多くの人々に笑顔を与えたという事で神格化し、今ではこのオラリオの地で「兄貴♂ファミリア」を結成し、多くのガチムチな男達を日々指導♂して優秀な冒険者に導いている。

 

ちなみに兄貴♂ファミリアに所属している団員達は10割男性、そして武器を使わず己の身だけで戦う事を決めつけられている。

 

だがかなりタフでやたらと強く、結成したばかりのファミリアにも関わらず猛者揃いらしい。

 

「田舎も~ん!」

「訳の分からねぇ事をさっきから……邪魔すんな!」

「あぁん、ひどぅい!」

「兄貴ィィィィィィ!!!」

 

喧嘩の仲裁に入って来たのだろうか、ニヤニヤしながら突っかかって来る兄貴に対し、ベートは苛ついた様子で彼の腹に得意の蹴りをお見舞いしてしまった。

 

仏が悲鳴を上げる中、レベル6の成す強烈なキックには、いくら兄貴でさえも……

 

「歪みねぇな」

「はぁ!? な、なんで倒れねぇんだオイ!」

 

なんと、彼の自慢の腹筋にはいかにレベル6の冒険者でさえも傷をつける事など出来やしなかった。

 

しかしベートの蹴りに兄貴もカチンと来たのか、先程までの笑顔が消えてポキポキと拳を鳴らし

 

「歪みねぇな!!」

「バカ止めろ! こっち来るんじゃねぇ!」

「キャノン砲!!」

 

じわじわと歩み寄って来る兄貴にベートは激しい恐怖を感じつつ後ずさり。

 

「テ、テメェは何モンだ!」

「いやだから兄貴だつってんじゃん」

「だから兄貴ってなんだよ!」

 

徐々に追い詰められているという実感を覚え始めたベートに、ベルと一緒にちょっと距離を取った状態で冷静に仏が呟く。

 

しかし彼の回答はベートが望む答えでは無かった。兄貴とは一体なんなのだ?

 

「この筋肉ダルマが! 俺に向かって本物の喧嘩売るってのかコラ! 上等だかかって来やがれ!」

「いいですか? 茄子のステーキ」

「いややっぱ止めろこっち来るな! ニヤニヤしながら俺の方へ歩み寄って来るな!」

 

懸命にこっちに来るなと叫ぶベートに対し、兄貴は依然変わらず、むしろ嫌がるベートを見て浮かべる笑みが更に広がっていきそして……

 

「オビ=ワンいくつぐらい!?」

「うげ!」

 

屈強な体付きから放たれる兄貴の高速タックルを食らうベート、しかしここで倒れる訳には行かないと、両足で地面を滑りながらなんとか耐えきる。

 

「このムキムキ野郎……!」

 

ファミリア最速を誇る自分でさえも捉えきれなかった俊敏な動きを見せた兄貴に

 

悔しそうに彼に抱きつかれたままの状態でギリッと奥歯を噛みしめる。

 

「その薄ら笑みを……止めやがれぇ!」

「あぁん、ひどぅい!」

「ぶっ殺す!」

 

自慢の脚力をフルに使って逆に彼を押し出すと、遂にい勢い良く押し倒す事に成功したのだ。

 

レベル6の冒険者としてのプライドが兄貴に一矢報いた瞬間である。

 

「ギャハハハハハ! 悪いがこっから先は一方通行……おっふ!」

「最近だらしねぇな!?」

「うわ……アレは痛いわぁ~……」

 

全力を振り絞って押し倒した兄貴を周りの目もお構いなしに実力行使に出ようとするベートであったが

 

兄貴が笑うのを止めた瞬間、躊躇なく彼の股の間に向かって丸太のように太い足で蹴り上げる。

 

これにはベートもあまりの激痛に悶絶し、その隙を突いて兄貴は彼からの拘束を解いて再び立ち上がった。

 

「いい目してんねサボテンね!」

「テメェふざけ……あ! ちょっと止め! タンマ!」

「あんかけチャーハン?」

 

この瞬間、ベートは己の身に何かとてつもない危機が訪れると予感した。

 

すぐに離れて距離を置こうとするも、それを兄貴が見逃す筈無く……

 

「最強!」

「この……!」

 

兄貴は再び笑みを浮かべてベートの方へゆっくりと歩み寄る。

 

今の兄貴は獲物を狙う狩人の目、否、目の前にある御馳走を食べようとしている捕食者♂

 

「そういやロキの野郎が……他の神々も一目置く存在が神格化してオラリオにやって来たとかなんとか言ってた様な……」

 

「夏コミにスティック♂ナンバー見に行こうな?」

 

「それがまさかテメェだって言うのか! てか待て! テメェ今何をしようとしてやがる!」

 

「ブスリ♂」

 

今まで以上に満面の笑みを見せながら御馳走を目にして舌なめずりすると

 

兄貴は弱っているベートに向かってゆっくりと歩み寄ると、彼を路地裏へと引きずっていく。

 

「離せコラァー! 止めろ! 頼むから止めろ!」

「相変わらずケツ欲しい、いいな?」

「引きずり込むな 人が見えない所でテメェなにしようと……ってギャァァァ!! テメェまさか!」

野次馬達からの視線を避けるように路地裏へとベートを連れて行った兄貴。

 

鳴りやまないベートの悲鳴に、ベルはつい好奇心で何が起こっているのだろうと、路地裏へとヒョコッと顔を覗かせようとしたその時……

 

「ベル君は見ちゃダメ」

「え?」

 

なにかが起こる前にそっと仏は両手でベルの両目を隠してあげるのだった。

 

そして

 

 

 

 

 

 

「アァーッ!!」

 

 

 

 

 

 

「ナイスでーす♂ 」

 

 

 

 

 

 

「あの、仏様、最後の悲鳴が聞こえてから急に静かになったんですけど……何かあったんですか?」

「ん~まあ、ね……あのベートって奴の事は……ぶっちゃけそんな嫌いじゃなかったよ私は……」

「本当に何があったんですか!?」

 

この日、ベルが仏に目隠しされてる状態の中で。

 

ロキ・ファミリア最速の男、ベート・ローガは大切なモノ失ったのであった。

 

次回、アイズ、金髪ホクロと遭遇



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十二説 アイズ、金髪ホクロと遭遇

いつもの様にオラリオを歩いている仏

 

今日も今日、やっぱり今日もお散歩しながらベルと仲良く街中を歩いていた。

 

「叔父さんがボーン!、ミノタウルス達がドーン! 壁もドーン! そして僕も感激してドドーン! いやもう本当に凄くて強くてカッコ良くて!」

 

「ベル君ベル君ベルく~ん! その話、仏前の前にも聞いたよー! なんかもう説明の仕方も雑だよー! 擬音ばっかでよくわかんないよー! てかなんだろう、喋り方がもう完全に私になってる!」

 

ダンジョンで遭遇した叔父の半端ない無双っぷりが今だ脳裏に焼き付いて離れない様子で興奮しているベルに

 

仏は雄叫びを上げながら、いい加減しつこいから仏ビームで叔父の記憶を飛ばしてやろうか考えていると……

 

ふと道の真ん中を歩いている途中でベルは向かいから来た人物に気付いてハッとした表情で足を止めた。

 

「ってあぁぁぁ!! ア、ア、ア! アーッ!」

「なになに急にどうしたん? 前に会ったワン公が兄貴との思い出を作った時の様な叫び声を上げてからに」

 

具体的な例えをしながら仏は急に慌て始めたベルに眉をひそめて心配そうに見つめていると、彼の方へツカツカと歩いて来る軽装の金髪少女が

 

「……こんにちわ」

「ア、ア、ア、アイズさぁぁぁん!!!」

「うるせ! ベル君超うっせ! え、アイズさん?」

 

感情が着薄そうな印象が窺えるどこかお人形の様な少女の方から挨拶されたベルが、顔を赤面させて突然の雄叫び。

 

その大声に耳元を押さえながら仏が顔をしかめつつも、彼が言った名前にふと眉間にしわを寄せる。

 

「アイズさんってもしかして、ベル君がずっとぞっこんラブでいつかチューしたいと思っている絶賛片思い中のアイズさん?」

 

「あぁぁぁぁぁ!! 仏様本人の! 本人の前で言わないで下さい!!」

 

「……」

 

思わずポロッとバラしてしまいそうになった仏の口を慌ててベルが抑える中

 

仏の言い方があまりにも独特的だったので、当人の少女には上手く伝わっていなかったのか、全くの無反応。

 

彼女はアイズ・ヴァレンシュタイン

 

ロキ・ファミリアに所属するレベル6のヒューマンで、ベルにとって命の恩人であり目標、そして想い人である。

 

物静かで感情をあまり表に出さないため、その美貌も相まって神秘的な印象を周りにもたれているが、実はやや天然である。

 

「剣姫」という二つ名が付いてるだけあって、表情を変えずにモンスターを容赦なく斬り捨てていくその美しい姿は正に絵になる光景なのだとか

 

実際ベルもミノタウルスに襲われてる時に助けてくれた彼女の圧倒的な強さと美貌を見たおかげで、あっさりと一目惚れしてしまっている。

 

「どどどどどうしましょう仏様……! まさかいきなり向こうからやって来るなんて……僕まだ心の準備が……!」

 

「落ち着けベル君、ちょっと私に彼女を見せて」

 

こちらに近づいて小声で混乱しているベルをよそに、仏は前々から彼がどんな人物が好きなのか興味を持っていた。

 

だからこそこうして現れたアイズに仏は目を細めながらジーッとチェックする。

 

「なるほどねぇ~、これがベル君の……あ~、いや~……」

「?」

「ハハハ……ちょ、これはちょっと……ハードル高過ぎじゃないかなぁ……」

 

急に見つめられてキョトンとしているアイズを眺め続けながら、そのレベルの高い容姿に思わず笑ってしまう仏。

 

「いや~こんだけ綺麗な子だとは思わなかったわ私、正直私から見ればまだ子供だけど、これ将来半端ねぇ事になるぜオイ……紐じゃ勝負にならねぇわ」

 

「あの……どちら様でしょうか?」

 

「あ、申し遅れました、わたくし、仏という神であります、ウチのベル君がえー、お世話になってます」

 

「ウチの?」

 

ベルは確か女神ヘスティアの眷属だった気がするのだが……いつの間に改宗したのだろうとアイズが疑問に思っていると、仏はニコニコしながら話を続ける。

 

「主な仕事は魔王を倒しに冒険している勇者にお告げを下し、世界を平和に導く事でございます」

 

「魔王……勇者……」

 

「そんないかにも神っぽい仕事をしている私がですね、手塩にかけて育成中のベル君はこれからもきっとよりよく成長し、立派な男になると保証いたしますので、えー何卒彼の事を暖かく見守って下されば幸いです、はい」

 

自己PRをしつつベルの事も忘れずに、より彼女に注目して貰う為に彼を担ぎ上げる仏。

 

我ながら良い仕事をしたなと仏は彼の方へ振り返って親指を立てると、ベルは声には出さないが「ありがとうございます!」と返事するかのように小さくガッツポーズする。

 

しかしアイズはというとそれよりもふと仏の口から出て来た単語が気になる様子で……

 

「魔王とか勇者って、おとぎ話じゃなくて本当に実在するんですか?」

 

「え、いやまあ確かにこの世界ではわからないけど、別の世界では存在するけど……あ~仏としてはそっちじゃなくてベル君の成長性に期待して欲しいという部分に食いついて欲しいと思ってたんだけど……」

 

「その勇者は、強いんですか?」

 

「やべぇもうそっちに興味津々になっちゃったよこの子、ベル君の事なんかすっかり興味ナッシングだよ……」

 

我ながら失敗してしまったと仏はベルの方へ振り返り申し訳ないと両手を合わせて軽く頭を下げると、ベルは声には出さないが「なにやってるんですか!」とちょっと泣きそうな顔を浮かべている。

 

そしてアイズは二人がアイコンタクトを交わしてるのも気にせずに自ら話を切り出す。

 

「勇者と呼ばれる存在であれば、それは私よりも強い存在なんでしょうか?」

 

「んーまあ、どっちが強いか弱いかなんかは些細な事だとは私は思うけども……とりあえず私が導いている勇者ヨシヒコは、バカだけどやる時はやる男だね、うん」

 

「ヨシヒコ……そんな名前聞いた事無い」

 

「そらまあこっちには来れないからねヨッ君は、今頃魔王を倒す為に別世界で頑張ってるだろうし」

 

「……」

 

聞いた事のない名前をポツリとアイズが呟いていると、仏は「んー」と顎に手を当てしばし思考を巡らせると

 

「あ、そんなに気になるならさ、会わせてあげようか? 勇者ヨシヒコに」

 

「えぇ!? そんな事出来るんですか仏様!」

 

「ま~アウトかセーフかだと、どっちかというとアウトなんだけども、これ以上ベル君じゃなくてヨシヒコの方に興味を持たれたら私としてもね、あまり喜ばしくない事ではありますしね」

 

そんな気軽に会わせられるのかとビックリするベルに苦笑いを浮かべると、仏はアイズの方へと再度振り返って

 

「こっからだと3分ぐらいしか向こうにいられないけど、行く?」

「……なんだか面白そうだから行ってみます」

「あ、割とノリ良いんだね君って、そういうの好きよ私」

 

素っ気なく断るかと思ったら意外にも乗っかって来たので、そんなアイズにヘラヘラ笑いながら仏は手の平をかざすと

 

「てことではいルーラァァァァァ!!」

「アイズさん!?」

 

仏の叫びと共に独特なSEが流れると、ベルの目の前でアイズはパッと姿を消してしまった。

 

「仏様! もしかしてアイズさんを!」

「うん飛ばした、これロキには言わないでね、マジでぶっ殺されると思うから」

 

口元に人差し指を当てて内緒にしてねという仕草をする仏に、ベルは心配そうにアイズが消えた場所をただただ見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 

そしてあっさりと仏によって飛ばされてしまったアイズはというと

 

「……」

「……」

 

一瞬にして全く見覚えのない豪華そうな屋敷の中で突っ立っていた

 

そしていきなり現れた彼女の前には、鼻の下にホクロを付けた金髪の男が一人胡坐を掻いてキョトンとした様子で、爪切りを手に持ったままこっちを見上げている

 

「……え、なに? 誰?」

「……こんにちわ」

「あ、はいこんにちわ」

 

突然の来客に戸惑いつつも男は律儀に頭を軽く下げたアイズに会釈を返すと、眉間にしわを寄せまじまじと彼女を見つめながら

 

「……いやだから、誰? 怖いんだけど」

 

「仏という方から、ここに勇者ヨシヒコがいると聞いたんですが……」

「仏? え、ひょっとしてアイツ絡み? よくわかんないけど今ヨシヒコここにいないよ?」

「?」

「いやいや、首を傾げられてもなぁ……俺の方が首を傾げる展開だよコレ?」

 

勇者ヨシヒコはここにはいないと答える男に対しアイズはどういう事だと無言で首を傾げると、彼は苦笑しながら爪切りで足の爪をパチンと切る

 

「この街にある酒場で、他の仲間二人と一緒に飲み行ってるから、行って来ればいいじゃん」

 

「無理、ここにはあまり長居出来ないと言われている」

 

「あ~そっすか~……あ、ちなみに俺は別にハブられてここにいる訳じゃないからね? 最近日差しが強かったせいでちょっと気分が悪いから、先に帰ってこうして休んでるだけだから誤解しないでね」

 

「……」

 

「おいおいおいおい、なんだコレ、これはちょっと、俺一人だけじゃ荷が重いって」

 

冗談っぽく言ってみたのだが相手が全くの無反応だったので、気まずい雰囲気に耐え切れずにメレブは困惑しながらまたパチンと足の爪を切る

 

「なんでずっと何も考えてなさそうな無表情なの? 足の爪切る所ガン見されると切りにくいんだけど」

 

「あなたは勇者ヨシヒコの、仲間?」

 

「あ、はいそうです、ヨシヒコとは古い付き合いで色んな所を冒険している魔法使いです」

 

「魔王を倒す為に旅してるって本当?」

 

「うんまあ、そうっすね、魔王を倒すのが我々勇者一行の目的なんで」

 

「……」

 

あっけらかんとした感じでアイズの問いかけに正直に答えながら、男は右足の爪を切り終えて左足にチェンジして爪切りを再開する。

 

「まあ今はこうして拠点で休んでいるけど、明日になったらまた街から出て魔王の手掛かりを探す旅行くの、そういうモンなの勇者一行って」

 

「……勇者は強い?」

 

「ん、どうした? いきなり脈絡もないバカっぽい質問して来てからに、お兄さんますます困惑」

 

「私は小さい頃からただずっと強くなる事だけを考えて生きて来た、だから私はどんな方法でもいいから強さを手に入れたい」

 

「おい急に語り出したぞこの子……」

 

いきなりなに言ってんだコイツといった感じで呆然とする男に対し、アイズは再度言葉を投げかける。

 

「だからこそ教えて欲しい、勇者一行と呼ばれるあなた達がどれ程の経験を積んで魔王と戦う力を得たのかを」

 

「いやそんな事急に言われてもなぁ……あ、てかおたく、レベルいくつぐらい?」

 

「レベルは6」

 

「ひっく! なにそれひっく! マジ低すぎだなオイ!」

 

「!?」

 

仰天して驚く男の反応にアイズは初めて感情を表すかのように目をカッと見開いた。

 

レベル6といえばオラリオでもそうそういない高レベルの筈なのだが……

 

「いやいやいや! 6っておま! ごめんそれはちょっと低すぎだわー! 魔王以前に最初のダンジョンで苦戦する段階じゃん! もうちょっと頑張ろうよ!」

 

「そんなに……?」

 

「いや~だって、レベル6って、最初の街の周りをグルグル徘徊してればすぐにそんぐらいになれるモンだぜ?」

 

「!?」

 

なんと勇者一行にとってレベル6など安々と通過できる地点であるらしい、自分が血を流しながら積み上げてきた努力よりも、確実に強くなれる方法を彼等は知っているというのだろうか……

 

「そ、それじゃああなたのレベルは?」

「んーまあ、最近バニルっていう結構強めなボスキャラ倒したし……30前半はいってるんじゃない?」

「!?」

「あ、ヨシヒコのレベルは40超えてると思う」

「!?」

「でもまあ、魔王に挑むには大体みんな……60以上はあるかな?」

「!?」

「さっきからなんなの「!?」って、驚いてるのはわかるんだけど「!?」意外の驚き方無いの?」

 

なんという事だ、勇者と呼ばれる存在にもなると自分の10倍以上の実力を持っているというのか……

 

様々な試練乗り越え自分でも強くなったと自負していたアイズであったが、その自信はあっけなく崩れ去る。

 

ガックリ肩を落として傷心気味の彼女に、男は「だ、大丈夫?」と困惑しつつ怪訝な表情を浮かべていると

 

「そんな強くなりたいなら、超手っ取り早くレベルアップできる方法教えてあげようか?」

「あるの……?」

「食いついた……ちょい待ってなさい、すぐ戻るから」

 

そう言って男は立ち上がると屋敷の何処かへと歩いて行った。

 

そして一人取り残されて大人しく待っているアイズだが、突然頭の中で声が

 

『はーい仏でーす! 聞こえますかー!?』

「聞こえます」

『じゃあ、そろそろ時間なんでね、今からこっちに戻すから』

「延長お願いします」

『延長って……お客さん! ウチそういうシステム無いんすよ! 3分コースまでですから! てかそんなのどこで覚えたん!?』

 

頭の中で聞こえる声の主だと仏だと気付きながら、アイズは真顔でもうちょっと待ってほしいとお願い。

 

しかし融通の利かない仏は今すぐに彼女を元の世界に引き戻そうとする、だがそんなギリギリのタイミングで

 

「よーし我ながら上手く描けましたー、んーでももうちょっと愛嬌あった方が良かったかなー?」

 

どこかへ行っていた男が、両手に紙を持ってまじまじと見てブツブツ呟きながら、アイズの所へ戻って来た。

 

「はいコレ、その魔物倒せばいっぱい経験値貰えるから、強いし厄介だしすぐ逃げるけど、まあ頑張って」

「コレは……」

「そいつをレベル1の時に倒した場合だと、まあ12ぐらい上がるのかなー? だからレベルアップしたければそいつ倒すのが、こっちではもはやお約束なんすよ」

「!?」

「また出た「!?」、好きだねー「!?」」

 

男がヒョイと差し出した紙を受け取ってアイズがそこに描かれたイラストを眺めようとしたその瞬間

 

『はいお客さんお帰りですルーラァァァァ!!!』

 

頭の中で仏の叫び声が聞こえた瞬間、アイズはパッとその場から一瞬で消えてしまった。

 

いきなり現れた少女がいきなり目の前で消えた、そんな現象を体験した男はというと「は~?」と訳が分からんと首を傾げ

 

「俺、疲れてんのかなぁ……」

「メレブさんただいま戻りました」

「あ、おかえりヨシヒコ」

「メレブさん、酔いを治す呪文とか持ってませんか? 女神が飲み過ぎて屋敷の前で盛大に吐いてます」

「あぁ、ほっときなさい」

 

アイズの存在を蓄積された疲労から見えてしまった幻覚だったのだろうかなと片付けて

 

金髪ホクロの男ことメレブは、丁度そのタイミングで帰って来た勇者ヨシヒコを迎えるのであった。

 

 

 

 

 

そして一方で、仏とベルの前でちょっとした異世界体験をし終えて来たアイズが何事も無かったかのようにパッと戻って来た。

 

「あ、アイズさんが戻って来ましたよ!」

「ただいま」

「あ、おかえりなさい……」

 

右手に一枚の紙を握ったまま戻って来たアイズに、早速仏は歩み寄って

 

「ヨシヒコどうだった、元気してた?」

「勇者には会えなかったけど、代わりにその仲間だという魔法使いに出会いました……」

「勇者様の仲間に会えたんですか!? 凄い!」

「あ、それハズレだわ、ごめんもうちょっと正確にヨシヒコの所に飛ばしてあげればよかった」

「ハズレなんですか!?」

「いえ……」

 

勇者の仲間に会って来たらしいアイズがちょっと羨ましいと思うベルだが、仏曰くその人物はハズレらしい

 

しかしアイズは気にしていない様子でそんなハズレの魔法使いが紙に描いてくれたある魔物のイラストをジーッと見つめる。

 

 

 

 

それは妙にドロドロしてテカテカした、ヌメヌメの銀色の物体、そして何故か笑顔を浮かべている

 

「コレを倒せば私は更に強く……」

「な、なんですかアイズさんそれ……なんか物凄く可愛らしい……生き物ですか?」

「ごめん、ちょっとダンジョン行ってこのモンスター探してくる」

「ええー!?」

 

困惑して詳しく聞きた気なベルをよそに、迷い無く一人で駆けて行ってしまうアイズであった

 

目指すは銀色のヌメヌメモンスター

 

「仏様、僕はどうしたら!」

「迷うな! 追え! なんか知らんけど追ってお近づきになれ!」

「わかりました!」

 

あっという間に行ってしまったアイズに、自分はどうすればと困っているベルに仏がチャンスだと一喝。

 

するとすぐに彼はアイズが行った方向へと駆け出して物凄い速さで行ってしまう。

 

「いやー青春だなー」

 

見えなくなった若い男女を見送りながら、仏は我ながら良い仕事したなと一人で満足するのであった。

 

後々この行いが、大きく裏目に出てしまうというのも知らずに

 

 

次回、仏、対決する。

 

 



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仏5号
十三説 仏、対決する


銀色のヌメヌメモンスターを討伐しに出かけたアイズと、それを追いかけに行ったベルが去ってから翌日。

 

二人の事など既にそっちのけで、仏はベルの主神・ヘスティアと小さな店を構えてバチバチと熱い火花を散らしていた。

 

「今日こそ決着つけてやんぞコノヤロー!!」

「望むところさ! 今ここでハッキリと誰がベル君に相応しいのか教えてやる!」

 

 

ここに至るまでどういう経緯があったか省略させて説明させて頂くと

 

 

最近仏が自分の大事なベルを好き勝手に連れ回されてヘスティア大激怒

 

 

いい加減にしろと直で抗議するも仏は「いや、私の方が絶対あの子をうまく導けるから、紐はもう天界に帰って」の一点張り。

 

 

こうなってはもうどちらが先に折れるか勝負するしかない、という事で

 

 

店側にお願いしてどちらがよりじゃが丸くんを売り捌けるかという勝負に至るのだ。

 

「あのー、リリはもう帰っていいですかー?」

 

「ダメだ! 仏は狡猾にもよりにもよってロキと手を結んできたんだ! ここはもう君に頼るしかない!」

 

「可哀相に、ヘスティア様には共に戦ってくれるお友達がいないのですね」

 

「いるよ! けどみんな下らないって言って手伝ってくれなかったんだ!」

 

「リリ自身もまったく同意見です」

 

そしてちゃっかり自分側にヘスティアが連れてきた援軍はリリルカ・アーデ。

 

なんでも仏は卑怯にも、材料が切れた際に偶然出くわしたロキと結託し、彼女のファミリアを借りて数の力で勝とうと狙っているらしい。

 

故にヘスティアもまた己の人脈を生かしてほかの神々の力を借りようとしたのだが、皆にあっさりと断られたので最後の綱としてリリを急遽呼びつけたのである。

 

「ベル様のお姿が見えなくなったというのになぜにこんな下らない神々の決闘に参加しなきゃならんのですか……」

 

「ベル君のことは確かに心配だ、君よりもずっとボクは心配してる、しかし勝負は時にそんな時でも、いやそんな時だからこそしなくっちゃあいけないんだッ!」

 

「いやしてちゃダメですから」

 

昨日から姿を見せないベルに対してヘスティアも勿論心配はしているみたいだが、日頃忌み嫌ってる仏なんかに勝負を挑まれてはその誘いに乗るしかない。

 

しかしノリノリなヘスティアとは対照的に、リリは一刻も早くベルを探しに行かねばならないので、さっさとこの場を去りたいとしかめっ面で考えるのであった。

 

「フッフッフ~、早速チームワークに乱れが生じてますな~」

 

そんな彼等を愉快そうに眺めているのは向かいの店に立つ仏。

 

先ほど急なお告げをしなければならない上に材料が切れて焦ったが、ロキと手を組んだおかげですっかり余裕が見て取れる。

 

「やはりここは、ん~私が~? 仏・ファミリアを~結成し~、私がベル君を育てるべきだと思いま~す!」

 

「黙れ仏! ボクのベル君を横から掻っ攫おうだなんてそうはさせないぞ!」

 

上機嫌に歌うかのように叫んでいる仏にムカッとしながらヘスティアは対抗すると、すぐに隣でめんどくさそうに手伝ってくれているリリの方へ振り返って

 

「さあどんどんじゃが丸くんを揚げるんだ! 揚げ立てほやほやのじゃが丸くんを売りまくって、ヘスティア・ファミリアを護るんだ!」

 

「リリは一応ソーマ・ファミリアだからぶっちゃけ部外者なんですが……それとリリはこれでも公には死んでる事にしているので、出来れば裏方に徹しさせてください」

 

「そうか、君そんな設定があったね、すっかり忘れてたよ」

 

「設定とか言わないで下さい! リリとしては結構重要な問題なんですよ!」

 

冒険者を騙し続けお尋ね者になり、最終的には身内の裏切りによって粛清された、と偽装して今までなんとかバレずに上手くやっていけてるリリ

 

そういやそんな過去があったなとすっかり忘れていたヘスティアにリリが思わず怒鳴ってしまっていると

 

向かいの仏の店でもアクションが

 

「おい仏、頼まれた材料調達してきたで」

「はいサンクス! ってあれ? なんでお前一人なのロキ?」

「いや~それがな~」

 

しばし時間をかけてようやく材料を持って戻ってきたロキに仏は顔をほころばせるが一瞬にして曇り顔に

 

するとロキは「う~ん」と首を傾げながらどうやらトラブルに見舞われた様子で

 

 

「実はウチのアイズたんが先日から何処かへ出かけて行方をくらましてしまったみたいなんや、だから今、ウチのファミリア総動員であの子の捜索に出掛けてるみたいやねん」

 

「マジかよ! アイズたんいねぇの!?」

 

「お前がアイズたん呼ぶな、殺すぞ」

 

ロキ・ファミリアとしてはもはやエースと呼んでも過言ではないアイズが行方不明。

 

こんな状況で仏のお手伝いなどしてる場合ではないらしく、ファミリアの面々は皆必死に彼女を探し回ってるみたいだ。

 

「とにかく今はこっちに割ける人員はいないっちゅう事や、たった一人を除いて」

「一人ってまさか……」

「フ、喜べ仏」

 

そして人材確保を失敗し不安がる仏をよそにロキは度や顔で自分を親指で指し

 

「ウチや」

「チェンジ!」

「なんでや!」

 

仏の叫びに間髪入れずにツッコむロキ、自分では頼もしい助っ人だと思っていたらしい。

 

「誰もこぉへんよりマシやろ! 一緒にあのドチビをぶっ飛ばそうや!」

 

「いやだってお前は不安だわ~……しゃべり方的にじゃが丸くんじゃなくてたこ焼き作りそうだもん」

 

「せやな、たこ焼きなら大得意や、てか調達してきた材料は全部それ用や」

 

「なんでや!」

 

えっへんと無い胸を張って既にじゃが丸くん以外のモノを作る気満々のロキに、思わず仏の方が彼女の口調で叫んでしまう。

 

「なんで! なんでじゃが丸くん対決でたこ焼きの材料買ってくんねん! アンビリバボーや! 驚きの通天閣やー!」

 

「ウチの口調真似すんなや、しかも意味わからんし、ジャガイモ揚げるよりタコ焼いたほうが美味いやろ、絶対そっちの方が売れるから見とけ」

 

もはや完全に仏とヘスティアの対決よりも、いかに自分の作ったものが凄いのか自慢したいが為にこの勝負に乗っかっているロキ。

 

というのも、何もしないでボーっとしているよりも、こうしてアイズが通りがかりそうな場所で待っていたほうがいいと、こう見えて主神ながらしっかりと考えているのだ、

 

「いやしかしホンマどうしたんやろうなぁアイズたん、もともと結構自由奔放やったけど、ウチや団員に何も言わずに飛び出してしまうなんて……」

 

「まぁホント、心配っすね、ベル君もアレから見ないし、ん? アレから……?」

 

仏はふと先日のことを思い出す、謎のモンスター探しに躊躇無く行ってしまったアイズに、自分が追いかけろと叫んでベルが彼女を追いかけに行った光景を

 

ひょっとしてあの時から? てことは二人が消えた原因を辿ると……

 

「ひょっとしたらなんかあったんちゃうかな、あの子なら大抵のトラブルはささっと解決する筈やのに」

 

「あ~……そうだね、何があったんだろうね」

 

「仏、お前はなんか知っとるか?」

 

「知りません、全く知りません、まっっったくアイドンノー」

 

「そっかー」

 

なにか事の事実に気付いてしまった仏だが、尋ねてくるロキについ反射的に知らないと嘘をついてしまう。

 

心配そうにため息をつくロキを見て、仏は平静を装いながらふと思った。

 

あ、これバレたらコイツに殺されるな、と

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、ヘスティアとロキが心配している中で、当の本人であるアイズとベルはというと

 

「ここにもいない……」

「ア、アイズさ~ん!」

 

二人が現在いるのはなんとダンジョン、しかもやたらと手強いモンスターが出やすい中層エリア。

 

黙々と一人でモンスターを楽々と屠って行きながらつっ走ってしまうアイズを

 

彼女がとりこぼしたモンスターから逃げ惑いながら、ベルはひたすらに彼女を追いかけていた。

 

「大丈夫なんですかこんな所まで来ちゃって……もう中層辺りに着いちゃいましたよ」

「これは私の独断行動、君は一人で帰ってもいいんだよ」

「いや、ここまでついて来ちゃったらもう僕一人じゃ帰れません」

「なるほど、それは困った」

 

仏の言うがままにがむしゃらにアイズの背中を追いかける事に夢中になっていたが、今更ながら己の現状がかなりヤバい状態なのだと気付くベル。

 

そしてそんな彼が帰れないと聞いて、アイズも仏頂面ではあるが罪悪感を覚えた様子。

 

「ならしばらくこのまま私と一緒に行動しよう、君の事はちゃんと護るから安心して」

 

「アイズさんに護られる……う~ん、それは僕としては複雑ですけど、アイズさんがそれでいいなら……は!」

 

彼女にそう言われて若干言葉を濁らせながら複雑に感じている中で、ベルはふとこの現状に気付いた。

 

今自分は、アイズと二人っきりの状態でダンジョンを潜っている事に

 

これはもしや……デートという奴なのではないだろうか

 

(そうか! 仏様はこうなることを見通して! 流石です仏様! お導きに感謝します!)

(……急にはしゃいでどうしたんだろう……)

 

ダンジョンの中というのはやや物騒ではあるが、これこそ仏の導きだと確信してグッと拳を握って喜ぶベル

 

そんな彼を見てどこか様子がおかしいと冷静にアイズが眺めていると物陰から

 

 

 

 

「フッフッフ……」

「!」

「い、今の声は!」

 

薄暗い空洞の声で呻くような低い笑い声が不意に飛んで来た。

 

喜びも束の間、ビクッと肩を震わせるベルを置いて、アイズはすかさず得物の細剣をそちらに向かって構える。

 

すると洞窟の奥から微かな足音を鳴らして、何者かがゆっくりと姿を現した。

 

その者はなんと

 

「なんたる僥倖……! これぞ日頃から行いの良い吾輩に、天から下さった幸運ではないか……!」

 

アイズとベルは現れて早々嬉しそうな声を上げるその人物(?)と対面して、言葉を失った。

 

髪の毛は逆立ち顔は蒼白、しかしただ白いだけではなく目元は赤く塗られており、それが見る者に恐怖を感じさせる。

 

その上服装は黒いマントを羽織り、その中には真っ赤な鎧が装備されていた。

 

とどのつまり、物凄く怪しい男だ。

 

「あれって……冒険者なんですかね? それともモンスター……」

 

「わからない、初めて見た」

 

「フッフッフ、吾輩を見て怯えている様だな……」

 

いきなり現れた怪しい男にベルだけでなくアイズもどうしていいのか困っている様子。

 

しかしそれを見て急に現れた人物は満足げに笑みを浮かべながらマントを翻すと

 

「”飛んで火にいる夏の虫”とはこの事よ! フハハハハハッ!」

「……えと、すみません、飛んで火にいる……どういう意味ですかそれ?」

「ん? 貴様、この例えを知らんのか……? 結構有名だぞ?」

「はい、全く」

「……」

 

決めポーズを取りながらカッコよ笑い声を上げた男に向かって、ベルは率直に彼の言った事が理解出来なかった様子。

 

それに対して男は「なるほど……」と急に冷静になり、ベルの隣にいるアイズの方へ振り向いて

 

「貴様もか?」

「知らない」

「あー……最近の子供は、使わないかぁ……」

 

アイズもまた真顔で首を横に振ると、男はちょっと優しめな口調で後頭部を掻くと

 

「いいか吾輩の話をよく聞け、夏の虫が、火の明るさにつられて飛び込んで焼け死ぬ、見た事ぐらいあるな?」

 

「いやーどうでしょう、僕あんま覚えありません」

 

「同じく」

 

「だよねー、考えたら火をボーっと無心で見る事はあるけど、そこへ虫が飛び込んで焼け死ぬってのは……意識しないとまず見る事はないよねー」

 

ベルとアイズの微妙な反応に男は苦笑いを浮かべながら頷くと、ちょっと困り顔をしながらも話を続ける。

 

「だからつまり~……「飛んで火にいる夏の虫」というのは、自分から進んで災いの中に飛び込んでしまったの例え、という事である、と覚えておいてください」

 

「「あー」」

 

割りと丁寧にわかりやすく教えてくれた男に思わずベルとアイズがようやくわかった様子で返事すると、男の方も満足そうに「勉強になっただろ」とニコニコ笑った後……

 

「という事で貴様等はまんまと吾輩のいる死地へと自ら足を踏み入れてしまったという訳だぁ!!! ハッハッハーッ!!」

 

「な、なんだってー!」

 

「かかったな愚か者どもめ! 吾輩がただ例え話を教えてくれる親切なおじさんだとでも思ったかぁ!!!」

 

急に表情を一変させて、舌を伸ばしてこちらを嘲笑うかのように叫び出す男。

 

それに上手く乗っかってベルが驚いていると、アイズは既に抜いた剣を男に向かって構える。

 

「誰だか知らないけど、私の道を阻む者は容赦しない……」

 

「フン、生憎吾輩にとって貴様はただのおまけだ小娘、吾輩が本当に欲しかったのは……そちらの小僧だ」

 

「え?」

 

「ぼ、僕?」

 

人目も無いダンジョン内で自分を暗殺にでも来た、どこぞのファミリアの刺客かと推理していたのだが

 

どうやら彼の目的は自分ではなくベルの方らしい

 

「貴様の様な幼き純粋無垢な高潔な魂を生け贄に捧げてこそ、吾輩の悲願が達成するのだ……!」

「い、生け贄ぇ!?」

「……あなたは誰? この子を狙う目的は?」

「吾輩は……!」

 

剣先を鋭く男に向けながら、ベルの盾になるかのようにアイズが立ち塞がると、男は両手を上げたままニヤリと笑って

 

 

 

 

「ハーゴン! 地獄の都から現れし! この世に破滅をもたらす悪魔神官である!! そして吾輩の目的は!!」

 

 

 

 

「この迷宮に封印されし! ”破壊神シドー”様の復活である!!!」

 

ベル達の前に突然現れたこの世を破壊せんと目論む悪魔神官・ハーゴン。

 

果たしてベルとアイズはこの窮地を脱することが出来るのか……

 

「さあ手始めに貴様等を蝋人形にしてやる!!」

 

 

 

 

 

 

「すみません、蝋人形って何ですか?」

「私も、聞いた事はあるけどどういうものかよく知らない」

「え~これ吾輩の十八番セリフなのに……うん、じゃあ今度は蝋人形について一から説明するからよく聞いて」

 

 

 

 

 

 

そしてその出来事を物陰から隠れて眺めていた大男が一人……

 

「これは……急いでフレイヤ様に報告せねば……」

 

次回、フレイヤ、目論む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十四説 フレイヤ、目論む

美の女神・フレイヤ

 

フレイヤ・ファミリア主神であり神々の中でも随一の美貌を持つ女神。

 

その魅了の効果絶大で、モンスターや神ですら虜にすることが可能で、魅了した団員を数多く抱えている。

 

そんな彼女なのであるが、かつて見たことが無いほど透き通った綺麗な魂の色を持つベルを偶然目撃して以降、彼を気に入ってしまい、自らのモノにすべく様々な画策しており

 

更には自分のものとして相応しい能力を身に付けさせるため、彼に様々な形で試練を与えたり、密かに手助けをして成長を促していたりもする。

 

普段は泰然と構えているが、ベルに対して異常ともいえる執着を見せており、例えベルが死んだとしても、今の地位を捨て天界に戻って追い掛け彼の魂を捕まえると言い切る程である。

 

つまり物凄く性質の悪いヤンデレ神様だ。

 

「あの子が襲われている?」

「は、同行しているロキ・ファミリアの剣姫と共に」

 

迷宮の真上に立っている巨大建造物、バベルの最上階にて

 

美の女神・フレイヤは美しい銀髪を指で弄りながら

 

目の前でかしずき、ついさっき迷宮内で起きていた情報を持ってきた団員・オッタルを静かに見下ろしながら聞いていた。

 

「問題ないわ、あの子にはいくつもの障害を乗り越えてほしいの、それぐらい自らの力で打ち勝ってもらわなきゃ、剣姫の事に関しては……どうでもいいわね」

 

「ですがどうも、あの少年を襲ったのは普通の存在ではありませんでした、私には到底で理解できない不可解な力を秘めていると思われる男です」

 

「前にあなたから聞いた例のハーゴンと名乗る悪魔……かしら?」

 

「は」

 

オッタルから以前、迷宮内で禍々しい雰囲気を放つモンスターでも冒険者でもない謎の人物と出会った事を聞いていたフレイヤはすぐに勘付く。ベルを襲った者が何者なのかを

 

「いい度胸ね、私のモノを横から掻っ攫おうだなんて……けど相手が悪魔となると少々問題だわ」

 

その悪魔に対してベルを奪われるのではという可能性を危惧し、フレイヤは表情には出さないが若干嫉妬を覚えながらも、ここで無闇にその悪魔に手を出すのは愚策だというのもよくわかっている。

 

「彼等は神々の恩恵すら打ち消す力を持っていて厄介な存在なの、あなたが戦いを挑まずに私の報告しに来たのは正解よオッタル」

「……」

 

魔界の住人たる悪魔であれば、こちらの恩恵を授かった冒険者といえど呆気なくその力を奪ってしまう。

 

いかにレベル7のオッタルとはいえ、そのデーモンという悪魔に挑んでいたら無事にここへ帰還できたかどうかもわからない。

 

彼の賢明な判断にフレイヤは愛おしく見つめながら微笑むと、オッタルは静かに彼女に頷くとゆっくりと口を開いた。

 

「それと悪魔の目的がわかりました、どうやらあの少年の魂を贄として、迷宮地区に封印されている破壊神を蘇らせる事とか……フレイヤ様?」

 

「……」

 

話しを終えたオッタルは彼女の顔を見て思わず身構える。久しく感じていなかった恐怖さえも込み上げて来た。

 

先程まで自分を聖母の如く安らかに笑っていたフレイヤの表情は一変し、真顔でこちらを見下ろし、二つの冷たい目がこちらの心さえも見透かそうとするぐらい鋭く光っていたのだ。

 

「どうしてそれをもっと早く言わなかったのかしら?」

 

「申し訳ありません、どっちを先に言うべきか迷いましたが、とりあえず勘でこっちを後者に回しました」

 

「勘ってあなたね……いいわ、今回だけは許してあげる、あなたにはまだその悪魔の目的が、どういうモノなのか理解できていなかったのでしょうし」

 

深々と頭を下げて謝罪するオッタルをしばし睨みつけた後、ひじ掛けに頬杖を突きながらフレイヤはふぅっとため息をついた。

 

「この迷宮、いいえ、この世界にはかつて破壊神シドーと呼ばれた邪悪な神が存在していたわ、まだ人間がいなかった頃にね」

 

「神、であったのですか?」

 

「アレと同等に呼ばれるのは私としては屈辱的であるのだけれど、確かにあの力は神の力と言っても過言では無かったわ」

 

不機嫌そうにそう断言するとフレイヤは更に言葉を付け足す。

 

「ただひたすらに世界を破壊し尽くす事だけを目的とする邪悪な神、故に他の神々からは破壊神シドーと呼ばれ、それからも数えきれない程の災厄を振り撒く存在だったのよ」

 

「……」

 

「……しかし破壊神シドーの暴走は呆気なく終止符を打つことになった」

 

神々でさえも手が出せないほど凶悪性と残虐性を秘めし破壊の神・シドー

 

そんな恐ろしい怪物がどの様にして倒れたのかオッタルは無言で彼女の次の言葉を待っていると

 

フレイヤはその反応が面白かったのかちょっと勿体ぶりながらも、さっさと終わらせねばと思いすぐにキチンと答えてあげた。

 

「当時はシドー以上に絶対的な力を持っていた神・ゼウスが遂に重い腰を上げて破壊神に戦いを挑んだのよ」

 

「ゼウス……かつてオラリオにファミリアを築いていた……」

 

「ええそうよ、かつて私とロキが結託し、ヘラ・ファミリアと共に潰した男よ、ま、今となってはどうでも良い事だけど」

 

さほど興味がなさそうにポツリと呟き、「話を脱線させないで」とオッタルに注意するとフレイヤは髪をかき上げる。

 

「いかに破壊の神と呼ばれど当時のゼウスには手も足も出なかったわ、容易く敗れた破壊神は、もう二度と復活す事が出来ないようゼウスに”封印の壺”というモノに閉じ込められ、それから今に至るまで二度と蘇る事は無かったわ」

 

「……」

 

「けど今でもその破壊神が眠る封印の壺は存在する、それもこの迷宮のどこかに隠されていると、以前小耳に挟んだ事があるわ」

 

封印された破壊神がダンジョンのどこかにいる……そんな話はオッタルでさえ初耳であったが、フレイヤが言っているのであるのだから絶対の本当の事なのであろう。

 

彼女の語る言葉こそが、オッタルにとっての世界の真実なのだから

 

「その封印の壺は普通の冒険者達では決して見つかる事さえ出来ない所に保管されているみたいだけど……その悪魔さんはもしかしたら既に居所を突き止めている可能性が高いわね、再び蘇らせるために」

 

「悪魔の目的は、この世界に再び破壊神を復活さえ、今度こそ世界を滅ぼそうとしていると……」

 

「シドーに対抗できるゼウスは今、戦いから退き、ファミリアも失い、夢の国に夢中なただの老人。このタイミングを見計らって悪魔はわざわざ魔界から飛び出して動き始めたっという訳よ」

 

「……夢の国とは何ですか?」

 

「オッタル、あなたちょくちょく別の方向に話を持って行こうとするわね……夢の国の話は言わないわ、私に魅了されているあなたでさえあの国の話を聞けば魅了される可能性もあるし」

 

終始冷静に語るフレイヤであったが、オッタルは気付いていた。

 

彼女が今、内心穏やかではないという事を

 

「封印を解くには純粋無垢で清らかな心を持つ者の魂を捧げる必要があるとされている……つまりその悪魔が狙っているのは私と全く同じという事になるわ、私だけが手に入れる事を許されているあの子の魂を悪魔風情がよくも……」

 

「……フレイヤ様、お鎮まり下さい」

 

「っと、少々感情的になってしまったわね、みっともない姿を見せてしまって悪かったわ」

 

「いえ」

 

あの子の事を想うとつい乙女の様な気持ちになってしまう、我ながら愉快な事だとクスッと笑うと

 

悪魔に対する怒りを抑え込んで平静さを取り戻し、フレイヤはいつもの様に微笑を浮かべた。

 

「それではこちらも動くとしましょうか、目的は二つ、破壊神が蘇える前にあの子を救って悪魔を滅ぼす」

 

「では自分が向かいます」

 

