幼女のヒーロー?アカデミア (詩亞呂)
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国外脱出編
第1話


はじめまして、ほぼ初投稿の見切り発車です。
デグ閣下に大暴れして欲しいがためだけに書いてみました。


やぁ、ご機嫌麗しゅう。

私の名前はターニャ・デグレチャフ。国籍は日本人で8歳の高校1年生だ。

あぁ、国籍と名前がおかしい?年齢と学年がおかしい?まぁ、御託はこの戦争が終わってからにしてくれたまえ。今は我が愛する校舎を襲撃してくれた敵どもの駆逐で大変忙しいのでな。

「Guten Morgen,我が同胞よ。久しく相見まえたというのに全くもって情緒の欠片も感じさせない挨拶をありがとう。

───あぁ、もう言葉も分からないのだったな」

 

それでは、さようなら。

 

 

 

 

 

国外脱出編

 

 

 

私の人生は栄達と挫折の混合物であった。

 

人並み以上の知能を持ち、難関と呼ばれる学校に入学を果たすもその集団の中で1位を取ることが出来ない。天才や秀才には、多少能力のある平凡な私は遠く及ばないのだ。

 

しかしそんな平凡な私も世間一般で言うエリートサラリーマンとしての人生を歩んだ。

学歴エリートというプライドだけはやたらと高い人種だった自覚はある。なんと屈折した若者だっただろう。愚鈍な連中を貶し見下すことで自分を保っていたのだから。

 

内面は置いておいて、表面上私の人生は上手くいっていた。

然るべき報酬さえあれば文句も垂れず働き、人間関係も無難にこなす。自分のテリトリーに入られない程度には友好的に、しかし狡猾に。

 

しかし人生とは上手くいかないものだ。

 

「なんで私なんですか!」

 

人事部に配属され暫くした後、クビを告げた元同僚に私は殺された。

 

クビを切られたことに憤慨するのはまだ良い、どれだけ喚こうが裁判をふっかけようがこちらは万全の用意がある。ある程度の罵倒も覚悟の上だ。

しかしそれで相手を殺す?

───馬鹿馬鹿しい。感情的かつ短絡的なその行動に、一体なんの意味があるのか。

全くもって嘆かわし───

 

『嘆かわしい!お主、本当に生身の生物か!』

───どちら様でしょう?

 

私はあの男に突き落とされ、電車に轢かれ肉塊になったはずだ。

奇跡的に助かった?死に際の幻覚?それとも突き落とされたこと自体が夢だった?

 

『いい加減にしてもらいたい、最近の人間は理非を知らぬ。

他者への共感力も無ければ創造主に対する信仰もない』

───創造主?まさか神とでも言う気か。死に瀕した私の前にわざわざ現れたと?

 

『左様』

 

無理やりに辺りを見渡せば、肉片を撒き散らす自分や背景、驚く通行人らがまるでストップウォッチで時間を止めたかのようにそこにあった。なるほど超常現象である。

 

───わざわざ来ていただいて恐縮だが、私は現実的で理性的観点から神の存在など認めない。

 

『何?』

 

───理論に基づけば、世の認識を超えうるのは神か悪魔。

神というような存在がいるのだとしたら、このような不条理な行為を放置するはずもない。つまりあなたは

 

『悪魔だと?』

 

───もしくはそれに準ずる存在Xとでも。

 

『やはり貴様には信仰心が欠如している。ただでさえ人類はこちらの許容範囲を超えているのに、信仰心の無い人間を転生させるなど徒労でしかない』

 

───業務過多なのであれば、ビジネスモデルに欠陥があったのでしょう。消費者の心理分析が甘かったとしか。

そもそも進み過ぎた科学は信仰を曖昧にする。何かに縋るという行為は窮地に追い込まれてこそ。

 

『つまり貴様が信仰心を失った原因は、科学社会において強者で、男で、戦争を知らず、追い詰められていないからだな?』

 

───少し待って頂きたい、それは端的な結論に過ぎる。

 

『ならばその状況下に置かれれば、貴様の信仰心は目覚めるのだな!?』

 

───少し、落ち着いて、落ち着いて頂きたい!

 

次の瞬間私が見たのは、再度時が動き出し醜く笑う同僚と宙に舞う自分の肉だった。

 

 

 

 

 

 

存在Xによる理不尽な転生の末、私は異世界の貧しい修道院に捨てられていたという。

存在Xの言うように私は社会的弱者で、女で、戦争を体験することになる、現時点で差し迫った状況下に置かれていると言ってもいい。全くもって不愉快だ。

 

そこは前世に似たように科学が発達した世界ではあるものの、『個性』という名の超能力が蔓延る超常現象が日常的に巻き起こる摩訶不思議な世界だった。

世は荒れ、スラム街に位置するこの修道院付近の治安は悪化の一途をたどる。力の無い幼女の私には、到底生き延びる道は無いかと思われた。

 

だがある日、男が修道院に来てこう言った。私がまだ3歳の時だった。

 

「良い個性を持つ子供を探している。未来のヒーローを育成するため、どうか私に預けてくれまいか」

 

と。

混沌とした世を憂いた一般人はその個性でヒーローさながらに活動し、ついに市民権を得たという。ヒーローという職業が存在してしまうとは、なんとも漫画のような世界に来てしまったものだ。

そしてそのヒーローを育成するために、貧しい修道院を狙った人身売買もどきを平気で行う輩も反吐が出る。

 

全く疑う様子も無く───金に目の眩んだ大人に私達は無事売られ、胡散臭い『ヒーロー研究施設』とやらに収容されることになったのだ。

 

この時、無抵抗に連れられていった自分を心から恨む。

ほんの少しでも反抗することが出来ていれば、私の未来は変わったのではないだろうか。

 

 

 

*




Guten Tag.
平和な日常から凄惨な戦場を眺め、「酷いね」と他人事のように呟く常識人諸君。
人の不幸はお楽しみ頂けましたか?私もそう有りたいものです。
とは言え、人生とは配られたカードでプレイするしかないのですから仕方無し。
あぁ、ご挨拶が遅れました。
ターニャ・デグレチャフと申します。
では、また戦場で。


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第2話

『ヒーロー研究施設』での日々は過酷の一途を辿った。

集められる子ども達は皆孤児ばかり。身寄りが無く売られてきて、逃げ出そうにも外の世界では1人で生きていけない……そんな子どもばかりを意図的に選んでいたように思う。

 

言葉を学び、歴史を学び……そんな初等教育のようなものを連想していた私に待ち受けていたのは、ただひたすらに個性を使用させられる、学もへったくれもない無法地帯だった。

 

「……戦闘マシーンでも作り出すつもりか」

 

ヒーロー研究なんて嘘だろう、個性研究のための違法施設としか考えられない。

劣悪な生活環境に餓死寸前の僅かな食事、檻が付いた庭の角には元人間だったものが腐臭を撒き散らしながら埋められている。

 

生徒同士でペアを組み、殺し合わせ、両方生き残ったら体罰。

ただその繰り返しがここで言う「授業」だ。中には言葉すら満足に操れない幼子もいる。かく言う私も連れて来られた時は3歳になったばかりだったから似たようなものだ。

 

この世はどんな時でも弱きは淘汰され、強きが覇権を握る。

───ならば生きてみせよう、力の限り。

 

 

 

 

 

 

「先生、ヒーローにはいつなれるのですか」

 

まず私がしたことは、この牢獄から脱出するまでの最長期間の確認だった。

一応表向きはヒーロー育成の名を掲げているのだ、然るべき年齢制限や試験等の力制限は設けられていると考えて良いだろう。

 

「……ターニャちゃんは強いだけじゃなく賢いのね。そうね、大人になるまでよ」

「おとなっていくつですか?私はもうおとなです」

 

先生を自称する職員に対しそう答えると、面倒くさそうに顔を歪められる。隠すことすらしない職員の態度にやはりなと内心で独り言ちた。

彼らは私達を解放するつもりは無いのだろう。

今や人間の価値はその個性の有用性でのみ分類される。やりたいことや目標があったとして、それが己の個性と合っていなければどんなに努力しても天から授かったものには叶わない。

10数年鍛え抜いた無個性のアスリートよりも昨日個性が発現した子どもの方が足が早いなんて当たり前。なんてくそったれな世の中だ。

 

この研究施設で子ども達を戦わせているのは表向きの理由作りのためだろう。一番の目的は、そこで出来た死骸だ。ボロボロになったそれはいつも鍵のかかった研究室に運び込まれ、気付けばいつの間にか捨てられている。生きている子どもに対して、虐待じみたこの劣悪環境を除けば特に何もしてくる様子は無い。

不自然に資金が潤沢そうな小綺麗な施設なのに中の子どもに金をかけないのは、研究室で行われている何かのせいだろう。

 

……冗談じゃない。こんな訳のわからん状態のまま、大人の勝手な都合で死んでたまるか。

これが存在Xの策略なのだとしたら、なんとも下策。

私は施設にやって来て3日で、脱出を決意した。

 

 

 

 

 

「……ターニャちゃんは、凄いね」

 

授業を終え医務室から出てきた私に声をかけてきたのは、ソーヤと名乗る背が高めの男の子だった。元々子ども同士は日々戦わねばならない状況下にいて殺伐としている。こんなにも普通に話しかけられたのは久しぶりだ。

 

「そうか?」

 

今しがた手当されたばかりの雑巾のような包帯をひらりと振ってみせる。

「私はよく怪我もするし、そこまで凄くないぞ」

 

私の怪我率は子どものうちでも断トツだった。一応止血くらいはして貰えるものの、きちんとした治療なんて金の無駄と言わんばかりに放置だ。おかげで身体じゅう生傷が絶えない。

 

「ううん。

……ターニャちゃん、わざと怪我してるよね。派手に倒れるから相手の子は体罰無くなるしターニャちゃんも怪我してるから免除される。自分から傷付きにいくなんて凄いよ。僕には怖くてできない」

 

ソーヤはそこまで言って、にこりと笑った。

対して私は、そこまで見られていたことに驚いた。何度も繰り返せば聡い大人は気付くだろうが、怪我は怪我だ。詐称している訳でも無い、何も言えまい。

しかし学も無くただ刃を振るう子どもにもバレるとは思わなかった。頻度調整が必要かもしれない。

 

「あは、別に先生にチクッたりとかしないしそんな警戒しなくて大丈夫だよ」

「……あぁ」

 

ここのシステム上なるべく生き残るためにはこの方法が最善だと判断したまでだ。

施設の方針に従わない子ども、相手を傷付けることを嫌う子どもらは皆体罰の対象だ。説教のようなままごとのような体罰なら良かったのだが、ここの体罰は命懸けだ。

この前おしゃべりが過ぎて体罰を受けさせられていた子どもは舌を抜かれ、その後治療も満足に受けさせられなかった。痛みと感染症ですぐに死んでしまった。

 

「みんな泣く泣く相手を傷付けて、いつも殺してしまった相手と殺される恐怖に怯えて暮らしてる。すぐ狂ってしまうのに」

「……そういうお前は、普通だな」

「僕の個性は観察眼なんだ。君のこと分かったのも、そのおかげ。一番やばいなって所だけ避けて、どうにか生き延びてるだけだよ」

 

だから僕は臆病な弱虫なんだ、とソーヤは俯くが、私は内心その個性に舌を巻いた。

……使える、その個性。

今は自分の危機的状況の回避程度にしか使っていないだろうその個性だが、個性で強化された観察眼は施設からの抜け道をも見つけ出せるかもしれない。

 

「そんなことないさ。おま……ソーヤは賢い。賢さもまた強さだ」

 

このなよなよとした笑顔は気に食わんが、戦略的撤退に必要な人物だ。懐柔して損は無いだろう。

 

 

 

 

「ターニャさん。医務室では無くこちらにおいでなさい」

 

怪我をしいつもの如く授業後に医務室へと行こうとすると、職員から待ったがかかった。

……流石に目に余るか。頻度が多過ぎたか、策が稚拙過ぎたか、またはその両方か。

 

仕方無しと先生の後をついていくが、いつも使われているはずの体罰部屋を素通りしていく先生に首を傾げる。

 

「あの、先生?体罰部屋は……」

「あら!あなたは怪我をしているのよ、体罰なんてまぁまぁ」

 

わざとらしく驚いたように声を上げる女に辟易しつつも、更にその先にある研究室の扉を開けたことにより警戒心が高まる。

この部屋に生きて入室した子どもはいないはずだ、少なくとも私の知る限り。

───一体、何を。

 

「連れて来ましたわ、先生」

「ご苦労さま。君がターニャ・デグレチャフかい?」

 

連れて来られた部屋は薄暗く、大量の機械に囲まれていて消毒液の匂いがした。

女が声をかけた先にはガタイのいい男が一人、モニター前の椅子に優雅に腰をかけていて、頰杖をついている。職員の先生との呼びかけを聞くに、ここの施設におけるリーダー格的存在だろう。

 

「本当に君が?まだ聞けば3歳だそうじゃないか」

「ターニャさんは優秀ですのよ。頭も良くて勇敢です!ここの体罰システムをきっちり理解した上で自ら怪我をしそれを回避するなんてこと、今までのガキ共は思いつきすらしませんでしたもの!」

「へぇ」

 

……バレてた。

しかし怒鳴るでも無く興味深げに私を見つめる男の目は人間というよりもモルモットを見るようで、酷く居心地が悪い。

 

「面白い子だね。個性は?」

「発現してませんの。まだ3歳ですし……」

「へぇ。ますます面白い。ここで個性無しに生きてるなんてね。いいよ」

 

何が何だか分からない。一体何を話している?

ひょっとして今、私はかなりまずい状況にいるのではなかろうか。この際体罰部屋送りになってでも逃走すべきか否か……。

 

「ターニャ・デグレチャフ。僕の名前はオールフォーワン。ここは僕のために作られた研究施設だ。ヒーロー育成が目的でないことは、君も薄々気付いていたろう?」

「……はい」

「ここは個性を掛け合わせるための遺伝子操作実験の施設さ。普通に他者に付与するだけだと成功率もイマイチなんだ。実際に優秀な個性を使ってしまうと勿体無いから、どうでもいい子どもの個性を集めて成功例を作りたくてね。人造人間って聞こえは良いけどすぐ崩壊してしまうからこれが難しい。ドクターにはもっと頑張って貰わないと」

 

……人造、人間?

子どもを材料に死体をこねくり回し、複数個性持ちの兵隊でも作り出すつもりか。庭に捨てられたアレは、その成れの果て。

……反吐がでる。

流石に3歳児に全てを理解されているとは思っていないのか、にこやかに男は続ける。

 

「君もとっても良い材料になりそうだったんだけど、今個性が無いならならそれも無駄だ。頭も良いようだし君には取っておきのプレゼントをあげよう。

……さて、君は僕の手を取るかい?」

 

これは、一かバチかだ。

馬鹿でも分かる、この手を取らねば殺されると。そして取れば一生こいつの兵隊として働かされると。

この男にとって、私は取るに足らない存在なのだろう。本当にどちらを取っても構わないのだ。悩む幼児を前に愉快そうに笑う男が心底憎らしい。

 

この男は、危険だ。本能がそう告げる。

───なら、取る道はただ一つ。

 

「プレゼント?嬉しいです」

───自身の命の保全を最優先事項とする。

にやりと笑う男は「いい子だ」と静かに私の頭を撫でた。

 

次の瞬間、頭が割れるような痛みが走る。

「ぐっあぁ、ぁあっ!」

 

思わず崩れ落ちると、ははっと男は楽しそうに笑う。

「痛いかい?個性発現前の子どもに付与するなんて初めてだからね、少し強引だったかもしれない」

「な、にを」

「プレゼントだよ!言ったろう。君に今しがた、個性をプレゼントした。個性名は『飛翔』。使いこなすには相当の鍛錬がいるだろうがね」

 

個性を、プレゼント……?自分の個性をコピーし分け与えるような個性、ということか?しかしそれでは『飛翔』という個性と『付与』の個性の複数持ちとなる。いるのか、そんな存在が?聞いたこともないぞ。

 

「個性の使用方法は置いておくとして、まずは……」

 

ビーッ ビーッ

 

話を唐突に遮るように、けたたましいアラームが鳴り響いた。

「ん?」

「警報ですわっ!セキュリティ1が突破されましたの、もしかしてヒーローじゃ、」

「……せっかくバレにくいよう拠点を海外に置いたというに、ヒーローも優秀だねぇ」

「またあのヤーパンの奴らですわ、きっと!早く準備を!」

「やれやれ」

 

なんだ。

ヒーローがここを襲撃?研究施設の存在がバレたのか?

ヤーパン……日本のヒーローがわざわざ来たと言うことはこいつの本来の拠点は日本……?

 

「ターニャ、君はここにいなさい。外に出ては駄目だよ?」

 

まだ荒い息で床に転がる私を放置し、彼らはすぐさま部屋を後にした。

 

 

 

 

「……私に、個性か」

 

奴は『飛翔』と言った。その名の通り飛び回ることが出来るのだとしたら、その個性はかなり有用だ。

しかし、個性の付与は成功しているのだろうか?先程奴はこう言った。

『他人に個性を付与するのは成功率もイマイチ』と。

 

……それは、個性使用時に元々備わっていないはずの個性を無理やり使おうとするための副作用的なものなのではないか。

身体能力を高めたり治癒能力を高めたり、元々備わったものの強化を促す個性ならそれも少なかろう。

しかし例えば炎を吐いたり翼で飛んだり……元々人間の身体に備わらないものを無理やり付与された個性で行使した場合、身体はどうなる?

 

仮定の話とはいえゾッとした。このままここに転がっていては駄目だ。

奴のおもちゃにされ、いたずらに死にかねない。せっかくヒーローが来ているというのだ、彼らに保護してもらうことを最優先に動かねば。

 

私は痛む頭を無視して立ち上がり、脱出のため暗い研究室を飛び出したのだった。

 

 



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第3話

『 』……英語
としてください。


 

研究室を出た先では、有象無象の大混乱が起こっていた。

 

「なんで居場所が」

「日本からだと!?人数は」

「機材は壊せ、研究成果は死守しろ!」

「子どもは!」

「殺せ!」

「うぁぁ!」

 

酷い剣幕で走り回る大人達に恐怖を覚えたのか、泣き出す子ども達。

……大方、こことは別の場所にも支部のようなものがあるのだろう。嫌に行動が素早く逃亡慣れしている。

しかし子どもは殺せとは。本当にただ殺して捨て置くためだけに集められたのだな、私達は。

 

 

「うるせーんだよ糞ガキ共!!」

ガン!

「下手に保護されちゃこっちの情報がバレるんでね、死ね!!」

ガン!

 

先程まで先生を名乗っていた職員は、手のひらを反したように拳銃を突きつけてくる。

泣き叫び逃げようとする子どもから血飛沫が上がる様はまさに地獄だ。

 

「「いやぁあああ”ッッ!!」」

 

「こらこら、君たち」

 

 

 

そこでようやくオールフォーワンと名乗る先程の男が場違いな程にゆったりと現れた。

とっさに物陰に身を隠す。くそ、先程の警報で庭に続く通路が閉鎖されてしまっている。

奴らだってこれから逃げるはずだ、裏口はどこにある!?

 

「殺してしまうのは勿体無いだろう?子ども達、こちらへおいで」

「きゃあああっ」

「わぁああああ!!」

 

まるで磁石に引き寄せられたかのように子どもらが一斉に男の体にへばりつく。自由が効かないのか、子ども達は必死にもがいている。

個性が、3つだと……!?

 

「殺す前に君たちの個性、全部頂くよ。実験材料は多い方がいいからね」

 

 

至極穏やかに最低なことを囁き、男はものの数秒で部屋にいた子ども全員を無力化してしまった。なんて奴だ。

まるで魂が抜けたようにその場に崩れ落ちる子ども達に愕然とする。

 

……一体このオールフォーワンという男はなんなんだ。

他の職員とはオーラも個性も一線を画する。外にゴロゴロいた小物じみた敵とは根本的に違う何か。

 

分かったことはただ1つ、奴の個性だ。最初私は付与の個性と私に与えた飛翔の個性の2つ持ちだと思っていたが、それは違う。

今の「個性を頂く」という発言、恐らく人の個性を奪い私に付与したように与えることの出来る個性なのだろう。そして奪った個性は奴の個性としても使える。

……なんて反則級のチート個性だ。

 

 

 

「さぁ、研究成果は持ったね?ドクターにデータは?」

「送りました!」

「やれやれ、せっかく来たのに日本にトンボ帰りか。黒霧に連絡を」

 

崩れ落ちる子どもを足蹴にし、部下に指示を出し始める男。

……私は、本当にこの男から逃げられるのか?奴の個性ストックがいくつあるのか分からない今、慣れない個性を持て余す子どもと万能の魔法使いとが鬼ごっこをするようなものだ。余りにも分が悪い。

 

 

 

「ターニャちゃん、こっち」

突然くいっと服を引っ張られ、驚き振り返る。

「……ソーヤ」

「警報がなってから物騒なものが見えたから隠れてたんだ。ターニャちゃんは医務室に居たから無事だったんだね。みんなは?」

「……わからない」

 

魂無きマネキンのように床に転がる子どもらをそっと指差すと、ソーヤは小さく息を飲み込んだ。

「……僕らだけでも逃げ出そう。捕まったらきっと僕らもああなる」

「一体どこへ?庭への通路は閉鎖されてしまったが」

「こっち。普段は存在しないはずの扉みたいなものが壁紙から浮いてた。緊急用の部屋なんだと思う」

「……さすがだな」

 

どうやら運はまだ私に味方しているらしい。

存在X、私はまだ死んではやらない。歯を食いしばって見ていろ!

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁっ……」

 

ソーヤに手を引かれるがまま隠し通路に飛び込むと、そこは地下へと続く長い長い階段だった。

「大丈夫?ターニャちゃん」

「だ、いじょうぶだ」

 

ろくに栄養の取れていない幼女の身体は、日常的な怪我と合間り酷く体力が少ない。どうしても筋肉の成長よりも怪我の修復に僅かなエネルギーを消費しがちなため、私の身体は普通よりもかなり小さいのだろう。

……弱音を吐いて救われるのなら、恥も外見も気にせず泣き叫ぶのだがな。そんな訳にもいくまい。

 

「それよりソーヤ、ここはどこだ」

「水の匂いがする。地下に川……?とりあえず外には繋がってるはず」

「川……下水道か。地理感覚が全く掴めんな」

 

下水道、と言っても知識の無いソーヤは首を傾げるだけだ。せっかくの個性もこの施設の杜撰な教育体制のせいで存分に発揮出来ていないのが惜しい。

「……まって、靴の跡がある。新しい」

そっと声のボリュームを落とすソーヤ。

 

 

「良く見えるな、明かりも無いのに」

「そういう個性だから。……下がりきった所に人がいっぱいいる。敵……?」

「人……?」

 

 

こんな地下の下水道に身を隠す奴なんて、戦時中迫害を受けていた人種か何かやましい事がある奴くらいだろう。

少なくともこの騒動に無関係とは思えない。

 

「……今更引き返すことも出来まい。進むぞ」

「で、でも」

「戻っても死ぬだけだ。全神経を集中させろ、この暗闇じゃお前の……ソーヤの目が頼りだ」

「……わ、かった……」

 

 

 

 

 

 

それから数分後。

無事階段を抜け切った私達は瞬間、訳もわからず拘束されていた。

 

「なっ……子供……!?」

 

電気など通っていない暗闇だ。足音を聞きとりあえず捕らえたが、その相手が子供なことには拘束した後気付いたようだった。

 

「施設の子供が逃げ出したのでしょうか」

「いや、しかしここの出入口には隠蔽工作を施したのだろう……?それをこんな年端もいかない子らが?」

 

パッと懐中電灯で辺りを照らされ、眩しさに目を顰める。

そこには奇妙なコスチュームを纏った大人の集団が緊張状態でこちらを見ていた。

 

 

 

「君達、いきなり拘束してごめんよ。こちらも切迫していてね……って、日本語分かるかな。English OK?」

「オールマイトさん、ここ英語圏ですら無いですから」

「……oh。まいったな」

 

腕の拘束を解かれ、そう日本語で問いかけて来たのは画風がアメリカンコミックみたいな風貌の厳つい金髪男だった。

……切迫した状況、日本語、普段着とは到底言えない服装。

 

 

 

───……せっかくバレにくいよう拠点を海外に置いたというに、ヒーローも優秀だねぇ

またあのヤーパンの奴らですわ!───

 

 

 

 

……ツイてる!!

彼らは十中八九ヒーローだ。中に突入する機会を今か今かと待ち構えている、日本のヒーロー!

 

日本語も英語も全く分からず警戒心むき出しのソーヤに目配せし、前世とった杵柄とは言え日本語がペラペラ話せる外人幼女はおかしかろうとわざと拙い英語を披露してやる。

 

 

『……あなたはヒーローですか?』

『!!あぁ、そうだよ、私らはヒーローだ!』

『私達、施設から逃げてきました。子供、みんな生きてないかもしれません。助けて欲しい』

『中でそんな事が……!もう大丈夫、私が来た!!』

 

 

 

力強く頭を撫でられるそれは、今世で初めて与えられた暖かさだった。

 

 

 

*



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第4話


残虐注意です


 

どうにかヒーローに保護された私達は、しかし2人でひたすら暗い地下水道を歩いていた。

曰く、ここにいるのはヒーローの精鋭部隊で誰一人として欠員が出せない状況。この先敵がいないのは確認済みのため、まだ歩けるのであればこの先の本部に行って欲しいと。

 

詳しくは教えて貰えなかったが、やはりあのオールフォーワンと名乗る男は日本で悪事を繰り返す大悪党らしい。海外でも支部を作り大掛かりな計画を進行しているようだからわざわざ海を越え日本から実働部隊を派遣した、とそういうことらしかった。

何かしらの施設でコソコソしていると居場所を突き止めただけであり、ヒーロー研究と偽り身寄りのない子供を虐待、殺害している施設だとは初耳だったらしい。絶句していた。

 

 

「ねぇターニャちゃん。ほんとにあいつら信用して大丈夫なのかな……」

「分からない。でもこの暗闇の中目的地も分からず彷徨うよりマシだろう。少なくとも殺意は無かった」

「でも問答無用で拘束してきたし……」

 

 

言葉の通じない厳つい大人にいきなり拘束され解放され放置されただけのソーヤにとっては、この状況に納得がいっていないようだった。

しかしだからと言って代替案がある訳でも無く。

 

 

「あの状況下で拘束されない方がおかしいと私は思うぞ。

とりあえず反論するならそれ相応の理性的な意見でなければ再考は有り得ない。なんかあいつ嫌、という幼稚な感情論は論外だソーヤ」

「ターニャちゃんの話は難しすぎて半分以上何言ってるかわかんないよ……」

 

 

 

その時。

 

ドオォォ……ン

 

「何?」

「地鳴り……?」

 

まだ音は遠いが、地面が揺れる程の振動に身を固くする。

「……戦闘がスタートしたのかもな。急ごう」

「うん」

 

 

あの見るからに脳筋そうなアメリカンヒーロー(しかしおそらく日本人)と個性の底が見えないオールフォーワンだ、直接対決なんかになったらこの古い地下水道ごと木っ端微塵なんて惨劇も起こらないとは言いきれまい。

 

「どこへ?」

「聞いていなかったのか?ヒーローの、」

 

 

 

……違う。声は確かにソーヤだが、違う。

隣を歩いているはずのソーヤの声が、後ろから聞こえるなんてこと、有り得ない。

 

ばっと振り向くと、そこにはオールフォーワンが黒いモヤ状の物体から姿を現した所だった。

 

 

 

「オールフォー……っ」

「駄目じゃないか、ターニャ。言い付けを守らなきゃ。悪い子はお仕置きだ」

 

なんなんだ、あの個性はッ!

転移!!?しかしなぜここがバレた!

ヴン、と小さな発動音と共に先程の子供達を引き寄せた時と同じく体が宙に浮く。

自由を奪われ、あっという間にオールフォーワンに雁首を差し出してしまう形になった。

 

「ターニャちゃんッ!!」

「逃げろソーヤ!!私は大丈夫だからッ」

「何処が大丈夫なんだい?」

「ぐ…… 、はっ」

 

 

 

ミシリ、と音が聞こえた。

無理矢理首を掴まれ、息が出来ない……っ!!

 

「ターニャちゃんっ!!ターニャちゃ……!!」

 

 

 

 

……あぁ、声が遠い。

私はこんな所で死ぬのか?こんな腐った地下で、日の目も浴びずにゴミのように。

 

 

 

 

 

 

 

『由々しき事態だな。死の間際ですら信仰心のかけらも芽生えないとは』

───存在、X?はっ、これほど嬉しくない再会も珍しい。何年経っても貴様の理不尽さにはほとほと愛想が尽きる

 

 

 

『貴様こそまるで進歩がない』

───生憎神とやらに生を媚びるほど卑しくはないもので

 

 

『相変わらずの目に余る態度だ。なるべく無干渉を貫くつもりだったが、愚かな子羊には道を示してやるべきなのかもしれんな』

───道?待て貴様、また余計なことを考えているのではなかろうな?

