欠陥だらけの最前線 (緋寺)
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本編
欠陥(バグ)を持つ艦娘


初投稿です。よろしくお願いします。


この世界に生まれ落ちた時、私は海の上にいた。

世界の知識は殆どない。頭の中もぼんやりしている。今の自分が何者であるか、元々の自分が()()であったか、何もわからない。

海に浸かった身体は動かない。動かし方もわからない。

 

「おい、大丈夫か?」

「う……」

 

誰かに声をかけられた。それに反応したが、言葉もまともに出せなかった。産まれたばかりの私は、言葉の使い方もわからなかった。

 

「お、意識はあるか。……こりゃドロップ艦だな」

 

声のする方、声をかけてくれた人の顔へ目をやる。犬や猫の耳のような形状の何かを頭に浮かべた、眼帯の女性。何を言っているかは今の私には理解できなかったが、直感的に、この人は私と同じ()()だと思った。

 

「このままにしてたらマズいな。よし、なるべく揺れないように運んでやるから、ちょっと我慢してろよ」

 

海から引き上げられ、抱きかかえられた。ほんの少しだけ動いた手が女性の身体に触れたら、一際強く抱きしめてくれた。女性の温もりがとても強く感じられる。安心して身を任せられた。

 

 

 

スピードが出ているものの、周りの風景があまり変わらない。私は相当沖にいたらしい。女性の向かう先に辿り着くまで、少し時間がありそうだ。

その間に、頭の中が少しずつ鮮明になってきた。この世界に馴染んできたのだろうか。自分が何者であるか、元々何物であったか思い出して来た。

私は元々は(ふね)だった。その時の名は……朝潮。朝潮型駆逐艦の一番艦、朝潮。海軍に所属する駆逐艦として、戦場を駆けた艦艇だった。

その戦いの最中、私は……戦死した。物である私が死ぬというのは間違っているかもしれないが、あれは艦としての死。爆撃を受け、海の底へと沈んだのだ。二度と上がれない、深い深い底へ。

 

だが今、私はここにいる。(ふね)ではない、人間(ひと)の形で。

 

この世界がどのように構築されているかはわからないが、どうやら艦が人間の形で第二の生を受ける場合があるようだ。

今の私は艦娘(かんむす)というモノらしい。産まれたときから艦由来の戦闘能力を持ち、敵を倒す力を持つ娘。敵というのはまだわからないが、私はこの世界を敵から守るために生まれ変わったのだろう。私を抱きかかえてくれている、この女性も。

 

「あの……」

 

今度はちゃんと言葉が出た。時間が経つにつれ、私は人間としての極一般的な能力を身につけてきている。少しだけ、手にも力が入った。

 

「なんだ、どうかしたか?」

 

女性は笑顔で目を見てくれる。今度は何を言っているかも理解できた。

 

「ありが……とう……ございます……」

「すごいな、もう言葉が出せるのか。目覚めて間もないからもっと意識が朦朧としてるもんだと思ってたぜ。オレもそうだったしな」

 

そういうものなのか、と1人納得する。考えてみれば、今まで無機物で意思もない艦が、人間となっているのだ。そもそも、()()()という行為自体が初めての事である。うまく出来なくて当然だ。

 

「あなたは……」

「オレか? オレは天龍。天龍型軽巡洋艦、一番艦の天龍だ」

 

私の手に力が入ったことに気付くと、女性……天龍さんは一気にスピードを上げた。今までは私を気遣ってくれていたのだろう。このスピードは朦朧とした意識では少し辛い。今ならこちらからも抱きついていられる。振り落とされることは無いだろう。

風景が目まぐるしく変わり、遠くに島が見えた。あそこが天龍さんの向かう先なのだろう。

 

「こちら天龍、ドロップ艦を保護した。開けてくれ」

 

誰かに声をかけ、スピードを落とす。そろそろ到着なのだろう。そこで安心したのか、私はそのまま眠りについた。

 

 

 

次に目を覚ました時には、身体の動かし方を理解していた。

しっかりと足で地を踏みしめ、2本の脚で歩く。艦であった時には絶対に出来ないことを私はしている。生まれ変わったことを、改めて実感した。

 

「お疲れ様でした。ドックで艦娘としての在り方がしっかりと身に付いたようですね」

「はい、不思議な感覚ですけど、ちゃんと歩けます。この調子なら、戦闘も大丈夫です」

「……それはよかった。では、提督の元へと参りましょう」

 

歩く私の姿を見ながら、眼鏡の女性、大淀さんが書類を片手に付き添ってくれている。

私は海上に突然現れる艦娘、通称『ドロップ艦』と呼ばれるモノであり、鎮守府が意図的に建造した艦娘ではない。そのため、鎮守府に保護された後、休息中に現代の知識をインプットされ、戦力としての基礎、人間としての基礎を身体に覚えさせられた。睡眠学習というものらしいが、眠っている内にそれが終わっているのだから、現代の技術というのはすごい。私が艦の時代ではありえない技術だ。

 

「大淀です。朝潮、面会に参りました」

「あいよー。入ってくれ」

 

大淀さんの言葉に返す声を聞き、少し拍子抜けした。司令官なのだから威厳のある声が返ってくるものだと思っていたが、何処にでもいそうな中年男性の声。いや、声から相手を判断してはいけない。その姿を見たら、慄いてしまうかもしれない。

意を決して、執務室へと入った。

 

「君がドロップ艦の朝潮君だね。私がこの鎮守府の司令官、加藤(かとう)明夫(あきお)だよ。階級は准将、よろしく」

 

やはり判断しないで正解だった。声の通り中年男性だが、現れたのは、筋骨隆々な中年男性。司令官としての正装をしているのだろうが、サイズが合っていないのではと思うほど、筋肉を主張していた。

立ち上がるとその身長にも驚かされた。私自身、おそらく普通より小さい背格好だと思うが、その私が見上げるほどの大男だった。

 

「く、駆逐艦、朝潮ですっ」

「提督、朝潮さんが怖がってますよ」

「そうかい? ただ緊張してるだけなんじゃないの?」

 

声が上擦ってしまったのがとても恥ずかしい。

加藤司令官と大淀さんの言うことは、どちらも正解だった。初めて司令官と会うと言うことで緊張もしていたし、出てきた人が想定外の大男だったことで恐怖を感じたのも事実だった。艦としての装備、艤装を持たない自分など、この人にとっては虫を潰すのも同然なのではなかろうか。

 

「大淀君、例の件はもう話してあるのかな?」

「いえ、まだ。提督の口から伝えるのが良いかと思いまして」

 

例の件?

私の進退に影響する事なのだろうか。配属先が決まったとか、そういったことだと嬉しい。

 

「まずは悪い知らせからにしよう。朝潮君、君は艦娘発生行程において、欠陥(バグ)が発見された」

「……え?」

 

言っている意味がわからなかった。

私に欠陥がある?

艦娘として第二の生を受け、艦娘としての在り方を教えられ、今まさに道を歩こうとしたところに、この知らせ。一瞬、頭が真っ白になった。

 

「ど、どういう……ことでしょうか」

「艦娘はどのように発生するかは、わかるかい?」

「私達のようなドロップ艦は……海上に突如として現れるとしか……」

「ならそこからだね。落ち着いて聞いてほしい」

 

ここから、加藤司令官は話してくれた。私を落ち着かせるように、穏やかに、時間をかけて。

 

艦娘というのは、海に眠る艦の魂から一部を譲渡され、それを肉体(うつわ)に入れる事により、艦の記憶を持った人間、つまり私達のような存在として発生する。ここは人為的でも自然発生でも変わらない。

魂というものは変わらない。そのため、いくら譲渡されても本質は変わらず、何人もの同じ艦娘が発生しても、思考に関しては()()()()()()まったくの同一人物となるらしい。

問題は肉体(うつわ)だった。

肉体(うつわ)は魂1種類に対し、必ず1つの適した形状が存在する。魂が朝潮であるならば、形状も全員、寸分違わず今の私と同じ姿になるそうだ。

鎮守府で建造された艦娘は、肉体(うつわ)を小さな人型作業員、妖精さんの力を借りて、確実に戦えるものとして造られる。つまり、建造された艦娘は余程の事がない限り、まったく同じものになる。欠陥なと起こるはずがない。

しかし、今回の私のようなドロップ艦に妖精さんはいない。力を借りることができず、肉体(うつわ)も魂から作り上げられている。本来ならば、それは妖精さんの力を借りたものと同じ、適した形状であるはずなのだが、極々稀に欠陥が発生してしまう……らしい。

正直、気が気でないので正確に聞けているかもわからない。

 

「君に発生した欠陥(バグ)は、主砲接続不備と、魚雷接続不備。つまり、主砲と魚雷を装備することができない」

「主砲と魚雷を……ですか」

「ああ。本来なら君は12.7cm連装砲と61cm四連装魚雷を持ってきているはずだったが、それを持っていなかった。手ぶらだったね」

 

言われてみればそうである。艦娘は発生した直後から何らかの装備をしているらしいが、私にはそれが無かった。主砲を持っていないことに違和感が無かった。魚雷を装填していないことに違和感が無かった。

 

「しかし、だ。主砲と魚雷が装備できない程度なら、問題なく君は戦える。高角砲で敵艦載機を撃墜することだってできるし、爆雷で潜水艦を倒すことだってできるんだ。それはいいかな?」

「はい……」

「ただ、お偉方というものは、一部の欠陥すら許さない。その欠陥が敗北に繋がる可能性が少しでもあると考えている。本来ならば、欠陥が見つかった艦娘は即解体だろう」

 

解体。

言葉を聞いただけで身体が竦み上がった。戦場で散るよりも辛い、味方側からの死刑宣告。終戦後ならば仕方ないと割り切れる。だが戦時中ならば話は別だ。まだ戦えるのに、未練を残し、志半ばで味方に討たれる。ただでさえ産まれたばかりだ。それだけは嫌だと、艦の魂が叫ぶようだった。

 

「せっかく産まれた艦娘達を、己が都合で即解体なぞ、国が許しても私は許さん。命をなんだと思っとるんだお偉方は。こんなに可愛い子供達を兵器としか見られないなんて、荒んでると思わないかね」

「提督、話が逸れています。それに、朝潮さんが解体という言葉で怯え始めています」

 

おそらく今の私は泣きそうな顔をしているだろう。こんなに早く、涙を知りたくは無かった。

 

「っと、すまない、話を戻そう。ここで今度はいい知らせだ。ここは、欠陥持ちの艦娘()()を運用する鎮守府なんだ」

「……へ?」

 

今度は素っ頓狂な声が出てしまった。上擦るより恥ずかしい。

 

「私はそういう欠陥持ちの艦娘を引き取っている。何が欠陥(バグ)だ。そんなもの、運用の仕方がわからない無能の言葉さ。別の部分を特化するだけで、その娘は通常より戦える。見殺しになんてしないさ私は」

「代わりに欠陥(バグ)の無い艦娘はまったく回されませんけど」

「一向に構わん! 私の艦娘達はそれ以上の戦果を挙げているし、皆健やかに育っている! 私の宝だ! 絶対に死なせんぞ!」

 

巨体を震わせながら熱弁する加藤司令官。外見は恐ろしい部分もあるが、とても優しい人物であることが手に取るようにわかる。

 

「ここまで言えばわかると思うが、朝潮君、君をこの鎮守府に迎え入れたい。どうだろうか」

 

加藤司令官は私に問いかけて来た。

考えるまでも無かった。

 

「是非、この鎮守府に置いてください」

「そうかいそうかい! ではよろしく頼むよ朝潮君!」

 

豪快な笑顔で私の配属を喜んでくれている。欠陥があるという私を快く受け入れてくれたことは、私も嬉しい。

 

「提督……今のは殆ど脅しですよ。配属しなければ解体と言っているようなものです」

「私にそんな気はさらさら無いんだが」

「はぁ……相変わらず言葉選びが悪い」

 

……思い返してみれば、逃げ道のない問いかけだった。あの状況下で、配属を拒む艦娘がいるのだろうか。余程戦いたくないか、欠陥を持っているという現状に絶望したか。

だが、私が首を縦に振ったのは、脅されたからでも死を恐怖したからでもない。ここでなら戦っていけると確信できたから。そして、加藤司令官の人柄に惚れたからだ。部下である艦娘を宝とまで言った人だ。本当に大切にしてくれるのだろう。

 

「私は生きたいから配属を志願したわけではありません。私は、司令官の下でなら戦えると思ったから志願しました。これから、よろしくお願いします」

「聞いたかね大淀君。この娘は自分の意思で配属を決めたんだ。これは祝い事の準備をせねば!」

「……わかりました、わかりましたよ。朝潮さん、配属を心より感謝します」

 

ため息を吐く大淀さんも、言葉とは裏腹に笑顔だった。私を拾ってくれた天龍さんも、同じように笑顔だったことを思い出す。

この鎮守府は皆こんな感じなんだろうか。それなら……私はここでやっていけそうだ。

 

私、欠陥艦娘の朝潮の人生は、ここから始まったのだ。

 




1話目では、独自設定の半分を設定させていただきました。まだ鎮守府がどういうところかを書けていませんね。そちらは次回で。それでは。


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欠陥(バグ)を持つ仲間達

昨日に続き、連投になります。ものすごく筆が乗りました。


司令官は祝い事があると度々宴会を開こうとするらしく、大淀さんが頭を抱えていた。今回は私、朝潮の新規配属ということで渋々OKを出していたようだが、それでも胃がキリキリと痛むようだ。

 

「なんか、その……すみません」

「いえ、朝潮さんが悪いわけではありません。歓迎会を開くのは問題ないです。問題は、その規模です」

 

鎮守府の方針的に新規配属というのは稀であり(欠陥(バグ)持ちの生成確率から考えれば当然なのだが)、司令官は新しく仲間が増えると一段と陽気になるらしい。私が配属を決めたときの喜び方から、それは容易に想像できた。

宴会とはいえ、鎮守府の艦娘全員と顔を合わせられるのは好都合だ。1人1人挨拶に回るのは時間もかかるだろうし、何より相手にも都合がある。大きいにしろ小さいにしろ、集まる場はありがたい。

 

「どうにかどんちゃん騒ぎだけは押さえ込んでみせます。今晩開くと思うので、朝潮さんはそれまで自由時間です。鎮守府の散策などしてみては如何ですか?」

「そうですね。配属されたばかりでここがどういうところかもわかっていませんし、そうさせてもらいます。……あ、そうだ。天龍さん、天龍さんにお会いできれば」

 

助けてくれたお礼を改めて言いたい。あのまま放置されていたら、ここへの配属は愚か、艦娘としての第二の人生を歩むことすらできなかったかもしれない。

まず私は天龍さんに会いたかった。

 

「天龍さんは……今日は非番ですね。部屋にいるか、談話室にいるかだと思います。はい、これは鎮守府の地図です」

 

渡された紙は簡易的に鎮守府の全貌が書かれた地図。

大きな3階建の鎮守府は、北側と南側で施設を分けて設置されていた。

南側はほぼ全てが艦娘のための宿舎とされており、本日中に私の部屋も充てがわれる。空き部屋もそれなりにあることから、やはり鎮守府の規模としては小さい方なのだろう。

北側は先程大淀さんが言った談話室を始め、大食堂や大浴場などの複数人で使用する施設が固められていた。作戦会議室や入渠ドックなどの鎮守府本来の作戦目的の施設もこちら側。

プライベートは南側、艦隊運営と集団生活は北側と振り分けられているのだろう。

地図を眺めていて、私は一つ気付いた。

 

「建造ドックは無いんですね」

「はい、提督の方針上、我が鎮守府では艦娘の建造を行いません。ドロップ艦の睡眠学習は入渠ドックでもできますし」

 

実際、私はここに連れられたとき、入渠ドックでの休息で艦娘としての在り方を覚えることができた。建造ドックが無ければ出来ないということではない。

 

「談話室は2階ですね。地図を見ればわかると思いますが、大丈夫ですか?」

「はい。大きいですけど作りは簡単みたいですし、1人で行ってみます。ありがとうございました」

 

大淀さんと別れ、私は談話室へと向かった。後ろから宴会の小規模化に向けての怒号が聞こえ始めたが、気にしないでおこう。

 

 

 

地図を見ながらだとすぐに談話室に辿り着くことができた。机と椅子がいくつか並べられ、お茶を淹れるための給湯施設が設置された少し広い部屋だ。

部屋の前に着くと、確かに中から天龍さんの声が聞こえた。他にも何人かいるらしい。初めて会う艦娘には少し緊張するが、これから仲間として共に生活することになる相手だ。おそるおそる談話室の中へ入る。

 

「ん? おっ、お前あの時の朝潮か!」

 

最初に気付いてくれたのは天龍さんだった。出入り口に向かって身体を向けていたのだから、最初に気付くのは当然か。

 

「はい、天龍さん、拾っていただいてありがとうございました。お礼が言いたくて」

「そんなに改まらなくてもいいぜ。で、休息が終わったってんなら、配属先は今決めてるところか? 少しの間はここで生活になるだろうが……」

「いえ、私はこの鎮守府に配属する事になりました。今後もよろしくお願いします」

 

配属すると言った途端、他の方々も一斉に振り向く。そんなに稀な事なのだろうか、皆驚いた表情を向けてきた。天龍さんもだ。

 

「マジかよ! お前どこがダメだったんだ?」

「主砲と魚雷が装備できないそうです」

「だからオレが拾ったとき何も装備してなかったんだな」

「それ、ボクと同じだねっ」

 

すぐさま立ち上がって私に近づいてきた艦娘。明るい金髪を2つに結んだ、私と同じくらいの背格好の人。

 

「ボクは睦月型駆逐艦五番艦、皐月だよ! よろしくね」

「よろしくお願いします。朝潮型駆逐艦一番艦の朝潮です」

「えっ、いちばん!? 今一番って言った!?」

 

今度は天龍さんの隣にいたカチューシャを付けた艦娘が立ち上がる。皐月さんよりは大きいが、天龍さんよりは小さい。この人も駆逐艦だろうか。

 

「あたし、白露型駆逐艦の一番艦、白露。いっちばーん!な駆逐艦目指してるよ。よろしく!」

「ちなみにこいつは高角砲が装備できない上に、駆逐艦だけどタービン周りの欠陥(バグ)で低速になっちまってる」

「低速でも主砲があればいいもんねー。遠くからでも急所を撃ち抜けば終わり。あたしの勝ち。あたしがいっちばーん!」

 

指を高らかに上げる。白露さんは一番へのこだわりがすごい人のようだ。一番艦だからだろうか。それなら私もだが。

 

「それに、対空はみんなに任せていいんでしょ?」

「勿論! ボクは対空特化だからね! 朝潮もボクと同じ感じに鍛えられるんじゃない?」

 

対空特化。私の欠陥の事を聞いた時に司令官も言っていた。対空砲火で敵艦載機の撃墜は可能と。

対空特化が複数人いれば、敵空母と戦う事になった時に非常に有利になるだろう。今は皐月さんだけかもしれないが、そこに私が加われば、艦載機を全て撃墜することも可能かもしれない。

 

「対空特化ですか……いいですね」

「でも対空特化だと天龍先生のスパルタ訓練もあるんでしょー? あたし、あれ結構キツイと思うんだよね。遠目から見てても」

「キツくねぇよ。なぁ皐月?」

「……」

「なんか言えよ!」

 

自分の欠陥(バグ)を表に出されてから、まだたった数分の事ではあるが、私は自分のこれからの在り方について考えていた。主砲と魚雷が装備できないとなると、自然とやれることは限られてくる。そのやれることで、自分の持ち味を作っていかなくてはいけない。

ただ、目指せる場所は無数にあった。やれないのは駆逐艦としてのごく一部。司令官の言葉を借りるなら、別の部分を特化するだけで通常以上に戦えるはずだ。勿論、そうなるためには通常以上の努力も必要なのだろうが。

 

「まだ保留中にしておきます。まだ配属されて1日も経っていませんし、司令官の指示もあるかもしれませんし」

「まぁよーく考えておいた方がいいよ。どの訓練もスパルタ極まってるから。主砲訓練もヤバいんだよねぇ」

 

ケラケラ笑いながら白露さんが言う。やはり一点特化というのはスパルタから生まれるのか。それを乗り越えたことで、こんなに明るく振る舞えるのかもしれない。ほんの少し不安を覚えた。

その少しの感情変化を感じ取ったのが、天龍さんに頭を撫でられた。

 

「不安になるのはわかるが、大丈夫だ。心配すんな」

「天龍さん……」

「ぶっ壊れるまで訓練なんてしないし、それは提督が絶対に許さない。わかるだろ、あの人の人柄」

 

あの少しの時間で痛いほどわかっている。あの司令官は私達が潰れないようにずっと気にかけているのだろう。欠陥を持っているという事実があるため、普通の艦娘と比べて、潰れる要素は格段に多い。身体は潰れなくても、心は潰れる可能性がある。あの司令官なら、そんなことが起こらないように注意を払っていそうだ。

 

「現に壊れてない皐月がいるしな」

「壊れるほど訓練したけど!?」

 

私も自然と笑みが溢れた。ここに配属されたのは幸運だったのだと実感できた。私と同じように欠陥を持つ艦娘が、こんなにも楽しそうに日々を送っているのだ。私もこの人達の仲間になれて良かった。

 

 

 

その日の夜、宣言通り私の歓迎会が開かれた。大淀さんの説得は功を奏したらしく、配属済の全艦娘集まっての慎ましやかな食事会だ。お酒もなく、宴会にはならなそうである。ただし……

 

「ほらほら、皆食べなさい。私が腕によりを掛けて作った手料理だ」

 

食事の提供は全て司令官だった。あまりにも意外だった。

本来鎮守府の食事というのは、給糧艦である間宮、伊良湖という2人の非戦闘員艦娘が作るものと聞いた。しかし、この鎮守府はその2人がいない。大淀さんの言っていた『欠陥のない艦娘が回されない』というのは、こういうところにまで及んでいたということなのだろう。鎮守府運営に差し支えるレベルではなかろうか。

 

「美味しい……」

「な、意外だろ? あの見た目の提督が、料理めちゃくちゃ上手いんだよ。ここの食堂当番制なんだけどよ、提督の日が一番人気だ」

 

()()()という行為を初めて行ったわけだが、口に含んだだけで幸せな気分になる。なるほど、人間は食事で回復するというのはこういうことがあるからか。妙に納得できた。

 

「改めて見ても、結構ちっさいだろ、この鎮守府」

「規模が小さいと言われれば、確かにそうかもしれません」

 

規模にして数十人の小規模な鎮守府。全員が大食堂に入っても、まだまだ余裕があった。見回しても空席が目立つ。

全体的に戦艦、空母の数が少なく、主戦力になるのは専ら重巡洋艦と軽巡洋艦なのだそうだ。天龍さんも主戦力の一部らしく、ここの鎮守府では最古参に当たる。

 

「ここにはいろんなヤツがいるけどさ、みんな仲がいいんだ。お前もすぐに馴染めるぜ」

「そうですね。皆さん素敵な方です。まだ話せてない方もいますけど、私のことを気にかけてくれて」

 

食事会の最初、会を開くきっかけとなった新人ということで私が皆の前で挨拶をすることになったとき、やはり皆さん他人の欠陥には敏感なようで、私の欠陥を聞くや否や、何処の部隊に入れるか、どのような伸ばし方をするかで大騒ぎになってしまった。司令官が止めなければ、私の意思に関係なく全て決まってしまっていただろう。

私のような主砲接続不備は欠陥艦娘の中では多い方らしく(母数が少ないため何とも言えないが)、勧誘が引く手数多な状態に。特に、先に会話していた皐月さん含めた対空特化へのラブコールは凄まじいもので、私も少しその気になってしまっていた。

 

「やっぱり、私も対空特化した方がいいのでしょうか」

「まぁ……そうだな。この鎮守府の場所から考えると、対空は多いに越したことは無いからな」

 

そう、この鎮守府は陸からかなり離れた、最前線の海上に作られた人工島に設立されていたのだ。私が艦娘としての生を受けたばかりの頃、それに鎮守府内を散策したところで、その立地については知る由もなかった。

私を拾ってくれた天龍さんは、近海を哨戒中だったそうだ。最前線だから敵は多い。いつ攻め込まれるかわからない。故に、毎日の哨戒任務は必須と言えるものだった。私が何も無い海上に発生したときも、いの一番にこの鎮守府へと連れてこられたのも頷ける。

また、海の真ん中ということで、別の作戦海域からのアクセスもし易い。他鎮守府の艦隊と交戦している敵空母型から放たれ、作戦海域から外れた艦載機が、頻繁に飛んでくるらしい。対空特化の艦娘はそういうときに重宝される。鎮守府内を爆撃されたらたまったものでは無い。

 

「とはいえ、決めるのは提督だし、他ならぬお前だ。別のやり方だってあるだろ」

「そう……ですね」

「あれもこれもはやめとけよ。パンクするから」

「ああ、そうだ。朝潮君が決めるといい。でもその前に、デザートタイムだよ」

 

気付けば司令官が料理を配りに隣にいた。甘い匂い、デザートの時間のようだ。

 

「ホント器用だよな提督。今日は何だ?」

「朝潮君の配属を祝って、シンプルにケーキを焼いてみた。初めてスイーツを食べるなら、蕩けるほど甘いショートケーキがいいだろうと思ってね」

「違いねぇ」

 

私の前にケーキが置かれる。ドックでの睡眠学習で知識は与えられているが、本当の味は食べなければわからない。

一口、他の人の真似をして食べてみる。瞬間、弾けるような甘さ。今までの料理とは比べ物にならない多幸感。一瞬で虜になってしまった。スイーツ、すごい。語彙も無くなる。

 

「おいひい……♪」

「おい誰かカメラ持ってこい! 提督のケーキで朝潮が溶けたぞ!」

「はっはっは! 気に入ってくれたのなら嬉しいねぇ。まだまだあるから食べるといい」

 

この一口をまた味わうためにも、生き延びようと思う艦娘は少なくないだろう。生死の境界線は、こういうとても単純なことで生の側に倒れるのだ。

 

後日、その時の写真を見せられて頭を抱えたのは言うまでもない。




独自設定、大まかにほぼ出ました。
以降も少しずつ追加があるかもしれませんが、それはその時に。


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生を揺るがす欠陥(バグ)

歓迎会の翌日から、私、朝潮の艦娘としての訓練が始まった。

産まれたばかりの私は水の上に立つこともままならず、艦娘の基礎からまったくできていない。睡眠学習で身体には教えられているらしいが、実際にやるとなると話は別だ。さんざん海に沈む形で立ち方、移動の方法を叩き込まれた。まさか海上を駆ける艦娘が一番最初に水着を着ることになるとは思っても見なかった。

 

「やっと……やっとまともに動けるようになりました……」

「お疲れ様ー! もう水着着なくて大丈夫?」

 

どうにかゆっくりとだが移動できるようになったところで、訓練を見ていてくれた皐月さんが、海上を駆けて近付いてきた。今の自分と違って軽やかだ。

 

「どうにか倒れることなく移動できるようになりました。それでもまだまだですけど」

「あはは、終わった後に身体痛そうにしてるもんね」

「全身筋肉痛です……」

 

波の上で自分の身体を支え続ける必要があるのだから、全身を使ってバランスを取る。慣れてくれば、陸を歩くように海を駆けることができるのだろう。だが、私はようやく慎重に動くことができるようになれた程度。倒れないようにすることで手一杯だ。

 

「慣れれば意識しなくても動けるようになるよ」

「そうですよね。これからも毎日訓練しなくては」

「でも、そろそろ他の訓練もしないとね」

 

私はまだ決めかねていた。まずはやれる事を全てやってみて、一番しっくりすることを伸ばそうと思ってはいるものの、まず何から手をつけていいものか。私の欠陥上、主力としての性能は無いようなもの。火力のある主砲と駆逐艦の非力を補う魚雷を装備できないのは相当なハンデだ。

自分の今後のスペックを知らないというのも大きかった。

艦娘はその艦ごとに特定の成長法則がある。例えば皐月さんなら最初から対空能力が伸びることが約束されている。また、白露さんは火力が伸びるとのこと。主砲に欠陥が無かったことを喜んでいた。

そして、2人には『改二』という2段階の改装があるらしい。通常、艦娘はある程度の練度になると改装という形で限界値を上げることができるが、特定の艦娘はそれを2度行える。限界値が2回上がるということは、それだけ強くなるということだ。中には駆逐艦とは思えないほどの性能になる人もいるのだとか。

私はどうなるのだろう。今後の方針のために、知っておく必要がありそうだ。

 

「まず、私がどのように成長する艦娘なのかを調べてみます。皐月さんはどうやって知ったんですか?」

「資料室に艦娘のデータベースがあってね。そこで調べたんだよ。さすがに自分のことしか調べてないけどね」

 

資料室はまだ行ったことが無かった。本来ならいの一番に行くべきだったのだろうが、自分には少し余裕が無かった。本来の私を知りたくなかったというのが、心の何処かにあったのだろう。無意識に避けていた。

 

「今日は自分のデータを見てみます。今後を決めるために」

「うん、そうだね。いつかはやらないといけないだろうし」

 

少し目を逸らしたような気がした。改めて自分の欠陥を見直すというのは、とても勇気がいる行為なのだろう。私も怖い。

 

「資料室には管理人がいるから、その人に聞きながら調べるといいよ。自分で探すより早いからね」

「わかりました。では行ってきまぁああっ!?」

 

最後の最後にバランスを崩し、顔面から海に飛び込む形になった。気を抜くとこうなる辺り、私はまだまだだ。

 

 

 

資料室は鎮守府の中でも頻繁に使われているらしく、執務室から近い位置にあった。管理人もいるとのことなので、キチンと整理されているのだろう。

 

「失礼します」

 

少し薄暗い中へと恐る恐る入る。おそらく鎮守府中の本がここに集まっているのだろう。本棚が立ち並び、中にはギッシリと本が詰められている。歴史書や海域図、中には漫画や小説などの娯楽本も結構あった。

 

「あら、貴女は新人さん」

 

室内を見て回っていると、奥から管理人と思われる人が出てきた。

本を片手に携えた金髪碧眼で眼鏡をかけた人。おそらく艦娘だろうが、以前の食事会では姿を見ていなかった人だ。

見た感じ、私のように艦娘の制服を着ているように見えない。管理人の仕事は艦娘とは外れているから私服なのだろうか。

 

「貴女がここの管理人ですか?」

「はい。潜水艦の伊8、呼びづらいだろうから、はちと呼んでね」

 

伊8さん、はちさんは潜水艦である。潜水艦の制服は水着、私が訓練の際に着ていた指定の水着がそのまま制服となっている。さすがに水着のまま鎮守府内で活動することはないようだ。

名前を聞くに私と同じ国の人なのだが、見た目は外人のように見えた。後から聞いたが、艦だったときの経験から、肉体(うつわ)がドイツ人のようにされたらしい。艦の魂が余程ドイツに思い入れがあるのだろう。

 

「そういえば、ごめんなさいね。はっちゃん、食事会に出られなくて。ちょっと忙しかった」

「い、いえ、大丈夫です。こうしてちゃんとお会いできましたから」

 

潜水艦という艦種は、私達水上艦とはまるで違う。そもそも海に潜っているのだから、できることが私達以上に制限されている。

この鎮守府にいるということは、この人も少なからず欠陥(バグ)があるはずだ。潜水艦が持つ欠陥は、私とは比べものにならないほど苦労していると思う。

 

「あの、失礼になるかもしれないんですが……」

「はっちゃんの欠陥? ちょっと深刻、かな」

 

やっぱり。攻撃方法すら限られているのだ。そこに欠陥があると、攻撃すらままならない。私が潜水艦娘をよく知らないというのもあるが、主砲なども装備できるとは思えない。

 

「はっちゃんはね、息が続かないの」

「……え?」

「潜水艦なのに、人間と同じくらいしか潜れないの」

 

本来の潜水艦は、作戦海域で常に潜っているほどだ。数分などというレベルではない。長ければ数時間も潜る必要だってある。それが人間並となると、私で例えるなら、数秒しか水の上に立てない、ということだろう。水上艦としては致命的な欠陥(バグ)だ。艦娘としての機能がほとんど無いようなものである。

私は言葉に詰まってしまった。あまりにも絶望的な欠陥(バグ)。自分の存在を揺るがしかねない異常。

 

「でも、瑞雲とかカ号……水上機は飛ばせるから、鎮守府から飛ばして近海監視が基本の仕事、かな。ここの管理人は、本が好きでやってるの」

 

自分がどれだけ恵まれているかを実感した。本来の戦闘ができない人だっているのだ。生まれてきた意味すら、欠陥(バグ)のせいで失いかけている。

 

「辛く……ないんですか?」

「本を読む時間が出来ていいかな。出来ないことは割り切って、出来ることをやっていかなくちゃ。みんなもそうでしょ?」

 

それでも、はちさんはここで艦娘としての生を全うしている。楽しんでいるようにさえ見える。私も見習いたいと、素直に思った。

 

 

 

「あ、そうだ、貴女がここに来た理由は?」

「そうでした……私の……朝潮のデータベースが見たくて。配属されたばかりで、自分がどう成長するか知りたいんです」

「駆逐艦朝潮のデータだね、すぐに出すよ」

 

本来の目的を忘れるところだった。

現在発見されている艦娘は、建造ドロップ含めて200種類を超える。1種につき1冊、全鎮守府での運用データを纏めたデータが用意されているそうだ。私、朝潮は発生例が多いらしく、データも精密なのだとか。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

私の今後が書かれた本、運命の書だ。開くのにも勇気がいる。少し息を吐いた後、意を決して読み始めた。

序盤は今の私でもわかるような基礎知識だった。朝潮型駆逐艦のネームシップであること。自分の進化改良型が陽炎型駆逐艦であること。

特型と呼ばれる駆逐艦より初期装備のランクが上がっているという記述は、装備できない故に手ぶらだった自分には地味に刺さる。

 

「私にも改二が……」

 

読み進めていくと、私にも皐月さんや白露さんのように改二が用意されていることがわかった。

改二という目標がある以上、その特徴に合わせた訓練を今の内からやっていった方が、すぐに戦場に対応できるだろう。

 

「朝潮改二で特化されるのは……火力と……雷撃……」

「主砲の攻撃と、魚雷の攻撃の性能が高いってことね」

 

調べていく内にわかったのは、私の改二は欠陥によって出来ない2つの戦術に重点が置かれていること。どちらも駆逐艦トップというわけではないが、上位に位置付けられる高スペックである。

だが、私には存在しない。

改二になっても、そこまでのスペックアップは見込めない。最初なら少し諦めていた部分だが、現実として突きつけられると苦しかった。

 

「朝潮ちゃん、もしかして欠陥は主砲と魚雷?」

「えっ? あ、はい。そうです」

「朝潮改二で伸びるところに欠陥があるのね……でも、大丈夫。もう少し先を読んでみて」

 

朝潮改二以降に何かあるのだろうか。データを読み進めていく。

 

「朝潮改二……丁?」

 

次に書かれていたのは、2つ目の改二のデータであった。

朝潮改二丁。

丁型と呼ばれる、対空戦闘能力を重視した駆逐艦のスタイルに改装した形。通常の改二より主砲と魚雷のスペックは大幅に下がるが、代わりに対空と対潜水艦の能力、さらには耐久力も上がっている。今の私にはうってつけの改装だ。

 

「駆逐艦朝潮は、改二が2つあるの。普通の改二で火力と雷撃を取るか、改二丁で対空と対潜を取るか。改装した後戻すこともできるから、すっごく便利なの」

 

戻す選択肢は無いにしろ、私が目指す先は決まった。最終的には対空と対潜に特化された成長ができるのだから、そこを今から強化していくのがいいだろう。結果的に、皐月さんと同じ道を歩くことになる。先達者がいるのはありがたい。

 

「これからのこと、決まりました。改二丁を目指します」

「そう、よかった。またわからないことがあったら、資料室に来てね。はっちゃん、応援してる」

「はい、ありがとうございました」

 

先の道が見えたことで、私は決意に満ちていた。足取り軽やかに資料室から出る。自分が歩く道の先に光が見えたのは幸先がいい。明日からの訓練にも一層身が入るだろう。

 

「おや、朝潮君。ご機嫌じゃないか。何かあったのかい?」

 

資料室を出た矢先に司令官と鉢合わせになった。見てわかるほどだったようだ。少し恥ずかしい。

はちさんとの話を司令官にも話す。自分のやるべき事を、自分で決めた事を。

 

「そうかい、朝潮君は自分の歩く道が決まったんだね」

「はい。私は改二丁を目指して、対空と対潜の強化をしていきたいと思います」

「了解した。ならば、私もそのように他の者に連絡しておこう。朝潮君の門出だ、今日はお祝いだな!」

 

直後、執務室から出てきた大淀さんが司令官を引っ張っていった。聞いていた通り、頻繁に宴会をしたがるようだ。祝ってもらえるのは嬉しいが、他の人を巻き込むほどかと言えば、そうではないと思う。

 

「まずは、もっとスムーズに水の上を移動できるようにならなくちゃ!」

 

意気込みを新たに、私は訓練に戻った。司令官の、鎮守府の役に立てる手段はいくらでもあることがわかったのだ。やる気も出るというものだ。

 

力が入りすぎてまた頭から沈んでいったのは当然だったのかもしれない。




朝潮が戦場に出られるようになるまでは、まだまだ時間がかかりそうです。


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欠陥(バグ)故の戦術

自分の進む道を決め、私、朝潮はひときわ訓練に力が入った。気合が入ったからか、水上での移動のコツを掴むことができ、数日も掛からず他の艦娘と同様の動きができるようになった。

 

「見違えたぜ。前に見たときは海から脚だけ出てたよな」

「そ、それはっ、思い出させないでください」

 

今日の付き添いは天龍さん。お墨付きを貰えれば、水上移動の訓練は卒業できることになっている。

 

「いや、ホント上手くなったな。コツを掴んだのか?」

「はい、そうみたいです。もう水着も要りませんよ」

「最初はほとんど潜水艦だったもんな」

 

もう陸地を歩くくらいに移動できている。気を抜いても転ぶこともない。ブレーキがかけれなかったこともあったが、それも大丈夫だ。艦娘としての最初の地点にようやく立てたのだ。

 

「よし、もう心配いらないな。戦闘訓練を許可するぜ」

「ありがとうございます!」

「で、どういう方向性か決めたのか?」

 

先日の資料実でのことが脳裏をよぎる。はちさんと話して、私は改二丁を目標にした。そのためには、天龍さんの力を借りるのが一番の近道だ。

白露さんはスパルタと言っていたが、艦娘の訓練は基本的に全てスパルタだ。即戦力が欲しいに決まっているし、特にこの鎮守府は最前線である。すぐにでも戦えるようにするべきだ。

 

「私は成長すると、対空と対潜が強くなると知りました。なので、対空訓練と対潜訓練を受けたいと思っています」

「へぇ……なら対空はオレだな。対潜はちょっと提督に聞いておいてくれ。オレは対潜できないから知らねぇんだ」

 

そういえば、天龍さんの欠陥はまだ聞いたことがなかった。対潜ができないということは、ソナーや爆雷が装備できないのだろうか。今は訓練のため脚部艤装しか身につけていないから、そういった部分がわからない。拾ってもらった時も抱えられていたので見えていない。

 

「天龍さん、失礼を承知で聞きたいんですが」

「ん、改まってどうしたよ」

「天龍さんの欠陥(バグ)は何なんですか? 対潜できないということは、そういった部分なのでしょうか」

 

天龍さんは少し黙ってしまった。聞いてはいけないことだったのだろうか。欠陥はナイーブな問題だ。この鎮守府にいても、気にしている人は何人もいるだろう。

 

「あー、そうか、お前はちに会ってるんだったな。なら驚かないか」

 

ここではちさんの名前を出すということは、天龍さんの欠陥は相当ということなのだろうか。

潜れない潜水艦という艦娘としては致命的な欠陥を負ってしまったはちさん。あの人と出会って、私の心持ちは大きく変わった。出来ることがあるのだから、それで貢献すればいいのだ。欠陥の大小は関係ない。

 

「オレの欠陥(バグ)は、対空以外の武器全部だ。主砲も、副砲も、電探も、ソナーも、爆雷も、なーんも詰めねぇ」

「え、攻撃できる装備全て……ですか?」

「ついでにいえば、オレは元々旧式艦だ。索敵のための偵察機すらまともに使えねぇ。まともに装備できるのはタービンと缶くらいだな」

 

はちさんとは別の方向で艦娘としての存在を揺るがしかねない欠陥(バグ)だ。だが、天龍さんは古参であり、軽巡洋艦の主力とも言われていた。攻撃できないのに主力とは、大きな矛盾だ。対空砲で敵に攻撃できないわけじゃないだろうが、それでも主力になるのは難しいだろう。

 

「あ、お前なんでオレが主力なんて言われてるんだとか考えてるだろ」

「あ……は、はい」

「天龍型はちょい特殊でな、他の艦娘がほとんど持ってないものを持ってんだ。オレはそいつを伸ばしたんだよ」

 

天龍さんが持っていて、他のほとんどの艦娘が持っていないもの。戦闘できる装備がないのに、戦闘できるようになるもの。まさか……。

 

「もしかして……白兵戦……!?」

「正解。天龍型は元々武器を持って生成されるんだよ。オレの場合、砲雷撃戦にはまったく不要な刀を持ってな。だから、オレは敵に対してのその刀で戦うことにした」

 

私達が砲撃をするのだから、当然敵も砲撃をしてくる。遠距離と遠距離での戦闘だ。近接戦闘、白兵戦はやりたくてもやれない。近づく前に蜂の巣にされるのがオチだ。

それでも天龍さんは近接戦闘に特化した。すでに艦娘としては逸脱しているかもしれない。それでも、鎮守府には貢献しているし、普通の艦娘以上に戦えている。今の天龍さんが、ベストの天龍さんなのだ。

 

「白兵戦やってんのはオレだけじゃないけどな。オレから始まったってだけだ」

 

いつかそういった人と部隊を組むかもしれない。そして私は基本戦闘補助だ。前に出ることはない。どういう戦い方をするかは興味がある。邪魔にならないように補助をする連携も必要になるだろう。

 

「今からオレはそっちの訓練……あー、筋トレなんだが、見にくるか? いろいろ知っといた方がいいだろ」

「はい、ご一緒させていただきます。今からは非番なので、また鎮守府散策のつもりでしたから」

「よし、じゃあ行くか。ついでに運動着に着替えてきな。もしかしたら何かやる事になるかもしれない」

 

もしかして訓練に参加するパターンだろうか。近接戦闘の訓練が私に必要かはわからないが。

 

 

 

天龍さんに連れられてやってきたのは、鎮守府内の施設の1つ、ジムだった。筋トレと言っていたのでおそらくここだろうとは思っていたが、実際来るのは初めてである。

 

「相変わらずやってんな、山城姐さん」

 

ジムには先客がいた。鎮守府でも数少ない戦艦の1人、扶桑型戦艦二番艦の山城さんだ。食事会の時に少し挨拶をしたが、それ以降は会う機会が無かった。

 

「天龍と……ああ、新人。アンタも筋トレに来たの?」

「オレはな。こいつは見に来ただけ」

「あっそ」

 

話しながらもずっと腹筋している。

艦娘の肉体強化は、砲を撃ったときの反動や、移動しながら照準を合わせる時に身体がブレるのを防ぐことが主な目的だ。砲撃の威力は筋トレで強くなることは一切無い。天龍さんは白兵戦を基本戦術としているため、腕力も重要になってくるのだろうけど。

山城さんも天龍さんと同じように、攻撃手段が無いのだろうか。

 

「朝潮、お前もバランス感覚のトレーニングだけは入念にしておけよ。対空は上に向けての射撃だ。軸がブレたら当たるものも当たらねぇ」

「だったら今からやればいいじゃない筋トレ。せっかく運動着なんだし。下半身を鍛えなさい下半身を。海上では下半身がモノを言うわよ」

 

山城さんからも指示され、何故か私も筋トレをすることに。こういうことがありそうだから、天龍さんは運動着を着てくることを指示したのだろうか。

殆ど教えられるがままにエアロバイクを漕いでみた。初心者ということで軽めらしいが、なるほど、下半身への負荷は思いの外感じる。

 

「山城さんは、いつもここにいるんですか?」

「大体は。これくらいしかやることないもの」

 

腹筋を終えた後、私では持ち上げることすら出来ないバーベルを軽々と持ち上げながら、疲れを感じさせない話し方。その横で同じバーベルを持ち上げようとしている天龍さんは苦戦していた。

 

「山城姐さんこんなの持ってんのかよ」

「私と同じ白兵戦担当の割に非力なんじゃないのアンタ。片手で持ち上げられるくらいになりなさい」

「やってやらぁ! んぐぐぐぐ……!」

 

やはり四苦八苦。山城さんがどれほどのものかがよくわかった。この鎮守府でトップクラスの実力なんだろう。それだけはすぐに理解した。

戦艦はその火力にモノを言わせた戦闘で、部隊の中心として活躍する艦種だ。私達駆逐艦では傷1つ付けられない装甲も、戦艦にかかればいとも簡単に破砕するだろう。

だが、山城さんは白兵戦担当と言っている。天龍さんのように武器を持って生成される艦娘なのだろうか。

 

「山城さんも白兵戦なんですか?」

「ええ、いろいろあってね。そういう戦闘スタイルになったわ」

「ここに来たばっかの山城姐さんは見るに堪えなかったからな。不幸だ不幸だといつも言ってたし」

 

欠陥を持ったことが不幸だということなのだろう。確かに確率的には非常に低い欠陥持ちに自分がなってしまったのだ。不幸と言わざるを得ない。それはここの鎮守府全員に言えることだ。

だが、今の山城さんからはそういう空気が微塵にも感じられなかった。吹っ切れたのか、顔に出していないだけか。

 

「それはそうでしょ。戦艦なのに小型主砲しか装備できないなんて言われればね」

「装備できるだけオレよかマシじゃねーか。図体のデカい駆逐艦ってだけで」

「言うわねアンタ……重り追加」

 

天龍さんの呻き声が聞こえたが、見て見ぬフリ。

今のことから、山城さんの欠陥(バグ)は戦艦なのに戦艦の装備ができない、ということがわかった。燃費は戦艦なのに、火力などは駆逐艦並。天龍さんの言う通り装備できないよりはいいかもしれないが、戦艦という存在意義からは逸脱している。

 

「小型主砲だけでも砲撃はできますが……何故白兵戦に?」

「殴った方が相手にダメージ入ったから」

「えぇ……」

 

私が配属されるより大分前、戦闘中に戦い方を見出したらしい。だが、殴った方が早いという状況にどうなればなるのか。今の私には知識が足りない。

 

「元から欠陥戦艦と言われていた私だけど、艦娘になってさらに欠陥(バグ)まであって、不幸のドン底だったわ。でも、戦い方がわかったら世界が変わったの」

 

扶桑型戦艦は火力に重点を置かれすぎてバランスが非常に悪い欠陥戦艦だと言われている。それに加え、二番艦の山城さんは姉の酷評のせいで生まれる前から欠陥扱いだった。動かしてみても次々と見つかる欠陥。戦場よりドックの方が長いとまで言われたとか。

 

「不幸は筋肉が解決してくれたわ」

 

話がおかしな方向に行くのを感じた。

 

「凄いわよ筋肉は。鍛えれば鍛えるほど結果が出るの。戦果も上がるし、被弾も減るし。被弾したとしてもダメージが減ったわ。そう、筋肉は全てを解決するの」

「そ、そうですか……」

「朝潮、強くなりたいのなら、筋肉を付けなさい。白兵戦専門の艦娘だけじゃない、艦娘全てに必要な要素よこれは。対空特化だったわよね。なら今のそれもだけど、背筋も重要よ。もちろんそれに合わせて腹筋も」

 

どんどんヒートアップしていく山城さん。

ここに来て自分の在り方を見い出したのが白兵戦であり、身体を鍛えることで戦術が身につき、戦果が上がった。鍛えることが今の自分の全てに繋がったのだろう。

だけど、ちょっと怖い。目がギラギラしている。

 

「こらこら山城君。朝潮君が怖がっているよ」

 

山城さんの熱意に少し怯え始めたところで、ジムに司令官が入ってきた。いつもの制服姿で来たところを見ると、ジムを使うわけではなく、設備の確認か何かだろう。もしかしたら司令官もこの艦娘のための設備であるジムを使っているのかもしれないが。

 

「あら提督。今日もいい筋肉ね」

「おかげさまでね。おっと、天龍君が危ないことになっているじゃないか。大丈夫かい?」

 

重りを追加されて身動きが取れなかった天龍さん。そのバーベルをヒョイと持ち上げ助けてあげた。

司令官、人間ですよね?

 

「助かったぜ提督……」

「まだまだね天龍。もっと上半身を鍛えなさい」

「くっそー……なんも言い返せねぇ」

 

酷い仕打ちに見えたが、2人とも笑顔で話をしている。同じ白兵戦に特化した艦娘だからなのか、信頼し合っているように見えた。

少し、羨ましかった。

 

「朝潮君は戦闘訓練の許可は下りたのかい?」

「はい。天龍さんのお墨付きもいただきました。水上移動はマスターしたと」

「なら次からは戦闘訓練だね。当然だけど今まで以上に厳しくなる。何か不調があったらすぐに言ってほしい」

「了解しました」

 

過保護なくらい親身に接してくれる。私が今のところ最後の配属だからか、それとも小さいからか。どちらにしろ、悪い気分ではなかった。

本当に、司令官の子供になったような、そんな気持ち。

 

「さて、少し設備の整備をしたいから、君達は休憩してくれ。すぐに終わる」

「あいよ。山城姐さんもさっさと行くぜ」

「いい具合に仕上がってきたのに……不幸だわ」

 

天龍さんに引っ張られて、しぶしぶジムから出て行く山城さん。私もそれについていく。ちゃっかりダンベルを持ち出しているのは見なかった事にしよう。

 

「私は外でも走り込んでくるわ」

「あいよ、オレは提督の整備を待つわ。朝潮、お前はどうする?」

「私は……あ、戦闘訓練をするなら装備のことを知りたいので、工廠に行ってみようと思います」

 

次からは戦闘訓練。ということは、欠陥があるとはいえ艤装を装備しての訓練だ。今のうちに装備くらいはして慣れておきたい。水上移動の訓練も脚部艤装のみの状態だった。勝手が変わる可能性は高い。

私は一旦部屋に戻り、着替えてから工廠に向かう事にした。




山城は私が初めてケッコンカッコカリをした艦娘です。
筋トレ狂いにしてゴメンね。


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艤装装備の代償

戦闘訓練の許可を得た私、朝潮は、自分の装備を確認するため工廠へと向かっていた。

私はこの世界に産まれてから、まだ脚部艤装しかまともに運用した経験がない。戦闘に使うものなのだから、慣れておかないと大変な事になるだろう。私1人ならまだしも、仲間に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

工廠は鎮守府の1階に大きく場所を取られている。その半分は海に繋がる水場で、もう半分は開発のスペース。建造ドックが無いにしろ、装備開発は普通の鎮守府と同様だし、欠陥故に装備に特殊な改造を施す人もいるかもしれない。本来なら工廠では扱わないであろう、天龍さんの刀もそれに含まれるだろう。

 

「失礼します」

「ん? ああ朝潮、いらっしゃーい」

 

工廠を切り盛りするのは()()非戦闘艦娘である工作艦の明石さん。周りの妖精さん達も挨拶をしてくれる。ここにいる妖精さんは装備開発を主な作業としている開発妖精さん。装備、特に艦載機に乗る装備妖精さんはまた違った種類だそうだ。

開発妖精さんは明石さんの手伝いをする作業員としてここにいるが、いわゆる上司と部下の関係ではなく、全員同じ立ち位置らしい。明石さんに出来ないことが出来る妖精さんも沢山いる。

 

「戦闘訓練の許可が下りました。明日以降から艤装を使う事になりそうです」

「オッケー。ちゃんと整備済みだよ」

 

奥から私の艤装が運ばれてくる。

朝潮型の艤装は、ランドセル型の機関部のみという簡素なもの。本来ならば腕に主砲や魚雷を装着するのだが、欠陥のためにそれが出来ない。

この艤装、実際は山城さんが持ち上げていたバーベルの数倍は重い。正しい手順、主に妖精さんの力を借りることで、まるで元々自分の身体だったかのように軽々と装備できるようになる。

 

「じゃあ装備してみよっか。そこに立って」

 

所定の位置に立つと、妖精さん達が周りに配備される。されるがままにすることで、私は艤装を装備した状態になった。ちなみに今は脚部艤装無しの状態である。

機関部を背負っているはずなのに、その感覚がない。()()()()()()()()()()()()()と思えるほどだった。

 

「どうかな。重さとか感じる?」

「いえ、大丈夫です。すごいですね……背負ってる感覚がまるで無いです」

「艤装ってのはそんなものよ。じゃあ次ね。そこに高角砲を装備するよ」

 

主砲と違い、高角砲は艤装側への装備。結果的に、私は一切手に持たずの戦闘になる。副砲と爆雷の投下くらいか。

装備された高角砲は、私の意思の通りに角度を変えた。弾薬は装填されていないため弾を撃つことはできないが、発射タイミングも意識できる。撃とうと思うと、内部でカチカチと音が聞こえた。

 

「こうやって攻撃するんですね」

「感覚はわかった? 次からは弾も入るから気をつけてね」

 

一応高角砲が真正面を狙えるかどうかだけは確かめてみた。前屈みになれば可能かもしれないが、これは少し難しそう。主砲を補うことは無理ではないが、もっと訓練を積んでから考えた方が良さそうだ。

 

「じゃあ次、それを装備したまま水上移動をやってみてもらえる?」

 

今までの水上移動は脚部艤装のみ。機関部まで装備すると、バランスが崩れる可能性がある。ただでさえ、自分の身体と思い込めるほど繋がっているのだ。空気抵抗や距離感などは変わっている。

妖精さんが脚部艤装を持ってきてくれたので、なすがままに装備し、水上に立つ。確かに今までと比べるとバランスが少し変わっている。それでもすぐに慣れられるレベルだ。

 

「大丈夫です。少しだけ装備していない時と違いますが、支障はありません」

「ならオッケーね。上がってー」

 

水上から出るのも難なくできた。これなら戦闘訓練にも問題は出ないだろう。あとは実際にやってみないとわからない内容だ。

 

その後も電探やソナーなどを取っ替え引っ替え装備し、異常が無いことを確認した。今後自分が付き合って行く装備だ。念入りに確認をしておきたい。

 

「どれも問題無かったね。主砲と魚雷はできないから、これで装備確認は終わり。お疲れ様」

「はい、ありがとうございました」

 

艤装が外されていく。ドッと疲れが襲ってきた。

 

「うっ……」

「あ、そうそう、言うの忘れてたね。機関部艤装を装備するとすごく疲れるよ。機関部艤装の燃料は、オイルと艦娘の体力だから」

「そ、それも欠陥(バグ)の影響ですか……?」

「これは関係ないかな」

 

最初に言ってほしかった。脚部艤装だけだとそこまで疲れを感じることはなかったことを考えると、機関部がどれだけ重要なのかが理解できる。

歩けないほどではないが、それなりに辛いのは確かだ。これは体力も付けなくちゃいけない。山城さんの言っていたことが割と正しいのではないかと感じる。

 

「このままお風呂行った方がいいかもね」

「お風呂……ですか?」

「ゆっくりと入渠するようなものだからさ、疲れもすぐに取れるよ」

 

今までも大浴場は使っていたが、そういう感覚を感じた方がなかった。水上移動の訓練ではここまで疲れを感じたことはなかったというのもあるだろうが、お風呂で取れる疲れは少し違うのだろう。

お言葉に甘え、私はそのまま大浴場へと向かう事にした。身体はガタガタだったが。

 

 

 

大浴場は工廠からも近く、すぐに辿り着くことができた。今は先客もいないようだ。手早く脱いで湯船に浸かる。いつもよりも気持ちよく感じた。

 

「あ……あ゛あ゛〜〜……」

 

自然と変な声が出る。

艤装によって搾られた体力が、湯船によって強制的に癒されているような感覚。ご飯を食べるよりも深く眠るよりも回復している。入渠ドックでの回復はもっと強い回復らしいが、今の状態を知ってしまうと、少し怖くなってしまう。

 

「いっちばーん風呂! ……って思ったけど、先客いたかー」

 

白露さんの声が聞こえた。まだ私の回復が終わってない。惚けた顔を見られるのは恥ずかしい……食事会のケーキの時よりもだらしない可能性がある。

 

「む、この制服は、朝潮! 朝潮いるのー?」

「は、はい〜…」

 

まともな声が出なかった。

 

「あ、もしかして初めて艤装付けた? わかるなぁ、あたしも初めての時はダルンダルンになったよー」

 

服を脱いだ白露さんも湯船へ。さすがに慣れているのか、今の私のような状態にはなっていない。

今までもこの大浴場で一緒になることがあったが、改めて見ると、白露さんはスタイルがいい。駆逐艦の中では育っている方と本人も言っているくらいだ。一番じゃないことが悔しそうではあった。

 

「艤装をつけただけでえらい変わるよねここのお風呂」

「そうですね〜……」

 

受け答えが雑になってしまう。そんな私を見てニヤニヤする白露さん。そんなに惚けているんだろうか。

 

しばらく湯船に入っていると、ようやく調子を取り戻してきた。おそらく失ったものが戻ったのだろう。尊厳は失ったままだが。

 

「白露さんは何かの訓練だったんですか?」

「あたし? あたしは哨戒任務だよ。鎮守府の周りをグルグル回って、敵がいないかの確認ね。あたしだけ非番だったから、そのままお風呂に来たってわけ」

 

私もそのうちやることになる哨戒任務。鎮守府近海にまで敵に近付かれていたらもっと慌ただしくなっているだろうから、任務の結果は敵影見ず、ということ。もっとも、水上機や艦載機による監視もしているそうなので、哨戒任務はそれを改めて目で確認するという作業になるらしい。

 

「今は何も無かったけど、なーんか来そうな感じなんだって」

「そうなんですか?」

「はっちゃんさんがね、水上機で違和感感じたって言ってたんだよ」

 

はちさんの近海監視に何か当たったということは、敵が近くに来ているか、はたまた別の問題が発生したか。どちらにせよ、哨戒に力が入るのは当然だ。

私の発生も近海監視の違和感から見つかったことらしく、もしかしたら私の後輩が来るかもしれない、と淡い期待が生まれる。そう簡単に欠陥持ちが増えるとは思えないが。

 

「敵だったら困りますね」

「ねー。ここ最近は静かだったからね」

 

もし敵だった場合、戦闘訓練をしていない私は足手まとい以外の何者でもない。なるべくなら今は何も起きないでほしい。せめて戦えるようになってからを望む。

 

 

 

概ね回復が終わったので湯船から出た。白露さんはもう少し入っていくらしい。

脱衣場で髪を乾かしていると、他の任務に出ていた艦娘達が疲れを癒すために続々と入ってきた。そして、私の姿を見るたびに、初めての艤装装着後の湯船についていろいろ聞いてきた。ケーキの一件が後を引きすぎており、私の惚けた顔は一種の癒しに認定されているらしい。勘弁してほしい。

 

「なんだよー、朝潮の惚け顔見れたの白露だけかよー」

 

悔しそうにしているのは吹雪型駆逐艦4番艦の深雪さん。よほど私の痴態が見たかったのか。私は見られずに安心している。

 

「朝潮ちゃんも好きで見られたいわけじゃないんだし、そこは我慢しようよ」

 

それを嗜めているのが、同1番艦、ネームシップの吹雪さん。今の私の味方はこの人だけな気がする。

2人はこの鎮守府では珍しい実の姉妹だ。私にも姉妹艦……妹が9人いるが、欠陥(バグ)持ちの生成確率から言って、ここで一緒に配属される確率はかなり低い。会うだけならできるだろうけど、一緒に戦うのは期待しない方がいいだろう。

 

「今度は一緒に風呂入ろうな! 1回や2回で慣れることなんてできないからアレ!」

「深雪も酷い顔だったもんね」

「そうなんだよ……人様に見せられないあられもない顔に……ってそりゃ姉貴もだろ!」

 

姉妹なだけあって息もピッタリだ。欠陥(バグ)も二人揃ってタービン不備という白露さんと同じもの。低速駆逐艦という、本来の取り柄を失った状態ではあるものの、一定以上の戦果を挙げている辺り、努力の賜物なのだろう。

 

「朝潮ちゃんも頑張ってね。明日から実戦訓練なんでしょ?」

「はい、おそらく対空からになります」

「対空なら私も力になれるから、何かあったら言ってね」

「はい、よろしくお願いします」

 

吹雪さん達はお風呂の方へと向かっていった。最後まで深雪さんは私の惚け顔を望んでいたが、これは見せられない。なるべく一緒の時間に重ならないようにできればと切に願う。

 

「……体力、つけなくちゃ」

 

ため息を1つ吐き、もう一度ジムの方へ向かった。




吹雪と深雪は見た目がいい感じの姉妹だと思います。四コマとかでは対等だけど、ここでは上下関係ありということで。


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初めての戦闘訓練

「さて、朝潮君。本日から戦闘訓練に入ってもらう。問題ないかな?」

 

艤装確認をした翌日、朝食後に司令官に呼び出された私、朝潮は、司令官に呼び出されていた。改めて水上移動訓練の修了と、次からの戦闘訓練についての説明のためだ。

自分の方針も伝え、どの訓練を優先的にやっていくかを決めてもらった。改二丁のデータは司令官も勿論知っていることだ。私の思いは快諾してもらえ、今日から挑むことができる。

 

「はい、問題ありません」

「よろしい。では、まずこの鎮守府の方針を改めて知ってもらいたい」

 

司令官はお優しい人だ。私達艦娘の死は元より、怪我も嫌う。

言い方は悪いが、艦娘は代替の効く兵器だ。私と同じ名前同じ姿同じ思考の艦娘は幾人といる。私が死ねば()()()()を使えばいい。

だが、司令官がそんなことをしないことはわかっている。私は私しかいない、というのが司令官の考え方だ。

故に、この鎮守府の方針は『安全第一』である。

艦娘の怪我は、基本的に入渠ドックを使うことで全て治る。傷を負おうが、骨が折れようが。極端なことをいえば、腕が千切れても治る。だが、当然だが怪我をすれば()()。血だって出る。それを味わってほしくないと、司令官は話す。

 

「私から言えるのは、死なずに必ず戻ってきてほしい、それだけなんだ。私は君達を失いたくない」

「はい、必ず帰るために訓練をし、身を守る術を身につけます」

「ああ、頼んだよ。不調、怪我があればすぐに言うこと。慢心は敵だよ」

 

さすがに絆創膏1つで済むような怪我までは気にしなくていい、と笑いながら話す。本当に自分の実の娘と思いながら話しているのが手に取るようにわかる。

 

「本当なら私が戦場に出るつもりだった。愛娘達を戦いに赴かせるなどしたくないのだ! くっ、人間の非力さが不甲斐ない……! 君達のような子供を戦わせるなど……」

「提督、逸れてます逸れてます」

 

いつもの大淀さんの軌道修正。見慣れてきたが、司令官の愛を感じられる瞬間だ。このやりとりは私にとっては嬉しいやりとりである。

 

「今日やってもらう対空訓練はスパルタと聞いているとは思うが、それでも怪我1つなく終わるのが私の自慢だ。天龍君はよくやってくれているよ」

「戦闘訓練で怪我をしないというのは、またすごいですね」

「その代わり、怪我より辛い目に遭うかもしれません」

 

隣の大淀さんが苦笑している。怪我より辛い目とはなんなのだろうか。司令官も許可を出すものなのだから、危険ではないようだが。

 

「朝潮君、訓練が終わったらすぐにお風呂に入るように。これだけは忘れちゃいけないよ」

「は、はぁ、了解しました」

「では行きたまえ。君は強くなれるよ」

 

最後に頭を撫でられた。何故だろう、今までで一番やる気が出た。

 

 

 

戦闘訓練は鎮守府近海で行われる。工廠で艤装を装着し、そのまま海に出る形だ。対空訓練ということで、私の艤装は高角砲が装備された状態で準備されていた。

 

「朝潮の初めての戦闘訓練だね!」

「深雪は別の任務でいないから、安心してね」

「はい、よろしくお願いします」

 

今回の訓練、当然だが私だけが受けるわけではない。一緒に受けるのは皐月さんと吹雪さん。私よりずっと前に配属されているが、訓練は欠かしていないそうだ。特に吹雪さんは練度も高い。

 

「よーし集まったな。じゃあ、いつものところまで行くぞー」

 

全員揃ったことを確認した天龍さんを先頭に海に出た。自分の脚で海の上に立つのは、訓練とは違った充実感がある。今日はそんなに波もない。

 

「初めての朝潮がいるからな、まずは今日の訓練を説明しておく。単純な話だ。空母が発艦させた爆撃機を撃ち落とせ。その高角砲にはペイント弾が装填されているから、当てればわかるぞ」

 

言葉では簡単なことだが、飛んでくる爆撃機にピンポイントで弾を当てるというのはなかなかに難しい。爆撃機の次の場所を計算、予測する必要がある。それも、発見後すぐにだ。

 

「爆撃機側からも攻撃がある。今回は爆撃だ。それを避けながらになるからな」

 

狙いを付けながら相手の攻撃を避けなくてはいけない。これは難しそうだ。

 

「天龍さん、質問いいですか?」

「吹雪、なんだ?」

「発艦担当の空母ってもしかして……」

「ああ、気付いたか。今回は朝潮の初陣ってことで、我が鎮守府のトップ空母、龍驤さんが買って出てくれたぞ。喜べー」

 

遠くの方で手を振っている空母の方、軽空母の龍驤さん。欠陥(バグ)は脚部艤装不備。立つことはできるが移動できないという、いわゆる浮き砲台の状態となってしまっている。水上を歩くことはできるそうだが、それだと戦場にいつ到着するかわかったものではない。そのため、戦場には他の艦娘に曳航してもらう形で出撃している。

龍驤さんの名前を聞き、隣の2人の顔が明らかに変わった。苦虫を噛み潰したような顔。

 

「朝潮に手本を見せてやらないとな。じゃあ吹雪、一番手」

「は、はぃ……」

 

しぶしぶと言った感じで前に出る吹雪さん。相手が龍驤さんだと何か不都合があるのだろうか。

遠くの龍驤さんが声高らかに発言する。

 

「ほな、飛ばすでー! 吹雪ぃ! 当てさせんからなー!」

「お手柔らかにお願いしまーーす!」

「できるかアホー! 容赦せんぞー!」

 

今度は巻物を拡げる。

空母の艦載機発艦はいろんな方法がある。龍驤さんは式神という手法で、紙で作られた人形を巻物型の飛行甲板で滑走させることにより、人形を艦載機へと変化させ発艦させる。

巻物を撫でたかのように見えた次の瞬間、高速で飛び立つ爆撃機。こちらの弾もあちらの爆弾もペイント弾だと聞いているが、この緊張感は初めて味わう。

 

「照準合わせっ、てぇーっ!」

 

吹雪さんが爆撃機に対し、高角砲による射撃を試みる。ダァンという轟音と共に弾が撃ち出されたが、龍驤さんの爆撃機はそれをヒラリと避ける。

 

「ちゃんと予測しろ! 避ける方向も合わせて、2発撃て!」

 

何度かの轟音。そのどれもが簡単には当たらず、途中で爆撃が始まった。少し通り過ぎたかと思えば、直上からの投下。少しでも遅れると直撃。勿論吹雪さんはそれを予測していたようで、投下地点からの退避を始める。しかし

 

「えっ、3機発艦!? いきなりっ!?」

 

後続にもう2機の爆撃機。直上からの爆撃に合わせた追加爆撃。しっかりと避ける方向を見定められた攻撃が、吹雪さんを襲った。

 

「ちょっ、撃ち落とすっ!」

 

今度は落下してきた爆弾に向けて射撃。爆撃機とは違い、ただ落ちるだけの爆弾なら次の位置を予測しやすい。移動後の体勢から爆弾に対し完璧な方向修正をし、一回の射撃で撃ち落とした。

だが、実際はそれが間違いだった。爆弾=ペイント弾は空中で爆散し、範囲を拡げて落下することになる。

 

「しまっ……きゃーーーっ!?」

 

雨のように降る塗料をモロに被ることになった吹雪さん。それだけならまだよかった。

 

「あぁああっ、臭いっ、やっぱり臭いいっ!?」

 

爆弾の塗料にはこの世の物とは思えない臭いの何かが含まれていた。遠くで見ていた私達にも、微かに臭いが届く。思わず顔を伏せてしまった。皐月さんも顔をしかめている。天龍さんすら鼻を覆っていた。

 

「何入れてるんですかコレーーっ!?」

「この前友軍艦隊で手伝った時に、スウェーデンの艦娘に会ってなぁ。お土産言うて、ニシンの缶詰めくれたんよ」

「それダメなヤツじゃないですかーー!?」

「だーいじょうぶやって。めちゃめちゃ薄めとるから。洗えば取れるくらいやでー」

「そういう問題じゃないですーー!?」

 

全ての爆撃機に1回でも当てられないと訓練は終わらないらしく、酷い臭いに苛まれながらも何とか3機全てに弾を当てることができた吹雪さん。少し涙目で戻ってくる。臭いが目に沁みるのだろう。

一旦龍驤さんの艦載機が消臭剤を散布した後、皐月さんの訓練が始まった。吹雪さんは消臭剤の原液を被るほどだ。

 

「あれは酷い……今までで一番酷い……」

「お、お疲れ様です……」

 

確かに水や消臭剤の原液を被ったことで臭いは()()()()落ちている。

 

「いつもこんな感じなんですか?」

「そうだね……ここまでの臭いのものはないけど、大体は当たると臭いものが使われてるかな。当たりたくないって思えるように」

 

本来なら当たっただけでも死、よくて重症だ。この程度で済んでいるのは訓練だから。爆弾自体を撃ち落としても、今のようにその中身や破片が降り注いでくる可能性は高い。それまで避けれないと危ないということがよくわかった。

 

「あっぶない! 吹雪ちゃんみたいなことになりたくない!」

「爆撃は撃ち墜とさず避けろよ! 避けながら撃て!」

 

しかし、龍驤さんが発艦させた爆撃機の練度は凄まじく、1機撃墜したところで後ろ側に回っていた1機からの爆撃が背中に直撃。

 

「ぎゃーーーー!?」

「うわぁ……あれ身体に着いた時が一番臭いよ……」

「説得力すごいですね……」

 

最初の2人の顔の意味がわかった。天龍さんがトップ空母と言っただけある。練度の高い吹雪さんと皐月さんが為すすべもなく爆撃を受けているのだ。爆撃機の練度も非常に高い。また、艦載機の強度や操縦性は、発艦させた空母艦娘に依存するらしい。龍驤さん自身が相当な練度であることもわかる。

敵にもアレだけの練度を持つものが出て来る可能性はあるのだ。これを避けつつ撃墜できるようになれなければ、戦場に出るのも辛いかもしれない。

私はあれについていけるのだろうか。

 

「お、終わった……やっと終わった……消臭剤ちょうだい!」

「はい原液」

「ありがとう!」

 

次はついに私だ。正直、あの艦載機の数を捌くのは無理だ。何しろ私は高角砲を使うこと自体が初めて。せめて善戦できるように頑張ろう。

 

「よ、よろしくお願いします!」

「朝潮は初めてやんな。じゃあ、手加減したるよ。1機だけなー」

 

ちょっとだけ安心した。それでもその1機に当たるまでは訓練は続くのだ。避けに徹するのもアリかもしれない。

 

「ほな、行くでー!」

 

艦載機が飛んでくる。宣言通り1機だ。他に飛ばしたようには見えない。

高角砲を爆撃機の方に向け、体勢を整える。手加減は1機しか飛ばさないだけでなく、さっきよりも確実に速度が出ていない。狙いやすいはずだ。

 

「てぇー!」

 

思っていた場所とは違う位置に飛ぶ弾。最初から爆撃機に掠るような場所でもない。撃ったときの反動もあり、少し体勢が崩れてしまった。その隙を見逃されていない。

 

「すぐ体勢を立て直せ! 爆撃来るぞ!」

 

天龍さんの檄が飛ぶ。爆撃機がほぼ真上に来た辺りで、爆撃が始まった。

さっき見ていたからわかる。アレを撃ち落としてはいけない。脚部艤装に意識を集中し、自分のできる最高速でその場から逃げる。少しして元いた場所に落ちたのを確認してホッとする。

 

「次来るぞ! 撃て撃て撃て!」

 

艦載機の位置を確認。目視できる位置にいた。即座に高角砲を構え、撃った後にいるであろう場所を予測し、撃つ!

ただ撃っているだけでは向こうも的にしやすくなるだろう。移動しながら、照準を合わせ、撃つ。やることがとにかく多い。余裕が一切無い。

何度か撃つ内に、反動に対する自分の動きはわかってきた。体勢を崩すことが少しずつ無くなっていく。が、

 

「体勢に気を取られるな! 来るぞ!」

「あっ……! だぁーー!」

 

射撃が甘くなっていたのだろう。爆撃機が少し低い位置にまで降りてきていた。つまり、命中精度が上がるということ。完全に隙が出来てしまっていた。だが、こちらも狙いが付けやすくなる。爆弾が投下されるのと同時に私も撃ち、何とか爆撃機に掠らせることに成功した。

しかし、気付けば投下された爆弾が目の前にあり……

 

「へぶっ!?」

 

顔面に直撃。

この爆弾はとんでもない臭いのするペイント弾だ。それが顔に着いたということは、

 

「くっ、臭いっ、痛いっ、苦いーー!?」

「中断! ちょっと中断!」

 

天龍さんが訓練を止めてくれた。口の中にも入ってきたため、臭い以上に酷い味もしている。目も尋常じゃなく沁みる。だからといって消臭剤で顔を洗うのはよろしくない。これが地獄か。

 

「長いこと訓練見てるけど、顔面キャッチは初めて見たぞ……」

「アカンアカン、すぐに拭いたり」

 

龍驤さんも天龍さんに曳航されて近くに来ているようだが、目が開けれたものじゃなかった。正直、臭いが気にならなくなってきたくらいだ。

ひとまずタオルで顔を拭き、ギリギリ目が開くくらいにはなったが、口に拡がる味は消えない。今すぐ口を濯ぎたい。

 

「初めてにしてはいい根性だ。吹雪の一番最初は制服がペイントで染まっても撃ち墜とせなかったのに、ちゃんと当ててるぞ」

「すごいよ朝潮ちゃん! 今はとんでもないことになってるけど、初めての訓練で当てれてる娘ほとんどいないよ!」

 

褒められてはいるが、複雑な心境だった。言ってみれば、これは敵艦載機との相打ちだ。敵が倒せているわけでもない。気を抜いたわけではないが、あの爆撃が避けられていれば完璧だった。掠っていたとしても及第点くらいだろう。

よりによって顔面。本物だったら確実に死んでいる場所。

 

「避けられれば……」

「せやな。ホンモンやったら朝潮死んどったからな。次は気ぃ付けや」

「はい……精進します……」

 

龍驤さんには私の心境もお見通しだったみたいだ。一番言ってほしかった言葉をかけられた。命のやり取りじゃなくて安心すると共に、本番ではこんな事あってはいけないと肝に銘じる。

 

「でもまあ今回はお笑いにできたなぁ朝潮。これはあのケーキん時と同じくらいやね。さすが癒し担当や」

 

ニヤニヤしながら龍驤さんが肩を叩いてくる。弄る要素が増えたと喜ぶいたずらっ子のようだ。ペイント関係無しに、私の顔は今真っ赤だろう。

 

「じゃあ、充分休憩できたな。訓練再開するぞ。次、吹雪」

「天龍、また曳航してや。朝潮のガッツで気合い入ったわ。もう吹雪にも皐月にも艦載機に触れさせん」

「え゛っ」

 

そのあと、先程よりもハードな対空訓練が始まってしまった。最終的には吹雪さんも皐月さんも爆撃を顔面に受ける羽目になった。さすがに笑えないが。

 




何かするたび、朝潮の痴態が増えている気がします。ケーキ、風呂、顔面キャッチ、次は何をやらかすでしょうか。


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欠陥(バグ)は艦娘だけでなく

爆撃を顔面で受け止めた訓練から数日間、私、朝潮は対空訓練に勤しんでいた。

初めてだったとしても、あの直撃は自分の中で大きな失敗として刻まれていた。もはやトラウマである。次の日の訓練では逃げに徹しすぎて撃つことが出来ず、その次の日は狙いがまったく定まらなかった。結局あの日以来、艦載機に弾を掠らせることも出来ていない。

天龍さんからは気にしすぎだと諭されたが、どうしても払拭できないでいた。

 

「悩みがあるなら筋トレしなさい」

 

相変わらずの山城さんだったが、今だけはこれが有り難かった。身体を鍛えればあんな事故は無くなる。そう信じることができた。

あの時の事故は、撃った反動で体勢が崩れることが原因だ。吹雪さんや皐月さんは、撃っても軸が動いていなかった。それに比べて私は少し仰け反り、その度に動きが止まる。

 

「下半身以外にも、腹筋と背筋よ。高角砲の反動なんでしょ。アンタの艤装は背中から高角砲に繋がるんだから、上半身の強化も侮れないわ」

 

結局は全身を鍛えないといけない。強いて言うなら、手に持つ武器全般が欠陥(バグ)の影響で使えないので、腕だけは重点から外れるくらい。

言われた通り、下半身以外にも腹筋背筋の筋トレを追加した。

 

「そこまでトラウマになっとるとはなぁ……。初陣であれだとしゃあないか」

「あら龍驤、ジムに来るなんて珍しいじゃない」

「気になるんよ。うちが原因みたいなもんやろ」

 

龍驤さんがジムに姿を現した。空母の方々は筋トレとは少し縁がなく、別の訓練場を使うことが多い。特に発艦が式神である龍驤さんは、筋力とは無縁のところにいた。

その龍驤さんがここにいるということは、私は余程なのだろう。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「朝潮はようやれとると思うで。確かにあれがホンモンやったら死んどった。でもあれは訓練や。割り切らな」

「そう……ですけど……」

「当たるのを怖がるなとは言わん。だけど、怖がりすぎとったら何もできん。せやろ?」

 

その通りだ。逃げ回るだけでは戦場にいる意味がない。だからといって、まともに当てられないのも意味がない。今の私には、意味がない。

 

「当たっても大丈夫なくらい鍛えればいいのよ。首回りの筋トレも必要ね」

「山城はちょい黙っといて」

 

そうは言われても、どうしても割り切れないのだ。爆撃を見るたびに、目の前にあった爆弾を、直撃した時な痛みを、臭いと味を思い出してしまう。

 

「怖さと痛みを知っとんのはええ武器になるんやけどなぁ。だってそうやろ、同じ痛み、仲間に味わわせたいんか?」

「……それは嫌です」

「せやろ? まぁこの前は吹雪と皐月の顔面にも喰らわしたったけど」

 

そうだ、私がうまくできないと、他の人達が同じ目に遭うかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。

怖いけど、立ち上がるしかない。

開き直るためには……やっぱり同じことを繰り返すのが一番じゃないかというところに辿り着く。

 

「龍驤さん、また訓練に付き合ってもらえますか……? 顔にぶつけるくらいでいいので」

「うちはええけど、ええんやな?」

「はい。スパルタでお願いします」

 

失敗しかしていないから立ち直れない。成功すれば自然と克服できるだろう。自信にも繋がるはずだ。まだトラウマはあるけど、吹っ切れるきっかけはできそうに思えた。鍛えれば悩みも晴れるという山城さんの考え方が移ってきたかもしれない。

 

「その前に、ノルマの筋トレ終わらせなさい」

「そうですね、やっちゃいましょう。腹筋100回と……」

 

と、ノルマを確認している時、鎮守府内の緊急警報が鳴り響いた。私は聞くのが初めてだ。

今の時間帯だと、龍驤さんではない空母の方が艦載機を飛ばして近海を監視している。おそらくそこで敵の姿を発見したのだろう。

 

「最近静かだと思っていたけど、おかしなタイミングね」

「せやな。はぐれでも出たんか?」

『私だ。山城君、出撃準備を頼む。繰り返す。山城君、出撃準備を頼む』

 

司令官からの全体放送は、山城さんの出撃命令。他に名前を出さないというのとは、単機での出撃なのか。単機での出撃命令なんてものがあるのは聞いたことがない。

龍驤さんは何か察したような顔をしている。山城さんも察したようで、ほんの少し昂揚したような雰囲気に。

 

「着替えてくるわ。筋トレは中止」

「は、はい、了解しました」

 

 

 

「山城、出撃準備始めるわよ」

 

着替えて工廠にやってきた山城さん。いつものスポーツウェアではなく、艦娘としての制服。

戦艦の艦娘は、巫女服であったり道着であったり、いわゆる和装ベースの制服を使う。山城さんも丈の短い巫女服風な制服だ。だが、通常の戦艦山城と違い、振り袖部分を外した状態。本人曰く、邪魔とのこと。

 

「はい、準備できてます。うわ、山城さんの制服久々に見た」

 

明石さんが山城さんの艤装を準備していた。

本来なら腰に接続した機関部に大型主砲を取り付けるのが戦艦である山城さんの艤装。さらに言えば、山城さんは航空戦艦という戦艦の中では稀な艦種である。空母とは言えないが、水上機を数多く搭載し、発着艦できる飛行甲板を持つ戦艦だ。

しかし欠陥(バグ)により装備が駆逐艦とほぼ同様になってしまっている山城さんは、そこには何も付けていない。水上機も装備できないので、飛行甲板すら付けていない。

代わりに、明石さん謹製の特殊武装を装備することになる。どの鎮守府に行ってもこんな装備はないし、あり得ないと一笑されるだろう。

 

「整備しておきましたよ。使い勝手は前より上がってます」

「ありがと。ちょっと軽くなったわね」

 

そう言いながら右腕に装着するのは、私達駆逐艦が装備するであろう小型主砲の中でも火力の低い12cm単装砲。少し形状が変化しているが概ね同じものだ。

左腕には艤装に接続するはずの飛行甲板を装着した。本来なら水上機を発艦させるためのものも、水上機が装備できないのなら宝の持ち腐れだが、山城さんはそれを()として腕に装備している。

 

「装備完了。いつでも出られます」

「了解。提督、いつでもいいわよ」

 

装備をしている間に司令官が工廠に来ていた。本来なら執務室から確認するだけでいいのに、わざわざ見送りにくるという。近海ならそのその戦闘をその目で確認するまであるとか。

最初は艦娘全員から避難してくれと言われていたが、すでに全員が諦め、むしろ見送りをしてもらうことで士気を上げるまでになっていた。

 

「うむ。山城君、今回も()()だよ」

「でしょうね。私を単機で呼ぶんだもの、わかってたわ」

「いい加減折れてくれればいいんだがね。なら頼んだ。無茶だけはしないように」

 

山城さんは一息吐き

 

「扶桑型戦艦山城、出撃します」

 

一気に海へと駆けていった。

 

 

 

私は司令官に連れられ、講堂へと入った。そこには山城さんの戦闘を確認するために艦娘達が集まっている。講堂への映像は、空母の艦載機が送信してきているらしい。集音すらしている辺り、状況が逐一把握できる。

だが、これは戦闘だ。こんな娯楽のようなことをしていいのだろうか。万が一山城さんが負けてしまったら……次はこの鎮守府が狙われるのでは。

 

「山城君、聞こえるかね」

「ええ、感度良好。聞こえるわ」

 

司令官はインカムを使って山城さんと通信している。山城さんの声もこちらに聞こえているので、会話の内容は把握できる状態だ。

 

「朝潮君、今回は我々の敵、深海棲艦との戦いだが、少しだけ違う部分がある。それだけは理解してほしい」

「違う部分、ですか」

「ああ。()()()()()()()()()、ということだよ」

 

深海棲艦。

海の底から突如現れて海を制圧した、私達の敵。艦娘でなければ倒せない謎の勢力。

その存在の正体は諸説あるが、深海棲艦も私達と同じで、艦の魂を使って作られていると言われている。恨み辛みに支配され、それに合わせて肉体(うつわ)も変化して産まれた艦娘だという噂もあるらしい。もはや人型すらしていないものがあるのも、まともな思考もなく恨みしかないというのなら理解ができる。

 

「本来なら深海棲艦は我々の敵だ。だけどねぇ……今回のは敵って感じではねぇ……」

「どういうことでしょう」

「まぁ実際に見てもらえばわかるよ。こういう舞台でみんなが見ている理由も」

 

そうこうしている内に、山城さんが戦地に到着した。そこに待っていたのは真っ白な深海棲艦。冠とマントがあるため、女王のような風格だ。だが、マントの下はほぼ全裸である。変態さんかもしれない。

背中からは身体と同じくらいの大きさの機械の腕。あれが深海棲艦の艤装なんだろう。私達艦娘とは似ても似つかない。

 

「深海棲艦の姫級、北方水姫だよ。通称『北の魔女』だ」

 

姫級というのは深海棲艦のランク。名前もない『いろは級』から始まり、次に人間の形が取れるようになった『鬼級』、そしてその上、最上位が『姫級』となっている。あの変態さんは姫、つまり深海棲艦の中でも最上位の力を持っているということ。

 

「マッテイタゾ、ヤマシロォ!」

「喧しいわね……」

 

吠えるような喋り方。あそこまで人の形になれば、人の言葉も使えるらしい。どこか片言だが、何を言っているかは聞き取れる。

 

「キョウコソ……キサマヲシズメル! カカッテコイヨォ!」

「威勢だけはいいのよね……そんな事……」

 

言うと同時に山城さんが跳んでいた。すでに艦娘の戦い方じゃない。

 

「言われなくてもやってやるわよぉ!」

 

艦娘らしからぬ大振りの回し蹴り。だが巨大な腕型の艤装に阻まれる。

そこから2人の格闘戦が始まった。山城さんの攻撃を北方水姫がガードし、北方水姫の攻撃を山城さんは避ける。あの巨腕の攻撃は、直撃したらさすがに危険だ。だから避けているのだろう。

よく見てみれば、北方水姫の艤装にも主砲があるように見えない。

 

「司令官、質問よろしいでしょうか」

「なんだい?」

「あの……北方水姫……でしたか、あれには主砲が無いように見えるのですが、深海棲艦というのはああいうものなのですか?」

 

私はまだデータ上でしか深海棲艦を見たことがなく、特に姫級ともなるとデータが少なくあまりよくわからなかった。初めて見る深海棲艦がマントにほぼ全裸の変態だったのはさておき、艤装そのもので攻撃してくるというのはさすがにおかしく感じる。

 

「よく気付いたね。あの北方水姫も欠陥(バグ)があるようなんだ」

「え……!?」

「噂は本当なのかもしれないね。艦娘と深海棲艦は同一存在という諸説のね」

 

私達と同じように、北方水姫にも欠陥(バグ)があるという。見た感じ、私と同様の主砲接続不備辺りが妥当か。だが関係無しに攻撃の手段を持っているため、気にならないのだろう。

だが、艦娘と同じように欠陥(バグ)が発生する可能性があるというだけでも謎が深まる。北方水姫も、実は艦娘なのかもしれない。手違いで深海棲艦になってしまったのかもしれない。

 

「ツメタイトコロニ……シズメェ!」

「お断りよ!」

 

北方水姫の巨腕のガードをこじ開け、小型主砲での射撃。しかし、内側の本物の腕にも装甲があり、弾は弾かれてしまう。火力が無いのもそうだが、あちらも主砲無しの戦いを熟知している。

射撃の隙を見て北方水姫も攻撃に転じる。今まで使ってこなかった脚による攻撃。

 

「っぐ!?」

 

山城さんの鳩尾にモロに入った。ほんの少しだけ体勢が崩れ、その瞬間に巨腕に掴まれてしまった。

 

「ッハ、ヤマシロ……コレデオワリダ……!」

 

巨腕による握り締め。普通の人間ならあっという間にぺしゃんこだろう。艦娘といえども、ひとたまりも無い……はずだった。握りが一向に動かない。

 

「何のために今まで筋トレしてきたと思ってんのよ! 機関部のパワーも借りれば、この、程度……っらああああ!」

 

徐々に握りが緩んでいく。腕力だけで抜け出そうとしている。北方水姫の腕から火花が散る。おそらく内部から主砲も撃っているのだろう。密着した状態のゼロ距離射撃だ。山城さんにも被害が出ているはずである。

 

「ナ……ニ……!?」

「終わるのはアンタよ! もう逃がさない!」

 

緩んだところを抜け出し、主砲を逆手に持つ。そして

 

「楽しかったわよ、北方水姫」

 

主砲の射撃の反動を使った全力の拳が、北方水姫の顎に叩き込まれた。

 

 

 

山城さんと北方水姫の戦い、私はずっと目が離せなかった。本番はこうではないと司令官は言ったが、生と死のやり取りを間近で見たのだ。山城さんが死んでしまうのではないかと考えてしまい、ずっと怖かった。

 

「あの娘達はね、お互いを認め合っていたんだよ」

「認め合っていた……?」

「もうあの勝負は3回目なんだ。北方水姫がいつもギリギリなところで逃げていたんだがね。でもまた山城君に挑んできた。名指しで、配下も連れずに、正々堂々とね」

 

本来の深海棲艦は手段を厭わない。圧倒的な物量で押しつぶしにくることも、罠を仕掛けてくることだってある。不意打ちなんて日常茶飯事だ。だからこそ、近海監視や哨戒任務を怠ることができない。

だが、北方水姫はそういったことを一切しなかった。真正面から、罠も無く、ただただ実力だけで山城さんにぶつかった。

だからだろうか、負けた北方水姫は晴れ晴れとした、安らかな顔だった。

 

「山城君に勝ちたいという一心だけだったんだよ。深海棲艦にもっとそういう娘がいればいいんだがね」

「そう……ですね」

「あちらが真剣に挑んできているから、山城君も北方水姫との戦いは全力で向かっていた。そのために筋トレも増やしていたよ」

 

北方水姫を認めていたからこそ、常に全力で鍛えていたわけだ。この時のために鍛えていたのだ。ストイックだったのも頷ける

 

「提督、山城です。ちょっと見て」

「ん、どうかしたかい?」

「北方水姫が……」

 

講堂の皆も画面を食い入るように見ていた。

本来倒された深海棲艦はそのまま消滅する。艦娘でいう轟沈とは違い、肉体(うつわ)ごと消え去るのだ。北方水姫も同じように消えていくものだと誰もが思っていた。

だが、消えたのは艤装のみ。本体はそのまま残ったまま。

 

「これは……浄化現象! 山城君、辛いかもしれないが、北方水姫を工廠まで運んでくれ!」

「了解……っく、最後ので腕やっちゃったわよ……まだ鍛えが足りないわね……」

 

何が起きているか、私にはわからなかった。だが、司令官がいつも以上にテンションが上がっている。倒れた深海棲艦を工廠に連れ込むとはどういうことなのだろうか……。




関係ないように見える山城と北方水姫ですが、北方水姫がラスボスとして出てきたイベント『出撃!北東方面第五艦隊』にて、E-1海域でレベル1の山城改二がドロップするというバグがあったところから関係を持たせています。バグに関わるこの話ならでは。


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増える欠陥(バグ)仲間

Гангут(ガングート)級一番艦、ガングートだ。本日よりこの艦隊に配属になる。よろしく頼むぞ」

 

鎮守府が騒然とした。私、朝潮も勿論他と同じである。

新規配属艦娘であるガングートさん。鎮守府初の海外艦であり、鎮守府初のドロップ艦以外の配属。そして、他の鎮守府でも類を見ない、()()()()()、しかも姫級である。

 

「先日山城君が決着をつけた北方水姫だが、見ての通り浄化現象により艦娘へと変化した」

 

浄化現象。

深海棲艦を倒した時、極稀に発生すると言われる艦娘への変化のことである。その発生確率は欠陥(バグ)の発生よりも低いと言われており、他の鎮守府にいるガングートさんは大本営が艦の魂を解析し建造した『報酬艦』と呼ばれる存在しかいないという。北方水姫そのものがガングートさんに変化した現象は、未だかつて無い。

 

「あの時の記憶も半分程度だが残っている。山城、貴様には世話になったな」

「本当よ……深海棲艦に名指しでケンカを売られるなんて不幸すぎるわ」

 

だが、ガングートさんがこの鎮守府に配属することになったのは何故だろうか。そんなレアケースの艦娘を大本営が他に譲るとは到底思えない。

大本営は鎮守府ではあるが部隊を運営しておらず、艦娘や深海棲艦の謎の解明にも尽力している機関である。私達にある欠陥(バグ)についても大本営が原理を解明しているのだ。

 

「提督、なんでうちの鎮守府に配属なんだよ。元深海棲艦なんてレアな艦娘、大本営が黙っちゃいないだろ」

 

天龍さんも私と同じ疑問にぶつかったらしい。

 

「ガングート君には欠陥(バグ)が発見されている」

「北方水姫時代の名残だ。主砲が使えん」

「そのため、欠陥(バグ)持ちをもっとも理解できている我が鎮守府に配属することになった。大本営としても、運用結果が見たいようでね」

 

なるほど、欠陥を持った元深海棲艦という艦娘を他に配属させるわけにはいかなかったということだろう。

大本営がガングートさんを実験に使うかと思っていたが、艦娘としてのスペックを見たいのなら、別の鎮守府に配属して経過を観察した方が早い。さらに欠陥(バグ)があるのなら、この鎮守府が最適だ。

 

「というわけで、ガングート君が仲間に加わった。今日の夜は宴だぞ!」

「ほう! そいつは嬉しいな! ウォッカはあるのか!」

「勿論用意しよう。久々に酒盛りだ!」

 

隣で大淀さんが頭を抱えていた。あとから皆が慰めるだろう。

 

 

 

今日の対空訓練はうまく行った。何度かは当たってしまったが、しっかりと爆撃を避け、爆撃機への攻撃を当てることもできた。少しはトラウマが払拭できたように思える。

調子がよかったからか、いつもよりも早く訓練が終わった。

 

「お疲れ様! 朝潮、今日はいい感じだね」

 

一緒に訓練をしていた皐月さんから褒めてもらえた。あの時の私を知っている皐月さんに言ってもらえるとありがたい。

 

「そうですね。少し当たってしまいましたけど、あの時よりはマシですね」

「あの時って、顔面爆撃? まぁあれはトラウマものだよねぇ。ボクと吹雪ちゃんも当て付けみたいに喰らったけど」

「はい……正直あの後からスランプでした。でも、少し吹っ切れたみたいです」

 

私は真面目に考えすぎていたらしい。あくまでも訓練のミスだ。次に巻き返せばいい。確かに酷い目にあったが、それで死んだわけではないのだ。本番で死なないようにするために訓練しているのだから、こういうところで無茶をしておくべきだろう。

山城さんと北方水姫……ガングートさんの戦いを見たからこそ、そこに辿り着けた気がする。本当の生死をかけた戦いに比べれば、私のミスなんてちっぽけなものだ。

 

「龍驤さんにもお願いしてあるんです。また前のような訓練をしてほしいって」

「え、マジ……?」

「はい。このまますぐに追いつきますよ」

「あはっ、ボクと競い合う気? 可愛いね!」

 

私と同じ欠陥(バグ)を持っている皐月さんは、今は私の目標でもある。戦術も参考になる部分がおおい。早く追いついて、肩を並べて戦闘に参加したい。そのためには日々訓練だ。

 

「よーし、じゃあお風呂行こう。臭い取りたいし!」

「ですね。前ほどではないですけど結構辛いです」

 

皐月さんはほぼ無傷といっても過言ではなかったが、少しだけ掠っている。私は何度か当たった上に、肩にモロに受けているので臭いが強い。振り向くだけで少し顔をしかめてしまうほどだ。

龍驤さんが使ってから、対空訓練の爆弾にはその臭いを使われることが多くなった。そのおかげか、皆訓練に一層力を入れるようになり、対空に関しては他の訓練よりも伸び率が良くなったらしい。

ただ、訓練をしてくれる空母の方々と、艦載機を操縦する装備妖精さんからは、若干の苦情があるとか。

 

「ん? おお、貴様らか。……酷い臭いがするが」

 

訓練から戻ると、工廠にはガングートさんがいた。ちょうど艤装の調査をしているところのようだ。

 

「対空訓練は当たるとこういう臭いのする弾を使われるので」

「当たりたくないって思えるからだよね」

「なるほど、理にかなっている」

 

顔はしかめているものの、納得してくれたガングートさん。まずはここである程度臭いを取らなくては。

 

「ガングートさん調査終わりましたよーって、くっさい!」

 

明石さんもやってくるなり鼻をふさぐ。

汚れた私達を見て察したようで、すぐに工廠の端に妖精さんが専用のシャワールームを用意してくれた。消臭剤と洗浄剤が含まれた高速洗浄。整備担当の妖精さんはそういったことも得意なようで、お風呂で洗い落とすよりもすぐにある程度の臭いが取れた。制服も脱がされ新しい制服を着せられる。

 

「相変わらずこれは凄いですよね」

「ね。汚れを取るのはいつものことだけど、臭いもある程度取れるってのが凄いよねー」

「肌に付いたところだけはお風呂ですね」

 

さっぱりした私は皐月さんの提案で、明石さんに洗浄が終わった事を伝えがてら、ガングートさんの話を聞きに行くことにした。まだ少し臭いはするが気にならない程度である。

 

「明石さんありがとー!」

「あとはお風呂で取れる程度になりました」

「はいはい、あの臭いだけはホントどうにかしてほしいわ……」

 

言いながらもガングートさんに艤装を装備させている。

ガングートさんも山城さんと同様、背中を埋め尽くす大きな艤装だ。そして、北方水姫時代を彷彿とさせる、艦首をモチーフにしたアームが接続されていた。本来なら主砲が接続される場所であろう空白には、バルジが張られている。

 

「うむ、主砲が無いのは不便だが悪くない。特にこのアームがいいな!」

「本来なら主砲の接続を目的としているのみで、攻撃に使うような装備ではないんです。でも、()()()()()()でしょうね。しっかり手の部分まで出来ちゃってます」

「ならば私のみの特殊兵装なのだな! хорошо!」

 

ということは、ガングートさんはあの時の北方水姫と同様の戦い方をするのだろう。艦娘でありながら、砲撃を掻い潜り格闘戦で相手を倒す。

本来ならば持つこともない特殊な兵装も、元深海棲艦ならありえるということが実証された。

 

「カッコイイ! ガングートさんの艤装カッコ良すぎだよぉ!」

 

皐月さんもその異形の特別感に興奮している。かくいう私も表には出していないが通常とは違う艤装というのはカッコいいと思う。

 

「これは整備とかも慎重にしないといけませんね」

「そこは私も手伝おう。私の艤装だ、私が一番わかる」

「あまり無茶しないでくださいよ、と言いたいところですが、戦い方的にすぐにガタが来そうですよねぇ。手の部分の開発方法考えておかなくちゃ……」

 

本来存在しない装備の開発という難題を与えられてしまった明石さん。だが、そこまで悲観はしていないようだ。

 

 

 

お風呂で最後の臭いを洗い流し、湯船でまったりしている私と皐月さん。さすがにだらしない顔は見せなくなった。

 

「もう湯船の回復でだらけなくなったね」

「慣れましたよ」

 

訓練後のお風呂は欠かせないものになっている。今の私は毎日のように訓練しているので、毎日そういう目的でお風呂を使っているのだ。そこまですればさすがに慣れる。

 

「白露だけが見たんだよね。朝潮のだらけ顔」

「あの後からは細心の注意を払っていましたから」

「みんな通る道だよ。お風呂でだらけるの」

 

そうは言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。ただでさえ私には落ち度がいくつかあるのだから。

 

「おう、お疲れさん」

「お疲れ様」

 

そう話していると天龍さんと、今回訓練を手伝ってくれた空母、蒼龍さんが入ってきた。私達の訓練を見ていた後、司令官への報告などをしていたらこの時間になったらしい。

蒼龍さんは龍驤さんとは違う正規空母という艦種。燃費と回避が下回る代わりに、艦載機の搭載数がかなり多く、耐久力にも優れる大型艦だ。それでもトップ空母と呼ばれているのが龍驤さんという辺り、龍驤さんがどれだけ優れているのかが窺える。

ちなみに蒼龍さんの欠陥(バグ)も龍驤さんと同じ浮き砲台だ。なので、2人同時に出撃することはなかなかないらしい。お互いに残念がっていた。

 

「お疲れ様です」

「お、朝潮もうだらけてないな」

 

一生このネタで弄られ続けるのだろうと覚悟した。やはり落ち度である。全員の記憶から消したい。

 

「龍ちゃんから聞いてたけど、朝潮大分避けられてたね」

「はい、やっとコツを掴んだようです」

「顔面爆撃のこと考えると、大分進歩してるよ」

 

こちらもおそらく一生弄られるネタだろう。払拭するくらい活躍しなくちゃいけないのではないか。俄然やる気が出た。

蒼龍さんの訓練は、龍驤さんほど爆撃の精度が高くない代わりに、艦載機の持続時間が長く、弾が当たられないと1機でも長く相手をする羽目になる。避けやすいといえば避けやすいが、それが同時に3機発艦となったりするので、早期決着を要求される。

 

「私も龍ちゃんくらい精度高い爆撃をしたいんだけど、妖精さんがまだ操縦しづらいって言うからさ。練度を高めないとね」

「空母はどういう訓練をしてるんですか?」

「私は弓道型だから、毎日的を射ってるよ。これが結構大変でね。陸上で艤装装備しながらの行射だから」

 

龍驤さんは式神型だが、蒼龍さんは弓道型。矢を放つことで、その矢が艦載機へと変化する。当然ながら、発艦は弓道と同じスタイルで行われる。

蒼龍さんの艤装は私達とはまったく違い、背中に矢筒をかけることと、肩に飛行甲板を装着することのみ。とはいえ普通に矢を射るにはとても邪魔なのは言うまでもない。そのため、普通の弓道とは違うスタイルを自分で見つけるしか無いらしい。

 

「オレらにはわかんねぇ苦労だよな。空母は攻撃の仕方が違いすぎる」

「ですね……でも私は天龍さんの苦労もわかりません」

「あー、オレは艦娘からも少し離れてるからな。明日からは山城姐さんと一緒にガンさんの格闘戦訓練も付き合わないといけなくなった」

 

ガングートさんも当然格闘戦専門の艦娘として運用されることとなる。天龍さんや山城さんと同じ訓練をしていくのだろう。なら、ジムの常連になる可能性は高い。

 

「あ、さっきガングートさんの艤装見せてもらったんだ! すごくカッコよかったよ!」

「どんな感じだったんだ?」

「ほとんど北方水姫そのままなイメージでした。本来なら無い手の部分があって」

 

それを聞いた天龍さんは、悪いことを思いついた顔をした。隣の蒼龍さんも何か察したらしい。

 

「天龍、ほどほどにしておきなよ?」

「わかってるわかってる。せっかく艤装に手があるんだし、もっと器用になってもらおうって思っただけだよ」

 

私も察してしまった。おそらく手を使っての緻密な作業をやらせるんだろう。動かし方に慣れれば戦術が拡がるだろうが、ものすごく大変そうだ。

だが、格闘戦の仲間が増えたことは天龍さんは大いに喜んでいた。艦隊の中でも屈指に危険な戦闘だ。自分以外にもいればできることも増えてくる。

 

新しい仲間、ガングートさん。私も出来ることがあれば手伝ってあげたい。格闘戦の戦艦相手に私のできることは高が知れているだろう。それでも。

 




ガングートもバグに縁のある艦娘。手に入った直後、戦艦ル級のグラフィックになっていました。元深海棲艦であるのも、そこで頷けるのではないでしょうか。


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鎮守府の歴史

昨日のガングートさんの歓迎会は酷いものだったと大淀さんは語る。私、朝潮のような駆逐艦(こども)や一部の軽巡洋艦、また翌日の早朝に哨戒任務のある艦娘は酒盛りということで参加しなかったものの、それ以外はほぼ全員がお酒を飲み、お酒に飲まれたらしい。

これほどまでに自分が駆逐艦であったことを喜んだことは無かった。

ちなみに司令官はザルとのこと。翌日にも残らないというから恐ろしい。

 

「勿論、本日も通常通り稼働します。二日酔いなど関係ありません」

 

そう言う大淀さんも顔色はそんなに良くはない。司令官の監視をするための参加で、お酒をしこたま飲まされることになったのだとか。いつもよりもアルコール度数が高かったのが一番の問題である。

 

「朝潮君は今日は午前中だけだね。いつも通りの対空訓練、調子はどうだい?」

「はい、おかげさまで大分わかってきました。もう他の方々と同じ訓練に入っています」

 

最初は発艦する艦載機の数に差を付けてもらっていたが、今では同じ数にしてもらっている。その分被弾の数も増えたが、訓練自体は滞りなく進められるので問題ない。自分の成長が感じられる。

龍驤さんにもスパルタで教えてもらっているため、トラウマはほとんど払拭できた。ただ、定期的に顔面を狙ってくるのは勘弁してほしい。

 

「なら、そろそろ別の訓練も考えておこう。次は対潜だ。君達駆逐艦には潜水艦との因縁がよく付いてくると聞くのでね」

 

駆逐艦は敵潜水艦からの魚雷が致命傷になる可能性が高い。ただでさえ威力の高い攻撃に対して、耐久がもっとも低いからである。そのため、撃たれる前に倒すのがベストだ。そのためには、ソナーによる探知と爆雷による攻撃をいち早く行えるようにしなくてはいけない。

 

「また1から覚えてもらう必要があるからね。天龍君のような先生を用意しておくよ。それまでは対空訓練に励んでほしい。くれぐれも気をつけて」

「了解しました」

 

今日の訓練は、担当の空母の方がグダグダだったのは言うまでも無い。

 

 

 

訓練後、お風呂も終わりあとは何も無いという状態になったとき、吹雪さんから声を掛けられた。

 

「朝潮ちゃん、今日は午後から非番だったよね」

「はい、もう何も無いです」

「だったら、ちょっと時間貰えないかな」

 

改まって言われると少し緊張する。

 

「定期的に駆逐艦で集まってるの。名付けて"駆逐艦定例会"」

「定例会……ですか」

「かしこまったものじゃないんだけどね。ただお茶しながら世間話するだけ。で、朝潮ちゃんはまだ来て間もないから、交流がてら出てみない?」

 

駆逐艦は艦娘の中でも群を抜いて多い艦種であり、現在発見されている艦娘の44%、ほぼ半分を占めている。そのため、鎮守府には駆逐艦が相当多い計算になる。

勿論この鎮守府も例外ではなく、私を含め、在籍している艦娘の中では駆逐艦が一番多い。歓迎会の時に一応全員と顔を合わせているが、訓練のタイミングなどからほとんど話せていないという人は多い。

それは私だけではないらしく、それを知った吹雪さんが、駆逐艦全員の仲を取り持つためにと行なっているのが駆逐艦定例会だそうだ。

 

「わかりました。私も出ます」

「そう! よかったぁ。じゃあ午後にまた呼ぶね」

 

吹雪さんは笑顔で去っていった。艦娘というとどうしても戦闘がついて離れないが、こういう形の娯楽は必要だ。ストレス解消もあるだろうし、単に身体を休めるためにも効果的だろう。

ここ最近は訓練尽くしだった。対空訓練の後も筋トレや自主練。いつもジムで山城さんに会っていたほどだ。たまにはお休みもいい。

お茶会というのは初めてだ。司令官がおやつとして甘味を振る舞ってくれることはよくあったが、甘味を皆で集まってワイワイ食べるというのは実はやったことがない。今から少し楽しみだ。

 

 

 

昼食後、少ししてから吹雪さんに呼ばれ、私は駆逐艦定例会に参加することに。

先に言われていた通り、ただのお茶会。場所も会議室などを使うわけではなく、談話室の一角を占拠するような形だ。駆逐艦全員が入ってもまだスペースはあるほどなので、皆思い思いにリラックスしている。

 

「最近朝潮絶好調じゃん。だらけた顔見たいなー」

「安心してください。深雪さんには絶対見せないので」

「わお、辛辣」

 

早速深雪さんがやってくる。甘味であれば私が緩むと思っていそうだが、そうは行かない。振る舞われたチョコレートを食べながら返す。

ケーキもそうだが、やはり私も女の子、甘いものは大好きだ。以前は初めてだったので醜態を晒したが、慣れた今では美味しくいただけている。

 

「そういう深雪さんもダルンダルンになったりするんじゃないですか?」

「なったなった。それはもうなった。しばらく風呂で蕩けてたぜ」

「あったねそんなこと。溺れ掛けたっけ」

 

今度は皐月さん。深雪さんとは大体同期らしく、訓練を始めた時期も似たような時。艤装装着の訓練も同じ時期で、二人して初めてのお風呂で蕩けきったようだ。うん、あれは仕方ない。未知の感覚だ。

 

「あさしおー、あさしおー、口開けてー」

「えっ、な、なんですかんぐぅっ」

 

突然呼ばれ、振り向きざまに口に何かを放り込まれた。甘い。これもチョコレートだろうけど、さっきまで食べていたのとは少し違う。

私を呼んだのは陽炎型駆逐艦10番艦の時津風さん。やたらイタズラをするような人で、事あるごとに司令官によじ登っているのを見かける。今も私の頭によじ登ろうとしている。私とは背丈が似たようなものなので安定感が悪い。

 

「なんかねー、お酒入ったチョコだって。朝潮に食べさせたらー、面白いことになるかなって!」

「なりませんよ……あ、でも美味しいですね」

「ちぇー、残念」

 

なるほど、少し変わった味だと思ったが、お酒が入っているのか。ウィスキーボンボンというものだ。でもこの程度なら酔うことはないだろう。いくらお酒でも。

時津風さんはよじ登っている間に体勢を崩し、私の膝の上に落下してきた。そのまま膝枕の形になる。

 

「おー、意外と寝心地いいねぇ」

「そうですか?」

「それじゃおやすみー」

 

本当に寝息を立て始めてしまった。お腹側に顔を向けているので、息が少しくすぐったい。実は時津風さんはこのチョコレートで酔ってたのではなかろうか。まぁ邪魔ではないので今はこのままでいることにしよう。さりげなく頭を撫でてみた。犬の耳のような癖っ毛の触り心地がとてもいい。

 

「どっちが先輩かわかんねぇや」

「時っちゃんは誰にでもじゃれるからね」

 

深雪さんや皐月さんもこういう状態になったことがあるらしい。今日のターゲットが私だったということだろう。あまり会話をしない者を狙うのではないか。

 

「そういえば……私が一番後輩なのはわかるんですけど、どういう順番で配属されたんです? 天龍さんが最古参というのも聞きましたが」

「あ、そっか、そういうの全然知らないよね。みんな対等だから上下関係無いし」

 

ふと思った疑問。別に先輩だからどうという話では無いのだが、知りたかった。

 

「本当に一番最初なのは姉貴だよ。初期艦ってヤツな」

 

司令官がこの鎮守府を立ち上げた時ということだろう。まず一番最初が吹雪さん。どういう経緯かはわからないが、吹雪さんの欠陥(バグ)を見て、司令官が鎮守府を発足、という流れだろうか。

 

「で、次が天さんと龍驤さんだったっけか」

「ボクはそう聞いたかな。ボクらが配属されたときは今の半分くらいだったよね」

「山城姐さんはその時から筋トレやってたな」

 

私の知らない鎮守府の歴史が紐解かれていく。だが、何故いきなりこんな最前線に配置されたのだろう。あまりよろしくないことな気がしてならなかった。

 

「ボクが配属された時はもう土台出来てたよね。艦隊自体がめちゃくちゃ強いし」

「そりゃあこんな最前線だし、練度が高いんだろ」

「やっぱり最初からこの場所にあったんですね。吹雪さん1人の時からでしょうか……」

「呼んだ?」

 

名前を出したからか、吹雪さんがやってくる。片手にお菓子、片手に紅茶とフル装備だ。

 

そこからは吹雪さんにこの鎮守府の成り立ちを聞いていく事になった。皐月さんや深雪さんもそんなに知らないらしい。

 

「最初は私の欠陥(バグ)が見つかったところからかなぁ。新人だった司令官が解体されかけてる私を見つけてくれてね、鎮守府立ち上げるって大本営に言い出したのが最初」

 

他の鎮守府で欠陥のあるドロップ艦として吹雪さんが見つかったとき、我が鎮守府の加藤司令官がたまたま新人研修でその鎮守府にいたのが始まり。吹雪さんを引き取り、新しい鎮守府を発足した。

本来、新人が自分の鎮守府を持つまでにはいろいろな段階というのが必要だが、無理を言って作ったようだ。欠陥(バグ)持ちの艦娘を全部回せと言い切ったらしい。

 

「当てつけみたいにこんな場所の鎮守府をあてがわれてね。最初は上司に楯突いた愚か者扱いだったかな」

「でも今は違うよな。嫌われてるどころか喜ばれるくらいだし」

「司令官の方針はやりたくてもやれないことだからね。今は偉大な功績ってことで手のひら返されたんだよ。大本営すら手のひらクルックル。そのくせ給糧艦回してくれないけど……」

 

吹雪さんの言い方に少し棘が見える。

おそらく司令官と同じ考えの人は他にも沢山いたのだろう。だが、大本営の方針は絶対。欠陥のある艦娘は何が起こるかわからないから即解体である。大本営に歯向かってまで方針を守らないとなると、鎮守府運営が出来なくなる。延いては、現在所属している艦娘も路頭に迷う事になる。

だが、加藤司令官はその時、鎮守府も持たない新進気鋭の新人。言い方は悪いが責任を押し付けやすい立ち位置であり、加えて元々解体する予定の艦娘を使っているので、切り捨てることが容易というのもあるだろう。考えていて気分が悪くなりそうだ。

 

「それでもさ、私がきっかけで欠陥(バグ)持ちの艦娘が助かるのは嬉しいよ。時間はかかったけどこれだけ仲間増えたしね」

「別の鎮守府で拾われてここに来た娘も結構いるもんね。ボクは直にここで拾ってもらってるけど、深雪は別のとこだったよね」

「そうそう、あたしの場合は別のとこでドロップして、すぐにここに配属決まったパターンだった」

 

この鎮守府の話が他の鎮守府にも知れ渡ったからこそ、すぐに配属の準備が出来たのだろう。そうでなかったら解体の可能性もある。それだけこの鎮守府が結果を出したという事だ。

 

「それでも最初は結構大変だったんだよね。低速駆逐艦の私と、武装できない天龍さん、動けない龍驤さんから始まってさ」

 

聞く限りでは近海監視も相当に困難な艦隊だ。まず高速戦闘ができるのが天龍さんしかいないが、武器の装備ができない。その頃から格闘戦のスタイルを確立していたとしても大変だ。さらに龍驤さんは曳航でなければ海上を移動できないと来ている。一番忙しいのは吹雪さんだろう。

 

「3人だとどうにもならないってなって、大本営だけじゃ埒があかないから他の鎮守府からも欠陥(バグ)持ちの艦娘を集めたの。そしたら思ったよりいてね。いきなり主戦力が来たり」

「主戦力ですか?」

「そう。欠陥(バグ)で性能が良くなるっていうのもあるんだよ。清霜ちゃーん!」

「なになに? なんの話?」

 

吹雪さんに呼ばれたのは夕雲型駆逐艦19番艦、末っ子の清霜さん。吹雪さんの次に配属した駆逐艦ということで相当な古株だ。清霜さんは別の鎮守府からの移籍組であり、元いた鎮守府は清霜さんを持て余したという事らしい。どういう欠陥があれば駆逐艦を持て余すのか。

 

「清霜ちゃんの欠陥(バグ)のこと、朝潮ちゃんにも教えてあげてほしいなって」

「あ、聞いちゃう? 聞いちゃいます?」

 

目がキラキラしている。自分の欠陥(バグ)が誇らしいというのがすごくわかる。

 

「あたしの欠陥(バグ)は、山城さんと真逆、駆逐艦なのに装備が戦艦!」

「せ、戦艦装備の駆逐艦!?」

「とはいえ、戦艦以上に燃費が悪いんだよね。聞いた話だとあの大戦艦の大和さんや武蔵さんよりも燃費が悪いって」

 

それは流石にどの鎮守府でも持て余すことだろう。小回りと低燃費が売りの駆逐艦が、超火力の主砲を扱うのだ。超高速戦艦と言っても過言ではない。燃費が悪いのは当然のことで、むしろまともに運用できているこの鎮守府が恐ろしい。

 

「いっつも何か食べてるもんなー」

「すぐにお腹が空くんだよね。一回出撃するだけで燃料すっからかんになるし。でも、念願の戦艦になれたんだよあたし! 身体は駆逐艦だけど、戦艦!」

 

清霜さんの艦の魂は戦艦になりたがっているらしく、それが欠陥(バグ)という形で叶ってしまった。燃費は犠牲になったが、当の本人は欠陥とも思っていないようだ。そのため欠陥(バグ)持ちでも解体されていなかったのだろう。いや、これだけ喜んでいるのを見て解体はさすがに躊躇する。

 

欠陥(バグ)も悪い事ばかりじゃないってことだね」

「ですね。清霜さんを見てるとよくわかります」

 

欠陥艦娘という烙印を押されても、それを喜ぶ人だっているのだ。それを解体だなんてあんまりだ。やはり、司令官の考えは間違ってない。

 

「うちのきよしーは駆逐艦の最終兵器だからねー」

 

時津風さんも目が覚めたようだ。でも膝枕の状態はやめないらしい。

 

「燃費を犠牲に性能が上がってる人は他にも?」

「あとは時津風ちゃんだけかな。時津風ちゃんは重巡装備だね。代わりにいつもおねむみたいだけど」

「あたしもきよしーと同じ感じー。お腹は空かないけど眠い眠いー」

 

だから膝枕ですぐ眠ってしまったのか。それに対して誰も何も言わないのも、これが当たり前だから。訓練しても眠り、実戦しても眠り、足りない燃料を補っているということだろう。性能が上がっているとはいえ、運用に支障が出る欠陥(バグ)であることは間違いない。

 

「基本スペックが他の艦種より低い駆逐艦だからこそ出てくる欠陥(バグ)みたいだからね」

欠陥(バグ)も奥が深いですね……」

 

私自身がそうだからというのと、()陥というのだから、何かが欠けているものが欠陥(バグ)だとばかり思っていた。

 

「とまぁ、そういうわけで、戦力が増えたおかげでこの鎮守府はやっていけたってわけ。あとはもう今と同じかな。見つかった欠陥艦娘を見境なく集めるっていう」

「姉貴よぉ、もう少し言い方あんじゃね?」

「いやいや、見境ないよ。情報が来た時にはもう手続き終わってるレベルだし」

 

手際がいいのか、手が早いのか。どちらにせよ、司令官がやりたいことがよくわかった。最初に言っていた言葉を思い出す。

 

『せっかく産まれた艦娘達を、己が都合で即解体なぞ、国が許しても私は許さん』

 

司令官は欠陥艦娘を全員救うつもりなのだ。私もそうして救われた。皆もそうだ。これからもそうだろう。

改めて、この鎮守府は素晴らしい司令官の元にあるのだと理解した。

 




この鎮守府では、清霜の夢は完全に叶っています。戦艦清霜の活躍に乞うご期待。


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特型との対潜訓練

「あ、そうだ、朝潮ちゃんってそろそろ対潜訓練だよね」

「はい、司令官にも今朝伝えられました。対空も大分慣れてきたので別の訓練を始めようと」

 

駆逐艦定例会がそろそろお開きというところで吹雪さんから聞かれた私、朝潮。いつもやっている対空訓練は、主に吹雪さん、皐月さんが一緒になっているが、対潜は初めてだ。先生が誰になるかもまだわからない。

 

「私や皐月ちゃんは一緒になることは無いと思うから、対潜で一緒になりそうな子を改めて紹介しておくね」

「はい、助かります」

「潮ー、潮ちょっと来てー」

 

呼ばれてやってきたのは綾波型駆逐艦10番艦の潮さん。主砲と高角砲が装備できない欠陥(バグ)により、対潜特化で訓練してきた人だ。雷撃要員としても運用されることはあるらしいが、基本は対潜をメインとのこと。

綾波型は特Ⅱ型とも呼ばれ、特Ⅰ型である吹雪さんとは型は違えど()()姉妹である。吹雪さんは妹だけは呼び捨てのようで、潮さんも例外ではなかった。

 

「はい、何か御用ですか?」

「多分対潜訓練で朝潮ちゃんと一緒になると思うから、先に挨拶だけでもと思って」

 

そうですね、と潮さんがこちらに向き直る。

今まで一緒に訓練してきた人達と比べると、おっとりした大人しい人。見ただけで優しい人だとわかる。

 

「改めまして、潮です。対潜は私の専門だから……何かわからないことがあったら聞いてね、朝潮ちゃん」

「はい、よろしくお願いします」

 

対潜というのは基本的には駆逐艦と軽巡洋艦の仕事だ。軽空母や航空戦艦にも手段はあるが、そちらはそちらの仕事をやってもらった方がいいだろう。そのため、対潜はそれができるのなら必須な技能である。

目視できず、ソナーの反応だけで敵潜水艦の場所を把握し、次の位置を見極めて爆雷を投射する。これは対空で敵艦載機に狙いを定めるのに似ている。上か下かの違いだ。

 

「潮はうちの駆逐艦の中でも屈指の対潜性能だからね。頼っちゃって頼っちゃって」

「うぅ、データで見ると私そこまで対潜強くないんですよ? 白露ちゃんや皐月ちゃんの方が高いですし……多分朝潮ちゃんよりも……」

 

だんだん縮こまっていく潮さん。だが、実際は特化した訓練をし続けていたおかげで、潮さんがトップであることを後から知る事となる。

 

 

 

後日、初めて対潜訓練をすることになった。参加者は私、潮さん、そして暁型駆逐艦2番艦の響さん。響さんは対空と雷撃に欠陥(バグ)があり、主砲と対潜に特化した訓練を受けているそうだ。

暁型は別名特Ⅲ型。こちらも吹雪さんとは()()姉妹。吹雪型、綾波型、暁型を合わせて特型と呼ばれ、それで考えれば吹雪さんは24人姉妹の長女ということになる。吹雪型だけでいうなら深雪さんだけが実の妹だが、特型でいえば潮さんも響さんも妹となるということだ。

ちなみに、潮さんも響さんも、吹雪さんを姉と感じることはあまり無いらしい。複雑な姉妹関係である。

 

「響だよ。定例会ではあまり話はできなかったけど、対潜訓練ではよろしく頼むよ」

「はい、よろしくお願いします」

「潮と一緒にできるのはいいね。とても参考になる」

 

そこまで言われるのだから、吹雪さんの言う通り鎮守府の中でも屈指なのだろう。本人は否定しているが。

 

早速対潜訓練の準備をする。装備するのはソナーと爆雷投射機。

ソナーはヘッドホン状の装備。集音器で潜水艦を探知する。海中は目視できないため、対潜には必要不可欠だ。他の種類もあるらしいが、今回はこちらを使用。

爆雷投射機は腕に装備。発見した潜水艦に向けて投げるイメージ。当然だが爆雷が沈むまでにはタイムラグがあるので、そこまで予測した投射が必要となる。

 

「準備できたね。じゃあ、行くよー♪」

 

対潜の先生は川内型軽巡洋艦3番艦の那珂ちゃんさん。歌って踊れる艦隊のアイドルを自称しており、ちゃんを付けないと怒る。

明るく元気でマイペースだが、艦の時には水雷戦隊の旗艦を務めていたという実力派。艦娘となってもその実力に恥じぬ力を持ち、天龍さんと並び軽巡洋艦のツートップとなっている。

 

「対潜訓練はいつも通り、潜水艦との合同訓練! こっちは当てる、向こうは避ける、以上!」

 

現場に着いて、周囲を踊りながら説明する那珂ちゃんさん。落ち着きがないように見えるが、これにはちゃんとした理由がある。

那珂ちゃんさんの欠陥(バグ)は常軌を逸していた。それは、龍驤さんや蒼龍さんとは逆。()()()()()のだ。水上に立つといつでもタービンフル稼働。スピードは多少落とせても停止ができない。それ故、常に動き回ることを余儀なくされている。戦闘中はそれを活かしたヒットアンドアウェイ戦法で戦うそうだ。

 

「那珂ちゃん、特殊艤装持ってきたでち」

「いつもありがとー♪」

 

そんな那珂ちゃんさんのために専用で作られたのが、我が鎮守府にはいないイギリスの戦艦艦娘からヒントを得た椅子型の特殊艤装だ。那珂ちゃんさんの欠陥(バグ)を見た明石さんが作り上げたらしい。脚部艤装さえ水面から離せば動き回らずに済むので、座って脚を上げておけば大丈夫だそうだ。

その艤装を持ってきたのは潜水艦の伊58さん、通称ゴーヤさん。苦そうなあだ名である。

 

「初めての朝潮ちゃんには説明しとくでち。こっちはゴーヤ含めて3人いるから、1人に爆雷を当ててね」

 

それだけ言って潜っていった。あっという間に姿が見えなくなる。少し潜っただけでもこちらからは目視が出来なくなっているのだから、ソナーを使うでもないと見つかりそうにない。

 

「よっと、これで訓練始められるねー♪」

 

手際よく椅子に座ると、何処からかサングラスとメガホンを出した那珂ちゃんさん。本人曰く、現場監督はこのスタイルだとか。ちょっとわからない。

 

「じゃあ最初は響ちゃん、現場入ってー」

「了解。響、出撃する」

 

私への手本というのもあり、まずは響さんから訓練が始まる。

先程ゴーヤさんが言っていた通り、訓練は単純だった。海中を動き回る潜水艦に対し、こちらは爆雷を当てるのみ。

特殊な素材で作られている爆雷の破片が潜水艦に付着するようになっており、それが確認できればこちらの勝ちとなる。

 

今回訓練に参加している潜水艦の方々は、欠陥(バグ)により魚雷が撃てない。代わりに艦時代に装備していた別の武装が扱えるようになっている。先程のゴーヤさんは機銃を、まだ姿を見せていない2人は中口径主砲を装備しているそうだ。そのため、その攻撃を当てられたらこちらの負け。

 

「……3人バラけてるね」

 

当然だが当たらないようにするために3人の潜水艦は別々に行動する。ソナーを起動させてみると、反応が3つ、どの方向にいるかが大体わかる。聞こえてくる方向だけで場所を推測するわけだ。ある程度目視できる対空訓練とは違った難しさである。

相手からも狙われることもあり、響さんは動き回りながらタイミングを探っている。

 

「……ここだね」

 

とある場所を通過するところで爆雷を投射。ソナーを使っている限りでは、少し離れた位置だが、進行方向を計算に入れているため、そのまま進めばドンピシャ。

しかし、潜水艦もそんなに甘くない。爆雷が落ちてくるのを確認し、急速潜航した。反応が下の方へ遠くなる。その後、大きな反応。爆雷が爆発した反応だろう。

 

「別のが上がってきてる……こっち」

 

移動しながらさらに爆雷を投射。1人に狙いを絞ったようだ。

 

「あっぶない!」

 

投射された爆雷の爆発を掻い潜って水上に顔を出したのは伊401さん。通称しおいさん。響さんが呟いた通り、海面に上がってきていた。主砲での攻撃のためだろう。防水加工された主砲を水中から上げ、響さんに狙いを定める。

 

「Ура!」

 

そこへ駄目押しの爆雷。すでに目視できるようになっているなら、ソナーに頼らなくても爆雷を直接投射できる。

 

「やばっ、どぼーん!」

 

すぐさま水中に逃げるしおいさん。だが、爆雷はすでに目前であり、潜った瞬間に爆発。見ている感じだと結構激しい爆発に見えたが、しおいさんは大丈夫だろうか。

少ししてから、まるで水死体のように浮かび上がってきた。怪我は無いようだが、衝撃は強かったらしい。逃げようとした瞬間の爆発だったからか、爆雷の破片は背中にビッシリ付いている。

 

「何やってんでちかしおいー!」

 

しおいさんが浮かんだことで、同時にゴーヤさんも海面に顔を出してきた。その後ろから3人目の潜水艦、伊19さん、通称イクさんも浮かんでくる。

 

「ごめんごめん、ちょっと深追いしすぎちゃった」

「しおいは狙いすぎなの」

「潜水艦はチームプレイ大事でちよ!」

 

潜水艦は潜水艦で反省会があるようだが、私はやはり気が気でない。

潜水艦の戦い方はわかった。海中から忍び寄り、隙を見て攻撃する。本来なら魚雷が発射されるだろうが、ここではそれがなく、潜水艦から来ることは無いであろう主砲による攻撃。

響さんの戦い方を参考にするなら、場所を把握しながら1人に絞り、浮上を促す。当たれば御の字。

 

「次、朝潮ちゃん! 行けるかな?」

「はい、朝潮、出ます!」

 

那珂ちゃんさんに呼ばれて戦場へ。潜水艦の方々は再び海中へと潜っていった。

 

戦場の真ん中でソナーを起動する。反応から、3人が私を囲んでいることがわかる。さすがにどれが誰だかはわからないし、距離までは完全にはわからない。

先程の響さんのように、1人に近付きながら様子を見る。その1人は少しずつ離れ、他の2人は背後に寄るように近付く。このままだと2人に背中を狙われて終わりだ。なるほど、動き回るのは照準を定めさせないということ。

 

「背後に取られないように……」

 

ソナーで3人の位置をある程度把握しながら移動と攻撃のことも考えるのは大変だ。背後を取られないようにするのはまず無理。なので、一気に近付く。

 

「撃ちます!」

 

大分近付いた辺りで爆雷投射。進行方向などの予測は一切していなかったが、確実にそこから移動するであろう位置を考えて攻撃した。

爆雷の爆発の反応。潜水艦の反応はそこから少し離れた位置だが、自分に近い。ここでもう一回投射。こうやって追い込んでいき、自分の来てほしいところに来てもらうのが良さそうだ。

 

「もう少し……もう少し……!」

 

私は完全に1人に絞っていた。なかなか当たらないが、だんだんと想定している場所に来てくれている。だが先程の響さんとの戦闘で向こうも警戒しているのか、浮上はしてこない。

なるべく逃げ場を無くすように、移動しながら相手の位置に集中する。集中()()()()()()

 

「朝潮ちゃーん、1人を狙いすぎると背中ガラ空きになるよー」

 

那珂ちゃんさんの声でハッとした。今の私は狙いを絞っていたので、他の2人の反応を把握していなかった。さっきまで背後にいることはわかっていたが、1人に詰め寄ったことで1対1の気持ちになってしまった。

 

「そうでちよ。ちょっと疎かでち」

 

気付いた時には遅かった。狙っていた1人とは違う反応が急速浮上してきているのがわからなかった。振り向いた時にはニッコリ笑ったゴーヤさんの機銃が完全に狙いを付けていた。

 

「でも初めてにしては狙いは良かったでちよ、今度コツ教えてあげるでち」

 

言いながら1発。見事に背中に当たり、私の負けで幕を閉じた。

 

 

 

戦場から退避しながら、1人反省していた。

全員の位置を把握しながらは難しい。とはいえ把握出来ていないとやられる。本来の戦闘なら魚雷で攻撃してくるのだから浮上してくることも基本的には無いだろう。進行方向の予測は必要不可欠だ。

向こうにもこちらのことはある程度見えている。そういう意味ではこちらの方が若干不利かもしれない。

 

「次、潮ちゃん! 張り切って行こー!」

「はい、潮……参ります」

 

1人反省会の最中、潮さんの出番に。だが、始まる前にゴーヤさんが浮上してくる。

 

「那珂ちゃん、潜水艦隊から要求があるでち!」

「んー? なになに?」

「潮ちゃんなら1人じゃなく3人全員に当てて欲しいでち」

 

無茶な要求に思えた。初めての私はともかく、響さんも1人に当てられたら勝ちとしていた訓練だ。潮さんだけ難易度が跳ね上がる。

 

「いいよー! 潮ちゃん出来るよねー?」

「わ、わかりました。頑張ります」

 

無茶な要求は通ってしまった。

 

「面白いものが見られるよ」

 

隣の響さんは心なしかウキウキしているように見えた。潮さんの訓練がそれほど楽しみなのか。

そうこうしている間に潮さんは戦場の真ん中へ。私もソナーを起動する。私や響さんの時と同じで、3人で囲んでいる状態。

 

「……えっと……」

 

周囲を確認しながらその場から動かない潮さん。潜水艦の反応は背後側の2人が少し集まりつつあるくらい。距離はまだある。

 

「じゃあ……行きますね」

 

急加速。同時に背後に爆雷投射。

そこからは急展開だった。狙いを絞った1人に急加速で近付いたところで爆雷を投射。背後と前方2箇所の3点同時、かつ時間差で投射することで逃げ場を完全に無くして1人を撃破。そこから急速旋回で背後の2人へ。二手に分かれさせる暇を与えず、左右を詰めさせるような投射でやはり逃げ場を無くし、最後は1つの爆雷で2人とも撃破するまでした。3人が先程のしおいさんのように浮かび上がっている姿は、さながら地獄絵図である。

何が一番驚いたかというと、普段の潮さんからは考えられないくらいの早業だったことだ。潜水艦のことを熟知しているからこそできる速攻。ちょっと怖くなった。

 

「хорошо、さすが潮だ」

「あんなに早く3人を……」

 

一息ついて戻ってきた潮さん。そのまま響さんの2回目の訓練が始まる。この訓練、潜水艦にとっては相当にスパルタなのではないだろうか。こちらは休みがあるが、あちらには休みが一切ない。だが、話を聞ける時間が貰えたのはありがたかった。

 

「どうしてあんなに早く倒せたんですか?」

「えっとね……潜水艦って、小回りが利かない……って、言えばいいのかな、わかっちゃえば動きは読みやすいの」

 

足裏のみで前後左右に移動できる水上艦と違い、さらに上下の移動ができる潜水艦には、移動方法に制限があると潮さんは語る。それさえわかれば、私もすぐに当てられるようになるとも。

あまり話す時間も無いので要所要所を掻い摘んで説明してもらった。これですぐに身につけばいいが、まずは努力あるのみだ。

 

しかし、今回の訓練では一度も勝つことができなかった。現実は非情である。響さんは五分五分、潮さんは完勝。さすがとしか言いようがない。




艦これ世界のソナーは扱いが難しいですが、このお話では集音することである程度の位置が判断できると解釈しています。三式だとまた表現変わりますけど。


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元深海棲艦の実態

対潜訓練を開始し、より一層艦娘としての取り組みに励む私、朝潮。

対潜ばかりに集中すると、今度は対空が疎かになってしまう。どちらも重要な役割だ。私にできることは限られているのだから、できることは全てやっていきたいと思っている。

 

今日は非番。私は非番の時も自主練をすることがよくある。基本はジムに行くのだが、今日は珍しく山城さんがいなかった。いつも行けば必ずと言っていいほど何らかの筋トレをしつつ、今の私に適した筋トレのプランをくれる。そして筋肉の良さを語る。

少し気になったので探してみたら工廠にいた。だが制服ではなくいつものスポーツウェア。

 

「山城さん、ジムにいないなんて珍しいですね」

「今日はあいつの訓練なのよ。天龍が最初に出した課題がまだクリアできないの」

 

指差す先にはガングートさん。艤装を装備した状態だが海上ではなく工廠の隅だ。

 

「最初に出したのにまだ、ですか」

「ええ。私は筋肉さえあれば何とかなるって言ってるんだけど、天龍は器用さも必要だって言ってね」

 

ガングートさんがやっているのは、艤装のアームを使っての細かい作業だった。私達でいえば、箸で豆を摘んで皿を移動させるような作業である。

 

「ぐ……ぐぐぐ……」

「もうちょいだぞガンさん、最初より大分良くなってる」

 

大型の腕のため、私の機関部艤装程度の大きさでもかなり繊細な操作が必要なようだ。格闘訓練よりも力が入っているように見える。見ているこちらにも力が入ってしまう。

確かにガングートさんの攻撃方法はあの大きな腕を使った力業だ。殴りつけるだけでも敵を粉砕するレベルの威力があるだろう。だが、そこに器用さも加われば、やれることが格段に増える。戦闘以外にも使えるだろう。例えば、龍驤さんや蒼龍さんの曳航や、那珂ちゃんさんのブレーキとか。

 

「よしっ、潰さずに運んだぞ! 見たか天龍!」

「えらい時間かかったけどクリアだな! これ、毎日やろうな」

「一度出来てしまえば造作もない。さぁ格闘訓練だ! 山城ぉ!」

 

勢い勇んで海上で呼びつけるガングートさん。それに対し、溜息をつきながら付き合う山城さん。心なしか楽しそうに見える。相変わらず制服じゃない状態で艤装を装備しているが、そういうのはどうなんだろう。

 

「アンタの艤装に殴られたら私だってキツイってことちゃんと覚えておいてもらえる?」

「そもそも貴様には当たらないだろ! 当てるまでやるぞ! カカッテコイヨォ!」

 

ちょくちょく北方水姫が出ているのは大丈夫だろうか。

 

「大丈夫大丈夫。なんだかんだガンさんが先に音を上げる」

「そうなんですか?」

「山城姐さんの方が三枚くらい上手だ」

 

言うが早いか、すでにガングートさんが1発殴られている。

素人の私でもわかった。ガングートさんは大振りなのに対し、山城さんは鋭い。柔よく剛を制すとはまさにこのことだろう。攻撃を軽くいなし、その反動も使って攻撃している。

北方水姫時代の格闘能力はほぼそのまま持っているらしいが、あの時よりも勢いがない。浄化の影響だろうか。

 

「ほらほらもっと頑張んなさい」

()()()より艤装が重い……くそっ!」

「……ガン子、訓練一回ストップ。今艤装が重いって言った?」

 

突然訓練を止める山城さん。ガングートさんは不服そう。

 

「アンタその艤装合ってるの? 艤装が重いなんて聞いたことが無いわよ」

「当たり前だろ。合ってなければ装備などできん」

「……艦娘は追加で装備してもその重さを感じないわ。妖精さんのおかげでね。筋トレでもそれだけは解消できないのよ」

 

雲行きが怪しくなってきた。山城さんがすぐに明石さんを呼ぶ。

 

「ガン子の艤装、改めて調べてくれないかしら。重いって言い出したわ。あと、ガン子自体も追加で」

「わかりました、すぐに調べます」

 

そのまま格闘訓練は終わってしまった。山城さんに掴まれ嫌々ながら明石さんの調査を受けることになったガングートさん。私と天龍さんは結局置いてけぼりを食らうことに。

 

「なんかえらい事になりそうだな」

「ですね……。格闘訓練始めてもうそれなりに経ちますよね」

「ああ、ガンさんが来た翌日から始めてる」

 

元深海棲艦なだけあり、ガングートさんには私のような海上移動の訓練が必要無かった。その分早くから即戦闘訓練に移している。その時からバルジは装備した状態でやっていたらしいが、重いと言ったのは今日が初めてだそうだ。

先程山城さんが言った通り、私達艦娘はどんな装備をしたとしても、それが適応している装備なら重さを感じない。逆に、装備できない、適応していない武器は持ち上げる事すら出来ない。そのため、『重い』ということ自体が存在しないのだ。

もしかしたら、元深海棲艦というのが鍵なのかもしれない。

 

 

 

明石さんの調査が終わったようで、工廠には司令官も来ていた。山城さんが呼び出したらしい。思った以上に大事になっている。

 

「ガングートさんを再調査しました。結果、ほんの少しですが深海棲艦の要素が戻ってきています」

「ふむ……それはこれ以上進行するのかな?」

「その心配はおそらくありません。身体は完全に艦娘です。ですが、艤装に深海棲艦の要素があるんです」

 

そもそも腕のある艤装は艦娘に存在しない。クレーンやちょっとしたアームならあるが、ガングートさんに関しては五本の指がある手まで存在している。最初から直接攻撃するための艤装だ。

 

「戦闘訓練をするにつれ、艤装の深海棲艦要素が徐々に活性化したんだと思います。だから、深海棲艦には無い装備……今の場合ですとバルジですね、それを重く感じたんでしょう」

「なるほど。ガングート君、艤装が重く感じたのは今日が初めてかい?」

「ああ、昨日まではそこまで感じなかった。今日は明らかに違う」

 

司令官も明石さんの説明に納得し、その場で考える。

艦娘としてのガングートさんが深海棲艦に戻る事はないだろう。だが、艤装が使えないとなると話は別だ。戦う事ができない。

 

「ガングート君、北方水姫と同じ状態の装備になって訓練してみてくれないかい。申し訳ないが、装備無しという事になるかもしれないが」

「うむ、記憶を辿って装備をしてみよう。普通の戦艦ではないことは確かだ」

 

結果、本当に普通の戦艦では無くなってしまった。

主砲が装備できないのは欠陥(バグ)なので除外するとして、ガングートさんが装備したのは水上機、そして、なんと魚雷である。魚雷を装備できる戦艦艦娘は誰1人としていない。とあるドイツの戦艦は内蔵兵装として魚雷があるらしいが、ガングートさんの場合は巡洋艦や駆逐艦のように外付けしてしまっている。

 

「しっくりくる。これが北方水姫の装備だ。無論()()()の魚雷とは違うが」

「アンタあの時魚雷なんて撃ってこなかったじゃない」

「お前とは殴り合いがしたかった。だから置いてきただけだ」

 

バルジを外し、魚雷を装備したガングートさん。海上に立ち、装備を振るう。

 

「うむ、重くない。これならば十全な力が発揮できるだろう」

「何か不調があったらすぐに言ってほしい。特に君は生まれが生まれだ。私も心配している」

「Спасибо. 感謝する」

 

何事もなく、私も安心した。ガングートさんが司令官の手にすら追えない存在だったらと考えると、少し怖くなってしまう。だが、それでも救おうとするのが司令官だ。それだけは確信できる。

 

「さぁ訓練再開だ! 山城ぉ!」

「忘れてなかったのね……仕方ないわね」

 

そのまま格闘訓練に戻っていったガングートさんと山城さん。天龍さんもそれに加わるそうなので、私は司令官と工廠を離れた。

その後聞いた話では、山城さんが完膚なきまでにガングートさんを叩き伏せた後、筋トレに誘ったのだそうだ。本当にブレない。

 

 

 

翌日、朝食の場を使って、ガングートさんの艤装の異変について全員に公表された。

再調査の結果、これ以上の深海棲艦要素の活性化は無さそうという判断になった。格闘訓練後に何かが変化したようなところはないらしい。だが、経過観察は必要なようで、ガングートさんはうんざり顔だった。

それでも即座に受け入れるのが我が鎮守府の長所。ガングートさんのこれは、私達と同じ欠陥(バグ)と似たようなものだ。本来装備できない武装が装備でき、本来とは違う形状の艤装になっている()()である。

 

「私は艤装がどうこうよりも、山城に勝てないことの方が気に食わん」

「勝てるように訓練なさい。まずは筋トレよ、筋トレ。筋肉をつければ深海棲艦の要素なんて関係なくなるわ」

 

ガングートさんもブレない。余程強い因縁だったのだろう。山城さんの根拠のない筋肉理論もそろそろ聞き慣れてきた。

だが、今回ばかりは筋トレもいいかもしれない。深海棲艦に近い艤装で戦闘訓練ばかりやっていたから深海棲艦要素の活性化があった可能性もある。戦闘から離れた趣味を作れば、そういった部分から切り離される。

 

「ふむ、ガングート君、戦闘訓練で勝てないのなら、筋トレで勝ってみてはどうかな」

「む、貴様それはどういう意味だ」

「例えば……腕相撲なんてどうだい。艤装の差などない、単純な腕っ節だけでの勝負だ」

 

ガングートさんの戦闘訓練はどうしてもあの艤装を使う。山城さんだからそれでも怪我なくできているが、直撃したら普通ならひとたまりも無い。万が一のことがあっては困る。

そこで司令官が提案したのが、怪我をしない勝負だ。確かに安全。場所も取らず、誰が見ていても勝負がつく。

 

「ほう、面白い。山城、腕相撲で勝負だ」

「構わないわよ。私の鍛え上げた腕を見せてあげる」

 

面白い事になってきた。

山城さんとガングートさんの勝負は戦闘訓練のみ。その結果は限られた人しか見ていない。だが、これは本当にどこででもやれる。それこそ、この場でもできる。

早速2人が準備を始めた。手頃な机を使い、腕を組んで向かい合う。

 

「では僭越ながら審判は私が務めよう。準備はいいかい2人とも」

「いつでもいいわ」

「構わん。来い」

 

静まり返る食堂。ほぼ全艦娘が揃っている場での一戦。確実にこれ以降も何度も行われるだろうけど、最初が肝心だ。

 

「レディ……ゴー!」

 

司令官の合図が出た瞬間、空気が張り詰めたような感じがした。山城さんもガングートも動いていない。いや、動けていないのだろう。お互いの膂力はほぼ互角だという事だろうか。

山城さんはほぼ毎日筋トレをしている猛者。全身を隈なく鍛えている。それに比べ、ガングートさんは筋トレをしているところは見たことがない。元々のスペックか、元深海棲艦の身体能力なのかはわからない。それでも、見ている限りでは互角だ。

 

「なっ、なかなかやるな、山城ぉ!」

「アンタもね……鍛えればもっといいものになるわ……!」

 

ジリジリと山城さんが押している。お互いに筋肉が震えているのがわかる。周りの皆も息を呑んで見守っている。

 

「っくっ、ぬぁぁぁ!」

 

勝負に出たガングートさん。徐々に押し返し、優勢を取った。このまま行けばガングートさんの勝ちだろう。皆がそう思ったその時、

 

「っあああっ!」

 

山城さんが渾身の力を込めて押し返し、そのまま勝負を決めた。お互い息を切らしながらも、山城さんは腕を天高く上げ、勝利を噛み締めた。歓声も上がる。

見ていた司令官は満足気だ。勝敗が明確になったもののガングートさんはこれで諦めるような人ではない。むしろさらにやる気を出すだろう。山城さんも毎日の筋トレの成果が確認できてご満悦な様子。

 

「くっ……次こそは勝つ!」

「これならまた付き合ってあげるわ。筋トレして出直してきなさい」

 

無事筋トレ仲間の勧誘に成功した山城さん。腕相撲に勝った時よりも満足しているような気がする。

この後からガングートさんもジムの常連になるのは言うまでもないだろう。第二の山城さんとして、制服を着ている姿すら稀になるかもしれない。




戦艦=脳筋みたいなイメージになってきてますけど、出てる戦艦がみんな格闘戦特化になっちゃってるのが原因です。アニメの長門だって深海棲艦殴ってたから……。


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できないこと

訓練も他の方々と同じようになり、新人らしさがようやく抜けてきた私、朝潮。今日も対空訓練で顔面で爆撃をキャッチするところだったが、何とか終わらせた。

一緒に訓練している対空担当の駆逐艦と遜色無いレベルにまで仕上がってきているかは不安だが、司令官からはそろそろ哨戒任務に出ることも打診されている。

私はまだ戦場を知らないのだ。哨戒任務をこなしてようやくスタートラインに立てるだろう。

 

駆逐艦のみの哨戒は3人1組で行う。そのとき、3人の役割がなるべく重複しないようにするらしい。私ができることは対空、対潜、あとは殆どの人ができる電探による索敵。自ずと一緒に組む人には主砲担当が必要になる。

そういえば、と思い出し、鎮守府から外に出て海を見に行った。確か今は主砲訓練をしているはずだ。

私は主砲がどうやって攻撃しているかを知らない。自分で使えず、見たことのある戦闘が艦娘らしからぬ格闘戦である。そもそもどうやって訓練をしているかすら知らなかった。

 

「結構陸に近い場所でやるのね……」

 

海沿いを歩いていると、銃声が聞こえてくる。海にいくつも並べられた鉄製の的に向かい、海上を移動しながら射撃する白露さんの姿が見えた。欠陥(バグ)によって低速駆逐艦になってしまっているとはいえ、かなり速い移動に見える。対空訓練や対潜訓練よりも移動も多く見える。

また、私の受けてきた訓練と明らかに違うのが()()()使()()()()()ところだ。相手が的というのもあるだろうが、射撃の音も、的に命中したときの音も、ペイント弾やダミーの爆雷を使っているときより大きい。

 

「すごい……さすが戦場の花形……」

 

本来なら自分もできるはずの主砲攻撃の訓練を見てると、ほんの少しだけ胸が痛んだ。だが、そんなこと他の皆も同じなのだ。すぐに開き直ることができた。

遠くから眺めていると、訓練を受け持っている古鷹型重巡洋艦1番艦、ネームシップの古鷹さんと目が合った。軽く手を振ってきたので、こちらも会釈を返す。

 

「だぁーっ! 切り返しがやっぱり難しいなぁ!」

 

一通り終わらせた白露さんが叫びながら古鷹さんのところに戻っていた。訓練の結果がしっくり来ないらしい。私もそういうことがあるから気持ちがすごくわかる。

白露さんも私に気付いたようで、何やら古鷹さんに話している。ちらちらこちらを見ているので、私に何かやらせたいのかもしれない。

 

「朝潮ちゃーん! ちょっと来てもらってもいいかなー!」

「えっ、えっ?」

 

呼ばれるままに古鷹さん達の元へ。

白露さんの他にも深雪さんがいる。この2人が絡むとどうも嫌な予感がしてならないが、今は訓練だ。何もないだろう。そのはず。

 

「なんですか?」

「今からこの2人が競争するから、立会人になってもらえるかな。1人の目より2人の目だって白露ちゃんが聞かなくて」

「朝潮なら絶対に甘く見ないからさ。信用してるんだよ」

 

競争というのは、的当ての速さ。今までは置かれている的全てに弾を当てて帰ってくる訓練をしていたが、それを半々に分けて競い合うらしい。それでも結構な数はあるし、1つ1つの間がそれなりに開いているので、行って帰るだけでもそれなりに時間はかかる。

古鷹さんは僅差だと勝敗を付けないという。それが白露さんと深雪さんには納得いかないのだとか。

 

「朝潮、しっかり見ておいてくれよ! 今日こそあたしが勝つからな!」

「あたしがいっちばーん!だから!」

 

こういう競い合える仲は素敵だと思う。私には……やはり皐月さんだろうか。まったく同じ欠陥(バグ)を持っているのは皐月さんだけだ。やる事も完全に同じ。まさにライバルだと思っている。

 

「じゃあ位置についてー」

 

古鷹さんの号令で2人が所定の位置へ。何度もやっている事なのだろう、迷う事なく準備する。

私も一番見やすそうな桟橋に立つ。古鷹さんも同じように桟橋の近くに。ゴール地点をほぼ真横から見られる都合のいい場所だ。

 

「始めーっ!」

 

同時に駆け出した。やはり2人とも欠陥(バグ)を物ともしない素早い動き。私にはまだ出来ない動きかもしれない。

最初は互角。同じタイミングで的に弾を当て、同じタイミングで舵を切る。だが、何度かやるうちに白露さんが遅れてきていた。先程叫んでいた切り返しというやつだろう。カーブのところで若干だがスピードが落ちている。

 

「白露ちゃんは命中精度は高いんだけど、移動に少し難があるね。本当に少しだけど」

 

古鷹さんからの評価も移動に関しては少し低い。

そうこうしているうちに折り返し。先に抜けたのは深雪さん、だがUターン後の的を一回外してしまった。その間に白露さんが一気に差を詰める。

 

「深雪ちゃんは命中精度にまだまだ問題があるかな。連射すれば当たるから戦場ではまだマシかも」

 

こちらの評価も射撃に関して若干低め。

白露さんと深雪さんは長所と短所が真逆なようだ。お互いを補い合うことで最高の戦果になるだろう。

 

競争はそろそろ大詰め、差もほとんどない。息もピッタリだ。的に弾が当たる音など、ほぼ同時である。

 

「っだあああ! ゴーーーール!」

「いっちばーーーーん!」

 

古鷹さんが勝敗を付けないのもわかる。本当にほぼ同時にゴールした。

 

「どっち!?」

「朝潮、どっちが勝ちだ!?」

 

ゴールするなり詰め寄ってくる2人。圧がすごい。

私の見る限りでは、ほんの少しだが白露さんの方が速く感じた。

 

「私は白露さんが勝ちだと思います」

「そう……だね。今日は私も白露ちゃんかな。微妙なところだけど」

 

古鷹さんと同じ意見だったようだ。

聞いた白露さんは飛び上がるほど喜んでいた。その隣で崩れ落ちるほど落ち込んでいる深雪さん。この勝敗はそれほどのものだったのだろう。お互いに競い合っているからこそ、勝敗にもこだわる。この人には負けられないという意地がお互いにあるのだろう。

 

「じゃあ、負けた深雪ちゃんは的の片付けをよろしくね」

「ちくしょーーー!」

 

なるほど、そういうのもあって落ち込んでいたのか。深雪さんらしくて物凄く納得した。

 

 

 

「朝潮ちゃん、何か悩み事?」

 

白露さん達がまた訓練に戻った後、古鷹さんから話しかけられた。

悩みというわけではないが、そろそろ始まるであろう哨戒任務に対して、少し緊張していると伝える。

 

「うん、わかるよ。私も最初はすごく緊張したもの」

「そうなんですか?」

「初めての戦場だからね」

 

今でこそ熟練者だとしても、最初は私と同じ初心者だ。それに、慣れたとしても死と隣り合わせであることは変わりない。今でも緊張すると古鷹さんは語る。

古鷹さんの欠陥(バグ)は鎮守府の中でも比較的軽めな電探接続不備。索敵が一切できないというのは厄介だが、攻撃に支障が無いというのは大きい。重巡ともなれば、目視からの攻撃で充分なことも多いだろう。

だが、索敵が出来ないということは、不意打ちを確実に受けるとも言える。それは怖い。緊張もするだろう。

 

「初心者は必ず大人数の哨戒任務だから安心してね」

「大人数、ですか」

「朝潮ちゃんは駆逐艦だし、水雷戦隊で行くと思うよ。旗艦は天龍ちゃんかな?」

 

少し安心した。最初から3人1組の駆逐艦チームだったとしたら、私は確実に足手纏いになっているだろう。

水雷戦隊とは、軽巡洋艦1人を旗艦とし、駆逐艦を数人添える編隊のこと。3人から5人くらいがよくあるらしい。その駆逐艦でも清霜さんと時津風さんは除かれるとか。艦種がほぼ違うのだから仕方ない。

 

「大丈夫、哨戒任務は安全第一。もし敵を見つけた場合、基本的には撤退だから」

「あ、そうなんですね。非武装では無いはずですが」

「その時の部隊によるかな。水雷戦隊なら戦闘に入るかもしれないけど」

 

少人数の哨戒任務なのだから、武装していても戦闘は避けるべきだ。特に私は、敵と1対1でも勝てるとは到底思えない。敵を見つけたことを司令官に伝え、その場からすぐに逃げる。その後、実働隊に向かってもらう。この流れが基本。

私を拾ってもらった経緯から、それなりに鎮守府から離れた場所まで哨戒することもあるだろう。そんなところで交戦しようものなら、実働隊が到着する前に全滅の可能性がある。それだけは避けたい。司令官も許さない。

 

「お、なんだなんだ、緊張してんのかぁ?」

 

訓練を休憩している深雪さんもやってきた。深雪はそれなりに場数を踏んでいる。勿論哨戒任務も何度もこなしている。

 

「だーいじょうぶ大丈夫。最前線だから敵はやたら見つかるけど、あたし達は交戦せずに逃げるだけだから」

「撤退戦とかになったりしないんですか?」

 

だがそこはやはり不安になる部分だ。逃げても敵に追いつかれては意味がない。いや、むしろ撤退戦を最初から考慮しているということか。

 

「そもそも向こうに気付かれる前に逃げるんだよ。気付かれたら撤退戦になるだけ」

「哨戒任務だからね。様子見だけで終わりなの」

「そもそも低速以下の船速での見回りだから、あたしでも問題ないしな。最大船速なんて撤退戦のときくらいだぞ」

 

そういうこととなると、哨戒とはいえかなり慎重に動く必要がありそうだ。万が一の水雷戦隊なのだろうけど、交戦しないに越したことはない。無駄弾を使う必要もないのだから。

緊張はまだ取れないが、少しばかり気が楽になった。そもそもまともに戦えない自分には交戦というだけでも心配点が多すぎる。

 

「朝潮ちゃんは、私達に頼ってくれればいいからね」

「その代わり艦載機全部任せるからな。敵空母もわんさか出るぞー」

 

最前線なのだから敵もただ雑多な駆逐艦とかだけでは無いだろう。最初から戦艦や空母だっていそうだし、別海域の艦載機だって処理する必要はありそうだ。

まずは自信を持って自分の役割をやれるように、しっかり訓練していこう。実戦で怯んでいては意味がない。やはり龍驤さんのスパルタが一番良さそうだ。

 

 

 

結局主砲訓練が終わるまで見学してしまった。今は先程の競争で負けた深雪さんが的を片付けている。

 

「ふぅ、今日もあたし、いっちばーんに近付けたかな?」

「もう少しカーブの移動技術を上げようね」

「古鷹さん手厳しい!」

 

実際、カーブでの切り返しでスピードが落ちていた白露さん。自分でも難しいと言っていたり競争でも改善できていなかったりと、苦手分野なのだろう。誰もが自分のできる事を十全にこなすことは難しい。

少ししてから疲れた顔の深雪さんが合流した。的はちゃんと片付けたようだ。

 

「深雪ちゃんは良くなってたね。1回外してたけど」

「それなんだよなぁ。止まって撃てばちゃんと当てれるんだけど」

 

対空もそうだった。避けながら撃つとなかなか当てられない。命中精度と移動技術なら、前者の方が必要だろう。そういう意味だと白露さんの方が一歩リードしているのかもしれない。

 

「今日はありがとうございました。自分でできないことを知れるいい機会でした」

「そっか、じゃあ声をかけてよかったかな」

「はい。参考になりました」

 

実際とても勉強になった。得手不得手以前の問題だが、知らないより知った方がいいことだ。わかっていれば、戦術も自分で組み立てることができる。

 

「朝潮、哨戒任務で組んだときはよろしくなー」

「そうそう、あたしら主砲組は結構出されるからね。多分どちらかと組むよ」

「はい、よろしくお願いします」

 

緊張もしているが、少し楽しみにもなってきた。この2人と組めば、哨戒にも気が入るだろう。




この鎮守府の古鷹は思ったことをバシバシ言うので、真面目な教師役に持ってこいです。古鷹is天使。


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緊急出撃

自分には出来ないことを知ることができた私、朝潮。哨戒任務を与えられても、これである程度は対応できるだろう。なるべくなら早くやりたいと思った。緊張感がまだ続いている。

主砲訓練を見終わり、一旦自室に戻ろうと思ったその時、以前にも聞いた緊急警報が鳴り響いた。

 

『私だ。現在鎮守府内にいる艦娘全員、講堂に集まってほしい。繰り返す』

 

また近海で深海棲艦が発見されたんだろうか。だが前回は直接出撃命令が出ていたが、今回は集合だ。意味合いが少し違うのだろう。私は急いで講堂へと向かった。

 

 

「全員集まったね。今から緊急出撃だ。作戦概要を説明する」

 

少し騒つくが、無いわけでは無いことの様子。すぐに静まる。

 

「現在哨戒中の部隊が、交戦中の別鎮守府の部隊を発見した。場所と損傷で不利だということだ。そこに友軍艦隊として救援に向かう」

 

集められた中から友軍艦隊を選出し、出撃することになる。哨戒部隊が見つけたということは、それなりには近い場所。だが、友軍は損傷もあるようだ。守りながらの戦いになるだろう。

 

ここからは戦場の状況が説明された。

味方は現在、近海に点在する小さな島の岩礁帯を利用して防衛戦をしている。島といっても人が住めるような場所ではなく、損傷した艦娘が休める程度の海岸があるくらいだ。岩礁のおかげで敵も攻め込みづらく、なんとか五分五分を維持できているらしい。

敵は戦艦も空母もいるような大艦隊。それに対して友軍は軽巡洋艦以下の艦娘が少数しかいない。戦況としては不利と言っても過言では無い。

 

「場所が場所だ。こちらも水雷戦隊で向かう必要があるだろう。だが、我々には覆すだけの力がある。では、部隊の選出だ」

 

小型艦でも最高戦力を出すというのが今回の基準だ。それに救出が最優先のため、最大戦速で向かう必要もある。

 

「旗艦は天龍君。君に任せる」

「おう、任せとけ」

 

やはり天龍さんが旗艦。戦艦にも匹敵するであろう格闘戦がある。切込隊長としては最高の戦力。

 

「火力担当として清霜君、時津風君、響君。魚雷は場所的に当てられないだろう。主砲火力を優先する」

 

実質戦艦と重巡洋艦の清霜さんと時津風さんというスペックアップ組。さらに響さんを加えて、4人が戦闘要員。だが、まだ空母、艦載機への対策がまだ。対空要員の選出だ。

 

「そして対空。皐月君と朝潮君。朝潮君は哨戒任務も無しに出撃になってしまう。本当に申し訳ない」

 

皐月さんはわかるが、私が選出。言葉も出なかった。

私以外にも対空ができる人はいる。しかし、鎮守府にいる対空可能な駆逐艦が軒並み欠陥(バグ)による低速化か訓練後のメンテ中なのだそうだ。そうなると、私しかいない。

 

「朝潮、大丈夫。ボクもいるし、天龍さんもいるよ。それに、訓練であれだけできてたんだから」

「せやで、うちのスパルタについていけとるんや。自信持ちぃ!」

 

皐月さんと龍驤さんが励ましてくれているが、私は手の震えが止まらなかった。初めての戦闘が救援。失敗は許されない。哨戒もしたことが無いから海域の事情も知らない。緊張する理由しかない。

 

「選出したものはすぐに工廠へ向かってくれ。出撃準備!」

 

号令とともに一斉に動き出す。私もあたふたしながら工廠へ向かった。

 

 

 

工廠ではすでに艤装の準備が終わっていた。私の艤装も当然用意されており、高角砲と電探が装備されている。

続けていた訓練のおかげで私は第1段階の改造ができていた。装備できる武装が一つ増え、高角砲が2つ。電探もあることで、より強力な対空攻撃ができるようになる。

だが、私はそれどころではなかった。緊張で吐きそうだった。哨戒ではなく、実戦だ。弾も当然実弾。撃たれたものは破壊される。

 

「よいしょーっ! ゴメンねーちょっと通るよー!」

「時津風も通るよー」

 

清霜さんと時津風さんが先に海上に立つ。駆逐艦とは思えない、あまりにも重装備な姿。

清霜さんは、駆逐艦の身でありながら装備しているのは46cm三連装砲。本来なら大和型が装備するはずの武器だが、欠陥(バグ)により装備できている。時津風さんはそれよりも小さいが20.3cm連装砲。しかも、その改良型の3号砲である。

完全な火力特化。私達の分を補いすぎているレベルだろう。

 

「朝潮、大丈夫。私達がいる」

 

響さんも準備が終わり海上へ。普通の小型主砲に、念のため装備されたソナー。岩礁帯のため潜水艦が敵にいるとは思えないが、離れた位置で遭遇しないとも限らない。

 

「そうだよ朝潮、ボクらを頼って!」

 

皐月さんも海上に立った。私とまったく同じ装備。艦載機を墜とすことに特化した装備だ。私にもそれを任せられている。それが私にできるのだろうか。

 

「大丈夫、私は君を信じている」

 

天龍さんと一緒に司令官も工廠に来ていた。そうだ、司令官は出撃を見送りに来るんだった。司令官が頭を撫でてくれる。

 

「初陣をこういう形にしてすまない。だが君が今までずっと努力していたのは知っているよ。君ならできる」

「司令官……」

「本当なら出撃なんてさせたくないんだよ。怪我をするかもしれないところに愛娘を行かせるなんて……! 今すぐにだってやめてもらいたい! だが、提督として命令を出さなくてはいけない……。本当にすまない!」

「し、司令官……?」

「必ず帰ってきてくれ! 愛すべき我が子!」

 

思い切り抱きしめられて違う意味で硬直してしまう。天龍さんが苦笑しながら司令官を引き剥がす。初陣の艦娘全員にやっている恒例行事らしく、全員笑っていた。

緊張がほぐれた気がする。手が震えていない。今なら行ける気がする。

 

「朝潮、出撃します。必ず帰りますから」

「うむ、信じている。君ならやれるさ」

 

海上に立つ。今までと違う感覚がした。空気が熱い。

最後に天龍さんが先頭に立ち、準備が全て整った。

 

「天龍、水雷戦隊、出撃するぜ!」

 

一斉に工廠から駆け出した。

 

 

 

最大戦速で戦場に向かう。先頭は天龍さん。その後ろに私と皐月さんが付き対空準備。私達対空駆逐艦を囲うように清霜さん、時津風さん、響さんが続く。いわゆる輪形陣で進んでいた。

今回の作戦はスピード勝負。敵を倒しきる必要も無い。素早く行動し、友軍を救助し、すぐに島から離れる。全員助けられれば作戦終了だ。

 

「こちら天龍、そろそろ接敵する」

『了解。海域の様子は』

「海は穏やかだが、敵の匂いがプンプンするぜ。こいつはなかなか骨のありそうな戦場だ」

 

天龍さんの言うことはわかる。少し空が赤い。遠くで交戦しているからだろう。少し遠いところで爆発音も聞こえる。

天龍さんが早くも刀を構えた。まだ敵の姿は見えないが、近いのだろう。すでに岩場が見え始め、普通の戦艦や空母では移動が難しい段階に。

 

「皐月、朝潮、対空用意」

「了解」

 

言われて高角砲の射角を上げる。まず最初に見えるのは敵の姿より艦載機の姿だろう。

 

「艦載機発見! 対空、撃てぇーっ!」

 

艦載機がこちらに向かってくるのが確認された。数は3機。龍驤さんの艦載機より遅く、練度は低い。これなら墜とせる。

 

「てぇーっ!」

 

天龍さんも含めた3人での対空砲火。あっという間に3機が撃墜された。私の攻撃も1機墜とせたようで少し安心するが、艦載機が来たということは完全に交戦状態に入った。目視でも敵の姿が確認できる。

 

「キヨシ! 先攻!」

「オッケー! 射線を開けてー!」

 

合図に合わせて少し離れる。戦艦主砲の発射は周りにも衝撃が来る。陣を変えて清霜さんが先頭になる単縦陣に。

 

「清霜の主砲、伊達ではないよ! 撃てぇ!」

 

主砲訓練でも聞いたことのない轟音。しかも三連装砲だ。強烈な威力の弾が敵に向かい、一撃で敵戦艦1体を葬り去る。とんでもない威力だ。

 

「行くよー」

「Урааааа!」

 

そこからさらに時津風さんと響さんの攻撃も始まった。その間に飛んでくる艦載機も私達が次々と墜としていく。

敵の艦載機は全て龍驤さんや蒼龍さんの艦載機よりも練度が低く、見慣れたものより狙いやすい。ただただ数が多く、爆撃に加え艦載機からの雷撃もあったが、それを躱しながらの対空もできている。訓練が生きている。

 

「響、朝潮、友軍の救助に向かう! キヨシ、トキツ、そこで敵の進行を止めてくれ! 皐月はキヨシ達を対空援護!」

「了解!」

 

入り組んだ岩礁帯に天龍さんを先頭に入っていく。岩礁帯に入り込んでいる敵は、天龍さんが軒並み斬り伏せた。撃たれそうになると響さんがそれを阻止する。連携も完璧だ。

島にたどり着くと、必死に防衛している友軍艦隊に出会えた。すでに弾もギリギリで、身を守る事のみを最優先に行なっている。

 

「救援に来たぞ!」

「あ、ありがとうございます。助かります」

 

友軍の旗艦、川内型2番艦神通さんが必死に応戦している。その後ろにはその部隊である綾波型2番艦敷波さんと、同7番艦朧さん。3人とも小破状態だ。

 

「怪我人は?」

「大破しているので、島の上で休息中、撤退する準備は完了しています。ただ……」

「何か問題でもあるのか」

「ドロップ艦も保護しています。そちらはまだ目覚めていません」

 

飛んでくる艦載機を撃ち落としながら状況説明を聞く。響さんと友軍の駆逐艦の方々で周囲を守りながら、私が率先して救助へ。主砲を持たない私は両手が空いているので、肩を貸すことも容易だ。

 

「大丈夫ですか!」

「ごめん……ちょっとヤバい……」

 

怪我を負っているのは夕雲型駆逐艦4番艦の長波さん。真横から敵戦艦の一撃が直撃し、艤装と同時に腕がやられている。すぐに肩を貸し、島からの撤退を試みる。身長差はあるものの、海上に降りてしまえば脚部艤装の力で何とかなった。

問題はドロップ艦だ。私が2人運ぶのはさすがに無理。響さんは主砲を持っているので難しい。今のままだと、天龍さんか友軍のどなたかになる。

 

「天龍さん。ドロップ艦はどうしますか」

「ちょっと待ってろ。皐月! 来れるか!」

「すぐ行く!」

 

時津風さんが空母を何体か倒したことで艦載機が大分いなくなっている。そこで、私と同様両手が空いている皐月さんに、私が担いでいる長波さんを任せ、私がドロップ艦を運ぶことに。ただ、私が運ぶドロップ艦というのが、

 

「この娘は……」

「ああ、そいつはお前が運んでやれ」

「……霞……ですね」

 

朝潮型駆逐艦10番艦、霞。つまりは私の妹。

 

「トキツ! 戦況は!」

「大分減ったよー。逃げるなら今ー!」

「よし、神通、行けるか!」

「問題ありません、皆さん撤退です。急ぎますよ!」

 

神通さんの合図と共に、友軍艦全員が岩礁帯を抜けていく。響さんを護衛に、私も霞を抱きかかえた状態で岩礁帯を抜けることができた。全員が島からいなくなったことを確認し、天龍さんが時津風さんに合図をし、最高船速で敵艦隊を引き離した。

しんがりは清霜さん。トドメと言わんばかりに主砲を放ち、何体かの敵を蹴散らした。恐ろしいほどの火力だ。

 

「近いのはうちの鎮守府だ。急げ!」

「あー、もう眠い眠いー……」

「清霜もお腹がペコペコだよ……」

 

スペックアップ組の限界が近い。特に時津風さんは危険だ。清霜さんは懐に忍ばせたオヤツでどうにかしのいでいるが、時津風さんの眠気ばかりはどうしようもない。

 

「こちら天龍、救助成功。オレ達は無傷。友軍は3人小破、1人大破。あとドロップ艦がいる。ついでにキヨシとトキツが限界」

『了解。すぐにドックを用意する。最後まで気を抜かず戻ってきてほしい』

「了解。 急いで戻る」

 

天龍さんが通信したことで、作戦終了が間近であることがわかる。怪我人も多い。早く鎮守府に戻らなければ。

 

 

 

私の初陣は完全勝利で幕を閉じた。

仲間に怪我人は出ず、友軍に元以上の怪我は増えなかった。ドロップ艦も無事だ。

 

「よく帰ってきてくれた! ドロップ艦と大破している娘は入渠ドックに運んでくれ!」

 

工廠で帰りを待っていた司令官の声に出迎えられる。すでにいろいろ準備済みで、事後処理はスムーズに行われていく。大破している長波さんと、ドロップ艦の霞は入渠へ。他の方々は小破のため、お風呂でじっくり治す方向になるようだ。

工廠についた瞬間、時津風さんは寝落ち。それを見越して先に用意されていたガングートさんが、そのアームで海上から引っ張り上げた。

 

「朝潮君、ご苦労様。初陣がうまくいって良かった」

「はい、本当に良かったです。訓練の成果も出せました。みんなを助けられました!」

「ああ、本当に逞しくなった。これで一人前だね」

 

訓練しかしてこなかった私だが、今日の初陣を経て、本当の艦娘になれたような気がした。私はこの手で敵の艦載機を墜とし、この手で全員を助けることができたのだ。

 

「さぁ、艤装を外しておいで。君達も休息が必要だ」

「はい、ありがとうございました」

 

艤装を外した瞬間、訓練とは比べ物にならない疲れが身体を押し寄せた。でも、それは充実した疲れだ。立ち上がれないレベルだったが。




清霜の主砲発射セリフはあえて武蔵からの引用。装備は武蔵、身体は清霜。


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初陣の後

「あ゛あ゛あ゛〜〜〜」

 

初陣後のお風呂で早速醜態を晒す私、朝潮。訓練後なんて目では無いほどの回復量。一緒に出撃した人だけならまだしも、小破した友軍艦隊の方々にも見られているのはちょっと辛い。

ちなみに時津風さんは天龍さんの胸を枕に眠っている。清霜さんは先に食事中だ。

 

「おーおーだらけきっちゃってまあ」

「初陣なんだから許してあげようよ。ボクらだって初陣の後のお風呂はこんなだったよ」

 

みんなこうだと言われても、緩みきった私と失われる尊厳は覆らない。訓練の時のお風呂に慣れている分、復帰は早そうではあるが。

 

「あ、あの、初陣って?」

 

友軍艦隊旗艦の神通さんが話しかけてくる。そこで天龍さんに私について話してもらった。私は話せる状況ではないので。

改めて思い返すと、初めての戦場が大量の敵陣から友軍の救出というのは普通ではありえない。実戦なら近海のはぐれ深海棲艦を掃討するのが大概一番最初だろう。経験値が欲しいなら演習などもある。

さすがに皆さん驚いていた。私だって驚いている。

 

「初陣で見つかったドロップ艦が妹ってのも、なんつー因果だろうな。まぁ欠陥(バグ)が無ければそちらの鎮守府に引き取ってもらう事になるだろうが」

「そうですね、発見したのが私達ですので、鎮守府間でのルール的にはそうなりますか」

 

本来のドロップ艦は見つけた鎮守府にそのまま配属となることが多い。その鎮守府に何らかの問題がある場合、もしくは()()()()()()()()()()()()()は、大本営に頼んで配属先を探してもらうパターンになる。

 

「万が一欠陥(バグ)があれば、ここに配属だな」

「ですね。とはいえ、欠陥(バグ)の発生確率からすると……」

「そうそう無いな。朝潮には悪いが、妹との生活は諦めてもらう他ない」

 

姉妹がいるというのはそれだけでも鎮守府での生活が変わるものだ。ここでは吹雪さんが当てはまるが、妹の世話を焼いているだけで充実しているように見えた。とても楽しそうだった。出来ることなら一緒に暮らしたい。

だが、他人に欠陥(バグ)を望むのは良くないことだ。霞はここよりも別の鎮守府の方が有意義に過ごせるかもしれない。

 

「初陣であれだけ動けてるなんて、この娘すごいなぁ」

 

敷波さんに頰をつつかれる。何もやり返すことができないほど力が抜けているためなすがままだ。この場に深雪さんがいなくて本当によかった。

 

「練度はあたし達と同じくらいかな」

「それでも朧達より動けてたよ……多分」

「よっぽどここの訓練がハードなんだろね」

 

ハードじゃないと言えば嘘になる。だが充実もしている。特に今回は、それが結果として表れたことが大きい。今までやってきてよかったと本気で思える。

だが、今のままで満足していられない。救援任務だったから敵のことより撤退を優先していた。これが殲滅任務だったら、私は最後まで持たなかったかもしれない。

 

「改めてお疲れさん朝潮。お前の対空は頼りになったぜ」

 

天龍さんからも頭を撫でられる。褒められるとやはり嬉しい。今後も同じようにやっていけるよう日々励まなければ。

 

「あのー、一つ質問」

 

おずおずと敷波さんが挙手。

 

「すっごい失礼かもしんないけど……ここの人達って欠陥(バグ)があるんだよね?」

「そうだよ。ボクと朝潮が主砲撃てないから対空特化」

「明らかにオーバースペックの子いなかった?」

 

やはりそこは疑問に思うだろう。特に清霜さん。水雷戦隊がやっていい火力じゃない。

そこは誰もうまく説明できなかった。欠陥(バグ)が起きた結果、艦の魂に性能が引っ張られて本当に戦艦の装備ができるようになった、としか言えない。だがそうなると時津風さんの欠陥(バグ)についてが説明できない。全てが()()()()()である。

 

「まぁ、な、うん、()()()()()()とだけ思っておいてくれ。当事者のオレらもなりたくてなったわけじゃないし、謎が多すぎるんだよ」

 

それが私達のできる唯一の答えだろう。謎の解明については大本営に任せるしかないのだ。

私達も最初は自分の欠陥(バグ)に絶望した。解体がチラついて涙も出た。でも欠陥(バグ)があるからこそ今の自分があるわけで、悲観どころか誇りになりつつある。初めての戦場で大成功できたのが、さらにそれを助長した。

 

 

 

友軍の方々は長波さんの入渠終了後、霞の結果がわかるまでは滞在ということになるそうだ。そもそも作戦開始が昼過ぎだったので、外は暗くなってきている。一晩は空いている部屋を使ってもらうとのこと。

だがその前に司令官に呼び出された。執務室には神通さんもいる。

 

「朝潮、参りました」

「ああ、よく来てくれた。君にだけは先に伝えておかなくてはいけないからね。ドロップ艦の霞君の事だ」

 

入渠している霞の事のようだ。もう検査がある程度終了したということだろうか。

欠陥(バグ)があるかないか、それ以外にも不調が無いかの確認で、霞の進退が決まる。基本的には何事もなく、神通さんの鎮守府への配属が決まることだろう。ここに神通さんがいるのも、配属手続きのためだと思っていた。だが、それだと私が呼び出された理由にはならない。

 

「欠陥有無の検査を先行した。その結果、霞君に欠陥(バグ)が発見された」

「……え!?」

「順を追って説明しよう」

 

まず最初に、今回の霞の欠陥(バグ)は私のようの生成時から存在した欠陥(バグ)ではないということが説明された。

 

本来なら、霞は正常な状態で生成され、他と同じ『霞』として戦えるはずだった。

しかし、霞がドロップした()()が問題だった。神通さん率いる水雷戦隊と敵の大艦隊が交戦する真っ只中、その真ん中にドロップしてしまった。当然だが砲雷撃戦の最中だ。流れ弾が当たってもおかしくない。

 

「生成直後の艦娘は当然だが普通より脆い。だからこそ、見つけた時点で保護を最優先にするのが基本だ。だが、霞君の場合はタイミングがあまりにも悪かった」

「霞さんがドロップしたのは敵陣の中です。私も発見したときすぐに保護しようとしました。ですが……敵にそれを阻まれました」

 

結果、生成直後の霞に流れ弾が当たってしまった。身体にも艤装にも後に残るような傷は無かったものの、艤装の内部にダメージが入ってしまっていたのだ。それが欠陥(バグ)に繋がってしまったのだろう。

そういう艦娘は少なくは無い。運が悪く直撃を受け、生成直後に轟沈という場合だってありえる。霞は見た目無傷で生きているだけまだ良かった。

生成直後の艤装へのダメージは妖精さんでも修復できない場合があり、それがきっかけで私達のような欠陥(バグ)を引き起こす可能性もあるという。鎮守府内でそれに該当するのは、生成直後にブレーキが破壊されてしまった那珂ちゃんさんを筆頭に、私のような接続不備を起こしている人の少数が該当するとのこと。

 

「以前朝潮君にも説明したが、欠陥(バグ)は解体の対象だ。だが、霞君は運良くこの鎮守府に運び込まれてくれた。勿論配属の方向で手続きをしている」

 

複雑な気持ちだ。姉妹が一緒に居られることが嬉しくないわけがない。だが、欠陥艦娘という事実は霞にとっては辛いことだろう。

 

「朝潮君を先に呼んだのは他では無い。もし霞君に何かあった場合、そのメンタルケアをお願いしたいんだ」

 

姉妹だからこそ、霞のためにできることがある。この鎮守府には他に姉妹艦もいないのだから、最初に頼るのは責任者の司令官か、実の姉である私になる可能性は高い。

 

「了解しました。そういう意味では私が適任かもしれません」

「霞君の目覚めまで、一晩はかかるだろう。その後、よろしく頼むよ」

 

私だって妹の事が大事だ。やれるものなら訓練を最初から最後まで見てたあげたい。だが、私にも出来ることと出来ないことがある。それでもメンタルケアなら私にも出来るだろう。姉であり、欠陥(バグ)持ちの先輩でもあるのだから。

 

「司令官、霞の欠陥(バグ)は何かわかっているんですか?」

「ああ、勿論。だが、少し重いね。天龍君に近いといえば納得してもらえるだろう」

 

対空装備以外全滅の天龍さんに近いということは、攻撃手段を持たない可能性が高いということだ。

霞の欠陥(バグ)は魚雷以外の全てが接続不備。駆逐艦としては最もダメージが与えられる装備が残ったものの、やはり不便である。

 

「私達がもう少し早く保護できていれば……」

「神通君は充分やってくれたよ。何せ、霞君は生きている! 敵陣の真ん中から救い出してくれたんだ! 誇るべきところだと思うがね」

 

そう、霞は今生きているのだ。誰も責めやしない。少なくとも、私は感謝している。妹に会わせてくれて、妹と同じ鎮守府になれて、妹と同じ戦場に立てて。

 

 

 

霞の欠陥(バグ)の話はその日中に鎮守府内に拡まった。私の時とは違う、戦場から救出されてドロップ艦だからだろう。欠陥(バグ)がなかった場合に連れて帰ることができる別の鎮守府の艦娘がいるのだから、早々に情報を打ち明けるべきだ。

 

早速談話室で霞の今後を話し合っている人達。霞の意思はどこにも無い。唯一残った魚雷に完全特化させるか、何もなくてもできる格闘戦を教えるかでちょっとした口論になっていた。

 

「あのさ、艦娘で格闘戦って何」

 

敷波さんの言い分はごもっともである。私達は見慣れているので感覚が麻痺しているのだろう。

 

「天龍さんが救援で何やっていたか見ました?」

「飾りだと思ってた刀で深海棲艦ぶった斬ってた」

「そういうことです」

 

初めて天龍さんの格闘戦を目の当たりにしたが、物凄く派手だ。敵に砲撃させる間も無く一撃で斬り伏せる。砲撃させたとしても紙一重で避けてやはり斬り伏せる。最古参の天龍さんが、常に格闘戦をやり続けていたからこそ培われた技術なのだろう。

連携をしていた響さんも、天龍さんのことを知り尽くしている動きだった。自分の攻撃が致命傷にならないことがわかっていて、天龍さんに任せるための牽制をし続けていた。

 

「口論の真ん中に山城さんいますよね」

「うん、あたしの知ってる山城さんと全然違うけど」

「あの人は姫級の深海棲艦を殴って倒しました」

 

あまりにも非現実的なことを言っていると自覚している。だが本当のことなのだから仕方ない。敷波さんも信じていないようだ。

あえてガングートさんのことは伏せておいた。余計混乱する。

 

「ホント、変わった鎮守府だねここは」

「私もそう思います」

 

個性的な仲間が多いのはわかる。敷波さんのいう通り、おそらくここの山城さんは特別変わっているというのも理解できる。

 

「それでも、楽しいですよ。ここにいると」

「うん、それは見てればわかるや。欠陥(バグ)とか関係なしに、みんなイキイキしてるもんね」

 

それもひとえに司令官のおかげだろう。私達欠陥艦娘を分け隔てなく愛し、全員に尽くしてくれる。私達はそれに応えようとやる気を出す。いい循環が出来ている。

 

その循環に霞が入ってくれることを望もう。ここなら大丈夫だ。

 




霞は始めた当初は少し苦手でした。だけど、史実とかを知って好きになったタイプ。ああなるのも仕方ないよねって。ぼのと同じ。


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欠陥(バグ)を持つ妹

初陣の翌朝、妹の霞が目覚めたと連絡を受けた私、朝潮。大急ぎで工廠へと向かった。

 

「大丈夫、ちゃんと歩けるわ」

「じゃあ提督に挨拶しに行きましょうか」

 

私の時と同じように2本の足で地面を踏みしめ、艦でないことを実感している霞がいた。以前の自分と同じことをしていると思うと感慨深いものがある。

私の後に入る艦娘は霞で2人目。前のガングートさんは普通ではありえない経緯なので考えないものとすると、初めての後輩と言ってもいい。それが妹なのだから、可愛くて仕方ない。吹雪さんの気持ちが今ならすごくわかる。

 

「霞!」

「朝潮姉さん、ここに配属していたのね」

 

思ったより冷静な娘なようだ。これなら欠陥(バグ)の話を聞いても取り乱すことはないだろう。

 

執務室に入ると、私の時と同じように司令官が待っていた。その巨体を見て一瞬ビクッとしたのが見て取れた。わかる。初めて見たとき、司令官は少し怖い。

そこから、霞への説明が始まる。私も何かあったときのために相席させてもらった。先程の雰囲気からして大丈夫だろうと考えていたが、私の予想は大きく外れた。

 

「私に欠陥(バグ)……!?」

「ああ、落ち着いて聞いてほしい」

 

欠陥(バグ)のことを聞いた途端、霞は顔面蒼白になった。最初は私もそうだった。でもこれは通らざるを得ない道だ。それを聞かない限り、先へは進めない。

 

「なんで私が……そんな目に……」

「君だけじゃない。ここは皆欠陥(バグ)を持つ艦娘のみが配属している。君のお姉さんもだよ」

「姉さんも……?」

 

泣きそうな顔で私を見つめてくる。勿論、と手を握ってやる。すごく震えていた。気持ちは痛いほどわかる。

それからは終始俯いていた。何故自分に欠陥が発生したのか、自分には何が出来て何が出来ないか、聞くたびに手を強く握ってくる。しっかり握り返してあげた。

 

「大丈夫、皆君を受け入れている。勿論私もだ」

 

ひどく混乱しているのは見て明らか。特に酷かったのは、やはり解体がチラついたときだ。俯きながら、すでに涙が流れているのもわかった。

それでも私の手は離そうとしなかった。姉である私のことを信用してくれているのかもしれない。耳元でずっと、大丈夫だからと慰める。それで安らぐならずっとしてあげよう。

司令官の説明は私の時以上にゆっくりだ。

 

「霞君、君にはこの鎮守府に配属してもらいたい。君のできることで、我々を助けてくれないかい」

「私からもお願い。霞、私達と一緒に戦いましょう」

 

今のままだと自分から解体してほしいとも言いかねない。それだけは阻止したかった。初めて会えた妹が解体を望む姿なんて、姉として見たくなかった。

 

「こんな、私でも、いいの?」

「勿論。君だって艦娘だ」

 

手の震えはまだ止まらない。だが、少しずつだが調子を取り戻してきている。言葉に詰まりながら、時に深呼吸して気持ちを整える。そして、

 

「いいわ、やってあげる」

 

袖口で涙をぬぐい、司令官を見据える。震えはまだ止まっていないが、決意に満ちた顔だ。

 

「駆逐艦霞よ。今日から世話になるわ。姉さんもよろしくお願いね」

「ええ、よろしく霞」

 

最後まで手は握ったままだったが、ある程度調子は取り戻したようだ。まだ開き直るには時間が必要だと思う。でも、前を向く決心はできている。霞は私が支えてあげようと、私も決意した。

 

司令官は霞配属の宴を開こうとしていたが、相変わらず大淀さんに叱られていた。それでもまた食事会くらいはありそうだ。

 

 

 

配属手続きはすでに終わっており、霞の意思が聞けたことで正式に配属が決定した。

霞のこともあってか、今日は私も完全に非番。鎮守府を案内しながら、今後のことを相談することにした。

 

「姉さんは何処に欠陥(バグ)が?」

「私は主砲と魚雷の接続不備。だから攻撃できないの。サポートに回るために対空と対潜に特化しているわ」

「そっか……なら私は雷撃特化が良さそうね」

 

出来ることを伸ばすのが一番だ。特に霞の場合は、出来ることが私よりも限られている。

主砲よりも連射ができない代わりに一撃必殺の威力を持つ魚雷。私には運用の仕方はわからないが、霞なら使いこなすことができるだろう。魚雷を使う先輩には潮さんもいるし、安心して任せられる。

 

「あ、でもここにはもう一つ道があるわ。おススメできないけど」

「おススメできない道って何よ……」

「見た方が早いわね。多分今訓練中だから、行ってみましょう」

 

その足で訓練しているであろう鎮守府の外へ。今は格闘戦に特化した人達の訓練中だ。なんでも、今日ここを発つ友軍艦隊の方々と合同演習をするのだとか。入渠が完了した長波さんの身体を慣らすのも込みだそうだ。

相手は軽巡洋艦1人に駆逐艦3人の水雷戦隊とはいえ当たり前だが欠陥(バグ)無し、かつ普通に主砲を撃ってくる。それに対し、こちらは戦艦2人に軽巡洋艦1人。聞いただけでは戦力差はこちらの方が有利。しかし、誰一人として主砲を持っていない。

 

「なんだか人が多いわね」

「合同演習っていうのがほとんど無いらしいわ。ちょっとした娯楽にされてるのかも」

 

もうそろそろ始まるくらいのタイミングだった。ただ、すでに異様な風景だった。

神通さん率いる友軍水雷戦隊は、まともな装備だ。弾が模擬戦用のペイント弾になっているだけで、普段使いとなんら変わりはない。長波さんも回復していることが確認できた。

問題はこちらの部隊。天龍さんは模擬刀、山城さんはグローブ、そして、ガングートさんは明石さん特製のクッションがついたハンドパーツに換装していた。何より、()()()()()()()()()()。すでに異種戦である様相。

 

「ほ、本当にやるんですか? 私達全員主砲装備ですけど」

「構わないわ。容赦なく撃ってちょうだい。こっちも容赦しないから」

 

旗艦となる神通さんと山城さんが真ん中で握手。その後、一定の距離に離れる。この時点でこちらが不利なのは確実。接近戦しかしないのだから、距離をつけられるだけで圧倒的不利。

 

演習開始の合図が鳴った。

同時に先攻するのはガングートさん。早速新装備の魚雷を発射する。

 

「戦艦が魚雷!? 回避運動!」

 

いち早く気付いた神通さんが駆逐艦3人に指示を飛ばす。だが元々当てるつもりのない魚雷、目的は部隊の分断だ。

残念ながらそれを簡単に許してくれるほど神通さんは甘くなかった。魚雷の向きを見極め、水雷戦隊全員で同じ方向へ回避。そのまま一斉射撃が始まる。

 

「ふむ、分断できずか」

「もっと散らして撃ちなさい。アンタが先攻よ」

「わかっている。我に続け! Ура!」

 

巨腕を振りかぶり、突撃するガングートさん。元々低速艦であるガングートさんだが、缶とタービンを付けられるだけ付け、今は高速戦艦として臨んでいる。深海棲艦の時とは離れた装備だが、これは重く感じなかったらしい。

それは山城さんも同様。駆逐艦装備をするくらいならと、缶とタービンを付けられるだけで付けている状態。駆逐艦よりも速いくらいだ。

水雷戦隊からの主砲攻撃を、スピードを活かして華麗に避け、部隊に肉薄した。

 

「容赦せんとは言ったが、手加減くらいはしてやる。ちゃんと避けろよぉ!」

 

当たったら即終わりの巨腕による攻撃。狙いは最後尾の敷波さん。

 

「なんなのさコレぇっ!?」

 

すんでのところで避け、すぐさま主砲を構える。しかし、ガングートさんの艤装は即座に反応、前面を覆い隠しガードする。

と、同時に後ろから山城さんがガングートさんの艤装を踏み台に跳び上がっていた。空中にいたら集中砲火を受けそうだが、()()()()()など聞いたことがない。部隊を瓦解させるには充分すぎるインパクトだ。

 

「余所見すんなよ」

「っ、もうそんなに!」

 

その虚をついて天龍さんは神通さんに肉薄。模擬刀で主砲を叩き落とす。

元々高速艦の天龍さんは、缶とタービンの力でさらにスピードを上げていた。戦艦2人の突撃を目くらましに、すでに接近戦まで持ち込んでいる。

 

そこからは終始こちらのペースだった。とにかくガングートさんの大振りな攻撃がチームワークを乱し、その隙を見た山城さんが1人ずつ倒す。倒すといっても本当に殴ってしまうわけではなく、主砲を叩き落としたり脚を掬って海に沈めたりと、再起不能になればなんでもいい。

天龍さんと神通さんの一騎打ちも、最初に主砲を落とされたところで勝負が決していたようなものだった。拾う余裕も与えず、そのまま圧倒。

結果、こちらの部隊の圧勝に終わった。

 

「朝潮が言ってたのこれぇ!?」

「敷波姉、何か聞いてたの?」

「深海棲艦の姫級を殴って倒したって……」

「そういうの先に教えとけよ!」

 

ビショビショになった駆逐艦の3人。山城さんが全員海に沈めてしまった。これだけやってもお互い無傷だから恐ろしい。ガングートさんの艤装にはペイント弾がベッタリこびり付いているが、身体は綺麗なものだ。

 

「……姉さん」

「うん、わかる。何も言わなくてもわかる」

 

唖然としている霞。あれを目指せと言われても困るだろう。

 

「天龍さんは霞と似たような欠陥(バグ)よ。対空以外の武器が装備ができないの。だから、攻撃するために武器を使ってるのよ」

「なるほどね。だからああいうスタイルに……ってなるか! おかしいでしょ!」

 

私達は慣れてしまっているからおかしく感じなかった。天龍さんは刀で攻撃するし、山城さんは素手で攻撃する。何もおかしくない。むしろ主砲を撃ってるところを見たら何が起きたのかと驚くだろう。

完全に鎮守府の空気に飲まれている。私達にはこれが当たり前なのだ。

 

「ガングートさんは元深海棲艦」

「はぁ!? 敵じゃない!」

「今は艦娘。でも艤装が深海棲艦に近くなってしまっているの。だから戦闘もあのスタイル」

 

霞が頭を抱えていた。あの3人はこの鎮守府の中でも飛び抜けて珍しい艦娘だ。普通の艦娘の常識で考えてはいけない。

 

「まさか姉さんは私にああなれとは言わないわよね」

「霞が目指すなら止めはしないわ」

「お断りよ!」

 

 

 

その後、霞への鎮守府の案内は滞りなく進み、その足で友軍艦隊の見送りに来た。霞には命の恩人だ。挨拶くらいはしておいてもいいだろう。

 

「……助けてくれたのよね。ありがと」

「どういたしまして。貴女が生きていてくれて本当に良かった」

 

少し申し訳なさそうな顔をするが、それを霞には悟られないようにしていた。駆逐艦の3人も何も言わない。せっかく欠陥(バグ)について向き合えるようになったのだ。ここで悲観されたら、また心が折れるかもしれない。神通さんはそれを察してくれた。

私達にとって、欠陥(バグ)は欠点ではなく、今の自分を作る特徴だ。とうの昔に開き直っている。

 

「これから頑張って。また会いましょう」

「ええ、今度は戦場じゃないところで」

「少なくとも私達はここの人達にリベンジに来ますので」

 

先程の演習に負けたのがよほど悔しいらしい。本来あり得ない戦い方で圧倒されたのだから、仕方ないといえば仕方ないと思う。

 

「神通さん、すっごい負けず嫌いなんだよ」

「あ、そうなんですね。それがあそこまで完膚無きまでに負けてしまったから」

「そうそう。天龍さんには絶対勝つぞって意気込んでた」

 

私は敷波さんと仲良くなっていた。

昨日の談話室、口論の現場はちょっと無視して、私は妹を持つ者としての心構えや接し方を聞いていた。敷波さんは同じ部隊に妹の朧さんがいる。私も霞と一緒の部隊で出撃する時が来るだろう。その時のために。

敷波さんの答えは、『深く考えるな』だった。妹相手に遠慮する必要は無いし、自分で鬱陶しいかもと思ったならやめればいいと。あと、ああはなるなと吹雪さんを指差していた。

 

「朝潮、また会おうね」

「はい、また会いましょう」

 

最後は大きく手を振って帰っていった。この鎮守府は最前線だ。また会うこともあるだろう。できれば救援ではなく、共闘で。闘わずにただ会うだけでもいい。




朝潮は基本敬語だけど妹相手にだけはタメ口なイメージ。原作側だと時報とかで妹相手にも敬語でしたけど。


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姉妹の存在

「て、手、絶対離さないでよ!? 絶対よ!?」

 

霞の配属が決まった翌日、早速水上訓練が始まった。小動物のように小刻みに震え、私、朝潮の手を物凄く強く握ってくる。支えてあげようと決意したが、まず物理的に支えることになるとは思わなかった。

 

「海の上がこんなに難しいだなんて……!」

「最初は私もそうだったわ。何回もダイブしたもの」

「なんで水着着せられたのかと思ったけど、これは想定してなかったわ」

 

今はただ立つだけなのだが、これがなかなか安定しない。

私も大分苦戦したのを思い出す。毎日水浸しになりながら頑張って覚えたものだ。

 

「ちょっ、バランス、あああっ!?」

「濡れるなら1人でお願い」

 

バランスを崩して倒れそうになったので手を離す。こうやって濡れながらの方が覚えられるだろう。見事に霞は水没し、びしょ濡れになった。

1日や2日でできるようなものではない。まず立つだけでも結構時間がかかる。その後移動、さらには移動速度を上げて、戦場に出られるところまで持っていかないといけない。

 

「酷い目にあったわ……」

「みんな通る道よ。頑張って」

 

こればっかりは自分の力で覚えてもらわないといけない。とにかく説明が難しいのだ。私も今何故簡単に立てているかが説明できない。陸地を歩く方法を教えられないのと同じだ。

 

「そのうち地面に立つみたいに水の上を立てるようになるわ」

「コツを掴むまでが大変そうね……」

 

大分濡れてきたので、今日の水上訓練は一旦終了。私のサポートがあったとしても、水上に立つということをしたわけだから、これから筋肉痛で悲鳴をあげるに違いない。

 

 

 

霞が配属されたことで少し私の周りがバタバタしたが、また普段の日常が戻ってきた。変わったのは、霞の訓練を私が見るようになったことくらいだ。

今やれることと言えば水上訓練くらいだし、いざ戦闘訓練になったら私はお役御免。魚雷は専門外なので、他の人に任せるしかない。

 

「ちゃんとお姉ちゃんやってんだね朝潮ってば」

「姉ですから、面倒は見たくなりますよ」

 

哨戒任務中、白露さんに茶化される。

初めての任務なのだが、先に戦闘を経験してしまっているため、部隊は通常通りの駆逐艦3人の形をとられた。私もそれで大丈夫だと思う。緊張感が薄らいでいる感は否めない。

今日の部隊は白露さんと皐月さんの3人編成。主砲に白露さん、対空に皐月さん、対潜に私と役割分担もできている。

 

「電探反応なーし」

「ソナーに感なし。敵影ありません」

「じゃあ次の地点に向かうよー」

 

旗艦は主砲担当の白露さん。白露さんが目視による周囲警戒、皐月さんが電探で、私がソナーで敵の反応が無いことを確認して次の地点へ移動。これを繰り返すだけの比較的簡単な任務だ。

だがこれにより先日の救援任務ができたので、怠ることは許されない。他鎮守府の援護もそうだが、私達の鎮守府を危険に晒す可能性もある。だからこそ毎日念入りに行う必要があるのだ。

 

「この前の救援が敵の大艦隊だったんでしょ? 残党くらい残ってるかと思ったけど、撤退したのかな」

「あの時は全然追ってこなかったよね。朝潮見てた?」

「清霜さんの主砲である程度蹴散らしていたと思いますけど、確認はしてませんね。霞のことで手一杯でした」

 

初めての戦場なのもあり、敵のことはあまり見えていなかった。艦載機を墜とすことに集中していた。最後の撤退はほとんど振り返っていない。先頭もしんがりも任せていたからこそ、それでどうにかなっている。

実際、あの戦闘の後から付近の哨戒任務を増やしていたそうだが、敵の姿は見えないそうだ。敵も今は警戒しているのかもしれない。

 

「何事も無いならその方がいいよ」

「ですね。平和が一番です」

 

低速の白露さんに合わせてゆっくりとした哨戒。のんびりと散歩をしているような任務。たまにはこんな日もいいだろう。

 

「ん、あれは別の鎮守府の部隊かな」

 

哨戒中、私達の鎮守府とは違う艦娘の部隊を見つける。こういった時に情報交換をして、海域の状態をより広く知るのだとか。海の真ん中に作られた最前線の鎮守府だとしても、そこから確認できる海域は思いの外狭い。

 

「すみませーん、ちょっといいですかー?」

 

向こうから話しかけられた。

あちらは遠洋練習航海なのだろう、旗艦は練習巡洋艦の鹿島さん。その後ろには、睦月型の子が4人。全員皐月さんの姉に当たる。

遠洋練習航海はその名の通り、鎮守府から遠く離れた土地まで行って戻る訓練。そうすることで、長期の海上移動の訓練にあてる。また鎮守府外で一晩野営することも目的だ。戦場では何が起こるかわからない。救援を待つために野営をする可能性も大いにある。それの練習も兼ねている。

 

「最前線の鎮守府の方々ですよね?」

「そうですよ。そちらはピクニッ……もとい、遠洋練習航海ですね」

 

白露さんが鹿島さんと話をしている間に、随伴艦の姉4人にもみくちゃにされている皐月さん。なんというか、とても微笑ましい。別の鎮守府の別の艦娘でも姉妹は姉妹。こういう出会いもあるわけだ。私もその内、別の妹達と会うかもしれない。

 

「なるほど、この辺りで大規模な戦闘が」

「まだ残党が残ってるかもしれないんで、気をつけてくださいね。今のところあたし達の哨戒には引っかかってないですけど」

「了解しました。迂回して進むことにします。ありがとうございました」

 

鹿島さんの号令で皐月さんの妹達は練習航海に戻っていった。残された皐月さんは交戦した後のように髪がボサボサにされていた。

 

「ボクのとこのお姉ちゃん達はどうしてこう落ち着きが無いのか……」

「それやってたのおおよそ1人だけですよね」

「卯月姉ちゃんね。時っちゃんと別の方向で厄介だよ」

 

溜息をつきながら髪を直している。

白露さんは鹿島さんから貰った情報を司令官に伝えていた。今から向かう方向の近海では、敵勢力の目立った行動は今のところ見られていないそうだ。この情報により、私達の哨戒ルートを少し短縮することに。

 

「皐月ぃ、やっぱお姉ちゃんっていいもの?」

 

ネームシップである白露さんが問いかける。私も長女なので姉というのは少しわからない。

皐月さんは本人含めて12人いる睦月型の5番目、大体真ん中。上も多ければ下も多い。

 

「悪い気分じゃないよ。うちの鎮守府にはいないけど、ああやってたまたま会うと構ってくれてさ。たまに甘えたり」

「私も白露さんも長女だからちょっとわからない感覚ですね」

 

少し姉妹が恋しくなってきた。帰れば霞がいるけど、他の姉妹にも会ってみたい。

 

 

 

哨戒任務は何事もなく終了。敵影見ずだ。

だが、帰投して工廠に入ったところで霞が浮かんでいるのを見てしまった。あれは心臓に悪い。

 

「か、霞!? 大丈夫!?」

「死ぬかと思ったわ……」

 

私がいない間も水上移動の訓練をしていたようだ。努力は認めるし、早く次に進みたい気持ちもわかるが、せめて誰かいるときにやってもらいたい。

これだとどうしても過保護になってしまいそうになる。吹雪さんのことをとやかく言えない。

 

「1人で訓練するのはもう少しできるようになってからお願い」

「そうね……これは私が悪かったわ」

 

その光景を見ていた白露さんと皐月さん。これくらいの距離感がベストだと感心していた。

今まで見ていた姉妹間のやり取りは吹雪さんが基準だ。あの人は深雪さんを甘やかすだけ甘やかしたらしい。結果、深雪さんの訓練は普通以上に時間がかかったそうだ。その過保護っぷりは潮さんや響さんにも行きかけたが深雪さんが全力で止めたのだとか。

 

「はいはい、じゃあ一度休憩。私達はお風呂行くけど、霞は?」

「これだけ濡れたし、私も行くわ」

 

白露さん達はすでにお風呂に向かっていた。私達も追うようにお風呂へ向かう。霞も私の後を追うようについてきた。

 

「少し遅くなりました」

 

先に湯船に浸かっていた白露さんが、私の身体をマジマジと見つめる。同性でも裸をそんなに見られると流石に恥ずかしい。

 

「朝潮さ、なんか身体引き締まってきたよね」

「えっ、そ、そうですか?」

 

自分では気付かなかったが、他人から見るとそうなのだろうか。少しでも成長できるかと思い、余裕があるときは筋トレをしていたが、それの成果が出ているのかもしれない。

 

「わ、ホントだ。ちょっと筋肉わかるよ」

「ジム行ってるもんね。山城さんと筋トレやってんでしょ?」

「やってますよ。山城さんがメニュー組んでくれますし。見ただけで何処を鍛えたらいいか指摘してくれるので」

 

あの特技だけはすごいと思う。私に必要な、的確なアドバイスをしてくれるので本当に助かるのだが、服の上から私の鍛え方がわかるというのは少し怖い。

 

「二の腕とか私と全然違うわ」

「最近は上半身の筋トレもしてて」

 

対空と対潜に腕の筋肉はいらないとは思うのだが、山城さんが言うに、バランスを取るために全身を満遍なく鍛えた方が海上での移動もしやすくなるとのこと。実際それは実感している。

 

「ちょっと触らせて」

「ボクは腹筋を……わっ、すごい、ボクと全然違う!」

「太腿も鍛えてるねぇ」

 

だんだんくすぐったくなってきた。3人がかりで撫で回されるのはさすがに困る。あと、だんだん際どい部分も触ろうとしてくるのは本当にやめてほしい。

 

「あたしも鍛えた方がいいかなぁ。対空できないだけだからせめて主砲使う腕くらいは……」

「白露さんは下半身じゃないですか? 古鷹さんが移動に難があるって言ってましたよ」

「げっ、それはヤバイ。ちゃんと鍛えよ」

 

少しだけだが、私も筋トレのことがわかってきた。山城さんほどではないが、これくらいのアドバイスくらいならできそうだ。とりあえず下半身強化が必要なのは、経験上痛いほどわかっている。私は水上移動をマスターした後から始めているが、霞には今からでもいいくらいじゃなかろうか。

 

「霞は魚雷特化に行くんだよね。まさか格闘戦……」

「あれは私には無理よ。あんなバケモノにはなれないわ」

「誰がバケモノですって?」

 

急に聞きなれた声がして全員が硬直する。壊れたおもちゃのように振り向くと、そこには仁王立ちの山城さんがいた。お風呂なので当然裸である。もう少し羞恥心を持ってもらえるとありがたかった。

 

「霞、水上移動を安定させるなら筋トレよ。バランス感覚と筋肉は密接な関係があるの。まず下半身、上体のブレを抑えるためにも確実に鍛える必要があるわ。勿論腹筋と背筋も安定させるために必要ね。これは全部朝潮にも伝えているけど。というかアンタ魚雷以外装備できなかったわよね。私達のところにいらっしゃい。格闘戦を極めさせてあげるわ」

「ひっ……」

 

早口で筋トレの説明をしだしたので霞が怯え始めた。白露さんと皐月さんが逃げようとしていたので、脚を掴んで逃がさないようにする。

筋肉の話をしている山城さんは少し怖い。事あるごとに筋トレを勧めてくるその姿は新興宗教の勧誘に近かった。不幸を払拭できる筋トレ教……違和感がない。

 

「駆逐艦の華奢な身体も筋トレさえすればオールマイティな戦力へと生まれ変われるわ。まず白露」

「はいっ!?」

「アンタは下半身が弱い。低速化なんて関係なしに、移動射撃で安定しなくなるわよ。いっちばーんになりたいならまず下半身を重点にした筋トレ。次、皐月」

「ぼ、ボクも!?」

「アンタは腹筋と背筋。対空要員なら高角砲を撃ってもピクリとも動かないくらい安定させなさい。特に腹筋、反動軽減のときに力むでしょう。そこが鍛えられていればさらに安定するわ」

 

アドバイスは的確なのだが、勢いが怖い。霞に至っては私の腕に抱きついて震えていた。欠陥(バグ)について説明されていた時よりも怯えている気がする。

 

「こら山城、皆が怯えているぞ」

 

山城さんのマシンガントークを遮ってくれたのは同じく白兵戦専門のガングートさん。山城さんに勝つために筋トレ組に入っているが、新興宗教に入信したわけではなさそうで安心している。

 

「すまないな。コイツは筋肉の事になるとタガが外れる」

「いつもの事なので大丈夫ですよ。霞、もう大丈夫だから」

 

腕が痺れるほど強く抱きしめられているので、霞の恐怖は余程なのだろう。頭を撫でて落ち着かせる。少しは落ち着いたのか、腕を離して恥ずかしそうにしていた。

 

ガングートさんが山城さんを引っ張っていった後、白露さんがふと思い出したように話し始める。

 

「あたしさ、友軍艦隊に参加した時に別の鎮守府の霞を見たことあるんだけどさ」

「別の私? 何も変わらないでしょ」

「と思うじゃん。やっぱ鎮守府ごとに個体差みたいなの出るっぽくてさ、そこの霞、なんていうか激しい子でさ」

 

白露さんの見た霞は、部隊を引っ張り、時には叱咤激励して、自分も含めて誰も甘やかさないような性格だったそうだ。司令官との通信でも、上司に向かって放つ言葉ではないようなことまで言っていたらしい。

今の霞を見ると、そういった部分は見受けられない。そうなれとは思わないが。

 

「どっちが基本の霞に近いのか知らないけど、あたしはこっちの霞の方が好きだなー。お姉ちゃんっ子な霞の方がさ」

「そ、そんな風に見える……?」

「今朝、朝潮の部屋から出てきたのボク見たよ。一緒に寝たんでしょ。甘えん坊だなぁ」

 

言葉にされると猛烈に恥ずかしくなってきたらしく、頭を抱えて水没していく。

個体差があるというのはすぐに理解できた。この鎮守府にはその筆頭となる山城さんがいる。敷波さんから聞いた山城さんは、終始ネガティブで姉のことばかり考えているような人らしい。だが、ここの山城さんはネガティブのネの字もないし、姉のことを話しているところを私は見ていない。おそらく真逆の位置にいる。

 

ここの鎮守府の艦娘は、おそらく他の艦娘とは違う要素ばかりなのだろう。でも、それで成り立っているのだからそれでいい。私も今のままで、霞も今のままで。




シスコンで甘えん坊な霞。でも司令官にはいつもの調子で行きたいけど、多分ここの司令官にクズとは言えない。最初から信頼度MAX。


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提督のいない日

「本日は全ての戦闘訓練、哨戒任務を休みとする」

 

朝食の場、全員が集まっているということで司令官が前に出て伝える。こんなことは私、朝潮が配属してから初めての事だった。毎日何かしらの戦闘訓練が行われているし、哨戒任務は誰かが必ず出ている。

それを全て休みにするということは、大きな事情があるのだろう。

 

「私が今日1日鎮守府を離れる事になったんだ。戻るのは夜になる」

「空母の哨戒機はどないするん?」

「すまないがそれだけは頼みたい。手薄すぎてもいけないからね」

「りょーかい。今日はうちやから、安心しとって」

 

なんでも大本営への出向なのだそうだ。司令官1人で行くわけではなく、明石さんも連れて行く必要があるとのこと。

明石さんが工廠からいなくなるということは、万が一の事があったときに修理ができないということである。妖精さんだけではできないことも多い。そのために訓練と任務を無くしたようだ。

 

「あと、ガングート君、君にもついてきてもらいたい」

「む、私が関係するということは、経過観察の結果だな」

「そういうことになる。何、心配いらない。何も無いことを見せに行くだけだよ」

 

鎮守府設立のきっかけとなった吹雪さんの一件以来、司令官は大本営と仲が良くなかった。司令官の努力とその成果により、今でこそ友好的に扱われるようにはなったが、それでも後ろ指を指すような上層部もまだいる状態だ。

だが当然理解者も少なからずいる。今回の出向は、その理解者筆頭である元帥閣下の元へ行くらしい。成果を見た元帥閣下が直々に頭を下げたというのだから、司令官からの信頼も厚い。

 

「私がいない間、提督代理を大淀君に任せる事とする。とはいえ、大淀君も今日は業務がないはずだね?」

「私は事前に聞いていましたから、昨日の内に全て終わらせました。問題ありません」

「皆、今日は身体を休め、明日からの活動への英気を養ってほしい」

 

万が一のことがあった場合は大淀さんが指揮を執るということだ。艦娘が艦娘の指揮を執るとはおかしな話だが、今ならそこまでの緊急事態もない。

 

少しして、元帥閣下からの迎えが鎮守府にやってきた。最前線の人工島に来るだけあり、司令官が乗るための船に護衛の艦娘が4人。大戦艦の大和さんと武蔵さん、さらに一航戦の赤城さんと加賀さん。私達とは練度がまるで違う。大本営は部隊を持たないが、元帥閣下はそれとは別に艦娘を手元に置いているらしい。大本営直属の護衛艦隊、その内の4人なのだろう。

 

「はぁ〜、あれが大戦艦。カッコいいな〜。お話ししたいな〜」

 

去っていく後ろ姿を見ながら清霜さんがうっとりしていた。

欠陥(バグ)により戦艦装備が出来るとはいえ、艦種は駆逐艦である。目標である戦艦とは少し違う。まだまだ大戦艦は憧れの存在のようだ。

 

「帰ってきたらここで補給受けて泊まってくらしいで。そん時に話させてもらい」

「龍驤さんそれホント!? 絶対会う!」

 

飛び上がるほど喜んでいる。やはり憧れの人と話せるというのは嬉しいことだろう。

どんな人たちなのだろうか。司令官の理解者の艦娘とはいえ、欠陥(バグ)のことをどう思っているだろう。

 

 

 

訓練も任務も無くなり、急な暇になってしまった。それは誰もが同じことで、どう暇を潰そうかと悩んでいる始末である。

 

「姉さん、今日はどうするの?」

 

水上訓練もなるべくならやらないでほしいと司令官に言われた霞も、暇を持て余していた。まだここに来て数日しか経っていないわけだし、暇の潰し方もわからないだろう。

 

「普段ならジムに行ったりしてるけど、身体を休めることが目的になっているし……どうしよう」

「姉さんも暇なのね」

 

即座にやる事を決めたのは、哨戒機の発着艦だけはする必要のある龍驤さん、暇潰しに筋トレをすると言っている白兵戦組、眠り続けるであろう時津風さんくらいだ。あの大淀さんですら暇になっている。

そういえば、私もそれなりにここでの生活が慣れてきたが、大淀さんのことはあまり知らない。いつも執務室にいて、司令官の補佐をしている。いわゆる秘書艦というものなのだろうが、艦娘ではあるはずだ。

 

「大淀さん、今どうしてるのかしら。いつも執務してるけど、今日は仕事もないって言っていたし」

「確かに。執務室以外にいるところほとんど見たことない」

 

こういう機会にあまり話さない人と話すのもいいだろう。少し探してみることにした。

 

大淀さんは執務室にはおらず、珍しく談話室にいた。提督代理とはいえ、執務室ではやる事がない。久々のフリーということで休みを満喫しているように見える。

 

「珍しい集まりですね」

「うん、ホント珍しいわ。はちさんが資料室の外に出てるの初めて見たかも」

 

そこには大淀さんの他にも、はちさん、そしてなかなかお目にかかれない水上機母艦、秋津洲さんがいた。

秋津洲さんははちさんと同様、欠陥(バグ)により極端に戦闘ができなくなっているため、非戦闘艦娘としてこの鎮守府で活動している。その欠陥(バグ)というのが脚部艤装装着不可。つまり、()()()()()()()。戦闘不能と言っても過言ではない。

そんな状態でやっている仕事というのが、陸との交流である。私達の島に生活用品や食糧を輸送してくれているのは全て秋津洲さんだ。二式大艇という専用装備の他、艦娘には本来必要ない船舶免許なども取得して輸送隊の隊長を受け持っている。

 

「今日は臨時で開いた非戦闘艦娘の集いなの」

「駆逐艦定例会みたいなものかも!」

「そういう集まりもあるのね」

 

いつも誰かしら忙しくなかなか開けないそうだ。一番忙しいのが秋津洲さん。私ですら姿を見たのが数度しかない。もちろん霞は初顔合わせ。

 

「あれ、大淀さんって非戦闘艦娘だったんですか?」

「言ってませんでしたっけ。私も脚部艤装装着不可の欠陥(バグ)を持つ艦娘です。なので、秘書艦専任ですよ」

 

大淀さんの艤装を見た事がないのはそういう理由。秋津洲さんと同様、海上に立つ事ができないため、できても島からの対空砲火程度となる。ただし、大淀さんは切り札中の切り札、出すときは本土決戦も視野に入るレベルなので、これだけは避けなければならない。

 

「じゃあ非戦闘艦娘はこの3人だけ? あ、明石さんもいるか」

「明石は戦闘できないわけじゃないですよ。欠陥(バグ)が厄介なだけで」

 

大淀さんは明石さんのことだけは親しみを込めて話す。吹雪さんと同時に運営として派遣された艦娘だからだろう。大淀さんと明石さんは欠陥があっても無くても運営に支障はないため大本営も解体しなかったようだ。

明石さんはともかく、大淀さんは軽巡洋艦としてもスペックは高い。戦闘に出られないのは少し残念だ。

 

「そうかも? 明石さんの欠陥(バグ)、あたし知らないかも」

「はっちゃんもナイーブな事かと思って聞いてない」

「明石は片足だけなんですよ。脚部艤装装着不可の欠陥(バグ)

 

面倒な欠陥(バグ)なのはわかる。片足で戦場に行けと言われても困るが、行けないことはないという微妙な立ち位置。それなら出ない方がマシと明石さんは工廠から出ないだけだ。まず本人が戦闘が苦手だと言っているので、これはこれでいいのかもしれない。

 

「明石さんもいれば勢揃いの集いだったのにね」

「仕方ないかも。あたし達はいつも忙しいかも」

 

秋津洲さんはそもそも鎮守府にいる事がなかなか無く、はちさんは随時更新される艦娘のデータを資料に反映させる仕事がある。大淀さんは秘書艦の仕事が、明石さんは工廠の仕事が毎日ある。

縁の下の力持ちな非戦闘艦娘の方々は、今日くらいはしっかり休んでもらおう。

 

「ふぅ、こんなにゆっくりするのはどれくらいぶりですかね」

「大淀さんはいつも仕事してるじゃない。休んでるの?」

「休んでますよ。書類整理自体は提督のおかげですぐに終わりますから」

 

ただし、秘書艦業務以外の事で奔走している。祝い癖のある司令官のブレーキ役や、戦闘訓練、哨戒任務の時間管理、秋津洲さんの輸送した荷物の管理もあるだろう。おそらく一番仕事をしている。

体力仕事をしない代わりに頭を使っていると思うと、大淀さんの方が私達より疲れていそうだ。

 

「一番大変なのは秋津洲さんです」

「あたし陸で休む事あるから、大淀さんには負けるかも」

 

毎日ある程度保障された食事が摂れるのは、ひとえに秋津洲さんのおかげだ。稀に司令官が宴を開いてしまうが、それでもなんら変わらなく運営できているのだから、感謝しかない。

 

「はっちゃんが一番楽かな……好きでやってるし」

「そんな事ないかも! 本の整理ははっちゃんしかできないよ」

「そうですね。私の書類仕事もはちさんのおかげで捗ってます。それに水上機での近海監視もしてますよね」

「そっちが本当のお仕事なんだけど、資料室の管理の方が多くなってきちゃった」

 

私が見に行ったときも綺麗に整理されたデータでとても見やすかった。あれは全てはちさんが整理したものなのだろう。あれだけのことをしようとすると、1日仕事では収まらない。

近海監視も重要な仕事だが、はちさんがそれをしているのはあまり見た事がない。実際は私達が活動を始めるより少し前の早朝に飛ばしているそうだ。

 

「皆さんのおかげで、私達が安心して生活できるんですね」

「ホント感心したわ」

 

ここにいない明石さんも含めて、非戦闘艦娘のおかげで私達は支障なく任務を遂行できる。皆の力を合わせないとできないと、改めて理解した。

 

 

 

午後は皆がさらに暇を持て余していた。今は自主練も憚られる状態。艤装も触らない方がいい。そうなると、することが散歩くらいしか無かった。

 

「あれ、天龍さん筋トレはもういいんですか?」

 

主砲訓練の時の桟橋まで来てみると、そこでは天龍さんが釣りをしていた。釣果はそこそこのようだ。

 

「今ジムに行くのはダメだ。姐さんがヤベェ」

「どういうことでしょう……」

「さっき白露と皐月が捕まった」

 

察した。今は近づけない。

 

「オレは暇なときはこうやって釣りしてんだよ」

「そういえば、たまに食堂で魚を捌いてましたね」

 

人工島だからか、どこで釣りをしてもそれなりに当たりはあるらしい。とはいえ人数分釣れることは稀なので、釣った天龍さんが適当に見繕って振る舞うのだとか。今日も釣果的に数人程度だろう。

天龍さんは鎮守府の中でも料理が上手な方に入り、食堂当番のときも人気がある。天龍さんに教えを請う人もいるほど。

 

「霞はどうした?」

「今ははちさんと資料室です。自分のデータを見ると」

 

まだ水上移動もままならない状態だが、今後の自分を見据えるのは早い内でも悪くない。私のように目指す先が決まればいいのだが。

 

天龍さんの隣に座り、海を眺めた。戦場として立つのとはまるで違う平和な海。風も気持ちいい。

 

「やっぱり、こういう海がいいですね。この前の初陣では、空気が熱く感じました」

「だよな。オレも最初は戦闘が生き甲斐だと思ってたけど、提督のおかげでこんなにのんびりだ。海はこの方がいい」

 

生まれたばかりの天龍さんは、それはもう好戦的で、怪我をしても突撃するような人だった。自分が死んだところで、別の自分がいるからと、命を軽んじていた。

司令官に説教され、説得され、今の天龍さんになったそうだ。人一倍私達の事を気遣ってくれる。旗艦としてもすごく頼りになる。

 

「戦うよりも、ここで生きていく方が楽しくなっちまった」

「わかります。こんな平和な日が続けばいいのにって思います」

「誰も死なずにこの海を取り返さないとな。っと、当たりだ当たり」

 

まだ海は深海棲艦が制圧している状態だ。今は一時的な平穏。この海を維持するためにも、もっと頑張らなくては。

 




大淀と明石は腐れ縁みたいな付き合い方で仲が良さそう。ここの鎮守府でもそんな感じ。大淀が唯一緩い姿を見せる相手。


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突然の来客

司令官の帰還が早まったと連絡が入った鎮守府。なんでも、元帥閣下が鎮守府を査察したいと言い出したらしく、予定より早くガングートさんの報告が終わったそうだ。

 

「今日の食事当番はお休みでいいそうです。帰還後、提督が作るとのことです。あと、()()()()()()()()()というのが提督の指示ですので、何も用意はしなくていいですからね」

 

こなれているのか、大淀さんの指示は簡単。それでも陸からの来客は私、朝潮にとっては初めてのこと。以前の神通さん達は来客ではなく保護なので少し違う。

 

「大淀さん、元帥閣下はどのような人なんですか?」

「そうですね……私も会ったことは無いのですが、あの提督が信頼できると思った方なので、余程の心配は無いと思いますよ」

 

それでも失礼のないように、と念を押される。そう言われると少し緊張してしまう。

 

「ヨド、もう提督帰ってきおったで!」

「はい!? またあの人は船で連絡入れてきましたね……準備とか何もさせないつもりで!」

 

龍驤さんの哨戒機が司令官の船を確認したらしい。予想以上に早い帰還になっている。まだ外は明るい。しかも、連絡は『今から帰る』ではなく『今帰っている』らしい。用意も何もあったものじゃない。

 

 

 

「ただいま! 今帰投した!」

「早く帰るなら連絡は陸でしてきてください! ああもう急過ぎです!」

 

龍驤さんが船を見つけてわずか数分後、司令官が鎮守府に帰ってきた。私含め、数人の艦娘が提督を出迎える。

提督に続いて少し疲れた顔の明石さんとガングートさん。経過観察の報告だけでもいろいろあったらしい。2人とも即座にお風呂へ向かった。

 

「ここがおぬしの鎮守府か。結構結構」

 

さらにその後ろ。4人の護衛艦娘をつけたお爺さん。この人が司令官が信頼できるという元帥閣下。見た目は普通のお爺さんだが、その地位を持っているということは、見た目では判断できない能力を持っているのだろう。

 

「賑やかな場所じゃ。こんなに明るい大淀もなかなか見んぞ」

「お、お恥ずかしい……」

「構わん構わん。儂はただのジジイだと思って、普段通りにしてくれればいい」

 

そう言われる方が緊張するというものだ。司令官の上司と言われれば、私達にとってはさらに上。本来ならこうして姿を見ることも無いような高見の人。

だが、司令官の接し方で空気が変わる。

 

「そうは言うがね爺さん、アンタの階級でみんな萎縮してしまうよ」

「ならもう少し敬わんかいガキンチョ」

「対等に接しろって言ったのはアンタだろう耄碌ジジイ」

 

ヒヤヒヤする会話だ。上司に向かってなんて口の利き方。だが、お互いに信頼し合ってるからこそ許されているのだろう。護衛艦娘の方々も一切手を出さない。いつものやり取りだと苦笑しているほどだ。

ふと、元帥閣下と目が合う。ニコリと笑い、手招き。行っていいものか迷っていると、隣にいた天龍さんが背中を押してくれた。

 

「ここ最近で入ったという朝潮じゃな」

「は、はいっ、駆逐艦、朝潮ですっ」

 

初めて司令官に会ったときのように声が裏返りかけた。また恥ずかしいことになるところだった。

 

「よく鍛えられておる。欠陥(バグ)なんぞ物ともせず、自分の特性を活かして戦っておる身体じゃ」

「あ、ありがとうございますっ」

 

元帥閣下も最初は欠陥艦娘は解体すべきとしていた人だ。だが、司令官の成果を見て考えを改め、今は護衛艦娘の方々に投げかけるような慈しむ目で、私達を一つの命として見てくれている。

 

「爺さんはわかっていたものな。欠陥(バグ)があろうが無かろうが、艦娘は同じなんだって」

「そうじゃな。こんなに可愛い命を奪う権利など、儂らには無いのぉ」

 

元帥閣下に頭を撫でられる。司令官とは違う温かさ。司令官が信頼しているのもわかる。

この人は考えを改めたわけでなく、元々間違っているとわかっていた人だ。軍規上仕方なく、他の部下に示しを付けるためにも、上に立つものとして解体を承認していたのだろう。

 

「加藤、おぬしこの子らを愛娘と言っておったな」

「ああ、全員我が子、愛しい娘達だ!」

「なら儂にとっては孫娘のようなものじゃな」

 

話が拗れる音がした。同時に護衛艦娘の方々が動き出すのを感じた。

 

「朝潮ちゃんや、今日から儂のことを『おじいちゃん』と呼んでくれんか」

「おいジジイ」

「えっ、えっ?」

「おじいちゃんと、親しみを込めて」

 

言い切る前に護衛艦娘の1人、赤城さんが頭をはたく。仮にも上司と部下である。今とんでもない場面を見たのでは無かろうか。

 

「おじいちゃん、駆逐艦相手にそれはよくないですよ。せっかく大本営の堅苦しい場から抜け出せたのに、今度は豚箱がお望みですか?」

「だってうちの艦娘、即戦力だから君達みたいな大人な艦娘ばっかりじゃん? たまにはこういう幼い娘と」

「加賀さん、全機発艦。このロリコンジジイの頭を治して差し上げて」

「了解」

 

もう1人の空母、加賀さんに合図を出す。本当に弓を構えた。

 

「ごめんなさいね。この人こういう人だから」

「すまん、阿呆なんだこいつは」

 

上司と部下の壮絶な喧嘩を横目に、護衛艦娘の大和さんと武蔵さんにそっと距離を取らされた。元帥閣下、こういうことがよくある人らしい。護衛の方々も大変そうだ。

でも楽しそうだ。私達のように仲がいいんだろう。

 

 

 

一通り鎮守府を見て回った元帥閣下とその護衛艦娘4人。夕食も終え、そのままフリーの時間に。全員が鎮守府で一晩を明かすということで、護衛艦娘の方々に興味が殺到した。その様子を司令官と元帥閣下が遠目で眺めている。

 

「ほぉ、ここの清霜は戦艦なのか」

「装備だけとはいえ私達と同じ主砲が装備できるだなんて、すごいわ清霜ちゃん」

「だ、大戦艦と対等……清霜の夢はほとんど叶った……!」

 

一番盛り上がっているのは清霜さん。朝から話をしたいと言っていたが、2人に囲まれて幸せそうにしている。少しだらしない顔になっているが、それは大目に見よう。

大和型戦艦姉妹は、当然だが決戦仕様。全艦娘で見ても最高クラスの力を持つ、最強の戦艦である。特に妹の武蔵さんは改二実装済みで、名実共に最強の座を手にしている。

 

「だが、こんな小柄な身体で我々の主砲のパワーに耐えられるのか?」

「はい! そこは大丈夫!」

欠陥(バグ)かもしれないけれど、駆逐艦の身体で46cm三連装砲の反動に耐えられるなんて……」

 

以前の戦闘で見たが、清霜さんの攻撃は駆逐艦の威力ではない。その反動も凄まじいもののはずだが、清霜さんは難なく撃っていた。それこそ、最高峰の戦艦と同等の力を持っているのだ。オーバースペックにも程がある。大和さんも目を丸くしていた。

 

「でも、物凄く燃費が悪いんです。いつも食べてるくらいで」

「大和も大食いだよな」

「貴女に言われたくないわ。改二になってからより一層食べるようになって」

「燃費を良くすることって、できないんですか?」

 

基本的に燃費を良くする手段はない。私達の知らない手段があるかもしれないが、少なくとも私は知らなかった。そのため、清霜さんはこの最悪な燃費とは一生付き合うことになる。

大和型姉妹も同じくらい燃費は悪く、一度出撃すると大量に燃料を摂ることになるそうだ。私達の知っている清霜さん以上なのだろうか。

 

「私達も燃費に関しては困っているわね」

「こればかりは仕方あるまい。それだけの力を貰ってるんだ、代償も必要だろう」

「そうですよね……食べれば何とかなるし、諦めるしかないかぁ」

 

残念そうにしているが、言いながらもオヤツを食べている清霜さん。出撃どころか訓練すらしていないのにこれとは、本当に燃費が悪いことが伺える。

 

一方、一航戦の2人に蒼龍さんが絡まれていた。艦としては、かの有名な戦場で散った最後の仲間同士の3人だ。ここにはもう1人の二航戦である飛龍さんがいないのが残念である。

 

「浮き砲台って……どうやって戦ってるんです」

「他の誰かに曳航されながらですよ。曳航くらいなら駆逐艦でもできますから。発艦は移動する必要がないですし」

「無茶苦茶言ってますよ」

 

蒼龍さんの戦闘方法に驚きが隠せない赤城さん。確かにやっていることは無茶以外の何物でもない。だが、それで戦果をあげているのだから、蒼龍さんにはベストの戦い方である、

 

「龍ちゃんも浮き砲台なんですよ」

「……ここの空母は2人も浮き砲台ですか。それでよくここまでの戦果が出せるわね」

 

加賀さんも怪訝そうな顔をする。疑問にも思うだろう。対空や索敵、先制攻撃など、空母はやる事がいっぱいだ。甲板がやられたら手段が無くなってしまうが、戦艦の次にパワーのある艦種と言ってもいいほどである。

それが移動不可の浮き砲台。どのような戦術か、興味が出るのは必然だった。

 

「慣れって恐ろしいですよ。例えば曳航してくれるのが天龍だったら、こう、速攻で近づいてきてガバッと担ぎ上げて移動してくれるというか」

「そんなんじゃ弓が撃てないじゃない」

「移動先で撃つんですよ。駆逐艦の子は背中から引っ張ってくれるので撃ちながら移動できますし」

 

一航戦には想像を絶する戦い方だったようだ。私達は蒼龍さんを曳航するのが当たり前のことになってしまっているため違和感はないが、本来ならあり得ない戦術だ。天龍さんを筆頭にした白兵戦の戦闘を見たら卒倒するのではないだろうか。

 

「まだまだ私達の知らない戦い方がありますね、加賀さん」

「そうね赤城さん、欠陥(バグ)があるからこその戦い方、興味があります」

「あ、それなら演習とかしちゃいます? 直に見てもらった方が早いですし!」

 

司令官達に目配せする蒼龍さん。今はもう暗いので、空母の方々は基本的に戦闘行為ができない。この鎮守府では夜間に訓練することもそんなにないこと。哨戒任務はあるらしいが、私は参加した事がない。駆逐艦は明るいうちにしか哨戒しないようになっているそうだ。

 

「夜戦訓練が無いことは無いが、空母の君達が何をするんだい。やるなら明日にしなさい」

「はーい。赤城さん、加賀さん、明日演習しましょう! そこで、私達の戦い方見てください!」

 

空母勢の流れで明日の朝、演習をすることになってしまった。部屋に皆いるため、元帥閣下に自分達を見てもらえるとやる気になっていた。

 

「加藤、一番通常とは違う6人を見せてくれんか。聞いている限り、浮き砲台の空母、戦艦性能の駆逐艦、あとは白兵戦専門の艦娘だったかの」

「そちら戦艦と空母2人ずつでしょ。なら対空もちゃんと使わせてもらうよ」

 

相手は最強クラスの戦艦と空母。それが最高練度。いくら4人だとしても、こちらが勝てる可能性はかなり低いように思える。だが、こちらも最前線を任せられた艦隊だ。一矢報いるくらいはできるだろう。勿論、皆勝つつもりで戦う。もし私が部隊に選ばれたら、勿論勝つつもりで戦う。

 

「じゃあ、儂の艦娘が勝ったら朝潮ちゃんにおじいちゃんって呼んでもらうからの」

「ロリコンジジイ、いい加減にしろよ」

 

私が勝手に賞品にされたように見えたが、そんなに言われたいのだろうか。だったら

 

「勝ち負け関係なしに大丈夫ですよ。()()()()()()

「ーーーーー」

 

元帥閣下の呼吸が止まったように見えた。いや、止まっていたらまずい。

そのまま流れるように両腕を上げ、幸せそうに震える。そんなに嬉しいことなのだろうか。私にはわからない。

 

「儂、生きていて一番幸せかもしれん」

「朝潮君、爺さんを甘やかさなくてもいい」

「そ、そうですか」

 

遠目に溜息をつく護衛艦娘の方々。まずいことをやってしまったのだろうか。なんだか申し訳ない気分になってきた。




燃費を下げるシステムであるケッコンカッコカリは、司令官の方針的に存在を伏せています。朝潮一人称のためそういうこと書けないので、ここでちょっとだけ補足。


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最強の部隊

翌朝、元帥閣下直属の護衛艦娘の方々との演習が執り行われる事になった。相手は大和さん、武蔵さん、赤城さん、加賀さんの4人編成。練度も装備も最高。戦艦と正規空母なので、火力も高ければ耐久も高い。駆逐艦の火力では傷一つつけられない可能性がある。

 

「編成を決めた。今から発表する。まず蒼龍君。言い出しっぺの君には出てもらうよ」

「勿論! 一航戦に私達を見てもらわなくちゃ!」

 

まず決まったのが蒼龍さん。司令官の言う通り言い出しっぺ。浮き砲台の戦い方に興味があるという一航戦の方々の話から演出が決まったようなものだ。

 

「次、清霜君。向こうの大和君と武蔵君がとても見たがっている。君の本気を見せてやりなさい」

「はい! 清霜、大戦艦に一矢報います!」

「勝ってくれても構わないよ」

 

元帥閣下は一番通常とは違う艦娘と言っていた。それを言われると、清霜さんは確実に入るだろう。戦艦の火力と駆逐艦の速力を両立させたオーバースペック艦娘なだけある。

 

「3人目、山城君。わかっているよ、武蔵君のことずっと見ていただろう」

「ええ、あの筋肉、素晴らしいわ。理想の鍛え方、維持も完璧よ」

 

白兵戦担当として山城さんが採用。天龍さんだと万が一あの火力に襲われた時に耐えられる可能性が低いからだろう。だが、山城さんはそういうところではなく武蔵さんの筋肉にしか興味が無いように見えた。

 

「4人目……出したくないんだが、朝潮君。爺さんの熱烈なラブコールだ。蒼龍君の曳航もお願いしたい」

「一航戦の艦載機……少し怖いですが、全身全霊頑張ります」

 

4人目は私。元帥閣下は私を余程気に入ってくれたらしい。喜んでいいものかどうかはわからないが、一航戦の艦載機からの攻撃は興味がある。全機撃ち落とすくらいの覚悟で向かわなくては。

 

「5人目、那珂君。出撃は山城君に手伝ってもらってくれ。君の速さで空母を攻撃だ。期待している」

「オッケー♪ 那珂ちゃんにまっかせてー♪」

 

5人目は那珂ちゃんさん。ブレーキがないというのは計算を崩す可能性がある。撹乱役としては最適。明らかに定石ではない戦い方をするだろう。那珂ちゃんさんの戦い方には私も興味がある。

 

「最後は吹雪君。朝潮君だけでは一航戦の艦載機は荷が重いだろう。頼んだ」

「お任せください。なら今日の私は対空特化ですね」

「ああ、低速で辛いかもしれないが、よろしく頼んだ」

 

最後は吹雪さん。私よりも熟練した対空能力を持っているのだから頼りになる。さらに私は蒼龍さんの曳航も任されてしまっている。基本の対空は吹雪さんだろう。

 

「以上6人。爺さんの艦隊に目にもの見せてやれ!」

「了解!」

 

 

 

「姉さん、頑張って」

 

工廠での出撃準備中、皆に激励される。特に霞は一番に来てくれた。演習とはいえ、こちらより人数が少ないとはいえ、相手は強大だ。怪我が無いとは限らない。

 

「ええ、ありがとう霞」

「健闘できるはずよ。姉さんは努力してるもの」

 

龍驤さんや蒼龍さんからの訓練も日に日にハードになっている。それだって耐えられるようになっているのだ。初陣からも日は経っているし、それだけ前進しているはずだ。

 

「朝潮ちゃん、準備できた?」

 

装備が完了した吹雪さんがやってくる。

最古参の吹雪さんはすでに改二。対空に特化している私よりも対空性能は高い。だが、低速であるために咄嗟の判断による機動性は私の方がどうしても早い。だからこそ、曳航を任されているのだと思う。

 

「はい、大丈夫です」

「相手はあの一航戦だからね。多分、龍驤さんの艦載機よりも激しい攻撃してくると思う。お互い、やれることやろう」

「はい!」

 

私は以前と同じ完全に対空仕様。たが、蒼龍さんの曳航があるため、少しでも速力を強化するためタービンを装備した。今回はやることが多い。

そもそも曳航なんてやったことがなかった。水上なら駆逐艦でも引っ張ることができるとは聞いているが、引き方にもいろいろあるだろう。艦載機以外にも、蒼龍さんの安全確保や移動経路も見ていないといけない。緊張感も増した。

 

 

 

初めての曳航はそこまで難しいものではなかった。割と強く引っ張っても蒼龍さんは安定している。

 

「大丈夫だね。緊急時は矢筒を引っ張ってくれればいいから」

「了解しました。その時は多少強引に引きます」

 

所定の位置に着く。今回は山城さんも制服姿。やる気が見て取れる。那珂ちゃんさんは山城さんの肩に座った状態で出撃してきた。開始と同時に飛び降りるのだろう。

 

「到底戦う状況には見えませんね」

 

苦笑する赤城さん。だが、話しながらも視線は清霜さんの方を向いていた。気持ちはわかる。駆逐艦にそぐわぬ46cm三連装砲。サイズが違いすぎて、武装だけで清霜さん2人分くらいはある。

 

「あはは……でも私達は今までずっとこれでやってきましたから」

 

自信のある笑顔の吹雪さん。今回は山城さんが那珂ちゃんさんのブレーキ役をしているため、旗艦は吹雪さんとなっている。

遠目に見える護衛艦娘の方々は、私達の欠陥(バグ)を見ても油断をしているようには見えない。むしろ今まで以上に力が入っているように見える。

 

「では、お互い力の限りを尽くしましょう」

「はい、よろしくお願いします」

 

握手をして艦隊が並ぶ。演習の緊張感。訓練とは比べ物にならない。吹雪さんも旗艦として少し緊張しているように見えた。

 

静まり返った後、演習開始の合図が鳴った。同時に山城さんの肩から那珂ちゃんさんが飛び降りる。

 

「じゃあ那珂ちゃんが先攻するよっ!」

 

いつもの那珂ちゃんさんじゃない。真剣な、第四水雷戦隊旗艦だったころの少し怖い表情に。最高速で特攻し、空母に向かう。

 

「加賀さん、攻撃隊発艦。全て蒼龍へ」

「了解、攻撃隊発艦」

 

その那珂ちゃんさんがたどり着く前に、赤城さんと加賀さんが矢を放った。撃った矢は蒼龍さんと同様に艦載機へと変化するが、その数が尋常ではない。ぱっと見だけでも30は超えている。

 

「朝潮ちゃん! 対空用意!」

「了解! てぇーっ!」

「艦上戦闘機も飛ばすよ! 発艦始め!」

 

私と吹雪さんの対空攻撃、さらには蒼龍さんの戦闘機で艦載機に対応する。3人がかりならある程度は撃ち落とせた。それでもすり抜けてくる爆撃機が数機存在する。

 

「蒼龍さん、曳航します!」

「お願い! 強引でいいから!」

 

最大戦速で蒼龍さんに突っ込み、矢筒を掴んで無理矢理引っ張る。蒼龍さんの息が詰まったように聞こえたが、今は気にしていられない。爆撃の着弾点から離れ、ダメージも軽微。

対空は一旦吹雪さんに任せ、蒼龍さんが攻撃隊を発艦できるように速力を落とす。

 

「ありがと。今度は攻撃隊、発艦始め!」

 

曳航中に次の矢を用意していた蒼龍さん。戦闘機ではなく、攻撃機と爆撃機を発艦させる。あちらよりは数が少ないものの、訓練の時には見たことがない数だ。それを、一航戦に向かって放った。

同時に那珂ちゃんさんが空母の近くまで接近。上と下から同時攻撃だ。

 

「一航戦が接近を許すとは、なかなかやるなぁ!」

 

だが、那珂ちゃんさんに対し、武蔵さんが照準を定めていた。このままだと直撃ルート。もちろん那珂ちゃんさんもそれに気づいている。

 

「退避! 山城さん、そっちはよろしくっ!」

「アンタの相手は私よっ!」

 

空母から離れることにはなるが、射線上から外れる。それと同時に山城さんが武蔵さんに白兵戦を仕掛けていた。

 

「はっ、山城が殴りかかってくるとは、痛快だな!」

「これしか戦い方が無いのよ。おとなしくやられなさい!」

 

武蔵さんは白兵戦の心得があるのか、山城さんの攻撃をヒラリヒラリと避けていく。合間に主砲をゼロ距離で撃とうとするが、山城さんは砲を直接叩いて向きを変える。

 

「厄介だなぁ! 大和ぉ! 私ごと撃てぇ!」

「無茶苦茶言うわね! でも、それが早いなら……!」

「清霜も忘れないでねっ、撃てぇっ!」

 

戦艦の戦いは混沌を極めていた。山城さんを引き剥がすために大和さんが撃ち、それを止めさせるために清霜さんが動き回りながら砲撃。武蔵さんは白兵戦でも気にせず主砲を放つが、山城さんはそれを処理しながら白兵戦を続ける。すでに那珂ちゃんさんには気を留められないほどになった。

戦艦(とそれに匹敵する駆逐艦)が一つの場所で戦ってくれているので、こちらは空母に専念できる。

 

「軽巡洋艦がちょこまかと……!」

「加賀さんの方が搭載数が多いからね! こっちに粘着するよ!」

 

蒼龍さんの戦闘機と曳航係の私が艦載機を確実に撃ち落としながら、那珂ちゃんさんのヒットアンドアウェイで狙っていく。そのおかげで艦載機が戦艦側に向かう事もない。吹雪さんが稀にする攻撃も撹乱になっているようで、戦況としてはこちらがかなり有利だ。さすがに4対2、数的優位でこのまま押しこみたい。

 

「加賀さん、手加減はダメね。増やしましょう」

「ええ、全機発艦します。手は抜きたかったけれど……ここまでのものとは思わなかったわ」

 

那珂ちゃんさんと吹雪さんの攻撃を回避しながら、蒼龍さんの戦闘機と私の対空砲火でギリギリ均衡を保てるレベルの艦載機を発艦している状態。蒼龍さんの曳航をしながら逐一対空なので、こっちは全力を出し続けている。しかし、あちらは余裕がまだあるらしい。

 

「攻撃隊、全機発艦」

 

目を疑った。突然、空を飛ぶ艦載機が倍以上になった。今までだけでも対空がギリギリだったのに、さらに追加は私だけではもたない。

 

「来た! 清霜ぉ!」

「こっちぃ!」

 

混沌とした戦艦の戦いの中でも蒼龍さんは状況を見据えていた。清霜さんに合図をし、全機発艦の隙をついた戦艦主砲による一撃を空母に撃ち込む。

最初からこの作戦を考えていたのだ。発案者は蒼龍さん。

この戦場で一番厄介なのは、2人から飛ばされる大量の艦載機だ。それを早期に押さえ込めば勝機が見える。そのため、隙を突いて清霜さんの一撃を叩き込む。あわよくば2人ともリタイアさせられれば完璧だ。

隙のタイミングは全機発艦のタイミング。少なくとも蒼龍さんはそれが自分の隙だと言っていた。そして、一航戦は最初から全力で来ることはないと確信していた。

 

「っくっ!?」

「加賀さん!」

 

清霜さんの攻撃は加賀さんに直撃。リタイアまで追い込むことに成功。ただし、

 

「いい作戦ですが、余所見は良くないですね」

「うえっ!?」

 

その清霜さんが大和さんにやられリタイア。こちらの高火力が1人やられてしまった。戦艦2人を山城さんに任せるのは難しいだろう。

 

「朝潮、吹雪、赤城さんの艦載機よろしく!」

「は、はい、対空砲火は続けてます!」

 

蒼龍さんが方針を変更。山城さんの援護に艦載機を使う方向へ。だが、その間に大和さんがそこから居なくなっていた。これはダメだ、と思った瞬間だった。

 

「武蔵が楽しそうなので、他は私がやりますね。那珂ちゃん、そろそろ止まってください」

「えっ、うそっ!?」

 

主砲の一撃で動き回る那珂ちゃんさんがやられた。突然のことで思考が止まってしまった。その隙を見逃される事もなく、

 

「対空を止めてはいけませんよ」

 

赤城さんからの指摘と同時に艦載機からの爆撃が私は直撃。

そこからはもう一方的だった。残った対空の吹雪さんも大和さんにやられ、蒼龍さんは赤城さんとの一騎打ちに敗北。私がリタイアしたせいでその場から動けなかったのが敗因。

 

「貴様だけのようだぞ山城」

「そうみたいね……さすがに1人で3人は捌けないわ」

 

山城さんが白旗。これで演習は幕を閉じた。

 

 

 

一方的ではないにしろ、それに近い敗退だ。相手がどれだけ強いとしても、やはり悔しい。

 

「爺さん、どうだいうちの子は」

「全然なっとらん……と言いたかったが、いやはや、面白い戦い方じゃ。欠陥(バグ)なんぞ関係ないことはよくわかった。戦術次第ということもな」

 

満足げな元帥閣下。私達の戦い方はお眼鏡にかなったということだろう。それだけは安心した。

 

「というか、ここで儂の艦娘に負けられたら元帥失格になるわい」

 

ドヤ顔で言われた。

言われてみれば、ここで私達が勝っていたら、こちらとしては自信に繋がるが、あちらにとっては恥どころではないのだ。同じ艦娘に負けているようでは、万が一クーデターを起こされた場合に大本営が潰されてしまう。それを防ぐためにも、この4人は最強で無くてはいけない。

 

「加賀さん、やられちゃいましたね」

「正直不本意だわ。あれは蒼龍の策?」

「全機発艦直後は硬直しますからね。狙わせてもらいました」

 

空母の事は空母が一番わかると思うが、この作戦だけは上手くいったと思う。一矢報いることができただろう。

 

「清霜ちゃん、よく見せてもらったわ。これはもう、私達の妹としてもいいわね。大和型戦艦清霜として、今後も活躍してね」

「大和型戦艦清霜!? ああ……あたしもう轟沈してもいい……!」

 

清霜さんは大和さんに褒めちぎられていた。結局6人がかりで加賀さん1人を倒せただけだが、それは清霜さんの火力が無ければ実現できなかったこと。大戦艦に戦艦と認められた清霜さんは、本当にそのまま轟沈してしまいそうな勢いで喜びに咽び泣いている。

 

「武蔵、また勝負しましょう。それまでにまた鍛えておくわ。私の筋肉でその筋肉を超える」

「ここの山城は凄いな。また戦いたい!」

 

こちらはこちらで友情が芽生えていた。同じ系統の人なんだろう。完全に同調している。

 

「……吹雪、朝潮」

「は、はい、なんでしょう、加賀さん」

「貴女達の対空は良かったわ。よく私達2人の艦載機をあれだけ止めたわね」

「あああありがとうございます! 今後とも精進します!」

 

私達の対空も、最強の部隊には褒めるに値するものだったようだ。それだけで、勝敗が関係なくなるくらい嬉しかった。これからも頑張れる。

 

「じゃあ、最後の仕事ね」

「わかった。この武蔵も手伝おう」

「那珂! こっちに突っ込んできなさい!」

 

これだけ感想戦をしていたが、その間もブレーキが効いていない那珂ちゃんさんは動きっぱなしである。しかも大和さんの一撃を貰っているので、消耗も激しい。

 

「じゃあ行くよーーっ」

「っぐぅぅっ!」

「こいつはなかなかの重いタックルだ!」

 

那珂ちゃんさんの最大戦速のタックルを二人掛かりで受け止め、強引にブレーキ。そのまま山城さんが担ぐことで、本当に演習は終了となった。

 

負けてはしまったが、有意義な演習になったのは間違いない。最強の部隊にもある程度は対応できる対空が出来るようになったことが実感できた。

でも慢心はできない。あれを全滅させるくらいにまで成長しないと、私は満足できないだろう。




武蔵に欠陥(バグ)があったら山城と同じルートに入っていたでしょう。欠陥(バグ)がなくても筋トレしてそう。


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嵐の後の大改装

演習後、元帥閣下とその護衛艦娘の方々は帰っていった。また来ますと言い残していたので、また会うことも出来るだろう。元帥閣下が最後まで未練を残していたようだが、4人に引き摺られて船に押し込まれたのは見ていて少しいたたまれなかった。

 

「あ、しまったなぁ。朝潮君が頼めば鎮守府の予算増やしてもらえたかもしれん」

「司令官、そういうことに私を使うのは……」

「冗談、冗談だよ。皆ご苦労だった。あの爺さんに君達の価値を見せることが出来た。特に清霜君、よくやってくれた」

 

清霜さんはまだ幸せそうに惚けていた。憧れの人に褒められ、認められたことがいろいろと許容量を超えたらしい。演習では大和さんの主砲をモロに受けていたが、それすらも嬉しかったのだとか。

演習に参加していなかった人達もテンションが凄かった。結果だけ見れば大敗北の演習でも、私達にとっては大勝利だ。元帥閣下にはこの鎮守府の必要性が認められたのだ。

 

「さぁ、今から通常業務だ! 演習参加組は特別休暇とする。他のものは各自、与えられた業務をよろしく頼むよ」

 

突然の来客からの大きな出来事は、司令官のこの言葉で幕を閉じた。鎮守府全体の士気が上がり、今まで以上に皆が燃えていたのは言うまでもない。

 

 

 

突然の休みを貰った私と吹雪さんは、何をするでもなく談話室でまったりしていた。まだ演習の興奮は冷めていない。清霜さんはまだ惚けていたので食堂に置いてきた。すぐにお腹が空くだろうし、そこが一番都合がいいだろう。

私と吹雪さんには反省会も兼ねている。対空でギリギリの状態から、戦況が少し変わった瞬間に全て瓦解したのは事実だ。艦載機の数が減っているにも関わらず、均衡が崩れた。

 

「龍驤さん達に頼んで回避訓練も取り入れてもらおっか」

「そうですね。敵もあれだけの量を一気に投入してくる可能性がありますし」

「だよねぇ。姫級の空母とかは確かあんな感じだって」

 

私が見たことのある深海棲艦は、名前の無いいわゆる『イロハ級』と、北方水姫、つまりはガングートさんだけだ。空母型の深海棲艦がいるのだから、それの姫級がいてもおかしくないし、複合種、戦艦なのに艦載機を飛ばしてくるようなものもいそうだ。

艦載機を飛ばす戦艦となると、今回の演習でやられたのと同じことが起こり得る。対空に専念している横からズドン。横を警戒しすぎて上からドカン。

 

「大和さんの火力と赤城さんの航空戦力を両方持った深海棲艦もいそう」

「想像するだけで悪夢なんですけど」

「でもいないとは言えないよね。そういうのが出てきたときのためにも、訓練あるのみ」

「ですね」

 

戦艦の人に横から撃ってもらいつつ、空母の人に爆撃してもらう、なんて訓練を想像した。危険な訓練な気がするが、今までやってきたことを考えると大丈夫な気もする。

今まで最前線で戦ってきたこの鎮守府でも、訓練は単体行動を目的としたものが多い。対空なら対空、対潜なら対潜。その中に回避も含まれていたから十分な訓練になっていた。役割分担がしっかりできているからこそ、瓦解しなければ問題ない。

それの難易度を上げたものだ。回避するものが増える。それだけ。艦載機からの攻撃だけを回避していた対空訓練に、横からの攻撃が増える。それだけ。

 

「あ、そろそろ霞の水上訓練を見に行かなくては」

「今は誰が見てくれてるの?」

「私と同じで天龍さんですね」

 

霞も私達の演習で気合が入ったようだ。今日中に支え無しで立て、かつ移動もできるようになると躍起になっていた。あまり急ぐといい事はないと助言しようとしたものの、私も気合の入り方でコツを掴むスピードが違ったのだ何も言えなかった。訓練してくれているのが天龍さんなので安心している。

 

「朝潮ちゃんもお姉ちゃんしてるねぇ」

「それ、白露さんにも言われましたよ。やっぱり妹は可愛いですから」

「わかる! わかるよ!」

 

長女筆頭の吹雪さん。妹は可愛くて仕方ないというのは、私もわかるようにはなった。だが、過保護すぎるのも良くない。

 

「じゃあ、ちょっと工廠に行ってきます」

「私も行こうかな。朝潮お姉ちゃんがどんな感じか見たいし」

 

面白い事はないですよと付け加え、工廠へと向かった。

 

霞の水上訓練はいい調子だった。天龍さんは本当に見ているだけ。ゆっくりとだが移動もできている。

 

「飲み込みが早いぞ。これならあと少しってとこだな」

「姉さんに早く近づかなきゃいけないもの。気合が入るわ」

 

前の私もあんな感じだったとしみじみ思う。安定して立つことができるようになるまででも時間がかかり、動くまででも時間がかかった。霞はかなり早い方な気がする。あと数日もすれば移動はマスターしそうだ。

 

「おう、朝潮と吹雪か。霞は順調だぞ」

「みたいですね。危なげないように見えます」

 

スイスイと動けているわけではないが、私の声に反応してこちらを振り向くくらいはできるようだ。方向転換もそろそろマスターと言ったところか。

 

「早く戦闘訓練に入りたいもの」

「霞の場合は魚雷、雷撃特化よね。私はそこからはもうわからないわ」

 

この中で魚雷が使えるのは吹雪さんのみ。その吹雪さんも基本は対空要員として駆り出されている。

 

「私は基本対空だし、深雪は基本主砲だから、雷撃特化の娘を紹介しないとね」

「駆逐艦だと初霜だけだ。あまり朝潮とは縁が無かったな」

 

初春型駆逐艦4番艦、初霜さん。この鎮守府内では比較的新人らしく、駆逐艦だけで言えば私の1つ前に配属された人だそうだ。この鎮守府は私も含めて雷撃可能な駆逐艦が少なく、初霜さんにほとんど任せてしまっているとのこと。

欠陥(バグ)は私の真逆。対空と対潜の接続不備。そのせいか、訓練で一緒になることもなく、最初の食事会や駆逐艦定例会で少し言葉を交わしたのみで終わってしまっている。

 

「雷撃は軽巡と重巡がやってるからな。オレはできないが」

「私や深雪もできるし、潮もできるんだけど、初霜ちゃんほどではないかな」

「ふぅん……戦闘訓練始まる時に挨拶でもしておこうかしら」

 

雷撃の訓練は一度も見たことが無かった。散歩してる最中に主砲訓練に付き合った時はあったが、魚雷はどのように使うのかもわからない。先日の救援任務や演習でも結局使っていない。霞がどういう道を進むのかはとても興味がある。

 

「そうだ、霞、はちさんのところで自分のデータ見たのよね。どうだった?」

「私も姉さんのようにコンバート出来るらしいんだけど、片方が雷撃強化らしいからそちらを目指すわ」

 

霞にも私と同様、改二が2種類ある。私は改二丁という対空対潜に長けた改造。霞は改二乙という対空と装甲、索敵に特化した改造だ。代わりにやらなくてはいけない雷撃性能が落ちてしまうため、今の霞には向いていない。霞は改二乙ではなく改二で止めることを望み、そこを目指すことにしたようだ。

 

「そうだ、オレも改二あるんだった。最近ゴタゴタで先延ばしになってたな……そろそろ打診するか」

 

天龍さんの改二は対空性能の大幅な向上。出来ることが伸びるのは大きいと本人も喜んでいる。とはいえ天龍さんは白兵戦をすることの方が多い。改造したことで刀がどうなるかの方が気になる様子だった。

勿論天龍さんの練度も高い。今すぐにでも改二実装が出来るほどだという。

 

「おや、霞君の水上訓練は一段落したのかい?」

 

都合よく荷物を運ぶ司令官がやってきた。どうやら妖精さん達のオヤツを配りに来たようだ。

 

「提督、オレの改二そろそろ頼めねぇか?」

「ああ、そうか、少し忙しかったから忘れてしまっていたよ。すまない」

「オレも忘れてたんだけどな。今コイツらの改二の話しててよ」

 

私もまだまだ改二には遠いだろう。だが、改二実装でどうなるかは知っておきたい。吹雪さんは私が来た時から改二なので、どのように変化したかがわからない。

 

「わかった。今は大分余裕ができたからね、改二実装できる娘を調べて、何人かはやってしまおうか。娘の成長は私も嬉しいからね」

「よっしゃ! じゃあリストアップしようぜ!」

 

そのまま天龍さんは司令官を連れて工廠を離れてしまった。持ってきたオヤツは放置され、妖精さんがわらわらと近付いてくる。

 

「霞は訓練終わろうか。私達は司令官が持ってきた妖精さんのオヤツを配りましょう」

「すぐに片付けるわ」

 

 

 

「というわけで、改二実装可能な娘は、今から全員改装する。こちらでリストアップしてあるから呼び出すよ」

 

昼食で全員が集まった食堂で司令官が発表する。戦力増強には当然資源も必要だが、大淀さんが何も言わないので、その辺りは大丈夫なのだろう。

現在我が鎮守府の艦娘ですでに改二なのは吹雪さん、龍驤さん、山城さん、古鷹さん、那珂ちゃんさんの5人。練度は足りていても改二になっていない人はそれなりにいた。

 

「天龍君、蒼龍君、皐月君、潮君、響君の5人を改二実装とする。響君は少し違うが、改二のようなものだろう」

 

一度に5人の改装。戦術的にも駆逐艦を多めに改装し、下地を強くしようという試みだ。他にも改二実装可能な練度の人はいるが、そこはまた随時改装していくとのこと。そこはしっかりと説明していた。

 

「では今呼んだ5人は昼食後工廠へ。妖精さんには説明しておくから、順に改装だ」

 

 

 

お昼は改二の話題で持ちきりだった。暇になったものから工廠に足を運び、改装が終わるのを待っている。かくいう私もそのうちの1人で、皆さんが改装でどう変わるかが気になっていた。

吹雪さんは艤装が変わったこと以外は、制服のデザインが変わったと言っていた。山城さんや那珂ちゃんさんも同じことを言う。龍驤さんに至っては制服のデザインすらどこが変わったかわからないレベルだそうだ。身体が変わるということはなかなか無いらしい。

それに対し古鷹さんは、改装で身長が伸びたとも言った。言われてみればと吹雪さんも納得する。そういう改装の実例があるというのもよくわかった。

 

「あまり変わった感じがしないです……」

「ね。鉢巻き付けられたくらいかな」

 

最初に出てきたのは潮さんと蒼龍さん。制服はほとんど変わらず、蒼龍さんに至っては艤装もそこまで変化したように思えない。だが内部は大きく変わっているらしく、戦力としては格段に進化したとのこと。

 

「ボクは制服も変わったよ!」

 

続いてやってくるのは皐月さん。今までは黒一色のセーラー服だったものが白になり、パーカーを羽織るように。だが1番気になったのは、腰にぶら下げた日本刀。攻撃できない皐月さんに武器が来たことで、山城さんが動き出そうとしていたので必死に止めた。

 

あと2人はなかなか出てこない。改装に時間がかかっているということは、変化も相当あるという事だろうか。

 

「おっし、刀もデカくなったな。これで山城姐さんとも対等に戦えっだろ!」

 

まずは様変わりした天龍さん。本人の言う通り刀はさらに大型に、制服も黒から白にと見た目が大分変わっている。だが、それ以上に全員の注目を集めたのが

 

「刀以前に乳デカくなっとるやないかーい!」

「知らねーよ! 勝手にやられたんだからオレに言うなよ!」

 

そう、天龍さんの胸。元々大きいなとは思っていたが、改装したことでさらに一回り大きくなったように見える。隣で時津風さんがボソッとまた枕にしようと呟いたが、あれはそろそろ枕にするのも難しい気がする。

あとは響さんだけだが、天龍さんの後もなかなか出てこない。さすがに心配になってきたところでようやく出てきたが、

 

「хорошо. 素晴らしい改装だ」

「響お前国籍変わっとるやないかーい!」

 

龍驤さんのツッコミが冴え渡る。

響さんは改装するとВерный(ヴェールヌイ)という名前に変化し、ロシアの艦となる。ロシアといえば、ガングートさんの国だ。詳しい艦のことはわからないが、戦後に国を変えたということだそうだ。

とはいえ様変わりしすぎていた。雰囲気は残っているのだが、全体的に外国人になったイメージ。

 

「ほう、いいじゃないかちっこいの。私と同じ冬の白だ」

「Спасибо. 同志ガングート。こいつはいい、力を感じる」

 

やはりガングートさんと同調しているようだ。元々仲が良かったらしいが、これで一層親密になりそうだ。

 

私の改二はどう変わるのだろう。資料室のデータは戦力としてのデータばかりで外見のデータはほとんど書かれていない。潮さん達のようにほんの少しの変化か、響さんのような大幅な変化か。あわよくば天龍さんのようにスタイルが……と下心が出始めたので、考えるのをやめた。

 




改二で様変わりする娘はそれなりにいたけど、天龍の豊満なアレはその中でもビックリした方。国籍変わるよりは控えめだけど。


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知っている失敗

皆さんの改二実装から数日後、霞がついに水上移動をマスター。初めての機関部艤装装備からの、お風呂での醜態まできっちりこなした。しかもよりによって深雪さんに見られた。

 

「屈辱だわ……あんな蕩け顔を深雪に見られるだなんて……」

 

霞は淡々と仕事をこなす、どちらかといえばクールなタイプの艦娘だ。私の前でこそこれだが、他人の前ではあまり笑うこともない。そんな霞のダルンダルンな姿は、深雪さんにとって最高のネタとなってしまった。

 

「私もああなったわ。深雪さんには見られなかったけど」

「しばらく弄られるわね……ああ面倒!」

 

とはいえ最初の段階は終わり、翌日から戦闘訓練、私の知らない雷撃の訓練が始まることが決まった。これもある程度こなせば哨戒任務、つまり私と一緒に戦場に出ることになる。さすがに私のように哨戒任務より先に戦闘に入ることは無いだろう。あのときは本当に緊急だったのだ。

 

「雷撃訓練、何をするのかしらね」

「スパルタなんでしょう? 当たるまで撃ち続けるとか?」

「対空はそんな感じね」

 

魚雷は海中を進み、足元を爆破する武器だ。だったら、的が水面にあってそれを狙うとかだろうか。それとも的自体が動くかもしれない。主砲訓練のように移動しながらの射撃もあるだろう。

 

「やってみればわかるわ。私は、攻撃できない姉さんの武器になるんだから」

「なら私はサポートできない霞をしっかりサポートしないとね」

 

欠陥(バグ)の影響で、私達は2人で1人前くらいだ。それでも主砲は扱えない。だが特化すればそれは覆すことができる。それはもう、実戦で実感しているのだ。霞にも自信を持ってもらいたい。

 

 

 

翌日、霞の雷撃訓練が始まる。だが、雷撃できない私と皐月さんも()()()()という名目で呼ばれた。とても嫌な予感がしていた。

 

「集まったわね。じゃあ、皐月と朝潮は先行して訓練の海域に行ってちょうだい。そちらの担当が待ってるわ」

 

雷撃訓練担当、高雄型重巡洋艦1番艦、ネームシップの高雄さん。欠陥(バグ)は主砲接続不備。攻撃手段を魚雷に絞られたため、索敵と雷撃に特化し、他の敵に目をくれず大物を沈める『スナイプ』を得意としている。重巡洋艦以下ならば、雷撃のスペシャリストといっても過言ではないだろう。

 

「朝潮、なんかボクすごく嫌な予感がしてるんだけどさ」

「奇遇ですね、私もです」

 

先日の演習から訓練がよりハードになったのは皆気付いている。私と吹雪さんが打診したというのもあるが。

例えば対空訓練は主砲訓練と同時に行うことがある。艦載機を撃墜するのは以前から変わらないが、横槍が入るようになった。こちらは主砲の攻撃を避けながら艦載機を撃墜、あちらは艦載機を撃墜されないように動き回る対空要員を撃破。時間短縮に加え、回避行動、周囲を把握する能力も同時に鍛えられる。

 

「対空訓練と同じことですよね、これ。的が生身になったっていう」

「だよねぇ。ボクらが魚雷で狙われるってことでしょ」

 

ただでさえ攻撃できない私達。今回はただただ回避に専念しろということだろう。機関部だけを装備させられていた。皐月さんには改二になって手に入れた刀もあるが、さすがに攻撃には使わない。

 

「あ、来たね。回避訓練にようこそ!」

 

待っていたのは長良型軽巡洋艦1番艦、ネームシップの長良さん。欠陥(バグ)は装甲不備。駆逐艦以上に脆い装甲になってしまい、機銃を受けるだけでも大破してしまう。本人曰く『HPが2。名実ともに()の装甲』だそうだ。そのため、当たらず当てる回避特化の高速戦闘という方法を戦っている。

 

「やっぱり……」

「今まで無かった方がおかしいんですよ。回避訓練が」

「だよね。攻撃ばかりが戦闘じゃないって、長良思うな!」

 

説得力が凄い。事実、長良さんは戦闘で一度も被弾していない。ちょっとした被弾でも大破撤退なので、緊張感も数倍。

 

「長良の場合は撃墜の破片とかでも危ういからね。うん、回避は大事だよ!」

 

紙の装甲と言ってもそこまでとは思っていなかった。まさに紙。

 

「今回の訓練はすっごく簡単! 制限時間内を逃げ切るだけだよ」

「制限時間ってどれくらいなんですか?」

「向こうが音を上げるまで」

 

それは時間とは言わない。

つまりは、相手のギブアップまで逃げ切れということだ。戦闘とは違い、こちらにはまだ余裕がある。意識も回避にだけ使えばいい。それでも時間制限ほぼ無しとなると話は変わる。

 

「こっちはみんなで避けるよ。勿論、長良も参加します」

「じゃあ、3人のうち1人やられたらアウトってこと?」

「そういうこと! 向こうは1人ずつ来ると思うから簡単簡単♪」

 

簡単なわけ無いんだろうなと皐月さんと苦笑する。霞は初めての雷撃訓練だが、初霜さんは雷撃の熟練者だ。まだギリギリ改二の練度にたどり着いていないらしいが、そろそろ打診されるというのも聞いている。

 

「魚雷の回避方法なんだけど、好きに避ければいいよ。あ、でもジャンプして避けるのは控えた方がいいかな。緊急時だけ」

「何故ですか? 跳んでいる内に通過させてしまえば」

「着地狙われて死ぬよ」

 

まるで経験したかのような話し方。長良さんもここでは大先輩、魚雷で痛い目を見たこともあるのだろう。忠告には素直に従った方がいい。

 

こちらの準備が出来たところを見計らって、あちらから初霜さんがやってくる。霞へのお手本を見せるということだろう。

初霜さんは脇腹周辺に魚雷発射管を装備するタイプ。霞は手持ちなので少しタイプは変わってくる。

 

「よろしくお願いします!」

 

初霜さんの掛け声で回避訓練が始まる。

狙われないようにするために3人がばらけて周囲を回る。これは対潜訓練のときの潜水艦の方々と同じ。纏まっていたら避けきれない可能性がグッと増えてしまう。

 

「それでは、行きます!」

 

その場から前方への魚雷発射。最初の狙いは長良さん。勿論それは当たることなく避けられる。

魚雷は複数本を纏めて扇型に発射するため、大きく避ける必要がある。そしてこちらへの到達も主砲ほどでは無いがそれなりに速い。長良さんは急速前進。それに合わせて私達も間隔を狭めないように移動。

発射と同時に、初霜さんは後退していた。長良さんを狙いつつも、後ろの皐月さんへ接近。今のまま魚雷を撃たれたところで当たりはしない。間隔を狂わせてきている。

 

「おっと、そうはいかないよ!」

 

改二となった皐月さんは機敏さも上がったらしく、その場からすぐに離れるように下がる。だが急速に下がったため、皐月さんは長良さんに接近してしまっていた。

 

「皐月ちゃんもう少し離れて!」

「うぇっ、そんなに近くに!?」

 

機動力の増加に皐月さん自身が追いついていない。それもあってか下がりすぎている。思った以上に長良さんと近付いたせいで、魚雷の射線上に2人とも入ってしまった。

 

「あれっ?」

 

初霜さんもこうも上手くいくと思ってなかったらしい。2人を同時に狙える方向へ魚雷を複数回発射。避けられないと判断したのか、長良さんは皐月さんに一気に近づき、

 

「皐月ちゃん、改二になった自分のスペック、ちゃんと知っておこうね!」

「うわぁん! ごめんなさぁい!」

 

羽交い締めにして魚雷の盾にした。

当然魚雷は訓練用のダミーのため爆発はしない。当たったところで怪我もしない仕様だ。だが、当たったらどうなるかを私達は知らない。

申し訳ないが、私は遠目でどうなるか見せてもらおう。

 

「ぎゃーー!?」

 

魚雷が当たる直前に長良さんは離れているのでダメージ無し。皐月さんの脚部艤装に当たり、水柱が立った。本来だったらあれは火柱だ。そう思うとゾッとした。

キョトンとしている初霜さん。本来だったら翻弄するために近付き、徐々に2人の距離を狭めていく算段。皐月さんが進んでいたら私と皐月さんがターゲットだったのではなかろうか。今回は下がったから長良さんと皐月さんがターゲットになった。

 

「魚雷が当たるとああなるんですね」

「そうですね……こんなに呆気なくはないんですけど」

「あれは皐月さんのミスです」

 

ビショビショになった皐月さんが項垂れていた。いつも通りの動きをしたら行きすぎたということは、相当スペックアップしている。心強いと思うと同時に、今回の訓練がまともに出来るか不安になった。

 

「霞には成功例が見せられたのでいいんじゃないですかね」

 

次にやってくる霞を見ると、ガチガチに緊張していた。訓練とはいえ初めての戦場、初めての武器だ。気持ちはわかる。だが、そのままだとまともに戦闘もできないだろう。

 

「初霜さん、霞をお願いできますか。あれはさすがに緊張しすぎです」

「ええ、最初ですしね。高雄さんと緊張をほぐしておきます」

 

にこやかに去っていく初霜さん。あの人なら霞を任せても大丈夫だろう。

 

「ちょっと動き速くなりすぎじゃないかなボク」

「改二ってのはそういうものなの! 昨日しっかり慣らさなかったでしょ!」

「うぅ、ごめんなさい……」

 

皐月さんは長良さんにこっぴどく叱られていた。整備不良ではないが、今できることができていないのはさすがによろしくない。回避訓練を通して、皐月さんも自分のスペックを改めて見つめ直せるだろう。

 

 

 

「よ、よろしくお願いするわ……」

 

武器を構えて前に出る霞。多少は緊張がほぐれたようだが、まだ少し震えているように見える。慣れてしまえば勇猛果敢に戦ってくれるだろうが、今すぐそれをやれというのも酷というもの。

それを察した長良さん、とんでもないことを言い出した。

 

「霞ちゃーん、誰かに当てたら朝潮ちゃんがご褒美くれるってよー!」

「長良さん!?」

「姉さんのご褒美……ご褒美! 霞、出るわ!」

 

一転やる気満々になった霞。緊張が無くなるのはいいが、私を犠牲にしないでほしい。長良さんを睨むが、舌を出しておどけていた。というか、あちらが諦めるまでが訓練なのに当てたらご褒美とは如何なものか。こちらが不利過ぎやしないか。

 

「霞ってすっごいシスコンだよね……ここに他のお姉さんいないからわからなくもないけど」

「そうなんですかね……私にはわかりませんが」

 

霞はまず誰を狙えばいいか迷っているように見える。周りを回っているのだから、タイミングも取りづらいのだろう。

 

「いっ、行くわよ!」

 

気合を入れて、魚雷を放つ。初霜さんと違い、手持ちの魚雷発射管は反動もそれなり。撃った瞬間に大きく仰け反っていた。

魚雷自体は割と正確に皐月さんの方向へ。さすがに同じ失敗は繰り返さず、すぐに射線上から外に出た。それに合わせて私達も動くが、皐月さんは思った以上に速い。今度は私の方へ近付く。

 

「皐月さんスピード落としてもらえません?」

「も、もう少し時間貰える?」

 

霞がワタワタしていたから助かったものの、これが初霜さんだったらさっきと似たようなことになっていただろう。先が思いやられる。

 

何回か撃つことで、霞も反動に慣れてきたようだ。今度は移動しながらの発射に移行する。一番近かったのは長良さん。

 

「おっと、長良に目をつけちゃった?」

「やっと慣れてきたの! だから、沈みなさい!」

「長良の場合ホントに沈む可能性あるから勘弁してね」

 

急加速により距離を稼ぐ。それに向かって魚雷を撃ってもなかなか当たらない。

慣れてきたことで、今度は焦り始めた霞。避ける方向や距離などが見えなくなってきている。相手も今は長良さんしか見えていない。私達はすでにその場から動いていないというのに。

 

「朝潮、朝潮、ちょっと見てて」

「何するつもりですか?」

 

熱くなった霞を見かねた皐月さんは後ろからゆっくり近付く。回避訓練なのに近付くのは自殺行為だが、今の霞には皐月さんが近付いているのも見えていないようだ。その様子を見た長良さんもさりげなくオッケーを出している。

 

「なんで当たらないのよ!」

「そりゃあ頭が熱くなってるからだよね」

 

すでに真後ろまで近付いていた皐月さん。刀の鞘で霞の膝を軽く小突く。急にされたせいで霞はその場で転倒してしまった。霞自体はギブアップしていないが、これを見た高雄さんが一度訓練を中断した。

 

「もう少し冷静になりましょう。当てたいのはわかるけど、敵は3体。朝潮と皐月が武器を持っていたら、貴女は蜂の巣よ?」

「うぐ……」

「頭を冷やしてから、もう一度やってみましょうね」

 

だが、この後も霞は私達に魚雷を当てることは出来なかった。頃合いを見て初霜さんに交代し、誰かに当たったらまた高雄さんが中断するまで霞が時間を使う。これの繰り返し。

最後の方は霞も意気消沈していた。初めての訓練はそう上手くいかない。私だってそうだった。運良く1回目を当てられたが、その後はしばらく不調続きだ。顔面キャッチも後を引いた。

 

「初霜さんすごいですね。見事に追い込まれますよ」

「逃げ道を塞ぐのを最優先にしてますから。ここに主砲が組み合わされば、もっと速く終わらせられます」

「なるほど、確かに進行方向ばかりに魚雷があった気がします」

 

霞は高雄さんにいろいろと説明してもらっているため、私は初霜さんに雷撃のコツを聞いていた。私からも霞に何かしてあげられるかもしれないという一心で。

私も一度大きな失敗をしているからこそ、今の霞のことは理解できる。でも、霞は私とは逆だ。私は自分が出来ないことに落ち込み続けたが、霞は自分が出来ないことに苛立ち続けている。こればっかりは、頭を一度冷やさないと入らない。

 

「今日は一度終わりにしましょうか。そちらもやりたい事は出来たでしょう?」

「そだね。皐月ちゃんはちゃんと反復練習すること! 最後は慣れてきてたけど、ちゃんと自分のスピード理解してよね!」

「はーい。後から水上訓練やりまーす」

 

結局、そのまま訓練も終わってしまった。霞は燻ったままだ。かける言葉も、私には思いつかなかった。




艦これの魚雷って当たるのかと思ってたけど、艦これアーケードでイメージが付きました。


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姉として

霞が訓練で失敗した日の夜。いつも通り霞が私、朝潮の部屋にやってくる。皐月さんにシスコンと言われたが、配属してからほぼ毎日私の部屋で寝ていることを考えると、そうなのかもしれない。

だが、今日はいつも以上に一緒にいないといけない気がした。私と同じようにしばらく後を引きそうだ。私は姉として、霞のメンタルケアをしてあげたい。

 

「はぁ……」

「霞、あまり落ち込まないで。私もね、一番最初に大失敗したの」

「姉さんも?」

 

私にとっては恥ずべき失敗だが、忘れてはいけない出来事である、顔面爆撃。今の霞には聞かせておいた方がいい話だろう。振り切った私には、アレももういい思い出だ。

 

「対空訓練でね、爆撃機を撃ち墜とすっていう訓練を初めてやったの」

「すでに難しそう」

「爆撃を避けながら、上を飛ぶ艦載機に対して射撃をしてね。1つにでも当てられたら訓練は終わり。しかも私は初めてだったから、艦載機は1機だけにしてもらったの。みんなは3機とかなんだけどね」

 

絵本を読み聞かせるようにゆっくりと思い出話をしていく。これで多少なり霞の心が落ち着いてくれたら嬉しい。

 

「それで、1機を追い回して、撃って、それでもなかなか当たらなくて。考えながら射撃してたら、隙だらけになったんでしょうね、爆撃機がちょっと低い位置になってて」

「狙いやすいじゃない」

「それはあちらも同じ。運良く当たったと思ったら、爆撃が私の顔面に直撃」

 

顔面と言ったとき、霞の表情が歪んだ。引いたのか、笑いそうになったのかはわからない。今でこそ笑い話だが、当時の私は悩んだものだ。本物だったら頭が吹き飛んでいるという事実。死に直結する失敗なのだから。

 

「それ以来、爆撃が怖くなっちゃったの。訓練しても全然ダメ。当たりたくないから避けに徹して上手くいかない日が続いたわ」

「でも姉さん、この前の演習でも一航戦の艦載機をどうにか抑えてたじゃない。もう……怖くないの?」

「私のミスは訓練のミスだもの。本物の戦いに比べたらちっぽけなもの。だから吹っ切れたわ」

 

実際、トラウマを払拭できたのは、本当の戦いをこの目で見ることができたからだ。そういう意味では山城さんには本当に感謝している。本当にやられるんじゃないかという恐怖は、私のトラウマなんて小さいものだと気付かせてくれた。

 

「だからね霞、訓練の失敗なんて気にしなくていいの。戦場で同じことをしないために、訓練で失敗しなさい」

「……そうね。あれは訓練だもの、むしろ初めてなんだから失敗して当然よね」

 

少しは気が晴れてくれたかもしれない。

霞も私と同じで真面目に考えすぎていただけだ。訓練での失敗を、生死を分かつ大惨事だと思い込んでしまった。最初からいきなり成功するなんて天才か幸運かのどちらかだろう。

 

「明日からはもっと視野を拡げるわ」

「そうね。あと熱くならないこと。対潜訓練のときに私もやらかしてるから」

 

私の経験は霞に活かされることになりそうだ。先に経験しておいて本当に良かった。

 

 

 

翌日からの霞は見違えるように動きが変わった。まだまだ命中させることはできないようだが、周りが見えている。失敗を恐れなくなったようだ。僅か1日で吹っ切れてくれたのは、姉としても誇らしい。元々強い子なんだろう。

 

そんな雷撃訓練の2日目、まだ一度も攻撃が命中させられていない霞の訓練。時間的にもこれが最後になる。1人を追い込もうとせず、常に周囲を確認し、魚雷の発射も最小限。慎重になりすぎている節はあるが、充分な進歩だ。

 

「後ろもっ、だぁーっ!」

 

正面にいる私に向かい魚雷を発射。それと同時に後ろにいる皐月さんにも発射。魚雷発射管がある程度好きに動かせる手持ちならではの戦い方。

正面だった私は難なく避けられたが、皐月さんにはこれが思ったより不意打ちになった。

 

「皐月さん!」

「やっば、緊急回避!」

 

魚雷の通過に合わせたジャンプによる回避。本当の緊急時にのみ許された諸刃の剣。それを使わざるを得ない状況を作ったというだけでも霞は急成長していた。

 

「っつ!」

「訓練中断! 霞、大丈夫!?」

 

高雄さんがストップをかける。

魚雷を発射したときに霞が少しだけ顔をしかめた。これは私にもわかった。後ろに撃ったときの反動で腕を痛めたのだろう。咄嗟の判断としては最高の動きだが、戦闘訓練を始めて2日目でやるには身体が追いついていないようだ。

 

「すごくいい動きだったわ。でも、ちょっと無理をしすぎたようね」

「もう少しだったのに……自分の弱さがわかるわね……」

 

腕を押さえながら悔しそうにする霞。だが苛ついている様子はない。昨日とはまったく違う反応に高雄さんも驚きを隠せないでいた。

 

「朝潮、貴女霞に何かした?」

「ちょっとしたアドバイスを。私の失敗談で吹っ切れてくれるのなら安いものです」

「ああ……顔面爆撃の。貴女も最初いろいろあったものね」

 

しみじみと言われると恥ずかしさがぶり返すのでやめてほしかったが、事実なので受け入れる。

 

魚雷発射の反動は私がわからない部分。また、腕に発射管を装備して魚雷を発射する艦娘がこの鎮守府には他にいない。主砲と同じというわけにもいかないかもしれない。

訓練が終了したため、ひとまず霞を工廠に連れていった。少しの怪我なら明石さんに診てもらえる。

 

「あー、これは魚雷発射の反動で捻ってるね。お風呂に入ればすぐに治るから安心して」

 

軽く腕をさすって触診し、すぐに結論が出た。手持ちの武器の人はよくあることのようだ。欠陥(バグ)の影響で手持ち武器が一切ない私には無縁の怪我ではある。

 

「明日以降もこうなる可能性があるのよね。反動に負けない身体にするには……」

「その辺は山城さんが詳しいから。霞も筋トレしようね」

 

筋トレと聞いて顔が強張った。どうも山城さんに苦手意識があるように見える。最初の印象が悪かったのは仕方ない。ストイックすぎるのも近寄りにくい。

 

「はぁー……昨日より憂鬱だわ」

「大丈夫よ。山城さんいい人だから。筋肉について熱すぎるだけだから」

「そんな艦娘どこにいるのよ……」

 

だが鍛えないとまた怪我をしてしまうだろう。霞をなんとか説得し、お風呂上がりはジムに行くこととした。

 

 

 

入る前から少し熱気を感じるジム。いつもと違う雰囲気。

 

「山城さん、いますか……?」

 

おそるおそる中を覗く。

 

「うん、よく出来ているじゃないか! 素晴らしいぞ山城くん!」

「人間でしょアンタ! なんで全部捌けるのよ!」

 

生身での格闘訓練をしているようだが、山城さんの相手はなんと司令官だった。

ジムの一角に作られた簡易のリングの上で戦っているのだが、司令官はいつもの制服のまま。一方山城さんは、サポーターを着けているもののいつものスポーツウェアで、結構本気で殴りかかっている。

 

「おーっす、朝潮。霞も一緒か」

「天龍さん……なんですかあれ」

「見ての通りだよ。格闘訓練。山城姐さんはガチの格闘だから、オレらとジャンルが違うからな。提督が稀に相手すんだよ」

 

天龍は剣術で、ガングートさんは艤装による格闘。山城さんのように拳を使うことはそんなにない。ジャンルが違うというのはそういう事なのだろう。

ただ、こちらは曲がりなりにも艦娘。相手は司令官とはいえ人間。生身でも本来であれば多少は艦娘が上を行く。にも関わらず、司令官は手加減すらしている始末。

 

「時間だ。山城、またお前の負けだぞ」

「はっはっは、まだまだ娘には負けんよ」

「うぐぐ……本当に全部当てられなかったじゃない……」

 

ガングートさんが時間を見ていたようで、途中で止めた。()()ということは、今日初めてではないのだろう。司令官は汗一つかいていないのだが。

 

「おや、朝潮君に霞君じゃないか。朝潮君はよく見かけるが、霞君は初めてかな?」

「ええ……魚雷を撃って腕を痛めたの。だから、ちゃんと鍛えないとって姉さんが」

「何!? 大丈夫なのかい!?」

 

リングから飛び降り霞の腕を見る司令官。お風呂に入ったことを伝えると安心して離れた。艦娘でもなかなかやれない俊敏な動き。

その話を聞いた山城さんも即座に動き出す。霞の今の筋肉の状態を判断して、出来る限りの筋トレのプランを組み立てていた。

 

「朝潮型は腕で魚雷撃つんだったな。初霜が腰に装備してたから忘れてた。悪ぃ」

「腰、もしくは脚に装備することが基本なのだが、朝潮型が特殊だね。だから、主砲よりも腕に負担がかかるんだ。霞君の場合は主砲が装備できない分、両腕を魚雷に使うだろう。片手撃ちは危険かもしれない」

「腕と肩にかけて鍛えればいいわ。プラン、これでいいかしら」

「腕か。ならばダンベルだな。軽いのから用意しよう」

 

いつになく早い展開。今ここの全員が霞の怪我を心配し、次からそうならないように動いてくれている。自分のことなのに取り残されている霞は茫然としていた。

最終的には自室でも出来るような筋トレ器具まで用意され、腕の強化をすることになった。筋を痛めない適切な方法も山城さんにみっちり教えられ、司令官からは絶対に無理をしないことと念を押される。

 

「これで腕と肩を強化していけば、最後は駆逐艦初の白兵戦型になるわね。霞、やっぱりこちら側に」

「やんないから。絶対やんないから」

 

筋トレを教えてもらう内に、やはり勧誘が始まってしまった。だが駆逐艦に白兵戦はさすがに危ないと司令官が止めている。司令官がいるならそのまま呑み込まれるようなことにはならないと思うが、山城さんもなかなか意固地な人だ。

私としても霞に白兵戦はしてもらいたくはない。危険だからというのもあるが、霞にまでそちらに染まられると正直困る。

 

「オレは皐月に護身術程度でいいから教えておきたいんだけどな。攻撃できないと、接近された時に困るだろ」

「ふむ、それは一理あるのだが、やはり駆逐艦に格闘は良くないと思うんだよ私は。ただでさえ該当者が平均より幼いじゃないか」

 

多分ここで私が護身術なら、と言い出してしまうとノってくるのは山城さんだ。手取り足取り白兵戦用に改造されていくこと間違いなし。私は元より司令官が困るだろう。迷惑はかけられない。

 

「私は魚雷一本で行くから、諦めてちょうだいな」

「うむ、霞君はそうしたまえ。朝潮君も無茶をしてはいけないよ」

 

司令官はそう言ってジムから出て行った。最後まで汗一つかかずに。

 

「じゃあ、私もちょっと鍛えます」

「朝潮は今は筋トレより柔軟性を高めなさい。柔軟体操を多めに」

「確かに。もっと身体が柔らかかったら素早く転進できるかも」

「霞はしばらくダンベルで筋トレよ。10回やったら休憩でいいから。代わりにゆっくりと負荷をかけながらやるの」

「わ、わかったわ」

 

相変わらず山城さんのアドバイスは的確だ。私が高めたいところを即座に見抜いてくる。筋トレ以外にも身体に関する事なら大体聞けば答えてくれる。

今回の霞の件もそうだ。怪我をしたところですぐに山城さんの顔が思い浮かんだ。なんだかんだ頼りになる。

 

「山城、余裕ができたな。今度の相手は私だ」

「はいはい。嫌って言ってもやるんでしょ。相手してあげるわよ。そろそろ私から一本取ってくれる?」

「今日こそ取ってやる! カカッテコイヨォ!」

 

早速前世が出てしまっているガングートさんだが、いつものことなので放っておこう。

天龍さんは霞を見てくれている。天龍さんも山城さんとの付き合いが長いからか筋トレに関してそれなりに詳しい。特に今回は自分と同じ部位だからか、経験則からの説明が多い。

 

霞のためにと思ってジムに連れてきたが、いい感じに事が進んでいる。失敗も乗り越えてくれた。姉として、妹の成長は誇らしい。私も負けてはいられない。




先に失敗した人がいたら、次に失敗した人は吹っ切れやすい。経験談。


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急成長

「電探反応無し、異常ありません」

 

霞も立ち直り、不安要素が無くなった私、朝潮は今日も定期の哨戒任務に勤しんでいた。今回は対空担当、電探による制空権の索敵だ。今の私には一番の得意分野である。

 

「ん、ソナーに感アリ。潜水艦が近くにいるね」

 

対潜担当の響さん(ヴェールヌイさん自身が響でいいと言ったのでそちらで統一する)が敵の反応をキャッチした。ここ最近は潜水艦の偵察や敵艦載機の哨戒が多いらしい。まれに駆逐艦級程度も出るほど。私の参加した哨戒任務でも見つかるとは。

 

「哨戒部隊旗艦の初霜です。提督、ソナーに感アリ。敵潜水艦を発見しました」

 

目視確認かつ主砲と雷撃担当の初霜さんが司令官に連絡を取る。本来であれば撤退から実働隊を待つが、潜水艦の場合はそのまま私達駆逐艦の部隊が殲滅した方が早い場合がある。

 

「はい、了解しました。響さん、対象は」

「1体、偵察機だろう」

「ではこの場でお願いします」

「да. ヴェールヌイ、出るよ」

 

手早く索敵し、即座に撃滅。改二となった響さんも、皐月さんと同様全ての能力が飛躍的に向上していた。対潜に関してはスペックアップが大きく、1体程度なら追い込む必要もなく終わらせる。

 

「殲滅終了、哨戒任務に戻る」

「了解。提督、処理しました」

 

この後も何体かの潜水艦の存在を確認し、その都度、響さんが処理している。思った以上に多い。

私の戦闘経験は、未だに初陣の救援任務しか無かった。平和なのはとてもいい事だと思う。だが、戦闘経験が少ないと、いざ実戦となった時にまともな戦闘ができないかもしれない。ただでさえ単独戦闘ができないのだ。経験はなるべくしておきたい。

 

「近頃は多いですね」

「ああ、昨日も出たらしい。空母隊も哨戒機を多く飛ばしているそうだよ」

 

近々、敵の大規模な侵攻があるのかもしれない。それまでにもっと練度を上げ、いざという時に備えなければ。

 

「そうだ、初霜さん。改二おめでとうございます」

「ありがとう朝潮さん。おかげでみんなを守れます」

 

ここ最近の訓練や哨戒任務での敵機殲滅で、初霜さんは改二になれる練度まで上がっていた。駆逐艦の雷撃担当は貴重なので、司令官もすぐに改装を決定。無事に改二へと改装された。

ちなみに初霜さんは制服だけが変化するタイプ。きっちり着こなしていたブレザーが少しはだけて袖を捲っている程度ではあるが。

 

「朝潮はもう少し先のようだね」

「実戦経験が1回だけですから。訓練だけではとてもとても」

 

私の改二はかなり高い練度が必要らしい。そこから改二丁になるには、さらに練度を上げる必要がある。道のりは厳しい。まずは改二にならなくては。

 

「あ、敵哨戒機発見」

「艦載機もいますか。今日は本当に多いですね」

 

こちらは私の仕事だ。高角砲を構え、狙いを定める。いつも訓練で相手にしているものとは雲泥の差だ。攻撃もしてきそうにないので、手早く片付けた。

 

 

 

哨戒から戻り、司令官に報告をする。

ここ最近の敵機の確認情報から、司令官も近々何かありそうと考えているらしい。最前線の鎮守府なのだから、一番最初に交戦するのはここだろう。

 

「やはり戦力増強を考えた方がいいみたいだね」

「ですが、近隣の鎮守府では欠陥(バグ)持ちの艦娘は報告されていませんよ」

「ああ。だから、艦娘全員の底上げを行おうと思う。特に改二が実装できる者は全員改二になってもらうくらいにしようか」

 

司令官と大淀さんが相談しているが、今まで以上に激しい訓練をするぞという事に聞こえた。だが、大きな戦いが来るのなら、それくらいはしておかないと身を守ることができないだろう。

何せ、この鎮守府の方針は安全第一。安全に事を済ませるには、できるだけの力が必要だ。矛盾しているようにも感じるが、そこは仕方のないこと。

 

「最優先は白露君と朝潮君だね。駆逐艦の改二はなるべく多くしておきたいし、幼い娘達には身を守る手段を早く持ってもらいたい」

「ガングートさんや霞さんも改二がありますが」

「急ぐにはまだ早すぎるよ。哨戒任務もまだなんだ」

 

私の優先順位が高いのは嬉しいことだ。改二になれば今よりも生存率が上がる。それだけでもやる価値は充分にある。

 

()()訓練をやろうか。2人には酷だが、私も今ばかりは鬼になろう。強く成長してもらいたい」

「あのって、ああ()()ですか。最後に受けたの誰でしたっけ」

「改二大詰めの時の吹雪くんだね」

 

一体何をされるというのだろうか。

司令官が鬼になるというだけあり、相当ハードな訓練なのはわかる。だが、それをこなせば短期間で改二、ひいては皆の力になる事ができる。

 

「朝潮君、明日は大型の訓練を行う。()()()()()()()()()

「は、はいっ」

 

念を押されるほどだった。訓練の内容も誰にも口外させないように手配しているほどだ。覚悟より、期待が大きくなってきた。

 

 

 

翌日の朝、工廠から一人で出撃することになった私。訓練をつけるものはすでに海上で待っているという話だ。白露さんは午後から同じことをするらしく、自室で監禁、もとい待機させられている。扉の前に山城さんが立っていたのはそういうことか。

 

「えっと、ゴーヤさんが待ってると聞いているんだけど……」

「来たでちね。こっちこっち」

 

いつもの対空訓練をする場所からさらに沖に出た場所にゴーヤさんが待っていた。海上艦である私に潜水艦が付くというのは今までに無かった。周囲には何人かの艦娘がこちらを見ている。まさか全員使って訓練するのだろうか。

 

「ルール説明するでちよ。全部避けて、艦載機3機と潜水艦1人を倒せれば勝ち。服がペイントで染まりきったら負け」

「わかりました。潜水艦に狙われながら対空ということですね」

「うーん、ちょっと違うでち。はい、みんなー準備してー!」

 

周りにいた艦娘が全員武装状態になっていることに今更気付いた。

艦載機を飛ばす空母は龍驤さんと蒼龍さんに加え、鎮守府唯一の()()()()()空母である雲龍型正規空母1番艦、ネームシップの雲龍さん。龍驤さんと同じ式神型で、欠陥(バグ)は搭載数不備。軽空母である龍驤さんよりも艦載機を飛ばすことができない。その分火力に特化したらしい。

攻撃役は火力特化。主砲特化の古鷹さん、清霜さん、さらには鎮守府唯一の()()()()()()戦艦である金剛型巡洋戦艦3番艦の榛名さん。欠陥(バグ)は低速化。高速戦艦の売りが無くなってしまっているが、火力は健在。榛名さんにも改二があるが、練度がまだ足りていないとのこと。

 

「えっと、もしかして、全員から攻撃受けるんですか」

「そうでち。勿論ゴーヤ達も狙うよ」

 

空母戦艦組に加えて潜水艦が3人。対潜訓練の時のゴーヤさん、イクさん、しおいさん。元帥閣下の護衛艦隊よりも多い人数を、私1人で捌けと。

 

「地獄なのでは」

「でも即効で強くなれるでち。空母が発艦したら開始だから、頑張ってね」

 

ゴーヤさんが潜っていった。

 

「朝潮、この訓練やるっちゅーことは、期待されとるってことや! うちらも手ぇ抜かんから、気張りぃ!」

「は、はいっ! よろしくお願いします!」

「じゃあ、訓練開始やぁ!」

 

空母3人による一斉発艦。いつもの訓練とは比にならない艦載機の量。

 

「攻撃開始します! 朝潮ちゃん、避けてくださいね!」

 

さらに榛名さんの一声から海上艦の攻撃が始まる。最近の対空訓練は主砲による攻撃を避けながらというのが入ってきていたが、この量は当然初めてだ。まず戦艦の砲撃を避けることに精一杯になる。

 

「これはっ、き、きついっ!」

「上ばっか見てるとダメなのね」

 