「私が言った事をもう忘れたの? 悪魔は神の恩恵を打ち消すのよ、あなた一人でどうこう出来る相手では無くてよ」

 

自分が出向くと立候補するオッタルを疎めると、フレイヤは対悪魔への準備を進める。

 

「故に悪魔とやり合うのであればそれなりに準備をしなければならない、それに有能な人材もね」

 

「では手の空いてる団員を確保しておきましょう」

 

「いいえ、それではまるで私が必死になってあの子を助けようとしてるみたいじゃない、そうなるのだけは絶対に嫌、例え相手が悪魔であろうと神としてのプライドがそれを許さない」

 

 

フレイヤ・ファミリアだけの力で悪魔を滅ぼし、ベルを救出しては、まるで自分が正義の味方みたいだ。

 

そういう役目は自分の柄ではない、フレイヤは恋する乙女であると共に常に周りを操り謀略を巡らせる黒幕としての役目を全うしたいのだ、故にここは自分だけの力で解決するのではなく……

 

「そういえば剣姫もまた悪魔に襲われていたと言っていたわね、さっきはどうでもいいと言ったけれども、もしかしたら使えるチャンスかもしれないわ」

 

「ロキ・ファミリアに情報を渡して剣姫の救出に向かわせると?」

 

「ええ、それと……」

 

有能な彼女が危機に陥ってるとなればロキ・ファミリアだって黙っていられないだろう。すぐにでも助けに向かう筈だ。

 

ここは上手く利用させてもらおうと思いつつ、フレイヤは更なる一手

 

「彼女にも、ヘスティアにもこのことを伝えてあげるべきね。たった一人の我が子がピンチになったと聞いたらどう動いてくれるのか期待できそうだし……」

 

ベルの主神・ヘスティアにもこの事を伝えるべきだとフレイヤは薄く笑みを浮かべながら頷く。

 

当然彼女を気遣ってベルの事を伝えるのではない、そこから彼女がどう立ち振る舞ってくれるのか見たいだけだ。

 

「そうと決まれば私から直接伝えてあげましょう、オッタル、私との同伴を許します、彼女の所へ向かうとしましょう」

 

「は、それならば自分が案内します、場所なら既に割れています故」

 

「あら仕事が早い、けどどうしてわかっているの?」

 

「……実は街中で少々騒ぎが起きていまして、すぐに連中がそこにいるのが知れました」

 

「?」

 

いくら彼であってもそう安々と神の居場所を特定出来る筈が無いとフレイヤが不思議そうに彼を見つめると

 

オッタルはしばしの間を置くと表情一つ変えずに

 

 

 

 

 

「女神ヘスティアが、ロキ・ファミリアの主神・ロキ、そして仏と名乗る不審な神と商品の売り上げ対決をして盛り上がっているのだとか」

 

「……自分の子が大変だというのにあの子もロキも何をやっているのかしら……」

 

これにはフレイヤも思わず顔に出すぐらいに呆れてしまう、ベルとアイズが悪魔に襲われ、更に下手すればこの世界が滅ぶ危機でもあるというのに……

 

それにその2柱の神と共にいる不審な神……

 

「仏……出来れば言葉も交わしくたくないし顔も合わせたくないんだけど……そこにいるとするならば仕方ないわね」

 

彼が以前からこのオラリオに来ている事はフレイヤは当に気づいていた。

 

彼がベルと仲良く街中を歩いている光景を、フレイヤはこのバベルの最上階からよく観察していたのだ。

 

だが実の所、フレイヤは仏の事をあまり好きではなかった、何故なら彼がこういう事に関わると……

 

「面倒事が更に面倒事になるのよねぇ……まあいいわ、体よく扱って上手くこの問題から追い出しましょう」

 

そう言ってため息をつくと、フレイヤはオッタルと共にヘスティアとロキのいる街中へと向かう事にした。

 

仏などという迷惑極まりない存在は必要ない、自分の美貌で魅了させて大人しく消えてもらうと企みながら。

 

 

次回、フレイヤ、イライラする。

 

 

 

 



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十五説 フレイヤ、イライラする

全身を出来るだけ露出させないように頭からすっぽりローブを被りながら、フレイヤは街中を歩いていく。

 

もし彼女が公に堂々と姿を現せば、それだけで大騒ぎになってしまうからだ。

 

しかし彼女に付き添って歩いている屈強な長身、冒険者としてもトップクラスに君臨するオッタルがいるおかげで、十分に目立っている事に彼女は気付いていない。

 

「何故かしら、姿を隠しているというのに周囲からの視線が……遂に私の美貌は隠し通せなくなるまで昇華してしまったのかしら?」

 

「おお……なんと見事な……」

 

「あらどうしたのオッタル?」

 

「いえ……なんでもありません」

 

ローブの下から目を覗かせて周囲に警戒している自分の横で、許可なく勝手に止まったオッタルに話しかけるフレイヤ。

 

「何か気になる事でもあったのかしら? 私以外に」

 

「大した事ではありません、ただ先程すれ違った下着のみで歩いていた角刈りの男の肉体が……あまりにも鍛えられていたのでつい見とれてしまいました」

 

「ううん大した事あるわ、街中でブーメランパンツ一丁の男が歩いているなんて大問題だから、そしてそれに見惚れてしまうあなたも私としては大問題」

 

平然とした様子で答えるオッタルだがフレイヤは急いで後ろに振り返ると

 

「うわ……嫌なモノを見てしまったわ、夢に出て来そう……」

 

確かに身に着けるモノがパンツのみというマッチョな男がたくましい背中を見せながら歩いているのが見えた。

 

それを見て彼女はすぐに気づく、あの者は人間でありながら神と成った男……

 

「なるほど、相手が神となると町の住人達もあまり強く言えないのね、ましてや関わったら何されるかたまったもんじゃないし……」

 

「神……そういえばロキ・ファミリアのレベル6の冒険者が、筋骨隆々のマッチョな神に襲われたと聞きました、襲われた冒険者は、最近はずっと部屋に引きこもり、何かに怯える毎日を過ごしていると」

 

「……ねぇオッタル、私に対してなんでもかんでも情報を言えばいいって訳じゃないの、なんというかその……生々しい話はしないで頂戴、ちょっと想像しちゃうから……」

 

数時間前に素早く情報を寄越すべしという自分の忠告に従って、真面目な顔で余にも恐ろしい事を話し始めるオッタルに眉をひそめるフレイヤ。

 

一体その冒険者はどんな目に遭ったのか……容易に想像できるが想像したくなかった……

 

 

 

 

 

 

一方その頃、オラリオの中心部ではヘスティアと仏が両者顔を突き合わせて口論をしている真っ最中であった。

 

「ふざけるな! どう見たってコレはボクの勝ちだろ!」

「そんな訳ねぇだろが! この勝負は間違いなく私の勝利だから!」

 

周りの視線も気にせずにギャーギャーと騒ぐ二人、先程から互いに譲らずずっとこの調子で言い争っているのだ。

 

「いいかい仏、ボク達は「どちらがジャガ丸くんを売り上げられるか」という勝負をしたんだよね? ちゃんとそういうルールだと事前に確認し両者同意して始めた、流石に君でもボクの言ってる事わかるよね?」

 

「は~聞いてないんですけど~? そんな俺ルール、否、紐ルール聞いてないんですけど~? え、なになに? そこまでして負けを認めたくないの? いやだって売り上げ見てみ? これ完全に私の方が稼いでるから」

 

「それはほとんどロキが用意したたこ焼きで稼いだんだろ! なんでジャガ丸くん売上対決なのにたこ焼きなんて出してるの! たこ焼きでの売り上げは勝負に関係ない! つまり途中でジャガ丸くんでの勝負を放棄して逃げた君の敗北は極めて濃厚だという事さ!」

 

「仕方ねぇだろ途中でジャガ丸くんの材料切らして! それでロキに買いに行かせたらいつの間にかたこ焼きになっちゃったんだよ! よってこの事に関しては私が本意でジャガ丸くんを裏切ったわけではなく、店の売り上げに貢献するために仕方なく、仕方なく! たこ焼きにシフトチェンジするしか無かったのであります」

 

「そうか、じゃあジャガ丸くん売上対決はボクの勝ちだと認めるという訳だね、たこ焼きは売上の対象外だし」

 

「いやだから! 別にジャガ丸くんだけを売って勝負って決めてないじゃないのー! どうしてジャガ丸くんは良くてたこ焼きくんはダメなのよー!」

 

さっきからずっとこの調子で全く決着が付かない仏とヘスティア。

 

それを離れた所で見ている二人の協力者、リリとロキも呆れて口を挟む気にもなれないでいた。

 

「ぶっちゃけどっちが勝とうが負けようがどうでもいいんですが……本当に神様なのですかあのお二方は?」

 

「いやいや、神なんてモンは案外どいつもこいつも俗物まみれやで? 仏やドチビみたいな人間臭い神なんてそこら中にぎょうさんおるし」

 

「ええ~仏様みたいな神様が沢山……」

 

「粘土持って長い距離を歩くか、ウンコ我慢して長い距離歩くかのどっちが大変なのかってしょうもない勝負した神様もおるらしいし」

 

「それは人間としてもしょうもないレベルですよ……」

 

「結果知りたい?」

 

「いえいいです……オチが大体読めますんで」

 

自分が作ったたこ焼きを食べながら呟くリリにロキがへらへら笑いながら答えていると、そこへ……

 

「こんな所にいたのね、ちょっと探しちゃったじゃない」

「ん? お前は……」

 

背後からスッと現れたローブを被った謎の女性に、ロキは振り返り様にすぐに顔をしかめる。

 

顔は隠していてもすぐに正体を見抜いたからだ。

 

「またこんな街中で堂々と現れるとは、ここ最近の間で随分と変わったやないか、フレイヤ」

 

「フフ、確かにここ最近の私はちょっとおかしいわね、なにか動きたくなる切っ掛けがあったのかしら」

 

「お前が動くとロクな事にならん、出来ればずっと大人しくして欲しいんやけどな」

 

ロキの前に現れたのは美の女神フレイヤとその従者・オッタル。突然の大物の登場にも関わらずロキは至って冷静な態度で冷ややかに返事する。

 

「で? 今回はウチに何の用や? わざわざ自分の所のエース引き連れて来て、今度はなに企んどんねん」

 

「とりあえず二つ否定しておこうかしら、一つは私がわざわざここに出向いたのは貴女に会うだけじゃないわ、女神・ヘスティアにも話しておくことがあるの」

 

「あのドチビに? ふ~ん……」

 

「それと二つ目は、今回企んでいるのは私じゃないわ、ここにはいない別の勢力よ」

 

「……なんやて?」

 

ローブの下から美の女神と呼ばれる相応しい整った顔を僅かに露出させながら、不敵な笑みを浮かべて答えるフレイヤに、ロキはしばし怪しむような目つきを向けながら黙り込んだ後、まだ仏と争っているヘスティアの方へ振り返って

 

「おいドチビ、どうやら仏と下らん争いしてる場合じゃないみたいや、はよこっち来い」

「下らないとはなんだ! これはボクと仏がベル君を賭けた大事な戦いで……ん?」

 

勢いよくバッと振り返って叫ぶヘスティアであったが、ロキの所にふと怪しい者がいる事に気づいてすぐに彼女は目を細めた。

 

そしてそれと同時に彼女と言い争っていた仏もまた当然そちらへ振り返り

 

「おおっと~、コレはコレはコレは紐とロキじゃ到底比べ物にならないすんごいべっぴんさんのお出ましじゃないですか~」

 

「もしかしたら、もういないかもと願っていたけど……やっぱりいたわね……」

 

ヘスティアよりも先に誰だか見破った様子でニヤニヤ笑い出す仏にフレイヤは思いきり嫌そうに顔をしかめた。

 

ここに彼がいるとは事前に把握していたが、やはり顔を合わせただけでもう十分にめんどくさい。

 

「ごきげんよう仏さん、どうしてあなたがこの地にいるのかは知らないけど、ちょっと大事な話があるからあなたは席を外してもらえないかしら?」

 

「ハハハ、嫌です」

 

「……」

 

遠まわしに邪魔だからあっち行けと言ったつもりなのだが、仏はそれを笑顔で拒否。

 

それに対してフレイヤが少々イラッと来ていると、ヘスティアの方は仏をスルーして彼女に話しかける。

 

「君がボクに用事があるなんて珍しい事もあるもんだね、フレイヤ。大事な話とは一体なんだい?」

「……あなたとロキには伝えておこうと思っていてね、実は……」

「私! 美容整形してました! な、なんだってー!」

「……」

「いて!」

 

彼を無視してヘスティアとロキに早速本題を伝えようと思ったその時、またしてもニョキッと下から現れてふざける仏。

 

そんな彼に遂にフレイヤはちょっと力を込め、無言で肩パンをかました。

 

「ふざけないで頂戴、あなたがいると話が進まないわ、お願いだからどっか行って」

 

「ちょっとーただふざけただけでしょー! なにマジに怒ってんのよフレイヤちゃん!」

 

「怒ってないわ」

 

「いや怒ってるでしょ、なぁに~あの男を操る事に関してはピカイチのフレイヤちゃんがなにイライラしてんの~~?」

「……」

 

「いって! そこ! 肩じゃなくて脇腹!」

 

策士であるフレイヤが自ら殴りたくなるほどの衝動に駆られ、話が終わるのにかなりの時間を費やす事になるのであった。

 

 

 

                                                  

 

それからしばらくして

 

フレイヤはようやくロキとヘスティアに例の話を言い終える。

 

アイズとベルがダンジョンで孤立化し、そこで現れたハーゴンという悪魔が破壊神シドーを復活させる為に彼等に牙を剥いたという事を

 

「止めろと言ってるのに仏の奴が邪魔して来たから何度も中断しちゃったけど……とりあえず私の話はこれで以上よ」

 

「お前ホント昔からコイツには遊ばれまくっとるなー、アレやで? お前が嫌がる反応するから楽しんでるんやで仏」

 

「あなたよくこんな人と付き合えるわよね……」

 

ジト目でこちらを見つめて来るフレイヤの表情が新鮮だったので、それを愉快そうに眺めながらロキは言葉を付け足す。

 

「付き合い方わかれば面白い奴やねんコイツ」

「私には一生理解出来ないわ……」

「おい! 仏の付き合い方なんてどうだっていいだろ! それより今大事なのは!」

 

ロキとフレイヤの会話に口を挟んで叫ぶのは、一緒に話を聞いていたヘスティアであった。

 

「ボクのベル君があんな女狐の毒牙にかかりかけてるって事だろ! あ~しばらく見ないと思っていたらまさかそんな目に遭っていたなんて!」

 

「だからリリは言ったじゃないですか! 下らない勝負よりもベル様をお探しする方が先決だと! ヘスティア様はそれでもベル様の主神ですか!?」

 

「いくら神だからって自分の所の子が何も言わずにホイホイとダンジョンへ行くなんて予想できないんだよ! 前々から神でさえ行動が読めない困った子なんだベル君は! だがそこがいい! 神でさえも読めないキミが好きだ!」

 

「知りませんよ! アホな告白してないで反省して下さい!」

 

「おーいお前等、驚くとこそこやないから、悪魔の方やから」

 

急に顔を赤らめてのろけるヘスティアにリリがキレて騒いでる中

 

「なるほど、悪魔……それに破壊神か、随分と懐かしいモンが出てきおったな……確か随分昔にゼウスの奴が封印したって話やろ? そいつを復活させようとするなんてただの悪魔ではないみたいやな……」

 

二人にツッコミながらアイズが被害に遭っていると聞いたロキの方は、至って冷静な様子で顎に手を当て考えている。

 

「ドチビの所の少年はともかく、ウチのアイズならあっさりとやられる心配はないが……いくらあの子でも相手がちと悪過ぎる、こりゃ大至急ウチのファミリアから捜索隊を選ばなアカンわ」

 

「それなら私の所からもオッタルを貸してあげるわ」

 

優秀な人材が揃い踏みのロキ・ファミリアからアイズの捜索、それと悪魔・ハーゴンの討伐および破壊神復活の阻止。

 

 

それらを迅速に進めようと動き出そうとするロキに対し、仏によって狂わされた調子を取り戻したフレイヤが優雅に声を掛ける。

 

「この子の実力はあなたもよくご存じでしょ? いい助けになると思うわよ、この子強いし」

 

「ほ~ん……なにがお望みや女狐」

 

「やあねぇ、いくら私でもこんな事態に無粋な企みなんてしないわよ、相手はあの破壊神、なら派閥争いは一時休戦して、お互いにベストを尽くすべきだと私は考えてるのだけど」

 

「……ふん、ならそういう事にしておこかい、今ここでお前と争っている時間も無いみたいやしな」

 

口では友好的な事を言ってはいるが、フレイヤが動く理由がロキはちゃんとわかっている。

 

どうせヘスティアの所の少年絡みだろう、そうでなければ自分の所の大事な冒険者・オッタルを提供する筈が無い。

 

微笑を浮かべるフレイヤの背後で腕を組みながらオッタルが無言で従う姿勢を見せていると、ヘスティアの傍にいたリリもビシッと手を伸ばして挙手

 

「リリもご同行します! リリはベル様の雇われサポーター! 足手まといにはならないので連れてって下さい!」

 

「よし! ならばボクも同行しよう! 出発はいつだ!」

 

そこへすかさず同じように挙手して同行しようとするヘスティアだが、そこへリリは冷たい視線で振り向いて

 

「いやヘスティア様はいりません、大人しくここでジャガ丸くんでも売って待っててください、ベル様はリリがお助けします」

 

「なにをー! 待ってる事なんて出来るか! だってベル君はもしかしたら今! あのヴァレン某と二人きりで行動している可能性が高いんだぞ!」

 

「そりゃそうですけど……」

 

「悪魔や破壊神なんかよりも! あの女と一緒にいる事が何よりも危険なんだ! だからボクは! 主神として全力でベル君とあの女の仲を邪魔する義務がある!!」

 

「流石はヘスティア様、最低です!」

 

グッと拳を握ってニヤリと笑い、主神としてベルとアイズの間に良からぬフラグが立たないよう全力で阻止する事を誓うヘスティア。

 

ダンジョン内部に神々が侵入する事は固く禁止されているのだが、これはもう絶対に付いてくる気だ……

 

そしていつもならこういうタイミングでヘスティアに、仏が呆れや様子でツッコミを入れるのだが……

 

「やっべ~……あの二人行かせちゃったの私じゃん……これ、バレたら間違いなくコイツ等に酷い目に遭わされない?」

 

一人みんなから少し離れた所で、誰にも聞こえない様に細心の注意を払って独り言を漏らす仏

 

フレイヤの話を聞いていた彼はすぐに気づいたのだ、アイズとベルが二人してダンジョンの中へとホイホイ行ってしまったのは、他でもない自分がやってしまった事が原因だと

 

「なんとしてでも最後までバレず、かつ私のせいで二人が死んでしまう様な事だけは絶対に避けなきゃならないなコレ、もし私のせいであの二人死んじゃったら……流石に目覚めが悪いぜ~」

 

いくら仏でもこの事には多少の罪悪感は覚えている様だが、そこはやはり仏、この事態が起こった原因を周りにバレずに隠蔽する事を即考えていた。

 

「これは、やるしかないみたいだね~、ヨシヒコ達は今向こうの世界で魔王と戦ってるから呼べないから……」

 

そして仏は一つの結論に達する。

 

誰も死なせず

 

悪魔を倒し

 

破壊神の復活を阻止し

 

かつ自分が助かる為の道を。

 

 

 

 

 

「この私が新たな勇者と呼ばれるに相応しい逸材を、この世界で探す他ありませんな~」

 

元々細い目を更に細くさせながら仏は静かにそう呟いて決心するのであった。

 

この世界で今、仏の新たな勇者探しが始まる。

 

 

次回、銀髪天パ、立候補する。

 

 

 

                         



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仏6号
十六説 銀髪天パ、立候補する


突如オラリオのダンジョンに世界を滅ぼさんとする悪魔神官・ハーゴンが現れる。

 

彼の目的は純なる魂を生け贄に捧げて、ゼウスによって封印された破壊神・シドーを復活させて再び世に放つ為。

 

現在、ハーゴンは偶然にもその穢れなき純なる魂をもつベルと出会い、彼と共にいたアイズをも己の牙にかけようと襲い掛かっている。

 

一刻一秒も争う緊急事態、これにはベルとアイズの主神であるヘスティアとロキ、そしてベルに対して特別な感情を覗かせて暗躍するフレイヤが共闘してハーゴンを倒すパーティーを作る事となったのだ。

 

そして仏もまた、ちょっとばかりの罪悪感を抱えたまま、それ以上の人材、勇者と呼べる有能な人物を探す事となったのだ。

 

「あの二人がダンジョンへ向かったのは~ん~もしかしたら私のせいかもしれないからな~……これはもう、私が責任を取り、超使える助っ人を是非是非スカウトしなければ~ならないね~」

 

独り言をぼやきながら仏は街の中をウロウロしながら探すが、そんな超使える助っ人など早々見つかる筈がない。

 

偶然そこにいた兄貴♂ファミリアの面子に声を掛けようとしたのだが、なにやら他の冒険者を捕まえてお楽しみの最中だったので話しかけるのを止めた。

 

「アーッ!!!」

「ナイスデース♂」

「桜花ァー!!」

 

気弱そうな前髪の長い女の子が悲鳴上げる中、大男が兄貴の子供達に襲われてそれ以上の悲鳴を上げている。

 

仏はそれを真顔でスルーして、見なかった事にして再び歩き出すと、そこへ背後から勢いよくロキが駆け寄って来た。

 

「アカン仏! ウチのファミリアの面子がもうほとんどダンジョンに行ってるみたいや! つまりアイズの捜索隊に回すメンバーがおらん!」

 

「なんやて工藤!?」

 

「工藤って誰? とにかく今ウチのファミリアの中で動かせるのは、部屋の中に籠って出ようとしない引きこもりのベートだけや……」

 

「アイツかぁ……出来ればもうしばらくそっとしておいてあげたいんだけどなぁ……」

 

応援に呼べるのは心に深い傷を負って引きこもりになってしまっているベートただ一人だと聞いて、仏は珍しく心遣いを見せながらもふと腑に落ちないことがあった。

 

「てかベート君以外の面子が全員もれなくダンジョンに行っちゃって連絡つかないっておかしくね? なんでそこ都合よく全員どっか行っちゃってるの?」

 

「仏、お前ならわかるやろ、予算がもう残り少ないからそんなに新キャラ出せんのや」

 

「おい! 急に私以上にメタな事言うなよ! え、なに!? 今そんなに予算残って無いの!?」

 

「あぁ、なんかえらいギャラの高い大御所を呼んだみたいやで、ハーゴンよりも凄いみたいや……それで元々低予算作品からのスピンオフやから、ウチもうお金ほとんど使えないねん……」

 

「あぁ……あるある、そういうのホントよくある……くっそーヨシヒコのとことか短いシーンでCGとか使っちゃたりしてんのにー……」

 

 

大人の事情的な世知辛い話をヒソヒソ声で話す仏とロキ、色々と都合が悪くこちらからあまり新しい面子を呼べないと、彼女は顎に手を当てながらはぁ~とため息をつく。

 

「ウチの所には「勇者」っていうそれはそれはお前が望むような二つ名を持つ奴がおったんやけどなー、いやー勿体ないわー、あの子使えないのホント勿体ないわー」

 

「え~マジで? もう勇者って呼ばれてる奴がそっちにいたの? うわ超欲しかったその子、ベート君じゃなくてその子出しときゃ良かったじゃん」

 

「いやでもな仏、そいつの代わりになるかはわからんが、ここに来る途中でちょっと使えそうな奴を見つけておいたんや」

 

「え~ホントに~?」

 

自分の所のファミリアからはベートしか出せないが、どうやらよその所から候補者を集めていたらしいロキ

 

ちょっと自信ありげな彼女に対し仏は疑いの目つきを向けていると、ロキの背後から一人の人物がフラリと……

 

 

 

 

 

「どうも~、この度勇者という大任に立候補しに来た坂田銀時で~す」

「どや? 見てみこの死んだ魚のような目をした銀髪天然パーマ、なんか使えそうやろ?」

「はい不採用ぉぉ~!!」

 

現れたのは腰に『洞爺湖』と彫られた木刀を差す、空色の着物を着た銀髪天然パーマのやる気の無さそうな男であった。

 

けだるさ全開で軽く頭を下げて挨拶する銀時という男に、仏はすぐに手を横に振って全力で拒否

 

「おま! なにホントに!? 一回目はヨシヒコ達の所へ勝手に現れて、そん次はこっちにやって来て主人公の座を譲ってくれとか言ってたじゃん!? で!? また来たのここに!?」

 

「悪いな仏様、俺はどうしても諦めきれねぇんだ、原作終わっちゃうしもう時間が残ってねぇんだよ、これからは銀魂の代わりにこっちで主人公になりてぇんだよ」

 

「ええやろ仏、一見やる気の無さそうな態度のクセに野心だけはいっちょ前に持っとるし、もしかしたら結構な掘り出しモンかもしれへんで?」

 

「お前はお前で何言ってんの? 言っておくけどコイツこのままこの世界で野放しにしたらね、お前等の世界は破壊神が復活する前に滅ぶよ?」

 

 

確かに見かけはちゃらんぽらんだが、いざという時流はやるタイプ、というオーラを感じるも。

 

仏はどうしてもこの銀時という男をこの世界に留め、なおかつ勇者として任命するわけにはいかなかった。

 

何故ならこの男はそこにいるだけで、周囲をあっという間に自分の世界観に持っていくという恐ろしい能力を持っているからである。

 

と言っても、それは仏もまた同じなのだが

 

 

「も~友情出演だからってこっちにまで出てこないでよ~! ダメなんだってホントに~! 諦めて自分の世界へ帰って~!」

 

「いいや帰らない、何も成果を得られずに大人しく帰るなんてね、この銀さんがそんなみっともない事出来るわけないでしょ? この小栗〇がこんな短い出演で大人しく帰るなんて出来るわけないでしょぉがァァァァ!!」

 

「自分で小栗〇って言ったよこの銀さん! ホント自由過ぎるよこの人! 私以上だよ!」

 

平気でなんでもかんでも自由に発言する銀時に、これには流石に敵わないと思わず素で笑ってしまう仏。

 

「もう小栗君でも銀さんでもいいから! お願いだから帰ってホントに! マジで!」

 

「待った、そう言う前にちょっと俺の話を聞いてくんない?」

 

「出たよ俺の話聞いて! 粘るな~コイツ! どんだけ出たがりなんだよ! 暇じゃないんだろ実際!」

 

「実はね、ここに更に”助っ人”を用意してんだよ俺」

 

「はぁ?」

 

どうやら銀時は自分だけでなく他の者もこっち側に招待していたらしい、それを聞いて仏は口をあんぐりと開けて固まる。

 

「そいつ等と俺がいればラスボスだろうが簡単に倒せっから」

 

「まさか!? 銀さんが仲間を呼ぶと言えばあの!? 橋本ちゃんと菅田!?」

 

「よしお前等、出てこい」

 

銀時が背後に振り向いて手招きすると、物陰から二人の人影が……

 

 

 

「失礼する、この度友である銀時の誘いに乗ってはるばる異世界へやって来た侍、桂小太郎だ」

『私はエリザベスです』

「ってお前等か~いッ!」

 

そこへ現れたのは腰まで伸びた黒髪をなびかせた和服姿の侍・外からやって来た異人を排除するために日々勤しむ攘夷志士・狂乱の貴公子こと桂小太郎と

 

そのペットであるアヒルだかペンギンだかよくわからない白くて黄色いくちばしをした不思議生物・エリザベスであった。

 

「流石にほら、環奈と将暉は忙しいから、暇そうなヅラとそのペットを呼んでみたわ」

 

「ヅラじゃない桂だ、それに俺は暇な訳じゃないぞ」

 

「ちょっとさ~! 小栗旬の上に岡田〇生まで出てくるとかなんだよも~! 大河ドラマかよ!」

 

「岡田将〇じゃない、桂だ!」

 

銀時がまた余計なモンを連れて来たと仏はうんざりした表情で叫ぶと、それに反応して桂が声を大きめにしてツッコんできた。

 

「俺もそろそろ銀魂が終わってしまう事を危惧していてな、いずれ俺達攘夷志士の新たな拠点を探そうとどこかに置こうと日々考えていたのだ、な、エリザベス」

 

『はい、桂さん』

 

「ここに来る前には、やたらと強いスライムが周りに称賛されながら無双していくという世界に行っていたのだがな、エリザベスがついノリでそのスライムを倒してしまったら、なんか他の連中が怒り狂って追いかけられたので逃げて来た」

 

『すみません、スライムと聞くとどうしても倒さなきゃと思っちゃって……』

 

「しかもまたどっかの異世界勝手に行っちゃってるし~、余所の世界に迷惑かけないでも~」

 

ここに来るまでの経緯を手に持つ文字が書かれたプラカードを掲げるエリザベスと平然と話す桂に、仏は自分を棚に上げながら何をやってるんだと呆れていると、ロキがへらへら笑いながら話しかけて

 

「どうや仏、なんかコイツ等色々と使えそうやろ? そりゃちとキャラが濃すぎる気もするが、ウチのファミリアにも劣らぬ潜在能力を感じるんや」

 

「ダメです! 元の世界に返して来なさい! いくらコイツ等が強くても! コイツ等がいるだけで! この作品が乗っ取られちゃうんですからね!」

 

「いやいや仏さんよ~、別に俺達はこの世界を乗っ取ろうとかそんなん考えてる訳じゃないって、なあヅラ」

 

「ヅラじゃない桂だ、確かに俺達は別の地からやって来たよそ者ではあるが、強引な手段を使って国を乗っ取った天人の様な卑劣な真似を、俺達侍がする訳がない」

 

一行に首を縦に振ろうとしない頑固な仏を説得させる為に、銀時は桂と一緒に自己PRをする。

 

「俺達の目的はただ一つ、この世界を正しく導く為に革命を起こす事だ!」

 

「おー、なんかカッコいい事言ってんねー、で? 具体的な目標ってなに?」

 

「まずは人に代わって統治という名目でこの世界を牛耳っている、神などと呼ばれた蛮族を討ち滅ぼすべきだと俺は思う!」

 

『世界の夜明けをもたらす者、桂小太郎!』

 

「いや神ってそれ私達の事なんだけどー!? 破壊神より前にコイツ等が私達に襲い掛かって来るつもり満々なんだけどー!?」

 

やはり桂はどこの世界でも桂だった、どうやら彼の目的は神による統治を撤廃させ、人間達だけの理想郷を築き上げようとしているみたいだ

 

もはやここの世界観など知ったこっちゃないという強い決意を見せる桂にエリザベスがプラカードを勢いよく掲げるが、滅ぼされたらたまんないと仏は悲鳴のような声を上げながら大きくツッコミを入れた

 

「いやてかさ、さっきからずっと気にはなっていたんだけどさ、もういい加減口出しちゃっていい?」

 

「む? なんだ?」

 

『仏、我々になにか言いたい事があるんですか?』

 

「桂さんはひとまず置いといて……おい、そこのエリザベスっていう珍獣、ちょっとこっち来て、こっちこっち」

 

不意に仏は桂のペットであるエリザベスに話しかけると、ゆっくりと近づいて来る彼に仏は怪訝な様子で目を細めて

 

「君、ちょっと中身見せてくれない?」

 

『ハハハ、何を言ってるんですか仏、私に中身などありませんよ』

 

「いやそういうのいいからさ、ちょっと口開けてみ? ほら、さっきからチラチラとすげぇ見知った顔が見えるんだよ、もう勇者に最もふさわしい男がチラチラ見えるんだよ」

 

何やらエリザベスに対して疑惑を持った仏は、その正体を見極める為に強引に彼の黄色いクチバシを両手で掴んでこじ開けようとする。

 

「ほらちょっと中身見せろって! 今絶対中にアイツいたよ! おら出てこい! もうこっちでも勇者やっていいから!」

 

『止めて下さい仏! いったい私を誰だと勘違いしているんですか!』

 

「何をする仏! エリザベスはエリザベス以外の何者でもない! 決して中に誰もいないのだ!」

 

『そうです、私はエリザベス、決して三人の仲間を引き連れて勇者と呼ばれる様な者ではありません!』

 

「あー! 今ちょっと顔見えたぞ! 半笑いだったぞ! おい出てこい山田! 隠れてないでこっちでも冒険しろ孝之!」

 

 

あくまでシラを切って抵抗しようともがくエリザベスを、仏は桂に後ろから引っ張られながらもちょっと笑みを浮かべながら、無理矢理そのクチバシを開けて中にいる人物に向かって叫ぶのであった

 

「ったくなんやねんもー、いらんとか言っておいてやっぱいるんやないかコイツ等、でもまあ確かに、余所の世界の人間を使うってのは、ちと神のプライドとしてに許せへんかもしれへんから今回は止めとくかな……」

 

「いやいやそこを何とかお願いしますよ、こっちも家計キツイんですって、頼むよお兄さん」

 

「いや知らんわ、つかお兄さんじゃないわボケ」

 

結局、この男を勇者として採用するのは、他の候補者が見つかるまで保留となるのであった

 

次回、仏、因縁の人物と再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十七説 仏、因縁の人物と再会

仏は悩んでいた、破壊神が今にも復活しそうな緊迫した状況下で

 

このオラリオで勇者に相応しい人材が中々見つからないのだ。

 

「てか時間足りな過ぎでしょ~、いくら仏でもそんな簡単にスパッと勇者なんて見つけられる訳ないっつうの」

 

一人噴水広場に座り込んで、ブツブツと不満を漏らしながら仏は途方に暮れていると

 

そんな彼の隣にスッと一人の老人が馴れ馴れしく座って来た。

 

「ほほう、どうやらお困りのようじゃの」

 

「ええそうなんすよ、このままだと私ね、仏のクセに間接的に人二人を見殺しにしかねない状況なんすよ、ってあれ? あ! お前は!」

 

急に隣から話しかけられた老人にぼやきながら仏は振り返るとすぐに驚いた表情。

 

そこにいたのはこの辺では見かけない黄色い作業着を着こなし、頭にゴーグルを掛けた白髪の老人。

 

「よければこの江戸一番のからくり技師と称される、平賀源外の助言を与えてやっても良いのだぞ」

 

「で、出たー! またまた銀魂キャラー! もういい加減にしろって抗議殺到するよコレー!」

 

前回だけでなくまた性懲りもなく新キャラを投入して来た銀魂陣営に、仏は「どんだけこの世界に出てくるんだよお前等!」とツッコミながらも、ふと目の前に現れたその源外という男を見て「あれ?」とすぐに顔をしかめる。

 

「てかお前……あの金髪ホクロじゃない? すげぇ顔似てるんだけど?」

 

「え、なに金髪ホクロって? 俺、いや……私そんな人知らないけど? え? そんな似てるんすか? わしと?」

 

「似てるつうか本人だよね明らか、喋り方も原作じゃなくて実写版寄りだし、しかもよく見たら隣にさ、エリザベスもちゃっかりいるし」

 

「あ、ホントだー気が付かなかったー」

 

源外の顔付きは何処かで絶対に見たと確信出来るぐらいある男と酷似していた。

 

おまけに前回、仏が即座に中にいるのが誰なのか見破った謎の着ぐるみ珍獣・エリザベスもセットで座っている。

 

すると自分に気づいた仏に、エリザベスはひょいとプラカードを掲げて

 

『私の事は気にしないでください、仏、ここはまずメレ外さんの話を聞くべきです』

 

「ほら、メレってちょっと書きそうになってるじゃん、エリザベス、否、ヨシザベスもう完全にわかってるじゃん」

 

「いやーわし全く心当たりないんすけどねー、どうしたのエリザベス? 打ち合わせで出す予定だったプラカードと違うよ? 間違えないで、ここ大事なところだから間違えないで、アドリブとかまじいらないから」

 

『すみません、源ブさん』

 

「なに源ブって? 名前の響き的には超カッコいいけど読むとすげぇダサいから止めて」

 

もはや隠す気ないんじゃないかコイツ、と思いつつも自分も口調が素になっている事に気づいていない源外は、改まった様子で仏の方へまた振り返る。

 

「実はな仏、わしはこの町で、お前が求むちょいとした勇者候補を見つけたのじゃ」

 

「いや今更口調元に戻してももう遅いんだけど、って勇者候補見つけた? なにそれ仏的には超助かる情報」

 

「豊饒の女主人っていう飲み屋があるじゃろ?」

 

「ああはいはい、私的には結構トラウマあるけど知ってますよ、はい」

 

豊饒の女主人と言えば、色んな冒険者が集う人気のお店だ、仏は前に行って酷い目に遭わされたが、あそこには強者の名だたる冒険者達がよく通っている。

 

「あ、もしかしてその店で偶然滅茶苦茶強そうなお客さんを見つけちゃった的な?」

 

「ううんお客さんじゃない、あそこですげぇ無愛想に働いている店員さん、マジ強いから一回会って来てみ?」

 

「うわ、急に雲行きが怪しくなって来た……」

 

 

自分の推測にあっけらかんとした感じで首を横に振って答える源外に、仏はますます顔をしかめて嫌そうな表情。

 

あの店で無愛想に働いている店員と言えば、間違いなくあの万年むっつり顔の”彼女”だ。

 

「え~いや確かにこの私を一方的にボコボコにするやべぇ奴だけど……アイツ? あのむっつり貧乳娘? 勇者っつうかバーサーカーじゃね?」

 

「いやマジで保証するから、だってさっきその店で銀時達と飲んでたんだけど、あの我等が主人公の銀時をもう容赦なくボコボコにしたからね、ヤバいぞアイツ、マジ強キャラ」

 

「異世界に勝手に来てなにやってんのお前等? 私が言えた義理じゃないけどあまりこちらの方達を刺激しないでくれないホント?」

 

「うん、ホントにお前が言えた義理じゃないな」

 

どうやら銀時はまたどこかで騒動を起こしていたらしく、今度は自分をとっちめた店員がいる店で同じようにフルボッコにされてしまったらしい。

 

白夜叉と呼ばれ、戦争時代はブイブイいわせていたあの銀時であるが、早速異世界の洗礼を受けてしまったみたいだ。

 

「まあ仮にも元ジャンプ主人公を倒したのであれば……確かに戦力としては申し分ないし、果敢に強敵に挑むその勇気も捨てがたい、けどあのむっつりはなぁ、私の事すげぇ嫌ってるしなぁ~」

 

「まあダメ下で一回会うだけ会って見ればいいじゃろ、な、エリザベス」

 

『いいんですか? 彼女胸なかったですよ?』

 

「いやー勇者に胸とか必要ないでしょが、それ本人に言うなよ、ムラサキみたいにショック受けるぞ、おら仏、さっさと行ってこい」

 

「え~~~~なんかまたぶっ飛ばされそうで会いに行くのすげぇ怖いんだけど私……」

 

源外とエリザベスが所々別のキャラで喋っている光景をよそに

 

仏は頬に手を当ててしばらく悩む仕草をした後、仕方ないといった感じでため息をつくのであった。

 

「まあ、ね、時間も無いしやれるべきことはやっときましょうか……」

 

 

 

 

「てかお前等もう帰ってお願いだから、今すげぇ大事な所じゃん、なにこっちで遊んでんの?」

 

「バッカ遊んでんじゃねぇよ! これも仕事だよちゃんとした! なあエリザベス!」

 

『当たり前です、我々は決して異世界にいる巨乳を探しに来た訳じゃありません!』

 

「なるほど……ヨシヒ……君は着ぐるみ着てても馬鹿なまんまなんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、仏達がそんな会話をしているのも知らず、豊饒の女主人では店員の一人、シル・フローヴァがやや沈んだ表情でカウンターの前で突っ立っていた。

 

「ん~ホントにどうしちゃったのかしら……」

「シル、まだ彼はここに来ていないのですか?」

「そうなのよ、いつもならもうここに来てもおかしくないのに」

 

心配している様子のシルに言葉を掛けるのは、同僚のリュー・リオンだ。

 

「来たとしても今店に入られても困りますけどね、この辺では見かけない変な男が暴れたせいで店は滅茶苦茶ですし」

 

「凄かったわねあの人、ウチの店であそこまで暴れておいて逃げれるなんて……おかげで店の人達は私達以外あの人を捕まえに行っちゃったし」

 

「私が結構締め上げたつもりだったんですが……思いの外生命力が高かったみたいで、不覚です」

 

現在、この店にはシルとリューだけがおり、二人で後片付けの真っ最中であった。

 

数十分前に銀髪天然パーマの男が店内で酔っぱらって大暴れしたので

 

彼女と他の店員、そして店主のおかげで見事に撃退に成功はしたモノの、店内は荒れ放題な上に怒り狂った店主を筆頭に男を捕まえに出掛けているので、店は休業中である。

 

「ここ最近はた迷惑なお客さんが増えて困りますねホントに、しかもそれに比例して良い客であるクラネルさんは来る頻度が減ってしまっているようですし」

 

「そうなのよね……おかげで今日も弁当渡せそうにないかも」

 

仏といい先程の天パの男といい、最近この店にはマナーの悪い客ばかりやってくる、元々荒くれ者の冒険者が集う店ではあるが、あの二人はかなりタチが悪い。

 

しかもそれが原因なのかは知らないが、シルの想い人である駆け出し冒険者のベル・クラネルがあまりこの店に顔を出さなくなってしまったのだ。

 

「もしかして何かあったのかしら、冒険者って常に自分の命を危機に晒すモノなんでしょ? もしかしたらダンジョンで何かあったんじゃ……どうしよう、すごく不安になっちゃった、まさか事故に遭ってたりしてないよね?」

 

「あり得ますね、確かに冒険者に類する者であればいつどこで命を落としてもなんら不思議はありません、私にも覚えはあります。クラネルさんも冒険者ですから当然例外では無いですし、何かしらのトラブルに遭遇して死亡している可能性はありますね、もしくは生け捕りにされて身動き取れない状態にされて、もっと大きな獲物を惹きつける為の餌となっている可能性も捨てがたい」

 

「……」

 

不安がる自分に対して仏頂面でサラッと物騒な推測を口走るリューに、シルは思わず心配するのを止めてジト目を彼女に向けた。

 

「……そこは「そんなことある筈ないですよ」とか言って励まして欲しかったかな……」

 

「いや私にそんな事を求められても困る、残酷な一面を知っている元冒険者であった私にとって、冒険者関連の事に上っ面の言葉を並べて取り繕うなんて話術は生憎持ち合わせていない」

 

「あなたの場合、冒険者関連以外の事でも正直にズバッと言う所あるけどね……」

 

かつて冒険者時代に悲惨な経験を得たリューは、元々嘘をつかずに正直に物申す性格なので、こういう時は毎回最悪の事態を想定してシビアな回答をするのだ。

 

彼女のこういう所は慣れているのだが、やはりこうして面と向かい合っている状態で言われると少々心臓に悪いな、とシルはそう考えながら訴えるような眼差しを彼女に向けていると

 

「ごめんくださ~い」

「あ、いらっしゃいませ、すみませんお客様、ただいま当店は休業中……え?」

 

ふと店の入り口からどっかで聞いた感じの野太い声で誰かが入って来たので

 

シルはつい反射的にそちらへ振り返ってお引き取りを願おうとしたのだが、勝手に店の中に入って来たその来客に彼女は戸惑いの表情を浮かべる。

 

「……仏、様ですよね? どうしてあなたがここに……」

「ハハハ、久しぶりぶり~! 来ちゃった!」

「あんな真似しておいてそんな軽い感じで言われながら来られても困るんですけど……」

 

そこへやって来たのはこちらに陽気に手を振って歩み寄って来る仏であった。

 

彼がこの店でリューにとっちめられ、更にはその報復でベルを利用しようとし、失敗したとわかったらすぐに逃げた事を知っているシルは、何事も無かったかのようにいきなり来店してきた彼にどういう事だと疑問を浮かべていると

 

「性懲りもなくノコノコとこの店に足を運ぶとは大した度胸ですね、また私にシバかれに来たんですか?」

 

「ちょっとリュー!? さっき暴れたばかりなのにまた店の中で暴れるつもりなの!?」

 

早速拳をポキポキと鳴らしながら、既に戦闘モードにスイッチを切り替えているリューが、獲物を見つめる狩人の目で仏の方へ自ら近づき始めた。

 

「すみませんシル、この男だけはどうしても生理的に受け付けられないんです私、目の前にいたら全力でぶん殴りたいという強い衝動に掻き立てられるんです」

 

「それは、わからなくもないけど……せっかくお片付けも終わりそうなのにまた店の中を滅茶苦茶にされちゃったら今度こそミア母さんにおしおきされるわよあなた……」

 

「覚悟の上です」

 

「ハハハ、相変わらず強い敵意を向けてきますなーこのむっつり小娘め」

 

リューからえらく嫌われている事を自覚していてもなお、ヘラヘラと笑いながら仏は出ていくつもりもなく、彼女に睨まれた状況下でその場に留まった。

 

「えーしかしですね、そんな神をも恐れぬお前だからこそ、果たせる事もあるやもしれぬ、という事でお前に仏からのお告げを下そう、と思うので心して聞くがいい」

 

「は?」

 

「……うわなんかもう、マジで怖ぇいよコイツ……すげぇ睨んで来るよ、私に対して物凄い殺気を放ちながらすげぇメンチ切って来るよ……」

 

いきなり訳の分からない事を言う仏にリューは僅かに眉を動かしつつ、明確に敵意の眼差しを向ける。

 

それに仏はちょっとビビりつつ、思わずちょっと笑いながらも静かに彼女に口を開くのであった。

 

この世界の命運を託すために

 

 

 

「この店の店員であるむっつり貧乳鉄仮面小娘、いや、才能ある力を自ら眠らせているリュー・リオンよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「今こそ世界を救う勇者となり! ダンジョンに潜む恐ろしい悪魔・ハーゴンを倒し! 破壊神シドーの復活を阻止してこの世界を再び平和に導くのだー!」

 

「絶対に嫌です、遺言はそれでいいんですか?」

 

「ええー!?」

 

仏のお告げを聞いても全く動じてない様子で拒否するリュー、そればかりかまだ仏を殴る気満々で彼の方へ歩み寄っていく。

 

果たして仏は無事に彼女を説得してダンジョンに行かせることができるのだろうか……

 