 

 

 

『貴様の個性に祝福を成した。今後個性を使う度、貴様は神への祈りを唱えずには居られない』

───な、にを

 

 

『やがて貴様の心も信仰に満たされるであろう』

───あ、悪質すぎるッ一体どこまでくそったれなんだ!!?

 

 

 

『さぁ行くがよい。主の御名を広めるために』

 

 

 

 

 

 

飛んでいた意識が、戻ってきた。

喉を締め付けられつつも、言葉が勝手に滑り落ちるのを止められない。

 

 

「……か、みの奇跡は、偉大、なり。主を讃えよ」

「何?」

 

「───その、誉れ高き名を」

 

 

 

 

瞬間、私の身体に無かったものが無理矢理組織されていくのを感じる。

『飛翔』の個性を使うに相応しい身体に、作り変わる。

 

 

 

「ターニャちゃ……!?」

 

ふわり、と身体が浮き上がる。

物理法則を無視したそれに、俄に心が騒ぎ立つのが自分でも分かった。

 

 

 

「面白い、君は本当に面白いよターニャ……!」

 

飛翔、名前を聞けばただ飛ぶだけの個性。しかしそれは副次的要素でしか無い。

自身と、触れたものの重力を奪い意のままに飛ばす個性。

妖精のような個性名のイメージとは程遠い、どんなものでも弾丸のようなスピードで操ることの出来てしまうそれは、殺戮のための個性。

 

 

 

つまり、私に触れているオールフォーワンは……。

 

「う、ぐっ!!?」

 

私の首から引き剥がされた彼は抗えない超スピードで地面にめり込み、全身が奇妙な方向へとねじ曲がっていた。

 

「存在Xめ……!なんて厄介な呪いを押し付けたんだ!!くそっ」

しかしこの場から生き残るにはこの個性を使うしか道が無い。

 

 

「大丈夫だオールフォーワン!飛ばす距離が短かった、死にはしないだろうさ!

いくぞソーヤ!!」

「え、あ、うんっ」

 

 

 

「───逃がさないよ?」

 

 

 

 

ゾッとした。全身の骨をバキバキに折ったはずのオールフォーワンは、笑いながらそこに立っていたのだ。

「君は本当に面白い、面白いからこそ───」

 

ぐ、と身構える。しかしいつまで経っても身体が引っ張られる感覚は無く。

 

 

 

「───君の友人が目の前で死ぬ時の顔を、ぜひとも見てみたい……!」

「……ッ!!ソーヤ!!」

 

 

狙いは私では無い、ソーヤだ!!

横にいたはずのソーヤはもうオールフォーワンに引き寄せられていて、伸ばした手は空を切った。

 

 

 

「っソー……」

「逃げ、て、ターニャちゃ、」

 

先程の私と同じように首を掴まれたソーヤの、息が止まる。

首が、嫌な音を立てる。ミシ、ミシリ。

涙で濡れたソーヤの瞳から、生気が消え、

 

 

「やめろッ!!」

 

ぐしゃ。

 

 

 

ソーヤの首元に飛び散った血液と、だらりと垂れたその四肢。

「あ、」

 

 

 

 

ソーヤは、死んでいた。

 

 

「あぁ……」

 

「はははははは!!やはりこの瞬間は何度見ても面白い!!あぁ、素晴らしいショーをありがとうターニャ!なんていい気分───」

「───殺す」

 

 

 

別にソーヤに友情を感じていた訳では無い。ここを無事脱出するための便利な人材。その程度。

しかし私の貴重な戦力を奪っておいて、ただで帰す訳にはいかない。

 

 

 

「そう、こなくちゃなぁ」

 

にやり、と歪んだ笑みを浮かべるオールフォーワン。

巨悪はただただ、楽しそうに笑った。

 

 

*



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第5話



国外脱出編最終回。


じりじりと睨み合いが続く中、私は凄まじい勢いで目の前の男の殺害計画を企てていた。

 

まず、先程のような中途半端な攻撃は奴には効かない。ダメージを受けてはいるものの、全く意に介さずにいる。

私の個性はやつが1番よく知っているだろう、もう警戒して短距離戦には持ち込ませてはくれない筈だ。

ならばどうするか、今私に打てるカードは……!

 

「そう来るよね!」

 

 

 

地面の石ころに触れ、銃弾のように飛ばすことが最適解!

問題は脆い石がスピードに付いていけず粉々に砕けてしまう所だが、そんなものはどうでもいい。

真の目的は、この奥にいるヒーローの本部!

 

「ほらほら、そんな砂じゃあ僕を倒せないぞ!」

「知ってる、よ!!」

 

今の私には、奴に勝る有効打が存在しない。

まだ個性が発現したばかりの子供だ、扱いは大雑把も良いところだし何より自分自身把握し切れていない。

なにより……。

 

 

「ぐっ……!」

「ほら、さっきまでの勢いはどうしたんだい?」

 

オールフォーワン……こいつが強すぎる。

瞬間的に移動するわ増強型の個性で身体能力はずば抜けているわで相手にならない。

 

派手にドンパチしているにも関わらず、ヒーローがやってくる様子は依然として無い。まだまだ目的地は遠いのか、はたまた見捨てられたか……?

 

 

「ターニャ、君は敵になるべきだ!群を抜く思考能力と判断力、発現したばかりの個性をそこまで器用に操る天賦の才、なによりその純真たる殺意!私と一緒に来ないかね!」

「はっ、刃を交えておいて何を今更ッ!!」

「意見のぶつかり合いはままあることさ!!」

 

 

石を投げる、弾かれる、投げる……。

キリがない!

 

ざっと脇に流れる水に触れ、いくつかの水散弾を作り出す。

水は時に防弾ガラスでさえもぶち破ることがある、石のように砕けてしまう可能性も無し。───さっきよりは、マシだろう!

 

 

「頭が良い!しかし甘い!」

超スピードで飛び出した水の銃弾は、しかしオールフォーワンの数多ある個性……炎の個性で一瞬にして蒸発させられてしまう。

 

 

「ッ!!一体いくつ個性を……!」

「いくつだろうねぇ!!」

 

完全に遊ばれている。私を殺す事など造作もないだろうに、次に私がどう動くのか見てみたくて仕方が無い。そんないっそ無邪気な笑みが言外に語っている。

───私が今、突くことが出来る隙はそこくらいだ!

 

ようやく背後に見えた増援のヒーローの姿ににやりと顔を歪ませ、呪いを発動させる。

 

 

「我、主の御力を讃え、そのお恵みに感謝せん───!!」

「何をッ!」

 

 

 

かくなる上は、これしかあるまい!

自身を超スピードに乗せ、その身をもって奴を討ち滅ぼす!

私は剣で、最速の銃弾。

 

自爆の如く飛び出したそれは、私の意識が無くなる寸前憎々しげに血を撒き散らすオールフォーワンを見るという対価を得た。

 

……ざまぁ、みやがれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……生きてる」

 

死亡覚悟で突っ込んだはずの私は、全身包帯を巻いてはいたものの生きていた。

いつもの雑巾の切れ端のような包帯では無く、真っ白で清潔感のあるそれに少し驚く。

辺りを見渡すも、病院のベッドのような所に1人寝ていただけで状況が良く分からない。

 

 

「ここはどこだ……」

 

 

後ろに見えていたヒーローの軍勢。あれがあったから、私は考え無しに飛び出す決断をした。

きっと彼らが私を保護、したのだろうが……。

 

 

 

「目が覚めたかい少女!!」

 

ぼーっとしていたら、なんかめっちゃ画風が違うおっさんが焦った様子で私よりもボロボロの状態ながらやってきた。立っているのも不思議なくらいの重症度だ。

……こいつ、私とソーヤを拘束したアメリカンな奴。明るい所で見ると数倍暑苦しいな。

 

 

「はい。ここは?」

「病院さ、怪我を負ったヒーローが大量に出たからほぼ貸し切り状態だ」

 

男は松葉杖を突き身体の重心も偏っている。

これ以上立たせておくのは酷だろうととりあえず椅子に促し、事の詳しい経緯の説明を求める。

 

「その前に言わせて欲しい。君にこんな事しても、意味は無いのかもしれないが」

 

 

男は松葉杖を置き膝を突く。ぐっと頭を低く下げ、

「申し訳なかった……!」

 

と重々しく謝罪を口にした。

 

 

「君たち施設の子供らには、脱走防止の発信機がそれぞれ付けられていたらしい。全く考慮出来ていなかったヒーローの落ち度だ。

子供は君を残して全員死亡……一緒にいた少年すらオールフォーワンの餌食にしてしまった。

友人を護ることが出来ず、君に自爆のような手段を強いてしまったこと、本当に申し訳なかった……!」

 

オールフォーワンの捕獲作戦が成功しても、被害者である子供の保護に尽く失敗していては今回の件は大変な不祥事だと、男は文字通り血反吐を吐きながら謝罪を続ける。

 

 

……死んだ。そうか。

ソーヤは、死んだのだったな。

 

 

「……オールフォーワンの、捕獲作戦?」

「あぁ。オールフォーワン捕獲作戦はとりあえず成功だ。本当は捕獲をしたかったのだが、奴は死亡した。そこは安心して欲しい。

……代わりに私もかなり傷を負ってしまった、他のヒーローも。奴は強かった」

「そ、うか……」

 

……奴も、死んだのか。

私では殺しきれなかったが、予想外の反撃を受け驚愕するオールフォーワンを見られただけ良かったとしよう。

それだけで良かったと言いきれるほどの被害では無かったにせよ、今の私に恨みの感情は無い。

 

 

「……頭を上げてください。

施設じゃ死ぬことなんて日常でした。手当して下さってありがとうございます」

 

「そんなことで、お礼を言わないでくれ……!君は大人すぎる、私は幼い君がそこまで大人びなければ生きてこられなかった環境にいた事がやり切れないというに!」

 

 

……少し大人びた口調だっただろうか。己の3歳児の頃の記憶は無いけれど、前世のおっさんが話すような口調は確かに硬すぎたかもしれない。とは言え今更変えるのも無理な話だった。

「君じゃない、ターニャ・デグレチャフです」

「……デグレチャフ少女、良い名だ。私はオールマイトだ。……一緒に居た少年の名前を聞いても、いいだろうか」

 

そこで、私は一緒にいたソーヤのファミリーネームすら知らないことに気付いた。

もう、知る術はないだろう。それに一抹の寂しさを覚えるが、自分のらしく無さに苦笑し振り払うかのように頷いた。

 

「ソーヤ。彼は、ソーヤと言いました」

「ソーヤ少年……。私は、彼を忘れない」

「それで充分です」

 

それから数分間、オールマイトは何を言うまでもなく死んで行った子供達に向けて黙祷を捧げた。

 

家も名も墓も無き同胞よ、安らかに。

 

 

シリアスな雰囲気は、その後のオールマイトのコミカルな吐血により終了した。どこまでもマンガのような人だ。

慌てて椅子に座らせたのは言うまでもない。

 

 

 

「すまない、もうタオルは大丈夫だ…。んん、デグレチャフ少女、君に提案があるんだ。施設はもう無いし君が元いた修道院は火災で無くなってしまったようなんだ。つまり君には今、身寄りが無い」

「はい」

「そこでだ」

 

 

ビシ、と人差し指を立て人好きする笑みを浮かべるオールマイト。

「日本に来ないかい、デグレチャフ少女」

「日本に……?」

「そう、こうなってしまった責任の一端は私達日本のヒーローにある。君の保護管理責任は私達に一任されているし。どうかな、受け入れ先も快諾してくれているんだが」

 

 

なんと。どうせまたどこか適当な施設に突っ込まれて終わりだと思いきや、日本……しかも既に受け入れ先と連絡も取っていたとは。

 

 

「……どんな方なんですか?」

「人……というか、学校そのものだよ。君は殺伐とした幼少期を過ごしすぎた。いきなり普通のご家庭にお世話になるのも、色々ハードルが高いかと思ってね。

ゆっくり学ぼう。幸いヒーローを志すための学校……私の母校なのだがね。雄英高校が君の身元引受け人として名乗りを上げてくれた」

 

「ヒーローを志す……。私、別にヒーローになりたい訳じゃないのですが」

「あぁ、分かっているよ。でも個性の制御や道徳観念を知るにはうってつけの学校だ。もちろん高等教育を受けさせる訳では無いから、ただちょっとヒーローとヒーローの卵が居る施設に引っ越すだけと考えてくれていい」

 

 

 

……なるほど。

つまり色々言ってはいるものの、私の保護先がヒーローくらいしか見つからなかったのだろう。

当たり前と言ってはそうかもしれない。施設では殺し合いばかり、敵前で嬉々として突っ込んでいくような幼女に正しい倫理教育を受けさせるべくそうなったと。

経緯はどうであれ、ヒーローがうようよしている場所で安全に学問に励めるのならばこれ以上の環境はない。

 

 

「わかりました、お受けします。よろしくお願いします」

「あぁとも!」

 

こうして私、ターニャ・デグレチャフは齢3歳にして日本のヒーロー育成に力を注ぐ雄英高校に住むこととなったのであった。

ヒーローを目指している訳でもないのにな。

 

 

 

*

 

 

■時系列の説明

 

・ターニャ誕生

→ターニャ施設へ

→オールフォーワンの居場所がバレる

→オールフォーワン捕獲作戦が執行

オールフォーワン死亡したと思われる

オールマイト呼吸器官半壊、胃袋全摘の大怪我を受ける

ターニャ日本へ移住

 

5年後

 

→原作軸へ

 

 

いきなりなんのこっちゃというスタートでしたが、原作軸数年前の捏造話でした。次章よりようやく原作軸に絡んでまいります。

 

 




ごきげんよう、ターニャ・デグレチャフであります。
この度晴れて学生の身分を得ることになりました。
あぁなんと素晴らしきかなキャンパスライフ。まさか1日3食温かい食事が取れ風呂にまで入れるとは。少々幸先が不安ではあるものの、文句は言いません。さぁ、共に明るい未来のため学びましょう。
次回、雄英高校入学編。
では、また戦場で。


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雄英高校入学編
第6話


ランキングに私の名前があって心臓飛び出ました。スクショしとこう。応援本当にありがとうございます。


「素晴らしい!免許皆伝だよ〜!!」

 

やぁ、紳士淑女諸君。ターニャ・デグレチャフ8歳だ。

え、なんでいきなり5年も経ってるの〜って?

それはあれだ、この5年間について特筆すべきことが少なかったからに他ならない。

 

あれから私は無事身元引受け人である雄英高校……つまり日本に移住し、まだ幼いからという理由で無事日本の国籍を得た。そしてそこの教師らに家庭教師の如く少しずつ学問を学んだり時には高校生と交じり個性の訓練をしたり校長の知り合いヒーローが運営している義務教育学校に通学したりして過ごしてきただけだ。

 

この日本では公共の場での個性使用は禁止されているようだが、この雄英高校は違う。その点では幼い頃から個性を思う存分使うことの出来たこの環境は、ヒーローを目指す子供にしてみればかなり羨ましいのかもしれない。

 

 

そして5年の間、プロヒーローが経営する義務教育学校で初等教育と中等教育とを履修し終えた私は本日ネズミのような見た目の校長より祝いの言葉を言い渡されたと、そういうことだ。

 

「まさか本来12年かかるはずの教育が半分以下の5年で終わってしまうなんて、校長先生はびっくりしたよ!

初めて会った時から頭の回転が早い子だとは思ったけれど、これほどまでとはね」

「……ありがとうございます」

 

 

初等教育はともかく、中等教育はきちんと行き詰まった素振りも作ったつもりだが。

前世の学歴エリートを舐めてはいけない、昔学問にだけはほんの少し他を圧倒することが出来た記憶故、知識欲は溢れかえるばかりなのだ。

 

「一応日本における義務教育はこれで終わりさ。君があまりにも出来すぎるせいで駆け足になってしまった所もあるけどね」

 

私のいた前世とは違い、個性による学習能力の発達差が顕著なため飛び級制度がこの日本では盛んだ。私の通わせて貰った学校も小中の一貫教育の中で積極的に行っている。スピードが早すぎて異例とは言われたが。

雄英高校も学力以外に体の発達が不十分なまま入学させる際のデメリットが大きいとして一応の年齢制限を設けてはいるが、それも半ば形骸化しつつある。

8歳で中等教育までの過程を終わらせてしまうのは、まぁ一般的では無いものの無い訳では無い、そんな程度だ。

 

「さて、どうしようか。君の意見を聞きたいな。君の学力はどうであれ、まだ8歳の君を放り出すのは里親としてはあまりおすすめしたくないんだけどね」

「……進路希望調査、ということですか」

「その通りさ!」

 

進路……さて、どうしようか。

祖国とは違い犯罪発生率も低い日本だ、資本さえあれば野垂れ死ぬことも無かろう。

とはいえこの幼い見た目で今すぐに普通の職に就くのが難しかろう未来は見えている。主に補導されかねないという点で。まだ勉学に励みたいとも思うし、そうだな。

 

 

「……高校に、通わせて頂いてもよろしいでしょうか。ここ、雄英高校に」

「遠慮は無用さ!むしろここは高等教育機関、ようやく本領を発揮出来ると私は思うよ」

 

あぁ実にワンダフル。身元引受け人が金にがめつい大人でなくて本当に良かった。

 

「ありがとうございます」

「君の学力なら我が雄英高校への入学はほぼ確実。そして個性も強力、扱いも素晴らしい。最高峰と謳われる我がヒーロー科でも充分やっていけるだろうさ」

「え?」

 

……待て待て待て、ヒーロー科?

ここには派手では無いにしろ普通科も、なんなら興味のある経営科だってあるだろう!?私の意思は!?

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。私一言もヒーロー科に入りたいとか」

「だから遠慮はいらないのさ!一応試験は受けてもらうことになるけれど、君なら余裕だろう!さて、校長はさっそく準備しに行くのさ」

「ちょ、」

 

忘れてた。

この日本ではヒーローという職種が圧倒的人気を誇る。抑圧された個性を使い、自分の力を誇示し市民に褒め称えられる生活はさぞや気分が良いことだろう。

国民誰もが1度はヒーローになることを夢見るほどに、その職は人気なのだ。それは異様と言っていいかもしれない。

犯罪率の低い日本で、しかしここまでのプロヒーローの数を排出する。ヒーロー飽和社会と言われて当然だ。

 

……個性の向き不向きで諦める大多数はいれど、私のようにわざわざヒーローとは縁遠い所に拠点を置きたがる人種など、圧倒的少数。

 

だから校長含め大人は……特にここのヒーローになれた大人らは本質的に理解出来ない。ヒーローになどなりたくもない人種が存在することを。

───誰もが1度は憧れる、あの雄英高校のヒーロー科に。嬉しいだろう?嫌なんて夢にも思わないだろう?

 

それは善意の押し付け。気持ちが悪い。

 

遠慮じゃない、そうじゃないんだ!

私は命をかけた戦いなんぞこれっぽっちも望んじゃいない、平穏な生活!コーヒー片手に出世のエリートコース、そういうのを───!!

 

ばたん。

 

無慈悲な校長は全く意に介さず、私室を出ていってしまうのだった。

 

 

 

 

校長side

 

ターニャさんに与え5年経っても殺風景なままの部屋を出た私は、ヒーロー科への入学試験について考えていた。……少々強引だっただろうか。悪いことをしてしまったな。

 

ターニャ・デグレチャフ、8歳。

そのふわふわと風に揺れる金の髪と大きな碧眼、ビスクドールのように整った外見からは予想も出来ないほど残虐な過去を持つ少女。

オールフォーワンの人造人間作成機関からただ1人生還した彼女は、子供らしさを失った子供だった。

 

保護した当初は大変だった。

刃物を持っていないと落ち着かないと常にペティナイフやカッターを携帯し、殺伐とした雰囲気を放っていた彼女。

放っておいたらすぐに悪に染まってしまいそうなほど危うく、殺意に敏感で殺意を向けることにも抵抗がなかった。

無理もない、目の前で大勢の子供を殺害され、自らも決死の思いで巨悪と対峙したのだというのだから。

オールフォーワンに与えられたという個性も小さな身体には過ぎるほどの強い個性で、勉強を教えるよりも制御を覚えさせるほうが苦戦したほどだ。

 

本人はヒーローについて特別な感情を抱いてはいないだろうが、我々ヒーロー側は今彼女を手放す気は無い。

 

ごめんよ、ターニャさん。

ヒーローに興味はないのだろうけど、君はその危うさを年々上手に隠しつつあるんだ。それがなにかの弾みで爆発した時、どうなってしまうのか怖くて我々は君を手放すことが出来ないでいる。

故に君が成長するまでは、親元を離れても悪に染まらぬと判断が出来るその時までは、我々ヒーローの傍で君を守り育てるべきだと勝手ながら判断した。

外部の一般教師やサポート会社付きの職員を招きある程度一任してしまっている他の学科はともかく、プロヒーローの目が絶えず存在する我がヒーロー科ならそれも可能だろう。

 

仲間想いの優しい子だ。

残虐的行為を笑顔で出来てしまう子だ。

 

その二面性に、敵が気付いてしまう前に。

もう少しだけ、ヒーローという皮で守らせて欲しい。

まだ8歳。可愛い盛りの子供を手放すことは、私には出来なかった。

 

 

*

 

■プロフィール

 

ターニャ・デグレチャフ(8)

 

前世は日本のエリートサラリーマンで社畜街道を歩んでいたが、神を語る存在Xの怒りを買い信仰心を取り戻すよう個性の存在する異世界へと転生させられる。

 

無神論者。非情なまでのリアリストで超合理的主義。シカゴ学派の経済理論を尊ぶリバタリアンで自称平和主義者。

その弊害か、自分を含め人間を人材資源として認識している側面が強い。ビジネスとして欠陥だらけのヒーローのような危険な職種には理解が無く、嫌悪感すら抱いている。

 

 

個性

 

「社会的弱者であれ」という存在Xの計らいで、本来ターニャに個性は存在していない。現在彼女の持つ個性は全て他者から与えられたものである。

 

 

○飛翔

オールフォーワンより付与。

自身と、自身に触れたものの重力を奪い操る個性。本来ターニャには存在しない個性のため、そのまま使用していた場合身体の許容量をオーバーし死んでいた筈だった。

 

○祝福

存在Xより付与。

個性因子を発動させる際、その大幅ブーストと引き換えに神への祈りを捧げることが必須。

この祝福により本来使えなかったはずの飛翔を自由自在に扱えるようになっている。

 




これより、己をヒーローになるため生かして貰った人材資源なのだと勘違いして突っ走るエリート元社畜閣下とその突っ走り方に恐怖を覚え中々手放せなくなる大人のどこまでも噛み合わないアカデミアのスタートです。


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第7話

デクとデグとの出会い()



どうしてこうなった。

 

現時刻8:00。

既に見慣れた雄英の校門にはでかでかと『雄英高校入学試験』の看板が。

 

身内枠だからと言って特別扱いは不要と一般入試に放り込まれた私は、かなり本気で辞退……というか手抜きをして不合格を勝ち取ろうかと思っていたのだが、校長の

『ちなみに君の普段の学力、個性のレベル共に私達は把握している。緊張もするだろうけれど、著しく真剣味に欠ける場合援助の一切を打ち切る可能性もあるからちゃんとやるんだよ!』との有難くないお言葉があった。

 

……著しく真剣味に欠ける、の判断基準が明かされていない以上、私はきっちり点をもぎ取らねばならない訳で。

 

「憂鬱だ……」

 

 

 

しかし支援を受けている学生の身だ、通常よりも短期間とはいえ莫大な資金を私にかけて育てて貰ったことに変わりはない。

投資分の働きはするとしよう。

 

 

 

 

 

 

「なぁ、あんた小さいけどそれ個性?外人さん?いんぐりーっしゅ?」

「……は?」

 

筆記試験を終え、教室で好物のブラックコーヒーをはちみつパンと共に嗜んでいると無遠慮に声をかけてくる輩がいた。

私のランチタイムを邪魔するとは。万死に値する。

 

「いや、ちょっとさっき見えたんだけどさ。君と俺会場一緒みたいだから一緒にいかない?あ、俺モブ山ってーんだけど」

「Schön Tag noch Insekten」

「え、何語?」

「Leck mich am arsch」

 

 

母国語でオハナシをしてやれば、英語ですらない音の響きに怖気付いたのか男は苦笑いをしながら去っていった。

ふん、軟弱者め。

 

 

このコーヒーは自販機の缶コーヒーなどでは無く、ランチラッシュに頼み朝淹れて貰った極上の風味がするそれだ。はちみつパンも水飴で薄めたものでは無く、ふわりと花の香りのする1級品。今日は蓮華の花か。ふわふわに焼き上げられた生地に浮かぶ黄金色が実に目に鮮やかだ。ただのパンとコーヒーだけの食卓が、上品で華やかに彩られる。

 

私はもうランチラッシュと結婚したほうが良いのではないだろうか。移住当初から胃袋を鷲掴みにされっぱなしである。

 

魔法瓶に収まっているコーヒーの熱さも丁度良い。時間配分まで完璧である。

ヘドロを啜って生きていた5年前にはもう戻れない。食事情に関しては独り立ちしても我儘な舌が満足出来そうに無いのが目下の悩みだ。

「贅沢な悩みだ……」

 

……やっぱり私、ランチラッシュと結婚したほうが良いのではないだろうか。

 

 

 

 

至福のひとときを終え実技試験の説明会場へ向かっていると、爆発にでも巻き込まれたかのような頭の少年にぶつかった。

「わ、ぷ」

「わぁっごめんなさいっ!!」

「いや、私も前を良く見ていなかった」

 

 

あわわ、と慌てたように私の顔を覗き込む少年。気が弱そうだが中々良い目をしている。

体付きもまだまだ華奢だが、中々。

先程の声をかけてきた不届き者とモブっぽさは変わらないものの、こいつの方が数倍マシだろう。

 

「……君も受験生か。しかしそれなら会場は真逆だぞ」

「ぅえ!!?め、迷路みたいで迷っちゃって……良ければ付いて行っても……?」

「構わないよ」

 

確かにこの雄英高校は広すぎる。私の歩幅じゃ朝から始めた校内散歩を終える頃には日が傾いてしまうだろう。

 

緑谷出久と名乗った少年は、ジョシトシャベッチャッターーとか何とか謎の呪文をブツブツ呟きながらこちら側の世界に戻ってきた。精神異常者か?

 

「く、詳しいんだね、校内のこと」

「事情があってな。貴様、演習会場はどこだ?」

「僕はBだよ。君は?」

「Dだ。……あぁ、名乗っていなかったな。ターニャ・デグレチャフだ。よろしく」

「よろしく。留学生?凄いなぁ」

「国籍は日本だから留学生では無いよ。外見で身構えられることが多いけど、第一言語は日本語だ」

 

 

 

そこまで話していると、説明会場へ到着した。受験番号が離れているため、席は必然的に遠い。

「それじゃあ緑谷。健闘を」

「うん、デグレチャフさんも!案内ありがとう!」

 

 

 

声が大きくちょっと苦手なプレゼントマイクが試験監督を務めるらしいそれは、いわばゲームのような得点方式だった。

機体により難易度が変わってくるようだが……なんとも浅はかで非効率的な試験だ。

 

個性とはその名の通り個性、人の数だけ種類があると言っていい。

こんな物理攻撃特化な試験内容では稀有とされる医療系、転移型の個性は勿論洗脳、幻惑、催眠、透過系の個性ももれなくアウトだ。

この学校にはミッドナイトやリカバリーガールといった武術以外で活躍の場を持つヒーローも居るというのに、なぜこのような脳筋試験を執行しているのか。馬鹿か。

……というのは冗談で、あの校長のことだ。どこかで救済措置を作っているのだろう。あくまで救済措置という体で、その実この敵ポイントよりも重要視されるような加点要素が。

 

 

 

ふん……まぁ良い。その要素が公開されていない以上確実に点の入る敵ポイントを重点に置こう。

こちとら入学以前に援助が懸かっているんだ。本気でいかせてもらう。

この5年、何もしていなかった訳では無いからな。

 

……まぁロボ相手ならば多少目測を誤っても、大丈夫だろうし。

 

 

 

 

 

 

 

演習会場D。

スタート位置に着いてから一心不乱に道端の小石を集めてはポケット入れを繰り返していると、先程のモブキャラが話しかけてきた。

 

「お砂遊び〜?かぁわい〜。つーか君いくつよ?さっきモッサモサ頭君と日本語で話してたの見たよ、喋れるんじゃんか!