気付いた時にはイクさんが頭だけ出していた。時すでに遅く、脚に一発貰う。

そこから総崩れだった。艦載機の爆撃を避けたら戦艦主砲の餌食に。どちらも見えてくるようになったら潜水艦の攻撃。

だが、大規模な敵の進行があるなら、これくらいの攻められ方もする可能性はある。さすがに1人で全部捌くことは無いだろうが。

 

「せめて艦載機を……!」

「下が空いてるでちー」

「わかってますよ!」

 

爆雷を投射しながら退避。ゴーヤさんの機銃が背中に当たるが、訓練でそれはもう気にしていられない。爆雷が命中したかは定かではないが、後ろも振り返らず艦載機に狙いを定める。

 

「余所見!」

「っぐっ」

 

古鷹さんに肩を狙い撃たれた。照準が定まらない。わかって狙ってきている。大火力の2人と違って、古鷹さんはピンポイントの射撃で私を揺さぶってきた。

 

「動きが止まったわね」

 

今度は爆撃の雨。こればっかりは逃げるしかない。進行方向、足元を確認しながら退避。戦艦はまだ向いている方向にしか撃ってこないので、それだけを意識しながら移動を続ける。

すでに私の制服は半分が染まっている。まだ訓練は終わらない。

気付けば、潜水艦の攻撃が少し減っている。今撃たなくてはチャンスが無いだろう。あれだけ艦載機が多いなら、ある程度の照準でも当たるだろう。

 

「ってぇーっ!」

 

密集している部分を狙って射撃。同時に戦艦主砲をもろに受けてしまうが、3機の艦載機に命中した。

 

「1回目、しゅーりょー!」

 

龍驤さんの宣言で訓練が一旦終わる。終わったということは、先程の爆雷はちゃんと当たっていたようだ。

だがそれよりも気になったことがある。今1回目って言った。まだ続くらしい。

 

「いやぁ残念やなぁ。艦載機やられる前に朝潮全部染まっとるで」

「えっ、き、気付きませんでした……」

「じゃあ、洗い流したらもう一回やで」

 

やっぱり。休憩も与えられず、同じことを何度もすることになる。これは大きく練度が上がりそうだ。私が先に潰れそうな気がしないでもないが。

 

 

 

午前中、私の時間は全てこの訓練に費やされた。

1回が早く終わるので何十回とやったが、それだけやっても艦載機3機が墜とせなかった。潜水艦はまだ何とかなるが、それも隙を見せて上に上がってきたタイミングで爆雷を投射することくらいしか対処する手段がない。それはこの鎮守府の潜水艦だからやれることだ。

 

「お疲れさん。さすがに初日じゃあ無理やったか」

 

雲龍さんに曳航してもらいながら龍驤さんがやってきた。2回目以降も割と惜しいところまでは行くのだがうまくいかない。コツを掴むというより、周囲の把握が間に合っていない。

 

「明日もやから」

「え?」

「これ、明日もやから。無傷で3機墜とせるまで終わらんから」

 

これは急ピッチな練度上げである。嫌でもできるようになるだろう。今までの訓練が全て簡単に思えるほどだ。

 

「最後の方はいい感じだったわ。明日も頑張って」

 

雲龍さんに頭を撫でられた。くすぐったかったが、期待されているのはわかる。

移動できる空母が雲龍さんしかいないため、訓練よりももっぱら戦闘に駆り出されている。こういった形で力を貸してもらえるのは光栄だ。

 

皆さんはお昼の休憩後、そのまま白露さんの訓練にも参加するらしい。白露さんの場合は私と違い対空ができないため、榛名さん、清霜さん、古鷹さんに射撃を当てることが出来たら勝ちになるそうだ。爆撃を避けながら戦艦に攻撃というのも相当辛そうである。

 

「大丈夫ですか? 痛くなかったですか?」

 

工廠で榛名さんに心配された。痛くなかったといえば嘘になるが、跡が残るような痛みではない。特にダメージが大きかったのは古鷹さんのピンポイントな射撃の方だ。

 

「大丈夫です。さすが戦艦、範囲も攻撃力も高いですね」

「速度が下がっても攻撃力はそのままですから、榛名は大丈夫です!」

 

戦艦の主砲火力は榛名さんと清霜さんに頼るしかなく、清霜さんはオーバースペック故に燃費に悩まされているため、雲龍さんと同じく、友軍艦隊には榛名さんは引っ張りだこだった。榛名さんがなかなか訓練にも参加していないのはこのため。

 

「榛名はしばらく朝潮ちゃんと白露ちゃんにつきっきりになりますから、お互い頑張りましょう。榛名も練度を上げて改二にならなくてはいけませんから」

「はい、よろしくお願いします」

 

とは言われたものの、今回の訓練は今までに比べて群を抜いてキツイ。終わった時には身体がガクガクだった。この状態でお風呂に入ったら初陣の後くらいのダルンダルンになるんだろうなと腹を括った。

 

午後の白露さんも初日ではクリアする事ができず、爆撃を頭から被って髪が染まったレベルだった。なんとか榛名さんには当てられたらしいが、1番のネックは清霜さんだそうだ。小柄で素早い戦艦という規格外は、欠陥(バグ)により低速化した白露さんにはクリアするための壁となっている。

 

それでも2人して充実していた。先が見えているからこそのこの訓練。知ることは全て知り、改二に臨みたい。

 




戦艦3空母3とかいう部隊は難関海域だとよく出ますよね。イベント海域だと輸送艦隊にそれぶつけてきたりするから困る。


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試練を乗り越えて

敵の大きな侵攻がありそうと考え、改二実装に向け急ピッチで練度上げをすることになった私、朝潮。地獄の訓練を、同じく改二実装が間近の白露さんと始めて、もう1週間が過ぎようとしていた。

 

「よしっ、3機撃墜!」

 

この1週間で格段に成長していた。最初は服が染まりきることで訓練がリセットされていたが、今では艦載機の撃墜でのリセット。そして今回は

 

「惜しい! 朝潮、脇腹に一発入っとるで!」

「えっ!? あ、ああー! ゴーヤさんですね!?」

「隙を見せるのが悪いでち。へいへーい、もっかい行くでちよー」

 

そろそろ無傷クリアが見えてきた。最初の頃から比べると、戦場が見えていると思う。戦艦の射線、潜水艦の位置、爆撃の方向、大体が把握できていた。

以前と違い、最後に私を悩ませているのは潜水艦。大体は把握できていても、音もなく忍び寄ってきて一発だけ当てられる。その時点で次の訓練が確定するため、結果的には潜水艦3人全員を処理した後に艦載機を撃墜するというのがベストの解答になりそうだ。

 

「さぁ、次です! お願いします!」

「朝潮、逞しくなって……! うち泣いてしまいそうやわ」

 

でも一番容赦がないのは龍驤さん。稀にまた顔面狙ってくるのは勘弁してほしい。

 

その後、数回リセットを受け、ついに、

 

「お、終わった……! 無傷で勝ちです!」

 

私の周りには水死体のように浮かぶ潜水艦3人。艦載機も3機以上撃墜し、服に汚れ一つない。訓練終了の条件である無傷での完全勝利を成し遂げた。むしろ潜水艦3人全員はオーバーキルまである。

 

「お疲れさん!」

 

曳航されてきた龍驤さんとハイタッチ。今回の訓練で一番仲良くしてくれたのは龍驤さんだ。艦載機を使うからこそ、艦載機の対処法もよく知っていたので、アドバイスを沢山受けた。

潜水艦対策はゴーヤさんから、戦艦対策は榛名さんからきっちり学び、私はここまで来れた。皆には感謝してもしきれない。

 

「早速報告や。白露はまだ苦戦しとるでな、まずは終わったことを教えたり」

「そうですね。司令官に報告してきます!」

 

喜び勇んで、私は司令官に報告しに向かった。

 

 

 

結果として、私の練度は改二実装に届いていた。改二丁にはまだまだ足りないが、1週間の成果はしっかりと出ている。

 

「よくやったね朝潮君。あのような訓練をさせて申し訳ないと思っている」

「そ、そんな、成長できましたし」

「霞君から聞いたよ。夜は泥のように眠っていたそうだね。あれだけされては疲れ果ててしまうだろう。艦娘とはいえ君は幼い身体だ」

 

確かにこの1週間、霞が部屋に来てもろくに話すことなく眠ってしまっていた。むしろ話しているうちに寝落ちしていた。霞にも迷惑をかけてしまっただろう。後からお詫びしておかなくては。

 

「だが君は晴れて改二となる。実装は白露君の訓練終了後、夕食に違い時間になってしまうが、そこで行うよ。白露君は苦戦しているようだが、今日にでも終わるかもしれないからね」

「了解しました!」

 

出来ることなら2人で一緒に改二になりたいものだ。

白露さんも改二になるための練度は相当高いらしい。駆逐艦の中では一番だそうだ。そんなところでいっちばーんになりたくはなかったと白露さんですら嘆いていた。だが、その分相当強い改装になる。もしかしたらこの鎮守府一の駆逐艦になるかもしれない。

 

執務室から出ると、霞が待っていた。私の訓練が終わったことを誰かから聞いてきたみたいだ。

 

「姉さん、改二になれるって?」

「ええ、今打診されたわ。白露さんの訓練が終わったら改装だって」

「そっか。おめでと」

 

心なしか、霞も足取りが軽やかだ。私が改二になれることが嬉しいのか、私のあの訓練が終わったことが嬉しいのか、そこはわからない。

その足で食堂へ向かう。午前は私、午後は白露さんときっちり分けて訓練しているので、今頃は緊張した面持ちの白露さんがいるはず。白露さんにも報告しておかなければ。

 

「お、朝潮ー。今日はどうだった訓練」

「私は今日で終了です。白露さんの訓練後、改二への改装が決まりました」

「なんだとー!? じゃああたしも今回で決めてくるから!」

 

白露さんは焚き付けるほど力を発揮するタイプだ。先程龍驤さんに苦戦していると聞いているので、ここで少し煽っておくと実力を発揮するだろう。白露さんは反骨心が強いと天龍から聞いている。

 

「白露さん、できれば一緒に改二になりましょう」

「わかってらーい! 見てろよ見てろよー!」

 

手早く昼食を終え、足早に去っていく。やる気は充分。あの調子なら今日中に訓練を終えることができるだろう。白露さんはそういう人だ。

 

「白露っていつも騒がしいわね」

「それがいいところでもあるわ。哨戒任務も楽しいもの」

「哨戒任務かぁ。私もそろそろやる事になるのかしら」

 

私が訓練漬けの1週間、霞も初霜さんの協力の下、雷撃訓練をみっちりこなしていた。回避訓練と併用した2組合同訓練で、ついに皐月さんに魚雷を当てたらしい。私が見ていない内に、霞もしっかり成長している。

雷撃担当を哨戒任務に付けるとなると、主砲担当のように海上艦への攻撃役としての配置になるだろう。そのためには命中精度をもっと上げなくてはいけないかもしれない。

 

「霞もすぐに任務が回ってくるわ。それまでにもっと訓練しないとね」

「わかってるわ。今度は姉さんにも魚雷当ててあげるから」

「改二の私でお相手しましょう」

 

その後、昼食を終えて部屋に戻った私はそのまま寝落ちしてしまった。余程疲れが溜まっていたのだろう。霞曰く、気を失うようにベッドに倒れこんだそうだ。気が抜けたというのもある。

 

 

 

夕食前、私と白露さんの改二改装が実施される。白露さんも何とか間に合わせたらしい。やはり焚き付けておいてよかった。

 

「じゃあここに入ってね。すぐに眠くなると思うけど、寝てる間に妖精さんがやってくれるから」

 

明石さんに案内されたのは入渠ドックとは違ったドック。ただ艤装を改装する程度なら艦娘はいらないが、改二となると話は変わる。稀に1回目の改装ですらここを使う人がいるのだとか。

 

「では白露さん、次は改二で」

「オッケー。見てビックリしようね!」

 

入った感じは入渠ドックに近い。すごく寝心地のいいベッドのような感覚だ。

入渠ドックだとここに修復材などが加えられて水の中に沈められるのだが、今回は改装。そういったことはないようだ。だが、蓋を閉められ、妖精さんが作業し始めた途端、猛烈な睡魔に襲われた。なるほど、これが明石さんの言っていたすぐに眠くなるというものか。

 

気付いたときには改二改装が終わっていた。変わったという感触は今の所なく、ドックの中は真っ暗で自分の姿もわからない。

 

「改装完了。蓋開けるよー」

 

明石さんの声が聞こえ、目の前が明るくなっていく。ぐっすり眠ったようで、身体はすっきりしていた。さっきお昼寝したというのに。

 

「はい、お疲れ様。白露の方も開けるよ」

 

ゆっくりと身体を起こした。すぐにわかったのは制服が変わっていること。今までの吊りスカートはジャンパースカートに変わっていた。皐月さんの時ほど大きくは変わってないように見えるが、やはり変化したのはすぐにわかる。

 

「ったー、終わったー。朝潮も終わったんだよねー」

 

白露さんもドックから頭を出す。が、あちらは見た瞬間に変化がわかった。

まず髪型が変わっていた。というか髪が伸びていた。今までに無かった癖っ毛まで出来ている。しかもその先端だけ妙に色味が違う。あれはどうなってるんだろうか。

 

「あれ、朝潮はそんなに変わってない感じ? 制服だけ?」

 

ドックから出てさらに変化がわかった。前までは制服越しでもわかるなという程度だった胸。改二になって主張が一気に激しくなった。天龍さんと同じように一回りくらい大きくなっている。

そっと自分の胸に手を当てた。成長、していない。

 

「白露さん、そのけしからん胸はなんですか」

「そんなこと言われても。天龍さんだってそうだったし、あたしもそうなったってだけでしょ」

 

なんて羨ましい。私だって女の子、スタイルも気にし始めるお年頃だ。改二になったら少しは、と天龍さんのときに抱いた下心のせいでバチが当たったか。

だが、私の改装は制服が変わっただけじゃないことがすぐにわかる。ドックから立ち上がったとき、目線が違った。

 

「朝潮、もしかして背伸びた?」

「みたいですね。目線違いますよ」

「うわぁ、成長期ってやつ?」

 

身長が10cm以上伸びていた。今まで駆逐艦全員で並べても霞に続いて小さかった私だが、今ではおそらく真ん中くらいにまで伸びている。それで胸が成長しなかったのは複雑な気分だが。

 

「次、艤装お願いね」

 

明石さんに呼ばれ、改二の艤装を装備していく。改二になった事で欠陥(バグ)が直ることは無いが、全体的にスペックアップしていた。

私の艤装は変化としては少ない。前と同じランドセル状の機関部。だが、肩にかけるベルト部分に探照灯が追加されていた。引っ張れば光る仕様みたいだ。

白露さんは艤装まで大きく様変わりしている。煙突やら電探やらで大きさから違った。あとは謎の警笛。

 

「白露さん変わりすぎですね」

「これは慣らすのに時間がかかりそうだぁ。背が変わってないからバランス自体はそのままだけど」

「あ……そっか、身長が変わるとバランスが変わるかもしれませんね。私もちょっと怖くなってきました」

 

完全装備となり、明石さんにお披露目を促される。そう言われると少し恥ずかしくなる。

 

「じゃああたしから行こうかな!」

 

私の躊躇を余所に、白露さんがさっさと出て行ってしまった。外には皆が待ち構えている。前回の時は何かあったら龍驤さんのツッコミが入っていたが、何を言われるだろう。響さんほどではないが、私も大分変わっている。

 

「白露お前……白露か? 誰やお前!」

「いやいやいや、龍驤さんそれは無いって!」

「髪型も艤装も変わりおって! ちゅーか何やその乳! おい駆逐艦こら!」

 

大きく変わった白露さんへのそれは私も言いたくなる気持ちはわかる。別人とまでは言わないが、雰囲気が全く違うのでぱっと見では一瞬誰かわからなくなるかもしれない。

 

「先に私が出ればよかったです。出づらいですよ」

「朝潮お前……えらい背ぇ伸びたな。小学校卒業おめでとうな」

「まだ艤装はランドセルなんですけど」

 

確かに改装前は小学生くらいの身なりではあった。急成長で中学生ほどにまで身長は伸びたが、祝われ方が複雑である。

その龍驤さんの隣では、霞が興奮している。同じ朝潮型である私の改二は、自分の改二もこういう変化をするという指標になる。データベースに書かれていない外見の変化が確認でき、自分の次の姿がわかったようなもの。

 

「私も頑張れば姉さんのように背が伸びるのよね! 期待してもいいのよね!」

 

霞は自分の小柄さを少しコンプレックスにしている節がある。おそらく鎮守府の中でも一番小さい。背が伸びることが保障されたようなものだから、いつもの雰囲気が何処かに行ってしまったほどはしゃいでいる。年相応、と言ったら怒るだろうか。

 

「でも胸だけはあかんかったみたいやな」

「アレを見るとちょっとショックですね」

 

白露さんのそれをこれ見よがしに指差す。

 

「背が伸びれば何だっていいわよ! せめて皐月より大きく!」

「えぇーっ! ボクだって朝潮達が来るまでは一番ちっさい艦娘だったんだよ!? 改二になっても大きくならなかったしーっ!」

「また一番ちっさいのになればいいのよ! 私は! 改二で! 大きくなる!」

 

これで個体差で大きくならなかったらどうしよう。私だけ朝潮型でも特別とかだと、霞に申し訳ない。逆に霞が私より大きくなったらショックを受けるかもしれない。

 

「ま、タッパが欲しいんはうちもようわかる。改二になっても何も変わらんかったからなぁ」

「身長に関しては個人差あるみたいですね。白露さんにも何もありませんでしたし」

 

今のところ背が変わったのは私と古鷹さんくらいだそうだ。世の中には他にもいるらしいが、朝潮型は全員そういう改二なんだろうか。

 

「改二への改装、終わったようだね」

 

ここで執務室での業務を終わらせた司令官が大淀さんを連れて工廠にやってきた。これが最後の業務なのだろう。私と白露さんの姿を見て目を丸くする。

 

「これはまた……随分と変化したね2人とも」

「見違えましたよ。かたや成長していて、かたや全部変わっていて」

 

最後の業務は私達の改二実装の結果待ちの部分もあったようだ。

 

「改二のスペックチェックは明日の朝にやること。今日はもう夕飯の時間だ。今は改装した身体に慣れるところから始めるといい」

 

特に背が伸びた私は身の回りから慣れる必要があるだろう。椅子と机の高さも変えなくてはいけない。ベッドの大きさは最初から大人の艦娘に合わせられているから問題ないにしても、他がいろいろ大変だ。

 

夜にはいつも通り霞が部屋に来たが、少し小さく見えた。一緒に寝るときも感覚か違う。慣れるまでには時間がかかりそうだ。

 




朝潮改二、急に頭身が上がって成長した感じ、いいですよね。白露改二は最初すごくびっくりした思い出。


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派閥

改二改装され成長した私、朝潮。身体も大きくなり、本当の意味で成長してしまったが、一晩も経てば慣れる。むしろ寝起きに私の姿を見た霞の方が驚いていたくらいだった。

 

朝食後、白露さんと共に改二艤装のチェックを始める。皐月さんは機動力が格段に上がっていたが、私も同じようになっているかもしれない。

 

「海上での自立は問題ありません。移動も……違和感は無いですね」

「こっちも問題なし。こんなに艤装デッカくなっちゃったけど、前と同じように使えるかな」

 

今度はタービンをフル回転させ、最大戦速で移動する。以前の皐月さんの意味がわかった。前より格段に速い。舵も切りやすくなっている。以前の対潜訓練で潮さんがやった急旋回なども今なら出来るかもしれない。

白露さんも以前と比べると少し速くなっているように見えた。欠陥(バグ)が深刻でどうしても低速にはなっているが、代わりに私より急旋回がしやすいようだ。

 

「うん、いいですね。全体的にスペックの向上、確認できました」

「あたしも! これでいっちばーんになれたかな?」

 

明石さんに報告し、艤装を置く。その時の疲れも大分軽減されており、燃費が良くなったのを実感する。

私は本当に成長できた。

 

 

 

日に日に増す敵潜水艦や哨戒機の報告。それを受けた司令官は、悩んだ末に、いつもよりも遠い場所まで哨戒し、敵がいるかどうか確認することを決定した。

遠方までの哨戒、ほぼ遠征に近い任務は、それだけでも危険が付き物だ。万が一敵と出会ってしまった場合、援軍もすぐには辿り着けない。撤退も敵に地の利がある。

 

「危険な任務であることは間違いない。だが、今後のためには必要不可欠と判断した」

「潜水艦と哨戒機から、ある程度哨戒コースを考えてあります。今回の部隊は、燃費と火力の両立です」

 

司令官と大淀さんがボードを使って全員に説明する。

今回は速力よりも燃費。遠くに行って帰るだけで燃料は相当使う。さらにはその場で戦えるだけの戦力は欲しい。

 

「旗艦は古鷹君。主砲、雷撃担当に吹雪君、白露君。対空担当に皐月君、朝潮君。対潜担当に潮君。この6名で出てもらうよ」

 

今回の選出メンバーは全員改二。また、偵察任務も兼ねているので、白兵戦のみの天龍さんや、ブレーキのかけられない那珂ちゃんさんは除外されたのだろう。

重巡洋艦の中では最も燃費がいい古鷹さんを筆頭に、駆逐艦で編成されている。古鷹さんの欠陥(バグ)である索敵不可は、私達駆逐艦が全て賄うのだろう。古鷹さんは戦力としての旗艦だ。

 

「今までの哨戒の結果から鑑みて、敵には空母と潜水艦がいるだろう。特に潮君には負荷がかかるかもしれない。朝潮君は対空に加え、爆雷も装備していってほしい」

「了解しました。私は兼任ということで」

「そういうことだよ。皐月君は対空のみに、潮君は対潜のみに専念してくれ」

 

先日までの訓練で対空と対潜を同時に行うのは慣れている。それに、2人ほど特化しきれていないのも確かだ。兼任が私には一番の役割だと思う。

 

「では準備を頼む。長い哨戒任務になりえるため、弁当も用意してあるから持っていってくれ」

「提督、戦闘糧食です。お弁当だと緊張感が無くなります」

 

若干ピクニック感覚になりかけたが、重要な任務だ。気を引き締めていこう。

 

 

 

6人の部隊で出撃し、ある程度進んだ。鎮守府から北へ、いつもなら引き返すであろう場所も直進。私にとっては未知の海。

救援任務の時とはまた違った方向が今回の目的地だ。岩礁帯もなく、移動しやすい海上。360度、島一つ見当たらない。

 

「さすがに敵機が増えてきましたね」

 

どんどん進み、見つけた艦載機を墜としながら周りを確認。敵地に入ったと思えるほど増えてきている。駆逐艦などもこちらを襲ってきた。すでに哨戒機でもない。

 

「大分進んできたからね。索敵は入念に、確実に進むよ」

 

古鷹さんを先頭にした単縦陣でゆっくり進む。

 

「敵に違和感があるね……。私達を見たら逃げる駆逐艦もいるよ」

「潜水艦も2種類います……どういうことでしょう」

 

敵の艦載機も2種類いた。こちらを見たら即座に爆撃の体勢に入る艦載機。それと、即座に退避する艦載機。無駄弾を使いたくなかったので、退避した艦載機は墜とさなかった。

 

「鎮守府の近くで見つけたのはどっちでしたっけ」

「攻撃してこないのもいたよね。見つけた時点で墜としてたし」

 

進めば進むほど、海の色は赤く染まっていく。

敵陣、それも強力な敵が統率している海は赤くなると聞いた。まさにそれが今足元に。この戦力で進むのはまずい気がする。だが、それと反比例するように敵の数が妙に減ってきた。

 

「本拠地が近いけど……敵の攻撃が殆ど無い? どういうこと……」

「もし敵が本拠地を放棄した場合はどうなるんでしょう」

「それならこんなに赤い海にはならないよ。そこまで偵察してから撤退しようか」

 

慎重に進んでいく中、時々爆発音が聞こえる。

それがそもそもおかしかった。敵陣で私達の部隊以外に対する爆発音がするということは、別の部隊と交戦中ということだ。そんな話は聞いていないし、そもそもこの敵陣に一番近い鎮守府は私達の鎮守府だ。

 

「みんなストップ。目視でも確認できた」

「何あれ……あんなの初めて見るよ」

 

初期艦の吹雪さんですら見たことがない状況がそこでは繰り広げられていた。

深海棲艦同士が戦っている。

海の真ん中に私達の鎮守府のように陸地ができていた。地図にもない島であり、周りには背の高い岩礁帯も出来上がっている。その中心に白い深海棲艦が2人鎮座していた。それに対し、複数の黒い深海棲艦が攻撃をしているような状態。

こちらを攻撃してこなかった敵機はおそらく白い深海棲艦の方。攻撃的な敵機は黒い深海棲艦の方の陣営だ。

 

「提督、古鷹です。通信聞こえますか」

 

こんな異常な光景は今までにない。さすがに司令官の意見を仰ぐ。

古鷹さんは索敵できないが水上機は搭載でき、以前の山城さんの戦いの時のように鎮守府に映像を送れるようにしていた。深海棲艦同士の争いを送り、状況を把握してもらう。

 

「え、な、なんです、ガングートさん!? 白い方を助けろって、どういうことですか!」

「深海棲艦を助ける!?」

 

本来ならば、ここで共倒れを確認したかった。だが、通信の向こうでガングートさんが荒れているのがわかる。

ガングートさんは元深海棲艦だ。もしかしたら、今攻撃を受けている白い深海棲艦と何かあるのかもしれない。だがガングートさんは記憶が半分くらいしか残っていなかったはずだ。光景を見て何か思い出したのだろうか。

 

「提督、指示を……えぇっ!? りょ、了解。白い深海棲艦を援護! 北方水姫の名前を出せばいいんですね?」

 

とんでもない戦闘になりつつある。

白い深海棲艦はいわば『陸上型』というタイプの深海棲艦。私達のように海上を移動する深海棲艦と違い、発生と同時に自分の陣地を形成し、自らの島を出現させる。あの島はまさにそれ。2人とも陸上型なのか、島の規模が本来の倍近くあるらしい。

 

「朝潮ちゃんと皐月ちゃんは島へ上がり2人の陸上型深海棲艦を対空で援護! 潮ちゃんと吹雪ちゃんは島の周囲! 私と白露ちゃんはあの黒い深海棲艦を撃退!」

 

大急ぎで島に上がる。普通の陸地と同じような感覚だ。これが深海棲艦の力で出来上がった地面だと思うと、敵の力が強大であることを思い知る。

 

「ダレダ!」

 

当たり前の反応だ。私達艦娘は深海棲艦の敵。

白い深海棲艦の片方、大きな一本のツノと大きな腕、そしてコンテナとタンクのような巨大な艤装が特徴的な女性が、大きな爪をこちらに向ける。

 

「ガングートさん……いや、()()()()からの援護要請です! 艦娘ですが、貴女達を助けます!」

「スイキ……スイキネエチャン!」

 

白い深海棲艦のもう片方、女性を幼くしたような女の子が、北方水姫の名前を聞いた途端に顔を上げる。これはガングートさんの声を聞かせた方が早い気がする。

 

「古鷹さん! 通信こちらに回せますか!」

「これ使って!」

 

水上機をこちらに飛ばしてくる。索敵できずとも発艦はできるようで、器用に私の手に着陸した。

向こうには深海棲艦2人が大きく映っていることだろう。その中から装備妖精さんが、小さなスピーカーのようなものを取り出した。古鷹さんの持つ通信施設とリンクしているようだ。

 

『港湾! 棲姫! 無事か!』

「ソノコエ、スイキカ!」

 

スピーカーからガングートさんの声が響いた。装備妖精さんがその声の大きさにビリビリと震えている。

 

『そいつらは私の味方だ! だから、貴様らの味方だ!』

「ミカタ、シンジテイイノカ?」

『そいつらは攻撃できん、だから貴様らを攻撃することは絶対にない。だから信じていい!』

 

だから私と皐月さんを島に上げたのか。私達には目の前の深海棲艦を倒すための武器は無い。できるのは、ここを攻撃してくる艦載機を全て墜とすことだけだ。

 

「朝潮手伝って! 割と数ある!」

「了解です! すみませんが、これを。北方水姫とお話できますから」

 

女児型の深海棲艦に水上機を渡し、私も対空砲火に加わる。私達2人がかりならまだ行ける。むしろ4人であちらの深海棲艦を処理していることの方が心配だ。

 

「ソウカ……ワカッタ」

 

ガングートさんから話を聞いた女性型の深海棲艦が立ち上がり、艤装を起動する。コンテナ状の艤装から蛇のような巨大な首が伸びてきた。

 

「テツダオウ……」

 

その蛇の方が大きく開き、中から夥しい数の艦載機が吐き出された。以前見た一航戦2人がかりの本気の艦載機以上の数を1人で操っている。手からも艦載機を発艦し、尋常ではない数の艦載機を飛ばした。

 

「ネエチャン、ワタシモヤル」

 

今度は女児型の深海棲艦が動き出す。手をギュッと握ったかと思うと、開いた瞬間に艦載機が生成されていた。他のとは違う、猫耳が付いたボールのような可愛らしいものだったが、その1つ1つが殺傷能力の高い兵器。

 

「貴女達への攻撃は私達が全て墜とします!」

「すっごいなぁこの艦載機の量! 敵だと怖すぎるけど、味方だと心強いよ!」

 

皐月さんと一緒に、陸地に飛んでくる艦載機は全て撃ち墜とす。2人の白い深海棲艦の攻撃を邪魔させない。

陸地からだと戦況がよく見えた。古鷹さんと白露型さんが相手をしている黒い深海棲艦が一番の強敵のようだ。本人は攻撃せず、自分を抱きかかえさせている巨大な艤装、自律行動する主砲が激しい攻撃をしていた。2人がかりでも厳しく、スペックアップした白露さんもギリギリ怪我なく耐えられている程度。

白い深海棲艦はあの攻撃から身を守るために艦載機がほとんど使えなかったのだろう。出来てしまえばここまでの攻撃が出来るということだ。深海棲艦の力を改めて理解した。

 

「チッ……イマハヒクワ……カンガエヲカエルコトネ……」

 

こちら側の攻撃が一気に苛烈になったことで、あちらの深海棲艦が撤退を始めた。深追いはしないことを司令官に伝えられ、私達はそこで攻撃をやめる。

白い深海棲艦達も、危害が加えられないとわかると、攻撃をやめた。

 

 

 

白い深海棲艦、女性型の港湾棲姫は、ガングートさんと知り合いだった。正確には、北方水姫の知り合い。今の北方水姫が艦娘となり、深海棲艦の敵となっていることは知っていたようだ。

港湾棲姫とガングートさんが言うには、深海棲艦にも派閥があるらしい。それがわかりやすいのが、()である。

白の深海棲艦は戦闘をあまり好まない者が多いらしい。確かにガングートさん、北方水姫も白かった。山城さんに喧嘩を売る以外何もしていなかった。

 

「ワレワレハ……シズカニクラシタイダケダ」

「そういう事ですか。だから、向かってくる者を叩くだけだったと」

 

港湾棲姫は防衛だけしかしていない。人間には興味なく、何もしてこないなら友好的にしてもいいと考えている。

だが、黒の深海棲艦、特に今回の中心にいた戦艦棲姫は、人間を滅ぼすことを悦びとしているほど好戦的。港湾棲姫とは考え方が根本的に真反対である。

 

「私達は貴女達を攻撃しません。そういう深海棲艦がいるのなら、私達の提督は歓迎するでしょう」

 

古鷹さんが説明する。

水上機による通信で司令官も自分の言葉で話し始めた。

 

『姿を見せることが出来ずにすまない。この子達を預かっている者だ』

「オマエガテイトク……カ」

『私は、君達のような深海棲艦と協力関係になりたい。君達の平和も守りたいんだ』

 

戦う必要が無いのなら、深海棲艦とだって仲良くする。それが司令官の考え方だ。戦艦棲姫のような人間に害を成す存在はさすがに看過できないが、港湾棲姫のような存在は司令官が待ち望んでいた者。

 

『勝手な提案で申し訳ないのだが、私達の鎮守府に来てみないかい?』

「ナゼ」

『その場所は戦艦棲姫にバレているのだろう。今は退くということは、また来るということだろう。それならもっと安全な場所にいた方がいいのでは?』

 

私達艦娘には気が気でない提案だ。ガングートさんは元深海棲艦なだけであって今は艦娘である。だが、今回は話が違う。そのままズバリ深海棲艦だ。

それでも司令官は2人の深海棲艦を信用して、この話を持ちかけている。おそらくガングートさんの推しもあるだろう。

 

「……セイキ、オマエガマズミテクルンダ」

「ワタシガ? コウワンネエチャンハ?」

「ココニノコル……チンジュフトヤラガ……ワレワレニソグワナイナラ……カエルバショガヒツヨウダ」

 

鎮守府に全員で行き、そこが自分達の意にそぐわない場合、帰る場所が無ければどうにもならない。そのためにも1人はここに残る必要がある。

 

「ワタシノタメニ……チンジュフヲミテキテクレ」

「ワカッタ。ネエチャンノタメニイッテクル」

 

女児型の深海棲艦、北方棲姫だけがここを離れ、港湾棲姫に逐一鎮守府の情報を伝えるということで落ち着いた。それだけでも大問題ではあるが。

あくまでも元であるガングートさんを配属させたのは大本営の意向。だが今回は司令官の独断で深海棲艦を鎮守府に招き入れる。

北方棲姫は見た目だけなら皐月さんより小さい、いわば幼女だ。だがその攻撃力は一航戦に匹敵する。1人で戦った太刀打ちできない。

 

『君達は海上を移動できるのかな?』

「……デキナイ。カンムス……ダレカニハコンデモラウ」

 

陸上型の深海棲艦は島から出ることができない。私達でいう脚部艤装に属する装備が、この島そのものになるらしい。ここから出るというのは、脚部艤装で海に出ることと同様。

なら、この中の誰かが北方棲姫を運ぶことになるだろう。6人いる私達艦娘を、北方棲姫が品定めするように眺める。

 

「オマエ! ワタシヲハコベ」

「わ、私ですか。わかりました」

 

選ばれたのは私。古鷹さん、白露さん、吹雪さんは主砲を持っているのがお気に召さなかったのだろう。残り3人から運ばれやすそうな者を選んだ結果が私なのだろうか。

 

「これでいいですか?」

「ン、ミコンダトオリ」

 

背中には艤装があるので、必然的にお姫様抱っこの形になる。そうなると潮さんには胸があるので少し抱かれにくい。皐月さんだと小柄な分、北方棲姫が掴みにくいだろう。確かに私が適任かもしれない。筋トレしておいて良かったとつくづく思う。

 

「ネエチャン、イッテクル」

「アア……スイキニヨロシク」

 

まだ不安そうではあるが、北方棲姫を見送った港湾棲姫。私達が帰った後、荒らされた島を立て直すらしい。人型に近いイロハ級の深海棲艦がそれを手伝っている姿は、少しシュールだった。

 

「痛くないですか?」

「ダイジョウブ、オマエ、ハコブノウマイ」

「それは良かった。少しの間このままですから」

 

ふと私が生まれた時のことを思い出した。天龍さんにこうやって運ばれて鎮守府に辿り着いた時のこと。今は私が天龍さんと同じことをしているわけだ。感慨深い。

抱いているのが深海棲艦だということは思った以上にプレッシャーではあるけど。




港湾棲姫は特に共存ができそうな深海棲艦だと思います。セリフ的にも来てほしくないってだけだし。


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共存への道

共存できる可能性のある深海棲艦、北方棲姫を抱きかかえ、鎮守府に帰還している私、朝潮。運んでいるうちに安心したのか私の胸の中で眠ってしまっていた。

 

「こうやって見ると敵に見えないんだけどねぇ」

「今は敵じゃないですよ。敵に回ってほしくないですけど」

 

少し背中をさすってやると、気持ちよさそうに顔を胸に埋めてきた。こうしていると本当にただの小さな女の子である。

 

私が北方棲姫を抱きかかえていることで、哨戒機や潜水艦も一切攻撃してこなくなった。むしろ安全に鎮守府まで帰れるように護衛してくれているようにも見える。

 

「大丈夫ですかね……人間と共存を考えてもらえるでしょうか」

「難しいところだと思うけど、うちの鎮守府だけなら認めてもらえるかもね。あの司令官なら徹底して不可侵にすると思うもん」

 

皐月さんと話している内に、鎮守府の近海まで来ていた。何か違う気配を感じ取ったのか、北方棲姫が目を覚ます。

 

「ン……スイキネエチャン」

「水姫……ああ、ガングートさんの気配を感じ取ったんですか。そろそろ会えますよ」

 

もうしばらく進み、工廠への入り口も視認できるほどに鎮守府が近づいてきた。事が早く済んだのでお弁当、もとい戦闘糧食は使わずに終わってしまった。あとから美味しくいただかせてもらおう。

 

「古鷹、(ほか)5名、帰投しました」

「ご苦労様。早く済んだみたいだね。弁当はあとでお食べ」

「はい。それで……」

 

古鷹さんから目配せされ、北方棲姫を工廠に下ろす。周囲の全てが珍しいものだからか、すごく警戒していた。少し見回した後、また私のところにやってきて抱きついてくる。

 

「おや、朝潮君は懐かれたようだね」

「ここまでずっと抱いてきたからでしょうか……」

 

それを見て駆け出してきたのは霞。帰投を待っていたらしい。いつになく困難な任務だったし、心配かけたかもしれない。

 

「ちょっとアンタ、姉さんから離れなさいよ。任務の後で疲れてるんだから」

「アサ、コイツダレダ」

「私の妹の霞です」

 

確かに懐かれているようだ。かなり長いこと抱きかかえてきたし、本来敵である艦娘の私が抱いてて眠っていたくらいだ。心を許してくれたことは嬉しい。これがきっかけで深海棲艦との共存に一歩でも前進できるといいのだが。

 

「アサって……あ、あだ名呼び!? たったこれだけの間にそんなに仲良く」

「北方棲姫、すみませんけど私も一度補給しないといけません。離れてくれると嬉しいです」

「シカタナイ。ハヤクカエッテコイ」

 

名残惜しそうに離れた北方棲姫。

 

「棲姫! 無事だったか!」

「スイキネエチャン! ス、スイキネエチャン……?」

「戸惑うのはわかるが、今は北方水姫じゃなくてガングートという名前なんだ。すまんな」

 

今度はガングートさん。自分の知っている姿とは違うからか、北方棲姫は近付くのを躊躇ってしまった。だが、少し警戒した後、気配が同じだと気付き、再会を喜んでいた。

姿は違えど、2人は知り合い同士だ。積もる話もあるだろう。ガングートさんに北方棲姫を任せ、私達は手早く補給を済ませることにした。

 

「姉さんが呼び捨て……私の特権なのに……」

 

霞がブツブツ言っているようだが、そっとしておくことにした。

 

 

 

簡単な補給後、最初に渡された戦闘糧食を夕飯代わりに食べながら話を聞いていた。夕飯も終わっているらしく、夜間任務に該当する人達以外はもうお風呂と就寝のみとなっている。

司令官は北方棲姫、および港湾棲姫に対する一切の戦闘行為をしないこと、大本営にも存在を公表するつもりはないと説明した。

現在は戦艦棲姫が共通の敵として存在する。鎮守府は人類への侵攻を防ぐために、白の深海棲艦は静かに暮らすために、戦艦棲姫を倒すことが必要不可欠だ。最低限それまでは共闘関係にしたい。

 

「説明よりも前に、ここで少しの間暮らしてもらった方がいいだろう。部屋をあてがおうと思うが」

「スイキネエチャンカ、アサノトコニイル」

「ふむ、なら朝潮君の部屋に同居してもらおう。朝潮君がいないときはガングート君だ。それでいいかな」

 

同居は何も問題ない。それで深海棲艦と共闘できるなら美味しいものだ。ガングートさんもそれで納得した。ガングートさんの部屋は今、トレーニング器具とお酒があるので、子供が入れるような部屋ではない。私の部屋が一番妥当だろう。

 

「北方棲姫君……うむ、少し呼びづらいな。ガングート君、何かいい呼び方は無いかな。そのまま呼んでいると何処からか情報が外に出てしまいそうで怖い」

「棲姫の呼び名か。ならヒメとでも呼んでやれ。そいつも姫級だ」

 

北方棲姫、改め、ヒメさんの鎮守府での暮らし方はこれで大方決まった。訓練の様子なども見せることになるだろうが、深海棲艦も今が戦争中であることはわかっていることだ。自衛の手段を鍛えていることくらい理解している。それはヒメさんも了解していた。

 

「食事もお風呂も一緒に、ということになりますね。基本的には私が一緒ということで」

「ああ。朝潮君、これもまた、戦いを終わらせるための重要な任務だ。よろしく頼むよ」

「了解しました。朝潮、責任を持って任務に当たらせていただきます」

 

とはいえ、任務というよりは子守りに近い。できるだけ優しく、艦娘のこと、人間のことを教えてあげなくてはいけない。万が一この鎮守府内で暴れられたら、被害は甚大だ。何しろ私達と違い、自分の意思で艤装の出し入れができ、補給もなく艦載機を飛ばしてくる。

こちらとしても、ガングートさんの記憶から消えてしまった深海棲艦の情報が欲しかった。ただ、ヒメさんは捕虜でも何でもなく、お客さんだ。ヒメさんから見ている私達は、まだ警戒すべき敵の一つなのかもしれないが。

 

「アサ、イマカラハナニヲスル」

「あとはもうお風呂に入って寝るだけですね。もう夜ですから」

「フロ、フロッテナンダ?」

 

そういう文化も深海棲艦には無いようだ。いつも潮風に吹かれている割には、ヒメさんは綺麗なものだが、どういう仕組みなんだろうか。

お湯に浸かって疲れを癒すと説明すると、妙に興味を持っていた。やはり見た目通り考え方は子供なのかもしれない。興味を持ったものはすぐにやりたがる。

 

 

 

ヒメさんの今後を考える会議も終わり、そのままお風呂へと向かった。初めてのお風呂ということで、私と手を繋いではしゃいでいる。私達には当たり前のことでも、ヒメさんにとっては初めての体験。楽しみなんだろう。

 

「ただお湯に浸かるだけですよ?」

「ソンナコトシタコトナイ」

「ヒメさんはどうやって身体を綺麗にしているんですか?」

「ウミニハイレバイイダロウ」

 

根本的に身体の作りが違うのだろう。私達は海に入ったらベタベタになってしまってしまうが、深海棲艦は海水でも身体が綺麗にできるみたいだ。少し羨ましい。

 

「私達は海水だと余計に汚れてしまうんですよ」

「フベンダナ」

 

そう言われても困る。

 

「姉さんと手を繋いで……なんなのアイツ……」

「霞、落ち着いて。お願いだから落ち着いて」

 

後ろの方から霞と皐月さんの声が聞こえるがスルーしておくとして、お風呂に到着。海水でも綺麗になるという深海棲艦がお風呂に入ったらどうなるのだろうか。

 

「オ、オオ……アアア……」

「ヒメさん、大丈夫ですか?」

「スゴク、キモチイイゾ……」

 

湯船に浸かったヒメさんは、一番最初の私のようにダルンダルンに蕩けていた。艦娘と同じように、湯船による補給も効いているようだ。

 

「ヒメさんはどうやって補給してるんですか?」

「ホキュウ? シマノウエニイレバ、カッテニカイフクスル」

「なるほど……それが陸上型の特典ですか」

 

さりげなく深海棲艦の情報が手に入る。ヒメさんを利用しているようで少し申し訳ないが、こちらの情報も与えているのだからおあいこということで。

こちらから与えた情報は、鎮守府が無ければ一切の補給が出来ないこと。さらには艦娘の補給にはこのお風呂が必要だということだ。

代わりに手に入った情報は、陸上型の深海棲艦は自分で形成した島の上なら自動回復すること。そして、島の上でなければ回復せず、艦娘と同じようにお風呂で回復するということ。

 

「コレハイイ……ズットハイッテイタイ……」

「のぼせちゃいますから。適当なところで出ましょうね」

 

髪と身体を洗い、回復が完了したところでお風呂から出た。ヒメさんは洗うというのも初めてのようで、どうも肌に合わないようだ。

 

この鎮守府では衣服なども全て用意されており、お風呂上がりは基本的に作務衣。制服は洗浄に出し、あとはもう眠るのみとなる。ヒメさんにも一番小さいサイズの作務衣を着せてあげる。

 

「ヘンナキブンダ」

「私達はこういうものなんですよ」

 

深海棲艦には()()()()という概念もそんなに無いのだろう。何処ぞの戦場では水着を着てバカンスを楽しむ深海棲艦なんてものもいたらしいが。

 

「姉さん、今日も髪を梳かすわ」

「ん、ありがとう霞」

 

部屋に戻って少ししたら、櫛を持った霞がやってくる。これもいつも通り。違うのは、ここにヒメさんがいることくらいだ。

長い髪なのはこういう時に厄介で、ちゃんと手入れしないと質が悪くなる。特に私は結ぶこともなく下ろしているから、潮風に吹かれていつもベッタベタだ。

 

「今日もちゃんと洗えてるわ」

「こればっかりは自分でやらないとね」

 

霞に髪を梳かしてもらっている様子を、ヒメさんがマジマジと見ている。お風呂の文化が無いくらいなのだから、こういう髪を梳くことなんて当然ながら見たことが無いのだろう。

 

「相変わらず綺麗な髪ね。羨ましい」

「霞の髪も綺麗じゃない」

「姉さんほどじゃ無いわ」

 

ヒメさんが自分の髪をひとしきり撫でた後、首をかしげる。ヒメさんの髪も私と同じくらい長い。少し癖のある真っ白な髪だが、常に潮風に吹かれているようにはとても見えなかった。

 

「ナニヤッテル?」

「髪を梳いているんです。身嗜みですよ」

「ミダシナミ? ナンダソレハ」

「そこから!?」

 

霞もさすがに驚いていた。

そこからは艦娘の情報というより、人間の文化を教えてあげた。私達も知らないことは多いが、少なくとも身なりの正し方くらいはわかる。知っておいてもいいだろう。ヒメさんだって女の子だ。

 

そんな中でもいろいろとわかることがあった。まず深海棲艦には定期的な生活のサイクルがない。眠くなったら眠る。お腹が空いたら食べる。本能のままに生きている。太陽の動きに合わせた生活をする人間、艦娘とはそこからして違った。

だから、敵の侵攻は昼夜問わずなのだろう。()()()()()()()()のだから。

 

「サッキ、メニナニカツケテルヤツ、イタ」

「メガネのこと? 大淀さんね」

 

最初は妙に敵視していた霞も、ここまで来ると多少は打ち解けていた。ヒメさんも私の妹ということであまり警戒していない。髪を梳いてあげながら話を聞く。霞曰く、ヒメさんの髪は他の誰よりも綺麗だったらしい。

 

「ワタシノナカマニモイタ。オナジノツケテタ」

「深海棲艦にもメガネはあるんですね。そういうところは人間と一緒なんですか」

 

次に、姫級や、まだ私が見たことのない鬼級の深海棲艦は、人間の形をしているだけあって多少なり人間の文化の()()()をしているということ。メガネをかけた深海棲艦がいる以外にも、着替えをするもの、食べ物に妙なこだわりを持つものと、多種多様。

ヒメさんはその中でも変わった趣味を持っており、飛行機の模型を大切に抱えている。大切な物があるというのは深海棲艦も変わらない。

 

「シュウセキチネエチャン、モノアツメガタノシイッテ」

「集積地……資源の宝庫ね」

「だから資源を集めるのが趣味と?」

「ありそうじゃない。こいつら、思ったより考え方単純よ」

 

言い方は良くないが、確かに単純思考かもしれない。やりたいことをやる、原始的な本能だけで行動している。

戦艦棲姫のやりたいことは人間を滅ぼすこと。だから好戦的。

ヒメさんや港湾棲姫のやりたいことは静かに、穏やかに暮らすこと。だから温和。

 

「はふ……ちょっと眠くなってきました」

「姉さんは任務の後だもの、寝た方がいいわ」

「アサ、ネルノカ。ナライッショニネル」

 

補給したとしても昼夜のサイクルには抗えない。明日も早いため、もう寝ることにした。艦娘といえど、身体はまだ子供だ。夜が耐えられない。

ベッドに横になると、いつも通り霞も隣に。そして反対側にヒメさんが横になった。大きなベッドとはいえ、3人で川の字で寝ると流石に手狭に感じる。

 

「電気消すわ。じゃあ姉さん、おやすみなさい」

「ええ、おやすみ霞。ヒメさんもおやすみ」

「ン」

 

寝ると決めるとすぐに寝付いたヒメさん。そういったところも感情に引っ張られているように思える。

 

まだたった一晩だが、深海棲艦と生活して、いろいろ見えてくるものはあった。

ヒメさんのような深海棲艦なら、共存は可能だ。やりたいことに合っているなら、素直に話を聞いてくれる。私と霞の話にも興味を持ってくれていた。本能が、静かに暮らすために必要な情報だと判断したのかもしれない。

深海棲艦は恨み辛みに支配された艦娘という説も、ヒメさんを見ていると違うような気がしていた。確かにそういうものもあるだろう。だが、少なくとも白の深海棲艦は恨み辛みだけではないものがあると思う。

それを知るには、まだ時間が無さすぎた。




陸上型の深海棲艦は陸上という地の利を活かしていると考えています。代わりに海の上を歩けない。進軍しないから、考え方が温和。


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一緒に歩くために

皆と同じようにヒメさんも朝食を摂る。人の手で調理された食べ物というのが初めてのヒメさんには、質素めな朝食でも感動するものだったらしい。

 

「そんなに喜んでもらえたなら光栄だ! 朝はしっかり食べた方がいい。1日の始まりだからね!」

 

ヒメさんがいるということで、朝食は司令官の手製。ただの焼き魚でも、私達が作るものとは違うように思えた。

 

「コレガサカナ、ワタシ、コンナノシラナイ」

「料理と言って、食べ物に一手間加えることでもっと美味しく食べられるんですよ」

 

箸の使い方はまだわからないようなのでがっつくように齧り付いているが、満足そうに食べている。

 

たった一晩でヒメさんも思ったより鎮守府に慣れていた。司令官の方針に皆も従い、艦娘全員が()()として接している。やはり元深海棲艦がいるというだけでも心持ちが変わるのかもしれない。同じ場に深海棲艦がいても、誰一人として取り乱さない。

 

「お味噌汁は熱いので気をつけてくださいね」

「ン。アツイ、デモウマイ」

 

お気に召したようだ。

遠巻きにヒメさんの食事風景を皆が見ているが、空気がとても和んでいた。ここまで幼い艦娘は、世の中には居るらしいが少なくとも私はまだ見たことがない。無邪気に食べるその姿は、とても私達の敵には見えなかった。

 

「ア、テートク、チョットイイカ」

「おや、どうしたんだいヒメ君」

「コウワンネエチャンニレンラクスル。シマノムキ、オシエロ」

 

連絡といってもかなり離れた位置の島だ。ここから艦載機を飛ばすのだろうか。

私は実際にヒメさんが艦載機を飛ばすところを見ているが、私達とはまったく違う不思議な光景だ。龍驤さんや雲龍さんの式神や、蒼龍さんの矢のように、何か物があるわけではない。その場で突然現れる。どういう仕組みなんだろうか。

 

「わかった。朝食を食べ終えたら教えてあげよう。まずはそれを食べてからだよ」

「ワカッタ。テートクノゴハン、ウマイカラスキ」

 

司令官もそう言われて嬉しそうにしていた。艦娘だけでなく、深海棲艦にも好評となると、私達も鼻が高い。

深海棲艦も味覚は人間や艦娘と同じものということが今回のことでわかった。人型だからなのか、ヒメさんが特殊なのかはわからないが。

 

 

 

朝食後、司令官と共にヒメさんを鎮守府の外へと連れて行く。島の方向は私も大体わかる。海沿いを少し歩いたところで、ちょうどいい場所を見つけた。

 

「ここからまっすぐ北の方ですね。少しズレるかもしれませんが、ヒメさんの艦載機なら調整できると思います」

「アサ、アリガトウ。ココカラトバス」

 

私と司令官が少し離れる。昨日と同じように手をギュッと握り、空に向かって開くと、3機の艦載機が現れた。昨日と違うのは、そのうちの1機が非武装になっていること。ここでの情報を伝えるためのもののようだ。

 

「ヨシ、イッテコイ」

 

ヒメさんの掛け声と共に、艦載機が一気に加速して北へ飛んで行った。見た感じでは、私達の最大戦速よりも速いほどだ。もし敵だったとしたら、撤退はかなり難しいと思える。

 

「はー、変わった発艦やねぇ」

「龍驤さん。今日の哨戒ですか?」

「せやでー。さっき終わらしたとこや」

 

龍驤さんの姿を見て、ヒメさんは即座に私の後ろに隠れる。深海棲艦だからというわけでなく、普通に人見知りなのかもしれない。慣れているのは私の他だと霞とガングートさんと司令官くらい。その霞は多少打ち解けたとはいえ、違う方向性で敵視している節があるが。

 

「せや、対空訓練この子にやってもらうんはどうよ。ホンマモンの深海棲艦に訓練してもらえるなんて滅多にないことやで」

「滅多どころか絶対ありえないですよ」

「タイクウ、アサ、ナニカシタライイノカ?」

 

ヒメさんも若干乗り気だ。

鎮守府を見てくるというのがヒメさんの今の使命であり、ここで何をしているかも知るべき内容だ。艦娘がどうやって訓練しているかもその対象になるのかもしれない。

こちらとしても、深海棲艦の攻撃を受けてみるというのはまたと無いチャンスだ。訓練だから実弾ではない。それでも深海棲艦、しかも姫級の攻撃。やれるものならやってはみたいが。

 

「ヒメ君、君はダミーの弾で攻撃はできるかい?」

「ウソッパチノコウゲキカ。デキルゾ。ミセテヤル」

 

艦載機を1機発生させ、攻撃を見せてくれた。

猫耳ボールの艦載機の口が大きく開くと、その中から爆雷のようなものが吐き出される。本来なら本物の爆弾だが、今回は黒いオイルのようなもの。見た目はイカの墨にも見えるが、海に落ちた途端霧散して何も無い状態になった。

 

「すまないが、これの成分を解析させてほしい。問題が無さそうなら、ヒメ君に訓練をやってもらおうか」

「マカセロ。コウワンネエチャンニ、カンムスノコトヲオシエルタメニモ」

「ああ。港湾君にも我々の情報を渡さなくてはね。訓練データなら幾らでもあげよう」

 

鎮守府の中を歩かせている時点で機密を公開しているようなものだ。訓練データの一つや二つ、微々たるものだろう。実際、こちらの得られるものの方が大きいのだから。

 

明石さんの成分解析の結果、艦載機が落とした黒いオイルのようなものは、ただの色のついた海水だったそうだ。人畜無害、ただの目潰し。深海棲艦にもそういうものを使う時があるのだろうか。後から聞いておこう。

 

 

 

無害だとわかったことで、ヒメさんが攻撃役の訓練が行われることになった。結構な数の参加者が集まったが、ヒメさんが慣れているということで私がまず()()になることに。あの天龍さんですら率先して参加を希望したほどだ。対空ができない人ですら、回避訓練として参加したがるほど。

ヒメさんは波止場を自分の陣地と見立てて艤装を展開。陸上型と戦闘する場合は常にこの状態だ。

 

「アサ! ホンキデイインダヨナ!」

「はい、本気でお願いします。で、一つ聞きたいんですが、後ろのそれは」

「シュホウダゾ」

 

ヒメさんの背中から伸びた蛇のような首。港湾棲姫の艤装にもついていた、艦載機を吐き出した頭部を小型化したもの。その口の中には砲が見えている。

ヒメさんは深海棲艦によくいるハイブリッドタイプ。ガングートさんが戦艦なのに魚雷を装備できるのと同じで、空母のように艦載機を飛ばすのに主砲も装備している。陸上型は皆そういう感じらしい。

 

「ミズデッポウダカラ、アンシンシロ」

「わかりました。ではお願いします」

「イクゾー」

 

両手をギュッと握って、空高く開く。同時に尋常ではない数の艦載機が現れた。幼女の姿にも関わらず、その数は一航戦の搭載数をゆうに超えている。

ここから絨毯爆撃されたら、さすがに避け切れる自信がない。

 

「ジャア、イケー!」

 

最悪の事態。本当に全機から一斉に爆撃してきた。艦載機を撃ち落とすどころの騒ぎではない。

 

「まずは逃げ切る!」

 

その場にいても始まらない。即座に動き出し、落下地点から遠くに離れる。ヒメさんに近付いたら、主砲(という名の水鉄砲)の恰好の的になってしまう。だから、まずは大きく右へ迂回。

爆撃終わりの艦載機が半分、私の進行方向へついてくる。もう半分は一旦ヒメさんの元へ。

 

「ヨクヨケタナ! ツギハコレダ!」

 

追ってきている艦載機をバックしながら少しずつ処理しているが、ヒメさんの方が気になった。艦載機が渦を巻いて塊になっている。艦娘の艦載機では絶対にできない挙動。

しばらくして、追ってきた艦載機の半分近くを墜としたタイミングで、その渦をそのままこちらに撃ってきた。艦載機そのものが弾として突っ込んでくる。これに当たるのは訓練としてもまずい。さらにいえば、艦載機なのに高さが無いため高角砲では落とせない。

 

「それはズルくないですか!?」

 

紙一重で避ける。爆撃を撒き散らす渦なんて聞いたことがなかった。だが、姫級ならいくらでもやってくるかもしれないと考えると、これを()()()()()()だけでも良しとしないといけない。

 

「こ、これどうすれば私の勝ちになるんです!?」

「サア?」

「ちょっと!?」

 

今度は主砲での攻撃が混ざる。水鉄砲とはいえ、その攻撃は重巡洋艦に匹敵していた。

訓練ではあるが、もう滅茶苦茶だった。艦載機を墜としたとしても、次から次へと増える。そこに主砲攻撃が来るのもいい。改二へ駆け上がるための訓練もこれくらいだったと思う。

だが、艦載機そのものが突っ込んでくるのは想定外過ぎた。これはもう対空ではない。

 

「スゴイナ、アサ! ハンブンヤラレタゾ!」

「結構頑張りましたね! でもそろそろ勘弁してもらえますか!」

「ワカッタ! ジャア、オワリ!」

 

気付かない内に半分は墜としていたらしい。艦載機からの攻撃がぴたりと止まる。渦となっていた艦載機もヒメさんのところへ戻ると煙のように消えた。

なんとか全て避け切ったようだが、改二じゃなければかなりギリギリだったのではなかろうか。速さも必要。精密さも必要。集中力はもっと必要。

 

「ふむ……恐ろしいな、姫級の深海棲艦というのは」

「そうですね……でもいい資料になりました」

 

司令官と大淀さんがしみじみと話している。周りで見ていた人達も、姫級の攻撃を間近で見て、いろいろと思うことがあるようだ。

 

「姉さん、大丈夫?」

「なんとか……。回避訓練として見たらすごい身につく訓練ね……」

 

無傷で終われたのが奇跡な気がした。もしかしたらこれでもヒメさんは手加減していたのかもしれない。そうだとしたら怖いものだ。

 

 

 

それからは、ヒメさんもノリノリで訓練をしてくれていた。ほとんど回避訓練になっており、ヒメさんは気が済むまで撃ち、こちらは対空ができるのなら艦載機を墜とす。できないのならただただ避け続ける。

私が避けられただけあり、他の参加者も概ね無傷で避けている。が、消耗もかなり激しい。特に、低速化している吹雪さんと白露さんは大分苦労していた。

 

「カンムスハ、イツモコウイウコトシテイルノカ?」

 

訓練を一度終了し、談話室で休憩。

この訓練でヒメさんは艦娘と大分打ち解けた。同じくらいの身なりの駆逐艦とは特に仲良くなっている。最初は私にしかくっついてこなかったが、今では白露さんの胸に顔を埋めて抱きついている。

 

「いつもじゃないかな。たまに」

「ナンデダ? イタイノイヤジャナイノカ?」

 

ごもっともな疑問だが、ここで艦娘と深海棲艦の違いが如実に表れていた。

ヒメさんは産まれた時点ですでに今の力を持っていた。練度関係なしに、あの大量の艦載機を操れ、主砲も撃てた。つまり『完成した生き物』として産まれている。

逆に、艦娘は産まれたばかりでは何もできない。故に、『成長する生き物』である。訓練すれば、努力すれば力を得られる。

 

「痛いのは嫌だよ。でも、強くならないとね」

「カンムスハ、ヨワイノカ?」

「あの時ヒメを守れたでしょ。弱いと思う?」

「ウウン、ツヨイ。カンムスハツヨイ」

 

諭すように話す白露さん。ヒメさんにはもっと艦娘のことを知ってもらわないといけない。

共存するにあたって必要なものは相互理解だ。こちらも深海棲艦についてはほとんどわからない。向こうだって同じだろう。なら、わかるところから歩み寄らなければ。

 

「艦娘はね、頑張った分だけ強くなるの。あの黒いのも倒しちゃうんだから! そしたらヒメも静かに暮らせるでしょ?」

「ウン。アイツタオス。ワタシタチノバショヲマモルゾ」

 

少なくとも今は利害が一致している。ヒメさんが、港湾棲姫達あの島の深海棲艦が敵に回ることは今のところ無いだろう。話のわかる深海棲艦がこれほどまでに心強いとは思わなかった。

 

「ヒメ君、ちょっといいかい?」

 

くつろいでいるところに提督がやってくる。急いでいるようには見えないため、緊急事態ではなさそう。

 

「ドウシタ、テートク」

「これは港湾君の艦載機じゃないかな?」

 

持っているのは港湾棲姫の放っていた黒い艦載機。朝にヒメさんが送り出したように完全な非武装。定期連絡のために飛ばしているようだ。

 

「ソウダ、コウワンネエチャンノ!」

 

艦載機を受け取ると、耳を当てて音を聞く。

深海棲艦の艦載機はそれそのものが生物のような挙動をする。港湾棲姫の艦載機は比較的飛行機に近い形ではあるものの、コクピットなどはなく、1機が1つの生物として成立しているようだ。これはヒメさんの艦載機である猫耳ボールも似たようなもの。

 

「ウン、ウン……ワカッタ! モウスコシヨウスヲミテ、ヨサソウナラコッチクルッテ!」

「そうかそうか。彼女なら歓迎するよ。だが島はどうするんだい。放棄するわけにはいかないだろう」

 

陸上型深海棲艦が産まれた時に同時に形成される陣地。ヒメさんの陣地も今は纏めて港湾棲姫が管理している状態だ。放棄してしまったらヒメさんも困るだろう。

 

「ダイジョーブ。()()()()()()

「なんだって?」

 

その言葉の意味を知るのは、もう少し先の話になる。

 




深海棲艦は原作の方でも謎だらけなので、後付け設定が捗る捗る。アーケードの北方棲姫の動き、すごく可愛いですよね。


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これからの方針

ヒメさんが鎮守府に居候し始めて10日ほど経った。艦娘の文化も大分覚え、仲間意識も強くなっている。少なくとも、今のヒメさんには艦娘に対する敵意は一切無い。むしろ仲間、友達として考えてくれている。特に懐かれている私、朝潮としても、それは嬉しいことだった。

 

そんなある日の早朝。哨戒機を飛ばす雲龍さんが司令官を呼び出した。いつも少しフワフワしている雲龍さんが、思ったより切羽詰まっている。たまたま起きていた私と霞、そしてヒメさんも一緒に向かう。雲龍さんがヒメさんにも見てもらったほうがいいと言ったためだ。

 

「提督、あれ」

「あれは…… 昨日まで無かった島が!?」

 

鎮守府からでも目視で確認できるほどの位置に、昨日までは影も形も無かった島が突如として現れていた。島といってもそこまで大きいものではなく、鎮守府を建てることすらできなそうな、かなり小さな土地。1人2人くらいが過ごせる小屋を建てられる程度か。

私はあの島を見たことがあった。周りの岩礁帯で、想像がついた。

 

「コウワンネエチャンガキタ!」

 

島の中央に人影が見えた。大きなツノと、大きな腕。間違いなく、あれは港湾棲姫。こちらの姿を確認したのか、やんわりと手を振ってくる。あの時と比べると違いすぎるほど柔らかい雰囲気。本来の港湾棲姫は、雲龍さんのようなフワフワした人なのかもしれない。

 

「驚いた……本当に陣地ごと移動してくるとは」

「対空訓練がやりやすくなるわ。龍驤と蒼龍はあそこから発艦させればいいもの」

 

雲龍さんは呑気なことを言っているが、突然現れた島に私も霞も言葉が出せないでいた。

陸上型の深海棲艦は海上を移動することはできないが、準備をしてしまえば島ごと移動することができるということだ。1週間ほどで準備して、今このタイミングでここに現れたのだろう。

 

「あれがアンタの姉さんの力なの……」

「スミ、オドロイタカ」

「驚くわよあんなの」

 

霞の方はまだヒメさんに対して若干の敵意を持っているが(理由はあえて触れないでおく)、ヒメさんは霞のことを友達として思っているようで、あだ名で呼ぶようになっている。最初カスと呼びそうになったので慌てて止めた。

 

「早朝だが急いで迎え入れよう。港湾君はこちらに来れるのかな」

「ムリ。ワタシトオナジ」

「なら迎えに行かなくてはね」

 

今ここで港湾棲姫を運べそうなのは、私と霞、雲龍さんくらいしかいない。ひとまず3人で島へと向かった。

 

「デムカエ……アリガトウ……」

「どうやって運びましょう。武装は全て置いてきたので全員手ぶらですけど」

「とりあえず姉さんがヒメを持ってきた要領で」

 

できるわけがなかった。ヒメさんは幼女だが、港湾棲姫は大人の女性だ。さらにいえば、戦艦クラスの大きさでもある。私のような子供では難しい。お姫様抱っこどころか、機関部がなくても背負うことも辛そう。

そこでやはり雲龍さんに担いでもらった。空母である雲龍さんは腰に機関部が付いているものの、上半身はかなりの軽装。私達のように背中に邪魔なものがないので、背負うことも可能だ。だが

 

「これが一番楽ね」

「ワタシモラクダカラ、コレデイイ……」

 

肩にかける感じで持ち上げた。ファイヤーマンズ・キャリーという運び方だったはず。

 

「なんか、お米運んでるみたいに見える」

「霞、できれば弄らないで」

 

島が鎮守府に近い事もあり、なんなく運び込むことができた。

 

 

 

「皆に集まってもらったのは他でもない。見ての通り、港湾棲姫君が鎮守府に合流した。ここからは、黒の深海棲艦、戦艦棲姫打倒に向けての戦いになる」

 

朝食後、鎮守府の今後の方針を決めるために会議が始まる。根幹にあるのは当然『安全第一』だ。だが、戦艦棲姫の力は身を以て知っている。古鷹さんと白露さんが2人がかりで押しとどめていたが、相手は無傷だった。

 

「ヤツヲタオスタメ……ワレワレモチカラヲカス。シズカニクラスタメニ……」

 

深海棲艦との共闘なんて前代未聞だ。今までの戦いでもまずあり得ない状況だろう。

白の深海棲艦の考えは至極単純。自分達の穏やかな生活を崩すものは、同族でも敵。逆に、その生活を支援してくれるのなら人間、艦娘でも味方。本能のままに生きているということが、こちらにとっていい方向に動いている。

 

「基本的には迎え撃つことになるだろう。こちらから攻めることはしない」

「ワレワレモ……ヤツラノイバショガワカラナイ。セメヨウニモ……セメラレナイノダ……」

 

相手の居場所、拠点がわからないとなると、向こうが動いてくれるのを待つしかない。それまでは通常通りに機能させていくというのが今後の方針だ。

ヒメさんがここに来てから、哨戒任務で敵機を見かけることがほぼ無くなった。こちらを攻撃してきたから、そして、港湾棲姫の証言から、その敵機も黒の深海棲艦側の機体であることがわかっている。それが無くなったということは、すぐに攻め込んでくることはないはず。

 

「黒の深海棲艦の今の目的は、港湾棲姫君含む白の深海棲艦の屈服だろう。奴らにとっては歯向かうもの全てが敵という認識のようだからね」

 

あれだけの攻撃をしていたのだ。猶予は与えるが、考えが変わらないなら殲滅という考え。あのままでは、白の深海棲艦は全滅させられ、今度はこちら、鎮守府が狙われる事となる。

どうせ鎮守府が狙われるなら、白の深海棲艦と手を組み、総力で迎え撃つ方がお互いの理に適っている。

 

「すぐではないが、近いうちに大規模な作戦が発令されるだろう。それまでは皆、いつも通りに暮らしてほしい」

「モウシワケナイ……ヨロシクタノム」

 

港湾棲姫が頭を下げる。ヒメさんと生活している皆は、もう港湾棲姫への敵意が最初から無い。司令官が疑っていないのだから、私達が疑う余地はどこにも無いのだ。

 

 

 

港湾棲姫が鎮守府にやってきたところで、私達のやる事は変わらない。いつも通り訓練して、いつも通り哨戒して、戦闘に備える。昨日までと違うのは、ヒメさんが港湾棲姫の元に行ったことくらいだ。

 

「ヒメがいないのも、なんだか久々ね」

「そうね。最近はいつも一緒にいたもの」

「姉さんと2人きりなのも久しぶりな気がするわ」

 

なんだかいつもより距離が近い霞。少しの間構ってあげられなかったのもあってか、前以上に甘えてくるような気がする。皐月さんにシスコン気味だと言われていたが、ここまで来ると私にも理解できた。

とはいえ今日は2人で非番。ヒメさんもいないから、談話室で2人でまったりでもいいかもしれない。休めるときには休むのが一番だ。司令官もそれを推奨している。

 

「そういえば霞、筋トレは続いているの?」

「続けてるわよ。おかげさまで魚雷撃っても腕が痛くないどころか、ブレも無くなったわ」

「山城さん達に感謝ね」

 

霞の成長は目を見張るものだと聞いている。他の事をしない(できない)完全特化型だからこそ、反復訓練で極まっていくようだ。

さらにいえば、この鎮守府にはいなかった手持ちの魚雷発射管というのが大きい。自分の正面にしか撃てない代わりに纏まったダメージが与えられる初霜さんとは違い、ダメージを犠牲にする代わりに2方向に撃てる霞は命中率で優っている。技術を磨けばさらに輝くだろう。姉として鼻が高い。

 

「今度の訓練で姉さんにも当ててみせるわ」

「ふふ、前にも言ってたものね。覚悟しておくわ」

 

少し前まで沈んでいたのが嘘のように自信満々だ。霞はこうでなくては。

 

「まだご褒美貰ってないし」

「あの時のことまだ覚えてたの」

「勿論よ。ちゃんと姉さんの前で命中させてるところを見せないと」

 

最初の雷撃訓練で長良さんが口走ったことをまだ覚えていたらしい。だがそれがモチベーションに繋がるなら良しとしよう。私ができないことを望んではいないだろうし。

 

その後は他愛のない話で盛り上がった。霞とこうやってゆっくりするのも久しぶりだ。毎晩一緒に寝ているとはいえ、私が疲れてしまっていたのと、ヒメさんがいたというのもあって、最近はあまり話せていない。霞には気が休まらない日々だったかもしれない。

 

「今日はたっぷり姉さんの成分が摂取できたわ。明日からも頑張れそうね」

 

霞は吹雪さんとは逆のパターン、姉が妹を甘やかすのではなく、妹が姉に甘える方だということがよくわかった。いろいろわきまえているみたいだし、可愛いものだろう。私も甘いかも。

 

「よし、司令官に哨戒任務の打診でもしようかしらね」

「そうね。初陣は早いうちがいいわ」

 

思い立ったが吉日と言わんばかりに談話室から出た。やる気がある内にいろいろ決めておいた方がいい。

特に今の状況では哨戒任務は重要だ。北に戦艦棲姫がいることは確定している。万が一南にも大きな敵がいたら、挟撃になる可能性もある。それは確実に避けたい。

 

「司令官、ちょっといいかしら」

 

執務室、いつも通り司令官と大淀さんがいる。だが、今日はそこに港湾棲姫とヒメさんもいた。今後の共闘の方針を打ち合わせていたのだろう。それも終わったようで港湾棲姫はまったりとお茶を飲んでおり、ヒメさんは港湾棲姫を枕にしてお昼寝中。

 

「なんだい霞君」

「そろそろ哨戒任務に出たいのだけど、いいかしら。こんな状況だし、実戦経験は早く積んだ方がいいと思うの」

 

白の深海棲艦を横目に、自分の意見を話していく。大規模作戦には少しでも人手が必要だろう。素人よりは経験しておいた方が役に立つだろう。そうアピールした。

 

「そうだね、霞君は充分訓練もしているし、確かに実戦経験は必要だ」

「じゃあ」

「明日から哨戒任務の部隊に組み込もう。最初は朝潮君と同じ部隊がいいかな。雰囲気だけでも掴んでほしい」

 

打診はすぐに通った。司令官も霞の経験については考えていたらしく、戦艦棲姫との決戦までには、せめて改二になってもらいたいと思っていたそうだ。

私は今回の件に合わせて急ピッチな練度上げをすることになったが、霞もある程度の実戦経験を積んだらあの訓練をする事になるかもしれない。

 

「朝潮君は明日哨戒があったね?」

「はい。午前に南です」

「なら、霞君をそこに加えよう。水雷戦隊で行きたいところだが、メンバーは吹雪君と深雪君だったね。なら4人でも問題ないだろう」

 

南への哨戒任務なら、霞を突然危険な目に遭わせることも無いはずだ。すでに危ないことがわかっている北の哨戒任務よりはマシという程度だが。

 

「霞君。よろしくお願いするよ」

「了解。任せなさい」

 

初めてだというのに自信たっぷりの物言いだ。これが本来の駆逐艦霞の姿。私の前で見せる姿は、本当に特別なのだなと実感した。

 

 

 

哨戒任務のメンバー追加を吹雪さんと深雪さんにも伝える。急な変更だが、減ったわけではないので問題なく通った。

 

「ついに霞が初陣か。ちょい長かったんじゃね?」

「そうね。雷撃特化なのもあって訓練が入念だったわ」

 

深雪さんは同じ妹という立場からか、霞とは仲がいい方。最初のお風呂での失態も、そういう仲だからこそ見せてしまった失敗だ。

 

「じゃあ装備を少し見直した方がいいね。深雪は主砲特化にしようか」

「だな。雷撃は霞に全部任せるぜ」

 

元々は私が対潜、吹雪さんが対空、深雪さんが主砲と雷撃の兼任という3人部隊だった。そこに雷撃特化の霞が入ることで、深雪さんの負担が減る。対空対潜以外を使うことはそんなにないのだが、万が一を考えると省くわけにはいかない。

 

「私と朝潮ちゃんは変わらずで。霞ちゃん、明日はよろしくね」

「ええ、よろしく。初陣だからといってヘマはしないわ」

 

吹雪さんと霞が哨戒コースなどを話しているとき、深雪さんがコソコソと私のところへ。

 

「なぁ朝潮、霞ってやっぱアレなのか。姉貴と似たような感じの」

「立ち位置が逆なんで似てるかどうかはさておき、甘えては来ますね。時と場所はわきまえてますけど」

「うちの姉貴はわきまえねーからなぁ」

 

それも吹雪さんのいいところではある。常に周りに気を配っていて、妹が相手だとそれが過剰になるというだけだ。

 

「夜にあたしんとこ来てさ、霞がやってんだからって添い寝してこようとすんの。暑苦しいから帰れって追い出すんだけど、やりすぎだよな」

 

配属から霞はほぼ毎日一緒に寝ているが、霞にも外に出せない思いがいろいろあるのはわかっている。それが少しでも軽減されるなら、添い寝くらいいくらでも付き合おう。

吹雪さんの場合はただ妹を構いたいからやってるんだろう。気持ちはわからなくもない。でも距離感は大事。

 

「じゃあ、霞ちゃん、明日はよろしくね」

「ええ、仕事はきっちりやらせてもらうわ」

 

あちらの話も終わったようだ。初陣としてはちょうどいい、簡単なコースの哨戒任務。敵も出ないはずだし、出たところで基本的には即撤退だ。滞りなく終わらせ、霞のさらなる自信につなげよう。

 

その日の夜、しっかり添い寝に来たのは言うまでもない。強がってみせても、やはり初陣は不安なのだろう。私が落ち着かせることで眠ることができた。




北方棲姫改めヒメの優先順位は、港湾>朝潮≧ガングート>その他大勢。


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霞の戦い

翌日、霞の初陣。簡単な哨戒任務だが、鎮守府の存続に関わる可能性がある大事な任務だ。何事もなく帰ってこれればいいが、何かあった時が一番困る。

 

「旗艦の深雪さまだぜ。姉貴が対空、朝潮が対潜。あたしと霞で目視確認。オッケー?」

「深雪が旗艦だと軽いなぁ」

 

旗艦は基本持ち回りだが、目視確認役が行うことが多い。なので、私が旗艦をすることはほとんどない。なので、今回の旗艦は深雪さん。

4人中2人が欠陥(バグ)により低速化しているので、今回の哨戒任務はゆっくり行われることになる。より慎重に確認し、深入りもしない。基本中の基本。

 

「おっ、霞ぃ、緊張してんのか?」

「そりゃあ多少はするわよ。初陣なんだから」

 

任務として海に立つのは初めての霞。ちゃんと本物の魚雷を装備するのも勿論初めてだ。使わないに越したことはないが、装備しているということが大事。

 

「霞君、君にとってはこれが初陣だ。大丈夫かい?」

 

司令官も霞の初出撃を見送りに来ていた。忙しい中でも、これだけは欠かさない。だからこそ士気も上がる。

 

「大丈夫よ。もう私はそんなに弱くないわ」

「それならいいんだ。哨戒任務はまだ気楽にやってくれて構わないからね」

 

霞の頭を撫でる。恥ずかしげに身構えたが、されるがままにしていた。他所の霞だと手を払いのけて罵声を浴びせる程らしいが、うちの霞は穏やかなものだ。この司令官にそんなことはできないだろう。おそらく周りも許さない。

 

「では深雪君、出撃を許可する」

「うーし、じゃあ出撃! いっくぞー!」

 

深雪さんを先頭に工廠を出発した。私はもう何度も経験しているが、霞は初めての出撃だ。それでも、訓練の時のようにスムーズに発進していた。頭を撫でてもらったからかもしれない。緊張感は微塵にも感じられなかった。

 

 

 

哨戒ルートは鎮守府より南。北はさらに沖へ向かうが、南は比較的陸に近付くルートだ。どれだけ行っても陸は見えず、敵も普通に出てきたりするが、それでも今の北よりは安全。霞にはちょうどいい任務だろう。

 

「ソナーに感なし」

「電探反応なし」

「目視も異常なーし。静かな海だなぁ」

 

先日のバタバタが嘘のように静かな海。北と南でこうも差が出るものかと思ったが、どちらも北のようになっていたら鎮守府が包囲されている状態だ。今は北に偏っている、と考えておこう。

 

「鎮守府からこんなに離れたのは初めてね」

「そうね。鎮守府ももう見えないくらいだし」

 

振り返っても海。どこを見ても海。陸なんて到底見えない。私達の鎮守府が、本当に海の真ん中にあるということがわかる。

こういう場所だからこそ、索敵は念入りにしておかなくてはいけない。なにせ、敵は()()棲艦というだけあり、私達の踏み入れることのできない海の底から突如現れる。陸上型が特殊なだけだ。拠点が海底にあってもおかしくない。

 

「あ、そういえば」

「どうしたの朝潮ちゃん」

「私の初陣で行った島、今日の哨戒ルートに入ってますね」

 

救援に向かった島、霞と出会った島が、もう少ししたら見えてくる。岩礁帯なので近付くのは危ないが、以前に敵が出ているという経緯もあるので、しっかり見ておいた方がいいだろう。ああいうところだからこそ潜んでいる可能性はある。

 

「霞の生まれ故郷じゃん」

「何も覚えてないわよ」

 

霞のドロップポイントも近くにあるわけだ。同じドロップポイントから艦娘が何度もドロップするとは考えづらいが、もしかしたら誰かいるかもしれない。朝潮型のドロップポイントで、他の妹が浮かんでいたりするかもしれない。

 

しばらく進むと、あの岩礁帯が見えてきた。当然ながらドロップ艦は見当たらない。索敵結果も何もなし。ここも静かなものだ。

 

「さすがに何もないですね」

「当たり前っちゃあ当たり前だよなー」

 

島の周りをぐるっと回り、何事もないことを確認。敵の痕跡すらない。

 

「ん、ちょっと待って。あそこに何かいない?」

 

目視確認中の霞が何かを見つけた。深雪さんもその方向を見る。電探やソナーには何も反応がない。私と吹雪さんも続いて目視確認。

大型の黒い塊が蠢いている。

 

「あれは……深海棲艦! こっちにはまだ気付いてない!」

「なら撤退ですね。実働隊に連絡を」

「オッケー! 哨戒部隊の深雪だ! 敵艦を発見した! 数はーっと4! えーっと、多分軽巡1と駆逐3!」

 

司令官と連絡を取る旗艦の深雪さん。こちらはこちらで気付かれないように撤退準備に入る。波を立てないよう島の陰に隠れる。

 

「場所はーっと、あそこっ、朝潮の初陣の島! 霞の故郷!」

「その呼称やめません?」

「は? 撤退しなくていい? 友軍が近くにいる?」

 

少し珍しい状況になった。本来なら撤退して実働隊を呼ぶのだが、今回は近くに他の鎮守府の部隊がいるらしい。その部隊と協力して撃退せよということになった。

とはいえ私と吹雪さんは攻撃できる装備ではない。ここは深雪さんと霞に任せるとしよう。

 

「早速戦闘だぜ霞ぃ」

「わ、わかってるわよ。でも友軍がいるんでしょ?」

 

今はその友軍との合流を待つため、敵の状況を確認しながら島に隠れている。今のところ、向こうにも動きが見えない。

軽巡洋艦1体、駆逐艦3体となると、今の私達の部隊では荷が重い。合流する部隊次第では、そのまま撤退もあり得る。

 

「あ、もしかしてあれかな……?」

 

吹雪さんが近付いてくる部隊に気付いた。こちら側に近い位置から来たので、ちゃんと共同で戦える。

近付いてくる部隊にも見覚えがあった。

 

「あら、貴女達だったんですね」

 

旗艦は神通さん。ということは、以前に救援任務で助け出した鎮守府の方々のようだ。

いろいろゴタゴタする内に撤退した前回の救援任務。あの時は怪我人ばかりの部隊になってしまっていたが、今回は全員健康体。ちゃんと共闘するのは初めてだ。

 

「朝潮! 久しぶり!」

「お久しぶりです。敷波さん」

「わっ、改二じゃん! 見違えたよー」

 

神通さんの後ろからやってくる敷波さん。朧さんも一緒のようだ。

友軍は神通さん、敷波さん、朧さんの3人。少数ということは、おそらくあちらも哨戒任務中。こちらが敵を発見したことで、近くの鎮守府に連絡が入ったようだ。

 

「そちらは誰が攻撃役ですか?」

「あたしと霞で、霞は雷撃だけッス」

「わかりました。ならその2人を貸していただいて、水雷戦隊ですね。吹雪さん、朝潮さんは周囲警戒をお願いします」

 

私と吹雪さんは島からの近海監視。敵との戦いに横槍が入らないことを見張る。

数的優位はこちらにある。加えて、欠陥(バグ)無しの艦娘3人が仲間だ。霞が初陣でも何とか倒せるだろう。

 

「神通さん。霞はこれが初陣なので」

「そうですか。では皆さん、霞さんの射線はなるべく開けてください」

 

手練れな神通さんは、こちらの状況にもすぐに対応してくれる。これなら霞も戦いやすいはずだ。

 

「では深雪さん、霞さん、私が臨時旗艦を受け持ちます。戦場へ」

「了解!」

「りょ、了解!」

 

5人で敵の元へと駆けていった。私はもう見守るしかできない。無事に戦闘を終わらせてくれることを祈ろう。

 

 

 

結果として、大勝利だった。

手練れの神通さんが敵軽巡洋艦を相手取り、敷波さんと朧さんが敵駆逐艦を翻弄し、深雪さんと霞が撃破した。即席の部隊とは思えないくらい、綺麗に連携できていたように思える。ハラハラするところも無かった。

霞が敵を倒すところを間近に見られたのはよかった。成長を感じられる。

 

「うちの妹、完璧すぎ……!」

「霞もよくやってくれました」

 

部隊に入らなかった姉2人は、妹の活躍に大喜びである。少し敵の砲撃が掠めたようだが、擦り傷程度で済んでいる。初陣でこれなら上出来だ。

 

「任務完了、お疲れ様でした」

 

全ての敵の残骸が消滅したことを見届けて、島に戻ってくる部隊。改めて周囲を警戒するが、第二波は無さそう。

敵もあの部隊でこの海域を哨戒していたのか、たまたまここで発生したかはわからない。それでもいたのは事実だ。幸い、神通さん達の鎮守府の領域にも近いため、私達だけで対応することはないだろう。

 

「長波さんは今日はいないんですか?」

「今改二実習中なんだよ。あいつ張り切っちゃって」

 

旗艦の2人がお互いの司令官に連絡を取っている中、こちらは少し休憩。敷波さんとは本当に久しぶりに会う。話したいことはいろいろあったが、任務中だ。限られた時間を有意義に使おう。

 

「敷波姉もすごい訓練してたよ。朝潮には負けられないって」

「朧、余計なこと言わなくていいから」

「ふふ、元気そうでなによりです」

 

少しすると連絡も終わったようで、またそれぞれの任務に戻ることに。名残惜しかったが、また顔を見られただけでも良しとしよう。私達の生き方は、いつ顔を合わせられるかがわからない。

 

「天龍さんによろしく伝えてください」

「次は負けないと言ってたと伝えておきます」

「ええ、それで結構です。それでは」

 

神通さん達の部隊は自分達の鎮守府へと去っていった。敷波さんは最後まで手を振ってくれていた。

 

「こういう形での再会も、悪くはないですね」

「お互い、生きるか死ぬかだからね。でも、生きてればまた会えるよ。だから、死んじゃダメだからね」

「当たり前です。少なくとも霞は置いていけませんね」

 

擦り傷を負った霞は深雪さんに簡単な手当てをしてもらっていた。絆創膏程度で済む傷だが、何があるかはわからない。それに、潮風は傷に沁みる。

実際、霞はよくできていた。部隊の位置もちゃんと確認できていたし、射線に誰もいないことも見てから魚雷を発射していた。今までの訓練がよく活きている。

 

「もう少し手際よくやりたかったわね」

「充分充分。この程度で済んでんだからよ。んじゃあ、ここから撤退!」

 

哨戒任務中に交戦した場合はその場で撤退。これは私達の鎮守府では絶対の原則になっている。本来なら実働隊を呼んで撤退するのだから、交戦したなら尚更撤退だ。燃料も通常の哨戒以上に使うことになってしまったわけだし、早いうちに戻るべきである。

 

「霞も成長したわね」

「でしょ」

「これはご褒美でいいんじゃないかしらね。訓練でなく、実戦でちゃんと見れたから」

 

霞の表情が変わった。吹雪さんと深雪さんがいる手前、大きく反応することはなかったが、明らかにテンションが上がっている。

実際、訓練で的に当てるより、実戦で敵を倒せる方が優秀だ。それが最初からしっかりできているのだから、霞は優秀だ。

 

「さ、早く帰りましょ。戦果も報告しないと」

「霞ぃ、顔が緩んでるぞー」

「うっさい! 旗艦は先頭行きなさいな!」

 

赤い顔を隠しながら深雪さんを押し出す。ここで言わない方が良かったかもしれない。

 

 

 

哨戒任務は午前で終了。お風呂に行き、霞の傷を治す。午後からはまた訓練だ。でも、その前に霞の様子がおかしかった。それには吹雪さんも深雪さんも気付いた模様。

 

「霞どうした? 風呂の回復効果我慢してんのか? あたしにまたダルンダルンな霞を見せてくれてもいいんだぜ?」

「お風呂のは慣れたわよ……。ただ、今更になって身体が震えてきただけ」

 

戦場では気丈に振る舞っていたが、今になって恐怖心が出てきたらしい。

当たり前の事だった。初めて生と死の境界線に立ったのだから。擦り傷で済んでいるが、それが直撃していたらもっと危ない傷になっていたかもしれない。当たりどころが悪ければ死だ。

 

「敵と戦うのがあんなに怖いなんて思わなかったわ……」

「まぁなぁ。最初は結構ビビりながら戦ってたもんだぜ」

 

だからといって慣れたというわけではない、と深雪さんは付け加える。戦場は誰だって怖い。私だって怖い。だが、震えはしなくなった。ただ、やらなくてはやられるというのが大きい。

 

「朝潮ちゃんは初陣の時はそういうの言わなかったね」

「私は疲れすぎてお風呂では口が聞けないくらいダルンダルンでしたから」

「震えよりもそれが大きかったってことね」

 

霞の震えはまだ止まらないようだ。

それなら、と手を握ってやる。確かに震えている。多少はこれで収まればいいが。

 

「なら私が逆の手を」

「ならばあたしは身体を」

 

次々と引っ付かれる霞。

 

「暑苦しい」

 

言葉とは裏腹に、大分落ち着いたようだ。お風呂ゆえに全員裸というのは若干良くない光景ではあるが、それで霞が落ち着くならまだマシだろう。

 

「姉さんだけで充分よ。ほら、散った散った」

「朝潮だけオッケーとかマジでシスコンだな霞」

「うっさい。アンタにはアンタの姉がいるでしょうが。甘えられるだけ甘えなさいな」

 

吹雪さんが手を大きく広げて深雪さんを待っている。それに見向きもしない深雪さん。

 

霞の初陣は少しだけ大変だったがこうして終わりを告げた。妹の成長が確認できたのは良かったと思う。

ただ、やっぱり戦場には出てほしくないとも思ってしまった。過保護かもしれない。

 




霞は弱い部分を外に見せないようにして、裏で一人で悩みそうなタイプ。お姉さんくらいにはそういうの見せていいのよ。


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本来の敵

対戦艦棲姫に向けて準備を進める鎮守府。私、朝潮も直接戦うことは無いにしろ、周りのサポートに徹するために日々練度を上げている。

敵が戦艦ということで、決戦艦隊は高火力な戦艦や空母を主軸にした部隊を編成する。そうなると私は該当しないのだが、主力部隊の道を開けるために敵空母群の艦載機の突破、また、不意打ちの潜水艦を撃破する必要がある。私はそちら。

今回は総力戦だ。鎮守府全員で立ち向かう事になるだろう。

 

その主力部隊の1人となるであろう榛名さんも無事改二に。高い練度が必要だったが、私の訓練をしてくれていた時にすでにあと僅かという段階だったため、資源的な問題が解決したところですぐに改装された。

本人の見た目は誤差レベルの変化だが、榛名さんだけが持つ特殊な主砲、ダズル迷彩の35.6cm連装砲を携えている。これにより、榛名さんは対空も若干カバーできるようになったそうだ。

 

この鎮守府には、主力となりうる戦艦と空母が合わせて6人しかいない。そして、戦艦2人は白兵戦特化、空母2人は浮き砲台という状況だ。

そこで、未だ私があまり関われていない重巡洋艦の方々にいろいろと頼ることになる。私が訓練を見たことがある主砲特化の古鷹さん、スナイプ雷撃の高雄さんの他にも数人いる。

その内の1人、基本的に部屋に籠ることが多い人なので、戦っている姿は見たことがない。だが、練度だけでいえば古鷹さんと同等、それ以上の人がいた。

 

「青葉君、君に()()をお願いする時が来たよ」

「おっ、司令官が青葉に何をお願いするんですかぁ?」

 

青葉型重巡洋艦1番艦、ネームシップの青葉さん。欠陥(バグ)は魚雷接続不備。この火力不足で古鷹さんには一歩及ばないが、その分青葉さんにしかない強みもあった。

 

「北への遠征。戦艦棲姫の拠点をある程度絞りたいんだ」

「なるほど、了解ですぅ。あちらの方はまだ()()してませんでしたねぇ」

「危険を冒してまで深入りしなくてもいい。君の資料はとても有益だからね。是非ともお願いしたいんだ」

 

青葉さんの強み、それは低燃費と、訓練によって特化された精密射撃と索敵能力。特に後者である。

本来は一般的、むしろ新鋭の重巡洋艦には一歩劣る索敵能力であるが、青葉さんはそこを優先的に伸ばした。今ではどの重巡洋艦よりも優れた能力として機能している。

最近の作戦は索敵を優先するものがなかったため、あまり出番がなかった。事前調査が必要な場合は必ず駆り出されるとのこと。

 

「ガングート君とその他駆逐艦数名を連れて、()()をお願いするよ。危険と思ったらすぐに撤退すること」

「はぁい、司令官の方針は青葉一番わかってますからぁ」

「朝潮君、青葉君の()()にヒメ君と同行してほしい。あの子を担いで海域を渡るのは君が一番慣れているからね」

「了解しました」

 

私が呼び出された理由はヒメさんの曳航、もとい、運搬。現場に戻ることで何かわかることもあるかもしれない。

 

「では、準備をお願いするよ。ヒメ君にももう伝えてある」

「じゃあ青葉も準備しまーす。いつもの筆記具とノートと……」

 

おおよそ戦場に向かうには不要な準備を始めた青葉さん。本当に()()として出撃するようだ。

 

 

 

工廠に集まったメンバーは、あまり見ない組み合わせだった。

旗艦の青葉さん、北に向かうということで何かわかるかもしれないガングートさん、ヒメさん運搬役としての私の他に、燃費で選ばれた皐月さん、これもまた北ということで響さん、そして珍しくゴーヤさん。

青葉さんの出撃の際には、大体潜水艦が1人付くことになるらしい。その理由はすぐにわかることになる。

 

「アソコニモドルノカ?」

「はい。戦艦棲姫の居場所が少しでもわかるかと思って見に行くんです」

「ワカッタ。ワタシモアソコニカエレルヨウニ、キョウリョクスル。コウワンネエチャンモ、ソウシロッテイッテタ」

 

ヒメさんを以前と同じように抱きかかえて、出撃した。

 

今回の出撃はあくまでも調査。これで敵の拠点がわかれば御の字である。その調査の一環として、青葉さんはゴーヤさんと話しながら進んでいた。

青葉さんの本来の目的、それは北の海域調査だ。港湾棲姫とヒメさんが出現した海域はまだ調査不足。これを機に、調査済みの海域を増やすというのも目的だった。ゴーヤさんが部隊に入ったのは、青葉さんでは調査できない海底を確認するため。

 

「……久しぶりに来るという感覚だな……記憶が混濁する」

 

頭を押さえてガングートさんが呟く。北方水姫として港湾棲姫と関係を持っていたわけだから、やはりこの辺りで発生したようだ。艦娘となった時に抜け落ちた記憶の半分が、この海域に来てからは刺激されているらしい。

 

「大丈夫かい。同志ガングート」

「ああ、大丈夫だ、同志ヴェールヌイ。私は北方水姫ではない、ガングートだ」

 

部隊の中で、実際にあの海域に来ているのは私と皐月さん。進むにつれ、あの時の光景が見えてくる。海が少しずつ赤くなる。だが、敵影は今のところ見ていない。色以外は穏やかな海だ。

 

「ここら辺だったよね、戦艦棲姫と交戦したの」

「ですね。ヒメさんの陣地はそろそろですか?」

「コウワンネエチャンガウゴイタカラワカリヅライケド、ソロソロダゾ」

 

以前ならすでに岩礁帯などが見えてもおかしくないところまではきているが、陣地ごと鎮守府には移動してきたことにより、その辺りも全て消えている。海の色は陣地の名残だろうか。

 

「海域調査します。ここで一旦待機お願いしまぁす」

 

青葉さんとゴーヤさんがいろいろとやり始めた。私には何をやっているかもわからないが、これが今後重要になってくるのだろう。

司令官達が使っている海図は、すべて青葉さんが描いたものと聞いた時には驚いたものだ。元々ブン屋、新聞記者としての性質を強く持っていた青葉さんだが、海の真ん中の鎮守府では書くものも限られる。そこで目をつけたのが海図だそうだ。

青葉さんの海図は、近辺の小島から海底の地形まで丁寧に書き込まれている。出撃の時にはとても頼りになる代物。

 

「ふむふむ……ゴーヤさん、海底の方はどうですかぁ?」

「普通の海と同じでち。拠点があるならもっと遠いとこかも。もうちょっと潜ってくるね」

「お願いしまぁす」

 

私達は青葉さんとゴーヤさんの調査の護衛ということにもなるのだろう。私はヒメさんを抱きかかえているので大した戦力にはならないが、他の3人は普通に戦える。駆逐艦に足りない雷撃は、ガングートさんが賄っている。

 

「目視でも敵は見えないね。今は本当に引き払っちゃっただけなのかな」

「あちらもここまで来るのに遠征しているのかもしれませんね。ここよりももっと遠いところに拠点があるのならいいんですけど」

 

周りを見回しても、海が続いているだけだ。

だが、ヒメさんとガングートさんだけは一点をジッと見つめていた。

 

「……アサ、ナンカクル」

 

ヒメさんが何かに気付いた時、ガングートさんが即座に動き出した。

 

「青葉! 歯を食いしばれ!」

「えっ、ちょっ!?」

 

艤装の腕を使って青葉さんを掴み上げると、即座にそこから撤退。その直後、青葉さんが立っていた地点に何処からか飛んできた砲弾が降りかかった。

大きな水飛沫が立っている間に、私達にも指示。混乱の中で、爆音が言葉を掻き消していたが、すぐにここから撤退しろと、口の動きからわかった。

 

「アサ! アッチ! ()()()()()!」

 

ヒメさんが指差す方、私には何も見えなかった。艦娘の目視確認の外からの射撃。青葉さんの索敵範囲からも外れている。水飛沫の大きさから言って大口径。

 

「青葉、提督に連絡しろ! 黒の砲撃を受けた! あれは間違いなく戦艦棲姫だ!」

「りょ、了解です! その前に下ろしてくださぁい!」

 

突如撤退戦が始まった。

青葉さんの索敵から外れたのは、海底から現れたからだ。青葉さんは重巡洋艦故に、ソナーが装備できない。そのため、海上ならかなりの広範囲を索敵できるが、海中となると話が変わってしまう。さらにいえば、海中にいるゴーヤさんは索敵範囲がソナーほどではない。

この超アウトレンジの攻撃は想定外だった。海中から主砲の先端だけ出して撃ってきている。それでこの精度。

 

「青葉の索敵にもかかりました! 海中から大口径はズルいですぅ!」

「のたまってないでさっさと連絡しろぉ!」

 

撤退している間も、周りにいくつも着弾。ゴーヤさんは海中にいるおかげで被弾は無いが、私達には堪ったものではない。

 

「こちら青葉です! 黒の深海棲艦からの強襲! 撤退戦始めますぅ!」

「アサ! ダキカタカエロ! ワタシガダス!」

 

お姫様抱っこの状態では難しいと判断し、傍から抱える形に。これでヒメさんの両手が自由になる。ということは、

 

「スイキネエチャン! コッチ!」

「棲姫! 行けぇ!」

 

回避訓練の中で見せた、ヒメさんの全機発艦。今回は全てが実弾の、本当の攻撃。私の撤退するスピードの中、ヒメさんが攻撃していると、さながら私が空母になった気分だった。

ガングートさんが私の後ろまで下がると、ヒメさんの艦載機が一斉に砲撃の主へと飛んでいく。それを目くらましにして、一気に距離を離す作戦だ。

 

「テキ! イッパイ!」

「戦艦棲姫は!」

「イル! ソイツダケハヤイ!」

「あいつ低速じゃないのか!?」

 

青葉さんの連絡も終わっており、全力で逃げる状況の中、青葉さんからも絶望的な言葉。

 

「1体だけ極端に速いです! サイズも大きい!」

「ちっ、私が迎え撃つ!」

 

すぐに目視できるところまで来ていた。一度見たことのある戦艦棲姫の姿が目に入った。

相変わらずの巨大な自律型艤装。以前に見た大和さんや武蔵さんのものと同じようなサイズの主砲。それに抱きかかえられた黒い女。

 

「棲姫! お前は艦載機で雑魚どもを散らせ!」

「スイキネエチャンハ!」

「戦艦棲姫を止める! 青葉、同志ヴェールヌイ、援護しろ! このままだと確実に追いつかれる!」

 

追いつかれるのは確かだ。敵の方が格段に速い。私達は調査のために来ているから、速度はガングートさんに合わせた低速仕様だ。さらに、私はヒメさんを抱きかかえるために装備を少し下ろしている。

 

「こ、こちら青葉、逃げ切れないのでガングートさんが戦艦棲姫を迎え撃とうとしてますぅ! 実働隊を早くぅ!」

「いくぞ! 我に続けぇ! Ураааааааа!」

 

逃げ切れないと判断したガングートさんが急速旋回。響さんもそれに続く。青葉さんは少し出遅れたが、調査道具をしまい主砲を用意した。

 

「潜水艦はいないでち! ゴーヤはヒメちゃんの艦載機の方に行くよ!」

「任せた! 朝潮と皐月は棲姫を頼む!」

 

すでに間近まで戦艦棲姫が迫ってきていた。私でも目視できる範囲だ。だが、以前に見た戦艦棲姫と少し違う。外套を羽織っている。

 

「皐月さん、あの戦艦棲姫……」

「うん、ボクらが見たヤツと違う!」

 

以前の戦艦棲姫は古鷹さんと白露さんの2人がかりで無傷。こちらも傷は負わなかったが、撃退までしか行けなかった。

だが、今回は何かおかしい。戦艦棲姫から違うものを感じる。

 

「戦艦棲姫! いや、貴様、()だな!?」

「ヨクワカッテイルミタイネ……」

 

戦艦棲姫()。大幅なスペックアップが施された深海棲艦。深海棲艦にも改造の技術がある事も驚きだが、今はそんなことを言っていられない。

以前見た戦艦棲姫ではない。こちらが本来の敵。白の深海棲艦との共闘で倒すべき目標。

 

「分が悪いが仕方あるまい。最低限の迎撃はさせてもらうぞ!」

「ナンドデモ……シズメテ……アゲル……」

「沈むのは貴様だ! カカッテコイヨォ!」

 

実働隊がここに到着するまで、私達は撤退しながら粘らなくてはいけない。少なくとも現状は3対1。他の深海棲艦はヒメさんが食い止めてくれている。

それでも心許なかった。何よりあの巨大な艤装が危険すぎる。ガングートさんは自らの艤装で打ち合えているが、私達はあの攻撃を受けたら大破は免れない。

 

「本体も守られて……!」

 

接近戦のサポートは天龍さんで慣れているはずの響さんでも、なかなか2人の戦いに入れないでいる。本体を攻撃したくとも、艤装が巨大で即座にガードする。さらにはその肩の部分に備え付けられた主砲が定期的にこちらを狙ってくるのが厄介だ。

私と皐月さんは避けることしかできない。特に私はヒメさんに負担のかからないように慎重に行動する必要がある。

 

「とりあえず、あの主砲を止めますね」

 

簡単に言う青葉さんだが、本体は狙えない。

 

「どうやってだい。私の攻撃もすぐにガードされるんだが」

「簡単ですよ。()()()()()()()()()()

 

主砲がこちらに向いた瞬間、敵の砲撃よりも先に青葉さんの攻撃が砲の中へと導かれるように撃ち込まれた。行き場を無くした砲弾が砲内部で爆発。自律型艤装の砲を吹き飛ばす。

異常な程の精密射撃。おいそれと真似できるものではない。足りない火力を補うために磨き続けた、青葉さんの技術の賜物だ。

 

「いいぞ青葉! Ура!」

「ヤルジャナイ……」

 

ガングートさんの攻撃が一層激しくなる。が、主砲を破壊された戦艦棲姫改は何食わぬ顔でその攻撃をヒラリヒラリと躱していく。躱せなくても、自律型艤装が攻撃をガードする。

あの自律型艤装、それそのものがガングートさんより強い。膂力もさる事ながら、耐久力が桁違いだった。主砲が破壊されても、そこが少し焦げただけ。それ以上のダメージが見当たらない。白兵戦では分が悪い。

 

「うー……一度やるとすごく警戒されるのが玉に瑕ですぅ」

「他に狙えるところは……」

「あの艤装、弱点が見えないんですよぉ!」

 

ついには主砲攻撃までサポートの2人を無視してガングートさんに集中し始めた。響さんと青葉さんの攻撃は装甲に弾かれ、白兵戦も徐々に消耗。主砲を避けながら攻撃していては、威力が足りずに簡単にいなされる。

 

「ツカマエタ……♪」

 

その一瞬の隙を突かれたのだろう。自律型艤装の腕が、ガングートさんを掴んでしまった。今のままではサポートの2人の攻撃がガングートさんに当たってしまう。

 

「シズミナサイ……」

 

主砲がガングートさんの頭に向いた。だが、今は一番密着できている状態。最大の隙。

 

「Ураааааааа!」

 

ガングートさんには、本来あり得ない隠し球があった。魚雷だ。掴まれた状態で発射すれば、お互いに大破するほどのダメージになる。

流石の戦艦棲姫改もこればかりはまずいかと思ったようで、魚雷が発射されそうなタイミングでガングートさんを遠くに投げ飛ばした。それも、狙ったかのように私の方へ。

 

「アサ! ニゲロ!」

「わかってます! ヒメさんも艦載機を止めないで!」

 

艤装のせいもあってかガングートさんは大きい。最大戦速でも紙一重だった。なんとかヒメさんの維持もできている。

だが、避けた先は戦艦棲姫改の射線上。おそらく、最初から狙いはヒメさんだ。私ごと葬ってしまえば、邪魔な白の深海棲艦が減る上に、鎮守府の戦力も1人減る。

 

「まずい……!」

 

ギリギリまで加速し、射線から脱出を試みる。が、間に合いそうにない。せめて、ヒメさんだけでも。戦艦棲姫改に背中を向け、ヒメさんに覆い被さる。

 

主砲の轟音を聞いた時、私の意識が途絶えた。




戦艦棲姫は低速だけど、戦艦棲姫改は高速。マント羽織ったら速くなるとかインチキかと思いました。


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敗戦の傷

気付いた時、私、朝潮は入渠ドックの中だった。艦娘なら呼吸できる特殊な水、高速修復材に浸けられ、全身を修復していたらしい。

あの時、戦艦棲姫改の攻撃を受けた時、私がどれだけの損傷を負ったのかはわからない。だが、こうして入渠しているということは、間一髪のところで一命を取り留めたのだろう。

 

「ん……」

 

身体は正常に動く。こういう時は艦娘という身体がありがたい。普通の人間なら怪我を負ったら治療に長い時間がかかるが、艦娘は高速修復材の力ですぐに治る。それでも消耗した体力や、疲弊した精神の回復には時間はかかった。私の場合は一晩くらいだろうか。

 

「朝潮君、大丈夫かい?」

 

目を開けると目の前に司令官がいた。私が目を覚ましたことを安堵している顔。それと、私が大破したことに申し訳なさを感じている顔。

大破は敵の強さ、それと私の弱さが招いた結果だ。もっと強ければ、もっと上手く立ち回れたと思う。

 

「はい、修復……完了しました」

「よかった……本当に危なかったんだ」

 

ドックから出た私を強く抱きしめる。だが、たった今まで入渠していた私は、服も脱がされている。全裸だ。司令官も男性、女の私としては恥ずかしい。

 

「あ、あの……司令官、私……裸なので……」

「っと、すまない。目を覚ましてくれたことが本当に嬉しいんだ。このまま目を開けなかったらどうなるかと」

 

司令官は私が治るのをこの場でずっと待っていたらしい。出撃は昼で、今は外の明るさ的に朝。やはり一晩眠っていた。司令官は一晩中、寝ずに私を待っていた。

 

「さぁ、服を着て。君に状況を説明する」

「了解しました」

 

明石さんが用意してくれていた制服に腕を通す。普通に立ち上がれたし、歩くこともできた。それでも体力が落ちているのは感じる。

 

工廠の隅、雑務用のスペースに入ると、霞とヒメさんが抱きついてきた。よかった、ヒメさんは無事だったみたいだ。身を挺した甲斐がある。

 

「アサ、アサ、ダイジョウブカ!?」

「はい、すっかり元通りです。どうなっていたかは知りませんが」

「よかった……あまり無茶しないで」

 

ヒメさんも霞も離してくれなくなってしまった。心配してくれるのはすごく嬉しいが、司令官から話を聞かなくてはいけないので、同行という形で一緒にいてもらうことにした。司令官も快く許可してくれる。

 

目を覚ましたという連絡を受けた大淀さんも交えてあの時の戦況を詳しく教えてもらう。

戦果としては敗北。実働隊が到着した時には、私が大破で気を失い、ガングートさんが中破、響さんと青葉さんが小破。それに対し、戦艦棲姫改は主砲破損程度の無傷という散々な状態だったという。

実働隊の山城さんと天龍さんが戦艦棲姫改を撤退させたらしいが、接近戦はかなり危険であるというのがガングートさんで証明されている。

 

「君の損害状況は深刻だった。右腕破損と機関部損傷。脚部艤装が残っていたおかげで轟沈は防げた」

「アサノオカゲデ、ワタシモダイジョウブダッタ……」

 

今でこそ五体満足だが、大破した私には()()()()()()()らしい。

あの時の主砲の一撃。まともに当たったと思っていたが、すんでのところで青葉さんの攻撃で主砲の向きがわずかに変わっていたそうだ。さすがのピンポイント射撃。そのおかげで、身体に当たらず右腕だけが持っていかれた。

 

「発見された時、朝潮君はヒメ君だけを何とか支えていた状態だったらしい。気を失い、右腕も失い、左腕だけでね」

「血まみれでヒメが戻ってきたときは卒倒しそうになったわ……」

「君をここまで運んだのは山城君だよ。ヒメ君と一緒に担いできた」

 

後からお礼を言っておかなくては。

 

「青葉さんの海域調査の内容も照らし合わせると、本作戦の標的、戦艦棲姫改の拠点はあの場所よりも離れた場所、かつ海底です」

「こちらから攻めることはできないということだね。あれだけの損害だ、潜水艦の子達を出すのも危険と判断した」

 

あの時、青葉さんは確か『海中から大口径』と言った。索敵に引っかかったのが主砲の先端だけということ。あの巨大な自律型艤装も、本体の女も、潜水艦のように海中から現れたということだ。ゴーヤさんには何事も無かったようだが、海上艦も海底から現れるとなると、潜水艦は分が悪い。

 

「海域調査は一旦中止。今後は、迎撃の準備に取り掛かる」

 

それは仕方ないことかもしれない。割と遠くまで行った海域調査ではあるが、その海域から一番近いのは私達の鎮守府。本格的に陸への侵攻を始めた場合、最初に迎撃をすることになるのは私達だ。調査より、迎撃のための準備を始めた方がいい。

 

「そこでなんだが、朝潮君、体調は本当に悪くないかね?」

「今のところは何もありません」

「少し気になることがあってね。確かめたいことがある。少し外へ」

 

雑務スペースで話をしていた理由は、工廠の何かに用があるからだろう。そこから出ると、そこには清霜さんが艤装装備状態で待っていた。

 

「司令官、これでいいの?」

「ああ、ありがとう清霜君。朝潮君、清霜君の主砲、()()()()()()()()()()?」

 

清霜さんが装備しているのは46cm三連装砲。あの戦艦棲姫改の自律型艤装が装備していたものとほぼ同じ口径。()()()()()()()()()()()()()()

目に入った瞬間、あの時の情景がフラッシュバックしてきた。いつぞやのトラウマとは比べ物にならないショック。

 

「っ……あ、ああ……うぷ……」

「明石君、バケツを」

「はいはい、朝潮、吐くならここにね」

 

ダメだった。大口径の主砲を見ただけで吐いてしまった。死を覚悟した瞬間を思い出してしまった。

 

「ね、姉さん、大丈夫!?」

「アサ! ダイジョウブカ!?」

「はぁ……はぁ……もう……大丈夫……」

 

大破は私の心に深刻な傷を付けてしまっていた。今のままでは戦場に出ることもままならないだろう。心にも欠陥(バグ)を抱えてしまったような感覚だった。

 

「朝潮君、今は休養を命じる。また後日、今後のことを考えよう」

「はい……」

「大丈夫。私は君のことを大切に思っている。君のやりたい事をやれるように、私は全力で支援するよ」

 

今は何も考えられなかった。

 

 

 

その日はずっと自室にいた。食事も喉を通らなかった。

戦場に出るのが怖い。緊張を通り越して、恐怖になっていた。思い出すだけで手が震えている。

起きたばかりの時はそんなことなかったのに、清霜さんの主砲を見た途端だった。戦闘に関するもの全てが、今は恐怖の対象だった。

 

「姉さん、入るわよ」

 

度々、霞が訪ねてきてくれた。その時は笑顔で出迎えることができただろうか。それもわからない。今はとにかく気分が優れなかった。

霞は何も言わず側に居てくれた。話も戦闘に関係ないことだけをしてくれた。気遣いが手に取るようにわかる分、申し訳ない気分でいっぱいだった。

 

「霞……教えてほしいことがあるの」

「何?」

「あの後……他の人はどうしたの? ガングートさんは? 青葉さんは? お願い、教えて」

 

霞の顔が少し澱んだが、他ならぬ私のお願いだからと、少しずつ教えてくれた。震える私の手を握ってくれた。あの時と、霞と初めて会った時と、立場が逆になってしまった。

 

まずガングートさん。怪我を治した後は山城さんとの筋トレがさらに捗っているそうだ。次は負けないと、敗北を力に変えている。

 

「すごいわよあの人。怪我が治ったばっかりだってのに、ついに山城さんから一本取ったわ」

「負けてばかりだったのに……さすがガングートさんね」

 

次に小破していた響さんと青葉さん。

響さんは何事もなく他の任務にあたっている。元々顔に出さない人だが、卒なくこなせるというのは凄いことだと思う。後に引かない才能とでもいうべきか。

青葉さんは海域調査が途中で止まったことが一番悔しいらしい。今は調査できている限りの海図を書いているところだそうだ。あの海域にもう一度行くかどうかはわからないが、無いよりはマシだ。

 

「港湾棲姫も驚いていたわ。青葉さんの海図、完璧なんだって」

「深海棲艦からのお墨付きなのね」

 

ゴーヤさんは敗北を全く気にしていない。隠密行動故に私達よりも死と隣り合わせである潜水艦は、生きているだけで勝利と考えているらしい。

 

「潜水艦は駆逐艦と軽巡洋艦の攻撃を集中されるもの。任務は私達より命がけなのよね」

「海域調査とはいえ、今回みたいなことがあったら……ね」

 

最後に皐月さんのこと。これだけは霞が少し言うのを躊躇った。私が知る限りでは無傷だった。海域調査では非戦闘員。今回は艦載機も無かったため、何もできない状態だった。

 

「皐月がね……一番気に病んでたのよ」

「皐月さんが?」

「……初めて欠陥(バグ)を持ってることが嫌になったって」

 

欠陥(バグ)が無ければあの時攻撃できていた。攻撃できれば他の人の損傷が少しは減っていたかもしれない。そう考えてしまったのだろう。私もそれは考えないようにしていたことだ。私の大破がキッカケで、一番出てきてはいけない感情が出てきてしまったのだ。責任を感じてしまう。

 

「でさ……司令官に頼んで……白兵戦を覚えるって聞かなくなったの。せっかく刀を持ったからって」

「駆逐艦が白兵戦って……司令官がそれは許さないでしょ」

「押し切ったのよ。皐月が、無理矢理」

 

それはダメだ。皐月さんは小柄な人だ。白兵戦なんてしたら今以上に危険になる。司令官が押し切られるということは、余程の覚悟を持って頼み込んだということだ。

これで皐月さんが大破でもしようものなら、私の心は再起不能になりかねない。私のせいで皐月さんの道を踏み外させた事になってしまう。

 

「皐月さんは今どこに」

「白兵戦の訓練よ……ジムね」

「皐月さんと話さないと……」

 

少しフラついたが、霞の手を離して部屋から出た。霞に引き止められなかったということは、霞も何か思うことがあるのだろう。

 

 

 

ジムの前まで来た。白兵戦の訓練、つまり戦闘に関することが行われているということ。恐怖心が込み上がっている。足がすくむ。でも、入らなくてはいけない。

 

「皐月さん……いますか」

 

途中で脚がもつれかけたが、霞に支えてもらって何とかジムに入る。確かにそこには皐月さんが。初日だからか、天龍さんに刀の使い方を教えてもらっていた。本当にやる気だ。

 

「朝潮、大丈夫? いろいろ聞いたけど、今は休息期間なんでしょ?」

「そうですけど……霞に聞きました。白兵戦の訓練もするって」

「そうだよ。攻撃できないのはもう嫌なんだ。ボクも戦わないと、誰も守れないからね」

 

固い意思をその目に感じた。司令官もそれを感じ取ってしまったのだろう。天龍さんが教えているくらいだ。後戻りすることはないように見える。

 

「朝潮、皐月の気持ちを汲み取ってやっちゃくれねぇか。こいつは自分の意思でこれを選んだんだ。強制は一切していない」

 

天龍さんにそう言われると、返す言葉もない。だが、やはり危険すぎる。

 

「なんで……」

「なんでって、そりゃあね。昨日の戦闘、ボクだけ何もしてなかったわけだしさ。何もできないで他の艦娘が傷付くのは見たくないよ。だから、戦えるようになろうって思ったわけ」

 

軽く言うが、重い。

 

「朝潮もわかるでしょ。ああなるとボクらは本当に何もできないんだよ。対空も必要なくて、索敵も必要なくて。目の前の敵から攻撃を受けないように逃げ回るだけ。サポートすらできない」

 

皐月さんの言葉は、同じく欠陥(バグ)を持つ私にも重くのしかかる。

あの時こそヒメさんの運搬という重要な役割を与えられていた私だが、もし立場が逆なら、何もできずに大破する皐月さんを見ているしか無かったんだと思う。いや、皐月さんなら私よりもうまくできていたかもしれない。

そうなっていたら私は……私はどうしていただろう。今の私と同じように、皐月さんが戦闘に恐怖するようになったら、何を考えていただろう。

 

「だから、ボクはこの道を選んだの。せっかく武器も手に入ったわけだし。こればっかりはボクの改二改装がこの形で助かったよ。武器が無かったら本当に格闘だからね」

「お前のその刀、戦うために作られてないんだけどな」

「天龍さん、しぃーっ! そういうの言っちゃダメ!」

 

おそらく同じように攻撃方法を模索していただろう。高角砲で攻撃する方法や、海上艦に爆雷を投射すること。同じように白兵戦の道を選んでいたかもしれない。やれることで戦闘に必ず貢献する。誰から反対されても押し通すだろう。

 

「そうですか……なら私は止められません。立場が逆なら、私も同じことをしてます」

「でしょ? 朝潮なら納得してくれると思った」

 

やめさせるつもりでここに来た。だが、納得してしまった。

 

「やっぱりやらなきゃよかったなんて絶対に言わせませんから。私もそうさせたキッカケみたいなものですよね」

「……まぁ……ね。朝潮が大破しても、ボクは見てるだけしか出来なかったのがさ……すごく悔しかったんだよ」

 

それに、私がキッカケと言われてしまうと、言い返すことが出来なくなってしまう。そんな権利が私にはない。

 

「あ、でも朝潮も白兵戦やるって言い出したら、ボクは全力で止めるから。武器持ってから出直してこいって」

「言われずとも、私は弁えてますよ。皐月さんほど強くないですから。身体も心も」

「ごめん、身体はボクが負けてる。筋トレの量が違う」

 

だが、私はどういう道に行けば貢献できるだろう。

皐月さんのいう通り、私達は戦場で棒立ちになる可能性がある艦娘だ。私より酷い欠陥(バグ)の霞は、雷撃があるので攻撃には参加できる。だが、攻撃手段が一切ない私にはそういうことも無理。

だったら、私は皆を守るために何ができる。攻撃できない私が、何ができる。

 

「まーた悩み始めたな朝潮。なら、オレが一つだけ思ったこと言ってやる」

「天龍さん?」

「攻撃することが必ず皆に貢献することだと思ってんのか?」

 

天龍さんは私が目指すべき新しい道が見えているみたいだった。

今までは私の立ち位置は皐月さんと全く同じだった。欠陥(バグ)も同じ、できることも同じ。違うのは練度だけ。

だが皐月さんはそこから、攻撃をするために違う道を歩み始めた。武器を得たことで違う道が見えたということだ。

ならば私は……

 

「あ」

 

簡単なことじゃないか。()()()()()()()()()()()()。全員が戦いやすい戦場を私が作ればいい。それに攻撃は要らない。いや、攻撃する余裕なんて無いだろう。戦況を全て見なくてはいけない。

 

「見えた……私の先」

「戦場が怖いか?」

「あれ……震えない……気持ち悪くないです」

 

覚悟が決まったからか、さっきまでの恐怖感が無くなっていた。吹っ切れたというよりは、怖がる余裕が無くなったというのもある。

 

「さすが霞だぜ。朝潮のことよく見てんなぁ」

「天龍さん、黙って」

「皐月のこれ見せて、ちょいと助言すりゃあトラウマ克服できるって言ったのは霞だ」

「天龍さん、黙って」

 

見透かされていた。思ったより私は単純な艦娘なようだ。だが、助かった。

正直このトラウマは克服にもっと時間がかかるかと思っていた。我ながら弱気な考え方だ。たった1日で元に戻れるなんて思ってもいなかった。

 

「ありがとう霞」

「姉さんにいじけられたら私も気分が悪いだけよ」

 

そういうことにしておいてあげよう。でも本当に助かった。すぐにでも司令官に話さなくては。

 

敗戦の傷は霞のおかげで癒え、敗戦の前よりむしろ活力が湧いているよつに思えた。改二になって、違う道が見えたのは大きい。




トラウマが1日で克服できたら苦労しないと思いますが、朝潮は強い子なので。駆逐艦の中では誰よりも芯が強そう。真面目だし。


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次の道へ

皐月さんが新しい道を決めたことで、私、朝潮も別の道が見つかった。居ても立っても居られず、霞に肩を貸してもらいつつ司令官にそれを話しに行った。

司令官は快く同意してくれた。だが、身体を休めるのが急務だとも言われた。せめて今の体調不良を終わらせ、霞の手を煩わせることなく歩けるまでは回復しなくては。

 

「姉さんが本調子になるまで、あと1日はかかるでしょ。ゆっくり休みなさいな」

「ええ、そうさせてもらうわ。丸一日の入渠でこんなに体調が崩れるなんて」

「それ以外にもあるでしょ。吹っ切れてもらえてよかったけど」

 

トラウマによる体調不良は想定外だった。今でこそ大分持ち直したが、それでもまだフラフラする。昼食を摂っていないというのも、それに輪をかけているだろう。

だが、霞のおかげでトラウマは克服できた。戦場のことを考えても震えてこないし、余計に体調が悪くなることもない。

 

「霞、本当にありがとう。もう艦娘としての役割が無くなってしまったかと思ったわ」

「……私は姉さんと戦いたいもの」

 

他に誰もいないと素直に話をしてくれる。

 

「夕食は当番にお願いしてお粥でも作ってもらうわ。少なくとも今日は部屋にいること。いいわね」

「わかったわ。ありがとう、霞」

「病み上がりだもの。今日くらいは私を頼りなさいな」

 

お言葉に甘えて、今日は霞にいろいろやってもらおう。

 

 

 

翌日。完全にとは言わないが体調は大分戻った。試しに清霜さんの主砲を見せてもらったが、吐き気も何もない。トラウマはほぼ克服したと言ってもよかった。清霜さんも喜んでくれている。

 

「見られて吐かれたらあたしもちょっとショックだよ」

「その節は本当にごめんなさい。もう大丈夫です」

「よかったよかった。一緒に出撃できるしね」

 

と、ここでふと思い立った事があるので、清霜さんに聞いてみよう。

 

「清霜さん、戦闘中にいると嬉しいサポートって何ですか?」

「そうだねぇ……あたしって主砲がおっきいからさ、自分の真正面しか見えないこともあるんだよね。だから、敵のいる位置がずっとわかると嬉しいかなぁ」

 

なるほど、敵の位置。いち早く場所がわかったり、どこから攻撃してくるかがわかれば、一人でも戦略は立てられる。

 

「誰だって真後ろは見えないだろうけど、あたし特に見えないからね」

「わかりました。ありがとうございます」

 

その後、いろんな人に聞いて回った。徹底的に補助に回るとなると、この鎮守府にいる全員の要望を知った方がいいだろう。

 

一番多かったのが、清霜さんと同じで、敵の位置が全部わかっていると戦闘が楽ということだった。誰しも攻撃するときはその方向しか見ない。後ろに目が欲しいという人ばかりだ。

 

「特に私達はどうやっても1人に集中するもの。何、朝潮が私の背中の目になってくれるの?」

「はい。そのつもりで考えています。そうなれるように訓練をしていきたいと」

 

山城さんですら同じことを言った。どれだけ鍛えても戦闘に集中してしまうと背後からの攻撃は疎かになってしまう。元帥閣下の護衛艦隊の方々と演習した時も、武蔵さんに専念して他を任せるという戦法を取っていた。

 

「皐月とは違う道を選んだわけね」

「そうなりますね。今までは同じ役割だった皐月さんとは、ここで袂を分かちます。あ、筋トレは続けますよ」

「そう、ならこの鎮守府唯一の存在になるわね」

 

配属人数だけならかなり少ないこの鎮守府だが、何だかんだ役割は重複する。私のできる対空担当なら皐月さんもいるし吹雪さんもいる。対潜担当なら潮さんがトップだ。

 

「唯一、ですか」

「海上艦に対する完全な補助艦娘はアンタしかいないわ。皐月が攻撃を覚え始めたことでね」

 

そういえば、と納得する。私は潜水艦相手なら攻撃できるが、駆逐艦以上が相手となると、1体でも逃げるしかない。絶対に単独行動ができない艦娘だ。普通の艦隊なら、足手まとい以外の何者でもないだろう。

だが、私が他の艦娘のスペックを上げることができればどうだ。残り5人でも6人以上のスペックになる補助ができれば、私の役割としては充分すぎるのではないか。

 

「朝潮、戦況把握を今以上にできるようになりなさい。貴女がやられたら終わりだと、私達に思わせるくらいになるべきよ」

「そうですね、全員が私に頼るくらいに」

「大きな口が叩けるくらいまで回復したのなら良かったわ。さぁ、筋トレよ」

「私休息日なんですけど……」

 

今後の私の方針は完全に決まった。対空も対潜も大事だが、今一番必要なのは索敵能力だ。戦場が全て見られるほど視野を拡げ、仲間の向いている方向も確認しながらの戦い。今まで以上に神経を使うようになるだろう。

 

 

 

 

「そこで青葉を頼りに来たんですねぇ。朝潮さん、いいところに目を付けました!」

 

海図を書き終わった青葉さんに丁度出会えた。索敵といえば青葉さん。話を聞くには一番いい。

 

「索敵能力の訓練は海を使わなくていいのでいつでもできます。むしろ常にできます。でも、最初のうちは頭が痛くなるかもしれませんねぇ」

「頭がですか?」

「お風呂と寝るとき以外、常に艤装を装備していたんですよ。電探はフルで動かして」

 

鎮守府内で索敵を行い、全員の位置を把握し続ける。さらに、その反応が誰のものかを意識しながら動けるようになればさらにいい。だが、常に電探を動かし、情報を得続けるということは、頭の中に情報が錯綜するということだ。身体以上に頭が疲れる。

それくらいやらないと、青葉さん並の索敵能力は身につかないということだ。私がなりたいのはそのレベル。索敵しながらの対空訓練も必要。電探とソナーの同時使用も必要だ。青葉さんに唯一できない、海中の索敵まで私はやりたい。

 

「そしたら青葉の助手をやってほしいですねぇ」

「海図の作成のですか?」

「はい♪ 潜水艦の子に毎回頼むのも忍びないと思っていたんですよぉ。駆逐艦の子ならついてきてもらいやすいですしぃ」

 

索敵訓練の集大成は、海図作成のお手伝いだろう。自分を中心とした範囲全ての索敵で、地形の確認をする。さらにはソナーを使うことで海底までの形も把握できる。

 

「わかりました。ある程度の訓練ができたら、お手伝いしましょう」

「助かりますぅ。なら、司令官にも話をして、専用の電探を明石さんに作ってもらいましょう」

 

機関部艤装も装備したままとなると、生活に支障が出かねない。幸い、朝潮型の機関部艤装は比較的小さめなので、生活は何とかなるだろう。

 

青葉さんも一緒に司令官に頼むと、すぐに許可を出してくれた。簡単かつ他の訓練と併用できるということで、司令官の不安もないとのこと。だが、最初は慣れるのに時間がかかるから気をつけろとも付け加えられた。

 

 

 

さらに翌日。私専用の電探が完成したと明石さんから連絡が入る。さすが明石さん、仕事が早い。朝食後、司令官と一緒に工廠で装備することに。

 

「うん、会心の出来ですね! とても()()()ものが出来ました!」

「うむ、よく似合っている」

 

私専用の電探というのは、眼鏡の形状をしていた。さらに、青葉さんのときの反省点を踏まえ、機関部を装備せずとも機能するという優れものだ。機関部を常に装備というのは、私のような小さな艤装だったとしても椅子に座るのも難しくなる。青葉さんはそれで苦労していたようだ。

その代わり、私の頭の上には電探の装備妖精さんが待機する状態に。おかげで、お風呂や寝るときに工廠に行かなくても眼鏡を外すことができる。

 

「娘の目が悪くなったことというのは、私はどう受け止めるのがいいのだろうか」

「伊達眼鏡ですから。ファッションの一環ですよ提督」

「むぅ、そういったものには疎くてね」

 

当然私は目が悪くない。なのでこれもファッション、伊達眼鏡である。だがこれも電探のため装備の一つ。私専用なので私にしか装備できず、他の人には持ち上げることすらできない。

 

「この子は常に頭の上ですか?」

「近い位置にいないといけないから、そこが一番かな。なんか乗りづらそうだけど」

「あ、そうだ。ならこれでどうでしょう」

 

髪を結んでポニーテールに。これなら妖精さんも足場が出来て乗りやすいだろう。妖精さんも椅子のように座れるようになりご満悦なようだ。

 

「朝潮君、気分が悪くなったらすぐに言うんだよ。情報が錯綜してかなり混乱するそうだからね」

「了解しました。貴女もよろしくお願いしますね」

 

頭の上の妖精さんの頭を撫でる。鏡越しに親指を立てているのが見えた。

 

「では、電探、起動します」

 

眼鏡が少し光った気がした。その瞬間、私の頭に今いる工廠と同じ階の部屋の形と人の位置が流れ込んできた。さらには近海の様子まで。

いつも使っている対空電探は、電磁波により艦載機がどこにあるかを知る程度だが、これはかなり性能が高い。電磁探知機なのに壁を突き抜けて位置がわかるあたり、妖精さんの謎の技術が改めて恐ろしく感じる。

身近にある2つの反応は司令官と明石さんであるのは確実だ。

 

「あ、なるほど……これを一日中ですか。頭が痛くなりそうですね」

 

この情報を常に頭に流したまま、目で見た情報も考えないといけない。あ、誰か一人こちらに歩いてくる。

 

「雷撃訓練の前に姉さんの新装備っての見に来たわ」

 

今の反応は霞だったようだ。反応からどれが誰だかわからないのはなかなか怖いものがある。あくまでもわかるのは室内がどうなっているか、そして人がどこにいるかの2つ。青葉さんはこの反応を使って島や波の高さを調査するわけだ。敵がいなければ人の反応はないわけだが。

 

「姉さんが……ポニーテールで……眼鏡……」

「眼鏡が私専用の電探なの。霞が来たのもわかったわ」

「この情報が常に頭に流れ続けるんだ。休めるときには休むこと。朝潮君は今日までは休暇だからね」

 

霞が思考停止しているようだが、私は滝のような情報の流れで割と余裕が無かった。思考があちこちに向いてしまう。全てを同時に考える必要がある。これは相当辛い。

 

「一日中が辛いなら、30分とかから徐々に伸ばしていくとかでもいい。こういうことは青葉君の方が詳しいだろう」

「了解しました。私はこれで、皆のサポート役になりますから」

「君の覚悟もよくわかったよ。だが、絶対に無理しないでほしい」

 

この訓練は負担が大きい。今実感している。少し頭痛がし始めた。だがこれくらいしなくては私のなりたい私にはなれないのだ。

 

「はっ、少し気を失っていたわ。姉さんが異常に可愛いイメチェンをしている夢を……」

「イメチェンと言われればそうかもしれないけど」

 

霞が私の姿を凝視した。顔が緩んだり冷静になろうとしたりと忙しい。悪い気分ではないが、霞のキャラがどんどん壊れている気がして、それが司令官や明石さんに知られているのが気の毒になってきた。

 

「……この電探の形を決めたのは誰?」

「私だよ。ほら、女の子だし似合うのにしたいでしょ?」

「明石さん……ありがとう。本当にありがとう」

 

なんかすごく感謝してる。まだ私の見たことがない霞だった。

 

「朝潮君、霞君は実はこういう子なのかい」

「私の前では結構。人前でここまでのものを見せるのは、多分司令官と明石さんが初めてかと」

「皐月君がお姉ちゃんっ子だとは言っていたが、ここまでなんだねぇ。クールな子だと思っていたが、なかなか歳相応なところもあるじゃないか」

 

後日ショックを受けるだろうけど、その時は私が慰めてあげよう。




朝潮の装備する超高性能電探は、妖精さんの技術の粋を集めた謎の装備。海上なら遮蔽物ないけど、岩礁の裏すらわかる電探。


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違う世界

新たな装備で索敵能力の増強に力を入れ始めた私、朝潮。それにより少しイメージチェンジすることになった。眼鏡型の電探を装備し、頭に妖精さんを乗せるために髪を結びポニーテールに。心機一転という感じがする。

 

「おー! 朝潮すごい変わったね!」

 

謎の技術を使う専用装備ということで、数時間使った時点で一旦装備のメンテナンスしていた。その終わりがけ、再装備した辺りで同じように専用装備をメンテナンスに来た皐月さんと話をしていた。

皐月さんもこの僅か数日で装備が変わっていた。腰にぶら下げていた戦うために作られていないという白鞘の日本刀が、戦うための刀に作り直されている。

 

「皐月さんも、刀が変わってますね。どうですか、白兵戦は」

「うん、すっごく大変。天龍さん、対空の時よりスパルタだよ。その上、山城さんの筋トレ指導が激しすぎて」

 

白兵戦とはそういうものなのだから仕方ない。私達小柄な駆逐艦はただでさえ腕力が足りないのだ。その刀で深海棲艦を斬るためには、筋肉を付けないとどうにもならないだろう。

 

「ふふ、自分で選んだ道なんですから、頑張りましょう。お互いに」

「朝潮は何か大変なの?」

「今、これの効果で同じ階の人の位置が全部わかってる状態です。それが誰かはわかりませんけど」

 

眼鏡を指差す。頭が痛くなるほどの場所の情報が、常に私の頭の中にある状態。情報が多すぎて、気をぬくと目の前の皐月さんですらどれだかわからなくなる。むしろ目を瞑ってもこの情報だけは随時流れ込んできている。眼鏡である意味がないほどだ。

そもそも室内の人の反応がわかるというのはどういう仕組みなんだろうか。電探の粋を超えている。つくづく妖精さんの技術が怖い。

 

「すごいですよ。情報だけ追うと目を開いてるのに目の前が認識できなくなったり。目を頼ると情報がわからなくなったり」

「それ、ボクより大変じゃない……?」

「身体は使いませんから。私は頭の訓練なので」

 

手に入れてまだ数時間しか経っていないが、別世界に来たような感覚だった。慣れてもいない状態なので、とにかく頭が痛い。少しやったらやめ、休まったらまた起動させの繰り返しだ。正直、30分ももたなかった。今はこの情報の流れに慣れるところからだろう。

 

「あともう一つ弊害が」

「何か問題が?」

「私の姿を見るたび霞が惚けます」

 

今でも部屋の陰にいるのはわかっている。皐月さんがいる手前、この場に来るのを躊躇っているのだろう。霞もわかっていると思うが、今の私には場所まで筒抜け。一定間隔で留まっていれば、それが霞であることくらい私でもわかる。

 

「霞ー、いるのはわかってますよー」

「ね、姉さん、わざわざ言わなくても!」

「最近シスコン隠さなくなってきたよね霞」

 

頭痛が酷くなってきたので電探を切る。今まで流れ込んできた情報が消え、視界がクリアになった気もした。頭痛もすぐに消え、平時となんら変わらぬ状態に。今回の起動時間は10分。まだまだ足りない。

 

「必要な時だけ起動するじゃダメなの?」

「ダメですね。常時全てを把握できるくらいまでにならないと、皆さんの『背中の目』にはなれません」

「姉さんそれが目的だったの?」

 

緩んだ顔が正せたのか、ようやく工廠に入ってきた。

私の目標は全員の『背中の目』である。これは索敵能力トップの青葉さんですらやっていない尖ったサポートの形。攻撃が出来ないからこそ、私の戦場での役割だ。

対空対潜をやりながらの全域監視は、そうそう身につくものではないだろう。それでも、私が納得できる戦場の居場所はそこだ。

 

「攻撃できない私がどうやって艦隊に貢献するか考えた結果がこれです。皐月さんのように武器を持っていないんですから」

 

誰もが円滑に行動できるように、私が全てを把握する。戦場の中心で、全員に指示を送れるような艦娘になりたい。

 

「私だって、戦闘中に何もできないのは嫌なんですよ。皐月さんなら、わかりますよね?」

「この前言ったことそのまま言われちゃうとなぁ。ボクも納得せざるを得ないね」

 

刀を撫でながら苦笑する皐月さん。

お互いに別々の道を見つけたのだ。それに向かって歩くことを否定することはできない。

 

 

 

メンテナンスを終えた後、霞を連れて今日最後の訓練をやっているであろう海沿いを歩く。この時間なら主砲訓練の最中のはずだ。戦場の情報を確認するためにはうってつけである。

 

「電探起動……っ……情報が多い……」

「今日初めてなんでしょ? あまり無理しちゃダメよ」

 

今日の主砲訓練は、前に見させてもらったのと同じで、白露さんと深雪さん。先生は古鷹さん。電探でその3人と的の位置の情報が流れ込んでくる。追加で隣にいる霞の反応、あと後ろから駆け寄ってくる1人。その後ろに保護者的なスピードの1人。すぐに判断できたのはここまで。

 

「アサ、メガネ!」

「はい、新装備です」

「カワイイ! アサ、ニアッテル!」

 

駆け寄ってきたのはヒメさん。保護者は港湾棲姫。今は通称”ミナト”さんで通している。そのまま名前を出すのはやはり憚られるということで、司令官とガングートさんが決めた。

 

「……デンタンカ。コウセイノウ……ダナ」

「見ただけでわかるのね。さすが姫級というところかしら」

「シュウセキチノモノニ……チカイカラナ……」

 

眼鏡をかけた深海棲艦、集積地棲姫のそれも、今の私と同じような電探仕様のものだそうだ。自分の陣地を守るために、周囲を常に警戒しているのだろう。陸上型の知恵というものか。

深海棲艦は発生した時から完全な状態だ。だから、今の私のように頭痛がすることも無ければ、常時起動したままでも障害が無いのだろう。今の私には羨ましいほどだった。

 

「アマリ……ムリヲスルナ」

「そうですけど、時間がありませんから」

 

戦艦棲姫改に大破させられてから、今日で3日目。猶予があるかと言われると、わからないというのが答え。いつまたあの敵軍がやってくるかわからない。

少なくとも、頻繁に北への遠征はすることになる。来ていないことを確認するためもあるが、できることなら迎撃するために。ここ最近の遠征部隊も武力派揃いになっている。

 

「今は見守ってあげてくれない? 姉さん結構意思が固いから」

「……セイキ、アサシオハ……ガンバッテルラシイ」

「ソウカ。ジャア、ガンバレ!」

 

ハイタッチして、2人と別れた。ヒメさん達の声援は心強い。皆に励まされて、俄然やる気が出てきた。ほんの少しだが、頭痛が緩和されたような気にさえなる。

 

ヒメさんやミナトさんでわかったが、移動のスピードでもそれなりに特徴が出る。例えば、主砲訓練中の白露さん。蛇行の際に少し膨らんだ後、慌てて修正するのが手に取るようにわかった。深雪さんは射撃する瞬間にほんの少しだけブレーキをかけており、狙いを定めることに集中しているのもわかる。

 

「霞、ちょっと寄り道。古鷹さんにお話ができたわ」

「何かわかったの?」

「そんなところ」

 

まだ頭痛が酷くなっていないので、そのまま古鷹さんの元へ。

 

「わ、朝潮ちゃん? 見違えたよ」

 

私の新装備のことを知る人は実はまだ少ない。今日が休息日だったということと、電探の性能チェックをやっていたおかげで、昼食に遅れてしまったというのが大きい。これを知っているのは皐月さんと霞を除くと、昼食の当番だった天龍さんと那珂ちゃんさんくらいである。

 

「実はこれで訓練中なんです」

「へぇ、訓練なんだ。青葉がやってた索敵訓練かな」

「それですそれです。それでですね、あの2人についてわかったことが」

 

勘付いたのか、白露さんと深雪さんがこっちにやってきた。まず私の姿を見て驚き、その後なにを言われるのかとヒヤヒヤしている。

 

「白露さん、蛇行する時に慌ててるのが手に取るようにわかりました」

「げっ、古鷹さんにバレないようにしてたのに」

 

多分バレてるのだろうけど、古鷹さんは口に出さなかったのだと思う。でも一向に直る気配も無さそうだし、私から言えば直そうとも思うだろう。

 

「深雪さん、撃つ時にブレーキかけてますよ」

「えっ、それ私わからなかった」

「あたしもわからなかった。そんなつもりなかったんだけどなぁ」

 

本当に僅かなスピードの変化だ。無意識にブレーキをかけていたのだろう。それでもわかったということは、この電探の性能が高いということがよくわかる。まだ私の索敵能力が上がったとは思えない。2人に集中したからようやくわかったというところ。

 

「今の朝潮を敵に回したらヤバイ」

「敵に回すつもりだったんですか?」

「そんなわけないじゃないですかー嫌だなぁもう朝潮さんはー」

 

これは何か企んでいる顔だ。霞も深雪さん相手に痛い目に遭っているので、注意しないと。それと

 

「時津風さん、いるのわかってるので後ろから抱きつこうとしないでくださいね」

「えっ、うっそ」

 

こっそり近付いてきた時津風さんを制しておく。おそらく皆とグルだったのだろう。時津風さんの姿がわかっている白露さんも妙に視線を外すし。古鷹さんは……多分私の電探の効果を確かめるためにあえて黙っていたか。

強行しかけたので霞が取り押さえて事なきを得た。ここで押されると海に落ちる。

 

「すごいね朝潮ちゃん。背中に目があるみたい!」

「まだ短時間なんですけどね……電探オフ」

 

頭痛が酷くなってきたので電探を切る。頭痛が即座に消え、視界がクリアに。戦場で長時間使うのはまだまだ先だろう。でも、せめて次の深海棲艦との戦いまでには間に合わせたい。

 

「まだ長い時間できないの?」

「今朝から始めたばかりなので、10分が限界です。情報が多すぎて頭が痛くなります」

「青葉も始めたばかりの頃は言ってたよ。思いつくんじゃなかったって後悔もしてたかな」

 

それでもやり通したから今の青葉さんがいる。地道な努力が今を支える力になるという前例だ。私も頑張ればああなれる。

 

 

 

夜、さんざん電探を使った弊害がやってきた。お風呂である。

普通の訓練以上に消耗しているらしく、回復量が普段より多い。気を抜けば顔が緩む。

 

「別に緩んでもいいんだぞ。ほら、皐月見てみろよ」

 

マンツーマンで指導していた天龍さんの胸をまくらに皐月さんがダラけきっていた。いつぞやの時津風さんみたいだ。白兵戦の訓練も相当キツかったのだろう。

天龍さんの剣戟に、山城さんの筋トレ。さらにはガングートさんからも回避の指導を受けたらしい。お風呂に来る前の皐月さんが妙に汗臭かったのは、いつも以上に室内での訓練が多かったことが原因。

 

「もう少し手を抜いてくださぁい……」

「抜けるわけねぇだろ。ただでさえ華奢なお前が刀だぞ。今のお前じゃ駆逐艦すら斬れねぇ」

「筋肉も足りなすぎるわ。せめて霞くらいには筋トレしなさい」

 

山城さんが皐月さんの腕をマッサージしてあげている。よりよい筋肉にはよりよいマッサージ。アフターケアもばっちり。

霞も山城さん直伝の筋トレのおかげで、手持ちの魚雷発射管でも腕を傷めることは無くなった。よく見ると二の腕が逞しい。

 

「姉さん、あまりジロジロ見られると困る」

「私の二の腕を揉み倒したのは霞だったわね」

「忘れてちょうだい」

「まだ足りないくらいよ。霞、傷めなくはなったけど、魚雷がまだブレてるでしょう。そろそろ改二なんだから、もっと頑張んなさい」

 

ついにこの鎮守府で最後に配属された霞も改二が見えてきた。霞の後、長いこと新人が入っていないというのもあるが、時の流れを感じるものだ。

さらには、私には改二丁が見えてきていた。どうせなら霞と一緒に改装したい。

 

「霞はそのままでいてよぉ。ボクより背が低いままでさぁ」

「お断りよ」

 

ようやく調子を取り戻してきた皐月さん。天龍さんから離れて霞を弄り出す。

 

「皐月には背よりも筋肉よね」

「違いねぇ。まずは刀で巻藁斬れるようになってからだな」

「あの刀、明石が加工したんでしょう? なら使い手の腕次第で大概の物は斬れるわ」

 

白兵戦なら何をするにもまず筋肉だろう。こればかりは山城さんが一番合理的だ。常日頃から鍛え続けているからこそ、今の地位にいる。皐月さんもこれまで以上に鍛える必要がある。

 

「頑張ってください。皐月さんなら山城さんにも付いていけますよ」

「いやぁ、ちょっと自信無いなぁ」

「それは筋肉が足りないからよ。なんなら寝るまで鍛えてあげましょうか」

「勘弁してくださいお願いします」

 

さすがの山城さんも、お風呂あがりに筋トレを強要することはない。本人も汗を流した後はゆっくりしている。プロテインを飲んでいるのを見たときには本当にストイックだなとは思った。

 

「朝潮はどうだ。突然のイメチェンに驚いたが」

「頭痛がすごいです。情報に頭が追いついていけません」

 

天龍さんに説明する。電探も装備できないので簡単な説明になったが、私の苦労もわかってもらえたようだ。攻撃だけがサポートではないことを示してくれたのは他ならぬ天龍さん。声援に応えるためにも、私は今の索敵訓練を頑張らなくてはいけない。

 

「期待してるからな。オレ達をもっと戦いやすくしてくれ」

「私もアンタに任せるわ。後ろなんて気にしていられないもの」

「任せてください……と力強く言えるように、早くなりたいですね」

 

この後も電探を身につける。訓練は寝るまで続けることになるだろう。一刻も早く、皆の力になるために。




筋トレではなく脳トレが始まった朝潮。山城がちょっと寂しそう。


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努力の成果

電探眼鏡を使い始めてから幾日か過ぎたが、まだ完全に慣れてはいなかった。頭痛が酷くなるまでの時間は伸びているが、ようやく1時間保つか保たないかというところ。ただ、その間は大体全員の位置を把握できるようになってきている。

1時間も保てば戦場では充分なこともある。だが、長期戦になると途端に不利になる。一旦電探を切った後は、再起動するまである程度時間を置かないとすぐに頭痛が再発する。だからこそ、1度に長時間保てるようにしなくてはいけない。

 

「アサ、サイキンスゴイナ」

 

たまにヒメさんにも訓練をしてもらうことがある。艦載機を周囲に飛ばしてもらい、位置を把握するだけという簡単なもの。たまに艦載機自体にぶつかってきてもらう。

空母の方々と違い、ヒメさんの艦載機は地面すれすれを飛ぶことができる上、途中で停止することができる深海仕様。実戦感覚を養うにはもってこいだった。

 

「ようやく慣れてきたんです。まだまだ時間は短いですけど」

「ワタシノコウゲキ、チャントヨケレタ! スゴイ!」

 

電探さえ起動していれば、自分への攻撃に限れば目を瞑ってでも避けられる。それこそ、背中に目がついたかのような動きをしていると思う。自分のためになら幾らでも使えるが、周りまでとなると話は別だ。

普通は電探を常に起動し続けて確認なんてしない。単独で行動せず、部隊で行動しているのだから、死角を他人に補ってもらうように戦うのが基本だ。電探起動中は()()()()()()()というだけ。

 

「マタヤッテヤルカラナ」

「はい、お願いします」

 

自分だけを守るなら大分使いこなせるようになってきた。次は自分以外を守る方法。

攻撃するのがわかってから避ける指示をしても遅すぎる。ある程度の予測が必要だ。そうなると、敵の行動から次の行動を読む知識が欲しくなる。これはもう実戦で身につけるしかない。

 

 

 

北への哨戒任務。今回は天龍さんを旗艦に、私、霞、皐月さん、潮さん、そして時津風さん。時津風さんが哨戒任務に選ばれるのは珍しいが、万が一強力な深海棲艦と接敵した場合、火力が欲しい。

主砲担当に時津風さん、雷撃担当に霞、雷撃補助と対潜に潮さん。ここらはわかりやすい配置。天龍さんと皐月さんが立ち位置が同じになり、白兵戦と対空補助。私が対空のみで全索敵を担う。

 

「朝潮、無理はしなくていいからな。できる限りでいい」

「了解しました。効果時間は長くはなっているので、ある程度進んだら電探を起動します」

 

むしろ緊張しているのは皐月さんだ。白兵戦メインとした哨戒任務は今回が初めて。交戦したらその刀を使うことになる。訓練は積んでいるが、深海棲艦を斬るのはまだやったことが無い。その訓練すらも、数週間行かない程度。

 

「大丈夫、通用する、ボクの攻撃は通用する……」

 

小声で自己暗示をかけている。正直、危なっかしい。初陣のようなものだし、仕方ないことかもしれないが。

 

「海が赤くなってきたな。警戒しろ!」

 

敵がいないこともあるが、何が来るかわからないのがこの赤い海だ。霞と潮さんは魚雷の発射体勢に。天龍さんと皐月さんは刀を構える。そして私は電探を起動。

最悪な事態というのは、こういうときにこそ起こるものだ。

 

「……敵影確認」

「何体だ」

「12。敵連合部隊でしょう。2体……大物がいます。鬼級か姫級です」

 

戦艦棲姫ではないことはわかる。そもそも動きが違うし、以前の行動から、部隊は引き連れるが単独行動をする。今回は完全に群れている。反応が小さいので、駆逐艦がメインの偵察連合か。

 

「おおよそで……駆逐8、軽巡2、鬼か姫が2」

「厄介だな……こちら天龍、敵連合部隊と接敵。どうする」

 

鎮守府と連絡をとる天龍さん。その間も少しずつ近付いてきている。最大火力で迎撃できる時津風さんを前にし、目視できるようになったら砲撃する姿勢。

 

「……了解。実働隊は頼んだ」

 

通信を切る。実働隊が来ることは確定したらしい。

 

「テメェら! 実働隊が来るまで迎撃だ! だがなるべく鎮守府に寄せて、合流を早めるぞ!」

 

今回の敵に航空戦力が無い。つまり、私は今回の戦闘において完全な()()()となる。だからこそ、全ての力を索敵に使おう。頭痛は集中して忘れる。痛かろうが関係ない。

 

「トキツ! 先制攻撃」

「りょーかい! 撃つよーっ」

 

目視できたというタイミングで時津風さんの一撃。方向としてはドンピシャ。敵連合部隊の駆逐艦を一撃で葬り去る。

それが開戦の合図だった。白兵戦の2人が一気に詰め寄る。

 

敵の大型は、私は初めて見るタイプ。帽子を被った小柄な少女と、那珂ちゃんさんのようにシニョンで髪をまとめた少女。そのどちらにも脚が無く、水上を滑走するような船の形状をした下半身を持っていた。そして、どちらも()だ。

駆逐棲鬼と軽巡棲鬼。データベース上ではその名前の深海棲艦。鬼級も姫級も、艦娘と同様同一個体が何体も発見されているため、ある程度のデータはある。今回は鬼級が2体だ。姫級よりは劣るが、艦種以上のスペックを持っているのは確か。

 

「私も初陣のようなもの……試させてもらいます」

 

もっとも攻撃が手薄になるであろう場所を陣取る。安全な場所で他の人の戦いを見届けるだけというのは気が引けるが、私の本当の戦いはここからだ。

電探をフルで起動させ、索敵範囲も最大に。潮さんに反応がないため、潜水艦はいない。そうなると、海上艦12体、いや、時津風さんが1体倒したので11体が今回の目標。

 

「皐月! 先に雑魚をやれ! オレが鬼級を引きつけておく!」

「りょ、了解!」

「時津風さんの方へ軽巡2体が向かっています。迎撃を!」

「はいはーい」

 

天龍さんが鬼級に付きっ切りになるのは見えていた。そうなると、残り4人の指示は私が出す方が効率的だ。事前に配られたインカムで、遠方からの指示に徹する。目視も加わるので効率はさらにいい。あとは敵の行動予測だけ。

 

「霞、後方に駆逐、5時の方向!」

「正面にもいるわ!」

「どちらも!」

 

霞にしかできない前後への同時魚雷発射がこういうときに役に立つ。敵の砲撃を避けながら、後ろを見ることなく魚雷を発射。タイミングも完璧。挟撃しようとした敵駆逐艦に直撃し、その場で撃沈。さらには正面の駆逐も同時に撃沈。やった霞の方が驚いていた。

 

「潮さん、霞の魚雷がそちらに向かいます。避けて!」

「は、はいっ」

 

全てが当たったわけではなく、何本かは射線上の潮さんの元へと向かってしまった。潮さんからしたら死角からの魚雷。潮さんは私の指示でその魚雷を回避する。

指示したタイミングが良かったため、潮さんの足下を抜け、潮さんの正面にいた敵駆逐艦に直撃。攻撃もしていないのに敵が目の前で沈んだ。潮さんも呆然としている。

 

「これで4体……時津風さんが軽巡に挟まれてます。近いのは皐月さんです。9時の方向。霞は潮さんと合流、残り4体の駆逐を各個撃破」

 

いつもより早く頭痛が始まるが、いい展開になっている。思った通りに仲間を動かせている。この数日で努力した甲斐があった。

 

「霞! 3時と8時!」

「了解……っ!」

「潮さん真後ろ!」

「は、はいっ!」

 

これで7体。残り1体も霞の真正面。すぐに仕留めるだろう。

相手の数が多いと、挟撃になることが多いのはわかる。とはいえ、2方向に撃てる霞が本当に重宝した。今なら攻撃の要にできる。

時津風さんの方には皐月さんが行っているが、かたや高火力の主砲、かたや刀による白兵戦となると、相性が悪い。さらに相手は軽巡洋艦。格上だ。うまく1対1の状況にしているが、どうしても皐月さんには荷が重そうに見えた。敵の砲撃を避けるのに必死になっている。

 

「潮さん、9時に撃ってください!」

「ええっ、はっ、はい!」

 

今潮さんの真正面には敵がいない。だが、真左の射線上に皐月さんがいる。

 

「皐月さん、真後ろからの魚雷を回避!」

「真後ろの魚雷!? じゃあ跳ぶ!」

 

以前に山城さんが見せた、人の艤装を足場にして跳ぶ戦法。皐月さんもそれを学んだらしく、敵軽巡に急接近し、蹴りながら跳んだ。同時に潮さんの魚雷が着弾。そのまま大破に追い込む。

その場から離さないように皐月さんが戦ってくれていたのが功を奏した。そしてこれなら、皐月さんの攻撃も当てられる。

 

「隙ありっ、だぁーっ!」

 

そのまま軽巡を袈裟斬りに。筋力がまだ足りなくても、刀自体の斬れ味は生半可なものではない。取扱注意を再三忠告されているレベルだ。

 

「こっちも片付いたー!」

「残りは鬼級だけです! 天龍さんの援護を!」

 

ここまで来てついに5対2。駆逐艦の大半を霞に仕留めてもらったのが大きい。本人の消耗も激しいが、大戦果だ。

天龍さんだからと2体の鬼級を任せてしまったが、さすがの旗艦。無傷で持ちこたえていた。ただし、敵もほぼ無傷。

頭痛は今まで以上に激しくなっていた。もう少しだから、耐えなくては。

 

「魚雷斉射! 天龍さん、避けてください!」

「そっちは片付いたか! なら遠慮なく行くぜぇ!」

 

霞と潮さんの魚雷の射線上から退避。あちらも一筋縄ではいかず、斉射の筈だが避けられる。だが、分断はできた。

 

「1対1なら負けねぇよ。実働隊無しで片付けてやらぁ!」

 

天龍さんの相手は軽巡棲鬼。残った駆逐棲姫は私達駆逐5人、いや、私は戦力外だから4人で終わらせることができる。ここまで来たら、もう私の指示はいらないだろう。

 

「っ……限界が近い……敵の援軍は……いない……」

 

頭を押さえながら索敵を続ける。頭がガンガンする。想定を超えた情報量で、私の脳が悲鳴をあげている。ヒメさんの艦載機はこれ以上の数だったのに、実戦となると考えることが多すぎた。まだ早かったかもしれない。

私の索敵範囲には敵は見えている2体しかいない。だが実働隊もまだ来る様子がない。鬼級2体はこのまま方をつけたい。

 

「オラオラァ!」

 

天龍さんは終始一方的だった。鬼級でも関係なく、やりたいようにやって敵を問答無用で叩き斬る。ほぼゼロ距離の砲撃も、視界に入っているなら射線から避けることが余裕でできると天龍さんは言っていた。まさにその通りで、射撃は悉く外れている。

逆に皐月さんは大変そうだった。4対1ともなると、近付ける隙がない。時津風さんの砲撃が強すぎて、巻き込まれたら皐月さんも危ない。

 

「ああもう、任せた! 時っちゃんよろしく!」

「はいはい、もう眠いからさぁ、さっさと、終わってくんないかなぁ!」

 

重巡主砲の一撃がまともに入り、駆逐棲鬼の身体が吹き飛ぶ。同時に、天龍さんが軽巡棲鬼にトドメを刺した。

敵はもういない。残念ながらドロップ艦もいない。もう索敵の必要はない。

 

「電探切ります……お疲れ様でした……」

 

頭痛がスッと無くなり、いつも以上に眩んでいた視界もハッキリとする。その分体力の消耗は激しく、頭痛が無くなってもフラフラする。青葉さんは常にこの状態を維持していたのか。

 

「すげぇな朝潮! サポート完璧じゃねーか!」

「天龍さんが鬼級2体共引きつけてくれていたおかげですよ……それに割とギリギリです……」

 

こちらの部隊は白兵戦をやっていた皐月さんが小破に行かないくらいの損傷。霞が擦り傷程度。そして時津風さんがおねむ。完全勝利と言ってもいいだろう。

今回の戦闘で本当にギリギリだった。想定していた対策が、全てうまく行ったようなものだ。ここに艦載機が来ていたら多分追いついていない。

 

「私、ノールックの二枚抜きなんて初めてやったわ……」

「避けたら敵が沈むなんて初めてですよ……」

 

2回の魚雷発射で3体の敵を撃沈した霞は、自分のやったことに実感が湧かないようだ。潮さんも、突然の魚雷を避けただけで眼前の敵が撃沈するという滅多にないことで驚きが隠せていない。

2枚抜きに関しては狙ったわけではない。あれは完全に偶然。射線上に綺麗に並んでいたからたまたま起きたこと。一応()()()()()が、当たるとは思っていなかった。

 

「すみません潮さん……私の道具のように扱ってしまって……」

「ううん、大丈夫。あれが一番いいって思って指示を出したんだよね。なら従うよ」

「ありがとうございます……」

 

自分が攻撃できないから、人を使って自分の攻撃したい場所に攻撃してもらう、というのは、どうも人を道具のように使っているようで気が引けた。

本来なら回避指示と敵の位置を逐一教えるだけに留まるべきなのだ。主砲も雷撃も、私が使ったことないのだから、最善の攻撃方法なんてわからないのだから。

 

「まだまだですね……一度の戦闘でこうもフラフラになるなんて」

「充分すぎる。多少かすり傷くらいはあるけど、全員無事だろ。誇っていいぜ」

「あの敵の数だと大変だからね。しかも鬼級2体なんて、いつもなら誰か中破くらいしちゃうよ」

 

私に至っては無傷どころか敵に狙われもしなかった。皆が迅速に殲滅してくれたおかげだ。

 

「さて、そろそろ実働隊が来るな。こいつは驚くぜ。もう終わってんだからよ」

「てんりゅー……あたしもう眠い眠い……」

「もうちょい我慢しとけ。実働隊の旗艦はどうせ山城姐さんだ。引きずってくれるからよ」

 

そこから少しして、実働隊の皆がやってきた。すでに戦闘が終わってると知って驚く人も多かったが、旗艦の山城さんは驚く前に戦闘できなかったことの方が残念そうだった。

 

今回の戦闘は100点満点とは言えない。だが、成果が出たのも事実だ。今のやり方が私にはあっている。『背中の目』にもなれたように思えた。

 




朝潮の今の敵は深海棲艦より頭痛。脳味噌鍛えて頭痛が来ないようにするのが当面の目的。


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姉妹揃って

索敵専門としての戦闘をした翌日、私、朝潮に朗報が届いた。ついに練度が改二丁に届いたそうだ。目指していた最後の段階に辿り着く。ここからさらに索敵能力を上げ、皆に貢献していかなくては。

 

「姉さん、姉さん!」

「霞、どうしたのそんなに慌てて」

「私、改二の練度に届いたわ!」

 

昨日の戦闘で獅子奮迅の活躍を見せた霞。8体の敵駆逐艦の内、6体を倒した快挙は練度にも繋がったようだ。

 

「ふふ、よかったわね」

「それもこれも姉さんのおかげよ。昨日の戦闘が最後の一押しになったみたいなの」

 

私の指示通りに動いたおかげで迅速かつ確実に敵が倒せたと霞は喜んでいる。そう思ってもらえているなら、私のやり方はいい方向に進んでいるということだ。

皆が私の指示を信じてくれているなら、私もその信頼に応えなければならない。

 

「私も改二丁に届いたわ。一緒に改装ね」

「姉さんもなのね。なら後から早速改装しましょ。そして皐月に目にもの見せてやる」

 

身長が伸びるかはその艦娘次第なところはあるだろう。私は伸びた。それだけ。朝潮型全てに言えることなら霞の望む改二になるだろう。

 

「あ、姉さん体調は大丈夫なの? 朝は良さそうだったけど、ぶり返したりしてない?」

「大丈夫。電探を起動してる時だけだし、昨日は初めてだったからすごく疲れただけ」

 

そのおかげでお風呂で酷い目にあったが。

今までにない過剰な回復を受けることになり、過去最高のダラけを見せてしまった。皐月さんも同じようにダルンダルン。初めてというのは、思った以上に負担がかかる。

 

「くれぐれも無理はしないでよ」

「わかってるわ」

 

だが戦闘での頭痛は耐え難いものだった。早くこの情報量に耐えられるくらいにならなくてはいけない。

 

 

 

改二が実装されている鎮守府の艦娘は残り霞だけだった。その霞の改二が決まったことで、鎮守府の戦力は、こと改装という事に限れば最大にまで引き上げられたこととなる。ここからは個人的な成長だ。

私は当面、この電探と付き合っていくこととなる。せめてもう少し長い時間機能させられれば、戦場で消耗し切ることもないだろう。おそらくこれは、改二丁になったところで変わらない。私個人の力である。

 

「おめでとう霞君。君で最後になってしまったが、改二改装だ」

「ええ、これで姉さんと並んで戦いやすくなるわ」

 

最後の改二ということで、今回は司令官も同席している。同時に私も改二丁に改装だ。コンバートできるとは言われているが、改二より改二丁の方が私のできる事にあっているのだから、コンバートはせず、丁のままで今後戦う事になる。

 

「では行ってきたまえ。明石君が準備を整えているからね」

 

私は2度目となる改装。ドックを2回使うというのはとても稀だそうだ。

私の改装は、改から改二になるほどの大幅な改装ではないので大した時間はかからないとのこと。それに比べて霞は大幅な改装になるので少し時間がかかる。私の方が早く終わるのは目に見えていた。

電探を外し、ドックの横に置く。妖精さんも手を振ってくれた。

 

「じゃあ姉さん、後から」

「ええ」

 

以前と同じようにドックの中へ。すぐに眠くなるのはわかっているので、目を瞑ってその時を待った。

 

やはりあっという間。気付いたら眠っており、改装は終了していた。変わった感覚も無い。

 

「コンバート改装だから朝潮は早かったね。もう起きて大丈夫だよ」

 

明石さんの声が聞こえ、ドックの蓋が開く。前のように身長が伸びたような感じもせず、内部だけの改装かと考えていた。

 

「制服が変わりましたね」

「霞とお揃いじゃ無くなっちゃうかもね」

 

今までとは少し違い、上にボレロを羽織るようになっていた。胸元のリボンも変わっている。あとは改装前から穿いていた膝上のソックスが黒のストッキングに。それ以外に変わったところは見受けられない。

 

「霞が終わるまでに、艤装も見ておこうか」

 

機関部艤装のベルトの色が臙脂色になり、腰に爆雷のホルダーが付いたこと以外は、艤装もそこまで変化無し。今まで慣れ親しんでいたものからの変化が無くて、少し安心した。

艤装のチェックが終わり、電探を改めて装備している辺りで霞のドックの蓋が開く。

 

「もう終わったのね……寝てたからどれだけ時間が経ったかはわからないけど」

 

ドックから起き上がる。制服は私の改二の時と同じジャンパースカートに変化。私の時との違いはない。私が改二のままならお揃いだったかも。

 

「あ……目線が違うわ。姉さんと同じくらいになってる」

「改装前より身長が伸びたみたいね。朝潮型はみんなそうなのかも」

 

立ち上がるとわかる、霞の成長。今までは私が改二だったのもあり少し見下ろすようにはなっていたが、霞が改二になったことでまた同じくらいの身長に。私の方がやや高いくらいなので、姉としての尊厳は守れている。

少なくとも皐月さんよりは大きくなっているので、霞は大喜びだ。余程強いコンプレックスだったのだろう。だが残念ながら私と同じく胸は成長していない。

 

「霞ー、喜んでるとこ悪いけど艤装お願いね」

「ああ、ごめんなさい、少し興奮してしまったわ」

 

滅多に見せない満面の笑みの中、艤装を装備していく。

だが、ここで霞の表情が少し曇った。

 

「魚雷が脚に装着に変わってるわね……」

「今までずっと手持ちでやってきたものね。急に変わるのは勝手が悪そう」

 

霞の改二は、魚雷を腿に装備する。今までの戦術が取れないということだ。これは困る。

 

「そう言うと思って、手持ち用の魚雷にカスタム済みだから。そこから撃つこともできるけど、ちゃんと外して手持ちにできるよ」

 

さすが明石さんだ。見越して改良を加えている。手で持てない状況なら、腿に懸架するというイメージ。手ぶらになれるというのは、これはこれで使えそうなシステムだ。緊急時のヒメさんの運搬とかに役に立つ。

 

「助かるわ。さすがに今から戦い方を変えるのは辛いもの」

「じゃあ、お披露目行ってらっしゃい」

「ならまずは私から」

 

一度やっていることなだけあり、緊張も何もない。霞を置いてすぐに出て行った。

 

「私は制服が変わったくらいでした」

「いいとこの中学校に入学したんか」

「ランドセルのままですけどね」

 

相変わらずの龍驤さん。

実際、以前よりもより小綺麗なイメージになったと思う。龍驤さんのいう、いいとこの中学校というのも何となくわかる。露出がさらに控えめになったり、お洒落なボレロが付いていたりするのがなんとも。

 

「これが朝潮君の最終形だね。よく頑張ってくれた」

「はい、対空と対潜が強化されましたし、今の私のための改装です」

 

性能としても、私の欠陥(バグ)に合わせて作られたのではないかと思えるほど完璧な相性。できない主砲と雷撃が控えめになり、できる対空と対潜が伸びる。さらにはお荷物になった時でも耐えられるように耐久まで上がっていた。

 

「朝潮、霞は。霞はどうなったのさ!?」

「もうすぐ来ますよ」

 

皐月さんが今か今かと待っている。どうしても身長が気になるようだ。私の口から言うのは無粋だろう。

 

「姉さんのお披露目は終わったのよね。じゃあ皐月に見せつけなくちゃあね!」

「おお、霞も小学校卒業したんやな。おめでとうさん」

「成長してるーっ!?」

 

崩れ落ちる皐月さん。勝ち誇った顔の霞。

こちらも性能としても今の霞のための改二だ。雷装、つまり魚雷での攻撃力が格段に上がっている。今なら戦艦すら沈められるかもしれない。

 

「霞君は改二乙を目指さないんだったね。ならばこれが最終形だ。おめでとう」

「ありがとう司令官。姉さんは私が守るわ」

 

霞には頼りにしている。小柄な霞に肩を借りるのは少しばかり抵抗があったが、今なら躊躇なくいける。ただでさえ私は戦場で消耗しやすい索敵能力を買って出ているのだ。また肩を借りることもあるだろう。

 

「さぁ、じゃあ朝潮君と霞君は性能チェックだ。朝潮君はそこまで変わっていないとは思うが、念のためだよ」

「了解しました」

 

他の人達はここで解散。項垂れる皐月さんを龍驤さんが慰めていた。龍驤さんも改二で身長が伸びずに残念がっていた1人だ。だが龍驤さんはそういった部分にコンプレックスは持っていない。やたら天龍さんや白露さんの胸については弄るが、自分が小さいことに対しては何も思ってないそうだ。

 

 

 

改二の性能チェックを一通り終え、その足で哨戒任務へ。今回も霞と一緒に。私が対空と対潜どちらもできるようになったため、あと1人主砲役を連れていくことで哨戒可能となった。そのため今回は深雪さんが同行。

今回は北でも南でもなく西。少数の哨戒は北には絶対に向かわない。

 

「改二いいよなー。超羨ましいぜ」

 

深雪さんにはまだ改二が無い。そのため、どうしても駆逐艦としては一歩劣ってしまう。だからこその訓練である。

深雪さんは欠陥(バグ)が低速化のみのため、私達より多種多様な戦術が取れる。代わりに尖ったものがないという、いわゆる器用貧乏。白露さんが改二になっても主砲で追いついていけるだけ相当強いのだが。

 

「こればっかりは大本営頼りですから」

「待つしかないわよ」

「だよなぁ。それまでは地道にやるしかねぇよなぁ」

 

割と大雑把な性格だが、努力は欠かさない。だからこそ頼りにしている。安定した戦力が欲しい時は大概深雪さんだ。

 

「あ、索敵します」

 

所定位置に着いたので、電探を起動。同時にソナーも起動。海中の方が範囲は狭いが、頭痛の種にはならないので楽な方だ。

改二丁になって少し変わったところが、ソナーで索敵できる範囲が拡がったところだ。対潜能力の向上は、そんなところにまで影響が出るらしい。

 

「上も下も何もありませんね。次に行きましょう」

「はー、便利なもんだなぁ。哨戒ってもしかして、朝潮いればほとんど終わるんじゃね?」

 

基本的にはそうなる。だが、さすがに攻撃方法のない私が1人で哨戒は不可能だ。今だと霞と深雪さんが私の護衛という状態。

 

「姉さんばっかりに頼るんじゃないわよ。ほら、目視確認」

「うっす。何もありませーん」

 

本当に手早く終わっていく。電探も短期間の起動で終わるので、頭痛は一切無い。頭の上の妖精さんも少し退屈そうだ。戦闘もないただの哨戒でフル稼働させて倒れてしまっても困るので、今の間だけはお休みしててもらおう。

 

「こっちの方はあまり敵がいないわね」

「北に本拠地があんだろ? そっちじゃなけりゃ少ないんじゃね?」

 

確かに、北は行けば敵が出るというくらいいる。海が赤いのだから敵地だろう。だが、それ以外の方角はそういった現象も起こっておらず、穏やかな海だ。稀に出現するが、その程度である。

 

「何もないなら何もない方がいいでしょう。なるべく多めに索敵もしてますよ」

「まぁなー。3人で戦闘はさすがにしんどいし」

 

数が少なければこの数でも倒せるとは思う。元々安定のある深雪さんに、改二となった霞がいれば、おそらく1部隊くらいなら行ける。鬼級とかはさすがに無理だが。

 

「索敵しました。海上、海中、共に敵影ありません」

「うお、早い。こんなスムーズな哨戒初めてじゃね?」

 

今回の哨戒は何事もなく終わりそうだ。改二の性能を戦闘でチェックすることはできなそう。私はいいが霞は少し残念そうにしている。戦闘は無ければ無い方がいい。

 

「また姉さんの指揮で戦いたいわ」

「そんなに良かったのか? あとから潮から聞いたんだけど、戦いやすかったとは言ってた」

「戦いやすいなんてものじゃないわよ。見ずに後ろに魚雷撃ったら敵2体沈むのよ?」

 

あれはたまたま。

でも戦いやすいと思ってもらえたなら本望だ。全員に指揮をすることは出来なかったが、大分上手くいったとは思っている。

 

「じゃあ今度はあたしも一緒の戦場で頼むわ。そんなに言うならどんなもんか見てみたい」

「機会があれば。演習とかでもいいんですけどね」

 

演習でこの索敵は一度試してみたかった。単純な動きが多いイロハ級を相手にするより、頭を使うことが多くなる。そういう訓練ももう少しやりたいところだ。

 

結局、何事もなく哨戒任務は終了。たまにはこんな静かな任務もいい。電探も過剰に使っていないので頭痛も無く、消耗していないと言ってもいいほどだ。

自分が少しずつでも成長しているのを実感できる。改装としてはゴールしたが、高みはまだまだ上にある。それは霞も同じこと。姉妹揃って、もっと上を目指そう。

 




ついに朝潮改二丁に。また、霞も改二になったため、この鎮守府はいぞくの艦娘は最低練度75となります。少ないとはいえ、安定して強い。


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白の深海棲艦

最終的な改装、改二丁となった私、朝潮。霞も改二となり、戦力としてはこれ以上ないところまで来た。今は来るべき大規模戦闘に向けて研鑽するのみだ。

 

現在、鎮守府近海、目視で確認できる場所には、ミナトさんとヒメさんの複合陣地が形成されている。陸上型深海棲艦の陣地ということで、2人は基本的にそこで生活をしていた。そこにいるだけで回復していくという好条件のため、わざわざ鎮守府に出向くのは、気まぐれ、もしくは本当に用がある時くらい。ヒメさんは度々遊びに来るのと、訓練を手伝ってくれるというのもある。

陸上型深海棲艦と共闘できているのはありがたいことで、正直なところ海上艦の深海棲艦よりも厄介。並ではない航空戦力、戦艦並の主砲まで備えた艤装に加え、陸上故に雷撃が一切効かないという特徴から、やれる事が限られた艦娘が多い私達の鎮守府では敵に回したくない存在である。

 

「テイトク、スコシイイカ……」

 

そのミナトさんが、気まぐれでなく鎮守府に来ていた。運んだのはおそらく雲龍さん。あの2人、最初の段階で意気投合している。

司令官と、たまたま居合わせた私はミナトさんの話を聞くことに。

 

「なんだいミナト君」

()()ガスコシ……ヒロガッテイル」

 

今回打倒すべき敵、黒の深海棲艦の領海が拡がっているということだろう。前回の北への哨戒のときには感じなかったが、徐々にあの赤い海が鎮守府に迫ってきているらしい。

 

「ふむ……敵地が拡がっているというのは見過ごせないね」

「マダジカンハアルガ……ココガセンジョウニナルカノウセイモ……ナイトハイエナイ」

 

領海が拡がると、最終的には最前線であるこの鎮守府まで赤い海に飲み込まれる可能性はある。そうなれば、近海から深海棲艦が湧いて出てくることになり、昼夜問わず侵攻されるということ。最終的には物量に押し潰される。

 

「了解した。情報感謝するよ」

「ソレト……モウヒトツ。シュウセキチノコトダ」

 

ミナトさんと同様に白の深海棲艦である集積地棲姫。物資を集める点に特化しており、それを趣味としている変わり者。他の仲間に資源を分け与える事もあるという。ミナトさんやヒメさんも、集積地棲姫から援助を受けた事があるそうだ。

 

「アイツノジンチガ……クロニオシツブサレタ」

「なんだって!? 集積地棲姫は無事なのかい!?」

「シゲンヲステテ……ダッシュツシタラシイ」

 

集積地棲姫の艦載機がここまで飛んできたそうだ。今は無人島で別の陣地の場所を探しているらしい。それがあるから赤い海が拡がっているということがわかったようだ。

 

「……ソノ……ダナ」

「ここに来てくれて構わないよ。敵の情報は多いに越したことはないし、仲間が増えるのもありがたい」

「ソウカ……スマナイ。サッソクシラセル」

 

ミナトさんが急ぎ足で外に向かった。以前のヒメさんのように非武装の連絡機を飛ばすのだろう。

 

「同族も容赦なく押し潰すのか……」

「黒の深海棲艦は過激派ばかりなんですね……」

「だからこそ、穏健派である白の深海棲艦を味方につけたい。彼女らを守るためにもね」

 

共存可能な深海棲艦がいるのなら、勿論手を取り合っていきたい。それが司令官の考え方であり、鎮守府の根幹だ。誰も否定しない。

 

 

 

ミナトさんの話から数日後の朝。やはり急だった。早朝の哨戒機を飛ばす蒼龍さんが、深海棲艦の島の規模が大きくなっていることに気付いた。そこにはいつもならヒメさんとミナトさんしかいない。だが、その時は3()()()()()()

 

「話は聞いているよ。集積地棲姫君だね」

「スマン……セワニナル」

 

ガングートさんが担いで工廠に運び入れた。以前に聞いていた通り、眼鏡をかけた深海棲艦。さらにはヘッドホンのようなものも付けているので、ミナトさんに比べると余計に人間らしさが目立つ。髪も三つ編みにし、身嗜みもキチンとしているように見えた。

 

「構わないよ。我々に攻撃しないことはわかっているからね。すでに2人も置いているんだ、1人増えたところで何も変わらないよ」

 

ミナトさんが陣地を鎮守府付近に持ってきてからは、ヒメさんも活動拠点を陣地に移している。そこで集積地棲姫も住むのなら、鎮守府には何の影響もない。鎮守府に来たところで大きな影響をない。ヒメさんに至っては毎日のように来ているし、私の部屋に泊まることも頻繁だ。

 

「集積地棲姫君……特に呼びづらいね。ガングート君」

「セキで行こう」

 

即答である。前々から決めていたようにも思える。

 

「ここではそのままの名前を使うのはよろしくないからね」

「セキ……カ。イイナ」

「ちなみに港湾はミナト、棲姫はヒメだ。私が決めた」

「オオ……オシャレダ。ワタシモツカッテイコウ」

 

やはり集積地棲姫、もとい、セキさんの感性は人間側に近いように思える。非好戦的であり、蒐集癖がある辺り、白の中でも特に穏健派なのかもしれない。

しかし、やはり深海棲艦、艤装はなかなかに厳つい。物資を集めるからだろうか、真っ黒な木箱とドラム缶が目立つ。おおよそ武装とは思えないが、集積地だけにこの形なのだろう。そして、それを持つための巨腕。ガングートさんの艤装と同じくらい大きい。

 

「スイキ……イヤ、ガングート……ダッタナ。シャレタナマエダ」

「実はだな、私は一旦改名をしていてだな。いや、またガングートに戻ったんだが」

「ヨクワカラン……」

 

ガングートさんも実はこっそり改二になっていた。実際は改二相当の改なのだが、2回改装したということで改二。元深海棲艦の影響か、元々のガングートさんの仕様か、改装してもほぼ何も変わらなかったため、あっさりと終えている。ガングートさん自体が騒ぐことではないとこそっとやっていたというのもあるが。改に相当する改装では、その艦の魂に則って名前が変化した。が、誰もそちらでは呼ばなかった。私も断念した。

Октябрьская(オクチャブリスカヤ) революция(レヴォリューツィヤ)というとんでもなく長い名前だったせいである。自分の名前が変わるというなかなか無い特徴を持っているからか、ガングートさんは名前に関して大事にしているように思えた。

 

「とにかく、我々は貴様を歓迎する。セキ、これからもよろしく頼むぞ」

「アア、イリヨウナモノガアルノナラ……アツメテオコウ」

 

こうして新たな白の深海棲艦の仲間が増えた。目下の敵である黒の深海棲艦を倒すまでの共闘という形ではあるが、司令官のことだ、戦いが終わってもなんだかんだ関係は続けていくのだろう。

 

 

 

セキさんはヒメさんが鎮守府を案内することになった。鎮守府内を深海棲艦が歩いていても誰も何も言わなくなった辺り、そういうものとして慣れすぎている。他の鎮守府の人達が見たらどう思うだろうか。

 

「すごい光景よね……」

 

霞も少し呆れ顔。当然のように溶け込んでいる。私も違和感はなくなってしまった。

 

「これ、他のとこの艦娘に見られて大丈夫かしら」

「何とも言えないわ」

 

穏健派の深海棲艦がいるという事実自体が、今は私達の鎮守府の中にしかない情報だ。外に出せる情報でもない。とはいえ、秘匿し続けるのも難しいだろう。

 

「っと、朝潮君、いいところにいた。霞君も一緒に来てもらえないかい」

 

何やら慌てた様子の司令官。後ろから大淀さんも走ってくる。

 

「もう到着されると言いだしましたよ!」

「あのジジイ、アポ無しで来たぞ!」

 

司令官のこの言いようは、元帥閣下のこと。

 

「え、今から来るんですか!?」

「許可も取らずにね! すまないが一緒に来てくれ!」

 

出迎えとかそういったことはなにも準備できていない。ひとまず電探を起動すると、確かにいつもはない反応があった。元帥閣下が乗る船と、護衛艦娘の方々。タイミングが非常に悪い。

白の深海棲艦が鎮守府で居候を始めてから、来客もなく、隠蔽することも必要がなかった。むしろそれを狙ったかのようなアポ無し突撃である。元帥閣下には諸々バレているような気がする。

 

走って港に辿り着くと、すでにそこには元帥閣下がいた。残念なことに、それを先に出迎えているのはあろうことかミナトさん。深海棲艦が当たり前のように鎮守府にいるという事態に、護衛艦娘の方々も硬直している。

 

「爺さん! 来るなら来ると言ってくれ!」

「アー、テイトク、マズイコトニナッタ……」

「うん、それは見ればわかるよ」

 

元帥閣下もさすがに驚きを隠せないようだが、護衛艦娘の方々よりは冷静だ。ミナトさんをジッと見つめた後、いろいろと納得した様子で司令官に向き直る。

 

「加藤、さすがにこれは事前に言ってほしい」

「言ったら納得してくれたのかい?」

「お前のやる事だから儂は納得したろうよ」

 

目の前の深海棲艦が味方だとわかると、護衛艦娘の方々も緊張を解いた。ここまでの事になっても、ミナトさんは艤装を展開しない。無抵抗のままだ。

 

「お前のことだ、この深海棲艦は人間に牙を剥かない穏健派かなにかなんじゃろ」

「さすがは元帥閣下、理解が早くて助かる」

 

まったく、と呆れた顔だった元帥閣下。出迎えの私の姿を見て表情が変わる。

 

「おや、朝潮ちゃんや、眼鏡なんぞかけてどうしたんじゃ。まさか加藤に何かされたか!?」

「これは索敵訓練の一環ですよ。()()()()()()

 

なるほど、元帥閣下のご機嫌取りに私が必要だったわけだ。まぁ、前回からそうだったし、今の状況ではこれも必要なことだろう。何せ、深海棲艦を匿っている鎮守府だ。何か言われても何も文句が言えない立場である。

 

「で、アポ無しで来たのは何でか教えてもらえないか。前回よりも急すぎる」

「アポ無しなのはすまなかった。だが、こちらでも例の赤い海が拡がったものが確認されてな。最前線のここの影響が知りたかったんじゃよ」

 

他の大本営の上層部は、この鎮守府には来たがらない。危険度はさる事ながら、否定した後手のひらを返したという実情もある。余程のことがない限り、この鎮守府に出向くことはないだろう。元帥閣下くらいしか、ここに来ることができる大本営の人間はいないと言ってもいい。

赤い海に関しては、何処の鎮守府も調査していること。大本営も当然原因解明に力を入れている。わかっているのは深海棲艦の領海であることくらいだが。

 

「ワタシガ……セツメイシヨウカ」

「深海棲艦本人から情報が貰えるなら万々歳じゃ。むしろ加藤は聞いておらんのか」

「聞いてないね。必要がないから」

 

司令官はそういう人だ。あらぬ疑いをかけぬよう、そういった部分は必要最低限で終わらせる。多少は研究に使わせてはもらっているが、嫌がることは一切していない。

 

「テートク、ソイツラダレダ」

「ヒトガフエタナ……ナカマカ」

 

ここに今度はヒメさんとセキさんがやってきてしまった。1人だけならまだ許容範囲内だろうが、3人となると話が変わる。さすがに護衛艦娘の方々も臨戦態勢に。

 

「話がややこしくなる……」

「元はと言えばお前が隠蔽してたからじゃ」

「面目次第もございません元帥閣下殿」

 

すぐにこの場を諌めてどうにかことを荒立てずに済んだが、本来はこういう反応が自然だということをまざまざと見せつけられた。

深海棲艦に派閥があるという事実を知る者は、この鎮守府にしかいないだろう。私達が慣れすぎているだけだ。

 

 

 

司令官はミナトさんと元帥閣下、護衛艦娘のリーダーである赤城さん、そして戦艦棲姫改と実戦経験のある私を連れて別室へ。

そこで司令官とミナトさんが事のあらましを説明した。穏健派の白の深海棲艦のこと、過激派の黒の深海棲艦のこと、黒のトップであろう戦艦棲姫改のこと、ここから北に拠点があるだろうということ。

 

「戦艦棲姫は遭遇したことが幾度とありますが、改となると初ですね」

「赤城君も出会ったことがないと」

「はい。なので、データベースにも情報がありません」

 

大本営でも知らなかった敵だったようだ。その存在を知っていたのはガングートさんだけ。

そんな相手と戦い、私達は大敗を喫した。私に至っては右腕破損の大破だ。データが揃っていたとしても、あの時勝てていたかはわからない。

 

「酷なことを聞くかもしれんが……朝潮ちゃんや、うちの大和と武蔵、それと戦艦棲姫改、誰が一番強いと思ったかね」

「……戦艦棲姫改ですね……。私達6人、いやヒメさんがいたので7人で束になっても敵いませんでした。あちらはほぼ無傷でしたし……私はその時大破して意識を失っていましたが」

 

デフォルトの状態で高速であるにもかかわらず、その火力は大和さん達を超えているように思えた。そもそも耐久力が違いすぎる。弱点らしい弱点も見当たらなかったほどだ。

唯一効いたのは青葉さんのピンポイント射撃。主砲を撃ち抜く事くらいしかできていない。

 

「ヤツガトップトミテマチガイハナイ……ヤツヲシズメラレレバ……アノカイイキハ()()()()()()()ダロウ」

 

赤い海の正体は、深海棲艦の力が及ぶ領海であることに間違いないようだ。その領海のトップを倒せば、赤みが消えていく。つまり、赤い海は深海棲艦の力に汚染されているという意味合いにもなる。

ミナトさん達は陣地の上が自分の領域なので、海にまで侵食することはないそうだ。縄張りを色として誇示しているようなもの。

 

「ふぅむ……それは困ったのう。うちの精鋭で押し切れるかと思ったんじゃが」

「本体はどうかわかりませんが、艤装がとにかく硬くて。あれを剥がすことができればまだなんとかなるかもしれませんが……」

 

そう、問題は全てあの巨大な自律型艤装にある。あの艤装だけでも艦娘最強と謳われる武蔵さんを超えている。大和さんと2対1でどうなるかというところ。

 

「よし、その情報が手に入っただけでもよかった。対策はこちらでも考えようかの。加藤、お前も頑張ってくれ」

「わかっているさ。だが誰も死なせんよ。それが私の信念だからね」

 

勿論私だって死ぬ気はない。全員で生き残り、黒の深海棲艦を打倒する。それが司令官の望みでもあるのだから、私達艦娘もそれを目標に進むだけだ。

 




集積地棲姫は三越にも来るし牛丼もテイクアウトするしカレーも食べるしで一番人間側に近い深海棲艦だと思う。PCか何かあげたら即座に艦娘側につきそう。


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赤い海の艦娘

司令官と元帥閣下の話し合いは終わり、今後のことを決めていくことに。

私、朝潮の所属するこの最前線の鎮守府だけでは荷が重い可能性がある。だが急に戦力を投入し始めたら、今度は上層部に怪しまれるだろう。ただでさえ深海棲艦が3人も匿われている鎮守府だ。波風は立てたくない。

 

「戦力増強をしてやりたいのはやまやまだが、お前の方針もあるだろう。大量に増やしてやることができん」

「そんなことは重々承知さ。欠陥(バグ)を持つ艦娘がそう簡単に出てきたら、うちの鎮守府は今頃パンクしているよ」

 

そこがやはり一番だろう。最初からの方針で、欠陥(バグ)を持つ艦娘しか引き取らないと豪語していることが、簡単に戦力増強ができない理由になっている。だが、それは私達も承知していること。最初から今いる戦力で戦うように考えている。

 

「それがじゃな、今儂のところに欠陥(バグ)を持つ艦娘を1人抱えておる。実は今日の本題はそっちなんじゃよ」

「あの子をここに配属させるんですか? いくらここでも……」

 

戦力増強ができないわけではないと言い出した元帥閣下。この鎮守府の方針にあっている欠陥(バグ)持ちの艦娘が、元帥閣下のところにはいるという。だが、今まで以上の訳ありとは何か。赤城さんも少し否定的だ。

非戦闘員にならざるを得ない脚部艤装不備の艦娘が3人、潜れない潜水艦であるはちさんに、ブレーキの効かない那珂ちゃんさん、さらには元深海棲艦のガングートさんがいるというのに、それ以上とは。

 

「まずどういう経緯で見つけたかなんじゃが……赤い海でのドロップじゃ」

「敵の領海内でドロップ……確かに聞かない現象だ」

「そう、本来なら赤い海で艦娘はドロップせん。だからこそ、赤い海が拡がったことを危惧してここに来たんじゃ」

 

海が赤で染まってしまうと、ドロップによる戦力増強が不可能になる、ということだろう。その分、深海棲艦が増えてしまうのだから問題点だらけだ。

 

「それで、その赤い海生まれの子はどんな子なんだい」

「見てもらった方が早いじゃろ」

 

元帥閣下が写真を懐から取り出して机に置いた。

そこに写っていたのは、黒い大正ロマン風な着物を着た、大きな緋色のリボンの駆逐艦娘。特徴的なのは()()()。何度か見たことがあるような、深い深い蒼。

 

「神風型駆逐艦3番艦、春風じゃ」

「……なるほど、そういうことかい。この子の欠陥(バグ)は」

「性能に関してはここの艦娘のような欠陥(バグ)はない。欠陥(バグ)()()()()()()、と言った方がいいじゃろ。なにせこの子は()()()()()()なんじゃから」

 

艦娘の生成過程で欠陥(バグ)が発生した私達とは一線を画した存在。そもそもの生成過程が間違っている。

赤い海は深海棲艦の力に汚染された海だ。だからこそ本来なら艦娘はドロップせず、深海棲艦が通常以上に湧くようになる。

だが、その赤い海から艦娘が生成されたとしたらどうなるか。その答えがこの春風さんの姿だ。本来の春風さんは桃色の着物に緋色の瞳だそうだが、着物と瞳に深海棲艦の要素が入ってしまっていた。

 

「これが艤装展開時。艦娘の域を超えておる」

「いろいろ見てきましたが、これは私も驚きましたよ」

 

次の写真では攻撃姿勢をとったもの。古鷹さんのように左腕が全て艤装で埋まっているが、問題は主砲の形状。おそらく駆逐艦の主砲なんだろうが、腕そのものが深海棲艦となったような見た目だ。

だが、私の感想としては

 

「駆逐艦が46cm三連装砲使う方がインパクトありますね」

「艤装にゲンコツが付いているのもいるしなぁ」

「は、はぁ……」

 

私達の感想にキョトンとした顔の赤城さん。

普通の鎮守府なら恐怖を覚えるような外見だろう。だが、ここは普通とはあまりにもかけ離れている。そもそもこの場に港湾棲姫という姫級の深海棲艦が存在する時点でいろいろとおかしな話なのだ。左腕が深海艤装というだけでは、もう驚かない。

 

「はっはっは! さすがじゃのぉここの鎮守府の者は」

「これくらいなら普通に受け入れられるよ。頭がイ級とかだとさすがに驚くがね」

 

別に人外というわけではないのだ。少し服が違って、少し瞳の色が違って、少し艤装の形が違うだけ。

 

「半分深海棲艦なら、考え方はどちら寄りなんだい」

「それは艦娘じゃよ。そこが汚染されてなくてよかったわい」

 

なら尚の事問題ない。一緒に戦ってくれる意思があるのなら、仲間として迎え入れられる。

写真を見ているミナトさんは、この姿に覚えがあるらしく、頭を捻っていた。

 

「ダレダッタカ……ウーン……ア、オモイダシタ。コキダ」

「こき?」

「ハルカゼトヤラニ()()()()ヤツダ。クチクコキダ」

 

駆逐古姫。そんな深海棲艦の姫級がいるそうだ。駆逐艦らしからぬスペックを持ち、特に耐久力は艦種が違うと思われるレベル。

この春風さんは、単純にオーバースペック組に入るだろう。もしかしたら見えていないデメリットもあるのかもしれない。清霜さんは食欲、時津風さんは睡眠欲が異常になっている。過剰に減った体力をそういう形で補っているのだが、春風さんにも何かあるかも。

 

「クチクコキハ……()()ダ。コイツハダイジョウブカ……?」

「大丈夫じゃなくても、しっかり教えこめばわかってくれるさ。そもそも考え方は艦娘なんだから大丈夫だよ」

 

ミナトさんは黒の深海棲艦側の要素であることを危惧している。確かにそこは不安な部分だ。突然反旗を翻して司令官を攻撃されては困る。

それでも、司令官は受け入れるだろう。

 

「わかった。ならここへの配属の手続きをしておこう。すぐにでもここに連れてこれる」

「は? すぐに? ジジイ最初から配属させるつもりだったな」

「だってお前だし。もう少ししたら来るから待っておれ」

 

ひょんな事から仲間が増えることになるようだ。霞には初めての後輩となる。だが、相手は半分深海棲艦、後輩という感じはしないかもしれない。

 

 

 

そこから少しして、訓練のために頻繁に起動していた電探に違う2つ反応を感じた。この反応の1つは私でも知っている反応。もう片方は普通ならいない反応。

 

「司令官、秋津洲さんの船がこちらに向かってきています。その隣に艦娘がいますね」

「もう到着したのか。なら出迎えよう」

 

今日そのまま配属させるつもりだったのがわかるタイミングだ。許可が降りてから連絡してもこんなに早く来ることはできない。しかも秋津洲さんを使ってここまで連れてくるなんて、前々から計画していないと不可能だろう。

 

「提督ー! 大本営からの艦娘、連れてきたかもー!」

「誰から依頼を受けたのかな」

「元帥のお爺ちゃんかも! 一昨日くらいだったかな?」

 

元帥閣下を睨みつける司令官。目をそらす元帥閣下。用意周到すぎる。これ元帥閣下がここに来る予定が無かったらどうするつもりだったのだろう。

 

「神風型駆逐艦、春風と申します。このような身体のわたくしを引き取っていただき、誠にありがとうございます……」

 

丁寧に挨拶をする春風さん。これが元々の駆逐艦娘春風の性格らしいので、深海棲艦に汚染されているようなことはなさそうだ。

海上艦の深海棲艦が混じっているということで脚部艤装による移動をしていたが、艤装が見当たらない。深海棲艦はいろいろな物理法則を無視して艤装を装備するが、春風さんもそういうことなのかもしれない。

 

「私がここの提督だよ。春風君、これからよろしく頼む」

「はい……よろしくお願いします司令官様」

「ところで、艤装はどうしたんだい? 秋津洲君の船に乗せているとかかな」

 

少し顔を伏せる。思考が艦娘故に、深海棲艦の要素がコンプレックスになっているのかもしれない。

 

「わたくしは深海棲艦ですから……艤装は意思により出現させることができます。この通り」

 

左腕を前に出す。突如腰から機関部となりえるチューブと軸が生え、腕を取り囲むように艤装が展開。ほぼ上半身と同等のサイズの艤装が、何もないところから出来上がったように見えた。ヒメさんの艦載機のように、その場で生成している。

 

「切り離すことはできないようだね。ならメンテナンスは必ず同伴でないといけないか」

「あ、あの……司令官様……気持ち悪くないのですか? 艦娘のわたくしがこんな艤装を……」

 

やはり自分の身体を悪いものと考えている。倒すべきである深海棲艦の要素で出来上がっているのだから無理もない。だが、この鎮守府ではその程度、些細なことである。

 

「何をいうか。私の愛娘となる艦娘に、嫌悪感など湧かないね」

「で、でも……」

「深海棲艦の要素があるだけだろう? ここには深海棲艦()()()()がいるのだから、何も問題はないよ」

 

司令官が後ろに目配せ。少し遠目からミナトさんが手を振る。

 

「ここがどれだけ特異な鎮守府かを教えた方が早いね。朝潮君、春風君を皆の元に案内してあげてくれ。私はこのジジイに話がある」

「了解しました。では春風さん、艤装をしまってください。鎮守府を案内します」

 

ミナトさんを見て動転していた春風さん。私達の冷静な態度に混乱しながらも、いう通りにしてくれた。久しぶりの鎮守府ということで秋津洲さんも一緒に来た。秋津洲さんとまともに話すのも、以前の司令官が鎮守府を空けた時以来だ。

 

「ここは変な鎮守府だから、気にしなくていいかも! あたしも脚部艤装がダメだから戦えないしね」

「え、脚部艤装が……ですか? だから船に……」

 

深海棲艦よりはインパクトは足りないかもしれないが、戦えない艦娘というだけでもなかなかにインパクトがある。春風さんには出来ることが多いのだ。まずは自信を持ってもらわなくてはいけない。

 

「私は主砲と魚雷が装備できないので、対空対潜と索敵に特化しています」

「眼鏡可愛いかも! それ電探だよね」

「はい。明石さんと妖精さんの力作です」

 

私のように、やりたいことをやるためではあるが、通常とは外見の違う艦娘だっている。普通と違うことが悪いことではないということが、この鎮守府ではわかるはずだ。

春風さんはただただ自分という存在がコンプレックスの塊になってしまっている。本来あるべき姿で生まれなかったこと、本来の力ではないものを持ってしまっていること、周りとかけ離れていること、その全てがネガティブになる要因だ。

なら、同じようにかけ離れた人を見せた方がいい。

 

「あれ、その子は新人?」

 

かけ離れた筆頭になりつつある皐月さんに出会えた。都合がいい。そもそも制服すら着ていないスポーツウェア姿な時点で、艦娘としては何か間違っている。

 

「はい、半分深海棲艦の春風さんです」

「今までいなかったタイプだね。じゃあもしかしてオーバースペック?」

「そうじゃないですかね。艤装の展開は深雪さんや清霜さんが喜びそうですよ」

 

この程度の反応である。その方が春風さんには驚きだったようだ。おそらく誰も驚かない。艤装を見せられても、

 

「あ、あの……こんなわたくしで、本当にいいのですか……?」

「だって仲間なんでしょ? 否定する理由ないよ。あ、訓練見てく? そっちの方が驚くよ」

 

一度見せておいた方がいいだろう。自分以外にも艦娘とかけ離れた人がいることを。

特に皐月さん含む白兵戦組の戦闘は、確実に艦娘とは違う。一般的な艦娘である敷波さんに話したときにはまず信じなかった。実際に見た時はペースが狂うレベルだった。この鎮守府の特徴でもある部分なので、これは知ってもらわなくてはいけない。

 

「こ、これは……」

「久しぶりに見たかも。山城さん、前より強くなってるかも!」

 

皐月さんの向かった先は勿論ジム。今日は白兵戦組が勢ぞろいだ。しかも、来客である大和さんと武蔵さんまでいる。

元々山城さんは武蔵さんをライバル視していた。以前の演習の時に格闘戦で勝ち切れず、殴り合いでも互角。筋肉に自信を持っていた山城さんが、筋肉で勝てなかった武蔵さんを超えることが、今の目標と言っても過言ではない。

その武蔵さんと簡易リングで模擬戦をしていた。お互いヘッドギアやグローブ、サポーターまでしっかりつけての格闘戦。見た感じ、やはり互角。

 

「ダメだ、勝敗がつかん。一回休憩しろ貴様ら。見ていてこっちが疲れる」

 

ガングートさんが止めることで模擬戦が終わったようだ。お互い汗だくだが、有意義な戦闘だったのがわかる。

 

「さすがね武蔵」

「貴様もな山城!」

 

ガッチリと握手して健闘を讃え合う。艦娘にあるまじき戦闘行為に、春風さんの思考が追いついていない。完全に思考停止していた。気持ちはわからなくもない。むしろ私としては欠陥(バグ)が無いのに当たり前のように格闘をしている武蔵さんの方が怖い。

 

「よ、よくわかりました……ここが普通では無いこと……」

 

引き攣った笑みの春風さん。自分のことより周りに慣れる方が大変かもしれない。

 




ここに来て新人、春風着任。駆逐古姫は春風より神風よりな気がしないでもない。


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見せる戦い

新たに集積地棲姫のセキさんと半深海棲艦の春風さんを迎えた私、朝潮の所属する鎮守府。来たるべき大規模戦闘に向けて、戦力増強ができたのは大きい。とはいえ陸上型深海棲艦のセキさんは、戦力というよりは拠点防衛に専念することになるだろうが。

 

春風さんを譲ってくれた元帥閣下は、赤い海の調査ということで今鎮守府に来ている。春風さんの引き渡しが本題ではあるが、アポ無しで来たのはそちらが名目としてあるからだ。

 

「爺さんは今日いつまでいるんだい」

「赤い海の調査結果も欲しいのでな。すまんが1日、場所を貸してもらえんか」

「わかった。こちらの出来うる限りの情報を渡そう。大本営にも解析してもらうのが良さそうだ」

 

同時に、護衛艦娘の方々は突然の休暇になってしまった。以前に来たときは時間も遅く、鎮守府をざっと見た後は、ただ会食し、翌朝に合同演習をしたのみだったが、今回は他にも見てもらえるものがある。また演習してもらうのもいいだろう。

 

「加賀さん、どうしましょうか。突然暇になってしまいましたね」

「そうね……ゆっくり休むというのもいいのだけれど」

「それだと身体が鈍ってしまいますよ」

 

赤城さん、優しげな見た目とは裏腹に割と好戦的。まるで神通さんのようだ。一時、戦闘とご飯の事しか考えていないのではと言われた程らしいが、本人は否定している。本当にそれだけしか考えていなければ、護衛艦娘のリーダーなんてやれないだろう。

 

「私は山城と筋トレをしていよう。大和はどうする」

「清霜ちゃんと訓練しようかしら。名誉大和型だもの、付き合える時に付き合わなくちゃ」

 

すでに大和さんに抱きついている清霜さんを撫でている。すっかり姉妹感覚だ。

 

護衛艦娘の方々はやりたいことをすぐに決めていったが、配属されたばかりの春風さんは何をしたらいいのかもわからない状態だ。姉妹艦もいないからついていく人もいない。

 

「わたくしはどうすれば……」

「春風君は今日一日でここの空気に慣れてくれればいい。変わった鎮守府だとは思うが、君もここの一員だからね」

 

私は春風さんを軽く案内したくらいだ。もう少し鎮守府を散策してもらうのもいいだろう。私達にもある程度訓練や任務があるので、構い続けることはできないが。

春風さんの艤装の解析は今日でなくてもいいだろう。元帥閣下がいる間に一度やるかもしれないが、コンプレックスが強いうちにいろいろと弄り回すのはあまりよろしくない。

 

「ふむ、春風君のためにも、この鎮守府の良さを直に見てもらおう。本日の訓練は一旦中止し、内部だけでの演習を行う。爺さんも見ていってくれないかい」

「前回はこちらの娘達と演習してもらったからのぉ。今度は身内同士を見せてくれるわけじゃな。うむ、より多くの欠陥(バグ)持ちを見せてもらおう」

 

急遽演習が決まる。哨戒任務に出るもの以外は演習参加の可能性ありということになった。私も今日は訓練だけなので該当する。

 

「春風君、これで皆のことを知ってほしい」

「かしこまりました」

 

護衛艦娘の方々に、そして春風さんに見せるための演習。ここの珍しい艦娘達を見て、ある程度開き直ってくれればいいのだが。

 

 

 

午後、見せるための演習が開始する。

演習の部隊は、司令官が任命した旗艦2人が各々部隊を決めるというもの。今回の旗艦は山城さんとガングートさん。お互い戦艦で白兵戦専門。戦力の分散も兼ねた任命だ。

今哨戒任務に出ているのが天龍さん、吹雪さん、潮さん。ここに天龍さんがいないのは残念だ。本人もすごく悔しがっていた。

 

「確実に朝潮を取らないとまずいわね……」

「朝潮を取るための選択権決めだ。コインでいいな」

 

何やら私が人気なようだが、部隊に1人、補助専門艦娘を入れるという事を考えてほしい。

 

「裏よ」

「なら私が表だ」

 

公平を期するため、司令官がコインを投げた。出たのは裏。山城さんから部隊決めが始まる。

 

「朝潮、来なさい」

「はい、私ですね。よろしくお願いします」

「まずいな……まず朝潮を()()()()作戦を取らなくては。皐月を選ぼう」

「はーい!」

 

私を叩くために皐月さんを選んだようだ。正直な話、高速で近付いてくる白兵戦というのはかなり辛い。私が回避専門になってしまうため、情報が疎かになる可能性が高いからだ。

 

「朝潮ちゃんは人気じゃのぉ」

「戦い方を変えたので。見ていてくださいね()()()()()()

「朝潮さん、これ以上甘やかさなくていいんですよ」

 

喜んでもらえるならやってあげてもいいと思うのだが。元帥閣下も私がおじいちゃんと呼んであげた方が喜ぶわけだし。

 

結果、私が選ばれた山城さんの部隊は、私、龍驤さん、青葉さん、清霜さん、深雪さん。少し軽めな編成ではあるが、バランスはいい。高火力の清霜さんに、精密射撃の青葉さん、オールラウンダーの深雪さんで押し込む。それを補助するのが私の役目だ。

対してガングートさんの部隊は、皐月さん、榛名さん、雲龍さん、蒼龍さん、霞。戦艦2人と空母2人という高火力に、私を翻弄するための皐月さん、そして必殺火力を持った撹乱役としての霞。

 

「簡単に作戦を説明するわ」

「脳筋の山城がどんな作戦立てたん」

「龍驤の曳航は徹底して朝潮。あちらは空母2人だから深雪は対空に専念しなさい。清霜は榛名を引きつけること。いいわね」

「まともやないか」

 

龍驤さんの曳航は戦えない私がやるのが賢明だ。今回の私は、索敵をしながら皐月さんをかわしつつ、対空しながら龍驤さんの曳航。やる事多すぎでは。

訓練のおかげで電探の起動時間はさらに伸びた。今なら2時間行ける。過剰なデータを受けても演習中ならもたせられる。今回はそれをフルで活用して全員に指示を出すことになる。

 

 

6人ずつ海上に並ぶ。同時に電探起動。

今回の最大の難関は、2人がかりの航空戦を掻い潜りながら皐月さんの攻撃を避け続けること。模擬刀とはいえ当たれば痛い。

 

「じゃあ……行くわよ!」

 

司令官が開始の合図を出した。同時に駆け出すのは山城さん、ガングートさん、皐月さん。戦艦は戦艦同士で戦うことになると思うので、ここからは皐月さんに注視しながらの戦いだ。

 

「朝潮、ええで引っ張れ!」

「行きます! 歯を食いしばって!」

 

ヒメさん運搬での擬似空母化した経験から、ある程度は立ち回りはわかっているつもりだ。

先に腰に巻いてもらった帯を掴み、なるべく敵のいない方向への加速。同時に指示を始める。今回は相手にバレないよう、インカムを使って小声で。

 

「深雪さん、2時から艦載機」

「あいよ。任せろ!」

 

さすがオールラウンダー。対空も相当な腕だ。艦載機の一部は龍驤さんに狙いを絞っていたが、そのことごとくを撃ち墜としていく。私も出来る時にはするが、曳航しながらはなかなかに辛い。

 

「待て待てーい!」

「皐月うちごとやるつもりやろ! 直接ぶつけたろか!」

 

龍驤さんの艦載機がダイレクトに皐月さんの顔面に飛んでいく。これはヒメさんの戦い方。艦載機を直接ぶつける、深海棲艦ならではの戦い方だ。艦娘がやると艦載機がひどいことになるが、そこは龍驤さん、当たる直前に急上昇して爆雷や魚雷を残す。

 

「ボクもヒメに訓練つけてもらってるんだから!」

「何!? 艦載機を叩き落としたやと!?」

 

皐月さんも甘くない。自分狙いの低空飛行は、直接叩き落とす手段に出た。

皐月さんがどの方向から攻めてくるかはわかるので、逃げの体勢を貫く。正直構っていられない。龍驤さんを曳航しているためどうしてもスピードは落ちてしまうが、龍驤さんの艦載機による牽制でどうにか互角に渡り合えている。

この間に他に指示を出す。

 

「清霜さん、9時に榛名さん、5時に雲龍さん」

「りょーかい!」

 

あちらには大火力をぶつける。現状一番先に倒さなくてはいけないのは空母だ。清霜さんがどちらかを倒してくれれば、逃げもやり易くなる。

 

「青葉さん、8時に蒼龍さん。霞に曳航されてます」

「はいはい、じゃあ蒼龍さんを墜としますねぇ」

 

若干手薄になったのが見えたので、即座に青葉さんに指示。その瞬間にたった1発。青葉さんの主砲の攻撃が、蒼龍さんの頭に直撃。ペイント塗れになった。

 

「うっそでしょ!? なんなの今のスナイプ!?」

「霞は早く逃げなよ。ああもう苦いなぁこのペイントは……」

 

青葉さんは同時に艦載機からも狙われている。雲龍さんの艦載機は青葉さんを翻弄させていたため、なかなか指示が出さずにいたが、清霜さんが狙いをブレさせてくれたおかげで指示が出せた。

 

「山城さん、榛名さんが7時です。気をつけてください」

「そっちに任せた!」

 

山城さんはガングートさんとの格闘戦で必死だ。お互いがお互い、この場で逃したら他が瓦解することを理解している。

 

「龍驤さん、皐月さんを一旦無視します」

「大丈夫か!?」

「榛名さんを止めます。3時。深雪さん、8時に榛名さん」

 

早急に戦艦を止めないとまずい。清霜さんと撃ち合いをしつつ、山城さんもたまに狙う。まずは清霜さんをフリーにするためにどうにかしなくては。

 

「あ、深雪さん6時に撃って!」

「真後ろ!? オッケー! 深雪スペシャル!」

 

不意な指示だったが、深雪さんが反応してくれた。ちょうど真後ろに雲龍さんがいた。このタイミングで真後ろなら避けられないと判断して、射撃の指示。しかし、少し見積もりが甘かった。

 

「残念だったわね!」

「げっ、霞!?」

 

進行方向とは逆に魚雷を撃てる霞の存在が、敵として立ちはだかった。いるのはわかっていたが、深雪さんは向いている方向にいない。そのため、撃たないと()()()()()()()()()。それが霞の強みであることを完全に忘れていた。

 

「やっべ!? ジャンプ! からのスペシャル!」

 

深雪さんの射撃は、体勢が崩れたせいで雲龍さんを掠める程度で終わってしまった。魚雷は避けられたが、跳ばざるを得ない状況に持っていかれたのが問題。今の霞なら、着地を狙う。

 

「青葉さん4時!」

「はいはーい。霞さんですね」

 

霞が魚雷を撃つと同時にヘッドショット。魚雷発射が止められず、結局深雪さんにも魚雷が直撃。ダブルノックアウトである。

 

「ぺっ……ぺっ……! にっが!」

「ああもう水浸しだチクショウ!」

 

危険な霞が墜ちたため、少し安心する。青葉さんに雲龍さんを任せ、皐月さんの対処を再開する。結局まだ清霜さんがフリーにできていない。

 

「龍驤さん、半分榛名さんってできますか? 翻弄させた方がよさそうです」

「やってみたる! でも皐月が対処できんくなってきよった!」

「どうにか清霜さんをフリーにしますから!」

 

青葉さんの精密射撃で行くのもありだが、残った相手はそれも把握して動いている。あの精密射撃、動いている相手には狙いが絞りづらいらしい。だからこそ、霞が魚雷を撃とうとした瞬間を狙ったりした指示を出しているのだ。

 

「あ……龍驤さん向き変えます!」

「ちょっ、ぐえっ!?」

 

榛名さんがこちらを狙ったのが見えた。どうにか腕力だけで龍驤さんを振り回して、強引に直角移動。皐月さんとの距離が縮まるが、榛名さんの攻撃を受けたら2人ともやられる可能性があった。遠心力で龍驤さんが良くない声を出したが、気にしていられない。

 

「よし、近付けた! 覚悟ぉー!」

「清霜さん、5時」

「やっとフリーになったからね! てぇーっ!」

 

このタイミング。榛名さんが清霜さんから目を離したこのタイミングを待っていたのだ。清霜さんは普通の戦艦と違い、駆逐艦の小回りがある。だからこそ、即座に真後ろも撃てる。その位置には皐月さんだ。

 

「え、マジ!? ぎゃあっ!?」

「龍驤さんこれで大分楽になりましたね」

「あんにゃろ、寸前に一発入れよった! 中破判定、艦載機発艦不能や」

 

青葉さんが雲龍さんを押しとどめてくれているおかげでなんとかなりそうだが、龍驤さんが中破。空母の中破は致命的だ。艦載機の発艦ができないということは、現状制空権は完全にあちらのもの。雲龍さんの艦載機がいたるところに爆撃を始める。

 

「艦載機が処理しきれない……!」

 

艦載機を処理しながらの索敵は思った以上にキツイ。演習とはいえ実戦だと負担が大きい。だが、発艦時に動きが多少止まるのがわかった。それなら青葉さんの出番だ。

 

「青葉さん、お願いします」

「はいはーい」

 

またもや青葉さんのヘッドショット。雲龍さんが一撃大破。残りは榛名さんのみ。こちらには清霜さんと青葉さんがいる。

 

「あとはよろしくお願いします」

「清霜に任せて! 名誉大和型の栄光、伊達じゃないから!」

 

私と龍驤さんで逃げながら、あとは清霜さんと青葉さんに榛名さんを任せる。いくら榛名さんといえど、あの2人では分が悪い。青葉さんを狙うと清霜さんの大火力、清霜さんを狙うと青葉さんのヘッドショット。四面楚歌だ。案の定、青葉さんを狙ったところで清霜さんにやられてしまった。

 

「山城さん、こちらすべて終わりました」

「ご苦労様。ガン子、もういいわね」

 

ガングートさんに終わりを促しているが、思った以上に打ちのめしていた山城さん。

 

「ああ、もう勝ち目はない。今回はこれで勘弁しておいてやる」

「そんなのどこで覚えたのよ……」

 

出来ることなら全員無傷で終わらせたかった。深雪さんがやられてしまったのは反省点だ。

 

 

 

ここからは感想戦。

 

「青葉ぁ、頭狙うのやめてくんない……?」

「苦い……」

「だって確実に轟沈判定じゃないですかぁ。1発で終わるならそれに越したことないですしぃ」

 

舌を出す青葉さん。確実性だけなら確かにヘッドショットが一番。精密射撃を得意とするならそれを狙うのがベストである。だが、ペイント弾は思った以上に苦い。

 

「ホントよ。わざわざ頭って」

「霞はあたしを轟沈判定にしたんだからいいだろうがよぉ。魚雷は苦くないけどグッショグショだぜ」

 

霞の背面撃ちに関しては私のミスだ。深雪さんには申し訳ないことをした。

今回の私は、知っている霞の攻撃手段と、皐月さんの迫撃に対応しきれなかったこと。これに尽きる。艦載機を半分以上深雪さんに任せてしまっていたのもあるが、曳航との並行思考は思った以上に難しい。そういうところも訓練しなくてはいけないとつくづく思う。

 

「えぇと、青葉さんが3人、清霜さんが2人ですね。さすがです」

「皐月ちゃん倒せたのは朝潮ちゃんの指示のおかげだよ」

 

あれはうまくできたと思う。皐月さんが完全に私につきっきりになったからできたことだ。相手の動きも少しだが読めたように思える。

 

「春風君。どうだったかな。あれが君の仲間だよ」

「その、思っていた以上に個性的ですね……わたくしもここでなら大丈夫そうです」

 

春風さんにもいい影響が出たようだ。これならコンプレックスもあまり気にならないだろう。というか、誰も気にしていないどころか、それすらも簡単に受け入れるだろうから、気になることも無さそう。

 

「前より洗練されとるのぉ。赤城、どうだったかね」

「苦戦しそうですね。あの指示、朝潮さんがやっていたようです。どちらも朝潮さんを欲しがっていた理由がよくわかりましたよ」

 

見せたいところは見せられたようだ。頭痛もない。おそらく一番の状態だった。これを維持できればいい。




仲間内での演習風景は初めてでしたが、朝潮が重要になり過ぎている感。鎮守府最強の補助役として日々精進。


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黒い春風

鎮守府内演習後、今日の訓練は全て自由になった。ある程度の許可を取れば好きに訓練ができるということ。身体を休める人もいれば、率先して元々やるはずだった訓練を始める人もいる。

私、朝潮は今日の予定は対空訓練だったが、演習に参加したということで非番に。以前と同じように、演習参加者はそのまま非番となっていた。勿論、霞もだ。

 

「姉さんと一緒に非番というのも久しぶりね」

「そうね。今日はゆっくりさせてもらいましょう」

 

と言いながら電探は起動している。これだけは毎日やっておかないと、私の頭が慣れてくれない。今までこれをやり続けたお陰で、今回の演習は頭痛無しで終わることができた。

 

「味方だとすごく心強いけど、敵にするとあんなに厄介なのね」

「今回は曳航しながらだったけど、戦場は全部見えていたわ。演習くらいの狭い空間ならもう大丈夫かも」

 

自分の成長がよくわかる演習だった。部隊の相性が悪くさえなければ、曳航しながらでも全開で戦える。もう少し余裕があれば全員無傷も行けるだろう。

演習だからどうとでもなった感じはあった。実戦ではまた違う。当たってもマシな演習から、当たったら死が見える実戦。注意力は今まで以上に必要だ。

だからこそ、訓練は欠かせない。出来ることなら、もう少し実戦経験を積みたい。

 

「あ、どうせなら春風を見に行かない? この鎮守府に早く慣れてほしいし」

「あら、先輩風?」

「そういうのじゃないわよ!」

 

だが、春風さんが気になるのはわかる。今回の一件でコンプレックスを感じなくはなりそうだったが、実際に受け入れるには時間がかかるだろう。私達のような欠陥(バグ)とはわけが違う。

霞は言葉通り、ここにすぐに馴染めるように手伝いたいのだろう。私もそれは同じだ。仲間なのだから、すぐにでも仲良くなりたい。

 

 

 

春風さんは鎮守府外周で海を眺めながら歩いていた。元々持っていた和傘を差し、しゃなりしゃなりと歩く姿は、とても様になっている。まさに大和撫子な雰囲気。和傘は深海棲艦の汚染の影響がなく、リボンと同じ緋色。着物が深海棲艦の黒のせいで少し浮いているように見えてしまうが、それはそれで綺麗だ。

 

「あら、朝潮さんと霞さん。御機嫌よう」

「こんにちは春風さん。調子はどうですか?」

「はい、問題ございません。ここの鎮守府は良いですね……わたくしのような異質な存在でも、すぐに受け入れてくれました」

 

気にしている節は見えるが、そこまでではないようだ。

 

「まぁ、ここの鎮守府はおかしなのが多いからね。艦娘が殴り合いなんて聞いたことないわよ」

「あれは……そう、ですね」

 

なんとも言えず苦笑するしかない。あれが一番特殊な部分だろう。あれがまかり通っているのだから、大体のことは許容できる。

 

「他の皆様からも話を聞きました。ガングートさんは元深海棲艦だそうで……半分この私とはまた違ったものですね」

「そうですね。ガングートさんは稀に前世が出ることもありますから、春風さんには近い方じゃないかと思います」

 

自分と近しい艦娘がいるというのも、コンプレックスを吹っ切れるきっかけになるだろう。幸い、ここには元深海棲艦のガングートさんがいる。今の春風さんには朗報だ。

春風さんの欠陥(バグ)……というより()()は、鎮守府の中では一際特殊だ。だが、目を背けるようなものでもない。

 

「ここでなら、わたくしは生きていけます。挫けることもございません」

「それなら良かったです」

 

ここに来た当初は、私が見ても暗い顔をしていたように見えた。一番最初の霞の時のような、いつ泣き出してもおかしくないような雰囲気もあった。

でも今は違う。暗さは見えず、前を向いている。心が折れてなくてよかった。完全に開き直っているかは定かではないが。

 

「実はわたくしも山城さんに勧誘されました」

「白兵戦に? される理由無くない?」

「この傘で戦えないかと」

 

無茶を言う。傘はそういう武器ではない。これで敵を叩いたら、すぐにボロボロになってしまうだろう。いくら艤装の一部だとしても。

 

「丁重にお断りさせていただきました。わたくしは深海艤装で手一杯です」

「大丈夫よ。あの勧誘は新興宗教だと思ってればいいから」

 

話していると春風さんの人柄がよくわかる。歩き方からもそうだが、全ての言動からどことなく奥ゆかしさを感じる。今まで鎮守府にはいなかったタイプでは無かろうか。一緒にいるだけで温かくなるような、そんな雰囲気。

 

「そういえばさ、私ちょっと気になってたことあるのよ」

「わたくしのことでしょうか」

「訓練、どうやってやるの? 深海艤装って実弾以外だと水鉄砲飛ばせるらしいんだけど」

 

そういえばそうだ。主砲訓練は実弾での訓練なのでそこまで問題は無さそうではあるが、春風さんは装備に関しては万全な状態。対空、対潜、雷撃まで全てできる。デメリットが全て見た目に影響してしまった、オーバースペックな深雪さんというイメージだ。

 

「水鉄砲ですか。少し試してみましょう」

 

左腕を上げ、艤装展開。これは本当に便利な機能だ。私達は工廠に行かなければ艤装の装備ができないが、春風さんはどこにいても艤装を装備できる。代わりにメンテナンスが本人立会い必須だが。

誰もいないことを確認し、主砲を海に向ける。そして

 

「こう、でしょうか」

 

以前ヒメさんが艦載機から出した、黒いオイルのような弾が発射された。海に落ちた瞬間に霧散する辺りもヒメさんの時と同じ。勢いは見た目重巡主砲と同じくらい。おおよそ駆逐艦の放つ攻撃力ではない。

 

「ああ、やっぱりできるのね。なら安心したわ」

「訓練は万が一にでも傷付かないように細心の注意を払っていますから」

「そうでしたか。それならこれができてよかったです」

 

艤装を収納。展開の動きが逆再生されるように消えていく。艤装を展開しても服に何も影響がないというのは不思議だ。左腕全てを埋め尽くす大きな艤装だったのに、消えれば元々あった振袖部分も綺麗に残っている。

まるで腕そのものを艤装に変換しているような印象だった。生身の左腕を外して、艤装の左腕をつけている。そんな感じ。

 

「元帥様に拾われた時、この艤装展開を見せただけでも、周りの方々はおかしなものを……気持ち悪いものを見る目でわたくしを見ていました」

「春風さん……」

「ですが、皆様は違いました」

 

左腕を見ながら微笑む春風さん。少し暗い雰囲気は出たが、すぐに気を取り直すことができている。自分の力を受け入れられている。

 

「ここの鎮守府はわたくしの拠り所です。皆様のため、そしてわたくしのためにも、この鎮守府は誠心誠意守らせていただきます」

 

ほんの少し、瞳に蒼い炎が灯ったように見えた。

人型の深海棲艦によくある現象で、炎が揺らめくように瞳に光が灯る。どういう原理でそういったことが起こるかはわからないが、同じ現象が起こるセキさん曰く、「気合が入ると燃える」という何とも曖昧な答えだった。

今の春風さんは気合が入っているということだ。気にしているかもしれないが、吹っ切れるのも時間の問題だろう。

 

 

 

その後は新人ということもあり春風さんと一緒に行動をする。駆逐艦の中では後ろから数えた方が早い配属の私達3人。差としては僅かだが、一応先輩だ。今日来たばかりの春風さんには、教えてあげることが多い。多少なり案内はしたが、まだまだ知らないことは多いはずだ。

 

「本日は自由訓練との話でしたが、皆様訓練をしているのですね」

「そうですね。今日は春風さんの他にも集積地棲姫……セキさんも仲間入りしてますから。あれは多分そういう訓練です」

 

少し遠目に見える陸上型の陣地。回避訓練の一環として、深海棲艦直々に艦載機を飛ばし、それを回避する。実戦さながらの訓練のため、艦種問わず多くの人が志願していた。

今回の対空訓練は、ミナトさんと新人のセキさんが2人がかりで艦載機を飛ばしていた。ミナトさんは蛇のような頭から、セキさんは黒い木箱から大量の艦載機が溢れ出し、それを那珂ちゃんさんと長良さんがヒラリヒラリと避けていた。

 

「結構な数出てるわね、加賀さん」

「そうね赤城さん。我々の艦載機より多いのでは」

 

回避訓練の様子は、私達が歩いている先で一航戦の2人も眺めていた。同じく艦載機を使うものとして、何か感じるものがあるのだろう。ここでしか見られない訓練だから、見ておいて損はない。

 

「あら、朝潮さん、ちょうど良かった。あの回避訓練だけど」

「はい、なんでしょうか」

「那珂さんは確かブレーキが効かないのよね。もう1人の長良さんは何を抱えているの?」

 

一航戦の2人でようやく追いつくかというほどの艦載機の数を、ただただ避けるだけの訓練とはいえ、1回も被弾せずに全てを避け続ける2人は、赤城さんとしてはそちらにも興味があったようだ。隣の加賀さんも目を離していない。

 

「長良さんは装甲が脆すぎるんです。艦載機を撃ち墜としたとしても、その破片が当たるだけで大破するかもしれないと言っていました」

「なるほど、だから少し大振りに避けているのね」

 

今回の回避訓練は、陣地に乗れれば勝ちということにしているようだ。那珂ちゃんさんも長良さんも、艦載機からの攻撃を避けながら前に進もうとしている。だが、進めば進むほど攻撃は濃厚に。長良さんは自分の身体の心配があるので深入りできない。

 

「……隙間はあるのですね。巧妙に隠されていますが」

「はい。あれでも手加減してます」

 

電探の力である程度は艦載機の位置は把握できるが、微妙に抜けられる隙間を作って艦載機を飛ばしている。その道を見つけられるかもこの訓練の課題。

 

「姉さんはわかるけど、春風もこの距離からでもそういうのわかるの?」

「はい、何となくですが」

 

先程よりも瞳の炎が大きくなっているように見える。真剣に見つめているからこそだろうが、本当に深海棲艦が混ざっていると実感してしまう。

一航戦の2人も春風さんの状態に気付いたが、顔色一つ変えなかった。本当にこの鎮守府のことをわかってくれている。

 

「あ、那珂ちゃんさんが抜けましたね。長良さん惜しいです」

「先にゴールした方が勝ちってルールみたいね。長良さんはハンデ大きすぎじゃないかしら」

 

遠目なので何を話しているかはわからないが、長良さんが悔しそうにしているのと、那珂ちゃんさんがVサインしているのはわかった。

今度の戦いはあれくらいの艦載機が飛んでくる可能性だってありえる。陸上型は来ないと思われるが、空母型の姫級が来てもおかしくない。私も今度あの回避訓練を受けよう。あれは確実に役に立つ。

 

「深海棲艦の訓練……私達も受けてみましょうか加賀さん」

「それはいいけれど……まぁいいわ。少し入れてもらいましょう」

 

そう言って一航戦の2人は訓練の方へ行ってしまった。見ているだけでは我慢できなくなったのだろう。ここでしかできない魅力的な訓練だ。

 

「……お優しい方々ですね。わたくしを見ても何も言わないでくれました」

「あの人達はここの実情知ってるもの。深海棲艦3人と会った時は流石に臨戦態勢になってたけど」

「大丈夫ですよ春風さん。この鎮守府の関係者はみんな優しいですから」

 

元帥閣下も、その護衛艦娘の方々も、内情を知った人だ。この鎮守府のことに関しては、基本的に目を瞑ってくれるまである。深海棲艦を匿っていることすら受け入れてくれているのだから、信用に値する。

春風さんの悩みは杞憂というものだ。あとは自分の力で。

 

遠くの方で赤城さんの悲鳴が聞こえたが、そっとしておこう。多分ミナトさんとセキさんが本気で艦載機を出したのだと思う。隙間はちゃんと作っているみたいだが。

 




深海春風というイメージで書いています。最初は和傘が仕込み刀でしたが、さすがにやめました。でも傘を使った戦闘はいつかやりたい。


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深い深い闇

夜、司令官と元帥閣下の情報交換も終わり、新人歓迎会も兼ねた会食に。深海棲艦の3人も、今日ばかりは鎮守府に来ている。セキさんも本来なら歓迎される側なのだが、一歩後ろから眺めるに留まっている。

話題は当然春風さん一色だ。半深海棲艦の艦娘というのは深海棲艦側から見ても特殊な存在のようで、人見知り気味なヒメさんも春風さんには興味を持っていた。

 

一番盛り上がったのは、春風さんの艤装展開。ミナトさんが改めて確認したいということで、皆の前で見せた。元々あの艤装展開を知っているのは、私を含め極少数。明石さんも見るのが今回初めて。

 

「すげー! 超かっこいいじゃん!」

「もっかい! もっかい見せて!」

 

やはり深雪さんと皐月さんが何も無いところから現れる厳つい主砲というのに心くすぐられている。思考傾向が男の子寄りだからだろうか。

 

「あれでそのまま殴ればダメージ大きそうね。白兵戦行けるわ」

「姐さん、それだけはやめてやってくれ」

 

山城さんはブレない。天龍さんが止めなければこの場でも勧誘を始めかねない。すでに一度勧誘しているそうだし、今のままだと本当に新興宗教だ。

 

「このような艤装ですが、どうかお気になさらず」

「気にするも何も、心強いぜ。オーバースペック組が1人増えるなこりゃ。トキツと同じくらいか」

「んー? そーだねー。あたしと同じ同じー」

 

深海棲艦は、駆逐艦でも鬼級姫級なら火力が巡洋艦並にあることは実証済み。春風さんも混じっているのが姫級故に、火力が駆逐艦の域を超えている。この鎮守府ならそういう艦娘も普通にいるため、形状以外は別にどうということは無かった。

 

「デメリットはあるのか? キヨシは大食いで、トキツはすぐ寝るが」

「今のところ、これといってございません。外見……ということで」

「ならなるべく他の目に当たらない部隊に入れる方がいいな」

 

全員が全員()()()なわけじゃないし、と天龍さんが呟く。たしかにそこは大きなデメリットかもしれない。

春風さんは友軍艦隊に入れることが難しい。私達や、護衛艦娘の方々は最初から知っているからこの反応なだけだ。そもそも黒い着物の春風さんを見た時点で、他の人はどういう目で見るかが私達にはわからない。春風さんが嫌な思いをするくらいなら、最初から離しておいた方がいいだろう。

 

「春風君は明日から早速訓練と哨戒任務に出てもらうよ。皆、そのつもりでお願いする」

 

水上訓練が不要なのはわかっていた。何せ、この鎮守府まで海上移動で来ている。秋津洲さんの船の隣を普通に移動していた。

哨戒任務はさておき、訓練はどうするのだろう。装備しているのは駆逐主砲らしいが、出力は重巡洋艦並という不思議な装備のため、どの枠に入れられるのかが不明である。

 

 

 

翌朝。元帥閣下はもう少しだけいるとのこと。護衛艦娘に赤い海を偵察させたいらしい。

そこへ、私と春風さんが呼び出された。そこには、準備万端の護衛艦娘の方々。

 

「朝潮君、春風君。早速で申し訳ないが、彼女達の付き添いをお願いしていいかな。何、すぐ撤退でも構わない」

「私はいいのですが、春風さんは何故ですか?」

「明石君の希望でね。赤い海で何か影響を受けないかの調査だよ」

 

赤い海から生まれた春風さんに、赤い海がなんらかの悪影響を及ぼさないかの調査、ということだろう。万が一のことがあれば、戦場が狭まる。事前に知っておけば対策も取れる。

 

「了解しました。私があの場所まで連れていくということですね」

「うむ。なので、朝潮君、偵察部隊の旗艦を頼むよ」

「え」

 

一航戦、さらには大戦艦大和型を従える旗艦。急に緊張感が増した。

 

「よろしくお願いね、朝潮さん」

「貴女の指示は評価しているわ。背中を預けます」

 

あの一航戦に言われると余計に緊張する。旗艦というものが初めてだというのに、よりによってその部隊のメンバーがこの鎮守府の艦娘じゃないというのはさすがにどうか。

春風さんも昨日入ったばかりの新人だ。即戦力ではあるが、まだ右も左もわからないだろう。特に引っ張らなくてはいけない。

 

「私はいつも通り対空と対潜で。戦闘は後の方々に任せます。それでいいですよね?」

「ああ、それで頼むよ。基本は君と春風君を中心とした輪形陣。万が一戦闘になりそうな場合は、君は後ろに下がる。これでいい」

 

あくまでも指示に徹しろということだろう。艦載機や潜水艦の処理はある程度やるが、基本はバックアップ。

 

「では全員にインカムを渡すよ。以降、彼女達は君の指示に従う」

「了解しました。では準備します」

 

艤装を準備するのはあとは私だけだ。春風さんは何もせずともそのまま海の上は行ける。深海艤装はそういうところは本当に便利だ。

 

「旗艦朝潮。出ます!」

 

準備を手短に済ませ、5人を引き連れて工廠から出撃した。

 

 

 

しばらく海を進み、そろそろ赤い海が見えてくる。陣形は当初言われていた通り、私と春風さんを中心とした輪形陣。大戦艦と一航戦に守られているというのは心強い。

 

「電探とソナー起動します。……付近にはまだ何もありません」

「目視でも何もありません。穏やかな海です」

 

赤い海が近づくにつれ、交戦する確率は高まる。だが、今回はそれもない。あちらも警戒しているのか、ただ自分の領海に誘い込んでいるのかはわからない。

 

「ふむ、確かに遠目で赤らんでいるな。あれが目的地か」

 

武蔵さんがいち早く目視で赤い海を確認した。以前よりも早いタイミングだ。拡がっているということがわかる。

以前にここまで来た時は、ミナトさん達の陣地もあったこともあり、岩礁帯がチラホラ見え始めていた。しかし、今はまだ海の真ん中。障害物も何もない、広い海上だ。戦艦棲姫改に襲撃された時も、このような見晴らしのいい海。

 

「戦艦棲姫改は、海中から主砲を放ってきました。電探は付けたままですので、警戒は怠らずでお願いします」

「ええ。慢心はダメですもの。偵察機を発艦します」

 

弓を構える赤城さん。それに合わせて加賀さんも構えた。ここからは艦載機を使っての偵察も入る。私の索敵範囲以上にまで飛んでもらえるのはありがたかった。その分、海上に近い場所を確認し続けなければ。

そういえば前回出現されたとき、ヒメさんとガングートさんはいち早くその気配に気付いた。青葉さんの索敵にかかる前に、海上に主砲が顔を出す前にだ。もしやと思い、春風さんを確認する。

 

「春風さん、身体は大丈夫ですか?」

「はい、今のところは何も」

 

本人は気付いていないようだが、瞳に炎が灯っている。気持ちが入ると灯るということだが、平時の状態で灯っているということは、赤い海の影響が出ているということではなかろうか。

それでも何も感じていないのだから、近くに敵はいないのだろう。私の索敵範囲にも入っていないし、赤城さん達の偵察機からもなにもない。

 

「進みます。赤い海へ」

「そろそろ私達が壁になりますね。朝潮ちゃんは少し下がって」

 

輪形陣を少し崩し、戦艦2人が私の前へ。最強と謳われる戦艦2人に守ってもらえるのは光栄だ。生存率が一気に上がったようにさえ思える。鎮守府の皆が頼りないわけでは当然ない。この2人が頼りあり過ぎる。

 

少しずつ、足元が赤く染まってくる。敵陣に入っている。そこで早速春風さんが反応する。

 

「何か……来ます」

 

瞳の炎が一際強く燃える。この反応はあの時のヒメさんと同じ。私達には見えない何かをジッと見ている。深海棲艦の気配察知は艦娘の並ではないことは実証済み。敵影だけでなく、砲弾だけでも索敵範囲外から反応していた。

春風さんが反応してから少しして、私の電探、さらには一航戦の偵察機にも反応。

 

「電探に反応。敵連合艦隊接近中」

「偵察機から伝令。こちらでも敵連合艦隊確認しました」

 

潜水艦はやはりいない。海上艦のみでの12体。だが今回は厄介なことに、危険な敵も混ざっている。

 

「反応が1つ、姫級。これは……戦艦棲姫……!」

「改ではなく?」

「はい、速さが違います。これは普通の戦艦棲姫です」

 

反応的にあれは改ではない。速さもそうだが、自律型艤装のサイズも若干小さい。あちらは姫級や鬼級も量産されているとは聞いているが、戦艦棲姫も複数体いる可能性があると思うとゾッとする。

一旦ここで司令官に指示を仰ぐ。おそらく今回は護衛艦娘の方々もいるので戦闘だろう。

 

「司令官、こちら偵察部隊旗艦の朝潮です。敵連合艦隊を発見」

『戦力は』

「戦艦棲姫がいます。あとはイロハ級、戦艦2、空母2、軽巡4、駆逐3」

『了解。元帥閣下よりの指示は殲滅だ。可能ならばその敵連合艦隊を倒してくれ。くれぐれも無茶だけはしないように』

「了解。難しそうなら撤退します」

 

今後はこちらも連合艦隊で出るべきだと思いつつ通信を切った。

想定通り、戦闘。撤退も視野に入れ、全員の帰還を目指す。私が指示するのも恐れ多いが、今回は私が旗艦、かつ電探による司令塔だ。さらには敵に空母がいるため、対空も必要。

 

「各員、戦闘態勢に移行」

「了解。偵察機帰還後、攻撃隊を発艦します」

 

間も無く接敵。同時に偵察機が帰還。即座に矢を変え、攻撃隊の発艦を始める。

 

「第一次攻撃隊、発艦してください!」

「ここは譲れません」

 

これが本気の一航戦。矢を一射しただけで、ミナトさん達陸上型深海棲艦と同じ、いやそれ以上の数の艦載機が飛び立った。演習の時に見た全機発艦とはまた違う。あれでも手を抜いていたということだ。

 

「敵艦載機発艦しました。迎撃します」

 

だが数があまりに違う。敵空母の練度はそこまで高くない。気持ちいいほど圧倒的だ。抜けてきた艦載機を撃ち墜とすのみで問題ない。索敵に集中できる。

 

「敵軽巡、あれはツ級……でしょうか」

「すみませんが、アレは先にやってもらえませんか。我々に不利です」

 

対空特化の深海棲艦、軽巡ツ級。一航戦の艦載機も容赦なく墜とす対空能力は、今の戦場において問題が多すぎる。早々に対処しなくては、一航戦が全力を出せない。

 

「了解しました。大和さん、武蔵さん、軽巡を最優先でお願いします。春風さんは護衛の駆逐から」

 

言うが早いか、すでに動き出していたのは春風さんだ。先行してきていた敵駆逐艦に対し、指示を出す前にすでに撃っていた。思っていた通り威力は重巡主砲並。駆逐艦程度なら一撃で撃沈させる。

 

「ほう、大人しそうな顔して、やる事は豪快じゃないか! この武蔵が続くぞ!」

「武蔵、無茶しないの」

 

そう言いながら戦艦の2人も的確に敵軽巡を撃沈させる。敵の方が数が多いのに、一定の線から越えさせないほどの蹂躙。背後を取られるようなこともなく、私の索敵もそこまで必要がない。

 

「大和さん、武蔵さん、敵戦艦が回り込もうとしています。大和さんは9時、武蔵さんは3時」

「っと、主砲がデカイとそちらも見えないのでな。助かるぞ!」

 

即座に真横へ対処。確かに2人とも主砲がかなりのサイズ。清霜さんほどではないが、真横が見づらいことこの上ない。

敵の攻撃を受けることなく返り討ちにするが、さすがに敵も戦艦、持っている盾のような装備で武蔵さんの主砲を受けていた。一撃撃沈とまではいかないようだ。

 

「なっ、春風か!」

 

だが、その敵戦艦の後ろ。すでに春風さんが回り込んでいた。ほぼゼロ距離からの砲撃により、敵戦艦は撃沈。

春風さんの動きが予測できなかった。戦場全体を索敵しているので位置自体には気付いていたが、指示もなくあの位置にまで動いていた。まるで()()()()()()ような動き。

 

「やるなぁ春風! まだまだ敵はいるぞ!」

 

戦艦2人の砲撃で、敵軽巡4体はすぐに片付いた。敵駆逐艦3体も春風さんが全て終わらせている。残りは戦艦棲姫、空母2体、戦艦1体。

 

「邪魔なツ級がいなくなりましたね。第二次攻撃隊、発艦!」

 

敵の対空砲火が無くなったところを見計らって、赤城さんが攻撃隊を発艦。最初の発艦では敵艦載機との空中戦に加えて敵軽巡の対空により敵にダメージをあたえられなかったが、今ならその心配もない。2人での攻撃隊発艦により、敵の戦力を着実に削いでいく。

 

「戦艦棲姫はその場から動いていません」

「了解。ならば砲撃には当たりません」

 

移動しながらの発艦。ブレることなくまっすぐ戦艦棲姫に向かうが、そこは姫級、見えている爆撃は軽く払うだけで無傷にまで持っていく。さらには敵空母の艦載機に阻まれ、なかなか本体は狙うことが出来ない。合間合間に戦艦棲姫の砲撃が混ざるので、ダメージは無いものの揺さぶられている。

 

「残った戦艦は大和さんの方です!」

「はい、見えています。主砲、斉射!」

 

やたら動く戦艦には、こちらも戦艦をぶつける。大和さんの攻撃を、やはり盾でガードしている。一筋縄では行かない。と、思った矢先だ。

 

「春風ちゃん!?」

 

大和さんが狙った敵戦艦の後ろ。すでに春風さんがいた。さっきまで武蔵さんの方にいたと思えば、次はこちら。しかもしっかり後ろを取って、盾を使えない位置からの一撃。大和さんで削り、春風さんがトドメを刺す。連携としては完璧なのだが、違和感が拭えない。

 

「残り空母2体と戦艦棲姫!」

「空母も終わったわ。残りは姫級のみ」

 

加賀さんが次の矢を番える。空母同士の戦いで、一航戦が競り勝ったようだ。これで残りは戦艦棲姫のみとなる。合間合間に攻撃はしてきていたが、指示するまでもなく皆が避けていた。さすが最強の部隊といったところか。

問題は春風さん。動きが本当に読めない。瞳の炎は今までにないくらい燃え盛り、タービンを積んでいないのに移動速度が恐ろしく速い。電探には反応があるのだが、即座に別の場所にいる。

 

あともう一つ、攻撃する度に()()()()()

 

「ナカナカ……ヤルジャナイ……」

「随伴艦に頼り切ったのが貴様の敗因だろうよ」

 

武蔵さんの砲撃が決戦の合図。改ではないとはいえ、自律型艤装の硬さは相変わらずであり、その砲撃を受けても軽傷で済んでいる。

 

「なら2人がかりよ。武蔵、大和も手伝います」

「おうよ。今は遠慮無しだ。主砲、一斉射! 薙ぎ払え!」

 

総攻撃をする中、何か嫌な予感がした。電探はそのまま、春風さんの動き()()を注視する。戦場で1つのものを見続けるのは自殺行為だが、他の方々に任せられるのなら気になることを優先する。

大和さんと武蔵さんが斉射、さらには赤城さんと加賀さんの艦載機の爆撃をする中を駆け抜けている。一歩間違えれば自分に当たってしまうような危うさ。今までもこの動きをしていた。あれは()()()()()()()()()

 

「シズマナイワ……ワタシハ……ニドト……!」

 

あれだけの攻撃を受けているのに、こちらに砲撃を返してくるほどのタフさだ。艤装は元より、本体も相当強い。動き出してしまうと、致命傷を与えるのには至らない。

 

「イヤ、ココデ沈ミナヨ」

 

この砲撃の中、春風さんが戦艦棲姫の真横にいた。

その声は、いつもの春風さんのものではなく、反響するような深海棲艦の声。口調まで違う。一瞬誰の声かわからなかった。

戦艦棲姫のうなじの辺り、ロングヘアーと自律型艤装のせいでなかなか見えなかったが、接続コードらしき部分を、すり抜けると同時にピンポイントで撃ち抜いた。

突如、動きを止める艤装。本体との接続が切れたことで機能が停止したのだろう。本体も突然の攻撃によろめく。

 

「今だ! 撃てぇ!」

 

その瞬間を見逃すわけもなく、大和さんと武蔵さんの主砲による攻撃が直撃。そのまま撃沈となった。

 

 

 

戦闘はこちらの勝利。多少の傷はあれど、完勝に近い。戦艦棲姫が消滅するところを見届ければ、戦闘終了だ。

 

「イツカ……シズカナ……ソンナウミデ……ワタシモ……」

「ソンナコト言ッテ、何ニナルノサ」

 

あれだけ暴れまわった春風さんが、倒れ臥す戦艦棲姫の側に。あとは消滅を残すのみとなっている戦艦棲姫の頭に砲身を突きつけた。

それは良くない。いくらなんでも、いくら敵でも、それだけはやっちゃいけない。

 

「春風さん、こちらへ来てください。それはダメです」

「……」

「春風! こっちに来なさい!」

 

少し乱暴だが、春風さんを呼び戻す。今の春風さんは正気じゃない。半分混ざった深海棲艦の力に飲み込まれている。辛うじて私達の仲間としての意識はあるみたいだが、言葉でわからないのなら実力行使するしかなくなる。

 

「春風!」

 

話を聞いていない。これはダメだと思い、一気に駆け寄る。戦艦棲姫の頭を撃ち抜こうとした瞬間にギリギリ間に合い、春風さんを突きとばせた。発射された弾はあらぬ方向へ飛び、何事もなく着水。

驚いた表情なのは戦艦棲姫だ。どうせ死ぬのだから撃たれる覚悟もあったのだろう。それでも私が助けたことに、動揺を隠せないでいた。

 

「マッタク……カンムストイウノハ……ツクヅクアマイ……」

 

そう言い残して戦艦棲姫の消滅。これによって戦闘は終了。

次はこちらをどうにかしないといけない。春風さんはまだ飲まれたままかもしれない。

 

「春風! 正気に戻れ!」

 

主砲を撃つ間も与えず、全力で頰を叩く。それで正気に戻ったのか、艤装が消えていく。瞳の炎は灯ったままだが、先程よりは弱くなっていた。

 

「あ……わた……わたくしは……」

「覚えていますか」

「あのような、ことを……わたくしは……」

 

記憶はあるようだ。自分のしでかしたことがフラッシュバックしたようで、頭を抱えて泣きじゃくる。

 

春風さんはこれ以上ないデメリットを抱えてしまっていた。戦闘行為そのものが、深海棲艦の力に飲まれるきっかけになる。いつ私達に砲を向けてくるかわからなくなってしまった。




深海棲艦の力の源は、恨み辛みなどの負の感情。それだけだと狂ってしまうので、それを楽しむための理性の崩壊。


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深海の力

偵察任務から帰還した私、朝潮が旗艦を務める部隊。だが、その表情は暗いものだった。その場で戦果は報告しているが、その時点で春風さんは動かなくなってしまっており、武蔵さんが曳航する形で帰ることに。

春風さんはあの後さんざん泣き続け、痛々しい表情だった。虚ろな目で、フラフラと工廠から出て行く。艤装を置く必要がないので、おそらくお風呂にも行かずにそのまま自分の部屋に戻るのだろう。危なっかしくて1人にしたくない。

 

「朝潮君、詳細を報告してほしい。春風君に何があった」

「……場所を変えましょう。護衛艦娘の方々は元帥閣下に報告することがあるでしょうし」

 

赤城さんを筆頭に、護衛艦娘の4人はあえて何も言わないでいてくれた。こちらの事情はこちらで片付けるべきだという判断と、割と強引に春風さんを引き渡した責任もあるとのこと。

 

工廠の別室に2人で入り、鍵をかけた。この話はあまり外に出したくない。

 

「さて、腰を据えて話をしようか。春風君はどうしてしまったのかな」

「攻撃するとき、笑っていました。戦闘を楽しむというより、()()()()()()()()()ような、残忍な笑み……というんでしょうか」

 

春風さんのいつもの調子からは考えられない表情だった。私が以前に見た深海棲艦の鬼級、軽巡棲鬼に近しい表情だったように思う。攻撃するときに、悪くいうと()()()()()笑っていた。

 

「わざわざ砲雷撃戦の真ん中を移動している節もありました。弾が当たるかもしれないスリルを楽しんでいるようでした」

 

それ故に私の索敵が微妙に誤魔化され、場所がよくわからなくなったりした。敵に対しての目くらましになるかもしれないが、あれは流石に危険すぎる。

 

「途中から声も口調も変わっていました。おそらくあれは混ざっている駆逐古姫のものではないかと思います」

 

おっとりとした丁寧な話し方の春風さんとはまるで違っていた。特に声の変化は、インカムで全員分拾っている私にはすぐにわかる。

 

「そして最後……倒した戦艦棲姫の頭を撃とうとしました。完全に追い打ち、必要のない攻撃です」

 

あれは一番おかしな行為だ。深海棲艦には浄化現象による艦娘化の可能性が僅かにだが存在する。実際に浄化現象から生まれたガングートさんから話を聞いているのだから、春風さん自身がそれを知っていてもおかしくはない。それがあるため、私達の鎮守府では倒したのなら追い打ちはかけず、消滅を見届けるようにしている。

だが、関係なしに頭を撃とうとした。無防備な敵を()()()()という気持ちが見えていた。あれは完全に負の感情に支配された深海棲艦のやり方だ。

 

「私が強引に止めていなかったら、おそらく撃ち抜いていました。実際、弾は発射されましたし」

「……そうか。そこで正気に戻って、戦闘を振り返り、あんなことになったと」

 

深海棲艦の要素が艤装や瞳にだけ出たと思っていたのに、いざ戦闘をしたらその狂暴性を抑えられなかったのだ。さらには、それを楽しんでしまった事実もある。

そのような面が自分の中にあるとわかってしまったのだから、自己嫌悪で押し潰されてしまうのも無理はない。そもそも春風さんはコンプレックスの塊な状態でここに来ている。その翌日にこれでは、心が折れてしまう。今の春風さんは見るに堪えない姿だ。

 

「半分深海棲艦というオーバースペックのデメリットが、そんなところにまで影響するなんて、思っていませんでした……」

「そうだね……そこまで考慮できていなかった。それは赤い海の影響では無いだろう」

 

元々は赤い海に行くことで何か悪影響が無いかの調査だったが、赤い海に関係無く、戦闘という行為が悪影響である。海だけ見るのなら、何も影響はない。あの事前に瞳の炎が灯ったのも、近くに敵がいることを無意識に察知したからだろう。

 

「朝潮君、私は春風君も救ってあげたいと思っているよ。その衝動を抑えつけるか、それとも衝動自体を別のものに変えられたらいいのだがね」

「私も救いたいです。せっかく生まれる事が出来たのですから、この世界を楽しんでもらいたいです」

 

だが、どうやればあの負の感情の衝動を抑えつけられるのだろうか。

戦闘をすると間違った方向に行ってしまう。あれだけの戦闘をしてもまだ足りないように見える。気が晴れるまで、というのは無理な話だ。()()()()()()

 

「戦闘以外に興味を持たせる事ができればいいんだが……」

「なかなか難しいですね……。あの状態になるのが戦闘中だけだとしたら、不可能に近いです。今のままだと訓練もままならないでしょう」

 

時間で解決できるとも思えない。その前に春風さんがダメになってしまう。今ですら1人にしておくのが怖いというのに。

 

「私が気にかけておきます。今はそれで一旦終わりにしましょう」

「うむ……すまない。霞君といい、ヒメ君といい、また朝潮君に負担をかけてしまう」

「構いません。負担と思ったことはありませんから」

 

ひとまずはこれで話を終わらせる。2人で悩んでいるだけでは何の解決にもならない。

 

 

 

その後、元帥閣下は情報を手に帰ることに。護衛艦娘の方々には、今回ばかりはとてもお世話になってしまった。特に武蔵さんは、曳航を買って出てくれただけあり、春風さんのことをとても気にかけてくれた。

 

「加藤、この子達から話は聞いた。春風のこと、任せてよいか」

「ああ、任せてくれ。最悪の結果には絶対にしない」

「うむ……頼んだぞ。赤い海の調査はこちらでもやっていくからの」

 

司令官が元帥閣下と話しているとき、赤城さんが私を呼ぶ。他の人達には聞こえないように、小声で励ましてくれた。

 

「朝潮さん、春風さんのこと、よろしくお願いね」

「はい、お任せください」

「あの子もきっと、あんな終わり方はしたくないはず。また共に戦えるよう、私も願っています」

 

勿論だ。春風さんも含めて、この鎮守府は成り立たなくてはいけない。

 

「赤い海攻略の時は、この大和も是非呼んでくださいね」

「あの戦艦棲姫よりも強い改がいるのだろう。ならばこの武蔵の力も必要だ。何を差し置いてでもここに来よう」

「我々の力が必要なら連絡を。朝潮、貴女には期待しています」

 

一度旗艦をやらせてもらい、護衛艦娘の方々とは仲良くさせてもらった。力が借りたい時には、必ず連絡をしよう。迎撃戦だと難しいかもしれないが、赤い海の調査が進めば、こちらから仕掛けることも可能になるかもしれない。

 

「ではな。加藤、お前も無理はせぬように」

「ああ、アンタもな爺さん」

 

元帥閣下は帰っていった。近いうちにまた会うことになるだろう。その時はきっと最終決戦だ。

 

 

 

春風さんの部屋の前に来る。怖いほど静か。

 

「春風さん、いいですか?」

 

反応はない。もしかして外出中かもしれない。だが、扉は鍵がかかっておらず、おそるおそる中に入った。

部屋はカーテンも閉まっており、昼だというのに薄暗い。その中で一際目立つ蒼い炎。春風さんが布団に包まっているようだが、瞳の炎が灯ったままのようだ。泣きすぎて目にクマができ、髪もボサボサ。戦闘後にお風呂にも入っていないので、生傷もそのまま。

 

「何か……御用ですか……」

「そろそろ昼食ですから。具合が悪いようなら何か持ってきますよ」

「……結構です……1人にしていただけませんか……」

 

相当参っている。人との関わり合いを避けるレベル。私が戦闘恐怖症になったときと殆ど同じだ。春風さんの場合は、戦闘ではなく()()()()()

虚ろな目。目は開いていても、何も見ていない。それでも瞳の炎だけは燃え続ける。

 

「そうですか。では食堂にはそのように言っておきます。また夕飯の時に来ますから」

「もう……いいですから……やめてください……」

「そうは言っても、食べなければ考える力も失われます。私も過去にありましたから」

 

出来るだけ関わってあげたい気持ちはある。だが、あまり近寄りすぎるのも良くない。今の春風さんは何に対しても怯えている状態。自分の存在意義を自分で否定してしまっている。距離感がとても難しい。

 

「今は身体を休めてください。落ち着いたらお話しましょう」

「やめて……わたくしに構わないで……」

 

布団に顔を埋めてしまった。もう会話にならないだろう。自分もあの時こうだったかもと思うと、霞の尽力は本当にありがたかった。

 

「また来ますから」

「やめてッテ……言ッテルジャンカヨォォ!」

 

弾け飛ぶように布団がめくれ上がり、主砲が突きつけられる。艤装の制御も難しくなっている。混ざっている駆逐古姫も外に出てきてしまっていた。

だが、私は動揺も恐怖もしない。ここで怖がったら、春風さんは今度こそダメになる。今の状態をさも当然のように受け止め、受け入れているという姿勢を見せてあげなくてはいけない。

 

「ナンデサ……ナンデ諦メナイノヨォッ!」

「諦めるわけないじゃないですか。仲間なんですから」

「出テッテ! モウ、来ナイデ!」

 

このままだと本当に撃ちかねないので、仕方なく退散する。

 

「……はぁ……これは本格的にマズイですね……」

 

嫌な予感がずっと拭えない。この鎮守府に良くないことが起きるような予感がする。

深海棲艦が鎮守府にいるのは別にもうどうでもいい話だ。だが、春風さんがやらかして鎮守府が破滅に向かうのだけは避けたい。それは春風さんのためにもだ。

 

 

 

「姉さん、元気ないわね」

 

昼食の時、相席の霞に心配された。顔に出てしまっていたらしい。あまり人が多いところで話すべきではないことだが、相談に乗ってもらえば何かいい案が貰えるかもしれない。

 

「実はね……春風さんのことなの」

「ああ、春風。酷い顔で部屋に入って行くのを見たわね。触ってほしくなさそうだからそのままにしたけど、さっきの偵察任務で何かあったの?」

 

深海棲艦の力の暴走のことを話した。知っている春風さんとあまりにも違うため、霞も驚くばかりだ。

 

「あの春風がねぇ……信じられないわ」

「私だって驚いてるもの。でも、このままだとダメだと思う」

「そうね……姉さんが戦闘恐怖症だった頃より厄介ね」

 

私の時はただの引きこもりだった。武器が持てないのだから何も出来ない。部屋から外にも出ず、ただただ震えていた。

だが、春風さんの厄介な部分は、明石さん無しに武装が出来ることだ。部屋で暴れられたら、私達には何も出来ない。それが一番怖い。

 

「今は引きこもってるのよね」

「ええ、お昼持っていこうとしたら拒絶されたわ。駆逐古姫の声で」

「重症ね……」

 

八方塞がりな気もする。関わり合いを持ちたくないが故、関わる者には砲を向けるようになってしまった。

 

「……私が春風さんの立場だったらどうするかしら」

「姉さんならここから出てくんじゃない? 迷惑はかけられないって」

「確かに……。春風さんもそうするかもしれない」

 

一番ありえる選択肢だ。悩みに悩んだ春風さんが最後に取る行動は、この鎮守府から出ていくことだろう。武装に明石さんが必要無いのだから、こっそり海に出ることも可能だ。

 

「夜……出ていってしまうかもしれないわね……」

「私達にそれを止める権利があるのかしら」

 

霞が言うこともごもっともだ。ここにいたくないから出て行く。それはもう仕方ない。私達がどうこういう資格は無いのかもしれない。

だが、()()()()()()()()()なら話は別だ。それは止めたい。

 

「止める止めない関係無しに、私は春風さんと話がしたい」

「そうね、姉さんはそういう人よね。それなら私も協力するわ」

「ありがとう霞。できることなら内密に、司令官にだけ話しましょう」

 

春風さんの悩みは私達にはわからないことだ。だが、他の人にも知られたくないことだろう。なるべく表沙汰にしないように動きたい。

 




少し長く続いてきた黒春風の話も佳境。朝潮は春風をどうするのか。


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月夜の私闘

「おや、春風さん。お散歩ですか?」

 

夜、鎮守府近海で春風さんを待ち構えていた。必ずこのルートを通ると確信していた。陸上型深海棲艦の陣地とは真逆であり、艦娘各々に割り当てられた私室からも見えない。来て間もない春風さんでも、なるべく暗い海路を考えれば、どうしてもこのルートになる。

 

「朝潮さん……どうして……」

「私も眠れなくて。夜風にあたろうかなと」

 

暗い海上、あえて探照灯も点けずに春風さんを見据える。月の光で姿は見える。春風さんからは目を逸らされた。

 

「申し訳ありませんが……そこを通していただけますか」

「この先には何もありませんよ? 危険ですし、ここで折り返した方がいいと思いますけど」

「……わたくしは鎮守府から出ていきます」

 

司令官に許可を取らずに出ていくのは懲罰の対象だ。それでも行こうとしているのだから、余程考えた結果なのだろう。

問題は出ていこうと考えた理由。これ次第では、私は春風さんを通そうと思っている。司令官にはその件も相談済みだ。納得の行く説明をされたら、例えここから出て行ってほしくなくても、春風さんの意見を尊重したい。霞の言っていた通り、無理に引き止める権利は私には無いのだから。

 

「わたくしがここにいても……迷惑をかけてしまいます」

「確かに消滅寸前の敵に追い打ちをかけるのは問題がありますが、私は迷惑とは思いませんでしたよ。あの戦闘、春風さんはすごい活躍でしたし」

 

そう、別に私は迷惑とは思っていない。想定と違う動きをされて驚いたのは確かだが、それなら今後それもプランに入れるだけだ。的確に敵を倒す技術に関しては一目置いている。

ああなってもこちらを敵として認識していなかったのもありがたい。狂戦士(バーサーカー)でも敵味方の判断ができるのなら、それは共に戦える仲間だ。

 

「わたくしはいてはいけないのです……いつか貴女達も手にかけてしまう……」

「なら抑え込めるように訓練しませんか。幸いここには純正の深海棲艦もいます。何か知っているかもしれません」

 

春風さんがイライラし始めているのが目に見えてわかる。瞳に炎が灯り、表情が厳しくなってきた。

 

「わたくしは無抵抗なものを壊すのに悦びを見出してしまっていたのです……。そんな穢らわしい艦娘……いてはいけません。だから……」

「だから何ですか。死にたいと?」

 

何故見抜かれたのかというような顔。私にすらバレているのだから、相当態度に出ていた。それすら気付けないほど、春風さんは憔悴していたのだろう。

 

「そういう理由ならここは通せません。お帰りください」

「どういう理由なら良かったのですか……」

「私が納得できる理由なら何でもよかったんですよ。でも、命を粗末にするような理由なら看過できません」

 

出来るだけ笑みを絶やさず、なるべく静かに、落ち着かせることを念頭に。今の春風さんには死に場所を探すことしか頭にないはずだ。これで説得できれば儲け物。

だが、駆逐古姫のスイッチが入りやすくなっているのも事実だ。鎮守府の部屋で砲を突きつけられているのだから、今からでもそれをやりかねない。

 

「……退いてください。わたくしは死にたいのです」

「ダメです」

「退いてッテ……言ッテルジャンカヨォォ!」

 

かなり早い段階で駆逐古姫が出てきてしまった。瞬時に艤装を展開、私に砲を突きつける。部屋の時と同じだ。だが、今回はまずい。あの時とは違い、本当に撃たれかねない。

 

「退イテ! ソコヲッ、退ケェ!」

「退かないと言っているでしょう」

「撃ツヨ! 本当ニッ、撃ツカラ!」

 

ジッと春風さんを見据える。砲が震えているのがわかった。春風さんも私を撃ちたいなんて思っていない。撃って私を殺してしまったら、本当に戻れなくなるとわかっている。

 

「帰りましょう。春風さん」

「ヤメテ……アアアアア!」

 

撃たれた。その砲弾は私の肩を掠めて、遠くの海へ落ちる。手が震えていなかったら直撃だったかもしれない。内心ヒヤッとした。だが、そんなことはおくびにも出さず、私は春風さんを見続ける。

 

「コレデッ、ワカッタダロ! 本気ダカラ!」

「……わかりました。私を殺してでもここを出て、死にに行くという事ですね」

 

どうにか貼り付けていた笑顔をやめる。ここからはプランB。一番やりたくなかった計画。次に貼り付ける表情はない。無表情で見据える。

 

「なら、私がここで()()()()()()

 

こう出られることなんて微塵にも思ってなかったのだろう。何せ私は、鎮守府唯一の非武装、補助専門の艦娘。攻撃ができない欠陥(バグ)を打ち消すほどに、サポートに徹した艦娘だ。

私なら抵抗できないと、春風さんの中にはあったのだと思う。だからこそ、この役目は私が適任なのだ。

 

「死にたいのでしょう。なら、抵抗しないで」

 

決めてしまえば動きは速かった。まっすぐ春風さんに突っ込み、()()。見様見真似の山城さんの戦い方。

 

今回の計画にはほんの少しだけ協力者がいる。全てを容認してくれた司令官。その秘書艦である大淀さん。艤装を用意してくれる明石さん。春風さんの監視役として霞。そして、短時間とはいえ私に格闘技術を叩き込んでくれた山城さん。事情を知るのは私を含めこの6人だけ。

プランを組み立ててくれたのは大淀さん。危険極まりないプランBも、申し訳なさそうに提案してくれた。下手をしたら共倒れだ。司令官は却下しようとしたが、私がこれで行きたいと説得して、今に至る。だからこそ、やりたくなかったのだが。

 

「嘘……デショ!?」

「抵抗するな、春風」

 

頭を狙っての蹴り。だが、春風さんはその重武装な艤装でガードした。死にたいはずなのに、自分の命を守る行為。言動が矛盾している。

 

「何故止めたの? 死にたいのでしょう」

「エッ、アッ……」

「死にたくないのなら抵抗すればいいけれど」

 

体勢を崩すように脚を蹴る。同時に艤装を払って砲の向きを外へ。うっかり撃たれて直撃したら目も当てられない。

 

「でも、死にたいのよね。ならいいじゃない。私が殺してあげるんだから。願っても無いことでしょ」

 

水に落とすように突き飛ばす。バランスを崩して倒れたところを馬乗りに。マウントを取った今の状態なら、艤装をこちらに向けることもできない。

 

「ほら、これで終わり」

 

私には主砲も雷撃もない。だから、春風さんを殺すには()()()()()しかない。両手で首を掴み、ゆっくりと絞めていく。敵の攻撃で死ぬのとはわけが違う、ゆっくりとした死。

 

「アッ……ガッ……!?」

「なんで抵抗するの?」

 

春風さんは艤装を解いてでも私の手を引き剥がそうとする。必死な形相で、ジタバタと悶え苦しみながら、自分の命を繋ごうとしている。

 

「死ニタク……ナイ……!」

「なんで? 死にたいから出ていくんでしょう? いいじゃない、誰に殺されても同じよ」

「嫌ダ……死ニタクナイ……!」

 

本当の死を真近にして、ようやく本心が聞けそうだ。

春風さんはおそらく自分で全部溜め込んでしまうタイプなのだろう。言いたいことも言えず、我慢して我慢して、悩んで悩んで悩み抜いて、それが爆発した結果が今のこれだ。死を建前にした本心が一体何かを聞きたい。

 

「じゃあなんでここから出て行こうとしたの。死にたいなんて嘘までついて」

「嫌ワレタクナイ……仲間ニ……アンナ目デ見ラレタクナイ……」

 

大本営での上層部の視線の事だろう。

来た当初、私達は春風さんの個性を受け入れ、分け隔てなく接するというのを見せたので、ある程度は緩和されていた。だが、春風さん自身に問題が見つかってしまった。見る目が変わってしまってもおかしくないと、本人が思い込んでしまったのだ。それこそ、この世界から消えてなくなりたいくらいに落ち込んだのだろう。

 

「大丈夫、私達は貴女をそんな目で見ない」

「信ジラレナイ……ワタクシハ……穢ラワシイ……」

「自分で自分の事を悪く言っちゃダメ。だったら私も普通と違うポンコツになっちゃうもの」

 

言ってしまえば、ここの鎮守府の艦娘は全員何かしらの問題を抱えている。戦闘に少しの支障が出る程度の軽度から、戦闘不能にまで追い込まれる重度まで、多種多様。

上層部に言わせるなら、それは総じて()()()()()()()に属するだろう。胸糞悪い話だが。

 

「大丈夫だから。そんな人、ここにはいないわ。だから死ぬなんて言わないで」

「ワタクシハ……ココニイテモ……」

「いいに決まってるでしょう。反対する人がいたら、私が文句を言ってあげる」

 

首はもう離している。死にたくないと本人の口から聞けたのだ。殺す必要だってない。元より殺すつもりなんて無かった。

 

「春風も、駆逐古姫も、どちらも受け入れてあげる。大丈夫、貴女は穢らわしくなんかない。ちょっとだけ好戦的になっちゃっただけ。仲間には手を上げないもの」

「ワタクシハ……」

「それでも、本当にもうダメと思ったら、私に言いなさい。この手で引導を渡してあげる。貴女の命、私が預かります」

 

首を絞めていたその手で、今度は抱きしめてあげた。折れた心が元に戻るとは思えないが、少しでも支えになれたらと思う。

 

「わたくしは……生まれてきてよかったのでしょうか……」

 

やっと声も元に戻った。だが、あれも春風さんの個性の内だ。少し乱暴だが、仲間思いな駆逐古姫の部分も、しっかりと支えてあげよう。

 

「当たり前でしょう。春風も、駆逐古姫も、生まれてよかった命よ」

「ありがとう……ございます……」

 

背中をさすってやりながら、落ち着くまで待ってあげた。

 

 

 

しばらくして、春風さんを連れて工廠まで戻る。そこには計画を知る5人が待っていた。あれだけの事をのたまったが、それは全てマイクに拾われ、5人に伝わっている。思い返すと、私は相当なことを言っていた。

 

「お帰り、2人とも」

 

司令官に出迎えられ、涙ぐむ春風さん。ここが自分の居場所なんだと、改めて実感しているようだった。

 

「大丈夫。私も含めて、みんな君の事を否定しない」

「はい……! 今一度、よろしくお願いいたします……!」

 

ボロボロ泣きながら噛み締めている。もう簡単には折れないだろう。それでも折れそうなら頼ってくれればいい。私は力になってあげる。

 

「迫真だったわね。音声からいろいろ伝わってきたわよ」

 

私を見て少したじろいだ霞と、ニヤついている山城さん。さっきまでのことを言われると、私も今更ながら手が震えて来た。

演技とはいえ、私は春風さんを殺そうとした。深海棲艦の影響か、少し冷たい春風さんの首を絞めた。その感触が今でも手に残っている。

 

「二度とあんなことしません。私はサポート一筋で頑張ります」

「あら残念。鍛え甲斐がありそうだったのに」

「勘弁してください。脚も今更痺れてきましたよ。艤装なんて蹴るものじゃないですね」

 

霞はずっと私から一歩身を引いたままだ。いつもなら姿を見るだけで即座にやってくる霞が。

 

「今の姉さん、少し怖いわ……」

「霞なんて、あの音声聞きながらブルブル震えてたわよ。アンタの演技が余程怖かったみたいね」

「あれも二度とやりませんよ」

 

あんな(しょう)に合わないこと、二度とやるものか。必要と言われてもやらない。

 

「ちなみに録音してあります」

「大淀さん、消してください」

「あれを聞いたら皆さん朝潮さんの言う事聞きますよ」

「消してください」

 

極稀に大淀さんも変なスイッチが入り、余計な事をし出す。なんでこういう時に限ってスイッチが入ってしまうのか。なら、やらないと言ったのにやらなくちゃいけないじゃないか。舌の根も乾かぬうちに。

 

「大淀、消しなさい」

「はいごめんなさい朝潮さんすぐ消します」

 

霞がビクッとしたのが見えた。そんなに怖いだろうか。私みたいな子供が頑張って怒ったところで、天龍さんやガングートさんには敵わないと思うのだが。

 

「朝潮さん……貴女のおかげで、わたくしは前に踏み出すことができます。本当にありがとうございました」

「それは良かったです。私も身体を張った甲斐がありますね」

「……それで、ですね。お願いが」

 

ものすごく畏まった雰囲気。大概のことは聞いてあげられるが、何を願うか。出来ないことはきっぱり出来ないと返す。ちょっとモジモジしているのがとても気になるのだが。

 

「先程のように、わたくしには強く当たってください」

「えっ」

「わたくしは一生忘れません……私を睨みつける冷たい目……艤装を蹴られた音……首を絞める手の感触……」

 

司令官の『お前そこまでやったのか』という目がすごく辛い。いや、あれは仕方ない。私もちょっと役に飲まれていた、というか、あれだけ迫真に演技したら春風さんも考え直してくれるかとか、色々考えてであって。

本当に死の体験をしないと絶対考え直さないと思ったから、私がやれる唯一の方法を取っただけで。他の皆みたいに主砲突きつけるとかできないからこそだ。

 

「朝潮さん、いえ、朝潮()()()

「ちょっと待って!?」

「受け入れてクレルッテ言ッタジャンカ」

「都合よく駆逐古姫出さないでくれます!?」

 

大淀さんも『うわぁ』って顔した。そんな目で見ないでほしい。

 

「わたくしの明日を作ってくれたのは、他でもない朝潮御姉様です。お願いします。せめて呼び捨てで」

「え、えーっと、そ、そのぉ」

「ちょっと待ったーっ!」

 

そこに名乗りを上げたのは霞。さすがにお姉様発言には物申すようだ。

 

「姉さんは私の姉さん。貴女にはちゃんとした姉がいたわよね!」

「この鎮守府には神風御姉様も朝風さんもいらっしゃいません。でしたら、最も心酔する朝潮さんをお姉様とするのはよろしいのでは」

「尊敬に値するのはわかるけど!」

 

すごい恥ずかしい。慕われるのは嬉しいが、ここまでされるとさすがに恥ずかしい。

 

「朝潮ー、そろそろ艤装外してもらえる?」

「あ、はい、すぐ行きます!」

 

逃げ出すように明石さんの元へ。まだ2人は言い合っているようだが、もう私には手が付けられない。司令官と大淀さんに任せよう。山城さんは呆れてもう帰ってしまった。

 

春風さんが立ち直ってくれたのは良かったが、また違う形で波乱を生みそうだった。主に私に対して。

 




深海棲艦側への歪みが、違う歪みになった春風さん。当面のライバルは霞。


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狂犬と飼い主

春風さんが深海棲艦の力を受け入れた翌日。司令官は春風さんの正式なデメリットを、深海棲艦の人格が現れる二重人格ということにして発表した。古姫側になったとしても、味方を撃つことがないのは私が見ているため、そこは信用できる。万が一は考えておいた方がいいかもしれないが。

 

「ご迷惑をおかけするかもしれませんが、皆様、よろしくお願いいたします」

「二重人格いうんは初めてやなぁ。欠陥(バグ)ってわけやないからか」

「そうですね。わたくしの性質ということで、御了承くださいませ」

 

昨日の暗い表情が嘘のように明るくなった春風さん。深海棲艦の力を受け入れることができ、周りがそれを全く気にしていないことがわかっただけでも大きな進歩だ。やはり1人で悩みすぎるのは良くなかった。

 

「あちら側になると、春風君は少し好戦的になる。戦場で豹変するが、気にしないでほしい」

「そんなん別に普通ちゃう? 言うて朝潮とか潮とかおるやん。戦場でヤバいヤツ」

 

私は同じ括りなんだろうか。今でこそ電探での索敵で全員の背後にまで気を配るようになったが、ヤバいというほどにはまだなってないと思うのだが。

とりあえず龍驤さんが私と潮さんのことをどう思っているのかはよくわかった。

 

「春風君は今日は哨戒任務だったね。メンバーは……うむ……頑張っておくれ」

 

何故か司令官が言い淀む。チラッと私を見て苦笑した。いろいろ察した。

 

 

 

私の午前中の予定は、南への哨戒任務。

ここ最近、北へ向かうとほぼ確実に敵を踏むため、哨戒任務ではなく掃討任務として実施されている。前回の戦闘で戦艦棲姫が出てきている事もあり、あちらも本腰を入れ始めたのではないかと考えた。実際は拠点の場所もわからないため、大本営、元帥閣下の協力の下、情報収集、戦力拡大、迎撃準備を進めている状態だ。

だからといって別の方角を疎かにするわけには行かない。そのため、少数での哨戒はいつも通り毎日行なっている。

 

「なるほど、そういうことですか……」

 

私が対空対潜両方賄えるようになったため、私を使う哨戒任務は護衛を2人つけるのみで部隊を完結させることが増えてきた。頼られているのはありがたい。負荷はかかるが、やる気は出る。

 

「御姉様、本日はこの春風が護衛をさせていただきます」

「あ、ありがとうございます」

 

今日の護衛は春風さんと白露さん。事情を知らない白露さんは、昨日とまったく違う春風さんの言動に驚くばかりだ。

 

「朝潮、何これ」

「いろいろと事情があるんです。そのうち話しますので、今は聞かないでもらえると」

「あ、うん、わかった」

 

私との哨戒任務が余程嬉しいのか、春風さんは終始ニコニコしている。和傘をクルクル回しながら、まるでピクニックに行くかのような雰囲気だ。

 

「それと、御姉様。昨日お願いいたしましたよね。わたくしのことは呼び捨てで。ついでに敬語もやめてください」

「そんなことを言われましても……」

「受け入レルンジャナカッタノカヨ」

 

だから不意に駆逐古姫を出すのはやめてほしい。

 

「わかった、わかったから、落ち着いて春風」

「ふふ、それでは参りましょう」

 

白露さんがいろいろ察したようで、肩をポンと叩かれる。

 

「まあ、その、頑張って朝潮」

「はい……頑張ります」

 

項垂れながら哨戒任務に出発した。

 

旗艦は白露さん。私は索敵に専念。哨戒程度であれば、電探を8割方起動したままで行動できる。ソナーだけは起動したままで動くことが出来ないので、従来通り所定のポイントで止まり、ソナーの起動のみをする。

 

「敵の反応、ありません。次へ行きましょう」

「目視でも無し。春風、そっちは?」

「こちらも御座いません。気配も感じませんね」

 

春風さ……もとい、春風の索敵範囲は私を若干超えている。明確な位置がわかるわけではないが、深海棲艦の気配を感じるそうだ。これはガングートさんやヒメさんが以前に見せたものと同じ。私と春風の2人がいれば、基本的に他の索敵は必要なくなる。春風は気配だけなら海中まで確認できてしまうからだ。

 

「便利な2人だねぇ。あたしホントにいる? 名ばかり旗艦じゃない?」

「白露さんがいてくれないと私の胃がもたない気がします。いっちばーん和めるので是非いてください」

 

それに、万が一戦闘が始まったとき、春風を無理にでも止めるのは私より白露さんだ。おそらく私の声でブレーキはかけられるだろうけど、武力行使となるとどうしても白露さんに頼らざるを得ない。

 

「こっちの方はやっぱり静かだねぇ。北が酷いだけか」

「敵の勢力が北に寄っている気もしますね。あちらもゆっくり準備しているんでしょうか」

「うえ、それは嫌だなぁ」

 

一斉に押し寄せてきたら乱戦は必至。ただでさえ、あちらの方が戦力としては大きいのに、こちらは少数精鋭だ。いくら弱い駆逐艦でも、1人に対して10も20も出て来られると、押し潰される可能性が非常に高くなる。

 

「だからこそ、毎日北への掃討任務があるんですよね。そのままにしてると際限無しに増えますし」

「だよねぇ。姫級まで見え始めてるんでしょ? 先にやっておかないとまずいよ」

 

私も掃討任務には出ることになっている。定期的に実戦が出来るので、成長は早い。だが危険であるのも確かだ。そのうち姫級のみが押し寄せてくるなんてことも、いや、今は考えないでおこう。

低確率ではあるが、敵を倒すことで仲間が増えるかもしれない。今のところガングートさん以降に浄化の話は聞いていないが、もしかしたらこことは違う鎮守府でそういったこともあるかも。

 

「ん、気配を感じました」

「っとぉ、さすが春風、反応早いね。方向は?」

「ここから東です。あとは御姉様よろしくお願いいたします」

 

方角がわかれば、次は私の出番だ。ゆっくりとそちらに近付き、反応を確認する。

 

「いますね。駆逐艦が2体です」

「オッケー。こちら哨戒部隊旗艦の白露。敵発見。駆逐2」

 

私よりも先に気付いてくれるのは助かる。戦艦棲姫改の時のように、索敵範囲外からの射撃は私にはどうにもならない。それがある程度は緩和できる。ガングートさんは戦艦故に哨戒任務には向いていないので、小回りの利く春風は貴重な戦力だ。

 

「了解。こちらで対処しまーす」

 

どうやら駆逐2体程度なら私達でどうにかできるという判断が出たようだ。

最近は実働隊を出すまでもなく交戦することが多くなってきている。鎮守府の艦娘全体がかなり成長したというのもあるだろうが、率先して実戦経験を積むという目的もある。強かろうが弱かろうが、敵を倒すことに意義がある。

司令官は渋々といった感じではあった。なるべくなら戦わせたくないが、出来る限りの備えを考えると、少数でも戦闘できるに越したことはない。

 

「敵ですか。敵ですね」

 

春風の瞳が燃え上がった。戦闘と知って、即座に駆逐古姫が出始める。やはり基本的にトリガーは戦闘行動のようだ。先程のように都合よく出せる時もあるが、人格変化は戦いの中にある。

 

「もうイイヨネ。行クヨ。行クヨ!」

 

艤装を展開。同時に駆け出した。倒したくて仕方ないようだった。どうしても深海棲艦の残酷な部分は隠しきれないようだが、私達にそれが向かないのはわかっている。

それでも、連携は覚えてもらわなくてはいけない。1人で先走られたら、作戦も立てられなくなってしまう。

 

「春風、待ちなさい」

「ハイ御姉様。待チマス」

 

こちら側も私に従ってくれるようだ。それなら連携を教えることができそう。

 

「敵駆逐艦は動きがありません。発生したばかりじゃないかと思います」

「あー、なら動き始める前にさっさと倒しちゃおうってことね」

「そういうことです。ですが、先に片方倒すと、もう片方が活性化するかもしれません。ですので、2人同時に攻撃して、2体同時に倒しましょう」

 

攻撃のタイミングは私が合図を出すことに。

私は索敵範囲ギリギリから電探で敵の行動を確認する。急な活性化もありえるし、今は見えていないだけで他の敵もいるかもしれない。

 

「白露さんはこちらから見て右を。春風は左。春風、私が合図をしたら撃つの。いい?」

「ワカッテル。ソコマデ子供ジャナイ」

 

ちゃんと指示に従ってゆっくりと敵へ向かっていった。いきなり暴走する危険性もあるが、今のところは指示を聞いてくれている。昨日のが余程効いたのだろうか。

2人の射程に敵が入った。遠目に見ても春風が撃ちたくてウズウズしているのがわかる。

 

「3……2……1……撃て」

 

若干春風が早く撃ったかという程度だったが、同時に放ち、同時に着弾。2体の敵駆逐艦は同時に撃沈した。

春風の主砲の威力もそうだが、白露さんも相当高まっている。威力は違うのに、同じように駆逐艦が爆発した。おそらく狙いがいい。主砲訓練を見せてもらった時、移動に難はあれど的を外したところは見たことが無かった。

 

「2体とも撃沈を確認」

「チャント死ンダカ確認シナクチャ!」

 

やはり消滅間近の敵艦を見に向かう春風。消えていなかったら撃つつもりだろう。前回はそれで失敗しているのだから、いい加減こちら側も覚えてもらわないといけない。

 

「春風、戻りなさい」

「チャント見テオカナイト」

「春風」

「ハイ御姉様、戻リマス」

 

ビクンと震えた後、即座にこちらに戻ってくる。なんかこう、犬を躾けているみたいでとても心苦しい。

 

「うぅ……まだあちら側が制御できませんね……。戦闘だと思うと頭の中が真っ白に……いえ、()()()に染まって……」

「ゆっくり行きましょう。焦らなくても大丈夫」

 

戦闘が終わったことで、元の春風に戻った。戦闘となった瞬間に湧き出てくる深海棲艦の人格がやりたい放題やったことが、堪らなく恥ずかしいらしい。先日までは泣きじゃくるほど後悔していたことを考えると大きな進歩だ。

 

「それでも、御姉様の言うことだけは聞けました。余計なことはしなかったです」

 

しようとはしたけれど、やらなかっただけマシか。

その後、白露さんが消滅を確認し、戦闘終了。哨戒任務を再開する。

 

「春風の二重人格、よーくわかったよ」

「お恥ずかしい……」

「好戦的っていうか、敵を倒したくて仕方ないって感じ? ちゃんと首輪つけておかないと人に噛みついちゃう狂犬みたいな」

 

狂犬という言い方だとこちらにも攻撃してきてしまうから少し違うが、大体合っている表現かもしれない。敵と思ったものを考え無しに攻撃し、それが死んだことを確認するまで一切の容赦をしない。今回は私が止められたから良かったが、他の人と哨戒任務に出ていたらどうなっていたことか。

 

「それを飼い慣らせてる朝潮の方がよっぽど怖い。昨日何があったのさ。明らかに春風の態度違うし」

「実はわたくし、昨日御姉様に躾けられたのです」

「何それ詳しく」

 

言い方が悪い。

 

「わたくしは心が折れ、自ら命を断とうと、昨晩鎮守府を出たのです」

「え、マジ? 全然気付かなかった……」

「ですが、わたくしの前を遮る方がいたのです。わたくしを説得するために、御姉様が月夜の海でわたくしを待っておりました」

 

間違いではないのだが、なんだろう、すごい嫌な予感がする。あの時のことは、私にもかなり恥ずかしい思い出ではあるので、深掘りされたくない。春風の立ち直る理由を作れたのはいいことだけども。

 

「その時の会話が、こちらになります」

「えっ、ちょ」

 

首から何かをぶら下げているなと思っていたら、あの時大淀さんが録音していたという私と春風の会話音声データ。ご丁寧にお守りのように袋に入れ、いつでも聞けるようにイヤホンまで完備。

 

「な、なんで……。消させたはずなのに!」

「わたくしが無理を言って戴いたのです。わたくしの今は、この会話から出来上がっています。わたくしそのものを作り上げたものですので」

 

データを聞き始めた白露さん。最初の白々しい会話の部分ではニヤニヤしていたが、その後に突然凍り付いた。私の顔を何度も見て、少しずつ距離を取っていく。

 

「あのー、朝潮さん、これマジでやったの?」

「……はい」

「首を絞めてらっしゃいます?」

「……絞めましたね」

 

白露さんの私を見る目が明らかに変わった。

 

「この音声を聞く度に、御姉様のおかげでわたくしは立ち直れたのだと、思い返すことができるのです」

 

大事そうに音声データを抱きしめる春風。そこまでのものになっているのなら、消せとは言えない。が、他の人に聞かせるのはやめてほしい。毎回この視線を受けるようになると思うと、今度は私の心が折れる。

 

「白露さん、このことは内密に。いつかバレるかもしれませんが、その時までは誰にも話さないこと。もし誰かにこの件で弄られたら……ちょっと私どうなるかわかりません」

 

深雪さん辺りに弄られたら、おそらく引きこもる。

 

「春風も、無闇矢鱈に話しちゃダメ」

「かしこまりました。わたくしの胸に秘めておくようにいたします」

「そのデータ、他に持ってる人は?」

「霞さんしかいませんよ。その後大淀さんがちゃんと消しましたから」

 

すごく複雑な表情をしたんだと思う。白露さんから変な声が出た。ひとまず哨戒任務を終わらせ、霞に追求しなくてはいけない。

 

「深海棲艦側もこれで屈服しちゃってるんだよね。うん、そりゃあ飼い慣らされるわ。怖いもん」

「わたくしは恐怖で従っているのではありません。御姉様がわたくしのためにここまでしてくれたのが嬉しいのですよ」

 

普段のキャラを崩してまで春風を止めた甲斐があったのだろう。だからこそ、今を明るく生きている。少し明るすぎるようにも思えるが。

 

「わたくしは狂犬かもしれませんが、御姉様には忠犬ですので。これからもよろしくお願いいたします」

「……ええ、よろしく春風」

 

ひょんな事から妹分ができてしまった。それで春風が生きていけるなら、私もそれをしっかりと受け入れよう。ただ、白露さんが後に私のことを『飼い主』と呼んだのだけは許せそうにない。

 




本来の春風には狂犬なんて要素は100%付かないけど、ここでは狂戦士(バーサーカー)なので。艦これには犬属性つけられる娘が多いですよねー。朝潮も忠犬なんて言われてるし。


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妹2人

「赤城さん、春風の件、どうにかなりました」

『そう、それは安心したわ』

 

哨戒任務後、執務室から元帥閣下の赤城さんに連絡を取った。本来なら大本営に私用で電話をかけるなんて言語道断なのだが、今回は元帥閣下直通のプライベートな電話。司令官も使うものらしいので不手際は一切無い。司令官も是非連絡してやってくれと喜んで貸してくれた。

 

『武蔵さんもずっと気にかけていたの。これで安心させられるわ』

「はい、是非伝えてください」

『ところで、前から呼び捨てだったかしら』

 

すごく説明しづらいのだが、ここは説明するしかないだろう。

 

「実は……私がいろいろ世話をした結果、妹分のような状態になりまして。呼び捨てにしろと頼まれてるんです」

『あらあら、そちらは面白いことになっているのね』

 

その春風はというと、しっかり私についてきて執務室におり、大淀さんと何やらやっている。大淀さんのおかしなスイッチがまた入っているような気がした。

 

『それでも、あの状態から回復したのは朗報です。ありがとう朝潮さん』

「いえいえ、また会える日を楽しみにしています」

『こちらもですよ。それではまた』

 

電話が切れる。短時間ではあったが、話をできたのはよかった。あちらも変わりないみたいだ。

 

「ありがとうございました。あちらも心配してくださっていたようで、話ができてよかったです」

「それはよかった。爺さんも朝潮君の声が聞けて喜んだだろう」

 

春風のことについてはこれで一段落した。私に負荷がかかったが、まだ背負えるレベルの負荷だ。急に妹分が増えるというのもおかしな話ではある。

 

「で、大淀さんは何を」

「春風さんが首輪を欲しがったので採寸を」

 

首輪、首輪と言ったか。何故。到底こういう場では使わないものだと思うのだが。

 

「白露さんがわたくしのことを()と表現したので、いっそここまでやった方がいいかなと」

「やらなくていいから。ただでさえ私は飼い主扱いされて気に入らないのに」

 

多分春風には別の意図もある。首輪を付けていればいつも私に首を絞められたときの感触を思い出せるとか言い出しそう。私を地味に追い詰めてくるのはそろそろやめてほしい。

 

「御姉様がやめろと言うのでしたら、わたくしも控えます」

「お願いだからやめて……」

「だそうです。大淀さん、申し訳ございませんが」

 

残念そうにする春風と大淀さん。春風はわかるが何故大淀さんまで残念そうにするか。

 

 

 

昼食時、いつも通り霞が相席。そしてその隣には皐月さん。霞のことをシスコン認定したことからか、私がいないときの霞の相談役にもなってくれていたらしい。それもあってか霞も皐月さんの前では無防備だ。

 

「私の特権を根こそぎ持っていかれてさ……」

「呼び捨てとタメ口だっけ。朝潮は真面目だからねぇ。そういう事をするのは霞だけだったもんねぇ」

「そうなのよ。でも春風もその待遇なのよ……」

 

確かに今の春風の待遇は霞とほぼ同等である。

だがそれは春風の精神状態もあってのこと。受け入れている証を、ちゃんと目に見える、耳に聞こえるもので欲しいのだろう。

実際、今の春風は本来の春風から逸脱している。言い方が悪いが、心が一度折れたことで、良くも悪くも()()()しまった。そうでもならないと、精神面への影響には対応できないのかもしれない。

 

「でもさ、霞が一番だと思うけどね」

「そうかしら……」

「最初からそうだったのと、お願いされてそうしてるのは全然違うよ」

 

皐月さん、本当にわかってる。私の言いたいことはそれ。

霞は実の妹なのだから、最初から気が許せているのだ。だから添い寝も全然構わないし、髪を梳かしてもらうのも抵抗がない。

添い寝に関してはヒメさんもあるが、彼女はここにいる誰よりも小さく、精神面も幼い。庇護欲というか、母性本能くすぐられるというか。なのであれはノーカン。

 

「さすが皐月さん、よくわかっています」

「でしょ? なんだかんだ長い付き合いだからね」

 

霞がそれで納得してくれるかはさておき、私の考えは皐月さんが代弁してくれた。

 

「御姉様、こちらでしたか」

 

艤装の定期的なメンテナンスをしていた春風も食堂に。ややこしいことにならなければいいが。

 

「お、春風ホントに元気になったね」

「お騒がせしました。皆様には多大なご迷惑をおかけしたようで」

「昨日は心配したよ。今にも死にそうな顔だったもん」

 

事情をまだ知らない皐月さんはそれくらいの認識。だが、霞は少し複雑な表情。実際死のうとしていたことは今のところまだ秘密。春風にも白露さんに口走ったときにしっかり口止めしてある。

 

「いろいろありましたが、わたくしは御姉様に救われました。もうあんなことにはなりません」

「よかったよかった。深海棲艦の力ってのは大変かもしれないけど、一緒に頑張ろうね」

 

春風の戦闘を見ているのは今のところ白露さんだけ。驚きはしたが、すんなり受け入れてくれた。大丈夫、皆が同じように見てくれる。春風の一番嫌な結果にだけはならないと確信できる。

 

「是非ともわたくしの戦闘をご覧ください。白露さんも受け入れてくれましたので」

「ああそっか、さっき哨戒任務で敵と遭遇したんだよね」

 

春風の戦闘は皐月さんとは相性が良くないように思える。見境無し容赦無しの春風は、白兵戦専門には少々荷が重い。一度その連携も訓練した方がいいだろう。

春風は良くも悪くも特殊過ぎる。連携には向いていないが、小回りが利くから使い勝手はいい。扱いが難しい。

 

「春風はまず連携を覚えないと。私が止めたから何とかなったけど」

「そうですね……訓練に取り入れてもらいます」

 

そこで霞が何やら思いついた顔。無茶苦茶なことをしないなら容認するつもりだ。霞は霞なりに春風の現状を受け入れることを考えている。

 

「春風、その訓練、私も参加するわ」

「霞さん?」

「私と姉さんで組むから、アンタが誰かと組んで私達を倒してみなさい」

 

霞はそうやって春風を見定めたいようだ。

春風が自分と同列に値するかを戦闘で知りたい。だが私闘は本来厳禁。だから、訓練という体裁を取った。私と組むのは実妹である意地か。

要は公認で喧嘩をしたいということだ。勝っても負けても現状は変わらないだろうが、霞自体が納得するためにその手段を取った。

 

「朝潮、これってもしかして……」

「はい……霞は春風が妹に相応しいか見定めたいんですよ……」

「止めなくていいの?」

「こうでもしないと春風を認めないでしょう。やめろと言っても鬱憤が溜まるだけでしょうし」

 

呆れつつも、霞の気持ちを汲んでやる。

ここの艦娘で率先して私闘を望んだのは霞が初めてらしい。よろしくないことではあるが、春風の二重人格を皆に見せるためにはいい機会でもある。

あとから霞には説教するとして、今回のこの機会には有効に使おう。連携訓練はいつかは必要だとは思っていたことだし。

 

 

 

司令官に話したところ、すぐにその場を用意してくれた。理由は簡単、春風の連携訓練は急務だったからだ。私の言うことしか聞かないというのは、戦場でも大きな問題。毎回私が同じ部隊に入れるとは限らない。

私が前以て説明しておけばちゃんと連携はするかもしれないが、それでも一朝一夕で連携は出来ないだろう。こればかりは、いろんな人と組んで、慣れていくしかない。

 

「予定通り、こちらは私と姉さんのペアよ。春風は?」

「誰もが口を揃えて御姉様を優先的に潰せとおっしゃったので、皐月さんとペアです」

 

信用されているとは思うのだが、まず私を狙ってくるのはどうもいい気分ではない。前回の演習でもそうだが、確実に皐月さんをぶつけてくる。天龍さんじゃないだけ良かったと安心するべきか。

 

「また皐月さんですか……」

「朝潮キラーとしての信頼が厚いね。今回はちゃんとやるから」

「はぁ……なら私もやるしかありませんね」

 

その前に、春風にしっかり教えこまないといけないことがある。

 

「春風、今回は私が敵。私と霞を倒せば勝ち。でも、水鉄砲でやること。いい?」

「はい、皐月さんと一緒に、御姉様と霞さんを倒せばいいのですよね。演習ですもの、勿論水鉄砲を使わせていただきます」

 

あちら側になったら忘れないだろうか。実弾が来る可能性がないと言えないのが一番怖い。念には念を入れ、霞にも回避の方法は教えてある。

 

「いいわね霞、勿論勝ちに行くわ」

「ええ、指示は姉さんに任せる。皐月だったわね」

「そうよ。白兵戦は私達どちらにも不利だもの。代わりに、春風は単純だから」

 

