アーシアに不倫させようと思った (赤いUFO)
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1話:愛情とて無尽蔵ではない。

いつも通り勢いだけで書きました。






「本当にすみませんでした!!」

 

「お母さん。これで何度目ですか?彼への苦情が多く、学園側としても対応しきれません。ご家庭ではどのような教育をなさっているのです?」

 

 相手の呆れと苛立ちの混ざった視線に肩身の狭い思いをしながらひたすらに謝罪の言葉を繰り返す。

 

 アーシアが頭を下げている原因は横で面倒そうな表情を隠そうともしない息子、兵藤誠二だった。

 見た目は父である一誠の子供時代と瓜二つだが、髪と目の色は母であるアーシアのモノを受け継いでいた。

 そして似ているのは父の見た目だけでなくその性格もで、スケベだった。

 幼い頃から女性の裸に興味のある傾向が強く、アーシアや一誠の他の妻である女性の胸を触るなど行動をしていた。

 最初こそ身内だけの話であり、他の妻たちも間違いなく一誠の子供と苦笑しながら嗜める程度だった。

 それが善くなかったのだと後に思い知る。

 異性の裸を覗く、不用意に触れることを大して悪いことじゃないと思うようになった誠二は学校で度々女生徒や女教師にセクハラ行動を取るようになったのだ。

 誠二の姉である愛理と何度も矯正しようと試みたが今のところ大きな成果はなく14という年齢を迎えていた。

 

 そして今回呼び出されたのもプール後の着替えを友人と覗いた為である。

 とにかく家でも厳重に注意してくれと念を押されて帰された。

 

 

「どうして何度も注意されて改めないんですか?」

 

 帰り道に頭痛を押さえながら誠二に問うと胸を張って断言した。

 

「母さん!男だったら女の裸を見たいと思うのは自然なことなんだよ!悪いと分かっていてもやめられないとまらない!!」

 

 どうしてこんな風に育ったのかと頭の痛みが増すばかりだった。

 それにストレスを強く感じているのか最近何を口にしても味がしなくなってきている。

 息子の言い分に手を強く握りしめた。

 

 

 

 その数日後、夫である一誠から約二か月ぶりに連絡が来た。

 一誠は冥界や人間界のみならずあらゆる神話体系の下を訪れていて二百年先まで予定が詰まっている。そんな一誠をフォローするためにリアスや朱乃、レイヴェルがサポートに付き添っているのだ。

 最初は他愛のない挨拶から互いの現状報告を話していた。

 その際にアーシアは息子である誠二の話題を出した

 

「その、イッセーさん誠二くんのことでちょっとお話したいことが……」

 

『誠二の悪さの報告は俺の方にも届いてるよ。ま、あの年頃なら多少のヤンチャは後々良い思い出になるだろ。それにもう少し大人になればそれなり落ち着くと思うぞ。アーシアには苦労を掛けるけど俺の方からもメールで言っておくぜ!』

 

「はい……ありがとうございます。そうしてくれると……」

 

 昔ならこの言葉に励まされて自分を奮起できたかもしれないが、今は口にしたお礼とは裏腹に一誠の言葉が子供の問題から逃げているように感じるのはアーシアが疲れているからだろうか?

 そこで次に一誠から少し言い辛そうに溜めを作った。

 

『あ~それでさ、アーシア。いま俺、ギリシャに居てさ。まだ本決まりじゃないんだけど、そこで仲良くなった女神さまを奥さんに迎え入れるかもしれないんだ!すごく善い子でリアスたちとも打ち解けてるんだ。アーシアはどう思う?』

 

 どうしてだろう。学生時代ならここでヤキモキしただろうが、今は何の感情も湧かない。

 

「そうですか。イッセーさんがそうお決めになったのなら私からは何も」

 

 言葉を吐き出す度に自分の中に有った筈の愛情(モノ)も一緒に吐き出している気がした。

 

『あぁ!アーシアとも絶対仲良くなれるからさ!!』

 

 声を聴くたびに相手は本当に今も自分を想ってくれているのか疑ってしまう。

 

「えぇ。楽しみです」

 

 どんどん自分の中にある家族への愛情が凍り付いていくのに向こうは気付いていたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。治療はお終いです。いくら試合(ゲーム)だからって怪我してはいけませんよ?怪我は治せますが、蓄積された負担はそう簡単に取り除けないんですから」

 

「はい!お世話になりました、アーシア先生!」

 

 十代半ばと言った少年が治療を終えて医務室から出て行く。

 アーシアは現在、レーティングゲームの医療スタッフとして働いていた。

 元より聖母の微笑みと言う神器を宿し、赤龍帝の妻のひとりとして名を上げていたアーシア。

 夫の地位から家に居ても家事をする必要がなく、子供が大きくなってからは手持無沙汰な感があり、ある人の勧めで医療スタッフとして働くこととなった。

 もちろんその際に医療の勉強もし、神器に頼らなくても優れた医者として働けるだけの技能を身に付けていた。

 優しく温和で美人なアーシアの治療にあやかりたくわざとゲームで怪我をする物好き(あほう)が出るほどにレーティングゲームの選手とは別手の人気があった。

 そして冥界の英雄である赤龍帝の妻という肩書もあり、手が出しにくい相手だ。

 ちなみに今治療していた少年は高校時代からの同級生である匙元士郎の生徒のひとりである。

 

 事務所で今日受け持った選手たちのカルテを纏め終えて一息吐くと横からコーヒーの入ったカップが置かれた。

 

「どうぞ。精が出ますね、アーシア先生」

 

「ありがとうございます、シオン先生」

 

 貰ったコーヒーに砂糖とミルクを入れて混ぜて一口飲む。

 

「ここ最近、休みなく出勤しているようですが大丈夫ですか?」

 

「はい。お仕事、楽しいですから」

 

 怪我をすることは喜ばしいことではないが、治療して礼を言われるのは嬉しい。

 子供たちも付きっ切りで見ていなければいけない年齢でもない。

 

(仕事をしている時が1番充実していて、楽なんですよね)

 

 息子のことで頭を悩ませなくていい。スタッフたちは良くしてくれる。だからか休日を作るよりもこうして仕事に没頭していたほうが精神的な疲労が少ない。もちろん、今はそれなりに責任のある立場であるために楽しいばかりではないが。

 

(家庭から逃げているのはイッセーさんだけじゃなくて私もですね。こういう時にお義父さまとお義母さまの凄さを思い知ります)

 

 家庭の現状が良くないと自覚しながらもどうすればいいのか分からない。

 同じような問題を引き起こしながら決して一誠から逃げなかった義理の両親の偉大さを尊敬しながら自分はどうするべきかと悩み―――――いや、悩むふりをしながら仕事に逃げている。

 

「シオン先生もずっと働いているようですけど」

 

「ハハハ。私は気楽な独り身ですから。打ち込むような趣味もありませんしね」

 

 このシオンと言うレーティングゲームの医療スタッフは見た目三十前後の男性に見えるが実年齢はアーシアの義両親と同じか少し上くらいの年齢だ。悪魔からしたら若造もいいところだが、優れた医療技術を持つ。その人柄から憧れている女性悪魔も大勢いるという。

 

 アーシア自身も目の前の男性に好意的だ。ライク的な意味で。

 ただ、差し出してくれたコーヒーに久しぶりに味を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、家庭から逃げていたツケがこれだった。

 

 パシンッ!と誠二の頬を張る音が鼓膜に届いた。

 自分の子供に手を挙げたのは、初めてだったと思う。

 何度目か分からない呼び出しに反省しない息子に何かがプッツリとキレた。

 

「別に裸見られることくらい大したことじゃねぇだろ!減るもんじゃあるまいし!」

 

 その誠二の言葉に理性ではダメだと思いながら腕が上がり息子の頬を張っていた

 アーシアが驚いたのは自分の子供の頬を張った事実よりも、唖然として自分を見る息子をどこかでどうでも良い存在に感じていることだった。

 

 ――――なら、もう勝手にしてください。

 

 冷たい感情のままそう言おうとする口を何とか閉ざして逃げるように誠二から距離を取った。

 その日から、家で誠二とは一切会話をしていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、だいじょうぶですか、アーシア先生……」

 

「はい~。わたし、よってませんよ~」

 

「ダメですね、これは」

 

 今日、レーティングゲームで若手の試合ではあったが名勝負と言える戦いがあった。

 接戦だったそれらは当然大きな怪我を負った選手が続出し、生死の境を彷徨う者も出た。

 それらの治療をアーシアが神器で行い、死者が出なかったことに医療スタッフ全員が安堵する。

 大仕事を終えたスタッフはシオンの提案により、店で飲もうという話になった。

 その結果、アーシアがべろんべろんに酔っているわけだが。

 

 他の女性に任せるべきなのだろうが家が正反対ということで、シオンがもっとも家に近いということで立案者ということもあり、責任を持って送り届けることとなった。

 

「車を呼んで家まで送りますから、寝てはダメですよ」

 

 椅子に座っているアーシアに告げると彼女は背を向けているシオンの背中に軽く体重を預ける。

 

「……家に、かえりたくないです」

 

 誠二の頬を張ったあの日から家に居て子供たちと過ごしても息が詰まりそうだった。

 どうして、こうなってしまったのか。

 どこで間違えたのか。

 考えても意味がないと思いつつも息子とこれからどう向き合えばいいのか。アーシアには答えが出せずにいた。

 ただ今は辛いことから逃げたいという感情が強く心に棲みついている。

 

「……」

 

 アーシアの泣きそうな声にシオンは1つ提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……いきなり……」

 

「いえいえ。提案したのはこちらですから」

 

 申し訳なさそうにしているアーシアにシオンは笑顔で返す。

 シオンが住んでいる独りで住むには広めの高級マンションだった。

 タクシーに乗っている間に酔いも醒めて行き、思考も大分正常化してきた。そこで家まで案内されたところで自分がとても図々しいことを言ったと肩を小さくしている。

 それを苦笑して中へと案内した。

 

「水を持ってきますね。それとそこの部屋のベッドを使ってください」

 

「あの……シオン先生は……?」

 

「私はリビングのソファーで寝ますのでお気になさらずに」

 

「だ、ダメですよ!?いきなり押し掛けたのにそんな!?」

 

「女性をソファーで寝かせるのは男としてちょっと……それにここは私の家ですよ。ここでは私がルールです」

 

 冗談めかして言うシオンにアーシアは困惑した。

 とりあえず、ソファーに座らせてコップに注いだ水を差しだされた。

 一気に飲むとアルコールの毒が少しだけ和らぐのを感じた。

 

「それで、なにがあったのかお聞きしても良いですか?もちろん話したくないなら無理には聞きませんが。でも話して楽になることなら吐き出してみてはどうです?」

 

 あまり溜め込むのは良くないですよ?と気遣うシオンに背中を押されて、アーシアは家のことをポツリポツリと話始めた。

 

「上手く、いかないんです……」

 

 息子の教育もそうだが、もう随分と夫である一誠と直に会っていない。

 それにより、どんどん自分の中で相手を想う感情が削られていった。

 本当に今も夫に必要とされているのかと思ってしまう。

 若い頃には確かにあった筈の繋がりは不確かモノへと変化し、本当に在ったのかとさえ思うようになった。

 自分も相手も疑ってばかりで。

 情けない。

 ちゃんとしないと。

 でもどうすれば?

 考えれば考える度にこんがらがって結局何もできないでいる。

 

「自分が、こんなに薄情だとは思わなかったんです……」

 

 心のどこかで、赤龍帝の妻のひとりとそれに連なるあらゆるしがらみを捨ててしまいたいと思っている。

 

「あはは……最低ですよね……こんな考え……」

 

 俯いて自分を卑下するアーシアにシオンは少し考えてから答えた。

 

「それは、当たり前のことではないのですか?」

 

「え?」

 

「お恥ずかしながら、私はこの歳まで異性との関係を持ったことがありません。そんな私が言っても説得力は無い話だと思いますが。アーシア先生のお話を聞く限り、真剣に向かい合っていたのは貴女だけのような気がします。アーシア先生は相手に愛情を注ぐばかりで注いで貰っていないと感じました」

 

「注がれていない……?」

 

 シオンの話に首を傾げて反芻すると彼は小さく頷いた。

 

「器に入れた水も放置し続ければ濁る。場所によっては蒸発して無くなってしまう。今のアーシア先生はそういう状態ではないのですか?」

 

「あ……」

 

 アーシアの中で何かがストンと落ちる。

 

「どんなに大きな器でも注いで貰わなければいつかは尽きる。先生だって昨日今日でそうなった訳ではないでしょう?少なくとも私は、貴女が薄情だとは思いません。だから、え……と……」

 

 話しているうちに恥ずかしくなったのか顔を赤くして言い淀む。

 しかし、意を決したようにアーシアの頭に手を置いた。

 

「よく頑張りましたね。ずっとずっと独りで……」

 

 そんな単純な言葉が胸に染み渡る。

 気が付けばポロポロと涙が溢れてきた。

 

「みな、さん……イッセーさんにそっくりだから仕方ないって言うんです……わたしが叱っても、全然聞いてくれなくて……」

 

「えぇ」

 

「イッセー、さんも、たまに思い出したようにれんらくをしてくるだけで、このまえだって、あたらしい奥さんを迎えるってよろこんでで……忙しいのは、わかりますけど……もっと気にしてくれても……っ!」

 

「はい」

 

 頭を撫で続けられて自分を肯定してくれる誰かが居る。

 その事実に安堵して、アーシアは声を上げて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺、絶対アーシアのこと幸せにするから。だから、俺について来てほしいんだ!』

 

 いつか、あの人が言ってくれた言葉(プロポーズ)

 聞いた時はようやく思いが実ったことに涙が出るほどに嬉しかった。

 でもどうしてだろう?

 今はその言葉がとても空虚にしか感じられない。

 

 

 

 

 

 

「……アレ?」

 

 目が覚めると私服のまま見知らぬ部屋で寝ていた。内装からどう見てもホテルではない。

 

(そっか……確かシオン先生の部屋に泊まって……)

 

 段々とここに居る経緯を思い出して大慌てで飛び起きた。すると二日酔いの頭痛で顔をしかめた。

 

「シオン先生は……」

 

 お礼と謝罪を言おうとベッドから降りて部屋の中を捜すが彼の姿はなく、リビングのテーブルには書き置きだけが残されていた。

 

 内容は自分は出勤するので部屋を出る際に置いてある鍵で施錠し、ポストにでも入れておいてくれというもの。

 今日は休んで明日また職場で会いましょうという内容だった。

 

 随分迷惑をかけたことに恐縮しながらもあんな風に誰かに弱さをさらけ出して甘えたのはいつ以来だろうか?