ね、名前───」

「……小バエが煩いな」

「え?聞こえない。いまなんて……」

 

 

なんなんだこいつは。

試験を受けに来たのか妨害しに来たのか分からない。あまり煩い奴は妨害行為で失格にしてはくれまいかな。無駄に個性が強くて試験を通過、なんてことになってしまったら適わない。

 

 

小石の量は充分。戦闘が始まれば瓦礫くらいいくらでも手に入るだろう。

準備はOK。

 

 

「せいぜい足掻けよ?踏み台」

「なっ……」

 

「はいスタート!!」

 

ふわり、と身体を浮かした私は、弾道ミサイルの如くゲートへと突き進む。

 

 

 

───試験開始だ。

 

 

 

 

*

 

 



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第8話

「61」

 

くる、くるり。

 

「62」

 

爆煙とワルツを踊るように、妖精は無慈悲にロボを壊していく。

 

「め、めちゃくちゃだ……」

 

呟いた受験者の1人の言葉はもっともだった。

演習会場Dにて行われたそれは試験ではなく、一方的な殺戮。楽しげに笑う幼子は妖精では無く、幼女の皮を被った化け物だった。

 

 

 

 

ことが起こったのは試験開始直後。

真っ先に飛び出したターニャは空高くに舞い上がり、ロボットの登場ゲートの確認と数の把握を行った。

そしてポケットに詰め込んだ無数の小石を自身の周りに浮かべる。

 

「我、神に祈らん。主よ、我を救いたまえ」

 

座標位置、着弾位置を確認し、冷静に小石の雨を降らせてやる。途端に数十のロボットが爆散してしまうが、そこに他の受験者への配慮など皆無。

 

「……強度が少し足りなかったか」

 

 

 

オールフォーワン戦で得た経験はターニャの中で生きている。石が脆く崩れてしまう。なら手に触れた小石を包む空気ごと個性を発動することにより、威力を落とさず小石の強度不足を補うことが出来るのだ。

本来この個性はもっと残虐性を秘めたものではあるものの、入学試験ということで自重した結果だ、本人曰く一応これでも。

 

 

 

多を把握する目、それらに一斉攻撃を仕掛けることの出来る圧倒的個性、なにより冷静な判断力。全てがこの場の誰よりもずば抜けていた。

まさに蹂躙。

他の受験者に点を一切取らせないそのやり口は、いっそ悪魔的なまでに一方的だった。

 

 

 

 

審査員side

 

 

「……ターニャさんは、予想はしてたけどとんでもないわね」

「そ、それに関しては私がちょっと焚き付けてしまったからってのもあるのさ」

 

 

焦ったように弁解する校長に、ミッドナイトとげんなりとした目でモニターを見つめるイレイザーヘッドは説明を求めた。

 

「彼女は自分で上限を決めてしまいがちさ。

与えられた分の働きしかしたがらない徹底的なまでの効率、合理的主義者。まだまだ先のある若者が萎れた大人のような考え方をしてしまうのは些か勿体ないと思ったのさ」

「……それ、俺の事ですか校長」

「ちちち違うのさ!?」

 

 

言外に萎れた大人扱いをされたアングラ系ヒーローはひっそりと傷付くが、それをさぞ揶揄うと予想されるプレゼントマイクがこの場にいないことが唯一の救いであろう。

 

 

「だ、だからちょっと言いすぎてしまったのさ。本気出さないと援助打ち切るって」

「……金にがめつい……」

「現実的とも言うな」

 

ただの一生徒としてのターニャの評判は半々だが、その間にも1人破竹の勢いで点を稼ぎつつある彼女。しかしヒーローとして見るならば、これほどまでに頼りになる戦力もまた珍しい。

戦力を見るだけ、ならば。

その幼い顔に浮かべた凶悪な笑顔はとてもじゃないがヒーローを目指すような表情では無い。むしろ敵のそれだ。

 

破壊行動が楽しくて仕方が無い。そう言っているようにとしか。

 

 

「これで対人戦用に威力は落としてあるって言うんだから脅威よね」

「D会場の合格者は1人だけになりそうだな」

「……演習会場の破壊行為による被害に気付いているのに全く考慮していない点は、相変わらずだね」

「……」

 

 

普段、彼女は優等生もいい所だ。

実に意欲的に学び、個性の制御にも秀でている。美味しいものに年相応に目を輝かせる様は実に愛らしい。

しかし、1度戦闘スイッチが入ってしまうとまるで殺戮行為そのものを楽しむかのように振る舞う。敵より敵らしいその姿。

それは5年前から変わらない懸念事項だ。

 

「……心配だなぁ」

 

 

 

 

 

「80、と」

眼下でまた一体ロボの破壊を確認した私は、溢れそうになる欠伸を噛み殺した。

───ヌルすぎる。

大量の小石を1つずつ別の生き物のように動かすのは骨が折れるが、あんな動きの鈍いロボット相手では止まっている的同然だ。

幸いと言うべきか、演習会場は市街地。多少目測を誤っても何かしらが誘爆をしてくれる可能性すらある。

 

……ああ、他の受験者の事を考えていなかった。まぁどうにかなるだろう、一応ヒーロー志望の奴らだし。

万一小石が直撃しても骨折する程度のスピードしか出していないし、ロボの爆発は極めて小規模に設計されていると見た。あれくらい逃げられなければな。

 

「……?」

 

時間はまだある、しかしロボットの排出が止んだ。

なんだ、これで打ち止めか?いや……違う。

 

ズゥ……ン

 

「巨大ロボット……!」

地下からせり上がるようにして現れたそれのあまりの大きさに、思わず口角が吊り上がる。

なんだあのサイズは!小石じゃ効かない……0ポイント敵とはいえ生徒の安全性ガン無視じゃないか!

 

───先程の言葉は訂正しよう。実にらしいよ雄英高校!

 

苛立ちを抑え付けるようにして息を吐く。

何が援助打ち切りだ。まずもって本気でも出さない限り合格出来ないシステム。あんなデカい邪魔者、排除しない限りとても悠長にポイント稼ぎなんて出来ないじゃないか。

 

 

足元では小バエどもが逃げ惑っている。

───知るか、あんな小物ども。

 

両の目が金色に輝いた。

 

 

 

 

*




後半訂正しております(2018.10.16.6:19)


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第9話

私の思想の話をしよう。

 

まず私は、ヒーローというものに別段興味がある訳でも憧れを抱いている訳でもない。

 

金を貰って人を助ける、実に結構。 正義に金を払うシステム自体は気に入っている。

 

そこでは無い。

いつだってマンガや映画のヒーロー達は利益も顧みず自己犠牲の精神とやらを披露するが、気持ち悪いとは思わんかね。自分の大切な人ならいざ知らず、全くの他人のために利益も得ず己の命を掛けて救いださんとするその志。

 

人とは利があって初めてやる気が起こるものだ。

仕事をするのは金が貰えるから。

友と過ごすのは1人では味わえない娯楽を生むから。

親が子を叱るのは、子供の将来に有益になるだろうから。

金も貰えず苦しい仕事は出来まい、共に居て全く楽しく無い友と居て何が得られる、子を教育せずまともに育つならそれ程楽なことはない。

 

 

やりがい?ボランティア精神?そんなものに全くの対価なくやりたがるのは5段階欲求を全て満たしている稀有な金持ち連中くらいだろう?殆どは自己承認欲求の塊だ。

これは私が経済理論と順法精神の出世主義……いわばリバタリアンの側面からでしか理非を判断しないからかも知れないが、私はこの思想こそが真に正しいと確信している。

 

 

自己承認すら必要とせず、自分の命を他人に使う、そんな本物のヒーローとやらが私は気持ち悪くて仕方がない。

あいつらは本当に人間なのか?綺麗で、高潔で、強く正しい。

素晴らしい!なんて素晴らしいクソなんだ!

そんなものは人間では無い!

人間とは醜く卑しく本能的な生き物だ。

金が欲しいからヒーローをやる?個性が派手だったから世間に認められやすい?結構!

そちらの方がどんなに健全か!

 

 

人間から外れたような人間を望む、そんなみんなの理想のヒーロー像が私は嫌いだ。

だから、私はヒーローにはなり得ない。

 

 

 

次に戦闘行為だ。これも私は好まない。

意外かね?

勘違いして貰っては困る。私はなによりの平和主義者だ。人を助けるために武器を手に取るのはなんと恐ろしいことか。私が今個性を手に飛び回っているのは、ただ単にそれを育て親に望まれているからに他ならない。

 

個性を使い、敵を恐れず果敢に立ち向かう。そんなヒーローになって欲しくて私という人的資源に投資をしてきた雄英高校。

言葉としてはっきりとそう言われた訳では無いが、進路を聞いておきながらも道がヒーロー科1択だったことからその心中が伺い知れる。

死ぬ筈だった所を拾ってもらった恩だ、やれと言うのなら精一杯やりましょう。投資分の仕事はするのが私の流儀だ。

 

どんなに強い敵が立ち塞がろうとも笑って切り抜ける、強く正しいヒーローを精一杯アピールしてやりますとも。

 

……反吐が出る。

 

 

 

 

「聞いてるのかデグレチャフ」

「しかと」

「じゃあこれはなんだ」

 

入試終了後、久しぶりに大暴れした私は肩をパキパキ鳴らしつつ自室に戻ると、ドアの前で相澤消太……イレイザーヘッドが待ち構えていた。入試中の私の戦いっぷりを撮影した端末を見せて。

 

……撮られていたのか。まぁ、当たり前か。演習会場に審査員は配置されていなかった。別場所でモニター画面越しに採点をしていたのだろう。

「これが何か」

「自覚は無いのか……!」

 

 

自覚?

映し出された映像には、ヒーローが好むという満面の笑みを浮かべた私が爆破したロボットの破片を集め投擲、巨大ロボをボッコボコにしている所だった。

苛立ちが過ぎてあまりこの時の記憶は無いが、一応ヒーローらしく笑顔で敵に立ち向かっているのは加点要素なのではないか。

 

 

「周囲の安全確認は!」

「しなくともリカバリーガールがいるでしょう。死にゃしませんよ」

「眼下の受験者をゴミでも見るような目!」

「個性使うにはちょっと邪魔だなと」

「なぜわざわざ0ポイントの敵を!」

「邪魔で、つい」

「つい!!」

 

いやぁいい笑顔ですね私と呟けば、この凶悪な笑みが!?とイレイザーは大袈裟に驚く。

凶悪って……たったの8歳の無邪気な微笑みをまるで化け物でも見たかのような顔をしおって失礼にも程がある。確かにちょっと人に見られている事を忘れていた節はあるが。

 

「校長が危惧するのも当然だな……」

全く!とイレイザーは盛大にため息を吐くも、一体全体なにが全くなのかが分からない。

 

「……ターニャ・デグレチャフ。入試の合格者はこれからの会議で決定するが、筆記も問題無く敵ポイントが受験者中トップのお前が落ちる可能性はないだろう。合格オメデトウ」

「はぁ。ありがとうございます」

……ではなぜ、私は今説教されているのだ?

 

「お前の根性は俺が必ず叩き直してやる。来年度から楽しみにしておけ」

「はぁ……?」

 

そう言い残して、なんだかフラフラなイレイザーは自室の前から去っていった。

……結局何だったんだろう。俺、お前の担任やるから来年度からよろしく〜!ってところだろうか。いや違う気がする。

5年ここにいてあまり接点の無かったイレイザーだが、その除籍処分の多さに良く話題になっていた記憶がある。

初めてこんなに長く話したが、あれだな。小汚い。

あぁいったタイプの自室はゴミ屋敷か家具が無さすぎて妙に埃っぽいモデルルームのようになっているかの2択だろう。興味は無いが。

 

 

しかし合格……合格か。

とりあえず校長の課題はクリアかな。

「……安心したら腹が空いたな。少し早いが夕食にするか」

 

足取りは軽い。ランチラッシュに頼んで今夜はご馳走にして貰わねば。 デザートは何が良いだろう。

 

 

 

*




■おまけ
「合格おめでとう、ターニャさん。お口に合ったかな」
「うむ。ランチラッシュのスペシャルフルコース、しかと堪能させて貰った。残念なのはここにワインがない事くらいか」

「ここ学校だから当たり前だし君にアルコール分を摂取させた記憶が微塵もないはずなんだけど……まぁいいや、食後のコーヒーは?」
「頂こう。いや、ランチラッシュの腕はいつも素晴らしいな。嫁に来ないか」
「そこwwww嫁なんだwwwwwww」


ご飯タイムは毎回若干知能指数が下がって発言がおかしくなる閣下。


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第10話

当方別のSNSではイラストメインで活動しておりまして、コミックスの間にある自己紹介ページを真似してみたい、でも全部真似るのも烏滸がましいと結局中途半端なそれっぽいものを作ってしまいました(ここまでが言い訳)
ターニャが雄英の制服着てるだけ。イメージの指向性がついてしまうのが苦手な方はクリック非推奨。個性の説明は表向きのものです。

【挿絵表示】




「うむ。よし」

 

学校の宿直室の隣に設けられた自室より、私はぴかぴかの制服に身を包み支度の最終確認をしていた。

「しかしこの年で高校の制服とは。人生何があるか分からないものだ」

 

 

ひらりと長めのスカートを翻し、昨日のうちに中身を詰めておいたリュックを手に取る。

ヒーローにはセンスのヤバい奴らしか居ないのか、リボンの羽の生えたクマのぬいぐるみが鎮座するふわっふわふりっふりの小さなリュックサックを買い与えられそうになった時は本当にどうしようかと思った。教科書入らないだろうどう考えても。

 

どうにか奴らを説き伏せ普通のリュックを購入してもらったが、やれ趣味がジジくさいだ遅れてるだのと失礼な奴らだ。中身は正しくジジイだ悪いか。

 

 

思い出してしまった嫌な記憶を振り払うようにして自室を出ると、廊下の向こうから見覚えのある顔がやって来た。

 

 

 

「あれれ?ターニャちゃんだ!!おはよう!なんでうちの制服着てるの?コスプレ?ねぇねぇなんで?ふしぎ!」

「おはようねじれ、これはぶっ」

 

可愛い!とヒーロー科らしくしっかりと鍛えつつも柔らかな身体で抱きつかれ、危うく呼吸が止まる。えぇい、もう3年になるのに落ち着きが無いやつだ!

 

 

「今日から私も雄英生なんだよっはなせ!」

「えぇ?まだ小さいのに?凄い!」

 

波動ねじれ、今日から雄英高校ヒーロー科の3年となる女子生徒。

私は私で郊外の学校に通っていたため生徒が彷徨く時間帯に鉢合わせる機会など普段は無かったが、ねじれは入学1ヶ月で私を発見、尾行し自室にまでやってきた迷惑おん……ガッツのある人間だ。

一応先輩になるものの、敬語はいらないと言い張るので遠慮なく呼び捨てにしている。

 

私のようなヒーローを目指すふりをしているエセ人間では無く、本物の才能に恵まれたヒーローの卵だ。彼女との接触が増えたおかげでたまに個性訓練の授業に交ぜてもらう機会を得たのだから、まぁあまり邪険にはしまい。

 

 

「じゃあ私先輩だね!ターニャちゃん1年生の教室わかる?ねぇねぇわかる?教えてあげよっか!こっち!」

「お前私の方が学校に長く居るの忘れてるだろう」

 

 

……邪険には、しまい。

 

 

 

 

 

 

緑谷出久side

 

「そのもさもさ頭は地味の!プレゼントマイクが言ってた通り受かったんだね!

そりゃそうだ、すっごいパンチだったもん!」

 

雄英高校1-A。真新しい制服と期待いっぱいの気持ちで扉を開ければ、個性的なメンバーが勢揃いしていた。

なんだか距離の近い麗らかないい人や試験会場が同じだった飯田くん。気持ちが高揚するのがわかる。……遠くから睨みつけているかっちゃんに気付いて、そんなワクワク感も少し萎んでしまったけど。

 

───言ってもらったんだ、君はヒーローになれるって。勝ち取ったんだって。

だから、僕は行くんだ!

 

……今更だけど、かっちゃんあの時凄い顔してたよな。大層なこと言っちゃったけど、でも本当のことだ。オールマイトみたいな、最高のヒーローに僕も!

 

その時、廊下の向こうから女子生徒達の声が聞こえた。

 

 

 

「待って〜待ってよターニャちゃん!」

「付いてくるな!お前の教室通り過ぎまくりだぞ!」

「やだぁ〜!ここが1年生の教室だよって私が案内するの〜!」

「もう着くのに!?いい加減諦め、ぶっ」

 

 

 

きちんと前を見ていなかったみたいで、かなり小さな影は僕にぶつかり尻餅をついた。

 

「で、出入り口でたむろするな……!」

「うわわ、ごめん!大丈夫?」

 

 

慌てて手を差し出すと、そのお人形さんみたいな容姿に既視感を覚える。

「あれ、……えーと確か、デグレチャフ、さん?」

「……お前か。またぶつかったな緑谷」

 

 

澄んだ碧眼に薔薇色の頬、絹のように輝く金色の髪をポニーテールに纏め、後れ毛をあちらこちらに跳ねさせる美少女。……美幼女?

入試の時道に迷った僕を案内してくれた、まるで童話から抜け出したような容姿の女の子だ。

 

 

「はい、ここが1-Aの教室だよ!」

「知ってる」

「役目は果たした!またねターニャちゃん!」

 

 

デグレチャフさんに引っ付いていたねじれ髪の女の人は、こちらを一瞬見てにこりと笑うと、すぐに自分の教室に戻っていったようだった。……何者?

疲れたようにため息をついたデグレチャフさんは手を借りずに立ち上がり、ぱんぱんとスカートを払った。

 

 

「……?どうかしたか、道を塞いでいないで早く教室に入れて欲しいのだが」

「ごごごごめんなさい!」

 

一気に色々起こりすぎて思考が停止してた!

慌てて教室に入ろうとした瞬間、次は黄色い芋虫が現れた。……芋虫!?今度は何者!?

 

 

「お前ら騒ぎ過ぎだぞ、仮にもヒーロー科が」

 

ヂュ、と寝ながら器用に栄養補給ゼリーを啜る男の人。な、なぜその体勢でわざわざ。

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

まさかの担任の先生だった!

雄英高校のヒーロー科を担当する教師はプロとして活躍している人ばかり、でもこんなヒーロー見たことが無いな。あんまり人前に出ないヒーローなのかもしれない。出で立ちからしてあまり外見に気を使っていないようだし、メディア露出は見るからに苦手そうだ。個性は一体なんだろう、例えば暗闇を得意とする

「おい」

 

「おい、緑谷出久!」

「ひゃいっ!!?」

 

半分トリップしていた意識を、デグレチャフさんが引っ張りあげた。

 

 

「お前大丈夫か?精神が不安定なんじゃないか?皆もう移動開始したぞ」

「これはもう癖というか……え!?」

 

 

 

教室にはもう誰もいなかった。

いつの間にか体操着に着替え、グラウンドに集合するよう指示を受けていたらしい。

 

……可哀想な人を見る目で見ないで欲しいな、デグレチャフさん……。

 

 

 

*




女の子はねじれとメリッサ激推し。


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第11話





イレイザーヘッド改め相澤に招集されグラウンドに集まった面々は、個性の使用を許可した体力テストを指示された。

 

ふむ、確かに個人差が酷いからと個性の使用した体力テストは今までしたことが無かった。

項目はボール投げ、立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈の8種類。

 

元々の私の身体能力は身体が成長し切ってないこともあり普通なら最下位確実だろう。

しかし個性を使って良いのなら……そうだな、半分くらいは超人的記録を出せるだろう。

気楽にいこう。

 

「実技入試の成績トップはデグレチャフだったな。お前個性抜きのソフトボール投げ何メートルだった」

「……7メートルだ」

「は?」

「7メートルだ!」

 

……なんなんだこの羞恥プレイは!

身体を鍛えようにも成長段階での過度な負荷は身長が伸びなくなる恐れがあるからと制限をうけて早5年。一応これでも平均値だ。小学生の!

 

「ちっちゃい……」

「子供?個性の影響かな」

 

出鼻を挫かれたような表情を浮かべた相澤は、ざわざわし出す生徒をひと睨みして黙らせ軽く咳払いをした。

 

「……じゃあ個性を使ってやってみろ。思い切りだ」

この相澤と言う男、私が8歳児ということを本格的に失念している気がする。

要望にお答えしてフルスロットルだ。……決して八つ当たりじゃない。

 

ふわりと浮くボールにいつもの如く空気を纏わせ、簡単には破裂しないよう調節する。

普段は銃弾のような使い方しかして来なかったため、正直どこまで距離が伸びるか分からない。

だから、出来るだけ速く。

座標はそうだな、被害が出ぬよう太陽に向かって。

 

「主よ、その御業を我に貸し与えたまえ!」

 

───撃つ!

 

音速の勢いで手元を飛び出していったそれは、直ぐに視認が出来なくなった。

……投げたは良いが、破裂してないかの確認が取れないのはマイナスだな。

 

ピピ、と相澤の手元の記録表に数字が映し出される。

───1700メートル。対物ライフルの射程と同じくらいか。まぁまぁだな。

 

「まずは自分の最大値を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段だ」

 

わぁっと生徒間から歓声が上がる。私とは違い、中学時代まで大っぴらには個性の使用を許されていなかった人達だ。普段見ることの無い大記録に、「面白そう」とやる気満々だ。

 

「面白そう……ねぇ。ヒーローになるための3年間、そんな心積りで過ごすつもりか?

───よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し除籍処分としよう」

 

「「「はぁっ!!?」」」

 

「これから3年間、雄英は全力でお前達に試練と苦難を与え続ける。更に向こうへ……Plus ultraさ」

 

───くそったれ。

相澤消太の除籍処分の実績が飛び抜けて多いのは在校生にとって周知の事実だ。

覚悟していなかった訳では無いが……ここまであからさまかつ一方的とは!

 

入試もそうだが、十人十色の個性をたった8種目で推し量るなんてそれこそ非合理的。入試では結局レスキューポイントという救済システムがあったようだし、今回も似たようなものだろう。つまりどれだけ己の個性を見極めることが出来るか。向いていないからと敵前で勝負を諦めるような人材はいらないということだろう。

しかし最下位などというアバウトな表現では、クラスメイトの能力を知らない今気が抜けたものでは無いじゃない。

 

Plus ultra……ねぇ。

向上心ある若者がいる前で口に出したりはしないでやるが、意欲があればなんでも限界点を超えられると思っているその脳筋的思想がもう気に食わない。

根拠と実績をご提示願いたい。

は、個々の意欲実力に依存する?そんな不確かなものが教育というビジネスを確立していけるとでも?バカバカしい。

やはりヒーローの精神とやらは私には永遠に理解出来そうに無い。

 

 

体力テストが始まった。

50m走をざっと見るに皆個性も強力だが、己の個性の使い道を探し出すのが上手い。得意は得意として、苦手でも普通以上を目指して副次的な個性の使い方を。

……まずいな。

私の飛翔の個性でどうにもならないのは上体起こしと反復横跳び。例え他の競技で超記録を出しても、その競技に特化したような個性の奴がいれば敵わない。そしてこの2つでは十中八九私の記録は最下位……。

個性ハンデ有りとはいえ、15歳と8歳を同じ土俵で競わせること自体なんだか違う気がするのだが。

 

「次、デグレチャフと常闇」

「アイヨ!」

「うぉ」

 

やけに馴れ馴れしい黒い物体が喋った。個性……個性かこれ?

まぁいい。 スピード勝負にはこの個性も一日の長がある。ふわりといつものように身体を浮かせ、準備はOK。

 

ピッ

 

『───3.08』

スタート音と同時に飛び抜けてやる。

 

「凄い!」

「また大記録だ!」

 

あまりに速いと止まれなくなったり着地が大変だからと少し加減したが、その結果が足にエンジンを搭載した見るからに脚力特化の個性持ち男子に見劣りしない結果だ。まぁ悪くはないだろう。

 

握力測定。

「おい」

 

ミシミシ……。

「おい、デグレチャフ。やめろ。壊れる」

バキ。

 

「「あ」」

 

個性をこんな使い方はしたことが無かったが、適当な所に握力計を立て掛け上から延々と空気の圧力をかけてみた。

結果、測定不能に。

 

立ち幅跳び。

「先生、飛べますが私」

「……」

「少なくともこの授業時間中は飛び続けられますが、私」

「デグレチャフ、測定不能」

 

疲れるから試したことはないが、気力が保つ限り飛び続けることは可能。半日くらいは大丈夫そうだ。

死んだ魚の目をした相澤は、測定不能を言い渡した。

 

ボール投げ。

もう一度投げるのも面倒だったため、先程のデモンストレーションの記録をそのまま流用して構わない件を伝え、しばしの休憩時間を楽しむ。

 

……今日はいい天気だ。4月の、まだギラギラしていない爽やかな春の陽気が優しく降り注ぐ。よそよそと穏やかな風がふわりと頬を撫でた。正直このまま日光浴でもしていたいくらいだ。

穏やかな日常に身を任せ、悠々自適なエリートライフを満喫するはずだったのに、なんで私は今ここにいるのだろうな……。

 

「緑谷くんはこのままではまずいのでは……」

「ったりめーだ!!無個性の雑魚だぞ!!」

 

ふと意識を浮上させると、次は緑谷出久の番だった。周囲の話を盗み聞きするに、彼はまだ1つも超記録を出せていないらしい。

 

緑谷出久。

どこまでもモブらしい、大人しそうな少年。小声で何か呟く精神異常者のような一面もあるが、基本は真面目で規範的な人間と言っていいだろう。

彼とは入試の際ちらりと声をかけただけだが、気も弱くオドオドとした態度。雄英のヒーロー科に入学出来るほどの実力者とは悪いが到底思えない弱者然とした態度だった。

 

……彼は、もう駄目かもな。

緑谷がボールを投げようとした瞬間、一瞬火花のようなものが弾けた気がした。しかし記録は伸びず46m。相澤が何やら指導までし始めた。

 

相澤消太は合理的主義者だ。時として採算度外視の行動も取るが、それは彼がヒーローなのだから仕方が無い。雄英に数いる大人の中では比較的マシな部類。……しかし無駄を嫌う彼が、わざわざ個人指導か。見込みがあるのを分かっているのか、はたまた見極めたいほどの何かがあるのか。

 

暫くして指導を終えもう一度投げることになったらしい緑谷は、少し考え込んだようにしてからぎゅっと前を向いた。意思の強い瞳。前も思ったが眼が印象に残るな、このウッドヘッドは。

 

───瞬間、とんでもない衝撃波を伴い空高く舞うボール。

指を負傷したようだが、その記録705.3m。まだ動けます、と涙ながらに宣言した。

相澤の表情が一変したのが遠目からでも分かった。

 

あぁ、これは確定だな。今回の体力テスト、脱落者は出ない。残りの種目は持久走、上体起こし、長座体前屈。

緑谷の個性は筋力増加系、そして負傷を伴うことから残りの種目での活躍機会は無いだろう。つまり緑谷がトータル最下位。

しかし今、相澤は奴を見込みありと判断した。何がどうしてそうなったのか知らんが、もう私が全力を尽くす必要もあるまい。

 

しかし怪我を負い、痛みで泣きそうになってすらいるのにそれでも笑うとは。ヒーローも、ヒーローを目指す人種も心底気持ちが悪い。

 

 

 

*



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第12話

粗方予想通りだった体力テストを終え、まだギクシャクとした雰囲気の中女子更衣室で制服に着替えていると、「あの」と声を掛けられた。

 

「何だ?」

「私、八百万百と申します。先程のデグレチャフさんの体力テスト、素晴らしい結果だったと思いまして」

「ターニャ・デグレチャフだ。お前の方が順位上だったろう?」

 

結局テストの結果は

1位 八百万百

2位 ターニャ・デグレチャフ

3位 轟焦凍

と落ち着いた。緑谷は思った通り最下位だ。そして思った通り除籍は免れた。

相澤が軽く睨んできたが、2位取ったなら文句はないだろう。

 

「それでもですわ。轟さんは私と同じ推薦入学者。それを押し退けて2位など、その小さなお体で素晴らしい成績です」

「イヤミか」

八百万の体格は1-A女子の中でも恵まれており、私と八百万の身長差はかなりえげつない。正直会話する時見上げる距離があり過ぎて首が痛い。

 

「確かにデグレチャフさんちっこくて可愛い」

「個性の影響?妖精みたいにビュンビュン飛んでたよね!」

「入試1位って凄い!」

「留学生?にしては日本語流暢だよね」

 

わらわらと人が集まってきて、その勢いに圧倒される。デモンストレーションに指名された時点で注目されていたのは分かっていたが……。

 

「し、身長と個性は関係ない。私はまだ8歳だから身体が成長しきっていないだけだ」

「「8歳ッ!?」」

「あと一応国籍は日本人だ。生まれは海外だが色々あってな」

「「日本人ッ!!?」」

 

個性も凄いのにえらい個性的な経歴やね、と頬の丸い肉球女が気の抜けた声を出す。……まぁ確かに特殊経歴な事実に異議は持たんよ。諸々存在Xのせいだがな。

 

「それなら尚更凄いですわ。そのお年で雄英高生になられて、しかも実力もある。立派ですわ」

「そ、りゃどうも……」

 

目をキラキラと輝かせた八百万は、がしりと両手を掴んできた。おっさんは怒涛の勢いに困惑しっぱなしだ。

「これからよろしくお願いしますね、デグレチャフさん!」

「ぉ、お」

 

 

……勢い凄いな、ヒーロー科女子。

 

 

雄英高校ヒーロー科の授業はかなりハードだ。月曜日から土曜日まで存在し、科目数も多い。ただでさえ忙しい高校の必修科目に加えヒーローとしての勉強も同時進行しなければならないのだから納得の詰め込み度合いだろう。

 

ヒーロー科特有の授業……つまりヒーロー基礎学は私も何度か手伝わされた経験があるが、本当に多種多様だ。

災害の避難誘導、敵への立ち回りは勿論サイドキックとしての心構えや事務所を設立する際必要な免許のため学ぶべき科目なんかも実際のプロヒーローが実体験を交えて教えてくれる。

キラキラした表の部分だけではなく地道な裏の部分まで徹底して教育するその姿勢は、まぁ及第点なのではなかろうか。

 

生徒として受ける基礎学は初めてだが、今日はその記念すべき第一回目。

今年から雄英教師になったというオールマイトが担当するということだが、一体どんな授業になるのか……。

 

「私が!!普通にドアから来た!!」

 

いつもの暑苦しいテンションで現れたオールマイト。今日も今日とて画風が違う。

私が雄英に住んでから徐々に会う機会も減ったが、それでもまだ気に病んでいるのか時々食べ物や服やらを送ってきたりする。遠方に住む孫の如く。

彼のチョイスは意外と普通で、食べ物は美味しかったりするので地味に楽しみなイベントだったりする。まぁそれは今は良い。

 

「私の担当、ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作るため様々な訓練等を行う科目だ。

早速だが今日はこれ───戦闘訓練!」

 

うげ。

 

「入学前に送ってもらった個性届と要望に沿って誂えてもらったコスチュームがここにある。こちらに着替えてグラウンドβに集合すること!」

 

オールマイトは教室の横にあった棚を指差し、それじゃお先に!と1人教室を飛び出して行った。

いきなりの戦闘訓練。……コスチュームが恥ずかしいから、あまり着たくなかったのだが。

 

 

 

 

雄英高校は入学前にある程度自分のコスチュームのデザインの要望を出すことが出来る。

私の場合は個性にどんな服装をしていてもあまり関係が無い。……本当はライフル銃くらいは欲しかったがそれは銃刀法違反なので。だから『とりあえず動きやすく軽い服』とだけ書いたはずだったのだ。

 

しかし届出を提出する先は勿論雄英教師。リュックの一件を鑑みてもセンスが凄い人が多い事多い事。なんて勿体ないとやつらは私を取り囲み、危うくとんでもないコスチュームに改悪される所だった。

やれドレスだチュチュだ、ふりふりふわふわしたものばかり!コスプレじゃなく一応ヒーローの戦闘服だぞ!