連携をしてきたらそれが覆るのだが、正直すぐに皐月さんを連携するとは思えない。霞はそれだとどう判断するのだろう。

 

「皐月さん、それでは()()()()から……よろしくお願いします」

「初めて見るからね。どうなるか楽しみだよ」

 

模擬刀を抜き、春風の準備を待つ。今回は春風が動き出したら訓練開始だ。

 

「御姉様と霞さんが敵……イイネ、イイネ、御姉様ヲ叩ケル! 倒スヨ!」

 

瞳の炎が燃え上がり、狂ったように発進。戦いの合図。皐月さんも一歩遅れて駆け出した。今のままなら連携も何もあったものではない。

 

「霞、春風にブレーキかけてくれる?」

「ええ、ついでに分断するわ」

 

春風と皐月さんのちょうど真ん中に魚雷を発射。避ける位置も考慮しての両腕。素早く春風が右へ逸れ、皐月さんが追おうとするが、第二射に阻まれ分断。霞もうまくやれている。

本来連携の訓練なのだから、どうにかもう一度合流する必要がある。だが、春風は独断専行が過ぎる。

 

「霞は春風へ。牽制だけでいいわ。タイミングはこちらで決める」

「皐月1人で捌ける?」

「ええ、春風への対策がここでも役に立ちそう」

 

霞と分かれ、あえて皐月さんの方へ。その行動には驚いたようだが、こちらにも作戦があると気付いたようで妙に警戒してくる。

 

「補助艦娘が立ち向かうの? あはっ、可愛いね!」

「そう思います? なら、()()()()

 

跳んだ。普段皐月さんが見慣れているであろう攻撃でも、やるのが私だからこそ、完全な不意打ちとなる。山城さんにまたもや感謝。

 

「うっそ!?」

「護身術程度ですがね!」

 

刀を蹴り飛ばし、腰につけた爆雷を飛んだ方へ放る。刀は簡単に取らせない。それと同時に霞の方へ移動。今回はあくまでも連携が主題だ。私が春風に近付くのも、先に皐月さんを倒すため。

 

「その爆雷の使い方ズルくない!?」

「使えるものを使ってるんですよ。私にしたらその刀もズルイです!」

 

霞に背を向け、皐月さんを出迎えるように。霞は霞で春風の無闇矢鱈な射撃に苦戦しているようだ。電探のおかげで見ることなく霞と春風の位置は把握出来ているので、私の背後で戦われてもある程度は避けられる。

 

「ハハハ! 霞! 早ク倒レテヨ! 御姉様倒セナイ!」

「うっわ、こんなに変わるのね。でも攻撃はすごく単調」

「霞、7時に撃って」

 

攻撃を避けているところで申し訳ないが、作戦通り指示を出す。やはり霞の背面撃ちは役に立つ。すでにこちらを見ることなく魚雷を発射。その直線上には刀を拾う皐月さん。

 

「何シテンノ! 集中シナヨォ!」

 

その魚雷を春風が撃って爆破した。連携というのかはわからないが、結果的に皐月さんを守ったことになるので、連携といえば連携か。その時間があったせいで皐月さんが追いついてしまった。

 

「危ないなぁ。でももう油断しないよ!」

「不意打ちできないとなると厳しいですね……。霞、少し間合いを取るわ」

「逃してくれそうにないけど」

「隙くらいは作るわ」

 

すでに爆雷を投射してある。春風の足元で爆発し、大きな水飛沫に。その間に間合いを取ろうとするが、飛沫関係なしに春風が突っ込んできた。

いくら狂戦士(バーサーカー)だとしても、危険を顧みなすぎるのは良くない。ここも教えていかないといけないところな気がする。

 

「プラン変更、春風を先にやる。間合いは取らないから、合図したら()()魚雷を撃って」

「了解」

 

飛沫が無くなったとき、眼前に春風。皐月さんはその後ろ。なら好都合だ。

 

「御姉様! 目ノ前ニイルナンテ!」

「霞、撃て」

 

春風は真正面にいる私を狙うだろう。即座に砲が私の身体に照準を定める。そうなることはわかっていた。だからこそ眼前にいたのだ。

ここで私は、山城さんや皐月さんがやる、敵を蹴っての跳躍を見様見真似でやった。春風の艤装を蹴り、射線を霞からも逸らしながら、さらに私も霞の射線から飛び退く。

 

「やっと隙が出来たね!」

 

だがその後ろ、皐月さんが春風の艤装を使って跳んでいた。これも山城さん直伝。完全に忘れていた。皐月さんは、全ての白兵戦艦娘のハイブリッド、ハードな訓練で全員の技術を叩き込まれているのだ。

霞の魚雷は春風へ着弾、同時に皐月さんの斬撃が私に直撃。2人同時の轟沈判定。ここからは霞と皐月さんの一騎打ち……となるはずだが、今回は連携訓練だ。どちらにも相方がいなくなれば、この場で訓練終了である。

 

「えっ、終わり!? くっそー! あとは霞だけだったのに!」

「皐月相手は不利だったから助かったわ。姉さん大丈夫?」

「ちょっと無理に動きすぎたわ……あ、ストッキング伝線しちゃった」

 

轟沈判定を受けた春風はキョトンとした顔で虚空を眺めている。私の時と違い、訓練とはいえ戦場で、かつ霞に負けたというのが響いているようだ。私と霞の連携あってこそというのを理解してほしい。

 

「終ワリ? ネエ、終ワリナノ? マダヤレルデショ、ネエ」

「訓練だからこれで終わり。引き分けよ引き分け」

 

戦闘終了とわかり、春風も元に戻っていく。

霞も引き分けは不服そうだが、本来の目的である春風の見定めはおおよそ出来たようだ。お眼鏡に適うことはできたのだろうか。

 

「連携も何も出来てないわね。勝手に突っ込んで、周りに全部任せ切って」

「面目次第もございません……」

「もっと制御できるようになりなさいな。私も手伝ってあげるから」

 

これは春風のことを認めたというよりは、あまりの暴走っぷりに放っておけなくなったという方が正しいだろう。確かにあれはそのままにしておけない。過保護にもなる。

 

「霞さんもわたくしを躾けていただけるのですか?」

「躾けって……。アンタ犬じゃないんだから……」

「朝潮御姉様の妹の霞さんなのですから、霞さんも御姉様なのでは……?」

 

歪んでしまった影響か、思考が一度固定化されるとそれに一直線になってしまうのもここの春風の悪いところだ。あちら側の人格でなくてもそこだけは一切変わらない。精神面の安定を無意識に求めているのかもしれない。

 

「違うわよ! アンタの姉はここにはいないでしょうが!」

「霞御姉様……」

「あ、ちょっと響きはいい……って、違う! 春風、ちょっとは落ち着きなさい。他のこともちゃんと考えて」

 

霞は姉というよりは母のような世話の焼き方。

 

「霞ママだもんね。お世話するの好きなんでしょ」

「誰がママか! 春風に関しては放っておけないだけよ。こんなの本当に犬じゃない」

「霞御母様の優しさが身にしみます」

「誰が御母様か!」

 

その後なんとかそういう扱いから脱却はしたが、霞も春風の飼い主扱いを受けるようになる。春風は朝潮型の所有物みたいな言われ方が始まり、私も霞も頭を悩ませる事になるのだった。

 



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明石の工廠

春風が連携訓練を始めて幾日か過ぎ、鎮守府内でも春風がどういう艦娘かが知れ渡った。戦闘中の暴走はまだ直らないが、全員がそれを知っていれば、作戦は組みやすい。

そんな春風、今日は執務室で大淀さんと何やらやっていた。以前の首輪の件があるので気が気でない。

 

「大淀さん、今度は何を?」

「春風さんが朝潮型の制服を欲しがったので採寸を」

「皆様から名誉朝潮型の称号をいただきましたので、形だけでもと」

 

春風はともかく、大淀さんもノリノリである。首輪の時といい、今回といい、ここ最近やたら悪ノリがすぎる。

名誉朝潮型というのは龍驤さんが言い出したこと。先日の連携訓練から霞のことも慕うようになった結果、私や霞について回る姿をよく見られているというのと、私と霞の指示にだけは古姫側も従うというのが、そう見えたのだろう。飼い主よりはマシだが、神風型の方々に申し訳ない気分になる。

 

「首輪よりタチが悪いです」

「そうですか? ちゃんと改二仕様の方にしようと思ってますけど」

「そういう問題じゃないです」

 

少し見てみたい気もあるが、そうすると際限が無くなる。だったら見えづらい首輪の方がマシだ。

 

「大淀さん、やめてください。春風もそれは諦めて」

「お洋服は初めてだったので少し楽しみだったのですが……」

「一応朝潮さんの改二の時の制服は残ってますよ」

 

改二から改二丁になったとき、制服ごと置き換わったと思っていた。だが、そこはコンバート改装である私の利点で、制服はそのまま据え置くそうだ。妖精さんが保管しているので、お願いすれば出してもらえるとのこと。

 

「御姉様、着させていただいてもいいですか。今日だけで良いので……」

「……はぁ、わかった、今日だけよ」

 

言うが早いか、春風は物凄いスピードで工廠に向かった。大淀さんもまだまだ悪ノリが続き、それに続いている。最近振り回されっぱなしだと思いながらも、私はトボトボ工廠に向かった。

 

私と春風は身長については近い。どちらかといえば霞よりも少し小さいかという程度。制服のサイズ的にはおそらく似たようなものだと思う。

 

「如何でしょうか……不思議な感覚ですが」

「思ったより似合いますね。洋服もいいのでは」

 

私が工廠に着いたときにはすでに着た後だった。すでに少し懐かしく感じてしまう改二制服。いつも大正の女学生風な着物を着ている春風が着ていると、すごく珍しいものに見える。

 

「スカートというのは、とてもスースーするのですね」

「いつもは袴ですしね。でもこれが朝潮型ですから。足元が寒いなら、朝潮さんの膝上ソックスがありますよ」

「是非お願いします」

 

全て私のお古ということで、春風もとても喜んでいた。今日だけという約束なのでもう許せるが、毎日と言い出したら却下だ。何故なら

 

「ああ……これが御姉様の……とても良いです。()()()()()()()()()()

 

春風は小さい割には胸が大きめ。残念ながら私や霞では比べ物にならない。故に、胸の辺りだけパツパツ。すぐにでも脱がしたくなった。

 

 

 

春風と工廠から出て少しすると、セキさんと出会った。春風のバタバタが続いたせいで、同じ日に来たセキさんとはあまり会話ができていない。

陸上型の深海棲艦は基本的には陣地からはなかなか出てこないが、セキさんは毎日のように鎮守府に出てくる。集積地という特殊な陣地の効果で集まった優良な資源を、鎮守府側にも提供しに来るからだそうだ。

 

「アサシオ……ソレニ……ハルカゼカ……?」

「今日だけは朝潮型なのです」

「……ソウカ……ニアッテイルジャナイカ」

 

それは否定しない。胸以外は。

 

「カンムスノブンカ、オモシロイナ。キョウミガツキナイ」

「やっぱり深海棲艦とは違いますか」

「アア……コンナニハナヤカデハナイナ」

 

かなりこちら寄りなセキさんだからこそ、鎮守府に来たときはそこら中を見て回っている。私達の訓練すらも興味の対象のようだ。深海棲艦に訓練の必要がないというのもあるだろう。だから、率先して回避訓練を手伝ってくれる。

 

「アカシハトクニオモシロイ」

「明石さんがですか?」

「カンムスノギソウ……イジッテミタガ、ナカナカオクガフカイ」

 

私の眼鏡電探を作ったのも明石さん。毎日のように顔を合わせるし、毎日何かしらの手助けをしてくれている。以前全員が一斉に非番になったときも、明石さんは司令官の出張に同行しているほどだ。いつ休んでいるのかもわからない。

 

「イマカラアカシノトコロニイク。ツイテクルカ?」

「そうですね、私は非番ですし」

「わたくしも今日は午後から連携訓練が何回かある程度です」

 

なら今日は明石さんの仕事を見させてもらおう。セキさんが何をしているのかも知りたい。

 

 

 

セキさんについて工廠へとんぼ返りしたら、今度は明石さんが龍驤さん、蒼龍さんの艦載機のメンテナンス中だった。

 

「あ、セキちゃんいいところに。2人分の艦載機のメンテだからさ、手伝ってもらえる?」

「アア、ワカッタ。コノマエノトオナジダナ」

 

深海棲艦に装備をメンテナンスしてもらう艦娘というのはどうなんだろう。

 

「おー、セキやんか」

「結構いい腕だったよね。なら任せられるよ」

「前から手伝ってもらってたんですか?」

「そうやで。暇んときにここで手伝っとるらしくてなぁ。うちの艦載機のメンテしてもらってん」

 

意外なことに、すでに何度かメンテナンスをしているそうだ。腕も明石さんが保障するレベル。特に艦載機はセキさんも使ってるだけあり、手慣れたもののようだ。

お願いされたセキさんは手際よく艦載機を弄っていく。今触っているのは龍驤さん愛用の爆撃機。それを許しているくらいなのだから、龍驤さんからの信頼は厚い。

 

「器用ですね」

「元々そういうんが得意みたいでな。春風のメンテもできるんちゃうかな」

「シンカイギソウナラ、コレヨリカンタンダ」

 

やはり深海棲艦、謎の多い春風の艤装も、セキさんに言わせてみれば艦載機より簡単と。これからはセキさんに見てもらった方がいいようだ。明石さんが忙しくても、陣地の方に行けばメンテナンスをしてもらえる。

 

「コレデイイカ?」

「おー、あんがと。さすがセキやん、明石並に完璧やで」

「いい後継者が出来ましたね! 蒼龍さんの方もこれでオッケーですよ」

 

深海棲艦を後継者にするのもどうかと思うが、セキさんなら信用に値するので良しとしよう。

 

「あの、わたくしの艤装も見ていただいてよろしいですか?」

「アア、ミセテミロ」

 

早速春風がセキさんに艤装を見てもらう。未だに明石さんでもわからない部分があるらしい。

ガングートさんの艤装は、深海棲艦に似てしまっただけで基本は艦娘の艤装だ。一部深海要素が強まってしまうという事もあったが、それは逆に艦娘の要素が薄まったということ。そこから判断したそうだ。

だが、春風の艤装は一から十まで深海棲艦。わからない部分も多い。共通点のある部分は調整できるが、それ以外は放置しかない。

 

「……フム、コキノギソウカ。ナラコレガアレダ」

「あ、もしかしてそれって」

 

説明されれば艦娘の艤装との共通点が見えてくるようだ。形状も場所も違うとなると、明石さんでも手がつけられない部分ばかりになってしまう。それがわかっただけでも、明石さんのウデがさらに上がった。

 

「なぁ朝潮よ」

「な、なんでしょう」

「言おう言おう思ってたんやけど、春風のこれ、なんなん」

 

出来れば触れてほしくなかったが、春風の制服について龍驤さんに問いただされる。聞かれると思ってはいた。だが、また弄られる要素が増えるのは避けたかった。

 

「今日だけは朝潮型駆逐艦の春潮とでもお呼びください」

「龍驤さんのせいですからね。名誉朝潮型なんていうから」

「なるほどな、ほんまに朝潮型になったんやな。何やっとんねん」

 

ごもっともである。だが、大淀さんの悪ノリと言ったらすぐに納得した。極稀ではあるものの、最古参の龍驤さんから見ればその全てを見ているのであって、すぐに察することができたようだ。

 

「大淀ちゃん、定期的にやらかすよね」

「ヨドもなぁ、ストレス溜まっとんねん」

 

一番司令官に振り回されている大淀さん。割と司令官にも普通ではない対応をしているが、それでも疲れているだろう。これくらいの遊びならまだいい方か。今度は私の胃に穴が空きそうだが。

龍驤さんが言うには、今までの悪ノリで鎮守府に迷惑がかかるようなことはした事がないそうだ。今回はたまたま春風、そして間接的に私だっただけであり、いつもターゲットはバラバラ。

 

「明石、ヨドのはっちゃけ、一番ヤバかったの何やったっけか」

「雲龍さんと榛名さんで騎馬作って大淀乗っけてレ級に対抗しようとした時ですかねー」

「ああ、あったあった。友軍艦隊でこっちが半壊させられた時でしょ」

 

大淀さんがそうなるレベルで疲れてるほどなので、余程の戦場だったのだろう。実際そんな形で戦場に出たら、3人纏めて吹き飛ばされていると思う。

相手だったレ級という深海棲艦は、航空戦をしながら魚雷も発射し、対潜もできる上に主砲が戦艦並という滅茶苦茶な性能の深海棲艦だそうだ。並の鬼級、姫級よりも強いイロハ級で、ついたアダ名が『超弩級重雷装航空巡洋戦艦』である。

 

「魚雷と対潜が大淀ちゃんで、航空戦を雲龍、火力を榛名ちゃんで賄おうとしてさ」

「マジで出撃しようとしてん。で、その場で転覆した」

「大丈夫だったんですか……」

「ヨドが溺れかけただけで何とかなったわ」

 

十分酷い結果なのはわかった。濡れたことで頭が冷えたようで、その後ちゃんとした部隊で勝つことができたそうだ。山城さんと天龍さんで艤装を破壊し、榛名さんと清霜さんで本体を叩くという、結局いつも通りなパワープレイだったそうだが。

 

「大淀があそこまで疲れた顔してたのはあれくらいですよ。ホントに苦汁を飲まされたんで」

「明石も大忙しやったもんな。中破大破で帰ってくるうちらの回復で」

「地獄かなって思ってました」

 

春風の艤装がある程度解析できたようで、セキさんと一緒にメンテナンスをしていた。春風の乱暴な使い方でガタが来ていた部分も多く、明石さんの知識ではメンテナンス出来なかった部分も直されていく。

 

「はい、おしまい。結構消耗激しいから、これからは定期的にセキちゃんに見てもらってね」

「かしこまりました。セキさんもよろしくお願いいたします」

「アア、ワタシノジンチニキテクレレバ、メンテナンスシヨウ」

 

艤装を仕舞う。何やら身体が軽くなったようだ。

 

「で、これはヨドの悪ノリ言うてたけど、他に何もされとらんか?」

「春風に首輪を作ろうとしましたね」

「あのアホ何やっとんねん……」

 

春風からの望みだったから悪ノリというわけではなさそうだが、それを容認してすぐさま行動に移した辺りが悪ノリなんだろう。いつもよりイキイキしていたようにも見えたし。

 

「この制服も、首輪も、わたくしが望んだことですから」

「ああ、そうやった。春風も大概ズレとるんやった」

 

セキさんは次のメンテナンスを始めている。艦娘の艤装の構造は大体理解したらしく、頼んだら完璧に仕上げるそうだ。明石さんでも手が届かない春風の艤装も触れるとなると、工廠に住んでほしいくらいだと明石さんは言った。

 

「セキやんは黙々と仕事すんなぁ」

「コウイウサギョウハスキダ」

「助かっとるで。なんかお礼したいくらいやわ」

 

礼と聞いて作業が止まるセキさん。何やら考え始める。

 

「レップウヲモラエナイカ。ヒメガホシガッテイル」

「開発すりゃあ出てくるんちゃうか?」

「その前に提督の許可でしょ。独断であげちゃダメ」

 

それでもプレゼントをする事になりそうだ。ここで自分ではなくヒメさんへの物をお願いする辺り、セキさんの人の良さがよくわかる。深海棲艦にもこんな人がもっと多ければいいのだが。




洋服を着た春風って想像つかないかと思ったけど、2017年カレンダーで結構大胆な水着だったんだよね。春風さん思ったより……


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謎の漂着物

元帥閣下が私、朝潮の所属する鎮守府から赤い海の情報を持ち帰り、それなりに時間が経った。今でこそ掃討任務をこなして均衡を保っているが、未だに戦艦棲姫改の再出現はない。最大でも改ではない戦艦棲姫で止まっている。

春風を部隊に入れて出撃もしているが、敵の戦力が変わることもなく、基本は駆逐、もしくは軽巡の鬼、姫級が迎撃に来る程度である。こちらから深海棲艦の()()がするものを出したところで、あちらのスタンスはまだ変わらないという事だろう。

そう考えると、時間的余裕はまだありそうという判断になった。敵拠点の正確な位置はわからずとも、ある程度の場所を絞り込むまでは出来る可能性は高い。

 

現在は作戦会議中。各艦種の代表が集まり、今後を相談する場。私は駆逐艦代表ではないのだが、情報戦に関して私が知っておく必要があるということで、代表の吹雪さんと共に会議に参加させてもらっている。

 

「敵が領海を拡げようとしているのは確かだ。掃討任務は毎日行う。それがあるからこそ均衡が保たれているかもしれないからね」

「不意に戦艦棲姫が現れるかもしれません。準備だけは念入りに。新戦力の投入もありえますから」

「ああ、色だけで判断できるなら、最も警戒しなくてはいけないのは戦艦レ級だ」

 

今までに戦った中でも特に危険だった()を遡ると、そこで出てくるのはやはりレ級という存在だった。

私は戦ったことがない異常なイロハ級。イロハ級というくらいなのだから、量産されている可能性だって大いにあるのだ。

 

「ヨドが壊れるレベルやもんなぁ」

「オレらもギリギリだったしな。今ならまだマシかもしれねぇけど」

「あの時はアンタが大破で私が中破だったわね。次はああはならないわ」

 

天龍さんと山城さんでギリギリということは相当ということ。さらにいえば、その戦闘、6()()()()()()レ級を倒したとのことだ。今出てこられると厄介なのは確かである。

 

「くれぐれも注意してくれ。乱戦に現れたら即撤退だ」

「了解。あいつは厄介すぎる。撤退が正解だ」

 

安全第一のモットーから、危険と判断した戦闘からは即撤退。実働隊が必要だとしても、一時撤退は考えるべきだ。到着までに全滅だってありえる。

 

「青葉が海域調査を打診しています。掃討任務の際に一度許可してもらえませんか?」

「ふむ……今後の危険を回避するために、ということだね。了解した。古鷹君、青葉君に伝えてくれ。次々回の掃討任務で海域調査を再開する」

「じゃあゴーヤ達も調査行くでち。海底調査も重要だよね」

 

ここで私の電探におかしな反応が入る。

訓練の賜物で、今では半日近くを起動したままで過ごせるようになった。会議中も話を聞きながら別の場所の反応を確認するくらいはできる。ようやく青葉さんに近付いたというところ。

今掴んだ反応は、今までに見たことのない反応。ここにいる誰とも違う、()()()()()()()()()()

 

「ん? 何これ……」

「朝潮ちゃん、どうしたの?」

「電探に不思議な反応が入りました。侵入者……としたらこの動きはゆっくりすぎるし……流れてる……?」

 

私の発言で会議が一時中断。今は当然誰もが非武装だ。万が一これが敵だったとしたら、すぐに準備しなくてはいけない。

 

「司令官様! 司令官様はいらっしゃいますか!」

「春風君、どうしたんだね。そんなに慌てて」

 

その反応から少しして駆けてきた反応は春風。彼女にしては珍しく、かなり慌てている。

 

「陸上型の方々の陣地にとんでもないものが漂着いたしまして! す、すぐに来ていただけますか!」

 

春風が一緒なら即座に艤装が展開できるため多少安心できる。会議のメンバーもその足で春風についていった。

 

 

 

陸上型の方々は陣地から動くことはできないので、その漂着物は訓練中だった高雄さんと榛名さんが運び込んでいた。だが、その漂着物というのが

 

「マジかよコレ……」

「これアカン奴やん。どうすんねんコレ」

 

目を回して気絶している深海棲艦だった。黒の深海棲艦であり、私達にとっては敵である。誰もが扱いに困る代物だが、ここに来てしまったものは仕方ない。司令官に判断を仰ぐほかなかった。

 

「戦艦レ級……噂をすれば何とやらと言うが、こんな形でまた見ることになるとは……」

「こ、これがレ級……!?」

 

ヒメさんよりは大きく、皐月さんよりは小さい背丈の幼い印象。黒いパーカーとビキニ水着、ストールを首に巻いた少しお洒落な深海棲艦。特徴的なのはお尻辺りから伸びた、本人よりも大きそうな蛇型の艤装。これが天龍さん達を苦しめたものらしく、今すぐ斬り落としたいレベルだそうだ。

 

「頭部に損傷……被弾して気絶して流れ着いたということでしょう」

「この傷跡だと、戦艦級の砲撃ですね。それが直撃して気絶で済んでいるってどういうことですか……」

 

仮にも戦艦ということなのだろう。幼い外見とは裏腹に、攻撃力も防御力も一級品ということだ。目を回す姿も、見方によっては可愛らしい。

 

「この傷跡……深海のものです」

「ということは、同士討ちか?」

「可能性は高いかと。わたくしの砲弾と同じ匂いがするので」

 

春風がいうのだから間違いない。このレ級は、仲間である深海棲艦にやられてこの状態になっている。白がやったものか、黒がやったものかはわからないが、もし黒がやったものだとしたら、このレ級は流れ弾に当たったか、もしくは裏切られたかになる。

 

「どうするよ提督。気絶しているうちに始末した方がいいんじゃねぇか? こいつ黒だぞ」

「ふむ……これは困った……」

 

なんてことを話している時に、突然レ級の目に光が灯った。意識を取り戻したということだ。一斉に離れ、春風に至っては艤装も展開。

レ級の目はたまたま正面にいた私を見据えていた。まずい。これは本格的にまずい。今の私に狙いを定められたら、ひとたまりもない。

 

「あ……ああ……」

「御姉様、すぐに離れてください!」

 

目があったところで足がすくんで動けなくなってしまった。情けない。

ゆっくりと立ち上がるレ級。ずっと私を見据えたまま、近付いてくる。ダメだ、やられる。と思った矢先、

 

「ネエチャン! ネエチャン!」

「はえ……?」

 

私に抱きついてきた。何が起こったのかわからず、私が目を回しそうだった。胸に頬擦りしながら甘えてくる。どうしていいのかわからなかった。だが

 

「な、なんだこれ」

「待って、考えが追いつかない」

 

誰もが頭を悩ませている頃、春風だけは反応が違った。艤装を出している状態で、レ級が私に抱きついているという状況だけでも、あちら側に傾く理由には充分だった。

 

「クソガキ、御姉様カラ離レロ」

「ア? オマエ、ネエチャンノナンナンダ?」

 

抱きつきながらも艤装は春風へ向いている。このままだと陸上が戦場になってしまう。司令官も近くにいるのだ。それだけは避けないと。

 

「春風、やめなさい。貴女も……えっと、レ級さん、貴女も攻撃はダメです」

「御姉様、ソイツ黒ダゾ! ダッタラココデ殺ス!」

「ネエチャンウトウトシテルゾ! コイツテキダ!」

「ここでやられたら私にも当たるから。2人とも抑えて」

 

私が言っても目の前のレ級にしか思考が行っていない。レ級はレ級で抱きつくことをやめるのともなく、艤装は常に春風に向いている。一触即発のムード。状況次第では私もろともやられる。

これはもう、()()をやるしかない。

 

「春風、やめろ」

「ハイ御姉様、攻撃シマセン。ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ……」

 

すぐさま艤装をしまう春風。空気が凍り付いたような気がしたが、状況を打破するためには致し方ない。あとから説明が面倒だ。

 

「レ級、貴女も」

「ハーイ。ネエチャンガイウナラヤメル」

 

ようやく離れてくれた。戦艦なだけあって力が強い。ちょっと身体が軋んだ。

知っている司令官や山城さんはよかったが、天龍さんや吹雪さんからの視線は物凄く痛かった。やるんじゃなかったと激しく後悔。

 

 

 

その後、セキさんを陣地から運び、レ級の状態を見てもらう。こればっかりは明石さんには難しく、深海棲艦の知識を持つセキさんでなければわからないことだ。

 

「リセットガカカッテイル……コイツハショキジョウタイダ」

「初期状態? つまり、産まれたばかりの状態ということかい」

「アア。キズノセイデゼンブキエテイル」

 

セキさんが言うには、今のレ級の状態は生成された直後の状態だという。頭部の損傷によって機能に何らかの障害が発生し、今までの記憶を全て失った。初期化(リセット)されてしまったそうだ。こうなってしまうと、誰がどうやっても失う前の状態には戻せない。

逆にいえば、戦艦レ級とはいえ私達には無害ということだ。攻撃的な面はあれど、今は()()()()()春風を撃とうとした程度である。恨み辛みは何処にもないように見えた。

 

「この状況は何故でしょう」

 

検査中もしっかり私の手を握って離さないレ級。春風は元に戻ったものの、いつあちら側に傾いてもおかしくないくらいイライラしているのが目に見えてわかる。今は天龍さんが押さえつけてくれていた。

 

「『イロハ』ハ()()ガウスイ。サイショニミタモノヲアルジトスルシュウセイガアル」

「なるほど、刷り込み(インプリンティング)か。意識を取り戻した直後に朝潮君を見たから、親……今回は姉か、そういうことにしたんだろう」

 

こんなに人型に近い、というか人型そのものでも、習性に関しては動物そのもの。こちらの言葉を理解できるし、自分の意思を口に出すこともできるが、イロハ級と変わらないということだろう。

 

「まーた朝潮に妹が増えよった。名誉朝潮型2号やん」

「1号としては2号を認められそうにありません」

 

春風がここまで敵意剥き出しなのは初めて見る。

 

「コレナラバ、オマエタチノナカマトシテ、ムカエイレルコトハデキルゾ」

「それは朗報だ。1人でも戦力が増えることはありがたい。安全に戦える確率が増えるのは万々歳だ」

 

何やらおかしな話になってきた。怪我により記憶が初期化された戦艦レ級がこの鎮守府に配属する。今までいろいろあったが、また前代未聞な事が起ころうとしている。

 

「味方ならこれ以上の奴はいないよな」

「いきなり記憶戻ったりはせんのよな? ならうちも構わへん」

「いいじゃない。膂力結構あったわよね。白兵戦の訓練にも使えるわ」

 

さすがこの鎮守府の配属された艦娘。簡単に受け入れる。私も戦わずに済むならその方がいいと思う。

 

「さすがにこれは爺さんに報告した方がいいな。大淀君、私はこのことを元帥閣下に報告してくる」

「そうですね。では私は彼女のここでの制服を用意します。黒側の服のままだと戦場で誤射してしまいそうですから」

 

司令官も大淀さんも手続きに行ってしまった。もう配属は決まったようなもの。この鎮守府なら全員喜んで迎え入れるだろう。春風以外は。

 

「ココニイテイイノカ?」

「おそらくは。貴女が私達を攻撃しない協力者なら、喜んで仲間になります」

「ナライル! ネエチャントイッショニイルゾ!」

 

また抱きついてきた。今回は艤装もしまっているため、見た目通りの軽さ。ヒメさんより少し重い程度なので、飛び付かれても体勢が崩れることはなかった。

 

 

 

「で、姉さんが懐かれたと」

 

レ級の調査もある程度終わり、工廠で帰還組を待っていた私達を、掃討任務から帰ってきた霞が見て溜息をつく。右腕にはレ級、左腕には春風。龍驤さんに言わせてみれば、4姉妹全員揃ったことになる。

 

「ヒメといい、春風といい、そのレ級といい……姉さんはおかしなのに好かれる才能があるんじゃないの?」

「何も言い返せないわ」

 

ここまで来ると霞も寛容だ。諦めているというわけではなく、自分のみが実妹という圧倒的アドバンテージがあることで、良くも悪くも安心している。

 

「そこの仏頂面の春風は」

「同じ立ち位置にぽっと出の新人が収まってしまい、どうすればいいかわからないから、とりあえずイライラしてるの」

「わかりやすっ」

 

でもこれ、春風が来た当時の霞も似たようなものだった。それは言わない方がいいだろう。

 

「新しい深海棲艦が来たと聞いたが、今回は黒の方から来たのか」

 

霞と一緒に哨戒任務に出ていたガングートさんもやってきた。

北への掃討任務も戦艦を1人連れていくことで大分安定した戦績になった。特にガングートさんは、記憶は薄いながらホームグラウンドだ。運悪く戦艦棲姫が出てきたとき、その艤装の拳で1発KOしたらしい。

 

「ホアー、カッコイイネエチャンダナ!」

「ほう、貴様、なかなか見る目があるぞ。あー、レ級だったか」

「ソウ、レキュウダ!」

「ならレキとしよう。名前は重要だ。イロハなどという括りを使う必要はない。貴様はここにいる貴様だけなのだからな」

 

深海棲艦命名係により、仲間となったレ級はレキとして鎮守府に登録されることになる。レキさんも自分だけのものが与えられて大喜びだ。

外見もさることながら、頭の中も思った以上に幼い。ヒメさんとほとんど同じくらいと言ってもいいだろう。

 

「アリガトウカッコイイネエチャン! レキ、レキダゾ」

「良かったですね、レキさん」

 

抱きついている右腕の締め付けが一層強くなり、感覚が麻痺しかけるが、これだけ喜んでいるのだ。突っ込むのは野暮というもの。

 

「霞、そろそろ艤装を置きに行くぞ。明石が待っている」

「あ、そうだったわ。姉さん、また後から」

 

私以外にも懐ける相手がいる方がいいだろう。刷り込みで私が一番だとしても、ここにはいっぱい仲間がいる。そして、ここの仲間達は皆仲がいいのだから。

 

あとは、春風がどう吹っ切れるかだけだ。こればかりは見守るしかない。私がとやかく言うことではないし、指示したものでは仲が良くなったとは言えない。

 




レ級はいろんな書かれ方があると思いますが、ここでは幼い印象を強めています。頭身的には皐月と同じくらいなイメージだけど、お子様ということで。


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実妹と義妹

頭部損傷により初期化(リセット)された戦艦レ級、レキさんを仲間に加えた鎮守府。刷り込み(インプリンティング)により私を姉として見るようになったことで、黒の深海棲艦であっても裏切ることがない事が確定したため、司令官も元帥閣下に報告。滞りなく配属が決定した。

さすがの元帥閣下も白の深海棲艦3人の時以上に驚いたそうだ。戦艦レ級は各地で目撃された最悪のイロハ級。壊滅に近い被害を受けた鎮守府もあるらしい。それまで手懐けてしまうとは何事かと、腰を抜かしたのだとか。

 

「レキ君、これで君は正式にこの鎮守府に所属する事になった。だが、その姿のままだと、春風君以上に敵と誤認してしまう。そこで、着替えてもらおうと思う」

「キガエ? フクヲカエルノカ?」

「そう。朝潮君に敵と間違えられたくないだろう?」

「ウン、ソレハイヤダ。キガエル」

 

おそらく着替え方もよくわからないだろうから、私がお手伝いすることに。

レキさんの制服は、鎮守府所属とわかりやすいように他の駆逐艦娘に似ているものになっていた。朝潮型に似せると春風が古姫側から戻ってこれなくなると思われたので、今回は特型、吹雪さんや潮さんが着ているシンプルなセーラー服に似せたものとなった。

元々着ていたパーカーを合わせると、皐月さんの色違いのようにも見える。

 

「うん、よく似合っています」

「ソウカ! アサネエチャンガイウナラ、レキモウレシイゾ!」

 

配属決定までの短時間の間に、まず白の深海棲艦の3人、セキさんは調査に加わっていたから、ミナトさんとヒメさんに紹介しておいた。黒の深海棲艦がいるということで攻撃態勢に入りかけたが、私が連れてきたということですぐに仲間だと察してくれた。すでにヒメさんとは友達同士という間柄。近しい世代の外見のため、仲良くなるのは必然だったかもしれない。

 

「朝潮君、何度目かわからないが、また負担が大きくなってしまった……」

「いえいえ、もうこの程度なら大丈夫です。霞は独り立ちしてますし、電探もほぼ常時起動で暮らせるようになりました」

 

霞は毎日添い寝しているくらいで、もう私がいなくても充分にやっていけている。確かに私と一緒にいる時間は多いが、戦力としてはもう一人前だ。電探は自分から言い出したことだし、使いこなせていると言っても過言ではないだろう。

なので、今の私が抱えているのは春風とレキさんのみ。

 

「今も電探起動していますよ。ここまでやれてようやく一人前ですかね」

「青葉君に負けず劣らずだ。たった1人の補助専門というのが不安だったが、充分にやれているようで、私も嬉しいよ」

 

司令官に褒められると私も嬉しい。自然と笑顔になってしまう。

 

「では、よろしく頼むよ。何かあったらすぐに言ってくれ。必ず力になるからね」

「ありがとうございます。レキさん、行きますよ」

「ハーイ。テートク、アリガトナ!」

 

手を振って執務室から出る。こうしていると本当に幼いが、戦闘力は鎮守府の中でも5本の指に入るのだと思うと、深海棲艦は本当に恐ろしいものだと理解できる。

 

「お待たせ。レキさんの新制服、どうかしら」

「特型の制服になったのね。これなら間違えて撃ったりしないわ」

 

春風は朝潮型の制服じゃないことに安堵していた。大淀さんにも念を押しておいたので、そこは大丈夫。やはりまだ春風はレキさんに対して余所余所しい。

 

「スミネエチャン、ドウダ、ニアウカ」

「似合う似合う」

「ソウカ! ハルネエチャン、ドウダ」

 

先程の喧嘩腰な出会いのことなど忘れてしまったかのように春風に接するレキさん。春風は複雑な表情だが、頑張って笑顔を作っている。

 

「に、似合っていますよ」

「ソウカー! ニアッテルカー!」

 

制服を着たことが余程嬉しいのだろう。ヒメに見せてくると言い残し、外に走っていった。

刷り込みはされているが、行動は自由奔放。やりたいようにやるというのが深海棲艦の本質。レキさんもこちら側とはいえ、立派な深海棲艦だ。私がついていないといけないとか、私について回るとか、そういったことは一切ない。最後はここに戻ってくるかもしれないが。

 

「……あの子は何も気にしていないのですね」

「深海棲艦だもの、その時にやりたいことをやってるだけよ。優先順位が少し私に寄ってるだけ」

「私が愚かだったみたいです。あんな小さな子供に意地を張ってしまって」

 

自分で解決に向かっている。春風も不安定ながら強い子だ。元々が大らかでおしとやかな大和撫子なのだから、子供のやる事を笑って許してあげられるくらいの度量は持っている。

 

「御姉様は子供にも好かれる素晴らしいお方だと再認識いたしました。わたくしはこれからもずっとついていきますから」

「なんも変わってないわよ」

 

これが今の春風のいいところでもあるのだから、無理して直してやる必要はないと思っている。そこまで矯正してしまうと、それはもう春風ではなくなってしまうだろう。今のままでいいのだ。振り回されるが。

 

「つきましては、もう一度朝潮型の制服を着させていただきたいのですが」

「それは絶対に許さない」

「姉さん、私も加勢するわ。コイツに朝潮型制服は勿体ない」

 

制服に関してはおそらくもう着せることはない。あの胸は許せそうにない。

 

 

 

レキさんは好きに鎮守府を周り、艦娘と仲良くなっていった。今までにはないパターンで、目を離した隙に何処かに行ってしまっているため、最終的には諦めた。まるで猫のようだ。

電探のおかげでどこにいるかは大概把握できているし、周りがちゃんと止めているようで危険な場所にも行っていない。

 

「春風は連携訓練。レキはヒメと遊んでる。ホント久々に姉さんと2人だわ」

「そうね。最近は春風で手一杯だったしね」

 

談話室、誰も見ていないことをいいことに、私の肩にもたれかかって休んでいる霞。最近なりを潜めていたが、霞も本質は変わらない。甘えん坊でお姉ちゃんっ子。

任務や訓練の入れ違いで話すことが少なくなる日もあるが、食事とお風呂、そして寝るときは基本的に一緒にいる。これは春風にもないこと。それこそが霞の特権であり、他に譲れない部分だろう。

 

「霞も成長したわね。レキさんのこと、すぐに認めて」

()のやる事にいちいち口出しできないわよ」

「でもヒメさんは」

「あの子は別。私と同列だもの」

 

レキさんは霞のことも姉のように慕う。ヒメさん以外は全員お姉さんという認識だ。その筆頭が私であるだけで、分け隔てなく交流する。そのおかげで、鎮守府には恐ろしい速度で馴染んだ。まだ配属が決まって半日も経ってないのだが。

ヒメさんは元の人見知りな性格があってか、最初は私にベッタリだった。そういう意味では霞と同じ立ち位置。それも本来のお姉さんであるミナトさんが来たことで若干緩和されている。

 

「今は姉さんの成分をたっぷり取り入れるわ」

「前から言っていたけど、成分って何よ」

「そういうものなの」

 

膝枕まで御所望のようだ。別にその程度ならいくらでもやってあげられるが、霞は人の目を気にしすぎる。その割には皐月さんにバレバレな辺り、霞はわかりやすいのかもしれない。

 

「落ち着くわ……」

「はいはい」

 

優しく頭を撫でてやったらすぐに寝息が聞こえてきた。こんな霞だからこそ、普段から気を張ることも多いだろう。今は寝かしておいてあげよう。

 

「朝潮の前だとホント無防備だよねぇ」

 

こういう場面には、運がいいのか悪いのか、皐月さんがよくぶつかる。霞の本当の姿をほぼ全て知っていると言っても過言ではない。皐月さんにだけは否定できないレベル。

 

「ここ最近は忙しかったですから、構ってあげられるタイミングが無くて」

「うん、見てたらわかるよ。この前の連携訓練もそうだけど、朝潮は結構背負っちゃってるよね」

 

霞を起こさないように隣に座る。

言われても背負っている実感はわかなかった。確かに自分が引き受けている事は多い。だが、他の方々も助け合ってここまで来たのだろう。私はまだまだだ。

 

「そんなに背負ってるつもりは無いんですけどね」

「そう? それならいいんだけど。無理しないようにね。司令官が悲しい顔するよ」

 

それは避けなくてはいけない。私が大破したときも寝ずに工廠にいてくれたくらいだ。安心した顔で抱きしめてくれたのは忘れることができない。あれだけは二度となってはいけない状態だ。

 

「朝潮はまだ休憩?」

「そうですね。次は霞と哨戒任務なので、もう少しだけ」

「そっか。ボクはもう今日は終わりだから、レキとでも遊ぼうかな」

 

あれだけ走り回っていれば、鎮守府全員と出会っているだろう。皐月さんももう話をしたそうだ。鎮守府で一番小さかった自分よりも小さい子が来たことで、割と喜んだらしい。

 

「聞いてよ朝潮、レキってさぁ、ボクのことサキネエチャンって呼んでくれるんだよ。妹が来てないから嬉しくってさぁ!」

「ああ、確かにそうですね。レキさんにとってはヒメさん以外全員お姉さんの扱いみたいですよ」

 

この鎮守府には末っ子が意外と多い。山城さんも末っ子だし、清霜さんや潮さんも末っ子だ。姉と呼ばれるのは嬉しいものだろう。

 

「吹雪ちゃんの気持ちわかっちゃうよ。これはレキのこと甘やかしちゃいそう!」

「ほどほどにしましょうね」

 

噂をしているとやってくるもので、電探にバタバタと走る2つの反応。一際小さいため、ヒメさんとレキさんなのがわかる。レキさんならヒメさんをこちらに連れてくることも可能だろう。艤装も大きく膂力もある。

 

「アサネエチャン! サキネエチャン!」

「アサ、サキ、ココニイタカ!」

「すみませんがちょっと静かに。霞が寝ているので」

 

しーっと指を口元に当てる。バタバタ騒いでいたのが嘘のように静かに。聞き分けのいい子達だ。

 

「スミ、ネテルノカ」

「ちょっと疲れているみたいです。休憩時間は寝かしてあげてください」

「よーし、ならボクが遊んであげよう。ここから出ていこうねー」

 

霞のために皐月さんが一肌脱いでくれた。子供達を連れて談話室から出て行く。静かにしてるものの、レキさんは満面の笑みでこちらに手を振ってくる。私も霞を起こさないように手を振り返しておいた。

1人、霞の頭を撫でながら休んでいると、私もだんだんと眠くなってくる。なんだかんだ疲れてしまっていたのだろう。休憩時間はまだあるし、少しくらい眠ってもいいだろう。ほんの少しだけ、私も……。

 

 

 

時間にして20分程度のうたた寝から目を覚ますと、目の前にカメラを構えた青葉さんがいた。

 

「何してるんですか」

「いやぁ、なかなか絵になる状況だったので」

 

霞はまだ膝枕で眠ったまま。私と皐月さん以外には殆ど見せない無防備な姿。ああ、なるほど、これは霞が頭を抱える案件だ。

 

「もう撮っちゃいました?」

「はい、何枚か」

「そうですか。なら霞にはバレないようにしてくださいね。こういう無防備な姿を見られるのに慣れていないので」

 

本来なら消させるべきなんだろうが、霞は私のそれなりに恥ずかしい例の音声データを持っているということなので、あえてそのままにしておく。霞の可愛い一面を他の人も知っておいてもらいたいし。

 

「ばら撒きはしませんよ。司令官のアルバムに加わる程度です」

「アルバム?」

「青葉が定期的に写真を撮って、記録を残しているんですよ。娘の成長記録だそうです」

 

私達の知らない間に訓練風景などを記録していたらしい。まだ私は体験していないが、大規模な作戦が終わった時などは記念撮影をしているのだそうだ。なら、今回の北の敵拠点の件が終わったら、そのタイミングになるか。

 

「なら、是非使ってあげてください。霞は写真を撮られること自体嫌いそうですし」

「盗撮みたいですけどね。それではぁ」

 

青葉さんが立ち去った。霞の知らない内に全てが終わっているので、すぐには頭を抱えることはないだろう。不意に写真が流出する事さえなければ。

 

「霞、そろそろ休憩が終わるわ。起きなさい」

「ん、んんぅ……もうそんな時間……?」

 

軽く頭を揺すって起こしてやる。随分とスッキリした顔だ。

 

「ふぁ……結構寝ちゃったわね」

「皐月さん来てたのも気付かなかったでしょ」

「え、来てたの? また無防備なところを見せてしまった……」

 

ようやく身を起こす。軽く伸びをしてからのストレッチ。やはり多少なり疲れは溜まっていたみたいだ。私の膝枕でそれが癒えたのなら充分だろう。添い寝とはまた違う感覚なのだろうか。

 




成長しても霞のシスコンはそのまま。膝枕も顔を内側に向けている可能性大。


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雪辱戦

「朝潮さん、ちょっといいですか。おお、皆さんちょうど良かったですぅ」

 

夕食の後、青葉さんに呼び止められた。こんなタイミングではなかなか珍しい。食べ終えた直後だったため、霞や春風、あとは皐月さんも一緒だった。

 

「実はですねぇ、海域調査再開のお知らせです」

 

作戦会議で古鷹さんが言っていたこと、次々回の掃討任務で海域調査もするという話が、青葉さんに伝わったようだ。

私の索敵能力が青葉さんに近付いたら、海域調査のお手伝いをすると約束していた。今後、あの海域の海図はさらに重要になりそうである。

 

「もう常時起動がほとんどできていると聞いたので、是非、助手をお願いしたいんです」

「了解しました。私に出来ることならお手伝いしましょう」

 

私の索敵で海図の何処に役に立つのかはわからないが、助手が欲しいというのなら喜んで手伝おう。そういうことをするための訓練でもあるのだから。

 

「それでですね、皐月さんと霞さん、それに春風さん。3人にも参加してもらいたいんです」

「ボク達が護衛ってこと?」

「それもそうなんですが、青葉の予想が正しければ……次の海域調査でも戦艦棲姫改が来ます」

 

名前が出ただけで空気が少し重くなる。皐月さんの唾を飲み込む音も聞こえた。

 

「あちらが防ぎたいのは、おそらく海域調査です。何か知られたくない情報があるのでしょう」

「なるほど……今まで海域調査自体が行われていなかったから、戦艦棲姫改が出てこなかったと」

「青葉が出来るのは海上のみです。それを防ごうとしたということは、何かあるとしか考えられませんよね?」

 

止められた場所より先で調査されては困る理由があるという事だろう。それなら確かに今まで出てこなかった理由も説明がつく。毎回似たような場所で敵が出ていたし、以前海域調査をした場所よりも先には行けていない。

 

「今回の部隊は青葉に一任されました。青葉の考えうる限りの作戦で、お三方は適任なんです」

 

青葉さんの考えはこうだ。

前回戦った時、青葉さんと響さんの主砲は自律型艤装にまったく効いていなかった。それは単に火力不足というのがあるだろう。そのため、さらに火力を上げるべく、魚雷を入れたい。これが霞の採用理由。

私が旗艦で元帥閣下の護衛艦隊の方々を連れた偵察任務で戦艦棲姫と戦った時、春風が艤装と本体の接続部分を撃ち抜くことで艤装の動きが停止した。つまりは接続部分をどうにかして破壊したい。小回りが利き、近距離に近付く必要が出てくる。これが皐月さんと春風の採用理由。

 

「魚雷なら初霜もいるじゃない」

「小回りが利く近接なら天さんもいるよね」

「わたくしで良いのでしょうか……もっと適役がいらっしゃるのでは」

 

この3人は代役が幾らでも効く人材でもある。霞には初霜さんが、皐月さんには天龍さんが、春風には時津風さんが、似たような立ち位置にいる。あえてこの3人にした理由は。

 

「皐月さん、雪辱戦です。霞さん、朝潮さんの右腕の仇です。そして春風さん、戦艦棲姫改は朝潮さんを一度大破まで持ち込んでいる強敵です」

 

なるほど、気合の入り方で選んだわけだ。

 

「オッケー、任せて。今度はただ見てるだけじゃないからね」

「姉さんを大破させた奴だったわね。ギッタンギッタンにしてやるわ」

「御姉様を大破に……許セナイ……殺シテヤル……」

 

人の使い方が上手い。青葉さんは敵に回してはいけない人だろう。

 

「ここにいる5人はわかりました。あと1人はどうするんですか?」

「ガングートさんです。ガングートさんにも雪辱戦ですから」

 

さらにいえば、深海棲艦の気配が読める人材を増やしたいというのもあるようだ。今回も危険は承知でヒメさんを連れていくことになるとのこと。実際にあの海域に住んでいた者の目は必要だそうだ。

 

「レキさんも連れて行きたいところなんですが、まだわからない部分が多すぎますからねぇ。今はこの部隊で考えています」

 

確かに、味方となった戦艦レ級の力なら頼りになりそうだ。だが、まだ謎が多すぎる。春風以上に危険な存在になり得るのだ。

 

「決戦は明日です。よろしくお願いします」

「了解しました」

 

決戦だが、必ず生きて帰る決意は固い。配属されたばかりのレキさんを置いて死ぬわけにはいかないし、何より、司令官をまた悲しませるわけにはいかない。

誰も死なずに帰る。それが一番遂行すべき作戦だ。

 

 

 

翌朝、準備を整え工廠で待つ。私の装備は前回とは変わり、最低限の対空、調査のためのソナー、いつもの電探眼鏡。前回の戦いでは潜水艦は出てこなかったが、万が一出てきてもある程度は対応できる。

 

「青葉君の予想では、戦艦棲姫改との交戦が予想される。会敵したらすぐに連絡をするんだ。実働隊を送る」

「了解ですぅ。ですが、今回はこの6人で倒すつもりで行きますので」

「ああ、そのために準備してきたんだ。必ず帰ってきてくれ」

 

全員を抱きしめていく司令官。ガングートさんともガッチリ握手。

 

「私はこの時のために鍛錬を積んだのだ。必ず貴様に勝利を伝えよう」

「ああ、伝えるためにも、絶対に死なないでくれ」

 

本来の目的は海域調査だ。だが、戦艦棲姫改を倒さない限り、それも簡単にはやらせてくれないだろう。前回の大敗はいい経験となった。次はない。

 

「アサネエチャン! ガンバレ!」

「レキさん、私達が帰るのを待っていてください。必ず帰ります」

「マッテル! ダカラ、ゼッタイカエッテコイ!」

 

私にも鎮守府に待たせる人がいる。帰らないわけにはいかない。

 

ヒメさんを抱きかかえての出撃。久しぶりの感触にヒメさんも心なしか興奮している。だが、前回はこの状態から右腕破損の轟沈寸前まで持っていかれている。少しだけ震えてしまった。

 

「アサ、ダイジョーブカ?」

「大丈夫です。もう怖くありませんから」

「ワタシモツイテルゾ。カンサイキハマカセロ」

 

相方がヒメさんなら心強い。実質7人での出撃だが、ヒメさんは私の装備のような扱いとなっている。今の私は高速駆逐空母という認識だ。今回のメンバーも艦載機を飛ばせる空母はいない。私の立ち位置はそれなりに重要。

 

「海域に入りました。敵領海です。では朝潮さん、海域調査を始めましょう」

「了解しました。私は何をすれば」

「電探の感度を最大にしてください。ソナーも起動で」

 

言われた通りに起動する。今はまだ何もない海。海中にも何も無い。

 

「現在は海図でいうとこの辺りです。ここから北へ向かいます。何か少しでも反応があれば言ってください。青葉は波を見ますので」

 

本来ならここでミナトさん達の陣地が反応するはずだが、今は何もない。海中も特別おかしな点は無く、いつもの戦場と同じ、深い深い深海が続いているのみだ。もし何かあれば、それこそ敵の拠点があれば、ソナー側にも何らかの反応があるだろう。

 

「アサ、アオ、ミラレテル」

「やっぱり。理由は何であれ海域調査されたくないようですねぇ」

 

ガングートさんや春風も遠くの一点を見つめている。深海棲艦特有の何かを感じ取っている。

前回は想定外の攻撃だったが、今回は二度目。こうなることも想定通り。

 

「青葉! 撃ったぞ!」

「了解! さぁさぁ、迎え撃ちますよぉ!」

 

わかってさえいれば回避ができる。ガングートさんに言われ、その場から退避。同時に元いた場所に着弾した。

 

「前回と同じですねぇ! こちら調査隊旗艦青葉、会敵ですぅ!」

「大きな反応が超高速で接近中! 戦艦棲姫改です!」

「カンサイキダス! アサ、タノム!」

 

ヒメさんの抱え方を変え、発艦準備。戦艦棲姫改の後ろから雑多な敵も大量に来るのはわかっている。ヒメさんは前回、それをほぼ1人で押さえ込んだ。今回もそれをお願いする他ない。

 

「実働隊準備始まりました。それまでは粘りますよぉ」

「当然だ。むしろここで終わらせる」

 

前回は撤退戦だった。だが今回は違う。迎撃戦だ。

 

「敵の数……お、多すぎますね。ヒメさん!」

「マカセロ! イケェ!」

 

大量の艦載機が北に向かって飛び立った。出来ることならもう1人くらい向かわせたいが、相手は1人でこちらを完封した戦艦棲姫改だ。全員で戦わないとやられる。

 

「朝潮さん! 戦闘中でも海域調査を緩めないでください!」

「ソナーは難しいですが、索敵はいつでもフルですから!」

「上出来ですぅ!」

 

さらに部隊を北に寄せ、調査範囲を拡張しつつ迎撃準備。すぐにでも目視で確認できるほどになった。外套を羽織った戦艦棲姫の姿。間違いない、私の右腕を破壊した、あの憎っくき敵だ。

 

「この時を待ちわびたぞ。Ураааааааа!」

「霞! 続くよ!」

「了解、あいつを倒せば終わるのよね!」

 

ガングートさんを先頭に、霞と皐月さんが続く。

 

「あれが御姉様の敵……あれが右腕を()いだ……? 許せない……許セナイ許セナイ許セナイ! 」

 

春風も無事()()()ようだ。

敵が1人となると私の索敵は基本意味がない。代わりに、増援がここまで来るかどうかを確認するのと、春風の動きを逐一全員に教えることになる。連携がなかなかできない狂戦士(バーサーカー)を制御し、戦いやすくするのが私の仕事。

 

「久しぶりだなぁ改!」

「スイキジャナイ……コリナイワネェ」

「その余裕顔も今回までだぞ!」

 

艤装によるパンチ。やはり自律型艤装の耐久力が異常であり、本体を狙っても腕一本に防がれる。前回と同じく、近距離での打ち合いが始まってしまった。

だが、この状況を簡単に覆すものがこちらにはいる。それは私達にも予想が出来ない動きをするもの。

 

「ガングートさん! 3時から春風!」

「おうよ、引っ掻き回せよ春風ぇ!」

 

駆逐艦とは到底思えないスピードで春風が突っ込む。

 

「許セナイ! 殺ス! ココデ殺ス!」

「コキ……ヘェ、ソンナノマデテナズケタノネェ」

 

主砲が春風の方に向いた。攻撃にしか視野が向いていない春風は、回避については完全に捨てている。そこで青葉さんの出番である。

 

「前にもやったじゃないですかぁ。覚えてないんですかぁ?」

 

青葉さんが主砲の砲身へのピンポイント射撃。戦艦棲姫改の砲撃は春風から外れあらぬ方向へ。だが主砲破壊まではいかなかった。

 

「死ネェ!」

「ダァメ」

 

ガングートさんの攻撃を片手で受け、もう片方の腕で春風を殴り付ける。いくら深海の力があっても耐久は駆逐艦だ。当たったらひとたまりもない。それは春風もわかっているはずだ。だが思考はそちらに向かない。だからこそ、私がいる。

 

「春風、待て(ステイ)!」

「ハイ御姉様!」

 

振りかぶったところで私がブレーキをかける。寸前のところだったようで、大きく振られた敵の腕は春風を掠める。その衝撃だけで服が破れるが、春風自身は無傷。ヒヤッとしたがうまくいった。

 

「くっそ! メチャクチャ硬い!」

 

その隙に皐月さんが艤装を斬りつけるが、ビクともしない。やはり白兵戦は本体を狙うしかなさそうだ。

 

「霞、撃ちなさい。味方には当たらないわ」

「了解。好きに撃たせてもらうわよ!」

 

ガングートさんから見て真逆、戦艦棲姫改の真後ろからの雷撃。ここからならガングートさんには当たらない。皐月さんと春風は射線上にもいない。青葉さんは春風の補助に徹しているため、そこも問題ない。

 

「ガングートさん、少しだけ離れて!」

「雷撃か! Ура!」

 

打ち合っていたガングートさんがどうにか押し勝ち、戦艦棲姫改にのみ魚雷が直撃。しかし、少し焦げただけで脚を破損させることもできていない。どれだけ耐久力が高いのだ。

やはり接続部を攻撃するのがベストのようだ。だが、近付くこともできない。こうなると不意打ちも難しいだろう。

 

「アサ、チョットマズイ。カズガオオイ」

「多少ならすり抜けさせましょう。艦載機が来ているので対空砲火をします。ヒメさん、少し我慢してください」

 

こちらの戦場にまで敵空母の艦載機が飛んでくるようになっている。それを近づけさせないためにも、対空は私の仕事だ。あちらの戦場には1機足りとも通さない。

 

「まだ足りんのか……!」

「タリナイワネェ……」

 

打ち合いから突如主砲によるゼロ距離射撃。紙一重で避けるが、真後ろの海へ着弾したせいでその衝撃で体勢を崩し、その隙でガングートさんは戦艦棲姫改に掴まれてしまった。これでは前と同じだ。

 

「マズハメザワリナスイキ、アナタカラ」

「今だ! 行けぇ春風ぇ!」

 

ガングートさんを掴んでいるということは、他はノーマークになるということ。片腕の攻撃が疎かになったところを見計らい、春風が一気に詰め寄っていた。

春風を狙う主砲は青葉さんのピンポイント射撃で1つずつ確実に破壊している。つまり、春風を止めるものは無い。

 

「ココガ弱点ッ、ワカッテンダヨォォ!」

 

主砲を艤装と本体の中に差し込み、ゼロ距離射撃。

本体だけを狙ってはその衝撃でガングートさんが握り潰されかねない。そのため、すぐにでも艤装の動きを止める必要があった。春風の艤装はゼロ距離射撃の衝撃で破損していくが、戦艦棲姫改の艤装との接続も破損。艤装の動きが一時的に停止した。

 

「離してもらおうか!」

「グ……ヤルジャナイ……」

 

握りが甘くなったことを確認して、自律型艤装の腕から脱出したガングートさん。しかし掴まれたことで艤装は大きく損壊。ガングートさん自身も痛々しい状態になってしまっている。

 

「春風! すぐに退きなさい!」

 

そこを見計らって霞の雷撃。ガングートさんも春風も離れた状態なら被害はほとんどない。が、撃つと同時に自律型艤装の主砲が霞の方へ向いた。接続に損傷があってもまだ動くことができる。本当の意味で()()しているとでもいうのか。

 

「まずい……!」

「霞伏せてぇ!」

 

その主砲は皐月さんがしっかり対処。撃つより先に斬り上げ、砲塔ごと破壊した。発射された弾は霞の遥か遠方へと着弾。

放たれた魚雷は自律型艤装にまたも直撃。今度は多少なり傷を与えることができた。接続が切れたことで、耐久力も少し減っているのかもしれない。

 

「アア、アサ、ダメダ、オサエキレナイ! テキフエタ!」

「充分です! ありがとうございますヒメさん!」

 

ヒメさん1人で押しとどめていた戦艦棲姫改の部隊がどうにもならなくなり、こちらも一旦退く。ここからは大混戦だ。実働隊が到着するまで耐えなければ。

ヒメさんが押さえ込んでくれている間に、ゆっくりとだが北に向かっていた。今まで調査できていなかった場所まで調査索敵している。敵の数は尋常ではなかったが、わかったこともあった。これは後から青葉さんに説明しておこう。

 

「コンカイハ……コチラガヒクワ……」

「逃ガスワケナイダロ! 御姉様、指示ハ!」

「敵部隊が来ます! そちらの迎撃も必要!」

 

戦艦棲姫改を助けるための増援だろう。数もかなり多い。

 

「マタ……アイマショウ」

 

海中へと沈んでいく。この逃げ方はズルい。

同時に北から多くの深海棲艦が攻め込んできた。部隊の損傷は重い。今は撤退しか無いだろう。実働隊にはこちらの対処をしてもらう。

 

 

 

その後かけつけた実働隊により、攻め込んできた深海棲艦もある程度は蹴散らし、なんとか撤退に成功。しかし、戦艦棲姫改の撤退も許してしまった。戦果としては勝利だが、残念な結果に。

 

「実働隊旗艦の山城よ。調査隊の無事を確認。戦艦棲姫改は撤退した模様」

「ガンさん大丈夫か!? 前の朝潮ほどじゃねぇがかなりやられてるぞ!」

「大丈夫だ……と言いたいが、かなりキツイな。無茶しすぎた」

 

ガングートさんは大破。艤装の破損が激しい上、身体も酷い。立っているのがやっとだったらしく、山城さんの肩を借り、息も絶え絶え。

 

「春風、よくやったわ。アンタのおかげで、撤退まで追い込めた」

「わたくし……お役に立てましたか……」

「充分よ。朝潮型の制服、少しだけなら許してあげるわ」

 

春風は中破。最後のゼロ距離射撃で艤装の損傷が激しく、それを使う左腕もボロボロになってしまった。

大きな損傷はこの2人くらいで、他は砲塔の爆発を間近で受けた皐月さんが小破、青葉さんが小破未満といったところ。私と霞は無傷だ。勿論ヒメさんも。

 

「青葉さん、戦闘中に調査していました。結果を」

「何かありましたか?」

「はい。海図、見せてもらえますか」

 

撤退中、青葉さんに戦闘中の発見を話す。この海域の海図を広げてもらい、現在地を教えてもらう。

 

「……ここ、この辺り。()()()()()()

「ソコハナニモナイハズダ。ワタシタチガイタトキハナニモナカッタ」

「これが海域調査を阻んでいた理由だと思います」

 

そう、北の奥に島を発見した。ヒメさんの知らない島が、突如出現していた。つまりは、黒の陸上型があの場所で発生したということだ。戦艦棲姫改は、それを守る為に動いている。もしかしたら、戦艦棲姫改ですら、黒の陸上型の子飼いなのかもしれない。

 

「これは大収穫です! すぐにでも海図を書き出しましょう! 帰ったら大仕事ですよぉ!」

 

これがわかっただけでも大きい。今後は、その島の攻略が念頭に置かれるだろう。

 




次の目的が決まりました。話が少し動き出します。


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次の戦いに向けて

「ネエチャンタチ! オカエリ!」

「ただ今戻りました……レキさん、いい子にしていましたか?」

「シテタ! ツユネエチャンガアソンデクレタ!」

 

レキさんのお出迎えで戦闘終了を実感できた。ガングートさんと春風はすぐに入渠ドックへ運び込まれ、私達もお風呂へ直行。無傷とはいえ消耗が著しく、回復はすぐに必要だった。

 

「撤退されたってことはさ、また戦わないといけないんだよね」

「ええ……私の魚雷、最後にギリギリ効いたくらいよ」

「ボクの刀、刃こぼれしてたらしいよ。なんなのあの硬さ……」

 

軽傷な私達のみだが、お風呂の中で反省会。戦闘としては及第点だが、反省すべき点は多い。

特に、今回は春風の奮闘が無ければガングートさんが沈んでいた可能性がある。撤退させるためには2人が中破以上しないといけないというのは、さすがにまずい。撤退でこれなら、撃破はどうなるのか。

 

「魚雷も近接も歯が立たず、接続を切るためには犠牲が必要……厳しいですね」

「あの島を守るためにのみ出ているみたいですし、考える時間はまだありますよぉ」

 

確かに、戦艦棲姫改の目的が黒の陸上型の守護とほぼ断定できそうなところまで来た。つまり、こちらから事を荒立てなければ時間はまだあるということ。最終的には撃破が目標だが、今のままでは厳しい。

 

「まともに効いたのは青葉さんの主砲を狙う攻撃程度でしたっけ」

「ボクが主砲1本斬ったよ。主砲だけは脆いのかも」

 

超火力の主砲が無くなれば多少なり戦いやすくなるのかもしれないが、結局あの巨躯による攻撃も相当問題。速い、硬い、重いの三拍子は、駆逐艦ではどうにもならない可能性がある。

 

「次があったら、部隊編成を変えないとですねぇ。青葉の読みは半分外れてましたし」

「魚雷が効きづらいってのが面倒すぎるわ。次やるなら戦艦と空母の力押しかしらね」

 

そういう意味では、元帥閣下の力添えも欲しくなる。大和型の2人と一航戦の2人なら、ゴリ押しも可能そうだ。そこに清霜さんやレキさんを加えれば、あの自律型艤装もどうにかできるかもしれない。

 

「ま、今は休みましょう。青葉はこの後、海図を書かなくちゃ!」

「今日1日くらい休んでも……」

「ダメですダメです! こういう情報は鮮度が命! もしかしたら今でも変わってるかもしれないんですから!」

 

陸上型が陣地ごと移動できるという事実は、私達ならではの情報。あの黒の陸上型も、もしかしたら移動の準備をしているかもしれない。

これからの戦いに活かせる情報は沢山ある。それに、ある程度は絞れたのだから、援軍を頼むことだってできそうだ。

 

 

 

大破のガングートさんはまだ入渠中だが、春風は中破だったため、午後には戻ってきた。身体自体はすぐに治り、艤装もそれに合わせて修復されたからだそうだ。それでもメンテナンスは必要なので、しばらくはセキさんのところに通い詰めになるらしい。

 

「ああ、再びこの姿になれるなんて……最高です。名誉朝潮型駆逐艦、()()、入渠より戻りました」

 

今回のMVPは間違いなく春風だ。そのご褒美として、朝潮型制服を許可した。私達とお揃いになるように改二制服。前回で気に入ったのか、私の膝上ソックスまで着用。普段の着物を上から羽織るようにしているので差別化も完璧。私のお古ではなく新品らしく、胸のサイズまでしっかり合わせてきた。

 

「さすがに文句言えないわ。私もOK出したし」

「MVPだもの、今回は許すわ」

 

司令官はまだ入渠ドックの前にいるらしい。私の時と同様、ガングートさんの修復が完了するまでは待つとのこと。駆逐艦の私とは違い、戦艦のガングートさんは修復までさらに時間がかかる。私のように気を失ってはいなかったが、消耗が最も大きかったのも確かだ。不安になるのも仕方がない。

 

「ガングートさん、結構危なかったのよね……」

「わたくしも入渠終わりに聞きましたが、全身に骨折があり、内臓もいくつか潰されていたらしく……。艤装が無ければ危なかったと」

 

あの自律型艤装に掴まれ、潰されかけたのだ。それくらいで済んだだけでも良かったのかもしれない。駆逐艦なら上半身と下半身がお別れしている可能性だってあった。

 

「でもあのドックならすぐ治るわ。私が保証する」

「姉さんが言うと説得力ありすぎるから」

「失った右腕が()()()のですよね。それなら大丈夫でしょう」

 

そう、生えたのだ。私だって本当に右腕が無くなっていたと思えないくらい。こういう時ほど艦娘の身体が有難いことはない。ガングートさんも、待っていればまた以前のように戻ってくる。私のようなトラウマも無いだろう。

 

「その時に司令官様に聞いたのですが……外部からの援軍を考えているそうです」

 

やはりそうなってしまうだろう。この鎮守府の艦娘では戦艦棲姫改を撤退に追い込むまでしかできない。いくら精鋭揃いだとしても、倒さないとなると人員を増やすしかない。

特に今回、ヒメさん1人に援軍を対処してもらっていた。せめてそこを別の部隊にやってもらい、私達の部隊が戦艦棲姫改に専念できれば、また違った形だったかもしれない。

最初から実働隊を出して、連合艦隊で行くというのもあるだろう。だが、今度は鎮守府が手薄になってしまう。人数が少ないというのも困りものだ。

 

「外の艦娘ねぇ。また神通さん達と戦えればいいんだけど」

「そうね。あの人達なら、奥から来る大量の敵増援も捌いてくれそう」

 

春風の顔が暗い。援軍にはあまり乗り気ではないようだ。

 

「どうしたの春風」

「外部の方に見られるのが……少し怖いのです」

 

閉鎖されたコミュニティだから忘れかけていた。春風は他人からの視線をものすごく気にする、対人恐怖症だ。上層部の心無い視線のせいで、拭いきれないトラウマを持ってしまっている。

ここの鎮守府は異質なものに一切の嫌悪感を見せないが、外となるともうわからない。

 

「あの目で見られたら……わたくしは……」

「大丈夫、そんなことないように司令官が配慮してくれるから」

 

上層部を思い出してしまったらしい。足がすくみ、ブルブルと震え出した。その場から動けなくなる春風を、私と霞は優しく抱きしめる。

 

「あの司令官よ? アンタの事を考えているわよ」

「それに、そんな人が来たら私が文句を言ってあげる。あの時にもそう言ったでしょう?」

 

一度思い出してしまったものはすぐには離れないだろう。落ち着くまではついてあげることにした。

慰めているうちに泣き出してしまった。私達に出来ることは、落ち着くまで側にいてあげることくらいだ。

 

「ア、ハルネエチャン! ドウシタ!?」

 

私と霞で慰めているところを、鎮守府内を走り回っていたレキさんが気付いた。いつもとは違う雰囲気の春風に、レキさんも慌てている。

 

「ナンカイヤナコトアッタノカ!? イヤナヤツイタカ!?」

「れ、レキさん」

「イヤナヤツイタナラ、レキガブットバシテヤルカラナ!」

 

こういう時の子供の言葉はとても力になった。嘘偽りのない、真正面からの言葉だ。レキさんは本心をそのまま口に出すことしかしないのだから、本気で春風のことを心配しているのがわかる。私達ではここまでの説得力は持てない。

 

「レキさん……ありがとうございます。もう、大丈夫ですよ」

「ホントカ? ハルネエチャン、ナイテタゾ」

「大丈夫、レキさんのおかげで元気が出ました」

 

震えも止まっていた。春風を慰めるのは、私達よりレキさんの方が適役かもしれない。

 

「ソッカ。ナライイ! ハルネエチャンハ、ワラッテタホウガイイ!」

「ふふ、そうですね。レキさんにはこんな姿見せられません。黒の先輩として、姉として、ですね」

 

レキさんを抱き上げる。新しい心の支柱を得た春風は、前よりも格段に安定するだろう。

 

だが、援軍をもし呼んだとして、それが春風のことを、この鎮守府のことを悪く言った場合、容赦できそうにない。相手が誰であろうが関係なく、私は攻撃してしまいそうだ。

 

 

 

夕食後、ガングートさんは依然入渠中。私の時のように一晩はかかりそうだ。千切れた腕を生やすのとは違うだろうが、損傷した内臓全てを修復するのだから、それなりに時間はかかるだろう。

少し様子が気になって、私は入渠ドックにやってきた。そこには当たり前のように司令官がいる。本当に終わるまで待っている。

 

「司令官、食事はどうされたんですか?」

「朝潮君か。夕食は大淀君に持ってきてもらったよ」

 

飲まず食わずで待っているということではないようで、少し安心した。

 

「ガングートさん、容体はどうですか」

「順調に快復に向かっているよ。骨も内臓も修復がたった今完了した。あとは体力と精神だけだね。一晩というところかな」

 

ドックの中を見せてもらう。穏やかに眠ったガングートさんが見えた。高速修復材も抜かれており、この調子なら明日には元気な姿を見せてくれるだろう。

ここからは本題。司令官には聞きたいことがあった。

 

「……春風から聞きました。援軍の要請を考えているって」

「ああ。爺さんにはもう打診した。とはいえ難しいだろうね。ここの全員を受け入れられる援軍となると」

 

悲しそうな顔で話す司令官。

やはり春風やレキさんのことも考えていた。ほんの少しでもズレがある人が来た瞬間、この鎮守府は瓦解しかねない。欠陥(バグ)に関してはまだ理解出来るだろうが、それ以上のものが沢山ある。ガングートさんのように隠しやすいものもあれば、レキさんのように存在そのものが見せられないものまである。

 

「深海棲艦そのものがいる鎮守府だ。欠陥(バグ)とは比べものにならない」

「ですよね……」

「それでも、私は間違っているとは思わないよ。今の状況が最善だと確信している」

 

司令官がそう思っているのなら、私達は喜んでついていける。これが最善。これが勝利への道。私だってそう思っている。不確定要素はまだまだ多いが、いい方向に転んでくれるだろう。

 

『よく言った! 同志!』

 

ドックの中から声がした。ギョッとした顔で私と司令官はガングートさんの入っている入渠ドックを見る。さっきまで穏やかな寝顔だったのに、目を見開いていた。こんな短時間で目を覚ますことは本来ありえない。

 

『貴様は間違ってなどいない! だからこそ、我々がついていっているのだからな!』

 

ドック内からのくぐもった声なのにはっきりわかる。しかも内側からドックを開こうとしている。体力の回復はまだ始まったばかりのはずなのに、元気になりすぎなのでは。

 

『こうしてはいられん! 訓練だ! ヤツを倒すために、今すぐ訓練だ!』

「ガングートさん! ちょっと今はまずいです!」

 

そうこうしている内に、入渠ドックが開いてしまった。そもそも内側から開く仕組みになっているのかもわからないが、とにかく開いてしまった。急いで司令官の目を隠す。こういうときに身長差は厄介。

 

「む、脚に力が入らん」

「今まで身体の修復をされていたんですから当たり前でしょう。一晩は寝ていてください。むしろなんで腕は普通に動いてるんですか」

「動いたのだから仕方ないだろう」

 

その前に、自分が全裸であることを気にしてほしかった。目の前には異性。

 

「あー、朝潮君、ありがとう。ガングート君は自分の現状をわかっていないようだね」

「司令官、ゆっくり後ろを向きましょう」

 

言われるがままに後ろを向く司令官。ちょっと可愛かった。

私の時は裸であること関係なしに抱きついてきたが、それは私の身体がまだ色気のないお子様だから。だが、ガングートさんは大人の女性だ。身長も違えばスタイルも違う。我が子だとしてもそれはよろしくない。

 

「どうした同志。何故顔を背ける」

「ガングートさん、全裸ですから」

 

自分の今の姿を見てやっと理解したらしい。だが羞恥心の欠片もなく、それなら仕方ないと素直にドックの蓋を閉めた。

 

「はい、ガングートさんはドックの蓋を閉めたので、もう大丈夫です」

「すまなかった。まさか中から開けてくるとは思わなかった」

「まず起きるなんて思いませんよ……」

 

元深海棲艦だからか、ガングートさんが特殊すぎるのか。

 

「ガングート君、もう少し休むこと。一晩はここで眠りたまえ」

『そうせざるを得ないようだな。脚がまったく動かん。たった半日寝ていたくらいで情けない』

「それだけ消耗していたんだよ君は。明日になれば全快だ」

 

物分かりのいいガングートさんはさっさと寝てしまった。入渠ドックの中はそういう成分が含まれているのか、やたらよく眠れるらしい。私は途中で目覚めることなど無かったのよくわからないが。

 

「元気で何よりだ。これならもう心配いらないね」

「司令官も寝てくださいね。ガングートさんは目を覚ましたようなものですし」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

目を覚ましていなかったらこのままここで一晩過ごすつもりなはず。そういう意味では飛び起きたガングートさんには感謝だ。

司令官はあくまでも人間。私達艦娘や、ヒメさん達深海棲艦とは違う、ただの人間だ。いの一番に身体を壊すのは間違いなく司令官なのだ。

だからこそ、身体を大事にしてほしい。寝不足で倒れられても、こちらが困ってしまう。

 

「大淀さんに引き継ぎますから、ついてきてください。ガングートさんの件も話しましょう」

「そうだね。本当にしっかりした娘だ」

 

私の望む補助役、全員のサポートをするというのは、何も部隊だけではない。司令官のサポートだってその中に入っている。この鎮守府の誰もが生きやすくなるべく、私は頑張るつもりだ。

 




ガングートは妙に羞恥心が無さそう。全裸見られて叫ぶのは提督側みたいなイメージ。


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レキと春風

翌日、ガングートさんが全快して目を覚ました。脚の力が入らなかったのが嘘のように快活。すぐにでも出撃したいと言い出したが、さすがに病み上がりの身体で行くのは困ると、今日一日訓練のメニューを渡されていた。

 

今回も作戦会議に参加した私、朝潮。議題は援軍について。

鎮守府に援軍を招くべく、司令官は昨日の内から元帥閣下に手を回していた。実際に黒の陸上型を攻略するときは、元帥閣下の護衛艦娘の方々にも来てもらう。今はそこまでの状況確認。毎度のように戦艦棲姫改に邪魔をされるようなら、まずそちらを対処してもらう必要もあるだろう。

 

「大和型に一航戦、あの4人は元帥閣下の切り札だ。招集には応じてくれるだろうけど、奥の手中の奥の手だね」

「大本営が手薄になりますからね。来るときは元帥閣下も一緒に陣頭指揮する形になるのでしょうか」

「そうだね。爺さんが来るときにしか動けないようだし、最終決戦……あの黒の陣地を攻めるときには、必ず呼ばせてもらおう」

 

4人とも、必ず駆けつけると言ってくれた。それはもうお言葉に甘えるしかない。力を貸してもらえれば、戦艦棲姫改もようやく倒すことができそうだ。

だが、立場的な問題もある。簡単に呼べるような人達ではない。元帥閣下を動かすほどのことではあるものの、確実に戦うということが条件になるだろう。

 

「それまでは掃討任務を続けていく。だが、敵の数が増えてきているのも確かだ」

「当面の目的は、黒の陣地の素性調査です。あそこに何があるか、あそこまでに何があるかをある程度理解しなくてはいけません」

 

そもそも、ただの陣地なのかもわからない。以前にあそこに住んでいたヒメさんが知らないと言っているくらいなのだから、謎が多い場所なのは確かだ。

 

「援軍を招き、その部隊と協力し、なるべく北奥まで向かう。ただし、無理はしないこと」

「陣地を目視で捉えることができればいいのですが、それはまだ危険すぎるでしょう。そのため、北奥への進軍は青葉さんか朝潮さんが必須になります」

 

私の索敵能力が青葉さんと共に当てにされているのは喜ばしいことだ。戦闘には参加できないが、皆の役に立てているのがわかる。だが、青葉さんはともかく私は非戦闘員に近い。『背中の目』であれど、攻撃力の低下は回避できない事実でもある。

 

「朝潮出すならボス回避の北奥突っ込む部隊だよな」

「せやなぁ。なるべく奥まで行って、さっと帰るっちゅーのがベストやね」

 

ベストメンバーで私を護衛するというのが一番確実な部隊と天龍さんは言った。青葉さんは自分で攻撃できる分、索敵が疎かになりやすい。私は自衛できない分、索敵に専念できる。

 

「それをやるためにも援軍は必要だと思う。護衛もそうだが、姫級の足止めも必要だからね」

「そういう意味では、この鎮守府の人数の少なさはキツイな。駆逐艦が多いのも、戦艦棲姫に効きづらい事がわかってる分キツイ」

 

駆逐艦程度の火力では戦艦棲姫改には傷一つつけられないことがわかってしまった分、姫級の足止めに使うのは難しい。駆逐棲姫や軽巡棲鬼くらいならまだいけるのだが。

 

「いの一番に手を挙げてくれたところもあるんだよ。あの神通君が所属している鎮守府だ」

「ああ、前に救援任務で救ったとこか」

 

私の初陣で助けたあの部隊。神通さん率いる水雷戦隊だ。あの人達が援軍に来てくれるのはとても心強い。しかし、司令官の言い方には少し含みがある。

 

「その言い振りやと、援軍は難しいんか?」

「あちらはあちらで片付けないといけない案件があるらしい。小さいながら、深海棲艦の拠点が見つかったようでね」

 

それは一大事だと思うのだが、こちらに話が回ってこない以上、勝手に手を出すのもよろしくない。友軍艦隊として助けに行きたいが、こちらはこちらでそれ以上の大拠点が待ち構えている。

 

「だが、それが片付き次第、合流してくれると約束してくれた。何人来ることができるかはわからない。それまでに、こちらでもなるべく仲間を探す」

 

仲間を探すと言っても、そう簡単に見つからないのがこの鎮守府だ。欠陥(バグ)持ちは全て受け入れると言っているのだが、その欠陥(バグ)持ちの発生率は極稀。霞のような生成直後のダメージで取り返しのつかないことになったパターンもなかなか見つかっていない。

 

「それでも、仲間が見つからないことは考えておいた方がいい。現状戦力で戦うことを念頭において今後の作戦は立てよう」

「そうだな。無い物ねだりするくらいならそっちの方が建設的だぜ」

 

最悪、鎮守府の守りを少なくするというのがベストという事になってしまった。司令官はそれでも大丈夫とは言っているが、私達的には帰る家が無くなる可能性があることの方が大問題である。

徹底してきた一芸特化を今更崩すのも難しいだろう。全員が全員、深雪さんのようなオールマイティになれるとは到底思えない。

 

「一ついいかしら」

「なんだい山城君」

「ガン子みたいに、深海棲艦を浄化させることは出来ないのかしら。それこそ稀だろうけど、アイツが初めてってわけじゃなかったわよね」

 

ガングートさんより以前に浄化現象により艦娘となった深海棲艦はどうなったのだろうか。もしいるのなら、仲間にできないか。

ガングートさんは欠陥(バグ)を持っていることに加え、この鎮守府で発見したというのもあるので、ここに配属されているようなものだ。似たようなケースがあるのなら、譲ってもらうことは。

 

「それは期待しない方がいい。私が知る限り、浄化現象で艦娘化した深海棲艦は、大本営の手で処分されている」

「処分……ですか」

「ああ。反乱分子としてね。知っているケースは4件。その4件全てが、上層部への殺意を示し、その場で処分された。ガングート君は初めての()()()だ」

 

苦虫を噛み潰したような顔をする司令官。春風の件といい、上層部には本当に良いことがない。司令官が嫌っているのもわかる。

 

「春風みたいに、元帥閣下が出し渋っている検体とかは」

「再三問い詰めたさ。だが、当然だがいないとさ。春風君は特殊すぎるだけだよ」

 

あまり元帥閣下に頼りすぎるのも良くない。

 

「そもそも、この鎮守府には幸運が重なったものが多いんだ。レキ君もだ」

 

たまたま白の陣地に漂着したから仲間になったレキさん。それもいくつかの偶然が重なったおかげだ。偶然頭部を損傷し、偶然記憶を失い、偶然ここに流れ着いただけ。幸運でしかない。

 

「運に身を任せるのは得策ではないよ。私もそこは期待しないようにしている。望んではいるがね」

「そりゃそうだ。じゃあ今ある戦力の強化だな」

「当面はレキ君の訓練を優先する。皆よりさらに幼い娘を戦場に出すのは気がひけるが……」

 

まずはレキさんが戦闘に出せるかを試すというところで落ち着いた。記憶を失い、復旧しないとわかっていても、レキさんは黒の深海棲艦の中でもトップクラスに危険な戦艦レ級だ。何が起こるかはわからない。それこそ、戦闘行為がキッカケになり、暴走する可能性だってあるのだ。

だが、それが無ければ最高戦力だ。艦娘が出来る全ての攻撃が可能な真なるオールマイティのレキさんが仲間として戦場に出てくれれば、足りない部分全てを補ってもらえる。

 

「あー……朝潮君」

「わかっています。私達、朝潮型姉妹がサポートします」

 

この中には春風も含まれている。私や霞ではわからない深海棲艦のことも、春風ならわかるはずだ。私達よりも理解者になってあげられる。

 

 

 

本来の予定を変更し、レキさんへの訓練を開始した。まずはまともに訓練ができてからになる。

 

「ではレキさん、艤装を出してもらっていいですか?」

「ハーイ!」

 

春風とはまた違った方式で艤装が現れる。

レキさんの艤装は艦娘とは違う一点集中型。お尻から蛇形の艤装がぬるりと生え、そこに全てが集約されている。難点としては、せっかく着ている制服も艤装のせいで思い切りめくれ上がってしまうことくらい。スカートが意味をなしていない。レキさんが元々着ていた水着があるので見えても問題は無さそうではある。

 

「訓練をするときは、本物の弾を使ってはいけません。主砲なら水鉄砲、魚雷なら空気爆弾、爆雷も水を落とすようにします」

「ンー、ドウイウコトダ?」

「春風、見せてあげて」

「はい、御姉様」

 

隣に控えていた春風も艤装を展開。海に向かって主砲を撃つ。本来なら着弾し、爆発するところなのだが、今回は訓練仕様だ。黒い水が水面に落ち、すぐに霧散した。

 

「アー、アー! ワカッタゾ!」

「やってみてもらえますか?」

「コウダナ!」

 

蛇の口が大きく開き、中から主砲が顔を見せた。口径は16inch、おおよそ41cmの主砲は、ここにはいない長門型戦艦の主砲と同じもの。榛名さんの持つ35.6cm主砲よりも強力ということである。

そこから水鉄砲が放たれた。以前に受けた榛名さんのペイント弾よりも威力が高いのが、横から見ていてもわかる。だが、ちゃんと水鉄砲を飛ばせたようだ。

 

「うん、大丈夫ですね。では次、魚雷いいですか?」

「ギョライ、コレカ?」

 

手を払うと、よく見るものとは形状が違う魚雷が生成されていた。

深海棲艦は艦載機もそうだが何もない空間から武器を生成する。実際、春風も魚雷は同じように撃っていた。

 

「火薬の入っていない魚雷にできましたか?」

「デキター!」

「では撃ってみましょう。的を用意しています」

 

雷撃訓練で使われている、水面ギリギリの鉄板を指差す。さすがに初めてを対人にするのは危険だ。できたといってできてなかったとき、訓練で轟沈なんてことまであり得てしまう。

レキさんが撃った魚雷はまっすぐ的に向かい、綺麗に直撃。大きな水柱は立つが、的は壊れていない。ちゃんと空気が詰まったもののようだ。

 

「上手です。あとは爆雷と艦載機ですね」

「コレデイイカー?」

 

言われたことをすぐに実践できるレキさん。こと戦闘に関しては無類の才能を持っている。だからこそ、敵に回した時が怖い。敵としての戦艦レ級も同じようにやってくるのだから。

 

「レキさん、よくできました。これで、わたくし達と共に戦える準備ができます」

「ソウナノカ! レキ、アサネエチャンヤハルネエチャンヲマモレルカ!」

 

杞憂に終わればいいのだが。

少なくとも今のレキさんは私達に牙を剥くことはない。むしろ、私達を守ってくれると言っている。

 

「貴女の力は壊すためのものではありません。護るためのものです。レキさん、わたくしや御姉様を、貴女の力で護ってください」

「マカセロ! ネエチャンタチヲマモルゾ!」

 

なんて心強い。でもレキさんはまだまだ子供だ。訓練も出来るだけ興味を持てるようにやってもらいたい。

なので、私は少し考えていた。まず春風とやってもらおう。

 

「レキさん、早速ですが訓練をしてみましょう。春風と一緒に鬼ごっこです」

「オニゴッコ! ヒメトモヤッテルゾ!」

「水鉄砲をかけることができたら、鬼を交代しましょう。まずは春風が鬼です」

 

こうやって、遊びの中に訓練を混ぜ込めば、レキさんも楽しく鍛えられるだろう。実戦を遊び感覚でやられても困るが、せめて鎮守府の中では被害が出ることはない。

 

「春風、()()()()いいわ」

「かしこまりました。()()()()()()()

 

瞳の炎が燃え上がり、レキさんを見据える。ニコニコしているレキさん。もう逃げる準備は万全な様子。

実は今回、古姫側の春風の訓練でもあった。レキさんと交流することで、少しでも制御できるかという考えだ。手加減が覚えられたり、暴走をこれで抑えられたりできるなら万々歳。

 

「レキ、行クゾ!」

「ハルネエチャン、()()()()()カー!」

 

レキさんも春風の二重人格は理解している。戦闘訓練を眺めていたり、むしろ最初の出会いがそちら側だったりしたわけだし。

むしろこちら側の方がレキさんと姉妹というイメージだ。同じ黒の深海棲艦なので、見た目も相性もいいだろう。

 

「ホラホラァ!」

「アタンナイゾー!」

 

春風も子供のように鬼ごっこを楽しんでいた。古姫側でも楽しめるなら、それはいい傾向だろう。

あちら側の春風は戦闘の事以外がない。敵に対して、ただただ攻撃的に立ち向かうだけだ。訓練でもそう。まず相手を敵と見做して入る。だから連携が出来ない。

それが今、レキさんのために遊んでいる。敵も味方もない鬼ごっこをだ。これはいい傾向だ。

 

「アワー!」

「ハッ、次ハレキガ鬼ダ! 当テテミロ!」

 

うん、素直に楽しんでいる。子供効果は抜群だ。

 

 

 

しばらくして、何度か鬼が交代した辺りで時間が来た。今日の訓練は終了だ。的当てと回避を同時にできるのは効率もいい。

 

「タノシカッタ!」

「け、結構、疲れますね……」

 

2人してグショグショになるまで遊んでいた。制服もびしょ濡れ。レキさんは下に水着を着ているからいいものの、朝潮型の制服を着たままの春風は、着物を羽織っているとはいえ、いろいろと透けてしまっている。

 

「春風、今度からは下に水着を着ましょうか。ごめんなさい、私も考えてなかったわ」

「え、あ、うぅ……」

「その……意外と大胆なものをつけるのね」

「言わないでください!」

 

うん、司令官には見せられない。




余程の子供嫌いでなければ、子供と遊べば丸くなっていくでしょう。春風はこうやって強くなっていく。


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死活問題

レキさんの訓練(あそび)を始めて数日、まだ戦場に出すのは躊躇われるが、練度はグングン上がっていた。的当て(鬼ごっこ)から始まり、水上移動訓練(かけっこ)索敵訓練(かくれんぼ)で、楽しく成長している。仲間意識も高く、暴走の心配も無い。そもそもの戦艦レ級の才覚に加え、子供ならではの学習能力もあるため、このまま行けば鎮守府でもトップクラスの実力になるだろう。

それに比例するように、春風の安定性も上がっている。レキさんをあちら側に入った状態で面倒を見ているため、少しずつだが暴走が緩和されてきた。

 

「姉さんの思い付いた訓練、いい結果出してるじゃない」

「上手くいってよかったわ。どちらにもいい影響が出てるもの」

 

今は初霜さんや響さんを巻き込んでの鬼ごっこ。鬼は春風のようだ。事前に言ってあるのでちゃんと水着も身につけている。

 

「待テ! 3人トモ!」

「待てと言われて待てるわけありません」

「私も濡れたくないからね」

「アハハハハ! オニカラニゲロー!」

 

この鬼ごっこでの訓練、本当にうまく行っている。想定以上に回避性能が上がる。1回当たれば負けという状況は戦場と同じだ。当たり方にもよるだろうが、敵の攻撃に当たるのは死に直結する可能性が高い。

逃げ回る的を狙うというのもそれなりに大変だ。次の位置を予測して撃たなくては当たるものも当たらない。

 

「最初は水着の事忘れてたのよね……。春風には悪いことをしたわ」

「びしょ濡れだものね。あーあ、頭から被っちゃって」

 

春風の水鉄砲は初霜さんに直撃。次は初霜さんが鬼。

 

「深海艤装は水鉄砲飛ばせるけど、初霜と響はどうしてるの?」

「明石さんがペイント弾を水に変えてくれたの。顔に当たっても安全よ」

「ちゃんと手を回してるのね」

 

初霜さんが即座にレキさんを狙うが、ヒラリと避ける。あれだけのことができるにも関わらず、高速移動ができるという完全にインチキな性能。本当に敵で無くてよかった。

それでも動きは単調だ。初霜さんならすぐにでも当てる。

 

「ウワァ!」

「はい、次はレキさんが鬼です」

「ヤッタナァ! ツギハヒビネエチャンダ!」

 

楽しそうで何よりだ。見ていてこちらも楽しくなる。霞も仲間に入りたそうにしていた。

 

 

 

こうしている間にも北への掃討任務は続いている。一度戦艦棲姫改を撤退させたわけだが、その後でも敵の数が増減していない。やはり海域調査がトリガーになっている様子。あくまでも、黒の陣地への索敵が相手にとっての問題のようだ。

今回の作戦会議の議題はその辺りになる。北を調査するには、もう少し準備が必要だ。

 

「向こうが現状維持を望んでいるのなら、こちらはその間にやれる事をやろう。少し違う問題が上がってきた」

「問題? 小さな拠点が見つかったってヤツか?」

「ああ。北の大拠点の影響かもしれない。複数個の小拠点が発見されている」

 

それは大問題だ。そこが大きく膨れ上がった場合、タイミングが悪いと挟撃されてしまう恐れがある。小さいうちに片付けておくべきだろう。もしそれが白なら、説得して味方につけることも可能かもしれない。

 

「ミナト君から聞いたのだが、赤い海の影響でその近海に深海棲艦が発生する確率は低くないらしい」

「野放しにすればするほど不利になるってことか」

「ほんなら現状維持はやめた方がええんちゃうの?」

 

龍驤さんの意見は当然であった。北の大拠点のせいで別の場所に小拠点が出来てしまうのなら、早く無くさなければジリ貧になってしまう。

 

「そうなのだが、その小拠点が非常に問題があるんだ」

「場所がですね、秋津洲さんの航路にかなり近いんです」

「その拠点だけでもどうにかしないと、我々は保たなくなる」

 

大問題だった。正直、北がどうこう言っていられないレベルの問題だ。

この鎮守府の資源事情は、陸との交易を一任されている秋津洲さんが全てを握っている。それが途切れるとなると、ジリ貧どころか即座に瓦解するだろう。最低限、その拠点だけでも叩かないことにはどうにもならない。

特に清霜さんには死活問題だ。この鎮守府で一番食べる必要がある。小一時間食べないだけでも燃料切れに近いことが起こる。出撃に大量のおやつを持ち込むレベルなのだから相当だ。

 

「今、秋津洲君の方でも調査をしてくれている。結果は午後に出るだろう。その時、全員を集めて改めて作戦会議を行う」

 

これに関してはいつも以上に迅速な対応が必要だ。これは鎮守府全体の問題。

 

 

 

午後、全員が会議室に入った。ミナトさん達白の深海棲艦の3人も、アドバイザーとして参加してくれている。レキさんも訓練(あそび)を一旦中止して、話を聞いてもらうことにした。こういうことがあると知っておいた方が、あとあと役に立つだろう。今は春風の膝の上で静かにしている。

 

「発見された深海棲艦の拠点はここ。先程の会議参加者には伝えてあるが、秋津洲君の航路にかなり近い位置だ」

「つまり、これをそのままにしておくと、食糧含む物資が一切届かなくなります」

 

騒然とした。今までにない狼狽え方。

 

「これに関しては即座に対処する必要がある。そして、これが秋津洲君の調査により判明した、拠点の深海棲艦の姿だ」

 

出された映像には、拠点と思われる領海に立つ黒い深海棲艦。今回は海上艦らしく、陣地は生成されていない。近場の無人島を自分の陣地としている。

イロハ級の駆逐艦のような帽子をかぶり、背中から自律型艤装のような腕が生えた深海棲艦。見た目は駆逐艦くらいに見える。

 

「クチクスイキダ」

 

ミナトさんはこの深海棲艦を駆逐水鬼と呼んだ。見た目通り、派閥としては黒。説得は難しいと判断された。

 

「今すぐにでも出撃をしたいが、今から向かうとあちらに着くときは夜戦になる」

 

暗がりの中での戦いは、今のところ春風を説得(叩き潰)した時にしか経験がない。今なら電探のおかげで位置は把握できるだろうが、私だけがわかってもあまり意味はない。指示が間に合うかはなんとも言えない。

 

「だけど、早く倒さないとご飯が! ご飯がぁ……」

「キヨシ、気持ちはわかるが落ち着け。夜戦が危険なのはわかるだろ」

 

清霜さんが一番狼狽えていた。当然だ。戦艦以上の燃費の悪さがこんな事で足を引っ張るとは思っていなかったのだろう。

 

「あのさ、これもうやっちゃわない? あたし出るから」

 

そう言い出したのは意外にも時津風さん。なんだろう、いつもと雰囲気が違う。いつもなら寝ていたいからと戦闘に出るのを拒むレベル。それが、夜戦になることを覚悟してでも早く終わらせたいと言い出している。

 

「那珂ちゃんも行きたいかなー。ね、提督、いいでしょ?」

 

那珂ちゃんさんまで同じことを言い出した。海上艦相手なら那珂ちゃんさんでも有利に戦えるのは確かなので旗艦としても有用ではあるが、ここまでやる気を出している姿はあまり見たことがない。

 

「……わかった。君達のことも私はよく知っている。可能性は低いが、賭けてみるかい?」

「当たり前でしょー!」

「さすがしれー、話がわかるわかるー」

 

なんの話をしているかわからないが、出撃は今からになりそうだ。

 

「夜戦になるため、空母を出すことはできない。また、早急に戦闘を終わらせるため、高速艦で統一する。旗艦は那珂君、君でいいね」

「もっちろん! 任せて!」

 

おそらくこうなると水雷戦隊。夜戦で白兵戦は危険だろうから天龍さんと皐月さんは除外。さらに不意打ちを受ける可能性も高いため、長良さんも除外。低速でなく、夜戦でも活躍できる駆逐艦をあと4人となると、自ずとメンバーは固定される。

 

「初霜君、響君、霞君、そして朝潮君。高速かつ夜戦でも立ち回れるものを選ぶ」

「姉さんは昼戦も夜戦も関係ないものね」

 

それもあるが、私と霞は基本装備に探照灯がある。狙われやすくはなるが、狙いやすくもできるため、私は完全に回避に専念しながら敵を照らす役目になるだろう。

 

「では、緊急で申し訳ない。出撃準備だ」

 

食料問題は仕方あるまい。こればっかりは緊急の救援要請に近いほどの優先度だ。ただでさえ清霜さんが泣きそうな顔をしているのだから、助けないわけにはいかない。

 

 

 

出撃準備中、珍しく那珂ちゃんさんと時津風さんがわたしの元に。2人ともマイペースな人だが、今日だけは何かが違った。

 

「朝潮ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけどさ」

「あたしも」

「はい、私が出来ることでしたら」

 

神妙な雰囲気だった。態度はいつも通りだが、何かがおかしい。

 

「駆逐水鬼と戦闘するとき、那珂ちゃんと時津風ちゃんに任せてくれないかな」

「うん。あたし達さ、アレにちょーっと因縁があるんだよね」

 

因縁。時津風さんからは聞けない言葉。真剣になるしかない理由があるのだろう。だが、その理由がわからなければ、鬼級……さらにいえば、水鬼は姫級よりも強い鬼級だそうなので、それ相手にするのは許可しづらい。いくら旗艦の那珂ちゃんさんに頼まれてもだ。

 

「失礼でなければ、教えてください」

「うん、話しておくよ」

 

那珂ちゃんさんの口から、駆逐水鬼の事が話された。

 

深海棲艦というのは、艦の魂が恨み辛みに支配されて発生するものであり、本来の艦娘の形状からはかけ離れた姿になる。ガングートさんもその1人だったが、北方水姫の時とは大分離れた姿だ。多少似ている部分はあるが、別物といってもいい。

あの駆逐水鬼も同じように発生したもの。ただ、その姿は艦娘として生まれた場合に酷似しているのだそうだ。見た瞬間、この2人は自分の知っている艦娘だと確信したそうだ。

 

陽炎型駆逐艦17番艦、萩風。

 

那珂ちゃんさんから見れば、艦の時代に第四水雷戦隊旗艦だったころの部下という経緯がある。時津風さんから見れば実の妹だ。因縁といって差し支えない存在。

自分の実の妹が、深海棲艦として敵側にいるとなると、それは相当に辛いだろう。私だったら、敵に霞の形をした深海棲艦がいたら撃てそうにない。

 

「今回さ、賭けたいんだよね。()()()()に」

「萩風ちゃんは他の鎮守府でも目撃例が少なくてね。ドロップ艦ではあるらしいんだけど」

 

浄化現象で深海棲艦が艦娘に変化すれば、萩風さんの配属が決まる可能性はある。

だが、私は昨日の会議で今まで浄化されたものの結末を聞いてしまった。上層部への殺意を示し、処分されている。人の手で、殺されている。

ただでさえ今回は黒の深海棲艦だ。運良く浄化現象により艦娘化したとしても、恨み辛みが残ったままなら同じことになりかねない。

 

「……わかりました。周りの敵を他の3人に任せ、2人に駆逐水鬼を倒してもらいます。くれぐれも無茶だけはしないでください」

「さっすが朝潮! わかってるねー」

 

ここまでやる気のある時津風さんを見るのは初めてだ。いつもの眠気すら飛んでいる。

 

「確実性がないことに賭けるんです。やれることをやりましょう。私もお手伝いします」

 

私としても初めての夜戦だ。どこまでうまく立ち回れるかはわからない。それでもこの2人の熱意は並のものでは無かった。なら、やってもらうしかない。

 

「旗艦の那珂ちゃんさんの指示ですからね。最初から文句言えませんよ」

「あはは、ゴメンゴメン。でも、ちゃんと期待に応えるからさ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。まず負けないから」

 

ケラケラ笑う時津風さんだが、見えないように緊張しているのが丸わかりだ。目が真剣すぎる。まったく笑っていない。

那珂ちゃんさんもだ。態度はいつも通りだが、いつものアイドルな雰囲気がどこかに行ってしまった。普段隠し続けている本気の四水戦旗艦が見られるのかもしれない。

 

「よーし! じゃあ、行くよー! 那珂ちゃん現場入りまーす!」

 

那珂ちゃんさんを先頭に、工廠から出撃した。後ろから見ても、那珂ちゃんさんは緊張していた。

 




ちゃんとお姉ちゃんしてる時津風っていうのはあまり見たことないけど、下に9人いるんだから妹のことも気にかけそう。


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夜の恐怖

那珂ちゃんさんを旗艦とした水雷戦隊で出撃した私、朝潮。目標は北ではなく西。秋津洲さんの航路。そこに陣取る黒の深海棲艦、駆逐水鬼を倒すため、フルスピードで直行している。そもそも那珂ちゃんさんはブレーキをかけることができない。どうしてもフルスピードになってしまう。

 

「えーっと、そろそろ戦場なんだけど、那珂ちゃんからみんなにお願いがあります」

「改まってどうしたんだい。那珂ちゃんらしくない」

 

確かにこんなことをするのはなかなか無い。響さんも疑問に思ったようだ。

 

「今回、那珂ちゃん本気(マジ)でやります。アイドル捨てちゃうかもしれません。なので、オフレコでお願いしまーす」

「なんだ、そんなこと。わかったわ、名誉のためにってことね」

「霞ちゃんわかってるー! そう、那珂ちゃんの名誉のために、ね? ちょっとキャラじゃないことやると思うから」

 

空気がピリピリしている。そろそろ戦場というのもあるが、この空気は那珂ちゃんさんと時津風さんが出している。

 

「マジになるくらいなんだから、重要なことなんでしょ。好きにやんなさいな旗艦様は」

「そうです。霞さんの言う通り、那珂さんは旗艦なんですから、随伴艦の我々には好きに申しつけ下さい」

「ホントいい子達! でも初霜ちゃん、那珂()()じゃなくて、那珂()()()でお願いね!」

 

時津風さんは黙ったままだ。眠そうな顔は一切なく、爛々と輝く瞳は戦場を見つめ続けている。私にまで緊張が伝わってくる。

 

 

 

戦場にたどり着いた。辺りは夜の帳が下り、もう真っ暗だ。北と違い、海は赤くない。まだ発生したばかりだと、海まで汚染されることは無いのかもしれない。

電探を起動する。敵を確認……暗くて見えないが、同じ数。6体。水鬼1体に駆逐3、あと2体は見たことのない小粒なもの。

 

「敵機発見。この小さいのは……」

「小鬼いるんだ。じゃあそれは響ちゃんに任せた方がいいね」

「小鬼?」

 

小鬼とはPT小鬼群のこと。群生の深海棲艦で、こちらの攻撃をすばしっこく避け続け、手痛い一撃をお見舞いしてくるそうだ。それは夜になれば最大の効果を発揮し、当たらず当ててくるという厄介な敵である。

 

「小鬼は任せてくれ。そのための私の副砲だ」

 

事前に装備を整えていた響さん。夜戦ということで命中率重視にしていたのが功を奏したようだ。

 

「会敵! 探照灯、照射!」

 

霞と同時にベルトに備え付けられた探照灯を照射する。会議で見た駆逐水鬼の姿が映し出された。これで私と霞が敵の集中放火を受けることになる。どうにか回避しながら周りを倒すのが今回の作戦になる。

敵を確認し、那珂ちゃんさんが息を大きく吸うのがわかった。そして、

 

「朝潮! 霞! 駆逐水鬼を照らし続けろ! 時津風! ()についてこい!」

「あいよー!」

 

あまりにもいつもと違う咆哮。突然のことで対応が遅れかけた。

探照灯の光でチラリと見えたその顔は、以前に天龍さんと演習していたときの神通さんと同じだった。アイドルなんて欠片も無い、これが四水戦旗艦、本気の川内型軽巡洋艦、那珂。

 

「雑魚は任せる!」

「指示出します! 小鬼は3時と9時に展開!」

「了解。ヴェールヌイ、小鬼を殲滅する」

 

響さんが小鬼を相手取ってくれている間に、初霜さんと霞で駆逐艦を処理する。

 

「駆逐は正面から3体!」

「了解。霞さん、同時に撃ちましょう」

「ええ、探照灯が動かせないからね」

 

あくまでも駆逐水鬼を照らしながらの戦いだ。那珂ちゃんさんと時津風さんを戦いやすくすることが最優先。私の方にも攻撃が来るが、まだ回避は出来る方。むしろ流れ弾が霞の方に向かうことが問題だ。

那珂ちゃんさんと時津風さんの方には多分行かない。駆逐水鬼の方に撃たないようにしているのは確認できた。

 

「初霜さん、小鬼から魚雷来ました! 直進!」

「霞さんも一緒に!」

 

魚雷回避のために突っ込ませる。駆逐に突撃することになったが、初霜さんが主砲でどうにか対処。霞も遠めの駆逐を魚雷で片付けた。

逆に響さんは小鬼に苦戦している。どれだけ命中率を重視しても当たらない時は本当に当たらない。

 

「初霜さん、そこから8時に小鬼! 響さんと逆です!」

「了解。私も処理に向かいます。霞さん、駆逐水鬼を照らし続けてください」

 

2人がかりで照らしているため、その姿を見続けることができているが、小鬼が照らせていないことが問題だ。あれを処理しないことには戦闘が楽にならない。

 

「ヨルハネ……コワイノヨ……コワクテコワクテ……フフフ」

「夜を怖がる辺り、完全に萩風だよね。ったく、妹がこうなると面倒だなぁ!」

 

駆逐水鬼に重巡主砲を連射しながら肉薄する時津風さん。その逆側から那珂ちゃんさんがそのスピードを活かして特攻。

 

「その邪魔な腕を吹っ飛ばす!」

「ッハハ! ヤミノナカデ……シズメェ!」

 

特攻を目にして背中の腕を振り回す。戦艦棲姫改のものとは大きさが全く違うが、それでも掴まれてしまえば終わりだ。

だが、そこはアイドル活動で踊り続けていた那珂ちゃんさん。柔らかい身体でヒラリと避け、すれ違い様に射撃。だが、硬い。

 

「余所見すんなよ萩風ぇ!」

「キャアッ……ナニスルノヨ……!」

 

それに気を取られている内に時津風さんが駆逐水鬼を撃つ。直撃しているはずなのだが効いているように見えない。単純に装甲が硬いようだ。背中の腕は自律型艤装並に硬いというのがよくわかる。

 

「よし、小鬼片方倒した」

「響さん、真後ろで初霜さんが小鬼と交戦中です」

「了解」

 

小鬼は2人に任せておけば大丈夫だろう。不意に向こうに魚雷が飛ばない限り、私は手出しをしない。霞が魚雷を撃とうとするが、それを制する。

 

「霞、攻撃してはダメ。私達は見守るの」

「えっ、なんで……いや、いいわ。了解」

 

そう頼まれたのだ。なら見守るしかない。

那珂ちゃんさんと時津風さんに真剣に頼み込まれたのだ。邪魔なんて出来ない。

 

「ホント邪魔な腕だなぁ! 萩風そんなの持ってないでしょ!」

「ナニヲ……イウノヨ……!」

 

時津風さんの戦闘はかなり乱暴だ。駆逐艦の身で重巡主砲を撃ちながら突撃する。掴まれたら終わりの腕が振り回されているにも関わらず、至近距離まで行き確実に当てるという戦術を取るため、見ていてヒヤヒヤする。それでも有効打がない。

那珂ちゃんさんは欠陥(バグ)によりヒットアンドアウェイしかできない。その分命中精度は群を抜いている。ただし、攻撃力は時津風さんより低い。

全ての攻撃が腕によって防がれていた。これはどうにかして腕を掻い潜り本体を狙うしかない。幸いこちらは2人がかりだ。不可能ではないだろうが、難易度は高い。

 

「朝潮、聞こえるか」

 

インカムから那珂ちゃんさんの通信。あちらから話しかけてくるのは珍しい。私は見守っているだけだが、何かあるのかも。

 

「那珂ちゃんさん、どうしましたか」

「合図したら霞と一緒に探照灯を消せ。その次でもう一度照射」

 

それだけ言って通信が切れる。あえて暗がりにすることで惑わす作戦か。だがそうすると2人にも影響が出るだろう。それを打開する手段を持ち合わせているのかもしれない。

何にせよ、私は照らしながら見守る以外の選択肢はない。

 

「霞、合図したら探照灯を消すわ」

「は!? そんなことしたら」

「那珂ちゃんさんの指示よ。今は照らす。合図が来たら言うから」

 

駆逐水鬼周りの戦いは激化する一方だ。なるべく挟撃になるように戦場を動いているが、その位置を決めるのは止まることのできない那珂ちゃんさん。時津風さんがなんとか追いついている状態。

 

「小鬼倒しました!」

「了解です。あとは待機。できればこちらに」

 

手が出せないというのは何ともどかしいことか。指示だからといっても、何もしないのは流石に辛い。

 

「本体を直接撃ち抜いてやる!」

「サセナイワヨ……!」

 

腕に主砲と魚雷が装備されているのも厄介だ。振り回しながら撃つため、本当に近付くことが難しい。あれで近付けるのは、おそらく天龍さんくらいだろう。

だからか、那珂ちゃんさんがとんでもない作戦に出た。それが探照灯カット。暗闇の中で決着をつけるつもりだ。

 

「朝潮、合図を出す」

「了解。霞、合図来るわ」

 

グルグルと回りながらの戦闘も埒があかないとわかり、那珂ちゃんさんが突っ込む。那珂ちゃんさんに向いている腕は主砲を装備した腕。魚雷ではない分ダメージが少ないが、命中率は高い。特攻は危険すぎる。

 

「3……2……1……消せ!」

「探照灯、消します!」

 

突如戦場が暗闇に包まれる。

 

「ナッ……ナニモ……ミエナイ……オノレェーッ!」

 

時津風さんが言う通り、駆逐水鬼は夜を怖がっている。急に暗闇になり錯乱したようにも思えた。主砲と魚雷の乱射音。幸い誰にも当たらない位置への射撃のため、指示を出すまでもなく当たらない。

駆逐水鬼は錯乱しているが、那珂ちゃんさんと時津風さんは冷静だった。暗闇の中でもまっすぐに突っ込み、振り回される腕をかいくぐり、乱射される魚雷も主砲で破壊する。

 

「朝潮! 探照灯!」

「はい! 再照射!」

 

同じ位置を照らす。その時には那珂ちゃんさんが懐に入っていた。時津風さんも背中側に接近している。

 

「ナッ……シズメ! シズンデイケェ!」

 

容赦なく振り回される腕。時津風さんはまだ離れていたので大丈夫だったが、那珂ちゃんさんの脇腹にモロに入ってしまった。が、そこまでも想定内と言わんばかりに腕を掴む。これで那珂ちゃんさんに()()()()()()()()()

 

「やっと止まれた! 時津風!」

「終わりだ萩風ぇ!」

 

頭に対し主砲を連射。もう一本の腕を使わざるを得ない状況に持って行かせる。

 

「マダダ! ナニモミエナイヨルニ……シズメェ!」

「沈むのはお前だよ」

 

片腕は那珂ちゃんさんが掴み、もう片方は時津風さんのガードに使っている。本体は完全にガラ空き。胸元に主砲を押し付け、息を吐く。そのまま、致命傷になるまで何度も何度も撃ち続けた。

 

 

 

倒れ伏す駆逐水鬼を囲み、消滅を見届ける。那珂ちゃんさんは私と霞が浮かせるように肩を貸した。駆逐水鬼の腕を受けた時に大破に近いダメージを受けてしてしまった。それでもタービンはフル回転しているので、身長差はあれど、どうにか2人がかりで浮かしている状態だ。

 

「クラクテ……ツメタクテ……クルシクテ……サミシクテ……」

「こっちは苦しくないよ。温かいし、明るいし。だからさ、こっち来てみない?」

 

優しく問いかける那珂ちゃんさん。

会議中、司令官は『黒の深海棲艦でも満たされれば反発しない浄化現象が起きる』のではないかという仮説を立てていた。今までの浄化現象は本当に運良く浄化されていただけだから殺意は残ったまま。だが、ガングートさんはやりたい事をやりたいだけやって満たされていたから今の状態になった。そう考えたのだ。

那珂ちゃんさんはそれに賭けた。満たされるかはわからない。だが、求めるものがある場所には来たがるのではないかという判断。

 

「おねーちゃんもいるぞー。だから、夜だって寂しくないでしょ」

 

時津風さんも後押しする。

 

「……ハ、ハハ、ソレモ……イイナァ……」

「ならさ、おいでよ。萩風ちゃん」

 

艤装から消滅していっている。だが、同時に本体の消滅も始まってしまった。浄化現象はやはり発生しなかった。いくら改心しても、こうなってしまっては消滅しかなかった。私達に出来るのは、最期を看取ることしかできない。

 

「ムリミタイ……ダカラ……カワリヲ……」

「代わり?」

「アア……クラクナイ……ミエル……見えるわ……貴女の顔が……」

 

駆逐水鬼の消滅を確認した。

 

「……ダメだったかぁ。さすがに浄化は簡単に起こらないよねぇ」

 

いつもの口調で時津風さんが呟く。でも背中が震えているように見えた。那珂ちゃんさんも黙ってしまった。

だがその時、電探におかしな反応が発生した。駆逐水鬼を倒した直後に反応となると、敵援軍の可能性もある。

 

「えっ、す、すみません。突然反応が……!?」

 

こんな反応は初めてだった。何もないところから突然反応が現れるなんて見たことがない。今はPT小鬼群よりも小さな反応だが、少しずつ大きくなってきている。

 

「何処!? 何処に出た!?」

「近くの無人島です! 駆逐水鬼が拠点にしていた!」

「ドロップだよそれ!」

 

ドロップ直後に立ち会うなんて初めてのことだ。大急ぎで無人島に向かう。反応はさらに大きくなり、最終的には駆逐艦と同じサイズに。

 

「いた! ドロップ艦!」

 

無人島の浜辺に打ち上げられたように寝ている全裸の少女。私の時のように海の真ん中に浮かんでいるわけじゃないので、そのまま沈んでしまう心配はない。

 

「は、萩風……萩風だ!」

 

時津風さんがそのドロップ艦を萩風と呼んだ。確かに駆逐水鬼の面影を残した人だった。色合いはまったく違うが、雰囲気は近い。

 

欠陥(バグ)があるかはわかりませんが、まずは運びましょう。私と霞で那珂ちゃんさんを運びます」

「萩風はあたしが運ぶ! おねーちゃんだからね!」

 

身長差で大分大変なことになっているが、なんとか運べるようだ。時津風さんの顔も、先程までとは打って変わって明るい。浄化ではないが、発見例が少ないという念願の妹に出会えたのだ。足取りも軽やかだ。




那珂ちゃんが本気を出すと、神通より激しく、川内より荒々しいというイメージ。だから軽巡棲鬼みたいなことになるのかなと。


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忘れ形見の萩風

鎮守府に到着した時には、夜が明けようとしていた。時津風さんでなくても睡魔に襲われる時間帯である。私、朝潮は今まで徹夜なんてした事がない。戦闘時は昂揚しているため眠気は無いが、いざ鎮守府まで帰ってくると急に睡魔に襲われる。これが常にあるとなると、時津風さんのオーバースペックによるデメリットは重いように思えた。

 

「御姉様! ご無事で何よりです!」

「ありがとう春風。入渠を手伝って」

「はい、お任せください」

 

そんな早朝でも、工廠で私達の帰りを待っていてくれた春風。隣では司令官も那珂ちゃんさんと萩風さんの入渠の準備をしていた。

 

「ドックの準備はしてある。2人をすぐに」

「はい。那珂ちゃんさん、もう少しですからね」

 

時津風さんは聞くまでもなくダッシュで入渠ドックに萩風さんを運び込んだ。

 

秋津洲さんの航路の確保、並びに拠点の破壊。さらにはドロップ艦の救出と、一度に3つの事が達成できた。残った5人で司令官に報告を終えた瞬間、時津風さんが気を失うように眠りについた。デメリットの睡魔をどうにか押しのけ、普段なら何度も眠っているであろう時間も行動し続けた反動が今ここで来たようだ。

 

「よくやってくれた。すぐに休んでくれ。徹夜での任務は辛かったろう」

 

霞もフラフラだ。これはもうお風呂の中で眠ってしまうだろう。

などと考えていたら私もお風呂で眠ってしまっていた。危うく溺れかけたところを救出されることに。

 

 

 

一通り休み、目が覚めた時にはもう夕方。那珂ちゃんさんも快復し、時津風さんも一応は目を覚ました。まだ眠そうだが、萩風さんの結果が出たので、なんとか起きている状態。

ドロップした萩風さんを保護した今回の部隊6人が執務室に呼ばれた。今まで全員眠っていたため、任務後のことはさっぱりわからない。

 

「まず、ドロップ艦、萩風君の調査の結果だが、接続不備などの欠陥(バグ)は発見されなかった」

「あー、やっぱり。それは仕方ないよねー」

 

残念そうな時津風さん。どうせなら一緒に戦いたかったのだろう。

 

「しかし」

「ん、なにさ、欠陥(バグ)がないならもう関係ないでしょー」

「彼女は重巡洋艦の装備を装備することが出来てしまうようだ。時津風君、君と一緒だね」

 

確かに私のような特定の装備が出来ないという欠陥(バグ)は持っていなかった。だが、本来装備できないはずの艦種の武器が装備できてしまう。これは広義的には欠陥(バグ)扱いになる。つまり、

 

「えっ、じゃ、じゃあ」

「元帥閣下にも連絡した。この鎮守府に配属が決まったよ」

 

全て言う前に司令官に飛びついた時津風さん。那珂ちゃんさんも抱きつきそうになったが、何とか自制したようだ。

 

「やった! やったね! 妹が配属とか嬉しい嬉しいー!」

「陽炎型の中でも時津風君の妹達は特に配属しづらいことで有名だからね。私達が見つけられて本当によかった」

 

陽炎型駆逐艦娘は、19人のうち半数以上が建造できないらしく、さらに出会える確率自体が低いと言われている。そのため、時津風さんの妹が配属するのは基本的には絶望的だった。本人もそこは割り切っていたそうだ。

だが、今回は幸運に幸運(萩風さんから見れば不運かもしれないが)が重なり、この鎮守府に配属が決まった。

 

「司令官、オーバースペックということは、何らかのデメリットがあるのでは」

「そうだね。こればかりは目が覚めてみないとわからない。清霜君のように食欲の方に偏るか、時津風君のように睡眠欲に偏るか。何にせよ、生活に多少支障が出る可能性はある」

 

オーバースペック組の一番大きな欠陥(バグ)はそこだった。戦場ですら支障が出かねない、生活においての問題点だ。

清霜さんは常に何かを食べているほどの食欲。時津風さんはどのタイミングでも眠れるほどの睡眠欲。さらにオーバースペックとしてカウントされる春風は心のバランスの歪み。萩風さんにも何かがあるはずである。

 

「それはあたしが面倒見る! だって、おねーちゃん、だからね!」

 

吹雪さん並に過保護になりそうなお姉さんである。ただ、見た目としては時津風さんの方が妹のように見えてしまうのが少し残念だ。

 

萩風さんが起きるまではまだ時間がかかる。それまでは寝溜めしておくと、時津風さんは部屋に戻ってしまった。常に眠いのはもう仕方ない。私達にはわからない欠陥(バグ)の辛さだ。

 

「時津風さん、すごいやる気ですね。今まで見たことがないくらいです」

「初めての妹だからね。張り切るのも仕方ないさ」

 

私も霞の配属が決まったときは張り切ったものだ。欠陥(バグ)持ちと知った時のメンタルケアから、水上訓練、初めての哨戒任務まで、全てに付き合った。

時津風さんの場合は欠陥(バグ)まで同じ。重巡装備のオーバースペックだ。教えることは自分のやってきたこと全て。デメリットが同じかどうかはわからないが、最初から最後まで面倒を見ることはできるだろう。

 

「時津風行っちゃったけど、私達が寝てる間に秋津洲さんの航路は復旧できたのよね?」

「ああ、そこは問題ない。それが次の話だ。早急に対処できたおかげで、資源の運搬に影響がほとんど出なかったよ」

「安心したわ。清霜がずっとオロオロしてたもの」

 

それなら安心だ。食糧の危機と聞いて一番狼狽えていた清霜さんも、航路復旧は涙を流すほど喜んだそうだ。自分でも出撃したかったそうだが、場所がそれなりに遠方、清霜さんの燃費だと難しかったため、私達に託すしかなかった。

 

「あと那珂君。私と大淀君も通信で多少聞こえていた。オフレコ、ということにしておくよ」

「うん、お願いねー。あんなの那珂ちゃんじゃないもん♪」

 

本気の那珂ちゃんさんは鬼気迫るものだった。()()()()()は、本当に切羽詰まった時なのだろう。正直、見る目が変わったのは間違いない。

 

「今後は那珂ちゃんさんにあのような事をさせないように、私も頑張りますので」

「うんうん、朝潮ちゃんは真面目で優しいねぇ。那珂ちゃんの指示に従ってくれてありがとね♪」

 

ただし、また他の四水戦、特に第四駆逐隊に似た深海棲艦が現れたときはその限りではない、と那珂ちゃんさんも付け足した。親密な仲だった艦娘が発見されそうな場合は、那珂ちゃんさんも本気を出すということだろう。

 

「……あれは那珂()()だったわ。那珂()()()じゃない」

「霞ちゃーん。オフレコ、ね?」

「はい」

 

今回の那珂ちゃんさんのことは私達だけの秘密、という事になりそうだ。本気を出したら豹変することは他の方々も知ってはいそうだが。

 

「キレた姉さんくらい怖い」

「そちらの方が興味あるね。詳しく」

 

霞の呟いた失言に響さんが反応した。完全に飛び火である。

 

 

 

夜の工廠。そろそろ萩風さんが目覚めると聞き、私も足を運んだ。すでに時津風さんと那珂ちゃんさんはドックの前で待ち構えている。那珂ちゃんさんは私に気付いて手を振ってくれたが、時津風さんはジッとドックを見つめていた。

 

「朝潮ちゃん、あの時さ、駆逐水鬼が言ったこと、覚えてる?」

「駆逐水鬼が……ですか?」

「うん。自分が行くのは無理だから、()()()()って言ったんだよね。そしたら萩風ちゃんがドロップした」

 

確かに言っていた。自分の代わりに萩風さんを連れていってくれという意味にしか聞こえない。タイミングが良すぎる。

 

「萩風ちゃんがオーバースペックなのはさ、駆逐水鬼の力が入っちゃったからなのかな」

 

深海棲艦、しかも鬼、姫級ともなれば、艦種以上のスペックを持っていることばかりだ。駆逐水鬼も、あの強力で頑丈な艤装は駆逐艦のそれではなかった。

萩風さんは、駆逐水鬼の死に際に、その力を受け取ったのかもしれない。深海艤装とはならなかったものの、その位置まで引き上げられた結果が、オーバースペックという欠陥(バグ)に繋がったのかもしれない。

 

「そうかもしれませんね。ガングートさんとは違って、本当に生まれ変わったって事なのかもしれないです」

「あの時の力も記憶も無いだろうけど、萩風ちゃんはあの子の忘れ形見なのかもね。尚のこと大事にしてあげなくちゃ」

 

ドックが開く音がした。萩風さんの初期調整、睡眠学習が終了したということだ。ゆっくりと目を開いていくのを見て、時津風さんが駆け寄った。

 

「萩風、萩風!」

「んん……おはようございます、時津風姉さん」

 

声も何処と無く最期の駆逐水鬼に似ていた。

 

「ああ、よかったよかったー」

「私は……あ、ドロップ艦、というものなのね。姉さんが私を?」

「そだよー。あとほら、那珂ちゃん」

 

後ろで那珂ちゃんさんが手を振る。それを見た瞬間、凄い勢いで姿勢を正した。おそらく、那珂ちゃんさんの本気を知っている人だ。

 

「那珂さんと同じ鎮守府に着任できるなんて、光栄です」

「お堅すぎだよ萩風ちゃん。あと、那珂さんはダメ、那珂ちゃんね」

 

那珂ちゃんさんも一安心といったところだろう。強力な兵装と引き換えに、目を覚まさないなんていう最悪なデメリットだけは回避できたようだ。

 

「目が覚めた? じゃあ制服とか用意したから着替えよっか」

「え、あ、はい。私、裸だったのね……那珂さんの前で恥ずかしい……」

 

明石さんがいろいろ持ってきたが、その中に1つ、見慣れないものがあった。駆逐水鬼の被っていた、イロハ級の駆逐艦のような帽子。それまで一緒にあったのだ。

 

「明石さん、これは」

「妖精さんが勝手に作っちゃったんだよね」

 

私達の制服は、艤装と同様妖精さんの手製。春風がわざわざ着ている朝潮型改二の制服や、レキさんが着ている特型の制服も、全て妖精さんが作っている。

その制服のデザインは艦の魂に合わせて作られるものであり、春風やレキさんのような特注以外は、ドックにいる間に採寸まで完了して提供される。私の時も、初期調整が終了した時点で何着も用意されていた。

だが、今回は萩風さんには確実に必要のないものが出来上がっていた。

 

「艦の魂から必要だと思ったものは全部勝手に作っちゃうから、それも必要なものなんだろうね。被らなくてもいいからさ、持っててあげてくれないかな」

 

制服を着た萩風さんが帽子を手に取った。

 

「これは……うん、そうね。これは私が持ってなくちゃいけないもの。私がここに来ることが出来た理由の1つのように思えます」

「そっかー。なら、被っちゃえ被っちゃえ」

 

時津風さんに後押しされて、帽子を被る萩風さん。色合いも、着ているものも違うのに、何処と無く()()()()駆逐水鬼のように見えた。

 

「うーん、ちょっと前が見にくくなっちゃいますね」

「あらら、残念。でもまあ、御守りとして持ってればいいんじゃないかな」

「部屋に飾るか……それか、艤装にうまく括り付けるかします」

 

脱いだ後、大事そうに抱きしめた。記憶はなくても、それが大事なものということは理解しているのだろう。

 

「じゃあ那珂ちゃんと一緒に提督のところ行こっか」

「あ、はい、お願いします」

 

この後司令官との面会。そして欠陥(バグ)を伝えられる事となる。私達のような損失ではないため、心へのダメージは少ないかもしれない。時津風さんも隣にいる。きっと大丈夫だ。

 

 

 

翌朝、オーバースペックによるデメリットまでわかったということで、全員の前で配属が伝えられる事となった。昨日の内から萩風さんが工廠で寝かされているのは皆知っていたが、欠陥(バグ)持ちによる配属というのはまだ伝わっていなかったそうだ。昨日の部隊6人だけが先行していただけ。

 

「陽炎型駆逐艦17番艦、萩風、参りました。本日より配属されます。欠陥(バグ)はオーバースペック、時津風姉さんと同じ、重巡装備となります」

 

通算4人目のオーバースペック(春風含む)。高火力の増員は、いつも以上に盛り上がった。

 

「オーバースペックってことは、デメリットあるんだよな。何処に出たんだ?」

「それは私から説明しよう」

 

天龍さんが声を上げた。スペックアップより、デメリットの方が重要だ。誰だってそれは知りたい。

それに合わせて司令官が立ち上がる。萩風さんのデメリットはそれなりに深刻なようだ。

 

「萩風君は、時津風君と同様、睡眠欲が過剰に増大している。ただし、時津風君と違うのは常ではない、ということだ」

 

時津風さんの場合は、いつでも眠く、寝ようと思えばいつでも寝られるということ。それは一つ利点があり、寝溜めしておけばある程度活動時間が伸びるということ。逆に、今回みたいに長時間活動も一応はできる。時津風さんは眠気に抗うことがある程度可能だ。

 

「萩風君の場合、とある時間になった瞬間に()()()

 

そのとある時間というのが、ものすごく曖昧に『夜』である。朝と昼は何一つデメリットなく過ごせるが、夜だけは何もできない、ということ。

燃費の悪さを睡眠で補おうとする点は時津風さんと同じだが、夜は回復に努める時間と身体が切り分けてしまっていた。

 

「昨日、萩風君が目覚めたのが夜だったのだが、配属の説明しているときに突然()()()んだ。本当に驚いたが、寝息を立てていることがわかって安心したよ」

「外が夜だとわかった瞬間でした。抗えないほどの睡魔に襲われ、目が開けていられなくなって……。気付いたら朝でした」

 

工廠は明るいので最初は夜だと気付かなかったのだろう。目覚めたばかりで窓の外も気にならなかったのかもしれない。だが、執務室で窓の外が夜であることに気付いた途端、身体が休息を欲してしまった、ということか。

 

「つまり、萩風君は夜戦ができない。また、夜にかかる任務も不可能だ。あまりに遠方過ぎると、作戦終了後に帰ってこれない可能性がある」

「なるほどな。トキツより極端ってわけだな」

 

とはいえ、これは萩風さん本人の一つの欠点と重複していた。

駆逐水鬼との戦闘の際に時津風さんも言っていたが、萩風さんは『夜恐怖症』を患っている。艦の魂が夜を拒んでいるのだ。夜が苦手というほどの軽度なものだが、それでも夜になるとスペックダウンは否めない。

その夜を睡眠で通り越してしまうことになる。事実上、夜恐怖症は発症しないようになった。戦場に出ることができないので一長一短だが、スペックダウンからの死からは遠退いたように思える。

 

「萩風は太陽の出ているとき限定のオーバースペック、という例で考えておいてほしい」

 

実際これは充分すぎるほどの戦力アップだった。北の拠点攻略時も、朝に行けばいいだけだ。長期戦になったところでその前に萩風さんだけ撤退してもらえばいい。実質、デメリット無しと見てもいいほどだった。

 

このタイミングでの戦力増強はありがたかった。これで大規模戦闘に少しでも勝ち目が出てくるというものだ。

 




萩風の稼働時間は夏が一番長く、冬が一番短い。夜と認識した時点で落ち、朝と認識した時点で目が覚める。


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潜水艦の苦悩

萩風さんが配属され、戦力増強が出来た鎮守府。まずは水上訓練からスタートなので、そこは時津風さんにお任せすることになった。姉として、妹を構いたいのだろう。見た目はどう見ても萩風さんの方が姉なのだが。

 

こちらはこちらで、北の大拠点がきっかけとなりポツポツと現れ始めた別の小拠点の対処を考え始めていた。それがある限り援軍も期待出来ず、ただでさえ孤立している人工島の鎮守府がさらに孤立してしまう。処理してもまた現れるかもしれないが、やっておかないよりはマシだ。下手をしたら気付かぬ内に包囲されている可能性だってある。

 

「現在、潜水艦の子達が小規模の拠点を調査している。その結果次第で、破壊する順番を決めていくよ」

 

珍しく浮かない顔の司令官。

 

「どうした提督。そういうのはあんま見せない方がいいぜ」

「いやね……ゴーヤ君から率先して調査に行くと申し出を受けたから許可したものの……小規模とはいえ拠点調査は危険じゃないか。心配で心配で」

 

鎮守府に所属する3人の潜水艦娘、伊58(ゴーヤ)さん、伊19(イク)さん、伊401(しおい)さん。対潜訓練や改二への強化訓練以外だと、青葉さんとの海域調査に便乗して海底の調査を手伝っていた。だが、それ以外だとあまり関わりが持てないでいる。

この鎮守府の出撃できる潜水艦は、魚雷を使えないという欠陥(バグ)を抱えている。装備できるのは主砲、機銃、そして水上戦闘機。潜水艦らしい戦闘はほぼ出来ないとゴーヤさん達は口を揃えて言っていた。

 

「確かにこれまで一度も傷を負って帰ってきたことはないが、それでもね。勿論、信じて送り出したんだ。必ず成功させてくれるだろう」

「大丈夫やって。何のためにあいつらが訓練しとる思っとるんよ。()()()()()()やで」

 

潜水艦娘の基礎訓練として最も重要なものは、調査任務のための隠密行動だ。当たり前だが、敵にもソナーを持つ駆逐艦、軽巡洋艦は存在する。それに見つからないように、本当に必要な情報だけを抜き取り、帰る。私達にはできない、潜水艦だけの重要な任務だ。

 

「事実、本気出したら潮でも倒せん。訓練の時は甘くしとるくらいや」

「潜る深さに制限かけてるんだっけか。そうじゃなきゃ対潜訓練になんねぇもんな」

 

それは初耳だった。対潜の鬼である潮さんが倒せないとなると、ほぼ無敵なのではと思えてしまう。

殆ど攻撃できない代わりに絶対に死なない。これがこの鎮守府の潜水艦娘がたどり着いた場所だ。だからこそ、隠密行動を買って出る。死なないから。

 

「今までにない規模の調査だったから、私も弱気になっていたみたいだ。うむ、潜水艦の子達が無事に帰ってくるのを待とう」

「そうだぞ提督。暗い顔はむしろあいつらに失礼ってもんだぜ」

 

場所しかわからない私達は、事前情報を待つしかなかった。それでも、遅かれ早かれ必ず届くというのは頼もしい。

 

 

 

会議も終わり少し経った頃、工廠で電探のメンテナンスをしていると1周目の調査任務を終えた潜水艦の方々が工廠に戻ってきた。往復3時間程の隠密行動。常に潜った状態での任務だ。

 

「お疲れ様です」

「朝潮ちゃん、お疲れでちー」

 

ゴーヤさんは手早く身体を拭くと執務室の方へ走っていってしまった。後からイクさんとしおいさんも海から上がってくる。

 

「相変わらずなの」

「ゴーヤちゃんは働きすぎだよねぇ」

 

呆れ顔の2人。潜水艦組ではこういったことが日常茶飯事らしい。

 

「ゴーヤさんはいつもああなんですか?」

「そうなの。ゴーヤは仕事中毒(ワーカーホリック)なの」

「働いてないと落ち着かないんだって。毎日海に出てるよ」

 

それは真面目故なのか、別に原因があるのか。自分の身体のことを一切考えずに働き続けている節もあるので、2人としては休んでもらいたいそうだ。週に1度は強引に休ませているらしい。それでも今日で1週間働き詰めである。

 

「あれはその内身体壊すよ。非番返上して働いてるんだもん」

「気持ちはわからなくもないけど、無茶すぎるの。チームワーク大事って自分でも言ってるわりには先走るし」

 

ゴーヤさんは潜水艦の中では最古参。同じく潜水艦の伊8(はち)さんと同期になるらしい。だが、はちさんが潜水できないという致命的な欠陥(バグ)を抱えている。そのため、潜水艦の仕事を全て1人でこなしていた。

当時の潜水艦の仕事は今ほど深くまで潜入などせず、基本は青葉さんの海域調査の手伝い程度だったそうだ。人数が増えたことで今のような隠密行動も仕事に入った。

 

「あ、電探のメンテナンス終わったんですね。じゃあ装備お願いします」

「最近、朝潮ちゃんの眼鏡も見慣れてきたのね」

「イメチェン可愛いよね。あたし達も普段着で伊達眼鏡とかけてみる?」

 

妖精さんが眼鏡を持ってきてくれたのですぐに装備。訓練の賜物か弊害か、鎮守府内の情報があると落ち着く。わかりすぎるのも考えものだ。

 

「あれ、廊下に動かない反応が……」

「動かない? この鎮守府では珍しいのね。立ち止まってるの?」

「え、これ立ってない……寝てる、倒れてますよ!」

 

すぐにその反応の方へ向かう。倒れているとしたらまずい。

 

「ちょっと、ゴーヤ!」

 

廊下に倒れていたのはゴーヤさんだった。まだ執務室にも辿り着けていない。先程から殆ど時間は経っていないから倒れて間もないはずだ。倒れた理由は後から調べるとして、今は医務室に運び込むことが先決だ。

幸い、執務室には近い。男手も借りられる。

 

「司令官! 司令官手を貸してください!」

「どうした! ご、ゴーヤ君、こうしてはいられん!」

 

即座に抱きかかえて、恐ろしい速さで医務室へと走っていった。私達では追いつかず、急いで追いかけた。

 

 

 

「過労と栄養失調ですね。普通じゃありえないですよ」

 

明石さんが診察した結果、ゴーヤさんは過労による体調不良で倒れたらしい。本来ならお風呂の修復材効果で疲労も取れ、かつ夜には眠っているわけだから疲れはそうそう溜まらないはずである。

栄養失調も、ここで生活していたら簡単には起こらない。朝昼晩とちゃんとした食事が出ている。

 

「ゴーヤ君、ちゃんと眠れているかい?」

「……ここ最近、寝れてないでち。ご飯も喉を通らなくて。で、でもお仕事はちゃんとやるから。任せられた仕事はできるでち」

 

何故そこまで、と聞くのは野暮な事だろう。私でも察することができた。

ゴーヤさんはおそらく、()()()()()()()()()()()()のだ。仕事中毒なのもそれが影響している。よく今まで倒れなかったものだ。

 

「休みなさい。身体を壊しては意味がない」

「でも、今は拠点の調査が大事でち。みんなのために調査しなくちゃ」

「万全ではないものの情報が、正しいと思えるかい」

 

口籠ってしまったゴーヤさん。体調が悪ければ、違うものが見えてしまったり、見落としも発生してしまうだろう。

 

「君は身体を休めて、万全な状態で挑んでほしい。身体を壊してしまっては意味がないんだ」

 

それしか言えない。仕事のしすぎで体調を崩したのなら、休んで万全にしてから挑めばいいだけだ。何ヶ月も寝ていろというわけではない。長くても3日程度で回復するだろう。

それでも、今のゴーヤさんには耐え難いものだったらしい。だんだん表情が歪んできた。

 

「ゴーヤ、要らない子なの……? 提督()ゴーヤを捨てちゃうの……? お仕事、お仕事しなくちゃ……お仕事……」

 

虚ろな目でブツブツ呟き始めた。これは重症だ。こうなっては手がつけられないと一旦医務室の外に出た。落ち着くまではそっとしておいた方がいい。

 

ゴーヤさんは私のようにこの鎮守府で発見されたのではなく、深雪さんのように別の鎮守府に発見されたところを司令官に拾われた方である。ただし、発見されてすぐではなく、しばらく滞在した後に。

その鎮守府で受けた扱いが良くなかった。司令官に拾われるまで、出撃もしたことがなく、腫れ物扱いされていたそうだ。司令官が引き取ると言ったときも、そこの司令官にさんざん罵られたらしい。それがゴーヤさんの心に大きな傷を付けてしまっていた。

 

「結果的に、ゴーヤ君は欠陥(バグ)で心を壊してしまったんだ」

「仕事が生き甲斐になってしまったのも、自分の存在意義を自分で認めるためなんですね……」

 

鎮守府に貢献できている自分が見えていないと不安になるのだろう。だから仕事中毒になってしまった。

だからと言って、体調を崩したまま任務を続行させては、今度は死にかねない。潜水艦組は私達よりも死と隣り合わせの過酷な環境だ。そんな中に今のゴーヤさんが行ったら、間違いなく悪い方に倒れる。

 

「ここまで重症と見抜けなかった私にも落ち度はある。すまない」

「そ、そんな、私も気付けませんでしたから……」

「だが心の病はどうしたものか……」

「春風とは別の理由ですからね……」

 

同じように心の病を持つ春風は、精神的支柱を立てることで安定した。私だけでなく、霞やレキさんも柱にしたことで、さらに安定感を増している。

だが、ゴーヤさんの場合はすでに仕事を精神的支柱にしてしまっている。別の拠り所を作ってあげない限り、今の状態からは抜け出せない。

 

「提督、ここははっちゃんが行きます」

「はち君……」

 

医務室の前で悩んでいると、やってきたのははちさん。イクさんとしおいさんに相談されたそうだ。同期で、かつ同じ艦種のはちさんなら、何かできるかもしれない。

 

「ちょっと荒療治になるかもしれないけど、はっちゃんがやる事、何も言わないで見ててほしいです」

「……わかった。頼んだよ」

Danke(ありがとう)

 

医務室に入っていくはちさん。私達もそれについていく。荒療治という言葉に一抹の不安を感じたが。

 

ゴーヤさんはまだ俯きながらブツブツと何かを呟いている。正直見るに堪えなかった。だが、このままにはしておけない。

 

「ゴーヤちゃん」

「はっちゃん……ゴーヤまた捨てられちゃうかも……仕事もできない使えない艦娘だもんね……」

 

自分で自分を追い詰めすぎている。思考がネガティブな方向へどんどん進んでいってしまっている。

ゴーヤさんは自分に自信がなさすぎた。訓練や任務のときにはとても真面目で、時にはお調子者なキャラをしていたが、内心は不安でいっぱいだったのだろう。私も察することはできない。

 

「ゴーヤちゃん。それははっちゃんに対する侮辱と取るよ」

「そんなわけないでち! はっちゃんはゴーヤよりいっぱいお仕事してるし、できないこといっぱいできてる!」

「でもはっちゃん、潜れない。潜水艦なのに潜水艦じゃないよ。艦娘なのかも怪しい」

 

自虐的な言い争いは、欠陥(バグ)を持つ私にもキツイ。司令官も苦い顔をしている。

 

「はっちゃんとしては、ゴーヤちゃんは潜れるだけ艦娘の仕事出来てると思う。はっちゃんは艦娘の仕事ほとんどできないもの」

「でもこんなことでお仕事できなくなったら……ゴーヤここにいる意味ないでち……もっともっと働かないと、誰にも存在を認めてもらえない……」

 

今の光景、既視感があった。春風の自殺を止めたときと同じだ。ゴーヤさんが春風、はちさんが私。このまま同じ展開に行くと、もっと辛いところに行ってしまう。

 

「体調不良で成果を出せない方が余程ダメでしょ。結局倒れちゃったんだし。もしかしてゴーヤちゃん、提督がゴーヤちゃんのこと認めてないと思ってるの?」

「使えない艦娘なら認めてなくて当然でち……」

 

今すぐにでも叫びたいのだろうが、必死に我慢している司令官。握り拳が震えている。私も我慢する。どちらかといえば、止めたいのははちさんの方。これ以上見たくなかった。

 

「使えない使えないって……ゴーヤちゃんの働きにみんな感謝してるのに」

「何もできずにぼーっとしてる艦娘なんて、使えないでしょ! そんなのいてもいなくても同じだよ!」

 

言ってはいけないことを言ってしまったのだろう。はちさんの何かが変わった。後ろから見ていてもそれがわかる。

 

「……いてもいなくても同じなら、ゴーヤちゃんの潜水能力、はっちゃんにちょうだい」

「は、はっちゃん?」

「使えない艦娘には必要ない能力でしょ。それ、はっちゃん喉から手が出るほど欲しいの。要らないならちょうだい。明石さんとセキさんに頼めば移植くらいできるよ」

 

ああ……やっぱりこうなってしまう。荒療治と言った時点でそうなるんじゃないかと思っていた。私も通った道だから。

はちさんはゴーヤさんの腕を掴んでベッドから引き摺り下ろそうとする。

 

「ゴーヤちゃん、工廠行こうか。ああ、ついに潜れるのね。海の底ってどうなっているんだろう。とっても楽しみ」

「ま、待って、ゴーヤは……」

「何? 使えない艦娘なんだから能力もいらないでしょ」

 

冷たい表情でゴーヤさんを見据えていた。あの時の私もこうだったんだろうか。そうだとしたら……私は春風にとんでもないことをした。

このままだと本当に連れて行かれる。そう思ったであろうゴーヤさんは、はちさんの腕を強く振り払った。

 

「嫌だ! ゴーヤもっと潜りたい! これを無くしたらゴーヤ本当に使えない子になっちゃう!」

「じゃあ無理せずちゃんと身体を治しなさい! 自分で自分の首絞めてどうするの!」

 

声を荒げるはちさんなんて初めて見た。

 

「休息も仕事の内! 万全の体調でなくちゃ万全の仕事なんてできない!」

「そんな時間も勿体ないでしょ!」

「他の子も頼りなさいよ! 潜水艦はアンタだけじゃないんだから! それとも何? 認められたいけど他の子は認めてないと? 何様のつもり!?」

 

今度はゴーヤさんの胸倉を掴み、ベッドに押し倒した。おもわず駆け寄ってしまいそうになったが、司令官に制止される。何も言わないで見ててほしいと言われたのだから、私達ははちさんの言動を見届けるしかない。

 

「自分が認められたいなら、まず他の子を認めなさいよ。頼ればいいでしょう! 全部自分で背負うな!」

「でもゴーヤには何にもないから……」

「あるでしょうが! 結局周りが見えてない! この鎮守府にいるのに、そんな事もわかってなかったの!?」

 

この鎮守府は欠陥(バグ)を持つ艦娘しかいない。結果、お互いを助け合うことで成り立っている。

私は攻撃できないから、他の人の攻撃に頼るしかない。索敵できない人から見れば、わたしを頼るしかしかない事だってある。みんなそうだ。

 

司令官は海の上には行けない。だから、艦娘に頼っている。艦娘は司令官がいないと居場所すら与えられない。上から下まで、全部助け合っている。

 

「それなのにアンタは自分しか見えてない……そんな奴はここから出ていけ!」

 

はちさんはそれだけ言い残して医務室から出て行ってしまった。司令官はゴーヤさんの元に残るとジェスチャーしたので、私がはちさんの方へ向かった。

 

はちさんは少し行ったところで膝をついていた。あれだけ怒鳴り散らすのも初めてのことだろう。息もあまり整っていない。

 

「はぁ……慣れないことするものじゃないね……」

「荒療治過ぎますよ……私も経験がありますから気持ちはわかりますけど……」

 

今回のは諸刃の剣だ。はちさんに怒鳴られてゴーヤさんの心が完全に折れてしまったら、春風と同じように自殺を考えるまで行ってしまうだろう。

 

「あの子は強い子だから。これで周りが見えるようになってくれる……はず」

「そうですね……それに、今は司令官がついています。見守るしかありません」

 

ゴーヤさんはきっと立ち直ってくれるだろう。身体を休めて、元気な姿を見せてくれることを祈る。今はそれだけしかできなかった。

 



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心の病

ゴーヤさんは一時的に休養するということが伝えられた。体調不良を押して無理して任務遂行をしたせいで心身ともに磨り減っていたと、包み隠さずに話す。事実を全て告げた後、司令官自らが皆の前で謝罪した。

 

「見抜けなかった私に全ての責任がある。申し訳ない」

 

誰も司令官のこともゴーヤさんのことも責めなかった。心の病に関してはとても難しい問題だ。触れたら刺激してしまい悪化する可能性が高い。特に今回の件は誰も責められない。

 

「小拠点の調査はどうするんだ? やっぱ中断か?」

「難しいとこなのね……イク達だけで行ったら自分は要らないって思っちゃいそうだし、行かないなら自分のせいで止めてるって思っちゃいそうだし……」

 

イクさん達も今後の事について悩んでいるようだ。何しろ、今のゴーヤさんは全てのことを自分の落ち度に感じてしまいそうな状態。何をしても、むしろ何もしなくても良くない方向に向かってしまいそうだった。

 

「調査は進めてください。2人の仕事を、ゴーヤちゃんに見せてあげて」

 

はちさんが発言した。怒鳴った後なのでバツが悪そうだが、今のゴーヤさんには他の潜水艦娘を認めさせることも重要と判断したのだろう。それを見て自分が必要ないと感じたなら、その時は次の手段を考えるとのこと。

 

「ん、わかったのね。提督、イクとしおいで行ってくるの」

「了解した。くれぐれも気をつけて」

「はーい。じゃあ早速行ってきます」

 

イクさんとしおいさんはいつもの調子で出撃していった。いつもならここにゴーヤさんもいるのだが、今は医務室で療養中。あの後、司令官が話をし、休養だけは納得してくれた。実際に体調不良はあるので、ゴーヤさん本人も休養が必要なことは自覚していたのだろう。

 

 

 

夕暮れ時、春風とレキさんの訓練(あそび)を遠目に見ているゴーヤさんを見つけた。医務室からはもう出てよくなったようだが、虚ろな目なのはそのままだった。

水着を着ていない私服のゴーヤさんを、私は初めて見た。それだけ毎日任務や訓練に明け暮れていたのだろう。

 

「楽しそうでちね……」

「レキさんは子供ですから、訓練と縛り付けるより、ああやって楽しんで成長した方がいいんですよ」

「ううん、春風ちゃんの方。あれ、あちら側だよね」

 

レキさんと遊ぶときは基本的にあちら側になっている春風。瞳の炎も同じ色で、さながら姉妹のようだった。

 

「そうですね。レキさんとああするようになって、あちら側も戦闘以外のことを楽しむようになりました」

「そっか……」

 

何処か羨ましそうに眺めている。心から楽しんでいる2人を見て、何を思っているんだろう。

 

「仲間に入りたいですか?」

「ううん、見てるだけで大丈夫。今は休養中だし。それに、ゴーヤが入ったところで迷惑でち……」

 

やはり心はネガティヴに倒れてしまっている。これに対して私が何かを言うことはできない。私が何か言って矯正しても、それは治ったとは言えない。

 

「そろそろ暗くなってきましたし、切り上げさせます」

「そうでちね……ゴーヤも医務室に戻るよ」

 

と、ゴーヤさんを見送ろうと思った時にバタバタと走ってくる2人の反応。片方は時津風さん、もう片方はまだ見慣れないので萩風さんだろう。午前中に水上訓練をしていたのは知っていたが、今は鎮守府を案内していたようだ。

 

「あー、ヤバイヤバイ! そろそろ夜になっちゃう!」

「せ、せめて部屋に戻らないと」

 

なるほど、時間を忘れて外を見て回っていたら萩風さんのタイムリミットが近付いてしまったと。時津風さんの身体では、艤装がない限り眠ってしまった萩風さんを運ぶのは難しいだろう。

 

「あ、日が沈みましたね」

「朝潮! それ言っちゃダメー!」

「日が沈ん……あふん」

 

走っていたところで突然眠ってしまった萩風さん。私の失言で夜と認識してしまったということだ。まだ外はギリギリ明るいくらいだが、萩風さん的には夜判定。全体重が時津風さんにかかり、大変なことになっていた。

 

「う、うぉぉ……重いぃ……」

「手伝います手伝います! ゴーヤさんもいいですか!」

「えっ、あ、わ、わかったでち」

 

春風とレキさんにも切り上げさせ、萩風さんを運ぶのを手伝ってもらおうと思ったが、2人ともビショビショ。余計な面倒が増えかねないので、一緒に帰るだけにとどまってもらった。

 

「ハギネエチャン、ネチャッタノカ」

「そだよ。もう朝まで起きないね」

「タイヘンダナー」

 

萩風さんの頬をつつくレキさん。こうなってしまうと何をされても起きないらしく、可愛らしい寝息を立てていた。

 

「お風呂とかどうするんです?」

「うーん、誰かに手伝ってもらうしかないかなぁ」

「寝たままお風呂は危ないでちよ。萩風ちゃんはただでさえ起きないんだから。ゴーヤ達でギリでち」

 

ゴーヤさんの言う通りだ。朝になるまで絶対に起きない萩風さんをお風呂に入れたら、ひょんな事で水没した場合そのまま溺れてしまう。それでも起きないのだから、本当の意味で目を覚まさなくなってしまうだろう。それは一番よろしくない。

 

「じゃあ着替えさせるだけにして、明日朝風呂に入ってもらおー。ありがとねゴーヤ」

 

まさか御礼を言われるとは思わなかったのだろう。ゴーヤさんはキョトンとしていた。

 

「え、ゴーヤ、別に何も」

「ゴーヤに言われなかったら萩風お風呂に入れてたよ。萩風の命の恩人になったかもねー」

 

こんな些細なことでと思っていそうだ。それでも、この発言が人の命を救ったかもしれない。

 

なんとか萩風さんを部屋に運び込み、時津風さんと分かれる。春風とレキさんもお風呂に向かった。なんだかんだゴーヤさんも一緒にここまで来てしまった。

 

「時津風ちゃん、すごいでちね。ちゃんとお姉ちゃんしてる」

「昨日から張り切ってましたから。萩風さんのお世話は全部自分が見るって」

「見かけによらないでち」

 

少し話したところで、ゴーヤさんはハッとした。たったこれだけのことでも、何か変わったように思えた。

 

「ゴーヤ、ここの子のこと、全然知らないでち。それなりに長く所属してるのに、仕事のことばっかりで……イクやしおいが非番のときに何してるかも知らない……」

 

はちさんの言う周りが見えていないというのは、そういうことだった。自分のことに必死すぎて、誰とも関わりが持てていない。見てもいない。だから、誰からも認めてもらえていないと錯覚してしまっている。

みんなゴーヤさんの功績は認めているのだ。訓練も、海域調査も、隠密行動も、その結果は本当に役に立っている。私だって感謝している。

 

「ゴーヤさん、明日も休養ですか?」

「……うん」

「みんなを見てみてはどうですか。少しだけでいいので」

 

私にはそれくらいしかアドバイスができない。でも、きっかけはできたと思う。

 

 

 

翌朝、霞と支度をしていると、萩風さんが訪ねてきた。少し眠そうだが時津風さんも一緒だ。しっかり朝風呂に入ってきた様子。

 

「昨日は迷惑をかけちゃったみたいで、ごめんなさい」

「いえ、私も失言があったので」

 

萩風さんのデメリットに関しては、気持ちの部分も大きい。あの時私が日が沈んだことを明言しなければ、もう少し動けていたかもしれなかった。夜だと認識するタイミングを少しでも遅らせてあげる必要はありそうだ。

 

「夜が近くなってきたら目隠しでもしてみたら? ほら、外が見えないから夜になったかわからないでしょ」

「そんな原始的な方法でなんとかなるかしら……」

 

だが霞の提案は時津風さん的には画期的なアイディアだったらしく、今日にでも試そうと意気込んでいた。それで何とかなるならいいのだが、萩風さん的には大丈夫なんだろうか。曖昧な夜判定だからこそ何とかなりそうな感じはするけども。

 

「そういえばさ、霞、まだ朝早いのに朝潮の部屋にいるんだね」

「え!? あ、ああ、朝の支度を手伝ってんのよ」

「そういうことにしといたげるー」

 

誤魔化そうとしているが時津風さんにはバレバレのようだ。まぁここが霞の可愛いところでもあるので、何も触れないであげてほしい。添い寝くらい、時津風さんもしてそうだし。

 

朝の食堂。皆が揃いやすい場所。その端で、ゴーヤさんが朝食を摂っていた。まだ虚ろな目だが、他の人達を観察するような、周りに興味を示しているような、そんな視線。

今の自分がどうすればいいか、ほんの少しだけでも兆しが見えているようにも思える。今は私から触れる必要は無いだろう。

 

「ああ、ここの朝食は本当に素敵! 味付けも濃すぎず、健康的で、もう最高!」

「そ、そこまで喜んでくれるなら、オレも作った甲斐があるってもんだぜ」

 

朝食当番の天龍さんが萩風さんに圧倒されていた。

萩風さんは筋金入りの健康オタクだと時津風さんに聞いた。欠陥(バグ)が無くても早寝早起きを心がけ、作る料理は徹底してヘルシーなものばかり。時津風さん的には甘くて美味しいお菓子も、萩風さん的には甘すぎる不健康なものになってしまうのだとか。

 

「まぁでもお前はもうちょい食っとけ。昨日、晩飯食べてないんだろ?」

「そうですね……食べる前に夜が来てしまいましたから。1日2食……ああ、不健康です……」

「朝と昼しっかり食って、夜が来る前にオヤツでも食べときな。それこそ栄養が足りなくなるぞ」

 

天龍さんもお母さんみたいな世話の焼き方をする。以前、皐月さんが霞のことを霞ママと言っていたが、天龍さんはママというよりオカンなイメージ。

 

「ごちそうさまでち」

「おう、ゴーヤ、美味かったか?」

「……うん。ご飯をこんなにゆっくり味わって食べるの初めてかも」

 

ぎこちない笑みで食器を片付けているゴーヤさん。その口ぶりから、食事もただ食べるだけで味なんて考えたこともなかったのかもしれない。

 

「ゴーヤさん、昨日はお世話になりました」

「そんな、お世話なんて」

「朝潮さんと一緒に眠ってしまった私を部屋まで運んでくれたそうで。ありがとうございました」

 

やはり御礼を言われて反応に困っている。昨日の時津風さんの時と同じだ。ここでオカンの天龍さん、ゴーヤさんの何かに気付いた。

 

「ゴーヤは礼を言われ慣れてないんだよ。だから、もっと言ってやれ」

「ゴーヤさん、本当にありがとうございました。命の恩人です。もしゴーヤさんが口出ししてくれなかったら、お風呂で溺れていたかもしれません」

 

アワアワしだしたゴーヤさん。真正面から感謝をぶつけられることが、今まで無かったのかもしれない。

仕事のことでの礼なら司令官は何度も言っているが、ゴーヤさんには社交辞令にしか思えなかったのだろう。労いの言葉も、自分のことで手一杯なゴーヤさんには届いていなかった。

だが、ほんの少しだけ()()()ができたことで、ようやく言葉が届くようになった。何もしていない自分が、感謝されるという形で存在意義が認められた。

 

「あ、ゴーヤ! 見つけたの!」

 

今度はイクさんとしおいさん。早朝の調査任務に向かうことになっているため、朝食も簡単に済ませている。

 

「イク、しおい、昨日はごめんでち……。調査任務参加できなくて」

「別にいいの。体調悪いんでしょ? そういう時くらい、イク達を頼るといいの」

「そうそう。あたし達だけでもちゃんと情報取ってくるからさ。その代わり、復帰したら覚悟してなよー」

 

自分が休んだら迷惑がかかるというのが先行してしまうゴーヤさんだが、今回イクさんは頼れとまで言った。今の心持ちなら、それも受け入れる事が出来たようだ。

 

「それじゃあ……任せたでち!」

「任されたの!」

「朗報期待しててよね!」

 

ようやく、自分の周りが見えるようになってきた。まだまだ全快までは遠いかもしれないが、先が見えないことはなさそうだ。

 

「はちさん、そろそろ行ってあげたらどうですか?」

「朝潮ちゃんは電探使うようになってからデリカシーが無くなった気がする」

 

姿か見えないように隠れていたはちさんに簡単な忠告。あれだけの事をしたのだから顔は合わせづらいだろうが、このまま引きずるのもよろしくない。仲良くなければ頼れないのだから。

 

「はっちゃんの方が心の整理いるの。だから、あとからこっそり会うから」

「人払いくらい手伝いますよ」

「朝潮ちゃんもいないでくれると助かるかな」

 

これくらいの冗談が言えるくらいの仲が丁度いいのだ。




いつもとは違い、ゴーヤには必要以上に触れないスタンスの朝潮。同じ心の病を持つ春風との差は、出会った時から一緒にいるか、すでに鎮守府で立ち位置を持っているか。


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陸の鎮守府

少し久しぶりの、北へではなく南への哨戒任務。ゴーヤさんの件も一旦落ち着きそうということもあり、少し安心して海へと出た。ここからは私が簡単に触れていい事でもないだろう。他の人に任せることにする。

 

今日の護衛は皐月さんと白露さん。私の初めての哨戒任務の時と同じメンバーだ。あの時と違うのは、皐月さんが攻撃できるようになった事と、私が索敵とソナーを全て行えるようになったこと。そして、全員が改二になったこと。

 

「ここまで成長すると、3人の哨戒も楽なもんだね」

「そうですね。手早く済むようになりましたし。あ、索敵完了しています。反応無し」

「この早さよ。優秀過ぎてあたしら必要かわからなくなっちゃう」

「私を守ってください。私は敵駆逐艦1体でも負けますよ」

 

あくまでも私は2人に頼りきりだ。他に誰かいないと出撃すら出来ない。

 

「おー、もう折り返し地点。順調過ぎて怖いよ」

「何も無いならいいじゃないですか。さ、早く帰りましょう」

 

いつもの島、通称『霞の故郷』を確認した後、大きく迂回して鎮守府への復路へと入る。

 

「朝潮、敵が駆逐艦1体くらいならいけるんじゃない? この前の連携訓練のとき、刀吹っ飛ばされたし」

「護身術程度で深海棲艦は倒せませんよ。山城さんじゃないんですから」

「人型なら行けそうな気が……いえ、なんでもありません」

 

白露さんが失言しそうだったので、無言で釘を刺しておく。()()()を知っているのはまだまだ極少数だ。無闇に外に出していい話ではない。主に私に被害が出る。

 

「こっちの方って小拠点あるんだっけ?」

「もう少し南側にあるらしいです。別の鎮守府が対応しているそうですよ」

 

そちらは以前救援任務で助けた神通さん達の鎮守府が現在対応中。

その拠点の深海棲艦がこちら側に流れてくる可能性もあるので、哨戒経路の最南端ではなるべく入念に確認している。

 

「反応ありません。こちらには流れてきていませんね」

「向こうも大変そうだなぁ。敵が全部陸を目指してるかもしれないんだよね」

「確かに。そうなるとこっちから友軍送るのも大変だよ」

 

それでもこちらに友軍の申請が来ていないということは、数は多くとも善戦できていると考えていいだろう。まさか知らぬ間に全滅……なんて事もない。それなら司令官がいち早く知らされている。

 

「まずは潜水艦の方々の調査を待ちましょう。今の私達は哨戒するだけですから」

「そうだね……って、提督からの通信が。はい、もしもーし。哨戒部隊旗艦の白露だよ」

 

このタイミングで司令官からの通信。ということは、援軍申請か。ちょうど南方にいる私達を援軍にするとかかもしれない。こういう時のために私達は燃料もたっぷり。武装も完璧にしてある。

 

「了解。このまま南ね。駆逐艦3人で大丈夫? はい、はい、じゃあすぐに向かいまーす!」

「援軍ですか」

「そう! ちょっとピンチの部隊があるんだって! ここから南に向かえば朝潮がキャッチできるから!」

 

大急ぎで現場に向かった。私達の援軍でどうにかなりそうということは、僅差だが少し危ないというレベルだろう。なら、すぐに助けなくては。

 

 

 

少し行ったところで交戦中の部隊を発見する。友軍は空母2人に駆逐艦2人。対する敵深海棲艦は空母2、戦艦2、軽巡2。よりによって軽巡はツ級。空母の攻撃がことごとく撃ち墜とされている。

 

「まずツ級を叩きましょう。そうすればあちらの空母が戦艦を処理してくれます」

「オッケー。ツ級ならボクでも余裕で斬れるからね」

 

あちらも私達に気付いたようだ。

 

「こちら友軍艦隊! 援軍に来ました! 手助けするよ!」

「助かる! ツ級お願い!」

 

あちらの旗艦であろう空母、翔鶴型正規空母2番艦、瑞鶴さんとコンタクト。その後ろに中破状態の雲龍型正規空母3番艦、葛城さん。駆逐艦は白露さんの妹。2番艦の時雨さんと9番艦の江風さん。共に改二であり、小破。

 

「皐月さんはツ級で。白露さん、戦艦行きましょう」

「あたしが戦艦? まぁ行けると思うけど。よいっ!」

 

深雪さんに対抗して練習していたヘッドショット。今回はうまく行ったようで、戦艦を一撃の下に撃破。まだまだ命中率は深雪さんには敵わないらしく、要練習とのこと。

 

「ツ級は軟らかいから楽勝!」

「油断しないでください」

 

背中から斬りつけて1体撃破。その足でもう1体にも向かう。その間に私は敵空母の艦載機を全て墜とした。

 

「白露さん、5時」

「はいよ!」

 

回り込もうとしていた戦艦に対し、白露さんに指示を出し撃ってもらう。タイミングは完璧、後ろ手に撃った主砲は戦艦の胴体に直撃。だが大破止まり。

 

「ツ級片付いたよ!」

「了解。瑞鶴さん、ツ級は終わりました!」

「さんきゅ! 攻撃隊発艦!」

 

脅威が無くなったことで瑞鶴さんが発艦。正規空母の艦載機量は流石の一言だ。妨害さえ無ければあっという間に戦場を制圧してしまう。対空をするツ級も、敵空母の艦載機も一掃しているため、残った敵を全て蹂躙して戦闘を終了させた。

 

「助かったよ。葛城が戦艦に不意打ち受けてね。オマケにツ級までいてさ。時雨と江風がどうにか耐えてくれてたんだけど戦艦2体相手にジリ貧だったんだ」

「間に合ってよかった。鎮守府までの護衛も引き受けるんで、今は撤退しましょう」

 

周囲に敵がいないことは私が確認している。今は葛城さんを鎮守府に送り届けることが先決だ。中破状態の空母は無防備のため、早急に入渠が必要だった。時雨さんと江風さんも、小破とはいえ怪我をしている。その場で撤退がベストと判断し、瑞鶴さんもそれを了解した。

 

「噂にしか聞いてなかったけど、あそこの鎮守府の子ってホント凄いのね」

「あー、よく言われます」

「白露さん、調子に乗ってると足をすくわれますよ」

 

帰り道、瑞鶴さんと話す白露さん。私達、最前線の鎮守府はそれなりに噂になっているようだ。

 

「外見も戦い方も私達とは違うのがいるって聞いてたけど、ここまでとはね」

「あたしが一番普通かな。低速化と対空できない欠陥(バグ)だから、戦闘自体はまともだし」

「普通の駆逐艦は戦艦を一撃で撃破なんてしないわよ」

 

葛城さんに肩を貸している時雨さんと江風さんもそれには頷いている。それを自分の姉がやったのだから、さぞかし驚いたことだろう。

それだとうちの鎮守府の青葉さんとか見たら卒倒しそうだ。ヘッドショットと主砲へのピンポイント射撃しかしなかったりするわけだし。

 

 

 

辿り着いた先は、初めて見る別の鎮守府。人工島に浮かぶ私達のものより大きく、設備も充実しているように思えた。おそらく規模も大きいのだろう。

 

葛城さんを入渠させ、時雨さんと江風さんは小破を治すためお風呂へ。この辺りは何処も変わらない。残った旗艦の瑞鶴さんに連れられ、ここの司令官への報告に向かった。執務室へ向かうまでに受ける視線は、なかなかに痛い。

 

「援軍ありがとうございました。加藤准将にはお世話になっています」

 

執務室で出会ったのは、私達の司令官よりも若い男性。浦城(うらき)(りょう)司令官。階級は中佐。その隣には秘書艦を務める吹雪型駆逐艦5番艦の叢雲さん。おそらく初期艦で、すでに改二。

 

「准将への連絡も済んでいます。少しここで休憩をしてから戻りなさいとの指示ですよ」

「了解です。ではお言葉に甘えさせてもらいます」

 

私達の鎮守府からこの鎮守府まではそれなりに距離がある。何せ哨戒ルートの最南端からさらに南だ。一旦ここで補給を受けた後に帰投する方がいいと判断された。

 

「それに、朝潮さん。君に会いたがっている子がいますから、話をしてあげてください。執務室の向こうで出てくるのを待っていますよ」

「というか入らせればいいじゃない。敷波、いいわよ」

 

叢雲さんからの合図で執務室の扉が開いた。あの時の敷波さんが駆け込んできた。

 

「朝潮! また会えた!」

「敷波さん! 哨戒中の共同任務以来ですね」

 

再会を大いに喜ぶが、ここは執務室だ。秘書艦が許可したにせよ、浦城司令官はいるし、瑞鶴さんもいる。あまりはしゃがないようにし、話を進めることに。

ここに敷波さんがいるということは、この鎮守府は小拠点対処中の鎮守府。神通さん達が所属する場所だ。今回は援軍という形で力を貸したが、現在絶賛交戦中。あまり長居もしない方がいいように思える。

 

「朝潮さんの心配には及びません。我々はもう少しで拠点鎮圧ができそうです」

「あと数日ってところかしら。やたら陸に向かってくるから迎撃戦で時間取られたけど、ようやく押し返せたもの」

 

溜息をつきながら叢雲さんが話す。こちらはこちらで大変なようだ。

 

「今は休憩をしてください。あと、僕も後から話を聞きたいんですよ。そちらの鎮守府のこと」

「元帥閣下から多少は聞いている……んですよね?」

「ええ。なので、この鎮守府は全てを知っています。半深海棲艦の春風さんの件も、初期化(リセット)された戦艦レ級の件も聞いています」

 

それなら会話に慎重にならなくても良さそうだ。質問されたらある程度は話していい。深いところまで突っ込まれたら考えることにしよう。

 

 

 

休憩ということで、この鎮守府の談話室に通された。さすがは大きな鎮守府、談話室も私達の鎮守府より倍近く広い。私達がいるということで、この鎮守府の艦娘も次々に姿を見に来た。

特に興味を持たれたのはやはり私だった。白露さんは何も変わらず、皐月さんは戦闘の時にのみ通常を逸脱するが、私は駆逐艦娘朝潮としての外見から変えている。敷波さんもまずそこに反応した。

 

「朝潮、なんで眼鏡? もしかしてあの後目を怪我したとか?」

「これ電探なんですよ。私、今索敵専門で戦場に出てますから」

 

そうとしか言いようが無いのだが、敷波さんには少し難しいようだった。

本来戦場に索敵()()という役割は無い。会敵するまでに誰かが索敵をして、あとは目視で戦うのが普通である。空母もそのために偵察機を出すのだし、戦闘中に索敵をする余裕なんて本来は無い。

 

「あ、いたいた! 白露の姉貴!」

「おー、江風。傷はもういいの?」

「それは大丈夫! ンな事より聞きたいことがあるンだけど!」

 

お風呂から上がってきた江風さんが談話室に駆け込んできた。後ろから申し訳なさそうに時雨さんも入ってくる。

 

「さっきのどうやったンだ!? 見ないで後ろの戦艦大破させた奴! 江風もそれやれるようになりたいンだよ!」

 

先程の戦闘での白露さんの背面撃ちにいたく関心を持った様子の江風さん。知らない人が見たら何事かと思うだろう。普通は何も見ずに撃っても的には当たらない。

 

「朝潮の指示通りに撃っただけだよ」

「は? 指示通り? でも朝潮って瑞鶴さンのとこで対空してたから姉貴の方見てなかったじゃン。指示なンてどうやってすンだよ」

「そうか、あたしらの中じゃ、もうそれが当たり前になっちゃってるんだ。朝潮、影響力すごいよ」

 

これは誇っていいことなんだろう。それだけ戦場に貢献できているということだ。

 

「僕としては皐月の戦い方の方が気になるよ。艦娘が刀で戦うなんて聞いたことがないからね」

「だからあたし言ったじゃん! 向こうの山城さんに白兵戦で全滅させられたって!」

 

なるほど、これが普通の反応。私達の周りはそうなる経緯から全て見ているので、おかしいことだと思わない。皐月さんに関しては、私がきっかけになっているので少し複雑ではある。

敷波さんは以前に私達の鎮守府で洗礼を受けている。山城さんに白兵戦で全滅させられるという苦い経験は、この様子だと誰も信じてくれなかったのだろう。神通さんも天龍さんに白兵戦でやられているというのに。

 

「簡単に説明するとだね、あたしはまぁ対空装備が出来ないのと低速化してるだけの欠陥(バグ)だからいいとして、皐月は主砲と魚雷が装備できない欠陥(バグ)だから、刀で攻撃するようになったわけね」

「すでにそこがおかしいんだけど」

 

皐月さんの場合は改二から戦い方を変えた人なのだが、そこは端折った。

 

「で、朝潮も同じ欠陥(バグ)持ってるんだけど、攻撃じゃなくて補助に行ったってだけ。戦場の全部の位置を常に把握してるから、指示が的確」

「何が凄いのか全然わかンねぇ……」

 

まぁそうだろうなと、私も思っている。これは言葉で説明しても納得してもらう方法がない。実戦を見せるのが早いのだが、先程の戦闘でも割とわかりづらかっただろう。

 

「うーん、あ、じゃあさ、朝潮ちょっと目隠しして」

「目隠し? はい、これでいいですか」

 

素直に目を手で覆う。加えて、皐月さんのパーカーで頭を覆ってきたので完全に真っ暗。光も漏れず、目の前も見えない。

 

「ここで問題です。談話室の外の廊下に何人いる?」

「8人。駆逐艦が4人、軽巡洋艦が3人、正規空母が1人。あ、その空母は執務室から来た瑞鶴さんですね」

 

これなら私の索敵能力もわかりやすいか。戦闘中じゃなくお遊びでもどういうことか見せれば理解してもらえそうだ。

皐月さんがパーカーを外した時、敷波さんが廊下を確認した後、ちょうど来た瑞鶴さんと一緒に談話室に戻ってきたところだった。正解だったようで一安心。初見の人は反応で誰が誰かはまだわからないが、一度見ている瑞鶴さんなら反応でわかる。

 

「こういうこと」

「全部この電探のおかげなんですけどね」

 

誰も言葉もない。

これでなくても電探を使えば誰だって似たような芸当は出来ると思う。艤装も装備せず、問題に対して即答できるかというと専用装備を常時起動しておく必要はあると思うが。

 

「刀で攻撃する皐月とか、駆逐艦3人を白兵戦であしらった山城さんとか目じゃないくらい朝潮ヤバいから」

「ちなみに、それはどうやって習得したのかな。できれば僕も出来るようになりたいんだけど」

 

時雨さんは興味を持ったようだ。攻撃もできる人が同じことを出来るようになれば、単独戦闘力は大幅に上がるだろう。それが青葉さんなわけだし。あの人はそこに異常すぎる命中精度の射撃も加えられるが。

 

「丸一日電探を起動させ続けて、周囲の情報を見続けている()()ですよ。最初は10分で頭が割れるように痛くなりましたが、今は常時起動ですね。今も起動中ですから」

 

また言葉を失った。

本来の電探の使い方から逸脱しているのは私にもわかっている。だが、攻撃の手段がない私の辿り着いた先なのだから、これは納得してもらうしかない。

 

「そちらは凄いんだね。なんか納得したよ」

「援軍の子が凄いって話? でも、今の敵拠点終わらせたら誰かがそこに援軍行くのよ」

 

瑞鶴さんの言葉で思い出した。拠点を攻略したら何人かはわからないが援軍を送ってくれると言っていたのはこの鎮守府だ。

 

「なンていうか、恐れ多いっつーか」

「僕らで力になれるかわからないね……」

「ホントそんな事ないから。大助かりだから」

 

白露さんが妹達を慰めるように話す。万能に全てのことができる人材は本当に貴重なので、何人でも来てほしいくらいだ。足止め、護衛、実戦部隊とやることはたくさんある。




鎮守府は他にもそれなりにありますが、最前線は場所が場所だけに交流がなかなかできません。別の鎮守府に行くにもそれなりに時間がかかる上に、メリットがないから。


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外部との交流

葛城さんの入渠が終わり次第帰投するということになった私達。正規空母とはいえ中破。そこまで長いものではないらしく、その間に浦城司令官の秘書艦、叢雲さんと話す機会も貰えた。

援軍を貰えるのだから、なるべく、包み隠さずこちらの現状を説明する。本来見せなくてはいけないものが見せられないが、私達の言葉だけで納得してもらえるように努力した。

 

「ホント、アンタ達の鎮守府はめちゃくちゃね」

 

叢雲さんの言葉に対し、一切否定できない。自分達でもわかっていることだ。本来の鎮守府運営からは逸脱していることくらい。だが、その言葉も否定的ではない。

めちゃくちゃだからこそ、成り立っている場所でもある。数ある鎮守府でも、1つくらいこういう場所があってもいいだろう。

 

「話にしか聞いてなかったから信じていなかったもの。欠陥(バグ)についてはここでも見つかっているから知っていたけど」

「ここで見つかった人もいるんですか」

「そっちの響はここで見つかってるわ。どう、元気にやってる?」

「はい、活躍していますよ」

 

叢雲さんは少しきつめな物言いだが、他人思いの優しい人だ。言葉の端々から面倒見の良さが見え隠れしている。

 

「で、アンタんとこの旗艦様は何やってんの」

「うちの鎮守府にいない妹達をしごいているみたいですね」

 

本来こういった話は哨戒部隊であり友軍艦隊の旗艦である白露さんがするべきなのだが、当の本人は時雨さんと江風さんの演習に付き合っている。白露さんの練度は相当高い。改二の妹2人を相手にしても、まったくの無傷で立ち回っている。

残った皐月さんはというと、白兵戦での戦いについて質問攻めにあっていた。一度見たことがある神通さん達以外は物珍しいどころか初めて見る戦術。興味が湧かない理由がない。

 

「アンタも苦労してんのね」

「いえいえ、そんなことはないですよ。楽しい鎮守府ですから」

 

心からそう言える場所だ。居心地のいい場所だからこそ、命をかけて守ろうと思える。

 

「あれを見ればアンタ達の実力もわかるわね。時雨と江風はうちでも手練れの駆逐艦よ。その2人相手に無傷だもの。戦い慣れてるわ」

「多分あれは姉の意地もあります」

 

とはいえ白露さんは改二となった後、深雪さんと共に主砲担当駆逐艦として前線に出ることは多くなっている。戦い慣れているというのはそうかもしれない。人数が少ないために1人が出撃する回数が多いとも言える。

 

「あのレベルがゴロゴロいると思うと、うちにも何人か欲しくなるわ……」

「代わりにいろんな場所に向かえないほど人数が逼迫してますから。瑞鶴さん達は別働隊ですよね」

「ええ。今の最前線から逸れた場所からも敵が来るの。だから、3部隊同時に出撃してるわ。瑞鶴さんはそのうちの1つね」

 

少数だったことを考えると、逸れた場所の敵は基本的に少ないのだろう。ただ、今回は不意打ちを受けてしまったせいで援軍が必要になったようだ。敵も思ったより頭を使ってくるようで、手薄と感じたらそれなりの戦力を投入してくる。

それを全て対処できる部隊数を出撃させられるだけでも、この鎮守府の規模がよくわかった。むしろ私達の鎮守府の小ささを痛感する。

 

「でも助かったわ。この件が済んだら、借りを返すためにも援軍は必ず送る」

「ええ、よろしくお願いします」

 

一時戦況が厳しかったようだが、今は盛り返していると言っていた。ここに来て神通さんに会えていないのも、現在前線で交戦中だからだろう。言い方は悪いが私達は部外者だ。応援くらいしかできることがない。

 

 

 

再び談話室。もみくちゃにされた皐月さんがぐったりしていた。今は敷波さんの膝枕でゴロゴロしている。

実戦も見せることになったらしく、白露さんのように簡単な演習を何度も繰り返していたとのこと。休憩とはなんだったのか。

 

「誰も納得してくれなかったんだよぉ……」

「凄かったよ皐月。向かってくる子を全員のしちゃった」

「さすが皐月さんですね」

 

皐月さんも白兵戦を学び始めてそれなりに時間が経つ。1対1の戦いなら、駆逐艦の中でもトップクラスになるまで成長した。そんな皐月さんも、何人もの相手を対処するのは本当に大変だったらしく、敷波さんの膝枕で眠ってしまった。

 

「あたしが向こう行ってからちょっといろいろ変わりすぎじゃないかな。皐月の白兵戦もそうだし、朝潮の眼鏡もそうだし」

「短い間でも結構いろいろありまして」

 

敷波さんに今までのことを掻い摘んで話していった。

哨戒中の共闘の後、すぐの戦いで私が右腕破損の大破を負ったところから始まり、皐月さんと私の方針転換、春風やレキさん、萩風さんと仲間を増やしたことまで、ざっと通す。

 

「なんかすごいや。理解が追いつかない」

「そうですね……特に春風の件は濃厚でした」

 

だが、それだけ私達が成長できたのも確かだ。私が今の立ち位置になったのは、紛れもなく大破したことがキッカケ。敗戦だって力になっている。一時期トラウマにも苛まれたが、それすらもいい経験だ。

 

「敷波さんの方はどうでしたか? 会わない間に随分と練度を上げたようですが」

「朝潮ほどじゃないけど、ちょっと修羅場くぐったかな。長波が改二になった後、大きな戦いがあったんだよ」

 

私達が北の大拠点について調査をしている時だ。裏側では匹敵するとまでは言わないが、今対処しているものより大きな拠点が発見されたらしい。問題は、それが陸地に近い位置だったことだそうだ。

 

「陸の近くだったから大変でさ。あたしも結構駆り出されたんだよ。ボスまでの露払いで毎日毎日出撃とかね」

「それはまた……大変でしたね」

「ホントだよ。でも、轟沈無しで決着つけられたからよかった」

 

私達の鎮守府とはまた違った悩みだ。海の真ん中にある鎮守府だからこそ、他への被害はあまり考えなくてもいいという利点がある。こちらでは守るべき人間が住む陸地が近いことが、どうしても欠点になりがち。

 

「その時の深海棲艦、どんなのかわかります? あ、機密情報なら結構です」

「これは報告済みだから大丈夫。えっとね、確か……黒い空母だった。司令官は空母棲姫って言ってたかな」

 

やはりいた空母型の姫。私達はまだ出会っていない姫級だ。

空母が陸の近くで出るというのは、おそらく私達の想像できない厳しい戦いだろう。艦載機を陸地にまで飛ばされたら、嫌でも被害が出てしまう。それを徹底的に潰す必要があるのだから、本体を狙うことが難しくなる。

 

「1体だけなら良かったんだけどね」

「え、まさか」

「同じのが2体出たんだよ。ひっどい数の艦載機でさ……。あたし、海からじゃなく陸から対空砲火したのはアレが初めてだった」

 

これもいい情報だ。鬼、姫級も、当たり前のように量産されている。確かに軽巡棲鬼は沈めても沈めても何度も現れたが、空母となるとまた話は変わってくる。空母の姫が量産されているのなら、戦艦も量産されていておかしくない。

 

「でもそれくらいかな。ハードだったの」

「今の拠点はそれより小さいんですかね」

「多分ね。あと場所がさ、陸から遠いから」

 

その方が切実なようだ。好き勝手戦うか、後ろを気にしながら戦うかなら、当然前者の方が負担が少ない。

 

「そういえば、朧さんと長波さんはどうしたんです?」

「2人とも別働隊。あたしは昨日まで行ってたから今日はお休みってところ」

「連日の出撃なんですね」

 

できれば会いたかったが、出撃中なら仕方ない。電探の反応から見ても帰ってくる反応は無いようだし。

 

「でも、ようやく終わりそうだよ。敵のボスはわかったらしいし」

「中枢まで行けたんですね」

「だから攻略も時間の問題じゃないかって。それでも何日かかかりそうだけどさ」

 

こちらはまだまだ準備が足りない。なるべく多くの情報を整え、援軍にも戦いやすい環境を作らなくては。

 

 

 

葛城さんの入渠が終了したという報せが入り、起きた皐月さんと工廠へ向かう。白露さんも妹をしごき終わったようで、とても満足気。後ろの2人は物凄く疲れているように見える。

 

「当たらなかった……一発も……」

「低速化してンのに2人がかりで傷一つ無しって……」

「はっはっは! お姉ちゃんは負けんのだ!」

 

白露さんは自分の低速化を活かした戦い方をキチンと出来ている人だ。相手の方が速いことが当たり前だからこそ、テクニックで全て賄っている。妹2人はそれに翻弄されたのだろう。長女の思う壺である。

 

「はぁ……不意打ちとはいえ中破だなんて……瑞鶴先輩に合わせる顔がない……」

 

トボトボと歩いてくる葛城さん。なんだか背中が煤けて見える。

 

「葛城さン、そンなに落ち込まなくてもいいっスよ。あれは仕方ないンで」

「索敵が漏れた僕達にも責任があるから」

「アンタ達ホント最高、あの時も粘ってくれてありがとね」

 

2人を抱き寄せ感謝を伝える。その時私達とも目が合った。

 

「改めて、助けてくれてありがとう。おかげで死なずに済んだわ」

「間に合ってよかったですよ」

 

入渠の甲斐あり、完治している葛城さん。ぱっと見ではわからなかったが、雲龍さんの妹。髪の色や体格まで全く違うので、言われるまではわからなかった。

葛城さんはこの鎮守府では比較的新しい配属だそうだ。私達が助けた部隊4人の中でも1番の新人で、練度もほんの少し低い状態。それでも正規空母の火力を買われて出撃したのだが、こんなことになってしまったらしい。

 

「よーし、瑞鶴先輩と並べるように、もっと特訓しなくちゃ! せっかくだし、援軍の子達とやってみたいんだけど!」

「いやぁ、ごめんなさい。もうそろそろ時間で」

「なんだ、残念。もう少し早く入渠が終わってればなぁ」

 

残念がる葛城さんだが、江風さんがその肩をポンと叩き、一言。

 

「やめといた方がいいっス」

 

姉との演習が余程堪えたようだ。時雨さんも無言で首を横に振る。

 

「アンタ達相手してもらったんでしょ? そんなに酷い目にあったの?」

「2人がかりで無傷っス」

「姉さん、欠陥(バグ)で低速化しててだよ」

 

葛城さんの顔色が変わった。

 

「皐月は何人抜きしたんだっけ」

「10人から数えてない」

 

さらに苦い顔になった。

 

「じゃあ朝潮は」

「葛城さン、目隠ししてる相手が自分の攻撃全部避けたらどう思うっスか」

「そりゃあ挫けるだろうけど、そんな子いるわけないでしょ。いるわけ……無いわよね?」

 

無言で指を指される。自分の身を守るために電探の性能を全て使うのなら、おそらく可能。ただし私は攻撃できないので、私の勝利条件は()()()()()()()になる。

 

「今日のところはこの辺にしといてあげるわ……」

「それがいいっス」

 

だが、次に会う時は対等になると宣言された。葛城さんは雲龍さんとは正反対の熱血系なようだ。

 

 

 

葛城さんも完治したということで、ここでお別れ。ありがたいことに浦城司令官と叢雲さんが見送りに来てくれた。

ここも私達の鎮守府のように温かい場所だった。小拠点鎮圧の任務中だというのに、援軍とはいえ突然の来訪者にここまでしてくれる。

 

「次はこちらから出向きます。援軍という形で」

「はい、是非とも」

 

次に会う時は、こちらが援軍を求めたとき。北の大拠点の攻略が本格的に始まるときだ。

 

「朝潮、これ、敷波からアンタにって」

「これは……リボンですか?」

「アンタ髪型変えたんだってね。だから、せっかくだし自分の予備を預けるって。お互い、これで死ねなくなったでしょ」

 

敷波さんがいつも髪を結んでいるリボンを手渡された。これを返すまでは死ぬなということだ。私は敷波さんにこのリボンを返すまで、敷波さんはこのリボンを受け取るまで、死ぬことは許されない。

 

「預かります。直に渡してくれてもよかったんですけどね」

「あの子、そういうの苦手なのよ。私も自分でやれって言ったんだけどね」

 

自分の髪を結ぶゴムを外し、敷波さんのリボンで髪を改めて結んだ。頭の上の妖精さんも手伝ってくれたおかげで、敷波さんと同じ結び方になる。ゴムより座り心地がいいようで、妖精さんも喜んでいた。

 

「では、また!」

「次はそちらで」

 

最後に敬礼をし、3人で鎮守府を出た。半日にも満たない時間だったが、充実した時間だったように思える。こういった外部との交流ならいくらでもしたいものだ。



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真の仲間へ

翌日、ついにこの時が来た。レキさん、初陣の時。

 

完全に初期化(リセット)されているとはいえ、戦艦レ級を戦場に出すのは慎重に慎重を重ねた。私達の訓練(あそび)と、セキさんの調整により、確実に暴走しない状態まで持っていけたため、今日の任務より戦場に出ることとなった。

レキさんの準備もあるため、今回は工廠で直接の指示。部隊全員が艤装を装備した状態で集まっている。

旗艦は私。レキさんをコントロールできるのは最終的には私に行き着くためだ。随伴艦は初陣のレキさんを筆頭に、霞、春風、山城さん、蒼龍さん。

 

「レキ君、ついに戦いだ。大丈夫かい?」

「ダイジョウブダ! ネエチャンタチヲマモルゾ!」

 

元気いっぱいに応えるレキさん。

そのレキさん、制服が特型のものから朝潮型のものに変わっていた。改二制服では無いものの、昔私や霞が着ていたものと全く同じ。大淀さんがついにやらかした。

以前は春風の心の安定のために止め続けていたが、その春風が着せるようにお願いしたそうだ。本当に妹のように接しており、それだけ心が安定してきたということは喜べることなのだが、せめて私達に許可を取ってもらいたい。

 

「姉さん……この話聞いてた……?」

「今日初めて見るわよ……似合ってるけど」

 

レキさんも、私のお下がり(新品)と聞くととても喜んでいた。脱げとはとてもじゃないが言えない。

春風ももう朝潮型改二制服を脱ぐつもりは無いようだ。一時的な許可だったはずなのだが、結局そのまま通すとは。素の方にも古姫の人格が入ってきているように思えてしまう。

 

「本日の部隊は朝潮型四姉妹です」

「1人駆逐艦ですら無いんだけど」

「その1人が戦力としては3人分ですね」

 

否定できない。下手をしたらそれ以上だ。主砲は戦艦の威力を持ち、艦載機も飛ばせ、魚雷も放ち、対潜も可能。索敵は私がやるとしても、他全てを1人で賄ってしまっている。最高にして最大の戦力だ。

 

「最初から北に行くのは危険と判断したため、拠点の中でも最も小さいという情報がある東の1つに向かってもらう」

 

ゴーヤさんが抜けている間もしっかり情報収集をしてくれていた潜水艦組。その情報から、東側に発生した小拠点はまだ発生したばかりで、叩くなら今であるという判断に。

そこに発生したのは軽巡棲姫。鬼ではなく姫。今まで幾度となく現れた軽巡棲鬼とは違う上位種である。姫だからか、周りのイロハ級は数が多く、こちらも上位種が多いようだ。

 

「黒の深海棲艦だ。こちらの言葉に耳を傾けてくれるならいいが、可能性は低い。無理だと判断したら撃破、もしくは撤退だ」

「了解しました」

「朝潮君、わかるとは思うが、君には蒼龍君の曳航もお願いしたい」

 

久々の曳航任務。今回の部隊は対空が私しかいないが、そこはレキさんや春風も多少はできるし、蒼龍さんの戦闘機で数が減らせる。山城さんの白兵戦は、春風をうまく制御すれば大丈夫だろう。

なかなか無い組み合わせなので、私も判断が難しい。山城さんは独断でも周りが見えている人だ。下手をしたらボスとの一騎打ちを望むかもしれないが、そうするなら周りを制御するだけ。状況判断は全て私に担われた。

 

「霞はいいとしても、何人朝潮型いるのよ」

「名誉朝潮型駆逐艦、春潮です」

「レキシオダゾ!」

 

いつの間に打ち合わせをしたのか。

 

「朝潮、曳航よろしくね。龍ちゃんより腹筋鍛えたから、無理に振り回しても大丈夫。な、はず」

「わかりました。振るときには言います」

 

こういう形でこの2人と出撃するのは、実は初めてだったりする。蒼龍さんは曳航の問題でなかなか出撃しない。山城さんは実働隊に属するため、私のような先遣隊に入ることが稀。今回は最初から撃破するつもりで行くからだ。

 

「では、準備はいいですね。旗艦朝潮、出ます!」

 

まとめきれるかはわからないが、どうにかしてみよう。これも訓練のうちと割り切っている。

 

 

 

鎮守府から東へしばらく進む。今回は深海棲艦枠として春風とレキさんがいるおかげで、敵の気配の感知が早い。

 

「アサネエチャン、ナンカカンジルゾ」

「わたくしも気配を感じます。そのまま東へ」

 

すでに敵陣に入ったということだ。小規模とはいえ拠点。イロハ級だって多くいる。

 

「電探に感あり。数は……え、30……いや、もっと多い!?」

「あら、思ったより多いじゃない。もう向こうもなりふり構ってこないわね」

 

いつもなら部隊、もしくは連合艦隊で来ていたが、その法則すら崩してきた。物量での圧倒を考えている。発生したばかりだからか、守りが妙に固い。

 

「朝潮、指示を」

「蒼龍さん、レキさん、攻撃隊をお願いします」

 

まずは航空攻撃による先制。異様な数の敵艦だが、幸い軽巡や駆逐ばかりの寄せ集め部隊だ。本当に数だけ。もしくは軽巡棲姫の発生に反応してこれらも発生したのかもしれない。

 

「レキさん、今回は嘘っぱちの攻撃でなく、本物でいいです」

「リョーカイ! ヨーシ、カンサイキダナ!」

 

尻尾の艤装を発生させ、その蛇型の口に手を突っ込む。中を(まさぐ)り、取り出したのは艦載機。訓練のときはヒメさんと同様に何もないところから生み出していたが、本気の艦載機は全て艤装で生成するようだ。あまり見た目が良く見えないのはご愛嬌。

 

「レキちゃん、一緒に行くよ! 第一攻撃隊、発艦!」

「レキモイクゾー! ハッカン!」

 

2人同時の発艦。蒼龍さんよりは艦載機の数は少ないが、戦艦が出せる数ではないのは確かである。艦載機は敵陣の真ん中を突っ切り、二手に分かれて爆撃を開始する。

 

「この中に姫級はいないです。本当に寄せ集めですね」

「なら霞と春風に任せるわ。私は少し温存する」

 

山城さんは白兵戦の中でも素手で戦うため、なるべく温存をしておきたい。そのため、周囲のイロハ級は霞と春風に任せることにした。

 

「霞、右舷。春風、左舷。攻撃開始!」

「これだけうじゃうじゃいるなら、指示なんていらないわね」

「ええ、適当に撃ってモ当タルンジャナイカ!」

 

今回は私の指示が必要ない戦場だ。各自の判断で充分に戦える。そのため、蒼龍さんの曳航と、春風の制御、そしてレキさんの観察が仕事である。

 

「朝潮、姫級は?」

「この敵の奥です。余裕ぶって鎮座しています」

「腹が立つわね。私が貰うわ」

 

とはいえ敵が多い。道が開けない。そんな時こそ戦艦の火力だ。何もかもできる深雪さん以上のオールマイティである。

 

「レキさん、真ん中に向かって主砲をお願いします」

「コンドハシュホウダナ! マカセロー!」

 

空を舞っていた艦載機が消滅し、蛇型の口が大きく開く。以前にも見た16inch砲が顔を出し、敵陣の真ん中に発射された。その威力は凄まじかった。訓練の時とは比べ物にならない勢いで敵をなぎ倒し、あっという間に道が出来上がる。

オマケと言わんばかりに魚雷も吐き出され、先頭集団に命中。見えている範囲のイロハ級が次々とレキさんの攻撃で撃破されていった。

 

「見えたわよ、軽巡棲姫」

「では行きましょう。霞、春風、露払いお願い」

 

蒼龍さんはなるべく山城さんとの距離を開け、巻き込まれないように。蒼龍さんの艦載機も、湧いてくるイロハ級の一掃に貢献している。

今回の敵は本当に寄せ集めだ。レキさんにも負担がかからないどころか、春風が暴走する事もない。ここまで楽な戦場も久しぶりかもしれない。

 

「来たわよ、軽巡棲姫。踏ん反り返ってるんだから、それなりの力を見せてくれるんでしょうね」

「コナクテイイノニ……ナンデクルノ……!?」

 

目視確認できた軽巡棲姫は、話には聞いていたが本当に神通さんそっくりだった。黒く染まり、鬼のような仮面をつけた神通さんといってもいいほどに似ている。以前から何度も戦っている軽巡棲鬼も、何処と無く那珂ちゃんさんに似ている部分があったが、今回はそのものといってもいいレベルだ。

駆逐水鬼の時もそうだが、深海棲艦は艦娘と同じ艦の魂から生成される場合は姿も似てしまう。それが顔見知りに似ているとなると戦いにくいことこの上ない。

 

「デモ……モウカエリミチハナイ……モウナイノヨォ……!」

「帰り道が無いのはアンタよ。ここで沈めてあげる」

 

お互い、最初から聞く耳を持っていないように見えた。

山城さんが構える。それを見た軽巡棲姫は首を傾げた。主砲も何も持たない戦艦が何かしたところで、とでも考えたのだろう。春風のように左腕を埋め尽くす魚雷発射管の艤装を向けるでもなく、こちらを伺っているようにも見えた。

それが命取りだった。

 

「少しは警戒しなさい」

 

次の瞬間、山城さんの拳が軽巡棲姫の顔面に叩き込まれていた。相変わらず装備を超高速シフトにしているだけある。私達駆逐艦の誰よりも速く移動した。

 

「ナッ……グッ……」

「硬いわね。でも、()()()()()()()()()()()

 

山城さんなら硬かろうが関係ない。同じところを攻撃し続けて最後は破壊するだろう。鍛えに鍛え、素手でも敵を破壊する程にまで極まった山城さんだからこその戦術。既に頭も使わない、まっすぐ行くだけの単純明解な1つの手段。

 

「クチオシヤ……ニクラシヤ……!」

「今更恨み言を言われてもね。黒には容赦しないわ」

 

が、ここでさらに東から大きな反応が現れた。春風もレキさんも気付いた様子。この反応はまだ見たことのない深海棲艦。私が知らないもの。

 

「蒼龍さん、さらに東へ攻撃隊を! レキさんも!」

「了解! 敵援軍ね!」

 

言う前にレキさんと春風が動いていた。それを見て霞も移動を開始。

 

「春風、何かわかる?」

「鬼ダ。装甲空母鬼!」

 

装甲空母。その名の通り正規空母よりも装甲が硬い。さらに深海棲艦の装甲空母は、主砲も魚雷も持ち合わせている。ほとんどレキさんと同格。空母とは名ばかりの航空戦艦である。

援軍の方が厄介という非常事態ではあるが、軽巡棲姫を山城さんに任せ、援軍を残り(私を省いた)4人で叩く。幸い、対空に関しては1体分だ。

 

「アサネエチャン! レキガイク!」

「御姉様、ワタクシガ援護スルカラ、行カセテアゲテ」

「そのつもりです! 霞は隙を見て雷撃! 蒼龍さんは艦載機の迎撃を! 思ったより数が多いです! 曳航始めますよ!」

「了解。お腹に力入れるから」

 

対空砲火を始めながら、装甲空母鬼の爆撃を避ける。曳航しながらなので大きく、確実に当たらない場所を選択して移動。蒼龍さんへの負荷は大分かかっていると思うが、息を聞く限りまだ大丈夫。

 

先陣はレキさん、蛇型の艤装を振り回し、自身の前に構える。再び口が大きく開き、主砲が発射された。同時に春風も主砲と魚雷を発射。

 

「カタイ! アサネエチャン、コイツカタイ!」

「装甲空母は伊達じゃないということですね。攻撃を休めず、一点集中で!」

 

同じ場所を狙い続ければ、いずれそこが弱くなる。霞もすぐにそれに気付いたようで、春風が魚雷を撃ち込んだ場所に対して攻撃を繰り返す。

3人の攻撃を円滑に進めるため、私と蒼龍さんで徹底的に艦載機を墜としていった。蒼龍さんはその合間合間に爆撃機と攻撃機も発艦させ、装甲空母鬼を翻弄させていた。

 

「山城さん、そっちは!」

「片付く。そっちに加勢してあげるわ」

 

少し装甲空母鬼に集中している間に、軽巡棲姫は集中攻撃により酷い有様になっていた。左腕の艤装は大部分が破損し、服もボロボロ。一番目立っていた鬼のような仮面も半分ほど砕かれ、隠れていた目が露わになっていた。

その軽巡棲姫の角を掴んだ山城さん、あろうことか全力で装甲空母鬼に向けて投げ飛ばした。

 

私は、人が空を飛ぶ瞬間を初めて目の当たりにした。

 

「ウグッ!?」

「えっ、軽巡棲姫!?」

 

投げられた軽巡棲姫は装甲空母鬼に直撃。同時に山城さんも跳んでくる。

一番驚いたのは魚雷を撃とうとした霞だ。狙いを定めている相手が突然増え、さらには味方ごとやってきてしまった。撃つかすら戸惑ってしまっている。

 

「悪いわね。2体纏めてぶちのめすわよ」

 

装甲空母鬼の装甲を叩き破った山城さんの拳。今までレキさんと春風が主砲を撃ち込み続けていたとはいえ、いくらなんでも滅茶苦茶すぎる。

 

「ヤマネエチャンタノシソウダ! レキニモヤラセテ!」

「じゃあコイツで遊びなさい」

「ヤッター!」

 

息も絶え絶えな軽巡棲姫をレキさんの方へ投げ飛ばした。それをレキさんは艤装を振り回し、そのまま打ち上げる。宙に放られた軽巡棲姫を、トドメに主砲で撃ち墜とした。

 

「ったく、本当に硬いわね。春風、霞、ここに魚雷!」

「は、はい」

「カシコマリマシタ」

 

あの古姫側に入った春風ですら素直に話を聞いてしまった。さんざん殴り続けて剥がれた装甲に、2人がかりの魚雷を撃ち込ませることで完全に沈黙させた。

 

「……蒼龍さん、山城さんっていつもああなんですか」

「そっか、朝潮は山城と一緒の部隊は初めてだったっけ。まぁ見た通りだよ。前より激しくなってるね」

 

基本的に艦娘も深海棲艦も接近戦には弱い。そもそもそんな概念が無いからだ。その例外が戦艦棲姫であり、自律型艤装が全てを弾く。

山城さんは戦艦棲姫改の装甲の硬さをガングートさんから聞き、それを拳で貫くために訓練に訓練を重ねていた。その結果がこれだ。機関部艤装の力で人間を優に超える膂力を手に入れているとはいえ、ここまで来ると次元が違う。

とりあえず言えることは、山城さんは私達と違う位置にいる人だということ。

 

「装甲空母鬼、消滅を確認。軽巡棲姫……まだ消滅していませんね」

「キエルノヲマツンダヨナ!」

「そうですよ。もしかしたら浄化が始まるかもしれないので」

 

とはいえ、軽巡棲姫は黒だ。浄化の可能性は特に低く、浄化できたとしても人間への殺意は簡単に消えない。だからこそ、大本営は処分という手段を取っている。あちらは黒だ白だは知らないことではあるが。

だが、万が一、軽巡棲姫が浄化された場合、司令官は何事もなく引き入れるだろう。疑う余地も無い。

 

「ニクラシヤ……クチオシヤ……」

「何がよ。何が憎いのか言ってみなさい」

「コノヨノスベテガ……ニクイ……ニクイニクイ……」

 

黒の深海棲艦の本質を知った気がする。

生まれてすぐに恨み辛みに飲み込まれ、それで壊れてしまっている。軽巡棲姫は憎しみで心が埋まっている。

 

「そう。なら私からは何も言うことはない。ここで眠りなさい」

「ニクイ……ニク……イ……」

 

軽巡棲姫の消滅を確認した。

最後は仮面は砕け散り、神通さんにそっくりな顔も露わになっていた。もしかしたら神通さんにもこういった側面があるのかもしれない。だからこそ瓜二つな深海棲艦が……いや、これ以上考えるのはよそう。戦えなくなってしまう。

 

 

 

司令官に報告をし、鎮守府へ帰投。敵が寄せ集めだったこと、山城さんの大活躍、そしてレキさんの奮闘で、今回は全員無傷の完全勝利。入渠の必要もなく、そのままお風呂に直行するのみでよかった。

 

「レキさん、よく頑張りました。今日のMVPはレキさんです」

「ソッカ! レキ、イッパイガンバッタ!」

「はい、みんなを守ってくれてありがとうございました」

 

お風呂で抱きかかえながら頭を撫でてあげる。レキさんにはこれが一番のご褒美だろう。

実際、初陣としてもよくできていた。誰よりもイロハ級の掃除はできていたし、艦載機での攻撃も的確だった。装甲空母鬼の硬さに戸惑ったものの、すぐに切り替えることもできている。

 

「朝潮型四姉妹の末っ子が一番活躍しましたね」

「大活躍よホントに。この調子で次も頼むわ」

「マカセロ! レキガミンナヲマモルゾ!」

 

この意気込みがあれば、レキさんが崩れることはないだろう。初陣をキッカケに、真に仲間になったように思えた。

 




山城がどんどん遠いところに向かってますが、この鎮守府の山城はとても幸せそうです。


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過剰性能の代償

レキさんの初陣で近場の小拠点の鎮圧に成功した。今後はレキさんも部隊の一員として運用ができる証明にもなり、戦力増強は滞りなく進んでいる。

現在鎮守府に配属されている戦える艦娘の中で、唯一戦力としてカウントされていない萩風さんも、早々と水上訓練を終えようとしていた。鎮守府の中では5本の指に入るほどの早さだそうだ。ちなみに1位はガングートさん。配属した時点で水上移動できていたため。これは浄化の強み。

 

「どうよ、うちの妹。めっちゃ才能あるでしょ!」

 

時津風さんの方が得意げだった。だが、それくらい萩風さんの成長は早い。わずか3日ほどで水上に立つどころか移動までマスターしたというのは、私には考えられないことだった。私の3日目は確か、水上に脚だけ出ていた時期。

 

「なら今日にでも戦闘任務かもしれませんね」

「かもねー。主砲の使い方は覚えといた方がいいからねー」

 

オーバースペック組の中で最も扱いやすいのは紛れもなく萩風さんだろう。常に食べ続けていなくてはいけない清霜さんや、少しの行動でおねむになる時津風さんと比べると、時間がはっきりと分かれているだけなら作戦時間が長引かないことに気をつけるだけで済む。そのため、すぐにでも戦闘ができるようになった方がいいだろう。

 

「司令官に打診しましょうか。あとは誰かのお墨付きが貰えれば卒業ですし」

「ゴーヤが許可貰っといたでち。萩風ちゃん、午後から戦闘訓練でちよー」

 

食事以外では工廠で人間観察に勤しんでいるゴーヤさんに言われた。

ゴーヤさんも快復の兆しは見えている。未だ虚ろな目はそのままだが、体力はある程度元に戻り、夜も眠れるようにはなってきたらしい。何より、小拠点の情報収集を他の潜水艦の方々に任せても気に病まなくなった。ようやく人に任せることが苦で無くなってきたようだ。

 

「ゴーヤさんのお墨付きがあるなら問題ないですね。ずっと見てたんですか?」

「ゴーヤは最近ここにいることが多いでち。ここが一番みんながわかるからね」

 

とてもいい傾向だと思う。たまに明石さんやセキさんのお手伝いをして、仕事をしないという罪悪感も緩和しつつ、人との関わり合いが積極的に持てる場だ。

 

「萩風ちゃんの訓練もずっと見てたよ。ホントすごいでち」

「あ、ありがとうございます。そんなに褒められるとなんだか恥ずかしいなぁ」

 

顔を赤くして恥ずかしがる萩風さん。

この急成長も、駆逐水鬼から託された力かもしれないと那珂ちゃんさんは言っていた。ヘルメット状の帽子といい、重巡並の火力といい、至る所でいい干渉をしてきている。そう聞くと、これも関係あるように思える。

 

「あ、そういえば私、オーバースペック組の訓練って見たことが無いです」

「燃費が悪いから訓練もあんまりやれないんだよね。あたしもこの後寝るし。今ならアレでしょ、レキとの鬼ごっこ」

 

戦闘訓練でも特に有用性が認められた、レキさんとの鬼ごっこ。要は回避訓練と主砲訓練を同時に行う訓練。遊びの中に訓練を取り入れたことで、誰でも楽しく鍛えられる。こればっかりは本当に提案してよかったと思う。

 

「鬼ごっこって、あの春風さんがやってた」

「それです。なので、絶対水着着てきてくださいね」

「そうだよー。萩風、割と派手なの着けてるし」

「姉さん!?」

 

萩風さんは春風と似たタイプか。見かけによらず、大胆なようで。発見したとき全裸だったが、確かにスタイルは良かった。スタイルがいいとそういうものの選択肢はそうなってしまうんだろうか。私にはよくわからない。

 

「萩風すごいよ。髪と同じ色でさ」

「姉さんそろそろやめて!」

 

どうせお風呂でそういうのはバレるので気にしなくてもいい。春風も朝潮型改二制服を着るようになってからそういうのを着けるようになって皆に驚かれたものだし。

 

 

 

時津風さんの予想通り、萩風さんの戦闘訓練はレキさんとの鬼ごっこだった。レキさんは初めての人と訓練(遊ぶことが)できるということでノリノリだ。逆に萩風さんは初めて主砲を撃つため緊張している。

訓練の保護者は今日は私と春風。春風はレキさんのことを大切に思っているが故に過保護になりがち。任務が無い限り、レキさんの訓練には大体参加している。私への依存が薄れた代わりがこれなので、私としては何とも言えない。

 

「ハギネエチャン、ヤレルノカ?」

「今日が初めてなの。手加減してくれる?」

「ジャア、マズハウッテミタライイトオモウゾ」

 

レキさんに主砲の撃ち方のレクチャーを受けている萩風さん。戦艦と重巡洋艦では勝手が違うと思われたが、主砲は主砲、駆逐艦も重巡洋艦も戦艦も同じなようだ。しかし、

 

「じゃあ撃ってみるね」

「ヨーシ、ハギネエチャン、ウテー!」

 

誰もいない方向に試射。時津風さんと同じで、駆逐艦からは考えられない威力の射撃だ。初めて撃った萩風さんは、その勢いで見事に横転した。ダミーのペイント弾でも相当なものだったのだろう。足が軽く浮いたようにも見えた。

 

「アハハハハ! ハギネエチャン! スゴイトンダ!」

「えっ、えっ、こんなに反動……」

「駆逐艦で重巡主砲撃ってるんですよ?」

 

身体は駆逐艦としての反動には耐えられたのだろう。だが撃ったのは重巡主砲。本来考えられている反動よりも強烈なものを受けてしまったため、今のように海に浮かぶことになってしまった。これはまず反動に負けないようにしないといけないだろう。

 

「ハギネエチャン、モットフンバレ」

「踏ん張って何とかなるものかなこれ……」

 

本来身体が知っている反動軽減の方法がすべて台無しになっている。過剰性能(オーバースペック)化の弊害はそんなところにもあったようだ。欠陥(バグ)の奥の深さを痛感する。私の知らないことが本当に多い。

 

「ハルネエチャン、ナンカワカルカ」

「わたくしは最初からできていましたから……そういうところは深海棲艦に寄せられているようです」

 

春風もオーバースペックだが、それは深海棲艦の力が入っているからだ。深海棲艦は最初からすべてを使いこなせる。練度には関係ない。春風が苦も無く重巡洋艦並の力を使いこなせるのは、戦闘面が深海棲艦だからだろう。

こうなると、頼れる人は限られてくる。元々重巡洋艦の主砲を使っている人はダメだ。身体がその反動を知っているのだから、説明ができない。そうなると、同じオーバースペック組の時津風さんか清霜さんになるだろう。本来ならお姉さんである時津風さんに聞くべきだろうが、さっき寝ると言っていた。ならもう1人しかいない。

 

「で、あたしを呼んだんだね」

 

手が空いている私が清霜さんを呼んできた。今日は掃討任務にも出ておらず、訓練もしていなかったようなので都合がよかった。先程時津風さんも言っていたが、オーバースペック組はその燃費のせいであまり訓練もできていない。今回はそれが良かった。

 

「清霜さんはどうやって主砲の反動を軽減してるのかなって」

「あたしはいろいろ特訓したかなぁ。最終的には山城さんに徹底的に鍛えてもらったよ」

「なるほど」

 

山城さんの名前が出た時点で察した。これは完全に筋肉で反動を抑え込む方向だ。春風は一緒に出撃したときのことを思い出して硬直してしまった。霞も以前に怖がっていたし、山城さんはいろんな人に何かを刻み込んでいる気がする。

 

「ひとまずレキさんのいう通り、踏ん張って撃ってみます」

「ガンバレ、ハギネエチャン!」

 

改めて構え、主砲を発射。今度は横転までは行かなかったが、狙った位置に弾が飛んでいないのは私から見てもよくわかった。

 

「うーん、やっぱり狙えてないね」

「反動が凄くて……」

「大丈夫大丈夫。あたしよりは全然マシだから」

 

清霜さんはよりによって戦艦主砲だ。駆逐艦の身体で撃てている時点で相当訓練を積んでいるのがわかる。

事実、今の状態になるまでかなりの時間がかかったらしい。戦艦の力を手に入れたことを泣くほど喜んだそうだが、いざ撃ってみたら命中するどころかまともに海上に立つこともできず、何度撃っても上手くいかなくてスランプに陥ったこともあるらしい。

 

「清霜さんは戦艦主砲ですもんね」

「戦艦って、私の重巡主砲より反動強いんじゃ」

「そりゃあもう強いよ。最初ここで撃ってさ、あたし陸まで飛んだからね」

 

割と本当に笑えない状況になったようだ。踏ん張っても吹き飛ばされる反動となると、それはもう追突だとかそういうレベルだ。それを今、完全にコントロールしているのだから、清霜さんの努力は実になっている。

 

「ハギネエチャンモ、ガンバレバデキルッテコトダナ」

「そうですね。少し時間がかかるかもしれないけど、頑張ってこの反動に耐えられるようになります。清霜さんはどれくらいかかったの?」

「3ヶ月」

 

萩風さんが膝から崩れ落ちた。少なくとも、山城さんの筋トレには頼った方が良さそうだ。

 

 

 

レキさんとの訓練(あそび)は断念することになった萩風さん。司令官に事情を話し、まずは筋トレをすることになった。毎日主砲を撃つことはするにしても、反動軽減のために鍛えるのは急務のようだ。

清霜さんが詳しいので先頭でジムの方に向かう。春風はレキさんの訓練に付き合うことにしたようだ。山城さんが怖いとかそういうことは断じてないと古姫側になって熱弁していたが、説得力が一切なかった。

 

ここ最近いろいろあって来ていなかったジムに入る。ここは白兵戦組の根城。皐月さんと天龍さんが並んで腹筋中。簡易リングでは山城さんとガングートさんが格闘訓練。皐月さんも大分ここに馴染んできているようだ。

 

「おう朝潮、ここに来るのは久々だな」

 

私に気付いた天龍さんが一旦休憩として身体を起こした。皐月さんは起き上がれないくらい消耗しているように見える。

 

「今日は萩風さんのことについて来ました」

「あたしと同じで、主砲の反動が耐えられなかったの」

「ああ、キヨシが反動で吹っ飛んだ時みたいなことが起きたのか」

 

さすが最古参、そういったことにも詳しい。

 

「山城姐さん、ちょっといいか」

「聞こえてたわ。萩風の反動軽減でしょ」

 

話しながらもガングートさんの攻撃を捌いている。やはり次元が違った。一度ガングートさんが一本取ったと聞いたが、今の様子ではまた難しくなっているようだ。

 

「ガン子、ちょっと休憩。疲労抜いた後にもう一戦」

「萩風のことか。ならいいだろう。考えてやるべきだ」

 

リングから降りてくる2人。サポーターを外しながら萩風さんを観察している。さすがに生成から間もない萩風さんは、筋トレなんてした事がない。身体はただの女の子である。

 

「全体的に足りないのよね、筋肉が」

「萩風の主砲は背中の機関部に全て接続だったか。なら腕より先に上半身だろう」

「それを支えるために下半身もいるわよ。体幹トレーニングを優先させる方がいいかしらね」

 

次々と決まっていくトレーニングプラン。自分のことなのに自分が蚊帳の外になってしまい、オロオロしている萩風さん。私と清霜さんはこれがいつもの事なのでただ待つのみとなる。

今日は訓練の保護者からそのまま来たのでスポーツウェアではないため、残念ながら待ち時間に筋トレはできない。

 

「はい、トレーニングプラン」

「さすが姐さん、行動が早ぇ」

 

あっという間に萩風さんのためのプランが出来上がった。清霜さんの前例も踏まえ、なるべく早く鍛えられ、主砲の反動に耐えられるようになるトレーニングだ。戦艦主砲ではない分、清霜さんよりは早く終わるスケジュールにはなっている。

 

「この通りにやってみなさい。うまく行くわ」

「筋トレですか……ピンと来ませんが、主砲の反動を抑えるためですもんね」

「萩風、いいことを教えてあげるわ。体幹トレーニングはね、基礎代謝が上がり、疲れにくい身体になるの。つまり()()()()()()()()()

 

健康的という言葉に萩風さんが反応する。健康オタクである萩風さんの心をくすぐる言葉で、無理なくトレーニングをさせる作戦だろう。

 

「これをすればより健康的に……私やります! 山城さん、是非やらせてください!」

 

人が沼に引きずり込まれる瞬間を目の当たりにしたような気がした。清霜さんも似たような言葉に釣られて筋トレをすることになったようだ。時津風さんだけは欠陥(バグ)の都合上、筋トレ中にも寝てしまうので回避できたようだが。

 

「山城さん、時間に関してはキッチリお願いしますね。萩風さんの欠陥(バグ)の都合上、突然眠ると朝まで何をしても起きませんから」

「わかってるわ。わかってますとも」

 

あ、これはわかってない顔だ。筋トレ中に気絶するように眠るとさすがに危険なので、白兵戦メンバーには特に釘を刺しておいた。

 




オーバースペック組の根幹も筋トレにあり。山城姐さん大活躍。


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宵闇の覚醒

夕方、ひとしきり哨戒任務を終わらせ司令官に報告後、いつもより少し遅めのお風呂に入ると、萩風さんが湯船に浮かんでいた。正直何事かと思った。

 

「筋トレのやりすぎ。健康的になる前に不健康になってどうすんの」

 

時津風さんが呆れ顔で萩風さんの胸をつついていた。

目を覚ました時津風さんが清霜さんから話を聞き、ジムに迎えに行ったらすでにガクガクだったらしい。山城さんは相手の身体の事を考えてプランを組むはずなのだが、萩風さんが張り切りすぎたのかもしれない。

 

「早く戦線に立ちたくて……」

「気持ちはわかるけど、ちゃんと段階踏まないと」

「ごめんなさい……」

 

時津風さんがすごくお姉さんしている。姉であると同時に、同じ欠陥(バグ)を持つ先輩として、萩風さんを導いている。こういうときに先駆者がいるというのはとても心強い。

 

「明日からは無理しちゃダメだよ。あたしも見といてあげるから。寝るかもしれないけど」

 

十中八九寝る。これは断定できる。

 

「時津風さんは反動のことは無かったんですか?」

「あったよー。きよしー程じゃないけど吹っ飛んだなー」

 

オーバースペックの宿命なのか、時津風さんも似たようなことがあったようだ。でも今は安定して主砲が撃てている。筋トレ自体は回避したと聞いたが、時津風さんはどうやって鍛えたのだろう。

 

「あたしはみっちり筋トレできないんだよ。だってすぐ寝ちゃうもん」

「ならどうやってあの安定性を?」

「んー、毎日少しずつやってたってのと、ちょっとしたコツを掴んだくらい。萩風はがっつり筋トレで頑張って」

 

コツを掴むくらいであの反動を軽減できるものなのだろうか。当事者でなければわからないことだろうが、反動でのあの吹き飛び方は異常だ。私のような高角砲しか使えない者には感じることのない衝撃だろう。

 

「頑張ります……」

「あと吹っ飛びたくないなら撃つときに前のめりになればいいから。衝撃は強くなるけど」

 

なんだかんだ時津風さんも努力して今の場所にいることがよくわかった。見かけによらないなとも思ったが、さすがに失礼すぎた。

 

 

 

お風呂から出たとき、窓の外が暗かった。まずいと思ったときには萩風さんは意識を失っていた。

 

「ミスった……夕方だったもんなー、夜にもなるよなー!」

 

萩風さんが倒れないように必死に踏ん張っている時津風さん。私も頑張って支えるが、これをこのまま運ぼうと思うと、以前のようにもう1人くらい人手が欲しかった。

今までお風呂には私達しかいなかった。援軍はここを通りかかる人を待つしかない。

 

「あ、大丈夫かい?」

 

そこを最高のタイミングで通りかかってくれたのが、この鎮守府最後の重巡洋艦、最上型重巡洋艦1番艦、ネームシップの最上さん。今までほとんど会話が出来なかったのには重い理由があるが、それは後にして、今は萩風さんのことをどうにかしたい。

 

「萩風さんを部屋に運びたくて……!」

「あたし限界近いからー! もがみんお願いー!」

「はいはい、任せて」

 

私達2人が倒れないように必死に押さえていたのを、軽くお姫様抱っこ。さすが重巡洋艦。膂力がある。

 

「部屋は何処?」

「あたしの部屋の隣。お願いー」

 

お安い御用と軽い足取りで運んでいく。ここに通りかかったのが最上さんでよかった。前回私と時津風さん、ゴーヤさんの3人で運んだ時は大分時間もかかり、3人が3人体力を大きく削がれたものである。

 

「助かったよー。時間計算ミスってて」

「この時間で良かったね。ボクも今部屋を出たところだったんだ」

 

最上さんは日中は部屋に籠っている。それが私達が最上さんと話すことがほとんどない単純な理由だ。

最上さんの欠陥(バグ)は艤装には一切ない。至って普通の艦娘と同様の動きができる。なら何故ここの鎮守府に所属しているのか。それは()()()()()()()()()()()()()からである。

 

最上さんは霞と同様、生成直後にダメージを受けて欠陥(バグ)が発生したパターン。だが、そのダメージというのが艤装ではなく()。夜に生成された最上さんは、夜戦中の探照灯の強烈な光に何度も照らされてしまった。深海棲艦の持つ探照灯の光も上乗せされ、光に対して異常に過敏な目になってしまったらしい。

鎮守府内の蛍光灯程度ならまだ大丈夫だが、陽の光には目によろしくないため、目が開けていられないそうだ。結果、夜にしか活動できないという致命的な欠陥(バグ)を抱えることになった。

 

「よいしょっと。これでよかった?」

「うん、ありがとうもがみん」

「お互い様だよ。ボクが日中に動く時はみんなに手伝ってもらってるんだからね」

 

最上さんが何らかの理由で日中動く場合は、目隠しをして動くことになる。そうなると必ず1人は側につく必要がある。

 

「じゃあ、ボクは今から任務だから」

「夜の任務ですか……大変そうですね」

「まぁね。でも慣れればお昼と同じなんじゃないかな」

 

言われてみれば確かにそうだ。外が暗いだけでやる事は私達と変わらない。深海棲艦は昼夜関係無しに襲撃してくるわけだから、夜でも哨戒任務は必要だ。私達駆逐艦(こども)は司令官の意思で夜の任務はない。代わりに数少ない重巡と軽巡の方々が駆り出される。

 

「ボクらが何かを見つけたら、叩き起こすことになるから覚悟してね」

「それは勘弁してほしいですね」

 

言うだけ言って工廠に向かっていった。夜の任務は私達以上に危険だ。駆逐水鬼のときに思い知った。今のところ私達が叩き起こされるようなことはないが、これからの戦いは本当に何があるかわからない。覚悟だけは必要だろう。

 

 

 

夕飯も終え、後は眠るだけとなった私達。今頃最上さんは哨戒任務中だ。何処に向かったかは聞いていなかったが、今までのことを考えると、その部隊だけでも何とかできる規模のようだし、それなりに安心はしている。おそらく近海警備か何かなのだろう。

 

「姉さん、何かあったの?」

「え、ああ、今日久しぶりに最上さんに会ったの」

「最上さん……ああ! 夜間部隊専門の!」

 

霞も殆ど話した事がない。最上さんはこの鎮守府でもかなりのレアキャラとなっている。会えて話ができたら明日は幸運とかそういうおかしなキャラ付けをされていそう。

 

「萩風さんが倒れたときに助けてもらってね」

「ああ、夜になっちゃったのね。やっぱり目隠し作戦はアリじゃないの?」

「今度試してみるわ」

 

他愛ない話をしていると、鎮守府内に緊急警報が鳴り響いた。この音を聞くのは久しぶりだ。別働隊を呼ぶために使っているそうなので、基本先遣隊の私は聞くことがなかなか無い。

このタイミングで鳴るということは、最上さんに何かあったとしか思えない。夜に何かが起こるのは少なくとも私は知らない。

 

『私だ。今から呼ぶものは戦闘準備を頼む。深雪君、白露君、響君、朝潮君、春風君。以上5人だ』

「私が呼ばれるってことは、夜戦がありそうね」

 

春風が呼ばれている辺り、火力に頼っていることがわかる。他の3人も全員が主砲寄りだ。

 

「姉さん、急いで準備して。制服は出したわ」

「ありがとう霞。じゃあすぐに行ってくる」

 

霞の手伝いもあり、すぐに工廠に向かえた。私が一番乗りだったようで、後から他の4人がやってくる。

 

「こんな時間にすまない。夜間哨戒部隊が敵部隊を発見した。すぐに援軍に向かってほしい」

「場所はどこです?」

「北から撤退戦をしている。あとは朝潮君、よろしく頼む」

 

なるほど、私の索敵でまず探せというのもあるようだ。夜間故に目視も難しく、今回は最上さんがいるとわかっているので探照灯が使えない。ありがたいことに月は出ているため比較的明るい方だ。目が慣れてくるのも早いだろう。

 

「旗艦は朝潮君。索敵対象は最上君、榛名君、長良君だ」

 

北にさえ行けば索敵に引っかかるだろう。榛名さんはさておき、長良さんが出ているのもなかなか怖い状態だ。艦載機の破片で大破しかねない脆さで夜戦というのはヒヤヒヤする。

 

「了解しました。では、出撃です!」

 

なるべく早く合流できるよう、大急ぎで出撃した。

 

 

 

真っ暗闇の出撃は初めてだった。以前の夜戦は戦場にたどり着いたときには夜だったが、出撃した直後はまだ明るかった。今回は鎮守府にいる時から夜。進む先もうまく定まらない。

 

「目視できないのキッツイなぁ。春風、深海棲艦の気配わかる?」

「まだ薄いですが、北の方向に。このまま進めば御姉様の索敵にかかるかと」

「2人揃えば探せない敵はいないね」

 

春風が大体の位置を示し、私が明確な位置を確定する。二段構えでの索敵で、海上艦に関しては暗闇でも全て把握できる状態。春風は気配を攻撃すればいいが、他の人は私の指示で攻撃対象を決めることになる。

 

「索敵かかりました。夜間哨戒部隊の3人も確認。そのまま直進で行けます」

「朝潮、私と春風が先行する」

「了解。春風、響さんと先に戦場へ。もう()()()いいわ」

 

私の合図で春風が艤装を展開。瞳の炎を燃やし、古姫側にシフト。暗闇の中だとその炎も綺麗に輝く。

高速艦の2人を先行させ救助を優先し、低速艦合流後に敵を叩く。ベストの流れ。

 

「御姉様、行ク、行クヨ、行クカラ!」

「行きなさい! 響さんは春風の方向へ!」

「了解。ヴェールヌイ、先行する」

 

春風の瞳の炎が閃光のように暗闇を走る。これなら響さんも追いやすい。

 

「深雪さんと白露さんも会敵準備を。数は重巡4、軽巡4、駆逐8。多いですね……榛名さんがいたとしても夜だと厳しいです」

「もう部隊の数もクソもねぇ!」

「そりゃあ深海棲艦だしね。狡いことだってしてくるって」

 

春風達を先行させて少しすると、戦場に光が見えた。敵駆逐艦の何体かが探照灯を使っている。これでは最上さんが厳しい。電探の反応では最上さんと長良さんが共に行動し、回避に専念している。それを榛名さんが守りながら迎撃している状態。

これは最上さんが目潰しを受けた状態だ。かなり不利である。

 

「合流! 最上さん、長良さん! こちらに来れますか!」

「助かった! 最上さんの目が見えてないから匿って!」

 

やはり探照灯による目潰しがまともに決まってしまっている。すぐに駆け寄り、白露さんを護衛に。深雪さんは春風と響さんに合流してもらう。

 

「くっそぉ……こうなるとボクは脆いなぁ。探照灯使われたのは初めてだよ」

「長良さん、何か最上さんの目を隠せるものありますか?」

「じゃあハチマキ貸すよ。でもこれ結構薄いから気をつけて」

 

長良さんの巻いているハチマキを最上さんの目隠しに。これである程度は緩和したはず。それでも探照灯を私も使うのはやめた方がいいだろう。まずは早くこの場の光を全て無くす必要がある。

 

「春風、まず探照灯の駆逐艦を全部やりなさい」

「光ッテルヤツダナ! ブッ潰ス!」

「長良さんも行けるなら行ってもらえますか」

「よしきた! 行ってくるよ!」

 

長良さんにインカムを渡し、攻撃に加わってもらう。その間に最上さんの状況を確認。

身体、艤装共に無傷ではあるものの、どうしても目が見えていないのが辛い。だが、それを覆すのが私の仕事だ。背中の目だけではなく、全てを補う最上さんの電探になる。

 

「最上さん、インカムを付けます。戦えそうなら、私が撃つ場所と避ける場所を全て指示します。やれますか?」

「わかった、頼りにしてるよ朝潮」

「榛名さんはどうですか」

「朝潮ちゃんに任せます。榛名にもインカムを」

 

闇の中戦えるのは気配を読める春風だけだ。だから私は他の全員分の目になる。特に最上さんはうっすらとも見えない完全な目隠し状態。私は暗闇に隠れ、指示を出し続ける。

 

「御姉様、アト1ツデ光ガ無クナルゾ」

「大丈夫、倒しなさい」

 

ここから先は暗闇の戦いだ。深海棲艦がどういう眼をしているかは知らない。夜目が効くかもしれない。だが、私にそんなことは関係ない。私だけには全て見えている。それを全員に伝える()()だ。

 

「ここからは暗闇の戦いです! 私が全員の目になる!」

 

春風が最後の探照灯持ちの駆逐艦を撃破し、戦場が暗闇に包まれた。現段階で榛名さん達が奮闘してくれたおかげで重巡3、軽巡3、駆逐3。こちらは私を含まず7人。数的有利はあちらにあるが、戦力はこちらに分がある。

 

「失礼ですけど、余裕がないので呼び捨てにしますよ!」

「好きにしろい! 深雪様を使うんだ、しっかりやれよぉ!」

「長良はいっぱい回避させてね! 結構ヤバいからね!」

 

全員の許可しても得た。ここからは私の独壇場だ。

どうせ闇の中だ。何も見えない。見る必要もない。だからこそ、私は眼を閉じた。

 

「榛名10時攻撃! 深雪8時回避! 白露2時攻撃!」

「あたしらも眼をつぶった方がいいんじゃないのこれ!」

「余計なもん見ない方がいいか!?」

「見れるなら多少は見て位置補正して!」

 

指示通りに動いてくれる。大丈夫、全員信じてくれている。

敵の動きを見て、次の行動を予測。それを9体分。さらに自分も含めて8人の位置を把握し、回避する方向を計算。最後に味方と敵の位置を結んで、攻撃の指示。全てを同時に。

 

「最上6時回避3時攻撃! 長良3時回避! 響12時回避6時攻撃!」

「えっ、今当たった音した?」

「当たってる当たってる! 最上さんの攻撃当たってる!」

 

まだだ。まだ予測が遅い。今春風に攻撃が掠った。深雪さんの回避も紙一重だ。もっと早く、もっと早く。

 

「春風9時攻撃! 深雪7時攻撃! 榛名3時攻撃!」

 

周りの音が聞こえなくなってくる。自分の思考に没入していっている。目の前も見えていないのに、全ての場所が見えている。敵の反応が1つずつ消えていく。

 

「白露8時攻撃! 長良9時攻撃4時回避! 最上6時回避9時攻撃! 春風10時回避! 榛名11時攻撃!」

「御姉様! アト2ツ!」

「響3時回避10時攻撃! 春風5時攻撃! 榛名12時攻撃!」

 

予測終了。今までの攻撃回数、ダメージの反応まで計算に入れた。最後に残ってたのは重巡2体だ。1体は榛名さんの戦艦主砲で、もう1体は響さんの駆逐主砲と春風の重巡並の火力で押し勝てる。

 

「……以上!」

 

敵の反応が全て消えたことを確認して眼を開く。闇に慣れたことで、戦場がある程度見ることができた。敵はいない。一際輝いている春風の瞳の炎が目立ったくらいだ。

 

「戦況確認を……誰かダメージありますか?」

 

1人ずつ見ていく。春風が小破、深雪さんが擦り傷程度。元々ここで戦っていた榛名さんが小破。あとは全員無傷。長良さんには特に気を使ったが、大丈夫だったようだ。

 

「すっげぇ……真っ暗闇で全滅させちまった……」

「朝潮、無理していたよ。こんな戦い方、したことがないだろう」

 

響さんにはお見通しのようだ。疲労感が尋常ではない。

今まである程度は予測しながらの指示もしてきた。しかし、それは皆が敵を視認できている状態で、場所だけ伝えることで最終的にはそちらに考えてもらう戦い方だ。

今回は本当に誰も敵が見えていない状態の戦い。攻撃の方向も、回避の方向も、全て私が計算して私が指示した。こんなことは初めてだ。

 

「御姉様、大丈夫カ!」

「ええ、大丈夫……と言いたいところだけど……っぐぅっ!?」

 

急激な頭痛で顔をしかめてしまう。今までにないレベルの情報処理で、戦闘が終わった途端に脳が悲鳴をあげた。久々のこの頭痛だ。懐かしさすらある。大急ぎで電探を切った。

 

「御姉様!?」

「朝潮、鼻血出てる!」

「やばい! 早く鎮守府に帰るぞ!」

 

一番ダメージを負ったのは私のようだ。身体は無傷だが、脳へのダメージが酷い。電探を切ったのに頭痛が止まない。私にはわからないが鼻血まで出ているらしい。電探を使い始めた当初でもそんなことはなかった。

この戦い方は本当に緊急時にしか使ってはいけない裏技として考えておこう。電探をほぼ常時起動しても耐えられるようになったのに、それ以上があるとは思いもしなかった。




ここの最上は萩風と最も相性の悪い艦娘。生活時間が全くの真逆であり、会話することもままならない。


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欠陥(バグ)の克服

翌日、思い切り寝坊した。夜間任務参加の特典として午前中の訓練と任務が免除されていたため、鎮守府に迷惑をかけることはなかったが、こんなことは初めてだった。

霞はすでに訓練に向かっている。部屋には1人……と思いきや、(かたわら)で春風が寝息を立てていた。いつもはレキさんと寝ているはずだが、夜間任務のため他の人に預けていたのだろう。とはいえ一緒に眠った覚えはない。

 

「おはよう朝潮、昨日の消耗は相当激しかったみたいだね」

 

さらに向こう、最上さんが座っていた。こんな時間に活動しているところを見たことがなかったので普通以上に驚いてしまった。

私の部屋の明るさもダメなようで、目には何重にも包帯を巻いていた。ここには春風に連れてきてもらったのだろう。その春風が眠ってしまったようだが。

 

「春風もオーバースペックでおねむなのかな?」

「この子はただ疲れているだけかと。深海棲艦の力は艦娘より消耗が激しいみたいですし」

「そっか。昨日は大活躍だったもんね。春風も、朝潮も。ボクはまともに見えてなかったけどさ」

 

夜の暗闇の中、戦場の全てを掌の上に乗せ、何もかもをコントロールした戦闘。その負担がこの寝坊なのだが、自分でもあれは良くできたと思えた。

だが、こんなに負担がかかるのはよろしくない。できるものならさらに訓練を積みたいが、この戦い方は仲間の意思を完全に無視した戦い方だ。今回のような暗闇の中でならまだマシだろうが、常にこの戦い方をするのは最善とは言えない。

 

「人を自分の道具として扱う戦い方はあまり好きじゃないですが……あの時はあれが最善だと思いました」

「うん、ボクもあの時はそれで良かったと思う。何より、あれで敵を倒せたんだから、朝潮は誇ってもいいよ。でも、驕っちゃダメだからね」

 

誇れど驕らず。その通りである。あの戦術であの場は切り抜けられた事は誇ろう。だがその戦果に胡座をかいていてはダメだ。

 

「あ、で、本題なんだけど」

「何でしょう」

「その電探の使い方、ボクもできるようになりたいんだよ」

 

おそらく私とはまったく違う使い方だろう。日中でも活動できるようになるため、追加の眼が欲しいということだ。

最上さんは私達と欠陥(バグ)の性質が違いすぎる。艤装がまともに動かないだけで人間としては五体満足な私達とは逆に、艤装がまともに動く代わりに肉体(うつわ)に影響が出てしまっているのが最上さんだ。

数多の欠陥(バグ)持ちの艦娘が集うこの鎮守府の中でも、たった1人の肉体(うつわ)欠陥(バグ)持ち。感じることは違う。

 

「わかりました。まずは司令官に話をしてみましょう。でもこれ、ずっと起動してるのは結構キツイですよ」

 

枕元の妖精さんに頼んで電探眼鏡を装備してもらう。私もこれを使い始めて大分経ったが、常時起動も難なくできるようになった。訓練としては終了したようなものだ。今はいつでも情報が使えるように起動し続けている状態。

 

「必要最低限でいいんだ。朝潮みたいに後ろも見たいとか、そういうのは必要なくて、せめて人と障害物がわかればいいんだ。ボクも夜だけの生活はちょっとね……」

「最上さん……」

「完全に私利私欲のために使いたいんだよ、装備を」

 

苦笑しているが、深刻な問題なのかもしれない。

夜にしか活動できないということは、少ないにしろこれだけ艦娘が配属されているにも関わらず、関係を持てている相手がほんの少ししかいないということ。プライベートとなると片手で数えられるほどになるだろう。それでは精神的に参ってしまう。

 

「こんなこと許されるかはわからないけどさ、でも、ボクもやれることがやりたいかなって。昨日の朝潮を見て気付けたよ」

「私も説得します。どうにかしましょう」

 

ベッドから降りる。と同時に春風を起こす。最上さんを案内しておいて1人寝ているとは何事か。頭にチョップ。

 

「ふぁっ……あ、お、御姉様、おはようございます」

「最近の春風、安定している代わりに気を抜きすぎじゃないかしら」

「そ、そんなことは決して、決して……ございません……よ?」

 

自分でも疑問に思えるほどなのだから相当である。明るくなったことはとてもいいことだが。

春風はレキさんのところに行かせておいて、私が最上さんを引っ張り執務室に向かうことにした。

 

 

 

司令官に最上さんの件を話すと、快く受け入れてくれた。戦闘訓練でも何でもなく、普通に過ごすための手段としてだからだそうだ。

司令官も最上さんの生活習慣は気になっていたらしい。欠陥(バグ)の影響で完全に昼夜逆転してしまっているだけならまだしも、人間関係に関してはどうにかしたかったのだとか。

 

「眼のことを考えると夜間任務専門なのは変わらないだろう。だが、日中に活動できるようになりたいというのは私としても賛成だ。できることなら何だって支援しよう」

「ありがとう提督。この包帯は取れないだろうけど、付き添い無しで歩けるようになれれば、また変わってくると思うんだ」

 

これもまた一種の精神的な問題だ。モチベーションとかそういったところの。

 

「すぐにでも明石君に発注をかけよう。今ならセキ君もいるからね。もしかしたら今日中に何かしらのアクションがあるかもしれない」

「工廠が2人体制になったのは大きいね。どんなのが貰えるか、ボクも楽しみだよ」

 

私のように眼鏡というわけにはいかないだろう。陽の光を目に入れないようにしなくてはいけない。そうなると、マスクの類になるか。包帯は見た目が痛々しすぎる。

 

「アイマスクのようなものになりますかね?」

「光が漏れないようにする必要があるからね。おそらくはその類だろう。あとはあの2人のセンスだ。朝潮君にはうまく噛み合っているから、心配はないんじゃないかな」

 

これが成功すれば、最上さんもお昼に活動できる。訓練などはできないかもしれないが、他人と触れ合える自由な時間が手に入るだろう。

昨日は目潰しを受けてまともな戦闘ができていなかったが、本来は夜間任務を常に請け負えるほどの手練れだ。訓練の先生か何かもできるかもしれない。

 

「なんにせよ、まずは発注だ。工廠に行こうか」

「あ、そうか、顔の型を取らないと作れませんもんね。眼鏡とは訳が違いますし」

「本格的になってきた! ボクの新しい装備、どうなるんだろう!」

 

最上さんの手を引っ張る形で今度は工廠へ。自分専用のものができるというのは嬉しいものだ。私もそうだった。最初はいろいろと覚悟していたものの出来上がった電探眼鏡は今ではこんなにしっくり来ている。

 

工廠で顔の型を取り、夜までに作っておくと言われた。最上さんは相変わらず夜間任務のため、それまでは寝ておくらしい。昼夜逆転の生活というのも、なかなか大変そうだ。

 

 

 

その日の夜、最上さんの時間。任務の前に工廠で専用装備の確認をすることに。とはいえ夜の任務では目を隠す必要がないため、実際使うのは明日の朝から。夜なら目が使えるので、性能以外にもデザインを確認することが目的である。

私も大分関わってきたので、最後まで御付き合いしようと工廠に来た。今日の夜間任務担当である天龍さんと古鷹さんも工廠におり、どんなものかと見物している。

 

「朝潮と同じような電探なんだって?」

「はい。でも最上さんの場合は、私ほど性能が高いわけではなくて、目を隠していても歩けるようにできる補助装備みたいなものです」

「そっか、そうしたら太陽が出てても外に出られるもんね。青葉もやってたのに何で今まで気付かなかったんだろ」

 

青葉さんは私の前に電探を常時起動する生活を送っている。だが、さすがに目をつぶって行動とまではしていないだろう。夜戦でその性能を遺憾なく発揮したのは私が初めてのようだ。その代償が寝坊と鼻血だが。

 

「うわ、なんか凄い! ()()()()()()()()()()!」

 

専用装備であるアイマスク、顔の口から上を覆う仮面を付けてきた最上さん。頭の上には仮面の電探機能を制御する装備妖精さんが乗っている。だが、その仮面の形状に私達は思わず目を背けた。

 

「なんで軽巡棲姫の仮面の形してんだよ!」

「それセキさんのデザインですよね。大丈夫かなぁこれ」

 

以前見た、そして山城さんが粉々に砕いた軽巡棲姫の仮面とまったく同じ形をしていた。角もしっかりついている。これを神通さんに装備してもらったらそのままになってしまうかもしれない。

 

顔にしっかり密着し隙間がない状態になるため、一切の光を通さず最上さんの目に負担がかからないようにされている。今でこそ夜の工廠なので蛍光灯の光のみだが、その光すら入ってこない真っ暗闇だそうだ。それでも電探としての機能で、どこに何があるかはある程度把握できている。目隠しをしているのに、障害物を乗り越えてスイスイ歩いているのだから、それが証明された。

私のものより若干スペックダウンしているようで、壁を突き抜けて人がいるかどうかを確認することはできないとのこと。

 

「天龍がここにいるよね。古鷹はここ」

「正解。目隠ししてるのにちゃんとわかるんだ」

「輪郭がうっすらわかるくらいなんだよ。表情とかまではわからないんだけど、髪型とかで予想できるかな。天龍はほら、頭のそれですごくわかりやすい」

 

私の電探は輪郭すらわからない代わりに範囲が広く高性能。最上さんのものは、あくまでも生活補助器具としての電探のようだ。

 

「ドウダ、ツカイゴコチハ」

 

セキさんが奥からやってきた。その場で調整できるように工具も持ってきている。

 

「思った以上にすごいよ。これなら誰もいなくても鎮守府を歩けると思う」

「ソウカ、ソレナライイ。アタマハイタクナイカ」

「今のところは大丈夫。朝潮のものとは違うからかな」

 

最上さんの電探は向いている方向しか補完しないようだ。死角を無くす目的でもない。そのため、脳への負担は極限まで減らしている。私が散々苛まれた頭痛も、最上さんには今のところは無いようだ。それでも使い続けるうちに不調が出てくるかもしれない。こればかりは継続使用で確認するしかない。

 

「セッさん、このデザインはどうにかなんねぇか。黒の深海棲艦のだろ」

「ヤツハクロダガ、センスハアル。イイジャナイカ、オシャレデ」

 

深海棲艦の美的センスは、私達にはちょっとわからない。

 

「いろいろ作ってみたんだけどね、これが一番、目の周りを覆えるんだよ。バタフライマスクとか付けてもただ面白いだけでしょ」

 

明石さんが試作品を持ってきた。妖精さんの遊び心が大量に置かれる。

目さえ隠せればいいのに口まで覆ったホッケーマスクや、水中眼鏡、先程明石さんの言ったバタフライマスクに、歌劇で使われるファントムマスクなど多種多様。中には軽巡ツ級が被っているヘルメットや、雷巡チ級の付けている仮面など、深海棲艦の意匠まで。こちらはセキさんのデザインだろう。

 

「これが一番妥当じゃない?」

「そうかぁ? 面白系よりはマシかもだけどよぉ」

 

これにせめて角が無ければ良かったかもしれない。この姿で日中鎮守府を歩いていたら、初見だと確実に驚く。いくら深海棲艦が何人もいるこの鎮守府だとしても。

 

「よし、妖精さん、装備解除」

 

頭の上の妖精さんが仮面を引き上げて頭の上へ。夜の間は基本的に必要ないが、昨日のように探照灯の目潰しを受けてしまったときはまた装備をするそうだ。結局のところ目隠しであることには変わらないので、外がどれだけ暗かろうと、装備さえできれば見ることができる。ある意味、戦闘中の弱点も克服したことになった。

 

「次は明日の朝だね。太陽が出てる時にボクがいたら、みんなが驚いちゃうかな?」

「驚くと思うよ。別の理由で」

 

先日軽巡棲姫と戦ったメンバーは特に驚くだろう。春風とか大丈夫だろうか。

 

 

 

案の定、翌朝大騒ぎになったのは言うまでもない。特にヒメさんやレキさんがその場で臨戦態勢になったのは危なかった。春風も古姫側に傾いてしまうレベルだった。

 

「うーん、みんながこの格好良さをわかってくれない」

「あたしはわかってるよ最上さん!」

「さすが深雪、いいセンスだね!」

 

その深雪さんも初見では飛び上がるほど驚いていた。

 

とはいえ、さすがこの鎮守府。半日も経たぬうちに皆が仮面姿の最上さんに慣れてしまった。事情を知っているからこそ、受け入れるのも早い。何人かはデザインを変えてはどうかと話が出ていたが。




最上は深雪や皐月と似たような感性を持っています。春風の艤装展開シーケンスとかで盛り上がりそう。


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脳の容量

私、朝潮にも新たな問題が出てきていた。戦場の全てを掌の上に置く代わりに、私が負荷を全て請け負う諸刃の剣。全員の視界と思考能力を全て私が賄う、夜戦においての最後の切り札についてである。

その負荷はあまりにも大きく、1戦だけで大きく消耗し、私自身が戦闘不能になってしまう。それは大問題だ。

 

「最上君や榛名君に聞いたよ。大分無理をしたんだってね」

「はい……夜戦での暗闇の中、全員の目となりました」

「その結果、鼻血、頭痛、そして翌日寝坊してしまうほどの過労と、そういうことだね」

 

戦果としては大勝利である。しかし、この鎮守府の方針『安全第一』からは逸脱する。戦場の全員が生き残らなくては意味がない。私が欠けてもダメだ。ここでは助け合いがモットーではあるものの、自己犠牲は禁じられている。全員が助かる道を全員で探す。

 

「朝潮君。私としては、その戦い方はオススメできない。やりすぎると君が壊れかねない」

「はい、私も反省しています。無理をしすぎました」

「自分でわかっているのならよかった。だが、いざという時のために訓練しておきたいとも思っているんだろう?」

 

司令官にはすべてお見通しのようだった。本当にいざという時、これが出来るか出来ないかで生存率は大きく変わると思う。全員で生き残るためには必要な技術だと、私は考えていた。

 

「ゆっくりと、少しずつ。頭痛を感じたらすぐにやめること。それを守ってくれるなら、訓練を許可する。わかっていると思うけど、壊れてしまったら意味がないんだ」

「はい。今まで大分無理をしてきました。これ以上の無理はするつもりはありません」

 

自分でもわかっている。訓練に訓練を重ね、本来の駆逐艦の技能から大きく逸脱した技術を手に入れていることは。それはこの鎮守府に所属している全ての艦娘に言えることではあるが、私はその中でも上から数えられるくらい無茶をしていると思う。

そもそもこの電探を使い続けていること自体が、脳に大きな負荷をかけている。おそらく現段階で限界ギリギリ。目をつぶって情報量を減らしたとしても、それ以上の情報を自分で作ってしまっているのだから、脳が限界を超えて悲鳴をあげてもおかしくはない。

 

「誰一人欠けてもらいたくないというのを、十分にわかってくれていて嬉しいよ。君は本当に強くなった」

 

頭を撫でられた。常に乗っている妖精さんも、その手に頬擦りしている。司令官に撫でられると、やる気が満ちていくように感じる。もっとこの人の役に立ちたいと、心の底から思える。

 

 

 

司令官は、私が覚えたいと思っている技術を『未来予知』と呼称した。敵の行動を『予測』し、攻撃先を『計算』し、その前に『伝達』する。自分へのことなら伝達の部分は必要ないが、伝達するとなると、1秒以上後を考えなくてはいけない。それを戦場全てでやろうとしている。いや、むしろやった。訓練はその予測の速度をさらに上げることが最初になるだろう。

そしてこの鎮守府には、こと敵の行動予測に関しては右に出るものがいない人がいる。欠陥(バグ)と折り合いを付けるため、回避に特化し続けた結果、自分の見えている範囲の攻撃は絶対に当たらないと豪語できる人。

 

「なるほどね、行動予測を知りたいんだ」

「はい。お願いできますか、長良さん」

 

ほんの少しの攻撃でも当たってしまったら大破が確定するくらいの脆さを持つ長良さんは、その行動予測を使うことで常に無傷で帰ってくるほどの人だ。

レキさんとの鬼ごっこで唯一、水を一滴も浴びなかったといえば相当であることがわかる。ちなみに鬼ごっこには出禁になった。

 

「でもこれ、やることって朝潮ちゃんが改二に上がる時の訓練と同じだよ? 集中砲火を全部避けんの」

「あ、確かに。あの時は電探も無かったのに避けられました」

「なんだかんだ行動予測は出来てるんだよ。それを戦場全体でやろうとしてるから大変なだけ」

 

自分への攻撃を全て避けられる自信はある。白兵戦組はさておき、主砲や魚雷は撃つまでのタイムラグがあるのだから、その方向が先んじて見えれば射線から外れるだけだ。そしてそれは電探である程度わかるので、自分と射線を計算するのみ。

それを全員分やろうとするから負荷が爆発的に上がる。

 

「それに、敵の行動予測もある程度できてるよね。回避の方向が指示出来てるんだから」

「まぁ、そうですね」

「今までは攻撃を人に頼ってたから、脳みそがギリギリ耐えられてたんだね」

 

言われてみれば、私は今までもそれなりに出来ていた。敵の位置の把握、味方の位置の把握、敵の攻撃方向の予測、味方の回避方向の計算。ここまでは出来ている。ここに、全員分の攻撃方向の計算と、攻撃するタイミングが入ってきたことで、容量溢れ(オーバーフロー)した。

さらにいえば、人数も多かった。自分、味方7人分、敵9体分、合計17個の反応を同時に管理したこともそれに繋がった。連合艦隊を相手取った時はこれ以上の数だが、その時は位置だけ伝えれば味方は自分で考えてくれた。

今までがどれだけ綱渡りだったのかがよくわかる。溢れなかっただけで、容量ギリギリだったのだろう。

 

「今以上の数を相手取ったら、今までのやり方でも容量オーバーしてしまうかもしれません」

「それだけ朝潮ちゃんは限界に近いことをしてたってことだね。いつか壊れちゃってたかも」

 

そう言われると途端に怖くなる。

私は電探が常時起動できているのだから、索敵をマスター出来ていると思い込んでいた。今だって、鎮守府内の全員の居場所がわかる。だがそれは、わかる()()だ。どれが誰だかは改めて考えないといけない。脳の容量は使っていない。

今までの訓練で脳の容量が拡張できたとは思う。だが、今使わなくてはいけない分だけをゆっくりゆっくり拡げていたに過ぎない。

 

「今まで通り、じっくり行けばいいと思うよ。例えば……他の子の演習を見ながら行動予測するとかね」

「そうですね。司令官は未来予知と言っていました。他の人の演習を見ながら慣らしていきたいと思います」

「未来予知! カッコいい響きだね! 出来るようになったら超能力者だ」

 

未来を予知しているように見えるほどの行動予測。これはもう、訓練や任務で実戦経験を積んでいくしか無いだろう。今まで通り、ゆっくり容量を拡張して、最終的にはやれるようになろう。それまでに壊れてしまわないように慎重にだ。

 

 

 

午後からは哨戒任務。旗艦が私で、護衛は霞と春風。気を抜かず任務を遂行しなくてはいけないのだが、どうしても未来予知の訓練方法を考えてしまう。演習を見るだけでなく、効果的に脳の容量を拡張する方法が無いかを、ずっと模索していた。

 

「姉さん、任務中よ。ボーッとしてどうしたの」

「ああ……その、ね。新しい訓練の事を考えていたの」

 

別に隠す理由もないので2人に話す。現場にいた春風はともかく、霞は知らない事だ。

 

「夜戦で全員を動かすって、何やってんのよ」

「御姉様を責めないであげてください。あの戦いに勝つことができたのは御姉様のおかげです。闇で誰も目を使えないところを、1人で切り抜けたのです」

「その代償が頭痛と鼻血と寝坊でしょ。無茶を通り越して無謀よ」

 

返す言葉もない。だが、それをまたやれるようになるために訓練を積みたい。いざという時のために。

 

「探照灯使えない夜戦なんてそうそうないでしょ」

「そうなんだけど、万が一のために」

「訓練する度に倒れるわよそんなの。私は()()の最初を知ってるから言ってんの」

 

私が電探眼鏡を使うようになった当初から霞は側にいた。10分程で頭が割れるように痛くなった初日から、常時起動をして鎮守府内を見続けている今まで、常にだ。

実際、電探を使った初陣でも戦闘終了後に消耗しすぎて霞の肩を借りている。

 

「姉さんだって無理してるってわかってんでしょ。ならあんまり考えない方がいいわ。長良さんが言ったっていう、他の演習を見る程度でいいのよ」

「わたくしも御姉様が倒れる姿は見たくありません。どうか無理だけはなさらず」

 

妹達にこうまで言われてしまっては、私も立つ瀬がない。

今の状態でも充分に貢献できている。それに、霞の言う通り、全員の視界が封じられるような戦闘はそうそう無いのだ。現状を維持しつつ、ゆっくりと伸ばしていけばいい。

 

「そうね、無理はしちゃダメね。あまり考えないことにするわ」

 

元々無理はしない約束だ。妹達を心配させるのは姉として失格。これだと吹雪さんや時津風さんにも怒られてしまいそうだ。

 

「それがいいわよ。姉さんは今でも充分やれてるもの。私の中では山城さんと同じくらい次元が違うわ」

 

あの人はいろいろと領域を超えている人だ。素手で装甲を叩き割る人と同列というのは流石に言い過ぎだと思う。私のやれることは青葉さんでも出来ることだし。

 

「あ……すみません、気配を感じました。さらに西。少し北寄りです」

「了解。行きましょう」

 

無理して訓練する必要がないと思えるようになり、幾分気が楽になった。妹達に叱咤されるとは思わなかったが、何よりも心に響いている。新たな能力より身体の心配をするべきだ。

この任務が終わったら司令官には今のことを話そう。無理せず今できることを突き詰めていくと。未来予知に関しては、ゆっくり出来ることからやっていくと。

 

 

 

春風の感知から少しして、私の索敵にも引っかかった。が、少し様子がおかしい。

 

「反応が動かないわね……」

「海中にも気配がします。御姉様、ソナーを」

「ええ、すぐに。……ソナーに感あり。潜水艦が4体ね」

 

今まででも潜水艦を発見することはあった。今回の場合は私がメインの対潜要員。春風も一応可能なため、サブで撃退を手伝ってもらう。

 

「目視で確認……え、何、あれ……」

「白の深海棲艦よ! 潜水艦は黒だから、襲われてるわ!」

 

動かない1つの反応は白の深海棲艦。ぐったりと海上に浮かんでおり、その周りは赤く染まっている。あれはあの深海棲艦の血の色に思えた。

ソナーにより確認できた潜水艦は4体。おそらく全て黒。こちらに気付き、すぐさま魚雷を発射してくる。

 

「霞、あの白い深海棲艦を保護してちょうだい。私と春風で潜水艦を全滅させるわ」

「了解。潜水艦には無力だもの、お願いするわ」

 

魚雷を避けながら司令官に連絡を取る。その間に霞を白の深海棲艦へ向かわせる。

 

「こちら哨戒部隊旗艦の朝潮! 応答願います!」

『何かあったかね』

「襲われている白の深海棲艦を保護! 黒の潜水艦4体から攻撃を受けています! 私と春風で撃退中!」

 

索敵が海中に及ばないことは、今は大きな痛手だった。ソナーは動きながらだと反応が悪くなる。自分の移動する際の波まで反応してしまうからだ。

 

『了解した! その白の深海棲艦が何者かわかるかい』

「ヒメさんくらいの背格好です! それ以外はわかりづらくて……っとすみません、潜水艦1体撃破!」

 

通信しながら戦闘はなかなかにキツイものがある。そんな時こそ春風に頼るべきだ。

対潜となると若干不得手かと思いきや、古姫側になることなくスムーズに潜水艦を撃破していく。気持ちいいくらい綺麗に爆雷を投射し、あっという間に終わらせてしまった。むしろ春風自身は対潜が得意なのかもしれない。

 

「戦闘終了いたしました。保護した深海棲艦はどのような……」

「……この子、()()()()()。あいつらの魚雷にやられたみたい」

 

ヒメさんと同じ背格好なので霞でも抱きかかえることができた白の深海棲艦。だが、その脚はズタズタになっていた。おそらくあの潜水艦達の魚雷にやられたのだろう。消滅が始まってないのでまだ助けることができる。

 

「白の深海棲艦を保護しました。すぐに戻りますので入渠ドックの準備を!」

『了解した! 急ぎ帰投するように!』

 

通信を切り、最大戦速で鎮守府に戻る。

保護した白の深海棲艦は、ヒメさん、北方棲姫と似たような真っ白な女の子。艤装らしいものは装備していない。ただ出していなかっただけかはわからない。脚を攻撃されたせいで海上に立てなくなったのか、そもそも立つことができないのかもわからない。私達の見たことのない子供。

 

「イタイ……イタイヨ……」

「もう少しの辛抱よ。耐えて……耐えて。絶対助けるから」

 

霞が励ましながら強く抱きしめた。助けたいという一心で、ずっと大丈夫と囁き続けている。幸い消滅は始まらない。このまま保ってくれれば、鎮守府で入渠が可能だ。それまではどうにか耐えてほしい。




やらなくても大丈夫なことに悩む真面目な朝潮も、妹から無理をするなと言われれば悩むことをやめるでしょう。真面目すぎるのが長所であり短所である。


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死を望むもの

ギリギリのところで助け出した白の深海棲艦を入渠させることができた。霞も安心したようで、ドッと疲れに襲われたようだ。艤装を外した途端、崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「ギリギリだったわよね……ホントよかった」

「霞が励まし続けていたおかげよ」

 

助け出した白の深海棲艦について、ミナトさんに見てもらった。入渠での治療はセキさんも立ち会っている。

女の子は潜水新棲姫という潜水艦の深海棲艦。艤装は脚を丸々包み込むものらしく、あの大怪我はその艤装を破壊されたことが原因ではないかと言っていた。

 

「……コレハヨクナイカモシレナイ」

「セキさん、何か問題がありましたか?」

「アシガウマクナオラナイ」

 

入渠で治らないというのは極めて稀なケース。欠陥(バグ)によりその状態がデフォルトの状態になっているか、全く別の問題で治療が阻害されているかのどちらかだ。

潜水新棲姫の場合はおそらく後者。艤装が破壊されたことによる不具合で、後天的な欠陥(バグ)が発生しているのではないかとセキさんは言う。

深海棲艦はまだまだ謎が多い生物だ。レキさんのように頭に衝撃を受けて初期化(リセット)されるような機械的な一面があることを考えると、艦娘とは違い兵器の側面が強いのかもしれない。それなら後から欠陥(バグ)が発生するというのもあり得る。

 

「コノママデハ……コノコハオヨグコトガデキナクナル」

「泳げない潜水艦なんて……そんな……」

「メガサメテミナクテハワカラナイ。イマハマツシカナイ」

 

潜水艦故に、入渠も早く終わると言っていた。今はそれを待つしかなかった。

 

 

 

潜水新棲姫の入渠は、セキさんの言う通り、夜まで待つこともなくすぐに終わった。見た目だけなら怪我は完治している。無くなっていた脚も私の時のように生え、痛々しい状態からは抜け出せていた。しかし、

 

「歩けない……みたいでち」

 

脚が全く動かないようで、泳ぐことはおろか、歩くことすら出来なくなってしまっていた。今はゴーヤさんが車椅子を押して連れてきている。

 

「アシ……ウゴカナイ……ナニモ……カンジナイ……」

 

自分の脚を撫でながら俯く潜水新棲姫。昨日まで出来ていたことが全て出来なくなってしまった絶望は、私達には簡単に理解してあげられない。慰める言葉も見つからなかった。

私達にも欠陥(バグ)はあるが、最初から出来なかったからこそすぐに割り切れた。でも、この子は違う。今まで出来ていたことを奪われてしまったのだ。

 

「コンナノ……イキテルイミナイ……アノトキシンデタホウガヨカッタ……」

 

動かない脚を叩きながらボロボロ泣きだしてしまった。傷は治っても、痛々しい光景。何も言葉が出ない。こんな小さな子供が生を手放したくなるほどの絶望。残酷すぎる仕打ち。それを仲間であるはずの深海棲艦にやられたのだから、苦しみはさらに膨れ上がっている。

 

誰も何も言えずにいたとき、静寂を打ち破ったのはゴーヤさんだった。不思議と、以前よりも目に光が戻ったように見える。何か決意したような、そんな面持ち。

 

「提督、この子はゴーヤが面倒を見るでち。いいかな」

「ああ……お願いするよ。君なら力になってあげられるはずだ」

「ありがとでち。じゃあ行くでちよ」

「シニタイ……モウ……シニタイヨ……」

 

潜水新棲姫の悲痛な呟きの中、ゴーヤさんが車椅子を押して工廠から出て行った。同じ潜水艦であり、近しい心境になった経験のあるゴーヤさんなら、きっと力になれる。

 

「司令官……私達は間違ってませんよね……」

「勿論だとも。助けられる命は助ける。我々は間違ったことはしていないさ」

 

私は混乱していた。死の淵から助けた相手が死を望む発言。私達の行いが本当に正しいのか、わからなくなってしまった。

当たり前だが怪我をした仲間を見殺しになんてできない。今回は艦娘ではなく白の深海棲艦であり、仲間になるかはわからなかったが、それでも可能性はある。だから助けた。こんな事になるとわかっていても助けていただろう。

 

「大丈夫。あの子はいつかわかってくれるさ。ゴーヤ君もついていることだしね」

「……はい。ゴーヤさんを頼ることにします」

 

ゴーヤさんも以前に似たような状態に陥っている。ネガティブな思考に塗り潰され、自分が見捨てられたかのように感じていた。未だ任務を休業するほどの精神的な病である。

潜水新棲姫も、自分の生き甲斐が無くなってしまった今、頭の中はネガティブな思考一色になってしまっているだろう。ゴーヤさんはそこを感じ取ったのかもしれない。

 

「私達は私達でやれる事をやろう。あの子が何故あの場所で襲われていたか、だ」

「そうですね。場所は私達哨戒部隊がわかっていますので説明します」

 

霞と春風も呼び出し、執務室で今回の件を改めて話し合うことになった。

 

場所としては鎮守府から西北西。現在乱立する小拠点の1つが近くにあることはわかっている。

潜水艦の2人が調査に難航している拠点であり、その理由がその拠点にいる深海棲艦。以前山城さんが素手で破壊した装甲空母鬼。空母なのにも関わらず、軽空母のように対潜攻撃をしてくる。本当に航空戦艦だ。

さらには周りが潜水艦で埋め尽くされている。先程の潜水艦もその一部だったのだろう。潜水新棲姫を沈めるために本来の場所から離れたか。

 

「敵潜水艦の数からして、ここは対潜を強めに配備した方がいい。しかし、拠点を守るものが装甲空母鬼だ。厄介なことこの上ない」

「部隊を2つに分けられればいいのですが」

「対潜と言ったら潮よね。潮筆頭に対潜部隊を作るとして……装甲空母鬼かぁ。もう山城さんのイメージしかないわ」

 

数少ない艦娘から、北の掃討任務を継続しつつ2つの部隊を作るのはかなり厳しい。対潜部隊は4人程度に抑え、装甲空母鬼に主力をぶつけるというのが最善だろう。

 

「潜水新棲姫君もあの海で生まれたのだろう。だが、あの拠点の主とはソリが合わずに攻撃されたのだろう」

「主……装甲空母鬼か、もしくはさらに別の深海棲艦がいるか。どちらにしろ対潜部隊じゃ荷が重いわ」

 

潜水艦の数と装甲空母鬼の対潜攻撃のせいで、最奥までの調査が出来ていないという現状。少なくとも陣地が出来ていることはないのだが、何があるかもまだ不明という状態である。

 

「潜水新棲姫君に話を聞くというのは酷だろう。今は調査を続けてもらう他ない」

「そうですね……今あの子に話を聞くのは流石に」

「対潜部隊を編成し、追加の調査も兼ねて出撃してもらうことも視野に入れよう。本当に装甲空母鬼だけなのか、確認は必要だ」

 

調査の結果や今回の哨戒で潜水艦が多いのはよくわかっているが、それ以外にいる可能性も考えなくてはいけない。今回は慎重さがより求められている。

 

「どうしたの春風、黙り込んじゃって」

 

春風だけは何一つ話をしていなかった。ずっと考え込んでいるような、そんな空気を出している。おそらく、潜水新棲姫の事。

 

「あの子のことを考えていました」

「あの子って、潜水新棲姫?」

「はい。()()()()という気持ちはわたくしにも覚えがありますので」

 

春風は自殺するために鎮守府を出ていこうとしている。潜水新棲姫とは理由は違えど、自分に絶望したことのある春風の言葉は重い。

 

「わたくしは御姉様や霞さん、レキさんと、愛する存在を見つけることができたので立ち直れました」

「よくもまぁそんな恥ずかしいことを」

「本心ですもの。命を賭けるに値する存在です」

 

だからこそ、と春風は続けた。

潜水新棲姫にも同じような、この人がいる限り死ぬわけにはいかないと思えるような人がいれば、少しだけでも変われるのではないかと考えている。この場所に顔見知りなんていないが、生活するうちに、何かきっかけを得られればいいのだが。

 

「それに、あの子と歳が近い子がここには2人もいますもの」

「ヒメとレキね。友達になってあげられればいいんだけど」

 

あの2人は(外見だけではあるが)歳が近いかもしれないが行動派すぎる。脚の動かない潜水新棲姫はついていけない。でも、あの2人はそれでも引っ張ろうとする気もする。

 

「今は気持ちの整理がつくのを待った方がいいだろう。強制してもいい事にはならない」

「それでも死にたいって言ったら?」

「説得するさ。自ら死を選ぶ行為だけは、どうしても許すことができないんだ」

 

待つしかないのは確かだ。誰かが何らかの干渉はするだろうが、無理に説得するタイミングではない。この鎮守府がどういう場所かを知ってもらう事が先決だ。

 

 

 

ゴーヤさんが車椅子を押しながら散歩しているのを見かけた。外はもう夕暮れ。もう少ししたら萩風さんが眠り、最上さんが活動を始める時間だ。

 

「ゴーヤさん、そろそろ暗くなりますよ」

「そうでちね。今日はこれくらいにしようか」

 

車椅子の潜水新棲姫に反応はない。脚が動かない絶望から、心を完全に閉ざしてしまっている。

 

「ずっと散歩していたんですか?」

「そうでち。案内してたの」

 

おそらく何処へ連れていってもこの様子だったのだろう。全くの無表情。何をしても何を見ても反応がない。まるで人形のよう。悲痛な呟きは無いものの、これでは殆ど死んでいるようなものだった。

 

「シンちゃん、部屋に行くでちよ。今日はご飯を食べたらゴーヤの部屋で一緒に寝ようね」

 

シンというのは途中で出会ったガングートさんに付けてもらった名前らしい。潜水新棲姫というのは長くて呼びづらい。また、ここに早く馴染めるようにと考えてくれた。

そのガングートさんに対しても無反応。元深海棲艦には関心は向かなかった様子。

 

「お手伝い、必要ですか?」

「ううん、大丈夫。ありがとでち」

 

ふと、物陰にヒメさんが隠れていることに気付いた。こちらの様子をジッと見ている。ここで初めて見る潜水新棲姫、改めシンさんが気になるのだろう。

 

「ヒメさん、どうしました?」

「アサ、ソイツダレダ」

「先程保護した白の深海棲艦のシンさんです」

 

私を介してこちらにやってくる。ゴーヤさんもそれを拒むことはしない。見かけだけでも同じくらいの見た目だ。友達になれるかもと判断したのかもしれない。

 

「ジャア、ワタシタチノナカマダナ」

「はい、そうですよ。私達の仲間です」

「ヒメダ。ヨロシクナ、シン」

 

シンさんに握手を求めるヒメさん。しかし、やはりシンさんの反応は無い。視線をヒメさんに向けることもなく、虚ろな目で虚空を見つめているのみ。

この状態、一番深刻だった頃のゴーヤさんに近かった。反応が無いまではなかったが、心ここに在らずというか、自分すらも見えていないような目。

 

「ドウシタ、ナニカアッタノカ」

「ヒメちゃん、この子はちょっといろいろあって気持ちが整理できてないんでち」

「ソウカ、ナライイ」

 

すぐに握手を求めるのをやめた。一番長くこの鎮守府を知る深海棲艦なだけあり、ここのやり方をすぐに察したようだった。長く触れることもせず、だからといってすぐに離れることもせず。

 

「ココノヤツラハ、イイヤツバッカリダ。オマエモタヨレ」

 

肩をポンと叩く。自分と同じくらいの深海棲艦が目の前にいるからか、ほんの少しだけシンさんが反応したように見えた。

 

これも私がすぐに解決できる問題じゃない。今回は特に重たい。でも、力になってあげたいのは確かだ。私のやれることがあるのなら、必ず手を貸そう。

 




この鎮守府にはいない、後からの欠陥(バグ)。深海棲艦だからこそ起こり得て、艦娘だからこそ理解ができない。


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対潜の鬼

潜水新棲姫、シンさんの状態は一晩では変わることはなかった。そう簡単に変わるものではないとわかっていても、あの姿は見ていて辛い。

昨晩はゴーヤさんが全てやってあげたそうだ。食べやすいご飯で何とかお腹を膨らませ、お風呂も身体を拭く程度だがしてあげていた。一番苦労したのは車椅子の乗り降りだったようで、足が動かないというのは生活に大きく支障が出ることを改めて知った。

 

あの後はずっとゴーヤさんの部屋にいたようなので、匿っていることを全員に公表したのは朝のこと。今までの中でも最も重い身体の欠陥(バグ)と心の病に、一同何も言えなかった。

 

「本日は、西北西の拠点の調査を重点的に行う。潜水艦の調査部隊の情報から、対潜重視とするため、部隊は駆逐艦を中心に編成するよ」

 

シンさんを発見したことで小拠点の鎮圧が早まることとなる。西北西、装甲空母鬼と潜水艦という厄介な組み合わせをどうにかするため、海上艦も使っての調査を敢行。状況確認のため、対潜のみで鎮圧までは行かないという方針。装甲空母鬼を確認した場合、即撤退が推奨された。

 

「旗艦は天龍君。随伴艦に潮君、皐月君、朝潮君、春風君。さらに追加調査のため、イク君に同行してもらう」

「オレらが引きつけている間にイクに調査してもらうって感じか。オレは対潜できねぇけど、装甲空母鬼の艦載機を処理すりゃいいんだな」

「さらなる敵の可能性も捨てきれない。その場合、天龍君にお願いする可能性は十分ある。随伴艦に皐月君を入れたのは、天龍君のサポートも可能だからだよ」

「了解。緊急時はオレと皐月で殿(しんがり)だ」

 

あくまでも対潜任務。調査が難航するレベルの敵潜水艦がいるのだから、まずは先にそちらを処理し、第二陣で本命を叩く作戦。

 

「敵潜水艦は本当にいっぱいいたの。魚群かっての!」

「イクがそう言うくらいなんだから相当だな。オレらは海ん中わかんねぇし」

 

それだけいるのなら、一部がシンさんを沈めるために動いても問題ないレベルなのだろう。潜水艦の数が異常に多いとなると、ここで活躍するのはやはり潮さん。

 

「潮、頼むぜ」

「は、はいっ、頑張ります」

 

まだいつもの調子の潮さんだが、龍驤さんが以前に言っていた通り、潮さんは対潜の戦場となると豹変したかと思えるほど機敏な動きで確実に撃破していく。あれは見習いたい。

 

「シンちゃん、みんながシンちゃんのいたところに行くって。シンちゃんの脚をこんな風にした奴らを倒してくれるって」

 

反応のないシンさんに向かってゴーヤさんが優しく語りかける。脚の話題が出たことで、ほんの少しだけ反応が出る。

 

「アタシノ……アシ……」

「そうでち。仇を取ってくれるでち」

「……デモ……オヨゲナイモン……」

 

倒したからといって、シンさんの身体が治るわけではないし、あの海域に戻れるわけでもない。それでも、少しでも心が動いてくれたらと思った。

 

「あの子の脚……もう治らないの?」

 

ゴーヤさんとシンさんのやり取りを遠目に見ていた潮さんが小声で聞いてきた。シンさんの件は朝に公表されるまで知っていたのは私達哨戒部隊とゴーヤさん、あとはゴーヤさんが連れ回しているうちに出会ったガングートさんを始めとした数人程度。潮さんは知らない人。

 

「……はい。深海棲艦は後から欠陥(バグ)が出来てしまうケースがあるらしくて」

「後から……」

 

欠陥(バグ)に関しては私達の方が詳しい。シンさんの脚が二度と動くことがないことは、欠陥(バグ)を持つ私達が一番わかってしまっている。シンさん自身も気付いているようにも思えるが、口に出してしまうと今以上に心を閉ざしてしまうだろう。だから誰も言わない。

 

「あんな小さい子なのに、私達の中で一番重い欠陥(バグ)を背負っちゃったんだ……」

「そうですね……肉体(うつわ)欠陥(バグ)が出ている人自体が最上さんしかいませんし」

 

その最上さんも、夜には正常と同じである。それを考えると、常に脚が動かない欠陥(バグ)は比べ物にならないほど重い。

 

「……今日は対潜なんだよね」

「はい。イクさんが言う通り、大量にいます。数を減らさないと本陣に行けません」

 

潮さんの雰囲気が途端に変わった。表情も振る舞いも何も変わってないが、何かが違った。背筋に悪寒が走った。

 

「今日は本気で行くね……ちょっと許せそうにないから」

「は、はい、よろしくお願いします」

 

思わず声が震えてしまった。今の潮さんは怖い。龍驤さんの言っていたことがこの戦いでわかることになりそうだ。

 

 

 

対潜任務というのは初めて。敵潜水艦が大量に出てくる海域というものが無かった。天龍さん以外は全員、ソナーと爆雷を装備した状態で出撃する。私と皐月さんは高角砲を1つだけ持っているが、潮さんは対潜しか見てない。春風は装備など関係なく気配で確認し爆雷を生成できるため、唯一の万能戦力。

 

「イク、そろそろか?」

「もう少し西なの」

 

イクさんを先頭に調査地点まで移動。シンさんは元いた場所から大分移動していたようで、哨戒任務でシンさんを発見した地点からさらに西に向かう。春風は未だ気配検知無し。

 

「ちょっと潜るの。潮ちゃん、間違えないでね」

「大丈夫です。もう()()()()()()

 

潮さんの装備はいつもと少し違った。

いつもの対潜装備は、敵を確実に発見するためにソナーを2つと、一撃で撃破するための高性能な爆雷である。私と皐月さんは高角砲を装備するためにソナーを1つにしている程度。

だが、潮さんは今回、私と同じような眼鏡をかけていた。潮さんの専用装備らしく、私の『海上を見渡す電探』と逆の『海中を見通す探信儀』である。私のこの装備を見てから考案した新装備らしく、徹底した対潜を実施するために作られたそうだ。

 

「潮さんもそれがあるんですね」

「こういう状況でしか使えないから、朝潮ちゃんみたいに普段使いはしてないの。でも、今はこれが一番必要だと思って」

 

本気で行くというのがよくわかった。今の潮さんは本当に容赦がない状態だ。ここまでの状態は見たことがない。誰からも対潜といえば潮さんと言われているだけのことはある。

 

「気配確認しました。確かに多いです」

 

春風が潜水艦の気配を発見した。私達もソナーを起動する。イクさんが魚群と称した理由がわかった。反応が前方に大量にある。

ここ最近の小拠点は敵の数が多い。拠点の中心部に近いからだろうか。それにしてもそれが潜水艦で固められているというのは珍しい。

 

「ソナーに感あり。20はいます」

「マジで多いな。潮、行けるか」

「大丈夫です。皆さん撃ち漏らしをお願いします」

 

また悪寒が走った。

天龍さんが背中を押し、潮さんが一人で部隊から抜けた。あれだけの数を1人でやろうとしているのか。さすがに対潜でトップといえども無茶が過ぎる。いつもの潮さんとは到底思えない。

 

「だ、大丈夫なんですか?」

「朝潮と春風は初めて見るんだよな。あれが()()()潮だ」

 

一瞬、深海棲艦のように瞳が輝いたかのように見えた。そこから1体ずつ、着実に沈めていく。その速さが異常だった。

訓練では爆雷をいくつか使い、逃げ道をなくした後に確実に倒していた。今回はそれがない。逃げる時間を与えず、魚雷を撃たせる間も与えず、爆雷1つで1体を沈める。無言で、無表情で、淡々と。

その表情は恐ろしく冷酷に見える。同じ潮さんとは思えなかった。これが対潜に特化し続けた戦い。必要最低限の動きで駆逐する。

 

「さすがだぜ。あの眼鏡のおかげでさらに冴え渡ってやがる」

「あれで撃ち漏らしってあるんですか……」

「無ぇよ。ありゃあ相当キレてんな」

 

シンさんの惨状を作った潜水艦に対し、潮さんは静かに怒っていたようだった。顔にも出さず、態度にも出さず、空気だけ震わせていた。悪寒はそれを感じ取ったということか。

 

「潮が道を作ってくれるからな、本来の目的である調査に行くぞ」

 

倒せど倒せど潜水艦は増えていくが、その度に潮さんが沈めているので、さらに西に向かう一本道が出来上がっていた。この拠点にどれだけの潜水艦がいるかはわからないが、このペースだと潮さん1人でも充分過ぎるように思える。

 

「朝潮、いつもの」

「装甲空母鬼、索敵範囲に入りました。あちらも艦載機発艦しています」

 

その数は少ない。天龍さんの対空砲火だけで対処できそうだが、私と皐月さんも念のため準備をする。

 

「あ、少しですが海上艦がこちらに向かってきています。駆逐5……ですね。春風」

「お任せください。駆逐程度ナラスグニ終ワラセル」

 

潮さんに感化されたか、即座に古姫側に入った春風。加えて、一番連携訓練の相方をしている皐月さんも刀を構えた。天龍さんは私を護る形に陣形を変える。

 

「もう少し奥まで索敵したいです。装甲空母鬼の奥に何かいないか……」

「深追いはするなよ。イクも海中から向かってるんだ」

 

ゆっくりとだが西へ。途中駆逐艦5体との戦闘に入ったが、春風と皐月さんがあっさりと片付ける。飛んできた艦載機も天龍さんと私で全て墜とした。

その間も潜水艦の強襲は続いていたが、潮さん1人で捌ききっていた。何度も何度も水柱が立ち、稀に敵潜水艦が爆発で海上まで打ち上げられたから消滅する姿も見えた。

 

「どうだ朝潮、何か見えたか」

「少なくとも陣地はありません。春風、気配は?」

「大キイ気配ヲ感ジル。鬼カ姫ガイルゾ」

 

装甲空母鬼ではない鬼か姫の気配を感じるという春風。私の索敵にはまだ入っていない。当然だが目視の範囲にも入っていない。

 

「てんりゅー! 調査完了、撤退なの!」

「よくやったイク! 何がいた!」

「泊地棲鬼! あとシンちゃんと違う潜水艦の姫もいた!」

 

イクさんが調査の結果を携えて浮上してきた。私達がなかなか進まない時に奥まで向かっていたようだ。

泊地棲鬼はその名を聞けば陸上型のように思えるが、その実態は航空戦艦。同じほぼ航空戦艦の装甲空母鬼を護衛につけ、さらに奥地でこちらを監視しているようだ。それはまだ想定内だった。

 

「潜水艦の姫、シンさんの関係者でしょうか」

「この事は後からね。今は撤退撤退なの!」

 

そうだとしたら、その潜水艦の姫はどちら側なのだろうか。似ているということは白だ。穏健派の可能性はある。しかし、色が白くても黒に寄っているものもいるらしい。そちら側なら危険だ。

もし黒寄りの思考の場合、シンさんに攻撃をしたのはその潜水艦の姫の可能性だってあり得る。関係者だったら……シンさんの心を閉ざす理由がそちらにもあると考えられるだろう。身内に攻撃され、生きている意味を奪われたというなら、そのショックは想像できないほどだ。

 

「そこまでわかれば充分だ。朝潮、引っかかったか」

「まだです。かなり奥地ですね」

「しゃあねぇか。撤退するぞ! 潮、もういい!」

 

黙々と潜水艦を処理していた潮さんがようやく止まる。まだ潜水艦を全て処理したわけではないが、これ以上長居する理由もない。

 

「あの子の悲しみはこれで解決するわけではないです……また来ますから、覚悟しておいてください」

 

吐き捨てるように潮さんが呟いた。この戦闘で潮さんを見る目が変わったのは間違いない。四水戦旗艦としての那珂ちゃんさんを見た時と同じだった。

 

 

 

鎮守府に帰投し、すぐに作戦会議。装甲空母鬼の他に泊地棲鬼が存在すること、そして潜水艦の姫が別にいるということを伝える。

 

「センスイカンノ……ヒメ……」

 

シンさんが反応した。名前を聞いた途端震え出してしまった。

 

「オネエチャン……オネエチャンナノ……ソレ……オネエチャン……」

「シンちゃん、大丈夫でち。落ち着いて」

 

ゴーヤさんがどうにか落ち着かせる。

 

「シンちゃん、イクはその姫から言伝(ことづて)貰ってるの。泊地棲鬼にも装甲空母鬼にも伝わってないよ。あー、これなら納得したの」

「コトヅテ……?」

「少しだけど、お話できたの。バレないようにするのすごく大変だったの」

 

イクさんが出会った潜水艦の姫、潜水棲姫はシンさんの姉であることは間違いない。そして、白であることも。あちら側にいるが穏健派であることもわかった。

 

元々あの海域は潜水艦の姉妹が住んでいただけの穏やかな海だったらしい。私達が哨戒していても、やり過ごすことを選んでいたようだ。むしろ海中のさらに深いところにいたため、私達の索敵にも引っかからなかった。

だが、北の拠点の影響で黒の深海棲艦も同じ場所に発生し、拠点として海自体を書き換えてしまった。居場所を追われた潜水艦の姉妹はどうにか脱出しようと機会を伺っていたが、そこの黒の潜水艦に見つかり、姉は妹を逃がすためにどうにか立ち回って今に至る。

結果的にシンさんは脚を失い、お姉さんは泊地棲鬼の支配下に置かれる最悪な状態になってしまったが、まだお互い死んでいない。やり直せる。

 

「シンちゃんをどうにか逃したかっただけみたいなの。生きてるって知ってすごく喜んでたけど、脚のことはすごく悔やんでた」

「オネエチャン……」

「だからね、イク達の次の作戦は、潜水棲姫の奪還と、泊地棲鬼の撃破、なの!」

 

シンさんのためにも、お姉さんは必ず助け出さなくてはいけない。お姉さんが近くにいれば、少しでも元気になるだろう。

お姉さんのことを聞き、今までの虚ろな表情に光が宿っていくように見えた。

 

「オネエチャンヲ……タスケテ……オネガイ……!」

「任されたの! それで、さすがにイクだけだとキッツイと思うのね。だからさ、ゴーヤ、手伝ってよね。しおいと3人なら確実だから!」

 

キョトンとした顔のゴーヤさん。イクさんが司令官に目配せする。

 

「ゴーヤ君。明日、潜水棲姫奪還作戦を決行する。潜水艦隊の旗艦として、出撃をしてほしい」

「でも、ゴーヤ……まだ……」

「充分休んだでしょ。今度はイク達がゴーヤを頼る番なんだから、しのごの言わずに旗艦やれなの」

 

司令官もイクさんも、ゴーヤさんを笑顔で待つ。体力も戻っている。充分に休めている。心も立て直せている。あとはキッカケだけだった。そのキッカケは、都合のいいタイミングでやってきた。

 

「しょ、しょうがないでちねぇ。提督もイクも、ゴーヤがいないとダメなんでちから」

 

涙目で任務を受けたゴーヤさん。完全とは言えないが、これで吹っ切れたようだ。本当によかった。

 

「数少ない潜水艦だからね。頼らせてもらうよ。この作戦が終わったら、少し休んでから通常運転に戻ってもらうよ」

「ちゃんと休暇も貰うでち。そしたら調査任務、やったげる」

「勿論だとも。非番返上なんて二度とやらせないから覚悟しておくように」

 

明日、西北西の拠点との決戦となる。今までと違い、鎮圧と奪還、同時に行うこととなる。だが、誰もがそれを苦と思っていない。やる気十分である。




潮は無表情で怒って、相手が何を言っても攻撃の手を緩めないタイプだと思います。沸点が高い代わりに、簡単に冷めない。


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怒りの進軍

翌日、潜水棲姫奪還、そして泊地棲鬼撃破の任務が下された。部隊は2つに分けられ、奪還と撃破は別々に動く。

 

奪還部隊は潜水艦組。ゴーヤさん旗艦に、イクさんとしおいさん。また、敵潜水艦との交戦を視野にいれ、潮さんと響さんが海上艦としてついた。撃破部隊の道を開くために、群がる潜水艦を全て処理する。

 

撃破部隊は2体の鬼級を相手取るため、最高戦力を投入。

旗艦は山城さん。随伴艦に天龍さん、ガングートさん、皐月さんと白兵戦組総投入。敵が航空戦艦とはいえ艦載機が飛んでくることはわかっているので、追加対空要員として私。そして、最高火力を誇る清霜さんの投入。装備が空いている私は清霜さんの燃料運搬も仕事に入る。

 

「白兵戦組が全員なんて、提督もなかなかキレてるわね。いいじゃない、完膚なきまでに破壊すればいいのよね」

「元々同じ深海棲艦だが、やり方が気に入らん。私も殴りたかったからな」

 

戦艦2人はやる気満々だ。次元の違う山城さんについていけているガングートさんも、やはり違う場所にいる人。敵が可哀想になるレベルだが、今回は慈悲すらも無い。

 

作戦概要が発表され、シンさん直々に全員にお願いされた。心の病で反応が無かったシンさんからの涙ながらのお願いは、全員に火をつけた。

 

「先行するのは奪還部隊だ。そこに撃破部隊が追いつく形になる。まずは敵潜水艦の殲滅。道を開き、撃破部隊が奥地で鬼2体を撃破だ」

「了解。好きにやっていいのよね?」

「ああ。今回は徹底的にやりたまえ」

 

司令官すら容赦のない指示だ。子供を泣かせた罪を償わせようとしている。今回は誰もが同じことを思っている。

 

「あー、これも久々でちねぇ」

「ゴーヤ、ちょっと太った?」

「運動してなかったから……」

 

ゴーヤさんも久々の水着姿。復帰戦としてはなかなかに重い任務だが、以前よりも顔色がいいレベルだ。

 

「ミンナ……オネガイ……」

 

車椅子のシンさんが奪還部隊に改めてお願いしにきた。後ろから誰かが押しているわけでなく、自分の意思で工廠へ車椅子を漕いできた。それだけ必死なのがわかる。

 

「ウシオ……ヒビキ……」

「必ず助けるから、待っててね」

「期待に応えよう」

 

奪還部隊1人1人に頭を下げる。

 

「シオイ……イク……」

「絶対連れ帰ってくるからね」

「期待してていいの。今回はゴーヤもいるからね」

 

最後にゴーヤさんに向き直った。一番親身に付き合ってくれたのはゴーヤさんだ。シンさんと関係も深く、ゴーヤさんの復帰のキッカケともなった。

 

「……デッチ……」

「誰が丁稚(でっち)でちか! 伊58、ゴーヤでちよ!」

「……デッチ……オネガイ……オネエチャンヲ……」

「わかってるでち。シンちゃんはここで大人しく待ってて」

 

頭を撫でて、海に入った。久しぶりでも身体は覚えているもので、全盛期と同じように動けている。

 

「絶対助けるから。それじゃあ、奪還部隊、出撃!」

 

3人の潜水艦が潜り、潮さんと響さんが続いた。拠点の鎮圧も重要だが、一番の目的は潜水棲姫の奪還である。私達はあくまでも奪還の()()()に拠点の破壊をするのみ。

 

だからこそ、何も考えることなく、一切の痕跡を残さず破壊する。

 

 

 

私含む撃破部隊は、先行する奪還部隊から少し遅れて出撃。その間も私は清霜さんに補給し続ける。

 

「すごい量ですね。清霜さんも本気ということですか」

「燃費度外視だからね。全部撃つつもりで来たから」

 

私達駆逐艦なら影も形も残らないレベルの火力。できる限りの特化した装備の清霜さんは、おそらく私の指示が一番必要な人。何せ今回は自分の真横すら見えないほどの重装備だ。

 

「清霜の主砲のタイミングは朝潮に任せるわ。私達を巻き込まないタイミングで撃たせなさい」

「了解です。私は戦場を()()ことが仕事ですから」

 

清霜さんは白兵戦組と確実に相性が悪い。それを橋渡しするのが私だ。誰も巻き込まない、ベストなタイミングを計り、指示する。戦場全てを把握しているから可能な手段。

 

「来たぞ、鬼の気配。先に装甲空母鬼だったな」

 

ここまで来るのに潜水艦の妨害が無かった。先行した奪還部隊が引きつけているのと、潮さんと響さんが一網打尽にしているからだろう。

 

「皐月、ガン子、アンタ達でやんなさい。充分でしょ」

「おおう、装甲空母かぁ。斬れるかなぁ」

 

言葉とは裏腹に自信ありそうな皐月さん。戦艦棲姫改との戦いに参加している皐月さんは、ガングートさんと同じで敵の硬さを知っている。膂力では、戦艦はおろか昔から鍛えている天龍さんに敵わないため、(わざ)を極めようとしていた。一刀で確実に致命傷を与える術に全てを賭けている。

 

「山城、いいとこ持っていくなよ。私も泊地棲鬼をやりたいんだが」

「旗艦命令。私は泊地棲鬼に温存するからよろしく」

「ずるいぞ山城。なら私も考えがある。私が消耗無しで潰せばいいんだろう」

 

私の索敵にも装甲空母鬼が入った。泊地棲鬼はまだ。周囲には随伴艦の駆逐艦が4体程度。

 

「邪魔なのいるんだけど」

「蹴散らしなさい。できるでしょ」

「よゆーだって! ガンさんまっすぐ装甲空母鬼行っちゃって!」

 

飛び出した皐月さん。勢いよく敵駆逐艦に特攻し、一撃で真っ二つに斬り裂く。致命傷を与えた手応えを感じ、次の駆逐艦へ。ここへ来て斬れ味へ冴え渡っていた。

ガングートさんは皐月さんの言う通り装甲空母鬼にまっすぐ突っ込む。あちらからの主砲攻撃は戦艦クラスの火力があるにも関わらず、なんと弾丸を艤装の腕で払いのけた。爆発前にガングートさんの後ろへ行き、被害一切無し。

 

「ガンさんも大概艦娘やめてるよな。山城姐さんにゃ敵わねぇけど」

「素手であれをやれて一人前よ」

 

聞き捨てならないことが聞こえたが、今は戦闘に集中しよう。必要なら清霜さんの主砲を使う。

 

「何が装甲空母だ。脆いじゃないか」

「あたし必要?」

「いらん! 清霜も温存しておけ!」

 

稀に飛んでくる艦載機も、余裕がないのか私1人で余裕で墜とせるレベルだった。不意打ちでもなく、真正面から突っ込んできた艦娘が、主砲を払いのけ、硬い装甲も突き破ってきたとなるとこうもなろう。

ここで駆逐艦の処理を終えた皐月さんも参戦。下半身の装甲を一刀で斬り裂く。

 

「あれ、柔くない?」

「そういうことなんだろ。装甲空母なんて抜かして、所詮泊地の子飼いだろうよ。Ура!」

 

主砲に拳を叩き込み、そのまま破壊してしまった。もう滅茶苦茶だ。

初めて山城さんの戦闘を見たときもそうだが、そもそも拳で深海棲艦を破壊できていることが恐ろしいのだ。敵でなくて本当によかった。

 

「トドメだ。皐月、やれ」

「エグいことは全部ボクに任せるんだから。それじゃ、悪いけど浄化の猶予も与えないよ。ボクもさぁ、結構腹が立ってんの」

 

下半身が破壊され、まともに動けなくなったところを皐月さんが首を落とした。皐月さんも大分白兵戦組に染まっている。ああいうところは本当に容赦がない。

人型としての原形が無くなったようなものだからか、待つことなくそのまま消滅した。誰も振り返らず、誰も見向きもしない。次の泊地棲鬼を見据えていた。

 

「艦載機が来ます。さっきのより数が多いですね」

「オレも対空砲火参加するぜ。泊地棲鬼は索敵範囲に入ったか?」

「はい、もう入ってます。随伴艦は空母2、重巡3。なるほど、随伴の空母の分ですか」

 

近付いてきた艦載機を墜としながら正確な場所を計算。なかなか都合よく、泊地棲鬼を守るように固まっている。警戒陣というものだったか。だが、それが命取りであることを、命を持って思い知らせよう。

 

「清霜さん、ここから私のいう方向に撃ってください。三発行きますか」

「はーい」

 

清霜さんの主砲は威力だけでなく射程も長い。まだ目視で確認できていないが、届く距離ではある。本来ならこんなところから撃っても当たることはほぼ無いだろう。見えていないのだから。

 

「ええと……はい、そこですね。あちらも動いていないので、これでいいです」

「よーし、みんな離れてー!」

 

射線を開ける。さすがの山城さんも、味方からの46cm砲は回避できない。清霜さんが撃つ時は、皆素直に退くことが決まり。

 

「三発だね」

「はい、それである程度終わります」

「それじゃあ、撃てぇーっ!」

 

爆音が3回。レキさんほどの連射ではないが、一発目の着弾より前に全て撃った。

 