 

 何処かここを去ることに名残惜しさを感じながら書かれた通りに鍵をかけて、ポストに入れておく。

 

 そこからタクシーを拾って家に帰った。

 

 帰って娘の愛理に昨晩はどうしたのかと訊かれたがさすがに何もなかったとはいえ男性の家に泊まったとは言えず、ホテルに泊まったと言って誤魔化した。

 

 少し遅れてやって来た誠二は気まずそうな表情で近づいてきた。

 そして頭を下げる。

 目を見開くアーシアに誠二は謝罪を口にした。

 

「その……今まで迷惑かけてゴメン。そんなに怒ってるとは思わなくて……」

 

 誠二もここ数日実母のアーシアから無視されるという現状にかなり堪えた。そして自分が今までどれだけ迷惑をかけたか振り返り、昨晩は連絡も無かったことでもう家に帰って来ないのではと不安だった。

 

 子供がこうして謝ってくれたことで今まであった憤りが流されていくのを感じた。

 

「いえ、私もごめんなさい。ずっと無視してて。でも、もうあんなことはしちゃダメですよ?」

 

「あぁ!!もうしない!約束する!」

 

 分かってくれた。それだけのことがとても嬉しく、息子に対する関心が満ちていくのを感じた。

 

(注がれるというのはこういうことなんですね)

 

 問題が本当に解決したのかは誠二のこれから次第だが、また頑張れそうな気がした。

 

 

 すると端末から振動が起きた。

 見てみるとシオンからのメールだった。

 

『家には着けましたか?何か困ったことがあったらいつでも相談に乗りますから。元気出してくださいね。その内、また飲みに行きましょう』

 

 簡潔に書かれた文。

 その何気ない気遣いが嬉しかった。

 どう返事を返そうかとアーシアは自分でも気付かぬ程度に頬を赤くして次に彼に会った時を想像して心踊った。

 

 

 

 

 



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2話:触れそうで触れられない関係

どう考えても3話で切りの良いところまで終わらないと思った。あらすじを全5話予定と変更しました。





「お前、赤龍帝の奥さんに手ぇ出してるんだって?」

 

 久々に会った悪友の言葉にシオンは飲んでいたお茶を吹き出しかけた。

 

「なんでそうなる!?」

 

 基本誰にでも敬語を使うシオンだが、同じ学び舎で医学を学んだこの悪友と他何名かはこうして態度を崩す。

 ニヤニヤとしながら話を続ける。

 

「なんでも酔った相手を家に連れ込んだらしいじゃん。それからも度々2人一緒に居る姿が確認されてるんだぞ。で?どこまで行ったんだ?お兄さんに教えろよ~」

 

「何にもないよ!酔った相手に出を出せるわけないし。相手は旦那さんとお子さんがいるんだよ。それとお兄さんって……君、私と1つしか違わないじゃないか」

 

 シオンの長い付き合いである悪友はそれが事実だと伝わり、つまらなそうに口を尖らせる。

 

「なんだ。せっかくお前にも春が来たと思ったのに。まぁそれが人妻とか業が深いな~と思ったが。でもいい加減彼女のひとりでも作ったらどうだ。そんなんだからその歳で童貞なんだよ」

 

「……色んな女性を手を出して高給取りなのにお金の残らない誰かさんよりはマシですがね」

 

「バッカ、お前!俺たちは悪魔だぞ!自分の欲に正直に生きないでどうする!お前の両親だってそろそろ孫の顔とか見たいんじゃないか?」

 

「……」

 

 悪友の戯言を無視してお茶を啜る。

 

 シオンの実家はあまり裕福とは言えない家であり、苦学生だった。

 無理をして学費を工面してくれる両親に余計な負担はかけたくなく、ひたすら勉強とアルバイトに勤しんだのが学生時代の彼だった。

 シオンは決して天才ではなく、真面目なことだけが取り柄な秀才であり、何度も同じところを反復して理解する。

 その勤勉さが功を為して成績は上位をキープし、こうして競争の激しいレーティングゲームの医療スタッフに就職できたわけだが。

 

 横でなにやら喚いていた悪友は飽きて話を切り始めた。

 声のトーンが少しだけ真面目になる。

 

「でもま、もしそのアーシア先生?に手を出すなら忠告しておくけどさ。気をつけろよ。向こうの旦那さん結構嫉妬深いらしいぞ?十何年前だったかな。赤龍帝の奥さんのひとりに手を出そうとした男が半殺しにされた件とかあったろ?おぼえてねぇか?」

 

「あった?そんなの……」

 

 あったあったと言い、腕を組んで事件の詳細を語る。

 

 当時、赤龍帝の奥さんのひとり(アーシアではないらしい)が自分に気があると勘違いしたある男がしつこくその女性に詰め寄ったらしい。その結果、赤龍帝に見つかってぶん殴られたとのこと。

 幸い大きな怪我ではあったが、死ぬこともなく、無理矢理言いよっていたのが向こう側だったこともあり、話し合いで決着が着き、一部のマスコミが記事にした程度の騒ぎで済んだらしい。

 

「自分はたくさん奥さんを迎えていて何ともまぁ……」

 

「今じゃ、十人以上居るらしいからな」

 

 冥界では複数婚が認められているが、上手くいく例は多くない。

 そもそも複婚自体愛人関係だった女性との子供が出来て仕方なくという事情が多く、そんな中で正妻との関係が上手く行くはずもなく、結局は離れてしまう。

 もしくはずっと我慢して関係を保ち続けるか。

 

「俺もミンチになった親友なんて見たくないからな。手を出す女は選べよ」

 

 言いたいことだけ言って去って行く悪友に嘆息しながら書類整理を切りの良いところで終えて席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し遅くなったが外で食べようと歩いていると向かい側からアーシアを見かけた。

 

「これからお昼ですか、アーシア先生」

 

「はい。選手の検査でひとりだけ問題のある方が出まして。再検査で少し遅くなって食べそびれてしまいました」

 

 ここ十数年でレーティングゲームも色々なルールが設けられた。

 そのひとつが前日の選手検査である。

 何か違法な薬物や術式を使用してないか。

 選手の体調は試合が許可できるほど万全か。

 これらに引っかかった選手は基本当日のレーティングゲームに出場が認められず。同チームメンバーの二割が引っかかると不戦敗になってしまう。

 

 また、検査で引っかかったときに暴れる選手もおり、取り押さえの人員もいる。

 

「シオン先生は今お戻りに?」

 

「私もこれからお昼ですよ。書類を纏めていまして。切りの良いところまで進めたのでお昼に行こうかと」

 

 悪友と話していて遅れたとは言えずに誤魔化して話をしているとふとこんな案が浮かんだ。

 

「もしよければ一緒に食べに行きませんか?外へ」

 

 シオンの提案にアーシアは目をパチクリと動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この近くに美味しいパスタの店があるんですよ」

 

「そうなんですか」

 

 車を運転しながら話しかけるシオンにアーシアは相槌を打つ。

 酔ってシオンの家に泊まったあの日からこうして会話することが増えた。

 あの時の、弱さを吐き出したからなのか。シオンという同僚と一緒にいると安心感を覚える。

 そしてどこかでまた甘えることを望んでいる。

 

(私、そんなにも誰かに甘えたいのでしょうか?)

 

 自問自答するが明確な答えはでない。

 これまで、息子の問題に関して誰かに相談したことはなかった。

 長い付き合いであり、同じく一誠の眷属であるゼノヴィアにもだ。

 息子との仲を修復した後日、その件で学生時代から特に仲が良かったゼノヴィアから謝られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「すまなかったね、アーシア」

 

「はい?え、と……なにがでしょうか?」

 

「誠二のことだ。まさかアーシアがあの子を叩くまで怒っていたとは気づかなかったよ」

 

「あはは。誠二くんの教育は私の役目ですから……」

 

「そうなのだが。若い頃のイッセーに似ているからと随分と甘やかしていたなと振り返ってみてね。アーシアがそこまで怒る前にもっとしっかりと叱っておくべきだったと思う。我ながら先生をしてる身として恥ずかしい失態だったよ」

 

 ゼノヴィアもアーシアと同様に今は手に職を持っており、塾の先生をしていた。その関係で一誠の子供たちの勉強を見ていたりする。

 ゼノヴィアの弁にアーシアは首を横に振った。

 

「いいえ。ゼノヴィアさんの所為じゃありません。今思えば、私も親として少し天狗になっていた面もあったと思います」

 

 考えてみれば長女である愛理は手のかからない子供だった。

 叱ったことはあるが怒鳴ったり手を挙げる必要がない程に聞き分けの良い子として育ってくれた。それは腹違いの子たちも同様だ。

 だから問題を起こす誠二に対してどう接すればいいのか分からなくなってしまっていた。

 今は問題を起こすことは無く、学園からも随分と落ち着いたと言われた。

 思えば誠二から本当の意味で子育てに悩んだのかもしれない。

 悩んでいた数日前までの自分に胸を痛めるが、良い経験だった思えるくらいに息子の変わりようが嬉しくある。

 

「だからゼノヴィアさんは何も悪くないです。気にしないでください」

 

「そうか、そう言ってくれるとこちらも気が楽になる」

 

 肩の荷が下りたように安堵するゼノヴィア。そして次の話題に移った。

 

「イッセーの方からは何か連絡が来たのか?あいつも誠二のことは気にしていたのだろう?」

 

「……あぁ」

 

 ゼノヴィアの質問にアーシアはピキリと微笑を強張らせる。

 誠二と仲直りした次の日に一誠からメールが送られてきた。

 内容はこんな感じだ。

 

『誠二と喧嘩したんだって?仲直りしたことも聞いたぜ。ま、アーシアにガツンと言われてアイツも懲りたろ。アーシアのおかげで誠二も落ち着いてた。心配することなかったろ?』

 

 かなり簡潔にまとめているが大体こんな内容だ。

 なんというか、息子に対する危機感の温度差を感じてイラっと来た。

 これがずっと接してきた自分と遠くに居た夫との認識の違いなのかと嘆きたくなった。

 そもそもその息子が問題を起こしている間に家に居なかった人がどうしてこうなることが分かっていたみたいな感想を抱けるのか。

 アーシア自身が1番助けて欲しかった時に傍に居てもくれなかったくせに、という不貞腐れた感情が波打つ。

 これはもう信頼と言うより私たちに対して興味が薄いのではないかと邪推してしまいそうだ。

 その証拠みたいに他にはこれから新しく迎える奥さんについて語られていた。というかメールの内容の6割がそれについてだった。

 息子に対しては関係は修復してきているが夫とは以前よりも隔たりを感じているアーシアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きましたよ、アーシア先生」

 

 近くに在る駐車場に車を止めて訪れたのは町の隅で営業している小さな個人経営と思われる料理店だった。

 

「店は小さいですけど味は保証します。さ、入りましょう」

 

 店の扉を開けて潜ると中にはテーブル席が六つとカウンター席がある。客はカウンター席に2人ほどだ。

 

「いらっしゃい。てかおまえかよ。来るのが少し遅くないか?」

 

「お久しぶりです、先輩」

 

「おう。奥のテーブルに勝手に座れ」

 

 この不愛想な店長とシオンは知り合いらしい。

 

「あの、お知合いですか?」

 

「えぇ。私が医大学に通っていた時の先輩でして。実家は大きな病院なのにご両親の跡を継がずに家を出て今ではここで店を開いてるんです」

 

 もったいないですよねと話をしていると店長が水とコップの置かれたトレイを運んできた。

 

「うるせぇ余計なお世話だ。実家は弟が継いだし、俺は人の身体に関わるよりもこうして飯作ってた方が性に合うんだよ。それにしても、お前が女連れて来るなんて初めてじゃねぇか?いつもはひとりかあいつ一緒に来るくらいだろ」

 

 あいつ、というのはさっきまで話していた悪友のことだ。

 とうとう女でも出来たか?という視線を送る先輩にシオンは苦笑して首を振った。

 

「彼女は職場の同僚ですよ。お昼を食べ損ねてしまったので同行してもらったんです。それとアーシア先生は夫と子供もいますから」

 

 夫と子供がいるというシオンの言葉にどういう訳かアーシアは胸が僅かに傷んだ気がした。

 

 シオンと同じメニューを頼んだアーシアは談話をしていた。

 

「シオン先生はどうして今の御職業に?」

 

「私の父は故郷で小さな運送会社で働いてまして。貧困という訳ではないですが裕福とも言えない家庭でした。そのとき子供心に思ったんですよ。お医者さんならたくさんお金が貰えると考えたのが始まりでした。それで大人になったら両親に楽をさせてあげられる。後、家族が怪我や病気になったら真っ先に治してあげられると。そんなことを子供の頃から周りに吹聴していたら引くに引けなくなってしまって」

 

 自分は将来絶対医者になるのだと子供の頃周りに言いふらしていた。周りもそれを真に受けてシオンは将来医者になるのだと思っていた。

 医者になる大変さなど考えもせずに言っていたシオンは次第に引くに引けなくなり、医者の勉強を続けた。

 夢を叶えてなったレーティングゲームの医療スタッフという立場も結局は給料がいいからという理由で就いたのだ。

 

「お恥ずかしい限りです。それでも故郷の両親に仕送りも出来て楽させてあげられているので自分としては不満もないのですが」

 

「いいえ。とても立派だと思います」

 

 手持無沙汰で今の職に就いたアーシアからすれば尊敬できる話だった。

 少なくとも彼は善意を持って夢を叶えたのだから。

 

 頼んだ料理が来て食事をしながらも話を続けた。主な話題は互いの学生時代だった。

 シオンには悪友が居り、彼に巻き込まれて何度か馬鹿をやったと懐かしそうに話している。

 またアーシアも母校である駒王学園での日々を思い返して語った。

 慣れない学生生活を支えてくれた人間の親友と夜は転生悪魔としての仕事のこと。

 言葉にしてもそれらの想い出は色褪せることなくアーシアの中で息づいていた。

 

「あ、シオン先生。ソースが口元に」

 

 食事ももうすぐ終わろうとしていた時に口についていたソースをアーシアがナプキンで拭きとった。

 すると彼は頬を赤くして口元を手で隠す。

 

「す、すみません!わざわざ」

 

「いいえ。とても美味しいお店を紹介してもらったお礼です」

 

 実際シオンの言ったように注文したパスタ料理は美味しかった。今度、プライベートで子供たちとかゼノヴィアと2人で来るのもいいかもしれない。

 それに落ち着いた雰囲気のシオンが口元を拭きとっただけで初心な反応をする姿とのギャップがアーシアにはとても微笑ましく感じる。

 

 食事を終えて会計を済ませ、帰りの車に乗ると横目で運転しているシオンを見る。

 年上だからだろうか、身を預けられるような安堵を感じるのは。

 

 一誠が自分を引っ張ってくれた人ならシオンは自分を包んでくれる人。

 彼の家で吐き出した醜い自分を受け止めて肯定してくれた手の大きさと温かさは今も記憶に残っている。

 今どちらが自分が求めているのかと考えれば―――――。

 そこまで考えてその思考を振り払う。

 まるで夫である一誠と同僚であるシオンを比べている自分に嫌悪したのだ。

 自分は兵藤一誠をという男性を選んだ。

 それなのに他の男性に心を許そうとするのはきっと良くない考えだと思う。

 あの夜、泊めてくれたのもシオンがとても善い人だから。もし仮にそんな感情を抱いていると思われえば横に居る男性は軽蔑するだろうか。

 若い頃から一緒に死線を潜り抜けてきた仲間や子供たちは?

 何より、赤の他人を本当の娘同然に扱ってくれた尊敬する義理の両親はどんな顔をするだろう。

 それが1番怖かった。

 だけどこうしてシオンとも仲の良い同僚という関係で終わると考えるとどうしても胸の痛みが強くなる。

 

 

 

 

 

 

 職場に戻るとシオンが笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、残りの仕事も、お互い頑張りましょう」

 

「はい。今日はありがとうございました!」

 

 そうして別れようとすると意識したわけでもなく、アーシアはシオンの袖を掴んでいた。

 

「どうかしましたか?」

 

 振り返って困った表情をするシオンに自分は何をしているのかとハッとなった。

 あれこれぐるぐると考えて苦し紛れに言葉を吐き出す。

 

「あ、あの!また、あのお店で一緒に食事してくれますか」

 

 一瞬キョトンとしたシオンだったがすぐにいつもの微笑を作る。

 

「えぇ。私とでよければ喜んで」

 

 今はただ、こんな小さな約束だけで良い。

 掴んだ裾を放して、笑みを作る。

 

 

 

 その笑顔は長らく作ることのなかった『女』の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




う~ん。ちょっと急展開過ぎたかなぁと感じました。最初3話で終わらせようとしたのだからしょうがないですけど。

ちなみにシオン先生の戦闘力は低いです。1巻のレイナーレにボコボコにされた一誠でも完勝できます。意気込みの違いで。
もし今一誠にバレたら確実に骨も残らずに□されます。


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3話:欠けた心を埋めるものは

Aimerさんの『Re:pray』
AKINOさんの『創聖のアクエリオン』
上原れなさんの『After All~綴る想い~』
米倉千尋さんの『10 YEARS AFTER』『未来の二人に』とか聴いてるとこの作品の執筆が捗るのは何故なのか?
特に『Re:pray』

たくさんのお気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。嬉しくて思わず一話書き終わるまで頑張りました。
今回はデート回。こんな感じでいいのかな?