全部却下して被服控除用紙を死守した記憶は新しい。

 

しかし、その後セメントスから「そんなざっくりとした要望じゃ、それこそサポート会社の趣味嗜好が全開なコスチュームを覚悟した方がいい。せめてこういったイメージで、とか色味とかの希望は書いたらどうかな」という至極まともな意見が出た。

 

曰く、サポート会社も変人の集まりらしくオーダーにない嗜好を凝らすような輩も一定数存在するらしい。

地味が良いなら良いなりにきちんとオーダーを出しておかないと、好き勝手されても知らないよとの事。一理ある。

 

そこで私は世で1番着られている戦闘服、軍服を基調としダークカラーで纏めることを条件にコスチュームを注文した。これなら大丈夫だろうと安心していた。

……していたのだが。

 

 

 

 

「格好から入るってのも大事なことだぜ少年少女!

自覚するんだ、今日から自分はヒーローなんだと!」

 

───なんでこんなふりふりひらひらしたデザインなのだ!どうしてこうなった!!

 

 

確かに軍服を基調としたデザイン。色もダークカラーだ。しかし軍服を模したケープコートは短くひらひらとしていて防寒性も耐火性も無さそうだ。正直なんのためのコートだか分からない。

そして中のワンピースタイプの軍服は短くなぜか裾にフリルがあしらわれており、飛翔の個性に合っていない。パニエとドロワーズが無かったらただの痴女だ。

 

「さぁ始めようか有精卵ども!!」

 

……始めたく無いです、オールマイト。

 

*



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第13話

前回登場したヒーローコスチュームが大不評というかイメージが掴みにくいようでしたので、かなり前に描いてた着想段階のくっそ汚い下書き設定画を引っ張り出してきました。
まあこの衣装の出番次話で終わるんですけども。
イメージの指向性がついてしまうのが苦手な方はクリック非推奨。

【挿絵表示】



 

 

メーデー、メーデー。

ターニャ・デグレチャフです。

中身おっさんの幼女がこの先ずっとこのふわふわした衣装で活動していくのは少々キツすぎるとです。至急変更を願います。さもなくば死にます、私の精神が。

 

冗談はさておき、ヒーロー基礎学戦闘訓練だ。

全員揃ったことを確認したオールマイトは今回の授業趣旨の説明を始める。

 

 

「君達にはこれから敵チーム・ヒーローチームと分かれ2対2の屋内戦闘を行ってもらう」

「基礎訓練も無しに?」

とカエル顔。

「その基礎を知るための実践さ!ただし今度はぶっ壊せばOKなロボじゃない」

「勝敗のシステムは?」

と八百万。

「ぶっ飛ばしていんすか」

と爆発頭。

「また除籍とか……」

と肉球女。

「チームの分かれ方はどのようにしたらよろしいでしょう」

と……誰だお前。

「んん〜〜ッ聖徳太子ィ〜〜っ!!」

 

キャパオーバーしたのだろうオールマイトは、懐からカンペを取り出し説明を再開する。ヒーローとしては一流でも教師としては新人もいい所だな。私の方がまだ上手いかもしれん。

 

「状況設定!敵がアジトのどこかに核兵器を隠しており、ヒーローはそれを処理しようとしている。

ヒーローは時間内に核を回収、または敵の確保をすること。敵は時間まで核を守るかヒーローを捕まえること!

コンビと対戦相手はくじ引きだ」

 

……設定アメリカン過ぎだろ、どこのハリウッド映画だ。

早速チーム分けが発表された。

 

 

チームA 麗日・緑谷

チームB 障子・轟

チームC 峰田・八百万

チームD 爆豪・飯田

チームE 芦戸・デグレチャフ

チームF 口田・砂藤

チームG 上鳴・耳郎

チームH 常闇・蛙吹

チームI 尾白・葉隠

チームJ 瀬呂・切島

 

「よろしくデグレチャフ〜長いなぁ、デグちゃんって呼んでい〜?」

「デグちゃ……構わない、が」

「デグちゃんコスめっちゃ可愛いね!良いよ!!」

「言わないでくれ存在を抹消している最中なんだ自分の中から」

「お、おう……?」

 

同じチームとなったピンク女……もとい芦戸はかなり馴れ馴れしくあだ名を提案してきた。了承してやらないほど狭量ではないが、なんだその名前。可愛いのか。今の若者的にそれは可愛いのか。

色々察したらしい芦戸はそれ以上衣装について言及することは無かった。

 

 

第1対戦はAとDだと発表されたため、それ以外のチームはモニタールームへと移動する。

私のチームは最後の第5対戦。チームHとの対戦でこちらがヒーローチームだ。

 

……ふむ。チームH、つまり常闇と蛙吹か。

常闇は体力テストの時に見たあの黒い影のようなものが個性で間違いないだろう。あれをどう使うのかは分からないが彼はテストでは5位、決して恵まれた体格ではないものの上位をキープしている所から、あの影は身体能力の強化にも優れているのかもしれない。

反対に蛙吹は13位。

見た目からしてカエルのような個性だろう。体力テストを見るにそこまで筋力が発達している印象は受けない。個性と測定の相性があまり良くはなかったのだろう。実戦での応用がどう作用していくかが肝になる。

 

次いで我々のチームだが、まず私の個性はデモンストレーションの際既にクラス全員に割れている。ものを弾丸のように飛ばす、自らも浮く。手の内がバレているのは痛いが、今回の訓練で敵の確保とは相手の体にテープを巻きつけること、核の回収とは核に直接触れることだ。

元々室内戦だから派手に立ち回るには距離が足りないため、テストの時のような個性の使い方は出来ないだろう。

 

「おい芦戸、お前の個性はなんだ」

「私?私の個性は酸!身体中から溶解液を出せるよ。床とか壁溶かしたり、粘度とかも調節出来る!」

「ふむ……」

 

彼女の成績は9位。彼女も個性と測定の相性があまり良くなかったにも関わらず、素体の身体能力はおそらく女子でトップクラス。私と八百万は個性との相性が良かったからな。

加えて酸の応用もかなり効きそうだ。

 

「おい、芦──」

 

 

ドオンッ……

 

すぐ近くから轟音と共にモニタールームが揺れる。何事だ。

若干乱れたモニター映像を見ると、爆豪が大爆発をもって緑谷を攻撃したらしい。モニターに映し出されているビルの一角はほぼ消し炭になっていて、緑谷もボロボロだ。

……個性使用のリスクが存在する緑谷にここまで殺傷性の高いおそらく必殺技に等しいであろう技を放つ必要性が分からない。緑谷のような中の下の相手に対してオーバーキルすぎる。敵役とはいえ必殺技を端役にポンポン撃つなんて普通しないだろう、労力の無駄だ。

 

 

「爆豪少年!次それ撃ったら強制終了で君達の負けとする!!

室内戦闘において大規模な破壊は守るべき牙城の損壊も招く。ヒーローとしても敵としても悪手だそれは。大幅減点だからな!」

 

 

唯一戦闘中のチームとの会話が可能なオールマイトがインカム越しに注意する。まぁそうだろうな。

お互いあだ名で呼び合う彼らだ、面識やら因縁やらがあるのだろう。でもそれを訓練に持ち込んでは死人が何人出ても終わらない。私情を仕事場に持ち込むなんて言語道断だ。

 

 

しかし再開した戦闘はとてもセーブしたようには思えない激しさだった。

片や憤怒。片や……あれはなんだろうな、感情がブチ切れて泣いているが、悪感情は薄い気がする。

どちらにせよ、私情丸出しの殴り合い。ヒーロー基礎学の意図からは最も遠いそれ。

いくら戦闘が高度だろうが、あれに学ぶことは私には無い。

 

 

結局爆豪が横に、緑谷が縦に壊しまくったビルは倒壊の危険性があるとのことで、タイムアップ後演習場所を移動せねばならないこととなったのだった。

 

 

 

 

*

 

 



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第14話

 

 

「作戦は」

「だいじょーぶ!これ使ってね。触っちゃだめだよ、私以外触ると肌、溶けちゃうから!」

「わかった」

 

 

 

ビルをぶっ壊すほどの大乱闘を見せたA対Dチームがかなりこってりと絞られた後、場所を移して戦闘訓練は再開した。

緑谷達に触発されたのか全員集中していて、授業自体は良い緊張感だ。

……参ったな。全員の視線が集中する最終チーム。予想以上に善戦する生徒達。手抜きが過ぎると減点されかねん。

となれば策は1つ。やる気の芦戸には悪いが短期決戦でさっさと決着をつけてしまうに限る。

 

 

 

 

 

遂に第5対戦。私達ヒーローチームと常闇・蛙吹の敵チームの戦闘訓練がスタートした。

 

「ビルの見取り図は覚えたな。芦戸は索敵役の足止めを優先。どちらか発見し次第詳細な居場所の連絡を。窓際は探さなくていい」

「がってん!で、間取り図的にどうしても広くなりがちな窓際の部屋はデグちゃんが飛んで核を探すんだよね!」

 

 

作戦はこうだ。2人ペアであるなら1人が守備、1人が索敵に回るのが定石。特に私の殺傷性の高く飛べるという個性を知る2人は核に私を近付けないよう索敵は必須だろう。

 

核の置ける部屋は見取り図的に窓際の部屋と大部屋のみ。あとは狭い物置しか無いため大きな核を置くのは物理的に難しい。

なら私は外から核及び守備役の発見を。芦戸は酸を使い隠密を徹底しつつ索敵役の発見、足止め及び確保だ。

 

芦戸から貰った酸の詰まったボトルをいくつかベルトに納め、スタートの合図と共に体を浮遊させる。

 

「勝とうぜーデグちゃん!」

「当たり前だ」

 

 

 

 

 

常闇踏陰side

 

「それじゃあ私は索敵に回るわ」

「頼む蛙吹。デグレチャフは素の体こそ幼いが個性は凶悪だ。核に近寄られる前に確保したい」

「わかったわ。核の守備はお願いするわね」

「承知」

「アイヨ!」

 

演習のスタートの合図と共に部屋を出ていった蛙吹。

核の保管場所に決めたのは、最上階の角部屋。階段からもっとも遠い部屋だ。そして制限時間いっぱいビル内の荷物を窓ガラス側に寄せ中の様子が外から見えないようにした。時間的に全部の部屋を……とはいかなかったが、ダミー部屋をいくつか用意出来た。

外からの索敵と侵入は困難だろう。諦めて室内での索敵に移行してくれれば御の字。最悪蛙吹が捕えられたとしても、光以外大した弱点を持たないダークシャドウなら勝機はあるはずだ。

問題は芦戸の個性だが、体力テストで目立って個性を使っていなかったため不確定要素が多すぎる。そこは適宜───。

 

 

 

「ケロッ!!?」

「───蛙吹!?」

 

 

蛙吹の悲鳴。

もうやられただと!?まだ1分と経っていない!こんな短い時間で一体どこから、

 

 

 

「残念私だ」

 

───聞こえたのは背後から。

「デグレチャフッ……!!?」

 

 

 

慌てて振り向いた時には音もなく侵入したデグレチャフが優雅に室内を舞い、既に核へと手を伸ばしていた。

しまった、蛙吹の声に動揺し核から目を離して……!

 

「回収、と」

『ヒーローチーム、WIN!!』

 

 

 

実に戦闘時間23秒。あっという間の出来事だった。……手も足も出ないまま終わってしまった。

 

 

『ちょっとデグちゃん〜私全く活躍出来てないー!!』

「すまんな芦戸。予想以上にわかりやすい所に核があったものだから」

 

 

インカムから漏れ聞こえる芦戸との会話。わかりやすい所……だと?

 

「教えて欲しい、デグレチャフ。核の場所がわかりやすかったとは一体」

「あぁ何、室内からならここが1番時間稼ぎが可能だろう?

いくつかの部屋で中を見れない工夫があったことには驚かされたが、それなら1番可能性のある所から虱潰しするだけ。結果、初めに当たりを引いただけさ」

 

 

上を指さしたデグレチャフの先には、酸で溶かされた天井があった。

……なるほど、個性で屋上に着地し、そこから芦戸の酸を使ったのか。これなら隠密性を持って室内への侵入が可能だ。

 

 

「ん……?しかし蛙吹は。蛙吹はどうした。捕らえたのだろう。姿が見えないが」

「ただの声真似だよ。ちょっと動揺させて核から注意を逸らせたいだけだったんだが、予想以上に上手くいったな」

 

ふふん、と得意気に笑うデグレチャフ。あの短時間、一瞬の隙にそれを考え実行したのか。短い時間でしっかりと芦戸と作戦を立て、予想外にも対応し立ち回る応用力。

───小さな体に見合わぬ豪胆ぶり。精進せねば。

 

 

 

「恐れ入った。完敗だデグレチャフ」

「いや、こちらも勉強になったよ常闇」

 

 

 

ちなみに講評では芦戸に活躍の場すら無く終わらせてしまったことに対してオールマイトからのお小言があった。ヒーローとしては最適解のため減点では無いが、授業でもあるのだから学びが無いと本人のためにならない、と。

似たようなことを轟も注意されていたな。当人らはどこか不服そうにしていたが。

 

 

 

 

 

*

 

 




ちなみにわからなかった人のために念の為。
蛙吹梅雨(CV.悠木碧)
ターニャ・デグレチャフ(CV.悠木碧)

……声優ネタやってみたかったんだい!


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第15話

新学期が始まり数日後。

オールマイトが雄英高校の教師に就任したというニュースは全国を騒がせ、校門には大量のマスコミが押し寄せていたらしい。

 

 

「デグレチャフさんは大丈夫でしたの?」

「私は外に用は無かったからな。実害は無いさ」

「そうでした、デグレチャフさんは雄英がおうちなのでしたね」

 

 

 

雄英高校の敷地内に住居を構える私に、通学の概念がそもそも無い。いつも遅刻ギリギリな芦戸辺りからは非常に羨ましがられたが、複雑な事情を察してか誰も深く聞いては来なかった。

私以外にも親がNO.2ヒーローエンデヴァーを持つ轟、ヘドロ事件の被害者として一時有名人だった爆豪等一般家庭とは違う事情を抱えた人はいるものの、一々突っ込んでくる人は皆無。

そこは腐ってもヒーロー候補生というべきか、引き際を弁えている。

 

 

私の場合雄英に引き取られることになった事件について完全非公開のため、話すことが禁じられているからまず説明が面倒なのだ。

オールフォーワンという巨悪の存在は表沙汰にならない方が世間のためだとの判断らしい。あのクソが公表されようがされまいが私にはどうでもいい事だが、この複雑な身の上をどうしても部外者に説明しなければならない際《根津校長の知り合いの兄の息子の子供の友達が個性事故を起こし引き取ること云々》と非常に面倒な長セリフを言わねばならないのだ。正直覚えていない。

 

 

 

「そういう八百万は大丈夫だったのか」

「私は送迎して頂いたので」

「そうか」

 

「あぁ、そうですわ。こちらデグレチャフさんにぜひと。我が家お紅茶ばかりでコーヒーは折角良いものを頂いても持て余してしまいますの。お好きでしたわよね?」

「……うむ!」

 

 

手渡されたのはコーヒー豆の入った高級感溢れる袋。漏れ出る芳醇な香りは素晴らしく、ランチラッシュが淹れれば最高の1杯になること間違いなしだろう。こんな高級品、間違ってもポンポンクラスメイトに渡していいものでは無い。

 

言葉の端々から溢れ出る、さぞ良い家庭で育ったのだろう気品。世間知らずな面もあるが、私はこいつが嫌いではない。……賄賂に絆されている訳ではない。断じて。

 

 

 

 

 

「今日は学級委員を決めてもらう。選出方法は自由。なるべく早くな」

 

俄に沸き立つ教室に私は信じられない気持ちで鞄から読みかけの書籍を取り出した。

ヒーロー科の学級委員長は集団を導く、トップヒーローの素地を鍛えることが出来る役目なんだそうだ。ヒーロー希望ですら無いから私には不要な役目だな。

というか、トップの資質が無いやつはいくら委員長になろうが無駄だし資質があるやつは役割を与えられなくても中心人物になり得る。

残るは面倒な雑用係としての1面だけ。

何故みんなやりたがるのだか。

 

 

結局立候補では埒が明かず投票制になったらしく、小さくカットされた紙が配られた。暫し誰を記入するかで迷ったが、八百万の名前を書いてやる。コーヒーの礼だ。

 

 

 

 

「じゃあ開封しまーす」

ざっと開封し黒板に名前、横に正の字を書いていくもまぁ見事に一ばかり。みんな自分に入れすぎだろう。

 

「つぎー、デグレチャフ」

……誰が入れやがった。

一瞬投票した奴を呪ったが、私は1票のまま変動することなく投票は終わった。ほっとしつつ黒板に目を向けると、唯一複数票獲得しているのがちょうど2人。決まったな。

 

「結果!緑谷3票、八百万2票」

「ぼ、僕3票!?」

「わ、私に2票……!?」

 

二人とも似たような反応で驚いていたが、相澤に促され委員長・副委員長に任命されたのだった。

 

 

 

 

 

「それにしても驚きましたわ。私デグレチャフさんに票を入れましたのに」

「お前か元凶……!」

 

 

昼休み。いつもの様に1人でランチラッシュのメニューを堪能しに行こうと席を立つと、八百万とイヤホン女……耳郎に昼食を共に誘われた。これが集団行動をしたがる女子の習性というものか。

断る理由も見つからないため3人で食堂に赴き料理に舌鼓を打っていると、八百万が件の問題発言をした。白米が口から飛び出す所だったぞ。

 

 

「入試、体力テストと好成績を残し、更にあの戦闘訓練での機転。多を纏める才がデグレチャフさんにはあると思いましたの」

「……私は面倒事はごめんなのだが」

「そ、そうでしたのね。でしゃばってしまい申し訳ありません……」

 

「まぁまぁ二人とも。じゃあデグレチャフは誰に入れたの?」

「八百万だ。本人が私に入れたのならもう1人投票したやつがいるようだがな」

「そうでしたの……!」

ありがとうございます!と脂肪の塊が突撃してきた。デジャヴを感じる光景だ。

「納得だけどね。ヤオモモそういう委員長的な?似合ってるよ」

「耳郎さん……!私、精一杯頑張りますね!」

 

 

むんっと上を向きぷりぷりしている八百万をなんだか温かい目で見ている耳郎。保護者か。

生ぬるい空気が流れていた、その時だ。

 

 

 

 

───セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください

 

「何事ですの!?」

唐突な警報にざわざわとどよめく生徒達。……セキュリティ3?侵入者か。避難訓練でならば聞き覚えのあるワードだが実際に聞くのは初めてだな。うむ、今日の味噌汁は魚の出汁がよく効いてる。

 

「デグレチャフさん、のんびり食べていないで!?これは一体なんなのですか!」

「侵入者を知らせる自動アラートだ。校門が突破されたようだが、すぐさま通報が入る。

焦っていても仕方がなかろう」

「侵入者……!?なら早く屋外に避難しないと!」

「えぇ……」

 

 

……まだ半分も食べていないのだが。

というかプロヒーローがうじゃうじゃいる我が雄英高校。ヒーローの卵、仮免許を持ち戦闘許可さえ下りればセミプロとして行動出来る人材も合わせれば、これほど安全な学校も珍しいだろう。

敵の侵入?オールマイトすらいるんだぞ、秒殺もいい所だ。

何故こんなに慌てる必要がある。万が一強大な敵と相見えることになっても校訓とやらのPlus ultraで切り抜けてみたまえ。ヒーロー科じゃない?自分の科で学んだ精一杯で限界点とやらを超えてみせろ。

その上で死ぬのなら本望なんだろう?

 

 

「グダグダせずにすぐ行動!どんな状況だろうと避難指示が出ているのですから私達ヒーロー科が率先して動き規範となるのです!」

 

 

そんな優等生達に引っ張られ私の生姜焼き定食はその場に置き去りになってしまったのであった。

結局マスコミが勢いあまって侵入してきたというのだから始末に負えない。不法侵入した時点で犯罪者、敵だろうに。結局注意を受けた程度でお咎め無しだったようだ、無能な警察め。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうしたらこんなことがマスコミに出来る?」

 

マスコミをどうにか退けた後、ボロボロに崩れ去った雄英高校の校門を見てあっけにとられる教師陣達。

まるでどんなに堅く護ろうとも、お構い無しに侵入してやるという宣戦布告じみたものすら感じる。

 

「唆したものがいるね。邪なものが入り込んだか、もしくは」

 

 

───次は 生徒を

 

 

「……みんな、警戒を徹底するように。何も無いならそれが一番だけれどね」

 

校長はそう静かに言い放つ。

これだけでは終わらない、そう直感が告げている気がした。

 

 

 

 

*

 

 




やぁ、世の不条理な出来事に絶望し自ら社会という枠組みから遠ざかった皆様。人を傷付けるのは爽快ですか?人を殺すのは愉快ですか?
教えて欲しいのです。自らの欲を満たすだけのその行為の意味を。その先にあるものの真髄を。
ご挨拶が遅れました、ターニャ・デグレチャフであります。
次回、USJ襲撃事件編。
では、また戦場で。


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USJ襲撃事件編
第16話


 

マスコミ乱入から数日後、ヒーロー基礎学の授業。

ここから私の平穏はゆっくりと崩れ去っていくこととなる。

 

 

「今日のヒーロー基礎学だが俺とオールマイト、もう1人の計3人体制で行う」

「何をするんですか?」

「災害水難なんでもござれ。レスキュー訓練だ」

 

レスキューか。

私の個性で被災者を救出するのは正直向かない。今まで超スピードで飛ぶ、飛ばすような個性の使い方しかしていないから人に使うとうっかり殺してしまいかねん。

軽率に除籍するマンがいるとなると中々心臓に悪い授業になりそうである。憂鬱だ。

 

「レスキューかぁ。今回も大変そう」

「バッカお前これこそヒーローの本分だぜ!鳴るぜ腕が!」

「訓練所は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。コスチューム、武器の使用は任意だ。以上、準備開始」

 

うむ。なら迷うことなく体操着だな。あのフリルは出来ることなら着たくない。コスチュームに個性の補助的要素があれば別だが、アレにそんな気が利いたものは付いていない。

 

コスチュームの入ったケースを持たずに移動を始めた私に、八百万が声をかけてきた。

「あら、デグレチャフさんはコスチュームを着ませんの?せっかくふりふりで可愛らしいですのに」

「あれにコスプレ以上の性能があれば着たさ」

「まぁ……そういうことでしたら身軽な方がよろしいですわね。でも応急処置用の救護アイテムくらいは持って行ってもよろしいのでは?」

「む、それもそうだな」

 

確かに腰のベルトポーチには応急処置用の救急道具等が僅かながら入っている。レスキュー訓練なら持っていて損は無いだろう。

 

私以外にもコスチュームが初っ端の授業で大破した緑谷が体操着だったが、他は特に大した変動は無かった。轟の半分頭まで覆う氷のようなコスチュームが首までになっていたり、爆豪が片方小手を外していたり。敵退治でない分機動性を重視したのだろう。

 

 

 

バスに乗り込めば遠足前の子供の如くみんながお喋りに興じ始める。元気なことだ。

 

「───デグちゃんの個性も人気出そうだよね〜!」

「……ん?呼んだか」

 

全然聞いてなかった。学生のやたらと高いテンションは性にあわない。

「だーから!轟と爆豪もだけどデグちゃんの個性も凄いよねって。飛翔?だっけ。妖精みたいにびゅーんって!」

「あぁ、個性の話か」

「物も動かせるし自分も飛べるし、今回のレスキュー訓練も大活躍だねきっと!」

「そうでもないさ。例えば麗日」

 

うち?とほやんとした顔の麗日がこちらを向いた。

 

「私の個性は物体の重力を奪い、そこに任意の速度を付与出来る。けれどその物体の落下地点は予想は出来ても例えば風、雨などの気候で変動が起こり得るがそれに私は干渉出来ない。お前は違うだろう」

 

「うん、私の個性は重力を奪うんじゃなくて無重力状態にすることだからね。

デグレチャフちゃんみたいにスピードは出せないけど任意のタイミングで個性解除出来るよ、風とかの影響受けちゃうのは同じだけど。発動条件も同じだし似てる個性だけど、やっぱちょっと違うよね」

 

なるほど、とヒーロー科一同が頷く。約1名ウッドヘッドはおもむろにノートを取り出す。

そう、ことレスキュー訓練に関して麗日の個性は強力だ。そして私の個性は意外と使い勝手が限定される。戦闘なら得意なのだがな。

 

「発動条件?なんか毎回呪文みたいなの唱えてるのは違うのかよ?ポーズ?」

 

ポーズな訳あるか殺すぞ雷頭。

……とは口にはギリギリ出さなかったものの殺気はしっかり伝わったようだ。ヒッと小さく悲鳴を上げられる。失礼な。

 

「……ポーズじゃない。アレを言わねば発動出来んのだ。忌々しいことにな」

「じゃあ触ることと詠唱することが発動条件?それってとっさの個性使用は出来ないってことか発動に時間がかかるのは結構なデメリットだぞ……でも麗日さんみたいに使い過ぎると具合が悪くなるようなデメリットに比べたら上限がない点から長期戦では有利か……でも例えば水中、声が封じられている状況なんかだと」

「ブツブツうるさいぞ緑谷」

「うわぁっ!」

 

思い切り蹴っ飛ばして考察を止めさせたが、まぁそういうことだ。神への祈りを物理的に捧げることが出来ない状況下では私は無個性と同じ。

発動に時間がかかるのもデメリットとして挙げられる。モーション無しに個性が発動出来る人と比べてどうしてもワンテンポ遅れてしまうのが常だ。横で似たようなデメリットを持つ八百万が大きく頷く。

「個性だけに頼らず、己の心身を鍛えることも重要ですわね!」

「……そうだな」

 

とりあえず私は心身を鍛える前に身長が欲しい。カモン成長期。

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん待ってましたよ!」

車で移動すること10分、訓練所に到着した我々はスペースヒーロー13号に迎えられた。

13号は災害救助を主に活躍の場とするプロヒーロー。レスキュー訓練の監督官としてはぴったりの人材だろう。

 

中の施設はドーム状の室内になっており、テーマパークの如く災害現場を再現した箇所が点在していた。

「すっげぇ!USJかよ!」

「水難事故、土砂災害、火災、暴風エトセトラ。ありとあらゆる事故・災害を想定し僕が作った演習場です。

その名もウソ(U)の災害(S)や事故(J)ルーム!