「……はい、着弾しました。随伴艦は空母1のみ残り、他は全滅です。泊地棲鬼が重巡を盾にしましたね」

「ヒュー、さすが戦艦清霜。やるねぇ」

「あっはは、もっと褒めて! あと朝潮、お菓子お菓子!」

 

電探で確認している限り、その空母も中破以上にはなっている。泊地棲鬼は無傷なようだが、充分すぎる結果だ。

 

「うし、山城姐さん、次はオレらの出番だな」

「そうね。ガン子と皐月は随伴の撃ち漏らしを……いや、待ちなさい。朝潮、何か聞こえるわ」

「海中からの増援ですね。海上艦が浮上してきます」

 

この増援は相変わらずズルイ。上がってくるまではソナーでないと確認できないのに、上がってきたら電探でないと確認できない。

 

「装甲空母鬼が雑魚だったおかげで元気が有り余ってるでしょ。ほら、憂さ晴らしのお時間よ」

「わー、いっぱい巻藁が出てきたね。全部斬るよ、バッサリと」

「おいおい、サンドバッグを残しておいてくれよ」

 

あくまでも自分で戦うつもりのない泊地棲鬼に、2人も限界が来たようだ。出てくる援軍に向かってやりたい放題始めた。返り血も気にせずバッサバッサと斬っていく皐月さんと、ひき肉にするかのようにボッコボコにしていくガングートさん。

今は2人に任せて本命を墜としに向かうことに。後ろからあまり聞こえちゃいけない言葉も聞こえたが、今は気にしないことにした。皐月さんは本当に染まってしまった。

 

 

 

2人に道を開いてもらい、4人で進軍。今のところ、先行した奪還部隊とは合流していない。潜水棲姫は別の場所にいるということだろう。

 

「ったく、奥に引きこもってくれたわね。鬱陶しいったらないわ」

「キタノカ……」

 

中破状態の空母と泊地棲鬼を発見した。空母の方はもう考える必要もないだろう。問題は泊地棲鬼。

脚から下が四つ足の鴨のような艤装に包まれ、背中には巨大な主砲。そして何より気になるのが、周囲に浮かぶ5つの球体。浮遊要塞と呼ばれる敵で、鬼級、姫級を守る自律ユニットだそうだ。まずはあれを全て破壊する方がいいだろう。

 

「イマイマシイ……カンムスドモメ」

「こっちのセリフだっつーの。手前らのせいで迷惑してる奴がいるんでな。潜水艦の姉妹とかよぉ」

 

刀を突きつける天龍さん。山城さんも臨戦態勢だ。すでに中破状態の敵空母を片付けていた。

 

「ジャマナヤツハ……ハイジョスルダケダ」

「お、いいねぇ。オレも同じ意見だ。じゃあ、ここで消えてもらうぜ」

 

一撃で浮遊要塞を1つ斬り捨てる。山城さんも1つ潰した。やはり接近されて攻撃されるだなんて思っていないのだろう。驚愕した表情で間合いを取る。

 

「間合い取ったらあたしのターン! 撃つよーっ!」

 

あちらも主砲を撃とうとしたのだろうが、タイミングは清霜さんの方が早い。天龍さんと山城さんが即座に射線を空け、同時に最大火力の主砲が撃ち放たれた。しかしそれも浮遊要塞に阻まれる。

 

「うわ、硬っ。これで貫通できないの!?」

「ワタシハ……ホロビヌゾ……ナッ!?」

「浮いててくれるのはありがたいですね。まさか対空砲の仰角ギリギリで撃ち落とせるなんて」

 

置物になるかと思われた私も、浮遊要塞の撃破には貢献できるようだ。本体も艤装の大きさから、ギリギリ頭を狙うことはできるかもしれない。初めてだが、私も攻撃に参加していく。

 

「朝潮、無理すんなよ!」

「大丈夫です。近付きすぎません!」

 

泊地棲鬼の主砲が私に狙いを付け始めた。最弱の戦力と見られたようだ。間違っていない。ただし、私より集中しないといけない人は幾らでもいる。

まず山城さんが四つ足の艤装の脚を1本ずつ蹴り折っていた。あまりに近すぎて浮遊要塞も使えないようだ。その浮遊要塞も残り1つ故、防御に使うタイミングを計っている。

 

「あら脆い。ここの鬼は雑魚ばかりね」

「姐さんが強すぎるだけだっつーの。おらぁ!」

 

天龍さんも艤装を斬りながら言うので本当に脆いように見える。白兵戦相手では主砲もまともに使うこともできず、艤装の脚も折られたために移動もできず、ただ2人の的になり続けるのみ。

 

「イマイマシイ……ユルサンゾ!」

 

ついには痺れを切らしたか、下半身の艤装が消滅し脚を露わにすることで次の形態へと変化した。ダメージもほとんど無いようで、反応も変化。鬼級から姫級へと目の前で進化したような感覚。浮遊要塞も復活し、数も7つと多い。

 

「イマイチド……ミナゾコニカエルガイイワ!」

 

浮遊要塞からの攻撃まで始まった。命中精度が先程より上がっている。白兵戦の2人どころか、私や清霜さんにも当ててきている。邪魔な浮遊要塞は私も攻撃できる分、撃破が早い。

 

「撃つよーっ!」

「私も攻撃します! 浮遊要塞だけなら私でも!」

 

初めて攻撃によって部隊に貢献できているため、私は若干昂揚していた。先程の浮遊要塞の攻撃で肩に傷が出来ていたが、痛みをまったく感じない。

清霜さんと私の攻撃で、着実に浮遊要塞の数が減ってきている。天龍さんも邪魔だと思ったのだろう、先に浮遊要塞を斬っていく。

 

「ワタシハホロビヌ……! シズメ!」

「煩い」

 

主砲を清霜さんに突きつけたが、撃つ前に山城さんが顔面を殴りつけた。あまりのことで浮遊要塞も反応できていなかった。

 

「アンタにはいろいろ言いたいことはあるわ。まず、静かに暮らしたい奴らの居場所を奪う行為が気に入らない」

「ッ!?」

 

説教しながら殴っていく。一発目は肩。鈍い音がした。

泊地棲鬼を守ろうと浮遊要塞が山城さんに向かうが、その前に私と天龍さんが処理した。もう山城さんを邪魔するものはない。

 

「それだけならまだしも、あの子は脚が使えなくなったのよ。こんな風に」

「ッガ!?」

 

蹴りで脚を折った。もう山城さんの方が鬼だった。

 

「泣きじゃくってたのよ。もう泳げないって。だから、アンタには償ってもらう」

 

主砲も叩き折り、攻撃の手段すら封じた。

 

「姉妹を離れ離れにもしたのよね。ならアンタもお別れした方がいいわ。上半身と下半身でいいかしら」

 

腹に拳をねじ込んだ。抉り取るように泊地棲鬼の横腹が千切れ飛んだ。

山城さんもシンさんのお願いを聞いて煮えたぎっていたらしい。いつも以上に容赦なく、むしろ死なないギリギリをコントロールしながら殴り続けた。

 

「あの……本当に怖いんですけど」

「山城姐さんを怒らせるとああなるってことだ。すげぇ技術だ。あそこまでしても死んでないんだぜアレ」

 

さんざん殴り続け、泊地棲鬼の反応が無くなった辺りでようやく頭が冷えたのだろう。髪を掴み、持ち上げる。

 

「清霜、トドメ」

「あ、はい」

 

そのまま上空に蹴り飛ばし、清霜さんの主砲の的にしてトドメを刺した。こちらも先程と同じで消滅を見届けることもなく、奪還部隊と連絡を取り始める。

 

「ゴーヤ、こっちは終わったわ。そっちは? は、真下?」

「助け出したでち……だけどね、山城さん見て、物凄くものすごーく怯えてるの」

 

ゆっくりとゴーヤさんが浮上してきた。続いてイクさんとしおいさんも。大分離れたところに潮さんと響さんもいた。私は一応電探で気付いていたが、余計なことが言えない空気だったので何も言わなかった。

山城さんのあまりにも残酷な幕の下ろし方に、全員が全員一歩引いていた。助け出したはずの潜水棲姫に至っては浮上すらしてこない。

 

「仲間にあんなことしないわよ。ほら、ガン子と皐月を迎えに行くわよ」

 

未だに増援を抑え続けてくれている2人の場所へ。潜水艦以外にも相当な数を隠していたらしく、一歩間違えばここも大拠点になっていた。海が赤くないだけまだマシだったのかもしれない。いや、今は赤かった。敵の血で。




力量を間違えると、どちらが正義かわからなくなるくらいの一方的な虐殺になる場合があるけども、今回はそれが如実に現れたケース。


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姉妹の再会

西北西の拠点を鎮圧し、潜水棲姫を無事奪還することができた。これでシンさんの心が少しでも晴れてくれると嬉しい。その潜水棲姫は未だに山城さんに怯えているようだが。

 

「戻ったわ。鎮圧完了。被害状況は朝潮と清霜が小破。皐月が小破届かず」

「よくやってくれた。それで、姉の方は」

「ゴーヤが連れてくるわ」

 

シンさんの座る車椅子を押して工廠に来ている司令官。シンさんも光の戻った目で海をジッと見つめている。

 

「ゴーヤ戻ったよ! 全員無傷で、さ、上がってきて」

「……モウ……イイノネ」

 

結局最後まで姿を現さなかった潜水棲姫が浮上してきた。シンさんを大きくしたような人だ。見た目で姉妹とわかる。

 

「オネエチャン……オネエチャン!」

「アア……ヨカッタ……マタアウコトガデキタ……!」

 

抱き合う姉妹。泊地棲鬼のせいで離れ離れになった姉妹が再会することができた。シンさんは脚をやられてしまったが、それでも支えてくれる人がいるなら安心だ。

 

「これで一安心……と言いたいところだが、次はシン君の脚のことだね」

「ソウダ……アシヲケガシタトキイタワ。ダイジョウブナノ?」

「アシ……ウゴカナイノ」

 

悲しそうな顔はするが、今までの絶望的な顔ではない。心を許せる、頼れる人がいるというだけでこうも変わる。もうシンさんは死を望むことはないだろう。それだけでも充分すぎる進歩だ。

 

「ここからは私達の出番ですね」

 

明石さんがセキさんを連れてやってきた。欠陥(バグ)があったとしても、それを補う専用装備を作ってきている2人の力を借りれば、何かしらの対策はしてくれるだろう。

怖いのは悪ノリでおかしなものを作ってしまうことくらいだ。最上さんの日中用の仮面の件がある。

 

「いろいろあったのでまだ調べていませんでしたが、シンちゃんの今の状態が艤装にどう影響を与えているかを調査します。もしかしたら何もしなくても海中では活動できるかもしれません」

「ワタシガテツダウ。シンカイノギソウナラ、アカシヨリクワシイカラナ」

 

皆がシンさんのために力を尽くそうとしている。できることなら元に戻してあげたい。せめて泳げるようになればもっと元気になるはずだ。

 

「好きなだけここにいてくれればいい。幸い深海棲艦の仲間もいる。生活しづらいこともないだろう」

「アリガトウ……オセワニナルワ」

 

こうして潜水艦姉妹も鎮守府に住み着くようになった。シンさんの都合上、工廠に一番近い1階の部屋を借りて2人で生活するとのこと。ゴーヤさんも度々見に行くと言っている。ある程度は安心できるようにはなっただろう。

 

 

 

その日の午後から、シンさんの艤装の調査が始まった。仲間である潜水艦娘3人と潜水棲姫のほか、私も後学のために立ち会わせてもらっている。知識量がモノを言う完全サポート型の特権。

脚が動かないとはいえ、艤装の展開自体はできるらしく、自分の身の丈ほどあるクジラのような形状の艤装が下半身を包み込む。

 

「これで海の中を泳いでるんでちねぇ」

「艦娘とは全然違うの。お姉さんの方もすごかったけど」

 

潜水棲姫の艤装は身体よりも大きいもので、クジラというよりはシャチやサメの類のような形状をしていた。シンさんとは違い、身体を包み込むのではなく自律型艤装となっており、本人はそれに捕まって泳ぐようになっている。

潜水棲姫と同じ形式なら、脚が動かなくても海中を自由に動けただろう。だが、シンさんの場合は艤装と脚が直結しているため、コントロールは脚の感覚が必要なのだという。

 

「ヤッパリウゴカナイ……」

「いや、諦めるのは早いでち。ここで我らが明石先生の出番でしょ」

「無茶振りだなぁ……。ちょっと弄らせてもらうね」

 

セキさんの手助けを借りながら、シンさんの艤装を少しずつ解体していく。潜水棲姫はハラハラしながら見守っていた。

生体パーツのように見えてもそこは機械のようで、()()の部分を外すことで見たこともないような配線が出てくる。

 

「これは春風のとはまた違う形してるね。セキちゃんわかる?」

「ココニチョクセツツナガッテイルナ」

 

私達艦娘と本当に違うのは、配線が脚にダイレクトに刺さっていること。やはり深海棲艦は艦娘よりも機械的な部分が強いのだろう。

シンさんの場合は足の裏や膝の裏に配線が繋がっているように見えた。私達艦娘は艤装が意思をそのまま汲み取り引鉄が引けるが、深海棲艦はケーブルでコントロールしているようだ。

 

「あー、なるほど、脚の感覚をこれで直接伝えてるんだ。これは艦娘と全然違うなぁ」

 

潜水艦娘の艤装は駆逐艦よりも簡素なものが多い。ゴーヤさんは背中に少し、イクさんは太腿に少し。魚雷が撃てるのなら、深海棲艦のように何もない空間から出現させる。ゴーヤさんは欠陥(バグ)により機銃装備なので、それだけ別に持っていくのみ。

 

「これは接続の位置変えられないかな」

「ヤッテミヨウ。カンカクガアルバショヲサガス」

 

少し我慢してくれと、セキさんがシンさんを触診していく。艤装の隙間から脚に触れ、感覚がある場所を下から順に触れていくが、なかなか見当たらない。私が最初に発見したときは、膝上までズタズタにされていたが、付け根までは無くなっていなかった。

 

「ア……サワッテル?」

 

セキさんがかなり深く腕を差し込んだところでシンさんが反応した。おそらく太腿の辺り。入渠前でも残っていた部分だ。

 

「ココナラセツゾクガカエラレル。アカシ、オオシゴトダ」

「艤装の接続変更は初めてだなぁ。もう少し艤装を分解して、配線を変えた後に入渠で行けそう?」

「ソレデイイ。ジカンハカカルガ、マタオヨゲルゾ」

 

多少の改造は必要だが、艤装が動くようになるようだ。艤装さえ動いてしまえば、歩くことはできなくても泳ぐことはできる。シンさんは歩くことより泳ぐことの方が大事に見える。これは朗報だろう。

 

「マタ……オヨゲルノ……?」

「ええ、セキちゃんがそういうのなら大丈夫! 時間がかかるけど、泳げるようになるから!」

 

ただし、地上を歩くことはできそうにない、と先に伝えていた。あくまでも艤装が動くようになるというだけ。地上での生活は車椅子が必要であり、その乗り降りに関してはまた考えないといけないことである。

 

「オヨゲルナライイ! ギソウ、カイゾウシテ!」

「わかった。本人からの了解も取れたし、明日から徐々に艤装を改造していこうね。急いだら泳げないままだから、そこはガマンだよ?」

「ワカッタ! アタシ、ガンバル!」

 

これが本来のシンさんなんだろう。とびきり明るく、笑顔も可愛らしい。見た目通りの子供の表情。今までのことを考えると、この笑顔が取り戻せただけで大成功だ。

潜水棲姫もゴーヤさん達にいろいろと話を聞き、シンさんがどれほどの状況だったかを改めて知った。イクさんとの会話は本当に短かったらしく、脚を怪我したとは聞いていたが、動かないまでになっているのはここで初めて知ったようだ。

 

「ワタシモデキルコトハテツダウワ……イモウトヲオネガイシマス」

「私とセキちゃんに任せて。必ず妹さんを泳げるようにするから」

 

なんて頼もしい工廠コンビ。深海棲艦の技術まで取り込んだおかげで、欠陥(バグ)以外直せないものはないというところまで来ている。むしろ今回に至っては欠陥(バグ)すらも覆そうとしていた。

 

「良かったでちね、シンちゃん」

「デッチ、アリガトウ。アト……イロイロゴメンナサイ」

「いいんでち。ゴーヤもわかるから、ね。あとでっちはやめてね」

 

ゴーヤさんも今回の一件で完全に自分を取り戻している。自分を顧みない、非番を返上しての出撃ももうしないだろう。心の病をもつ人達は、一時的かもしれないが、全員復帰したと言ってもいい。

 

 

 

シンさんが元気になったということで、鎮守府全体の空気も以前より明るくなったように思えた。特に白兵戦組は、怒りを全てぶちまけてスッキリしたようにも見える。

 

「皐月さん、大分染まってしまいましたね」

「そんなことないよ。ボクはあの中でもまだまだ下っ端だし、必死なだけ」

「敵の増援の時の自分を覚えていないんですかね」

 

あまりに多い増援だったからか、ガングートさんと一緒に当り散らした感まである。あちら側に傾いた春風の如く、返り血まみれになりながら敵を全滅させていた。

泊地棲鬼との戦いの後、迎えに行って驚いたものだ。真っ赤になっていたので怪我でもしたかと思ったほどだった。

 

「気持ちはわかりますけど、白兵戦の方々はみんな残酷すぎます」

「山城さんってどうだったの?」

「それ聞いちゃいます?」

 

泊地棲鬼との戦いを簡単に説明する。皐月さんは引くどころか納得するような表情に。

 

「ボクも見習わないとなぁ。生かさず殺さずはすごく難しいんだよね」

「天龍さんも言ってましたよ」

「こう、急所をうまく外しながらね」

 

イキイキとしながら敵の殺し方を話す皐月さん。白兵戦組になる前はそんなことなかったのに。

 

「そうは言うけど、潮も凄かったでしょ」

「はい、もうなんというか、怖かったです」

「龍驤さんが前に言ってた戦場でヤバいっての、わかったでしょ」

 

私が潮さんと同列にカウントされているのが納得できないくらいだった。味方である私が気圧されるほど。

 

「皐月ちゃん、私のことそういう風に見てたの?」

 

真後ろに潮さんが立っていた。戦場の雰囲気は何処かに行ってしまったのか、いつものほんわかした雰囲気に戻っていて安心してしまった。

 

「無表情で黙々と潜水艦沈めてるのは……」

「血まみれで戦場に立ってる方が……」

 

私からすればどっちもどっちである。ここの鎮守府の艦娘は、何かに特化している分、戦場では別人のようになることが多い。外の人達に言わせれば、最初から別人のようなのもいると言うが。

 

「私としてはどちらも怖いですよ。見る目変わりました」

 

一番は那珂ちゃんさんだが、と言いそうになってなんとか飲み込む。あの件はオフレコ。

 

「潜水棲姫が浮上してこないほど怯えてたんですから」

「それは山城さんの戦闘を見たからだから、私のせいじゃないよ……?」

「ボクは現場にいなかったんだから関係ないって」

 

後から聞いたところ、あの時はこちらの艦娘全員が危険だと思っていたそうだ。ゴーヤさん達潜水艦娘くらいしか頼れる人がいないかとも。響さんもあちら側で何かやらかしたのかもしれない。

 

「あ、霞! いいところに! この鎮守府で一番怖いの誰!」

 

たまたま通りかかった霞にとんでもない質問をした。嫌な予感がした。習得したいであろう未来予知が今できたような気がした。

 

「姉さん一択」

「朝潮ちゃん……人のこと言えないんじゃ」

「あれ、姉さん春風のときの件まだ誰にも話してないの?」

 

余計なことを言ったなと思った時には皐月さんに質問攻めにあった。私ではなく霞が。

 

「姉さん、ここでみんなに知っておいてもらった方がいいわよ。春風が従順すぎる理由」

「お断りします。あれは現場の人達だけ、墓まで持っていくこと」

「えー、人のことあんだけ言ったんだから隠すのズルくない?」

 

話したくないものは話したくない。ただでさえレキさんの時に天龍さんや吹雪さんにも弁解したのだから、これ以上知られたくない。

 

「皐月ちゃん、私吹雪ちゃんから朝潮ちゃんのことちょっと聞いてる。春風ちゃんを睨みつけて押さえ込んだって」

「えっ、この朝潮が!? うわ、意外」

 

あ、これダメだ。吹雪さんの(義)妹への口の軽さを甘く見ていた。

 

「姉さん、腹をくくりましょ。自分のせいでもあるんだから」

「あああ……凄い後悔してるわ……」

 

結局あのときのことを話すことに。物凄く引かれた。

 

「潜水艦姉妹には絶対内緒でお願いします。特にお姉さんの方、まだここの艦娘にちょっと怯えている節があるので。あと吹雪さんに()()があるので、ちょっと行ってきます」

 

もう多分ほとんどの人にバレているんだろうなと思いつつも、吹雪さんにはちょっと報復しておくことにした。私もここに染まっているんだなと改めて実感する。

 




深海棲艦は艦娘よりも艤装を弄りやすいイメージ。身体そのものが変化しているものが多いから、いくらでも改造できそう。


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浄化現象

翌日、シンさんの車椅子を押す潜水棲姫や、それについて回るレキさんやヒメさんの姿が見られるようになった。シンさんが明るい性格に戻ったおかげで、最年少の2人ともと友達になり、脚は動かないものの遊んでいる様子。たまにレキさんの尻尾に座って海上も駆け回っていた。その度に潜水棲姫がオロオロしていた。

 

「潜水棲姫もここに配属でいいのか」

「ああ。なのでガングート君、いつものを頼む」

「そうだな……よし、センだな。語呂も妹と似たようなものでいいだろう」

 

潜水棲姫、改めセンさんとして鎮守府に登録された。これで鎮守府に登録された深海棲艦は6人目。空母と戦艦を足した数と一致する大所帯になりつつある。

 

「深海棲艦も増えたな」

「いいじゃないか。共存できるいい成果さ」

「私も元深海棲艦だしな。半深海棲艦の春風もいる。いい鎮守府じゃないか。皆イキイキしている」

 

この鎮守府の空気が明るいのは私にもわかる。その一員になれていることは誇りだ。

 

「そう言ってもらえるのなら、この鎮守府を作った甲斐があるというものだ。君達の帰る場所は私が守るよ」

「頼んだぞ同志」

 

拳を合わせる2人。ああいう大人の付き合い方は憧れる。

 

 

 

以前私達が立ち寄った、浦城司令官率いる鎮守府から連絡があった。攻略中の拠点の鎮圧に成功したそうだ。ここから戦闘に使用した資源を回復してから援軍を派遣してくれるらしい。

 

今回の朝の会議はその件について。援軍を迎え入れる準備や、今後の作戦をどう運用していくかになる。が、司令官の口からは援軍とは違う話題が出た。

 

「だが、その前にもう一つ、我々に手伝ってもらいたい問題ができたそうだ」

「うちらでないとあかんようなことなん? ほんなら欠陥(バグ)艦娘見つかったとかなんかね」

「実はだね、あちらの拠点の姫が浄化されたらしい」

 

浄化現象というだけでも欠陥(バグ)以上に稀なことだ。白か黒かによって浄化後の扱いは大きく変わるが、あちらが手伝ってほしいと言ってきたのだから、仲間として迎え入れたいという事だろうか。

 

「浄化とは珍しいですね。何がどうなったんでしょう」

「あちらで発見された姫は防空棲姫。見た目としては白だそうだが、攻撃をしてきたようなので、黒寄りの白、というところだろう」

 

その名の通り、防空すなわち対空性能が異常すぎる姫級だったそうで、空母陣が軒並み苦汁をなめたらしい。艦種としては駆逐艦だそうだが、戦艦の火力すらも跳ね除ける耐久性を持つ難敵。

白の深海棲艦だが、性格がやたら挑発的で傲岸不遜。それが浄化されたらどうなったのだろう。そのままだったら、話ができるかどうか。

 

「やることやって満足したんかな。浄化されたっちゅーことは」

「そうかもしれないね。浄化され艦娘となったのだから、仲間として迎え入れたいのだろう。だが、あちらの鎮守府にはそういった知見がない。なので、我々のアドバイスが欲しいのだろうね」

 

援軍の前に、防空棲姫が浄化されたという艦娘を馴染ませることが優先と判断されたようだ。もし何かあって内部から崩れてしまったら元も子もない。

 

「あちらの鎮守府に数人派遣したいと思う。深海棲艦に縁のあるものを選出するよ」

「朝潮やろそんなん」

「そんな気はしていました」

 

派遣されるのは、同じ境遇の元深海棲艦であるガングートさん、深海棲艦の力を使う艦娘の春風、深海棲艦そのものであるレキさん、そして後者2人を制御できる私。朝潮型四姉妹の3人が出向。霞に留守を任せることになる。

春風には精神的な部分で若干不安があるものの、私とレキさんがついていることで何とかなると思う。

 

「特にガングート君は全く同じ境遇だ。記憶の有無はあるが、力になってあげられるに違いない」

 

あの鎮守府の場所がすぐにわかるのは私だ。それもあっての採用もあるだろう。私が旗艦として案内することになる。

 

 

 

出発はすぐだった。あちらには連絡済みで、滞在するにしても数日だけ。早ければ日帰りもあり得ると聞いている。今回はいろいろとややこしくなるので、春風には元の着物姿に戻ってもらった。レキさんは誤認しないようにと朝潮型制服のまま。

 

「まさかすぐに呼び戻すことになるなんてね」

「お久しぶりですね、叢雲さん」

 

秘書艦の叢雲さんに出迎えられた私達。私の後ろの3人を見て一瞬目を見開いたようだが、事情を知っているためそれで済んでいる。浦城司令官は今少し忙しいようで、後から話をするということに。

 

「話は聞いています。こちらも出来る限りの精鋭を連れてきましたから」

「ええと、元深海棲艦のガングート、半深海棲艦の春風、そして戦艦レ級……実際に見ると信じざるを得ないわ」

 

春風は若干隠れるように立っている。まだ人の目には慣れていない。

 

「それで、防空棲姫が浄化された艦娘というのはどちらに」

「こっちよ。ついてきて」

 

言われるがままに叢雲さんについていく。工廠を出て、そのまま会議室へ。どうやらそこで待っているようだ。

 

「紹介するわ。元防空棲姫である、秋月型防空駆逐艦2番艦の照月よ」

 

少し俯いている照月さん。自分が元々深海棲艦であるということにコンプレックスを持っているような仕草だ。初期の春風を軽度にしたようなイメージ。

 

「深海棲艦の要素は残ってしまっていますか?」

「艤装の形状に影響が出ているわ。高角砲が通常の照月より大型になってるの」

 

その程度で済んでいるのなら大丈夫だ。欠陥(バグ)があるわけでもなく、オーバースペックになっているわけでもない。若干制御にクセがありそうだが、通常の運用でいけるはず。

 

「コノネエチャン、シンカイセイカンノケハイスルナ。ニオイハシナイケド」

「私と同じ()だからな」

「ガンネエチャントオナジナノカ!」

 

艦娘と元深海棲艦の違いはおそらくそれくらい。深海棲艦の気配が読める。電探よりも索敵範囲が広いのでとても便利だ。私達も重宝している。

ただし、敵からも気配が読めるというデメリットもあるため、隠密行動には向いていない。

 

「あー、照月といったな。私も貴様のように元深海棲艦だ」

「貴女も……ですか?」

「私は元々北方水姫だ。その時から欠陥(バグ)があってな、それを引き継いで浄化された」

 

ガングートさんが自分の成り立ちを話していく。自分の残っている記憶や、浄化された後の話も細かく伝え、元深海棲艦でも普通にやっていけるということを教えた。

それでもあまり表情が明るくならない。そうなると照月さんの悩みは、防空棲姫だったときの自分が今の自分と離れすぎていることへの戸惑いではないかと考えた。

 

「防空棲姫はこちらを見下している傲慢な性格と仲間の深海棲艦に聞いています。照月さんは記憶にある自分の行いが今の自分と正反対すぎて戸惑ってるんじゃないですか?」

「……確かにそうかもしれないわ」

「なら、わたくしの話を聞いてもらいましょう」

 

ガングートさんが話し終わると、次は春風。性格の違いでいえば、春風が一番わかっていること。ただでさえ戦場で性格が変わるのだから説得力がある。

他人の視線が怖い春風が、コンプレックスである身の上話を他人にしようとするとは、私も驚いてしまった。

 

「照月さん、わたくしは貴女の気持ちがわかるかもしれません。わたくしの半深海棲艦の部分を見せましょう」

 

瞳の炎が燃え上がる。

ここ最近は古姫側もコントロールできているように思える。敵潜水艦を始末していたときはあちら側にならず戦闘ができていたし、逆も可能なのだろう。利点はあまりないが。

 

「コウナルト、性格ガ変ワル」

「えっ、ど、どうなってるの?」

「ドウナッテルト言ワレテモナ。半分ノ深海棲艦ノ部分ガ、今ノワタクシダカラ」

 

最初のお淑やかな態度も変わり、脚を組んで座り直す。

古姫側の春風は性格も正反対だ。口調も荒く、態度もあまりよろしくない。だが、根っこは春風なので、思いやりのある子である。

 

「オ前ハコウハナラナインダロウ。ナライイジャン。ワタクシハコレノセイデ自殺マデ考エタゾ」

「じ、自殺!?」

「戦闘ノタビニコウナルカラナ。今ハ開キ直ッテルケド」

 

瞳の炎が消えた。同時に脚を正す。呆気にとられている照月さん。

こういう形で自分の深海棲艦の要素を使うとは、私も思っていなかった。春風はすごく成長している。まだ他人の視線には過敏に反応するが、必要だと思えば自分のコンプレックスである深海棲艦の要素を簡単に見せる。

 

「照月さんには記憶しかありません。今の貴女とは違うのですから、気にしなくてもいいのです」

「そうだぞ。それについてとやかく言う奴がいるなら言え。私が殴ってやる」

「わたくしは今の自分でもあるので思い悩みましたが、折り合いつけていますから」

 

ガングートさんも加わる。ガングートさんに殴られると首が飛びかねないのでやめてあげてほしい。あと春風はちょくちょくネガティブな発言が入るので私の胃にダメージを与える。

 

「もしかして照月の悩みってものすごく小さいことなのかな……」

「小さいとは言わん。だが、開き直れる問題だ。貴様は防空棲姫じゃあないだろう」

「そう……だね、うん。照月は照月、防空棲姫じゃない!」

 

気合いを入れて立ち上がる照月さん。さきほどまで俯いていた人とは思えないほどだ。

ここの鎮守府の艦娘と殺し合いをした記憶もしっかり残ってしまっているのだろう。その時の感情もだ。だから悩んでしまっている。仲間に手を出した記憶があるというだけで負い目を感じてしまうものだ。

だが、それは防空棲姫の感情なのであって、照月さんの感情ではないのだ。

 

「それでいい。貴様のことを防空棲姫と呼ぶ奴はいないだろう。そういうことなんだよ」

「防空棲姫はあの時に倒したわ。アンタはドロップした扱いね」

 

叢雲さんも会話に混ざる。誰も照月さんのことを防空棲姫だなんて思っていないし、敵になるとも思っていない。

 

「アサネエチャン、モウダイジョウブナノカ?」

「そうですね。照月さんはすぐに開き直れますよ」

 

お手伝いなんて大それたこともせず、軽く境遇を話すだけでも納得できるほどの経験を積んでいた。正直、レキさんまで連れてくる理由は無かったかもしれない。

 

 

 

照月さんは元気になったが、まだ何があるかわからない。防空棲姫の記憶があるのだから、ヒョンなことで身体に不調が出るかもしれない。現にガングートさんは戦闘訓練をしたことで艤装がより深海棲艦に寄り、追加装備すらままならなくなってしまった経緯がある。

それについては浦城司令官と叢雲さんに伝えておいた。照月さんは今持つ少し大型な高角砲以外の装備ができなくなる可能性はあるとだけ。何かあったらまた私達が来るし、照月さんをこちらに寄越してくれても構わないとも。

 

「満足して死んだ覚えがあるか?」

「はい。防空棲姫の記憶はその辺りまでありますか?」

 

率直に聞いてみることにした。先程の話である程度開き直ったところを見るに、防空棲姫の記憶を話すのも別に苦ではないように思えたからだ。

 

「えーっと、ガングートさんと同じで記憶は半分くらいかなぁ。どこでどうやって生まれたかとかは全然覚えてないんだけど、トドメは神通さんに刺されたことは覚えてるよ」

 

深海棲艦に都合の悪いところだけが抜け落ちるのもガングートさんと同じ。本当に知りたい情報は一つも手に入らない。

 

「やられた時、恨みとかそういうのは無かったと思うよ。いろいろやってスッキリしたっていうか」

「なるほど……実は、恨み無しに満足して沈んだ深海棲艦は浄化されるという仮説を立てているんです」

 

照月さんの証言から、仮説はほぼ確証に変わりそうだ。

黒の深海棲艦は死ぬ瞬間まで恨み辛みに支配されていることが、軽巡棲姫を撃破したときにわかっている。最後まで恨み言を吐きながら消滅していったほどなので、満足とは程遠い、未練しかない消滅だっただろう。

駆逐水姫の時のようなケースも存在するが、あれは満足しているとは言えない。未練はしっかりあった。

 

「そっか。うん、確かに未練は無かったかも」

「ありがとうございます。有益な情報です」

 

もし未練を払拭できるように戦えたなら、浄化現象は確実に起こせるだろう。深海棲艦の在り方を覆す手段ではあるが、できることなら実践したい。

 




防空棲姫はレ級を超える絶望として話題になりましたね。装甲395の駆逐艦とか普通におかしい。


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援軍選定

「話を聞く限りは大丈夫そうだけど、1日だけ照月のことを見ていてくれないかしら。一晩は経っているけど、一応ね」

「了解しました。では帰投は明日の朝ということで」

 

照月さんの精神的な部分はガングートさんと春風が簡単に何とかしてしまった。だが、身体の部分はまだ何とも言えない。後から出る可能性は大いにある。

 

「アンタ達の話を聞いているとどうしてもね。戦闘訓練をするうちに艤装がおかしくなったりするんでしょう?」

「ガングートさんは変化しましたね。バルジが重く感じたそうで」

「装備が重く感じるってあり得ないことね。そういうのが出るのか……運用が難しいかもしれないわ」

 

そもそも何故深海棲艦が浄化した艦娘を運用しようと思ったのだろう。通常なら大本営に引き渡し、浄化現象の研究に使われることになるだろう。私達の鎮守府は大本営、というよりは上層部と仲が悪いので、引き渡すことはしないだろうが。

 

「何故照月さんを配属しようと?」

「アンタ達のとこに援軍を出すじゃない。そちらの鎮守府がどういうことしてるか知りたかったのよ。それに……察せられるでしょ」

 

自分達が発見した艦娘は自分達で面倒を見たいというのはとてもわかる。欠陥(バグ)があるのならまだしも、少し艤装の形状が違うだけで至って正常なのだから尚のことだ。

 

「そうですね、こちらの鎮守府でも同じようにするでしょう。今のは忘れてください」

「話が早くて助かるわ」

 

こちらのことを理解してくれようとしているのは本当にありがたい。これから一緒に戦ってくれる仲間として、これ以上ない信頼だ。

 

「あ、そうだ。もう一つお願いしたいことがあるんだけどいいかしら。照月の件がこんなに早く終わると思わなかったし」

「事と次第に寄りますが何でしょう」

「援軍の選定をしてほしいの。いざ派遣して使えませんでしただとお互い困るでしょ。そちらが見て選んだのがいいと思うのよ」

 

確かに、私達が先に確認しておけば、来た時にすぐ部隊が組めるだろう。派遣される人達も、最初から顔見知りがいた方が来やすいはずだ。

とはいえ私は初見の人も沢山いる。今日一日はこの鎮守府の活動、訓練を見て回ることになりそう。

 

「ガングートさんは何処か見たいところはありますか?」

「戦艦を見せてくれ。我々に最も足りないのは火力だからな。そこは私が選定しよう」

 

我が鎮守府の(主砲による)最高火力は、普通では考えられないが駆逐艦の清霜さんだ。その次が榛名さん。それ以外の戦艦火力はいない。ここで補充したいのはやはり戦艦の火力である。

 

「ではお願いしていいですか。同時に見られるなら空母の方々も見ていただけると」

「そうだな。龍驤と蒼龍を曳航したとしても少ないからな。ついでに見ておこう」

 

レキさんはすでにソワソワしていた。この鎮守府がどんなところか見て回りたいという顔。キョロキョロしながら私の手を握ってくる。

 

「レキさんはどうしますか?」

「タンケン! タンケンシタイ!」

「ですよね。えぇと、じゃあ誰かを保護者にして見て回ってください」

 

となると、春風をつけるのが一番妥当。しかし、その春風は私から離れようとしなかった。いつもよりも距離が近く、ほんの少しだが震えているようにも見える。

先程照月さんに大見得を切ったが、やはり知らない者からの視線はまだ怖いようだ。今の春風は私が付いていた方が良さそう。

 

「照月を付けるわ。2人で鎮守府見て回りなさいな」

「ワカッタ!」

「え、て、照月で大丈夫? 照月もこの鎮守府あまり知らないよ?」

「だからよ。この子と見て回って覚えてきなさい」

 

叢雲さんが春風の様子を察したようで、レキさんの保護者は照月さんとなる。レキさんは初めての人でも関係無しに振り回すので、そちらの意味で照月さんが心配になる。

 

「春風は私と一緒に見に行きましょう」

「は、はい、御姉様、お供致します!」

 

目に見えて表情が明るくなった。レキさんと出会ってからは私への依存が薄れていたと思っていたが、今までにないこういう場では仕方ないか。

 

「来客扱いだから、これを付けてもらえる?」

 

叢雲さんから渡されたのは腕章。たった一言『来客』と書かれていた。同じ顔が何人もいる艦娘だからこそ、他と違うものを付けるだけで別人として判定できるようになる。

とはいえ私は髪型が、春風は服が違うので、最初から差別化はできていたりする。レキさんに至ってはここにいるはずのない存在。形式上の腕章だろう。

 

「じゃあ、よろしく。先に言っておくけど、私は援軍には行けないから」

「わかっていますよ。秘書艦ですからね」

 

ここからは別行動だ。レキさんは照月さんを引っ張って駆け出していった。ガングートさんも叢雲さんと戦艦の訓練する場に向かう。私はべったりの春風を連れて適当に回ることにした。

 

 

 

適当に回るにしても、私達の鎮守府よりも大きい。私の電探で小さめな反応があるところを目的地とした。その中に知っている反応があったからだ。

 

「やっぱりいましたね。敷波さん」

「あっ、朝潮! また来たの?」

 

訓練休憩中の敷波さん。どうやら1対1の簡易演習をやっているようだ。見た感じ、レキさんとの鬼ごっこに近い。どちらも避けて、どちらも狙う点が違うだけ。1回当たると交代。

 

「今回は照月さんの件で。あとは、援軍の選定を任されました」

「あー、照月ね。元深海棲艦ってのをすごく気にしてたよ。あたし達はそういうの関係無しに迎え入れたかったんだけど」

「はい。なので、うちの元深海棲艦と半深海棲艦がお話をして立ち直らせました。もう大丈夫です」

 

人が多いところでは私の後ろでコソコソしている春風。あえて話題に出して、ここの人達が春風にどういう反応をするか見ることにした。もし何か酷いことを言う人がいるのなら、その時点でこことのお付き合いをやめるくらいに考えている。

 

「あ、もしかして後ろの春風が噂の半深海棲艦? この前話してくれた」

「はい。春風、敷波さんは大丈夫だから」

「は、はい……」

 

春風がおずおずと前に出る。敷波さんには先に伝えてあるので、そんなに驚かない。色違いの春風という程度。

 

「あたしらと変わんないね。深海棲艦って聞いてたから、もっと違うのかと思ってたよ」

「そ、そうでしょうか……」

「ただ黒いだけでしょ。艦娘じゃん」

 

私が思っているベストに近い対応をしてくれている。この時のために先手を打っておいてよかった。

敷波さん経由で他の方々にも話が行っていたため、少なくともこの演習の場には春風を見て酷いことを言う人はいなかった。艤装の展開まで求められてやったものの、予想以上に盛り上がってしまい、違う理由で私の後ろに隠れることになる。

 

「朝潮、さっき援軍の選定って言ってたよね。ここにある程度駆逐艦集まってるし、演習見てってよ。対戦形式だから、誰が一番強いかもわかるでしょ?」

「そうですね。いい機会ですし、見させていただきます」

 

参加している駆逐艦の中には、最初に出会った朧さんと長波さん、その後に出会った時雨さんと江風さんも入っている。現在は資源回復中と聞いているので、戦闘に参加する駆逐艦は全員が訓練のみという生活になっているようだ。

 

「皆さん練度が高いですね」

「みんな頑張ってるから。ほら、特に長波と時雨」

 

ちょうどその2人の演習。かなりの至近距離での撃ち合いだが、それをキッチリ避けている。レキさんとの鬼ごっこでも似たようなことが起こるが、お互い撃っているというだけでも難易度が格段に上がっている。今度取り入れよう。

 

「あっ、クッソ! 爪先ってお前!」

「当てられれば勝ちだからね。実弾なら足が無くなってたよ」

 

なんやかんやで時雨さんが勝ったらしい。お互いに攻撃を読み合い、先手を取り合う戦闘。時雨さんは駆け引き上手なイメージ。対する長波さんも命中精度はかなり高い。援軍として来てもらえれば、白露さんや深雪さんと並んで部隊が組めそうだ。

 

「朝潮、アンタも参加しなよ。自分で戦ってこそ援軍の選定ができるんじゃない?」

「無茶言わないでください。攻撃できない私にどう勝てと」

「例えば……殴るとか」

「私は白兵戦はできませんよ。皐月さんじゃあるまいし」

 

とはいえ実戦の中で判断するというのはアリかと思った。少なくとも全員分の電探の反応はここで頭に入れておきたい。演習を見ているだけでも大分把握はできたが、戦場で並び立つとまた違った視点になるだろう。

 

「ほら、次敷波さんの番じゃないですか?」

「あ、ちょっと行ってくる」

 

敷波さんの戦闘を見るのは初めてではないが、電探を通して改めて見ていると思ったより丁寧な戦い方だ。相手は江風さん。改二ゆえに根本的なスペックは敷波さんよりも上。それに追いついているどころか、普通に圧倒している。あれは相当努力している動きだ。私達の鎮守府では深雪さんに近い。

 

「深雪さんを見ているようです」

「春風もそう思った?」

「はい。努力と創意工夫でスペックを覆していますね」

 

春風も同じ感想のようだ。

敷波さんはそのまま江風さんに圧勝。しかも顔面への攻撃によってだ。もしかしたら、こちらの鎮守府に来てもらっても、いい線行くのでは無かろうか。

 

「よーし、勝った勝った」

「ちっきしょー! なンで勝てないかなー!」

 

演習を終えた敷波さんと江風さんがこちらへ。ここではダミーのペイント弾の質が違うようで、すぐに洗い流せるようだ。つまり、負ければ負けるほどペイントを洗い流すために水浸しになるというシステム。

 

「流石ですね敷波さん」

「江風とは相性いいからねー。今のところ負け無し?」

「なンでか勝てないンだよな。朝潮、見てて敷波のクセとか気付いた? 教えてくれよぉ」

 

そこは自分で気付いてこその訓練だと思うのでノーコメントで。それに敷波さんはクセらしいクセが無い。相当な努力をしてきたのがわかる。

 

「春風、アンタもやってみなよ。どんな戦い方か知りたいよ」

「そ、そんな、わたくしは……」

 

やれるものなら、ここの鎮守府の方々にも春風の戦い方は知っておいてもらった方がいいだろう。見ず知らずの人と連携を取るのは難しいし、春風はそういった部分が特に出来ない。()()()()に倒れると連携も何も関係なくなってしまう。知っておけば強引に連携することは出来るはずだ。

 

「……御姉様」

「嫌な視線を感じたらすぐ私のところに来て。訓練も投げ出していい。ここの人達は大丈夫だと思うから」

「……わかりました。見てもらうのが早いとはわたくしも思っていました。怖いですが……やらせていただきます」

 

ギリギリまで私が付き添って事情を話す。快く許可を貰え、今度は相手の選定。半深海棲艦と戦える機会なんてそうそう無いため、よほど内向的でない限り全員が戦いを望んだ。

全員とやってもらうことも考えたが、春風が保たないだろう。そのため、演習を見せてもらった限りで援軍候補としてカウントしていた人に相手をしてもらうことにした。

 

「春風、私の見立てで一番強そうな人でいい?」

「それで結構です。援軍候補なのですよね。でしたら連携をする可能性もありますし、わたくしも戦場で見ておいた方がいいかと思います」

「では……夕立さん。よろしくお願いします」

 

私が見ている限り、この中で一番()()()()()()()を指名した。夕立さんは白露型駆逐艦4番艦。つまり、白露さんや時雨さんの妹であり、江風さんの姉にあたる。

『ソロモンの悪夢』という二つ名まで持つ、生粋の武闘派。さらには狂犬とまで称されていた。

 

「夕立の姉貴と初っ端にやンのかよ。無謀な気がすンだけど」

「私の見立てですけど、夕立さんは春風と同じタイプですから」

 

本能的に敵と戦っているタイプと見た。私のように行動を予測するようなことはせず、直感だけで全ての攻撃を避け、当てるタイプだ。言い方は悪いが、獣のような戦闘。狂犬と白露さんに言われた春風と近しい。

 

「よろしくお願いしますっぽい!」

「よ、よろしくお願いします……。その、引かないでくださいね……?」

「大丈夫っぽい! 初めての人と戦うの、楽しみなの」

 

無邪気に笑う夕立さん。この人は手を抜くような人ではないし、純粋に戦闘を楽しんでいる人だ。だからこそ容赦がなく、恐ろしい相手である。

 

「それじゃあ……素敵なパーティーしましょ!」

「オ断リダヨ!」

 

演習開始と同時に古姫側を出す。お互いに直感的に本気でやらないと勝つことができないと感じたようだ。

 

そこからは壮絶な戦いだった。演習とは思えない撃ち合い。殺意まで見えてきそうな攻撃。あの春風に追いついてこれる夕立さんは、やはりこの鎮守府の駆逐艦の中ではトップクラスだろう。

 

「楽しいっぽい! こんなに歯ごたえのある敵、久しぶりっぽーい!」

「ッハ! ワタクシモダ! 楽シイナァ!」

 

お互い狂ったような笑顔で撃ち合っている。私は春風のそれを知っているから何も思わないが、周りはどう思っているのだろう。

 

「すっげぇ……夕立の姉貴と互角かよ……」

「あたし勝てるかなぁ……夕立にはあんまり勝ててないんだよね」

 

杞憂だった。夕立さんという前例があるからこそ、無茶な戦い方をする程度なら何とも思わないようだ。それを()()()()()()()()ということだけが驚きの理由。

 

「駆逐艦春風って、あんなに荒っぽい子だったっけ」

「普段はお淑やかなんです。戦闘のときだけああなります」

「なるほどねぇ。深海棲艦が出てきちゃうみたいな」

 

そもそも春風含む神風型駆逐艦は旧式。燃費がいい代わりに火力が少し足りない、どちらかといえば補助向きな艦娘である。この鎮守府にも神風型がいるらしいが、今は資源回復のために遠征中だそうだ。戦闘より遠征に力を入れる艦娘であることは間違いなかった。

それがこれである。私達の鎮守府ではオーバースペックということで主戦力の一人。制御ができる今では、本当に重宝する逸材だ。

 

「ッグ!?」

「ぽい!?」

 

壮絶な撃ち合いは、同士討ちという幕引き。本当に同時だったため、引き分けということになった。

 

「すごいすごい! 夕立こんなに苦戦したのホントに久しぶりっぽい! またやろ! ね!」

「コノママジャ終ワレナイモンナ! マタヤロウ!」

 

ガッチリ握手して健闘を讃えあっていた。古姫側の春風に友人が出来るというのは初めてのこと。抑え込んでいる側が認められたということで、春風もより安定することだろう。

何より、あの戦闘を見ても誰も引かなかったのが大きい。むしろ我も我もと春風との演習を望んでくるほどだった。

 

「春風、もう少し大丈夫?」

「大丈夫ダヨ御姉様。情報、欲シインダロ?」

「ええ。大体わかったけど、もう少し細かくね」

 

この件で駆逐艦については大体わかった。援軍をどれだけ出してもらえるかはまだわからないが、貸してもらいたい人はたくさんいる。春風と友達になってくれた夕立さんはその筆頭だ。戦いやすさが一番である。

 




駆逐艦は数が多いけど、欠陥(バグ)のせいでできることが限られているため、汎用戦力がいっぱい欲しいのは確か。援軍で賄おうとした矢先に夕立という即戦力。


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ライバル

春風が演習に参加し、駆逐艦の理解が深められたことは大きかった。ここにいない人も何人かいるが、余程のことがない限り大丈夫だと判断できる。

その中でも、春風に最も興味を示した夕立さんの存在はありがたかった。古姫側の春風と付き合える数少ない人だ。夕立さんと話すときだけは、春風もあちら側になるほど。

 

「いい人と出会えました。鎮守府の外にもそういう人はいるんですね」

「そうよ。少数派かもしれないけど、春風のことは理解してもらえるの」

「ここに来て良かったです。それを知ることができました」

 

ここに来た当初と比べると格段に明るくなった春風。演習に参加していた駆逐艦娘とはあらかた仲良くなれたおかげで、居心地がよく感じられるみたいだ。

私もそうだが、外の世界を、鎮守府以外の広い世界を全く知らないのだ。こういう機会はなるべく経験しておきたかった。いい意味でも悪い意味でも、経験は大事である。

 

「援軍候補、駆逐艦では大体決めたわ。次は軽巡かしら」

「御姉様がお話された神通さんがいらっしゃるのですよね」

「ええ。この鎮守府でとても強い軽巡洋艦の方よ。出来ることなら是非援軍に来てほしいわ」

 

駆逐艦より少し大きめな反応を探し、そちらに向かう。軽巡は軽巡で個別に訓練をしているようだ。駆逐艦よりは人数が少ないが、その分精鋭揃いなのは私達の鎮守府と同様である。

 

「……わたくし、また怖くなってきてしまいました……」

「大丈夫よ。駆逐艦の人達がすぐに慣れてくれたんだから」

「そうですが……」

 

新しい人に会うたびにこうなってしまうのは仕方ないこと。それだけ深い傷なのだから、私が付いていてあげるのが適切。

 

 

 

軽巡の方々は駆逐艦と別の場所で訓練中。駆逐艦と同じように何人かは資源回復の遠征中だが、今は全員揃っている状態だそうだ。まずは顔見知りである神通さんのところへ。

 

「お久しぶりです。神通さん」

「ええ、また会えて嬉しいです。今日は援軍の選定だそうで」

「あれ、伝わっていましたか」

「さっき照月さんと一緒に戦艦レ級の子が来ましたよ。その子が言っていました」

 

この辺りまで走り回ってきたようだ。照月さんが振り回されているようなので、後で謝っておいた方がいいかもしれない。

 

「軽巡枠を見にきたんですよね」

「はい。今訓練中のようなので、見させてもらって大丈夫ですか」

「ええ、構いませんよ」

 

軽巡の訓練も駆逐艦と同様の対人演習がメイン。

私達のようにやれることが限られていると、対人演習は難しい。特に私はそういった演習すらできない。そのため、個人技を伸ばすのなら特化した訓練を繰り返すことになる。

 

「先程駆逐艦の方でも見せてもらったんですが、私達の鎮守府では個人戦をやらないので新鮮です」

「そうですね。そちらは出来ない部分を皆で補う戦い方ですもの。仕方ありませんよ」

 

私達はチームプレイを基本としている。何か出来ない部分があるからこそ、助け合って人数以上の力を出すのだ。

だが、個人技というのはやはり憧れてしまう。開き直ってはいるが、やってみたいという気持ちだけはあるものである。無い物ねだりではあるが。

 

「駆逐艦より激しいですね……」

「火力が高いからでしょうか。荒く見えます」

 

言いながらも春風の片目から炎が出かけている。触発されているのだろうか。

 

「天龍さんの戦い方を見ていると別に普通ですよ」

 

神通さんが呟く。よほど根に持っているらしい。

 

「うちの皐月さんが天龍さんの弟子になりました」

「弟子に? あの戦い方の? 無茶では?」

「先日、装甲空母鬼の頭を斬り落としましたよ」

 

春風も初耳だったようで相当驚いていた。装甲空母が硬いものと知っている。ただし、その装甲空母鬼を素手で倒しかけた存在も知っているので、ひとしきり驚いた後にすぐに納得した。

 

「朝潮さん。私は是非指名してください」

「神通さんは最初から候補です。軽巡トップと聞いていますから」

「ありがとうございます。これでそちらの天龍さんに借りが返せます」

 

神通さんがこちらの天龍さんに負けているという事実は、こちらの鎮守府では嘘なのではと言われていたそうだ。現に叢雲さんも信じていなかったレベル。前回お邪魔させてもらったときに皐月さんを見てようやく信じたほどだ。

軽巡洋艦天龍というのは神風型と同様、旧式ゆえに燃費がいい代わりに火力が足りない、戦闘より遠征に力を入れる艦娘だ。それが軽巡トップの神通さんに勝っていたとなると、どういう仕掛けがあるのか気になるだろう。

 

「近接戦闘にも対応しました。もうあのような失態は見せません」

「うちの白兵戦組は初見殺しなので」

「それにも対応できなくては戦場では命取りです。いい勉強になりましたよ」

 

笑顔だが目が笑っていない。私の鎮守府にも何人かいるが、神通さんも怒らせてはいけない人。

 

「あのさー、ちょっとそこの2人に用があるんだけど。神通に勝った天龍の話、聞きたいんだよね」

 

演習を終えたのか、やってきたのは球磨型軽巡洋艦3番艦の北上さん。その隣には同4番艦の大井さん。軽巡洋艦としたが、今の艦種は重雷装巡洋艦という特殊なもの。魚雷運用に長けており、私達の鎮守府でいう高雄さんのような、スナイプなどの一撃必殺を得意としている。

基本2人で組んでおり、連携戦闘では他の追随を許さないほどだそうだ。

 

「いやもうホント驚いてさー。この神通がフルボッコにあったんでしょ? 興味あってさー」

「北上さん、あまり不躾に聞くのも……」

「あの、御姉様、わたくしも少し気になりました。まだわたくしが配属されていないときですよね」

 

みんなで神通さんの神経を逆撫でしているようで物凄く申し訳ない。実際に説明しようか躊躇ってしまう。

 

「あ、そういえば君達変わってんねー。ポニテ眼鏡の朝潮に真っ黒な春風なんて聞いたことないよ。似合ってんじゃん」

「そ、それはどうも」

「足りない部分を補ってるんだよね。なるほどなー、うん、朝潮はともかく、春風は大変そうだね。深海棲艦の力の制御」

 

春風が半深海棲艦ということはまだここでは話していない。なのに、北上さんは一目見ただけで看破していた。今回の来客に半深海棲艦がいるということは知っていることだろうし、黒い春風という時点で、見たことがある人なら駆逐古姫を想像する人もいるだろう。とはいえ観察眼が鋭い。

 

「ま、そんなことは今は良くて、そっちの天龍の話だよ。どうやったのさ、神通フルボッコって。やれるもんならあたしもやりたいんだよ」

「以前に話したでしょう。向こうの天龍さんは刀で戦う白兵戦型だと。想定外すぎて対応できなかっただけです」

「あたしが改二になったときですら即座に対応してきたじゃん。その神通が対応できなかったんでしょ? そりゃあ細かく聞きたいってもんだよ」

 

なんだか神通さんの話し方が刺々しい。

 

「あの……2人は仲があまりよろしくないのでしょうか」

「北上さんと神通は同期なの。だから事あるごとに衝突してしまってね」

 

大井さんにこっそり聞く。神通さんが唯一敵意剥き出しにする相手だそうで、仲が悪いというよりは、競い合っているライバル関係らしい。

神通さんは典型的な秀才タイプ。努力を欠かさず、全て出来るようになった人。軽巡トップの座は、毎日休まず鍛錬し続けたことで掴み取った。

対する北上さんは天才タイプ。一を聞いて十を知る。トップの座を神通さんに渡している理由が、単に()()()()()()というだけなのだとか。

 

「見た感じ正反対ですね、2人は」

「北上さん、神通をやたら煽るから……」

 

二人ともいがみ合っているように見えるが、楽しんでいるようにも見える。特に北上さん。春風はオロオロし始めているので、一旦私の後ろに。

 

「その、一応お話ししておくと、私達の鎮守府の天龍さんは高角砲しか装備できない欠陥(バグ)を抱えています。あ、タービンとかは積めますよ。攻撃できないんです」

「攻撃できないって、それ艦娘として厳しくない?」

「だから、刀で攻撃するようになったんですよ。それ一本で敵を倒しています」

 

なるほどね、と北上さんはすぐに納得した。大井さんも感心していた。割と理解されない白兵戦組だが、あっさりと理解されるとこちらも驚く。

 

「大変だねぇ。君も攻撃できないんでしょ」

「えっ、よくわかりましたね」

「朝潮型なのに手に主砲や魚雷を持った跡が無いもん。改二丁だから脚にもか。対空と対潜だけ? 改二丁だから爆雷ホルダー持ってるもんね。いやぁ、大変そうだ」

 

まだ会って間もないのにこうまで見抜いてくるのか。とにかく観察眼が鋭い。援軍候補に入れておくのが良さそうだ。口が軽いのが玉に瑕だが、戦力としては申し分ない。

大井さんもあまり口出しはしないが、相当鍛えられている。()()北上さんとコンビを組めるのだから、連携に特化しているのかもしれない。

 

「目だけはいいのに何でこう怠け者なのか……」

「面倒なことは神通が全部やってくれりゃあいいの。あたしは大井っちとのんびり敵をギッタギタにするだけだから」

「仕事をしろと言ってるんです」

「してるじゃん。要所要所で」

 

なんだかピリピリしてきた。周りの人達もこちらを見ているか、またかという雰囲気。むしろこのやり取りが始まって、少しずつ盛り上がってきている。大井さんも止めようとしない。

 

「……今日こそはわからせてあげます。演習で決着をつけましょう」

「お、いいねぇ。でも今あたしが勝ち越してること忘れんじゃないよ」

「勘違いしないでください。今の勝率は五分五分ですよ」

 

勝手に海に出てしまった。これもよくあることらしい。

 

「大井さん、戦績ってどれくらいなんですか?」

「86戦で37勝37敗12分。数字としては五分五分ね」

「そんなにやってるんですか!?」

 

すぐに始まる神通さんと北上さんの演習(ケンカ)。周りも大盛り上がりだ。ここの娯楽の一つにされているようにも見える。陸にあるとはいえ閉鎖されたコミュニティなのはここも同じ。外に出るにもいろいろと審査がいるので、大変だそうだ。

 

「都合がいいですね。神通さんと北上さんのデータもここで貰いましょう」

「あら、貴女は情報戦のタイプ?」

「はい。電探の反応を全員分覚えています。戦場で全員をサポートするためには必要なので、クセなども見てるんですよ」

 

春風にも戦い方を見てもらう。二人の戦闘は参考になるものが多く、今以上に春風を強くするのは、鎮守府にないものを見せるのが手っ取り早い。度々瞳の炎が燃え上がっているのは、あちら側も戦闘に集中しているからだろう。

 

「北上さんにクセは無いわよ」

「そう……ですね。というより、相手によって戦い方変えてますよねあれ」

「初見でよくわかったわね。そう、北上さんは相手に合わせるの。神通はそれにも対応するから厄介って」

 

なるほど、この2人がここのツートップだ。この演習で理解できた。

2人の強さの秘訣は『対応力』だ。敵を見て、対処法を即座に考え、実践する。それが極端に早い。

どちらも同じことができるため、演習がより高度になっていく。が、北上さんは搦め手が上手い。

 

「今回はあたしの勝ちってことでいい?」

「引き分けですよ。残念ながら」

 

お互いの顔に銃口が向けられた状態で演習が終わった。それまでに何重にも駆け引きがあった。私の理解できないところにも、いろいろとあったに違いない。

 

「……御姉様、あれは真似できません」

「仕方ないわ。あれも次元が違うものよ」

「山城さんや潮さんみたいなものですか。努力はしますが時間はかかりますね」

 

じっと観察していた春風でもお手上げのようだ。深海棲艦の目をもってしても、理解が難しい。

 

「まーた引き分けだよ。神通往生際悪すぎ」

「そっくりそのまま返しますよ。後出しジャンケンが通用するとは思わないでください」

 

2人が帰ってきて通常の演習が再開される。なんだかんだ仲が良さそうに見えた。

 

「ちょろっと聞こえたけど、次元が違うって何。山城さんってあのネガティブ戦艦でしょ。そっちの山城さんは何なの」

「泊地棲鬼を素手で倒しました。装甲空母鬼の装甲も拳で叩き破りましたね」

 

北上さんと大井さんは首を傾げた。何言ってんだコイツって顔をされた。事実だから仕方ない。神通さんは一度見ているためそこまででは無かったが、それでも深海棲艦相手にそこまでできるのかと疑問に思っている。

 

「凄かったですよ。蹴りで脚を折って、主砲を叩き折って、拳で腹をちぎり飛ばして」

「山城さんならやりかねませんね。その場にいたかったです」

「待って、理解が追いつかない」

 

神通さんは山城さん相手に勝てるかの算段を立て始めている。主砲を拳で払いのける(可能性がある)山城さんにどこまで行けるかは見てみたい。私は山城さんが負けるところを見たことがないし。

 

「朝潮、あたしも援軍候補に入れといて。あ、大井っちもね。あたしらコンビだと最強だから」

「北上さんだけというのは私も寂しいから、北上さんを選ぶなら私もお願いね。逆も当然よ」

 

この2人は候補確定だろう。神通さんと対等の北上さんに、それを引き立てることのできる大井さん。頼もしいにも程がある。神通さんはあまりいい顔をしていないが。

 




北上は天才肌という設定は割とよく見かけると思います。こちらでもそれを踏襲。神通と並んで強い軽巡というイメージ。


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鎮守府の姿

駆逐艦、軽巡洋艦と見たため、次は重巡洋艦の選定。私達の鎮守府の重巡洋艦には、足りない部分がないといえるくらい精鋭が揃っているため、数を増やしたいという理由での選定になる。青葉さんの命中精度、最上さんと古鷹さんの万能性、高雄さんのスナイプと似たようなことができる人がいるととてもありがたい。

 

「重巡洋艦に知り合いはいないのよね」

「御姉様も初めてなのですね。どのような方がいるのでしょう」

 

相変わらず春風は私の後ろに下がる。重巡洋艦の方々は私も初めてなのだから、少し怖い。

ひとまず電探の反応から重巡洋艦の集まる場所に向かうことにした。が、そこには見知った反応もあった。

 

「照月さんとレキさんもいるんだけど」

「走り回ってそこに行き着いたと……。レキさんらしいです」

 

春風は簡単に言うが、割とこれは重大な問題になりかねない。照月さんが一緒にいるとはいえ、戦艦レ級が1つの場所に留まっているということは、拘束されている可能性だってあるし、一触即発な状態の可能性もある。反応的に艤装を展開しているようではないが、1つの反応に接触しているようにも見える。

 

「誰かに接触している……? ちょ、ちょっと行ってみましょ」

「気になりますね。行きましょう」

 

レキさんが何をしているか気になるので、少し急いで向かうことにした。万が一のことを考えておかないと。

 

 

 

重巡の方々は今日は訓練がないらしく、いつでも出撃できるように待機室に詰め寄っていた。とはいえ出撃が無ければただの談話室。お茶を飲みながら談笑するのみである。事実上の非番。

レキさんはその待機室にいた。そこで待機していた高雄型重巡洋艦2番艦、愛宕さんに抱きついて気持ちよさそうに眠っていた。照月さんはすごく申し訳なさそうな顔。

 

「れ、レキさん……」

「いいのよ〜。可愛らしい子ねぇ」

 

レキさんの頭を撫でながら話す愛宕さん。鎮守府内を探検した結果、ここにたどり着いて疲れて眠ってしまったのだろう。それにしてもあの眠り方はあまりよろしくない。

 

「この子と照月ちゃんから話は聞いてるわ。援軍の選定をしているのよね〜?」

「そこら中で言い回っているようですね。はい、その通りです」

 

こちらでも話が通っているようなので、早速本題に入る。私の重巡洋艦の知識が偏っているというのもあるので色々教えてもらいながらの選定になる。

 

「そちらに航空巡洋艦っているかしら?」

「最上さんの艦種ですね。でも最上さんは欠陥(バグ)の都合上、航空の要素は使えていません」

 

航空巡洋艦は重巡洋艦の別の形。通常の重巡洋艦とほぼ同様の能力に加え、水上爆撃機を装備することで航空戦にも参加できるようになる万能艦種である。

最上さんもその艦種ではあるが、水上爆撃機の発艦は夜にできないため、改装もせず重巡洋艦のままとなっている。

 

「なら、そちらを援軍に使うのはどうかしら〜」

「なるほど確かに。私達の鎮守府は空母も少ないので、航空戦力が増やせるのは大きいですね」

「というわけで、鈴谷ちゃ〜ん、熊野ちゃ〜ん」

 

愛宕さんに呼ばれたのは、その航空巡洋艦の2人。最上型重巡洋艦、もとい航空巡洋艦3番艦の鈴谷さんと4番艦の熊野さん。最上さんの妹ではあるものの、制服はまったく違い、外見も大きく違う。言われても妹というイメージが無い。

 

「あたごんどったの? って、いつの間に子持ちになったの」

「この子はレ級のレキちゃんよ〜」

 

鈴谷さんは見た目通りといっては失礼だがノリが軽い。誰とでも仲が良くなるような人だ。噂自体は回っているようで、レキさんを見ても驚く事もなかった。むしろそれをネタにするほどである。

 

「ヌメヌメしない深海棲艦なら可愛いもんだねぇ。鈴谷この子なら好き」

「ヌメヌメって……」

「イ級とかヌメヌメすんじゃん。ヌ級とかも」

 

それを素手で殴り倒している山城さんはそんなこと言ってなかった気がする。素手でというところが既におかしいのだが。

 

「鈴谷、あまりグイグイ行くと失礼ですわよ。貴女方も鈴谷がごめんなさいね」

「い、いえ、大丈夫です。そういった感想は初めて聞きますので」

 

熊野さんも見た目通りのお嬢様然とした人。物腰穏やかで、あちら側ではない春風とは相性がよさそう。

2人は正反対のように見えるが、北上さんと大井さんのコンビと同様にコンビプレーが得意だそうだ。主砲も魚雷も使える上に、航空攻撃まででき、さらにコンビでそれを2人以上の威力に上げることができるとなると、使わない理由はないだろう。

 

早速援軍の件を話す。まだ2人で確定というわけではないが、知っておいてもらって損はないはずだ。選ぶかどうかはさておき、そういうことをしているということを知ってもらった。

 

「戦力強化の援軍でしたら、わたくし達が適任でしょう。ねぇ鈴谷?」

「だよね熊野。鈴谷達はもう一段階進化を残しているからね!」

「わたくし達は軽空母にもコンバート改装できますのよ。足りない戦力を補ってくださいまし」

 

私や霞と同じようなコンバート改装ができる2人だが、艦種自体がまるっと変わるのはこの2人しかいない。瑞鶴さんが装甲空母になれるそうだが空母は空母。巡洋艦から空母となると話が違う。

 

「そっちは何が足りないの? 足りない方を鈴谷達が補えばいいんでしょ。言ってみ言ってみ」

「どちらかといえば空母が足りませんが、航空戦力が足りないということなので、航空巡洋艦が助かりますね。最上さんが航空戦力にカウントできませんので」

 

最上さんの名前を出すと目がキラキラと輝き始めた鈴谷さん。ここの鎮守府には最上さん、そしてもう一人の最上型である2番艦の三隈さんがいないらしく、姉の存在に憧れていたそうだ。

 

「うちの姉ちゃん、そんなヤバイ欠陥(バグ)なの?」

「眼を壊しているんです。日光と探照灯の光が見えなくて、夜にしか出撃できないんです」

「うっわ、それかなり重症じゃん。普段大丈夫なの?」

「日中の活動が制限されています。今は電探のアイマスクのおかげで手助けなしで歩けるようになりましたが、以前までは夜まで寝ているか部屋にこもるかしかなくて……」

 

最上さんの実情を話すうちに鈴谷さんも熊野さんも悲しそうな顔に。やはり姉がそんなことになっているのは辛いのだろう。もし援軍に呼んだとしても、一緒に戦える状況は本当に限られている。日中に一緒にいることもままならない。

 

「朝潮さん、我々に貴女達のことを詳しく教えてくださいませんこと? 存在は知っているものの、どれほど重篤なものかは理解していませんの」

「そだね……うちら全然知らないもんね。鈴谷も知りたいかな。君達がどういうところでどういうことしてんのか」

 

叢雲さんからも少し聞いているが、私達の鎮守府がどういうものかを細かく知っている艦娘は実は少ない。本来解体対象となる欠陥(バグ)持ち艦娘を運用している最前線の鎮守府という程度だそうだ。ここの鎮守府はそれに加え、共存可能な深海棲艦も仲間にしているということも伝わっている。

どんな欠陥(バグ)が存在するか、どんな運用の仕方をするかなどはまったく伝わっていない。私達の戦闘方法なんて以ての外。

 

「わかりました。私達の復習も兼ねてお話しします」

「よろしくお願いしますわ」

 

鎮守府のことを説明するだなんて初めてのことだが、わかりやすく伝えることができるだろうか。

 

 

 

端的に私達の鎮守府のことを話した。ひとまず望まれた鈴谷さんと熊野さん、そして未だレキさんが抱きついて寝たままの愛宕さんに聞いてもらうことに。

足りない部分を補いながら戦うという方針自体が、本来鎮守府には存在しないもの。私や春風が話す内容は、ここの鎮守府に所属する艦娘にとって真新しいことばかりだ。

 

「以上です。私達の鎮守府、わかっていただけましたか?」

「すごいわね〜。私達では考えられないような環境ね」

「予想以上でしたわ」

 

鈴谷さんに至ってはまだ頭をひねっていた。

特に混乱していたのが、自分もコンバートで行うであろう軽空母のこと。私の鎮守府の軽空母は龍驤さんしかおらず、その龍驤さんは浮き砲台である。曳航しない限り戦場に出ることすらできず、必ず1人が出撃を手伝うことになる。

 

「海の上で動けないなんてありえないよ……それで空母トップの実力って凄すぎない!?」

「誰かしらが曳航できれば制圧力が段違いになりますから。基本的には私が曳航ですね」

 

龍驤さんと蒼龍さんを曳航するのは、唯一攻撃不能である私が基本だ。少しずつではあるが曳航の訓練も始めている。特に龍驤さんは、小柄なおかげで曳航もしやすく、艦載機の発艦が弓を射るより手早い。曳航しながら対空砲火をしていても、龍驤さんへの影響はかなり少なく、戦場では十全とは言わずともいい成果が出せている。

 

「ていうか、鈴谷達そんな戦い方できる自信ないよ!」

「何処にでも配置できる艦娘が援軍として欲しいんです。汎用性のある艦娘、数えられるほどしかいませんから」

 

特殊な欠陥(バグ)のせいで、艤装に難は無いが出撃が規制されている艦娘は、ブレーキの効かない那珂ちゃんさん、紙の装甲である長良さん、日中出撃できない最上さん、あとは浮き砲台組、低速化組、オーバースペック組。こう数えると、思った以上にいる。

 

「岩礁帯だと魚雷が使いづらいので高雄さんが出られません。混戦していると索敵ができない古鷹さんが出づらくなります。そもそも昼だと最上さんが出られません」

「これはお手伝いしがいのある現場ではなくて?」

「えらい場であることはよーくわかった」

 

話しているうちにレキさんが目を覚ました。寝ぼけ眼で愛宕さんの顔を見るなり、もう一度胸に顔を埋める。気に入ったらしい。

 

「テンネエチャンミタイダ」

「ああ……天龍さんに近いかもですね」

 

ひとしきり感触を楽しんだ後、愛宕さんから離れた。そのまま今度は私に抱きついてくる。

 

「ナンノハナシシテタ?」

「私達の鎮守府がどんなところかを話してたんですよ」

「イイトコロダゾ! トモダチイッパイ! タノシイ!」

 

レキさんも鎮守府の良さを説明していく。欠陥(バグ)が何たるかを話すわけでなく、ただただ鎮守府が楽しい、住み心地がいいということだけを、子供の言葉で伝えた。私が話すより説得力があった。

 

「ドウダ! レキノセツメイ!」

「よく頑張りました。わかってもらえましたよ」

 

鈴谷さんも熊野さんもいろいろと理解したようだ。少なくとも欠陥(バグ)は悲観するものではないと。最上さんの件も、かなり重症ではあるが、楽しくくらしているのは間違いない。あの仮面もなんだかんだ気に入っているみたいですし。

 

「オッケー。そっちの鎮守府がいいところなのはよくわかったよ」

「わたくし達を是非使ってくださいまし。少なくとも、そちらにお邪魔したいと思いましたわ」

 

割と簡単な話ではあったが、こちらの在り方はわかってもらえたようだ。それで興味を持ってもらえたのなら御の字。

 

「仮面つけた姉ちゃんにも会いたいし」

「それがメインですか。結構驚きますよ。軽巡棲姫の仮面ですよ?」

「なんでそうなんの!?」

 

この反応もわかる。

 




これにて選定は終了。大分多いですが、その全員を使うかは浦城提督と秘書艦叢雲の采配。


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理解と信頼

私が見るべき艦種は確認できた。レキさんは一眠りしたおかげかさらに元気になり、照月さんを連れてまた走り回っていった。あとからお詫びの品でも渡した方がいいかもしれない。

 

私の仕事は終わったので、春風と共に一度会議室へ戻ることにした。ガングートさんももしかしたら戻ってきているかもしれない。レキさんは……まだまだ遊び足りないだろう。

 

「お帰り。どうだった?」

 

そこにいたのは叢雲さんだけだった。ガングートさんとは途中で別れ、雑務をこなしていたらしい。

 

「駆逐、軽巡、重巡と見せてもらいました。何人か援軍候補も挙がっています」

「そう。ちなみに何人くらい?」

「各艦種で2〜3人ですね。熱いオファーもありました」

「神通さんでしょ。私にも言ってきたもの」

 

候補を叢雲さんに伝えておいた。軽巡枠では3人から援軍候補リクエストを貰っている。そんなにも人を借りてもいいものかは判断できない。

 

「ふむ……今のところ海が静かだから不可能ではないわ。航巡2人もまぁ大丈夫でしょ。うちには利根型もいるし。雷巡2人……うーん、ここは要相談かしら」

 

貴重な艦種は鎮守府に残したいというのはわかる。

航空巡洋艦はこの鎮守府に4人。出会った鈴谷さんと熊野さんに加え、利根型姉妹が共に改二のために航空巡洋艦に改装されている。半分を援軍にしてもらえるのはありがたい。

重雷装巡洋艦は北上さんと大井さんに加え、その妹である5番艦、木曾さんがいる。全艦娘を見ても重雷装巡洋艦はこの3人しかおらず、特殊な軽巡洋艦でなければ同じことができないため、援軍とするかは迷いどころのようだ。

 

「少しこちらでも考えさせてもらうわね。私の一存では決められないし」

「了解です。こちらも何も考えずに候補を挙げただけなので」

 

こちらの意思は伝えることができたのだから問題ない。最初はもっと少ないものと考えていたのだ。それが意見まで聞いてもらえているのだから、これ以上何も言えないだろう。

 

「さて、他がまだ戻ってこないわね。ということは、朝潮にもまだまだ時間があるわよね」

「そうですね。今日はもう何もすることはないでしょう。休暇と考えて自由に過ごさせてもらいます」

「なら、私からの最後のお願い」

 

叢雲さんが立ち上がった。雑務もある程度終わったようで、いろいろと余裕が出来たようだ。

 

「話をいろいろと聞いていても、どうしてもわからないことがあるのよ。だからそれを見せてもらいたい」

「何をでしょう」

「アンタの実力。完全な補助要員、一切の攻撃ができない艦娘が旗艦たり得る理由」

 

私の実力と言われても、個人では何もできないのが私だ。あくまでも私以外を引き立てることが私の仕事であり、主役になるつもりは毛頭ない。旗艦を任されているのは、私が一番最初に敵の索敵する必要があるため、先頭に立つからである。あとは道案内。

 

「旗艦なのはたまたまですよ。この鎮守府の場所を知っているのが私しかいなかったというのもありますし」

「白露も皐月もいるじゃない。というかあの時は白露だったでしょ」

「春風とレキさんは私が一番制御できるので。本当にそれだけですよ」

 

嘘は何一つ言っていない。春風は依存から、レキさんは刷り込みから、私がいることが一番安定する。今回の旗艦に関しては私が適任。

 

「あー、もう、オブラートに包んで話していたけど、直接聞くわ。嫌なこと言うけど許してちょうだい。先に謝っておくわ」

「補助役が戦闘で役立たずだと思うなら間違いですよ」

 

図星をつかれたという顔をした。私に対してならそれくらいしかない。

補助役は私達の鎮守府特有であり、また、現在私しか存在しない部隊の役割。逆にいえば、他の鎮守府では絶対に存在しない役割である。理解されないのも仕方ないし、私の存在価値が納得できないのも私でさえわかる。説明も難しい。

 

「証明してほしいのよ。何がどう役に立っているのかが理解できないの」

「癇に障る言い方ですね」

「春風、大丈夫だから落ち着いてね」

 

叢雲さんの物言いに古姫が出そうになっていたのでやんわりと押さえ込む。嫌なこと、と前置きされただけあり、直接的に嫌味を言われたようなものだ。私は最初から覚悟の上だが、春風には耐えられないことだった。

 

「御姉様を侮辱するのなら、わたくしは許せません。撃ってもいいンダゾ」

「だから落ち着きなさい。理解させればいいんだから」

 

こういうことを言われたときのことは考えてある。見てわかる簡単な解決方法。

 

「叢雲さん、今から時間ありますか?」

「ええ、大丈夫よ」

「演習しましょうか。この鎮守府で一番新人の駆逐艦を貸してください」

 

叢雲さんは少し悩んだようだが、こちらの具申をすんなり通してくれた。叢雲さん自体が駆逐艦の中でトップクラスの実力であることは私もわかっている。だからこそ、身体で覚えてもらう必要があるだろう。

 

 

 

駆逐艦の演習場。まだそこには他の駆逐艦の方々がいる。そこに叢雲さん含めて私達が再び来たので、何事かとザワザワし始めた。さらに春風の機嫌が明らかに悪くなっているのもそれを助長している。

 

「一番の新人がご所望だったわよね。何の因果か、この子よ」

「朝潮型駆逐艦、朝潮です。よろしくお願いします」

「よろしく。私も朝潮なので、大丈夫ですよ」

 

まさかここで同じ顔を見ることになるとは思わなかった。()()()()()()()私がここでいう一番の新人だそうだ。ここ最近建造により生まれ、練度も無いようなもの。実戦経験も0。

割と私も動揺している。いつかこの時が来るとは思っていたが、このタイミングとは。自分の顔を自分で見る、艦娘特有の状況。初めてなので慣れない。

 

「別の私、訓練は全て終えていますか?」

「はい、近々実戦の予定です」

「わかりました。叢雲さん、作戦会議しますね」

 

自分を連れて叢雲さんから離れる。その間に演習の準備をしておいてもらう。春風が中指を立てそうな勢いだったがどうにか制した。

 

「右手に主砲、左手に魚雷。そう、私は本来こうやって生まれてたのね……」

「あの、もしかして叢雲秘書艦と演習ですか?」

「ええ。私の指示通りに動いて。勝てるから」

 

今回は別の私を使って私の力を叢雲さんに教えるための演習だ。別の私には申し訳ないが、今回だけは完全に私の道具になってもらうことになる。勝ちの感覚を覚えてもらういい機会なのかもしれないが、やはり気がひけるものだ。いくらそれが私だとしても。

 

「春風、目隠し」

「これでいいですか?」

「ええ、ありがと」

 

叢雲さんを納得させるのなら、完膚なきまでに倒した方がいいだろう。そのため、目隠しまでしておく。実際、これは私の行動予測の訓練としても使わせてもらおう。

 

「大丈夫よ別の私。相手は百戦錬磨の秘書艦様かもしれないけど、私が勝ちに導いてあげる」

「は、はぁ、わかりました」

「貴女を道具にしてしまってごめんなさい。今だけは力を貸して」

「何か理由があるんですよね。わかりました別の私。私を使ってください」

 

これは私を理解してもらうための、この鎮守府の方々に補助役という謎の役割が何たるかを知ってもらうため演習だ。

 

「準備できたわよ。……って、アンタ、それでやるわけ?」

「はい、これで結構です。今回は視界が邪魔なので」

 

まだ叢雲さんがどういうクセを持つかはわからない。だからこそそれを予測しなくてはいけない。一撃でやられる事がないようにしなくては。

 

 

 

演習が始まり、常に計算し続けた。

叢雲さんのクセはすぐにわかった。絶対に真正面に撃たない。撃つときに若干左にブレる。それも込みで照準を整えている。それだけわかれば、次の攻撃の方向と移動方向は全て計算できる。

別の私は本当に新人である事がわかる。撃つときの反動を軽減するために少し止まる。魚雷は片腕で撃つことはできない。移動も少し膨らむ。

 

「当たらない……!」

 

指示通りに動いてくれているので、叢雲さんの攻撃は一切当たらない。1対1を掌の上に乗せた場合、回避だけなら完全に予測できる。

後ろを取れば勝てると踏んだのかもしれないが、振り向く事なく避けさせる。その方がインパクトは強いだろう。

 

「8時回避、5時主砲」

「了解」

 

さすが別とはいえ私。私の指示はちゃんと理解してくれる。私は私なのだから、誰よりも連携は一番しやすいのかもしれない。本来こんな事はできないが、今だけは特別。

 

「主砲を少し上へ」

「了解。ほんの少し上げます」

 

魚雷を使って徐々に追い詰め、ほんの少しの隙も見せて釣る。余裕を無くさせて正常な思考をさせなくし、隙を引きずり出す。だが叢雲さんは初期艦であり秘書艦を務めるほどの実力者。そんな簡単に隙なんて見せてくれないだろう。

 

「あの子の指示だけでここまで……!」

 

いわば最上級と最下級の戦い。それでも五分五分以上に持っていくのが私の役目。充分すぎるほど身にしみてくれているはずだ。

 

「2時回避、11時魚雷」

 

目隠しをしたおかげで集中できている。あの夜戦の時にも感じた、思考への没入感。音が聞こえなくなり、2つの反応にしか思考が向かなくなる。

叢雲さんの行動が少しずつ先まで読めるようになってきた。ほんの僅かだけ、私の思考は()()()()()()()。あとは別の私の反射神経などの計算だけだ。動く位置を撃たれる前に計算しないと間に合わない。1秒は先回りしなくては。

 

「3時主砲」

 

しばらく続けたことでタイミングが合った。焦ってくれることは無いだろうと思っていたが、私の思考が少しだけ()()に行ったおかげで、次の位置がわかった。別の私の射撃のタイムラグを、私の行動予測、いや、『未来予知』により完全に補った。

 

「っな!?」

 

別の私の撃った攻撃は、叢雲さんの左胸に直撃。大破どころか一撃轟沈も視野に入る急所だ。撃った別の私の方が驚く始末。

 

「……以上」

 

没入していた意識を戻し、目隠しを取った。周りで見ていた人達は何が起きたのかわかっていないようだった。おそらくこの鎮守府でトップの実力である駆逐艦の叢雲さんが、先日配属したばかりの艦娘に手も足も出ず負けたのだから。

 

「素晴らしいです御姉様。ここの朝潮さんはまったくの無傷です」

 

陸地から指示を出していた私に駆け寄る春風。頭痛はするが、計算が比較的少なかったおかげでそこまで酷くない。以前の鼻血を出すほどの脳の使用量ではなかったようだ。一旦電探を切れば、頭痛もスーッと引いていく。

 

「理解したわ。さっきの発言、心から謝罪する。ごめんなさい」

「わかってもらえればいいです。春風、これでいいわね?」

「……御姉様がそういうのなら」

 

多少は機嫌が直ったようだが、まだ叢雲さんの目を見て話す事はしないようだ。

 

「ありがとう別の私」

「こちらこそ、ありがとうございました。あまりにも指示が的確だったので私も驚いてしまいました」

「これが私の役割だから。」

「はい、今日の経験を忘れず、精進します」

 

ビシッと敬礼する別の私。生まれたばかりの私はこんなだったのかとシミジミ思う。鎮守府での経験が個体差を生み出し、今の私が形成されているわけだが、なんというか、初々しい。

 

「援軍を送ることに躊躇いが無くなったわ。全力で支援させてもらうから」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

理解と信頼を勝ち取るための演習、全ての方向でうまく行った。この後、他の駆逐艦から怒涛の質問責めにあうことになる。

 




全く同じ声同じ顔の他人と出会うというのも艦娘特有の現象。ドッペルゲンガーのようにも思えるけど、それが世界の在り方だから仕方ない。まるゆを何人も確保している人だっているわけだし。


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反省と和解

叢雲さんとの演習を終え、会議室に戻った私と春風。叢雲さんは司令官と話がしたいと執務室へと直接向かったため、今は春風と二人きりの状態。

春風は叢雲さんの言動でご機嫌ナナメ。叢雲さんは演習を通して私の役割をキチンと理解してくれたし、最後には謝罪してくれている。私はそれだけで充分納得できているが、春風は機嫌が少しは直ったとはいえ、まだ納得できていない。

 

「春風、叢雲さんを許してあげて。私の役割は簡単に理解できないの。それは私だってそう思っていることよ」

「それでも嫌味を言われた事実は覆せません。御姉様を侮辱する意思を見せてます。許せそうにないです」

 

春風の瞳から炎が出てきている。感情が制御しきれていない。

これから仲間として支援してくれる人と仲違いしたままというのはよろしくない。反省の色を見せてくれているのだから尚更だ。

 

「私のために怒ってくれているのは嬉しい。けど、叢雲さんは理解してくれたわ。もう怒らなくてもいいの」

 

最近は鳴りを潜めていたが、私への依存は相当なものだ。私への侮辱が自分への侮辱に繋がるほどに腹を立てている。さらにそこに心の歪みが上乗せされ、他が見えなくなっている。

負の感情で深海棲艦側に倒れすぎると戻ってこれなくなる可能性だってある。春風にはそういう危険性もあるのだ。

 

「春風、落ち着いて。ね?」

 

優しく抱きしめてあげる。お子様な私の身体で癒されるかはわからないが、春風にはこれが一番効果的ではないかと思った。

瞳の炎は止まることはないが、少しずつ勢いが無くなってきているように見える。

 

「大丈夫、私は大丈夫だから」

「御姉様……」

「ありがとう春風。私のために怒ってくれて。でも、もう大丈夫」

 

やんわりと頭を撫でながら言い聞かせる。まるで小さな子供をあやすような仕草になってしまっているが、当の本人は逆に身体を押し付けてくるほどに求めてくる。

 

「私は叢雲さんを許した。だから、春風も叢雲さんのことを許してあげて。ね?」

「はい……御姉様がよろしいのなら、わたくしは許します」

 

まだ納得するまでは時間がかかるかもしれないが、せめてきっかけくらいは私が与えよう。私に依存するなら依存するで構わない。仲間を敵と思うことだけはやめてもらいたかった。

 

「もう入って大丈夫か?」

 

会議室の扉の向こうにガングートさんがいることに気付いた。先程の演習のときから電探を切ったままにしていたからわからなかった。

春風は離れようとせず、一層力を込めて抱きつき返してくる。今はなすがままにしておくのがいい。

 

「はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」

「構わん。あの叢雲と何かあったんだろう。春風がそこまで不安定になるくらいだ、貴様が貶められたか何かか」

「そう……ですね。私の役割のことで少し春風が揉めました」

 

ガングートさんに掻い摘んで説明した。

 

「なるほど、端的にだが理解できた。春風が不安定になるのもわかった」

「はい……ですが、今更になって後悔しています」

「ほう?」

 

今回のようなことが起きた時に前々から考えていたのが、言った本人に身をもって私の存在理由を体験してもらうという手段。それでもこちらが負けてしまった場合は本当の役立たずになりかねない諸刃の剣。

だが、結局のところ、これは私が怒りに任せて上から殴りつける行為に過ぎないのだ。自分の立場を自分で認めるために、相手を利用しているだけ。演習という場を使ったのも、より自分を認めてくれる人を増やすためとなってしまう。ただの力の誇示だ。

 

「プライドでの殴り合いは不毛ですよね……」

「それを理解しているのならいい。貴様は叢雲がそれでも折れないと思ったからこそ、その手段に出たのだろう?」

「はい……」

 

叢雲さんとは何度も話をさせてもらっている。初期艦であり場数も踏んでいるため、芯が誰よりも強い。勝ちも負けも幾度となく経験していることで簡単には折れないだろうと思った。だから、今回の手段を使った。

 

「それに、叢雲さんは自分の目で見ないと信じないというのもありました」

「あの手のタイプはそうだろう。私も案内された時に少しあってな。白兵戦を見せたんだ」

 

白兵戦を見せることで、ガングートさんが元北方水姫であり、主砲を使えず魚雷が使える特殊な戦艦であることをハッキリと理解したそうだ。

ついでに照月さんにこういうことが起こり得るということも教えたらしい。俄かに信じがたい現象だが、それが現実と知らしめることができた。

 

「榛名の姉という金剛と演習をさせてもらってな。主砲の攻撃を全て艤装で払ってやった。その時の叢雲の顔ときたら傑作だったぞ」

「ガングートさんも人が悪いですね」

「だが、現実を受け入れる力は持っている。すぐに納得した。私はこういう戦い方をする艦娘なんだとな」

 

柔軟な対応が出来るからこそ、今のあの位置にいるのだろう。初期艦であり、秘書艦であり、駆逐艦トップの実力を持っている。

 

「今回はいい勉強になったと思っておけ。私達を理解してもらえるのはありがたいんだ」

「そうですね。あまりマイナスに考えないようにします」

「それでいい」

 

話しているうちに春風が眠ってしまっていた。慣れない衆人環視の中で疲れ切っていたのかもしれない。今は寝かしておいてあげよう。

 

 

 

しばらくしてレキさんも帰ってきた。照月さんはヘトヘトだった。

 

「げ、元気いっぱいだね、うん……」

「すみません照月さん。任せきってしまって」

「ううん、大丈夫。おかげで鎮守府全部回れたし、全員と挨拶できちゃった」

 

そのレキさんは私に飛びつこうとし、先客があることに気付いて急ブレーキ。方向を変えてガングートさんに飛びつく。

 

「ココ、ヒロクテタノシカッタ!」

「そうかそうか。そいつはよかったな」

「トモダチモ、イッパイデキタゾ!」

 

この外交力は見習いたい。照月さんもレキさんのおかげで話がしやすかったという。

レキさんはその存在が本来ならあり得ないだけで、中身は無邪気な子供だ。話しかけられて無視をするような人はここにいないということだ。

 

「ハルネエチャン、ネテルノカ?」

「周りの視線で疲れてしまったようで。そっとしておいてあげてください」

「ワカッタ!」

 

レキさんもそのままガングートさんに抱きついて眠ってしまった。さっき愛宕さんに抱きついて寝ていたのに。まだまだ育ち盛りということなのだろうか。

 

「ガングートさんいるかしら……って、2人寝てるの?」

「照月さんもうつらうつらしてますね」

「レキに連れ回されて疲れてるんだろう。寝かせておいてやってくれ」

 

司令官との話を終えた叢雲さんも改めて会議室にやってくる。戦艦と空母の選定を聞くためだ。春風さんが眠っているのを見て少し安心したような顔をしたのは見逃さなかった。

ガングートさんからの選定結果を聞き頭を悩ませる叢雲さん。空母はいいとして、戦艦の方が悩みどころなようだ。そんな中、ガングートさんが突然ふっかけた。

 

「叢雲、朝潮から話を聞かせてもらった。朝潮のことはわかってもらえたようだな」

「っ……朝潮がいる場で言うなんて、ガングートさんも性格悪いわね」

「元深海棲艦なんでな。で、どうだった。こいつの戦いは」

 

私もどう感じてくれたのかは知りたかった。あの時は状況が状況だけに聞きづらかったため、今からでもできれば聞きたい。私はどういう評価されているのだろう。

 

「正直驚いたわ。行動が全て先読みされているんだもの。しかも他人経由で先読みでしょ? どれだけ先を見えてるのか」

「さっきは1秒先まで予測していました」

「フェイントまで読んでたわよね。なんなのよそれ、予測通り越して予知じゃない」

 

フェイントが読めたのは偶然に近い。叢雲さんの性格まで加味して予測したからこそ、タイミングが合わせられた。戦場では敵の性格なんて考えていられないので、あまり使えないテクニックではある。

 

「あれは倒し甲斐があると思ったわね。朝潮の予測の先に行けるようになればさらに強くなれるわ」

「叢雲さんがこういう方で良かったです」

 

先程までのガングートさんとの話を叢雲さんにも話した。私の驕りでもあり、反省点。

経緯はどうであれ、勝者が敗者に謝罪するというのはプライドに傷をつけるような行為ではあるが、話すことで叢雲さんへの謝罪とした。

 

「気にしなくてもいいわよ。私がそんなことで折れるかっての」

「叢雲さんが強い方なので大丈夫でしたが、使わないに越したことはないです」

「むしろ積極的に使えば? 実力もないのにアンタのこと否定するやつは心を折ってしまいなさい」

 

先程反省したばかりなのに、肯定されてしまった。

というか実力があっても否定されるのは私が嫌な気分になるし、その前に春風が動き出す。相手がどうであれ、存在を否定するのは良くない。

 

叢雲さんの強さを改めて知ったところで、胸の辺りがモゾモゾし出す。春風が目を覚ましたようだ。

 

「ん……あれ……わたくし……」

「おはよう春風。慣れない視線は疲れたんでしょう。眠いならまだ寝ててもいいのよ。叢雲さんも照月さんもいるけど」

「え……」

 

飛び起きた春風。叢雲さんもバツが悪そうな顔。まだこの2人のわだかまりは残っている。

 

「叢雲さん……も、申し訳ございませんでした……」

「アンタが謝ることは何もないわよ。心無いことを言ったのは私なんだから私が何度でも謝るわ。ごめんなさい」

 

自分の非を認めている叢雲さんはすぐに謝罪の言葉を口にした。春風もこれにはたじたじ。結局は謝りあいに発展する。

 

「хорошо. お互い自分の非を理解しているのならそれでいいだろう。和解の握手でもして終わりにしろ。このままじゃ一生終わらん」

「う、うぅ……」

「はい、握手。ついでにハグでもしておこうかしらね」

 

春風は割り切れたかわからないが、これで手打ちとなった。ここでまだ引っ張るようなら、私が春風を説教することになる。

 

 

 

一晩過ごし、照月さんに何事もないことが確認できた。これから戦闘訓練をしていき、そこで何か出るようならまた話をすることになる。どこの鎮守府でもそうだが、前例のないことは知っているところに聞くのがベストである。

この一晩で春風の機嫌は直っていた。叢雲さんとの和解はまだぎこちないものだったが、私とレキさんで添い寝してあげたのが大きかったようだ。

 

全てのことが終わったため、出立の時。浦城司令官はまだ雑務に追われているとのことで、叢雲さんと照月さんが見送りに来てくれていた。照月さんは同じ境遇のガングートさんと仲良くなっており、経過観察という(てい)ではあったが一つの部屋で寝泊まりしている。

 

「戦闘を繰り返すことで艤装が深海寄りに変化する可能性はある。それだけは気をつけるんだぞ」

「はい、ありがとうございましたガングートさん」

「あと、私はあまり実感は無いのだが、ちょくちょく言動に()()が出ることがあるらしい。それに関しては気にするな」

 

これに関しては昨日の夜に私が確認している。

照月さんは『痛み』に敏感。これは防空棲姫にもあったことらしい。相手に痛みを嬉々として与え、痛みを受ければ同等にやり返す、防空棲姫特有の思考がほんの少しだけ残ってしまっているようだ。

 

「朝潮、助かったわ」

「力になれて良かったです」

 

最後にガッチリ握手。叢雲さんに対してのわだかまりは全て消えている。いろいろあったが、心強い仲間だ。

 

「次はそちらを助ける。援軍は出来る限り要求通りに出すから」

「はい、よろしくお願いします。それでは」

 

敬礼して鎮守府を出た。春風も名残惜しそうにしていたので、ある程度は吹っ切れたのだろう。私も一晩とはいえ愛着が湧いてしまった。

 




叢雲はオフィシャルでもクールな一匹狼と書かれているんですが、バレンタインの時に典型的ツンデレを見せてくれているので、艦娘同士なら割と素直なんじゃないかなと予想。


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裏方の実情

帰投後、司令官に報告をし、一旦援軍の件は私から離れた。照月さんの件も今後の役に立つということで簡単な報告書に纏める。哨戒任務とかなら形式上で済むことでも、他鎮守府への出向となると、地味な作業もあるようだ。

 

「すまないね朝潮君。簡単でいいからね」

「いえ、こういうことも経験ですので。あちらでは秘書艦の叢雲さんがずっと書類とにらめっこしていました」

「浦城君のところは開設当初からずっと秘書艦が叢雲君だったからね。それだけ信頼が厚いんだよ」

 

私達の鎮守府の秘書艦は常に大淀さんだ。出撃できないという大きなハンデを持っている分、雑務、特に司令官の補佐で大きく貢献している。今では大淀さんがいなくてはこの鎮守府は回らないだろうと思えるほどだ。

 

「あちらで一晩過ごしましたが、いろいろなことがありました」

「そうか。なら、時間があるなら話してもらえないかい? どんなことであれ、子供の成長は私は嬉しい」

「了解しました。いいことも悪いことも全てお話しします」

 

話せる限りを司令官に話した。聞いてもらえると、不思議と心が落ち着いた。

今回の出向は自分とも向き合えるいい経験だった。いろいろな人がいることもわかったし、いろいろな人間関係があることもわかった。喧嘩腰でも仲がいい神通さんと北上さんや、戦闘を介して春風と友人になった夕立さんは、私が見てきた中でも初めてのタイプだ。

 

「ありがとう朝潮君。君達の成長、よくわかったよ。特に今回は朝潮君自身が成長できたみたいだね」

「そう……ですね。自分を見つめ直すことも出来ました」

「なら、これからもよろしく頼むよ。負荷はなるべくかけないようにするが、思い詰めそうなら私に話しておくれ。いくらでも相談に乗るよ」

 

報告書を提出し、執務室から出た。心なしか、以前よりもスッキリした。

 

 

 

今日の予定は一切ない。出向から帰ってきたということで、午後は非番となっている。同じように非番となったガングートさんは相変わらず筋トレへ。レキさんはヒメさんと陣地の方で遊んでいる。春風もそれの保護者としてついていった。ちゃんと朝潮型制服に着替えて。

久しぶりに一人の私。霞も今は北の掃討任務に出て行っている。ここ最近の掃討任務はかなり安定しており、中破以上の被害は少ない。だからといって慢心することなく、いつでも全力で向かっている。

 

「そろそろ終わる頃かしら……」

 

非番というのは総じて暇である。娯楽の少ない鎮守府で一人でやれることといえば、散歩か、資料室に置かれたはちさんのコレクションである小説を読むことくらいだ。

暇潰しも兼ねて、工廠に向かった。ついでに電探眼鏡のメンテナンスもしてもらおう。

 

工廠ではシンさんの深海艤装の改造の真っ只中だった。感覚がある部分へのケーブルの移植が主だった改造なのだが、複雑に絡み合ったケーブルを混線させないように適切な形に持っていくのはなかなか根気のいる作業らしい。

 

「よーし! やっと右脚接続完了!」

「シン、ミギガワダケハウゴクハズダ。ヤッテミロ」

 

セキさんに言われてシンさんが力を込める。ゆっくりとだが艤装が音を立て始め、タービンらしきものが動き出したのがわかった。

 

「ウゴイタ!」

「同じことを左脚でもやれば、艤装は動くようになるね。ただ、前と泳ぎ方が変わるだろうから、そこはリハビリしよっか」

「スゴイスゴイ、チャントウゴク! アタシノアシ、ウゴクヨ!」

 

艤装が動き出して大はしゃぎなシンさん。その姿に泣きそうな顔をしているのが側で見ていたゴーヤさん。ここに来てからずっと見ていたのだから、ここまで回復した姿に感動している。

 

「よかったでちねぇシンちゃん。これでまた泳ぐことに近付けたでち」

「ウン! デッチ、アタシ、ガンバル!」

「頑張るでち。あとでっちじゃなくてゴーヤね」

 

お姉さんのセンさんはというと、潜水艦用の深海艤装に必要な素材を集めているらしい。基本的には艦娘の素材でもなんとかなるのだが、どうしても深海産の素材もいるとのこと。今はイクさんとしおいさんを連れて、故郷の海中へと向かっているそうだ。

 

「じゃあ、艤装を元に戻していくからね」

「ハーイ」

 

テキパキと分解した艤装を元に戻していく明石さん。もう深海艤装の整備もお手の物のようだ。

 

「はい、おしまい! じゃあ艤装をしまってね」

「アリガトウ、アカシサン!」

 

艤装が消えると脚が不自由な状態に戻る。こうなると今度はゴーヤさんが車椅子に乗せてあげることに。以前と違って乗り降りにも協力的であり、ゴーヤさんとも仲が良さそうだ。

 

「はい、次は朝潮ね。電探眼鏡の定期メンテだよね。ちゃっと終わらせるよ」

「あ、はい、お願いします」

 

私の電探は毎日稼働して酷使しているように思えたが、メンテナンスの甲斐もあり故障も全くない。重要な場面で使えなくなることがないように定期的にメンテナンスをしていることが効いている。

 

「フル稼働し続けてるのに綺麗なものだよ。念のため配線変えておいたからね」

「ありがとうございます」

 

再び装備して起動すると、工廠の外に反応があった。掃討部隊が戻ってきたのだろう。霞の反応も含まれている。反応を見ている感じでは、何人か小破がいるが重症はいない。お風呂に入って終われる程度だろう。

 

「部隊が帰ってきています」

「お、もうそんな時間だったか。セキちゃん、次は艤装の整備だよ」

「ワカッタ」

 

工廠はいつも大忙しだ。本当にいつ休憩しているのかわからない。今でこそセキさんがいるものの、それでもこれだ。私達はお手伝いすることもできない専門職のため見ていることしかできないが、できることは自分でやることで応援することにしよう。少なくとも、戦場で傷付かなければ多少は仕事も減らせるだろう。

 

 

 

お風呂上がりの霞と合流。一晩春風とレキさんに占有されたといって、今度は霞が私にベッタリだった。いろいろあったため添い寝もしたと話したら、より一層ベッタリになった。

 

「工廠は本当に忙しそうね。何か手伝えることがあればいいんだけど」

「傷一つ負わないで戻ってくることが一番でしょ。手を患わせたくないのなら」

「そうよね、そうなるわよね」

 

霞の今の体勢は、春風を慰めていた時の、胸に顔を押し付けさせるハグ。喋るたびに胸でモゴモゴ言っていてくすぐったい。こんな姿他の人に見られたら、私は何も問題ないが霞が卒倒してしまいそう。

霞の戦闘は魚雷のみのため、他の人たちより一歩引いて戦うことが多い。そのため傷を負うことも少なめ。工廠に貢献できている戦い方。私は狙われてはいけないタイプなので、三歩は引いて戦っている。これも貢献できている。

 

「姉さんは特に無傷でないとダメよ。司令塔なんだから」

「司令塔なんて大それたものではないけど、攻撃を受けたくはないわね。他より脆いのは確かだもの」

 

などと言いながら、私は泊地棲鬼との戦闘で浮遊要塞撃破を買って出て、小破してしまっている。私らしくない戦い方ではあったが、部隊に貢献できている感覚が堪らなく嬉しかった。工廠には申し訳ないけど、もっと戦いたいと思ってしまった。

 

「戦艦棲姫改との戦いでは棒立ちになっちゃうのが残念だけどね」

「その分、全員の動き見てるんでしょ。それに姉さんには海域調査もあるんだもの」

 

戦艦棲姫改を任せて自分だけ北へ先行することが基本だ。それをサポートしてもらうための援軍でもあるわけだし。

援軍は北の大拠点にある黒の陣地を索敵するために必要な人員確保が大きな目的だ。戦艦棲姫改を任せてもよし、私についてきてもらってもよし。とにかく、最優先は黒の陣地の確認。

それなりに奥まで行かないと陣地を見ることができないのはなかなかに辛い。索敵範囲がもう少し広ければと思うこともある。

 

「電探のスペック、もう少し上げてもらおうかしら……」

「工廠に負担をかけたくないって言ってるのに何言ってんの」

「……そうだったわ」

 

そんなことを話していると、頭をテシテシと叩かれる感覚。電探の妖精さんが私に用があるようだ。一旦私の手に乗ってもらう。

残念ながら私達には妖精さんの声が聞こえない。唯一明石さんだけが会話が可能。こちらの言葉は理解しているようなのだが、会話自体はできないのでジェスチャーで何かを伝えてきていた。

 

「眼鏡の……ヒンジですか?」

 

電探の妖精さんも眼鏡をかけており、自分の眼鏡のヒンジの部分を指差していた。今まで気にも止めていなかったが、軽く撫でると、普通なら存在しないポッチがあることに気付いた。

 

「え、なにこれ」

「何かあったの?」

「小さい捻りというか、あれ、竜頭、竜頭みたいなものが付いてる」

 

とはいえ私の指だと大きすぎて回すことができない。爪で引っかかるのも難しそう。

妖精さんが今度は自分をヒンジの部分に持っていくように促してきた。言われるがままに妖精さんを目元へ運ぶ。

 

「え、な、なに!?」

「どうしたの?」

「索敵範囲が拡張された!?」

 

おそらく妖精さんが竜頭のようなものを捻ったのだろう。キリキリと音が聞こえ、今まで見えていた範囲がさらに拡がった。今まで見えていなかった領海ギリギリまでが見えるほどに。誰がどこで訓練しているかまで把握できる。

もう一度捻ることで、今までと同じ範囲まで狭まる。索敵範囲に段階が作られていることに、これだけの間使っていて初めて気付いた。

 

「もしかして……私が望んだら拡張するつもりだったとか?」

 

妖精さんが親指を立てていい笑顔をしてきた。最初からこの機能があったようだ。

 

「願いが叶ったじゃない。スペック上がったわ」

「事前に教えてくれても良かったんじゃないかしら。これは明石さんを問い詰めるまであるわ。工廠に行きましょう」

 

作業中かもしれないが、これに関しては話をしないと気が済まない。

 

 

 

再び工廠へ。明石さんとセキさんは空母勢の艦載機のメンテナンス中。本当にいつ休んでいるのだろう。

 

「明石さん、ちょっとお話が」

「んー、ちょっと待っててね。もう少しで一回区切りがつくから」

 

艦載機もそれなりの数がある。2人でメンテナンスをしたとしても時間がかかるだろう。それでも、小一時間ほどで全機整備してしまうそうだ。手際の良さもあるのだろうが、それでも手早すぎる。

 

「はい、オッケー。話って何?」

「電探眼鏡のことなんですけど。索敵範囲が拡げられるの隠してたんですか?」

 

少し考えた後、そういえばと思い出した様子。ただ単に私に伝え忘れていたように見える。定期メンテナンスのときにでも話してくれれば良かったのだが。

 

「いや、ね、伝えようと思ってたんだよ。忙しくて忘れてたなーって」

「そう言われると何とも言えないんですが」

「たださ、最初からMAXにできてたと思う?」

 

今でこそ鎮守府全域を把握しても脳に負担がかからない状態だが、訓練当初から最大の範囲だったら、私にどういう負担がかかっていたかがわからない。最初はたった10分で割れるような頭痛を感じていたくらいだ。1分も保たなかっただろう。

 

「無理ですね……今なら大丈夫な気がしますが」

「なら、今後は拡張していいよ。ただ、くれぐれも無理をしないように」

 

範囲をMAXにすると、鎮守府全域からさらに広い範囲を確認できるようになるが、当然だがその分情報量は増える。相変わらず海中は見えないとはいえ、この索敵範囲なら、今まで海域調査していた場所から少し行けば黒の陣地も確認できるだろう。

今ならこれだけの情報量に耐えられるだけの脳の容量(キャパシティ)があるとは思えるが、いきなりMAXにするのは負担が大きそうなので、ゆっくり段階を上げていこう。

 

「事前に教えなかったのは正解ね。姉さん確実にMAXの状態からやってたわ」

「そ、そんなことないわよ」

「そんなことあるわよ」

 

何も言い返せない。霞の言う通り、最初に知っていたら即MAXにしていた。

 

「アカシ、イッタンオワッタゾ」

「ありがとうセキちゃん。じゃあ休憩しよう」

 

珍しく明石さんの休憩に立ち会うことができた。私達はいつも何かしらの作業をしている姿しか見ていなかったため、少し安心した。

 

「休憩しないと提督が許さないからね。私一度倒れたことあるし」

「え、そうなんですか?」

「鎮守府が出来た最初の方にね。欠陥(バグ)をどうにか乗り越えられないかっていろんな道具作ってた時代だよ」

 

開設当初、欠陥(バグ)を受け入れるのではなく、欠陥(バグ)があっても通常と同じ運用ができるように改造する方向で動いていた時期があったそうだ。その時に一番働いたのが明石さん。

龍驤さんが移動できるようにするシステムを何日も徹夜で考えた末に倒れたという。結果は言わずもがな。欠陥(バグ)を乗り越えた通常運用が無理であることの証明となってしまった。

 

「私が倒れたことで今の在り方が出来たんだけどね。欠陥(バグ)を受け入れて、やれる事を伸ばすって」

 

その方向性で結果を出せているので、間違いではなかったと言い切れる。私もその方向で今の戦果が出せている。

 

「明石さんのおかげなんですね」

「おかげって言われてもなぁ。私のせいでみんなが()()()()になっていく感じがして最初は申し訳なかったよ。天龍の白兵戦、考案者私だし」

 

とはいえ戦闘ができるようになった天龍さんはさぞかし喜んだだろう。そのせいで命を軽んじて司令官に説教されたようだが。

 

「ま、みんなは私の事は気にせず私の分まで戦ってきて。その代わり、艤装の整備は完璧にこなしておくから」

 

元々戦場には殆ど出ないタイプの艦娘である明石さん。それでもいなくてはいけない人だ。これからも頼りにするだろうし、こちらを頼ってくるだろう。

 




艤装、装備関連の仕事をしている明石に暇なんて無さそうだけど、妖精さんのおかげで休憩時間くらいは取れる設定。夜もちゃんと寝てる。


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連合艦隊

本日の朝の会議の議題は、今後の援軍迎え入れについて。

援軍を迎え入れるためには、もう少し邪魔な小拠点を対処する必要がある。特に南寄りの拠点は援軍がこちらに来ることを邪魔してきそうなので早急な対処が必要である。

 

「北の大拠点も掃討任務の継続で拡大を防ぐことができている。残り僅かとなった小拠点を鎮圧し、援軍を迎え入れる準備をしよう」

「援軍はどれくらい来るんだ?」

「私とガングートさんで選定した結果、現状各艦種2〜3人というところです。なので多くて15人ほどですね」

 

今この鎮守府に配属されている艦娘は、非戦闘艦娘も含めて30人を超えた程度。深海棲艦を加えると40人ほどである。部屋数は足りているとはいえ、急に入るとなると話は変わってくる。

さらに本陣として元帥閣下の護衛艦娘の方々にも援軍をお願いできることが約束済み。

 

「そんだけいりゃ、朝潮を黒の陣地の近くまで運ぶこともできるな」

「あとですね、この電探の索敵範囲の拡張が出来ました。以前までの位置からでも、陣地の確認は出来るかもしれません」

「なら想定よりも楽になるかもしれねぇってことか」

 

明石さんが私に伝え忘れていた、索敵範囲の変更も少しずつではあるが実施中。いきなりMAXとは言わないまでも、徐々に範囲を拡げている。

 

「作戦目的は現状維持。掃討任務を続けつつ、小拠点の鎮圧とする。特に南に寄っている拠点を優先するよ。拠点の情報も揃いつつあるからね」

 

ゴーヤさんが復帰したことで、隠密行動による情報収集も捗っている。次に鎮圧する目標である南寄りの拠点の情報も一通り揃っていた。

 

「南東拠点と呼称する。ここは後回しにしてしまっていた分、拠点としての力が上がってしまっている。これに関しては申し訳ない」

「それでも北よりはマシなんやろ。ならうちらだけでも大丈夫や」

「と言いたいところなんだが……ゴーヤ君、いいかい」

 

潜水艦代表として参加しているゴーヤさんが、調査報告を展開する。

 

「ゴーヤ達3人で見てきたデータでち。陣地は無し。戦艦棲姫みたいなのがいるのは確認できたでち」

「みたいなのって?」

「前に見た戦艦棲姫改でもなくて、でも戦艦棲姫でも無かったの。真ん中くらいに見えたでち」

 

深海棲艦代表として参加しているミナトさんが、それはおそらく戦艦水鬼ではないかと話す。戦艦棲姫の上位種であり、戦艦棲姫改には劣るものの、堅牢さと火力は異常と言ってもいいほど。状況によってはこれの改すらも視野に入れなくてはいけなくなる。

 

「いいじゃない。戦艦棲姫改の前哨戦にちょうどいいわ」

「それだけじゃなくて……随伴に戦艦棲姫がいるんでち」

 

大問題だった。1体でも処理が面倒な戦艦棲姫が随伴となると、戦闘はかなりややこしくなる。強烈な火力を持つ2体の姫に挟まれた状態で、かつ他の小型の敵もいる可能性だってあるのだ。

強気な山城さんもこれには口を噤んだ。戦艦棲姫だけなら1対1でもどうにか出来てしまいそうな山城さんだが、それの上位種が隣に並んでいるとなると難しい。

 

「戦艦棲姫はどうしてましたっけ」

「3人いりゃあ何とかなる。掃討任務でもそれなりに出てきてるしな。改よか脆いし、皐月でも多少傷付けることができた」

「相変わらず主砲は効きづらかったね。私より高雄さんの魚雷の方が効果的だった覚えがあるよ」

 

戦艦棲姫の方は天龍さんと古鷹さんは掃討任務で何度か交戦しており、対策はある程度できていた。

本体のことはさておき、あの自律型艤装は主砲による攻撃が効きづらい。戦艦並の火力でようやく傷が付く程度である。そうなると、やはり魚雷による一撃必殺がメインとなるだろう。天龍さんと皐月さんの白兵戦も多少効果があるそうだ。とにかく主砲は難しいという判断。

 

「攻略する場合は雷撃を強めるべきということだね。艦載機からの攻撃はどうだい?」

「雲龍から聞いたんやけど、艦攻の雷撃はいい感じらしいわ。艦爆の爆撃は微妙やって」

 

やはり雷撃が効く。通常よりも火力が出る分、堅牢な装甲も撃ち抜くことができるのだろう。

 

「やれるなら本体狙いだな。そこは高雄さんなら行けるだろ」

「うん、途中からは本体しか狙ってなかったかな。私達の主砲で撹乱して、高雄さんに撃ち抜いてもらうのが一番早かったよ」

 

足元への攻撃だからか、主砲による攻撃よりもガードが甘いそうだ。

以前の戦艦棲姫改との戦いで霞に自律型艤装へ雷撃をやってもらったが、少し焦げただけだったのを思い出す。当たりどころも影響してそうだ。

 

「だが2体か……なかなか厳しい戦場だ」

「ゴーヤ達が見る限りは、でち。他にも随伴艦のイロハ級はいたでち。その中には戦艦もいたよ」

「少し置いておいたらそこまで成長してしまっていたか……最優先にすればよかったね」

 

司令官も苦虫を噛み潰したような表情。北とまでは言わないが、南東も厳しい場所。

だが、ここで一つ作戦を思いついた。せっかくなのだから、ここで試すのがいいだろう。

 

「司令官、提案があります」

「なんだい朝潮君」

「援軍、先んじて何人か呼びませんか? 私とガングートさんは選定したのである程度はわかりますが、先に連携をしておくのも必要なのではないかと」

 

浦城司令官の鎮守府から数人の艦娘を借り受け、連合艦隊で鎮圧に向かうというのが私の発案した作戦。雷撃特化の艦娘は思ったより少なく、空母は当然曳航前提。戦艦が使いづらい状況というのも辛いところ。

だからこそ、ここで人を借りる。南に寄っているということで海上での合流も可能だ。一旦ここに来てもらい、万全を期して出撃するのもいい。

 

「ええやん、ここで援軍見ときたいわ」

「本当に北の前哨戦にできそうね。連合艦隊、いいじゃない」

「そうだね、では浦城君に連絡してみよう。難しいようならまた作戦を考えることとする」

 

連合艦隊による出撃は、私はおろか他の人も殆どやったことのない戦闘だ。単純に数が増えただけとは考えない方がいいだろう。数が多い分、連携が大事になる。

 

これ以上の成長は困るということで、すぐに連絡をしていた。その結果、翌日にはここに4人の艦娘が到着する。さらにその翌日に出撃という段取りになった。急展開ではあるが、今回はそれだけ切羽詰まってしまった。

 

 

 

翌日。早速先行した援軍の4人が到着。今回応えてくれたのは、ガングートさんが選定した空母、大鳳さん。私が選定した駆逐艦、夕立さん。そして、重雷装巡洋艦、北上さんと大井さん。計4人。

 

「先行援軍艦隊旗艦、大鳳、外3名。短期間ではありますが着任させていただきます」

「了解した。南東拠点鎮圧に向けての共闘、心より感謝する」

 

大鳳さんは装甲空母という特殊な空母だ。以前会った瑞鶴さんがコンバート改装によりなれる艦種でもあり、敵として戦った装甲空母鬼を艦娘にしたようなもの。とはいえあちらはほぼ航空戦艦だったのに対し、大鳳さんは純粋な空母だ。普通の空母より装甲が厚く、中破状態でも艦載機が発艦できる。

少し小柄な体型だが、その力たるや、私達の鎮守府の蒼龍さんとほぼ同等、むしろ上回るほどだそうだ。正規空母が増えたというのは戦術として幅が広がる。

 

「おっす、朝潮。早速呼んでくれてありがとね」

「こんなに早くなるとは思ってませんでしたけどね。よろしくお願いします」

「今回は雷撃メインなんですってね。なら私達に任せてくれればいいわ。ね、北上さん」

「おうよー。雷巡に任せてちょーだい」

 

向こうで見た時よりやる気が漲っているように見える北上さん。神通さんより先にここに来たことでマウントを取っていたと後から大井さんに聞いた。北上さんらしい。

雷撃特化の重雷装巡洋艦は今回の戦いでは最も重要な位置に立つ。戦艦水鬼撃破の中心に据えられる可能性は高い。

 

「春風ー!」

「夕立! ヨク来タナ!」

 

あちらでは再会を喜び抱き合う春風と夕立さん。春風も喜びのあまり古姫側に傾いている。

あちら側の友人という唯一の存在である夕立さんは、火力も雷撃も駆逐艦から若干逸脱している。欠陥(バグ)も無いのにオーバースペック。さらにいえばデメリットもないという超絶性能。そのスペックを遺憾なく発揮してもらおう。

 

「連合艦隊による出撃は明日だ。それまでは英気を養ってほしい。自由に歩き回ってくれて構わないよ」

「ありがとうございます。こちらの艦娘に何か用があれば私へお願いします」

 

話してる最中から北上さんがやたらキョロキョロしていた。何か気になることでもあるのだろうか。

 

「朝潮、神通ボコった天龍ってのは何処にいんのさ」

「言うと思って呼んでおきましたよ。天龍さん、こっちです」

 

前々からずっと会いたがっていたので、どうせならとここで会えるように手配しておいた。天龍さんもそれだけ言われてるならと結構乗り気だったので都合がいい。

 

「ほーん……なるほどねぇ。そりゃ神通も負けるわ」

「お、見ただけでわかるクチか」

「改二じゃなかったらわかんなかったかもね。二の腕見りゃわかるよ。鍛え方が違う」

 

そういう部分を褒められると天龍さんも悪い気はしないようだ。自分のやってきたことを真正面から認められているのだから嬉しいに決まっている。

 

「朝潮にも聞いてたが、その観察眼、うちの山城姐さんみたいだな」

「あ、そうそう、ここの山城さんにも会ってみたいんだよね。さすがに嘘でしょ。装甲空母鬼の装甲叩き破ったとか」

「いや、マジだぞ。軽巡棲姫を片手で投げたり、泊地棲鬼をほぼ一人で()ったり」

「いやいや天龍、いくら戦艦様といえど素手でしょ? 武器持ってるわけでもないのに」

 

ここまで言ってもまだ冗談だと思っているようだ。まぁそうそう信じられるような出来事では無いだろう。私はこの目で見ているから信じられるわけであって。

 

「夕立も知りたいっぽーい! 深海棲艦って素手でやれるっぽい?」

「ヤレルカラ。山城サンハ本当ニヤルカラ」

 

夕立さんもこちらの話に興味を持ったようだ。春風の首に絡みつきながら運ばれてきた。ここまで戯れているのをみるのも初めてだし、ここまでされて古姫側に傾いている春風が受け入れているのも初めて見る。

 

「映像が無いのが悔やまれます」

「アレはグロ画像だからやめとけ」

 

そんな中、大井さんが何かを見つけて目を逸らした。

 

「北上さん……山城さん見つけました」

「えっ、何処よどこどこ?」

「少し奥の方です。入口の近く」

 

大井さんの言う方を向いた北上さん。見ただけでビックリしていた。私達は見慣れているため、あれが私達の普通である。白兵戦をしない山城さんがどんな人なのか気になるくらいだ。

 

「あれヤバイって。艦娘の域超えちゃってんじゃん。どうやって鍛えたらああなるのさ」

「朝から晩まで筋トレだな。ストイックに毎日延々と」

「こっわ! この鎮守府こっわ!」

 

そんな山城さん、おそらく南東拠点攻略の連合艦隊に入ることになる。自分から志願するだろうし、戦艦棲姫が潰せる強度なのかは測っておきたい。

 

「そっちの部隊は決まってるっぽい?」

「そういえばまだですね。雷撃主体になるのでうちの霞と高雄さんは確定かと。汎用性の高い吹雪さんや深雪さんもありそうです」

「春風も一緒に行こ! ステキなパーティーしましょ!」

 

血祭り(パーティー)なんだろうなとすぐにわかる。

 

「そうですね、わたくしも夕立さんと出撃したいです」

「あ、大人しい方の春風!」

 

こちらはこちらで好かれているようだ。今の体勢は変わらず、春風も受け入れたまま。仲がいい人が増えることはいいことだ。

部隊の配置は司令官の采配なので私からは何も言えないが、春風も部隊に組み込まれる可能性は高い。イロハ級の対処と戦艦水鬼への攻撃が両立できるからだ。汎用戦力はこういうときに頼もしい。

 

「ま、短い間だけどよろしく。大井っち、ちょっと見て回ろう」

「はい、北上さん」

 

軽い性格だがその強さは本物だ。頼りにさせてもらおう。

 




初めての連合艦隊戦。人数は多いけどやることは変わらず。欠陥(バグ)無しの艦娘の運用も初です。


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栄光の架け橋

援軍到着と同日に連合艦隊の配置が発表された。今回は戦艦の主砲が効きづらい戦艦水鬼、戦艦棲姫との戦いになるため、オーバースペック組はお休み。ただし、イロハ級の掃討には火力が欲しいため、ある程度は組み込む。

連合艦隊にはいくつかの形があるが、今回は空母機動艦隊という形になる。艦載機による制空権の確保と、艦攻での攻撃力の確保が目的。大鳳さんが呼ばれたのもそのためである。

 

「第一艦隊、機動部隊の6人は、旗艦高雄君。随伴に龍驤君、雲龍君、朝潮君、霞君、援軍の大鳳君」

「うちが出るんか。なるほどな、そのための朝潮っちゅーことかい」

「曳航と索敵を担っているからね」

 

空母を多めに出す必要がある場合はどうしても曳航役が必要になるのがこの鎮守府だ。曳航役はどうしても自分の攻撃が疎かになってしまうため、元々攻撃ができない私が適任。

第一艦隊は第二艦隊の後ろに立つことになるため、その位置からでも狙える高雄さんが旗艦として選ばれた。ほんの少しの隙間があればスナイプによる精密雷撃が期待できる。霞は雷撃主体のため高雄さんにスナイプも教えられている。いざという時は龍驤さんの曳航も可能だ。

 

「第二艦隊、水雷戦隊の6人は、旗艦山城君。随伴に天龍君、春風君、援軍の北上君、大井君、夕立君」

「山城姐さんが旗艦って大丈夫かよ」

「缶とタービンフル装備の高速戦艦だからアンタ達より速く動くわよ。滅茶苦茶な水雷戦隊なのは認めるわ」

 

空母機動艦隊は第二艦隊が露払いをするのが基本。そこに最高戦力を置いたのは、全員の温存も考えているからである。雷撃が強い北上さんと大井さんも最後まで温存したい戦力だ。露払いは山城さんと天龍さんが主体で行われるだろう。空母からの支援もできるので、通常よりは戦いやすくなるはず。

 

「以上12人での出撃となる。朝潮君、霞君、龍驤君はこのあと工廠に行ってほしい。曳航に関して明石君から話があるそうだ」

「姉さんはわかるけど私にも?」

「万が一の時のことよ。2人知っておいた方がいいでしょ」

 

明石さんからということは、何かいい装備でもできたのかもしれない。たった半日ではあるものの、曳航訓練もする事になるかも。

 

 

 

呼び出しを受けた私、霞、そして龍驤さん。曳航が初めてというわけではないが、そこまで慣れているわけでもないというのが実情だ。以前に蒼龍さんを曳航しながら戦闘をしたことがあったが、その時は比較的簡単な戦闘だったこともあり、神経を研ぎ澄ませるまで行っていない。

 

「あ、来たね。龍驤さんの曳航を手助けする装備を作ったから試してほしいんだよ。今までの帯を使った曳航はやりづらいと思うからね」

 

明石さんが持っているのは艤装に近い質の多関節アーム。ベルトのようなパーツが付いているので、そちらが龍驤さん側になりそう。それなりに長さもあり、腕で引っ張るよりは距離が開きそうだ。

 

「じゃーん、『栄光(曳航)の架け橋』〜」

「そのネーミング嫌いやないで。で、どうやって使うん?」

「じゃあ装備してみましょう。まず艤装を装備してね」

 

言われた通りに艤装を装備。念のため霞も装備した。

 

「仕組みはすごく簡単で、ベルトは龍驤さん、アームは朝潮の艤装に装着するだけ。ベルトは龍驤さんの艤装とリンクするようにして……と、これでよし。ちょっと海に入ってもらえる?」

 

曳航というより連結という感じになってしまっているが、私の手が空いている状態で曳航ができそうなので、見た感じは便利。

少し動いてみると、意図通りに龍驤さんを引っ張れる。艤装に繋がっているからか、帯を腕で引っ張っているように安定していた。むしろ腕より力が出るので緊急時には都合が良さそうだ。

 

「おー、結構ええやん。これ行けるんちゃうか?」

「手で引っ張るより楽ですね。私の移動も安定しますし」

 

少しスピードを出してみる。ベルトとアームでしっかり支えられた龍驤さんは、私に追随する形で一緒に海上を移動していた。艤装との連携で、私の辿った道をそのまま辿るようになっているようだ。

 

「これ急ブレーキは危険じゃないですか?」

「それだけは気ぃつけてや。腹やられたら朝潮の後ろで吐くで」

「あと急カーブも」

「吐くで?」

 

だが、どうなるかは一度やってみないとわからない。龍驤さんもそれは同意してくれた。吐かれたら吐かれたとき。覚悟の上だ。

 

「じゃあやりますね」

「っしゃ来い!」

 

直前に敵の攻撃が来たことを想定して、90度の急カーブ。以前の演習の際にやったときは、遠心力やら何やらで龍驤さんがあまりよろしくない声を上げていたが、無理な衝撃もなく、スムーズに曲がることができた。

 

「おお! ちゃんと曲がれたやん!」

「みたいですね」

 

アームは長いが、私が手で押さえているような動きをするため、龍驤さん側への負担も軽減できているようだ。艤装に接続したのはそのためだろう。手足のようにコントロールできるからこそ、負担が減る。

その後急ブレーキも試したが、少し圧迫されたくらいで吐くほどの衝撃は無かった。龍驤さんも移動中に艦載機を出せるか試していたが、無理なくできそうという。

 

「明石、これ完璧やで! Uターンできんようになったくらいや!」

「両手が空いているのがいいですね。私には微妙かもしれませんが、霞だと魚雷を装備するのに邪魔になりません」

 

ただ、腕で引っ張っていたときからある問題はどうしても解決できない。2人分の回避をしなくてはいけないことだ。私が避けられても龍驤さんに当たっては意味がない。

 

「次、霞でやってもらえる?」

「わかったわ。姉さん、アームの方を私に」

 

霞でやっても同じように動けた。霞の移動は私よりも若干荒っぽい。雷撃による突撃も視野に入るため、急カーブも多く、スピードの変化も激しい。繋がれた龍驤さんもその動きと全く同じ移動をすることになるので、人によっては発着艦が難しいタイミングがありそうだ。

 

「すごいわねこれ。結構無茶な航行したんだけど」

「せやろな。朝潮よか荒い思ったわ」

 

霞の曳航を見てよくわかった。回避はかなり大振りでないと危険だ。空母ゆえに敵に接近することは無いだろうが、遠方から狙われる可能性はある。

 

「明石さん、あのアーム、伸び縮みとかしますか?」

「伸び縮みはさすがに難しいね。あ、もしかして回避?」

「はい。2人分以上の距離を出さないといけないので、そこだけは難しいですね」

 

そういう意味では、私の行動予測は必要になるかもしれない。2人とも回避できる位置まで迅速に動かなくてはいけないのだから、攻撃がどこに来るかを最速で計算しておく必要がある。

 

「そこは要調整だね。明日はこれで行ってもらうしかないかな」

「腕での曳航より使いやすいのは確かです。ありがとうございます」

 

この曳航なら戦いやすくなりそうだ。とはいえ慣れも必要。今日の午後は曳航訓練をしておこう。龍驤さんも慣れなくては艦載機の発着艦が難しくなりそうだし。

 

 

 

曳航訓練は司令官も気になっていたようで、私が龍驤さんを引っ張る姿をわざわざ見に来てくれていた、司令官の視線の下で訓練をするというのはなかなかないことである。

ただ曳航するだけというのも戦闘訓練にはならないので、私と龍驤さんが的となることで雷撃訓練のお手伝いをすることになった。攻撃範囲の広い霞と、命中精度の高い初霜さんが相手となると、避け方もいろいろと考えなければならない。

 

「朝潮、ホンマ頼むで。うち、こういうの初めてなんよ」

「お任せください……と言いたいところですが、ちょっと自信がないです」

「嫌やぁ……水浸しは嫌やぁ……」

 

だが、この訓練は私にもチャンスだった。

大きく移動しないといけないということは、攻撃のタイミングを予測しなくてはいけない。つまりは、私の覚えておきたい行動予測『未来予知』の訓練にもなる。

 

「じゃあ始めてください!」

「私から行きます! 龍驤さん、手加減を!」

「出来るかー! うちが濡れる前にお前らグチャグチャにしたるからな!」

 

何も曳航訓練は逃げ回るだけではない。龍驤さんはしっかりと攻撃していく。曳航しながらの発着艦の訓練でもある。

 

「よし、朝潮、行けぇ!」

 

私の位置、龍驤さんの位置、そして初霜さんの位置を常に把握しながらの移動。目を開けながらの行動予測は初めてであり、情報過多で脳の容量を超えそうだ。ある程度は音も頼りにする部分もある。初めての曳航で目を瞑るのは流石に怖い。

 

「最初から飛ばしていくで!」

「いきなり全機はキツくないですか!?」

「じゃかあしい! うちはさっさと終わらせたいんや!」

 

龍驤さんは艦載機を全機発艦させている。魚雷を撃たせる暇も与えないつもりなのだろう。だが初霜さんも充分すぎるほど手練れ。爆撃を掻い潜って放ってくる。

 

「8時へ!」

 

かなり厳しいカーブだが、明石さん特製『栄光(曳航)の架け橋』のおかげで龍驤さんにも負荷が少ない。艦載機の発艦にも支障はないようだ。

初霜さんの雷撃発射を予測し、角度を計算。視覚に頼っている分計算は速い。龍驤さんに当てるために私の進行方向を狙ってきている。そのまま進めば私に直撃、避け方を間違えれば龍驤さんに直撃。いやらしい場所に撃ってきた。これは避けるより進まない方がいい。

 

「ブレーキ!」

「うぉおっ、こればっかりは慣れんと!」

 

発艦直後だったようで体勢が少し崩れたようだが、アームの力で横転する前に支えている。ここも私の意思が加わるようだ。3()()()()()が生えたような感覚。

 

「スピード上げます!」

「よっしゃ、行け行け!」

 

魚雷通過後に一気にスピードアップ。身体は初霜さんに向けつつ、進行方向は真横。その状態でも龍驤さんはまっすぐ付いてきてくれる。これは本当に便利。

アームは機関部艤装にはめ込まれているため、龍驤さんを私の前に持ってくることは不可能。多関節とはいえそこまで曲がるものではない。それでも真横までには持っていけるので、大分動きに幅が出来る。

 

「容赦せん言うたよな!」

「容赦無さすぎですよ!」

 

そんなことを言いながらも魚雷の数はだんだんと増えてくる。私ではなく龍驤さんを狙うものまで出てきた。こちらの曳航の先の先を読むようになってきている。さすが初霜さんだ。

 

「あぁっ!?」

「っしゃー! 濡れとらんぞ!」

 

爆撃が初霜さんに当たり1回目は終了。全ての位置を把握しつつ、曳航と回避を両立させるのはかなり難しい。明日の本番でいきなりというのはやめておいてよかった。

 

「どうや司令官、朝潮の曳航」

「うむ、これなら任せられるね。朝潮君、頭痛はないかい?」

「はい、無理せずに行動予測をしたので大丈夫です。これくらいがちょうど良さそうです」

 

ある程度の行動予測もでき、終了後に頭痛もない。今の私の限界は確認できた。ここからはこの限界を少しずつ超えていくことになる。今はそんな時間もないので、この戦い方を覚えていくことに専念する。

 

「次は霞やな!」

「絶対当ててやるから!」

 

初霜さんの惨状を見ているからこそやる気が出ている霞。前の約束はそのまま続行中で、私に当てられたらご褒美がある。それも込みでやる気満々なんだろう。勿論、当てられるつもりは無い。

 

 

 

結局、私と龍驤さんが濡れることはなく、霞と初霜さんは爆撃によるペイント塗れになることになった。今回は臭いのしないペイント爆撃にしてくれていたそうだが、あれだけ色が変わっていると少し可哀想に見えた。

 

「こんなに汚されたの初めてです……」

「結局姉さんに当てられないし!」

 

ペイントを落としている2人。雷撃できる駆逐艦のトップツーである2人の雷撃を全て避けられたのは上々。高雄さんの雷撃が避けられれば完璧だろう。

 

「龍驤君があそこまで避けられるところを見られるとはね。安全に戦えるならそれに越したことはないよ」

「ホンマにな。朝潮のおかげやで」

「まだまだです。もう少し危なげなく避けられるといいんですが」

 

何度か危ないときがあった。それも、私がではなく龍驤さんが。回避させなくてはいけない人が危ない状態になるのは良くない。本来の目的が出来ていないことになる。もっと慎重に、もっと集中しないといけない。

 

「すごい訓練をするのね」

 

私達の訓練の様子を大鳳さんが見ていた。元々訓練好きであることもあり、この鎮守府の訓練を見て回っていたそうだ。自分達の鎮守府で行われているものとは違うハードなものと知ると、是非とも受けたいと志願してきた。

 

「大鳳はまずジムで筋トレでええんちゃう? 確かそういうんが好きやったよな」

「もう行ってきたわ。皐月ちゃんが先にへばってしまって。山城さんからは見込みがあると勧誘されたわね」

 

この人、実は相当なのでは。

 

「正直、浮き砲台の空母と聞いて驚いたの。でも、さっきのを見たら大丈夫だってわかったわ。明日はよろしく」

「ああ、よろしくやで。うちは曳航じゃなきゃ動けんし、雲龍は軽空母以下の搭載数や。どうしても大鳳に頼らなあかんくなる」

 

ガッチリ握手する2人。援軍の人達との交流もいい塩梅に進んでいる。

 




前々から考えていた栄光(曳航)の架け橋。浮き砲台2人のために作られた専用装備であり、シンプルかつ簡単に曳航をするためのアーム。ギャグみたいな名前なのは明石のお茶目。


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明確な殺意

いよいよ南東拠点攻略が開始される。初めての連合艦隊による出撃だが、人数が増えただけと言われたので、そういうことと割り切った。連携に関しては通常以上に考えなくてはいけないだろうが、滞りなくできるはずだ。

 

「先行する。第二艦隊、旗艦山城、出撃するわ」

 

戦艦が旗艦の水雷戦隊なんて聞いたことが無いが、今回はこれが正式な部隊。旗艦の山城さんと天龍さんを先頭にした複縦陣で出撃した。後ろに春風と夕立さん、最後尾に北上さんと大井さん。合流後に連合艦隊の陣形に変わる予定。

 

「朝潮、準備ええか?」

「問題ありません。曳航準備完了しています」

 

今回は龍驤さんの曳航が最優先だ。何は無くとも回避させる必要がある。私はいつも以上に一歩引いた戦いが求められている。

 

「第一艦隊、旗艦高雄、出撃します!」

 

旗艦の高雄さんを先頭にし、私と龍驤さんを囲う形の輪形陣による出撃。あくまでも合流までの話ではあるが、私と龍驤さんが一番脆く、この部隊の要であり穴であることは百も承知だ。

 

「ここから先は一連托生や」

「はい、龍驤さんの命、預かりました」

「おう、頼むで」

 

ケラケラ笑う龍驤さん。まだノリは軽い。私は龍驤さんと一緒の部隊での戦闘は初めてだ。なるべく戦いやすいように立ち回らなくては。

 

 

 

ある程度進んだところで第二艦隊と合流。位置的にはもう敵陣である。海の色は変わっていないが、空気がピリピリしているのを肌で感じる。春風も気配を感じて古姫側に傾いている。

 

「ココカラ東、少シ南ダ。御姉様、索敵ニハカカッタ?」

「まだみたい。索敵範囲を拡げても、春風の方が早いみたいね」

 

第二艦隊を前に置く、第二警戒航行序列による進軍。通常と少し違い、あくまでも山城さんと天龍さんの2人が先頭を行く。私と春風は索敵のことがあるので、艦隊としては別だが2人で行動。

 

「朝潮の索敵に引っかかったら第一攻撃隊の発艦やで。準備しとき」

「了解。すごい精度なのね」

「これに関しては全部任せりゃええ。うちらは指示された場所に発艦や」

 

しばらく進むと私の電探にも反応が入った。まだ姫級の反応はないが、イロハ級が大量にいることが確認できる。数は言う必要もないだろう。数えるのが面倒なほどいる。

 

「索敵範囲に入りました。空母の皆さん、お願いします」

「さぁ仕切るで! 攻撃隊、発艦!」

 

3人の空母による一斉発艦。戦艦水鬼を視野に入れた、艦攻主体の編成だ。艦戦による制空権の確保をしつつ、艦攻による雷撃で視野に入れることなくイロハ級を撃破していく。

龍驤さんと雲龍さんの式神型と違い、大鳳さんはボウガンによる発艦。蒼龍さんの弓道型とも違う方法であり、式神型と弓道型のいいところのハイブリッドというイメージだ。

 

「大井っち、あたしらもやろっか」

「はい、北上さん。先制雷撃を撃つわ」

 

雷巡の2人が放ったのは甲標的という小型の潜水艇。先行させて敵に魚雷を撃ち込むための特殊兵器である。艦載機による攻撃に加え、先制雷撃も加わり、敵の群れはガタガタになった。

 

「目視確認できたわ。春風、夕立、出番よ」

「ぽーい! ステキなパーティしましょ!」

「行クヨ! 御姉様、ワタクシモ行クヨ!」

 

2人の駆逐艦が敵陣に突っ込む。ここからは索敵は私だけだ。敵とはまだ距離があるため、回避に専念するようなことはなく、龍驤さんもタイミングを計って艦載機を発艦する状態に。

空母3人と駆逐艦2人である程度戦線は押せている。そこで電探に大きな反応を確認した。

 

「姫級の存在を確認。……3体です」

「増えとるんか! 何かわかるか?」

「戦艦棲姫2体と、それより大きい戦艦の姫、いや水鬼ですか。これが戦艦水鬼でしょう。3体とも固まっています」

 

ゴーヤさんの調査結果から戦艦棲姫がさらに増えていた。3体ともなると対処がさらに難しくなる。

 

「目視確認が出来た時点で、私と霞が魚雷を放つ。そこからは乱戦よ」

「ならあたしらも手伝うよ。雷撃性能なら任せてほしいね」

 

高雄さんの指示で4人がかりでの雷撃。それが戦闘開始の合図となるようだ。霞も真剣な表情だ。この先制攻撃がどうなるかによって今後の戦闘が変わってくる。

 

「山城さん、どれを持って行きますか」

「水鬼と言いたいところだけど、私1人で処理できるのは戦艦棲姫までね。1体引きつけておく。天龍、もう片方の戦艦棲姫やりなさい」

「あいよ。1対1(サシ)ってのも悪くねぇな」

「なんで1人で処理できる前提なのかね……」

 

北上さんは唖然としているが、私達は可能と確信しているからこそ任せている。事実、ガングートさんも1人で処理した人だ。山城さんも可能だろう。

 

だが、ここで緊急事態が起こる。

 

「ちょっと待ってください。反応が増えました」

「は? まだ敵が増えるっちゅーんか」

「違う、これ、ドロップ艦……!?」

 

敵陣の真ん中、よりによって戦艦水鬼のほぼ正面に何者かが現れてしまった。反応からそれが誰かはわからないが、艦娘であることは確かだ。最初からいたわけでなく、突然現れたのでドロップ確定。

最悪のタイミングだった。このままでは危険すぎる。雷撃の射線に入ってしまっているのも問題だ。

 

「ドロップ艦がいるとなると、魚雷も撃てないわ! 急いで救出しないと!」

「私が行く。天龍、援護しなさい!」

「了解! 高雄さん、作戦変更だ。オレらが救出してから雷撃頼む。朝潮、橋渡し頼むぞ」

「了解しました。ここから1時の方向です!」

 

山城さん達が最大戦速で突撃。今この部隊で最も速く動けるのは、タービンと缶をフル装備している山城さんだ。それを見た春風と夕立さんも、イロハ級を処理しながら援護を始める。理解が早くて助かる。

4人が雷撃準備をしているときも、私は索敵を緩めないでいた。山城さんの反応が戦艦水鬼に近づいて行くのがわかる。が、戦艦水鬼もそのドロップ艦に近付くのがわかってしまった。

 

「山城さん、天龍さん、急いで! 戦艦水鬼がドロップ艦に気付きました!」

『こっちも全速力よ!』

 

山城さんも相当速い。だが、距離は戦艦水鬼の方が圧倒的に近い。おそらく山城さんは目視できている状況だろう。

 

「お願い……間に合って……!」

 

私には願うことしか出来なかった。

 

だが、現実は非情である。

戦艦水鬼が先にドロップ艦に接触した。山城さんは間に合わず、そして……

 

「ダメ、ダメ……ダメぇっ!」

 

ドロップ艦の反応が消えた。戦艦水鬼に殺された。

 

初めて人の死を目の当たりにしてしまった。姿そのものを見たわけではない。誰がどう殺されたかはわからない。だが、死んだことは確かだった。電探による反応が見えているからこそ、誰よりもそれを早く知ってしまった。

他の人達も、私の反応でドロップ艦がどうなったのか察したようだった。同じように死を初めて知った霞は顔面蒼白だった。私も同じだろう。助けられなかったという気持ち、喪失感が、頭の中を埋め尽くした。

 

『……朝潮、雷撃いいぞ。撃て』

「天龍さん……」

『わかってんだろ。今はこのクソ共をやらないと終わらない』

 

そんなことはわかっている。ここは戦場だ。運が悪ければ誰だって死ぬ。あのドロップ艦は、意識を持つ前に沈んだのがまだ救いだったかもしれない。恨むものも憎むものもなく、成立する前に消えたのだ。

 

だから、代わりに私が恨む。私が憎む。

 

「高雄さん、合図来ました。雷撃どうぞ」

「……了解。魚雷一斉射! 撃てぇーっ!」

 

4人の雷撃が決戦の合図となった。霞は少し遅れ気味だったがちゃんと出来ている。私より冷静だ。

 

「朝潮、お前の気持ちはよぅわかる。うちも何人か看取ったことあるでな。だから……これは弔い合戦や。泣くのは後からやぞ」

「はい……今は戦闘に集中します」

 

今は余計な思考を振り払いたい。悔やむのは後だ。出そうになる涙を気合いで引っ込める。

 

「戦艦水鬼と戦艦棲姫2体、目視で確認! 山城さん達もいるわ!」

「うちら空母は一歩引いて艦載機や! 水雷戦隊任せるで!」

 

龍驤さんの言う通り、私は空母の人達と一緒に一歩下がる。敵のイロハ級には空母も混ざっているので、対空砲火も必要だ。艦戦による掃討と合わせて、敵艦載機を一掃していく。

戦艦棲姫は以前も見た通りだが、戦艦水鬼は格が違った。自律型艤装は頭を2つ持ち、さらに巨大化していた。本体自体も多少変化しており角が1本になっている。着ている服も違った。先程の雷撃斉射は、そこまでのダメージになっていないようだった。

 

「ヤクニタタヌ……イマイマシイ()()()()ドモメ」

「ガラクタやと。お前みたいなクズよか役に立つんちゃうか?」

 

だが、私が一番気になったのは、自律型艤装の手。()()()()が付着していた。戦艦水鬼の立つ海も、()()()()()()()

つまり、そういうことなのだろう。先程のドロップ艦は、あの自律型艤装に握り潰され、沈んでいったのだ。反応でわかっていたことだが、現実を突きつけられるとより辛い。

 

「さっき言った通りでいいわ。1体貰う」

 

言うが早いか、山城さんは近くの戦艦棲姫に突撃。主砲による攻撃を()()()()()()()()()()ゼロ距離まで近付き、即座に自律型艤装の腕を折る。

山城さんはドロップ艦がどう沈んだのかを一部始終見ることになってしまっている。後ろ姿でも、泊地棲鬼の時より煮えたぎっているのがわかった。

 

「もう片方はオレが行く。手早く終わらせたいな。春風、夕立、援護頼むわ」

「殺ス。絶対殺ス。コイツラハ許サナイ」

「ぽい! ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

 

春風と夕立さんを連れてもう片方の戦艦棲姫に突撃する天龍さん。出撃前に話していた通り、3人で充分と判断したようだ。

天龍さんは静かな時ほど怖い。冷静であるほど業が冴え渡る。限界以上の怒りで、逆に冷静になっていた。

 

「龍驤さん、移動します」

「ええで。目にもの見せてやろか」

 

雑多なイロハ級を処理しながらになるが、戦艦水鬼は残った私含む8人で相手をすることになる。

 

「大井っち、あたしらは好き勝手やっていいんだよね?」

「はい。まずはあの艤装を止めましょう」

 

北上さんと大井さんの連携による雷撃。装備している魚雷が最上級のものだからか、一撃一撃の重さが違うようだ。他の敵を縫うように避け、戦艦水鬼のみをピンポイントで狙っていく。その隣では、高雄さんも戦艦水鬼のみをスナイプしている。

立て続けに、同じ場所に何度も何度も魚雷を撃ち込まれては如何に戦艦水鬼といえども足元が崩れてくるはずだ。

 

「霞、周りの邪魔なイロハを叩きなさい。雲龍さんもお願いします」

 

現状ではあの3人の雷撃で押しとどめられる。今のうちに周りを掃除し、さらに戦いやすい環境を作るのがベストだろう。ただでさえ姫級の攻撃は当たれば大破が免れないレベルの火力だ。逃げ道は多く確保するべきである。

 

「かーっ! かったいねぇ! あんだけ魚雷当ててんのにまだカスダメかい! そりゃ主砲は効かないわ!」

「私達3人じゃ厳しくなってきたわ。朝潮! 航空隊もちょうだい!」

「大鳳さん、龍驤さん、戦艦水鬼に攻撃を集中してください!」

 

いつの間にか指示は私の役目に。旗艦2人が攻撃に集中しているが故に、余裕のある私がいつも通りの司令塔になってしまった。精神的には全く余裕が無いのだが。

 

「ナキサケンデ……シズンデイケ!」

 

こちらを侮っていたのか、ガードに徹し、自律型艤装の肩に装備された副砲で応戦していた戦艦水鬼が、航空隊からの攻撃を受け始めてついに動き出した。主砲が大きな音を立て狙いを定める。対象は、雑多なイロハ級を処理するため背を向けていた霞。

 

「霞! 4時に回避!」

「了解っ!」

 

急な指示だったので身体に負担がかかる回避。それでも避けられたのなら問題ない。戦艦水鬼の放った主砲は霞の横を通過し、その直線上にいた仲間の深海棲艦を粉々にする。見ていればわかるのに、味方を味方と思っていない攻撃だった。

腹は立っていたがここは戦場、私だって深海棲艦の死の上で生きている。生成されたばかりの深海棲艦を撃破したことだってある。それはそのままにしていたらこちらがやられる可能性があったからだ。自分が助かるために仕方なく殺したという気持ちが少しでも戦艦水鬼にあれば、攻撃を躊躇っていたかもしれない。

だが、今ので確信した。射線上に味方がいても関係なく攻撃している。破壊を楽しんでいる。ドロップ艦を殺したのは、単に弱者を踏み躙るためだ。

 

()()()()()()()()()

 

「シズメ……!」

「今度はこっちぃ!? 派手だねぇ!」

 

逆側の主砲は北上さんへ。さすがの観察眼、即座に反応して軽く回避する。当たったらひとたまりもない。

主砲攻撃を始めたことにより、戦艦水鬼には若干の隙が生じ始めた。それを見逃すわけもない。

 

「馬鹿め、と言って差し上げますわ」

 

高雄さんの本体へのスナイプ。主砲を撃ったタイミングに合わせ、腕でガードできないことを見越しての雷撃。艤装は硬くても本体は艦娘と同じだ。当たれば致命傷になる。そう確信していた。

 

「ヤルジャナイ」

「……ちっ」

 

だかそれは戦艦水鬼もわかっていること。即座に脚をあげ、自律型艤装に抱きかかえられる形に。高雄さんのスナイプも見越していたということは、1対1ならまず勝てない。だからこそ、私達は仲間を揃えてここまで来た。

 

「大鳳! 艦爆積んどるか!」

「ええ、勿論。効きづらいと聞いてたけど、念のため!」

「ならそっちも出せ! 撹乱に使って雷撃通しやすくするんや!」

 

航空戦のことなら龍驤さんの方が強い。大鳳さんへの指示は龍驤さんに任せた。

 

「第二次攻撃隊、全機発艦!」

「うちも出すで! 攻撃隊発艦!」

 

艦攻による雷撃をメインにしていたが、ここであえての爆撃。当然本体狙いの空爆は、艤装によるガードの仕方を混乱させる。

 

「ヤカマシイ……ガラクタドモガ!」

「ガラクタって、こいつのことかしら」

 

ここで山城さんが乱入。一人で処理していた戦艦棲姫との殴り合いの末、艤装が動かなくなるまで破壊し、本体から強引に引き千切って戦艦水鬼に叩きつけた。本体は元いた場所に生かさず殺さずの状態で浮かばせてある。関節という関節を粉々に砕かれているようだった。

それでも戦艦水鬼は無傷に近い。あちらの自律型艤装は戦艦棲姫のものよりも格段に硬い。

 

「なかなかいい()()ね。気に入ったわ」

 

戦艦棲姫の自律型艤装の上顎を掴み、それを振り回すことで攻撃していた。これをやるために本体を生かしていると言っても過言ではない。

艦娘は自分の装備できない武器は持つことはできないが、それが深海棲艦のものとなると話は変わる。それは武器ではなく()()()()()()として扱われるからだ。それでも充分すぎるほど重量があるはずなのだが、山城さんは相変わらず無茶苦茶だ。

 

「イマイマシイ……!」

「あら、これ盾にもなるわね。本当に便利」

 

戦艦水鬼の主砲攻撃も、武器として使っている自律型艤装で弾き飛ばす。

 

「ぺっ……あの戦艦棲姫、なかなか楽しかったわ。一発貰っちゃったもの」

 

口から真っ赤な唾を吐き、忌々しそうに戦艦水鬼を睨み付ける。おそらく内臓にダメージがある。見た目にはわかりづらいが、山城さんは今中破状態。あまり戦闘は長引かせない方がいい。

 

「オラァ! こっちも終わったぞ!」

 

天龍さんも戦艦棲姫を倒したようだが、左腕をダランと下ろしており、いつもの眼帯も切れて何処かに行ってしまっていた。四肢が欠損するような大怪我は無いものの、天龍さんも中破状態。山城さんほど体力も残っていないだろう。

 

「春風、夕立、頼んだ。オレはちょっと休憩する。くそ、手こずらせやがって……」

 

ここからは駆逐艦2人も合流。雑多なイロハ級も大方掃除した。まだ残っているし、増援も来るかもしれないが、ここからは戦艦水鬼単体との戦いだ。ここで必ず終わらせる。



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弔い合戦

南東拠点攻略のため、戦艦水鬼との決戦。周りにいた戦艦棲姫は2体とも撃破し、こちらは山城さんと天龍さんが中破。それ以外はほぼ無傷。しかし、何度も魚雷を撃ち込まれているはずの戦艦水鬼も、ほぼ無傷という有様だった。

 

「硬すぎだっつーの。同じとこ何回撃ち込んだと思ってんだよー!」

「北上さん、落ち着いて。いつも通り戦いましょう」

 

最初から常に魚雷を撃ち続けている北上さんが愚痴を言い始め、それを大井さんが宥める。この酷い戦場の中で、まだ軽い言葉が出せるというだけでもすごい。

 

だが、北上さんが愚痴るのも仕方なかった。最大火力である魚雷を、同じ場所に何度もぶつけているにも関わらず、未だに破損するように見えない。戦艦棲姫改もそうだったが、あまりにも硬すぎた。こうなると、狙うなら本体、もしくは接続部分となる。

接続部分は戦艦棲姫と同様にうなじだろう。戦艦水鬼の場合、自律型艤装の頭が2つあるせいでさらに狙いにくい。もしかしたら戦艦棲姫改よりも厄介な相手かもしれない。

 

「雲龍、雑魚はどうなったん!」

「大分終わったわ。空母はいないから制空権はこちらのもの。残りは霞に任せた」

 

ずっとイロハ級の対処をしてくれていた雲龍さんもようやく合流。空母3人による集中攻撃も可能になった。艦爆、艦攻と多彩な艦載機で攻撃をしている。

 

「私のことは気にせずに雷撃でも爆撃でもしなさい!」

 

今一番攻撃をしているのは、死にかけにした戦艦棲姫から自律型艤装を奪い取り、鈍器として振り回している山城さんだ。さすがの戦艦水鬼もこの攻撃方法は予想だにしなかったようで、主砲を使って応戦している。そのおかげで、雷撃も通しやすい。

 

「姉さん、雑魚は片付いたわ!」

「ありがとう霞、貴女も雷撃に参加。副砲には気をつけて!」

 

戦艦水鬼は主砲の他にも副砲を乱射してくる。合間合間に撃ってくるため、地味なダメージが蓄積されていた。直撃ではないにしろ、接近戦をしている山城さんはいろいろな場所がズタズタにされ、雷撃班の高雄さんが小破。大井さんを庇った北上さんも小破届かずの傷がついている。

 

「イマイマシイガラクタフゼイガ……シズメェ!」

 

自律型艤装の口が大きく開く。今までの主砲と違う、さらに大口径の一撃。頭が向いている方向は、龍驤さんと大鳳さん。周りを飛ぶ艦載機に嫌気がさしたか、ついに空母を狙うようになった。

 

「大鳳さん狙われています!」

「了解! 最大戦速!」

 

こちらはこちらで龍驤さんを回避させなくてはいけない。顔の向きは私と龍驤さんの中間、ちょうどアームの真ん中を狙っている。進んでも戻ってもどちらかに当たる最悪な場所。

目を瞑り、射角と攻撃範囲を計算する。今から速度を上げたら龍驤さんに直撃する。だからといって止まったままでも危険だ。こうなったら、()()()()()

 

「龍驤さん! 我慢してください!」

「なんやなんや!?」

 

戦艦水鬼の主砲が発射されようとした瞬間、私はアームを握り、強引に()()()()()()()。計算した結果、あの攻撃は私達のいる地点に着弾するように放たれず、少し遠方に届くように放たれることがわかった。なら、私達の真上を通過させる。その結論に至った。

幸い、アームと私の力が合わさり、龍驤さんの方が深く潜らせることができた。

 

「っぐぅ!?」

 

海中でも衝撃波を受けてしまう。龍驤さんはほぼ無傷だったが、私はその衝撃で機関部を損傷、同時にアームを握っていた右腕もやられる。

 

「げほっ、かはっ、朝潮大丈夫か!?」

「だ、大丈夫です、ごほっ、右腕が動かないですけどっ」

 

頭の上の電探妖精さんも私の髪に掴まっていてくれたおかげで無事。インカムが2人分ダメになってしまったのが残念だが、死ななきゃ安い。

 

「無茶しすぎや! でもありがとな!」

「けほっ、か、艦載機出せますか……」

「甲板が濡れてしもうた。ちょっち厳しいな」

 

大鳳さんも回避は成功しているようだった。しかし、航空戦力が1人分欠けてしまったのは厳しい。ここからは回避に専念するとしても、火力が落ちているのは確かだ。

 

「龍驤、()()()を使うわ」

「せやな、今が頃合いや。うちの分も使いや」

 

雲龍さんが私達の元へ。龍驤さんがビショビショに濡れてしまった式神を雲龍さんに渡していた。いつもの人型ではなく、小さな鬼のような形状。

 

「よし、やれぇ雲龍!」

「攻撃隊、発艦。これが奥の手よ」

 

雲龍さんの甲板から発艦したのは()()()()()()()()()だ。深海棲艦の艦載機故に、私達の運用する艦載機よりもスペックが高い。さらに龍驤さんから渡された式神は()()()()()()()()に変化する。

 

「シンカイノ……カンサイキダト……!?」

「よそ見するんじゃないわよ!」

 

本来ここにあるはずのない攻撃に隙を見せた戦艦水鬼。それを見逃すわけもなく、山城さんが渾身の力で殴り飛ばした。不意を突かれたことで一瞬よろける。

 

「いいタイミングっぽい! 春風、一緒にステキな血祭り(パーティ)しましょ!」

「アア! 御姉様ヲ傷ツケタヤツハ許サナイ!」

 

今度は春風と夕立さんのコンビ。先程私達に損害を与えた口に対し、主砲による攻撃。いくら外装が堅かろうが、体内は堅いはずがない。それは深海艤装を解体しているところを見ているからわかる。内部から爆破され、ようやくダメージが入り始めた。

 

「やっとじゃん。ああ鬱陶しい。鬱陶しいからさっさと死ね!」

「北上さん、もう少しオブラートに包んで」

 

内部爆破でふらついたところに北上さんと大井さんの雷撃。ついに柔らかくなったようで、足への雷撃は破壊に繋がった。バランスを崩して膝をつく戦艦水鬼。

 

「改めて、馬鹿めと言って差し上げますわ!」

「ホント、馬鹿だったわね。このクズが!」

 

もう抱きかかえることもできないだろう。高雄さんと霞の雷撃も直撃。本体をどうにか守ろうと自律型艤装が腕を使ったようだが、脆くなった腕では守りきれない。本体にもダメージが入った。

その間に主砲も副砲も全て春風と夕立さんが破壊した。もう攻撃手段は残されていない。

 

「さんざん耐えやがって……クソが。引導渡してやるよ。辞世の句とかあったら聞いてやるぞ」

「ガラクタドモガ……チョウシニ……」

「もういい。死ね」

 

トドメは戦艦水鬼の額に刀を突き刺した。浄化などさせず、即座に消滅。山城さんも武器に使っていた戦艦棲姫の自律型艤装を本人に返してやり、そのまま消滅させた。

私と春風で周囲を警戒し、敵影が無いことを確認する。

 

「援軍ありません……敵反応全て消滅しました」

「気配も感じません。深海棲艦はもういません」

「南東拠点、鎮圧終了。皆さん、お疲れ様でした」

 

高雄さんの宣言で戦闘終了となった。私もボロボロになってしまったが、勝つことができてよかった。殺されたドロップ艦の仇は取れたのだろうか。

 

 

 

淡々と事後処理が進んでいく中、私はドロップ艦の沈んだ地点を眺めていた。戦艦水鬼の血溜まりに混ざってしまったが、あの場所で死んだということはわかる。

 

「朝潮、お前の状況報告」

「えあっ、は、はい。朝潮、中破です。機関部を一部損傷しているのと、右腕が上がりません」

 

天龍さんに言われて慌てて状況を伝える。右腕は少し動かすだけで激痛が走ったが、それだけで死に至るような怪我ではない。それだけが救いだった。

 

「……朝潮、この場所を覚えててやってくれねぇか」

「勿論です……絶対に忘れません」

「ああ……頼む」

 

天龍さんに頭を撫でられる。手が震えているように思えた。天龍さんはほぼ大破の大怪我だ。限界が近いのかもしれない。

天龍さんも私と同様に腕が動かず、顔にも少し傷が出来てしまっている。トレードマークの眼帯も無く、その瞑った眼からは血の涙が滴っていた。

 

「後からまたここに来るつもりだ。朝潮も来るか?」

「はい。お伴します」

「ならまずは帰って傷を治すか。結構な数入渠するぞこれ」

 

戦果は勝利ではあるが、戦況としては散々だった。最後の戦艦水鬼と戦艦棲姫2体が、今までで一番の被害をもたらしている。戦艦棲姫改の前哨戦と言っていたが、正直それ以上に思えたほどだ。あちらは他に姫を引き連れて来ない。

山城さんが大破、私と天龍さんが中破、高雄さんと北上さんが小破。龍驤さんが(私のせいでもあるが)甲板損傷、春風と夕立さんが最後の射撃で爆発を被り小破まで行かない傷。その他も無傷とは言えない。

 

「御姉様、大丈夫ですか」

「右腕だけは触らないでね。本当に痛いから」

「なかなか無茶したわね……姉さんが中破なんてそうそう無いわよ」

 

妹達が私を心配してくれた。肩を貸してもらうようなことはないのだが、腕がまったく動かないのは少し不安だ。それでも治る保証があるのでいいのだが。

 

「すまんな朝潮。うちがおらへんかったらもうちょい避けられたんやろうけど」

「いえ、私もすみません。一朝一夕では無理でした」

「帰ったらまた訓練やな。いい勉強になったわ」

 

傷が治ったらまた曳航訓練をするべきだ。私以外も知った方がいいと思うし、龍驤さんだけでなく蒼龍さんの曳航も訓練しなくてはいけない。北の大拠点攻略の際には、これ以上に激しい戦場で曳航することになり得る。

 

「北はこれ以上……今のままではまずいとわかりました」

「せやな。まだわからん部分も多い。念入りに準備せんとな」

 

次も同じようなことがないように、もっと強くならなくてはいけない。自分でも頑張ってきたつもりでいたが、ここでまだまだだと思い知った。

特に、ここで一人命を落としているというのが心に重くのしかかっている。あの状況だと間に合わないことの方が多いだろう。だが割り切るのは違う。仕方ないなんて言えなかった。

 

 

 

私達の部隊が帰投し、工廠は大騒ぎだった。私含め、入渠3人。小破も程度が重ければ入渠とするため、高雄さんも入渠。北上さんはお風呂で充分と判断されたようだ。

この光景を見てひどく動揺したのはレキさんだった。私達が大怪我した状態なんて見たことが無かったからだろう。

 

「ミンナダイジョウブナノカ!? テートク!?」

「大丈夫! だからレキ君も手伝ってくれ! 朝潮君を入渠だ!」

「ワ、ワカッタ! アサネエチャン、シナナイデ!」

 

死ぬほどの怪我では無いにしろ、中破は大きな怪我ではある。レキさんには不安しかないだろう。安心させるように私は自分の足で入渠ドックへ向かう。レキさんには付き添いしてもらった。

 

「大丈夫ですよ。右腕がものすごく痛いだけです」

「ダイジョウブジャナイ! ダレガヤッタ! レキガブットバシテヤル!」

「その敵はもう倒してきました。だから、もう大丈夫。心配してくれてありがとうレキさん」

 

動く方の手でレキさんを撫でてあげた。

最も重傷な山城さんは、誰よりも早く入渠させられていた。それでも自分の足で行ったというのだから恐ろしい。天龍さんも続いて入渠。高雄さんは小破故に多少報告をしながら最後に入るようだ。私もドックに入る。

 

「少し寝ますので、安心して待っていてください」

「ウン、アサネエチャン、マッテルゾ」

「ええ、レキさんは偉い子ですね。それじゃあ、おやすみなさい」

 

疲れも来ていたのだろう。目を瞑ったらすぐに眠りに落ちた。

 

どれだけの時間が経ったかはわからないが、目を覚ますと身体は何もなかったかのように治っていた。右腕も普通に動く。疲れもない。戦闘の前に戻ったかのようだった。

ドックから身体を起こし、他のドックを見る。高雄さんはもう終わったようで空。山城さんと天龍さんのドックはまだ動いている。私より重傷だったのは見てわかった。

 

「アサネエチャン、オキタカ!」

 

私の替えの制服を持ったレキさんが飛びついてきた。司令官からそろそろ終わると聞いていたのだろうか。

 

「はい、全部治りました。腕も動きますよ」

「ヨカッタ! ヨカッタナ!」

 

レキさんが持ってきてくれた制服を着て、ドックから出る。外はまだ明るい。お昼を回って少し経ったくらいだろうか。大体3時間くらいの入渠だったようだ。

 

「アサネエチャン、ヒルゴハンアルゾ! タベテ!」

「そうですね。あれだけの戦闘をしたのでお腹も空きました」

 

レキさんに引っ張られ、食堂に連れていかれた。同じ部隊に出た他の方々も食事を終えたくらいだった。

 

「姉さん、入渠終わったのね。レキが向かったからそろそろだと思ってたわ」

 

霞はご飯を食べずに待っていてくれたようだ。隣に座る春風も同様。優しい妹達で姉として胸が熱い。

 

これで私の南東拠点攻略は終了した。

課題はまた山積みになってしまった。考えることはいくつもある。今の私のままでは、北の拠点の攻略はままならないだろう。今までは敵は戦艦棲姫改だけだったが、今回のようなことが起こる可能性は0では無くなってしまったのだ。




戦艦水鬼と戦艦棲姫2体という組み合わせは、本当にあった敵の配置。正直地獄なのではと思える敵編成。本来はどうやって倒してるのだろう。


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命の形

南東拠点攻略の傷も治り、天龍さんも目を覚ました。山城さんは本当に重傷だったらしく、一晩は確実にかかるとのこと。いつも通り、司令官は工廠で目を覚ますのを待つそうだ。

私、朝潮の傷は比較的浅かったので、レキさんに任せていたらしい。目を覚ました時に司令官がいなかったのも、そろそろ目を覚ますということでレキさんが追い出したそうだ。前々から私も思っていたが、入渠は全裸で行われるのに、司令官は男性だ。心配なのはわかるが、こちらにも羞恥心がある。

 

「久々の入渠だったが……目を覚ました時に提督が目の前にいるのだけは慣れねぇな……」

 

天龍さんですら同じように思っていたようだ。私と違って天龍さんは大人の女性だ。私以上にそういった部分は気にするだろう。

 

「まぁ気にしても仕方ねぇ。朝潮、明日あの場所に戻る。ついてくるんだったよな」

「はい。よろしくお願いします」

 

勝利として幕を閉じた南東拠点攻略戦だが、ちゃんとした弔いはできていない。意思を持たないまま沈んだとしても、せめて私達が忘れないように、簡単でもいいからその場所で弔おうというのが天龍さんの考えだ。

勿論私は忘れることは無いだろう。私の立つ戦場で初めて落とした命。いくら同じ艦娘が何人といるこの世界でも、あの場所であの状況で命を落としたのはあの人だけだ。

 

「大鳳さんも来るって言ってたな。提督には許可を貰ってるから、明日の朝、出撃な」

「了解しました」

 

今日は時間としてはもう遅い。あと僅かで萩風さんが落ちるくらいの時間だ。弔いは明日、改めて。

 

 

 

翌日の朝。天龍さんを旗艦とした弔いの艦隊が出撃する。随伴は私と大鳳さんに加え、私と同じ気持ちだった霞が便乗した。

本当なら山城さんも来るつもりだったようだが、朝になっても入渠は終わっておらず、残念ながら欠席。身体の治療自体は終わったようなので、あとは目を覚ますのを待つだけのようだ。峠を越えたようで一安心。

 

「天龍さん、それは」

(はなむけ)の花だ。せめて、な」

 

天龍さんは小さな造花の花束を持っていた。あの地点の海中に沈めるために重りをつけたものだそうだ。生花だとすぐに消えて無くなってしまうが、造花ならしばらくはそこに在り続けるだろう。忘れないという思いを込めた花束。

 

「天龍、一つ教えてほしいのだけど」

「ん、どうした?」

「貴女はあそこで沈んだドロップ艦を見たのよね?」

 

大鳳さんに問われ、天龍さんの顔が少し歪む。あまり聞かれたくない内容だったのかもしれない。

 

「言いたくなかったらいいわ。ごめんなさい」

「今は待っててくれ。あの場所で話す」

 

何の目印もない海の上、天龍さんはまっすぐ昨日の戦場に向かう。哨戒も兼ねているため索敵をしているが敵影はない。戦場だったことが嘘だったかのようだった。

 

「ここだ。ここでアイツがやられた」

 

しばらく進んだところで天龍さんが止まる。あの時の血溜まりは綺麗さっぱり消えている。あの時に破損した艤装なども、全て沈んでしまっているだろう。それでもここだと言い当てた。

戦闘中に切れて無くなっていた天龍さんの眼帯が浮かんでいた。

 

「山城姐さんは一部始終見てたんだが、オレは沈む瞬間から見てたんだ。ここで沈んだのは……()()()()()

 

ここで発生し、意思を持つ前に戦艦水鬼に沈められたドロップ艦は、天龍型軽巡洋艦の2番艦、龍田さんだった。たった一人の天龍さんの妹である。

戦艦水鬼に引導を渡すときの天龍さんの顔を思い出した。恨みと憎しみと悲しみが混ざった、あまり見ていたくない顔。負の感情しかない、一歩間違えれば深海棲艦と同じ感情。

妹が目の前でやられたのだから、ああもなるだろう。私だって間違いなくああなる。

 

「大鳳は知ってるよな。艦娘が沈んだ後のこと」

「その艦の魂を使って深海棲艦が生まれる可能性、かしら」

 

初耳だった。勿論霞も。

沈んだ艦娘の魂は、少しの間そこに留まるらしい。無念のままに沈んだ艦娘の魂は、その魂が消える前に新たな深海棲艦に変化してもおかしくはない。その無念が大きければ大きいほど、強大な力を持つ深海棲艦に変化する可能性だってある。

あの戦艦水鬼も、ここで沈んだ誰かの魂を使った深海棲艦かもしれない。例えば……懸命に戦ったのに敗北し、生きているのに捨てられた戦艦、とか。

 

「万が一、龍田の魂を使った深海棲艦が生まれていた場合を考えててな」

「でも、いなくてよかったわ。やっぱり……戦いたくないもの」

 

今まで私達も知った顔の敵と戦ったことがある。神通さんに似た軽巡棲姫や萩風さんに似た駆逐水鬼がそれにあたる。特に駆逐水鬼との戦いは、姉である時津風さんが率先して戦った。

近しいことがこれからも起こり得る。できることならやりたくない戦闘だ。

 

「そういったことが起こらないように、ここで安らかに眠ってほしい」

 

餞の花を海に沈めた。これで龍田さんの艦の魂が深海棲艦とならないことを祈ろう。

 

「朝潮、霞、付き合ってくれてありがとな」

「私も弔いたかったので」

 

霞は終始無言だった。涙を堪えているような顔だった。私と同じことを考えているだろう。

死んだ妹との最後の別れを見届けることがこんなに辛いとは思わなかった。二度とこんな感情を持ちたくないと思えるほどだ。

 

「さ、帰るぞ。長居しても仕方ねぇ」

「最後に索敵だけしておきます」

 

電探による海上の索敵には何も反応がない。次にソナーによる海中の索敵。反応は今沈めた造花の花束だろう。だが、

 

「さっきの造花とは違う反応があります。でも……潜水艦より大きい……?」

「敵潜水艦じゃないのか? 一応対潜警戒はしておけよ」

「何もせず浮上してきます。な、なにこれ……」

 

ソナーでは今までに感じたことのない反応を感じた。潮さんなら何かわかるかもしれないが、私には潜水艦とは違う何かとしかわからない。以前にセンさんをソナーで見たときとも違う。

徐々に浮上してきているため、そろそろ海面からでも見えるほどになっていた。今まで見てきた潜水艦とはやはり違う。すぐに目についたのは、用途不明の天使の輪のようなデバイス。

 

「嘘だろ……はは、奇跡だ!」

「天龍さん?」

「龍田だ。龍田がドロップした!」

 

ゆっくり浮上した何者かを天龍さんが掬い上げた。

以前に見た萩風さんと同様、全裸でのドロップ。艤装は装備しているようだが、武器を何も装備していなかった。私がドロップしたときと同じ状態。ということは、

 

欠陥(バグ)持ちの可能性が高いな。朝潮と同じだ」

「装備無しですしね。あの、この物騒なものは……」

 

艤装の一部らしく、私が持ち上げることはできない武器。以前に天龍さんは天龍型は武器を持って生成されると話していたが、これがその武器なのだろう。天龍さんの刀とはまた違う。

 

「龍田の武器は薙刀だ。欠陥(バグ)が攻撃の装備にあった場合、こいつを使うことになるだろうよ。見た感じオレに近そうだから、白兵戦型になる可能性は高いな」

 

天龍さんは同じ型だからか持ち上げることができる様子。同様に龍田さんも天龍さんの刀を持ち上げられるのだろうか。

 

「あの時死んだ龍田とは違う龍田だろうが……同じ魂を使って再生成されたんだと思う。生まれ変わりだな」

「生まれ変わり……」

「す、すまん。先に行くから追いついてきてくれ。提督には連絡しておく」

 

龍田さんを器用に抱きかかえて鎮守府に戻っていった。後ろ姿からしても大喜びなのがわかる。それに肩が小刻みに震えているのもわかった。

 

「旗艦が随伴艦を置いていってどうすんのよ……」

「いいじゃない。天龍さんだって私達に見せたくない顔もあるわよ」

「そうね……。目の前で死んだ妹が、同じ姿で生き返ったんだもんね。喜んで当然か」

 

どうやら悲しみの涙は引っ込んだようだ。

ここで龍田さんが沈んだことは覆せないが、新たに龍田さんが生まれたのだから、それはもう帳消しといってもいいだろう。むしろ喜びの方が優っている。

 

「ここの天龍は、他の天龍よりも優しいのね」

「はい、自信を持って言えます。自慢の大先輩です」

「元々根は優しい子なんだけど、餞の花を用意する天龍なんて聞いたことがなかったもの」

 

ゆっくり天龍さんを追いながら大鳳と話す。他の軽巡洋艦天龍は、荒っぽく好戦的だが、面倒見がいい姉御肌という私達でも知っているような性格だそうだ。

だが、わざわざ誰かが沈んだ戦場に再び赴いて弔うほどではないらしい。沈んだのは実力不足だと言い切り、人が見てないところで悔やむくらい。ここまで行動的に動かないという。

 

「私達艦娘は死んでもお葬式なんてしてもらえないもの。こうしてもらえるだけでも浮かばれるわ」

 

悲しい笑顔だった。

私達はどこまで行っても兵器だ。そんな私達が死んだところで、それは()()()()()ということにすぎない。物に対して葬式をする者がいるだろうか。

私達の司令官は、艦娘を人として見てくれている。だからこそ、皆が絶対的な信頼を寄せている。そして命を大切にする。

 

命の形はどうであれ、私達は生きている。

 

 

 

午後になり、山城さんの入渠が完了。同時に、天龍さんが連れてきたドロップ艦の龍田さんの調査結果も出ていた。

予想通り、龍田さんは欠陥(バグ)を持っての再生成だった。

理由はとても簡単で、生成された場所のせいである。赤くは染まっていなかったものの戦艦水鬼の領海であり、さらには消滅地点であるがために、深海棲艦の力が生成を阻害していたということ。攻撃系の装備接続を全て破壊し、まともに装備できるのは電探かタービンくらいになってしまっているらしい。

 

「そうか……あの戦艦水鬼、死んでからも迷惑かけてきやがって」

「接続不備の中でも相当重いね。龍田君は出来ることが最も少ない艦娘になる」

「龍田はオレと同じ道がある。多分あいつは同じ道を選ぶ」

 

それで喜んだのは山城さんだった。白兵戦型が増えることは大歓迎だそうだ。

 

「天龍の妹なんでしょう? なら鍛え甲斐があるじゃない」

「オレより皐月寄りだと思うな。オレは力押しもするが、あいつは業でどうにかするようなヤツだと思う」

「それはそれで鍛え甲斐があるわ」

 

こんなににこやかな山城さんも珍しい。力押しであろうが、技で押し込むのだろうが、結局のところ筋トレは必須。駆逐艦故に非力であり、業を極めようとしている皐月さんも、毎日欠かさず筋トレをしているほどだ。今でももう私以上に鍛えられている。

 

「長柄は初めてね。その辺りは天龍に任せるわ」

「そうだな。皐月と一緒に鍛えてやるか」

「君達、話を勝手に進めているが龍田君の意思も尊重するんだよ?」

 

司令官が言うことも当然だった。龍田さんが白兵戦を望まない可能性だってある。いくら攻撃系の装備ができないからと行って、必ず白兵戦に進むとは限らない。電探は装備できるのだから、私と同じ道を進む可能性だってある。

 

「ともかく、龍田君はここに配属することになる。しばらくは天龍君に任せていいかな?」

「ああ、むしろオレから頼む。龍田はオレに面倒を見させてくれ」

 

天龍さん自身が頭を下げた。それほどまでに妹が大事ということだ。私が霞を任された時と同じ、いや、天龍さんには龍田さんしかいないのだから、より大きい存在だろう。

 

そんなこんなで鎮守府に新たな仲間が加わることとなった。少ない軽巡枠であることは戦力増強としても大きい。時間は短いが、北の拠点攻略までに戦力として鍛え上げる可能性だってある。

ここでやっていけるか心配になるが、天龍さんがいるのだ。きっと一緒に戦えるだろう。




龍田の頭のデバイス、オフィシャルが『パルック』と呼んでいるんですよね。クルクル回りながら発光する天使の輪……。


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龍の姉妹

新たな仲間、龍田さんを迎え入れ、さらに活気が増した私、朝潮の所属する鎮守府。

夕飯前くらいの時間に目を覚ました龍田さんは、天龍さんに連れられ司令官と面会し、今までにない早さで自分のことを受け入れた。欠陥(バグ)があることを一切悔やまず、むしろ天龍さんと同じ傷を持ったことを喜ぶ節まであった。

武器が装備できないと伝えられると、即座に白兵戦志望。理由は勿論、天龍さんがそこに属しているから。

 

「天龍型軽巡洋艦2番艦、龍田よ〜。欠陥(バグ)は電探以外の接続不備。潜水艦が処理できないのは残念だけど、白兵戦型として、この鎮守府でお世話になるわね〜」

 

祝勝会を兼ねた夕飯の席で龍田さんの正式な配属が発表された。その言葉に潜水艦勢、特にセンさんが慄くが、味方を攻撃することはないとちゃんと後付けしていた。

配属してすぐに白兵戦の道を選んだのはガングートさんに続いて2人目。そもそもガングートさんは深海棲艦の時代から艤装による格闘で戦っていたのだから、白兵戦が当たり前という考え。対して龍田さんは白兵戦せざるを得ない状況に置かれてすぐに受け入れた。

 

「龍田君のことは基本天龍君に任せるよ。龍田君、それでいいね?」

「ええ、助かるわ〜」

 

天龍さんとは正反対な、のんびりした人だ。笑顔を絶やさず少しフワフワした雰囲気だが、そこはやはり天龍型、なかなか苛烈な性格なのだと姉が話す。

 

「改めて、南東拠点攻略、お疲れ様。援軍の4人も本当にありがとう」

「お役に立ててよかったです」

「明日に帰投するという話だったね。なら残り僅かな時間だが、ここでゆっくりしてほしい」

 

援軍の方々は、今日が休暇として1日非番、明日帰投というスケジュールだったようだ。

たった4日間の共同戦線だったが、本当に助かった。北の拠点攻略の際にも手伝ってもらうことになるので、今回の件でこちらのことがわかってもらえたのも大きい。

 

「さぁ、祝勝会だ! 本番はまだあるが、今回の勝利は大きな勝利! みんな、ありがとう! 愛しき我が子たち!」

 

あの戦艦水鬼に勝利できたのは大きなことだ。無傷がいない辛勝ではあったものの、あの布陣を突破できたのは次への自信に繋がる。

 

それでも私にはまだまだ課題があった。曳航の拙さがピンチを招いたし、行動予測がまだまだままならない。未来予知なんて以ての外だ。日々鍛錬に励み、北の拠点攻略までには完璧なものに仕上げたい。

 

 

 

翌日の朝、援軍の4人は自分の鎮守府へと帰投した。ここからは通常運転。私はまず哨戒任務となっている。

 

「朝潮、うちの妹をよろしく頼むよー」

「はい、お預かりします」

 

哨戒任務は萩風さんの初陣の立会い。私が索敵対空対潜全てを賄い、他の人への負担を減らすことで、初陣もスムーズにこなせるという算段だ。敵が出なければ今まで行かなかった鎮守府の外の海まで足を運ぶ航海訓練みたいなものになるし、出た場合は今までの戦闘訓練の成果を確認する場となる。

時津風さんも哨戒に参加したかったようだが、殲滅目的の哨戒任務でない限り、燃費の問題で参加することはない。そのため、私が預かることとなった。

 

「哨戒とはいえ、ちょっとドキドキするね」

「みんなそうですよ。でもすぐに慣れますから」

 

哨戒ルートは東。先日の南東拠点に近いといえば近い場所である。昨日の哨戒では何もいなかったが、鎮圧したとはいえ元戦場。深海棲艦がまた集まってきていてもおかしくはない。

 

今回の哨戒の部隊は、通常の駆逐艦による哨戒部隊3人に、初陣の萩風さんを加えた4人編成。私以外の2人は戦闘メインということで、深雪さんと霞。深雪さんは対空の補助も兼ねている。今回の旗艦は霞。

奇しくも私以外は全員、鎮守府に姉がいるという共通点がある。そして、今日配属された龍田さんも同じ。哨戒中の話題は専ら龍田さんのことになる。

 

「深雪さんは、別の龍田さんと会ったことあります?」

「いや、無いんだよこれが。噂は聞いたことあるんだけど」

 

深雪さんが聞いた話というのが、やはり天龍さんとの関係。どちらかといえば龍田さん側にパワーバランスが傾いているらしい。

 

「天さんが弄られる側ってのがメジャーらしい」

「うちの鎮守府だと……どうだろ。同じようなことになるのかな」

「多分弄る余裕無いわよ。白兵戦組よ?」

 

天龍さんがいるからという理由だけで白兵戦組に入った龍田さん。実際、戦場で活躍しようと思うと、それか私のような補助専門かのどちらかになる。

白兵戦組の訓練は皐月さんを見ていればわかるが非常に厳しい。砲雷撃戦の出来る通常の艦娘と比べて、危険度が段違いだからだ。自分の命を守るための訓練だけでも、過剰と言えるほどの筋トレが必要。他人を弄る余裕は、それを簡単に出来るようになってからだろう。

 

「あの皐月も最近ようやくへばらなくなったくらいだしね」

「最初ヤバかったもんな。1日で何回風呂に浮いてたっけ」

「私が確認した最高記録は5回です」

 

それでも龍田さんなら卒なくこなしそうな感じがするから怖い。少なくとも、へばっているところを人前で見せることは無さそう。

 

「あの……こんな雑談ばっかりしてていいのかな」

 

萩風さんが控えめに聞いてきた。任務という形で海に来ているのに、今のところただ雑談をしているだけだ。初めての萩風さんには、遊んでいるように思えたのだろう。

事実、仕事をしているのは私だけだ。あくまで他の人は私の護衛という形での付き添い。私を含めた哨戒任務は、もうこんな感じで終わるようになっている。

 

「合間合間に姉さんが索敵してるの。何も言ってこないってことは、敵はいないわ」

「たまに立ち止まるのはソナーを使っているからです。今のところ敵影はありませんから大丈夫ですよ」

 

私の索敵能力が最も活かせるのが哨戒任務だ。電探の索敵範囲も拡張し、より手早く終われるようにしている。相方が潮さんだと一切止まることなく哨戒を終えることもできる。

 

「朝潮さんは凄いのね」

「でも一切攻撃できませんから、戦闘は全部任せきりですよ。私は後ろで待ってます」

 

いつも以上の早さで折り返し地点に到着。ここから南に行けば先日の戦場に、北に行けば大拠点に近付くことになる。今回のコースは南のルート。戦場であった場所にはまた現れる可能性は高い。

 

「あー……いますね。索敵かかりました。空母1駆逐2」

 

しばらく進むと電探に反応。龍田さんがドロップした地点の付近。昨日は見なかっただけで、案の定敵が出てきていた。あれだけの数の深海棲艦を撃破しているのだから、まだまだ湧いてもおかしくはない。

ただ、比較的少量だ。空母が混ざっているとはいえ、まだ戦える数。

 

「哨戒部隊旗艦の霞よ。元南東拠点付近、龍田さんのドロップポイントで敵を発見。規模は空母1、駆逐2。殲滅か撤退か、指示をお願い」

「殲滅の場合、萩風さんは初陣ですね」

「き、緊張する……」

 

あちらの空母はまだ艦載機を出していない。撤退なら今がチャンスではある。

 

「了解、危険と感じたらすぐに撤退する」

「殲滅ですね。私は艦載機を処理しましょう」

 

数が少なく、駆逐艦4人でも行けると判断されたようだ。

ここ最近は、実戦経験が練度にも繋がるので、できることなら殲滅の方針になっている。あくまでも危険ではないと判断された時だけ。

 

「うし、じゃあ萩風に空母やってもらうか!」

 

重巡主砲を準備している萩風さんに振る深雪さん。一番の大物を初陣を飾る新人に叩かせるというのは危険ではあるが、いい経験にもなる。

 

「よ、よーし、行きます!」

「気合い入ってんじゃん! よっしゃ、霞、一番槍貰うぜぇ!」

「ああもう! 連携とか考えなさいよ!」

 

まず深雪さんが飛び出した。霞もそれについていく。邪魔な駆逐艦の掃除をし、空母への射線を作ったところを、萩風さんに任せる算段。

 

「艦載機来ます。深雪さん対空もやってくださいよ!」

「わぁーってる! そんだけなら朝潮だけで行けるだろ!」

 

確かに数は少ないので私だけでも全て墜とすことはできるが、そういう問題ではない。深雪さんは度々独断専行する悪癖がある。

 

「射線開きました。萩風さん、どうぞ」

「撃ち方、始め!」

 

反動軽減がまだ完璧とは行かないものの、重巡主砲を放つことには成功した。狙いも悪くない。撃った後に少しフラついてしまうのはまだ訓練不足であることを示している。

萩風さんの放った一撃は、直撃とはいかなかったものの、大破に追い込むほどに。さすが、駆逐主砲とは訳が違う。

 

「ひゅー! さすが!」

「これで空母も無防備ね。沈みなさい!」

 

トドメは霞の魚雷で幕を閉じた。あっという間に殲滅完了。萩風さんの初陣は、いいものとして終わりそうだ。

 

「勝てた……よかったぁ」

「お疲れ様です。やっぱり重巡主砲の火力は頼りになりますね」

 

これくらい簡単な戦闘であれば、初陣にはもってこいなのかもしれない。戦闘を知り、敵を撃破する感覚を知ることで、さらに次に繋がる。戦闘に対する緊張もこれで多少は薄れるだろう。

 

 

 

「おかえりなさ〜い」

 

萩風さんの初陣が終わり帰投すると、工廠には龍田さんがいた。本日配属なのに、既に艤装の装備をしているようだ。

 

「もう艤装の装備ですか?」

「武器を早く調整したかったのよ〜」

 

明石さん改造済みの薙刀を軽く振るう。私が見たときより刃がさらに鋭利になり、天龍さんと同様に殺意が目に見える。近接武器ではあるものの、天龍さんや皐月さんと違いリーチが長い。白兵戦組の中では一番安全な攻撃方法かもしれない。

 

「かっけぇ……!」

「うふ、ありがとう深雪ちゃん」

 

おっとりした雰囲気の龍田さんには妙に似合っている。武器を持っていると天龍さんの妹なのだなと実感した。

握り心地などを見ている内に、奥から天龍さんもやってくる。龍田さんの武器の改造をプロデュースしていたらしい。天龍さんも思ったより過保護なのかもしれない。

 

「龍田、どうだ?」

「天龍ちゃん、こんな感じよ〜」

 

器用に薙刀を振り回す。見ているこちらとしてはヒヤヒヤするが、天龍さん的にはいい具合と判断できた様子。

 

「よしよし、ちゃんと()()()()()な」

「あら、何か仕込んだの〜?」

「セッさんに手伝ってもらってな。深海艤装の一部を混ぜ込んだ合金にしてんだ。斬れ味がさらに増してるぜ」

 

龍田さんは後発ということで今までの白兵戦の成果の集大成になっている。そのうちの一つが武器の改造だ。

ここには他の鎮守府にはない深海棲艦の技術がある。それが組み込まれたおかげで、通常の武器より一味も二味も違うものに進化した。龍田さんが力を得られれば、おそらく斬れない物は無くなるだろう。

 

「どうりで軽いと思ったわ〜」

「それ、マジで危険だから絶対に人に向けるなよ。そいつは()()ためのモンだからな」

「勿論わかってるわ〜。天龍ちゃんがそういうことしないんだもの、私もしないわよ〜」

 

見ている感じ、龍田さんは霞、いや、春風に近いように思える。天龍さんに依存しきっているようだ。天龍さんの意思次第で敵にも味方にもなり得るだろう。

それなら安心だ。ここの天龍さんは誰にでも分け隔てなく手を差し伸べる。怒りに身を任せて残酷に振る舞ったのは、目の前で龍田さんがやられた時だけだ。泊地棲鬼の時ですらあそこまででは無かった。少なくとも仲間に手をあげることは絶対にしない。

 

「萩風は初陣だったらしいな。どうだった」

「反動軽減がまだまだでしたけど、敵空母に一撃入れることができました。うまくやれたんじゃないかなと思います」

「そうかそうか、オーバースペック組はそこが大変だもんな。また筋トレ手伝ってやるよ」

 

本当に面倒見がいい。私以上に背負っているものが多いのではなかろうか。

 

「オーバースペックって何かしら〜」

「私の艤装、重巡用なんです。私自身は駆逐艦ですが」

「なるほどね〜。本来より強い力を持ってるのね〜」

「その分大きなデメリットもあるんですけどね」

 

龍田さんの視線がほんの少しだけ鋭くなった気がした。理由は何となくわかった。天龍さんが目をかけている艦娘を値踏みしている。

私が今まで経験してきた妹関係の問題点が集約されているようにも思えた。これは天龍さんが苦労しそうだ。とはいえ人様の姉妹関係に口出しできるほど私は偉くない。

 

「龍田、午後から水上訓練な。オレが見てやるから、早く出撃できるようになろうぜ」

「は〜い。天龍ちゃんが見ててくれるならすぐにできるようになるわ〜」

 

 

 

実際、龍田さんはその日のうちに水上移動ができるようになってしまった。こんなこと前代未聞なのだそうだ。天龍さんは龍田さんのことを天才だと褒めていたが、龍田さん自身は天龍さんの教え方が上手だと言っている。

龍田さんは思いをそのまま力に変えられる人だ。できると思ったことは本当に出来てしまう。それは紛れもなく天才なのだろう。ただし、天龍さんに見てもらっているとき限定のようだが。

 




龍田は何でも卒なくこなす天才タイプなイメージ。影で努力してるとかでもなく、本当にやれてしまうみたいな。


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提督との絆

南東拠点攻略で、鎮守府全体としても課題が見えてきた。今のままでは、北の大拠点攻略でも同じように怪我人続出になりかねない。後衛、かつ一切の攻撃をしない私、朝潮ですら中破である。いや、私が中破で無かったら龍驤さんが轟沈していた可能性があるので良しとしなくてはいけないのだが。

 

今のところ、戦艦棲姫改とも戦艦水鬼とも戦っているのは私と霞だけ。私が見てわかったことは、どちらも耐久力が異常に高く、雷撃ですら弾くということくらいだ。

正直、どちらが強いかはわからなかった。どちらも同じくらい危険な敵であるという認識。

 

「北の攻略で最初の難関は、やはり戦艦棲姫改だろう。戦艦水鬼と同等かそれ以上の力を持つ敵だ。先日の戦闘では、連合艦隊で臨んでも全員に傷を負わせてしまった」

「ありゃあ戦艦棲姫もいたからだ。戦艦水鬼だけだったらああならなかったと思うぜ」

「そうね。最初からあれに専念できたら、私も大破なんてしなかったわ」

 

今まで2回、戦艦棲姫改とは戦闘しているが、そのどちらもが単体相手であった。代わりにこちらも通常艦隊であり、私がヒメさんを抱きかかえて擬似空母化している状態。私はヒメさんと共に援軍を食い止める側に立っており、直接戦艦棲姫改と戦ったわけではないため、相手1体に対しこちらは5人。それでも苦戦しているし、撃破まで行っていない。

 

「連合艦隊で戦艦棲姫改が単体なら、まだ行けると思うわ。問題は、敵部隊に他の姫級がいる場合よ」

「姫級3体同時はさすがに無傷は無理だ。今回は山城姐さんが戦艦棲姫1体引き受けてくれたから何とかなったくらいだぞ」

 

ダメージを受けることは覚悟の上で戦わないと、勝つことはできないだろう。傷を恐れながら戦える相手でもない。肉を切らせて骨を断つ精神も時には必要。

 

「提督、覚悟決めてくれ」

「わかってるさ。一筋縄ではいかないことくらい。だが、死ぬ気でやろうなんてことは考えないでくれ」

 

当然だ。皆、この鎮守府が大好きなのだから、生きてここに戻ってくることを望んでいる。今の生活があるからこそ、私達はこんなに戦えるのだから。

 

「死ぬ気なんて無ぇよ。オレが死んだらまず間違いなく龍田が後を追ってくるからな」

「私も死ねませんね。春風が後を追ってきそうなので」

「へへ、お互い、妹が重いと辛いな」

 

天龍さんはいつもの気さくな笑顔だ。

龍田さんの依存は天龍さんも気付いているようだが、なすがままにしている。重い、なんて言っているが、それを楽しんでいるようにも見えた。帰ってくるための理由があるだけでも心持ちが変わるのは私にもわかる。そういう意味では、私や天龍さんも妹に依存しているのかもしれない。

 

「私も死ぬ気なんて無いわよ。まだ武蔵に勝ってないのに」

「うちもそんな気さらさらあらへん。司令官、心配すんなや」

 

私達の宣言に、もはや司令官が泣きそうだった。むしろ泣いてしまった。感涙に咽び泣く司令官は、どこか可愛らしかった。

 

「本当にいい子に育ってくれた! やはり君達は私の宝だ!」

「ああもう司令官、泣かないでくださいよ」

 

吹雪さんがすぐさまハンカチを差し出す。こういうところはやはり初期艦、司令官がどういう人かを最も理解している行動だった。

 

 

 

司令官が落ち着いたことで、会議が再開される。

 

「いやはや、すまない。取り乱してしまった」

「今に始まったことじゃねぇよ」

「で、今後はどうしていこうかしらね。ここまでやってもまだ力不足とは思わなかったわ」

 

訓練を続けるしかないところだが、これ以上の何かが欲しいのも事実だ。この鎮守府最強の戦力である山城さんですら無傷とは行かず、むしろ中破大破が当たり前の白兵戦型だ。艤装の改造も限界まで行われている。

 

「提督、あちらの方も覚悟を決めましょう」

「その時が来てしまったようだね……」

 

大淀さんに促され、司令官が立ち上がった。

 

「君達艦娘には、練度の限界があることはわかるかな?」

「痛いほどわかるわ。私は今の状態が限界なんでしょう」

「装甲空母の装甲を素手でぶち破れるまで行けりゃ充分だと思うんだが」

 

練度を数値化した場合、建造ないしドロップした直後が1、そして今の私達のように限界まで育った状態が99となるらしい。私ですらそこまで辿り着いているとは思わなかったが、改二丁になってからもうかなり経っている。改二丁になるための練度は、数値で表すと85だそうだ。

 

「山城君は肉体改造をしているからね。本来の限界からまた別の方向に進化しているのだろう。朝潮君も同じく、脳の使い方での進化だ。だが、練度自体の限界は既に来ているだろう」

「これ以上伸びないってことかよ。なら今の戦力で作戦考えねぇと」

「その限界を()()()するアイテムがある」

 

大淀さんが1つの箱を机に置いた。アクセサリーが入ってそうな小さな箱。装丁も綺麗で、戦場には似つかわしくない。

 

「こいつは?」

「指輪だよ。これを付けると、練度が限界を超える」

 

そんなあっさりと限界を超えてしまっていいのかと思うが、そんなことは今はどうでもいい。このアイテムを今までこの場に出してこなかったことが問題だ。

手っ取り早く強くなることができ、延いては生存率が上がるアイテムなのに、命を尊ぶ司令官がひた隠しにし続けた理由は何か。

 

「なんでこれをすぐ出さないのよ」

「強くなれるならさっさと付けようぜ」

「君達は女の子だから、これの重大さはすぐにわかるだろう。この指輪は、()()()()()()()()()()()()()()

 

会議室が静まり返った。指輪に手を伸ばした天龍さんも流石に硬直している。

 

「この指輪のメリットは、練度の限界を超え、さらに燃費が若干だが良くなる。至れり尽くせりだ」

「で、でも、左手の薬指ということは……」

「大本営は、この強化のことをあろうことか『ケッコンカッコカリ』と名付けた。つまり、強化と引き換えに、扱いがそういうことになる」

 

私達を愛娘として見ているからこそ、公表することができなかったということ。

よりによって、強化の方法が結婚とは思わなかった。つまりこれは司令官と結婚する扱いなんだろう。山城さんのような女性ならともかく、私のようなお子様でもそういう扱いになるのは、なんというか、法的に大丈夫なんだろうか。

 

「私は別に構わないわよ」

 

一切の躊躇なく指輪を手に取る山城さん。天龍さんですら躊躇ったのに。

 

「山城君、本当にいいのかい? 考え方はどうであれ、君は私の伴侶として扱われるんだよ?」

「ええ、いいわ。それに、これ『強化』って言ったわよね。別に私1人にしかできないわけじゃないんでしょ」

「うむ……重婚という形になるが、何人にでも渡すことができる。その分指輪を用意する必要があるがね」

 

それはそれでまた法的に大丈夫なんだろうか。

 

「で? 付けるだけでいいの?」

「私が付けてあげる必要がある。さらには、私が何処かにキスをしなくてはいけないらしい……提督との繋がりを作るんだとか何とか……」

「大本営酷いな! なんつーシステム作ってんだ!」

 

本当に式を挙げるところすらあるそうだ。それだけこの強化、結婚は艦娘にとっても重要なこと。たった一人の愛する者に渡す人もいれば、強化と割り切って全員に渡す人もいる。

司令官は、全員愛しているが故に、1人に決められない。結婚という言葉にされたことで複数人に渡すことができない。故に、今まで隠し続けてきたのだ。

 

「するなら手の甲にするよ。皆もこんなおじさんにキスなんぞされたくないだろう」

「私は何処でもいいんだけど?」

「山城君!?」

 

今までにないくらい山城さんが攻めの姿勢だ。戦闘中のような心持ちに見える。

 

「あ、いいこと思いついたわ。どうせ全員に渡すのよね。指輪全員分揃えて、一斉にやりましょうよ。キスの場所は艦娘に任せればいいじゃない」

「合理的ではあるが……」

「受け取りを拒否する奴には渡さなくていいのよ。ほら、簡単でしょ。その間に覚悟決めなさい。全員愛してるなら、全員と結婚するくらいの覚悟をね!」

 

めちゃくちゃなことを言っているが、実際この強化をするならオールオアナッシングだろう。1人に決められず、全員とできないなら、いっそやらない方がいい。そこはもう司令官に任せるしかなかった。

 

 

 

私達がケッコンカッコカリの話を聞いて数日後、司令官が全艦娘を会議室に集めた。はちさんや秋津洲さんまで含めた、本当に全員である。何か言うまでは内密にと言われていたため、この集まりがおそらくケッコンカッコカリのことなのだろうと勘付いているのは会議参加者だけだ。

 

「と、いうわけで……希望者とケッコンカッコカリをする。強くなりたいというだけで選ぶのは得策じゃない。いろいろな体裁もあるだろう。よく考えてほしい」

 

ざわつく会議室。強化に関しては全員喜んだが、その方法についてはやはり混乱している。

 

「練度が限界に届いていないのは春風君、萩風君、龍田君の3人。なので、この3人以外が対象となる」

「私は来たばかりだものね〜。最初から期待してないわ〜」

 

と言いながらも龍田さんの成長速度は凄まじく、すでに艤装を第一段階改造している。ほんの数日で戦力として出撃できるほどである。正直怖い。

 

「姉さんはどうするの?」

「……私はケッコンカッコカリしようと思ってる。今でもう限界と言われたら悔しいし……それに、司令官が相手なら嬉しいし」

「姉さんがするなら私もするわ。確かに司令官なら相手として申し分ないもの」

 

強化よりも相手が司令官だからするという方向になってきている。強くなりたいは二の次だ。そして、この鎮守府に司令官を嫌っている人などいない。もう全員とケッコンカッコカリする流れ。

 

「提督、これでわかったでしょ。発表したんだから、覚悟を決めてきたのよね?」

「ああ、まさか娘が伴侶になるなんて思っても見なかったよ。だが、大切なことには変わらない。私は受け入れよう」

 

ここまで来ると、今度は誰からケッコンカッコカリをするかという話になる。さすがにこれに関しては司令官が決めてきたようで、配属順とした。

というわけで、一番最初は吹雪さん。一番最後は霞ということになる。

 

「き、緊張しますね」

「一番長く付き添ってくれている吹雪君が最初がいいだろう。さぁ、左手を出して」

 

オズオズと左手を出す吹雪さん。その手をやんわりと掴み、指輪を薬指に通す。

 

「まだこれだけでは終わらない。私も困るのだが、何処にキスをしようか」

「最初の通り、手の甲で……」

「わかった。吹雪君、これからもよろしく」

 

そのまま手の甲にキス。

 

「ありがとうございます、司令官。私、司令官のこと信頼していますから、これからもよろしくお願いします!」

 

ここからは流れ作業のようにケッコンカッコカリが行われていく。あの天龍さんですら、恥ずかしげながらも嬉しそうに指輪を貰っていたのは印象的だ。そして、吹雪さんがキスは手の甲という流れを作ってくれたおかげで、皆が同じように進めていく。

 

だが、山城さんの順番、事件が起こった。いや、山城さんが起こした。

 

「山城君、左手を」

「ええ、お願い」

 

指輪をはめられ、キスの段階へ。

 

「提督、先に言っておくわ。私は貴方に感謝しています」

「山城君……」

「生まれたばかりの私は不幸としか思えなかった。艦の時代から欠陥だらけで艦娘となっても欠陥(バグ)を抱えて、扶桑姉様にも出会えない。ドン底だった。だけどね、今は幸せよ」

 

しみじみと話す山城さん。以前に北上さんが通常の山城さんのことを『ネガティブ戦艦』と形容していたが、ここの山城さんはネガティブのカケラもない。

 

「貴方のおかげです。ありがとう」

 

それだけ言って、司令官の頭を掴んだと思いきや、思い切り口同士のキスをした。まさに結婚、誓いのキス。見ていた全員、そして司令官も固まってしまった。

 

「これで成立ね。じゃあ私は限界を超えたか調べてくるわ」

 

やるだけやって、さっさと部屋から出て行ってしまった。静まり返る会議室。一番動揺しているのは、他ならぬ司令官だった。

 

「て、提督、続けましょう」

「そ、そそ、そうだね。次は誰だったかな」

 

大淀さんに促され次を呼ぶ。山城さんの次は雲龍さん。会議室の空気はまだ元に戻らないが、進めていかないと終わらない。

 

「雲龍君、キスの位置は……」

「口」

「はい?」

「山城と同じように、ここで」

 

自分の口を指差す雲龍さん。本人が望むのだからと司令官も渋々キスをするのだが、雲龍さんも司令官の頭を掴み、割と強めに事を済ませる。

山城さんが完全に流れを変えた。司令官に()()()()()()を持つ人は少なからずいるとは薄々思っていた。私はお子様なのでそういった色恋沙汰はよくわからないが、尊敬はしている。恋愛ではなく、敬愛。そういう意味では私も司令官のことを愛しているのかもしれない。

 

 

 

波乱の一幕もあったが、ケッコンカッコカリが可能な艦娘は全員指輪を受け取った。私はさすがに手の甲にキスをしてもらったが、雲龍さんの後も、何人かは別の場所を所望していた。榛名さんは頰、那珂ちゃんさんは額など、思ったより大胆にことを起こす人は多かった。

 

「……なんだか夢みたい」

 

指輪のはまる指を眺める。こんな身体でも、私は結婚という女としての大きなイベントをこなしてしまった。例え仮でも、結婚は結婚。私と司令官は夫婦として外から扱われる。

とはいえこの鎮守府に配属する艦娘はほぼ全員同じ立場だ。それを見れば、この鎮守府では強化と割り切ったケッコンカッコカリが執り行われたと誰もが察することができるだろう。

 

提督との関係が一層深まった。これからは司令官も、私達のことを娘であると同時に伴侶として扱うと言った。大切な存在だと、改めて話してくれた。

これだけしてもらえたのだ、死ぬわけにはいかない。何があっても生き延びなければ。

 




指輪を全員に渡すというのは、ケッコンという言葉のありがたみが薄れるような気もしますが、全員に分け隔てなく愛情を持っている証にもなるので、一長一短。


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蘇る感覚

ケッコンカッコカリという特大イベントを終わらせ、自らの限界を超えることに成功した私、朝潮。実感はまだ無いが、練度の限界を超えたということは、出来ることがさらに増える可能性があるということだろう。

 

それからまた幾日か過ぎ、地道に周りの小拠点を鎮圧していた。残っていた小拠点は、戦艦水鬼のような強力な敵もおらず、現在の鎮守府の力でも充分抑え込める範囲。特別なこともなく、淡々と処理が進んでいる。

そろそろ北の大拠点の攻略も視野に入ってきた。だが、戦艦棲姫改は本当に強敵だ。それを倒すためにも皆がケッコンカッコカリをしたようなものだ。

 

「ほぼ準備は出来たと言ってもいいだろう。あとは皆の強化を出来るだけしていきたい」

 

会議でも司令官は艦娘の強化を打ち上げた。

あの騒動、山城さんの事件の後、若干関係がギクシャクしたところもあったが、今では今までと変わらない関係で運営できている。覚悟を決めたのは司令官だった。

 

限界を超えたことで、成長の幅も広がった。さらに訓練を積めば、戦艦棲姫改に太刀打ちできる力も手に入るだろう。

だが、その訓練をどうするのかが問題だった。今まで通りの訓練だと、効率が悪くなってきている。訓練自体に慣れてしまっているからだ。今の訓練は、実力を伸ばす訓練じゃなく、実力を落とさない訓練になっている。

 

「もっとハードな訓練にするってのもな。今以上となると、それこそ殺し合いのレベルになっちまう」

「友軍の依頼も今のところないね。そうなると、訓練と演習しか強化する手段は無いだろう」

「演習するにしても、ここでやるのは得策じゃないよな。見せられないものが多すぎる」

 

理解が得られるならいいが、今のこの鎮守府の状況、初見で受け入れる人はまずいないだろう。陸上型の深海棲艦の陣地が併設されてしまっているし、そもそも鎮守府内に普通に深海棲艦がいる。

 

「……爺さんに連絡してみるか」

「元帥閣下にですか?」

「ああ。困った時は頼るべきだろう。曲がりなりにも上司なんだから」

 

あの最強の艦隊である護衛艦娘を持つ元帥閣下なら、何かいい訓練方法など知っているかもしれない。司令官が頼れる上役の人が元帥閣下くらいしかいないというのもあるが、いないよりはマシだろう。

 

司令官が元帥閣下に連絡を取ったことで、事が大きく変わりそうだった。なんと、護衛艦娘の方々が3度目の来航。元帥閣下が大本営から逃げたいタイミングと一致したらしく、赤い海調査という名目で鎮守府にやってくることとなった。この名目も2度目である。

赤い海の拡張は毎日の掃討任務により現状維持されている。未だに黒の陣地まで行けておらず、存在の一部を電探で確認しただけに過ぎない。この件についても元帥閣下には細かく説明する必要はありそうだ。

 

「あのジジイ、また私をダシに使いやがった」

「代わりにこちらも訓練してもらえるのですからWIN-WINでしょう」

「まぁそうなんだがね。今回は冷やかされるな……指輪のことで」

 

今までと違い、今回はアポあり。明日の朝に到着するとのこと。事前に準備ができるとはいえ、以前と同じように普通に出迎えるだけだろう。3度目ともなれば、皆慣れたものだ。元帥という地位の人が来るにも関わらず、誰も緊張していない。

 

「今日は今までと同様の訓練で。では、解散」

 

最強の艦隊との訓練、どのようなものなのだろう。今までと同じことをやったとしても、手に入る練度は桁違いに思える。明日からはハードになりそうだ。

 

 

 

その日は、誰もが待ち望んだことが起ころうとしていた。その瞬間のため、皆が工廠に集まっている。事情を知らない龍田さんも天龍さんに連れられて来ている。

 

「天龍ちゃん、これは何の騒ぎ〜?」

「シンの艤装改造が今日で終わるんだ。ついにアイツ、泳げるようになるんだよ」

 

そう、シンさんが欠陥(バグ)を克服するのである。陸上では歩けないままではあるが、潜水艦としての力は完全に戻る。それはシンさんの念願であり、私達の念願でもあった。

一時期は絶望で心を閉ざし、何をしても無反応な状態だったシンさんも、希望の光が差し込んでからはとても元気になった。それはこの時を信じていたからだ。シンさんもこの時のために頑張ってきた。

 

「あの脚が不自由な潜水艦の子ね〜。え、もしかして、脚が治る……の……?」

「治るってわけじゃないんだけどな。艤装だけは動くようになるんだよ」

「それでも凄いことよ〜? 欠陥(バグ)が治るようなものじゃない」

 

龍田さんが驚くのも無理はない。艦娘の欠陥(バグ)は絶対に治らないことは明石さんが証明済みなのだ。そして、それを何らかの手段で乗り越えることも不可能である事も証明済み。私達はどうしてもこの問題とは付き合っていかなくてはいけない。

 

それを今、覆そうとしている。

 

「それじゃあ、シンちゃん、大丈夫でちか?」

「ウン、ダイジョウブ、ギソウダスネ」

 

海に浮かんだ状態でスタンバイしているシンさん。万が一のために両サイドにゴーヤさんとセンさんがついている。

シンさんが展開した艤装は、改造前から形はほとんど変わっていない。自分と同じくらいの大きさのクジラのような艤装が、しっかりと下半身を包み込む。

 

「じゃあ、泳いでみて」

「ウン……!」

 

最初は潜らず、海面で。ゆっくりとだが前に進み出す。ゴーヤさんもセンさんも補助をしていない。シンさん自身の力でも前に進んでいた。

 

「ススム……オヨゲル……! オヨゲルヨ!」

 

少し海面を動いた後、すぐさま海中に潜った。以前がどのように泳いでいたかは私達にはわからないが、いつも見るゴーヤさん達のように急速潜航したかと思ったら、勢いよく海上に飛び出す。クジラというよりイルカだった。それだけ軽快に泳げているのだから、完全に戻ったと言っても過言ではないだろう。

 

工廠は歓声に包まれた。この鎮守府では初めての『欠陥(バグ)が治療できた者』だ。細かいことを言うと違うのだが、潜水艦としての性能が100%戻ってきているのだから、治療できたと言ってもいいだろう。深海棲艦だからというのもあるだろうが、それでも充分だった。

 

「シンちゃん、よかったでちね……」

「アリガトウ……アナタタチノオカゲデ、イモウトハモトニモドッタワ」

 

泣きそうなゴーヤさんとセンさん。

 

「デッチ! オネエチャン! イッショニオヨゴウ!」

「え、ちょっ」

 

そんな2人の手を掴み、海中に引きずり込んだシンさん。海中でセンさんも艤装を展開し、そのまま海へと出て行ってしまった。どれだけ喜んでいるのかがすぐにわかる。

 

「本当に良かったわ……」

 

最初から最後まで知っている霞は肩を震わせていた。

脚を失ったシンさんを、ずっと励まし続けてここまで運んできたのは他ならぬ霞だ。自ら死を選ぼうとしたところも、姉の救出を涙ながらお願いされたところも、全て見てきた。このシンさんの姿は感慨深いだろう。

 

「最初……本当に助けてよかったのかって思っちゃったのよ……。あんな状態を見てたらさ」

「……そうね。私もそうだった」

「でも、良かったのよね。私は間違ってなかった」

 

霞の頭を撫でてあげた。私達の選択は間違っていなかった。

霞は顔にも口にも出さなかったが私と同じ悩みを抱いていたのだろう。私は司令官に話して折り合いを付けたが、霞は一人で抱え込んでいた。それが時間がかかったものの、いい方向で解決したのだ。素直に喜べばいい。

 

「これからも救える命は救うわ。相手が拒んでも」

「それがいいわ。後悔するなら、救って後悔した方がいいもの」

 

見えている命は全て救う。霞ならやり遂げるだろう。私も同じように力を尽くしていきたい。

 

 

 

ひとしきり泳ぎ、満足したのだろう。最高の笑顔でシンさんが工廠に戻ってきた。ぐったりとした顔のゴーヤさんとセンさんを引き連れて。

 

「タノシイ! ヤッパリオヨグノタノシイ!」

「そ、それは良かったでち……」

 

ゼエゼエ言っているゴーヤさん。私は海上艦なのでそれほど疲れる泳ぎというのがちょっとわからないのだが、子供のパワーで引きずり回されたんだなと理解する。

 

「イモウトガ……ゴ、ゴメンナサイ……」

「い、いいんでち……元気になったことはいいことでちから……」

 

息も絶え絶えで海上に上がってくる。センさんは艤装さえ消せば普通に上がってこれるが、シンさんはここからが難しい。体型が子供じゃなければ、引きずり上げるのも辛かっただろう。

 

「ハイ、コレデイイ?」

「アリガトウ、オネエチャン!」

 

センさんが海からシンさんを上げ、車椅子に座らせた。これなら生活も充分やっていける。2人1組での行動になるのは仕方ないが、以前から似たような状態だったようなので、ほぼ支障無いと言える。元々地上で生活する方が少なかったらしいし。

 

「セン君、ここで一つ聞きたいのだけど、君達は今後どうしたい?」

「ワタシハ……オンヲカエシタイ。ココニシバラクオイテモラエナイカシラ」

「アタシハオネエチャントデッチトイッショガイイ!」

 

ゴーヤさんは随分懐かれたようだ。

センさんも最初は鎮守府全体に怯えていたが、ゴーヤさんをキッカケに周りに馴染んでいった。ここにいる深海棲艦ではお姉さんの方にあたるので、ミナトさんやセキさんとよく話をしているのを見かける。特にセキさんはシンさんの治療にも貢献しているので、感謝している気持ちが大きいだろう。

 

「なら、今まで使っていた部屋をそのまま使って構わないよ。正式に迎え入れようじゃないか」

「アリガトウ、テイトク。ワタシタチモ、ブタイニイレテクレテカマワナイワ。()()ノヒトリトシテ、オテツダイシマス」

 

こうして潜水艦姉妹も鎮守府に配属する形になった。今までは治療による居候という形だったが、本格的に参戦するとのこと。

 

姉妹共々、潜水艦としては超高スペック。ゴーヤさん達潜水艦娘は、爆雷を一撃でも受けると中破大破は当たり前の低耐久力が欠点だが、それを覆す耐久力を持っているのが特徴。特にセンさんは、艤装自体が自律型なおかげで生存能力が異常に高い。

代わりに、隠密行動には不向きという欠点もある。何故なら、深海棲艦同士は気配が読めてしまうから。深くに潜っていれば気配は薄くなるらしいが、それでも存在を知られるというのは問題。そのため、雷撃の戦力としての出撃をお願いすることになるだろう。

 

「大本営への報告は明日に纏めてやってしまおう。どうせ爺さんが来るからね」

「相変わらずの事後処理ですね」

「春風君の時と同じだよ」

 

いつもここに置くことを決めてからの報告だ。あちらがNOと言わないことがわかっているからとやりたい放題な気がしないでもないが、それが全ていい方向に進んでいるのだから問題ないだろう。そのうち文句を言われそうだが。




潜水新棲姫の件はこれで解決です。子供は元気な方がいい。不名誉なアダ名を持っていますが。


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直属の艦娘

翌朝、予定通り元帥閣下が鎮守府にやってきた。名目は『赤い海の調査』。当然そちらの情報もある程度は渡すが、本来の目的はそちらではなく、私、朝潮を含めた『ケッコン艦の訓練』である。一番の目的である『大本営からの逃走』は、ここに来た時点で達成できているか。

 

「朝潮ちゃんや、お出迎えありがとう」

「お久しぶりです。おじいちゃん」

「癒されるのぉ……」

 

大本営でいろいろとあるのだろう、少し疲れた顔の元帥閣下。出迎えた私を見るや、抱きしめてきた。孫を溺愛するお爺さんのような、そんな優しい手つきだったが、それを簡単に許さないのが護衛艦娘の方々。赤城さんに至っては当たり前のように頭をはたき、私から引き剥がす。

 

「報告は聞いておるよ。戦艦水鬼撃破、ご苦労だった」

「ああ、だが大苦戦だったよ。姫級3体同時ってのは流石に堪える」

「本当に苦労したようじゃの。姫級6体なんていう戦場もあるらしいがな」

 

頭が痛くなりそうだった。戦艦棲姫改との戦闘はそれすらもあり得るということだ。私達でどうにかできるのか。いや、できないから援軍を頼んだのだ。力を合わせて突破することが今後の目標。

 

「その辺りの話は後にしよう。近況を教えてもらおうか」

「いつも通り会議室にいこう。朝潮君もありがとう。ここからはいつも通りで」

「了解しました。それでは元帥閣下、また後で」

 

護衛艦娘の方々は赤城さんを除いて自由行動にされる。今回は会議に出る必要がないため私も自由に。自由と言っても訓練や任務はいつも通りだ。私はお出迎えや護衛艦娘の方々との交流のために午前中を非番にされているだけで、午後からは訓練がある。

 

「朝潮よ、春風はどうなった。あの後からずっと気になっていたんだ。赤城から多少は聞いているが……」

 

自由になった途端、武蔵さんに聞かれた。あの時は後味の悪い別れ方になってしまっているため、すぐにでも今の春風を見たいようだ。春風はあの時とは違い、深い闇はもう抱えていない。闇の方向性が変わったくらいだ。

だからここには呼び出しているのだが、やはり恐怖心が勝ってしまうのだろう、柱の陰にずっと隠れている。チラチラとこちらの様子を伺っている。

 

「春風、隠れていないで出てきなさい」

「お、御姉様、こちらにも心の準備が……」

「昨日から散々してきたでしょうに。さ、おいで」

 

私の呼び出しに応じて、おずおずと陰から出てくる春風。その姿に武蔵さんも驚いていた。さすがに朝潮型改二制服を着ているとは思っていなかったのだろう。

 

「その節は本当に申し訳ございませんでした……」

「何、気にするな。立ち直ってくれたことが嬉しいぞ」

「とはいえこれはまた……思い切ったことをしましたね。赤城さんから妹分になったとは聞いていましたが、まさか本当に妹にしているとは」

 

制服については、思い切ったのではなく、春風が望んで一度許可を出したら脱がなくなっただけ。

掻い摘んで、春風にも納得が行くように説明した。心の歪みのことはあまり触れず、現状だけを端的に話す。あちら側に倒れることとも折り合いを付けたとも伝えた。今ではコントロールもできているので、戦闘に役立てていることも。

 

「そうか、深海棲艦の力を使いこなせるようになったんだな」

「はい、おかげさまで。こんなわたくしを認めてくれる方々のために、そして何より御姉様のために、尽力していこうと思います」

「えらいぞ! この武蔵、全力で春風を応援しよう!」

 

春風の頭を力強く撫で回す武蔵さん。それこそ春風が犬のように扱われているように見えてしまう。

私のためと言った部分は華麗にスルーしてくれた。ありがたい。でも加賀さんの視線が少し痛い。

 

「私達にも簡単でいいから近況を教えてくれないかしら。少しここで時間を潰さないといけないの」

「ここで、ですか?」

「ええ。後発組がいるのよ。今回は人員を増やしたわ」

 

元帥閣下の護衛自体は4人で充分なのだが、今回は訓練もある。そのために、わざわざ増員してくれたそうだ。大本営、元帥閣下直属の艦娘ということで、実力もトップクラス。どのような人が来るのだろう。

 

 

 

時間潰しということで、前回来てもらった時からどれだけ変わったかを話した。仲間が増えたことや拠点鎮圧のこと、あとは援軍を要請したこと。特に大きかったのは、艦娘の死を見たことだろう。命の尊さを身を以て知った特別な体験だ。その後、同じ艦娘がドロップするという奇跡まであった。

 

「なるほど、いろいろと経験をしてきたのね」

「これは山城と戦うのが楽しみになってきたな。姫級を1人で屠るか! それも拳で! 堪らんなぁ!」

 

いつになくテンションが高い武蔵さん。むしろそれを楽しみに来たようにも見える。山城さんと唯一対等以上に渡り合えるのが武蔵さんだ。今の遠いところまで行ってしまった山城さん相手でもなんとかしてしまいそうだから恐ろしい。

と、ここで電探に新しい反応が入った。春風が先に反応していないため、敵の反応ではない。急に現れたわけでなく、索敵範囲の外から中に入ってきた。

 

「あ、誰か近づいてきましたね。駆逐1、戦艦1です。後発組ですか?」

「ええ、まだ見えていないのに、もう索敵範囲に入ったのね」

 

あくまでも少数精鋭。大本営直属の艦娘はそこまで多くなく、私達の鎮守府と似たような人数らしい。そのためあまり人数を外に出せないそうだ。

代わりに1人1人が一線級の能力を持つ。大戦艦の2人や一航戦の2人を見ていると、まず基本のスペックから高いのだろうと推測できた。最初から抜きん出た能力を持ち、それをさらに鍛え上げて極める。武蔵さんを見れば一目瞭然。

 

「お、来たな。こっちだ!」

 

武蔵さんが手を振り、後発組の2人を呼び寄せた。遠目から見ても、練度が異常に高いのがわかる。

 

「思ったより早かったわね」

「雪風のおかげだ。ここまで迷わずに来ることができた」

「はい! 雪風は迷いません!」

 

後発組の駆逐艦は、陽炎型駆逐艦8番艦、雪風さん。時津風さんと萩風さんの姉に当たるが、見た目は時津風さんと同じように幼い。しかし幸運艦、奇跡の駆逐艦として有名であり、それが全て実力で掴み取ったものなのだから、最強の一角として相応しい。

 

「長門はもう少しそういうところちゃんとした方がいいぞ」

「わ、わかっている。最近は戦闘以外でもだな」

 

そして戦艦は、長門型戦艦1番艦、ネームシップの長門さん。世界のビッグ7の1人として名高く、古参の戦艦として日本を代表する人だ。武蔵さんと同様に武人然としており、勇ましい雰囲気がこれでもかと出ている。どこか戦艦水鬼に似ているが気のせいだろう。

 

「朝潮、今回の訓練はこの面白コンビにも手伝ってもらうわ」

「誰が面白コンビか。演歌でCD出した貴様には言われたくないな」

「やりました」

 

元帥閣下直属の艦娘は大概面白いというのはよくわかった。人見知り、というか人の視線が苦手な春風も、一歩引いているものの私の後ろに隠れることなく話を聞くほどである。

 

「私が代表というわけではないのですけど、最近よくこういう場に立たされる朝潮です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。君のことは聞いている。爺さんをあまり甘やかさなくていい」

 

甘やかしているわけではないのだが、喜んでくれるのだからやってあげてもいいかなとは思う。私達ではわからないストレスも溜まっているだろうし、こういう場で癒されてもらえれば。

 

「訓練は午後からということでお願いします」

「了解した。加賀よ、それまではどうしておくんだ?」

「自由よ。貴女達はここが初めてなんだから、適当に見て回ればいいと思うわ」

 

加賀さんはここで少し待ち、赤城さんが戻り次第蒼龍さんをシゴきに行くとのこと。前に来た時も同じようなことをしていた気がする。蒼龍さんは愛すべき後輩なのだろう。

 

「私と春風は午前中非番なので、案内しましょうか?」

「ああ、頼まれてくれるか」

「はい。あと雪風さん、この鎮守府には時津風さんと萩風さんがいますので」

「妹がいるんですね! なら挨拶しなくちゃです!」

 

見た目通り子供っぽい雪風さん。時津風さんと姉妹と言われて納得できる。相変わらず萩風さんの姉と言われても疑問に思えてしまうのはご愛嬌。

 

 

 

割と大人数での移動になってしまっているが、初めての2人を連れて鎮守府を案内していると、早速清霜さんと出会った。今回はアポありだったおかげで、清霜さんも待ち構えていた。来るタイミングを見計らって大和さんに抱きつく。

 

「大和さん! 武蔵さん!」

「清霜ちゃん! 久しぶりね!」

 

名誉大和型であることは長門さんも聞いていたようで、見た目は通常と変わらない清霜さんをしげしげと眺める。この身体で大和型と同じ身体とは到底思えない。

 

「この子が噂の戦艦清霜か」

「あ、貴女はビッグ7の長門さん! すごい、最強の戦艦が揃ってる……!」

 

大本営でも清霜さんの存在は噂になっている様子。長門さんに存在を知られていたというだけで、清霜さんは感動していた。

 

「長門さんも憧れの人なの! 大和さんと武蔵さんの火力も凄いけど、長門さんの梯形陣から繰り出される連携! あれ、あたしも真似したいと思ってて!」

「ああ、胸熱アタック」

「胸熱アタックですね」

「一斉射と言え一斉射と。大和までボケに回るな」

 

長門さんは装備している主砲の都合上、どうしても大和型よりは火力が劣ってしまう。そこを補っているのが、大和型の2人の言う『胸熱アタック』、一斉射だ。単体では劣る火力も、連携により数倍の威力に高めるのだ。

 

「あたし、いろんな戦艦の戦い方をずっと研究してて……。ネルソンタッチもやってみたいし、胸熱アタックもやってみたいし、ああ夢が広がるー!」

「本当に研究熱心なのね。でも燃費の問題があるものね」

「ほんのちょっとだけ良くなりました! これ!」

 

左手薬指の指輪を見せた途端、戦艦3人が噴き出す。ケッコンカッコカリという手段を使ってくるのは想定していなかった顔。特に清霜さんは駆逐艦である。対してここの司令官は中年男性。見た目だけで言えば親子だ。

 

「そ、それは想定外だった」

「合理的ではあるが、まさかケッコンカッコカリを清霜と……」

「いえ、その、私もしていますから」

 

私も指輪を見せる。そこでこの鎮守府は強化と割り切ったケッコンカッコカリをしているということで納得してもらえた。が、長門さんは複雑な表情。

 

「駆逐艦とだけケッコンカッコカリしているロリコンという可能性は……」

「ありませんから。ここでケッコンカッコカリしていないのは新人の3人だけです」

「そ、そうか。ならいいんだ、すまない」

 

なるほど今だけならそうやって見えてしまうのか。覚えておこう。司令官に不名誉なあだ名が付いてしまいかねない。

 

 

 

「あっ、雪風だー!」

 

今度は萩風さんの反動軽減訓練に合流。時津風さんも相席している。

 

「時津風! あと萩風も!」

「姉さんが訓練してくれるってことよね。頼もしいけど勝てる気がしないや」

 

苦笑する萩風さん。雪風さんはそれほどらしい。

奇跡を確実に勝ち取るというのは生半可なことではない。そうなってしまうともう奇跡でも何でもないのだが、私達では到底できないような奇跡を、雪風さんなら確実に成し遂げると思うと、それがどれだけとんでもないことかがわかる。

 

「これは何の訓練……?」

「萩風は反動でまともに主砲撃てないから、頑張って押さえつける訓練」

 

初陣の時でもフラついていたので、まだまだこの訓練は必要。でも最初よりはかなり良くなっている。吹き飛ぶことはもう無く、命中率が若干低いくらいだ。

 

「え、それ重巡洋艦の主砲!? え、ええー! 凄いです!」

「あたしと萩風は装備が重巡洋艦になっちゃってるからさ。反動軽減が最初の難関なんだよね」

 

的に向かって主砲を撃つが、どうしても身体がブレてしまうようだ。欠かさず筋トレをしているのは知っているし、山城さんに追加プランを練ってもらっているのも知っている。だが、その努力はすぐに結果として現れてこないから困ったものだ。

 

「ここの人は凄い人ばっかりです! 戦艦の清霜ちゃんも凄いけど、妹が重巡洋艦になっちゃってるなんて!」

「あ、きよしーとは会ったんだ。じゃあオーバースペック組とは全員会ったわけだねぇ」

 

最初に会うのがオーバースペック組というのは欠陥(バグ)のことを誤解しそうな流れではあるものの、こういうのもあるという代表が見られたのはいいことかもしれない。欠陥(バグ)は悪いことじゃないと知ってもらえることの方が大事。

 

「あ、萩風、夜は大丈夫? まだ怖い? 雪風、それだけ心配です」

「あー……その、今の私には()()()()の」

「夜が無い?」

 

オーバースペックにはそれなりの代償があるということは、大和さんと武蔵さんも清霜さんを見て知っていたことだ。萩風さんにも同じようにデメリットがあり、それが昼夜を切り分ける睡眠と話すと、雪風さんはいろいろ考えた後に首を傾げる。

 

「夜に動けないのは辛いですけど、夜が怖いなら動かない方がいいし、いいことなのか悪いことなのか……わかりません!」

「私としてはいいこと……かな? でも食生活がおかしくなるのはちょっと。不健康……」

 

こればっかりは仕方ない。諦めろとは言わないが、行動できる時間のうちに健康的な生活をしてもらうしか無い。

 

 

 

「ここの艦娘は個性的な者が多い。個体差があるのは当然だが、ここまでとはな」

「はい! それに、みんなお強いです!」

 

ある程度案内を終え、大体の人を紹介できた。その過程で武蔵さんはジムで山城さんとの訓練に参加するため、一旦別れている。山城さんも今日こそ決着をつけると息巻いていた。

 

「午後からの訓練も楽しみだ。朝潮、勿論君も出るのだろう?」

「はい、おそらく。でも私は戦闘が出来ないのでご期待に添えられるかどうか」

「赤城から聞いているぞ。戦場に朝潮がいるなら、まず潰せと」

 

赤城さんからも認められているのは光栄だ。それは龍驤さんと蒼龍さんのような浮き砲台の曳航役としての役割を見てか、旗艦ではないところにいる司令塔としての役割を見てかはわからないが。

 

「お手柔らかにお願いします」

「それはできない相談だ。強くなりたいのだろう?」

「ふふ、そうですね」

 

午後からは戦闘訓練だ。長門さんと雪風さんの加わった護衛艦娘、最強の艦隊を相手にどこまで行けるか、私も少し楽しみである。

 




たった一人、駆逐艦でも最強の艦隊に加えられている雪風。史実でも逸話だらけで有名な駆逐艦ですが、本領発揮するのは次回。


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自らは見えず

午後からは元帥閣下直属の艦娘、総勢6名による訓練、演習が始まる。あちらは大型艦5人小型艦1人という極端な編成ではあるが、これは赤城さん提案のものでもあるらしい。

赤城さんの見たことのある最悪の敵編成は、戦艦棲姫3体に加え、空母棲姫2体に駆逐古姫1体という6体編成。全員姫級な挙句、役割分担も出来ており、あらゆる攻撃を対策された状態である。

 

「これはまた圧巻だな……。一航戦に大和型、ビッグ7に奇跡の駆逐艦とは……」

「儂も割と本気で来たからの」

 

司令官と元帥閣下は陸から演習を見守る形に。これは以前から変わらないスタンスなのだが、位置が少し近い。より細かく分析するためだろう。

 

「演習に連合艦隊っていいんだっけか」

「ダメに決まっておるじゃろ。それでも負ける気は無いがな。さ、久々に見せてくれ加藤。お前の()()の力を」

「嫁って言うなジジイ」

 

こちらの部隊は、援軍無しで考えている最高の通常部隊。戦艦棲姫改にぶつけるために練られた布陣だ。

旗艦はなんと私、朝潮。旗艦故に生存率を上げ、情報収集を優先的に行うためである。とはいえ荷が重いのは確かだ。

随伴は同じく情報収集のための青葉さん、戦艦棲姫改にぶつけるための超火力として山城さん、ガングートさん、清霜さん、そして、満を持してのレキさん。主砲は魚雷以上に効きづらいが、大和型主砲ほどの大火力なら通す可能性はある。そこで清霜さんとレキさんの出番だ。以前に効いた内部爆破狙いは青葉さんが行う。

 

「空母がいないようですが大丈夫ですか? 制空権は大事ですよ?」

「いろいろ試させてください。今回はこの部隊で行きます。それに、空母はいないわけじゃないです」

 

後ろに待ち構えるレキさんを見て何かを察した顔をした。戦艦レ級の怖さは赤城さんも知っていることだろう。さらにいえば、私達のレキさんは通常のレ級からさらに訓練を重ねている状態だ。

 

「あの子も私の妹なので」

「朝潮型の制服着てますもんね……わかりました。ではあまり手加減は出来ませんが、お互い健闘しましょう」

 

握手して所定の位置へ。

こちらは山城さんとガングートさんを先頭にした複縦陣……かと思いきや、片方の列の先頭は清霜さん。初手に火力をぶつける算段である。

対する相手は、長門さん戦闘の梯形陣。つまり、あちらも初手にぶつけてくるということだ。

 

「清霜さん、あれ」

「初手に胸熱アタック来るよね。だからあたしもこの陣形にさせてもらったんだから」

 

初めてやるから上手くいくかはわからないとは言うものの、清霜さんは自信があるからこそ選んだ戦い方だ。山城さんもガングートさんも了承した。

 

「でも、初手の初手は作戦通りに行きましょう。胸熱アタック、来ないなら来ない方がいいので。青葉さん、よろしくお願いします」

「はいはい、そういうのは青葉にお任せ!」

 

私は最後尾で一航戦の艦載機を墜とす役目だ。あともう一つ、司令官にも許可を貰い、この戦場では行動予測を本気で行う。頭痛と鼻血は覚悟の上だ。頭が壊れる前にさすがにやめるが。

 

「では行きましょう」

「勝つ気で行くわよ。少なくとも武蔵には」

「あのビッグ7までいるとはな。ははは、胸が熱いな!」

 

全員高ぶっている。やる気は充分だ。

 

「アサネエチャン、レキ、ダレヲネラエバイイ」

「基本は空母の2人ですね。制空権をレキさんのものにしてしまいましょう」

「ワカッタ! マカセロ!」

 

こういう場での戦闘は初めてのレキさんは、昨日からずっと楽しみにしていた。ここにいない艦娘との戦いは、普段以上に心躍るものなのだろう。戦い(遊び)たくてウズウズしているように見える。

 

あちらでの未知数は唯一の駆逐艦、雪風さんだ。あの精鋭の中に紛れてくるということは、一番警戒しなくてはいけない相手だろう。駆逐艦と侮ることは絶対にしない。

 

 

 

緊張感が演習場を支配する中、開始の合図が鳴り響いた。同時に相手戦闘の長門さんと武蔵さんが構える。

 

「武蔵と一斉射か、胸が熱いな!」

「あまり出来ないからな! まずはこれでどれだけ耐える!」

 

想定内だ。だからこそ、初手に青葉さんに合図。

 

「よく見えますねぇ。撃ってくださいと言っているようなものですよ!」

 

お得意のヘッドショットだ。狙いは当然長門さん。出鼻を挫ければ、戦況は勿論こちらに傾く。だが、

 

「お守りします!」

 

雪風さんの砲撃が()()()()()()()()()()()()()、長門さんへのヘッドショットは遠くへ弾かれてしまった。そんな方法で防がれたのは初めてだ。

この1回だけで、雪風さんの実力が痛いほどわかった。少なくとも命中精度は青葉さんより上。さらに行動予測までついてきている。そうでなくては飛んできた弾に、自分の弾を当てるなんてできない。そして雪風さんはそれを全て()()()()()やっている。

 

「左舷に回避ぃ!」

「主砲、一斉射! 撃てぇーっ!」

 

動揺しかけたが、すぐに気を取り直して回避指示。身体の向き、一斉射の相方、構えてから撃つまでのタイムラグまで計算して回避方向は決めた。清霜さんには別の役割があるからここで終わってもらうわけにはいかない。

指示のタイミングが良かったか、一斉射は全て回避。作戦通り、梯形陣の横につくことに成功した。

 

「ほう、全て避けたか」

「朝潮に計算されていたな。まぁいい」

 

あちらからすれば、こちらを単横陣で受け止める状態。私と清霜さんはこれを狙っていた。清霜さんがどうしてもやりたいと言い、青葉さんとレキさんを巻き込んだ必殺技。

 

「清霜ターッチ!」

「このまま突っ込むんですか!? 結構無茶でしょぉ!」

「キヨネエチャンイケー! タッチターッチ!」

 

本来はNelson(ネルソン)級戦艦1番艦、Nelson(ネルソン)さんの行う必殺技『ネルソンタッチ』。単縦陣の敵の横っ腹に複縦陣で突っ込み分断、その後各個撃破をするという割ととんでもない作戦。梯形陣も斜めから突っ込めば似たようなことになると、最初から決めていた。こちらも初手に胸熱アタックは読んでいた。

実際この作戦は意表を突いたようで、回避に専念してもらえた挙句、戦艦3人とその他3人で綺麗に分断。戦艦側には山城さんとガングートさん、その他3人には清霜さんと青葉さんがつくことができた。レキさんと私は真ん中を突き抜け、今度は対空に移行。

 

「まさかネルソンタッチをしてくるなんて、予想外でしたよ」

「分断されたわ。艦載機はこちら側に集中させましょう」

 

一航戦から艦載機が発艦。数はやはり多く、最初から全機に近い。私とレキさんだけでは全機墜とすのはまず不可能。回避を優先に攻撃に移る必要がある。が、

 

「青葉さんバック!」

「えっ、うわおっ!?」

 

雪風さんの砲撃が青葉さんの鼻先を掠めた。こちらがヘッドショットを狙うからだろう。雪風さんも同じことをしてきた。気付かなかったら青葉さんが終わっていた。

 

「当たりませんか! 不意打ちだと思ったんですけど!」

「私に不意はありませんから!」

 

艦載機をどうにか墜としながら行動予測。戦艦3人はひとまず2人に任せるとして、こちらは私含まず3対3。そこに艦載機も含まれる。計算するものが多い。

艦載機からの爆撃は基本的に当人に判断してもらう。そこまで計算していたら私の頭が即座にパンクする。さすがに全員陸上型深海棲艦からの回避訓練を受けているだけあり、対爆撃の回避は指示いらずでスイスイ避ける。

 

「レキさん、一航戦に雷撃!」

「リョーカイ! マズハコレダナ!」

 

蛇状の艤装から魚雷を大量に吐き出し、一航戦の両方を狙う雷撃。ここでの動き次第で清霜さんの行動を変える。その清霜さんも大振りながら赤城さんを狙って砲撃中。回避はされやすいものの、行動にある程度制限を与えている。

 

「そのまま艦載機!」

「ヨーシ! コッチモダ!」

 

魚雷を吐き出していた艤装が上を向くと、同じ口から艦載機も吐き出された。艤装で生成されたものではあるが、ちゃんとダミーのものだそうだ。実弾が出ていたら大問題である。

 

ここで目を瞑り念入りに行動予測。赤城さんと加賀さんは分断せず一緒に雷撃と清霜さんの砲撃を回避。雪風さんは青葉さんとの撃ち合い。レキさんは完全にフリーの状態。戦艦側からの横槍は無し。次に動く位置と、雪風さんの攻撃方向まで計算。1()()()()()確認。

 

「青葉さん6時回避3時攻撃! 清霜さん4時攻撃! レキさん赤い方に突撃!」

 

目を開けて一気に指示。レキさんだけは雑な指示になったが、空母に対して一番効果的なのは近距離まで攻めること。突撃に対して雪風さんの攻撃もない。

清霜さんの砲撃は雪風さんへ。青葉さんの砲撃は加賀さんへ。そしてレキさんは赤城さんへ。行動予測を絡めた対象変更からの同時攻撃。これならどれかは当たると踏んでいた。

 

「雪風は! 沈みません!」

 

清霜さんの攻撃は見事に回避された。撃つ時にはすでに回避行動に入っていた。回避直後の無理な体勢からの砲撃で青葉さんの弾も撃ち落とす。

行動予測の範囲の外に出られた。おそらくだが、あの砲撃は狙って撃っていない。()()()()()()。それがたまたま青葉さんの弾に当たった。それはさすがに予測に入らない。

 

「痛た……さすが戦艦レ級、精度もいいですね。わぁ、右肩が真っ黒」

 

唯一、レキさんの突撃はうまくいき、そのうちに放った主砲は赤城さんに命中。しかし、すんでのところで避けられ、中破止まり。とはいえ艦載機の使用を制限させられた。私とレキさんの負担が半減。

 

「レキさん、次は青い方です」

「ヨーシ! モッカイトツゲキダ!」

 

青葉さんと清霜さんも察したようで、レキさんと3人同時に加賀さんへ砲撃。逃げ場を完全に塞ぎ、1つを雪風さんが落としたとしても、残った2つのうちどちらかが当たる。

 

「雪風」

「りょーかいです!」

 

集中砲火を受けた加賀さんはなんとか被害を抑えるために回避行動に移った。そのタイミングを見計らって雪風さんが動き出す。

 

目を瞑り念入りに行動予測。雪風さんの進行方向は、撃ち合っていた青葉さんの側面。ちょうど真横から撃つと、青葉さんの直線上にレキさんがいる。さらにその先に私。全員に避けさせないと誰か一人が犠牲になる。

加賀さんが回避に専念してくれていたお陰で艦載機からの攻撃は止んだ。赤城さんは既に発艦もできていない。戦艦側は山城さんが武蔵さんを、ガングートさんが長門さんを抑え込んでいる。

 

大和さんがフリー。主砲がこちらを向いている。狙いは私か。

 

「レキさん後退して5時主砲! 青葉さん前進して9時攻撃! 清霜さん6時攻撃!」

 

回避のために自分も急発進。私は2人から狙われている状態だ。急いでこの場から逃げないとやられる。青葉さんは回避してもらいつつ雪風さんへ、清霜さんとレキさんは大和さんへ攻撃指示。

しかし、予測通りにいかないのが戦場だ。私の指示の直後、雪風さんが少し波に足を取られた。

 

「っと!」

「えっ、嘘ぉっ!?」

 

そのせいで主砲の射線が変化。避けた先の青葉さんに当たる形に。嘘みたいな攻撃を受け青葉さんは大破判定。当然そのせいで青葉さんの砲撃は逸れてしまい、雪風さんには当たらず。

大和さんの砲撃も回避が一筋縄では行かない。撃つ寸前にこちらに対応してズラしてきた。砲口はしっかりと私を捉えている。()()()を思い出してしまった。

 

「あぁっ!?」

「アサネエチャン!」

 

足が浮くほどの衝撃で吹き飛ばされた。一撃で轟沈判定。代わりにレキさんと清霜さんの砲撃が大和さんに当たり、中破までは持っていけた。だが、旗艦轟沈である。余程でない限り、こちらの負けは揺るぎない。

 

「ここで一度止めておこうかの。演習終了じゃ」

 

元帥閣下の言葉で演習が終わる。残念ながらこちらの敗北という形となった。

 

 

 

私が轟沈、青葉さんが大破、あとこちらからは反応でしかわからなかったが、山城さんとガングートさんが中破。戦艦3人との戦いでかなり消耗していた様子。

対するあちらは、赤城さん、大和さん、武蔵さんの3人が中破、加賀さんと長門さんが小破。

こちらとしては健闘はしていた。私が轟沈判定でなければもう少し行けたかもしれない。

 

「朝潮ちゃん、大丈夫!?」

 

演習が終わったことで大和さんが駆け寄ってくる。正直腕が無くなったかと思うほどの、とんでもない衝撃だった。以前改二となるための訓練で清霜さんからも相当な数撃たれているが、ここまででは無かったように思える。

 

「だ、大丈夫です。物凄い衝撃でした……機関部艤装が無かったら死んでましたね……」

「強引に射線をズラしたから、変な当たり方したかもと思って……」

「耳鳴りが少ししますが平気です。いい経験になりました。二度と当たりたくないですね」

 

戦艦主砲直撃の恐怖は知っているつもりだったが、ここ最近はあのトラウマを忘れかけていたようだ。恐怖心を忘れてはただの無謀になってしまう。私は特に、回避に専念しなくてはいけない立場だ。今回は旗艦でもあったわけだし。

 

「朝潮、アンタその戦い方始めてからダメになってる部分あるわ」

「山城さん?」

「周りを見過ぎて自分のことが疎か。先に自分が動いてから指示しなさいよ」

 

こういうことは言われてからわかるものだ。

行動予測をする際、毎回自分を含まない計算をしていた。自分も含めた計算をしたのは龍驤さんを曳航しながらの戦闘だけ。私の死が龍驤さんの死と直結するためだ。無意識に自分を蔑ろにしていた。自分が死んでも戦況に影響がないと思っていた。

 

「前に私に言ったわよね。全員が自分に頼るくらいになるって。もうなってんの。アンタの死は全員の死と直結してんのよ」

 

山城さんにそんなこと言われるとは思わなかった。途端に今までの戦闘が恐ろしいことをしてきたと思えてくる。

周りの仲間達も揃って首を縦に振ってくれる。そんなに信用されていたんだと、今更ながら実感した。そうでなければ指示に従ってはくれないだろう。

 

「本当に勉強になりました。まずは私自身がちゃんと避けられるようにならないといけませんね」

「わかればよろしい。計算はまず自分のために使いなさい」

 

おそらくそれが出来ているのが雪風さんだ。回避行動の中に、私に近い行動予測が何度か見えた。撃つ前に回避行動を取るなんてまさにそれ。

まずは雪風さんのように絶対に無傷で戦場から帰られるようにしよう。まずはそこからだ。

 

「私は武蔵にまた勝てなかったのが気に入らないわ」

「無意識に左手で攻撃するの控えてるからですよ」

 

山城さんが目を見開いた。自分でも気付いていなかったらしい。実は山城さん以外全員気付いていた。ケッコンカッコカリ以降、山城さんは左手を庇う戦い方をするようになっている。

 

「山城よ、戦闘中にまで惚気を持ち込むな。指輪が大事なのはわかるがな」

「な、なな、何を言い出すのかと思ったら。気のせいじゃないかしらね」

 

汚れ方が左右でまるで違うことに自分で気付いてしまったのだろう。利き手が右であるにしても今までとあまりに違う。

本来の戦艦山城はこうまで司令官に懐かないそうだ。姉一筋、姉依存がデフォルト。ケッコンカッコカリしてもスタンスはあまり変えないとのこと。だが、姉がおらず、姉が配属する見込みが無いから、依存する対象がいない。結果、うちの山城さんはこれである。

 

「ああ、武蔵に指摘されるなんて不幸だわ……」

「青葉達は言わなかっただけで」

「青葉、次の演習相手をアンタにしてもいいのよ。私に実弾はいらないんだから」

 

変に触れると殺される。バレバレだけど見守ることにしよう。山城さんも自分に戸惑っているのかもしれない。




朝潮が行動予測を使うようになったのは60話「宵闇の覚醒」から。そこから朝潮は、戦艦水鬼戦の龍驤曳航の時以外、自分を含まない計算をしています。戦闘回数は少ないですが。


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演習終えて

最強の艦隊との演習で、自分の危うさに気付くことができた私、朝潮。計算に自分が含まれておらず、周りしか見えていなかったことで、結果私が轟沈判定を受ける羽目になってしまった。他人を守るために自分を蔑ろにするのは、司令官が許さない。考え方を変えて、これからも鎮守府に貢献していく決意ができた。

 

その後、私以外の人達も演習させてもらった。私も何度か回数を重ねさせてもらい、自分の戦い方を見直すことができた。少なくとも私はあれ以降、相手の攻撃は当たっていない。

 

「本当に当たらないな……。割と狙っているんだぞ」

 

演習休憩中、長門さんにもその点は褒めてもらえた。行動予測を自分優先で使うようになったことで、大振りの戦艦の攻撃には基本当たらない。

 

「雪風を相手にしているようだ」

「やっぱり雪風さんも行動予測をしているんですね。勉強になります」

「雪風をお呼びですか!」

 

これまで何度と演習をしてきたにも関わらず、未だまったくの無傷である雪風さん。参加していないときに注視させてもらったが、やはり攻撃の前に回避行動に入っていた。私の目指す先、できるようにならなくてはいけない技能である。

 

「雪風さんは回避のときに相手の行動を予測して動いていますよね」

「行動を……予測?」

 

首を傾げる。長門さんも苦笑していた。

 

「雪風は、来るかなーって思ったので避けているだけです。そしたら本当に来るのでビックリです!」

「雪風は予測なんてしていないぞ。思った通りに動いてあの成果だ」

 

なんというか、レベルが違った。この人には勝てないと即座に理解できた。

考える前に動いてる。そしてそれが全て()()()()()となる。だから常に無傷。おそらく雪風さんを倒すためには、物量で押し潰すしか手段がない。その物量ですら回避しきる可能性がある。

私とは最初から方向性が違った。考えてから動く必要がある私は行動予測を覚えようとするが、動いたら当たらない雪風さんに予測は必要ない。

 

「幸運の女神のキスを感じちゃいます!」

「幸運だけで片付けちゃうんですね……」

「戦ってみて、そう思えることが多々あったと思うがどうだ?」

 

予測の外に出る行動が多かったのは確かだ。適当に撃った弾が当たる。波に足を取られ攻撃方向が変わる。どれも全て偶然起こったことだ。その偶然が、全て雪風さんのいい方向に流れる。

 

「確かに偶然が続きました。あれは真似できませんね」

「真似をしてはいけない戦い方だ。あれは雪風だけのものだからな」

「そうですね。私とは次元が違いました」

 

だが、回避のタイミングは参考になった。あれだけ早くから動けるようになるほどには行動予測を極めていかなくてはいけない。

 

 

 

周りが少し暗くなってきて、本日の演習は終了。結局一度も勝つことはできないどころか、誰か一人に轟沈判定を与えることもできなかった。健闘はできているものの、勝ちに結びつかないのは残念だ。

だが、練度が上がっているのは実感できた。前よりも戦場が見える。自分を優先したとしても、視野が広がったと思える。曳航しながらの演習も、無傷で終わらせることができていた。

 

「ケッコン効果出とるな。うちだけやなく蒼龍でもいい動きできとったで」

「動きやすいのはやっぱり龍驤さんですけどね。小柄なのがありがたいです」

「うちもこればっかりは自分のお子様体型に感謝しとるわ。蒼龍じゃああはいかん」

 

栄光(曳航)の架け橋』は実戦経験から逐一改良されており、現在ではさらに使いやすくなっていた。アームの伸び縮みはその筆頭。あれを使っている時だけは、私は腕が3本あるように錯覚する。同じように使える霞も同じことを言っていた。

 

「それにしても一航戦はホンマ強いな。軽空母じゃどうしても艦載機の数で負けてまう。制空権全然取れへん」

「2人がかりですしね……レキさんと組んで同等くらいでしたか」

 

それでも空母棲姫2体がかりより少ないと赤城さんは言っていた。深海棲艦の姫級は過剰なスペックで、最強の艦娘を簡単に凌駕してくる。1体に対して6人がかりもざら。赤城さん達ですら、最悪の部隊で来られたときは連合艦隊でごり押ししたそうだ。資源度外視のパワープレイで、それでもギリギリだったとか。

私達の鎮守府には万能戦力であるレキさんが存在する。航空戦力も水準以上であり、単体でいうなら加賀さん以上の搭載数を誇っている。レキさんをどこに配置するかで、戦況は大きく変わるだろう。

 

「航空戦力足りんのはやっぱしんどいな。空母棲姫が出てこんこと祈るか」

 

うちの鎮守府は航空戦力が足りないのは1つの問題だ。空母3人をフル活用しようとすると、追加で曳航役が2人必要になるのもなかなか大きい。私はともかく、もう一人の曳航役をどうするか考えることになってしまう。

 

「あ、ちょうどええとこに。おーい一航戦ちょい教えてくれー。朝潮、ホンマ今日はありがとなー」

 

片付けの終わった赤城さんを見つけたので龍驤さんが駆け寄っていった。空母は空母同士でないとわからないこともあるだろう。

 

龍驤さんと別れたら今度は汚れを落とした春風が私の元へ。春風も今回の演習はよく戦っていた。残った未婚勢の中でも、あと少しでケッコンできるほどの練度になっていたからだ。

 

「御姉様、お疲れ様でした」

「春風もお疲れ様。健闘できてたわね」

「そんな、私もまったく勝てませんでしたし、轟沈判定も受けてしまいました。武蔵さんは本当にお強くて……」

 

春風はその深海棲艦の力を活かして武蔵さんへと特攻している。使いこなせていることを見せるため、さらには大戦艦の戦い方を直に学ぶため。春風自身は駆逐艦でも、出力は重巡を超え、荒さだけなら戦艦並。武蔵さんから学ぶものも多いと判断していた。

実際ボロ負けというわけではなく中破くらいまでは持って行けていた。回を重ねる毎に動きは洗練されている。

 

「でもおかげさまで、練度が限界に達したようです。指輪を戴くこともできました」

 

左手の指輪を見せる。春風の艤装は左腕全てを埋め尽くすタイプのため、残念ながら戦闘中には指輪を見ることができないが、練度の限界はしっかりと超えたようだ。

 

「おめでとう。私とお揃いね」

「はい、御姉様とお揃いです。これを機に、この制服を御姉様の改二丁仕様に変えたいと思っているのですが」

「調子に乗んな」

 

霞が後ろからはたいた。さすがに聞き逃さなかったらしい。

霞も指輪を貰ったことで雷撃の精度がさらに上がっている。ケッコン効果は絶大だった。

 

「痛い……」

「それを許してるのだって譲歩も譲歩よ。脱げっつっても脱がないし」

「春風は特例がいくつもまかり通ってるんだから、我慢なさい」

 

そもそも黒の着物を羽織っているため、私の改二丁制服にしたとしても多分変化がわからない。そのままでいた方がいいと思う。あと着替えられたら今度こそ私の心が折れる。

 

「ここの春風は本当に面白いな!」

 

このやり取りを見て武蔵さんがまたもや春風をわしゃわしゃと撫でる。大型犬をあやしているような撫でかたが、春風の首にダメージを与えないかとヒヤヒヤする。

実際、春風は武蔵さんにも比較的懐いていた。護衛艦娘の方々の中では一番春風を気にかけてくれており、ここに来てからも度々話をしてくれている。外の人といい関係を築けているのはいいことだ。

 

「む、武蔵さん、わたくし首がもげそうです」

「朝潮、少し春風を借りるぞ。長門にな、ちゃんと教えてやらねばならんのだ。こいつの良さをな」

 

言うなり春風を担ぎ上げてしまった。借りるというのは物理的にも持っていくことも意味していたらしい。できればもっと人間らしく扱ってあげてほしい。ワタワタする春風がこちらに助けを求めてくる。

 

「春風、何かあったら私を呼んで。武蔵さんなら信用できるでしょう?」

「ま、まぁ、はい……」

「大丈夫だ。長門もあれで貴様らのことは認めているからな!」

 

結局武蔵さんがそのまま春風を運んでいってしまった。残された私と霞は、ただただそれを眺めるしかできなかった。

 

 

 

夜、会食も終わり、全員が自由な時間。護衛艦娘の方々は大人が多いためか、会食後、そのまま酒盛りになってしまった。司令官や元帥閣下もそれに巻き込まれてしまい、まともなストッパーがお酒を飲まない長門さんだけに。

私達駆逐艦(こども)は、長門さんの手筈で談話室に逃がしてもらえた。そのまま久しぶりの駆逐艦定例会へと発展する。残念ながら萩風さんは落ちているが、姉2人の力で談話室に運び込まれた状態。

 

「結局一度も勝つことはできませんでしたね」

「誰も轟沈判定まで持っていけなかったもんねぇ」

 

吹雪さんとお茶を飲みながら話す。吹雪さんも健闘はしたものの、雪風さんに翻弄されていた。オールラウンダーだからこそ善戦できるかと思っていたが、相手も同じオールラウンダーのために実力差がはっきり出てしまったところもある。

 

「深雪共々ボッコボコだよ。雪風ちゃん、結局最後まで無傷だったもんね」

「さすが奇跡の駆逐艦です。適当に撃った弾が一番いい位置に飛ぶのは想定外ですよ」

 

演習の外から見ていた時も、私の視点は基本的に雪風さんだった。電探フル稼働、行動予測を常に張り巡らせても、雪風さんの動きはたまに予測を大きく超えることがあった。

その筆頭が攻撃に攻撃を当てるあの技。あれのせいで全てのタイミングが変わる。ただ弾くこともあれば、跳弾で別の攻撃に変化することもあった。

 

「あたしも酷い目にあった!」

「白露さんが一番いいところまで行きましたよね」

「それでも勝ててないからね」

 

一番善戦したのは白露さんだ。雪風さんを追い込んでいる最中に長門さんに後ろから撃ち抜かれるという苦い経験があったものの、あのまま行けば無傷では無かったように思える。

 

「指輪のおかげでいろいろ見えるようにはなったんだけどねぇ。前よりも動けてるのは実感できたなぁ」

「それは私も。練度の限界を超えるっていうのはわかったよ。自分に伸びしろが見えたっていうか」

 

皆で指輪を眺めている。ケッコンカッコカリをしてから、こうすることが増えていた。

司令官との繋がりを再認識する行為ではあるものの、見る人が見たら惚気だそうで。あのときでも、山城さんが事件を起こした後でも、手の甲以外にキスを求めた駆逐艦はさすがにいなかったので、恋愛感情的なものを持っている駆逐艦はいなかったように思える。私もそうだし。

 

「あっち側の人、指輪付けてた?」

「付けてなかったね。練度限界の状態で私達より上ってことかな」

「うへ……めちゃくちゃだなぁ」

 

実戦経験の差が如実に出ているのかもしれない。対応力が段違いだった。

以前に神通さんと北上さんの時にも感じたことだ。これ以上強くなるために必要なのは対応力。対応力を伸ばすためには、実戦経験がモノを言う。こればっかりはすぐに伸ばすことができない。

 

「経験だけはなぁ。どうにもなんないもんなぁ」

「濃厚な戦闘はしてるんですけどね。回数は少ないので……」

 

今はできることから埋めていくしかないだろう。少なくとも、この演習で何かを見つけたい。幸い、元帥閣下はもう少し滞在するようなので、学ぶ時間はある。

 




実戦経験の差を埋めるのは才能なんですけど、艦娘に才能の差はありません。個体値の凌駕は、個体差になりますかね。筆頭は山城。


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愛の力

翌日は朝からまた演習だった。私、朝潮は戦況把握を突き詰めつつ、雪風さんと同様に一切の被弾無しを目指す。あくまでも自分の命を大事に、周りをサポートすることが重要だと気付けたのはとても大きい。無意識とはいえ、一番大事な自分を蔑ろにしてはいけないのだ。

 

さて、この演習で全員の練度の底上げが行われている中、たった1人だけ不調が続く人がいる。無意識とはいえ、今までと戦闘スタイルが変化してしまい、本人すらも戸惑っている山城さんである。強くなるはずのケッコンカッコカリで特大のスランプを抱え込んでしまった。

 

「山城よ……前より弱くなっているようだが」

「う、煩いわね……」

 

演習終了後、やはり左腕だけ殆ど汚れていない。無意識に庇っている。意識し始めたら今度は動きが物凄く悪くなってしまっている。

昨晩司令官にも少し聞いているのだが、このケッコンカッコカリの指輪、ちょっとやそっとなことでは壊れることはないそうだ。そのための司令官のキスらしい。山城さんのような、指輪が直接敵の艤装にぶつかるような戦いをしたところで傷一つ付かないとのこと。

 

だが、山城さんはそもそも汚れるのも気になってしまうのだろう。この鎮守府の中では数少ない、司令官にそういう気持ちを持っている山城さんだからこそ、司令官からの贈り物である指輪は本当に大切なものだ。万が一があったら山城さんですら何が起こるかわからない。

 

「聞いていないのか? その指輪は破損なんぞ無いと」

「知ってるわよ。それでも……気になるものは気になるの」

 

山城さんにメンタルの問題が発生するなんて思いもよらなかった。

今までの戦闘でも、先陣を切り誰よりも勇猛果敢に戦っていた人だ。悪く言えば()()()()をする山城さんの繊細な悩み。私達にも付いて回る可能性があるものである。

 

「ちょっと休憩するわ……。悪いわね……ちょっと調子悪いみたい」

 

こんなに弱々しい山城さんを見たことが無かった。溜息をつきながら工廠へと向かってしまう。

武蔵さんもそれを引き止めることは無かった。だが、あまりいい顔もしていない。山城さんの悩みは戦場で確実にマイナスになる。それを察していた。

 

「私は心のことについては疎くてな。朝潮、頼めるか」

「私が触れていい問題かはわかりませんが……はい、少し行ってきます」

 

心の問題はいくつか見てきたが、これはまた方向性が違う。本当に個人的な問題ではあるし、山城さんから見れば、同じ指輪を持つ私も疎ましい存在なのかもしれない。触れていいかどうかわからない。

でも、私も山城さんに幾度となくアドバイスは貰っている。何か力になれるならなりたい。

 

 

 

工廠に入ると、端で山城さんが指輪を眺めながら休憩している。あれだけ戦闘しているにも関わらず、綺麗なものだった。本当に大事にしているのだろう。私でもあそこまでではない。

 

「何よ朝潮、私を笑いに来たの?」

「そんなわけないじゃないですか」

 

相当参っているようだ。私の顔も見ずに吐き捨てる。自分の不甲斐なさにイライラしている顔。

 

「こんなちっさいものが汚れるのが嫌だなんてね。いつも戦場から埃塗れ血塗れで帰ってくるような私が」

 

大切そうに左手を撫でて、自嘲気味に笑う。

確かに戦場に出ているときは、無傷だとしても汚れて帰るのが山城さんだ。白兵戦で敵の至近距離にいるからこそ、いろいろなものが飛び散って汚れに汚れている。戦艦棲姫を単独で倒したときも、大破していたのもあり、自分の血も敵の血も服に飛び散り、爆撃雷撃の煤にも塗れ、白い巫女服のような制服が赤黒く染まっていた。それでもまったく気にする素振りもなかった。

それが今では、たった一つの指輪だけは死守しようとしている。自分よりも指輪を優先している。

 

「司令官には話したんですか?」

「話せるわけがないでしょ。あなたの贈り物のせいで戦えなくなりましたなんて、口が裂けても言えないわ」

「ですよね……でも、そこにいますよ」

 

心配したのか、工廠には司令官も来ていた。山城さんがこうなるのは配属し、白兵戦を始めてからは初めての事らしい。昔のドン底の状態に戻ってしまったようにも見えたそうだ。

司令官の存在が近くにいるとわかった瞬間、山城さんがビクンと震えた。同時に顔が真っ赤に。いつもの怪物のような戦闘力が嘘のようにしおらしい。

 

「私は分け隔てない愛の形のつもりだったが、山城君には呪いになってしまったのか……覚悟を決めたつもりだったが」

「カマをかけたのは私だからいいのよ。ただ、その私がこのザマだなんてね。こうなりたかったのに、なったらコレだもの」

 

これはもう司令官にしか解決できない問題になっているだろう。私が口出しできる事じゃない。それに、こういう関係は私がここにいるのも良くないだろう。司令官に任せて、私は工廠から出て行った。

きっと司令官なら山城さんを立ち直らせてくれる。

 

 

 

演習をもう一度回した後、山城さんが戻ってきた。先程とは違い、スッキリした顔。先程までの演習の汚れも取り、綺麗に心機一転してきたようだ。

 

「待たせたわね。で、お願いなんだけど。武蔵、1対1(タイマン)受けてくれない? 今ならやれる気がするわ」

「ほう、この武蔵にこの場で挑むのか。いいだろう、皆少し時間をくれ」

 

戻ってきて早々、武蔵さんに喧嘩を売る。今まで何度か1対1で戦い、負け続けてきている。ジムでの稽古でも勝敗が付かなかった。艤装無しで互角、艤装有りだと不利ということは紛れもない事実だ。

だが、たった一つだけ山城さんが武蔵さんに勝っている部分がある。それが、ケッコンカッコカリ。練度の底上げにより互角に渡り合えるだけのチカラは手に入っているはずである。

 

「1対1の演習でいいわ。ハンデも何も要らない」

「ああ、了解した。全力で受け止めよう」

 

皆が離れ、演習場は2人だけに。最初は大きく距離が取られているため、山城さんは絶対的に不利。超火力な武蔵さんの砲撃が壁のように襲いかかるだろう。攻撃は最大の防御というが、武蔵さんはそれが本当に行われる。近付けさせないまである。

 

「今までは手を抜いていたのよね。私が近付けてるんだから。本気でやりなさいな。今の私は一味違うわよ」

 

演習開始の合図が鳴る。いつも通り山城さんはまっすぐ突っ込む。

 

「お言葉に甘えさせてもらおうか! 主砲一斉射、撃てぇーっ!」

 

ダミーのペイント弾だとしても車に轢かれたかのような衝撃を受けることは私も体験してわかっている。それが同時に2発。容赦なく、山城さんに襲いかかる。

 

「どれだけ余裕無かったのよ私は。全部()()()じゃない」

 

着弾点から避ければいいのに、ブレーキもかけず一切の躊躇なく砲撃に突っ込む。演習と言えども、あの数の直撃は危険だ。だが、演習を見る全員がそんな心配をしていなかった。

その全てを叩き落とした。左手もちゃんと使い、汚れることも躊躇わず、ただただまっすぐに突っ込んでいく。ここまで来ると砲撃も一切関係ない。

 

「ははっ、いいぞ山城! 私は()()とやりたかった!」

「ご期待に添えられるかしらね」

 

ほとんどゼロ距離にくらいまで接近しても、まだ武蔵さんの砲撃は止まない。それすらも全て叩き落とし、ついには自分の距離にまで入った。

 

「邪魔!」

 

主砲を殴り射線を強引に変え、自分への脅威を根本から処理。

本来ならこれで無防備。山城さんの勝ち。なのだが、武蔵さんは何故か格闘の心得もある。

 

「ここからは殴り合いか!」

「悪いわね、今の私は止まらない」

 

瞬間、武蔵さんが飛んでいた。山城さんの一撃をガードしていたが、その衝撃で脚が浮くほどだった。あの拳、武蔵さんの主砲並に強烈ということか。

 

「今のが右。じゃあ、左」

 

ケッコンカッコカリをしてから躊躇っていた左の握り拳。殴る前、拳にキスをした。気合いの入れ方が違った。山城さんの緋色の瞳が燃え上がったように見えた。

 

2()()()()()なんだから、弱いわけないのよ!」

 

武蔵さんはガードを崩していない。そんなこと関係無しと言わんばかりに、その上から叩き込んだ。演習とは思えないくらいの衝撃で、海が割れたかのように叩きつける。

一撃で轟沈判定。山城さんは無傷。ついに護衛艦娘の方々から轟沈判定を取ることができたのだ。

 

「なんなのだあれは……」

「あれがうちの山城さんですが」

「武蔵が一撃で轟沈判定を受けるところなど、生まれて初めてだぞ」

 

たった数秒の攻防。それを見ていた長門さんが唖然としていた。

武蔵さんは最新鋭の大戦艦であり、あらゆる戦艦と比べても最上級のスペックを持っている。さらに改二改装済み。名実共に最強の艦娘だ。その武蔵さんが、1対1という環境下で敗北である。

山城さんは努力と()()()で全てを覆した。特に最後の一撃は今までの中でも一番の力だったと思う。

 

「しかし……戦場で、敵の前だというのに指輪にキスか。惚気もあそこまで来ると清々しい」

 

長門さんがボソリと呟いた一言ですら、山城さんは聞き逃さなかった。こちらを向いて眼光が鋭くなる。

 

「長門、次はアンタよ。武蔵と同じように1対1(タイマン)ね」

「悪いが遠慮させてもらう! 私は武蔵ほど格闘は得手ではない!」

「知ったこっちゃないわ。全員私の糧にしてやるわよ」

 

吹っ切れた山城さんはそれはもう強く、通常の演習でもいつも以上に力が出るようになっていた。2人がかりに押し潰されるようにはなってしまったが、あちらにその選択肢を選ばせるほどに成長したというのは大きなことだ。

山城さんの左手はもうドロドロに汚れている。それでも、指輪だけは綺麗なものだった。

 

 

 

午前の演習が終わり、後片付けをしている時に司令官と元帥閣下の話し声が聞こえた。行儀が悪いと思いつつも、その話に聞き耳を立ててしまう。

 

「まさか武蔵がやられるとは思わなんだ。お前の山城は強いのう」

「私の自慢の艦娘達さ。信頼している」

 

話題はやはり山城さんのことのようだ。たった1人、護衛艦娘の方々に轟沈判定を与えたものとして、元帥閣下も興味が尽きないらしい。

 

「あの不調からどうやって立ち直らせたんじゃ。お前が席を立った後から絶好調のようだったが」

「少し私の思いを知ってもらっただけだよ」

 

司令官が話し始める。

 

山城さんに対して言ったのは簡単なことだった。指輪には、司令官の思いが詰まっている、と。

自ら戦場に出られないことを悔やんでいる司令官は、私達艦娘に思いを託すしかできない。だから、せめて大きな繋がりとなる指輪という形で司令官を戦場に連れていってほしいということだった。

山城さんは演習中に『2人分の拳』と言っていた。左手には、山城さんと司令官、2人分の力が籠っている。

 

「山城君の武器は素手。その指輪で殴ることになる。それは私の拳と一緒なんだと話したんだ」

「なるほどのう。あの山城だからこそ、じゃな」

 

私達は指輪をしていても、それで攻撃なんてできない。白兵戦組である天龍さんや皐月さんだって武器を使う。その過程で指輪が汚れることはあるだろうが、直接叩き込むよりはマシだろう。

想いが強い山城さんが、その戦いをしているからこそ、司令官は一番思いを乗せている。山城さんの左手は、司令官の左手だと、そう言ったようだ。

 

「私は山城君のおかげで戦場に立てているのさ」

「なら本当に大事にしてやれ」

「当たり前だよそんなこと。言われるまでもない」

 

司令官の思いを、ひょんな事から知ることができた。今までの無謀な戦い方を反省しつつ、今後も力になりたいと、改めて決意する。

私達は司令官の代わりに戦場に立っている。そして、司令官と一緒に戦場に立っている。

山城さんではないが、私も指輪に強い思い入れができた。これだけは死守しなくてはいけない。




右で敵を浮かせて、左でトドメを刺す。山城の左手は、自慢の拳。


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最悪の敵

元帥閣下の本来の名目は赤い海の調査である。故に、午後からは改めて赤い海の調査をすることとなった。

今回の目的は黒の陣地を目視で確認すること。その場でそのまま攻略までは考えていない。どういう陣地か、どんな敵がいるか、そこまでにどれだけの敵がいるかなどを確認する。

そこに行くまでに戦艦棲姫改と遭遇する可能性は非常に高い。むしろ確実と言ってもいいだろう。そのため、元帥閣下の精鋭のいる今、連合艦隊による進軍が決まった。

 

私、朝潮は、青葉さんと共に戦艦棲姫改を誘き出すトリガーだ。海域調査を悉く阻むあちら側からして、私と青葉さんは一番の邪魔者。まず間違いなく私達は襲われる。

 

「陣地調査部隊は、旗艦青葉君、海域調査随伴に朝潮君、潮君。その護衛に天龍君、皐月君、春風君とする」

 

青葉さんと私で海上の調査を行い、潮さんに海中の調査を行ってもらう。潮さんの探信儀眼鏡を使って全方位を確実に調べる。護衛として高速かつ撤退も手早く行える白兵戦の2人、さらに深海棲艦の気配が読める春風を配置して万全を期す。

 

「機動部隊は、旗艦ガングート君、随伴に赤城君、加賀君、長門君、雪風君、清霜君だ。今回は圧倒的な火力を重視する」

 

戦艦棲姫改の撃破まで見越した火力に偏らせた編成。ガングートさんは3度目で一番手慣れており、深海棲艦の気配が読めるということからの旗艦。護衛艦娘から一航戦とビッグ7、そして奇跡の駆逐艦。そこへ大戦艦の火力を持つ清霜さん。強烈な火力偏重。ちなみに追加のオヤツ運搬は部隊が違うが私が担当。

今回も調査が主軸のため、無理して撃破はしなくていいということにはなっているが、過剰な力を注いでいる。やれるならやってしまえの精神。

 

「さらに、潜水艦隊を配備する。潮君の探信儀では届かない場所に何かあるかもしれない」

 

潜水艦隊は旗艦ゴーヤさん、随伴にイクさん、しおいさんに加え、深海棲艦組から潜水艦姉妹が投入される。深海棲艦に気配を読まれるデメリットはあるものの、本命の誤魔化しが効くようになるためだ。センさんがデコイ役を買って出たことに司令官は難色を示したものの、本人の意思は固かった。

 

残りのメンバーは拠点防衛、かつ支援艦隊として待機。万が一私達だけではどうにもならなかった場合、援軍として来てもらう必要がある。ここに山城さん、大和さん、武蔵さんが配置されていることで安心感がある。

 

「さぁ、今度こそ敵の真の目的を探ろう」

 

私と青葉さんと、潮さんにかかっている。緊張感も今まで以上だ。

 

「姉さん、私はここで待ってるから。必ず帰ってきなさいよ」

「当たり前でしょ。私達は必ず帰るから」

 

自信を持って言える。難易度の高い任務なのはわかっている。が、みんなでここに帰るのが最上級の目的だ。何は無くともそれを守るのが私達の役目である。

 

 

 

赤い海。今回はヒメさんを抱きかかえた状態ではないため、深海棲艦の感知は少し甘め。それでもガングートさんと春風はすでに視線を感じているようだ。

 

「電探の索敵範囲、最大にしました」

「探信儀の探索範囲も最大です」

「潜水艦隊準備完了でち」

 

海域調査隊の準備は完了した。あとは青葉さんの合図だけだ。

 

「はい、それでは第3回海域調査始めますぅ。青葉達はより北を目指しますね」

「護衛のオレ達は前にいりゃいいか?」

「はい、それで。では、出発です」

 

ゴーヤさんが潜っていき、残った連合艦隊で北上を始める。が、ここから即座に始まった。

 

「戦艦棲姫改が撃ったぞ」

「着弾点は……まぁ青葉ですよね! では機動部隊の方々、よろしくお願いしますぅ!」

 

着弾点から避け、水柱が立つ中迎撃準備。

最大まで広げた索敵範囲には、すぐに超高速で近付く戦艦の反応が入る。だが、珍しいことに今回は随伴艦も付いてきていた。駆逐艦が何体かとはいえ、厄介であることには変わりない。

 

「我々が敵先遣隊を押し留める!」

「清霜、私達が先制しよう。ガングート、射線を開けてくれ!」

 

梯形陣から、先頭を長門さん、そして二番手を清霜さんに。まずは先制の胸熱アタック。

 

「長門さんと胸熱アタック! 夢みたい!」

「胸が熱いか?」

「はい! 胸が熱い!」

 

2人で並んで主砲を構える。戦艦棲姫改が目視できるのを腰を据えて待ち構える。その間も何度か長距離射撃は繰り返されるが、狙いは基本私達調査隊。その間に潜水艦隊も北上している。

 

「見えた! 主砲一斉射! 撃てぇーっ!」

「てぇーっ!」

 

超弩級の火力が一斉に撃ち放たれた。随伴の駆逐艦には目もくれず、全て戦艦棲姫改へ。あの自律型艤装の硬さは痛いほどわかっているが、それでもこの火力なら通用するかもしれない。

大きな火柱が何度も立ち、迎撃は成功したように見えたが、煙の中から多少傷を負った戦艦棲姫改が当たり前のように現れる。

 

「これで倒せたら苦労はしないか。3度目だぞ、改」

「マタアナタ? コリナイワネェ」

「今回は撤退もさせん。ここで終わりにしてやる! Урааааа!」

 

機動部隊が戦闘開始。今回の目的はここからだ。

 

「青葉! 行けぇ!」

「調査隊、戦線離脱! 北へ行きますよぉ!」

 

天龍さんと皐月さんを先頭に、機動部隊を置いて北上を始める。

 

「ッ、イカセハ……」

「行かせません!」

 

雪風さんの雷撃は、随伴の駆逐艦を縫うようにすり抜け、戦艦棲姫改の本体にのみぶつかる。自律型艤装には一切傷が付かず、本体にのみダメージを与える技能。直感で全てやっているというのなら、これほど恐ろしいものは無い。

 

「援護します! 第一次攻撃隊! 発艦!」

「行きなさい。私達が持ち堪えるわ」

 

一航戦の援護もあり、私達6人は無事戦線を離脱。調査を早急に終わらせて合流する作戦だ。ここで戦艦棲姫改を食い止めてもらい、最終的には確実に撃破する。今は目的を果たすため、進まなくては行けない。

これ以上の敵がこの奥にはいるかもしれないが、それを知るためにもいく必要があるのだ。振り返らず進む。

 

 

 

戦艦棲姫改から離れても私の索敵範囲には入っている。状況を逐一更新しながら、私達は北へ。潜水艦隊との通信は青葉さんが行なっているが、特別なことはまだない。

 

「援軍確認。重巡以下しかいませんが、数が多いです」

「皐月、春風、護衛隊の出番だぜ」

 

戦艦棲姫改が呼び寄せたのだろう、大量の援軍。雑多とはいえ20も30も同時に来られるとさすがに厳しい。

だが、それすらも軽く凌駕するのが私達の護衛隊だ。先陣は春風。すでにあちら側に入り、主砲の準備は万端。

 

「よーし! 春風、やっちゃって!」

「御姉様ノ道ヲ開ケロォ!」

 

敵援軍の先頭集団に春風が主砲を放ち、その悉くを粉砕していく。撃ち漏らしは天龍さんと皐月さんが確実にトドメをさす。合間合間に青葉さんのヘッドショットと潮さんの雷撃も加わるため、簡単に道が途切れることはなかった。

敵が多くとも、私の周りの人達はこれだけ強い。私は索敵に専念できる。

 

「島を確認!」

「来ましたねぇ! 潜水艦隊の皆さん一旦浮上お願いしますぅ!」

 

私の索敵が黒の陣地を捉えた。周りに敵が多いのもわかる。

 

「海底にも不自然な形の場所があったでち!」

「私の探信儀にはかかっていません。大分深いところですね」

「ここからはゆっくり進みます。海底の情報も逐一ください。海図にしますから」

「了解でち!」

 

ここからはゆっくり北へ。陣地の全貌が徐々に明らかになっていく。

少なくとも、私達の知っているミナトさん中心の3人分の陣地よりは大きい島。もしかしたら陸上型が何人かいるかもしれない。もしくは個体差により陣地が大きいか。

 

「陣地に反応あり。……2体。陸上型の姫級です」

「2体分の複合陣地ですかぁ。厄介ですねぇ」

 

ミナトさん達のように完全に一体化しようとして二回りほど大きくなっているのではなく、近い距離で2体の陣地が発生したことで大きめの島が出来ているのはわかった。

 

群がる敵を払いのけ、ついには目視できるところまで辿り着く。

2体とも同じ形の陸上型。だが、少し色が違う。全身真っ黒な装いと大きな頭のボンネットが特徴的だが、挿し色がかたや赤、かたや青。双子のような深海棲艦だ。その2体ともに浮遊要塞も隣接している。

 

「赤いのは離島棲姫ですね。でも青いのは……亜種ですかぁ?」

 

そのうちの片方、赤い方は青葉さんも知っているようで、離島棲姫と呼んだ。だが、もう1体は見たことのない個体らしい。

 

「ココマデ……クルトハネ」

「イイデショウ……」

 

2体同時に艦載機を生成。その数はヒメさんに訓練をしてもらった時よりは少ない。あちらが手を抜いているのか、本当にこれが全力なのか。どちらにしろ、あれを墜とさなければ攻撃に転じることができない。

 

「皐月、朝潮、艦載機は任せる! オレは周りのから片付ける!」

「ワタクシモ手伝ウ! 御姉様ハ邪魔ナ艦載機ヲ!」

 

私の今の仕事は対空砲火くらいしかない。皆が戦いやすくなるよう、援護する。幸いあちらの艦載機の練度はそう高いものでもなく、むしろ訓練の方が辛いと思ったほどだ。稀に飛んでくる主砲による砲撃も、見ていれば避けられる程度。

だが、それならどうしてこの2体が戦艦棲姫改に守られるほどの存在になり得るのか。言ってしまえば、戦艦棲姫改の方が難敵だ。2体揃えても、あちらの方が強いと思えるほど。

 

「……ジブンデヤルノハ……ヤッパリニガテネ」

「ナラ……()()ヲダシマショウ……」

 

陣地に繋がれていた黒い鎖を引っ張る青い方。突如、陣地の中心に敵の反応が1つ増えた。反応としては駆逐艦。だが、この反応は()()()()()()()()()()()。謎の反応。

 

「トッテオキ……ヨ♪」

 

私達の目の前に現れたのは、深海棲艦ではない何か。

陣地と首輪で繋がれた『それ』は、真っ白な髪、真紅の瞳、額に生えた2本の角。これだけ見れば深海棲艦だ。白の深海棲艦に属するようにも見えるが、防空棲姫という黒寄りの白が前例にあるので、色で判断できない。

だが、深海棲艦とはとても言えなかった。それ以外の部分が、あまりにも()()()()()()()()だったから。

 

「吹雪……さん……」

 

私達の鎮守府にいる吹雪さんとは違う個体。だが、あれは間違いなく吹雪さんだ。色以外は瓜二つ。反応があやふやなのは、艦娘と深海棲艦が完全に混じり合っているからなのか。それとも、そもそもまったく違う存在なのか。

 

「……イキナサイ♪」

 

吹雪さんらしき白い()()が、こちらに襲いかかってきた。最初の狙いは皐月さん。

 

「な、なにこいつ!?」

 

腕に携える主砲は駆逐艦の深海棲艦を模したもの。出力はおそらく、春風と同様、重巡並にあるだろう。当たるわけには行かない。砲撃をどうにか避け、自分の間合いに入ろうとするが、躊躇いが出ている。

 

「き、斬っていいの!?」

「マジでやれ! 殺されるぞ!」

 

見た目に惑わされて攻撃が出来ないでいる皐月さん。よりによって吹雪さんの外見をしているのが大問題だ。これは演習ではなく実戦。艦娘を斬ることは、さすがに躊躇する。

 

「こっちは陣取ってる奴らを片付ける!」

「マダマダ……イルワヨ?」

 

次の鎖を引っ張る。新たな反応が現れた。

陣地の真ん中にはまたもや見覚えのある姿。皐月さんと戦闘している吹雪さんのような何かと同様、真っ白な髪、真紅の瞳、額に生えた2本の角。だが、こちらは

 

「叢雲か……!」

 

現れたのは叢雲さんのような何か。即座に天龍さんに突撃する。龍田さんのような長柄の武器を持っているため、天龍さんにも対処が難しい。

そしてさらに新たな反応。やはりこちらも髪や瞳が深海棲艦。今度は私も見たことのない艦娘を模しているが、潮さんが反応した。

 

「漣ちゃん!?」

 

綾波型駆逐艦9番艦、漣。今度は潮さんの姉妹艦であり、駆逐隊での仲間が敵として立ち塞がる。狙ったかのように潮さんに向かった。

 

「春風! 気配は!」

「コイツラカラ何モ感ジナイ! コイツラ、()()()()()ダ!」

「最悪じゃない……!」

 

少なくとも、あの吹雪さんのような何かは、吹雪さん本人ということで間違いは無さそうである。外見も書き換えられ、操られるように交戦させられた私達の仲間だ。意思があるかもわからない。こうなると攻撃が出来ない。

陣地を凝視すると、まだ鎖は2本余っている。最低あと2人は同じような状態で出てくるということだ。もしかしたらもっといるかもしれない。

 

「撤退です。ガングートさん達に合流しましょう」

 

青葉さんが英断する。元々ここで攻略するつもりは無かった。あわよくばと考えていたくらいだ。

だがこんな戦闘をさせられてはどうにもできない。まだ周りには敵の増援が大量に現れているのだ。この混乱の中、善戦できるとは到底思えない。

 

「でも流石に……青葉キレちゃいました」

 

撤退間際に陣地に向かい何発か放ち、周囲の浮遊要塞を全て破壊する。あえて離島棲姫を狙っていない。狙ったら書き換えられた吹雪さん達が動き出しそうだったからだ。

 

「次はお前達だ」

 

いつもの青葉さんからは聞いたことのない、殺意が込められた低い声。皆同じ気持ちだ。泊地棲鬼や戦艦水鬼の時と同様、生かしてはおけない。

どうにも出来ないことが悔しいが、私達はこの場から撤退する。幸い、書き換えられた吹雪さん達は鎖のおかげか追ってこない。今はガングートさん達に合流し、戦艦棲姫改をどうにかすることを優先しよう。

 

あまりにも予想外すぎる敵に、私達は混乱していた。




離島棲鬼及び離島棲姫はゲーム側でもそうでしたが随伴がやたら強力というイメージがあります。ここではそのイメージから、本人はそこまでだけど、随伴がエグいという方向で。エグさが別ベクトルになりましたが。


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決着の時

赤い海の中心部にて、離島棲姫とその亜種と交戦した私達。それはそこまで強力な深海棲艦では無いように思えたが、艦娘を書き換えた手駒を使って私達に攻撃をしてきたため、やむなく撤退を選択。私達がこの場に来るため、戦艦棲姫改を抑え込んでくれているガングートさん達機動部隊と合流する。

 

撤退中、電探にガングートさん達の反応が入る。未だ6人健在。しかし、戦艦棲姫改も健在。周りに援軍が多く来ており、6人のままで戦うのはかなり辛そうだった。

 

「調査完了しました! お手伝いしますぅ!」

「よく帰ってきた! 手伝ってくれ!」

 

戦艦棲姫改は自律型艤装に傷があったが、まだ小破というところ。接続部はそのままであり、本体に至ってはあれだけ雪風さんの雷撃を受けていたのにほぼ無傷だ。戦艦水鬼とは根本的な耐久力が違う。

対する機動艦隊は清霜さんが中破、ガングートさんと長門さんが小破。駆逐艦2人を増援から守りながらの戦いになっている。一航戦の艦載機だけでは処理できない数に囲まれていた。

 

「私は清霜さんに付きます! 天龍さん!」

「行け! オレらは憂さが晴らしてぇんだ! ここで確実に仕留めるぞ!」

 

デメリットにより燃料切れギリギリ状態の清霜さんに駆け寄り、私が運搬していたオヤツを渡す。自分で持っていた分は食べ尽くしたようだった。おそらくこの状態だったせいで中破まで持っていかれたのだろう。

 

「朝潮ちゃん、助かった……!」

「遅れました。すぐに食べてください!」

 

清霜さんの補給中、春風には増援の処理を指示。青葉さんと潮さんも先に増援を処理すべく、着実に1体ずつ始末していた。残った私含めた9人が戦艦棲姫改に立ち向かうことになる。一航戦の2人は戦場全体に艦載機を飛ばしているので、1人としてカウントするのは難しいかもしれないが。

 

まず私は清霜さんを曳航し、被害を被らない場所へ連れていく。ここからの私の仕事は、清霜さんへの補給と、艦載機があるなら墜とすことになる。今は空母がいないため、私は全力で補給。

 

「フエタワネ……ゼンインハホネガオレソウダワ」

「やれると思っているのか。めでたいなぁ!」

 

一航戦の空爆も、雪風さんの雷撃もまったく無視してガングートさんが白兵戦を挑んでいる。自分には当たらないと確信して攻撃を繰り出している。

 

「皐月、あれの主砲斬るぞ」

「了解。ガンさんが戦いやすいように!」

 

自律型艤装に設置された主砲を集中的に攻撃していく天龍さんと皐月さん。単体の耐久力と膂力だけでも酷いのに、戦艦の主砲まで抱えているのは厄介極まりない。まずは主砲だけでも落として、近接戦闘しかできない状態にすることを優先した。

 

「お手伝いします! 足元を破壊しますね!」

「私も手伝おう。雪風の撃った場所を狙う」

 

雪風さんは有言実行。撃った魚雷は綺麗に自律型艤装に直撃していく。長門さんとの連携で自律型艤装の片足を完全に破壊した。あれだけ苦戦した装甲も、立て続けに叩き込まれる超火力の前についに崩れた。

 

「これで足りたみたいだな。随分と、脆くなったみたいじゃないか!」

「コノテイドデ……カッタトオモッテイルノ?」

 

自律型艤装の口が大きく開いた。これは戦艦水鬼も使ってきた、向いている方向にしか撃てない超大型主砲だ。今向いている方向にはガングートさんしかいない。そのガングートさんはほぼゼロ距離である。

 

「ここで終わらせると言っただろう!」

 

それに対し、あろうことか、その口の中に艤装の拳を叩き込んだ。発射することができなくなった弾丸は、自律型艤装の内部で爆発を起こす。ガングートさんの艤装の片腕もその爆発により大破してしまったが、今までと違い、ガングートさん本人にはダメージがほとんどない。

 

「聞いているぞ。内部爆破が起こった後は、その艤装さらに脆くなるんだってな! 清霜ぉ!」

「はーい! 朝潮、お願い!」

「覚悟はできてます! どうぞ!」

 

オヤツを食べて多少回復した清霜さんに合図。私もちょうどいいところに曳航していた。中破状態だと反動軽減が厳しいと清霜さんが言うので、かなり危ないが私が後ろから支えることで精度を上げた。

 

「朝潮耐えてね! 撃てぇーっ!」

 

強烈な衝撃が私にもかかり、軽く飛ばされるが、清霜さんの主砲はまっすぐ狙った場所に飛んでいってくれた。

その砲撃は自律型艤装に直撃。崩れた脚とは逆側の腕を破壊した。完全にバランスが崩れ、まともに行動も取れない。

 

「ッハ、ハハハハハ! ヤルジャナイ!」

「まだそんな口が叩けるか。面白い!」

 

ガングートさんも、戦艦棲姫改も、既に艤装の腕は片方しかない。それでも殴り合いはやめなかった。2人とも楽しんでいる。これだけ苦戦させられた戦艦棲姫改と、戦いの中に何かが芽生えているようだった。

元よりガングートさん、いや、北方水姫は戦闘を介して山城さんと関係を持ち、満足して今の姿になっている。ガングートさんにとって、戦闘は特別なものなのかもしれない。

 

「マダ……マダヨ!」

 

自律型艤装の主砲は全て天龍さんと皐月さんが破壊し、奥の手とも言える口内の超大型主砲もガングートさんが艤装を犠牲に破壊済み。豪腕も片方失い、脚すら片方崩れ去った。本体は未だ無傷とはいえ、戦闘力は当初より激減している。

それでも戦艦棲姫改は諦めていない。隠し球と言わんばかりに、本体が主砲を構えていた。自律型艤装に隠していた最後の武器。おそらく本当に切り札なのだろう。ゼロ距離で戦うガングートさん相手だからこそ持ってきている。

 

「私の対策をしたのか。最高だな、貴様は! だが、私にも切り札はある!」

 

それに対しガングートさんも奥の手、魚雷を放った。白兵戦として戦うガングートさんには無用かと思われていたが、奇を衒って相手を動揺させるためには効果的だ。

戦艦棲姫改は一度ガングートさんの魚雷を見ている。この距離で魚雷を放てば両者共にタダでは済まないこともわかっているだろう。だからこそ、()()()()()()

 

「こいつで終わりにしよう。楽しかったぞ、改」

「……エエ、ソウネ、タノシカッタワ」

 

魚雷は海中に潜ることなく、戦艦棲姫改の本体が持つ主砲に直接ぶつけられ大爆発を起こした。

 

魚雷の爆炎が晴れたとき、ガングートさんは奇跡的にも大破手前で留まっていた。ギリギリのタイミングで自分の艤装を犠牲にしたようだ。艤装の両腕を失い、機関部のみが残った状態。

対する戦艦棲姫改は、自律型艤装での防御が間に合わず、本体の片腕と片脚が吹き飛んでいた。腰も大きく損傷し、半身そのものを破壊したと言える。

 

「……終わりでいいか?」

「オワリ……ネ……。ハ、ハハ、タノシカッタワ……アナタトノタタカイハ」

「そうか。私も楽しかったぞ。毎度毎度ボロボロにされたが」

 

自律型艤装の消滅が始まった。これで本当に戦艦棲姫改の攻略は終わる。傷だらけのガングートさんは長門さんが支えている。

 

「ミレン……クヤミ……ニクシミ……ウラミ……ナニモナイ……」

「あれだけ好き勝手やったんだ。気も晴れるだろ」

「キブンガイイワ……ソラガアオイ……」

 

今から死ぬというのに、憑き物が落ちたような笑顔の戦艦棲姫改。それほどまでにこの3度に渡る戦いは楽しかったのだろう。私も1回目の戦闘で失った右腕が疼くような感覚がした。

 

「イツカ……シズカナ……ソンナ海で……私も……」

 

満足しながら逝った。自律型艤装が全て消え去り、次は本体。かと思いきや

 

「……消えない?」

「хорошо! 赤城、加賀、こいつを運んでくれ! 浄化されたぞ!」

 

半身と同時に、戦艦棲姫改は一切の未練を失い、恨み辛みも消えたようだった。

仮説は正しかった。白だ黒だは関係ない。未練なく満足して逝ったことで、浄化現象が発生した。ガングートさん、照月さんも同様だった。これはもう確定といってもいいだろう。

 

周囲の援軍もほぼ全て撃破した状態。撤退にはちょうどいいタイミングだ。損害も戦艦水鬼の時よりは少なめ。姫3体よりはマシだったということか。それでも相変わらずガングートさんは傷だらけではあるし、清霜さんも限界ギリギリ。辛勝といえよう。

特に私達は、最奥で酷いものを見ている。心はまったく晴れない。

 

 

 

鎮守府に帰投。ガングートさんと清霜さんはすぐに入渠の流れに。長門さんは小破だがまだ軽いということでお風呂で済ませることにした。そして、浄化された戦艦棲姫改も入渠ドックへと入れられた。

今まであれだけ苦戦させられた敵が、仲間になる可能性が出てきた。黒の深海棲艦が浄化されたという危うい状態であり、もしかしたらこちらにまだ殺意を抱くこともあるかもしれないが、司令官は処分などしないだろう。

 

「よく帰ってきてくれた。青葉君、君達は黒の陣地で何を見た」

「あー……これは元帥閣下も一緒に聞いてほしいですねぇ。むしろ全員にお話ししたいです。ガングートさんと清霜さんは後からになってしまいますけど」

「わかった。今すぐ場を用意しよう」

 

青葉さんの怒りはまだ収まらないようで、笑顔も取り繕っているように見えた。本人は早く海図を書きたいけどと冗談混じりに話すが、目が笑っていない。

 

青葉さん筆頭に、調査隊の調査結果を全員に伝える場を設けてもらった。特に司令官と元帥閣下には聞いてもらわなくてはいけない。これは、最悪の決断もありえる。

通常なら作戦中の音声は鎮守府側にも聞こえているはずだ。だが、私達調査隊の音声は途中から完全に途切れたらしい。赤い海の奥に行くことで、通信妨害もされているのかもしれない。

 

「青葉達が最奥で見たものは、2体の姫級です。片方は離島棲姫、もう片方は……ちょっとよくわかりません。離島棲姫の色違い、というイメージでした」

「同じ見た目の別個体か、それとも亜種か……」

 

深海棲艦アドバイザーであるミナトさんから、北端上陸姫という名前が出た。見た目は離島棲姫とほぼ同様だが、装備がいろいろと違うとのこと。確かに少し違っていたように思える。差分レベルだが。

 

「なんか名前が言いづらいので、北端なんちゃらは青い方、離島棲姫は赤い方と呼称します」

「なんだか私達にも刺さる言い方ですね」

 

一航戦の赤い方、赤城さんがボソリと呟く。若干空気が緩くなったので、緊張感が解けて話しやすい状態にはなった。だが、ここからはどんどん話が重くなっていく。

 

「おそらくキーは青い方です。赤い方は補佐ではないかと思います。途中からの援軍を操作していたのが青い方だったので」

 

青い方が鎖を引っ張ったことで敵が出てきたのは確かだった。管理しているのは青い方なのだろう。

 

「その敵というのが……吹雪さんです」

「えっ、私!?」

 

部屋が騒つく。

 

「正確には、吹雪さんの外見をした深海棲艦……いや、あれは深海棲艦じゃないんでしたっけ。春風さん?」

「わたくしが見たとき、深海棲艦の気配は一切しませんでした。ですが、深海艤装を扱っており、外見もミナトさんのように変質していました」

 

白い髪、真紅の瞳、額の角、となると、ミナトさんやヒメさんが同じような外見である。白い髪というだけなら、ガングートさんもとい北方水姫も同じ。白の深海棲艦の特徴と言えなくもない。

 

「オレは同じようになった叢雲と交戦してる。少なくとも改二じゃ無かった」

「私は漣ちゃんと……」

 

少なくとも3人の()艦娘と戦闘している。まだいる可能性は高いということも付け加えておいた。

 

「まさか……深海棲艦にも鎮守府があるのか……?」

「可能性は高いじゃろ。今回の戦艦棲姫改でもわかる。改造されておるんじゃから、そういう設備があってもおかしくない」

 

そもそもイロハ級が湧いて出てくるにしても、数が多すぎる。量産されているのはわかるが、あの数が一気に来るということは、鎮守府の建造ドックでもない限り難しいだろう。ドロップだけで賄うことなんてできやしない。

むしろ深海棲艦の鎮守府とするだけで全て辻褄があうのだ。あの大量の敵も、改造された深海棲艦も、次にあったときに完治していることも。

ミナトさんもそのことは全く知らなかった。北端上陸姫という陸上型の深海棲艦がいるのとは知っていたが、交流自体はほとんど無かったらしい。

 

「詳しいことは、浄化された戦艦棲姫改から聞くことにしよう。友好的かはわからないがね」

「青葉もそれがいいと思います。では、早速ですが海図を書きますね。進撃にしろ迎撃にしろ必要でしょう」

「ああ、お願いするよ。潜水艦の子や朝潮君、潮君も手伝ってあげてほしい」

 

あの海域についてわかっているのは調査していた私達だけだ。まずは海図を完成させて、今後の戦闘で優位に立てるようにしなくてはいけない。

 

だが、敵が艦娘であるという事実は、大きな波紋を呼びそうだった。今までとはあまりに違う敵。あの容赦ない山城さんですら、躊躇いを感じている。

あちらはそれも狙いなのだろう。度し難い連中である。




戦艦棲姫改は、倒しても報酬が貰えるボスではありません。なので、浄化されたら『戦艦のうちの誰か』になります。そっくりさんもいませんしね。
今回の戦艦棲姫改、誰になるかは次回へ。


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新たな任務

翌朝、浄化された戦艦棲姫改が目を覚ますということで、工廠に来た私、朝潮。ガングートさんと清霜さんの入渠も終わっており、清霜さんは極限の空腹を満たすため食堂でドカ食い中、ガングートさんはドックの前で仁王立ちしている。3度に渡る戦いにおいて、その全てで中破以上の傷を負わされた因縁の相手だ。

私も大破と心の傷を負わされていることで、因縁はある。ガングートさんの隣で、ドックが開くのを待たせてもらった。万が一敵対するようなことがあれば、ガングートさんと私が押さえつけることになるだろう。

 

「入渠完了。ドック開きます」

 

明石さんの合図で、戦艦棲姫改の入渠ドックが開く。中に入っていたのは、深海棲艦の時とは似ても似つかぬブロンドの女性だった。浄化によって外見が変わることはあるそうが、こうまで変化するのは珍しいとのこと。

 

「手は必要か、レディ?」

「そうね、お願いしようかしら、()()()

「私はガングートだ。ここではそう呼べ」

 

ガングートさんの手を取り、ドックから出ようとするが、うまく身体が動いていない。

 

「あら……脚が片方動かないわ」

「私が最後に半身吹っ飛ばしたからか。欠陥(バグ)として残ってしまったのかもしれないな」

「Oh my god……厄介な身体にしてくれたわね」

 

そう言いながらもガングートさんに掴まりドックから出たとき、怒っているというよりは楽しんでいるような表情だった。片脚が不自由なのも簡単に受け入れてしまっている。

立っていることが難しいようなので、急遽用意した車椅子に座る。何故かそれだけでも優雅なイメージになった。

 

「貴様が迷惑をかけた者だ。私も含めてな」

「ええ、ええ、覚えていますとも。アサシオ、だったかしら」

 

私の右腕を捥いだ時のことも覚えているようだ。

 

「Sorry. あの時はごめんなさいね」

「いえ、あれは戦闘ですから。こちらだって貴女を殺すつもりで戦っているので」

「そう言ってくれると嬉しいわ。I'm much obliged for your kindness」

 

たまに何を言ってるかわからない時もあるが、とにかく、こちらへの敵対心は無いということはわかった。

 

脚が不自由というのは地味に大変で、用意された服を着るのにも一苦労。この人に関しては、私達のようなただの制服と違い、貴族のドレスのように複雑な構造になっていた。ガングートさんが手伝ってあげていたが、それでも時間がかかってしまう。

 

「少しは手伝え」

「あら、脚の代償くらい払ってくれてもいいのよ?」

「なら私の3回分の入渠の代償はいつ払ってくれるんだ」

「治ってるんだからいいじゃない」

 

ジョークが言えるほどには仲がいいようで安心した。戦闘で育んだ仲は、浄化されても消えていない模様。

 

 

 

全員が集まる食堂に車椅子を押して入った。車椅子使用者はシンさんに続いて2人目。両脚が不自由なシンさんが難なく生活できているので、片脚が不自由であっても生活できそうだ。

 

「我が名は、Queen Elizabeth class Battleship Warspite」

「何言うとるか全然わからへん。うちらにもわかるようにゆっくり頼むわ」

 

自己紹介をしたようだが、誰も何を言っているかわからなかった。龍驤さんがツッコまなければ、この人の名前すら誰もわからなかっただろう。

 

Queen(クイーン) Elizabeth(エリザベス)級戦艦の2番艦、Warspite(ウォースパイト)。これでよろしいかしら」

 

ウォースパイトさんはイギリス出身の戦艦。戦争(War)軽蔑する(Spite)者という頼もしい名前を持つ、この戦いを終わらせるために生まれたのではないかと思わせる人である。戦艦棲姫という戦争を楽しむ者になっていたと思うと皮肉すぎる。

この鎮守府ではガングートさんに続き2人目の海外艦。そして、2人目の()()()()()()()()である。榛名さんが小さくガッツポーズしているのが見えたが触れないでおこう。

 

「ご覧の通り、脚がダメになってしまっているけど、戦場には出られます。迷惑をかけた分、働かせてもらうわね」

「脚がダメでも出撃できるってどういうことなん? さすがにしんどいんと違うか?」

「実際に見てもらった方がいいでしょう。後からお披露目するわ」

 

元々が戦艦棲姫であることから考えると、艤装が自律型になっている可能性がある。それなら、脚が不自由でも何も問題ないだろう。

 

「ではAdmiral(提督)、まずは何をお話しましょうか」

「好きなように話してくれて構わないよ。言いたくないこともあるだろう」

「わかったわ。なら記憶にある限りをお話しましょう。私も半分程度しか覚えていないの」

 

案の定、自分がどう生まれたのかなどは覚えていないとのこと。とはいえ、ここからはとても有益な情報のオンパレードとなる。

 

ウォースパイトさんは元は戦艦棲姫だったらしい。が、北端上陸姫の力により改造され、戦艦棲姫改となった。改造により強化された恩があるため、敵の侵攻を防ぐ守護者として、北端上陸姫の領海を増やす侵略者として、そして、より敵を殺す快楽が得るための破壊者として、あの場にいたそうだ。

私の右腕を捥いだとき、ガングートさんを握り潰そうとしたとき、ウォースパイトさんは()()()()()と感じたらしい。困った顔をしながら話すが、今のウォースパイトさんにそういう傾向はないので問題はない。割り切ってはいるが、罪悪感は拭えないだろう。

 

「やはり改造の技術があるということだね」

「どういう形でされたかは覚えてないの。ごめんなさいね」

「いやいや、全然構わないよ。むしろ嫌なことを思い出させて申し訳ない」

 

話は続く。

北端上陸姫と離島棲姫の複合陣地は、施設が地下に存在しているため、見た目よりずっと大きいらしい。内部構造までは覚えていないが、地下に施設があるということと、何かの実験をしているということは覚えているそうだ。おそらく戦艦棲姫の改造も地下で行われている。

 

「地下の鎮守府ということか」

「あー! だから島の近く、不自然に大きくなってたんでちね!」

 

海中から陣地の調査をしていたゴーヤさんが叫ぶ。この情報は海図に記載されるとは思うが、複合陣地の近くの海中は、普通の陣地よりも不自然だったそうだ。ただの島ではなく、中に何かが入ってそうな形をしていたとゴーヤさんは話す。

 

「あとは……そうね、あの陣地には艦娘がいたわ。私が知る限りでは、5人は()()()()()()

「完成?」

「上陸姫の手駒として改造、洗脳済みということ。鎖に繋がれた艦娘、見ていないかしら」

 

まさにそれが一番欲しい情報だ。私達を襲ってきた艦娘は鎖に繋がれており、外見が変化していた。完成している、というのはそういうことなのだろう。

 

「艦娘の写真とか、無いかしら」

「言うと思って持ってきました」

「Thank you. 助かるわ」

 

はちさんがウォースパイトさんにデータの詰まった本を渡す。私が以前に見た、個人について詳細に記載されている本ではなく、全艦娘の簡単なデータが記載されたもの。一覧表とでも言おうか。

その本をパラパラとめくりながら、陣地で見かけたという艦娘を調べていく。

 

「まずは……この子。この鎮守府にもいるわね。フブキ。次はこの子、ムラクモ、次は……この子、サザナミ」

 

私達が交戦した敵艦娘を言っていく。その全てが吹雪さんの妹、ないし義妹ということで頭を抱えている。むしろ1人は自分自身。

話ではあと2人いる。

 

「次は……多分こちら。随分似ている子がいるのね。イナヅマ」

「電か……戦いづらいな」

 

響さんが呟く。電さんは暁型駆逐艦の4番艦。響さんの妹にあたり、一緒に組んでいた駆逐隊の仲間になる。潮さんにとっての漣さんと同じような存在。

 

「最後は……この子ね。サミダレ」

「げぇ、よりによって五月雨かぁ。妹とは戦いたくないなぁ」

 

今度は白露さんが反応。五月雨さんは白露型駆逐艦の6番艦。白露さんや、浦城司令官の鎮守府で出会った時雨さん、夕立さんの妹であり、江風さんの姉。

 

「この5人は完成していたわ」

「その言い分だと、他にもいたということかな?」

「ええ、3人調整をしているところを見ている。もしかしたらそちらも完成しているかもしれない」

 

5人でも辛いというのに、さらに3人いるという。

 

「その3人はわかるかい?」

「おそらく。これが最後の記憶ね。あとはもう戦闘中のことしか覚えていないわ」

「本当にありがとう。全て知りたいことだ」

 

北端上陸姫がどういう深海棲艦かはある程度わかった。自分で戦うのが苦手な代わりに鎮守府と同等の施設を持ち、何らかの形で他人を強化して手駒とする。その対象が、深海棲艦のみならず艦娘すら範囲に入っているというのが大問題だった。鹵獲されればあちらの手駒、ということだ。

素性はわからず、他に仲間がいるかもわからない。姫級の建造などをしているかも不明。ただ、領海を自分で増やすことはできないだろう。陸上型だから。

 

「ええと、調整中の3人だったわね。まずはこの子、ムツキ」

「姉ちゃんかぁ! 絶対斬るの躊躇うよ!」

 

睦月さんは以前に遠洋練習航海をしているのを軽く見ている程度だが姿は知っている。睦月型のネームシップであり、皐月さんの姉。

 

「次はこの子。あら、この子はさっきの子と姉妹なのね。シグレ」

「妹2人目……重い……胃が痛くなりそう……」

 

白露さんが悶絶している。五月雨さんと同様に白露さんの妹。面識もあるし、優秀な駆逐艦であることも知っている。苦戦することが確定したようなもの。

 

「最後、この子。オオシオ」

「正直聞きたくなかったですね……」

「大潮姉さんか……」

 

大潮は私の妹。朝潮型駆逐艦の2番艦。まだ会ったことは無いが、どんな子かは大体知っている。テンションが高く、いつも元気で快活な子だそうだ。是非とも普通の状態で出会いたい。

 

「私の覚えていることはこれで終わり。これ以上は私にもわからないわ」

「本当にありがとうウォースパイト君。君のおかげで作戦が立てられる」

 

敵の手駒として改造されている艦娘は計8人。その全員が私達のうちの誰かの身内という精神的に辛い状況。

私は特に大潮がいるというのが響いている。深海棲艦なら躊躇いはないが、艦娘のままだ。ただ改造され深海棲艦()()()()()()()()だけなのだ。

だが、もしかしたら戻す手段だってあるかもしれない。身体は戻らずとも、洗脳だけは解けないだろうか。

 

「何か手段さえあれば、北端上陸姫の洗脳を解き、こちら側に引き込む。殺さない方向で行く。私は甘いかな」

 

司令官の指示は絶対ではあるが、誰もこの指示を否定しない。甘いなんて思っていない。誰だって艦娘同士の戦いは望んでいない。本当の悪は、この状況を作り出した北端上陸姫なのだ。

 

「甘くなんかないわよ。元よりそのつもりなんだから」

「そうだぜ、山城姐さんの言う通りだ。殺す気なんてさらさら無ぇよ」

 

全員の気持ちは一致した。敵の手駒とされた艦娘は殺さず鹵獲し、その後に治療の方法を探す。北端上陸姫を倒さなくてはいけないとなったら、それを倒して全員を解放する。これが今後の方針だ。

 

「爺さん、聞いていた通りだ。今後の私達の方針は北端上陸姫の撃破と、そこに捕らえられた艦娘の奪還だ。元帥として、許可してもらえるかい?」

「ああ、儂からもお前に任務として依頼させてもらおう」

 

改めて元帥閣下が司令官に向き直る。

 

「加藤准将。大本営からの任務じゃ。北端上陸姫に捕らえられ、改造、洗脳された駆逐艦娘8名の奪還を命ずる」

「了解しました元帥閣下。必ずや成功させます。ご期待下さい」

 

お互いに敬礼をして、正式に任務として私達の鎮守府に命じられた。今後は大本営のお墨付き。バックアップも期待できるとのこと。それに、浦城司令官の鎮守府にも援軍は頼んであるのだ。確実に勝ちに行く。

 

 

 

その後、徹夜明けの青葉さんが元帥閣下に海図を渡した。目の下にクマを作った青葉さんは、海図を渡した途端倒れるように眠りについた。それはそれは安らかな眠りだった。

 

「これを一晩で……。なんという精度だ」

「潜水艦による海底調査の結果もある。青葉君の海図は深海棲艦も認めるレベルだ」

「素晴らしい。是非とも参考にさせてもらう。では、すまないが一度大本営に持ち帰らせてもらうぞ」

 

事が済んだということで、元帥閣下達は一旦帰ることとなった。状況が状況だ。あまりに大きすぎる問題のため、大本営でも対策を考えるとのこと。

 

「加藤、長門を一時的にそちらに配属させる。出向という形にはなるが、儂との連絡役として使ってほしい」

「了解した。助かるよ爺さん」

「お前には大きな負担をかけるからの。これくらいはやってやらんとな」

 

長門さんだけはここに残ってくれるようだ。戦艦の主力が貸してもらえるというのはそれだけでも大きな戦力強化。榛名さんの負担がさらに減る。大喜びしている榛名さんがチラッと見えた。たった1人の主砲を使える戦艦というのが、余程負担になっていたのだろう。

 

「朝潮ちゃん、妹達をよろしくお願いします!」

「はい、雪風さんもお元気で。また会いましょう」

 

雪風さんと握手、そして軽くハグをして、再会の約束をした。

私は死ねない繋がりをこうやって増やしていく。今髪を縛っている敷波さんのリボンもその1つだ。死ぬことは許されない。この鎮守府だけでないところにも、その理由を作る。

 

今回の戦いは不安の方が大きい。だが、全員を助けて全てを終わらせる覚悟はできた。

 




ウォースパイトは脚足不自由説がありました。史実でも慢性的に舵に不具合があったそうで。それな倣ったわけではありませんが、ここのウォースパイトは脚に欠陥(バグ)を残すことに。


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女王(クイーン)の在り方

浄化された戦艦棲姫改であるウォースパイトさん、そして大本営からの出向という形で長門さんが仲間に加わった。戦艦の戦力増強により、今まで以上に任務が効率的に行えるようになったのは大きい。

そのウォースパイトさん、片脚が不自由ではあるが艤装のおかげで戦場に出ることはできるという。それを確かめるため、興味がある者は工廠に集まった。私、朝潮もどのようなものか気になるので参加。

 

「こんな艤装初めてですよ。弄りがいがあって楽しいです!」

 

明石さんも今までになく楽しげにウォースパイトさんの艤装を運んできた。いや、運んできたわけではない。

 

()()()()()()()()

 

「なんだこれ」

「艤装……?」

 

元々のウォースパイトさんの艤装は可変型。戦闘中は他の艦娘と同様に、腰に接続された形状である。だが、それは戦闘形態。航行形態として、完全な()()の形状に変形し、それに腰かけた状態で移動する。女王(クイーン)として遜色のない姿。

 

が、ここのウォースパイトさんは一味違った。ガングートさんや照月さんと同様、艤装が前世に引っ張られている。元戦艦棲姫であるウォースパイトさんの艤装は、あの時の自律型艤装から生体パーツを省いたかのような形状。深海棲艦らしいグロテスクな部分は取り除かれ、こちら側の艤装であることはわかる。だが、言ってしまえばロボットである。

 

「スーパーロボットだー!」

「かっけー!」

 

それに大興奮の皐月さんと深雪さん。

ウォースパイトさんはその艤装に車椅子から降ろされ抱きかかえられた。この姿を見ると、雷撃回避のために自律型艤装に抱えられた戦艦棲姫を思い出す。

 

「Sit down」

 

ウォースパイトさんが指を鳴らすと、自律型艤装は玉座の形状に変形し、着席した状態となった。確かにこれなら戦闘もできるだろう。一応脚部艤装もあるので海上に立つこともできるそうだが、脚のこともあるのでウォースパイトさん自身がそれをすることはないだろう。

 

「Stand up」

 

次の合図で再び人型に変形。着席したことで本人との接続がされたようで、抱きかかえた状態でも不安定ではない。

主砲による攻撃はどちらのモードでも可能。航行形態では速力が上がり、戦闘形態では耐久力が上がるそうだ。速力が上がると言ってもウォースパイトさんは低速戦艦。戦闘形態だと極端に遅くなると言った方がいいかもしれない。

 

「ね、出撃できるでしょ?」

「想定外すぎるわ! なんやねんこのメカは!」

「艤装よ。名前は……そうね、Fif(フィフ)とでも呼んであげて。主砲が15inch(fifteen)だから」

 

安直だがわかりやすい名前。自律型艤装フィフも、ウォースパイトさんに合わせて親指を立てた。意思があるかのような動き。

世の中には意思を持つ装備を持つ艦娘もいるらしい。秋津洲さんが運用する二式大艇という飛行艇には意思があるそうだ。妖精さんが操縦しているのではなく、無人で飛んでいる。フィフもその一種になるのかもしれない。

 

「ま、まぁ心強いしいいんじゃねーかな。戦艦棲姫が仲間になったってことだろ」

「戦艦棲姫の自律型艤装の艦娘仕様ってことですね……」

 

その後、深雪さんを筆頭にウォースパイトさんの艤装に座りたがる人が続出したのはいうまでもない。戦艦になった気分だということで私はおろか、霞まで体験した。あれは何というか、興奮する。

 

 

 

敵側の状態はさておき、戦艦棲姫改を倒したことにより、赤い海の範囲が若干狭まったことが哨戒任務により確認された。領海が小さくなったことはいいことである。

そのため、少しの間は敵の対策を考える時間とし、私達は英気を養うこととなった。今日1日は自由時間。訓練したいものは許可さえ取れば良し。哨戒任務も今日だけはお休みということになった。

 

今は今日配属したばかりのウォースパイトさんを案内していた。こういう役割りは大概私がやるようになっている。姉妹艦がいるのならその人にやってもらうのが定石なのだが、ウォースパイトさんは当然姉妹艦がいない。

 

「ここはいいところね。変わったものも多いけど、私を受け入れてくれたもの」

「同じような境遇の人もいますからね」

「アカシにも感謝してるわ。電動の車椅子を用意してくれるなんて」

 

ウォースパイトさんの車椅子は、シンさんの使うものと違い、単独で行動できる電動車椅子になっていた。いつも保護者が近くにいる子供のシンさんとは違い、ウォースパイトさんは1人で行動することも多くなるためだ。

実は、自分で車輪を漕ぐのをウォースパイトさんが拒んだというのもあったりする。やろうとしたら袖が引っかかったらしい。

 

「Fifを使えればよかったのだけど、廊下が狭くなるもの、やめておいたわ」

「あれで室内を歩き回るのはさすがに……」

「でも便利だもの」

 

自律型艤装を常に装備しておくというのは、便利だとしてもさすがに危険だ。全武装を外したとしても、その膂力で何もかも破壊してしまう。外にいるときならまだしも、室内は無理だろう。

 

「ところで」

「なにかしら」

「何故私はウォースパイトさんの膝の上に乗せられているのでしょう」

 

今の私はウォースパイトさんの膝に座っている。ウォースパイトさんを椅子にしているようなものなので、とても申し訳ない気分。車椅子はそれでも移動しているので、正直晒し者のような気分だった。

 

「私がしたいからしているの。貴女には特に罪悪感が残っているのだから」

「う……それを言われると私も無下にできないんですが」

 

私の右腕を撫でてくる。ガングートさんにはジョークを言っていたようだが、頭の中は罪悪感でいっぱいだったようだ。

私が死にかけたのもそうだが、ガングートさんに至っては3回とも入渠ドックによる治療が必要なレベルの大怪我。特に2回目は、全身骨折と内臓損傷という一歩間違えば轟沈のレベル。自分が許せなくなってもおかしくはない。

 

「I want to apologize for what I’ve done. I can’t tell you how sorry I am……」

「ウォースパイトさんはもう戦艦棲姫じゃないんですから、私は気にしていませんよ。それに、やられた事で私は成長できました」

 

これに関しては感謝してもいいと思っている。今の戦い方になったのは紛れもなく右腕を失う怪我をしたことがキッカケ。二度と同じことが起こらないようにと決意できたし、戦闘の恐怖を改めて思い知ることもできた。私はあれで強くなれた。

 

「だから、大丈夫です」

「I don't know how to thank you enough……貴女は本当に素晴らしい子だわ。ハルカゼが慕うのもわかるわね」

 

そこまで褒めちぎられると恥ずかしくなる。

 

「私も朝潮型を名乗った方がいいかしら」

「絶対にやめてください」

 

ウォースパイトさんと鎮守府を散歩していると、前からドタドタとした反応がやってくる。反応は3つ。その内1つはウォースパイトさんのように座っての移動。こうなると反応の正体は1つしかない。

 

「アサネエチャン! ナニヤッテンダ!」

「ウォースパイトさんを案内しているんですよ」

 

レキさんが飛びつこうとするが、私がウォースパイトさんの膝の上とわかると急ブレーキ。その後ろからシンさんの車椅子を押すヒメさんもやってくる。

 

「What a lovely kid! 貴女達もここの配属なのかしら」

「ソウダゾ! イス、シントオナジダナ!」

「ウォースパイトさんも脚が不自由なんです。でも艤装を付ければ動けるんですよ。シンさんと同じですね」

 

ヒメさんも最初は警戒していたが、脚が動かないシンさんと同じだとわかると、ちょいちょいと私を退かし、自分がウォースパイトさんの膝に座った。妙に満足げ。

 

「そうだわ、貴女達に艤装を見せてあげましょう。まだ海上でのテストはしていないもの、いいわよね」

「おそらく大丈夫かと。なら工廠に戻りますか」

「大丈夫、この子達と行くわ。アサシオ、Thank you very much indeed」

 

今来た道を引き返していった。ヒメさんは自動で動く車椅子を体験したかったようだ。シンさんの車椅子は代わりにレキさんが押していくことに。

3人とも気配からウォースパイトさんが元深海棲艦だということはわかっていただろう。それでも早速友達になった。この社交性は本当に見習いたい。

 

「長門さん、深海棲艦とはいえ子供なので、そこまで警戒しなくてもいいですよ」

「なっ、ば、バレていたのか」

「電探の性能は伝えたはずですが」

 

壁の陰に隠れていた長門さんに忠告。反応的に、鎮守府を動き回るレキさん筆頭の深海棲艦幼女組の動向が気になったのだろう。本来は敵である相手に不安なのはわかるが、ここで仲良く暮らしているのだから、あまりマイナスに捉えないでほしいものだ。

 

「大本営とはあまりにも違う環境なのでな。すまない」

「いえ、お気持ちはわかります。ただ、ここに敵はいないので安心してください」

「ああ、あの子達もただの子供だ。可愛いものじゃないか」

 

工廠に向かう後ろ姿を眺めて慈悲に満ちた笑顔を浮かべる。元々子供好きな性格なのだろう。戦闘中とは打って変わって優しい雰囲気。

 

「子供はあれくらい元気な方がいいんだ。戦いなんて知らない方がいい」

「そうですね……」

「早く戦いを終わらせて、子供達がのびのび暮らせる世界にしたいものだよ」

 

そんなこと考えたことが無かった。この戦いが終わったその先、私は一体どうしているだろう。せめて死なずに、司令官の隣に立っていたい。

 

 

 

ウォースパイトさんと別れたので、今度は長門さんと散歩をする。が、先ほどのウォースパイトさんの言葉が妙に気になっていた。長門さんも同じようだ。

 

「ウォースパイトの艤装……気になるな」

「変形するところは見たんですけど、動いているところは見ていませんね」

「どう戦闘するのかは事前に知っておく必要があるだろう。見に行かないか?」

「そうですね。おそらくレキさんとの訓練(遊び)に使うでしょうし、見に行きましょう」

 

流れからして、いつもの場所での鬼ごっこだろう。あの艤装で鬼ごっこ、勝ち負けが付くのだろうか。ただの水の掛け合いになるのでは。

 

海沿いの道に向かうと、予想通りレキさん達が準備をしていた。相変わらず保護者として春風も参加。今日は遊びの一環のため、ウォースパイトさんの膝の上にはヒメさんが陣取り、シンさんも艤装を展開して海に浸かっている。

 

「あら姉さん。長門さんも一緒なのね」

「ウォースパイトさんの艤装が気になって。今は……玉座の状態か」

 

霞と合流。新人の戦闘は気になるらしい。霞も戦艦棲姫改とは戦闘経験があるため、因縁はある。

 

「Princess、しっかり掴まっていて」

「ン、ダイジョーブダ」

「Fif, Stand up!」

 

玉座が変形して人型となる。まさに白くなった戦艦棲姫。片腕はウォースパイトさんを抱えるために使っているので、白兵戦をするにしてももう片方の腕しか使えない。代わりに肩や口内に装備された大型主砲は健在。腕に副砲まで取り付けられ、砲戦に主眼を置いた装備となっている。

 

「オ、オオ……! スゴイ!」

「少し揺れるわ。Be careful」

 

レキさんも突如変形した艤装に興奮している。今までにない大きな相手だ。狙いはいくらでも付けられるが、どういう挙動をするかは未知数。

 

「ジャア、ハジメルゾー!」

「どうぞ。レキが先攻だったわね」

 

早速不意打ち気味にレキさんがウォースパイトさんに射撃。まず水浸しにしてやろうという悪戯心のようだが、そんなに甘くなかった。もう片方の腕でしっかりガードしている。ヒメさんを濡らさないようにしていた。フィフは紳士なのかもしれない。さすが英国。

 

「ウオー! トメタ!」

「Princessを濡らすわけにはいかないもの」

「デモ、アシガヌレタゾ!」

 

レキさんは1度に2発撃つ。1発目はガード出来ていたが、2発目はガードの隙間から感覚がない方の脚に当たっていた。フィフも手を立てて「ごめんね」と言っているように見える。これは完全に意思がある。

 

「こっちの脚は気付かないのよ。なら今度は私がoffenseね」

「ヨーシコーイ!」

 

フィフの肩の主砲がレキさんに狙いをつけた。大口径に狙われるのは、レキさんも経験済み。榛名さんや清霜さんとも遊んでいるので、戦艦からの砲撃の避け方は知っている。

 

「Fire!」

 

相変わらず恐ろしい威力だった。水鉄砲とはいえ、演習で吹き飛んだ私は痛いほどわかっている。レキさんはそれを華麗に避けるが、即座に対応。副砲も合わせて追い詰めていく。

 

「スゴイスゴイ! ソレニカッコイイ」

「Thank you. Fifも喜んでいるわ。Sit down!」

 

砲撃をしながら玉座モードに変形。移動速度が変化し、避けるタイミングをずらす。玉座での砲撃は人型の時よりも精度は低いようで、牽制の砲撃が多い。が、逃げ道は確実に潰していく。

 

「Stand up! Fire!」

 

航行中にそのまま変形。レキさんを狙うと見せかけて、主砲は春風に向いていた。そういうフェイントもできるとなると、こういう場で倒すのも地味に難しい。

 

「え、こっちですか!?」

「貴女も参加しているのでしょう? なら当然」

 

そこからは春風もあちら側になり、さらにはシンさんもダミーの魚雷を使った横槍を入れるようになり、しっちゃかめっちゃかに。

それでもウォースパイトさんの動きは目を見張るもので、変形のタイミングもさる事ながら、アクロバティックな動きで躱すのは見ていて壮観だった。戦艦棲姫の時には見たこともない、空中からの射撃はさすがに驚いたものだ。

 

「あの女王様、やんちゃ過ぎない?」

「前世が出ているのかも……。ほら、戦闘に快感を覚えるっていう」

「戦闘狂なのか、あの女王(クイーン)は」

 

戦闘を軽蔑するという名を持つウォースパイトさんが、前世を引きずり戦闘を楽しむようになってしまっていた。以前とは違い、破壊を快感としている節は無いようだが、本人が折り合いをつけているのなら問題は無いと思う。むしろ元々お茶目な性格なのかも。

 

「あれだけやってるのにヒメさん全然濡れていませんよ。ウォースパイトさんの脚はビショビショですけど」

「普通にすごいわ。本体を守ろうとする戦い方、戦艦棲姫そのものね」

 

子供と遊ぶウォースパイトさんは、それはもう生き生きしていた。レキさん達も既に懐いている。元深海棲艦という境遇を関係無しにしても、こうなっていたかもしれない。

 

頼もしい仲間が増えた。今後は戦艦の戦力として、大いに期待できる。




戦艦棲姫の後ろについている通称『16inch三連装砲さん』が艦娘側の艤装となり、可変式スーパーロボットになったのがFifです。玉座形態航行モードと、人型形態戦闘モードの2パターンの変形を可能とし、ウォースパイトをサポートします。


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深海の艦娘

戦艦棲姫改を撃破し、北端上陸姫という真の敵が判明してから、赤い海の範囲が狭まっていることが確認できている。そのため、現在は哨戒任務を続行することで敵の動向を調査する方向になった。

敵の目的は当然領海を拡げることだ。元戦艦棲姫改であるウォースパイトさんがあの場所に配置された理由も領海拡張のため。今でこそ狭まったが、何処かのタイミングで攻撃が始まるのは目に見えている。

 

私、朝潮の今日の予定はその哨戒任務。掃討任務に近い戦力を投入し、万が一敵側の艦娘が現れてしまった場合も考慮している。

旗艦は天龍さん。随伴は私、霞、深雪さん、萩風さん、そして龍田さん。天才的な才能で練度を上げた龍田さんは今回が初陣である。天龍さんと同じ部隊での出撃を強く望んだため、初陣ながら若干厳しい戦場に投入された。あまり心配はしていないが。

 

「敵の反応はありません」

「了解っと。この前までが嘘みたいだな」

 

しばらく進み、索敵担当の私が手早く調査する。海上海中どちらにも反応はない。元よりここには潜水艦が出た試しがないので、ソナーの起動は念のため。

 

「ここで戦艦棲姫改と戦ったんですよね。跡形もないです」

 

先日まで戦場であったこの場所は、もう赤い海ではない。現在の赤い海に辿り着くにはさらに北上する必要がある。そのため、ここからはゆっくりと北へ。

 

「少し念入りに索敵していきますね」

「そうだな。全員警戒態勢は解くなよ」

 

近付き過ぎないように索敵を続ける。いつもならここで戦艦棲姫改の横槍が入っていたが、もうその心配もない。今のところは何も不自然なものはないと言える。

 

「龍田はただ来ただけになりそうだな」

「いいんじゃないかしら〜。海のお散歩も乙なものよ〜」

 

何も無ければ哨戒任務はただの散歩になる。安全確認をしただけで鎮守府に帰って終わり。初陣はその程度で終わり、長距離航行の勘を掴むくらいにする方がいい。ここ最近の初陣はどうしても戦闘行為が付いて回っているが。

 

「何も無しで終わりたいですね」

「もしくは雑魚だけとかな」

「この子の試し斬りがしたいから〜、弱いのが出てくれると嬉しいわ〜」

 

龍田さんは結構物騒なことを言う。天龍さんの妹と言われて間違いなく同意できる。

 

 

 

赤い海の付近まで移動。足元の海の色が変化してきた辺りで電探に反応を確認した。

 

「あ……来ました。敵反応を確認。駆逐12……駆逐艦だけの連合艦隊ですか。1つ反応がおかしいです」

「お出ましか。駆逐艦だけってことは、向こうも哨戒部隊だな」

 

迎撃準備をする。今回は白兵戦組が2人のため、複縦陣で待ち構えた。初陣なのに先頭に置かれた龍田さんだったが、天龍さんと横に並べたことを大いに喜んでいる。

おかしな反応はあちら側に洗脳された艦娘だろう。こちらでは『深海艦娘』と総称することとした。

 

「会敵! ……やっぱり」

「早速こうなっちまうのかよ」

 

敵の駆逐連合の先頭、旗艦として出現したのは、真っ白な髪と真紅の瞳を持つ深海艦娘。

随伴の駆逐艦はいつも見る雑多なイロハ級なのだが、深海艦娘の存在で練度が上がっているようにも見える。いつものと油断してはいけなそうだ。

 

「艦娘ト会敵……殲滅スルノデス」

 

あちら側に傾いた春風のような、艦娘と深海棲艦が入り混じった反響する声。服も真っ黒に染められていた。艦娘とは一線を画していると表しているようにも見える。

私達が初めて見たときとは少し違った。あの時は終始無言で、無表情。どう見ても()()()()()()とわかる状態。だが今は違う。黒く塗り潰された意思がある。

 

「あれが深海艦娘……艦娘のままじゃない……」

「だから助けるのよ。霞、覚悟を決めて」

 

この最悪の敵を目の当たりにして、いろいろな感情が入り混じる表情の霞。同じように初めて見た萩風さんも無言で目を伏せる。

 

「電か。鎖は……海の中に繋がってるな」

「領海の中なら陣地から離れても行動できるんだと思います。まずは撤退させましょう。できることなら救助を」

 

深海艦娘は電さん。響さんの妹。ウォースパイトさんが電さんの名前を出した時、響さんが嫌な顔をしたのを覚えている。その時はそれだけだった。

だが、それ以上に因縁を持つ人がいた。ずっと外に出さず、怒りに震えていたのだろう。顔を見た瞬間、感情が堰を切ったように溢れ出した。

 

「電ぁぁぁ!」

 

深海艦娘となった電さんを見るや否や、部隊から外れてしまったのは深雪さんだった。電さんとは大きな因縁があるらしく、理性を保てないほどに激昂している。

 

「深雪! 勝手に飛び出すな!」

「天さんはわかってんだろ! 電はあたしがやるんだよ!」

 

あまりにも危険な行為だった。旗艦である天龍さんにすら逆らっての突貫。

そもそも深雪さんには独断先行したがる悪癖があるが、今回はいつもとは毛色が違った。決意の下に暴走している。

 

「くそっ、各自随伴をやれ!」

 

深雪さんの暴走は覆すことができない。この状態から優位に持っていくために天龍さんの指示が飛ぶ。

 

「朝潮さん、お願い!」

「了解! 反動軽減補助ですね!」

 

私は萩風さんの後ろへ。清霜さんの時と同様に、反動軽減のサポートをする。その間に索敵を念入りに行い、打開策がないかを考える。私の仕事は考えること。電さんを助け出す手段をこの戦闘の間にどうにか考えたい。

 

「撃つよ!」

「大丈夫です、どうぞ!」

 

清霜さんの時ほどではないが、私にもその衝撃が伝わってきた。未だ完全な軽減が出来ていない萩風さんだが、私が後ろから支えるだけで完璧な砲撃を見せる。今回の部隊の中でも最高の火力のため、これを頼りに指示を考えていく。

 

「ああもう! どこ狙っていいのかわかんない!」

「まずはイロハ級を倒しなさい! その間に私が考えるから!」

 

雷撃特化の霞は混乱してしまっている。一撃が重すぎるせいで、電さんを傷付けてしまうからだ。直撃したら一撃で轟沈させられるほどの力を持つ魚雷を使っているからこその悩み。まずは指示通り敵随伴艦を一掃することを先決する。

 

「天龍ちゃん、イロハはすぐに終わるわ〜。あれはどうするの?」

「くそっ、深雪が暴走するなんてわかってたことだってのに! 援護だ援護!」

 

天龍さんは深雪さんの因縁は知っているようだが、聞いている余裕がない。今は随伴を処理し、戦いやすい状況を作るべき。私はあくまでも萩風さんの補助を続ける。

 

「邪魔ナノデス……()()沈メラレタイノデスカ?」

「っぐ、電はそういうこと言う奴じゃねぇ!」

 

深海艤装を狙ってのピンポイント射撃を繰り返すが、あちらの方が上手。何処を狙っているかがわかっているので簡単に避けてしまう。避けると同時に肩や腿など、どうでもいいところばかりに攻撃を当てていた。重巡主砲並の火力なのに、器用に掠めて当てていた。

こちらが傷付けないように戦っていることがわかっている戦い方だ。わざと煽るようにして理性をさらに削ろうとしている。

 

本来の電さんは、深海棲艦でも助けたいと話す優しい人と聞いた。私達の司令官と最初から同調できる心を持っている、眩しいくらいに綺麗な人。

だが、今の電さんは真逆だ。深雪さんをあえていたぶるように戦っている。精神を抉り、致命傷を避け、死の恐怖を与えるための攻撃を、同じ笑顔で繰り出してくる。

 

「何か……何か……」

 

観察をし続ける。行動予測とは違う、戦況把握の拡張。あの動きの中にヒントが無いかを、ジッと見続ける。随伴も少なくなってきているので、集中して観察できた。

 

「十分楽シンダデショウ。戦場ヲ。経験デキナカッタ戦場ヲ!」

「てめぇ……!」

 

電さんの言葉の意味はわからないが、深雪さんの理性はどんどん削られている。もう深雪さんの砲撃はまともな精度じゃ無くなっていた。冷静にするための言葉も見つからない。

 

「早く戦闘を終わらせなくちゃ……考えろ……考えろ……」

 

皆の活躍でもう随伴はいない。そうなってしまうと霞も萩風さんも次にどうすればいいかわからない様子。戦闘を終わらせるためにも電さんを徹底的に観察する。

通常の艦娘と違うのはやはり首輪と鎖。その鎖は海に沈み、どれだけ動いても伸び縮みしていない。その鎖が、時折鈍く輝くように見えた。太陽光を反射しているのではなく、鎖自体が輝いている。

 

「鎖……もしかして。深雪さん! 鎖を狙ってください!」

「鎖だぁ!? そんな暇無ぇよ!」

「だったらオレと龍田でやってやらぁ!」

 

私の予想が正しければ、電さんはあの鎖を守るための行動をするはずだ。

 

「霞、萩風さん! 鎖を破壊して!」

「アッチノ方ガ邪魔ナノデス」

 

攻撃している逆の手を払うと、ボール状の艦載機が発生した。たった2つだけだが、駆逐艦なのに艦載機が使えるというだけでもとんでもないことだ。深海棲艦による改造で大幅にスペックアップしているのなら、艦種を跨いだ行動をしても驚かない。

 

「何してんだオラぁ!」

 

艦載機がかなりの低空飛行だったおかげで、私に向かう前に天龍さんが斬り墜としてくれた。観察に専念できる。

また鎖が鈍く輝いた。その時に電さんの目も鈍く光ったように見えた。鎖は何かと連動している。あの鎖さえ破壊すれば、電さんは解放されるのかもしれない。最悪の場合、何も変わらず行動範囲を拡げるだけになるが。

 

「天龍さん7時!」

「うおっ、っぶね……!」

 

艦載機を墜とした天龍さんを背後から狙おうとしたのは、行動予測ですぐにわかった。即座に指示して天龍さんに避けてもらうが、少しだけ掠めてしまったようだ。観察と行動予測の併用はまだキツイ。もっと早く指示しなければ。

 

「今、天龍ちゃんを傷付けたわね?」

 

龍田さんの表情が変わった。天龍さんが傷付いたことで、一気に逆上した。そういうところは春風に近い。

 

「龍田、オレなら大丈夫だ! 鎖を斬ってくれ!