 アーシアはどうしようかと迷っていた。

 悩ませているのは私室の机に置かれている紙である。

 それは冥界に在る有料植物園の無料チケットだった。

 

 冥界に在る植物だけでなく人間界や天界の草や花も配置されている大きな園で冥界の植物学者だけでなくデートスポットとしても紹介されている施設だった。

 

 明日その場所にシオンと2人で行くことになったのだ。

 実は、ちょっと行ってみたいと思っていたのだが、まさかシオンと一緒に行くことになるとは思ってみなかった。

 

 それも、最終的には自分から誘う形になってしまったのだ。

 

「あぁ……どうして私はあんなことを……」

 

 過去の自分の迂闊さに頭を抱えて数日前のことを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタがアーシア先生?」

 

「はい?」

 

 シオンと話していた男性に突如話しかけられて困惑気味になっているとその男性の頭をシオンが手にしているバインダーで小突く。

 

「なんでいきなり詰め寄ってるのさ。あからさまに怪しい人じゃないか」

 

「ん?なんだお前。俺のこと話してねぇの?」

 

「……どこに話す必要が?」

 

 冷めた視線を送るシオンに男性はオーバーに両手を上げて嘆く。

 

「かぁ~!自分の1番の親友を紹介しないとかどういう了見だよ!」

 

「親友じゃなくて悪友だよ、君は」

 

 悪友という単語にアーシアはもしかしてと以前シオンから聞いた名前を口にした。

 

「もしかしてエリルさん、ですか?」

 

「なんだ聞いてるじゃねぇか。そ!俺がこいつの友人のエリルな。アンタのことはシオンから聞いてるよ。こいつが誰かをベタ褒めするなんて珍しいからな!」

 

「え、と……ありがとうございます?」

 

 疑問形に返すアーシアにエリルは可笑しそうに笑っているが反対に眉間に皺を寄せたシオンが離れるように促す。

 

「もう行きなよ。仕事は終わってるんだから」

 

 エリルは製薬会社で働いており、薬の説明や営業などでシオンたちの職場にそれなりに顔を出す。そしてその度にシオンを捕まえて他愛のない話をしに来る。

 

「そう邪見にするなよ。お前が怖い顔してるからアーシア先生がビビってんぞ」

 

「え?い、いえ!?シオン先生がそんな風に砕けた感じにお話するのを始めて聞いたから驚いてしまって……」

 

 慌てた様子で手を振るアーシアにエリルはニヤニヤしてあぁ、顎に手を当てた。

 

「こいつ、波風立てないように基本敬語で物腰柔らかくしてるからな。ん?どうした?俺の顔ジッと見て。惚れた?」

 

「いえ、その……どこかでお会いしたことありませんでしたか?」

 

「うんにゃ。まぁ、俺もここには仕事の関係で出入りはするしな。顔くらいならみたことあるんじゃないか?」

 

 自然に否定されてアーシアは疑問に思いながらもそうですか、と納得する。

 

「さてそんな君たちにプレゼントをあげよう!!」

 

「会話が全く脈絡ない……」

 

 エリルのテンションに辟易しながら渡された紙切れを見る。それが例のチケットだった。

 

「チケット?」

 

「そ!仕事の付き合いで貰ったんだけど俺行かないしさ、誰かに押し付けられないか探してたんだよ!今週末までだから暇なら行ってくれば?2人で」

 

 言うだけ言ってじゃあな!とその場を去るエリルにアーシアは苦笑した。

 

「突風みたいな人ですね」

 

「アレはどちらかといえば嵐の類でしょう。それよりこれですが、どうぞ」

 

「え!?」

 

 シオンはエリルから渡されたチケットをアーシアに渡した。

 

「私は何度か行ったことがありますから。良ければご家族か友人とで。色んな花や植物があって中々景色も良いんですよ」

 

「……」

 

 言われても、愛理は急に予定が空くか分からず、誠二はこういうのに興味ないだろう。他の妻たちもどうだろうか。

 

「あ、あの!シオン先生が使いませんか!その、予定が合えば、ですけど」

 

「あ、その……それは……」

 

「それとも、私と一緒に出掛けるのは、お嫌でしょうか?」

 

 シオンの言いたいことは分かる。

 アーシアは既婚者で子供もいる。

 そんな女性と休日に2人で出掛けるのは憚れるのだろうし、その考えは間違っていない。

 それでも、この人にはそれを理由に逃げられたり避けられたりしてほしくないと思ってしまうのは我侭だろうか。

 我侭、なのだろう。

 だけど――――。

 

 上目づかいで見つめるアーシアにシオンは根負けしてアーシアに渡したチケットを手に戻す。

 

「分かりました。謹んでエスコートさせてもらいます」

 

「あ……その、ごめんなさい……そちらの都合も聞かずに……」

 

 さすがに強引過ぎたと後悔するアーシアにシオンは笑顔で首を横に振った。

 

「気にしないでください。私も週末に予定はありませんから。植物園、楽しみですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの笑顔が本心からであってくれればいいが、こちらに気を使ってのモノだとすると気が沈む。だけど同時に了承してくれて嬉しくもあった。

 

「そ、そうだ!明日着る服を選びませんと……」

 

 クローゼットの中を開けて服を吟味し始めた。

 

「これはちょっと恥ずかしいですね。これはいつ購入しましたっけ?」

 

 ああでもないこうでもないと服を選ぶことを楽しいと感じる。

 悪魔としてはまだまだ若いアーシアだが人間として見ればそれなりの年齢だ。

 そんな自分がこうして服を選ぶのに一喜一憂してることへの気恥ずかしさはあるが、明日会うあの人がどう思ってくれるか期待が生まれる。

 

(こうして男の人と2人で出掛けるのはいつ以来でしょうか?)

 

 その相手はもちろん夫である一誠だった。

 こうして彼とも長い付き合いになったし、これからも長い付き合いになるのだろう。

 だけど、2人っきりで出掛けたと言われると思い出はそう多くない。

 

 高校時代は何をするにも皆で一緒だったし、大学は入学当初こそ時間が取れたが卒業が近づくにつれて一誠も上級悪魔として学ばなければいけないことが増えて、彼を慕う女性も増えた。

 デートと呼ばれる2人っきりの時間などそれこそ両手で数え納まるくらいだろう。

 一誠が正妻であるリアスを優先していたということもある。

 当時は皆で行動するのは楽しかったし、周りに妬くことはあっても不満はなかったが、今思うと何かが違うのではないかと思う。

 社会に出て、一誠の妻のひとりとなり。各地で活動する一誠について行った時期もあったが妊娠・子育てと続き彼の傍に居られる時間が減った。

 

 今住んでいる大きな屋敷で夫の帰りを待ちながら同じ男の妻となった女性たちと一誠を出迎える際にどんな服を着ようかと話し合ったこともあったが、今ではそんなこともない。

 

(学生の頃はイッセーさんがいなくなったら生きてさえいけないと思うほどに強く想っていたのに……今はどうでしょう……)

 

 一誠が死んだらきっと悲しいし泣くだろう。だが生きていけない程に心が壊れるという事はないだろうと思う。

 これが大人になり、強くなったということなのか。

 それとも、ただ単に彼への想いが―――――。

 

「やめましょう、こんな考えは……」

 

 そこで思考を打ち切り再び服を選び始める。

 こんな気持ちで服を選んで会うなど約束してくれた彼に失礼だ。

 どこか逃げるようにクローゼットの中にある服を調べ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、アーシア先生」

 

「はい。おはようございます、シオン、さん……」

 

 いつもの先生呼びではなく躊躇いがちにさん、と呼ぶアーシア。それに慌てて弁明する。

 

「その、せっかく休日に会うのに先生呼びも堅苦しいかなと……」

 

「それもそうですね。では私もアーシアさんと。あぁ、それとその服、上品で落ち着いた感じに思えてとても似合ってると思いますよ」

 

 今日のアーシアは白いシャツに橙色の上着紺色のスカートを履いている。

 どれもかなりの上物っだった。

 

「あ、ありがとうございます!シオンさんもカッコいいですよ」

 

「あはは、お世辞でも嬉しいですね。さ、乗ってください。場所は私が知ってますので、エスコートさせてもらいます」

 

 お世辞じゃないですよ、と言いながら助手席に座り、シオンが運転する車で移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「園の中は結構な敷地があって軽食が摂れるところもありますし、お土産用に植物の種や茶葉なども販売されてますね。冥界だけでは観られない草花も多いんですよ」

 

「楽しみです」

 

 ニコニコとシオンの説明を聞いているアーシアの反応に彼自身も浮かれているのを自覚する。

 きっとあの悪友がここに居ればニヤニヤと自分たちを観察するだろう。

 

(彼もいったい何を考えているのやら)

 

 チケットを貰ったその日の夜に電話して問い質した時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

「で、どういうつもりかな。あんなチケットを強引に渡して」

 

『おいおい俺は善意でくれてやったんだぜ。まさか俺が親友を何かに陥れるために渡したとでも思ってるのか。さすがに傷つくぞ』

 

「えぇ。君とは長い付き合いだからね、きっと何か企んでるんだと確信してるよ。長い付き合いの友人として」

 

『ハッハッハッ!言うじゃねぇか、コラ!って言っても今回は本当に善意だよ。堅物のお前が女に意識向けるなんて珍しすぎるからな。友人として背中を押してやりたいと思うのは当然だろ』

 

「向こうが旦那とお子さんもいるのは知ってるよね?それで――――」

 

『だからお前は堅物だってんだ!それでもホントに悪魔か!?赤龍帝だって何人も奥さんを囲ってるし、ガキが居てもお前がそれを気にする質か?2人目の夫って立ち位置に入れば赤龍帝と違ってずっと傍に居られるお前の勝利同然なんだぞ!後はお前の気概次第だろうが!!ねだるな!勝ち取れ!さすれば与えられん!』

 

 声を熱くして言う悪友に重たい息を吐く。

 そしてエリルは追い打ちをかけてくる。

 

『それにな。ホントに迷惑に思ってんならチケットなんて捨てればいいじゃねぇか!ちょっとでも期待してるから一緒に行くことになったんだろ』

 

「それは……」

 

 エリルに言われてシオンは口ごもる。

 シオン自体アーシアのことは嫌いではない。むしろ好意的だ。しかしそれはあくまでも同僚としてだった筈。

 それに変化が起きたのは。

 

(三ヶ月前に、酔った彼女を家に上げてからかな……)

 

 正直、冥界の英雄である赤龍帝の妻という立場だ。きっと幸せな家なのだろうと勝手に想像していた。しかし吐き出された彼女の弱音。年頃の子供の教育が上手くいかない。夫とはもう随分会っておらず、必要とされているのか自信が持てない。そして今の立場が息苦しく仕方ないと感じる時があるなど。

 口に出してしまえばありふれた悩み。しかしだからこそリアルさを伴っていた。

 アーシアをここまで追い込んだ家族に対する憤りや自分が頼られているという一種の優越感が有った。

 その後もアーシアを意識することがあり、あの折れてしまいそうな彼女を自分が支えられたらと夢想しなかったわけでもない。

 

『お前なら行けると思うぞ、俺は!俺なんてな5年近く貢いだ女に二ヶ月くらい放って置いたら”あなたといる意味が分からなくなった”とか言われて一方的に別れさせられたからな!』

 

 電話越しから自虐的な笑いが聞こえるが無視した。

 

『ま、デート1回したくらいで何かが変わるわけじゃないだろ?そんな行動力が有ったらお前がまだ独り身な理由が分からん。気楽に行け気楽に』

 

 それだけ言って一方的に電話を切られた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしました、シオンさん?」

 

 どうやらいつの間にアーシアの方へと視線が動いていたらしい。

 誤魔化すように笑って

 

「すみません。もう少しで着きますので」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 向こうもそう笑顔を向けてくる。

 悪友が何を考えているかはともかくとして、今日が彼女にとって楽しく安らかな時間になればいい。そう思って車を運転した。

 

 

 

 

 

 

 

「わぁっ!?綺麗ですね!」

 

 アーシアは薄暗い建物の中で硝子を隔ててぼんやりと発光する色とりどりの花びらに感激していた。

 

「これは天界で生息する花ですね。綺麗ですけどその光自体が微弱ですが聖なるオーラを放っていて、悪魔である私たちは硝子越しでしか観賞できません。小さな子供が触れるとそれだけで命に関わりますから。以前聞いた話だと、職員の方も特殊な防護服を着てこの花を育てているらしいですよ」

 

「そうなんですか。あ、でもそれならこの花を育てるのは難しいですね」

 

「天界の草花は基本的に私たち悪魔には扱いが難しいですからね。アーシアさんは花を育てることにご興味が?」

 

「はい!自宅でも育ててるんですよ。家族も手伝ってくれます!」

 

 ここで家族というのはアーシアの子供たちだけでなく兵藤家全体を指す。

 嬉しそうに語る家族の話にシオンも自然と頬を緩めた。

 

「そうだ。ここは基本的に撮影は禁止なんですけど、職員の人に頼むと有料で写真を撮って貰えるんです。もし良かったら撮りますか?」

 

「あ、はい。良いですね!」

 

 写真を撮る職員を見付けて撮影をお願いした。

 

「シオンさんも一緒に撮りませんか?」

 

「え、と……それは……」

 

 躊躇うシオンに写真を構えた職員が口を出す。

 

「お2人とも見目麗しいので並ぶととても映えると思いますよ」

 

「ダメですか、シオンさん……」

 

 残念そうにするアーシアに根負けして結局並んで写真を撮った。

 撮れた写真は恥ずかしそうに並んでいる2人が写されていた。

 

 

 

 

 

 次に訪れたのは人間界の花が植えられている。

 花壇に植えられている花を膝を折って見ていると、葉の部分に隠れていた虫がアーシアに向かって急に飛び出してきた。

 

「キャッ!?」

 

「おっと!」

 

 驚いて後ずさると後ろに居たシオンに頭からぶつかる形になる。

 

「あ、ごめんなさい!?ビックリして!」

 

「いえいえ。お気になさらずに」

 

 ぶつかったことを恥ずかしそうにしているアーシアに苦笑しながらシオンは遠くを見る。

 

「もう少し行った先に軽食のお店があるので軽くお昼にしましょうか。私もそろそろお腹が空きましたし」

 

「そ、そうですね!そうしましょう!」

 

 そう決めるとシオンが手を差し出す。

 その手を取るとゆっくりと歩き出した。

 自分に合わせて横を歩いてくれるその姿と手の温もりをアーシアはどこか安心感を覚えて委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店内で軽い昼食を摂りながらアーシアとシオンは談笑していた。

 

「ここで売られている茶葉は少し高いですけど良い物なんですよ」

 

「はい。お義父さまとお義母さまに素敵なおみやげができて良かったです!」

 

 アーシアは義理の両親である兵藤夫妻に妻たちの中で特に懐いている。

 だから、誕生日やこうして送りたいものを見つけると送っていた。

 

 和やかな雰囲気で会話を楽しんでいると店内にあるモニターからニュースが流されている。

 

 

『赤龍帝、兵藤一誠さまとギリシャの〇〇〇さまのご結婚が正式に決定しました。一度、ギリシャで式を終えた後に2週間後、冥界へ帰国することが発表されました。これにより冥界とギリシャ神話がより親密な関係を維持されると期待されており―――――』

 