略してUSJ!」

 

……色々な法に抵触していないか不安になったのは私だけではないだろう。

大丈夫なのかそれ、色々と。

 

「オールマイトは?ここで待ち合わせのはずだが」

「先輩それが……」

 

生徒から少し離れたところでボソボソと打ち合わせを始める。どうせあの脳筋のことだ、通勤途中に見つけた敵を追っかけ回していたら授業に間に合わな〜いとかそんな所だろう。金を貰っておいて授業をサボるとはとんだ新人教師だ。

 

「さて、オールマイトは諸事情で遅れます。先に始めましょう」

「仕方が無いな」

 

若干イライラした様子の相澤はため息をつくが、そのまま2人体制でのスタートとなった。

「それでは始める前にお小言を1つ2つ、……3つ4つ5つ6つ……。

皆さんご存知かと思いますが、僕の個性はブラックホール。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」

「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」

「えぇ。しかし人を簡単に殺せる個性でもあります」

 

 

確かにな。なんでも吸い込み塵にする個性は私とも相性が悪い。というか相性が良い相手は稀有なのではないだろうか。

相手は一応ヒーローなため近付き格闘戦に持ち込めば殺さないよう手加減せざるを得ない。しかし中・遠距離の攻撃は尽くアウト。本人の不意を突ければまだ可能性はあるが。

……本当、敵にいなくて良かったと思う人材の1人だよ。

 

「人を殺せてしまう個性……みなさんの中にもそういう個性を持った人はいると思います。

超人社会は個性使用を資格制度の下厳しく管理し規制することで一見成り立っているようには見えます。

しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる危険な個性を個々が持っている、そのことを忘れないでください」

 

13号はぐるりと生徒らを見渡した。

 

「相澤先生の体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの戦闘訓練でそれを人に向ける危うさを体感したかと思います。

この授業では心機一転!人命のための個性の活用法について学んでいきましょう。君たちのその個性は人を傷付けるためにあるのでは無い。人を助けるために在るのだと心得てくださいな。

───以上。ご清聴ありがとうございました」

「素敵〜!」

 

「ブラボー!」

 

13号の見事な演説に生徒が湧く。彼はヒーロー歴もだが、その性格柄生徒への指導歴も長い。今までで1番ヒーロー科の授業らしい程である。特にGペン殺しの新米教師には見習って欲しいものだ。

 

 

 

生徒の士気が上がった所で、それじゃあまず初めにと13号が声をかけようとした───その時だ。

USJの広場付近に、黒いモヤが発生したのは。

 

 

 

「黒い、モヤ……」

 

知ってる。

私は、あれを知っている。

 

 

 

 

───君は本当に面白いよターニャ……!

 

───君の友人が目の前で死ぬ時の顔を、ぜひとも見てみたい……!

 

 

 

暗い地下水道で発信機を付けられていた私達を追い、黒いモヤから転移してきた巨悪。

施設の子どもを全員殺し、私の目の前でソーヤを殺した、

 

 

 

「……オールフォーワン……!」

「ひとかたまりになって動くな!13号、生徒を守れ!」

 

モヤから現れたのはアレでは無くチンピラ風情ばかりが数を成しているだけ。

でもそんなことはどうでもいい。

───奴は、まだ生きていた?転移なんて稀有な個性、そういない。

 

あぁ存在Xよ、最近雲隠れしていたのはこのためか。

私に個性を与え、奇しくもヒーローの道へ引き摺り込んだ巨悪。私の安寧に立ちはだかる最大の敵。

また、私の前に立つのか、お前が。

 

思い通りにならない己の表情筋が、醜く歪んだ気がした。

 

 

 

*



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第17話

 

 

「先日頂いた教員カリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが」

「どこだよ?せっかくこんな大衆引き連れて来たのにさ。

……子どもを殺せば来るのかな?」

 

現れた敵のリーダー格らしき手まみれ男と、黒モヤの敵。転移系個性持ちとして5年前から敵側に居たのか個性をオールフォーワンに与えられたのかは知らないが、奴とオールフォーワンに繋がりがあるのは間違い無い。

 

 

 

あれは駄目だ。殺さねば私が殺される。

奴に目を付けられていた5年前の私への興味など忘れてくれていれば御の字だが……果たして。

 

 

 

「侵入者用のセンサーは!?」

「センサーが反応しねぇならそういう妨害の個性持ちが向こうにいるんだろ。

校舎と離された隔離空間。そこにクラスが入る時間割。バカだがアホじゃねぇ。……これはなんらかの目的のために用意周到に画策された奇襲だ」

 

 

轟がそう冷静に告げる。なるほどな、プロ・セミプロがウヨウヨいる本校舎では無く人数が限られている隔離空間ならと踏んだのだろう。

 

狙いはおそらくオールマイトか私。

彼は明言しなかったがオールフォーワンを倒したのは十中八九オールマイトだろう。恨みを持って担当教科であるヒーロー基礎学を襲うのは辻褄が合う。……肝心の本人は遅刻だがな!

 

問題は私が目的だった場合だ。

時間割が漏れているということは生徒の名簿、個人情報なんかも筒抜けと見ていい。私の存在を知ってまた勧誘など仕掛けてくるのだとしたら……冗談じゃない。今殺らねば今後いくつ命があっても足りやしない。

 

 

 

「13号、避難を開始しろ。学校に電話試せ。電波系個性持ちが妨害している可能性がある。上鳴、お前も個性で連絡試せ」

 

首にかけていたゴーグルを装着しながら静かな声で指示を出す相澤……いや、イレイザーヘッド。奴の対敵戦闘を生で見るのは初めてだな。

 

 

「ひ、1人で戦うんですか!?あの数じゃイレイザーヘッドの戦闘スタイルである個性を消してからの捕縛は難しいんじゃ……正面戦闘なんてっ」

緑谷が慌てたように制止する。

モヤから現れた敵はかなり数が多く数えるのも億劫な程。一理ある。

というか13号が纏めて全部塵にしてしまえば早いのだがな。ヒーローといえど敵の殺害許可は普通降りない所が面倒だ。

 

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。任せた13号」

 

そう言って敵前へ飛び出して行ったイレイザーは、個性を消しつつ首に巻いていた小汚いマフラーのようなものを解き攻撃・捕縛を始める。あれは武器か。個性もだが素の身体能力が飛び抜けている。

 

 

「へっ!俺らみてぇな異形型のも消してくれるのかよ!」

「いや無理だ。だがお前らみたいな奴のうまみは」

 

殴りかかる敵に向かって、まるで自分の手のように捕縛武器を伸ばす。

後ろからの攻撃を避けつつ異形型の敵を捕縛、投擲。

 

「統計的に近接戦闘で発揮されることが多い!」

「「ぐぁっ!!」」

「……だからその辺の対策はしてる」

 

 

 

さすがプロヒーロー。肉体強化系の個性ではないのにも関わらず凄まじい体捌きだ。長い間戦闘スタイルを磨いたのだろう、直接の殺傷能力には乏しい武器もイレイザーの努力で補われている。

その上ゴーグルで目を隠しているから誰の個性を消しているのか判別が付かない。集団戦においてその認識の遅れは致命的だ。

 

 

これは出る幕が無いな。目的くらいは吐かせたかったのだが……まぁ良い。避難誘導に従うとしよ、

 

 

「初めまして、我々は敵連合」

 

───黒モヤ!

まるで逃がすものかと言わんばかりに退路を塞ぐそれは、嫌に丁寧に自己紹介を始めた。

 

 

 

「僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは平和の象徴オールマイトに息絶えていただきたいと思ってのことでして。

本来ならここにオールマイトがいらっしゃるはず。何か変更があったのでしょうか」

 

 

プロヒーローとヒーローの卵を前にし全く身構える様子も無く語るそいつは酷く余裕そうだ。

……向こうから目的を述べてくれたな。目的はオールマイト。私への興味は無くなったのか忘れたのかは知らないが、それならばわざわざ首を突っ込む必要もあるまい。

個性も人材も大量所持するオールフォーワンに勝利できる可能性は今の私ではかなり低い。無駄死には趣味では無い。

 

 

「まぁそれとは関係無く私の役目は───」

「うだうだうるせぇッ!!」

「オラァッ!!」

 

BooooM!!

 

呑気に語る黒モヤに切島と爆豪が飛び出し、先制攻撃をかけた。爆煙が辺りを包む。

……迂闊だ。

あの舐めた態度をただの油断と取るか、絶対に勝てると思う手段が存在していると取るか。

こんなことを仕出かしておいてヒーロー科相手に油断?───ありえない!

 

 

 

「っと……危ない危ない。生徒とはいえさすがヒーローの卵」

「駄目だ!退きなさい二人ともッ!」

「私の役目はあなた達を散らして───嬲り殺すこと!!」

 

 

 

刹那、黒モヤが膨張し嵐のように吹き荒れた。

攻撃!?全員転移でもさせるつもりか!

一瞬のうちに広がった闇に簡単に身体を攫われる生徒達。

 

 

 

……まずい詠唱が間に合わない!身体が軽いせいでモヤに身体を持っていかれ───

「デグレチャフさんッ!!」

「!?っやおよろ、」

 

ガシャンッ!

 

 

飛ばされそうになっていた私の腕を八百万が掴み、力いっぱいにモヤの嵐の外へと投げ飛ばされる。強風に煽られ柵に全身を強打してしまい、上手く息が出来ない。

 

「待、……ッ!」

 

私の代わりにモヤに吸い込まれていった八百万と大多数の生徒達。

 

 

 

伸ばした手は、空を切った。

 

 

*




進捗報告をついったーでたまーにしております。
気になる方はID@muu104で検索検索!腐女子ツイート炸裂してるから気を付けろよな!気抜けた文しか載せてないから語彙力の低下が激しいぞ。


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第18話

 

 

「13号くんも相澤くんも電話が繋がらない……」

 

 

 

一方その頃、仮眠室にて。

ようやく学校に到着したオールマイトは、教師としてあるまじき失態に自己嫌悪に陥っていた。ヒーロー業は勿論大切だが、今は生徒を受け持つ身。両立出来ねば雄英教師になった意味が無い。

身体はあと少しなら保つだろうから、全部は無理でも少し顔を出させて貰いたい旨を連絡したかったのだが……。

 

 

 

「フン!私が行ゴファッ!!」

 

マッスルフォームになった瞬間ギャグ漫画の如く吐血したが、タイミング良くそこに校長が現れた。

 

 

「まぁちょっと待ちなよ」

「こ、校長……」

「君が来たというのにいまだこの街で罪を犯す輩も大概だが、事件と聞けば反射的に動く君も君さ。

昔っから変わってないよねほんと。ケガと後遺症によるヒーロー活動の限界。それに伴うワンフォーオール後継者の育成。

平和の象徴に固執する君が両者とも社会に悟られぬままでいられるのはここしかないだろうと私が勧めた教職だ。

もう少し腰を落ち着かせてもいいんじゃないかな。現に今回の授業、あと少ししか出られないんだろ?」

 

 

ぼふん、と湯気を出しながらトゥルーフォームに戻ったオールマイトはうっと痛いところを突かれ言葉に詰まった。

 

 

「勧めたのはこっちだけど、引き受けた以上は教職優先で動いてほしいのさ。こっちとしてはね」

「……おっしゃるとおりです。だからこそ今USJに向かう準備をしてまして」

 

「今行ってもすぐ戻るはめになるんだろう?

それならいっそここで私の教師論を聞いて今後の糧としたまえよ」

 

 

……お茶を淹れている……。

 

「飲んでちょ」

ずず、と淹れたてのお茶を飲みながら本格的に居座るつもりの校長はお茶を進めた。

彼は話しはじめると長い。留守電じゃなくつながらないというのが気がかりだが……。

 

 

 

「まずヒーローと教師という関係の脆弱性と負担について」

「先生もお変わりありませんねぇ……」

 

 

 

 

 

 

「けほ、はっ……」

「大丈夫デグちゃん!?」

「……平気だ」

 

 

出入口に残った生徒は私、麗日、芦戸、飯田、障子、砂藤、瀬呂、そして13号だ。

くらくらとする視界には、先程私の代わりにモヤに吸い込まれていった八百万の姿が消えない。

 

 

 

───逃げ、て、ターニャちゃ、

 

 

 

いつかのソーヤの姿と重なる。

……くそ、呼吸がしにくい。酸素が頭に回らない。先程の衝撃で肺に穴でも空いたか、脆弱な肉体め。

 

 

 

「障子くん!みんなは!?」

「……散り散りにはなっているが全員施設内にいる。無事だ」

「よかった……!」

 

腕から大量に耳や目を生やした障子が生徒の無事を確認。ワープ先が即死確定な場所でないだけまだマシか。宇宙にでもすっ飛ばされていたら事だった。

 

 

「無事は結構だけどさ……、物理攻撃無効でワープって最悪の個性だぜオイ」

 

……確かにここにいる面子は運悪く物理攻撃特化。

麗日は触れねば個性を発動出来ないし芦戸の酸も意味を為さない。私の個性もまた然り。唯一存在ごと吸い込める13号に分があるくらいか。

 

「……委員長、君に託します。学校まで走ってこのことを伝えてください」

「なっ!?」

「警報器は赤外線式。先輩……いや、イレイザーヘッドが下で個性を消し回っているにも関わらず無作動なのは、おそらくそれらを妨害可能な個性持ちが即座に隠れたのでしょう。

とするとそれを見つけ出すより君が走った方が早い! 」

「しかしクラスのみんなを置いていくなど委員長の風上にも……!」

 

「……なら、私が行こう。スピードなら君と私そう大差あるまい?」

「デグレチャフくん……」

 

 

 

飯田は痛々しげに目を細める。いや、割とマジで行かせて欲しい。このまま命の危険を感じながら敵と相見えるとか勘弁願いたい。1人脱走出来るのならそれに越したことは無い。

 

「……具合の悪い君に頼む訳にはいかない。顔が真っ青だ、デグレチャフくん」

 

しかしそんな願い虚しく、何故か飯田は頼もしく微笑み脱出を決めたのだった。

……なぜちょっと誇らしげなのだ。

 

 

 

 

 

 

飯田天哉side

 

「……なら、私が行こう。スピードなら君と私そう大差あるまい?」

 

委員長としてみんなを置いて逃げる訳にはいかない。そんな思いで反論しようとしたその時、デグレチャフくんが静かにそう言った。

 

 

小さな身体は怠そうに投げ出され、顔は青白い。呼吸も心無しか荒いようだ。

……当然だろう、ヒーロー志望の優秀な生徒とはいえ、彼女はまだ幼い。悪を恐れて当たり前の少女だ。

 

こんな小さな女の子に庇われるほど落ちぶれたか飯田天哉。

───否!

 

 

「みんなは僕が守る!」

 

脚に力を込める。個性で活性化したエネルギーが満ちるのがわかる!

 

 

「手段が無いとはいえ敵前で策を語る阿呆がいますか!」

「バレても問題無いから語ったんでしょうが!ブラックホールッ!!」

 

 

13号先生がすぐさま個性を発動させた。黒モヤごと吸い込み塵にせんと襲いかかる強個性に、敵が一瞬怯む。

「行ってください、飯田くん!!」

 

「なるほど驚異的な個性だ……しかし13号。あなたは災害救助を得意とするヒーローだ。戦闘経験は半歩劣るッ!!」

 

 

そう叫ぶと黒モヤは13号先生の真後ろにワープゲートを出現させた。

「ぐぁあッ」

「先生……っ!!」

 

 

正面、13号先生が個性を使っている黒モヤの目の前と13号の真後ろのワープゲートがリンクした。

───このままでは彼自身の個性で己を塵にしてしまう!

 

 

「僕のことは良い!行け飯田くん!!」

「させません!」

 

立ちはだかる黒モヤを抱え込むようにして抑える障子くん。

 

「理屈はわからんけどこんなん着てるならッ実体あるってことじゃないかな!」

 

黒モヤを浮かし行け!と叫ぶ麗日くん。

 

出口まであと数メートル。

 

飛んだ黒モヤをテープで拘束する瀬呂くん、それを投げ飛ばす砂藤くん。

 

 

「させるかッ!!」

「……!」

 

全員が必死に抵抗するも舞い戻ってきた黒モヤが背後に迫る。

間に合わな───、

 

 

ドォォン!

 

「ぐっぁあ!」

 

 

凄まじい勢いで黒モヤが地面に叩きつけられる。

───デグレチャフくんか!

 

 

 

「実体があるなら話は別だ。私に時間を与えるとは抜かったな敵。……行け、飯田!」

「……あぁ!!」

 

 

 

硬い扉をこじ開け、僕は救援を呼びに外に飛び出したのだった。

 

 

 

*



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第19話

 

 

飯田が飛び出した後、もうあまり時間が無いと黒モヤは舌打ちしながらリーダー格へ報告しに出入口から消えた。

……奴はリーダーでは無いらしい。副官、参謀のようなものか?

 

 

「13号先生!」

 

瀬呂が揺さぶるも意識が無い。死んではいないようなのが幸いか。

 

 

 

「他のみんなは大丈夫か?」

「ねぇ見て……相澤先生が!」

 

芦戸の悲鳴じみた声に全員が広場を見る。

……なんだ、アレは。

 

 

 

他の敵とは一線を画す、異様な風貌。脳みそが露出し全身の皮膚は禍々しい色を放つ。

どう見ても人間とは思えないそれは正しく化け物だ。

それに甚振られたイレイザーが、血を流し地面に伏せっていた。

 

 

「……アレ、人間なの……?」

「分からない……」

 

あのままではイレイザーの命が危ない。

飯田が戻るよりも前に死ぬ可能性が高いだろう。

……しかしそんなことよりも。

大音量で私の本能が警告音をかき鳴らす。

 

 

あの脳みそ敵、あれはなんだ。

本能が告げる危険信号。

あれは……。

 

 

 

「やべーってあれ。助けに行こう!」

「プロヒーローがやられた敵に俺たちが敵うのか!?」

「それは……でもっ!」

 

 

「───デグちゃん。先生浮かして助けること、出来る?」

「……私か?」

「うん。デグちゃんならここにいるメンバーの中で1番早く先生助けに行けるでしょ?」

「……可か不可かと言えば、出来るだろう。けれど救助したら最後、ここにいる全員が間違いなく標的になるぞ」

「でも先生死んじゃうよ!!」

 

 

キッと熱い瞳で見つめてくる芦戸。

己の身の安全よりも目の前で死にそうな人の救助を優先する。

……あぁ、立派だよ。お前は立派で私が嫌悪すべきヒーローだ。

 

ここで見捨てるのは簡単だ。しかしイレイザーが死んだ後モヤの言った『散らして嬲り殺す』という目的が本当ならば、次に標的になるのは敵に囲まれていない上に居場所の割れている私たちの可能性が高い。

どちらにせよ相見えることになるのなら、準備万端のあれと対峙するのと不意を突く、どちらが吉か。

 

 

 

「……わかったよ。戦闘訓練の詫びだ。手助けしてやろう」

「待てよデグレチャフ、お前具合悪いんじゃ」

「心配無い。───すぐ戦闘に移行するだろう。諸君、準備は良いかね」

「任せろ!」

「うん!」

 

 

目標はイレイザーヘッドの救出。及びその後の戦闘へ移行し、倒せなくとも生き残ること。

時刻はプロヒーローの応援が来るまで。

 

芦戸に絆された訳では無い。あの脳みそ敵……あれが妙に気になる。

 

 

……最悪の予想が、外れればいいのだが。

 

 

 

「───去ね、不逞の輩よ。ここは我らが地、我らが空、我らが学び舎。汝らが愛すべき大地に不逞を為すというのならば、我神に祈らん。

主よ、我らを救いたまえ。主よ、我に敵を撃ち滅ぼす力を与えたまえ。信心無き輩に主の僕が侵されるのを救いたまえ!」

 

 

 

忌々しい戦争が、始まった。

 

 

 

 

 

イレイザーヘッドside

 

 

 

USJ、中央広場にて。

 

「個性を消せる……素敵だけどなんてことないね。圧倒的な力の前では、つまりただの無個性だもの」

 

ぐしゃ、と骨と肉が潰れた音。

痛覚なんぞとっくの昔に麻痺していた。どこか他人事のように自分の命がこぼれ落ちる音を聞いている。

 

全身に手を纏った見るからに危ない雰囲気を醸し出している男は、脳を剥き出しにした化け物、『脳無』を使役しそう言った。

確かに個性は消したはず。

……つまり素の力でオールマイト並みのパワーを誇るというのだ、この化け物は。

 

 

 

血を流しすぎた。

視界が安定しない、手足が冷たい。意識が飛びそうだ。

 

……気を失っては、死んでは駄目だ。ここにいるプロヒーローは俺と13号の2人のみ。13号は災害救助を専門とするヒーローで手加減をしなければ相手を殺してしまう個性故に、対人戦闘は明るくない。

立たねば。

生徒を守れるのは、自分しか───。

 

 

 

「死柄木弔」

「黒霧。13号はやったのか」

「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒が1名……逃げられました」

「は……?」

 

 

リーダーらしき男、死柄木は苛立ちに声を荒らげている。が、そうか。1人脱出したか。

プロヒーローの応援が来るのも時間の問題だ。

 

 

「さすがに何10人ものプロ相手じゃかなわない。あーあ今回はゲームオーバーだ。帰ろっか……」

 

ちらり、と手に覆われ殆ど見えない表情。しかし至近距離にいた俺には見えた。

 

───水難ゾーンからこちらを窺う緑谷達を、死柄木がターゲットにした瞬間を。

まずい。

 

 

「にげ、」

 

 

 

───ビュオォッ!!

言い終わる前に巻き起こったのは、風。

なんだ、新たな敵か、それとも……。

 

 

 

「全く、こんな時にまで生徒の心配か。つくづく不思議な生き物だなヒーローとは。えー、生きていますかイレイザーヘッド?」

「デグレ、チャフ……」

「生きてますね、結構。飛ばしますよ」

 

 

いきなり現れたデグレチャフは俺に触れ、俺の重力を奪う。

……助けに、来たのか。

わざわざ敵の親玉のいる、1番危険な場所に。死に損ないのプロヒーローを助けに。

 

 

「待てよお前。いきなり現れてなんなんだよ」

「死柄木弔、お気を付けて。彼女は手強いです」

「は……?あの幼児が?」

 

 

イラついたように死柄木が首を掻き毟る。

しかしデグレチャフは全くの無表情で彼を見つめた。その隣に待機している脳無と一緒に。

 

「……貴様が主犯格か。問おう。その黒い化け物はなんだ。見たところ理性どころか知性も無いようだが」

「いちいち偉そうなガキだな?あれは脳無、改造人間だ。俺の命令だけ聞く便利な化け物さ。お前なんか一瞬で殺せる」

「改造、人間……」

 

 

 

瞬間、デグレチャフの顔が歪んだ。

彼女の纏う空気が一気に殺意に満ちたのが分かり、敵2人も警戒態勢をとった。

 

 

「最悪を、考えていたのだがな。まさか予想が当たるとは。なんたる事だ」

「……は?お前何言って」

 

 

「私達は、あんなものを創り出すために生かされていたのか。あんな、化け物を。

───なんてクソッタレな世の中なんだ!?ははははは!!逆に愉快だよ存在X!私があんな知性の欠片も存在しない化け物に為っていたら、信仰どころでは無いではないか!!」

 

 

 

いきなり笑いだしたデグレチャフにぎょっとする。『あんなものを創り出すために生かされて』……?

敵連合を名乗る奴らとデグレチャフに何か関連性があるのか?

俺はデグレチャフの過去を殆ど知らな───。

 

 

「偉そうだったりいきなり笑ったり、意味不明だよお前。もういい、脳無。やれ」

「加減はするがあまり得意で無い。まあ瀬呂辺りにどうにか回収されてくださいイレイザー」

「戦うつもりか!」

「残念ながら相手が逃がしてはくれなそうなので」

「待───!!」

 

 

 

瞬間、再び聞こえた激しい風の音に意識を持って行かれる。

次に俺が目を覚ましたのは、全てが終わった後だった。

 

 

 

*

 

 

 



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第20話

原作と以下同文になるため、ターニャの視界外にいるクラスメイトの戦闘シーンは丸々カット致しました。



 

突然現れた敵連合を名乗るヒーローの敵対組織。

そこにいた脳無という怪物に、既視感に似た嫌な予感のあった私はその主犯格に問うた。その化け物は一体何かと。

 

 

 

改造人間。

今目の前にいるこれは、かつて私の居たヒーロー研究施設で秘密裏に行われていた人体実験のなれの果てだろう。他者への個性付与の成功率が悪いからと大量の子供を人身売買で仕入れ、まるでおもちゃのように弄んで施設の隅に捨てられたかつての同士たち。

 

───あれに未練はない。墓も無き彼らは5年も前に敬意を持って弔った。

 

 

 

「死に損ないを助けてヒーロー気分かよ、クソガキ。脳無!」

 

「手負いのヒーローは正義感だけは立派で邪魔なだけだからな。平和主義の私は本当は戦闘を好まんのだが事情が変わった。

 

そこの脳無とやら、お前は本来存在してはならない存在だ。

───あの時、お前たちは私を残して全員死んだ。死んだんだよ同士諸君」

 

 

 

口も聞けない、知性も無いそれは拳を突き出して襲いかかってくる。

忌々しい存在X、そしてオールフォーワン。貴様らは本当に他人の神経を逆撫ですることが上手だな。

 

 

───私はお前らに、絶対の殺意を持って望むと誓うよ。

 

 

 

「Guten Morgen.我が同胞よ。久しく相見えたというのに全くもって情緒の欠片も感じさせない挨拶をありがとう。

───あぁ、もう言葉も分からないのだったな」

 

 

 

それでは、さようなら。

 

 

 

 

 

 

緑谷出久side

 

 

 

「デグレチャフさん……!」

「危険よ緑谷ちゃん」

「でもっ……!」

 

水難ゾーンに投げ出された僕と蛙吹さ……つ、梅雨ちゃんと峰田くん。3人で力を合わせてどうにか敵を退けた後、敵に殺られそうな相澤先生を助けに行くべきか迷っていた。

そこにいきなり現れたデグレチャフさん。

 

相澤先生をどこかへと飛ばした後、狂ったように笑った彼女は歪に笑ったまま戦闘を開始したのだった。風の音で聞こえなかったけれど、デグレチャフさんにはあの脳無という敵に過剰に反応していたように見て取れた。

 

 

「相澤先生を助けに来たのかしら」

「それにしちゃ笑いながら戦ってるぜ……狂気の沙汰かよ」

「……何か理由があるとか。それより早く加勢しなきゃ」

「範囲攻撃型のデグレチャフちゃんを邪魔しかねないわ」

「それでもだよ!分が悪すぎるっ」

 

相澤先生を瀕死の状態にしたあの脳無、とんでもないパワーファイターだ。接近戦に持ち込まれればデグレチャフさんの勝ち目はかなり薄くなる───!

 

 

 

「ははは!どうした、主の命令を聞くのでは無かったのか!!」

「ッ……チートめ……!」

 

 

しかし僕の心配をよそに繰り広げられていたのは、デグレチャフさんの圧倒的過ぎる殺戮劇だった。

石の弾丸はいまいち効きが弱いとすぐ気付いた彼女は面での攻撃に切り替える。

向かってくる脳無の頭上から、見えない空気の絨毯で圧迫。這い出て来たそれにすかさず追撃。

 

無理矢理動こうとする。足が千切れる。気にせず立ち上がる化け物に、再度追撃。

足に次いで右腕がブチブチと嫌な音を立てる。

───しかし、また生える。

 

 

「ほう、再生の個性持ちか。死ぬに死にきれない、永遠と苦しみ続けるだけの個性。今すぐ私が解放してやろう!」

 

脳無の腕が、足が宙を舞う。

ピクピクと痙攣し地面に力無く転がるそれ。

あまりに相手を傷付けることに躊躇いの無いその姿に、隣で見ていた蛙吹さんは少し気持ち悪そうに口元を抑えた。

 

……なんて個性、なんて胆力。

化け物を嬲りながら笑い続けるデグレチャフさんは、敵以上に敵らしく見えてしまった。

 

 

「クソ……!!おい黒霧、見てないで加勢しろ!」

「は、はい!」

「お次は参謀様か!?良いぞお前にも借りがあるんでな!」

「舐めやがって……!!」

 

 

黒霧は圧死寸前な脳無の横たわる地面にワープゲートを発動した。出口はデグレチャフさんの背後。

「ははっ上手じゃないか!」

 

 

空中でぐるりと回転したデグレチャフさんは無邪気に笑いながら空気砲を脳無に穿つ。

脳無は衝撃に耐えきれず、砂煙を上げながら地面に投げ出された。

───反応速度が桁違いだ。

小さな身体で立体的な戦闘を可能にする個性は、彼女の潜在的な身体能力・反応速度と相性が良すぎる。

 

 

脳無のパワーファイター的な動きに黒霧の立体的かつ瞬間移動じみた攻撃が加わっても、完璧に対応しきるその才能。

笑いながら攻撃を捌き、脳無の眼窩を抉った。

 

 

これは、もしかしたら勝てるかもしれない……!