「仕方ないわね〜。別に首を落としてもいいんだけど」

 

瞬時に背後に回り込み、海上に出ている鎖に向かい薙刀を振り下ろす。電さんは主砲を撃った直後、艦載機も出した直後だ。すぐには対応できないだろう。

が、鎖は生きているかのようにその攻撃を避けた。やはり破壊されることを避けている。鎖を破壊できれば、何か相手に不都合なことが起きるはずだ。

 

「余所見すんなよ電ぁ!」

「雑魚ハ引ッ込ンデテホシイノデス! 戦争モ経験シテイナイ役立タズガ!」

「電はそんな口聞かねぇっつってんだろうが!」

 

理性を削る言葉で怒りが限界を超え、一周回って深雪さんの精度が戻ってきていた。電さんの主砲を紙一重で躱し、龍田さんの攻撃を避けた鎖に対して砲撃を当てる。

が、鎖が破壊されることはなかった。直撃したのにほんの少しヒビが入った程度。

 

「駆逐主砲じゃあれくらいしか……!」

「姉さん魚雷は危険すぎるわよ!」

「私の重巡主砲だとタイミング合わせられないかと……!」

 

駆逐主砲以上の火力ならいくらでもある。が、それは電さん自体に被害が出る可能性が高いものばかりだ。重巡主砲も魚雷も、範囲が広すぎて巻き込まれてしまう。

範囲が狭く、火力が高い攻撃。そうなると、天龍さんか龍田さんしかいない。最も危険な白兵戦が、最も活きる時が来た。

 

「くっそ、なんだこの鎖! 勝手に攻撃避けやがる!」

「それだけ重要なのよ〜。だからこそ、破壊しないとね?」

 

より電さんに近い位置を狙い、避けることを難しくしているのだが、電さん自体がそれを察知し避けているため、2人がかりでもなかなか攻撃が当てられない。

ここで深雪さんが予想外の行動に出た。私も予測できなかった決死の行動。

 

「動くんじゃねぇよ!」

 

砲撃をやめ、電さんの攻撃を掻い潜り、飛び込むように抱きついた。主砲を装備した腕も掴み、攻撃を抑制。無理にでも鎖を破壊するために動きを封じた。

 

「ハ、離スノデス!」

「よくやった深雪! こんな鎖、叩き斬ってやらぁ!」

 

ようやく動きの止まった鎖に対し、天龍さんが刀を振り下ろす。

が、鎖は急に首輪から外れ、その攻撃を避けた。あくまでも破壊されることを拒んだ。

 

「アッ!?」

 

電さんの様子がおかしくなったのはそのタイミング。瞳に今までと違う光が灯り、ガクガクと震えだす。

 

「電!?」

「み、深雪、ちゃん……殺して! 早く電を殺すのです!」

 

正気に戻っている。声も深海棲艦特有の反響するものではなくなっている。

鎖が外れたことで、あの黒い意思が無くなっていた。予想通り、あの鎖が電さんをおかしくしている、身体は改造済みかもしれないが、意思を抑制するのはあの鎖ということで間違いない。

 

「馬鹿! 殺せるかよ! このまま救出する!」

「駄目なのです! すぐにあれは戻ってく……ッギィ!?」

 

天龍さんの攻撃を避けた鎖は再び電さんの首輪に接続。すぐに表情が変化し、元の状態に戻ってしまう。

 

「殺セト言ッタノニ、馬鹿ナ奴ナノデス」

 

電さんが正気に戻った際に拘束が緩んでいた。腕を掴んでいた深雪さんの手を振り払い、主砲を深雪さんの腹に押し当てる。

 

「サヨウナラ、深雪チャン」

 

主砲が発射された。砲撃は深雪さんの脇腹を抉り、腕もあらぬ方向に曲がる。辛うじて致命傷では無さそうだが危険な状態だ。

 

「ズレチャイマシタ……ヒビガ入ッタセイカモ……一度撤退スルノデス」

 

鎖に引っ張られ、電さんは海中に沈んでいった。

 

「っああっ……ぐ……」

「やべぇ、すぐに撤退だ!」

 

天龍さんが深雪さんを抱きかかえる。抉られた脇腹からは血が止まらず、もはや一刻の猶予も許されない状況。私達は早々にその場から撤退した。

 

鎖が無くなった途端、電さんは正気に戻った。そして、その鎖は破壊されることを回避しようとした。深海艦娘の救出は、あの鎖を破壊することでできるのだろう。今後の戦いは、それを念頭に置いて作戦を立てる必要がある。

 



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艦の因縁

大急ぎで帰投したおかげで、深雪さんの命は助かった。本当にギリギリだった。電さんのことを考え続けて、朦朧とする意識を繋ぎとめていたのが幸いしたそうだ。諦めていたら、今頃深雪さんは……いや、暗いことは考えないようにしよう。

轟沈寸前の大破ということで、深雪さんの入渠は一晩を有する。私、朝潮の大破の時と同じくらいの損傷。その間、作戦会議が行われた。今回の戦いで、深海艦娘救出の糸口が見つかっている。

 

「首輪に繋がる鎖です。あれが電さんを……深海艦娘をコントロールしています」

「あの鎖が首輪から外れた時だけ、電が正気に戻った。まさか殺してくれと言われるなんて思わなかったけどな……」

 

あの戦闘に参加している私と天龍さんが司令官に話す。

 

「ただ、あの鎖はかなりの強度です。駆逐主砲の砲撃で、僅かにヒビが入った程度でした」

「重巡主砲くらいの火力はいるだろうな」

「だが、重巡主砲以上の火力だと、深海艦娘自身の身体に危険が及ぶ、ということだね」

 

司令官も頭を抱える。おそらく答えは出ているのだ。今回の件、白兵戦が最も輝く場所。さらに言えば、山城さんのような接近戦でなく、天龍さんのような武器を持つ戦いが最優。

 

「深海艦娘救出は、2つの手段が考えられる。1つは、武器による白兵戦で鎖を破壊すること。もう1つは、巻き込まない程度の火力で鎖の同じ位置を攻撃し続けて破壊すること」

 

前者は勿論天龍さんだ。龍田さん、皐月さんも該当する。特に龍田さんは長柄のため、危険度も少なめ。

後者は青葉さんと白露さん、そして現在入渠中の深雪さん。高精度のピンポイント射撃なら、あの鎖でも破壊できるのではないかという考え。青葉さんの場合は、少しスペックを落とした主砲で攻撃することになるが。

 

「救出できる可能性が見えたのは大きい。だが、深雪君の大破は深刻な問題だ」

「あいつが無茶をしたからわかったってところもあるからな……暴走に文句が言えねぇ。オレにも責任はある」

 

天龍さんはああなることを最初からわかっていた。それだけ、深雪さんと電さんに大きな因縁があるということだろう。私が踏み込んでいいことではないかもしれないが、気にはなる。だが、それは今聞くべきではない。

 

「深雪君には目を覚ましたら話をするよ。北への哨戒任務は引き続き行うが、赤い海への接近は少し時間を置こう」

「そうだな……作戦がしっかり纏まってからの方がいいだろ。それまでに龍田を鍛えておく」

「あら〜、天龍ちゃん直々? 嬉しいわね〜」

 

今後キーパーソンになるのは武器持ちの白兵戦担当だ。その中で龍田さんは一番の新人。いくら才能があったとしても、実戦経験だけは覆すことができない。龍田さんはまだ皐月さんにも触れることが出来ていないそうだ。

 

「大本営には連絡をしておく。それと、浦城君の鎮守府からの援軍も、そろそろ受け入れ態勢を作らないとね」

 

深海艦娘の救出には、ありとあらゆる方面の艦娘が必要になるだろう。随伴だって当たり前のようにいるのだ。今回は1人だけだったが、纏めて襲ってくる可能性だってあり得る。

 

そこまでの方針が決まり、会議が終わった。辛い戦いになるのはわかっている。覚悟も決めたつもりだ。

 

 

 

翌朝、深雪さんの入渠が完了した。司令官から話を聞き、電さんの救出のために作戦を考えているということも伝えられる。深雪さんも今後救出作戦の根幹をなすことになりそうということも。

 

「救出作戦、あたしも絶対行くから」

「わかっているさ。君の気持ちは」

「さすが司令官、サンキューな。絶対に救ってやるさ」

 

怒りで理性を失っていた深雪さんも、一晩眠れば落ち着いた様子。ただ、いつもの調子に戻ったとは到底言いづらい。逸る気持ちもわかるが、もう少し冷静にならないと二の舞な気がする。

 

「あ、朝潮、昨日はごめんな」

「いえ、それは構いませんが……深雪さん、電さんと何かあったんですか?」

「……あー、このことはあんまり知ってる人いないんだけど、朝潮には教えとくか。出来れば他言無用で」

 

いつもの深雪さんとは思えないくらい、物悲しげで暗い表情。余程の理由があると見える。

 

「朝潮はさ、自分が艦の時のことってどれくらい覚えてる?」

「艦の時のですか……まぁ朧げですが」

 

自分が進水して(生まれて)から、沈む(死ぬ)までのことは、朧げながら記憶にある。はっきりと覚えていることもあるが、フワフワと浮かぶくらいのことの方が多い。特に死ぬ瞬間は、他人事のように感じられる。

そこまで鮮明に覚えていないのは、過去に縛られすぎないようにという艦娘特有の自己防衛本能だそうだ。一度死んだことを思い出すのは、やはり辛い。

 

「あたしはさ、割とはっきり覚えてるんだよ。特に死ぬ瞬間を」

「えっ……その、それは……」

「何処で、どうやって沈んだかもな」

 

私達艦娘には基本的に伏せられている、艦の時代の歴史。那珂ちゃんさんと萩風さんのような、上司と部下だったなどの関係性ならまだいい。深雪さんと電さんの関係性は、あまりにも悲惨で重いもの。

 

深雪さんは演習中に沈んだという経歴を持っている。私達が艦の時に体験した戦争に、唯一参加していない艦である。

そのきっかけが、電さん。電さんとの演習中に衝突し、そのまま還らぬ艦となった。

 

「あたしは気にしてないんだ。ありゃしょうがない」

「……そうかもしれませんが」

「でも電は物凄く重く見ちまってる。自分があたしを殺したって。初めてあたしを見た電は、顔を見るたびに泣き出すくらいだ。だから、その度にあたしは友達になってきた」

 

艦娘としての電さんは、別個体としてこの世に何人もいる。その一人一人と、出会った端から深雪さんは友達になっていった。今では顔を見ただけで泣き出すようなこともなく、普通の友好関係を持って接してくれているそうだ。別個体と出会うたびに、1からやり直しになるのが辛いと苦笑する。

 

深海艦娘となった電さんの言葉を思い出す。『また沈められたいか』……あれは確実に本心からの言葉ではない。駆逐艦電という個体は、その全てが深雪さんに対して深い後悔の念を持っているのだ。あの鎖に、北端上陸姫に言わされている。一番言っちゃいけない言葉を言わされている。

 

「今までで一番しんどい電案件だな。でも、絶対救ってやる。んで、友達になるんだ」

「そうですね……私も精一杯お手伝いします」

「頼むな。次は殴ってでもあたしを冷静にしてくれよ。電に恥ずかしい戦いしちまった」

 

そんな理由があるのなら、私は全力で支援しよう。萩風さんの時の那珂ちゃんさんと時津風さんの時のように、やりたいことがあるのならやらせてあげたい。

 

 

 

深雪さんが復帰したことで、次の戦いのための準備に取り掛かっていた。再びあの地点に行ったところで、また電さんが現れるかはわからない。だが、可能性としては高いと思っている。あちらは電さんで小手調べしようとしているように思えたのだ。

 

作戦を立てることに数日かかり、準備は整った。深海艦娘救出にあたって、どうしても戦艦や空母が連れていきづらいという難点がある。火力が高すぎるのが良くないというのは今までにない問題点だ。結果的に、水雷戦隊をちょっと弄った編成にしかできない。

 

「次の出撃は明日。前回遭遇した時と同じ時間とする」

「タイミング合わせりゃ、また電が来るかもしれないからか」

「そういうことだよ。そして部隊はもう決まっている」

 

電さんで無くても、深海艦娘と交戦した時のことを考え、救出できるメンバーで取り揃えられていた。

旗艦はやはり天龍さん。刀による鎖の寸断は今最も必要な手段。随伴に龍田さん、深雪さん、響さん。こちらも鎖を破壊することが出来そうなメンバー。そして後者2人は電さんとの関係者である。

龍田さんの驚異的な成長は目を見張るものだった。天龍さん直々の訓練ということで、その技術を全て吸収。すでに皐月さんと並ぶほどの実力者となっている。正直恐ろしい。

 

「5人目、朝潮君。君には負担をかけ続けていることはすまないと思っている。一つやってほしいことがあるんだ」

「なんでしょうか」

「深海艦娘の観察を続けてほしい。君が鎖の破壊に気付いたことで道が拓けたからね。なんでもいい、気付いたことがあれば全て報告してほしいんだ」

 

私はあくまで非戦闘員だ。そのため、事態をこちら側に寄せるために敵の出方を逐一観察する。これからの戦況を優位にするための、私にしかできない、私だけの仕事。

 

「了解しました。戦場の全てをこの目に焼き付けてきます」

「戦闘での観察、勝利のために『未来予知』の使用も許可する。負担がかからないように、程々にね」

「そこまで……はい、お任せください」

 

誰が有利になるか、誰が不利になるか、そこも重要になるだろう。鎖の動き、深海艦娘の動きに特徴が出ていれば尚いい。次の戦いのために、次の次の戦いのために、私は戦場に立つ。

そのためには『未来予知』まで使っていいと言われた。あれは結局のところ、敵側の理解が必要不可欠だ。できるようになれたのなら、それは深海艦娘を把握できたことに他ならない。

 

「そして最後6人目なのだが、これは一つの賭けだ。初陣がこんなことになってしまって申し訳ない。ウォースパイト君」

「あら、私?」

 

ウォースパイトさんの自律型艤装、フィフの力をここで使うという。主砲による砲撃では火力が高すぎるが、フィフは格闘戦が可能であり、意思を持つ艤装ゆえに繊細な動きも可能。いざという時のために、深海艦娘をその手で捕らえることも可能ではないかという賭け。

 

「いいでしょう。アサシオを守る者も必要でしょうしね。Leave it to me」

 

私を守ってもらえるというのなら心強い。観察に専念するとしても、周りの敵は怖いものだ。回避を始めると今度は観察が疎かになってしまう。

この数日間で、ウォースパイトさんもフィフを使った戦闘に慣れてきている。特に、ヒメさんやシンさんを抱きかかえた状態でレキさんと訓練しているのが大きい。戦艦棲姫改の時の、守護者であり侵略者である戦い方が戻ってきている。

 

「では、出撃までは各自英気を養ってほしい。解散」

 

会議が終わった直後、明石さんに部隊全員が呼び出される。明日の出撃に際して、新たな武装が完成したそうだ。私はその情報をいち早く取り入れるための同行。

 

「まず天龍、刀のバージョンアップが完了したよ。龍田と同じ、深海合金になったから、強度も斬れ味も上がってるはず」

「お、そいつはいいな。これで鎖を斬りやすくなる。オレで成果が出たら、皐月の方にも頼むぜ」

 

龍田さんはすぐにでも天龍さんに追い付くために刃を加工していたが、天龍さんは純粋に攻撃力を高めるための加工だ。

 

「龍田はご要望の電探だよ。朝潮のものよりは精度が低いけど、背中に目があるような状態にはなると思う」

「助かるわ〜。朝潮ちゃんの負担も少しは減るわよね〜」

「ありがとうございます。助かります」

 

龍田さんは唯一電探だけは装備できるため、それを戦闘に活かそうとしたそうだ。結果、自分の周囲だけは常に見られる電探が開発された。頭上の天使の輪に接続することで、龍田さんは背中に目を手に入れる。

私の負担まで考えてくれていたのは嬉しかった。戦況把握がとてもしやすくなる。

 

「響と深雪には、特殊弾頭を作ったよ。これなら鎖も破壊できるはず。これで良さそうなら、これからは全員にこれを使ってもらうからね」

「Хорошо」

「こいつがありゃ、電を救えるってことか。助かるぜ明石さん」

 

周りの被害を抑えつつ破壊力を増した特殊弾頭。代わりに、ピンポイントの射撃でないと十全の効果を発揮しないというデメリットが付いている。深雪さんにはそのデメリットはほとんど無いようなものだ。

 

「ウォースパイトさんは、フィフのチューンナップをしておきました。変形時間をより短縮しているかと」

「Amazing! さすがアカシね」

 

これだけの戦力強化がこの数日で行われた。明石さんは見ただけで疲れが溜まっているのがわかり、裏ではセキさんがうたた寝しているのが見える。相当な突貫工事だったようだ。

 

「朝潮、電探眼鏡をバージョンアップするよ。メンテナンスも同時にするから外してもらえる?」

「あ、はい。お願いします」

「少しだけど、海中も見えるようにするよ。鎖の話を聞いてるからね、潮の探信儀眼鏡ほどじゃないけど、無いよりあった方がいいでしょ」

「それは本当に助かります!」

 

私の電探には、スペックは低いがソナーが同梱されるようになった。海中の鎖を多少なり追えればということだそうだ。今まで海中が見えないことで増援のタイミングがわからなかったりしたので、このバージョンアップは本当に助かる。代わりに私の脳への負担はうなぎのぼり。こちらはゆっくりと慣らしていこう。私がうまく使えなくても潮さんに頼ればいい。

 

「よし、これで準備万端! 明日、頑張って!」

「明石の分まで戦ってくるからよ。これからも頼むぜ」

 

これなら誰でも鎖を破壊することが出来るはずだ。もう深雪さんは気持ちを入れ直している。電さんを目の前にしても暴走することは無いだろう。万が一するようなことがあったら、約束通り殴ってでも止める。




見ていただければわかると思いますが、私は『みゆづま』が大好物です。深雪の史実を見て驚いたものでした。


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救出劇

翌日、哨戒任務開始。旗艦の天龍さんに続いて私、朝潮も出撃する。

今回の私の仕事は、今後の戦闘に役立てるために敵の挙動を観察すること。深海艦娘が同じ改造しかされていないわけないと思うが、1人わかればある程度は対策が取れるだろう。少なくとも、駆逐艦なのに艦載機を飛ばしてくるのはわかっている。それ以外に何かあるかどうかだ。

 

「深雪、覚悟は出来てんのか?」

「大丈夫だって。今のあたしは冷静だよ」

 

以前は突発的に電さんを見てしまったがために理性が弾け飛んだが、今回は覚悟の上で戦場に向かう。万が一はあるかもしれないが、こうなってしまえば深雪さんは暴走しないだろう。

 

「えーっと、ウォースパイトさん、私はここまでされなくても」

「アサシオがこの部隊の要なんでしょう? なら守らなくちゃ。Hold on tight」

 

私は途中からウォースパイトさん、いや、フィフのもう片方の腕に抱えられて運ばれていた。燃料の節約は出来ているものの、なんというか恥ずかしい。ものすごく過保護。

 

「いいじゃないか。戦場までは楽に行った方がいい」

「響の言う通りだぜぇ。朝潮にゃあいろいろやってもらわないといけないからな」

 

実際この移動方法は楽といえば楽。移動のことを考えず、索敵に専念できる。いわば、フィフの電探となっている状態。目を瞑っても目的地についているというのはありがたいかもしれない。

 

「何かの気配を感じるわ。そうか、これが元深海棲艦の感覚なのね」

「そうだった、フィフがインパクト強すぎて完全に忘れてた。やっぱり朝潮の索敵より早いんだな」

 

既に戦艦棲姫改との戦場を超えていたようだ。遠くに赤い海の端が見える。そろそろ先日に電さんと交戦した場所。

 

「索敵にかかりました。駆逐8、軽巡2、重巡2。駆逐の内2つは深海艦娘です」

「人数増やしてきやがったか。2部隊ってことでいいかなこいつは」

 

索敵範囲は最大だ。まだ会敵までは時間がある。フィフに下ろしてもらい、海上で息を整える。私はウォースパイトさんに守ってもらえる。が、おそらく敵に突っ込むだろう。今のウォースパイトさんは前世を引きずり戦闘を楽しみたいだろうから。

 

「Enemy ship is in sight. Open fire!」

「敵艦確認! 交戦準備!」

 

会敵。2部隊が同時にこの場に現れた。

片方は以前に見た電さん。鎖も修復されており、正気ではない。装備している主砲も何も変わっていない。

そしてもう1人。一番最初に見た叢雲さん。浦城司令官のところで見た姿ではないので、おそらく改二ではないのだろう。代わりに長柄の武器を持っているため、砲撃以外でも怖い。

 

「マタ来タノデス。懲リナイ人達ナノデス」

「イイジャナイ。愚カ者ハココデ沈メテヤルワ」

 

こちらを見て溜息をつく電さんと、見下すように睨んでくる叢雲さん。ここで素直に思ったことが口から出てしまった。

 

「叢雲さん、何も変わってなくないですか」

「っは、マジだ。何も変わってねぇ! 電みたいなギャップが無いから戦いやすいな。やっべ、意識したら面白くなってきた」

 

大爆笑の深雪さん。緊張感が抜けて、いい感じに冷静になった。天龍さんも笑いを堪えている。

会敵したというのにゲラゲラ笑う深雪さんを見て、電さんも叢雲さんも若干イラついたように見える。

 

「龍田、お前叢雲行け。同じ得物同士、やりやすいだろ」

「え〜、天龍ちゃんとじゃないとやる気出ないな〜」

「わかったわかった。じゃあ周りの雑魚やってからな。それと、あー、勝てたらご褒美で今日添い寝許可」

「見ててね天龍ちゃん。無傷で倒すから」

 

なんというか、龍田さんも扱いやすい人のようだ。過去の霞や春風を見ている気分。むしろ今は添い寝していないのかとちょっと驚く。龍田さんなら添い寝というより夜這いしてそう。その分危うさも感じるが。

 

「巫山戯タ奴ラ。ココデ皆殺シヨ」

「オレと龍田で叢雲の方に行く。響、深雪、スパさん、電の方頼むわ。朝潮、観察を続けてくれ」

「叢雲ちゃん、私と天龍ちゃんが相手してあげるわ〜」

 

天龍さんと龍田さんがうまく叢雲さんを引き離してくれた。挑発して海域を分けてもらえたため、私達は電さんに集中できる。

 

「悪いな響、お前の妹はあたしが貰うぜぇ」

「それは告白かい? 親族に許可を貰う同性カップルか何かかな」

「アホか。まずはあたしが引きつけとくっつってんだよ」

 

完全に電さんを無視した漫才。前回とは違い、あちらの神経を逆撫でするような行為。前回さんざん煽られたお返しと言わんばかりに馬鹿にしている。

 

「馬鹿ナ連中ナノデス。マタ抉ッテアゲルノデス」

 

今回は最初から艦載機も出してきた。手を抜くこともなく、全開でこちらを殺そうとしてきている。前回の戦闘からあちらもいろいろと学んだのかもしれない。

 

「うし、じゃあやるか」

「了解。ヴェールヌイ、随伴艦を駆逐する」

 

まず響さんは電さんを無視してイロハ級の掃討。叢雲さんと分断してもらえたおかげで敵の数は少ないが、分はまだあちらにある。駆逐艦とはいえ、深海艦娘は姫級の力を持つ難敵。さらには()()()()()()()()という大きなハンデもある。戦いやすい戦場にするのが先決。

 

「ウォースパイトさん、掃討を……」

「勿論。イナヅマ以外を倒せばいいのよね? 任せて」

 

一瞬、ウォースパイトさんの碧眼が春風のように燃え上がったように見えた。

 

「Fif, sit down. Sally go!」

 

玉座モードに変形させ、そのまま敵陣に突撃。あえて電さんを挑発するように目の前を通過し、イロハ級を攻撃していく。眼中にないと言わんばかりに無視。

申し訳ないが、煽られたら煽り返すというのが今回のスタンスだ。天龍さんが立てたちょっとした作戦であり、敵のやり方をそのままお返しする。それで敵が理性的で無くなるなら御の字。

 

「チョコマカト……雑魚ハ大人シクスルノデス!」

「当たんねぇよ。もう少し頭使えよな」

 

低速化の欠陥(バグ)を物ともしない動きをする深雪さん。白露さんと同様、自分の欠陥(バグ)に真摯に向き合い、それを活かす形で戦闘方法を訓練し続けていた深雪さんなら、本来姫級の力となった電さんもここまで翻弄できるのだ。冷静であればあるほど真価を発揮する。

 

「さぁて、どうすっかな……。1人でどうにかするのはやっぱ無理か……」

 

戦闘中でもしっかり考えている。いつもの猪突猛進さが嘘のように静かな戦い方。常にこれが出来ればいいのに。

 

「響さん、そちらは?」

「割と硬い。こいつらも改造されているみたいだ」

「了解。ウォースパイトさんと連携して各個撃破で」

 

指示をしながら観察を続ける。

電さんの艦載機は、艦載機としての力を使うわけでなく、それそのものを武器としてぶつけてくることが多い。言うなれば、コントロールできる弾丸。爆発しない分当たっても致命傷にはならないが、それでも重傷は否めない。

そして鎖は以前と同じ。定期的に鈍く輝き、それに合わせて電さんの瞳も鈍く光る。やはりあの鎖から何かを送り込まれて今の状態になっている。

 

「っ、響さん5時!」

「おっと、助かったよ朝潮。Спасибо」

 

稀にその艦載機が響さんを狙うことがあった。それに関しては私が全て見切っている。行動予測もまだ余裕だ。

 

「アサシオ、もう終わるわ」

「了解。終わり次第、こちらへ」

 

ウォースパイトさんの活躍で、響さんが手を焼いていた重巡や軽巡が即座に処理された。超火力の戦艦主砲と強烈な格闘戦は一撃でも敵に死を振りまく。あんな敵と戦っていたのかと思うと、よく勝てたなと驚くばかり。

その間も電さんの情報は全て覚える。深雪さんが避けに徹してくれたおかげで、パターンが大体掴めた。これなら行ける。

 

「よし、大体観察は終わりました。深雪さん、行動予測……『未来予知』可能です」

「お、来たか。じゃあ……朝潮、頼むぜぇ!」

 

目を瞑る。久々の『未来予知』だ。脳の限界は前以上になっているはず。だが追加装備のソナーまでフル稼働の行動予測になるので負荷は大きい。ウォースパイトさんに守ってもらい、自分を計算外にすることで負荷を減らす作戦。

 

「響さんも大丈夫ですか?」

「問題ない。朝潮の指示に従う。無理はしないように」

 

一息つき、思考へ没入。確認する反応は、深雪さん、響さん、そして電さん。艦載機が合間にあるためそれも追加。さらに鎖の位置も把握。戦闘音が遠のき、私だけが無音の空間へ。手のひらに戦場を乗せ、全てを見る。

自然と指輪を意識した。山城さんと同じだ。今の私は司令官と共にある。気持ちが入った。これならやり通せる。

 

「開始します。深雪2時移動、響10時移動」

「っしゃあ、行くぜぇ!」

 

深雪さんと響さんの行動パターンはさんざん見せてもらっている。どういうことをされても計算を修正が可能だ。

 

「急ニ動キガ……!」

「深雪3時回避10時攻撃。響9時回避4時攻撃射角は上へ」

 

深雪さんには電さんの装備する主砲を、響さんには周りを低空で旋回する艦載機を攻撃するように指示。特殊弾頭のため、破壊力は折り紙付き。少し腕に怪我を負うかもしれないが、軽傷になる程度のはず。

当然、避ける位置だって計算済みだ。撃たれそうになったら何処に動くかくらいは観察している。

 

「艦載機1機撃墜」

「ナイスぅ! こっちも主砲を破壊するぜぇ!」

 

隠し球は無いはず。持っている武器を破壊すれば、攻撃は出来なくなる。艦載機が何もない空間から出たことを考えると、同じように生成できそうな魚雷に注意した方がいいだろう。

だが、私はそれが来たところでどういう挙動をするかは計算できている。春風とレキさんから、深海棲艦の戦い方は学んでいる。

 

「コノ……!」

「深雪1時回避、響10時回避6時攻撃」

 

予想通り魚雷を生成してきた。が、その数は少ない。全ての攻撃方法を使えるようになったせいで、その1つ1つが少ない。主砲に攻撃力を寄せたのがわかる。

回避してもらいつつも、響さんには艦載機の2機目を墜としてもらった。これで外から邪魔をするものは無くなる。

魚雷の射線には私も入っていたが、そこはウォースパイトさんが主砲により全て破壊してくれた。さすが守護者、最高の守り。これからも女王様は頼りにさせてもらおう。

 

「深雪9時攻撃。射角下げて」

「見えたぜぇ……!」

 

ここで鎖に攻撃。ほぼ不意打ちと言ってもいいだろう。咄嗟に躱したようだが、特殊弾頭は掠めただけでもヒビが入るほどの威力になっていた。若干動きが遅くなる。

 

「響3時攻撃。射角下げて」

「了解。もう少しだよ」

 

さらに鎖に攻撃。躱した直後だというのにうまく形状を変えてくる。深雪さんの攻撃した位置から若干ズレたが、ヒビがもう一つ。

 

「鬱陶シイ! 雑魚ノクセニ! 抵抗セズニ死ネバイイノデス!」

「電の口にそういうこと言わせんなよ。はーっ、見っともないねぇ」

 

電さんに余裕が無くなってきたのが動きから手に取るようにわかる。避けた位置に攻撃が飛んでくるなんて思わなかったのだろう。私の予想ではそろそろだ。

 

「同時、深雪4時攻撃。響2時攻撃」

 

同時攻撃で躱すタイミングをあえて与える。代わりに、射角からして右にも左にも行き場を失わせた。そうなれば、鎖がやることは一つしかない。()()()()()()()

 

「イッ!?」

「……以上!」

 

行動予測『未来予知』終了。目を開き、状況確認。想定通りの形。頭痛は微かにするが、我慢できる程度。電探はまだ切らず、鎖の動向にだけ注視する。

 

「よし! 外れたぁ!」

「ウォースパイトさん、電さんを確保!」

「Fif, Go, go, go!」

 

外れたタイミングを逃さず、即座に指示。最初からこれを狙っていた。破壊出来ずとも、電さんから鎖が外れるこの瞬間だけを、ずっと狙っていたのだ。こうなってしまえば、あとは電さんを鎖から引き離すだけ。

 

「やらせねぇよ!」

 

電さんの首輪への再接続を狙う鎖を掴んだ深雪さん。電さんを助けるためにその動きを食い止めた。

が、これが悪手であるとすぐに気付かされる。

 

「深雪ちゃん! それをすぐに離してぇ!」

 

正気を取り戻した電さんが叫んだ。同時に鎖が鈍く輝く。

 

「なっ、ギッ……!?」

 

主砲を持っていない左腕、鎖を掴む手から深雪さんに()()()()()()()()。あれはまずい。今まで電さんに流れ込んでいた何かが深雪さんに入ってしまった。

 

「破壊する!」

 

深雪さんが掴んでいるおかげで動きが止まっている鎖を響さんが破壊した。深雪さんに流れ込む何かはその時点で止まり、鎖は海中へと沈んでいく。こちらにやってくる気配もない。鎖だけ撤退した様子。

 

「んだよこれ……電はこんなことされてたってのかよ……!」

 

苦悶の表情で膝をつく深雪さん。それだけなら良かったのだが、少し流れ込んだだけで深雪さんの身体に多大な影響が与えられていた。

鎖に触れていた左側だけ瞳が真紅に染まり、髪の一部が白くなっている。電さんと同じ、深海艦娘の要素に書き換えられていた。

 

「深雪さん!?」

「あたしは大丈夫だ! それよか天さんの方!」

 

そうだ、今はこちらに専念していたが、天龍さんと龍田さんは叢雲さんの部隊と交戦中だ。反応を見る限り、随伴は全て処理したようで、叢雲さん相手に2対1の状態にはなっている。

 

「私が向かいます! 響さんとウォースパイトさんは2人を!」

「朝潮も無理をしちゃいけない。全員で行くよ」

 

『未来予知』の影響で軽くフラつく。1人で行くのは危険かもしれない。解放された電さんはウォースパイトさんが、書き換えられかけた深雪さんは響さんが支えて、天龍さん達の戦場へ向かう。

 

「天龍さん、そちらは!」

「大丈夫だ。叢雲と交戦中。龍田が善戦してる」

 

まだインカム越しではあるが、息を聞く限り本当に善戦している様子だが、何があるかはわからないので急いで合流した。

 

「はい、次」

「コイツ……! 海ノ底ニ消エロ!」

「はい、次」

 

攻撃を全ていなしている龍田さん。主砲による攻撃も、艦載機による攻撃も、長柄の武器の攻撃も、魚雷ですら、その薙刀一本で処理している。天龍さんの技術どころか、山城さんやガングートさんの技術すら吸収していた。ほとんど訓練の一環にしか見えない。天龍さんすら腕を組んで眺めているような状態である。

 

「姫級と言っても大したことないのね〜。最初の威勢はどうしたのかしら〜」

「その辺にしとけよ龍田。叢雲泣いちまうぞ」

「コノ……巫山戯ルナァ!」

 

敵に同情するレベルになってきた。煽られたから煽り返しているようだが、実力を見せつける形で煽っているのでおそろしくタチが悪い。手を抜いて、わざと攻撃が何も効かないことを知らしめている辺り、敵に回したくないいやらしさ。

 

「電さん救出完了です!」

「よくやった! 龍田、やっぱり鎖を斬りゃいいみたいだ。やっちまえ」

「絶対に直接触らないでください!」

 

最後の忠告に関してはおそらく意味がわからないだろうが、やらないでくれればいい。

 

「じゃあ、終わりにしましょっか。叢雲ちゃん、もっと強くなってから来てほしかったわ〜」

「許サナイ! アンタハ絶対ニ許サ……ッグ!?」

 

鎖に引っ張られ、海中に沈んでいってしまった。電さんがやられたことを察知したか、一度撤退したようだ。一度に2人助けられれば良かったのだが、今は1人でも助けられたことを良しとしよう。

 

「逃しちゃったわ〜。ま、いっか」

「よくねぇけど、電が助かったならいい……って、み、深雪お前どうした!?」

「あの鎖に触ったらなんかなっちまったみたいで……。あたし自分がどうなってんのかわかんないんだ……」

 

意識には障害がない。身体だけに影響があったようだ。これは帰投してから調べる必要があるだろう。

 

少なくとも、あの鎖に触れるわけにはいかないことはわかった。ただの艦娘が深海艦娘に書き換えられるということは、今後どういう悪影響があるかわからない。




電に暴言を吐かせるのは心苦しかったですが、そういう文章だけ筆が早いのは何故なんでしょうね。


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鎖の実態

叢雲さんの救出には失敗したものの、電さんを救出し、無事に鎮守府へ帰投することができた。辛い戦いではあるが、対策した甲斐があり、全員ほぼ無傷。だが、深雪さんには大きな影響が出てしまった。

電さんと深雪さんは、セキさんによる調査の後、念のため入渠をすることとなった。その調査で、セキさんが苦い顔をする。

 

「……カンゼンニカキカワッテイル……モトニモドセナイ」

 

残念そうに呟くセキさん。

最初鎮守府に深海棲艦がいることに驚きを隠せなかった電さんだが、この場所がこういう場所であると説明されると笑顔で受け入れた。電さんが望む、全てを助ける世界がこの鎮守府では実現している。

 

「じゃああたしもこのままってことか」

「アア……ソンザイヲシンカイガワニカキカエラレテイル」

 

その後の調査で、電さんがどういう状態かは、本人の証言も含めて大方判明した。

ドロップ直後の電さんは、意識のないままに北端上陸姫に捕らえられ、そのまま深海側の謎の改造技術により今の外見にされた。

が、北端上陸姫が出来るのは外見だけのようだった。心は艦娘のまま。反発しようとしたところにあの鎖を接続され、あの振る舞いをさせられることになったらしい。その時の記憶も全てある。いわば最悪な状態の春風。

 

「鎖が付いているときだけ、心が真っ黒に染まる感じだったのです。言いたくないことも言っちゃって……」

「だから、鎖が無くなった瞬間に正気に戻ったのか」

「クビワハ、ズットツナガッタジョウタイニスルタメダナ」

 

ずっと握らせたままなのは戦闘に差し支えが出る。そこで首輪。常に接続した状態を維持するための手段だろう。身体の改造と同時に首輪も付けられているため、今は何をしても外せないそうだ。よく見れば首と隙間もなく、ピッタリと貼り付いている。

 

「あたしが深海艦娘に書き換えられたのは?」

「カイゾウトシハイハ、オナジシステムナンダロウナ」

 

辻褄はあう。改造は身体を、支配は心を深海側に染める行為だ。艦娘は深海側より心が強かったおかげで、常にそのシステムを使っておかないと支配できないのではということ。深雪さんはあれ以上鎖を握っていたら身体が染められた後に心を支配されていたのだろう。

鎖を破壊されたら撤退したのは、システムそのものが破壊されたからの可能性が高い。だから極端に破壊されることを回避していた。だが、あの鎖自体に意思があるようには見えなかった。

 

「鎖のせいとはいえ……深雪ちゃんにあんなことを……あんなこと思ってないのに……」

「気にすんなって。本心じゃないのはよくわかったからさ」

 

泣き出してしまった電さんを慰める深雪さん。吹雪さん理論でいけば、電さんは深雪さんの義理の妹だ。艦の時代のことも重なり、電さんは放っておけない存在なのだろう。

 

「今後、電さんや深雪さんが、その、あちら側のように振る舞ってしまう可能性はあるんですか?」

「アンシンシテイイ。ソコハアカシガホショウシテクレル」

「あくまでも身体が書き換わっちゃっただけみたいだね。中身は何も変わってない。でもあの鎖に触れたらまたああなっちゃうだろうけど」

 

明石さんがそう保証してくれるなら安心だ。鎮守府内で暴れられても困る。それに、深雪さんまでもああなってしまったら、無傷で押さえつけられる自信が無い。

 

「あの戦場に出ることはやめた方がいいけど、そうじゃなければいつも通りで大丈夫だよ」

「そいつは安心したぜ。よかったな電」

「なのです。これ以上ご迷惑かけたくないのです」

 

早速仲が良さそうでよかった。深雪さんの話を聞いたときは、この後も一悶着あるかと思っていたが、あまりにもいろいろありすぎて、電さんも深雪さんに対する罪の意識が払拭されたのかもしれない。

 

 

 

調査と診断が終わり、深雪さんと電さんは入渠。その間にいつもの会議を開き、今後のことを話す。

電さんが助けられたということで、今後は同じように戦っていく方針になった。武器を使う白兵戦、もしくは命中精度の高い主砲による鎖の破壊がメインとなる。そしてもう一つ。

 

「深海に関わる人員をあの海域に投入するのは困難と判断した。万が一鎖に捕らえられ、敵となってしまったら……私は悲しい」

 

深海棲艦の仲間、例えばレキさんを連れて行ったとして、鎖が接続されてしまった場合、書き換えるなどせずそのまま支配されてしまうだろう。下手をしたら鎖が無くなった後もそのままの可能性すらある。

こうなると戦場に出せなくなるのは春風とレキさん、そして潜水艦姉妹だ。元深海棲艦は身体自体は艦娘なので、まだ問題は無さそうという判断。深雪さんは少し微妙な状態。

 

「私も出撃できないわね。鎖くらい手刀で砕いてやろうかと思ったけど、素手はダメなんでしょ」

「首輪越しでもコントロールできるのだから、何か付けていても駄目だろう。山城君はやめておいた方がいいね」

 

山城さんも出撃制限がかかってしまった。戦場の特性から、素手での戦いは危険。最高戦力が使えないとなると、部隊の配分を考えなければならないだろう。

 

「今回はオレらに任せてくれや。龍田の練度の上がり方が半端ないんだ」

「見ててわかるわよ。あの子、本物の天才ね」

 

山城さんからの太鼓判。今後は龍田さんも頼りになる戦力だ。

今回の叢雲さんとの戦いでよくわかった。姫級にまで底上げされた艦娘を、たった1人で遊びでジリジリ追い詰めるほどに強い。敵が可哀想になるほどだった。ああいう人は練度など関係ないのだとわかる。

だが、それは全て天龍さんが関わっているからだ。そこが一番怖い。天龍さんに楯突くものがいれば、味方にでも容赦なく刃を突き付けるだろう。

 

「あとは、戦艦、空母、雷撃も少し厳しいね。火力が高すぎる」

「魚雷はいいかもしれねぇ。海中の鎖が破壊できりゃいいからな」

「なら雷撃は今度試してみようか。補助が入れば狙いやすくなるかな」

 

やはり1人助け出すことが出来た事実は大きい。トントン拍子で話が進んでいく。1回の成功で、皆さらにやる気が出ているようだ。このまま全員を救い出し、北端上陸姫を倒したい。

 

「あ、提督ー! ちょっといいですか!」

 

会議の場に珍しく明石さんが入ってきた。電さんと深雪さんの入渠が終わったらしい。傷を負っているわけでもなかったため、ただ少し眠っただけとなったそうだ。そして、深雪さんの変化は一緒に出撃した5人しか知らない状態である。

 

「深雪の件なんですが、やはり入渠でも治りませんでした。その代わり……ですねぇ。まぁこれ見てもらった方が早いので、全員に公表しましょう。電も一緒に」

「そうだね……皆を集めてほしい。これは知っておいた方がいいだろう」

 

驚きはするが、皆すぐに受け入れるだろう。ただ、深雪さんに関してはどういう反応をするか。会議に参加している姉である吹雪さんも、深雪さんが治らなかったという明石さんの発言にハラハラしていた。

 

 

 

いつものように全員が食堂に集まる。人数も多くなってきたので、会議室よりここの方が集まりやすくなった。深海棲艦組も勢揃い。この状況に一番驚いていたのは、唯一の出向者である長門さんだったりする。

 

「助けてくれてありがとうございました。暁型駆逐艦4番艦、電です」

 

まず電さんが皆の前でお礼を言う。この場にいるミナトさんやヒメさんと同じように色が変わり角まで生えてしまった電さんは、登場したときそれなりに驚かれた。逆にヒメさんは親近感が湧くらしく、いつもの人見知りがあまり出ていないように見える。

 

「もしかして、わたくしのお仲間が増えたのでは」

「春風とはちょっと違うけど、仲間かもね」

 

私達は春風の存在があるから、電さんが変わり果てた姿で見つかってもこの程度で済んでいる。色が違う艦娘というのが初めてではないことが、電さんにもいい方向に繋がっている。

ここでなら外見がコンプレックスになることはないだろう。能力が変化してても、ここにはオーバースペック組がいるし、何よりその変化内容がほとんど春風と被っている。

 

「電さん。わたくし、半深海棲艦なのです。似たようなものですね」

「はわ、半深海棲艦……電は深海艦娘ですから、近いのですね。よろしくお願いします」

 

黒い春風と白い電さん。心の歪みからヒメさん以上に人見知りな春風が、ああもすぐ仲良くなれているのは初めて見る。夕立さんの時よりも早い。むしろ春風から行ったのは本当に初めてのことだ。春風の成長にちょっと泣きそう。

 

「そろそろ出ていいかー」

「あ、どうぞどうぞ」

 

電さんよりも深雪さんが皆の前に出た時の方が驚きの声が大きかった。入渠がキッカケとなってたか、髪の白はより拡がっており、左側の3割は白く染まってしまっている。そして左の瞳は真紅。艦娘にも滅多にいない、オッドアイとなっていた。明石さんとセキさんの分析の結果、これ以上の侵食は無いだろうとのこと。

 

「み、深雪、それ……」

「電を救ったときに鎖を触っちゃってさ。そしたらこうなっちまった」

 

一番動揺した吹雪さんに対し、何も気にしてないと言わんばかりに軽い受け答え。鎖に触れてはいけない理由が目の前に現れたことで、今回の件がどれほど深刻かが全員に伝わった。

 

「で、明石君。先程慌てていたのは?」

「そうでした! 深雪はこの侵食の結果、深海艤装が装備できるようになりまして」

「左腕だけだけどなー」

 

深雪さんの影響は頭の左側と左腕。髪と瞳以外にも、腕の接続に影響が出てしまったようで、艦娘の装備が出来なくなった代わりに深海艤装が装備できるようになっていた。要するに、あの駆逐艦とは思えない出力の駆逐主砲で攻撃できるようになったということ。

右では通常の艤装、左では深海の艤装と使い分けることも可能。単純な戦力としての強化に繋がっていた。

 

「強くはなれたんだけど、あの海域には行けなくなっちまった。これ以上侵食されたら、あたしもあっち側みたいに洗脳されちまうしな」

「み、深雪はそれで大丈夫なの? お姉ちゃんすごく心配なんだけど!」

「大丈夫大丈夫。むしろ今なら白露とトントンだぜ。深雪改ならぬ深雪(かい)なんてどうだろう」

 

あっけらかんと言うが、自分のことを()()()()()と表現しているのは、この問題を自覚しているということでもある。電さんと比較すると軽い症状ではあるが、二度と元には戻らず、あの戦場に立つとさらに侵食される可能性があった。

 

「深雪君は待機というわけでなく、他の戦場に向かってもらう。出来ることなら事が落ち着くまでは戦場に出てもらいたくないのだが」

「それは無理な相談だよなぁ。あたしだって艦娘だからさ。貢献させてくれよ」

「そう言われてしまうと、否定ができなくなってしまう。私はどんな事があっても君を信頼しているよ」

「りょーかい。新生深雪様を乞うご期待ってな」

 

いつものような笑顔。痛々しくも見えたが、本人が全く気にしていないので、これ以上触れるのは良くないと思った。過保護な姉である吹雪さんも、その様子に内心秘めたものがあったとしても心配するのはやめるみたいだ。

実際、これ以上心配すると、傷付くのは深雪さんではなく電さんだ。せっかく艦の時代のトラウマが払拭できているのに、別のことで責任を感じてしまっては元も子もない。吹雪さんにとっては電さんだって義理の妹。可愛くないわけがないのだ。

 

 

 

公表の場が終わり、電さんは鎮守府に一時配属という形となった。今でこそ治す手段がないが、もしかしたら元に戻すことも可能かもしれない。その時のために、今はここにいてもらう事が一番と判断された。

 

「これからよろしくお願いするのです」

「部屋は用意しておくよ」

「いや、ちょっと待った。少しの間だけ、あたしと相部屋じゃ駄目かな」

 

電さんの部屋の話になったとき、深雪さんが不思議な提案。相部屋を最初から希望するというのは今までに見た事が無かった。

 

「あたしが今まで会ってきた電ってさ、あたしと出会うと必ず(うな)されてるんだよ。だから、頼むよ司令官」

「そういう理由があるのなら却下する理由は無いよ。落ち着くまで相部屋を続けてくれればいい。なんならずっとでもいい」

 

どうしても艦の時代の嫌な思い出が夢に出るそうで、深雪さんと出会うと必ず夜眠れなくなるそうだ。深雪さん自身何度もそれを見てきたらしい。

さらにいえば、この電さんはそれ以上にトラウマが多い。洗脳され、深雪さんに暴言を吐きながら殺そうとした記憶が残ってしまっているのだ。それを慰められるのは他ならぬ深雪さんのみだろう。

 

「電、深雪で落ち着かないなら私の部屋でもいいから」

「特型長女の私もいるからね!」

「響ちゃん、吹雪ちゃん……! はいっ、よろしくお願いしますっ」

 

ここには実姉(響さん)義姉(吹雪さん)もいる。頼れる人は多い。辛いことがあったら、誰でも協力してくれる。

 

「この鎮守府はあったかくて素敵なのです。深海棲艦とも仲良くできているし、いろんな人がいて……」

「みんなワケありなんだけどな。協力しないとやっていけないんだ」

「それでも! ここは電の望んでいる世界なのです。 手を取り合って生きていけるなら……これが一番いい形なのです!」

 

その電さんの言葉に胸を打たれた司令官。感極まって電さんを力強く抱きしめて撫で回す。一時配属といえど、この鎮守府にいるのだから司令官の娘だ。最初からここまで同調してくれる艦娘もなかなかいないだろう。

 

「電君も私の愛娘だ! 一緒に世界を平和にしよう!」

「は、はわ、はわわわわ……」

「司令官、電がすげぇ困ってるから」

 

苦笑しながら司令官をどうにか引き剥がす。電さんは目を回してしまっていた。スキンシップも慣れていない相手だとこうなってしまうようだ。私達は慣れすぎているのかも。

 




深雪壊、髪にメッシュが入り、オッドアイになったというイメージ。外見は仮面ライダーエグゼイドの花家大我みたいなものと思っていただければ。あちらは右側もメッシュありますけど。


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真夜中の奇襲

電さんが救出できたことで、今後も同じように作戦を立てていくという方針が決まった。私、朝潮もそれに貢献することができて嬉しかった。私の行動予測によりほぼ無傷で救出出来たようなものだったので、今後も役に立てていきたい。

だが、深雪さんが敵地に立てなくなってしまったのは大きかった。次に鎖に触れてしまうと、あちら側に染められてしまう可能性がある。最悪、洗脳からの敵対だ。深雪さんと敵対するのは回避したい。

 

電さんの配属が決まった翌日、鎖の事実が新たに判明した。深雪さんが握りしめたままだった、鎖の断片から明石さんとセキさんが解析した結果である。

深海艦娘の行動範囲は赤い海から少し離れた程度である。鎖が領海内でのみ機能するからだ。つまり、深海艦娘自体が領海を拡げる行為をすることはおそらくしない。領海を拡げるのは別の深海棲艦にやらせる。それこそ、ウォースパイトさん……戦艦棲姫改のような。

 

「私の代わりはいるでしょうね。私ほどかはわからないけれど」

「改造ができるのなら、建造もできるだろう。我々の界隈でいう、大型建造で鬼級姫級も生成できるのだと思っている」

 

私達には縁のない話ではあるが、大和さんや武蔵さんのような強力な艦娘は、通常の建造ではなく大型建造という特殊な建造でなければ生まれることはないそうだ。私が出会った中では、大鳳さんもその一人。今でこそドロップする事象があるものの、しおいさんもそこに含まれていたらしい。

 

「もしかしたら私もあそこの建造で生まれたのかもしれないわね。まったく覚えていないけれど」

「建造ドック、あったのです。動いているのも見たことがあります。イロハ級はそれで生産されていました」

 

実際にあの場所にいた記憶が残っている電さんが言うのだから、深海棲艦が鎮守府運営していることは間違いないだろう。こちらと同等の設備を持ち、こちら以上の戦力を量産し続ける。厄介極まりない。

 

「最終的には陣地そのものを破壊する必要があるだろう。対地攻撃の手段も検討しようか」

「対地攻撃……ですか?」

 

陸上型の深海棲艦を相手にする際、特別に効果を発揮する攻撃、『特攻』がかかる装備というものが少なからず存在する。欠陥(バグ)により無縁かもしれないが、知っておいて損はないだろう。

 

「開発できない装備もあるから、今は手配中なんだ。数日で秋津洲君がいくつか運んできてくれると思う。それまでは深海艦娘の救助を最優先にしよう」

 

電さんは救出できたが、まだ7人もいるのだ。まずはその7人を救出しなくては。

 

 

 

その日の深夜。私は外の爆音で目が覚めた。鎮守府が揺れるほどの衝撃。地震かと思ったが、外が妙に明るくなったので慌てて飛び起きる。時間は丑三つ時。本来なら夜間任務担当以外は全員眠りについている時間帯。

 

「な、なに……? すごい音したけど……」

 

隣で眠る霞も流石に目を覚ました。同時に外がチカッと光り、もう一回爆音。再び鎮守府が揺れた。

起きたその足で部屋から出る。同じことを考える人が多いのか、廊下で顔を合わせることに。寝癖全開の皐月さんが慌ててこっちに駆け寄ってきた。

 

「朝潮! 窓の外見た!?」

「あれ戦艦の砲撃じゃないですか……?音といい、光り方といい」

「今日の夜間任務に榛名さんもスパさんも入ってなかったよね。じゃあ……敵!?」

 

こんな真夜中に、こんな近海に敵が来ることなんて今までに無かった。時間は私達が気付かなかっただけかもしれないが、場所は明らかにおかしい。

 

『緊急連絡! 目を覚ましている者は、目を覚ましていない者を起こして工廠へ避難せよ! 繰り返す!』

 

司令官の緊急放送が鎮守府内に響き渡った。

今、避難と言った。ということは、鎮守府が攻撃されているということだ。今までは夜間任務の部隊が発見した敵を掃討し、それが難しそうなら追加が呼ばれるという形式を取っていたが、発見したわけでなく明確に攻撃を受けている。近くにいるのではなく、ここに敵が向かってきたということだろう。

 

「霞! 工廠に行くわよ!」

「わかってる! 姉さん電探!」

 

着替えている余裕はないが電探だけは念のため装備。妖精さんが眼鏡と一緒にリボンも渡してくれたので、結びながら工廠へと向かった。

 

工廠には殆どの艦娘が集まっていた。まだ眠そうな人も何人かいるが、放送が切羽詰まっていたので寝たまま過ごそうと思った人はいなかった様子。

ここに来るまでにも何度か鎮守府が揺れる爆音があった。その内の1回は、鎮守府の近くに着弾したのがわかった。

 

「みんな集まったかい!?」

 

萩風さんを抱きかかえた司令官が工廠に到着。何が起こっても目を覚ますことがない萩風さんを優先して救助したらしい。今回ばかりは時津風さんもギリギリではあるが目を覚ましている。

 

「現在、夜間任務部隊が迎撃しているが、深海棲艦から襲撃を受けた! 増員を送る! 向かわないものは避難だ!」

 

また爆音。今度は工廠の近くに着弾し、大きく揺れた。私も少し足を取られてしまう。

 

「提督、アンタ怪我してるじゃない!」

「さっき廊下の窓ガラスが割れてしまってね。萩風君を守るために身体を張っただけだよ」

 

司令官の背中。大きな窓ガラスの破片が刺さっているのが見えた。萩風さんは無傷ということは、割れた瞬間に覆い被さったのだろう。おそらくそれは先程の近くで着弾したときだ。鎮守府が大きく揺れたときにいろいろと割れる音がしたのを覚えている。

 

何人かの艦娘から弦が切れるような音が聞こえた気がした。

 

「明石! 艤装を用意しなさい! 私が出るわ!」

「明石さん! 榛名も出ます!」

 

いの一番に出撃を希望したのは山城さんと榛名さん。その後に那珂ちゃんさんや夜に戦闘できないはずの雲龍さんまで出撃準備。

この4人の共通点は、ケッコンカッコカリの際に手の甲以外にキスを求めた人達である。いろいろと察した。

 

「朝潮、アンタも準備しなさい! あと霞も!」

「えっ」

「探照灯役と案内役! 最上がいるのはわかってるけど、そこまで向かうのはアンタが頼りなのよ! 戦場で探照灯は切ればいい!」

 

急に慌ただしくなった。寝巻きである作務衣のまま出撃することになるとは思いも寄らなかった。

 

「電、あたしらも行こう。気になることがある」

「は、はいなのです。明石さん、電と深雪ちゃんの艤装もお願いしますー!」

 

深海艦娘組も出撃。いつも見るより、真紅の瞳が爛々と輝いているように見えた。

 

 

 

工廠から出発する前に元深海棲艦組から気配の方向だけ聞き、索敵範囲を最大にしてから出撃。案内役という都合上私が旗艦という立ち位置だが、部隊の人数など関係なしに、出撃したいと言った者が次々と私の後を追ってくる。

夜間任務部隊は最上さんを筆頭に長良さんと古鷹さん、そしてガングートさん。その4人でも苦戦しており、さらに鎮守府自体が攻撃される状況だ。おそらく敵の数が相当多い。

 

「これ……ヒメの艦載機!」

「陸上型の3人も援護してくれてるのね。急がないと」

 

戦場へ駆ける中、見覚えのある猫耳のついた艦載機が私達の元へ。索敵範囲にそろそろ入るため、そこまで案内してくれるようだ。夜戦でも艦載機が飛ばせる深海棲艦だからこその行動。

 

「索敵範囲に入りました! 姫級……さ、3体! 戦艦棲姫1と装甲空母姫2! イロハ級は大量にいます!」

「押し潰そうとしてきてるわけね」

 

鎮守府への長距離攻撃は戦艦棲姫の仕業だろう。夜だというのに思った以上に正確な射撃をしてきた。もしかしたら改の方もしれない。反応は近いものだ。

 

「探照灯切ります! そろそろ会敵です!」

 

ついてくる人達に向けて叫び、霞と同時に探照灯を切る。私は電探の反応があるので問題ないが、霞は闇に包まれることになるため、そこからは手を繋いで目が慣れるのを待つ。

 

「最上さん!」

「援軍! 助けが来たよ!」

 

古鷹さんが探照灯を付けていたため、近付けばすぐにわかった。代わりに最上さんは夜だが仮面をした状態。訓練によりマスクをつけた状態でもある程度戦闘ができるようになったため、探照灯ありの戦闘も稀に行なっているようだ。

 

「朝潮! 探照灯つけていいから!」

「了解! 霞、探照灯再照射!」

 

仮面を付けているのなら戦場の光は気にならない。最上さんの合図で2人がかりで再度敵を照らす。想定通りの布陣。戦艦棲姫は改でもなく普通の方。精度が高すぎるのが気になったが、今は殲滅を優先。

 

「スポットライトが当たったね! 那珂ちゃん現場入るよ! バックダンサーの2人(深雪ちゃんと電ちゃん)! よろしくぅ!」

「よっしゃあ! 電、深海艦娘のスペック、見せてやろうぜぇ!」

「は、はい! 電の本気を見るのですっ!」

 

一番槍でトップスピードの那珂ちゃんさんがイロハ級に突撃。古鷹さんも加えた3人分の光をステージライトに見立て、先頭集団に攻撃(ライブ)を開始。それを援護するように深雪さんと電さんも攻撃していく。

 

「やっぱり、前よりよく見える! 左目だけだけど!」

 

威力もさる事ながら、精度が段違いに上がっている深雪さん。深海艦娘の侵食を有用に使うために深海艤装で出撃しているが、大幅なスペックアップだ。

電さんもそれに続いて攻撃しているが、深雪さんと同じくらいのスペック。オーバースペックと言っても過言ではない。

 

「援護するわ。攻撃隊、発艦」

「え、夜にですか!?」

「そのための艦載機は持ってきているわ」

 

雲龍さんが取り出したのは鬼型の式神。戦艦水鬼との戦闘で使ったミナトさんの艦載機だ。あれなら夜にでも飛ばせる。元々いた陸上型の仲間の艦載機と共に、イロハ級を一網打尽にしていく。

 

「数が多すぎ! 被弾できないんだからもっと減ってぇ!」

 

そう言いながらも全部避けている長良さん。味方の艦載機の爆撃すらもすり抜けながら攻撃していた。自分の身を守るために特化した、私以上の行動予測で善戦している。探照灯で照らされた戦場なら不意打ちも無い。

 

「夜にこの数は初めてだね。楽しくなってきたよ」

「最上さん、割と壊れてますね」

「夜にこんなに人が集まること、なかなか無いからね! ああ楽しい!」

 

仮面を付けているのに器用に敵を倒していく最上さん。那珂ちゃんさんの撃ち漏らしを悉く撃ち抜いていった。最上さんは天龍さんや深雪さんとは真逆で、テンションが上がれば上がるほど真価を発揮するようだ。

 

皆の健闘でイロハ級は粗方掃除された。ガングートさんと榛名さんが装甲空母姫を1体ずつ相手し、山城さんが戦艦棲鬼を引きつけている状態。驚くべきことに誰も傷を負っていない。

 

「死ぬ前に答えなさい。誰にこの場所を聞いたの」

「キイテナドイナイワ。()()()()()()()

 

会話中でも撃ってくるが、もはや当たり前のように素手で払い除ける。

 

「わかった? この場所が? どうやって?」

「ソレヲオシエルホドオロカデハナイワ!」

 

自律型艤装で殴りつけてくるが、それすらも払い除ける。軽く払ったように見えたが、艤装の腕が逆方向に曲がっていた。

 

「うちの提督が怪我したのよ。アンタのせいで。その償いをしてもらうから」

 

左の拳にキス。このルーティンは本当に全力の一撃だ。今回は演習でなく実戦。手加減も何もない、一直線の暴力。

 

「人様の()()に手を出して! ただで済むと思うんじゃないわよ!」

 

たった一撃。艤装によるガードも貫き、何もかもを破壊して、戦艦棲姫の本体に拳を捩じ込んだ。泊地棲鬼の時よりも酷い、子供にはお見せできないような有様だった。少しの間ハンバーグ食べられないかもしれない。

山城さんの一連の流れを見た電さんが怯えきってしまっていた。深雪さんに抱きついて震えている。初めて見たらああもなる。

 

「山城さん。提督は榛名の旦那様でもあるので……」

「私の旦那でもあるぞ」

「誰も私だけの人だなんて言ってないでしょうが」

 

他の2人もエゲツない状況だった。

ガングートさんは血塗れの艤装の腕で死にかけの装甲空母姫の頭を掴み、消滅を待っている状態。艤装は形を成していないほどに破壊されているため、本当に容赦なく殴りつけたのだろう。

榛名さんは煤で汚れている程度だが、先程までの戦場が文字通り火の海になるほど砲撃を叩き込んでいた。海が燃えるなんてなかなかお目にかかれない。

 

「敵反応全て消えました。戦闘終了です」

「愛の力怖いわ」

 

霞がボソリと呟いた。司令官の怪我を見て、あの榛名さんですらここまでの荒れた戦闘をやった。愛の力は偉大である。

 

 

 

事後処理をして帰投。最上さん達夜間部隊も、補給のために一時帰投するとのこと。動き回る那珂ちゃんさんはガングートさんが担ぐことで何とか止めている。

 

「助かったよ。夜にあんな部隊来ること、今まで無かったから」

「全員無傷で良かったです。戦艦棲姫が鎮守府を攻撃してたからでしょうか……」

「そう、それ。ボク達との戦闘中も、あいつだけが無視して遠くに撃ってたんだよ」

 

戦艦棲姫だけは目的が違ったということだろうか。

確か山城さんとの会話の中で、この場所がわかったと言っていた。ここ最近は哨戒任務でもあまり敵は確認しておらず、変わったことと言えば、北の敵の領海が狭まり、こちらにウォースパイトさんと電さんが配属したことくらい。

 

「あっ、まさか……」

「何か思い当たる節ある?」

「戦艦棲姫が狙ってたの、鎮守府じゃなくて電さん……!?」

 

ウォースパイトさんは浄化により艤装も何もかもが艦娘となっているが、電さんは戦ったときのままこちらに配属されている。もしかしたら、電さんの身体の何かが、敵に探知されているのかもしれない。

皆が工廠に集まった後の攻撃で、工廠が揺れたのは電さんが工廠にいたから撃つ場所を工廠に合わせていたから。これなら全て繋がる。

 

「朝潮、多分それ当たり」

「深雪さん?」

「司令官に頼んで、あたしが旗艦の通信設備借りてったんだ。あたしと電が出撃したら、鎮守府への攻撃が止んだんだと」

 

電さんが大きく移動を始めたことで、長距離砲撃をやめたと見てもいいだろう。

つまり、電さんがここにいることで、敵は鎮守府の位置がわかるようになったということだ。おそらく先程の敵は北端上陸姫の手の者だとは思うが、本拠地に直接攻め込んでくるなんて思っても見なかった。

 

今後は鎮守府の防衛にも力を注ぐ必要が出てきた。こんな真夜中にも攻撃してくるとなると、人員確保は必要不可欠だろう。援軍誘致はすぐにでも実行されそうだ。

 




戦艦棲姫の体力は400。おそらく山城はそこに1600くらいのダメージを叩き込んでいる。ミンチよりも酷い。


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決死の解放

夜戦後の翌朝、鎮守府の活動が少し遅れて開始する。丑三つ時に爆音による総員起こしを受け、萩風さん以外はフラフラだった。私、朝潮もそのうちの一人。出撃までしているので、朝がどうにも辛い。

 

「昨晩はお疲れ様。まだ眠いと思うが、少し話を聞いてほしい」

 

司令官も怪我を負ったため、少し辛そうだった。

司令官は私達と違い、高速修復材で治療ができないただの人間だ。大きなガラス片が背中に突き刺さっていたため、傷も大きく不安になるほどだったが、そこは私達の司令官、重傷まで行かず、数日で治る程度らしい。それまでは激しい運動はできないが。

 

「昨晩の襲撃は今後定期的に発生するだろう。時間も問わない可能性が非常に高い。そのため、北への警戒体制を強める方針で行く」

「哨戒はどうすんだ?」

「それを捨てるわけにもいかない。そこで、以前から考えていた援軍を急遽要請することとした。明日の朝には、朝潮君とガングート君が選定した者達がここに到着する運びとなる」

 

かなり急だが、援軍を呼び込むことで、北への警戒を強める方向になりそうだ。人員が増えれば、それだけ任務に時間が割ける。ローテーションも組めるだろう。特に、夜間任務への人員は今以上に欲しい。

 

「だが、ここも少しずつ艦娘が増え、一気に10人以上を迎え入れようと思うと部屋が足りないことがわかったんだ」

 

さらには救出する深海艦娘もあと7人。私が配属された時にはまだまだ部屋は空いていると思ったが、私の後に続々と配属され、なんだかんだで空きは10部屋を切っていたらしい。全員に個室を与えるのは不可能。

 

「妖精さんに頼んで増設も可能なんだが、それには少し時間が足りない。敵からの襲撃に備え、鎮守府自体の強化も必要なため、改築作業はしていくが、部屋だけをすぐに増やすことはできない」

「あ、じゃあ何人かが相部屋になるとか」

「そういうことだね。全員になれというわけではなく、希望者に相部屋という形を取ってもらう。引越し作業も妖精さんにお願いすればすぐにやってくれるよ」

 

できることなら10部屋は空けたいとのこと。姉妹艦が相部屋になるのが理想とも言う。仲間同士とはいえプライベートは一人になりたい者もいるだろう。

特に大型艦、戦艦や空母の人達は、相部屋は難しいように思える。部屋自体そこまで広いものではないし、荷物もそれなりに多そう。

 

「ボクは睦月姉ちゃん助けたら相部屋になると思うから1人部屋でお願い!」

「私も救出した漣ちゃんと相部屋になります」

 

深海艦娘に姉妹艦がいる人は優先的に1人部屋を希望。一方、深海艦娘に姉妹艦が2人いる白露さんは頭を悩ませる。

 

「時雨と五月雨がいるんだよねぇ……どうするべきか」

「なら私が時雨と相部屋になるよ。電は深雪が匿ってくれているからね」

「オッケー。じゃあ、あたしが五月雨と相部屋ね」

 

白露さんは五月雨さんと、響さんは時雨さんと相部屋を希望。

電さんは既に深雪さんと相部屋のため考える必要はない。一時的な相部屋というのが、正式に相部屋に。

 

「私が叢雲を引き取って、あ、私がいる……」

「吹雪が2人になるんだよな。これは後から考えるとして、吹雪は一人部屋でいいだろ」

 

深海艦娘を救出すると、この鎮守府に吹雪さんが2人いることになる。今までそんな事がなかったため、すぐに考える必要は無いと判断。叢雲さんは一度交戦しているため、次に救出できる可能性もある。

 

「大潮は私が引き取ります。これで深海艦娘は吹雪さん以外全員相部屋になるかと」

「ふむ、そうだね。あと何人か相部屋をお願いするよ。援軍の子達の部屋を空けたい」

 

ここですぐに決まったのは時津風さんと萩風さん、天龍さんと龍田さんの相部屋。姉妹艦ゆえに気が楽とのこと。さらに時津風さんと萩風さんはオーバースペックのデメリットを共有できるため、一緒の部屋の方が都合がいい。

レキさんも部屋を持っているものの、基本は遊び回っているか、春風の部屋でしか過ごしていないため、春風との相部屋となった。実際、レキさんの部屋は殆ど使われていない綺麗なものだとか。

 

「私は朝潮姉さんと相部屋で良かったんだけどね。大潮姉さんが放置になるのはいたたまれないわ」

「そこは我慢してちょうだい」

 

残念そうな霞。どうせ大潮が来るまでは毎晩いるので相部屋みたいなものではある。

 

「雲龍、うちと相部屋にならへんか? 式神の管理が楽になるやろ」

「そうね。龍驤に任せておいた方がいいわ。私、何枚か無くしてしまったし」

「そこはちゃんとやりぃや!」

 

龍驤さんと雲龍さんが相部屋となり、これで10部屋以上空いたようだ。

 

「決まりだね。あとは引越しを頼むよ。部屋を替えたいものがいるなら、このタイミングで替えてしまっていい。好きなように再配置してくれたまえ」

 

ここから鎮守府運営とはかけ離れた引越し作業が始まった。窓から見える風景が変わり、気分転換になるのはいい事だ。私もそういうのは少し楽しいと思う。

 

午前いっぱいを使い、全員の部屋割り、そして引越し作業が完了。妖精さんも引っ切り無しに動き回り、恐ろしい手際で全てを完了させた。この妖精さん達には、あとから司令官が甘味を振る舞うそうだ。

 

 

 

その間にもう一つ重要なことをやっていた。電さんの再調査である。昨晩の敵は、電さんを狙って長距離攻撃をしてきた。精度がそこまで高くなかったおかげで鎮守府直撃は免れたが、今のままでは襲撃を甘んじて受け続けることとなる。

今は私と深雪さんが立ち会いの下、電さんの首輪を詳細に調査している。

 

「コレダ……ミツケタ」

 

首輪を弄ったセキさんが声を上げた。首輪自体は電さんに癒着してしまっており、外すことはできないが、ガワを分解して構造を確認することくらいできるだろうといろいろ調査した結果、予想通り外側の部分が外れた。

 

「コレガナニカヲハッシンシテイル。テキハコレヲタヨリニチンジュフヲサガシアテタンダロウ」

 

首輪の中、小さな深海艤装が植え付けられていた。それは首輪と鎖を繋ぐ場所にあり、接続が体内にも通るように首にしっかりと突き刺さっている状態。電さんは違和感がないようだが、おそらくこれは神経にまで達している。

 

「そうか……わかった。これが剝がせれば電は自由になれる」

「マジ!?」

「でも、これ剥がすのはかなり厳しいよ。神経に繋がってるから、死ぬほど痛いだろうね……。高速修復材使えば傷は治せるけど、痛みはどうにもならないから……」

 

この深海艤装が鎖を呼び、鎖は艤装の指示で動いていると明石さんは解析した。鎖が勝手に攻撃を避けたのは、植え付けられている深海艦娘が危険を感じたから避けている。極限にまで危険を感じたとき、外れた後に再接続を指示しているのだろう。

これ自体が神経に繋がっているせいで、切断と再接続するときに痛みを伴う。電さんがあのとき、悲鳴のような声を上げたのはそれが原因。

 

「ココマデ()ヲハッテイルトナルト……ユックリキリハナスノモツライゾ」

「瞬間的にこれを身体から引き剥がせれば、痛みは最小限で済むと思う……けど、これは電にも覚悟がいるよ」

 

当然、決断は電さんに任せる。反応が敵に届き、深海棲艦を呼び寄せるようになっているとしても、この鎮守府なら迎撃する準備が出来ている。

それに、外したところで鎮守府の場所は北端上陸姫にはバレてしまった。倒さない限り襲撃は止まないだろう。

辛い思いをするくらいなら、現状維持の方がいい。

 

「電、無理しなくていいからな。あたし達は呼び寄せられた敵も迎撃するんだから」

「……剥がします。これ以上迷惑かけたくないのです。深雪ちゃんにも死ぬほど痛いことしたので、償わせてほしいのです」

 

少し涙目だが、決意のこもった目だった。死ぬほど痛いと言われても、電さんは折れていない。

 

「本当にいいんだな?」

「お願いします。電を解放してほしいのです!」

「……ワカッタ。コレガデキルノハ……オソラクヤマシロダ。ヨンデキテクレ」

 

場所が場所だけに天龍さんや龍田さんに斬ってもらうことも難しい。小さいながらも繊細な動きで、瞬間的に艤装を剥がすことができるのは、素手で対処できる山城さんくらいだろう。その痛みは想像できない。

 

 

 

数分後、山城さんと司令官が工廠にやってくる。治療とはいえ電さんの決死の覚悟。見届けなくてはいけない。

 

「呼ばれて来たけど……まさかそんなことになってるなんてね」

 

山城さんも少し躊躇っている。今からすることは電さんに苦痛を与える行為。

 

「高速修復材を準備しました。山城さんも艤装を装備してください」

「それだけの出力がいるわけね」

 

司令官もハラハラしている。山城さんの力でもうまくいかなかった場合、電さんは地獄のような苦しみを味わった挙句、現状は何も変わらないという最悪な状態になる。それだけはどうしても避けたい。

 

「装備したわ。で、どうすればいいの?」

「首に植え付けられた深海艤装を、指で弾いてください。山城さんの全力なら、根元から千切って剥がすことができるはずです」

 

根元から吹き飛ばし、即座に高速修復材をかける。これで痕跡を消しつつ、艤装から発信されている何かも消え、鎖からの接続から解放されるわけだ。触れなければいい状態になる。

 

「電、我慢しろよ。あたしがついてる」

 

電さんの顔を自分の胸に押し付けて落ち着かせる。思い切り泣き叫んでも受け止める覚悟を深雪さんも見せている。電さんの角が胸に刺さりかけているが、そんなこと気にならないほどに深雪さんも緊張していた。

 

「お、お願い、します……!」

「覚悟は受け取ったわ。ならカウントダウン。3……2……1……」

 

首筋ギリギリで指を構える。山城さんのデコピンは、雑多なイロハ級くらいなら一撃で破壊するくらいの威力だ。それで神経に接続された艤装を吹き飛ばすのだから、それこそ明石さんが言ったように死ぬほど痛いだろう。

誰もが手に汗握っていた。呼吸も止まっている。

 

「0!」

 

凄まじい威力で艤装を弾き、根元から吹き飛ばした。電さんに根を張っていた艤装は跡形もなく消え去り、同時に酷い量の血が噴き出すことに。

 

「っっっ、あぁああああっ!?」

「電! 耐えろ! 耐えろ!」

 

大急ぎで高速修復材をかける。深雪さんごとビショビショになるレベルでぶちまけ、即座に傷を治す。

 

「っああっ、いぎぃいいっ!?」

「大丈夫だ! 電! すぐに痛くなくなる!」

 

あまりの痛みにジタバタともがく電さんを、深雪さんが抱きしめながら押さえる。私もあの痛みがわかる気がした。右腕が捥げたときの痛み。私はすぐに気を失ってしまったが、電さんはそんなこともなく痛みに襲われ続けている。

 

「っぐぅうううぅ、っ、ああああっ」

「大丈夫だ。大丈夫だ」

 

高速修復材のおかげで傷口はもうどこにあったかもわからないほどに治っていた。癒着されている首輪の一部分に大きな穴が空いており、そこから見える肌は綺麗なものだった。

そこを深雪さんが撫でてやり、痛みを和らげていく。何処かで聞いた話だが、痛い部分を撫でると痛みが和らぐそうだ。なるべく早くこの苦しみから解放させてあげたいという深雪さんの思いで、電さんも少しずつ落ち着いていく。

 

「っあっ、はぁっ、はぁっ」

「よく頑張った。すげぇよ電」

 

ようやく痛みが引いたようだった。顔がグシャグシャになるほど泣いた電さんだったが、一度も気を失うことなく耐え続けた。いや、あれほどの痛みだと逆に気を失うことすらできないのかもしれない。

 

「こんなことをあと7回やらないといけないのか……」

「私だって嫌よ。でも、こうしないと深海艦娘は解放されないんでしょ。望まれたら、私は心を鬼にするわ」

 

司令官も山城さんも、今の凄惨な光景に心を痛めている。だが、山城さんの言う通り、あれをしない限り、真に解放されたことにはならない。自分で決着を付けることができず、敵の襲撃を呼び込み続けるだけの存在に成り果ててしまう。

 

「北端上陸姫め……私自ら手を下してやりたいくらいだよ」

 

今の司令官の顔を見ることができなかった。見るのが怖かった。

 

 

 

電さんが回復している間に、セキさんが首輪のガワを加工し、鎖との接続部分を綺麗に消していた。どうせ外せない首輪なのだからと、なるべく目立たず、それでいてオシャレなデザインがいいのではという案も出たが、セキさんのセンスだと最上さんのときの二の舞になりそうだったため、シンプルにそのままでということに。

制服は黒塗りのままで行くそうだ。自分が深海艦娘となってしまったことを受け入れるために、あえてこのままでいるという決意。

 

「あとは角だけでもどうにかなればなぁ。叩き折るわけにはいかない?」

「できればもっと優しく扱ってほしいのです!」

 

電さんの角を撫でる深雪さん。角にも感覚はあるらしく、触られていることはわかるらしい。少しくすぐったそう。

 

「これも含めて今の電なのです。これともうまく付き合っていくのです」

「いや、ほら、寝てる時に刺さったじゃん」

「それは本当にごめんなさい……」

 

角の弊害は意外なところにあった。

 

「でもまぁ、確かにこれも含めて今の電だよな。そういやあたしにゃ生えなかったなぁ」

「深雪ちゃんは時間が短かったですから。生えたら終わりだと思ってほしいのです」

 

最初に聞いていた因縁は嘘のように仲がいい。見ていてとてもほのぼのする。必要以上に仲がいい気がしないでもないが、お互いが怯えていたり、険悪なムードになっているよりはマシといえよう。

 




電の首輪は、水母棲姫のものくらいの大きさと思っていただければ。ぱっと見チョーカーみたいだけど、艤装と同じ質で出来ている金属製。


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待ち侘びた再戦

電さんの首輪から小型の艤装を引き剥がすことで、敵に場所が悟られなくなった。しかし、一度バレてしまっているため、今後も敵からの襲撃はあるだろう。昼夜問わずだ。

そのため、援軍誘致を早めることとなった。その到着が今である。今回は人数が多いので、2回に分けてやってくることになった。そのうちの先発部隊、先頭にいたのは神通さん。

私、朝潮はいつものようにその出迎えに来ていた。司令官とガングートさんも一緒。選定した私達が立ち会うのが妥当という判断。

 

「先発援軍部隊、旗艦神通、並びに随伴6名。今日付で配属させていただきます」

「ありがとう。短い間だがよろしくお願いするよ」

 

神通さんを先頭に、戦艦水鬼との戦いを手伝ってもらった北上さん、大井さん、大鳳さん。私が話をさせてもらった鈴谷さんと熊野さん。蒼龍さんと並び二航戦と呼ばれる飛龍さんの計7人。後発組で駆逐艦と戦艦がやってくるとのこと。

 

「後発組は午後に到着します」

「了解した。全員が集まってから現状を話そう。だがその前に見てもらいたいものもある。電君、深雪君、来てもらえないか」

 

工廠の裏に待機していた電さんが深雪さんに連れられてやってきた。援軍の皆は当然ながら息を呑む。深海棲艦であるなら、あちらの鎮守府にレキさんを連れていった甲斐あり驚くことではなかったが、知っている艦娘が深海棲艦のように変化しているのは見たこともないだろう。

 

「今回の敵の犠牲者だ。こうなっているものがあと7人いることがわかっている」

「これは……何があればこんな姿に」

「敵の姫級がドロップ艦を改造してこの姿にしている。深雪君は救出時の事故でこの姿になってしまった」

 

当の本人達はこの事実を受け入れているので悲壮感も何もない。深雪さんはいつもの調子だし、電さんに至っては、昨日の処置による激痛を乗り越えたことでさらに心を強く持っている笑顔だ。

 

「今回の任務は3つ。拠点防衛、電君のようにされ敵側で活動している艦娘、深海艦娘の救助、敵本拠地の撃破だ。詳細は全員が揃ってからにしよう」

 

ここの鎮守府のやり方を知っていても、今回の状況に関しては言葉も無いようだった。

 

 

 

ここに来るのは初めての鈴谷さん、熊野さん、そして飛龍さんは関係者に引き渡し、残り4人は空き部屋に入ってもらった。部屋数が微妙に少ないことを話すと、北上さんと大井さんは相部屋になるとのこと。おそらく鈴谷さんと熊野さんも相部屋になるのではと話していたので、部屋の数は足りそう。

 

「さて、では天龍さんと決着を付けましょう」

「神通はこっちがメインなんだもんなぁ。喧嘩っ早いったらありゃしない」

 

私達艦娘はこれといった荷物を持たないので、部屋の場所さえわかればすぐに自由時間となる。旗艦である神通さんもそれは変わらない。

 

「天龍さんは今頃ジムだと思うので、私もご一緒しますね」

「お願いします。別に北上さんはついてこなくていいんですよ?」

「えー、つれないこと言うなって。あたしゃ神通がボコられるとこ見たいんだよー」

「勝つ気で来てますから」

 

相変わらずの関係のようだ。大井さんが苦労しているのがわかる。

 

足早にジムへ。神通さんがとにかく速い。どれほどこの時を待っていたのだろうか。

 

「天龍さん、お客様です」

「そろそろ来るんじゃねーかなと思ってたぜ」

 

ジムにはいつも通り白兵戦組が勢ぞろい。龍田さんも大分馴染み、皐月さんとスパーリング中。一番の新人で練度も低いはずなのに、互角どころか皐月さんをいなしているのが恐ろしい。

 

「よし、やるか神通」

「そのためにここに来たんですから」

「いや、そこは援軍のためと言ってくれ」

 

敷波さんから負けず嫌いと聞いており、あちらの鎮守府にお邪魔したときも熱烈なオファーも受け、何かと根に持っていることは理解している。山城さんやガングートさんも部隊が負ける原因となっているので割と敵対視している節も見えた。

 

「天龍ちゃん、この子は?」

「前に合同演習やったときにオレが勝った神通。リベンジに来たんだと」

「ふぅん」

 

皐月さんを一旦休憩させてから天龍さんに問いかける龍田さん。そして、神通さんを値踏みするような視線。外部で天龍さんに関係する艦娘を見るのは初めてのはず。距離感を測っているように見える。

 

「個人演習って形でいいんだよな?」

「はい。前回とは違いますが、似たようなものなので」

 

話はどんどん進んでいくが、私としては龍田さんの動向に気が気でなかった。叢雲さんに突っかかった春風を見ているような不安がよぎっている。それは後ろに立つ北上さんも感じているようだった。さすがの観察力。

 

 

 

天龍さんと神通さんの演習は許可された。あくまでも演習のため、お互いの実力を見せ合うのはいいことであるという判断。あの時から人も増えており、神通さんが初見の人もいる。筆頭は龍田さん。

結果、観客のように人が集まってしまった。私もその一人だが、観察により神通さんのパターンを行動予測に入れる仕事がある。

 

「外の奴と演習なんて久々だな。お前のとき以来だぜ。今回も勝たせてもらうけどな」

「あの頃とは違いますよ。白兵戦に不意を突かれただけですから」

 

神通さんの対応力は私も見ているためわかる。北上さんとの演習(ケンカ)で培われたそれは、おそらくここでも発揮される。知らないものを初めて見ても対応できる人が、すでに知っているものと戦うのだ。天龍さんでも苦戦しそう。

 

「貴女の次は山城さんに挑みます」

「それはやめとけ。マジでやめとけ」

 

演習開始の合図。同時に天龍さんは突撃。神通さんは迎撃。確実に一撃で終わらせるために急所しか狙わない神通さんに対し、砲撃全てを刀で払っていく。ここの白兵戦の人達は敵の弾を避けるということをしない。

 

「まっすぐ……!」

「前は見せてなかったな!」

 

天龍さんは缶とタービンしか積まず、高速移動での接近戦を行う。この速さに関してだけは前回の演習で見せている。

 

「っ……ここ!」

「いい位置狙うなぁおい!」

 

突撃の足元を狙い体勢を崩す。そこまで読んでの急旋回。さらにそこへの砲撃。それは刀で払う。

見ていても何が何やらわからなかった。動きが速すぎる。観察、予測、そういうところから超え、お互い直感から次の行動を決めているような、理解が難しい動き。パターンを入れようにも、私が追いつけない。

 

天龍さんも神通さんも、終始笑顔だった。お互いを認め合った仲だからこそ、戦闘行為自体を楽しんでいた。その笑顔は怖いが。

 

「っ……」

「なっ……」

 

攻防が続く中、天龍さんの刀が神通さんの主砲を弾き飛ばし、同時に放たれた神通さんの砲撃が天龍さんの刀を弾き飛ばす。お互い素手になってしまった。

 

「行かせねぇ!」

 

神通さんは急いで主砲を取りに行こうとするが、天龍さんはあえて神通さんに突っ込み、その腕を取る。

 

「何をっ」

「オレはなぁ、もう刀だけじゃ無ぇんだ!」

 

そのまま投げ飛ばしてしまった。こんなこと深海棲艦には通用しない戦法。深海艦娘を相手にしたときのことを想定した徒手空拳。鎖に触れないように相手の動きを止めようとした時、何が有効かを考えた結果、天龍さんは有り得ない策へと至った。

 

「これ……は……また想定外を……」

 

神通さんの関節を完全に極めていた。山城さんでもやらない接近戦、関節技だった。もうほとんど柔道やレスリングなどの格闘技の域に達している。鎖の位置を想定しているからか、腕だけを極め、動けないように固定していた。

前提条件として、相手が武器を持っていないこと。いくら関節を極めていたとしても、武器を持っていればそのまま撃たれて終わり。だが、これができるようになったことで、鎖を直接破壊できずとも武器を破壊して動きを止めるということが出来るようになった。戦略の幅が広がった。

 

「オレの勝ちでいいか?」

「お断りしたいのはやまやまですが……甘んじて受けましょう。もう次は無いですから」

 

神通さんがギブアップ。さすがにこれ以上極めると入渠が必要なレベルの怪我になってしまう。

演習をじっと見ていた北上さんは唖然としていた。北上さんが知っている天龍さんは刀を使った剣戟による白兵戦。それさえうまく封じれば勝機があると考えていたのだろう。現実はこれである。

 

「ホントめちゃくちゃだよ。艦娘の戦いじゃないじゃん」

「勝ち目、見つかりました?」

「計算全部狂ったっつーの。近寄らせない方法考えなくちゃいけなくなった」

 

もう苦笑するしかないようだ。

 

「ちなみにさ、あの天龍は山城さん相手にどうなの」

「勝てないかと」

 

比べちゃいけない。関節を極めようとした時点で、天龍さんが空を飛んでいるのが頭に浮かぶ。まず触れさせないだろうし。

 

「どうなってんのここの山城さんは。いや、前回見てるんだけどさ」

「先日、大本営直属、元帥閣下の護衛艦娘である武蔵さんと演習をして、一撃で轟沈判定に持っていきましたね。あと戦艦棲姫をパンチ一発でミンチにしてました」

「バケモンじゃん! 勝てるかそんなもん!」

 

お手上げのご様子。正直、山城さんが負けるようならこの鎮守府は終わりな気がする。

だが、次の戦場は山城さんを出撃させることができない。

 

「あ……龍田さんは」

「龍田なら複雑な顔してるねぇ」

 

天龍さんと神通さんの演習を一部始終見届けて、形容できない複雑な表情をしていた。

天龍さんが勝てたことへの喜び、天龍さんが楽しんでいたことへの嫉妬、天龍さんに攻撃をしていた神通さんへの怒り、天龍さんの知らない表情を見せてもらえたことへの感謝、その他諸々。

とはいえ、姉妹間の話に首を突っ込むほど私は偉くないわけで。龍田さんの心の問題が解決できるのは私のような他人ではない。天龍さんにそれとなく伝えておこう。気付いてそうだが。

 

「龍田さんは天龍さんに任せることにします」

「それがいいんじゃないかね。君、ちょっと背負いすぎだと思うよ」

 

そんなことを外の人に言われるとは思っても見なかった。

 

「他に頼んなさいな。あたしゃ知らん。外の人間だから頼られても困る」

「本当によく見てるんですね」

「鎮守府全域を監視してる奴にゃあ言われたくないねぇ」

 

なんだか北上さんとは仲良くできそうな気がする。なんでも駆逐艦嫌いという噂を聞いていたが、以前からそんな感じはしなかった。個体差だろうか。

 

「龍田、次はお前が神通とやりな」

「え、私が?」

「龍田さんも白兵戦……薙刀ですか。変化するのがリーチだけなら対応できます。御相手、願えますか?」

 

天龍さんの指示だから、と龍田さんも武器を片手に演習の場へ。

実際、龍田さんは好都合だと思っているだろう。天龍さんと(ある意味)仲が良く、悪態をつくような相手だ。その実力を吟味し、自分と天龍さんとの間に入り込みそうなら排除する絶好のタイミング。

 

「それじゃあ……お願いね〜」

「よろしくお願いします」

 

開始の合図を待たず、龍田さんの先制。それを見越したかのように薙刀を撃ち抜き、動くことなく攻撃を捌く。天龍さんも大概だと思ったが、神通さんも大概だ。長柄の武器相手に自分の間合いにならずとも攻撃を回避している。相手の間合いで相手を倒す、心を折るような戦い方。

 

「ここの龍田、天龍至上主義なんだっけ」

「そうですね……うちの春風みたいなものです」

「それよか深いでしょ。軸が1本しかない」

 

この演習も天龍さんのためにやっている。自分を支持してくれた天龍さんに恥をかかせないために神通さんに勝とうとしていた。

 

今までの龍田さんの行動は全て根幹に天龍さんがいる。

先日の戦闘の前に私への負担を気遣って電探を装備したように思えたが、あれは天龍さんの考え。天龍さんも私の負担のことを常々気にしてくれていた。それを汲み取っただけ。

電さんとの初戦闘の時、天龍さんの言葉が無ければ、躊躇なく電さんの首を落としていただろう。ほんの少し傷を負ったくらいだったが、それだけの激昂だった。

 

「天龍ちゃんの前で恥はかけないのよ〜」

「そうですか。それは残念です」

「残念?」

「大恥をかくことになりますから」

 

躊躇なく顔に対しての砲撃。薙刀を振った直後を狙ったため、武器で払うことはできない。紙一重のところで躱す。

 

「長柄の弱点は嫌でも大振りになるところでしょうね。そこは天龍さんと違うところでしょう。隙も大きい」

 

躱したタイミングで薙刀を握る手に対して砲撃。天龍さんなら回避できているものが、龍田さんだと回避できない。武器の差、練度の差と考えられるところはいろいろある。

龍田さんの一番良くないところは、北上さんの言う通り天龍さん至上主義であるがゆえに、戦い方すらも真似てしまっているところ。今まではそれで通用したが、格上相手だとこうも差が出る。対策を取られると簡単に瓦解するわけだ。

深海艦娘の叢雲さんの時は煽りに煽って理性的ではなくして結果的に通用したが、次は対策も取られるだろう。向こうもやられるだけではないだろうし。

 

「龍田さん、鍛え甲斐がありますね。次の出撃まで私がみっちり鍛えてあげましょう。天龍さんを超えたいと思いませんか? 貴女なら可能です。無論、私はそれも超えますが」

「もう勝ったつもりで」

「勝っているでしょう。形で見せないといけませんか?」

 

肩を撃ち体勢を崩し、脚を撃ち膝をつかせ、額に銃口を突きつけて敗北を認めさせる。

 

「神通容赦ねぇなぁ」

「貴女はこうなることまで織り込み済みだったでしょう」

「まぁな。龍田は敗北を知る必要があった。お前が適役だったんだよ」

「悪役を押し付けないでください」

 

如何せん、才能がありすぎるせいで龍田さんは今まで負けが無かった。天龍さんとの訓練での敗北は、相手が天龍さんゆえに敗北としてカウントしていないだろう。おそらくある程度戦えるようになってから皐月さんとのスパーリングを始めたのではないか。だから最初から対等以上。

ゆえに、今回の敗北で簡単に折れた。何より、天龍さんの前で負けたことが相当に響いていた。茫然として動けないでいる。

 

「龍田、ちょっと神通に揉んでもらえ。いい経験になる」

「て、天龍ちゃん、私……私……」

「龍田、オレを倒すくらいになれ。()()()()()()

 

天龍さんの応援は俄然心に響くのだろう。それだけで折れた心がすぐさま戻った。たった数秒で元に戻るのはさすがに驚いた。それだけ天龍さんに依存しているということなのかもしれないが。

 

「神通ちゃん、私、やるわ。天龍ちゃんが私に倒してほしいと言ったんだもの。強くならなくちゃ」

「二水戦式の訓練で、すぐに強くなりましょう」

「打倒天龍ちゃんよ〜。見返してあげるんだから」

 

妙な友情が生まれていた。打倒天龍同盟の誕生である。片方は望まれたが故に、片方は負けず嫌いが故に。

これがいい方に転ぶか悪い方に転ぶかは、今はまだわからなかった。




龍田は敗北を知りました。それをバネに立ち上がる力も持っているでしょう。その全ては天龍が根幹ですが。


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鎮守府防衛線

天龍さんと神通さんの演習を見届け、龍田さんへの不安もある程度取り除けた。あくまでも天龍さん至上主義だろうが、今までより周りが見えるようになったと思う。神通さんの訓練は地獄らしいので、本当に強くなって帰ってきそうだ。ひょんな事から生まれた打倒天龍同盟は、今後の戦いでもその強さを見せつけてくれるだろう。

 

「御姉様、警備任務の時間ですよ」

「ん、わかった。行くわ」

 

春風が迎えに来たので、今度は北の警備任務へ。敵が来ないならただ待つのみ、来たなら迎撃と、一箇所から動かない哨戒任務のようなものである。

今回は援軍組から飛龍さんが、雰囲気を掴むために部隊に自主参加。出向当日にいきなり任務というのもなかなかおかしなことかもしれないが、今は急を要することでもある。

 

「旗艦朝潮、出撃します」

 

私、朝潮が旗艦。警備任務とはいえ哨戒の延長線上であり、索敵役の私が旗艦をやるのはあまり良くないと思うのだが、今回は蒼龍さんの曳航も兼ねているため、事実上安全な旗艦を任されることとなった。

 

「蒼龍、本当に曳航で出撃するんだ」

「こればっかりは仕方ないんだよね。欠陥(バグ)は覆せないよ」

「大変だぁ。でもなんかその見たことない艤装? 使えばうまいこと行くんだよね?」

「うん、ある程度は」

 

龍驤さんを曳航するのとは、やはり体格差で勝手が違う。どうしても速力が出なくなるし、小回りが利かなくなる。なるべく早く回避を判断して、蒼龍さんへの被弾を抑えなくてはいけない。

明石さん謹製『栄光(曳航)の架け橋』も、蒼龍さん専用のもの。バージョンアップも繰り返され、伸び縮みは勿論、アームの強さも大分上がっている。以前の龍驤さんのときのように、強制的に海中に潜らせることも苦ではなくなった。

 

「朝潮、私の相方、頼んだよ」

「お任せください。少なくとも無傷で帰投できるようにしますので」

「お、言うねぇ。さすがだねぇ」

 

飛龍さんは蒼龍さんに輪をかけて明るい人だ。実力は同じ二航戦として互角だそうだが、お互いに親友、ライバルとして切磋琢磨している。上下関係も存在しない。

 

「それにしても……えらい部隊だね」

 

今回の部隊は本当にオールスター。

欠陥艦娘の私と蒼龍さん、援軍の飛龍さんに加え、半深海棲艦の春風、深海棲艦のレキさん、元深海棲艦のウォースパイトさん、深海艦娘の電さん、元帥閣下直属の艦娘長門さんと、摘めるものを1つずつ摘んだような部隊だ。

警備部隊の人員は、基本的には北への攻撃に参加できない人をメインとしている。火力が高すぎる戦艦と空母、デメリットの関係上北への出撃が困難なオーバースペック組、そして鎖に触れると戻ってくることが出来なそうな深海棲艦関係者。ウォースパイトさんは、実績があるため北への出撃もできるが、単純に戦艦火力が乏しいためにこの部隊に入っている。勿論北にも向かう。

 

「この鎮守府ならではですよ。見た目も華やかじゃないですか」

「華やか……? ま、まぁ、確かに」

 

やたら白と黒が多いように思えるが気にしない。

 

「襲撃は徹底抗戦だから火力偏重の部隊になるわけだな。鎮守府には近付けさせんよ」

「ナガトの言う通りね。防衛線から一歩も内側に入れないわ」

 

戦艦2人はすでにやる気満々。特にウォースパイトさんは前世の影響もありいつでも撃てるぞと言わんばかり。今のところ敵の反応は無いため、何事もなく終わる可能性も視野に入れておいてほしい。

 

「御姉様はわたくしが守りますから」

「レキモイルカラナ!」

「心強いわ。2人とも、蒼龍さん共々お願いね」

 

SPのように私の前を守ってくれる妹分2人。霞は南への哨戒が入っていたため残念ながら参加できず。物凄く悔しがっていた。こんな珍しい部隊、なかなか御目にかかれない。

 

「防衛線到着しました。索敵しつつ待機」

 

とはいえ索敵は私だけで大方済んでしまう。その私もいつも通りのため、ここからは時間までただただ待機するのみ。

 

「飛龍さん、そちらの照月さんはどうですか? 元深海棲艦と聞いていろいろと助言しましたけど」

「絶好調だね。今や対空の要ってとこ。ただ……たまーに物騒なこと言うんだよねぇ」

 

やはり前世が出てきているようだ。ガングートさんみたいに北方水姫のときからほとんど変わっていなければ何もおかしくはないが、照月さんの前世は性格が真逆な防空棲姫。違和感はどうしても出てくる。

 

「この前、出撃でちょっと被弾しちゃったんだよ。小破程度の。そしたらさ、すっごいドスの利いた声で『お前も痛くしてやる』って」

「ああ、やっぱり出ちゃってますね。前世」

 

言葉に出るくらいならまだいいだろう。行動に出るようになったら要注意だと思う。今のところこちらではそんなことないので、おそらく大丈夫だと思うが。

 

「私の仲間がそちらにもいるのね。とても興味があるわ。I want to talk to her」

「スパちゃんも元深海棲艦なんだっけ」

「ええ、私は元戦艦棲姫改よ。朝潮の右腕を捥いだわ」

 

割と平気でそういうことを言うので、春風が良くない行動をしないか心配になる。今でこそ慣れているが、仲間意識をちゃんと持ってくれているかが不安。

 

「深海棲艦の気配を感じました。皆様、迎撃準備を」

 

その春風を筆頭に、ウォースパイトさんとレキさんも気配を感知。まだ私の索敵には入っていないため、まずは二航戦の2人に艦載機を飛ばしてもらう。

 

「偵察機、発艦始め!」

 

2人並んでの行射。蒼龍さんの射線に私が入りやすいので、すぐさま隣に立つように移動。

電さんに植え付けられた小型艤装を外しても、やはり場所は割れている。前回の襲撃から1日開いたものの、今後は立て続けにくると考えてもいいだろう。

 

「索敵範囲入りました。敵は姫1鬼2、戦艦棲姫1体と軽巡棲鬼2体です。イロハ級は沢山。また戦艦棲姫ですか……」

「偵察機からも伝令! 敵の布陣は朝潮の言う通りだね」

「長門さん、いつものをお願いします」

 

一斉射を皮切りに戦闘を開始する。今回の相方はレキさん。ビッグ7と最悪の深海棲艦のコラボレーション。

その間に旗艦である私が司令官に連絡。元より迎撃であることはわかっているが、規模だけは伝えておく必要がある。

 

「司令官、警備部隊旗艦の朝潮です。敵を確認。戦艦棲姫1、軽巡棲鬼2です。イロハもいます」

『援軍は欲しいかな』

「おそらく大丈夫です。このまま戦闘を開始します」

『了解。何かあればすぐに戻りなさい』

 

いつも通りの通信。当然、何かあれば全員で撤退だ。徹底抗戦かもしれないが、安全第一の方針は揺るがない。中破以上が出た場合、即座に撤退を開始する。

 

「よし、行くぞレキ」

「ムネアツアタックダナ! ヨーシ!」

 

先頭に2人で並び、照準を合わせる。まだ目視による確認は出来ていないため、私が撃つ場所を指示。

 

「一斉射! 撃てぇー!」

「テー!」

 

強烈な火力の一斉射。先頭集団を薙ぎ払い、姫級までの道を一直線に作り上げる。本当なら戦艦棲姫まで持っていきたかったが、イロハ級に阻まれたようだ。

 

「す、すごいのです……」

「電さん、春風、残った左右の敵を殲滅。二航戦のお二人は艦攻、艦爆で軽巡棲鬼を狙い撃ちしてください。長門さんとレキさんもそちらを。ウォースパイトさんは」

()()を叩くわ。Fif, Stand up. Sally go!」

 

艤装を人型に変形させ、真っ直ぐ戦艦棲姫に向かう。これを初めて見た飛龍さんは唖然としていた。

 

「スパちゃんの艤装ってあんなだったっけ……」

「この鎮守府でそれを気にしてたら負けだから。攻撃隊、発艦!」

 

同時に移動を始める。あちらにも空母はいるため、私は状況判断をしながらの対空。蒼龍さんの射線を開けながらの移動になるのでなかなか難しい。龍驤さんではこうはならない。

 

イロハ級の掃討はオーバースペックな駆逐艦2人が担当。一撃で沈めていく攻撃力は、やはり艦種の域を超えている。

電さんと春風の火力は近しいものがあった。お互いに深海の駆逐主砲を使っているため、火力自体が重巡並。魚雷の発射管も同じタイプ。少し違うのは、電さんは艦載機が使えるという代わりに春風より魚雷の数が少ないということ。

 

「イイナァ艦載機。ワタクシ使エナイカラ羨マシイ」

「2つだけなのです。コントロール大変ですし、難しいですよ?」

「ソレデモ便利ジャンカヨ」

 

世間話しながらでもイロハ級程度なら掃討できる様子。

あちら側の春風を見た電さんはそれはもう驚いていた。鎖が繋がっていたときの自分を思い出してしまったらしい。その状態を受け入れている春風を心底尊敬したのだとか。

 

「春風ってあんな子だっけ……? 電は駆逐艦なのに艦載機……?」

「ここにはそういう子しかいませんから、戦闘に集中しましょう飛龍さん」

 

蒼龍さんは事前にあまり説明していなかった様子。今のこの戦場、ギャップのある艦娘ばかりが揃っている。そもそも曳航で出撃というのからして普通じゃない。

 

「軽巡棲鬼撃破だ!」

「コッチモオワッタゾ!」

 

さすが戦艦、軽巡なら鬼級でもすぐに片付ける。

 

「イロハ級掃討をお願いします! 飛龍さんは電さんの方へ、蒼龍さんは春風の方へ艦載機を寄せてください」

 

残りはイロハ級と戦艦棲姫のみ。その戦艦棲姫にはウォースパイトさんが当たっている。

敵の戦艦棲姫から見れば大先輩のウォースパイトさん。戦艦棲姫改のときの性能をそのままに艦娘になっているため、戦艦棲姫の砲撃も簡単に弾いてしまった。

 

「後輩は軟弱ね。Push yourself」

「アワレナドウホウメ……!」

「Good-bye」

 

本体を捥ぎ取るように自律型艤装から引き剥がし、主砲で撃ち抜いた。あの戦い方、完全に戦艦棲姫改。前世が戻ってきているが、それを楽しんでいるわけではなさそうなので安心する。戦闘の手段として、前世の記憶を使っているに過ぎない、はず。

 

「That's all! そちらはどうなったかしら」

「こっちは終わったのです! 春風ちゃんは!」

「殲滅完了いたしました。誰も怪我が無くて何よりです」

 

戦闘終了。ここまで来ると、姫級がいても無傷で終わらせることができるようになった。鎮守府を守るために高火力でのゴリ押しが出来ることが利いている。また、今回は怪我を負いやすい白兵戦役がいないため、より継続戦闘力が高い。

 

「司令官、警備部隊旗艦の朝潮です。迎撃完了。こちらは全員無傷です」

『よくやってくれた。引き続き時間まで警備をお願いするよ。あと、そろそろそちらに陸上型の子達が向かう。()()()()()()()()

「え、それはどういう」

 

海上で足元を気をつけるとはどういうことかと思ったが、陸上型という言葉を聞いてピンときた。私達しか知らない、陸上型深海棲艦のできること。陣地ごと移動だ。

気付いたときには遅かった。海が突然揺れだした。眼鏡に追加されたソナーの反応からして、陸上型の陣地に間違いない。

 

「陸上型深海棲艦の陣地がここに来ます。衝撃に備えてください」

 

ゆっくりと海がせり上がってくる。こうやって移動してくるのは知らなかった。事前にいろいろと準備がいるそうだが、この状況を見れば準備くらいいるだろう。恐ろしく規模が大きい。

 

「し、島!?」

「な、なんなのです!?」

「これミナトちゃんの陣地じゃない? こうやって移動してくるんだ。陸上型すごいねぇ」

 

飛龍さんと電さんは動転しているが、陣地が移動することを知っている私達は呑気なものだった。移動自体を見るのは初めてだが、移動することを知っているのならすぐに勘付くことができる。

数分で陣地が完成し、防衛戦の拠点としてここに置かれることになる。ここにあることで浮き砲台となった龍驤さんと蒼龍さんが曳航無しに艦載機の発艦ができ、ミナトさん達陸上型の艦載機も戦線維持しやすくなる。

 

「ウマクイドウデキタミタイダナ」

 

島の岩場の陰からミナトさんとヒメさんが出てきた。本当に島と一緒に移動してくるのか。セキさんはあえて陣地をそのままにしているらしく、鎮守府領海内にも中継地点を作った状態に。

 

「ワレワレモボウエイセンニサンカスル。イツモマカセテバカリダカラナ」

「助かります。でもミナトさん達は危なくないですか?」

「ジンチノウエナラマダタタカエル。シンパイイラナイ」

 

ミナトさんもヒメさんも艤装を出現させ、いつ敵が来てもいいと言わんばかりの臨戦態勢。ヒメさんは主砲を構えてフンスと鼻息荒く意気込む。なんと頼もしいことか。

 

「オマエタチモ、ココデヤスンデクレ」

「お言葉に甘えさせてもらいます」

 

この後、私が受け持つ午前中に敵の襲撃は無かった。あちらも引っ切り無しに攻め込めるほど人材がいないのか、タイミングを見計らっているのかはわからない。だが、休めるときに休んでおいた方がいいだろう。

 




何気に仲がいい春風と電。この鎮守府では黒い春風と白い電なので、さながらプリキュア。


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集う援軍

午後、援軍の後発組が到着。先発で軽巡、重巡、空母と来たので、後発では戦艦と駆逐艦が来てくれた。

 

「後発援軍部隊、旗艦金剛デース! 随伴5名共々!よろしくお願いしマース!」

「ありがとう。よろしく頼むよ」

 

ガングートさんが選定した戦艦は榛名さんの姉である金剛型戦艦1番艦、金剛さんと、Bismarck(ビスマルク)級戦艦1番艦、Bismarck(ビスマルク)さん。駆逐艦は以前にも援軍に来てくれた夕立さんを筆頭に、長波さん、時雨さん、そして敷波さん。

 

「あたし場違いじゃない? 改二じゃないし、スペックもそんなに高くないよ? 私情とか挟んでない?」

「大丈夫です。私は敷波さんの実力で選定しています」

 

確かに敷波さんは総勢13人の援軍の中では、尖った部分が無い平凡なスペックかもしれない。しかし、戦闘技術を見たときにこの人だと思えるものを持っている。神通さんや北上さんに近い対応力を秘めていると。

 

「自信持てって敷波。この前の演習で時雨に勝ったんだからよ」

「長波も負けてたじゃないか。僕ばかりを言わないでほしいね」

 

やはり私の見立ては間違いでは無かったようだ。

 

「ガングートがどうしてもと言うから来てあげたわよ」

「そうかそうか。さすがはビスマルクだな」

 

ものすごく棒読みなガングートさん。ビスマルクさんがどういう人なのかはこの時点で理解できたような気がする。自信家だがそれに見合った実力も兼ね備えている強力な戦艦だ。

ガングートさんのことを妙に敵視しているようにも見えるが、それはビスマルクさんも魚雷を使うことができる稀有な存在だからなのだとか。自分の売りを奪われたと突っかかってきたそうだ。

 

「後からまた演習の相手をなさい。次は目にもの見せてあげるわ」

「わかったわかった。その前に今回の任務についてちゃんと聞いてくれ。貴様達を呼んだのは演習のためじゃないんだ」

「わ、わかってるわよ」

 

多分わかってない人なんだろう。

 

「先発隊7名、集まりました」

「ありがとう。では今回援軍を頼んだ件を説明させてもらうよ」

 

そのまま会議室へ移動。私も説明をする1人として一緒に向かう。これだけの人員が集まれば、攻守共になんとかなるだろう。まだほんの少しの問題は抱えているが、覆せるだけの戦力はあるはずだ。

 

 

 

先んじて電さんを見てもらっている先発隊7人、特に一緒に出撃した飛龍さんはもう動じないが、後発隊6人はその姿を見て言葉を失っていた。前回の鎮守府訪問の時に春風を見てもらっているため、姿の変化に関してはそこまで抵抗が無いはずだったが、角まで生えているとなると話は変わる。

 

「もうこの反応も慣れたのです」

「何度も見世物にするようですまない。電君はこの姿、この力を受け入れ、我々に力を貸してくれている仲間だ」

 

深海艦娘について説明していく。今までにない敵ということで、いつも騒がしい夕立さんですら静かに聞いている。

 

「各個の力は姫級と考えていい。それを、なるべく無傷で捕らえる。これが1つ目の任務だ」

「姫級を無傷で……ですか。なかなか骨が折れそうですね」

 

通常の任務より難易度は高い。神通さんはすでに手段を考え始めているようだ。天龍さんの妙な戦い方も合点が行ったらしい。

捕らえる、と言っているものの、実際にやることは支配からの解放。手段は鎖の破壊1点に絞られている。深雪さんの精度でのピンポイント射撃ならギリギリで躱し、本当に危険になった場合は艦娘から外れるまでする面倒な鎖を、触れずに破壊する必要がある。

 

「事前に電と演習してほしいのです。深海艦娘の戦い方はまだやれますので、本番で上手くいくようにお手伝いするのです」

 

電さんに勝てるくらいでないと深海艦娘複数人と同時に戦うことになったらまず押し負ける。それをわかってて電さんも演習を買って出た。

 

「さっき電と一緒に警備任務行ったけど、正直駆逐艦と思わない方がいいよ。それこそ姫だね。見た目に惑わされちゃダメ」

「飛龍さんは何を見たんですか」

「主砲火力が重巡並で艦載機飛ばす駆逐艦」

 

それで燃え上がったのはやっぱり神通さん。この人好戦的すぎやしないだろうか。これも個体差だろうか。

 

「話を戻すよ。その深海艦娘なのだが、君達に縁がある娘もいる。攻撃に躊躇いも出るだろう。特に、あちら側には時雨君がいるからね」

「自分がいるのは確かに躊躇しちゃうかも」

「さらには……少し言いづらいが、精神攻撃もしてくる」

 

電さんが深雪さんに対して言った罵詈雑言は未だ覚えている。わざわざ一番心を抉る言葉を選択して言ってくるので余計にタチが悪い。最終的には言わされているということがわかっていたので冷静でいられたが、初見であれは辛いものがある。

 

「それだけ覚えておいてくれれば冷静に対処できるはずだ」

「顔が似ている別人と思って戦えばいいんじゃね?」

「長波、そんな簡単な話じゃないと思うよ」

 

あちら側の時雨さんも、こちらの心を抉ってくるだろう。むしろ面識がない人が相手できればベスト。姉妹や、艦の時代に因縁がある相手だと抉り方が途端にえげつなくなる。

そういう意味では、長波さんはベストかもしれない。深海艦娘とほぼ面識無しだそうだ。姉妹もいない。

 

「救出と同時に、今回の敵、北端上陸姫の撃破とその陣地の破壊が2つ目の任務だ。この姫級自体の力はそこまで大きくないそうだね?」

「はい、艦載機は私だけでも全て墜とせました。主砲もそこまでというイメージです」

 

北端上陸姫、並びに離島棲姫の攻撃自体は戦艦棲姫よりは弱め。艦載機は私が未だ見ぬ空母棲姫よりは劣るらしい。

代わりにガードが異常に固い。本人の耐久力ではなく、周りに常に何者かをつけている。私達の時は深海艦娘が3人出てきた。今後はそれ以上もあり得る。

ウォースパイトさんも話していたが、北端上陸姫は深海棲艦を強化できる貴重な存在であり、どの敵も本能で守るべきものと感じるようだ。

 

「あの時は殆ど水雷戦隊だったのと、深海艦娘を初めて見たので混乱していました。対策さえ取れれば、まだ行けるかと思います」

 

ただし、深海艦娘は常に誰か近くにいると考えておいた方がいいだろう。私達の攻撃を遮るには一番都合のいい存在だ。北端上陸姫の撃破は、深海艦娘を全員救出した後に行う方がいい。

 

「そして3つ目の任務。拠点防衛戦になる」

「電が救出されたことで、この場所が敵にバレてしまったのです……」

「深海艦娘の場所がわかるようになっていたと?」

「この首輪に、センサーとして機能する小型艤装がついていた。今は取り外しているが、一度知られてしまったからには攻撃は続くだろう。現に本日午前に1度、攻撃を受けている」

 

飛龍さんはすでに参加した防衛線での警護任務。今は陸上型深海棲艦の援護もあるため、幾分かマシになっているだろうが、毎度姫級が旗艦として攻め込んでくる可能性がある。

 

「戦艦、空母は防衛戦がメインになる。深海艦娘の救出には、火力が高すぎるんだ。随伴を処理するためには必要かもしれないが」

「なるほどね。あなた達はこのビスマルクの力で身を守ってほしいということね」

「ビス子、調子に乗っちゃダメヨー。変なとこで失敗するからネー」

 

不敵な笑みのビスマルクさん。余程自信があるのだろう。だが金剛さんの一言でビスマルクさんどういう人なのかは大体わかった。

この人は面白い系の人だ。

 

「以上、任務は3つ。こちらでローテーションを組んで、明日より出撃をお願いするよ。警護任務は戦闘無しで終わる退屈な任務になるかもしれないが、必要不可欠な任務だ。よろしく頼む」

「お任せ下さい。援軍として、お力添えさせていただきます」

 

力強い援軍が仲間に加わった。これで深海艦娘の救出に連合艦隊を使え、防衛線警護もローテーションが組める。何より、戦艦の戦力が増えたことで部隊の火力がさらに上がった。そして、榛名さんのお休みが増える。

 

 

 

会議が終わり、自由な時間に。神通さんは一礼だけして足早に龍田さんの訓練に戻ってしまった。余程筋がいいのか、今までの中でも屈指のいい笑顔だそうだ(北上さん談)。他の人達は会議室で適当な雑談に花を咲かせていた。

 

「少し話には聞いてたけど、重い任務だね。敵側に僕がいるだなんて」

「五月雨もいるっぽい。白露型2人も相手にしなくちゃ」

「夕立、ちょっと楽しみにしてるでしょ。殺し合いじゃないんだからね?」

 

白露さんは萎えていたが、自分の姉妹が敵になっていると聞いて、やる気を出しているのが夕立さんである。狂犬と言われているのがよくわかる。

逆に自分が敵になっていると知り複雑な表情なのが時雨さん。吹雪さんもそうだが、こういう形で自分と戦うというのはどうなのだろう。私も別の私と出会い、会話し、共闘したが、敵となると全く違う感覚だろう。

 

「任務はなるべく無傷での救出、いくら相手が僕だからって」

「時雨だから撃ちたいっぽーい」

「勘弁してくれないかな……。僕としては五月雨に砲を向けるのも辛いのに」

 

時雨さんは姉妹の中でも五月雨さんと縁が深いらしい。そう聞くと、一番抉られそうな気がする。

 

「あちら側にいた電からもお願いします。躊躇なく容赦なく解放してあげてください。その後にはそれよりも辛い地獄が待ってますので」

 

電さんが時雨さんに再度お願い。

やはり私達との戦闘の記憶が残っているというのは辛いことだ。性格上、それをずっと引きずってしまう可能性だってある。

 

「あの時の記憶がはっきり残っているのです。何をやったか、何を言ったか。電もさんざん深雪ちゃんを罵りましたから……」

「そう……ならあちら側の僕はともかく、五月雨はすぐに解放しないとね」

「なら夕立が時雨をボコるっぽい!」

「言い方!」

 

時雨さんが唯一のツッコミ役なのだろう。夕立さんが自由奔放すぎるのもあるが。

 

「そうだ! 電、深海艦娘との演習! 夕立、やらせてほしいっぽい!」

「そうですね、早めに準備をした方がいいです。司令官、今からでも大丈夫です?」

「ああ、大丈夫だよ。わかっていると思うけど、怪我のないようにね」

 

演習に関してはすぐに許可が出た。

司令官はここから戦艦2人との話があるそうなので立会いはできないとのこと。代わりは私に任された。今回の演習は、深海艦娘を相手にしたときの夕立さん含む志願者の立ち回り方を頭に入れておくために使わせてもらおう。

 

 

 

近海。電さんの発案で、深海艦娘への対策をその身で覚えるための演習が執り行われる。参加者は北に出撃する可能性がある全員。任意で呼んだのにほぼ全員来た。

最初はその案のキッカケとなった夕立さんとの演習。周りで参加者が見守る中、激しい攻防が繰り広げられる。

 

「すごいね……あれが深海艦娘……」

「まがりなりにも姫級相当ですから」

 

素直に感心している時雨さん。普通の駆逐艦と思っていたら大間違いということが理解できた様子。

電さんと夕立さんの演習は、今回避ける必要がある本体への攻撃も許可された、ただの演習のスタイルで行われた。想定すべき鎖が存在しないからというのが大きいが、そもそも命を取ろうとしても勝てないのでは意味がない。

結果、夕立さんが辛うじて勝利。電さんは主砲、魚雷、艦載機までフルに使った容赦ない猛攻で大破判定までは持っていったが、ギリギリのところで轟沈判定。

 

「艦載機はズルいっぽーい! 春風でもそんなことなかったのに!」

「今度の敵は全員やってくるのですよ?」

「えー!? じゃあ対策考えるね。また後からやるから!」

 

夕立さんが交代。試合に勝って勝負に負けたようなものと考えているのだろう。実際、大破判定をしてようやく沈めることができるとなると、自分も相手も無傷で鎖だけ破壊するなんて無理に近い。

とはいえ、1対1で戦うことはまず無いだろう。そういうことがないように援軍を呼んだわけなのだから。

 

「ちょっと休憩させてほしいのですー。汚れも取りたいので」

 

電さんはここから何連戦もすることになるので、1戦終わる毎に休憩。轟沈判定になるまで弾を当てられているのでその汚れも取らなくてはいけない。

 

「電を救ったときはどうしたんだい?」

「深雪さんと響さんに私が指示を出しました。それでも鎖を破壊するのに深雪さんが犠牲に」

「犠牲って……まさか……」

「死んでねぇよ」

 

電さんの汚れを取っている深雪さんがこちらにツッコミ。会議に姿を現さなかったのは、深海艦娘用の深海艤装のテストに参加していたため。電さんが演習をやると聞いて手伝いにきた。この2人、本当に仲がいい。

深雪さんの姿の変化は鎖に触れたからというのを説明する。いろいろと思うことはあるみたいだが、触れてはいけないというところで納得する。

 

「あたしは北に出撃できないからな。ここで朝潮と電のサポートでもしてるぜ」

「ありがとなのです。よし、じゃあ次の演習行くのですー!」

 

深雪さんが来たことで俄然やる気が出た電さん。ここからの快進撃で演習相手を次々とのしていった。対策を考えてきた夕立さん相手ですら、考えてきたにも関わらず電さんが勝ってしまう。

深雪さんが来たことで動きが格段に向上。気持ちの問題だと思うのに、ここまでの強化になるとは。

 

「すげぇな電。キレッキレだ」

「さっきとはまるで違いますね。夕立さんに轟沈判定受けてるんですよ」

「あたしが来たからやる気出したか? なんつって」

 

ケラケラ笑うが、おそらく本当にそれが理由な気がしていた。

今の電さんは洗脳されているときよりも強い。あの時と違うのは、勝手に動かされている状態と違い、見栄を張りたい人が出来たこと。北上さんと大井さんのように、深雪さんと電さんは組めば最強と言えるのかもしれない。

 

「はにゃー!?」

「い、電ぁー!」

 

調子に乗ったせいか途中で轟沈判定受けているのはちょっと可愛らしかった。

 




今のところ、艦載機を使ってくる駆逐艦は深海側にもいません。が、劇場版のラスボス、深海吹雪は、最終段階で2つの艦載機を使います(浮遊要塞にも見えますが)。電はそれを踏襲。


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柔と剛

翌日から、警護任務のローテーションを行いながら、援軍の人達との連携や、深海艦娘対策の訓練を始める。そして、数日後に2度目の救出任務に出発することとなった。私、朝潮も救出任務には参加予定である。観察の重要性が認められているのは、私の存在が認められていることと同義なので嬉しい。

 

こんな戦闘中な鎮守府ではあるものの、本来ここにいない人達と一緒に暮らしているという環境が少し楽しかった。旅行に行ったかのような錯覚。自分達の鎮守府なのに。

いつも通り朝食のために霞と一緒に部屋から出ても、廊下には昨日まではいなかった人を見ることができる。まず1番に出会ったのは敷波さん。髪も結んでない状態を見るのは初めてで新鮮。

 

「おふぁよぉ〜……」

「おはようございます敷波さん」

「もっとシャンとなさいな」

 

寝癖もえらいことになっていた。制服もちゃんと着れていないので、道すがらに直してあげる。

 

「こういう出向は初めてだからなんか楽しいよ……だから昨日妙に眠れなくて……」

「わかりますよ。私もそちらにお邪魔させてもらったとき似たような感覚だったので」

 

これからの戦いは辛いものが多い。せめてこういう場では楽しめるようにいたい。常在戦場と気を張り詰めているより、身体にも心にも健康的だろう。

 

「敷波、アンタそんなに朝弱いの?」

「今日だけだから。あたしより朝弱い人いっぱいいるよ。ほら、あれとか」

 

敷波さんが指差す先。夢うつつな夕立さんがフラフラと歩いている。もはや夢遊病と言ってもいいのではないか。後ろからいろいろと持って器用に夕立さんの身嗜みを整えている時雨さんは素直に凄いと感心した。

 

「いつもこうなんですか?」

「夕立と江風は朝に弱くてね。江風が心配だよ」

 

言いながらも髪を梳かしながら着替えまでこなしている。歩いている人を着替えさせるとか、慣れていても難しいだろう。一応ここ廊下なので、当たり前のように夕立さんを脱がすのはどうかと思う。

 

「ほら夕立、起きなよ。用意終わったよ」

 

頭を軽く揺すっても未だ夢の世界の夕立さん。と、食堂の近くにまで来て急に目を覚ます。鼻がヒクヒク動いていた。

 

「いい匂いっぽい! 朝ごはん何?」

「今日の当番は古鷹さんと高雄さんですね。焼き魚とお味噌汁かと」

「ここは艦娘が食事を作るのかい?」

「給糧艦いませんから。私や霞も作りますよ?」

 

そのおかげか、料理のスキルは緩やかにだが上がっている。手の込んだものは作れないが、簡単な朝食程度なら出来るようになった。

艦娘にそんなスキルはいらないという人もいるだろう。だが、司令官は戦後のことも考えて私達に家事をやらせてくれている。戦闘だけではなく、人間として出来ることをこの場で全て学んでいる。

 

「え、霞料理できんの!?」

「ある程度はね。ここで出来ないと全員に迷惑かかるわ」

 

最初は大変だったというのは霞の名誉のためにも黙っておこう。玉子がまともに割れなかったのは私も同じだし。

 

 

 

 

午前中から演習による連携訓練。私は全員と連携が出来なくてはいけないので、その演習を常に観察し続けることになる。たまに参加もするが、私は救出することも出来ないようなものなので、基本的には相方任せ。

 

「どうよ朝潮、援軍の奴らは」

 

演習を眺めているところに天龍さんがやってきた。山城さんとガングートさんが防衛線警護に、龍田さんは神通さんにみっちり稽古され、皐月さんは連携訓練の真っ最中。天龍さん以外は出払っているようなもの。少し暇になったらしい。

 

「やっぱり強いですね。夕立さんに至ってはもう深海艦娘に対応しました」

「さすがソロモンの悪夢。オレと春風と戦艦棲姫やったときにも即座に対応したぜ。戦いやすかったもんだ」

 

選定した駆逐艦ではトップの実力であろう夕立さんは、すでに戦闘に対応。連携も始めており、今は白露さんとの連携が完璧と言ってもいいほどに上手い。さすがは姉妹である。そこに時雨さんを加えた白露型の三人一組(スリーマンセル)は、水雷戦隊での戦いを有利に進めることができそう。

 

「あとは長波さんが凄いですよ。駆逐艦の誰とでも相性がいいです。まさか皐月さんとの連携が即座に出来るとは思いませんでした」

「白兵戦と連携できるのは逸材だな」

「吹雪さんに近いと思いましたね。吹雪さんも誰とでも組める人ですし」

 

皐月さんは鎖破壊に最も適しているであろう駆逐艦。砲撃より刀による切断の方が確実性がある。天龍型姉妹も勿論だが、小回りが利き、駆逐艦との連携がしやすい皐月さんは当然ながら今回の要の1人だ。

そこに合わせることができる長波さんは、誰とでも連携ができると言ってもいい。

 

「そちらはどうです? 龍田さん、今神通さんにマンツーマン指導を受けてるんですよね」

「ああ、神通が乗り気なんだよ。チラッと見に行ったが、龍田が倒れてるところ見たのはあれが初めてだったな」

 

さすが二水戦式訓練。他人に弱みを見せない龍田さんが、そこまで無防備な姿を見せるとは。

休憩として演習の反応から少し目を離し、2人の反応を追ってみた。今でも一緒にいるのはわかるが、反応がぶつかり合ったり離れたり、追いかけ回したり迎え撃ったり。ただただ喧嘩をしているようにも見えてヒヤヒヤする。

 

「龍田は強くなったかな。オレを倒すくらい強くなれって言っといたが」

「龍田さんだとそれを変に受け取って、手段問わず天龍さんのことを殺しに来るような気がして……」

「まさかお前、それは無いだろ。いくら龍田でもそこまで」

 

龍田さんの動きが変化した。神通さんと共にこちらの方面に動き出す。その動きは比較的軽やか。天龍さんが何処にいるかわからないので、フラフラ歩き回りながらここに辿り着く。

 

「天龍ちゃ〜ん、ちょっといいかしら〜」

「おう、どうした? 神通に鍛えられてるんじゃないのかよ」

「実戦です。一度天龍さんにぶつけてみます」

 

にこやかな龍田さん。たった半日程度の訓練だが、成長を感じられる濃厚な時間だったようだ。昨日の最後とは打って変わって自信満々な表情。挫折を知ったことで龍田さんの中で何か変わったようにも見える。

 

「へぇ、じゃあ……本気でやってやるよ」

「天龍ちゃんの本気……というか今までは手加減してたの?」

「当たり前だろうが。せめて改二になってからだっつーの」

 

天龍型姉妹の戦いというのは、実は見たことがなかった。皐月さん曰く、スパーリング的なことはしているようだが、それはジムの簡易リングでのこと。今の言い分から龍田さんは本気でも天龍さんは流しているらしい。

 

「なになに、天さんと龍田さんの演習?」

 

2人の戦いの匂いを嗅ぎつけ、皐月さんが私の下へ。龍田さんに即座に追いつかれてしまい、これ以上差ができないようにと訓練に力を入れている皐月さん。龍田さんの弱点を知るためにもこの演習は見ておきたいとのこと。

 

「白兵戦同士の戦闘って、ほとんど見たことが無いです」

「めちゃくちゃハードだよ。砲撃が無い分、ただの喧嘩だもん」

 

特に山城さんとガングートさんの本気の演習は怖いらしい。あの時の北方水姫との戦闘を思い出してしまうほどだとか。

 

「一旦、天龍さんを客観的に見たいんです」

「そういうことかよ。じゃあ、好きなだけ見とけ。それでも簡単には負けねぇ」

 

話しながらも準備をしていく。元より天龍さんも龍田さんもダミーのペイント弾やらは必要ない。今持っているのは最初から模擬刀だ。ただ向き合い、程よい間合いを取る。これだけで準備は万端。

 

「じゃあ、行くぜ?」

「どうぞ〜」

 

先制は天龍さん。龍田さんは迎え撃つ形。今までと少し雰囲気が違う。自分から攻めようとは絶対にしない。天龍さんの戦い方を観察している。

 

演習は壮絶を極めた。が、基本的には天龍さんが一方的に龍田さんを攻撃するだけだった。

本気の天龍さんは、龍田さんに一切の攻撃を許さなかった。攻撃は最大の防御と言わんばかりに何もさせていない。攻撃が出来る隙をわざと作っているようにも見えたが、そこで攻撃したら手痛い反撃を受けることを龍田さんも察したのだろう、そのタイミングでは攻撃できない。

 

「すごいなぁやっぱり。天さんの技術、見て盗まないと」

「龍田さんもすごいですね。あれを全部防ぐんですか」

 

同じく刀を使う皐月さんも、この訓練は学べる要素の宝庫である。私にはわからないテクニックがいくつもあるのだろう。龍田さんも防御に特化しているのではと思えるほどに防ぐ。致命打は全て確実に回避。

 

「神通いい仕事してんなぁ。龍田、お前その方向性いいぞ」

「褒められると嬉しいわ〜。私の戦術は神通ちゃんに()()されちゃったみたいね〜」

 

天龍さんは『勝つための戦術』である。まっすぐ攻め込み、先んじて一撃を入れる。相手に何もさせない。龍田さんも今までその戦術を覚えようとしていた。理由は勿論、天龍さんの戦術だから。

だが、今の龍田さんは『負けない戦術』を取っている。相手の攻撃を全ていなし、隙を一切作らない。ほんの一瞬のタイミングを待ち続ける戦い方。神通さんの訓練で、猛攻から身を守り続けることで戦術が()()されてしまったのだろう。

 

「あの姉妹は似ているようで正反対ですよ。だからそのように鍛えただけです」

 

その龍田さん相手に天龍さんがどういう攻撃をするかをジッと見続ける神通さん。私も同じように観察。龍田さんのクセが完全に書き換わっているので、情報を更新しなくてはいけない。

 

神通さんの訓練により変化した戦闘スタイルは、龍田さんに合っているようだ。慎重だが隙を見逃さない。それが作られた隙なら攻撃もしない。急がない、少しのんびりとした戦闘。それに相手を巻き込む。

天龍さんが剛なら龍田さんは柔。確かに正反対だ。

 

「よく見えてるじゃねぇか」

「おかげさまで。目だけは良くなったわ〜」

「じゃあこれで終いだ!」

 

ガードを突き崩すための最後の一撃。龍田さんもしっかりとそれを受け止める。が、受け方が悪かった。

天龍さんの刀と、龍田さんの薙刀が、同時に砕けてしまった。

お互い模擬刀故に強度は実物よりも段違いに弱い。今までもずっと訓練に使っており、劣化が激しかったようだ。龍田さんは神通さんの訓練のせいか、短時間で大分酷使されている。

 

「うおっ……こいつは引き分けだな」

「そうね〜、これ以上は出来ないわ〜」

 

言いながらもお互い嬉しそうだった。特に龍田さん。ある意味目標が達成できたようなものである。龍田さんは負けていない。天龍さんは()()()()()()

 

「自分のスタイルが見つかったじゃねーか。龍田、もうオレを超えたようなもんだぜ」

「ちゃんと天龍ちゃんに土をつけないといけないのだけどね〜」

「まだまだ負けてやんねぇよ」

 

この姉妹はこうやって絆を深めていくみたいだ。危なっかしい反面、切っても離れないくらいの親愛度。お互いがお互いを考えているからこそ、これで成り立っている。

 

「んじゃあ、武器を直してくるぜ」

「このままじゃ訓練できないものね〜」

 

2人は武器を直すために工廠へ向かった。神通さんは見たいものが見れたようで、今度は連携訓練の方へ。深海艦娘との戦闘は未だ経験無しのため、ここで知っておこうという算段。今度は電さんが標的にされた。私には止められない。

 

「ボクも頑張らないと……!」

「皐月さんも頑張って天龍さんを超えましょう」

「勿論! 天さんに力じゃ勝てないから、もっと速く、鋭く!」

 

皐月さんも方向性は見えている。龍田さんが短時間であそこまで強くなったのだから、皐月さんも神通さんに教えを請うかもしれない。

 

 




天龍型は2人とも押せ押せなイメージが強いのですが、龍田は相手が一番攻撃されたくないタイミングを見計らって攻撃をするようないやらしさも兼ね備えていそうで。そう考えると天龍よりも上手なのかなと。


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真っ黒な雨

援軍到着から数日経ち、ついに2度目の深海艦娘救出任務が発令。

連携訓練もある程度出来たので、水雷戦隊主体の連合艦隊での出撃となる。今までは深海艦娘も水雷戦隊のような形を取ってきていたが、随伴に姫級を連れてくる可能性だって高い。むしろ姫級の随伴としてくる可能性もある。こちらもなるべく数を増やすべきだった。

 

作戦当日は雨だった。しとしとと降る程度ではあるが、若干戦闘に支障が出るかもしれない。司令官も雨が止むのを待つつもりだったが、この状態での出撃を望んだのは白露さんだった。

 

「こういう時だからこそ、来るような気がするんだよね。だから、出撃させてほしいな」

「……わかった。ただし」

「危険と思ったらすぐに撤退! 勿論わかってる」

 

雨に由来する名の多い白露型だからこその直感。何もなければそれに越したことはない。

 

 

 

北への出撃メンバーは、やはり救出に長けたもので固められる。敵の数も考えて、火力もうまく分散。

 

第一部隊の旗艦は白露さん。随伴に時雨さん、夕立さんと白露型を固め、連携能力を高める。白露さんは精度の高い射撃もできるため、鎖の破壊も可能。そこに火力と制空権のために鈴谷さんと熊野さんを、さらに鎖破壊のために皐月さん。軽めの編成でも充分に戦える。

 

第二部隊の旗艦は私、朝潮。案内役も兼ねており、雨による視界不良を覆すための策も取れる。随伴に霞、初霜さんと敵随伴を処理するための雷撃、私の防衛ということで前回と同じくウォースパイトさん、そして神通さんと天龍さん。第二艦隊でも鎖の破壊は視野に入れている。

 

「先に行くよ。第一部隊、旗艦白露! 張り切って行っちゃうよ!」

「では後を追いましょう。第二部隊、旗艦朝潮。出撃します」

 

今回も連合艦隊は名目上。海上では12人固まっての行動になる。特に今回、旗艦の白露さんが低速化の欠陥(バグ)を抱えているため、比較的ゆっくりとした進軍。私は同じく低速艦であるウォースパイトさんの艤装、フィフの手のひらの上で燃料を節約しつつの索敵になる。

 

道中、防衛線の横を抜ける。今日も当然警護任務は続けられており、雨の中、陸上型陣地の真ん中で山城さんとガングートさんが仁王立ち。圧がすごい。

 

「救出任務だったな! 必ず助けてこい!」

「勿論! いっちばーんなあたしが全員無傷で助けてやるんだから!」

 

ガングートさんの声援を背に、さらに進んでいく。レキさんとヒメさんもこちらに手を振っていたので振り返した。気合いが入るというものだ。

 

「前回は電を助けた後、叢雲は逃しちまったんだよな」

「片方がやられると、もう片方は避難させられるのかもしれません。できることなら全員同時に鎖を破壊したいところです」

 

ある程度時間に猶予はあったかもしれないが、2人同時に救出がベストなのはわかる。もう片方が何をしでかすかわからない。

 

「フィフなら鎖を掴めると思うわ。いざという時は私が鎖を抑え込む」

「どうか無理だけはしないでください」

「Of course, I know」

 

直接、ないし薄いものを通して触れてはいけないというのが今回の鉄則。フィフの手ならウォースパイトさんには影響は無いだろう。だがフィフに影響がある可能性だって捨てきれない。今でこそ艦娘の艤装だが、元々は戦艦棲姫の艤装なのだから。

 

「海の色が変わってきたよ。警戒!」

 

先頭の白露さんの指示で、より進行速度を遅くする。ここから先は何が来てもおかしくない。

しばらく進み、雨の音に包まれる中、電探に反応が入る。

 

「索敵範囲に敵の反応が入りました。姫2、深海艦娘2。姫の片方は駆逐棲姫です。もう片方はすみません、私がまだ見たことのない姫級になります」

「残りは?」

「戦艦3、軽巡3、駆逐2。戦艦が多いのが厄介ですね」

 

通常艦隊2つが合わさった前回と違い、今回は最初から連合艦隊。姫級も混ざっている。さらには戦艦の数。対処出来るように火力を高めているが、厄介ではある。

そして私にはわからない謎の姫級。サイズ的にはそれなりに大きいが、戦艦や空母の感じでは無い。

 

「深海艦娘の片方、撃ちました! 着弾点は……白露さん!」

「あいよ、ちゃんと避けるよ」

 

駆逐艦なのに戦艦棲姫並の長距離射撃。大型主砲を持っているのだろうか。雨の中の砲撃なので、命中精度はそこまで高くない。

 

「……なるほど、()か」

「あの攻撃、時雨のバックパックっぽい。じゃあ今回の敵は……」

「時雨と誰か。あたしの予想だと、五月雨。駆逐棲姫もいるんでしょ? 当てつけてきやがって……!」

 

駆逐棲姫は、白露型5番艦の春雨さんに酷似した外見。あちらも白露型3人で固めてきているというイメージ。こちらから白露型が出撃したことがわかっているかのような当てつけである。

敵もこんな部隊で来たのは、おそらく雨だからだ。お互いに直感が働き、この場で出会うこととなってしまった。

 

「はぁー……冷静に、冷静に。あいつらは絶対に煽ってくる。特にキツイのは五月雨だよ。時雨、落ち着いて戦いなよ」

「わかってるさ。こんなことで27駆が揃うなんて、気分が悪いね」

「1人春雨でも無いから。あいつらはそういうことやってくる奴らだってことだよ」

 

砲撃は何度か飛んでくるが、その全ては簡単に躱せる程度。威嚇射撃なのかもしれない。

 

「会敵。予想通りもう片方は五月雨だよ」

 

敵を目視確認。真っ白な髪の時雨さんの隣にいる人が五月雨さんだろう。その後ろには駆逐棲姫。随伴もそれを守るように周囲に点在している。

あちら側の時雨さんは叢雲さんと違い改二。こちら側の時雨さんと同じ装備になっている。

 

「イイ雨ダネ、僕」

「最悪だよ。他の自分とはこんな形で出会いたくなかった」

「ソウカイ? ムシロ今シカ無インジャナイカナ」

 

時雨さんのバックパックが稼働し、変形していく。背中に備え付けられた連装砲が分割され、片手持ちの大口径単装砲となった。敵の時雨さんも同じことをやってきていたのだろう。深海艤装へと変化した同じ主砲は、威力も射程も格段に上がっている。

 

「あの姫級は……」

「水母棲姫です。わかりやすく言うなら、ダウングレードした代わりに頭が良くなった戦艦レ級ですね」

 

水母棲姫は胸元にリボンを結んだ真っ黒な姫級。下半身はまるごと大口を開けたバケモノのような艤装になっていた。舌まで出しており、気色が悪い見た目。

水母とは水上機母艦のこと。私達の鎮守府では秋津洲さんしかいない艦種。名前の通り水上機の母艦、つまり艦載機を飛ばしてくる上に、主砲と雷撃も兼ね備えている。神通さんの言う通り、同じように全ての攻撃をしてくる戦艦レ級のパワーを少し落としたような存在。

それならまだマシだ。私達はレキさんと訓練をしている。戦艦レ級の怖さを充分に知っている状態からのスタート。

 

「白露姉サン、今度ハ何ニブツカルノ?」

「あー、そこ突いてくる。あれは確かにあたしのミスだけど」

「私ニブツカッテ、タンカーニブツカッテ、迷惑カケテ。何ガ一番? 一番迷惑ッテコト? アハハハハ!」

 

五月雨さんが白露さんに主砲を構えた。開戦の合図。

電さんと同様、本来と違う性格に変えられているのだろう。ケタケタ笑う五月雨さんを見て顔をしかめる白露さん。

 

「朝潮、余裕ないから指揮権預ける。こっちの部隊にもよろしく」

「了解です。随伴から行きます。深海艦娘に専念してください」

 

それだけ言って白露さんは深海艦娘2人と向き合う。夕立さんと時雨さんもそちらへ。少なくとも邪魔な随伴を退かし、救出に専念してもらわなくてはいけない。

謎の存在である水母棲姫は、この部隊の旗艦なのか、一番奥に鎮座しており、動く気配がない。要観察事項。

 

「天龍さん、神通さん、皐月さん、戦艦をお願いします。霞と初霜さんは軽巡と駆逐を。鈴谷さんと熊野さんは制空権を拮抗させつつ、霞と初霜さんの援護をお願いします。姫は一旦後回しで、随伴を片付けましょう」

 

戦場を把握。随伴の処理に関しては、おそらく何も心配はないだろう。戦艦のイロハ級なら、1対1で処理できる。霞と初霜さんなら軽巡程度なら対処可能。鈴谷さんと熊野さんも付けているので確実性は増している。

 

「ウォースパイトさん、護衛をお願いします。水母棲姫の艦載機を墜としながら、戦場の観察を開始します」

「わかったわ、貴女を守りながら戦うの、結構好きよ」

 

フィフは人型のまま、私の前に陣取ってくれた。真正面からの攻撃は全てガードしてもらい、私はまず敵の行動を観察するいつもの戦術に。余計な艦載機は私が全て処理していく。

移動はなるべく戦艦側へ。あわよくばウォースパイトさんにも戦艦の対処をしてもらいたい。

 

「よし、時雨、夕立、行くか!」

「まずはどっち?」

「黙らせたいのは五月雨。鎖はあたしがやるから、まず武器破壊!」

「了解っぽい! 五月雨、素敵なパーティ、しましょ!」

 

五月雨さんの武装は電さんとほとんど同じ。艦載機も飛ばしてくるだろう。それなら、すでに全員訓練で慣らしている。

案の定、即座に艦載機を展開。数も電さんと同じく2つ。顔が違うだけで五月雨さんは電さんと同じと考えていい。

 

「春雨、オイデ」

「フフフ、シグレネエサン……」

 

憎たらしい笑顔の駆逐棲姫が、敵の時雨さんの側へ。駆逐棲姫のことを春雨と呼んだし、駆逐棲姫もそのように振る舞おうとしている。容姿が似ていることを活かした精神攻撃。

 

「白露、君ガ来テクレレバ第27駆逐隊ガ完成スルンダ。昔ノヨウニ、仲良クヤロウヨ」

「ソウデスヨ、シラツユネエサン……フ、フフフ」

「誰が行くか。あんた達はこっちに引き戻してやる。ついでにそこのクソ憎たらしい春雨もどきはここで沈めてやるからな!」

 

話し方とは裏腹に、冷静に武器だけを狙って砲撃している。時雨さんも夕立さんも、逸る気持ちを押さえつけてまずは五月雨さんの動きを止めることに尽力。

しかし、あちら側の時雨さんはこちら側の時雨さんを重点的に狙ってくる。微妙にだが引き剥がしに来ている。

 

「ソッチノ僕ハ、マタ五月雨ヲ見捨テルノカイ?」

「見捨てていないさ。助けるために戦っている」

「ミンナヲ踏ミ台ニシテ生キテキタジャナイカ。スリガオ海峡、覚エテイルダロウ?」

「そっちの僕はよく喋るね」

 

時雨さんは自分との戦いになっている。色違いの鏡写し。戦術もほとんど同じ。あちらの方が威力が高く、艦載機もあり、かつ駆逐棲姫の横槍が入るため、1人で戦うのはあまりにも無謀。白露さんと夕立さんが五月雨さんを止める前にやられてしまう可能性が非常に高い。

 

「姉さん、こっち終わる!」

「終わり次第、全員水母棲姫へ!」

「げっ、あのヌメヌメ……生理的に受け付けないんですけどー!」

「鈴谷、わがまま言わない。さっさと瑞雲を発艦しなさいな!」

 

戦艦はあの3人に任せきって大丈夫だろう。そろそろ水母棲姫を叩き始めないと、戦況が読めなくなる。

今の今まで不動を貫いている水母棲姫は、まるで私のような戦い方。あれは()()()()()()()()()のではないか。嫌な予感がしたときには遅かった。

 

「ハルサメ、サミダレヲコロシナサイ」

 

水母棲姫が口を開くと、信じられない言葉が聞こえた。

今まで時雨さんを狙っていた駆逐棲姫が、突如()()()()()()()()五月雨さんに主砲を向ける。

 

「んなろ……! やらせない!」

「シグレ」

「了解。隙ダラケダヨ」

 

白露さんが咄嗟に駆逐棲姫の腕を撃ち抜く。が、当然そちらに集中したせいで、白露さんは隙だらけ。夕立さんは五月雨さんにつきっきりであり、時雨さんも自分と駆逐棲姫2人を相手取っていたため白露さんを守れない。

こればっかりは予測できなかった。あまりにも下衆な戦法だ。あちらは自分の戦力がこちらにとっての人質であることを理解してしまった。

 

「マズハ白露カラ」

 

かなりの至近距離での砲撃。狙いは頭。一撃で仕留めようとしているのがわかる殺意ある攻撃。本来なら回避できない攻撃だが、白露さんは

 

「っだぁーっ!」

 

その砲弾を山城さんと同じ要領で弾いてしまった。山城さんと違うのは、この一回で腕がズタズタになってしまったくらいである。腕を犠牲に命は守られた。死ななければ何も問題はない。

 

「ナッ……砲弾ヲ腕デ……!?」

「お姉ちゃんは負けん! めっちゃくちゃ痛いけど!」

 

不意をついたつもりが逆に完全に不意をつかれたのだろう。次の瞬間、こちら側の時雨さんの拳が、あちら側の時雨さんの顔面にめり込んでいた。なるべく無傷で捕らえるのが今回の任務だが、それは()()()()である。少しくらいなら傷がついてもいいという屁理屈で、自分を殴ることには躊躇いが無かった。

 

「白露、大丈夫かい!?」

「大丈夫じゃないけど今は気にしないでさっさと処理!」

「わかってるさ!」

 

バックパックの大口径主砲であちら側の時雨さんの鎖を狙う。が、撃つ前にあちら側の時雨さんが立ち上がってしまい、鎖を背に射線に立ち塞がる。

 

「僕ニ当テテモイイナラ撃ッテイイヨ。ホラ、撃チナヨ」

「僕の風上にも置けないね。ズル賢い」

 

自分を人質に体勢を立て直す。あれを覚えてしまった深海艦娘は厄介極まりない。こちらが攻撃できないことをいいことに、好きに攻撃してくる。

だがこれである程度時間は稼げた。戦艦の対処も終わった。なら、ここで行ける。ウォースパイトさんに目配せ。

 

「オ優シイ限リダ。情ノセイデ死ヌコトニナルンダカラネ!」

「残念だけど、終わりだね。君が」

「何ヲ……ッアガッ!?」

 

あちら側の時雨さんの後ろ、戦艦側から文字通り()()()()()皐月さんが鎖を破壊していた。

これをするためにウォースパイトさんを戦艦側に寄せていたのだ。戦艦を対処する戦闘終了と同時に、フィフで皐月さんをあちら側に投げる、そのために。雨音が回り込んだ音も掻き消していた。

戦場を観察していた水母棲姫も、戦闘をしながらの観察は出来なかっただろう。だからこそ、霞達を水母棲姫にぶつけた。今は天龍さんも神通さんも水母棲姫に向かっている。

 

「夕立は!?」

「五月雨が止められないっぽいから手伝って! でも駆逐棲姫は血祭り(パーティ)したよ!」

 

五月雨さんが無傷の代わりに、駆逐棲姫はすでに血溜まりとなっていた。白露さんは腕の負傷が厳しそうだが、まだ引く気は無いようだ。

 

「モウ、時雨姉サン負ケチャッタノ? ジャア、モウ要ラナイデスヨネ」

 

五月雨さんの主砲が夕立さんではなくあちら側の時雨さんに向く。先程の駆逐棲姫と同じことをやろうとしている。夕立さんが止めようとするが、またも突然のことだったため、ギリギリのところで発射されたしまった。

 

「間違エテ仲間ノ時雨姉サン撃ッチャッタ。私ッテバ、ドジデゴメンナサイ。アハ、アハハハハ!」

「当たってないからね……本当にドジだよ五月雨……!」

 

その砲撃はあちら側の時雨さんの艦載機が止めていた。鎖が外れたことで正気に戻り、この短時間で状況を理解させている。記憶がある分、理解が早い。悔やむ前に自分の身を守ってもらえた。

 

「往生際悪イヨ時雨姉サン! 死ンジャエバイイノニ!」

「いい加減にしなさい。お姉ちゃんがお仕置きしてやる」

 

時雨さんが死んでいないことに驚いたタイミングを狙い、白露さんが鎖を撃ち抜いた。これで五月雨さんも救出。

 

「天龍さん、あっち終わりました!」

「よっしゃあ! あとはこいつだけだ!」

 

ウォースパイトさんも加わり、水母棲姫に当たっているのは私含め8人。深海艦娘救出組は消耗が激しいため、今は休憩してもらいたい。

水母は普通そこまで装甲は硬くないはずだが、水母棲姫は並ではなく、戦艦水鬼ほどにも思えた。特に下半身のバケモノのような艤装は傷1つ付いていない。

 

「あのヌメヌメ、ウザすぎぃ! 霞、初霜、もっと魚雷ぶち込んで!」

「やってるんですけど、傷がつかないんです!」

「戦艦水鬼並じゃない! 戦艦の主砲何本もいるわよあんなの!」

 

下手な攻撃は艤装から出ている長い舌が弾き飛ばしてしまう。だからと言って上半身を狙おうとしても回避される。形状の違う戦艦水鬼と言っても過言ではない。

唯一の戦艦であるウォースパイトさんの攻撃も、同時に攻撃を仕掛けた天龍さんと神通さんの攻撃も、よくわからない構造の下半身でヒラリヒラリと避けられる。パターンが掴めない。

 

「キョウハヒクワァ。カズガオオイモノ」

「誰が逃すか!」

「アレトアソンデチョウダイ。ソレジャアネェ」

 

海中に沈んでいくと同時に、索敵範囲に大量のイロハ級の反応。あちらにとって水母棲姫は虎の子なのかもしれない。ソナーも起動するが、海中に潜ってからは一気に陣地の方まで引っ張られて反応が消えてしまった。

 

「まぁいい、救出した2人を運ぶぞ!」

「皆さん、撤退です! 大量の援軍がこちらに向かってきます!」

 

最後の戦いではあの大量の敵も突っ切らなくてはいけないのだろう。だが、今は引く方がいい。時雨さんと五月雨さんを鎮守府に運ぶことを先決しよう。

 

深海艦娘を2人救出できたのは戦果としては大勝利だ。だが、深海艦娘の違う価値に気付かれてしまったのは問題がある。

あの水母棲姫、あれだけの硬さを持つ上に観察眼が北上さんに近いものがあった。今後の戦いで、最悪の障壁として立ち塞がる予感がする。




連載を開始してから4ヶ月弱、110日目の今回で100話目となりました。これからもよろしくお願いします。


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償いの激痛

深海艦娘となった時雨さんと五月雨さんを救出したものの、旗艦である水母棲姫には逃げられてしまった。海中に逃げられたので追うこともできず、それを助けるために大量の援軍もやってきてしまった。

現在はそれを撒くため、撤退作戦に移行。深海艦娘の対処をしていた白露型と、強引な戦術で最後に戦場を飛んだ皐月さん以外はまだあまり消耗していなかったのが功を奏し、援軍の先頭集団を一網打尽にする。

特に、不完全燃焼だった神通さんと、撤退作戦に思うところがある初霜さんが凄かった。初霜さんが雷撃である程度処理し、撃ち漏らしは神通さんが着実に仕留める。こと撤退作戦に関しては初霜さんの右に出るものはない。

 

「援軍、反応無くなりました。撒きましたね」

「じゃあもう安心だ。痛て……無理するもんじゃないや」

 

第一部隊の旗艦である白露さんが中破ではあるものの、命に別状はない怪我なのが救い。一撃で死ぬであろう攻撃を腕1本の犠牲で食い止めたのだから、この中破も最良の選択。

敵影もないので、ここで司令官に通信しておこう。心配していそうだし。

 

「救出部隊第二部隊旗艦の朝潮です。司令官、応答願います」

『私だ。その声を聞く限り、成功したみたいだね』

「はい。時雨さんと五月雨さんの救出に成功しました。被害は白露さんが中破です。入渠ドックの準備をお願いします」

『了解した。気をつけて帰ってきてくれ。準備して待っているよ』

 

これで後は帰投するだけだ。白露さん以外は殆ど怪我もないのが大きい。

 

「うああぁぁ……ごめんなさいごめんなさいゴメンナサイ……」

「五月雨、仕方ないっぽい。あれは全部敵のせいだから気にしなくていいよ」

「でも……でもぉ……」

 

正気に戻った五月雨さんは頭を抱えて蹲っている。それを夕立さんが曳航している状態。破壊した後に残った鎖で引っ張っているものだから、帰りたがらない犬を散歩しているような光景。

 

「あれは触って大丈夫なの? 鎖だよ?」

「陣地側と繋がっているのがダメなだけで、破壊してしまえばただの鎖なんでしょう。鈍い光も無くなっているもの」

「はー、熊野冴えてるねぇ。鈴谷にゃあよくわかんないや」

 

撤退しながらも瑞雲で周囲警戒をしてくれている鈴谷さんと熊野さん。2人のおかげで、水母棲姫の艦載機も墜としやすくなり、制空権を確保できていた。やはり航空戦力は大事。

鎖に関しては、熊野さんのいう通り、鈍い光が無くなっているので大丈夫と判断された。あちら側の時雨さんにも同じように鎖が残っているが、お互いが鎖に触れても何も変わらなかったことで証明もできている。

 

「五月雨、割り切るしかないよ。僕も結構辛い。あんなことをペラペラと……」

「時雨姉さん……うぅぅ……」

 

元に戻るまでには、少し時間がかかりそうだ。

 

 

 

なんとか帰投し、白露さんはすぐに入渠。時雨さんと五月雨さんは調査に入る。これには私、朝潮と、2人と同じ境遇である電さんも参加。

この鎮守府で元気にやっている電さんを見た2人は、自分達もここでならやっていけるだろうと安心できたみたいだった。だがあの時の記憶は消えない。時雨さんは割り切れそうだが、五月雨さんは後を引きそうである。

 

「イナヅマトオナジダ。コガタノギソウガウエツケテアル」

 

セキさんにより首輪のガワが外され、電さんの時と同様、小型の深海艤装が植え付けられていることがわかる。これはもう全員同一で施術されていると考えてもいい。

 

「じゃあ、また敵を呼び込んでしまうのですね……」

「敵を呼び込む? 僕達がここにいるだけで敵が来てしまうのかい?」

「今のままでは……」

 

また電さんの時の悲劇が繰り返される。深海艤装を剥がすためには、山城さんの力により一撃で吹き飛ばす他ない。麻酔などがあればまだいいのだが、私達艦娘に効くそういう(たぐい)の薬は、そう簡単には手に入らない。基本的に高速修復材で何もかも治るのだから不要という判断をされているせいだ。

 

「時雨ちゃん、五月雨ちゃん、覚悟が必要なのです」

「覚悟?」

「その艤装を無理矢理剥がすのです。電はやりましたが、その、この世のものとは思えない激痛なのです……」

 

さすがに尻込みしてしまう時雨さん。五月雨さんは言葉もない。

 

「剥がさないなら剥がさないでも問題ありません。そのための防衛線警護ですから。そもそもここは最前線、敵も多いので」

 

なるべくなら辛い思いをしない方がいい。電さんの時からスタンスは変えていない。あんな悲鳴をまだ何度も聞かなくてはいけないと思うと、私も辛い。

 

「わ、私、それやる。白露姉さんにあんなことしちゃったし、このままだと迷惑かかっちゃうし、やります!」

 

先に五月雨さんが決心した。その姿を見たら、時雨さんもやめたいなんて言えなくなってしまう。

 

「わかった。敵のせいとはいえ、迷惑をかけたのは僕も同じだしね。償いの痛み、受けるよ」

「わかりました。白露さんの入渠が終わり次第、始めましょう。1人で受けるのは辛いでしょうし」

 

あの施術ができる山城さんは現在警護任務中だ。山城さんが戻ってこないことにはできない。

それに加えて、主に暴れるのを抑え込むために誰かに付き添ってもらうべきだ。その人が一番信頼できる人がいい。この2人なら、長女の白露さんがベストだろう。

 

 

 

午後、山城さんも戻り、白露さんの入渠も完了。時雨さんと五月雨さんの最後の治療ということで、白露型も全員集まっていた。電さんを見届けたこともあり、私と司令官も施術を見守る。

 

「首を晒して、白露に抱きついて。顔は胸に押しつけるように。叫ぶなら白露の胸の中で叫ぶこと」

 

山城さんの指導の下、体勢が決まっていく。先に受けるのは五月雨さん。後の方が恐怖が増すというのは誰にでもわかることなので、姉の時雨さんが一歩引いた。

白露さんの大きな胸に顔を埋めた五月雨さん。すごい震えている。電さんから酷い激痛があると事前に聞いているのだから仕方がない。

 

「高速修復材準備できてます。山城さん、お願いします」

「ホントこれだけは私も嫌だわ。五月雨、歯を食いしばって」

 

五月雨さんの首筋に指を構える。震えは止まらない。当たり前だ。

 

「3……2……1……0!」

 

電さんの時と同じく、一撃で艤装は跡形もなく吹き飛び、同時に血が噴き出る。

 

「っああっ、あぁあああああっ!?」

「頑張って! 五月雨! 痛っ、頑張れっ!」

 

即座に高速修復材をぶちまけ傷を治す。痛みが引くまでの長い時間、五月雨さんは暴れに暴れた。白露さんが押さえつけているおかげで周りに被害は無かったが、白露さん自体が何度も殴打される形に。生えてしまった角も胸に思い切り食い込んでいた。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。ほーら痛くない痛くない」

「ひっ……ひぎっ……」

 

修復材のおかげで綺麗になった首筋を撫でていく。暴れなくは無くなったが、痙攣するようにビクンビクンと震えている。頭を抱きかかえながらワシャワシャと撫で回す姿は、姉妹というよりペットを可愛がる飼い主のようだった。

 

「大丈夫になるまでこのままでいいからね。よーしよし、よく頑張った。えらいぞー、よしよしよし」

「白゛露゛姉゛さ゛ん゛そ゛れ゛だ゛と゛ワ゛ン゛ち゛ゃ゛ん゛で゛す゛ぅ゛……」

 

泣き叫びすぎてガラガラになった声の五月雨さん。ようやく痛みが引いてきたようで、力が抜けたように白露さんにもたれかかっている。

 

「次、時雨よ。大丈夫?」

「だ、大丈夫さ。五月雨が頑張ったんだ。僕も覚悟しないと」

 

引き攣った顔の時雨さん。やはり後の方が恐怖感が増す。やられていないし、やられることもないのに、私も恐怖で震えそうになっている。

処置したこの場は五月雨さんの血とぶちまけられた高速修復材でめちゃくちゃだ。五月雨さん自身も、自分の血で制服は血塗れ。施術をした山城さんも返り血を浴びている。一層恐怖を煽る。

 

なんとか処置を終えた五月雨さんは、落ち着くまで白露さんの胸に顔を埋めた後、フラフラと離れ、今度は夕立さんに抱きつく。いろんな体液が出て酷い顔になっていたが、これはそれだけの大事である。

 

「ちょっと着替えてくるよ。ビショビショだから、新しい制服で時雨を包み込みます」

「ちゃんと用意してるから、ささっと着替えてね」

 

さりげなく後ろを向く司令官。山城さんもその司令官の目を押さえている。

白露さんは割と気にせずその場で着替え始めてしまうから困る。男性がいるということと、自分が駆逐艦らしからぬスタイルを持っているということを自覚してもらいたい。

 

「ほい、着替え終わったよ。じゃあ次、時雨」

「五月雨が頑張ったんだ。僕だって……!」

 

自分の顔を叩き、気合いを入れて白露さんに抱きつく。思い切り胸に顔を埋めて、なるべく温もりを感じるように。多少なり痛みが軽くできるかもしれない。

 

「一応私、時雨とも縁があるのだけど……こればっかりは手加減できないわ。時雨、歯を食いしばって」

 

時雨さんの首筋に指を構える。静かでクールな印象の時雨さんも、この時ばかりは年相応のか弱い女の子に見えた。事前にあれだけの恐怖を与えられているのだ。順番が逆だったら、五月雨さんはこの場から逃げていたかもしれない。

 

「3……2……1……0!」

 

艤装が弾け飛んだ。そして、血が噴き出る。

 

「〜〜〜〜〜〜っっ!?」

「いいっ、痛っ、痛い痛い痛い! 時雨鯖折りになってる痛いぃっ!?」

 

白露さんの方が大きな悲鳴。死ぬほどの痛みを受け、泣き叫ぶことなく、暴れることもなく必死に我慢している時雨さんだが、その力を抱きつきに全て使ってしまっているらしい。

高速修復材をかけるが絞めつけは強くなる一方。白露さんの方が先に参ってしまうかもしれない。思い切り顔を埋めているせいで、角が食い込むどころか刺さっている。

 

「〜〜っ、〜〜〜っ!?」

「刺さってる! 刺さってるから!」

 

時雨さんを撫でる余裕が無い様子。稀に骨が鳴る音が聞こえてきて怖い。痛みを耐えるために頭をグリグリと押し込んでいるせいで白露さんの方がダメージが大きいまである。

 

「はぁっ……はぁっ……っくぅぅ……っ」

「痛み引いてきた? あたしはすっごい痛い」

 

白露さんにも高速修復材がかかっているので傷は無い。が、胸元は角で引き裂かれてしまい、深く刺さっていたのがわかる。

 

「叫ばない代わりにあたしにダメージ与えるとは、やるねぇ時雨さんよぉ」

「ご、ごめんよ、僕も必死だったんだ」

 

平謝りな時雨さん。とはいえ、小型艤装が剥がせてよかった。隣で司令官も安心のため息をついていた。

 

 

 

血塗れになった制服を着替えた時雨さんと五月雨さん。ここまで来たら一安心と司令官は自分の作業に戻る。着替えを見届けるわけにもいかない。

五月雨さんは電さんと同様、深海艦娘の黒塗りされた制服をそのまま着ることにした。理由も同じ。力を受け入れるために、見た目から染まっておこうという決意。

時雨さんは逆に、制服を真っ白にした。元より黒い制服だが、ここには援軍とはいえもう1人時雨さんがいる。差別化を図った結果、今の髪色と同じにしたそうだ。これも受け入れた形。

 

「時雨が漂白されたっぽい」

「そこまで正反対にしなくてもいいんだよ? もう1人の僕」

「僕が決めたことだよ。これなら、時雨であって時雨でないことがわかりやすいだろう?」

 

同じ声で喋るので混乱してくるが、確かにここまで色が違うと、容姿が同じでも別人に見えてくる。片方には角が生えているので簡単に見分けはつくが。

 

「時雨やい」

「「何かな、白露」」

「ハモらないでよ、笑えるから。あのさ、呼び方も変えよっか。どっちがどっちかわからないでしょ」

 

確かに、2人一緒にいるときだとどう呼んでいいかわからない。ここで決めておくのがよさそう。深海時雨だなんて呼べないし。

 

「じゃあ、普通の方が黒時雨で、深海の方が白時雨ね」

「安直すぎじゃないかな……」

「わかりやすくていいでしょ。制服の色も変わったし、都合いいじゃん」

「そのために制服変えたわけじゃないんだけどね」

 

時雨さん2人は若干否定的。だが

 

「いいじゃない。わかりやすくて」

「いいですよね。呼びやすくて」

 

山城さんと五月雨さんは乗り気。呼称の差別化は艦娘界隈では割と重要。この状況ならまだしも、本来なら何から何まで同じだから、慣れた者でもどちらがどちらかわからないまである。

 

「黒しぐっぽい!」

「白しぐ姉さん!」

「はぁ……もういいよそれで」

 

黒い時雨さんは諦めた様子。白い時雨さんもなんだかんだ受け入れることになった。




電と春風がプリキュアみたいと以前に書きましたが、黒しぐ白しぐは同じ顔でいろちがいなので、マイティブラザーズXX。


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未来予知

救出した深海艦娘はこれで3人。植え付けられた小型艤装も剥がし、完全に解放されたと言えよう。今ではもう仲間として一緒に暮らしている。

白時雨さんは予定通り、響さんと相部屋となった。制服まで白くなったことで、より親密な付き合いになると響さんも喜んでいた。少なくとも冬の白ではないのだが、白時雨さんも良しとしているところを見ると、満更でもない様子。

 

前回の戦闘で新たな問題が挙がってきた。北端上陸姫の虎の子と思われる水母棲姫の存在である。

一向に戦闘行動を取らないと思いきや、今までに無い狡猾な手段を使ってきた。深海艦娘の価値に気付かせてしまったのは大きすぎる。今後の戦闘では、無傷での救出が非常に難しくなってしまった。

 

「頭脳戦をする深海棲艦か……」

「明らかに『観察』していました。こちらの行動を『分析』しました。私と同じように」

「結果、深海艦娘を人質として扱った、と」

 

駆逐棲姫に五月雨さんを狙わせたのは、他ならぬ水母棲姫だ。私達が五月雨さんを守ると確信した指示。結果的に白露さんは五月雨さんを守るために動き、隙を作ることになった。

 

「今後、深海艦娘が自殺しようとする可能性だってあります。盾役は確実にするでしょう」

 

あの時の白時雨さんの時のように、鎖の前に立ちふさがることだってあり得る。2人がかりでギリギリ。不意打ちも当然必要。あの時は黒時雨さんに注意を引きつけて、不意打ちで皐月さんを投げることで対処できたほどだ。

 

「今後は手段を選んでいられません。できることは全てやらないと」

「そうだね。……朝潮君、君はどうしたい?」

「私は……今後の戦場では常に『未来予知』を使っていきます。一番狡猾なパターンも入りましたから。もう負担のことは考えていられません」

 

1秒じゃもう足りない。全てを見通して、どれだけ卑怯な手段を使われても対応できるだけの力を付けなくてはいけない。そうなると、今後は禁じられている『未来予知』の訓練が必要になる。

 

「そうか、そうなってしまうのか。朝潮君、君には何度負担をかけたかわからないね。本当に申し訳ない」

「謝らないでください。この戦い方を選んだのは私ですし、この戦い方しかできないのが私なんです」

 

心の底から言える本心だ。私は欠陥(バグ)のせいで攻撃ができない。対空や対潜で貢献できるが、それだけでは足りない。だからこの戦い方を選んだのだ。

春風の件で護身術は覚えたが、あれ以来使っていない。一度だけ皐月さんとの演習で使った程度だ。やはり私にはこの戦い方しかない。

 

「皆が無理して戦っているんです。私も無理をしますよ。皆の後ろで守ってもらいながら安穏としているのは、もう辛いです」

「……君の意志は固いようだね」

「意固地ですみません」

 

これだけ言っても許可されないのではないかと思っていた。

私のやろうとしていることは、自分を蔑ろにする手段だ。全員の負担を全て自分に集約させ、全員無事に終わらせようとする代わりに私が全員分のダメージを請け負う。鼻血で済めばいいが、最悪の場合、私の脳が壊れ、再起不能になる可能性だってある。

 

「訓練を許可する。だが、壊れるような真似だけはしないでほしい」

「ありがとうございます。勿論、私は壊れるつもりはないです。全員無事で終われることが望みですから。私も含めて」

「そうだね、全員無事で帰ってくるために、朝潮君が奮闘するというのなら、私は応援するしかないさ」

 

悲しい笑顔だった。それでも、私の意志を汲み取ってくれたのは嬉しかった。

私は司令官のためにも今の技術を磨き、私も含めて全員無事に終わらせる。全員笑って帰ってくるために。

 

「全員無事に帰るため、君の意志を尊重する。我が愛娘、我が伴侶」

「ありがとうございます。司令官……いや、その、旦那様……?」

「すまない、それは本当にやめてほしい。君に言われると、ね?」

 

言って自分も恥ずかしくなってしまった。でも、伴侶と言われると心が熱くなるような、不思議な感覚がした。これが山城さんが感じている感覚なのだろうか。まだ私にはわからない。

 

 

 

午後、ちょうど深海艦娘の3人がフリーになっていたので、事情を話す。最悪を想定した訓練。白時雨さんと五月雨さんには辛い記憶を思い出させるようで申し訳ないが、あの時のことがわかっているからこそ、卑劣な手段を使われた時の訓練ができる。

 

「これからの敵はああいうことをするだろうからね。いいよ、協力する」

「他のみんなを助けるためですもんね!」

「電がお役に立てるのなら、いくらでも使ってほしいのです」

 

3人とも二つ返事で了承してくれた。特に五月雨さんは、今の力の使い方がまだよくわかっていないらしく、その練習のためにも訓練したいそうだ。その方が予測外の行動をしてもらえて私としてはありがたい。

 

「で、僕らは誰を相手にすればいいのかな。朝潮だけだと意味が無いだろう?」

「そうですね。今空いてるのは……あ、ちょうどいいところに。吹雪さん、ちょっといいですか!」

 

敵は狙い澄ましたかのように姉妹艦をぶつけてくる。おそらくそれもこちらの動揺を誘う戦術なのだろう。効果は絶大である。

残っているのは吹雪さん、叢雲さん、漣さん、睦月さん、そして大潮。この中で一番関わりがあるのは吹雪さん。自分自身がいる上に、実妹である叢雲さんと、義妹扱いの漣さんがいる。自分の手で救出することを強く望んでいる。

 

「そういう訓練するんだ。じゃあ私も参加するよ。叢雲と漣を助けなくちゃだしね」

「じゃあ、あたしも参加していい? 救出対象に漣いるんでしょ?」

 

そこに敷波さんもやってくる。漣さんは綾波型。つまりは敷波さんの妹。ここに来て潮さんのことを気にかけている姿を見るくらいには、敷波さんも妹のことを大事にしていることはわかる。

 

「3対3だから丁度いいんじゃないかな。朝潮がいることで何処までやれるかは、僕も知りたいよ」

「電は身を以て知っているのです。2人がかりを相手にして、こちらの攻撃一切当たらなくなったのです」

 

数的優位があればそれくらいはできるだろう。それに、今回のように自殺や同士討ちまで考えることは無かったので、まだ読みやすい。

今回は実質2対3。私が2人を何処まで押し上げられるかが決め手。そのための訓練でもある。

 

「どういうルールでやるんだい?」

「本番を想定すると……こちらの勝利条件は全ての武器の破壊です。敗北条件はそちらに傷が付くことと、こちらの轟沈判定ですかね」

「ハード過ぎないかな……。私、深雪ほど射撃精度高くないよ。対空特化なところあるし」

 

深雪さんのようにオールマイティを目指さず、基本は対空でやってきている吹雪さんだが、それでもこの鎮守府では貴重な全ての行動ができる艦娘だ。低速化の欠陥(バグ)は割と簡単に覆せるということを、白露さんや深雪さんと一緒に体現している。

 

「んなこと言ったらあたしはどうすんのさ。ここの人達みたいな特化な訓練なんて受けてないんだかんね」

「でも深海艦娘になる前の深雪さん並にはオールマイティでしたよね。精度もなかなか」

「頼りにしてるよ敷波ぃ」

 

敷波さんに抱きつく吹雪さん。ここの吹雪さん、敷波さんが言うには、他よりも若干癖が強いらしい。

 

「とにかく、そのルールでやればいいんだよね」

「はい。よろしくお願いします」

 

吹雪さんの言動はさらりと流し、訓練の準備に取り掛かった。

 

 

 

領海内の一角。3人で向かい合って並ぶ。が、私の後ろには霞も立っていた。この訓練のことを話したら、ついてくると言って聞かなくなったからだ。

今回は狡猾な手段を使われることを前提とした訓練という名目で、私の訓練に皆を巻き込んでいるようなものでもある。それも、脳に強烈な負荷をかける『未来予知』の訓練だ。私が倒れる可能性を考えた霞は、私の保護者としてここにいる。

 

「前にも言ったけど、私は最初から今までを知ってるんだから。無理して壊れるような真似する前に私が止める」

「危ないと思ったらブレーキをかけるってことね」

「鼻血なんて出したら承知しないんだから」

 

出さないという保証はない。何せ、極限まで感覚を研ぎ澄ます予定でいるのだから。

 

演習開始と同時に目を瞑る。自分を含めた6つの反応にのみ集中する。真後ろにいる霞の反応すら無視。

今回の演習、深海艦娘側は()()()()()()()()というルールだ。私達の敗北条件はあちら側に傷が付くことというものがある。よって

 

「これで勝ちってことだよね」

 

白時雨さんは容赦なく()()()五月雨さんに砲を向けた。なるべく痛くない足元を狙っているが、当たれば傷がついたと同じこと。私達の負け。

 

「読んでますよ。白時雨さんが一番シビアですから」

「うわ、ホントにやったよ」

 

敷波さんが白時雨さんの主砲を撃ち、射線を変えた。五月雨さんには当たらない。ついでに武器破壊も成功。さすが敷波さん、いい精度だ。

 

「吹雪、10時移動。敷波、2時移動」

「私が電に行けってことかぁ。義妹(いもうと)ちゃんと戦うのは心苦しいんだけどなぁ」

 

そう言いながらも、割と容赦なく武器を狙って撃つ。確かに深雪さんほどの精度は無いが、それでもなかなかのもの。電さん自身には絶対に当てないように細心の注意を払っているせいであまり精度が出ていないという程度だ。

吹雪さんは妹を溺愛するあまり手加減するものだと思っていたが、むしろ溺愛するが故に容赦しない。姉の威厳と言っていた。その辺りは白露さんと同じかもしれない。

 

「ふ、吹雪ちゃん、結構容赦ないのです!」

「そりゃあね。勝ちたいもん」

 

思考を没入させる。今やりそうなことを全て洗い出す。

武器を失った時雨さんは現状放置状態。魚雷と艦載機、そしてバックパックの連装砲がまだ残っている。時雨改二特有の装備と聞いているため、要注意。

電さんは吹雪さんに攻撃されているが、思ったより余裕そう。視線は五月雨さんの方。周りを気にかけながら戦っているが、吹雪さんの隙も探している。

その五月雨さんは敷波さんと交戦中。本人の性格か、余裕が一切見えない。が、深海艦娘のスペック差で互角以上。五月雨さんは他を攻撃することは無さそう。

 

「もっと深く……もっと深く……」

 

演算能力を上げ、全ての行動を予測し、最適解を算出。予測を確定させ、次の行動を考え、指示。

フリーの白時雨さんが一番危険だ。この状態なら、バックパックからの砲撃が両サイドに飛ぶ。止める必要がある。

 

「吹雪、3時攻撃」

「ちょっ、てぇーっ!」

 

微妙に体勢を崩しながらも、電さんを見据えながら真横への攻撃。その時の白時雨さんは丁度バックパック変形中。予測通り。隙にもなっているし、止めないと2人同時に攻撃される可能性もある。これを止めるのが最優先事項。

 

「えっ、くぅっ!」

「姉さん、白時雨中破判定。負けよ」

「あ、しまった」

 

演算に集中しすぎて、本人に当ててしまった。吹雪さんも咄嗟すぎてバックパックのみを狙うことが出来なかったのだろう。これは私の指示ミスだ。

方向を時間単位で説明するのは、手っ取り早い代わりに精度が本人任せになってしまう。

 

「洗礼を受けた気がするよ……」

「ご、ごめんなさい。武器だけってところが頭から抜け落ちました」

「私も見てなかった。ごめんごめん」

 

電さんの時は相手が1人だったから何とかなっていたのだろう。コントロールは3人だけ。敵は1人だけ。それなら余裕は無いにしろ、傷をつけずに救出可能。

だが、3人ともなると難易度が数倍に跳ね上がる。それに、たったこれだけでも負担が段違いだった。すでに頭痛の前兆が来始めている。

 

「姉さん、頭痛は」

「まだ大丈夫。もう一度」

「また僕が狙われるのかな」

「根に持たないでください。本当に狙いますよ」

 

 

 

その後も何度か訓練に付き合ってもらったが、なかなか上手くいかないでいた。本人に当ててしまうか、吹雪さんか敷波さんが轟沈判定に持っていかれるかのどちらか。深海艦娘は火力が高いので、直撃が直接死に繋がる。

今のままなら本人の判断に任せた方が戦える気がする。私のせいで危険に晒してしまっているのではないか。

 

「次を最後にさせてください。そろそろ負担が」

「はいはい。朝潮ちゃんも無理しちゃダメだよ」

 

頭痛が少ししている状態。これを最後にしないと明日に響く。

 

「それでは……始めます」

 

いつも通りの思考への没入。今日だけで何度もやっているだけあり、すぐさま戦場が手のひらの上に。だが、これだけでは足りないことはわかっている。

深く、深く。さらに思考の奥底へ沈む。まだ足りない。さらに奥へ。他の思考も全て反応へ注ぎ込む。雑念を捨てる。

 

「よくよく考えたら、朝潮が無防備だよね。あちらを狙えばいいんじゃないかな」

「白しぐちゃん、本当にズル賢いのです」

「賢いだけでいいんだよ電。ズルくない」

 

白時雨さんがこちらを向いている。私を狙っている。動かないのだから当然だろう。今までやってこなかったのが意外なほどだ。

 

「敷波、5時攻撃。吹雪、3時移動」

 

今の言葉、()()()()()()()()()。今までで溜まった経験値が、それを可能にしていた。気付いた時には指示を出している。

白時雨さんが撃つ場所はわかる。自然と身体が避ける。また考えずに動いた。何度もやり続けることは間違いではなかった。

 

「さすがに当たらないか」

「白しぐ姉さん、私やられてるから立て直して!」

「五月雨、艦載機使いなよ。電も。6つ同時なら撹乱できるよ」

 

艦載機が反応に増えた。ここまで来るともう関係ない。

 

「吹雪、5時移動8時攻撃。敷波、10時移動」

 

行動に思考を使っていなかった。私自身が電探になったような錯覚。人間の形をした演算装置として、ただ指示を出すのみになっている。行動に使う思考が全て先読みに使われ、1秒以上の『未来予知』を可能にしていた。

 

「……以上。これで終わったと思いますが」

 

目を開く。深海艦娘側の武器全てにペイントがべったりとこびりつき、艦載機も墜とされている。が、残念なことに電さんが大破判定だった。どこを見落としたか。

 

「惜しかったね朝潮ちゃん。最後、ギリギリのところで電が自爆したんだよ」

「あっ、それが先読みに入ってませんね……。今までやられてなかったから」

「自分でやるのは勇気がいるのです……」

 

演習が終わり、気が抜けた瞬間だった。鈍器で殴られたかのような頭痛が一発。あまりの衝撃に気を失いかける。急いで電探を切ったところ、すぐに治った。

 

「姉さん!?」

「大丈夫よ。酷い頭痛が来ただけ。電探を切ったら治ったから、初めて使ったときとは違うわ」

 

それでも身体の消耗が異常。脚から力が抜け、霞にもたれかかる形になってしまう。

 

「無理するなって言ったでしょうが!」

「わかってるわ……でもね霞。もう無理しないとダメなときなの」

 

これだけやっても電さんの自爆が止められていない。ということは、同じことをされたら深海艦娘が助けられないということだ。誰もが無事に終わるためには、私がこの負担に耐えられるように訓練を続けるしかない。

 

「司令官にも許可を貰ったわ。だから霞、私を見守ってて。壊れる前にブレーキをかけてちょうだい」

「……本当に意固地なんだから。私が姉さんのストッパーになるから、これをやるときは必ず私を側に置くこと。いいわね?」

「ええ。霞が止めてくれるなら遠慮なくできるわ」

 

あの感覚を忘れないように、これからは毎日訓練を行う。何度も何度も同じことを繰り返し、脳の容量(キャパシティ)を増やすことが今後の目的だ。最低限、頭痛がなくなるまでは鍛えなくてはいけない。

 

もうあまり時間もないだろう。多少無理してでも必ずモノにして、これからの辛い戦いに活かしていこう。皆を無傷で助けるために。




現状の深海艦娘組のリーダーは時雨君。深雪は後から変化した上に半分だけだし、電と五月雨は人を引っ張るタイプじゃないので、必然的にこうなる。


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戦艦の良心

行動予測の最終形『未来予知』の訓練を始めた私、朝潮。初日でそのコツを掴めたように感じたが、強烈な頭痛だけはどうにもできない。せめてこれが無くなるまでは訓練に訓練を重ねていかねばならないだろう。いざという時は霞が止めてくれる。今は無理をしなくてはいけない時だ。

 

余裕があるときは訓練をするが、私だって鎮守府配属の艦娘だ。当然任務だってある。

今日は防衛線の警護任務に参加する。基本的には戦艦と空母の方々がカタをつけてくれるのだが、火力のみでなく戦闘補助も必要。今回の私は対空の役割でこの場にいる。駆逐艦での参加者は私のみ。あとは全員戦艦という超火力偏重。空母隊はお休み中で、艦載機は陸上型深海棲艦に任せている状態。

 

「アンタ、また無理し始めたらしいわね」

 

待機中、仁王立ちの山城さんに言われた。相変わらず陸上型陣地のど真ん中で敵を見据えている。圧が日に日に上がっているようにも思える。

 

「今はその時だと思いまして」

「ほどほどにしておきなさい。焦って壊れたら意味がないわ」

「ありがとうございます。大丈夫です」

 

目もくれずに話してくれているが、心配してくれているのもわかる。厚意は素直に受けよう。

 

「援軍の戦艦2人はどうですか」

「役に立つわ。特に金剛。戦い慣れしてる」

 

その金剛さんは今、榛名さん、ウォースパイトさん、ミナトさんを巻き込んでティータイム中。陣地にテーブルとティーセットまで持ち込んで優雅なひと時。敵がいないときは好きにできる時間だが、ここまでリラックスしているのは初めて見る。とはいえ全員艤装を装備しているので、すぐに戦闘行動に移せる。

 

「Tea timeは大事にしないとネー。はい、ヒメ。お菓子もありマスヨー」

「ウマイカラスキダ。アリガトウ」

「んふー、可愛い子デスネー」

 

レキさんと同じくらいの社交性。ここに来てすぐに全員と仲良くなっていた。深海棲艦も含めてである。

 

「呑気なものよ。でも、それくらいの方が本領発揮できるのかもね」

「ヘーイ、山城ー! 貴女もどうですカー?」

「今は警護の時間。後から貰うわ」

 

今まで数少なかった戦艦組も、ここに来て一気に増えている。出向、援軍とはいえ長門さん、金剛さん、ビスマルクさんと加入したことで、戦艦だけでも7人。戦艦主砲が扱える人で5人となっている。

特に大きいのは出向の長門さんだ。ビッグ7の名に恥じぬ超火力と、誰とでも連携できる一斉射は頼りになりすぎるほど。

 

「敵艦載機が索敵範囲に入りました」

「テイサツキダ。ソロソロクルゾ」

 

ミナトさんが金剛さんからのお茶を片付け、迎撃の準備に入る。ティータイムが邪魔されたことを残念そうにする金剛さん。そして、それ以上に憤慨しているのはウォースパイトさんである。お国柄だろうか。

 

「優雅なTea timeを邪魔するなんて、礼節がなっていないようね。ナガト、ムネアツは私がやるわ」

「いいだろう。準備してくれ」

 

長門さんの一斉射を皮切りに、山城さんとガングートさんが特攻。それを主砲組で援護というのが基本的な流れ。この戦術になってからより力が発揮できているのは榛名さん。火力担当が増えたことで心に余裕ができ、十全の力が発揮できている。

 

「カンサイキヲダスゾ」

「ワタシモダス!」

 

ミナトさんとヒメさんが艦載機を発艦。相変わらず数が多く、制空権確保も容易だ。撃ち漏らしを私が対空砲火で迎撃するのみ。

 

「索敵範囲に入りました。方向はそちらであってます」

「では、ウォースパイト、行くぞ! 一斉射! 撃てぇーっ!」

「Fire! fire!! fire!!!」

 

相変わらずの火力で敵陣のど真ん中を薙ぎ払った。それだけで敵部隊の大半が消し炭となり、残りはイロハ級を壁にしていた鬼級姫級が数体と、端にいたイロハ級程度。

 

「戦艦棲姫2、軽巡棲姫2、駆逐古姫1ですね」

「最近そのシフト多いわね……。ガン子、戦艦行くわよ」

「懲りない連中だな。まったく」

 

ぼやきながら陣地から降り、戦艦棲姫に突っ込む。ガングートさんも一緒に、もう片方の戦艦棲姫へ。

 

「ビス子は長門と軽巡お願いしマース」

「ええ、前回と同じね。あとビス子言うな」

「榛名はお姉様ともう片方の軽巡を!」

「OKネー。スパ子は駆逐をよろしくデース!」

「ハルカゼのそっくりさんね。Leave it to me」

 

戦艦組の司令塔は金剛さん。山城さんとガングートさんが止められないのを考慮して、主砲組の指示を一手に引き受けている。戦闘経験が榛名さんよりも多く、あちらの鎮守府では最古参の戦艦だそうだ。

 

「ミナトとヒメはイロハをお願いしマース! 榛名、Follow me!」

「榛名、頑張ります!」

 

姉妹と出撃することでやる気が120%くらいになっている榛名さんは、金剛さんよりも活躍するほどの動き。連携もさることながら、個々の実力も相当なものだ。そして金剛さんは司令塔ができるだけあり、一歩引いた戦い方もできる。実戦経験の差が如実に表されていた。

 

「私達を見くびっているのかしら。同じのばかりぶつけてきて」

「ぼやくなぼやくな。鎮守府を守れているのだから、今はそれでいいだろう」

 

ビスマルクさんがそう言うくらいなのだから、余程似たような敵ばかり出てきているのだろう。敵側にも何か思惑があるのか、それとも。

 

「まぁいいわ。このビスマルクに立ち向かうとはいい度胸ね。沈めてあげるわ! Feuer!」

 

海外戦艦の中でも屈指の力を持つビスマルクさん。主砲の威力もそうだが、特筆すべきは魚雷が装備できること。()()戦艦が装備できないものが装備できるということで、唯一無二の能力を持っている。

そう、()()はだ。ここには元深海棲艦特有のスペック変更により同じことができるガングートさんがいるため、ビスマルクさんの唯一性が失われてしまっていた。そのせいでガングートさんのことをものすごくライバル視している。

 

「ハッ、この程度でこのビスマルクに向かってこようだなんて」

「イロハ級にも気をつけろビス子」

「わかっているわよ! 長門までビス子言わないでくれる!?」

 

軽巡棲姫が一撃の下に撃破され、すでに雑多なイロハ級の掃討に入っている。

戦艦だけの部隊はとにかく戦闘が派手だ。爆音に次ぐ爆音、大きく立ち上る火柱、乱れ飛ぶ敵の残骸。その力が北の戦場で使えないのが本当に惜しい。深海艦娘を全員救出できたら、その力を遺憾なく発揮してもらおう。

 

「終わったわよ」

「今日のは輪をかけて弱かったぞ」

 

戦艦棲姫2体もすぐさま処理していた。以前あれだけ苦戦したのが嘘のようだ。単に強くなったのか、戦闘に慣れたのか、はたまた敵に何か思惑があるのかは知る由もない。

 

「こちらも終わったわ。ハルカゼのそっくりさんを撃つのは少し心苦しかったけれど」

「終わったデース! さっすが榛名、お姉ちゃん感激ダヨー!」

「榛名、頑張りました! 金剛お姉様のおかげです!」

 

姫級も全滅。防衛戦はこれで終了。私は結局ほとんど何もやっていない。あわよくば訓練に使おうかと思っていたが、危なげなく無傷での勝利である。戦艦の火力、おそるべし。

 

 

 

再びティータイムに戻る。私もお呼ばれして、膝にヒメさんを乗せながらくつろぐことに。金剛さんの淹れる紅茶はとても美味しい。今度淹れ方を教えてもらおう。

今はガングートさんと長門さんが警護をしているため、山城さんも参加中。

 

「紅茶が美味しいネー。戦闘の後はより美味しい気がシマース」

「ホント美味しいわね……。どうやったらこんな風に淹れられるのかしら……」

「後から教えてあげるネー。愛しの提督に淹れてあげなヨ」

 

顔が赤くなる山城さん。こういった形で山城さんが弄られているところを見るのは新鮮だ。

 

全艦娘で見ても、金剛さんは艦として歴史のある人。艦の生まれだけでいうなら、旧式と言われている天龍さんや山城さんですら金剛さんの歳下に当たる。金剛さんより歳上なのはガングートさんくらい。

だからか、金剛さんはとても面倒見がいい。そして、それに対して誰も反発しない。ビスマルクさんも漫才みたいな掛け合いはするものの、金剛さんには信頼を寄せている雰囲気は見える。

 

「でも、ここの戦場は今までとちょっと違うネ。深海棲艦が毎日来るなんて初めてヨー」

「普通ではあり得ないような敵ばかりですからね。深海艦娘がその筆頭ですけど」

「艦娘を改造する深海棲艦は聞いたことないデース。早く助けてあげないとネ」

 

助けられる方法はわかっているのだ。なるべく早急に全員助けてあげたい。だが、敵の出方も変わってきている。学習してきているのは想定外だ。

 

「朝潮、さっきも言ったけど、焦らないように」

「わかってます。焦りは禁物ですからね」

 

山城さんに念を押される。無理をしているのは百も承知。

 

「今はTea timeを楽しんでネー。ゆっくり休憩することが、BestなPowerを出す秘訣ネ」

「ありがとうございます。糖分が頭に染み渡るようです」

 

戦場のど真ん中でお茶会を開くなんてとんでもないことだが、気を張り続けるのも疲れるだけだ。和やかに敵を待つ。それだけでも気分は良くなるものだ。余裕があるだけで、スペックを高めることができる。

 

「朝潮は頑張っちゃう子なのネー。無理しすぎることは一番の遠回り。覚えておいてネ」

「はい、肝に銘じておきます」

 

金剛さんとお話をするだけで、疲れが取れるような、ヒーリング効果があるような気がした。直接聞いてはこないが、見据えたように核心をついてくるようなことも沢山ある。実戦経験、人生経験の差だろうか。

 

「敵が来ないと暇なものね。金剛、私にも一杯貰えるかしら」

「OKヨー。ついでに朝潮と山城にお茶の淹れ方教えてあげるネー」

「ありがとうございます。私も戻ったら妹達に淹れてあげます」

 

山城さんもなんだかんだ素直にお茶の淹れ方を聞いていた。慎重に丁寧に淹れていたので、ものすごく震えていたのが印象的だった。

 

 

 

警護任務が終わり、鎮守府に帰投。あの後にもう一度襲撃があったが、結局私の出番などなく、戦艦の圧倒的な火力で速攻撃破。

だが、また戦艦棲姫がいたのは気になる。私が以前に交戦した敵部隊にも戦艦棲姫がいた。ウォースパイトさんの後輩といえば聞こえはいいが、立て続けとなると何かあるように思えてくる。

 

「姉さんは考えすぎ。そんなんじゃ疲れ取れないわよ」

「そういったことは司令官様にお任せしましょう。御姉様は身体と頭を休めてください」

 

進言だけはしておいたので、これからのことは司令官が決めてくれるだろう。私は指示に従うだけだ。

 

「それで、今度は紅茶?」

「金剛さんに淹れ方を教わったの。2人に飲んでほしくて。ちょっとしたお茶会だと思って」

 

茶葉も少し分けてもらってきた。金剛さんほど上手には淹れられないだろうが、少しでも私が楽しんだお茶会を再現できれば。いや、戦場で艤装をつけたままのお茶会はさすがに再現できないか。

 

「ふぅん、金剛さんのね」

「御姉様の淹れてくれたお茶……大切に飲まなくては」

「美味しく飲んでくれればいいから」

 

自分なりには上手くできたと思う。酷いものを出すことにはならないだろう。

 

「うん、美味しいわね」

「はい、とても。御姉様の愛情を一雫残らずいただかせていただきます」

「概ね間違ってないけど言い方」

 

喜んでくれたのなら何よりだ。特に霞にはまたお世話になりっぱなしだし、多少なり恩を返せたようでよかった。

紅茶を淹れるとき、何よりも相手の喜ぶ姿を想像しながら淹れろというのが金剛さんの教えだ。春風の言葉もそんなに間違っているわけではない。

 

「ありがと。また淹れてほしいくらいね」

「わたくしも是非。今度はわたくしが淹れられるようにしたいですね」

「喜んでもらえたのなら何よりだわ」

 

こんな辛い戦場でも、こうやって心休まる時間があれば耐えられる。当然負ける気などない。だが不安が大きいのは確かだ。その不安がほんの少しでも和らげることが出来たのなら、お茶会は大成功と言えるだろう。

金剛さんには感謝しかない。遠回しにだが悩みも聞いてもらい、お茶という形で余裕もできた。さすが司令塔。

 




金剛は戦艦の中ではリーダーシップに溢れる良キャラ。年の功……と言ってしまうと怒られそうですが、ハイテンションの中に落ち着きもあって、視野が広いんですよね。提督絡みになるとぶっ飛ぶだけ。


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最良の道

防衛線の襲撃は不定期だが続いている。丸一日来ない時もあれば、一日で何度も来る時もある。時間もまちまち。夜間部隊の話も少し聞いたが、日が昇っているときと同様に襲撃を受けるそうだ。今でこそ防衛線は守られているが、それこそ何があるかわからない。北の攻略は急を要する。

 

私、朝潮はまだまだ『未来予知』の訓練中。約束通り、霞がいる時にしかやっていないものの、必ずあの没入感を感じるくらい深く思考するようにしている。

初めて訓練として始めた日、その最後の訓練で感じた、自分が電探になった感覚に少しずつ慣れている。ただし、その度に鈍器で殴られたような頭痛がした。緩和はされているものの、消耗があまりにも激しい。

 

「では……始めます」

 

今も訓練中。まとめて3人を相手にするのは辛いということで、1対1を支援する形から慣れていくことにしている。今は白黒時雨さん運命の演習中。私が黒側。

話す思考と動く思考を先読みに使い、他の思考は全て電探の反応の確認。何度も何度も同じことを繰り返したおかげで、思考の整理は容易にできるようになっていた。

 

「5時移動、2時攻撃」

 

言葉も勝手に出る。いい流れだ。当然今回のルールもいつも通り、白時雨さんは何でもあり、黒時雨さんは武器破壊のみの、深海艦娘救出ルール。私は方向しか言えないので、正しい照準は本人任せになる。だが、1秒以上の未来を視ているおかげで、照準を合わせる余裕はあるはずだ。

 

「すごいね、そこに来るって感じだ」

 

まず手に持つ主砲を破壊。

 

「11時攻撃、少し上」

 

撃った瞬間に艦載機が発生。移動する間もなく即座に破壊される。

 

「2時移動、9時攻撃」

 

進むことを予知し、すれ違いざまに撃つことでバックパックを破壊。

 

「以上」

 

目を開ける。白時雨さんも黒時雨さんも無傷。白時雨さんの武器にのみペイントがべったりこびりつき、艦載機も墜ちていた。理想的な状態だ。

頭痛もしたが、以前までの鈍器で殴られたような頭痛ではなく、大分緩和された痛み。それでも息が詰まるくらいは痛いが、電探を切ればすぐに頭痛は治っていく。

 

「っく……ふぅ。やっとここまで来た……」

「始めてからまだ5日目よ。充分でしょ」

 

毎日寝る前や、朝起きてからなど、霞がいるときには必ず訓練をしていた甲斐があるというものだ。元々電探を使っていたことで()()()()していたらしい。鈍痛も日を追うごとに薄れていき、今の状態である。

 

「君は本当に僕にだけは容赦ないよね」

「君は僕だからね。手加減なんてしている余裕が無いんだよ」

「同族嫌悪かな」

「そうかもしれないね」

 

時雨さん同士の戦いは実際何度もやっている。今回は私が黒時雨さん側についたが、基本は私無しでの私闘のような個人演習だ。黒時雨さんは援軍のため、白時雨さんは深海艦娘のため、どちらも欠陥(バグ)無し。実際、私の訓練には本当に役に立つ。

 

「で、今はどっちの時雨が強いのよ?」

「勿論僕、白しぐだよ。オーバースペックだからね」

「悔しいけど、個人のスペック差は簡単には覆せないよ。やっといい勝負にはなってきたんだけどね」

 

個体差がここにも出ており、白時雨さんは黒時雨さんよりも少しだけテンションが高い。物静かでクールなイメージの黒時雨さんに対し、少しおちゃらけてくる白時雨さんはその2つのイメージを意図的に崩している感じ。

深海艦娘となった影響なのか、悪態をついた記憶が残っている影響なのか、時雨さん含めて深海艦娘の3人は割と思ったことを口に出してくれる。電さんや五月雨さんも、私の訓練の時にダメ出しをしてくれるので、スムーズに成長できている気がした。

 

「さ、朝潮、まだやるかい?」

「そうですね。頭痛も治ったのでもう一度」

「はあ……何言っても聞かないのよねこうなると」

 

頭痛もすっかり引いたので、呆れる霞を尻目に電探を再起動する。場合にもよるが、再起動で頭痛がぶり返すことも最近はそこまでない。訓練がしやすくて助かる。

改めて反応を確認していると、ふと気になる反応が見つかった。

 

「あれ、神通さんと北上さんが……」

「ここに来てからは無かったけど、演習(ケンカ)かい?」

「おそらく」

 

あまりいいことでは無いが、あの2人は喧嘩を通して研鑽している節もあるので止めることも躊躇いが出る。実際、実弾で喧嘩をするようなことはなく、個人演習の延長線上だ。

 

「大井さんが見ているので大丈夫だと思いますけど……」

「大丈夫なのかい? 僕らと違って許可を取ってない演習なんじゃ」

「いや、多分取ってます。あの2人はそういうところ抜かりないので。いや、多分大井さんが前以て司令官に話してますね」

 

反応が周りに集まっている。援軍2人の大喧嘩だからだろう。知っている援軍組はともかく、この鎮守府の艦娘には何事かと思えるような事態だ。

 

「どんどん人が集まってますね」

「なら僕らも見に行こう。朝潮も気になって訓練にならないだろう?」

 

気になっているのは白時雨さんの方なのでは。

 

「というか頭を休憩させなさいな。息抜きに他人様の喧嘩を見に行くってのもアレだけど」

「霞が見に行きたいだけなんじゃないの?」

「そんなことないわよ」

 

確かに休憩は必要である。ということで、2人の演習(ケンカ)を見に行くことにした。あの戦い方は参考になる部分もある。

 

 

 

現場は訓練中だった艦娘で人だかりが出来ていた。神通さんの実力は天龍さんとの演習で知らしめられており、北上さんの実力は戦艦水鬼との戦闘の際に痛いほど理解させられている。その2人の演習だ。どちらが勝つのかは誰もが興味を持つところ。

 

「あら朝潮、さすがに勘付いたみたいね」

「大井さん、今の2人の戦績は」

「113戦、北上さんが48勝47敗18分で勝ち越してる」

 

あの後からもうそんなに喧嘩しているのかと思うと少し呆れてしまうが、あの2人を知っているのならそうなのかもと納得できてしまう。

 

王道を突き詰めた神通さんと、邪道を突き詰めた北上さん。戦い方は正反対だが、互角に戦っているのだから、どちらもやり方が間違っていないというのがわかる。

特に北上さんは何から何までおかしい。よく言えば臨機応変、悪く言えば手段を選ばない。欠陥(バグ)を持っているわけでなくても、使えるものは全て使うという考え方だ。どちらかといえば私達に近い。わざと自分の魚雷を撃ち抜いて水柱を目くらましに使うなど、私達にはできない芸当。

 

「何あの戦い方……あの場で考えてるの?」

「戦艦水鬼との戦いの時からあんな感じだったじゃない。あの人その場その場で対応してるの」

 

神通さんもたまにそれに引き摺られそうになる時があった。一度見た行動は自分でも出来るようにするのか、ついには手に持つ主砲で北上さんの砲撃を払う、天龍さんの回避方法をマスターしていた。刀と主砲ではまったく勝手が違うので、どちらかといえば山城さんに近いか。

 

「すごいねあの2人。僕も見習おう」

「白い僕、あれは見習っちゃいけない」

 

黒時雨さんは神通さんタイプ。王道を突き詰めている。だからか、白時雨さんは邪道に行こうとしているようだ。

同じ顔が2人いると、こういうことが起こるのだなと、改めて思う。私も自分と出会う機会があったが、私とは別の方向に進んでほしいと思えた。これも一種の同族嫌悪かもしれない。

 

「うわ、マジかぁ……」

「これで48勝。勝ち越されているのがどうにも許せませんでしたから」

「龍田の訓練するようになったからかねぇ。妙な動きが入ってきてるんだよなぁ。よし、次は対応できる」

 

北上さんの主砲が弾き飛ばされ、容赦なく顔面にペイント弾を撃ち込んでいた。今回は神通さんの勝ち。終わってからも駄目押しで一発入れていたのは、私怨が入っている。

でも今回の喧嘩の原因は何だったのだろう。私が見た前回は、煽り合いの末に北上さんのサボりグセを正す為だった。大井さんが言うには、結構くだらない理由の時もあるそうだ。目玉焼きにかけるのがソースか醤油かとか、私にはよくわからないがキノコかタケノコかとか。

 

「では私が勝ったので、北上さんには仕事をしてもらいます」

「ったく、しゃあないなぁ。で、何させるつもりなんよ」

「訓練の教官を。警護任務がないときにやってください。特に雷撃訓練」

「うえ、めんどくせ」

 

今回も仕事をさせるためだったらしい。北上さんの雷撃訓練、これは参考になるのだろうか。直感と対応力でその場を乗り切る北上さんは、正直教官には向いていない気がする。

 

「大丈夫。北上さんは教えるの上手な方よ。むしろ神通より成長できるわ」

「どういうことです?」

「だって、神通はできるまで扱き続けるタイプだもの。うまく気が抜ける北上さんの方が頭に入るわよ。身体に無理矢理刻み込むか、段階踏んで頭に刻んでいくか、どっちがいい?」

「なるほど……」

 

即効性なら神通さん、確実性なら北上さん、というところか。私は神通さんタイプで訓練をしているので何とも言えない。同じことをしている人がいないので、無理矢理自分に刻み込むしか手段がない。

 

「北上さんが教官をするなら、私も手伝うわ。特に霞、アンタ雷撃特化だったわよね。訓練来なさいな」

「そうね……北上さんの動きがモノにできるなら、是非とも参加したいわ。姉さんを守りやすくなるでしょ」

 

北上さんと大井さんの訓練なら霞にはいい刺激になりそうだ。重雷装巡洋艦レベルの雷撃が可能になったら、どれほど頼もしいことか。

 

「じゃあ僕も北上さんの訓練を受けよう。黒い僕は神通さんの訓練を受けているんだろう?」

「元の鎮守府の方でね」

「僕はここでしか出来ないし、このチャンスを使わせてもらおうかな」

 

北上さんは大人気。単純に強いというのもあるが、あの緩い感じが思った以上に人を引き寄せる。駆逐艦嫌いは、それでまとわりつかれるのを嫌っているだけなのだろう。皆が北上さんの魅力に気付いていくのを、大井さんは喜んでいた。

 

「あ、そうでした。もう一つ。朝潮さん、少しいいですか?」

「私ですか? な、なんでしょう」

 

急に神通さんに呼び出されて不安しかない私。北上さんに勝って上機嫌なのはわかるが、その流れで私となると、もう演習の相手をしろくらいしか思い浮かばない。

 

「朝潮さんに攻撃を当てることは一つの課題です。なので、一度演習をお願いします」

「やっぱり……。私攻撃できないんですけど」

「一定時間避け続けてくれればそれでいいです。5分、いや、3分でいいので」

 

私の訓練の成果を確認することも出来るので、この訓練はアリといえばアリ。ただ、これを容認すると、今後私を的にする訓練が当たり前のように行われそうで怖くもある。

神通さんの攻撃が全て避けられるのなら、『未来予知』はさらに完成に近付くだろう。頭痛の克服だけとなれば御の字。

 

「わかりました。神通さんも意固地な人ですし、断ってもまた頼まれると思いますから。ここで一度やっておきます」

「ありがとうございます」

 

こういう形での演習は初めてなので少し緊張する。回避訓練は幾度となくしてきたが、それは他にも人がいた。私のみが集中砲火を受ける状況ではない。それも、相手があの神通さん。天龍さんとほぼ互角、軽巡でもトップクラスの実力。

 

「……開始します。どうぞ」

 

思考への没入までの時間は、使うたびに早まっていた。今では即座に沈むことができる。

反応は私と神通さんのみを意識。視覚も、聴覚も、全て先読みに回す。考える前に、身体を動かす。1秒、もっと先を見据え、次の行動、次の次の行動を視る。

 

「左へ……構え……フェイント……足元……」

 

自分への攻撃しか考えていないため、勝手に口から出るのは神通さんが次にするであろう行動。見ていないのでその通りにやっているかは反応からしか判断できないが、私に痛みが無いのなら、それは正解であり、キチンと避けられているということだろう。

 

「直進……頭……旋回……」

 

先へ。もっと先へ。神通さんが行うであろう行動を全て読み、神通さんが考えるであろう最善の手を紐解き、それを回避する。

 

「急停止……胴……」

 

当てやすいように至近距離に来ている。避けづらいであろう胴体を狙ってくる。そうすることは読めている。急に撃つ方向を変えてくるのもわかる。私の身体がついていければそれでいい。

 

「接近……格闘……旋回……肩……」

 

一旦白兵戦まで挟んできた。天龍さんや龍田さんと戦っているのだから、それくらいはしてくるだろう。予測に入れておいて正解だった。まだ慣れていない白兵戦故に躱すのも簡単だ。

 

しばらくそれを続けても、自分に痛みを感じることは無かった。痛覚も先読みに回す、なんてことはまだやっていないつもりだ。

 

「……時間経ちましたよね。以上」

 

目を開く。自分が無傷であることを確認し、来るであろう頭痛に備える。後頭部を殴られたかのような頭痛が一発。最初の鈍器で殴られたかのような頭痛よりは格段に軽くなっているため、自分が成長したと確信できた。すぐに電探を切り、頭痛を止める。少しはクールダウンした方がいいだろう。

 

「ありがとうございました。自分が成長できたことがわかりました」

「本当に当てられないなんて……」

 

北上さんとの演習(ケンカ)から流れでやったため、周りにはまだギャラリーが残っていた。聴覚も先読みに回していたため、何を言われていたかも私にはわからない。ただ、演習終了と同時に大歓声が響いたので、理想的な形で演習を終えられたのだと思う。

 

「よくやってくれたよ朝潮ー。あたしに勝って上機嫌な神通を折ってくれたのは偉いね」

「そんなつもりは無いんですけど」

「いやいや、大したもんだ。五感のいくつかを先読みに使うなんて、もう何か違うところ行ってるよ」

 

ここで驕ってはいけないのだが、やりたいことができたというのはとても気分がいい。だが、まだ相手は1人、コントロールする対象も自分だ。これを複数の相手に対し、味方複数をコントロールできるようになれば完璧。

 

「次は当てますから」

「勘弁してください。ただでさえまだ完璧とは言えないのに、神通さん相手は負担が大きすぎます」

「二水戦旗艦様が子供虐めとは、堕ちたもんだねぇ」

「北上さん、2戦目です。減らず口を叩けなくしてあげます」

 

また演習(ケンカ)が始まりそうだったので、退散することにした。巻き込まれては困る。

 

成果が確認できたのは良かった。自信に繋がるし、間違ってなかったと自分を納得させられる。この力をもっと鍛えていけば、皆を守ることができるだろう。

攻撃できない私が選んだ、最良の道。全員のサポート、背中の目、その全てに繋がる。これが私の、誰にでも自慢ができる生き方だ。




ここの神通は無駄に喧嘩っぱやくなってしまってますが、史実を性格に反映させると、神通は割と乱暴でもいいくらいなはず。


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想定外

神通さん相手に無傷で回避し続けられたことで、自分の戦い方に自信が持てた私、朝潮。このペースで訓練を続け、誰もが無傷で終わることのできる戦場を作っていこう。攻撃できない私だけの、たった一つの戦い方だ。

 

時雨さんと五月雨さんを救出してから1週間。そろそろ3回目の救出任務が発令される。残った深海艦娘から判断して、こちらの部隊も選出することになる。前回のような立候補も多くなるだろう。何せ、残った5人のうち3人が特型。吹雪さんが黙っていない。

 

「吹雪と敷波、潮は確定ね。むしろこれで深海艦娘を釣るまであるわ」

「姉妹艦で動揺させてくるからな。ある程度固定できるだろ」

「はい! この吹雪、勿論行かせていただきます!」

 

作戦会議中、部隊の要員を話していた。敵はこちらの部隊の姉妹艦を確実に出してくる。精神的にもダメージを与えようと、手段を選ばない。

それならばと、逆に誘い出す作戦に出る。そもそも特型が多いのなら、先に処理できるように姉妹艦を総動員する。吹雪さん、叢雲さんには吹雪さんを、漣さんには敷波さんと潮さんをぶつける。深雪さんも出したいところだが、何が起きるかわからないので保留中。

 

「叢雲を誘うなら、オレと龍田も出るぜ。アイツ、得物持ってるからな」

「武器持ちは武器持ちで対処するということだね。私もその方がいいと思う。確か龍田君は叢雲君に因縁をつけたと聞いているよ」

「ああ。さんざん煽ってな。龍田を見れば血相変えて襲ってくるだろ」

 

もしかしたら何らかの処置を受けて別物になっているかもしれないが、と付け加えた。艦娘を改造できる敵なのだから、何かやってきてもおかしくはない。

 

「むしろ問題は水母棲姫です。あれを処理できる部隊が必要だと思います」

「そうだね。聞いていると、あの戦艦水鬼と同じほどと言うじゃないか。深海艦娘とは戦わないにしろ、戦艦や空母の火力も必要になるだろうね」

「長門さんの一斉射で、あのエグい下半身をどうにかできるかもしれねぇ。あとは内部破壊か」

 

連合部隊の片方は、深海艦娘を無視して水母棲姫を倒す部隊にする必要があるだろう。そこは火力重視で行ければまだ戦えるかもしれない。

 

「っと、そろそろ警護の時間。朝潮、アンタもでしょ」

「はい、私と山城さんは任務ですね。この辺りで」

「部隊については私が決めておくよ。では警護任務、よろしく頼む」

「了解」

 

私の警護任務は対空のみのため、比較的簡単な仕事になるが、油断はできない。何が起こるかわからないのが最前線だ。

 

 

 

陸上型の陣地に到着。今日は陣地からミナトさんとヒメさんも出払っていた。最近午前午後と出ずっぱりであるため、休んでもらいたいという司令官の判断である。代わりに空母が3人体制。蒼龍さんと飛龍さんの二航戦コンビに加え、大鳳さん。正規(装甲)空母3人なら充分以上に艦載機が飛ばせる。

 

「待たせたわね」

「大丈夫大丈夫。飛龍にここまで運んできてもらったよ」

「曳航って大変だね。帰りは例の艤装でお願い」

 

戦艦も山城さんに加え金剛さんと榛名さんが参加。

火力は充分だが、ダメ押しに深海艦娘から電さん、深雪さん、白時雨さんが参加。五月雨さんは夕立さんに連携訓練に拉致されたらしい。

私も加えて10人体制。準備は万端だ。

 

「こうやって山城と肩を並べられて嬉しいよ」

「そうね……色は違うけど期待してるわ」

「酷いこと言うね。好きで白くなったわけじゃないんだから」

 

白時雨さんは山城さんと仲がいい。呼び捨てするほどなので、艦の頃からの仲のようだ。

 

「山城さんと白時雨さんは何か面識があったんですか?」

「艦の頃にね。こいつがあちら側の時に、黒い方に『スリガオ海峡』って口走ったんだってね。それよ」

「朧げな艦の頃の記憶でも、スリガオ海峡だけは特に覚えてるんだ。辛い思い出だけどね」

 

悲しい記憶だそうなので深掘りをしようとは思わないが、何となくわかる。あの時の白時雨さんの言葉、踏み台にして生きてきたという言葉からして、時雨さん以外が全滅したとか、そういうことだろう。これは軽々しく触れられる内容ではない。

 

「誰もが一度沈んでる身とはいえ、あれは二度と起こさないようにしなくちゃね」

「うちの提督ならあんなことにはならないようにしてくれるわよ」

「……そうだね。山城がそれだけ入れ込んでるんだ。勿論信用してるよ」

 

お茶会の時といい、今といい、山城さんも弄られ役が多くなってきている。

 

「いや、もうホント意外。山城がこんなに、なんていうの、純愛に目覚めてるなんてさ」

「そうデスネー。お姉さんがいないからデスかネー」

「姉様がいても変わらないわよ多分」

 

頰を赤らめながら話す山城さん。誰もが思っているし、他にも山城さんと同じ感情を持つ人はいるが、司令官は魅力的な人だ。指輪を貰ってから一層そう思えるようになった。

 

「山城さんのお姉さんはどんな人なんでしょう」

「前向きな山城だよ。簡単に言うと」

「誰が後ろ向きですって?」

「アンタが異常なだけ」

 

山城さんのお姉さんである扶桑さんは、スペック的には姉妹なだけあり山城さんと同じ。ここの山城さんからは微塵も感じないが、()()()山城さんは浮き沈みの激しいネガティブな性格。扶桑さんはお淑やかで比較的前向きだそうだ。

時雨さんとも艦の時代に面識がある。扶桑姉妹と時雨さんは、切っても切れない縁があるようだ。

 

「まぁ姉様にはいつか会いたいわ。欠陥(バグ)のある姉様に会えるとは思ってないけど」

「確率がね」

「せめて欠陥(バグ)の無い姉様くらいには」

 

なんて話しているうちに索敵範囲に敵の反応が現れる。たった1体の姫級。しかもこれは()()()()()()()

 

「索敵範囲に入りましたが……え、嘘でしょ……」

「何が来た? また戦艦棲姫?」

「水母棲姫……です」

 

索敵にかかった姫級は、以前にも見た水母棲姫。狡猾な深海棲艦である。深海艦娘を管理するように赤い海から出てこないものと思っていたが、当たり前のようにこの場に来てしまった。

 

「なんでこんなところに……! どんどん近付いてきます!」

「長門がいないから一斉射も出来ないわ。空母、艦載機!」

「はいよ! 行くよ飛龍、大鳳! 攻撃隊発艦!」

 

大急ぎで艦載機を発艦させるが、もう目視できる位置まで来ていた。空母隊以外は陣地から降り迎撃態勢に。私も戦場の中心に立つために最後尾に立つ。

水母棲姫は、反応の通り随伴も連れていない単騎。艦載機からの攻撃も避け続けているが、こちらを攻撃してくる素振りはない。

 

「ハァイ。コンナトコロデゴクロウサマ」

「喧嘩売ってるなら買うわよ。どうせ帰すつもりは無いし」

「キョウハ()()()()()()()ダカラ、オモシロイモノヲミセニキタノヨ」

 

ニヤニヤしながら話しかけてくる。あくまでもこちらを見下している。

 

「ヤット()()()()シタノ。タノシンデクレルトウレシイワ」

 

海中から引き上げるように何かを呼び出す。今の今までソナーにすら引っかかっていなかったので、たった今ここに現れた。反応は潜水艦などよりも確実に大きい。戦艦サイズに見える。

 

「フフフ、ヤマシロ、ダッタカシラァ」

「あん? 私に何かようなの? 辞世の句でも詠みたいわけ? 殴り殺すわよ」

「アナタニミセタカッタノ。ハァイ、ゴタァイメェン」

 

大きな水飛沫を上げながら海上に現れたのは、見たことのない深海棲艦。いや、深海棲艦かもわからない。初めて深海艦娘を見たときのような違和感。

まるで雪女のような真っ白な着物。生気を感じさせない青白い瞳と、側頭部にそびえ立つ大きな角が目立つ黒髪の存在。首輪も鎖も無いため、深海艦娘では無さそう。調査通りならここまで鎖は伸ばせないはずだが。

何より、武器を持っていなかった。少し大きめな機関部艤装を背負っている程度。

 

その存在の顔を見て、山城さんが急に震えだした。初めて見る山城さんの()()()顔。今にも泣き出しそうな辛そうな表情。

 

「嘘……なんで……」

「山城さん?」

 

その山城さんの姿を見て、水母棲姫のニヤニヤ笑いがより下卑た笑みに変わる。

 

「サァ、ナノッテアゲナサイ」

「扶桑型戦艦……姉の扶桑。()()()()()()として推参しました」

 

訳がわからなかった。扶桑さんはさっきまで話していた山城さんのお姉さんであり、深海棲艦なわけがない。あちらの陣地でドロップして改造されたとしても無理がある。何より鎖をつけていない。

だが、()()()()()()と名乗った。深海棲艦として私達の前に立っている。敵として、私達に相対している。

 

「……貴女達を殺せと言われているの。素直に……死んでちょうだいね?」

 

言った瞬間、扶桑さんが()()()()()。この戦い方、山城さんと同じ。完全な白兵戦特化タイプだ。

 

「山城さん!」

「姉様、なんで……!」

 

激しい蹴りが山城さんに叩きつけられる。咄嗟にガードするが、動揺のためか簡単にフラついてしまった。いつもの山城さんならこんなことはない。ショックで正気を失っている。

 

「さすがは山城ね……でも、ダメよ。ここで死んでくれないと……困ってしまうわ」

 

次はローキック。あんなのを喰らってしまったら山城さんとはいえ脚が折れてしまう。だが山城さんは完全に戦意喪失してしまっている。私の言葉も届いていない。

 

「全員、扶桑さんを撃って!」

「お、オッケーネ! 全砲門!Fire!」

 

すんでのところで指示を出し、金剛さんに撃ってもらった。山城さんへの攻撃はキャンセルされ、代わりに砲弾全てを素手で叩き落とす。これも山城さんと同じ戦術。砲撃は全て弾かれ、接近戦では異常なパワー。近付かれたらアウトとも言えるところは、完全に山城さんの現し身。

私は引くしかないが、山城さんは茫然自失としており動く気配が見えない。

 

「山城さん! 戦えないなら引いてください!」

「姉様……」

 

このままだとまずい。どうにか山城さんの服を掴んで引っ張り、その場から引き離す。

 

「ウゥン、イイハンノウネェ」

「んだよあれ! 山城さんが敵になっちまったみたいじゃねぇか!」

「ど、どうすればいいのです!?」

 

大混乱。こちらには10人いるのに、たった1人の()()が現れたことで、なす術もなくなっている。深雪さんの言う通り、山城さんが敵として立ち塞がったようだった。

 

「山城が動かないのなら……別の子からやるわよ? 例えば……時雨、貴女にしましょう」

 

山城さんを見限り、即座に切り返し。タービンを積んだ山城さんと同じような速力で時雨さんに向かう。青白い瞳が閃光のように走り、躊躇なく特攻。それを止めるために金剛さんと榛名さんも砲撃するが、その全てを素手で弾いていく。

 

「空母の皆さんは水母棲姫を集中! 他で扶桑さんを止めてください! 機関部を破壊すればある程度は止まります!」

 

周囲を囲めたとしても、山城さんと同じならば全て弾く可能性が高い。敵がなんであれ、殺す気で戦わないと全滅する。仲間だとあんなに心強い山城さんが、敵となると対処方に困る難敵となる。この事態を予測していなかったことを後悔した。

 

「時雨さん!」

「早速役に立つとは、ねっ!」

 

即座に魚雷を放ち、主砲で撃ち抜く。着水する前に爆破したため、目くらましと同時に距離を取るための風圧にもなる。多少ダメージにはなるが、なんとか間合いを取れた。

 

「北上さんに感謝だね!」

「白しぐちゃん! 伏せて!」

 

電さんの合図で白時雨さんがしゃがむ。同時に電さんと深雪さんが砲撃。合わせて裏側から榛名さんも砲撃。山城さんでもそう簡単には回避できない3箇所同時の攻撃だ。本命は機関部を狙った榛名さんだが、この際どれか当たってくれればよかった。動きを止めることが先決。

 

「3人がかりは……ひどいわ……」

 

その全てを拳だけで払ってしまった。同時に着弾するはずの電さんと深雪さんの砲撃を片手で払い、榛名さんの砲撃は蹴りで払う。その風圧で目くらましの爆炎も綺麗さっぱり無くなってしまった。

 

「どうするよ……魚雷に変えるか?」

「でもそれだと傷つけちゃうのです。それがいいのかどうか……」

「くっそ、あれが艦娘なのか深海棲艦なのかもわからねぇ!」

 

水母棲姫が言う『いいタイミング』とは、ここに深海棲艦の気配が読める者がいないタイミングだ。本当に運悪く、ミナトさんとヒメさんが出払い、半深海棲艦の春風も、元深海棲艦のガングートさんとウォースパイトさんもいないこのタイミング。

さらには、精神的なダメージが最も大きく入るであろう山城さんもいる。戦況はガタガタ。鎮守府との通信も現在無反応な山城さんの役目のため、援軍の期待も出来ない。

 

「抗わないで……素直に死んでちょうだい」

 

躊躇っているだけで隙が出来てしまう。気付いた時には白時雨さんの懐。

 

「まずは時雨……貴女ね」

「なっ!?」

 

思い切り蹴り上げ、白時雨さんが宙を舞った。深海艦娘の身体のおかげか死に直結しなかったようだが、その一撃で艤装は破壊され大破。あまりの衝撃に気を失ってしまっている。

 

「次……深雪」

「マジ……かっ」

 

白時雨さんが落ちる前に間合いを詰められ、そのまま蹴り。同じように艤装を破壊され、海面に擦り付けられるように吹き飛ばされる。

 

「次……電」

「ひっ……!?」

 

深雪さんを蹴った反動を使ってそのまま跳び、電さんの頭に蹴り。咄嗟にガードしても勢いが強すぎてそのまま深雪さんに激突する形で飛ばされてしまった。

一瞬で3人。いくら駆逐艦相手といえど、あまりにも滅茶苦茶。たったこれだけで、勝てる見込みが無くなってしまった。山城さんさえ正気に戻ってくれれば。

 

「次……朝潮」

「開始します!」

 

ここまでパターンは見てきた。山城さんのパターンとも合致する部分が多い。『未来予知』により、せめて私が避け続け時間稼ぎをする。

視認する反応はここにいる全員。私以外にも突然狙う可能性はある。最悪の可能性を全て考える。1秒じゃ足りない。今までの経験則で、2秒先へ。

 

「あら……避けるのね」

 

風圧が頰を切り裂いたのがわかる。が、痛みは感じない。痛覚も先読みに転化。触覚以外の全ての感覚を先読みへ。

 

「いい加減にしろ山城!」

 

勝手に口から出た言葉は、山城さんへの叱咤。この状態の私は思考で制御できないために、考えていることが勝手に口から出てしまう。回避方向、計算の内容、その他諸々。だが、こんな言葉が出たのは初めてだ。

 

「スリガオ海峡の二の舞になる! 動けぇっ!」

 

私にこんな乱暴な部分があるなんて思いもしなかったが、今はこれが最善と思ったから口から出た。

回避するのもギリギリ。山城さんが拳なら、扶桑さんは脚での攻撃が多い。大振りな代わりに範囲が広い。私の身体能力では、掠める時があるため、身体中傷だらけになっているだろう。

 

「っ……朝潮、言うじゃないの。二度と、あんな事になって……たまるかぁ!」

 

山城さんが動き出した。そろそろ私も終わらせないと反動がキツイ。

 

「以上……っああっ!?」

 

『未来予知』終了と同時に強烈な頭痛と身体中から悲鳴。無理した回避の負担と後回しにした痛覚も一斉に襲ってきた。頭痛は緩和されていたが、それ以上に身体中が痛い。

 

「姉様! どういう理由があるかは知りませんが、引いてもらいます!」

「引く? ……何故? ここで全員殺すの……朝潮と山城は後にするわ……次、金剛」

「What's!?」

 

傷だらけの私と突っ込んだ山城さんは無視し、今まで私が近すぎて攻撃できないでいた金剛さんの方へ。ようやく私から離れたことで砲撃を再開するが、やはり全て弾いて止まる気配がない。

 

「止まれぇ!」

 

山城さんが弾いた砲撃をさらに弾き、扶桑さんの機関部に直撃させた。それは想定外だったのだろう。さすがに動きを止め、山城さんに振り返る。

 

「金剛! 榛名!」

「全砲門! Fire!」

「主砲、砲撃開始!」

 

何度撃っても攻撃は弾かれるが、戦艦の主砲となるとそれに専念しない限り無傷で弾くことはできない。だからこそ2人に撃たせ、山城さんも突っ込む。先程と同じ3箇所同時攻撃。ただし、1つは白兵戦だ。

 

「……本当に酷いわ」

 

またもや片手で砲撃2つを対処。すぐさま山城さんに向かい合い、応戦の用意。

 

「山城は、私を殺せるの?」

「姉様……っ」

 

ダメだ。山城さんは扶桑さんの顔を見て攻撃を躊躇してしまう。その一瞬は隙を見逃されない。

 

「私は、山城を殺せるわ」

 

扶桑さんの攻撃、脇腹への蹴りがまともに入ってしまった。先程の深雪さんと同様、あの山城さんが海上を滑るように吹き飛ばされる。

 

「……機関部が破壊されたわね。山城……今日はここまでにするわ……また、会いましょう」

 

延々と空母隊の攻撃を避け続けていた水母棲姫に合図を出し、海中に撤退。水母棲姫もニヤニヤ笑いながら帰っていった。

 

結局、たった2体の敵になすすべなく敗北。時雨さん、深雪さん、電さんは大破で気を失い、山城さんも中破。私も中破で限界に近い。戦闘終了とわかった途端、意識が飛んだ。

ここまでの敗北は、戦艦棲姫改と戦った時以来である。想定外すぎる敵に、私達はどうしようもなかった。




精神的なダメージを優先的に選択する水母棲姫ならではの、最低最悪の敵。どれだけ強い戦力でも、心を折ればあっさり倒れるということ。


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疑心暗鬼

私、朝潮が目を覚ましたのは、その日の深夜。深雪さんと電さんは先に入渠が終わっており、白時雨さんは私とほとんど同じタイミングで目を覚ました様子。ドックから起き上がったところで目があった。

 

「朝潮、君もちょうどかい」

「はい……中破だったんですが、長引いたみたいですね」

 

怪我の具合は私の方が軽かったが、脳への負担が入渠時間を長くしていたらしい。入渠のおかげで身体中の傷は綺麗に治り、頭痛もスッキリ。

 

「司令官に言われて着替えを持ってきたわ」

「白しぐの分も持ってきたっぽい」

 

霞と夕立さんが私達の制服を持ってきてくれた。とはいえもう深夜。少ししたらそのまま眠ることになるだろう。今までグッスリ眠っていたため眠気はほとんど無いのだが。

入渠終わりに全裸で面と向かうのが恥ずかしいということを、ようやく司令官は理解してくれた様子。この後入渠が終わったことを報告しに行くことになる。

 

「ありがとう。この時間まで起きてたの?」

「まぁね……姉さんが無理したっていうから」

 

少し怒っているようにも見えるが、今回ばかりは本当に仕方ないことだ。生き残るために無理をした。これは納得してもらうしかない。

 

「じゃあ夕立はもう寝るっぽーい。おやすみー」

「うん、おやすみ。この時間に響の部屋に入るのは忍びないな……別の場所を借りよう」

「霞はどうするの?」

「最後まで付き合うわよ。どうせこのまま姉さんの部屋だし」

 

さっと着替えて執務室へ。さすがに大淀さんはいないようだが、司令官はここで私達が回復するのを待っている。入渠ドックの前にずっといるよりはマシに思えた。

 

「司令官、朝潮、入渠が完了したため参りました」

「白の方の時雨も入渠終了。入らせてもらうね」

「ああ、入ってくれ」

 

少し疲れた声の司令官。心配をかけてしまった。

 

「金剛君から話は聞いている。大変な目に遭ったみたいだね……。予測できなかった私にも責任はある。申し訳ない」

 

相変わらず頭を下げてくる司令官。頭を下げないでほしいと私も白時雨さんも慌ててしまう。

あれは誰も予測できない事態だ。見た目は深海艦娘のようだが、首輪も鎖も無かった。それでも水母棲姫に、深海棲艦に従っていたということは、何か今までとは違う存在なのだろう。そもそも声が普通だったことも気になる。

 

「もうこんな時間だ。また次の機会に話そう」

「了解しました。司令官もなるべく早くお休みください」

 

報告も手短に済ませる。これ以上話しても司令官の心配を増やすだけだし、本当に遅い時間だから、そろそろ霞が限界。執務室から出ると壁にもたれて船を漕いでいた。

 

「じゃあお休み。僕らはさんざん寝たけどね」

「はい。おやすみなさい」

 

霞を抱き上げたが、反応なくそのまま寝落ち。霞がドロップしたときのことを思い出しつつ、自室に戻った。

眠気は無かったつもりだが、横になるとそのまま睡魔に襲われる。入渠で疲れは取れたと思っていたが、そんなことはなかったらしい。

 

 

 

翌朝、未だ山城さんは目覚めず。怪我の具合からしたら私以上ではあっただろう。戦艦故に回復に時間がかかるのは仕方ないことだ。現在は身体自体は治療済みだが、精神的な回復に時間がかかっている。

もう司令官もドック前につきっきりだ。いつもの朝の会議も今日は中止である。

 

「さぁ姉さん。話を聞かせてもらおうかしら」

「また無理をなされたようで」

 

私は何故か談話室で正座させられていた。霞と春風が私の前に仁王立ち。私がまた脳を酷使したことに少しご立腹な様子。駆逐艦の中破ならいの一番に入渠が終わってもおかしくはないのに、大破の深雪さんと電さんよりも遅かった。理由は明白である。

 

「無理をしなかったら私は殺されてた。私達よりスペックの高い深海艦娘ですら一撃大破の状況を中破で終わらせられたのは『未来予知』のおかげなの」

 

あれができなかったら私はあの場で死んでいただろう。今思えばヒヤヒヤする戦場だった。一歩間違えれば、私は二度目の沈没を体験することになっていた。

 

「そう……ここ最近の訓練の成果は出たと思えばいいのね」

「ええ。でも、訓練にもう一つ取り入れたいのよね」

 

霞が睨んできた。そんな反応なんだろうなと読めていた。『未来予知』はしていない。

 

「脳トレの前に筋トレが必要なのがわかったの。私の身体能力が低いせいで、回避しても躱し切れなくて傷だらけになったんだもの……」

「瞬発力の訓練、みたいなものですか。ご自分の身を守るために必要だと感じたのですね」

 

今回の件でほとほと感じたのが、自分の身体能力の低さ。攻撃しないにしても筋肉は重要というのを身を以て知った。山城さんの言う通りだった。

今でも勿論筋トレは怠っていない。だが、行動予測の訓練をするにあたり、そちらは必要最低限にしていた。筋力を上げるためではなく、筋力を下げないためのトレーニングである。身体能力だけは現状維持を貫き通していた。

 

「だから、今からガングートさんにプランを立ててもらおうと思って。山城さんはまだ入渠が終わってないし」

「自分の身を守る訓練なら文句無いわ」

 

死を免れるためなのだから文句を言われても困る。自分がカウントできていなかった前とは違い、私も自分の身が一番可愛い。それに私が死んで悲しむのは他ならぬ霞だろうに。

 

 

 

ガングートさんに筋トレのプランを立ててもらい、ジムから出たところで入渠の終わった山城さんと行き合う。あの後すぐに起きたようだ。目を覚ましてくれて本当に良かった。

 

「山城さん……あの、すみませんでした。あの時は咄嗟にあんな事を言ってしまって」

「気にしてないわ。それに、最善だと思ったことが無意識に出るんでしょ。自分の選択に胸を張りなさい」

 

精神的な回復も終わっているが、少し疲れた顔。相当堪えている。

 

「アンタ達の気持ちが少しはわかったわ。姉妹が敵になってるって辛いわね」

「そうですね……」

「昨日まで正直他人事だったわ。わかってるだけでも駆逐艦しかいないし、私はその戦場に出られないんだもの。助かった子しか見てないから実感無かった」

 

自嘲気味な笑み。山城さんの知る深海艦娘は、すでに正気に戻っている人達だけだ。性格を書き換えられ、姉妹に対して悪態をつく姿は知らない。

 

「アンタは深海艦娘を全部見てきてるわよね。……姉様は深海艦娘なの?」

「私が思うに……多分違います」

 

あの扶桑さんは、深海艦娘の特徴からいくつか離れている。

1つ目、鎖が無い。艦娘は身体を改造されても心まで侵食されないことが救出済みの深海艦娘の証言でわかっている。あちらは艦娘の制御を鎖を使ってでないと出来ない。それ以上の技術が手に入っているとしたら話は変わるが。

2つ目、話し方。鎖が繋がっていること前提ではあるが、深海艦娘が敵側にいる場合、深海棲艦のような少し反響した声になる。あちら側に倒れた春風と同じ感じになるのでわかりやすい。扶桑さんは普通に話していた。

 

「なら調べたいのは()()()()()()()()()()()になるわ」

 

わざわざこちらに深海棲艦の気配が読める人員がいないタイミングを見計らってきたくらいだ。深海棲艦かどうか知られたくないとしか思えない。ほぼほぼ深海棲艦だろうが、何か理由があって自分の意思で深海棲艦に(くみ)している可能性だってある。

 

「あともう一つ。何故こちらに深海棲艦の気配が読めるものがいないとわかったのかです」

 

必ず姉妹艦をぶつけてくるのもそうだが、こちらの部隊の情報が漏れているように思えてしまう。私の電探に引っかからない超長距離からこちらの情報がわかる手段があるのか、それとも……。

 

「最低な考えが出てしまいました。この鎮守府にスパイがいるかもと」

「無いわ。不穏な動きをしているのなら、アンタがわかるでしょ」

「そうですね。部隊はその日に発表されますし」

 

テレパシー的なものと言われたらもうどうにもならないが。と、もしやと思う部分に行き着いた。本当にそうだった場合、情報漏洩は回避できないものになる。

 

「……もしかしたら……」

「思い当たる節が?」

「深海艦娘の……瞳とか……」

 

深海艦娘が見ているものが全てあちら側に送られているとしたら、辻褄があう。空母が艦載機と通信できるように、深海艦娘自体が北端上陸姫の艦載機扱いなら、こちらの情報が漏れていてもおかしくない。

 

「調べてみましょう。電の時にセキが調べてるはずだけど、見落としがあるかもしれないわ」

「そうですね。誰かに頼んで再調査してもらいましょう」

 

たまたま行き合った五月雨さんを捕まえて工廠に向かった。万が一のことを考えると、いろいろなことを入念に調べなおす必要はあるだろう。

 

 

 

「チョウサガオワッタ。サミダレニハナニモナカッタ」

 

私の思ったことはハズレだったらしい。少しホッとした。味方を疑うのは、敵に艦娘がいることと同じくらい辛い。

 

「いろいろな観点から隅々まで確認したけど、五月雨の身体は最初に調査した通り、深海に染められた艦娘ということ以外何も無かった。首の小型艤装が無くなった今なら、あちらと繋がる部分はもうないよ」

 

明石さんのお墨付きも出た。艦載機扱いでもなく、体内に何か埋め込まれているわけでもない。細胞の一部に混ざり込んでいるかまで調査したらしいが、そこも前に調査したときと変わらなかったそうだ。

 

「安心したよ……私がまだ迷惑かけてるのかと」

「疑ってすみませんでした。少し疑心暗鬼になりすぎたかもしれません」

「ううん、大丈夫。今はそういう時期だもんね。私もいっぱい協力するから!」

 

頼もしいかぎりだ。

 

「じゃあまだあちら側の深海艦娘を見たことがない私に、あちら側だった頃の五月雨を見せてちょうだい」

「嫌です! 絶対嫌です! 忘れたい記憶なのでお断りです!」

「冗談よ。……まぁ扶桑姉様がそういうコントロールされているか気付けるかもしれないけど」

 

空元気のようにも見えたが、山城さんはある程度回復しているのはわかった。沈みきってはいない。多少は割り切っている。だが扶桑さんに攻撃するのはまだ躊躇しそうである。

 

「デキナイコトハナイゾ。クサリヲカイセキシタカラナ」

「え゛」

「クサリヲトオシテワタシトツナガレバ、アチラガワニカタムクダロウ」

 

セキさんが鎖を持ってくる。白時雨さんと五月雨さんに接続されていた鎖は、根元から破壊されたわけではないので、それなりの長さが残っていた。それを解析したらしい。

深海棲艦の汚染物質を流し込むための加工がされていることがわかり、純粋な深海棲艦であるセキさんと一緒に鎖を持てば、汚染物質が伝わり五月雨さんはまたあちら側と同じ振る舞いをしてしまうそうだ。

 

「ヤッテオクカ? アチラガワノサミダレカラ、ハナシヲキイテオクノモイイカモシレナイガ」

「春風みたいなものですか。緊急時はレキさんと繋がってもらうのはアリかもしれませんね」

「嫌ですー! 恥ずかしいのにー!」

 

とにかく、深海艦娘があちらに情報を送っているようなことが無くて安心した。だがまた振り出しに戻る。情報漏洩に関してはもう無視して、今は扶桑さんが何者かを調査することを念頭に置いた方がいいだろう。

 

「朝潮。次の警護任務、扶桑姉様を誘うわ。また深海棲艦絡みを全員無しにして挑みましょう」

「……いいんですか?」

「調べないことにはどうにもならないでしょ。あれが扶桑姉様本人なら問い質さないといけない」

 

だが前と同じように行ったら二の舞だ。何もわからず終わる。

 

「あ、そうだ。セキさん、深海棲艦の艤装で質問が」

「ナンダ?」

「電探の精度ってどれくらいでしょう。敵がこちらの部隊を見越した動きをするので」

 

これは直接深海棲艦に聞いた方がいいだろう。深海艦娘が関係ないのなら、内通者がいるか、敵の電探なりなんなりの精度がこちらをゆうに超えているかのどちらかになる。前者は無いと信じたい。

 

「カンムスノモノヨリハセイノウハタカイ。オマエガカンチスルギリギリカラカクニンシテイルカノウセイハアル」

 

艦娘を改造できるのなら、艤装を改造することくらいもできるだろうとも付け加えた。技術者を敵に回すと怖いということがよくわかる。

 

今回の敵は今までの敵にはいなかった、技術者と頭脳派。ただただ暴力で押し込んでくる今までとはまったく違う。むしろこちらより頭を使ってきている気もするほどだ。狡猾で、卑劣で、許せない手段しか使ってこない。

倒せる機会が来たら、もう容赦できないだろう。泊地棲鬼の時のような、一方的な暴力による蹂躙でもスッキリできなそうだ。

 




鎮守府に流れる不穏な空気。今は朝潮の憶測でしかないので、杞憂に終わればいいけれど。


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搦め手

あの扶桑さんの正体がわからない限り、こちらがどう攻めればいいかがわからない。そのため、次の警護任務では前回と同じ状況で誘き出す作戦を山城さんが立案。私、朝潮も悩みはしたが賛成した。

 

「山城君。君は本当にそれでいいのかい?」

「ええ。あれが扶桑姉様本人だったら、その後に考えるわ」

 

戦意喪失していた山城さんも、真実を知るためには折れていられないと立ち上がっている。

前回は実力の数パーセントしか出せなかったから負けた。不意打ちで、あの顔にやられたのだ。もう仕方ない。

 

「わかった。では明日の警護任務の部隊は、深海棲艦の気配が読めない者のみで編成する。なるべく精鋭にするよ」

「助かるわ。私の動きに慣れてる天龍や、簡単にはやられない神通とかだとありがたいわね」

 

敵の扶桑さんも白兵戦型だ。それに慣れているのは当然白兵戦型。山城さん含む白兵戦組総動員でもいいだろう。ただしガングートさんは深海棲艦の気配が読めるので出せない。

神通さんは天龍さん相手にいい勝負ができる人だ。未だに山城さんがどんな戦術をする人かわかっていない人ではあるが、対応力でどうにかできるだろう。

だがそれはすべて万が一のときである。基本的に山城さんが完全に引きつける作戦。

 

「……こんなこと言って悪いけど、割と私も怖いわ。あれが扶桑姉様本人だったらって思うとね」

 

山城さんの手が震えていた。まだ精神的な部分は完治していない。誰よりも強い山城さんだって、1人のか弱い女性であり、1人の艦娘であった。恐怖だって感じる。

 

「別に逃げたって構わない。嫌ならやめたっていいんだ。私はそれでもいいと、いつも思っている。命あっての物種、だからね」

「ええ、また戦意喪失するようなことがあったら、誰かの手を借りてでも逃げさせてもらうわ。貴方に会えなくなる方が、余程怖いもの」

 

山城さんはこの鎮守府の中でも、特にこの場所に思い入れのある人だ。そのおかげで、戦場で命を落とそうと微塵も考えていない。それがまた一つの強さなのかもしれない、

 

「朝潮、アンタにも苦労をかけるわ。姉様の観察、頼むわね。代わりに筋トレの手伝いもしてあげる」

「ありがとうございます。ガングートさんにプランを立ててもらいましたので、ジムでお願いします」

 

私も全身全霊の力で戦場を観察し続けよう。誰もが戦いやすくなるために。

 

 

 

そして、当日。まずは扶桑さんの正体をどうにか調べる。この際、この場で倒せなくてもいい。何者かさえわかれば、先が繋がる。

 

「すっごい緊張してきた。山城さん相手にするみたいなものって聞いちゃうとさ」

「大丈夫です。皐月さんは山城さんをずっと見てきている人ですから、回避の方法も身体が覚えていますよ」

 

刀を握る手が震えている皐月さん。今回の敵は歴代最強クラスの難敵だ。戦いにくいだけでなく、強さも兼ね備えている。見るだけの私ですら命の危険がある戦場だ。例えるなら、嵐に立ち向かうようなもの。

 

「山城さんの戦闘、この場で見せてもらいます。ついでに対策まで考えさせてもらいます」

「好戦的だな神通。でも、今は期待させてもらうぜ。山城姐さんはオレらじゃ簡単に止められねぇ」

 

今回に関しては、無傷で捕らえるなど無理だと最初から感じている。だからこそこのメンバー。山城さん、天龍さん、龍田さん、皐月さんの白兵戦組ほぼ総動員に加え、神通さん、夕立さん、長波さんの援軍でも屈指の実力者。大鳳さんと龍驤さんで水母棲姫を止める。戦艦には山城さんリクエストでビスマルクさんに来てもらった。魚雷が使える戦艦というのがキモ。

 

「いざという時には魚雷も使って姉様を止めてちょうだい。なんなら私ごと撃ってもいいわ」

「ハッ、このビスマルクに頼むんだから、最高の戦果を期待しなさい! 貴女に掠めることなく扶桑を沈めてあげるわ!」

 

調子に乗れば乗るほど本領発揮するビスマルクさん。煽てて煽てて実力を引き出す。山城さんもその辺りはわかっている。

 

「索敵入りました。水母棲姫と扶桑さんを確認。今回は随伴います。駆逐棲姫1、戦艦2、空母4、軽巡3。軽巡はツ級です」

「こっちの戦力見てから来たわね。空母少なめなところにツ級入れてきたわ。朝潮、提督に連絡。私は扶桑姉様を止める」

 

通信は全て私に任せられている。全員への指示と鎮守府への通信。指示は一方通行でこちらには返事はできない。これはいろいろと理由があるが、一番の理由は私が『未来予知』をしている時に、返事を返されても私がわからないから。

 

「警護部隊、旗艦朝潮です。会敵。想定通り、水母棲姫来ました。扶桑さんも一緒です」

『了解。では作戦通りに頼む。こちらは追加の人員を用意しておく。山城君に、くれぐれも気をつけてと伝えてほしい』

「了解。山城さん! 司令官から、気をつけてと!」

 

グッと左腕を上に挙げ反応。山城さんはそれだけでやる気が出る。こちらを向かないということは、それだけ真剣ということだろう。今度は覚悟を決めて姉と相対する。

 

「予想通り来てくれましたね。水母棲姫」

「サソイダシタツモリ? オメデタイワァ」

 

いつものニヤニヤ笑い。こちらが扶桑さんの正体を探れないことがわかっている。

 

「貴女の出現する傾向はわかってるんですよ」

「デモ、ソノセイデ……ミンナココデシヌノ。フソウ……ヤリナサァイ」

 

立ちふさがるように扶桑さんが前へ出る。それに対する山城さん。ここからはあの2人の戦いに横槍なんて出来ない。山城さんですら、近付いてきたもの全てに攻撃するくらい周りが見えていない状態になると自分でも言っていた。

 

「マジかよ……本当に扶桑さんじゃん」

「でも服とか違うっぽい。角も生えてるし、深海艦娘……とも違うっぽい?」

 

あれを初めて見る長波さんはあの姿には驚きが隠せない。夕立さんはなんだか余裕そうにも見えるが、どんな状況でもあれなので凄く心が強い人なんだと思う。

 

「山城……死にに来てくれたのね……。嬉しいわ……」

「姉様。一つ教えてください。貴女は本当に扶桑姉様ですか?」

「……貴女には私が何に見えるのかしら」

 

扶桑さんが跳び、山城さんが構える。あの強烈な蹴りを真正面から受ける態勢。前回は当たりどころも悪く、一撃で中破し吹き飛ばされた。だが今回は違う。しっかり受け止め、山城さんも無傷。衝撃は激しいものではあるが、山城さんなら受けられる。

 

「ぐぅっ……」

「前よりはやる気みたいね……そう……」

 

扶桑さんは引きつけてもらえる。ここからは随伴の処理。私が司令塔。まだ『未来予知』は使わない。周りを信じて、目で見た情報で指示を出す。

 

「夕立さん、長波さん、ツ級優先で! 天龍さんと龍田さんは戦艦を! 神通さんと皐月さんは空母! ビスマルクさん、龍驤さん、大鳳さん、水母棲姫へ集中!」

 

部隊を配分。ツ級を最速で破壊できるのは天龍さん達白兵戦組だろうが、戦艦を任せるには火力が足りない可能性がある。そのため、駆逐艦の2人を差し向け、戦艦の処理をお願いした。

 

「頼りになる小さな指揮官ね〜。私が戦艦は荷が重いんじゃないかしら〜」

「余裕でぶった切っておいて何言ってやがる」

 

敵戦艦はいとも簡単に斬り払われた。天龍さんはともかく、龍田さんのスピードは前に見たときと段違いだ。守りの戦術に鞍替えしたにも関わらず、攻めの姿勢で瞬殺。本気でないということだ。イロハ級程度ならもう敵ではない。

 

「ツ級終わったっぽい!」

「おっし、こっちも終わった! 艦載機よろしく頼むぜ!」

 

夕立さんと長波さんも手早くツ級を片付けた。やはりあの2人、トップクラスの実力者だ。これで空母のラインが空いた。ここからは制空権も取れる。

 

「っしゃ、行くで大鳳! 攻撃隊発艦や!」

「了解! 攻撃隊、発艦!」

 

これで水母棲姫への牽制も確実なものになる。向こうは何もしてこないかもしれないが、万が一の時のことは常に考える必要がある。2人の空母により、水母棲姫の艦載機は駆逐され、制空権はこちらのものに。

 

「よし! 空母も終わり!」

「天龍さん、駆逐棲姫は!」

「おう、そろそろ終わるぜ。順調じゃねーか」

 

これで随伴はほぼ終了。ここまで来ると、本当に酷い量が来ない限りイロハ級は瞬殺である。姫級である駆逐棲姫も、姫の中では最下級。天龍さんの実力ならば1対1でも即座に終了。

 

さぁ、ここからだ。前回と同じ、あちらは水母棲姫と扶桑さんのみ。こちらは全員無傷。人数は違うが、数的優位はこちらにある。

 

「姉様、答えてください。貴女は何者なんです。艦娘なら、何故そちらについているんです!」

「……そんなこと言われても……ねぇ? ()()()()()()()()としか言えないわね」

 

まだ真相が掴めていない状況のため、山城さんは防戦一方。急所にしか来ない攻撃も、今ならしっかりとガード出来ている。遠目に見ても酷い威力の攻撃だ。下手をしたら山城さんよりも強い。山城さんが拳でやることを脚でやっているのだから仕方ない。

 

「よし、作戦開始。お願いします」

 

水母棲姫にも扶桑さんにも聞こえないように呟き、水母棲姫の反応にのみ集中する。あれだけの集中攻撃を受けながらも全て回避している。今回は以前より数が多いせいで攻撃もしているようだが、今のところ全員回避できている。

 

「天龍さん! 開始しますか!?」

「まだ大丈夫だ! お前は観察でいい!」

 

まだ全員無傷のうちは『未来予知』の必要は無いと天龍さんは判断。ならば、打開策を見つけるために観察を続行。

水母棲姫の避け方は何処かで見たことがあった。長波さんや夕立さんが攻撃しようとしたときにはすでに回避行動を始めている。雪風さんの回避の仕方だ。だがおそらく直観と異常すぎる豪運は無い。私と同じ形の行動予測を雪風さん並に使ってきている。

 

「行動予測です! 雪風さんと同等!」

 

水母棲姫の視線が少し鋭くなったように見えた。目論見がこちらに気付かれることが気に入らないらしい。なるほど、ならもっと表情を歪ませる必要がある。

 

「フソウ、ウシロニイルメザワリナヤツヲコロシナサイ」

「……ごめんなさいね山城……朝潮が優先だそうよ……」

 

山城さんを退かすように蹴り、ガード越しでもフラつかせた。さらに回し蹴りをもう一撃。さすがの山城さんも道を開けるほど飛ばされた。

 

「どうせ来るとは思ってました。開始します」

 

向かってくる扶桑さんを確認した後、目を瞑る。自分の身を守るため、そして()()()()()ため、『未来予知』開始。敵に気付かれないように、本来の目的を達成する。

今回の目的は水母棲姫を倒すわけでも、扶桑さんを倒すわけでもない。扶桑さんの正体の判別だ。わかってしまえば撃退でも問題ない。

 

「すみません姉様。朝潮をやられては困るんです」

 

どうにか回避しているうちに山城さんが追いついてくれた。私の前から扶桑さんが退いたので、回避する必要が無くなる。『未来予知』終了。

 

「以上! よし、()()()()()()()()()()!」

 

頭痛もそこまでない。後回しにした痛覚も回避の回数が少なかったおかげでほとんど無かった。これで実行に移せる。

 

「結果を報告してください! ()()()()!」

「ソノオネエチャンハ! シンカイセイカン!」

 

大きな水飛沫を上げて海から飛び出してきたのは、イルカのように舞い上がったシンさんだ。

 

今回の作戦、本来の目的を達成するために、私と山城さん、そして司令官以外には伝えていない極秘任務があった。それがこれ。深海棲艦の潜水艦姉妹に、扶桑さんの判別をお願いすること。

航空戦艦も水上機母艦もソナーは持っていない。水上機は潜水艦を探知できるが、扶桑さんは白兵戦のため水上機なと飛ばしていない。水母棲姫の水上機は龍驤さんと大鳳さんの艦載機が全て駆逐している。探知する暇すら与えていない。

深海棲艦の気配が読まれる心配も、潜水艦故にその範囲の外に出ることができた。気付かれたときにはもうシンさんは海上だ。それだけ泳ぐのが速い。

 

「聞こえましたね! その扶桑さんは深海棲艦です! 艦娘ではありません!」

「アイツ……」

「バーカバーカ! バレテヤンノー!」

 

水母棲姫にあっかんべーしながら海中に戻ったシンさん。ここからは潜水艦も参戦。海中にはセンさんもスタンバイしている。水上機さえ処理できれば、この戦場、潜水艦は無敵だ。

水母棲姫のニヤニヤ笑いが無くなり、冷酷な表情に。ようやく私達を見下すことをやめたようだ。

 

「オマエガシクンダノカシラ」

「ええ。扶桑さんの判別が最優先でしたからね。自分だけが搦め手を使えると思わない方がいいですよ」

 

水母棲姫の下半身が途端に爆発。動揺で思考がブレたのだろう。ビスマルクさんの砲撃が途端に当たり出した。

そして同時に足元が爆発。海中からの潜水艦姉妹の魚雷も直撃した様子。潜水艦による攻撃は有効だ。これがあることがわかれば、水母棲姫が防衛線まで来ることは無くなる。

 

「随分と余裕が無くなったじゃない。いいのよ、そのまま沈んでも」

「ウッフフ……イタイワァ……」

 

この期に及んで笑顔を浮かべる水母棲姫。全く怯んでおらず、行動予測を再開し、未だに他の攻撃を避け続けている。白兵戦の天龍さん達や、あの神通さんの攻撃も避けている。自分の身を守ることだけなら、私を超えているかもしれない。

 

「キョウガソガレチャッタワ。フソウ、カエルワヨ」

「残念ね……山城。決着は次の機会で……」

 

扶桑さんはそのまま海中に沈んでいった。山城さんはそれを追うことをしない。途中から均衡していた姉妹喧嘩だが、神経を使い続けていたのだろう、山城さんも無傷ながら相当消耗していた。

 

「アサシオ……ダッタワネ。カクゴシテオクコトネェ……」

 

水母棲姫も海中に沈む。今回の目的は達成したため、強引に追うことは考えていない。海中はやっぱりズルイ。あれを追えるのは深海棲艦だけだ。

 

 

 

戦闘終了。全員無傷だが敵は撤退。戦術的勝利といったところだろう。海上に危険が無くなったので、潜水艦姉妹にも海上に出てきてもらう。

 

「アタシ、ヤクニタッタカナ?」

「最高です。MVPですよ」

「ヤッタ! デッチニジマンシヨ!」

 

お姉さんに抱きつきながら大喜びのシンさん。今回の作戦はシンさんでないと出来なかったものだ。存在そのものがMVP。

この鎮守府の中でも最年少であろう子を戦場に、それも最重要任務に使うのは正直気が引けた。話をしたのも今朝の事だ。なるべく情報が漏洩しないように、ギリギリまで隠し続けた。結果がこの通り。

 

「ホンマ驚いたで。まさか潜水艦仕込んどったとはな」

「すみません。この作戦はなるべく極秘でやりたかったんです。私と、山城さんと、司令官しか知りません」

「はー、なるほどな。いや、今回はマジでいい仕事したで」

 

これでわかったのは、鎮守府内であちら側に情報を送るものはいないであろうということ。

自由に出撃できる深海棲艦とはいえ、シンさんは車椅子生活をしている人だ。海に出るときは大体誰かに見られる。私達が出撃した後に姉妹2人で遠出したら、さすがに不審に思われるだろう。