 そのニュースが耳に届いてアーシアが肩をビクッと跳ねる。

 モニターに目を向けるとそこには人間で言えばそれなりに整えられた顔の青年と十代半ばか後半程の紫色の髪をした少女が並んでいた。

 

 モニターに映された青年。兵藤一誠は隣に居る少女の肩を抱き、端から見ると少し歳の離れたカップルの幸せそうな微笑ましい画として映されている。

 

 兵藤一誠がインタビューを受けている。

 

『それにしても兵藤一誠さまは多くの女性を妻として迎え入れていますが、今回の御結婚に他の奥方はどう思われているのですか?』

 

『はい!彼女のことはここ数カ月で話して向こうも会うのが楽しみだと言ってくれました!』

 

『つまり、問題はないと?いや~赤龍帝の奥方は皆美人揃いですが諍いもないとは羨ましい!これが英雄の持つ人徳というモノなのでしょうかね!』

 

『はは、お恥ずかしい』

 

 報じられているニュースをアーシアはただ黙って観ている。

 その表情は読み取りにくく、哀しいのか淋しいのか。それとも違う感情があるのかシオンには分からなかった。

 だがモニター越しで夫が話しているように、無条件で心から喜んでいるようには見えなかった。

 膝の上に置かれた手は強く握られている。感情を抑えるように。

 それが何故かシオンには無性に嫌な気分にさせた。

 

「アーシアさん!」

 

「は、はいっ!?」

 

 急に呼ばれてビックリしてシオンを見る。

 

「次は冥界の面白い草花がたくさんありまして。その中にはちょっと驚くような動きをする植物もあるんです。だから、また手を繋いでいきましょう」

 

 言われて一瞬キョトンとしたがすぐに小さく微笑む。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

 アーシアがシオンをどう思っているのかなど分からない。

 それでも、笑顔でこの手を取ってくれた。

 それくらいには信頼されていることにシオンは安堵を覚える自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間内に全て見終わるにはさすがに時間が足りない為に、丁度良いところで切り上げた。

 車に乗るとアーシアは興奮冷めぬようにはしゃいでいた。

 

「冥界に人間界にはない植物がいっぱいとは聞いてましたけど、予想以上でした!」

 

「楽しんでいただけたようで良かったです」

 

「特に魔力を流すと音を奏でる花々。アレ、音もすごく綺麗でした!」

 

「最初発見された時は誰かの悲鳴みたいな音しか出なかったらしいですけど、ここ20年の品種改良の結果楽器の演奏に似た音が出せるようになったそうです。色の違いで出せる音が違っててプロが魔力を流すと本当に楽団みたいな演奏が出来るらしいですよ。さすがに聴いた事はないですが」

 

「そうなんですか。いつか、聴いてみたいですね」

 

「えぇ」

 

 そうして話しているうちにアーシアの表情が沈む。

 

「アーシアさん?」

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと……」

 

 沈んだ表情の理由をシオンはなんとなく察して口に出してみる。

 

「もしかしてニュースで見た、旦那さんのことですか?」

 

 言われて最初は否定しようとしたのか顔を上げたがすぐにまた沈んで首肯した。

 

「その、こんなことを私が聞いて良いのか分かりませんが、新しい奥方を迎えることを本当はどう思っているのですか?」

 

「……分かりません。自分でもよく」

 

 少し間をおいて出した答えは不明。

 

「ニュースで久しぶりにあの人の顔を見た時も、淋しいとか嫉妬とかそういう感情もあったんですけど、それ以上にあぁ、そうなんだって突き放したような想いが強くて……」

 

 アーシアは駄目だと思った。こんなこと今日付き合ってくれたこの人に言うべきじゃないと思った。それでもどこかで前のように自分のやり場のない感情を受け止めてくれるのではないかという期待から口が止まらなかった。

 これは、甘えだ。

 

「分からないんです。あの人にとって私は何なのか。もう自信を持って答えられないんです……」

 

 アーシアは兵藤一誠の妻と名乗れるだけの確かな繋がりを見失っていた。

 欠けた想いはかつて輝いていた思い出すら無色に侵食していくようだった。

 何も言わないシオンにアーシアは無理に笑った。

 

「ごめんなさい。最後にこんな話を――――」

 

「かまいません。いくらでも言ってください。それで貴女が元気になるならどこでも、なんでも」

 

「シオン、さん……?」

 

「聞くだけでダメなら今日みたいに何処へだって連れて行きます。だからどうか、最後には笑って欲しい」

 

 シオンは抑えようと思った。これは言ってはいけないモノだと思っていた。

 でも、横で落ち込むアーシアに我慢が出来なかった。

 

「どうして、わたしに、そこまで……?」

 

 後の事なんて、知らない。きっと今言わなければ後悔する。

 

「私は、アーシアさんが好きですから。好きな人には笑っていて欲しいのは当たり前じゃないですか」

 

 驚いて見開かれた瞳は真っ直ぐとシオンを見つめる。

 

「ほん、とうに、ですか……」

 

「はい。私はアーシアさんがひとりの女性として想ってます」

 

 シオンの告白にアーシアは少し間を置いた。

 

「なら、シオンさん……私と―――――」

 

 夜の静寂でなければ聞こえない声量で頼まれたこと。

 それにシオンは頷いて瞳を閉じたアーシアの顔に自分の顔を近づけた。

 車の中で重なった唇。するとアーシアの瞳から一筋の涙が頬を伝う。

 

 それは、夫を裏切る行為をした自責の涙だったのか。

 それとも目の前の優しい人が自分を受け入れてくれたことへの喜びの涙だったのか。

 

 

 その解答(こたえ)は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後のアーシアのこれじゃない感がすごい。

実は最初に考えた結末だと告白シーンが無くて、次の日職場で会ってもう少しこの曖昧な関係を続けよう的な打ち切りエンドみたいな感じで終わる予定でした。
もう少し切りの良い終わりを思いついたのでそっちを書きますが。

残り2話。なんとか書き上げたいと思います。


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4話:解ける鎖

今回、アーシアにとってのご都合主義展開があります。


 アーシアが植物園から家に戻ったのはもう日付が変わろうとしている時間だった。

 久々に感じた異性の温もりに酔っていた。

 重ねた唇と吐息。触れられる安堵。優しく包むような言の葉

 それらが忘れられない幸福となってアーシアの心に染み込んでいた。

 

(私……こんなにも破廉恥だったでしょうか……)

 

 支えて欲しいと思った。この人に。

 遠くにいる夫よりも近くで触れてくれるあの人の温もりが鮮明に焼き付いている。

 

(こんな私をあの子たちや皆さんはどう思うでしょう?)

 

 きっと軽蔑されるだろう。そう思うと室内を歩く足が重くなる気がした。

 無意識に忍び足で移動していると声をかけられた。

 

「お母さん、おかえりなさい」

 

「あ、愛理ちゃん……!」

 

 少しばかり今は顔を合わせたくなかった実の娘と顔を合わせ、アーシアは笑顔を引きつらせた。

 

「遅かったね。もしかして飲んできたの?」

 

 問われてどう答えたものかと慣れない言い訳に頭を使っていると息子の誠二まで現れた。

 

「あぁ、帰ってきたのか。母さん、おかえり。結構遅かったな」

 

 愛理と同じセリフでこちらに近づいてくる。

 しかし一誠とよく似た息子に眉間に皺を寄せられて言われると、どこか夫に今日のことを責められているような気がした。

 

 それに誠二はもうセクハラや覗きなどの問題行動は起こさないと約束してから本当にそうしてくれている。

 それなのに自分は何をしているのか。

 男の人と出掛けて、浮かれ、相手の優しさに縋りついて唇を許した。

 別の男性に現をぬかし、一緒に歩く未来を想像している時、一誠との間に儲けた2人をどれだけ考えていただろう。

 その考えに思い至って目頭が熱くなった。

 恥ずかしい。

 情けない。

 みっともない。

 そんな感情に心が振り回されて気が付けば2人の子供を抱きしめていた。

 ビックリする2人は母の方を見ると涙を流していた。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 震える声で繰り返す謝罪の言葉に愛理と誠二は困惑する。

 その状況に後からゼノヴィアや他の子供たちが現れる

 

 その際、誠二がまた何かしてアーシアを泣かせたと一方的に決めつけられる事態が発生し、必死で弁明する誠二がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場を取り仕切ったゼノヴィアが心配する子供たちを散らせて自分の部屋にアーシアとその子供たちに使用人に持ってきてもらったお茶を出す。

 

「それで、アーシア。何があったんだ?君がそんな風になるなんて、よっぽどのことなのだろう?」

 

 子供たちからは訊き難いと判断してゼノヴィアは自分から切り出すことにした。

 まるで罪人のように怯える彼女を友人として放って置けなかった。

 

 俯いていたアーシアは置いてある茶に手を出さずにポツリポツリと話始める。

 

 中々会えない一誠に年々中に有った想いが希薄になっていること。

 今日、ニュースで久しぶりに見た一誠に対する無感動さ。

 そして、他の男の人に心が移ろっている事実。

 アーシアの話にゼノヴィアはただ黙って聞き手に徹し、愛理は眉間に皺を寄せている。誠二は考え込むように腕を組んでいた。

 

 話を聞き終わると再びゼノヴィアが口を開く。

 

「アーシアの話は分かった。しかしそれはそこまで気にするようなことなのかな?」

 

「え?」

 

「言うまでもないが冥界では複数の伴侶を持つことは認められている。それは何も男性だけの話じゃない。君がそのシオンという男性に魅かれたなら彼も第二の夫として迎え入れればいいだけの話だ。今まで黙っていた後ろめたさはあるかもしれないが、別に冥界の法に触れたわけじゃない。一誠だってそうだろう。もしアイツが何か言っても自分は妻を増やしているのにこっちはダメなのか、とでも言えばいい」

 

「それは……」

 

 ゼノヴィアの言っていることも間違っていない。

 実際にそれは可能だし、アーシアが想っているほど大事ではないのかもしれない。

 しかしアーシアは良くも悪くも生真面目だった。

 一誠が複数の伴侶を持つのだから自分も、という理屈は違うと感じてしまう。

 そんなアーシアにゼノヴィアはふむ、と少し話を変える。

 

「私もイッセーに対して昔ほど熱は上げられないかな」

 

 笑って肩を竦めるゼノヴィア。

 

「私は昔からイッセーとの関係で伴侶のひとりという立場で納得していたし、最初は赤龍帝の子供が産めるならと結婚のことすら考えてなかった。少なくともマスター・リアスや朱乃さんのように言い争うほどではなかったからね」

 

 過去を振り返りながらゼノヴィアは自分のことを話し始める。

 

「もちろん、彼との子である漸を産んだときは嬉しかった。子を育てて成長するのを見守るのは楽しかった。だからこそかな。漸が一人前と言えるだけの年齢になってある種の達成感と言うか、区切りがついたと思ってるんだ」

 

「区切り……」

 

「うん。漸や愛理を含めて上のほうの子たちは後何年かすれば結婚して子を産み、そして私たちにとって孫と呼べる子を連れて来てもおかしくない。そういう年齢だ。まぁ、孫は悪魔の出生率を考えればまだ当分先かもしれないが。だからか一誠の妻としての役割はある程度果たしたと思えるんだ」

 

 ゼノヴィアの話を聞いてアーシアは自分はどうだろう、と思う。既に上の子供である愛理は成人を迎えている。それである程度の満足感は得ているのだ。

 そしてそれはゼノヴィアだけでなくイッセーからある程度離れて生活している妻たちの共通認識でもあった。アーシアには自覚がなかったようだが。

 

「一誠はまぁ、ああいう性分だからね。これからも今回のように新しい妻を迎えて子を産むだろう。私は今、その子たちの成長の手助けをするのが楽しいんだ。勉強や他にも色んなことを学んでもらって大きくなり、大人になるあの子たちの姿を見るのが好きなんだ。中には誠二のような問題児もいるが、それはそれでね」

 

 チラリと誠二の方を見ると彼は少しだけ居心地が悪そうに身体を縮めた。

 一誠の妻となった者たちは皆優秀だ。

 殆どのモノが何らかの職に就いてその手腕を振るっている。

 だから一緒に住んでいる者の中で時間の都合がつく者に世話が集中することもある。

 

「そして何かあった時、力のない子供たちを守るのが今の私の役割だと思っている。それが私がここに居続ける理由かな」

 

「ゼノヴィアさんは、すごいですね」

 

 ゼノヴィアとて淋しくない訳ではないだろうに。それでも自分の環境の中で自身の役割をしっかりと見極めている。

 その姿がアーシアにはとても眩しく見えた。

 しかし当のゼノヴィアは軽く手を振って否定する。

 

「もしかしたら、元から執着というモノが欠けているだけかもしれないけどね。なにせ私は、教会の騎士でありながら主の不在を知ってアッサリと転生した女だからね。だから、私はアーシアがどんな選択をしようと責めるつもりはないさ」

 

 そう締め括って愛理と誠二に視線を向けた。

 

「お前たちはどう思う?」

 

 話を振られてアーシアの方が肩を跳ねた。

 子供たちに何と言われるのか。もし軽蔑されると思えば顔を直視できない。

 先に口を開いたのは愛理のほうだった。

 

「そう、ですね……まさかお母さんがって気持ちはあります。他の男の人と会っていたいう話も裏切られたとまでは言いませんが、素直に受け入れられません」

 

 縮こまるアーシアに愛理はでも、と一拍置いて誠二の頭に手を置いた。

 

誠二(この子)が問題を起こしていた時のお母さんを思い出すと、強くも責めたくありません。大事な時にお母さんを支えられなかったのは事実ですから」

 

 だから自分は否定寄りの中立と言う。

 アーシアが思い悩んでいた時に夫である一誠が力になれなかったということもあって、そういう結論に達したのだ。相手のことを良く知らない不安もある。

 

 最後に誠二が組んだ腕をそのままに発言する。

 

「あー。母さんと父さんがどうなるかってことなら俺は何も言えないなぁ。だって俺、父さんのことあんまり知らないし」

 

 誠二の発言に3人が固まる。

 

「会った回数ならじいちゃんばあちゃんや祐斗おじさんのほうが多いくらいだしな。家で見かけても親戚のおじさんとかが家に居るのと変わんないっていうか」

 

 年がら年中飛び回ってる一誠に下に行けば行くほど顔合わせの機会が得られていない。

 もしかしたら、テレビ以外で父の顔を見たことがない子もいるのではないだろうか。

 

「言われてみれば、そうかもしれないわね……」

 

「しかし、それでよく昔のイッセーと瓜二つの言動が出来たな。まぁ、今は大分マシになったが」

 

「そんなに?」

 

「えぇ。若い頃のイッセーさんにそっくりです」

 

「なんでだろう。褒められてる気がしない!」

 

 場が少しだけ笑いに包まれる。

 

「で?アーシアはこれからどうするんだい?いや、急いで結論を出す必要はないのかもしれないが」

 

「……一度、お義父さまとお義母さまにご相談しようと思ってます」

 

「そうか。あの2人なら、私たちより適切なアドバイスができるかもしれないな」

 

「はい……もしかしたらもうお2人を親とは呼べなくなるかもしれませんが……」

 

 アーシアにとって兵藤夫妻は本当に尊敬すべき義親だった。

 2人から軽蔑されることは実の子から嫌われることより辛いかもしれないと思えるほど。

 もしかしたら、一誠との関係が切れることよりも、あの2人との親子関係が切れることの方がアーシアにとって心傷むことかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーシアが出て行った後に残された3人の沈黙を破ったのは愛理だった。

 

「まさかお母さんがねぇ。最近なんか嬉しそうだなぁとは思ってたけど」

 

「うん。高校時代のアーシアと雰囲気が重なるね。それはそうと2人とも、明後日少し付き合ってくれ。誠二は学校を休んでいい」

 