次回、結成、仏ファミリア

 

 

 

 

 

 

 

 



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十八説 結成、仏ファミリア

「お断ります」

 

「そこをなんとかお願いしますよ、むっつりさん」

 

「いい加減にしてください、またシメますよ」

 

「おい! 一体なんなんだ君は! どうしてそうすぐ暴力で片付けようとするんだい!? 言っておくけど私って神様だからね!? その神様をシメるってのはどう……! ちょ、止めて、グーはダメ、グーはマジでダメ」

 

まさかの因縁の相手であるリュー・リオンを勇者と任命しようとする仏だが、案の定あっさりと断られてしまった。

 

おまけにしつこい仏に限界が来たのか、拳を固めてこちらに無表情で近づいてくる始末

 

しかしそれにめげずに仏は慌てて口を開き

 

「んーけどねー、このままだとこのお店に通っていた少年、白髪紅目のショタボーイが大変な事になっちゃうよー?」

 

「白髪紅目のショタボーイ……まさか……」

 

「あ、ショタボーイで通じるんだ」

 

仏の口から出て来た引っ掛かる名称に、彼女の耳がピクリと反応して拳を構えるのを止めた。

 

「そのショタボーイとはもしやクラネルさんの事ですか?」

 

「ご名答、そのショタボーイこそベル君です、彼は今、ダンジョン内で悪魔に襲われ超ピンチでございますです、はい」

 

「そ、そんな!?」

 

悪魔に襲われベルの命がマジでヤバい

 

仏の短く簡潔にまとめた話を聞いてすぐに反応したのは、リューではなく隣に立っていたシルの方であった。

 

「ベルさんが大変な目に!? それならすぐに助けに行かなきゃ!」

 

「その通-り! あーこっちのお嬢ちゃんはちゃんと状況をわかってくれてるみたいで偉いねー、それに比べてむっつりコラ!」

 

「は?」

 

待ってましたと言わんばかりにシルの反応を見てご満悦の表情を浮かべると、仏はすぐに表情をガラッと変えてリューに向かって怒りの形相

 

「なんなんだよお前! ベル君が大変な目に遭ってるから助けてって仏が頼んでるのに速攻拒否りやがって! あんなに良い子な! 良い子というよりちょっとアホなベル君を助けに行きたくないとか最低だぞコノヤロー!」

 

「最初からクラネルさんが大変だと聞いていればすぐには断りませんでしたが」

 

「ドライ! この子本当に超冷たい! あんなに一人前の冒険者になろうと一生懸命頑張ってたベル君を、豪快にジャイアントスイングした上に見殺しにするとか! テメェの血の色は何色だーッ!」

 

「彼が私にジャイアントスイングされた件はあなたのせいでしょ」

 

好機と見た様子でここぞとばかりに批判して来る仏に、リューは非常に腹立たしく思うものの

 

確かにシルの想い人であるベルの命が危ないと聞いたら、さすがに聞かなかったフリをするのは無理だ。

 

彼女はすぐに決めた、自分が今、何をすべきなのかを

 

「わかりました、あなたの命令を聞くつもりはありませんが、同僚であるシルの為にここは彼を助けに行くとしましょう」

 

「そうそう、最初からね、私の言う事素直に聞けばいいんだよ、むっつりのクセにゴチャゴチャ言わずに大人しく私のお告げに従い……いって!」

 

まだ偉そうな態度をして来る仏にリューは無言で強めの肩パンをかます。

 

殴られた右肩を抑えながら悶絶する彼をよそに、彼女はシルの方へと振り返る。

 

「シル、申し訳ありませんが店の後片付けは任せます、急に出掛けねばいけない用事が出来てしまったので、ミア母さんにはなんとか上手く言っておいて下さい」

 

「それぐらいお安い御用だけど……いいの? 確かにベルさんが助かって欲しいとは思ってるけどあなたにまで危険が及ぶんじゃ……」

 

「私の心配はいらない、元より私はとっくの昔に死んでいた身だ、かつてあなたに拾われたこの命、あなたの為に使うのであれば惜しくはない」

 

「リュー……」

 

リューがこの店に雇われる前、彼女はとある事件をきっかけに多くの罪を犯し、その因果で瀕死の重傷を負ってしまう。

 

そんな死ぬのをただ待って倒れていた彼女を路上で拾い介抱し、この店で働くよう手引きしてくれたのがシルなのである。

 

その彼女の為であれば自分は何でもすると、嘘偽りない真剣な眼差しで宣言するリューに、シルは複雑な表情を浮かべて彼女を心配していると……

 

「あーもうそういうのいいから、そういうシリアスっぽいのいらないから、ちゃっちゃっと支度してダンジョン行くよ、ったく手間かけさせるなよむっつりー、あたッ!」

 

空気も読まずに二人の間に割り込んでしかめっ面で文句を垂れる仏に

 

またもやリューは無言で彼の左肩を殴るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それから数十分後、地下迷宮に繋がる摩天楼施設、バベルの前には悪魔討伐&ベルとアイズ救出大作戦のメンバーが集まっていた。

 

「フフ、穏便に済ます必要があるから少数精鋭にしようとは言ったけど、このメンバーで大丈夫かしらね」

 

「フレイヤ様が心配せずとも、何かあったらこの身一つで作戦を完遂させます故」

 

「そうね、あなたなら例え死んでも私のお願いを聞いてくれるとわかっている、期待しているわオッタル」

 

「は」

 

レベル7の冒険者として正にトップクラスの実力者であるフレイヤ・ファミリアのオッタル

 

「ぬおぉぉぉぉぉ……! 外になんか出たくなかった……! けどアイズの野郎がヤベェってなら……は! おい! 今悪寒が走ったぞ! アイツか!? アイツが傍にいるのか!?」

 

「落ち着けやベートただの気のせいや、ここにお前を襲うマッチョでダンディで笑顔の素敵な神様はおらんから」

 

「アイツはヤベェ……! とにかくヤベェんだ……! 迂闊に外をブラついてたらアイツにまた襲われる……! 俺はもう二度とごめんなんだよ! アイツのせいで俺は! ぐ! 思い出したくねぇ記憶が!」

 

「ありゃりゃ、こりゃ相当トラウマ抱えとんなぁ、こりゃ兄貴♂ファミリアには文句言っておかんと」

 

荒くれ者であるがレベル6で底知れぬ潜在能力を秘めたロキ・ファミリアの特攻隊長、ベート

 

「な、なんだかリリ達だけ明らかに浮いてる様な気が……ヘスティア様、本当について来るんですか?」

 

「当たり前田のクラッカーさ!」

 

「意味は分からないけど凄く古く感じます……」

 

「ベル君の身がピンチな時に颯爽と駆けつける女神! これでベル君もボクにベタ惚れさ!」

 

「サポーターのリリはともかく神の力を使えないヘスティア様は本当にただの役立たずですけど良いんですか?」

 

「役立たずって言うなよ! ボクだってなんかの役に立つ筈! そう! ベル君をお姫様抱っこして救い出すのはボクにしか出来ない!」

 

「普通、逆だと思うんですけどねぇそれ……」

 

ソーマ・ファミリアに属するもののベルを助ける為ならばとサポーター役としてついていくレベル1のリリ

 

そして散々無理だと言ってるのに全く言う事聞かないので、仕方なく連れて行く事にしたベルの所属するヘスティア・ファミリアの主神・ヘスティア。

 

そして

 

「やれやれ、墓参り以外の目的でダンジョンに潜るのはいつ振りでしょうね……」

 

いつもの制服を脱ぎ捨て、軽やかに動けるよう軽装になった元冒険者のレベル4の魔法剣士・リュー

 

「相手が何者なのかはまだ把握していませんが、シルを悲しませない為にも一刻も早くクラネルさんを助けねば……」

 

ここに来てしまったのだからもう後には退けない、元より退くつもりは微塵も無いが

 

他にやる事もあるみたいだが、リューはただシルの為にベルを助ける事だけを最優先として動こうと決めている。

 

もっとも敵がこちら襲ってくるのであれば、それを速やかに討伐する事もキチンと考えてはいるが

 

「それより……」

 

リューはチラリと横の方へ目を向けると、まだリリと揉めているヘスティアがいたので、おもむろに彼女に向かって話しかけた。

 

「ヘスティア様」

 

「だからボクがいてこそベル君が喜ぶのであって……! ん? なんだい?」

 

「私は此度、あの仏によって呼ばれてここに来たのですが、肝心の呼びつけた本人が何処にも見当たらないんですが?」

 

「ああ、仏か。アイツなら今急な仕事とかでちょっと抜けてるよ、なんでも異世界に派遣してる勇者が心折れちゃって魔王討伐を諦めて逃げようとしてるから説得に行ったんだって」

 

「……」

 

自分の疑問にキョトンとした様子で答えるヘスティアにリューは怪訝な様子で固まってしまう。

 

あまりにもツッコミ所が多過ぎて反応に困ってしまったのだ。

 

「よくわかりませんが、とりあえず魔王から逃げようとするような輩が勇者と呼べるんですか?」

 

「んーボクはよく知らないけどさ、仏が言うにはなんだかんだで何度も世界を救った事のある英雄みたいだから、別に勇者と呼んでも良いんじゃないかな?」

 

「……どうして何度も世界を救った功績を持つ勇者が諦めて逃げるような真似をするんですかね」

 

「さあ? でも昔から英雄や勇者と呼ばれる様な人物だって、みっともない事とか恥ずかしい真似をしてる奴もいるからね、ボクの友人のタケ(タケミカヅチ)にはそういう知り合いが一杯いるんだってさ」

 

「そういうものなのですか……私の中の英雄とは随分イメージがかけ離れてますね」

 

話の中に出て来た勇者についてちょっと気になったのでヘスティアに尋ねると、彼女はあっけらかんとした感じで肩をすくめながら答えてくれたので、リューは微妙な気持ちになりながらもとりあえず頭を下げる。

 

「すみません個人的に気になった事を答えて下さって」

 

「構わないさ、ちなみに君の中の英雄ってどんなイメージなの?」

 

「サイボーグ009ですね、彼の生き様と死に様は、正に真の英雄と呼ぶに値するかと」

 

「わお、意外な答えでボクびっくり、でも嫌いじゃない答えだ」

 

真顔でサラリと漫画のキャラの名前を堂々と出すリューに、ヘスティアが思わず口をポカンと開けて驚いているとそこへ……

 

「は~い……お待たせしました~……めんごめんご~……」

「あ、仏! ってどうしたんだいその顔!?」

 

仕事を終えて戻って来たのか、仏がフラフラと彼女たちの方へ歩いて来た。

 

しかしヘスティアはそんな彼を見てギョッとする。

 

彼の左目周りの部分が思いきり腫れ上がっていたからだ。

 

「いや~、つい先ほど異世界でウチのヨシヒコにお告げして上手く説得できたんすけど……その時にうっかり私の後輩の恥ずかしエピソードを教えちゃってね~、それで後輩に思いきりぶん殴られた」

 

「後輩? ああ、あのやたらとボクに話しかけて来る人懐っこい可愛らしい銀髪の女神ちゃんか」

 

「あ~、いつもキレない奴がいきなりキレるとすんげぇ怖ぇよ~……」

 

どうやら仕事中に失言して、彼の後輩の逆鱗に触れてしまったみたいだが、一体何を言えばあそこまで思いきり殴られるのだろうと、ヘスティアは首を傾げる。

 

「まあいいや、とりあえずボク等はもう行くから。君はそこで大人しく待っていてくれ」

 

「いや、私も行く、私もダンジョンに潜ってベル君を助けに行く」

 

「へ!?」

 

いきなり変な事を言い出す仏に我が耳を疑うヘスティア、危ない事が大嫌いで基本的に人任せにする彼が何故……

 

「実は今、すんげぇ必死で後輩から逃げて来た所なの、もう今すぐにでもこっちに隠れてると気づく筈だから、その前にダンジョンに入って隠れる」

 

「な、なんてダサい理由なんだ……そんなくだらない事でボクとベル君の恋路を邪魔するなんて……!」

 

「ヘスティア様、ぶっちゃけリリからすればあなたも仏様も同レベルの下らない理由です」

 

未だ怒り狂う後輩から逃げ切る為に自分もまた隠れ蓑としてダンジョンに入ると言い出す仏にヘスティアが愕然としているも、そこへリリがボソッとジト目で口を挟む。

 

「ていうか仏様はついてこなくていいです、これ以上足手まといが増えるのは勘弁して欲しいんで……」

 

「よーし行くぞ仏ファミリアー! 私についてこーい!」

 

「ってリリの話聞いて下さいよ! 誰が仏ファミリアですか!」

 

仏の同行は勘弁願いたいと丁重にお断りしようとするリリーをスルーして、仏はもう行く気満々で仕切り出す始末。

 

彼は基本的に自分の都合の悪い事は聞かない主義なのだ。

 

「てかメンバーはこれで全員? 戦えるの4人だけ?」

 

「せやで、てか仏、ホンマついて行くんか? エリスちゃんに謝ればすぐ済むやろ?」

 

「謝って済まねぇから逃げるんじゃん! おっぱいバズーカ事件盛り返しただけですんごいキレやがったんだよアイツ!」

 

「……そりゃ怒って当然やろ、ぶっちゃけ今その話を聞いたウチもお前にキレてる」

 

「やだ、ロキちゃん怖~い……そういやあの時、アイツのフォローしてあげてたのお前だったね……」

 

あまり表には出してないが内面凄く怒っているロキをへらへら笑いながら仏はなだめていると

 

リュー・リリ・ベート・オッタルという急ごしらえのヘンテコなパーティもまた動き始める。

 

「さて、お荷物が増えましたが行くとしましょう」

 

「はぁ~、リリはもう不安でたまりません……」

 

「アイツは……! アイツは傍にいねぇよな……!?」

 

「ダンジョン中層に入ったら全員警戒心を緩めるな、それと些細な事でもすぐに報告しろ」

 

そして各々勝手に呟きながら進んでいくので、仏とヘスティアもまた後を追う。

 

「よし出発進行! 仏ファミリア!!」

「うわー、最初からグダグダでボク心配だなー」

 

不安がるヘスティアをよそに仏は急にテンション上げながら彼等と共にダンジョン内部へと侵入するのであった。

 

いざ悪魔の下へ

 

 

 

 

 

「ホイホイ♂チャーハン?」

 

そしてそれを隠れて楽し気に見ていたのは

 

煌びやかなマッチョボディを堂々と街中で晒す、素敵な笑顔をしたイタズラ好きのお茶目な神様であった。

 

次回、仏ファミリア、超仲悪い

 



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仏7号
十九説 仏ファミリア、超仲悪い


 

ダンジョン内部というのは薄暗く、ジメジメしてて、どこからモンスターが襲い掛かって来るかわからない危険な場所。

 

しかし現在、悪魔が潜み、そして破壊神が今にも封印が解かれるやもしれない緊迫した状況下では

 

正に魔王の城、いわゆるラストダンジョンと言っても過言では無いほど不穏な雰囲気に包まれているのであった。

 

「あ~~~~~~……なんかもう、超帰りたい」

 

「まだ入って間もないのにもう弱音かい、相変わらず君は口だけだね仏」

 

「だってぇ……私って現場に出向くタイプじゃないものぉ~、安全な場所で待機して上から指示するだけの簡単なお仕事担当だもの~私」

 

 

酷くゴツゴツしてて足場も悪い道とは呼べない所を歩く一行のパーティーの後ろを

 

どこからモンスターが現れるのかとビクビクしながらついて来ている仏に、隣からヘスティアが呆れた様子でため息をつく。

 

「ついて来るって言ったのは君自身だろ? だったらボク等の足を引っ張らないよう、そうやって泣きべそかきながら必死について来るんだね」

 

「おい! なんか自分もパーティーの一員ですみたいな感じで言ってる所悪いけど! 言ってるけど神の力を使えないお前も立派な足手まといだからね!」

 

「し、失敬な! ボクはボクなりにちゃんとした理由を持って彼等と共に行動する事を決めたんだ! 後輩ちゃんに怒られるのが怖くてダンジョンに逃げ込んで来た君とは全く違うよ!」

 

ダンジョン内で神の力を行使する事はご法度中のご法度。当然いくら女神であるヘスティアであってもここでは何の力も無い無力な人間としての行動しか許されていない。

 

つまり彼女と仏は、ぶっちゃけて言うと全く戦力にならないお荷物コンビでしかないのだ。

 

そしてそんなお荷物コンビの方にしかめっ面で振り返るのは、悪魔討伐パーティーの中で最も戦闘力が低く、最後尾でサポーター役として援護に徹しているリリであった。

 

「すみません二人共、さっきから物凄くうるさいです……ダンジョン内で騒ぐとモンスターが寄って来るなんて冒険者にとって常識中の常識ですよ? ついて来るのは許しましたがこちらに迷惑を掛けるといのであれば今すぐ入口まで帰ってください」

 

「君ってば最近どんどんボクに対して辛辣になってないかい? ボクってば君が慕っているベル君の主神なんだよ、少しは優しくした方が今後の身の為になると思うんだけどな~」

 

「リリが忠誠を誓った相手はベル様であってヘスティア様ではありませんので」

 

ベルにお近づきになりたいなら、自分に対しての態度を考えろと遠まわしに言ってくるヘスティアに対してもリリはキッパリと拒否する。

 

すると今度は仏の方がニコニコしながら彼女に笑いかけて

 

「おいロリっ子、私にもね、私にも優しくしてくれたら……今度漫画貸してあげる」

 

「いやいいです、ベル様みたいにおかしくなりたくないので」

 

「いいのかな~? とっておきの名作中の名作……はだしのゲンだよ……?」

 

「知りませんってば……なんだかほのぼのとしたタイトル名ですね、日常系ですか?」

 

「ん~……まあある意味では日常系、なのかな? 内容と絵が結構凄いんだけど……ある意味一度読んだら絶対に忘れない、というか一生モンのトラウマにもなりかねない程の強いインパクトが……」

 

ヘスティアよりも下手な交渉をしてくる仏にリリは一蹴するも、彼が挙げた漫画のタイトルにやや引っ掛かっているご様子。

 

そこへ仏がそこまで詳しく聞いていないのにペチャクチャと作品の詳細を語ろうとしていると、リリのすぐ前を無言で歩いていた……

 

「すみません、ちょっとそこのお荷物一号、いい加減黙っててくれませんか? さもないと二度と喋らないよう口縫いますよ?」

 

急遽仏に勇者候補として選ばれてしまった元冒険者、リュー・シオンがまっすぐな瞳を彼に向けながら、サラリと肝が冷えるような事を言って注意して来た。

 

しかしそんな彼女に対してもなお、仏は負けじと「あ~ん?」とヤンキーみたいな低いうなり声を出しながら首を傾げて

 

「テメェ仏に対して怖い事言ってんじゃねぇぞコラ、そんな事言うと仏泣いちゃうんだぞ? 大の大人が人前で大声でワンワン泣いたら、きっと魔物共がわんさか集まってベル君達を助ける所じゃ無くなっちゃうぞコラ」

 

「……一つだけ質問良いですか、あなたもしやクラネルさんを襲った悪魔の仲間ではありませんよね、先の行動とその発言といい、ただ我々の足を意図的に引っ張ってる様にしか見えないんですが」

 

「そんな訳ないでしょうが! 仏! 仏の私が悪魔の仲間とかマジこのむっつりチョー失礼なんですけどー!」

 

自分に対して人一倍嫌っている節があるリューの無礼な発言に仏は不機嫌そうに頬をプクーと膨らましながら抗議

 

その全く可愛くない絵面にも、リューは特に動じずに淡々とした口調で

 

「ちなみにかつて私は、ある事件を機に多くの人々を手にかけて殺めた事があります、それも少しでも事件に関連があるやもしれぬという理由で次々と……恐らくその中にはホントになんの罪もない人達もいたかもしれません」

 

「え、なに……どした急に? なんでいきなり自分の過去を語り出したこの娘?」

 

「お気になさらず、誰であろうとほんの少しでも疑いを持ったら目的の為に排除する、という私の性分をあなたにこの場でしっかり教えておこうと思っただけですから」

 

「おおぉ~そういうカウンターは予想してなかったなぁ……すみません次から気を付けます……」

 

これ以上迷惑を掛けて足を引っ張る様な真似をするなら殺すとでも言わんばかりに、リューが放つ殺気は本物であった。

 

一体彼女の過去に何があったかは知らないが、仏が思わず謝ってしまうぐらい今の彼女は特に怖い目をしている。

 

それからしばし無言で睨みつけた後、リューは再び前を向いてこちらにそっぽを向いてしまった。

 

「なんだろう……アイツってばもしかして、結構凄い暗い過去と罪を背負っているのかもしれない系女子?」

 

「リリは彼女の過去は知りませんが、少なくともかつて彼女に痛い目に遭わされたリリが予想する限り、相当の修羅場を見て体験した人物だと思います」

 

後ろから彼女の背中を眺めながら仏がボソッと呟いていると、リリもまた前にベルのナイフを失敬した時に彼女に拘束され腕の骨を折られかけた事を思い出す。

 

上手く誤魔化して立ち去ろうとした時に、氷の刃を背後から首に押し付けられた様な恐ろしい威圧と共にあっけなく捕まってしまった瞬間、自分は命の危機さえ感じた。

 

あの一瞬で空気を変える迫力と躊躇いの無い動きは、相当前から慣れていないと出来ない芸当だ……

 

「あまり彼女の過去については考えない方が良いですね、誰しも知られたくない過去の一つや二つあるもんですから、仏様も軽率な発言をしてこれ以上彼女を怒らせないようお願いしますよ?」

 

「……」

 

リリの忠告を聞いているのかいないのか、仏は顎に手を当てて眉間にしわを寄せながら、黙ってリューの背中を見つめて何か考えていた。

 

それを見たリリは、「このいい加減な神様の事だから、どうせ下らない事でも考えているのだろう」と特に何も言わずに前に向き直るのであった。

 

 

 

 

 

背後でそんな出来事が起こってる一方で

 

「クソが……どうして俺がこんな知りもしねぇ連中を子守りしてこんな真似しなきゃいけねぇんだよ」

 

リューとちょっと距離を空けてズンズンと前を歩くベートが、ズボンのポケットに両手を突っこみながら早速イライラしている真っ最中であった。

 

「アイズの野郎が関わってなきゃぜってぇ引き受けなかったのによ、なにが悪魔だくだらねぇ……」

 

「……いかなる時でも味方や敵を軽く見るのはよせ」

 

さっきからずっとブツブツと文句を垂れるベートに対して、彼の高い実力を唯一凌駕する人物であるオッタルが、盾役として最前列を進みながら静かに呟く。

 

「相手は今までに相対した事のない得体の知れぬ存在、それにフレイヤ様が警告をする様な相手だ。万が一にもその傲慢が仇となって死ぬ事になろうとも、俺は一切助ける真似はしないと心しておけ」

 

「はん、同じファミリアでもねぇ、ましてやウチと争っている陰気臭ぇテメェ等の助けなんか借りるなら、それこそ死んだ方がましだ」

 

振り返りもしないで面白くない事を言い出すオッタルに、それぐらい上等だとベートは鼻で笑い飛ばす。

 

「親玉を倒して手柄を取るのも、アイズを手にするのもこの俺だ、テメェ等はその為に精々隅っこで働いてれば……」

 

「む? あそこの曲がり角に凄い筋肉をした大男が見えたような……」

 

「!?」

 

相手が自分よりも高い実力者であろうと態度を改める気など一切無いベートであったが、不意にオッタルが歩いてる途中で不穏な事を言い出すと、ポケットから両手を出してすぐにバッと足を止めて警戒態勢に

 

「ど、どこだ!? どこにいやがる!?」

 

「ああすまん、気のせいだった」

 

「はぁ!?」

 

すぐに首を激しく左右に振って、何処からともなく”あのマッチョボディの大男”が現れるのだと思いきりビビっているベートに、オッタルは悪びれも無く真顔で呟く。

 

「しかし今のお前の動きはどう見ても怯えてる様に見えた様な気がしたが?」

 

「テ、テメェ! 俺の恐ろしい体験を知っていた上でカマかけやがったな!!」

 

「全くレベル6の冒険者がたかがマッチョな大男に惑わされているとは……」

 

「おい! テメェこそあのマッチョ野郎を甘く見てんじゃねぇぞ!」

 

この調子じゃ役に立ちそうに無いなと嘆くオッタルであるが、ベートは”あの時の出来事”をフラッシュバックさせて再び恐怖に襲われる。

 

「アイツはまともじゃねぇ……! 悪魔や魔王なんざよりもずっと恐ろしい存在なんだよ……! テメェの所の神がまだ全然まともに見えるぐらい野郎は別格なんだ……!」

 

「それはフレイヤ様をも凌ぐお力を持っていると言いたいのか? 悪いがその類の冗談はあまり好きじゃないな……」

 

「へ、いずれテメェだって奴に狙われた時にわかるだろうよ、そして分かったと同時に奴の餌食にかかるのさ……」

 

「戯言を、俺がいかに自分よりも屈強で美しい肉体を持つ相手であろうと、フレイヤ様の許可なく屈するとでも思ったか?」

 

あの時の出来事が未だトラウマとなり、未だ引きずっている様子のベート。

 

実の所こうして薄暗いダンジョンの中を歩く事さえ彼にとっては、もはやモンスターよりもあの男が現れるのではないかという恐怖が勝っており、さっきからずっと無理に強がって行動しているのだ。

 

かつてレベル6の冒険者・ロキ・ファミリアの特攻隊長として名を馳せていたベートが、すっかり牙を抜かれてしまったと、未だあの男の恐ろしさを理解していないオッタルは一人嘆いていると……

 

「ん? なにやら気配を感じるな……全員足を止めろ」

「はぁ!? もう騙されねぇぞコラ!」

「今回は虚言では無い、来るぞ」

「!?」

 

不意にこちらの方へ何者かが突っ込んでくる気配をすぐに感知したオッタル。

 

彼はすぐに背後のメンバーを止めて迎撃態勢に入ると

 

程なくして暗闇の中からギラギラと目を光らせたままこちらに向かって襲い掛かって来たのだ

 

 

 

 

 

『ギガンテスがあらわれた』

『デビルロードがあらわれた』

『アークデーモンがあらわれた』

『スライムがあらわれた』

 

「……あぁ?」

 

突然目の前に現れた三匹のモンスターに対し一同は固まった

 

何故ならその魔物は、今までこのダンジョンで見た事のない魔物であったのだ。

 

頭頂部に角を生やした一つ目の魔物

 

猿の様な手足とコウモリの様な翼を生やした魔物

 

刺股を構えてブーツを履き、膨らんだ筋肉を持つ大柄な魔物

 

そしてそれら魔物と比べるといささか見た目が可愛いと思える姿をした水色の小さな魔物。

 

どれもこれも上層部、いや中層でも下層でさえ見た事のない未確認の魔物達なのである。

 

「……おい、ありゃあなんだ? 俺はあんなモンスター見た事ねぇぞ」

 

「俺もだ、今まで確認されていない新種やも知れん……しかし何故このタイミングで」

 

「……どことなく愛嬌のある姿をしたモンスターですね、飼いますか?」

 

「いや、モンスターに愛嬌があろうがなかろうがどうでもいいじゃないですか……え? てかリューさん、今飼うって言いました?」

 

ベテランのベートやオッタルでさえ見た事のない魔物の群れにリューは一人ちょっとだけ可愛いと思っていると、リリが後ろからボソリとツッコミを入れる。

 

そして彼等の背に隠れて状況を見守っているヘスティアと仏はというと

 

「おっと、もしかして冒険者も知らないモンスターが現れたって感じか、もしかしたら追手を始末する為に悪魔が用意しておいたのかな……ううむこれはベル君がますます心配になって来たぞ……」

 

「あ、あれ~……?」

 

「おい仏、どうかしたのかい?」

 

「……いや別に……」

 

「?」

 

早速現れた魔物がどこからやって来たのかと推理し始めるヘスティアだが、仏は魔物を見つめながら顔をしかめるだけ

 

何故、彼が魔物をじっくり眺めながら困惑しているのかというと……

 

 

 

 

 

 

(あれ~~~?……もしかしてアレ……ウチの世界の魔物とかじゃないよね?)

 

突如現れた自分の管轄下にある世界からの魔物達。

 

一体どういう事だと彼が考える前に、その魔物達は容赦なくこちらに牙を剥くのであった。

 

 

次回、仏ファミリア、超戦う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二十説 仏ファミリア、超戦う

前回のあらすじ

 

なんか仏がよく知ってる魔物達がこっちの世界のダンジョンに沢山出て来た

 

「しつけぇんだよテメェ等!」

 

どんどん下に潜って行き。ダンジョン中層に差し掛かった頃、またもや魔物襲来を受けるパーティー

 

出会い頭にベートの回し蹴りが相手の魔物にヒットすると、笑顔を浮かべた緑色のドロドロの形をした、今まで見た事のない不可思議な物体の魔物は跡形も無く飛び散る

 

「け、見た事ねぇモンスターだがこんなの全然大した……あ?」

 

だがその瞬間、先ほどまでピンピンしていたベートの体がグラリと揺れる。

 

「チィ……! あのドロドロ野郎毒持ってやがったか……!」

 

「だ、大丈夫ですか!? さっき毒を治癒するのに使えると思われる草を拾って来ましたけど!?」

 

「いらねぇよ! 馴れ馴れしくすんじゃねぇ!」

 

魔物の最後の抵抗を食らってしまい思わぬ毒攻撃に怯むベート、そこへリリが慌てて駆けつけるも彼は即座に彼女の支援を拒否。

 

「余所のファミリアの助けなんか借りれるか! こんなの歩いていればその内……ぐ! なんか歩く度に体力が減ってる様な感覚が……」

 

「こんな所で意地張ってたら死にますよ? あの未知なモンスターはリリ達が知らない特性を持っているんです、ほら、仏様曰く、このどくけしそうを食べれば治るみたいなんでさっさと食べて下さい」

 

「いやちょっと待て!? その草を丸ごと食えって言うのかテメェ!? ぐえ!」

 

数歩歩く度にみるみる体から力が抜けていくという得体の知れない毒にかかったベートに、リリは顔をしかめながら右手で掴んだどくけしそうと呼ばれるこれまた得体の知れないアイテムを無理矢理ベートの口の中に突っ込むのであった。

 

そしてベートが毒を治しているその間も、未知なる魔物達は次から次へと現れる。

 

数多の修羅場を経験してきているリューとオッタルでさえも、新たなる脅威を前に色々と手を焼いていた。

『ホイミスライムはホイミをとなえた、じごくのハサミはかいふくした』

 

「治癒魔法を詠唱も無しに一瞬で……?」

 

「あのクラゲの様な見た目をしたモンスターは厄介だな、早急に叩いておいた方が良さそうだ」

 

『じごくのハサミはスクルトをとなえた、しゅびりょくがあがった』

 

「そちらの回復したばかりのカニみたいなモンスターも厄介ですね、先程からどんどん硬くなっていって手が付けられない……」

 

「うむ、素早く突破したいというのにこの2体を同時に倒すとなると、少々手間がかかりそうだ」

 

先程ベートが倒したドロドロの魔物と同じ系統の魔物なのだろうか、同じように笑顔を浮かべつつ仲間の魔物達を次から次へと回復させていく。

 

更に緑色に光るカニみたいな魔物の方は、守備力をどんどん上げていき、物理攻撃が全く効かないでいた。

 

これにはリューとオッタルもどうにかして同時に2体を倒す事が出来るのだろうかと頭を悩めせていると……

 

「イオラ!」

 

二人の背後で不意に叫び声が聞こえたと思ったら、突然謎の爆発がドォン!と手こずってた魔物2体を巻き込んで吹っ飛ばしてしまった。

 

これには滅多に感情を表情に出さないリューも目を見開いて後ろへと振り向くと、そこには謎のアイテムを両手に持ってポカンと口を開けているリリ一人

 

「す、凄いですよこの『巻物』ってアイテムは! ここに書いてある言葉を叫ぶだけで誰でもその呪文を使えちゃうみたいです!」

 

「巻物? 聞いたこと無いアイテムですね……一体どこで手に入れたんですか?」

 

「皆さんがモンスターと倒した後に、何体かこういった不思議なアイテムを落とす事があったのでリリが全部拾っておいたんです、そしたら仏様が珍しく親切にそのアイテムの効果を一つ一つ説明してくれて」

 

「仏が、ですか?」

 

仏と聞いてリューの眉がピクリと動く、彼が話の中に現れると一気に胡散臭くなるからだ。

 

「どうしてあの仏がそんな事を知っているのでしょう、ダンジョンに潜る機会のある私達でさえ見た事のないアイテムを、あんなしょぼい神が把握しているとはいささか怪しいですね……」

 

「まあリリもそれには同意見ですけど、あのウザいだけの仏様にも役に立つ所があるとわかったんだから良いんじゃないですか?」

 

仏に対してはあまり信用できないと思うリューだが、リリは肩をすくめてあまり気にしなくてもいいのではと提案する。

 

「おかげでこうしてリリが拾ってるアイテムのおかげでさっきから現れる不思議なモンスターもなんとか対処できてますし、深く考えずにこのままガンガン進んでベル様を助けに行きましょうよ」

 

「確かに詠唱も魔力も無しに使える上にあの威力、更には誰もが扱う事が出来るとなると、もはや先程の巻物というアイテムは魔剣クラスの代物」

 

「そういや使ってみて気付きましたが、かなり凄いアイテムでしたねコレ……」

 

リューの言う通り、リリが使った巻物はどんな者でもデメリット無しで強力な呪文を扱えることが出来るという、この世界では非常にレアなアイテムだ、当然今の今までそんな代物がダンジョンに落ちていたことなど一度とも無い。

 

「そんな大層なモノが普通にモンスターを倒しただけで手に入るというのは少々引っ掛かる、もしかしてさっきから現れるモンスターとそのアイテムは何かしらの共通点があるのでは?」

 

「そう言われれば気にはなりますけど……もしかしたらこの不思議なアイテムやモンスターの謎も、ハーゴンとかいう悪魔が関与してるのかもしれませんね……」

 

「そしてそのアイテムの使い方を把握している仏……なんでしょうね、元々きな臭いと思っていたが今は更に怪しく思えます……私達に何か隠してるのでは?」

 

そう言ってリューはちらりと後ろに振り返る。

 

そこには神の中で最も信用できないと言っても過言では無い仏が、こちらに引きつった笑みを浮かべてニコニコしていた。

 

「なになに? どうしたどうした~? 仏は別に、な~んにも隠し事はしてないよ~?」

 

「……すごく怪しい、ちょいと手足の指を一本ずつ折って尋問した方がいいかもしれない」

 

「おい! そういう物騒な事を冗談でも言うもんじゃないよ全く! 仏怒っちゃうぞ! プンプン!」

 

「いやもう怪しいとかそんなの関係無く、ただ全力であのふざけたツラをぶん殴りたい」

 

「リリはそれに激しく同意しますが、こんな所であんなの相手にしてる暇ないんですからほおっておきましょうよ……」

 

腕を組んで「プンスカプンプン!」とかふざけた怒り方をしている仏に対し、リューは真顔でグッとこぶしを握りしめるが、面倒だから相手にするのは止めておこうとリリがジト目で制止する。

 

「今は一刻も争う時なんです、リリ達の敵は仏様ではありません、ベル様のお命を狙うハーゴンとかいう悪魔なんです、こんな所で無駄話してないでさっさと先へ進むべきだとリリは進言します」

 

「……確かにそれが私達にとって一番成すべき事ですね、私とした事がすっかり我を忘れていました。御助力感謝します、随分前にあなたの腕の骨をへし折らなくて良かった」

 

「いやあの時はマジで死ぬのかと思いましたよ……まあリリがベル様のナイフをくすねたのですから全面的にリリが悪いんですけど……」

 

ただのサポーターとしてでなく参謀の片鱗が現れ始めているリリからの真っ当正論を聞いて、リューは素直に頭を下げて彼女の意見に従う事にする。今は仏や不思議アイテムや謎の魔物よりも大事な事があるのだから

 

「それでは先へ進むことにしましょう、ところでオッタルさん?」

「なんだ?」

 

悪魔討伐の為に再び歩みを進めようとするリューだが、ふと前にいたオッタルが気になったので話し掛ける。

 

「……何故、この状況で普通にそんな大きなパンを食べているんですか?」

 

「先程倒したモンスターの一匹がドロップしてな、つい美味そうだから食べてみた」

 

「モンスターがドロップしたモノを躊躇なく食べるのは冒険者としてどうかと思いますが……」

 

「極めて美味だった、それと不思議と腹が満たされて体調がよくなった」

 

「……味の感想や効果を聞いている訳ではないんですが」

 

オッタルの右手に収まっているのは自慢の得物の大剣ではなく手の平に収まらない程に大きなパンであった。

 

それを食べた事によって彼の消耗しきっていた体力は著しく回復したみたいだが、一体彼はどうしてそんな不可思議なモノを食べてみようと考えたのであろう……

 

まじまじと見つめられながらもパンを食べるのを止めないオッタルに、リューはどうリアクションを取ればいいのか困っていると、そこへようやく毒から回復したベートがヨロヨロとした足取りで戻って来た。

 

「クソったれ……まさかあんな草食って毒が回復するなんてどうなってんだ一体……」

 

「あなたも無事に復帰できるみたいですね、ではダンジョンの捜索を続けましょうか」

 

「おい、仕切ってんじゃねぇぞ鉄仮面エルフ女」

 

頭を押さえながらまだダルそうにしているベートをリューが促すと、彼はそれにカチンと来た様子で彼女を鋭い眼光で睨みつける。

 

「冒険者から脱落した負け犬がこの俺に対してなに偉そうにしてんだ殺すぞ」

 

「全く、こっちはこっちで常にイライラしてて対応に困りますね、ワガママな子供を相手にしてるみたいで少々面倒だ」

 

「ああん!?」

 

「ちょっとちょっと! 喧嘩は止めて下さいよ!」

 

ボソッと呟くリューの言葉に敏感に反応して今にでも彼女に飛び掛かりそうなベートに、慌ててリリが仲裁に入る。

 

「リリ達は先を急ぐんです! 仲間割れしてる場合じゃありません!」

 

「うるせぇ誰が仲間だ! 俺はテメェ等なんかを仲間だなんて思ってねぇよ! サポーター風情が俺に生意気抜かすな!」

 

「落ち着けベート」

 

止めに入ったリリにも苛立ちを募らせながら噛みつくベートだが、そこへ今度は冒険者の中でも屈指の実力者であるオッタルが静かに歩み寄った。

 

「先程からお前は随分と苛立っているな、それはきっと空腹による思考の低下だ、という事でこのパンを食べろ、パンは良い、パンは全てを救う」

 

「それでなんでテメェはこんな所でパンなんか食ってんだよ! てかいらねぇよ!」

 

「いいから食え」

 

大男が無表情で危険地帯でパンを食べるというなんともシュールな絵面に思わずベートがツッコミを入れるが

 

それを無視してオッタルは強引に自分が食べてるモノとは別のパンを彼に押し付ける。

 

「騙されたと思って食ってみろ、心が落ち着くぞ」

「なんなんだよ一体、お前等ホントにふざけてんじゃ……」

 

どいつもこいつも偉そうにしやがってと思いつつも、腹が減ってるのは事実なのでしかめっ面を浮かべながら彼は頂いたパンを一口齧ってみるベート。

 

すると突然「う!」と苦しそうに顔色を悪くさせ

 

「ちょ、ちょっと待てオイ……このパン滅茶苦茶腐ってんじゃねぇか……!」

 

「そうなのか? ふむ、同じようにドロップしたパンだったんだが……どうやらそれは俺が食べた「大きなパン」ではなく「腐りきったパン」というモノなのだろうか、なるほど、パンにも種類があるのだな、実に奥深い」

 

「感心してんじゃねぇよ! うぐお! また体から力が抜け始めた……! 毒食らった時よりもやべぇ!」

 

多少満腹度が上がったみたいだが、それと同時に力の低下と体力が徐々に減っていくのを強く実感するベート。

 

それを見て魔物が落とすパンにも当たりとハズレがあると理解した様子でオッタルは強く頷くと、腹を押さえて苦しんでいるベートに背を向けて

 

「何はともあれコレで静かになったな、では先を急ぐぞ」

 

「そうですね、彼も大人しくなってくれましたしこのまま順調に行くとしますか」

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!! 人を陥れといてなに普通に歩き出して……うがぁ!」

 

「なんだかとことん災難ですねベートさん……まあ気をしっかり持ってください、その内元に戻ると思いますから」

 

苦痛に悶えてすっかり大人しくなったベートをよそに、オッタルとリューはさっさと先へ進み、リリは弱ってしまっている彼の背中をさすりながら優しく連れて行ってあげるのであった。

 

悪魔・ハーゴンがいる所へはもう少しだ。

 

 

 

 

 

「いやー、みんな頑張ってるねー」

「おい仏」

「んんー?」

 

そしてそんな彼等と少し距離を取って後ろを歩いている仏はというと

 

同じく一緒に歩いているヘスティアが腕を組んで怪しむように彼をじっと見つめて話し掛けていた。

 

「あの子達を騙し通せても、同じ神であるボクの目を欺こうだなんてそうはいかないよ、あのヘンテコなモンスターやよくわからないアイテムが現れるようになってから、どうも君の様子がおかしいんだよね」

 

「……やっぱバレた?」

 

「それにアイテムの仕組みをあの子達に説明してあげたり、モンスターの事も理解しているみたいだし、一体何を隠してるんだいキミは?」

 

「うーん、実はね……」

 

どこか抜けているヘスティアと言えどやはり女神、仏の誤魔化しなどとうの昔に見抜いていたのだ。

 

一瞬いつもみたいにすっとぼけて無視するのも手だと思う仏だったが、これ以上隠していると後々更に厄介になりそうだと考え、ボソッとヘスティアに向かって小声で……

 

 

 

 

 

「あの魔物とアイテム……ぶっちゃけ私の世界の代物っぽいんだよね……」

「はぁ!?」

「うん、つまり~、なんらかの理由で私が管理してる世界が、こっちに関わってるっぽい……」

 

その衝撃的な事実に思わず声を大きく上げてしまうヘスティア。

 

どうやらこの悪魔討伐とベルとアイズの捜索、思った以上にめんどくさい事になりそうだ……

 

 

次回、仏ファミリア、超ピンチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二十一説 仏ファミリア、超ピンチ

ダンジョンは奥へ進む度により困難を極めていた。

 

リリが魔物に道具を盗まれて所持していた回復アイテムを失ったり

 

リューが宝箱だと思って開けてみたら人食い箱で頭から一気にかじられたり

 

ベートが突然現れた魔物が経営するお店でこっそり商品をパクろうとしたら、滅茶苦茶強い店主に半殺しにされかけたり

 

オッタルがダンジョン内でうろついていた片言で話す神父にパンを恵んでもらうと、試しに「分裂の杖」というアイテムを彼に向けたら神父が増え始め、おかげで複数の神父から同じようにパンを恵んでもらえたり

 

とにかく色々と大変なイベントが起こり、ここに来るまでかなりの時間を費やしてしまったのである。

 

「いやオッタルさんだけ酷い目に遭ってないですよね……リリ達が災難な目に遭ってる傍で、一人黙々とあの変な神父から頂いたパンを食べ続けていましたよね……」

 

「悪いが俺は、お前達と比べて、少々腕が、立つ、これしきの、事では全く、苦戦にもならない」

 

「も~パン食べながら喋らないでくださいよ~、口からポロポロとパンくずこぼれてるじゃないですか」

 

セリフの合間にちょくちょくパンを食べ続ける自分よりもずっと格上のオッタルに、リリは女性と話す時の対応では無いと非難の目を浴びせる。共にいる時間は短いとはいえ、やや天然気味のオッタルの扱い方がわかってきたご様子。

 

「しかし嫌になりますよホント、ここに来るまで色々と変な事に遭遇してばかりで心身共に疲れちゃいました。ベル様を見つけた暁にはたくさん褒めてもらわないと割に合いません、そしてあわよくば吊り橋効果でベル様との関係に更なる進展を……」

 

「ほほぉ、ボクを差し置いて君はそんな下心を隠し持っていたのかい、やはり真に警戒すべきはあのヴァレン某よりも君の方かもしれないね」

 

「……ホント神様ってのは神出鬼没に現れますね、呼んでも無いのに……」

 

リリが一人ポツリとベルとの更なる進展を企んでいると、彼の話をすれば瞬く間に駆けつけて来る厄介な女神・ヘスティアがジト目で彼女をジッと睨みつける。

 

「残念ながらボクが共に来ている限り、そうなる可能性は全くのゼロだという事をこの場でハッキリと宣告しておくよ」

 

「神の宣告って奴ですか?」

 

「そうそう、ライフを半分に削る代わりに魔法・罠の発動、モンスターの召喚・反転召喚・特殊召喚するのを無効にして破壊するという序盤に出たカードにも関わらず中々の有能……ってそうじゃない! 話をズラすな!」

 

「いや話をズラしたのはヘスティア様ご自身ですけど……いきなり意味の分からない事言われてリリは困惑しつつあなたの正気を疑います」

 

自分でボケて自分でツッコむというこんな状況下でよくもまあそんな事出来るモンだとリリが呆れていると、ヘスティアはプリプリ怒った様子で勝手に話を続ける。

 

「いいかい? もしボク等がベル君と再会した時、彼はまず最初にどんなリアクションを取るかわかるかい?」

 

「ベル様の事ですからリリ達の顔をみるなり大層驚かれた後、心配かけてごめんなさいと何度も頭を下げて、その後皆様一人一人にお礼を言うのでは?」

 

「お、おぉ……思ってた以上に彼の性格を熟知しているね、そこは素直に評価しようじゃないか……」

 

真顔で冷静にベル・クラネルの対応の仕方を述べるリリに、頬を引きつらせてヘスティアは中々やるなと思いながらもすぐにフッとドヤ顔を浮かべ

 

「だけど残念ながらそれだけじゃ不正解なのだよサポーター君、確かにそういう対応をするのも彼らしいなのだけれど、そこへボクがいるとなると話は別だ」

 

「はぁ、そうですか」

 