それなら、私達の部隊編成は、ここに来てから確認している。私達の手が届かない場所から探知していると見ていいだろう。

 

「山城さん、大丈夫ですか?」

「ええ。すごく疲れた程度よ。警護任務はまだ時間あるから、その分くらいは何とかするわ」

 

心なしか、山城さんはいろいろ吹っ切れたような顔に見えた。敵になったのが扶桑さん本人でないとわかったことで、安心したのだろう。とはいえ同じ顔をしているのだから、戦いにくいことは変わらない。

 

最高の戦果とも言える今回の警護任務。目的達成で士気が大きく上がった。だが、あの強さだけは本物。山城さんでないと倒せないほどの存在だ。正体がわかっても警戒は必要だろう。

 




例え艦娘で無くとも、同じ顔なら抵抗はあるでしょう。最近のイベント海域はそんなのばっかりですが。抵抗ありましたよ。いろいろと。


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緊張と不安

敵にいる扶桑さんの正体が艦娘ではないことが判り、幾分か戦いやすくなった。艦娘のままあちらに付いているとなったら普通には戦えなかった。救出優先になるし、救出したところであの戦闘力は鎮守府に連れてくることも難しい。深海棲艦ならある程度割り切れる。

 

「シン君は深海棲艦と言ったんだね。ならこれで可能性はいくつかに絞られた。そこから最善の方法を模索しよう」

 

午後に緊急会議。扶桑さん対策、並びに、水母棲姫撃破のための作戦である。

 

「深海棲艦が相手を深海棲艦と認識したのだから、扶桑君の存在の可能性は2つ。外見を扶桑君のように作られた深海棲艦か、春風君と同様の半深海棲艦だ」

「半深海棲艦は確率的に無いんじゃないか?」

「あちらの技術がわからない以上、何とも言えない。確実に半深海棲艦を作る手段を持っている可能性だってある」

 

私、朝潮の意見としては、半深海棲艦の路線も捨てがたいもの。春風と同様に赤い海でドロップし、艦娘の心を持ちながら深海棲艦の身体を一部持ってしまったとすると、意外といろいろなところの説明がつく。あちら側についているのは、深海棲艦の力を受け入れた結果とも言えよう。春風とは逆の受け入れ方ではあるが。

 

「提督、先に言っておくわ。あちらの扶桑姉様、私より強いわよ」

「本当かい?」

「2度も手合わせしたらわかるわ。均衡がギリギリね」

 

思ったより絶望的な状況。

 

「あれ、私のデータが分析されてる。今までの襲撃、やたら戦艦棲姫来てたでしょ。多分対策するための情報収集よ」

 

私も何度か警護任務で敵の襲撃を受けているが、毎回戦艦棲姫がいたのは覚えている。そして、山城さんが任務に参加しているときは必ず戦艦棲姫を対処していた。

警護任務は継続戦闘がメインとなる任務だ。なるべく手早く敵を処理したい。そうなると、手慣れたところを処理するのが最善。戦艦棲姫を一番倒しているのは、他ならぬ山城さんだ。来るたびに山城さんが倒している。

 

「随分とふざけた手段よね。仲間を犠牲に情報収集なんて」

「あ、じゃあ水母棲姫が言っていた『完成』って」

「データが全部扶桑姉様に組み込めたってことでしょ」

 

この鎮守府の最高戦力が山城さんであることは、敵の目から見ても明らか。おそらく最初の夜の襲撃のとき、一撃の下に戦艦棲姫をミンチにしたところから、敵の計画は始まっていた。

 

「私だけじゃないわ。警護任務に出て、戦艦棲姫と戦ってる全員のデータが組み込まれてる。扶桑姉様1人に、ガン子やスパ子、あとレキとかのデータも入ってるでしょうね」

 

そこまで来るとお手上げじゃなかろうか。上から数えた方が早い戦力全員のデータが入っているとなると、倒す手段が無いと言っても過言では無い。

山城さんがベースになっているのが、とにかく厄介だ。砲撃は弾き飛ばすため効かず、攻撃力は白兵戦にも関わらず戦艦超え。耐久力関係なしに突き破る攻撃を、駆逐艦以上のスピードで繰り出してくる。

 

「私の攻撃が全部見透かされてるのがおかしいと思ったのよ。何処狙っても避けられるか払われるかされるんだもの。だから……もう殺す気で行くわ。そうしないとこっちが殺される」

 

それでもまだ手加減していた山城さん。正体がわかった後も、もしかしたらという可能性を持って戦闘をしていた。だが、命の危険があるのなら話は別だ。やらなくてはやられる。

 

「今は私より朝潮の心配をした方がいいわ。水母棲姫、完全に朝潮をターゲットにしたわよ」

「はい。覚悟しておけと言われましたね。こっちのセリフですよ」

「おお、朝潮がキレとる。珍しいモン見れたわ」

 

龍驤さんに茶化されるが、私も今は気が気でない。私に直接言うくらいだ。次の救出任務、私が出たら向こうからは大潮が来ることがほぼ確定。今まで以上に卑劣な作戦で来るだろう。

だからもうこちらも手段を選ばず屈服させる所存だ。それだけのことを向こうはやってきた。それが北端上陸姫の指示だったとしても、実行犯は水母棲姫だ。到底許すことは出来ない。

 

「朝潮君、君は冷静に物事を考える事が出来る子だ。熱くなりすぎないようにね」

「わかっています。わかっていますとも」

 

どんな手段でこちらを追い詰めてきても、それを後悔するくらいの()()()を用意しておくつもりだ。

 

 

 

3回目の救出作戦は明日決行されることとなった。あちらに回復の時間を与えることにもなるが、こちらはこちらで作戦を立てる必要がある。

私は工廠の片隅で、水母棲姫がやりそうな手段を全て洗い出し、その一つ一つに対策を考えていた。真正面から来られたらどうするか、搦め手を使われたらどうするか。

 

「姉さん、怖い顔してる」

 

霞に指摘されるが、今は直せそうにない。手段を選ばない相手から名指しで宣戦布告されたのだ。こうもなる。

 

「次の救出任務、大潮が出てくる可能性が高いの」

「大潮姉さんが!? そ、そう……うん、そうもなるか」

 

霞も納得したようだ。

今まで2度の救出任務で、敵がどういうことをしてくるかは大体わかっている。深海艦娘は戦力であり人質。こちらに情がある艦娘だからこそ通用する卑劣な手段。大潮だけで来るなら自殺をさせようとするだろう。それでこちらの動きを止める。大潮の手で私を殺そうとするのも考えられる。

おそらくだが、水母棲姫は私の心に徹底的にダメージを与えようとしてくるはずだ。だからこそ、前以て思い付いては覚悟をし、対策を練る。

 

「……でもね姉さん、本来作戦は艦娘が考えることじゃないわ」

「わかってる。でも進言するくらいはいいでしょ」

「そうだけど……」

 

今まで、私は何度も作戦立案をやってきた。司令官を信用していないわけじゃない。自分で考えることをやめていなかっただけだ。特に今回は実の妹の件。やれることは全部やりたい。

 

「Hey! お二人さん、今時間大丈夫デスカー?」

「金剛さん。何か?」

「お茶会をしマース。Reluxして、明日に備えましょうネ」

 

正直気分ではない。が、金剛さんの思いを無下にするのも躊躇われる。霞と一緒にお茶会に参加することにした。確かに気が張り詰めすぎているのもよくない。

 

談話室の一角を占拠する形でお茶会が開かれた。私は一度警護任務の時に戴いているが、いつ飲んでも金剛さんの紅茶は美味しい。

それに今回はいつもと違っていた。お茶会のお菓子を提供してくれたのは、なんと司令官。息抜きと称して、司令官も料理をしていたそうだ。一口大のケーキや、手で摘めるクッキーなどが並ぶ。

 

「ふむ……こうも味が変わるか……。金剛君、さすがだね」

「んっふー。私の一番の得意分野デース。本場のスパ子のお墨付きですからネー」

 

司令官も参加していた。こと紅茶に関しては、どうしても金剛さんには勝てないと、いろいろ教えてもらったそうだ。代わりにお菓子を提供したが、そのお菓子の出来に、今度は榛名さんが対抗意識を燃やしている。

 

「大淀も気を楽にしてくだサーイ。いつも気が張ってては、いい仕事はできないデース」

「ありがとうございます。はぁ……癒されますねぇ……」

 

今だけは休憩と、大淀さんすら参加していた。今の執務室には司令官の代理の代理ということで、はちさんが陣取っているらしい。執務室でご満悦な様子。

 

「いい作戦を出すには糖分デース。美味しいお茶を飲んで、甘いお菓子を食べる。これが一番ですネー」

「なるほど、後にやるより先にやる方がいいか。大淀君!」

「ダメです。提督は宴会になりますから。これくらい細やかなもので終わらないでしょう」

 

司令官手製のケーキを1つ。甘い。すごく甘い。ずっと使い続けてきた脳が回復していくような感覚。

 

「朝潮、眉間に皺が寄ってますヨー」

「えっ、あっ、その……」

 

そんなに態度に出ていたのか。自分ではまったく気付いてなかった。

 

「朝潮君。君の気持ちは痛いほどわかる。だからこそ、今は頭を休めなくてはいけないよ。金剛君の言う通り、リラックスしよう」

「姉さんは気張りすぎなのよ。戦場で無茶するなら、普段くらいダラけていいんだから」

 

ここまで皆に心配されているなんて思っていなかった。また自分が見えていない。せっかく戦場では自分が見えるようになったのに。素直に反省する。

 

「君がやりたいことはやらせてあげたい。あまりにも危険なら承服しかねるがね。だが、今は、ね?」

「ありがとうございます。今くらいは考えないことにします」

「そうか。ならお茶会を楽しみなさい」

 

紅茶に口を付ける。なんだかこの前よりも美味しく感じた。

 

「んっふふー、朝潮、紅茶美味しいデスか?」

「はい。この前の戦場のお茶会より美味しく感じます」

「それは良かったデース」

 

ニコニコしながら併設されている給湯室に手招き。奥から来たのは春風だった。なるほど、この紅茶は春風が淹れたものか。

 

「春風が淹れたのね。美味しかったわ」

「よかったです。金剛さんに習って、頑張ってみました。煎茶とはまた違った難しさですね」

「朝潮は妹に愛されてますネー。私も負けず劣らずデスガネ!」

 

妹では無いのだが、と言いかけたが、今はやめておいた。この場はただただ身体と心を休める場だ。負の感情が混ざる否定的な言葉は似合わない。

 

実際このお茶会はいい気晴らしになった。何も考えず、ただただ甘いものに舌鼓をうち、他愛ない会話をするだけの時間。

最近は考えてばかりで、霞や春風ともまともに話が出来てなかったように思える。春風に至っては、最後に話したのが私が紅茶を淹れたときくらいかもしれない。誘ってくれた金剛さんに感謝である。

 

 

 

夜、お風呂の後。珍しく山城さんに呼ばれる。今の状況になってから、2人で作戦会議することが増えた。今回もその事だろうと思う。

 

「率直な意見が聞きたいんだけど、アンタはあの扶桑姉様をどう思う?」

「どう、とは」

「私は、自分の意思で深海棲艦として振舞っているように思えるのよ」

 

山城さんは、あそこまでやられても和解できるのではないかと考えている。

私もそうだった。例えば戦艦棲姫の外見を改造してあの姿にしてるとしても、あまりに私情を挟みすぎている。最初の戦い、山城さんを殺せるほどの実力があるにも関わらず、中破で止めた。艦娘としての意思があるようにしか見えない。

 

「……私は、あの扶桑さんは半深海棲艦だと考えています。でも、そうなると少しおかしな点が」

「春風みたいな二重人格?」

「はい。完全に抑え込めているのか、そもそもそんなものがないのか。謎が多すぎます」

 

混ざりこんでいるものが駆逐古姫のため、好戦的なもう一つの人格を持っている春風。それに対し、あの扶桑さんにはそういうものが見当たらない。

考えられるのは3つ。混ざっている深海棲艦が扶桑さんと同じ性格である。混ざっている深海棲艦を抑え込んでいる。そもそも混ざっていない。

 

「次の戦い、私も出るわ。あの戦場には出ちゃいけないんだけど、扶桑姉様が出た時点でアンタ達全滅確定よ。手加減が気まぐれの可能性だってあるんだから」

「そうですよね……。山城さんがいない状態で立ち塞がられたら……多分勝てません。抑え込むことすら出来ず、1人に皆殺しにされるでしょう」

 

その山城さんですら、勝てるかわからないと言うほどの戦力差なのだ。たった1人の天変地異。全員薙ぎ倒されて終わり。

 

「鎖にだけは気をつける。なるべく扶桑姉様を引きつけるわ。だから、アンタ達に水母棲姫を任せる」

「はい。任せてください。姉妹喧嘩に専念してください」

「姉妹喧嘩って……強ち間違いじゃないわね。次こそは本心を聞き出す。ダメだったら……私がこの手にかけるわ」

 

拳を握る。震えているようにも見えた。誰であれ、姉妹を手にかけるなんてしたくないに決まっている。

 

私は全力でサポートするしかない。作戦は固まってなんていない。でも、お昼のお茶会で皆に心配されていることを知り、山城さんの決意が聞けたことで、不思議と不安は無かった。




扶桑は私が指輪を渡した2人目の相手です。扶桑姉妹は幸せになってもらいたい。


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運命の出撃

翌朝、3回目の深海艦娘救出任務発令。今回は集中狙いされることがわかっている。だからこそ、迎え撃つ。

 

第一部隊は深海艦娘救出部隊。旗艦は私、朝潮。随伴に大潮の妹となる霞、鎖の破壊に適した皐月さん、その皐月さんとの連携が得意な長波さん、私の盾役を買って出てくれるウォースパイトさん、そして山城さん。扶桑さんも深海艦娘とカウントし、ここに投入。

第二部隊は水母棲姫撃破部隊。旗艦はガングートさん。随伴に金剛さん、榛名さん、ビスマルクさん、雲龍さん、飛龍さん。ガチガチの超高火力偏重。警護部隊をそのまま連れていくようなものである。

 

「警護は私達オーバースペック組にお任せください!」

「深海艦娘組もな! 背中はあたしらに任せろい!」

 

私達が出撃中の警護部隊は萩風さんを筆頭としたオーバースペック組。清霜さんと時津風さんの純粋なオーバースペック、深雪さん含む深海艦娘組、そして春風とレキさん。そこに長門さん筆頭のさらなる火力。頼もしすぎる防衛線だ。

 

「見てようちの妹。こんなに頼もしくなっちゃってまあ」

「うちの深雪も頼もしい! 私も対空で参加するからね。後ろは任せて!」

 

過保護な姉達が妹の成長に大盛り上がりである。

萩風さんはついに反動軽減をマスターし、素晴らしい戦力へと成長した。深雪さんも深海艦娘化の影響でオーバースペックだ。同じような妹を持つ2人は、事あるごとに意気投合。

 

こうも盛り上がっているのには訳がある。今生の別れというわけではないが、今回の敵は戦艦水鬼以上の難敵。12人で出撃して、全員が無傷で帰ることのできる保証がない。

皆でテンションを上げて鼓舞しているのだ。不安な心持ちで出撃したら勝てるものも勝てない。

 

「最終決戦というわけでは無いのだが、間違いなく今までで最難関の任務だ。君達なら帰ってくると信じているよ」

「勿論です。勝って帰りますよ」

「水母棲姫の首を持ってきてやるさ。まだ北端なんちゃらもいるしな。奴は通過点だ」

 

司令官の激励でさらに士気が上がる。司令官もこんな場では悲観的なことは言わない。最高潮にまで昂揚させ、最高の戦果を期待する。

 

「山城君、君には一番辛い戦いになるだろう」

「わかってるわ。ここで終わりにしたいわね」

「ああ。出来ることなら、姉妹で帰還してもらいたいものだ」

 

全員がスタンバイ。警護任務部隊も同時に出撃となる。

 

「第一部隊、旗艦朝潮、出撃します!」

「第二部隊、旗艦ガングート、さぁ行くぞ、 抜錨!」

「警護部隊、旗艦萩風、抜錨いたします!」

 

私達は天変地異に立ち向かう数隻の艦。無傷で帰れるとは思っていない。誰も沈まずに勝利をもぎ取りたい。

 

 

 

警護部隊と別れ、海路を突き進む。敵とも遭遇せず、すぐに赤い海へ到着。ここからは警戒を厳として、低速で航行。

 

「ちょっと緊張してきたわ」

「山城が緊張とは珍しいな」

「相手が姉様よ? 緊張しない方がおかしいわ」

 

緊張を和らげるためか、ずっと左手を見ている山城さん。やはり指輪を見ていると落ち着くらしい。

 

「そっちの人達はみんな指輪つけてるよネー。羨ましいヨ」

「霞まで付けてんだもんなぁ。全員とケッコンしてるってのもすごいぜ」

「うちの旦那は全員分け隔てなく愛してんのよ」

 

あちら側の人は誰も指輪をつけていない。浦城司令官はたった1人としかケッコンカッコカリをしていない単婚派だそうで。その選ばれた人は満場一致なので、揉めることも無かったとか。

 

「さぁ、そろそろよ。姉様、今度こそ……」

 

山城さんが指輪にキスする。示し合わせたかのように、全員一斉に指輪にキス。集中力を高めるために、私も同じことをした。自然と思考が静かになる。

 

「深海棲艦の気配だ」

「アサシオ、私の後ろへ」

 

ウォースパイトさんが私の前に。気配を感じたということは、そろそろ反応が入る。

 

「索敵範囲に入りました。水母棲姫、扶桑さん、深海艦娘は1人。随伴艦は……なるほど、待ち伏せですか。戦艦棲姫3、空母棲姫2、駆逐古姫3、その他諸々」

 

空母棲姫は私は初見。大きい空母の反応なので空母棲姫と判断した。

 

「多いわね……。ガン子、アンタ達に任せるわ」

「ああ。貴様は姉に専念しろ」

 

緊張が空気を支配する。山城さんは扶桑さんを、そして私と霞は大潮との対面をここで待つことになる。

 

「会敵。目視範囲に入りました。……大潮ですね」

 

他の深海艦娘と同様、真っ白な髪と真紅の瞳、額に角が生えた艦娘。私や霞と同じ朝潮型改二の制服が黒塗りにされていた。

 

「オ姉サンデスネ! アゲアゲデスカ?」

「サゲサゲですよ、大潮。こういう形で出会いたくなかった」

「ソンナコト言ッテルカラ大潮ガ司令艦ニナルンデスヨー! 弱ッチイオ姉サン♪」

 

なるほど、こういう悪態。別に気にしていないことだからいいが、大潮が言ってきているという事実の方が堪える。

 

「山城……また会ったわね……。覚悟、出来てるのよね……?」

「はい、姉様。覚悟をしてきました」

 

山城さんはいち早く扶桑さんと睨み合う。あの場所にはもう近付けない。巻き込まれたら命の危険がある。

 

「水母棲姫の前に随伴の姫を倒しましょう。皐月さんと長波さんは大潮をお願いしますね」

「任せて。助けるから」

「おうよ。お前の妹なんだろ。絶対ここで助けてやるさ」

 

数が多くて水母棲姫に向かうことは簡単には出来ない。だが戦艦棲姫程度ならガングートさんが1人でどうにかできるレベルだ。イロハ級はもう払えば飛ぶ埃のようなもの。

 

「空母棲姫の艦載機は私が引き受けます。ウォースパイトさんも姫級を片付けてください」

「盾はいいのね?」

「大丈夫。先に周りをどうにかしましょう」

 

ウォースパイトさんにも攻めに転じてもらう。自分の身は自分で守れるくらいには鍛えているつもりだ。

 

「準備はいいですね。では……行きます!」

 

ここからは大乱戦だ。艦載機をどうにかしながら戦況を把握し、全員に指示を飛ばす。たったこれだけだ。それでもガングートさん達は指示を飛ばす必要が無いくらい洗練された動き。大潮と山城さんに集中する方がいいだろう。

 

「雲龍さん、飛龍さん、イロハ級を! 鎮守府に流れていくのはスルーでいいです!」

「了解。最初から飛ばしていくわ」

「私もセキちゃんから借りてきたんだ! 深海の艦載機、使わせてもらうよ!」

 

2人の空母から発艦された艦載機は、本来持つ精鋭達と同時に、陸上型から借りている深海の艦載機も並行して飛んでいる。私達の鎮守府ならではの戦闘。飛龍さんも馴染んできている。

 

「オ姉サンハ戦闘モ出来ナインデスカ? 役立タズデスネー!」

「操られると目も節穴になるのね」

 

大潮の砲撃は比較的私を狙ってくる。なかなかの精度だが、簡単に避けられる程度だ。威力も上がっているし、艦載機を飛ばしてくるのも今までと同じ。時雨さんのバックパックのような特殊な技能は無いように見える。

 

「アアモウ! チョコマカト! オ姉サンハ虫カ何カデスカ!」

「私ばかりに気を向けて大丈夫?」

 

艦載機が爆散した。長波さんが綺麗に撃ち落としていた。低空飛行なため対空砲火が出来ない分、普通の砲撃でも墜とせるのはありがたい。命中精度がそこそこでも簡単に当たる。

 

「艦載機って確か2つだよな! なら終わりだ!」

「ウ〜〜! ミンナ鬱陶シイ!」

 

さすがに3人の深海艦娘と訓練を積んできた甲斐があった。攻撃に慣れている。強力な主砲があろうが、艦載機が飛んでこようが、対処法を知っているのだから無傷でどうにかできる。大潮1人であるところもありがたかった。連携が無い分対処がしやすい。

それでも皐月さんの斬撃が鎖を掠めることも出来ない辺り、あちらの方が若干上手。回避に関しては異常に慎重である。

 

敵の艦載機の数が大分減ってきた。気付けば空母棲姫は金剛さんと榛名さんが処理しており、戦艦棲姫もガングートさんとビスマルクさんが各個撃破。駆逐古姫に関してはウォースパイトさんと空母2人が片手間に撃破している。

 

「アサシオ、姫級はそろそろ終わるわ」

「了解です。各自水母棲姫の方へ。艦載機が減ってきてありがたいです」

 

戦場が見やすくなってきた。周囲を確認する。いの一番に山城さんの状況を確認。

 

「山城……抵抗しないでちょうだい」

「馬鹿なことを言わないでください」

 

強烈な蹴りを受け止め、返しに殴り付けるが、砲撃と同じようにその攻撃を払われる。お互いにノーダメージとは言わないものの、蓄積されたダメージは山城さんの方が多い。

一回一回の攻撃が必殺級である2人の姉妹喧嘩は、近くに寄ってしまったイロハ級をも巻き込み、周りは残骸まみれ。

 

「姉様、貴女は半深海棲艦なのではないですか?」

「……そんなことを話している余裕が?」

 

強烈なローキック。それを待っていたように強引に踏みつけ、山城さんからも回し蹴り。顔面狙いのその攻撃はガードせざるを得ない状況を作り出すが、それも山城さんの狙い。

 

「ここっ、だぁっ!」

「山城っ……」

 

強引に脚を取り、押し倒した。あの流れ、天龍さんが神通さんにやっていた関節技だ。脚を極め、身動きが取れないように固める。

 

「ゆっくり話をしましょう姉様。貴女の本心を聞かせてください」

 

そのままやれば折ることだってできる。扶桑さんからは攻撃できない完璧なロック。この状態なら会話もできるだろう。

 

「……少しだけ教えてあげる」

「姉様、やっと」

「私は、私の意思でお姫様についてるの……。今の私は艦娘の、人類の敵……戦艦棲姫改二よ」

 

強引に蹴り上げ、山城さんを吹き飛ばした。その時にゴキリと鈍い音がしたが、扶桑さんはまったく気にしていない。

 

「……私には艦娘と深海棲艦どちらの思考もあるの……混ざり合って一つになっているのよ。だからね……人間は守りたいけど、世界が憎いの」

「そんな……」

「山城のこと、妹として愛しいと思うわ……でもね、殺したくもあるのよ……」

 

痛みを感じていないような言動。完全に脚が折れているのに、当たり前のように直立。表情も変わらない。改めて間合いを取り、互いに戦闘態勢を取る。

 

随伴の姫級全てを撃破し、あとは水母棲姫のみとなった。大潮には皐月さんと長波さん、そして霞がついている。敵艦載機が無くなった今、私は一歩下がりウォースパイトさんが盾に。山城さんは扶桑さんにつきっきりなので、残り6人が水母棲姫に立ち向かう形に。戦況としても、一番ダメージを受けているガングートさんが中破に近い小破だ。空母の2人は無傷、他も軽傷といったところ。『未来予知』を使うまでも無い、いい流れ。

この惨状を目にしても余裕の態度は変えない水母棲姫。こうなることか想定済みだったという表情だ。

 

「ハァイ、ミンナテヲトメテチョウダイネェ」

 

何もしてこなかった水母棲姫が突如動き出した。大潮の首輪の鎖を引っ張り自分のところへ引き寄せる。あのままでは大潮を救うことができない。大潮を盾にしている。

 

「ソロソロオワリニシマショウ。ヘタナコトヲスルト……オオシオガシヌワヨォ」

「急に動き出したかと思えば……」

 

こうなるようにこの戦場をコントロールしていたのだろう。他の姫級も全て前座。倒されること前提で連れてこられた随伴。こちらの士気を上げるだけ上げた後に、戻れないところまで落とそうとしている魂胆がバレバレである。

 

「アサシオ、ワタシイッタワヨネェ。カクゴシテオケッテ」

「言ってましたね。私の目の前で大潮を殺すということですか? その時点で全員が集中攻撃しますよ。絶対にここから逃がしません」

「デモ、コノコガコロサレタクナケレバ、イウコトクライキクワヨネェ?」

 

水母棲姫が合図すると、大潮が海中からもう一本鎖を引きずり出した。誰とも接続されていない、深海艦娘を制御する鎖だ。電さんや時雨さんに接続されていた鎖が修復されたものだろうか。大潮が持っていても鈍く輝いている。

 

「アサシオ、コレヲニギリナサイ」

「私に深海艦娘になれと?」

「オマエガゼンインコロスノ。ソシタラシマイナカヨクワタシノナカマ。サイコウノシナリオジャナイ?」

 

私に一番屈辱を与えようとしている。自らの意思で仲間を裏切れと言ってきている。大潮と他の仲間全員を天秤にかけろと。

 

「コバメバオオシオガシヌダケ。ヒトリノギセイデスムワネェ」

「オ姉サン、大潮死ニタクナイデス。仲間ニナリマショウ!」

 

2人してニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。私が拒むことが無いと確信した、こちらを見下した笑み。

 

「ここにはもう1人妹がいるんですけど」

「アッチハイラナイワァ。オマエノチカラガジャマナダケダモノ。ソレガナクナッテ、コッチノモノニナレバカンペキヨネェ」

 

こちらの戦力を削ごうとする作戦としては、手段はさておき完璧ではある。私の行動予測は水母棲姫にも目の上のたんこぶだったようだ。酷い形で敵に評価された。

 

「ホラ、エラビナサイ」

 

大潮が自分の主砲を自分のコメカミに突きつける。下手な答えをすると自殺するということだ。

チラリとガングートさんを見る。小さく頷き、声は聞こえないが口が動いた。『大丈夫だ』と。

 

「私がそちらにつけば大潮は死なないんですね?」

「ヤクソクスルワァ」

「わかりました」

 

ウォースパイトさんに退いてもらい、歩み出る。全員無言。この戦場の仲間全員を無傷で救うためには、この手段しかないのは皆わかっていた。私が深海艦娘になり、洗脳され、牙を剥いたとしても、鎖さえ破壊すればこちらに戻ってこれる。

 

「姉さん……」

「霞、わかってるわよね」

「……ええ」

 

涙目の霞の頭を撫でて水母棲姫の前に立つ。隣の大潮が鎖を差し出してきた。

 

「クツジョクテキデショウ。タカガイモウトノタメニナカマヲウラギルナンテ」

 

水母棲姫の減らず口は流し、一呼吸。皆の見守る中、私は無言で鎖を掴んだ。



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この手で

水母棲姫との戦闘中、最悪な選択を迫られた私、朝潮。深海艦娘となった大潮の自殺を止めるためには、私が深海艦娘とならなくてはいけない。これが罠であることも皆理解している。しかし、ここで拒んでしまうと、助けられる可能性がある大潮がこの場で命を落としてしまう。

選択肢なんて無かった。私は一歩前に出る。

 

「姉さん……」

「霞、わかってるわよね」

「……ええ」

 

涙目の霞の頭を撫でて水母棲姫の前に立つ。隣の大潮が鎖を差し出してきた。

 

「クツジョクテキデショウ。タカガイモウトノタメニナカマヲウラギルナンテ」

 

水母棲姫の減らず口は流し、一呼吸。皆の見守る中、私は無言で鎖を掴んだ。

 

「ッハ、ハハハハハッ! オオシオ、ジサツシナサイ!」

「約束と違うじゃない!」

「ミカタヲウッタノニイモウトモシヌノ! サイコウニクツジョクテキデショウ!」

 

さらなる絶望を与えようとしてきた。が、大潮は動かない。水母棲姫の命令を聞かない。

 

「オオシオ、ナニヲシテルノヨ。シニナサイ」

「誰がそんなサゲサゲなことするかー!」

 

主砲を水母棲姫に向けて発射。すんでのところで躱されたが、想定外の不意打ちに水母棲姫の表情が醜く歪んだ。

 

「ナンデ……!?」

「こういうことですよ」

 

()()()()鎖を振り、水母棲姫に叩きつけた。大潮に撃たれるよりも想定外だったのだろう。見事に顔面に直撃しフラつく。

 

ここまで、()()()()()()

 

「クサリガチギレテイル……!?」

「学習しない人ですね。前回貴女は何にしてやられたんですか? まさか忘れましたとは言いませんよね」

「……!? センスイカン!?」

 

海中から腕だけが2本現れ、水母棲姫の下半身、大口を開けた艤装の口内に主砲を叩き込む。舌でガードする事もままならず、内部破壊が発生。

 

「戦艦の方々! お願いします!」

「任せるネー! 全砲門! Fire!」

「砲撃開始!」

「Feuer!」

 

戦艦棲姫と同様、内部破壊さえ起これば外装も弱くなる。さらに、想定外が連続したからか行動予測がままならない。金剛さん、榛名さん、ビスマルクさんによる砲撃を回避することができず直撃。下半身の艤装は完全に破壊された。

 

「うちの潜水艦は特別製なんですよ。海中で主砲が撃てるんです」

「ぷはーっ! いい仕事したの!」

「潜水艦の面目躍如だね!」

 

海中から出てきたのはイクさんとしおいさん。これが私の想定し、司令官が計画した、誰もが無傷で終わるための最善の方法。

 

水母棲姫が私を深海艦娘にしようとするのは読めていた。艦娘としての矜持をへし折り、最も屈辱的に、かつ自分達の利益になるように排除する方法なんてそれくらいだ。無様に殺されるより余程精神的なダメージが大きい。何せ、味方を見殺しにするのだから。

だからこそ、そのタイミングが一番隙だらけだ。勝ったと思った瞬間が、一番気を許す。そこに全てを賭けた。

潜水艦2人と通信していたのはガングートさんだ。私の動向を見ながら指示をし、鎖の破壊を確定したところで私に合図を出した。あの『大丈夫だ』は、潜水艦の到着と鎖の破壊のことである。

 

「後出しで潜水艦部隊を出して正解でしたよ。こうもシナリオ通りに動いてくるとは思いませんでした」

 

もう一度鎖を振り、水母棲姫を横転させる。あまりの出来事に思考が追いついていない。艤装が破壊されたので航行も出来ない、完全な無防備。その水母棲姫に跨り、マウントを取った。ここからもう逃がさない。

この時の私は怒りに支配されていた。罠だとはわかっていたが、本当に大潮に自殺を強いるなんて。この罪は、死をもって償ってもらわなくてはいけない。

 

「行動予測ができるのになんですかこの体たらくは。想定外の2つや3つ乗り越えなさい」

「キッ……サマ……イギィッ!?」

 

容赦なく腕を踏み潰す。曲がってはいけない方向に曲がったことを確認してからもう片方も同じように踏み潰した。これで反撃もできない。

 

「今から貴女が死ぬまで殴り続けます。非力な私なので簡単には死ねないでしょう。死にたくなったら言ってくださいね」

 

長い鎖を拳に巻き付け、まず一発殴る。慣れないことをしているのだから、私の腕も悲鳴をあげるが、そんなこと関係ない。

 

「五月雨さんを殺すように仕向けた時から気に入らなかったんです」

 

一発殴る。

 

「山城さんに扶桑さんをぶつけたことも」

 

一発殴る。

 

「私を引き込もうとしたことも」

 

一発殴る。

 

「霞をいらないと言ったことも」

 

一発殴る。

 

「約束を破り大潮に自殺を強要したことも」

 

一発殴る。

 

「全部気に入らないですね」

 

一発殴る。

 

「生かしておいたら続けるんですよね」

 

一発殴る。

 

「ならここで死んでもらいます。今までやってきた全てを後悔しながら、惨めに死んでもらいます。なかなか死ねないのは反省の時間だと思いなさい」

 

一発殴る。

返り血も腕の痛みも気にならなかった。とにかく目の前の敵を、この手で片付けたかった。

 

「フ、フソウ、ワタシヲタスケナサイ!」

 

この後に及んで助けを呼んだ。この状態で来られたら私も大変なことになるだろう。私は山城さんを信じているので、ここに来ないと確信しているが。

だが扶桑さんは一歩も動かない。山城さんと相対しているだけ。

 

「フソウ!」

「私は妹との喧嘩で忙しいの……自分の身は自分で守るといいわ」

 

完全に見捨てた。もう見向きもしていない。

 

「それに……今の貴女は少し見苦しい……助ける価値がないわ」

「フソウッ!」

「喧しい」

 

みっともなく叫ぶその口に、ねじ込むように殴る。

 

「タ……タスケテ……」

「命乞い? 助けて私達に何か得があるの?」

「モ、モウ、コンナコトシナイワァ。ジョウホウモ、アライザライイウカラ……」

 

なんて憐れな。惨めすぎて涙が出そう。命を大事にするのは私達も同じだが、こんなにも薄っぺらい言葉で命乞いをするだなんて。どうせ助けたら後ろから攻撃してくるのだとわかりきっている事。今までの行いで信じてもらえると思っているなら、あまりにもおめでたい。

 

「そう、じゃあ殴るのはやめてあげる」

「ッ……ジャア」

「死ぬまで殴るつもりだったけど、気が変わったわ」

 

胸元のリボンに爆雷を挟み込んで水母棲姫から離れた。私に許された、数少ない武器の1つだ。もう腕も動かないのだから、あの爆雷から回避はできない。

 

「イヤ、イヤダ! シニタクナイ!」

「まったく、見苦しい。でもこれで終わり。さよなら」

「イヤァアアアアッ!?」

 

断末魔の叫びの後、後ろで爆発が起こった。あんな奴、死ぬところすら見る価値がない。

 

 

 

これで残りは扶桑さん1人。イロハ級が鎮守府の方に流れていくのは見えたが、頼もしい防衛線警護部隊もいる。私達はこの場に専念できる。

 

「姉様、あとは貴女だけです。せめて話をさせてください」

「山城……言った通りよ。私は艦娘と深海棲艦、どちらの思考も持っている。憎いのよ……この世界が」

 

艦娘と深海棲艦が何もかも混ざり合って出来てしまった半深海棲艦の扶桑さん。同じ立ち位置の春風とはまるで違う。根本が艦娘であり、深海棲艦側も何だかんだ物分かりがいい春風とは逆に、根本が深海棲艦であり、艦娘側も恨みと憎しみに染まってしまっているのが扶桑さん。

 

「私達の鎮守府なら共存できます。一緒に来ませんか」

「お断りよ……だって……今の私は貴女の愛しい提督も……殺したくなってしまうもの」

 

折れた脚で山城さんを攻撃する。さすがにそこまで威力が無いのか、簡単に払える。それでも、山城さんは苦痛を耐えるような顔。

 

「もう話なんて必要ない。わかっているでしょう……」

「姉様は強情すぎます!」

「貴女もね……山城。今日はこれで終わりにしましょう……私はお姫様のところにいるわ……その時に会いましょう……」

 

扶桑さんは海中に沈んでいってしまった。

またもや決着は付かず。扶桑さんが沈んでいった場所を、ただただ眺めていることしかできなかった。

 

 

 

事が済んだのだから、早々に撤退する。本来の目的は達成出来たのだから。

 

「迷惑かけてごめんなさい!」

「無事に助けられてよかったわ」

「霞、再会出来たんだから、アゲアゲで行きましょう!」

 

霞に抱きつく大潮。正気に戻ってはいるが、ハイテンションは根っからのもののようだ。一緒にいるだけで元気になりそうな、明るい真っ直ぐな妹。これから少し騒がしくなりそうだ。

 

「お姉さん! いろいろごめんなさいでした!」

「いいのよ。鎖のせいなんだから」

 

握りしめていた鎖を捨てた。水母棲姫の血がベッタリと付き、気持ちが悪い。

 

「損傷を確認します。怪我人はいますか?」

「私が一番ダメージが大きいだろう。中破行かずだ、むしろ貴様はどうなんだ朝潮」

 

ガングートさんに言われて自分を見る。水母棲姫の返り血で、殴り続けていた右腕と制服の一部が真っ赤に染まっていた。顔にも血飛沫が飛んでいるのが感触的にわかる。普段の山城さんや天龍さんのようになっているのだろう。

 

「右腕が痛いくらいで、大丈夫です」

「そうか。ところで……あれは何だ」

 

ガングートさんが指差す先。水母棲姫の死骸がある場所。電探の反応的にはわかっていたが信じたくなかった。振り向くと、未だに消えていない。胸元で爆雷が爆発したのだから、上半身はグチャグチャになっていてもおかしくはない。むしろ私が()()()()()()()()()

 

「いや、まさかそんな。未練タラタラで浄化される要素一切無いですよアレ」

「ならドロップか? だとしても貴様の電探に引っかかるだろ」

「まぁ、はい。反応からして死骸が消えていないというのが事実ですが……」

 

嫌だが近付いて確認する。あるのだとしたら、真っ黒焦げで上半身グチャグチャの見るに堪えない死骸だろう。

だが、そこにはそれはもう綺麗な身の女性が浮かんでいた。水母棲姫の面影を残す何者か。あまりに身体が綺麗すぎて、この場にドロップしたのではないかと勘繰るレベルである。そうだとしたら半深海棲艦である事が確定するが。

おそらくだが、焦げた深海棲艦のガワが剥けてああなったのではないかと思う。ガングートさんやウォースパイトさんの時とは違った浄化だ。

 

「あ、そういえば……未練があっても極々稀に浄化されるんでしたっけ」

「大本営で処分されたというアレか」

 

そういう場合は、深海棲艦の思考は残ったままだ。大本営に保護された者は、殺意を見せたことにより処分されている。今回もそのケースになるのではないか。

 

「一応保護しますか……。水母棲姫の思考が残っているのなら拘束ですね」

「ああ。少なくとも、放置していくよりはマシだろ。レディ、このお嬢さんを運んでもらえるか?」

「I got it」

 

ウォースパイトさんがフィフで女性を掬い上げた。見れば見るほど水母棲姫だ。表情が優しくなっているように見えるが、それくらい。

 

「さ、帰りますか。……どうしたの霞」

「え、あ、うん、帰りましょ」

「霞はお姉さんが怖いんですよ」

 

大潮に言われて何故だと考えたが、そういえばさっきまでの私は怒りに身を任せて深海棲艦を殴り殺そうとしていたのだ。春風の時も音声だけで霞は私から一歩引くような態度を取ったが、今回はまともに見てしまっている。怖がられても仕方ないか。

 

「な、なぁ、皐月。朝潮っていつもああなの?」

「今回だけだよ……噂には聞いてたけど、怒らせたらここまでだなんて……」

「ヤベェって。姫級殴り殺すとか……」

 

長波さんと皐月さんが何かコソコソ話していたが、今は流しておくことにした。なんか尾ひれ背びれ付けて噂になりそうな気がしたが、大体が事実なので、私は何も言い返せないだろう。

 

 

 

勝利の凱旋。ちょうど警護部隊も入れ替わりのタイミングだったため、全部隊が無事に鎮守府へと帰投した。戦果としては大勝利ではあるものの、扶桑さんをここに連れて帰れなかったことだけは悔やまれる。

 

「お帰り、みんな。よくやってくれた! 警護も大変だったようだね」

 

鎮守府側に流れた深海棲艦は結構な数だったらしく、そこに別の場所からも流れ込んできて思った以上の軍団になっていたそうだ。萩風さんを筆頭に、中破以上にはなっていないがボロボロな人が多い。

 

「イク達も褒めてほしいの!」

「MVPだよMVP!」

「よくやってくれたよ。君達でなければ大潮君は助け出せなかったからね」

 

無茶な作戦ではあったが、潜水艦の2人には感謝している。ゴーヤさんの機銃だと火力が低く、潜水艦姉妹だと魚雷になり火力が高すぎるので、一番ぴったり嵌る人員と言える。この2人でないとダメといっても過言ではない。

 

「連絡は受けているよ。大潮君、無事に助けられてよかった。我が鎮守府は君を歓迎するよ」

「ありがとうございます! 大潮、アゲアゲで頑張ります!」

「元気な子で何よりだ。それと……その子だね」

 

ウォースパイトさんが司令官に女性を引き渡した。何人かはその姿を見て顔を顰める。

 

「満足して逝ったわけではないのに浄化された、と聞いているが」

「あれで満足しているなら余程のマゾヒストだ。みっともない救援要請や、命乞いまでして死んだんだからな。未練しかないくらいだぞ」

 

私の行為については伏せて説明してくれたが、まぁこれに関してはそのうちバレるだろう。説明することにもなるだろうし。

 

「頭の中は深海棲艦、水母棲姫のままかもしれん。出来ることなら最初から拘束しておくべきだと思うが、同志提督、貴様はどうだ」

「事を起こしてからでいいだろう。まずは入渠、その後に考えればいい」

「甘いな。だがそれが貴様なんだろう。判断は任せる」

 

そのままガングートさんも入渠しに行った。中破行かずとはいえ、それなりの怪我だ。お風呂で終わらせるよりは、手早く入渠の方がいい。

 

「あとは朝潮君と山城君。念のため入渠をしてほしい。特に山城君、精神的な疲弊が激しいだろう。ゆっくり身体を休めること」

「ええ、そうさせてもらうわ」

「朝潮君は随分と乱暴な戦い方をしたようだね。今は良くても後に響く可能性はある」

「は、はい……乱暴と言われると……そうですね……」

 

急に恥ずかしさが込み上げてくる。そそくさと入渠ドックに向かった。

 

「朝潮、寝る前にちょっと」

 

ドックの前、山城さんに呼び止められる。

 

「姉様は本拠地にいると言ったわ。最終決戦の時には私も出る」

「はい……そうなりますね。止められるのは山城さんしかいません」

「姉様の意思は固いわ。もう、こちらに来ることはない。深海棲艦として、私達と敵対する事を受け入れてる」

 

もう姉妹喧嘩が殺し合いになるのは確実になってしまった。今回の戦いですら、話を聞くために手を抜いていたのだ。どちらも傷が付かないように。

 

「口には出していたけど、やっぱり姉様を殺すことなんて出来なかった。でも、もうダメね。姉様がそれを許さない」

「……そうですか。改めて決心したんですね」

「ええ。次はもう話すことはないわ。ホント不幸。実の姉を殺さなくちゃいけないだなんて」

 

悲観的な言葉だが、目は強く輝いていた。

 

「頼りにしてるわよ。私達をあの場所に導いて」

「任せてください。必ず、決着を付けられるように」

 

指輪のある左の拳を合わせる。山城さんはこの手で最愛の姉を手にかける決心をしたのだ。ずっと揺らいでいた心も、今日の戦いで揺るぎないものになった。私もそれに応えなければ。




キレた朝潮は誰よりも暴力的かも知れません。あの妹達の根っこになっている長女ですから。


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改竄された記憶

水母棲姫が浄化されたであろう女性の入渠が終わると聞き、私、朝潮は工廠にやってきた。私自身の入渠は本当にすぐ終わり、一番怪我を負っていたガングートさんの入渠も先程終わった状態。戦闘終了後からその日中に全ての入渠が終わったことになる。

この場にいるのは私の他には山城さんと春風。司令官も当然来たがったものの、入渠後の女性は全裸である件があるので、山城さんが追い出した。

何があるかわからないと山城さんは艤装を装備して先頭に立ち、春風は私の護衛として側に付き従う形に。心がどちら側かにより処遇が決まるため、今までの浄化組とは緊張感が違った。

 

「入渠終了。ドック開きます」

 

明石さんの言葉と同時に、女性の入るドックが開いた。見れば見るほど、綺麗になった水母棲姫である。

 

「ここは……」

「私達の鎮守府よ。貴女は何者? 何処まで覚えてる?」

 

身体を起こしキョロキョロと見回す。山城さんの言葉も耳に入っていないような雰囲気。寝ぼけ眼の焦点が徐々にあっていき、私と目があったその時だった。

 

「あ……あ、あぁああアアアああっ!?」

 

頭を押さえて叫び出した。こんな事は今までにない。

理由は何となくわかってしまった。今までの浄化された深海棲艦に共通するところは、戦闘の記憶、そして命を落とした時の記憶だけは鮮明に覚えていること。私の顔を見て、あの時のことを思い出したのだろう。

これは水母棲姫の思考であろうが無かろうが関係ない。私は壊れるほどのトラウマを植え付けている。錯乱しても仕方ない。

 

「明石!」

「もう一度入渠させます! 押さえつけて蓋を閉めて!」

「いやあああっ!? あっ、アアアアアッ!?」

 

山城さんの膂力で強引に押さえつける。その間も叫び続け、ドックの中で暴れている。これはどちらの暴走だろう。私に殺されたことへの怒りか、私達にしたことへの悔恨か。

蓋が閉められた後も中から激しい音が聞こえ、そのうち静かになった。再び眠りについたようだ。

 

「死んだ時の記憶はあるものね……。私は姉様で忙しかったけど、朝潮相当だったらしいわね」

「もしや、わたくしを止めてくださった時と同じようなことを?」

「……アレより酷いことをしたわ。あの人は私が殺したんだもの」

 

今更ながら物凄い罪悪感。あの時の私は理性が焼き切れていたと思う。

 

 

 

その後、1時間も経たずにまた入渠終了の報せ。身体は治っているので早いものである。だが、心はどうだろう。私はいない方がいいのでは。

 

「出来ればいてほしいかな。アレがまたあるようなら、今後の扱いを考えないといけないから」

「私の罪悪感がどんどん膨れ上がりますが」

「割り切りなさい。アンタは間違ってないんだから」

 

ドックが開き、先程と同じように寝ぼけ眼の女性が身体を起こす。先程のことは忘れてしまったかのような振る舞い。

だが、少しだけ様子が違った。先程と違い、目が虚ろだった。あの目は見たことがある。自分に絶望していた時の春風やゴーヤさんと同じ、()()()()()()()()()()だ。

 

「改めて聞くわ。貴女は何者?」

「瑞穂……水上機母艦、瑞穂です」

 

ニヘラと笑う女性、瑞穂さん。柔らかいが、奥に闇を抱えているような笑顔。まだどちら側かがわからない。

同じようにキョロキョロと周りを見回し、私と目が合った。先程はここで狂乱し叫んだが、果たして。

 

「あ……」

「えっと……」

 

見つめ合う状態で固まってしまった。叫ばれないので何かが変わったようだが、何がどう変わったかは見た目だけではわからない。

 

「朝潮様!」

「はい?」

 

ドックから飛び出して抱きつかれた。ちょっと訳がわからなかった。いつも限界までフル稼働している思考が、この時ばかりは停止しそうだった。

 

「お会いしとうございました。瑞穂、朝潮様に仕えるために彼岸より舞い戻りました!」

「えっ、な、なになになに!?」

「瑞穂は朝潮様の所有物、好きに扱ってくれて構いません。おはようからおやすみまで、この瑞穂にお任せくださいませ」

 

助けを求める視線を山城さんに投げかけるが、予測していたのか即座に目を逸らされた。

 

「はい、ちょっと離れてくださいね。御姉様が困っています」

 

こういう時の春風は本当に心強い。強引に引き剥がし、私を助けてくれた。ついでに春風に抱きしめられながら距離を取らされる。

 

「少々興奮してしまいました」

「貴女は一体なんなのです。初対面みたいなものでしょう」

「あ、その前に服を着させていただいていいでしょうか。寒くなってきました」

 

マイペース過ぎやしないだろうか。元深海棲艦、ましてや黒側であるにも関わらずだ。

焦点はあっても虚ろな目は変わらなかった。あれだけのことをこの目でやられていたと思うと、少し怖い。

 

「お待たせいたしました。水上機母艦、瑞穂と申します。以後、よろしくお願いいたします」

 

ウォースパイトさんに負けず劣らずややこしい服を着てきた瑞穂さん。和装ではあるが、ところどころ洋装。こういう部分は水母棲姫とはまるで違う。

 

「瑞穂、アンタ何処まで覚えているの?」

 

率直に聞く山城さん。言動からして瑞穂さんが何をどう覚えているかは気になるところ。北端上陸姫のことを何か覚えているのなら、攻略に役立つ情報が手に入るかもしれない。

 

「覚えている、とは?」

「水母棲姫だった頃のことよ。元深海棲艦はある程度記憶が残っているはずだけど」

「……?」

 

可愛らしく首をかしげる。嫌な予感がした。

 

「え、一切記憶なし?」

「えっと、山城さん、でしたか。山城さんが何を仰っているかさっぱりでして。瑞穂は朝潮様に罪を裁いていただき、朝潮様に報いるために、朝潮様の前に馳せ参じたのです。それ以外に何もありません」

「このパターンは初めてだわ……」

 

どう考えていいのか全くわからない。理解の範疇を超えている。ひとまずわかったのは、瑞穂さんは自分が元深海棲艦であるということを理解していないということ。水母棲姫であった記憶が1つも無いようである。

 

「あー、もしかして、防衛本能が過剰に働いちゃったのかも」

「明石、わかるの?」

「ほら、水母棲姫ってあんまりにもあんまりだったわけですよね。本人とあまりにも違いすぎて、やってきたことも卑劣で、こっちにめちゃくちゃ迷惑かけたじゃないですか。この子、それに耐えられなかったんじゃないかなと」

 

つまり、明石さんの解析ではこうなる。

 

瑞穂さんは最初、水母棲姫の頃の記憶をフワッと持っている状態で目を覚ました。記憶がフワフワしているのも防衛本能の表れ。だが、その状態で最期の記憶であろう私の姿を見てしまったことで、死ぬ直前に私が与えた恐怖や屈辱と、大潮救出の時の狡猾で卑劣な自分を鮮明に思い出してしまったのだろう。

その瞬間、心が完膚なきまでに壊れた。

粉々に砕け散った心は入渠により修復はされたが、その際に思い出したくない水母棲姫だった頃の記憶は防衛本能により消滅。だが、死の直前だけは消えないほど深く刻まれていたため、()()()()()が発生してしまった。最悪な死が、心を守るために最高の死に変化した。

 

「その結果が、水母棲姫にトドメを刺した朝潮を神聖視するよくわからない記憶になった、と」

「壊れ方は人それぞれですし」

 

いろいろ見ているのでそれはわかる。春風はその筆頭。本来の姉妹ではない私を姉として見ることで心に安寧を得ている。瑞穂さんも同じように心の安寧を求めた結果、現状を作った原因である私を、恨むのではなく敬うことで落ち着いた。

 

「まーた朝潮親衛隊が増えたわね」

「朝潮様にはそのような方々がいらっしゃるのですか。さすがは朝潮様です」

 

山城さんのいう朝潮親衛隊とは、私に妙に過保護に動いてくれる人達の通称。春風もそこに含まれ、他には私基準で刷り込みされたレキさんと、罪悪感から過保護になってくれているウォースパイトさんが所属している。ちなみに隊長は満場一致で霞。

 

「目が覚めたわけだし、安定もしたんだから、提督に話をしておかないと。朝潮、よろしく」

「はい……私が連れていくことになりますよね」

「瑞穂は常に朝潮様と共にありますので」

 

いちいち言い方が重いのがすごく気になる。いつもなら機嫌が悪くなりそうな春風すら、そんな余裕がないレベルで引いていた。最初の春風はこれくらいだったのだが。

 

 

 

瑞穂さんは私にべったり引っ付いた状態。歩き難い。執務室に入った後もずっとなので、司令官も大淀さんも目を丸くしていた。レキさんのような刷り込み(インプリンティング)にも見えてしまうが、防衛本能による辻褄合わせと簡単に説明しておいた。

 

「では瑞穂君、君は欠陥(バグ)を持たないが、経過観察が必要なため、ここに配属されることとなる。いいかな?」

「はい、問題ありません。朝潮様の側に立つことが瑞穂の生きる意味であり、この世に舞い戻った理由ですもの。ここから離れろと言われても、瑞穂は朝潮様と共に在り続ける所存ですので」

 

今までにないタイプで司令官すら困惑気味。妹分となった直後の春風ですらここまででは無かった。首輪を欲しがったりしたあの頃が少し懐かしいくらいである。

多分、私は今ものすごく苦い顔をしているだろう。

 

「部屋だが、今は空き部屋が無いんだ。援軍の子達で埋まっていてね」

「では朝潮様の部屋で」

「大潮と相部屋なので、入る余地はもうありません」

 

絶対言うと思ったので即刻却下。救出した大潮は私と相部屋になることが決まっているので、部屋にもう1人は難しい。相部屋になったことでベッドが2つ入るようにはなったものの、さすがに瑞穂さんと添い寝は抵抗がある。

 

「増設の予定はあるから、それまでは医務室を使ってもらえないかな」

「わかりました。今はそれで」

 

少し不服そうではあったが、瑞穂さんは折れてくれた。

 

「山城君も聞いたと思うが、本当に何も覚えていないんだね?」

「皆様が何を仰っているかがわかりませんが、提督の知りたいことは瑞穂の記憶には無いかと」

 

頭を悩ませる司令官。浄化された深海棲艦というもの自体が前例のほとんどないものだが、ここまでのものは本当に無い。初めての事例。

 

「ちなみに聞いておきたいんだが、瑞穂君の記憶は今どうなってるんだい?」

 

この質問が間違いだったと気付いた時には、瑞穂さんから堰を切ったように言葉が溢れ出していた。

 

「瑞穂は生前、償いきれない罪を持っていました。それを裁いてくれたのが他ならぬ朝潮様です。その腕を傷めながらも瑞穂に償うための痛みを与え、浄化の炎で瑞穂を彼岸へと送ってくださいました。瑞穂は感服いたしました。瑞穂のような罪深きものにその身を投げ打ってくれた朝潮様を、心から尊敬いたしました。瑞穂は生まれ変わることができたら、その全てを朝潮様に捧げようと心に誓いました。そして今、その機会を頂けたのだと考えております。瑞穂は未だ全ての罪を償いきれておりません。償うためにも、瑞穂を朝潮様の側に置いていただきたく存じます。瑞穂の全ては朝潮様のものであり、朝潮様の意思は瑞穂の意思です。殺せと言われれば何だって殺してみせましょう。死ねと言われれば喜んで死にましょう。なんでもこちらの朝潮様は武器が装備できないとのこと。ならば瑞穂が朝潮様の武器となり、朝潮様の敵を全て八つ裂きにして差し上げます。朝潮様が手を汚すことはございません。全て瑞穂にお任せください。大丈夫です。瑞穂は水上機母艦という艦種の都合上、主砲も、魚雷も、艦載機も使えます。甲標的だって勿論使えますとも。瑞穂は便利な道具なのです。朝潮様の好きに使ってくれて構いません。瑞穂は朝潮様のために働ける時間が至上の幸福なのです」

 

すごい、ずっと喋りっぱなし。物凄い早口。防衛本能による記憶の改竄が凄まじい。

償うための痛みというのが私の拳、浄化の炎は爆雷のことだろう。怒り任せの攻撃がここまで美化されていると、私としては複雑な気分である。

だが、そろそろ私も口を出したいことが出てきた。

 

「少なくとも私は貴女に死ねとは言いませんし、ただ武器として扱うこともありませんよ。貴女だって艦娘、生きてるんですから」

 

それだけでパァーッと表情が明るくなる。

 

「罪深い瑞穂をそのような扱っていただけるなんて、恐悦至極にございます。戦場に出る際には是非ともこの瑞穂をお使いください。朝潮様の手足となり、必ずやお守りいたします。朝潮様が生きろと仰るのなら、瑞穂は死ぬことなく全てをやり遂げましょう。それが朝潮様のためとなるのなら、瑞穂は本望にございます。朝潮様の望みはもしや全生命の救済なのでは? とても素晴らしいです! 瑞穂、改めて感服いたしました。この新たな生の全てを賭けて朝潮様の望みを叶えていこうと思う所存です」

 

思い込みが激しいというのはよくわかった。言ってないことまで勝手に解釈している。全生命の救済なんて大それたことは望んだことはないが、せめて鎮守府の皆と一緒にこの場所を守っていきたいとは望んでいる。勿論、瑞穂さんも一緒に。

 

「つまり、瑞穂君は過去に罪を犯したということのみを覚えているということだね」

「何を仕出かしたかは皆目見当がつきませんが、重い、とても重い罪を犯したとだけ」

「そうか……わかったよ。瑞穂君、君を歓迎しよう」

 

無理に思い出させる必要はないという結論に達した。瑞穂さんとしては思い出したくないが故に心を壊し、強引な方法で生まれ変わったのだ。今この艦娘としての第2の、いや、水母棲姫だったころのことを入れて第3の人生を謳歌してもらいたい。

 

 

 

夕飯の時間を使って瑞穂さんのことが公表された。援軍の方々も、照月さんという浄化された元深海棲艦の前例を持っているため、一切の抵抗が無い。ただし、元が()()水母棲姫であることで、不安視している人も少なからずいる。前世の影響が今に出ることは誰もが理解しているからだ。

浄化された原因に関しては未だ謎であり、鋭意調査中。ガングートさんやウォースパイトさんとは事情が違うため、明石さんも頭を悩ませているらしい。

 

「忠犬春風の対抗馬だ。朝潮も気苦労が絶えないねぇ」

「もう否定もしませんよ……」

「疲れた顔してるよホント」

 

白露さんと皐月さんに冷やかされるが、言い返す気力も無かった。司令官と話をしてから今まで、本当に付かず離れずの距離を維持して私に付きまとってきている。過保護もここまで来ると異常である。

今この夕飯の場でもこちらをチラチラと見ているが、霞と春風がどうにか引き剥がしてくれていた。

 

「ああなったのは私が原因でもあるので……」

「まぁ、うん、あそこまでやったら心も壊れるかな」

 

浄化されるなんて思ってもいなかったので、私は私ができる限りの恐怖と屈辱を与えている。それに対していい形に辻褄合わせが利いたようだが、その分が私への罪悪感に転化されたようだった。

 

「あの時の記憶が無いなら、それに越したことはないです。覚えていても仕方ないでしょう」

「まぁねぇ。ホント酷いことしかしてこなかったもんねぇ」

 

瑞穂さんは瑞穂さんであり、水母棲姫ではないのだ。この鎮守府は過去のことは見ず、仲間として受け入れるのが暗黙の了解。おかげで誰も引っ張らないし、本人がネタとして使うほどである。

覚えていないのなら誰も触れない方がいい。変に触れて、あの時のことを思い出してしまったら、おそらくまた壊れる。今度は再起不能になりかねない。

 

「気苦労といえば。大潮の件、明日の午前です」

「ああ、そっか。あれかぁ……」

 

大潮の首輪の小型艤装は、明日の午前に剥がすこととなった。今日は山城さんも入渠やら何やらで忙しく、施術できる人がいなかったため。私は全ての施術を、白露さんは妹2人の施術を見ているため、あの惨状が目に焼き付いている。

 

「ボクそのこと知らないんだよね。姉ちゃんの時にもやる事になるんだっけ」

「深海艦娘には必ず植えつけられていますので、おそらくは。睦月さんの意思は尊重されると思います」

「うえ……覚悟しておかなくちゃなぁ」

「辛いですよ……あの光景は」

 

血塗れの処置室は何度も見たくない光景だ。だが、目に焼き付けておく必要がある光景でもある。大潮はあの痛みに耐えられるだろうか。泣き叫ぶくらいで終わってくれればいいのだが。

 

「自分だけでなく他人の痛みすら自分のもののように受け入れられるとは、瑞穂は恐れ入りました。その慈悲深く清い心で瑞穂を救ってくださったのですね」

「うわぁっ!?」

 

不意に後ろに立っているので盛大に驚く皐月さん。電探の反応からして霞と春風を振り切ってここに来たのはわかっていたが、低速艦とは思えない早業だった。

 

「瑞穂さん、食事中はお静かに」

「大変申し訳ありません。また罪を重ねてしまいました。願わくば、この罪深い瑞穂に罰を与えていただきたく」

「元の場所に戻って、ご飯を食べてください」

 

その場から消えて元の場所に戻っていた。何事も無かったかのように食事を再開している。もう正直怖い。

 

「あー……うん、頑張ってね朝潮」

「何かあったら助けてくださいね。私だけで何とかできるような気がしません」




瑞穂の怪文書を書いているときが一番楽しかったです。


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分かち合う痛み

「3人だと少し狭く思えるわね」

「そうね。今までは霞が一緒に寝に来るだけだったものね」

「霞は甘えん坊ですねー!」

 

夜、姉妹3人の時間。私、朝潮と大潮の部屋に霞が来るだけではあるものの、妹が1人増えただけでも賑やかになるものだ。大潮は常にテンションが高いため尚のことである。

瑞穂さんはどうにか言いくるめて今の自室である医務室に行ってもらった。そうでもしないと夜這いがありそうで怖い。

 

「結局夜は霞の部屋は空き部屋になるんじゃないの?」

「……そうなるかもね」

「なら誰かと相部屋でもよかったんじゃ」

「そういうわけにはいかないわよ。その人を置いて私がこっちに来るわけだし、体裁というか……」

 

もう全員にバレバレなシスコンだが、霞としてはまだ体裁が気になる様子。それに、せっかくの相部屋なのに置いてくるというのは相方に失礼だとも考えている。霞は優しい子だ。

 

「霞は優しいですねー。いいこいいこ」

「ちょっと、せっかく髪を梳かしたのに」

「またやってあげるわ。ほら、大潮動かないで」

 

私は霞に梳かしてもらったので、次は私が大潮の髪を梳かしてあげる。深海艦娘化したことで真っ白に染まってしまった大潮の髪は、見ていると少し痛々しかった。後ろから見てもわかる角も、大潮が犠牲者であることを如実に表している。

 

「本当に真っ白ね……綺麗な白」

「ヒメの髪の毛みたいよね」

「くすぐったいですよー」

 

霞の髪より櫛の通りがいい。本当にヒメさんの髪を触っているようだ。深海艦娘は艦娘より髪質がいいのかも。

 

「角ってどんな感覚なの?」

「んぅぅ、変な感覚ですねー。例えるのが難しいです!」

 

結構先端は尖っている。深雪さんが寝ている時に電さんの角が刺さったと言っていたし、白時雨さんの小型艤装を剥がした時に服が破れるほど角が胸に突き刺さっていたのを覚えている。結構危険なものだ。

 

「大潮、なるべく気をつけてね。これ、意外と刺さるから」

「りょーかいです! 霞と添い寝はやめた方がいいですかね?」

「私が刺されることになるのはちょっと……」

 

大潮との添い寝は危険を伴うということで決着。人肌恋しいときは後ろから抱きしめる方向で。あすなろ抱きとかいうらしい。はちさんから借りた本に書いてあった。

 

 

 

翌朝、大潮の小型艤装切除の施術。参加者は私と霞。私だけでは難しそうなので、大潮が暴れるのを2人がかりで押さえ込むつもりだ。瑞穂さんはあちらはあちらで検査が必要なため欠席。

また、施術室の外には姉妹に同じことをすることになる、皐月さん、吹雪さん、潮さんの3人がスタンバイしている。惨状と叫び声を事前に知っておけば、覚悟だけはできるから。

 

「これももう4回目ね。小慣れてはきたけど、気分は良くないわ」

 

いつも通り、山城さんが施術。代役が立てられないのも辛いところだ。

 

「大潮、覚悟はいい?」

「だ、大丈夫です!」

 

事前にどういうことかは聞いているため、震えながらも私に抱きついてきた。私も深雪さんに倣って、大潮の顔を胸に押し当て、両腕を腰に回してもらう。霞は隣から大潮の身体を押さえる形に。これだけ固めれば、暴れても何とかなるだろう。

 

「じゃあ歯を食いしばって」

「オッケーです! は、早く、お願いします」

 

すごく震えている。私にもそれが伝わってくる。霞にも伝わっているだろう。大潮には頑張ってもらうしかない。

 

「やるわよ。3……2……1……0!」

 

いつも通り、小型艤装が弾け飛んだ。そして、やはりいつも通り血が噴き出す。いつもは遠目に眺めている側だが、今回は当事者だ。お腹に力を入れて、大潮を押さえつけることに全力を尽くす。

 

「っあっ、ぎゃあああああああああっ!?」

「頑張って大潮! すぐに治るから!」

「大潮姉さん! 耐えて!」

 

脚をバタバタさせながら私を絞めてくる。白時雨さんの時と近いタイプだ。暴れる力を抱きつくために使ってしまっているため、私にダメージが入るように。脚も動き続けているため、霞も何度か蹴られることに。

すぐに高速修復材をぶちまけるが、痛みが無くなるまでには時間がかかる。どうにか私達も耐えなくてはいけない。

 

「ひっ、ぎぃいいいいっ!?」

「大丈夫、頑張って! 頑張れ!」

 

角が私の胸を抉った。白露さんのようにスタイルがいいわけではないので、肋骨の辺りに突き刺さっている。私も歯を食いしばり、大潮と痛みを分かち合う形で耐えた。

早く痛みが引くように、深雪さんと同じように塞がった首の傷口を撫でてあげた。

 

「っああっ、痛いっ、痛いぃいいいっ!?」

「もう少しだから! 大潮姉さん!」

「大丈夫、大丈夫だから!」

 

ゆっくりと絞め付けが緩くなってきた。ようやく痛みが引いてきたようだ。胸に突き刺さった角を抜き、修復材の影響下に。すぐさま傷は塞がるが、痛みは残る。

 

「はぁっ、はぁっ、ひっ、引いてきましたっ」

「お疲れ様。もう少しの辛抱だから」

「痛た……結構蹴られたわね……」

 

なるべく私は表情を変えず大潮を撫で続ける。私も相当なダメージを受けていた。

相変わらずの大惨事である。私も自分の血が混ざり、破れて胸元に大きく穴の空いた制服は真っ赤に染まっている。誰もが返り血を浴び、修復材でグショグショ。見慣れてきた光景とはいえ、いつ見ても酷い。

 

「ひっ……はぁっ……もう、大丈夫、大潮頑張りました……」

「よく頑張ったわ。これで一安心だから」

 

グッタリしている大潮。体力の消耗が激しいのは毎回のことだ。いつも元気な大潮が静かなのは見ていて辛い。早く回復してあげなくては。

 

「終わった……のかな」

 

大潮の叫び声が止んだからか、外で待機していた皐月さんが恐る恐る施術室を覗く。惨状を見て固まってしまった。いつも敵の深海棲艦をバッサバッサと斬り、返り血塗れになる皐月さんでも、今のこの現状は絶句するものらしい。

その後、吹雪さんと潮さんも中を見て、言葉を失っていた。特に潮さんは、今後漣さんに同じことをすることを想像して泣き出しそうになっている。

 

「まだ半分残ってるとか思うと気が滅入るわね」

「山城君には辛い仕事をさせてすまないと思っているよ……」

「いいのよ。こんな汚れ仕事は貴方にはさせられないでしょう」

 

小型艤装を弾き飛ばした指を拭きながら呟く山城さん。血塗れな姿は見慣れたものだが、仲間の血となると話は別。司令官も4人目とはいえ申し訳なさそうである。

 

「こ、これ、姉ちゃんにもしないといけないの?」

「強要はしないさ。今までの4人は自分で選択して施術を受けているからね」

「そっか……姉ちゃん次第か……」

 

青ざめた顔をしていた。今までの4人は何とか耐えているが、実際これは耐えられなくてもおかしくない痛みだ。むしろ気を失った方が耐えられる可能性だってある。

 

「姉ちゃんならやることを選ぶだろうなぁ。変に責任感強いし」

「叢雲もやると思うよ。無駄にプライド高いから」

「漣ちゃんは……どうだろう。でも最後はやるんじゃないかな……」

 

皆、姉妹のことをよく理解している。

 

 

 

小型艤装が外され、検査終了。検査の結果も、前の3人と同じで片がついた。念のため私と山城さんが五月雨さんにやってもらった詳細な検査もしてもらっている。大潮自身が無意識にあちらに情報を提供するようなことはないと確証が取れた。

 

「何事も無くて本当によかったわ」

「はい! 改めてよろしくお願いします!」

 

制服も皆と同じで黒塗りのまま。もう深海艦娘はこの方向で行くらしい。

 

「正直、死ぬかと思いました!」

「まぁ、うん、そうでしょうね。私も死ぬかと思った」

 

グッサリ刺さった角の痕は無いにしろ、制服が無残なことになるほどではあったので、相当深かったのだと思う。私にもう少し胸の肉があればダメージが少なくて済んだかもしれない。

 

「朝潮様から血の匂いがするのですが、何かあったのでしょうか」

「うぇえっ!?」

「いきなり現れないでください」

 

検査が終わったのであろう瑞穂さんが突然現れる。私はわかっていたが、大潮は心臓が飛び出るほど驚いた。私のことに関しては人間離れ、いや、艦娘離れした行動力を見せる。

というか、血の匂いってそんなにわかるものだろうか。返り血のついた制服は廃棄したし、先程までお風呂にも入っていたのに。

 

「大潮の処置をしたんです」

「小型艤装の切除ですか。なるほど、理解しました。2人分の血の匂いだったので何事かと思いましたが、朝潮様と大潮様の血の匂いだったのですね。ということは、大潮様の処置で朝潮様が怪我をされたということですか? 何故そんなことに。あ、わかりました。大潮様の角、それが刺さってしまったのですね。ということは抱きしめていたのですね。お美しい姉妹愛、瑞穂、感涙に咽び泣きそうです」

 

このマシンガントークに関しては大潮は初見。次々と溢れ出す言葉の奔流に引き気味。

それにしても、血の匂いと処置という言葉だけでよく気付けるものだ。水母棲姫の時から行動予測をしていたが、その才がこういう形で転化されたのかもしれない。

 

「そういえば、大潮も()なんですね」

「偉大なる朝潮様の妹様ですから、大潮様も霞様も総じて瑞穂の敬うべき存在です。朝潮型全てへの敬愛となっているのです。朝潮様の流れを組む朝潮型、それ即ち全員が朝潮様と言っても過言では無いでしょう」

「過言です」

 

虚ろな目は相変わらずだが、その奥はグルグル渦巻いているようにも見える。辻褄合わせと思い込みが渦を巻いてドツボにハマっているということだろうか。

 

「大潮様、小型艤装の切除はさぞかし辛かったことでしょう。瑞穂も話だけは聞かせていただきました。死ぬほどの痛みとだけではございますが、その辛さ、瑞穂にも何故かわかるような気がいたします」

「もうホント痛くて……大潮すごく頑張りました!」

「素晴らしいです大潮様。よくぞ耐え抜きました」

 

小さく拍手。心の底から褒め称えているのがわかる。

 

「瑞穂は大潮様にも償わなければいけない罪を持っていると、この心の奥底で感じます。それを償うためにも、大潮様にも仕えさせていただければと思います。瑞穂は全ての朝潮型に仕える者。是非とも瑞穂を使ってくださいませ」

「うーん……嫌です!」

 

大潮からの完全な否定。あまりに力強く否定されたので、瑞穂さんも固まってしまった。瞳はより一層光を無くし、明後日の方を向き始める。

 

「瑞穂はいらないのでしょうか。瑞穂は不必要でしょうか。それだと罪を償うことができません。償わせてください。何もわからぬこの身ですが、何か罪があるとは感じているのです。必ず、必ずやお役に立ってみせますので。お願いします。機会を与えられたのに、何もできずに捨てられるのは嫌なのです。瑞穂は、あれ、もしや瑞穂はこの世界にいてはいけないのでは。死んだ方が、死んだ方が償いになるのでは。命をもって償いにした方が」

「ストップ! ストーップ! 大潮はそんなこと言ってないです!」

 

暴走し始める瑞穂さんをどうにか静止する大潮。私も動くことが出来なかった。ほんの少しの否定で、そのまま思考が死に直結してしまうとは思っても見なかった。あまりにも危うすぎる。

 

「大潮は、家来とかそういうのが欲しいんじゃないです! 瑞穂さんはお友達、お友達です! だから、使うとかじゃなくて、一緒に頑張りましょう!」

「お友達……? 一緒に……?」

「そうです! 大潮と瑞穂さんはお友達! 仲良くしましょう! 上とか下とか無しで!」

 

大潮は瑞穂さんに対して苦手意識を持っていないようでよかった。洗脳を受けていた記憶があるからこそ、自殺を強要した水母棲姫の浄化後、かつ、そっくりな瑞穂さんには何か思うところがあるかと思ったが、そこはしっかりと割り切っているみたいだ。

 

「大潮様……瑞穂、感謝と感激で涙が出そうです。罪深く穢らわしい瑞穂を対等に見ていただけるなんて、寛容すぎます。こんな瑞穂をそのように見ていただけるなんて……」

「テンション上げて、瑞穂さんもアゲアゲで行きましょう! ドーンと、ガツーンと!」

「はい、大潮様。瑞穂もご一緒にアゲアゲで行かせていただきます」

 

わかっているのかわかっていないのかは判断できないが、大潮とは対等、ということで落ち着いたようだ。恭しい態度は変わっていないし、様を付けるのも変わっていないが。

それなら、私とも対等でいけるのでは。

 

「あの、瑞穂さん。私とも対等で」

「申し訳ございません朝潮様。瑞穂はどうしても朝潮様を対等に見ることが出来ないのです。妹様以上に、朝潮様はあまりに神々しすぎて、その光で瑞穂の罪が浮き彫りになるのです。朝潮様と共に在ることが、瑞穂の根幹。これが無くなってしまうと、瑞穂は瑞穂で無くなってしまいます。朝潮様、どうか、どうかご容赦を。瑞穂のことは部下、(しもべ)、下僕と見てください。小間使いとしてくれて結構です。瑞穂のことを艦娘として見ていただけるだけでも幸せなのですから」

 

今度はこちらが否定されてしまった。心が壊れた原因を作ったが故に、これだけ言われると現状維持しか出来ることがない。無理に否定すると先程のように壊れてしまう可能性がある。

 

「わかりました……でも私からは対等に見ますからね」

「その心遣いだけで、瑞穂は罪を償えていると実感いたします。本当にありがとうございます。感謝を言葉でしか伝えられないのが心苦しいですが、朝潮様はこの形が一番よろしいと理解しました」

「今はそれで結構です。いつか対等に。様も外させますから」

 

私に新しい目標ができた瞬間である。瑞穂さんのこの仰々しい態度を改めさせ、真に仲間として付き合えるようにしたい。そういう意味では、私も水母棲姫であったことは割り切れているのかもしれない。




大潮は朝潮型の中でも屈指の社交性を持っていると思います。根深い闇も少ないように見えますし。


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従者の権利

大潮の救出に加え、()()水母棲姫が浄化された存在、瑞穂さんの加入により、勢いづく鎮守府。この調子で勝利を収め、深海艦娘の救出、ひいては北端上陸姫の撃破まで漕ぎ着けたい。

 

今後の戦いは、今までより激化していくだろう。こちらの警護部隊のデータが扶桑さんに書き込まれているところを見る限り、残り4人の深海艦娘にも同じことがされていてもおかしくないからだ。

扶桑さんの最初の状態は知らないが、少なくとも山城さんに対応でき、さらには山城さんと同等の力を持っている。最初からあの力があるとは到底思えないし、水母棲姫が『完成』というのだから、後付けであるのは明らか。

出来れば真相が知りたかったが、それを知るであろう瑞穂さんに聞くことは不可能。

 

「瑞穂君に無理に聞くことはやめるべきだろう。余計なことを思い出させるのは、彼女にも酷だ」

「ですね。瑞穂さんは瑞穂さんのままでいてもらったほうが良いです。戦場に出すのも出来ることならやめたいくらいです」

 

その記憶を持っていたであろう瑞穂さんは、記憶を失い、新たな生を謳歌している。あの頃に戻すわけにはいかない。

瑞穂さんは鎮守府に配属されはしたものの、出撃はなるべく控えてもらう方向になっている。あの戦場に出て、万が一鎖に触れた場合、消えたはずの水母棲姫の記憶が戻ってきかねない。

 

「でも私が出撃するとついてきそうなんですよね……」

「うむ……そこはうまくやるしかない。私が止めても無断で出撃しそうだ。そこにもいるのだろう?」

「当然のように。瑞穂さん」

「お呼びですか朝潮様」

 

少し食い気味に私の側に。

今の私は執務室の中だ。ちゃんと扉も閉めていた。瑞穂さんが執務室の外で待っていたのもわかっている。なのに、呼んだ時点でここにいる。怖い。

 

「私が出撃するとき、許可を出さない限りついてこないでほしいんです」

「朝潮様が危険を犯すのならば、この瑞穂が代わりに危険を犯しましょう。朝潮様が手を下す必要はないのです。いや、ですが敵となった仲間を救いたい気持ちはわかります。朝潮様は全ての救済を望むお方。その手で救いたいのでしょう。でしたら瑞穂にお手伝いさせてくださいませ。朝潮様の手となり足となり、朝潮様の救済を確実なものに致します」

 

私が訳を話す前に捲し立ててくる。春風とは違う困ったタイプ。あちら側に倒れた春風でも、まず私の話を聞いてくれるのだが、瑞穂さんはまず思いの丈を全てぶつけてくるところから始まる。光の灯っていない瞳の中では、やっぱりグルグル渦を巻いていた。

 

「話を聞いてください。私の今後向かう戦場は、私より瑞穂さんに害があるんです。下手をしたら、瑞穂さんはまた罪を増やすことになりますよ。私はもう貴女を裁きたくありません」

 

なるべく瑞穂さんに理解しやすく話す。水母棲姫に関わる言葉は全て省いた。鎖のことも話さない。深海艦娘は大潮と触れ合っている時点で知ってはいるものの、それで記憶が刺激されることもないのでまだセーフ。

 

「朝潮様……そこまで瑞穂のことをお考えになっていただけているのですね。承知いたしました。瑞穂は朝潮様の無事のお帰りをここでお待ちしております」

「ありがとうございます。できればその間は大潮を守ってあげてください。あの子も瑞穂さんと似たような理由でその戦場に出られないんです」

 

私の関係者はあの戦場に出られない人が多い。実の妹である大潮を筆頭に、春風、レキさん、そして瑞穂さん。一緒に行けるのは霞だけ。

 

「お任せ下さい。この瑞穂、粉骨砕身の覚悟で、大潮様をお守りいたします。万が一大潮様にほんの少しでも傷が付こうものなら

ば、瑞穂は腹を切りその罪を」

「そこまでしなくていいですから」

 

大袈裟だが、それくらいの気でいてくれるなら心配は無いだろう。とはいえ、今の瑞穂さんがどれだけ戦えるのかはわからない。これは一度確認するべきかもしれない。

 

「一度戦闘訓練をしてみようか。何か不調が出るかもしれないしね。危険がありそうなら瑞穂君の処遇はまた考えよう」

 

司令官に話す前に提案された。同じ考えに至っていた様子。万が一戦闘行為だけでも何かしらの記憶が戻ってしまったらと思っていたが、そこを怖がっていたら前には進めない。

 

 

 

連携演習の時間を使い、瑞穂さんが艦娘としてどれくらいの戦闘が出来るかを見ることとなった。何ができるかの確認も含まれている。

本人曰く、主砲も魚雷も艦載機も使えるというが、明石さんがさらに調べたところ、主砲は駆逐主砲、魚雷は甲標的のみ、艦載機は瑞雲を筆頭とした水上機のみであることがわかった。逆に高角砲や爆雷なども装備できることもわかり、万能故に若干火力が低い器用貧乏なイメージとなる。

 

「なるほど、完全な補助艦娘ですね。なんでも出来る代わりに特化された部分が少ないと」

「どのような御命令でもこなしてみせましょう」

「これは本当に出来そうな気がしますね」

 

元深海棲艦故に艤装にも影響があるかと思ったが、水母棲姫は下半身がそのまま艤装になるシンさん形式であるため、艦娘である瑞穂さんには引き継がれなかった。今の瑞穂さんは、水上機母艦瑞穂となんら変わりない姿だ。そこはガングートさんやウォースパイトさんとは違う。

 

「まずはシンプルに個人演習で見せてください」

「了解いたしました。お相手はどなたが」

「協力してくれる方は結構いましたよ」

 

その全員が、瑞穂さんを不安視している人達。この戦闘訓練でそれが杞憂であることを確認したがっている。

 

「いきなり最強クラスを相手するのは辛いと思います。なので、神通さんはパス」

「そんな……」

「神通さんは容赦なさすぎるんです。御理解を」

 

結果的に駆逐艦と戦うことで落ち着く。

いの一番に挙手したのは春風。あの戦場に出ることはできないからこういうところで役に立ちたいと躍起になっていた。だが、これはどう考えても私怨。私は春風の呟きを聞き逃さなかった。

 

「御姉様の従者はわたくしのお役目なのに……」

「春風、聞こえたわよ」

「お、御姉様、な、なんのことやら……」

 

目が泳いでいる。

私は春風のことを従者だと思ったことは一度もないし、今後もそんなことは無いと確信できている。むしろ春風のことはしっかりと妹分と見ている。最初は頼まれたからというのもあったが、今では本心から。霞よりも下の子、11番艦くらいの気持ちで接している。

瑞穂さんを見て、その距離感に一番嫉妬しているのはおそらく春風だろう。レキさんにも嫉妬したくらいだ。瑞穂さんはもう怨敵と言えるほどかもしれない。立ち位置としては同じものである。今回の演習で仲良くなってもらいたい。

 

「霞、大潮、ちょっといい?」

「何よ。なんか嫌な予感するんだけど」

「大潮はオッケーです! なんとなくわかりました!」

 

姉妹の許可を貰わないとこれは出来ない。特に霞。絶対反対する。

話したところ、案の定、霞は拒否した。が、これはどうしても必要なこと。あの2人が力を抜いて戦うことはないだろうが、より真剣に戦わせる一番簡単な手段だ。説き伏せて、しぶしぶ納得させる。

 

「大潮と霞から許可を貰いました。2人に本気で戦ってもらいます。瑞穂さんの実力を一番引き出せる手段だと思いますので」

「瑞穂は朝潮様が戦えと仰るならば、相手が誰であろうと全力を尽くすつもりですが……」

「勝った方、今晩私の部屋へ。今日だけ添い寝を許可します」

 

明らかに2人の空気が変わった。春風の瞳からは炎が燃え上がり、瑞穂さんの瞳は()()()()()()。これは初めて見る状態。元深海棲艦の要素が何処にも出ていなかったが、本気になると瞳に出るようだ。水母棲姫は確か赤い瞳だったが、これは瑞穂さん特有のものかもしれない。

 

「瑞穂さん、申し訳ありませんがこれは譲れません。わたくしでも1度しかしていただけていない添い寝の権利、ここで手に入れなくては名誉朝潮型の名が廃ります」

 

即座に艤装を展開した。本気であることが伺える。

確かに添い寝したのは浦城司令官の鎮守府で過ごした一晩くらい。あとは叢雲さんと揉めたときに慰めてそのまま眠ってしまったときがあるが、あれは添い寝とは言いづらい。

 

「夜に朝潮様の部屋ということは、朝潮型3人に囲まれて、尚且つ朝潮様と接近した状態で一晩を明かすということですか。瑞穂でもこれはわかります。これはこれまでの償いが報われた結果なのだと。まだまだ罪は償いきれていませんが、この機会を逃すわけにはいかないのです。春風さんはなんでも周囲から名誉朝潮型と認められ、制服すらも許されたお方。なんて羨ま、いえ、なんでもありません。申し訳ありませんが春風さん、ここは勝たせていただきます。ええ、勝たせていただきますとも」

 

今回は小型主砲と水上機、そして爆雷を装備した瑞穂さん。器用貧乏であるが故に、どのような戦術でも取れることを証明してくれるようだ。

 

春風はここに来てからそれなりに経つ。実戦経験は大分積んであり、警護任務も主力として参加するほどだ。戦艦の次に火力のある深海艦娘と同等の力を持っているだけあり、本当に重宝する。

それに対し、瑞穂さんは初めての実戦。何処まで出来るだろうか。

 

「それでは、演習開始」

 

データの確保のためにも、合図は私が出す。『未来予知』ほどの観察はしないが、電探からの情報も含めて2人の現状を記憶する。

 

「行かセテモラウヨ!」

「なるほど、春風さんは()()()()()()なのですね。半深海棲艦とは聞いておりましたが、二重人格とは。そういうこともあるのですね。ええ、『理解』しました」

 

ゆらりと動く。あの動き方は水母棲姫に似ている。記憶は無くとも、戦い方は身体が覚えているのだろう。春風の攻撃は行動予測により回避される。

 

「ソノ動キ、雪風ト同ジダナ」

「どなた様かは知りませんが、瑞穂と同じことが出来るお方もいるのですね。世界は広いです」

 

春風の足元に爆雷を投射しつつ、後ろから回り込むように水上機を飛ばす。水飛沫に巻き込まれた春風は前から主砲、後ろから水上機と挟まれ、絶体絶命。

だが、今の春風は駆逐古姫が入った状態だ。私と戦った初めての連携訓練でも、何も気にせず突っ込んできた。今回も勿論同じ。爆雷が自分にダメージを与えないことを承知で、水浸しになりながらも主砲を瑞穂さんに突き付ける。

 

「怯まないのですか。『理解』しました」

 

即座に対応。春風の主砲は回避し、水上機による攻撃をメインに攻める。合間合間に爆雷を挟み、目くらましと進路妨害を兼用しながら、自分の戦いやすい状況を作っていた。

あの爆雷の使い方、参考になる。私もちょくちょく似たような使い方をするが、あそこまでしっかり使っていくことはしていなかった。戦場でも機会があればやってみよう。幸い私はデフォルトで簡易爆雷を装備していることだし。

 

「邪魔ァ! ソレハワタクシモ知ッテルンダヨ!」

「そうでしたか。『理解』しました。では、こちらをどうぞ」

 

水飛沫に合わせてその何歩分か先を撃っていく。回避だけでなく、攻撃にも行動予測を使っている。艦娘としての初陣だというのにここまで戦えるのは、やはり元深海棲艦だからだろう。

 

「ッハハ! イイナァソウイウノ!」

 

急ブレーキ後、足元を主砲で撃ち爆雷と同様の水飛沫を作り上げた。爆雷以外の目くらましでタイミングを変え、一気に距離を詰める。瑞穂さんは行動予測はできるが、電探を装備しているわけではない。想定外が来ると、回避が途端に普通になる。

 

「面白イ! 瑞穂、オ前面白イナ!」

「お褒めの言葉、感謝いたします。行動が予測しづらいですが『理解』しました」

 

度々瑞穂さんが口に出す『理解』。おそらくあれが行動予測のデータ更新のタイミング。覚えたことを口に出して、脳に深く刻んでいる。あれだと、一度やった行動は二度と効かないと考えてもいいだろう。

 

「ですが、終わりにしましょう。朝潮様との添い寝は瑞穂にも魅力的なのです。勝たせていただきます」

「簡単ニ勝タセルワケ、無イダロォ!」

 

同時に砲撃。お互いに読んでいたようで、同じ方向に避けた。同時に肩を掠める結果に。瑞穂さんの行動予測に春風が追い付いた形になる。

 

「モウ一度ダ!」

「追いついてこられましたか。では水上機も」

「隙、アルジャンカヨォ!」

 

水上機の爆撃と同時に広範囲の魚雷。ほぼ同時の爆発により、両者同時に轟沈判定。

春風は真後ろからの爆撃が回避しきれず。主砲との同時攻撃で逃げ場を消された。

瑞穂さんは深海棲艦の魚雷はまだデータに入っていなかったらしく、回避しきれずに直撃。咄嗟の判断がまだ少し甘いようだ。

 

「同時に轟沈なので引き分けとします。2人とも、添い寝はまた後日」

「残念です……逃げ場を無くされました」

「轟沈……瑞穂轟沈なのですか。こんなことでは朝潮様は愚か、大潮様も守れません。瑞穂、もっと鍛えます。鍛えて、朝潮様の期待に応えられるよう精進いたします」

 

初陣だというのになかなかの戦闘だった。卑劣な手段しか使ってこなかった水母棲姫は、実力もあったらしい。空母からの攻撃を全て回避していた実績もあるのだから当然か。

その能力を持ったまま艦娘として浄化されたのだから、身体が覚えているのならこれくらいはできるということだろう。パターンさえ全て掴めているのなら、瑞穂さんに攻撃を当てるのは至難の業かもしれない。『未来予知』のいい練習相手になってもらえるかも。

 

「瑞穂さん、さすがですね。行動予測を超えることは簡単ではないことがよくわかりました。また相手をしてください」

「瑞穂でよければいくらでも。瑞穂もより強くならねばなりません。この力で朝潮様をお守りするためにも、名誉朝潮型の称号を持つ春風さんの力も貸していただけたら幸いです」

 

演習を通して友情も育めたようで何よりである。この2人は仲良くなれるとは思っていたのだ。春風も瑞穂さんも今の性格、思考になった原因が私にある。似た者同士なのだから、共通点も多い。同族嫌悪より、仲間意識が先立ちそうな2人だ。

 

「これからは2人で朝潮様をお守りしましょう」

「そうですね。御姉様の安全はわたくし達が」

 

気付かぬ内に意気投合していた。私の意思は関係ないらしい。

 

演習により瑞穂さんには今のところ不安要素が無いことがわかった。結果、ここで私が見ていること前提ではあるものの、他の人達も瑞穂さんとの演習を希望するようになった。行動予測をしてくる演習相手というのは貴重であり、今後の戦闘でも最重要課題となり得る訓練だ。

この事に一番喜んだのは、実は長良さんだったりする。この鎮守府で行動予測に一番長けているため、今後の訓練では引っ張りだこになる予定だったが、1人で全員捌くのは無理。

 

「正直、瑞穂さんのは長良と同じくらい……かな?」

「なら訓練相手として優秀ですね」

「低速ってだけだからね。うん、分散できてよかったよ。長良だけじゃ絶対保たないと思ってたからね」

 

これをきっかけに、行動予測を覚える人も増えるだろう。私も行動予測を超えた『未来予知』を極めていかなくては。




瑞穂の瞳は通常だと薄暗い黄色のような色なんですが、水着グラのときに明るい黄色、金色のようになっていました。今回はそれを使っています。


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悪化する戦場

瑞穂さんが春風との演習を見せてから数日。皆が持っていた不安は今のところ消え、仲間として受け入れられるようになった。どれだけ戦っても水母棲姫の影響が出てくることはなく、演習も快諾しており、皆が水母棲姫並の行動予測に対して対策を講じるようになったのは大きい。

私、朝潮も瑞穂さんに頼んで演習をさせてもらうことがある。行動予測を上回るレベルで先を読まなくては、これからの戦いは厳しい。さらには想定外の対処も必要だ。敵は何をしでかすかわからない。

 

ある程度皆が行動予測への対策ができるようになってきたところで、4度目の救出任務が発令。深海艦娘にさらなる改造が施され、救出が難しくなることを防ぐため、前回から日にちをそこまで空けていない。

 

「今後は私も出撃する。深海艦娘の救出は手伝えないけど、もし戦場に姉様が現れたら、私が引き受けるわ」

 

今までは北の戦場に出ることを禁止されていた山城さんも、今後は出撃することとなる。山城さんでなくては対処できない扶桑さんの存在が大きい。また、深海艦娘にも同じようなスペックの付与が無いとは言い切れないからだ。

鎖に触れさえしなければ影響はない。そのため、扶桑さんがいないのなら、随伴の敵の処理をお願いすることとなる。

 

「今回は特型の救出だよね。ならお姉ちゃんが出ます。叢雲も、漣も、私が助けてあげるんだから」

 

第一部隊、救出部隊は、旗艦吹雪さん。残った深海艦娘に特型が多いことから、自ら立候補。随伴に潮さん、敷波さん、皐月さん。皐月さんは鎖の破壊に加え、睦月さんも同時に誘い出せればという考えもある。そこに天龍さんと龍田さん。前回の戦いで叢雲さんに因縁をつけたため、より誘い出しやすくなっているはず。

 

第二部隊、随伴処理部隊は、旗艦山城さん。随伴に鈴谷さん、熊野さん、古鷹さん、ウォースパイトさん、そして私。私の出撃はもう確約されたと言ってもよく、戦況の打破に状況把握と『未来予知』が必要であると認識された証拠。相変わらず盾役を買って出てくれるウォースパイトさんには感謝しかない。

 

「朝潮とスパ子の組み合わせも見慣れたわね」

「あの戦場でアサシオを守れるのは私くらいでしょう。ヤマシロが矛なら、私が盾よ」

「頼もしいわ。朝潮、いつも通り頼むわね」

 

皆からの信頼が厚い。やる気が出るというものだ。

 

「朝潮様。御命令通り、瑞穂は鎮守府で無事のお帰りをお待ちしております。朝潮様の帰る場所は、必ずやお守りいたしますので」

「よろしくお願いします。瑞穂さん」

 

ついてくると言って聞かない瑞穂さんも、抑え込むことができている。あの場に来られたらまずいことが多い。心配点はおおよそ取り除けている。

 

「第一艦隊旗艦、吹雪! 出撃します!」

「第二艦隊旗艦、山城。出撃します」

 

今回も当然、救出が目的だ。何人来るかはわからない。未知の敵がいる可能性だってある。それでも、私達は行かねばならない。

 

 

 

何事もなく赤い海へ到着。今回も、深海棲艦の気配が読めるウォースパイトさんが率先して先頭へ。フィフの手のひらで私も電探をフル稼働させる。2人で1つの索敵係だ。

 

「まだ気配は無いわ」

「索敵にもかかりません。海中にも何も無いです」

 

赤い海に入ったばかりでは何も来ない。だが近付き過ぎると敵の思う壺。今はとにかく扶桑さんとの交戦を避けたい。

 

「あの2人は相変わらず便利だねぇ」

「索敵が出来ない私には本当にありがたいんです」

「そっか、古鷹の欠陥(バグ)は電探付けられないのだっけ。じゃあ不意打ちとか怖いじゃん。朝潮様々だぁ」

 

重巡組は仲良く周囲警戒。今回の古鷹さんは青葉さん程ではないにしろ、威力のある精度の高い射撃が欲しくての採用。随伴には雷撃、深海艦娘には主砲と使い分けができる分、青葉さんや高雄さんよりは今の戦場に適している。

 

「鈴谷さん、熊野さん、水上機をお願いします」

「承りましてよ」

「はいよー。瑞雲はっかーん」

 

この辺りから水上機での索敵も入れていく。

 

「気配を確認。深海棲艦が近付いてくるわ。アサシオ」

「索敵入りました。深海艦娘……3人です。姫が2体。戦艦水姫と空母棲姫です」

 

ついに戦艦水姫まで戦場に出てくるようになってしまった。あの時にとても苦戦した思い出が蘇る。扶桑さんがいないので、山城さんにはそちらに行ってもらうことになるだろう。

 

「艦載機はいつも通り私が受け持ちます。随伴処理部隊は真っ先に姫級を処理してください」

「私とスパ子が戦艦水鬼を受け持つ。アンタ達で空母棲姫をやりなさい。イロハは適当に処理」

「了解です。鈴谷さん、熊野さん、水上機で制空権を拮抗させてください」

「めちゃくちゃ言うね古鷹!?」

 

戦艦水鬼の恐ろしさは痛いほど知っている。私も中破になったくらいなのだから。だがこちらもあの時から大きく成長しているのだ。戦艦2人をぶつけて処理を優先する。

 

「会敵! 深海艦娘は……叢雲さん、漣さん、睦月さんです」

「私がいない! なら戦いやすい!」

 

叢雲さんは以前に見たまま。改二になっておらず、長柄の武器を構えている。漣さんも変わらず。電さんや大潮のような、特殊な技能を持たない深海艦娘の姿。

問題は睦月さん。おそらく改二で、この場にそぐわないものを持っている。鎖に繋がったドラム缶が2つ。まさか、あれを武器として使うのだろうか。

 

「アー、皐月チャンガイルニャシィ。睦月達旧式ナノニコンナトコニ来テ大丈夫ナノカニャ?」

「それは姉ちゃんも一緒でしょ」

「ウーン、チョット違ウンダヨネ。ジャア、ヤロッカ」

 

軽く腕を回しただけで、ドラム缶が唸りを上げて振り回される。やはりあれが武器。中に何が入っているかはわからないが、まともに受けるとガングートさんの艤装の腕ほどの威力があるだろう。

睦月さんに植え付けられた能力はおそらくそれ。ガングートさんをモチーフにした格闘戦。見た目が変わらず、膂力だけ戦艦並にされている。

 

「また煽ってくるのかしら〜」

「龍田……アンタダケハコノ手デ殺スワ」

「出来るかしらね〜」

 

あちらでは案の定、龍田さんが叢雲さんと相対している。以前の因縁から殺意増し増し。何らかの改造は受けていそうだが、見た目ではわからない。龍田さんのデータはまだあちらには行っていないはず。天龍さんは龍田さんに全てを任せて、空母棲姫撃破に向かった。

 

「漣ちゃん……絶対救うから」

「特型バッカリダ。ウッシーニ、敷波ノオ姉チャンニ、ウワ、ブッキーマデ。ハー、漣相手ニソンナニ使ッチャウ」

「悪いけど、アンタの事は地味に警戒してんの。冗談ばっか言いながらセンスだけは一流なんだからさ」

 

ここは特型3人を全員ぶつけている。敷波さん曰く、漣さんは絶対に厄介とのこと。それもあるからか、漣さんの周りにはイロハ級も多い。

 

「漣1人ニ3人トカ恥ズカシクナイノカナ。カナ?」

「恥ずかしくないよ。それだけ漣ちゃんを救いたいんだから」

 

潮さんが周りのイロハ級に雷撃を始めたことで、乱戦が始まった。私は空母棲姫の艦載機を着実に撃ち落としながら、深海艦娘の方を確認し続ける。あちらで何か問題があれば、即座に誰かを向かわせなければならない。

問題視しているのはやはり漣さんのところ。謎が多すぎる。戦闘スタイルは何も変わってないように見えるが、妙に艦載機の飛ばし方にクセがある。潮さんだけを離そうとしている。

 

「潮さん、離れてます。吹雪さんの方へ」

「わ、わかってるんだけど、イロハ級が!」

 

小さなイロハ級も連携して孤立させようとしているのがわかった。これは嫌な予感がする。

 

「古鷹さん、潮さんを救援!」

「潮ちゃんを!? ちょ、ちょっと今難しい!」

「仕方ない、開始します!」

 

潮さんをどうにかするため、『未来予知』開始。対象範囲は潮さんとその周り。視覚と聴覚を先読みに使用。吹雪さんに近付けるために道を切り開く。

 

「潮3時雷撃、敷波8時砲撃」

「潮を助けるんだね! 孤立は絶対まずい!」

 

攻撃をしている中でも、全方位に感覚を張り巡らせる。最悪を想定して、海中もある程度確認しながら計算し続ける。

 

「吹雪9時砲撃、敷波10時砲撃、潮4時移動」

「道が開いた! 抜けます!」

 

吹雪さんと潮さんの間に抜け出せる道が出来た。だが、これも誘いかもしれない。()()()()()()()()()()雰囲気がする。敷波さんが厄介と言っていた漣さんの特性の可能性がある。

 

「潮正面爆雷」

「ば、爆雷!?」

 

簡易爆雷は誰でも持っている。今はこれが重要だと判断した。私の発言に対応して爆雷を投げた瞬間、潮さんの足元に突然別の気配。あれは良くない。漣さんに植え付けられた能力も理解できた。

 

「潮バック!」

「うぇえっ!?」

 

爆雷の爆発と同時に、紙一重の場所から鎖が真上に飛び出してきた。バックを命令していなかったら潮さんは捕まっている。

漣さんの能力は鎖のコントロールだ。北端上陸姫の能力の一部を与えられている。そう考えれば、今までの行動も何が目的かわかる。潮さんを()()()()つもりでいる。

 

「以上! 予知一回やめます!」

「チェッ、モウバレチッタ。デモサァ、()()()()()()()()()()?」

「なっ、潮さん!」

 

鎖を1本と誤認した。絡みついて1本のように動いていた2本の鎖だった。1本が回避できたことで終わりだと思ってしまった。絡みついていたもう1本が潮さんの脚に巻きつく。

 

「吹雪さん!」

「イロハが邪魔で射線が開かない!」

 

イロハ級がやたら多かったのもここまで見越してだった。私は攻撃できる手段がないから助けられない。一番近い吹雪さんと敷波さんは射線をイロハ級に邪魔されている。指示を出した古鷹さんも空母棲姫の艦載機とイロハ級で引き離されていた。

 

「アッハ、ウッシーキタコレ!」

「最悪だ……読み間違えた……!」

 

鎖を引き、潮さんを自分の近くに寄せる漣さん。時間が無い。このままだと……。

一番近いのは依然として吹雪さんだ。敷波さんと連携して強引に漣さんへの道を作っているが、小さな敵でも数が集まるとなかなか処理できない。

 

「やっと見えた! 潮ぉ!」

「……ウルサイヨ、吹雪チャン」

 

艦載機そのものの直撃で吹雪さんが吹き飛ばされた。漣さんの艦載機は2つ出たままだ。ならこの艦載機を出したのは……潮さんしかいない。

 

「スゴク気分ガイイノ。シガラミカラ解キ放タレタミタイ」

 

タイムオーバー。真っ白な髪になった潮さんが、見たことのない笑顔で艦載機を発生させていた。吹雪さんに攻撃した1つ以外にも3つ。深海艦娘の艦載機の数より多い。欠陥(バグ)により出来なくなった攻撃方法の代わりに艦載機が増えているようにも思えた。

 

「アリガトウ漣チャン。私、コッチノ方ガイイヤ」

「デショ? ウッシーハコッチノ方ガ似合ウンダオ」

 

魚雷の数も酷いことになっていた。元々装備していたものに追加して深海製の魚雷も発生している。

 

「まずい……まずいまずいまずい!」

「敷波さん、魚雷を撃って回避してください! 吹雪さん動けますか!」

「中破行ってないくらいだから、まだ行ける! これヤバイなぁ!」

 

一番動揺しているのは間違いなく私だ。行動予測ができなくなっている。最悪な状況を考えていたはずなのに、それ以上に酷い状況になってしまった。

こういうものは連鎖するものである。隅にあった皐月さんの反応が、こちらに向かってきている。睦月さんの攻撃を受けながら、徐々にこちらに押されている状態だ。

 

「やっべ……姉ちゃん強すぎる……!」

「ホラホラァ、皐月チャン受ケテルダケデ大丈夫? 斬ッテモイインダヨ? 爆発スルケドネェ!」

 

あのドラム缶、燃料が詰まっているのか。皐月さんの腕なら一刀両断も訳ないと思ったが、そういう事情から受け流すだけで何もできずにいる。

 

「ンフフ、漣チャン、オッケー」

「サッスガムッキーデスワー。完璧ダネ」

「えっ、なっ!?」

 

また海中から飛び出してきた鎖が、今度は皐月さんの腰に巻き付いた。さらに戦況が悪化する。

 

「敷波さん! 皐月さんの鎖を!」

「ダメニャシィ。睦月ノ妹ナンダカラ、睦月ト一緒ニイル方ガ幸セナンダヨ?」

 

ドラム缶を海面に叩きつけ、大きな水飛沫を上げた。その若干の隙で、また漣さんの近くまで引き寄せられる。イロハ級がいなくなった代わりに、今度は睦月さんが立ち塞がった。射線を邪魔されてどうにもできない。

 

「ウォースパイトさん! 天龍さんをこっちにください!」

「アサシオ!? お、OK! テンリュウ、来なさい!」

「なんかまずい事になってんのか! 投げてくれ!」

 

あちらは空母棲姫はどうにかできたものの、戦艦水鬼がまだ処理し切れていない。全員総出で対処しているが、こちらがもうそれどころでは無くなってしまった。

 

「オラァ! オレの相手は誰だぁ!」

「ボクダヨ、天サン」

 

天龍さんの突撃を受け止めたのは、皐月さん。こちらもタイムオーバー。救出がどうしても間に合わない。

あちら側のリーダーは完全に漣さんだ。全てが漣さん中心に動いている。潮さんを孤立させ、私に回避指示を出させるのも、睦月さんと皐月さんが戦い、最終的にここに寄せられたのも、全てこの状態を作るためだ。龍田さんが叢雲さんと戦っているのも、ここに横槍を入れさせないためだろう。

 

「マジかよ!?」

「天サントノ斬リ合イ、一度シテミタカッタンダヨネ。イイデショ、殺シ合オウヨ。天サン!」

 

深海艦娘化の影響で大幅にスペックアップしている。天龍さんでも捌き切るのがやっとに見えた。いや、あれは相手が皐月さんだから躊躇っている。本来の実力が全く出せていない。

 

「アト1人クライ欲シイカナー」

「朝潮チャン、オススメダヨ。ブレインダカラ、アッチカラ奪ッテオイタ方ガイイヨ」

「オ、イイネェ。サスガウッシー、何デモ知ッテマスナァ」

 

今度の狙いは私か。私まであちら側に行くわけにはいかない。現状を把握して、最善の手を見つけ出さなくてはいけない。

 

戦艦水鬼の方はもう終わる。一度戦ってるだけあって、山城さんが善戦できていた。鈴谷さんと熊野さんのサポートもいい具合に働いている。

古鷹さんはようやくイロハ級を引き剥がせた様子。これでこちらに参戦可能。

吹雪さんと敷波さんは若干厳しい。潮さんの艦載機に手こずり、ダメージが蓄積されていた。このまま全員の救出に参加させるのは難しいだろう。

ウォースパイトさんはこちらに向かってきている。私はフィフに乗せてもらった方が良さそうだ。

 

「アサシオ! Get ride!」

「すみません!」

 

戦線離脱するようにフィフに掴まれ、その場から移動。さらに現状を把握。

龍田さんは叢雲さんとまだ交戦中。お互いに一歩も譲らない攻防。以前と違い、龍田さんに余裕があまりない。叢雲さんに植え付けられた能力は、水母棲姫の行動予測だろう。

状況が状況だ。吹っかけてでも戦況を良くするしかない。

 

「龍田さん、天龍さんがピンチです!」

「天龍ちゃんが?」

 

戦闘中だというのに余所見をして天龍さんを確認。皐月さんから攻撃を受け、防戦一方である事を確認すると目の色が変わった。

 

「余所見シテル余裕アルワケ!?」

「ちょっと黙ってなさい」

 

あえて薙刀の柄で叢雲さんの顔面を殴った。行動予測を超えたスピード、また、自分は攻撃されないと高を括っていた慢心。

天龍さんが関わった瞬間にスペックが数倍に跳ね上がる龍田さんは、こうなったら一切容赦しない。下手をしたら皆殺しにしかねない。

 

「……面白いことになってるわね。朝潮ちゃん、()()()()()()()()

「皐月さんと漣さんが優先です! 次は潮さん!」

「はい、了解」

 

叢雲さんを放置して天龍さんの下へ。また屈辱を与えられ、真っ赤な顔で龍田さんを追いかける叢雲さん。

 

「待チナサイ! 待テェ!」

「黙っていろと言っているでしょう」

 

次の一振りで叢雲さんの武器を破壊してしまった。長柄の武器も、主砲も、艦載機すら全て破壊したが、鎖だけは破壊していない。

 

「殺してもいいのよ? でも天龍ちゃんがそれはダメって言うんだもの。だから、これで許してあげる」

 

柄で殴り倒した後、長い髪の毛ごと鎖の接続部分を斬り飛ばした。鎖と同時に首輪の小型艤装ごと破壊し、死ぬほどの痛みを与えながら救うことに。

そんな叢雲さんをその場に放置して、天龍さんの援軍として龍田さんが参戦。

 

「天龍ちゃん、助けに来たわ〜」

「おう、助かるぜ」

 

2対1、さらには鎮守府で揉まれ続けている2人だ。そして龍田さんの目が普通ではない。皐月さん相手でも、死ぬ寸前まで痛めつけるつもりでいる目。さすがの皐月さんも不利と判断したのだろう。小さく舌打ちした後、漣さんに指示。

 

「漣、撤退シヨウ。面倒」

「叢雲チャン失ッタケド、2人手ニ入ッタカライイカ。ハーイ、撤退シマスヨー」

 

即座に海中に沈んでいってしまった。こうなるともう追いかけられない。

最後にこちらを見ていた潮さんと皐月さんの視線は、敵意に、殺意に満ちていた。さっきまで仲間として一緒に戦っていたのに、今では敵。あちらはこちらを本気で殺しに来る。

 

叢雲さんは救出できたものの、失ったものがあまりにも大きい。こんな形で救出対象が増えるだなんて思わなかった。




初期艦の中でも、一番小技が上手いのが漣だと思っています。だからブレイン役に置くと面白い。冗談言っているようでいて的確。


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攻略の兆し

叢雲さんの救出に成功できた代わりに、潮さんと皐月さんが鎖に囚われてしまった。次に出会うときは敵、そして救出対象となる。そうなってしまった原因の1つが、私、朝潮の読み間違い。『未来予知』を使っての敗北。初見への対応が課題ではあったが、それが敗北に直結してしまった。

 

私は立ち上がれないほどショックを受けていた。鎮守府に戻るまで、フィフの手のひらの上で泣きじゃくった。今までの敗北で、一番ダメージが大きかった。私が傷付くよりも、仲間が傷付くよりも辛い。最後の潮さんの敵意に満ちた目は、一生忘れないだろう。お前のせいでこうなったんだぞと言われているように感じてしまった。

 

「潮さんも皐月さんも……絶対に助けます……」

「おう、その意気だ。あいつらは絶対助けてやる」

 

天龍さんに手を取ってもらって、フィフの手のひらから降りる。少し足元が覚束なかったが、何とか立つことが出来た。疲れがドッと押し寄せてくる。

鎮守府に辿り着くまでにある程度は落ち着いていた。失敗を糧に成長しなくてはいけないという気持ちも大きい。泣いてばかりでは2人を助けられない。

 

「吹雪君、敷波君、救出した叢雲君は入渠だね。特に叢雲君は小型艤装の切除まで済んでいるのか。轟沈ギリギリの大破だよ」

「龍田。お前ちょっとやりすぎ」

「これくらいしないと止まらなかったわ〜。行動予測でこちらの攻撃全部避けたんだもの。本気でやらないとこっちがやられるわよ〜」

 

最後は私怨が大分混ざっていたように思えたが、余計なことは言わないことにした。

叢雲さんは死は免れたものの、ダメージがあまりにも大きかった。本来なら高速修復材を即座に使う小型艤装の切除を、何もない状態でやられている。さらには代償に長い髪も切られてしまった。立ち直れるかわからない。

 

「潮君と皐月君の話は聞いた。深海艦娘にされてしまったということは、こちらの情報が全部漏れたと考えていい」

「作戦がバレたってことね。こちらの戦力も全て知られたでしょう」

 

殺さずに無傷で救出する作戦や、こちらにどんな艦娘がどれだけいるかは完全に筒抜けになっただろう。敵もこちらに有利な動きをしてくるはずだ。ただでさえ、あの戦場では潮さんの助言により、漣さんのターゲットが私になったくらいだし。

 

「できることならスタンスは変えたくない。全員が無傷で帰ってくることを望むさ」

「でも、そのスタンスが敵にバレたのよね。自分は傷付けられないってことがわかってるから、めちゃくちゃな作戦で来るわよ。水母棲姫のときの自分を人質にする戦法もあるんだから」

 

睦月さんの戦い方がまさにそれだ。燃料の詰まったドラム缶を振り回し、何かあったら自分諸共爆破する。自分を人質にしつつ、敵を蹴散らす効率的な戦い方。

 

「まずは叢雲君が目を覚ますのを待とう。何か知っているかもしれない」

「ええ。ショックで壊れてなければいいけど」

 

あちら側の情報が手に入る可能性はある。叢雲さんの入渠を待つしかなかった。

 

 

 

帰投から数時間で叢雲さんの入渠は完了。駆逐艦なだけあって完治は早い。小型艤装切除の施術が不要になってはいるが、入渠しても髪が伸びることは無かった。ショートカットの叢雲さんもなかなかどうして似合っている。

 

「救出、感謝するわ」

「悪いな叢雲。うちの龍田が」

「仕方ないことだから。代償は大きかったけど、助かったなら全部チャラよ」

 

あっけらかんと言ってのける叢雲さん。どの個体も豪胆な性格のようだ。ちゃんと切り揃えられた髪を撫で、自嘲気味に笑う。

死んでいないのだからやり直せる。そういう考えでいられるなら、壊れることは無いだろう。

 

「私が知ってることを話すのよね。作戦指示は全部漣よ。あのときの戦闘は、ここの鎮守府の艦娘をこちら側に引き込むことが第一目的だった。半分に減らされたんだもの。人員補充をしようって作戦だったわね」

 

その結果が潮さんと皐月さんだ。物の見事にその作戦に引っかかり、2人を奪われてしまった。

 

「まだ狙ってるわよ。8人になるまでは奪うつもりでいるみたいだから」

「8人……最初の鎖の数か。鎖が増えていることはないのかね」

「無いわね。私が見ていた中では、あっちの艦娘は8人が限度。増えもしないし、減りもしない。理由はわからないけど」

 

現在、あちら側の深海艦娘は5人。最初に戦場に顔を見せてからずっと出てこない吹雪さんと、先程の戦闘に出てきた2人。そして、奪われた2人。

 

「叢雲さんもそうですが、何か改造を受けているように思えましたが」

「大潮がこっちに助けられた辺りの時に改造されたわ。手に入れたデータで私達を強化するって言ってたわね。私は水母棲姫の力をそのまま与えられた」

 

これは想定通り。龍田さんから余裕を取り払うほどの戦闘技術を急に手に入れたのだ。それくらいしか考えられないだろう。

他が手に入れた力も概ね予想通りだった。漣さんは北端上陸姫の鎖のコントロール、睦月さんは戦艦棲姫の怪力。それに加えて今までの戦闘データがぎっしり。

 

「あっちの姉さんは、最終兵器にされてる。手に入れたデータ全部突っ込んで、あの中で最強の存在にされてた」

「だからなかなか出てこなかったんですね。扶桑さんと吹雪さんが陣地破壊の最大の難関というわけですか」

「データを手に入れる度に改造を受けているもの。あれはもう艦娘の姿した別の何かよ」

 

深海艦娘でも、半深海棲艦でも、ましてや深海棲艦でも無い別の何か。下手をしたら扶桑さんより強い。

 

「叢雲、扶桑姉様はそっちでどうしてるの」

「扶桑さんはお姫様の護衛。もう改造もされてない。私達と違って自由に動けるんだけど、陣地から出ようとはしてなかったわね」

「そう……待ってるのかしらね」

 

あくまでも協力者という立ち位置なのだろう。自分の意思で北端上陸姫についてはいるが、北端上陸姫も扶桑さんを手足のように使うつもりはない。

北端上陸姫を倒したところで、扶桑さんがこちらに投降してくれる可能性も薄い。倒したら独断でこちらを襲い始めるだろう。

 

「思い当たるところはこれで全部だと思う。何かあったらまた聞いてちょうだい」

「ああ、ありがとう叢雲君。ところで、君は改二ではないようだが」

「練度は足りてるんだけど、改二になると武器を失うのよ。だから、私はこのままで据え置きにされてたの。そちらに武器持ちがいるでしょ? それにぶつけるためにって。結局負けたけどね」

 

なるほど、そういう理由が。浦城司令官の秘書艦である叢雲さんは改二だったが、あんな武器を持っていなかった。あれは改二になると失われるものだったのか。

 

「アンタはそのままでいなさい。白兵戦担当は多いに越したことは無いわ。むしろもっと必要よ」

「そのつもりよ。主砲も魚雷もあるけど、私は白兵戦担当としてこの鎮守府にお世話になるわ」

 

こうして、叢雲さんも鎮守府に配属されることとなった。白兵戦担当が増えたことで山城さんは気取られない程度にテンションを上げ、特型の妹が増えたことで吹雪さんは大喜びだった。

だが、2人減ったという事実は拭えない。今、この瞬間でも、こちらの情報は漏洩し続けている。さらにはあの2人すら改造されている可能性だってあるのだ。早急に救出しなくては。

 

 

 

私は次の戦いのために、最悪のケースを全て洗い出すことに専念していた。動揺から行動予測が出来なくなるなんて、自分の中では最も酷い失態。水母棲姫に説教したのに、なんてザマだ。

私に足りないのは、あの状況になっても冷静でいられる胆力。何が起きても、例え誰かが目の前で死んでも、冷静に状況判断が出来るようにならなくては。

 

「アサネエチャン、ムズカシイカオシテルゾ」

「また眉間に皺が。御姉様、良くない兆候です」

 

レキさんと春風に言われて頭を抱える。レキさんに言われてしまうとなると、今の私は相当酷い顔をしているのだろう。

 

「というわけで、お茶です」

「え、あ、ありがとう……」

 

春風が紅茶を置いてくれた。金剛さんのお茶会に参加してからというもの、頻繁にお茶を淹れてくれるようになった春風。時には煎茶、時には紅茶。その時々で欲しいものを出してくれる。今なら疲れているからだろうということで紅茶。

 

「……美味しい」

「ウマイカ! ヨカッタ!」

「レキさんが淹れたんですよ。御姉様に飲んでいただきたいと」

 

これをレキさんが。春風の淹れたものと寸分違わぬ逸品だ。とても美味しかった。曇った心が晴れ渡るような、そんな気分。

 

「ありがとう、レキさん。元気出ました」

「マタイレテヤルカラナ!」

「はい、お願いしますね」

 

抱きついてきたレキさんを撫でながら、この時間を幸せに過ごすことにした。考えることはまだまだ多い。省みることも沢山ある。それでも、焦り過ぎていては何もうまくいかない。何度も何度もその考えにはぶつかっているのだ。私はまだまだだなと、改めて実感した。

 

「アサネエチャンガゲンキダト、レキモウレシイゾ!」

「ありがとうございます。もっと元気になるためには、潮さんと皐月さんもお茶会に参加してもらわないといけませんね」

「ええ。次回の戦闘で救出するのですよね。わたくし達はそこへは行けませんが、鎮守府で成功を祈っております」

 

春風やレキさんが一緒に行けたら百人力なのだが、さすがに危険すぎる。一瞬触れられるだけでもあちら側に倒れてしまうだろう。艦娘とは訳が違った。

 

「テキニコウゲキアテチャダメナノカ?」

「はい。今度の敵は元々仲間なんです。だから、無傷で助けてあげたくて」

「ジャア、ミズデッポウハ? キズツカナイゾ」

 

水鉄砲で出来ることなんて、行動を一時的に封じることくらいだ。

いや、行動が封じられるじゃないか。隙が作れる。鎖を破壊するタイミングを無理矢理作れる。

あちらは自分が攻撃されないことを理解しているのだから、銃口を突きつけられても、引鉄は引かれないと思っているはずだ。それだけでも不意打ちは可能。瞬間さえあれば、天龍さんや龍田さんなら鎖を破壊できる。

 

「レキさん! すごい!」

「ワワッ、アサネエチャンドウシタ! レキ、ナンカスゴイコトシタカ!」

「なんでそのアイディアに辿り着けなかったんでしょう。レキさんのおかげで糸口が掴めました! 一発勝負の不意打ちですけど、全員無傷で助けられるかも!」

 

特に戦艦の水鉄砲は、私が浮き上がり吹き飛ばされるほどの衝撃が来るほどだ。いざとなればそこまで総動員して、容赦なく全員を撃ち抜く。

あとは、これに気付かれていたときのことを考えるだけだ。あちらの漣さんなら勘付く可能性がある。陣頭指揮を執るほどなのだから、警戒するに越したことはない。

 

「御姉様、元気になりましたね」

「春風も本当にありがとう。これならやれるわ。司令官に話をしなくちゃ」

 

紅茶を貰う前より身体が軽く思えた。1人で悩むと何もいいことはない。

 

 

 

執務室。レキさんの何気ない一言から思い付いた作戦を司令官に話す。

 

「そうか、水鉄砲。訓練と同じ攻撃で怯ませれば、隙が出来ると」

「はい。これなら無傷で助けられる可能性が高いです」

「今回限りになりそうだが、実弾と混ぜて使えば翻弄はできるね。うん、いいアイディアだ」

 

大淀さんも加え、簡易の作戦会議に。スタンスは変えないが、今までよりも攻撃的な作戦だ。何しろ、深海艦娘の救出に火力の高い戦艦が使えるようになる。

 

「初めてだね。深海艦娘救出を火力特化で組むことになるのは」

「とはいえ、鎖の破壊は出来ませんから。あとは、姉妹艦は連れていってあげたいのでしょう?」

「大淀君にはバレバレだね」

「どれだけ長く付き合ってると思ってるんですか。で、吹雪さん、敷波さんは確定として、あとはどうしましょう」

 

救出任務は私と山城さんという固定メンバーが出来ているので、残り10人を選出する。

今回は特型救出の延長線上なので、吹雪さんと敷波さんは確定。睦月型は奪われてしまっているが、皐月さん救出には天龍さんが最も適任。そこに龍田さんを置いてさらに確実なものとする。残り6人。

 

「戦艦が2人は欲しいと思います。随伴処理をより確実なものにできますから」

「なら、いつも通りウォースパイト君と、もう1人はビスマルク君で行こうか」

 

さらには北上さんと大井さんで随伴処理は完璧だろう。あとは深海艦娘の救出。姉妹艦だけでは厳しいということは、前回の戦いでよくわかった。特に漣さん。やりたいことをやるために、とにかく周りにイロハ級を置いている。それを突破でき、さらには確実に安全に相手の動きを封じることができる人。

 

「長良さんですかね」

「長良君だね」

「え、大丈夫ですか? 乱戦しか無いような場にいると」

「そうか、朝潮君は訓練と夜戦でしか長良君の戦闘は見ていないからね。この戦場は都合がいい」

 

紙装甲という欠陥(バグ)の都合上、敵の少ない夜戦以外は基本的に私達駆逐艦の訓練を見てくれている長良さん。私は回避訓練を主に見てもらっているが、装甲以外に欠陥(バグ)は無いので、主砲も雷撃も、さらには対空まで、ありとあらゆる訓練の教官をしてくれている。

その長良さんの実戦。夜戦の時は逃げ回りながらの砲撃だったが、それが今回の乱戦に通用するのかは気になるところだ。

 

「残り1人は……霞君にしようか。今回は朝潮君も大きく消耗する戦いになる。あの子は必要だろう」

「そうですね……あの鎖を全て監視し続ける必要がありますから」

 

海中を常に監視する必要があるだろう。そのため、今は電探眼鏡のソナー機能を強化してもらっている。ぶっつけ本番ではあるが、さらに視野が広がった力で、全員を危険から遠ざけるつもりだ。

 

「また霞に怒られちゃいますね」

「それなら私も一緒に怒られようかな。君の無理を容認してしまったんだからね」

 

2人で怒られるなら諦めがつく。それだけ、今回は無理をしなくちゃいけない。仲間を奪われたのだ。絶対に取り返してみせる。




叢雲はショートカットも似合うと思うんです。流れで首筋から下の髪が全部切られてしまいましたが、いろんな叢雲との差別化と可能になるという裏ワザ。


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厄災

翌朝、潮さんと皐月さんの救出作戦について話す。仲間が奪われ敵となってしまった現状は早く打破したい。なるべく早くと考えると、午前中に準備を終えて午後から出撃が妥当と思われた。幸い作戦自体は昨日中に立てることはできたため、あとは準備だけである。

 

私、朝潮には準備は必要ない。必要なのは覚悟だけ。

 

「久しぶりだなぁ、お昼の出撃」

「長良は夜ばっかだもんな」

「敵が多いと被弾しやすくて困るでしょ。でも、司令官が長良を昼に出すっていうんだから、期待してんだよね。いいよいいよー、長良やっちゃうよ」

 

司令官と大淀さんが口を揃えて言うくらいだ。長良さんには私の知らない何かがあり、それは大量の敵と戦うときに真価を発揮するのだろう。それなりに長く居ても、まだ仲間の知らない部分はあるものだ。

 

「私も出撃か……雷撃特化は深海艦娘救出には向いてないと思ったけど」

「実弾とダミーの共用が一番やりやすいのが霞だもの。それに、私が確実に無理をすることになるから。頼りにしてるわ」

「無理すんなっての。とはいえ、今回はそれも難しいか……失敗するとまた誰かが持っていかれちゃうのよね」

 

鎖の感知を万全にしない限り、漣さんのいる戦場では堂々巡りになりかねない。最終的には深海艦娘だらけになり、誰も出撃させることが出来ず敗北……などという最悪なシナリオもある。それだけは避けたい。

私は鎖の動向を常に把握し、全員にその位置を伝える役目だ。そのためには戦場の反応全てを対象に取った『未来予知』が必要になる。壊れる覚悟も必要になってしまった。

 

「姉さん、お願いだから壊れないで」

「わかってる。置いていけない人がここには多すぎるもの。私が倒れたら終わりだと思って戦うわ」

 

春風に加え、瑞穂さんも危うい人である。後の追い方が確実に怖い。全員皆殺しにしてから自殺とかあり得る。

 

「私、姉さんに餞の花とか添えたくないから」

「こっちのセリフよ。お互い、生き残りましょう」

 

山城さんとやるように、拳を突き合わせる。一層絆が深まったように感じた。

 

「美しい姉妹愛ですね。瑞穂、感動いたしました」

「〜〜〜〜〜!?」

「だから急に出てこないでください」

 

台無しである。だが、自然と笑顔が溢れた。これなら戦場でも全力が出せる。相手が誰であろうとも、戦える。

 

 

 

緊張感が支配する午前の鎮守府。それは突然やってきた。鎮守府に鳴り響く警報。突然慌ただしくなる。

 

『全員出撃準備! もう一度言う! ()()だ! 全員出撃準備!』

 

切羽詰まった司令官の声。今までにない命令。全員が出撃準備を取らなくてはいけない状況といったら、もう1つしかない。鎮守府への襲撃だ。

大急ぎで工廠へ向かう。私は大分早かったらしく、スムーズに艤装を装備。攻撃できないことが功を奏し、ダミーの弾薬などの入れ替えは一切ない。電探は常備している。機関部さえあれば私は出撃可能だ。

 

「準備しながら聞いてほしい! 防衛線が突破された!」

「なっ、マジかよ!? 何が来たんだ!?」

「そんなの、姉様しかいないでしょ。迎撃準備よ」

 

今の警護任務の部隊にはガングートさんや長門さんも居たはずだ。そこを突破されたということは、扶桑さんしか考えられない。叢雲さんからの情報で陣地からは動いていないと聞いていたが、何か理由があって攻め込んできたということか。

 

「すまん! ミナトとヒメを運ぶので手一杯だった! 鎮守府で匿ってやってくれ!」

 

2人を抱きかかえた長門さんが工廠に飛び込んできた。その長門さんも頭から血を流している。扶桑さんから一撃貰って中破というところだろう。

 

「アレハ……アレハナンダ?」

「私の姉様よ」

 

ミナトさんにそれだけ言って、山城さんは天龍さんと出撃していった。ヒメさんはガタガタ震えてミナトさんに抱きついていた。恐怖で泣きそうな表情。

 

「ヒメ! ダイジョウブカ!」

「レキ……アレハダメダ……カテナイ……」

 

艦載機も主砲も全て弾き返され、おそらく目の前で仲間達がやられていくところを見ていたのだろう。完全に戦意を失っている。

 

「長門さん、敵は」

「扶桑1人だ……私は先行して2人を逃がすために戻ってきた。ガングート達が食い止めていたはずだが」

「突破されたと情報が入ってます……どうなったか……」

 

長門さんは静止も聞かずに再出撃してしまった。防衛線の仲間を救出しに行くようだ。

たった1人に防衛線が壊滅させられたとなると、本当に天変地異か何かになってしまう。生きている、意思を持つ厄災。最悪なことに、その意思は深海棲艦に味方している。

 

「電探に扶桑さんの反応入りました。山城さんと天龍さんが交戦中!」

「……朝潮君、扶桑君を私の下へ誘導してくれないか。話をする」

「無茶言わないでください!」

 

とんでもないことを言い出した司令官。立ち塞がるものを全て薙ぎ倒して鎮守府に向かっている扶桑さんと何を話すというのか。

 

「いいから、連れてきなさい。目的を聞かない限り、被害者を増やすだけだ」

 

工廠は危ないということで、いつも訓練に使っている岸まで移動した。司令官は断固たる態度だった。何を言っても聞かないだろう。私は部下だ。言われた通りにするしかない。

 

「ああもう! 瑞穂さんいますよね!」

「勿論。朝潮様が望むのなら何処からでも駆けつけましょう。話も聞いておりました。扶桑さんの誘導ですね。瑞穂が朝潮様の護衛を引き受けます」

「ありがとうございます! 行きますよ!」

 

こうなったらもう自棄だ。扶桑さんの目的はなんであれ、私達の目的はこれ以上の被害を出さずに司令官の下へ連れていくこと。山城さんと天龍さんは未だ交戦中だが、どうなるかわからない。

 

 

 

瑞穂さんと出撃し、大急ぎで山城さん達の下へ向かう。反応から、まだ大丈夫だと思うが、扶桑さんの動きは一切変わらず、ゆっくりと鎮守府に向かっている状態。

 

「見つけた! 山城さん!」

「なんでアンタ達が来てるの! 撤退しなさい!」

 

天龍さんは少し離れた場所で息も絶え絶え。山城さんも身体中傷だらけ。対する扶桑さんはまったくの無傷。ここまで何人もと交戦しており、ここで山城さんと天龍さんの2人を相手しているはずなのにこれでは、まったく歯が立たない。前に見た時より数段強くなっている。

 

「……山城……少し退きなさい」

「姉様、何をっ、あぁあっ!?」

 

強烈な回し蹴りで山城さんが飛んだ。ガードは出来ているため傷は浅いが、天龍さんと同じように距離を取らされる。

 

「扶桑さん、司令官がお話があるそうです」

「……手間が省けたわ……案内してもらえる?」

「そのつもりでここに来ました。ついてきてください」

 

瑞穂さんが間に入り、私が進む後についてくる扶桑さん。こんなに緊張する引率は初めてだ。いきなり後ろから攻撃されたら、為すすべなくやられる。それをやってこないというのとは、扶桑さんは司令官に用があるのかもしれない。

その後ろ、フラフラとだが山城さんと天龍さんもついてくる。万が一の時には頼るしかない。

 

「水母棲姫……綺麗になったのね……」

「貴女が何を仰っているか、瑞穂には何もわかりません。出来ればその口を塞いでいていただけると幸いです」

「そう……記憶を……。それがいいわ……」

 

不意に深海棲艦の要素が消えたような発言をする。扶桑さんは本当に深海棲艦の思考が混ざりこんでいるのだろうか。話し合えば手を取り合えるように思えてしまう。

 

「司令官……連れてきました」

「貴方がここの提督……?」

 

司令官と対面する扶桑さん。私は瑞穂さん護衛の下、司令官に付き従う形で陸に上がった。華奢な非戦闘員の私ではあるが、司令官の壁くらいにはなれるはず。私だって艦娘。ある程度は頑丈に出来ている。

 

「君は何のためにここに来た」

「私の目的は2つ……1つは貴方の殺害……もう1つは……朝潮の奪取」

 

私の奪取が目的とは。その言葉を聞いて、即座に瑞穂さんが私の前に立つ。

 

「潮と皐月に聞いたわ……ここの艦娘のモチベーションは貴方で保っていると……。お姫様がね、それを潰したがってるの……。だから、私はここに来た」

「私が死ねばこの鎮守府は壊滅。艦娘も路頭に迷うことになるだろうね。強ち間違いではない」

「朝潮のこともね……特に潮が話していたわ……。こちらに欲しいって……」

 

目的が2つとも達成出来てしまったら、この鎮守府はおしまいだ。私はさておき、司令官だけは守らなくてはいけない。この身に代えてもだ。

騒ぎを聞きつけ、周りに艦娘が集まってきている。これでどうにかなるとは思えないが、司令官を逃がす時間くらいは作れるだろう。何人犠牲になるかは考えたくもない。

 

「だから……死んでちょうだい」

「私がかね? お断りだが」

 

一触即発のムード。扶桑さんどころか、司令官も引かない。手も足も出ない相手と面と向かって話をしているだけでもヒヤヒヤしているのに、司令官にしては喧嘩腰の姿勢だ。

 

「帰ってくれたまえ。君の目的は達成させない」

「なら……実力行使……させてもらうわ」

 

一瞬で扶桑さんは司令官の目の前にいた。電探の反応も関係ない。一切目で追えなかった。叫ぶこともできない速さ。山城さんも間に合わない。

 

「人間に……耐えられるのかしら」

 

扶桑さんの強烈な蹴り。山城さんすら吹き飛ばされ、白時雨さんが一撃で轟沈寸前まで持っていかれた必殺級の威力を持つ攻撃。私も瑞穂さんも一切の反応が出来なかった。

司令官は人間だ。あんな攻撃、掠めただけでも大怪我必至。直撃したら死が確定する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

気付いたら扶桑さんが地面に組み伏せられていた。誰もが何が起きたかわからなかった。とりあえず、司令官は無傷。それは素直に喜ぶとして。

 

「君が私を殺す? どうやってかな。教えてもらえないか」

「なっ、こ、これは……一体……」

 

ピクリとも動かない扶桑さん。動かないじゃない、動けないのだ。艦娘を一撃で葬るレベルの攻撃を繰り出す扶桑さんですら、司令官の前では赤子同然だった。

そもそも司令官は海上に立つことが出来ないだけだったのだ。少し昔、自分が戦場に出るつもりだったと言っていたが、こういう事だったとは。

出撃できたら1人で深海棲艦を壊滅させられるほどの力を持っている。そうでもなければ艦娘を統率することなど出来ないのだろう。私達にそんな気はないが、クーデターを起こされてしまったらどうにもならない。艦娘に反乱を起こされても、1人でそれを食い止められるほどの力が無ければ司令官にはなれない。

 

「もう1つは朝潮君を攫うことだったかね。させるわけないだろう。朝潮君も私の愛する我が子であり伴侶だ。渡さないよ」

「そう……提督というものが何かわかったわ……」

 

諦めたように身動きをやめる。主砲を持たない敵には無敵なのだろう。扶桑さんに取って、司令官はまさに天敵だった。

 

「諦めて投降してくれないか。君のことを私はもっと知りたい。幸い、ここには君のような半深海棲艦もいる。話は出来ると思うんだがね」

「山城にも言ったのだけど……私は深海棲艦が完全に混ざりこんでいるの……貴方も恨みと憎しみの対象。これは変わることはないわ……」

 

悲しい目をしていた。2つの相反する思考を持つというのは本当に辛いことなのかもしれない。深海棲艦としての自分を受け入れたとしても、艦娘の思考が邪魔をしているようだ。

 

「同時に艦娘の愛情も持っているのだろう? なら、こちら側に来ることもできるはずだ」

「……できたら苦労しないわ。だから……私はお姫様に与したんだもの。人間は殺すわ……艦娘も滅ぼす……全部終わったら私も死ぬの」

 

一番辛そうな表情をしているのは山城さんだ。実の姉がここまでのことを言ってしまっているのだ。覚悟をしたつもりだったのに、こんなのを見たら揺らいでしまう。

 

「だったら何故防衛線の艦娘を沈めない。大破で止めているのは他ならぬ君だろう」

「……あの子達が強いのよ。私は……沈めるつもりで蹴ったわ」

「沈めるまで攻撃をしないで何を言う。やはり君は、割り切れていない」

 

初めて、扶桑さんの目に揺らぎが出た。図星を突かれて動揺している。司令官なら扶桑さんの説得が可能な気がしてきた。

ふと、ソナーに新たな反応が現れた。潜水艦が近付いてきている。これは水母棲姫の時の意趣返しか。

 

「ソナーに感あり! 潜水艦がいます!」

 

言った時には遅く、岸に向かって魚雷が撃ち込まれた。誰にも被害はないが、地面が揺れたせいで司令官の拘束が緩んでしまう。

 

「ごめんなさいね……やっぱり……私はここにはいられないの」

 

拘束から抜け出すと同時に瑞穂さんが吹き飛ばされた。私が無防備になってしまった。

 

「2つ目の目的は……果たさせてもらうわ」

「ナニヤッテンダオマエーッ!」

 

そこへレキさんの横槍。蛇のような艤装を振り回し、扶桑さんにぶつける。さすがに不意打ちには即座に対応は出来なかったようで、扶桑さんでも間合いを取ってくれた。

レキさんがいなければ私はダメだった。心臓がバクバクと音を立てている。

 

「イマ、アサネエチャンナグロウトシテタダロ」

「……そうね。連れていきたいもの……そうなるわ」

「ツレテイカセナイ! レキガアサネエチャンヲマモル!」

 

艤装を前に構え、主砲を突きつける。

 

「朝潮様を守る事が私の使命です。すぐにお側に舞い戻ります。損傷は激しいですが、壁くらいにはなりますよ」

「聞コエタゾ。御姉様ヲ連レテイクダッテ? サセルワケナイダロ」

 

瑞穂さんが立ち上がり私の側へ。春風も駆けつけてレキさんと並ぶ。その後から大潮と霞も追いついてきた。名誉朝潮型含めた私の妹達が全員勢ぞろいした状態となる。

 

「そう……朝潮……愛されてるのね……」

「はい。私だけでは何も出来ません。皆に守られて生きています。だから私も皆を守ります」

「……羨ましいわ……愛し愛される仲だなんて」

 

背後にも山城さんと天龍さん。これだけいても心許ないという絶望的な状況だが、追い返すことくらいは可能。だが、扶桑さんの様子が何処かおかしい。

 

「……貴女は……分け隔てなく愛しているの?」

「勿論。私はこの鎮守府の全員を愛していますよ。司令官と同じです。ここが好きですから。誰か1人とか選びません。扶桑さんがここの一員になってくれるのなら、仲間として一緒に生きてくれるのなら、私は貴女も愛します」

 

嘘偽りない言葉だ。司令官と同じで、私はこの鎮守府の皆が大好きだ。親愛、敬愛、友愛、博愛、いろんな意味で愛している。恋愛だけはまだイマイチわからないでいるが。

 

「私を……愛する……?」

「はい。仲間として」

「……そう」

 

扶桑さんの瞳が燃え上がった。

 

「なら一緒に来てちょうだい」

 

刹那、レキさんと春風が吹き飛ばされた。山城さんが後ろから攻撃するが、反動を利用した回し蹴りで飛ばされ、天龍さんに直撃。動きは止まらず、瑞穂さんが薙ぎ倒され、司令官にぶつけられた。瑞穂さんにこれ以上の怪我が無いように、司令官がクッションになった形。

大潮が艦載機を出し、霞もどうにか扶桑さんを止めようと地上から魚雷を放とうとするが、それを見越していたかのように武器だけを綺麗に破壊。横薙ぎに蹴りを入れ、2人ともダウン。

あっという間に私を守る人達は全滅。残されたのは私のみ。

 

「朝潮の言葉は上辺だけじゃないことがわかったわ……こんな私でも分け隔てなく愛してくれるのね……。嬉しい……とっても嬉しいわ……世界に捨てられた私を……愛してくれるなんて……」

 

詰め寄ってくる。得体の知れない恐怖で後ずさってしまう。初めて感じる悪寒。この人は正気じゃない。艦娘とか深海棲艦とか、そういうものとは違うところに心を置いてしまっている。変なスイッチが入ってしまっている。瑞穂さんが捲し立ててくるときに見せる、あのグルグル渦巻いた目が、燃え盛る中に見えた。

 

「愛してくれるのよね……? こんな混ざり物の……醜い私を……貴女は……。私を愛してくれないこんな世界は要らなかった……でも……貴女が愛してくれるなら……私は……」

 

鎮守府の壁まで追い詰められる。逃げ場がない。

私が扶桑さんを愛すると言ったばかりに、扶桑さんがあり得ない方向に暴走を始めてしまった。

 

「朝潮、貴女は私のものにするわ」

 

鳩尾に一撃。ぐらりと意識が暗転する。

最悪な状況だ。私達はたった1人の厄災に、何も出来ずに敗北する形となった。




艦娘より弱い提督が鎮守府を治めていたら、防衛一辺倒になって戦果が挙げられないか、嘗められて内部分解するか、何処よりも統率力がある最高の艦隊になるかの3つ。


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侵食

目を覚ますと、見慣れぬ土地。黒々とした岩礁帯が周りに乱立する、陸上型の陣地のような場所。私、朝潮は何者かの小脇に抱えられて、この場にいた。

 

「ここは……」

「目が……覚めたのね……」

 

扶桑さんの声。鎮守府で気絶させられた私は、この状態でここまで攫われてきたらしい。

為すすべもなかったことよりも、その後の扶桑さんへの恐怖の方が大きかった。最初はお姫様、北端上陸姫の頼みで私を攫おうとしたのだろうが、最終的には自分のために私を攫っている。愛の話で、おかしなスイッチが入った。あの時の扶桑さんの言葉は、嘘偽りない本心だったのだろう。愛してもらえたことをただただ喜んでいた。

 

「お姫様の陣地よ……貴女達の最後の目的地……」

「……こんな形で来たくなかったですよ」

 

以前に見た時よりも、陣地が拡がっているように思えた。ここまで岩礁帯が多かったようには思えない。仲間が増えたのか、力を増したのか、それは定かではない。

 

「オ、朝潮ジャン。ツイニコッチニ来ル気ニナッタ?」

 

岸で待ち受けていたのは皐月さん。すっかり染められてしまい、首輪まで付けている。変わり果てた姿に、目をそらすしか無かった。

 

「扶桑サン、朝潮ドウスンノ?」

「……私のものにするわ……この子ね……私を愛してくれるって言ったの……」

「ヒュー、オ熱イネェ。ジャアマズ改造シテアゲナイト」

 

ここに来たということは、そういうことなのだろう。当然だが助けは来ない。否が応でも私は深海艦娘にされる。水母棲姫のときとはわけが違う。

 

「……朝潮……貴女にはあの子達と同じになってもらうわ……それでも私を愛してくれるわよね……」

「さぁ、どうでしょうかね。私は屈するつもりは一切ありませんが」

 

強がりだけは言っておかないと、私の心が保たない。挫けるもんか。頭の中を弄られたとしても、私は絶対屈しない。

 

「漣を呼んできてちょうだい……お姫様には許可を貰ってるわ……朝潮を貴女達と同じにしてあげる」

「ハイヨー。ソウダ、潮モ呼ンデコヨウ。朝潮ノコト推シテタノ、潮ダシネ」

 

はしゃぐように皐月さんが奥への入っていった。私の支配は秒読み段階。絶望が心を支配し始める。だが屈しない。決して屈しない。私は私だ。

 

 

 

少し経ち、漣さんと潮さんがやってきた。ニヤニヤ笑う漣さんと、満面の笑みの潮さん。私が深海艦娘になることがそんなに嬉しいのか。

 

「朝潮チャンガコチラニツイテクレタラ百人力。艦娘ハ皆殺シ、ダヨ?」

「なんて荒い……潮さんともあろう人が」

「朝潮チャンモコウナルカラ、覚悟決メテネ」

 

漣さんが指を動かすと、鎖が伸びてきた。あれに触れたら最後。

 

「お姫様はまだ奥にいるの……?」

「吹雪チャンヲズット弄ッテマスネ」

「そう……私と朝潮の門出なのにね……」

 

何が門出だ、と文句を言おうと思ったその時、脚に鎖が巻き付いた。ビリッと電撃が走ったような感覚がした。ただただ鎖を握ったときとは雲泥の差。

 

「なに……これ……」

 

鎖に巻き付かれた脚から、どんどん何かを注入されるような不快感。同時に身体が変えられていくような嫌悪感。その効果からか身体を動かすことができず、言葉を出すこともできない。自分で脱出することができない。

耐えなくては。耐えなくては。飲まれてはいけない。

 

「イクラ朝潮デモ、コレハ無理ダヨ」

「ココカラガ凄イモンネ」

 

私の髪が白く染まっていく。長い髪だからこそ、染まっていくのが自分でもわかってしまう。別に外見が変わるくらい、どうということはない。髪が白かろうが、目が赤かろうが、角が生えてようが、私は私だ。

 

「ズット辛イダケダト思ウ? ソレダト耐エヨウトスルデショ。ダカラネ、()()()()()()()()()()

 

嫌悪感が一転、変化することへの幸福感にすり替えられた。まずい、これは呑まれる。

耐えなくては。耐えなくては。私が私であるために。

 

「壊れた貴女は私が受け入れてあげる……貴女が私を愛するように……私が貴女を愛してあげるわ……」

 

深海棲艦の感情が、私を飲み込もうとしているのがわかる。でも、耐えなくては。耐えて、耐えて、ここから抜け出す隙を探して、帰らなくては。

額の一部が伸びていく感触。ギリギリと音を立てているが、痛みはなく、不思議と心地良かった。

 

「おー、立派な角! ボクらより大きくない?」

「実力差とか出るのかな。朝潮ちゃん、姫級でも上の方なのかもね」

 

先程まで反響した深海棲艦のような声に聞こえていた皐月さんと潮さんの声が、はっきりとまともに聞こえるようになった。おそらく私の身体が完全に()()()()に倒れたということだろう。

だがまだ私は私だ。身体の改造を先にして、そこから心を堕としていこうという魂胆か。私は負けない。まだ負けていない。

 

「うっしー、首輪付けたげて。脚はさすがに可哀想っしょ」

「漣ちゃん、私しばらく脚だったよね。歩きづらかったんだから」

「ボクは腰だったからまだマシだったよね。漣、もう少しまともなところ選ぼうよ」

「脚はやりやすいんスよー」

 

3人の楽しそうな声。私を洗脳することを心底楽しんでいる。

潮さんに首輪を付けられる。癒着したわけではないが、完全に密着した金属製の首輪。そこに脚の鎖が改めて接続された。脚から離れた時に一瞬目の前が真っ暗になったように思えたが、すぐに今の感覚に戻る。

 

「完成かな?」

「結構かかったね。ボクは10秒くらいだったっけ」

「私もそれくらい。すごい耐えたね」

 

向こうでは私の支配が終わったと推測されていた。

 

あれ? 終わり?

 

口に出しそうになって飲み込む。私はまだ、ここの深海艦娘を敵として認識している。身体は完全に変質させられたようだが、思考の支配まで出来ていない。鎖は繋がったままだが、何かが流れ込んでくるような感覚は消えていた。

 

「扶桑氏、下ろして大丈夫ですぜ」

「そう……朝潮……立てる……?」

 

扶桑さんに立たせてもらう。急激な身体の変化でフラついたが、何とか2本の脚で立つことが出来た。

 

「これでまた仲間同士だね。朝潮、またボクらと一緒に戦おうね。相手が変わっちゃったけど」

 

ここは洗脳されたフリをしておいた方がいいだろう。まだ誰も私が完全に支配されていないとは気付いていない。

 

「そうですね。また仲間になれて嬉しいですよ」

「朝潮ちゃんがこっちに来れば、あとは山城さんだけっしょー。それは扶桑さんがやってくれるし、漣達の勝ち確なんじゃなーい?」

 

敵と話を合わせるというのは何て難しいんだろう。違和感なく接するには、自分が嫌なことも率先して言っていかなくてはいけない。その行動を先読みする。行動予測の出番だ。いつものように状況を把握し、パターンを解析、あらゆる可能性から一番あり得そうな次の行動を確認……

 

「……っ」

「どしたの朝潮?」

「何でもないです。まだ身体が慣れていないみたいで」

 

できなかった。今の状態だと私の演算能力が著しく低下している。若干の先読みはある程度出来ても、行動予測にまで至らない。私の中では異常事態だ。

そんな態度はおくびにも出さず、なるべく話を合わせ、あちらに有益な情報を重点だけ隠して伝える。

 

「扶桑さんが襲撃したので遅れると思いますが、救出作戦、本来なら今日の午後でした」

「ボクらがこっち来ちゃったから焦ってるのかな。簡単には元に戻せないのにね。馬鹿な司令官だよ」

「部隊もほとんど同じかな。だったら、私また吹雪ちゃんと戦いたいな。お姉さんぶってて鬱陶しいし」

 

仲間の顔で虫酸が走る会話をする。本心ではないことはわかっているが、聞いているだけでも辛い。どうにか顔にも出さないように。むしろ洗脳されているフリのために笑顔を貼り付ける。こんな時に春風説得のときに覚えたことが役に立つとは思わなかった。

 

「朝潮……お着替えしましょうか……。せっかく仲間になれたのだし……もう少しこちらに染まりましょう……」

「はい、わかりました。でも、大潮と同じ黒塗りの朝潮型制服ですか?」

「どうせなら……もう少し変えましょうか」

 

扶桑さんに連れられて別室へ。ちょうどいい、この陣地の地下施設の造りをある程度見ておこう。

漣さん達に見送られ、私は扶桑さんについていった。また来てねと笑顔で言ってきたところは洗脳も何もないただの艦娘なのだが、その中身が黒すぎる。私には嫌悪感しか無い。

 

 

 

岩場の陰から地下に通ずる階段を下り、暗いながらも整備された通路を通る。鎖は器用に隙間を縫っており、何処かに引っかかることもない。洗脳したものを丁重に扱うつもりはあるようだ。

 

「朝潮……貴女、洗脳されていないわよね?」

 

心臓が飛び出るかと思った。これは鎌をかけてきているのか、本当に見抜いているのか、判断がつかない。

 

「突然何を。私はこの鎖で繋げられているじゃないですか」

「貴女ほどの脳の容量(キャパシティ)があるのなら……洗脳なんてされないと思っていたわ……」

 

私が洗脳されなかったのは脳の容量にあった。常日頃から電探で鎮守府内を監視し続けて、先読み、行動予測、そして『未来予知』まで出来るようになったことで、脳の容量が通常の数倍に膨れ上がっている。深海艦娘化の影響でさらに拡張された可能性だってあるのだ。鎖による洗脳では、その容量を全て埋め尽くすことが出来ないようだ。行動予測が出来なかったのは、それをするための容量を鎖の洗脳に奪われているから。

 

そこまで見抜かれているとは。扶桑さんには隠し事が出来ない気がする。だが、何故それをあの場で言わなかった。漣さんに伝えれば、再洗脳なり何なりしてくるだろう。鎖を2本使うとか出来るはずだ。2本使われたら私もどうなっているかわからない。

 

「……どこで気付いていました」

「最初から……かしらね。確信していたし……あの子達とは目が違ったわ」

「そうですか……。それで、何故それをここで?」

 

扶桑さんなりに何か考えてのことだろう。真意を聞きたい。

暗い通路の先に、控え室のような部屋が用意されていた。私達の鎮守府と同じような個室だが、中はそれ以上に質素。ベッドすらなく、本当に与えられた空間というイメージ。戦闘で汚れた服の替えが何着か置かれているだけ。

 

「その前にお着替え……これを着てちょうだい」

「これは……着物?」

「私の物と色違いのだけれど……今の貴女には似合うわ……」

 

せっかくだし袖を通す。

扶桑さんの着ている着物は、膝上丈でノースリーブの真っ白な着物だ。振袖部分が別個になっている。対する私に与えられた着物は同じデザインの黒一色。同じ丈でも私が着ると膝下まで行ってしまうし、胸元がブカブカになってしまう。そのため、私に合わせてこの場でリサイズされた。

今の私は、ふた回りほど小さい扶桑さんのようになった。色合いはまるっきり正反対ではあるが。黒は白に、白は黒に。着物も意外といいかも。

 

「よく似合ってるわ……」

「はぁ、ありがとうございます」

「ふふ……可愛い。私を愛してくれる朝潮だから……これを着てもらいたかったの……」

 

今までに見たことのない優しい笑顔だ。悲壮感が無い。だが、その瞳の奥では先程見た狂気が渦巻いているように見えた。

扶桑さんが壊れるトリガーは『愛』だ。私が愛すると口走ったばっかりに、私に対して普通ではない感情を持ってしまったように思える。物凄く溺愛されているような、そんな感覚。

 

「何故私が洗脳されていないことを漣さんに言わなかったんです。扶桑さんは北端上陸姫の仲間なんでしょう?」

「仲間ね……お姫様に与していた方が……人間も艦娘も滅ぼせそうだもの……私の頭の中はそればっかり()()()わ……」

 

だった?

今は違うのだろうか。

 

「私の中の深海棲艦がね……世界に捨てられたことを嘆いてるの……恨んで憎んで……()()()()()()()って……」

「貴女の妹は山城さんでしょう」

「私にはもう1人妹がいるわ……深海棲艦のね……」

 

扶桑さんの中に混ざり込んだ深海棲艦は、世にも珍しい2人で1つの個体、『海峡夜棲姫』である。その姉の方だけが入ってしまった。戦艦棲姫改二と名乗っていたのは、妹がいないが故に北端上陸姫が名付けたそうだ。扶桑さんもそれを受け入れざるを得なかった。

そういう経緯から、もう1人の妹には絶対に会うことが出来ない。それも世界を恨む理由の1つになっている。

 

「私を愛してくれるのは2人の妹だけ……その片方には絶対に会えない……ならこんな世界要らないのよ……。山城だけじゃ足りないの……私を愛してくれる妹は2人必要なの……」

「……それで私が……」

「貴女は私を愛してくれるのよね……? なら……妹になってちょうだい……その服も妹のものなの……」

 

そうか、2人の妹さえいれば、扶桑さんは心の支柱が出来上がって安定するのか。私が妹になってあげれば、恨み辛みが緩和されて仲間になってくれる可能性がある。これは春風と少し似たタイプの精神。

 

「貴女には……中身はそのまま外見だけ変わってもらいたかった……私の攻撃を避けるだけの行動予測ができたんだもの……可能だと思っていたわ……。そしたら、予想通り貴女は耐えてくれた……だから、貴女の意思で、私の妹になって……」

 

ただ妹が2人欲しいだけなら、あの場で投降するだけで良かった。だが、わざわざ私をここに連れてきたのは、この姿に私を変えたかったというのが大きいのだろう。より妹に近い姿に変えたかったのだ。

私にも姉妹がいる。霞や大潮の存在を知っているのに、絶対に会えないと言われたら同じように憎しみを持つかもしれない。こうした世界を恨むかもしれない。そう考えると、扶桑さんの気持ちは痛いほどわかった。救ってあげたいと、心から思った。

 

だから、私は……扶桑さんを受け入れることにした。

 

「……わかりました……扶桑()()。貴女がそれで満たされるなら、私は姉様の妹になりましょう」

「本当に……?」

「はい。私は貴女を利用しようとも思っていません。仲良くなれるなら仲良くしたいんです。扶桑姉様は艦娘でもあるんですから」

 

涙目で満面の笑みになった扶桑さん、いや、扶桑姉様。これが混ざり込んだ深海棲艦を満たす、たった1つの手段だったのだ。浄化される条件が揃ったのも同然。恨み辛みが無くなった、本当に綺麗な顔をしていた。

 

「ありがとう……朝潮……。満たされる……満たされるわ……。貴女の愛が心に染み渡るよう……」

 

力強く抱きしめられた。私達を皆殺しに来た時とはまるで違った。司令官の言う通り、扶桑さんは割り切れてなかったのだ。

私の存在で少しでも艦娘に傾いてくれたのなら、選択は間違いではなかったと思える。

 

 

 

私はまだ洗脳されているフリをする必要がある。着替えたことでより染まったと誤認させるため、扶桑姉様と手を繋いで漣さんにたちの下へと向かった。

今は扶桑姉様も協力者だ。扶桑姉様が一番満たされるのは、2人の妹に愛されること。私と共に鎮守府に行き、山城さんとも和解できれば、めでたく全てが満たされる。扶桑姉様はその案を受け入れてくれた。もう憎しみは無い。

話しているうちに、扶桑姉様も本心を叩きつけてくるような人であることがわかった。私が妹となってからは、嘘は一切無くなっている。観察力にだけは自信がある。この人は嘘をついていない。

 

「朝潮、扶桑さんの妹になっちゃった?」

「はい、私は扶桑姉様の妹として、ここに属することとなりました」

「2人合わせて……海峡夜棲姫として扱ってちょうだいね……」

 

私は長女なので、実は姉の存在というのも憧れてはいた。

 

「さっきお姫様来たよ。救出作戦の迎撃、多分明日の午前中だって」

「そうですか。メンバーは?」

「ボクと潮と朝潮。扶桑さんは自由だってさ。朝潮に入れ込んでるなら好きにさせろって」

 

好都合だ。皐月さんと潮さんを救出しつつ、この場から扶桑姉様と一緒に離脱できるチャンス。

 

「扶桑姉様、どうしますか?」

「私は……朝潮と一緒に行きたいわ……」

「なら決まりだね。扶桑さんも出るんだから、明日はあいつらの命日になるでしょ」

 

ニコニコしながらとんでもないことを口走るが、これも明日までだ。どうにか騙し切り、明日を迎える。必ず抜け出してみせる。




忠犬&狂犬な妹分:春風
思い込みの激しい従者:瑞穂
妹依存の破壊神な姉:扶桑 ←NEW!!


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支配からの脱却

何事もなく翌日を迎えることができた。

基本的には扶桑姉様と一緒に行動することで、海峡夜棲姫として洗脳されている(てい)を取り繕っていた。深海艦娘といえども陣地内を容易に歩くことも出来ず、外に出るか与えられた部屋でただジッとしてるしか無かったので、関わり合いを極力減らすことが出来た。

 

「私の艦載機が奴らの存在を感知したわ」

 

迎撃するとのことで陣地の外に呼び出された私、朝潮。私の前で作戦を話すのは離島棲姫。北端上陸姫は未だに篭っているらしい。その声もまともに聞こえるようになっている。

話を聞く限り、艦載機のスペックが異常に高く、私の索敵範囲に入ることなくこちらの部隊を確認できるほどだ。それならこちらに合わせて出撃させる部隊を決めることはできる。

 

「こちら側についた朝潮を見て、奴らはどう思うかしら」

「絶望するでしょうね。どんな顔をするか楽しみですよ」

「朝潮も染まったねぇ。ボクも楽しみだよ。特に霞がどんな顔するかな」

 

私と一緒に出撃するということで、皐月さんと潮さんも準備万端。潮さんは深海の魚雷と爆雷を、皐月さんは深海の高角砲を装備させられ、刀が深海棲艦らしく変化している。私も深海の高角砲の他に、艦載機のスペックが底上げされていた。攻撃できない欠陥(バグ)のおかげか、私が発生させられる艦載機は潮さんよりもさらに多い6つ。もう駆逐艦のスペックから完全に逸脱している。

 

「貴女の力、期待しているわ。水母よりも強力な行動予測ができるのだもの。その力、存分に使いなさい」

「ええ、お任せください」

 

表情を崩さず応える。この一晩で、私は臆面もなく嘘を付けるようになった。もしかしたらこれも深海艦娘化の影響かもしれない。本質は洗脳されずに済んだが、ところどころは侵食されているのかも。それもこの鎖が取れれば終わりだ。

 

「本当に心強いよ。頑張ろうね朝潮ちゃん。あ、でも吹雪ちゃんは私がやるから。敷波お姉ちゃんもね」

「姉妹艦は自分でやりたいですか?」

「勿論。一番絶望してくれるだろうし、手加減もしてくるだろうから楽だよね」

 

潮さんの変貌が一番心に来る。早く解放してあげなくては。

 

「お供に戦艦水鬼と空母棲姫をつけてあげる。これで奴らを沈めてきなさい」

「りょーかい! やっと天さんと決着つけられるかな。ぶった切ってやるんだから」

「あの減らず口を叩けなくしてあげなくちゃ」

 

ようやく出撃。ここまでバレずに済んだ。もう少しだ。

 

 

 

赤い海の境界に近付き、私の電探にも反応が入る。12人。私が抜けた穴もちゃんと埋めている。能力からして青葉さんだろう。

当初に考えていた部隊から少し変わっている。私が攫われてしまったことで、無理言って戦場に来た春風と瑞穂さんの反応が見つかった。あの子達には悪いことをした。後で謝らなくちゃ。

 

「朝潮、ちょっと下がってて。朝潮の登場は演出した方がいいよ」

「霞ちゃんいるもんね。ふふ、どんな顔するかな」

 

第一部隊、救出部隊は吹雪さん、敷波さん、霞、春風、瑞穂さん、天龍さん。

第二部隊、随伴処理部隊は山城さん、ビスマルクさん、北上さん、大井さん、長良さん、青葉さん。

龍田さんとウォースパイトさんが一歩引いたようだ。龍田さんは因縁のあった叢雲さんを救出できているし、ウォースパイトさんは盾役をする必要がない。

 

「山城は……いるわね」

「扶桑姉様、できれば一緒に下がってください」

「ええ……わかってるわ。私達は……2人で1つの海峡夜棲姫……共に行動するわ」

 

山城さんとは戦闘することになるだろう。だが、扶桑姉様からしたらもう殺し合いではない。山城さんならそれを察してくれるはず。

 

「来たね! 旗艦は誰? 霞?」

「そうよ。朝潮姉さんはどうしたのよ!」

 

会敵した。向こうの旗艦は霞。私のためにそこまで身体を張ってくれた。大丈夫、すぐにそちらに戻る。だがタイミングが難しい。ただでさえ鎖のせいで行動予測が制限されているのだ。考えて立ち回らないと、隣に立つ戦艦水鬼が突然撃ってきてもおかしくない。

 

「朝潮を救いに来たんだよね。じゃあ会わせてあげるよ! 朝潮、来て!」

 

霞には悪いが、なるべく疑いが向かないように、演出しながら前に。私の身体が深海艦娘になってしまっているのは疑いようのない事実だ。これはもう治せない。敵意は無いが、なるべく敵であると思われるように霞を見据える。

 

「嘘……姉さん……」

「霞、私はもう戻れないわ。攫われたのだから、こうなっていてもおかしくないでしょう」

 

春風と瑞穂さんも、私の姿を見て絶望した表情になった。首には鎖も繋がっている。誰がどう見ても、今の私は洗脳された状態。されていないことを知っているのは、私と扶桑姉様のみ。

 

「私は……扶桑姉様と2人で1つの深海棲艦、海峡夜棲姫。覚悟……できてるわね?」

「姉さん……絶対に助けるから!」

 

霞が随伴を雷撃することで開戦。戦艦水鬼はビスマルクさんと青葉さんが、空母棲姫は北上さんと大井さんが対処するようだ。問題は長良さん。紙装甲で何をしてくるのかが気になる。

 

「扶桑姉様、山城さんを引きつけてください。私は霞達を」

「ええ、勿論……2人で戦いましょう……」

 

手を払い、艦載機を発生させる。深海艦娘となって、教えられていないのにこれだけはすぐにできた。攻撃できない私が手に入れた、新しい攻撃の手段。爆撃も射撃もでき、直接ぶつけることもできる。それは全て、私のコントロール下だ。電さんが難しいと言っていたが、なるほど、全てを並列思考で操るわけだ。これは数が増えれば増えるほど難しい。

 

「悪いわね霞。ここで……死んでもらうわ」

 

艦載機を直接ぶつけるために飛ばす。だが、手加減は当然している。

 

「本当に敵になっちゃったの!?」

「見ればわかるでしょう。まだ躊躇うの? おめでたいわね。鎖を破壊しない限り、私は貴女を襲い続けるわ」

 

射撃と爆撃も合わせて、小さく、小さくダメージを与えていく。他から見れば嬲っているように見えるだろう。手加減とはわからないはずだ。

 

「御姉様! わたくしが御姉様を止める!」

「瑞穂もお手伝いいたします。朝潮様を救いましょう」

 

あちら側に倒れた春風の声がはっきり聞こえるのは、この身体になって良かったと思えるところではある。いつものまま荒くなっているのだと実感できた。あちら側も春風とわかる。

 

「3人でも変わらないわ。それに……さっき言ったわよね。私は、扶桑姉様と2人で1つの深海棲艦だって」

「何よそれ! 何よ姉様って!」

「こういうことよ」

 

ゆっくりと扶桑姉様のところに近付いていた。タイミングを見計らって、扶桑姉様と選手交代。私が山城さんを、扶桑姉様が霞達を相手する。私と戦っているはずが、突如最悪な相手に切り替わって動揺を隠せないでいる。

こちらはこちらで山城さんと相対した。既に目から闘争の意思はない。戦いながら、扶桑姉様から聞いていたようだ。さすが姉妹、しっかり通じている。

 

「さすがアンタだわ。鎖で洗脳されてないとかどうなってんのよ」

「今までの訓練の成果みたいですね」

 

艦載機で山城さんを攻撃しつつ、頃合いを見計らうだけの状態に。私も山城さんも、戦場の真ん中だというのにお遊びだ。

 

「まだ鎖は繋がっているの?」

「はい、そのせいで行動予測が出来ません。そろそろ破壊します」

 

その時を判断するために、周囲の戦況を確認。一番気になるのは、やはり長良さん。

 

「どっちやる?」

「うちの妹! 長良さん動き止めて!」

「あいよー!」

 

ほんの少しダメージを受けるだけで大破する長良さん、恐ろしいことに敵の深海棲艦を足場にして、飛び移りながらまっすぐ潮さんの下へと向かっている。どれだけ敵がいようとも、関係なしに直進。その間に攻撃されているのに、それすらもヒラリヒラリと避けていく。

行動予測と身体能力の合わせ技だ。海上を駆けているときよりも速いまである。大群であればあるほど、あの技はさらに効果を発揮するだろう。

 

「ほい見つけた! 潮ちゃん、覚悟!」

「紙装甲の長良さんが何をするっていうんです! 少し掠るだけで終わりでしょう!」

「その前にそんなことできないようにしてあげるよ!」

 

主砲を突きつけた。が、潮さんは悪い顔をして鎖の前に立ち塞がる。

 

「馬鹿ですか? 私は殺せないんでしょう?」

「殺さないよ」

 

御構い無しに撃った。ということは、あれは水鉄砲だろう。私はそこまでは立案している。しかし、隙を作った後に鎖を破壊する人は周りにいない。長良さんだけでは難しいはずだが。

 

「へぶっ!?」

「お久しぶりの、スウェーデンの缶詰ペイント弾!」

 

顔面直撃。嫌な記憶が蘇った。

私は水鉄砲と言ったが、そこまでやっているとは。

 

「あぁああああっ!? 臭い!? 眼が痛い!?」

「プラス! 催涙弾のスペシャルミックス! もう眼は開けられないでしょ」

 

あれは地獄だ。この場には消臭剤すらない。事が済むまであの臭いに苛まれることになる。それに加え目潰しまで入ってしまった。潮さんはもう当たり散らすように魚雷を放つしかできない。

 

「はい撤収撤収! あとはお姉ちゃんの意地、見せてやって!」

 

それだけやって、長良さんはまた敵を足場に移動。あんなことできるの、長良さんだけだろう。白兵戦をしない艦娘の中でも、屈指の体育会系。トレーニングも欠かさず、私達の訓練の教官もし、さらには夜間部隊にも参加しているのだ。それだけやって一度たりとも怪我がないのだから、極まっている。

 

「潮はもういいわね。皐月は……天龍と1対1(タイマン)か。青葉ビス子組と雷巡組が不安ね。朝潮、頃合いよ」

「そうですね。では、霞達にネタバラシです。扶桑姉様!」

 

霞達の相手をしてもらっていた扶桑姉様を呼ぶ。ここまで来たら、もう大丈夫だ。

 

「もういいのかしら……」

「はい。霞達は?」

「軽く揉んでおいたわ……貴女の妹は筋がいいわね……」

 

疲労困憊だが新しく傷は付いていない霞達。扶桑姉様も相当手加減している。ただただ鍛えてあげただけ。こんな戦場でやられても困るだろうが。

 

「では、行ってきます」

「ええ……行ってきなさい」

 

扶桑姉様に投げてもらい、霞達の中心に降り立つ。鎖の位置は気をつけて、誰にも触れさせないように。

 

「お疲れ様、霞。春風、鎖を破壊して」

「え、ええっ!?」

「私は最初から正気よ。艦載機はまだコントロールが難しくて鎖が破壊しづらいから、主砲で撃って」

「は、はい、御姉様がそう仰るなら」

 

春風に鎖を破壊してもらう。思考が一気にクリアになった。行動予測に使うための脳の容量が解放された気持ち良さ。むしろ前より冴え渡っていた。深海艦娘化によるスペックアップが効いている。

 

「ふぅ、やっと重荷が無くなったわ。敵の随伴を倒してしまいましょう」

「ね、姉さん? 本当に姉さん?」

「鎖は壊れてるでしょうに。身体は元に戻らないけど、ちゃんと私は朝潮よ。海峡夜棲姫っていうのも強ち間違いじゃないけど」

 

艦載機を使い、周囲の深海棲艦を一掃していく。少しずつだが使い方がわかってきた。これは難しいが便利だ。

 

「後から説明するわ。空母棲姫を撃破しましょう」

「皐月は?」

「天龍さんだけで充分。潮さんはもう終わり。扶桑姉様はこちらの味方。これでこっちの勝ち」

 

ビスマルクさんと青葉さんの方には山城さんと扶桑姉様が向かった。なら私は北上さんと大井さんに艦載機を送ろう。

 

「朝潮ぉ! 何やってんだよぉ!」

「最初からそちら側では無かったということですよ。本当に、面白いくらいに手のひらの上でした」

「くっそー! 撤退! 撤退!」

 

自分達がまだあちら側にいる方が得策だということを理解している。だが、もう逃がさない。

 

「オレに喧嘩売っといて、逃げられると思ってんのか? あ?」

「面倒臭いなぁ! いっつもいっつも余裕ぶってて! ボクは天さんのそういうところが大嫌いなんだよ!」

「今のお前に何言われても響かねえ」

 

たった一刀。パァンと、砲撃をしたかのような音。その一撃で、皐月さんの刀が砕かれていた。今まで本当に手加減していたということがわかる。

 

「なんだよ……これ……」

「お前、そっち側行って弱くなってるぞ。帰ってこい」

 

呆然としているところで後ろに回り込み、鎖を叩き斬った。

 

あとは潮さんだが、なんというか、物凄く不憫。水鉄砲作戦が見事に上手くいき、海水で顔を洗っている。ペイント弾は海水でも落ちるくらいだが、臭いだけはどうにもならない。

 

「ああもう! ああもう!」

「あ、あはは……悪いね潮。実験台みたいにして」

 

敷波さんが鎖を撃ち抜いて終了。正気に戻ったところを見計らって、吹雪さんが懐に隠し持っていた消臭剤を使ってやる。気休めにしかならないが、無いよりマシ。

 

「空母棲姫終了ー、はいお疲れー」

「戦艦水鬼終わったわ。まさか扶桑が手助けしてくれるとはね」

 

任務完了。全員の救出と、深海棲艦の全滅が確認できた。

 

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

謝りながら頭を抱える潮さん。今までの言動を省みて、罪悪感でいっぱいな様子。それはそうだろう。本人には聞かれていないが、吹雪さんへの陰口をどれだけ言ったことか。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

同じように皐月さんも天龍さんに土下座するようにうつ伏せに。たった今も悪態をついたので、申し訳なさで押し潰されそうになっている。

 

「あの2人は……まぁ仕方ないですかね。時間をかけてケアしましょう」

「姉さん、本当に大丈夫だったの? いや大丈夫じゃないか……綺麗な黒髪だったのに……」

「これはもう仕方ないわ。治せる手段が見つかればいいんだけどね」

 

髪を撫でる。やはり前より髪質が良くなっているような気がした。深海棲艦すごい。

 

「……朝潮……本当に私が行っていいのかしら……」

「扶桑姉様、大丈夫です。司令官はわかってくれる人ですから」

「……そう……何かあったら……鎮守府を破壊するわね……皆殺しにするわ……」

「物騒なことは言わないでください」

 

深海棲艦の思考は混ざり込んでしまっているのだから、まだ事あるごとに物騒な言動はあるかもしれない。だが、私と山城さんがいれば満たされるはずだ。私は後付けだが、いてほしい2人の妹が揃ったのだから。

とはいえまだ部隊の皆は一歩引いて見ている。当然だ。昨日鎮守府をめちゃくちゃにした最大の脅威が仲間になったと言われても簡単には信用はできない。

 

「覚悟したはずなのにいつも折れてたわ……。でも、姉様がこちらに来てくれて本当に良かった。殺したくないもの。殺されたくないもの」

「山城……朝潮のおかげで私は満たされたわ……妹が2人……やっと揃ったの……私の望むもの……」

「まさか朝潮が妹になるなんてね。朝潮、アンタは今後は名誉扶桑型よ。扶桑姉様のこと、愛してあげてよ」

 

当然だ。私は司令官と同じように仲間全員を愛する。扶桑姉様も仲間なのだから、例外には含まれない。それに、心の底から妹としてみてくれているのだ。私も姉として見るのが必然だ。

 

「この件についてはじっくり聞くから。長女に姉が出来るとかどういうことよ。私と大潮姉さんはどうすればいいわけ」

「霞は私の妹。私は扶桑姉様の妹。なら、霞は扶桑姉様の妹よね?」

「おかしいったら!」

 

ここはなんとか説明しよう。北端上陸姫撃破の最大の難関が突破出来たのだ。今はそれでいい。




実は当初、朝潮完堕ちルートも考えてはいました。皐月達と同じように嬉々として霞を嬲り殺そうとし、救出後に罪悪感に苛まれるというキツイルートだったのですが、朝潮を救出できるプランが全く想像付かず、なんだかんだ今の形に。敵に回ったら扶桑より厄介。完全にバッドエンド。


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侵食の代償

鎮守府に帰投。変わり果てた私、朝潮の姿に鎮守府一同騒然。特に司令官は、私が攫われたことを一番気に病んでいたので、戻ってきた喜びと変わり果てた驚きが綯い交ぜになって訳の分からないことになっていた。

その後ろの扶桑姉様の姿でさらに騒然。手酷くやられた人も多く、怯え続けるヒメさんと今にも噛み付きそうなレキさんを宥めるのが大変だった。

 

「つまり、朝潮君がもう1人の妹となることで、深海棲艦の未練が消える、ということか」

「朝潮は私の妹になってくれると……愛してくれると言ってくれたの……。ここには山城もいるから……ここが一番満たされるわ……こんな世界なら……滅ぼさなくてもいいわね……」

 

昨日とは打って変わってスッキリした表情の扶桑姉様。司令官も緊張感無く話を進めている。

 

「そうか。なら、私達に協力をしてくれるのかな」

「私の愛する妹達がそれを望むなら……少しばかりは協力するわ……。ごめんなさいね……まだ人間は好きになれないの……」

 

正式な配属というわけにはまだ行かないが、一旦この鎮守府に身を寄せることとなった。北端上陸姫の改造を受けているのなら、身体に何か仕込まれていてもおかしくない。今日1日は精密検査に使われるだろう。

 

「姉様、部屋は私と相部屋でよろしいですか」

「山城と一緒なら……大丈夫よ」

 

たまに私もお邪魔することで合意が取れた。扶桑姉様は妹によるサンドイッチがご所望の様子。どちらかといえば私が挟まれそうな感じではあるが。

 

「後は君達だが……」

 

並べられる私、皐月さん、潮さん。首輪は癒着していなかったため簡単に外れた。小型艤装が植え付けられているわけでは無かったので、あの地獄の痛みを味わうこともなくて安心。

 

「よく帰ってきてくれた。私がどれだけ心配したか……だが、怪我もなく、姿が変わった程度で済んで本当に良かった」

「し゛れ゛い゛か゛ん゛〜〜〜!」

 

皐月さんが泣きながら抱きついた。潮さんもぼろぼろ泣き始めてしまう。洗脳されてたとはいえ司令官を敵だと思っていたことは拭えない。本気でこの鎮守府の艦娘を殺そうとした感情も残り続ける。罪悪感がずっと付きまとい、消えることのないトラウマになってしまった。

 

「トラウマは簡単には取れないんだ。今はゆっくり休みなさい」

「う゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜! ご゛め゛ん゛な゛さ゛い゛〜〜〜!」

 

これは立ち直るのに時間がかかりそうだ。

 

「朝潮君は鎖を接続されても問題無かったと聞いたが」

「外見は結構大きな問題ですが、洗脳はされませんでした。今までの訓練のおかげで、脳の容量が大幅に拡張されていたおかげみたいです」

「そんな逃げ道があったとは……。さすがに朝潮君にしか出来ない裏ワザだろうね」

 

私は例外中の例外。私じゃなければ全員洗脳されている。

これにより、あちら側からすれば、見かけたら集中攻撃してでも殺さなくてはいけない対象になった。内部に潜り込み、洗脳されたフリをして掻き回し、結果的に2人の深海艦娘と扶桑姉様を失う結果を作ったのだ。

 

「今後は集中攻撃されるでしょうね。私は目障りでしょうし」

「君も深海艦娘となってしまった。基本通り、あの戦場には出したくないんだが」

 

これは言われると思っていた。

深海艦娘を北の戦場に出さない理由は、あの鎖に触れてしまった時に即座に敵側に倒れてしまうからだ。深海棲艦関係者全てが該当するわけで、私もその該当者になってしまった。

だが、私は鎖を直に掴んでも洗脳されないことが保証された。丸一日の間鎖に繋がれていても洗脳されていないのだ。これはむしろ好都合。残り3人の鎖を私が掴んで破壊のサポートをすることだってできる。

 

「出ますよ。私は洗脳されないことが実証されましたから。今後も皆をサポートします」

「君はそう言うと思っていたよ。だが無理だけはしないでほしい。鎖は触れないというスタンスを守るんだよ」

「了解です。本当に万が一の時だけにします」

 

触らないなら触らない方がいいだろう。私のような超例外が見えてしまったのだから、鎖の効果を強化している場合がある。今度こそやられる可能性だってあり得るのだ。

 

 

 

扶桑姉様は精密検査に。山城さんがその付き添いとしてずっと付くことになった。私も付いていった方がいいかと思ったのだが、山城さん1人が付くだけである程度安定していたので2人で行くとのこと。

今後の戦闘では、また以前と同じ形に戻すそうだ。扶桑姉様という乱入した時点で敗北が確定するようなイレギュラーがいなくなったため、緊急時でない限り、素手の山城さんは北の戦場には出ないこととなる。そのため、山城さんは基本的に扶桑姉様と共に行動をする。安定するようならまたいろいろ考える方向。

 

そして私はというと

 

「朝潮様。瑞穂、大変心配しておりました。生きて帰ってきていただけて、瑞穂はとても嬉しいです。ですが、朝潮様を守ることが出来ず、あまつさえ攫われてしまうだなんて。瑞穂の罪はまた増えてしまいました。瑞穂は朝潮様を命に代えても守らなくてはいけない存在なのに、結果的に朝潮様は攫われて、身体を書き換えられただなんて。瑞穂はこの罪をどうすれば償えるのでしょうか。これは死を以って償うべき大失態です。朝潮様、瑞穂はもう、もう……やはり腹を切るしか」

「大丈夫、大丈夫ですから。あの時守ってくれたのは本当に感謝してますから」

 

まず瑞穂さんから思いの丈をさんざんぶつけられ、

 

「御姉様、ご無事で何より……いえ、ご無事ではありませんね。変わり果てたお姿で……わたくしがもっと強ければ……」

「大丈夫よ。これは春風のせいじゃないわ」

 

春風に泣きつかれ、

 

「もう離さないぞ。アサ姉ちゃんはレキがずっと守るからな」

「レキさん、落ち着いて、ね? これだと逆に動きづらくて危ないですから」

 

レキさんが抱きついて離れなくなった。レキさんの声もハッキリと聞こえるようになったのは嬉しかった。

 

「霞、助けて」

「一回反省しなさい。私達は戦場で騙されてるんだから」

「敵を欺くにはまず味方からって言うでしょ。ちゃんと手加減したんだから」

「そういう問題じゃないの!」

 

演出とはいえ、霞には悪いことをしたとは思っている。ただ、あれくらいしないと計画が瓦解する可能性もあった。最高の状態で時間を稼ぐなら、あれが一番だと私は判断した。

 

「お姉さん、霞は昨日一睡もしてないんですよ」

「大潮姉さん、それはできれば言わないで」

「お姉さんが心配で心配で、自分のせいで攫われたってずっと泣いてたんです。物にも当たっちゃって、荒れてました。攫われたのはお姉さんのせいじゃないですけど、騙すのはちょっと良くないです。サゲサゲです」

 

いつも元気いっぱいな大潮に淡々と説教されるとなかなかに堪える。罪悪感でいっぱいになる。

大潮もあまり態度には出していなかったが、相当鬱憤が溜まっていた。目の前で私が攫われたのは霞と同じ。身体のせいで救出任務に出ることも出来ず、悶々と鎮守府で待つしか無かった。霞を一晩見て、私の事も考え続けてくれたのだろう。よく見るとクマも出来ていた。大潮も殆ど寝ていない。

 

「だから、しばらくはみんなに付き合ってくださいね! 大潮は添い寝を希望です! 刺さっても文句言わないでください!」

「今後は私も刺さる可能性があるんだけど……」

「お姉さんの角、ご立派ですもんね! 大潮のより太くて長いです!」

 

騙していた罰として、妹達の言うことを聞けとのこと。それくらいなら大丈夫か。心配をかけたのは間違いないし、騙したのも本当のこと。それくらいの償いは必要かもしれない。

 

「大潮さんズルイです。わたくしも添い寝希望です」

「大潮様は比較的近い位置でご就寝されていますよね。別室の我々に譲っていただけると幸いです。瑞穂も先日逃した添い寝の権利を頂きたく存じます。あ、ですが瑞穂は罪を……死を以って償うべき大罪を犯してしまった身……瑞穂は一番最後で結構です。お側に置いていただけるだけでも喜ばねばならないのに、欲が、欲が溢れるのです。瑞穂はどうすれば……」

「レキも! レキもアサ姉ちゃんと一緒に寝る!」

 

添い寝大人気。この程度で許してもらえるならいくらでもしていいのだが、逆に、この程度で本当にいいのか不安になる。もっと重いペナルティでも私は構わない。むしろ霞がだんまりなのが怖い。

 

「ちょっと、ちょっと待って。その、ね、まずは一番心配をかけた霞のお願いを聞きたいわ」

「……朝潮姉さん、その前に言わないといけないことあるんじゃないの。鎮守府に帰ってこれたのよ?」

 

そうか、まだ言えてなかった。戦闘中にはそんな暇なかったし、帰投中も扶桑姉様のことで全員いっぱいいっぱいだった。ここに帰った直後もそのまま司令官に報告、扶桑姉様の検査の調整とバタバタしていた。

 

「ただいま、霞」

「お帰り……朝潮姉さん……」

 

肩を震わせる霞。たった1日離れていただけだが、その間私は敵地にいた。大丈夫ではあったが洗脳される危機もあり、一生会えなくなる可能性だってあった。霞のストレスは想像を絶するものだったかもしれない。

 

「うわああんっ! 帰ってきて良かったよぉ!」

「ごめんね霞……心配かけたわ」

 

人目も気にせず大泣きしてしまった。張り詰めていたものが切れたのだろう。幸いここにいるのは全員私の関係者。霞のこともよく知る人達だけだ。

本当に心配をかけてしまった。これからも心配をかけてしまうだろう。せめてこれ以上にはならないようにしなくては。

 

 

 

「まさか朝潮が仲間入りするとはなぁ」

「私も昨日までは予想してませんでした」

 

霞が泣き疲れて眠ってしまったため、霞は瑞穂さんに任せ、今度は深雪さんが発足した深海艦娘の会に大潮と一緒に顔を出す。救出したメンバーは全員ここに属しており、ただただのんびりするだけという集まり。

深雪さん以外は全員、私達に牙を剥いた罪悪感が残ったままだ。それを少しでも癒そうとした結果、こういう集まりを作るに至った。白時雨さん曰く『傷の舐め合い』だが、癒されるなら何をやってもいいと思う。

 

「つーか変わりすぎじゃね? 大潮みたいに黒くなるだけと思ってたんだけど」

「これは扶桑姉様の妹さんの服でして」

 

深雪さんに言われて改めて自分の現状を確認するが、私はもう朝潮型駆逐艦朝潮の原型が1つも残っていない状態。色も違えば髪型も服も違う。判断できる材料がない。初めて私を見る人は、私が何者かわからないのではないだろうか。

 

「今の私は朝潮型駆逐艦であり、名誉扶桑型であり、海峡夜棲姫である深海艦娘です。自分で言ってて意味わからないですね」

「属性盛ったなぁ」

 

で、私が何故ここに来たかというと、私も今後は属するというのと、もう一つ。皐月さんと潮さんのこと。

今もどんよりと落ち込んだ空気を出している。敵対したというのは発足者の深雪さん以外のメンバー共通なのだが、最初ここにいて仲間として戦っていたのに敵対したというのは2人しかいない。私は演技だったわけだし。

 

「司令官に顔向けできない……」

「死んでしまいたい……」

 

この2人が向こうで何を言っていたかを知っているのは、今のところ私だけだ。なるべく触れない方がいいだろう。2人の名誉のために。

 

「皐月ちゃん、潮ちゃん、大丈夫なのです。電も深雪ちゃんのことさんざん(なじ)ったのです」

「私も白露姉さんのこと罵ったし、白しぐ姉さん殺そうとしたよ?」

「大潮もお姉さんの悪口言いました! みんな同じです!」

 

慰め方がネガティブなのも、この会の特徴。自虐ネタが多すぎて聞いていると辛いところもある。共感しづらい私と深雪さんは苦笑するしかない。

 

「私はもう龍田さんの顔まともに見られないわ……。夢に出るのよ。首の艤装剥がされた時のこと」

「そっか、叢雲は戦闘中に修復材無しなんだっけ。僕らはまだ幸せな方だよ」

「髪も切られて、ここに来るまで傷口塞がらないから痛みも引かなかったわね。海水と潮風が沁みる沁みる」

 

聞いてるだけでも血の気が引く会話である。現場にいた私もあれは酷いと思った。その時に皐月さんと潮さんが奪われたので、なかなか触れられなかったというのも辛い。叢雲さんはもしかしたらこの中で一番不憫かもしれない。

 

「なんか叢雲の話聞いてると元気出てくる……」

「叢雲ちゃんが不憫すぎて……」

「そういう同情しないでくれる!? アンタ達がこっち側来た時にひっそり助けられてるのよ私は!」

 

ある程度笑い話に出来ているのならまだマシな方。割り切っているからここでもやっていける。龍田さんに対する苦手意識はずっと残り続けるだろうが。

 

「朝潮は向こうでも皐月と潮とも話をしてるんだよね?」

「それはまぁ、最後の部隊は一緒でしたし。私が深海艦娘になる時に嬉々として眺めていたのがこの2人ですから」

「僕達は戦場に出られないからさ、この2人がどれだけ変わってたのかわからないんだよね。結構興味あるんだよ。教えてもらえないかな」

 

潮さんがものすごいスピードで詰め寄ってきた。目が『話すな』と語っている。皐月さんもじっとこちらを見つめてきた。潮さんと同じような視線。『余計なことを言うな』という感情が見える。

 

「弱みを握ったようで申し訳ないですね。2人の名誉のために、秘密にしておきます」

「残念。僕の酷いところは皐月に見られてるからさ。知っておきたかったんだけど」

「白い方はホント遠慮ないなぁ! ボクのことは言っちゃダメだよ朝潮!」

 

少しだけ元気になったように見えた。さすが先達者。気持ちの切り替えさせ方も先に知ってる分的確。

 

「とにかく、気にしない方がいいよ。全部敵のせいなんだからね。僕なんて僕自身を罵ったんだよ? 誰にも被害がない代わりに、僕自身がただただ自己嫌悪に陥るだけって、何の罰ゲームかな」

「でも復帰も早かったですよね。自分の事だからか」

「割り切れるからね。もし僕が白露や夕立を罵ってたら、ここまで早くなかったと思うよ」

 

私も同じようになってしまったものの、あちら側に意識が行かなくて本当に良かったと思う。私もしっかり洗脳されていたとしたら、霞や春風のことを有る事無い事言って罵っていただろう。立ち直れていたかわからない。

私は本当に運が良かったのだ。今までの訓練が功を奏したのだって運が良かっただけ。今考えるとヒヤヒヤする。霞があそこまで心配するのも当然だ。

 

「気休めにしかなりませんが、今は癒されてください。紅茶でも淹れますよ。私、金剛さんに淹れ方教わったんです」

「えっ、金剛さんの紅茶とかめっちゃ美味いヤツじゃん! すげぇな朝潮、多芸すぎる」

「山城さんも教わってましたよ。司令官に淹れてあげたんですかね」

 

まだまだ立ち直るまでには時間がかかるだろうが、これで少しでも気が休まればいい。私が出来ることなんて、あちらでの事を何も言わないでおく事と、紅茶を淹れてあげる事くらいだ。

 




大潮だって、朝潮型10人姉妹の2番目。霞の面倒は見るし、霞からも慕われています。が、朝潮ほどではないのは、長女と次女の違いというよりは、日頃のテンションの差。大潮が真面目になると、途端に皆がいうこと聞き出す。


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欠如した感情

「朝潮、ちょっといい?」

 

深海艦娘の会から離れたところで山城さんに呼び出された。少し切迫した顔からして、扶桑姉様のことについてだろう。もう外も薄暗い。精密検査も全て終わり、結果が出たということか。

 

「扶桑姉様のことですか?」

「ええ。ちょっとまずい結果が出たわ」

 

山城さんに連れられて工廠に入った。ちょうど扶桑姉様は身なりを整えた後で、明石さんとセキさんが神妙な顔で結果を眺めている。

 

「朝潮……来てくれたのね……」

「姉様の検査の結果が出たと聞きましたので」

「ええ……私の身体……少し問題があるみたいね……」

 

精密検査の結果でわかったのは、扶桑姉様は北端上陸姫攻略には参加できないということ。

 

扶桑姉様は北端上陸姫による改造を施され、今の力を得た。山城さん以上の膂力と、同等の技能。素手で砲弾を弾き飛ばし、蹴ることで艤装を破壊できるほどの力だ。扶桑姉様自身が艤装そのものと言っても過言ではない。

ただし、北端上陸姫は保険もかけていた。扶桑姉様の精神状態は当然知っている。見つからない妹が万が一代替出来たら裏切ると、最初から想定していた。

 

「裏切った時点で、赤い海に入れなくされてますね」

「赤い海に入った瞬間、脚部艤装が崩壊する。自分の陣地に戻れなくしているな」

 

セキさんが見立てたのだから間違いない。深海棲艦にはそういう技術もあるようだ。私もあの場で改造を施されていたら、今後近付く事すら出来なくなっていた。

深海艦娘の皆にはされていなかった辺り、警戒されているのは扶桑姉様だけということだろう。これだけ強力な力を手に入れているのだから、敵に回った時のこともちゃんと考えていると。

 

「それは治せないの?」

「無理だ。すでにシステムは()()している。手の施しようがない」

「極端な話ですが、脚を切断しても無理ですね。ある意味欠陥(バグ)の上乗せですよこれ」

 

過剰防衛にも思えるが、それだけ警戒されているということ。

私達も結局、最後まで扶桑姉様には勝てないで終わったのだ。よく行って山城さんの引き分け。一度脚を折るところまでは行ったが、それでも勝てなかった。

 

「それくらいなら問題ないわ……この子達と一緒にいることに支障が無いもの……」

 

狂気の宿った瞳で微笑む。妹のことになると途端にこの瞳になる。

 

「そうですね。朝潮は戦闘に出ることが多いですが、その時は私がお側にいますので」

「山城さんがいないときは私が側にいます」

「帰ってこなかったら……この鎮守府は無くなっていると思ってちょうだいね……皆殺しよ……?」

 

相変わらず物騒ではあるが、扶桑姉様の思考がどういうものかは大体理解した。妹がいない世界は滅ぼしてもいいと簡単に言える完全妹主義。2人の妹以外の愛はいらず、2人の妹以外を愛さない。世界がそれだけでできている。1つでも欠けたらこの世界は必要なくなってしまう。

この鎮守府も、私と山城さんがいるから残しているだけと断言した。精密検査も私達がお願いしたから受けているだけだ。

 

「2人で姉様から離れることはありませんから。司令官もわかっています」

「あの人はよく気がつくわね……とてもいい人だわ……私が初めて負けた人……確か山城の旦那様だったわね……」

「朝潮の旦那でもありますよ。彼も分け隔てない愛を持っていますから。姉様のことも愛しています」

 

自分を愛してくれている想定外の人物が現れて思考が停止した。自分を愛してくれる人は妹しかいないと思い込んでいる節があるとは思っていたが、ここまで世界が見えていないとは。

これをキッカケに、鎮守府に馴染んでくれると私としては嬉しい。

 

 

 

もう夜になってしまったため、扶桑姉様も解放された。赤い海に入れない以外は至って普通な半深海棲艦だった。普通な半深海棲艦というのがそもそもおかしいのだが、春風という前例があるのはとても大きい。調査の早さが違う。

 

「これがお風呂……生まれて初めて……」

 

扶桑姉様は生まれて初めてのお風呂。ヒメさんがここで初めてお風呂に入った時のように、ダルンダルンに蕩けきっていた。戦闘中は愚か、ここに来て妹に囲まれた最高の環境でも見せたことのない表情である。

 

「ずっとあの陣地で暮らしてたんですよね。食事とかも初めてでしたか」

「そうね……あそこでは()()()()()()()感じね……」

 

私も一晩暮らしたが、お風呂が無いのは勿論のこと、食事すら無かった。あの陣地の上に立っていれば勝手にある程度回復する。空腹感を感じなかった。

扶桑姉様が言う通り、ただ生かされているというイメージ。手駒は消耗品という考え方なのだろう。それは貴重な深海艦娘であろうが、味方についた半深海棲艦であろうがスタンスを変えていない。

 

「姉様はそんな過酷な環境で生活していたのね……」

「どうせ最後は死ぬつもりだったもの……別にどうということはなかったわ……」

 

全て滅ぼした後に自分も死ぬと言っていた。どうせ死ぬのだからと、最初から自暴自棄になっていたように思える。不幸だし不憫だ。ここで幸せになってもらいたいと切に願う。

できることなら、私と山城さん以外も視野に入れてもらいたい。さっきの話で司令官に興味を持ったみたいだが、他の仲間達と仲良くできないものだろうか。確かに出会いは最悪だ。警護部隊組は何度も痛い目を見ている。瀕死にまで持っていかれた白時雨さんと、今でも怯えているヒメさんが難関か。

 

「あ」

 

たまたま入ってきた霞と目があった。途端に居づらくなる。

 

「霞様どうかされましたか?」

「あ、ああ……なるほど……」

 

続いて瑞穂さんと春風。話がややこしくなる3人と鉢合わせ。ここでちゃんと説明しておいた方がいいだろうし、扶桑姉様には霞達のことも視野に入れてもらいたい。

お風呂での裸の付き合いで仲良くなればいいのだが。扶桑姉様もここでは開放的だ。

 

「霞と……春風……」

「ええ、朝潮型の10番艦、霞よ」

 

やはり少し刺々しい霞。扶桑姉様のことはまだ信用できていない。春風も物凄く警戒している。

 

「水母棲姫は……結局朝潮の何なのかしら……」

「姉様、あの子は瑞穂です。水母棲姫は朝潮が沈めました」

「そう……そうだったわね……浄化されたんだったわね……」

 

瑞穂さんに関しては水母棲姫としてしか認識できていない。元々一緒に行動していたので記憶にはあるようだが、まったく興味が無かった様子。言われるがままに戦っていたし、撤退も自分の意思だったし。最後は見捨てる発言もしていたが、どうでもいいからさっさと捨てることが出来たと。

 

「瑞穂は……朝潮の何?」

「朝潮様の従者、部下、下僕、奴隷です」

「どんどん酷くなってません? 瑞穂さんは私の仲間です。なので、扶桑姉様の仲間ですよ」

 

私の仲間と聞いたことで、一応認識はされた様子。

 

「逆に聞きたいのですが、貴女は御姉様の何なのですか? 御姉様が姉と呼んでいるようですが、わたくしは納得いきません。ちゃんと理由を教えていただきたいです」

 

春風がついに声を荒げた。私が攫われ、戻ってきた時には姿も変わり、突然仇敵が姉になったとなれば驚くのも当然だ。それが今まで慕っていた姉同然の人なら尚更だろう。

扶桑姉様にも言っているが、私は仲間を分け隔てなく愛している。春風だって私の愛する妹分だ。

 

「貴女は……私と似たような子なのね……。私よりは浅く混ざっているのかしら……」

「それは後でいいので、今は貴女と御姉様の関係を教えてください。まだわたくし達は事情を聞いていません」

 

霞に大泣きされ、春風にも泣きつかれ、瑞穂さんには捲し立てられていたため、説明するタイミングを完全に逃していた。霞自身が説明を求めていたが、その霞が一番最初に泣き疲れてダウンしてしまったわけだし。

 

この場で簡単にだが扶桑姉様の境遇を話す。海峡夜棲姫という存在がどういうものかというのが重点。姉妹一緒にいたいという気持ちは、霞も春風も、私がいなくなったらという形で理解できた様子。私を妹として見たくなる気持ちは、春風には共感できるものだったようだ。

だが、ここから事態が一変する。

 

「朝潮は私を愛してくれると言ってくれたもの……私を満たしてくれるの……。だから私は朝潮を()()姿()()()()……妹になってもらったのよ……」

 

そうだった。私が深海艦娘にされたのは、攫われてあちらの手駒にされるとか以前に、扶桑さんが深海棲艦の妹欲しさにあちらの力を利用しただけにすぎなかったのだ。私は例外的にどうにかできたが、一歩間違えれば私もあちら側の深海艦娘と同じで、この鎮守府に反旗を翻していた。

 

「自分のために御姉様をこの姿に変えたと?」

「ええ……服もお着替えしてもらって……いるであろう妹に近付いてもらったわ……可愛い可愛い……私の妹よ……」

 

霞は絶句していた。敵の思惑ではなく、扶桑姉様の欲を満たすために、私は二度と元に戻れない今の姿に変えられたわけだ。

扶桑姉様は狂気に満ちていた。物分かりのいい白の深海棲艦とも、殺戮の限りを尽くす黒の深海棲艦とも違う、純粋な狂気で生きている。相反する思考のせめぎ合いで、悪い部分だけが残る形で壊れている。

 

「御姉様……お許しください」

「春風、何を」

「わたくしは()()が許せそうにありません。今すぐここで殺します。場所とか関係ありません。この場で死んで償ってもらわないと、この怒りは収まりません。自分の欲望のために、よりによって御姉様に手をかけるだなんて……」

 

湯船の中だというのに、艤装を展開し始めた。まずい。ここにいるのは誰も艤装を装備していない生身だ。今何かされたら大怪我ではすまない。

 

「春風、やめなさい!」

「止めるな! コイツは絶対許さない! ここで殺す! 絶対殺す!」

「場所を弁えなさい! ここが何処だと思っているの!」

 

艤装の展開だけはどうにか食い止めたが、それでも怒りは収まりそうにない。どうにか瑞穂さんに羽交い締めにしてもらう。

 

「この子は何を怒っているの……?」

「姉様……」

 

山城さんすら頭を抱えている。

 

艦娘と深海棲艦の思考が混ざり合った挙句、深海棲艦の部分が強いせいで、本能で生きている部分が強い。やりたいことはやる。やりたくないことはやらない。これはレキさんを見ているからわかる。

私が愛を口にした時点で理性がとっくに無くなっていた。だから強行手段にも出た。私が洗脳されないと確信はしていたようだが、身体を変えることになんの躊躇も無い。自分が満たされるために、簡単に他人を犠牲にした。

 

「姉様、もし他人の欲望のために私が殺されたらどう思います」

「この世界はいらなくなるわ……全部壊しておしまいね……」

「姉様は、春風にとってそれくらいのことをしたということです」

 

キョトンとした顔。自分がやったことの重大さに全く気付いていない。罪悪感も欠如している。壊れているというよりは、本能のままに行動する、知識のない子供のような、そんな気がしてきた。

 

「春風さん。朝潮様がそれを受け入れ、今の形を許しているのです。ここは抑えてください。ここで艤装を出すとお風呂が壊れます。朝潮様が怪我をされます。そうしたら瑞穂は貴女を殺さなくてはいけなくなります。ここは朝潮様の話を聞いてもらえませんか」

「うるさい! 瑞穂離せ!」

「朝潮様が困っています。せめて場所を変えてください。ここではダメです」

 

瑞穂さんだけでは抑えられそうにない。春風は完全にあちら側に倒れ、理性を失っている。

 

「春風、やめなさい」

「御姉様はお人好しすぎる! コイツは生かしておいたらまた同じことをするぞ!」

「扶桑姉様はもうそんなことしないわ。扶桑姉様は北端上陸姫の命令で来ただけだもの。捕まったのは私の落ち度」

 

優しく説明して春風を落ち着かせる。ここで暴れたらシャレにならない。私以外にも被害が出るのは問題だ。

 

「だから、今は抑えて。扶桑姉様には、私からも話をする。だから、ね?」

「……ダメです。わたくしは絶対に許さない。わたくしから御姉様を奪ったのも同然です」

 

こちら側に戻ってきたようだが、まだ怒りが収まっていない。どうすればいいか。どうにかしてこの場を収拾したいところなのだが。

実際、春風も言っていることは大概である。私は春風のものではない。理性が飛んでいるから言ってることも滅茶苦茶だ。

 

「私は……ここにいてはいけないようね……」

「確かに姉様がやったことは身勝手で最低な行為です。ですが、まだやり直せます。他ならぬ朝潮が受け入れてくれました。ゆっくり、ゆっくり反省しましょう」

 

山城さんはあくまでも扶桑姉様の味方。とはいえ、扶桑姉様のやったことは罪として認識している。

 

「御姉様、今だけは逆らいます。生かしてはおけません。今すぐに殺します。許容できません」

「春風、やめなさい。貴女が腹をたてる気持ちはわかっているつもりだし、私も嬉しい。でもダメ。それをやったら貴女は戻ってこれなくなる」

 

今ここで春風が扶桑姉様を殺してしまったら、今度は春風が壊れてしまう。今は怒りで理性が飛んでしまっているが、もし正気に戻ったら潰れてしまうのは目に見えている。そんな形で2人を失いたくない。

 

「御姉様は甘すぎます。その人は御姉様をそんな姿に変えても悪びれてもいないんですよ。自分のためだけに巻き込んで、自分だけ幸せになってるんです。そんな人を姉と呼ぶのはやめてください」

「もしそうだとしても、私は受け入れてるの」

「受け入れてはダメです。だから反省しないんです。これからも同じようなことしますよこの人は。さんざん御姉様に迷惑をかけて、自分だけ幸せになるんです」

 

そんなことはわかっている。私は精神の安定に利用されている。それでも、ずっと不幸で不憫な生活をしていた扶桑姉様が、今この瞬間を幸せに過ごせているのなら、私も嬉しいのだ。

扶桑姉様は敵対しようとしていない。ただ愛が欲しいだけ。それを私ができる。ならそれでいいじゃないか。

 

「姉さん、私も春風と考えは同じよ」

 

ずっとだんまりだった霞が口を開けた。お風呂だからわかりづらいが、泣いていた。

 

「姉さんが不憫すぎる。結局みんなに利用されてるだけじゃない」

「霞まで……」

「ただ、私は姉さんのこともわかってるつもり。何を言っても今のスタンスは変えない。姿を変えられても、扶桑さんが幸せなら、姉さんも幸せなんでしょ」

 

見透かされてる。長く連れ添った霞だから、私のことをとても理解している。

 

「でもね、それで私や春風は不幸せなの。それだけは理解して」

「……ええ、今痛感してる」

 

全員幸せになることなんて出来ないのはわかってた。だから、目の前にあるものから汲み上げようと頑張ってきた。結果、霞を泣かせることになったし、春風をここまで怒らせることになってしまった。

私の選択は間違いなのかもしれない。でも……このやり方は一生変えられない。

 

「あともう一つ、扶桑さん。割り切りたいから、一発殴らせて」

「……貴女の気が済むなら……何度でもどうぞ」

 

一連の騒動をただ見続けて、扶桑姉様の中でも何かが変わったように見えた。

 

「そう、じゃあ遠慮なく」

 

間髪を容れずに平手打ち。霞は私よりは力はあるが、それでも扶桑姉様にダメージを与えるまでもいかない。扶桑姉様は狂気の宿った目でずっと霞を見続けていたが、叩かれてからは少し目が変わった。叩かれた頰を撫でて、霞のことを刻み込んでいる。

 

「私はこれで手打ちにするわ。何言っても姉さんは変わらないんだから、私が受け入れないと」

「苦労をかけるわね……」

「そう思ってるならたまにはやめてちょうだい。あといろいろとボーナス貰うから」

 

添い寝だけでは済まなそうだ。でも霞には多少納得してもらえた。私のことを一番理解しているだけある。実の妹なのだから、一番蔑ろにしてはいけない。もっと親身に接してあげなくてはと反省する。

 

「……わたくしは割り切れません。お先に失礼します」

 

春風はまだ無理。この場でやろうとはしなかったが、顔を見ているのも嫌そうに、お風呂から出て行った。瑞穂さんも一礼して一緒に出ていく。私が言う前に春風についてくれた。さすが自称従者である。

 

「すみません、扶桑姉様。いろいろと」

「いいの……そうか……これが……」

 

扶桑姉様も涙を流していた。おそらくその意味も曖昧にしかわかっていない。霞の平手打ちが痛かったわけでは無く、心に響いたようだ。扶桑姉様の中に霞が確実に刻まれた。

 

これは長丁場になりそうだ。私に親密な相手ほど、扶桑姉様を割り切って見ることが難しくなる。でも、扶桑姉様の心境にも変化がある。この心は簡単には戻らないが、なるべく馴染めるように協力していきたい。

 




壊れているというよりは、狂ってしまっている扶桑姉様。春風のようにボッキリ折れてから修復されて歪んだわけではないので、修復とかそういう問題ではありません。


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黒い思考

扶桑姉様が鎮守府に身を寄せることとなった翌日。時間を置いてしまったが、私、朝潮は改めて精密検査をされた。基本的には他の深海艦娘の方々と同じだろう。だが、私の特性として、鎖による洗脳が効かなかったというものがある。本当に何事もないかを調査された。

 

「何事も無し。他の子と同じだね」

「艦載機の搭載数が他より多いだけで、何も変わらない」

 

これで一安心だ。生活に何の支障も無いことが保証された。

 

「搭載数は何で変わるんだろ」

欠陥(バグ)を補っているんだろう。皐月も6つだったぞ」

「潮は4つで、他の子は2つだっけ。皐月は艦載機を使ってる余裕無さそうだけどさ」

 

皐月さんは私と同じ欠陥(バグ)だ。攻撃できないというそれなりに致命的な欠陥(バグ)なので、それが艦載機で補われているらしい。皐月さんの場合は白兵戦が出来るため、艦載機を使う余裕なんてあらず、若干宝の持ち腐れにはなってしまっている。

 

「艦載機はこちらでも調整できるから、そっちも定期的にメンテするから」

「はい、ありがとうございます」

「あと、制服の件。ちゃんと直しておいたよ」

 

今後の私の制服に関しては、さすがに理解してくれた霞も許容できなかったらしく、朝潮型であることまで消されるのは許せないと猛抗議。一発叩かれてから扶桑姉様の中の霞像が少し変わったらしく、その抗議もちゃんと受け入れた。

基本は改二丁だが、ボレロの代わりに海峡夜棲姫の着物を羽織る形に。ノースリーブのため、改二丁側のシャツが丸出しになってしまうがそれはもう良しとする。朝潮型改二制服の上に自分の着物を羽織っている春風と若干似た姿になった。これなら霞も納得するだろうし、扶桑姉様もわかってくれるはず。

あと見ず知らずの人も私のことを朝潮と気付いてくれるはず。

 

「しっくり来ますね。どちらの要素もあって」

「春風と似た感じになったね。いいんじゃないかな。黒ずくめに近いけど、深海艦娘だしね」

 

今後の私はこれで行く。深雪さんではないが、これからは朝潮改二丁ならぬ、『朝潮(かい)二丁』として活動しよう。

 

「朝潮(かい)(てい)ね」

「その()()の字はやめましょう」

「えー、だって今の朝潮それくらいの立ち位置でしょ」

 

いくらなんでも、そこまでではないと思う。

 

 

 

「あら、オシャレになったじゃない。姉さんにはやっぱり朝潮型の制服が一番ね」

「はい! お姉さんは朝潮型ですからね!」

 

妹達には好評であった。だが、ところどころに棘がある。朝潮型から離れかけたことで大潮までその辺りに過敏になっている。

 

「わたくしと同じようになったのですね。素晴らしいです。こんなところでお揃いになるなんて」

「そういえばそうね。春風とお揃いになったわ。羽織り方は違うけれど」

 

多少機嫌が直ったようだが、まだ春風は扶桑姉様に対しての怒りは冷めていない。顔も合わさないように行動させている。顔を合わせたら確実に殺意をぶつけるだろう。鎮守府内だというのに艤装を展開しようとするので、万が一のことがあったら瑞穂さんにお願いして力尽くで止めてもらうレベルだ。食事の時間も山城さんがうまく避けるようにしてくれている。

 

「明石さんに壊二帝って言われたんだけど」

「女帝ね。わかるわ」

「お姉さん影響力高いですからね! 女帝でいいと思います!」

 

霞は冗談で言ってくることもあるが、大潮はほぼ全て本心で言ってくるので、途端に恥ずかしくなる。そこまでではないと思うのだけど。

 

「お揃いはとても嬉しいのですが、()()着物はいただけません。脱いでください」

「春風……これは私が深海艦娘になった証でもあるの。我慢してちょうだい」

「無理です。目に入れたくありません。御姉様にそれは似合いません。どうせ羽織るならわたくしと揃いにしましょう。駆逐古姫の着物ならとても似合います」

 

徹底して敵対。関連するものが目に入るだけでも気に入らない様子。こればっかりは認めてもらわないと、今後の活動がとても難しくなる。

私がこれを着ていないと、今度は扶桑姉様がまずいことになるだろう。私が受け入れたのに、それを反故にするような真似をすることが問題だ。せっかく妹が見つかったのに、それが消えてしまう。

 

「春風、割り切れとは言わないわ。でも、これだけは認めて」

「ダメです。今回ばかりは御姉様でもダメです」

 

堂々巡りだ。春風がここまで意固地とは思わなかった。だが、この件に関しては折れてもらわないと困るのだ。

 

扶桑姉様はさらに深海棲艦の思考に侵食されて狂気に呑まれた春風と言ってもいい。春風にはない深海棲艦特有の角まで生えてしまっているのを見れば、侵食具合はわかる。

思考の傾向が春風と若干似ているのだ。精神的な支柱を立てて安定する辺りとかはまったく同じ。春風は支柱に依存するが、扶桑姉様は支柱を自分に染めてしまう。そこが狂気があるかないかの違い。

 

「春風……」

「絶対に許しません。御姉様が何を言おうと許せません」

「私がそれを受け入れているのに?」

「昨日も言わせていただきましたが、こんなことを受け入れてはいけません。御姉様が受け入れたとしても、わたくしは納得できません」

 

納得させるのは不可能なのでは。春風を納得させようと思うと、私が元に戻るしかない。そして、元に戻るのは不可能だ。元に戻れるなら他の方々にやっている。

ならどうすればいいのだ。春風も扶桑姉様も納得が行く形がどうしても見つからない。今の私ではもう……。

 

「そう……そうなのね」

「理解していただけましたか」

 

私が春風の前にいるからダメなのかもしれない。私は今のスタンスを変えるつもりはない。でもそれは春風が嫌がる。ならもう、取るべき手段が一つしかない。

 

「なら、私は少し春風と距離を置くしかないわ……」

「えっ」

「そうでしょう。私はこの姿を改めるつもりはないし、扶桑姉様との関係も続けていくもの。全員を納得させるなんてもう無理よ……」

 

今までと同じようにやってきて、初めて『諦め』が出てしまった。

春風の気持ちもわかる。だが、その気持ちを受け入れると、扶桑姉様を殺すしか無くなってしまう。そんなの、誰も救われない。そうなると、誰かが犠牲になるしかない。私が犠牲になる道は一番最初に考えた。だがそうなると、部外者にまで被害が出る可能性がある。

 

「春風は何も悪くないわ……私が何も思いつかないんだもの。気に病まないで……」

「お、御姉様、わたくしは」

「割り切るなんて無理だものね。今の私の姿を見るのも嫌でしょう。すぐに姿を消すわ。春風……ごめんなさいね……」

 

もう逃げるしか無かった。後ろで何か言っているようだが、振り向くことも出来なかった。

 

霞も大潮もどういう顔をしているかわからなかった。だから自分の部屋にも戻れない。とはいえ扶桑姉様のところに行くと、今度は扶桑姉様が何をしでかすかわからない。こうなると、行ける場所は談話室か医務室、あとは執務室。だが司令官に迷惑をかけたくない。

 

「瑞穂さん」

「はい、ここに」

 

私が皆から離れても瑞穂さんだけは近くにいる。いつでも大体近くにいてくれるのは頼もしい。

 

「本心で答えてください。私を持ち上げる必要もありません。……私は間違ってましたか」

「瑞穂の主観でお話しするのなら、この件の朝潮様は間違っていません。朝潮様は被害者です。被害者が加害者を許している、さらには受け入れているのですから、その時点で手打ちです。ですが、春風さんも間違っていません。怒りを向けるのは当然の帰結だと思います。やり方が力尽くなので、そこだけどうにかできれば。間違っているのは扶桑さんであり、その間違いに気付くことが出来れば解決すると思います。扶桑さんの口から反省の言葉が出れば、幾分マシになるかと」

 

こういう時の瑞穂さんはありがたい。私の質問の意図をちゃんと汲み取って意見を話してくれる。私が間違っていないと言ってくれたのは嬉しかった。だからといって驕らず、今の問題を解決する方法を考えなくては。

 

「朝潮様、体調が優れないように見えますが」

「そんなことないですよ。さっきまで精密検査を受けて異常も無かったくらいですし」

「そうですか。ですが、少し顔が赤く見えます。本当に何もないですか?」

 

言われてみれば少しフラついた。身体が熱いような気もする。指摘されたことで急に足元が覚束なくなる。あまりにも急な体調不良に、私も驚きが隠せないでいた。

 

「あれ……なんで……」

「朝潮様、医務室へ。今の体調では何も手をつけない方がいいです」

「そ、そうですね……なんで急に……」

 

フラついていたからか、瑞穂さんに担ぎ上げられて医務室に連れていかれた。その間も体調はどんどん悪化していく。

艦娘は風邪なんて引かない。ウィルスに対して免疫能力が異常に高く、万が一罹ったとしても修復材で治ってしまう。鎮守府の医務室は、基本的に唯一風邪が不安な司令官のためにある。あとは、以前のゴーヤさんのように精神的な問題。

 

「頭が回らない……」

「朝潮様、電探をお切りください。少しは緩和されるかと」

 

言われた通りに電探を切る。久しぶりに一切の情報が無くなり、ほんの少しだがスッキリした。それでも体調が良くなるわけでもない。

 

「装備を外し、今はお休みください。瑞穂が提督に話をしておきます。辛いのでしたら、面会謝絶にしますが」

「そこまでじゃないです……でも休んでおきますね……」

 

医務室のベッドに寝かされ、瑞穂さんは医務室から出て行った。あまりに急なことだったため、眠気すらない。今の私には一切の余裕がなかった。

 

 

 

司令官と瑞穂さん立会いの下、明石さんに症状を診てもらったところ、艦娘としてはありえない病名を言われた。

 

「急性のストレス性高体温症ですね」

「ストレス……ですか!?」

「またなんか考えすぎたんじゃないかな。朝潮だもの」

 

なんの否定も出来ない。できれば昨日の騒ぎのことは内密にしておきたかったが、今回の体調不良には確実に関わっている。司令官にも話しておいた方がいいだろう。今まで体験したことのない、内部での大喧嘩だ。それに殺意が混ざっているのだから、余計に大問題である。

 

「春風君と扶桑君が大喧嘩を……」

「春風が一方的に因縁を付けたんですが、原因は扶桑姉様にあります……。その根っこは私にもあって……」

 

端的に説明した。司令官が苦い顔をする。説明するのも辛くなってきた。話すたびに体温が上がるような感覚。

 

「私は2人に仲良くなってほしい……けど、今のままだと無理です……。諦めたくないけど……もうどうすればいいのかわからないんです……」

「朝潮君、君は一旦そのことを忘れて、身体を休めてくれ。話してくれてありがとう」

 

やんわりと頭を撫でてくれた。ボーッとする頭では、何も考えられない。でも忘れるのは無理だ。ずっと春風と扶桑姉様の顔がチラつく。どうにかしてあげたい。あんな仲違いはダメだ。何もしてなくても涙が溢れ出してくる。

 

「私は扶桑君と話をするよ。春風君には誰かついているのかい?」

「大潮様と霞様がご一緒でした」

「そうか、霞君が一緒なら大丈夫だろう。大潮君はまだここに来て日は浅いが、霞君は春風君と付き合いが長い」

 

こんなどちらにも倒れられない状況は初めてだった。どちらにも倒れられないから、自分が物理的に倒れるなんて皮肉すぎる。

 

「私が……私がもっと強ければこんな事にならなかったのに……私が捕まらなかったら……。でもそれだと扶桑姉様は救われない……私が妹になったからやっと満たされたのに……」

「朝潮君、考えるのをやめなさい。もっと熱が上がるよ」

「私はどうすればよかったんですか……私は……」

 

朦朧とする意識で考え続けてしまう。私の戦場での仕事は考えること。どうも癖になってしまっている。考えてはいけない状態なのに、頭を使い続けてしまう。

最善の方法を考える上で、最悪な方法も考える必要があるのは私もわかっている。その癖が、今の段階で一番考えてはいけないところに向かってしまった。

 

「春風と扶桑姉様がこの世からいなくなれば解放されるのでは……」

 

絶対に口にしてはいけない考えが口から出てしまった。自分が苦しんでいる原因を簡単に排除する方法はこれだ。最も簡単で、最も悪辣。その考えに至った自分が本当に許せなくなった。

 

「え、あ、私、今何を考え……」

「朝潮様、申し訳ありません。後からいくらでも罰を受けます。今はお休みください」

 

瑞穂さんが私の鳩尾に一撃。あまりのことで意識が暗転した。最後に見えた司令官の顔は、私の最後の発言に対する驚きと動揺。私ですら驚いている。

体調不良から来るネガティヴ思考が生み出した最低最悪の解決手段。こんな考えがしか思い浮かばないなら、もう二度と目を覚ましたくなかった。たったこれだけで、私は自分が大嫌いになった。

 

もう何も考えたくない。なんでこんなに私が苦しんでいるのだろう。おかしな話だ。もういっそ……全てを投げ捨てて……。




朝潮の長所であり短所である部分『考えすぎ』。


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失われた光

目を覚ましたとき、既に外が暗かった。随分とグッスリ眠っていたようだ。熱はまったく下がっておらず、まだまだ高熱のようだが、眠ったことで幾分か頭がスッキリしている。

眠っている間に着替えさせられていたみたいで、いつもの寝間着の作務衣だった。誰がやってくれたのだろう。

 

「お目覚めですか、朝潮様。そろそろかと思い、夕餉をご用意させていただきました」

 

起きたタイミングを見計らって瑞穂さんが医務室に入ってきた。まだ少し意識が朦朧としているが、ご飯を用意してもらえたのは嬉しい。

瑞穂さんが私の顔を見たときにギョッとした表情をしたが、気のせいだろうか。

 

「ありがとうございます。いただきます」

「食欲があるようで良かったです。昼餉もご用意させていただいたのですが、その時にはまだ眠っておられたので」

「だからですかね。すごくお腹が空いています」

 

体調不良ということで、瑞穂さんが持ってきてくれたのはお野菜たっぷりの卵雑炊。量も適量。ただ、それを三方に載せて献上されると、妙な気分になる。普通にお盆で持ってきてくれればいいのに。

 

「艦娘が高熱でダウンだなんて情けないですね……」

「情けなくなどございません。朝潮様はいつも皆の事を考えているので熱が出てしまったのです。自分の事だけでも精一杯のはずなのに、自分を省みず他人ばかりを気にして。やはり聖人君子なのですね。瑞穂もその中に入っているのだと思うと、胸が熱くなります。朝潮様に気にかけてもらえるということが幸せです。罪深い瑞穂が償えていると実感できます。ですが朝潮様、どうか無理だけはなさらず。此度の件、無理をした結果です。常にとは言いません。ご自分の身体を一番に考えることをお願いいたします」

 

熱が出るほど無理をしてしまったのは他ならぬ自分。頭の使いすぎはやはり良くない。でも、私が出来ることはそれだけだから。

 

「朝潮姉さん、目を覚ましたかしら」

 

医務室の外から霞の声が聞こえた。 まだ夜は深くないようで、お見舞いに来てくれたようだ。

 

「ええ、たった今。瑞穂さんがお夕飯を持ってきてくれたの」

「そう、じゃあ少し入らせてもらうわね」

 

霞も私の顔を見て妙な顔をした。さっきの瑞穂さんといい、私に何かあるのだろうか。

 

「倒れたって聞いてビックリしたわ」

「あれだけ無理するなって言われてたのにね……まさか熱が出るだなんて」

「今回は仕方ないわよ」

 

体調は悪いが、夕飯は喉を通った。お腹も空いていたし、瑞穂さんに感謝。

だが、どうも2人の様子がおかしい。何度も私の顔を見てはこそこそと話をしている。私の体調は顔に出るほど問題があるのだろうか。

 

「ほら、アンタもこそこそしてないで入ってきなさい。顔を合わせづらいのはわかるけど」

 

霞が外に向かって話す。何やらもう1人お見舞いが来ているらしい。

 

「……あの……わたくし……」

 

中に入ってきた人は、()()()()()()()()()()()()

 

「えっと、どちらさまですか。朝潮型の制服を着ているのなら私の妹ですかね。でも、もう改二ということは、私が寝ている間にこの鎮守府に?」

「えっ……」

「姉さん何言ってるの? 冗談でも笑えないわよ」

 

何をと言われても、()()()()()()()()()()()()()()

 

「妹なら見ればわかるはずなのに、何でわからないんでしょう。本当にごめんなさい。申し訳ないんですが、お名前を教えてもらえませんか」

「わ、わたくし……春風……です……。神風型駆逐艦の3番艦の……」

「春風さんは何故朝潮型の制服を? あ、もしかしてここに辿り着くまでに傷を負ってしまったから仕方なくとかでしょうか」

 

私と話しているうちに泣き出しそうになっている春風さん。何か悪い事をしてしまったのだろうか。霞や瑞穂さんも私の言動に大きく動揺しているように見える。

もしかして春風さんは以前に会ったことがある人なのだろうか。そうだとしたら申し訳ないことをした。でも電探を使い始めてから、私の記憶力は普通以上に成長していると自負している。それで記憶にないのなら、やはり()()()では。

 

「春風さん、今から扶桑さんを連れてきますので、何があっても我慢してください。貴女の気持ちはわかりますが、今は朝潮様の問題が最優先です」

 

消えるように医務室から出ていった瑞穂さん。私も何が何やらさっぱりわからなかった。

 

 

 

再び瑞穂さんが医務室に現れた時には、山城さんと()()()()()()()()()()()を連れてきていた。

 

「一大事って聞いたんだけど」

「山城さん……いや、私も何が何やら……」

 

やはり山城さんも私の顔を見ておかしな挙動をする。そして霞とこそこそ。できれば隠し事はやめてもらいたいのだが。

 

「朝潮……どうしたの……? 瑞穂が慌てていたけれど……」

「えぇと、貴女は最近こちらに来た深海棲艦の方でしょうか。もしや私が眠っている間に? 白の派閥の方ですか?」

 

皆が春風さんの時と同じ反応をした。

 

「あ、朝潮……私のことが……わからないの……?」

「その……すみません。記憶にないです。戦場で出会いましたか? 記憶力には自信があるのですが……」

 

本当に()()()()()()()()()()()こう言わざるを得ない。面影が山城さんに似ているのを見る限り、姉妹の艦の魂を使った深海棲艦に思えるが。

 

「どうなってんのよ……姉さんがこんな悪ふざけするわけないわ」

「記憶障害か何かかしら。それにしてもピンポイントすぎるわよね……」

 

記憶障害? 私が?

 

「瑞穂の推測ですが、朝潮様の記憶から消えているのは春風さんと扶桑さんだけです」

 

瑞穂さんの言っていることが理解できない。記憶から消えているとはどういうことか。

 

「朝潮様。眠る前にご自分が何をされていたか覚えていますか?」

「えぇと……無理をしすぎて熱を出してしまったんですよね」

「どう無理をしたか、です。先に言わせていただきますが、朝潮様の今の症状は、ストレス性高体温症です」

 

ストレスを受けることをしていたようには思えない。頭痛がするほどの訓練は幾度となくしているが、それで熱が出たことは無かった。積もりに積もった負担がストレスという形で外に出てしまい、結果今の高熱になってしまったと言われれば納得が出来る。

だが、今の私がここで眠らされている理由がどうしても思い出せなかった。私は何処で倒れたのだろう。どうして倒れたのだろう。

 

「朝潮様、答えられますか?」

「……あれ、思い出せない……なんで……」

 

高熱を出して瑞穂さんにここまで連れてこられたのは覚えている。だが、その前後がまったく思い出せない。何故高熱が出たか、ここに運ばれてから何があったか。

 

「そうですか……わかりました。朝潮様、今の体調は如何ですか?」

「熱はまだ高いみたいですけど、それだけですね。眠る前よりはスッキリしているように思えますけど」

「では、そのまま瑞穂のお話を聞いていてください。今からこの2人を説教しますので」

 

春風さんと謎の深海棲艦に向かい合った瑞穂さん。その2人はというと、虚ろな瞳でブツブツ呟いていた。理由がわからない。

山城さんの力も借りながら無理矢理正座させた。本当に説教の姿勢。わざわざ平手打ちまでして正気に戻してから説教を始める。

 

「まずは眠る前に朝潮様が高熱に浮かされながら呟いた言葉を貴女方にお教えします。貴女方の喧嘩、まぁ春風さんの一方的な因縁ですが、その原因がご自分にあると思い悩んだ末に言った言葉です。よく噛み締めてください。『春風と扶桑姉様がこの世からいなくなれば解放されるのでは』です」

 

私がそんなことを言ったのか。実感がまるでない。熱に浮かされていたとはいえ、そんな攻撃的なことを言ってしまうだなんて、信じられなかった。2人も目を見開いて驚いていた。

 

「朝潮様は誰も傷つかない道を探した結果自分が倒れる道を選んでしまいました。それでも悩み続け、最も選んではいけない道を見出してしまいました。さらにそれを悔やみ、その結果、記憶を失うほどのこととして認識してしまったのです。貴女方を記憶から消さない限り、ご自分が潰れてしまうと本能的に判断した結果なのです。貴女方がどれほどのことをやっていたか、これで理解できましたか? ですが、朝潮様は貴女方に死ねと仰っているわけではありません。仲良く、手を取り合ってほしいと願っているだけです。まずは自分の罪を省みてください」

 

私に向けられるマシンガントークが他人に向けられている。私に対しては善意のみしか感じられなかったが、あちらに対しては本当に説教。言い聞かせるように、だが反論も許さないペースで喋り続けている。

 

「元はと言えば扶桑さん、貴女が諸悪の根源です。朝潮様を深海艦娘に変えたのは完全な私利私欲。妹欲しさに他人のことを一切考えず、それについて悪びれもしない。思考が深海棲艦に寄っているからとはいえ、本能的に動いた結果がこれです。貴女は北端上陸姫に長く利用されていた経歴がありますから、一般的な常識が足りないのかもしれません。罪悪感などの人間的な感情の一部が欠落しているのでしょう。ですが、ここは貴女と妹2人しかいない世界ではないのです。わからないじゃすみません。貴女は1人の艦娘を壊しているのですよ? それが貴女の愛すべき妹なのですよ? 自分で壊しておいて、もしやまた世界が要らない、滅ぼしたいなどと(のたま)いますか? ふざけないでください」

 

口調も少し荒い。いつもは丁寧な言葉遣いと物腰柔らかな言動な大和撫子なのだが、今だけは全く違う。正座させて視線が上からだからか、物凄く見下しているようにも見えてしまう。

 

「春風さんは朝潮様を姉のように慕い、心酔しているのですよね? なら何故朝潮様が受け入れた扶桑さんに対して未だに殺意を持ち続けているのですか。朝潮様の高熱の発端は貴女ですよ。皆を受け入れ、制服も折衷案を取り入れ、お互いの架け橋となろうとしている朝潮様は貴女にとって何なのですか。まさか自分の気に入らないものを受け入れている朝潮様が嫌なのですか? 朝潮様は貴女だけのものでは無いのですよ? 貴女のやっていることは扶桑さんと同じです。自分の色に染まっていない朝潮様が気に入らなかったのでしょう。貴女が殺意を向けるものとなんら変わりありません。腹が立つのは瑞穂もわかります。ですが、貴女だけが引きずり続けるのは筋違いです。貴女は被害者ではありません」

 

2人とも説教されながら泣いていた。言い返す暇もないが、言い返そうともしない。あまりにも気の毒になってきて、私が口を出しそうになったが、霞に制止される。

 

「貴女方を忘れてしまいたいと思ってしまったが故の現状です。理解しているとは思いますが、これでさらに関係を悪化させたら、朝潮様は一生元に戻らないと思った方がいいです。特に春風さん、貴女ですよ。扶桑さんから喧嘩を売ることはないでしょう。誰にも興味が無いのですから。ですが、貴女は少しよろしくない。怒りに身を任せると、すぐにあちら側で突っかかる。自重してください」

 

ようやく止まった。あとは2人に任せるという事だろう。瑞穂さんの説教でボロボロ泣きながら、ずっと考えているようだった。この2人の間に何があったのかは知らないが、瑞穂さんがここまで言うくらいなのだから、相当仲が悪いのだろう。それだと私は悲しい。

 

「春風さんと……扶桑さん、でしたか。瑞穂さんはこう言っていますが、変われないのなら無理に変わらなくていいです。ですが、出来れば仲良くしてもらえませんか。話を聞いている限り、春風さんが因縁を付けているんですよね。私に免じて扶桑さんを許してはもらえませんか。いや、私に免じてって烏滸がましいですよね。ごめんなさい」

 

2人は何も言わずに医務室から出て行ってしまった。フラついていたので心配したが、私は行かない方がいいと瑞穂さんに手を取られた。今は1人にしてあげないと考えが纏まらないらしい。そもそも私自身も体調不良でここにいるのだから、勝手に出歩かない方がいい。

 

結局、私に何が起きているかは分からず終いだった。ストレスで高熱を出したということはわかったが、何故倒れたかは伏せられている。その理由がわかると余計にストレスを感じるからなのか、それともより悪い方向に倒れるからなのか。

 

「霞、1つだけ教えてほしいんだけど」

「何?」

「なんで皆私の顔を見るたび驚くの」

 

言い淀んだ。山城さんも目を背けるし、瑞穂さんも少し俯いている。

 

「心が壊れた時のゴーヤのこと覚えてる?」

「勿論。心ここに在らずというか、そんな目をしてたわ」

「今の姉さん、その時と同じ目をしてる。姉さんが壊れたんじゃないかって心配してるのよ」

 

私が壊れている? そんなバカな。

 

「朝潮は瑞穂に任せればいいのよね。私は姉様の側についてるわ」

「私も春風についた方がいいわね。瑞穂さん、姉さんをよろしく」

「お任せください。朝潮様は瑞穂が必ずやお守りいたします」

 

霞と山城さんも出ていってしまった。瑞穂さんだけが医務室に残り、私の夕飯の後片付けをしてくれる。

何もわからない。あの2人は私と親密な人だったのだろうか。わからない。全くわからない。高熱のせいで何かを忘れてしまっているのだろうか。思い出せない。何も思い出せない。

 

「あれ……私って……なんで深海艦娘になったんでしたっけ……」

 

目に映った白い髪に疑問を持った。今の私は深海艦娘。髪も白いし、角まで生えている。自分ではわからないが瞳も赤く染まってしまった。最初から敵に拾われていたわけではないので後天性。だが自分で鎖を握った覚えがない。その時の記憶だけポッカリと穴が空いている。

さっきの瑞穂さんの話からして、原因は扶桑さんにあるようだが、その時のことが何も思い出せない。

 

「朝潮様、今は考えるのをやめましょう。熱が上がってしまいます」

「ですが……」

「ご自分の体調を心配していただけると。まだ高熱は出たままなのですから。お休みください」

 

体調を崩しているのは変えようのない事実だ。ここは大人しく休むべきだろう。深く考えると、何か良くないことが起こるような気がする。素直に従うことにした。

 

 

 

何度も眠っているからか、深夜に目が覚めてしまった。時計を見ると丑三つ時。今なら夜間部隊が警護任務をしている頃だろうか。

何度も寝たおかげで体調も良くはなってきている。熱も寝る前よりは落ちているように感じた。

 

「ーーーー」

 

医務室の外から話し声。こんな夜中に誰が。

 

「そこまで深刻なのかい?」

「はい。あの2人が改善されたとしても、朝潮様の記憶が戻るかはわかりません」

 

司令官と瑞穂さんが、私のことを話している。やはり私は何らかの記憶を失っている。

 

「提督は聞きましたよね。朝潮様の最後の言葉」

「この世からいなくなれば……と言っていたね。朝潮君とは思えない言葉だから覚えているさ。高熱に魘され出てしまった言葉としては、あまりにも……乱暴だった」

 

実感は無いが、やはり私は春風さんと扶桑さんをこの世から消したいと思ったことがあるらしい。

 

「そこまで思い詰めた結果の防衛本能です。忘れたままの方が、朝潮様は今後健やかに生きていけると、瑞穂は思います」

「2人の犠牲の下にかい?」

「それだけのことをあの2人はやっています」

 

我慢できなかった。私に何が起きているかはわからないが、それによって誰かが犠牲になっているのは許せない。他ならぬ私のせいじゃないか。いくら現状を作った人でも、私の犠牲になる道理はない。

 

「瑞穂さん……」

「朝潮様!? 目を覚ましていらっしゃったのですか」

「貴女の今の言葉で決心しました。失った記憶は取り戻します。それがどれだけ辛いことでも、私は仲間の犠牲の下に生きていくのは嫌です」

 

瑞穂さんは悲しそうな顔を、司令官はそう言うとわかっていたと言いたげな、少し悲しそうな顔をしていた。司令官は私の理解者だ。これまでずっと見てきてくれている。私がこう言うと確信している。

 

「私も出来ることは手伝おう。朝潮君、本当に辛いことになるかもしれないがいいんだね?」

「はい。これまでどれだけ辛いことがあったと思ってるんですか」

 

改めて瑞穂さんに向き直る。今の私を一番心配してくれている。その気持ちは本当に嬉しい。だが、私は誰も切り捨てたくない。

 

「瑞穂さん、私はさっきも言いました。私が生きるために仲間を犠牲にはしたくありません。春風さんも扶桑さんも救います。勿論、私も救われます。これでいいでしょう」

「……瑞穂は逆らえません。朝潮様の意思が瑞穂の意思。朝潮様が記憶を取り戻したいと仰るなら、それを全力で手助けするのが瑞穂のお役目ですから」

 

逆らってくれてもいいのに、瑞穂さんは何も言わない。瑞穂さんも私の犠牲者のようなものだ。自分の意思を殺してしまっている。

 

「今はもう寝なさい。瑞穂君、君もだ」

「ですが……」

「瑞穂さん。添い寝……してもらっていいですか。まだ熱があるからでしょうか……人肌が恋しくて」

「お任せください。瑞穂のようなものでよろしければ」

 

急に表情が変わる。現金だなぁと思いつつも、温もりが欲しかったのは本当だ。いつもなら霞と寝ているものだが、今日はいない。思ったより私は寂しがり屋なのかもしれない。




選んだ道は『逃避』


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記憶を求めて

翌朝から、私、朝潮の記憶を取り戻すための行動を始める。幸い熱も引き、医務室から出ることくらいはできるようになった。ただし、今までに前例のない体調不良だったため、この日一日は非番という扱いにされている。電探眼鏡も禁止。

私の失われた記憶は、春風さんとのことと扶桑さんとのこと。それ以外は全て覚えている。だが、ところどころでぼんやりするところがあった。おそらくそこに2人の記憶に関する何かがある。

 

「朝潮様、お召し物になります。昨日から朝潮様がこれを着ると決めた制服です」

 

瑞穂さんが三方に載せて私に差し出した服は、朝潮型の制服に加え、袖の無い黒い着物があった。これを一緒に羽織ればいいのだろう。

 

「なんだか……しっくり来ますね」

「それは扶桑さんとの記憶になります」

「着物がですか? これが……」

 

言われてもまだわからない。

瑞穂さんは私の意思を尊重し、全力でバックアップしてくれると言ってくれた。本心では嫌なのだろう。ずっと記憶のないままの方がいいと思っているのだろう。それでも、私を受け入れてくれた。感謝しかない。

 

「ゆっくりと進めていきますね。急いでも私に負担がかかってしまいますから」

「はい、それがよろしいかと思います。朝潮様はまだ病み上がり。また高熱が出る可能性もありますゆえ」

 

失われた記憶と向き合うのは高確率でストレスを溜める原因になると司令官に言われた。私が記憶を失った理由と、ストレスで高熱を出した理由は直結しているらしい。

 

「では行きましょうか」

「午前中は身体を休ませつつ行動をする方がよろしいかと。車椅子を用意しますか?」

「そこまでではないですよ。自分の脚で歩きます」

 

医務室の中で準備を終え、外に出ると霞が待ち構えていた。

 

「熱は?」

「下がったわ。でも今日は非番。記憶探しをしようと思ってる」

「……そう、くれぐれも無理をしないように」

 

釘を刺された。

その霞の隣、俯いた春風さんも立っている。少し霞に隠れ、昨日とは違い黒の着物を着ていた。こちらが本来の姿であり、朝潮型の制服は臨時で使っていたか何かか。それにしてはサイズがピッタリだったが。

 

「春風さん、今日は着物なんですね」

「はい……今のわたくしに朝潮型の制服を着る資格はありませんので」

 

資格なんて別に要らないと思うのだが、本人がそういうのだからあまり触れないでおこう。

 

「わたくしが望むことでは無いと思いますが……記憶探し、頑張ってください。おね……朝潮さん……」

「はい、ありがとうございます。春風さんとの思い出もあるはずなんです。きっと見つけてみせますから」

「よろしく……お願いします……」

 

逃げるように走って行ってしまった。霞もそれを追って駆けていく。春風さんは私にとってきっと深い人物だ。だからあんなにも悲しそうな顔をする。絶対に記憶を見つけなければ、誰も救われない。

 

 

 

体調も考慮して、ブラブラと散歩をする。瑞穂さんは一歩下がった位置をついてきてくれる。私の異常は朝のうちに全員に知れ渡っているらしく、話しかけてきた人も率先して協力してくれた。

それでも、何かを思い出すことは無かった。誰に何を言われても、全て空想の世界に思えてしまう。現実的に思えない。

 

「えー、ボクらのこれ見ても思い出せないの?」

「私達、朝潮ちゃんと敵陣から出撃したんだけどなぁ……」

 

深海艦娘となった皐月さんと潮さんに言われても、その部分だけが穴が空いている。私は何者かに攫われて敵の陣地に辿り着き、皐月さんと潮さんの目の前で深海艦娘化させられた。その原因が扶桑さんにあるというのは、昨日の瑞穂さんの説教でわかっている。攫われたこと、変えられたこと、そこから脱出したことが、全く思い出せない。皐月さんと潮さんを救出できたという漠然とした記憶しかない。

 

「瑞穂さん、これ何処まで言っていいの?」

「詳細を語っていただいて結構です。今の朝潮様はその記憶を欲しています」

「私達も嫌な思い出を掘り返すことになるよね……」

 

皐月さんが言うに、私は扶桑さんに鎮守府から攫われ、敵の陣地に辿り着いた。抱えたまま鎖を巻き付けられ深海艦娘化。しかし、私は意識まで洗脳されることなく、潜伏しながら脱出の機会を伺っていたらしい。その時の協力者が他ならぬ扶桑さんである。

私利私欲で私を深海艦娘に変えてしまったが、その後はずっと協力してくれていた。私が洗脳されていないことをバラさず、出撃まで匿ってくれた。

 

「その時の出撃さ、本当は出ちゃいけない春風も出撃してたんだよ」

「朝潮ちゃんが余程心配だったんだろうね。でも、朝潮ちゃん、人が悪いよ」

「ギリギリまで洗脳されたフリしてたんだよね。ボクらも完全に騙されてたよ」

 

チカッと、一瞬だが記憶が見えた気がした。私はこの黒の着物を着て、霞や春風さんと相対したことがある。その時に隣にいたのが扶桑さんだ。たったそれだけだが、何かが見えた。

 

「扶桑さんとの思い出は日が短いからすぐ思い出すのかな」

「春風ちゃんは大分長い付き合いなんだけどね」

 

それ、それが聞きたい。春風さんはやはり繋がりが深い人だった。何故それを忘れてしまったんだろう。

 

2人が言うに、春風さんは私の妹分のような存在だったらしい。私が深刻な状態の春風さんを立ち直らせ、その結果その形になったとか。今の瑞穂さんのようなことだろうか。

 

「白露に言われたことも忘れちゃった? 狂犬と飼い主」

「狂犬って……」

「今でこそ大分丸くなったけど、最初の春風凄かったんだよ。出撃の度に豹変するし、やめろって言ってるのに敵の死体消えるまで撃とうとするし」

 

あの春風さんにそんな一面があるなんて思えなかった。今でこそ、私の前では落ち込んだ姿しか見せないが、戦闘では荒れに荒れるらしい。それもこれも、半分混ざり込んだ深海棲艦が原因だとか。

 

「半深海棲艦……」

「そっか、春風ちゃんと扶桑さんの記憶が無いなら、半深海棲艦のこともわからなくなってるんだね」

「いの一番に朝潮が受け入れたのに」

 

またチカッと記憶が見えた。秋津洲さんが春風さんを連れてくる映像。そうだ、元帥閣下が割と強引に配属を決めたところから春風さんとの関係が始まっていたんだ。

 

「ありがとうございます。記憶探し、順調です」

「そう? なら良かった」

「全部思い出すのは時間がかかるかもしれないけど、頑張ってね」

 

皐月さんと潮さんからは有力な情報が手に入った。だが、おそらくこれは一番重要なところじゃない。扶桑さんはまだ日が浅いらしいが、春風さんはもっと深いところがあるはずだ。まだまだ情報が必要。

 

 

 

午前中はいろんな人に話を聞いて回った。少しずつ、少しずつだが記憶のカケラが集まっていく。だが、本当に一番重要な部分だけが取り戻せていない。親密な仲になった時の記憶がまったく無い。

 

「難しいですね……自分で拒絶した記憶を取り戻すのは」

「それだけ朝潮様に負担がかかっていたのです。それでも取り戻したいと仰るなんて、眩しすぎて瑞穂は目を背けざるを得ません」

 

歩き回っても体調は悪くならない。今のところストレスは感じていない。まだ行けるとやる気が出る同時に、不安も少なからず出てきた。探している2人との記憶が無いからこそ、私は今体調も崩さず行動できているのでは無いか。わからないからこそ、良いようにも悪いようにも取れる。

 

「朝潮様、一度休憩を。昼餉のお時間です」

「そうですね。午後からまた頑張りましょう」

 

成果が無かったわけではないが、前進しているとも言い難い。

 

「どうよ、成果は」

「まだまだね……」

 

昼食を摂りながら霞に問われる。正直まだまだ先は長いとしか言えない。春風さんとの思い出は少しずつ戻ってきているが、それは本当に少しだけ。扶桑さんに至っては敵対しているときのことばかりだ。現状を作った経緯がまったく思い出せない。

 

「春風さんは?」

「大潮姉さんが見てる。今日の警護任務が手につかなくて、さっき小破しちゃったのよ」

「……私が忘れてしまったから……」

 

深い関係だった人に忘れられるというのは、想像を絶する絶望なのだと思う。それを引き起こしてしまった自分が心底嫌になった。それほどの罪があったとしても、そこまでされる道理はないはずだ。私はそんなに偉くない。

罪悪感が記憶を1つ呼び起こした。高熱で朦朧とした意識で、あの2人が消えれば解放されるのではないかという考えに辿り着いた記憶。最悪な考えが口から出た瞬間、瑞穂さんに無理矢理眠らされた。

 

「あ……私……本当に……」

「姉さん?」

「あの2人に消えてほしいって思っちゃったんだ……思い出した……」

 

手が震える。急激に体調が悪くなる。自己嫌悪で吐き気までしてきた。

 

「私、なんで、そんな」

「朝潮様!?」

 

景色がぐらりと傾いた。防衛本能が私の意識を勝手に止めた。これ以上考えてはいけないと無意識に思ったのだろう。

この記憶は掘り返してはいけない記憶なのかもしれない。だか、思い出さなければ誰も救われない。私が犠牲になるのは別に構わないが、それで他の人を悲しませるのは私自身が許せない。

 

 

 

「朝潮……目が覚めた……?」

 

扶桑さんの膝枕で目が覚めた。食堂で気を失った私は、そのまま医務室に運ばれたらしいのだが、今は扶桑姉妹の部屋にいる。時間にして小一時間程度。部屋の外には山城さんと瑞穂さんが待機しているらしい。だから、今は2人きり。

 

「私がね……無理を言ってここに来てもらったの……」

「そうでしたか……」

 

扶桑さんを見ていると、また罪悪感に押し潰されそうになるが、今度は気を失うことは無かった。なんで消えてほしいなんて思ったのかがわからない。

私の身体を変えた原因だとしても、話を聞く限り私はこの身体を、扶桑さんにされたことを、全て許して受け入れている。それなのに何故。

 

「貴女から私の記憶が消えたと聞いて……勝手に涙が出てきたの……。瑞穂の話も……正直話半分で……何で泣いているのかもわからなかった……。やっとわかったわ……私……妹に捨てられて悲しかったんだって……」

「捨てたってそんな!」

「私が馬鹿なことをしたから……愛想を尽かされたって……思ったのよ……」

 

ずっと扶桑さんは涙目だった。

私が扶桑さんの存在を忘れてしまってから、ずっと部屋に引きこもっていたらしい。それだけのことを私はしでかしてしまった。

 

「朝潮は……私に消えてもらいたいのよね……」

「そんな事ないです! あれは何かの間違い……私ですらなんでそんなことを言ったのかわからないくらいで……」

「そう……でも朝潮の負担が無くなるなら……私は死んでもいいと思っているの……」

 

そんな馬鹿な話があるか。私のために死ぬなんて、絶対に言ってほしくない。その方が負担になる。死なれたら私も再起不能になる。誰も救われない。

 

「提督と山城から……いろいろ教わったの……。私……やっぱり壊れているみたい……」

「壊れてるってそんなこと……」

「山城に言われて……やっとわかったくらいなの……。私が朝潮にしたこと……酷いことなんだって……。霞に殴られて当然のことなのかもって……」

 

扶桑さんは私の消えた記憶の中で、霞に殴られているらしい。霞が割り切るために、一度だけ。その時に、相手の気が済むのなら何度でも殴られればいいと思っていたそうだ。霞の平手打ちは、痛くも痒くも無かったが、何故か響いたのだとか。

その時に感じた感情が、おそらく罪悪感なんだろうとは思ったみたいだが、まだ刻み込めてはいないようだ。同じことをやってしまう可能性はある。

 

「山城さんは何と?」

「身勝手で……最低な行為ですって……。そうよね……春風にとっての朝潮は……私にとっての朝潮なんだもの……。自分のものを勝手に塗り替えられるのは……気に入らないわよね……。私も朝潮に何かされたら……相手を殺したくなるわ……」

 

私の白い髪を撫でながら話す。

扶桑さんの目には狂気が宿っている。こう話しながらも、私に対していろいろな感情が渦巻いているのが見て取れる。今の言葉でもそうだ。扶桑さんは私のことを『自分の()()』と言った。表現の仕方がいちいち危うい。

 

「朝潮……願わくば……貴女のことを妹と呼んでいいかしら……。記憶は戻らなくていい……愛してくれなくてもいい……貴女が妹としてここにいてくれれば私は……満たされるかもしれない……」

 

愛。そう、愛だ。扶桑さんが私に執着するようになったのは、私が口走った愛という言葉だ。

記憶がまた1つ呼び起こされた。鎮守府に攻め込んできた扶桑さんと、攫われる私の記憶。その時に私は扶桑さんに愛を語った。これがキッカケだ。

その記憶を起点に敵の陣地の記憶が、鎖を脚に巻きつけられた記憶が、霞達と相対した記憶が拡がった。

 

「私は意図的ではないにしろ、扶桑さんに消えてもらいたいと願ってしまいました。そんな私が妹で嬉しいですか? 私も酷いことを考えてしまったんですよ」

「……そう思われても仕方ないもの……まだ私には罪悪感というものがよくわからないけれど……きっといつか……心から反省できるように努力するわ……。だから……私に貴女を……愛させて……」

 

思い出した。扶桑さん……扶桑()()との繋がりを全て思い出した。キッカケは、扶桑姉様が求め続けていた『愛』だ。この言葉が、一番深いところにあった。

春風さんより付き合いは短い。この関係になってたったの3日だ。だから思い出さなくてはいけない記憶もこれだけで済んだ。記憶が溢れ出るような感覚に、少し頭痛がした。

 

「私もお手伝いします。一緒に学んでいきましょう。大丈夫、きっと人間らしい感情が手に入りますよ。扶桑()()

「朝潮……貴女……」

「全部思い出しました。扶桑姉様に攫われて、敵の陣地で身体を変えられたことも。脱出を目論んで匿ってもらったことも。そのとき、薄暗い部屋で寄り添って眠りましたよね。ちゃんと思い出しましたよ」

 

枕にさせてもらっている膝がガタガタ震え出した。涙も溢れ出てきている。この涙の理由もおそらくわかっていないのだろう。

 

「私は……朝潮の中にいてもいいのね……」

「勿論ですよ。扶桑姉様だって仲間です。それに……2人で1つの海峡夜棲姫、でしょう?」

「そう……そうよ……私達は海峡夜棲姫……2人で1つの深海棲艦……なのだから……」

 

昨日の涙とは打って変わって綺麗な涙だ。狂気が消えた満面の笑み。これが本来の扶桑姉様なのだろう。

 

 

 

「おめでとうございます朝潮様。扶桑さんとの記憶を取り戻されたようで、瑞穂も大変嬉しゅうございます」

「ありがとうございます。ところで、扶桑姉様をどうにかしてもらえませんか。動けません」

 

扶桑姉様との記憶が蘇り、さんざん泣きつかれた後、今はずっと抱きしめられている。膝枕は終わっているが、膝の上に座らせられ、後頭部に頬擦りされていた。妹の温もりを感じたいとのこと。これ、山城さんもされているらしい。

 

「今はやられときなさい。原因は姉様かもしれないけど、こうしたのはアンタなんだから」

「それを言われると反論できません……」

 

何故扶桑姉様に消えてもらいたいと願ってしまったのかはわからない。高熱とストレスで心に余裕が無かったために出てしまった最悪な道なのか、それとも本当に私の中にある感情なのか。

 

「でもなんであんなこと言ってしまったんでしょう……自分でもわかりません」

「大方、熱に浮かされて有る事無い事言っちゃったんでしょ。気にしない方がいいわ。まだ春風の分もあるのよ」

 

そうだ、春風さんの記憶も早く取り戻さなくてはいけないのだ。あの悲しそうな顔はもう見たくない。




閉じた扉はキッカケがあれば簡単に開きます。扶桑は浅い、春風は深いだけ。


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月夜の再戦

自ら拒絶した2人の記憶のうち、扶桑姉様の記憶は取り戻すことに成功した私、朝潮。たった3日間の記憶だったため、失った翌日に取り戻すことは出来た。だが、春風さんの記憶は相当に深い。すぐに取り戻せるかが心配であった。私が記憶を取り戻さない限り、春風さんはずっと曇ったままだ。早くどうにかしなくては。

 

扶桑姉様の記憶が戻ったことを司令官に報告した。記憶探しをしても根本的な解決は出来なかったが、本人と触れ合うことで解決のヒントが得られたことを伝える。

 

「そうか……扶桑君が医務室から連れ出した時はどうなるかと思ったが、いい方向に進んだのならよかったよ」

「はい、次は春風さんの記憶です。自分で拒絶しておいて調子のいい話ではありますが……」

 

司令官の顔が少し曇る。扶桑姉様より簡単には行かないと理解している。ただでさえ、記憶を失って以降、積極的に関わり合いを絶っているようにも見えたからだ。朝に一言二言交わした後は姿すら見ていない。昼食の時は小破でお風呂だったと聞いたし。

私が拒絶してしまったことで傷付けているのだ。私からも誠意を見せなくてはいけない。率先して会いに行きたい。だが、春風さんからも私を拒絶しているとしたら、私には打つ手が無くなる。

 

「私の方からも春風くんと話をしてみる。自分から行きづらいのなら、私経由で話をすればいい」

「了解しました。まずは私自身で会えるように努力してみます。避けられているのは承知ですが、私の脚で動かないといけないと思うんです」

 

私のワガママで今の状態になってしまっているのだから、私自身で動かなくてはダメだ。

 

「君達全員に言っていることだが、何度でも言うよ。無理だけはしちゃいけない。特に朝潮君、君は特に無理をする。私は心配で仕方ないよ」

「はい……」

「私が全ての責任を持つよ。朝潮君、好きなようにやりなさい。何かあれば手伝う。私も春風君には笑っていてもらいたい。勿論君にもね」

 

司令官も私と同じ気持ちでいてくれている。私の記憶と春風さんの笑顔を取り戻すため、私は司令官と一緒に奔走する。

 

「そういえば、扶桑君との記憶を思い出すキッカケはなんだったのかな」

「愛の話……でしたね。扶桑姉様に改めて愛させてほしいと言われたんです。その時に、攫われたときのあの記憶が蘇って……」

 

司令官が思案顔に。今の話で何か思うことがあるのだろうか。

おそらく、私の中の扶桑姉様との一番深い関係を持った記憶があれだ。愛を語り、扶桑姉様が狂気に駆られたあの事件。あの日だけで、私は見た目も立場もガラリと変わってしまっている。

 

「ふむ、あとは春風君の勇気だけかな……。朝潮君、明日の夜に時間を貰えるかな。春風君との記憶を取り戻せるかもしれない」

「本当ですか!?」

「ああ。それまでは今日と同じように生活してほしい。それまでに取り戻すことができればそれでいい」

 

私と春風さんの一番深い関係を持った記憶は、司令官に心当たりがあるようだ。それには春風さんにも勇気がいると。聞いた話では、私は春風さんの深刻な状態を立ち直らせているという。それを思い出せる何かを、司令官は用意してくれるのかもしれない。

 

その後は結局、司令官に指定された時間まで何の成果も得られなかった。記憶のカケラだけは集まるが、春風さんが妹分だったときの記憶は何一つ思い出せない。

何より、春風さんと一切顔が合わせられなかったのがキツかった。朝昼晩に霞とは話をするのだが、春風さんは姿すら現さない。探しても見つからなかったほどなので、確実に避けられていた。

 

 

 

そして、夜を迎える。月が綺麗な夜だった。

 

司令官に指定された場所に行き、艤装も装備してポツンと佇む。海の真ん中、鎮守府に割り当てられた私室から見えない、ひっそりとした最も暗いであろう海路。深海艦娘化の影響で、探照灯が無くても周りがよく見えた。

 

「こんばんは……朝潮さん」

 

まだ電探眼鏡が禁止されているため、近付かれたことに気付かなかった。声がする方を振り向く。

 

「春風さん……やっと姿を見せてくれましたね」

 

目は逸らされるが、やっと私の前に出てきてくれた。こんな夜でないと話せないことなのだろうか。司令官がわざわざこの時間を指定したのだから、何か理由があるのだろう。

 

「2日間……たった2日間ですが、貴女からわたくしの記憶が消えた後、ずっと考えていました。瑞穂さんにも説教され、霞さんや大潮さんにもいろいろ話し、わたくしの中で1つ決着をつけたいと思います」

 

何も無いところから左腕を埋め尽くす深海の艤装が現れた。私が忘れているという半深海棲艦の特性。工廠要らずの艤装展開。扶桑姉様は艤装自体があって無いようなものなので、ここまでの展開を見ると少し驚いてしまう。()()()()()()()()()()

 

「やはり、わたくしは扶桑さんを許せそうにありません。いくら貴女がそれを受け入れようと、変えられた事実は覆りません。わたくしは貴女に拒絶されても仕方がないと思っています。なので」

 

私の記憶が消えたキッカケは春風さんの扶桑姉様に対する殺意。

記憶が1つ呼び起こされた。私の今の制服を拒絶し、脱ぐことを強要してきた春風さんから距離を置くことを決めたときの記憶。私に最も負荷がかかった時の記憶。

 

「どうせ拒絶するなら、わたくしをここで殺してください」

 

静寂がこの場を支配した。

私に殺せと? 冗談じゃない。

 

「お断りします。どうであれ、私が春風さんを殺す理由になりません」

「ならばそこを退いてください。鎮守府から出ていきます。北端上陸姫の軍門に下り、改めて貴女の敵として現れれば殺してもらえますか?」

 

主砲を向けられた。退かなければ撃つぞという覚悟の表れ。

 

「わたくしがここにいても、貴女に負荷をかけ続けるだけでしょう」

「私も努力します。だから、一緒に生きていきましょう」

 

撃たれた。砲弾は肩を掠め、遠くの海へ落ちる。演習用のダミーじゃない、実弾を撃たれた。

 

「退いてください。わたくしは死にたいのです」

「ダメです。死なないでください」

「……退けよ」

 

逆の肩を掠めるように撃たれる。

雰囲気が変わった。これが皐月さんの言っていた『狂犬』か。瞳で炎が燃え上がり、表情も性格もガラリと変わる。

 

「わたくしは本気だ。そこを退け」

「やめてください。そんなことをしても、悲しみしか生まないでしょう」

「ならここで殺せ。貴女の手で殺されるなら本望だ。どうせ拒絶されてるんだから!」

 

銃口が私の頭に狙いを定める。2回肩を掠めたのは脅しのため。だが次は無いと、態度で示してきた。このままだと本当に命を落としかねない。やられる前にやれと。

 

「……わかりました」

「退く気になったか」

 

春風さんは引かないだろう。目がそれを語っている。それなら、私はそれに本気で応えるしかない。

 

「なら、私がここで貴女を殺すわ」

 

身体が勝手に動くように私は()()()。今なら艦載機もあるのだからそれで攻撃すればいいのに、あえてこの行動に出てしまった。理由がわからない。だが、これが最善なのだろうと思った。こうしなければならないと思った。

 

「それだ! それだよ()()()! 思い出せ! これがわたくしと()()()()()()だ!」

 

白兵戦なんて出来るはずが無いのに頭に向かって蹴りを放つ。自然にこの行動が出来た。今までに何度も扶桑姉妹の戦闘を見てきているからか、うまく真似ができているように思えた。

私の蹴りは艤装にガードされる。体勢を崩すことができないが、あちらも撃ってこない。

 

「何故止めたの? 死にたいのでしょう?」

「そこまで……貴女は本当にっ!」

 

体勢を崩すために脚を蹴る。同時に艤装を払って砲の向きを外へ。これも自然と身体が動いた。

 

()()()と同じことをしてくれるなんて、最高だよ()()()ぁ!」

「同じことって……っ」

 

突き飛ばして倒す。この間、一度も攻撃されなかった。この展開を望んでいるようだった。望まれるがままに馬乗りになる。春風さんは終始笑顔のままだ。私との戦いを楽しんでいる。

 

「次は……こうだろ?」

 

手を取られ、首に持っていかれる。絞めろと、目が語っている。そんなことをしたら本当に死んでしまうのに。

 

「思い出せ。思い出せよ。思い出せないのなら、このまま殺せ!」

 

扶桑姉様の時と同じように、記憶が紐解かれていくようだった。私はこれを知っている。月夜の晩に、春風さんを……()()をこうやって首を絞めた。春風の本心を聞き出すために、らしくない演技までして。

 

そこから記憶が溢れ出した。扶桑姉様の時とは段違いの情報の波。数ヶ月もの春風との思い出が、全部蘇ってきた。頭が痛くなるほどの記憶の奔流。

 

「思い……出した……」

「御姉様?」

 

春風の首から手を離す。自然と涙と笑みが零れた。

これは夜にしか出来ない。こんなことしたのは、この時間しかない。あの時も、月が綺麗な夜だった。

 

「同じ場所で、同じ時間に、今度は私が救われるなんてね。意趣返しのつもり?」

 

軽くチョップをしてから離れる。本能的にストレスだと思っていた記憶も、今となってはかけがえの無いものであることに気付くことができた。ストレスは感じない。体調はすこぶるいい。

春風だって、私のことを思って扶桑姉様を憎んでいた。どちらを取るとか、距離を置くとか、そういうことを考えた私の方が愚かだったのかもしれない。

 

「全部思い出した。春風、ごめんなさいね。貴女を拒絶してしまって」

「構いません……わたくしこそ申し訳ありませんでした、拒絶されるだけのことをしましたから。まだ扶桑さんを受け入れることは出来ませんが、御姉様が帰ってきてくれただけでもわたくしは嬉しいです」

 

まだ扶桑姉様のことはダメな様子。仲良くしてもらいたいのだが。

なら、ここからは私なりのケジメをつけよう。せっかくこの身体になったのだ。この身体を拒む春風に、身を以て知ってもらおう。

 

「春風、ここから個人演習って形で、喧嘩しましょうか。深海艦娘の力、その身体に教え込んであげる。私が勝ったら、扶桑姉様を受け入れなさい」

「……ならわたくしが勝ったら扶桑さんのことを姉と呼ぶのをやめてくださいね。そういう勝負なのでしょう?」

 

お互い笑顔だった。記憶を取り戻せた喜びと、春風とこういうことができるようになった喜び。まさか、喧嘩が楽しいと思える時が来るなんて思えなかった。

そうか、これがもしかしたら神通さんと北上さんの関係なのかもしれない。

 

「今の私を嘗めてかからないことね」

 

艦載機を6つ発艦。その全てにダミーの弾を詰め込む。深海の艦載機はその場で動きを止めることができるドローンのようなものだ。私はこれを意のままに操り、武器として使うことになる。深海艦娘化でついに手に入れた攻撃手段。

 

「はっ、こっちは経験が違うんだ! いくら御姉様といえ、簡単に負けてやるもんか!」

 

改めて艤装を展開。弾が全てダミーに置き換わった。

 

「それをずっと見続けているのは誰だと思ってるの」

「電探眼鏡もないのに何が出来るっていうのさぁ!」

 

春風の砲撃が、喧嘩の始まりの合図だった。

 

「電探が無くても動きなんて手に取るようにわかるわ! 私は春風をずっと見てきたもの!」

「わたくしも同じさ! 御姉様がどうやって避けてきているかなんて、一番わかってる!」

 

春風の癖は最初からわかっている。電探なんていらない。目で見て、耳で聞けば、どうしたいかなんてわかる。主砲の威力は激しいけれど、当たらなければ関係ない。

合間合間に艦載機による攻撃を加えながら、徐々に間合いを詰めていく。いくら春風でも、艦載機を使う私は、扶桑姉様と脱出してきたときのあの一度だけしか見ていない。

 

「ほんっとうに当たらないなぁ御姉様ぁ!」

「貴女も精度が良くなってるじゃない! でももっと頑張りなさいな!」

 

手を春風に向けた。何かされると思ったのだろう、春風も手を払い魚雷を生成。広範囲で逃げ場を無くしてきた。時間差まで出して跳び越えることも考慮に入れてきている。

 

「これで勝ちだ! 跳び越えられないだろ!」

「前までの私ならね。今なら!」

 

艦載機のうちの3つは背後に回らせている。2つは両サイド。そして残り1つは真正面。両サイドの艦載機を自分の元に戻し、魚雷を跳び越える。

 

「御姉様のジャンプ力くらいわかってる!」

「補うくらいするわよ!」

 

艦載機を掴み、強引に滞空時間を延ばした。私程度の重さでも持ち上げるのは難しいが、ゆっくり下ろすくらいはできる。

大きく手を引く。背後に回らせた艦載機に攻撃させる合図。

 

「私の勝ち!」

「いいや、負けじゃない!」

 

滞空しているということは、空中で無防備ということだ。つまり、春風にとって私は恰好の的である。

 

「なら」

「引き分けだな」

 

私の艦載機からの攻撃と、春風の砲撃がお互いに同時に当たった。本当に同時。結果は引き分け。

だが、私達のボルテージはまだまだ上がっている。

 

「まだだろ! 御姉様!」

「勝敗が付くまでやるわよ! というか顔狙わないでくれる!?」

「無防備な御姉様が悪い!」

 

夜中だというのに、私達ははしゃぎながら喧嘩を繰り返す。いや、もう喧嘩ではないか。かなり乱暴なじゃれあい。お互いドロドロになりながらも、これは絆を確かめ合う行為だ。

 

楽しかった。本当に楽しかった。終始笑顔だった。

 

 

 

春風との喧嘩を終え、工廠に戻った。司令官を筆頭に、あの時に私を手伝ってくれた霞と山城さん、大淀さんに加え、大潮や瑞穂さん、扶桑姉様まで待っていてくれた。奥には明石さんもいる。

 

「お疲れ様。スッキリしたかい?」

 

司令官が私の記憶を戻すためにこの場をセッティングしてくれたわけだが、春風とこうなるところまで織込み済みだったようだ。

さんざん喧嘩をして、ストレスなんてものを感じないくらいスッキリしていた。私も春風も、海水とペイントでグチャグチャだ。思いの丈をぶつけ合うのは、言葉だけじゃないのだと思う。たまには殴り合いの喧嘩をしても、バチは当たらないだろう。

 

「司令官は何処まで指示をしていたんですか」

「春風君に、あの場所で朝潮君が待っていると伝えただけさ」

「……司令官の手のひらの上だったんですか?」

「さぁ、どうだろうね」

 

含み笑い。ああ、この人には敵わない。

 

「ほら、さっさと着替えて寝るわよ。今日は部屋に戻ってくるでしょ?」

「お姉さんがいないと霞の寝付きが悪いんです! だから、戻ってきてくださいね!」

 

霞と大潮に急かされて艤装を下ろす。私が元に戻ったからか、上機嫌に見える。足取りも軽やかだ。これだけ汚れているのだから、まずはお風呂に行かなくては。

 

「霞、大潮。今日はちょっと趣向を変えてみない?」

「どういうことよ」

「みんなで寝ましょう。春風も、瑞穂さんも、みんなで」

 

私が心配させたみんなと一緒にいたかった。2日間、本当に苦労をかけてしまったのだから、何かしてあげたいと思った結果、思い付いたのがこれだ。今の私にはこれくらいしかできないし。

 

「無茶言わないでよ。部屋に入れる人数考えて」

「大淀君」

「滞りなく。朝潮さん、談話室の一角に、座敷のスペースと7人分のお布団を用意させていただきました。自由に使ってください」

 

さすが悪ノリの大淀さん、抜かりなし。私の発言と同時に明石さんに連絡を入れ、そのまま妖精さんが準備に入り、即完了である。この間、わずか数秒。妖精さんの力を持ってすれば、この程度朝飯前であった。しっかりお座敷まで作っている辺り、悪ノリが過ぎる。

 

「ちょっと待って、7人って、私達まで入ってんの?」

 

扶桑姉妹含めて7人である。春風には勿論、扶桑姉様にも迷惑をかけてしまった。せっかくだし、私経由ではあるが姉妹の絆をもっと深めようではないか。

 

「いいじゃない……私は……朝潮と寝たいわ……」

「御姉様、扶桑さんを入れるのはちょっと」

「こら春風、こういう時に受け入れないでどうするの。さっきの演習は最終的に私が勝ったんだから受け入れなさい」

「あれは引き分けです! いくら御姉様といえど虚偽の報告は」

「もうどっちでもいいわよ……私結構眠いんだけど……」

「大潮も眠いです! 扶桑さん山城さん、一緒に行きましょう!」

「瑞穂もご一緒してよろしいのでしょうか。恐れ多いのですが」

「瑞穂さんは今回のMVPよ。この霞が認める。今日は朝潮姉さんの隣の権利をあげるわ」

「朝潮様、早く参りましょう。もう夜も更けてまいりました。明日に支障が出る前に御早く」

「わたくしはまだ認めたわけでは」

「うっさい! さっさと行くわよ! 姉様も行きましょう」

「ええ……朝潮のもう片方の隣は……私がいいわね……」

「許しません。百歩譲って同じ部屋で寝るのは良しとしても、御姉様のお隣はダメです」

「春風!」

 

もうてんやわんや。私の周りも大所帯になったものだ。ここにレキさんやウォースパイトさんまで入ってくるのだから、騒がしい連合艦隊である。

 

「楽しそうで何よりだよ」

「そうですね。勿論、青葉さんにも手配済みです」

「また思い出が増えるわけだね。いいことだ」

 

司令官と大淀さんが聞き捨てならないことを言っているようだが、もう気にしないことにした。今はこの騒がしさを楽しむ方が先決だ。

 




春風は艤装の都合上、自殺が出来ません。左腕が大きく曲がらないので。死にたいときは人に頼むしかない業を背負っています。


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唯一の同族

拒絶して失った記憶も取り戻し、復活を遂げた私、朝潮。昨晩の喧嘩を経て、春風ともより親密になれたと思う。

扶桑姉様も少しずつではあるが人間の感情、常識を覚えていこうとしている。妹以外に視野が広げられたのはとてもいいことだ。ただただ生かされていただけの時と比べ、確実に変わってきている。

 

「朝潮様、おはようございます。朝です」

 

瑞穂さんの声で目を覚ます。見知らぬ天井……と言っても本来なら寝るような場所ではない談話室の天井が目に入った。すでに準備を終えた瑞穂さんが、私の着替えを三方に載せて待機していた。

大淀さんが用意したお座敷、7人分のお布団が用意してあると言いながら、あった布団は3枚。枕は7つ。添い寝以外の道がない状況であった。結果、私の左右に瑞穂さんと扶桑姉様、あとは各々散らばるという配置で就寝。最後まで春風がゴネたが、瑞穂さんの説得(こぶし)で眠りに落ちた。

 

「おはようございます。……まだ皆寝てますね」

「朝潮様の記憶が戻ったことで安心したのでしょう。扶桑さんもぐっすり眠っていらっしゃいます。そろそろ総員起こしの時間ですので、先に起こさせていただきました」

「ありがとうございます。ああもう、大潮は本当に寝相が悪いんだから」

 

微笑ましい光景だった。扶桑姉様は私と山城さんに挟まれていたので、念願の妹サンドイッチが叶い、今までの不幸が払拭された、とてつもなく安らかな寝顔だった。瑞穂さんも私と霞に挟まれる形だったためか、肌がツヤツヤしているように見える。幸せの形は、人それぞれだ。

 

「総員、起きてくださーい! 朝でーす!」

 

外から萩風さんの声が聞こえる。萩風さんの声を聞くと、朝が来たんだなと実感する。オーバースペックのデメリットも、捉えようによってはメリットだ。夜になった途端に落ちる代わりに、朝になった途端に目を覚ます萩風さんは、鎮守府の目覚まし係として率先して総員起こしをやっている。

 

「あれ、談話室で寝てたんだ」

「はい、夜にいろいろありまして」

「なんだか女子会みたいだね。私もちょっとやりたいかも」

 

いつもと違うことをやるだけでも、心境が変わるものだ。これからはこのスペースも何かに使われそうな予感。

 

 

 

扶桑姉様が仲間になり、私の緊急事態も解消したため、次の救出任務についての話が始まる。少し時間を空けてしまったが、睦月さんと漣さんの救出だ。あちらの吹雪さんは、私が向こうにいる一晩、約半日の間でも、一度も姿を見ていないところからすると、おそらく最後まで出てこない。扶桑姉様が居なくなった穴を埋めるための、陣地の護衛にしていると考えられる。

 

「残った深海艦娘は3人。次で2人の救出となるだろう。それが終われば、最終決戦だ。万全の準備をし、確実に勝利を手にしよう」

 

あちらの吹雪さんは陣地の攻略と共に救出する流れになっている。そのため、まだどうするかは考えていない。

先に考えるべきは、鎖をコントロールする漣さんの存在。迂闊に近付くと、潮さんや皐月さんの二の舞になってしまう。これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。さらに、時間があった分で新たな能力を身につけていてもおかしくない。慎重を要する。

 

「救出任務は3日後とする。それまでに部隊の選定をしておくよ」

「3日あればいろいろと準備できるな」

「準備って言っても、練度を上げる程度でしょ。何か新しいことがやれるわけでもあるまいし」

 

私はまだまだ『未来予知』の訓練を続けていくが、他の人達は今出来ることを確実にやれるようにしていくのみ。想定外を想定済みにする訓練が基本だ。むしろ、()()()()()全員無事に帰るために手段を選ばない戦法を優先している。

 

「時間を与えれば与えるほどあちらも容赦しなくなるだろう。睦月君と漣君も、より改造をされている可能性は高い」

「睦月さんはかなり危険です。今でさえ戦艦以上のパワーを持っていますから」

「武器がドラム缶だったしな。ありゃあガンさん並だ」

 

漣さんは艦載機と鎖のコントロールというテクニカルタイプ。それに対して、睦月さんはドラム缶2つを振り回すパワータイプ。燃料がたっぷり詰まったドラム缶は、下手をしたらそのまま爆発しかねない代物だ。質量に危険性を追加している。

 

「扶桑さんのパワーまで足されてる可能性があるんだよな……そうなるとヤベェ。倒せる見込みが無くなる」

「最悪、誰かを犠牲に鎖だけ破壊する……なんて作戦をしないといけなくなるかもですね……」

 

当然誰も犠牲にならないのがベストだ。だが、躊躇していると全滅する可能性だってある。

 

「朝潮にしてはなかなか過激な作戦を口に出したな」

「せやなぁ。犠牲にするなんてそうそう言わへんのに」

「えっ、あ、確かに……」

 

記憶を失った時といい、今といい、なんだか思考が過激になってきている気がする。春風との喧嘩もすごく楽しかった。もしかしたら、これが深海艦娘化の影響なのかもしれない。

 

「深海艦娘になったからかもな。普段は大人しい電すら言うときゃ結構激しいこと言うぜ」

「鎖が無くなっても、なんかに影響あるんやろうなぁ。まぁ、朝潮は普段が真面目すぎんねん。今くらいでちょうどええ」

「そ、そうですか、では気にしないことにします。違和感が大きくなったら教えてください」

 

今は現状維持で。一度とんでもないことにはなっているものの、他に何かあるわけでもない。言われて自覚できれば、幾分かはマシになるだろう。悪化するようならまた何か考える。

 

「とにかく、今は訓練あるのみだ。扶桑君にも付き合ってもらえるように頼んでいる」

「うお、マジか。山城姐さん超えの相手とかありがたいぜ」

「私も北の戦場に行けない分付き合ってあげるわ。姉妹で相手してあげる」

 

想定できる敵としては最上級だ。倒すことが出来ないにしろ、どういう攻撃が来るかがわかれば対策を考えることはできる。それは大きい。本当にまずいと思った時は、山城さんにも出てもらわなくては行けないかもしれない。

 

「では各々、今自分にできる事を、無理せぬようにこなそう」

 

ここから3日間、最高の作戦と部隊を用意する時間だ。そして、鎖の位置を把握でき、今のところ鎖の洗脳が効かない私は、部隊に入ることは確約されている。

漣さんには手酷くやられている。次はああはいかない。

 

 

 

扶桑姉様の処遇は、視野を広げるために率先して他人と関わりを持たせようとした司令官の考えから、なるべく大人数で行われる訓練や任務に参加してもらうというスタンスになっている。まだ私か山城さんが側にいる必要があるが、妹以外に友人を作ることができればいい。

コミュニケーション能力が振り切れている金剛さんとレキさんはその筆頭。レキさんは最初、春風のように顔を見ただけで襲い掛かりそうだったが、私が説明したら簡単に仲良くなってくれた。割り切り方が普通と違う。今が味方なら、前に敵でも知ったことはないというスタンスだ。春風に爪の垢を煎じて飲ませたいレベル。

 

「ここの子達は……本当に優しい子ばかりね……」

「ここもいろいろありますからね。浄化された元深海棲艦は全員元々敵対していた上に、その時の記憶も持っていますから」

 

ガングートさんとウォースパイトさんが該当者。私達と敵対した記憶を持っていても、今では共に戦う仲間だ。ガングートさんはライバル視している山城さんと競い合い、ウォースパイトさんは私を守る盾として活動している。

 

「……敵と手を取り合うだなんて……考えたことがなかったわ……」

「この鎮守府が特別なんですけどね。でも、この鎮守府に配属されていることを誇りに思いますよ。そうでなければ私は扶桑姉様に出会えませんでした」

「……そうね……ここで本当に良かったわ……」

 

少しずつだけど、扶桑姉様は一歩ずつ前に進んでいる。未だに扶桑姉様を敵として見ている者は、この鎮守府にはもういない。

春風もあんなことを言いながらも敵対しようとはもう思っていないだろう。今の春風は私の身体の変化も受け入れている。あとは私の姉として存在する扶桑姉様が受け入れられないだけ。可愛い嫉妬だ。根が深すぎるが。

 

「私は……春風とも仲良くしたいわ……同じ半分この艦娘なんだもの……」

「そうですね。まだあの子は割り切れてないんですよ。時間をかけていきましょう。何かキッカケもあるでしょうし」

 

まだ見つかっていないだけかもしれないが、この世でたった2人の半深海棲艦だ。運良く同じ場に集まることが出来たのだから、いい関係でいてもらいたい。すぐに仲良くなれないならそれはもう仕方ない。このくらいの問題なら時間が解決してくれるはずだ。同じように嫉妬したレキさんや瑞穂さんとも今はいい付き合いが出来ているのだから。いっそ瑞穂さんの時のように演習してぶつかり合えばいいかもしれない。

 

「そう……キッカケさえあれば……」

 

春風がずっとコソコソこちらを見ているのはわかっている。私が扶桑姉様と一緒にいるからこちらに来れないでいるような動き。

 

「はぁ……春風、コソコソしない」

「は、春風はここにはいません」

「誰を相手にそれを言っているのかしらね」

 

廊下の角まで走り、無理矢理手を引っ張る。ちゃんと朝潮型の制服に着替えた春風が扶桑姉様の前に現れた。一緒に寝た仲だというのに、まだ余所余所しい。嫉妬からの仏頂面はレキさん以来。

 

「春風……貴女は私の先輩なの……いろいろ教えてほしいこともあるわ……」

「せ、先輩……」

 

あ、気持ちが少し揺らいだ。

春風は扶桑さんがこの世界に生まれ落ちるよりもずっと前からこの鎮守府にいる事になる。見た目と年齢が全く一致しない、艦娘特有の現象。さらにいえば、半深海棲艦として生きてきている時間も春風の方が長い。そういう意味でも春風は先輩になる。

 

「……貴女も辛いことがあったと思うわ……でも……それを朝潮に乗り越えさせてもらったのよね……」

「……はい。そういう意味ではわたくしも扶桑さんと同じです。御姉様に受け入れてもらい、妹として見てもらえるようになって……」

「本当に私と同じなのね……」

 

そう、まったく同じ。私の姉扱いか妹扱いかなだけであり、経緯は本当に同じ。精神的な侵食具合なんて、今はもう大したことではない。

産まれのせいで酷い目に遭い、心に大きな傷を持ち、ようやくこの鎮守府で()()()()生活できるようになったのだ。その真ん中に私がいると言われると気恥ずかしい。

 

「私の知らない朝潮を……いっぱい知っているのね……」

「はい、勿論」

「教えてもらえないかしら……貴女の姉のこと……私の妹のことを……」

 

もしかしてこれ、私の前で話をされるのだろうか。人様に話される自分の武勇伝ほど恥ずかしいものはない。

 

「あの、それはまた後日でもいいのでは」

「朝潮……私は春風と仲良くしたいの……わかってちょうだいね……」

「その話、瑞穂にもお聞かせください」

「ーーーー!?」

 

驚きすぎて声すら出ていない春風。まぁ来るだろうとは思っていた。神出鬼没もここまで来ると、どのタイミングで現れるか楽しみになってくる。稀に電探の反応すら凌駕してくるので、私としてはそちらが驚き。

 

「ちょうど談話室にお座敷も出来ましたし、ゆっくりお茶でもしながら」

「そうね……まだ時間はあるし……」

「わかりました。扶桑さんと瑞穂さんに御姉様が何たるかを知っていただきましょう。お二人の知らないこと、多くあるはずですし」

 

扶桑姉様と瑞穂さんに両サイドから担ぎ上げられた。やはり私の目の前で話をされるらしい。これはもう羞恥プレイの一種。

 

「まずはやはりわたくしとの馴れ初めから」

「それが一番聞かれたくないんだけど……」

「何を仰いますか。昨日にさんざん聞かれているのですから、恥も何も無いのでは」

 

聞かれていると春風は言った。つまり、昨晩の一件も、全て工廠に筒抜けだったということか。それにしては霞が冷静だった気がするが。

 

「まずこちらが当時の音源。そしてこちらが昨晩の音源」

「ちょっと!?」

「どちらもわたくしの大切な宝です。わたくしを作り上げた瞬間、御姉様を救った瞬間、わたくしの誇るべき思い出なのですよ?」

「当時のはもういい、諦めた。だけど昨晩って何!?」

 

3人が3人、瞳の中で狂気が渦巻いていた。全員扶桑姉様に引っ張られている。私の意思は、もうここには無かった。

 

その後、談話室で白露さんと皐月さんが合流。春風や霞ですら知らない、最初期の私の失態まで暴露される羽目になった。ケーキのアレとか、顔面爆撃のソレとか。ついでに春風の持つ当時の音源まで披露されたので、細かく知らなかった皐月さんに白い目で見られることに。

 

ただ、このやりとりで春風と扶桑姉様のわだかまりがある程度消えたのは嬉しかった。私が酷い目に遭うだけで済んだのだから、これくらいなら安い。

いや、安くない。やっぱり人前で武勇伝はキツイ。

 




自分で話すから笑い話に出来るのであって、人から話されるとただの羞恥プレイになる。朝潮の失敗談は結構あるので……。


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女帝

私、朝潮の羞恥プレイの翌日。次回の救出作戦まで、今日を入れて猶予は2日。部隊はまだ決定していないが、誰もが自分が選ばれる可能性を考え、訓練に励んでいた。私も勿論その1人。深海艦娘と化しても洗脳されない例外のため、全員のサポートのため出撃する。

それまでは各々伸ばしたい能力を伸ばしていくことになる。時間が短いので新しいことをやっていくというのは難しいが、出来ることをさらに極めていくというのはいくらでも出来る。扶桑姉様のように既に極まってしまっている人などいない。山城さんですら伸び代はある。相変わらず筋トレしているみたいだが。

 

北の戦場に出られないメンバーは、警護任務の他に訓練の相手をすることがメインになっていた。特に、私を含まず深雪さんを含めた8人の深海艦娘は、スペックアップもあり訓練の相手には最適である。

私は今、その詰所として扱われている一室にいる。瑞穂さんは定期的な診断と艤装のメンテナンス、春風は扶桑姉妹と警護任務のため、率先して私に付き従う人達は珍しくいない。

北の戦場に出るメンバーではあるものの、私も深海艦娘、この組の一員である。訓練を受けたいものは、ここで申請を通す形。今は五月雨さん、叢雲さん、大潮が出払っている状態。

 

「最近さ、あたしら酷使されてるよな?」

「そんなことは無いと思うけどね。演習相手に毎日呼ばれているだけじゃないか」

「白しぐちゃんは元気過ぎなのです。黒しぐちゃんが来た時は率先して参加するし」

「そりゃあね。黒いのは僕が倒さないといけないからね」

 

こちらはこちらで楽しそうで何より。割と頻繁にやってくる神通さんや夕立さんがそろそろ面倒とも呟いていた。好戦的な人は大概援軍の方々である。

 

「艦載機1個しか使えないし、深海艦娘としては半端もんなのに、何であたしがリーダー扱いなんだ。白しぐ辺りで良くね?」

「いや、これは深雪だよ。僕にリーダーは出来ない」

「そうなのです! 深雪ちゃんが最初に電を救ってくれた救世主なのです! 鎖の性質を身を以て教えてくれたし、電の小型艤装の時にも付き添ってくれたし!」

 

深海艦娘は深雪さんが窓口になっていた。深海艦娘の会の発起人であり、初めての間接的な犠牲者。救出の仕方を示してくれた張本人でもある。何から何まで深海艦娘に使ってしまったようなもの。

そして推薦者の電さんの圧が凄かった。ある意味命の恩人であり、思うところがいくつもある深雪さんへの感情は、一言では言い尽くせないものなのだろう。

 

「わかったろう? リーダーは深雪なんだ」

「へいへい、謹んでお受けいたしやーす」

 

ヘラヘラとしているが満更では無さそうだった。頼られるというのは嬉しいものである。

 

「朝潮もこんな感じなのか。いや、まぁ、誰かに頼られるってのは悪いことじゃないんだけど」

「私の場合は頼られるっていうんですかね」

「朝潮組の組長が何言ってんだ。最高戦力3人も抱え込んで」

 

朝潮親衛隊が朝潮組に変化していた。どんどん聞こえが悪くなっている。春風の飼い主扱いよりも辛い。

確かに今、私の周りには戦力が集まっている。深雪さんがいう最高戦力3人とはおそらく、扶桑姉妹とレキさんのことだろう。ついには私も攻撃に参加できるようになったので、少し人を集えばわりと強力な連合艦隊も組めるくらいになった。

 

「深雪、朝潮は組長じゃないよ。確か女帝だったはず」

「はわ、朝潮ちゃんすごいのです。戦艦のお姉さんを手下にした女帝だったのですね」

「じゃあ朝潮帝国だ。逆らったらヤラれる」

 

私の印象がさらに別方面へ向かっていく気がした。明石さん、他の人にも口走ったのか。飼い主や組長よりは全然マシではあるが、あまりにも大それている。

 

「別にヤッてもいいんですよ。全員で深雪さん集中狙いで。まず扶桑姉様をけしかけます」

「それマジで殺されるタイプのヤツ!」

 

冗談が言える仲なのはいいこと。ただ、最近の冗談は割と過激なことが多くなってきた。やはり深海艦娘化は対象の思考をそちらの方へ傾ける作用がある気がする。

 

 

 

「訓練頼みたいんだけど」

 

霞が訪ねてきた。深雪さん曰く、好戦的な人達以外では霞が一番ここに来るらしい。私が一員になる前から深海艦娘に訓練を頼んでいる。成長に躍起になっている。

 

「あら朝潮姉さん、今日はここなの」

「ええ、私もここの一員だから。リーダーには顔を見せておかないとね」

 

私は自分の訓練ばかりで他の訓練をあまり見たことがない。深海艦娘相手に『未来予知』の訓練もさせてもらっているし。こういうときくらいは私も深海艦娘の一員として、人の訓練の手伝いをしてみたいものだ。

 

「誰を使いたいんだ?」

「全員」

「は?」

「ここにいる全員。いい具合に6人じゃない。叢雲がいないのは残念だけど、白しぐいるし、皐月いるし、朝潮姉さんまでいるし、都合がいいわ」

 

それだけ大規模な何かをしたいのだろうか。霞以外にはここに来ていないが。

まさか1人で6人相手にしようとしているのか。ただの一方的な蹂躙になりかねない。私が改二になるときにやった1対9の訓練に似たような状態である。いや、むしろそれを深海艦娘でやろうとしているのでは。

 

「貴女1人?」

「ええ。朝潮姉さんが改二になるときにやってたのあるでしょ。あれ、ここ最近ずっとやってんの。昨日は萩風と時津風に頼んだわ。あと神通さんにもボッコボコにされた。レキや潜水艦姉妹にも頼んだわね」

 

私が記憶探しをしている時も、霞はあの無茶な訓練を続けていたそうだ。確実に短期間で成長できることは私や白露さんで証明済み。

ただし消耗も激しい。霞に疲れは見えないが、外に見せていないだけで疲れ切っている可能性はある。

 

「霞、無理してない?」

「してるわよ。でも朝潮姉さんに言われる筋合いは無いわね」

「別に無理するなとは言わないわ。だけど、理由くらいは教えてほしいわね」

 

別に無理するななんて言うつもりはない。一気に強くなりたいなら無理をするしかないのだから。私だって今までずっとそうしてきた。頭痛に悩まされても関係なしに訓練を続けてきた。

だが、何故急にそれをやり出したかを知りたい。私は敵となった深海艦娘を無事に救うため、狡猾な手段を使われても対処できるように無理をした。だが霞は今何故。

 

「……強くなりたいのよ」

「そう……私からは何も言わない。霞が決めたことだもの」

 

何か含みのある言い方だったが、私にも聞かれたくないことくらいあるだろう。霞にだってプライバシーくらいある。深く追求するよりは、力になってあげた方が霞のためになるはず。

 

「全員出払うってのは初めてだけど、まぁいっか。で、なんだっけ。6人がかりで霞をリンチすりゃあいいんだっけ?」

「もう少しマシな言い方無いわけ? 訓練よ、訓練」

「はいはい。んじゃあ、全員で行くぜぇ」

 

霞の訓練を手伝うというのは少し嬉しかった。妹の成長に貢献できるというのは姉冥利につきるというものである。

 

 

 

海上。霞の訓練が開始する。朝潮型は無理と無茶をするものと、鎮守府でも有名になってしまった。ケッコンカッコカリをした後にここまでの訓練を望んでいるのは霞くらいである。

 

「ルールは?」

「手加減無し。そっち6、こっち1。私が全部塗られるまで続けて」

「こっちはじゃあ轟沈判定でいいな」

「ええ。6人全員轟沈判定させるのが私の勝利条件」

 

かなり無茶なルール。こちらは連携できるが、霞は単独で全部捌くと言っている。正直、無理だと思っているが、何も言わない。

 

「朝潮姉さん、あれもやっていいわ」

「あれって『未来予知』?」

「ええ。むしろやってもらわないと困る」

 

これは自信があるから言っているわけじゃない。自分を追い込んでいる。自分の底を無理矢理押し上げようとしている。

なら、お望み通り全力で迎え撃とう。手加減などしたら逆に霞に失礼だ。それに、深海艦娘となってから私もどこまでやれるか知りたい。

 

「そう……なら心を折ってあげる」

「それくらいでお願い。早く強くなりたいの」

 

焦っているようにも見える。『早く』の部分を強調しているように思えた。霞らしくない。

 

「指示頼むよ女帝」

「霞は痛い目を見たいみたいだからな。頼むぜ女帝」

「後頭部気をつけてくださいね。私は貴女達より多く艦載機使えるんですから」

 

こちらの部隊は私、深雪さん、白時雨さん、電さん、潮さん、皐月さん。皐月さんを最前衛に置き、サポートに深雪さんと電さん、後衛に潮さんと白時雨さんを配置。私は最後尾で艦載機を使いながらの指示。

 

深雪さんと電さんのコンビは連携が恐ろしく上手い。電さんが深雪さんを引き立てる動きをするのだが、お互いがお互いを理解しているというか、心が通じ合っているというか、普通じゃできない連携までやってのける。私も扶桑姉様との連携に見習いたい部分が多い。

潮さんは私と同じく艦載機運用にシフト。雷撃をしながらの航空戦をするのでペースが狂わされる。全員に言えることだが、艦載機を普通の空母のように使うのではなく、中距離武器のように使うのが特徴。

そして、白時雨さん。曲者中の曲者。バックパックの連装砲が長距離高火力の単装砲に変化するため、状況を見ながらの運用変更を視野に入れなくてはいけない。

皐月さんは何も変えてない分、全ての精度が段違いに上がっている。今まで見てきたものは一旦捨てて考え直さなくてはいけないレベル。

 

霞はその全てを超えて、私まで倒そうとしている。それだけ自分を追い込んで、何処を目指しているのだ。

 

「それでは……開始します」

 

目を瞑り、意識の没入。本当に久しぶりにやる『未来予知』だ。対象は霞を中心に、私を含めた深海艦娘部隊6人。さらに、各々が飛ばす艦載機。そして、霞の魚雷。把握しなくてはいけないものが多く、以前までの私なら後が怖いレベル。

今回は視覚のみを先読みに使う。聴覚はそのまま。霞を嘗めているのではなく、段階を踏むことで頭痛が緩和されるかの確認も兼ねている。

 

「皐月、直進。深雪、電、展開後左右から」

 

まず3人で速攻。

 

「潮、艦載機発艦、時雨、準備」

 

後衛はそれを補助するための動きを指示。白時雨さんはまずバックパックを単装砲に変形させてからが始まりだ。小型の主砲よりそちらで援護した方が追い込みやすい。

 

「いかにも姉さんが考えそうな作戦ね。私も今までいろいろやってきてんのよ。戦いやすい状態に、私が作るわ!」

 

両サイドに魚雷を発射。深雪さんと電さんへの牽制。向き的に、皐月さんに近づけようとしているのはわかる。縦に並べれば処理がしやすく、魚雷も当たりやすいだろう。

 

「皐月、回り込め」

「魚雷が邪魔で霞の横に行けないけど」

「ほら、()()()()()()

 

深雪さんと電さんが艦載機を皐月さんの目の前に配置。まさか階段状にして上を走らせるつもりか。私を持ち上げることすら出来ないのに、その上に乗ることなんて。

 

「サンキュー! ボクの分も使えば!」

 

さらに自分の艦載機まで使い、合計9つの階段。なんて滅茶苦茶な。霞もこれには意表を突かれた。

 

「そんなのアリなわけ!?」

「皐月でギリだぜぇ。よっしゃ、行け行け!」

 

艦載機の階段を駆け上る皐月さん。なるほど、足を付く瞬間に突き上げるように動かせば、皐月さんくらいならギリギリ支えられるのか。覚えておこう。

 

「霞ちゃん、余所見してたらダメなのですよ」

 

それを余所に、一切の容赦がない電さんの砲撃。深海艦娘化の影響で一番過激になっているのは間違いなく電さん。狙うのも基本顔面。

 

「ほんっと容赦無いわね!」

 

先読み。ギリギリで回避し、真後ろに回り込んだ皐月さんと電さんに向かって雷撃。少し上に向けて、魚雷そのものを身体に当てようとしている。電さんからは少し遠いが、近距離の皐月さんは危うい。

 

「電、3時回避、皐月、9時回避」

「ここで指示出してくるとか朝潮鬼かよ」

「鬼じゃなくて女帝なのです」

 

発射するときにはそこに2人はいない。同時に深雪さんには背中を向けることになる。察した深雪さんの砲撃によりダメージ1回目。

 

「皐月、バック。潮、艦載機」

「了解。ごめんね霞ちゃん、女帝がこうしろって」

 

私の艦載機も込みで10個、一気に爆撃を始める。対空訓練でも似たようなことが起こるが、低空飛行かつ、その場で停止できる艦載機の爆撃だ。命中精度が違う。

それにしても、潮さんからも女帝と呼ばれると少し堪える。潮さんも電さんと同じく深海艦娘化で性格に若干影響が出ている人。

 

「うへぇ、近付けないよ」

「すげぇな霞、あれちゃんと避けてやがるぜぇ」

 

それでもしっかり避けていた。これは瑞穂さんや叢雲さんから行動予測を習っている。(つたな)いながらもちゃんと出来ているようだ。霞もなかなかやるじゃないか。集中しすぎて無言になってるようだが。

なら、予測できないくらいにしていこう。霞はそれがお望みのようだし。

 

「皐月、艦載機、直接」

「マジでここに追加!? ボクまだ攻撃は慣れてないんだけどなぁ!」

「皐月の艦載機は足場だもんな。んな使い方するの皐月だけだぜぇ」

 

追加で6つ。爆撃ではなく直接ぶつける方で。皐月さんならそちらの方が慣れるのが早いだろう。

 

「ああもう鬱陶しい!」

 

先読み。行動予測により爆撃は全て避け、直接ぶつかってくる艦載機は大きく旋回して回避。さらに旋回に合わせて深雪さんと電さんへ雷撃か。少し腕が狙いを付けた。

 

「時雨、10時」

「了解。もう撃てるからね」

 

旋回のタイミングを合わせて、白時雨さんに指示。駆逐艦を大きく凌駕した大型単装砲を霞に発射。

 

「深雪、8時回避。電、4時回避」

「撃ってくんのか! 電!」

「大丈夫なのです。ちゃんと当てて避けるので」

 