ガリガリと首元を掻いている死柄木は忌々しそうに唸った。

 

 

「くそ、くそくそ……!

なんなんだよお前。オールマイト用に作った脳無をまるで玩具みたいにしやがって。ほんとチート能力は狡いよ。

……もうすぐプロヒーローも来る。今回は失敗だ。失敗なら……

 

 

───せめて平和の象徴としての矜恃を少しでもへし折って帰ろう!」

 

 

 

ギロリ。赤の瞳と目が合った。

───まずい、バレて……!!

 

 

 

「緑……っあのバカ……!」

 

死柄木の個性はおそらく手に触れたものの崩壊。先程相澤先生の肘に触れた時、ボロボロに肘が崩れ去っていたのを見た。

 

 

死柄木が迫る。僕の顔面に、奴の手が、……!

 

 

 

 

「───ぐぁっ!」

 

顔面に死柄木の手が触れるその瞬間、デグレチャフさんの空気砲が奴を吹っ飛ばした。

……助かった!

「……くは、よそ見は厳禁だよクソガキ」

 

口から血を流した死柄木は、しかし笑った。

僕らを助けたデグレチャフさんの背後には、いつの間にか急接近していた脳無。数瞬だけ生じた彼女の隙を、化け物は逃がさなかった。

 

 

「っ!」

 

───僕らは囮か!

 

 

ぐしゃ、と嫌な音を立てデグレチャフさんが吹っ飛ばされる。

「デグレチャフさん!!」

「はははは!!形勢逆転だ!やれ脳無ッ!!」

飛ばした先へ追撃しに走り出す脳無。

 

 

 

───やばいやばいやばい!

大人の相澤先生ですらあんなボロボロにした脳無、デグレチャフさんのようなまだ身体が出来上がってない子どもに直撃したら、それこそ本当に死ぬぞ!

水難ゾーンから全力で広場へと走り出す。

デグレチャフさんしか見えていない脳無、隙だらけだ!

卵が爆発しないイメージでッ!

 

 

「SMASH!!」

 

───やった、腕が折れてない!

しかし。

 

 

 

 

「……逃げろ、緑谷」

 

脳無に僕のSMASHは全く効いていなかった。

……個性は再生だけで無かった……!!?

 

 

すぐそばで倒れていたデグレチャフさんは苦しげに顔を歪めながら起き上がった。

 

「ぐ、げほ……全く余計なことをする。私1人ならどうということは無かったというに。

……目の前でクラスメイトに死なれては問題に巻き込まれかねんだろうが」

 

 

片足が変な方向にねじ曲がり、お腹から血を流すデグレチャフさんはしかしそれでも笑った。

 

 

 

「しかし私達の勝ちだ、敵よ」

 

 

 

 

 

 

「───私が、来た」

 

出入口付近で爆発が起きる。

……そこには平和の象徴、オールマイトが立っていたのだった。

 

 

 

 

*



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第21話

 

 

 

「───私が、来た」

 

いつもアメリカンな笑みを浮かべている脳筋は今、口を食いしばり厳かにそう宣言した。

 

 

とっさに緑谷の手助けをしてしまい手痛いしっぺ返しをくらった私は中々の重傷だ。

全く、失敗だったな。

目の前でクラスメイトに死なれるのは後味も悪い上に後から助けられただろう云々と問題にされると面倒だと手を出してやったのだが、それがこんな大怪我を招くとは。

左足はおそらく骨折、元々肺に空いていた穴はより大きくなり肋骨が何本か折れたようだ。骨が皮膚を突き破り出血も激しい。

 

 

……しかし悔しいな。あの脳無は私が闇に葬り去るつもりだったというのに。

美味しい所はヒーローにかっ攫われるというか。まぁオールマイト、あの時同じ場にいた貴様なら敵討ちを許そう。

 

 

超スピードで雑魚を散らし目の前に現れたオールマイトは

「また、こんな大怪我をして……」

と小さく呟いた。

 

知るか、好きで怪我した訳じゃないよ。

「……あの脳無は、私の同胞の成れの果てだ。楽にしてやって欲しい、頼む」

 

 

……血を流し過ぎたな。

オールマイトが確かに頷いた所で、私の意識は闇に落ちていったのだった。

 

 

 

 

 

 

「……デジャヴだ」

 

目を覚まし、目の前は白い天井。オールフォーワンと戦ったあの時と違うのは、寝ている場所が保健室だという所と身体の傷が殆ど完治していることと身体がかなりだるいことか。

 

前は治癒にリカバリーガールの個性を使うと元々栄養失調だったせいですぐ干からびて死ぬと言われ、結局完治に数ヶ月かかった。

……が、今回はきちんと治癒を使用しても大丈夫だと判断されたようだ。

苦しかった息も、折れていた骨も綺麗に治っている。若干のかすり傷はそのままだが、これもあと数日したら自然に治るだろう。

知ってはいたが、凄いなこの個性は。魔法か。

 

 

 

「おや、起きたかい」

「……リカバリーガール」

「全く、無茶するよ」

 

栄養剤だろうか。点滴が繋がる左腕をぼんやりと眺めながら、小さく謝罪を口にした。

やれやれとリカバリーガールがため息をつく。

 

 

「私がここに居るということは、ヒーロー側が勝利したのですね」

「そうさね。脳無をオールマイトが無力化、残りと戦闘が始まった瞬間増援が間に合い一斉検挙と聞いてるよ。……主犯格の死柄木と黒霧、あの2人は逃がしてしまったけどね」

「逃がした……?」

 

 

不祥事もいい所じゃないか。事件解決率トップクラスのオールマイトが増援もありながら目前で敵を取り逃がすなど。

あの脳筋め、遅刻した上に致命的なミスまで。

 

「生徒は個性の暴発で怪我をした緑谷以外は無事だよ。あってかすり傷程度。1番の重傷はむしろ君さね。さっきまでオールマイトと緑谷もここで寝ていたけど、歩けるようだったから帰っていったよ」

「そうか……」

 

 

外はもう暗く、満月がのぼっていた。

……八百万は、無事か。

私の身代わりになってワープゲートに連れ去られた彼女だ。死なれていては寝覚めが最悪になる所だった。

 

「言いたいこと、聞きたいことはたくさんあるよ。けど今は寝てなさい。まだ絶対安静だよ」

「……はい」

 

もぞり、と糊のきいた布団に身体を埋める。

正直眠くは無いが、目を閉じ思考を巡らせることにする。

 

 

 

今回現れた敵、死柄木弔率いる敵連合。

名前は究極にダサいが、つまり組織立って動く敵が現れたということだ。今まで敵は個人個人で動く小物が多く、あっても指定暴力団のいわゆるヤクザと呼ばれる存在が小さく息づいていたに過ぎない。

組織犯罪の先駆けがオールフォーワンだ。計画的に改造人間を作り上げるための組織を作っていた所をオールマイトらヒーローに頓挫させられたそれは、首謀者を変え名前を新たに復活した。5年の時を経て。

 

……オールマイトめ、奴は死んだんじゃなかったのか。

あんな化け物じみた個性持ち、倒したと思った後四肢を削ぎ落とし頭をミキサーにかけ内臓をひとつずつ解剖し丁寧に潰しでもしないと満足に死なないだろう。無駄な情けをかけたせいでまた面倒なことになった。

 

 

死柄木らも逃がしたというのなら、目的のオールマイトがまだこの雄英に勤務している限りまた襲撃があると見ていいだろう。

全く、優雅で平和な学生生活は何処なりや。来るとわかっているだけまだマシだが、本当にあの忌々しい存在Xは厄介事を起こすのが好きなようだ。

 

 

 

……次は必ず、殺す。

 

力不足な両手をぎゅっと握りしめ、そう固く決意したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

八木俊典side

 

 

 

「……今日は疲れたな、さすがに」

 

保健室を追い出され、暗い自室に帰ると浮かぶのはUSJでの襲撃事件のことだ。冷えたソファに身を投げ出し、目頭を揉んだ。

 

ボロボロに傷付いた相澤君達プロヒーローに、5年前と同じ狂気的な笑みを浮かべ横たわるデグレチャフ少女。

───彼女は言った、あの脳無は自分の同胞の成れの果てだと。

 

 

 

 

 

『あの、デグレチャフさんは大丈夫なんですかっ?』

『大丈夫だよ。骨がいくつか折れていたのと軽い肺気胸だ。私の治癒で対処可能さ』

『えっと……それもあります。けどそれだけじゃ、なくて』

 

緑谷少年と共に保健室に運ばれた時、少年は隣で眠るデグレチャフ少女を見て居心地悪そうに言った。先程ガッツリ自分の無茶無謀を怒られ、その結果の負傷人が隣にいるのだ、その事を言っているのだろうと思ったが。

 

 

『……僕も、会話全部聞こえていた訳じゃないんですが。あの脳無って化け物、改造人間なんだって敵……死柄木弔が言ったんです』

『改造人間……』

『そしたらデグレチャフさん……私達はあんなものを創り出すために生かされていたのかって……そこから狂ったように笑いだして、僕』

 

 

あんなものを、創り出すために……?

その一言で、事態の深刻さを悟った。5年前のあれから、何一つ事件は終わってないのだと。

 

 

 

『……怖かった。僕、敵よりなによりもデグレチャフさんのあの狂気的な戦い方に恐怖を感じてしまいました。同じヒーロー志望なのに。僕を助けるためにこんな大怪我をしたのに。それは分かっているのに』

 

 

 

敵よりも敵らしいと、そう思ってしまったんですと緑谷少年は静かにそう言った。

 

……敵よりも、敵らしい。

 

それは兼ねてより大人らが危惧していたことだ。あの子は危うい。校長先生がヒーロー科に縛り付け、日本で暮らし5年も経った後でさえ古巣の傷跡にああも反応してしまうくらいには。

 

 

『……口外はしないで欲しい。彼女は昔敵に飼われていた過去がある。改造人間用の、実験材料として』

『……ッ!!?』

『そこから救い出し、身元引受人となったのが日本のヒーロー、雄英高校だ。脳無を……自分の辿るはずだった末路を目の前にして笑うしか無かったのだろうな。

……デグレチャフ少女は本当は優しい子なんだ』

 

『……なぜ、そんな話を僕に?』

『君にはいずれ話さなければならないうちの1つだからね。あの子の狂気は私達の不手際によって生まれてしまったものだ。

……君が憧れるヒーローは、私達は決して万能の魔法使いじゃないから。ああして命が助かった後も苦しむ子供を見守ることしか出来ないんだよ。……幻滅したかい』

『幻滅なんて、そんな……』

『どうか彼女を色眼鏡で見ず、クラスメイトとして……普通の級友として接してやってほしい』

 

 

 

 

 

「───色眼鏡で見ずに、か」

 

……1番色眼鏡で彼女を見ているのは我々ヒーローだろうに。

優しい子だと言いながら、あの子が悪に染まることを常に恐れている。

だからヒーロー科に縛り付け、洗脳の如くヒーローになりたい訳でもない子供にヒーローとしての教育を施す。

 

「……正義とは何で、悪とはなんなのだろうな」

 

 

ヴーン、とマナーモードにしていたスマホがポケットの中から着信を知らせてくる。

 

「……誰だい、こんな夜中に。って、相澤くん!?」

 

 

保健室では対応しきれないと大きな病院に緊急搬送された相澤くんは、意識も無く身体中ボロボロだったと聞く。

慌てて通話状態にしながら部屋の電気を付けた。あぁ、夕食も取らねばだ。弁当でも買ってくるか。

 

 

「もしもし!?相澤くん?」

『……声うるさいです、オールマイトさん』

「無事で良かった!しかしどうしたんだいこんな時間に電話なんて。ゆっくり休んでいてくれよ!」

『だからうるさいですって……』

 

 

意外と平気だから直ぐに職務復帰しますと淡々と事務連絡をする相澤くん。

ミイラ状態だけど病院側の処置が大袈裟なのだそうだ。……本当かどうか疑わしいけれど、声しか聞こえない私に真偽を知る術はない。

 

 

 

「それで?合理的な君がそれだけでわざわざ電話はしないだろう。どうしたんだい」

『……デグレチャフの件です』

「Oh……」

『あんたが連れてきたのは知ってます。根津校長の知り合いの親族云々、あれ嘘なのバレバレですから。

……教えてください、日本に来る前彼女に何があったのか。担任として知る義務がある』

 

 

相澤くんは5年前のオールフォーワンの捕獲作戦を知らない。徴集されたのは当時のトップヒーローと隠密行動に優れたヒーロー、そのサイドキック達だ。

当時大学を卒業したばかりで名前もさほど売れていなく、教職に就いたばかりの彼は候補には上がったものの結局参加すること無く終わったのだ。

 

事件およびオールフォーワンについて箝口令が敷かれている以上、今後私の後継として生きていく緑谷少年はともかく相澤くんにまで詳細を語るわけにはいかない。

が、生徒達の証言から見るに緑谷少年が聞いたという狂気的な台詞は、近くにいたであろう相澤くんも当然聞こえていただろう。緑谷少年以上に気になっていたに違いない。こんな夜更けに連絡してくるほどだ。

 

……ぼかしつつも、真実を語ったほうが良いか。

 

 

「……守秘義務の都合上、全ては語れない。それでもいいかい」

『はい』

「彼女は……」

 

彼との通話は、日の出がうっすらと部屋を彩るまで続いた。

彼女がどう生きて、どう行動し、どう今までの苦難を歩んできたか。

……ここまで生徒に肩入れするなんて、相澤くんらしくもない。

よほどあの時のデグレチャフ少女に、危機的何かを感じたのだろう。

 

相澤くんは満足したのか、「ありがとうございます、寝ます」と静かに通話を切ったのだった。

 

 

 

 

*



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第22話

 

USJ襲撃事件より2日後、安静を解除された私は詳細の説明を今回の事件担当である警察官塚内へと語っていた。

授業を抜け出すことになってしまったため、午前中のほんと短い時間だけ。もう色々と情報は集まっているが、主犯格と1番長時間対戦したのが私である事から、何か新しい情報は無いかという確認だけだった。

 

 

 

「───それで、相澤先生の救助を遂行しました。本当ならば直接私が出入口まで運び、脳無らを引き付け全員で戦闘へ……という算段でしたが、予想外に脳無が強敵でしたね。見逃して貰えませんでした」

 

「その君と対戦した脳無は、オールマイトと対峙した際既にかなり疲弊していたと見える。

……昨夜取り調べの最中、血反吐を吐き死亡した」

 

「……はぁ、それで。殺すのはヒーロー的に不味いと説教でもしますか。過剰防衛だったとでも?プロヒーロー2名が瀕死の重傷を負いましたが」

「いや、直接の死因は弱っていたことに気付かず全力で応戦したオールマイトにある。そうじゃなくて……その、」

 

 

塚内は、困ったように言い淀む。

……あぁ、こいつは5年前のオールフォーワン戦でも事後担当をしていたな。取り調べされたことを覚えている。私の血なまぐさい過去を……脳無との関連性を知る人間だ。

 

「元々あれは生きてて良い生き物じゃない。あるべき所に還った。それだけです」

「……そう、かい」

 

脳無は死した。しかし親玉は依然として捕まっていない。放置してしまえば第二、第三の脳無が現れるのも時間の問題だろう。あるいは、もう。

 

 

「話はそれだけですか。こちらとしても事情を知る権利があるかと思いますが」

「それはオールマイトが君に直接話したいそうだよ。僕からは以上だ、お疲れさま。今からなら昼食に間に合うんじゃないかな」

「では失礼します」

 

オールマイトが直接、ね。

言いたいことはある程度予想がつく。

が、私の目的は変わらない。

 

───脳無及びオールフォーワンの抹殺。

私に忌々しい個性を譲渡しヒーローなんてクソみたいな職へのレールを順当に歩むことになってしまったのも、皆オールフォーワンと存在Xのせいだ。

 

死すれば個性が返還される……なんて浅はかな夢は抱かない方が良いだろうが、目には目を歯には歯を。私がこれから戦に巻き込まれるであろう未来を作った元凶にはそれなりの仕置きが必要だ。

幸い敵の目的は私では無くオールマイト。あの脳筋が雄英にいる限りチャンスは幾度もあるだろう。

 

憂鬱すぎる予感にため息を付きつつ、早足で学校に戻ろうとしたその時、制服のポケットからアラームが鳴った。

普段あまり使わないからマナーモードにするのを忘れていたなとスマホを取り出すと、筋肉ダルマと記載された暑苦しいアイコンからのメッセージに自分の眉根が歪むのが分かった。

 

 

『塚内くんとのお話は終わったかい?話したいことがあるんだ、一緒にお昼食べよ?仮眠室にいるよ』

 

「……タイミング悪すぎだろう」

 

 

 

 

 

緑谷出久side

 

 

 

USJ事件から数日後、通常授業に戻った雄英は一大イベントである雄英体育祭に向け賑わいを見せていたけれど、僕はその波に乗り切れずにいた。

 

……USJで僕はヴィランの悪意や力に翻弄されるばかりで、相澤先生や13号先生の足手まといでしかなかった。

あの悪意に対抗するためにはオールマイトから受け継いだ力ワンフォーオールをもっともっと自分のものにしなきゃいけない。時間は限られているから。受け継いだのは僕なんだから。

 

 

体育祭よりももっと遠く大きな目標ができてしまったばかりに、単なる学校行事であるそれに中々本気になれないでいた。

 

 

 

「ご、50分前後……!?」

「あぁ、それが今の私の活動限界だ。無茶が続いたせいだろう」

「そんなことに……ごめ」

「HAHAHA!謝らんでいいよ!」

 

 

 

昼休み、オールマイトに呼び出され仮眠室で向かい合って打ち明けられたことは、活動限界の更なる縮小だった。

───オールマイトのヒーローとしての終わりが、近付いてきている。

僕は、今何を1番に優先すべきなんだろう。

 

 

「それより体育祭だよ。君まだワンフォーオールの調整出来ないだろう。どうしようか」

「う……。あ、でも1回。デグレチャフさんから気を逸らそうと脳無にSMASHを打ち込んだ時、その時は反動が無かったんです」

「そういや言ってたな。何がいつもと違った?」

「違い……」

 

 

今まで僕が個性を使ったのは数回だけだ。

入学試験の対巨大ロボット戦闘。

体力測定のソフトボール投げ。

戦闘訓練での建物破壊。

 

「……僕は、この力を初めて人に使おうとした」

 

「無意識にブレーキをかけることに成功した……ってとこかな。なんにせよ進展だね、良かった」

 

茶柱の立ったお茶が湯気を上げる。

 

「ぶっちゃけ私が平和の象徴として立っていられる時間って後そんなに長くない。

悪意を蓄えている奴の中にそれに気づき始めている者がいる」

「……はい」

 

死柄木弔と名乗る主犯格が言っていた、弱体化の噂がどうとか。オールマイトの活動限界的にどうしても活躍機会が全盛期よりも減りつつあるから、そういう話が出るのも必然かもしれない。

 

「君に力を授けたのは私を受け継いでほしいからだ。あの時の君の思いは今も紡がれているはずだ。それを世に示そう。

雄英体育祭、プロヒーローが……いや、全国が注目しているビッグイベント。

 

今こうして話しているのは他でもない!

次世代のオールマイト、平和の象徴の卵、緑谷出久が───君が来た!ってことを世の中に知らしめてほしいんだよ」

「僕が、きたって……」

 

 

正直モチベーションがない中個性の制御もままならない状況で世間に僕を知らしめるどころか目立てるか……と独り言を零すとオールマイトは「ナンセンス!」とひっくり返った。

 

「ナンセンス界じゃ他の追随を許さないな君は!

常にトップを狙う者とそうでない者、その僅かな気持ちの差は社会に出てから大きく響くぞ。

まぁ気持ちはわかるし私の都合だ、強制はしない。ただ、海浜公園でのあの気持ちを忘れないでくれよな」

 

───常にトップを狙うものと、そうでないもの。

オールマイトに師事出来ている今の現状に、僕は半分満足してしまっていた?最高のヒーローを目指すためには、どんなことですら吸収しなければならない。

 

 

僕は、目の前の行事に集中出来ないからなんて贅沢言ってられるほど強くない。

 

「……はい」

「頑張ってくれよ。……っと」

 

 

 

コンコンコン。

仮眠室の外からノックが聞こえた。ここは仮眠室、わざわざノックして入って立ち入るような人は殆どいない。

「私が呼んだんだ。……フンっ」

 

マッスルフォームになったオールマイトはドアの外の人物に入りなさいと声を掛けた。

……オールマイトのトゥルーフォームは、教師陣全員知っているはずだ。なら今オールマイトがわざわざマッスルフォームになったのなら、それを知らない生徒となる。

 

 

「……なぜ緑谷、お前もいるんだ」

 

そこには、怪我でお休みしていたはずのデグレチャフさんが立っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

「デグレチャフさん……!身体は大丈夫なの!?」

「平気だ。元々午後の授業から復帰する予定だった。そこの筋肉に呼ばれてな」

 

警察署から帰宅後、呼ばれた仮眠室に立ち寄ればそこにはオールマイトと緑谷が居た。

テーブルにはポットと飲みかけのお茶が置いてあり、湯気が出ていないことからかなり話し込んでいたことが窺える。

……私的な話?オールマイトと緑谷が?

随分と親しいらしい。

 

 

「……ごめんなさい。僕のせいで大怪我を……」

「気にするな、あれは私の注意不足が原因だ。それよりオールマイト、話をするのでしたね。緑谷、席を……」

「いや、緑谷少年も居てくれ」

「?は、はい」

 

ソファに促され、素直に座る。お茶をそっと差し出されるが、無視してじっとオールマイトを見つめた。

塚内の言っていた通りなら、これからするのは事件の詳細説明だろう。それに緑谷も同席させる意味が分からない。

というかオールフォーワンについて口外禁止なため、それを知らない緑谷もいるこの空間は酷く気を使うのだが。

 

 

 

「……まず、デグレチャフ少女に謝罪を。申し訳なかった」

 

向かい合って座ったオールマイトは、ぐっと頭を下げた。

「それは、なんの謝罪ですか」

「君をまた、危険な目に合わせた。君に嫌な記憶を思い起こさせてしまった。かつての私が、今の私が至らなかったせいだ。申し訳なかった」

「……」

 

 

「脳無については、君の予想通りの捜査結果だった。君が嫌悪感を持つのも当たり前だ。

……あれを生み出してしまった原因の一端は、私達にもある。申し訳、なかった」

 

それだけ聞ければ充分だ。

あれは私の成れの果て。オールフォーワンが生きていて、敵連合なんてふざけた組織を興したのも確定だ。

私がやることはなにも変わらない。

脳無と同じくオールフォーワン、あれも5年前死すべき命だったものだ。還るべきところに還す。それだけだ。

 

 

「起きてしまったことは仕方ありません。嫌悪はあれどヒーローに対して怒りの感情は抱いてませんよ。

それだけですか?緑谷が同席した意味が分かりませんが」

「緑谷少年に、君の過去を話した」

「……っ!?」

 

「無論、話しても差し支えない部分だけだよ。それも謝りたくてね。勝手に話してしまった」

「……理由は」

 

話しても差し支えない部分、つまりオールフォーワンについては避け敵に軟禁されていた過去があることを話したのだろう。

何故。

別に話されて困る内容では無いが、わざわざ話す意味もあるまい?なぜわざわざ無駄な同情を誘うような身の上話をするのだ、この脳筋は。

 

 

「緑谷少年には、私の意志を継ぐ存在になって貰いたいと思っている。

───私の光の部分だけで無く、闇の部分も知っていかねばならない」

「私が闇、ですか」

「違う。私が作り出してしまった君の暗い記憶を、私の過ちを次世代である彼に断ち切って貰いたいと、私はっ……!」

「教師失格ですね、オールマイト」

 

 

なるほど、後継ね。

緑谷出久の強い意志を感じる瞳には何か既視感があると常々思ってはいたが、オールマイトと似たものがある。

師弟関係にある緑谷にオールマイトは、自分の恥部である私の過去を晒すことで辛く苦しい道であることを教えようとしたのだろうが、甘い。

私が過去に対して嫌悪感はあれどトラウマになっている訳では無い姿を見て大丈夫だと判断したのだろうが。師匠も教師も本当に向いていないな。

 

 

「私があなたを『先生』と呼ばないのはそこですよ。師弟関係において師匠の不始末をどうにかするのが弟子ではありません。授業に遅刻し、ヒーロー業務との区切りが付いていなくどちらも中途半端。

挙句に後継。緑谷の度重なる怪我にろくな指導もせず、大事な部分は隠したまま何が意志を継いで欲しいですか。甘いんですよ」

 

 

ぐ、と言葉に詰まるオールマイト。

そして隣で黙り込む緑谷。

「別に私の身の上話を勝手に言いふらそうが構いませんが、私を弟子への教材にしないで頂きたい。私の過去は私が断ち切る。それ以上は余計なお世話と言うものです。手出しは無用。話は以上ですか?では」

 

 

一切手をつけなかったお茶をテーブルの脇に追いやり、さっさと席を立つ。

全く、未熟もいい所だこの脳筋は。後継を探す前に教員免許を取り直したほうが有意義な時間になるだろうよ。

 

 

 

「デグレチャフさんっ!!」

 

がしっとずっと黙っていた緑谷が私の手を掴む。

瞳は爛々としていて、その理解出来ない輝きに身体の奥が一瞬震えた。

 

 

「勝手に昔の話を聞いちゃったのは……ごめんなさい。けどオールマイトから言われたからじゃない、僕は僕の意志で君を救いたいと思う」

「……余計なお世話だと言ったはずだが」

「それでもだよ!」

 

 

ゾッとした。

緑谷出久という底知れない存在に。

やつは決して私に同情して言っているのではない、『自分のなりたいヒーローならこうするはず』だから行動している。

こちらの都合などお構い無しにどこまでも自己満足的に人を助けようとするそれはまるで、他人の救済が生理的欲求と同義だと言うかのようで。

 

 

 

……心底理解し難い、気持ち悪い存在。

 

 

「……勝手にしろ」

 

緑谷の手を振り払い、仮眠室を後にする。

オールマイトに緑谷出久。あの2人が師弟ねぇ。お似合いだよお前らは。

 

 

 

雄英体育祭が始まる。

問題は何1つ解決しないまま、物語の幕が上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

敵連合アジトにて。

怪我をした死柄木は暫く安静にしていたが、オールフォーワンから来た連絡に頭が沸騰するのがわかった。

脳無をおもちゃのように扱ったターニャについて悪態を吐きまくった結果、それに興味を持った巨悪は別ルートより情報を得たようだ。

 

 

「……は?あのガキが?」

『いやぁ驚いたよ!弔があそこまで言う女の子って一体どんな子なのかと思ってちょっと調べてみたんだよ。

───ターニャ・デグレチャフ。私が個性を与えた脳無の実験体だ。生きてヒーローに保護されたのは知っていたけれど、まさか高校生になっていたとは!まだ幼いからと可能性から除外していたよ、いやはや1本取られた!』

「んで、どうすんだよ先生」

『あの子は個性共々本来私の所持物だよ。私が買い、飼った。個性を与え、また彼女もそれを受け入れた。

持ち物は、返してもらわないと』

「ッチ……」

 

 

 

それじゃあぶっ殺せねぇじゃねぇかと不機嫌に顔を歪ませる死柄木。

闇もまた、次なる計画へと乗り出すのだった。

 

 

 

 

*

 

 




こんにちは、ターニャ・デグレチャフです!
まだ小さいので色々と失敗はありますが、1つずつ頑張っています!
最近身体測定をしたら身長が2センチ伸びていました。体力も着実に付いてきていて、本格的なトレーニング許可ももう少しで降りそうです。
……もう良いか?自分の声に吐き気を催す不思議な体験をありがとう。
次回、幕間・蛇足編。
では、また戦場で。


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蛇足編
第23話


大変お待たせ致しました、蛇足編です。
希望者が多かったものやネタが思いついたものをいくつかをピックアップし連載します。掲示板ネタの反応凄かったのですが、そちらは体育祭編以降までお待ちください。また蛇足編その2はいつか開催しますので、その時にでも書きます。元々本編中に書くつもりだったものも見受けられましたので、そちらは暫くお待ちを。
今回は
・ビッグ3との対面
・A組女子との日常
・ソーヤとの思い出
の3本連載となります。


 

日本にやって来たばかりのターニャは、大人から恐怖されるほどに戦場の気配を色濃く纏わせ生きていた。

まるでここも、退廃した戦場下であるかのように。校長が彼女の口から直接聞いた初めてのお強請りが「護身用の武器が欲しい」だ。

警戒する彼女を思わず抱き締めてしまった校長は正しくヒーローであろう。

 

銃刀法がどうのと言いくるめ、原則軍人・警官・プロヒーロー等の仕事で武器を使うことを法的に許可された人、またはプロになるために必要不可欠な場合のみ審査に出されるのだと懇切丁寧に説明した。

……そこで現品調達しに手っ取り早く厨房に入ったせいでターニャの味覚は大革命を迎えるのだが、そこは割愛する。

 

 

「ねぇねぇ君迷子?」

 

まだ初等教育を受けていたターニャに1番初めに声をかけたのは、波動ねじれだった。

もう授業はとっくの昔に終わり、完全下校間際の時間。人気の少ない校内に歩いていた赤いランドセルは酷く浮き上がって見えた。

 

「……保護者がここにいるので。迷子じゃありません」

「そっか!迷子なら雄英バリアで塞がれちゃうもんね!職員室?それとも保健室とか?連れてってあげよーか?」

「結構です」

 

初の出会いはそれだ。

そして徐々に遭遇回数を増やし、ついに自室の場所を突き止められるのに1ヶ月。その後もいい加減チラチラと現れる女子生徒に辟易していたターニャだったが、半ば無視して通り過ぎようとしたその時ふわりと宙を舞ったねじれに意識を持っていかれた。

 

「あっ!こっち見たね!」

「……ふん」

 

まんまと策略に引っかかったことに気付き不機嫌に鼻を鳴らすターニャだったが、自分と類似点のある個性に一応は会話をする気になった。

「飛ぶのか、お前も」

「ううん、私のはエネルギー波を出す個性。でもなぜか真っ直ぐ出ずにねじ曲がっちゃうの。不思議だよね?