「きっとベル君は心の底から敬愛する女神が目の前に現れ、なおかつ助けに来たと知った時……彼は短い人生の中で味わった事のない程の深い喜びを覚え、泣きながらボクに抱きついて来る筈さ」

 

「はぁ、そうですか」

 

「お、おい! さっきと同じ返事じゃないかそれ!」

 

恥ずかし気も無く己の勝手なイメージをを膨らませるヘスティアだが、

 

そんな彼女に付き合ってられるかと、曖昧な返事をしながらそっぽを向いて前の方へ歩き出すリリ

 

「さては適当に相槌を打ってるだけだな! ボクとベル君の間にある何人たりとも超える事の出来ない強い絆がある事に嫉妬して!」

 

「はいはいそうですかわかりました、よくわかったんでもうしばらく大人しくしていてください」

 

「えぇ……いくらなんでもその素っ気ない態度は本気で傷付いちゃうんだけど……」

 

予想以上に過酷なダンジョン捜索によってストレスが溜まり続けているおかげで、普段よりも素っ気ないリリに素で傷付くヘスティア。

 

しょんぼりして落ち込む彼女にオッタルが励まそうとしているのか、無言で持っていたパンを分けてあげている中

 

リリはふとある事に気付いた。

 

「そういえば先程からリューさんとベートさんの声が聞こえないんですけど、だいじょう……」

 

ふとここにいるのが自分と、オッタル、そしてヘスティアしか見えない事に気付いてリリは辺りをキョロキョロと見渡してみる。

 

「あ、あれ?」

 

そして気付いた、共にパーティーを組んで行動している筈のリューとベートが忽然と消えてしまっている事に

 

おまけにあの仏もいない、まあアレは最悪その辺でくたばっていようが構わないのだが

 

「も、もしかしてはぐれちゃったんですかね……そういやあのアイテムを売ってるおかしなモンスターに襲われた時、皆さん仲間そっちのけで我先に逃げ回ったのは覚えてるんですけど、もしかしてその時……」

 

「あの時か、確かにあのモンスターは俺でさえも苦戦する程に凶悪だった、ベートがアイテムを盗もうとする前はかなり親切な気前のいいモンスターだったんだが」

 

「基本的にこちらの命を全力狙っているモンスターが、親切にアイテムを売ってる方が異常なんですけどね冒険者的に考えると……」

 

どうやら仲間の事など気にせずに皆で自分が助かる事だけを考えて逃げ続けた結果、いつの間にかパーティーがバラバラになってしまっていたらしい。

 

オッタルは落ち着いているがリリはどうしたモンかと頭を悩ませた。パーティーが分断されたとなれば戦力も同時に下がる、現に今この三人でまともに戦えるのはオッタル唯一人

 

「これはあまりよろしくない状況ですね……急いでリューさんとベートさんと合流しないと……」

 

「仏の事も忘れないでやってくれよ、アレはアレでここで起きてる超常現象に対しての知識を持ち合わせているんだから、今だけは役に立つ存在なんだよ今だけは」

 

「いかに俺とて予想も出来ない状態の中ではお前達を護りながら先へ進むのは難しい、一刻も早くあの者達を見つけよう」

 

「……そう言いながらなんでお二人で仲良くパン食べてるんですかね……」

 

ハーゴン討伐の前に仲間との合流を優先すべきだと決めたものの、リリの前で大きなパンをモグモグと食べ続ける緊張感の欠片もないヘスティアとオッタルに、彼女はますます不安を覚えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、リリ達と別れてしまったリューとベート、おまけに仏はというと

 

「あぁぁぁ~! お告げの最中だってのに敵来ちゃった! おいむっつり! やっちゃえやっちゃえ! やっちゃえバーサーカー!」

 

「は? すみませんよく聞こえませんでした、そちらの敵はそちらで片付けておいてください」

 

「も~どんだけ心無いのよこの子~! だから器だけじゃなくても胸も大きくならな……いって!」

 

さっきからずっと同じ場所で魔物達に襲われている真っ最中であった。

 

次から次へと現れる魔物達に襲われながらも、仏はタイミングの悪い中でどうやら「お告げ」という仕事をしている様子で、こちらにも攻撃しようとしてくる魔物達から逃げ惑いながら別世界にいる勇者にお告げを下しつつリューに助けを求めるのであった。

 

しかしそんな中でもつい余計な事を言ってしまう仏に、リューは無言で彼の背中に蹴りを入れて転倒させる。

 

「あなたは一々ふざけた言葉を抜かさないと気が済まないのか」

 

「そうです~! 仏はむっつりを弄り続けるのが大好きなんです~! 反抗的な奴には燃えちゃう性格なんです~!」

 

「この仏、開き直って遂に本性を現したか、ならば助ける義理も無いという事でそのままモンスターに食われてしまいなさい」

 

「あーウソウソごめん! 嘘付いた私! やっぱ本当は寂しがり屋なの仏! 独りぼっちでほったらかしにされると寂しくなって死んじゃうの!」

 

相手が神であろうと容赦なく見捨てようとするリューの冷徹な判断に、仏が慌てて手を伸ばして彼女に助けを求めると

 

「うらぁ!! ウザってぇんだよプルプルしやがって!」

 

「やだ! 冷たいむっつりに変わって本当は優しいベート君!」

 

「うるせぇ! 俺はここにいるモンスターを倒し尽くそうとしてるだけだ! テメェなんかを助けようとした訳じゃねぇ!」

 

そこへ駆けつけたのはまさかのベートであった、仏の周りにいたにこやかに笑う水色とオレンジ色、そしてブチ模様の付いたなんとも形容しがたい小さな魔物達を蹴りで豪快に吹っ飛ばしていく。

 

「クソったれ! どんだけ出てくるんだコイツ等は!」

 

『くさったしたいがあらわれた』

『ミイラおとこがあらわれた』

『キラーマシンがあらわれた』

 

「だぁぁぁぁ~~!!! 次から次へとゴチャゴチャと!」

 

倒したと思いきやすぐに新たな魔物が飛び出してくる、この延々と繰り返す行動にかなりイライラしている様子のベートは頭を抱えて叫び声を上げる。

 

彼は知らないだろうがここのフロアは別名『モンスターハウス』

 

その名の通り魔物達が所狭しに湧いて来る危険度の高い場所なのだ。

 

「いくら片付けてもキリがねぇ! さっさとアイズを助けに行かねぇといけねぇのにめんどくせぇ!」

 

「そもそもここに私達が逃げ込んでしまった原因は、あなたがあの恐ろしいモンスターからアイテムをかすめ取ろうとしたからなんですけどね」

 

「終わった事で一々文句垂れてんじゃねぇよ! 誰だって予想付かねぇだろ! 俺達が束になってもビクともしねぇ強ぇモンスターが敵意も出さずにアイテムを売ってるなんてよ!」

 

口喧嘩をしつつも魔物との戦いを続けるリューとベート、なんだかんだで二人共腕が立つおかげで、ほとんどの魔物を順調に倒し続けている。このままいけばこのフロアからの脱出も可能かもしれない。

 

「うわぁどうしよ、ヨシヒコの所もう魔王のいる城に入っちゃったよ、あっちもうすぐエンディングだよきっと……さっさとこっちの問題片付けないと最終回に間に合わないんだけど私」

 

「知らねぇよ! いいからテメェは落ちたアイテムでも拾ってろクソ仏!!」

 

「おい、おい待て、クソ仏ってなんだよ、仏の上にクソなんて言葉を付けるっておま、どんだけ罰当たりなんだよ? 仏の上にクソって、まるで私の頭の上にウンコ乗っかってるみたじゃん」

 

「あ~どいつもこいつもめんどくせぇ~~~!! もうモンスターだけじゃなくてテメェ等もまとめてぶっ殺してぇ~!」

 

しかし仏はというとこんな状況下でも相変わらずふざけまくりで一人で勝手に焦っている。

 

おかげでベートのイライラは常にマックスの状態を維持しており、その怒りを攻撃力に加算させる事で難なく魔物達をやっつけていた。

 

「他の連中はどっか消えちまったし、チッ、やっぱ急ごしらえのパーティーなんざと協力し合えるなんてハナっから無理な話なんだよ、さっさとアイツ等も回収しねぇと、あ~うざってぇ……」

 

「パーティー……あ、そういえばあの二人ともう一人の神がおりません、今気づきました私」

 

「おせぇんだよバカ! 少しは周りの状況に関心持て! どんだけ薄情なんだテメェは!」

 

「すみません、少々戦いに集中しすぎて周りに気を遣う余裕を持てなかったみたいです」

 

文句を垂れながらも自分以上にドライなリューに自らツッコミを入れるベート。

 

なんだかんだではぐれた仲間との合流も、彼はキチンと考えていたみたいだった。

 

「さっさとここ片付けて奥へと進みつつアイツ等とまた集まるぞ! わかったな!」

 

「彼等の事を心配しているのですか? なんだ、口が悪い割には意外と良い所あるんじゃないですか」

 

「うるせぇ殺すぞ! アイツ等が死のうがどうでもいいが、まだ俺の役に立てるなら拾ってやろうと思ってるだけだ!」

 

「ベート君、仏はちゃんとわかっていたよ、君が本当はベジータ系ツンデレキャラだった事をちゃんとわかっていたよ」

 

「お前も殺すぞ! ベジータって誰だよ!」

 

リューと仏によってすっかりいじられキャラが定着しつつあるベートをよそに戦闘は続き

 

しばらく二人で魔物の掃討を続けていると、仏がふと「ん~?」と顔をしかめて目を細め始めた。

 

「ちょい待ち、なんかこのまま進んだ先に、なんか建てられてるのが見えんだけど?」

 

「あ? 何も見えねぇぞ」

 

「普通の人間には見えないだろうけど、私の力、仏アイを使えばバッチリ見えんのよ」

 

「その開いてるのか閉じてるのかよくわかんねぇ目でか?」

 

「ちょ! さり気なく毒づいて来るなよベート君! コレは生まれつきなんだからしょうがないでしょ! ていうかお前の所の主神の方が開いてるのか閉じてるのかわかんねぇだろ!」

 

ベートにちょこっと仕返しをされながらも仏は細い目を更に細めて前方を指さした。

 

「あっちにね、館? 明らかにこの辺じゃ浮いてる様なモンが建てられてる」

「館? 妙ですね、この辺じゃそんなの一度見かけたことありませんが、もしやそこに悪魔が……」

 

仏にははっきりとその姿が見えていた。

 

薄暗くも大きく開けたその場所にそびえ立つ、いかにもおどろおどろしい雰囲気を放つ不気味な館を

 

それを聞いてリューも珍しく彼の話に反応した。

 

「ま、何はともあれ行ってみましょうか、もしかしたらあそこにクラネルさんがいる可能性もありますし」

 

そう呟くと彼女は無表情ながら彼が指さした方向を見据えて手に持つ細剣を構える。

 

蛇が出るか竜が出るか、否、悪魔が出るか破壊神が出るか全く読めない館へと向かう事を決心するのであった。

 

 

 

しかしその前にやる事が一つ。

 

「おいアマァ! さっさとコイツ等片付けろ、さっきからこの死体とミイラがしつぇけんだよ! もう一匹は連続攻撃がうぜぇし目から変なモン撃って来るし!」

 

「まだその連中に手間取っていたんですかあなた? それにしても気味の悪いモンスターですね、正直あまり近づきたくない」

 

「そんな事言わないで上げてよ~あんな魔物を仲間にして共に戦う勇者だっているんだから~、はい、何を隠そうそれがウチの所の勇者、ヨシヒコです」

 

「……あんな魔物を引き連れる者が勇者と言えるのですか?」

 

「ああいう魔物を惹きつける力があるからこそ、勇者と呼べるんです、はい」

 

兎にも角にもここにいる魔物達を倒さねば目的の館へ向かうのは難しそうだ。

 

リューは再びベートと共に、後ろからゴチャゴチャ言う仏を連れながら魔物の討伐を進めるのであった。

 

 

次回、潜入、蝋人形の館

 

 

 

 

 

 

 



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仏8号
二十二説 潜入、蝋人形の館


魔物に追われ、パーティーと別れてしまったリューとベート、そして仏。

 

魔物の大群をなんとか退き、彼等が向かった先は

 

ダンジョン内に突如現れたかつてない程の怪しさ満点の館であった。

 

「ね? ね? 仏の言った通りすっごい怪しい建物でしょ?」

「……こんな建物、今まで見たねぇな」

「ええ、ダンジョン内にこんなモノがあるというのは聞いた事もありません」

「はいスル~ 私の事完全にスル~~」

 

隣で仏がドヤ顔で相手して欲しそうな目を向けてくるが、ベートとリューはそれを知らんぷりして目の前に現れた謎の館を静かに見上げる。

 

破壊神を復活せんと動き出した悪魔、ダンジョン内に現れた不可思議なモンスターやアイテム、そして極めつけはこの今まで見た事のない不思議な館、偶然重なったとは思えない異変を前に、リューは確信した様子で頷いた。

 

「状況的に考えてここが敵の総本山と捉える方が正しいかと思います」

 

「親玉がここにいると考えるのは早計じゃねぇか、確かに怪しさ満点だがよ」

 

「だってほら、館のドアの隣に表札掛けられてますし」

 

「うわ、マジで名前書いてやがる……『悪魔神官・ハーゴン』、新聞勧誘とセールスお断りします? おい、新聞勧誘とかセールスってなんだ」

 

「さあ? 魔族に与する者達の間でのみ理解出来る言葉なのでしょうかね」

 

リューが差した方向を見てベートは眉間にしわを寄せてそのドアの隣に掛けられた表札を見つめた。

 

確かにロキから聞いていた討伐対象のハーゴンという名前がしっかり書かれている、中々の達筆だ。

 

「アイツ等との合流を待つ前に、敵の本丸に乗り込んでさっさとぶっ潰した方が手っ取り早そうだな」

 

「異論はありません、私もシルを安心させる為に一刻も早くクラネルさんを助けなければならないので」

 

 

二人して敵陣に真正面から乗り込む気満々のご様子で、未だ他の者達の安全も確認せずにさっさとこの館に入って見ようと館の扉の方へ歩み寄るベートとリュー

 

しかしそんな二人の後をずっとついて来ていた仏が「ええ~……」と嫌そうな声を上げて

 

「お前等冒険ナメてんの? ここってばアレだよ、ラスボスがいるかもしれないのよラスボスが、それをお前等たった二人でどうにか出来るとか考えてるとか、ちょっと甘くない? ここは仲間との合流を最優先にして、万全の態勢で挑むべきだと私は思うんだけど、どう?」

 

「驚きました……あなたでもまともな事は言えるんですね」

 

「どういう事それ? それじゃあまるでいつもの私がまともじゃない的な感じに聞こえるのですけども?」

 

「ツッコミませんよ、時間も惜しいので」

 

仏がしかめっ面で珍しく勇者を導いて来た経験を踏まえて、ここはもうちょっと慎重にするべきではともっともな意見を言い出したので、リューは振り返りほんの少し、本当にほんの少しだけ彼の事を感心した。

 

「あなたの意見もまた正しいのはわかる、全く未知数の相手になんの情報も無く少数で挑むなど愚の骨頂だというもわかります、けれどここで手をこまねている間に、もしクラネルさんの命が潰えたりでもしていたら、私は一生シルに顔向けできなくなる」

 

「ムカつくが俺も同じ考えだ、トマト野郎はともかくアイズの方は死んでる筈もねぇけど、ここで助けてやったら俺の事を惚れ直すかもしれねぇからな、余計な連れがいないのが好都合だ、アイズもようやく自分にとって最も頼れる男が誰なのかわかる筈だろうよ」

 

「いや私と全然違う考えですよね、私は友人の為ですがあなたはどう見ても自分の為だけに考えてますから、おまけにちょっと痛い妄想まで含まれてますし」

 

「妄想じゃねぇ! 確実なる現実を元にして将来性を見据えた俺の近未来だ!」

 

最初はただ口が悪いだけの傲慢な冒険者だと思っていたのだが、なんだか段々可哀想に見えて来たと、ベートに哀れみの目を向けるリュー。少々優しく接して上げた方が良いのだろうか

 

「とにかく例え愚か者と罵られようと、私は一刻も早く彼を救いたい。故にここは一気に突っ切らせて頂きます」

 

「そういう事だ、おいブツブツ頭、テメェは行きたくねぇならここで大人しく他の連中が来るのを待ってろ、下らねぇ忠告なんか聞いてる暇ねぇんだよこっちは」

 

「んだとテメェコラ、誰がブツブツ頭だコラ、コレはお前、仏としての象徴を現す神々しいセットなんだぞオイ、なんなら真似しちゃってもいいんだぜ? 仏ヘアを流行らせてもいいんだぜ?」

 

「しねぇよ! てか突っかかる所そこかよ!」

 

仏の忠告を聞かずにリューとベートは仲間が来るのを待たずに館の中へと踏み入る事となった。

 

果たしてこれが吉と出るか凶と出るか……

 

 

 

 

「あ! てかお前等仏のありがたいお言葉を聞いた上でなに勝手な行動してるんだよ! もうちょっと自分達の行動に危機感を持ちなさいっての!」

 

「遅ぇよ! もう扉開けちまってんだよボケ!」

 

「ホントあなたも律儀ですね、毎度毎度こんな仏の言葉に反応してあげるなんて、意外と気に入ってたりとか?」

 

「ヤダ! 仏の事気に入ってくれてたの!? 超うれぴー!」

 

「死ね! マジでテメェ等死ね!」

 

 

 

 

 

 

ラスボス手前に来ている状況でもなお下らない言い合いを済ませた後。

 

リューを先頭に三人は扉を超えた先にある館内部へと侵入するのであった。

 

「内装からして気味が悪いですね、壁際に置かれている何体もの白い人形もですが、暗くてジメジメしてて陰気臭い」

 

「んだこの人形……気持ち悪ぃ」

 

中へ入るとすぐに目に入ったのは、壁際に置かれた大量の白い人形の様な者。

 

どれもこれもかつてない程の恐怖を体験してるかのような絶句の表情を浮かべ、まるで”本物の人間が生きたまま蝋人形にされた”かのような、とても見ていて面白く思える代物では無かった。

 

「それに何か、どこからかとても酷い臭いがします」

 

「……」

 

「おい仏、どうして俺を無言で見てんだコラ……」

 

リューがポツリと呟くと、そっと真顔でベートの方へ振り返る仏。

 

「してねぇよ! お前がしたんだろ!」

 

「あ、バレた? なるべく音を出さずにスゥ~と放ったんだけど誤魔化せなかった?」

 

「してたのかよ! もうマジで帰れお前!」

 

うっかりすかしっ屁をかました事を周りに悟られぬ為に、ベートに罪をなすり付けようとしていた仏であったがあっさりとバレてしまった。

 

「つうかなんでお前が一緒に来てんだよ……俺達に危ねぇって警告してたクセに」

 

「バカ野郎お前、私はね、仏だよ? 人を導く事を生業とする生粋の仏だよ? そんな私が君達だけを行かせる訳ないじゃない、こうして見守ってあげてるんだよ君達を」

 

「本音は?」

 

「一人でいるの怖い、私も一緒に連れてって」

 

「正直にぶっちゃけたなコイツ……」

 

自分で言った建て前をあっさりとぶん投げて本音を零す仏に、いっそ清々しいとさえ思えるとベートが呆れつつ感じていると

 

「ここは……」

「あ?」

「ん? どしたどした?」

 

館の中を進んでいる途中でリューがふとある部屋の前で足を止めたので、後ろの二人も怪訝な様子でその部屋を目にする。

 

「見て下さい、この部屋は明らかに怪しい」

「ああ、怪しい匂いがプンプンするな……」

「ん~ここは~……ちょっと露骨に怪し過ぎない?」

 

リューが警戒しながら見つめているその部屋のドアには、とてつもなく怪しい事が書かれていたのだ。

 

 

『破壊神の部屋・ただいま封印されているので対応できません、御用の方は復活した時にお尋ね下さい』

 

 

「あの、ここってもしや、悪魔が復活させようとしているあの破壊神の部屋なんでしょうか?」

 

「その悪魔がわざわざ破壊神用の部屋用意したって言うのか……? 館入ってすぐの所に」

 

「いや~ラスダンに入ってすぐラスボスの部屋見つかるって……それぶっちゃけどうなの?」

 

見た感じ普通のドアだし中の部屋も大した事なさそうだが、破壊神の部屋と書かれているだけで十分シュールである。

 

三人はしばらく胡散臭そうに見つめると、何事も無かったかのように立ち去ろうとする。

 

「ま、今は入る意味は無いですし先に行きますか、私達が用があるのは悪魔の方ですし」

 

そう呟いてリューは二人と共にその部屋の前を後にして歩きすのであった。すると……

 

 

 

 

「……おいコノヤロー、せっかく俺がいるのに行くんじゃねぇよバカヤロー」

 

その部屋から呻くように呟いた低い声は、幸か不幸か立ち去る三人の耳には届かなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

しばらく奥へ進んでいるとリューはある事に気付いた。

 

ここは敵の本拠地である可能性のなのだが、先程から一向に罠や魔物の気配すらない事に

 

「さっきから怖いぐらいにすんなりと先へ進めてくれますね、肩透かしというかなんというか」

 

「ああ~、多分予算の方でちょっと問題あったんじゃないかな~? なんか結構ギリギリだって聞いたし、館のセットにお金掛けた分、人件費はカットしたんじゃない?」

 

「おっしゃる意味が分かりませんが?」

 

「まあアレだよ、ウチのヨシヒコの方の冒険が終わったら予算を割く必要もなくなるし、そのおかげでちょっとウチ等の方も余裕持てる用になるかもしれないから、それまでは我慢しよう、うん」

 

「おっしゃる意味がさっぱり分かりませんが?」

 

しかめっ面で本気で悩んでる仕草をしながら何度もこちらに頷いて来る仏だが、彼の言ってる事が全く理解出来ないでいるリューは軽く流そうとしていると

 

突如そんなゆったりとした雰囲気を引き裂くかの様な

 

『う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

「「「!?」」」

 

館の奥からいきなり聞こえたのは、恐怖が混じった聞き覚えのある少年の悲鳴。

 

三人はビクッとその叫びに反応すると、すぐにその声の主が誰なのかと気付いた

 

「もしやクラネルさ……!」

「もしやキリト君!? やっべぇラノベ界の超有名人じゃん! サイン貰おうぜ!」

「……どちら様ですか?」

「あ、ごめん、人違いだった、翌々考えればベル君だった、声がすんごい似てたから」

 

と思いきや仏の方は思いきり間違えていた、彼が叫んだ名が一体何者なのかは知らないが

 

今はそんな事を考える暇は無いとリューは脱兎の如く声が聞こえた方向に駆け出す。

 

「私は行きます、この叫びからして尋常じゃない事が起こっている可能性があるので」

 

「待てぃ私も行くぞ! キリト君! じゃなかった天木君! んん!? 正宗君!? あ、いやベル君のピンチなら仏の出番だ! 待ってろ御手洗翔太く~ん!」

 

「そんな何べんも名前間違える薄情な奴に出番なんて無ぇよ!」

 

危険を顧みずにベルを助ける事だけを一心に考え単独で突っ走ろうとするリュー

 

そして人の名前を一度間違えると中々本当の名前を思い出せないという中年あるあるに苛まれている仏

 

そんな彼に呆れてツッコミを入れながら、ベートも一応彼等の後をついてくのであった。

 

 

 

 

 

悲鳴が聞こえてから数分後、リューとベートは遂にその声の主がいると思われる大きな扉の前へと来ていた。

 

「間違いありません、クラネルさんはここにいる」

「ここが最深部か、つう事はアイズもいる可能性があんな」

「ハァ……! ハァ……! お前等ホント走るの速過ぎ……!」

 

目の前に現れた扉を見上げて二人が呟いていると、その背後からゼェゼェと息を荒げながら仏もやっと追い付く。

 

「こっちはもう年でロクに走れないんだから……! 気を遣ってペース落とせよ!」

「それじゃあ開けます」

「はいまた仏スルー! いいよ別にもう慣れたから! 気にしないモンそんな事!」

 

疲れていてもなお無駄口をたたく仏を無視して、リューは頑丈そうな扉を両手で開く。

 

するとその扉の先には

 

予想だにしなかった衝撃的な光景がそこにあったのだ。

 

「なんと……」

「げ!」

「なに? え、え~……」

 

三人が各々驚く中、彼女達の目に映るモノは……

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! アイズさんダメです! それ以上やったら死んじゃいますって!」

 

「もう一度聞く、銀色ヌメヌメのモンスターはどこ?」

 

「あ、あ~……吾輩の首絞めないで……! もう許してくださいお願いします……! いやホントにもう、吾輩が悪かったです、反省してます……!」

 

館の部屋の中でも一層広い大広間にいたのは

 

悲鳴を上げてやり過ぎだと慌てて注意するベルと

 

彼の言葉に耳も貸さずに無表情で淡々と質問をぶつけるアイズ

 

そしてそんな彼女に尋ねられながらも、既にボコボコにされた痕跡がある顔面白塗りの…… 

 

「あ……」

 

アイズに首を絞められながら今にもヤバそうな男が扉を開けたリュー達に気付くとそちらの方へ顔を向けて

 

「フッフッフ、よくぞ来たな冒険者達よ……! 吾輩は悪魔神官・ハーゴンだ……! だが今はちょっと取り込んでるんでまた後に来るのだぁ……! あ、でも出来るならちょっと助けて貰えないでしょうか……この子思った以上にすんごい強くてですね……」

 

苦しそうに顔を歪めながらこちらに必死に助けを求めるその姿に

 

三人は言葉を失いポカンと口を開けて固まるしか無かったのであった。

 

悪魔神官・ハーゴン

 

仏達が赴く前に、まさかの討伐完了

 

 

次回、攻略、蝋人形の館

 

 



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二十三説 攻略、蝋人形の館

遂に仏達の前に姿を現した悪魔神官・ハーゴン

 

しかしその時既に、彼はたった一人の少女にボコボコにされ敗北を喫していた。

 

「あー……とりあえず無事で良かったねベル君」

 

「え? あ、はい、それよりどうしたんですか仏様、リューさんまでいるし何かあったんですか?」

 

「うんまあ、何かあったからここに来ている訳なんだけど……その何かが来る前に終わってました……」

 

久しぶりに仏はベルと出会う事が出来たのだが、ベルの方は至って無傷の様子で何故仏達がいるのか自体よくわかっていない様子。

 

これには仏も苦笑しか出来ないでいると、彼の代わりにリューがヌッと前に現れてベルに話しかける。

 

「お久しぶりですクラネルさん、どうやら死んではいなかったみたいですね」

 

「あ、どうもこんにちわリューさん、死んではいないですけど……どうしたんですか皆さん揃って」

 

「あなたが数日の間オラリオに戻ってこないからシルが心配していた、だから私が彼女の代わりにあなたを探しにやって来たんです」

 

「えーそうだったんですか! ご、ごめんなさい! 早く帰ろうとは思ってたんですけど!」

 

リューから話を聞いてすぐにあたふたとしながら謝るベル、どうやら彼自身は長居せずにさっさとオラリオの街に戻ろうと思っていたらしいのだが……

 

「アイズさんがどうしても銀色ヌメヌメモンスターを倒すって聞かなくてですね、それでも仏様のお告げ通りに一緒について行ってたら、いつの間にか一人じゃ帰れない中層地点にまで来ちゃって……」

 

「銀色ヌメヌメ? よくわかりませんが彼女の後を仏のお告げ通りに追いかけたら、いつの間にかこんな所にまで来ちゃって帰れなくなった訳ですね」

 

後頭部を掻きながら申し訳なさそうにこんな所にまで来てしまった経緯を話すベルに頷きつつ、彼がふと漏らした言葉にリューの耳がピクリと反応し

 

「ん? 仏のお告げ?」

 

すぐに横に振り向いた。

 

「ひゅ、ひゅひゅ~、ひゅ~ひゅ~ひゅ~……」

 

「……口笛出来てませんよ」

 

こちらに泳いだ目を逸らし、口を尖らせて必死に口笛を吹いて誤魔化そうとしている仏にリューは冷ややかな視線を向けながらそっと歩み寄る。

 

「あなたがクラネルさんに余計な事を言ってこんな所にまで行かせた元凶だったんですか、なるほど、通りで今回の件を早急に解決しようとしていた訳だ」

 

「あの、むっつりさん、スネの部分に軽い蹴りを連発するの止めて下さい、ホント、ホント地味に痛いから」

 

「大方あの金髪の方もあなたが変な事吹き込んだのでしょう、銀色のヌメヌメモンスターとか言いましたっけ? なんですかそれ? あなたが面白半分にふざけてでっち上げたんじゃないでしょうね?」

 

「いやそれを吹き込んだのは私じゃなくて金髪キノコヘッド……あ! 徐々に! 徐々にスネへのつま先キックの威力が上がってる!」

 

顔は相も変わらず真顔ではあるが、リューの蹴りは段々と速くなっていき仏のスネにみるみるダメージが蓄積されていくのであった。

 

その一方で仏とリューと共にここへ来ていたベートはというと

 

「おいアイズ! テメェ何一人で勝手に行動してんだコラ!」

 

「ごめんなさい、どうしても銀色のヌメヌメのモンスターを見つけたかったから」

 

「ぎ、銀色のヌメヌメ……? なんだそりゃ?」

 

密かに想っている相手ではあるがここはビシッと言っておかねばとベートが厳しく問い詰めようとすると、アイズは無表情で単独行動した経緯を話し始める。

 

「そのモンスターを倒せば、一気にレベルが10以上上がるらしい」

 

「はぁなんじゃそりゃ!? 聞いた事ねぇぞそんな話!」

 

「前に勇者の仲間らしき変な髪型とホクロを付けた男から聞いた」

 

「変な髪型はわかるけど変なホクロってなんだよ……そんな胡散臭ぇ野郎の話なんか真に受けてんじゃねぇよバカ」

 

倒すだけでレベルが10以上上がる魔物……それが本当なら今頃冒険者達は血眼になってその魔物を探そうとするであろう。

 

しかし冒険者として長いベートであってもそんな魔物の話は聞いたこと無いし、何よりその情報元が勇者の仲間とかあまりにも馬鹿馬鹿しくて信じられない。

 

「騙されたんだよお前、ったく戦姫と呼ばれるぐれぇ腕はあるクセにそういう所はまだまだガキだなお前、やっぱこの俺が傍にいてやらねぇと、危なっかしくて仕方ねぇぜ」

 

「この男からも聞いた、銀色のヌメヌメモンスターは確かに実在するって」

 

「え、今、自然な流れでサラッと遠回しなアプローチかけたのに普通に無視された俺?」

 

忠告と共にさり気なくちょっとした誘い文句を言ってみたのだがあっさりスルーされ、ベートは少しショックを受けるものの

 

「この男って……この見た目だけは強そうに見えて、結局はお前一人で楽に倒せた拍子抜け悪魔か」

 

「ちょっと捻ったらすぐ泣いちゃった」

 

「うーまさかこの世界にこんな恐ろしい小娘がおったとは~……」

 

アイズが指さした方向にいる、既にボロボロにされながらも顔のメイクは完璧なハーゴンの方へ振り返る。

 

既にアイズ達に歯向かう気力も戦意も失せているのか、館の壁に背を預けたままグッタリしながら落ち込んでいた。

 

「せっかく我輩が元々いた世界から連れて来た魔物達を容易く倒してしまうし……なんなのよもう、強過ぎではないか、普通あそこは素直に捕まって吾輩の人質にされるのがセオリーじゃないの?」

 

「あ? 元々いた世界から連れて来た魔物? テメェそれひょっとして……」

 

ブツブツと不満げな声を漏らしているハーゴンにベートはピクリと方眉を上げた。

 

「俺達がここに来るまでに出くわした奴等の事か? 見覚えのねぇ奴等ばかりだったがテメェが用意してやがったのか」 

 

「フハハハハッ! その通りよ! どうだった吾輩が破壊神様復活の為に用意した魔物達は! 貴様の仲間は一体どれほど死んでしまったのであろうな!」

 

「あ? ちとヤバい目には遭ったが別に誰も死んでねぇよ、ほとんど倒したしな」

 

「うそ~ん……こっち結構集めるの苦労したのに~……」

 

やはりあのダンジョン内に現れた未確認の魔物達の正体は、ハーゴンが連れて来た魔物達であったらしい。

 

それに気づいてくれた事にちょっと元気を取り戻したのか、嬉しそうに高笑いを上げるハーゴン

 

だがベートの口から結局誰も倒せずにほとんどやられてしまったと聞いて、再び元気を失いしょんぼりするハーゴン。

 

そんな彼を見下ろしながらアイズが隣にいるベートに説明を続ける。

 

「この男が私達に襲い掛かった時に操っていたモンスターの中には、私が探し求めている銀色のヌメヌメモンスターと似通ったモノもいた、形がちょっと違ってたり色が違ってたりと惜しいのはいたのだけど、私が探している奴だけは全く見つからない」

 

「マジでいんのかよ銀色のヌメヌメ……そういや緑色のヌメヌメなら戦ったな、毒にされてヤバかった記憶しかねぇけど」

 

「だからこうしてこの男を殺さずに、銀色ヌメヌメがどこにいるのか居場所を吐かせようとしている」

 

「強くなる為ならお前ホント容赦ねぇな……」

 

元々アイズが強さに固執しているのは知っていたがまさかこれ程とは……

 

いるかどうかもわからない魔物を探し続け、そしてその魔物を知る者をとっつ捕まえると、無理矢理吐かせる為にボコボコにする、これには流石にベートもちょっと引いた。

 

「んで? その銀色ヌメヌメの情報はまだゲロらねぇのかコイツ」

 

「存在する事までは聞けたんだけど、肝心の居場所の事についてはまだ白状しない」

 

「だから何度も言っているであろう! 吾輩は確かにあの魔物の事は知っているが! ホント何処にいるのかまでは皆目付かないんだって!」

 

未だアイズに執拗に尋問され続けていたハーゴンは、本当に知らなそうに慌てて叫ぶ。

 

「その魔物の正体はまさしく『はぐれメタル』! とんでもない防御力を持っていながら逃げ足も速く! 強力な呪文を扱える一方で相手の呪文は一切受け付けない! そして極めつけは、そ奴を倒せば膨大な経験値が貰えるという事だ!」

 

「それはもう聞いた、だからそいつがどこにいるのか教えて」

 

「いやだから! 知らないって吾輩でも! 確かに1体だけこの世界に連れてきたよ! けどアイツってば滅多に人前に出ない超レアな魔物なの! いくら吾輩でも何処にいるかまでは知りません! ハイこの話は終わり! 相撲の話しよう! 吾輩は相撲の話ならいくらでもするぞ!」

 

「わかった、それならもうあなたに用は無い、ここで始末する」

 

「ひえぇなんなのこの娘……可愛い顔して容赦ないなホント……もう吾輩ホントこの子やだ……」

 

こちらを冷たく見下ろしながら躊躇なく始末する気満々のアイズに、ハーゴンはすっかり心身共に疲れ切った様子で彼女の事を怖がっていた。

 

すると彼等の所へ他のメンバーも集まって寄って来た。

 

「クラネルさん、このハーゴンという変な悪魔に何かされませんでしたか?」

 

「いやぁ、魂を寄越せとは言われましたけど……空気も読まずにアイズさんが速攻で倒しちゃったんで結局何も無かったです、やっぱりアイズさんは凄いです、色んな意味で……」

 

「ハッハッハ! 何はともあれみんな無事で何よりだよね! 物語的にはアレだけどみんな幸せならそれでいい! うん!」

 

リューとベルが会話する中、自分達が来る前に倒されてしまったハーゴンを見ながら

 

すっかりこの事件を解決した感じで朗らかに笑って締めにかかる仏であった。

 

 

 

 

 

「だからむっつりさん! もう私のスネはボロボロだから蹴るの止めて!」

 

そしてそんな勝手な事を今までしておいて勝手に幕を下ろそうとする仏を

 

未だにリューは許さず容赦なく彼のスネを蹴り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

そして一件落着と言ったムードが漂う中で

 

 

 

「マズイ、このままでは破壊神様がご復活出来ない……何処か……何処からか吾輩に幸運が巡って来れば……」

 

アイズに打ちのめされすっかり諦めているのかと思いきや

 

未だハーゴンの目はまだ死んではいなかった。

 

「破壊神様を再びこの地に蘇らせ……! こ奴等だけでなく世界の人間共を支配できる……!」

 

狙いは破壊神の復活、それで全てが引っくり返せると確信しながら一人静かにほくそ笑むのであった

 

 

 

 

 

 

一方その頃、仏達とはぐれていたヘスティア一行はというと

 

彼等から少し遅れて、蝋人形の館の近くへと来ていた。

 

「うわ見て下さい! いかにもな怪しい建造物がありますよ!」

 

「あからさま過ぎて逆に不安になるな、警戒しつつ中に入るとしよう」

 

「間違いない……! ボクのベル君はここにいる! もう女神レーダーがビンビンだよ!」

 

目の前に現れた館を前にしてリリが指さして叫んでいるとオッタルとヘスティアも乗り込む気満々の様子。

 

仏達とはぐれてからも、彼等との合流を優先的に考えていたヘスティア一行であったが

 

敵の本拠地と思われるモノが目の前に現れれば、それはもう行くしか選択が無かったのである。

 

しかしそこで、背後から思わぬハプニングが……

 

 

 

 

 

「……どうも、木吉さん♂」

 

「む、背後からボクと同じ神の気配……! は! 君は!」

 

「はい? また一人で騒いでどうしたんですかヘスティ……うわうわうわ!!」

 

ふと後ろから男らしい声がボソッと呟くと同時に、自分や仏と同じく神の気配を持った者が後ろにいるとヘスティアが後ろに振り返るとそこにいた人物に素っ頓狂な声を上げ

 

その声にリリも怪訝な様子で振り返ってみて思わず変な声を上げてしまう。

 

なんと等館に突入しようとしている三人の背後に突然現れたのは……

 

 

 

 

 

 

「巻いて食えやプーさん?」

 

「ななな! なんですかこのパンツ一丁のムキムキ男は~~~!」

 

「何言ってるのさ、どう見ても兄貴に決まっているじゃないか」

 

「兄貴!? ヘスティア様にこんな凄いお兄さんがいたんですか!?」

 

「ボクだけの兄貴じゃないよ、兄貴はみんなの兄貴さ」

 

「言ってる事がよくわかりませんが!?」

 

屈強な肉体を惜しげも無く曝け出し、身に着けるモノは下着のみという男らしいスタイル。

 

そして更に男らしさの磨きをかける角刈りをバッチリ決めて

 

兄貴♂ファミリアの主神であり、良い男を見つけるとついイタズラしちゃう兄貴が

 

まさかのダンジョン内に降臨なされたのだ。

 

「しかしどうして兄貴がこんな所にいるんだい? ボクや仏と違ってダンジョンに来る理由なんて無いだろうに」

 

急に現れ歩み寄って来た兄貴にヘスティアは怖がりもせずに気軽に話しかけると、兄貴は気さくな態度で彼女にペラペラとここに来た経緯を話し始めた。

 

「風神卍雷神、最強トンガリコーン、鎌田さんは専門だ、専門だけん、結構すぐ脱げるんだね♂」

 

「はは~なるほどねぇ~」

 

「ぐるぐるぐるぐるポン! 東国原夢見るな、カモン!カオスボーイ! ナウい♂ベーコン」

 

「ほうほう」

 

するとヘスティアはうんうんと頷いて

 

「そんな理由で来るなんていかにも兄貴らしいや、ホントに変わりモンだよ君は」

 

「えぇー! 今のわかったんですかヘスティア様!? 兄貴がなんて言ったか通じたんですか!?」

 

「うん、以前ロキの所の子と遊んだんだけど、どうしてももう一度会いたいと思ってホイホイボク等の後をコッソリついて来ちゃってたんだってさ」

 

「本当に理解してる!」

 

「神々の間では兄貴語を覚えるなんて基本中の基本だよ、兄貴の言語を理解出来なかったら神失格とまで言われてるぐらいだしね」

 

「兄貴語!? 神様というのはそんなモノを覚える必要があったんですか!?」

 

「ガネーシャなんて自分で普通に喋れるぐらいだしね、ボクは理解は出来るけど兄貴語での対話はまだ出来ないんだ」

 

「えぇ~……」

 

どうやら神々の間では兄貴が使う言葉を理解する事は必須だったらしい、彼の言葉を理解出来ぬ者はまだまだ神として半端モンという烙印を押されるぐらい、兄貴語はとても大事なのだ・

 

「そんなモンを覚えるぐらいならもっと世の中をより良い方向に導いて下さいよ……」

 

「寒イボが出てるけど寒いん? 蟹になりたい?」

 

「え……今私になんて言ったんですかこの人?」

 

「ハッハッハ! 兄貴! 今のジョーク最高!」

 

「なんで爆笑してるんですか!? 怖いんですけど!」

 

こんな時でもユーモアを欠かさない兄貴のウィットに飛んだ小粋なジョークにヘスティアは腹を抱えて大爆笑。

 

リリはますますこの兄貴という未だかつてない神の存在に困惑していると

 

「全く、既に神を2柱も連れているというのに、また新たな神がお出ましになるとはな」

 

「どうしましょうかオッタルさん……」

 

「どうするも何も、お帰り願うしかないだろ」

 

先程まで無言で兄貴をジロジロと見ていたオッタルがようやく口を開いたのだ。

 

彼にどうするべきかリリが尋ねると、ため息交じりにすぐに決断を下す。

 

「確かにこうして間近でみるとそのはち切れんばかりの素晴らしい肉体に思わず魅了されてしまうし、何時までもじっと見ていたいという欲求もあるが、未だ未知なる現象が起き続けるこのダンジョンに居ては危険だろう、彼の美しい肉体を魔物に傷付けさせたくはない、即刻この場を立ち去ってもらおう」

 

「言ってる事が凄く怪しいし気持ち悪いんですけど……あなた本当にフレイヤ・ファミリアなんですか?」

 

「当たり前だ、俺にとってフレイヤ様こそ全てだ、ううむそれにしても実に惚れ惚れする肉体だ、一体どうやってあんなに鍛え上げたんだ……改めてお会いした時にゆっくりとお聞きしたい……」

 

「いやなんかもう、完全に兄貴の体に魅了されちゃってますよねあなた?」

 

純粋に兄貴の肉体美に憧れているのか、それとも別の意味で兄貴とお近づきになりたいのか怪しい言動を取るオッタルに、軽く恐怖を覚えてリリがドン引きしていると

 

そんなオッタルの存在に気付いて兄貴はニヤリと笑いながら彼を見つめる

 

「イケメ~ン? イケメ~~ン?」

 

「あれ? 兄貴がオッタルさんに対して急になんか言い出したんですけど、兄貴はなんて言ってるんですかヘスティア様?」

 

「あ、ヤバい、どうやら兄貴はロキファミリアの子と遊ぶ前に君と遊ぼうとしているみたいだ」

 

「へ~なるほど~……うええぇぇぇぇ~~~!?」

 

「ほう……」

 

ボソッとヘスティアが呟くとリリは素っ頓狂な声を上げて慌てるも、オッタルはひどく冷静な態度で静かに頷いた。

 

「残念ながら俺はもう既にフレイヤ様に虜にされた身、いかにその肉体美をもってしても俺はそんなモノに全く興味は無い、俺にとって寵愛を承る相手はフレイヤ様唯一人、お引き取り願おうか」

 

「ああん? 脇目のプーさん?」

 

「マズイ! 兄貴はもう完全に君をターゲットとして認識したみたいだ! 逃げないと大変な目に遭わされるよ!」

 

「フ、俺はこれでも冒険者として中々の腕を持っていると自負している」

 

ジリジリと彼の方へニヤニヤしながら歩み寄る兄貴に、慌ててヘスティアがオッタルに逃げろと警告するも

 

彼は鼻で笑って一蹴する。

 

「神であろうとこの地で力を使えないのであれば、後れを取る事などあり得ない」

 

「歪み♂モンスター♂」

 

「いいだろう、その筋肉を傷付けたくないが、この俺と本気で戯れると思っているなら、覚悟しておいた方が良いぞ」

 

「仕方ないね♂」

 

嬉しそうに近づいて来る兄貴にオッタルは挑発的な物言いをしながら、相手が神であろうと負ける気はしないと強い自身に満ち溢れていた。

 

例え兄貴であろうと、フレイヤに忠誠を誓う自分が屈する事などあり得ないと確信した笑みを浮かべて

 

 

 

 

 

 

5分後

 

「ナイスでーす♂」

 

「アァーーーーーーーーーーーッ!!」

 

「……今、兄貴に物陰に連れ去られたオッタルさんの悲鳴が聞こえた様な……い、一体何があったんでしょう……」

 

「考えない方が良いよ、彼はきっと、兄貴に新たな可能性を教えてもらったんだよ」

 

「うわぁ……」

 

瞬く間にこちらから見えない場所に兄貴によって連れ去られたオッタルの悲鳴を聞き

 

リリは静かに両手を当てて合掌するのであった。

 

次回、解決? 蝋人形の館。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二十四説 解決? 蝋人形の館

「ベル様~! うげ!」

 

「ベルくぅぅぅぅぅぅぅん!!」

 

「リリ!? いやちょ! 待ってください! どうして神様まで!?」

 

 

仏達がハーゴンを倒したアイズとベルと会ってからしばらくして

 

蝋人形の館にやってきたヘスティア一行も無事に彼等と合流する事が出来た。

 

大広間でベルの顔を見るなり、喜ぶリリを押しのけて感動の再会と言わんばかりにはち切れんばかりの笑顔でヘスティアは勢いよくベルに抱きつく。

 

「君があのヴァレン某に誘惑されてダンジョンの中にホイホイついて行ってしまったと聞いて! 居ても立っても居られずにここまではるばるやって来たんだよ!」

 

「い、いやーなんだか微妙に誤解していますけど神様に出会えて僕も嬉しいです、あれ? でも良いんですか? 神様がダンジョン内に入るのって禁止されてるんじゃ……」

 

「細かい事を気にするとハゲるぞベル君、まあボクは例え君がスキンヘッドになろうがありのままを受け入れてあげるけどね、だからボクに気を遣わず思う存分ハゲたまえ!」

 

「ハゲませんよ!」

 

ベルに会えた事が嬉し過ぎて変なテンションになってしまっているヘスティアに、ベルはすっかり押されてしまっていると

 