同時に回避指示。予知通り魚雷が放たれたが、余裕で回避。撃った直後の硬直で電さんの砲撃は避けられず2回目。さらには強烈な白時雨さんの砲撃も受けて3回目。

 

「全員、集中砲火」

「鬼かよ!」

「女帝なのです」

 

白時雨さんの砲撃が直撃したことで少し動けなくなっている。そこに容赦なく砲撃。4回目、5回目とダメージが蓄積されていき、最後は皐月さんの刀が首筋に突きつけられて終了。

身体中ペイント塗れ。こちらは無傷。さすがに無理があるだろうと思ったが、ここまで圧倒的だと申し訳なくなる。

 

「以上……あれ、頭痛が来ない」

「深海艦娘化の影響じゃないかな。特化された部分がもっと強くなるみたいだしね」

「ありがたい作用ですね。マスターしたとは言いづらいですが、『未来予知』、大分使っていけますよ」

 

聴覚まで先読みに使ったらどうなるかはわからないが、少なくともここまでなら負荷の心配が無くなった。あとはより長時間使った時の負荷が気になるところ。むしろ、聴覚を先読みに使わずに、前以上の成果が出せている。こればっかりは深海艦娘化に感謝する。

 

「霞、大丈夫かぁ?」

「最後エグかったわね……全員分の艦載機と砲撃喰らったわ……」

 

余すところなくペイントに染まった霞がゼエゼエ言いながら立ち上がる。白時雨さんの主砲を受けてからは総崩れ。回避のタイミングを狙っての攻撃は大正解。

 

「身体を洗ったら次やるわ。もう少し付き合ってちょうだい」

「やる気満々だね。でも女帝の意見を聞かなくちゃ」

 

もう今日は女帝で通されるらしい。

 

「やりたいだけやらせてあげてください。私がやりたいようにやったんですから、霞もその方がいいでしょう」

「理解が早くて助かるわ」

「倒れたら承知しないわよ」

 

今はそれしか言えない。霞が何を思ってこんな無茶な訓練を続けているかはわからないが、自分も似たことをやってきたのだから否定することはできない。




壊二帝、本領発揮。妹の成長のために容赦しなかった結果がこれ。一番後ろに鎮座する辺り、本当に女帝。


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焦燥の理由

霞は何度も訓練を続けた。思うところがあるのはわかるが、私、朝潮以上に身体に鞭を打っているような気がしてならない。当然訓練を繰り返すうちに、動きが悪くなってくる。最初は避けられた攻撃も、今ではまったく避けられていない。当然だ。誰だって疲れればそうなる。

それでも私は一切容赦しなかった。霞はそれを望んでいる。そういうところは妹なだけあって私と似ていると思っている。私も手を抜かれるのは気に入らない。

 

「霞よぉ、一回休憩しようぜぇ」

「まだよ……」

「あたしらが疲れたんだっての」

 

深雪さんが中断を求めるが、霞は頑として譲らない。ここまで来ると訓練ではない。一方的に嬲っているだけに思える。最初は霞との訓練を比較的楽しんでいた私だが、もうそこまで楽しくなかった。

 

「霞、一回終わり。動けてないわ」

「私はまだ出来るわよ……」

「出来てないから言ってるの。せめて脚の震えを取ってから言いなさい」

 

立っているのもやっとというくらいに見えた。身体を酷使しすぎ。最高のパフォーマンスを出すためには、適切な休息も必要。成長したいなら尚更だ。

 

「ならもういいわ……次は神通さんのとこ行ってくる……」

「霞、休みなさい」

「そんな余裕無いのよ……」

 

こうなったら意地でもやめないだろう。全員の心配を余所に、霞はまだ身体に鞭を打とうとしている。こうなると成長は見込めないだろう。

なら、実力行使しかない。

 

「霞、休みなさい」

 

艦載機を脚にぶつける。軽めに当てただけでも、立ち上がれなくなっていた。疲労困憊。さっきも何とか立っていたくらいなのだろう。ここまで来るとお風呂に行ってもすぐには疲れが取れない。

 

「何すんのよ!」

「立ち上がれないくらい疲れてるのよね。休めと言っているの。嫌だと言っても休ませるから」

 

艦載機6つ総動員で強引に霞を引きずる。持ち上げられなくても6つ使えば引っ張るくらいならできた。

抵抗すらできないほど疲れているのなら、入渠まで視野に入れなくてはいけない。もうさすがに霞の意思は尊重できない。

 

「私は! まだやれる!」

「そう、なら無理矢理休ませるわ」

 

仰向けになるように海に放り投げ、瑞穂さんの見様見真似で鳩尾に艦載機を叩きつける。まったく抵抗が無く、何も言わずに気絶してしまった。

 

「容赦ねぇなぁ女帝」

「いつもの霞ならこんなの避けますし少なくとも防ぎます。そんなことも出来ないくらいなんですから、殴ってでも止めますよ」

 

霞を担ぎ上げて工廠へと戻る。霞は体調不良かのようにグッタリしていた。

 

 

 

霞が目を覚ましたのはお昼前。訓練が終わり、私は霞についていることにした。眠っている霞を溺れさせないようにどうにかお風呂に入れて体力だけは回復させ、今は医務室。

 

「ここは……」

「医務室。お風呂も無理矢理入れたから」

 

身体を起こした霞を睨みつける。ここまで消耗するほど無理をするのは流石の私も許容できない。無理し続けた私ですら倒れることは無かった。

 

「お風呂……なら疲れは取れたのよね。訓練行ってくるわ……」

「行かせると思う?」

「姉さんは同じようにやってたでしょ。文句言わないでもらえる?」

「私は歩けなくなるほど無理したことは無いけど? 激しい頭痛があってもお風呂には自分の足で行ったわ。だから無理矢理寝てもらったんだから」

 

まだ訓練をしようとする霞だが、身体を起こす以外に出来ていない。お風呂に入っても、まだまともに身体が動かないのだろう。そんな状態でここから出ても、さっきの二の舞。何も出来ず一方的にやられて、ここにとんぼ返りするのがオチ。

 

「ここから出ていきたいなら、私を納得させなさい。何をそんなに焦っているの」

 

訓練を始める前に言っていた『早く強くなりたい』という言葉がどうにも腑に落ちなかった。

霞は充分に強い。雷撃に完全特化している分、これまで駆逐艦の中では雷撃トップだった初霜さんを追い抜くほどに成長した。雷撃は適材適所なため、頻繁に任務に駆り出されることは無いが、それでも頼りになる戦力だ。

強くなりたいというのはわからなくはない。今の敵はそれだけ強大。随伴処理にも充分以上の戦力が必要になる。そうだとしても、霞の訓練の仕方は無理が過ぎる。焦りすぎ。

 

「焦ってなんかいないわ」

「ならなんでこんな訓練を始めたわけ?」

「姉さんには関係ないでしょ!」

 

どうしても私に知られたくない理由があるみたいだ。ここまで反発してくるのは初めてかもしれない。

 

「そう……私にも話せないような理由なんだ」

「いくら姉さんでも聞いてほしくないことくらいあるわ。だから、私の好きなようにさせてよ」

「私の訓練に対して無理を通り越して無謀なんて言った子のやってる事とは思えないけど」

 

睨み合いの状態。私は霞に行かせたくない。霞は私を退かしたい。霞が強情なのはわかっている。決して引くことはないだろう。理由を言うこともない。

私は霞が心配なだけだ。訓練で身体を壊すなんてことで戦線離脱は避けてほしい。私は霞と一緒に肩を並べて戦いたいのだ。

 

なら、身体に聞くしかあるまい。もう少し身体を壊してもらうことになるが、素直に話をするようになるくらいまでは痛めつけないとわかってくれないだろう。

 

「わかった。そんなに訓練したいなら、私だけが相手してあげる。他の人に迷惑かけないで」

「都合がいいわ。姉さん相手なら一気に強くなれる」

 

ベッドから降りても少しフラついていた。それでも手は貸さない。自分の足で歩けないような子が、ただただ駄々を捏ねて私に反発しているのなら、縛り付けてでも医務室から出さない。瑞穂さんも動員しよう。

だが、確固たる意思で私に反発しているなら、その覚悟を見せてもらわなくてはいけない。甘やかしちゃいけない。

 

「もうやめてと言うまでやるから」

「上等よ。姉さんが音をあげるまでやってあげる」

 

春風の時と同じ、これは喧嘩。初めての姉妹喧嘩だ。

 

 

 

昼食前ということでそんなに時間は無いのだが、霞が望むのだから仕方ない。他の訓練や演習をしていた人達はもう海上に残っていない。私と霞しかいない状態。

 

「霞、もう終わり? 私、ここから一歩も動いていないんだけど?」

 

さんざん痛めつけ、艦載機で海上に這いつくばらせている。雷撃の精度も落ちに落ち、タイミングもメチャクチャ。その程度の魚雷なら艦載機での射撃で近付く前に破壊できる。結局私は一歩も動くことなく、行動予測すらすることなく、霞に完膚なきまでの勝利をしている。

疲れが溜まっているのは目に見えていた。どれだけハードな訓練をしてきたというのだ。

 

「まだ……まだよ……」

「そう。じゃあ早く起きなさい」

「まだ……」

 

ほとんど気を失いかけている。こんな状態では、何をやっても無理だろう。だが霞は意地になって立ち向かってくる。

 

「起きなさい」

「っ!?」

 

艦載機を脇腹に入れ、痛みで意識を覚醒させる。

 

「まだやれるんでしょ? 起きなさいよ」

「っぐぅ……」

 

立ち上がれない霞に爆撃。自分が今どれだけ消耗しているのかわからせてあげないといけない。気絶なんてさせない。泣いて許しを請うまでは続ける。

やはり深海艦娘化の影響は大きいようだった。痛めつけることに抵抗が無い。こんなことしているから、深雪さん達に女帝などと呼ばれるのだ。

 

「いい加減にして霞。理由を教えなさい」

「姉さんにだって言えないわよ……こんな恥ずかしいこと……!」

 

意地と根性で立ち上がり、魚雷発射管をこちらに突き付けた。

恥ずかしい理由でここまで意固地になるとはどういうことなのだろう。これはこの場で聞き出さなくてはいけない。

 

「恥ずかしい? 何よそれ」

 

艦載機を腕に当てて、魚雷が真下に発射されるように動かす。思惑は見事うまく行き、霞は自爆することに。大きな水柱が立ち、ペイントが全て落ちるほど水浸しになった。

 

「けほっ……えふっ……滅茶苦茶じゃないもう……昔の姉さんはもういないのね……」

「……どういうこと?」

 

咳き込んだのもあるが、霞は少し涙目だった。さっきまでの剥き出しの闘志が、今は薄れている。水柱を受けて頭が冷えたか。ようやく何か話をしてくれる気になったのかもしれない。

 

「姉さんは私が守るって決めてたのに……もう姉さんにそんなのいらないじゃない……。それに……姉さんの周りには私が必要ないくらい人がいるもの……そんなの……そんなのもう嫌なのよ!」

 

この一言から、堰を切ったように言葉が溢れ出す。

 

「攻撃できない姉さんを守るために私はずっと努力してきたの! 私だって魚雷しか使えないけど、それでも敵を近付けさせないようには出来た! 姉さんを傷付ける敵は全部許せない! だから! 私は強くなるって決めてたのよぉ!」

「え、えっと、霞?」

「それなのに姉さんは私の手が届かないところまで行っちゃって、守る必要がないくらい強くなって! 挙句に艦載機!? 無茶苦茶じゃない! 何が朝潮型駆逐艦よ!」

 

もしかしたらこれ、理由を聞き出してからの方が面倒なタイプだったかもしれない。霞は思った以上に鬱憤を溜め込むようなところがあるし。私はストレスで一時的に記憶障害になってしまったが、霞はもしかしたら私以上にストレスを溜め込んでしまっているのでは。

 

「それでもまだ側にいられるって思ってたのに、私以外に守ってもらった方がいいくらいじゃない! 大潮姉さんも春風も駆逐艦なのに駆逐艦以上のスペックだし! レキなんて私よりちっちゃいのに戦艦レ級だし! 壁役ですらウォースパイトさんがいるし! 魚雷の火力とか精密性とかで勝負したいのに馬鹿みたいな火力の扶桑姉妹まで抱え込むし! 身の回りのお世話すら瑞穂さんに取られたし! もう私いる必要ないじゃない!」

「お、落ち着いて霞……」

「私がどれだけ努力しても誰にも勝てないなんてズルイ! 私が一番姉さんの側にいたのに! みんなが私から姉さんを持ってっちゃう! だから誰よりも強くなるために訓練してたの! 早く強くならないと、姉さんがもっと私から離れちゃう!」

 

ワンワン泣きながら捲し立ててきた。こういう形ででもストレスが発散できればいいとは思うが、そんな大声で叫び続けてたら、他の人にも全部聞かれてしまう。それすらも気が回らないくらい焦っていたのかもしれない。

 

「瑞穂さんや叢雲に行動予測も教えてもらって! 自分なりに出来るようになってきて! これなら姉さんを守れるって思ってた! でも、そもそも姉さんに攻撃当たらないじゃない!自分の身を守らせたら無敵みたいなものでしょ! やっぱり私の努力意味ないじゃない!」

「いや、そんなことは」

「結局私が守られてばっかりで! 姉さんが攫われたときも何もできないし! 自分が弱すぎて大っ嫌いになったわよ!」

 

悲痛な叫びだった。今の霞は自己嫌悪と劣等感の塊だ。その中心にいるのが私。

私の周り、深雪さんの言う朝潮帝国の中で、霞は唯一の普通の艦娘。半深海棲艦である春風と扶桑姉様、元深海棲艦であるウォースパイトさんと瑞穂さん、純深海棲艦であるレキさん、深海艦娘である大潮、艦娘だけど次元を超えてしまった山城さん、そして霞。

基本スペックだけでいうなら、確かに霞は最も普通。だからこそ、周りの高スペックを見て自分が弱いと思ってしまっている。そんなことないのに。

 

「なんで素直にそれを話してくれなかったのよ……」

「話せるわけないでしょ! こんな恥ずかしいこと、姉さんには特に言えないわよ! 今言っちゃってるけど!」

 

まぁ霞の性格ならこんなこと誰にも話せないだろう。ストレスを溜め込む上に、少しプライドが高い。自分の弱みを露見するなんて以ての外。

 

「はぁ……霞」

「何よぉ! 弱い私を笑うつもり!?」

「お馬鹿」

 

艦載機で頭をど突く。もう立っている気力すらなくなり、その場に崩れ落ちる

 

「もしかしてそんなことで見捨てられるとでも思ったわけ? 馬鹿じゃないの?」

「ば、馬鹿って」

「私が霞を見捨てるわけないでしょうが。むしろ一番頼りにしてるわよ」

 

呆れたが、霞にそういう一面があることが、それを思い切り私に吐き出してくれたのが嬉しかった。無理して潰れる可能性の方が高かっただろう。そうなっていたら、霞は二度と立ち上がれなかったかもしれない。たまにはこうやって吐き出さないと。

それに、私は今でも霞を頼りにしている。無理をする私のストッパーは大体霞だ。今でこそ何人かがブレーキをかけてくれるが、まずそれを言い出すのは霞。口煩いオカン気質には本当に助けられている。

 

「私は霞がいたからここまで来れたのよ?」

「本当に……?」

「私が右腕が捥がれた時も側にいてくれたじゃない。『未来予知』の訓練も私の負担を気にして止めてくれたわよね。それに……私がこの身体になった時、一番悲しんでくれた。充分すぎるほど心の支えよ」

 

頭をポンポン叩いてから、肩を持って立ち上がらせる。多少は休憩が出来たようで、自分の足で立てるくらいにはなっていた。それでもしっかり私の腕に抱き付いてくる。まだ支えがないと動けないくらいか。

 

「姉さん……姉さんが文句言っても私が一番側にいるから」

「お願いね。その代わり、こんな無理な訓練はもうやめて。霞は充分強いわ。雷撃担当、期待してるわ」

「任せて。姉さんを守れるのは私だからね。他の誰でもない、私だからね」

 

霞の目からは断固たる意思を感じた。もう霞がここまでの無茶はしないだろう。自分が弱いなんていうことも思わないだろう。私が保証する。霞は強い。

 

その瞳の奥にハートマークが浮かんでいたのは気のせいだと思いたい。




朝潮が途中から常軌を逸した戦術を取るようになったため、結果的に霞がコンプレックスを持つという皮肉。一般人代表みたいになってしまっている。


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水母の土産

溜まりに溜まった霞のストレスを垣間見てしまった私、朝潮。過剰とも言える訓練をこなして、どうにか早く強くなろうとしていた理由は、私をその手で守りたいという一心だった。確かに私の周りには普通ではない人が集まっている。それでも、霞はその中に埋もれているわけではない。充分に、私の心の支えになってくれている。それをわかってほしい。

 

その霞はというと、結局倒れることに。最後まで私を守ると言いながら眠りに落ちていった。寝言ですら私のことを気にかけている。終わったとはいえ、訓練した海上で眠ってしまうくらいなのだから、本当に疲れ切っていたのだろう。私でもここまではしたことがない。トドメを刺したのは私だが。

 

「入渠を許可するよ。そこまで疲れているんだ。お風呂よりそちらの方がいいだろう」

「ありがとうございます。うちの妹がご迷惑を」

「いや、霞君もいろいろ考えていたんだろう。相談されなかったのは残念だがね」

 

工廠にいた司令官に話をつけ、霞はドックに寝かせることにした。ただの疲れなら、怪我をした時よりも早く回復するだろう。これに味をしめて訓練と入渠の繰り返しなどにならないことを祈る。

まさか司令官に相談無しであの訓練をしていたとは思わなかった。これは起きたら説教した方が良さそう。

 

「そうだ、ちょうどよかった。朝潮君、この後また工廠に来られるかい?」

「大丈夫ですよ。何かあるんですか?」

「今から秋津洲君が戻ってくるんだ。新装備を持ってね」

 

電さんの救出が完了した辺りの時、秋津洲さんが陸から対地攻撃が出来る武器を運んでくるという話をしていた。だが、その時からもうすでに結構な時間が経っている。数日という話だったのだが、手配できそうな鎮守府が戦闘に巻き込まれてしまったらしく、ここまで長引いてしまったそうだ。

 

「なるほど、対地攻撃。北端上陸姫との戦闘の時に使うんですね。私にもそれが使えるとか……?」

「ああ、朝潮君は改二丁である場合のみ装備が出来るんだ。だが、欠陥(バグ)の影響がそこまで出ている可能性があるから、調べておきたくてね」

「了解しました。最終決戦も近いですしね。先に知っておくことはいいでしょう」

 

都合がいいことに、私は改二丁である時に限り対地攻撃の装備が出来るらしい。改二では無理だったという辺り、私は本当に運が良かった。自分の最終形が該当しているというだけでも喜ばしいことだ。

ただし、私の欠陥(バグ)である主砲と魚雷の接続不備がそこまで影響しているとなると、残念ながら対地攻撃は不可能となってしまう。

 

「他にも該当者がいてね。今から該当者を集めてちょっとした講義になる予定なんだ」

「それなりにいるんですね。わかりました。参加します」

 

対地攻撃が出来るのならより戦いやすくなるだろう。北端上陸姫と離島棲姫を同時に相手取るならそういった対策も必要。確かあちらの姫2体自身は攻撃がそんなに得意ではなかったが、今となっては何をしてくるかはわからない。スペックが変わっている可能性もあるし、増えている可能性だってある。

 

「まだ少し時間があるから、その間にお昼を食べてきなさい。そのあとにここで実践を交えた講義だ。やれるものなら開発もしたいしね」

 

基本的には開発が不可能な装備らしいが、この鎮守府にはセキさんという例外がいる。深海棲艦の技術も加えれば、もしかしたら何か出来るかもしれない。

本来できない量産が出来るとなれば、さらに戦いやすくなるだろう。

 

 

 

小一時間ほどして、該当者が工廠に集められた。私以外には大潮、皐月さん、響さん、白露さん、そして意外にも龍田さん。

龍田さんは先日改二に改装され、いろんな部分がパワーアップしている。制服は天龍さんほど様変わりはしていないが、大胆に肌を見せるようになっていた。薙刀も大型化し、攻撃力が上昇している。

霞も該当者なのだが、今は入渠中。いろいろやっているうちに目を覚ますだろう。

 

「私と大潮、皐月さんは大丈夫ですかね? 深海艦娘ですから、一般的な装備が普通に出来るかどうか」

「もしかしたら侵食とかしちゃうかもだよね」

 

深海艦娘は装備が深海艤装のため、深海棲艦と同様、一般的な装備を深海側に寄せてしまう可能性があった。深海艦娘はその時点で専用装備になってしまう。

逆に、セキさんが万が一開発できたなら、最初から深海寄りの装備になってしまうかもしれない。

 

「大潮は北の戦場行かないですけど、いる意味ありますか?」

「念のためいた方がいいわ。何に使うかわからないもの」

「わかりました! 覚えておきます!」

 

私は最終決戦にも参加できるが、大潮と皐月さんは参加不可。それでも対地攻撃を覚えておくのはいいと思う。今後何に使うかわからないし、もしかしたら深海艦娘も陣地まで攻め込む可能性がある。覚えておく方がいいだろう。

 

「私と霞ちゃんはそもそも装備できない可能性があるのよね〜」

欠陥(バグ)の範囲が広いですもんね。装備できればいいんですが」

 

霞は魚雷以外、龍田さんは電探以外が装備できない。そこに今回の装備も含まれていたらアウト。こればっかりは調べてみないとわからない。

 

「戻ったかもー!」

「お帰り、秋津洲君」

 

大荷物の秋津洲さんが工廠に入る。私と皐月さんの姿を見るや否や目が飛び出るほど驚いていた。こうなってからは初めて顔を合わせるので、事情を知らない秋津洲さん的には私達の変貌は何事かと心配するほどのようだ。

 

「えっ、ええーっ!? 朝潮ちゃんも皐月ちゃんもどうしたの!? 髪の毛真っ白!? つ、角!? 深海棲艦みたいになってるかも!?」

「あとから事情を説明します。敵の攻撃の犠牲になったということで今は」

「そ、そっかぁ……大変だったんだね。うん、あとからお話ししようね」

 

事情は後回しにして、今は対地攻撃の装備について。

秋津洲さんが運んできたのは4つの装備。その内の3つは派生形の似たような装備である。

 

「今日のお土産は! 大発動艇(だいはつ)3種類とWG42(ロケラン)かも!」

「おおっ! さすが秋津洲君だ。ありがとう!」

「へへー、どういたしましてかも!」

 

大発動艇は本来、上陸用舟艇という陸上に揚陸するための船。物資の輸送が主な目的である。が、秋津洲さんが持ってきたものは完全に戦闘用の3種類。戦車搭載型の大発動艇、それを大型にした特大発動艇、そしてそのものが水陸両用戦車の特二式内火艇、通称『カミ車』。陣地強襲のためにしっかり用意された3つである。

WG42は駆逐艦と軽巡洋艦、潜水艦などが装備できるロケットランチャー。大量のミサイルが陣地に向かって雨のように降り注ぐというなかなかに強烈な武器。

 

「大発はあたしも使えるから、教えることできるからね。まずは装備できるか調べてみるかも!」

「ではまず最も影響力が少ないであろう響君から調べていこうか」

「да」

 

その後、集められた6人で装備可能かを確認していった。

結論から言うと、まず深海艦娘でも普通に装備出来たということ。侵食も無し。ありがたいことに選ばれれば私も使用できそう。WG42も問題なく使えたのはありがたい。

そして龍田さんの問題。残念ながらWG42は装備できなかった。欠陥(バグ)はそこまで影響を与えていた。が、大発動艇3種類は問題なく運用可能。その理由が、大発動艇の装備機構が改二になってから発生したためである。改装することで新たに使えるようになるのだから、最初期の欠陥(バグ)が影響しなかったようだ。これなら霞も装備できるだろう。

 

「大発だけでも装備できてよかったわ〜」

「はい、龍田さんも陣地攻略の要ですからね」

 

ここからは運用方法の訓練。司令官は明石さんとデータを睨めっこ。

WG42に関しては、高角砲に似たような使い方のため、私や皐月さんは手慣れたものだった。初めて使う白露さんと響さんは若干苦戦していたが、言うほどではないくらい。結局主砲が上に向いているだけと考えればいいだけである。

大発動艇はある意味、私達深海艦娘の艦載機のような扱い方。遠隔操作ができる小型船舶のようなものだ。艦載機運用のおかげでコントロールは難しく感じなかった。

 

「私達は大丈夫そうです」

「艦載機使ってますからね! 操作の仕方同じでした!」

「深海艦娘の利点が出たようだね。それなら安心だ」

 

逆に、艦載機を使わない普通な3人はこのコントロール系統は初めて。龍田さんは相変わらずそつなくこなしているが、響さんと白露さんは大苦戦。

 

「なんでそんな簡単に動かせるの!? これ滅茶苦茶難しくない!?」

 

白露さんはかなり特殊で、大発動艇と特大発動艇は装備できず、特二式内火艇だけが装備できる。白露さんが対地攻撃に参加する場合、この特二式内火艇は白露さん専用になることだろう。

 

「私達は感覚的にわかってますから」

「深海艦娘になると教えられなくても艦載機使えるんだよね」

「何それずっこい!」

 

特に私と皐月さんは同時に6つの艦載機をコントロールしている。私は攻撃に、皐月さんは突飛な行動をするための足場に。そこに大発動艇が1つ増えたところで、ほとんど変わらない。厳しいなら艦載機の数を減らせばいい。

 

「こっちは乗ってる戦車が別扱いよ。結構難しいわ〜」

「これはなかなか……」

 

響さんも2つのものを別々に動かすということに苦戦していた。大発動艇と搭載された戦車は駆動系が独立している。1つの装備で2つのコントロールが必要ということだ。慣れていないとまともに攻撃すら出来ない。

首を傾げながら訓練する響さん。頭を抱え悶絶しながら訓練する白露さん。難しいなどと言いつつすっかりマスターしている龍田さん。三者三様。大潮や皐月さんも交えて何とかものにしようと頑張っていた。深海艦娘化していなかったら、私もああなっていたかもしれない。

 

「秋津洲さん、これって水上機母艦なら誰でも使えるんですか?」

「そのはずだよ。あたしは二式大艇ちゃん専門だったけど、これも使えたんだよね。もしかして、水上機母艦仲間が増えたかも?」

「はい、1人ですけど水上機母艦が所属しました。元深海棲艦なんですが、欠陥(バグ)も無いです」

 

仲間が増えて大喜びの秋津洲さん。水上機母艦という艦種自体が若干レアな上に、この鎮守府の特性上、増える見込みは無いようなものだった。それが増えたとなれば、こうもなろう。

 

「瑞穂さん」

「お呼びでございますか朝潮様」

「うわぁあっ!?」

 

一声で真横に立つ瑞穂さん。秋津洲さんのこの反応も久しぶり。

 

「大発動艇は装備できますよね」

「勿論。瑞穂は輸送任務も可能です。朝潮様の願うことは全て行いましょう。輸送任務ですか? 対地攻撃ですか?」

「いえ、あれを見ていただければわかります」

 

特二型内火艇を装備し四苦八苦している白露さんを指差す。

 

「白露さんのお手伝いですね。了解しました」

 

気付けば白露さんの隣に。こんな何も無い工廠でも電探を凌駕してくる。

 

「えっと、あの子が水上機母艦?」

「水上機母艦の瑞穂さんです。ちょっといろいろあったんですが、今はこんな感じです」

 

皆の大発動艇の訓練を見ながら、秋津洲さんの知らないことを簡単にだが説明していく。ここを離れることが多い秋津洲さんは、今の戦況を詳しく知らない。対地攻撃用の装備についても、必要ではあるがどう使うかなどは殆どわかっていなかった。

一番驚いていたのは、やはり私と皐月さんの姿。とはいえ外見が変わった程度と簡単に受け入れた。私はさておき、皐月さんはあちら側での振る舞いもあったのだが、本人たっての希望でそこは隠しておくことに。

それと、瑞穂さんや扶桑姉様の参入も話すのが難しい案件。何せ、私のちょっとした恥部を露呈しないといけない。出来るだけ私がダメージを受けるところを隠し隠しで説明した。

 

「なんかもう理解が追いつかないかも……」

「いろいろありましたから」

 

本当にいろいろあった。簡単には語りつくせないくらい、いいことも、悪いことも、いっぱいあった。

 

「でも、やっぱりここが一番楽しいかも。もっとギスギスした鎮守府とかいっぱいあるもん」

「そうなんですか?」

「あたしはいろんな鎮守府に顔を出すことが多くて、それなりに顔パス利くかもなんだけど、元帥のお爺ちゃんの息がかかってないとこは怖いとこもいっぱいあるよ」

 

戦果史上主義だったりすると、艦娘同士の諍いも絶えないらしい。場所によって艦娘の個体差が出るのはわかるが、全員が喧嘩っ早い鎮守府や、全員がネガティブな鎮守府などもあるそうだ。そう考えると、この鎮守府はアットホームな雰囲気だ。何より司令官が素晴らしい。

 

「あたし、普通の外見だけど殺し屋みたいな朝潮ちゃん見たことあるもん」

「そ、そうですか……殺し屋って……」

「あたしはそれならこっちの朝潮ちゃんの方が好きだなぁ。髪が真っ白でも、角が生えてても、中身は優しいもんね」

 

面と向かって言われると恥ずかしくなってくる。むしろその殺し屋のような私にも会ってみたくなる。

でも秋津洲さん、今私はこの鎮守府で女帝と呼ばれています。

 

「たまにこうやって帰ってきて、みんなの顔を見ると、すっごく楽しいかも。今日は一晩ここに居られるし、みんなともお話ししなくちゃ!」

「そうですね。援軍の皆さんや、深海艦娘の皆さんともお話ししてください。おそらくまず秋津洲さんに頭を下げるところから始まるでしょう」

 

ここの兵站事情を一手に引き受ける秋津洲さんだ。ついには現在攻略中の敵を倒す鍵となり得る装備まで持ってきてくれた。全員が頭が上がらない。司令官すら秋津洲さんには足を向けて寝られないと言う。本当の女帝は間違いなくこの人である。

 

 

 

しばらくして、全員がある程度動かせるようになった。一番苦戦していた白露さんも、なんとかコントロールできるように。まだ集中していないと無理なようだが、使えるだけマシだろう。最終的には主砲で攻撃しながらのコントロールだ。

 

「霞は私が教えておきますね」

「ああ、よろしく頼むよ」

 

結局この訓練中に霞が起きてくることは無かった。余程疲れていたらしい。

 

「明日もやっていい? あたしこれ苦手だぁ」

「時間があるうちは訓練して構わないよ。頭を使う装備だから、疲れたら休憩もするように」

「りょーかーい」

 

私もやらせてもらおう。艦載機と同じ動かし方とはいえ、空と海では勝手が違う。霞と一緒にやるのが良さそうか。

 

「では、一時解散。また使いたくなったら申請してくれれば許可を出すよ」

 

霞が起き次第、体調さえ良ければ早速申請しよう。むしろ霞がそれを望むはずだ。

北端上陸姫攻略は私も参加する。それには必ずついてくる。何せ、私の周りの人達で、北の戦場に出られるのは霞とウォースパイトさんしかいないのだから。龍田さんの傾向からして、霞もWG42は装備できないが大発動艇は装備できるタイプのはず。私ならそのコントロールの方法も教えられる。

 

対地攻撃は、霞と肩を並べて戦う絶好の機会だ。私もそれを逃したくない。

 




大発動艇の扱いは作品によってまちまちだと思いますが、ここでは完全遠隔操作で、思い通りに動く小型船舶。しかも脳波コントロールできる。


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劣等感の払拭

対地攻撃用の装備が届けられ、ある程度の訓練も終了。解散後、私、朝潮は霞が目を覚ますのを待っていた。怪我でも何でもなく、ただ疲労だけでの入渠。ここまで長く入渠するとなると、霞は本当に限界ギリギリまで疲労していた事になる。

 

「ん、んんぅ……」

 

ドックが開く。ようやく入渠が終わったようだ。

霞が倒れる直前を思い出す。私を守れるのは自分だけと言い聞かせるようにしていたのが気になった。他の誰でもない、自分だけと。私の知らない感情が滲んでいるようにも思えてしまった。春風や扶桑姉様、瑞穂さんに近しい何か。

 

「おはよう霞。よく眠れたみたいね」

 

目をパチクリしながらこちらを見てくる。自分が置かれている状況をようやく理解したようだった。私がさんざん痛めつけた後、思いの丈を吐き出してそのまま倒れたまで思い出したのだろう。急に顔が真っ赤になる。

 

「ね、姉さん、さっきのことは忘れて!」

「流石に忘れられないわね。私を守ってくれるんでしょう?」

「あぁあ……なんで私あの場であんな事を……」

 

頭を抱える。あの時に垣間見えた狂気は薄れたようだった。瞳の中に浮かんだように見えたハートマークも今は見えない。

 

「春風やレキさんからはよく言われるけど、霞から面と向かって言われるのは嬉しかったわ。そのために行動予測も覚えたのよね?」

「……そうよ。姉さんを守るのは私の役目なの。産まれてここに来た時、姉さんは私が守らなくちゃって思ったの」

 

一度聞かれてしまったから、と霞はもう隠すつもりはないみたいだ。素直に話してくれるのはありがたい。思いの丈は何度もぶつけてくれて構わない。

霞と出会った時は初陣で、初めて実戦で対空砲火をしたときだ。他の人達のように敵を倒すことは出来ず、他の人達の道を開くために奮闘した。霞は駆逐艦でも一撃必殺の威力を持つ魚雷一本。心強い妹だと思ったものだ。勿論、今でも頼りにしている。

 

「やっぱり私、姉さんを守るためにも、今よりもっと強くなりたい。でも訓練しても誰にも追いつけないわ。元のスペック差はどうしても埋められない……」

「司令官に相談してみましょう。あ、それで思い出した。貴女あの無茶な訓練、許可取らずにやってたらしいわね」

 

目をそらした。『あ、やべ』って顔した。

 

「服を着てきなさい。その後に説教よ」

「私は姉さんのためを()って訓練したのよ。褒められて然るべきだと思うんだけど」

「褒めずに叱るべきと判断したわ」

 

その後、小一時間ほど説教をすることに。対地装備の件はまた後からにしよう。まだ時間はある。

 

 

 

「疲れだけで長時間の入渠というのは、あまり許容できないね」

 

困り顔の司令官。強くなるため、欠陥(バグ)を覆すために、ハードな訓練はある程度受け入れてきた司令官だが、疲労で入渠するほどは受け入れることはできない。艦娘が過労死だなんて笑えない冗談である。

 

「強くなりたいという気持ちはわかるさ。だが、それで身体を壊して悲しむのは朝潮君だ」

「姉さんから何度も言われたわ……」

「なら充分に自分の罪は理解しただろう。私からはここまでにしておくよ。私が言うより朝潮君が言った方が響くだろうからね」

 

本当によくわかっている人だ。一人一人のことをこれだけ理解しているから、この鎮守府を統括出来るのだろう。

 

「で、今以上に強くなりたいということだが……」

「何か案はありませんか。私はそういうところはどうも疎くて」

「仕方ないよ。朝潮君は欠陥(バグ)の都合上、攻撃のことはわからないことが多いだろうからね。実際、手段が無いことは無い」

 

霞の顔がパァッと明るくなる。今以上の力を手に入れることに躍起になっている霞は、藁をも掴む気持ちで司令官に頼っている。

 

「ただ、完全に試作武装なんだ。明石君とセキ君が試しに作ったと言っていたくらいでね」

「何でもやるわよ! 姉さんを守れるなら私は!」

「うぅむ……実際許可は出しづらいのだが……」

 

試作武装を装備するということは、失敗したときの危険性が非常に高いということでもある。強力な装備であるがゆえに、使用者にも負担がかかるということだろう。

 

「まだ時間はあるね。なら試験だけしてみようか。危険だと判断したらやめさせるからね」

「ええ、是非お願い。絶対使いこなして、姉さんを守るための力にするんだから」

 

私のためとは言ってくれているものの、不安で仕方なかった。

 

 

 

霞が装備できるのは魚雷のみ。ゆえにその試作武装も魚雷である。いつもの魚雷発射管とは違い、黒く、歪な形をしていた。さながら、以前見た軽巡棲姫の艤装を小型化したように見えた。

さらにその魚雷の付属品として、左目だけにかかる片眼鏡(モノクル)。魚雷につくものとは到底思えないものだが、何か理由があるのだろう。

 

「なんか深海艤装みたい。でも私が装備できるんだから艦娘の艤装なのよね」

 

いつものように脚ではなく腕に装備してしげしげと眺める。違うのは見た目だけのようだが、それだけでも霞は少し()()()()()ように見える。

 

「霞だからこそうまく扱える魚雷だと思うけど、本当に試験武装だから、慎重にね」

「わかってるわ。で、これはいつものと何が違うの?」

「まず一回撃ってみようか。的を狙って撃ってみて」

 

海面ギリギリに的が用意された。いつもならそれに対して発射し、破壊することが訓練になる。ここ最近はその訓練もしておらず実戦訓練ばかりなので、的当ても久しい。

 

「それじゃあ撃つわよ」

 

合図を出した後、魚雷を放った。その魚雷も黒く、春風やレキさんが使う深海魚雷に似たような形状に見える。

 

「うえっ!? 何これ!?」

 

霞が妙な声を上げる。同時に魚雷は的から()()()()()()()()()。当然的には当たらず。いつもの霞ならあの程度の的を外すことなどないのに。まるで魚雷自体が自分で曲がったかのように見えた。

 

「これどうなってんの!? ()()()()()()()()()!?」

「よし、成功。うまくいってるね」

 

私と司令官には何が何だかわからなかったが、霞は普通では無い驚き方をしている。

 

「私とセキちゃんが共同開発した、最新鋭の魚雷! レキちゃんの深海烏賊魚雷と北上大井の酸素魚雷を組み合わせ、深海艦娘の艦載機制御と大発動艇の駆動制御を組み込んだ艦娘用の魚雷!()()()()()()です!」

 

つまり、魚雷の軌道を全て霞が制御出来るということなのだろう。今は初めて撃って動揺したせいで的から外れていったわけだ。

 

「魚雷は直進しかしないから、一撃必殺の威力があっても牽制とか入れないと命中させるのは難しかったんですよね。それを全部解決するために作ったのがこれ! これを使えば、魚雷が加速、減速、急カーブ、Uターンまで自由自在! 爆発のタイミングすら制御出来る優れもの! 深海艤装のシステムを組み込むのに苦労したけど、セキちゃんのおかげで何とか形になりました! 大発が手に入ったのも大きいですね!」

 

あの片眼鏡は、魚雷のコントロールを艤装だけでするのが難しいが故に作られたサブユニット。頭に近い位置に置けば、脳波を直接受け取りやすくなるだろうという理由。

至れり尽くせりの魚雷じゃないか。だが、何らかのデメリットがあるのでは。

 

「そこまで出来るのなら、何かデメリットがあるのだろう? それは霞君には危険なのではないかね?」

「勿論あるんですが、今の霞なら喜びそうかなぁと」

「デメリットを喜ぶ?」

 

霞が不意に顔をしかめた。

 

「一発撃っただけで頭痛がするんだけど……」

「魚雷のコントロールは本来霞が装備できない電探のシステムを流用している部分があるんだよ。電探で頭痛、もうどういうことかわかるでしょ」

 

なるほど、脳の容量を使った魚雷制御。今までに使わなかった部分を使ったから、それが頭痛として出てきたわけだ。今撃った魚雷は5本。何も考えずに撃っていた5本の魚雷のことを、これを使う場合は全て計算する必要が出てきた。私のそれよりは比較的小さな計算だろうが、初めてやる霞には苦しいものだろう。

 

「姉さんと同じ痛み……」

「そういうこと。朝潮も電探でこれと同じことやってたってことだよ。あれと比べると大分小さなことなんだけどね」

 

放った瞬間から演算スタート。着弾までは脳がフル回転。着弾爆発と同時に演算終了。同時に5本を制御しているのなら、その分負荷は増大。

 

「そっか……姉さんと同じ……」

 

倒れる直前に垣間見えた感情がまた滲み出てくる。私と同じであるということが喜びに変わり、痛みですら受け入れてしまっていた。あれだけ私に無理をするなと言っていた霞が。

 

「もう少し試してみるわ。姉さんと同じなら、何度もやれば慣れてくるんでしょ」

「時間はかかるけどね」

「なら尚のこと何度もやらないといけないわね」

 

的に向かって魚雷を発射。今度は逸れることなくまっすぐと的に向かい、直撃。動揺が無くなればこの程度は普通と。

 

「痛っ……撃つたびこれかぁ……」

「朝潮の痛みに比べたら全然軽いと思うけどね」

「今度は曲げてみるわ」

 

そこからしばらく、魚雷のコントロールを試していく。

最初は慣れないことなので簡単にはコントロール出来なかったが、最終的には明石さんの言った通り、魚雷とは思えない軌道を描いて的に向かったり、急に沈んだと思ったらトビウオのように跳ね上がったりと、もう魚雷でも何でもない別の武器のようになっていた。海中を駆け回る艦載機といった様相。

 

「痛た……姉さんはこんな頭痛と戦ってたのね」

「霞が無理するなって言った頭痛よ」

「でも姉さんと同じ痛みだもの。耐えられるわ」

 

私と同じ、というのが心の支えになっている。そういう意味では、サブユニットの片眼鏡も私の電探と近しいものなのでモチベーションアップに貢献しているのかもしれない。

 

「これ頭痛を止めることできないの? 姉さんは電探切ったら止まったみたいだけど」

「そこが試作品なんだよ。やっとシステムが出来たところなんだから。今は装備を外すしかないね」

「戦場では無理ってことね……」

 

頭痛を止める手段はおいおいということ。それまでは痛む頭は我慢するしかないという。一回や二回ならすぐ引くが、連続使用、長時間使用はよろしくない。

 

「まぁでも試作としては上出来! 負担は心配してたけど、霞の様子を見る限りでは耐えられないってわけではなさそうだね」

「これ、私専用にしてもらえないかしら。雷撃しかできない私には本当に欲しかった装備よ」

 

霞の発言に司令官も思案顔。危険性は今のところ無いことが証明されている。何かあってからでは遅いのだが。

 

「わかった。明石君、これを正式に採用しよう。負担の軽減が朝潮君と同じなら、連続使用で頭を慣らしていくしかないのだろう? 同じ者が何度も使うべきではある。それに……霞君は朝潮君の妹だ。一度決めたら揺らがないだろう」

「了解です。霞、毎日メンテするから、使用感変わったら教えてね」

「ええ、よろしく頼むわ」

 

装備変更により、霞は以前よりも確実に強くなった。テストしただけでもこれだ。実戦に活かせるようになれば、さらに活躍してくれることだろう。常々言っている『私を守る』ことだって、以前よりも確実に上手くいく。

 

「あとは実戦テストね。まだ時間あるでしょう?」

「そろそろ日も落ちる。できても少しだけにするんだよ」

「わかってるわ。私にも負担がかかるものね」

 

自分への負担もあるため、1戦だけという約束で実戦テストをすることとなる。新しい玩具を買ってもらった子供のように楽しんでいる霞は、何処か危うい部分も見えた。

 

 

 

夕暮れの海上。霞が相手に選んだのは、春風。

口には出していないが私には何となくわかっていた。霞のストレス、コンプレックスの始まり。私の周りに集まってくれた人の中では霞の次に古く、基本スペックは霞よりも上。

今まで努力して努力して何とか追いついてきたが、どうしてもあと一歩が届かなかった。それを覆すのが新装備。実戦テストという名目だが、霞の中では一皮剥けるための儀式である。

 

「悪いわね春風、新装備のテストに付き合ってもらっちゃって」

「いえ、大丈夫です。霞さんの装備ということは、魚雷ですか」

「ええ。これは個人演習としてちょうだい。本気で相手するように」

 

黒く歪な魚雷発射管を見せる。片眼鏡も込みで、霞は今までと大きくかけ離れていた。

 

「じゃあ、最初からこっちで行かせてもらうよ」

「そうしなさい。今までの私とは違うんだから」

 

古姫側に倒れる。春風もフルスロットル。合図も無しに砲撃を始めた。

 

「大丈夫、わかる」

 

行動予測を覚え始めている霞には、もう単調な攻撃は当たらない。その先生は完全にマスターしている瑞穂さんと叢雲さんだ。私と同様、何秒か先まで見ている可能性まである。

だが春風は初戦とはいえ瑞穂さんの行動予測を上回り相打ちにまで持っていった実績がある。そこまで入れて五分五分。基本スペックの差を踏まえると、どうしても霞の分が悪い。

 

「そっちに避ける!」

「瑞穂の行動予測! ならわたくしには効かない!」

 

避ける方向まで予測して魚雷を発射。ここから演算開始。さっきまでは止まって的を狙うだけだったが、今回は相手の攻撃を避けながらというのが増える。それだけで簡単に容量を超える。

 

「ここ!」

 

春風が避けた瞬間、霞が指を鳴らした。視覚的、聴覚的に次の魚雷の挙動を決める方法として、霞は指や身振り手振りを加えていた。指を鳴らすのは爆破の合図。魚雷は春風に触れてもいないのに爆発し、大きな水柱を立てる。

 

「当たってないのになんで!?」

「そういうもんだからよ!」

 

顔をしかめながら、さらに魚雷を発射。今度は3本を普通に、2本を潜らせて。魚雷が5本だからだろう、5本の指に魚雷を当てはめて、コントロールを視覚的に表現している。今は薬指と小指だけ下へ。あの2本が潜っている2本。

 

「どっちに避けようが関係ないわ。予測は出来るし」

「なら魚雷くらい撃ち抜いてやる!」

 

春風は敵の魚雷を撃ち抜くことで自分に届かせなくする算段の様子。本来ならそれで処理が出来るだろう。だが、この魚雷はそんなに甘くなかった。

 

「それも読めてる」

 

手を握る。魚雷が一気に減速し、春風の砲撃を直前で回避。

 

「は!?」

「ここで、加速!」

 

手を開く。減速していた魚雷が急激に加速し、春風の足元へ。撃ち抜くことが出来ないと判断した結果、急加速でその場から退避する。霞はそれすらも視野に入れている。

 

「2本だけ爆破!」

「なんでそんなところで!?」

 

再び指を鳴らす。潜行していた2本だけが春風の進行方向で爆発。ブレーキをかけざるを得ない状況を作り出した。

 

「トドメ!」

 

指を内側に倒すと、通過したはずの残り3本がUターンして戻ってきていた。止められた春風はなすすべなくその魚雷に直撃し、大きな水柱の中に消えた。

 

「やった……やったわ! 完璧に使いこなし痛ぁあっ!?」

 

興奮しているのも束の間、頭痛が一気に押し寄せてきたようだ。頭を抱えて蹲る。戦闘中に頭痛はほとんど無かったが、それが溜まりに溜まって戦闘終了と同時に爆発した。私の頭痛と同じ。私の場合は痛覚の後回しという裏ワザ的なやり方ではあるが。

 

「この頭痛は辛い……頭ガンガンする……姉さんはこんなことを……」

「『未来予知』は多分もっと痛いわ。鈍器で殴られたかと思うくらいだから」

「ならまだ軽いのね……痛た……」

 

おそらく私が電探を使い始めた頃に受けていた頭痛と同じだろう。フラついていたので肩を貸してあげる。素直に抱きついてきて、体重をかけてきた。さすがに初めての使用だ。消耗も激しいのだろう。

 

「参りました……なんですか今の魚雷……」

「姉さんの艦載機と同じ挙動をする魚雷、と思えばいいわ。頭痛が酷いけど」

「なるほど……だからおかしなタイミングで爆発したのですね。行った魚雷が戻ってきたり、急カーブしたり……」

 

びしょ濡れの春風がこちらへ。霞はまったくの無傷という完全勝利である。これなら今まで持っていたコンプレックスは緩和出来ただろう。

 

「姉さん……私、姉さんを守れるわよね」

「ええ。頼りにしてる。ただ、この頭痛ホント辛いから、無理だけはしないように」

「はは……立場変わっちゃったわ」

 

頭痛を耐えながらも、力を得ることが出来たことを本当に喜んでいた。私と同じ痛みを受けていることも喜んでいた。滲み出ていた感情は、演習前よりも強くなっていた。

 

ようやくわかった。これはただただ私と一緒にいたいという気持ちだ。だから同じ痛みが嬉しい。私を守る力が手に入ったことが嬉しい。私の知らない感情を霞が先に知ったということなのだろう。対象が私でいいのかはわからないが。

 

この時から、霞は自分のシスコンを隠さなくなった。私にもストレスを吐き出したことで吹っ切れたようだ。それも溜め込んでいたものの1つだったとしたら、吹っ切れてくれて良かったと思える。




おかしな戦力が集まる朝潮帝国唯一の一般人である霞でしたが、装備による補正によりおかしな戦力の仲間入りをしようとしています。姉と似た攻撃、姉と同じ頭痛。


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2人の守護者

新装備により自信を取り戻した霞。コンプレックスが払拭できた代わりに私、朝潮への思いを隠さなくなった。シスコンっぷりは激しさを増し、私を守るために奮闘してくれるそうだ。

翌日も訓練を重ね、頭痛はあるものの確実に使いこなせるようになっている。リベンジと称して深海艦娘何人かと訓練を行い、その全てに勝利を収めるまで行った。元々、霞はそういった才はあったのだ。これもまた心の問題。解決できてよかったと思う。

 

そして、救出任務当日。

漣さん、睦月さんの救出任務は実質3回目。1回目は潮さんと皐月さんが奪われる大敗。2回目は私も含めた救出任務が先行。そして今回である。今回こそあの2人を救出する。

 

第一部隊、救出部隊は旗艦吹雪さん。随伴に敷波さん、天龍さん、龍田さん、神通さん、長良さん。睦月さんに対応する姉妹艦の皐月さんが深海艦娘化してしまったことで、あの戦場には出しづらくなったため、その思いは天龍さんと龍田さんが引き継ぐ。長良さんは前回の実績が大きく、今回もそれに期待。

第二部隊、随伴処理部隊は旗艦ガングートさん、随伴に雲龍さん、大鳳さん、ウォースパイトさん、霞、そして私。こちらの部隊も救出のしやすさを重視している。今回はさらなる改造があり得るからだ。今睦月さんの膂力に敵うのは、ガングートさんかウォースパイトさんしかいない。

 

「残りの子達は警護。そして支援艦隊として待機だ。緊急時は追加出撃があり得るということだからね」

 

三度目の正直と行きたいところだが、曲者の漣さんがいる。また誰かを洗脳しようと画策してくるはずだ。すでに5人救出しているのだから、鎖も5本余っている。それを全て攻撃に使えると考えた方がいい。

 

「朝潮帝国から出られる面子全員だな」

「そうですね。私は2人に守ってもらいながら戦況を把握します」

 

もう深雪さんに帝国扱いされても気にならなくなってきた。

盾役のウォースパイトさんと、攻撃役の霞。私には最高の盾と矛が付いてくれる。私がやれることは、守ってもらいながら、全員を守るために逐一戦況を見続けること。ずっとそれは変わらない。ようやく艦載機という援護が出来るようになった程度。

 

「背中はあたしら深海艦娘組に任せな。朝潮はその代表なんだ。頼んだぜぇ」

「ええ、任せてくださいリーダー。また仲間を連れてきますよ」

「メンバー増やしてくれよな」

 

警護は私を除いた深海艦娘組が主になっている。心強い声援。その中には大潮だって含まれているのだ。

 

「朝潮……私は支援艦隊として待機しているわ……必ず戻ってきてちょうだいね……」

「勿論です扶桑姉様。2人で1つの海峡夜棲姫ですから、離れ離れになるわけにはいきません」

「ええ……よろしくお願いね……」

 

赤い海に出られない扶桑姉様も、念のため支援艦隊に属している。どうにか赤い海を抜けるまで撤退できれば出番も来るだろう。そうなる前にカタをつけたいが。

 

「朝潮姉さん、時間よ」

「すぐ行くわ」

 

試作装備を身につけた霞に呼ばれる。たった1日半しか使っていないが、随分と様になっている。今の霞はもうコンプレックスなんて感じていない。私を守るために、ウォースパイトさんと力を合わせてくれるだろう。頼りにしている。

 

「さぁ、これが終われば決戦は近い! 何としても勝利し、次に繋げよう!」

「第一艦隊旗艦、吹雪! 出撃します!」

「第二艦隊旗艦、ガングート。さぁ行くぞ、抜錨する!」

 

この戦いは次に繋ぐための戦い。何度も後れを取るわけにはいかない。

 

 

 

赤い海に差し掛かり、索敵範囲に反応を確認。今回は随分と早い会敵になりそうだ。

 

「深海棲艦の気配を確認だ。これはまた大量だな」

「漣さんは周りにいっぱい付けるんですよ。目的が目的なので」

 

まだあちらの目的は人員補充だろう。私以外の全員がその対象になっている。誰が欠けても問題があるので、鎖の位置はずっと把握した状態でいなければならない。

 

「索敵範囲に深海艦娘が入りました。2人、予想通り睦月さんと漣さんです」

「姫も鬼もいるな。前よりどんどん増えている。あちらは我々が対処しよう。吹雪、貴様らは予定通り奴らの救出だ」

「了解です。ここで必ず!」

 

ソナーに感あり。鎖だけが先行してきた。狙いは……神通さん。

 

「神通さん回避!」

「私ですか。なるほど、こちらを見る目はあるみたいですね」

 

軽々と躱し、鎖に攻撃。相変わらず回避性能だけはPT小鬼群を超えており、神通さんの攻撃ですらヒラリと躱して海中に潜っていく、前より回避性能が上がっているかもしれない。

まだ姿も見えてない段階からやってきたということは、少なくともあちらも私と同じくらいの索敵範囲があるということだろう。

 

「その鎖、捕まったら身動きが取れなくなります。触れた時点で自力で脱出は不可能です」

「なるほどな。経験者は語るってヤツか」

 

また反応が現れる。今度は3本同時。天龍さん、敷波さん、霞。

 

「天龍さん敷波さん霞回避!」

「っと、言ってる側からかよ!」

 

神通さんの回避の仕方を見ているため、回避しながら攻撃することで撤退させる。霞もその辺りはわかっているようで即座に魚雷を発射、見えるところまでは追ったのだが、加速させても追いつくことが出来なかった。

 

「逃げるスピードが速かったわ。多分引く方が速いわね」

「霞の最高速よりも速いのね」

 

そうなると、早いところ会敵して漣さん本人を叩いた方がいいだろう。本体を終わらせればこの攻撃も止む。

 

「会敵! 深海艦娘2人を発見!」

 

鎖の攻撃を回避しながら、ようやく戦場へ辿り着く。以前見た光景。大量のイロハ級と数体の鬼、姫級、そして2人の深海艦娘。

 

「いやぁ、また来てくれるたぁ嬉しいっすわー」

「今度は誰が仲間になってくれるのかにゃ?」

 

軽口を叩く漣さんと、既にドラム缶を振り回して臨戦態勢の睦月さん。特に漣さんは、私の姿を目に捉えるとにっこり笑う。だが目は全く笑っていない。前回は私を洗脳できたと思ったところで扶桑姉様ごと脱出している。あちらにとっては大敗のようなものだ。ご立腹な様子。

 

「5人は貰うから」

 

漣さんの合図で、横にいた空母棲姫2体から一斉に艦載機が発艦される。同時にイロハ級も流れ込んできた。開戦の合図となる。

 

「よーし、じゃあ早速行こうか! 漣ちゃんでいいね!」

「大丈夫です! 行ってください!」

 

長良さんの足元に艦載機を飛ばして最初の一歩をお手伝い。皐月さんの行動を見て、タイミングはある程度わかっている。3つ使えば長良さんでも持ち上げられるだろう。

 

「ありがと! じゃあ行くよー!」

 

私の艦載機を足場に敵の頭上へ。そのまま飛び石のように敵陣を駆けていった。

 

「援護するわ。大鳳、やるわよ」

「了解! 第一次攻撃隊、全機発艦!」

 

空母棲姫の艦載機に対抗すべく、雲龍さんと大鳳さんも艦載機を発艦。精鋭揃いの少数精鋭である雲龍さんと、物量で圧倒する大鳳さんの航空戦が始まる。爆撃なども飛んでくるが、長良さんはそれすらもしっかり避けていくので心配は無い。

 

「睦月、お前の相手はオレだぜ」

「皐月ちゃんの代わりかにゃ? おんなじ刀持ってるし、睦月がボコってあげるにゃしぃ!」

 

睦月さんには天龍さんがついた。一番善戦できるのは天龍さんで間違いない。ガングートさんとの個人演習もやっている。あの攻撃は受けることも可能。

 

「あの2人の邪魔はしないことね〜。私がぜ〜んぶ、殺しちゃうわよ〜」

「頼むぜ龍田。頼りにしてる」

 

天龍さんが向かうということは、そこに龍田さんも入る。横槍が入らないように、周りに群がるイロハ級を次々と斬っていった。

これで漣さんに集中できる。鎖の状況だけを確認。長良さんが一直線に進むのを見越して、真ん中に戦艦水鬼や戦艦棲姫を配置してきている。前回の戦闘の記録を取られていたようだ。しっかり対策されている。

 

「長良さんの方に漣さんがいます! 吹雪さん、敷波さん、そちらの方へ!」

「敵が多すぎてなかなか近付けないんだよぉ!」

「ガングートさん!」

「任せろ。Ураааааааа!」

 

道を開くように敵を薙ぎ倒していくガングートさん。突破力だけを考えるなら、今回の部隊ではトップだ。

 

「霞、ガングートさんの両サイド!」

「了解。任せて!」

 

魚雷を発射。3本と2本に分けてガングートさんの左右に振る。潜航させて誰にも当たらないように移動させ、タイミングを合わせて浮上。敵陣の真ん中で爆破。連携も完璧。

 

「ったぁ……でもまだ大丈夫! この程度の頭痛、姉さんに比べればまだまだよ!」

「完璧よ霞。まだ行ける?」

「当然!」

 

ガングートさんと霞によって、漣さんまでの道はどんどん開いていく。先行する長良さんも、戦艦水鬼に苦戦しながらも道を指し示してくれた。一点突破もこの状況ならなかなか行ける作戦だ。

合間合間に鎖による横槍が入るが、それは私が全て把握している。誰にも当たらないように回避指示を出し続けていた。

 

「朝潮さん、私も長良さんのように行きます。足場を」

「了解。逆側からどうぞ」

 

神通さんも長良さんの動きを見て覚えたらしく、敵の頭上を駆けてまっすぐ突っ込んでいった。長良さんだけでは姫級は難しいというのはすぐにわかること。神通さんがそこに支援に入ることで、道をより広く作っていく。

 

「いやーん、すごい猪突猛進じゃねーですか。でも、そろそろこっちも本気ですわ!」

 

5本の鎖が同時に索敵範囲に入る。対象は霞。私の周りから堕として、精神的ダメージを与える魂胆か。洗脳されているとはいえ、やけに癇に障る方法を取る。

 

「霞! 7時に回避!」

「了解っ、っぶない!」

 

5本同時に海中から突き上げられ、その隙間をギリギリ抜ける霞。そのまま追われることも視野に入れ、即座に魚雷を発射。が、鎖は霞の方ではなく、ウォースパイトさんの方へ。

 

「ウォースパイトさん!」

「Don't rush! Fif, sit down! Go!!!」

「私も開始します」

 

即座に玉座に変形させ、その場から退避。

そのタイミングから『未来予知』開始。次の鎖の方向を確認。そのままウォースパイトさんを追うなら霞に指示。霞に向かうなら退避させながらウォースパイトさんに指示。私を狙うなら回避しながらウォースパイトさんに指示。

それ以外にも全ての可能性を確認。吹雪さんと敷波さんはこちらに背を向けている。勿論ガングートさんもだ。あちらを狙うなら一番近い敷波さんに指示。

 

「お姉ちゃんが欲しいな!」

「敷波6時下方向2本」

「あいよ!」

 

向かったのは2本、背後から巻き付こうとしている。即座に指示を出したが、やはり回避。どうにも破壊することが難しい。

 

「朝潮、戦艦水鬼とかち合った。神通と長良とで撃破するぞ」

「問題無し。撃破して直進を」

 

全自動の解答もまともに出来ている。

今回は視覚も先読みには回していない。視覚も込みで全情報を把握し、艦載機を使った支援もやっている。負荷は当然大きいが、深海艦娘化の影響からか、頭痛はまだ先。

 

「吹雪、4時攻撃」

「敷波の方!? 鎖だね!」

 

2人がかりなら身を守れるだろう。ここからは残り3本の挙動。比較的霞に寄っているせいで、霞が魚雷を撃つことが出来ない。

主砲が使える軽めのメンバーが私の周りから離れていることが1つの問題だった。霞もウォースパイトさんも火力が高い分隙が大きい。猛攻を受けると防ぐのに精一杯になってしまう。鎖の破壊もしづらくなる。

 

「まずい……! 姉さんから離されてる!」

 

霞が追い詰められているのはすぐにわかった。私から引き剥がされている。以前の潮さんと同じだ。

 

「以上! ウォースパイトさん!」

「OK!! カスミ、Get ride!」

 

『未来予知』を一旦やめ、ウォースパイトさんに合図。即座に反応したウォースパイトさんが霞を手に乗せ、その場から離脱。鎖はフィフの副砲で弾き飛ばし、どうにかその場を切り抜けた。

 

「助かったわ! 姉さん、漣を撃つわよ!」

「いいわ、やりなさい!」

 

何処にいるかさえ確認できれば、霞の独壇場になる。その射線上に誰かがいたとしても、魚雷を深く潜らせることでそれを関係なくする。ある意味高雄さん以上のスナイプを手に入れている。

 

「でもそれで、朝潮ちゃん無防備なんじゃないのー?」

 

私の周りに3本の鎖。しっかり周囲を囲み、逃げ場まで無くしてきた。確かに今の私は孤立した状態。守ってくれる人はいない。逃げ場が無いとなると、鎖に掴まれるしかなくなる。

 

「私に鎖が効かないことくらい理解しているでしょう」

「だから本数増やすんじゃん。1本でダメなら2本。2本でダメなら3本ってね」

「それに、貴女はまだわかってない。私の守護者は1人じゃない」

 

鎖の周りで爆発が3つ。私を囲んだ鎖は綺麗に破壊された。衝撃で私にも多少ダメージが入るが、これくらいなら安いものだ。

 

「姉さんは私が守るっつってんでしょうが!」

「げ、魚雷に鎖破壊されるとかクソすぎ!」

「もう少し顔を歪ませてもらえませんか? ほら、想定外のことはもっと起こりますよ」

 

漣さんの真後ろで魚雷が爆発。霞の撃った魚雷は3本が私の足下に、2本が漣さんの方へと向かっていた。減速と加速、潜行を繰り返し、完璧なタイミングで爆発。

残念ながら漣さんに接続された鎖を破壊するまでにはいかなかったが、充分動揺させることは出来た。

 

「どっから撃ってきた!?」

「いい顔、するじゃないですか」

 

まだ霞の魚雷についてわかっていないようだ。これなら都合がいい。そのままやっていこう。

 

「あとはそこの空母棲姫だけだなぁ!」

 

戦艦水鬼の死体を放り投げてガングートさんが漣さんの前に立つ。神通さんと長良さんの援護もあり、無傷とは行かないまでも中破も行かずに撃破していた。道が開いたことで吹雪さんと敷波さんも到着。他にいた鬼級姫級も、雲龍さんと大鳳さんがあらかた掃除し終えた後。

 

「龍田さん、そちらは」

「もう少しってところね〜。天龍ちゃん、楽しんじゃってて〜」

 

睦月さんが振り回していたドラム缶は、既に処理された後だった。皐月さんでは出来なかったようだが、天龍さんはその内側に入って鎖のみを破壊。爆発させることなく海を漂流することになった。

 

「龍田、こいつの鎖壊してくれ。手が離せねぇ」

「いいっ、痛い痛い痛い!?」

 

その天龍さんはというと、睦月さんに関節技を決めていた。武器さえ無くなればこっちのもの。持っていた主砲も艦載機も全て破壊し、鎖に触れないように腕と脚をロックしている。少しでも動くと骨が軋むという、なかなかに恐ろしい光景。

 

「さっ、漣ちゃん! こいつ、無防備!」

「予定と違うけど天龍さん貰おうか!」

「させると、思っているの?」

 

海中から出た鎖は、私が言う前に龍田さんが即座に破壊。天龍さんに触れる間すら与えない。やはり天龍さんが絡むとスペックが数倍増す。

 

「私ならまだしも天龍ちゃんを狙うとはいい度胸ね〜」

 

睦月さんの鎖を破壊。叢雲さんとは違い、ちゃんと鎖だけを破壊していた。龍田さんは龍田さんなりに、叢雲さんにやらかしたことは反省していた模様。

 

「うごご……一転不利じゃんかよぉ……」

「貴女は本当に苦労させてくれましたね」

 

今破壊した鎖は4本。最低1本はまだ潜んでいる。そちらに注意しながら、残りを処理していく。空母棲姫程度なら、ガングートさん1人でも充分。2体だとしても神通さん達がいる。漣さんの救出が最優先だ。

 

「こちとらまだ主砲も艦載機も残してんのさ!」

「そうですね」

 

主砲を構えた瞬間に敷波さんがそれを破壊。艦載機は発艦した瞬間に吹雪さんが破壊。魚雷は撃つ前に霞が目の前で爆破し牽制。鎖の位置も把握済み。出てこようとした瞬間に私が簡易爆雷で破壊。即座に打つ手を無くさせた。

 

「あ、あらー、お強いのですね」

「いい加減にしてもらわないと困るんだよ」

 

吹雪さんと敷波さんが同時に鎖を撃った。別方向からの砲撃で避けることは出来ず、外れても避けられない場所だ。そのまま鎖は破壊された。

空母棲姫もあっさりと処理されていた。イロハ級も処理され、戦場には血溜まりだけが残されていた。

 

 

 

戦闘終了。この戦闘、もっとも働いたのはやはり霞だ。道を開くための支援や牽制、私を守ってくれたりと、縦横無尽の大活躍。睦月さんは天龍さんに任せることとなったが、それ以外の全てに貢献したと言っても過言ではない。

 

「よくやったわ霞! お疲れ様!」

「頭痛い……でも、私……やれたわよね。姉さんを守ること、出来たわよね」

「ええ、鎖の破壊は助かったわ。3本に掴まれていたら、私でもダメだったかもしれないもの。本当にありがとう」

 

頭痛でグッタリしている霞を支えてあげる。大分無理しているのはわかった。入渠とまでは行かないが、すぐにお風呂に入ろう。霞は頑張った。帰投時もずっと私に縋り付いていた。余程消耗しているのだろう。今はこのままで。されるがままでいい。




霞も最高戦力の一角に。朝潮帝国は盤石なものとなっていきます。


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深夜の攻防

漣さんと睦月さんの救出が完了し、鎮守府へと帰投した。戦い方が良かったようで、2人とも無傷。多少の擦り傷くらいはあるが、お風呂でどうにかなる程度だった。対するこちらも、白兵戦により中破行かずの怪我を負ったガングートさんが少し目立つ程度で、小破までも行っていない。こちらもお風呂で何とかなる。充分すぎるほどの戦果。

 

「あー……なんも言えねぇです。助けてくれてありがとうございます」

 

これまで洗脳によりさんざんなことをしてきた漣さんは、司令官に会うなり申し訳なさそうな顔で目を背ける。睦月さんに至っては無言。正気に戻って、こちらの皐月さんと潮さんを深海艦娘に変えてしまったことが罪としてのし掛かってきているのだろう。

 

「君達は悪くない。全て鎖に繋がれていたことによる性格の変化だと聞いている。誰も責めないよ」

「そう言ってもらえると助かりますなぁ……」

「今はゆっくり休んでほしい。心身共に疲れているだろう」

 

疲れた笑顔の漣さんと、終始無言だった睦月さんは、そのままお風呂へ。潮さんと皐月さんが連れていったので安心だろう。こういう時は姉妹艦に頼ればいい。

 

「入渠は誰かいるかい?」

「一番酷いのが私くらいだ。霞は大丈夫か? 体調が悪そうだったが」

「大丈夫。戻ってくるまでに治ったわ」

 

ガングートさんは念には念を入れて入渠という形になった。毎度毎度ドックを占拠しているようで申し訳なさもあるらしい。白兵戦とはそういうもの。敵の砲撃を掻い潜りながら戦場を猛進したのだ。これくらいで済んでいることの方がすごい。

 

「皆、ご苦労様! 今後のことはまた考えていこう! 最終決戦も近いぞ!」

 

これで残った深海艦娘は1人。艦娘の姿をした別の何かという吹雪さんのみ。ゴールは見えた。この調子で邁進していこう。

 

 

 

漣さんと睦月さんの処遇は明日以降に決めることとなった。思った以上に消耗が激しいらしく、お風呂の後にすぐ眠ってしまったらしい。精密検査も後日に回された。

首にある小型艤装のことはお風呂で話をしたようだが、覚悟する時間をくれと言われたそうだ。

 

「そりゃそうだよねぇ……死ぬほどの痛みがあるんだもん。即断できた電や五月雨の方が凄いよ」

 

談話室で皐月さんと話す。私達はこの姿に変えられても小型艤装が植え付けられなかったおかげで例の痛みは受けていない。対して、あちら側から救った深海艦娘は全員に植え付けられているので、どうしても通らなくてはいけない道。取らないなら取らないで大丈夫とは言っているものの、敵を呼び寄せるという機能があるので皆取ろうとはしてくれる。

 

「私はまだ不安なんですけどね……」

「何かある?」

「あれだけ時間があって、あの2人は前に見た時と何も変わってませんでした。追加の改造があるかと思ったんですが」

 

初めて戦った時となんら変わらないスペックだったのが、どうも気になっている。行動予測すらされなかった。ここまで追い込まれても強化されてないとは、私は思えなかった。

 

「精密検査でわかることかと思います。強化ではなく、こちらが救出した後に何か変わるとかかもしれませんし」

「扶桑さんみたいな?」

「はい。脚部艤装が壊れるとかはありそうですよね」

 

それくらいならまだいい方だろう。最悪の場合、このまま目覚めないなんてこともあり得る。

 

「今考えても仕方ないかもしれませんけどね。まずは明日を待つべきでしょう」

「そうだね。睦月姉ちゃんには明日検査受けてもらうように言っておくよ」

 

時間で解決できることではないが、疲れて眠っている人を無理矢理起こしてまで調査することではないだろう。せっかく救出できたのだ。今はゆっくり休んでもらって、明日以降に考えよう。

 

 

 

その日の夜。ふと目が覚めた。今日は午後も非番で、疲れ切った霞と一緒にお昼寝と洒落込んだからか、妙に眠りが浅かったようだ。だがどうせまた目を瞑れば眠りに落ちられる。私も大分疲れていた。

その時、あまり聞いたことのない物音が聞こえた。夜に聞こえる音なんて、夜間部隊の帰投の時くらいのはず。だが、今聞こえたのは金属が擦れるような音。

 

「んぅ……何……?」

 

添い寝していた霞を起こしてしまったらしい。

 

「何か物音が聞こえない……?」

「音……? どうせ大潮姉さんが寝返り打ってるとかじゃないの……?」

 

それにしては音が遠い。廊下から聞こえる。少し不安になり、眠っていた妖精さんに無理を言って電探眼鏡を装備。念のため敷波さんのリボンも手に。

……索敵範囲が極端に縮小されている。妖精さんに聞いてもなんでこんなことになっているかがわからない模様。部屋の中と外の廊下しか確認できず、大潮がここにいないのはわかった。トイレにでも立ったのだろうか。

 

「霞、静かに……。何かおかしい。電探が利かなくなってる」

「何よそれ……何かに干渉されてるとか?」

 

よくはわからないがそれが妥当。電波妨害(ジャミング)でもされているような感覚。

 

「……部屋の前で止まった。寝てたら気付かないわねコレ」

「まさか……」

「最悪を考えるわ」

 

扉がゆっくりと開いた。この部屋に入ろうとしている時点でもう答えは1つしかない。さらにいえば、入ってきたのは大潮では無い。()()()()()()()漣さんだ。

 

「霞、合図したら布団を蹴って」

「わかった」

 

ギシリギシリと近付いてくる。一直線に私のベッドの方へ。

 

「せー……のっ!」

 

2人同時に布団を蹴り、そこにいるであろう漣さんに被せた。霞には辛いかもしれないが、今の私は夜目が利く。布団が被さった漣さんに一蹴り入れてから、霞の手を引いて部屋から脱出した。

若干余裕が無かったが、すぐに電探で反応を確認。縮小されていても、漣さん以外にもこの夜中に動いている反応がいくつか見える。その全ては()()()()

 

「すぐに工廠に行くわよ!」

「大潮姉さんは!?」

「後から考える! この調子だと大潮は()よ!」

 

どういう仕掛けかはわからないが、鎖無しで洗脳されている。その軸になっているのは漣さんだ。

真後ろで私の部屋が爆発した。駆逐艦とはいえ深海艤装、威力は重巡並。隣の部屋にまで届かず、一部屋で済んでいるだけマシ。部屋の外から撃たれなくてよかった。

 

「たまたま起きてたの? 運がいいですなぁ朝潮ちゃんは」

「なんで鎖が付いてないのに洗脳されたままなんですか!」

「そんなのわかってんでしょ。()()()()()()()()()()()()だよ」

 

爆発した部屋から出てきた漣さんに、廊下で主砲を突きつけられる。逃げ場がない。私の部屋は3階だ。窓から飛び降りるのも難しい。せめて艤装があれば話は変わるのだが。生身では掠めただけでも重傷。

 

「お前だけは殺せとお姫様からの命令なんですわ。だから、霞氏から離れて1人で死んでくんない? 漣としては他の子殺すのは忍びないってーか」

「お断りします。むしろ自分の命の心配をした方がいいですよ」

 

精一杯の強がりをしながら、出来る限りの行動予測。せめて霞だけは逃がさなくては。

 

「……そういうことですか」

「姉さん?」

「行動予測できない。これ、鎖が繋がってる状態と同じ」

 

おそらく、漣さんを中心に鎖が繋がっている状態にされている。ということは、この鎮守府にいる深海艦娘は全員敵だ。深雪さんすら危うい。その影響が電探にも出てしまっているのではなかろうか。今の私は、何もできないのと同じ。

 

「鎖が繋がってると洗脳されない代わりにスペックダウンしちゃう感じ? いやぁ、なるほどねぇ。取り柄が無くなっちゃいましたなぁ」

「そんなこと言う前に、本当に命の心配をした方がいいですよ。これは忠告です。私でも止められない」

「強がりばっかり。こんな夜中に、艤装も持たない朝潮ちゃんが、どう対抗するのかな?」

 

反応が無くたってわかる。これは本当に危険な状況だ。

 

漣さんが。

 

「私 の 妹 に 何 を し よ う と い う の か し ら」

 

気付いた時にはもう遅い。後ろから漣さんを掴み上げた扶桑姉様が、廊下の床に顔面から叩きつけた後、そのまま艤装を蹴り壊す。さらには寝そべる漣さんを蹴り上げ、壁が壊れんばかりの勢いでぶつけた。

扶桑姉様に相手が誰かなど関係ない。私と敵対した時点で扶桑姉様の敵だった。殺さないように手加減してくれただけマシ。

 

「朝潮……大丈夫……?」

「大丈夫なのでその辺にしておいてあげてください」

 

漣さんは気絶しているようだが、まだ電探の不備は終わらない。今は現状を把握しなければ。こういう時には頼もしい人がいる。

 

「瑞穂さん」

「確認してまいりました。暴走しているのは漣さんを含めて9名。艤装を持つのは睦月さん、皐月さん、潮さん、今破壊された漣さん。他は電さん、白い方の時雨さん、五月雨さん、叢雲さん、そして大潮様です。失礼ながら大潮様は集まる前でしたので先に対処させていただきました」

 

目を回した大潮を担ぎ上げた瑞穂さんが現れる。さすが自称従者、私の知りたい情報を全て知っていた。

やはり深海艦娘が暴走している。深雪さんが大丈夫な辺り、身体が完全に変化していることが前提だ。私にも影響があるのだから、広範囲に鎖が接続された状態を作り出す何かがある。漣さんは気絶しているので、意思と関係なしに起動しているか、他にもその何かがあるか。怪しいのは睦月さんだろう。同じ改造をされていてもおかしくない。

 

「工廠が占拠されています。艤装を装備していない深海艦娘もそちらに向かい、艤装を装備しようとしています。まずは工廠の奪還が最優先かと」

「艤装が無いとまずいですからね……そうだ、深海艦娘と相部屋の人は!」

「殺されてはおりませんが、怪我は負っていました。でき得る限りは外へ誘導しています」

「さすがです」

 

深雪さん、響さん、白露さん、吹雪さんは現在鎮守府外で治療を受けているようだ。治療しているのは萩風さんを運んだ時津風さん。医務室から道具も持ってきて不器用ながら頑張っているらしい。

私や霞も大潮に攻撃されていてもおかしくないと思うが、それをされなかったということは、気付かれる前に艤装を使って殺そうと画策していたからだろう。だから大潮はその場から離れていた。

 

「なんで艤装が装備できたんでしょう。明石さんが許可を出さないと艤装は装備できませんよね」

「睦月さんがやっていました。工作艦の能力を植え付けられているのではないかと」

「じゃあ最初から救出された後のことを考えて改造を受けていたということになりますね。用意周到なことで」

 

明石さんは妖精さんも込みで工廠の隅で拘束されているらしい。さらには司令官は執務室に閉じ込められているようだ。私の部屋が爆破されると同時に、あちらも扉が開かないように細工されたらしい。大淀さんもそこにいる。瑞穂さん1人ではどうにもならないということで、情報収集だけを手早く済ませたそうだ。

 

「春風! レキさん! 大丈夫!?」

 

隣の部屋の扉を開く。爆発音と衝撃、そして扶桑姉様の戦闘音で目を覚ましていた春風が、何事かとキョロキョロ見回している。

 

「な、何が起きたんです!?」

「深海艦娘が全員暴走してるの!」

「アサ姉ちゃん……レキ、頭が痛いぞ……」

 

この広範囲に鎖を繋いだ状態にする何かは、レキさんにも悪影響を及ぼしている。純粋な深海棲艦には洗脳の効果は発揮しない代わりに酷い頭痛が起こるようだ。そうなると潜水艦姉妹もこの頭痛に苛まれているはず。早くどうにかしなくては。

 

「瑞穂さん、レキさんを皆のところへ。大潮は私が預かります」

「了解しました。レキさん、行きましょう」

「うん……アサ姉ちゃん……頑張って」

 

これである程度の心配事は無くなる。このままレキさんまで暴走してたら、本当に打つ手が無くなりかねない。扶桑姉様ばかりに頼りきるのもどうかと思うし。

 

「よし、まずは司令官を助けに行くわ」

「姉さん正気? さすがにこればっかりは扶桑さんと春風に任せた方が」

「何言ってるの。扶桑姉様に行ってもらうなら、私も行かなくちゃいけないわ。だって私達は」

「2人で1つの海峡夜棲姫……2人でいれば……無敵よ」

 

まずは司令官の救出を先行する。

気絶した漣さんは扶桑姉様が引きずり、ひとまず執務室へ。扉の近くが同じように爆破され、瓦礫で封じられている。窓ガラスまで徹底されているようだった。

そこには既に山城さんが駆けつけていたが、艤装が無い状態ではいつものパワーが出せない様子。

 

「姉様、お願いします!」

「ええ……この程度なら」

 

瓦礫ごと扉を蹴り壊した。こういう時に半深海棲艦は便利。艤装が自分の意思で出し入れできることが、ここまで有用に作用するとは。

 

「提督! 無事!?」

「すまない、助かった!」

「一体何が起きているんですか!?」

 

掻い摘んで説明。その時には瑞穂さんも戻ってきていた。レキさんは外の人達に任せてきたようだ。

夜間任務の人達も、ここに帰ってこれないように襲撃を受けているらしい。本当に用意周到。あちら側との通信も途絶えてしまった。私の電探を妨害するもののせいだろう。

 

「なるほど、わかった。今ここにいる者で、工廠奪還の戦力は扶桑君と春風君のみということだね」

「艤装が無いとどうにもならないわ。あちらも艤装が無いなら話は変わるんだけど、さすがに私でもそのパワーバランスは覆せない」

「この状況では四の五の言っていられない。いざとなれば私も手伝おう。だが3人だ。相手は9人……いや、7人だね」

 

寝かせた大潮はともかく、扶桑姉様に放り捨てられた漣さんを見て困った顔をする。漣さんの艤装は完膚なきまでに破壊されているが、私への妨害は一向に終わらない。となると、この妨害は睦月さんの方から発生していると考えるのがベター。

 

「大淀君、久々だが艤装を装備してくれ」

「了解しました。私も工廠奪還作戦に参加します」

 

秘書艦の艤装は工廠ではなく執務室に置いてあるそうだ。いつでも提督を守れるようにという配慮が、こういうところで役立った。守る必要がないくらい強いのだが。

 

「瑞穂さん、他の方は今どうなってます?」

「無事を確認しがてら、全部屋の扉だけは開けてきました。爆破で歪んで脱出出来なくなっては困りますから。外へ脱出するようには声をかけてありますのでご安心を」

「完璧ですね。ありがとうございます」

 

その場にあるもので大潮と漣さんを縛り、目を覚ましても暴れないようにしておく。これで少しはマシになるだろう。

 

「明石はすぐに助けましょう。それだけで大分変わります」

「ええ。艤装さえ装備できればこちらのものよ」

 

山城さんに艤装が装備できれば、扶桑姉様も込みでトップ2が揃う。そうなればこの戦いは大分楽になるはずだ。

 

「おそらくこの鎮守府の破壊も目的だろう。妖精さんに直してもらうことは出来るが、なるべく壊れないことを祈ろう。特に資料室が破壊されたらはち君が……」

「食糧倉庫が破壊されたら清霜さんが倒れますね……」

 

割と責任重大だ。この工廠奪還作戦、いろいろな人が巻き込まれている。こちらの戦力は司令官まで含めて4人。対する相手は姫級まで引き上げられた深海艦娘7人。勿論、なるべく無傷でが最低条件だ。

 

「さぁ、工廠奪還作戦、開始だ」




深夜の室内戦闘のため、暗闇の中での戦いです。その中でもシュンシュン移動している瑞穂が異常なだけ。


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工廠奪還作戦

漣さんと睦月さんを助け出した日の深夜、突如として深海艦娘が暴走した。その原因は助け出した2人にある。鎖が無くても洗脳されたままの状態であり、何らかの手段で鎮守府内の深海艦娘を暴走させている。私、朝潮もその影響で、電探の索敵範囲が縮小された挙句、行動予測をするための脳の容量を奪われてしまっていた。

 

工廠が占拠されてしまったせいで、艤装が扱えるのは半深海棲艦である扶桑姉様と春風、秘書艦のため執務室に艤装が置かれていた大淀さんの3人のみ。戦力としては、そこに艦娘を相手にした場合に無類の力を発揮できる司令官を加えた4人となる。私、霞、瑞穂さん、山城さんは艤装が無いため、それをどうにかしない限り戦力外。

 

「工廠までは一直線だ。だがその代わりに怖いのは時雨君だね」

「背部大型連装砲ですね。戦艦主砲並の威力がありますから」

「それは……私に任せてちょうだい……。ただし……鎮守府が壊れてしまうかもしれないけれど……」

 

扶桑姉様ならそれくらいの威力の弾も余裕で弾くことができる。ただし、弾くだけなので壁はどんどん破壊されることだろう。連射は出来ないが、1回の威力が駆逐艦のそれではないので、どうしても鎮守府に被害が出る。

こうしている間にも、あちらは準備が整っていく。もう全員艤装は装備済みだろう。

 

度々上の階で爆発音が聞こえた。部屋を1つ1つ、私の部屋と同じように攻撃している。わざわざ帰る場所を無くそうとしている。

 

「いい加減にしてもらわないと、建て直すのが大変だ。そろそろ行こうか」

「ええ……ようやく見つけた私の居場所……壊してもらうわけにはいかないのよ……」

 

扶桑姉様が1人、ゆっくりと廊下を歩いていく。月光に照らされ、恐ろしくも綺麗だった。前までは天変地異、厄災と思っていた姿も、今は救いの神。神は神でも破壊神。

 

「やっぱり扶桑が先陣を切るよね」

「……時雨がここを守るわよね……撃ちたければ撃ちなさい……当てられるなら」

「別に当てる気は無いさ。扶桑が勝手に鎮守府を壊してくれるんだろう? 僕はそっちの方が嬉しいね」

 

大型単装砲は準備完了している。

 

「おっと手が滑った」

 

白時雨さんが撃った弾は、扶桑姉様をまったく狙っておらず、片方は隣の部屋や天井を破壊していった。戦艦並の火力なだけあり、一撃で壁が吹き飛び、部屋の中まで見えてしまうような状態に。会議室が抉れてしまっている。

もう片方はお風呂に向いていた。流石にこれは扶桑姉様も許容出来なかったのだろう、即座に動き出し、そちらの弾だけは弾き飛ばした。弾く方向も考え、部屋を守るために天井にぶつけた。もう片方の弾と合わせて天井の被害は大きくなるが、設備は守ることはできている。

 

「ちょっと白しぐ姉さん! 私上の階にいる!」

「ごめんごめん。五月雨がそこにいるのは考えてなかったよ」

「もう。あ、でもここから下を狙うのもいいかも」

 

五月雨さんも愉快犯のように主砲を撃つ。撃った先には別の部屋。即座に扶桑姉様が反応するが間に合わず、資料室に撃ち込まれ、本棚が明るみに出てしまうほどに破壊されてしまった。

ただただ破壊を楽しんでいるようにしか見えなかった。洗脳のせいで性格が変えられているのが不憫で仕方ない。我に返ったとき、また頭を抱えるのだろう。

 

「あっ……ま、まずい。五月雨君がやらかしてしまった」

「どうしたんです司令官。冷や汗が……」

「今、資料室の辺りから音が聞こえたんですが……」

 

破壊された壁の奥からヌルリとやってきたはちさん。皆と一緒に避難していたが、自分の管轄の資料室で爆発音がしたことでここまで来てしまったらしい。後ろでゴーヤさんやイクさんが必死に引き止めていた。

今の光景を見て、瞳から光が消えた。

 

「あれ……風通しが良くなってますが……これはどなたが?」

「は、はち君、落ち着こう。洗脳はされているが、五月雨君は仲間だ」

「五月雨ちゃんがやったんだ……そっか……ふぅん……。天井に穴が……そこからやったのかな……?」

 

チラッと天井の穴の先を見る。主砲を構えた五月雨さんと目があった。

本当に恐ろしいものを見ると、顔とか見なくても寒気がする。たった今それを知った。はちさんの顔が見られない。勝手に身体が震える。ここから逃げ出したくなる。

 

「これをやったのは……五月雨ちゃん?」

「そうですよー! 鎮守府を壊さないといけないので!」

「そっか……そっかぁ……」

 

持っていた本を開く。突然何を。

 

「伏せるでちー!」

「あれ開いたらダメなの! 全員伏せて!」

 

言われた通り伏せる。司令官が私達に覆い被さるように動いた。そんな事を言ってくるくらいだ。本当にまずいことが起こる。

 

「Feuer」

 

地上だというのに()()()()()()()

 

はちさんの攻撃方法は艦娘の中でも群を抜いて特殊。白紙の本の中に武装がしまわれており、本を開くことでその攻撃が可能となる。欠陥(バグ)を持たないはちさんであれば、海中で本を開き魚雷を放つ、という具合。

しかし、ここのはちさんは一味違った。潜れないが故に、地上で魚雷を放ってしまった。空気も重力も関係なく、まっすぐ五月雨さんに向かって飛んでいく。ここまで来るとほぼ主砲。

 

「ふぇっ!?」

 

辛うじて避けたようだが、2階の天井にぶつかった瞬間に主砲とは比べ物にならないほどの爆発が発生。当然天井は木っ端微塵。激しい衝撃で五月雨さんは気絶。装備も中破し、1階に落ちてくる。一応無傷。

私達戦力外組は司令官に何とか助けられたが、容赦がなさ過ぎて驚きを通り越して言葉が出ない。

 

「はっちゃん! それはダメって言ってるでしょ!」

「はっちゃんのParadies(楽園)を壊したヤツは絶対許さない。本が燃えたのならその分服を燃やしてやる。本が破れたのならその分皮を破ってやる。本が折れたのならその分骨を折ってやる」

「落ち着くの! あれは洗脳されてるから仕方ないのー!」

 

あまりの破壊力に呆然としてしまう。ゴーヤさんの口振りからして、一度や二度ではない。一番の常識人枠であるはちさんのネジが飛んでしまったので、イクさんですら手を焼いている。

あまりにも止まりそうにないので、瑞穂さんの説得(こぶし)で退場願った。ゴーヤさんもイクさんもすごく申し訳なさそうに引っ張っていった。

 

「な、なに!? 何が起きたのです!?」

 

2階の天井が破壊されたことで、3階にいた電さんが顔を出した。明らかに深海艦娘の火力ではない爆発が発生したことで、洗脳されていても驚きが隠せていない。

 

「時雨は大淀に任せるわ……あれを先にやっておく……」

「ちょっと!?」

 

少しステップを踏んだ扶桑姉様、気付けば3階まで跳んでいた。電さんの目の前に現れ、即座に脇を掴み、そのまま1階まで下りてくる。

 

「離すのですー!」

「デコピンで許してあげるわ……」

 

首をつかみ直し、電さんの主砲にデコピン。その一撃で粉々になる主砲。血の気が引いていくのがわかる。その指を額に押し当てられると、あまりの恐怖で涙を流している。洗脳されているようにはもう見えなかった。

 

「ひぃっ!?」

 

軽くデコピンしたように見えたが、その衝撃は凄まじかったらしく、脳震盪を起こして気絶。無傷といえば無傷。

 

「電!? この、よくも!」

「ああもう! グダグダじゃないですか!」

 

大型単装砲を扶桑姉様に向けたが、次の瞬間、その単装砲は左右とも破壊されていた。大淀さんの撃った弾が、砲門に吸い込まれるように入っていき、内部爆発を引き起こしたようだった。

 

「大淀さん、そんな射撃精度が……」

「青葉さんに教えたの、私ですから」

 

手に持つ主砲すらも簡単に破壊し、白時雨さんはあっという間に無防備に。ただ、大淀さんは実弾しか持っていないので、気絶させるのが不可能。これだけは他人任せになってしまう。

 

「時雨……貴女も今は寝ておきなさい」

 

気絶した電さんを投げ捨てると、既に間合いに入っていた。すぐさま首を掴んだと思ったら、鳩尾に一撃膝を入れてノックアウト。こちらも廊下に投げ捨てた。

あっという間に3人撃破。先に対処した漣さんと大潮を含めて5人。残りは4人。その全員が工廠に集まっている。

 

「武器を持っているのが2人……分が悪いわ……」

 

今全員『嘘つけ』と思ったが、扶桑姉様は武器を持っている相手は得意ではないらしい。特に叢雲さん。リーチが長いので近付くことが出来ず、戦いが長引いてしまうのだとか。負けるとは一言も言っていない。

 

「ではまず明石を助けましょう。そうしたら私の弾を全てダミーに変えられます」

「なら……私が時間を稼ぐわ……。瑞穂……明石のところへ全員を案内しなさい……」

「了解しました」

 

扶桑姉様が当然のように先行。正面に睦月さん、皐月さん、叢雲さん。潮さんは少し後ろに控えていた。攻撃方法が艦載機しかないからだろう。

 

「皆様こちらです」

 

瑞穂さんに案内されて大急ぎで明石さんの下へ。当然瑞穂さんの行動は許してくれない。ここからは4人を扶桑姉様と春風で止めることになる。私達は傍観者にならざるを得ない、

 

「潮! あっち止めて! って大淀さん? 秘書艦しかやってない人ならサクッと止められるでしょ!」

「艦載機全部出しておくから、その危ないのどうにかして!」

 

扶桑姉様はもう危ないの呼ばわりである。今回は睦月さんも主砲。ドラム缶を振り回すようなことはないが、膂力は健在。白兵戦を仕掛けてくる可能性は大いにある。

 

「春風……貴女も瑞穂を援護しなさい……」

「いいんですか? 武器持ちは不得手なのでは?」

「潮の艦載機の方が邪魔よ……これは私1人でやれそうだわ……」

 

皐月さんと叢雲さんからの猛攻を躱しながら指示を出している。見ている限りなかなかの連携なのだが、当たる気配がまったく無い。

 

「なんなのこの人!? 全然当たらない!」

「でも攻撃もしてこないから押せ押せ!」

「睦月もやるぞよ!」

 

1対3。それでも扶桑姉様は1人で捌き切る。睦月さんは今回は普通に砲撃で応戦していたが、その弾は全て弾かれていた。

ひとえに、私と山城さん、2人の妹を守るという信念があるからだ。完全妹主義で狂気に呑まれた扶桑姉様だからこそ、妹が絡むことで100%以上の力を発揮できる。龍田さんと似たようなものである。今回はそこに、ついに見つけた自分の居場所が絡んできているのだから、さらにやる気も出るだろう。

ただ、気を抜くと3人を傷付けてしまう可能性があった。だから攻撃もなかなか出来ない。漣さんは私の危機に駆けつけたから加減が出来ていなかっただけ。あれはもう仕方ない。

 

「明石!」

「大淀! 助かったぁ! 早く解いて!」

「わかってる! その後は私にダミーの弾装填して!」

 

鎖で雁字搦めにされていたので解くのに苦労したが、明石さんを何とか解放。その間に飛んでくる潮さんの艦載機は春風が処理し続けていた。

大淀さんの弾の入れ替えが終わり、霞と瑞穂さんは艤装の装備まで完了。しかし、

 

「ごめん! 朝潮と山城さんの艤装、あいつらに破壊されたの! すぐには修理厳しい!」

「やってくれるわね……」

 

こういう状況も考えていたのか、私と山城さんは対策されていた。艤装が無ければただのお荷物だ。

 

「だから()()()()()

「えっ!?」

「まぁ見てなさいって」

 

明石さんが艤装を装備。普段から装備の調整や改造の時も艤装を装備していたが、それは工作艦、延いては明石さんの特性のためであった。

明石さんは艤装を装備すれば、他人の装備を持ち上げられる。全てこれに尽きる。装備するわけではなく持ち上げるだけ。使いこなせないが運ぶことはできるということだ。清霜さんの46cm砲なども、明石さんなら運ぶだけはできる。

その特性を活かした結果が、今からの戦い方。

 

「よーし、天龍の()()()()

 

装備ではなく、艤装の一部だからこそできる『裏ワザ』である。運ぶことが出来るのだから、それを振り回すことも出来る。それが天龍さんの刀でも、龍田さんの薙刀でも。装備はしてない。物凄い屁理屈。

 

「久しぶりじゃない。最近工廠仕事ばっかりで訓練もしてないのに」

「大淀もそうでしょー。でもヘッドショットの腕、落ちてないみたいじゃん」

「実はこっそりやってたのよね」

「あはは、私もメンテとか言って振ってみたりしてるよ」

 

無駄口を叩きながらでも、大淀さんは潮さんにヘッドショット。ダミーの弾と言うが、当然これは以前に用意したもの。スウェーデンの缶詰ペイント弾である。

 

「またぁあああ!?」

 

前回洗脳された時に引き続き、またこの匂いに苛まれることになろうとは。しかも今回は鎖が繋がっているわけではないので正気に戻るのもいつになるかわからない。洗浄は正気に戻ってからである。

 

「潮のああいう悲鳴って珍しいよね。録音しておけばよかった」

「可哀想だからやめておきなさい。扶桑さん、私達が白兵戦組を受け持ちます」

「睦月の艤装を破壊してください!」

「ええ……わかったわ……」

 

大淀さんが叢雲さんに狙いを定めてヘッドショット。しかし行動予測が出来るだけあり、それは躱される。その攻撃と同時に明石さんが飛び出していた。思ったよりも動きが速い。

 

「皐月ぃ、私の相手してよ!」

「ちょっと、なんで明石さんが天さんの刀使えるわけ!?」

「誰が整備してると思ってんの」

 

下手をしたら天龍さんよりも鋭い剣筋。皐月さんは防ぐので精一杯になっている。

 

「へいへい皐月ぃ、腕鈍ってんじゃない? やっぱ洗脳は弱くするよね」

「なんでっ、この、工作艦のくせに!?」

 

一撃一撃がやたら重い。しかも明石さん、大分遊んでいる。あちらの殺意のこもった攻撃を、軽く払って峰打ちしていく。

 

「ちょっと皐月! 何やってんのよ!」

「それはこっちのセリフです」

「お、大淀っ、何なのよその精度! 専任秘書艦風情が!」

 

大淀さんは大淀さんで、行動予測を超えた砲撃でわざわざ服や艤装に臭いを付けていく。すぐに終わらせない辺り、すごく陰湿な戦い方である。

 

「叢雲臭い! 近寄らないで!」

「大淀に言いなさいよ!」

「どっちも黙ってもらえます?」

 

大淀さんが皐月さんにヘッドショット。同時に明石さんが叢雲さんの武器を破壊する。

この2人、最古参なだけあり、腕前が全艦娘の中でもトップクラスだった。大淀さんは青葉さんの精密射撃の先生をやっていた経験があり、明石さんに至っては天龍さんの白兵戦の訓練の相手をやっていた時期があったそうだ。それだけで練度が上がり、専任秘書艦と工作艦が()()()()()()()()()()()()、弱いわけが無かった。

 

「ぎゃああああっ!? 臭い臭い臭い!」

「嘘でしょ!?」

「まったく、アンタ達は私達を嘗めすぎ。私も大淀も、ここの全部を知ってるんだよ? 脚部艤装がまともなら、普通に戦果挙げられるの。正気に戻った後も覚えといて」

 

峰打ちで2人とも気絶させた。これで残りは悶絶している潮さんと扶桑姉様が対処している睦月さんのみ。潮さんはもう戦力外と言ってもいいだろう。

 

「んにゃあ! なんなの! なんなのぉ!」

「妹のために……その艤装を破壊するわ……」

 

砲撃も艦載機も関係なしに突っ込む扶桑姉様。何をされてもダメージが一切無い。すでに見た目が弱いものイジメのそれ。

 

「睦月が何したっていうのさぁ!」

「私の居場所を奪おうとしたわ……鎮守府を破壊しようだなんて……お仕置きしなくちゃいけないわね……」

 

ついに首を掴んだ。もうどちらが敵でどちらが味方かわからない。

 

「知っていることをすべて話しなさい……漣は気絶してしまったの……貴女からしか聞けないわ……」

「お断りにゃしぃ」

「そう……なら身体に聞くしかないわね……」

 

目にも留まらぬ早業で主砲と艦載機を破壊する。もう睦月さんは無防備。首を掴まれている腕をどうにか外そうと悶えるが、戦艦棲姫()()()()膂力では扶桑姉様の腕力を突破することは不可能。

 

「扶桑姉様、もういいです。とりあえず拘束してください!」

「そう……睦月……朝潮に感謝することね……」

 

拘束するにも意識があると面倒と、鳩尾に膝蹴り。気を失ったところで艤装も破壊した。それでもまだ電探の索敵範囲は戻ってこない。まだ違う原因があるようだ。

 

「山城さんの艤装は最優先で修理するから。入渠ドック壊されたのキッツイなぁ……」

「頼むわ。またこんな事があったら私も戦わないとやってられないわ」

 

ここに来て内部崩壊を狙ってくるとは思いもしなかった。いや、むしろここで恐れるべきは、遠隔でも洗脳が行き届いていることだろう。もう鎖など関係ない。同じことをあちら側の吹雪さんがやってくるのはほぼ確定。深海艦娘は絶対に戦場に出せなくなってしまった。私にも悪影響があるとなると、何か対策を考えなくてはいけない。




明石と大淀は、初期艦よりも先に提督と出会っている、真の初期艦。鎮守府の全てを把握していると言っても過言ではないので、鍛え上げれば誰よりも強くなる可能性はあるのです。


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無傷の摘出

深夜の深海艦娘の暴走はなんとか鎮圧できた。しかし、私、朝潮は帰る部屋が破壊されてしまっている。外に避難した人達も、その半数近くが部屋を破壊されてしまった。設備も思ったよりやられており、まともに残っているのは、扶桑姉様が死守したお風呂と、散らかったくらいで終わった談話室、そして執務室だけ。

 

「この一晩だけは毛布で我慢してもらえないか。朝、改めて状況を確認する。部屋がまだ残っている者はそこで、残っていない者は残っている者の部屋、もしくは談話室で身体を休めてほしい」

 

幸い、霞の部屋はまだ破壊されていなかったため、私は霞の部屋に身を寄せることに。談話室も散らかってはいるものの辛うじて残っていてくれたおかげで、外で眠らなくてはいけないような人はいないようだ。

この場にいると頭痛が酷い深海棲艦組は、一時的にセキさんの陣地に行ってもらった。深海艦娘を暴走させる何かは、鎮守府内のみに作用しているらしく、陣地まで行けばスッキリしたようだ。

 

「申し訳ございません。医務室も破壊されており、瑞穂も眠る場所が無く」

「仕方ないわよ。それに、今回も瑞穂さんには大分助けられたから」

「本当に助かりました。ありがとうございます」

 

瑞穂さんも霞の部屋で一晩寝泊まり。扶桑姉妹の部屋もギリギリ残っていたようで、なんとか一夜を過ごすことは出来そうだった。

 

 

 

翌朝。明るい中で見ると、改めて被害が甚大であることがわかる。執務室から工廠へ続く廊下がその最たるもの。1階から3階までが吹き抜けになってしまっている。壁も殆ど無く、あの時の戦闘が激しかったことを物語っていた。主にやらかしたのははちさんの陸上魚雷ではあるが。

 

「援軍の子達は、鎮守府修復の間は浦城君の下へ帰投してほしい」

「了解しました。再建が終わり次第、また参ります。こればかりは我々もお手伝いできませんので」

 

苦笑する神通さん。鎮守府再建を手伝える艦娘など、工作艦くらいしかいないだろう。

部屋数が少なくなったというのもあるが、鎮守府がこんな状態ではまともに北の攻略は出来ないだろう。現在妖精さんが見積もりを出しているところだが、最速でも1週間近くはかかるとのこと。

ただ、元に戻るどころか以前よりも良くしようとしているそうだ。部屋数も多くし、さらに暮らしやすい鎮守府にバージョンアップする。

 

ということで、援軍の方々は一時帰投。また、長門さんも元帥閣下に現状報告をするために一時帰投することに。

妨害が通信機器にも影響しており、現在の鎮守府は文字通り孤島になってしまっている。すぐ直るとは思うものの、結局のところ半壊した鎮守府で暮らしてもらうには難があると判断したからだ。

 

「さて、これで次の問題に取りかかれるね」

「深海艦娘の件ですね」

 

正規メンバーのみとなった鎮守府。次は再建よりも早く対処しなくてはいけない問題。深海艦娘の洗脳を解くことである。

現在敵対している9人は、首から下が覆われるほどの大きな袋に詰められて徹底的に拘束した状態で、半壊した深海艦娘の詰所に拘留されている。一切の身動きも取れない状態だ。一晩経った今でも洗脳は解かれておらず、あの電さんですらこちらを噛み付いてきそうだった。

 

「漣君と睦月君に何かがあると見て間違いは無いだろう」

「ここまで来ると、小型艤装しかありませんね」

 

救出したときに小型艤装の切除を渋ったのは、覚悟をする時間が欲しかったわけではなく、深夜の作戦のために必要だったとしか思えない。

私の電探に不調が出たのは深夜からだ。それまでは普通に動いていた。レキさんも身体の不調を訴えていない。ということは、夜になって何らかのシステムを起動させたのだろう。あの時に2人が持っているものなど、切除していない小型艤装しかないはずだ。体内と言われてしまうとお手上げ。

 

「私と姉様で剥がすわ。姉様に押さえつけてもらって、私がいつものようにすればいいでしょ」

「うむ……それが一番か」

「さすがに今回は躊躇いがないわ。ここまでされたんだもの」

 

今回はセキさんに調査を依頼することも出来ない。レキさんと同じで頭痛に苛まれることになってしまう。明石さんもある程度は深海の知識を取り入れたので精密検査は出来るが、詳細はやはり本家に見てもらう方が早い。

 

「説得が出来ればいいんですけどね。洗脳されていても、恐怖心とかはそのままなのはわかりましたし」

「あちらの機密をペラペラ喋ってくれればいいんだけどね」

 

一筋縄ではいかないことは明白だった。やはり小型艤装の切除が一番手っ取り早いか。

 

「まずは施術をしよう。今回に限り、本人の意思は聞くことは出来ない。あれがある限り、我々に勝機は一切無いだろう」

「了解。じゃあ私の艤装の修理が終わり次第始めるわ」

 

山城さんの艤装は現在修理中。修理完了は午後とのこと。その後に私の艤装の修理が始まる。戦場に出られるのは少し先となりそうだ。

 

 

 

午後、簡単な昼食も終え、2人の小型艤装切除の施術が始まる。

 

「……先に睦月……やるわよ……」

 

詰所に入る扶桑姉様。その姿を見ただけで、洗脳されているはずの電さんがガタガタと震え始めた。脳震盪を起こすほどのデコピンを喰らったトラウマは、大分根深く刻み込まれていたようだった。

むしろ、ここの9人のうち4人は扶桑姉様にやられている。圧倒的な力に成すすべなく淘汰された。トラウマはいくつも刻まれているだろう。

 

「なっ、何をされても睦月は屈しないぞよ!」

「頑張りなさい……って……臭いわね……」

「誰のせいだと思ってるにゃしぃ!」

 

臭いの元は、大淀さんにやられた潮さん、皐月さん、叢雲さん。あの戦闘の後、誰も洗浄されていないせい。詰所は酷い臭いに包まれている。これもまた拷問の一種なのだろう。食欲すら失われている様子。

 

「全部終わったら洗ってあげるわ……この子達が情報を話さない限り……貴女達はずっと臭いままよ……」

 

汚いものを摘むように睦月さんを吊り上げる。ここにいるだけでも服に臭いが付いてしまいそうだった。

 

「持ってきたわよ……」

「酷い臭いね……施術するの嫌になるんだけど」

 

首輪の分解の仕方は明石さんがセキさんに教えてもらっているので、簡単に分解。その間も睦月さんはジタバタもがいていたが、扶桑姉様の腕力で明石さんの邪魔にはならなかった。

 

「小型艤装の形が今までと違う。やっぱりこれが原因だったんだ」

「これ、私が触っても大丈夫なやつ?」

「なんとも言えないので、これを付けてください」

 

明石さんが使っている手袋を渡す。素手で触るよりはマシだろう。今までとは違うタイプなので、念には念を入れている。

 

「姉様、しっかり押さえててください」

「ええ……準備はいいわ……」

「睦月、アンタも覚悟しなさい。せーのっ!」

 

いつもと違いカウントダウンすらなく、覚悟する時間も殆ど与えずに小型艤装を吹き飛ばした。今回はより深く根を張っている可能性も考慮し、僅かにだが肌も削ぐ勢い。

破壊された小型艤装はいつも通りに木っ端微塵となったが、溢れる血の量が尋常ではなかった。やはりより深く突き刺さっていた様子。

 

「ひぎゃあああああっ!?」

「暴れないで……」

 

暴れるなというのは無理な話である。

この施術も、もう5人目(叢雲さんは龍田さんが破壊したので除く)。淡々と高速修復材が塗られ、必要最小限で完了。あとは痛みが引くのを待つのみ。

 

「朝潮、電探の索敵範囲は?」

「拡張されました。ですが、まだ半分程度ですね。おそらくですが、漣さんと睦月さん2人分の効果なんでしょう」

「なら漣にも同じことをすれば終わりかしらね。まだ何とも言えないけど」

 

扶桑姉様が押さえつけても痛みで悶え苦しむ睦月さんを尻目に、次の計画を立てている。誰もが心身ともに疲れ切っていた。いろいろと余裕がない。司令官ですら、少し疲れが見え、言葉数が少なくなるほどだ。

 

「ひぃ……ひぃ……こんなに痛い思いをしたのに……誰も睦月のことを見てくれないとか……」

「こっちも寝不足で余裕が無いのよ。どうせまだ洗脳されたままなんでしょ。向こうで何をやられたのか話せる?」

「べー。誰が言ってやるかー」

 

漣さんの施術も終わらせない限り、洗脳は続くようだ。たった1人で鎮守府全体を覆うみたいなので、私の電探に近いくらいの範囲なのはわかった。2人がかりともなると私の電探も押さえ込まれるほどの障害になるということも。

 

「痛みは……引いたかしら……」

「もう痛くは無いけど、何も話さない! 睦月は口が固い女にゃしい! お姫様との約束は破らないよ!」

「そう……なら漣を持ってくるわ……」

 

また睦月さんを摘まみ上げると、血塗れにも関わらず詰所に運んでいく。視覚効果がすごい。睦月さんが袋に詰められている挙句、扶桑姉様も睦月さんも血塗れのため、完全に死体を運ぶ殺人犯。

 

「提督、ものすごーく残酷な提案なんですけど」

「何かな明石君」

「漣の小型艤装、形をそのままで摘出したいんです」

 

つまり、山城さんによる一瞬で破壊する手段を使わず、引き抜くなり何なりで残したまま排除したいということ。

一瞬で破壊するのは、される側のリスクを最小限に抑えようとする目的があった。が、形を残すということは、より長く苦痛を味わわせるのと同義。

 

「あれがある限り、深海艦娘の再洗脳がいくらでもやれるってことですよね。なら、あの艤装自体を解析する必要があると思うんですよ。遠隔で洗脳出来ているくらいですし、何か秘密があるかと」

「うむ……だが漣君に危険があるのではないかね?」

「なるべく辛くないように、山城さんにも頑張ってもらいます。弾き飛ばすんじゃなくて、摘んで引きずり出すというか」

 

恐ろしいことを話している。神経に繋がってしまった艤装を引きずり出すなんて、吹き飛ばすよりも酷い痛みに襲われるということ。ゆっくり引っ張るわけではないのでまだマシかもしれないが、それでも残酷な手段である。

 

「今後のためには必要かもしれないが、それはあまりにも残酷すぎる……。いくら我々を苦しめてきた漣君とはいえ……」

「なら、私がどうにかするわ。吹き飛ばすのと同じスピードで引きずり出す。必要最小限の痛みで終わらせてあげる」

 

山城さんなら出来そうなのが怖い。しかし、今後のことを考えれば、あの小型艤装そのものがあることは有用である。敵のことがさらに判明する可能性が高い。解析さえできれば、これ以上深海艦娘を増やさなくても済むかもしれない。むしろ、身体を治す方法すら解明するかもしれない。

 

「私は賛成です。漣さんには申し訳ないですが、得られる情報が大きい可能性が高いですから」

「うぅむ……確かに必要な情報が手に入る可能性はあるんだが……踏ん切りがつかないね。山城君、自信はあるかい?」

「言うに及ばずよ。漣もちゃんと助ける。他よりちょっと痛いくらいだわ」

 

そうこうしているうちに、扶桑姉様が漣さんを持ってきた。あの時の強烈な体験が心に刻まれてしまったのか、扶桑姉様に吊られた漣さんはやたら静か。

 

「許可しよう。山城君に自信があるというのなら、やってくれ」

「了解。じゃあ施術するわ。姉様、やり方を変えるので、固定の仕方を変えます」

 

今までは横から吹き飛ばすだけだったが、今回は真上に引き上げる。そのため、山城さんは漣さんに馬乗りになり下半身を固定。扶桑姉様は首と肩を支え上半身を固定。

 

「これ、めっちゃ痛いヤツじゃないですかね。いいんですかい。漣だって艦娘っすよ。殺すような真似して、良心痛まない?」

「あん? もう痛まないわよ。アンタで6人目、さんざんアイツらの血を被ってきたわ。むしろ絶対に動くな。死にたくないなら」

「動きたくても動けねーですよ。扶桑さん力強すぎ」

 

最後まで軽口と皮肉たっぷりの漣さんだが、これで洗脳が解けるはず。

 

「今までで一番緊張するわ……」

「大丈夫よ……私と……朝潮がついてるわ……」

 

扶桑姉様に目配せされる。何を言ってほしいか、何となくわかった。これで山城さんに気合が入るかはわからないが、扶桑姉様が合図してくるくらいなのだから、有効的なのだろう。

 

「頑張って、山城()()

 

時が止まったように思えた。

 

「ーーーーっ!」

 

流れるような動作で、漣さんの小型艤装を引き抜く。ブチリと嫌な音がしたが、指で弾き飛ばすよりも速いのではと思うほどの手際。

小型艤装は形をそのままに、漣さんの体内(なか)に入ってたであろう配線まで残して綺麗に引き抜かれた。そして、噴水のように血が噴き出す。

 

「っぎっ!? いあぁああああっ!?」

「明石!」

「艤装貰います! 修復材!」

 

用意してあった箱に摘出した艤装を入れ、すぐさま修復材をぶちまける。あとはもう落ち着くのを待つのみ。

 

「朝潮、電探の索敵範囲は」

「元に戻りました。これで全員の洗脳も解かれたはずです」

 

私の索敵範囲はいつもの状態に戻っていた。おそらくこれで行動予測も可能。艤装さえ修理が終われば、すぐにでも戦線復帰できる状態となった。

漣さんから剥がされた時点で、小型艤装のシステムは機能を停止しているようだ。単体では機能しないものと見てよさそう。

 

「ホッとしたよ……これでようやく漣君を救えたわけだね」

「まだ痛ぇです! 漣結構ギリギリなんですけどぉーっ!」

「そんだけ喋れるなら充分よ」

 

一息ついて、山城さんも漣さんから離れた。痛みでジタバタするが、こちらに反抗してくる意思は見受けられない。漣さんの洗脳も、おそらくこれで解かれた。昨日は解けたと思った状態から深夜のアレだったわけで、正直まだ気が許せない状態ではある。

 

「はーっ、きっつ……全員こんなことやってたんですなぁ……」

「アンタの場合、全員よりもキツイ方法で取り除いてる」

「なんで!?」

「艤装が無傷で欲しかったのと、今までのアンタへの恨み辛み。皐月と潮と朝潮の分を込めたわ」

「漣の意思じゃねーですけど!?」

 

ああ、これはおそらくもう大丈夫だ。洗脳されている状態と似たような話し方だが、敵意は一切感じられない。

 

「詰所の皆も拘束を解いてあげよう。あの臭いにもそろそろ限界だろうからね」

「そうです! あれなんなんですか!? 裏切り者への拷問にしてはベクトル違う酷さを感じられたんですけど!?」

 

とにかく、これで今回の件は解決出来ただろう。漣さんとの長い戦いも幕を閉じた。漣さんは今後、いろんなことで弄り尽くされると思う。覚悟しておいた方がいい。

 

 

 

ようやく臭いも取れ、深海艦娘組全員はお風呂へ。私達も施術後の臭いを取るためにお風呂に入る。ここも破壊されていなかったのはありがたかった。お風呂だけは守ってくれた扶桑姉様に感謝。

 

「睦月は明石さんのお手伝いをするね。せっかく工作艦のパワー持ってるし。罪滅ぼしにゃしぃ」

「漣は……まぁ普通に情報提供をば。向こうのブッキーの次に弄られてたと思うし」

 

新規の2人は違った意味でこれからの戦いに重要だった。

睦月さんは自分でも言っているように工作艦の力がある。鎮守府を内部崩壊させるために植え付けられた力だが、味方になれば力強い。再建している鎮守府では、これ以上の力はないだろう。

漣さんは覚えていることを全て話すだけでこちらが有利になる。流石に一番重要な部分は漣さんにも伏せられているとは思うが、充分すぎるほど有益な情報を持っている。

 

「とはいえなかなかやってくれたわ……。鎮守府半壊よ。援軍も一回帰投させるレベルだなんて……」

「今までに無いダメージですね。復興に1週間はかかると聞きました」

「深夜に襲われたから寝不足だし……。漣の時に手元が狂わなくてよかったわよ」

 

最後の山城さんは凄まじかった。素早く正確に小型艤装を抜き取る姿は、惚れ惚れするほどだった。

 

「あの集中力、凄かったです」

「私の妹だもの……私と同じで……妹の声援は力になるのよ……」

「ああ、だからあの時」

 

あの時のことをしっかり覚えている漣さんがニヤニヤし始める。この人は敵でも味方でもこういう性格なんだなとここでよくわかった。

 

「ま、まぁ、私は末っ子だし? 妹ってのもいるといいなとは思ったりしたこともあるけども?」

「朝潮は私の妹……だったら……山城の妹でもあるわ……ねぇ、朝潮……?」

「えっ、あ、はぁ、それを望まれるのでしたら」

 

扶桑姉様の言い分もわかる。扶桑姉様は姉なのに、その実の妹が私の姉でない道理はない。うん、一理ある。あるはず。

 

「山城姉様」

「……よし、今後それで行きましょう。決定」

 

お風呂の効果もあるのか、山城さん……いや、山城()()にしては緩んだ顔になっている。むしろニヤニヤしているのは一緒に入っている深海艦娘一同。

 

「これで晴れて扶桑型3番艦だねぇ朝潮」

「今なんだったっけ? 朝潮型駆逐艦1番艦で、扶桑型()()()3番艦で、海峡夜棲姫だったっけ?」

「下手したら神風型とかQueen elizabeth級とかも乗せられそうなんですが」

 

全部乗せたらそうなる。もう私の立ち位置は滅茶苦茶だ。

 

「盛りすぎぃ! 朝潮大先生ちょっとやり過ぎなんじゃないの?」

「漣、朝潮は先生じゃない」

「女帝なのです」

「女帝て」

 

漣さんにまで引かれた。もうどうとでもなれだった。




山城がどんどんスタープラチナとなってきていますが、いくらこんな普通とは違う鎮守府でも時間を止めたりすることは無いのでご安心ください。


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騒がしい新人

睦月さんと漣さんの解放が終わり、深海艦娘全員の洗脳が解かれた。私、朝潮のスペックダウンもこれにより完治。外部との通信も復活。鎮守府は半壊しているが、ひとまずは心配事が無くなった。

 

妖精さんの鎮守府再建は早くても1週間かかる。入渠ドックは午前中に修復され、艤装が残っている人は一応出撃できるように。次は全員が眠れるスペースを、ということで、白時雨さんに破壊されていた工廠と執務室を繋ぐ廊下の横に、畳の大部屋が作られた。元々は会議室などがあった場所だ。後からどうとでもなるようで、全てが終わったら会議室に作り直されるらしい。

私室も全て作り直されるようなので、再建までの約1週間は全員がここで眠ることになる。既に布団までぎっしり敷かれていた。現在40人近くが配属しているため、これでも結構ギリギリ。

 

「1階にあった部屋を優先的に直していくそうだ。2日から3日で医務室、食堂、資料室が元通りになるよ。はち君、妖精さんの技術で、破損した本も全て元通りだ」

Ausgezeichnet(すごい)! はっちゃんそれなら大満足です」

 

幸いにも折れたり破れたりしただけで、焼失したような本は無いらしい。元通りどころか、はちさん自身が少し口を出してより使いやすい資料室に変えてしまうそうだ。

一番安心していたのは五月雨さん。洗脳されていたとはいえ、資料室を破壊したのは彼女。そして、怒りを買い陸上魚雷で殺されかけたのも彼女。

 

「食堂が破壊されてしまったが、食糧は大方残っている。清霜君、安心していい」

「朝も昼も控えめにしてよかった! 晩はいつも通りで!」

「調理スペースが無いから凝ったものは作れないがね」

 

多少失われてしまったが、食糧も無事。これには清霜さんも一安心。

 

「あとは、ウォースパイト君、さすがにその脚で畳に布団は難しいだろう。ベッドを用意するよ」

「Thank you very much indeed. でも、私も皆と同じように過ごすわ。眠る時と起き上がる時は、ガングートに持ち上げてもらうもの」

「おいレディ、勝手に決めるな」

 

なんだかんだ仲がいい2人である。似たような境遇の元深海棲艦であり、かつては宿敵だったのも懐かしく感じる。

 

「シン君はベッドが必要かな?」

「お姉ちゃんにやってもらえるから大丈夫!」

「皆と一緒に寝たいと言っているの。この子も同じにしてあげて」

 

両脚不自由なシンさんも、お姉さんのセンさんに手伝ってもらうことで布団で大丈夫ということに。みんなで一緒に眠るということがしたかったようだ。子供ならそういうことを望むだろう。

 

「さて、では鎮守府再建は妖精さんに任せることしかできない。我々はいつも通りで行くよ」

 

再建が終われば、今度は最終決戦の準備だ。半壊した鎮守府で同時に準備することは難しい。今はペースを崩さず、やれることをやっていこう。

 

 

 

会議室は破壊されているため、執務室で漣さんから話を聞くことになった。睦月さんは工廠で明石さんのお手伝い中。セキさんも頭痛が無いことを確認してまた工廠に戻ってきている。これからは3人でいろいろやっていくそうだ。工作駆逐艦という絶対にあり得ない艦種となった睦月さんは、そこで活躍の場を得た。

 

「えー、この度はとんだご迷惑をば……」

「気にしなくていいよ。あれは敵側の洗脳のせいだからね」

「感謝感激で何も言えねぇ……」

 

このノリも敵でやられると腹が立つが味方でやられるなら楽しいものである。これくらいのムードメーカーがいれば、鎮守府はより明るくなる。

 

「まずはですね、漣が見てきたことをお話ししますね。多分一番知りたいのはブッキーのことでしょう」

「そうだね。あちら側の吹雪君は今どうなっているんだい」

「簡単に言うとバケモンですかね。知っている限り、扶桑さんのパワーと、水母棲姫の行動予測、あと空母棲姫の艦載機を持ち合わせてます。防空棲姫の対空能力も付けてたかな? 対潜能力だけは並だった気がしますが」

 

聞いている限りで滅茶苦茶だった。何より、扶桑姉様のパワーと最初に言われた時点で勝ち目が一気に薄れた。

扶桑姉様に対応できるのが、現状私の『未来予知』と、山城姉様の白兵戦能力しか無い。私は避けるしか出来ないのだから対応できているとは言いづらいが。

鎮守府再建までに出来る訓練は、その白兵戦性能に追いつけるようにすることだ。

 

「多分ですけど、さっきまで漣とムッキーが持ってたアレも積まれてるんじゃないですかね。だから、深海艦娘でしたっけ? あれは近付いた時点でアウトっす。あ、漣もですね」

 

深海艦娘を再洗脳するシステムも積まれている可能性は高い。あれがあるだけでこちらの戦力が激減する。

 

「あのシステムは何なんだい?」

「簡単に言うと、深海艦娘遠隔操作システム、みたいな。鎖が無くても洗脳状態を維持する電波的なモノが首の小型艤装から出てたんです。漣達は植え付けられてたんで、鎖無しでも洗脳状態だったってことですね。漣の意思で、あの電波の範囲を拡げる事が出来ました。女帝様をこちら側に引き込んだときにはほとんど開発が終わってたんです。やっぱ鎖は不便だーってずっと作ってましたね」

 

大方予想通りのものだった。一度鎖で洗脳したものは、あれさえ使えば再洗脳可能ということ。電波のようなものが出ているので通信妨害もあり、電探も狂う。さらには純粋な深海棲艦には悪影響。

あちらの技術力はこちらのそれを優に抜いている。艦娘では出来ないことを平気でやってくる。その全ては北端上陸姫が開発しているそうだ。

 

「あれ、ちょっと待ってください。深海棲艦に悪影響が出る電波のようなものがあるなら、北端上陸姫や離島棲姫にも悪影響あるのでは?」

「そういえばそうか。じゃああっちにはそれの対策があるってことなんじゃないですかね。漣には何にも教えてくれませんでしたけど」

 

逆にいえば、対策が可能ということだ。それに関しては工廠組に任せるしかない。解析が進めば何かわかるはず。せめて電探の妨害さえどうにかできればいいのだが。

 

「えーと、あと向こうに残ってる戦力ですけど、追加の深海艦娘はいないです。結局ドロップしなかったみたいで。8人でおしまい。だから躍起になってこっちの艦娘奪おうとしてたんですね」

「それは安心した。こんな戦いはもうしたくないんでね。あと吹雪君だけなら終わりが見えたよ」

「その吹雪さんがとんでもないことになってますけど」

 

最悪な状況なのは変わっていない。今のままだと、たった1人にこちらが全滅させられる可能性だってある。

 

「あとは何が知りたいです? あ、設備とかは漣もあんまり見せてもらってないんですよ。建造ドックが大量にあって、海から無限に資源が湧いてくるのでイロハ級や鬼級姫級は作り放題ってくらいですかね。入渠ドックも漣達のために2つくらいあったかな? 基本深海棲艦は使い捨てみたいっす」

 

鬼級でも姫級でも使い捨てとは、なんて贅沢な。やはり命を何とも思ってない。深海艦娘は貴重な実験材料だから少しは大事に扱っていたみたいだが。

 

「あとは……あ、そうそう、あいつらの目的。何もないです」

「ふむ?」

「目的なんて無いんですよ。楽しければそれで良し。今はこことの戦いが楽しいんでしょうね。特に楽しんでたのは、女帝様の顔が歪んでたときですわ。自分で言っててアレですが、なかなかクズな思考ですなぁ」

 

つまり、こちらの苦しむ姿が楽しいと。内部崩壊も効率よく苦しめることが出来るから選んだわけだ。内輪揉めとか大好物なのだろう。

 

殺意が湧いた。

やっぱり私は思考が過激になっている。

 

「だから、今後も狙われ続けますよ。女帝様に洗脳効かないってわかったとき、あっちのお姫様、すっごい悔しそうにしてたけど、すっごい楽しそうでしたもん。何なんでしょうねアレ。サドでマゾなんですかね」

 

軽く話すが、私としては気が気でなかった。私が悔しがる顔、私が死ぬことが楽しいという敵を相手にするのはどうも気分が悪い。

 

「こんなところです?」

「そうだね。ありがとう漣君。窮地に立たされていることはよくわかったよ」

「いえいえ。これで罪滅ぼしになるなら安いもんです」

 

顔にも態度にも見せないが、漣さんは漣さんで今回のことを重く見ているようだった。自分の意思では無いにしろ、私、潮さん、皐月さんの深海艦娘化と鎮守府半壊の原因を作り出している。今までの深海艦娘の中で、最も苦戦した相手だ。メンタルケアが必要かもしれない。出来そうな潮さんも、洗脳による二度の敵対で精神的に参っているところはある。

むしろ今、深海艦娘の中で割り切れているのは白時雨さんくらいだと思う。あの人はメンタルが強すぎ。

 

 

 

その日中に復旧したのは結局工廠のみ。優先順位の高いものから修復しているが、食堂が明日午前目処、医務室がその次、資料室はその次と順番が決まっている。

1階の設備が復旧すれば、ある程度鎮守府運営は可能。私室が無いことが不便というだけだ。談話室やジムは最悪一番最後でも何とかなる。

 

「改めて、綾波型駆逐艦、9番艦の漣です。さんずいに、連なると書いて、さざなみと読みます」

「睦月型駆逐艦1番艦の睦月ですー! なんかうっかり工作艦の力を手に入れちゃったので、工廠勤務しますねー」

 

夜になり、改めて今回仲間になった2人が自己紹介した。いつもなら私室でのんびりしている時間でも、今日は全員同じ部屋。いつもと違うというのは少し楽しい。

ちなみに司令官は執務室の隣に私室があり、そこは破壊されていなかったため問題なし。明石さんは工廠の仮眠スペースがほぼ私室みたいなものらしく、そこで休むそうだ。

 

「姉ちゃんが工作艦になっちゃうだなんて、夢にも思わなかったよ」

「それは睦月もだよ。皐月の刀は睦月がメンテしたげるからね」

 

睦月さんは、ほんの少しの時間ではあるが、洗脳が解けた後に明石さんとセキさんからここで何をやっているか教えてもらったらしい。妹の武器は自分がメンテナンスしたいというのはあるのだろう。

 

「漣は大体仕事終わったんで、何やってくかはリーダーに任せますわ」

「じゃあ詰所直ったらそこで待機。訓練の相手役滅茶苦茶頼まれるから」

「あ、それなら全然。鎖を操る力はもう無いようなものなんで、ふっつーな深海艦娘ってことで」

 

持ち前の明るさで馴染むのも早かった漣さん。皆が洗脳されていたということを理解しているからこそ、受け入れられるのも早かった。

2人の精密検査もあの後すぐに行われ、もう何も問題ないという結果は出ている。艤装を取り除いたことで、他の深海艦娘と全く同じ状態になったようだ。

漣さんは追加された力が北端上陸姫と同等の鎖をコントロールするものだったため、こちら側では全く意味がない力になってしまっている。使える時は再洗脳を受けている時である。

 

「漣ちゃん、馴染むの早いね……」

「やらかしちまったものはしょうがないんだようっしー。受け入れてもらえるんだから、漣はそれに乗っかるのです。時間は戻ってこないんだからさ」

「でもさっき2人の時に、みんなに嫌われてたらどうしようって泣きそうな顔で」

「オフレコーっ!?」

 

やっぱり漣さんも罪悪感が拭えていない。これはもう深海艦娘全員について回る問題だ。おちゃらけているようでも潮さんと2人の時は本音もこぼしているようだった。実の姉妹にしか見せない本当の顔というのもあるのだろう。私達は仲間とはいえ他人である。隠したいことだってある。

 

「うっしーさ、もしかして深海艦娘になってちょい性格悪くなった?」

「そうだとしたら漣ちゃんのせいだよね」

「なんも言えねぇ!」

 

潮さんも漣さんに対してだと気兼ねないというか、素が出ているというか、少し雰囲気が違う。私と同じように、姉妹相手だと気が楽なのかもしれない。

 

「しおらしいトコあんじゃん漣よぉ」

「ぐぬぬ……そうだよぉ、漣結構えぐいことやったじゃんさぁ。いくら洗脳されてたとはいえキッツイんだよぉ。なんで全部覚えてんのさぁ……いっそ忘れさせてほしいんだけどぉ」

「はいはい泣かないで。みんな漣ちゃんのこと許してくれてるからね」

「誰のせいだと思ってんだよー!」

 

いつもの潮さんは少し引いたところからこちらを見ているイメージ。人見知りとかそういうのではない思うが、控えめだとは思う。それが漣さん相手だとマウントを取るような物言いもしている。意外な一面が見れて嬉しい。

 

「私が隣で寝るからね」

「じゃあおっぱい枕よろしくおにゃさーす」

「角が刺さるからやめてもらえると嬉しいかな」

 

こうなるとどちらが妹かわからなかった。体格的にも潮さんの方が少し大きい。ただ、この2人は姉妹というよりは親友のような付き合い方だ。

 

「あー、そうだ。漣、多分うちの姉貴が迷惑かけるから、先に言っとくわ」

「うん、それは何となく予想ついてる。うっしーがこちらにいる時にもっのすごく陰口叩いてたから」

「漣ちゃん!?」

 

私は秘密にしてあげてたが、思わぬところからバレたようである。これは皐月さんのことも時間の問題かもしれない。

 

「ちょっと詳しく。潮の悪態とかレア中のレアだからすっげぇ気になる」

「マカセテ、マカセテ」

「漣ちゃん、余計なこと言わないでね? ね?」

 

潮さんが威圧しているとかさらにレアな光景。漣さんもタジタジだが、私や皐月さんなら後押しが出来てしまうので黙っておく。

 

漣さんが加入したことで、さらに騒がしくなった鎮守府。こういうことで騒がしいなら楽しくていい。仲がいい証拠だ。

 




初期艦の中では漣が一番好きです。軽い言動の裏に闇を抱えてそうで。


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海の底

翌日からは鎮守府再建をしながら最終決戦に向けての準備となる。あちら側の吹雪さんは、漣さんの情報により、本当の怪物に改造されているということがわかった。せめて扶桑姉様に勝てるくらいの戦術がないとどうにもならない。準備として最初にやるのはとにかく訓練だった。

漣さんから無傷で摘出した小型艤装は、現在明石さんとセキさんが調査中。その間の装備のメンテナンスを睦月さんがやれるようになったおかげで、作業効率はかなり上がっていた。

 

「再建が終わるまでに調査完了が目処です。セキちゃんでも難しいみたいで」

「普通の深海艤装とは全く違う作りだ。我々も慎重に触らなくてはいけない」

 

漣さんから離れた時点で機能は停止しているが、何がキッカケで再起動するかわからない。再起動したら最後、再び深海艦娘は洗脳され、再建された鎮守府がまた壊れてしまう。それだけは避けなくてはいけない。

 

「君達も気をつけるんだよ。君達が洗脳されるようなことがあったら、この鎮守府は終わりだ」

「わかってますって。私もセキちゃんも直に触れないように調査してきます」

「時間ならいくらでもかけてくれて構わないからね」

 

とにかく安全第一。こればかりは急いだら最悪な状況に持っていかれることだってあるのだ。

 

「あとは、再建中にあちらの吹雪君が攻め込んで来ないことを祈るだけだ」

「今来られたら辛いですね。また深海艦娘が洗脳されて、電探が潰されて、深海棲艦組は頭痛で戦闘不能ですから。あちらの様子は随時確認できるくらい哨戒機飛ばしたいくらいですよ」

 

今まで戦ってきた敵の全ての能力を持ち合わせているとしたら、今の状況で交戦したら敗北必至。準備が出来てなさすぎる。

 

「元帥の爺さんにも連絡しておこう。赤い海の調査は今あちらに任せている状態だからね。吹雪君の動向は爺さんに任せることにする」

「最悪の場合、救出ではなく……」

「討伐になってしまうね……それだけは避けたいのだが」

 

敵を無傷で救出することを考えなければ、まだ戦えるだろう。だが、それをしてしまっては今までやってきたことが意味がなくなってしまう。どうにか避けたい。

 

「あとは……隠しておくことも出来ない。爺さんに朝潮君の現状を伝えておこう」

「卒倒しませんかね……可愛がってた朝潮がこんなことになってると知ったら」

「いやいや、いくら爺さんでもそこまでは」

 

その後、私の現状を知った元帥閣下は何を捨ててもここに来ようとしたらしい。赤城さんが引っ叩いてどうにか止めたようだ。せめて鎮守府再建まではここに来てもらっては困る。

 

 

 

今後の訓練は敵の吹雪さん対策に重点を置く。こちらにも吹雪さんがいるということで、呼称を白時雨さんと同様に変更。敵側は『白吹雪』、味方側は『黒吹雪』と呼ぶことに。

 

「私の方が敵みたいに聞こえない?」

「髪の色で判断してるからですよね。時雨さんの場合は制服まで統一されていましまけど」

「叢雲は元から白いようなものなのに」

 

少し不服そうな黒吹雪さん。白時雨さんの流れから、深海艦娘は皆『白』と付けるようになったことが問題。叢雲さんもそろそろ白叢雲になりそう。浦城司令官の鎮守府に叢雲さんがいるし。

 

白吹雪さん対策として、優先的に訓練の相手をすることになるのが扶桑姉妹と私、()()()()()でお相手である。戦闘力と行動予測を併せ持つようにするため。私はついでに『未来予知』の訓練も出来て一石二鳥。

訓練参加メンバーは、あの戦場に出られる全員から6人のピックアップ。1部隊で1人を相手するくらいでないと無理。それこそ、山城さんや天龍さんが戦ったという当時の戦艦レ級と同じ。

今回は鎖に関係なく山城さんも出撃可能にされた。扶桑姉様が敵であった時と同じく、抑止力が必要と考えられたからだ。戦闘の間、扶桑姉様を鎮守府に1人にしてしまうことが唯一の難点。

 

「私と朝潮でお相手するわ……」

 

午前の部の敵役は私と扶桑姉様、つまり海峡夜棲姫が受け持つことになった。想定している敵戦力と一番近い状態に出来ると思われる。行動予測と最大攻撃力のコンビということで、物凄く警戒されていた。

 

「これはまた……凄いね。勝てる気がしない」

「敵の吹雪、白吹雪だっけ? あれはこの状態を1人でやってくるんでしょ。これで勝てなかったら本番だと蹂躙されて終わりよ」

 

扶桑姉様のやる気と本気度合いを強めるため、私はお着替え。海峡夜棲姫としての着物姿になり、秘密裏に作っていたという深海棲艦っぽくなるというカラーコンタクトを入れる。これはうまいこと破壊を免れたらしい。こんなことをやるときが来たらと考えた扶桑姉様のリクエスト。私は今だけは朝潮型駆逐艦を完全にやめた状態。

 

「うわ、すっご。これ鏡で見てみた方がいいわ」

 

霞に言われて鏡を見る。扶桑姉様のように瞳が青白く光り、閃光が走っているようだった。赤く染まった瞳すら染め直されている。技術力が恐ろしい。

角と髪さえどうにかできれば、深海艦娘じゃない姿に戻れそう。今度打診してみよう。

 

「これはまた。深海棲艦なりきりアイテムとしてはすごい優秀」

「可愛い妹……本当に妹ね……最高よ朝潮……」

 

扶桑姉様に抱きしめられる。私の今の姿にテンションが物凄く上がっている。

 

「これで本当に……海峡夜棲姫ね……」

「そうですね。今の私は本当に深海棲艦の姿なので、敵役にものめり込めそうです」

 

本当なら海峡夜棲姫というのは2人で1つの艤装を使っているそうだ。さらにいえば妹の方が本体に当たるらしく、姉は戦闘補助。当然拳でどうこうするわけではない。

 

「さて、演習ですね。誰が相手になるんでしょう」

「……待って。何か気配を感じたわ……」

 

扶桑姉様が鎮守府の外を見た。こんなところで気配を感じるなんてことは早々ない。今は警護部隊もいつもの防衛線に出ているところだ。

だが、扶桑姉様が向いた方向は()。防衛線とは真逆。鎮守府にいる段階で感知できたくらいなのだから、かなりの近場で発生したか何かだ。

 

「あ、近付いてきています。1体ですね。駆逐艦みたいですが……姫級!? 敵なら危険です! すぐに迎撃しないと!」

 

索敵範囲に反応が現れた。大きさからして駆逐艦、ただし姫級。反応から白か黒かなんて判定できないが、少なくとも扶桑姉様が気配を感じた時点で深海棲艦であることは確定している。

霞に司令官への伝言を頼み、工廠に一緒にいた扶桑姉様と黒吹雪さんを連れてすぐに出撃。指示を待っているうちに鎮守府まで近付かれてしまう。ただでさえ再建中だというのに、ここでまた破壊されてしまったら大変だ。

 

「お、来た来た。さすが朝潮ちゃん、索敵範囲広いね」

「……私がいる……」

 

そこにいたのは真っ白な髪の吹雪さん。つまり、最後の1人、白吹雪。自分の姿を見た黒吹雪さんは絶句していた。

他の深海艦娘と同様、黒塗りされた制服と首輪。見た目だけなら何も変わらない。漣さんの証言から、こんな見た目でも化け物であるらしいが、果たして。

 

「なんで南から……」

「北は防衛線張ってるでしょ。今回私非武装だからさ、無駄な交戦はしたくないから、すっごく大回りしてきちゃった」

 

既に鎖は繋がっていない。漣さんや睦月さんと同じ、遠隔操作でここまで洗脳された状態で来ている。赤い海だとか鎖だとかはもう関係無かった。いつでもここに来れるということだ。

 

「何をしに来たんです」

「お姫様からの言伝をいろいろと伝えてほしいって言われてね。だから非武装なんだよ。今日の私は伝言役」

 

確かに武器は持っていない。しかし、扶桑姉様と同じ力を持っているのなら、この状態からでも戦闘は可能。機関部さえあれば戦えてしまう。警戒態勢は一切解かない。

 

「その前に、こちらからも1つ教えてほしいことがあります」

「いいよ。何が聞きたい?」

「貴女は()()()()()()

 

今までの深海艦娘は、半深海棲艦でも気配を感じ取ることが出来なかった。あくまでも艦娘の外見を深海棲艦に近付けただけ。

だが、この白吹雪さんは扶桑姉様に気配を察知された。これは今までとあまりに違う。まるで艦娘の皮を被った深海棲艦。

 

「私が改造されてるのは漣に聞いて知ってるでしょ。そういうことだよ」

「……人工的な半深海棲艦ですか」

「さっすがー。お姫様のお気に入りなだけあるね」

 

もう北端上陸姫の技術はそこまで来ている。こちらのものなど優に超えている。ドロップを待つしかなく、さらにはそれが通常よりも低確率である半深海棲艦を作り出せるようになってしまった。深海艦娘よりも強力なスペックを持っているかは定かではないが、それでも扱いはまるで変わってくる。

半深海棲艦ということは、非武装というのも完全に嘘。いつでもこちらを攻撃できるのに、ただただ何もしてきていないだけ。それだけ自信があるということなのだろうし、任務じゃないからやらないという程度かもしれない。

 

「じゃあ質問答えたから、お姫様の言伝、伝えるね。朝潮ちゃんに『私達のモノをさんざん奪ってくれてありがとう。今度は貴女のモノも奪います』だって」

 

そもそも艦娘を物として扱い、仲間同士で争わせるような戦術を取ってきたあちらが悪い。私すら自分の物にしようとして、結果的にそれより多くの物がこちらに来ただけだ。奪われて然るべきの戦術に対して、文句を言われても困る。

だが、私のモノを奪うとはどういう意味だろう。皐月さんと潮さんと同じように、仲間を洗脳しようというのか。それとも、改めてここで鎮守府を破壊しようというのか。

 

「私の何を奪うと?」

「そうだねぇ。お姫様は朝潮ちゃんの全部が気に入っちゃってるからねぇ。楽しそうな顔も、悔しそうな顔も。いろんな顔が見たいんだってさ」

「余程変態なんですかね。奪ってどんな顔を? 怒り狂えばいいですか?」

 

時間を稼いで援軍を待つ。工廠にいたのだから、執務室からは近い。となれば、そろそろ誰かしら来るはず。

 

「お待たせいたしました。ある程度全員に言葉がけをしてまいりました」

「御姉様、ご無事ですか!」

 

瑞穂さんと春風が先行。扶桑姉様の襲撃の時を思い出す。

私の周りにすぐに人が集まってくれる。私が北端上陸姫から狙われているということを漣さんから聞き出しているからこそ、皆が私に過敏になっているところはある。

 

「いっぱい集まりそうだね。人望が厚いね」

「これまで頑張って生きてきた成果です」

「だからね、お姫様はそれを奪いたいみたいだよ。自分のものにできれば最高だってさ」

 

やはり、こちらを精神的に揺さぶる戦術。そうなると、周りの人達も危ない。この中で一番危険なのは黒吹雪さんだ。守りが薄い。

 

「話は変わるんだけど、朝潮ちゃんって深海忌雷って見たことある?」

「突然何ですか」

「質問に答えてほしいな。見たことある? 触手みたいなのが生えてる機雷なんだけど」

「知りませんよ」

 

見たことも無ければ聞いたことも無い。そしてそれがこの場に何の関係があるかもわからない。機雷というくらいなのだから、爆弾の類だろう。それが何だというのか。

 

「お姫様がね、深海忌雷を改造したんだよ。それがさ、すごいの。対朝潮ちゃんのためにわざわざ1つ作ったんだよ。面倒だからもう嫌だって言ってたけど」

「私に何をしようと?」

 

白吹雪さんが満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「電探とソナーに引っかからないで、深海棲艦の気配も出さない生体兵器って言ったら、驚いてくれる?」

 

 

 

気付いた時には遅かった。私の脚に触手が絡みつき、海中に引きずり込まれる。あまりに急、かつ強い力で、踠いても海上に浮上することが出来ない。沈められる直後に手を振っているのが見えたのが気に入らない。

 

「朝潮!」

「御姉様!?」

 

瞬間的に扶桑姉様と春風が反応してくれた。今までの経験上、半深海棲艦なら海中でもある程度活動が出来る。扶桑姉様が海中に潜って撤退したくらいなのだから、同じことが出来ている。

 

「ーーーー!?」

 

必死に手を伸ばすが、2人の手はどんどん遠のく。同時に、深海忌雷と思わしき物が脚から私の身体に上ってきた。触手を器用に使い、背中の機関部艤装の位置に陣取ると、5本の触手をそれぞれ首、両腕、両腿に巻きつける。

まずいと思った時には、機関部艤装を突き抜けて、深海忌雷本体から何かが私に突き刺さる。拘束されているし、海中だから、振り払うことも出来ない。

 

「ごぼっ!?」

 

何か、注がれている。この感覚、私は覚えている。

漣さんに鎖を巻きつけられて深海艦娘化させられたときの感覚と同じ。あの時と違うのは、頭の中が真っ黒に塗り潰されていく感覚まであること。私に効かなかった深海艦娘への洗脳が、今回は効いているような絶望的な感覚。

 

どんどん沈められていく。もう扶桑姉様も春風の姿も見えない。身体が海底にまで辿り着いた。人工島の側だからか、そこまで深くなく思える。それでも太陽の光は届かない。暗い、暗い、海の底。

もう肺の中の空気は出し切っている。だが苦しくない。何故だかわからないが、少し心地いい。

 

頭の中はどんどん黒く染まっていく。背中から注がれる何かは量を増している気がした。真っ暗だったのに、辺りが少し見える。私は気付けば全裸だった。沈むうちにこの背中の物に溶かされていたのかもしれない。生まれたままの姿にされても、海が冷たいとは思わなかった。

 

メキリと少し鈍い音がした。背中の物が、私に根を張ったような気がした。首や腕、腿に絡みついていた触手は気付いたら無くなっている。身体がビクンと脈打つ。もう頭の中は真っ黒だった。何も思い出せない。私が何故ここにいるのかも思い出せない。自分の名前すら思い出せない。

 

痛みも感じない。

冷たさも感じない。

もう何も感じない。

私が何者なのかわからない。

 

暗い黒い海の底で、私の意識はプツンと途絶えた。




深海忌雷、Z3の脚に絡み付いて以降、姿を現しません。ここでは残酷な兵器として出てもらいました。機雷なのに爆発しない。でも、違う意味で爆発している。


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深淵に染まる

()()()()()()()()()()()時、私は海の底にいた。

世界の知識は殆どない。頭の中もぼんやりしている。今の自分が何者であるか、元々の自分が()()であったか、何もわからない。

海の中だというのに苦しくない。周りはそこまで暗くなかった。仄暗い程度の海の底。私は自分の脚でそこに立つ。

 

生まれ落ちたばかりだというのに、私は服を着ていた。真っ黒に染められた、ノースリーブのセーラー服と、真っ黒なストッキング。二の腕まである手甲もある。全身黒尽くめになったが、何故かしっくり来た。肌の露出は極端に少ない。顔と肩くらい。

長い()()もリボンで結び、ポニーテールに。このリボン、ずっと前から持っていたように感じる。

 

頭の中が少しずつ鮮明になってくた。この世界に馴染んできたのだろうか。()()()()()()()()()()()()()()。私はこういう存在として生まれ落ちたということか。未だに自分の名前がわからないが。

 

「ーーーー」

 

誰かに呼ばれるような声がしたのでゆっくりと浮上してみる。海中だというのに、自由自在に動き回れた。私は潜水艦か何かなのだろうか。主砲も持っていないようだし。でも魚雷も持っていないから潜水艦としたらポンコツか。

海面に上がる。海上に脚をつき、立ち上がる。やっぱり私は海上艦、駆逐艦だ。太陽の光を浴びたら、思考が少しクリアになった。真っ黒なままではあるが。

 

「うわ、すごい。こんなに変わっちゃうんだ。お姫様の開発した深海忌雷すごいや」

 

白い髪の女が何か意味不明なことを言っている。

 

「さっき説明した通りだけど、深海忌雷に寄生されて、朝潮ちゃんは深海棲艦になっちゃいましたー。お姫様が朝潮ちゃんから奪ったものは、”記憶”と”絆”だよ」

 

周りを見る。白い髪の女は何もなっていないが、他の女達は傷だらけ。特に、白い着物の女はボロボロだった。片眼鏡の女もゼエゼエ言ってこちらを見ている。泣きそうな顔をしているが何故だろう。ケラケラ笑うこの白い髪の女が全てやったのだろうか。

 

「御姉様! わたくしのことがわからないのですか!」

 

黒い着物を羽織った女が私に向かって何か言っている。言っていることがよくわからない。

 

「わかってても関係ないんじゃない? だって、もう朝潮ちゃんは深海棲艦だもんね。半でも元でもなく、純粋にだよ」

「……やかましい」

 

あまりにうるさいので白い髪の女を殴っておいた。手甲で殴ったからそれなりに痛そうにしているが、無傷なのが腹立たしい。

 

「キャンキャン騒ぐな」

「おお怖。でも、私は貴女の味方だよ。貴女の敵は、あっち。ほら、艦娘だよ」

 

言われた方を見る。さっき私に何か言っていた黒い着物を羽織った女。片眼鏡の女。白い髪を2つに結んだ女。白い着物の女。何やら艶やかな女。短い黒髪の女。椅子に座った女。あとはこの白い髪の女を黒くしたような女。全員がボロボロ。

どう見てもこの白い髪の女の方が敵だった。まず何より気に入らない。それだけで充分。

 

「敵はお前だろ」

 

もう一発殴っておいた。グチャグチャにしてやりたい気分だった。この小憎たらしい笑い方も、全てを見透かしたような目も、私を利用しようとしている態度も、何もかも気に入らない。

 

「痛ぁ! ちょっと何してんのさ。私は深海側だよ? なら仲間でしょ」

「そんなこと知らない。私はお前は気に入らない。グチャグチャにしないと気が済まない」

 

もう一発殴った。さすがに今回は止められた。だから艦載機を出してけしかけた。あっちの女達より、こいつの方が腹が立つ。

 

「なにこれ、暴走しちゃってるじゃん。じゃあもう私知ーらない。お姫様に報告しとこ」

「逃げるな」

 

海中に潜ろうとしたので髪を掴んで引きずり出す。

 

「髪の毛掴まないでくれる!?」

「やかましい。お前はグチャグチャにすると言ったろう」

「離してよ!」

 

やたら強い力で腕を払われ、逃げられてしまった。私じゃ追いつけそうにない。腹が立つ。次に会ったときは八つ裂きにしてやろう。

 

「朝潮姉さん……」

 

片眼鏡の女に呼ばれた気がした。アサシオ? 私の名前だろうか。

 

「……結局、お前達は私の敵なのか? さっきのは敵と言っていたが」

「そんなわけないでしょ! 全部忘れちゃったわけ!?」

 

忘れるも何も、私は今生まれ落ちたばかりだ。名前はわからないが、自分が深海棲艦であることくらいはわかる。あちらは艦娘。()()()も混じっているみたいだが、艦娘は艦娘。

どうも敵という感じがしない。さっきの白いヤツの方が余程敵だった。あいつは私を利用してこの女達を殺そうとしていたのかもしれない。気に入らない。やっぱり次に会ったら八つ裂きだ。

 

「敵じゃないならいい」

 

女達に背を向けて、ここから去る。私はここにいてはいけないような気がしたからだ。何か喚いているようだが、気にせず海を進むことにした。

 

 

 

当てもなく進み続けると、引き寄せられるように陸地に辿り着いた。岩礁帯に囲まれた、小さな無人島。雰囲気がいい。ここは私の拠点にしよう。

島に上がって腰掛ける。岩礁帯の奥、ただただ水平線が見えるだけだが、心が穏やかになる気分だった。

 

「私は一体何なのだろう」

 

独りごちた。あのタイミングで生まれ落ち、突然敵やら何やらがいる戦場に呼ばれた気がした。生まれたばかりの深海棲艦を呼ぶものなど、いるはずがない。

 

ようやく落ち着けた。艤装を消して寛ぐ。

違和感を覚えるのは背中に根を張る何か。背中の機関部艤装であるにもかかわらず、消すことが出来ない。手甲は消せたのに。そもそもこれ艤装なのだろうか。頭1つ分くらいと大きいが、艤装を消した今は平たく変形し、生活に支障のない形状に。横になるのもこれなら大丈夫。私はこういうものなんだろう。

 

「ん、なんだこれは」

 

艤装である手甲を消したことでわかったが、左手の薬指に指輪がはまっていた。消えないということは、これも艤装ではないのだろうか。外そうとしても外れない。でも汚れる事もない。とても、綺麗なものだった。気に入ったのでそのままにしておいた。

 

「……穏やかに過ごせればそれでいいな……」

 

まだ太陽は燦々と照っている。寝るには早い時間だ。目覚めたばかりだから眠気もない。

私は私が生まれてきた意味を考えることにした。私は私が理解できていない。物思いに耽るのも一興。

 

深海棲艦の主な目的は、自分の縄張りを増やす事だ。だから私はここを拠点とした。ここが縄張りだ。自分の領海をもっともっと増やしたいと思うのが深海棲艦の常だろう。

だが、私にその気はない。ずっとここでのんびり暮らせればそれでいい。ほんの少しの縄張りがあればいい。少しくらいは拡がればいいかなと思うが、別に領海を増やすことに躍起になることはないだろう。

 

「海が赤い……私の侵食か」

 

拠点の周りの海だけ、少し赤くなっていた。私の縄張りが目に見えるようになっている。こんなに早く海を侵食してしまうとは、もしや私の力はそれなりに強いのでは。

この範囲が力の誇示だと言うのなら、これを拡げたいという気持ちはわかる。だが拡がれば余計な争いを生むだけだ。必要のないことはやらなくていいだろう。勝手に拡がってしまったのなら仕方ない。

穏やかに過ごすためには、無用な戦いは排除することだ。私はこの島でただただボーッとしているだけでも満たされる。

 

「……アサシオ?」

 

ふと、片眼鏡の女に最後に呼ばれた言葉を思い出す。名前か知らないが、あれは私のことをそう呼んだ。ピンと来ないがしっくり来る。アサという言葉は何か聞き覚えがあるような感覚。本当に私の名前なのかもしれない。

 

「アサ……朝? うーん……わからない」

 

私と同じ個体がいっぱいいて、それが向こうではそう呼ばれているのかもしれない。わからないならあまり悩まない方がいいかも。

 

ボーッとしていると、私の侵食で赤い海がまた少し拡がったのがわかった。島の周囲は既に真っ赤。岩礁帯が全て入るか入らないかまでが私の領海。これくらいが丁度いい。手が届くところまででいいのだ。

 

「ん……何かの気配……」

 

赤い海では同胞が生まれやすいらしい。深海棲艦としての知識である。海中に、新たに深海棲艦が生まれたような気配がした。ある意味私が生み出した、初めての同胞。

私の階級は、姫というものに当たるらしい。序列的には一番上。そうなると、生まれた同胞は私の配下、下僕となり得るのだが、私は上下関係に全く興味がない。仲間、友人として迎え入れようではないか。

 

「私の顔……」

 

海面に映り込む自分の顔。自分でもわかっていたことだが、私は幼い。身体も小さければ、出るところもほとんど出ていない。瞳もうっすら青白いだけ。少し自慢できそうなのは、額にそびえ立つ2本の角程度。

その映り込んだ顔が揺らいだ。生まれた同胞がもう付近まで浮上してきたということだろう。

 

「ヲ……」

 

何やら頭に凄いものを乗せた女性が浮かんできた。身体も私よりも大きい。出るところも出ている。私の幼さが際立つようだった。

これは空母か。杖も持って、後方支援するイメージが強い。私の目を見るなり、跪いた。やはり姫である私に(かしず)いてしまう習性がある。よろしくない。私はそれを求めていない。

 

「そんなことしなくていい」

「ヲ……だけど姫様の方が偉い」

「なら偉い方の言うことを聞こう」

「ヲ」

 

すぐに跪くのをやめた。思ったより身長が高い女だ。頭のものもあるから余計に大きく見える。

 

「ヲ級……着任」

「そうか、お前はヲ級というのか。私は……私は何なのだろう」

「ヲ? 姫様は自分がわからない?」

 

直接言われると、自分が無性に残念な女に思える。名前もわからず、ただここでボーッとしているだけのダメな深海棲艦だ。だがそれが私の求めているものなのだから、別にダメなわけじゃないだろう。そうだ、ダメじゃない。私はダメじゃない。

 

「名前もわからないんだ」

「ヲー、姫様は姫様。何とか棲姫って呼ばれるはず」

「棲姫……ピンと来ない。私は何棲姫なのだろう」

 

考えを巡らしても、答えには辿り着けなかった。

 

 

 

ヲ級の後は何も生まれてこなかった。島に2人。ただ座ってボーッとしたいるだけ。

ヲ級は私の侵食で出来た赤い海で生まれたからか、私と同じようにただただここにいるだけでも満たされているようだった。本来の深海棲艦の在り方からは逸脱しているようにも思えるが、私はそれでも構わないと思っている。名ばかりの姫でも、好きに生きていいだろう。

 

「ヲ、姫様、何か来る」

「うん。私も気付いた」

 

水平線の向こうから何かがやってくる気配。私達がわかるのだから、あちらもわかっているはず。何故ならあちらも深海棲艦。

数は4人。海中に2人、海上に2人。海上の2人は抱き合っているような担がれているような、纏まっている気配だった。

 

「いた! アサ姉ちゃん見つけた!」

 

私のことをアサと呼ぶヤツ。ということは、私が生まれ落ちた場所にいたヤツの仲間か。あそこには艦娘と半端者しかいないように思えたが、純粋な深海棲艦もいたらしい。

素直に凄いと思った。本来敵対するであろう種族と、さらに敵対するであろう半端者が共存している。排他的な考え方を持っていない。あそこの統率者は聖人君子か何かではなかろうか。

 

「ヲ級、あれは?」

「レ級。背中にいるのは北方棲姫様。姫様と同じ、姫」

 

知識量はヲ級の方が多いらしい。姫なのに私の方が半端者だった。やはり名ばかりの姫。

海中から2人、浮上してくる。これは潜水艦の姫なのだろう。見た感じ姉妹か何かか。

 

「ヲ級」

「潜水棲姫様と、潜水新棲姫様。どちらも姫」

 

姫の大盤振る舞いじゃないか。でもこの中では姫でも何でもないレ級が一番危険な気配がする。

 

「朝潮、何か変だよ……? 深海棲艦の気配するもん」

「……さっきのヤツになんかされて深海棲艦になっちゃったんだ」

「えーっ!?」

 

こいつらは一体何を言ってるんだ。私は生まれ落ちた時からこの姿だ。名前もわからない半端者の姫だが、深海棲艦だ。

 

「お前達は一体何だ。私の何を知っている」

「記憶が無いみたいね……前の記憶障害と違って、本当に全部塗りつぶされてしまっているわ……」

「答えろ。お前達は私の何を知っている」

 

あちらはあちらで何か思惑があるようだが、私を置いてけぼりにしないでほしい。私のことを話すのなら、まず私に話してほしい。

 

「姫様、もしかして、姫様の名前、朝潮棲姫っていうのかも」

「こいつらがやたらアサだの朝潮だの言うからか。あながち間違ってないかもしれない」

「違う! アサ姉ちゃんはただの朝潮だ! 朝潮型駆逐艦の1番艦の朝潮だ!」

 

レ級が叫ぶが、私には本当にピンと来なかった。朝潮型駆逐艦など聞いたことがない。いや、知識自体が微妙な私がそういうことをいうのは間違っているか。

 

「レキ、一度帰ろう。てーとくに知らせた方がいい。ここにいるってわかっただけでも充分」

「でも!」

「アサ、また明日別のヤツが来る。その時まで、いっぱい考えてくれ」

 

まだ生まれ落ちて半日も経っていない私に何を考えろというのだ。

 

 

 

北方棲姫達が私の領海から姿を消し、そのまま日が暮れる。この島は夜も落ち着く。

 

「ヲ、姫様どうしたの。寂しそう」

「寂しい? そう見えるか?」

「ヲ。こっちに擦り寄ってきてる」

 

全然気付かなかった。そういえばヲ級が近いなとは思っていたが、私から近付いてしまっていたとは。姫なのに情けない。

夜の煌々と照る月を見ていると、何かを奮い立たせるようなものがあったような気になる。()()()()気分になる。自分でも意味がわからない。私の命は1日目すら越えていないのに、懐かしいって何だ。

 

「姫様、泣いてる」

「え、な、なんで……」

 

勝手に溢れてきた。あいつらが言っていた通り、私は生まれ落ちる前に何かあったのだろうか。そんな事があるのか。艦娘が深海棲艦になってしまうなんてことが。

 

「姫様、ん」

「……ヲ級?」

「寂しいなら抱き枕になる」

 

手を広げて待ち構えている。ヲ級は無表情だがやることが思ったより大胆。性格も子供っぽい。子供な私がいうのはアレだが。

なんで私は泣いているのだろう。わからない。何もわからない。ただただ涙が出た。ヲ級のお言葉に甘えて、抱き枕になってもらった。

 

「……落ち着く……」

「なら夜はいつもやる」

 

頭の中がグチャグチャになってきた。私は何者なのだ。本当に深海棲艦なのか。でも昼間の連中は私のことを知っている素振りを見せた。過去に私に何かあるのか。でも生まれたばかりだ。何なんだ一体。

 

「よーしよし、姫様はいい人」

「頭を撫でるな……でも……気持ちいい……」

「一緒に寝る。寝たら嫌なことも忘れる」

 

今は寝よう。何もわからないんだから。寝て忘れよう。明日また奴らが来るらしいが、その時に考えよう。




デザインはオリジナル。全体的に脚がある駆逐棲姫。腕の手甲は集積地棲姫や軽巡棲姫にもあるもの。瞳が青白いのは駆逐棲姫や海峡夜棲姫など。全身黒いのは皆そうだけど、ストッキングを履いているのは離島棲姫や北端上陸姫くらい。


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白の急襲

翌朝、島の上で目を覚ます。抱き枕になってくれたヲ級はまだ寝息を立てている。私より大きいのに、無邪気な寝顔。本当に子供だ。身体のサイズなんて関係ない。ヲ級も生まれたばかりなのだから子供でも問題ない。

周りを見回す。やはり同胞は生まれていない。私にはこのヲ級しか仲間がいない。別に構わないが。

 

「ヲヲ……姫様、おはよう」

「おはようヲ級」

 

先程までとは逆に私に抱きついてくる。やはり子供っぽい。私が姫だからか、私の方が母親のような感じに接してくる。

 

「今日はどうする。ボーッとする?」

「何もないから、それでいい。そのうちまた同胞が生まれるかもしれないし」

 

この島は2人なら全然広い。もしこの島に入りきれないくらい同胞が増えてしまったなら、その時に領海を増やすなり考えよう。今はこのままのんびりしている方がいい。

無理して増やすこともない。ここから動くこともない。余計なことをしてくるヤツらがいるのなら、それを迎撃するだけでいいのだ。この小さな小さな領海にわざわざ攻め込んでくるようなヤツがいるなら、だが。

 

「ヲ、わたしは姫様と2人きりでもいい」

「私もだ。そんなに増えなくても構わない」

 

むしろ2人だけでいる方が落ち着くような気もする。あまり増えすぎても、背負うものが増えすぎて私が押し潰されてしまいそうだ。私達深海棲艦は、群れを作らなくても生きていける。無理する必要はない。

 

「……なんだか私は変だ」

「ヲ?」

「仲間が増えた時の重圧を知っているような気がする」

 

私の周りにはもっと人がいたような気がした。上から下まで、私が気遣い、私を気遣う人達が、もっともっと。

 

「姫様、また泣いてる」

「……わからない。私は一体何なのだろう……」

 

昨晩と同じで、勝手に溢れてくる。この感情が何かわからない。

私が普通の深海棲艦ではないことは、もう何となくわかっていた。イレギュラーな存在なのだろう。だからいろんなヤツが気にかけてくる。私の力が欲しいのか、物珍しいから手元に置いておきたいのか。それとも排除したいのか。

 

「姫様、泣き虫」

「そうかもしれないな……」

 

何も言い返せない。本当に泣いているんだから仕方ない。涙と一緒に何か大切なものも外に落ちていっているのではないかと錯覚してしまう。

 

 

 

領海は拡がっていないようだった。私が別にこれくらいでいいと思っているからだろうか。これ以上増える感じがしない。

 

「ヲ、姫様、また誰か来た」

「昨日も見た気配だ。嫌なヤツの気配」

 

この気配は、昨日の白い髪の女の気配。気に入らないから確実に迎撃する。

 

「あ、やっと見つけたよ。朝潮ちゃんここを拠点にしたんだ」

「やかましい。姿を見せるな。ここに二度と来るな」

 

艦載機を飛ばしてけしかける。あのニヤニヤ笑いは、どうも見ていて吐き気がする。早急にその顔をグチャグチャにしたい。

 

「私は喧嘩をしに来たんじゃないんだけど」

「知ったことか。私はお前が気に入らない」

「なんでそんなに嫌われちゃったかなぁ」

 

艦載機をヒョイヒョイ避ける。が、こちらを攻撃してこない。別の理由があるのかは知らないが、私には嘗めているようにしか思えない。

まず、こいつにも”朝潮”と呼ばれるのが気に入らない。本当の名前がそれなのかもしれないが、今の私はそれではない。

 

「お話ししようよ、朝潮ちゃん」

「誰のことを言っているか知らないが、少なくともお前は気に入らない。顔を見せるな。この海域から出て行け」

 

ヲ級にも指示して艦載機の数を増やす。ヲ級の艦載機は私よりも多い代わりにコントロールが利かない。隙間を縫って私の艦載機を当てに行くのが得策。

 

「私は戦う気は無いんだって。話を聞いてよ」

「話すことはない。どうせ協力しろとかだろうが。帰れ」

「あんまり実力行使とか嫌なんだけどなぁ」

 

ふっと白い髪の女の姿が消えた。その瞬間、私の頭の中に妙な映像が流れた。ヲ級が胸ぐらを掴まれ、岩礁に叩きつけられる映像。

 

「ヲ級下がれ!」

「ヲ!?」

 

咄嗟に叫び指示する。ヲ級もすぐに動けたようでバックステップした。そのタイミングで白い髪の女がヲ級がいた位置に現れ胸ぐらを掴もうとする。

 

「ちぇっ、深海棲艦になってもアレは健在かぁ。面倒くさいなぁ」

「なんだ今の……っ」

 

また映像が見えた。真横に現れ掴みかかってくる映像。そもそも今いた位置から消えるように移動し、即座に私の真横にいるというのがおかしな話なのだが、迎撃できるならやってやる。

 

「っらぁっ!」

「うわぁっ、ホントに先読みしてくる!」

 

現れるであろう位置を殴りつけたが、今度は避けられてしまう。そこに来たように思えたのだが、向こうも私と似たようなことが出来るのかもしれない。つくづく鬱陶しい。

 

「暴れないでほしいなぁ。じゃあ、範囲拡張」

 

指を鳴らす。急に頭痛がし始める。立ち上がれないくらいの頭痛に膝をついてしまう。ヲ級も頭を押さえて悶えていた。私達にのみ効く何かを出しているようだった。

 

「最初からこれ使っとけばよかった。じゃあ話聞いてもらえる?」

「何を言われてもお前の思い通りにはならないぞ……」

 

デタラメに艦載機を飛ばして、せめて近づかせないようにする。が、あちらの性能は異常だった。低空飛行は主砲で撃ち落とし、高高度の爆撃は高角砲で撃ち落とす。もう艦載機も残弾が尽きた。

 

「こんなに抵抗されるなんて、さすが朝潮ちゃん。お姫様のお気に入りは記憶が無くなってもここまでやってくるんだねぇ」

「お前は何を……」

「お姫様が貴女に名前を付けてくれたよ。『深海朝棲姫』だって」

 

無駄にしっくり来る名前。普通に使ってもいいかなと思えてしまった。割とセンスが良くて腹が立つ。

 

「貴女は深海棲艦の姫だよね。私のトップも深海棲艦の姫なの。姫同士なら協力できると思うんだけどどう? この領海は絶対攻撃しないし、なんなら領海を拡げる協力もしちゃう」

 

普通の深海棲艦なら魅力的な提案なんだと思う。だが、私には違う。領海を拡げたいなんて思わない。こちらは一切の干渉をしてほしくないだけだ。

どうせこいつの提案は、私達に不干渉とする代わりに昨日の連中を殺せとかそういうことなのだろう。そうでなければ今後も攻撃しにくると。随分と狡猾なことで。

 

「お断りだ。さっさと帰れ。二度と顔を見せるな」

「口悪いなぁ。元の時と全然違う」

 

いちいち鬱陶しい。元の時とは何なのだ。皆が皆、私の何を知っているのだ。たった1日しか生きていない私を、会うヤツ会うヤツ知ったようなことを言ってくる。

 

「じゃあ、生きていてもらっても困るし、ここで死んでもらおうかな。お姫様に怒られちゃうかなぁ。でも言う事聞かないしなぁ」

「簡単に殺されると思ってるのか……私だって姫だ……」

「でも今すっごい頭痛でしょ。立ち上がれないくらいの。そんなんでカッコつけられてもねぇ」

 

またあの気に入らないニヤニヤ笑いだ。こちらを見下した、勝ち誇った顔。いちいち癇に障る。

 

「先が読めても動けなきゃ意味が無いんだよ。私はそれが出来るの。元のままならまだ勝ち目あったかもだけどさ」

「やかましい……余計に頭が痛くなるだろうに」

「とりあえず先にヲ級やろっか。これが居るから未練がましくなるのかもしれないし」

 

ヲ級はまだ頭を抱えて蹲っている。もしかしたら私よりも痛みを感じているのかもしれない。早く助けなければ。

だが私には主砲も魚雷もない。艦載機も全て撃墜された。頼みの綱は高角砲と爆雷。体勢的に高角砲なら当てられるか。いや、直線にしか撃てないので、今撃ったところであらぬ方向に飛んでいくだけだ。

 

「イロハ級なんていくらでも湧いてくるんだから、1人くらい死んでもいいでしょ」

「そういうところは本当にクズだな。沈んで最初からやり直せクズ」

「這い蹲って強がり言われてもカッコつかないねぇ」

 

悔しいがその通りだ。私は何もできない。

 

「それじゃあヲ級から」

「やめろ……!」

 

手を伸ばしても届かない。ヲ級は動けない。また映像が見えた。為すすべなくヲ級が吹き飛ばされ、無残に散っていく映像だ。あの白い髪の女、見た目は小さいくせに主砲の威力が異常。

待て、何故それがわかる。まだ私はあいつが主砲を撃っているところを見たことがない。武器も持っていない。私と同じように武器を出現させることが出来るとしても、何故それがわかった。まるで()()()()()ような感覚。

 

「死んでもらおうかな!」

「死ぬのは貴女よ……白い吹雪……」

 

刹那、青白い閃光。白い髪の女が主砲を出現させた直後に、まるで隕石の如く女が飛んできた。猛烈な蹴りが放たれたが、避けられてしまう。この隕石の女、深海棲艦の気配を持っているのに、この場に突然突っ込んできた。どこから来たのかわからないくらいだ。

 

「ビックリしたぁ! なになに、どうやったの!?」

「貴女ならわかるんじゃないかしらね……それに……私だけなわけ無いでしょう……」

 

さらに女が飛んできた。こっちは脚ではなく拳。こうなるとあの白い髪の女も防戦になるようだ。

 

「2人相手はキツイなぁ。もう私を無傷で解放しようって気は無くなっちゃいました?」

「提督はそのつもりだけど、私達には私怨があるのよ。死んでもらわないと収まりがつかないのよね!」

「ええ……そういうことよ……だからここで……藻屑にしてあげる」

 

キツイなどと言いながら随分と余裕そうな白い髪の女。まだ手段をいろいろと隠してそうな雰囲気。私と同じものなら、艦載機なども持っていそうだ。まだ1つも出していないだけで。

 

「興が削がれちゃった。また来るから、その時までに返事考えておいて。どうせ1つしか無いんだけどね」

 

手を振って海中に逃げた。またあの時の逃げ方だ。あれをされると私でも追えない。

だがいなくなったことで頭痛は消えた。ヲ級もフラフラとしているものの、立ち上がるくらいは出来るようだ。それだけは安心した。

 

 

 

危なかった私達を助けてくれたのは、私が生まれ落ちた場所にいた女。見覚えのある2人。白い着物の女と短い黒髪の女。あとから椅子に座った女も合流した。さっきの隕石のように降ってきた仕組みは、この椅子に座った女の艤装の仕掛けらしい。恐ろしい手段を持っている。

 

「……山城……どう接すればいいのかしら……」

「姉様は以前と似たような状況ですからね……記憶障害ならまだ良かったんですが」

 

人を前に訳の分からない話をしている。椅子の女も悲痛な顔。こいつらも私の何かを知っている。

 

「……より妹に近付いているの……あの子は黒髪だったのよ……可愛い可愛い妹……ああ……妹……妹が……」

「姉様、今だけは抑えてください。お気持ちはわかりますが今だけは」

 

白い着物の女の目が少し怖い。私を見ているだけでグルグル何かが渦巻いている。妙に息も荒い。先程の戦闘の疲れでも出ているのだろうか。何しろ空から降ってきたし。

 

「助けてくれて感謝する。顔を合わせるのは初めてじゃないな」

「……ええ。私は山城。こちらは姉の扶桑」

「私はウォースパイト」

 

短い黒髪の女がヤマシロ。白い着物の女がフソウ。片方は半端者のようだが、2人は姉妹のようだ。

椅子の女がウォースパイト。何処かの女王のような風格。私よりも余程姫の面持ち。気配としては半端者みたいだが。

 

「私は……半端者の姫だ。深海棲艦として、殆ど記憶を持っていない。自分の名前もわからない。さっきの白い髪の女からは深海朝棲姫と呼ばれた」

「そう……ならアサと呼ばせてもらうわ」

 

昨日の連中と同じ呼び方だ。この深海朝棲姫という名前、あながち間違っていないのかもしれない。深海だし、棲姫だし、残った部分は朝しかない。そこで呼ばれるのは至極当然なのかも。

 

「私はここで穏やかに過ごしたいだけだ。助けてくれたのは感謝する。だけど、もう帰ってほしい」

「……またさっきのが来るわよ。ここにいる限り」

 

それはそれで面倒ではある。毎日来られて、またあの頭痛でヲ級が苦しむところは見たくない。

 

「だからアサ、私達と来てほしいの」

「領海を捨てろと?」

「アサの安全のために言ってるの。あれの力は私達も手を焼いてる。貴女をそっとしておきたいのは山々だけど、無理なのよ」

 

どうしても私は踏ん切りがつかなかった。ヲ級も一緒に行っていいとも言ってくれるが、どうしても。

 

「1日、考えさせてほしい」

「……わかった。明日のこの時間にまた来るわ」

 

あの白い髪の女と違い、物分かり良く立ち去ってくれた。私はずっと混乱していた。

 

 

 

夜。私もヲ級も領海にいたおかげですっかり回復した。

この時間までずっと考えていた。私はこの地を捨ててヤマシロ達の場所へ行くべきなのか。だが何故だろう、あの場所は私に良くないことが起こりそうな雰囲気がする。穏やかに過ごしたいだけなのに。

 

「姫様、どうするの」

「まだ考えてる」

「わたしは、姫様と一緒なら何処にいてもいい」

 

夜だからか、抱きついてくるヲ級。今日も抱き枕にして眠ることになるだろうから、別に構わない。抱きつかれていると自然と落ち着く。

 

「ここは落ち着く。でも、あいつらの場所は落ち着けない気がする」

「なら、やめる?」

「ここにいるとまたあの白い髪の女が来る。それは嫌だ。鬱陶しい」

 

強がりだけはずっと言っていたが、あの白い髪の女には勝てる気がしなかった。何かしたようだったが、近付かれるだけで酷い頭痛がするのは大問題だ。

あいつとの戦いはなるべく避けたかった。私はいい。ヲ級が危険だ。今の私のたった1人の仲間であり友人を失うわけにはいかない。

 

「まだ時間はあるし、明日決めればいいか」

「ヲ、姫様が決めればいい。わたしはついていくから」

 

その時に決めればいい。嫌なら断ろう。白い髪の女になびくつもりは一切無いが、あちらはあちらで真意が掴めない。信用がまだ出来ない。




深海朝棲姫という名前は、ここ最近のネーミングからそれらしさを取りつつ朝潮とわかるように。同じような名前として深海双子棲姫(伊13&伊14)、深海鶴棲姫(瑞鶴)、深海日棲姫(日進)。

深海日棲姫がすごく好きなんです。壊の時の「ここで消えろ! 抱えた荷物ごと!」というセリフが本当に好きで。


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縄張りから出て

私という存在が生まれ落ちて、2回目の夜を越えた。やはり領海は増えていない。私の気持ちの表れと見て間違いなかった。

 

「少し早めに来させてもらったわ。あの白いのが来る前に話がしたかったの」

 

ヤマシロが領海を訪ねてくる。フソウも一緒だ。今日はウォースパイトはいないようで、代わりに黒い着物を羽織った女がいる。こいつもフソウと同じタイプの半端者か。

私があの場に生まれた時に何か叫んでいたようだったが、何だったか。

 

「考えを纏めろと言っても、1日じゃ無理だと思う。でも、こちらに来てくれればある程度は守れる。こちらには仲間もいっぱいいる。アサのために皆、力を貸してくれるわ」

「……それは本当に信用できるのか?」

 

それが一番の問題。これも言葉巧みな誘導だったら、私もヲ級も利用されておしまいという可能性だってある。真意がまだ隠されているように思えた。

 

「アサを守りたいというのは本心から言ってるわ」

「……なら別のところに考えがあるということだな。それを話せ。でないと信用できない」

 

苦い顔をするヤマシロ。そんなに話しづらいことか。ということは、私に対して後ろめたい気持ちがあるということではないのか。やはり利用しようとしているのでは。

 

「アンタはどうせ信じないだろうけど、この際だからハッキリ言っておく。アサ、いえ深海朝棲姫。アンタは元艦娘、朝潮型駆逐艦1番艦の朝潮よ」

 

一昨日のレ級が言っていたことをそのまま言われた。私が元々艦娘だったと。そんな馬鹿げたことがあるもんか。

私の記憶は海の底から始まっている。それ以前のことなど覚えているわけがない。生まれた時から深海棲艦の姫であるのがこの私。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「嘘をつけ。私は一昨日生まれたばかりだぞ」

「ええ、一昨日()()()()()のよ。艦娘から、深海棲艦に。私達の前で、その背中の物に。正確には海の中に引きずり込まれて、上がってきたときにはそうなってたんだけど」

 

私に根を張っている艤装のようなもの。これのせいで私は変えられたという。確かにこれが何かは私にもわからない。私自身が()()()()()()なのだと思っていた。

 

「今日だけでもいい。一度、私の鎮守府に来てもらえないかしら。提督とも話をしてほしいの。嫌ならここに帰ってくれて構わない」

「……お前達は、私を元の”朝潮“というものに戻したいのか?」

「正直に言えば、そうなる。朝潮は私達の仲間。私や扶桑姉様にとっては妹のような存在。この子、春風にとっては姉のような存在だった」

 

黒い着物を羽織った女、ハルカゼはずっとこちらを見て黙っている。あの時とは雲泥の差。喚き散らしていたように思えたが、こんなに静かにこちらを見据えてくるとは。

よく見ると、ほんの少しだがやつれているように見えた。今のヤマシロの言い分からして、姉のように慕っていた”朝潮”という女が消えてしまったことを気に病んでいるのだろう。

少しだけ申し訳ない気分になった。理由はわからないが、この顔を見ているとそういう気持ちになる。多少報いてやろうと思えた。

 

「……わかった。一度見に行く。確かにあの白い髪の女に襲われるのは私としても避けたい。当然、ヲ級も一緒だ」

「勿論よ。アンタ達2人を救いたいと、うちの提督は言っている。受け入れてくれて助かるわ」

 

ヤマシロについていき、鎮守府に向かうこととなった。フソウとハルカゼは終始無言。だが、力強く私を見つめている。視線が熱い。

 

 

 

一昨日見たときより、幾分か綺麗になっているように見える鎮守府。あの時はボロボロだったように思えたが、修復しているようだ。ここが私が生まれ落ちた場所。故郷と言ってもいいだろう。

何故こんなところで私のような姫が生まれたのかはわからない。変えられたとヤマシロは言っているが、実感なぞ無い。

 

「朝潮姉さん!」

「お姉さん! 帰ってきたんですか!」

 

工廠に入ると、2人の女に駆け寄られた。この前は片眼鏡をかけていた横結びの女と、白い髪を2つに結んだ女。あの戦場にもいた。白い髪の女にボコボコにされていた。

2人もハルカゼと同じように少しやつれていた。”朝潮”という存在が余程大事と見える。私にはよくわからない。

 

「霞、大潮、ちょっと今はやめておきなさい。この子はまだ記憶が戻ってない。深海棲艦のままよ」

「私はあの白い髪の女に襲われるのを避けるためにここに来ただけだ」

 

私にとっては見知らぬ2人だ。どんな顔をされようと関係ない。

 

艤装を置いたヤマシロについていき、提督とやらと面会。工廠で待たされたとき、ここに配属されている艦娘達がやたら私を見てきた。皆が皆、視線が熱かった。

 

「すまないね。呼び立ててしまって」

「まったくだ。だが白い髪の女に襲われるのは私も避けたかった」

 

妙にガタイのいい中年男性。これがこの鎮守府を統括する提督か。艦娘も深海棲艦も半端者も全て受け入れている聖人君子。それだけの器量を持っているということだろう。

確かにこの男、纏っている雰囲気が大らかすぎる。だが悩み事も多そうだ。

 

「深海朝棲姫君……だったかな」

「アサでいい。ヤマシロにもそう言われた」

「ではアサ君。君は何処まで聞いているのか」

 

何処までと言われても、私に理解させる間も無く言われているのは、私は深海棲艦ではなく元々艦娘だったと言われているのみ。背中に根を張った何かに身体を変えられたとしか教えられていない。

当然、私にその実感はない。一昨日、この鎮守府の近海で生まれ落ちた深海棲艦だ。普通と違うのは、領域を拡げる意思がないことと、無用な戦闘はしたくないということ。来たものを迎え撃つことしか考えていない。

 

「私は今までさんざんここの連中に元々艦娘だったと言われた。”朝潮”とは何だ。誰のことを言っている、私は艦娘ではない、深海棲艦の姫だ」

「私も現場に居合わせたわけではない。君の背中についている深海忌雷に寄生されたことで、この鎮守府に配属している艦娘、朝潮君が深海棲艦に、つまり君に変化したと聞いている」

 

それもヤマシロから聞いている。私にはまるで現実味のない話だ。

 

「君の意思を尊重するが、ここの工廠で一度検査を受けてもらえないか。それだけでいい。本当に嫌ならもう帰ってくれて構わない。ただし、干渉しないとは約束できない。君のいう白い髪の女は私達の敵でもある。君を守ることが、打倒に繋がるんだ」

 

この男の目的が、私を守ることで達成できる。私は何もせずに面倒な相手を処理できるから最も楽な選択肢。利害関係としては私の方が有利なくらいだ。

 

「わかった。なら私を守ってもらおうか。代わりに検査の1つくらい受けてやる」

「ありがとう。検査が終わったら好きにしてくれて構わない。あの領海に戻るのもいいし、ここで暮らしてくれてもいい。君に全てを任せる」

 

解決策も随時練るとも呟いていた。何を解決するのかは知らないが、私は私のやりたいようにやらせてもらう。私に全てを任せると言ったのだ。何をやろうと文句はあるまい。

 

 

 

守ってもらう代わりに検査を受けるということで、私は工廠に戻ってきた。検査の準備をしていたアカシという女に身体を隈なく調べられる。何かあっては困るので、ヲ級には近くにいてもらった。別に検査が怖いわけじゃない。

主な検査対象は、やはり私の背中についている艤装のようなもの。提督はこのことを深海忌雷と言っていたが、機雷なら爆発するものだろう。背中に根を張るなんて聞いたことがない。

 

「うーん……背中から身体全体に根を張ってる。深海艦娘の小型艤装とは訳が違うのかな……」

「深海艦娘? 何だそれは。深海棲艦とは違うのか?」

「髪が白くて目が赤い艦娘が何人かいたでしょ。その子達だよ。これと似たようなものが首に接続されててね。それの影響で身体を変えられていたの」

 

そういえば、さっき私に駆け寄ってきたオオシオという女がそんな感じだった。深海棲艦の気配を感じないのに、見た目だけは深海棲艦のような。

 

「これを外すことは今は不可能。外せないことはないけど、痛いとかそういうレベルじゃないね。せめて麻酔を取り寄せないと。それでも厳しいかな」

「別に外せないなら外さなくて構わないんだが」

「まあまあ。で、他の検査の結果ね。セキちゃん、どう?」

 

奥から集積地棲姫がやってくる。ここにも姫がいた。この鎮守府は姫ばかりだ。

 

「記憶の件だが、深海棲艦としては初期化(リセット)状態と同じだ。だが、それ以外に密閉情報(ブラックボックス)の存在も確認した。おそらく、それが”朝潮”だ」

 

こいつはヲ級が言うには物資の蒐集家と聞いたが、ここではこんな医者紛いなこともやっているらしい。しかも記憶がどうとか言い出している。そんな医者が何処にいる。

 

「敵の吹雪は、記憶と絆を奪ったと言ったんだったな。背中のそれが、記憶を奪っていると考えるのが妥当だな。つまり、それを破壊さえすれば元に戻る。身体はそのままの可能性が高いが」

「だけどこれ、身体の隅々まで根を張っちゃってるんだよね。しかも身体は深海棲艦でしょ? 下手に壊したら欠陥(バグ)になって残っちゃう」

「だから困ってるんだ。切除は今は考えない方がいい。これをこのままにした状態で密閉情報(ブラックボックス)を開くのがベストだ」

 

訳の分からないことを目の前で話され、だんだんイライラしてきた。こいつらの言い分は、私は深海棲艦としては普通だが、おかしい部分があるということ。それを直そうとすると、私に何か起こる。それだけは避けたいと。

優しいのか酷いのかわからない。身体を心配してくれるのはありがたいが、それを私に言わないのはどうなんだ。

 

「当事者を放っておくな」

「ああっと、ごめんごめん。検査の結果は、まぁ至って普通の姫級ってところだね。練度がとんでもないことになってるから、深海棲艦としては破格なスペックだけど」

 

結局何もわからずで終わってしまった。あちらではいろいろと納得しているようだが。

ただ、破格の性能と言われたのは少し嬉しい。気分がいい。

 

「ならもういいか?」

「検査は終了。これからどうするの? 領海に帰るの?」

「……まだ考えあぐねている。今戻ると白い髪の女と鉢合わせになりそうだ」

 

せっかく守ってもらえるというのなら、今はここに居座らせてもらう方がいいのではと思える。だが、確実にここでは穏やかに過ごすことは出来ないだろう。少なくとも、私の周りがそれを許さない。私の顔を見るたび辛そうな顔をされると、そいつより私が辛い。

 

「一晩。一晩だけここに住まわせてもらいたい。その間に考える」

「ん、オッケー。じゃあそれは私が提督に伝えておくね。朝潮……じゃなかった、アサちゃんは適当に鎮守府を見て回りなよ」

「私の顔を見て辛そうな顔をする連中がいるのにか?」

「一晩だけでもここで過ごすなら、お友達増やしたらどうかなってこと」

 

一理ある。辛そうな顔をされても、ある程度は緩和できるかもしれない。だが、あいつらには旧知の仲でも、私にとっては初見だ。こちらから話しかけるようなことは無いだろう。気にはなるが、赤の他人だ。なるべく関わり合いになりたくない。

 

「……わかった。散歩でもする。ヲ級、行こう」

「ヲ」

 

ヲ級を引き連れて工廠を出た。検査の時にいろいろと弄られたか、身体が妙に軽い。集積地棲姫にメンテナンスされたのかもしれない。頭を触られたし。

 

 

 

行く当てもなく適当にブラつくと、海を眺められるベンチがあった。領海でも海を眺めているだけで心が穏やかになった。ここでもそれくらいなら味わえるかもと海を眺めることに。

ここからの眺めもなかなかにいい。ここは人工島らしいが、ここからの景色はただ水平線が見えるだけ。何も障害物がない。

 

「私に何の用だ」

 

後ろにヲ級以外の誰かが立っているのがわかった。理由はわからないが、私には他人のいる位置が明確にわかる。この鎮守府の中は私の頭の中で把握している。

 

「……電探が無いのに後ろにいるとわかるのね」

「お前は……カスミ、だったか」

 

工廠で駆け寄ってきた片方の声。私は振り向くことなく対応する。ヲ級は少し警戒していたが、ここの連中は私達に対して友好的だ。警戒は解かせる。

 

「ええ、霞。朝潮型駆逐艦10番艦の霞」

「朝潮型……そうか」

 

つまり”朝潮”の妹ということだ。皆が言う、私が深海棲艦になる前の姿の妹。だが私には見覚えがあるわけがない。あくまでも私が生まれたのは一昨日だ。ここにいる奴らは誰も見たことがない。聞いたことがない。私の仲間はヲ級だけ。

 

「で、何の用だ」

「ここで一晩過ごすのよね」

「耳が早いな。ああ、一晩でいろいろ考えたい」

 

ここに居座らせてもらうか、私の縄張りに戻るか。一晩で考える。ずっとここで海を眺めていてもいいかと思っている。ここなら落ち着ける。夜なら誰も来ないだろう。隣にヲ級がいれば、眠くなった時に眠れる。

 

「なら、みんなと一緒にいて」

「断る。私の顔を見て辛い顔をされると、私が辛い」

「そうしないように努力する。努力させる。だから、せめて……一緒にいて……」

 

声が震えているのがわかる。泣かせてしまったらしい。こうなるから私はここの人間と関わりたくない。話すだけで泣かれたら、私の神経は擦り切れ続ける。

 

「姫様、また泣いてる」

「……ヲ級、そういうのは今言うことじゃない」

 

まただ。勝手に溢れ出した。こいつを泣かせたことで、私も泣いてしまっている。身体がそういう風に出来ている。

何かに反応して涙が出ているように思える。それは決まって、どこか懐かしい感覚に陥ったときだ。最初は夜、月明かり。二度目は仲間。三度目はこの女、カスミ。私の何かを揺れ動かしている。

 

「……わかった。お前に泣かれると私も辛い。お前の言う通りにしよう。この場所にずっといるつもりだったが気が変わった」

「姉さん……?」

「私は深海朝棲姫というらしい。が、いい。お前は姉と呼べ。やめろと言ってもやめないんだろ。私は"朝潮”と呼ばれるのも嫌なんだが、お前だけは特別だ。だから泣き止め」

 

私の知らないことを知るいい機会かもしれない。結局、深海朝棲姫という名前も、あのいけすかない白い髪の女から名付けられたものだ。私の本当の名前を、私自身が思い出せない。ここでなら、生まれた場所の近くであれば、何か変わるかもしれない。

 

「ただし、隣にヲ級はいてもらう。何があるかわからないからな」

「構わないわよ。いつもそんな感じだから。ねぇ、瑞穂さん」

「はい、瑞穂はいつでもどこでも朝潮様と共に在りますので」

 

あまりに突然のことで声を上げかけた。この女、私の感知能力を超えて真横に立ってきた。ヲ級は腰を抜かしてしまっている。神出鬼没とかそういうレベルを優に超えている。

 

「姉さんがそういう反応するの、面白いわ」

「これが日常だとするなら、お前達の方がおかしいんだからな」

 

なんなんだこの鎮守府は。




一度目:月光。妹分との殴り合い、
二度目:仲間。生まれてから今まで。
三度目:霞。助けてからずっと。


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涙の理由

いけすかない白い髪の女の襲撃から逃れるため、一時的に鎮守府にやってきた私とヲ級。誰とも関わらず一晩だけ世話になろうと思っていたのだが、私の元となったであろう艦娘”朝潮”の実の妹、カスミに泣かれてしまい、ここの連中とも関わりを持つこととなった。どうも私はこのカスミという女に弱いらしい。

カスミは私のために今日一日を非番にしたそうだ。今はまだ午前中。丸一日私を連れ回すつもりでいる。何か企んでいるのか、それともただ私と関わりたいだけなのかはわからない。ただ今は、こいつの言う通りにしてやった方が良さそうだ。また泣かれては困る。おそらく私も泣いてしまう。

 

「ここの全員と関わり合いを持ってもらうから。ここから出て行くのが嫌になるくらいにね」

「無茶を言うな。そもそも私はなるべく関わりたくないんだ。せめて”朝潮"と呼ぶのをやめさせろ。何度も言っているが私は深海棲艦だ。"朝潮"じゃない。深海朝棲姫だ」

 

深海朝棲姫という名も、あのクズに付けられたものだが割と気に入ってきた。今後も使っていくと思う。

 

「はいはい、勝手に言ってなさい。って、身体汚れてるじゃない」

「知らない。さっきまで工廠にいたからだ。アカシと集積地棲姫に弄られたから、その時に汚れでもしたんだろ」

「まずはお風呂に行きましょう。裸の付き合いよ」

 

さっきまでとは打って変わって明るいカスミ。私の手を引っ張りグングン進んでいく。足取りも軽やか。頭の中はどうか知らないが、外面上は悲壮感が無くなった。それならいい。私の顔を見て辛い顔をされるよりは余程。

 

 

 

鎮守府の大浴場。訓練や任務を終えた艦娘はここで汗を流すらしい。難儀なものだ。深海棲艦なら海に潜るだけでいいのに。汚れているのなら海に入ればよかった。わざわざカスミに引っ張られてここに来る必要はなかったじゃないか。

 

「ほら、脱いで脱いで」

「触るな。自分でやれる」

 

言われるがままに服を脱ぐ。そういえばこれを脱ぐのは初めてだ。脱ぐ必要が無いのだから当然か。

 

「……黒の紐……」

「何を言っている」

「姉さんが大人になってる……」

 

人の脱いだ服を見て何か言っている。あまりいいことには思えない。

 

「さ、入りましょ。……正直春風のよりビックリしたわ……」

 

カスミに背中を押されて浴場へ。ヲ級もちゃんと入ってこれている。お互い、こんな場所には慣れない身。されるがままだが、なんとか出来ているようだ。

 

「……そっか、これが」

「どうした。人の背中をマジマジと見て」

「この背中のが深海忌雷……なのよね」

 

背中の消えない艤装のようなものに触れられる。ここの連中には余程珍しいものらしい。これだけ深海棲艦が住んでいるのに、こんなものをつけているのは私だけということか。それだけ私が特殊なのか、他に見つかっていないだけなのかは定かでは無い。

 

「よくわからんが、提督はそう呼んでいたな」

「これは取ることはできないの?」

「出来るが、私に欠陥(バグ)が残る可能性があるそうだ。だったら取らなくていいだろう」

 

さらにいえば、取ることが命の危険に繋がるらしい。それなら取らない方がいい。生活に支障をきたさないのなら、ちゃんと共存できている。

 

「アカシと集積地棲姫はブラックボックスがどうのこうの言っていたな」

「あの人達の会話は私には難しすぎるわ」

「私にもだ。当事者を放って2人の世界に入られてイラついた」

 

何故だろう、カスミは話がしやすい。スラスラと言葉が出てくる。嘘がつけない。言わなくてもいいことも言ってしまいそう。

 

湯船に浸かる。脚を入れた途端、急速に回復していくような感覚。領海から離れて少し時間が経っているし、検査をされて疲れていた。私もヲ級も多少は消耗していたようだ。

 

「うお……これは……すごい……」

「ヲヲヲヲ……」

 

気を抜くと顔が緩んでしまいそうだった。艦娘はこういう形で回復しているのか。時間もかけずに、こんなに気持ちよく。少し羨ましい。ヲ級に至っては溶けてしまっている。溺れてしまわないか心配だ。私もズブズブと沈んでいく。もう体裁なんて気にしていなかった。

 

「姫様……ここすごい……気持ちよすぎる……」

「そうだな……こんなの味わったことがない……」

 

2人して蕩けているとカスミがクスクス笑い出す。そんなに酷い顔をしているか。

 

「初めてお風呂に入る子って、絶対そうなるのよ。私もそうだった」

「そうなのか……これは仕方あるまい……」

 

だが人様に見せられるものではないのも確かである。ヲ級はいいとしても、私くらい早くシャンとせねば。

 

「いっちばーん風呂!……じゃないね。先客いたかー」

「白露、もう少し静かに入りなさいな」

 

やたらうるさい駆逐艦が入ってきた。カスミの言い方からしてシラツユというらしい。同じ駆逐艦だそうだが、カスミとあまりに体格が違うから同じ艦種に思えなかった。けしからん乳め。

 

「おー、蕩けてる朝潮見るの久々だー。懐かしいね」

「そっか、姉さんがお風呂にやられたの、白露だけは見てたんだっけ」

「そうだよ。それはもうダルンダルンでさ。まさに今みたいな感じ」

 

言い返す事も出来ないくらい緩んでいる。この程度の疲れを回復するだけでこれなら、限界まで疲労していた場合はどうなるのだろう。本当に沈んでしまうのでは、湯船に溶けてしまうのではないだろうか。

ちょっとヲ級が危ない。力はあまり入らないが、横から支えてやる。

 

「私の威厳が……深海棲艦の姫なのに……」

「姫乱立しすぎだから威厳も何もあったもんじゃないよ。元も含めてここに何人いると思ってんのさ」

「扶桑さんも春風も中に入ってるの姫だもの。ここの元深海棲艦はみんな元姫だし」

 

さらに言えば敵も姫。姫ばかりだ。なんだこの環境。姫って何だ。

 

 

 

何とか立ち直り、シラツユを置いて浴場から出る。が、先程脱いだ服がない。ヲ級のものも無くなっているようだ。

 

「カスミ、私の服がない」

「洗濯に出されたんでしょ。替えの服置いてないの?」

「……2着ある」

 

片方はカスミやオオシオが着ているものと同じデザイン。要所要所違うみたいだが、概ね同じ。つまりこれはおそらく朝潮型で統一されたもの。もう片方は黒い着物。何処かで見覚えのあるものの色違い。思い出した。フソウの着ていたものだ。

 

「おいそこの2人。これはどういう料簡だ」

 

脱衣所の出入り口に2つ、こちらを見ている気配を感じる。半端者の深海棲艦の気配。この気配は一度見たことがある。フソウとハルカゼだ。

 

「これはわたくし達の威信をかけた勝負なのです。ささ、どちらか好きな方をお選びください」

「貴女がどちらを選ぶかで……私達の進退が決まるの……」

「その、御姉様らしからぬ大胆な肌着はそのままにしておきましたので。霞さん、もうわたくしのこと何も言わないでくださいね」

「あー、うん、まさか姉さんの方が春風よりもヤバイの着けてるなんて思わないもの」

「ヤバイってなんですか!」

 

姫としての直感が告げている。私はおちょくられていると。こいつら、私で遊んでいるだろう。

ヲ級は用意された服をカスミに手伝ってもらいながら着ていた。何処から持ってきたかわからないが、普通のセーラー服。ここの重巡洋艦のものを1着借りたらしい。

 

「姉さん、あの2人には後から言っておくから、今は服を着て」

「前のものを持ってこい。あれが私の正装だ。深海棲艦である私の」

「洗濯中だっつってんの。明日には戻ってくるから、今はどっちか着て。2着以上持ってない姉さんが悪い」

 

そんなことを言われても、私達にその必要が無いのだから2着も要らないだろう。持っていたとしても、ここに来る時にわざわざ持ってくるか。

そもそも私はこういう組織立った場所に属していないのだ。私のルールは私が決める。服がどうとかまったく無意味。

 

「……お前らは本当に面倒だな」

「深海棲艦ほど単純じゃないの。ほら早く着て」

「……ふん」

 

自然と選んだのはカスミと同じ服。出入り口のところではハルカゼが両腕を上げて喜び、フソウが膝から崩れ落ちている。何なんだあいつらは。

 

「これも着ればいいだろうが。お前達の威信だの知らないが、こんなことで勝負なんぞするな」

 

服の上から着物を羽織る。この着物、袖がないから妙に不恰好な気がする。まぁいいか。

 

「……本当に記憶が消えてるかわからないわ」

「何を言っている」

「それ、朝潮姉さんが選んだ着方よ。どっちも選んだ折衷案」

 

前はこんな勝負をせずに”朝潮”が自ら選んだそうだが、ただこれだけでもあの2人はいろいろあったらしい。今でこそ仲良く……仲良く?しているが、犬猿の仲だったそうだ。主にハルカゼがフソウに噛みつき、フソウはただただ何にも興味を示さないという不毛な争いだったようだが。

また”朝潮”だ。どこへ行っても付いて回ってくる。どれだけこの鎮守府に影響力があるのだ。

 

「姫様」

「言わなくてもいい。自分でもわかっている」

 

まただ。また涙が溢れてきた。これで四度目。たかがこんな服のことで、何を揺れ動かされるというのだ。あの2人のくだらない勝負が、私に何の意味がある。

 

「そっか、これでも涙が出るんだ」

「何だ」

「こっちの話。お風呂も終わったし次に行きましょう。ほらそこの2人、行くなら一緒に行くわよ」

 

あちらの勝負は引き分けに終わったようだ。ガッチリ握手して、健闘を称えあっている。何も戦っていないのに。私の行動だけで何故そこまで盛り上がれるのか、さっぱりわからない。

ただ、この2人が仲良くしている姿を見ると、どこか安心する。何故だろう。

 

 

 

そこからさんざん連れ回されることになる。

まだこの鎮守府は再建中らしく、3階に至っては立ち入り禁止区域とされていたが、談話室やジムなどはもう修復済みらしく、そこに立ち寄ってはいろいろと話をすることに。

 

ジム。ヤマシロの縄張りらしく、その仲間達もいた。私の姿を見て一番反応したのは、ヤマシロやフソウとは違い武器を持って戦う小柄な女、サツキ。

 

「そもそも艦娘なのだから主砲やらで攻撃するんじゃないのか。私が言えた話ではないが」

「ボクも主砲と魚雷が使えないの。朝し……アサと同じで。だからこれ一本で戦うんだよ」

「ほう……小柄なお前がか」

 

実に興味深い。ここの女達は艦娘という存在からことごとく逸脱している。私もそうだが、本来出来ることが出来ない。それをどうにか補おうと努力している。

 

「体型なんて関係ないよ。ボクは戦えるんだ。アサだってそうでしょ」

「ああ、そうだな。私も戦える。出来ることは艦載機くらいだが」

「充分だよ。ボクは戦えずに仲間がやられるところを見てただけだったこともあるんだ。それに比べれば、全然いい」

 

涙が溢れてきた。これもか。これも私の心を揺らす。何なのだろう。

 

「姫様、ここに来ていっぱい泣いてる」

「……いい傾向じゃない。これは()()()()よ。こんな短期間でまたやる事になるとは思わなかったけどね」

 

カスミが言う記憶探しというものが何かはわからないが、連れて行かれるところで毎回泣いていては、私の威厳は何処かに行ってしまう。

だが、意図して出しているわけではない。勝手に出てきてしまう。何なのだこれは。

 

 

 

談話室。そこには艦娘とは到底思えない仮面を着けた女がいた。完全に目が隠れているのに、何事もないように行動をしている。何か仕組みがあるのか。

 

「やあ、アサだったっけ。ボクは最上さ」

「お前は深海棲艦なのか……?」

「違う違う。ボクは目が弱くてね。日中は仮面を着けないといけないんだ」

 

太陽の光と探照灯の光を受けると痛みが走る目を持つモガミ。仮面をしなければ太陽の出ている時間は活動すら出来ない。難儀な身体だ。今は珍しく日中行動しているらしい。

 

「最初は夜にしか部屋から出てこれなかったんだけど、これを着けることを思い付いたんだよ。とある艦娘を見てね」

「……まさか」

「朝潮だよ。あの子は夜戦で探照灯が使えないから、電探を使って全員の目になるなんてことをしでかしてね。戦闘終了後に鼻血噴いて倒れたんだ」

 

電探の使い方がめちゃくちゃだ。自分を守るのに手一杯なはずなのに、全員の目になるだなんて、処理が出来るわけがない。結果倒れたなど……。

 

「っ……また……」

「姫様」

 

こんな話でなんで涙が出る。

 

 

 

海岸線を歩く中、ウォースパイトが来るのが見えた。海上でも椅子に座っていたが、陸上でも動く椅子に座っている。何でも片脚が動かないらしい。難儀な身体だ。モガミのときと同じ感想しか出ない。

 

「Hello、アサ。ここには慣れたかしら」

「……まあまあだな」

 

何度も泣かされているとは口が裂けても言えなかった。

 

「お前は不思議な気配がする。見た目は艦娘なのに」

「私は元深海棲艦。戦艦棲姫だったの」

「……記憶があるのか?」

「ええ。半分くらいだけど。ここのガングートに殺されて、浄化された。今ではガングートといい仲よ」

 

殺し合いをした間柄なのに、その記憶が残っているのに、何故仲良くできる。理解が出来ない。

 

「私はここの人達にとんでもないことをしたのよね。特に朝潮には」

「また”朝潮”か……」

「私はね、朝潮を殺しかけてるの。右腕を捥いだのよ」

 

この鎮守府の中でも上に位置する大罪人だと本人は話す。その記憶を持っているのなら、皆に合わせる顔がないと思うが。

 

「だから、私は朝潮の盾になると決めたの。罪悪感も当然あるわ。でもあの子は全部許してくれた。恨み言1つ無かったわ」

 

とんだお人好しじゃないか。だが……だが、その気持ちが、少しだけわかる気がした。せっかく浄化されて艦娘になったのに、記憶があるからと恨み言を言われ続けるのは辛いだろう。

 

「姫様」

「……うん」

 

立て続けに何度も泣いている。私の身体はどうなってるんだ。この鎮守府に来てからおかしい。

 

 

 

何処へ行っても、示し合わせたかのように”朝潮”の話をされた。しかも全員が違うエピソード。そしてその度に私は泣いていた。ヲ級に泣き虫と言われても仕方がない。ここまでとは思わなかった。

それだけ影響力のある女なのだろう。私には関係ないはずだ。私は深海棲艦、そいつは艦娘。何も繋がらない。顔が似ているとかはあるかもしれないが。

 

昼食と夕食も振る舞われたが、私達の周りには絶えず人が集まってきた。取っ替え引っ替えだった。そしてその度、私は泣かされる。理由が本当にわからない。

 

「姫様、ハンカチ水浸し」

「どんだけ泣いたのよ……」

「知るか。私だって聞きたいくらいだ」

 

自分の身に何が起きているのかがわからない。

 

「それだけ、心が揺れたのよ」

「それだけでは理由にならないと思うんだが」

「私はわかったわ。何となくだけど」

 

カスミだけは知った顔をしている。腹が立つ。

 

「じゃあ、今日はここで寝てもらうから」

「雑魚寝か」

「そうなるわね。また泣かされるかもね」

 

その前に私を何処に置くかで争いが起きていた。別に何処でもいいだろうに。私は隣にヲ級が居れば安眠できるから、それだけ守ってくれればどうしてくれても構わない。

 




折衷案制服、白兵戦担当皐月、仮面着用最上、守護者ウォースパイト、全てのキッカケに朝潮が絡んでいます。良くも悪くも。


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暁天の戦い

雑魚寝を終えた翌朝。朝になった瞬間に起きるというハギカゼが目覚める前に目が覚めた。まだ外は薄暗い。だが眠気もない。二度寝という雰囲気も無い。

結局私は部屋の真ん中に置かれた。隣にヲ級。もう片方の隣がさんざんな争いの末にレ級が勝ち取った。その権利くらい、子供に渡してもいいだろうに。大人気ない。

 

どうにか皆を避けて大部屋から出る。工廠に行くと、洗濯されていたという私の服が綺麗に置かれていたので、そそくさと着替えた。やはりこちらの方がしっくり来る。

 

「おはようございます朝潮様」

「っ……ミズホか。驚かせるな」

 

誰も起きていないと思っていたが、ミズホだけは隣に立っている。相変わらず気配もない。唯一怖いと思った存在だった。

 

「ほぼ1日こちらで過ごしてどうでしたでしょうか」

「……やかましいところだな。でも悪くない」

 

素直な感想だった。結局寝るまでいろんな話をされ、泣かされ、私は寝落ち。この謎の涙の正体は結局わからずだったが、居心地が悪いとは感じなかった。

 

「左様でございますか。ここから発たれますか?」

「……もう少しだけいる。出て行くなら、せめて全員に出て行くと言ってから行きたい」

「かしこまりました。では、今はこの静かな暁天をお楽しみください」

 

ミズホが消えた。大部屋に戻ったようだ。

時間的にはそろそろ夜間任務組が戻ってくるくらいである。ここにいても邪魔になるだろう。外を散歩することにした。そういえば、ヲ級がいない状態で歩くのは初めてだった。たまにはそういうのもいいだろう。

 

静かな海だ。心が穏やかになる。領海で見た海とはまた違う。暁の水平線が綺麗だった。この朝日が見られるなら、ここにいてもいいかなと思ってしまう。

だがここにいると穏やかに過ごすことは出来ないだろう。全員が起きたら出て行こう。礼でも言った方がいいか。

 

 

 

「あっさしーおちゃーん! あーそびーましょー!」

 

 

 

癇に障る声と気配。間違いない。この声は白い髪の女。白いフブキ。ここから南だ。声のする方へ艤装を出しながら走る。

今の声で大部屋の全員が起きただろう。少なくともミズホなら起こしてくれているはずだ。あいつは何をするかわからない。せめて皆が起きてくるまでは私が。

 

「やっぱりここにいた。領海捨てて自分の鎮守府に戻るとかちょっとズルくない?」

「知るか」

 

随伴も連れずに海に立っている。北には夜間任務組が向かっているはずだ。これをやるためにわざわざこちらに回ってきたのだろう。ご苦労なことだ。

 

「一昨日の答えが聞きたいな。私達と組まない? 深海棲艦なんだし」

「断る。失せろクズ」

「Noって言われると手が滑っちゃうんだよねぇ」

 

不意に主砲を撃った。まだ修復中の鎮守府の3階に直撃。

 

「もう一度聞こうかな。私達と組まない?」

「断ると言っているだろう。言葉もわからないのか」

 

また主砲を放ち、今度は2階へ。こいつ、私が同意しなければ鎮守府を破壊すると言っている。だが同意しても破壊するつもりだろう。私の手を使って。卑怯な手段を。

 

「次が最後かな。私達と、組まない?」

 

こいつと戦闘したときと同じことがまた起こった。私が断ると同時に撃つが、鎮守府ではなく私に狙いを定めている。不要と判断して殺すつもりなのだろう。そうはいかない。

 

「何度も言わせるな。断る」

 

主砲を放った。今見えた通り、私に向かって撃たれた。見えた通りなのだから避ければいい。

……私の後ろには鎮守府がある。最初からどちらも狙っていた。避ければ鎮守府が破壊される。避けなければ私がやられる。こうなったら、答えは1つ。

艦載機を目の前に出現させ、どうにか砲撃を食い止めた。集積地棲姫のメンテナンスのおかげか、砲撃を受け止めても少しの傷で済んだ。

 

「おお、ちゃんと最善を選んだね。さすが」

「お前がクズだからだな。先が読めたぞ」

 

あの次に起こることが見える現象、カスミから聞いた”朝潮”の技能『未来予知』に近いものに思える。あいつはどのように未来を予知していたかは知らないが、少なくとも私には少しだけ先の未来が予測できた。

 

「さすがにみんな起きちゃったかな」

「当たり前でしょう……騒々しい……」

 

窓から飛び出してきたフソウが白いフブキに猛然と突っ込む。半深海棲艦という特殊な身体のため、他と違って艤装の装備が必要ない。続いて同じように出来るハルカゼとレ級が飛び出す。私の隣にはヲ級とミズホが陣取った。守ってくれるようだ。

 

「この前ボコボコにされたのにまだ向かってきちゃいます?」

「人の妹に手を出して……ただで済むと思わないことね……」

「ただで済んでるんですよねぇ。前回は」

 

猛烈な蹴りを軽く腕で払う。白いフブキがとんでもないというのは知っていたが、ここまでなのか。ハルカゼも参戦するが、接近戦をするフソウの隙間を縫って白いフブキを撃つのは難しそうだ。それはレ級も同じ。フソウは他の奴とことごとく相性が悪い。

 

「3人相手にしてるのに私勝てちゃうかも。ついでに鎮守府壊しておこうかな。直してる最中でごめんね」

 

空を埋め尽くすほどの艦載機が出現。一体いくつあるのだ。

幸いにも私は対空が出来る。ある程度はあれをどうにかしないと鎮守府が危ない。

 

別に鎮守府なんてどうでもいいのではないのか。私は深海棲艦だ。自分の領海さえあればそれでいい。

だが、ここには一宿一飯の恩義がある。せめてこの一晩、ここに置いてもらった恩を返す。

 

「ヲ級! ミズホ! 対空!」

「ヲ!」

「かしこまりました。撃ち落としてみせましょう」

 

3人がかりならある程度は止められるはず。私は艦載機と高角砲を総動員してそれの対処に動いた。それでも劣勢。援軍さえ来てくれれば。

 

「うおー! なんじゃこりゃあ! 第1航空隊発艦! はっかーん!」

 

こちらも負けず劣らずの艦載機数。ここの空母3人が一斉に制空権を取りに行った。3対1でも不利に近い。私達が対空をしてようやく拮抗。あちらは1人で、フソウの攻撃を捌きながらだ。何なんだあいつは。

 

「姉さん大丈夫!?」

「カスミか! 私は大丈夫だ!」

 

カスミも合流。あの片眼鏡を付けているということは、話に聞いた自由にコントロールできる魚雷も使えるということか。それならフソウやハルカゼの援護も可能だろう。あちらはカスミにも任せる。

 

「いっぱい出てきたなぁ。じゃあそろそろ仲間が欲しいし。範囲拡張」

 

指を鳴らす。急激な頭痛。立っていられなくなる。隣のヲ級も、海上のレ級も悶え苦しんでしまう。これはまずい。話によれば、深海艦娘が洗脳されると聞いている。ここにはその洗脳を受けてしまう深海艦娘が9人もいる。それが一斉に寝返るとなると、勝ち目が無くなる。

 

「あれ? おかしいなぁ、誰も来ないや」

「あの子達ならこうなること見越して先にふん縛ったわよ」

 

ヤマシロが殴りつけながら言い放った。ここの連中も割とえぐいことをする。だが相手の手段を知っているのだからそういう対策くらいするか。あいつらには悪いがしばらく縛られていてもらおう。

 

「それなら仕方ないか。扶桑さん、ちょっと邪魔」

 

軽く蹴ったように見えたが、フソウがそれだけで浮き上がった。見た目と攻撃力がまるで合わない。射線が開いたことでハルカゼが撃つが、その砲撃も素手で払い除ける。滅茶苦茶すぎる。ダメージがまるで与えられない。

こちらはあれを無傷で捕らえようとしている。元々仲間らしいが、さすがに無茶が過ぎる。

 

「鎮守府を壊すことを優先します。中にまだ仲間もいるんだよね。死んでもらいたくなかったら守ってね」

 

両手に主砲を構えた。どう見ても駆逐艦の主砲じゃない。戦艦主砲か何かだ。せめてこの頭痛が取れれば戦えるのだが、あまりに酷い痛みに未だに立ち上がる事が出来ない。

 

と、不意に頭痛が止まった。理由はわからないが助かった。ヲ級もキョトンとした顔で立ち上がる。

 

「間に合ったーっ! 洗脳電波キャンセラー!」

 

アカシが機銃を装備しながら戦場へ。手には見たこともない装備。あの装備のおかげで私達の頭痛は取れたらしい。範囲がまだ狭いらしく、戦場に出なくてはいけなくなったようだが充分だ。アカシに感謝。機銃を装備しているということは、対空にも参加してくれるのだろう。工作艦が頑張ってくれるじゃないか。

 

「えー、作っちゃうの? じゃあ鎮守府より先に……」

 

白いフブキの視線がアカシへ。これはまずい。さっきと同じように未来を予測する。

 

「アカシ避けろ!」

「げぇっ、私ぃっ!?」

 

予測通りアカシに照準を合わせる。あの頭痛を止めてくれている装備を破壊しようとしているのはすぐにわかる。

 

「それを壊さないと!」

「ダメに決まってるでしょうが!」

 

ヤマシロが食い止める。ヤマシロも主砲による砲撃を素手で弾き飛ばした。アカシはミズホが避難させ、私の方へ。対空ならこちらに固まった方がやりやすいだろう。

艦載機を1つでも多く潰していく。鎮守府に近付けるわけにはいかない。すでに最初に二発も喰らっているのだ。これ以上喰らったら修復の完了がさらに先延ばしになってしまう。

 

「寄ってたかって面倒だなぁ。ここで仲間増やせると思ったのに」

「させるわけないでしょうが。さっさと投降するか帰りなさい」

「しないことくらいわかってるでしょ。山城さんも邪魔」

 

主砲を消し、拳での一撃。ヤマシロも浮いた。

 

「まだ遊びのつもりだったけど、そろそろ手加減無しで行こう。朝潮ちゃんを連れて行きたかっただけなのに、そんなに抵抗するんだもん。仕方ないよね」

 

浮いたヤマシロをさらに蹴って吹き飛ばす。飛んだ先にはフソウ。2人を同時に黙らせた。

白いフブキの瞳が赤く輝いたように見えた。危険な予感がしたので未来を予測する。ハルカゼが狙われる。

 

「ハルカゼ! 左!」

「間に合わせないよ」

 

指示した瞬間、ハルカゼが吹き飛んでいた。移動後に主砲による砲撃で、左腕を埋め尽くす艤装が大破。なんだあの威力。一撃で艤装があそこまでボロボロになるなんておかしい。駆逐艦なのに戦艦主砲と見ていいだろう。これはあまりに酷い。

 

「ほらほら、まだ行くよ」

 

予測が追いつかない。身体が追いつかない。次に狙われたのはミズホ。対空を潰そうとしているのはわかる。あれが崩れると、艦載機による爆撃で鎮守府が破壊される。

 

「ミズホ避けろ!」

「避けたら鎮守府に当たるよ」

「『理解』しています。避けることは出来ません」

 

放たれた砲撃は瑞穂に直撃。ギリギリで艤装で身体を守ったようだが、大破は免れていない。もう瑞穂は戦闘不能だ。艦載機の拮抗が崩れそうだったが、今までの努力の甲斐あり、状況はこちらに傾いている。

 

「随分と狡い手を使うじゃないか。お前にはプライドが無いようだな!」

「プライドで勝てるなら証明して見せてよ」

 

次に狙われるのはアカシ。やはり頭痛を止める装備を気にしている。あれが破壊されたら終わりだ。私達の頭痛が戻るより、まだ鎮守府の中で縛られている深海艦娘が取り返しがつかなくなる。

アカシは私の側だ。ヲ級も近くにいるが少し遠い。ミズホは倒れた。艦載機はあいつの艦載機をどうにかするために全て出払っている。

さらに後ろには鎮守府。避けたら鎮守府が破壊され、当てられたら頭痛が再発する。戦況は悪化するだけだ。

 

「明石さんやっぱりそれダメ。朝潮ちゃんが苦しまないと」

「やば……っ」

 

ならもうやることは1つしかない。誰も間に合わないなら、間に合う者がアカシを守らなくちゃいけないだろう。この場合、該当するのは私だ。

 

「その後ろ、執務室だよね。そこに司令官がいたら面白いことになるかな? 避けてもいいよ!」

 

主砲が放たれた。この中で犠牲に()()()のは私だ。アカシはやられちゃいけない。執務室に提督がいるのなら、破壊されてはいけない。

 

私なら、まだ死んでもマシだ。

 

アカシに覆い被さり、白いフブキの砲撃を背中で受ける。艤装がある程度は守ってくれたが、ダメージが大きい。それでも鎮守府も無事だ。死んでいないだけ問題ない。

 

「朝潮!?」

「お前は死んじゃいけないんだろ! 私ならまだマシだ!」

 

口の中で鉄の味がする。思った以上にダメージが大きい。艤装も大破している。それでもまだ動ける。

 

「お、これは面白い展開。もう一発!」

 

さらに撃ってきた。狙いは同じだ。私が避けたらアカシがやられる。2人で避けたら鎮守府が破壊される。避けられない。私が身体を張るしかない。

 

「っぐぅぅぅ!?」

 

背中にもう一撃。もう艤装はほとんど無い。そろそろ生身を晒していそう。アカシは無傷だ。死んではいけない人が死んでいないならいい。

 

「大丈夫だな、アカシ……!」

「あ、朝潮、無茶しないで」

「私は深海棲艦だ……艦娘より頑丈に出来てる……!」

 

まだ死にはしない。次に撃たれてもギリギリ耐えられるだろう。もう一発くらいならアカシを守れる。一宿一飯の恩義で、艦娘相手に命を張るなんて愚かなことをしている。やはり私は半端者の姫なのかもしれない。

だが身体が勝手に動いたのだ。私の中ではこれが最善だ。私は間違ってない。今は、命を張る時だ。

 

「おお、素晴らしい自己犠牲の精神。深海棲艦になってもそういうとこは変わらないのかな」

 

白いフブキの小憎らしい声。私が傷付くところが楽しいようだ。クズだクズだとは言っていたが、ここまでとは。

 

「じゃあ、もう一発」

 

さらに撃たれる。まだ耐えられる。まだ。

 

「遅れてごめんなさい! 盾になるわ!」

 

丁度いいところでウォースパイトが来てくれた。ギリギリのところで私達を覆うように艤装の腕を展開。砲撃は弾かれ、最悪な状況は免れた。

 

「うわ、出たよロボット。じゃあ趣向を変えてこっち」

 

未来を予測。次の狙いはカスミ。攻撃の補助をしていたので私よりは少し遠いが、フソウとヤマシロが近い。

 

「何しとんねんお前ぇっ!」

 

空を覆うほどの艦載機をどうにかしていた空母隊の1人、リュウジョウがこちらにも艦載機を送ってくれた。使っているのは深海の艦載機のようだ。私もカスミを救うために艦載機をそちらに動かす。

 

「羽虫が群がってくる! 鬱陶しいなぁもう!」

 

超火力の対空砲火で一網打尽にされたが、カスミが逃げる時間は稼げた。フソウとヤマシロ、あとはレ級も近くにいるから安心だ。

安心できないのは私の損傷具合。血が止まらない。背中はグチャグチャになっているだろう。だがまだ耐えなくては。

 

「アサ、大丈夫!? 酷い怪我よ!?」

「大丈夫だ……盾役……アカシを守ってくれ……」

 

瞼が重い。血が出すぎてフラフラする。アカシを守ると言いながら、アカシにもたれかかる形に。今ここで眠ってしまったら、二度と目が覚めない気がする。それだけはダメだ。

 

「まずい……眠たくなってきた……」

「ヲ級! 工廠から高速修復材持ってきて! 早く!」

「ヲ! 姫様頑張って!」

 

まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。どうせ死ぬなら全てが終わってからだ。

 

なんでこの鎮守府を必死に守っているのかはわからない。守ってもらうという約束でここに来ているのに、身体が勝手に動いた。ここにいる艦娘だって全員初見のはずだ。

でも、命をかけて守ってもいいと、心の底から思えた。たった一晩、やかましいながらも楽しいこの場に居合わせただけなのに。

そうだ。深海棲艦である私は、ここで艦娘と交流することを楽しんだのだ。領海に戻った後も、またここに来たいと思える。なら、守らなくてはいけない。それだけの価値が、ここにはある。

 

()()()

 

頭の中に聞き覚えのある声が響いた。瞬間、視界が真っ暗になった。



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2人で1つの

『開いた。やっと貴女と話せます』

 

戦場にいたはずなのに、私は真っ暗の空間にいた。まるで海の底。穏やかで何もない、静かな静かな闇。

 

『はじめまして、深海朝棲姫。私は、貴女の中に()()()()()()()”朝潮”です』

「お前が……朝潮」

『ここは思考の海、と名付けました。私が密閉情報(ブラックボックス)に閉じ込められ、貴女が私の身体を使っている間に考えました』

 

目の前に女がいる。私と同じように、闇の中で立っている。見たことがある顔だと思ったが、海面に見た私の顔だった。髪の色も、角も、瞳の色ですら全て同じ。当然体型も何も変わらない。

 

『貴女が明石さんを身を呈して守ってくれたこと、本当に嬉しかった。それで私も死ねたのなら、それは本望だと思えるほどに』

「あれが最善だと思ったからだ」

『優しい深海棲艦なんですね。私に生まれたのが貴女で良かった』

 

目の前の朝潮は私の状況を教えてくれた。

私が生まれたキッカケは、背中の艤装のようなもの、深海忌雷。朝潮に寄生し、その身体を深海棲艦に書き換え、その精神を密閉情報(ブラックボックス)に封印。空っぽの身体に、身体に合わせた思考、つまり『私』という存在を生み出した。

それが深海忌雷を作り出した敵、北端上陸姫の意図。朝潮の身体から記憶を奪い、朝潮の精神から絆を奪う。私がやっていることは朝潮には全て筒抜けだったらしく、全て見られていたそうだ。

 

『貴女が敵対する様を私に見せつけたかったのでしょう。でも、貴女はそうならなかった』

「……私は私がやりたいようにやっただけだ」

『はい、わかります。全部見ていましたから』

 

見透かしたような目だが、嫌味がない。白いフブキとは大違い。

こいつは今までどれだけの修羅場をくぐってきたんだ。瞳の奥が()()()()

 

『貴女が明石さんを守ったとき、深海忌雷が半分ほど破壊されました。その背で受けてくれたからですね。それによって、ついにこの密閉情報(ブラックボックス)の蓋が開いた。今までは蓋が少し開くこともあったんですが、手が届かなかったんです。貴女が涙を流したとき、ですね』

 

私の目から勝手に溢れた涙は、この思考の海から溢れた水が出たもの、と朝潮は言う。私が泣くのは、決まって朝潮の話のとき。中に閉じ込められていた朝潮が反応して、思考の海が揺れた結果、少しだけ蓋が開き、その影響でこの水が溢れたとのこと。意識せずに泣いていたのは、全部こいつのせいだったわけだ。

 

「それで? 箱が開いたのならもう私はいらないな。身体を返せと?」

『数日間ですが、貴女も生まれ、この世界を謳歌しました。この鎮守府、好きになったでしょう?』

 

否定はしない。やかましくも楽しいこの鎮守府、私は好きになっていたのかもしれない。出て行こうと思っていたが、正直躊躇っていた。

 

『だから、返せとは言いません。この身体、一緒に使いましょう』

「……お前は何を言っている」

『こうやって話が出来るようにもなりました。深海忌雷が完全に破壊されていたらこうも行かなかったでしょう。私達は、本当に運がいい』

 

深海忌雷が全て破壊されていたら、私という存在が消え、朝潮だけになっていた。深海忌雷があるままなら、朝潮は封印されたまま、私がこの身体を使い続けていた。今のこの半壊状態だからこそ、共存が成り立つ。

入渠してもそのままだろうか。本来入渠は身体を治すものであり、艤装を直すものではない。が、私達深海棲艦は身体と艤装が直結されている。入渠で艤装も修復される。

 

『心配はいりません。入渠してもこの状態ですよ。密閉情報(ブラックボックス)は修復されません』

「何故そう言い切れる」

『これは艤装じゃありません。寄生はしていますが身体でもありません。艦娘の装備と同じ、外付けです』

 

この中にいる間に、朝潮はそこまで解析していた。私の言動や、風呂に入ったときの反応。眠っている時まで使って。この丸3日間でここまで。

 

『私は貴女を受け入れる。忌避するものじゃない。私と貴女は、文字通り一心同体です』

「……断ると言ったら」

『なら私はここに居続けましょう。少し霞や春風が心配ですけど。夜、眠っている時にでも貴女と話をします。どうせ外のことは全て見えていますしね。夜の度に冷やかしてあげますよ。あと最悪なタイミングで泣かせてあげます』

 

悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

そうか、私はこいつには敵わないんだ。私はこいつから生まれた存在。全てが筒抜け。元よりこいつをここに閉じ込めておくつもりなど無かった。自分の存在がどういうものかわかった今、私自身が本当に不要な存在だ。それをこいつは、朝潮は救おうとしている。

 

涙が溢れ出た。思考の海は穏やかだった。これは、私の涙だ。

 

「一緒に使おう。私を認めてくれたお前に、感謝と、敬意を」

『ありがとうございます。深海朝棲姫』

「……アサでいい。みんなからそう呼ばれている。あと、お前は私だ。上下関係などない。だから敬語は使うな。いいな?」

『ええ。一緒に生きましょう。アサ』

 

思考の海に光が差す。さっき見た朝日と同じだ。心が穏やかになる、そんな光だ。

 

 

 

目が覚めた。身体は高速修復材で治っている。傷1つない。そして深海忌雷は半壊したまま。少し加工がいるだろうけど、今動くのに支障はない。想定通り。

 

「よかった! 死ななかった!」

「ヲ! 姫様生きてる!」

 

気を失っていたのは数秒のことらしい。よかった。まだ戦況は動いていない。ピンチであることには変わりないが。

今は私、()()がこの身体の主導権だ。アサは思考の海で待機してもらっている。こちらの状況は全て伝わるし、会話も可能。1つの身体に2つの思考。脳の容量(キャパシティ)はもう関係ない。むしろ深海忌雷のおかげで容量すら増えている気がする。2人がかりでの演算だ。いつもよりも明確に未来が予測出来るのは当然だった。

 

「もう、治す余裕与えちゃったよ。扶桑さんも山城さんも面倒すぎ」

 

白吹雪さんは扶桑姉妹すら圧倒していた。だが、今の私ならわかる。あの2人、まだ白吹雪さんを無傷で捕らえようとしてくれている。どうしても手加減をせざるを得ない状況にある。

私は、ここは非情に徹するべきだと判断した。手加減して全滅するより、全力を出して救い出す方が優先だ。

 

「扶桑姉様、山城姉様」

「えっ!?」

「あ……朝潮……!?」

 

アサとは違うと感じ取ってくれたのだろう。戦闘中でもこちらを向くほど驚いている。

 

「その吹雪さんを()()()()()()()()捕らえてください」

「……そういうことね。了解」

「朝潮……可愛い妹……帰ってきたのね……今の言葉、よくわかったわ……」

 

そう、生きている状態でいい。

腕が捥げようが、骨が砕けていようが、内臓が傷付こうが、入渠すれば全て治る。そんなこと、私が一番わかっている。死ななければいい。それだけだ。

 

『お前も結構エグいな』

「あんな相手には余裕が無いだけ」

 

アサに冷やかされるが、余裕が無い。気を抜くと全滅するレベルの敵だ。扶桑姉様のパワーに空母棲姫の艦載機、さらには行動予測。対空性能も尋常ではない。今までの戦いでよくわかっている。手を抜いていたとはいえ、ここまでやって未だに無傷だ。

 

「霞、脚を吹き飛ばしてもいい。どうせ治せる。貴女の力、存分に見せてやりなさい」

「姉さん……戻ってきたのね! 任せなさいな!」

「レキさん、春風を連れてこちらへ」

「アサ姉ちゃん! わかった! ハル姉ちゃんを持ってく!」

 

扶桑姉妹に持ちこたえてもらう間に万全な戦場に。他の人達も続々と戦闘準備を終えているが、白吹雪さんはこれを見越して北の防衛線に尋常ではない数の援軍を用意している。あちらに向かってもらい、ここは()()()()に任せてもらおう。

 

「瑞穂さん……大丈夫ですか?」

「はい。瑞穂も修復材をいただけたので。艤装はダメになりましたが、大丈夫です」

 

良かった。春風が心配だが、これ以上攻撃を受けるところにもいない。ここからは、私達のターンだ。

 

「何あれ、もしかして元に戻った!?」

「貴女が背中に2回も撃ち込んでくれたおかげで、戻ってきましたよ。ただし、深海朝棲姫と共存できるカタチでね」

「イレギュラーすぎるでしょ! 何なのそれ!?」

 

刹那、空を切る扶桑姉様の脚。()()()()()()蹴り。予測していたようで避けはするものの、それだけで肌に傷を作る威力。

 

「許可が出たの……もう手を抜かないわ……妹がいいと言ったのだから……」

「手を抜かなかったところで、私には勝てませんよ! 私は扶桑さんと同じ、それ以上のパワーを与えられています!」

「なら2人がかりならどうかしら」

 

山城姉様が左拳にキス。本気のルーティン。真正面から受け止めたら、戦艦棲姫もミンチになるあの一撃。

 

「そんなの! 喰らうわけないでしょう! 大振りなそんな動き、避けやすくて欠伸が出ますよ!」

「なら3人がかりよ」

 

既に霞が魚雷を放った後だった。回避方向を見てから加速。扶桑姉妹に当たらないところで爆破。さすがにこれは想定外だったらしく、初めてダメージらしいダメージを与えられた。

 

「真後ろで爆発!?」

「隙だらけじゃない。さんざんやってくれた分を、ぶち込んでやるわぁ!」

 

霞の魚雷に驚いた隙を見て、回避などさせないスピードで近付いた、ガードを突き崩すほどの山城姉様の一撃。いくら頑丈でも、受ければダメージは通る。片腕がよろしくない方向に曲がったのが見えた。

 

「痛ぁ!? ちょっと、何してくれるんですか!」

「半殺しまではいいのよね……死んでないんだから……」

 

真後ろから背中への蹴り。艤装を半壊させ、初めて膝をつかせる。

 

「なんなのこれ! なんで私が!」

「簡単じゃない。調子に乗って、単独でここに来たことが運の尽きよ」

 

魚雷5本が周囲を囲んでいた。それはさながらサメのように、白吹雪さんに近寄り、同時に全てが爆発。片脚を吹き飛ばすまで行った。

相手は艦娘。それでももう容赦はしない。死ぬ直前まで追い込む。死ななきゃいいだけだ。

 

「ああもう! 撤退撤退! また今度覚えてなよ!」

 

ギリギリまでやったが海中に逃げてしまった。こうなるともう追いつかない。霞の魚雷の最高速より速いのだ。潜水艦でも追いつけない。

 

『朝潮、変われ。あいつは逃がさない』

「待って。あれはアサでも追いつけない。深海艦娘は逃げることだけはやたら速いの」

『くそ……次にあったら八つ裂きだ』

 

イライラしているのが手に取るようにわかる。私はアサと頭の中で共存できている。

 

 

 

被害としては春風が大破、私と瑞穂さんが轟沈寸前だったものを高速修復材での強制修復が入った程度。あとは多かれ少なかれ傷付いている。むしろ鎮守府の方が被害甚大だった。3階と2階に着弾したせいで、修復中だった私室が振り出しに戻ってしまっている。

 

「春風はすぐに入渠させた。あとは随時お風呂で治して。あとアサ……は中に入ってるんだっけ、アサに伝えて。助けてくれて本当にありがとうって」

 

明石さんを助けたのは私ではなくアサだ。今だけはアサと交代しておこう。

今どちらが主導権を握っているかは、私の瞳でわかるらしい。アサが外に出ていると瞳から閃光が走っているのだとか。春風の瞳が燃え上がるようなものだろう。

 

『私は最善だと思ったからやっただけだ。アカシにそう伝えておけ』

「表に出て、自分で伝えなさい」

 

主導権交代。強制的に表に出す。

 

「あのバカ、割と強引だな……」

「えーっと、代わった?」

「私は最善だと思ったからやっただけだ。礼を言われるほどのことじゃない」

 

思考の海でアサの行動を逐一監視しているが、なんというか初々しい。深海棲艦の思考だからか、お礼を言われることに慣れていないのだろう。その証拠に、顔が真っ赤だ。

 

「ヲ級、いるか」

「ヲ、姫様、なんだか不思議な雰囲気」

「私の中には艦娘が入っているそうだ。そいつとこの身体で一緒に生きていく。私はあまり外に出てこないかもしれない。だから、お前は好きに生きろ」

 

ヲ級は思案顔。今の言葉で私達の状況がわかっているのかいないのか。

 

「わたしは姫様と一緒にいる。どっちも姫様。あっちの姫様とお話ししていい?」

「ああ……交代する」

 

主導権がこちらに。ヲ級と面と向かって話すのは私としては初めて。少し緊張する。

 

「私は貴女の姫様じゃない。それでもいい?」

「いつもの強い姫様と、こっちの優しい姫様。姫様は姫様」

「……そうね。うん、その通り。じゃあ、これからもよろしくね、ヲ級」

「ヲ!」

 

この子にも名前を付けてあげなくちゃいけない。ヲ級と呼ぶのもあまりよろしくない。またいつも通りガングートさんに頼もう。

 

「朝潮と瑞穂も入渠しておこうか。高速修復材ぶっかけちゃったけど、念のためね」

「そうですね。寝ておきます」

 

このまま入渠へ。傷自体はもう無いので、念のための入渠となった。

 

 

 

入渠ということは、当然眠りにつくということ。今までだったら入ったらすぐ目が覚めるようなものだったが、今後は違う。思考の海で、アサと対面。眠っている時が、唯一対面できる機会。これは夢の一種である。会えないこともあるだろうが、今回は会えた。

 

「ヲ級共々、世話になる」

「構わないわ。救えるものは全員救うもの」

「……あの白いフブキもか?」

 

当然だ、と力強く返す。あんな形になってはいるが、白吹雪さんだって艦娘。私達の仲間が、北端上陸姫のせいでああ振舞わされているだけ。罪など無い。罪は全て北端上陸姫にある。

そんなこと、アサだってわかっているはずだ。ウォースパイトさんと話したんだから。罪は償える。

 

「お前は人が良すぎる」

「悪いよりはいいでしょ」

「まぁ、そうだな」

 

アサが笑うところは初めて見る。そもそもここだと顔自体が見えないのだが。

 

「正直ね、私すごく怖かった」

「……ここから出られないかもしれなかったからか」

「ええ。扶桑姉様の気持ち、わかっちゃった。目の前にいるのに、妹に手が届かないんだもの。そのうちこの中で狂ってたかもしれない」

 

アサの目を通して霞が目の前にいるのに、絶対に手が届かないという状況に置かれた。それは扶桑姉様が直面し、結果狂気に囚われたものと限りなく近いもの。まだ数日という短い時間で終わったから良かったものの、これがずっと続いていたら、戻れる見込みが無かったら、私も同じようになっていたと思う。妹依存、完全妹主義になる気持ちもわかる。

 

「でも、これのおかげで自分を持ち続けられた」

「指輪か? 私が生まれたときにも消えていなかったな」

「ええ。これは私と司令官との絆。深海棲艦化くらいじゃ切れないくらい、強い絆なの」

 

手の甲にキスをしてもらいケッコンという形で繋がった司令官との絆だ。記憶が消えてもこれだけは変わらない。私の精神の支えだ。

 

「じゃあ、このリボンもか」

「ええ。これは私が死ねない約束。これを持ち主に返すまでは死ねないの。簡単に消されたら困るわ」

 

敷波さんのリボンは私の決意の証。絶対に死なない。絶対に死ねない。アサが自己犠牲を見せたときは死んでもいいかと思ったが、唯一これだけが悔いだった。死ななかったのだから問題はない。

 

「出られたからいいわ。貴女にも会えたし」

「そんなこと、よく面と向かって言えるな」

「本心は口に出した方がいいのよ」

 

これからは尚のこと嘘なんてつけない。ここでアサに見られている。なら、気持ちを隠さない方がいい。

 

「本当に……人が良すぎる」

 

アサは自分にも罪があると思いそうだった。私を封じ込めていたのはアサだ。数日間だけだが拘束していたようなもの。だがしたくてそうしたわけではない。アサも被害者だ。生まれるべくして生まれたわけではない。

でも、生まれたからには幸せになってもらわなくては。この世界を楽しんでもらわなくては。




1つの身体に2つの魂。生きているものなら全てを救います。瑞穂のいう、全生命の救済は、あながち間違いではないのかもしれません。


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本能の化身

そこまで長くない入渠が完了し、自分を元にして生まれた深海棲艦、アサとの共存生活が始まった。とはいえ基本は私、朝潮が身体の主導権を握り、要所で交代するというスタンスである。

 

「お召し物をお持ちいたしました」

 

相変わらずそこにいてくれる瑞穂さん。一緒に入渠したのにあちらの方が早かったようだ。三方に載せられた私の服を見るのも、なんだか久しぶりな気分。丸3日、この鎮守府、世界から隔離されていたようなもの。

いつもの朝潮型の制服と、海峡夜棲姫の着物を羽織るのも、とても久しぶり。アサは駆逐棲姫のような服だったので、イメージが大分変わる。

 

「深海朝棲姫様のお召し物も用意されています」

「私とアサの絆のようなものですから、そのまま置いておいてください。また部屋ができたら持っていきますよ」

 

着ないということはないだろう。最初からアサが主導権を握る時は、こちらの方が都合がいい。とはいえ、あまり着ないのも確かである。

 

『せっかくなんだからたまには着ろよ。私はあっちの方が動きやすいんだ。それは一度着たが、お前は厚着すぎる』

「貴女が主導権の時に着るわ。あと貴女は薄着過ぎ。黒尽くめな割にスタイル出るような恰好だし」

「あとは、こちらを」

 

髪を結ぶリボン。私が深海棲艦化したときも残っていた、敷波さんのリボンである。長く使っているのでボロボロだ。そろそろ敷波さんに替えを貰わなくてはいけない。次に援軍に来たときにでも。

まだ使えるのでしっかりと髪を結び、いつものスタイルに。電探眼鏡は失われてしまったが、理由はわからないが無しでも鎮守府の反応は全て見えている。これで、本当に私が戻ってきた。

 

「よし、これで元に戻りましたね」

「はい、お帰りなさいませ、朝潮様。瑞穂は朝潮様のご帰還を、一日千秋の思いで待ち侘びておりました。このお姿の朝潮様を見ると、瑞穂、日常が戻ってきたことを実感します。朝潮様がいないこの3日間は、皆生気を失ったような振る舞いでございました。瑞穂もその中の1人。ですが、それも終わりなのですね。本当におめでとうございます。ですが深海朝棲姫様を否定しているわけではございません。朝潮様との共存をなさる深海棲艦なのですから、それは実質朝潮様ご本人ということになります。身体を共有するのですから、ご本人も同然でしたね。瑞穂、言葉を誤っておりました。申し訳ございません。無論、深海朝棲姫様にも仕えさせていただきますとも。深海棲艦という身でも、朝潮型なのですから。瑞穂も誠心誠意尽くさせていただきます。何かご要望がございましたら、いくらでもお申し付けくださいませ」

 

うーん、久しぶり。これを聞くと、私も日常に戻ったと実感できる。

 

『朝潮、私はこいつが一番怖い』

「こらこら、深海棲艦の姫ともあろう者が」

 

出会いが悪かったのもある。

 

 

 

入渠完了を司令官に報告する。今回は検査の結果もあるので、じっくり腰を据えて。

短時間ではあったが、入渠中に私の身体を調べてもらった。前回アサが受けたものとほぼ同等なものではあるが、密閉情報(ブラックボックス)が消えた今、私にどのような影響が出ているかが主な目的。本来ではあり得ない、1つの身体に2つの精神が入った状態だ。完全に混ざり合った扶桑姉様や、一部が混ざり二重人格じみている春風とはまるで違う、完全に独立した精神。側から見れば私も二重人格なのだろうが。

 

「アサ君は朝潮君の中でこの話は聞けているんだね?」

「はい。何かありましたら交代します」

「よろしい。では明石君、セキ君、検査の結果を」

 

結果を持つ2人が横に。私も少し緊張する。

 

「背中の深海忌雷から。現在半壊状態です。全ての機能が取り払われたわけではありません。そのおかげで、朝潮の中に深海朝棲姫、アサが残っているということですね」

「身体中に張り巡らされた寄生の根もそのままだ。身体は深海艦娘とは違い、深海棲艦そのものになっている。()()()()()()()と言ってもいい」

「朝潮とアサの証言通りの状態です。それ以上でもそれ以下でもない、1つの身体に2人が共存しています。これは、この半壊した深海忌雷が残り続ける限り、ずっとです。ですが、朝潮の精神がまた封印されることは無いかと思います。そのシステムが壊れていますので」

 

大方私の思った通りである。これが完全に破壊されない限りはアサは消えない。私と運命を共にする事になる。摘出も不可能。寄生の根がそのままということは、剥がした時点で下手をしたら私が死ぬ。

結果的に、私はもう艦娘に戻ることは出来ず、アサと一緒に深海棲艦として生きる事となった。何も悲しくない。身体なぞ関係ないのだから。

 

「朝潮の現状のスペックのことです。以前までかけていた電探眼鏡なんですが……深海棲艦化の際、身体に取り込まれてしまいました」

「取り込まれた……とは?」

「古鷹さんの探照灯と同じです。内蔵型の電探と思ってもらえれば」

 

古鷹さんは左目が探照灯になっているという、他に類を見ない特殊な能力を持っている。自分の意思でオンオフが操作でき、体力を使って灯りをつける。

私も同じだそうだ。だから私は、何も付けていないのに鎮守府の全員の位置が把握できる。これはアサも同じ。同じ身体を使っているのだから、当然といえば当然か。

そういう意味では髪を結ぶ必要は無くなった。今まで結んでいたのは妖精さんを頭に乗せる足場を作るため。まぁそれでもそれなりに長い間この髪型で来ているし、アサが生まれた時ですら消えなかったリボンだ。ここの私はこの形、ということで、このままで行こう。

 

「それ以外は朝潮とアサの言う通り、深海棲艦の姫級です。ただし、元々の朝潮の練度もあり、姫級としては破格も破格。欠陥(バグ)を差し引いてもお釣りがきます。その分、入渠時間が戦艦並になっちゃいそうですけど」

 

アサが踏ん反り返っているのがわかる。自分が強いと褒められているのだから、それは嬉しいだろう。私だって嬉しい。

 

「わかっているだろうが、前と違い朝潮も敵に気配を探られるようになっている。さらにいえば、朝潮の匂いは()()()()。私でも朝潮が何処にいるかがわかるレベルだ」

「つまり、朝潮君は自分の場所を教えながら出撃するようなものということかな」

「そうなるな。雑魚を惹きつけるまである。存在が()()()のようなものだ。攻撃できない朝潮がだぞ。出撃させるなら護衛が絶対に必要だと断言する」

 

強くなった代償として、敵を惹き寄せるようになってしまったらしい。私の欠陥(バグ)から考えれば最悪なデメリット。自衛手段が回避行動しかないのだから、誰かに守ってもらう他ない。幸い、私の守護者として霞とウォースパイトさんが名乗りを上げてくれている。私が出撃するときは必ずその2人も来てもらうことに。

 

『これからはヲ級もいるぞ。3人に守ってもらえ』

「北の戦場にヲ級は連れていけないわ。何があるかわからないもの」

 

今回は鎮守府近海での戦闘だったため気にならなかったが、次は北端上陸姫の領海で戦うことになる。つまり、あの鎖が現れる場所だ。私は以前に鎖による洗脳が効かなかった実績があるが、それでも身体が変化したことで今後どうなるかわからない。アサだけがやられるという可能性だってある。ヲ級をそんな場所に連れていくわけにはいかない。

 

「あと朝潮の装備のことなんですが、深海艦娘の時から変わり、春風と同じように内蔵ですね。なので、装備メンテはセキちゃんにやってもらいます」

「電探の件も明石に聞いている。最高の状態に仕上げよう」

 

頼もしい限りである。深海側の工作艦として一流だ。セキさんになら大概任せられる。

 

「艦載機の数は前回からさらに増え12。倍ですね。もう駆逐艦じゃないですよ」

『姫だからな』

「姫にしたって駆逐艦は駆逐艦の性能してるでしょうに」

 

今まで積み重ねた私の成長や変化が、深海棲艦化したことで全て強化されたようなもの。欠陥(バグ)が直らないのは仕方ない。0にはいくらかけても0である。

普通の艦娘から深海艦娘化した時点で艦載機を手に入れたが、深海棲艦化でそれが失われるどころか増えるとは。

 

「この朝潮は、もう艦種『朝潮』と言ってもいいくらい特殊です。あちらもこぞって潰しに来るでしょうね」

 

狙われているのは前から変わらない。北端上陸姫のお気に入りだなんて不名誉な称号まである。

 

「朝潮君、二度目の身体の変化だが、何か変化らしい変化はないかい?」

「今のところは。頭の中にアサがいるくらいですね」

「あー……本人は気付いてないかもしれませんが、趣味趣向が若干変わっているのかも」

 

明石さんが少し言いづらそうに口を出す。血の気の多い思考になった時みたいに、無意識に何か変化しているのかもしれない。事前に知っておけば対策はできるし、受け入れることもできるが。

 

「何が変わったんだい?」

「提督にはとっても言いづらい事です。女の子のデリケートな部分ですから」

「そ、そうか……なら私は何も聞かないでおこう」

 

私には気付けていない何かがあるのかもしれない。それはおいおい知っていこう。

 

「朝潮君、アサ君に代わってもらえるかな」

「了解しました」

 

主導権を渡す。私は思考の海へ。

目を瞑って、再び開くと、自分が動いているはずなのに映像を見ているような状態になる。この状態で会話が出来るというのはなんとも不思議な感覚。

 

「何か用か」

「朝潮君の中にいるとはいえ、君もこの鎮守府の一員だ。何か聞いておきたいこととかはあるかな」

「そうだな……聞いておきたいことというか、1つ頼みがある」

 

アサは深海棲艦だがそこまで無茶なことは言わないとわかっている。頼みと言っても些細なものだろう。

 

「たまにでいい。私の領海に行きたい。ヲ級を連れて」

「構わないよ。事前に言ってくれればいつでも」

「そうか。なら今からでもいいか」

「ああ。やはり気になるかい?」

「……まぁ、な」

 

自分の居場所とした島には、私の身体を使わないと帰ることができない。それくらいなら、私も全然構わない。

 

 

 

アサの領海へはすぐに向かうことになった。せっかくだからと、アサの服に着替える。あの場所には、この姿で。主導権は今は私に渡されている。

 

一緒に行くヲ級は、私が入渠し、司令官と話をしている間にさんざん弄り回されていた。

まず名前。レキさんと同様に、そのままの名前で呼んでいると不信感が大きいため、ガングートさんがクウと名付けた。空母ヲ級だからということ。

そして服。こちらもレキさんと同様、そのままだと敵と誤認して撃ってしまう可能性がある。さすがに朝潮型の制服は無理があるということで、適当に見繕ってもらい、最終的には、同じ空母である蒼龍さんと同じ弓道着となった。色は黒。クウも気に入っていた。

 

今回は哨戒も兼ねているため、クウの他にもう1人連れていくことに。それはもう決まっていた。あの島は、もう1つ思い入れのある場所だ。

 

「アサの領海はね、霞と出会ったあの島なの」

「へぇ……」

「導かれるようにあの島に辿り着いて、すぐに拠点にしようと考えた。私の記憶が影響したのかもしれないわね」

 

あの島が見えてくる。連れてきたのは当然霞。私の初陣の場所。私と霞の繋がりを作った場所。私とアサの繋がりにもなった場所。勿論ヲ級の生まれ故郷にもなる。

 

「変わんないわね。これくらいの無人島なら」

「岩礁帯もそのままよ」

 

主導権をアサに渡す。瞳に閃光が走ったので、霞にも交代したことがわかっただろう。

 

「ここで日がな一日ボーッとして過ごすのが私の理想だ。穏やかで何もないのが一番いい。満たされる」

「……いいわね。そういうのも」

 

島に上がって腰掛ける。隣にはクウも一緒に。

この島に辿り着き、クウが生まれ落ち、ただ水平線を眺めているだけ。それが出来たのは3日間のうちでもさらに短い時間だが、穏やかで、満たされた時間だった。波の音しか聞こえない、静かな時間。

私は中で見ていただけだったが、アサの心が安らいでいたのはすぐにわかった。何にも干渉されない時間がどれだけ貴重なのかも痛いほど理解した。

 

「私が離れたから領海では無くなっているな。侵食させておくか」

「やめときなさい。不審に思われてここに来れなくなるわよ」

「それは困る。だがここは私のモノだ。何か目印が欲しい」

 

目印といっても、そんな簡単に出来るものではない。艤装の一部でも、なんて言い出したが、破損させるわけにはいかないし、適当に置いておいても風で飛ばされたり波に浚われたりで残らないだろう。大きなものだと不審に思われる。

 

『何度も来ましょう。目印が無くたって来れるんだから』

「……そうだな。また来よう。何度も何度も来よう」

 

少し寂しそうだが、もう来れないわけではない。思い立ったらまた来ればいい。

 

「カスミ、ここはお前にも因縁のある場所なんだな」

「そうね……私が生まれた場所が近くにあるらしいわ。姉さんの初陣の場所で、ここで出会ったの。私に意識は無かったけど」

「なら、この領海は絶対守らないといけないな」

 

この場所はいろんな始まりの場所と言ってもいいだろう。だったら、永劫に守り続けなくてはいけない。ここは私達のものだ。誰にも渡さない。

 

「ここには哨戒に来るんだろ。私は率先して参加したいんだが」

『それ私の行動に制約が入るんだけど』

「いいだろ。お前だってこうやって休むべきだ。気を張りすぎなんだよ」

 

何も言い返せない。

 

「私はお前から生まれた。当然私には記憶は無いが、それでもこの島を選んだんだぞ。お前は望んでいたんじゃないのか。こういう場所で、ゆっくり過ごしたいと」

『否定は出来ないわ……』

「今ならハッキリ言える。私はお前の『本能の化身』だ。お前が我慢していることを、私がやってやる。お前は私に振り回されていればいいんだよ」

 

本能の化身。そうかもしれない。深海棲艦という形で生まれたが故に乱暴ではあるものの、私ならこうするという行動を大概選んできていた。明石さんの盾になったこともそうだし、なんだかんだ鎮守府にやってきて検査も受けたこともそうだし。守ってもらえるからと鎮守府に来たのに、結局は自分が鎮守府を守った。深海棲艦なのに、率先して指示を出し、味方の被害を最小限にしようとした。

誰も死んでほしくない。争いが嫌だ。穏やかに過ごしたい。仲間が大切だ。ずっと一緒にいたい。迷惑はかけたくない。それなら私が犠牲になる。全部私が常々思っていること。それを抑えつけることなく、本能のままに体現しているのがアサだ。

 

アサは、怖いくらい私だ。

 

『大暴れだけはしないでよね。私の身体なんだから』

「保証は出来ないな」

 

私相手だからこそ、私もこれだけ強く出られる。アサの言う通り、私達に上下関係なんてない。お互いに身体があれば、それこそ神通さんと北上さんのような関係になっていたかもしれない。もしくは天龍さんと神通さんのような、笑顔で殴り合う仲。

 

『あれ、霞は?』

「私を見て惚けてるな。カスミもそれなりに()()()奴なんだな」

 

クウはアサの隣で転寝しているくらいだが、霞はこちらを見てボーッとしている。以前に見た瞳の中のハートマークが再発している。そういえば私が初めて電探眼鏡を装備したときも惚けていた。

 

「……普段の姉さんもいいけど、こういうワイルドな姉さんもなかなか……」

 

だんだん霞が心配になってくる。吹っ切れてから霞も良くない方に入ることが多い。

 

「こうなった霞はどうすればいいんだ」

『放っとけばいいわ。満足するまでここにいるでしょ』

「ああ。クウも居眠りしてるしな。もう少しここにいたい」

 

哨戒は兼ねているが、本来の目的はここに来ることだ。司令官にも許可は貰っている。アサが満足するまではここにいるつもりだ。




話の中でもちょくちょく出てくる無人島。通称『霞の故郷』ですが、ここが朝潮帝国の拠点となりました。辿り着く場所は、最初の場所。


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穏やかな日常

私、朝潮が深海朝棲姫アサと共存生活を始めた翌日。久しぶりののんびりした雰囲気な朝。大部屋でみんなで眠るのは少し楽しかった。私は初日以来なので、もう何日もこれをやっている皆が少し羨ましい。

昨日の白吹雪さん襲撃により、鎮守府の復旧目処が少しズレてしまった。本当だったら今日中くらいには終わっていたらしいが、もう少しかかるとのこと。私室以外は修復が終わったため、鎮守府としての活動は正式に再開した。

 

「んぁ……おはよう姉さん……」

「おはよう霞」

 

私の隣を勝ち取ったのは霞とレキさん。レキさんはまだ寝ており、私の腕にしっかりとしがみ付いてきている。なんとか起こさないように腕を引き抜いた。

 

「姉さんの隣で目を覚ますのは本当に久しぶりな気がするわ」

「そうね……私はここで眠るのが久しぶりだもの」

 

帰ってきたという感じがした。賑やかさもそうだし、人に囲まれているというのもそうだ。アサのように島で迎える夜というのも穏やかでいいかもしれないが、私はこの賑やかさが好きだ。仲間に囲まれていると実感できる。

 

「朝潮様、お召し物を」

「ありがとうございます。眼鏡をかけなくても電探の性能がそのままなのはありがたいかも」

 

大部屋でも私の真横についてくる瑞穂さんから制服を受け取り、その場で着替える。

大部屋で唯一今までと違うことは皆の前で着替えること。別に女所帯で気にすることはないと思うが、春風とか萩風さんは少し気にしている。気になるならもう少し地味なものを着ければいいのに。

 

「姉さん元に戻ってもそのままなの……?」

「何が」

「春風よりも派手なの」

 

そういえばアサがお風呂に入ったときにやたら見てた。人の脱いだものを凝視するのはあまり褒められたことではない。

 

「私は春風みたいに他人の目を気にしてないもの。レキさんと同じようなものでしょ」

「大人の階段昇ってる……」

 

ああ、これが明石さんの言っていた趣味趣向の変化というものかも。以前の私なら恥ずかしがっていたかもしれないが、今は全然気にならない。むしろこれでないと落ち着かないまである。今までのは少しお子様すぎる。

 

『ついでに私の服を着ろよ。動きやすくて戦闘がしやすいぞ』

「薄着過ぎるって言ったでしょ。誰よりも後ろで戦う私がそんなに薄着でどうするのよ」

『お前も前に出ればいいんだ。ヤマシロやフソウのように』

「無茶言わないで。いくら深海棲艦の身体になったとしても、そこまで頑丈じゃないわ」

 

アサはどこか好戦的な部分もある。穏やかな生活のためには、敵に容赦しない辺りはさすが深海棲艦というべきか。私に白兵戦を勧めてくる辺り、欠陥(バグ)についてはアサも気にしているかもしれない。私達には艦載機があるのだから、それで我慢してもらわないと。

 

「んおー、おはようアサ姉ちゃん!」

「はい、おはようございますレキさん」

 

急にレキさんが不機嫌に。

 

「アサ姉ちゃん。レキも呼び捨て」

「えっ、でも」

「クウも呼び捨てにしてる! ズルイ! レキだけ”たにんぎょーぎ”だ!」

 

何処でそんな言葉を覚えてきたのか。

確かにクウに対してはそういう態度ではある。アサの時からの流れというか、私もそういう扱いにしてしまっていたが。

 

『朝潮、私が深海棲艦の姫なんだから、お前も姫だ。レ級もヲ級と同じようなものだぞ』

「まぁそうかもしれないけど……ん、わかった。レキ、これでいい?」

「それでいい! レキも姫様って呼んだ方がいいか?」

「それはやめて。レキに言われると物凄く距離を感じる」

 

なんだかんだ絆が深まったような気もする。思ったより躊躇いとかも無かった。アサの影響が私の思考にも影響しているようだ。これも趣味趣向の変化の1つかもしれない。

 

 

 

今日の私の予定はほぼ無し。要求されれば訓練の相手をする、深海艦娘の詰所に入り浸ることに。ここには大潮もいるし、身体を休めることも出来る。

最初はまた白吹雪さん対策の訓練の予定だったが、そもそも扶桑姉妹単独を対策できない限りどうにもならないのはよくわかった。そのため、今は私の行動予測なんて関係なしに、あの姉妹といい勝負できるようになる訓練になってしまっている。

 

「朝潮、ちょうどよかった。ボクら全員明石さんに呼ばれててさ、朝潮も呼びに行くつもりだったんだ。一緒に行こう」

「私にも? ならあれですか、洗脳電波キャンセラーの件」

「多分ね。あの時も大部屋で大変なことになってたんだよ」

 

詰所の近くで皐月さんに言われ、私も工廠に向かうことに。

後から聞いた話だが、最後に目を覚ました時津風さんと萩風さんが洗脳状態の深海艦娘を監視することになったらしく、その時は暴言の嵐だったらしい。山城姉様は全員を縛り上げるだけで終わっており、口は聞ける状態だったため、2人が恐ろしい勢いで罵られたそうだ。元々強気な叢雲さんや、大概の暴言が軽口に聞こえる漣さんなどはまだマシだったが、電さんや潮さんからの口撃は相当堪えたとのこと。

 

「あれの記憶が残ってるんだよね……。凄いよあの装置。いきなり頭の中が真っ黒になってさ、ここの人達全員が敵に見えるようになるの」

「辛いですね……。私は酷すぎるくらいの頭痛なのでまだマシかも……」

「そっちはそっちで辛いね……」

 

あの頭痛、私はアサが体験しているのを見ているだけだったが、『未来予知』の負荷で受ける頭痛が永遠に続くような痛みに見えた。私は受けたいとは思わない。

 

『立ち上がれないくらいの頭痛だぞ。覚悟しとけ』

「今から貰うのはそれが起こらないようにする装置だから」

『私が命懸けで守った装置だな』

 

皆について工廠に入った。そこには私達の他にも深海棲艦組は勢揃いしている。あれの影響を受ける者は全員対象になるので、それなりな人数になる。

 

「お、集まったね。察してると思うけど、昨日完成した洗脳電波キャンセラー、小型化して増産したよ。好きなように身に付けてね」

 

恐ろしいほどの性能を持つ電探を眼鏡の形に出来る程なのだから、それくらいのことはできると思っていたが、まさか洗脳電波キャンセラーが親指の爪程の大きさになっているとは思わなかった。元々が首筋に植え付けるほどの大きさだったので、それに対抗するものも小型化は出来るのだろう。

 

「どんな形でもいいのかい?」

「出来ることなら頭に近いところにしてね。小型化した分、自分1人分を守るくらいしか出来ないから」

「なら、ピアスなんてどうだろう。頭に近いし、簡単に離れないよ」

 

白時雨さんの提案。私はペンダントとかがいいかと思ったが、確かに毟り取られる可能性とかを考えるなら、ピアスの方がいいかもしれない。結局耳にぶら下げるようなものなので、ペンダントよりは取れないかという程度ではある。もっとサイズが小さかったらまた違ったかもしれないが。

 

「提督が許すかなぁ……耳に穴空けるわけだし」

「イヤリングでいいんじゃないですか? 同じように頭に近いですし」

『私はピアスでいいぞ。いいじゃないかオシャレで』

「アサは黙ってて」

 

いろいろ意見を飛ばし合い、最終的にはイヤリングで落ち着いた。肌に傷は付けないで、それでも頭の付近に置くということで。

 

「うん、これはいいね。黒いのより僕の方がオシャレじゃないかな」

「どれだけ目の敵にしてるんですか」

「僕の宿敵だからね。正統派の時雨は」

 

こういったアクセサリーは初めてだ。オシャレな艦娘はいるが、こういうことをしている艦娘は殆ど見たことない。確か秋津洲さんがイヤリングをしていたはず。それくらい。

 

「アサ姉ちゃん、つけてー」

「姫様、つけてー」

 

甘えん坊な2人にイヤリングをつけてあげる。レキはいいとして、クウは私より大きな子なのでしゃがんでもらって。私はお母さんか何かだろうか。

 

「はい、できた。2人とも似合ってる」

「ありがとうアサ姉ちゃん!」

「姫様ありがとー」

 

このやり取りは完全に親子な気がする。特にクウは私……というかアサの領海から生まれた深海棲艦だ。ある意味アサが生んだと言える。そういう意味では親子と言ってもいいのかもしれない。

 

「なんだか癒されますなぁ」

「朝潮ちゃん、深海棲艦になってから柔らかくなった?」

「女帝様は母性本能も強化されたのかな」

 

柔らかくなったと言われると、今までの私は堅かったと思われていたのかと勘繰ってしまう。

レキもクウも、立ち位置的には姫である私とアサの部下、配下となってしまう。その意識が出来てしまったせいで、妹とは違う愛情が生まれているような気がした。姉妹愛ならぬ、親子愛。レキもなんだか娘に見えてきた。

 

「全員に行き渡ったかな。ならそれ、基本は外さないように。お風呂もそのまま入れるから。寝るときは外すにしても近くに置くこと。夜中に洗脳電波受けたこともあったからね」

「漣のこと見て言わないでくださーい」

「漣ちゃん元凶なんだから諦めて」

 

潮さんはやっぱり漣さんには当たりが強い。

 

「はい、それじゃあ解散! 睦月はいつものようにお願いね」

「工作駆逐艦睦月に任せるがよいぞー。今なら朝潮ちゃんも弄れる自信があるのね」

「深海艤装も覚えたんですか? ならお任せします。睦月さん本当に便利ですね」

 

仲間になっておおよそ1週間。睦月さんは工廠仕事を大分覚えた。工作艦としての仕事もさる事ながら、戦艦棲姫の膂力はいろんなことに便利らしく、雑用係として重宝されている。頼んだことは大概やれるので、今や工廠のマスコット扱い。セキさんですら可愛がっている。

 

「うちの姉ちゃん凄いよ。ボクの刀の整備も完璧でさ」

「私の槍もよ。やるじゃない」

「褒められて伸びるタイプにゃしい、もっと褒めるがよいぞ」

 

深海艦娘の白兵戦担当、皐月さんと叢雲さんも太鼓判を押しているほどなら任せられそうだ。

 

 

 

解散となったので、皆に便乗して詰所へ。

改装された詰所は、与えられた一室のときよりも使いやすくなっていた。詰所として改めて作られた、深海艦娘のための新たな談話室といってもいいだろう。給湯室まで作ってもらえたので、お茶を淹れて依頼を待つことに。

 

「お姉さんが増えたみたいです」

「私は別にお前の姉というわけでは無いんだがな」

「でも身体はお姉さんですから!」

 

主導権はアサに渡しているので、私は思考の海から高みの見物。

アサは戸惑いながらも深海艦娘に囲まれている状態。霞の計らいで一度全員とは話をしているが、正式に仲間となってからは当然初めてだ。今はもう勝手に涙が出ることもないし、私のサポートもある。事情を全て知っているのだから、相手側に警戒心もない。

 

「でもすげぇよなぁ。春風みたいな二重人格じゃなくて、マジで2人入ってんだろ?」

「ああ。今は私が表に出ているだけだ。朝潮が中からこっちを見ている」

「性格が違いすぎて、見てて面白いわ。態度違いすぎるもの」

 

叢雲さんが言うのもわかる。アサはあちら側の春風のように若干態度が悪い。今も皆の中心で腕を組み脚を組みで座っている。そして相変わらずの無愛想。アサの笑顔は私くらいしか見たことが無いかもしれない。それすらも夢の中、思考の海である。現実で、本当の笑顔を見せてくれるときは来るのだろうか。

 

「霞が言ってましたけど、ワイルドなお姉さんって感じです」

「ワイルドというか、不良なのです」

「まさに女帝って感じだね」

 

人が中にいるからと好き勝手に言って。表に出たら文句を言ってやろう。

 

「お前は慕われてるのか遊ばれてるのかわからないな」

『どちらかといえば遊ばれてるわ。あとから演習と称してコテンパンにするから』

「はー、怖い怖い。そりゃあ女帝様だ」

 

深雪さん達が不思議な顔をする。

 

「昨日から気になってたんだけどさ、たまに独り言呟いてるよな。それって中の朝潮と話してんのか?」

「ん? ああ、そうだが」

「この鎮守府には本当にいないタイプだよね。朝潮ちゃん、どんどん変な方向に行ってる」

 

変なとは失礼な。ただ、明石さんの言うように、今の私は特殊すぎることは否定できない。艦種『朝潮』と言いたいのもわかる。完全に独自路線に入っている。

向こうの鎮守府にいた、生まれたばかりの私を思い出した。今は大分成長しただろうが、少なくとも私のようにはなっていないだろう。本来の私がどのように成長するのか興味が出るほどに変わってしまった。またあの鎮守府にお邪魔したいものだ。

 

「まぁでも収拾ついてよかった。朝潮が戻ってこなかったら、この鎮守府は終わってたかもしれない」

「だよな。扶桑さんと春風が見るに堪えなかったもんな」

 

その辺りは詳しく知りたい。アサに交代してもらう。

 

「深雪さん、その話詳しく」

「うおっ、朝潮が表に出てきたのか」

「扶桑姉様と春風、どうなってましたか」

 

私が深海忌雷に寄生されたとき、一番近くにいたのはその2人だ。海中に引きずり込まれた私を、最後まで助けようとしてくれた。手を伸ばしても届かず、結果的に海底まで行ってしまった。私が変化する前の最後を見たのはあの2人。

 

「扶桑さんは山城さんが縛り付けて何とか押さえたんだよ。朝潮を追うって聞かなくなってさ。全員守って傷だらけだってのに、入渠も断ったくらいだったぜぇ」

 

その後も酷かったらしい。入渠が終わった途端出撃しようとし、山城姉様でも止められそうになく、結果的にウォースパイトさんを連れて哨戒に出る羽目になったようだ。そのおかげで私のピンチを助けてくれたのだから結果オーライかもしれないが、あまりに無鉄砲。変わり果てた私と顔を合わせてもどうすればいいか困惑していたほどなのだから、あれは本当に考え無しで来ていた。

 

「春風は気の毒なくらい落ち込んでてな。自分の部屋も無いから工廠で蹲ってた。飯も食わないでさ、夜も大部屋に来ないくらいだった」

 

その後、レキ達や山城姉様達が発見したことで春風も立ち上がったようだ。それでも丸一日は塞ぎ込んでいたらしい。あのときやつれていたのはそういうこともあったからか。褒められたことでは無いが、それだけ心配してくれていたとわかると、少し嬉しく思う。

 

「アサとして帰ってきた時に、霞が機転を利かしたんだよ。それでようやく元通り」

「ああ、あのお風呂での一件ですか……」

「どっちの服を着るかってやったんだよな。無茶苦茶だと思ったけど、すげぇ効果的だったんだろ。霞から聞いたぜぇ」

 

アサが私と同じ選択をしたことで解決したあの一件。あそこで私もアサは自分を元にしていることを確信できた。

鎮守府に出向くことなどは別に温厚な深海棲艦ならやることだろう。現にヒメさんやミナトさん達はそのタイプだ。だが、あんな限られた条件で、しかも自分の今後にまるで関係のないところで、私と全く同じ選択をしたというのは他の何よりも大きかった。

 

「霞には感謝してますよ。自慢の妹です」

「最近暴走してる気がするけどな」

 

他人から見てもそうなのなら、霞は吹っ切れ方があまりよろしくないのかもしれない。少し気にしておこう。

 

「ところで電さん、人のこと不良とか言ってましたけど、どういう意味か説明してもらえます?」

「そういうとこなのですー」

「あとから演習しましょうね。1対1で、ごめんなさいを言うまでやりましょう。電さん、覚悟してくださいね」

「女帝様怖ぇっす。深海棲艦になってから箔がついてるんで勘弁してやってくだせぇ」

 

穏やかな日常がこんなに楽しいと思えたのは久しぶりな気がする。軽口の言い合いも楽しい。私はここに帰ってこれたのだ。

 




朝潮の本当に望むものは、仲間達と穏やかに日常を歩くこと


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逃走者

また次の朝、鎮守府再建完了まで残り2日という報告が挙がる。大部屋で寝るのもあと2回。そしてそれが終われば、私室に戻り、援軍を再要請、さらには元帥閣下との合流もあり、北端上陸姫との最終決戦が始まる。

白吹雪さんは、おそらく赤い海で戦いを挑んでくる。扶桑姉様対策が可能であり、あわよくばこちらの戦力を奪える可能性があるからだ。さすがに二度もここに来た挙句に逃げ帰るようなことをしているのだから、あちらも学習するだろう。

出来ることなら先に対処したい。陣地に辿り着くまでに襲撃してくれれば、余計な横槍が無い状態で北端上陸姫と戦える。あの時は戦闘が苦手そうな雰囲気を出していたが、もう大分時間が経っている。対策くらい練っていそうだ。

 

「こちらが準備している間に、あちらも準備しているだろうね」

 

今日は珍しく司令官と一緒に食事当番。おかげさまである程度料理も出来るようになったが、増え続ける配属艦娘全員に振る舞うのは結構大変。司令官と一緒にやって何とか間に合うくらい。

 

「緊張感があります。あれからさらに強くなっている可能性があるかと思うと」

「大丈夫さ。君達なら勝てるよ。私は君達の強さを知っている。一度負けても立ち上がり勝ってきたじゃないか」

 

私達は敗北を何度も経験している。戦艦棲姫改には二度、扶桑姉様にもやられ、漣さんにも損失が大きすぎる大敗、何度も何度も折られている。その度に立ち上がってきた。

 

「朝潮君、今日もアサ君の領海に行っておいで。心を落ち着けるならそこがいいだろう」

「えっ、でも……」

「君の決戦準備は、心を休ませることだ。万全の体調で臨むために、君は決戦まで非番でもいいくらいだよ。皆それを許してくれている」

 

私のやることは確かに多くなっている。訓練の相手は結構望まれることが多いし、いろんな人のメンタルケアもしている気がする。改二になってからはそれが顕著かもしれない。その結果がストレス性高体温症である。まるで人間のような病気。

 

「君には本当に頼りっぱなしだからね。君は私に頼ってくれればいい。何か悩み事は無いかな。遠慮なく言ってほしい」

「悩み事……ですか……」

 

パッと思い浮かばない。しいて言うなら

 

「何かしていないと落ち着かない……ですかね……」

「強迫性障害かもしれないね。それなら尚のこと領海に行ってきなさい。認知行動療法といってね、あえてやらないという手段で治していくんだ」

 

周りの心の病をケアしようとして、実は私自身が病んでいたという少し残念な結果だった。この病、自分ではわからないことが多いらしい。司令官に言われて気付くほどだし。

 

『領海に行くのか? なら着替えろよ。あそこには私の服で行かなくちゃいけないからな』

「はいはい。では司令官、今日は領海に行かせてもらいます」

「ああ、行ってらっしゃい。身体と心を休めるんだよ」

「その前にご飯を作っちゃいますね」

 

司令官はいつも気遣ってくれる。むしろ司令官のケアは誰がやっているのだろう。と考えて、ふと山城姉様の顔が思い浮かんだ。なるほど、本気な人達が癒しているわけだ。私は山城姉様を応援しておこう。

 

 

 

朝食後、早速着替えて領海へ。体質上、絶対に護衛が必要ということで、今日の護衛も霞。クウは深海棲艦組との交流があるそうだ。他の人達とも仲良くなれるなら私は嬉しい。

 

『やはりここはいい。心が穏やかになる』

「そうね……風も気持ちいい」

 

あの時のアサと同じように、浜辺に腰掛けて水平線を眺める。すごく気が休まる。そういうところもアサに引っ張られているのかも知れない。

霞は視界に入らないように後ろで控えてくれている。私がのんびりと過ごしているのを眺めていることが楽しいとのこと。アサ曰く、霞は極まっている。

 

「私は疲れてるのかしら」

『疲れてるだろうな。本当にお前は考えすぎだ。そのくせ自分のことは蔑ろにするからタチが悪い』

 

アサにすら言われると流石に受け入れざるを得ない。というかさんざん言われ続けていたことだ。自分が見えていないというのは何度も何度も言われている。

自分より他人に目が行ってしまうのは悪い癖だった。どうしても治らない。私の身体はもう私だけのものじゃないのだから、今よりもずっと自分のことを守らなくてはいけないのに。

 

『今くらい全部忘れろ。何のためにここに来たと思ってるんだ』

「……そうよね。身体も休まらないし」

 

浜辺に寝そべる。今日はいい天気。雲1つない青空。

 

「何にも縛られずにここにいるのもいいわね……」

『だろう? ここでなら好きにすればいい』

 

お日柄もよく、だんだん眠くなってきた。こんな朝からまた寝るなんて、今まででは考えられないこと。好きにしていいのなら、もう一眠りしてもいいか。気が緩むとすぐに睡魔に襲われる。本当に疲れていたのかもしれない。

 

が、それも突如現れた深海棲艦の気配が終わりを告げる。

 

「霞、戦闘準備」

「深海棲艦の気配?」

「……私の濃い匂いってヤツなのかしらね……。まっすぐこちらに向かってきてるのがわかるわ……」

 

せっかく気持ちよく寝られそうだったのに、酷いタイミングだ。少しイラッとした。領海を侵そうとするのなら、容赦なく叩き潰すだろう。

索敵範囲に入る。反応は1つ。少なくとも白吹雪さんでは無いので安心。見たことがない反応。大きさ的に姫級。こんなところで?