「なんでっスか?」

 

 誠二の疑問にゼノヴィアは決まっているだろう、と言う。

 

「アーシアが見定めた男の顔を見に行くんだ。お前たちも自分の父になるかもしれない相手くらい知っておきたいだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに訪れた兵藤邸はリアスたちが住んでいた時のような豪邸ではなく、アーシアが初めて足を踏み入れた時の家に戻されていた。

 皆が冥界に本格的に移住することが決まった際に2人だけではあの豪邸は広すぎる為、元の二階建ての一軒家に戻っていた。

 冥界に移住した後も手紙のやり取りは頻繁に行っており、互いの状況もそれなりに知っている。

 

 昨日連絡を入れた際も急な話にも関わらず快く快諾してくれた。

 そんな義両親にこんな話をしなければならないことに胸が痛んだ。

 

 インターフォンを鳴らすと数秒遅れて声が聞こえた。

 

『はい?』

 

「お久しぶりです。アーシアです」

 

『まぁ!待っててアーシアちゃん!今開けるから!』

 

 言われたとおり待っていると家のドアが開かれる。

 

「アーシアちゃん、久しぶりねぇ。さ、入って入って!」

 

「はい。お久しぶりです、お義母さま」

 

 嬉しそうにアーシアを迎える義母。

 その姿が見て、胸の痛みが強くなる。

 

 もしかしたら、今日がお義母さまと呼べる最後の日かもしれないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこの御仁。少し時間をいただけないだろうか?」

 

「はい?」

 

 昼を終えたシオンは突如青髪に緑のメッシュを入れた女性に話しかけられて体を強張らせた。

 話しかけてきた女性にはシオンも見覚えがあった。

 確か赤龍帝の奥方のひとりで騎士の女性だ。

 用件はなんとなくわかる。もしかしなくてもアーシアとのことだろう。

 しかし、今は少し間が悪い。

 

「申し訳ありませんが、これから職場に戻らなければならないので。急ぎでなければ後日連絡していただけませんか?」

 

 アーシアが休日を取っていることで人手不足とは言わないが、シオンまで抜けるのは流石にマズイ。

 何か大きなトラブルになった際に対処が遅れる可能性がある。

 

「そうか。すまないね、突然」

 

「いえ、お話の内容は必ずお受けしますので」

 

「少々力づくで来てもらうとしよう」

 

「へ?」

 

 指を鳴らすゼノヴィアが突如揺れたと思うと、シオンは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ。先日買った茶葉です。美味しいんですよ」

 

「ありがとう!アーシアちゃんには色々なモノを送ってもらって嬉しいわ。もちろんお手紙も楽しみにしてるのよ。うちの人が定年退職して皆から来る手紙が1番の楽しみですもの!」

 

「あぁ。なんでかイッセーから来る手紙が1番少ないけどな。ハッハッハッ!」

 

 久しぶりに会った兵藤夫妻は当たり前だが出会った頃より大分老けている。

 白髪が目立ち、皺の多くなった顔。義理の父に関しては数年前に腰をやってしまい、杖を突いている。

 しかし、それでアーシアは2人に負の感情を抱く事はない。

 むしろ夫婦仲が良く、二十代から見た目がほとんど変わっていないアーシアたちを出会った頃のままのおおらかさで受け入れてくれている義両親をアーシアは誰よりも尊敬していた。

 2人は、アーシアにとっての理想の夫婦像なのだ。

 

(あぁ。だからこそ私は……)

 

 こんな2人のような家庭を夢見た。そしてその相手としてのヴィジョンにもう、一誠の姿が見えないのだ。

 今から言おうとすることに身体が震える。

 逃げ出してしまいたい。

 失望させてしまうことが申し訳なくて。嫌われることが怖い。

 2人が大好きだったから。

 

「お義母さま。お義母さま。今日は大事な話があって来ました」

 

「ん?なんだい、改まって?」

 

「私は―――――」

 

 泣きそうになるのを堪えて詫びに頭を下げる。

 

「イッセーさんと、別れようと思ってます」

 

 アーシアの言葉に兵藤夫妻が大きく目を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないね。こんな軟禁紛いな扱いをして」

 

「監禁、に訂正してもらえませんかね?」

 

 椅子に座らされて両手を錠されたシオンはさすがに笑って流せる状況ではなくゼノヴィアを鋭い目を向ける。

 しかしゼノヴィアはまるで自分が掛けた手錠を今気づいたと言わんばかりに軽く謝罪して鍵で外す。

 

 連れて来られたのはどこかの店の個室だった。

 見るからに高級と判る店だ。シオンの給金ではおいそれと入れない程の。

 説明されていたのか個室に案内される最中も手錠をされているシオンを案内役の従業員は特に問い質すこともなく連れて来られた。そしてその個室には先にアーシアによく似た二十代前後の女性と赤龍帝に似た十代半ばの少年がいた。

 手錠を外されたシオンは手首を擦りながら何の真似か問う。

 

「その前に自己紹介をさせてもらおう。私は―――――」

 

「知っています。ゼノヴィア・クァルタさんでしょう?貴女が有名人の赤龍帝・兵藤一誠氏の眷属なのもありますが、貴女がゲームに初参加した若手悪魔のシトリー戦でリタイアしたゼノヴィアさんを治療したのは私ですから」

 

「そうなのか!それはますます済まない。だがこちらがそれだけ本気だということも理解してほしい。2人はアーシアと兵藤イッセーの子供だ」

 

「兵藤愛理と申します」

 

「兵藤誠二っス」

 

 愛理はシオンを品定めするように観察し、誠二はこの状況を楽しんでる風だった。

 

「私は搦手という奴は苦手でね。そちらも時間があるだろうし単刀直入に訊こう。貴女は、アーシアをどう思っている?」

 

 本当に単刀直入に訊いてきたゼノヴィアにシオンは驚きながら何が目的なのか考える。

 もしかしたら、自分にアーシアを押し付けることで目の前の女性が何らかの得があるのだろうか?

 それとも、自分とアーシアの関係で不利益が有るのか。

 疑うような視線をするシオンに気付き、ゼノヴィアは苦笑する。

 

「今回は本当にアーシアが選んだ男がどんな人物か知りたかっただけだ。実を言うとね。彼女はイッセーとの離婚を考えて行動している。もちろん、貴方と一緒になるためにね」

 

「離婚!?」

 

 あまりの急展開にシオンは声を荒らげた。

 まさか2・3日でそこまで話が進むとは思ってなかった。

 その行動力に驚きと称賛の気持ちを抱いていると話を愛理が続ける。

 

「母は本気です。本気で貴方と添い遂げたいと思ってます。ですが貴方がもし軽い気持ちで母を誑かしたのなら許さない――――」

 

 冷気すら感じそうな冷たい視線に隣で座っている誠二が怖がって距離を取る。

 逃げられない状況。だが、2人が彼女の子供だと言うなら、アーシアをどう思っているのか言葉にすべきだと思った。

 だからあの日の言葉を繰り返す

 

「私は、アーシアさんをひとりの女性として想ってます」

 

 ただ真っ直ぐに愛理を見つめてそう言う。

 

「旦那さんがいない間を狙って近づいて来た間男と思われても仕方ない立場だと思います。ですが私は彼女と一緒になりたい。アーシアさんを幸せにしたい」

 

 口にしながら、シオン自身アーシアに対する感情を整理していく。

 

 植物園でのデートで楽しそうに笑い、喜ぶ彼女の姿を覚えている。

 なじみの店で一緒に食事をして話し合った時間を覚えている。

 家庭が上手くいかずに崩れ落ちそうだったか姿を覚えている。

 

 自分はアーシアに幸せになって欲しいのではなく、幸せにしたいと思った。自分の手で。

 

「私は、アーシアさんが欲しい」

 

 言い切ると愛理は立って近づき冷たい視線のまま見下ろす。

 

「父はきっと許しません。殺されるかもしれません。命が惜しいのなら、ここは引くべきだと思いますよ。医者が命を蔑ろにするなんて笑えません」

 

「それは怖いですね。でも私は戦う力を持ちませんから。言葉で尽くすしかないじゃないですか。生死に関しては……そうならないように努力するしかないです」

 

 愛理に脅しにも真面目に答えるシオンに諦めたように息を吐いた。

 それにゼノヴィアが彼女の肩に手を置く。

 

「気は済んだか?」

 

「えぇ、まぁ。なんというかここまできっぱり言われると羨ましいというか恥ずかしいというか。数で勝負するより一点を狙った方が貫通力が高いんだなぁって納得しちゃったと言いますか」

 

 頬を赤くして手で自分を扇ぐ愛理。

 後ろに居る誠二もよくあんなこと恥ずかしげもなく言えるなぁと感心している。

 

「という事らしい」

 

「はぁ……」

 

 要領を得ずに首を傾げているシオンにゼノヴィアは面白そうに言う。

 

「十日後にイッセーが帰国し、その際にアーシアも離婚の話を出すだろうから貴方も来るといい。まさか、アーシアだけに頑張らせる訳じゃないだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかい……」

 

 アーシアの告白に兵藤父は淋しそうに息を吐いてそう言った。

 怒るのでもなく何故と問われるのでもないその反応にアーシアは戸惑った。

 なじられる覚悟すらあったのに。

 兵藤母の方も同じような表情だった。

 

「アーシアちゃんから送られてくる手紙から、どんどんあの子の名前が書かれなくなって。最近だとイッセーのことを書いてあることが稀だったじゃない。だからかしら。今日来るって聞いた時も、そんな話になるんじゃないかって思ったの。そうでなければ良かったのだけれど」

 

「なら、どうして……」

 

 自分を責めないのか。

 

「アーシアちゃんが簡単にそんなことを決める子じゃないって知ってるからねぇ。ここに来るまでも、ずいぶん悩んだんだろう?イッセーや子供たち。そして俺たちへの義理立て。ずっと我慢を続けてたんじゃないかい?その顔を見れば分かるさ」

 

「で、でも!わたしは!イッセーさんを裏切って!逃げようとして……!」

 

 自責から叫ぶように言うアーシアに義母が肩に手を置いた。

 

「アーシアちゃんが初めて来たときは嬉しかったわ。息子もそうだけど、私は娘も欲しかったから。後に何人も娘が増えたけど、初めての娘がアーシアちゃんで良かった。だから、無理に抱えこまないで。アーシアちゃんはアーシアちゃんの幸せを1番に思っていいの。貴女の人生がまだ長いのなら猶更に、ね?」

 

 あぁ、敵わないなぁとアーシアは思った。

 これから何百年。もしかしたら何千年生きてもこの夫婦には敵わないのではないかと思う。

 だけどいつか、この人たちのようになりたいと思った。

 ボロボロと涙が出る。

 

「ごめんなさい……イッセーさんと、ずっと一緒に居るって約束してたのに……」

 

「謝らんでくれ。それは、あいつが不甲斐無かっただけなんだから。ありがとう、アーシアちゃん。俺たちの最初の娘になってくれて」

 

 泣くアーシアをなだめる夫妻。その形は間違いなく親子の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵藤一誠は唐突に目を覚ました。

 まだ起きるには早い時間で彼の左右には裸のリアスと朱乃がまだ眠っている。

 寝ぼけた頭で深く考えずに起き上がり、端末を見ると、そこにはアーシアからのメールが届いていた。

 

(なんだろう……また誠二のことか?)

 

 ある意味自分の血を色濃く受け継いだ息子。少し前に何度もアーシアから相談されていた。

 落ち着いたと聞いてたから安心していたのだが。

 

「え?なんだよこれ……!?」

 

 メールの内容を確認して一誠の目が一気に覚める。

 

 

 

 

 

 アーシアからのメールには、自分と離婚したい旨が書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で完結です。



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最終話:歩くような速さで

マズイ。ちょっと一誠アンチ要素が強すぎた。それに伴い文字数も増えた。


「アーシアちゃん」

 

 話を終えた後に一泊した兵藤家を出ようとしたときに義母から呼び止められた。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「アーシアちゃんがイッセーと別れるのは分かったけど。もしかして今、良い人はいるの?」

 

「あ、その……はい……一緒になりたい人が居ます……」

 

 義母の質問にアーシアは頬を染めて申し訳なさそうに頷いた。

 しかし反対に義母は嬉しそうだ。

 

「なら、今度家に連れて来なさい。アーシアちゃんの新しい恋人。会うのが楽しみだわ!」

 

「イッセーの時は言えなかったが俺もお前に娘はやらん!って台詞を言ってみたかったんだ!」

 

「まぁ、あなたったら」

 

 相手がどんな男なのか質問したり自分たちで想像したりする義両親にアーシアは呆気を取られながらもむず痒い気持ちになり、やっぱり敵わないと再認識する。

 この人たちはいつも面白おかしく、楽しそうに振る舞い、自分たちのことを1番に想ってくれるのだ。

 

「はい!必ず連れてきます!」

 

 また目頭が熱くなったが、それはとても嬉しいことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠は冥界に帰国する列車で苛立ちを隠せずにいた。

 原因は先日妻のひとりであるアーシアから送られてきた自分と離婚したいというメールのことだった。

 どういうことなのかとメールや通信を送っても直にあって話をしましょうの一点張りでそれ以外取り合おうとしなかった。

 

 そんな一誠にリアスは今日の朝に届いたグレイフィアからの手紙を広げる。

 

「最近のアーシアの動向を調べて送ってもらったのだけれどどうやらとある男性と仲の良い姿が確認されているわ。それもその人とデートする姿も目撃されてるみたい」

 

「デート!?」

 

「あらあら。新しい恋ですか。アーシアちゃんもやりますわね」

 

 リアスの報告に一誠はあからさまに動揺し、朱乃は面白そうに笑みを深めている。

 

「相手は同じ職場のレーティングゲームの医療スタッフ。冥界の地方出身で家柄は低いけど努力と功績で評価を上げた叩き上げ。性格は至って温厚かつ物腰の柔らかい人で周りからの評判も良い」

 

 リアスは一緒に送られてきたシオンの写真を2人に見せる。

 そこには取り分け目立つ容姿ではない、特徴のないことが特徴のとでも表せる眼鏡をかけた男性が写っていた。

 それを一誠は親の仇を見るように凝視している。

 

「周りになんて思われてようが人の女に手を出そうなんて最低な奴だ!きっとディオドラみたいな奴に決まってるぜ!」

 

 一誠はそう吐き捨てながらかつてアーシアを陥れたひとりの悪魔を思い出して不機嫌さを増す。

 あのアーシアが自分以外の男と一緒に居るという怒りと何かあったのではないかという不安。

 もしかしたらこの男に何かしらの脅迫を受けているのではないかとすら思える。

 アーシアが自分以外の男に靡く可能性を始めから切り捨てて一誠は怒りを蓄積させる。

 

「とにかく、人の女に手を出すクズな男は俺がぶっ飛ばしてやるぜ!これ以上アーシアの周りはうろつかせねぇ!」

 

 そう決意を込めて一誠は神滅具が宿った左手を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兵藤一誠が冥界に帰国する十日間の間にアーシアとシオンは特に何かしら進展は無かった。

 たまに2人で食事を摂ることは有れど、基本的には普段通り過ごしていた。

 まぁ、ゼノヴィアたちがシオンを力づくで連れていった件はアーシアの耳に入ることとなり、翌日謝ったが。

 

 

 

「あの、シオン先生……」

 

 仕事の合間に誰もいないのを見計らって話かけられシオンは一瞬どうしたのかと思ったが、すぐに要件に気付いた。

 

「明日ですね……」

 

「……はい」

 

 明日、兵藤一誠が冥界に帰国する。

 向こうの話ではすぐ家に帰って話がしたいらしい。

 

「……今更、こんなことを訊くべきではないのかもしれませんが、本当によろしいんですか?」

 