そこへヘスティアにとって最も憎むべきライバルだという事を全く自覚していない、ヴァレン某ことアイズがヒョコッと二人の傍に現れる。

 

「すみませんヘスティア様、彼が帰還出来ずにいた原因は、彼が私を心配してここまでついて来てしまったせいです、責任は私にあります」

 

「出たなヴァレン某! いよいよここに来てボクと決着つけるつもりか! メインヒロイン権獲得頂上決戦をお望みとあれば受けて立とうじゃないかッ!」

 

「落ち着いて下さい神様! 言ってる事意味わかりません!」

 

「君の無垢なるベル君を誘い込む策は素晴らしかった! あざとい天然キャラな所やベル君を魅了させてしまう戦略も! だが、しかし、まるで全然! このボクを倒すには程遠いんだよねぇ!」

 

「神様それ誰の真似ですか!?」

 

ベルとの再会の喜びと、宿敵の到来による怒りと嫉妬心により、どこぞの人物みたいな台詞を吐きながらアイズに食って掛かるヘスティアを、流石にヤバいと慌ててベルが後ろから彼女を羽交い絞めにする。

 

「とりあえずこうしてお互い無事に会えたんですから良いじゃないですか! 余計な争いはせずにもう家に帰りましょう!」

 

「離せベル君! これは女と女の戦いだ! ボクは今こそ君にとって誰が一番君に相応しい者なのかハッキリと証明して見せる!」

 

ベルに後ろから拘束されようともそれでもなおアイズに食って掛かろうとする女神・ヘスティア。

 

それに対してアイズは彼女の奇行を目のあたりにしてどう反応すればいいのやらと無表情で立ちすくむのであった。

 

そして彼女達から少し離れた場所で

 

「いやー……醜い、女の嫉妬は本当に醜いねぇ、ジジィのカミさん程じゃないけどアイツも相当ヤバい」

 

「やはりクラネルさんの主神ですから独占欲も強いんでしょうか、シルがあの女神に勝てるかどうか心配です」

 

ヘスティアの醜態を目にしながらのほほんと感想を呟く仏と、自分の友人に勝算があるのか冷静に分析するリューがそこにいた。

 

そして二人の隣にはあからさまに不審な人物。ハーゴンがまるでパーティーの一員の様ににこやかに笑いながら立ち

 

「あぁ~こういうの吾輩よくわからないんだけど、三角関係って言うんだっけ? いいね~神が人間と青春する良い時代になったモンだね~っぐふッ!!」

 

しかしその瞬間、腹に一撃食らわせられて呻くハーゴン

 

彼のお腹にボディブローをかましたのは、先程ヘスティアに邪魔されてベルと再会を喜び合う事が出来なかったおかげですっかりご機嫌ななめなリリ

 

「や、やった……! やりましたよベル様! なんかよくわからないけど妙に悪そうな奴をリリがやっつけました!」

 

「あ、その悪魔なら既にアイズさんがとっくの昔に倒してましたよ」

 

「えぇー!?」

 

目の前で苦痛に呻くハーゴンを見てリリは歓喜の雄叫びを上げるも、そこへリューが冷静に彼の正体を話す。

 

「その悪魔、色んなモンスターを使役する力はあるみたいですが、肝心の本体は見掛け倒しだったみたいです」

 

「てことはあまり強くないんですかこの男……」

 

「どちらかというと弱い部類に入るかと」

 

「……私達そんな奴のおかげで大騒ぎしてたんですか? はぁ~なんだか拍子抜けというか盛り上がりに欠けるというか……」

 

リューの説明を聞いて目の前で「イタタタ……」とお腹を押さえて痛がっているハーゴンを見つめながらリリがガッカリと肩を落とすも、「まあいいんじゃね?」と仏は何もかも無事に終わればそれでよしと満足げな様子。

 

「撮れ高は無かったけど、これでマルッとスッキリ解決出来たんだから。誰もがみんなハッピーでエンディングを迎えられる事が、一番のご褒美だと私は思います!」

 

「なに勝手に上手く纏めて終わらせようとしてるんですかあなたは?」

 

これ以上ゴタゴタが続くといずれ自分がやらかした事が公に出ると恐れ、仏がここでスパッと終わらせてエンディングにしようとしていた所で、冷ややかな視線を向けながら彼の天敵、リューが口を挟む。

 

「言っておくけど私は気付いていますからね、クラネルさんがこの悪魔の破壊神だのなんだのに巻き込まれた原因はあなたにあると」

 

「は!? それどういう事ですかリューさん!? ベル様がここに迷い込んだ原因が仏様にあるって!」

 

「言葉通りの意味ですよ、このブツブツ頭こそ我々が本当に倒すべき敵だったんです」

 

「なるほどそうだったんですか、では倒しましょうか」

 

「おっとー! 私が原因なのかどうか詳しくも聞かずに、もう私を倒す気満々でファイティングポーズ取るとはどういう事だチビ助ー!?」

 

とりあえずこの仏を懲らしめるチャンスが出来るのであればそれでいいと言った感じで拳を構えるリリに、仏はすぐ様危機感を覚えてジリジリと歩み寄って来る彼女とリューから逃げ回る。

 

結局仏は自らがやらかした事の責任を取る羽目になってが、大きな犠牲も無く破壊神が復活する事も無く、少々拍子抜けだがあっさりとこの騒動は幕を閉じるのであった。

 

これにて世界に迫りくる脅威は消し去り、彼等は再び平穏なる日常を取り戻す事であろう。

 

 

 

 

 

「まだだ、まだ終わらぬぞ吾輩は……! 破壊神様に、破壊神様に穢れなき無垢なる魂を捧げさえすれば……!」

 

っと思われたのだが……

 

どうやら物語はここで終わりという訳にはいかないみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその頃、蝋人形の館の一階ではベートが追い付かれぬよう必死に逃げ回っていた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!! なんでテメェがここに来てやがんだぁぁぁぁぁ!!!」

 

「イッケメーン♂!!」

 

ここに来るまで幾度の試練もなんとか乗り越えて来たベートであったが、最後の最後に彼の前に現れたのはなんと屈強な肉体を惜しげも無く晒すパンツ一丁のナイスガイ♂、兄貴であった。

 

かつて力づくで大切なモノを奪われてしまったベートにとっては正にトラウマの中のトラウマであり

 

そんな兄貴とダンジョンに鉢合わせしてしまっては、もはや戦意すら消え失せただただ逃げるしか彼には残されていなかった。

 

「カモーン♂!」

 

「来るんじゃねぇ化け物! これ以上俺は心に闇を抱えたくねぇんだよ!!」

 

どんだけ逃げても兄貴はまるで鬼ごっこでもしてるかのように無邪気に笑いながら、楽しんでる様子でどこまで追いかけて来る。

 

その笑顔に一層背筋が凍り付くほどの恐怖を感じつつ、ベートが破壊神の部屋の前にまで差し掛かると

 

「待つんだベート……」

 

「げぇ! オッタル!」

 

突如彼の目の前に現れたのは兄貴よりも巨漢のオッタルであった。

 

しかし以前見た時とはどこか違うとベートは違和感を覚える、明らかに彼の目が死んでいたからだ……

 

「どうしてテメェが邪魔を! は! まさかテメェも兄貴に……!」

 

「そのまさかだ、冒険者として長く死線を潜り抜けて来た俺だがあのような”経験”は未だかつてない程の体験であった……お前にも同じ体験をさせてやろう……」

 

「なんでそうなるんだよ!? 俺はお前よりも先にとっくに体験してるんだよ! 同じ目に遭わせるなら今度はあのトマト野郎かペヤング野郎だろそこは!」

 

「いやお前でなければならないんだ、悔しいが兄貴のお気に入りはお前みたいなのでな……俺の事などただの遊びとしか思っていないらしい……」

 

「へ?」

 

心なしかちょっと悔しそうに何か呟かなかったこの男と、ベートはオッタルの様子にますます不安を覚える。

 

 

「大丈夫だ安心しろ、きっと今度こそ今まで見えなかった新しい道を見つける事が出来るはずだ、さあ力を抜けベート、そして兄貴の全てを受け入れるのだ」

 

「ちょちょちょちょっと待ておい! うっそだろお前! フレイヤ・ファミリアのお前が! あの女狐に誰よりも心酔しているお前が! まさかこの化け物に!? いやいやいやいや!」

 

「化け物ではない兄貴だ、そして今日から俺達は兄貴♂ファミリアだ、仲よくしよう兄弟♂」

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ目覚めやがったコイツ! 最強と呼ばれたレベル7の冒険者のクセがあっさり兄貴に鞍替えしやがった!!」

 

前門のオッタル、後門に兄貴。

 

二人の巨漢に挟まれて絶体絶命のピンチにベートは顔を青ざめながら頭の中に走馬灯が駆け巡っていると

 

 

 

 

 

「お~い、あんちゃん達、さっきからうるせぇぞコノヤロー」

「!」

 

突然、何処からか見知らぬ声が耳に入って来たのでベートはビクッと反応する。

 

低くしわがれたその声を、オッタルと兄貴も聞こえたのかふと足を止めて何処から聞こえたのかと周りを見渡していると

 

「人が寝てる部屋の前で、野郎共三人でいかがわしい事おっ始めようとしてんじゃねぇよバカヤロー」

 

「おいこの声……ひょっとしてこの部屋から聞こえてねぇか?」

 

「どうやらそうみたいだな……」

 

もう一度聞こえた声は明らかに彼等のすぐ目の前にいる部屋からだった。

 

ここは『破壊神様の部屋』と書かれた部屋……

 

「なんなららっきょの奴も呼んでよ、お前等とらっきょで、誰が一番先に土佐犬のタマ触れるか対決とかやってみろよ、まあ今のテレビじゃ絶対流せねぇだろうけどな、へへっ」

 

「誰だよらっきょって……つかこの部屋にいるって事はテメェまさか……」

 

ドアの向こう側から聞こえて来る声に耳を傾けながら、ベートは眉間にしわを寄せてそっとドアの方へ近寄ると

 

「パチュリー! うー☆」

 

「ってげぇ! 兄貴!」

 

「ホイホイチャーハン?」

 

彼を押しのけてドアの方へ近寄ったのはまさかの兄貴、ドアの向こうにいる人物が「男性」だと察して、居ても経ってもいられなくなったみたいでニヤニヤしている。

 

「まさかテメェ……この部屋に入ろうとかしてんじゃねぇだろうな……」

 

「そうでーちゅ♂」

 

この部屋は破壊神の部屋……ハーゴンが弱かったとはいえ、ここにはあのロキやフレイヤでさえ厄介と称する、世界を破壊に導く程の神が封印されている可能性が高い、迂闊に立ち入る事はいくら兄貴とて絶対にマズイ。

 

しかし自らの欲望に逆らう事はしない性格なのか、兄貴は興味津々のご様子でドアノブに触れてしまう。

 

「おいおい大丈夫かあの野郎……まあ死んでくれた方がこちらとしては都合が良いけどよ……」

 

「残念だったなベート、どうやら兄貴はお前より先に新しい男がいたもんだからそっちを最初につまむつもりらしい」

 

「いや全然残念じゃねぇし、てかお前マジで手遅れなの? もう引き返す事出来ねぇの? 知らねぇぞ俺?」

 

後ろから自分の方に優しく手を置くオッタルに、ベートは哀れみながら彼の方へ顔を上げている隙に

 

「歪みねぇな~」

 

兄貴はホイホイと破壊神の部屋をガチャリと開けて中へと入ってしまうのであった。

 

するとその時、部屋の中から

 

「あ~? 誰だよいきなり人の部屋に入って来て……うげ、色っぺぇネェちゃんなら歓迎したけど、よりによってそっち系の外人じゃねぇかコノヤロー! ふざけんなチェンジチェンジ! 水道橋の所行って来い!」

 

「カモーン!」

 

どうやら兄貴は部屋の中にいる者と接触したらしい、相手は兄貴を見るや否やすぐに呻き声を上げて嫌がるが、次の瞬間「ん?」と何かに気付いた様子で

 

「おいちょっと待て外人のあんちゃん……お前まさか、オイラと同じ異端の神様かい?」

 

「仕方ないね♂」

 

「……こいつはたまげた、オイラが復活するときに必要な純粋無垢な穢れなき魂まで持ってやがる……へへ、あの相撲好きの悪魔の野郎にしちゃ極上のモンを持ってきてくれたみてぇだな」

 

急に部屋の中から不穏な雰囲気が匂い始める。

 

それもとんでもなくヤバい事が、世界を揺るがす程の出来事が今から起こり得そうな……

 

「おい兄貴! さっさとこっち戻ってこい! テメェが話してる相手は……!」

 

「まあ美人なネェちゃんじゃねぇのが残念だけどよ、貰うわ、あんちゃんの魂」

 

「あーん? 茂美怖いでしょう?」

 

急いでベートが部屋に入り込もうしたその瞬間、開いてるドアの隙間から突然カッと黒い煙の様な立ち込み始め……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

部屋の中から聞こえた雄叫びに、入ろうとしていたベートと後ろのオッタルは咄嗟に後ろにのけ反った。

 

このいつも兄貴が欲望のままに襲って、相手に上げさせる悲鳴が

 

 

 

 

今回は兄貴の叫び声であったのだ。

 

 

次回、復活、破壊神

 



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仏9号
二十五説 復活、破壊神


ここは蝋人形の館

 

下の階で尋常じゃない程にヤバい事が起きている一方で

 

上の階にいる仏達は一切気付かずに完全に勝利ムードでにぎやかに騒いでいた。

 

「よし、それじゃあこうしてね、ベル君達も助かりハーゴンもやっつけて、破壊神の復活も阻止して、何後も無く綺麗に事件も丸く収まった事だし」

 

色々とバレてしまった結果リューとリリに執拗にスネと脇腹を痛め付けられて結構なダメージを負ってしまった仏だったが、もうさっさと切り上げてクランクアップする事で頭が一杯である。

 

「後腐れなくキャストさんみんなが笑顔で終わる為に、打ち上げやってパァーッと締めよう」

 

「だ、大丈夫なんですか? 僕はなんとなくまだ嫌な予感がするんですけど……」

 

「心配ない心配ない、心配ないな~い、私に任せて、銀座は無理だけど新宿にいい店あるからそこ行こう、飲んでる最中にいきなり変なTシャツを買わされそうになるけど楽しいから絶対」

 

「いや僕が言いたいのはホントに事件は解決したのかなっていう……あれ? ていうか銀座とか新宿ってなんですか?」

 

もはやこれから何後も無くすんなりと片付ける事だけを最優先とする仏と対照的に

 

ベルはまだ不安そうに表情を曇らせ、さっきからずっと嫌な予感を覚えていた。

 

「なんか下の階から物凄く禍々しいモノがいるかの様な……今までに戦ったどんなモンスターとは比べモノにならない程の強烈なプレッシャーをずっと感じてるんですよね」

 

「ハハハ、全く”ボクの”ベル君は心配性だな~、大丈夫だよボクが傍に付いている限り何も心配いらないさ、女神であるボクがそんなの全く感じないんだし、ただの気のせいだよ気のせい」

 

「えぇ~そうですかぁ? だってさっきから不気味なぐらい静か過ぎるんですよ……なんか怪しくありませんか?」

 

「んも~そんな事でビビちゃって可愛いな~ボクのベル君は~! 怖い事なんてもうとっくに終わったんだよ、君を生け贄にしようとした悪魔はやられちゃったしもう不安な事なんて何もないってば」

 

危機察知能力が高いベルはまだ警戒する必要がるのでは?と危惧するものの、ヘスティアの方は全く心配しておらずむしろ上機嫌な様子で、彼の両肩に手を置きながら安心させようとする、だが……

 

「……君が感じている嫌な予感は当たってると思う」

 

「ア、アイズさん!?」

 

「くおらぁヴァレン某! またボクとベル君の甘い一時を邪魔しおってからに! どうして君は毎度毎度ボクとベル君の中を裂こうとするんだ!」

 

「私もさっきから下の階からきな臭い気配がする、この感じは私でも経験した事がない」

 

「本当ですか!?」

 

二人の下へすっとアイズが横から入って来て、キレるヘスティアを無視してベルの警戒に同意するかのように頷いた。彼女もまたさっきからずっと嫌な予感を覚えていたらしく、それはリリとリューも同じだった。

 

「確かにリリも感じますよこのどす黒くて生々しい嫌な気配」

 

「私もです、感じてないのは仏とヘスティア様だけなんじゃないですか?」

 

「えぇ~もしかしてボクってば仏なんかと同列扱いされてるのぉ?」

 

むしろどうして神であるのに感じられないのかと怪訝な様子でこちらを見つめるリリとリューに、ヘスティアは少しムッとした様子で両手を腰に当てる。

 

「あのね、ボクはコレなんかと違ってちゃんとした神だからね? 念の為に言っておくけどボクは真面目に働く立派な神様、あっちは働きもせずに遊んでばかりのぐうたらな駄仏、わかったかい?」

 

「え、ちょっと紐さん紐さん? 今なんかすげぇ面白い事言わなかった? ん? 自分が真面目に働く立派な女神? 何それチョーウケるんですけど~、いえーいナイスジョーク」

 

「はぁ!? なにもジョークなんて言ってないぞ! ボクはありのままの事実をこの子達に理解してもらおうと……!」

 

「えーと神様、こんな所で仏様と喧嘩するよりもここはさっさとこの場を立ち去った方が……ですよねアイズさん?」

 

仏の安い挑発にすぐさま反応して振り返り、ムキになった様子で反論するヘスティア。

 

そんな彼女にベルが後ろから声を掛けつつ、チラリとアイズにここはヤバいからさっさと帰ろうと目で訴えてみる。

 

だが彼女の方は相変わらず感情の読めない仏頂面で

 

「あなた達だけで帰って、私はまだ銀色ヌメヌメモンスターを探すから」

 

「えぇ!? まだ探すんですか銀色ヌメヌメモンスター!?」

 

「今よりもっと強くなるためには、どうしても倒しておかないと」

 

「でもこんなに探しても見つからなかったんですし、ここは一旦街に戻って立て直した方が……」

 

「ダメ、早く見つけないと他の冒険者に倒される可能性がある、今から街に戻る猶予は無い」

 

一緒に帰ろうと催促するベルだがアイズは何を言ってもここを一向に動こうとしなかった。今の彼女の頭は何よりも銀色ヌメヌメモンスターを倒して一気にレベルアップする事しか入っていない。

 

この短い付き合いの中で彼女の事がかなりの頑固者であるとわかっていたベルは、どうしたもんかと頭を抱えていると

 

扉の向こうからドタドタと誰かが勢いよく駆けて来る足音が飛んで来た。

 

「おい! なにグズグズしてやがる! さっさと得物抜いて戦闘態勢に入りやがれ!」

 

「うわ!」

 

すぐに扉が乱暴に蹴飛ばされ開かれると、そこにいたのはゼェゼェと息を荒げるベート。

 

いきなり現れた彼にベルが驚いたのも束の間、ベートはすぐにガッと彼の胸倉を掴み上げ

 

「呑気に驚いてる場合じゃねぇんだよトマト野郎! この俺様が親切に忠告してやってんだからさっさと動け!」

 

「す、すみません、でも一体どうしたんですか、いきなりそんな血相変えて……」

 

あの凄腕の冒険者であるベートがどうしてこんなに焦っているのか困惑するベル

 

するとベートの背後からまた一人の男がヌッと現れ

 

「……もうこの世には絶望しかいない、みんな死ぬしかない……」

 

「そしてなんか凄いネガティブな事おっしゃるこの方は誰なんですか!?」 

 

ベートだけでなくあのレベル7の冒険者・オッタルまでもが悲観に暮れて現れた事に更にベルは驚きの反応を見せ、周りの女性陣も何かただ事ではないことが起きたのだとすぐに把握した。

 

「お二人が動転しているのは恐らく、先程から我々が感じている威圧感の正体かもしれませんね」

 

「冒険者としても名高い二人がここまで……これはもうリリ達だけでは手に負えない事態なのではないでしょうか?」

 

リューの推測が正しければ確かにただ事ではないと、リリが眉間にしわを寄せ頭を悩ませている中、アイズもまた何かピンと来た様子でいつもより若干目を大きく開いて

 

「もしかして、銀色ヌメヌメモンスター?」

 

「いやただの銀色ヌメヌメモンスターでこの二人がそこまでビビるとは思えないんですが……」

 

ボソッと呟く彼女にリリがジト目でツッコミを入れた。

 

「ていうかいい加減「はぐれメタル」って名前で呼んであげて下さいよ、さっきあそこの悪魔に教えてもら……あれ?」

 

ふとリリがアイズが退治した悪魔ことハーゴンの方へ振り向くのだが、そこには既に誰もおらず辺りを見渡してもあの男の姿は忽然と消えてしまっていたのだ。

 

「ちょ! ちょっと皆さん! あの顔面白塗りの変な頭した悪魔がいませんよ!」

 

「こちらが別の事で警戒している隙を突いて逃げたか……」

 

リリの叫びを聞いてリューは若干苦い表情を浮かべる、彼がこのタイミングで消えたのは色々とマズイ。

 

「アレでも一応悪魔と呼ばれる存在です、また良からぬ事をしでかもしれない。やはり早急に私が始末しておけば良かったか……」

 

「色んなモンスターを操る事が出来るらしいですからね、みすみす逃がしてしまったリリ達のせいで他の冒険者にも被害が出そうですしまた捕まえないと……」

 

悪魔神官・ハーゴンの逃走を許してしまった事に深く反省するリューとリリ。

力は弱いが能力だけは確かに悪魔級の恐ろしさを持っている、一刻も早く対処せねば……

 

しかし彼女達がそんな事を考えているのも束の間

 

刻一刻と”あの者”がこちらに向かってゆっくりと近づいて来ていたのである。

 

 

 

 

 

 

「あ~数世紀ぶりの小便したらスッキリした~、デケェ方は全然出なくて焦ったぜチクショウ」

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

急いで逃げたハーゴンを捕まえに行こうとしたその時、ベートとオッタルが入って来た扉から

 

呑気な声を上げながら見た事のない男が機嫌良さそうに入って来たのだ。

 

「あ、なんだよてっきりオイラの軍団がいるモンだと思ってたら、誰もいねぇじゃねぇかよコノヤロー、仕事もねぇクセにどこ行ってんだアイツ等」

 

「えーとあの……どちらさんでしょうか?」

 

「ん? ああ、オイラはね」

 

何者かと警戒しつつも恐る恐るベルが尋ねると

 

やや金髪気味の丸い頭をボリボリと掻きながら、男はこちらに向かってヘラヘラと笑った。

 

「ずっと昔にゼウスとかいう浮気ジジィに封印されちまった"破壊神シドー"っつうんだよ。まああんちゃんぐらいの年のガキはどうせ知らねぇだろうけどな、へへ」

 

「あ、破壊神シドーって名前ですね、初めまして僕はベル・クラネえぇぇぇぇぇ!?」

 

「うわビックリした! 急に耳元で叫ぶなよバカヤロー!」

 

破壊神シドーと聞いてベルは思わず素っ頓狂な声を上げて驚き飛び跳ねてしまう。

 

どう見てもどこにでもいそうな「年の割には元気なおじいちゃん」という印象の男がまさかの破壊神……一体いつ復活してしまったのだろうか……

 

「え、え~と破壊神さん? つかぬことをお聞きしますけど一体どうやってご復活なされたんですか?」

 

「おう、ついさっきオイラの生け贄にピッタリの逸材が向こうからノコノコとやって来たもんでよ、筋肉モリモリでパンツしかはいてねぇ変態野郎だったが、試しにその魂を喰っちまったらコロッと復活出来ちまってな」

 

「筋肉モリモリのパンツしかはいていない男って……まさか兄貴ですか!?」

 

「その通りだベル・クラネル」

 

破壊神復活の経緯を本人に確かめてみると、意外とすんなりと答えてくれたシドー。

 

そして一体誰が生け贄に捧げられたのかベルがすぐに気付くと背後にいた傷心気味のオッタルがゆっくりと話しかける。

 

「奴はあろう事かオラリオ、否、この世界になくてはならない存在である美の化身、兄貴を贄にして蘇ったのだ……!」

 

「えーと僕、あなたの事はよく知らないんですけど……もしかして兄貴ファミリア♂の人ですか? 兄貴の魂を奪われて随分とお怒りのようですけど……」

 

「絶対に許さん! この身尽き果てようとも奴だけはこの手で討ち滅ぼし! 兄貴の仇を取ってやる!」

 

「ああやっぱり兄貴ファミリア♂の人ですね、主神の魂を奪われたらそら怒るのも当然ですよね」

 

オッタルと面識がなかったベルは普通に彼の事を、フレイヤ・ファミリアではなく兄貴ファミリア♂の一人だと認識し始めていると、他の者たちもまた破壊神復活&登場を聞いてざわめき始めた。

 

「これはまた最悪な事態ですね、あろう事かクラネルさんに並ぶ純粋な魂を持った方が我々の傍にいたとは……」

 

「その前にリリはあの人が純粋な魂の持ち主だった事の方が驚きなんですけど……」

 

「あの野郎は見た目はただのオッサンだが、得体の知れねぇ不気味な何かを感じやがる……」

 

リューとリリに続いて、ベートは奥歯を噛みしめながら鋭く眼光を光らせてシドーを見据える。

 

「恐らくまだ野郎は何かを隠し持ってるに違いねぇ、相手が破壊の神だろうが本調子じゃねぇ今の内にとっとと殺すべきだ、その為にはアイズ、テメェの力を奴に……」

 

「すみません、銀色ヌメヌメモンスターの事知ってますか?」

 

「アァァァァァァイズ!!!」

 

普段は格下相手の事を雑魚呼ばわりしてとことん見下す性格であるが、相手が格上だと見抜くと人一倍に警戒心をあらわにし、冷静に対処法を考える事が出来るのがベートという冒険者。

 

そしてそんな優秀な彼の忠告も全く聞かずに、誰よりも力に執着し、誰よりも力を得る為なら相手が破壊神であろうとトコトコ自ら歩み寄って呑気に尋ねるのがアイズという冒険者である。

 

「あなたを復活させようとしていた顔面白塗りの悪魔がどこかにいると言っていたんですが、銀色ヌメヌメモンスター」

 

「銀色ヌメヌメ? あ~いたなそういや、でもアイツあんま群れるの嫌いみたいでよ、俺が呼んでもすぐには来れねぇんだわ」

 

アイズの質問に対しシドーは首をひねりながら、今すぐその魔物を呼ぶのは難しいと律儀に答える。

 

「代わりに枝豆と板前呼んでやろうか? アイツ等もはぐれモンだし殺せばちょっとは経験値貰えるかもしれねぇけど」

 

「銀色ヌメヌメでお願いします」

 

「いやー、今空いてる子で紹介出来るのはこれぐらいしか残ってないんですよねー、あ、三又かやかんもいますよ? コイツ等ならもうどうぞ好きなだけ殺っちゃっていいから」

 

「銀色ヌメヌメでお願いします」

 

「あの、だからねお客さん、お気に入りの子がいるなら、ちゃんと前日からの指名予約をお願い……ってなんで俺が風俗の受付係みたいになってんだよコノヤロー!」

 

 

頑なに同じ子を指名しようとするアイズに思わず雰囲気に流されて怪しい店の受付係みたいな説明になっていた事にノリツッコミをかますシドー。

 

そしてそんなどことなく仏と似た臭いがする破壊神が全く反応しない彼女にゲラゲラと笑っていると……

 

「うぉいヴァレン某! なに破壊の神なんかと仲良くお喋りしてるんだい全く! そいつはこの世界を一度滅ぼしかけたとんでもない奴なんだぞ!」

 

「あ? なんだいオイラの事を知ってるのかいお嬢ちゃん?」

 

「おうともさ! ここで会ったが百年目! 今こそこの世界を混沌に陥れかけたお前をこの手で倒してやる!」

 

こちらの方へ振り返ったシドーに、勇ましく叫びながら前に出るのは現在、神の力を一切出せない状態のヘスティア。

 

しかし自分がそんな状態だという事も忘れて、ヘスティアは破壊神の復活と聞いて怒りを露わにする。

 

「何を隠そうボクこそはあの女神・ヘスティア! 仮にも神であるならば知らないとは言わせないぞ破壊神!」

 

「……いや全然知らねぇけど」

 

「……あ、そうなんだ。いや自分では結構神様の中では名が知れてるとは思ってたんだけど……」

 

「そもそも昔会った神の事なんざあんま覚えてねぇからな~、そもそもオイラは元々この世界じゃなくて”余所の世界の神様”だしよ」

 

「おかしいな、ボクって神の中ではマイナーな部類に入るのかな、自信あったんだけど……え?」

 

あっさりと知らないと一蹴されてちょっとショックを受けるヘスティアだが、サラリと呟いた破壊神の一言にキョトンと目を丸くさせる。

 

「ちょっと待って、今他所の世界から来たって言った? え? もしかしてボク達の世界出身じゃないのね破壊神って」

 

「おう、もうずっとずっと昔の事なんだけどな、元の世界にいた時は創造の神として働いてたんだけどよ、「創るの飽きたしそろそろ転職してぇな~」と思ってたら、その頃のダチにこの世界をおススメされたからここに来たって訳よ」

 

「……じゃあもしかして、君がこの世界にやって来て散々暴れ回り破壊の限りを尽くしたのって、この世界をおススメしたその友人が元凶って事なのかな?」

 

「まあ破壊神に転職したのはオイラが決めた事だけどな、創るの飽きたから今度はいっそ全部ぶっ壊してやろうかと思って」

 

創造神から破壊神に転職とは随分思い切った決断である、ヘスティアの質問に対し愉快そうに笑いつつ、懐かしむように遠い昔の事を思い出すシドー。

 

「あん時にダチによ、「バカンス気分でゆっくり羽目外してこいよ」って言われたからさ、その言葉通りに俺は思いきり羽目外しただけな訳で……ん?」

 

しかしその昔話の途中でふとシドーは小さな目で一人の人物を捉えた。

 

それは同じく彼が現れた瞬間からずっと固まって珍しく黙り込み、ただただシドーを凝視し続けていた仏であった。

 

まるで遠い昔の友人といきなりばったり出くわしてしまったかの様な驚いた表情を浮かべたまま

 

「え、もしかして……”タケちゃん”? え? マジ?」

 

「お……おいおいひょっとして、”ホトちゃん”?」

 

破壊神シドーとは違う名を呟きながら目を見開く仏に、シドーもまた愛称らしき名で呼びながらゆっくりと歩み寄り

 

「なんだよ久しぶりだなホトちゃん! なんかどっかで見た様なツラだと思ってたけどこっちの世界に来てたならちゃんと連絡しろよコノヤロー!」

 

「うわマジでタケちゃん!? いやいやいや! なにこの偶然! めっちゃ久しぶりじゃん!」

 

突然みんなの前で感動の再会といった感じで互いに二人は笑い合うのであった

 

もしかして先程シドーが言っていた友人というのは……

 

「昔から全然変わってないなお前! 相変わらずデカいツラしやがって! 相変わらず食ってばっかなんだろどうせ!」

 

「いいよそこは余計なお世話だよ! そっちはなに! 何か随分と変わったみたいじゃない!? 昔は創造の神だったのに今は破壊神になってるとかどんだけだよ!」

 

 

 

 

 

 

「……ってあれ? 破壊神? タケちゃんが破壊神? あれ? てことはひょっとして……」

 

「いやーホント懐かしいなー、あ、ご紹介します」

 

そして懐かしき友人との語らいの中で、仏はふと何かに気付いて固まると、シドーは上機嫌な様子で彼の肩に手を置きながらここにいる全員を見渡しながらニコニコと良い笑顔で

 

 

 

 

 

「コイツ、オイラのダチの仏、そんでこの世界をおススメして送り込んだ張本人で全ての元凶、以上」

 

「えぇぇぇぇぇぇ!? ど、どういう事ですか仏様ぁ!?」

 

「おうおうおうおうおうお~!?」

 

まさかの衝撃の新事実に一番先に声を上げて驚いたのはベル。

 

そしてその事に関して自分自身でもわかっていなかった当の本人の仏も

 

今まで以上にキョドりながら目をあちらこらちに泳がせ始めるのであった。

 

 

次回、真の黒幕、仏。

 

 

 



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二十六説 真の黒幕、仏

前回のあらすじ

 

破壊神シドーは元々仏の世界にいた創造の神だった。

 

そして仏は何も考えずに後にベル達の世界を破滅寸前にまで追い込む彼を送った戦犯だった。

 

 

 

 

つまり、仏のせいで世界がヤバい

 

 

 

 

 

「あん時はもう溜まりに溜まったうっ憤を晴らす為に散々暴れ回ってすげー楽しかったのによ、そのせいでゼウスとかいうクソジジィに封印されちまって参ったぜチクショウ」

 

「うん、うん、そうかー、でも私、羽目を外してこいとは言ったけど……まさかそこまで外しちゃうとは思わなかったなー、まさか世界を滅ぼそうとしちゃうなんて全然考えてなかったなー」

 

仏は破壊神と化したかつての同郷の中であるシドーの苦労話を、頬を引きつらせながらえらく動揺している様子で聞いていた。

 

まさか全ての元凶がここに来て自分だったとは夢にも思っていなかったのだ。

 

「それであの~タケちゃん? あ、今はシドーって名乗ってんだっけ? シドーさんはその……この度復活しましたけどその~……これからどうします? 過去の過ちを反省して大人しくしておきますとか思ってくれてます?」

 

「なに言ってんだよバカヤロー! こうしてまた復活出来たならやる事は一つしかねぇだろ! またこの世界をぶっ壊してやるに決まってんだろコノヤロー! それとゼウスの野郎を今度こそぶっ殺してやる!」

 

「オホホホホ! ですよねー! もうすっかり破壊神だもんねー! もはや私一人じゃ抑えきる事の出来ない程滅茶苦茶ヤバい破壊神様になっちゃったんですもんねー!」

 

出来れば今後は問題を起こさずこの世界に何も危害を加えないで欲しいと願う仏であったが

 

その願いも虚しく破壊神シドーはもうすっかり自分を封印したゼウス、そしてこの世界を滅ぼす気満々のご様子。

 

これには流石に仏も手詰まりの状態のご様子で

 

「ごめん、みんな、この件はちょっと私の手には負えないかなぁ……」

 

と言いながらチラリと助けを求めるかの様に振り返ると……

 

 

 

そこにはこちらにむかってゴミを見るかのような目つきで剣を振り上げるリューの姿が

 

「初めて会った時からいつかこうなる時が来ると思っていましたよ……さあ、この世界に懺悔しながら死に果てなさい仏……」

 

「あぁぁぁぁぁぁ~~~! 未だかつてない程の殺意に満ち溢れたむっつり! むっつり様が神殺しを行おうとしている~~~!!」

 

いつか絶対本気で殺そうと常々思っていたリューは、絶好の大義名分を得た事により遂に実行に動き始めたのだ。

 

今にも躊躇なく手に持つ細剣を振り下ろそうとして来るリューに、仏は命の危機をガチで感じて慌てて他の者の方へすがり寄る。

 

「紐様、紐様、女神であるあなたならね、同じ神である仏をね、助けてくれるよね絶対」

 

「ううん、君が全ての元凶だとわかったからもう絶対助けない、大人しく彼女に斬られてくれ」

 

「むっちゃいい笑顔で言うんじゃないよそんな事! お前なんかもう友達じゃねぇよバカ野郎! 絶交だ絶交!」

 

「元から君とは友達になったつもりはないんだけど?」

 

もはや愛想は尽きたと笑顔で彼の最期を見送ろうとするヘスティアに、女神の慈悲もあったもんじゃないと仏は悪態を突きながら今度はリリの方へ振り返ると、縋るように駆け寄って行き

 

「あの、賢くて可愛いお嬢さん、どうかこの私、仏が助かる可能性を是非とも教えていただきたいのですが……」

 

「はぁ……ここはもう諦めついて潔く最期を迎えたらどうです? あなたがリリ達の世界を滅ぼしかけた全ての元凶なんですから、責任取ってその命で償って下さい、以上、永遠にさようなら」

 

「いやだ~! もうなんか「めんどくせぇから話しかけんなイケメン野郎」って感じを全力で出しながら投げやりにならんといて~!」

 

「イケメン野郎とは微塵も思ってないですよ」

 

ヘスティアの時と同様彼女にも助けを求める仏だが、リリはただこちらにジト目を向けながら心底呆れた様子で彼を冷たく突き放す。

 

「あー四面楚歌ー、今の私超嫌われてるー、誰でもいいから助けてー」

 

「必死な割にはやけに軽い感じで助け求めますね」

 

完全にアウェイという状況の中で仏は頭を抱えながら、もはや己の人望の無さにショックを受けるしかなかった。

 

しかしリューはそんな事お構いなしに剣を振り上げ、マジでぶった斬ろうと詰め寄っていく。

 

するとそこへ

 

「ま、待ってください皆さん! いくらなんでも仏様を殺すのはあんまりですよ!」

 

「はい出ました主人公ー!」

 

リューに殺されかけていた寸での所で、颯爽と駆けつけて仏の盾となるように身を張って制止をかけたのはベルであった。

 

彼の登場に実はちょっと期待していた仏はすぐにいつものウザいテンションに逆戻り

 

「確かに僕等の世界が大変な事になっているのは仏様のうっかりのせいです! ですがこの世界が崩壊し掛けた張本人はあの破壊神シドーですよ! ならまずはあっちを倒すべきです!」

 

「そうだそうだ仏は偉いんだぞ! 私は何もしてねぇじゃん! 悪いのはタケちゃんだ! 私は悪くねぇ!」

 

「クラネルさんに援護された途端急に強気になりましたね……バカの声を聞いているとイライラしますよホント……」

 

元凶よりもまず先に倒すべき相手は別にいると慌ててリューを説得しようと試みる

 

ベルの背後で仏がウキウキした様子でこちらに叫んでくるのでそれがまた癪に障るとイラッと来ている彼女であったが、ヘスティアの方は彼の意見にも納得がいくとため息をつき

 

「全くどこまでお人好しなんだベル君は……ていうかもう人が良いというより甘いって言うべきかな? でもねベル君、流石に世界が滅ぶ原因を作った事はうっかりじゃ見逃せないよ、殺しはしなくてもせめて後で責任は取って貰わないと」

 

「ん~まあリリもベル様のその寛容なお心に許されて今もなおこうして生き長らえているので感謝はしているのですが……今回ばかりはそうあっさり許しちゃいけない事だとリリは思います、なんらかの罰を与えるべきです」

 

「残念ですがクラネルさん、あなたの意見はもっともだがどうしても私はこの神が生理的に受け付けないんです、破壊神以前に一度斬っておかないと気が済まないんです私」

 

「なんでだろう、神様とリリは妥協してくれたのにリューさんの殺意は増すばかりだ……」

 

「アイツ私の事嫌いだからね~……」

 

とりあえずヘスティアとリリは命までは取らないと言ってくれたものの、リューは以前仏を斬る気満々のご様子。

 

これにはベルも困り果て、チラリと他の面子の方へ振り返り

 

「アイズさん達もわかってくれますよね! ここで仏様を殺す意味なんて無いって!」

 

「今の私は銀色ヌメヌメモンスター以外全てどうでもいい」

 

「あ? どっちでもいいわボケ、いいからさっさと破壊神ぶっ倒すぞトマト野郎」

 

「兄貴こそ俺にとって至高の神、それ以外はどうなろうと構わん」

 

「え、え~……皆さん仏様がどうなろうが知らないスタンスなんですか……?」

 

「ねぇなんか冷た過ぎない? 薄々気づいてたけどこの面子、あまりにも私の事軽んじし過ぎじゃない?」

 

仏頂面で素っ気なく呟くアイズと、ぶっきらぼうに返すベート、そしてもはや引き返せない様子のオッタル

 

各々の反応がかなり冷たかったのでベルはますます困った様子で呟くも、こうなったらと拳を固めて仏の方へ振り返る。

 

「仏様、ここはリューさんに斬られる前に自らの手で破壊神を倒しましょう! 死に物狂いで戦うお姿を見ればきっとリューさんも”今は”殺すの止めておこうと思いますよきっと! ”今は”!」

 

「おいおいおーい! ここに来てもう打つ手がないから玉砕覚悟でラスボスに挑めってか!? も~無理だって~!」

 

男は度胸、なんでもやってみるモンだという熱い心意気で仏に戦う姿勢を促すベルであったが、そんな熱意に対しても仏は空気を読まずにブンブンと顔を横に振った。

 

「言っておくけど私ってば偉い神様だけど戦う事に関しては全くの専門外だからね! それにこのダンジョンの中じゃ神の力を使っちゃいけないんでしょ!」

 

「でもほら! こうしてる間にもリューさんがもうジリジリと歩み寄って仏様の背後を完全に取っていますよ! もう逃げ場はないんですよ仏様には!」

 

「いや~~~~!!! でもいきなり斬りかかろうとはしないからちょっと優しいこの子!」

 

既に仏の背後では今か今かとタイミングを待ってスタンバっているリューの姿が、慌てて叫ぶベルに仏は情けない声を上げながら、もはや残された道は一つしか無かった。

 

「わかりましたやります! 友の過ちを正すのは友の役目! ここらで仏! いっちょ男を見せて破壊神に挑ませて頂きます!」

 

「おお!」

 

ヤケクソ気味に腹をくくると、仏はシドーと戦う事を決意、するとそれを聞いたシドーは「お?」と顔を彼の方へ向ける。

 

「ちょっと待てよホトちゃん、もしかしてオイラと戦うって言うのかい? なんでだよ、俺達友達じゃねぇか」

 

「黙らっしゃい! 仏の導きは悪を駆逐する為! 破滅に導こうとする今の貴様はもはや邪悪の根源そのもの! ならばかつての友であるこの私の手によって! 悪に墜ちた貴様を討ち滅ぼす事は仏の通りである!」

 

「しょうがねぇな~、まあちとやりにくいけど、そっちがやる気なら仕方ねぇか」

 

「おう! お手柔らかにお願いします! それと出来れば手加減してください! あと命だけは取らないでください!」

 

「おい、なんか急にカッコ悪くなってるぞ、相変わらず締まらねぇな」

 

こちらに拳を構えて戦う姿勢を見せつける仏に対し、苦笑しながらシドーもまたようやく封印されていた力をこの場で使ってみようとゆっくり動き出したのであった。

 

「オイラとやろうってんなら誰だろうと容赦しねぇぞ、よしかかってこいホトちゃん、いっちょリハビリがてらに戦ってやるぜ」

 

「いよーし! かかってこいコラー! 破壊神がなんぼのもんじゃいボケー!」

 

「頑張ってください仏様!」

 

周りに目もくれずに仏だけを相手にしてやるといった感じで静かに笑うシドー。

 

ベルの応援を背中で受けながら仏もまた勇気を振り絞って彼と対峙。

 

今、破壊神と仏の戦いが幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

だがその時

 

「あ、ごめん、ちょっと待って」

 

「ん?」

 

「え、どうしたんですか仏様?」

 

「いや今ちょっとね。天界から連絡来た、ちょちょ、ちょっと待ってホント、すぐ済むから」

 

 

急にこめかみを押さえながらシドーとベルに待ってくれと言い出す仏。

 

何事だと首を傾げる彼等をよそに、仏はこちらに背を向けてブツブツと呟き出す。

 

「うん……うん……あ、倒したの! ついさっき!? へ~、じゃああの、私行かないとダメだよね……? いやいやお前一人じゃ無理だって! ここは先輩に任せとけって!」

 

ベルは不思議に思った。

 

ここにはいない別の人物と会話してるかのように呟く仏だが、今から破壊神に挑む割にはやけにその顔にはいやらしい笑みが見える。

 

まるで突然のタイミングで予想だにしなかった幸運を見つけたといわんばかりの表情だ。

 

「あ、そうじゃあすぐに私も行くから、いや全然、忙しくないから、今丁度暇してた所だし、平気平気すぐ行きまーす、あ、そうだ、パッドバズーカ事件はごめ……あ、その話は無しで、了解でーす」

 

最後に何度か頭を下げながらそう言うと、会話を終えたのか仏はふぅ~とため息をつき、改まった様子でこちらの方へ振り返ると

 

 

 

 

 

「え~誠に申し訳ありませんが、私が担当する勇者一行が今無事に魔王を倒す事に成功したという連絡が入ったので、このタイミングで言うのもアレなんですが」

 

 

 

 

 

「担当責任者としては私は急遽あちらの世界に向かわなけばいけない事になりました」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

「ど、どういう事だい仏!」

 

ここでまさかの離脱宣言である

 

あまりにも急展開過ぎてベルも思考が追いつかず、ヘスティアもまたふざけるなと慌てて彼の方へ駆け寄った。

 

「今こっちの世界が君のせいで大変な事になってるのに! このタイミングで余所の方へ行く気なのか!? いくらなんでもそれは笑えないぞ!」

 

「いやーすみませんねホント、私もホントはこっちに残りたいんだけど、仕事上それは通らなくてさー、マジでごめん、もうホントに超ごめん」

 

「いやさっき暇してるからすぐに行きまーすとか言ってただろ! それに向こうは別に君がいなくてもなんとかなりそうな雰囲気だったぞ!」

 

「……ハハハ」

 

「笑って誤魔化せるか! さては目の前のボスを相手に逃げる気だな!」

 

仏の思惑など長い付き合いですぐにわかる、ヘスティアは気付いた。ここに来て仏は仕事だなんだの建て前を立ててこの場でとんずらをかまそうとしているのだ、よりにもよってラスボスと戦うという物語のクライマックスで

 

 

彼の数々の身勝手な行動には幾度も呆れて来たヘスティアであったが、こればっかりは援護しようのない最悪の所業だ。

 

周りの者もこれにはドン引きしている様子で、彼をずっと匿ってくれていたベルも言葉を失ってると

 

「いやはや元から軽蔑していたが恐れ入りましたよ」

 

そこへリューがフラリと仏の方へ歩み寄る。手に持つ剣を地面スレスレに動かしながら、その眼には今まで以上に強い殺気が現れている。

 

「あっさりと底値更新だ、おめでとうございます仏、さて、懺悔の準備は出来ましたか?」

 

「えー懺悔ですか、はいそうですね、それでは最後に言わせてください」

 

氷の様な冷たい視線を受けながら、意外にも仏は落ち着いたそぶりを見せながら懐をゴソゴソと探り出す。

 

そして

 

「今まで散々迷惑かけてしまった皆さんに、えー私からの最後の言葉を贈ろうと思います」

 

「あ!」

 

仏が懐から取り出したある物を見て、リューよりも先にリリが気付いた。

 

アレはこのダンジョン内に落ちていた、書かれている言葉を呟くだけでどんな呪文も使える不思議な巻物だ、何時の間に彼は手に入れていたのだろう。

 

もしかしたら、前々からこういう事態が起きる事を予測してこっそり拾っておいたのでは……

 

「リューさん早くその巻物を取り上げて下さい! 仏様はなにかしようと企んで……!」

 

「それでは皆さんお聞きください」

 

慌ててリリが手を伸ばしてリューに叫ぶが時すでに遅し

 

仏は全員を見渡しながらスゥ~と息を吸うと大声で……

 

 

 

 

 

 

 

「リレミト~~~~~~~!!!!」

「「「「「!?」」」」」

 

仏が力強くそう叫んだ瞬間、彼の姿が一瞬にして全員の目の前でパッと消えてしまう。

 

行方をくらます効果の呪文、いやきっとそれだけではない、別の世界へ行くと言っていたのだから恐らくダンジョンから一瞬で脱出出来るような、それぐらいの芸当が出来る呪文だったのだ。

 

「えーと神様……仏様ひょっとして……僕等を残して逃げちゃったんですかね……?」

 

「く~!! 仏めぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「最・低・です!! なんなんですかあの外道! どうしてあんなのが神様なんですか! もう絶対に許しません!! リリの怒りは頂天に達しました!」

 

自分達を置いて消えてしまった仏に地団駄を踏んで悔しがるヘスティア、そしてリリもまた怒り心頭といった感じで既にいない仏に悪態をつきまくる。

 

しかしそんな中、ずっと仏に対して嫌悪感と苛立ちと殺意しか無かったリューは、当然この所業には一番の怒りを露わにするであろうと思われていたのだが

 

「……」

 

何故かその場で無言で固まり、仏が消えてしまった所をじっと見つめながら神妙な面持ちで立っているだけで特になんの反応もしなかったのだ。

 

「まさか……」

 

「へっへっへ、こうなるとは思ってたぜ」

 

するとそこへ、破壊神シドーの笑い声が木霊する。

 

「アイツはよぉ、昔からああいう奴なんだよ、どんな目に遭っても自分だけは助かろうとする、誰を見捨てる事になろうともな、人がどうなろうが世界がどうなろうが、結局アイツは自分一人が助かればそれでいいのさ」

 

「黙ってろ破壊神! 今ボク等の怒りの矛先は仏だけに向けられてるんだ! お前なんかもうどこにでも行ってしまえ!!」

 

「そんなつれない事言うなよコノヤロー、せっかく復活出来たんだからよ、オイラの遊びに付き合ってくれや……」

 

「!」

 

「遊びのルールは至って単純、オイラが世界を破壊し、お前達はそれを食い止める、そんで消えちまった方が負け、よぉし久々にいっちょ派手にやろうかねぇ」

 

仏に対して腸が煮えくり返っているヘスティアに、シドーはへらへら笑いながらそう静かに呟くと、彼の雰囲気がゆっくりと変わっていくのを感じた。

 

全身が漆黒に染まっていき、人間の姿から徐々に変貌し始め、みるみるその身体が大きく肥大し始め、そして蝋人形の館は天井から崩壊していき……

 

 

 

 

 

 

「グギャァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

天井が跡形も無く消え去った上空で、六本の手足を持ち、尾は蛇、翼はコウモリ、顔は竜の様な巨大な化け物が突如現れ咆哮を上げたのだ。

 

アレこそ正に破壊神シドーの偽りなき姿なのだ。

 

目の前に降臨したその真の姿を前にして、一同は仏の事などすっかり忘れてしまう。

 

「……コイツは……予想以上にヤベェな」

「……その様だな、フレイヤ様が懸念していたのがコレでハッキリと分かった」

 

軽口を叩く余裕さえ起きないとベートは眉をひそめ、さっきまでおかしかったオッタルも真面目に戻っていた。

 

「ど、どうしましょうアイズさん……こんなの僕等だけで一体……」

「倒すしかない、そして生き延びる、私にはまだ、やるべき事があるんだから」

 

現れた怪物を見上げ、恐怖が交じった表情で不安そうに呟くベルに対し、アイズもまた覚悟を決めるしかないと剣を抜いて本気で戦う体勢に入る。

 

「見て下さいヘスティア様、仏のクソ野郎が連れて来た化け物が今リリ達を殺そうとしていますよ……こんなの絶対勝てっこないですってば……」

 

「フン、たかがデカくなっただけで諦めるなんて君もまだまだだね、相手が神だろうがボクは君達で何とか出来るって信じてるよ、人は時に神の予想をも超えてしまう事を成し遂げてしまう面白い生き物なんだから」

 

ネガティブ思考に陥りもはや戦意すら失いかけて自らの死を悟るリリとは対照的に、ヘスティアはこちらを見下ろすシドーを負けじと睨み返しながら本気でそう思ってるかの様に力強く呟いている。

 

そしてリューはというと、真の正体を現したシドーを呆然と見つめてはいるが、頭の中では別の事を考えていた。

 

(あの時、消える間際に私にだけ聞こえるようにあの男は確かに言った……)

 

 

さっきからリューがずっと気になっていたのは、リレミトを使って逃げ出した仏が最後に自分に向けて贈った言葉であった、それが彼女の中でずっと引っ掛かっている。

 

彼の去り際の言葉は

 

 

 

 

 

 

『かつて女神・アストレアに仕えしリュー・リオンよ、彼女に変わり私がお前を救う英雄を授けよう』

 

どういう意味なのかはまだわからない、力ではなく英雄を授けるとは一体……

 

それにどうして”彼女”の事を知って……

 

「いや、今はそれを考える必要は無い」

 

ただ一つ、この場で自分がやっておかねばいけない事がある。

 

「あのふざけた神を全力でぶった斬るまでは」

 

 

 

 

 

「こんな所で死ぬ訳には行かない」

 

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

咆哮を上げる巨大な怪物に対してリューは剣を構えて対峙する。

 

いずれ”その時”が来るまで、なんとしてでもこの場で破壊の神を食い止めようと強い覚悟を持って

 

 

 

次回、???