だからちょっと工夫したら面白いんじゃないかって!それで最近飛べるようになったの、凄い?」

 

ふわふわと浮かぶそれは最近覚えた新技のようでまだ覚束無いが、入学からまだ数ヶ月しか経っていない中もう新しいことにチャレンジし始めるその精神はさすがヒーロー科といった所か。

 

「世の中不思議なこといっぱい!なんで自分の身体なのに不思議がこんなにたくさん隠れてるのかな?知るたびワクワクするよね!」

 

 

宙を舞いながら将来の不透明さに思いを馳せるねじれは、笑顔を零しながらターニャの目の前に着地する。そっと両手を取られ顔を僅かに固くするターニャだが、そんな様子はお構い無しに小首を傾げた。

 

「ターニャちゃんの個性、飛ぶことが出来るんでしょう?コツとか教えて欲しいな?だめ?」

「……メリットが私に無いが」

「ターニャちゃんの個性も、私もっと面白いこと出来ると思うの。ヒーロー科の授業とかって、興味無い?」

「一学生のお前が部外者である私を参加でもさせるつもりか?」

「うん!むしろ推奨されたよ!そういうの好みって」

「誰だそんな担に……ミッドナイトか」

 

ターニャとの関わりが多いプロヒーローは限られる。そもそも本人があまり手のかかるタイプでは無いため、数少ない女性ということで世話をするよう直接校長から頼まれたミッドナイトや性格の穏やかなセメントス、いつの間にか仲良くなっていたランチラッシュくらいだろう。

いつの間にかターニャの個性の話が漏れている点を見ても、ねじれは既にミッドナイトにターニャの事を相談済みのようだった。

 

「決まり!先生には私が話しておくから!」

「え、ちょ……」

 

承諾した覚えも無いが、半ば強引にターニャの授業参加の話は進行する。

ターニャにも学業があるため、結局夏休みの間に行われる少人数制の特別講習に顔を出すハメになったのだった。

 

 

 

*

 

 

 

「今日はこの6人で少人数制の実践授業をします!お手伝いにターニャちゃんに来てもらいました。ちょっと事情があってうちで預かってるの。知ってる人もいるみたいだけど、一応挨拶してくれるかしら」

「……はじめまして、よろしくお願いします。ターニャ・デグレチャフです」

 

夏休み。

体力、個性の強化を目的とした林間合宿を目前に控えつつ、実践形式の授業も今のうちにやってしまおうと少人数ずつ呼び出された生徒達。

ターニャはその実践授業の少女役として引っ張りだされることになった。一応安全のため、万が一ターニャに怪我の可能性がある際は現場を取り仕切るプロヒーローが救援に駆けつけるそうだ。

 

「今回の授業では、混乱した状況下で異なる指示を受けてしまった3人ずつ2チームのプロヒーローという設定よ。

災害現場という場所はどうしても指示が通りにくい。現場で正しい判断能力で現場を見極めることが出来るかがクリアの鍵になるわ」

 

いつもの災害救助というだけで無く、少し頭を使う凝った設定を常に採用しているらしい特別講習。常の授業と違い人数のわりに時間がしっかり用意されているから、特殊な状況下への応用力を試す場としているようだ。

 

「さて、それじゃチーム分けね。Aチームは波動さん、遠形くん、天喰くん。Bチームは残りの3人ね。それぞれスタート地点が違うから気を付けて。それぞれ私とスナイプ先生が指示を出します。さ、ターニャちゃんは台本通りセッティング始めましょ。行動開始!」

 

台本あるんだと目を輝かせるねじれと正反対に、ゲームじみた授業に目を腐らせる環。

やる気に差はあれど、そうして授業が始まったのだった。

 

 

 

 

「ここかな」

「うん!間違いないね」

 

Aチームであるねじれ達が受けた指示はこうだ。

『倒壊した建物内に取り残された女の子がいる。その子の救出をせよ』

 

Bチームと合流する前に問題の建物にたどり着いたため、そっと中を覗きターニャが倒れている様子を視認した。

「大丈夫かい!今助けるからね!」

 

 

ミリオが声をかける。ぴくり、と瓦礫に埋もれつつも体が動いたことから意識があるようだ。

「とりあえず瓦礫をどかそう……」

環がそう言いつつ腕をタコの吸盤を再現する。個性は強力だが大きな瓦礫を吸着することの出来る程のものを生み出せるようになったのはまだ最近だ。

個性による応用の幅が大きすぎて全てに対応仕切れていない、そんな状態。

 

「お昼はたこ焼きかな!ナイス!」

ミリオはグッと親指を立て地味に1つずつの瓦礫撤去に徹する。

ミリオもねじれもここは自分の個性は発揮出来る場面では無いと環のアシストに回るが、そんな中すぐにBチームの3人がやってきた。しかし顔を顰めており、様子がおかしい。

 

「……!?お前ら、なにやってんだ」

「え、瓦礫の撤去作業だけど……」

「早く態勢を整えろ!俺たちが受けた指示は『瀕死の敵の確保』だ!!」

「───っ!?」

 

 

敵、と意識するや否や、ターニャの身体が周りの瓦礫と共にふわりと浮き上がる。

「……、まずっ」

 

この場にいる6人の中で1番ターニャの個性を知っているのはねじれだ。

ターニャの個性は超攻撃特化。本気で掛かられたらこちらも相応の怪我を覚悟しないといけないほどだ。

 

「みんな退避だよ!一旦作戦を立てよう、このままだと連携がゴタつく!」

「あぁ!!」

ターニャはねじれらを追うつもりは無いようで、宙に浮いた状態で静止している。

その隙に6人は物陰へと隠れた。

 

 

 

「……それで?両チームの指示を確認しよう。俺らBチームは『瀕死の敵の確保』」

「Aチームは『倒壊した建物に取り残された女の子の救助』。なるほど……後から実はその女の子が敵だったと判明したってことかな。混乱した現場で情報が錯綜したって訳だ」

「でもでもまだわかんないよ?ターニャちゃんこっちを攻撃してこないし」

「波動、お前あの子の個性知ってるんだろう。詳しく教えて欲しい」

「うー……」

 

授業とはいえターニャを敵として扱うのがなんだか嫌なねじれは少しむくれたが、そう我儘を言っていられる状況でもないためすぐに諦めた。

「……個性は『飛翔』。自由に飛べて、触れたものの重力も奪える。砲弾みたいに武器にされたら厄介だよ」

「なるほど、じゃあ俺が相手をしたらいいね!」

 

物理攻撃は大抵かわせるミリオはニカ、と笑った。

「他のみんなはターニャちゃんが地上戦に移行するよう支援を。捕獲まで頑張ってはみるけど、さすがに空中戦は出来ないからその時は……うーん、任せた!」

「へっ!?」

 

 

環が鶏の羽根を生やせるようになったのはまだつい最近。飛行能力に乏しく本当にただ「ある」だけの見掛け倒しでしか無い。

Bチームの面々も使い勝手は良いがパワー系ばかりで、空中戦がこの中で辛うじて可能なのはねじれしかいなかった。

「ちょ、私もこの間飛べるようになったばかりだよ!戦闘とかぜんぜん……」

「プルスウルトラー!っつって!頑張るしかないだろヒーロー!」

 

 

ぱん、と肩を軽く叩かれ、ねじれは眉をひそめた。ターニャを敵として捕獲する役なんて嫌だなぁと思いながら。

 

「……さっき見えたターニャちゃんの顔……」

 

どこか助けを求めているみたいだったんだもの、と小さく呟きながら。

 

 

 

 

*

 

 

「へーい!全然こっち見てくれないのな!おーいターニャちゃーんっ!?」

「これ……なんか違くない……?」

「うーん……」

 

ターニャの捕獲作戦会議から数分後。地上戦に持ち込もうと飛び出したミリオだったがターニャは全く我関せず。それどころか攻撃もせずにただ宙に浮いているだけだ。

これではこちらも対応が難しい。

 

「本当に敵なのか……?」

そう呟く環。ターニャにも聞こえたのだろう、ぴくりと彼女の肩が動いた。

「!!くるぞ!!」

 

 

ターニャの周囲を浮遊していた瓦礫が一斉に飛来。

狙いは───環だ。

「っねじれる波動!!みんな、退避!」

 

ねじれは瞬時に個性のエネルギー波で瓦礫を打ち砕き、次点に備える。

ターニャは完全に環を狙っており、ミリオには全く視線を向けない。

 

ミリオ以外の全員が物陰に隠れると、再度静止してしまうターニャ。

 

「……ねぇ、やっぱり変だよ。

なんで敵なのに最初ターニャちゃん倒れてたの?なんで個性発動してからもずっと攻撃してこないの?天喰が敵って言った瞬間からいきなり攻撃して、また止まって……」

「波動、でも」

「不思議!どうしても気になるから私、ちょっと行ってくる!」

「あ、おい!」

 

 

 

周りの制止の声を聞かず飛び出したねじれはまだコントロールの拙い個性で空へと飛び出す。

「ターニャちゃん!」

「っ!?」

「あなた本当に敵なの!?違うんじゃないかな!」

 

ねじれはまだ高度が出せない。

まるで怖がるかのように上へ上へと逃げるターニャに追いつくには、まだ足りないものばかりだ。

「つらいことあったら言って欲しいの!私達、ヒーローだから!!」

「……!」

「まだひよっこだけど、でもあなたよりは少しだけお姉さんだから!!」

 

 

 

ターニャは上昇をやめる。

地上では固唾を呑んで見守る生徒達。

俯いていたターニャは泣く寸前のような、そして怒ってるかのような複雑な表情を浮かべていた。

 

 

「……た」

「ん?」

「……た、すけて……!」

「勿論!私達がきたよ、ターニャちゃん!!」

 

 

 

ねじれが全く躊躇すること無くターニャを抱き締めた時、授業終了のアラームが辺りに鳴り響いたのだった。

 

 

 

*

 

 

 

「はーいお疲れ様。それじゃ講評ね。まずターニャちゃんの正体を分かって行動したのかしら、波動さん?」

「ううん!なんかおかしいなーって思ったから!」

「それじゃあ減点ね。ただでさえ混乱した現場、場の一体感を崩すような行動は慎みなさい」

「……はぁ〜い」

 

 

ねじれに抱き締められたままだったターニャは拘束を逃れ、ミッドナイトの側へと。

キリッとした表情は先程浮かべていた年相応の幼子と同一人物とは思えないほど理性的で、生徒の面々は目を白黒させた。

 

 

「いやぁ演技派だったわね、ターニャちゃん。とりあえずあなたの配役を教えて欲しいのだけど」

 

「まだまだ稚拙なものですよ。

私の本当の配役は『個性制御の出来ない幼子』。瓦礫に埋もれるだけの無力な子供でも敵でもありません。

両チームとも間違った情報を与えられた状態で、いかに正解に近い行動が出来るか否かを見たかったそうですが……」

 

「まさかなんとなく、で正解を引き当てちゃうなんてねぇ」

 

 

実際、勘も大切な要素の1つではある。しかしそれに頼り切ってしまうのはあまりに不安要素が多い。

 

「与えられた情報が全てじゃない。常に自分の頭で考え、予測し、仲間と共有・行動しなさい。トップヒーローは身体能力と個性が優秀なだけでは務まらないわよ」

「「はいっ」」

「よし、今日の授業はここまで!」

「「ありがとうございました!」」

 

 

 

授業が終わると、今日のMVPであるターニャに生徒らがわっと近寄る。

「凄い演技力だったよ、騙されたな!」

「個性も凄いね」

「へい!なんでずっと俺を無視してたんだい!」

「……テンションが、ちょっと苦手だったので」

「アチャーー!!」

 

うへぁ、と嫌そうな顔をするターニャと何故か嬉しそうですらあるミリオ。

そっとターニャの後ろからねじれは声をかけた。

 

 

「ねぇねぇ、メリット。あった?」

「ん?」

「授業参加してみて楽しかったー!とか、ターニャちゃんなりのメリット!」

「……まぁ、無いわけでは無かったな」

「そっか!それなら良いんだ〜」

「……」

 

敵役かもしれないターニャに迷わず突っ込んできたねじれ。あっけらかんとして笑っているが、実際の現場だったら生き死にを左右する程の大胆な策だ。

それでも「なにかがおかしい」という理由だけでそこまでしてしまうのは、何事にも興味を持つ彼女だからこそ。全くもって理解不能だ、とターニャは小さく呟く。……その口角がやや上がっていたのには、誰も気付かなかった。

 

 

「それとな、違うぞ」

「ん?」

「私の方がお姉さんだ」

「……んんん……??」

 

 

 

おわり。




更新1ヶ月もサボってごめんなさいでした!
違うんだ、入院してたんだ、なんなら今もしてるんだ!
入院しつつ卒試の勉強しつつ今紅白見ながらギリギリの中慌てて書いております。今日だけ夜中のテレビを許してくれた夜勤さんに感謝!
こちらの短編はアニメ版ヒロアカの愛は地球を救ったり救わなかったりする回のオマージュです。ねじれちゃんめいっぱい出せて楽しかったですが時間に追われて書いたので粗が凄い。後に色々修正します。


それでは、2019年も良いお年をお過ごしください!

今年も幼女ヒロアカちまちま書いてゆきますので応援何卒宜しくお願い致します!



新春イラスト。新コスじゃなくただの制服改変。

【挿絵表示】




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第24話

 

 

 

その日、ターニャに激震が走った。

 

「お願いします……ほんとにお願いします……!一生のお願い……!!」

「目が血走ってるぞお前っ!?」

 

ジリジリとターニャににじり寄る緑谷という普段はあまり見ない構図に、興味を抱いた蛙吹が何事だと近寄った。何も知らない人から見たら完全不審者である。

朝のホームルーム前の教室はまだ人が少ないのが救いか。

 

「なにしてるの緑谷ちゃん?」

「あ、あすいさ……梅雨ちゃん。えっとね、これ」

 

 

差し出されたスマホの画面には、どどんと大きな文字で書かれた広告が掲載されていた。

「オールマイトの限定ミニサイズフィギュアのプレゼント……これ、緑谷ちゃん欲しいの?」

 

「すごく……!!なんと言ってもこのミニサイズフィギュアの凄い所はヤングエイジからオールマイトのコスチュームを全種取り揃えている所なんだ、ブロンズエイジの登場数は短い期間だったしフィギュア化はまさに貴重!しかも監修があの!コスチューム開発をした本人である天才科学者シールド博士なんだよ!!クオリティもさることながらこれはファンとして何がなんでも手に入れッ」

「うるさい」

 

好きなことになると異様に早口になるオタクの脚を容赦なく蹴りあげたターニャは、深くため息をついた。

「……そのフィギュアのプレゼントが、コラボ元である幼児服ブランドの商品を購入した人限定なんだそうだ。しかも転売を防ぐためか10歳未満の子供にしか配布されない」

「あら……それは」

「だからお願いします……!!デグレチャフさん、お金渡すからここでお洋服買って特典のフィギュアを僕に……!!できたら全種……!!」

「必死ね緑谷ちゃん」

 

 

子供限定の何かはヒーローものに限らずそれなりの数存在する。しかしその出来が良すぎるあまりそこに殺到する金だけはある大人も、またそれなりの数存在するのだ。

子供限定ならそれで諦めれば良いものを、コレクター魂が疼いて疼いて仕方が無い彼らは手段を選ばない。緑谷のように。

 

「僕の知り合いに10歳以下の子なんてデグレチャフさんくらいしかいないんだよ!」

「親戚をあたれ!」

「親戚に子供いないんだよーーっ!!」

 

 

過去に見たことの無いほど目をかっ開き絶叫する緑谷にドン引きしているターニャだったが、事情が事情故に協力も出来ない蛙吹は同情するのみだ。

ちなみに蛙吹にも10に達していない兄弟は居るのだが、なんかこの状態の緑谷に自分の家族を引き合わせたくないなとほんのり感じて口を噤んでいる所存である。要領が良い。

 

 

 

「お、なになに緑谷どーしたん?」

「おはよぉ3人とも」

 

時間が迫り、女性陣もぞろぞろと教室に集まってくる。何やら白熱した様子の3人(実質1人)に事情を聞けば、かくかくしかじかと蛙吹が説明役をかって出た。

 

「えーっイイじゃんデグちゃん。お金緑谷が出してくれるんでしょ?ちょうどこれから夏服欲しい時期だしお互いウィンウィン!」

「学生生活の8割は制服で過ごすのに私服なんてそう毎年いらないだろう。あと緑谷が必死に金を押し付けてくる図が素直にキモい」

「えぇ……でもデグちゃん成長期だし多分去年のなんて着れないんじゃ?絵面ヤバいのは同意だけど」

「む、……」

 

絵面がヤバいと言われ地味にダメージを受ける緑谷と、一理あると考え込むターニャ。

正直ターニャの成長速度は亀の如くゆっくりなため去年の服がきつくて着れないなんてことは無いのだが、早く大きくなることを目標に掲げているターニャとしてはそんな事実どうでも良いのであった。

 

「し、しかしだな、私は服装のことなんて全く分からないし……」

「まぁ、ではぜひ私にお洋服を選ばせてくださいな!」

 

いつの間にか登校していた八百万が、目を輝かせてそう提案してきた。

「私ずっとデグレチャフさんに可愛らしいお洋服を着せてみたかったのですわ。前1度お見かけした私服が大変質素だったので勿体ないと思っていたのです」

「普通だろう……!」

「えーっなになに面白そう!私も行きたい!」

「じゃあ今週の日曜日女子みんなで集まるとかどーよ?」

「デグレチャフちゃんのファッションショーだ!」

 

一気に大きくなった話に今更「面倒だから行きたくない」とは言えず、どうしてこうなった……!と頭を抱えるターニャであった。

 

 

 

 

*

 

 

「おや、デクくんは来んの?」

「パトロン君は別件の用事だってさ」

 

週末。例の子供服ブランドが店を構えている巨大ショッピングモールの出入口付近で集合した面々は、初めて見るターニャの私服に「なるほどこれは」と八百万の判断が正しいことを悟った。

 

今時大人顔負けのおしゃれな子供服なんて山ほどあると言うのに、ターニャの服装はシンプルな白いワイシャツにタイトな黒いズボン、黒いバッグ。ジャケットさえ羽織ってしまえばまるで社会人のような出で立ちは、この歳の子供の私服にしては些かフォーマル過ぎる。

 

「……言っておくが私はフリフリしたものは好まんぞ。スカートも却下だ」

「えぇ……」

「何だかターニャさんを連れ出す許可を頂いた際の先生方の晴れた顔の意味が分かってしまいましたわ、私……」

 

ターニャはキッズモデルも裸足で逃げ出すレベルに整っている顔面偏差値を持っているため、さぞ教師陣も地味な服しか着ない彼女を残念に思っていたことだろう。

色々と可愛らしい洋服をプレゼントしようにも、本人がこの様子では箪笥の肥やしになっていることは容易に想像が付く。

 

しかしまぁ、言ってしまえばターニャの中身はファッションにさほど興味のあった訳でもないおっさんである。一応マナーとしてそれなりのスーツをいくつか持っていたが、それもふらっとある程度の高級感を持った店に立ち寄り店員に適当に見繕ってもらっただけのもの。男は女性のように服が沢山無くとも生きていけるのだ。

ターニャの私服が毎回就活生みたいな出で立ちになってしまうのも仕方が無い面もある。

 

「んーまぁフリフリしてなくても可愛い服なんていっぱいあるし!とりあえずれっつごー!」

「おー!」

「……」

 

こうして面倒くさそうなターニャを置いてけぼりに、ターニャの着せ替え人形劇はスタートしたのだった。

 

 

 

 

 

「1着目ー!梅雨ちゃんと私プロデュースだよっ」

「ケロッ」

「可愛いーー!」

 

緑谷の欲しがったフィギュアは全5種。ヤングエイジ、ブロンズエイジ、シルバーエイジ、ゴールデンエイジ、そしてシークレットのスペシャルエイジ。

つまり少なくとも5着は購入しないとフルセット揃わない計算だ。普段そんなセット買いなどしないターニャにとっては結構な苦痛である。

「て、適当にTシャツ5枚とかで良いのだが……!」

「勿体ないなぁ!それにちゃんと要望は聞いてるやん」

「う……」

 

 

麗日と蛙吹が選んだのは、裾が少しだけ長い若草色のトップス。要望通りシンプルで襟と袖の部分に少しだけ花のシルエットがあしらわれており、簡素ながらきちんと女の子らしさを演出している。そしてパンツは明るい色のジーンズで、ポケットにはブランドのロゴマークが刺繍されている。

全体的に初夏を思わせる涼しげな装いだ。

 

 

「フリフリして無いし、シンプルでズボンだよ。はい次ー!」

「次は私と耳郎ね!」

 

芦戸と耳郎が選んだのは、バックリボンがアクセントのポンチョ型トップスにサロペット。ハイウエストに1度絞ってあるため背の小さいターニャでも足が長くスッキリして見える。

「いーねいーね、個性出てる!」

「次誰〜?」

「私と葉隠さんで選んだものはいかがでしょう?」

 

 

次にターニャが着させられたのは、裾が大きく広がったパンツが膝下でスカートのようにふわりと揺れるお嬢様系の1着。ヴェールのように薄いアウターからはボーダー柄が見え隠れし、少し硬い生地のパンツとの対比が目に眩しい。本格的な夏ならば、ここに麦わら帽子をかぶっても似合うだろう。

 

 

「ほんまに何着ても似合うなぁ……!」

「勿体ないね!もっとおしゃれ楽しもうよ〜」

 

 

いぇいいぇいとテンションを上げる葉隠らと、反対にどんどんテンションが下がるターニャ。

フリフリしていなくてズボンで〜なんて要望は1度ヒーローコスチュームの件で学んだためあまり抑止力にはならないだろうとは思っていたが、予想以上に存在する女性服のバリエーションに目が回る勢いだ。

ファッションに詳しくないターニャにはまさに未知の世界。

 

 

「さぁどんどん行こ〜!」

「待て待て待て!もう良いだろう、既に予定数オーバーだぞ!?」

「えぇ?なに言ってるのさ。これから色々着て、そこから良いのを決めるんじゃんデグちゃん」

「腕がなりますわっ」

「……!!?」

 

 

 

女性の買い物、コワイ。

いつの間にか楽しげな店員まで加わったファッションショーはそれから1時間以上も繰り広げられ、ターニャはもう絶対服の購入に女性陣を連れて行かないことを誓った。

そしてこの機会を作った緑谷を呪ったのである。

 

 

 

 

*

 

 

「いや〜、買ったね!」

「可愛らしいお洋服が沢山のブランドでしたわ」

「あのサイズは私達もう着れないからね〜」

「で?緑谷要望のフィギュアは全部揃ったの?」

「……。あ、あぁ?私か?揃ったぞ」

 

7人が予約も無しに入れるレストランなどショッピングモールには無かったため、ぞろぞろと休憩に入ったのはあまり流行って無さそうな喫茶店。

所謂隠れ家的な場所で客数もゼロに近かったため、ようやくターニャは一息つけたのだった。

椅子には服の入った紙袋と別に、オールマイトのフィギュアケースがゴロゴロと入ったビニール袋が地味に存在感を放っている。半透明のため、ちらりと見えるアメリカンフェイスがなんとも厳つい。

 

「私にフィギュアの趣味が無いからかもしれないが、こんなに大量に同じ顔のオールマイトを部屋に並べて暑苦しくは無いのか」

「あはは……まぁそれは人それぞれだしね」

 

暑苦しいに否定はしないらしい。ヒーローの卵とはいえ全員が全員緑谷のようなオールマイト狂という訳では無い。というかあそこまでのそれは中々レアなのでは無いだろうか。

 

ターニャは頼んだホットコーヒーをブラックのまま飲めば、ランチラッシュに勝るとも劣らない素晴らしい芳香にほう、とため息を吐いた。当たりの店だったようだ。

 

 

「そういえば、デグレチャフさんはコーヒーを良くお飲みになってますわよね。お好きなんですの?」

「あぁ、詳しくは無いがな。だがランチラッシュの淹れるコーヒーに慣れると舌が馬鹿になる。自分で淹れたのも自販機のもどうも今一つだ」

「あーわかるよわかるよ。学食美味しすぎて家で食べるお夕飯貧相に感じる」

「麗日は一人暮らしでしょー、仕方なくない?」

「自炊を頑張っているだけ凄いわ」

 

 

コロコロと変わる話題を話半分で聞いていると、八百万が楽しげに笑いだした。

 

「ヤオモモ?」

「あぁ、いえすみません。そういえばこうして皆さんで集まってお話するのって、中々無いと思いまして。毎日一緒にいますのに」

「確かに。ようやく集まったのが学外ってのもおかしな話だ」

「じゃあ定期的にみんなで遊びに来ようよ!女子会しよ女子会!」

「……それに私は含まれているのか」

「当たり前でしょデグちゃん」

「ケロッ」

 

 

女性とはなんとも面倒な生き物である。群れを好み、買い物を好み、新しいものに目がない。

静かな店でコーヒーを啜ることが唯一の趣味なターニャにとって、この後定期的に開催されることとなる女子会とやらは毎度気の進まない思いだった。

唯一良かったことと言えば、気を利かせた八百万がコーヒーの美味しい店を毎度チョイスしてくれたことくらいか。

 

こうして今日もターニャは若干の後悔と共にティーカップを手に取るのだった。

 

 

 

追伸。

緑谷は無事手元に届いたフィギュアに狂喜乱舞し、ターニャに首がもげるほど礼をした。その様を見てしまった爆豪は「クソナード」と吐き捨てたが、今回ばかりは擁護の言葉を持たないA組の面々なのであった。

 

 

 

おわり。




起承転結の無さすぎる日常回、まぁいいんです。息抜き話なので。


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第25話

次回より体育祭編スタート致します。


 

「思い出話?」

「そう、何でもいい。君が嬉しかったことや楽しかったことを教えて欲しいんだ。

人間、辛かったことはいつまでも覚えているけど楽しかったことは存外忘れやすい生き物なんだよ。きちんと思い出してみれば、意外と色々な所に小さな幸福は転がっている」

 

 

 

そうターニャが言われたのは、日本に移住して数ヶ月後のことだった。

怪我の治療と並行して精神状態も最悪だと診断された彼女は、少ない回数ではあるもののカウンセリングに通っていた。

 

 

 

実際の所ターニャの根っこの部分は前世から培われてきた思想で雁字搦めだし、更に存在Xが与えたもうたこの危険極まりない世界で生きていくにはある程度血に塗れる覚悟も出来ている。

存在Xを始めとするターニャの安寧を壊すものは全て敵だ。殺伐とした環境下についこの前までいたターニャの精神状態をカウンセリング如きで解きほぐせるとは到底思えないが、サボればまた校長その他大人達に連行されるため仕方なく通っていた。

 

 

「物心ついた時にはもう施設に売られる寸前だったので、それ以降になりますが」

「当時は3歳だろう?当たり前だよ」

 

カウンセラーは穏やかに言う。……が、彼に全てを話す訳にはいかない。

この目の前にいるカウンセラーはヒーロー資格なんぞ持たない一般人で、オールフォーワンについての守秘義務は適用される側の人間だ。一々例外を作ってしまえば収拾がつかなくなる。

彼に言ってあるのは売られた先の施設で虐待を受けていたため、遠い知り合いの校長が保護し日本に連れてきたという嘘と本当が入り交じった作り話だ。

 

 

そのためオールフォーワンの腹に風穴を開けてやってスカッとしたことなんかを話すのはご法度。やりにくいことこの上ないとターニャは小さく舌打ちした。

この医師の望んでいる回答はそうでは無いのだろう。子供らしい成功談や辛い中で感じた子供達の友情、そんな所。

いやいやむしろ殺し合ってましたとも言えず、そんな美談あるかとため息をついた。

 

 

 

「……楽しいことではありませんが、印象に残っている子どもが、1人」

「友達かい?」

「わかりません」

「お名前は?」

「ソーヤ、と」

 

 

完全に聞く体勢に入った医師は続けて、とターニャに先を促す。

 

「……不思議な奴でした。学も度胸も無い、勇気が無くて弱いんだと言っていた。なのに」

 

傷だらけで、泣きも笑いもしない不気味だったろうターニャに臆さずに話かけてきたソーヤ。殺伐とした施設内で唯一まともに言葉を交わした相手と言っても良いだろう。

 

「……自分はここで1番背が高いからと、少ない食事を私に押し付けてきたり、授業の時はこっそり手を抜いたり」

「優しかったんだね」

「……そう、だったんでしょうか」

 

 

死ぬ間際、ソーヤは『逃げて』と確かに言った。結果彼の死体が出来上がるのを目の前で見る羽目になったが、あれは彼なりの優しさだったのだろうか?