 例え相手に不満が募っていたとしても数十年籍を入れていた夫だ。こんなにも早く取り決めてしまっていいのかとも思う。

 シオンの問いにアーシアは小さく笑い、本当に今更ですね、と頷く。

 

「今回を逃せば次はいつ話せるかわかりませんし。それに、期待をするだけして動かないのも疲れてしまいましたから」

 

 心のどこかで夫がいつか自分を1番に見てくれる日が来るのではないかと期待していた。だが、アーシアが兵藤一誠に対して愛情を薄めていったように。きっと向こうにとってもアーシアに対する想いに変化はないだろう。

 愛してくれているのは本当だろう。そこは疑っていない。だがそれはあくまでも複数の女性のひとりとしてだ。

 そこに優劣はなく横並びに与えられる愛情があるだけ。

 

「誰かさんが1番強く想われる心地良さを教えてくれましたから」

 

 抜け出せなくなっちゃいました、と小さく舌を出す。しかしすぐに表情を曇らせた。

 

「シオン、さんこそ……その、よろしいんですか?」

 

「あの時の言った言葉が全てです。貴女には笑って居て欲しい。そして貴女の傍に居たい。その為なら、です」

 

 真っ直ぐと言い切るシオンにアーシアは顔を赤くして少し距離を取る。

 

「そ、それじゃあ!私はBブロックのほうですから!?」

 

「はい。後の治療も頑張りましょう」

 

 そう言って別れると何もない廊下で転びそうになるアーシアを見て、この後の治療大丈夫かなと不安になったが彼女もプロだ。すぐに意識を切り替えるだろう。

 

「しかし、赤龍帝か」

 

 冥界の英雄。全ての神話でも最強の一角とも謳われている存在。

 そんなドラゴンから()を奪おうというのだ。我ながらどうかしてる。

 

「遺書くらい、書いておいた方がいいかもしれませんね」

 

 そんな不吉な考えが頭に過った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼にアーシアから教えられた場所に車を停めるとゼノヴィアが迎えに来てくれた。

 

「やぁ」

 

 軽く手を振って挨拶をするゼノヴィアに若干の警戒心を持って対応する。

 

「今日は、当身とかやめてくださいね?」

 

「貴方も大概失礼だな。先日はあくまで必要だったからだ。それにレーティングゲームの出場資格のある者が一般人を攻撃するのは普通に犯罪だ」

 

 当たり前だがレーティングゲームの出場選手は人間界で言えばプロの格闘家に近い立場だ。不用意に攻撃することは当然禁じられている。

 

「あの時はちゃんとカメラの位置を確認していた。もしものことがあってもグレモリー家の権力で、ね。それに今日はそんなことをする必要はないだろう?」

 

「なんででしょう。まったく安心できません」

 

 案内を受けながらかゼノヴィアと2人で歩き話をする。

 

「さて、君たちはどうやってイッセーを説得する気かな」

 

「会ってみないことにはなんとも。さすがに闘って勝てと言われたらお手上げですが」

 

「正直だね」

 

「出来ないと分かっていることを出来るというのは格好良い悪い以前詐欺ですよ」

 

 たとえば治療法も治す薬もない病が蔓延して無責任に治せると吹聴する医者がいたとする。それが責任感から来るモノか、同情から来るモノかは知らないが、患者からすれば治るか治らないかしかないのだ。そしてそんなことをすれば医者に対する信頼は地に墜ちるだろう。

 だからシオンは出来ることと出来ないことはしっかりと断言する。

 

「安心してくれていい。イッセーもいい加減いい歳だからね。自制心くらい身に付けている、筈?」

 

「なぜ疑問形なんでしょうか?」

 

「気にするな。仮にもし暴れても私と愛理がどうにかする。貴方はアーシアの傍を離れないでくれればいい」

 

 大きな客間の前に案内されて扉の前にはアーシアが立っていた。

 その表情は誰が見てもわかるほどに緊張している。

 

「シオンさん……」

 

 シオンを見て僅かだが強張っていた表情が緩む。

 

「あはは……やっぱり、緊張しますね」

 

 そう笑っていたアーシアはすぐに表情を引き締める。

 

「シオンさん。イッセーさんとはちゃんと話をしたいと思います。今までのこと。そしてこれからのことも」

 

 だから、出来る限り話に割って入らずに自分に任せて欲しいと言う。

 少し考えてから分かりましたと承諾する。

 それにホッとして使用人が扉を開けると、そこには長いテーブルが置かれており、向かいの奥にリアス。その近い席に一誠と朱乃。扉近くの席にアーシアの実子である愛理と誠二が座っていた。

 

 一誠はシオンの姿を見るなりその顔を憤怒のモノへと変える。もし殺意が物理的な攻撃力を持つなら、睨まれただけでシオンは肉片も残らずに消し飛んでいたかもしれない。

 

「来たわね。座ってちょうだい」

 

 リアスが指示すると中に居た使用人がテーブルの椅子を引き、座るように促す。そしてすぐに使用人を退出させた。

 

「リアスお姉さま、朱乃さん、イッセーさん。お久しぶりです」

 

「えぇ。会えて嬉しいわ、と素直に喜べないわね。今回は。」

 

 リアスはシオンに目を向けると自己紹介し、シオンも無作法にならないように名を名乗った。そこからリアスが話を取り仕切る

 

「今回はあまり大っぴらに話せることではないから専用の部屋を用意したわ。ここなら魔術的、機械的にも盗聴の心配はない。時間があまり取れないから早速本題に入りましょう。アーシア、イッセーと離婚したいという話、本気なの?」

 

「はい……」

 

「なんでだよ!?」

 

 頷くアーシアに一誠が勢いよく立ち上がった。弾みで椅子が倒れる。

 

「なんでそんな話になるんだよ!?おかしいだろ!?そいつに何かされたのか!?だったら、俺が何とかして―――――」

 

 イッセーの言葉にアーシアは静かに首を横に振った。

 

「確かに、離婚を踏み切ろうと思ったのはシオンさんの存在は大きいです。ですがその考え自体はシオンさんと仲を深める前から有ったものです」

 

 アーシアもどうして自分がこんなにも落ち着いて話せるのか理解していなかった。まるで劇場の外から舞台の上を操作しているような感覚で自分の肉体に自らの想いを吐かせる。

 しかしその感覚も一誠の言葉でヒビが入った。

 

「なんでそんな風に思ったんだよ!俺たち、ずっとこれまでに上手くやってきたじゃないか」

 

「上手く……?」

 

 アーシアは一誠の言葉に表情を僅かに歪めた。

 ここまで認識が違ったのかと呆れや哀しみが生まれた。

 

「イッセーさんは本当にそう思っているんですか?」

 

 僅かに動いた表情。アーシアにはそんなつもりはなかったのかもしれないが、その視線は一誠を睨んでいるように周りには見えた。

 感情的になってはいけないと一度息を吐く。

 

「少し前に誠二くんが起こし続けていた問題を覚えてますか?」

 

「な、なんだよアーシア。その件はもう解決したって……」

 

「はい。確かに解決しました。今の誠二くんは学園で問題も起こしてません。以前よりも大分落ち着いてくれました。ですが問題はそこではないんです。イッセーさん。私は何度もイッセーさんに誠二くんのことを相談しました。その時々に返していた返事を覚えてますか?」

 

「それは……」

 

 口ごもる一誠にアーシアは答えた。

 

「その内誠二くんも落ち着くだろうから今は我慢してくれ、です。他にも色々ありましたがこれが1番多かったです」

 

「でも実際にっ!?」

 

「はい。確かに落ち着いてくれました。でもその間はとても辛かったです。学園に呼び出されて英雄の妻のくせに子供の教育1つまともに出来ないダメな母親となじられたこともあります。私も、自分が至らないから誠二くんが問題を起こすのだとずいぶん悩みました。その所為か、何を食べても味がしなくなって、好きなものを食べても美味しいと感じられなくなり、嫌いなものを食べても美味しくないとも思えなくなりました。そんな私を支えてくれたのは愛理ちゃんとゼノヴィアさんでした」

 

 2人には思い悩むアーシアを随分と慰め、励ましてもらった。他にも言うなら、まだ幼い子供たちの気遣いにも癒された。

 そこで朱乃が話しに割って入った。

 

「でもアーシアちゃん。離婚は飛躍しすぎじゃないかしら?失礼かもしれないけど、その方をアーシアちゃんの2人目の夫にすることも、冥界なら可能ですわよ」

 

「朱乃!?俺は反対だよ!!こんなどことも分からない奴が俺のアーシアの夫になるなんて!!」

 

「私としては朱乃に賛成かしら」

 

「リアス!?」

 

「だって彼が優秀な医者なのは功績から見ても明らかだもの。ここには小さな子たちも居るし、何かあった時に対処できる人が多ければ心強いわ。もちろん、彼の人格に問題ありなら別だけど……」

 

「そ、そうだ!人の女に手を出すような奴だぞ!?まともな訳ないだろ!どうせアーシアの身体とか能力や財力とかそういうの目当てで―――――」

 

 頭に血が上って思いつく限りの暴言をシオンを指さして口にする。

 しかしそれはアーシアの声で鎮まる。

 

「イッセーさんっ!!」

 

 大きな声で呼ばれて一誠は体を硬直させた。

 

「これ以上、シオンさんを侮辱するのはやめてください。それと今は()と話をしているんです。()と話をしてください!」

 

 強くそう言われて一誠はたじろぐ。あんなにも大人しいアーシアに強く制されたのに驚いた。

 一息ついてアーシアが話を続ける。

 

「私は、シオンさんをそういう立場に置くつもりはありません。イッセーさんとの離婚は私なりのケジメではありますが、1番の理由はもう私は、イッセーさんと夫婦として在れる自信がないんです。このことは既にお義父さまとお義母さまに話を通してあります」

 

 さすがにこの言葉には周りも驚いた。

 

「イッセーさん。イッセーさんは新しい奥さんを迎え入れましたよね?」

 

「あ、あぁ……で、でもそれはアーシアも納得してただろ!?」

 

「はい。確かに私はイッセーさんがお決めになったのなら反対しないと言いました。だって――――」

 

 次に口から出された言葉に場が凍り付いた。

 

 ――――――どうでも良かったんですもの。

 

「ど、どうでも……?」

 

「はい。イッセーさんが誰を迎え入れようと、子を為そうと、無感動だったんです。そんな私がここにいつまでも居られないと思ったんです。それにイッセーさん」

 

「な、なんだよ……?」

 

 もう一誠にはアーシアの言葉を聞くのが恐ろしく感じ始めていた。まるで自分の不甲斐無さを突き付けてくるようで。

 

「誠二くんの好きな食べ物を()()()ですか?」

 

 覚えていますか?ではなくご存知ですか?と聞いた。

 

「あ、それは、その……」

 

 一度誠二の顔を見るが答えられずに悩ませている。

 アーシアはさらに続ける。

 

「アリスちゃんは?ミカドくんは?ターニャちゃんは?レオナちゃんはどうですか?」

 

 今挙げた名前は一誠の子供たちの中でも特に幼い物心ついたばかりの子たちだ。

 一誠は何1つ答えられないでいる。

 当然だ。そういうのを知るのにその子たちは一誠と過ごした時間は殆どないのだ。

 

「で、でもそれは仕方ないだろ!?」

 

「はい。分かってます。イッセーさんはとても大事な仕事をしています。貴方のおかげで多くの人が助かっているのも事実です。でも、だからこそもう私たちはもう駄目なんです」

 

 この先、また一誠の子を産んでも、彼はどれだけ同じ時間を過ごせるだろう?

 ゼノヴィアを含めてグレモリー家の教育係は優秀だ。社会に出る、と言う意味ではさほど問題は起こらないだろう。だがアーシアが言いたいことはそうではなく、一誠もそのことを察した。

 

「お、俺だってあの子たちとちゃんと接したかったさ!!でもやることは山ほどあって、時間が取れなくて!!でも!でもちゃんといつか――――」

 

「いつかとは、いつですか?」

 

 その声はさっきまでとは違う、明らかな怒気が含まれていた。

 

「いつかなんて日はいつですか?」

 

 子供の成長は一瞬だ。悪魔の生ならさらにそう感じるだろう。

 一誠に時間が出来た時、子らは一体幾つになっているのか。

 

「イッセーさんは私の初めての友達になってくれました。リアスお姉さまにはレイナーレさまに殺された私を転生させて生き返らせて、たくさんの幸福を教えてくれました。どれだけ感謝してもし足りません。でも、私は、もうここでイッセーさんを支えられる自信も、頼れる自信もないんです」

 

 締め括るようにアーシアは頭を下げる。

 

「ごめんなさい……」

 

 少しの沈黙が流れ、ギリッと一誠の奥歯を噛む音がして客間を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 客間を出た一誠はよく整備された芝生に大の字になって寝転んだ。

 そしてすぐに近づいてくる気配に気づく。

 

「なんでアンタが来るんだよ……」

 

「貴方とは2人で話がしたいと思っていたので」

 

 現れたのはシオンだった。

 一誠はシオンに視線を向けずにポツリポツリと話始める。

 

「アーシアと初めて会った時、ひとりぼっちだったんだ。悪い堕天使に利用されて。俺からしたらなんでもないことで大喜びして。それからリアスに助けられて、一緒にヤバい奴らと戦って死線を潜り抜けて」

 

 言葉とともに思い出される日々。

 何処からズレたのかを探すように振り返る。

 

「俺がプロポーズしたときも泣きながら喜んでくれたんだ。初めて、守ってあげたいって思った女の子だったんだ。それを……それを、なんでポッと出のアンタなんかに取られなきゃなんねえんだよ!!」

 

 胸ぐらをつかんで睨みつける。

 しかしシオンの表情は変わらなかった。

 クソッと手を放して毒づく。

 

「兵藤さん。私は、貴方のように戦う力はありません。それでも、アーシアさんに傍に居たいと思ってます。だから―――――」

 

 一誠を真っ直ぐ見つめて言った。

 

「アーシアさんを。貴方の奥さんを、私にください」

 

 言われて一誠は絶句する。

 

「最低な台詞だなぁ」

 

「自覚はあります。でもこれ以外言いようがないので」

 

 だぁあああっ、と頭を掻いて捲し立てた。

 

「アーシアにとって俺はもうお払い箱だろ!!好きにしろよ!クソッ!!なんでアーシアに言葉でズタボロにされてアンタにまで追い打ち掛けられなきゃなんねぇんだ!!」

 

 シッシッ!!と追いやろうとする。そこで思い出したようにシオンを指さした。

 

「もしアーシアを不幸にしたらドラゴン化して喰うからな!!絶対だぞ!」

 

「はい。その時はひと思いに」

 

 苦笑しながら礼をしてシオンはその場に消えた。

 それを確認して一誠はもう一度芝生に寝転がる。

 

「初めて好きになってくれた女の子ひとり留められないなんて……なにがハーレム王だよ。カッコわりい……」

 

「まったくね」

 

 現れたリアスが一誠を見下ろす。

 

「アーシアが今までお世話になりました。ごめんなさい、だそうよ。荷物が纏まったら愛理と誠二2人を連れてここを出るって。アーシアの僧侶の駒のことだけど、お母さまと交換して実質フリーになるでしょうね」

 

 さすがに離婚した相手を眷属としておくのは世間体に悪いため、そういう措置になるだろうと説明する。

 

 起き上がらない一誠にリアスは息を吐いて話を続けた。

 

「ぼやぼやしてる暇は無いわよ、イッセー。最近、アーシア以外の子たちとも連絡取ってないじゃない?このままだとアーシアの二の舞になるわよ、確実に」

 

 リアスの言葉に一誠は跳び起きた。

 

「ちょっ!?こんなことが何回もあったら俺立ち直れないよ!?」

 