 

 



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二十七説 勇者、見参

悪魔神官ハーゴンの失踪と共に復活し、更には真の正体を露わにした破壊神シドー。

 

彼をこの世界に連れてきた元凶である仏は適当な事を言ってまさかのトンズラ

 

一同は仏に対しての怒りを燃やすと共に、なんとしてもシドーをかつての全知全能なる絶対神・ゼウスの様に倒す事となったのだ。

 

しかしそれは当然、一筋縄ではいかず……

 

「ハカイ……! スベテヲハカイスル……!」

 

『破壊神シドーはジゴスパークを唱えた』

 

「んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「神様ァァァァァァァ!!!」

 

天井から巨大な雷の柱が何本も降り注がれ、冒険者だけでなく女神ヘスティアも標的にされているのか必死に逃げ惑う。

 

暗いダンジョンが一面が眩しくなるほどの強烈な光が放たれると共に、地面を深くえぐる凄まじい電撃は見ただけで、当たったらタダでは済まないと明確に理解出来る。

 

「ア、アイツ! さっきまで飄々としたじぃさんだったのにいきなり容赦なくボクを襲ってきたぞ! 見た目だけじゃなくて中身まで変わってるじゃないか!」

 

「やっぱり破壊神と呼ばれてるだけあって同じ神でも容赦ないんですね……」

 

「全く、どうせ同じ神を狙うんならロキとかいう無乳に一発電撃ぶっ放してほしいよ、それと逃げた仏にも」

 

「ちょ! 不謹慎ですよ神様!」

 

人間状態の時とは性格も口調も変貌し、片言で喋りながら次々とパーティーを襲う破壊神

 

無詠唱で唱えた呪文にも関わらず、彼の繰り出す今まで聞いた事も見た事ない不可解な呪文は、どれもこれも恐ろしく対処する事さえ難しかった。

 

「我ノモトメルモノハ……ハカイノミ……!」

 

『破壊神シドーはしゃくねつを吹いた』

 

「うおぉぉ!! なんでさっきからボクばっかり狙うんだ! ヴァレン某を狙ってくれ!」

 

シドーの口から放たれた巨大な獄炎が逃げ回っていたヘスティアに向かって勢いよく飛んで来た。

 

しかしそこへ傍にいたベルが彼女抱きかかえ

 

「危ない神様!」

 

「うわ! ちょ! ベル君! まさか君がそんな積極的に!」

 

間一髪のところでその炎を回避する事に成功する。獄炎は瞬く間にヘスティアがさっきまでいた位置で燃え盛り、辺りをドロドロに溶かし始めている。

 

「あ、危ない所でしたね……神様、慌てるのは良いんですけど、油断してるとあっという間にこんがり焼かれちゃいますよホント……」

 

「ま、まさか君にお嬢様抱っこして助けて貰えるなんて……! う~ん、破壊神の奴も中々いい仕事してくれるじゃないか……」

 

「あの~……殺されかけたのにどうしてニヤニヤしてるんですか神様?」

 

両腕で抱き上げたヘスティアはこの世界の命運を賭けた戦いの中にいながら、一人うっとりとした表情で笑みを浮かべている。

 

やはり神となるといかなる状況でも余裕なんだなと呑気にベルが考えているのも束の間

 

「ぐぬぬ……! 状況わかってるんですかヘスティア様は……! ベル様見ていて下さい! これがリリの本気です!!」

 

「え!?」

 

ご満悦の様子でベルに抱き抱えられているヘスティアを見て嫉妬の炎を燃やすのは偶然その場に居合わせたリリ。

 

この戦いも、そして”もう一つの戦い”も絶対に負ける訳にはいかないと対抗心を剥きだした彼女は、ベルに向かって叫んで注目してもらいながら、懐からとっておきの物を取り出した。

 

「どうですかこの杖! ここに来る前に商売をしていたモンスターからちょいと”失敬”して手に入れた値打ち物ですよ!」

 

 

えっへんと胸を張ってリリが取り出したのは雷のマークが先に付いたいかにも凄そうな杖であった。

 

実はこれ、以前ベートがこっそり盗もうとした事で襲いかかってきた店主の魔物が出していた商品で

 

ベートが襲われている隙にリリがコッソリと店主の目を盗んで拝借していたのだ。

 

「この戦いから逃げやがったクソ仏様が言っていたのですが、この杖は魔剣と同じ性能で、リリみたいな力のない者でも使用回数はありますが魔法を放てるらしいです! そしてこの杖の名前は「ゴッドスパークの杖」! どうですか凄い強力な呪文が放てそうでしょう!」

 

その杖の性能や名前はあの忌々しい仏から聞いた事だというのに関しては渋い表情を浮かべるリリであったが、それでもこの状況を打破するキッカケとなるのであればと彼女はその杖を勢いよく構えて破壊神に向ける。

 

しかしベルはというと慌てて首を横に振って

 

 

「いやダメだよリリ! いくら凄いアイテムでも盗みなんてしちゃ! そういう事はもうしないって約束したじゃないか!」

 

「う……」

 

「後で僕と一緒にその店主さんの所に持って行って謝りに行こう! 謝ればきっと許してもらえるから!」

 

「そ、そんな真似したら100パー殺せちゃいますよ! ベル様は知らないでしょうがあの店主ホント半端なく強いんですからね! 盗んだことは謝りますが今はとにかくリリの活躍を見ていてください!」

 

リリが盗みを働いたことを良く思わなかった彼に怒られ、ちょっとショックを受けて怯むリリだったが

 

こんな状況で言い争う暇は無いと、彼女は破壊神に杖の先端を向けながら力強く叫ぶ

 

「これが私の全身全霊のとっておき! マスター……! じゃなかったゴッドスパーク!!」

 

「グ、グヌゥ……!」

 

その叫びと共に杖の先端から凄まじい電撃が神々しく輝きながら放たれると

 

瞬く間にシドーの巨大な全身を包み込んで、少しずつ彼にダメージを与え始めたではないか。

 

「見て下さいベル様! あの破壊神を相手にしてなんとこのリリが倒す事までは出来ませんでしたが、見事に動きを止める事に成功しましたよ! あ……」

 

「あ……」

 

先程自分が放った呪文よりも強力な電撃を浴びせられ、そのおかげで動きが鈍くなってしまったシドーを指さしてリリが喜ぶのも束の間、ゴッドスパークの杖が彼女の手の中でボキッと虚しく音を立てて折れてしまった。

 

「……ど、どうやら一回限りだったみたいですね、アハハ……で、でもリリの活躍はお見せ出来ましたよね!?」

 

「……弁償しようリリ、かなり高価なモノだったらしいしいくらかかるかわからないけど……僕も手伝うから」

 

「うわーん! どうしてこうなるんですかー! リリはただベル様に褒められたかっただけなのにー!」

 

 

自分の活躍よりも商品を盗まれた店主の事を気に掛けるベルに、リリが不満げにむしゃくしゃした様子で折れた杖を地面に叩きつけていると

 

「ングオォ!」

 

「あなたの相手をしている暇はない」

 

リリの呪文のおかげで動きがしばし止まったシドー目掛けて颯爽と飛び掛かり、涼しい顔で豪快に斬りかかる者が一人。

 

剣姫の異名を持つアイズである。

 

「あぁ! 見て下さい神様! 破壊神が怯んだ隙にアイズさんがカッコよく戦ってますよ! 相手が相手なのにやっぱりアイズさんは勇気があるな~」

 

「ぐえ! ボクのベル君に戦う勇姿を見せつけて誘惑するって魂胆か……!」

 

アイズの華麗な剣技を目の当たりにして思わず抱きかかえていたヘスティアを思わず地面に落っことしてしまう。

 

そして彼女を指さしながらキラキラと目を輝かせる恋する少年・ベルを見上げながら、お尻をさすりながらヘスティアもまた先程のリリと同じように

 

「負けるな破壊神! そんな小娘相手になにを手こずってんだ! 仮にもボクと同じ神ならそんな相手コテンパンに叩きのめせ!」

 

「何言ってんですか神様!? いくらなんでも怒りますよ!? 僕だって怒る時あるんですよ!?」

 

嫉妬というより憎悪に近い炎を燃やすのであった。

 

そしてリリもまた彼女と同じくアイズに負けてたまるかと彼の方へ駆け寄って

 

「ベル様! リリだって先程も活躍した筈なんですが!?」

 

「あ、リリは壊れた杖の破片を拾っておいて、壊れていても一応店主さんに謝る時に持っていかないと」

 

「この緊迫したラストバトルの中でリリがやるべき事は杖の破片を拾う事!? あんまりじゃないですかチクショー!」

 

ベルに言われてリリは泣く泣く壊れた杖の破片を拾い始めていると、アイズだけでなく別の者達も、破壊神に倒される訳にはいかないと次々と彼に挑み始めていった。

 

「おいアイズ! この俺を置いて先陣切るなんざいい度胸じゃねぇか!」

 

「私はただ邪魔だから斬っただけ」

 

シドーの真下に立っていたベートは尋常じゃない脚力で軽々とその巨体の上を颯爽と駆け上ると

 

「だがこのデカブツをぶっ飛ばすのはこの俺だぁ!」

 

「グルアァ!」

 

破壊神シドーの顔面にまで到達すると、豪快な回し蹴りを思いきりお見舞いするベート。

 

その動きの速さについていけずにまともに食らってしまったシドーはヨロヨロと後ろに後退する。

 

しかしそれを逃さず……

 

「ああ兄貴よ、どうして俺を置いて先に逝ってしまわれたんだ……まだまだ俺は兄貴と情熱的な思い出を作り始める途中であったというのに……」

 

魂を破壊神に奪われてしまった事に嘆き悲しみながらも、その眼はまっすぐ兄貴の仇である破壊神に標準を定め

 

最強の冒険者・オッタルが右手で持った大剣を振り上げたまま力強く地面を蹴って……

 

「俺の兄貴を返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「グフッ!」

 

兄貴に対する愛と共にオッタルが振り下ろした大剣は、シドーの体を両断しかねない程の鋭い一撃が入り

 

今まで以上に強烈なダメージが入った事でシドーが押され始めているとそこへ追い打ちをかけるかの様に

 

「いきなり大きくなったと思えば、結局大したことありませんね、典型的な見掛け倒しだ」

 

「!?」

 

未だオッタルの一撃に苦痛で顔を歪ませているシドー目掛けて、容赦なく彼の額目掛けて剣を突き刺そうと飛んで来たのは

 

元冒険者にしてレベル4のリュー。

 

「チェックメイトです」

 

「ゴギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

冷めた目つきで見下ろしながら、彼女が彼の額目掛けて深々と剣を突き刺すと

 

シドーは断末魔の叫びを上げながら激しく悶え、遂にその巨体を揺らして大きな音を立てて崩れ落ちるのであった。

 

「え、ウソ……もしかして僕が戦う前に終わっちゃいました?」

 

そしてそれを唯一戦いに介入できなかった冒険者であるベルは、ただただ口をポカンと開けて呆然と見つめるしか無かった。

 

「いやその……破壊神を倒せたのなら嬉しいとは思うんですけど……その戦いに参加せずに終わってしまったというのは僕の立場上どうなんでしょうか……」

 

「いいんだよベル君、危ない事は全部彼等に任せよう、君はただなんの危険にも遭わずにただただボクと平穏に生きていればそれでいい、ヤバい事は他人に任せ、安全な場所で高みの見物、それこそがベル・クラネルの人生なのさ」

 

「うぅ、嫌だなぁそんな人生……」

 

自分の肩に優しくポンと手を置いて、危険と対峙するよりも生きる事が大事と静かに諭してくるヘスティアに対し

 

それは冒険者として正しいのかと納得いかない様子でベルが顔をしかめていると……

 

「ハカイ……ハカイ……! ワレノノゾミハハカイダァァァァァァァァァ!!!!」

 

『破壊神シドーはかがやくいきを吹いた』

 

「!?」

 

倒れていたシドーが突然雄叫びを上げながら、勢いよく口から凍てつく氷のブレスを放ったのだ。

 

どうやら彼等の怒涛の連携攻撃を食らってもなお、まだまだ戦える余裕があったらしく、その氷のブレスは自分の顔の上に立って油断していたリューを容赦なく襲う。

 

「く、私とした事が……!」

 

「リューさん!」

 

「来るな! あなたまで巻き添えにしてしまう訳にはいかない!」

 

近距離から破壊神の攻撃を食らってしまったリューは、全身に凍傷のダメージを負い、更に足元が凍り付いて身動き取れない状態にされて地面に転がってしまう。

 

そこにベルが慌てて駆け寄って助けに行こうとするも、それだけはダメだといつも冷静なリューが声を荒立てて彼の介入を拒否する。

 

「あなたはこんな所で死んではいけない、あなたには帰りを待ってくれる人がいる、血に汚れた私なんかの為に、あなたが命を賭ける必要なんてない」

 

「必要ありますよ! リューさんにだって待ってくれている人がいるじゃないですか! お店の人達やシルさんだってきっとあなたが無事に帰ってくる事を願っているに決まってるじゃないですか!」

 

こちらに来るなと警告する彼女に対し、ベルは一切の躊躇も見せずに彼女の傍へと駆け寄って行く。

 

目の前で破壊神が新たに攻撃を始めようとしている緊迫した状況下で

 

「それに僕も同じ気持ちです! こんな所であなたを死なせる訳にはいかない! 一緒にオラリオに帰りましょう!」

 

「全く……あなたは冒険者失格だ」

 

既にこっちは破壊神の一撃を食らっただけでボロボロだというのに、こんな体である自分をまだ助けようとしてくれるのか……

 

冒険者は時に非情な決断、助からない仲間を見殺しにする事さえもよくある事でしかない。

 

いかなる時も情に流されず、目の前で起こった現実を受け止めて対処するのが一流の冒険者だというのに、レベル2になってもベルはとことんお人好しであった。

 

「でもそれがあなたの強みだとしたら……そこに惹かれたシルの気持ちも少しは理解出来ます」

 

「ブツブツ言ってないでここは一旦下がりましょうリューさん! 動けないなら僕が肩を貸しますから!」

 

「やれやれ、意地でも私を助けるつもりですか……こういう時は頑固ですねホント、シルとそっくりです……」

 

これはもう何を言っても諦めてくれないだろうと、折れたリューは首を横に振り、傍にやって来た彼の肩にそっと手を回そうとした次の瞬間……

 

「ギィィィガァァァァァァァァァ!!!!」

 

「「!?」」

 

そこへ破壊神シドーが遂に攻撃を開始する。

 

再び口から放たれたのは凍てつく氷のブレスではなくその前に放った煉獄の炎。

 

「クソ! このままじゃ僕達二人共美味しくこんがりと焼かれてしまう!」

 

「美味しくどころか骨も残らない程に消し炭にされそうなんですか……」

 

既に強い熱気を感じながら、みるみる近づいて来る紅蓮の炎を前にして、リューに肩を貸しながらベルが悔しそうに歯が身をしている中、彼女は一人こんな状況でも静かにある事を思い出していた。

 

それはあの仏が去る間際に言っていたあの言葉……

 

「やはり、アストレア様に代わって英雄とやらを授けるというのはいつもの法螺だったのですか、仏?」

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「え!?」

「?」

 

もはやここまでかとリューが諦めかけていたその時

 

突如背後から咆哮を上げながらこちらに向かって駆け寄って来る足音

 

ベルと彼女がその初めて聞くその声に反応するのも束の間、破壊神シドーの放った「しゃくねつ」は二人をあっという間に飲み込み……

 

「せい!」

「「!?」」

 

かと思われたのだが、なんと背後から颯爽と現れた”何者”かがその炎の前に立つと、両手に持った剣でその炎を真っ二つに引き裂いたのである。

 

この紫のターバンとマントを付けた男は一体……

 

「凄い、破壊神の攻撃をあっさりと止めてしまうなんて……」

 

「……何者ですかあなた?」

 

突然現れた謎の男にベルが素直にその強さに驚いている中、リューが静かに自分達を助けてくれたその人物に尋ねると、男はゆっくりと彼女達の方へ振り返った。

 

 

 

 

 

「私は、ヨシヒコ、勇者ヨシヒコだ」

 

世界の危機に颯爽と現れた勇者ヨシヒコ

 

再び新たな地に召喚された彼は、また一つ新たな伝説を作る。

 

 

 

次回、勇者、帰りたがる

 

 



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仏10号
二十八説 勇者、帰りたがる


世界の滅亡がダンジョン内で始まろうとしたその時

 

そこへ駆けつけ助けにやって来たのは、紫色のターバンを頭に巻いた謎の人物

 

その名はヨシヒコ、彼はまたしても異世界に振り立ったのだ。

 

「ヨシヒコ、さん……てことは仏様から前に聞いたあの伝説の……!」

 

「なるほど、彼が仏が連れて来るとか言っていた英雄でしたか……」

 

「リューさんは知ってたんですか!? 伝説の勇者様がやってくる事を!」

 

「去り際に仏が言っていたので、しかしそれがこの様な男だったとは……」

 

破壊神シドーの攻撃に真っ向から挑み、両手に持った剣でバッサリとその攻撃を斬り伏せてしまう程の強者。

 

コレが勇者と呼ばれし者の力なのかと、ベルとリューが無言で見つめていると、彼はこちらへゆっくりと振り返り

 

「……すまない、ここはどこだ」

 

「へ?」

 

真顔で不意に尋ねて来たヨシヒコに、ベルが一瞬呆気に取られるものの、すぐに彼に向かって口を開いた。

 

「えと……ヨシヒコ、さんですよね? 勇者様の……この世界を救う為に仏様が連れて来たんじゃ……」

 

「いや、そんな話は聞いていない」

 

「ええ!?」

 

「仏によって仲間と共に元の世界へ帰る筈だったんだが、気が付いたら目の前にいきなり凄い炎が飛んで来たので思わず斬ってしまった」

 

淡々とした口調で経緯を話すヨシヒコだが、どうも彼と上手く話が噛み合わない

 

もしかして仏は勇者ヨシヒコになんの説明もなくいきなりこっちの世界に飛ばしたのだろうか……

 

「少年、ここの出口は一体どこだ、私は早く故郷のカボイの村に帰らなければ」

 

「ええー!? 帰るんですか!? だってほら! 恐ろしい破壊神が目の前にいるんですよ!?」

 

「破壊神……?」

 

せっかく異世界にやって来たというのにもう帰りたがるヨシヒコに、慌ててベルが後方を指さして後ろに振り向かせると

 

ヨシヒコの前に異形な姿をした強大なる破壊の神・シドーがいた。

 

「我、ハカイスル……スベテハカイ……!」

 

「……」

 

こちらを見下ろしながら何か呟き始めるシドーを無言で見上げしばし見つめた後、ヨシヒコは再びベルの方へ振り返り

 

「それで、どこから行けばここを出られるのだろう」

 

「見た上でやっぱり帰るつもりなんですか!? 破壊神ですよ破壊神! どうかこの世界を救う為にやっつけて下さい勇者様!」

 

「いや私は魔王と戦う勇者であって、魔王じゃないなら別に……私がやらなくてもいいんじゃないかと」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

ここでまさかの破壊神を前にして、この世界の滅亡の危機を前にしてなお帰りたいと呟く勇者

 

非情にドライな対応にベルが思わず大声を上げていると、そこへ他の者達も何事かと集まって来る。

 

「どうしたんだいベル君! 一体何を慌てて……! って誰だいその男!? どこから湧いて出て来た!?」

 

「ヘスティア様見ていなかったですか? 先程破壊神の攻撃からベル様とリューさんを助けてくれたお人ですよ、どっから現れたのかはリリも知りませんけど」

 

「んん? どしたどした? なんか気になる事でもあったの?」

 

ベルの叫びを聞きつけて、ヘスティアとリリも駆け寄って来て

 

そして鼻の下にホクロを付けた金髪キノコヘッドの胡散臭い男も一緒にスキップでやって来た。

 

「神様大変です! この方はどうやら仏様がこの世界を救う為に召喚して下さった勇者・ヨシヒコ様らしいんです!」

 

「な、なんだってー!? 君がよく仏から聞いていた勇者ヨシヒコ君なのかい!?」

 

「でも相手が魔王じゃないなら専門外という事で帰るみたいです!」

 

「おう!? なんだそのマニュアル的対応は!」

 

「いやー、ウチのヨシヒコって昔からそういう子なんですよ、他人に厳しく自分にはとことん甘い子なんで」

 

ベルから話を聞いたヘスティアはすぐに慌ててヨシヒコの方へ振り向いた。隣で彼のフォローをしている金髪キノコヘッドを無視して

 

「えーと君がヨシヒコ君かい、話は仏から嫌という程聞かされたよ、なんでも魔王を幾度も倒し世界を救ってきた根っからの勇者だと聞いていたんだが?」

 

「……失礼ですがあなたは?」

 

「ボクは女神・ヘスティアさ、仏から聞いていないかい?」

 

「女神!? 凄い!」

 

 

子供っぽい外見の割にはかなりの巨乳だなとヨシヒコ自身がそんな感想を胸に抱いていると、ヘスティアが女神だと名乗った瞬間すぐに驚きの声を上げた。

 

「まさかまた女神と会う事になるとは! あの、失礼ですが女神は水色の髪をした女神と胸をパッドで誤魔化す女神を知っていますか!?」

 

「水色の髪をした女神……あーひょっとしてこことは別の世界で水の女神とか名乗ってるあのいつもやかましい子か、何度か一緒に飲んだ事あるよ? 胸をパッドで誤魔化す女神ってのはよく知らないなー、その水の女神の後輩ちゃんなら知ってるけど」

 

「ヘスティア様、今はそういう世間話をしてる暇ないとリリは思うのですが?」

 

不意にヨシヒコの方から尋ねられたので律儀に答えてあげるヘスティアだが、そんな事している場合では無いとリリが冷静にツッコミを入れて間に入る。

 

「あの、あなた勇者様なんですよね? 勇者様であれば普通は目の前で「全てを破壊するー」だののたまっている奴を野放しにして帰るとは到底思えないんですが? 違いますか?」

 

「違う、魔王を倒す事を宿命とする者が勇者だ、なら相手が魔王じゃないなら、勇者である私は戦う気はない」

 

「いや! そんな訳ないでしょ! 相手が魔王じゃないから駄目だとかそんな理由で勇者は断りませんよ! 目の前で困っている人! 困っている世界を救うのが勇者です! 言い訳ばっか言ってないでさっさと破壊神をやっつけて下さい!」

 

この期に及んで全く戦おうとしないヨシヒコについ説得の途中でカッとなって怒鳴るリリ

 

だがそれに対してヨシヒコもまた目を大きく見開き力強い口調で……

 

 

 

 

 

「破壊神なんてどうでもいい!!」

 

「「「「!?」」」」

 

「あーあ、出た出たヨシヒコの伝家の宝刀、どうでもいい宣言」

 

まさかの逆切れに一同一瞬言葉を失う、キノコヘッドだけは呆れたように呟いていた。

 

「いいですか皆さん、私はここに来る直前魔王を倒したばかりなんです! 竜王と呼ばれ、人の心を操る力を持った恐るべき魔王を頼もしき仲間たちと共に! だからもう私は全力で休みたいんです!」

 

「大変だったよねー、そんで魔王を倒したばかりの直後にこのデッカイ破壊神とかいう奴を倒せって、正直しんどいよねー」

 

「カボイの村に帰って、暖かい布団の中でグッスリ寝て、長い旅の間で出来なかった事をして沢山遊び呆けたいんです私は!」

 

「ん? はて、ヨシヒコ君は長い旅の間でも好き放題にやっていたと俺は記憶してるんだが?」

 

勇者とて人間、休みたい時は休みたいのだ、それが例え世界の滅亡の危機を目の当たりにしても。

 

しかしそんなワガママをこの状況で通せる筈も無く、彼の話を黙って聞いていたリューがようやく重い口を開いた。

 

「まあ仏が連れて来る勇者という時点で、どうせ俗世にまみれた人間が来るのだろうと薄々予想していましたから、これぐらい想定内です」

 

「ほほう、この誰もがドン引きするヨシヒコの叫びを前にしてその冷静を崩さぬ態度、この胸平娘、やりおる」

 

「しかしそんな私でも予想が付かないことが一つだけありました」

 

「おお? それは一体なんなんでござんすかね?」

 

リューの話に興味津々の様子でキノコヘッドが杖で体を支えながら首を傾げていると

 

そんな彼の方へ彼女がゆっくりと振り返り

 

「……あなた一体誰ですか? さっきからずっと周りでブツブツ呟いてるみたいですけど」

 

「あ、ようやく俺の存在にツッコんでくれる人がいた」

 

警戒の眼差しを向けて来るリューに

 

ヨシヒコの仲間の一人であるヘッポコ魔法使い・メレブがようやく気付いてくれた事に表情をほころばせた。

 

「うわ! なんだいこの頭にキノコを被った怪しい男は! 女神であるボクでさえ気配に気付けなかったぞ!」

 

「さては破壊神の手下ですね! ベル様まずはコイツをやっつけましょう!」

 

「ちょちょいちょーい、待って待って、俺さっきからずっと君たちの周りでウロチョロしてたぜ? なのになんで気付けなかったの?」

 

ヘスティアとリリもやっと彼の存在に気付いて驚くので、それにメレブが不思議そうに苦笑しているとベルもまた初めて彼を見たかのように怪訝な表情を浮かべ、恐る恐る話しかけてみた

 

「あの、失礼ですがもしやあなたも仏様が連れて来てくれた方ですか……?」

 

「うむ、よくぞ聞いてくれた白髪少年、何を隠そう俺こそ、ヨシヒコと共に幾度も世界を救った者の一人であり、世界中の誰もがあっと驚く凄い呪文を扱う事の出来る唯一無二の魔法使い、メレブとは私の事だよ」

 

「アッと驚く凄い呪文!? 凄い!」

 

「うわ、ヨシヒコと全く同じ反応、やだこの子、凄いピュア」

 

ベルの反応にメレブは満足げにヘラヘラと笑うと、そこへリューがヨシヒコの仲間と聞いて胡散臭く思いながらもとりあえず「何か役に立つのであれば」と彼から情報を引き出そうと試みる。

 

「どう見ても立派な魔法使いとは程遠く見えますが、本当に勇者の仲間であるのであればあなたに問いたい」

 

「ほう、それはつまりこの俺を頼っているという訳だな、よかろう、なんでも聞くがいい三代目胸平娘」

 

「とりあえずこの騒動終わったらあなたは斬るとして、このわからず屋で空気を読まない勇者をやる気にさせるにはどうすればいいのか教えて欲しい」

 

三代目という事は初代や二代目もいるのだろうかとかそんな疑問などすぐに頭から払拭し、リューは若干イラッとしながらもヨシヒコの扱い方についてメレブに聞いてみる

 

そうしている間もヨシヒコは頑なにベル達からのお願いを拒否していた。

 

「お願いします勇者様! 僕等の世界を救ってください!」

 

「くどい! 私は絶対に破壊神などと戦いはしない!」

 

「あーもうイライラする人ですね全く! リリ達がこんなにも頼んでるのに断るとかそれでも勇者ですかあなた!」

 

「勇者だって死にたくない! 私はこのまま無事に村に帰る!」

 

ベルとリリの必死の説得にも断固として破壊神と戦おうとしない勇者ヨシヒコ。そんな彼を冷たい目で一瞥するとリューは改まってメレブの方へと振り返り

 

「あの男を操るにはどうしたらいい」

 

「いやーそれに関しては長い付き合いである俺も知りたいぐらいだねー、まあ強いて言うなら? 仏とか水色頭の自称女神(笑)の言う事は多少聞く感じ、あと他の方法は~……」

 

メレブでも多少は言う事を利かせる事も出来るが、あそこまで全力で嫌がるヨシヒコとなると少々難しい。打つ手があるのであれば……

 

「ムチムチの巨乳の娘を餌にすれば、ホイホイなんでも聞いちゃう所あるんですよねー、はい」

 

「……勇者のクセにそんなので釣られるんですか」

 

「釣られる、全力で釣られる、おバカだから、ヨシヒコホントおバカだから」

 

巨乳の娘……そんなモノでいう事を聞くというのは果たして勇者としてどうなのであろうか……とリューは首を傾げて呆れつつも傍にいたヘスティアの方へ振り返り

 

「という事で上手い具合にあの勇者を誘惑して下さい、ヘスティア様」

 

「な! いきなり何をいいだすんだい君は!」

 

「だってここにいる女性の中で最も胸が大きいのはヘスティア様じゃないですか」

 

いきなりヨシヒコを誘惑しろと言われ流石に困惑の色を浮かべるヘスティアをよそに、澄ました表情でリューはヨシヒコの方へ振り返り

 

「勇者さん、いい加減破壊神の封印に協力してくれませんか? 手伝ってくれたらここにおられるヘスティア様が好きなだけ乳を揉んで良いという事なので」

 

「ちょ! そんな事すると言ったつもりはないぞボクは!」

 

勝手に話を進めておまけに変な追加報酬まで条件に加えだすリュー、しかしヨシヒコの反応は意外にも

 

「……」

 

相手が大好きな巨乳だというのに、ヨシヒコはヘスティアをジロジロと眺めながらも眉間にしわを寄せて悩んでいる様な表情であった。

 

そしてしばしの間を置くと左右に首を横に振り

 

「……確かに巨乳ではある……だが外見があまりにも幼過ぎるのでどうも女性として見る事が出来ない」

 

「はぁ!?」

 

「あちゃー、ヨシヒコはロリ巨乳属性は無かったかー」

 

「すみません、今回はご縁が無かったという事で」

 

「な、なんでボクが君にフラれたみたいな感じになってるの!?」

 

ペコリとこちらに頭を下げて謝るヨシヒコ

 

どうやら彼は巨乳であればなんでも良い、という訳ではないみたいだ。

 

何故かフラれてしまったみたいな感じになってしまったのでヘスティアが頭を抱えてショックを受けていると、メレブは「ドンマイ」と軽く茶化しながらふとリューの方へ振り返り

 

「こっちは……試す必要も無いか」

 

「……」

 

「リューさん落ち着いて下さい!」

 

ドサクサに失礼な言葉を浴びせて来たメレブに無言でリューが剣を振り上げたので、慌ててベルが後ろから羽交い絞めにして彼女を止める。

 

果たしてヨシヒコを見事やる気にさせる方法があるのだろうか……

 

 

 

 

 

 

そしてこんなアホなやり取りをしている間にも、破壊神はあらゆる術を持ってアイズ達を相手にしていた。

 

「グギャァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

ベル達がヨシヒコに気を取られている間にもアイズは果敢に攻め続けるも、それを全て無にするかのようにシドーは雄叫びを上げながら負った傷を……

 

『破壊神シドーはベホマを唱えた、HPが全快した』

 

「無詠唱の全回復魔法……凄い」

 

「クソが! 無詠唱の全回復なんざウチのエルフ野郎でも出来ねぇぞ!」

 

まるで何事も無かったかのようにみるみる傷が塞がって行き、あっという間に全回復してしまうシドーにアイズも素直に驚いた。

 

破壊の神であろうとかつては創造の神、破壊だけでなく己の傷を癒す事さえも容易となるとやはりこのままでは……

 

「やっぱ手数を揃えて一気に削り斬らねぇとこっちが先にくたばっちまうか……」

 

向こうは体力全快したがこちらには回復役などおらず、長引けばその分消耗し続ける一方だ。

 

これでは戦いにすらならないと、珍しく弱気になりながらベートは片膝を地面についてどうするべきかと奥歯を噛みしめていると……

 

 

 

 

 

「ベホマズン!!」

 

「!?」

 

突然背後から聞き慣れない女性の叫び声が聞こえたと思いきや、自分の体の傷がみるみる癒されている事に気付くベート。すぐに彼が振り返ると、そこに立っていたのは……

 

「あーもうあのクソ仏ぇ~! 苦労して魔王を倒したと思ったらいきなりこんな訳わかんねぇ所に飛ばしやがってー!」

 

「あぁ!? 誰だこのアマ! どっから湧いて出てきやがった!」

 

「私だって知らねぇよ! 元の世界に帰れると思ったらいきなりここに飛ばされたんだよ!」

 

誰であろうと喧嘩腰のベートに対し、負けじと乱暴な口調で返しながら不機嫌な様子の貧相な体つきをした謎の女性。

 

彼女もまたメレブと同じくヨシヒコの仲間の一人、村の娘でありながらなぜか上級呪文を扱う事が出来る者・ムラサキである。

 

「てかあのデカい魔物なに? なんか竜王と同じぐらいヤバく見えんだけど?」

 

「何もわかってねぇならすっこんでろ! そこにいると邪魔なんだよ!」

 

「んだとこの野郎! そのだっせぇ耳千切ってやろうかコラ!」

 

「上等だやってみろクソアマ! どこぞの双子アマゾネスの妹みてぇな貧相な乳してるクセに!」

 

「あぁぁぁぁぁん!? テメェ言っちゃいけない事言いやがったな! 謝れ! 私だけじゃなくてその妹ちゃんにも謝れ!」

 

この二人どうも相性が悪いのか、口の悪いベートに対してムラサキもまたヤンキー口調で応戦。

 

そんな不毛な争いを続けていると……

 

「よせベート、どうやら彼女達は、我々に助力する為に天から遣わされた英傑達らしい」

 

そこへオッタルがフラリと現れ、彼女がヨシヒコの仲間の一人だと既に知っている様な口振りで現れたのだ。

 

「この中々に魅力的な体付きをしたもみあげの長い男から、色々と話を聞かせて貰った」 

「全く仏の奴め、なんの話も言わずに俺達をこんな場所にほおり込みおって……」

 

「って今度は誰だそのオッサン!?」

 

「オッサン言うな!」

 

オッタルが連れて来たと思われる威厳のある顔付きをした凄味のある中年の男性。

 

またしても見知らぬ人物が現れた事にベートが驚くと、間髪入れずに男がオッサン呼ばわりされた事にすぐに反応した。

 

彼もまたヨシヒコの仲間の一人、年長者として、そして戦士としてヨシヒコ達の盾となって戦い続ける猛者・ダンジョーである。

 

「事情はこのデカい男から聞いた、どうやら俺達は仏の奴の尻ぬぐいをする為にここへ召喚されてしまったみたいだな、ったくあの仏め、自分で起こした不始末をまた俺達に丸投げするとは……」

 

「何はともあれこちらとしては大助かりだ、共にあの忌々しい破壊神を討ち滅ぼし、奴に奪われた美しき高潔な魂を取り返す事に力を貸してくれ」

 

「フン、たかが破壊の神などウチのヨシヒコにとってはどうってことない相手……美しき魂? なんだそれ?」

 

ブツブツと文句を垂れながらも一応は協力してくれる態度を見せるダンジョーに、オッタルは彼にとって少々興味深い話を話し始めた。

 

「実はあの破壊神は復活する際に、我が世界において最も美しい唯一無二の存在の魂を奪い去ったのだ」

 

「世界において最も……てことはもしやそれは世界一美しいと称されるほどの……美女か?」

 

「その程度ではない」

 

ヨシヒコ程ではないが美女となるとすぐスケベ心を露わにするダンジョーに、オッタルは静かに首を横に振る。

 

「上手く言葉で説明できぬ程の至高の存在だ、その美しい体付きを視界に入れれば、きっと誰もが虜になるであろう」

 

「なん……だと!? そこまで言える程に凄いのか……!?」

 

嘘偽りは無いと真剣な眼差しをこちらに向けて来たオッタルに、ダンジョーの目は勢い良く見開き驚愕を露わにするのであった。

 

「破壊神を封印すればきっとその魂を助ける事が出来るはず、その暁にはきっと分相応の”褒美”を下さるであろう、それは公には言えない様な形で……」

 

「!?」

 

世界一の美女という言葉では足りない程の美貌を持つ人物……その者の褒美というのは一体どんな形で頂けるのであろうか……

 

想像しただけでダンジョーはいやらしく笑みを浮かべる。

 

「よーしやる気出たぁ! 行くぞ者共ぉ! この戦士・ダンジョーに続けぇ!」

 

「うわ……オッサンがすげぇスケベなツラしてやがる……ぜってぇなんか企んでるな」

 

ウキウキしながら軽やかな足取りでシドーの下へ走っていくダンジョー

 

そんなスケベ親父に軽蔑の眼差しを向けながらも、ムラサキは後を追うのであった。

 

目指すは破壊神シドーこの世界を救う事、ではなく特別なご褒美をもらう為……

 

 

 

 

 

「おい、あのオッサン絶対勘違いしてやがるぞ……」

 

「俺は正直に話しただけだ、兄貴こそこの世で最も美しい存在、それは紛れもなく事実だ」

 

「まあお前にとってはな……」

 

そして何も知らずに突っ込んでいくダンジョーの背中を、哀れんだ目で見送るベート。

 

しかしこの”オッタルにとって”の嘘偽りのない話が

 

ダンジョーだけでなく勇者の心も動かすキッカケとなるのであった

 

次回、勇者一行、本気出す

 



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二十九説 勇者一行、本気出す

あまり接点のない異世界を救う為に、仏の勝手な都合で強制的に召喚されてしまったヨシヒコ一行

 

既に別の異世界で魔王を倒したばかりという事もあって、どうにもモチベーションが上がらないと破壊神を前にしてもやる気が出ないと文句を垂れ始める彼等だが

 

その中のダンジョーだけは一人、どことなくいやらしい顔をしながらボス相手に果敢に剣を振るうのであった。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!! 食らえこれが!!」

 

雷系、炎系、氷系あらゆる上級呪文だけでなく完全治癒まで併せ持ち、ここに来る前に倒した竜王という恐るべき魔王にも匹敵する強さを持つ破壊神シドー。

 

しかし勇者一行の盾となり、先陣を切って戦う事を主体にする戦士・ダンジョーは

 

例え相手が神であろうと臆することなく攻めかかり

 

雷が降ろうが炎を吐かれようが氷で凍てつかれそうになりながらもその勇ましい歩みを決して止めようとはしなかったのだ。

 

「戦士・ダンジョー! 渾身のまじんぎりよぉ!!」

 

「ウギャァァァァァァァァァァ!!!!」

 

力強い咆哮と共に大振りで振り下ろしたダンジョー必殺のまじんぎりが炸裂し、あの破壊神シドーが会心の一撃をまともに食らい怯み始める。

 

己の一撃で苦しみ悶える破壊神を前に、ダンジョーは慢心せずただキリっとした険しい顔つきで鋭く睨みつけ。

 

「貴様が奪い取ったという『この世界で最も美しき存在で』と称される程の者の魂……俺がもらい受ける!」

 

「甘いな、褒美を欲しいのはお前だけではないぞ戦士・ダンジョー、この俺もまたあの方の愛に縛られ戦う男」

 

明らかに不純な理由で戦っている事を宣言するダンジョー背後で、同じく破壊神の贄となってしまった存在からの褒美を貰う為に

 

オラリオ最強とまで呼ばれる程の武神・オッタルも加勢する。

 

「ハカイハカイハカイハカイハカイ……!」

 

「破壊神、貴様に奪われたあの方の魂、下僕たるこの俺が取り返させてもらう」

 

「フ、愛ゆえに死地へと赴くか……それでこそ戦士、いや男であるが故の宿命か」

 

同じ言葉を叫び続けながらなりふり構わず狂ったように周りを攻撃するシドーを相手に、得物の大剣を担ぎ上げながら走っていくオッタルにダンジョーは感心したようにニヤリと笑いつつ、急いで彼の後を追って破壊神の方へ再び突っ込む。

 

「しかし! その美しき魂を救うのは俺が一番先だ! そこだけは絶対に譲らん!」

 

「俺は負けん、破壊神であろうが、そして英傑の一人であろうと俺はあの方の為に勝ち続ける……」

 

「ゴルアァァァァァァァァァァ!!!!」

 

既に自分がフレイヤ・ファミリアだというのも綺麗さっぱり忘れ、オッタルはダンジョーと手柄を奪い合いつつも、協力してシドーに攻撃を与えていくのであった。

 