 

───わからない、それがわかるほどターニャはソーヤを知らない。知る前に彼は天へと旅立ってしまった。

 

 

「また嫌なことを考えてる。言っただろう、楽しかったことを教えて欲しいって」

「……」

 

楽しかったこと。

そんなこと、前世を含めわざわざ振り返ったことがあっただろうか。

稚拙な回路をようやっと辿り、出てきた回答はなんとも幼稚なものだった。

 

「……まえに、」

「うん?」

「前に、ソーヤが言っていました。自分の名前は木を伐る道具の名前と同じなんだと。

自分の能力も一緒で、悪用すればそれは人殺しの道具にすらなり得る。けど使い方さえ間違えなければ、巡り巡って人の役に立つことが出来るかもしれないと」

「素敵な話じゃないか」

 

「……だから自分は将来木こりになりたいだなんて言うんです。あんなにヒョロヒョロなのに」

「そっか」

 

 

あんな死と隣合わせな場所で将来の夢を語りだしたかと思いきや、それがまた木こり。

もっと何かあっただろうと言いたくなるそれに、小さな頃読んで貰ったという数少ない絵本の知識しか無いソーヤにとっては、思い付く限りの最高の職なのだと知った。

 

 

……これが今思い出せる精一杯だ。

楽しいばかりの思い出では、無いけれど。

 

 

 

「お話聞かせてくれてありがとう。また次回、サボらずに来ようね」

「サボったことなんてありませんよ。では」

 

 

 

*

 

 

「……あぁ、もしもし。私です。えぇ、今ターニャさんのカウンセリングが終了しました。もうすぐご帰宅されると思いますよ」

 

中々仕事の関係上手が離せないと、カウンセリングで受けたターニャの印象を電話で教えて欲しいと言われた医師。あまり内容を語ろうとしないため、結局毎回診察を終えターニャが部屋を出ていった後校長へ律儀に電話をかけているのだった。

 

 

「はい。今日は珍しいものが見れました。

……大丈夫です。きっと彼女は彼女なりの子供らしさを取り戻せるはずです。

 

……今日、 初めて私の前で笑ってくれたのですよ」

 

 

それは、人を皮肉ったような悪魔の微笑みでは無く。

ふとした拍子に小さく漏れ出た、春の日向のように暖かい笑顔だったのだから。

 

 

 

 

おわり。




やぁやぁ親愛なる同志諸君、ターニャ・デグレチャフです。
平成年号の終了まであと数ヶ月……とその前にあるビッグイベントをお忘れではありますまい?
そう、劇場版幼女戦記の公開が2月8日に迫っているのです。ちょうど1ヶ月前ですね。前売りの購入は済ませましたか?……番宣?いえいえ、こちらはただの二次創作小説。ただの布教の一環でして。
次回、雄英高校体育祭編。
では、また戦場で。




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雄英高校体育祭編
第26話


 

雄英高校体育祭。

それは日本の誇るビッグイベントの1つ。かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。現代では規模も人口も縮小し形骸化し、それに成り代わるようにして盛り上がりを見せているのが我らが雄英体育祭なのだ。

 

元々オリンピック競技はアマチュア主体の祭典だ。そのためプロヒーローの卵が競い合う様がそれに代わるというのも納得。システム上雄英高校の生徒しか出場機会が得られないというデメリットはあるが。

他にも優れたヒーロー科のある高校は存在すると謳っておきながら、オリンピックのメダリストになるためのチャンスすら与えられないのだ、入学をしなかっただけで。

「顔を売る」という意味では最高の舞台である体育祭。他校のよく分からないヒーロー科に在籍し頑張るよりも、1度普通科でも出場のチャンスを得て広く認知されてから転科を狙う方が得策だと考える策士もいるだろう。

 

その「広く認知される」ことがもう嫌な予感しかしないのだが、それは置いておいて。

 

「……代表挨拶、ですか」

「あぁ。お前は入試トップだったからな。お声がかかった」

「……」

「お前がやらないと爆豪になる。お前は半分身内枠みたいなもんだからな、どちらでも良いとのお達しだ」

「では彼に」

「……そうか。分かった」

 

 

職員室。

怪我からの復帰を経て、体育祭への参加が可能とリカバリーガールに太鼓判を押されてしまったため新入生代表としての話が浮上。担任である相澤より打診を受けていたという訳だ。

わざわざお伺いを立てるようなら断ってもペナルティは無いようだし、自ら進んで目立つ役目を受ける義理も無し。

間髪入れずに辞退すれば、半分諦めたように同意するミイラ男だった。

……あぁ、次席は爆豪か。常にトップを目指すと豪語している彼のことだ。私の次に話がいったと知れば大荒れ間違いなしだろう。私の知ったことでは無いがな。

 

「失礼します」

用事は終わっただろう、と踵を返すと、背後から「デグレチャフ」と声がかかった。

 

「何か」

「お前、……いや。分かっているだろうし、いいさ」

「……失礼します」

 

 

 

今度こそ職員室を後にする。

……分かっているよ、体育祭も真面目に取り組まねば除籍だとでも言いたいのだろう?

 

ここ数ヶ月1年A組に籍を置き気付いたことがいくつかある。

まず、個性運用の稚拙さだ。

今やビッグ3とまで言われるようになったねじれ達は、己の個性の弱点までをも個性の1部とし、攻撃の一端として組み込んでいる。

個性は個性のままに、弱点は弱点のままに。それがA組の総じての感想だ。

運用方法だけで見た場合、私のそれには数段及ばないだろう。

しかしそれはある意味仕方が無い面もある。中学生の頃までは個性の使用が公には禁止されていた子供と、渡日して以来ずっと個性の運用方法を学んできた私とではレベルに差が出て当たり前だ。1部爆豪や轟といった例外も存在するが。

 

次に実戦ノウハウの不足。

実戦を想定して武道を嗜む生徒は多い。しかしそれはあくまで武道という規定ルール上での動きであり、実戦とは程遠い。相手がどんな思考をし、次にどんな手を使ってくるか。その場その場の応用力がまだまだ足りない。

まだ身体は付いて行ってないが、緑谷はそこら辺の観察眼に優れているようだ。が、何にせよ思考能力は上等でも戦闘運びが下手ならお話にならないのは当たり前の話だ。

 

なんにせよ、全員まだまだ幼い。

B組の内情は知らないが、あちらも似たり寄ったりだろう。

ある程度目立たず、除籍されるほど酷い順位を取らず、適当な所で敗退する。

うむ、体育祭の大まかな流れを知り対戦相手のレベル感を知った今なら容易いことだろう。

 

代表挨拶も降りた所だし、体力テストの結果は良くともUSJ事件で1番大怪我を負った私に注目する生徒はいまい。主力を除き雑魚しかいなかった敵連合、あんなのにやられるくらいだ。実戦に弱いただ個性が派手な子供程度の認識だろう。

ちょっとくらい手を抜いても周りに気付かれること無くフェードアウト可能だ。

 

───と、サボるつもり満々のターニャだったが、自分と周囲との認識の差を知ることになるのはいつも取り返しのつかない事態になってからなのだった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

体育祭当日。

どこか固い表情を浮かべ登校してきた生徒達。授業とはまた違うため、体育祭への訓練は完全に自主トレーニングとなる。私も全員の訓練内容は把握していないし逆もまた然りだろう。

必要なものだけ持ち待合室へと言葉少なに去っていく彼らはどうやら大なり小なり緊張しているようだった。

 

 

見るからに20個以上はある携帯食をビニール袋に突っ込んだ八百万は、不思議そうにこちらを見て

「デグレチャフさん?行きませんの?」

「あぁ、行く、……」

……その携帯食、自分用なのか。八百万の個性は脂質を使うことになる、それは知っている。しかし胃袋に納めてしまえばすぐに使えるのか?

消化吸収しないと意味が無いのだとしたらその大量の携帯食、今はそれほど重要じゃないんじゃ……と思ったが言わないでおこう。何だか凄い張り切っているし。

 

 

 

着いた控え室では各々が個性の発動確認をしたり緊張を解すため友人と他愛ない話をしたりと取る行動は様々。

魔法瓶にセットしてきた熱々のコーヒーを啜りつつ伸びてきた前髪を弄る。切るのが面倒で伸ばしていたが、そろそろこれも邪魔だな。

 

「みんな準備は出来ているか?もうじき入場だそうだ!」

そう元気に登場したのは委員長の飯田。相澤から引率の任を受けたらしく人一倍張り切っていた。

 

「うわぁいよいよだ……」

「緊張してきたぁ」

生徒がざわつく中、轟が「緑谷」と低い声で呼びかけた。あまりにも冷たいその声に、部屋の空気が一瞬凍る。

 

 

 

「轟くん……何?」

「緑谷。客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」

「えっ……う、ん」

 

ほう、宣戦布告か。若いな。

それで萎縮する相手なら効果的だろうが、ここにいるヒーロー科志望の生徒に何をふっかけようがただの起爆剤にしかならないだろうに。それこそが目的なのかもしれないが。

 

「お前、オールマイトに目ぇ掛けられてるよな。別にそこ詮索するつもりはねぇが……お前には勝つぞ」

「っ……」

 

「クラス最強が宣戦布告かよ……」

「おいおい急に喧嘩腰でどうしたんだよ!直前にやめようぜ」

「仲良しごっこじゃねぇんだ、別にいいだろ」

 

 

 

直後、「お前もな」と言わんばかりに轟から睨まれる。……やれやれ。

緑谷とオールマイトとの師弟関係を知っている生徒は私だけだろう。が、あの2人が仲が良いのは周知の事実。隠すつもりがあるのか無いのか、自分を殊更好いてくれるお気に入りの生徒くらいは知れ渡っていておかしくは無い。

そして、ここのプロヒーローが保護者である私も同じように見られている。全く、贔屓どころか通常よりハードモードな学園生活だというに外野はなんとも勝手である。

緑谷と違って込み入った事情があるためか、口に出さないだけ利口なのかもしれないが。

 

 

「轟くんが何を思って僕に勝つって言ってんのかはわかんないけど……、そりゃ君の方が上だよ。実力なんて大半の人に敵わないと思う。客観的に見ても」

「緑谷もそういうネガティブな事言わない方が……」

「でも!

みんな……本気でトップを狙ってるんだ。最高のヒーローになりたくて、1番を取ろうと本気なんだ。僕だけ……遅れをとるわけにはいかないんだ」

 

 

俯く緑谷は、強く拳を握りしめる。そして真っ直ぐに轟を見据え、しっかりと言い切った。

 

「僕も本気で、獲りに行く」

 

 

 

……まただ。また、あの目。

『君を救いたい』と言い切った、あの理解し難い輝きを秘めたそれ。

今緑谷が言った事はなんら特別な事は無い、負けたくないというただの勝利への欲求。なのにどうして私の心はこんなにもざわめくのだ。

まるで、嫌な予感から逃げ出したいかのように。

 

 

 

控え室の空気がピリッと真剣みを帯びる。

遠くからは既に歓声と、プレゼントマイクの司会進行の声。

 

波乱の体育祭が、始まった。

 

 

 

*

 

 




おまけ。


「……出店、禁止なのか」
「意外と食い意地張ってるわよねあなた……。だぁめ、去年までは生徒じゃないから許可してたけどね。出店地帯の混雑状況って毎年半端ないのよ。昔それで出場時間に間に合わない生徒が多発してからは一律禁止になりました。
代わりに食堂はいつも通り空いてるからそっち行きなさいな」
「……禁止なのか……」



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第27話

幼女戦記映画の放映がスタートしましたね。
公開日ダッシュする予定が卒試だったので断念しました。無念。閣下の大暴れを見るのが非常に楽しみです。



 

 

例年は3年のステージと違って少々盛り上がりに欠ける1、2年ステージ。注目するのは良い個性持ちが居たら声をかけてみよう程度の心づもりのプロヒーロー達と身内、将来仮免試験で競い合うことになるであろう彼らの偵察をする全国のヒーローの卵達。一般人からしたらそこまで興味の対象にならないのが常だ。

しかし、今年の盛り上がりはどうだ。

 

『刮目しろオーディエンス、群がれマスメディア!1年ステージ生徒の入場だ!』

 

 

 わああ!と歓声のシャワーを浴び、その異様と言って良い程の盛り上がりっぷりに一瞬混乱するが、歓声から聞こえた会話に納得がいった。

 

「ラストチャンスに懸ける熱と経験値から成る戦略とかで例年メインは3年ステージだけど今年に限っちゃ1年ステージ大注目だな!」

「敵と入学早々戦ってるの、A組だっけ?」

「ねえ知ってる?今年の1年の中にエンデヴァーの息子がいるって」

「うっそマジで!?」

 

……なるほどな。

ただでさえ有名ヒーローのご子息様がいることで注目度が元々高かった上に、先日の敵連合襲撃事件を死人なしで切り抜けた金の卵達。

そういった箔が一般人の興味関心を誘ったのだろう。

まだ未熟な子供達が強大な敵に立ち向かう……。昔からこの国の連中はそういった手の苦労話が大好物だな、くだらない。

 

『雄英体育祭!!ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る年に1度の大バトル!

どうせてめーらアレだろこいつらだろ!?敵の襲撃を受けたにも拘わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!

ヒーロー科1年!!A組だろぉぉ!!?』

 

プレゼントマイクの煽りを受け、観客のボルテージは上がりっぱなしだ。

 

「ひひひ人がすんごい……」

「大人数に見られる中で最大のパフォーマンスを発揮できるか……これもまたヒーローとしての素養を身につける一環なんだな」

「めっちゃ持ち上げられてんな……なんか緊張すんな爆豪!」

「しねぇよ。ただただアガるわ」

「頑張ろーねデグちゃん!」

「ああ」

「負けませんわ!」

 

『話題性では遅れを取っちゃいるがこっちも実力派揃いだ!ヒーロー科1年B組!

続いて普通科CDE組も出揃った!』

 

サポート科、経営科と次々生徒らが入場するが、正直ヒーロー科より個性も肉体も1歩及ばない人間ばかりなためあまりやる気は感じられない。

毎年最終種目まで残るヒーロー科以外の生徒は1割か良くて2割。大抵が転科を望み個々に努力している人材ばかりだ。

体育祭に価値を見出していない人種にとってモチベーションが上がらないのも道理だろう。私もだが。

 

 

 

「選手宣誓!選手代表1-A、爆豪勝己!」

 

主審のミッドナイトが現れたことにより、ざわつきが多少収まる。

……が、普段1年生とはあまり関わりの無いミッドナイトを初めて見た人も多いらしく、あまりの過激なコスチュームに男性諸君が些か目のやり場に困っているようだった。

肌をみだりに晒すものでは無いのは当たり前だが、彼女の露出は個性を効率的に使うためのもの。八百万の理由と同じだ。

 

ミッドナイトに促され不機嫌そうに登壇した爆豪は、A組近辺───特に私や緑谷、そして先程啖呵をきった轟をギロリと睨み付け

「センセー。俺が1位になる」

と言い放った。

 

凄まじいまでのプライド、自尊心。

ヒーローになりたいとか世のため人のためとか、そんな気色悪い御託は一切無し。

自分が勝ちたいから、絶対に勝つ。

 

……良いね、良いよ爆豪。

己の欲望になんて忠実なんだ。

そして何より入学当初あった見下したような目を一切していない。きちんとこちらを敵として、ライバルとして認識した上での発言だ。

良いじゃないか15歳。若く青いが成長も早ければ向上心も強い。真に結構なことだ。

 

大ブーイングが巻き起こる中、1人拍手を贈ってやる。

……あまりに騒がしかったせいで、こちらを睨んでいた爆豪と隣の緑谷くらいしか気付いた様子も無かったが。

 

「で、デグレチャフさん?」

「なんだ緑谷。実に結構じゃないか。皆がトップを狙っているんだろう?君も言っていたろう。それを言葉に出しただけだ、彼は」

「た、確かにかっちゃんは自分を追い込んでる……んだと思うけど、僕らを巻き込んでるのがかっちゃんぽいっていうか……。非難の目がA組全体に……」

「元々注目度が高いのに変わりはないよ」

「……そうだね、頑張ろう!」

 

 

「第一種目はいわゆる予選!毎年ここで多くの者がティアドリンク、涙を飲むわ!

───さて運命の第一種目、今年は障害物競走!

計11クラス全員参加のレースよ。コースはこのスタジアムの外周約4km。

我が校は自由さが売り文句!コースを守れば何をしたって構わないわ」

 

 

毎年一気に数を減らす第1種目。

その数は毎年若干の誤差はあれど大抵40位程度まで絞られる。そのため実質ヒーロー科以外のふるい落としに他ならない。

第2種目からは危険度が段違いに上がるため、下手な温情は大怪我を生むからだ。

 

───さて。

 

「……20位程度で良いか」

 

 

 

「さぁさぁ!位置につきまくりなさい」

 

スタートゲートは非常に狭い。

最初の位置取りが悪いと命取りになるな、これは。

 

「用意は良いかしら!?

それじゃ……スタート!!」

 

ふむ。適度に頑張ってやるとしようか?

 

 

 

*



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第28話

映画幼女戦記見てきました。あの爆裂音超良かったですね。今日もばっくれっつ〜
詳しい感想とか雑談を活動報告に書いてたりするので、気になる方はそちらより。




 

 

「───はい。ですので今年の第1種目は障害物競走。ロボ・インフェルノ、ザ・フォール、地雷原を考えています」

書類を配り終えた相澤がそう淡々と報告をすると、会議室には反対派の教師が次々に声を上げた。

 

 

「本気ですか?特定の生徒……いえ、もうはっきり言います。その内容はターニャさんに分が良すぎる。あまりに不公平ではないですか?」

「彼女に重りでも付けますか。1人にだけハンデを強要するのはそれこそ不公平では」

 

遡ること数週間前。

体育祭の競技決めに教師達は難航していた。

 

 

「けど、ターニャさんは事情があるとはいえ雄英がバックに付いています。それは公言してはいませんが生徒達には周知の事実でしょう。

あまりに彼女に有利な競技内容だと、八百長を疑われる可能性が……」

「ただの生徒なら運が良かったで済ませられる所が、身内ゆえに疑惑の目に晒されてしまうのも可哀想だ」

 

問題はターニャ・デグレチャフについて。

グラウンドで行う雄英体育祭において、彼女のアドバンテージは計り知れない。

室内戦ならまた話は変わっただろうが、それでは体育祭の趣旨とは異なってくる。

 

 

「ではどうしろと。どんな競技にしろ得意不得意は個性により存在していきます。全員に平等で勝ち目のある競技内容なんてこの個性社会じゃ実現不可能です」

「入試もウチはそういうスタンスだしなぁ……仕方が無いか」

 

とりあえずターニャに情報漏洩があった等と足を引っ張るようなデマが流れないようにガッチリと対処することを決め、煮え切らないまま会議は終了した。

 

「……デグレチャフは、いつも目立たないように平均値を狙って過ごすきらいがある。きっと今回もそうでしょう。トップを取れる力があるのに頑張らないのは、頑張っている生徒達への侮辱に等しい」

「相澤……」

「圧倒的有利な状況。少しでも手を抜けばバレバレ。やるしかない。そこまで追い詰めてようやく奴はやる気になるんですよ」

 

たった数ヶ月過ごしただけの相澤だが、オールマイトからの断片的な話とを繋ぎ合わせターニャのプロファイリングは大方済ませた。

 

 

施設での虐待という辛い過去により雄英に引き取られ、ヒーローとして育てられた哀れな子供。

本人にその意志は無くともここはヒーローを育成するための学校だ。唯一の保護者から期待されヒーロー科に放り込まれれば最大限頑張るか思いっきりグレるのが常……だが、彼女は強すぎて、賢すぎた。

自分の有用性と自分の意志との間で揺れ動いているのだろう『間を取る』選択。実に中途半端で舐め腐っている。

目立つことに過去のトラウマが関係しているのかもしれないが、知ったことか。

 

やるなら本気で。やらないなら出ていけ。

それが相澤の教育方針だ。

 

 

 

 

*

 

 

 

やられた。

やられた、クソが……!

 

「どうしてこうなった……っ!」

 

人波に流されたことにしつつ、やや後方からスタートした私が見た光景は目を疑うものだった。

 

巨大ロボットだと!?入試で私が無双したのを忘れたのかここの教員共は!

既に早い一部の生徒は第2関門へと進んでいるようで、流れてくる解説もテレビに映っているだろう映像も先頭集団ばかりだ。

予定通り……といきたいところだが。

 

「第2関門がただの綱渡り……なんなんだこの出来レースは」

 

あまりにも私にとって有利すぎる。まるで1位を取れと言わんばかりのヌルゲーだ。

敵が襲撃して来て頭までやられたか、ここの教員は。

 

 

 

───そこまで考え、ふと代表挨拶を頼まれた際の相澤の様子が脳裏に過ぎった。

 

『デグレチャフ。お前、……いや。分かっているだろうし、いいさ』

『……失礼します』

 

あの一瞬の間、相澤はヒントを出していたのだ。

私は手を抜くなという忠告だろうと、ヒーロー科が多くゴールする中間ラインを目標順位としていた。本来それですら全体からしたら良い順位、次へと確実に進める素晴らしい成績なのだ。

それならば他のヒーロー科の生徒もいる中で「手を抜くな」とは言えまいと。

 

 

しかし、しかしだ。

手を抜きたくてもどうせ抜けないだろうから、言葉での忠告をするのを止めたのだとしたら。

 

───ここまでお膳立てして貰って、トップを取らなかったら。

私の個性は生徒間にもバレている。こんな好条件で中途半端な順位を取れば、教員どころか生徒にさえ手抜きがバレバレな事態に陥るだろう。

 

「あんの策士めっ……!」

 

手を抜いたら除籍。

言い訳を与える隙は一切無し。トップを狙っていない私を、他の生徒と同じ土俵に立たせるためにわざとこの競技内容にしたのだ、あいつは。

 

「どいつもこいつも1位1位と……!」

 

2位じゃ駄目なんでしょうかっ!!

某政治家の二番煎じを呟きながら、最大出力で個性を発動させる。

先頭集団はもうかなり先、もう少しで最終関門に届く程らしい。

ギリギリだな……!

 

「……主よ、我に金の翼を授け給え。この大空の元、その御力を顕現せんッ」

 

 

良いだろう、乗ってみせよう!

例年通りなら第2種目は団体戦かそれに近しい何か!ワンマンでの活躍など出来はしないのだからそこで実力が発揮出来なくとも不思議では無い。

表彰台に登らないようにする方法などいくらでもあるのだッッ!!

残念だったな、相澤!

 

 

*




人はこれをフラグと言う。


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第29話

お久しぶりです。
更新サボってごめんなさい。色々告知があるので後書きと活動報告にて。



爆豪勝己side

 

生まれて初めての挫折は、入試の結果を見た時だ。

勿論、合格。完膚なきまでにクソ敵をぶっ潰し、トップで合格する───はずだった。

 

 

『合格おめでとう爆豪少年!素晴らしい才能と巡り会えたこと、本当に嬉しく思うよ!』

 

教師として赴任することになったオールマイトからの合格通知。耳当たりの良い言葉で飾ろうと、背後のモニターに映る俺の名前の横に記載されていたのは2位。

一瞬しか映らなかったが間違いねぇ。

俺は、負けたんだ。

 

 

入学してからも胸糞悪い結果が続いた。

個性の関係上仕方が無いとはいえ推薦組と入試1位の奴に負けた。

初めての戦闘訓練じゃ初めて敵わないんじゃとすら思う相手がいることを知った。───道端の石ころだったデクですら、すぐそこに迫っていたことも。

だからここで、ここから俺は1位になる。

 

初めての挫折は、確実に俺の糧となった。

───はずだった。

 

 

「……なんであのチビは先頭にいねぇんだ……ッ!」

 

俺より今は強ぇ、あの金髪のチビ。

それはもう百も承知だった。だから奴に挑むつもりでこの体育祭に賭けた。

……なのに、なのにッ!!

 

『おっと先頭集団、早くも最終関門!

首位争いは両者とも1-A、爆豪勝己と轟焦凍!!こりゃあ熱戦だ!』

 

「よそ見とは余裕だな爆豪っ!」

「うるせぇ!!」

 

こんな障害物、あのチビにとっちゃ障害でも何でもねぇ。空を自在に飛翔してみせる奴には有利すぎる内容。爆発力はあれど持続力に欠ける俺は個性面で奴の背中を追う覚悟を持って飛び出した。

本戦に向けての体力温存?いや、奴の個性には持続力の面でのデメリットは無いはずだ。隠しているだけかも知れねぇが、少なくとも実戦訓練中へばってる様子は見かけたことがねぇ。

 

 

「舐めプしやがって……!!」

───クソが!あのチビは本戦で絶対ボコボコにしてやる……!!

 

 

瞬間、背後で爆音。

「ッ!!?」

 

わっと会場が沸き司会進行のプレゼントマイクが何か言いやがるが俺の耳にはそんなものは届かなかった。

「デク……!!」

 

地雷をかき集めて俺のターボを真似しやがったのか、あの野郎……!!

想定外に吹っ飛んだデクは俺と半分野郎を軽々と越え、首位に立った。

 

「まずい、」

「俺の前を、行くんじゃねぇ!!」

 

半分野郎は戦法を変更、後続を作るが1番早い氷の道を形成。しかし焦りが出たのか個性発動とデクに意識が行き若干スピードダウンしている。

デクは失速。当たり前だ、あれは個性でもなんでもない、ただ地雷の威力を借りただけのモンだ。

ここで俺が前に出れば、1位!いけるッ……!

 

「っらぁ!!」

「!!?」

 

失速したデクはあろうことか俺らを足場に再度地雷を爆破させやがった。

爆発の威力で俺らは後退、デクは地雷原を抜けゴールまで一直線だ。

 

あ、のやろう……ッッ!

 

また個性使わず俺の前を行きやがった!個性を使い全力のはずの俺を!!

───足りねぇ!

研鑽の時間が、まだまだ全然俺には足りてねぇ!!

考えろ、デクにあって俺に無いものはなんだ!

考察力?ひらめき?

否、どれをとっても結局それを動かすのは己の身体。そこのレベル差が顕著にあるはずのデクにどんな頭脳があろうと関係ないはずだ。

ただのクソナードからここに至るまでに必要なもう1つのファクター。それは一体……

 

 

「競技中だと言うに考え事とは余裕だな?」

「!!」

 

金色。

場違いな程に輝くその髪に、もう1人の脅威をいつの間にか失念していたことに気付く。

 

……完全に油断していた……!!

 

 

デクの後を追うようにしてゴールへと飛び去っていったチビに、怒りが込み上げる。

舐めプして、散々煽って俺を越して行きやがった、あのチビ……!!

 

「くっそがああああああ!!!!」

 

 

俺のトップへの研鑽は、4位からのスタートとなったのだった。

 

 

*

 

 

 




無事卒業、就職しましたしあろです。
その間に原稿して原稿して原稿してたらいつの間にかこんな時期に。いやはや申し訳ない。

かなり前に言っていた通り今週の三連休中にあるイベントにお詫びも兼ねて幼女ヒロアカの無配も持っていきたい(しかしまだ白い)と思っているので、腐女子イベントに嫌悪感が無い!私に会いたい!(皆無)みたいな物好きさんがいればぜひふらっと持ってってください。他の頒布物はボーイがラブラブしてるやつもありますのでマジ注意です。

内容はイラストと短編小説です。
イラストは閣下の新衣装先行お披露目になります。短編小説は時期ネタなのでおそらくweb公開はしません。いやまだ書き終わってすらないんですが。

ということで告知でした。
興味がある方は活動報告にてイベントの詳細乗せてあるのでそちらをば。


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