「だったらもっとちゃんとなさい。とりあえずまだ時間はあるし、小さい子供たちと遊んであげたら?みんな、おっぱいドラゴンが遊んでくれるっておおはしゃぎよ?」

 

「それ父親(おれ)じゃなくておっぱいドラゴンの来訪を喜んでるよね!?」

 

「仕方ないじゃない。父子として過ごした時間がほとんどないんだから」

 

 呆れるように言うリアスに一誠は叫んだ。

 

「クソ!やってやるよ!すぐに俺がお前たちの父ちゃんだって分からせてやるよぉおおおおおっ!!」

 

 ヤケクソ気味に子供たちがいる館へと走る。

 そんな夫をリアスは苦笑しながらも温かな瞳で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一誠と別れてシオンはアーシアを発見した。いや、もしかしたら待っていたのかもしれない。

 

「どうでしたか?」

 

「アーシアさんを不幸にしたら喰いに来るそうです」

 

 隣に立つと、アーシアが顔を俯かせて震えていた。

 

「アーシアさん……」

 

「すみません。ここを離れると思うと、なんだか……」

 

 これは望んだ結末だった筈だった。

 しかし何十年と過ごした時間を切り離して何も感じられないほどアーシアはこの場所に思い入れがないなんてことはない。

 辛いこと以上に、幸福な時間は確かにあったのだ。

 

「イッセーさんにも酷いことばかり言って……」

 

 兵藤一誠に対しても憎いだとか、嫌いだとかいう感情が生まれたわけではない。

 ただ、想いを向ける場所が変わっただけ。

 だからこそ敢えて感情を押し殺して淡々と話をしたのだ。

 

 顔を追い隠すアーシアをシオンを隠すように抱きとめる。

 

「よく頑張りましたね。ありがとうございます、アーシアさん。ありがとう、アーシア」

 

 優しく頭を撫でる。

 声を押し殺して泣くアーシアをずっとそのまま泣き止むまで続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、兵藤一誠とアーシア・アルジェントの離婚が表明される。

 会見で一誠は離婚は彼女を支えきれなかった自分が原因と答え、彼女に追及するような真似は控えるように言い含めた。

 

 アーシアも今回の件でレーティングゲームの医療スタッフを辞職することを決意したがそれは多くの選手の嘆願により取り下げられる。

 選手の中には彼女の熱狂的なファンもおり、アーシアが辞めたら自分はいったい何を楽しみにレーティングゲームで負傷すればいいのかと宣う馬鹿がいたらしい。

 これは極端だが程度はあれ、彼女の存在が選手のモチベーションに関わっている部分もある為、退職は取り下げられることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔こんなことがあったんだよ。

 

 バーで飲んでた時に動物の耳を生やした黒髪の色っぽいねーちゃんがいてさ。声をかけて一緒に飲んだら意気投合して。店で会う度に仲良く飲んでたんだ。

 その際に胸とか体に当てて来てさ、良い目見させてもらったよ。まぁ、今考えると酒代を一緒に払わされてたからATM代わりにされてたんだろうけどな。それでも良い思いはしたつもりだし、それくらいはどうってことなかったわけよ。

 酔った勢いというか、思考が飛躍してさ。こいつ絶対俺に気があるぜ!って思って相手の意識が定まってないことをいいことにホテルに連れてこうとしたんだ。

 そしたら、めちゃくちゃ殺気放ってる男が近づいて来て俺の女に何しようとしてんだぁあああって、一発殴られたわけですよ。

 俺が口説いてた女は赤龍帝の奥さんのひとりだった訳。

 めちゃくちゃ痛くて歯が5本折れてな。首もヤバい方向に曲がったんだよ。まぁ、その時一緒に居たアーシア先生に治してもらったわけだけど。

 しかもその後に酔った人妻をホテルに連れ込もうとしたとかで俺が一方的に悪者になってるし。つーか治した後にすげー怖い顔で俺の女に次近付いたら容赦しないとか言ってくんの。

 いや確かに邪まな気持ちはあったよ?でも首の骨折ってそれはなくね?ヤクザの美人局かっての!!

 やり返そうにもあっちこえぇし、どうしたもんかなぁって十数年考えてたら俺の親友がアーシア先生と両想いっぽいじゃないですか。

 これで俺はピンと来たわけですよ!親友の恋を成就して赤龍帝に対して嫌がらせも出来る一石二鳥の策を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけですよ、ディア・マイ・フレンド」

 

「……なんでそんなこと今話したのさ」

 

「とりあえず離婚騒ぎも収まってきたし。お前の再就職祝いと読者へのネタバレ説明をちょっと」

 

「読者って誰?」

 

 悪友(エリル)の言うようにシオンはレーティングゲームの医療スタッフを既に辞している。

 まだ正式にアーシアとの籍はいれていないが、いずれバレるだろうし夫婦で同じ職場だと色々と言われる為に影響の少ないシオンは辞めたのだ。

 再就職したのは例のパスタ屋の店長の実家の大病院だ。

 おそらくエリル経由で情報を得た店長が推薦状を書いてくれて向こうも人手不足だったこともあり、就職活動とは名ばかりのスピードで再就職先が決定した。

 

 職場説明を受けた帰りにばったり会ったエリルに今の話を聞かされたわけだが。

 つまり以前、言っていた赤龍帝に半殺しにされた人物とはエリル本人だったわけだ。

 

「それじゃあ、チケットを渡してからの展開も君の予想通りなのかな」

 

「まさか!まさか!俺はただ、2人がちょっと親密になればいいなって思っただけだよ。恋の成就も数年単位で達成すると思ってたし?つか、1回デートして離婚の話まで発展するとか予想できねぇよ!今までお前のその行動力はどこに眠ってたんだ?」

 

 絡んでくるエリルの手を払う。

 

「で?満足したの?」

 

「それなりにな!欲を言えば、お前たちが少しずつ仲を進展する様をニヤニヤしながら観察したり隠し撮りしてお前の顔にモザイク掛けて赤龍帝に送ったりして遊んでやりたかったが、まぁそれは贅沢だと諦めるよ」

 

「……手早く話を進めて良かったと今本気で思ったよ」

 

 はっはっはっと笑うエリルは少しだけ顔を真面目にする。

 

「正直、お前に殴られるくらいの覚悟はあったぞ。どうする?」

 

「イヤだよ。君がやったことなんてチケット渡しただけじゃないか。むしろ裏があって安心したし。利用された云々は思うところがあってもそれくらいで怒ってたらこんなに長い付き合いにはなってない」

 

 諦めたように息を吐くとエリルは嬉しそうに笑みを深める。

 

「詫びと言っちゃなんだが、今度俺のおごりで飲もうぜ!お前の未来の奥さんの酌でな!」

 

「行かないよ!」

 

 未来の奥さんの酌、と言う単語に反応するシオンにエリルは爆笑した。

 

「じゃあまたな、親友(シオン)

 

「えぇ、また。悪友(エリル)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリルと別れた後に向かったのは慣れ親しんだマンションではなく。

 二階建ての一軒家だった。

 さすがにあのマンション部屋で4人暮らしは手狭なため、思い切って家を購入することにした。

 グレモリー邸に比べて小さな家に多少の申し訳なさがあるが、思いの外に好評だった。

 誠二は自分の私室があれば充分らしく、愛理はこれくらいが丁度良いと笑っていた。

 アーシアは人間界にある実家に似ているこの家をとても気に入っている。

 

 連れ子である愛理と誠二とはギクシャクすることはあるが概ね上手く行っている。

 

 愛理はこちらを試すような視線を向けるがそれはそれで楽しいと思える。

 誠二は稀に猥談を吹っ掛けてくるところに困ることはあるが今のところ仲は悪くない。

 

 またあの時いなかった赤龍帝の奥方たちがこぞってシオンを見ようと家に来るが、今のところ険悪な関係になった者はいない。

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「おかえりなさい」

 

 エプロン姿で出迎えに来たアーシアは新しい職場について聞く。

 

「案内をしてくれた人も良い人でしたし、やって行けそうです。それにしてもすみません。家事を任せてしまって」

 

「いいんですよ。向こうじゃ、家政婦の方がたくさんいて、あまりする機会はなかったですから。今は家事ができて楽しんです」

 

 家に上がるとアーシアがじーっとシオンを見ている。

 

「やっぱりまだダメですか?」

 

「あの時は勢いで言えたんですけど今はやっぱり気恥ずかしいと言いますか……」

 

「私は気にしないのに」

 

 アーシアを抱きしめたあの時に呼び捨てに呼んでもらえて嬉しかったらしく、これからもそう呼んで欲しいとお願いされたが、シオンの方がまだ慣れないらしく、たまに無意識に呼び捨てになるくらいだ。ついでに口調ももう少し砕けて欲しいらしい。

 残念そうにしていたが、仕方ないと笑みを浮かべる。

 

「時間はたくさんありますから。ゆっくり行きましょう。あ、でも怠けるのはダメですよ?」

 

「ハハ……お手柔らかにお願いします」

 

 何も焦る必要はないのだ。

 時間はたくさんある。

 ゆっくりゆっくりと進んで行けばいい。

 自分たちのペースで時間を重ねて行けばいいのだ。

 

 

 ――――そう、歩くような速さで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて完結です。お付き合い、ありがとうございました。



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おまけ1:その後の話

山も谷も無い。
イリナ・ゼノヴィア・アーシアがその後の話をするだけの回。


 その日、イリナは久方ぶりに冥界の実家に帰ってきた。

 天界・人間界・そして冥界を忙しなく行き来するイリナにとって今回は約半年ぶりの長期休暇だった。

 

 疲れた様子を隠しもせずにフラフラと歩いていると2年ぶりに会う旦那を見かけた。

 

「あ、ダーリン、2年ぶりー」

 

「グハッ!?」

 

 悪意のないイリナの挨拶に一誠は血を吐くようなポーズを取って前屈みになる。

 そんな一誠の様子を疲れた頭では特に気にすることもなく横を通り過ぎようとすが一誠に呼び止められた。

 

「ま、待ってくれ!?」

 

「?」

 

「その……久しぶりに会ったんだし今日は一緒に寝ないか?ほら!積もる話もあるだろ!」

 

「……ゴメン、疲れてるから勘弁して」

 

 一誠の誘いを袖に振るイリナに一誠は「いや、でも……」と言い募ろうとする。しかし眠気が最大だったイリナには引き留めようとする一誠を煩わしく感じた。

 

「ダーリン……あ・と・で」

 

「……はい」

 

 隈ができた眼で笑い牽制するイリナに一誠ははい、と頷いて引き下がった。

 部屋に戻ったイリナは倒れ込むようにベッドに身体を預ける。

 

「久しぶりの七日間休暇だ~!」

 

 部屋に埋め尽くされた書類も会談も気にしなくていい七日間。流石に最終日は色々と準備はあるが今はとにかく眠りたい、休みたい。

 一誠の妻の中で一誠に次ぐくらい忙しく、フォローできる相方もいないイリナの疲労は転生天使の身体でも相当なモノだった。

 今回の休みで疲労を抜くのを怠ると次はいつ纏まった休みが取れるか。

 

 スーツ姿のままベッドに倒れたイリナはそのまま眠りにつく。

 その頃には一誠との会話はまったく記憶に残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。一誠が京都に旅立ってお昼に目が覚めたイリナは昼食をゼノヴィアと食べながら思い出したかのように口を開いた。

 

「そういえば、昨日ダーリンに会ったけどなんか様子がおかしかったなー」

 

「おかしいとはどういうことだ?」

 

「うん。なんか必死っていうか。泣きそうな感じだったなぁ。なんでだろ?」

 

 イリナが首を傾げているとゼノヴィアがあぁ、と納得した。

 

「どうやら、アーシアに離婚を突き付けられたのがよっぽど堪えたらしくてね。ついこの間も久しぶりに会った白音に昔みたいに膝に座る?などと訊いて、はぁ?と返されて傷ついていたな。今は、()たちや子供たちと関係を結び直すのに必死なんだろう」

 

「え?今更!」

 

 イリナからすれば驚きの解答だった。

 そもそも学生時代から一緒だったイリナですら今では数年に一度会うくらいなのだ。

 昔からの仲で未だ熱狂的に一誠に熱を上げているのは半分届くかどうか。大体は一誠に対する感情は好きだけど今は仕事をしている方が楽しい。もしくはイリナのように本当に会う暇がない程に時間がズレてしまったか。

 

「それにしてもアーシアさんか~。アレには驚いたなぁ」

 

 正直アーシアはどんなことがあっても一誠から離れないと思っていた。それがまさか1番最初に離婚なんて話になるとは思わなんだ。

 久しぶりに家に戻って事の経緯を聞いて納得すると同時に寂しい気持ちになる。

 どうして、もっと彼女の力になってあげられなかったのかと。

 

「でも相手の人は誠実そうよね。ダーリンと違って」

 

 本人が聞いたら手を床に付けて泣きそうな最後の一言にゼノヴィアは苦笑いを浮かべる。

 

「知っているかイリナ?先月2人は正式に籍を入れたぞ。離婚騒動もようやく治まってきたからな。式は上げないらしいが」

 

「そうなの!?」

 

「君にもメールで連絡を入れたと言っていたが……?」

 

「あーゴメン。仕事が忙しくてプライベートのメールを見るのを後回しにしていたら見るのを忘れてたみたい」

 

「まぁ、それなら丁度良い。明日、アーシアと会って出掛ける予定でね。イリナも一緒に来るか?」

 

「もちろん行く行く!!久しぶりにアーシアさんと会いたいもの!」

 

 身を乗り出して賛成するイリナにゼノヴィアが行儀が悪いと呆れられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼノヴィアが車を出して訪れたのは冥界に在るとある一軒家。

 それは人間界に在る義理の両親の家に似ていてどこか懐かしさを感じた。

 インターホンを押すと、少し遅れて中のドアが開いた。

 

「ゼノヴィアさん!イリナさん!お久しぶりです!」

 

「アーシアさん久しぶり~!やっと会えたー!」

 

 手を合わせて再会を喜ぶアーシアとイリナ。それに後ろからアーシアの新しい夫となったシオンが中へと促した。

 

「中へどうぞ。お茶を用意してありますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず再婚おめでとう、アーシアさん。そう言って良いのか分からないけど」

 

「いえ、とても嬉しいです。ありがとうございます」

 

 イリナの祝いの言葉を素直に受け取るアーシア。

 その薬指には以前填めていた物とは違う指輪が通されていた。

 そこでシオンがお茶を用意して現れる。

 

「ごめんなさい、シオンさん。お任せしてしまって」

 

「いえいえ。久しぶりの再会なんですから、これくらいはさせてください。アーシアも、話したいことがたくさんあるでしょう?」

 

 その会話にゼノヴィアがん?と顔を上げた。

 

「貴方はアーシアのことを呼び捨てで呼ぶようになったのか?」

 

「ハハ。はい。アーシアもそう望んでました。私の方もようやくこう呼ぶのに慣れてきました」

 

 言ってからじゃあ、ごゆっくりと退室するシオン。さすがに女3人の会話に入り込む気はないらしい。

 シオンの後ろ姿を見てイリナが羨ましそうに呟く。

 

「仲が良いんですね!いいな~。私も新しい人見つけようかな~」

 

「君にそんな余裕があるのか?」

 

「ないわよっ!毎日毎日書類整理と会議ばかりで異性どころか誰かとプライベートな話なんてここ最近してる余裕がホントないんだから!!そういうゼノヴィアの方はどうなの?」

 

「子供たちの教育で手一杯さ。今更他の誰かと一緒になる自分というのも想像できないしね。それに下手にイッセーを刺激するのもね」

 

 ゼノヴィアの言葉にイリナとアーシアはあ~、と困った笑みを浮かべる。

 

「その……イッセーさんはどうですか、その後」

 