「うわぁ、濃いオッサンの傍これまた濃い奴が増えやがった、絵面サイアクだなマジで……」

 

そんな状況を少し離れた後方から眺めながら呟くのは、ダンジョーの仲間であるムラサキ。

 

目を細めながら二人を眺めつつしかめっ面を浮かべながら、ムラサキはめんどくさそうにしながらも肩を回しながら戦う準備を開始

 

「さぁて、レベルも前にいた世界の時と同じレベルの状態で来れたし、ムラサキちゃんの最強呪文をバンバンぶっ放してやりますか」

 

「……おいテメェ」

 

「あ、なに?」

 

せっかく戦おうとしている最中に後ろから話しかけられ、不機嫌そうにムラサキが振り返ると

 

そこにはついさっきしばらく口喧嘩を交えた仲である、ベートが立っていた。

 

「俺の傷を癒した回復の呪文あったよな、アレは後何度連続で使えんだ」

 

「なんだよ急に……使える回数? まあ最低2回ぐらいしか使えないんじゃない? アレ結構消費バカ高いから」

 

「よし、ならテメェはもう無駄に魔力消費すんじゃねぇ、戦いは俺に任せてテメェは後ろで隠れながら支援担当に回れ」

 

「……は? なんで?」

 

何急に偉そうに命令してんだと言いたげな表情で、ムラサキはベートに食って掛かる。

 

「つうかさっきからなんなのその態度、私達、事情もよく知らないのに戦ってあげてる人に対して言い方ってもんがあるんじゃない?」

 

「あぁ!? 元はと言えばテメェの所の仏が蒔いた種だろうが! それでテメェ等が奴のケツ拭く為に来たんだろ! だったらつべこべ文句言わずに黙って俺達に従いやがれ!!」

 

「ふーん、はいはいそうですかそうですかー、そう来ますかー……」

 

彼が言っている事はイマイチわからないが

 

要する仏の代わりにやって来たのだから、自分達は大人しくこちら側に従って仏が持って来たトラブルを解決しろと言う事。

 

しかしそれを傲慢かつ喧嘩腰で命令してくるベートの態度にカチンと来たのか、ムラサキは少しわかった様な口振りをしながら不意にダンジョー達と戦っているシドーに向かってヒョイと手の平を向け

 

 

 

 

 

「イオナズン!!」

「んな!?」

「ゴアァァァァァァァァ!!!!」

 

彼女が叫んだその瞬間、ベートがかつて見た事無い程の強力な爆発系呪文がシドーに思いきり炸裂。

 

かなりのダメージが入り激しい音と共に地面に倒れてしまった破壊神を見つめながら思わず絶句するベート。

 

魔力が温存して後方支援役に徹しろと言った直後だというのにこの女は……

 

「んーやっぱアレだなー、めぐみんちゃんみたいには上手くいかないなー」

 

「テ、テメェ何やってんだゴラァ! さっき俺はいざという時の為に魔力は温存しとけってご親切に忠告してやったんだぞ!」

 

「知りませーん、可愛いムラサキちゃんは偉そうで高慢ちきな犬っころの話なんて聞いてませーん」

 

「こ、この野郎……!」

 

自分の忠告に全く耳を貸すどころか、絶対に聞くもんかといった感じで目を逸らしながらすっとぼけるムラサキに、ベートはイライラしながら舌打ちするも、何はともあれシドーが倒れたという絶好の機会を逃してはいけない。

 

「クソアマが! テメェこの戦い終わったら覚えてろよ!」

 

「いいからさっさと戦って来いっつうの、ああだこうだ言ってないでとっとと倒しに行けよ」

 

「だぁぁぁぁぁぁぁ!! コイツあのクソアマゾネス姉妹よりウゼェェェェェ!!!」

 

彼の背中を思いきり小突きながらムラサキはさっさと彼を倒れたシドーの方へ向かわせる。

 

それにベートは沸き立つ怒りを必死に抑えながら、仕方なく素直に従い追撃に赴く事に。

 

大人しい相手にはとことん強く出れるのだが、こういう負けじと言い返してくる強気な女には少々弱いベートなのであった。

 

 

 

 

 

「グルアァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「ダメ、これだけの手数が揃っていてもまだ倒れない……」

 

ベートがムラサキに追いやられてる一方で、アイズもまたしばしの休息を終えて再び破壊神シドーに挑もうと立ち上がっていた。

 

「やっぱり私が行かないと……」

 

さっきからずっと戦っている中で彼女は静かに破壊神を観察し、状況を見据えていたのだが、やはり神というのもあってあれだけダメージを負いながらも一向に弱らない所から察するに、階層のボスなど目じゃないぐらい相当タフだという事にほんの少し危機感を覚え始める。

 

「このまま長く続けていればいずれ向こうより先にこちらが全員倒れる、そうなったら……」

 

「おお?」

 

「?」

 

ここで消耗戦となると流石に厳しいと、アイズも流石に少々焦りを覚え始めていると、ふと背後からこちらに向かってちょっと驚いたような反応をする声が

 

「んん~? なんだかちょっと……前に見た覚えがある気がする……様な気がしないでもない」

 

「あなたはいつぞやの……銀色ヌメヌメモンスターの存在を教えてくれた」

 

「おおそうそう、あ、てことはアレ幻覚じゃなかったのかー」

 

彼女の背後に現れたのは、戦いを放棄して動きそうにないヨシヒコを一旦放置して救援に来た魔法使い・メレブであった。

 

彼が現れた事に対してアイズは全く驚きもせずに真顔で軽く会釈し

 

「こんにちは」

 

「ああはい、こんにちはー。そうそう、挨拶は大事だよねー」

 

こんな状況でも律儀に挨拶して来た合図に若干戸惑いながらも軽く会釈するメレブ。

 

「っでどう? アレから銀色のヌメヌメでドロドロなスライムは見つかった?」

 

「……見つからない」

 

「やっぱり? いやあの魔物ホント見つける事だけでもめっちゃむずいからなー、まあもう根気でやるしかないよね、アイツに会うには」

 

残念そうに呟くアイズを見て励ますようにうんうんと頷き返すメレブ、だが

 

「あ、ちなみに俺達はあの後あっちの世界で1匹だけ見つけました」

 

「!?」

 

「しかも倒した上に仲間にしました、まあその後悲しい別れがあったんだけどねー」

 

「!?」

 

「ああ出た、「!?」だけで驚きのリアクション取る奴、変わってないわぁ、けどそれ、あんま見てる人には伝わらないから、こちらとしてはあまり多用しないでいてくれた方が助かります」

 

話を聞いてこちらが驚く様を見て何故かニヤニヤと笑うメレブにアイズは「?」と疑問に思うが、今は聞いてる場合じゃないとすぐにシドーの方へ振り返った。

 

「早くあの面倒なのを倒さないと……」

 

「ほほう、どうやらこの天然娘、お困りの様子、ならばこの大魔法使い・メレブの活躍をお見せする時が来たようだ」

 

「……出来るの?」

 

「……出来ます、多分」

 

自信満々の様子で笑っていると彼女が素朴に尋ねて来たので、思わずぎこちなく返事するメレブ。

 

「聞いて驚くなかれ、実は俺達がこの世界に来る前の別の世界で竜王という恐ろしい魔王がおったのだが、何を隠そうその相手に決定打の呪文をかけたのは……私です」

 

「凄い」

 

「ハハハ、そういう素直に言ってくれる子俺好き」

 

本人が言っているだけでイマイチ確証はないが、それを信じ切った様子で素直に感心するアイズにメレブは満足げな表情を浮かべ

 

「という事でここは私に任せてみんさい、あの破壊神とかいうデッカイ奴を、見事に止めてみせよう」

 

「……ならアレが全回復魔法を唱える前に止めて、かなり攻撃を加えているからまた唱えそうな気がするから」

 

「うわ、それって最悪じゃん、ラスボスがそんなの使って来るとか反則でしょ~、今だったら子供泣くよ?」

 

破壊神が回復呪文を使えると聞いて嫌そうな顔を浮かべて文句を垂れていると、タイミングを狙ったかのようにシドーが動き始める。

 

「カイフク……! 我……! スベテカイフク……!」

 

「マズイ、やっぱりもう回復しようとしている、早く止めないと」

 

「あ、もう!? なんだよも~、もうちょっと心の準備させてよ~!」

 

呻きながら回復呪文をすぐに唱えようとするシドーを見てアイズが早速合図を送ると、メレブは慌てつつも構えた杖を彼に向けそして……

 

「そい!」

 

奇妙なSEが流れると共になにやらシドーに呪文を掛けたみたいだ、するとその時、回復しようとしていたシドーは突如ピタリと止まり……

 

 

「ゴ、ゴアァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「……止まった?」

 

「フフフ、ここからでは一体どんな事になっているかはわからんが、あの両目を抑えて悶えている様から察するに……」

 

 

苦しそうに呻きながら両目を抑え、回復どころでは無いとその場でうずくまるシドー。

 

それにアイズがキョトンとする中、メレブだけはしてやったりの表情でニヤリと笑っていた

 

「間違いない、目に……超とんでもなくデカいゴミが入ったのだ」

 

「……どういう事?」

 

急に何を言い出すのだとアイズが不思議そうに尋ねると、メレブは得意げな顔を浮かべ

 

「実は先程俺が掛けた呪文は、こういう緊迫した状況の中で突如予想だにしなかった不幸に襲われる運命に巡り合わせるという恐ろしい呪文なのだよ、かつて俺はこの呪文で数多の困難を乗り越え、更には竜王を倒すキッカケを作ったのだ」

 

「そうなの?」

 

「そして私はかつてこの呪文に……」

 

 

 

 

 

「『ソゲブ』という名前を付けたんだよ」

 

「……そんな呪文聞いた事の無い……リヴェリアやレフィーヤでも知らないかも……」

 

「ん~~~まあ? ちょっと呪文をたしなんでるレベルの人ではわからないんじゃないですかぁ~?」

 

自分が披露した『ソゲブ』を見て素直に感心してくれたアイズに、メレブは満更でもなさそうに鼻を高くしてかなり調子に乗る。

 

そもそもメレブの完全オリジナル呪文なので、彼と関わらない限りどれほど高名な魔法使いでもまず知る訳がないのだが、知ったとしてもそれをアイズの知る者達が頭の中に覚えておくかどうかさえ疑問だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、両目を抑えながら苦痛に悶えるシドーを見ていたのは当然アイズだけではなく、ダンジョーやオッタル、ベートやらムラサキもその隙を突いて総攻撃を開始していた。

 

本来真っ先に向かうべきである筈の勇者ヨシヒコを除いて

 

「見て下さいヨシヒコさん! 破壊神が呻きながら倒れましたよ! チャンスですチャンス!」

 

「そんなモノに興味はない! 私が今興味があるのはただ一つ!」

 

興奮しながらすぐに向かうべきだと抗議するベルに素っ気なく返事して、彼に背を向けながらヨシヒコはある書物に夢中になっていた。

 

「この物語の結末だけだ! 不動明はこれからどうなってしまうのだ! 負けるなデビルマーン!」

 

「ってあぁー! いつの間にかヨシヒコさんが「デビルマン」に夢中になってしまっている!!」

 

自分の仲間と破壊神が熱く戦ってる中で、ヨシヒコはなんと漫画に対して熱くなっていたのだ。

 

完全に戦う気など無く、その場に寝転がって完全に自分の家にいる感覚でくつろいでいる。

 

「ていうかなぜここにデビルマンが……」

 

「すみませんベル様……前にベル様からお借りしたアレ、うっかりリリのリュックの中に入れちゃってました……」

 

どうやらリリのリュックにあった本をヨシヒコが見つけ、それを勝手に取って読み始めてしまったらしい。

 

来れにはベルも腕を組んで大いに困り果てた、あの本を一旦読むとマズイ……

 

「困ったな、アレを読むと誰だってみんなあんな風に周りの事などお構いなしに読みふけってしまうんだ……僕も何度それで神様に怒られた事か……」

 

「いやそうなるのはベル様とあの勇者様だけだと思いますけど……」

 

「なんとかしてヨシヒコさんの興味をデビルマンから破壊神に移させないと!」

 

自分の経験談を踏まえてあの物語に一旦触れると止まらなくなるのはわかっている。

 

「こうなったら神様に知恵を貸してもらうしか……は!」

 

ジト目でツッコむリリをよそにベルはなにか策はないかと自分の頼れる主神・ヘスティアの方へ振り返るが

 

「はぁ~、久しぶりに読むとハマるねコレ、懐かしいよホント」

 

「しまったぁ! 神様までもがデビルマンの魅力に憑りつかれてしまった! 恐るべしデビルマン!」

 

「なんで自分の世界の危機を前にして漫画なんか読んでるんですかあの神様! ホント役に立たないですね! 仏と同類です!」

 

気が付くとヘスティアまでもがヨシヒコと同じように本を読み始めていた。リリが怒ってもページをめくるのを止めず、ただただ読書にふける女神、しかし……

 

「心配しなくてもこの後ちゃんとキッチリ仕事するから安心してよ、ボクにだって神の面子ってモンがあるしね」

 

「へ?」

 

「だからその前にあの破壊神を何とかしてくれ、それが終わったらボクと”アイツ”の出番だから」

 

「わ、わかりました……え、アイツ?」

 

本から視線を逸らさずにそれだけ言うヘスティアに、リリとヘスティアは一体何をするのか全く見当もつかないでいると、そこへそっと一人の女性が歩み寄る。

 

「どうやらまだそのヘタレ勇者は働く気がないみたいですね、クラネルさん」

 

「リューさん……どうしましょうか、僕達だけ戦わずにこんな状況で……」

 

「やれやれ、他のお仲間は戦っているというのにこの勇者は……」

 

やって来たのは現在ベル達と行動しているリューであった。

 

相変わらずヨシヒコは動く気配が無いとわかり、彼女は軽くため息をつくと

 

「仕方ない、ではとっておきの餌を用意しますか……」

 

「え、もしかしてヨシヒコさんに戦ってもらう策があるんですかリューさん!?」

 

「あります、彼の仲間の一人を見て気付いたんです、この男を釣れるとびっきりの疑似餌がある事を」

 

「疑似餌?」

 

彼女にはなにか考えがあるらしく、不思議そうに首を傾げるベル達をよそに、リューはまだ本に夢中になっているヨシヒコの近くで腰を下ろすと

 

「読書中の所悪いですが、あなたに耳寄りな情報を教えに来ました」

 

「なんだ……? 残念ながら今の私には何を言っても無駄だぞ、今の私はもうすっかり不動明の事しか考えられない」

 

「実はあの破壊神、ずっと昔からこの地に封印されていたみたいなんですが、ある者から魂を奪い去って再び現世に蘇ったんです」

 

「ある者の魂を奪い復活……フ、ありきたりな話だな、このデビルマンのストーリーに比べたらなんともお粗末な」

 

「ちなみにその魂を奪われたという存在は……」

 

すっかり本の世界にどっぷりハマり全く関心を示さないヨシヒコに、リューの目が怪しく光り輝く

 

「何を隠そう、この世界で多くの男性が惹かれる程の絶世の美貌を持っているらしいんです、とオッタルさんから聞きました」

 

「絶世の美貌!?」

 

「って速攻食いつきましたこの勇者!」

 

彼女の言葉を聞き流そうとしていたヨシヒコだったが、絶世の美貌を持つ存在と聞いてすぐに本から顔を上げてリューの方へ振り返った。

 

その恐るべき反応の速さに驚くリリをよそに、リューは彼が餌に食らいついたとここで畳みかける。

 

「はい、それにとんでもなく胸が大きいです、しかもその方、常に服は着ずに下着しか穿いてないんですよ」

 

「胸が大きい、ということは巨乳……! そ、それに服を着ていない……!」

 

「お~ホント面白いぐらいにグイグイ釣れますねこの勇者……リリも最初からこれやっておけば良かったです……」

 

「なんて事だ……そんな素晴らしい人の魂を奪うとは……! 破壊神! 絶対に許さん!」

 

「正確には”元”人なんですけどねー……ていうかさっきまで破壊神なんてどうでもいいって言ってたクセに……」

 

リリがちょいちょい小声でツッコむが、それすら全く聞いていない様子でヨシヒコはもう既に手に持っていた本を地面に置き、リューの話に鼻息を荒くして偉く興奮している様に見えた。

 

こうなったら後は最後のダメ押しだ。

 

「オッタルさんは言っていました、この世で最も美しき肉体、そこまで言うんですからきっと凄いのでしょうね」

 

「おお……! おおー!! おおぉぉぉぉ!!!」

 

「もし破壊神を無事に倒せばその者も助けれるでしょうね、この世で最も美しい存在を助けた時、一体どんなご褒美を貰えるのでしょうか、わかりますか勇者さん?」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

リューの囁きにヨシヒコは滾るムラムラを抱えながら力強く雄叫びを上げた。

 

想像しただけですっかりテンションMAになってしまったらしい。

 

「何をやっている! さあ! 一刻も早く破壊神を倒すぞ! 世界の危機を前にこんな所で遊んでる場合じゃないぞ!」

 

「ええ!? なんですかその急な心変わり!?」

 

「グズグズするな!」

 

そう言って立ち上がると、ヨシヒコは眼前の破壊神シドーを見据えながら、腰に差す剣を引き抜く。

 

「私に続けぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 待ってろ私の巨乳ゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 

「おお! ヨシヒコさんがすっかりやる気になってくれた! 凄いですリューさん!」

 

「大した事じゃありませんよ、単純な相手には単純に攻めれば良いって事です、さあ私達も行きましょう」

 

「なんなんですかこの戦い……ホントに世界の命運を賭けた戦いなんですか……?」

 

居ても経っても居られず早速駆け足で走り去ってしまうヨシヒコを見て、各々反応しながらヘスティアを除く三人もまたようやく動き出す。

 

ようやく駒は揃った、やるべき事は破壊神を倒し、奪われた魂を救う事、そして……

 

 

 

 

 

 

「ま、”アイツ”も今頃頑張ってる頃だろうし、そん時はボクも手伝ってやらないとね」

 

一人寝転がって本を読みながら、ヘスティアもまた「自分の出番」を待つ事にするのであった。

 

次回、勇者ヨシヒコと神の孫ベル

 

 

 

 



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三十説 勇者ヨシヒコと神の孫ベル、そして疾風のリュー

一癖二癖どころか全身癖塗れの英傑達の助け合って、なんとか破壊神シドーにダメージを与え続ける一行

 

しかし未だ破壊神は倒れる気配も見せず、なおも激しい抵抗を続けて来るので

 

肝心な決定打にまでは結び付かず、どうにかせねばと四苦八苦していた。

 

「ゴルアァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「いやぁ、思って退場に粘るなぁコイツ、どうするよダンジョー?」

 

「う~む、これだけ攻撃を浴びせても倒れんという事は……」

 

怒り狂う破壊神はあちらこちらに雷・炎・氷と様々な属性呪文を撒き散らし始め、もはや近づく事さえ難しいとメレブとダンジョーは岩の裏に避難してどうするべきかと思案を巡らせていた。

 

「やはりここは、我等の勇者ヨシヒコにトドメの一撃をやってビシッと締めてもらわんとな」

 

「ん~そう言ってもヨシヒコの奴ってば、滅茶苦茶やる気ないんだよねぇ、てかぶっちゃけもう一人で逃げてる可能性もあるのでは?」

 

「バカを言うな、ヨシヒコが勇者の使命を忘れて敵を前にしておきながら逃げるなど……あり得るか」

 

「うんあり得る、ヨシヒコならすっごくあり得る」

 

あのヘタレ勇者ならここで逃げてもなんらおかしくないと、長く共にいたメレブとダンジョーだからこそよくわかっていると、視線を合わせて静かに頷き合う二人、しかしそこへ……

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

「うわ! あれ!? もしかしてヨシヒコじゃね!?」

 

「なに!?」

 

物陰に隠れている二人の隣を颯爽と通り過ぎて、暴れ続けるシドーに果敢に挑もうと全力疾走する勇者・ヨシヒコがそこにいた。

 

メレブとダンジョーの予想を裏切り、逃げるどころか自ら破壊神に突っこむヨシヒコ

 

襲い掛かるシドーの呪文をピョンピョンとジャンプしながら華麗に避けつつ、右手に持った剣を振り上げたまま雄叫びを上げ怯まずに突き進んでいく。

 

「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「なんという凄い気迫、そして自ら死地に突っ込む勇気……! 流石は俺の見込んだ勇者ヨシヒコよ! 行くぞメレブ! 俺達も勇者に続け!」

 

「アイツなら逃げるだろうなって思ってたクセに……まあそれは俺も同じなんすけど、待って~」

 

臆せずに真っ向から破壊神に挑みに行ったヨシヒコの勇気溢れる行動に感動したダンジョーは、先程の発言を撤回してすぐに彼の後を追いかけると、メレブもまた空気を読んで後に続くのであった。

 

「おおぉぉ邪悪なる破壊神め! お前が奪った美しき者の魂! この私が絶対に貰い受ける!」

 

「グルギャァァァァァァァァ!!!!!」

 

上から雨のように降り注ぐ雷にも負ける事無く、とうとう破壊神の前に目の前に到達したヨシヒコ。

 

そして手に持ったいざないの剣の刃を鋭く光らせ、気合の一撃を全力で注いで思いきり振り下ろした。

 

「食らえ破壊神!!! これが勇者の一撃だ!!!」

 

「ガ……ガガ……!」

 

咆哮を上げながら繰り出したヨシヒコの一閃をまともに食らったシドーは、遂に言葉を失ってしまう程の深刻なダメージが入ったかのような反応を見せ始めた。

 

別の異世界で魔王を倒しているおかげで、今のヨシヒコのレベルがかなり高いせいもあるが

 

ここまで皆が少しずつダメージを与え続けた結果だからこそ、いよいよシドーを倒すまであと一歩という所に差し掛かったのだ。

 

「これではダメか! ならばまだまだ攻撃を続けるまで! うおぉぉぉぉぉ! 待ってろボイン!」

 

「ボイン!?」

 

滾る欲望を抑えきれずつい、意味深な叫びをあげてしまったヨシヒコに、追いついたメレブが目を見開いて困惑してる中、一緒にやって来たダンジョーは彼の叫びを聞いてすぐに察知する。

 

「ヨシヒコよ、お前まさか……俺と同じモノを手に入れようとしているな、させん! ボインちゃんを手にするのは俺だぁ!!」

 

「ボインちゃん!? なんかダンジョーまでおかしな事言い始めたんだけど!」

 

「でぇやぁ! かえんぎり!!」

 

突如負けてたまるかといった感じでダンジョーもまた変な事を言い出しながら破壊神に攻撃を与え始めた。

 

炎によって燃えた剣からの一撃を食らい、シドーに更なる追い打ちをかけ、そしてメレブもそんな彼等に不審そうに首を傾げるも、無言で杖をスッと掲げて

 

「はい、スイーツ」

 

「ガァ! ワレガノゾムモノ! ハ、ハカイ……デハナク……! アマイモノナリ……!」

 

「フ、流石は俺のスイーツ……破壊神よ、今の貴様はもうまさに……甘いモノに目がないJK……!」

 

サラッと呪文を掛けてシドーの思考を「見えるモノ全てを破壊し尽くす」から「破壊とかいいからとにかく甘いモノを食べたい」に変更させてしまうメレブ。

 

「いやー相手が神でも効果てきめんだな俺の呪文、このままだとこの世界で私の名が広く知れ渡ってしまうな、地上最強の魔法使い、それが俺……」

 

予想通り破壊神でさえも効果てきめんの様子で、上手く動きを封じれた事にメレブは自画自賛しつつほくそ笑む。

 

「いや~俺またなんかやっちゃいました~?」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉボイン!」

 

「ボインボインボイーン!!」

 

「あ、何も聞こえてねぇやこの二人、ボインで頭一杯だ」

 

だがメレブのドヤ顔や少しイラッとする発言に反応する者はいなかった。

 

もはや彼が呪文を掛けて動きを封じた事さえも気づいてない様子で、一心不乱に剣を振り続けるヨシヒコとダンジョー、彼等はもう前しか見えていない。

 

するとそこへまたもや新たな助っ人が

 

「うっしどいてろお前等! 私のとっておきの呪文を見せてやる!」

 

「お、今度はムラサキがやってきた、しかも破壊神に呪文を掛ける気?」

 

やって来たのは、ヨシヒコ達の仲間、ムラサキ

 

破壊神討伐まであと一歩という戦況なので、ここいらでとっておきの呪文を使おうとしているらしいが、それをメレブが小馬鹿にしたような感じでニヤニヤしながら見守る。

 

「でもなー、ムラサキじゃさっき披露した俺の呪文のインパクトを超えられるかなー、俺のスイーツに勝てるかなー」

 

「食らえコノヤロー!」

 

すぐ隣で笑っているメレブを無視してムラサキは両手を掲げると、力強くシドーに向かって……

 

 

 

 

 

「マダンテェッ!!!」

 

「ウギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

ムラサキが使った呪文、それは己の魔力全てを使い、暴走させた魔力を一気に爆発させるという正にとんでも呪文だった。

 

ほとばしる凄まじい爆発があっという間に破壊神の巨体を包み込み、かつてない程の大ダメージが炸裂する。

 

その恐るべき破壊力に思わずメレブも口をポカンと開けて絶句すると、しばらく間を置いてボソリと

 

「反則過ぎじゃない……?」

 

「あーこれ使うと私の魔力全部無くなっちゃうんだよなー、疲れたー」

 

「まあうん、ギリ、ギリお前の方がインパクト高かったのは認めてやろう、うん」

 

どこぞの変な名前の厨二魔法少女が扱っていた爆裂魔法を彷彿とさせるとんでもない威力を前にして、メレブも渋々インパクト勝負では負けたと認めざるを得なかった。

 

そして全ての魔力を使い切ってその場でだるそうにムラサキがしゃがみ込んでいると、弱り切っている破壊神は残った力を振り絞るかのように

 

「ヌガァァァァァァ!!! ハカイハカイハカイハカイハカイハカイハカイハカイ!!!」

 

「うわわわわ! なんかどんどんヤバくなってない!? 俺達の攻撃を食らい続けて本格的に壊れて来てるぞこコイツ!!」

 

「なんて事だ、倒れるどころかますます……く!」

 

「ヨシヒコ!」

 

神ゆえのプライドがそうさせるのか、シドーは心が壊れたかのように一層激しく暴れ始めた。

 

未だ力尽きぬ恐るべし破壊神を前にしてヨシヒコが一瞬怯んだ様子を見せると、その隙を突いたかのようにシドーの巨大な尻尾が彼を襲い、かろうじてそれを剣で受け止める

 

「ここまで戦える力を残しているとは……やはり神と呼ばれるだけあって魔王にも劣らぬ強さだ……!」

 

「マズイ! このままだとヨシヒコが潰されてしまう!」

 

「いやーヨシヒコー!」

 

尻尾の重みが圧し掛かり、このままだと耐えているヨシヒコはものの数秒で圧し潰されてしまう。

 

これにはダンジョーも血相を変え、ムラサキも悲痛な叫びをあげる。

 

しかしそんな勇者一行の絶対説明のピンチに……

 

 

 

 

「うおらぁ! こっちだデカブツ!!!」

 

「!?」

 

ヨシヒコを圧し潰そうしていたシドーが突如横からの強烈な衝撃にグラリと全身を揺らした。

 

その時、シドーの攻撃の勢いがフッと消え、かろうじてヨシヒコは窮地を脱する。

 

「危ない所だった、今のは……は!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!! 兄貴の仇ィィィィィィ!!!」

 

「オラオラオラオラァ!!」

 

なんとか助かった事にヨシヒコが安堵しているのも束の間、彼等の代わりにたけり狂う破壊神を相手に戦う者が颯爽と現れたのだ。

 

「ギャハハハハハ!! 英雄だろうが勇者だろうが! この俺を差し置いて手柄総取りなんてさせっかよぉ!」

 

「俺達の世界を救うというのに、流石に他人に任せてばかりではいられんのでな」

 

ロキ・ファミリアの特攻隊長・ベートが高笑いを上げながらシドーに飛び掛かって蹴りを炸裂し

 

”元”フレイヤ・ファミリアの最強の冒険者・オッタルもまた身の丈をも超える大剣で豪快に攻めていった。

 

二人の高レベル冒険者の連携攻撃を前に、シドーはみるみる後ろへと後退し続ける。

 

そしてさらにそこで畳みかける様に

 

「どいて、私が片を付ける」

 

ヨシヒコ達の背後から剣姫・アイズが短く呟くと、凶悪なボスを前にしても至って冷静に飛び掛かり……

 

「さよなら」

 

「ゴハァァァァァァァァァァ!!!!」

 

地面を強く蹴って華麗に飛び上がると、手に持った細剣でシドーの左胸に深々と突き刺したのだ。

 

見事に急所を貫かれたシドーは金切り声を上げながら両手を地面についてひれ伏す。

 

そのあまりにも俊敏かつ手早い動きに、ヨシヒコ達はただ呆然とするのみである。

 

「あの金髪の女の子さ……ヨシヒコより勇者っぽくない? カッコいいし」

 

「コラ、言うなムラサキ、そういうの本人の前で言うもんじゃありません」

 

「……」

 

「ま、まあ気にするなヨシヒコ、元気出せ、お前もカッコ良かったぞ」

 

ムラサキとメレブの会話に何も言えずに真顔になるヨシヒコをダンジョーが優しくフォローするのであった。

 

しかし既に終わったと思っていた勇者一行の前で、破壊神シドーはかろうじて残っている力で再び動こうとする。

 

彼はまだ完全には敗れていなかったのだ。

 

「オォォォォォォ……オォォォォォォォォ……!」

 

「まだ死なないなんて……私もびっくり」

 

「ハァハァ……! コイツどんだけしぶてぇんだよクソが……」

 

「やはり大災厄をもたらす破壊の神と呼ばれるだけはあるという事か……」

 

弱り果てて呻き声を漏らしながらもまだその目には禍々しい光があり、まだ戦える気力を保っている様子のシドー、ゆっくりではあるが確実にアイズ達の方へ近づいていく。

 

「……正直言うと、これだけ長く戦い続けたせいで私にはもうコレにトドメを刺せる力が残って無い」

 

「へ、柄にも無く弱気な事を言うじゃねぇか、アイズ……だが実を言うと俺もだ、もう満足に動けやしねぇ……」

 

「コイツの恐ろしさは破壊の力ではない、真に恐ろしいのは絶対に死なないという生に対する強い執着……全てを破壊するという目的の為にここまで神は壊れる事が出来るのか……」

 

近づいて来る破壊神を前にして遂にアイズは片膝をついて体で剣を支える。長時間全力で戦い続けた結果、ここに来て体力の限界が来てしまったのである。

 

それはベートとオッタルも同じでありその場から動く事さえ出来ない様子、破壊神の執念にもはや抗う術は無い。

 

 

 

 

 

しかしそれはここまで限界まで戦ってくれた彼女達だからなのであって……

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

「「「!?」」」

 

未だ体力に余裕がある伝説の勇者は、ここに来てチャンスとばかりに颯爽と彼等の横を通り抜けていく。

 

「破壊神にトドメを刺すのは私だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「うわ~ヨシヒコさんったら……一番おいしい所を持ってくつもりだぁ……」

 

「手柄独り占めかよ、きったねぇ~……」

 

ここに来てアイズ達が動けないと察すると、ラスボスにトドメを刺すという絶好の機会を彼が逃す筈がなく。

 

メレブとムラサキに呆れられながらも、威勢良く吠えながら剣を構えてシドーに最後の一撃をかまそうとする。

 

するとそこへ彼の援護に回るかのように……

 

「ヨ、ヨシヒコさん! 僕も手伝います! 力不足だとは思いますが協力してやっつけましょう!」

 

ヨシヒコの隣を並行して走りながらやって来たのはベルであった。どうやらここでヨシヒコと共に破壊神を仕留める為に、共に戦う気らしい。

 

「でも実はアイズさんがピンチだったからつい勢いで飛び出て来ただけで、何をやればいいのかわからないです!」

 

「ではちょうど私の一撃で仕留められる様ギリギリの体力になる様攻撃してくれ!」

 

「地味に難しくないですかそれ!? と、とりあえずやってみますけど!」

 

無茶な指示を飛ばすヨシヒコにベルは少々迷いながらも、シドーの前へと到達すると驚くべきスピードで駆けあがり

 

「だあぁぁ!!」

 

「グワァァァァァァァァァァ!!!!」

 

神によって造られた武器、ヘスティア・ナイフをシドーの頭上で掲げて、勢いよくその顔面に突っ込む。

 

神聖なる彼の得物はシドーの右目に深々と突き刺さり、確実に大ダメージを負わせた。

 

「ヨシヒコさん、今です!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

ベルに遅れてヨシヒコもまた雄叫びを上げながらシドーに目掛けて飛び掛かる。

 

そのまま両手に持ったいざないの剣を突き出して、ベルが貫いた目とは反対の左目に勢いよく突っこんだ。

 

「これで終わりだぁぁ!!!」

 

「ギヤァァァァァァァァァ!!!!!」

 

ヨシヒコの剣が左目を貫き、左右の目を同時にやられたシドーは遂にその動きを止めた。

 

だが

 

「ワレ、トマラヌ……! ワレ、スベテヲハカイ……! スベテ、スベテ、スベテ……!」

 

「あの、ヨシヒコさん、両目潰してもまだ倒れないみたいなんですけど……」

 

「なに!? く! 勇者の一撃を与えたにも関わらず倒れないとは……! なんて空気の読めない破壊神だ……!」

 

「空気の読める破壊神ってどんな破壊神ですか……?」

 

両目を失ったというのにシドーはまだブツブツと呟きながらもまたもや動き出そうとする。

これにはナイフを突き刺したままでいるベルも困った様子で呟き、ヨシヒコもまた彼と同じ体制で腹立たしそうに眉間にしわを寄せた。

 

するとそこへ……

 

「なるほどまだ倒れませんか、それでは私がお二人に代わって」

 

「「え?」」

 

ここからどうしようかと悩んでいたベルとヨシヒコを尻目に、彼等の目の前に颯爽と現れたるは一人の女性。

 

こんな状況でもいつもの様に表情を崩さず、至って冷静な態度で右手に細剣を掲げると、未だ暴れようとするシドーの額にしっかりと狙いを定めて……

 

 

 

 

「再び眠れ破壊神、今度は二度と目覚めるな」

 

「アギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

元冒険者、【疾風】のリュー・リオンの会心の一撃がシドーの額に奥深く刺さり

 

遂に、遂に破壊神シドーが断末魔の叫びをあげながら体を後ろのけ反らせて

 

ズシィンッ!と音を立てながらヨシヒコ達を顔に乗せたまま仰向けに倒れ、ピクリとも動かなくなった。

 

トドメの瞬間を眺める事しか出来なかったベルとヨシヒコがしばし呆然としていると、リューは一仕事終えた様子で二人の方へ振り返り

 

「なんか……私が倒してしまったみたいです、破壊神」

 

「えぇぇぇーッ!」

 

「私の手柄ァー!!!」

 

かくして破壊神シドーは多くの冒険者、異世界からやってきた英傑達の活躍によって無事に倒されるのであった。

 

そしてこの長きに渡る戦いに見事終止符を打ったリューは、後に人々によって後世に語られる事となる。

 

破壊神を破壊した女、と

 

 

 

 

 

「まだだ! もう一度甦れ破壊神! 起きて私に倒されろ!」

 

「凄いですねリューさん、ヨシヒコさんを出し抜いてトドメ刺しちゃうなんて……」

 

「皆さんで攻撃を与え続け、結果的に私の番で倒せただけですよ」

 

「破壊神! カムバーーーークッ!!!」

 

「そしてヨシヒコさんはもう諦めましょう……」

 

もはやシドーは声も出せなくなるほどの瀕死となり、ダンジョン内で響き渡るのは彼の雄叫びではなくヨシヒコの悲痛な訴えのみとなった。

 

そして無事に破壊神の討伐成功となった今、やるべき事はあと一つ……

 

 

次回、聖者ホトケと女神ヘスティア



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仏ファイナル号
三十一説 聖者ホトケと女神ヘスティア


冒険者と勇者一行の活躍により破壊神シドーは遂に倒された。

 

ちなみに破壊神にトドメを刺したのはヨシヒコでもベルでもなく、飲み屋の店員のリューであった。

 

「これでようやく終わりですか、流石に私も疲れました、しばらくお店は休ませて頂きましょう」

 

「色々と腑に落ちない所はあるが……なんとか倒せたみたいだ」

 

巨体を地に置きピクリとも動かなくなったシドーを見つめながら、リューとヨシヒコは長かった戦いの終わりを静かに実感していた。

 

「しかしまさか私の力で神を討ち取る事になろうとは……」

 

「いえ私の力でトドメ刺したんで倒したのは私ですね」

 

「いや、実はその前に私の攻撃の時点で奴はもうやられていた」

 

「あなたの攻撃を受けてもまだ倒れてませんでしたよ? 決定打は私の一撃です」

 

「おのれぇー!」

 

「止めて下さいヨシヒコさん! みんな! 倒せたのはみんなのおかげですから!」

 

ドサクサに自分の手柄にしようとするヨシヒコに対し、相手が勇者であろうと頑なにそこは譲らない態度で事実を突きつけるリュー。

 

それにヨシヒコは負けじと彼女に詰め寄ろうとするが、慌ててベルが後ろから彼を羽交い絞めにする。

 

「でもコレどうするんですかね? このままほっといて良いんでしょうか……」

 

「それはダメだよベル君」

 

「神様?」

 

倒れたシドーを眺めながらこのまま放置してもいいのだろうかと疑問に思うベルに背後から警告するのは

 

ついさっきデビルマンを読み終えた女神・ヘスティアであった。

 

「コイツは一応ボクと同じ神だからね、いくら倒したからといってしばしの時が過ぎればまたすぐ復活してしまうんだ」

 

「えぇー!? じゃあどうすればいいんですか!?」

 

「おいおいコイツが今まで長い間現世に戻れなかった理由を忘れたのかい? 破壊神シドーはゼウスによって長い間封印されていた、つまりもう一度封印すればまたコイツは復活する事は出来なくなってしまうのさ」

 

「……本当に最後までしぶといんですね……」

 

破壊神シドーを完全に倒す唯一の方法、それは過去に一度彼を破ったゼウスがやった時のように封印してしまう事だ。

 

今はこうして倒れてはいるが、それを行わないと何度でもシドーは蘇る

 

サラッと怖い事を言いのけるヘスティアにベルが改めて自分達が戦っていたい相手が神なのだと実感していると、彼等の下へ他の面子も次々と押し寄せて来た。

 

「なになに? 終わった? 破壊神やっつけた?」

 

「いやそれが、神様が言うにはまだ封印をしないと復活しちゃうみたいで……」

 

「ベル様ベル様、リリはみんなが戦っている間、ちゃんと壊れた魔法の杖の破片を全部拾い集めましたよ、褒めて下さい」

 

「ああうん、じゃあここの用事が済んだら一緒に店主さんに謝りに行こうか」

 

「えぇ~それはちょっと止めた方が……ぶっちゃけあの店主、破壊神より強いと思いますよ?」

 

やって来たメレブとリリにベルが対応していると、ダンジョーとムラサキも事が済んだのかと確認しにやって来た。

 

「どうにか終わったみたいだな、それでヨシヒコよ、俺達が求む絶世の美女は無事に復活したのか? 俺にとって一番大事なのはそこだ……俺はとにかく美女が欲しい」

 

「いえ、残念ですがどこにも見当たらないんです……私もさっきからずと血眼になって探しているんですが」

 

「そうか、く! どうすれば破壊神に奪われた魂を取り戻せるというのだ!」

 

「お前等が必死に頑張ってた理由って結局それかよ、ホント男って奴はどいつもこいつも……ん?」

 

二人して意気消沈した様子で語り合うダンジョーとヨシヒコを呆れた様子で呟くムラサキであったが、ふとすぐ傍にいたヘスティアを見てカッと大きく目を見開く。

 

「ってうわぁ! なんじゃあこりゃあ!! なんだこのデカいおっぱいぶら下げた女ァ!」

 

「ボクの事? ああ、ボクはただの女神だよ、ヘスティアって言うのさ、よろしく」

 

「ああん女神だろうが知ったこっちゃねェよ! いいから寄越せぇその乳ぃ!」

 

「いや渡せる訳ないだろ! 待て待て胸を掴もうとするな! 引っ張っても取れないから!」

 

目の前に現れたヘスティアのたわわに実った巨乳を見た瞬間、突如ムラサキは豹変し彼女の胸を鷲掴みにして奪おうと襲い始めるのであった。

 

どういう訳か、ここ最近あちらこちらで巨乳の人物ばかり見てきたせいで、貧乳であるが故のコンプレックスが爆発しやすくなってしまう傾向にあるらしい。

 

そんな予想だにしていなかったムラサキの攻撃にヘスティアが慌てて逃げ回っていると

 

「しかし困りましたね、このままほおっておいたら復活してしまうとは」

 

倒れた破壊神を見つめながらリューは一人だけで静かに分析する。

 

「生憎、神を封印する術など見た事も聞いた事もありません、どうにかせねば……」

 

「ん? どしたの~むっつり? お困り事かな~? 胸が膨らまない事に、泣きたくなるぐらい悩んでるのかな~?」

 

「は? この状況の中でそんな下らない事に頭を悩ます余裕があると……」

 

不意に背後から聞こえて来た心底腹立たしい声でナメた口で叩かれたので、リューは腰に差す剣の柄に手を置きながらすかさず後ろに振り返った。

 

するとそこでヘラヘラと笑いながら立っていたのは

 

 

 

 

 

「仏……」

 

「どーもー! 仏でーす! ってオイ、様付けろよ、仏様だろコノヤロー!」

 

 

音も気配もなく突然リューの背後に現れたのは仏、破壊神シドーが真の正体を晒した瞬間ずっと雲隠れしていた薄情な仏であった。

 

いきなり自分の背後で手を挙げながらヘラヘラと笑っている彼が現れたので、リューは少々驚きはするもののすぐに目を細めて

 

「一旦逃げたと思えば、事が済んだ頃合いにまた戻って来る……それはつまり己の罪悪感に耐え切れず、ケジメを付ける為に私に斬られにやって来たと解釈してよろしいんですか?」

 

「ちょちょいちょいちょい待って待って待って、そういう自分勝手な解釈は嫌い、仏そういうの嫌い」

 

彼が現れると途端にずっとため込んでいた彼に対する苛立ちが目覚め始め、早速リューは剣を抜こうとするが仏は慌ててそれを止める。

 

「もっと平和的なケジメの付け方考えておいたから私、聞いてお願いだから」

 

「仏! 仏もこちらの世界に来ていたんですか!?」

 

「お! ヨッく~~ん!! 超久しぶり~! って訳でもないか」

 

相変わらず人の神経を逆なでする言動ではあるが、どうやら考えがあってここに来たらしい仏

 

すると彼がいる事にリューだけでなくヨシヒコを始め他の面子も気付き始めた。

 

「あ! おい仏コラ! なに終わった頃合いにノコノコと出て来たんだよ! お前ちょっとは段取り考えろよ!」

 

「全くだ、魔王を倒した次にいきなり破壊の神などという訳の分からんモノと戦わせおって、お前には仏としてのプライドは無いのか!」

 

「しかもアレをこの世界に連れ込んだのってお前らしいじゃん、また私等に尻ぬぐいさせやがってマジふざけんな!」

 

「あ~うん、予想はしていたけど皆さん大分怒っていらっしゃるようですね、みんな揃って仏の事お前呼ばわりだし」

 

メレブ、ダンジョー、ムラサキが一気に不満を爆発させ、総出で仏を責め立てるも彼はハハハと笑いながら全く反省していない様子。

 

「よし、じゃあみんな一旦落ち着こう、私にはちゃんと今まで姿を見せなかった理由がちゃんとあるから、それをちゃんと聞いて、ね?」

 

「仏、破壊神を倒す事は出来ましたが、我々の力では奴を封印する事が出来ません、一体どうすれば」

 

「ほい来たヨシヒコ! お前は本当に分かってるねぇ~! 今正に私はその件について言おうとしてたんです!」

 

ヨシヒコの言葉にすぐに彼を指をさしながら嬉々とした反応を見せると、突如バッと彼等の方へ両手を突き出して

 

「私が今まで姿を見せなかった理由はただ一つ……それは破壊神を封印する術をとある神から教えて貰いに行ってた為であ~る!」

 

「とある神から? それってもしかして……」

 

自信満々にそう叫ぶ仏にヘスティアは一人顔をしかめる、どうやらそのとある神とやらに何か心当たりがあるらしい。

 

「それってもしかして……大昔に破壊神を初めてこの地に封印した、あのエロジジィの事かな?」

 

「そうです! めっちゃ浮気ばっかする上に性格も超悪い心底救えないクソジジィです!」

 

「はぁ~? リリ達が戦ってる中そんなよくわからん人物と会ってたんですかぁ?」

 

ヘスティアだけはどんな人物なのかは特定したみたいだが、他の者達は分かっていない様子。

 

胡散臭そうに眉間にしわを寄せながら、リリは隣にいるベルの背中を軽く叩く。

 

「もうベル様からもガツンと言って下さいよこの使えない仏様に」

 

「いやでも……仏様はその人から破壊神の封印する方法を学んで来たらしいし……ですよね仏様」

 

「任せて! ちゃんと教えてもらったから! それは自信を持って言えます! 多分!」 

 

「ど、どっちなんですか!?」

 

こちらに親指を立てながらも心許ない返事をする仏に、流石のベルもちょっと心配になって来ていると

 

仏はササッと懐からあるモノを取り出そうとする。

 

「私は最初からベル君達が破壊神を倒してくれる事を信じていたからここを任せていたのよ、そんで私はその間、こうして破壊神を封印させる為にアイテムを用意してきたの、はい」

 

「そ、それは……!」

 

懐から仏が取り出したあるモノを見てベルは驚愕を露わにする。

 

それは少し前に仏から貰ったとあるお土産と酷似したデザインの……

 

「前に貰った夢の国とかいう所で手に入るとか言っていたあの……!」

 

「そうです! その夢の国で買って来たクッキーの缶詰です! ハハッ♪」

 