「相変わらず忙しそうにしているよ。たまに帰ってきて私たちや子供たちと交流を図ろうと躍起だな。ようやく下の子たちもイッセーを父親だと認識し始めた。この間、パパいらっしゃい、だとか。お客扱いされてショックを受けてたが。白音にも冷たくあしらわれていたな。それと、ロスヴァイセも最近職場で一緒に居ることの多い男性が居ると知ってかなり焦っていた」

 

「……」

 

 なんとも言えない表情をするアーシアにゼノヴィアが苦笑してフォローする。

 

「これは別にアーシアとの離婚が原因じゃない。あのままなら誰かしら別れていただろうさ。その1番最初がアーシアだっただけだ。全てが悪くないとは言わないが、仕事を理由に私たちや子供との関係を蔑ろにしたイッセーが1番問題だった。アレを期に家族との関係を見直そうとしている。結果的には今のところ出来る限り良い方向へと動いているさ。だからアーシアが気に病む必要はない」

 

 ゼノヴィアはそう言ってくれるがやはり元夫を裏切った後ろめたさはそう簡単には消えないのだ。

 笑顔に暗い翳が見えてイリナが話題を変える。

 

「そういえば愛理ちゃんと誠二くんはどうなの?2人とも元気?シオンさんとの仲はどう?」

 

「はい。愛理ちゃんはお仕事の方がそこそこ忙しいみたいですけど。最近、少し気になる男性(ひと)がいるみたいで。シオンさんとも少しずつ打ち解けて来てますよ。誠二くんはよくシオンさんに勉強を見てもらってます。将来、医大のほうに進みたいみたいで。色々とアドバイスを貰ってます……」

 

 何故か誠二の医大に進みたいという話をする辺りで僅かに目線を逸らすアーシアにイリナとゼノヴィアはなんとなく理由を口にしてみる。

 

『もしかして女の人の裸が合法的に見れるとかいう理由?』

 

 声をハモらせて言う2人にアーシアは顔を引きつらせたまま頷いた。

 ただ、その雰囲気は決して重苦しくはない。

 

「最初はシオンさんがやんわりと窘めてたんですけどこのままじゃマズいと判断したのか色々と叱ってくれて助かってます。親子っていうか歳の離れた兄弟みたいです」

 

 自分を叱ってくれる男親というのが珍しいのか誠二の方も構って欲しさにバカなことを言っている節がある。以前のような問題を起こすような兆候は今のところ見られない。

 

「そっか。上手くいってるんだぁ」

 

 しみじみというイリナにアーシアは嬉しそうに笑った。

 前までグレモリー邸で会う度にどこか疲れたような、もしくは思い詰めたような表情をしていることが多かったアーシアだが、今はこうして落ち着いている。

 あの家を離れるという選択は、きっとアーシアにとって正しかったのだと思えた。

 

 そこでゼノヴィアが思い出したかのように呟いた。

 

「少し前にイッセーの両親と彼を会わせたのだろう?大丈夫だったのか?」

 

「あ、はい!お2人もシオンさんとすごく仲良くなられましたよ。私もシオンさんのご両親にご挨拶へと向かいました。とても大らかな人たちでしたよ」

 

 アーシアと兵藤夫妻の関係は今も変わらずに続いている。

 

 兵藤父が第一声に『お前にアーシア(うちの娘)はやらん!』と冗談を飛ばしたのに対してそれを真剣に受け取って頭を下げて自分たちを説得しようとするシオンに逆に兵藤父が面食らうという一幕こそあったが、その誠実さが好感を呼んで変なわだかまりを持つこともなかった。

 

「あの2人なら心配をしていなかったが相変わらずなのか」

 

「あー。私も会いたくなってきちゃった。休み中に顔見せに行こうかな。パパとは仕事の関係でたまに顔合わせすることもあるんだけど」

 

「そうしてあげてください。きっと喜びますよ」

 

 こうして住む場所や立場が変わっても、以前と変わらずに笑い合える。

 それは悪いことではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わざわざお見送りありがとね」

 

「うん。頑張って来い」

 

「お体には気をつけてくださいね」

 

「気をつけてる、余裕があるといいな~」

 

 遠い目をして次元を越える列車の前に立つイリナ。

 僅か7日間の休暇で子供の顔を見たり、アーシアやゼノヴィアと過ごしたりですっかり疲労が抜けたようだがこれから蓄積する疲れを考えて僅かに顔が翳る。

 そこで2人の後ろに立つシオンに向かって礼をする。

 

「アーシアさんのこと、よろしくお願いしますね」

 

「えぇ、それはもちろん」

 

 いきなり言われて面喰ったシオンだが当たり前のように答えるその姿を見て安心してここを離れられた。

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

「いってらっしゃい」

 

 昔と同じように答えるアーシア。

 それに満足そうにしてイリナは列車に乗った。

 

 時間が経って変わっていくモノ。変わらないモノの両方を胸に収めて。それぞれの日常へと帰っていく。

 

 交じり合った時間を大切にしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誰かこの作品の別ヒロインVerとか書いてくれないかなーとか考えます。
読んでみたい。


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おまけ2:グレモリー邸のある一幕

別作品として投稿しようと思ったけど話が繋がっているので。


 その子供は今日、誕生日であり、今も誕生日会の真っ最中なのだが主役の少年は浮かない表情で庭の隅っこにいた。

 少年の両親は人数の多い家族の中でも特に忙しい2人だった。

 だから、子供の誕生日でも会えることは稀で、今年も会えるのを密かに楽しみにしていた母親が帰って来れないと教えられたのが今日の朝のことだった。

 少年の母親はとても大事な役職に就いていて、普段の世話は血の繋がらない母親が見ていた。

 母親の方も何とか時間を作ろうとはしているがどうしても合わず、結局は仲の良い家族に任せてしまっている。

 仕方のない面はあるが、それを今日8歳になった子供に事情を呑み込んで納得しろと言うのは酷だろう。

 だから、少年は自分の誕生日であるにも関わらず、不機嫌そうに小石を蹴っていた。

 少年が不貞腐れていると声をかけてきた2人の女性。

 

「聖。今日の主役はお前だろう?こんな端の方にいないで、皆と話して来たらどうだ?」

 

「今日は私も料理作ったんですよ。みんなで一緒に食べましょう」

 

 ゼノヴィアとアーシア。

 2人は少年――――紫藤聖(しどうひじり)の実母と仲の良い2人は、何かと一緒の時間を取れないイリナの子供である2人を特に気にかけていた。

 聖は不貞腐れた表情で2人の母に問う。

 

「どうして、お母さんは帰ってきてくれないの?この前の兄さんの誕生日には帰ってきたのに」

 

「……」

 

 聖の質問に2人は困ったような表情をした。

 去年聖の兄である真の誕生日にはやや遅れたが帰って来た。

 その時、聖に中々会えないことを謝罪し、次の誕生日には必ず帰って来ると約束した。

 なのに、今年も帰って来なかった。

 

「そんなに、ぼくの誕生日なんてどうでもいいのかな……」

 

「そんなことはないんですよ。ほら、イリナさんからお手紙で謝っていたでしょう?」

 

 アーシアがフォローに入る。

 なにぶん、彼女たちは多忙な者が多く、こうした催しでも家族が揃わないことはそれなりにある。

 その時に子供を慰めて相手をするのは2人の役目だった。

 唇を噛んでアーシアの言葉を聞いていた聖にゼノヴィアが口を開いた。

 

「うん。イリナはヒドイ母親だな。子供の誕生日にも帰って来ないんだから」

 

「ゼ、ゼノヴィアさん!?」

 

 ゼノヴィアの言葉にアーシアが咎めるような視線を向ける。しかしゼノヴィアの方は肩を竦めて苦笑した。

 

「アーシア。こういう場合、無関心になって母親がいないことを気にかけなくなる方が問題だろう?そういう意味では聖の反応はいたって真っ当だと思うぞ」

 

「そうかもしれませんけど……」

 

 かと言ってあの物言いはどうかと思うアーシア。

 ゼノヴィアは膝を曲げて聖と目線を合わせ、真面目な表情で言った。

 

「だから、次にお母さんと会った時は、その不満を全部ぶつけてやるんだ。今日来てくれなかったことや寂しかったこと。胸の内にあるモノを全部」

 

「……いいの、かな?」

 

 聖は基本あまり自分の意見を言葉にする事はなく、イリナに対してもあまりワガママを言わない子だった。

 母親を困らせて嫌われるのが怖いから。

 それは一般的に見れば良い子、と表現されるだろう。

 しかしそれが必ずしも良い結果を生むわけではないとゼノヴィアは思っている。

 その聖の疑問に対してゼノヴィアは笑って答える。

 

「いいんだ。でも、溜まっているモノを全部言って、イリナが謝ったら、お母さんを許してあげてくれ。聖や真を、1番に想っているのはイリナだ。私たちよりも。それだけは真実(ほんとう)だから」

 

 ゼノヴィアの言葉をどう受け取ったのか、聖は小さく頷いた。

 

「いい子だ。ほら行くぞ。せっかくの料理が他の子たちに全部食べられてしまう」

 

「うん」

 

 手を引いてくれるゼノヴィア。引かれていた聖の顔は赤かった。

 庭に設置されているテーブルに近づくと聖と同い年の子供であり、アーシアの2人目の子供である誠二が近づいて来た。

 

「おーい聖ー!この料理めちゃくちゃうめぇぞ!」

 

「うぐっ!?」

 

 言いながら、フォークで刺してあった肉料理を聖の口に突っ込んできた。

 

「誠二くん!?」

 

「いきなり人の口に物を入れる奴があるか!」

 

「いってぇ!?」

 

 ゼノヴィアに頭を叩かれると誠二が痛そうに頭を押さえる。

 

 

 

 結局その日にイリナが帰って来る事はなかった。

 それでも聖は周りの子供たちと一緒に笑って誕生日を終えることが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はここまで!」

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

 木刀の先端で床に付けながらゼノヴィアが終了を宣言して聖は息も絶え絶えの様子で頭を下げる。

 グレモリーに住む子供たちの教育係であるゼノヴィアは、勉強だけでなく、こうして剣や体術を教えることもある。

 

「聖もだいぶ良い動きをするようになったな」

 

「そう、かな……?」

 

「あぁ。私が聖と同い年の頃は力任せに剣を振るうだけだったからな。あの頃の私だったら勝てないだろうな」

 

  教え子の成長を素直に喜ぶゼノヴィアに聖は頬を染めて緩める。

 そこでゼノヴィアが話題を変えた。

 

「ところで、高等部で誠二の奴はどうだ?何かやらかしてないか?」

 

「んー。普通だと思うよ。中等部の頃みたいに問題も起こしてないし」

 

 聖と誠二は同い年から腹違いの兄弟の中で仲の良い方だった。

 

「この間、4人で旅行にも行ったみたいで、嬉しそうに話してたし」

 

「そういえばこの間、お土産を貰ったな。うん。上手くいっているようで安心した」

 

 ホッと息を吐くゼノヴィア。

 何せ、一誠とあれだけ仲の良かったアーシアが離婚という形で終わってしまったのだ。

 その原因の1つである誠二が何かやらかさないか心配の種であった。アーシアが以前本気で怒ったことは今も効いているらしい。

 そこで、今度は、聖の方から話題を変えた。

 

「ゼノヴィアお母さんはさ。誰かいい人とかいないの?」

 

 聖の質問にゼノヴィアは一瞬呆けた顔になったがすぐに苦笑する。

 

「アーシアのアレは特別な例であって、早々他の男に現を抜かすなんてことはないさ。それに私はここで子供たちの面倒を見るのが好きなんだ」

 

 言い終わるとゼノヴィアが座っていた聖を立たせた。

 

「馬鹿な質問をしてないで、早く浴室で汗を流せ。このままだと風邪を引いてしまう」

 

「うん……」

 

 ゼノヴィアの言葉に聖は曖昧な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この感情(キモチ)を自覚したのはいつだったか。

 こんなのはおかしいって自分でも理解してる。

 相手は血が繋がらなくても"母"だ。知られれば、きっと軽蔑されてしまう。

 それでも、好きだと思った。

 アーシアお母さんが父の下を離れて、シオンという男性とこの家を出た時、羨ましいと思った。

 周りを気にせず一緒になったあの2人が。

 同時に僅かな期待を抱かせる。

 もしかしたら、僕にも少しだけ可能性があるんじゃないかって。

 昔、あの人が自分よりも強い男性が好き、と言っていたのを聞いたことがある。

 だからもしも、僕が貴女より強くなれたら、少しだけ僕の望む関係に近づくんじゃないかって期待してしまう。

 

 ねぇ、ゼノヴィアお母さん。

 強くなって貴女に勝つことが出来たら、少しは僕を"男"として見てくれますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実母からメールが届いた。

 今任されている仕事が一段落しそうだから近々そっちに帰れるかも、という内容だ。

 今までのことから聖は期待しないで待ってる、とだけ返信すると期待してよ!?というメールが即座に帰って来た。

 一誠程ではないが、彼女も息子たちとのコミュニケーションを取ろうと必死なのだ。

 少し家の中を歩いているとゼノヴィアがいた。

 風呂上がりなのだろう。髪が少し濡れてズボンとTシャツというラフな格好をしていた。

 ゼノヴィアの方も聖に気付いて声をかける。

 

「どうした、こんなところで?」

 

「ちょっとね。そうだ!母さん、もしかしたら近々帰れるかもってメール来てた」

 

「イリナが?ふふ。なら、母親に甘えられるな」

 

「もうそんな子供じゃないよ」

 

 冗談めかして言うゼノヴィアに聖は口を尖らせた。

 子供の頃は中々帰って来れない実母に不貞腐れていることの多かった聖だが、もう今年で17だ。そこら辺は分別が付いている。

 

「なんにせよ、久しぶり母親が帰ってくるんだ。親子水入らずで団欒するといい」

 

「う、ん……そう、だね……」

 

 微笑むゼノヴィアに聖少しだけドキリとした。

 濡れた髪に薄いシャツから強調される胸部などの身体のライン。

 それを意識して顔が赤くなる。

 

「それじゃあ、もう休もう」

 

 そう言って部屋に戻ろうとするゼノヴィア。

 その手を掴んだのは、風呂上がりの彼女を見た一時的な欲求の増大に依るものだった。

 

「どうした?まだ用があるのか?」

 

「その、ゼノヴィア……僕は……」

 

 何かを言おうとする前に、ゼノヴィアがこら!と叱る。

 

「血が繋がってないとはいえ、母親を呼び捨てにするな!」

 

「そう、だね……ゴメン」

 

 謝罪しながらも、どこか迷子の子供のような表情をする聖。

 その表情にゼノヴィアは息を吐くと聖を抱き締める。

 

「お前は、幾つになっても甘えん坊だなぁ」

 

 能えてくれる温もりが嬉しくて。でも伝わらない気持ちがもどかしくて。

 紫藤聖はどうして、自分たちが母子という関係なのか。その在り方に少しだけ苛立ちを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 




続きなんてありません。というかゼノヴィア×一誠(しかも親友)の子供って誰得カップリング?

聖堕天使化ルート

イリナ「いい加減、その子を下ろして投降しなさい!悪いようにはしません」

聖「嘘をつけぇ!悪いようにはしないってずうっと言ってきたじゃないか!それをいつもいつも裏切って来たのがママンだ!」

イリナ「そんなことはありません!」

聖「8歳と9歳と10歳と!12歳と13歳の時もぉ!僕はずっと、待ってた!」

イリナ「な、なにを……?」

聖「クリスマスプレゼントだろっ!!」

イリナ「あぁ……!」

「カードもだ!ママンのクリスマス休暇だって待ってた!アンタは渡さなかったプレゼントの代わりに、その刃物を息子にくれるのか!」

イリナ「そんなに忘れて……」


と、いう聖ジョナサン化の可能性があったりなかったり。



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