「……なんですかその笑い方?」

 

仏が独特な笑い声を上げながら自信満々に取り出したのは、魅力あふれるキャラクターが描かれたちょっと大きめの缶。

 

一体これでどうやってあの巨大な破壊神を封印するというのだろうか……

 

「よーしお前達下がっているいい! 今から私はこの夢の国で買って来たコレで……あ、中身入ってた、クッキー欲しい人いる?」

 

「はい!」

 

「うわヨシヒコ、超手上げるの早い、お腹空いてた? じゃあこれみんなで分けて」

 

パカッと缶を開けて何かを始めようとする仏、中にまだ残っていたクッキーを全部ヨシヒコに渡して平等に分けなさいと伝えた後、改めて仏はその缶を地面に置いて封印の準備を始めた。

 

「うっし! 見とけよお前等ー! こっからいよいよ仏の偉大な力を見せてやる時が来たぜー!」

 

「うわヤベェ、このクッキーマジ美味い、マジ夢の国最高」

 

「もう一度行きたいですね夢の国」

 

「ヨシヒコさんは行った事あるんですか夢の国?」

 

「クラネルさん夢の国とは一体何ですか? 少々お話をお聞かせ願いますか?」

 

「フフフならばボクが代わりに教えて進ぜよう、夢の国とはボク等神々の間でも大人気スポットで……」

 

「あーッ! みんな仏の活躍より夢の国に夢中ー! 流石夢の国!」

 

気合を入れて仏が封印の準備に取り掛かるが、みんな彼をそっちのけで夢の国トークに花を咲かせてしまう。

 

恐るべし夢の国が持つ魔性の魅力。

 

「てか紐コラ! お前まで一緒に夢の国クッキー食ってんじゃねぇよ! 同じ神なんだから仏を手伝いなさい!」

 

「仕方ないなぁ、借りはちゃんと返しておくれよ、期待しないけど」

 

「え!? 神様が仏様の封印をお手伝い!?」

 

ドサクサにヨシヒコ達と一緒にクッキー食べていたヘスティアに気付くと、仏は彼女に叫んで助力を要請。

 

ヘスティアは渋々と言った感じでそれを了承すると、まさか彼女がここに来て仏と共に破壊神を封印してくれると聞いてベルが目を見開く。

 

「無理はしないで下さいね神様! どうやって封印するかわかりませんけど危なくなったら僕が護りますから!」

 

「平気平気、ヤバくなったら全部仏に丸投げして逃げるから」

 

「なるほど、それなら大丈夫ですね!」

 

「全然大丈夫じゃないよベルくん!、仏が犠牲になってるからね!?」

 

天然なボケをかますベルに仏は素早くツッコミを入れ終えると、改めて準備が済んだのか

 

「よし! そんじゃいきます! 仏、いっきま~す!」

 

かつての友である破壊神シドーに向かって「むぅん!」と変な声を出しながら両手を突き出す。

 

「さよならタケちゃん! 食らえ! ゼウスのクソジジィからネチネチ言われながら伝授された! 神をも封印する秘術! でやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

仏様が叫んだその瞬間、ベル達の前で破壊神に異変が起こった。

 

彼を中心に突如時空が歪んでいるかの様に渦巻く螺旋が発生し、シドーを瞬く間に飲み込んでしまうと、空中でその巨体が圧縮する様に縮んでいき、次第にそのまま高速に回転していく。

 

「グギャァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「ああ! ちょ! あのジジィに聞いてたのと全然違う! めっちゃ抵抗されて全然コントロール出来ない! 紐! ヘルプ!」

 

「仕方ないなぁ、ぬぅん!」

 

両手を掲げながら仏は意識が覚めて暴れようとするシドーを抑え込むだけで精一杯。

 

しかしそこへヘスティアがやれやれと言った感じで彼と同じように両手を突き上げると、2柱の神の力が重なった事により抑え込む力が破壊神の抵抗を上回った。

 

そしてその両手を突き出しながらグルグルと回り続ける破壊神を抑え込もうとしている仏をぼんやりと眺めながら、メレブはクッキー片手に

 

「いやそれぇ……魔封〇じゃね? え? 神を封印する術ってもしかして亀仙人のじっちゃんが使ってたアレ?」

 

「おい、仏の野郎が戻って来たと思えば破壊神相手になんかやってるみてぇだが、何が起きてんだ説明しろキノコ野郎」

 

「え~仏が〇封波使って破壊神を封印してる所、あ、クッキー食べる?」

 

仏が頑張って破壊神を封印しようとしてる中、異変に気付いてベート達も何事かと集まって来た。

 

そんな彼等にメレブは優しくクッキーを手渡す。

 

「いくら破壊神を倒しても時期にまた復活するらしいから、ああやってまた封印し直すんだって」

 

「あぁぁぁぁぁぁ!! いける!? いけるコレ!? ああやっぱ駄目! 一旦元に戻して! 体制変えさせて!」

 

「おいもっと本気を出せ仏! ボクの方に負担を押し付けて一人で楽してるんじゃないぞ! ああもう! また軌道が反れたじゃないか!」

 

「いや封印すんのは別にいいんだけどよ……上手くいってんのかアレ?」

 

仏とヘスティアの頭上ではまだ抵抗するシドーがあっちこっちに飛び回っている。

 

ギャーギャー叫ぶ2柱の神を眺めながらベートが不安そうに呟いていると、アイズとオッタルはポリポリとクッキーを食べながら

 

「問題ない、失敗したらしたらでもう一度倒せばいいだけの事」

 

「というかここで封印してしまったら奴に奪われた兄貴の魂を救えないのではないのか? 俺にとってそれだけが心配だ、他はどうでもいい」

 

「お前等少しは現実的にモノ考えろよ……」

 

三人の中では割と常識人であるベートが呑気なアイズとオッタルにポツリと呟いていると

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! よしイケる! このまま夢の国クッキーの缶にドーンだyo! 呼吸を合わせろ紐! せーので行くぞコラァ! はいせーの!」

 

「ちょ! 合図の段取り下手過ぎだろ君! まだこっちは心の準備ってモンが! あーもう!」

 

勝手に自分発信で合図を送ってきた仏にヘスティアは腹が立ちつつも、こうなったらヤケだと言った感じで両手にグッと力を込めて

 

 

「「はいドォォォォォン!!!」」

 

「ギヤァァァァァァァァァァダンカンコノヤロォォォォォォォォォ!!!!!」

 

奇跡的に仏とヘスティアの掛け声が合わさったその瞬間、地面に置かれたクッキーの缶に向かって彼等が同時に両手を振り下ろすと、破壊神シドーは竜巻の如く回りながらクッキー缶の中へと吸い込まれていき、そして

 

「はいヨシヒコ! 缶閉じて!」

 

「ふぁい!!」

 

最期の断末魔の叫びを上げながらシドーが完全に缶の中にとじこめられたのを確認するとすぐに仏がヨシヒコに支持。

 

口の中にクッキーを入れながらもヨシヒコは即座に従ってその缶の蓋を持って固く閉じるのであった。

 

「ほれで封印完了でひゅか? ひょとけ?」

 

「ヨシヒコ、口の中にモノ入れたまま喋るの止めなさい、あ~口からポロポロクッキーの滓が落ちまくってるし」

 

ビシッと決めるべき場所で決めてくれない残念な勇者に仏はしかめっ面で首を傾げながら窘めた後、その場にゆっくりと座り込んだ。

 

「あ~~、なんかすっげぇ疲れた、この封印、滅茶苦茶しんどい……体痛いし明日筋肉痛で動けないわコレ」

 

「その程度のレベルで済むんならまだマシだろ、亀仙人のじっちゃんなんかそれ使ったら死んじゃったんだぞ」

 

「ううん何言ってるのか全然わかんない、まあ何はともあれ、ね、無事に封印も済んだ事だし、この世界の脅威は完全に去ったという事でしょう」

 

メレブのよくわからない言葉を軽く流して仏は安堵したかのように座ったまま休んでいると、ヘスティアもまた彼と同じように地面に座り込む。

 

「こ、ここまで体力を持っていかれるとは聞いてないぞ……あーもうダメだ、ベル君、もうボクはここから一歩も動く事は出来ない、という事でおんぶしてくれ」

 

「それぐらいならお安い御用ですけど、ホントに大丈夫ですか神様? 本当にしんどそうですけど」

 

「ん~人の温もりを貰えれば少しはましになるかもね~、ということでベル君、早くおんぶ」

 

ここぞとばかりに自分を労えと要求するヘスティアにベルは心配そうに尋ねつつも、とりあえず彼女の要求通りに背負おうとする。

 

だがその時

 

「おい見ろ! 破壊神が封印されたと同時に! 何やら人らしきモノが現れたぞ!!」

 

「え?」

 

突如ダンジョーが大声を上げながら指を差して叫んでいるので、ベルは釣られてそっちの方へ振り返る。

 

見るとそこにはぼんやりと薄いピンク色のシルエットが徐々に人の形になっている所であった。

 

するとヨシヒコやオッタルもいち早く反応してダンジョーの隣に駆け寄り

 

「もしやアレは! ダンジョーさんが言っていた世界一美しいと称される者の魂!!」

 

「封印が完了した時は不安であったが……どうやらあの方の魂も救われたみたいだ……俺はとても感動している」

 

「ハッハッハ! 待っていたぞこの時を! さあ俺の元へ来るがいい!」

 

一時はシドーの復活の糧として奪われてはいたが、皆の尽力によってようやくその魂がこの地に帰還する事が出来た様だ。

 

オッタルが感動して一人涙を流しているのをよそに、ヨシヒコとダンジョーは今か今かとその者の復活を興奮した様子で待っていると……

 

 

 

 

 

 

「ホイホイチャーハン♂」

 

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」

 

ピンクのシルエットから現れたその正体は、ガチムチボディを堂々と曝け出す角刈りの屈強な大男であった。

 

予想していたモノと遥かにかけ離れた存在の御光臨に、ヨシヒコとダンジョーは同時に大声を上げてショックを受ける。

 

するとオッタルは現れた男を懐かしむような目を向けながら

 

「あれぞ兄貴……崇高で偉大かつ、この世で最も美しく素晴らしい肉体を持つ唯一無二の存在だ……」

 

「お前がずっと何度も美しいと言っていたのは! 男だったのかぁ! ふざけおってぇ!」

 

「俺は一度も女だと言った覚えはないが?」

 

兄貴のはち切れんばかりの肉体をうっとりと眺めながら呟くオッタルにダンジョーが声を荒げるが

 

何故かヨシヒコはその兄貴という男に何やら思う所があった様子で

 

「ダンジョーさん、私……あの男前にどこかで見た様な気がします……夢の中で会ったような……」

 

「イッケメーン!」

 

「は! 間違いない! あの者は私の夢の中に出て来た男だ!」

 

「ゲイパレス♂」

 

「止めろ! 私の方へ来るんじゃない!」

 

別の世界でのトラウマが徐々に蘇っていき、ヨシヒコが気が付いたのも束の間、兄貴は笑みを浮かべながらゆっくりと彼の方へと歩み寄って行った。

 

「来るな! ニヤニヤしながら私の方へ来るなーッ!」

 

「歪みねぇな!」

 

慌ててヨシヒコは後ずさりをするも、兄貴の鋭い眼光は彼を決して逃がさないという強い意志が現れている。

 

そして

 

「私の傍に近寄るなぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「抑えられないよ!!」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「え、ヨシヒコさんがこっちに向かって……ってうわ! た、助けてぇぇぇぇ!!」

 

「仕方ないね!」

 

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」」

 

突然全力ダッシュで突っ込んで来た兄貴にヨシヒコは咄嗟にベルの方へと駆けていく。

 

すると兄貴はヨシヒコだけでなく彼もターゲットに加えたのか、目を爛々と輝かせながら襲い掛かって来たので、ベルもまたヨシヒコと共に逃げ回るハメになるのであった。

 

 

 

かくして破壊神シドーは、仏とヘスティアによって再び封印され

 

世界滅亡の危機はなんとか防ぐ事が出来た。

 

魂を奪われていた兄貴も晴れて復活を果たし

 

これでようやく長かった物語は終わりを迎える準備が出来たのであった。

 

 

 

 

 

しかし唯一人、そうは上手くいかせないとする悪しき心を持った者が一人いる事を

 

ここにいる者は皆、すっかり忘れてしまっているのである。

 

次回、最終回

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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三十二説 剣姫アイズと銀色ヌメヌメスライム

「新しい呪文を覚えたよ」

 

「いきなりなんだよ! てかおっせぇよ!」

 

破壊神シドーが封印され、世界の凶悪が再び眠りについた時(その代わりにまた一つ恐ろしい神が再降臨してしまったが、色々満足し終えた後何処か彼方へと消えて行った)

 

ようやく事が済んだ状況で、突拍子も無いことを皆に呟くメレブにムラサキがいつもの様にキレた。

 

「まあ別にお前がどのタイミングで呪文覚えようがど~でもいんだけどね~、どうせしょうもないのしか使えないのわかってるし」

 

「バカ、ムラサキバカ、その隣にいる巨乳女神のおかげでより貧乳が表現されるペッタンコウーマン、今俺が手に入れた呪文は、冒険にとっても、とっても役立つ呪文なのだ!」

 

どうでも良さげにしかめっ面を浮かべる彼女をせせら笑うと、自信満々に杖を掲げてみせるメレブ。

 

するとヨシヒコはいつもの様にスッと一歩前に出て

 

「メレブさん今度は一体どんな呪文を覚えたんですか、掛けて下さい、今すぐ私に掛けて下さい!」

 

「出た~ヨシヒコ君ったらホント呪文に掛かりたがるんだからも~!」

 

「冒険に役立つ呪文……?」

 

自ら立候補して呪文を体験したがるヨシヒコに、メレブはなんか嬉しそうに笑っていると

 

冒険に役立つと聞いてベルもまた恐る恐る一歩前に出て

 

「あの~それで強くなれるのだったら是非僕も……」

 

「おお~! なになにベル君まで呪文掛けて欲しいの!? いいねぇ~! 俺の呪文、異世界でも人気あるね~!」

 

「止めておいた方が良いですよベル様、この人から放たれるとてつもない胡散臭い雰囲気、きっとろくでもない呪文だとリリの女の勘が囁いています」

 

「黙れ、小娘黙れ、その見た目で女と名乗るとか片腹痛いからマジ黙れ」

 

自ら立候補したベルに警告するリリを疎めながら、メレブは機嫌良さそうにヨシヒコと彼に新たな呪文を掛けようとする。

 

だがそこへずっと黙っていたアイズが無表情でスッと手を挙げて

 

「……興味あるから私も」

 

「おうマジか!? 魔法使いの巨匠・メレブ様が行うドキドキ呪文体験ツアーに三人も参加するとかマジか!? いや~三人も欲しがるとか、このいやしんぼ共めッ!」

 

ベルだけでなくアイズまでもが志願して来たので、メレブはウキウキしながら「この世界超好き~!」と叫んだ後、いつもより大袈裟に杖を振り被りながら三人に向かって

 

「それじゃあご期待に備えてお披露目しましょうかな~!」

 

 

 

 

 

「ほい!!」

 

「「「?」」」

 

対象は複数に掛けられる呪文であったのか、ヨシヒコ、ベル、アイズに同時に呪文が掛かったかのようなSEが流れた。

 

しかし三人共まるで変化はなく実感も沸かないらしい。

 

「メレブさん……一体私にどんな呪文を掛けたんですか?」

 

「フフフ、ヨシヒコよ、とその他二名、今俺が掛けた呪文はなんと……」

 

 

 

 

 

 

「ダンジョン内で、突然バッと見知らぬ魔物と唐突な出会いを体験できる効果があるのだよ」

 

「魔物との唐突な出会い!?」

 

「うむ、掛かった者はもれなく、それはそれは珍しい、今まで一度も会った事のない魔物と、曲がり角とかでキャッ!とか言いながらバッタリぶつかっちゃうとかそういう出会いが訪れる事となる、俺はこの呪文を心の隅でひっそりと……」

 

 

 

 

 

「「ダンジョンで珍しい魔物と出会ってしまう事は間違いだろうか?」略して「ダンマチ」と、名付けたよ」

 

「効果もしょぼい上に名前まで適当だなオイ!」

 

「むしろ自ら魔物と遭遇する率を上げてる時点でただ足引っ張るだけのアホ呪文じゃないですか!」

 

 

得意のキメ顔で呪文の名前を発表するメレブにすぐ様ツッコむのはムラサキとリリ。

 

しかし彼女達に対して彼はすかさずキッと振り返って

 

「愚か者め! 珍しい魔物と出会う事! それは勇者であれば誰もが望む願い! 俺はそれを一回限りではあるが特別に叶える事が出来るのだぞ!」

 

「なんで勇者だったら望むんだよそんなの! 珍しい魔物と会えて嬉しい訳ねぇだろ!」

 

「いいかムラサキよく考えてみろ! まずレアな魔物と出会う、次にその魔物を倒す、結果レアだから凄い報酬が貰えるかもしれない! つまり強くなれるチャンス!」

 

自ら魔物をおびき寄せる事になんのメリットがあるのかと疑問に思うムラサキに、メレブはやや興奮した面持ちでこの呪文の利点を語り出す。

 

そして呪文を掛けられた当人であるヨシヒコはというと「凄い!」と叫び

 

「これならあの!”銀色のヌメヌメのスライム”に出会って経験値稼ぎ放題ですね!」

 

「う~んヨシヒコそれはゴメン、この呪文は掛けられた奴がまだ一度も見た事のない魔物と一度だけ遭遇できるモンなの、だから発見済みの魔物と何回も出会えるって訳じゃない、人生も呪文もそんな甘くない、魔物おびき寄せる「くちぶえ」は普通にあるけど」

 

「銀色ヌメヌメスライム……」

 

やはり万能という訳ではなく決定的な欠点があるらしく、ヨシヒコの狙いにメレブが申し訳なさそうに苦笑する。

 

しかしアイズは一人目の色を変えてボソッと呟く。

 

「もしかしたら今の私なら……ヌメヌメに会えるかもしれない……」

 

「ヌメヌメ……あぁそういえばアイズさんずっと探し求めていましたね、銀色のヌメヌメ……」

 

元々彼女がここまで来た目的はメレブが教えてくれた、レベルを一気に上げる事が出来るという超レアな魔物を見つけ出す事であった。

 

そしてメレブの呪文の効果で、現在の自分はその念願の目的が叶えられるまたとないチャンスなのかもしれないとアイズがベルの横で考え込んでいると……

 

 

 

 

 

「フハハハハハハッ! 呑気に談笑している暇が貴様等にあるのかぁ!?」

 

「「「「「!?」」」」」

 

突如ゆったりとした雰囲気を切り裂く様な笑い声を上げながら何者かが現れた。

 

一同はすぐ様声が下方向に振り返ると、そこに立っていたのはマントをバッサバッサと翻し、逆立った髪と独特なメイクが施された顔が特徴的な……

 

「悪魔神官ハーゴン! ここに再び参上ぉ! おい貴様等ぁ! 破壊神様を封印出来たからって全て丸く収まったと思ったら大間違いだぞぉ!」

 

「……メレブさん、あれ誰ですか?」

 

「いやぁ……俺も知らない、誰? とりあえずなんか格闘技とか詳しそう」

 

シドーが復活した頃合いに雲隠れしていた筈のハーゴンが、事が済んだこの状況で空気も読まずに再登場。

 

しかしヨシヒコ一行は彼とは完全に初対面なので、一体誰なのだと首を傾げるとベルが間に入って。

 

「あれは破壊神を復活させようと企んでいた悪魔のハーゴンって方です……」

 

「うへぇ、すっかりあの悪魔の存在を忘れてましたよリリ、途中から完全に空気になってましたしね」

 

「まあアイズさんが一人で簡単にやっつけっちゃった相手だからね……」

 

「フハハハハハ! そう言ってナメた態度を取っていると後悔するぞ貴様等!」

 

この期に及んでアイズに瞬殺されたハーゴンが現れても特に危機感を覚えないベルとリリであったが

 

破壊神倒されてもまだこの狡猾なる悪魔には策があるらしく、懐からあるモノを高々と掲げる。

 

「コレが目に入らぬかぁ!」

 

「ああ! アレは仏様が破壊神を封印する時に使った!」

 

「夢の国でのみ手に入るお土産用のクッキー缶!」

 

ベルとメレブは同時に驚いて、彼が掲げたモノを慌てて指を差す。

 

それは恐るべし破壊神が封印する時に使ったクッキー缶であったのだ。

 

「貴様等が浮かれている間に! 吾輩が回収しておいたのだぁ! 来れさえ手にすればもう怖いものはない! もう一度破壊神様をこの世に呼び戻して見せようぞ! フハハハハハハッ!」

 

「コレは流石にヤバいですね、アレが復活したらまたあのしつこい破壊神と戦わなければいけない事になってしまいます」

 

「うむ、ヨシヒコはよ取り返してこい、流石に2回もアレと戦うのはマズい、何故ならもうこっちの予算は完全に尽きている、それに何より……読者がもう完全に飽きている……!」

 

「ベル様! 急いで奪い返さないとまた面倒な事になっちゃいますよ!」

 

「うん! 今度こそあの悪魔を倒さないと!」

 

高らかに笑い声を上げながら今再び野望を叶えて見せようと意気込むハーゴンを

 

ヨシヒコとベル、それとアイズも無言で剣を構えてハーゴンに挑もうとする。

 

だがその時

 

突如彼等の視界がフッと暗くなると……

 

「あれ? なんか急に暗くなったけどどうした? 遂に照明にまで金かけられなくなった?」

 

「メレブさん! あの男の頭上を見て下さい! 何かとてつもなく大きなモノが!」

 

「お? おぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 

顔をしかめてメレブが困惑しているとヨシヒコが慌ててハーゴンの真上を指さすので、それに釣られて顔を上げるとすぐに素っ頓狂な声を上げてその場に腰を抜かした。

 

メレブ達が頭上を見上げるとなんとそこには

 

 

 

 

 

未だかつてない、長く冒険していたヨシヒコ達でさえ一度も見た事がない魔物

 

頭に王冠を付けた超巨大な銀色のヌメヌメしたスライムが笑みを浮かべて現れたのだ。

 

『はぐれメタルキングがあらわれた』

 

「うおぉぉぉぉ!? な、なんだこれは! こんな魔物を召喚した覚えなど吾輩は……! うぐへぇ!!!」

 

『ハーゴンはたおれた』

 

「なんかとんでもなくヤバいスケールの奴が一瞬でアイツ踏み潰した! ええ!? 何アレ俺超困惑!」

 

「つかアレじゃね? もしかしてお前が使った呪文の効果で出て来たんじゃね?」

 

「おお、そうか!」

 

怯えるハーゴンをそのまま笑顔でプチッと潰してしまった謎の銀色ヌメヌメビッグスライム。

 

それを見てムラサキはふとメレブが使った呪文の効果と思い出し、それを聞いて彼も納得したように手をポンと叩く。

 

「俺のダンマチを掛けた相手は三人! つまり三人が見た事のない魔物と出会う事が出来る! つまり今正に! 目の前にいるコイツこそが……!」

 

「私がずっと探し求めていた銀色ヌメヌメ……!」

 

「う、うぅん……ちょっとサイズが大きめだけどね~……ちょっとというかかなり……」

 

メレブの呪文のおかげでようやく念願の魔物と出会う事が出来たアイズは、無表情ながらも目を輝かせ

 

明らかに喜んでいるっぽいのでメレブも余計な事は言えずただぎこちなく笑みを浮かべる。

 

「アレ倒せば相当経験値貰えるだろうな……レベル50はいくんじゃね?」

 

「!?」

 

「レ、レベル50ぅ!?」

 

ボソリと呟いたメレブの一言にアイズとベルは一瞬我が耳を疑うモノの、すぐに得物を構えて魔物と対峙する。

 

「絶対に倒す……!」

 

「頑張りましょうアイズさん!」

 

「呪文とか効かないし滅茶苦茶堅いの忘れないでね~、あと戦闘長引くと多分逃げるからそいつ! ってあれ? ヨシヒコ?」

 

意気込んで倒しに出向くアイズとベルに後ろからメレブが声を掛けていると、彼の隣にいつの間にか何事も無かったかのようにヨシヒコが立っていた。

 

「ヨシヒコはアレ? 倒しに行かないの、銀色ヌメヌメビッグスライム?」

 

「はい、私は彼等とは別の目的があるんで」

 

「ん? と言うと」

 

「私は……」

 

経験値目的のアイズ達とは別の狙いがあるらしく、ヨシヒコは懐から突然骨付きの肉を取り出して

 

 

 

 

 

「是非アレを仲間にして、自分のスライムを失って傷心しているであろう異世界の女神に贈ってあげようと思います」

 

「ん、ん~~~~? それはすっごく優しい心遣いだけど、流石にあの女神(バカ)でもここまで大きいスライムは受け止めきれないかとぉ~?」

 

「おいビッグヌメヌメ! ここに肉があるぞー! おーい!」

 

両手に骨付き肉を掲げてスライムに向かって大声でアピールするヨシヒコを見送りながら

 

メレブは見守るように微笑みながら「いや案外いけるかも、アイツバカだから」とここにはいない別世界の水の女神を思い出してふと懐かしむのであった。

 

かくして破壊神を封印し、黒幕であるハーゴンも無事に倒され、アイズが追い求めていた魔物とも遂に巡り合う事が出来たのであった。

 

残す事はただ一つ

 

ヨシヒコ、そして仏がこの世界とお別れする事である。

 

次回、エピローグ

 

 

 

 

 

 

 




メレブのせいで長くなったので次回こそ完結しようと思います


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最終説 聖者ホトケと女神アストレア

「えー皆様のおかげで無事に破壊神になったタケちゃんを封印し、そんで悪魔ハーゴンも倒されたらしいです。という事でね、えーまあうん、ようやくすべて解決したという事で、みんなで笑って終わってハッピーエンドにしましょう」

 

「私はあなたを八つ裂きにさえ出来ればハッピーエンドを迎えられますが?」

 

「それじゃあ私だけバッドエンドじゃないの~、ハハハ、リューちゃんホント冗談キツイ」

 

全ての事件が終わった頃合いで、仏が上手く丸めようとするのだが、それを許すじましと結局最後までリューは彼に敵意を消す事は無かった。

 

「今更冗談だと思いますか、黒幕」

 

「まあまあもう終わった事なんだし良いじゃないのよ~、君もしつこいやっちゃなぁ~」

 

「すみません、ただいま戻りました」

 

「おお~ヨシヒコく~ん! 君も頑張ったね~! いきなりこっちに送り込んでごめんなさいね~!」

 

唯ずっとこちらを見据えて得物を握り続ける彼女に仏は本気で危機感を覚え始めていると

 

そこへ助け舟がであるヨシヒコがなぜかしょんぼりした様子で戻って来た。すぐに仏は彼の後ろに回ってリューへの盾にする。

 

「てかなんでそんな落ち込んでんの、ねぇ? もう全部無事に終わった事じゃん、まあ私にはある障害が一個だけ残ってんだけど」

 

「実は先程、物凄く大きな銀色ヌメヌメのスライムが現れたんです、女神に献上してあげようと思い仲間にしようとしたんですが……」

 

メレブが使った呪文の効果で突如目の前に現れたはぐれメタルキング

 

倒せば莫大な経験値が貰える上に仲間にすれば異世界にいるスライム好きの女神の良い土産になると思われたのだが

 

ガッカリしているヨシヒコの表情から察するに……

 

「まさかあの巨体にあんなにもアッサリ逃げられるとは……!」

 

「あぁ~逃げられちゃったんだ、まああのタイプはホント逃げ足早いからね」

 

「あんなに肉をあげたというのに……!」

 

「ああ、それは悔しいね、ムカつくよねホント、あの~食い逃げされた感じ? わかるわかる」

 

「だからその代わりと言ってはなんですが……」

 

「ん? あれヨッ君、ヨッ君の後ろにいるのってそれって……」

 

どうやら上手く逃げられてしまったみたいだ、悔しそうに肩を落とすヨシヒコに仏は「しゃあないしゃあない」と肩に手を置いて励ましてあげていると、ふと彼の背後に何者かが立っている事に気付いた。

 

「ヌメヌメを追ってる時に現れたので倒してみたら、なんか仲間になりました」

 

「うわ、うわぁ~……ガイコツの王様だぁ~」

 

そこにいたのはボロい布切れを羽織り、高そうな杖と王冠を被った骸骨であった。

 

ワイトキング、はぐれメタルキングと同じ一応キングが付いている結構レアな魔物である。

 

どうやらはぐれメタルキングは仲間に出来なかったが、ワイトキングは仲間に出来てしまったらしい。

 

「ヨシヒコ、お前ぇ~仲間にする魔物ほぼほぼアンデットばっかだけどなんで? そういうのに好かれる傾向でもあるの?」

 

「仏、是非彼を女神の下へ、きっと良い戦力になってくれると思います」

 

「うん、間違いなく嫌がらせにしかならないし相当怒り狂うと思うけど、アイツの反応見たいからその頼み、この仏が責任持って引き受けよう」

 

真っ直ぐな目を向けながらマジであの女神に贈る気なのかと仏は苦笑しつつも、面白そうだから彼の願いを聞き入れる事に。

 

後にかの残念な水の女神が、突然空から骸骨の王様が直立で落ちて来た事に悲鳴を上げたのは言うまでもない……

 

「あの勇者は本当に勇者なのですか? 死霊使いの間違いでは?」

 

「そりゃまあ仏イチオシの勇者だからねぇ~、おかしな所の一つや二つあってもなんら不思議じゃないさ、あれ? これって前も言った様な気がするな……」

 

ヨシヒコが仲間にしたという大人しくしているワイトキングを見つめながら、訝しげな様子でリューがそっと疑問を感じていると、女神ヘスティアが気にするなと楽観的に答える。

 

「それより問題なのはボクのベル君さ、一体ボクを置いてどこに行ったというんだ、おまけにあのヴァレン某がいないのも怪しい……」

 

「それは心配ですね、私には彼を想う友人がいるので、シルには是非とも彼と添い遂げて欲しい」

 

「うん、その件はおいおい後でゆっくり聞かせてもらおうか」

 

リューのさり気ない一言にヘスティアは「またか……」と頭を押さえて項垂れていると、程なくしてベルがアイズと共に戻って来た。

 

「神様、ただいま戻りました」

 

「やっぱりそいつと一緒にいたのかベル君……君は一体いつからそんなに節操が無かったんだい、この色魔」

 

「ど、どういう事ですか!? 僕はただアイズさんやヨシヒコさんと一緒におっきなヌメヌメを倒しに行ってただけですよ!」

 

「ヴァレン某とヌメヌメ!? い、一体どんなプレイを楽しんでたんだ君は!」

 

「ど、どんなプレイとは……?」

 

リューの友人からも好かれていると聞いてますますヘスティアの機嫌が悪くなり、彼が帰って来るとすぐにジロリと睨みつけて酷い悪態をつく始末。

 

これにはベルも慌てて事情を話始めた。

 

「えとですね、メレブさんのおかげで僕等の前にアイズさんがずっと探していたモンスターが現れたんです、それもとんでもなく巨大な……それを三人で追いかけて倒そうとして……あぁ、ヨシヒコさんだけは何故か肉食べさせてましたね……それであと一歩まで追い詰めたと思ったんですけど、そこで完全に逃げられてしまいまして……」

 

「あぁ~よくわからないけどとにかく君はモンスターを追いかけていただけって事だね? それで逃げられたからそこのヴァレン某はずっと落ち込んでいる様に見えるのか」

 

「ええまあ、最終的に下層まで逃げられてしまいましたから今の僕等だけじゃどうにも出来なくて……」

 

「奴を倒すのに私の力がまだ足りなかった……」

 

たどたどしいベルの説明をなんとか理解しながらヘスティアはジロリとアイズの方へ目配せする。

 

本来なら大人数で挑むべき下層に逃げられてしまっては諦めるしか無いと、肩を落として珍しく落ち込んでいる様子であった。

 

「もっと強くならないと、あの銀色ヌメヌメにもう一度挑む為に」

 

「アイズさんまだ諦めてないんですね……」

 

「ソロで下層に挑戦できる程に強くなれればきっとまた見つけられる」

 

「それだけ強くなれればもう倒す必要無いんじゃないですか……?」

 

強さを求めるよりも段々あの魔物を倒す事だけに執着している様にも見える、グッと拳を構えて決意する彼女を見てベルは苦笑しながらそう感じるのであった。

 

「とりあえず今は地上に帰りましょうか、神様もここにいると何かと問題らしいですしね」

 

「全くだよ、早い所我が家に帰ろうベル君、他の者達もさっさと戻る準備をしているし」

 

ベルの提案をすぐにヘスティアが頷いて了承すると、他の者達も揃って帰ろうとしている所であった。

 

そしてそれは仏が連れて来たヨシヒコ一行も同じ事で

 

「あー終わった終わった、とっとと私達の世界に帰ろうぜー」

 

「俺はもうクタクタだ、元の世界に帰ったらゆっくり酒でも飲みながら休みたい、女性が沢山いる店で」

 

「俺も~、流石に異世界2連発はきっついわぁ~」

 

やるべき事は済んで早く元の世界に帰ろうとするムラサキ、ダンジョー、メレブであるが

 

メレブの方はふと仏の方へしかめっ面を浮かべて怪しむような目つきで

 

「おい仏、お前今度はちゃんと俺達の世界に戻してくれるんだろうな、気が付いたらまた別の異世界とかだったら許さんぞ」

 

「あ、そんじゃあ魔王がファーストフード店で働く世界一度覗いてみる? 今ならノリで倒しに行けるんじゃない?」

 

「いやそんな世界100パー無いから、魔王がバーガー売って普通に働いてる世界とか絶対にあり得ない」

 

「……お前って、頑なにこの話だけは信じないよね、なんで?」

 

度々仏が口にするとある異世界についてだけはどうしても信じれないと言い張るメレブに疑問を感じていると

 

ヨシヒコもまた帰る準備を進めていた。

 

「仏、そろそろ帰りましょう、私がやるべき使命は終わりました。今はとにかく、私は故郷のカボイの村で休みたいんです」

 

「あれ、ヨシヒコお前……前の異世界では凄い未練タラタラだったのに、今回はあっさり帰ろうとするんだね?」

 

「いや私……こっちの世界にはあまり思い出とかありませんでしたから」

 

「だよね、出番終盤だったしぶっちゃけそんなこの世界に思い入れとか無いもんねヨシヒコは」

 

言われて見れば確かにいきなり飛ばされさっさと終わらせたヨシヒコ一行にとっては、特にこの世界に対する思い入れなど皆無であった。

 

それに気づいて仏がヘラヘラと笑っていると、ふとそこへ何故かリューとリリが歩み寄って来た。

 

「おや、もしかしてもうお帰りですか? リリとしては仏様だけはこちらに残って頂きたいのですが、主に責任を取る形で」

 

「その仏は私達の世界を危機に陥れた張本人ですから、我々はその件について咎める権利があると思うのですが?」

 

「あ! ほらまた出て来たアンチ仏! ヨシヒコ追い払って! そのいざないの剣で眠らせちゃって!」

 

向こうが問答無用で責任を取らせようとするのであれば、こちらもまた実力行使で対抗しようと試みる仏

 

早速ヨシヒコを使って上手く彼女達を無力化させようとするが、ヨシヒコ本人はえらく困った様子で

 

「いや私、そんなに彼等と強く絡む事無かったので……正直事が済んだ今だとどう接すればいいかわからないです」

 

「そういえばリリも、勇者さんとは何度か会話した程度ですから若干絡み辛いです」

 

「私も気にはなっているが、別にヨシヒコさんと戦う理由は無いので」

 

「えーなんか変な距離感作ってない君等? 同じ現場で働いたんだからプライベートでも仲良くしようよ~、今度一緒に飯でも行って来れば?」

 

一度は共に戦った仲と言っても結局は一緒にいた時間など一日も満たしていないので

 

互いに何も知らないという事もあって微妙な距離感が彼等の間にある事に流石に仏もぎこちなく笑うしか無かったのであった。

 

「まあしょうがないか~、よしじゃあヨシヒコ、そして他の三人もこっち来て、これ以上ぎこちない空気流れるのも嫌だから一旦帰ろう」

 

「すみません、せめて一度だけでも良いから、共に旅とかすれば名残惜しいというのもあったんでしょうが」

 

「お気になさらず、まあ今度は気軽に店に遊びに来て下さい、仏を連れて来なければ歓迎します」

 

「リリも別に良いですよ、仏がいなければ」

 

「なんだここの世界の人達は……凄く仏に冷たい」

 

「気付いたかヨシヒコよ、ここの世界の住人はとても心が荒みきっているのだ……」

 

「全面的にあなたのせいで荒んでるんですよ、あなたのせいで」

 

改めてこの世界の者達による仏に対するヘイトが凄い事にヨシヒコが軽く驚いていると、程なくして他の者達がゾロゾロと集まって来た。

 

「さようならヨシヒコさん、僕も早く勇者と呼ばれるぐらいに頑張ります」

 

「前に仏から聞いたんだが君はあの水の女神と仲が良いみたいだね、今度会う時は彼女の話を聞かせておくれよ、正直仏並みのトラブルメーカーだから危なっかしいんだよね彼女」

 

「銀色ヌメヌメスライムを見つけたら教えて、例え別の世界であろうと倒しに行くから」

 

「はい、皆さんもお元気で」

 

「おい、あの金髪娘さり気なく凄い事言ったぞ今」

 

各々別れの言葉を交えてヨシヒコが彼等に深く頷いて見せる中で、アイズのサラッと異世界を超える事も辞さない発言にメレブは一人我が耳を疑った。案外彼女なら普通に出来てしまいそうで怖い……

 

そしてムラサキとダンジョーも彼等に軽く手を振って別れの挨拶を終えると、皆一同仏の周りに集まり

 

「よしそれじゃあ戻るとしますか、あばよお前等」

 

「次にここに来るときはこんな薄暗い場所ではなく、明るい街を案内してくれ、可愛いおなごがいる所とかな」

 

「皆の衆、この偉大なる魔法使いメレブの輝かしい功績を出来るだけ大きく広めるのだぞ」

 

「それでは皆さん、また会いましょう」

 

各々言葉を残してヨシヒコ達は仏の力によって元の世界へと帰ろうとした、しかしそこへ

 

「いやそのまますんなり帰られても困るんですが、今すぐそこの仏をこちらに引き渡してもらいたい」

 

「んも~! この期に及んでまだそれ言う~!?」

 

このまますんなりと帰らせてたまるかと、相変わらずの仏頂面でこちらへ歩み寄るリューに、仏は眉間にしわを寄せながらはぁ~とため息をこぼすと

 

「それじゃあリューちゃんさ、最後の最後にね、特別に君に大事なお知らせを伝えておくよ」

 

「は?」

 

「リューちゃんさ、元々アストレアの所のファミリアだったんだよね」

 

「そうですがそれがあなたに一体どんな関係が」

 

「あのね、アストレアってね」

 

ぶっきらぼうに返事するリューに対し、仏は言葉を区切ると無言で自分を指さし

 

 

 

 

 

「私のカミさん」

「はぁ!?」

 

今の今までずっと表情に変化が無かったリューが

 

初めて大きく顔を歪ませて驚いた瞬間であった。

 

新鮮な彼女の反応に仏は嬉しそうにゲラゲラと笑うと

 

「君がよろしくやっている事はちゃんと伝えておくから! そんじゃまた!」

 

「ま、待ちなさい! アストレア様があなたの……っておい!」

 

「ハハハのハ~~~~!!!」

 

最後の最後にとんでもない爆弾を落としていった仏は、ヨシヒコ一行と共に突然眩い光に包み込まれると

 

手を伸ばしたまま固まるリューを残してあっさりと消えてしまうのであった。

 

しかし彼等はまだ気づいていない、次なる波乱がまたしても迫って来ている事に

 

そんな感じの事を言っておけばまた自分達を主力にしたシリーズとか出来るんじゃないかと思って言ってみるのであった(byヨシヒコ)

 

 

 

 

 

おまけエピローグ

 

「アレがアストレア様の……ダメだ、思考が全く追いつかずに混乱している……しばらくまともに頭を動かす事が出来ませんねコレは……」

 

「ちなみにボクは最初から知ってたよ、仏の嫁さんが彼女だって」

 

「そうだったんですか!?」

 

「うん、君が元彼女のファミリアだってのは知らなかったから何も言わなかったけど」

 

動揺を隠せずにひたすら頭を悩ませて混乱しているリューに追い打ちをかける様に呟くヘスティア。

 

神々の事情なのだから当然神である彼女の耳にも入っていたのであろう。

 

「ま、今はとにかくお別れも済んだ事だし、ボク達も帰ろうよオラリオに」

 

「ハハハ、リューさんも動揺とかするんですね……」

 

「元主神が仏の奥方……これはもし仏が本格的にファミリアを結成するとしたら、第一候補は間違いなくリューさんですね」

 

「……」

 

ヘスティアに促されベルやリリに言われても聞こえていない様子でフラフラと帰路に着くリュー。

 

オラリオに戻れても数日はこの件の事で頭が一杯になるであろうなと自分で確信しながら、はぁ~と重たいため息をこぼすのであった。

 

しかしそこへ、彼女達の前に思いもよらぬ人物が

 

 

 

 

「エプロン♂チャーハン?」

 

「ってうわぁ! あ、あなたは!」

 

その人物のおかしな言語とそれに驚くベルの反応が聞こえてやっとリューが顔を上げると、そこに立っていたのは

 

「これまた余裕のない私の前にとんでもないのが……まだいらしてたんですね、兄貴」

 

「キャノン砲!」

 

ここに来てやってきたのは、少しの間行方をくらましていた神・兄貴であった。

 

こちらに向かってニコニコと笑いながら類稀なる肉体を見せつけてくる彼に、リューは相手するのも正直キツイと思っていると

 

「おや? 兄貴の足元で転がっているのはもしや……」

 

「あ、ベート」

 

「ベートさんじゃないですか!」

 

彼の足元に置かれている者の正体にリューだけでなくアイズとリリも気づいた。

 

明らかに兄貴に”ナニか”されたような不穏な雰囲気を醸し出しながら、ピクリとも動こうとしないベートがそこにいる事に

 

「ど、どうして俺ばかりを……」

 

「もしかして兄貴が今まで姿を見せなかったのってベートさんで……」

 

「お楽しみ中だったんでしょうね」

 

戦意を完全に失い戦闘不能にされてしまっているベートの様子から静かに悟るリリとリュー

 

すると今度は兄貴の背後から同様に姿を見せていなかったオッタルの姿が

 

「悪いがそちらの少年を寄越してもらおうか、兄貴は今、それを望んでおられる」

 

「えぇ、オッタルさん!? ベル様を寄越せってまさかあなた!」

 

「共に戦った仲ではあるがもはやそれも終わった事、ここからはまた別の戦いだ」

 

「ここに来てまさかの裏切り!?」

 

急に現れて何を言い出すのだと仰天するリリに、オッタルは平然とした様子で腕を組みながら答える。

 

「俺の元主神であるフレイヤ様はその少年にご執心だ、しかし兄貴もまたお前に興味を持ったらしい」

 

「オビ=ワンいくつぐらい!?」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

「フレイヤ様と兄貴、どちらに美味しく頂かれたいか選ぶがいい」

 

「なんですかその選択!? フレイヤさんの事はよく知らないですしどっちも嫌ですよ僕!」

 

いきなり訳の分からない選択権をゆだねられ、ベルが本能的に一歩後ずさりするとすぐにヘスティアが彼を庇うように前に出て

 

「くおらぁそこの君! それと兄貴! さっきからボクのベル君に一体何をさせるつもりなんだ! ベル君は誰にも渡さんぞ!」

 

「神様ぁ!」

 

「ならばいたしかない……こうなったら力づくでも……」

 

自分を護ろうとしてくれるヘスティアにベルが感激した様子で叫ぶも、オッタルと兄貴は容赦なく彼女達の方へ歩み寄ろうとする

 

だがその時、突如彼等の間に割って入る様に上から……

 

「ぬ!」

 

「ゆきぽ派!?」

 

「えぇ!?」

 

とてつもなく素早いモノがオッタルと兄貴を遮るかのように降って来たのだ。

 

一体何事だとベルがキョトンとした様子で固まっていると

 

いつのまにか彼の前に何者かが立っていた……

 

それにいち早く最初に気付いたのはリュー

 

「あれは……」

 

「誰だ!?」

 

「誰ですか!?」

 

「誰?」

 

「誰なんですか!?」

 

リューに続いてヘスティア、リリ、アイズ、ベルの順番で同じような反応をする。

 

赤い翼に蝙蝠の翼の様な耳、全身濃いグリーンの肌をしたパンツ一丁のこの人物の正体、それは……

 

 

 

 

 

 

「「「「デビルマン!!!!」」」」

 

「だから誰? なんでみんな知ってるの?」

 

 

アイズを除く4人が叫ぶと、その者は真っ赤な翼を広げ、真っ向から兄貴に向かって突っこんで行く。

 

「いい目してんねサボテンね!」

 

いきなり現れた得体の知れない者に対しても、兄貴はえらく興奮気味の様子で彼に向かって襲い掛かるのであった。

 

しかしそれに対して全く怖気づく事無く、例え相手が悪魔であろうが神であろうが倒すという強い決意を胸に抱いている彼を止める事は決して出来ない。

 

それが悪魔の力を身に着けた正義のヒーローの宿命であり運命なのだから

 

 

 

今ここで

 

人間から悪魔と神になった二人の男の戦いが始まる

 

 

「なんかリリ達置いてけぼりにして、完全なる部外者2名が締めたんですけど!?」

 

 

 

 

 




という事で聖者ホトケと神の孫ベルはこれにて無事完結です。

最後のおまけエピローグは完全に遊びですので気にしないで下さい。

思ってた以上に長く続ける事になってしまいましたが、ようやく終われて良かったです。

ぶっちゃけベルよりもリューの方がもう一人の主役として目立っていた様な気もしますが……

ここまで読んで下さりありがとうございました、皆さまとまた出会える事を願っております。

それでは




PS
勇者ヨシヒコ異世界クロスオーバーシリーズ・パート2決定

近日連載開始

今度のヨシヒコはちょっと怖い


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