 

『代わるか』

「お願い。自衛はアサの方が得意だもの」

 

主導権をアサに渡し、接近してくる反応を見据える。

それは真っ白な深海棲艦。腹に接続された2本の蛇のような艤装が特徴的。片方を股下にくぐらせ、その速力を使い高速でこちらに接近してきた。

 

「くそっ、()()()()()()!」

「ちょっと待て、どういうことだ」

「駆逐艦にしては匂いが強いが、1体なら潰せる!」

 

突如魚雷を発射。完全に敵として見られている。今すぐ話が聞けそうにない。どうにか落ち着かせるべきだ。放たれた魚雷はアサが艦載機の射撃で破壊した。

 

「駆逐艦が艦載機だと!? 何なんだお前は!?」

「話を聞け! 私は敵対するつもりはない!」

「信用できるか! ()()はそう言って近付いてきて配下を皆殺しにしたんだ!」

 

今度は蛇のような艤装からの砲撃。形は違うがレキのようなものか。私は雪風さんとは違うので砲撃は避けざるを得ない。だがそうすると島が傷付いてしまう。アサはそれだけは食い止めるために、艦載機で砲撃をガード。何とか島は守ることが出来た。

 

「私は艦娘と共存する深海棲艦だ! 見ろ、こいつは艦娘だろう!」

 

隣に控える霞を見せて落ち着かせようとする。しかし、

 

「そいつの武器は同胞のものじゃないか! 油断させるための偽装だろ!」

「いや、それはさすがに」

「カスミが深海棲艦に見えたらもう病気だぞ。あいつ頭に血が上って目の前が見えてない」

 

だがこれはどうしたものか。攻撃を止めているだけではいずれジリ貧になる。だがこちらから攻撃するわけにはいかない。事情を聞かない限り、敵かどうかも判断できない。

色から見たら白だ。黒い私達に対して敵意を見せている辺り、派閥としては完全に白。穏健派の深海棲艦であることは間違いない。

 

「こちらにはお前以外の白もいる! いいから話を聞け!」

「信じられるか!」

 

疑心暗鬼に囚われてしまっている。説得が通用しない。こちらは回避と島の防衛に全力を尽くすしかないのも辛い。

そこにさらに敵が増える。この白い深海棲艦がやってきた方からだ。

 

「気配追加だ。先にそっちを片付けるぞ」

「ええ、任せてちょうだい。そのための私だもの」

 

索敵範囲に入った。数は少なくイロハ級のみが、戦艦などもいる。艦載機しか使えない私には荷が重い。相方が霞でよかった。

 

『目の前の白い深海棲艦と迎撃するしかないわね』

「そうだな。おい、そこの白いの! 後ろから来るヤツらを殲滅する! 手伝え!」

「挟撃するつもりじゃないのか!?」

「信用しろ!」

 

まだ信用は得られていないが、お互いの利害は一致しているはずだ。今は争うより、後ろから来た敵を倒すために共闘する方がいい。

 

「先に司令官には連絡しておいたわ。援軍が来るまで耐えましょ」

「さすがカスミだ。えらいぞ」

「こっちの姉さんに褒められるの……イイわね……」

 

これである程度時間を稼ぐことが出来れば十分に迎撃できる。白い深海棲艦が共闘してくれる意思さえ見せてくれれば、だが。

 

敵のイロハ級なら性質的に匂いが強い私を集中攻撃してくる。アサもそれがわかっているようで、いち早く島から離れた。これで回避しても島が破壊されるようなことは無くなるだろう。

案の定、白い深海棲艦を無視してこちらにターゲットを絞ってきた。寄せ餌と言われてどうしようかと思ったものの、敵の行動を制限することができるのなら、それはそれで有用かもしれない。

 

「何あれ、硬い!」

 

霞の魚雷が戦艦に直撃するが、一撃で撃破するまでいかない。まだ普通に動いてくるほどだ。ということは、あの深海棲艦は改造されている。

 

『全部改造されてるわね』

「ならあれも北端なんたらの手がかかってるってことか」

『おそらく。霞の魚雷で沈まないなら、そう考えるのが妥当よ』

 

未来予知を全て自衛に使うアサに攻撃が当たることはないが、攻撃を全て回避するとなると負荷はそれなりにかかる。休みに来たのに疲れさせられている。

 

「白いの! さっさと手伝え!」

「な、なんだこの状況は!?」

「考える前にヤツらを攻撃しろ!」

 

ダメだ、あの白い深海棲艦は使い物にならない。混乱でどうすればいいのかわからなくなっている。

 

「カスミ、まだ行けるか!」

「まだ大丈夫!」

「もう少しの辛抱だ!」

 

集中砲火は実力で回避し、攻撃は全て霞に任せきる。私にしか向かってこないので、霞も安全だ。寄せ餌も使い方次第ということか。いいじゃないか、囮戦法。イロハ級を集中させられるのなら、今後の戦術が組み立てやすい。

 

「来た! 援軍だ!」

 

索敵範囲に3人。霞の魚雷がなかなか効かない部分を補えるくらいの高火力。天龍さん、皐月さん、叢雲さん。全員白兵戦特化な辺り、近場で訓練をしていたのだろう。だが、これはありがたい。魚雷が効きにくいなら、それ以上の火力をぶつけたかった。

 

「スマン! 白いヤツ以外を頼む!」

「今はアサの方か! 任せろ!」

 

ここまで来れば安心だ。

強化された装甲も、いとも簡単に斬り伏せていく。天龍さんは言わずもがな、皐月さんと叢雲さんも相当な使い手。戦艦だろうと空母だろうと関係なしに突っ込み、海の藻屑に変えていった。

 

「朝潮、交代だ。そろそろいいだろう」

『そうね、変わりましょう』

 

主導権を渡され、私が表側に。自衛能力が落ちる代わりに、援護能力が強まる。戦場でもお互いの長所を入れ替えながら戦える。今日は初陣のようなものだったが、上手くいった方だ。

 

「霞、頭痛は?」

「ちょっとキツくなってきた。あとは3人に任せるわ」

 

少しだけ顔色が悪くなっている霞に寄り、敵は援軍の3人に任せた、ここまで来れば、私の寄せ餌の機能も関係ない。あちらが私を見た時点で首が刎ねられている。さすがに間近に敵がいるのに餌に食い付くほど愚かでも無いだろうし。

私は結局何も出来なかった白い深海棲艦の下へ。殴り合えるほど近くに寄っても、動揺から身動きが取れていない。本当に私が敵だったらどうするつもりなのだ。

 

「さて、お話しましょうか。白い人」

「おま、さっきまでの調子は」

「アサでは貴女と会話がしづらいでしょうから交代しました」

 

余計に混乱しているようにも見えるが、気にせず話を進める。

 

「貴女は何故ここまで?」

「お前も黒だろうが! 白を潰して領海を奪うつもりだろ!」

「なるほど、貴女の領海が黒に潰されたと」

 

あの敵を見ても、犯人は北端上陸姫だろう。私達ではなく、周りに手を伸ばし始めた。北の防衛線に気付かれることなく、こちらの方へ手を伸ばしているということは、白吹雪さんがやった遠回りによる南からの襲撃ルートを使っている。

 

「私は黒い見た目ですが穏健派です。私は貴女を救いたい」

「嘘を吐くな! 信じられるか!」

「貴女はそうかもしれませんが、この子達は懐いてくれましたよ」

 

この白い深海棲艦の艤装はウォースパイトさんのフィフと同様、意思を持つ自立型艤装のようだ。私の強い深海の匂いに反応したのか、2本の頭を私に擦り寄せてきている。深海棲艦化で美的感覚も変わったか、とても可愛らしく思えた。

 

「お前ら……」

 

艤装が私に懐いたことで、諦めたように警戒を解いてくれた。やっとまともに話が出来る。その頃には敵も全滅しており、血塗れの3人が近付いてきた時にもう一度警戒し始めたのは笑うしかなかった。

 

「私は……重巡棲姫だ」

「私は近海の鎮守府配属の駆逐艦、朝潮です」

 

白い人、重巡棲姫は、自分の領海にやってきた深海棲艦に配下を全て沈められ、逃げるようにここまでやってきたらしい。

 

「貴女の領海を侵略したのはどんな人だったんです?」

「あれは戦艦水鬼だ。だが、段違いに強かった。それと……こいつらみたいな艦娘が混ざっていた。深海棲艦の気配がしたから同胞だと思ったが……間違いだった」

 

皐月さんと叢雲さんを見て怯えたような顔をした。なるほど、白吹雪さんか。

 

「貴女の領海を奪った者は、私達の敵でもあります。一時的でもいい、協力しませんか」

「協力だと? ふざけるな! そういって私を誑かすんだろう! あの白いヤツもそうだった!」

 

信じたところで裏切られたのだろう。重巡棲姫は誰も信用できない状態にある。無理もない。

 

「なら、貴女は私達を利用すればいいんです」

「利用だと?」

「ええ。場所さえ教えてくれれば、私達が殲滅しますよ。私達は貴女を騙した白いヤツを倒したいんです。勿論戦艦水鬼も倒します。それだけが目的です。正直、貴女の領海には全く興味はありません」

 

どこに領海があるかは知らないが、下手な場所に拠点を作られると、鎮守府への一斉攻撃で防衛が非常に厳しくなる。それは避けたい。先んじて潰せるなら潰しておきたい。

 

「私の領海が戻ってくるのか?」

「はい、必ず」

 

目を見据えて話す。自分の特性も活かし、重巡棲姫を落ち着かせるように。

私の強い深海の匂いは、敵対するものには寄せ餌だが、仲間には精神を落ち着かさせる作用があるのかもしれない。事実、私に抱き付いて寝たレキさんはいつも以上にぐっすり眠っていた。

私を味方と認識してくれれば、混乱や動揺も無くなるはずだ。

 

重巡棲姫はひとしきり悩んだ後、納得したような目で見返してきた。

 

「……なら今回だけお前達を信じる。裏切ったら鎮守府とやらを破壊してやるからな」

「どうぞご自由に。私達は貴女を裏切りません。それに、仲間もいますから過ごしやすいと思いますよ」

 

なんとか折れてくれた。利用すればいいと言ったのに、信じてくれた辺り、元々は人がいいのだろう。そこを付け込まれてしまったから、どん底になるまで人間不信になったと。

あまりに気の毒。この人も救ってあげたい。

 

『本当にお人好しだな。だが白いフブキが絡んでるのなら私もやぶさかではない』

「私達以外に手を出すのはお門違いだもの。そろそろ後悔させてあげないと」

 

正攻法ではダメと踏んでのこのやり方なのかは知らないが、他人様に迷惑をかけるのは良くない。重巡棲姫が領海を奪われたのは、ある意味私達にも責任がある。それなら手伝ってあげなくては。

 




ヴェアア!って言わないと重巡棲姫はクールな感じになりますね。夏姫の時に近いか。


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本当の狙い

領海近辺にて、敵から逃走した深海棲艦、重巡棲姫と遭遇した私、朝潮。追ってくる敵を片付け事情を聴くと、北端上陸姫の息がかかったものの侵略により領海を追われたとのこと。そのままにしておくと私達の鎮守府も危険になりかねないので、重巡棲姫の領海を取り戻すべく行動を始めた。

 

「女帝様がまた新しい相手を引っ掛けてきましたな」

 

帰投早々、漣さんからの冷やかし。とりあえず顔面に艦載機を押し付けて黙らせ、重巡棲姫に工廠へ上がってもらう。見たこともないものばかりだからか、緊張で脚が動いていない。

 

道すがら重巡棲姫のことを話してもらった。

重巡棲姫は少し前に生まれた比較的新参の姫。領海もここ最近でようやく拡がったらしいが、穏健派でもあるためそこまで大きな領海も持たない。配下も少ない方。重巡棲姫を含めて、連合艦隊が出来るか出来ないか程度。それでも楽しく穏やかに暮らしていた。

そこにやってきたのが白吹雪さんと戦艦水鬼。生まれたばかりの深海棲艦だと偽り、自分も穏健派だと言いながら擦り寄ってきた。自分の身を守るために同盟を結んでほしいと。生まれたばかりなのに戦艦水鬼を連れていたのが気になったようだが、2人で安住の地を求めて転々としていると聞き、力になってあげようと同盟を結んだ。

そうしたら今の状態だ。隙を見せた瞬間に配下が全滅。ほぼ戦艦水鬼にやられたらしい。領海を乗っ取られ、さらには追われる身に。信じた瞬間裏切られたという苦い経験から、人間不信となってしまった。

 

「なんだここは……艦娘と深海棲艦が共存している……」

 

穏健派とはいえ、艦娘は相容れないものという認識ではあるのだろう。私達が特殊なだけで、普通の鎮守府なら深海棲艦の拠点を見つけた時点で攻撃を仕掛けてきてもおかしくはない。

 

「艤装をしまってください重巡棲姫」

「あ、ああ」

 

2本の蛇のような艤装がシュルシュルと腹に収まっていき、影も形もなくなる。腹に大きく裂け目があるのは、重巡棲姫という個体特有のもののようだ。

 

「朝潮君、すまないね。心を休めるために領海に行ってもらったのに、また仕事が増えてしまった」

「いえ、これは仕方ないことですから」

 

深海棲艦を呼び込むということで、司令官の周りにも若干警戒態勢が敷かれている。扶桑姉様と山城姉様が護衛についているなら、余程のことがない限り大丈夫だ。

 

「霞君からの通信で大まかな状況は聞いている。なるべく早く出撃準備をしよう。重巡棲姫君、君の領海の場所を教えてほしい」

「お前がここの統率者か」

「ああ。私は君を救いたい。協力したいんだ」

 

重巡棲姫の表情が少し変わった気がした。

 

「……わかった。私も領海を取り戻したい。よろしく頼む」

 

先程とは打って変わって素直に言うことを聞く。司令官をすぐに信用してくれたのはありがたい。

 

 

 

会議室、青葉さんの作った近海の海図を広げ、場所を確認する。私の領海から東、以前小拠点攻略の際に戦艦水鬼と交戦したところからさらに南下したところの辺りだ。距離的には若干遠いが、北の陣地よりは近い。

 

「私が逃げる時には、既にヤツらの侵食は始まっていた。赤く染まっている」

「ふむ……なら扶桑君は向かえないか。だがそれ以外に制限は無いね」

 

部隊の構成に制限が無いのは大きい。本来の目的地からは大分遠いので、鎖の心配は無いだろう。勿論用心は必要だが、深海艦娘が出せないということは無さそう。万が一、白吹雪さんがまだそこにいたとしても、洗脳電波キャンセラーを身に付けている今なら安心だ。

 

「強化された戦艦水鬼となると、火力と人手は必要だろう。周りにイロハ級がいることも予想される」

「前回のように、姫級がいる可能性もあります」

 

前回の戦艦水鬼との戦いは、お供に戦艦棲姫が2体もいるという大惨事だった。今でこそ山城姉様が一撃の下に粉砕できるようにはなったものの、それすらも改造されている可能性がある。部隊の選定は慎重を期した。

 

「あらゆる状況を考えなくてはね。深海艦娘の運用も出来るのなら、火力に関しては申し分ない。今回は火力特化で行こう」

 

援軍も引き払った状態の少数から連合艦隊を組み上げる。今までの傾向から、鎮守府の守りも必要だ。今回の戦場が扶桑姉様が出撃できない赤い海のため、あの2人の高火力は鎮守府防衛に使うこととなる。

結果、頼られるのは戦艦火力と雷撃。制空権は最低限に、戦艦水鬼に速攻を仕掛ける。

 

「問題は白吹雪さんがいた場合ですね……。前回は3人がかりで追い返すまでしか行けませんでしたが」

「その場合は即撤退だ。あまりに危険すぎる」

 

これに反応するのは重巡棲姫。自分の領海のことだからこそ、口も出してくる。

 

「私の領海を取り返してくれるんじゃなかったのか」

「確実に取り返すためには、撤退も必要だ。生きていればまた行けるだろう。死んではいけない。死ぬ気でやるのもダメだ」

「……そうか……わかった」

 

自分も死にたくないから逃げてきたのだ。死んではいけないことくらいわかっている。状況によっては撤退もやむを得ないということは理解してもらえた様子。

 

「部隊を編成する。すぐにでも出撃を指示するよ」

 

急にバタバタし始めた。ここで時間を置くと、さらに南下される可能性がある。そこから南にあるのは陸だ。そうなってしまうと手が付けられない。あちらの鎮守府に迎撃を頼むのもいいのだが、白吹雪さんが何をしでかすかが本当に読めない。

 

 

 

小一時間ほどで連合艦隊による出撃。火力重視編成。

第一艦隊、旗艦はガングートさん。戦艦棲姫改との戦闘経験は、水鬼にも通用すると判断。随伴に榛名さん、ウォースパイトさん、雲龍さん、高雄さん、そしてクウ。徹底した火力偏重。クウを加えて、出先での制空権をなるべく取れるようにしている。

第二艦隊、旗艦は私、朝潮。旗艦が寄せ餌になるのはどうかと思うが、逆に言えば確実に相手を惹きつけることが出来る。随伴に霞、春風、レキ、時雨さん、初霜さん。雷撃をメインにした部隊。レキの戦艦火力と、時雨さんの背部大型連装砲の火力はここでも重宝する。

近付くことが危ないと判断され、白兵戦はガングートさん以外を鎮守府警護に回された。

 

「なんだこのめちゃくちゃな部隊は……」

「うちの鎮守府では日常茶飯事ですよ」

 

この部隊の後ろから少し離れて重巡棲姫がついてくる形に。領海を取り返すことが出来たら、即侵食し、自分のものへと書き換えるとのこと。

言いたいことはわかる。普通の艦娘から、深海艦娘、元深海棲艦、半深海棲艦、純粋な深海棲艦まで全種集めた部隊だ。半数がイロモノという類を見ない部隊である。

 

「朝潮、お前の気配が濃すぎる。敵の気配の察知に支障が出るほどだぞ」

「そんなこと言われましても。代わりに私が今まで以上に索敵してますからご安心を」

 

ガングートさんに言われるが、それをどうにか出来ないのだからしょうがない。抑えられるものなら抑えたいものである。

 

「気配を確認。そろそろです」

「なら向こうも気付いたな。戦闘準備!」

 

索敵範囲に反応が入った。白吹雪さんの反応は今のところ無い。これなら交戦となる。

 

「白い吹雪さんはいません。最奥に戦艦水鬼、随伴に空母棲姫2体と軽巡棲鬼2体です。残りはイロハ級、戦艦4、空母3」

「重たい部隊だな」

「イロハ級は全部私を狙ってくるんで、よろしくお願いします」

 

足下が赤く染まる。領海に入った。ここからは陣形を変えていく。

前衛に特攻役のガングートさん。それを支援するために榛名さんとレキ少し後ろに春風、時雨さん、高雄さん、初霜さん。ここまでが攻撃をメインにする7人。そこから雲龍さんとクウで制空権。最後尾に私と、囲うようにウォースパイトさんと霞。

私は制空権争いにも参加する。特に今回は敵に空母棲姫2体とイロハの改造空母が3体いるため、多いに越したことはない。

 

「敵艦載機発艦。雲龍さん、お願いします。クウ、レキ、私に合わせて」

「第一次攻撃隊、発艦」

 

雲龍さんの合図で艦載機が一斉に発艦。それでも敵の方が数が多い。対空が出来るのは私をメインに春風、時雨さん、レキの4人。それでギリギリ拮抗か、やや不利の状態。

 

「指示を出せ。第一艦隊の指揮権は女帝に預けるぞ」

「ガングートさんに女帝と言われるのは悪い気がしませんね」

 

目視で確認できた。索敵通りの配置。それなら、前から潰していくのがベスト。ただ、空母は優先的に潰したい。

 

「どうせ戦艦水鬼は一番奥です。手前からやりましょう。高雄さん、初霜さん、イロハの空母へ雷撃を。時雨さん、イロハの戦艦にいつもの。春風は時雨さんのバックアップ」

 

背部大型連装砲は準備万端。あれならいくら改造されていても戦艦にいいダメージが入る。

 

「榛名さんは軽巡棲鬼を。2体とも行けますか」

「榛名は大丈夫です。あの程度なら!」

「ガングートさんは空母棲姫を端からお願いします」

「任された。後ろに行ける時になったら教えてくれ」

 

雲龍さん、レキ、クウは制空権争いを徹底してもらう。空母の横槍は計算違いが起こるので早めに対処したい。これで残ったのは私と守護者2人。

 

「姉さん、私達は?」

「決まってるわ。勿論」

 

後ろを振り返る。

 

「重巡棲姫を叩く」

 

主砲を()()()()()構えていた重巡棲姫を見据え、艦載機を艤装に叩きつけることで射線を変える。それが戦闘の合図となった。一斉に指示通りの相手に突っ込む。イロハ級は全て私の方を向いているが、そんな余裕も与えない。今なら後ろを向きながらでも避けられる。

こちらに残った3人は重巡棲姫を取り囲む。私達を騙したのだ。ただで済むと思ってもらっては困る。

 

「なっ、いつから気付いて」

「この海域についてからいつ攻撃しようか迷っていたでしょう。バレバレです。最初の迫真の演技では騙されましたが、引き金を引けない辺り、貴女はやはり穏健派ですね。その子達も躊躇っていましたし」

 

フィフが重巡棲姫を掴み上げた。こうなってしまうともう身動きが取れない。艤装ごと握っているので、攻撃すら出来ない状態だ。今撃ったら自分ごと爆発する。

むしろ私を狙ってくるイロハ級の流れ弾の方が危険だった。寄せ餌効果で重巡棲姫に当たりかねない。私は少しだけ離れたところから避けながら重巡棲姫を問いただす。

 

「それで? 裏切ったら鎮守府を破壊するなどと言った貴女が、どういう事情で私達に砲を向けたんです? ちゃんとお話しできれば解放しますよ」

「領海を奪われたのは本当だ……。お前達をここに誘き出して殺せば……領海を返してくれると言われた」

 

思ったよりペラペラと話してくれる。ならこれは本当のことかもしれない。

だが、何故隙を見て殺すのではなく、ここに誘き出す必要がある。重巡棲姫には私を撃つタイミングがいくらでもあっただろう。警戒だけはしていたから撃たせない自信はあったが、それでも。

 

「それ以外に何も指示は?」

「無い……誘き出すことが最優先だった……本当にそれ以外何も言われていないんだ」

「何故誘き出す必要が……まさか」

 

自分が深海棲艦に変えられた状況を思い出した。電探にもソナーにも引っかからず、深海棲艦の気配すら出さない深海忌雷の存在を、今更ながら思い出してしまった。完全に私1人にターゲットを絞った、ピンポイントな対策。あれを出されたら私は手も足も出なくなる。いくら深海棲艦になったとしても、海上から海中を見ることは不可能だ。

 

「ウォースパイトさんそのままでいてください!」

 

緊急事態になりかねない。アサに主導権を渡し、海中に潜った。海中での行動は私よりアサの方が得意だ。身体だけが深海棲艦の私と違い、心まで深海棲艦のアサなら移動の仕方もマスターしている。

 

「読み通りだ!」

『捕まえて!』

 

霞の足元。あの深海忌雷が急浮上している。気付くのが遅ければ、今度は霞が深海棲艦に変えられていた。見える範囲では今のところ深海忌雷はこれ1つだけ。霞だけを狙ってきている。

霞に辿り着く前にどうにか取り押さえ、深海忌雷と一緒に浮上する。武器があれば破壊できたのだが、こればっかりは仕方がない。確か面倒だからもう作らないとか言っていたはずなのに、あれも嘘だったのか。

 

「カスミ! そこから離れろ! ウォースパイトの艤装に乗れ!」

「うえっ!? ちょ、ちょっと……ごめんなさい!」

 

あまりにも急だったためフィフを思い切り踏みつけて艤装の上へ。海上よりも上に上がればある程度心配は無くなる。

 

「レキ! 潜れるか!?」

「も、潜るのか!? 出来る!」

「これと同じものがあったら全部壊せ! こいつはまずい!」

 

いち早く察知したアサがレキに指示を飛ばした。このメンバーの中では、レキなら手早く海中にも行けると確信していた。行けることがわかっている春風は戦艦対処中だから指示が出せない。ならレキしかいない。

 

「なんだこいつ!」

 

まるでタコのようにヌルヌルと動く深海忌雷。腕に絡みついてきて離れない。

 

「ちょっと待って、姉さんそれ機雷なのよね。まさか!?」

『爆発する!?』

「くそっ、離れない!」

 

こうなったら、これ自体を破壊するしかない。深海棲艦化の性質ではなく、本来の機雷としての性質を持っているとしたらまずい。ここでアサが機転を利かせる。

 

「朝潮、すまん!」

 

謝罪の後、アサは艦載機の1つに深海忌雷を撃たせた。どうなるかはもうわかっていた。比較的小型ゆえに爆発も小さかったが、それでも私の腕が無くなりかける大惨事である。手甲のおかげで繋がっているようなものだった。爆発の余波で顔にも軽い火傷が出来てしまった。

深海棲艦化の機能を植え付けるのが面倒なだけだったのだろう。機雷としての性能なら問題なく量産できるわけだ。私の索敵に引っかからない機雷が。

ということは、この機雷は最初から霞を爆殺するために動いていたことになる。海中に引きずり込み、胴体まで登った後に爆発。致命傷により轟沈。死んでいなくても機関部破損により浮上出来なくなり溺死だ。

 

「っぐぅぅ……」

「あ、アサシオ、腕、腕が……」

 

私の状態を見て一番狼狽しているのはウォースパイトさんだった。過去に、前世で私にやった大罪。あろうことか、今回やられた腕は右。戦艦棲姫改(ウォースパイトさん)に捥がれた方である。罪悪感を過度に刺激してしまっている。

 

「御姉様!?」

「ハルカゼ! そっちを片付けろ! 私はまだ大丈夫だ!」

 

私は中で見ているだけだがアサは相当辛そうだ。自衛もままならない状態になっている。あちらのイロハ級は大体が終わっているが、全員が大分苦戦している。全てにおいて改造が施されているせいで、イロハ級ですら通常とは比べ物にならないほど強力になっている。

戦況から私が冷静に判断しなくてはいけない。アサに私の指示を伝え、全員に発信してもらう。

 

「シグレとハルカゼでガングートのサポート! 空母棲姫を片付けろ! ハツシモとタカオでもう片方だ! ハルナもそちら! 戦艦水鬼は放置でいい!」

 

空母棲姫すら通常より堅くなっている。1体に3人付けてギリギリだろう。幸い榛名さんが軽巡棲鬼を2体とも終わらせてくれていたのがよかった。イロハも何とか終わらせ、こちらへの流れ弾もようやく落ち着く。今の状態では避けるのも辛い。

 

『アサ、代わるわ』

「ふざけるな。お前は出てくるな。こんな痛みでお前は苦しむ必要はない。それに、お前この状態で自衛できるのか。できないだろ。引っ込んでろ」

 

何も言い返せないのが辛い。今はアサに任せるしかなかった。ついには自分の痛みからも逃げてしまった。

 

「アサ姉ちゃん! いっぱいあったから壊したぞ!」

「よくやったレキ!」

「えっ……アサ姉ちゃん、腕どうした!?」

 

見つかる範囲の深海忌雷を破壊したレキが浮上してくるが、私を見るなり駆け寄ってきた。誰がどう見ても大破であり、一歩間違えば轟沈まで見えている大怪我だ。

 

「朝潮、空母棲姫を撃破だ。残りは戦艦水鬼のみ」

 

ガングートさんからの報告で残りの敵が戦艦水鬼だけであることがわかる。アサはギリギリというところ。

アサ以外も、大分消耗している。ガングートさんは特にキツそうだ。白兵戦担当はどうしてもこうなる。春風や榛名さんも消耗が激しい。

 

「姉さん、私が出るわ。レキも行ける。戦艦水鬼はここで片付ける」

「アサ姉ちゃんの腕をやったのあいつか。ならここでぶっ壊してやる!」

 

私の護衛には霞に代わってクウ。ウォースパイトさんは実質戦闘不能。消耗しているとはいえ9人いれば行ける。

野放しにしていたらこの領域はさらに拡がり、私達だけでない場所まで被害が出る。ここで片付けなくては。皆には酷だが、振り絞ってもらうしかない。

 




深海棲艦化する前の朝潮なら、重巡棲姫の裏切り行為で動揺していました。深海棲艦化したことで、少し考え方が捻くれている部分もあります。


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得るものは無く

戦艦水鬼から重巡棲姫の領海を取り戻すため出撃した私、朝潮を含む連合艦隊。だが、それは敵の罠だった。重巡棲姫を利用し誘き出された結果、私でも感知が出来ない生体兵器、深海忌雷により右腕が破壊される大怪我を負ってしまう。こちらはレキを使い深海忌雷を処理したが、それでも戦艦水鬼は未だ無傷。対するこちらは人数は多いが消耗が激しい。

 

「姫様! 姫様しっかりして!」

「大丈夫だ。落ち着けクウ」

 

腕の痛みはアサが全て肩代わりしてくれている。私がやれることは、アサの目から戦況を把握し、確実で安全な戦闘を指示すること。アサのためにも戦闘を早急に終わらせなくては。

 

『アサ、なるべく戦場を見て』

「ああ……わかってるさ。今の私はお前の目にしかなれないからな」

 

私からアサに伝え、そこからさらに仲間に伝えるため、本来の指示からもう一段階挟むことになる。いつも以上に先を読まなくてはいけない。

 

「……アサシオ、これをお願い」

 

戦意喪失状態だったウォースパイトさんが握っていた重巡棲姫を投げ捨てた。状況が状況だけに、重巡棲姫も戦意喪失。絞め上げられていたこともあり、ぐったりと海に浮かぶ。

 

「無理しなくていいんだぞ」

「ハルナと代わるわ。あの子も消耗が激しい。私がやらないで誰がやるのよ」

 

手は震えていたものの、ウォースパイトさんの目からは確固たる意志を感じる。贖罪という意味合いも強いだろう。そこまで気負ってほしくはないのだが、本人の納得する形はここにしかない。なら、やってもらう他ない。

 

「正直吐きそう。手も震えが止まらないわ。でもねアサシオ、私は女王(クイーン)なの。こういう時にこそ、奮い立たなくちゃいけないのよ」

「そうか。じゃあ……任せた」

「Leave it to me」

 

今ほとんど消耗が無いのは霞とウォースパイトさんだけだ。この2人をメインに戦術を組み立てる。これはアサではなく私の仕事。痛みから離してもらえているのだから、思考をフル回転させて最善の選択を導き出す。

 

『アサ、榛名さんと時雨さんを下げて、ウォースパイトさんの射線を開けて』

「ああ。ハルナとシグレは下がれ! ウォースパイト、これで見えるな!」

「ええ、充分よ」

 

フィフがさらに変形していく。戦艦棲姫改の時に見せた、口内の超大型主砲。頭部から現れたそれは、今までのものとは比べ物にならない威力を誇る。艦娘となってからもそれは健在。

 

「Fire!」

 

爆音と共に放たれた超大型主砲。私を守るように前に立ち、一定の間隔で何度も何度も放った。

 

「朝潮ちゃん! 大丈夫!?」

「大丈夫だ。警戒は怠らないでくれ」

 

駆け寄ってきた榛名さんにも介抱されながら、次の指示、その次の指示を組み立てていく。

時雨さんには背部大型連装砲の準備をしてもらい、ガングートさんと春風、レキに内部破壊を狙ってもらう。そこからは雷撃だ。霞にはその隙も作ってもらう。雲龍さんも空爆という形で行動制限を指示。

これは過去に戦艦水鬼を倒した時の戦い方。察した雲龍さんが早速空爆を開始する。

 

「小蝿が鬱陶しいわね。当たると思ってるのかしら!」

 

ウォースパイトさんの放った砲撃は隙が大きすぎて簡単に避けられる……はずだった。

 

「当たるだろ。避けられないようにしているんだからな!」

 

避けようとした戦艦水鬼をガングートさんが逃がさない。空爆に乗じて回り込み、自立型艤装ごと羽交い締めに。膂力は戦艦棲姫改以上だろうが、ガングートさん自体があの頃と違う。簡単に拘束は解けない。

 

「貴女正気? 貴女にも当たるわよ」

「構わん! 貴様が盾になってくれているからな。あの程度の衝撃には慣れている!」

 

山城姉様のスパーリング相手をしているガングートさんだからこそ耐えられる。さすがに焦りを見せた戦艦水鬼。何とか振り払おうともがくが、ガングートさんはビクともしない。

 

「仕方ないわね。撃ち落としてあげるわ」

 

戦艦水鬼の自立型艤装もその2つの口を大きく開く。砲撃に砲撃をぶつけて回避しようとする作戦。初弾はそれで撃ち落とされるが、ウォースパイトさんは何度も撃っている。これはもう行動を制限する攻撃だ。

そして、それが狙いだ。既に次の指示を出してある。戦艦水鬼がこういうことをする敵であることを知っている春風だから、対策はわかっている。

 

「口を開けたなぁ! レキ、ステキな血祭り(パーティ)だ!」

「アサ姉ちゃんの腕をやったのお前だろ! ぶっ壊してやる!」

 

あの時は夕立さんと組んで動いていた春風が、今回はレキと組んで同じことをした。特にレキの砲撃は戦艦の威力だ。口内に叩き込まれれば、嫌でも内部破壊が発生する。いくら改造されていたとしても、そこはどうしても脆い。

 

「残念だったな」

「この……ガラクタ供がぁ!」

 

数度目のウォースパイトさんの砲撃が着弾する寸前にガングートさんも離れ、戦艦水鬼だけに直撃。ガングートさんにも多少はダメージが入るが、気になるほどではない。

ここからは追撃だ。残る4人に一切攻撃を指示。あちらからの攻撃はもう気にしなくていい。未来を予測しても、攻撃されている映像は見えない。

 

「ようやく魚雷が通るようになったわね! 初霜!」

「はい! やっちゃいます!」

 

高雄さんと初霜さんの魚雷が足下で何度も爆発。自立型艤装の下半身を次々と破壊していく。もうバランスもまともに取れないはずだ。

 

「主砲も通るんだよね。なら撃たせてもらうよ」

 

今度は時雨さん。ウォースパイトさんの砲撃の着弾点と同じ位置を撃つ。本体にもダメージが入り始め、ついに膝をついた。

 

「トドメよ。よくも姉さんをやってくれたわね。このクズが!」

 

最後は霞の魚雷。いつもよりも深く潜行した後、加速して浮上したことでトビウオのような挙動となった魚雷は、海中ではなく海上で直撃。本体の腹から下を消し飛ばすほどの威力となって爆発した。

 

 

 

消耗は激しいが、なんとか戦闘終了。私は入渠必須な損傷。ガングートさんも消耗が激しい。口内への一撃を決めた春風や、改造された軽巡棲鬼2体を処理した榛名さんも相当ボロボロだ。早く帰って休みたい。

 

『戦闘終了。警戒は怠らないで』

「わかってる。万が一のことは考えているぞ」

 

アサに周囲警戒を促す。イロハ級や随伴の鬼級姫級は消滅済み。戦艦水鬼も消滅が始まっている。重巡棲姫は未だグッタリと浮かんでいるのみ。追加の敵は気配も反応もない。

 

「本当に……私がやられるなんて……」

 

半分ほど消滅した戦艦水鬼が呟く。身体も消滅していっているため、浄化は無い。

 

「言われていた通りじゃない……ちょっと悔しいわ」

「言われていた? 誰にだ」

「貴女達ならわかっているでしょう……白いフブキよ」

 

この戦艦水鬼も何かの目的のためにほぼ捨て駒としてここに置かれていたのかもしれない。深海忌雷による不意打ちのためか。あれに気付けなかったら、何人かはやられていた。それだけは回避できて本当に良かったと思う。私の腕一本で命が助かったのだから、この怪我は誇ることができる怪我だ。

 

「だから……最後の置き土産」

 

ギシギシと音を立てて、壊れかけの副砲が動き出した。倒れているのであらぬ方向を向き、何かを発射。副砲にしては大きなものが出たような気がするが、誰にも被害がなく、そのまま戦艦水鬼は消滅した。

 

『置き土産……?』

「着弾点はすぐ側だな。っつつ……腕が動かないのはキツイ」

 

念のため何が発射されたかは見に行く。置き土産というくらいなのだから、何かこちらに不利益になるものではなかろうか。見つけ次第破壊する方がいいだろう。

 

着弾点には人の頭ほどの塊が浮かんでいた。深海棲艦の気配もなく、ただの弾のように見える。ただ、電探に反応がないのが気になった。目の前にあるのに反応がないということは、先程の深海忌雷と同じようなものだ。

ということは、これは休眠状態の深海忌雷の可能性が高い。見つけたのだから、すぐに破壊しておこう。

 

「アレを誰か破壊してくれ」

「では私が。主砲はあまり使っていないので、残弾も多いです」

 

比較的消耗が少ない初霜さんが、塊に対して砲撃。

 

だが、それが間違いだったと気付いた時には、もう遅かった。

 

攻撃してきたものに対して反応するタイプのものだったのだろう。着弾と同時に休眠状態から活動状態に移行。破損すらしておらず、初霜さんに触手を伸ばした。距離が離れていたはずなのに、その速さだけは、瑞穂さんの移動速度に匹敵していたのではないかと思える。

 

「な、何これ!?」

 

あの深海忌雷が機雷の性能そのままか、深海棲艦化の性能を保有しているものかは定かではない。だが、どちらにしろこのままだと初霜さんが危険である。

艦載機では間に合わない。主砲持ちの面々は火力が高すぎる。魚雷は以ての外。深海棲艦勢はよりによって戦闘終了と同時に脚部艤装以外しまっていた。時雨さんでギリギリだが、若干距離がある。予測のスピードも超えているので早急に指示。

 

「シグレ!」

「間に合え……!」

 

背部大型連装砲ではなく、手持ちの小型主砲を構える。が、わずかに間に合わない。撃ったときにはそこには無かった。

触手が初霜さんの主砲を持つ右腕に絡みつき、中央部から棘のようなものを伸ばし始めた。あれには私も覚えがある。おそらく私の艤装を突き破り背中に突き刺さった、根を張るための機構。ということは、あれは深海棲艦化の性能を持っている。

 

「腕ごと撃ってください!」

「仕方ない、我慢しなよ!」

 

時雨さんが深海忌雷を撃つが、暴れ回ってしまい照準が定まらない。初霜さんもジッとしようと踏ん張るが、深海忌雷がのたうちまわるせいでどうにもならないでいた。

 

「うあっ!?」

 

棘が腕に刺さり、ゆっくりと根を伸ばし始める。このままでは本格的にまずい。艦載機も準備出来たが、やはりのたうちまわるせいでうまく狙えない。また、艦載機の射撃では駆逐主砲と同じく傷も付けられない。私の背中の深海忌雷が、戦艦主砲並の砲撃を2回受けてようやく半壊したほどなのだから、効かないのは当然かもしれない。

未来を予測しても、指示した時には別の場所。自分で攻撃できないことを久し振りに呪った。こんなとき、天龍さんや皐月さんがいれば刀で腕を切り落としていただろう。だが、いないのだから仕方ない。ウォースパイトさんや榛名さんの火力で吹き飛ばすしかもう方法がない。この中ですぐに用意できるのは榛名さんだ。

 

「ハルナ!」

「ジッとしてて!」

「私が押さえる! そのうちに撃てぇ!」

 

ガングートさんが艤装の力でどうにか抑えつける。その間も侵食は続くが、動きだけはどうにか止まった。

榛名さんが初霜さんの腕を吹き飛ばそうとするが、既に初霜さんの主砲を持つ側に寄生を始めてしまっていたせいで、こちらを攻撃してくることに。まるで初霜さんが抵抗しているようになってしまっている。

 

『このままじゃ私の二の舞に……!』

「させるか! 私は運が良かっただけだ! ハツシモが消えて無くなる前にどうにかする!」

 

主砲を乱射しながら侵食を続ける。もう右腕は全て侵食され尽くされ、右半身全体が変化しつつある。せめて深海忌雷が処理できれば、そこで侵食は止まるはずだ。

だがどうやって。近付けば撃たれる。離れていたら照準が定まらない。ガングートさんが押さえつけていても、暴れ回っていて簡単にはいかない。

 

そこに、想定外の反応が動いていた。

 

「私がやる……下がっていてくれ。そのまま押さえていてくれよ」

 

いつの間にか起き上がっていた重巡棲姫が、初霜さんに近付いていた。近付くということは、至近弾を何度も受けることだ。それすらも気にせず、艤装を展開して初霜さんの右腕を掴む。

深海忌雷に侵食された主砲は、もう深海艤装へと変化していた。威力は駆逐艦のそれではない。いくら姫級の耐久力があろうとも、何度も撃たれてはひとたまりもない。現に重巡棲姫は血塗れだった。

 

「せめてもの罪滅ぼしだ。命に代えても、こいつは助ける」

 

腹の自立型艤装が、初霜さんの右腕を飲み込んだ。中がどういう構造をしているかはわからないが、少なくとも戦艦棲姫のような艤装だ。内部で撃たれたら破壊される。

中で爆発音が何度も聞こえるが、それを耐えるように蠢く。なかなか破壊されないのは、自立型艤装の最後の意地なのかもしれない。

 

「っ、あぁあああっ!?」

 

自立型艤装の中から、骨が磨り潰されるような音がした。深海忌雷を咀嚼している。耐え難い激痛に初霜さんも泣き叫んだ。何度か嫌な音が続いた後、自立型艤装の蠢きが止まる。

 

「砕いた……これで大丈夫だろう」

 

初霜さんの右腕が吐き出される。重巡棲姫の言った通り、活動していた深海忌雷は粉々に砕かれていた。代償として右腕も見るに堪えない状態になっていたが、完全に深海棲艦に変えられる前には食い止めることが出来た。

 

「自分の命惜しさにお前達を利用したのに……領海を取り戻すことも出来そうなのに……結局私は死ぬらしい……裏切り者の末路か」

 

艤装の端から消滅が始まっている。撃たれすぎていた。真っ白だったはずの重巡棲姫は、今や余すところ無く真っ赤だった。私に懐いてくれた、私を撃つのに躊躇いを見せた自立型艤装は、何処か安らかな雰囲気の中で消滅していった。表情なんて無いのに、そう思えた。意思が感じ取れた。

 

「だが……何だろうな。すこく晴れやかな気分だ。このまま死んでも……悔いはない」

「そんなこと言わないでください……貴女は私の恩人なのに……」

 

グチャグチャになってしまった右腕のことも気にせず、初霜さんが駆け寄る。手を伸ばすが、触れる前に重巡棲姫はその場に倒れてしまう。

 

「お前達をここに呼んだのは私だ……お前がこうなってしまったのは私のせいだ……恨んでくれて構わない……むしろ……恨んでくれた方が……浮かばれる……」

 

重巡棲姫は悔いがないと言った。それなら賭けに出ることも出来る。身体が消えないうちに鎮守府へと運ぶことにした。艤装は消滅したが、本体がまだ消滅していない。浄化される可能性は残されている。

 

後味の悪い戦闘になった。失うものは多く、得るものは無い。



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2人の目覚め

鎮守府に帰投し、早々に入渠した私、朝潮。右腕を機雷に爆破されるという大惨事も、入渠してしまえばすぐに治る。

私の心配は、初霜さんと重巡棲姫にあった。

初霜さんは右半身を深海棲艦化させられ、さらにはそこで食い止めるために右腕が磨り潰されている。深海棲艦の身体は後付けの欠陥(バグ)もあり得るため、そこが不安。

重巡棲姫はやはりあの場で命を失っていた。だが身体が消滅していない。おそらく浄化されたと思うのだが、まだ起き上がるかもわからない。目を覚ますことを祈り、入渠ドックへと入れた。

 

「今回は散々な結果だったな」

 

思考の海、アサと対面する。入渠中は夜に寝ている時間よりも出会いやすい気がする。お互い夢の中に入ることが条件のようだ。

 

「感知出来ない機雷なんてどうすればいいんだか」

「経験則と……潜水艦に頼る……かしらね。私達の特性で、他に攻撃が行きづらくなるわけだし。潜水艦デコイの戦術は使わなくてもよくなるわ」

「そうだな。あの深海忌雷だけは私達の天敵だ。あれをどうにかできるようになれればいいんだが」

 

あの特性に関しては正直お手上げだった。私でなくてもいい、海中が見える人材さえいれば完璧。今後の戦場では深海忌雷が設置されている可能性がかなり高くなった。私に有効というだけで、北端上陸姫は嬉々として量産しそうだ。

 

「私は初霜さんの方が心配だわ」

「……まぁな。あの重巡棲姫が目を覚ましてくれればな」

 

帰投するまでの間、初霜さんはずっと重巡棲姫の亡骸に向かって泣いていた。自分の右腕のことなんて一切気にせず。

 

「身体のことはもういいんだけど、心のことはどうしても……ね」

「お前の波瀾万丈な人生を聴いてると、深海棲艦化が些細なものに思えるぞ」

 

初霜さんの身体と心に何処までの影響があるのかは気になるところである。今までの半深海棲艦とは違う形の半深海棲艦。先天性ではなく後天性。さらにいえば、身体の半分にだけ影響がある。混ざっているわけではない。

それが心にどういう影響を与えるか、私達にはまったくわからない。私達のように2つの精神が1つの身体に宿るようなことも無ければ、扶桑姉様のように精神が混じり合ってしまうわけでもない。初霜さんのまま、ゆっくりと堕ちていくような、常識だけを捻じ曲げられるような、そんな影響だったら怖い。

 

「まずは起きてからだ。主導権はそちらに渡しておく」

「ありがと。戦闘では助かったわ」

「いっそ私が戦闘担当ってことにしておくか?」

「それはダメ。私の方が後衛に向いてるもの。アサの出番は緊急時と単独戦闘のときだけよ」

「はいはい、わかってますよ」

 

お互い笑顔で思考の海から離れた。アサの笑顔が見られるのは私だけの特権だ。

付き合い方はちゃんとわかっている。私も、アサも、自分のやるべきことはわかっている。

 

 

 

入渠完了。ドックから起き上がる。いつものように瑞穂さんが服を三方に載せて待っている。今日は隣に春風とレキもいた。入渠をした中でも、私はトップクラスに危険な状態だったのだ。皆にも心配をかけてしまった。

 

「どれくらい時間経ちました?」

「もう夜になります。もう少しで夕食というところです」

「割と早かったですね」

 

服を貰ってすぐに着替える。さっきまでは流れでアサの服だったが、今回は私の方。

私の他、2つのドックはまだ閉まっていた。片方は初霜さん、もう片方は重巡棲姫。

 

「どちらももう少しだそうです。ここで待ちますか?」

「そうですね。どちらも心配だったし……もう起きるならここで待ちます」

 

服を着替え終わったところでレキに抱きつかれる。私が余程心配だったのだろう。頭を撫でてやる。

 

「起きてよかった……アサ姉ちゃん、血が凄い出てた……」

「心配かけてごめんねレキ。大丈夫、私はそう簡単には死なないわ」

 

右腕の感覚を確かめる。深海棲艦の身体となってからは少し怖かったが、後天性の欠陥(バグ)は出来ていないようだ。一安心。

 

「初霜さんから薄く深海棲艦の気配がするのね……」

「半分は侵食されていましたから……。深雪さんのように、右半身だけだそうです」

 

ここにいる全員が深海棲艦の気配を感じることができる。私の気配が邪魔ではあるらしいが、初霜さんの薄い気配も至近距離ならわかるようだ。

言っていると、入渠ドックが開いた。初霜さんが目を覚ます。

 

「お疲れ様です。初霜さん」

「はい……お疲れ様です……右腕は動きますね……よかった」

 

ドックから出る。その時点で以前とは少し違っていた。

右側の額にのみ角のようなものが出来上がり、右の瞳だけ蒼く染まってしまっている。その他、肌の色も右側だけ深海棲艦の要素を強く含んでいた。一番大きかったのは右の前腕。深海忌雷が刺さっていたところから全体的にヒビ割れのような痣が出来ている。私の背中にも似たようなものがあるのかもしれない。

 

「……これが深海棲艦化の証ですか」

「これだけで済んで良かったと思うべきです」

「朝潮さんに言われるとぐうの音も出ないですね」

 

苦笑された。

明石さんから用意された制服も以前と変わらず。袖をまくっているので、右腕の痣は丸出しな状態になってしまうが、初霜さんはこの痣があってこそ今自分がここにいられるのだとそのままにした。

 

「もう大丈夫かい?」

 

着替え終わるのを待っていた司令官が入ってきた。重巡棲姫の様子を見にきたついでに、私達の検査の結果を聞きにきたらしい。私は何事も無かったので前回と変わらず。問題は初霜さんの方である。

 

「初霜の身体は半分深海棲艦です。右半身だけですね」

「深雪君と似たようなことかい?」

「全然違います。初霜、艤装を出すこと出来る?」

 

言われてすぐに艤装を展開した初霜さん。深海棲艦化の影響が右半身だけとなると、いろいろと厄介なことがあるようだ。

まず第一に脚部艤装。右足は深海艤装だが左足は艦娘の艤装である。速力を合わせないと、移動すら不便。次に武装。右腕に深海忌雷が侵食した時に出来上がった主砲があるとはいえ、バランスがとてつもなく悪い。腰に装備していた魚雷も右側だけ。機関部だけが深海側に寄せられている状態。

 

「左側には深海艤装が装備できません。なので、バランスを取った独自の艤装設計が必要です。最低限、脚部艤装だけはすぐに間に合わせますよ」

 

攻撃力が上がっているようで、実はおそろしくピーキーな仕様になってしまったというところ。右と左で使い勝手がまるで違う。慣れるまでに時間がかかりそうだ。

 

「あとは……頭の中ですね。基本的には初霜のままです。ただし……朝潮と似たような傾向があります」

「あ、察しました」

「デリケートな問題なわけだね。聞かないでおくよ」

 

私はさっき着替えていた初霜さんを見ているのでわかっている。趣味趣向が深海寄りになってしまったわけだ。以前までとは大きく様変わりしていたので、まさかとは思っていたが。

 

「半分だけだったおかげで、初霜は初霜のままです。艤装だけは明日から慣れていってもらわないといけませんが」

「それだけで済んだのなら問題無いですね。これからは半深海棲艦の初霜として、よろしくお願いします」

 

仲間が増えたと喜んだのは春風であった。傾向がまるで違うので仲間と言っていいものかはわからないが、近しい存在であることは確かである。

 

 

 

それからまた少しして、最後の入渠ドックが開いた。一同、緊張した面持ち。当然ながら全裸なため、司令官には退席願った。

 

「ん、んぅぅ〜」

 

以前までの重巡棲姫とは打って変わって気怠そうな声。瑞穂さんと水母棲姫のように、元とはまるで違う人格に変化してしまったようだ。少し複雑な気分だが、初霜さん的には生きているだけでも嬉しい様子。

 

「ん〜あ〜……ここ何処です〜?」

「私達の鎮守府ですよ」

「あ、そうでしたそうでした〜。一度来ましたもんね〜。あ、ハツシモ、無事で良かった〜」

 

無事と言えるかはわからないが、初霜さんの姿を見て喜びながら抱きついた。記憶もしっかり残っている。初霜さんを助けたこともしっかり覚えているようだ。だが、先程までとあまりにも違うため、私は動揺が隠せないでいた。

 

「えっと、何とお呼びすれば」

「あ、は〜い。元重巡棲姫の、Zara(ザラ)級重巡3番艦、Pola(ポーラ)です〜。何にでも挑戦したいお年頃〜。頑張りま〜す」

 

緊張感のない間延びした話し方。今でも微睡んでいるのかというくらいトロンとした表情。何度でも言える。前と違いすぎる。記憶が残っていても嘘なんじゃないかと思えるくらいである。

だが、誰がどう見ても元重巡棲姫であるという証拠があった。大きく裂けたような腹。重巡棲姫の時は艤装の接続部だったわけだが、ポーラさんのコレは初霜さんの右腕と同様、大きな痣となっている。

 

「浄化されて……生きていてくれて本当に良かったです。私は貴女にお礼が言いたかった。それに謝りたかった」

「ハツシモ、大丈夫、大丈夫です。ポーラを撃ったのはハツシモじゃなくて深海忌雷だから、謝る必要はないですよ〜。いいこいいこ〜」

「う……うぅぅ……」

 

泣いてしまった初霜さん。それを慰めるためにも、ポーラさんは落ち着くまで撫で続けていた。

 

しばらく泣いたことで初霜さんも落ち着き、ポーラさんも用意された服を着る。これでやっと司令官が中に入ることができるようになった。

入渠中にされた検査の結果、ポーラさんにはこれといった欠陥(バグ)は発見されなかった。しかし、

 

「う〜ん……ポーラ、定期的にお酒飲まないといけない体質で〜。ほら〜、アルコールが抜けると手が震えちゃうんです〜」

 

Zara級重巡のPolaという艦娘は、ドロップ例が少なめではあるものの、大本営が建造することに成功した報酬艦である個体。

その全ての個体に共通している特徴が『酒』である。とにかく飲む。いつでも飲む。毎日飲む。ずっと飲む。1日の半分を酔って過ごし、もう半分を寝て過ごすという、話だけ聞いたら艦娘として大丈夫かと思えるような人である。

 

「それはオススメできないね。夜はしこたま飲めばいいから、少し我慢しなさい」

「え〜」

 

不満顔である。完全にアルコール依存性。

 

「ポーラさん、この後夕食なので、その時に飲みましょう。晩酌くらいなら私も付き合いますから」

「ハツシモは優しいですね〜。じゃあ一緒に飲みましょう〜」

「私は子供ですから飲みませんからね?」

 

この後、全員を巻き込んで乱痴気騒ぎになるとは思わなかった。その中心にいたのがポーラさん。歓迎会と称して飲ませたのが運の尽き。周りに振る舞い、自分でも飲み、飲めない者にも飲ませて大変なことに。

 

 

 

駆逐艦(こども)は相変わらずこっそり逃がされ、全員が大部屋へ。シンさんとレキさんは深海棲艦組がうまく逃した。

こうやってみんなで寝るのもあと僅か。残った時間を有効に使うため、あちらの乱痴気騒ぎに乗じてこちらではかなり久し振りの駆逐艦定例会。お布団が敷き詰められた部屋に、ジュースやお菓子を持ち込むというのは少し悪いことをしているような気がして楽しい。

駆逐艦も増えに増え、今では総勢20名。当然鎮守府では一番多い艦種であり、パワーバランスもめちゃくちゃ。ここにはこの鎮守府にいる全ての種類の駆逐艦がいる。ついにまともな艦娘の方が少なくなるとは思っていなかった。私も深海棲艦となったので、もうまともではない。

 

「初霜まで変わっちまうとはなぁ」

「深雪さんと似たようなものですよ。私も半分だけですから」

 

今回集中砲火を受けるのはやっぱり初霜さん。

今までは雷撃担当として堅実に戦っていた初霜さんが、今回の一件で弾けてしまったようなものだ。明日以降に今後の戦い方を決めることになるが、それでも今まで通りに行かないのは確実である。

 

「これがあの時刺さってた痣なのね」

「ここから根を張ってるらしいです。腕だったから右半身だけで済んだと」

「姉さんみたいに背中だったらもっとまずかったってことね……」

 

右腕を撫でる。ただの痣となっているので何も違和感が無いらしい。重巡棲姫(ポーラさん)のおかげで深海忌雷の破片もなく、痣以外は綺麗なものだった。

 

「対処が遅かったら、私は戻ってこれないところまで行っていたかもしれない。ポーラさんには本当に……いくら感謝してもしきれません」

「あの深海忌雷が私の時とは違うものになっていた可能性もありますもんね……本当に良かった」

 

私の時は、私の身体が敵対することを見せつけるという意味合いもあり、元の精神を密閉情報(ブラックボックス)に閉じ込めていたが、初霜さんの場合、元の精神がそのまま染められていたかもしれなかった。一度変化したら戻ってこられない可能性もあったのだ。

 

「ところでさ、やっぱ初霜も深海棲艦化の影響あったりするのか?」

「そうですね……深海棲艦の気配というのが薄っすらですがわかるようになりましたし、右目だけですが夜目が利くようになりました」

「片目だけ夜目が利くってのはあたしと同じだな」

 

半分だけの侵食でも、深海棲艦の特性は手に入れている様子。気配がわかるのと夜目が利くのは、戦場でも役に立つ力だ。気配に関しては私が邪魔をしてしまうので少し申し訳ないが。

 

「それと……この身体になってから、朝潮さんがとても魅力的に見えるようになりまして……」

「ん? 流れ変わったな」

「なんでしょう……この気持ち。朝潮さんの気配を感じるととても落ち着くというか……ずっと感じていたいというか……」

 

これはもしや、重巡棲姫の艤装にも作用した、強い深海の匂いへの反応では。自立型艤装が懐いてくるほどだ。これはどんな深海棲艦にも何らかの作用があるとみていいかもしれない。薄くでも感じられる初霜さんも例外ではないということだ。

 

「初霜さんも気付かれましたか」

「春風さん……はい、私、気付いちゃいました」

 

春風も半深海棲艦なのだから同じように影響を受けているのだろう。態度はほとんど前と変わっていないが、あちらからすれば私への感覚が変化している。

不意にこちらを見つめてきた初霜さん。瞳がキラキラしている。右目に至っては閃光が走っている。

 

「朝潮さん……」

「は、はい、なんでしょう」

 

少し潤んだ瞳で詰め寄られる。何故だろう、恐怖を感じた。

 

「この気持ちは何なのでしょう……まさかこれが……恋?」

「私の強い深海の匂いに反応しているだけです。深海棲艦化の弊害です」

 

初霜さんってこんなキャラだったっけ。

 

「これは朝潮さんがその気配を抑え込むことが出来るようになったら消えてしまう気持ちかもしれません。ですが、私はこの一時の感情に素直になってみてもいいかなって思ってます」

 

妙にアグレッシブになっている初霜さん。詰め寄るスピードが上がる。私の後退るスピードも上がる。周りのボルテージも上がる。

 

「はいストップ。いくら初霜でも()()姉さんに詰め寄るのは看過できないわ」

 

霞が間に入る。少し言い方が気になったものの、助かった。

 

「霞さん、ここはむしろ一致団結するときです。朝潮さんの信奉者が多くいるのは私もわかっています。大潮さんと春風さんとレキさんも加えて、輪形陣で朝潮さんを」

「……悪くないわね」

 

助かってなかった。ミイラ取りがミイラになってどうする。

緊急時なのだからここはアサと交代すべきでは。うん、それがいい。と思ったら交代ができない。強引な交代を見越したか、アサも防御の体勢。絶対に主導権を渡されないという覚悟を感じる。こういう時ばっかり。

 

『朝潮はいろんなヤツに好かれるな。誇れよ』

「ぐぅ、アサまで……!」

「観念してください朝潮さん! 夜は長いですよ!」

 

最終的には私が全員を薙ぎ倒して終わったが、これからはもっと周囲に警戒しないといけない。

深海の匂いが強まるというデメリットは、想定以上だった。初霜さんまでこうなってしまうというのは予想外。




カウンターバーのラインナップを確認すると、実は初霜はお酒飲めます。朝潮は飲めませんが、霞や春風は飲めます。春風は予想外のワイン派。でもここでは駆逐艦は子供ゆえにお酒は飲めないということにしています。提督がそれを許さないでしょう。



あと、ゲームの方で朝潮とケッコンカッコカリ出来ました。我が鎮守府では4人目の指輪持ちとなります。ここの主人公だもの、贔屓にしてあげなくちゃ。


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深海の匂い

翌朝から、深海棲艦に半分侵食された初霜さんと、浄化された重巡棲姫であるポーラさんの性能検査が始まった。

そして今、私、朝潮は初霜さんとポーラさんの性能検査を見守っている。情報を最初に入れておくのが私の仕事であることは変わらず、現場で戦況を組み立てるためには最新の状況をいち早く知る必要がある。これもその一環だ。

私は基本的に決戦までは決められた任務や訓練は無し。あくまでも身体と心を休めろというのが司令官からの命令である。訓練を手伝って欲しいとお願いされたらお手伝いくらいはするし、人手が足りなかったら出向くことはするという程度である。

 

「主砲と魚雷の威力が異常に上がっていますね。片方だけですが」

「左はサポートとして使い、右を主に使うのがいいでしょうね。利き手側で良かったのでは?」

「そうですね。大分変わりますけど、今まで通り動けそうです」

 

初霜さんは、艤装のバランスが極端に変わったことに慣れることになる。脚部艤装は右側に合わせた仕様に作り変えられ、残りの武器は左右非対称で装備することに。威力の違いで撹乱することも可能。

得意であった雷撃は、霞とは真逆の立ち位置になりそうだった。コントロールできることで命中率が格段に上がった霞に対し、初霜さんは一直線にしか進まない通常の魚雷な代わりにその数倍の威力を叩き出す。

 

「霞さんとの連携もうまく出来そうですね」

 

駆逐艦雷撃コンビとして、今後の戦場では活躍してくれること間違いなしである。

 

そしてポーラさんだが、そもそも艤装からして重巡棲姫のものが色濃く受け継がれていた。

本来と同じ背中に接続するタイプではあるのだが、その両サイド。重巡棲姫を彷彿とさせる蛇型の自立型艤装が2つ。あまりにも異形。

 

「やっぱりこの子達がいないと調子が出ないですね〜」

「もしかしてこの子達はあの時の?」

「そうですよ〜。ポーラと一緒に浄化されたみたいです〜。あの時の子と同じですよ〜」

 

私を見るなり、首を伸ばして擦り寄せてきた。間違いない、重巡棲姫の時の自立型艤装のあの子達だ。思考パターンもそのままに、ポーラさんの艤装として復活を遂げていた。

 

「右の子がRosso(ロッソ)君で〜、左の子がBianco(ビアンコ)君で〜す」

 

見た目は大差無いが、右側がロッソ、左側がビアンコ。覚えておこう。今でも私に懐いてくれてるのは嬉しい。

 

「そしてこれが〜、Vino rosso(赤ワイン)〜」

 

事もあろうか性能検査中に当たり前のように飲酒。流れるように飲んだので止める事も出来なかった。初霜さんを首を横に振るのみ。ここに来てからずっと酔っているらしい。そんなことで性能検査は大丈夫なのだろうか。

 

「それじゃ〜、行きますよ〜。Fuoco!」

 

ポーラさんの主砲は通常の重巡洋艦とは違う長距離砲。射程だけで言えば戦艦と大差がないという代物である。火力は当然落ちてしまうが、牽制にも使え、命中すれば当然ダメージも入る。有用な武器ではあった。

 

「ん〜、あたり〜」

「え、酔ってても命中するんですか!?」

 

ここからだと点に見えるほど遠い場所にある的をしっかりと撃ち抜いていた。長距離を飛ばすということは、ほんの少しでもズレれば的になんて当たらない。こちらの1センチがあちらの数メートルなんて事が当たり前のようにある。

それを普通に当てた。アルコールが入っているのに。

 

「何回撃ってもあたりま〜す」

 

宣言通り、二度、三度と撃ってもしっかり的に命中している。長距離砲を完全に使いこなしている。釈然としないが、ポーラさんはそういう人なんだろう。釈然としないが。

 

「あっ……」

「何か不具合でもありました?」

Vino bianco(白ワイン)〜」

 

また飲酒。何処から出したかしっかりワイングラスで呷る。そして撃つ。的のど真ん中に命中。飲む、撃つ、当てるの流れ作業。本当にアルコールが入っていた方が動きがいいまである。酔拳か何かだろうか。

 

「初霜さん……この人は……」

「面影は何処にもないですが、ちゃんと私の恩人ですよ」

 

ここまで来ると苦笑する他なかった。

結局ポーラさんは性能検査は全てアルコールが入ったまま行い、最高の成績で終わらせた。目視で確認できるのなら百発百中と言ってもいいかもしれない。

 

『大丈夫かこの酔っ払い』

「どうなんだろう……」

 

アサすら心配するレベルである。

ポーラさんはアルコールが抜けた状態での再検査を要求されていた。本人は嫌がっていたが、さすがに酔った状態のデータは信憑性に欠ける。

 

 

 

性能検査が終わった後、初霜さんは深海艦娘を相手に実戦訓練をするとのこと。左右のバランスの悪さは早急に慣れておかないと後々確実に危険な目に遭う。当然チームプレイもガタガタになるだろう。

ポーラさんは素面にするために司令官の監視下に置かれることになった。私達では止められない。ならもう司令官に任せるしかない。

 

「朝潮さんも見てくれると嬉しいです。客観的に見てもらえれば、何か気付くかもしれませんから」

「わかりました。何かあったら言いますね」

「よろしくお願いします」

 

昨晩から初霜さんからのアピールが猛烈になっている。

今までは人数が増えてきたということと、欠陥(バグ)が真逆であるために訓練で顔を合わせることもなかなか無かったこと、そして私の周りには常に何らかの事件があったことがいろいろと重なり、初霜さんと顔を合わせるのはたまに部隊で一緒になる時くらいだった。

それが今はこれでもかというほど一緒にいたがる。

全ては私のデメリット、強すぎる深海の匂いのせい。このせいで初霜さんの心を捻じ曲げてしまっているようで心が痛む。これがもし敵対心の方に傾いていたら、私は初霜さんに後ろから刺されていたかもしれない。

 

「朝潮さん、もしかしてご迷惑でしたか……?」

「そんなことないですよ。ただ、やっぱりその感情は私のせいだと思うので……」

「朝潮さん。私は昨日も言いました。この一時の感情にも素直になろうと。抑え込むだけじゃダメなんです。時には解放しなくちゃ」

 

初霜さんも私と同じでストレスを自分の中に溜め込むタイプらしい。それが半深海棲艦化でオープンになったことで、ストレスが溜まらなくなったと。ある意味心が健康になったと語る。

 

「半分深海棲艦となった私はこういうものなんです。納得してもらえると嬉しいです」

「そうですか。なら私も受け入れましょう。深海棲艦化を受け入れている人を否定するわけにはいきません」

「ありがとうございます。ふふ、さすが私の初恋の相手ですね」

 

オープン過ぎるのも考えものである。

春風や扶桑姉様とは違う好意を、ここまでダイレクトに伝えられたことはなかったので、私も少しドキッとしてしまった。

 

「さ、実戦訓練です。早くこの艤装になれないと!」

「そうですね」

 

その足で深海艦娘の詰所へ。今日は全員揃っている様子。

 

「お、今日は公認カップルが来たぞ」

「私が朝潮さんのお嫁さんだなんてそんな」

 

深海棲艦化の悪影響が出ているように思える。今までと違い、妙にテンションが高い。深海艦娘と同様に大人しい人が過激な思考になるのもあるとは思っていたが、それとは違うイメージ。本能のままに生きているというのが強い。

どちらかといえば春風や瑞穂さんに近いか。思ったことをすぐに行動に移す。我慢しない。

 

「で? 初霜の実戦訓練だろ。相手誰にするよ」

「そうですね……時雨さんと……皐月さん。あと、大潮さんを」

 

大潮はスタンダード。時雨さんは特殊兵装。皐月さんは白兵戦。わかりやすく3パターン。あらゆるパターンを網羅できるのがここの詰所のメンバーのいいところ。連携プレイを相手にしたいなら深雪さんと電さんや時雨さんと五月雨さん。単純なパワーを相手にしたいなら睦月さん。選べるタイプが多種多様。

 

「特に大潮さんとはお話ししませんと。私のこと、お義姉(ねえ)さんと呼んでくれてもいいですからね」

「えっと、大潮にはよくわかりませんが、初霜ちゃんには容赦しない方向でいけばいいですね!」

 

初霜さんがまずい方向に進んでいるように思えた。これも全て私のせいだと思うと、心が痛いを通り越して顔すら合わせるのを躊躇ってしまいそう。この鎮守府に一緒にいる限り、私は初霜さんを狂わせ続ける。

 

「朝潮……なんか大変だね」

 

皐月さんに同情される。

 

「春風とかとは違う大変さですね……。今までを知っている分、私が全て狂わせているのがわかるので……」

「まぁ弾けるのはいいことじゃない? 初霜、朝潮と同じタイプだしさ。初霜もいろいろあったんだよ」

 

あまり他の人の過去というのは聞いていないが、私がここに配属される前に初霜さんはいろいろあったらしい。詳しくは本人から聞けと言われたが、過去を掘り返すのはそれこそ気がひける。

 

「訓練の後にでも聞いてみなよ。今の初霜なら素直に全部話してくれるよ。朝潮にならすっごく従順だし」

 

向こうから話してくるなら聞くことにしよう。私から聞くことではない。

 

 

 

訓練は滞りなく終了。初霜さんのスペックアップは予想を遥かに超えていた。

まず、欠陥(バグ)は無く姫級まで底上げされたスタンダードな深海艦娘である大潮には危なげなく勝利。武器の威力もさることながら、反応速度もかなり上がっている。

特殊兵装を使う時雨さんには、得意の雷撃で勝利。背部大型連装砲をあえて撃たせて戦っていたが、それに当たることはなく、雷撃で追い込むいつものスタイルを守り続けていた。左右の違いを使い分けている。

皐月さんには辛くも敗北。初霜さんの戦闘スタイル的に高速で近付いてくる白兵戦はどうにもならない。左の主砲による牽制も、皐月さんには効かない。超至近距離で魚雷を放ち自爆覚悟までやろうとしたが、それすらも読まれて斬られてしまった。

 

「滅多に無いでしょうけど、白兵戦は厳しいですね。あと、やっぱり右側の威力が上がったせいで、反動軽減がうまく出来ていないように見えました」

「いつもの追い込みは出来たんですけど、妙に力んだ感じはしました。なるほど、反動が強くなっていたんですね」

 

客観的に見るといろいろと見えるものである。それは初霜さんだけに限ったことではない。大潮は雑に攻撃する部分も見えるが、ノると手がつけられない。時雨さんは駆逐艦らしからぬ大型連装砲を使うためか、照準を定めるのに少し時間をかけている。

 

「やっぱり見ておいてもらえて良かったです。私だけでは気付けないこともありました」

「それはよかったです。初霜さんの場合は単純な強化になっているみたいなので、新しく覚えないといけないことはなさそうですね」

 

こう話している間も距離が近い。私の深海の匂いをより近くで感じたいとのこと。

私のせいと思い過ぎるとまたストレスで倒れることになるだろう。下手したら記憶障害で初霜さんのことを忘れてしまうかもしれない。アサからも冷やかしと同時に心配の声も聞こえたので、私も素直に受け入れることにした。

 

好かれていることを否定するのは良くない。私が()()()()()()のではあるが。

 

「なんだか深雪と電を見ているみたいだね」

「そっか、あの距離感見覚えがあると思ったらあの2人だ」

 

深雪さんと電さん、確かに私が見るときは必ず隣同士だったし、あの大部屋で寝るときも絶対に添い寝していた。なるほど、覚えておこう。

 

「初霜ちゃんはお姉さんと仲がいいんですね!」

「はい、つい昨日からですが、強く縁を持つようになりました。全て朝潮さんの魅力の賜物です」

「お姉さんは人気者ですね! 妹の大潮も鼻が高いです!」

 

大潮は多分よくわかっていない。私の体質は深海艦娘には影響がないということだろう。正直、それに関しては安心している。

この鎮守府で一番影響を受けているのは紛れもなく初霜さんだ。その次が春風とおそらく扶桑姉様。2人は元々が私に対して()()()()接し方をしてくれるので、違和感も感情の変化も無いようなもの。純粋な深海棲艦の人達も似たようなものだ。特にレキ辺りは何も変わらない。

 

「……朝潮さんのおかげで、私も変われた気がします。その体質のおかげですよ」

「誇れることかはわかりませんが」

「正直、昨日までの私はこの鎮守府の誰も信用していませんでしたから」

 

これは初耳だった。初霜さんの抱えていた闇を、つらつらと話してくれる。

 

初霜さんは大本営に発見された欠陥艦娘。ここに引き取られるまではたった数日ではあったが、何度も解体をちらつかせられ、まともに艦娘としても扱ってもらえず、人間不信になっていたらしい。ゴーヤさんと近しい経緯で、初霜さんもまた、心に傷を負っていた。

ここにやってきた直後は本当に誰とも口を聞かず、ずっと部屋に閉じこもっていたほどらしい。司令官の説得で外に出て、皆と仲良くなった今までですら、必要以上に他人と関わってこなかったそうだ。そういえば、私も初霜さんのプライベートは全く知らない。

仲良くしていたとしても、心の奥底では裏切られるのではないかとずっと思っていた。全て上辺だけの関係だった。それは当然、今までの私ともである。

 

「今までは全て社交辞令で過ごしてきました。深く繋がらない方が、裏切られても痛くないですから」

「初霜さん……」

「でも、今は違います。心の底から朝潮さんと一緒にいたいです。視野が広がったと自分でも思います。世界が明るいんです」

 

今までは作り笑顔だった。だが、今は本心。心の底からの笑顔。それを引き出せたのが私の体質だと言われれば、それは喜ぶべきものなのかもしれない。

 

「この気持ちは朝潮さんのおかげです」

「私だけじゃないですよ」

「はい。ポーラさんに助けられたから今の自分があります。みんなが受け入れてくれたから楽しく生きられます」

 

本来なら悲観するであろう身体と心の変化は、この鎮守府なら関係ない。多少驚きはあるものの簡単に受け入れられる。現に今、誰も初霜さんのことを悪く言わない。この場にいる者に普通の艦娘は1人もいないのはご愛嬌。

 

「みんなのおかげで私は生まれ変われました。この感謝の気持ちを糧に、頑張っていきます。特に、朝潮さんのために」

「あまり私のためと気負わないでくれると」

「私は朝潮さんが好きですから。愛してますから」

 

春風に迫られているような感覚に陥る。初霜さんも目の中がぐるぐるしているように見えた。

 

今後は社交辞令ではなく、本心で付き合っていくと話す。嘘ばかりの自分はもう何処にもいないとも。それを聞くと、深海棲艦化も悪くないものに思える。

もしこれが治療出来たとしても、それまでの経験は変わらない。初霜さんは、本当の意味で生まれ変われたのだと思う。




左右非対称というのはロマンが詰まっていますが、初霜の場合は脚部艤装に影響があるので物凄くピーキー。深海組だけど工廠を使わないと出撃が出来ないので、なんだかんだ前から変わっていません。


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和らぐ狂気

初霜さんの実戦訓練を見届けた後は昼食の時間。司令官の監視下に置かれたポーラさんは、部屋の隅で扶桑姉妹の監視の下で食事中。アルコールが身体から抜けるまではまだ時間がかかるため、その間にこっそり飲んでいないかどうかを任せたらしい。そもそもこっそり飲むという状況がおかしいのだが。

 

「ああ……朝潮……なんだかこうするのも久しぶりな気がするわ……」

 

扶桑姉様は私、朝潮の姿を見るなり自分の膝の上に乗せて後頭部に頬擦り。私が深海棲艦化してから、あまりにバタバタしすぎていて、扶桑姉様とは離れていることが多く、山城姉様に任せきりだった。

 

「ごめんなさい扶桑姉様。私もいろいろありまして」

「大丈夫よ……理解してるつもり……。それにしても……一段と妹になってくれたわ……」

 

海峡夜棲姫の妹は黒髪で青い瞳だったそうだ。つまり、今の私とほぼ同じ。変化する前はカラーコンタクトで瞳だけはどうにかしようとしたが、今はもう純粋に変色している。強すぎる深海の匂いも相まって、扶桑姉様の私への感情はより一層依存に近いものになっている。

 

「ああ……可愛い妹……久しぶりに妹の服にお着替えしてほしいの……。きっと前より似合ってるわ……角も……ああ……本当に妹なのよ……満たされる……とても満たされるわ……」

 

午後からは扶桑姉様に時間を使ってもいいかもしれない。私が封印されている間は気が気でなかったようだし、アサと出会ったときも山城姉様が何とか抑えていたが私をどうにかしたくて仕方ないような顔をしていた。

 

『随分と優しいな』

「扶桑姉様は私で安定しているんだもの。それに、私の姉になってくれたんだから、尽くさないと」

『朝潮の姉ってことは、私の姉でもあるのか。ふむ……朝潮、少し変わってくれ』

 

妙なことをしなければいいが。思惑はわからないが主導権を渡す。

 

「……あら? 交代したのかしら……」

「フソウ、聞きたいことがある。朝潮がお前の妹なら、私はお前の何になるんだ?」

「そうね……貴女も朝潮なんだから……妹ね……。貴女に代わると……深海の匂いが強くなる気がするわ……心地いいの……」

 

それは知らなかった。アサが表に出ている方が匂いが強まるのか。精神と身体が一致するからだろうか。

 

「わかった。ならフソウ姉さんと呼ばせてもらおう。……なんだかこそばゆいな」

「あ、ああ……朝潮から生まれたアサにも姉と呼ばれたら私……満たされすぎる……幸せすぎね……」

 

扶桑姉様の顔が今までにないくらい緩んでいる。本来ならあり得ない、深海棲艦の2人目の妹だ。扶桑としての妹と、海峡夜棲姫としての妹が揃った今の状態に、イレギュラーな3人目の妹が増えたことで、扶桑姉様の幸福に対するキャパシティが溢れてしまった。

 

「朝潮に続いてアサまで妹になったから、姉様が凄い顔してるわよ」

「ヤマシロも朝潮の姉に当たるんだろう。なら、ヤマシロ姉さんだな」

 

山城姉様の顔も若干緩む。末っ子故に妹がいてもいいと思っているとは本人も言っていたが、いざ増えたらこの反応である。似た者姉妹。

むしろこれは私と正反対の性格であるアサが姉と認めたことによる違う方向での幸せなのかも。

 

『貴女も結構な()()よね』

「お前には絶対に言われたくない」

 

 

 

昼食も終わり、ポーラさんをまた執務室に引き渡したことで監視も終了、扶桑姉妹は共に非番に。ここ最近は2人で警護任務ばかりに出ていてお休みが無かったそうなので、扶桑姉様が私で癒されたいとのこと。

3人で談話室に入る。ちょうどいいことに誰もいない。

 

「やっぱり妹とのふれあいが一番癒されるわ……」

 

先程と同じように、膝の上に乗せられ後頭部に頬擦りされる。さらには服も朝潮型の制服から海峡夜棲姫の着物に。深海の服だからか、アサも割と気に入っていた。

私が強く抱きしめられており身動きが取れないため、山城姉様がお茶を淹れてくれる。日に日に上達しているらしく、毎日のように司令官に出しているようだ。山城姉様を応援している私としては、これからも頑張ってほしい。

 

「姉妹でゆっくりするのは久しぶりな感じね」

「援軍に一時帰投してもらってからは、警護に出ずっぱりでしたもんね」

 

白吹雪さんのパワーに対応できる2人だからこそ、警護に引っ張りだこになってしまう。扶桑姉様が襲撃してきたときに、その危険度は周知の事実だ。

私の予想では白吹雪さん自身が鎮守府を襲撃してくることは無いと思っている。あちらも扶桑姉様との交戦は避けるだろうし。

 

「今は戦闘のことを忘れて、身体を休めなくちゃ」

「そうですね。筋トレも休み休みな方がいいらしいですし」

「筋トレは毎日よ。お風呂の力でその辺りがショートカットできるわ。朝潮、アンタ最近ちゃんとやってる? 衰えてはいないようだけど」

「最近できてませんね……。再開したいと思います」

 

言われると、ここ最近は前ほどやれていないと思う。アサが私の中に入ってからは疎かになっている。

 

『艦娘に筋トレなんて必要ない……わけじゃないな、姉さん達を見てると』

「最近はバタバタしてたから出来てないわね……。アサ、貴女も気付いたらジムに行ってよね」

『筋トレなんてどうやればいいのかわからないぞ』

 

今後は本格的に護身術も必要になってくると思う。主に身内から身を守るために。

昨晩は添い寝の権利を手に入れるために、本当に私を中心とした輪形陣を組まれ、周囲から襲われるという事件が起きた。周りは盛り上がっていたが、私としては気が気でない。特に初霜さん、割と本気で押し倒そうとしてくる。押し倒して抱きつけば添い寝完了という雑なルール。全員をどうにかした私を褒めてほしい。『未来予知』までしっかり使って対処したほどだが。

 

「朝潮……貴女はゆっくり身体を休めた方がいいわ……」

「大丈夫ですよ。私も今すごく癒されてますから」

「ならもうしばらくこのままで……」

 

少しすると扶桑姉様が居眠りを始めてしまった。こんなに緩んでいるのは初めてみるかもしれない。これもまた、私の深海の匂いの効果のうちなのかも。

 

「姉様が寝ちゃったわ……珍しい」

「うたた寝している扶桑姉様なんて初めて見ます」

「私達以外にはずっと警戒してるもの。アンタが出ていった時、私は片時も離れてないわよ」

 

完全妹主義ということは、逆に言えばそれ以外は全て敵と同じようなもの。ある意味変化前の初霜さんと同じ状況なのかもしれない。私と山城姉様が仲良くしているから、社交辞令で仲良くしているフリをしているに過ぎないとか。

それがいつ誰が来てもおかしくない談話室でこんな無防備な姿を見せるだなんて。少し前では考えられないことだ。

 

「アンタが忙しいのはわかってるけど、たまにはこうしてあげて」

「はい。私も癒されますから」

 

扶桑姉様の温もりで、私も少し眠くなる。出来ることならこの安眠は妨げられたくない。ということで

 

「瑞穂さん」

「お任せください。春風さんと初霜さんから朝潮様をお守りします」

 

さすがである。今まで姿形も見せていない瑞穂さんも、呼べば本当にその場に現れる。話の内容まで全て把握して。

電探の反応的には常に談話室の外にいたみたいだが。山城姉様はこの現れ方にはまだ慣れていない様子。

 

「いつもありがとうございます瑞穂さん。今度労わせてください」

「その言葉だけで、瑞穂は満たされます。これ以上を求めてしまうと瑞穂はさらに罪を犯してしまいそうです……」

 

スッと姿を消した。

 

「本当に神出鬼没ね……」

「でも助かります。感謝しているんですが、なかなか労わせてくれません」

「アンタは今は自分のことを考えなさい。瑞穂に頼んだってことは、ここで寝たいんでしょ。ほら、私も見ててあげるから」

 

気を緩ませるとすぐに睡魔に襲われた。やっぱり私は疲れているらしい。そういえばアサの反応も薄くなっている。あちらはあちらで眠ってしまったのかも。

 

時間にしては小一時間程度。扶桑姉様とのお昼寝は霞やクウの添い寝とはまた違った心地よさだった。

 

 

 

私達の安眠は瑞穂さんが守り切ってくれたようで、談話室の外には、縄で縛られた挙句、猿轡まで咬まされた春風と初霜さんの姿があった。そしていい仕事をしたと満足げな瑞穂さん。

さすがにこれを見て、扶桑姉様も呆れ顔である。

 

「朝潮……本当に人気ね……」

「最近は敵からも人気なので……」

 

見かねた山城姉様が猿轡を取ってあげた。

 

「何やってんのよアンタ達……。春風はともかく初霜まで」

「私は本能に逆らわないことにしたんです」

「半深海棲艦化の影響ってそういうことね。性格まで変わっちゃってまあ」

 

目の中がぐるぐるしている。春風も初霜さんもやっぱり暴走している。私のせいだと思うと、罪悪感が出てくる。

 

「……貴女達は……朝潮の安眠を妨害しようとしたのね……」

「そういうわけでは。朝潮さんの可愛らしい寝顔を見たくてここに来たら、瑞穂さんにこうされただけです」

 

見るだけでは終わらなそうだから、瑞穂さんはこうしたんだと思う。

 

「お仕置き……しましょうか。デコピンで許してあげる……」

「ひっ……」

 

知っている春風は扶桑姉様のデコピンと聞いただけで竦み上がってしまった。対する初霜さんはデコピンくらいならと余裕そうな表情。知らないということは、いいことでもあり悪いことでもある。

 

「先に春風……覚悟なさい……」

「あ、あの、本当に申し訳ございませんでした。出来ることならデコピンは勘弁していただきたいかなと思うので」

 

などと命乞いをしている最中に一撃。以前の電さんのように脳震盪を起こし、白眼をむいて気絶してしまった。あまりに想定外のことなので、初霜さんの表情が強張るのがわかった。

 

「初霜さん、こんな状況で伝えるのは心苦しいのですが……扶桑姉様のデコピンは、艤装を粉砕する威力がありますので」

「そ、そういうのは、早く言ってほしかったです。あ、でもちゃんと伝えてくれる朝潮さんは優しくて素敵だと思いま」

 

こちらも話している最中にデコピンを喰らい、強制終了。同じように気絶。額から煙が出ているように見えた。もうデコピンじゃなくて、超小口径の弾が着弾したかのような感じ。

 

「アンタの体質なんだっけ? 厄介なものね」

「これに関してはもう受け入れることにしました。初霜さんもいろいろと変われて喜んでいましたし」

「まぁ……それならいいか……」

 

気絶した2人を談話室に放り込んだ。縄も解いてやり、起きたらすぐに行動できるようにしてあげる優しさ。

 

「初霜までああなっちゃうってことは、もしかして姉様にも結構影響出てるんじゃないの?」

「そう思いますが……扶桑姉様、私の側だと何かおかしくなりませんか?」

「……あそこまでじゃないけど……多少はあるかもしれないわね……前より可愛く見えるわ……私の妹だもの……仕方ないわよね……」

 

調子が変わっていないだけで、しっかり扶桑姉様にも効いている様子。暴走しないのは扶桑姉様が大人だからか、それとも狂気に呑まれた結果最初から暴走しているからか。それは私にはわからない。

 

「今日は……ずっと一緒にいましょうね……。今まで我慢してきたんだもの……いいわよね……」

「はい。大丈夫です。夜の大部屋も一緒に寝ましょう」

「そうね……それがいいわ……」

 

大部屋でみんなで眠るのも今日で最後だ。明日には私室の修繕も完了し、鎮守府再建が全行程完了となる。その最後の大部屋は、扶桑姉様と一緒に寝よう。もう争いも起こさせない。

 

少し不安なのは、扶桑姉様がポーラさんに酔い潰されないかどうかくらいだ。昨日の夜の乱痴気騒ぎ、私達子供は大部屋に撤退したが、本当に見るも無残な状態だった。朝起きても大部屋にはほとんど戻ってきておらず、食堂で潰れていた。そういうところをなかなか見せない龍田さんがギリギリ。

検査のために禁酒させられているポーラさんの反動が恐ろしい。下手をしたら駆逐艦にも飲ませるかもしれない。そこはもう、司令官の手腕に任せる。

 

「今日は……私と山城で朝潮を挟んであげましょう……」

「あ、それすごく助かります。昨日は酷い目に遭ったので」

「ああ、霞から聞いたわ。添い寝の権利を賭けたバトルロイヤルが開かれたとか」

 

あながち間違っていない。

 

「私が全員倒して終わりました。結局私の隣には瑞穂さんがいましたね。壁際に行ったんで」

「瑞穂もしこたま飲んでた気がするんだけど……」

「朝潮様の身を案じて、瑞穂は酔わない程度にしていましたから」

 

事実、あの時も呼んだらすぐに来た。助けを求めたが妙に練度が高い輪形陣のせいで私の側には来れず、歯痒い思いをしたらしい。結局私が全員薙ぎ倒した後の護衛を引き受けてもらうことに。

 

「私も……朝潮と一緒に朝を迎えたいわ……。山城がいるのもいいのだけれど……朝潮も必要なの……2人いて初めて満たされるんだもの……今日は満たされ続けるわ……」

「はい、満たされ続けてください。私もお手伝いしますから」

 

いつになく緩い雰囲気の扶桑姉様。本当に心が満たされているんだなと実感する。私と山城姉様が近くにいるだけで幸せだというのなら、喜んで側にいよう。

最近では鎮守府の皆ともある程度は話も出来ている。山城姉様が近くにいるからというのもあるかもしれないが、諍いもなく、平和に過ごせている。狂気も薄れてきている気がする。

 

「扶桑姉様、この鎮守府は楽しいですか?」

「……ええ、楽しいわ……朝潮がいて……山城がいて……壊そうとした私を皆が受け入れてくれて……私は幸せ者ね……」

 

出会い方は最悪ではあったが、扶桑姉様はちゃんといい方向に進めている。今の関係も、最初は救いたい一心だったが、今では愛しい姉様だ。一緒にいれば、お互いに満たされる。

 

「妹とお散歩なんて……満たされるわ……」

「いくらでもしましょう。ねぇ、山城姉様?」

「そうね。これくらいなら毎日出来るわ。扶桑姉様は満たされなくちゃ」

 

今までの不幸を忘れるくらい、ここで幸せになってもらわなくてはいけない。




扶桑姉様の完全妹主義は朝潮の体質で悪化していそうですが、元々が元々なので何もないように見えます。朝潮を抱きしめているときの幸福感が増していたり、頬擦りの密度が変わったりと、地味に効いている状態。


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夜の救出劇

夜、性能検査も終えて禁酒から解放されたポーラさんが浴びるようにお酒を飲んでいた。グラスに注いでは呷り注いでは呷りですぐに1瓶空けてしまうハイペース。私、朝潮はともかく、一緒にいた扶桑姉妹も呆れるほどであった。外は暗いがまだ夕食前である。

 

「朝潮……ああはなっちゃダメよ……」

「大丈夫です。私、お酒飲めませんから」

 

その言葉が聞こえたのだろう。こちらを向き、目を光らせる。これはまずい。私に飲ませようとする。

 

「アサシオはお酒の美味しさを知らないんですね〜。勿体ない! 勿体ないですよ〜。フソウさんとヤマシロさんもまた飲みましょう〜」

「アンタのペースにはついていけないわよ。潰されるのがオチだから遠慮させてもらうわ」

「子供に飲ませちゃダメよ……?」

 

扶桑姉様が私の前に立つ。デコピンの準備まで。

 

そんな中、鎮守府全体に緊急警報が鳴り響いた。最近無かったが、こんな時間に全員召集とは珍しい事態。余程緊急性のある事件が発生したのかもしれない。

 

「ポーラ……貴女も来なさい……召集よ……」

「お酒持って行きま〜す」

「それでいいからさっさと準備しなさい」

 

あれだけガブ飲みしているのに足下がフラつく事もなく、会議室へ向かう。いつも酔っているように見えるが、お酒には強いのだろうか。

 

 

 

「集まったね。緊急出撃だ。作戦概要を説明するよ」

 

この流れ、私の初陣の時と似ている。

 

「ここから北、赤い海付近の孤島に、とある部隊が取り残されている。それの救助に向かってもらいたい」

 

救助任務ならば少数の高速艦隊で速攻をかけるのが我が鎮守府の定石。全滅を目指す必要もなく、対象が救えれば任務完了だ。

だが、今回その救助対象が問題だった。

 

「今回の救助対象は、赤い海の調査隊だ。艦娘だけじゃなく、私のような人間もいる」

「つーことは、運搬も必要ってことか」

「そういうことだね。大発動艇から戦車を降ろし、それを使ってもらう」

 

対地攻撃が出来る艦娘が1人絶対に必要であるということ。人間だけでなく、護衛の艦娘が怪我を負っていた場合、乗せて運んだ方が早い。

私もその対象になっていたのだが、深海棲艦化の影響で大発動艇が装備出来なくなってしまっていた。深海艦娘と違い、外付け装備が出来ない。これもまたデメリットの1つ。

 

「あちらは先に元帥閣下へ救難信号を出している。そこから我々への依頼だ。元帥閣下からの依頼だから、出来る限り最速で救助できる部隊が編成可能だよ」

「外見を気にしなくていいってことかしら」

「一応ね。だから、初霜君に指揮をしてもらう」

 

救援、撤退の任務に関しては右に出る者がいない初霜さんが指揮。旗艦ではなく指揮というだけあり、作戦立案までここでやってしまう。外見を気にしなくていいというのなら、これ以上の適任者はいない。片目だけとはいえ夜目も利くようになり、今回の作戦には最も適している。

 

「提督、救助対象からこちらに通信が」

「回してくれ」

 

あちらからの音声は酷い音割れ。赤い海付近ではあるが、深部には入っていないらしく、通信は普通にできるようだ。後ろからは戦闘音。聞く限り、防衛に徹しているようだが、近くでの音が激しい。

 

「元帥閣下から話は聞いている。今から救助部隊をそちらに送る」

『すみません! 護衛艦娘は駆逐艦4名! 人間は僕含めて2人です!』

 

聞こえてきたのは若い男性の声。浦城司令官よりも若い。

 

「話せる限りでいい。戦況を教えてほしい」

『無人島の岸で防衛戦を展開中! 敵は多く、全てイロハですが戦艦もいます!』

「了解した。我々が到着するまで持ちこたえてくれ」

 

通信が切れる。あちらが切羽詰まっている状況なのは充分にわかった。少数に向かっての集中砲火だ。時間をかければかけるほど不利になるだろう。さらには2人の人間もいる。

 

「初霜君、今の通信から、部隊を選出してくれたまえ」

「夜、さらには島での防衛戦ですね。でしたら、まず島から敵を離すことが必要でしょう。朝潮さんの寄せ餌効果を使います。夜目が利く者が有用ですので、メインは深海艦娘で、駆逐艦のみの高速部隊がいいと思います。大発動艇のために大潮さんを。朝潮さんに引かれた敵を迅速に倒すために皐月さんと叢雲さん、あとは全てに対応できる春風さん。私が思う最高の効率は私含めたこの6人です」

 

救助任務に対して的確な判断が出来る初霜さんの選定。私の深海の匂いは救助にも最適だ。全ての敵がこちらを向いてくれるのだから、救助対象をすぐさま安全にできる。

この部隊は探照灯の必要も無く、いざという時に私達の姿を救助対象から見えづらくすることも出来る。

 

「わかった。今の6人は直ちに出撃。さらに私が緊急時のために援軍を選定しておく」

 

夕食前に突然慌ただしくなってしまった。早いところ救助を終わらせたいところだ。

 

「朝潮……夜は一緒に寝るのよ……」

「はい、約束です。絶対に戻って姉様達と寝ますから」

 

簡単でもいい。死なない約束は作っておくべきだ。扶桑姉様と一緒に夜を迎えるために、私は死ぬわけにはいかない。

 

 

 

緊急出撃で海を駆ける救助部隊の6人。大発動艇を運ぶ大潮と、電探と寄せ餌で補助する私を中心にした輪形陣での移動。先頭に皐月さんと叢雲さん、後ろに春風と初霜さん。司令官との通信は、一番余裕があると思われる私に積まれた。回避し続ける私に余裕があるかはちょっとわからないが。

 

「大潮、大丈夫?」

「大丈夫です! 少しコントロールが難しいですけど、ちゃんと運べます!」

 

戦車が積載されていない大発動艇のため、少しだけコントロールに違いが出ている。救助した者全員を乗せることが出来る余裕はあるが、高速で運ぶとまず間違いなく酔うので、そこだけは慎重にお願いしたい。

 

「朝潮さん、敵が引っ張れたら、なるべく島から離れてください。救援は私と大潮さんで向かいます」

「了解です。春風、護衛お願い。私達は白兵戦組の援護よ」

「かしこまりました。御姉様は必ずやお守りいたします」

 

場所は大体わかっている。直進を続けることで、深海棲艦の気配を発見。私が発見できたということは、寄せ餌が起動する。

 

「気配を感知。寄せ餌効果入ります」

「オッケー。叢雲、先陣切るよ」

「ええ。アンタは無茶しないように」

 

島が索敵範囲に入る。おおよそ東寄り。艦娘4人の反応も確認。大丈夫、まだ誰も死んではいない。人間らしき反応も2つある。

当然敵の反応も入ってくる。数はやはり大量だ。通信の相手が言っていたように戦艦も混ざっている。防衛戦でこれを捌いている4人は大丈夫だったのだろうか。

 

「初霜さん、島は東です。大潮と向かってください」

「了解。大潮さん、行きましょう」

「りょーかい! お姉さん、また後から!」

 

ここで2人と別れる。あちらの2人の方が敵に近付くことにはなるが、私の効果で見向きもしない。既にこちら側に戦艦の攻撃が飛んでき始めているほどだ。効果が絶大すぎる。

 

『もう狙われてるな。状況が悪くなったら無理矢理出るぞ』

「お願い。今はまだ遠いから大丈夫よ」

 

艦載機全12機を発艦。自分の周りをリング状に飛ばす。自分を守りつつ攻撃にも転化するためだ。今回の場合は必要な数を皐月さんの足場に向かわせることもあるだろう。

 

「へぇ、朝潮カッコいい発艦するね。じゃあボクも!」

 

皐月さんも艦載機を発艦。前方に6機配置し、いつでも足場にできるように。艦載機としての使い方ではないのだが、もうこれに慣れてしまっているようだ。皐月さんは()()()()()

 

「皐月、アンタ戦艦と空母だけ狙い撃ちにしなさいよ。私が重巡以下の雑魚を相手にするわ」

「お、それいいね。朝潮、後から足場ちょうだい」

「了解。春風は叢雲さんの討ち漏らしを私に近付けさせないで」

「任せろ御姉様。誰も近付けさせない」

 

春風もあちら側に入って準備完了。

島の防衛戦が4人なら、こちらも4人だ。ただし、こちらは練度が違う。大量に敵が出てくる戦場にも慣れている。10や20の敵なんて考えるまでもなく、100や200でも処理する自信がある。

 

「会敵! 皐月さん、近い戦艦と空母の位置を伝えていきます!」

「頼んだよ! そんじゃあ、跳ぶよーっ!」

 

早速艦載機を足場に敵陣に突っ込む。それでもまだ敵は私を狙い続けているのだから、戦いは単純になる。私に向かってくるものを片っ端から撃破すればいい。

 

「1時から」

「あいよ!」

 

私の艦載機も込みで敵の大群の上を駆け、早速戦艦の首を刎ねる。

 

「あ、ちょっと硬い。これ改造されてる」

「北端上陸姫のものですかね。次、9時」

「空母ね! オッケー!」

 

皐月さんの見えないところの敵も私が全て教えていけば問題ない。群がってくるのだから攻撃も単調。他の3人は回避すらせず、全て私が攻撃を吸っている状態だ。まとめて飛んできても瞬間的な『未来予知』で全て回避可能。

 

「春風! そっちに漏れた!」

「しっかりしろよ叢雲! 全部倒してくれないと御姉様が守れない!」

「守る必要無いくらい避けてるじゃない、アンタの御姉様は!」

 

叢雲さんと春風もなかなかの連携だ。こちらに敵が来ることはない。飛んでくる攻撃も、しっかりこちらを狙うものではなく、どうにか当てようと無闇矢鱈に撃っているものに変わってきている。そこまでしても私以外を狙わないのだから、私の仕事は出来すぎているくらいだ。

 

「那珂ちゃんにダンスレッスンでも受けたら?」

「確かに、避けるのに良さそうですよね」

 

既に皐月さんと雑談するレベルに。敵が少なくなってきたおかげで私はただ避けるだけ。ちょくちょく艦載機で敵を牽制することもしている。皐月さんは自分の目で見てターゲットを撃破する。ここまで来ると、もう完全勝利も目前。

 

「大物これで終わり!」

「雑魚も片付いたわ!」

 

見渡す限りいたように錯覚するほどの敵の軍勢は、3人の駆逐艦で全て淘汰された。全てが私に吸いつけられたのはなかなか壮観。

 

「初霜さん、こちら完了です」

「ありがとうございます。こちらも怪我人を全員大発動艇に乗せました。島まで来てもらえますか」

 

こちらの終了と共に救助も終了。これで後は怪我人を鎮守府に送り届けて任務完了だ。だが、

 

「……ちょっと、問題がありそうですので」

 

初霜さんの不穏な一言。私も嫌な予感がした。

赤い海の調査をしている部隊ということは、上層部の息がかかっている可能性がある。元帥閣下からの依頼かもしれないし、こちらに通信を送ってきた男性は理解者かもしれないが、人間は『2人いる』と言っていた。もう片方がどういう人間かわからない。

 

 

 

「初霜さん、どうしました」

 

4人で島に到着。念のため春風は少し後ろに下がらせている。島の側には深海棲艦に破壊された台船。これに人間2人が乗っていたのだろう。通信設備だけはギリギリ生きていた様子。

 

「いや、あの……ちょっと予想外なことが起きてまして」

 

護衛艦娘4人は全員が中破から大破の大損害。第十七駆逐隊として活動している浦風さん、磯風さん、浜風さん、谷風さん。改二ではなく乙、丁改装という特殊な改装が行われていたが、改造された深海棲艦という想定外と、圧倒的な数の暴力の前で人間2人を守るというのは厳しかった様子。人間の片方、若い男性も腕を吊っているので骨折をしているようだ。

ただ、問題はもう1人。男性と同じくらいの若い女性。私の姿を見るなり、目を輝かせる。

 

「駆逐艦朝潮モデルの深海棲艦!? こんなの初めて見る! なんでこんな個体が!? すごいすごい!」

 

飛び跳ねるように喜んでいる。今までにない反応に呆然とする一同。早くここから離れなくてはいけないのに、女性の高すぎるくらいのテンションについていけない。

初霜さんの言っている問題は、私の予想の斜め向こう側だった。嫌なことではないが、これはこれで困る。

 

「はっ、ごめんなさい我を忘れてた。十七駆の子達が危ないんだよね。全員乗ったから出してもらって大丈夫!」

「その、ごめんね……この人こういう人で……」

「あ、は、はい……。大潮、出していいわ。早くここから離れましょう」

「は、はーい! 出します!」

 

呆気にとられながらも、任務完了。帰投することに。

 

大発動艇を守るように進む私達を、女性は舐めるように観察してくる。対人恐怖症の春風は、そういう視線が大の苦手。私の陰に隠れるようにしていた。なるべく視線が合わないようにするため、私が艦載機も使って姿を隠してあげる。

 

「すごいなぁ。加藤准将の鎮守府は特殊な艦娘を運用しているって聞いてたけど、モロに深海棲艦使ってるなんて聞いてなかったよ。しかもデータベースにない個体なんてビックリ!」

「は、はぁ、それはどうも」

「駆逐艦なのに艦載機使えるとか意味わかんない! 是非、是非調べさせて。隅々まで、徹底的に、ね? いいでしょ、いいでしょ?」

 

今までにない恐怖を感じた。扶桑姉様と対峙した時に感じた死への恐怖とは違う、初霜さんに詰め寄られた時に感じた恐怖に近い何か。この女性とは関わってはいけないのではないだろうか。直感的にそう思った。

 

「佐久間さん、彼女達怯えてるから」

「えー、いいじゃない。私は女なんだから、同性なら犯罪じゃないよ。え、阿奈波君もしかして嫉妬してる?」

「馬鹿なこと言わない」

 

この2人の人間、なんでも同期の研究者らしい。そこから転じて、赤い海の調査隊に所属することになったのだとか。

第十七駆逐隊の4人は、男性、阿奈波(あなば)さんの管轄の艦娘。研究をメインとする鎮守府運営をしているらしく、艦娘の謎を解明するために日夜研究している。女性、佐久間(さくま)さんはその鎮守府で一緒に研究している人で、こちらは深海棲艦の謎を解明するために共同で働いているそうだ。

私の存在は佐久間さんにとっては宝物庫のようなもの。調べたいというのはわからないでもない。私にもわからないことばかりなのだ。

 

「本当に助かったよ。強化された深海棲艦なんて聞いたことがなくてね。この子達でも対処出来なかった」

「あれはこの海域特有のものだと思います。私達も手を焼いているので」

「なるほどね。調査はしたいけどあんなのが出てくるとなると、護衛に戦艦とかも必要になるか……」

 

こんな目に遭ってもまだ調査は続けるらしい。また私達が救助する羽目になりそうである。




150話目となりました。そしてここまで80話連続投稿です。これからもよろしくお願いいたします。
急に出てきた新キャラですが、そろそろ名前の共通点がバレそう。


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珍しい理解者

調査部隊を救助し、帰投も完了。大怪我を負っている4人の艦娘はすぐに入渠してもらった。これで一安心。腕を骨折している阿奈波さんも、明石さんから適切な処置を受けて治療に専念することとなる。入渠中の4人が目を覚ましたら本来の鎮守府に帰投するとのこと。時間も遅いので、状況的には明日の朝となるか。

 

「す、すごい……艦娘と深海棲艦の共存! 何ここ! 理想郷(ユートピア)なの!?」

 

工廠を見回すだけでこの興奮。深海棲艦の謎を解明するために研究をしている佐久間さんにとっては、ここは理想郷。

佐久間さんが深海棲艦を調べている理由は、ほぼほぼ私達の司令官と同じ思想からだった。生態系がわかれば、お互い共存できるのではないかという理念の下、友好的な深海棲艦がいないかどうかを調査するとともに、撃破した深海棲艦の死骸などから研究を続けている。死骸はなかなか残らないので、研究は難しいと嘆いていた。

 

「阿奈波君! 私の考えは間違ってないよ! 人類と共存できる深海棲艦はいる!」

「正直驚いてるよ。集積地棲姫や戦艦レ級も共存できているだなんで……」

 

静かに返しているが、阿奈波さんも艦娘の研究をしている者として、元深海棲艦の艤装が気になる様子。特にポーラさんの艤装は、通常のそれとは大きくかけ離れているため、興味の的だ。佐久間さんと違う冷静な人に見えたが、そこはやっぱり同じ研究者、自分の管轄のものがあるとどうしてもそちらに目が行ってしまうようだ。

 

「こらこら、もう少し落ち着きなさい」

「佐久間さん、気持ちはわかるけど落ち着いて」

「ここの艦娘はそういうことを嫌がる子もいる。自重するように」

 

該当者は間違いなく春風である。初霜さんも似たような経緯があるのだから好まないだろう。

救助した相手とはいえ、この鎮守府としては部外者。さらにいえば調査部隊のため、元帥閣下以外と繋がっている可能性だってあるのだ。さすがの司令官も少し厳しい態度を取る。

 

「命に別状が無くて良かった。入渠中の子達は回復に一晩かかるだろう。それまではゆっくり休んでほしい。だが今この鎮守府は再建中でね、まともな部屋が無いんだ。医務室を使ってもらえないか」

「了解しました。寝泊まりさせていただけるだけでもありがたいです。重ね重ねありがとうございます」

 

礼儀正しい阿奈波さん。それに比べて佐久間さんはあっちをキョロキョロこっちをキョロキョロ。私と目が合った瞬間にまた目をキラキラさせて手を振ってくる。軍属という意識は無いらしい。

 

「加藤准将、私一応女なので、阿奈波君と同じ部屋で寝るのは……」

「ああ、すまない。配慮にかけていたね。談話室に布団を用意するよ」

「ごめんなさい。信用してないわけじゃないからね? 体裁上だからね。阿奈波君、悲しまなくていいからね?」

 

救助したときからそうだが、佐久間さんはやたらテンションが高い。一晩だけとはいえ疲れそうな相手である。

 

「2人には私も話がある。執務室に来てほしい」

「了解しました」

「その後はここの子達と触れ合いを……」

「君の態度によるね。では、ついてきてくれ」

 

人間2人は司令官が連れていってくれた。やっと一息つける。

 

 

 

遅くなってしまった夕食を摂り、お風呂も終わり。あとは寝るだけという状況になり、約束通り扶桑姉様と一緒に寛ぐ。

私室が無い今は、寝る前も皆談話室に屯したり、大部屋で駄弁ったりが基本。私達は談話室でまったりしていた。山城姉様も隣にいるし、霞や春風も付き添っている。いわゆる()()()がここに揃っているという感じ。

 

「えらい人を助けたわね」

「最初本当に驚いたわ。私の姿を見て大喜びするなんて」

 

話題はどうしてもあの佐久間さんになる。形は違えど、理念は司令官と同じ『深海棲艦との共存』だ。争いをとにかく無くしたい司令官とは違う考えがありそうだが、あんなテンションでもいい人なのはわかる。私を見る目にも悪意は無かった。視線の悪意に敏感な春風もそこは気付いている様子。舐めるように見てくるのは正直やめていただきたいが。

 

「悪意は……無かったのね」

「はい、敵では無いと思います」

「そう……朝潮がそう言うなら……デコピンはやめておくわ……」

 

人間相手にやったら頭が弾け飛びかねないのでやめてあげてほしい。鎮守府内でグロ画像はちょっと。

 

「あの人達、今はどうしてるの?」

「司令官との話は終わったみたいで、食堂にいるわ」

「なら近付かないようにしないと。春風、まだキツイんでしょ」

 

悪意が無いにしろ、外部の人間がいるというだけで春風にはストレスがかかっている。扶桑姉妹と一緒に寝る約束はしているが、今日は春風の近くにもいてあげないとダメかもしれない。霞やレキにもお願いしておこう。

 

「あ、食堂から動いた。お風呂に行くみたい。佐久間さん、談話室で一晩過ごすんだったわ」

「なら大部屋に移動しましょ」

 

電探が本当に便利である。鎮守府全域の監視により、知りたい相手の場所は全て把握している。当然外部から来た人達は私も警戒を怠れない。万が一、妙な動きをしたら即座に対処する。

佐久間さんは違う意味で妙な動きをしそうだから困る。私達深海組を見るときの視線が、他と違う。私に惹かれた初霜さんと同じ目をしている。

 

「隅々まで調べたいって言われたのよね……」

「悪意無しでそれって、逆にヤバイ人なんじゃないの?」

「朝潮……陸では私が守ってあげるわ……離れないように……」

 

扶桑姉様もおそらくその対象になっている。それだけあの人は深海棲艦に入れ込んでいる。

 

『いざって時は私が外に出るぞ』

「逆に興味持たれそうだけど大丈夫?」

『よし、朝潮に任せた。私はここで高みの見物と行こう』

 

緊急時はアサを表に出すことで回避しよう。

 

少し震える春風を支えながら大部屋へ。佐久間さんの反応はまだお風呂だ。今のうちに移動。気を許していい人間かどうかがわかるまでは警戒し続けなければ。

 

「あ、朝潮さん、こちらへ」

 

部屋の隅を陣取っていた初霜さんに手招きされる。初霜さんも佐久間さんのことを警戒しているようだ。後天性の半深海棲艦など、あちらにとっては最高の研究材料だろう。

 

「深海組はなるべく固まって行動すべきと提督からの御達しです。協力すべきかは、提督が判断すると」

「わかりました」

 

深海艦娘組も今は大部屋で纏まっている。ガングートさんとウォースパイトさんはポーラさんに付き合って食堂にいるようだが、ちゃんと元深海棲艦は集団行動は出来ている。瑞穂さんは当然私の側だ。

 

「阿奈波さんは司令官と行動中ですね。今は工廠。佐久間さんは……お風呂から出ました。談話室に向かっています」

「アンタ本当に便利ね」

 

大部屋のメンバーは私の電探頼りになってしまっている。()()()がまた増えたかのような錯覚。

 

「女帝様、スパイ活動も出来るの?」

「電探があれば誰でもできますよ。私以外にも誰かやれるようになってください」

「あ、じゃあ私が。朝潮さんとお揃いになるのは素敵ですね」

 

初霜さんが常時電探接続を希望。数が増えることはいいことだと思うし、半深海棲艦なら最初からある程度使える可能性がある。だが第一は私と同じことをするという点に尽きるだろう。

 

「あ、まずい」

「どうしたの」

「佐久間さん、大部屋に向かってきています。談話室の場所を確認しただけです」

 

明らかに私達目当ての行動だ。それをやってきたということは、司令官がふれあいを許可したということか。

佐久間さんが到着する前に、工廠から睦月さんが駆け込んできた。

 

「提督からのご報告! 佐久間さんにはお話ししてオッケーにゃしい」

「あ、大丈夫なんですね。北端上陸姫のことも?」

「もう話したって。赤い海のことに直接繋がってるからって。だから、包み隠さなくていいってー」

 

それだけ言って、睦月さんはお風呂に行ってしまった。工廠仕事をギリギリまでやっていたのだろう。顔が少し汚れていた。

 

「春風……少しこちらに寄りなさい……朝潮の側の方がいいでしょう……」

「あ、は、はい、ありがとうございます……」

 

扶桑姉様も春風のトラウマに関しては知っていること。支え合うために身を寄せ合う。

 

「そろそろ到着します。会敵」

「敵て」

 

ゆっくりと扉が開く。お風呂上がりでホクホクの佐久間さんがニンマリしながら部屋の中へ。

今まで長くこの鎮守府で生活しているが、人間の女性を見るのは初めてだったりする。そもそも外に出ることがほとんど無く、出たとしても外の鎮守府に行くのみ。人間自体をほぼ見ない。そんな中、同性の人間というのは実際私自身も興味はある。

 

「あ、どうもどうも。加藤准将に許可貰ったから、お話聞かせてもらいたいなーって」

「突然奇声をあげたりしなければ許可します。割と普通に春風が怖がってるので」

「あ、うん、事情もある程度聞かせてもらった。私は上層部の息はかかってないから安心してね」

 

それでも全員、佐久間さんからは距離を取っている。

 

「改めまして、私、深海棲艦研究をしている佐久間(さくま)仁奈(にな)です。夢は深海棲艦との共存、手を取り合って生きていける世界。この鎮守府で出来ていることを世界中でやることが目的だよ」

 

嘘はついていない。というか、この人は嘘がつけない人だ。さっきもそうだが、思ったことが即座に口から出るような人。悪く言えば考え無し、良く言えば素直。

 

「佐久間さんは何故そんな考えに?」

「私、数年前だけど、溺れて死にかけたところを深海棲艦に助けてもらったことがあるの。人類の敵と言われていた深海棲艦にだよ? それだけで考え方が変わっちゃった」

 

その深海棲艦は、その時によく見かけられたイロハ級とはまったく違う、白い女性型だったそうだ。溺れていたためにハッキリとは見えていないらしいが、白かったことと、髪が長かったこと、それと巨大な艤装を持っていたことだけは覚えているらしい。

 

「白い深海棲艦は穏健派が多いです。運良くそのタイプに助けられたのかもしれませんね」

「えっ、そんな情報が!? そっか、白いのは友達になれる可能性が高いんだ」

 

友達になりたいと、佐久間さんは話す。助けてくれたお礼も言えなかったとも。

 

この人は司令官と同じだ。人間の形をしているものは兵器でもなければ化け物でもない。同じく人であると考えている。こちらを認識できるし、会話ができる。それなら、友達になれるのではないか。たったそれだけの思いで深海棲艦を日夜研究している。

死骸から生態系を調べているのも、友好的になるには何が必要かを知るためだ。人間とどれほど違うのか、むしろ共通点は何か無いのかをずっと調べている。

 

「でも、黒い深海棲艦は人間を殺すことを快感としている者もいます」

「それは会話が出来ないと同じだよね。意思疎通を自分からやめちゃってる。それが本当の人類の敵だよ。話が出来るのなら、私は全員と友達になりたい」

 

その辺りはどうしても割り切らないといけないと語る。戦う必要の無いものと戦う理由はない。戦わなければならないものとしか戦わない。たったそれだけだと。

本当に、この人は司令官と同じだ。やり方は違えど、目指している先は、見据えてる景色は同じところだ。深海棲艦をそう見ているのだから、艦娘のことも人間として見ている。

ほんの少しだけ、理解の仕方が違うだけだ。司令官は現場で、佐久間さんは調査で。それだけのことだ。

 

「わかりました。佐久間さん、私は貴女を歓迎します。貴女の思想は私達の司令官と同じところにあります。それなら応援したい」

 

知らぬ間にこの部屋の中で私がリーダーみたいな扱いにされているが、私が認めたことで全員の緊張が解けたように見えた。春風も少しだけ警戒を解いたようだ。

 

「ホント!? いやぁ、深海棲艦から応援してもらえるって、夢に一歩近付けたって感じ!」

「あ、それなんですが……私はちょっと違うんです」

「え、どういうこと? 未だに発見されていない新種の朝潮型モデルの深海棲艦じゃなくて?」

 

先天性と後天性があるなんて、この鎮守府にいるものしか知らないことだ。私の身体もいわば事故。深海艦娘も全員が事故により身体を変えられたものだ。

 

「後天性……!? 何それ!? 艦娘を深海棲艦に変える技術!?」

「はい、これがその証拠です」

 

上をはだけて、背中に寄生したままの深海忌雷を見せる。半壊していたものはセキさんがうまく加工してくれて生活に支障がない形になっている。それでもそれなりの大きさはあるので、上を脱ぐとどうしても目立つ。

 

「うわっ、何これ、深海忌雷? これに深海棲艦化の機能を入れてるの? 何その技術、人間側にない技術だよねこれ。うわぁ、解析したいなぁ。でもこれ、多分外せないよね」

「外したらおそらく私が死にます」

「じゃあやめとこ。うん、死ぬのは良くない」

 

背中にすごく視線を感じる。あまりしっかり見たことが無いのか、この部屋にいるほぼ全員の視線を感じる。お風呂に入るときに皆見ていると思うのだが。

 

「そっか……ふぅん……この技術を転用すれば逆も出来るのか……」

「逆?」

「深海棲艦を艦娘に出来るってことでしょ」

 

そんなことが出来るなら、夢のような技術だ。少なくとも、初霜さんや深雪さんのような半分だけ侵食されている人の治療が可能になる。本人が治療を望むかはさておき。

私は今治療できると言われても、おそらくこのままを望むだろう。アサが消えてしまうかもしれないし、どうなったところで私は私だ。

 

「もしかしてさ、そこの初霜ちゃんの右腕も?」

「はい。朝潮さんの背中に付いているものにやられかけた痣です」

「はー……なるほどなぁ」

 

私達は誰がどう見てもおかしな存在だ。まともな艦娘ではない。私は艦娘でもない。でも、この人は司令官と同じで即座に受け入れてくれた。見下すこともせず、気持ち悪がりもせず、ただただ興味を持っているだけだ。たまに目が怖いが。

 

「はー……でもホントすごいや。ちょっと触ってもいい?」

「いいですよ」

「では失礼」

 

背中にやんわりと触れられる。神経は通っていないが、触られているとはわかる、不思議な感触。そういえばこんなに触られた事はなかった。

 

「触った感触はヌメヌメしない駆逐イ級って感じかな。金属って感じじゃないけど、生きてる感じもしないっていうか」

「触ったことあるんですか?」

「研究の一環でね。運良く残った死骸を解剖して生態系を調べたんだよ」

 

深海棲艦の研究は、艦娘の研究よりも難航しているらしい。とにかく研究材料がない。死骸も本当に運がいい場合しか手に入らないそうだ。私達は戦場で見ているが、撃破した深海棲艦はその場で消滅するのが常。そうでなくても沈んでいくのでその場に残らない。

そのせいで、佐久間さんも上層部からはあまりいい目で見られていないらしい。そういうところも司令官と似ている。

 

「ありがとう、いい経験になったよ。ささ、乙女が柔肌晒し続けるのも良くないよー。お姉さんが揉んじゃうぞー」

「ふふ、それは勘弁してください」

 

手をワキワキしてきたので早急に服を着る。

 

「それじゃ、私は自分の寝床に行くよ。今日は助けてくれてありがとう。今度はこっちの髪が白い子のことも教えてね」

 

それだけ行ってさっさと大部屋から出て行く。私達の触れてほしくないところには一切触れず、研究者だというのに本当にふれあいだけして帰っていった。

正直意外だった。ここに来た時にあれだけはしゃいだのに、いざ私達と面と向かうとただの人間として接してくれる。そういうところも司令官のような人だ。

 

「……あの人は……まだ大丈夫そうです」

「そうね……提督と同じ目をしていたわ……」

 

春風や扶桑姉様がそういうくらいなのだから、本当に私達の理解者なのだろう。それなら、私も協力してあげたいと思える。




深海棲艦研究者、佐久間。加藤准将と同様の理想を掲げるが故に上層部からのあたりが強く、軍では変わり者として知られています。その佐久間を助けたという深海棲艦は……どちらさまでしょうね。


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繋がり

大部屋で起きる最後の朝。私、朝潮は珍しく萩風さんの総員起こしまでグッスリと眠った。両隣の扶桑姉妹の温もりで、とても気持ちいい朝を迎える。目覚めもすごくいい。

 

「おはよう朝潮……いい朝ね……」

 

扶桑姉様はかなり早く起きていたようで、ずっと私の寝顔を眺めていたらしい。少し恥ずかしいが、それで幸せになってくれているのなら安いものだ。

 

「おはようございます」

「この時間がもっと続けばいいのに……起きるのが惜しいわ……」

 

頭を撫でてくれた。扶桑姉様に撫でられると少し違う感覚がして気持ちいい。狂気に呑まれているとしても、妹に対する愛情が込められているのがわかる。長女だからか、姉の存在はとても嬉しいものだった。

 

「お部屋に遊びに行きますよ。また一緒に寝てください」

「ええ……朝潮と山城に一緒に寝てもらうと……とてもよく眠れるの……また……お願いね……」

 

私もよく眠れた。またお願いしたいくらいだ。

 

 

 

朝には昨日救助した第十七駆逐隊の4人が目を覚ましていた。阿奈波さんからここがどういうところかは事前に聞いていたようで、ある程度は理解した状態だったらしい。

 

「こいつぁ何かい、コスプレか何かかい」

「残念ながら本物の角です」

「朝潮にそっくりな深海棲艦なんですね」

「残念ながら朝潮本人です」

 

それでも私の姿は想定外のようだ。そういえばこの姿になってから外部の艦娘に会うのはこれが初めて。こういう反応をされるのか。

谷風さんには角を触られ、浜風さんには舐めるように観察される。物珍しいのは仕方がないとは思うが、ちょっとこれはやり過ぎなのでは。

 

「話には聞いていたが、こうも違うとはな」

「深海棲艦そのものじゃねぇ」

 

磯風さんも浦風さんも加わり私を囲う。輪形陣で襲われるのは初めてではないが、4人とも私よりも身長が高いので、威圧感がすごい。外の鎮守府の方々なので薙ぎ倒すわけにも行かず、やられ放題になってしまった。

 

「こらこら君達、朝潮さんが困っているよ」

「こういう扱いも慣れているので……。あの、谷風さん、角を撫で回すのやめてもらえませんか。これ一応神経繋がってるんです」

「へぁ、そうなのかい! そいつはごめんねぇ」

 

阿奈波さんに言われてようやく離れてもらえた。

 

「艤装の修理も終わったよ。帰投はいつでも出来るが、どうする?」

「鎮守府を空けるのは抵抗がありますので、すぐにでも帰投しようかと。ですが、僕達が帰投する手段がありませんね」

「この磯風が担いでいこうか」

「やめてほしいかな」

 

本来乗っていた船が破壊されてしまったせいで、帰ることが出来ない。結果的に、大発動艇を貸し出すことになるのだが、第十七駆逐隊の4人のうちに大発動艇を運用できる艦娘はいない。結果的に、こちらの艦娘が送っていくことになる。

 

「天龍君、龍田君。彼らを鎮守府まで送り届けてもらえないかな。龍田君は大発動艇の運用が可能だ」

「了解だ。龍田、いいな?」

「は〜い。天龍ちゃんがいるのならやるわ〜」

 

珍しく天龍型姉妹にそういったことを任せるようだ。おそらくだが、理解者ではあるものの初めて行くような鎮守府には、外見を気にした方がいいという判断なのだろう。救助はスピード勝負だったこともあるので外見は気にしなかったが、鎮守府への送迎となると話が変わる。

特に、阿奈波さんの鎮守府は大本営に近い場所にあるらしい。尚のこと気にしなくてはいけないことだった。

 

「天龍君、ちょっと」

「おう、どうした」

 

司令官と天龍さんが何やらこそこそ話をしている。今回の送迎、もしかしたら何か意味があるものなのかもしれない。

 

「了解。じゃあ帰りが少し遅くなるかもしれねぇから」

「ああ、よろしく頼むよ」

 

龍田さんが大発動艇を用意し、阿奈波さんと佐久間さんが乗り込む。名残惜しそうにこちらを見てくるが、こればっかりは仕方の無いことだ。

 

「朝潮ちゃん、また来るからね」

「はい。お待ちしています。佐久間さんは良き理解者ですから」

 

昨晩あれだけしか話をしていないが、全員の緊張は解けていた。ノリが軽く、やたら触ろうとしては来るものの、悪意は感じない。研究者としての単純な好奇心と、少し違う感情の表れ。

 

「随分と仲良くなったんだね」

「毛嫌いされなくてよかったよ。阿奈波君もこういうところと繋がり持った方がいいよ。特にここ、赤い海からも近いしね」

「……そうだね」

 

そういえば、赤い海を研究するために来ているんだった。佐久間さんがあまりにも深海棲艦推しだったため忘れていた。

 

 

 

皆を見送ってから、司令官が大きく溜息をつく。

 

「どうしました?」

「佐久間君はいいんだが……阿奈波君は少し警戒した方がいい。彼はどちらの息もかかっている」

「えっ……それじゃあ……」

 

元帥閣下との繋がりがあるからこそ私達の鎮守府に救援を頼んできたが、それ自体が上層部の策略の可能性もあるということ。

元帥閣下は私達のやり方を肯定してくれている理解者だが、上層部はそうではない。手のひらを返して容認しているものの、毛嫌いしているのは変わっていないだろう。

 

「阿奈波君も純粋に理解者なら、送迎は皐月君にやってもらうつもりだった。が、裏がありそうだったのでね。杞憂ならいいんだが……先にこちらも手を打っておこう」

「元帥閣下に連絡ですか?」

「ああ。万が一に備えて、打てる手段はいくらでも打っておくよ。君達の居場所は必ず守る」

 

こんなことで鎮守府解体なんてことがあったらやりきれない。私達もそうだし、司令官もそうだ。今までの功績があるにしても、さらに手のひらを返されたら終わり。

 

「あの、元帥閣下への連絡、私もいいですか」

「そうだね。ご機嫌取りみたいで申し訳ないが、よろしく頼むよ。一度君の現状を話した時に大変なことになったからね」

 

深海棲艦化する前に一度連絡した時、地位など関係なく全てを投げ打ってここに来ようとしたのだ。一度、ちゃんと声を聞いてもらいたい。

 

執務室、早速元帥閣下に連絡を取る。最初は鎮守府再建の目処が立ったことを伝え、最終決戦に向けての打ち合わせをしたいというところから。それも勿論重要なことだ。いきなり敵陣に乗り込むことになるかはわからないが、力添えしてもらえるならあんなに頼りになる人達はいない。

そして本題。昨日救助した人達のこと。元帥閣下も、阿奈波さんのことは気にかけていたらしい。どちらにも靡く可能性があるということは、いくらでも裏切られる可能性があるということ。ゆえあれば寝返るとなると、気が気でない。

 

「お久しぶりです、元帥閣下」

『朝潮ちゃんや、話は聞いておるよ。身体は大丈夫なのかい?』

「おかげさまで。ただ、あの時とはまた状況が変わりまして……今の私は深海棲艦なんです」

 

受話器越しに、元帥閣下の息が止まるのがわかった。

 

「だ、大丈夫ですから。身体が変わっただけで何事もないです。ほんの少しだけ鎮守府から出て行ったこともありましたが、大丈夫、大丈夫ですから」

『本当に? おじいちゃんすごく心配』

「あと私の中に深海棲艦が住むようになりましたが大丈夫です。っと、今はそのことより、阿奈波さんのことです」

 

私からの説明もあり、元帥閣下はほぼ二つ返事で了承してくれた。今からそちらの鎮守府にも出向いて話をするとのこと。

元帥閣下としても、私達の鎮守府を無くすのは惜しいらしい。本当に貴重な深海棲艦と共存できている鎮守府のため、出来ることなら戦闘行為すら禁じたいくらいだそうだ。だがそんなことをしたら北端上陸姫に押し潰されて終わってしまう。自衛は大事である。

 

『加藤の娘なら、儂の孫みたいなものじゃ。悪いようにはせんよ。こういうときに地位を使わんとな』

「ありがとうございます、おじいちゃん」

『いやいや、孫の頼みを聞くのがおじいちゃんの務めじゃ。もっと頼ってくれて構わんよ。朝潮ちゃんのお願いなら儂何でも聞いちゃう』

 

この辺りで後ろから引っ叩く音が聞こえた。これは確実に赤城さんである。受話器の先でガサガサ聞こえた後、今度は赤城さんが通話。

 

『朝潮さん、うちの耄碌ジジイがごめんなさいね』

「い、いえ、大丈夫です。今度また顔を見せることになるので」

『私達も楽しみにしているわ。生まれ変わった貴女というのも』

 

長門さんからいろいろ聞いていたらしい。だが、それは深海艦娘となっていた時期だ。今はまた全く違う存在。どういう顔をされるのだろうか。

 

 

 

午後、送迎に向かった天龍さんから連絡が入る。案の定、上層部の息のかかった者が鎮守府にいたらしい。阿奈波さんが仕組んだことではなく、鎮守府の構成員として最初から配属されていたとのこと。天龍さんと龍田さんも少し嫌な視線を受けたらしく、司令官の想定が大正解だったことを思い知らされる。

代わりに、元帥閣下とも合流できたらしい。前以て連絡しておいてよかった。完全にアウェーな環境でも、こちらの理解者がいるというだけである程度は我慢できるというもの。

 

「天龍君と龍田君の帰りは大体夕方くらいになる。その間に、1つやっておかないといけないことがあるね」

「やっておかないといけないこと?」

「先程ついに君達の私室の修復が完了した。部屋割りだよ」

 

これにより、鎮守府再建は完了ということになった。楽しかった大部屋での就寝はこれで終わりを告げられる。少し残念だったが、私室も欲しいというのが本音だ。

 

「部屋は君達が好きに選べばいい。これが見取り図。名前を書き込んでいってくれれば、妖精さんが対応してくれる。1人1部屋だけど、相部屋が希望なら好きにすればいいよ。部屋を持っておいて、他の部屋に入り浸るのも構わない。過ごしやすいように過ごせばいいからね」

 

大きな紙が張り出された。3階建てなのは変わらず、ズラッと横に並ぶ部屋は1つの階に14部屋が2列。全部で84部屋である。再建と同時に規模自体が拡張されており、気付かないうちに鎮守府そのものが大きくなっていた。実は人工島まで少し大きくなっていたらしい。破壊されたのを修復すると同時にいろいろ手を回されていた。妖精さんの謎の技術の恐ろしさがわかる。

 

現在の所属艦娘はなんだかんだで52人。その中でも陸上型深海棲艦3人は自分の陣地が寝床であり、部屋は使わない。また、潜水艦姉妹はシンさんの脚の都合上、必ず相部屋となる。

そうなると、部屋を求めるのは48人。潜水艦姉妹とウォースパイトさんは車椅子があるので必ず1階になるが、それ以外は本当に自由。

 

「姉さんは何処にする?」

「そうね……ま、どうせ霞は毎日通い詰めるんでしょ?」

「当然。だから正面の部屋はいただくわ」

 

もう一切隠さない。大部屋で寝ている時にあれだけのことをやっているのだから隠す必要もない。というか吹っ切れ過ぎているくらいなので隠そうとしてもバレバレ。

 

「じゃあお隣は大潮で! 朝潮型3人で固まりましょう!」

「それがいいわね。姉妹は近くの方がいいわ」

 

こうなるの私の部屋の隣、大潮の逆サイドが空く。おそらく誰かが来るだろうが、そこは本人達に任せよう。

 

「初霜さん、これは戦争ですよ」

「そうですね春風さん。朝潮さんの隣の部屋を賭けた戦争です」

 

この反応は予想がついていた。

何が起きてもいいように、さっさと名前を書いておく。2階の真ん中の辺り、隣に大潮、正面が霞。と、書いたところで、気付いたら霞の隣の部屋は瑞穂さんの名前が。ちゃっかりしている。

 

「朝潮型全員に仕える者として、この場所が妥当かと。最短距離を確保致しました」

「いつもありがとうございます」

「いえ、その言葉だけで瑞穂は満ち足りた気持ちになるのです。今後とも侍らせていただけますよう、よろしくお願いしたく存じます」

 

部屋1つでこうなってしまうのも私の影響だと思うと心苦しいものである。そういえばクウはどうしたのだろうと思ったら、レキと仲良く隣同士になろうとしていた。ここに来て友達もできたのはいいことだ。

 

「姫様、わたしも遊びに行ってもいい?」

「レキも行く!」

「ええ、いつでもおいで」

 

これは毎晩賑やかになりそうだ。

 

「女帝様は人気ですなぁ」

「いつものことですよ。漣さんは潮さんと?」

「まぁねー。やっぱ姉妹は近い方がいいと思うんスよ」

 

それはそうかも。なんだかんだ一番気心が知れてるのは姉妹だ。あの潮さんですら、漣さんに対してだけは結構強い口を利く。

すでに書かれている名前を見ると、以前まで相部屋だった人達はしっかり隣、もしくは向かい合う部屋を取っていた。私は決まった自分の部屋へ。春風と初霜さんの部屋取り合戦は放っておくことにした。

 

紙に名前を書いた時点で、妖精さんが部屋として完成させてくれたらしい。前まで使っていたベッドと机に似たものが置かれた部屋。肌着の類もタンスの中に全部詰まっていた。

そして壁には私の使う3種類の服。本来の私のもの、海峡夜棲姫の着物、そしてアサのもの。妖精さん、いろいろ察してくれている。

 

『お前、結構オシャレなのな。他の連中と違って服を何種類も持ってるなんて』

「私が特殊なだけよ。いろいろと立ち位置があるの」

『朝潮型の長女ってのと、姉さん達の妹ってのと、私か』

 

服の種類も私が歩いてきた道の証だ。こうなるまで私は本当にいろんなことをしてきた。されてきたとも言う。

今日からはこの部屋で過ごすことになる。早くも愛着が湧いてきた。

 

 

 

部屋割りも終わり、夕暮れ時。そろそろ天龍さん達が帰ってくる時間だ。お出迎えに工廠へと向かう司令官に私もついていく。と、工廠の手前に未だに妖精さんが工事している場所が。元々そんなところに空間など無かったはずだが、何か部屋を作っているような雰囲気。

 

「司令官、ここは……」

「もう少ししたらわかるよ。さ、そろそろじゃないかな?」

 

電探に天龍さんと龍田さんの反応が入る。あとは大発動艇の反応も。ただ、その上にもう1つ、見知った反応が。

 

「帰ったぜー。ホント疲れる遠征だったぜ」

「あの連中の目玉をくり抜いてもよかったんだけどね〜。天龍ちゃんのことジロジロ見て」

「やめてやれ。オレらが人間やっちまったら提督がヤベェ」

 

行って帰るだけでも疲れた様子の2人。奇異の目で見られ続けるのはストレスが溜まるものだろう。春風が心を壊してしまうほどなのだから、誰もが例外ではない。

 

「ついたぜ。降りてくれ」

「はーい!」

 

大発動艇から降りてきたのは、佐久間さんだった。

 

「この度! この鎮守府に正式に配属されました! あっちの鎮守府は居心地悪くてねぇ。私の研究はこっちの方がしやすいし、加藤准将も許可出してくれたしで万々歳!」

「佐久間さん!」

「また会おうって言ったらその日中に帰ってきちゃった。いやぁ、縁って大事だよね」

 

さっき妖精さんが工事をしていたのは佐久間さんの部屋。研究室を兼ねた私室。工廠に近い方が手に入る情報も素材も多い。

 

「佐久間君、これからよろしく頼むよ。君の思想は私の思想に似ているからね。共に、争いのない世界を作ろう」

「了解です准将! よろしくお願いします!」

 

またもや騒がしい仲間が増えた。人間の仲間というのは初めてのことだ。鎮守府が賑やかになるのは嬉しい。

 

「では早速朝潮ちゃんをひん剥いて隅々まで調査を」

「おじいちゃんに訴えますよ」

「おじいちゃんって?」

「元帥閣下です」

「ご勘弁を!」

 

ノリは漣さんみたいなものだ。多分仲良くなれる。

鎮守府再建と共に仲間も増やし、私達は次の道へと歩き出した。最終決戦まで近い。




人間のスタッフ追加は初。今まで加藤司令官しかいなかった鎮守府に、癖が強い新人が追加されました。


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罪悪感からの逃避

深海棲艦研究者である人間のスタッフ、佐久間さんが鎮守府に加入。今後はいろいろなパターンの深海棲艦についての調査が行われることになった。

早速翌日、身体構造を調査したいとのことなので、私、朝潮や春風、大潮が血液を提供した。艦娘、深海艦娘、半深海棲艦、純粋な深海棲艦の素材が無尽蔵に手に入るようなものだ。佐久間さんもノリノリで研究をしている。

どういうことをしているのかが気になったので、私は今、佐久間さんの研究室兼私室にお邪魔している。

 

「元深海棲艦がいるって聞いてるんだけど、誰か提供してくれそうな人、いないかな」

「そうですね……瑞穂さんからは少し控えてもらうとして、ウォースパイトさんかポーラさんですね。ガングートさんは戦闘で血を流すことが多いですから、ここで抜くのはちょっと」

 

瑞穂さんは自分が元深海棲艦であるとまだハッキリと理解できていない人だ。私がそう言うからそういうものなんだろうというくらいにしか認識していない。あまり騒ぎ立てると、思い出してはいけない記憶を掘り返してしまう可能性がある。

そうなるとウォースパイトさんかポーラさん。近くに誰かいないか見てみたら、ちょうど食堂から出てきたポーラさんと目があった。ワイン瓶とおつまみを持っている辺り、相当である。

 

「Buon Giornov〜」

「ポーラさん、早速酔ってません?」

「酔ってない酔ってない〜。舐めた程度でポーラは酔いません〜」

 

酔っているのは確かだった。

断酒させられてアルコールが抜けた状態での性能検査の結果は、飲酒している状態とほぼほぼ変わらず。むしろ少しだけ精度が下がっているらしい。アルコールが抜けると手が震えると言っていたが、本当にそれが原因なのかも。

 

「ポーラちゃん、ちょっと血が欲しいんだけどいい?」

「あ〜、サクマさん〜、ポーラの血は赤ワインで出来てますよ〜」

「それなら逆に調べたいね。ちょっと付き合って。元深海棲艦は大本営ではいろいろあったからさぁ、ここに居てくれるの本当にありがたいんだよ」

 

あちらでは叛旗を翻した結果処分されるという酷いことが起きている。佐久間さんはそれも知っているようだ。私達の鎮守府では未だそういったことはない。浄化の経緯が皆、満足して逝ったからだろう。瑞穂さんは例外だが。

 

「夜に一杯付き合うからさ」

「お〜、嬉しいですね〜」

 

お酒に釣られて佐久間さんの部屋に入ってくる。

昨日の夜にわかったことだが、この佐久間さん、ポーラさんと同じだけど飲んでも倒れなかった。ポーラさんと一緒に脱ぎ出した時はどうしようかと思ったが。

 

「そうそう、ポーラちゃんは改めて身体を確認したいところがあってさ。お腹の痣、見せてもらいたいんだよね」

「んぇ〜、こんなの見ても何も面白くないですよ〜」

「いやいや、私にはそれもお宝なんだよね。ところでここにワンカップだけど日本酒があります」

「ニホン=シュ! 白ワインみたいなお酒ですね〜。飲んだこと無いので嬉しいです〜。脱げばいいんですか〜?」

 

研究者といえど鎮守府に配属されるスタッフなだけある。艦娘の扱い方が上手い。

 

「そうそう。ここまで元々の深海棲艦の要素が身体に残ってる子はいないからね」

「ポーラ、これあんまり好きじゃないんですよ〜。ちょっと大きすぎません?」

 

重巡棲姫は腹に艤装の接続口があるため、腹がバックリと裂けていた。中が見えるわけじゃなく闇が広がっているだけではあったが、それがそっくりそのまま残ったような痣。お腹を縦に引き裂いたような痣なので、初見では大きな傷に見える。

 

「ただの痣だよねぇこれ。ちょっと触らせてね」

「うぇへへ、くすぐったいですよ〜、うひ、ひひひっ」

「おお、肌触りすごくいい。艦娘ってスキンケアとかしなくてもこれだからすごいよね。ああペロペロしたい!」

 

佐久間さんも大概である。

 

「うーん、とりあえずわかったのは、元深海棲艦は身体は完全に艦娘ってことだね。深海の要素一切無し。痣はただの痣。ある意味欠陥(バグ)みたいなものかな」

「消せない傷みたいなことですか」

「そうそう! 朝潮ちゃん賢いね。お姉さんが撫でてあげよう」

 

メイクで隠すくらいは出来るかもしれないが、基本的には受け入れるしかないと話す。

ほんの一瞬だが、ポーラさんの表情が曇ったように見えた。自分が元深海棲艦であることを受け入れきれていないのかもしれない。

 

「実際にそこの細胞を貰いたいくらいだけど、絶対に痛い思いするからね。機会があれば貰って解析するよ。ありがとねポーラちゃん。はい、約束の日本酒」

「わ〜、ありがとうございます〜。早速お部屋でいただきま〜す」

 

お酒が手に入った途端、踊るように部屋から出ていった。曇った表情が嘘みたいだった。

 

『朝潮、あの酔っ払い、雰囲気違くなかったか』

「ちょっと曇ったわよね。あの痣が余程嫌なのかしら……」

『それだけじゃなさそうだな』

 

アサも同じようなことを思っていたらしい。少し気になる。

 

 

 

佐久間さんが研究に没頭するようだったので、私も退室。そこで待ち構えていたかのように初霜さんと合流。何処にいても居場所がわかる状態というのはメリットにもデメリットにもなる。

 

「ポーラさんがご機嫌でお部屋に入って行きました。何かあったんですかね」

「佐久間さんの研究に付き合ったお礼にお酒貰ったんですよ。日本酒は飲んだこと無かったみたいで」

「ああ、なるほど」

 

イタリア重巡のポーラさんは基本ワインを持ち歩いている。他の国のお酒はあまり飲まないようだ。

 

「本当にずっとお酒を飲んでますよね。あの時から酔ってない姿を見ていない気がします」

「でも訓練とか演習とかは成績いいんですよね……酔ってた方が」

 

意思を持つ艤装、ロッソとビアンコのおかげかもしれないが、ポーラさんの訓練成績は非常にいい。元深海棲艦であることがそれに影響しているわけではないのだが、タイミングが崩れるというか、酔っているからか予測不能なことを稀にする。少し違うが雪風さんの幸運のようなことが起こる。

 

「お腹の痣のことを調べたんです。あの痣は欠陥(バグ)みたいなものって佐久間さんは言っていて」

「なるほど……でも、私はポーラさんのあの痣、すごく好きです。私をこの状態で食い止めてくれた重巡棲姫だったってわかりますから」

 

私の深海の匂いに狂わされてしまった初霜さんだが、これが無かったらポーラさんに惹かれていたのではないかと思う。命の恩人であり、命をかけてくれたのだから、こんな状態でも私の次にはポーラさんを気にかけているみたいだ。

 

「痣のこと、あまり好きじゃないって言ってたんです」

「そうですか……なんだか悲しいです。受け入れきれていないんですかね……」

 

ポーラさんの話をしながら歩いていたからか、ポーラさんの私室の前に来ていた。様子見がてらお邪魔してみることに。

 

「ポーラさん、日本酒はどうですか?」

「んぁ〜、アサシオとハツシモ〜、美味しいですね〜。ワインとは違うけど、いくらでも飲めそうで〜す」

 

佐久間さんから貰ったお酒はコップ1杯程度だったが、それでも満足している様子。

 

ポーラさんの私室に初めて入ったが、皆と同じ机とベッドの他に、ワイン棚が鎮座していた。鎮守府の備蓄とは別に自分用のお酒を司令官にせがんだらしい。今ある分で渡せる分は渡したとのことだが、ハイペースで飲み続けているのでいつ在庫が無くなるか。

 

「う……お部屋がお酒臭いですね……」

「ず〜っと飲んでるから〜」

 

私室を割り当てられたのは昨日の午後。まだ丸一日も経っていない。それでこの匂いとなると、本当にずっと飲んでいるとしか思えない。

 

「ポーラはずっと酔ってたいの〜」

「なんでそこまで……」

「だって〜……嫌なこと忘れられますよ〜?」

 

また表情が少し曇る。ポーラさんの本質が見えたような気がした。

 

「あの、ポーラさん。差し支えなければでいいんですが、お酒で忘れたい嫌なことって」

「それ、アサシオが聞いちゃいます〜?」

 

なんとなく察してはいたのだ。お腹の痣が好きじゃないと言った時点で、前世の記憶が枷になっているのではないかと。

ガングートさんのように罪悪感のないような生き方をしたわけでもなく、ウォースパイトさんのように罪悪感と向き合えるわけでもなく、瑞穂さんのように全て忘れてしまったわけでもなく、私達を利用した、裏切ったという記憶がずっと付いて回っている。

 

不意にポーラさんの微睡んでいるような雰囲気が消えた。同時に、どんよりとした空気が漂う。

 

「ポーラね、主砲撃つときにアサシオの背中がチラつくの。でも、お酒飲んだ時は見えないんだ」

 

命惜しさにやった行動が、全て罪悪感になっている。私達と一緒に鎮守府にやってきたのも、私達を利用して助かろうと考えながらの行動だ。ここにいること自体が罪悪感を刺激してしまっているのかもしれない。

 

「シラフになると、あの時の記憶全部思い出しちゃう。領海で仲間を全員殺されたことも、命からがら逃げ出したことも、アサシオを……後ろから撃とうとしたことも。だからポーラはお酒に逃げてるの。嫌なことから目を逸らすために、ずっと酔っ払いたいの」

 

本来のポーラさんは完全な趣味で飲み倒しているらしいが、このポーラさんは元重巡棲姫だからかお酒を逃避のために使っている。

お酒を飲んでいないと手が震えると言っていたが、それはおそらく恐怖でだ。いつ責められてもおかしくない恐怖で震えている。それだけのことをしたと、ポーラさん自身が思っている。人間不信の1つかもしれない。

誰もポーラさんのことを責めたりはしていない。重巡棲姫がどういうことをしたかを知った上で、皆ポーラさんを受け入れている。主砲を突きつけられたとき、私は少し強い物言いをしてしまった。だがそれだけだ。別にポーラさんのことを悪くは思っていない。

 

『朝潮、こいつはこういう奴なんだ。放っておくのが得策だぞ』

「そうかもしれないけど……」

『少なくとも、これはお前の関わることじゃない』

 

アサの言い分は正しい。私がどうこう言う資格はない。ただ、そういう理由でポーラさんがお酒に溺れる姿を見ていると、少し悲しい気持ちになる。皆が受け入れているのに、自分が一番自分を好きになれない。

 

「……ポーラさん」

「なぁにハツシモ」

「そんなにお望みなら、言葉にしてあげます」

 

肩を掴み、しっかりと向き合う。睨みつけるような怖い顔。

 

「貴女の()()で私の身体はこんなことになってしまいました。全て貴女が私達を利用した()()です」

 

直球で責め立てた。ポーラさんが一番されたくないであろう、初霜さんからの責め。あの戦場でたった一人の、後を引く傷を負った犠牲者。

一気に酔いが醒めたのだろう、ポーラさんの表情が酷く歪む。泣きそうな、辛そうな表情。

私には止めることが出来なかった。初霜さんにも何か考えがあってこんなことを言っているのだと思えた。ただただ責めるなんてこと、今の初霜さんならしないだろう。以前までならわからないが。

 

「私をこんな身体にして、どう責任取ってくれるんですか」

「あ、う、ポーラは……どうすれば……」

「責任の取り方がわからないなら、私の言う事を聞いてください」

 

恐怖で震えているのが私でもわかった。罪悪感から、責任から逃げてお酒に溺れていたポーラさんには、何をすればいいのかがわからない。

 

「貴女はそれを罪だと思っているようですし、まずそれに向き合ってください。有り体に言えば、断酒です」

「だ、ダン=シュ……首を斬れと」

「それは斬首。お酒をやめろと言っているんです。私達を見て罪悪感があるのなら、まずそれと向き合ってください」

 

それが出来なかったからお酒に逃げたのだが、無理矢理にでも向かい合わせようとしている。

 

「罪悪感と向き合い、その上で一緒に戦いましょう。それが償いです。先に言っておきますが、皆ポーラさんのこと悪く思ってませんからね? だったら初日の宴会なんて出来ないでしょう」

「ま、まぁ、確かに」

「とはいえ、罪悪感があると夜に眠れなかったりするでしょうから、夜だけ飲むようにしましょうか。一人でではなく、みんなで。この前も言いましたが、軽めの晩酌くらいなら付き合いますから」

 

少しずつお酒から離しつつ、罪悪感を軽めにし、お酒への逃避を控えさせる作戦。程よく飲む程度なら全然構わない。ここの人も全員が全員お酒を飲まないというわけではないのだから、程度をわきまえればいくらでも飲めばいいのだ。

 

「……うん、わかった。ポーラ、みんなにごめんなさいするために、お酒、控えめにする」

 

ウォースパイトさんも通ってきた道だ。罪悪感を克服することなんて出来ないだろうが、受け入れて歩くことは出来るはず。事実、先駆者がいるのだから、ポーラさんもきっと出来る。控えめと言っている辺り、まだやめるわけではないようだが、それでも一歩進むことが出来ただろう。

 

「じゃあまずは部屋のワインは倉庫に戻しますね」

「えっ」

「文句、ありますか?」

「ナイデス」

 

これ見よがしに右腕の痣を見せる。それを見せられたら今のポーラさんは言うことを聞かざるを得ない。しぶしぶだがワイン棚は片付けられることになった。

 

 

 

まだ酔ってはいるものの、ポーラさんはお酒を控えることになりそうだ。初霜さんもその後に、身体が変わったのはポーラさんのせいだなんて1ミリも思ってないとちゃんとフォローしている。それでもお酒を控える誓いを立てたのだから、ポーラさんは罪悪感と向き合おうとしている。

 

『よかったな。ハツシモが全部やってくれたぞ』

「そうね……うん、よかった」

 

ホッとしたからか、なんだか頭がフワフワしてきた。少し身体が熱い。部屋の中の気温が上がったような感覚。

 

「なんだかこの部屋……暑くないですか……?」

「え、そんなことないですけど」

 

ポーラさんの部屋の中はお酒の匂いが充満している。頭がフワフワして、少し気持ちがいい。でも暑いのが耐えられそうにない。これはもしかして服を着ているから暑いのでは。

 

「うぅ……服が邪魔……」

「え、朝潮さん!?」

 

いろいろと脱いでようやく涼しくなった。肌着だけになってしまったが、これならようやく耐えられる。初霜さんがすごく驚いているようだが、暑いのだから仕方がない。

 

『おい朝潮、何やってんだ!』

「あついんだもの……ぬがないと……」

『お前空気で酔ってるのか!? 代われ! 私がどうにか……って、出られない!?』

 

アサがうるさいので思考の海をロック。なんだか気分がいい。周りが明るく見える。気が大きくなるような気分。やりたいことがなんでもできるような感覚。

 

「朝潮さん、服を、服を着てください! とても眼福ですが良くないです! 瑞穂さん! 瑞穂さーん! 朝潮さんが大変でーす!」

「んぅ、はつしも、うるさい」

「はぁあっ、呼び捨てぇ……幸せすぎるぅ……」

 

なんだか足下がおぼつかない。ポーラさんのベッドに座らせてもらうことに。

 

「ど、どうしましょう〜……空気で酔うほどお酒に弱いなんて」

「助けは呼んだので……」

「はい、呼び出されました」

 

瑞穂さんも部屋にいる。相変わらず神出鬼没。

 

「この部屋の空気で酔ってしまったのですね」

「はい……」

「ひとまず服を着せてこの部屋から出します」

 

瑞穂さんに脱いだ服を着せられていく。が、暑いから脱いだのに着せられたら意味がない。暑いのが耐えられない。

 

「みずほ、あつい」

「っ……そうは言われましても、そのお姿で部屋の外に出てもらうわけには」

「あつい。あーつーいー」

「なんて……可愛らしい……。で、でもダメです。朝潮様、この瑞穂、今回ばかりは心を鬼とし、反抗させていただきます。これは朝潮様のためになりません。ささ、お部屋から出ましょう。外の方が涼しいですから」

 

担ぎ上げられるように部屋から出された。後ろではポーラさんの部屋の換気がされている様子。

 

「暑いのでしたら、今はお着物だけにしましょう。扶桑さんの妹さんのものですね。袖もありませんし、裾も短いですから」

「うん、すずしい」

「それはよかったです。では食堂でお水をいただきましょう。まだ軽微ですから、酔い覚ましはそれでできるかと」

 

自分の脚では歩けそうにないので、瑞穂さんに連れて行かれることに。

 

この後、さんざん醜態を晒した私は頭を抱えることになる。二度とお酒に関わることをするものかと、心に誓うことになった。




闇の深いポーラ。酒に溺れることで嫌なことを忘れたいという、とても人間味のある艦娘。酔ってるなら何しても酔ってるからで済ますことが出来そうだもの。


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援軍再び

午後、なんとか酔いから覚めた私、朝潮。瑞穂さんの手厚い介抱のお陰で後を引かずに済んだが、醜態だけはどうにもならない。霞や春風からも呆れられる。だがあれは私のせいじゃない。皆もポーラさんの部屋に行ってみればわかる。

 

「初霜は酔ってなかったのよね。同じ部屋にいたのに」

「……そうね」

「御姉様、お酒に弱いのですね。覚えておきます」

 

ウィスキーボンボンでは酔わなかったと力説するも、当たり前だと一蹴された。もうお酒は懲り懲りである。

 

『朝潮……お前が私に封印されていた時の恐怖がわかった気がする』

「え、アサ、あの」

『こっちの声だけ一切届かなくなるなんて、二度とゴメンだと思った。たった数時間なのに本当に怖かった。よくあれを3日も耐えられたな』

 

酔って正気を失っていたとはいえ、アサには悪いことをしてしまった。今度領海に行くことでお詫びとしよう。今のアサには癒しが必要な気がする。

 

 

 

ポーラさんが逃避のためのアルコール中毒を改善しようと動き始めたのと同じく、鎮守府としてもいろいろと動き始める。最終決戦に向けて、援軍の再要請である。浦城司令官の鎮守府と、さらには大本営、元帥閣下からの増援が期待できる。

迎え入れるための部屋は出来たため、あとは来てもらうのを待つのみ。司令官は昨日のうちに連絡済みだそうだ。

 

「あちらにも準備があるだろう。特に元帥閣下の方は、上層部の目もある。早くても3日はかかるらしい」

 

元帥閣下到着まで待つとなると、前回の救出任務から2週間経過することとなる。大分日を空けてしまった。それまでに私が深海棲艦化し、初霜さんが半深海棲艦化し、クウ、ポーラさん、そしてスタッフとして佐久間さんが配属されている。なんて濃厚な2週間。

それまでに浦城司令官の鎮守府から援軍を招き入れ、一度赤い海へと向かうことも視野に入れた方がいい。そこで白吹雪さんと戦闘ができれば、あとが大分楽になる。

 

「浦城君の鎮守府からの援軍はすぐにでも来るよ。今日先発部隊、明日後発部隊だ」

「また一気に増えるのね。鎮守府防衛が捗るわ」

 

あちらからの援軍は総勢13名。それだけ増えれば、攻めるも守るも自由が利くようになる。しかし、援軍の方々は白吹雪さんの力をまだ知らない。元帥閣下の援軍が来る前に説明しておくのが良さそう。

 

「山城君。扶桑君と共に、援軍の子達と演習をしてもらえるかな」

「ええ。白い吹雪がどういうものかを知っておく必要があるものね。朝潮、アンタにも手伝ってもらいたいんだけど」

「大丈夫です。酔いも抜けたので」

 

「そろそろ到着という連絡が来ている。先発部隊は駆逐艦と軽巡洋艦。明日の後発部隊は残りの重巡、空母、戦艦だ。集まり次第作戦を説明する。元帥閣下の援軍は本陣を攻める時に使わせてもらおう」

 

出来ることなら、白吹雪さんは先に片付けておきたい。それが出来る可能性を考えて、陣地まで行かず、赤い海のいつもの交戦場所までの出撃をするとのこと。2段階の出撃にして、負担を減らせたら幸いだ。

 

 

 

会議の後、すぐに援軍の先発部隊が到着。私は説明が必要だということで出迎えはせず、工廠の後ろに初霜さんと一緒に待機させられた。前回、電さんと深雪さんのお披露目をした時のような演出。こんな気分だったのか。少し楽しい。

 

「お久しぶりです、加藤提督。旗艦神通、並びに随伴6名。再配属させていただきます」

「ありがとう。今回は最終決戦までお願いするよ」

「はい。尽力させていただきます。ところで、朝潮さんはどうしたのですか? 以前と同じなら出迎えも一緒にいたと思うのですが」

 

援軍の方々は私が深海艦娘となったところまでは見ているが、今の状態は知らない。

 

「朝潮さん、いっそアサさんの方で出てみては」

「え、それはさすがに」

『いいぞ。あいつらは私とは初顔合わせだ。挨拶させろよ』

 

無理矢理主導権を取られた。酔ったときに閉じ込められたのを根に持っているのかもしれない。どういう反応をするのかは少し楽しみではあるが、趣味が悪いのでは。

 

「朝潮君、初霜君、来てもらえるかな。っと、今日はアサ君かい?」

「見せた方が早いだろ。こいつらは私のことを知らない」

「そうだね。君も大事な私の娘だ。紹介する必要がある」

 

私の姿を見て怪訝そうな顔をする援軍一同。最後に見た私は深海艦娘故に髪は白かったし瞳は赤かった。今は髪は黒く瞳は青白い。印象が違うのはわかる。

 

「え、えーっと、朝潮?」

「お前がこのリボンの持ち主のシキナミか。縁が強いな」

「あ、朝潮!?」

 

こういう反応にもなる。顔見知りから記憶が消えているようなものだ。

 

「今は朝潮に主導権を貰っている。朝潮の()()()に住ませてもらっている深海棲艦、深海朝棲姫。アサと呼んでくれ」

「朝潮君は敵の攻撃を受け、深海棲艦に変えられてしまった。今は1つの身体に2つの精神を宿している。今表に出ているのは、深海棲艦の方ということだよ」

 

一同大混乱。言われてもわからないだろうし、目の前で交代しても理解するのが難しい内容だ。春風の二重人格に関しては理解しているので、それと似たようなものと考えてもらえればいいだろう。

 

「で、こっちの初霜も同じことを……?」

「私は半分だけ。これが証拠です」

 

右腕のヒビ割れた痣を見せる。これである程度は納得してもらえたようだ。初霜さんの私への距離感については理解できていないようだが。

 

「ジンツウといったな。テンリュウから話を聞いている。私も演習に参加するから、相手をしよう」

「そうですか。では期待させていただきます。……今度こそ天龍さんに勝ちますから」

 

負けず嫌いもここまで極まっていると少し怖い。いつか実弾で演習しかねない。

 

「作戦概要は明日の後発部隊が来てから話そう。それまでは前回と同じように寛いでいてほしい。今は決戦前の準備期間だ。各々話を聞いて回ってもいいし、身体を休めてもいい」

「了解しました。各自、貸していただける部屋を確認次第、自由行動ということで」

 

神通さんは足早に部屋を確認しに行ってしまった。すぐにでも天龍さんと演習がしたい様子。さすがにもう慣れた。

挨拶もしてあちらの驚く顔も見れて満足そうなアサに主導権を貰い、改めて私が皆に挨拶。

 

「はい、交代しました。お久しぶりです、皆さん。()時雨さんは、()時雨さんがお待ちかねですよ」

「その呼ばれ方、久しぶりだね。ここに戻ってきたって実感するよ」

 

北上さんと大井さんは神通さんに続いて部屋に向かい、夕立さんは春風に会いに走っていってしまう。長波さんもここで仲良くしていた皐月さんに会いに深海艦娘の詰所に向かっていった。黒時雨さんも長波さんに便乗。自由時間と言われているが、あまりにも自由(フリーダム)。ここに残ったのは敷波さんだけ。

 

「すっごい驚いたけど、朝潮……だよね?」

「大丈夫です。今はアサが中にいます。表に出ているのは朝潮ですよ」

 

半信半疑な敷波さん。知らない人は中身が入れ替わっていると言われてもピンと来ない。一目でわかってくれるのは、元深海棲艦絡みの人と霞と司令官くらいである。霞はよくわかるなと感心したものだ。一応瞳に閃光が走るとアサということはわかるらしい。

 

「見分けってつく?」

「深海の匂いが強まるとアサさんです」

「あたしらでもわかる見分け方ね? というか初霜もそういうことやれるようになったんだ。あたしらが帰投したあとの1週間ちょっとで何があったのさ」

「説明しますよ。仲間も増えましたからね」

 

ついでに工廠の隅でこちらをチラチラ見ている佐久間さんも。深海棲艦研究のためには艦娘のことも知らなくてはいけないと、誰彼構わずふれあいを求めてくる。女性とはいえ、触り方がいやらしいこともあるので、実はこの鎮守府の中では一番の要注意人物なのかもしれない。

 

 

 

敷波さんと再建により改装された鎮守府内をブラブラしているうちに霞と合流。そのまま演習が繰り広げられているという海の岸へ。

 

「おー、やってるやってる。神通さんやっば天龍さんに喧嘩売ったんだ」

「すごい……ついに互角になってる」

 

あらゆる方面で天龍さんのことを研究してきた神通さん。圧倒とまではいかないが、天龍さんが本気で苦戦しているのが遠目でもわかる。あと、やっぱり2人とも笑顔。怖い。

 

『すごいなジンツウ。あれは苦戦しそうだ』

「勝てそう?」

『あれに勝てないと白いフブキには勝てん』

 

アサと話すうちに、天龍さんの刀が飛ばされた。ついに神通さんが勝利を収める。

 

「くっそ! ついに負けちまった!」

「はぁ……はぁ……勝ちました……やっと……」

 

天龍さんがこうやって負ける姿を見るのは初めてかもしれない。ここに来て神通さんの成長速度に驚かされる。あれは練度ではなく技術の強化。対応力の成長だ。

 

「ではこれでようやく山城さんとの演習が許可されますね」

「そこまでやりたかったのかよ……マジでオススメしないんだが」

「そこまで言われるからやってみたいんです」

 

呆れた顔で山城姉様が呼ばれる。運が悪いことに扶桑姉様も一緒にいた。

 

「……貴女は強くなりたいのね……なら……私が相手をしてあげるわ……」

「山城さんと同等かそれ以上の力を持つ扶桑さんですか。お相手していただけますか」

 

これはまずい。注意だけはしておかないと神通さんが大変なことになりかねない。すぐに海に降りて扶桑姉様の下へ。工廠に行かずとも海に向かえるようになったのを見て、敷波さんは私が深海棲艦になったのだと改めて実感したようだった。

 

「扶桑姉様。加減はしてくださいね?」

「朝潮……わかってるわ……デコピンだけだから……」

「私としては本気でお願いしたいんですが」

「やめておいた方がいいです。デコピンしか使わない扶桑姉様に勝ってからにしてください」

 

私の力説で神通さんはどうにか折れてくれた。山城姉様も少し安心している。

 

「では、よろしくお願いします」

「ええ……外の鎮守府の子と演習するなんて初めてだもの……妹達に……いいところ見せないとね……」

 

演習開始と同時に急所を撃つ神通さん。相変わらず容赦がない。しかし扶桑姉様にはそういったものが一切効かない。適当に払うだけで砲撃は弾かれる。主砲による砲撃が効かないと言っても過言では無いだろう。これを白吹雪さんもやってくるのだから厄介だ。

 

「狙いはいいわね……でも……もう少し精度が欲しいわ……」

「これ以上を求めますか」

「ええ……白い吹雪は私以上よ……主砲は効かない」

 

相変わらずめちゃくちゃだった。缶とタービンをありったけ積み込んだほどのスピードで接近し、すでに神通さんの眼前。スピード自体は天龍さんでも見慣れている神通さんだが、それを戦艦がやってきたとなると話が変わる。

 

「速い……っ!」

「主砲よりは……魚雷の方がいいわ……だからこれはダメ」

 

デコピンで主砲を吹き飛ばした。壊さないように細心の注意を払ったが、それでも持っていられないほどの衝撃だったらしい。あの神通さんでも無防備に。

 

「まずい……っ」

「戦い方を……変えましょうね……」

 

軽く、本当に軽くデコピン。脳震盪を起こさないよう、勢いを殺さず、後ろに飛ばすような一撃。神通さんが戦艦の砲撃を受けたように吹き飛んだ。やり方は違うが、初めて扶桑姉様が襲撃をしたときにあんな感じで深雪さんがやられたのを思い出す。

 

「……おしまい」

「これほどとは……額が痛いです」

 

それだけで演習終了。神通さんの次のターゲットが決まった瞬間でもあった。

 

「……何あれ」

「姉さんが姉と慕う海峡夜棲姫の姉。朝潮帝国の最高戦力」

「神通さんがあそこまで成すすべなかったの初めて見るんだけど。あと帝国って何」

 

霞が敷波さんに説明しているのが聞こえたが、あまりに簡単すぎて理解できていない様子。

あれだけ痛い目を見た後、今度はこちらを見てくる。そういえばさっきアサが喧嘩を売っていた。もしかして、今度は私が相手をすることになるのでは。

 

「朝潮さん、次は貴女です。演習に参加してくれると言っていましたよね」

「私じゃなくてアサがですけどね。……わかりました。やります。アサ、責任取ってよ」

『当たり前だ。私がやるから主導権よこせ』

 

即座に主導権を渡す。神通さんとは一度だけ、ただ回避するだけの演習をやらせてもらっているが、その時は『未来予知』のおかげで無傷。だが今回は、普通にこちらも攻撃しながらの演習だ。自衛の得意なアサの方が適している。

 

「よし、お前の相手はこの私、深海朝棲姫が受け持つ」

「朝潮さんの中にいる深海棲艦ですか。いいでしょう、相手にとって不足はないですね」

「前に朝潮と演習をしたんだってな。その時とは違うぞ。こちらも攻撃をさせてもらう」

 

手を払うことで、全12機の艦載機が一斉に発艦。周囲をリング状に回る。私も出来ることだが、1対1の演習ならアサの方が戦える。接近戦にも対応できるのも私よりアサだ。

 

「では行かせてもらいます」

 

早速突撃してくる。

神通さんは最初はいつも突撃。これだけは覚えている。そこから突然臨機応変な対応に変化する。突っ込む割には後出しをするので、こちらのペースが崩れに崩れる。

 

「じゃあ、朝潮、先を見るぞ」

『ええ。負荷は考えなくていいから』

 

臨機応変にその場で対応方法を変えてくる神通さんだからこそ、私の技術も伸びる。電探の反応と視覚情報、聴覚情報を全て使っての『未来予知』だ。深海棲艦化する前ならまず負荷で倒れる情報量だが、今なら出来る。2人分の精神を許容できるほどに膨れ上がった脳の容量の賜物だ。

また、前々から思っていたが、深海棲艦化で『未来予知』が完全な映像として理解できるようになった。数秒先の映像が見えるようになったおかげで、理解の速度が格段に上がっている。これは今までの経験が昇華された形だろう。行動予測の最終形だと、私は自負している。

 

「こいつ……先が見づらい」

『その時その時で考えてるからよ。これに対応して』

「無茶言ってくれるな」

 

それでもしっかり回避できている。さすが自衛が得意なだけあった。避けながらも小さく小さく艦載機による攻撃を当てていく。攻撃的な割には地道にダメージを稼ぐ作戦。自分の出来ることを弁えている。

 

「前より当たらない……!」

「悪いな。朝潮の身体を守らなくちゃいけないんだ。避けに特化してるんだよ」

 

演習としてはかなり長い時間をかけて回避し続け、蓄積したダメージで神通さんを大破判定に持っていき、そのまま勝利した。ありがたいことにアサは無傷だ。

 

「……朝潮さんにも勝たなくてはいけなくなりましたね……」

『ホント勘弁してください』

「朝潮が勘弁してくれってさ。フソウ姉さんとヤマシロ姉さんに勝ってから頼む」

 

そんな状態で来られたら、多分私達でも負けると思う。

 

「朝潮……なんかとんでもないことになってない? 神通さんに勝っちゃうとか……」

「そりゃあね。朝潮帝国の女帝だもの。姉さんは扶桑さんと山城さんの攻撃も避けるわよ」

「それもう無敵でしょ……。あとさっきも聞いたけど帝国って何!?」

 

あとから霞にも文句を言っておかなくてはいけないかもしれない。説明が雑すぎる。

 




援軍も来ました。次回、ついにあの場所へ向かいます。


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深淵の吹雪

翌日、援軍が全員揃い、作戦会議。本当に全員勢揃いした状態でである。今回は赤い海であることなど考えず、出撃できるもの全てからの部隊選定。そこまでしないと、白吹雪さんには到底勝てそうにないという判断である。

また、こちらが出撃したことを向こうはわかっている節がある。その隙をついて鎮守府そのものを攻撃してくる可能性が高い。ただでさえ回り込むという原始的な手法で防衛線を潜り抜けてきた前例がある。主戦力を赤い海に投入しているからこそ、防衛だけは徹底しなくてはいけない。援軍のおかげで哨戒にも人数が割ける。

 

「今回は部隊を5つに分ける。敵本陣出撃の主力連合艦隊。哨戒と防衛を兼ねた東警戒部隊、西警戒部隊、南警戒部隊。そして、鎮守府防衛部隊だ。防衛部隊は警戒部隊への増援も兼ねている」

 

鎮守府は人工島、周囲を海に囲まれているのだから、何処からでも攻め込まれる可能性がある。警戒部隊は必須だ。

元帥閣下からの援軍を待たずして出撃するのは、当然白吹雪さんの誘き出しが優先されたからだ。来ない可能性もあるが、その場合は援軍込みでの再出撃になる。

本陣での最終決戦は、白吹雪さん無しでもさらなる脅威が待ち構えている可能性が非常に高い。それだけ時間を与えてしまったというのもある。そこに最強の艦娘をぶつける。

 

「それでは部隊を発表する」

 

注目されるのはやはり主力連合艦隊だ。

第一艦隊、旗艦は山城姉様。随伴に扶桑姉様、霞、春風、初霜さん、そして私、朝潮。扶桑姉様は赤い海に入ることができない最大級のデメリットを持っているが、それをどうにかするための作戦は考案済み。明石さんとセキさん、そして新たに加わった佐久間さんの、知識と技術の結晶が与えられた。

第二艦隊、旗艦は神通さん。随伴に大鳳さん、飛龍さん、ビスマルクさん、ガングートさん、ウォースパイトさん。火力と航空戦力を固め、あの尋常ではない艦載機の処理をお願いする。私と春風の対空も込みにしてギリギリ。

 

「扶桑さんのデメリットをどうにかするための装備です。かなり危険ですが、1戦は保ちますから」

「深海の脚部艤装の上から、艦娘の脚部艤装を装備できるように改造した。それでも厳しいだろう。突貫工事だったからな。強度に難があるんだ」

「いいわ……それがどうにかなるまでに終わらせればいいのよね……」

 

艤装の上に艤装を被せるというかなり無茶な発想。脚部艤装の接続が深海側に偏っているせいでこの手段しか使えなかったらしい。苦肉の策ではあるが、無いよりマシとなった。ダメだと思ったら赤い海の外に退避する。

 

「オレらが鎮守府防衛だ。背中は任せろ」

「オーバースペック組も防衛です。任せてください!」

「我々も陣地の位置をこちらに移動させた。鎮守府防衛に参加させてもらう」

 

ミナトさん達も陣地を移動させ、完全な防衛の形に。援軍の方々も防衛のために尽力してくれる運びだ。これなら帰ってくる場所が無くなっているようなことは無いだろう。

 

「瑞穂さん、ここをお願いします。私の帰る場所を守ってください」

「勿論です。朝潮様の帰る場所は、この瑞穂がお守り致します。省みることはございません」

 

心強い。これなら何も気にせず戦いに向かえる。

 

「朝潮、これ」

「敷波さん、リボンですか?」

「長いこと使ってるからボロボロでしょ。替え、持ってきたよ。ちゃんと帰ってきて返してよね」

「……はい。このリボンを返すためにも、私は死にません」

 

新しいリボンを結び直し、心機一転。必ず帰る、死なない約束も更新して、私は出撃する。全員無事で、ここに帰ってくるのだ。

 

 

 

赤い海。扶桑姉様の艤装はまだ大丈夫な様子。何が起こるかはわからないが、側にいてもらえるだけでもとてもありがたい。この場には、姉も妹もいる。それだけで私は気持ちが入るというものだ。

 

「気配を確認。寄せ餌効果、始まります」

「吹雪は」

「……います。待ち構えているようですね。陣地まで行くことにならなくて良かったですよ」

 

白吹雪さんの気配もしっかりと感じる。前よりも濃くなったように思えた。さらに改造を受けていることが、それで理解できた。

 

「春風、どう?」

「深海忌雷多数発見です。随時報告し、処理します」

 

春風は今回、深海忌雷を見ることができる装備を身につけている。

 

電探、ソナーに掛からず、気配すら読めない生体兵器と聞き、明石さんもセキさん頭を悩ませたが、佐久間さんが知らないものの閃きを見せて開発された。電探に感知されないけどそこにあるんだから、海中がただ見える()()の眼鏡でも作ればと。

海面の光の乱反射防ぐだけの機能を妖精さんが開発しただけで、海中丸わかり。結果、潜水艦の位置まで目視できるというとんでもない代物が出来てしまった。今本当に必要な装備が出来たということで、爆雷も随時投射できる春風が使うことに。これは艤装に繋がる必要のない装備なので、深海艤装の春風でも普通に使える。

 

「春風は深海忌雷の処理を徹底」

「……春風、眼鏡意外と似合うわね」

「霞さんも片眼鏡似合ってますよ。御姉様から眼鏡が失われたのが少し惜しいですね」

 

戦艦の長距離砲撃が始まる。標的は当然私だ。回避、もしくはウォースパイトさんに守ってもらいながら、さらに進軍。深海忌雷を見つける度に爆雷で処理。比較的安全に進むことができている。

 

そして、会敵。

中心、最前に吹雪さんが立ち、周りには群を成した深海棲艦。イロハ級もいれば、鬼級姫級も当たり前のように量産されている。

 

「久しぶりですね、吹雪さん。随分と様変わりして」

「朝潮ちゃんが素直にこっちについてくれればこんなことにはならなかったんだけどね」

 

吹雪さんには、もう深海艦娘の面影も残っていなかった。制服すら着ておらず、真っ白なワンピース姿。一番目に付いたのは、異形化した左腕。まるで魚人のような、魚のヒレがついたおぞましい形状。そして、背中には深海忌雷。

忌雷の寄生により完全な深海棲艦に変えられていた。改造に次ぐ改造で歪んでしまった身体と心をそのままに深海棲艦にされてしまったようだった。洗脳も必要ないほどに狂わされている。

もう、あの吹雪さんは元に戻ることはない。小型艤装が存在しないのだから、私達に敵対しているあの姿、あの心が、吹雪さんの本質となってしまっている。背中の深海忌雷を破壊すれば、もしかしたら何か変わるかもしれないが。

 

「私を助けようなんて、もう思ってないよね? 助からないのは見てわかるでしょ。朝潮ちゃんが折れてくれたらまだ助けられたかもしれないのに」

「そうですね。それに関してはごめんなさい。早く助けられれば、まだ戻ってこれたのに」

 

悔やむのは後だ。あれはもう、吹雪さんの形をした全く別のもの。

 

「お姫様もこの戦いを見てる。私も朝潮ちゃんと同じ、お気に入りの1つなの。だからこんなに弄くり回されて、別の名前を与えられた」

「……別の名とは?」

「単純だけどね」

 

少し目を伏せた。改造される前の記憶をかなぐり捨てるように頭を振り、完全に敵対したようにこちらを睨みつける。今までの余裕そうなニヤニヤ笑いも、いつも見ている吹雪さんの笑顔も、何処にもない。

 

あれはもう、敵だ。

 

「私は『深海吹雪棲姫』。もう戻れない。もう戻らない! ここで、お前達全員を沈めてやる!」

 

左腕を振るうと同時に、凄まじい数の艦載機が発艦した。後ろの空母棲姫も含めて、比喩でなく空が埋め尽くされる。対空はまず間に合わない。回避しながら処理するしかない。だが春風は深海忌雷の掃除を優先させなくてはいけない。対空砲火は私の仕事だ。

あの艦載機はイロハ級が出したものではないため、寄せ餌効果が効かない。各自で回避してもらうしかない。危ないタイミングなら私が口を出し、それ以外は判断してもらう。

 

「大鳳、あれの処理が私達の仕事らしいよ」

「これはまた……大変なことになってますね。でも、やれないわけじゃないでしょう」

「当然よ。やったろうじゃん! 友永隊、頼んだわよ!」

「第六〇一航空隊、全機発艦!」

 

私も高角砲で艦載機を確実に潰していく。敵艦載機もわかりやすく私を狙ってくるので、対空砲火もしやすい。この効果に関しては吹雪さんも想定していなかったようだ。

 

「山城、扶桑、アレを食い止めていてくれ。周りを潰した方がいいだろ」

「ええ、お願い。私達姉妹でなら拮抗は出来る。アンタ達に頼るわ。ビス子、アンタも頼りなんだから」

「ええ、ええ! わかってるわ! こんな戦場に呼ばれたんだもの、私に期待しなさい!」

 

戦艦組が敵先頭から叩き潰していく。まずは周りをどうにかしないと話にならない。優先的に空母を叩いてもらうことで、負担を減らしてもらう。

 

「朝潮さん、以前と同じ要領で」

「了解、お願いします!」

 

艦載機3つを神通さんの下へ。長良さんの戦術を覚えた神通さんだからこそのこれだ。敵が群れであればあるほど有効的な、頭上突撃。

 

「神通、突撃します!」

 

敵を飛び石に群れを突っ切り、戦艦と空母を優先的に撃破していく。ついには姫級まで標的にし始めている。天龍さんに勝てたことが、心の余裕となり、最大の力が発揮できているようだった。その後のことはもう無視している。

 

「アサシオ、真ん中に撃つわ。少し離れて」

「了解。フィフ、貴方もお願いします」

 

親指を立てた後、頭部が変形。超大型主砲を構えて、敵のど真ん中に風穴を空ける。戦艦棲姫すら一撃で葬る砲撃だ。頼りになりすぎる。だが、私の盾役は難しくなるので、回避にも神経を使わなくてはいけない。

 

「初霜、私達もまずは雑魚掃除よ」

「はい。その前に朝潮さん、一つだけお願いを聞いてもらえますか」

「今出来ることなら」

「命令してください。呼び捨てで」

 

霞がなんかすごい顔をしたが、今は士気を高めることが重要だ。戦場でも出来ることなら考える必要もない。

 

「初霜! 行きなさい!」

「了解! やる気出ました! 霞さん行きますよ!」

「後からいろいろ言わせてもらうから!」

「霞、期待してる!」

「任せなさい! 姉さんを守るのは私なんだから!」

 

雷撃隊も私の前へ。ウォースパイトさんの両サイドに展開し、魚雷を連射していく。霞が広い範囲に撃ち、タイミングよく爆破。初霜さんはウォースパイトさんでは破壊できない敵を撃破し続ける。

イロハ級だけならすぐに対処ができた。対空砲火もまだ間に合っている。やはり私に攻撃が集中するというのは対策が取りやすくて戦いやすい。

 

「前よりも硬くなってるじゃない。元は駆逐艦なのに!」

「もう私は駆逐艦なんかじゃない! 退け!」

「朝潮を狙ってるんでしょうけど……させるわけがないでしょう……」

 

現時点での最高戦力2人を以てしても、吹雪さんは拮抗が限界。いつひっくり返されてもおかしくない戦況だ。あちらの主砲は簡単に弾いているが、主砲の合間に魚雷も飛んでくるので対処が難しい。

 

「御姉様! 深海忌雷の処理完了しました!」

「鎖は!?」

「見つけたので破壊しました! 7本!」

「よくやったわ! 姫級の処理を手伝って!」

 

これで足下からの奇襲を気にしなくて済む。早く随伴を処理しないと戦況が悪くなる。

 

「邪魔だぁ!」

 

扶桑姉様が蹴りで飛ばされる。ダメージは少ないが、強引に間合いが取られる。同時に山城姉様も拳で飛ばされた。変化した腕で殴られたせいか、蹴りと同じくらいの吹き飛び方。

大きく間合いが出来たせいで、私と吹雪さんの間に遮るものが一切ない状態に。即座に未来を予測。吹雪さんは主砲による砲撃。春風がこちらに向かっていることと、ウォースパイトさんが砲撃をやめて手を伸ばすことが見え、私は避けられる場所にいる。

最善は、誰も動かさずに私自身が回避。むしろこれは私を狙っているように見せて春風を盾に使わせる攻撃だ。そんなことさせない。

 

「ハルカゼ、ウォースパイト、動くな!」

 

アサに交代。指示を出させて自衛に専念してもらう。

予測通り、私に向かっての砲撃だ。即座に海中に潜り、難を逃れる。アサならこの回避が出来るのがありがたい。前後左右しかない艦娘の回避に下を加えるだけで、格段に被弾率が下がる。これを使うことがあるのでインカムも耐水性のものにしてもらっている。

 

だが、私が潜るところまで吹雪さんの計算には入っていたようだった。私に潜る以外の選択肢を与えないような攻撃をしてきた。

反応が私の方ではなく、イロハ級を処理している方に向かった。まずい。海中で指示は出せない。

 

「っぷはぁっ! ガングート! 後ろ!」

「間に合わせない!」

「くそっ……!」

 

真後ろからの攻撃に指示が間に合わず、ガングートさんが飛ばされる。それと同時に砲撃も受けて、艤装の腕の片方が半壊。本人もほぼ大破状態に。

ここで未来を予測。ガングートさんにトドメを刺さずに次に向かう。動けないなら後でも出来るという考えなのだろうか。次の狙いは近くにいる神通さん。対応は出来るが火力に回避が追いつかず左腕をやられる映像。こればっかりはまずい。

 

「ジンツウ右に回避!」

「させるかぁ!」

 

私の指示を聞いた後に撃つ方向の補正をかける。神通さんになら簡略化した指示でも何とかなる。

 

「補正をかけるところまで私は対応しますよ」

 

吹雪さんの主砲に吸い込まれる神通さんの砲撃。撃つ寸前で弾同士がぶつかり、吹雪さんの身近で爆発した。神通さんも爆発に巻き込まれて少し飛ばされるが小破程度。まだやれる。

さらに未来を予測。爆炎に紛れて次はビスマルクさん。魚雷だ。

 

「ビスマルク! 10時から魚雷!」

「やってくれるじゃない。私に魚雷で挑もうだなんてね。Feuer!」

 

魚雷に対して魚雷を放ちながら、主砲まで放つ。今までの傾向から、主砲が牽制になることがわかっていた。

未来を予測。一旦ビスマルクさんを標的から外し、次はもう一度神通さん。次は格闘。

 

「ジンツウ!」

「もう対応させない! 鬱陶しいんだよ二水戦!」

「甘い! その程度の攻撃は何度も見てきています!」

 

恐ろしいことに格闘にすら対応してきた。おそらく天龍さんに関節技を決められたからだろう。攻撃を軽くいなすと、合気道の要領で体勢を崩した。それと同時に背中は主砲を一撃。深海忌雷にダメージを与えるが、破損らしい破損が見当たらない。

 

ここでアサと交代し、私が表へ。支援をメインにし、全員を守る戦いに移行。

 

「空母棲姫処理できた! 艦載機に余裕ができるよ!」

「他の随伴に集中攻撃!」

「了解! 第二次攻撃隊! 発艦!」

 

艦載機が大分減り、優先的に処理した敵の空母が全滅したことを知る。ここからはこちらの空母隊も攻撃に参加できる。私も対空のことを考えずにすむようになった。

未来を予測。何度も何度も先を読み続ける。次は2方向。主砲が霞、同時に初霜さんへ接近。

 

「霞回避! 初霜下がって!」

「いい加減に、間に合わせないと言っているだろう!」

 

こちらの予測をさらに予測してきた。霞に撃ちつつも向かってきたのは私の方だ。あちらも行動予測を使えることはわかっていたが、先読みを先読みするほどの精度とは思っていなかった。

 

「うぅっ」

「霞!」

「余所見してる場合じゃないだろ朝潮!」

 

行動予測ができる霞にも対応され、ギリギリでの回避になってしまった。直撃はしていないが、その衝撃波だけで霞は中破。戦闘はまだ可能だが、ギリギリではある。私も大ピンチだ。予測をさらに走らせ、回避方向を計算。だが、そこに救世主が()()()()()

 

「朝潮は……やらせないわ……」

 

山城姉様の力を借り、弾丸のように飛んできた扶桑姉様が横槍。脚部艤装の強度を完全に無視した蹴りを放ち、私への接近を止めた。扶桑姉様の脚から、少し嫌な音が聞こえた。機械がヒビ割れるような音。一撃で艤装が悲鳴を上げていた。それでも吹雪さんは無傷。

 

「まだまだ!」

 

即座に切り返した。未来を予測する暇すら与えられない。扶桑姉様以上の動きで戦場を駆け回る。

 

「飛龍さん4時から!」

「間に合わせないと! 言ってるだろう!」

「うっそ、こっち!?」

 

指示の後の回避では間に合わない。指示を出した時には飛龍さんの飛行甲板が砲撃で叩き折られ、同時に大鳳さんのボウガンが蹴り飛ばされた。それだけでは止まらず、大破するほどの攻撃で大鳳さんは吹き飛ばされ、飛龍さんも魚雷を受けて大破。折れた飛行甲板を盾にしてなんとか四肢を欠損するようなことは無かったが、大怪我であることは間違いない。

 

「これで3人!」

「これ以上やらせませんよ!」

 

たった1人にここまで戦場を荒らされるのは扶桑姉様以来だ。その扶桑姉様ですら、艤装の問題からかなりギリギリ。私の『未来予知』も上回る予測で、まだ吹雪さんは無傷。

ここまでのものとは想定していなかった。イロハ級からの攻撃も回避しながらとはいえ、手も足も出ないとはこのことを言うのだろう。戦場は絶望に支配されている。




深海吹雪棲姫という名前は、商品名にそう書かれているから。Tシャツにはリコリス吹雪なんて書かれていたそうで。


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気を衒う一撃

赤い海、完全な深海棲艦と化した白い吹雪さん、『深海吹雪棲姫』との最終決戦。すでにガングートさん、飛龍さん、大鳳さんが大破状態となり、私、朝潮を含む連合艦隊は行動できるのが残り9人。イロハ級や量産された鬼級姫級の処理は大分終わったが、たった1人にやりたい放題されている現状は、あまりにも絶望的だった。

 

「朝潮、お前だけは殺す。絶対に殺す!」

 

次の狙いはウォースパイトさん。私の盾役を外そうとしている。

 

「アサシオ、私が動きを止める。フソウとヤマシロに指示をして」

 

吹雪さんの砲撃がウォースパイトさんを支えていないフィフの腕を吹き飛ばし、魚雷が片脚をもぎ取る。頭部超大型主砲を放つが、それすらも素手で払いのけてしまった。本当に主砲は効かない。

 

「朝潮の盾は邪魔なんだよ! 戦艦棲姫!」

「私はウォースパイト、戦争を忌む者よ。Fif, sit down」

「姉様! お願いします!」

 

頭部超大型主砲を諦め、玉座形態に。バランスの悪い人型形態から安定感のある状態に変えて攻撃を続行する。同時に私から扶桑姉妹に指示。

 

「往生際が悪い!」

「貴女は手癖が悪いわね。新参の姫風情が、我々のEmpressに勝てると思っているの? 出直してきなさい」

 

主砲で集中放火。全て弾かれるが、直進を妨げることは出来ている。動きを多少止めることが出来たため、扶桑姉様と山城姉様が復帰。ウォースパイトさんに限界が来る前に、なんとか引き剥がすことに成功した。

 

「アサシオ、もう盾役は難しいわ」

「大丈夫です。イロハの攻撃が少なくなっていますから、自衛できます。大破した人達と退避を」

「Your fortunes of war」

 

ウォースパイトさんも中破状態。戦闘続行は可能だが、無理をすると帰れなくなってしまう。先に退避してもらい、大破しているガングートさん達を回収してもらった。これで残り8人。

 

「アンタね、いい加減にしてもらわないと困るのよ」

「それはこっちのセリフだ! いい加減死ねよ!」

「うちの吹雪とは大違いね……とっても……憐れ」

 

扶桑姉様の渾身の一撃。ガードをして無傷かもしれないが、その衝撃で浮き上がるほど。だが扶桑姉様の脚部艤装の片方が再び音を立てた。限界が近い。片脚ならまだしも、両脚が破損したら立つこともできず沈むしか無くなる。

 

「言うに事欠いて、私を憐れだと!?」

「ええ、憐れで無様よ」

 

左拳にキス。全力の拳。それならば、私も支援しよう。吹雪さんの背中に艦載機を集中。撃ち込まれる拳の反動を軽減できないように押さえ込んだ。回避もさせない。

 

「邪魔をするなぁ!」

「そのふざけた左腕、吹っ飛ばしてやるわぁ!」

 

そのまま全力のパンチ。本来なら大概の深海棲艦がミンチになる一撃だが、あの異形の左腕は何よりも頑丈らしい。衝撃を全て伝えられるように補助しても、破壊まで行けなかった。それでも表面がグシャグシャになるくらいまではダメージを受けた様子。

 

「硬すぎ……!」

「それくらいでやられてたまるか! 私はここで、お前達を!」

「皆殺しにするって? させると思っているの? このビスマルクがいるのよ?」

 

左腕の強度がとんでもないことがわかっているが、それでも主砲を撃つ。ウォースパイトさんの攻撃で連射すれば行動がある程度封じられることがわかったからだ。魚雷も織り交ぜたビスマルクさんの攻撃で回避を優先させることに成功。

回避先は予測済み。それすらも予測されている可能性はあるが、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

 

「春風!」

「わかってるさ御姉様! こっちに来るのはわたくしも予測してた!」

「半端者の古姫が私に勝てると思っているのか!」

 

勝てるようにするのがサポート役の私だ。今度は艦載機を春風の方へ。顔面にチラつかせたり真横から攻撃したりで集中力を切らせていく。

私の攻撃はあくまでも吹雪さんをイラつかせるための攻撃だ。理性を失わせ、攻撃を単調に変えていく。たったそれだけで戦況がガラリと変わる。

 

「霞、行ける?」

「まだ行ける……! あの脚、もう一度吹っ飛ばしてやるわ!」

 

中破状態でもまだ行けると視線を感じたのでお願いする。春風への攻撃に対して艦載機で横槍を入れる中、後ろからの魚雷。射線上に何があっても、曲げ、潜らせ、加速させ、確実に脚を狙いに行く。

 

「鬱陶しい羽虫が!」

「こっちはチーム戦なんですよ。使えるものは何でも使わせてもらいます」

 

艦載機の一部を神通さんの方へ。イロハ級が掃除できたことで、こちらに向かっていることがわかった。それなら、それをサポートしよう。背中を押すように加速させ、即座に戦線へ。

 

「左腕ですね」

「はい! あれを破壊してください!」

「了解」

 

霞に寄りながら次の状況を予測。人数がいる分戦いやすいはずだが、それでも圧倒されているのが現状だ。それは全て、私の予測をさらに予測という後出しジャンケンの応酬のせい。どうしてもこちらが先になってしまうから行動が読まれる。

なら、人数を使ってこちらの行動を先に予測させる方がいい。それを私が予測する。攻守をどうにか逆転させる。

 

そのために、私は秘密兵器を出す。

 

「初霜さん、あれの出番です」

「えっ、念のために積んだアレですか!?」

「この戦場だからこそ、効きます」

 

ここで初霜さんに指示。このメンバーの中での最大の隠し球。本来ならば吹雪さんには効きそうにない攻撃。だからこそ、搦め手に使う。

 

「朝潮さんが言うのならやりましょう。どうにか隙を見つけます」

 

山城姉様にも目配せ。初霜さんの秘密兵器は、部隊全員が知っていることだ。それが使えるようになるための隙をどうにか作ってもらう。

 

「古姫如きに、負けるわけがない!」

「っぐぅっ!?」

「次はお前だ! 邪魔な戦艦め!」

 

春風が大破。どうにか急所は回避したが、格闘の後の主砲攻撃で艤装が破壊され、包み込まれていた左腕が露わになるほどに。これで残り7人。

次に狙われたのはビスマルクさん。戦艦主砲で動きを止められることがいい加減鬱陶しくなってきたようだ。

 

「邪魔だと思うほど貢献できているのね。いいじゃない、でも私が負けるわけないのよ」

「何をふざけたことを!」

「私に来ることは想定済み。そうよね、山城」

「ええ、だんだん読みやすくなってるわ」

 

ビスマルクさんに向かうことは私が予測していた。小声で山城姉様に指示。扶桑姉様には春風の回収をしてもらい、ウォースパイトさんの下へと届けてもらう。

 

「お前一人で! 私を止められると」

「思ってないわよ。初霜!」

 

攻撃を受け止め、僅かにだが吹雪さんの行動が止まる。その隙を見逃さなかった。

山城姉様の陰から現れる初霜さん。構えるのは変化した深海の主砲ではなく、元より持つ艦娘の主砲。不意打ちとしては完璧。

 

「そんなもの、私に効かないのはわかってるだろうが!」

「知ってますよ! でも撃たないと始まらないでしょう!」

 

至近距離での砲撃。狙いは額だ。もう殺すつもりで撃ってもらっているが、これも当たるとは思っていない。が、回避ではなく素手で払う手段を取るはず。

 

「当たるかぁ!」

「払いましたね。それが狙いですよ」

 

手で払った瞬間に砲弾が爆発。だが炎が出るわけではない。

 

放たれたのはスウェーデンの缶詰の臭いのペイント弾。

 

完全な不意打ち。一番気にかけない嗅覚への攻撃。今までさんざんダメージの応酬を繰り広げられた中での、突然の激臭。私達は多少慣れたが、これは吹雪さんが知らないものだろう。たちまち顔をしかめ、片腕で顔を覆う。

 

「何これ!? なんで戦場でこんなものを!?」

「素が出たわね。深海棲艦になったところで、アンタはアンタだったってことね」

 

顔を覆う腕に攻撃。同時に初霜さんがさらにペイント弾を放つ。臭いの元がどんどん付着し、耐えられないレベルになってくる。完全にペースが崩れた。最高の搦め手。

今までの猛攻が嘘のように弱まり、その隙を山城姉様が見逃すわけがない。異形の左腕を掴むと、強烈な膝蹴りで叩き折った。神通さんも含めて何度も何度も攻撃を続けてきたからこそ、ついに破壊に至った。

 

「っああっ!?」

「やっと……悲鳴をあげたわね……飛びなさい」

 

左腕を庇うようにした隙をつき、今度は春風を届け終わった扶桑姉様が右側を蹴り飛ばす。そちらの腕も簡単に折れた。同時に扶桑姉様の片脚の艤装が崩壊したが、ここまで来たら終わりも近い。

 

「まだだ……まだだ! ここで、ここで全員……!」

「させませんよ、もう」

 

神通さんが両脚を撃ち抜いた。硬いかもしれないが、もう神通さんならこのくらいのことは出来る。立ち上がることもできなくされたところで、山城姉様が仰向けに転がした。寄生している深海忌雷は海中へ。こうしたのだから、トドメは魚雷だ。

 

「霞、最後よ」

「ええ……手こずらせてくれたわね……。元に戻れればいいわね」

 

魚雷を5本。前回と同じように周囲を囲うように撃ち、5本同時に爆破。背中に寄生した深海忌雷を消滅させるほどの衝撃で、吹雪さんにトドメを刺した。

 

 

 

戦場は散々たるものだった。春風、ガングートさん、飛龍さん、大鳳さんが大破。霞とウォースパイトさんが中破。扶桑姉様が脚部艤装崩壊。神通さんが小破。その他も多かれ少なかれ怪我を負い、疲労困憊。

最後まで引っ掻き回された。あの時、初霜さんに臭い付きペイント弾を撃ってもらったことが全て功を奏した。

 

「負けちゃった……あれだけ大見得切っておいて……」

「……本当に憐れね。アンタ、結局最後までお姫様に利用され続けてたのね」

 

力をさんざん与えられ続け異形の姿になった吹雪さんも、お気に入りと言われていた割には北端上陸姫から援軍も届かなければ、回収されるようなこともない。いいように使われて、負けたために捨てられた。あまりにも憐れ。

結局、長い間戦い続けた深海艦娘は、全て北端上陸姫の実験台。艦娘を深海棲艦に改造する技術まで手に入れてしまったのだから、ここまでの実験は全て成功したということなのだろう。私も含めて、北端上陸姫は自分のやりたいことをやり続けて、ただひたすらに楽しんだわけだ。

そんな中、改造し甲斐のある吹雪さんと、それに対して自分の思った通りの反応をした私がお気に入りなのだろう。特に私は、見たい表情をすべて見せている。

 

「私は憐れじゃない……お姫様は私を改造して楽しんでた……求められていたんだ」

「でも捨てられた。負けたらそれでおしまい」

「……そうだね……そういうことなんだよね……」

 

両腕も、両脚も、深海忌雷も破壊された吹雪さんは、身も心も深海棲艦のままで虚ろな表情をしていた。捨てられたことで、死を受け入れたかのように何もかも諦めた表情。自暴自棄にも見える。

 

「早く殺してよ。私はもう戻れない。深海棲艦なんだから」

「なら私はどうなるんです。貴女と同じように深海棲艦に変えられましたが、ちゃんと鎮守府で生活できています。私の中の深海朝棲姫も、全員に受け入れられました。貴女もこちらに来てください。助かる命なんですから」

「助けないでよ……これ以上、私を惨めにしないでよ……」

 

元の吹雪さんが戻ってきているようだった。深海忌雷が失われても何も変わらないと思っていたが、ほんの少しだけでも、最初の人格は残っているのかもしれない。

それなら、私はこの人を助けたい。

 

『本当にお人よしだな』

「アサは認めてくれない?」

『お前の意思に任せる。こいつは私の怨敵でもあるが、ここまでになると恨みも憎しみも無い。お前がこいつを救いたい気持ちが少しだけわかる』

 

山城姉様に目配せ。私の考えていることも察してくれていた。

 

「吹雪を誰か運べる? 私は扶桑姉様に肩を貸さないといけないわ」

「私が運ぶわ。無傷に近いもの」

「じゃあビスマルク、吹雪をお願い」

 

吹雪さん自身は嫌がっているが、身動きできないのだから私達の好きにさせてもらおう。今の吹雪さんは死にたがっている。そんなこと認めるわけにはいかない。救える命は全て救う。そもそも、吹雪さんは救助対象だ。本人がどう思おうが関係ない。()()()()()()が今回の任務である。

 

「離して……離せ! 私はここで死ぬのがお似合いなんだ!」

「敗者なら勝者の言うことを聞きなさい。アンタは捕虜よ。悪いようにはしないわ」

「殺せ! 殺せよぉ!」

「動かないでもらえる? 貴女臭いのよ」

「誰のせいでこうなってると思ってるんだ!」

 

ジタバタと身悶えるが、ほぼ無傷のビスマルクさんの膂力から抜けることはできない。ずっとグチグチと文句を言っていたが、そのうち消耗しすぎたのかグッタリと動かなくなってしまった。死んでいないことを確認しつつ、私達は帰投する。今回は今までにない大損害だ。

 

 

 

鎮守府に帰投。警戒をしていたのは正解で、東西南北から微々たるものだが敵が来ていたらしい。警戒部隊もフルで活動。防衛部隊も援軍として動き回ったそうだ。消耗が非常に激しい。鎮守府は地獄のような状態だった。

 

「よく帰ってきてくれた! 被害は聞いている! 入渠ドックは妖精さんに頼み込んでどうにか数を増やしたから、すぐに全員入れてくれ!」

「了解しました! すぐに!」

 

帰投直後から大騒ぎだ。こちらの部隊は大破4人中破2人という大損害。

 

「小破は私と睦月のところに来て! 工作艦の修理施設ですぐに直すから!」

 

扶桑姉様は脚部艤装の損傷を明石さんに、神通さんは小破のため睦月さんにお世話になる。ビスマルクさんは吹雪さんを運んだ時についた臭いを取りに工廠の奥へ。

残されたのは私、初霜さん、山城姉様。疲労困憊なのは変わらないのでそのままお風呂に直行。残念ながらお風呂すら大混雑である。

 

「阿鼻叫喚ね……」

「お風呂待ちとか初めてですよ」

 

待っているだけで3人してウトウトし始めている。疲労が溜まっているのがわかった。それだけ今回は激戦だった。一番動いていない私ですら、その場で考え続けたことで精神的に疲労している。

 

「風呂は一眠りしてからでもいいんじゃないかしら……ちょっと疲れたわ……」

「初霜さんはもう寝ちゃってます」

「寝ましょ……結構辛いわ」

 

お風呂はいつでも入ることができる。今は眠ろう。

時津風さんの気持ちがわかるような気がした。




長かった深海艦娘との戦いもいよいよ終幕。初めて顔を出したのが86話『最悪の敵』なので、実に70話の間、延々と苦しめ続けていました。


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偽善

翌朝には全員入渠が完了。残すは白吹雪さんが目覚めるのを待つのみとなった。セキさんの指示の下、ドックに入れる前に機関部艤装を含めた深海艤装全てが取り外されている。今の白吹雪さんは、あの時の力を一切出すことが出来ない状況にある。残されたのは私達に害がない脚部艤装だけ。

深海棲艦は内蔵式の艤装を使うわけだが、適切な処置をするとそれを取り外すことも出来るようだ。シンさんの下半身を包む艤装を分解していたくらいなのだから、機関部を外すことも出来るのだろう。幸い、白吹雪さんは艤装を出したまま気を失っていた。

 

「恐ろしいなこの改造……全ての力を駆逐艦に使わせるための制御機能が全てここに備わっている」

 

白吹雪さんから取り外した機関部艤装を見ながら感心しているセキさん。戦闘の後のためボロボロだが、主砲も、魚雷も、艦載機までも似たようなものだそうだ。駆逐艦の身体にそぐわない兵装をこれでもかと積み込まれ、過積載にも関わらず機動力まで上げている。

 

「こんなことしたら、いつか吹雪は壊れていただろう。現に、吹雪の胴体にはヒビが入っていた。深海忌雷の寄生の痕にも見えたが、朝潮や初霜のものとはまるで違う。()()()()()だ。入渠しても元に戻らないのだから相当だぞ」

「セキちゃん、身体の中の診断結果も出たよ。内臓ボロボロ。確か陣地の上では飲まず食わずでも回復するんだっけ。そうじゃ無かったらあんなのご飯もまともに食べられないよ」

 

あれだけのオーバースペックで、デメリットが無いわけなかったのだ。身体に常に負担を掛け続け、命を削ってあの強さが手に入っている。服で見えないようにされていたが、既に崩壊は始まっていたのかもしれない。白吹雪さんは痛そうにしている素振りも無かったため、知らぬ間にここまで身体が壊れていた可能性もある。痛みを隠蔽されている。

白吹雪さんの深海艤装は全て細かく分解され、そのまま廃棄された。あれをそのまま使っていては、遅かれ早かれ死んでいた。もっと解析したいのはやまやまだが、深海艤装に詳しいセキさんですら、これをあまり触っていると嫌な感じがすると即廃棄を推奨。艤装とわからないほどのクズ鉄にされた。

 

「つまり、北端上陸姫は吹雪君を最初から捨て駒として使っていたと」

「そう考えるのが妥当だ。壊れてもいいから強くするだけしたんだろうな。それで我々が終わらせられれば万々歳ということだ」

 

手助けすら来なかったのはそういうことなのだろう。玩具が壊れた程度にしか思っていない。これだけ私達を苦戦させた白吹雪さんも、あの姫達にはただの玩具。忠誠心まで植えつけられて、思い通りに動いていたのに、敗北したらすぐに捨ててしまう。

 

「……この吹雪君の処遇を考える。会議をするから全員集めようか」

 

私は、白吹雪さんも助けたい。確かに憐れみもある。惨めだったかもしれない。だが、そうなった根幹は北端上陸姫だ。この憎しみを向けるのは白吹雪さんではないと、私は考えている。

 

 

 

援軍も込みで全員集まる会議。現在の白吹雪さんの状況を説明し、今後のことを考える場となる。艤装により身体が蝕まれているところまで話した。議題は簡単。白吹雪さんを生かすか殺すかだ。

 

「私は助けたいです。ああなってしまったのは全て北端上陸姫のせいです。白吹雪さんに罪は無いです」

 

私の意見を皆に話す。白吹雪さんも、他の深海艦娘の方々と同じ被害者だ。最初からああなのではなく、北端上陸姫の改造のせいで全てを歪められてああなっている。

 

「アサシオ、ごめんね。ポーラ、それは反対」

「ポーラさん……」

「ポーラの昔の仲間はあの子に殺されてる。さすがにね、許せないの」

 

断酒が続いているからか、ポーラさんにはっきりと否定された。いつもの微睡んだ雰囲気もなく、真剣に、私は見据えられていた。

重巡棲姫の領海を侵略したのは、紛れもなく白吹雪さんだ。そして、その仲間を殺したのも。戦艦水鬼がほぼやったとは聞いたが、一部は白吹雪さんが手にかけている。自分の意思でないとしても、それだけは罪であるというのがポーラさんの意見。

 

「御姉様、わたくしも助けるのは如何なものかと思います」

「春風まで……」

「御姉様の身体をそうしたのは、他ならぬ白い吹雪さんです。アサさんを否定するわけではありませんが、わたくしはそれが許せません」

 

私が深海艦娘に変えられたことで激昂し扶桑姉様を殺そうとした春風も、白吹雪さんは助けたくないと言う。

その時の思考のみとなっているということが一番の問題だった。前のように鎖を外し、小型艤装を除去すれば艦娘と同じように元に戻るというのならまだ許せる。だが、今はそういった外部からの干渉無しに、白吹雪さんは私達と敵対した。今までやってきたことも、今の白吹雪さんは洗脳関係無しに嬉々としてやるだろう。

 

「外部のあたしが言うことじゃないかもしんないけどさぁ。朝潮、あの水母棲姫を仲間にしたいって言ってるようなもんだぞ」

 

長波さんからも抵抗の意思を示された。

狡猾さだけでいうなら似たようなもの、むしろそれ以上のことをさんざんされてきている。水母棲姫を怒りのままに殺した私が、白吹雪さんを助けるのは何か違うのでは、と突きつけられた。

 

「僕らとしては、白吹雪は助けてあげてほしいね」

「そうっスなぁ。この中で一番めちゃくちゃした漣も許してもらえたんだし、似たようなものとは到底言えないけど、許してあげてほしいのですよ」

 

深海艦娘組、白時雨さんと漣さんは肯定派。あの白吹雪さんを助けないとなると、自分達も助かってはいけないのではと思えるそうだ。漣さんはいつもの軽い口調だが、この中では大きな罪悪感を抱えている人だ。洗脳されていたとはいえ、自分の手でいろいろやったのは確かである。私達は漣さんのせいではないと言っているが、本人は納得しきれていない。

 

他にも反対派はいた。その一番の原因が、アサが鎮守府に来た時の早朝の襲撃。深海艦娘は再洗脳され、鎮守府は破壊され、それを盾に私や瑞穂さんがやられ、明石さんすら狙われた。そして、それを嬉々としてやっていたのがどうしても許せない理由になる。

私は反対意見を聞いて何も言えなかった。誰もが言っていることが正しい。私が間違っているようにも思える。救ってはいけない人なんていないと思っていた。それなのに、躊躇ってしまった。自分が正しいと思えなくなってしまった。

 

「朝潮、ちょっとアサを出してくれ。あいつの意見も聞きたい」

 

そんな中、天龍さんに言われてアサに主導権を渡す。

 

「何の用だ。こういう場は朝潮の方が適してるだろ」

「アサ、お前は白い吹雪をどう思ってるんだ」

 

アサは最初に私の意見が少しわかると言ってくれた。だが、今は違うかもしれない。アサからは何も話してくれていないので、私も真剣に耳を傾ける。

 

「白いフブキはクウを殺そうとしたいけすかない奴だ。イロハ級ならまた湧いてくるとか抜かしてな。私の手で殺してやろうと思ってい()

 

あの領海での一件だ。突如襲撃し、アサを仲間に引き込もうとしてきた。突っぱねたものの、強行しようとしたところに扶桑姉様の助けが入ったことで、クウは命が助かっている。

出会い方も酷く、領海でのこともあり、アサは白吹雪さんのことを終始毛嫌いしている。その気持ちはわかる。あの時はまだ艦娘としての意識があったかもしれないが、上から目線でこちらを力で押さえつけようとする態度は、アサで無くとも気に入らない。

 

「だけどな、今の私はアイツを救ってやってもいいと思ってる」

「そりゃ何でだ。自分の手で殺してやりたいくらいなんだろ?」

「私達に負けたことで北端なんたらに捨てられたんだろ。むしろその前からアイツは使い捨てに扱われてる。なんというか、ちょっと憐れでな」

 

殺したいほど気に入らなかったが、あの戦場でアサは恨みも憎しみも無いと言っていた。主な感情は憐れみ。あれだけ慕っていた北端上陸姫に敗北したからといって捨てられるのは、敵とはいえ見ていて少しいたたまれなかった。

 

「そこの酔っ払いの領海も、全部命令通りに動いた結果なんだろう。私の領海を襲撃した時も、この鎮守府を破壊しに来た時も、楽しんでる節はあったが基本は自分の意思を持ってない。言われたからやっただけだ。アイツはそれしか生き方を知らないんだろ。そんな奴が御主人様にゴミのように捨てられたんだ。ざまあみろとは思うが、のたれ死ねとは思わないな」

 

ポーラさんの仲間を殺した事実は変わらないが、とも付け加える。やっていることは非道なことばかりだ。私を陥れるためにいろんな手段を使ってきている。だが、それは全て白吹雪さんの意思ではなく、北端上陸姫の命令に従ってのことだ。

 

「他の連中に納得しろとは言わない。ただ私は、殺すならそれは仕方ないと納得するし、救うならそれはよかったと納得する。私だけの判断なら、捨てられたアイツを拾って、一から教育し直してまともにしてやろうとは思う。それが救いって奴なら救いなんだろうよ。朝潮に戻るぞ」

 

主導権を返された。アサの言葉に、天龍さんも納得した様子。

 

「オレもアサと似たような考えだ。朝潮を深海棲艦に変えたことも、鎮守府を壊そうとしたことも許せねぇ。でも、それは命令された事をやってただけだ。楽しんでいたことだけは本当に許せねぇけどな」

「じゃあ、北端上陸姫じゃない誰かの命令を聞くようにしてあげれば、あんなことはもうしないってこと?」

「それはわかんねぇよ。素直に聞くとも思えねぇしな」

 

捨てられたとしても、白吹雪さんは未だに北端上陸姫に依存している。惨めだのなんだの言っていたのも、北端上陸姫の命令が遂行出来ず、捨てられた自分がのうのうと生きていることに対する言葉なのだと思う。

深海棲艦となって思考が固定された白吹雪さんは、完全に姫依存である。

 

「……初めてね。鎮守府の中でこんなに意見が割れるなんて」

「もう私は何が正しいことなのかわかりません……。助けちゃダメなんですか? ああなってしまっても、吹雪さんは吹雪さんです……救いたいんですよ……」

「朝潮のその願望は難しいことなのよ。私が姉様にした質問、朝潮にも言うわ。他人の欲望のために霞が殺されたら、朝潮はその相手を救える?」

 

何も言えなかった。結局は自分の匙加減。誰もを救いたいなんて、偽善だ。自然と涙が出てきた。

 

「意地悪な質問なのはわかってる。でもね朝潮、今回は事が事なのよ。あの白い吹雪はそれだけのことをしてるの」

「……山城姉様はどう思ってるんですか」

「私は救ってやりたいわ。捨てられたとはいえ、やっと狂った姫から解放されたんだもの。ただ、それは誰もが納得する答えじゃないの。答えなんて無いわよ」

 

山城姉様はそこまで理解して、それでも救いたいと言った。私のような、理由もなくただ救いたいと言っているわけではない。私は考え無しだった。ちゃんと考えないと。考える事が私の仕事なのに。

 

「君達の意見が聞けてよかった。だが、意見が真っ二つだ。一旦保留させてもらう。その間、目を覚ました白い吹雪君は、私室の1つで軟禁する」

「まぁ、妥当な線ね。ちゃんと監視付けておかないと」

「勿論。白兵戦組の子達にお願いしたい」

 

今すぐに処分することはないが、配属という形にもしないと決定された。あくまでも捕虜として捕縛した深海棲艦という扱いとなる。

 

結局、私は何の考えも纏まらなかった。自分が今までしてきたことは何だったのだろう。助けられるものは全て助ける。そんな大それた願望は、この瞬間に脆くも崩れ去った。

 

 

 

未だ白吹雪さんは入渠が終わらない。艤装を外されても過剰すぎるオーバースペックは変わらず、並の戦艦よりも回復に時間がかかっている。一応内臓は修復されていっているようだが、身体はもう元に戻らないほどだそうだ。深海忌雷による寄生ではないヒビ割れた身体は、見ていて辛い。

私は自分の部屋でずっと考え事をしていた。ボッキリと折れてしまった心情は、もう修復出来ないだろう。自分で自分のやっていることを偽善と理解してしまった。今後は誰かを救うのにも躊躇いが出てしまう。

 

『お人好しすぎるのも難儀だな』

「……そうね」

『もっと楽に生きろよ』

 

簡単に言ってくれる。

 

『偽善でもいいだろ。お前のそういうところ、私は好きだぞ』

「突然何よ」

『お前が偽善者じゃなければ、私は今頃消えているかここで封印されているかのどちらかだろ。だから、お前の偽善に感謝してるんだよ』

 

そんなものに感謝されても困る。

 

『前に言ったよな。私はお前の『本能の化身』だと。お前は適当な理由を付けてでも誰かを救いたいんだ。私は白いフブキに憐れんだから救ってやりたいと思った。お前もそうだろ』

 

否定できない。私も白吹雪さんのことは憐れだと思った。あれだけ頑張って悪逆非道の限りを尽くしたのに、ああも簡単に捨てられる。私のことで失敗はいくつかあっただろうが、それでもあれだけの労力をかけたものでも簡単に手放された。頑張りが報われていない。

 

『偽善で何が悪い。お前の持ち味だろうに。私も手伝ってやる。全員助けてやれ』

「周りが拒んでも?」

『知ったこっちゃない。助けたいなら助けてしまえ。お前は欲望に忠実になるべきだ』

 

深海棲艦らしい傲慢な考え方だ。でも、今はそれが助かった。私だって身体だけなら深海棲艦。思考も多少は引っ張られている。少しくらい欲望に忠実になっても、バチは当たらない。

 

『そら、カスミが部屋の外にいるぞ』

「アサと話してるから入るタイミング伺ってるの。霞、入っていいわよ」

 

無言で霞が入ってくる。神妙な面持ちだ。

 

「姉さん、ちょっとアサに代わって」

「え? ま、まぁ、いいけど」

 

言われるがままにアサに主導権を渡す。

 

「お前から私に用があるなんて珍しいな。呼んでまで何か用か?」

「ズルイ」

「は?」

「姉さんの悩みを聞くのは私の役目だったのに。アサはずっと姉さんと一緒だからそういうことできてズルイ。すぐ解決しちゃうし。姉さんは私に悩み相談してたのに!」

 

ああ、なるほど。極まってる。

 

「……くく、ははは! さすがカスミだ! そいつはすまなかった! 朝潮が落ち込んでいたら、ずっと側にいてやってくれ。私もいるが気にするなよ」

 

アサが表に出ている時にこんなに笑っているのは初めてだった。おそらく私が思考の海の中でしか見たことのない笑顔を、霞にだけは見せた。私から生まれた深海棲艦だからか、霞のことは妹のように思っているのかもしれない。私が封印されていた時も姉と呼ばれて気にしていなかったし。

 

「当たり前よ。私が姉さんを守るんだから。身体も、心も」

「ああ、私よりお前の方が朝潮のことをよくわかっているだろう。朝潮のこと頼むぞ。私も同じ身体だが、カスミに頼らせてもらう」

 

言いながら主導権を返してきた。

 

「……ありがと、霞。なんか元気になれたわ」

「姉さんは悩みすぎ。思った通りに動けばいいの。白い吹雪も助けたいんでしょ。春風はどうでもいいとして、ポーラさんには悪いけど、助けたいなら助けちゃいなさいな。私も手伝ったげるわよ」

 

ほんの少しでも味方がいてくれれば、私は頑張れる。偽善でもいい。私は人を救うことをやめない。救える命は拒まれても救おう。誰が何と言おうと。

 




朝潮とアサは性格自体は正反対だけど根本的な部分が同じなので相性バッチリ。基本的にはアサがフォローする方が多いので、朝潮から生まれたとしても、アサの方が姉っぽく見えたり。


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恨み憎しみ

あの後、結局白吹雪さんが目覚めることはなく、そのまま夜になる。すでに丸一日ドックに入ったままだ。改造に次ぐ改造でオーバースペックになったとしても、ここまで長いのは異常。内臓は完治したらしいが、やはり身体はどうにもならない状態らしい。五体満足ではあるものの、見た目が悪いのはもう諦めるしかなかった。

皆が眠りにつくことに。救出反対派は気にすることもなく自室に戻ったが、救出肯定派の私、朝潮としては、いつ目を覚ますかが気になるところ。

 

夜も更けて、少し眠くなってきたところでそれは起きた。

 

私は電探を使い、白吹雪さんの動向をずっと観察していた。ドックから少し動いたことがわかったので、話をしようと工廠に向かおうとする。と同時にその反応が急激に加速した。

 

「えっ」

「姉さん、どうしたの?」

「白吹雪さんが目を覚ましたんだけど……え、海に出た!? 脱走しようとしてる!」

 

監視役としてそこには天龍さんもいたが、それすらも振り切って海に降りる。機関部艤装も武器も全て外されて脚部艤装しかない状態なのに、どこに行こうというのか。行動からして全裸だ。本当に何もない。

 

「霞! 先に行くから!」

「後から追いつくからさっさと取っ捕まえてきなさい!」

 

瑞穂さんの位置を確認。いち早く艤装を装備している。さすが自称従者、行動が早くて助かる。

大急ぎで工廠まで行き、現状を確認。艤装を装備しているのは瑞穂さんと天龍さんだけ。瑞穂さんは念のためと、春風に装備してもらっていた海中を見通す眼鏡を着けており、爆雷装備。私が先導する必要はある。

 

「朝潮!」

「白吹雪さんが脱走しましたね! 私が先導します!」

 

すぐに海に降りる。工廠要らずの深海棲艦はこういう時に便利だ。天龍さんと瑞穂さんが後に続いてくれた。瑞穂さんは低速のため、艦載機で背中を押すことでスピードを上げる。かなり強引な方法だが、瑞穂さんの加速を私が引き受けるということで理に適っている。

 

「申し訳ございません。瑞穂が低速なばかりに」

「問題ありません。代わりに海中を見続けてください。深海忌雷がある可能性があります」

 

脚部艤装だけなのに機関部艤装を装備した私達と同等以上の速度で赤い海に向かっている。こちらに害が無いからとそのままにしたのが失敗だった。何の装備も持たないのに海に出るなんて想定外。

 

「誰が何と言おうと、私は白吹雪さんを救います。私が救いたいから救うんです」

「おう、それでいい。動機としては充分じゃねぇか。自分のやりたい事をやりゃあいいんだ」

 

頭を撫でられ、天龍さんが少しだけ先行。缶とタービンをフル装備しているだけあり、私達より全然速い。私達は天龍さんを必死に追う形になっている。

 

「赤い海に入る。朝潮、反応は」

「気配はずっと感じています。白吹雪さんも私と同じように深海の匂いが強いみたいです」

「わかりやすいのはいいことだな」

 

いつもなら交戦してそれ以上行かないところも通過し、北端上陸姫の陣地へどんどん近付いていく。ここまで来るのは、一番最初の邂逅の時以来だろう。あとは攫われた時か。

 

「瑞穂さん、深海忌雷は」

「今のところ見当たりません。大丈夫です」

 

電探に反応が入るほどにまで近付いた。陣地も索敵範囲に入り、2つの姫の反応も確認できる。他に敵はいない。電探にある敵の反応は、白吹雪さん含めて3つだけ。

 

『朝潮、代われ。嫌な予感がする』

「自衛が必要なほどに?」

『それ以上にだ』

 

アサの発言を信じ、主導権を渡した。同時にさらに加速。瑞穂さんの背中を押す艦載機をもう1つ増やし、天龍さんに何とか追いつく。

 

「見えた! 何を話して……」

 

姫の片方が、白吹雪さんに主砲を向けているのが見えた。私や瑞穂さんではどうにもならない。ここで間に合うのはトップスピードの天龍さんだけだろう。

未来を予測する。主砲による砲撃が全裸の白吹雪さんに直撃し、生身のまま血溜まりに沈む映像。それだけは絶対にやらせない。

 

「テンリュウ!」

「任せろ! おらぁ!」

 

ギリギリで間に合い、放たれた砲弾は天龍さんが斬り払った。白吹雪さんは無傷だ。

 

「朝潮……なんで来るの……」

「あいにく今は朝潮じゃなくアサだ。お前らが深海朝棲姫と名付けた方だ」

「……共存できてるんだっけ。ホント、お姫様が気に入るわけだよ」

 

嫉妬に近い視線を感じた。

 

「よう、お姫様。お前達のおかげで生まれた深海棲艦だ。顔を合わせるのは初めてだな」

「ええ……よく来てくれたわ」

 

薄ら笑いを浮かべる2人の姫。初めて見た時と同じ、黒尽くめの姫。赤い方も青い方も、同じ顔でこちらを見てくる。

アサも同じ思いだろう。この2人、私達は生理的に受け付けない。

 

「その顔も素敵よ……怒りに満ちた顔。見たかった顔だわ」

「もっと見ていたいけど……先に済ませないといけないことがあるの」

()()()()()()()()()()()()()……ね」

 

無防備な白吹雪さんに対し攻撃を再開する。艦載機が発艦され、主砲も再び構えられた。今度は2人がかり。

 

「やらせるわけねぇだろ!」

 

砲撃に関しては天龍さんに一任する。艦載機は私と瑞穂さんでどうにかしよう。幸い、前回見た時のように数自体は少ない。本当に自ら戦うタイプではないようだ。

いや、ここでそう思い込んではいけない。あちらは艦娘だろうが深海棲艦だろうが改造できる。()()()()()()()()()()おかしくない。警戒に警戒を重ね、白吹雪さんを救うことだけに専念する。ここで倒すことは考えない。

 

「やっぱり……私、捨てられたんだね……」

「それを確かめるためにここに来たのかお前は」

「少しだけ……ほんの少しだけ期待してたの。戻ったらまた改造してもらえて、楽しんでもらえるかなって……」

 

依存が強すぎる。捨てられてもまだ使ってもらえるかもしれないと思っている。あちらにはもうそんな意思はない。捨てたのだから帰ってきたところで迷惑くらいにしか思っていないだろう。だからこれだけ撃たれている。艦載機まで出されて、ここから排除しようとしている。つい最近まで手駒として使っていたものをだ。

 

本当に憐れだ。

 

「は、はは、もうどうでもいいや……期待してた私がバカだった。やっぱりあの時に死んでおいた方が良かったや」

「なら私が殺してやろうか」

「……朝潮に、あ、今はアサだっけ? 貴女に殺されるなら本望かな……」

 

アサの発言に驚くも、会議の時に救ってもいいとは話している。どうするかは見守るしかない。

 

「生まれ変われたら、私達の仲間になれよ」

「……そうだね。そっちの方が楽しいかな……お姫様を楽しませるより……」

 

艦載機が白吹雪さんの眼前に漂い、機銃を構える。白吹雪さんは諦めたような顔で目を瞑った。

 

「じゃあな」

 

タァンと、一発の銃声。

 

「……これでお前は死んだ」

 

撃ったのは水鉄砲。顔が水浸しに。

アサは元より白吹雪さんを殺すつもりは無かった。死んだつもりになれば何か変わるかもしれないとけしかけただけだ。事実、死ぬ直前になって白吹雪さんは本心が出た。仲間になってくれる意思を見せた。

 

「よし、生まれ変わったな。仲間になれよ。決定だ」

「ちょっ、ちょっと待って。それはズルくない!?」

「ズルくない。というか、深海棲艦にズルイもクソもあるか。さっきまでのお前は死んだ。今は新しいお前だ。月並みだが、これで御破算だ」

 

白吹雪さんがようやく普通の吹雪さんのような反応を見せてくれた。今の白吹雪さんには自分の意思があるように見える。水鉄砲とはいえ、北端上陸姫の呪縛を破壊できたように見えた。

本心は私達といた方が楽しいと思ってくれていたのだ。それならこちらに来ればいい。わだかまりはいっぱいあるだろう。でも反省して、それを態度で示して、理解してもらう他ない。長い時間をかけてでもやる価値はある。

 

「朝潮様! 深海忌雷が!」

 

その時、瑞穂さんの叫び声。私達にはわからないが、海中を確認できる瑞穂さんにはわかったのだろう。視線や行動から、現れたのは私の足下。本当に突然現れたのだろう。

瑞穂さんのいつもの移動力から、すぐに私の側に駆け寄ってくれた。だが離れるのにはその力が発揮できない。回避できるかは、正直運だった。今からタービンをフルで回しても、あちらから補正をかけて脚に絡みついてくるくらいしてきそうだ。そうならないことを祈るしかない。

 

「アサ、動かなくていいよ」

 

突然、白吹雪さんが海中に潜った。機関部艤装が無くても深海棲艦の身体があるのだから海中の移動くらいは出来るらしい。私と違って、白吹雪さんは身体と心が一致している。私より海中の移動は上手にできる。

すぐに浮上してきた。異形化した左腕で、深海忌雷を掴み上げている。私を狙っていたものを捕獲してくれた。

 

「瑞穂さん、撃ってください」

「……覚悟を受け取りました」

 

一瞬躊躇うも、その深海忌雷を撃った。このタイミングで突如現れた深海忌雷だ。しかも私を狙ってきているくらいなのだから、深海棲艦化ではなくちゃんとした機雷の性能を持つそれだろう。深海棲艦化と違い、爆発しやすいように脆く作られてあるはず。

着弾したのも束の間、とんでもない爆発が起こった。私も瑞穂さんも、天龍さんですら爆風で体勢を崩すほど。

 

「フブキ!?」

「大丈夫……どうせ死ぬつもりだったんだし……これくらい」

 

どう見ても大丈夫じゃなかった。左腕どころか、肩も、胸の一部ですら吹き飛んでいた。顔や脚も大火傷だ。私の右腕を破壊した深海忌雷よりも火力が高い。確実に殺そうとしてきた。

思考の海から見ていても、散々たる状況だった。それ以上に頭の中が煮えたぎるようだった。もう無意識だっただろう。アサから主導権を奪った。

 

「撤退します。早く運ばないと危険です」

「オレが担ぐ。お前らは後から追ってきてくれ。最大戦速で帰投する」

「お願いします。殿(しんがり)を務めますので」

 

白吹雪さんを着ていたジャケットに包み抱き上げた天龍さんがすぐに撤退を開始。同時に、瑞穂さんに他にも深海忌雷が無いことを確認してもらう。どうやら今のものだけだったらしい。今の天龍さんの速力でギリギリくらいか。白吹雪さんがなんとか耐えてくれれば、きっと間に合う。

 

「ゴミ処理が……できたわね」

「それに……もっとステキな顔になったわ」

 

今までになく酷い顔をしているのだと思う。私の顔を見て瑞穂さんが息を呑んだのがわかった。

 

「朝潮姉さん!」

「お姉さん! 援軍です!」

 

霞と大潮がようやくたどり着いた。天龍さんとすれ違って、どういう状況かは理解しているようだ。

 

「……撤退よ」

 

艦載機を全機発艦させ、全て姫2人にけしかける。1人で陸上型の姫2人と渡り合おうなんて思っていない。無謀すぎる。最低限の撤退の時間稼ぎとしてぶつけただけだ。ただし、殺すつもりで撃っている。

 

「許さない……絶対に許さない……」

『わかってる。だけど朝潮、お前は落ち着け。お前だけは冷静でいてくれ。私もはらわたが煮えくり返りそうだ。私1人だったら突っ込んでる。頼む、頭を冷やしてくれ』

 

アサに言われてどうにか落ち着こうとする。握り拳は力強く握り締めすぎて血が滴るほどに。頭の中が騒つくような、嫌な感覚が拭えない。まるで、私の頭の中まで深海棲艦化してしまいそうな感覚だった。恨みと憎しみに埋め尽くされて、目の前のものを破壊したい衝動が小さく小さく鼓動するような、そんな感覚。

頭を冷やすため、戻ってきた艦載機の1つに水鉄砲を撃たせた。頭から冷水を受けて、ようやく上っていた血が落ち着いてきた。

 

「……ごめん、アサ。無理矢理交代しちゃって」

『気にするな。気持ちはわかる』

 

今は見えないが、アサも怒り狂っている。同じ気持ちだった。でもアサの方が冷静だ。本来戦いに身を置く深海棲艦だからなのか、それともただただ私が熱くなりすぎたのを客観視出来たからなのか。

 

「お姉さん、何があったんですか」

「……白吹雪さんが姫2人にやられた。私を助けるために」

「そうですか……天龍さんが抱いていた吹雪ちゃん、血塗れでした。そういうことだったんですね」

 

白吹雪さんがいなかったら、今頃私が天龍さんに運ばれていただろう。それだけならまだいい。脚から来られているため、そのまま身体まで登られて私自身が木っ端微塵なんてこともあり得た。感謝してもしきれない。

 

「私の命は白吹雪さんのおかげでここにある。なら、私は命をかけてでも、あの人を救うわ。処分なんて絶対させない。司令官がすると言っても、絶対に反抗する」

「……そうね。朝潮姉さんの命の恩人とあっちゃ、私も処分なんてさせられないわ」

「お姉さんが決めたんですから、大潮も従います! そもそも大潮達の意見で生きるの死ぬの決める方がおかしいんですから!」

 

本当にいい妹達を持った。怒りが収まっていく。

 

『朝潮、お前がブチギレそうになったら私が表に出る。嫌なことが起きそうな気がする』

「嫌なことって?」

『思考の海が()()なったんだ。こっち側の私は本来感覚が無いはずだろ。それなのにそう感じた。おかしいだろ』

 

以前痛覚をアサに肩代わりしてもらったように、思考の海にいる間は一切の感覚がない。腕が吹き飛んでいても、それを眺めている状態になる。自分の身体なのに。

それが熱く感じたとアサは言う。確かに何かがおかしい。怒り狂う以外でも、何か条件がありそうなことだ。

 

「わかった。悪いことを全部アサに任せるようで申し訳ないけど、お願いするわ」

『ああ。これで私が表に出られるタイミングが増えたな』

「別に出たいならいつでも出してあげるわよ」

 

だが、あの腐った姫2人に関しては、私の手で決着をつけたいと思えるほどだった。正直許せそうにない。あのやり方は、私が最も非難するやり方だ。

 

「朝潮様、進言をお許し下さい」

「畏まらずとも好きに話してください」

「あの時の表情、瑞穂も見ました。まるで……まるで黒の深海棲艦のようでした。恨みと憎しみに呑み込まれた、その、見ていたくない表情でした。朝潮様、どうか怒りを抑えるようにお願い致します。おそらく今、深海朝棲姫様とそのようなお話をされたのだと思います。瑞穂からもお願い致します」

 

瑞穂さんにまで言われると、先程の私はかなり危ういところに立っていたのかもと思える。心が身体に引っ張られるというか。

 

「はい、わかりました。私が私で無くなる可能性もあります。その辺りはアサとも話をして、うまくやっていきますよ」

 

この身体になり、いろいろと制限がついている。強化にはデメリットを伴うが、まさか感情制御まで覚える必要が出てくるとは。

 




最近の朝潮は心が休まる時がほとんどないので、もう一度酔ってもらった方がいいのではないかと思います。朝潮もハッピー、周りもハッピー。


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雪解け

大怪我を負った白吹雪さんは入渠ドックに運び込まれた。ギリギリまで耐えてくれたおかげで死は免れたが、損傷が大きすぎるのは確かである。さらに身体が深海棲艦化しているせいで、欠陥(バグ)として残る可能性も非常に高い。入渠により身体が治ったとしても、左腕が動かなくなってしまうかもしれない。

 

「命があるだけマシかもしれませんが、こんなのあんまりです……」

「どうにかできるかはわからないが、できる限りのことはしたい。欠陥(バグ)が無ければいいんだが……」

 

ドックの前で話していても仕方がないのだが、心配なのだからじっとしていられなかった。こればっかりは本当に運なので、何もできないのが本当に歯がゆい。

シンさんの前例から考えると、白吹雪さんは治療が完了しても左腕が後天性欠陥(バグ)で動かなくなる可能性が非常に高い。

 

「あのー、ちょっといいですかね」

 

工廠にやってきた佐久間さんが進言。白吹雪さんの脱走騒ぎはかなり大きくなっており、私達が外に出ている間にいろいろ準備していたらしい。

 

「佐久間君、何かあるのかな」

「今ドックに入れられてる吹雪ちゃん、身体が全部深海棲艦なんですよね。で、欠陥(バグ)が残る可能性がある大怪我を負っていると」

 

後天性の欠陥(バグ)に関しては、この鎮守府に来て知っている。シンさんの脚についても、研究の一環ということで触らせてもらっていた。それを踏まえて、研究の一部を司令官に話す。

 

「深海棲艦は体組織がどの場所も一定なのが分かったんです。なので、入渠ドックの特性からですね、別の部位から正常な細胞を移して……なんてやれば、欠陥(バグ)無しで元に戻せるかもです。シンちゃんみたいに既に定着しているのは無理ですけど、今の状態なら!」

 

なんかとんでもないことを言っている気がするが、佐久間さんが言うには、深海棲艦に限り、欠陥(バグ)発生前に別の部位を犠牲にして回避することが出来るかもしれないということだった。後天性の欠陥(バグ)が発生する可能性があるからこそ出来る治療。

今回の白吹雪さんの場合は、左腕以外の場所から細胞を削って左腕に移動させることで、とある部分を犠牲に五体満足の身体で入渠が終わるのではないかと。

 

「たらればなんで上手くいく保証がありません」

「だが、やってみる価値はあるんだね?」

「はい、ドックの妖精さんにお願いすれば出来るんですかね」

 

私達は眠っている間の話なのでわからないが、ドックの中で私達を治療しているのも妖精さんだ。なので、その妖精さんに頼めば、やってもらいたい治療も出来る。

基本はそんなことはやってはいけないことだ。艦娘を好き勝手に弄ることが出来るようなもの。むしろ誰もそんなことをやろうとはおもわない。下手なことをして艦娘に悪影響があっても困る。

 

「可能性に賭けよう。明石君」

「了解です。佐久間さん、私が通訳するんで、妖精さんにどうすればいいか説明してください」

「おっけーおっけー! 五体満足で仲間になってもらいましょ!」

 

私達の鎮守府は欠陥(バグ)を受け入れている鎮守府だが、事前に防げるのなら防ぎたい。先天性は諦めがつくが、後天性はそれ以上に悔いが残る。シンさんを見ているからこそ、より一層救いたいと思えた。

 

 

 

翌朝、佐久間さんの機転により、白吹雪さんは奇跡の復活を遂げることとなる。その目覚めを見届けるため、私は入渠ドックの前へ。明石さんも佐久間さんも徹夜で作業していたらしく、フラフラしながらも尽力してくれていた。

前回丸一日以上入渠していたものを一晩で終わらせる辺り、佐久間さんの補助がしっかり効いていた。いつもなら妖精さんに任せっきりになる入渠も、ほぼ全ての作業に指示を出すという大仕事である。

 

「お、朝潮ちゃんおはよー……何とかなったよ」

「佐久間さん……本当にお疲れ様です。ありがとうございました」

「研究者冥利につきますなぁ。これでまた一つ、深海棲艦のことがわかったよ。こっちがお礼を言いたいくらい」

 

入渠ドックが開き、治療が完了した。もう命に別状はない。だが、心はどうなっているだろう。

 

「ん、んん……」

 

白吹雪さんが目を覚ました。だが、何処か違和感を覚える。若干だが()()()()

 

「あれ……わたし……」

「おはよう吹雪ちゃん。左腕は動く?」

「ひだりうで……うごきます」

 

佐久間さんがガッツポーズの後、明石さんとハイタッチ。治療は大成功だ。欠陥(バグ)が残りそうな怪我も完全に修復できた。

 

「吹雪さん!」

「朝潮ちゃん……わたし……」

 

ドックの中を見て言葉を失った。治療は成功したが、代償は大きかった。

 

今の白吹雪さんは、幼女と言っても過言ではない背格好になっている。

左腕、肩、胸の一部まで吹き飛ばされた損傷を、欠陥(バグ)を無くすために治療しようとした場合、身体全体から2割ほどの細胞を損傷部分に持ってくる必要があったらしい。結果、白吹雪さんの身体は2割縮むこととなった。身長が150センチだったとしたら120センチに。欠陥(バグ)の克服は、それほどのことなのだと実感する。その代わり、胴体にあったヒビ割れも全て綺麗に治されていた。

それ以外は前と同じ。魚人のような左腕もそのまま。私達と戦っているときより少しデフォルメされたように見え、全体的に可愛らしくなっている。

 

「わたし……助かったの……?」

「ここまで頑張ってくれたおかげです。ただ……欠陥(バグ)が残らないようにする治療をした結果、身体が……」

 

ドックから出てくる。身体のバランスが大きく変化しているのでヨタヨタとフラつくが、すぐに慣れた。小柄な私ですら見下ろすほどだ。本当に小さい。

 

「世界が広い……」

「縮んでますからね」

「そっか……あれだけのことをやったわたしへの罰がこれなんだ……軽すぎるよ……」

 

そういうことをやるように意思を誘導されただけだ。頭の中も改造されているのだから、それはもう仕方がない。

 

「吹雪さん、ありがとうございました。最後に助けてもらわなかったら、私は死んでいました」

「……身体が勝手に動いたんだ。あんなことをしたわたしを、それでも受け入れてくれた朝潮ちゃんは助けないといけないって」

 

そうだったとしても、私には感謝しかない。

 

「あの時に、深海吹雪棲姫は死んだんだね」

「はい。今までの貴女は私とアサが殺しました。新しい人生をその身体で生きてください。一緒に」

「……うん、捨てられたわたしを拾ってくれてありがとう」

 

今の自分を受け入れることは出来そうだった。が、その状態で私を見てから、少し様子が変わる。

 

「朝潮ちゃんが近くにいると……なんだか落ち着く……」

 

今までは敵として相対していたので、私の深海の匂いは敵対心の促進として作用していた。それに白吹雪さん自体も深海の匂いが強かったおかげで中和されていたのかもしれない。

だが、縮んだことで深海の匂いが少し薄れたこと、それと現状を受け入れて私達の仲間になろうと考えてくれたことで、私の深海の匂いの効果が逆転。初霜さんと同様に、好意の促進になってしまっている。

 

「とりあえず服を着ましょう」

「うん」

 

今までが嘘のように素直。敵対していた深海吹雪棲姫としての吹雪さんは本当に死んでしまったようだった。それならそれでいい。ここで新しい道を一緒に歩こう。

 

 

 

午前中は全て検査に使われ、小さな吹雪さんの公表は午後一。再び全員が会議室に集められる。

白吹雪さんの身体は正常と言えるほどに回復していた。以前に危惧されていた身体への負担も無さそう。身体測定に殆どの時間を使われたので、艤装に関してはまた後日ということになった。

 

「皆はもう知っていると思うが、昨晩、白い吹雪君がここを脱走した。それに関してはもう対処は終わっている。吹雪君は再びこの鎮守府に収監され、治療を受けた。今回の議題は昨日に引き続き、吹雪君の処遇だ」

 

未だに肯定派と反対派は真っ二つに分かれている。私は部屋の外で白吹雪さんと待機しているが、中の会話はあまり聞かせたくなかった。自分の生殺与奪の権利は全て会議室にいるものにあり、判断次第で自分は殺されるのだ。恐怖で震えてもおかしくはない。

それでも、白吹雪さんは震えずに、じっと扉を見つめていた。自分の罪と向き合い、死んでもいいと覚悟している。

 

「吹雪君は今、この部屋の前にいる。入ってきてもらうよ」

 

この姿の白吹雪さんを知っているのは工廠組と私、そして司令官だけ。皆はこの姿を見てどう思うだろうか。姿なぞ関係ないと罵るものもいるだろう。憐れに思うものもいるだろう。だが、今回は私が白吹雪さんの味方になる。命の恩人は必ず私が守ってみせる。

 

「大丈夫ですか?」

「……うん、覚悟は出来てる。それに、みんなにも謝らないといけないから」

 

今の身体では会議室の扉も重たいだろう。私が開けてあげ、中に入ってもらう。その姿を見て、少し騒がしかった会議室の中が静まり返った。敵対していた頃とあまりにも違う。

 

「吹雪さんは私の命を救うため、深海忌雷に左の腕と肩、胸の半分を根こそぎ爆破されました。深海棲艦には後天性の欠陥(バグ)が発生する可能性があることは皆さんご存知ですよね。それを回避するため、佐久間さんがこの治療をしてくれました。おかげで吹雪さんは五体満足です。その代償がこの姿ですが」

 

後天性のもの限定とはいえ、欠陥(バグ)を回避する手段が見つかったというだけでも驚きだった。この治療は深海棲艦にしか通用しないが、研究が進めば、先天性のものにまで通用するかもしれない。そうすれば、艦娘にも転用できる可能性だってある。欠陥(バグ)の克服に光が射した瞬間だった。

 

「吹雪さんは私の命の恩人です。それに、あの場で北端上陸姫から決別しました。天龍さんはその現場にいましたから、わかりますよね?」

「ああ。そいつはもうオレ達には敵対しねぇよ」

「それで良しとしろとは言いませんが、私は恩人である吹雪さんを必ず救います。何か言いたいこともあると思いますが、私が反発します。吹雪さんを処分なんて絶対にさせません」

 

もう迷わない。偽善でもいい。

 

「朝潮ちゃん……ちょっと、手を離してもらっていいかな」

 

白吹雪さんとはずっと手を繋いでいたが、お願いされたので手を離す。

 

「今まで……本当にごめんなさい。言い訳はしません。許してくれとも言いません。ただ、謝らせてください」

 

その場で土下座した。

この場にいる誰よりも小さな女の子が、衆人環視の下、誠心誠意の謝罪の意を示した。いくら罪があるとしても、これはあまりにもいたたまれない。先程とは違う理由で騒ついた。

 

「やってはいけないことをいくつもしました。それがお姫様の命令だったとしても、やったのはわたしの意思です。だから、謝り続けます。ごめんなさい」

 

さすがに司令官が起こそうとするが、吹雪さんは土下座をやめない。

 

「都合のいいことを言っているのはわかります。でも、わたしにはこれしか出来ません。どんなことを言われても、どんなことをされても、わたしは受け入れます。ごめんなさい」

 

頭を上げることなく、ずっと、ずっと土下座をし続ける。姿を笠に着た行為だと罵られるかもしれないと、白吹雪さんは会議室の外でそれだけを怖がっていた。

 

「誠意が見えないというのなら、言われた通りのことをします。死ねと言われたら自分で命を断ちます。飲まず食わずで働き続けます。死ぬまで貢献し続けます。何を望まれてもわたしは受け入れます。ごめんなさい」

 

もう見ているのが辛かった。司令官に続き、私も吹雪さんに起きるように説得。私の深海の匂いが効いたか、今度は素直に立ち上がってくれた。それでも伏し目がちな表情。誰とも目が合わせられない。

 

「吹雪さん、人の言うことを聞いて生きていくのでは、前と変わりません。貴女は貴女の意思で生きてください」

「でもそれだと償いにならないよ……望まれるままに奴隷のように働かないと……」

「それがダメなんです。せっかく自由の身になれたんですから、その姿で新しい人生を謳歌してください。私からのお願いはそれだけです」

 

この白吹雪さんのことを全員に受け入れろと言っても無理な話だ。だとしても、解放された白吹雪さんを再び雁字搦めにするのは違う。自由に生きてほしい。

 

「……御姉様、貴女をその姿にした吹雪さんは、鎮守府を襲撃した吹雪さんは、御姉様の目の前で死んだのですね?」

「春風……?」

「その子は、あの吹雪さんとは別人なのではないですか? 姿形は似ていますが、()()とその子は違う人なのでしょう。それでしたら、わたくしはその子を歓迎します。御姉様の命の恩人なのですから」

 

春風はそういう割り切り方をするようだ。

今までの悪逆非道の限りを尽くした吹雪さんは死んだ。代わりに残されたのはこの小さな吹雪さん。その2人は別人であると解釈した。

今までの私の説明も、今までの白吹雪さんの謝罪も、一切無かったことにして、私が戦場でドロップした艦娘を拾ってきたという扱いにしている。

 

「……ええ。昨晩の戦闘で……アサが深海吹雪棲姫を殺した。額に艦載機の機銃を一撃」

「でしたら、その子は別人ですね。受け入れない理由がありません」

 

扶桑姉様の一件以来、春風の心は大きく成長したように思える。そんな風に思っても、簡単に割り切ることなんて出来ない。それでも、春風は受け入れてくれた。

 

「……ありがとう、春風」

「御礼を言われる理由がありません。その子は御姉様が拾ってきた新しい白の深海棲艦なのでしょう。いつものように、仲間として受け入れるのが筋です」

 

春風のこの発言から、反対派の人達も少しだけ白吹雪さんを認めてくれるようになった。反省の誠意だけはずっと見せている。

 

「別人なら吹雪って呼ぶの違うと思う」

 

会議中ではあるが、ミナトさんの膝の上にいたヒメさんが、白吹雪さんの前に歩いてくる。並んでみると殆ど同じ背格好。同じ真っ白な深海棲艦なので、同年の友達にも見える。

 

「ガン、名前付けてあげて。いつもの」

「そうだな。なら、特型の25番艦というのも込めて、(ユキ)というのはどうだ。確か特型は後の方は漢字一字になるんだったよな」

 

はちさんの資料室も使い、命名職人となりつつあるガングートさんが、白吹雪さんに新しい名前を与えた。今までの深海吹雪棲姫、白い吹雪であることを完全に切り捨て、新しい人生を歩めるように。だが今までのことは忘れないようにと関連性のある言葉で。

 

「ユキ。今日からお前はユキだ。吹雪じゃない」

「わたしは……雪、ユキ、ユキ」

 

噛みしめるように自分の新たな名前を呟く。呟く内に涙が溢れていた。恐怖で震えてもあれだけの謝罪をしても泣くことが無かったのに。

 

「わたしは……ここにいていいんでしょうか……」

「いいんです。自分の意思を取り戻したんですから」

 

まだまだ根深いわだかまりはあるだろう。それでも、ここから出ていけという人はいなかった。一番存在を否定していたポーラさんも、今は何も言っていない。この2人のわだかまりだけは、どうしても取り払うことは出来ないと思っている。どれだけ謝っても、どれだけ反省しても、ポーラさんの仲間が帰ってくることはない。誠意だけでは納得出来ないだろう。

 

「加藤准将、つきましては、私佐久間から提案が」

「佐久間君は今回の功労者だからね。何かな?」

「ふぶ……じゃなくて、雪ちゃんは、私が面倒見てもいいですか? 例の処置の事後観察とかしたいので」

 

などと言いながら手をワキワキさせている佐久間さん。五体満足で吹雪さん……ではなく、雪さんがここに居られるのは、紛れもなく佐久間さんのおかげだ。雪さん自身も、恩人である佐久間さんに貢献するために、なんの躊躇いもなく了承した。

 

「お姉さんとイイコトしようねぇ、ふひ、ふひひ」

「え、えっと……」

「雪さん、本当に危ないと思ったら私を頼ってください」

 

すぐに私の陰に隠れる。やはり深海の匂いがそちら方面に作用しているようだった。私にだけは即座に懐いてくれた。

 

これで、北端上陸姫に囚われていた8人の深海艦娘は全員救出することが出来た。次の北への出撃が最終決戦だ。




小さい深海吹雪棲姫は劇場版艦これにも出てきました。幼女形態、少女形態、女性形態の3段階持つ中の最初の状態。ここでは逆行の形になりました。


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弔いの酒

深海吹雪棲姫の成れの果て、雪さんを鎮守府に加え、ついに最終決戦への準備に入る。残る敵は北端上陸姫と離島棲姫のみ。長かった、本当に長かった戦いも、ついに終わりを迎えようとしている。

翌朝、元帥閣下からの最後の増援は、準備に準備を重ね、ようやく2日後朝に到着することに決まった。そのため、決戦はそれ以降となる。

昨晩に陣地まで行っているが、その時には何の反応も無かった。それでも、何をしでかしてくるかはわからない。最悪、深海艦娘がまだいる可能性も捨てきれないし、雪さんのように既に深海棲艦に変えられた艦娘がいてもおかしくはない。

何が起きてもいいように、慎重に部隊の選定を行うそうだ。今回は元帥閣下も司令官と共に指示を出す。今までの経験を遺憾なく発揮し、最善の戦況を作り出す。

 

私、朝潮は残りの時間を準備に勤しむ……わけではなく、相変わらず身体と心を休めるために鎮守府内で自由に暮らしている。以前と同じで、訓練や演習に付き合ってほしいと言われれば付き合うし、哨戒任務の人員不足と言われればそれをお手伝いする、いわばフリー枠という状態。

 

『暇なら領海行こう。最近行ってなかったろ』

「そうね。なんだかあの領海に行くと事件に巻き込まれるような感じがしてアレだけど」

『この前がたまたまなだけだ。ほら、着替えろ着替えろ』

 

というわけで、こういう時間にはアサの領海に行くことになる。司令官にも許可を貰い、しっかりとアサの服に着替えた。準備万端、あとは護衛を選ぶのみだが、少し意外な人に声をかけられる。

 

「アサシオ、領海行くの〜? なら、ポーラも同じ方だから一緒に行きま〜す」

 

ポーラさんも哨戒任務を兼ねた外出をするらしい。前世の頃の領海が、今でも気になる様子。今でこそ誰もそこにおらず、ただの島と海になっているだけだが、やはり思い入れのある場所、何度となく足を運びたい場所のようだ。

 

「同じ方ですもんね。でもこれが初陣ですか?」

「今はのんび〜りだから、今のうちにショーカイニンムに行きたいかなって〜。お酒も持ったの〜」

 

まさか哨戒中に飲むつもりなのでは。いや、でも今のポーラさんは心持ちが違う。夜は飲んでいるが、一日中飲み続けているようなことはない。いつものような微睡んだ雰囲気ではあるが、ちゃんと素面だ。

そうなると、理由は大体わかる。持っていくなとは言えない。

 

「それとね〜、もう1人、連れて行きたいの。アサシオは護衛を誰かつけるんだよね〜?」

「そうですね。誰でもいいので、あ、ちょうどいいところに」

「護衛ですね。お任せください」

 

初霜さんに護衛をお願いすることに。今から行く場所は、初霜さんにも因縁深い場所だ。私の領海は二の次な感じになってしまったが、ちゃんと行くからアサは安心してほしい。

 

「それで、もう1人というのは?」

「もう来ま〜す」

 

工廠の奥から駆けてきたのは浮かない顔の雪さんだった。ポーラさんとは大きな大きなわだかまりがあるが、それでも連れて行きたいと言っているのは他ならぬポーラさんだ。何を考えての行動かはわからないが、溝が深まらないことを望む。

 

「ポーラ君が初陣とは聞いたが、雪君も連れていくのかい?」

「ちょ〜っと思うところがあるので、お願いしま〜す」

「ふむ、わかった。それで、朝潮君も便乗するんだね」

「はい、私はお伝えした通り、アサの領海に寄ります。護衛は初霜さんです」

 

滞りなく進み、哨戒任務として出撃。旗艦はいきなりポーラさんである。いろいろ心配ではあるが、何かあったら私達が止めよう。通信施設はポーラさんと初霜さん両方が持っているため、万が一途中で別れるようなことがあっても安心である。

 

「ポーラ、出撃しま〜す。皆さん、ご一緒に参りましょ~。お~」

 

ポーラさんを先頭に鎮守府を発つ。その間、ずっと雪さんはビクビクしていた。一番わだかまりがある相手に呼びつけられて海の上。お互いに戦闘可能な状態である。何をされてもおかしくない。

 

 

 

先にポーラさんの前世の領海だった場所に到着。私の領海の島よりも小さな、岩で出来た小さな島がポツンとあるのみ。乗れても2人が限界だろう。島と言えるのかもわからない。

ここが重巡棲姫の拠点だった場所。当然だが海は赤くなく、深海棲艦の気配も感じられない。誰の領海でもない。

 

ここに来るまで、ポーラさんと雪さんは一切会話していなかった。ポーラさんは先頭で振り向かず、雪さんは俯いたまま。哨戒でやらなくてはいけない索敵は、すべて私だけで賄える。会話する必要もない。

 

「懐かしいですね〜。もうすごく前なように思えます〜」

 

実際はまだ1週間程度ではあるものの、それまでいろいろありすぎた。ポーラさんは一度死に、今の姿になっているわけだし。

 

「アサシオ、ちょっと手伝ってもらってもいい〜?」

「はい、何をするんです?」

「お酒をね、開けるの」

 

持ってきた赤ワインの栓を開けて、全員分のグラスを用意していた。雪さんにもちゃんと渡している。

 

「テンリュウに聞いたんだ。この国では、死んだ人にお酒を捧げるみたいなことするって。ケンパイって言うんだっけ。ポーラ、お国柄のレーギとかサホーとかはよくわからないから、ポーラの好きなお酒を持ってきたの」

 

全員のグラスにワインを注いだ。

自分もそんなことしていいのかという顔をしている雪さん。その顔を見たポーラさんは雪さんを見据える。ほとんど睨みつけるような表情。ポーラさんのあんな顔、初めて見る。

 

「ユキが一番やらないとダメ。だから連れてきたんだから」

「わたしが……でも、わたしにそんな資格……」

「ユキが殺した()の仲間を弔うんだ。反省しているのなら、ここで誠意を見せろ」

 

今まではあまり面影が無かったが、ポーラさんにも前世の影響は出ている。素面だからかもしれないが、いつものポーラさんではないように思えた。

雪さんに対する時だけは、不意に重巡棲姫が出るような気がする。いつもの微睡んでいる雰囲気が無くなっているどころか、口調もあの時のように戻ってしまっている。表情すらもあの時と同じ冷たい表情だった。

 

「……どうやってやればいいのかわからないから、アサシオかハツシモにやってもらってもいい?」

「簡単で良ければ」

 

岩の島にワインの瓶を置く。私もそういった作法はよく知らないが、故人を偲んで行うことだ。静かに、厳かに、粛々と。

 

「それでは、献杯させていただきます。献杯」

 

私達はお酒が飲めないので、ほぼ黙祷。ポーラさんは注がれたワインをグッと呷った後、グラスを島に置く。

 

「どうせだから、みんなにも飲んでもらおうかな。お酒なんて誰も知らなかったものだよ。気持ちよくなれるし、嫌なことを忘れられるものだから、みんなも飲んで」

 

岩の島に残ったワインをかけ、残った瓶はまた島に寝かせた。

 

「アサシオは絶対飲んじゃダメだよ〜」

「わかってます。もうお酒は懲り懲りです」

「私としては別に飲んでくれても構わないんですけどね。とてもステキな体験でした。突然脱ぎ出して呼び捨てにされたのは一生忘れないでしょうね」

 

あの醜態だけは絶対に晒さない。グラスに注がれたワインを飲むことなく、ポーラさんと同じようにグラスを島に置く。このワインも、ここで殺されたポーラさんの仲間に届いてもらいたい。

 

「雪さん?」

 

私達が事を終えても、雪さんはグラスを持ったまま、ずっと俯いていた。目を瞑り、ブツブツと謝罪の言葉を呟いている。こちらの声も聞こえないほど真剣に。ポーラさんもその姿を見て動きを止めてしまった。私と初霜さんは2人が動き出すのを待つことに。

 

時間にして小一時間。雪さんはずっと岩の島に向かって黙祷を続けていた。ポーラさんもずっとそれを見続けていた。時間を忘れてしまったように2人とも動かない。

 

『あの2人、大丈夫か?』

「思うところがあるの。あのままにさせてあげて」

『そうは言うけどな。さすがにピクリとも動かないと不安にもなるぞ』

 

私と初霜さんが周囲警戒をする形に。これだけの時間、何もなかったのは良かった。そう何度もここで事件が起きられても困るのだが。

 

「あ……ご、ごめんなさい。時間を忘れて……」

 

ようやく雪さんが黙祷を終えた。自分の謝罪の気持ちを伝えきれたかどうかはわからないが、それだけ真剣だったことは私達の目から見てもわかった。その姿を見て、ポーラさんはどう思っていたか。

 

「えっと……」

「そのまま島に置けばいいから」

 

ポーラさんが指示をする。元より雪さんは駆逐艦なのだから飲むのはさすがに無いだろう。そこにあるものと同じようにグラスを置く。

 

「じゃあ、次はアサシオの領海だね~」

「もう大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫。知りたいことが知れたから」

 

ほんの少しだが、ポーラさんの顔がすっきりしているように見えた。仲間を弔うことが出来たのが嬉しいようだ。

 

 

 

今度はアサの領海。ここに来たら主導権を渡す。あくまでもアサの領海なので、私が出ることはない。

 

「何事もなってなくて安心したぞ」

「ここがアサさんの……霞さんの故郷でもあるんでしたっけ」

「らしいな」

 

いつものように岸に上がっていく。ここは本当に変わらない。

 

「……ここも……わたしは……」

「もう気にするな。私は割り切ってる」

 

前に来た時のように浜辺に腰掛け、ただただ水平線を眺めるだけ。心が落ち着く。

 

「水平線を肴に一杯……」

「ポーラさん、まだお酒持ってるんですか?」

「持ってない持ってない。でも、そういうのもいいなって~」

 

悪くないなと思えた。私はお酒は飲めないし絶対に飲まないが、ここでご飯でも食べられたら幸せかもしれない。幸せなら扶桑姉様を連れてこよう。きっと喜ぶ。姉妹全員でここに来たい。クウもここ生まれだから来たら落ち着く。レキも気に入ってくれるはずだ。

 

「お前らも気に入ったか」

「みたいだね~」

 

ポーラさんの艤装、自立艤装のロッソとビアンコもここの空気を気に入ったようで、ガチャガチャと音を立てて首を振っていた。この島は私達のような深海棲艦絡みの身体を持つものの心を落ち着かせる作用があるのかもしれない。初めて来た初霜さんもすっかり落ち着いている。私の隣で転寝を始める始末だ。少し前のクウみたい。

ポーラさんも逆隣に腰掛ける。ロッソとビアンコが私に首を伸ばしてきた。アサが頭を撫でてやると、気持ちよさそうに首を捻る。艤装なのにそういうところは生物っぽい。

 

それでもただ1人、雪さんだけは浮かない顔。私達の落ち着ける場所は、大概攻撃している。何処に行っても自分の悪逆非道な行いを思い出してしまう。

 

「ユキ、ちょっとこっち来い」

「え……アサちゃん……?」

「いいから来い。艤装はしまえ」

 

言われるがままにこちらに近づいてくる。やはり私やアサには素直。深海の匂いのおかげだろうか。

 

「ここに座れ」

 

胡坐をかいて、脚の上に座らせようとしていた。今の身長差なら、小柄な私でも扶桑姉様にやられるような包み込むような抱擁ができるだろう。さすがに躊躇う雪さんだが、アサが手招きするとおずおずと腰掛けた。私の方が深海の匂いは強い。ここまで密着すれば、その効果で心がもっと落ち着くはずだ。

 

「貧相な身体ですまないが、多少は落ち着くだろ。今だけはこうしてろ」

「そ、そんな、別にわたしは……」

「そんな顔でここに居られても迷惑だ。ここは心を落ち着けるために来てるんだ。だからお前も癒される()()がある。ここでは全部忘れて癒されろ」

 

滅茶苦茶な言い分だが、確かにここに来た目的は心の休息である。全員が癒されて帰るべきだ。雪さんだって例外ではない。

私の懐に収まったことで、ロッソとビアンコが雪さんにじゃれつく。最初は戸惑っていたが、ゆっくりと頭を撫でていた。

 

「優しいね〜アサは〜」

「お前もな。ユキをわざわざ領海に連れていったのはケジメのつもりか」

 

ロッソとビアンコが雪さんにも懐いている時点で、ポーラさんの心持ちはわかっていた。許してはいないだろうが、理解はしている。仲間を殺した罪は消えないが、深く反省しているのを目の当たりに出来た。時が止まったかのように長い時間黙祷していた人が、罪を意識していないわけがない。

 

「……ポーラも裏切り者だからね」

「そういえばそうだったな。後ろから撃とうとしやがって。しかもそれを酒で逃げてたもんな」

「アサやっぱり優しくない」

「深海棲艦に優しさを問うな」

 

気付けば雪さんも転寝してきた。それが出来ているのなら、少しはここでリラックス出来ているのだろう。

 

「……命令通りだからって仲間を笑いながら殺した事実は消えないけど、あれだけ一生懸命反省してくれてるのなら、多少理解くらいはしてあげてもいいかなって。許しはしないし和解するつもりもないけど、死ぬくらいなら一生反省してもらうよ」

「それでいいんじゃないか? 私だって許してやれなんて言えない」

 

わだかまりは残り続けるだろうが、敵対はしない。ポーラさんはポーラさんなりにケジメをつけた。ポーラさんのその思いを尊重するためにも、私は無理に2人を会わせるようなことはしないと誓う。

 

 

 

しばらく領海でのんびりしたら、初霜さんが目を覚ました。雪さんはまだ寝たまま。その時にはポーラさんの調子もいつも通りに戻っていた。

 

「お〜、ハツシモ起きた〜?」

「ごめんなさい、あまりにも気分が落ち着けたのでグッスリと……」

 

私が雪さんを抱きかかえている状況を見て、初霜さんの顔が緩む。

 

「2人が重なり合うと、その、凄いんですよ。朝潮さんはともかく、雪さんも深海の匂いが強い人なので、多幸感が」

「お酒飲んだときみたいに〜?」

「飲んだことないのでわかりませんが、そうかもしれません」

 

初霜さんの目がキラキラしている。同時に、アサが私に主導権を譲ってきた。不意打ちだったので私が強制的に表に出される。

 

「ちょっとアサ、いきなり何を」

『私では対処できない問題が起こりそうだからお前に任せる』

 

キラキラしている目の中、案の定ぐるぐるしていた。2人分の深海の匂いにやられて、初霜さんが暴走しようとしている。今の私は雪さんを抱きかかえた状態で身動きが取れない。せっかくここまでリラックス出来ているのだから、寝かしたままにしてあげたい。

 

「動けない今なら好きに出来るチャンスなのでは。私、ここで一線を越えさせていただきます」

「初霜さん、今この状態で何かやってきたら、雪さんが起きてしまいます。それは良くないと思いませんか」

「朝潮さんごめんなさい。ブレーキが効かないんです。朝潮さんが動かなければ雪さんは起きませんから我慢してください。魅力的な朝潮さんが悪いんです。アサさんの服ですから、いつもよりスタイルが出てますし、ああもう我慢できない」

 

息が荒い。凄く怖い。アサが私に主導権を譲った理由がわかった。今がアサが頑張らなくちゃいけない緊急時なのではないのか。

 

「ちなみに何をしようと言うんです?」

「それはもう、イチャコラするためにスリスリペロペロ」

 

隙を見て艤装を展開。艦載機を顔に押し付けて距離を取らせた。ここから近付けさせない。

 

「2人揃うとまずいということがわかりました。いろいろ対策を考えることにします。初霜さんでこれだと、春風はもっと危険です。扶桑姉様にすら影響が出るかもしれません」

「アサシオは大変だね〜。いざとなったら、お酒に逃げようね〜」

 

もうそれもありかもしれない。




献杯のマナーとしてはやってはいけないこともあったかもしれませんが、ポーラなりの供養の仕方でした。岩の島を墓に見立てています。赤ワインなのは当然、領海が赤い海だから。


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自分の意思

ポーラさんと私、朝潮の領海を巡る哨戒任務を終えて鎮守府に帰投したところ、工廠で吹雪さんが待ち構えていた。どうやら雪さんの帰りを待っていたようだった。

 

「ど、どうしたの、大きなわたし……」

「待ってたよ小さな私。貴女の処遇のために、ちょっとついてきて」

「えっ、う、うん」

 

帰投したばかりの雪さんの手を引いて連れていってしまった。呆気に取られていたが、ポーラさんと初霜さんは艤装を下ろさなくてはいけないので明石さんの下へ。放置された私は、とりあえず雪さんの処遇という言葉が気になり吹雪さんを追うことに。

今のところは生存という形で決まっており、配属ではなく保護。今後の雪さん次第でどうなるかはわからないが、突然その場で処分するなんてことはないとしてある。そこに吹雪さんのあの言動。若干怖い。

 

「連れていかれた方向は……談話室? そんなに滅茶苦茶なことじゃないか」

『フブキの感じからして、生きるの死ぬのは関係無いだろう。でも気にはなるな』

「談話室にいる人は……ああ、わかった。急な案件じゃないわ」

 

電探のおかげで状況が把握できるのは素晴らしい。談話室にはそれなりに人が揃っているが、その全てが特型駆逐艦だ。敷波さんまでいる。

 

「雪さんは特型の一番下扱いみたいだし、特型が呼びつけるってことは、まぁそういうことよね」

『悪いことじゃ無さそうだな。安心していいだろ』

「ええ。でも一応行きましょ。ちょっと気になるし」

 

処分じゃないけど悪いことをされるとかだと目も当てられない。

深海艦娘の人達は罪悪感について理解があるためか全員肯定派。吹雪さん、深雪さん、響さんも、自分の妹がそういうことをやったためか肯定派だったはず。敷波さんは雪さんの非道な行いを知らないという援軍の共通点があるため、肯定か反対かで言ったら反対寄りな人。それなら何事もなく終わるはずだが。

 

「敷波さんもそうだけど、援軍の人達はまだわかってもらえそうな気がするの」

『いの一番にお前に反対意見出したナガナミもか』

「多分。そもそも、実際に被害に遭ってない人に否定されても困る」

『お前も結構言うよな。深海棲艦の思考回路になってるのか?』

 

不安になることを言わないでほしい。それに関してはアサに全て引き取ってもらっているはずだ。私の深海棲艦の思考回路は趣味嗜好だけで終わっている。

 

『まぁ、お前は好きなようにやれ。私も大概同じ意見だしな』

「ありがと。頼りになるわ」

『そういうのはカスミに言ってやれ。悶えるほど喜ぶぞ』

 

結構言っているつもりだが。

 

 

 

談話室では、珍しく口論が繰り広げられていた。その中心は雪さん。それを囲っているのは吹雪さん、潮さん、電さん。かなり珍しいメンバーである。特に後半2人。深海艦娘になってからの思考変化で、少し荒くなっているのは知っていたが、口論の中心にいるのはさすがに初めて見る。

 

「雪ちゃんは暁型の5番艦ですぅ!」

「綾波型の11番型です!」

「あの子私だからみんなのお姉ちゃんだからね!?」

 

なんかすごく面倒な口論な気がする。関わらない方がいいのでは。

見つからないうちに談話室から退散しようと思ったが、私が近付いた時点で雪さんには見つかっている。逃げようとした時にはもう遅かった。駆け寄られて私の後ろへ。性格も外見に引っ張られて幼くなっているのだろうか。

 

『逃げ遅れたな』

「ええ……」

 

獣のような目で潮さんと電さんに睨まれた。並の深海棲艦より怖い。後ろで深雪さんと漣さんが平謝りしているのが見えた。自分の相方くらいは押さえつけておいてほしい。

 

「女帝様ならこういうこと一発で解決してくれるのです!」

「朝潮ちゃん、雪ちゃんはどういう立場になると思う? ねぇ、ねぇ」

 

圧が凄い。2人とも末っ子だから妹が欲しくて堪らないのだろう。特に電さんは、特型として見ても24番艦であり末っ子。潮さんの妹扱いになる。深海艦娘化してから溢れるようになった欲望がこんなところでも。

 

「雪さんの意見は聞きました?」

「わたしは、その、みんなのこと妹だと思ってるから」

 

そういうところは吹雪さんのままのようだ。

 

「でも……わたしみんなよりちっちゃいし……みんなの妹っていうのも……悪くないかなとは思う。本当ならここで殺されてもおかしくないのにそういう形ででも認めてもらえるのは嬉しいし……でも喜んだら反省してないみたいに見えるし……」

 

だんだん表情が暗くなる。

ここに来てから雪さんは一度も笑顔を見せていない。こんな()()()()()口論でも、雪さんの心を曇らせるのには充分なようだった。私としてはそちらの方が気に入らない。

 

「雪さん、こういう時くらい、まともに言い返していいんですよ」

「わたしには……うぅ……」

「私は何も言えませんよ。特型じゃないですし。というか特型の論争に私が巻き込まれるのおかしくありません? 決定権は全て雪さんが持つべきでしょう」

 

意思決定を全て他人にされていた弊害がここで出ているのだと思う。雪さんは優柔不断、というよりは、自分で物事が決定できない。言われた通りなら幾らでもやれるが、こういう些細なことでも自分の意思が外に出せない。

 

「なんであたしもここにいるんだろう」

「敷波は流れよね。特型なら来いって圧かけられたんでしょ」

「潮に今までに見たことのない顔で言い寄られたよ。叢雲も?」

「私は姉さんに来いって言われただけ。こんな馬鹿馬鹿しいことに付き合わされるとは思わなかったけど」

 

呆れ顔なのは敷波さんと叢雲さん。それなら巻き込まれた私は何なのだろう。

 

「悪いね朝潮、こんなことに巻き込んで」

「私の味方は響さんだけですよ」

「とはいえ、面白いだろう。電があんなに明るいんだ。姉として、少し嬉しい」

 

相手が妹だからか、見る目が甘い気がする。味方ではないとここでハッキリわかった。

 

「わた、わたしは……その……」

「雪さん、大丈夫ですか? 無理そうなら佐久間さんのところ行きますか?」

「ご、ごめんなさい……」

 

どう見ても具合が悪そうだった。自分の意思を出そうとするだけで体調不良を起こしている。

謝罪のような信念を持って自分がやらなくてはいけないことなら実行することは出来たみたいだが、こういう選択がストレスになってしまっている。

 

「私は雪さんを佐久間さんのところに連れて行きますから、口論は勝手にやっててください」

「なら私もついていくわ。正直ここから離れたいし」

「あたしもー」

 

叢雲さんと敷波さんもついてきてくれるようだ。潮さんと電さんに関しては、吹雪さんに任せよう。こういう時にお姉さんっぷりを発揮してくれると信じている。

 

 

 

談話室を離れたら雪さんの具合は自然と良くなっていった。選択を迫られる状況だとダメな様子。ストレスで倒れた経験がある私には痛いほどわかった。私の場合も、選択で苦しんだ結果のようなもの。

 

「佐久間さん、ちょっといいですか?」

「はいはい何かなーって、雪ちゃん、どしたの?」

「その……すごく気持ち悪くなって……今はそんなにです」

 

雪さんに説明は辛そうだ。なので、私が掻い摘んで説明する。選択を迫られた故の体調不良。今までやってこなかったことでのストレスである。

 

「なるほどねぇ。こういうのは私の専門外なんだけど、リハビリとかしてみよっか。自分で『選ぶ』ってことに慣れていかないとダメだね」

「お任せしていいですか」

「うーん、任せてとは言えないからなぁ。例えばさ、雪ちゃん、明日の朝食、パンかご飯かどっちがいい?」

 

本当に簡単な選択肢。生死に関係なく、他人に害すら与えない。ただ自分がどっちがいいかを決めるだけの2択である。だが、

 

「えっ、あ、その……」

 

雪さんは選べない。そんな簡単なことの意思決定すら全てされてきたが故に、選択の仕方がわかっていない。

 

「ごめんね雪ちゃん、難しいこと聞いちゃって。でもね、私がいい人だから良かったけど、言われたことはいはい言ってたら絶対悪いことになるよ」

「はい……」

「だから、いろんなことを『選べる』ようにしようね。これが最初で最後の命令にするよ」

 

深海棲艦研究者としてここにいるものの、雪さんの保護者としても活動してくれている佐久間さん。深海棲艦と友達になるという夢のために、こういうこともやっていきたいとのこと。

 

「私も手伝うわ。小さくなっちゃったけど私の姉さんだしね」

「あれ、ちょっと意外。叢雲って吹雪のことそこまで慕ってるイメージ無かったよ」

「それはアンタんとこの叢雲でしょ。私は違うのよ。個体差よ個体差」

 

大分体調が整った雪さんが、叢雲さんの方を向く。その顔には、かなり薄いものの今まで見せなかった微笑みがあった。

 

「ごめんね叢雲」

「いいわよ」

 

いい距離感の姉妹だ。背中合わせでも意思疎通が出来そうな、そんな雰囲気。元気いっぱいについてくる大潮や、物凄く固執してくる霞とはまた違った姉妹関係。ちょっと羨ましく感じてしまった。

この2人はあちら側でも関係のあった姉妹だ。この鎮守府では誰よりも仲がいいだろう。雪さんのことは、佐久間さんの次に叢雲さんに任せた方が良さそうだ。

 

「叢雲さん的には、雪さんは妹とは見れませんか」

「勿論。吹雪というものは、私の姉なのよ」

「じゃあ潮と電のアレはどうすんの?」

「あっちの姉さんが何とかしてんじゃない?」

 

電さんはともかく、潮さんは言いくるめられない気がする。あちら側にいた時の陰口の具合から言って。

 

「どうする? またあっちに戻る?」

「今は全員談話室から離れてますね。演習やってます」

「は? もしかして実力行使に行った? 誰が発案者よ……あ、電か。あの子、本当に過激思考になってるし」

 

2人1チームで演習をやっているのが反応からわかる。そういえば型もちょうど2人ずつだ。結局意見を通すために実力行使になってしまっている。特型はそんな人ばかりなのだろうか。

 

「これ吹雪さんと響さんがスペック差ありますよね。大丈夫でしょうか」

「大丈夫よ。ここの姉さん、妹には絶対負けない特性あるから」

「白露さんみたいなものですか。お姉ちゃんパワーって言ってましたね。この前は不意打ちでやられてましたが……」

 

潮さんが洗脳された時に不意打ちで攻撃を受けていたが、それ以外で特型からダメージを受けることは無いと言っても過言ではない。それは勿論演習でもだ。

白露さんもそうだが、凄まじい意地だ。妹達がどれだけ強くても、必ずその上に行く。

 

「あ、電さんがやられました。深雪さんに」

「それは無理よ。ここの電は深雪に負けるように出来てるもの」

「そもそも吹雪型チームが有利だったってわけね」

 

吹雪さんの持っている意見は、雪さんも吹雪さんと同じであるため、皆の姉であるという考え方。間違ってはいないが、難しい問題でもある。見た目からして誰よりも小さいので、姉と呼ぶのに抵抗がある人もいるだろう。その筆頭が電さんなのだと思う。

そもそも吹雪さん自身が吹雪型以外の特型に姉と呼ばれていないのだから、現状の吹雪さんと同じ扱いとする、が条件になるか。

 

「姉さん、大丈夫そうなら見に行く?」

「うん、落ち着いたから一緒にいく。佐久間さん、ご迷惑おかけしました」

「いいってことよー。もーっと頼ってくれていいのよー」

 

雪さんの心の病は、佐久間さんと叢雲さんに任せることで解決しそうだ。

 

 

 

6人が演習をしている場所まで案内する。向かっている間に潮さんも吹雪さんが倒していた。本当に妹相手だとスペック差関係無しに最強になる。

 

「もう終わったみたいだね。うわ、すご。本当に吹雪が勝ってるや」

「言った通りでしょ。妹に絶対負けないって。私でも勝てないんだもの」

「妹相手なら白兵戦すら捌くんですか……」

 

敵が全員特型なら、吹雪さん突っ込ませれば勝てるのでは。

 

「潮も電も頭を冷やしなさーい! 雪も私と同じ! 扱いは特型の一番下かもしれないけど、特型の長女!」

「電の妹の夢がぁ……」

「実力行使に出たあんた達が悪い! お姉ちゃんが負けるか!」

 

不毛な戦いを制した吹雪さんが全員に説教している。こういうところを見ると、24人姉妹の長女と実感できる。海の上で正座させられた潮さんと電さんがとても憐れだった。巻き込まれた漣さんと響さんはいい迷惑である。

 

「あ、大丈夫? 小さい私」

「うん、大丈夫、大きいわたし。佐久間さんに話して、ゆっくり練習していくことになったよ」

「そっか、それならよかった。ちゃんと小さい私のお姉ちゃんとしての権利は勝ち取ったから!」

 

親指をグッと立てていい笑顔。深雪さんは終始呆れ顔であった。

 

「そっちの姉さんに、こっちの姉さんの病状を教えるわ。協力してちょうだい」

「え、やっぱり何かあったの? 任せなさい。小さな私は、私であると同時に私の妹のようなもの。力を貸すよ!」

 

なんて頼もしい。私も長女として、そういうところは見習っていきたい。

 

その後、雪さんのことを聞いた吹雪さんは、なるべく簡単なことから選ばせるように尽力すると話してくれた。いつものように妹を甘やかし続けるのは、今回に関しては完全に逆効果になる。




ここの叢雲は、吹雪を姉として見ている少し珍しいタイプ。深雪は同格でも吹雪は別格。深海棲艦の陣地という極限状態で、洗脳されているとしても一緒にいた唯一の姉妹ですから。


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心の疲労

雪さんの心の病が発覚し、それを吹雪さんと叢雲さんがサポートすることが決まった。それが決まってからは、佐久間さんの部屋にこもる事を控え、皆の前で行動をするようになる。わだかまりは全く解消されていないが、逃げ続けるよりは見せる方がいいと叢雲さんが提案した。

今は食堂。夕食の時間。今までは1人離れたところでご飯を食べていた雪さんだが、今は吹雪さんと叢雲さんに囲まれて食べている。深雪さんも吹雪型なのでお手伝いしているようだ。深雪さんが絡んでいるので、必然的に電さんもお手伝い。なんだかんだ暁型5番艦にする野望は諦めていないように見える。

周囲からの視線は少し痛いが、これで少しずつ警戒心が解けてくれれば嬉しい。

 

「皆の思うことは理解してるけど、ちゃんと見せないと」

「う、うん……これも……反省の一環だから……」

「よろしい。根性あるわ」

 

雪さんは姉妹と佐久間さんに任せる方が良さそうだ。匂いのせいで私には懐くかもしれないが、それはためにならない。見捨てるわけではなく、遠目に見守ることも必要だ。

 

『今回も出る幕は無いな』

「出ちゃダメなのよ。私は強制力が強すぎるもの」

『そうだな。お前の場合はお願いも命令になる。深海棲艦相手だとお前は出ちゃいけないな』

 

そういう意味でも、私は本当に女帝になってしまっているのかもしれない。もっと自重しなくては。せめて深海の匂いを抑える手段があればいいのだが。

 

「姉さんまた考え事?」

「考え事っていうか……ちょっと自分の在り方について」

「難しいこと考えてるわね……」

 

霞に指摘されるくらいなのだから、また顔に出ていたらしい。最近そういうことは控えているつもりだったが、何かあればまた何か考えてしまうのはもう自分の常なのかもしれない。これはもう霞に指摘されることで直すしかない。

 

「ところで、それどうしたの」

「初霜の件を聞いたわ。危険人物は縛り付けておかないと」

 

霞の後ろ。縄で縛られた初霜さんと春風が、大潮に連れられて歩いている。この2人には私が扶桑姉様とお昼寝しているときに瑞穂さんに縛られた前科がある。先んじて封印されたのだろう。本人達は物凄く不服そうな顔ではあるが。

 

「初霜さんは事を起こしていると聞きましたが、わたくしはまだ何もしていません」

「する可能性が高いから先手を打ったの。『疑わしきは()()()』よ」

 

一応、同じ部屋に雪さんはいるが、重なり合っていないので相乗効果は発揮されていない。まだ大丈夫。

 

「霞、今は大丈夫よ。私と雪さんが重ならなければいいの」

「そうです。霞さん、信じてください」

「初霜が一番信じられないのよ。アンタ姉さんを襲ったの3回目だからね? 前科3犯よ?」

「1回は未遂どころか冤罪です!」

「2回は自覚ありじゃない!」

 

初犯に関しては霞も共犯者である。

 

「霞さんも同じ状況になってみればわかるんです。私よりも激しく朝潮さんに襲いかかりますよ」

「残念だけど、私は深海棲艦の気配読めないからそうはならないわよ。私は深海棲艦絡みにはならないんだから」

 

なられたら私の心は折れるような気がする。

私の周りについてくれている人で、深海棲艦絡みでないのは霞と山城姉様のみ。正直、頼みの綱だと思っている。深海棲艦絡みだと何処か考え方が普通と違う。私でもそうだ。最後の理性は霞か山城姉様になるだろう。

 

 

 

翌日。元帥閣下到着まであと1日。そういう意味では最後の休日。今日に関しては、全員が非番。思い思いに過ごすことで心を休めることが今日の任務となった。念のため哨戒機だけは飛ばすようだが、誰もが暇を持て余すことになる。以前の司令官の外出のようだった。

 

領海には昨日行っているので、今日は鎮守府で休むことにした。アサもそれでいいと許可してくれている。アサの心の安寧も必要だが、それ以上に私のことも気にかけてくれていた。

北端上陸姫と対峙した時に起きた私の異変。思考の海が()()()()という異常事態。私達にはまだ知らない深海忌雷の効果が、何かあるのかもしれない。だが、これに関しては自分達は勿論のこと、セキさんや佐久間さんでもわからないこと。今は感情を通常以上に昂らせないことが何も起こさないための第一条件だった。

 

『たまにはグータラするのもいいだろうよ』

「そうね……私は必要以上に動き回ってる気がする」

『自覚があるならやめろ。今は何が起きてもおかしくないんだ。私達にもわからない爆弾を抱えている可能性があるんだからな』

 

物凄く久し振りに内蔵式となった電探も切った。何かの反応を見ているから、気になって落ち着けない。以前に司令官に強迫性障害なのではと言われたので、何もしないためにもあえて視野を狭めることに。

 

「反応も見えなくしたし、任務もない。なんだかとてつもなくダラけてる気がする」

『それでいいんだよ。なんなら私が表に出てやろうか。誰か来たら全部突っ撥ねてやるぞ』

「さすがにそこまでは……」

 

なんてやっていると早速部屋の扉が開く。電探があれば誰が来たかくらいわかるのだが、今は顔を見ないとわからない。

 

「姉さん、今時間ある?」

「霞だったのね。今電探切ってるのよ。時間ならあるけど、何か用?」

「金剛さんがお茶会開くって。リラックスしたいなら参加しない?」

 

お茶会も久しぶりだ。アサは当然初めてのこと。是非参加させてもらおう。お茶の淹れ方は教えてもらったが、金剛さんの淹れたものには遠く及ばない。また飲ませてもらいたい。

 

『参加しとけ参加しとけ。落ち着けるなら尚更だ。私のことも気にしなくていいぞ』

 

アサの後押しもある。金剛さんとはまた話をしたいし、自分の求めていることが全て揃っているように思えた。

 

「そうね。参加するわ」

「よかった。なら早速行きましょ」

 

霞に手を引かれるように部屋から出た。

 

 

 

談話室の一角。金剛さん主催のお茶会が開かれている。率先してお呼びがかかっているのは、深海艦娘の人達。特に漣さんと睦月さんは、このお茶会には参加したことがない。叢雲さんは雪さんについているので残念ながら欠席。

こういうただただリラックスするためのイベントはありがたい。あちらの鎮守府では定期的に行われているらしく、羨ましくも思えた。こちらでも司令官がおやつを作ってくれる時があるが、最近は忙しいためになかなか出来ないでいた。

 

「ヘーイ朝潮! 来てくれてサンキューデース!」

「はい。こちらも呼んでいただきありがとうございます。また金剛さんの紅茶が飲めて嬉しいです」

「嬉しいこと言ってくれるデスねー。ささ、座って座ってー」

 

以前と同じように席につく。すぐに金剛さんが紅茶を淹れてくれた。

 

「朝潮とお話ししたかったんデース。榛名、お茶菓子プリーズね」

「はい、お姉様。朝潮ちゃんもどうぞ」

「ありがとうございます。私も金剛さんとお話ししたかったです。お話聞いてください」

 

そこからは少ない日数ではあるが昔話である。アサのことはあまりにも濃厚な話であり、ちゃんと知らない人達は食い入るように聞いていた。実際、深海艦娘の人達も私のことに関しては知らないことが多い。紅茶を飲む手が止まるほどである。

私が深海棲艦化、重巡棲姫の領海を巡る戦いとその結末、そして佐久間さんとの出会い。たったこれだけのことなのに、話すことが物凄く濃い。半分は自分のことなので恥ずかしい部分もあった。

 

「じゃあ朝潮は、完全に深海棲艦なのネー」

「はい。そういう意味では艦娘の敵として見られてもおかしくありませんね。理解のある人としかお付き合いできません」

「そうネー。深海艦娘とはわけが違うデース、ちょっとビックリしましタヨー」

 

金剛さんは私を見てもそこまで驚かなかった人である。適応能力が神通さんや北上さんとは違う方向に伸びている人だ。コミュニケーション能力が誰よりも高い。そのおかげで、私のような悪く言えば異形の者も簡単に受け入れてもらえる。援軍の中心人物がそれなら、私達は幾分か助かる。

 

不意に金剛さんの表情が変わった。以前に見た、長門さんが子供達を見ていた時の慈悲に満ちた笑顔。

 

「朝潮は心がお疲れデース。ゆっくり寛ぐんデスよー」

「……はい、ありがとうございます。助かります」

 

やっぱり直接は言ってこないが核心をついてくる。こんなことになっている私のことをとやかくも言わず、私から話しただけで金剛さんからは何も聞いてきていない。自然と口から言葉が出るような、そんな感覚。

 

『なぁ、朝潮、私もこの人と話をさせてくれないか』

「……ええ、是非話して」

 

アサからそんなことを言ってくるとは思わなかった。意外だったので何の躊躇もなく主導権を渡す。

 

「私も貴女と話をしたくなった」

「貴女が深海朝棲姫、朝潮の中の深海棲艦デスね。私もお話ししたかったデス」

 

おそらく初めて見るであろう、アサの丁寧な態度。扶桑姉様や山城姉様に対しても強く出るようなアサなのに、金剛さんに対してだけは敬服しているような雰囲気。

 

「あ、でも先に言っておきますネ。ここはリラックスをする場。話すことは選ぶようにネ」

「ああ、素直に貴女と話がしたいだけだ。何故だろうな。貴女にはここの提督以上に私の話を聞いてもらいたい」

 

おそらく、アサも私と同じように心が疲れている。私がこうなのだから、アサだって同じようになってもおかしくない。昨日の領海で幾分か癒されたとしても、今は重いことが多い。

私のことを気にかけてくるが、アサだってもっと癒される必要がある。このお茶会を楽しんでもらいたい。

 

アサが金剛さんと話をする姿を、ここに連れてきた霞もジッと眺めていた。もしかして、ここまで考えて私を誘ったのだろうか。そうだとしたら、出来る妹を持てて、私は嬉しい。

 

 

 

すっかり話し込んでしまった。特にアサが。金剛さんと話すアサは、いつも以上にイキイキしていたような気がする。私以外にも話を聞いてもらいたかったのかもしれない。

 

「すまない、ただ話を聞いてもらうばかりで」

「いえいえ、面白かったデスよ。深海棲艦の心情をありのままに聞くのもいい経験デスね。長く艦娘やってマスが、こんなこと初めてデース」

 

金剛さんはあちらの鎮守府では初期艦の叢雲さんの次に配属したという最古参。私達の鎮守府でいう天龍さんや龍驤さんの立ち位置。私達よりも長く艦娘としての人生を歩んでいるのは間違いない。それでもこんな機会は無いだろう。

 

「楽しいお茶会でしタ。1つ悔いがあるのは、アサを笑わせることが出来なかったことデスかねー」

「そ、そうか。朝潮にも無愛想と言われたが……」

「別にいいデスよ。それがアサなんデスよね。でも心から笑えるように、今はこの戦いを終わらせましょ」

 

頭をポンポンと叩くように撫でる。アサにはこんな経験無かったのだろう。ビクンと震えた後、大慌てで私に主導権を渡してきた。

 

「慣れてなかったみたいで、私に主導権を返してきました」

「可愛い子デスねー」

 

思考の海の中でも混乱しているのがわかる。直接的に褒められることには慣れていないのだろう。金剛さんの言う通り、可愛いところもある。

 

「朝潮も癒されましたカ?」

「はい、とても。最後にアサの知らない部分が見れたのも嬉しいですね」

 

毎回、金剛さんのお茶会には癒される。金剛さんの淹れた紅茶も、榛名さんのお茶菓子も、今の私達には必要なものだったのかもしれない。

 

「姉さん、来てよかったでしょ」

「ええ。……ここまで見越して?」

「アサも疲れてるのは私もわかってたわ。姉さんが全回復するためには、アサも回復してもらわないとダメだもの。金剛さんならいいかなって」

 

むしろこれは霞のおかげだ。わだかまりのことも忘れて、素直にお喋りに花を咲かすだけのただのお茶会は、身体も心も癒された。途中からはアサも自分から表に出て参加をしたくらいだ。私は心身ともに回復したと思う。

 

「霞……ありがとう。本当に頼りになる妹ね」

「任せなさいな。私は姉さんの守護者。心身ともに守るわよ」

 

表には出していないが、大喜びしているのはわかった。昨日、アサは霞が悶えるほど喜ぶと言っていたが、本当にその通りかもしれない。悶えてはいないが、雰囲気からわかる。

 

「んふー、姉妹愛、いいデスねー。私も榛名と仲いいからネー」

「はい、榛名はお姉様とこうしてお茶会が出来るだけでも幸せです。またやりましょうね」

「勿論デース! 全部終わったら全員巻き込んでお茶会するデース!」

 

出来ることなら本当に全員で。その場には雪さんも入れて。

誰も失われず、何のわだかまりもなく、ただただお喋りするだけのお茶会が開けたら、どれほど楽しいだろう。皆笑顔なら尚いい。




決戦前の最後のお茶会。金剛はアサが唯一の心が開ける部外者。それだけ金剛が心が広い。やっぱり年の功。


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最後の援軍

金剛さん主催のお茶会に参加し、心身ともにリラックスすることができた私、朝潮。いや、私よりアサの方が癒されたかもしれない。金剛さんと話すアサは、いつになく饒舌だった。無愛想ではあったが、お茶会を楽しんでいたのがわかった。今までと違うことに興味を持ってくれたのは私としても嬉しい。

 

そして、次の日。元帥閣下到着の日。

その日は朝からバタバタしていた。その日中に決戦に向かうことは無いとは思うが、最後の援軍がやってくる。そのメンバーが最強の部隊と名高い元帥閣下の護衛艦娘である。私達は一度ならず会っているが、浦城司令官の鎮守府の方々は初めて会うそうで、今までにない緊張感を持っている。あの神通さんもである。

 

「久しぶりだなぁ。会いたかった!」

「そうですね。武蔵さんには挨拶しなくてはいけません」

「春風ちゃんも武蔵さんと仲よかったもんね!」

 

そろそろ到着という報せを受け、私は司令官と港にやってきた。縁が深い春風と清霜さんも一緒。

 

「あ、来ましたね。電探に反応入りました」

「人数は?」

「元帥閣下の乗る大発動艇込みで7つ。確か長門さんが大発動艇の運用が出来るんでしたよね」

 

元帥閣下からの援軍は、以前訓練の相手をしてくれた6人。一航戦、赤城さんと加賀さん、大和型大戦艦の大和さんと武蔵さん、ビッグセブンの長門さん、そして奇跡の駆逐艦、雪風さん。精鋭中の精鋭。

少し怖いのは、元帥閣下が大発動艇の船首に立っていることだった。それなりにスピードが出ているのだが、微動だにしていない。元帥閣下も司令官と同様、艦娘相手には無敵と言える戦闘能力を持っているのかもしれない。老体に鞭打っているようには見えなかった。

 

「あの、元帥閣下が大発動艇の艇首に立ってるんですけど」

「爺さん、今回は本気だな。気合いを入れるときは海の風を感じたいと言ってそうするんだ」

 

一度や二度のことではないようだが、知らない私としてはヒヤヒヤする。そのまま港に到着し、その足で降り立つ。危なげない足腰。見た目とまるであってない。

 

「洗脳された艦娘8人の奪還、よく成し遂げてくれた。いろいろと犠牲もあったようだが……」

「ああ……だが誰も命を落としていない。首の皮一枚だよ」

 

到着するや否や、元帥閣下含む7人の視点は私に集中する。今日はあえてアサの服で出向いた。変わり果てた私を見てもらおうと思った結果である。アサ自体は思考の海に引っ込んでいるが、機会を見て挨拶してもらおう。

 

「お久しぶりです、皆さん。視線が痛いです」

「いや、様変わりしすぎですよね。長門さんから話は聞いていましたが」

「私が最後に見たときよりもさらに変わっているぞ」

 

一番反応を見せたのは雪風さんだった。角を握るわ服を引っ張るわで興味が尽きないようだ。出来ることなら角はやめてもらいたい。それなりに痛い。

 

「春風、清霜、元気にしていたか?」

「いろいろありましたが、わたくしは元気です」

「はい! 名誉大和型清霜! 今日も元気です!」

「そうかそうか、ならば良し!」

 

2人は早速縁のある武蔵さんに捕まっていた。春風も大分慣れたものだった。外部の人の中でもここまで仲良くできている人は、武蔵さんか夕立さんくらいだろう。

 

「早速じゃが、作戦会議と行こうか。決戦は明日。今日一日で決めるぞ」

「ああ、よろしく頼むよ、元帥閣下」

 

ここからは司令官と元帥閣下で作戦を練ることになる。そこに説明は大淀さん、敵陣地のこともわかっている私、そして援軍リーダーの赤城さんを加えた5人での作戦会議となる。

前々から思っていたが、そんな重要な作戦会議に一介の駆逐艦が参加していいものなのだろうかと思ったが、全員が口を揃えてお前が参加せずにどうすると言ってきた。敵の陣地を知り、敵の持つ未知の技術を2回も受け、気分が悪いことに敵に気に入られている私だからこそ、作戦立案出来るだろうと。

 

「朝潮ちゃんや、いろいろ頼むぞい。君が一番敵を知っていると聞いておる」

「了解しました。私に出来ることをやらせていただきます」

 

元帥閣下にまで頼られるとなると、頑張らざるを得ない。

 

 

 

執務室、5人で作戦を立てる。私もいくつか意見を出して、明日の決戦への準備は着々と進んでいく。

私は少し前に陣地の付近まで行き、姫2人とも会話をしている。その経験が大きかった。近場に何があるか、どんな戦術を今までやってきたかも、ある程度は知っている。ここに来て私達の知らないことをやってくる可能性はまだまだあるが、敵の戦術を何度も受けている経験は生きている。

 

「海中を見ることが出来る眼鏡とやらは、いくつあるんじゃ?」

「春風君や瑞穂君に使ってもらった1つだけだったが、明石君に頼んでもう2つ増やしてもらった。爆雷が使えるものに装備してもらい、海中からの攻撃への対策を考えている」

 

最も警戒しているのはやはり海中からの攻撃。電探にもソナーにも気配も引っかからない深海忌雷と、捕まったら身体を書き換えられ洗脳されてしまう鎖の存在は、例えどれだけ強い艦娘でも脅威となり得る。対策は最優先。

 

「敵の数は未知数ですが、深海棲艦としてはまだ倒しやすい方だと思います。鬼級や姫級も、通常より大分強いですが、対処は可能です」

「となると、問題はやはり深海艦娘のような隠し球……」

「まだいるかはわかりませんが、可能性だけは考えておくべきです」

 

漣さんの証言から、深海艦娘は8人のみであると考えられているが、誰にも見えないところで9人目以降を作っているかもしれない。雪さんがこちらに救出されたのだから、もういないと見越して行ったところに、足をすくわれる可能性はある。

 

「鎖による洗脳ではなく、遠隔操作の場合はその場で処置が必要だ」

「深海棲艦化されている場合……説得に応じてくれればいいですが、そうでなければもう討伐しかありません。どうやっても元に戻せないのは実証済みです。雪さんは戻ったのではなく改心しただけですから」

 

今ある情報は何もかも疑って行った方がいい。出来ないと思っていた半深海棲艦を人工的に生み出すほどの敵だ。そもそも洗脳が出来る鎖というもの自体がおかしい。艦娘の常識に囚われていてはいけない。

鎖は8本であるというのも忘れるべきだろう。今なら増えている可能性がある。私の耳にあるイヤリングも、次の洗脳電波に対応できない可能性だってある。最悪の可能性を全て排除することは出来ないだろうが、出来る限りはしなくてはいけない。

 

「運用できる大発動艇は?」

「爺さんが乗ってきたものも含めて4台。内火艇もある」

「陸まで上がれれば何とか出来そうじゃな」

WG42(ロケラン)もありますから、対地攻撃は充分かと」

 

私は敵の陣地に足を付けているが、大発動艇は効果的だとは思えた。それすらも効かない陸上型深海棲艦と言われてしまうと、打つ手がないわけではないがかなり厳しくなる。それだけは大丈夫であってほしいものだ。

 

「他に危険なことは何か思い当たるか?」

「……1つだけ。全てに疑問を持つのなら、これは考えておいた方がいいことです」

 

陸上型深海棲艦の特性であり、私達の鎮守府の人間しか知らない事実。陣地ごと移動できることだ。鎮守府が丸々1つ入っているような超大型の陣地であっても、戦闘中に移動してしまう可能性が無いとは言えない。

 

「陣地ごと移動じゃと? そんな情報聞いたことないぞ」

「本来はする理由が無いからだろう。拠点と決めた位置を動くのは、逃走以外にほとんど無いさ」

「私達は移動してくる瞬間を見ています。浮上してくるところですが」

 

逆に司令官は沈没していくところを見ていたそうだ。ミナトさんとヒメさんの陣地が北の防衛線にまで移動してきた時、鎮守府近海にあった陣地が地響きを立てながら海に沈んでいったらしい。こちらでは海が揺れながら海底がせり上がってきた。

それをやられたら、こればっかりは打つ手がない。その前に撃破することが出来ればいいが。

 

「出来ることなら速攻をかけた方がいいということか」

「私はそう思います。そういうことがしづらい戦場にしてくるとは思いますが」

 

大型艦での火力、対地攻撃持ちの軽巡、駆逐でのゴリ押しが私の中では一番確実ではないかと思っている。岩礁帯や随伴艦が邪魔な可能性があるので、空母による速攻がいいかもしれない。

 

「よし、ではここからは儂と加藤の仕事じゃな。ありがとう朝潮ちゃん、いい情報じゃった」

「お力になれてよかったです」

「ところで……その角を触らせてほしいん」

 

全部言い切る前に赤城さんがはたいた。

 

「セクハラで弾劾裁判も辞さない」

「赤城君。私もサポートしよう」

「冗談! 冗談だから!」

「おじいちゃん、これはその、ごめんなさい」

 

緊張感のある作戦会議も妙な形で和んだ。ここからは2人で部隊を決めるとのことで、私は執務室を出ることとなった。大淀さんはサポート、赤城さんはあり得ないが護衛任務の真っ最中のため、嫌でも近くにいないといけないとのこと。相変わらず歯に衣着せない言い方であるが、それで成り立っているのだから元帥閣下のところはいい雰囲気の鎮守府なのだろう。

 

 

 

こうなるとやることが無くなるので、人が集まっているところへ。会議中から気にはなっていたところはあった。演習の場である。

 

「おー朝潮、来たね。そりゃあ気になるよねぇ」

「まぁこれは仕方ないですよね」

 

岸で北上さんが演習を眺めていたので便乗させてもらった。今演習中なのは、扶桑姉様と武蔵さん。まさかの互角である。

一度山城姉様にやられたことでさらに鍛錬を積んだらしく、今回は山城姉様との1対1の演習に勝利したらしい。そこで次はということで扶桑姉様が相手をしている状態。あれにまともに対応できている人を見るのは正直初めてである。

 

「はっはっはっ! ここの扶桑姉妹は面白いなぁ!」

「そう……それはよかったわ……妹の仇を取らないと……ね」

 

主砲まで使う独自の白兵戦に昇華された武蔵さんの戦闘法は、遠目で見ていても何かがおかしい。扶桑姉様が圧倒されそうになる。互角から徐々に押され始め、ついには攻撃が当たり始めてしまった。

だが、扶桑姉様も私が見ていることに気付いただろう。突然攻撃の精度が上がる。

 

「ごめんなさいね……妹2人の前では……負けられないのよ」

「うぉっ!?」

 

そのまま押し返してしまった。妹2人の視線で急にスペックが跳ね上がっていた。勝ちが決まったところでこちらを見て小さく手を振ってきたので、私も手を振り返す。

 

「ここの扶桑姉妹はバケモンか何かかな」

「そんなことはないと思いますけど」

「アンタもだよ扶桑型3番艦」

 

北上さんも呆れ顔である。

 

「ただ惜しいよねぇ。扶桑さん、赤い海に行くのしんどいんでしょ」

「そうですね。上から被せる艤装は戦闘中に壊れてしまいましたし」

「あんなバケモンがまた出てきたらどうするよ。扶桑さんが行かないなら山城さんも行かないんでしょ」

 

無いとは言えないから困ったものだ。扶桑姉妹抜きで戦うとなると、どうにかして赤い海から外に出すかしなくてはいけない。武蔵さんが部隊に入ることが確定した瞬間でもある。

 

「また来るのも、無いとは言えませんしね」

「白い吹雪の件でもエグいことになってたしなぁ。4人大破2人中破だっけ」

「その上で扶桑姉様が脚部艤装損傷、神通さんが小破です」

 

12人がかりでこれである。私の経験した戦闘で1番の損害だ。

 

「弱点らしい弱点も見つからないんだよなぁ。ずっと観察してるんだけどさ。朝潮なんかわかんない?」

「私も回避するのが精一杯ですね。それですら身体が追いつかない場合もあります」

「せめて攻略法があればなぁ」

 

武蔵さんの場合は結局上から捻り潰そうとする、最強の戦艦ならではのゴリ押し戦法だ。1対1ならまだ何とかなるかもしれないが、同じようなものに囲まれたとしたら、たまったものじゃない。

北上さん以上に私は扶桑姉様の戦い方を観察しているが、ゴリ押しもゴリ押しで弱点らしいものも見つからなかった。白吹雪さんの時のように、本来なら戦場に出てくるはずもないもので不意打ちできるのならいいのだが。

 

今度は武蔵さんに神通さんが立ち向かっている。本当に好戦的な人だ。ここでは比較的負けが込んでいるので、演習には率先して参加していた。滅多なことでは相手をしてもらえない護衛艦娘となると、何を捨ててでも相手をしてもらいたいのだろう。

 

「あーあ、また神通が喧嘩ふっかけてる。ありゃあどうにかならないもんかねぇ」

「そういう性分なんでしょう。そちらの神通さんは」

「ここだと負けが込んでるからいろいろやりたいんでしょ。扶桑さんどころか朝潮に負けたんだもんよ」

 

私というよりは、アサが勝った。時間をかけてじっくりと、回避し続けて当てる『負けない戦術』である。正直、似たような戦術を取る龍田さんには精度の差もあり勝てる気がしない。後ろに天龍さんがいれば尚更。

 

「神通さんは負けから物凄く学びますから。次は私が勝てるかわかりませんよ」

「またまた。朝潮の『心を折る戦術』はなかなかのもんだよ。無傷で終わらせるためにゃ一番必要な技術かもしれないね」

 

もう少し言い方を考えてほしいが、実際、相手の心が折れてくれればこちらは無傷で済む。負けないためにはそれが一番だ。

 

「やってるわね。武蔵が喧嘩っ早くてごめんなさいね」

「加賀さん。いえいえ、こちらもいい訓練になりますので」

「むしろうちの神通に謝らせたいよ」

 

後ろに加賀さんがやってくる。赤城さんがまだ作戦会議中のため、暇を持て余していたらしい。先程まではここに揃っていた二航戦をしごきにしごいていたらしいが、2人ともギブアップしたのだとか。

 

「朝潮、貴女のことは皆に聞いたわ。いろいろあったみたいね」

「はい。でも大丈夫です。おかげさまで強くなれました」

「そう……慢心はダメよ」

「理解しています。驕りません」

 

以前に最上さんから言われた言葉を思い出す。誇れど驕らず。私は今でこそ攻撃する手段を手に入れたが、この鎮守府では最弱の存在だ。守ってもらわないとどうにもならない。回避し続けるのだって限界があるのだから。

 

「あ、神通負けた。あいつここでどんだけ負けたよ」

「私と扶桑姉様と武蔵さんなので3回ですね」

 

負けのことが聞こえたのだろう。ゆっくりとこちらを振り向く。そして北上さんに向かって、手招き。演習(ケンカ)するぞという合図。北上さんも舌を出しながらも神通さんの方へと向かった。満更では無さそう。

 

「ここの神通は普通と違うわね。あんなに好戦的だったかしら」

「個体差出てますよね。私は他の神通さんを見たことが無いんですけど」

 

遠目で見ていても白熱している演習(ケンカ)。武蔵さんも見物しながら大盛り上がりだ。私も春風と似たようなことをしたから、あの楽しさがわかっている。

 

「私も参加しようかしら。ここから艦載機で横槍でも」

「せめて許可を取ってからにしましょうね」

 

決戦の後、またこうやって出来ればいいと思う。そのためにも、全員生きて帰るのだ。

 




元帥閣下からの援軍が来ました。25話から続いてきた北の陣地の話も、ついに佳境を迎えます。


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決戦の日。元帥閣下の援軍も含め、総勢70名を超えた艦娘と深海棲艦が会議室に集まる。今回も赤い海であること、陣地の近くであることは考えない総力戦。鎖に関しては各々回避する方向で行くしかないが、その辺りもちゃんと考えた部隊編成である。

 

「部隊編成を発表するよ。昨日爺さんと長いこと考えた」

「今回は変則部隊。3つの通常部隊を同時出撃させる。役割も同時に発表するぞい」

 

緊張が走る瞬間である。ここを一番知る司令官と、実力で今の地位にまで上り詰めた歴戦の将である元帥閣下の采配だ。選ばれる時点で誉れ。

 

「1つ目の部隊は主力艦隊。燃費度外視。主力は空母だ」

「空母は赤城、加賀、大鳳、雲龍」

 

他の空母は全員哨戒機と鎮守府防衛に回される。白吹雪さんの一件で、出撃中を狙った攻撃もあり得ることはわかっている。

 

「さらに追加火力。大和、武蔵。岩礁帯が邪魔な可能性がある。吹っ飛ばしてしまえ」

「旗艦は赤城君にお願いするよ」

 

元帥閣下の大盤振る舞い。援軍を豪華に使った最高の火力偏重。

 

「2つ目は掃討部隊。今までの経験上、イロハ級に加え、鬼級や姫級もやたら出てくるからね。主力部隊を援護するために随伴艦を叩く」

「旗艦は青葉。随伴に天龍、龍田、神通、北上、大井」

 

突破力一点に集中した、軽巡をメインにした部隊だ。青葉さんを旗艦にしている辺り、命中精度も視野に入れている。敵が陸上型なため雷撃は効果がないが、随伴の掃討には有用だ。

 

「3つ目は援護部隊。2つの部隊をサポートすることになるもっとも過酷な部隊だろう。ここに対地攻撃班を組む」

「旗艦朝潮。随伴に潮、ヴェールヌイ、霞、白露、皐月。朝潮、潮、ヴェールヌイは深海忌雷対策。霞、白露、皐月は対地攻撃の装備をしてもらう」

 

深海艦娘を入れてまでの補助。潮さんなら深海忌雷にも対応できる。私は寄せ餌の効果も使い、攻撃を集中させることにより掃討部隊の支援を行う。

 

「さぁ、決戦だ! これで終わらせるぞ!」

「お主らならできる。戦果を期待しておるぞ」

 

これが北での最後の戦いになる。ここで全てを終わらせる。

 

「アサ、頼んだ。わたしと、港湾姉ちゃんの海を取り返してくれ」

「勿論。それが目的ですからね」

「ダメだと思ったら撤退! てーとくが言ってた。死ぬな」

「はい。ヒメさんの下に戻らなくちゃいけませんからね」

 

この戦いは、ヒメさん達との出会いから始まっている。あれからもう大分時間が経った。共存できる深海棲艦という稀な存在を発見し、今まで苦楽を共にしてきた。ヒメさんも、今はもう立派な仲間だ。

私達が北との戦いを終えたとしても、元々の領海に戻ったとしても、何度も会いに行くだろう。それだけ深い繋がりになっている。

 

「私は死にませんし、ヒメさんの領海は取り戻します」

「応援してるぞ。頑張れ。必ず戻ってこい」

「はい。必ず戻りますから」

 

抱き合って必ず帰ると約束した。どんどん死ねない約束が増えていく。呪いと言ってもいいだろう。こんな呪いならいくらでも受けよう。皆のためにも、私は死ぬわけには行かない。

 

「ユキ、お前も見送りだ」

「……うん」

 

あちらの姫2人と決別した雪さんは、不安そうな顔でこちらを見ていた。献身し続けた自分を簡単に捨てた今回の敵には、いろいろ思うところがあるだろう。

 

「雪さん。私達が決着をつけます。あの2人の姫がいなくなれば、貴女は本当に自由です」

「……頑張って。わたしにはそれしか言えないけど……ここで……待ってるから」

「充分です。終わらせてきますよ」

 

雪さんとも抱き合う。身体が震えているのがわかった。私達が生きて帰らなかったら、雪さんは壊れる。そんなことにならないようにも、必ず勝たねばならない。

 

 

 

皆に見送られて出撃し、ゆっくりと進む。今回は内火艇を運用する白露さんに合わせて低速での進軍だ。今回は3人も大発動艇を運用しているため、部隊の規模が自然と大きくなる。

 

「姉さん、今は私の大発に乗っておきなさい。ギリギリまで温存しましょ」

「そうね。今回はウォースパイトさんがいないから、霞が頼りよ」

「任せなさいな。私が守り切るわ」

 

戦車は搭載されているものの、隙間に乗せてもらう。いつもとは違う進軍で、なんだか楽しい。

今回の部隊は大人数ではあるが、深海棲艦の気配が読めるのは私だけ。電探にソナー、そして海中が見える眼鏡により、いつも以上に補助を一手に引き受けている。

 

「姉さんの眼鏡も久しぶりね」

「深海棲艦になって必要が無くなったものね」

 

今回は私、潮さん、響さんが眼鏡チームとして海中を常に監視している。どこから深海忌雷が来るかもわからないため、注意が必要。

 

「潮はボクのに乗る?」

「あ、じゃあ乗せてもらうね」

「なら私は白露のに……は無理だね。潮、相乗りさせてほしい」

「内火艇には無理なんだよなぁ」

 

最終決戦に行くというのにのんびりしたものだ。最後だからと妙な緊張感を持って向かうよりは、緊張感なく戦った方がいい戦果が得られるだろう。長く一緒に戦っている神通さん達はゆったりとついてくるが、こういう形で同じ部隊となった一航戦や大和型の2人は困惑中。

 

「いいんですかね。決戦なのに」

「気張るよりはいいんじゃないか? 弁当でも持ってくればよかったな!」

「武蔵、緊張感が無さすぎるのはダメよ。清霜ちゃんに面子が立たないわ」

 

などと言いながらものんびりと進む。全員が肩の力が抜けて、本番では本領発揮できるように思えた。

 

そのまま進めば赤い海。足下の海が赤く染まり、本番が近づいてくる。そろそろ緊張感が出てきた。

 

「いつもならここで深海艦娘の襲撃ですが、もうありませんね」

「朝潮さん、深海棲艦の気配は」

「遠くにあるのはわかります。陣地の辺りです。守りにつけているのかと」

 

おそらく、全ての随伴を守りに使っている。島には簡単には辿り着けないぞと言わんばかりだった。白吹雪さんの一件で向かったのはもう少し先。陣地は見えたし、姫2人とも対面できた。話もしている。

 

「掃討部隊の皆さん、前へお願いします」

「了解です! 青葉先頭で行きますぅ!」

 

こんな大人数での戦闘は初めてだ。

まずは掃討部隊を前に。陣地までの道を開け、対地攻撃部隊を敵の元まで通す。

 

「空母の方々、艦載機を」

「了解。第一次攻撃隊、全機発艦!」

 

赤城さんの号令で、4人が一斉に艦載機を発艦。雲龍さんは相変わらず搭載数を補うために陸上型深海棲艦の艦載機を運用している。艦載機の挙動は常に私が監視する。陣地まで届くかどうかで戦術も変わってくるだろう。

 

「索敵範囲に反応入りました。寄せ餌効果発動します」

「寄せ餌?」

「あ、そういえば赤城さん達に話していませんでした。敵のイロハ級は全て私を攻撃してきます」

 

この中では誰も感じない私の深海の匂いの話をしておく。鬼級と姫級は知能が高いので反応はしないが、私の場所はどうやってもバレバレ。イロハ級は知能が低い故に、一番目立つ私ばかりを攻撃すると。

 

「了解だ。霞、我々のお姫様を頼むぞ」

「勿論よ。武蔵さん達もお願い。戦艦の火力はありがたいわ」

 

ここからは海中も要注意だ。深海忌雷は赤い海の中なら何処から湧いてきてもおかしくない。海中を攻撃するのなら潮さんの出番だ。私達は出る幕が無いかもしれないが、3人がかりなら即座に反応できるだろう。もう大発動艇からは降りる。

艦載機の反応が次々と消えていくのがわかった。あの大量の艦載機すらどうにかしてしまっているということは、これはツ級どころではない。

 

「防空棲姫確認。2体です」

「厄介ですね。これは任せますよ。大和さん、武蔵さん」

「おうさ! 朝潮、他の姫級は!」

「空母棲姫3体、戦艦水鬼2体、戦艦棲姫2体、駆逐古姫3体。なんですかこの滅茶苦茶な数は……」

 

今までにない数。敵本土決戦というイメージが強い。徹底して防御を固めている。空母による速攻も見越して防空棲姫2体という大盤振る舞い。制空権を取らせる気もないようだ。

 

「防空棲姫は左右に展開しています。武蔵さんの2時方向と、大和さんの11時方向」

「赤城さん達のためにも、早く決着をつけましょう」

 

最強の戦艦姉妹の主砲が防空棲姫に狙いを定めた。周りには私を狙うイロハ級も数多くいる。よりによって戦艦水鬼がその護衛についていた。あの硬さはもう何度も味わっている。

 

「武蔵、いいわね?」

「おう、同時に行こうぜ」

「敵艦捕捉、全主砲、薙ぎ払え!」

 

轟音が鳴り響き、宣言通り敵を薙ぎ払っていく。イロハ級は一撃で海の藻屑となり、戦艦水鬼ですら怯むほどの威力。硬さで私達を苦しめたあの自立型艤装もしっかりと損傷している。

 

その撃ち漏らしの排除は掃討部隊の仕事だ。青葉さんを筆頭に、的確に、確実に息の根を止めていく。

 

「ヒュー! さすが大戦艦、やることが違うねぇ!」

「撃ち漏らしも少なくて助かるわ。北上さん!」

「あいよ! ここは本気で()っときましょうかね!」

 

北上さんと大井さんのコンビプレーで道が開いていく。雷撃の精度は以前見たときよりも更に冴え、不発が無いほどだ。特に北上さんは、同じ戦場に神通さんがいるということで余計にやる気を出していた。のんべんだらりと生きていても、対抗心というものはあるだろう。だからこそ、成長が止まらない神通さんと同じ位置にいるのだ。

 

「やる気、出せるじゃないですか。いつもそうだといいんですが」

 

群れるイロハ級を着実に撃破していく神通さん。私しか狙わないという単調な動きのため、余所見をしていても問題ないほどのようだ。

 

「深海忌雷発生しました! 排除隊!」

「任せてください。一網打尽にします」

 

海中に深海忌雷の姿が見えるようになる。進めば進むほど増えるだろう。あちらはイロハ級が巻き込まれることなぞ微塵も考えていない。

すぐに動き出したのは潮さんだ。潜水艦を沈めていくときの、一切の感情を殺した無表情。深海艦娘化したことで赤い瞳が輝いた。今回はソナーによる感知ではなく、直に見るといういつもと違うタイプではあるが、潮さんには関係無かった。手早く近付き即座に爆雷。あの素早い深海忌雷に、回避の余裕さえ与えない。

 

「あれが見たかったんだ、あれが」

「久しぶりですね。対潜の鬼」

「最高の戦場だ。だが範囲が広い。ヴェールヌイ、対潜行動を開始する。Ура!」

 

いくら潮さんでも広範囲すぎて全てを潰すことができない。私と響さんで撃ち漏らしを確実に潰す。

 

「防空棲姫までが遠いですねぇ。空母隊が働けないですよぅ」

「そんならそこまで道を開いてやらねぇとなぁ!」

「あら〜、天龍ちゃんヤル気満々ね〜。負けてられないわ〜」

 

青葉さん、天龍さん、龍田さんで3体の駆逐古姫と対峙。旧型駆逐艦という名目の割には戦艦以上に硬い駆逐古姫だが、私達はそのあしらい方を知っている。

 

「春風相手にしてるみたいで嫌なんだよこいつ」

「わかるわ〜。でも、あの子ほど愛想良くないわよね〜」

「春風さんは楽しい子ですからね。朝潮さんがああなってから、特に楽しいですよねぇ」

「違いねぇ。また寝床でのバトルロイヤル見てぇなぁ!」

 

青葉さんのヘッドショットで1体が即撃沈。相変わらず精度がおかしい。人型だからこそ急所が狙いやすいと言っていたが容赦がなさ過ぎて怖い。

天龍さんと龍田さんも危なげなく斬り払った。硬さなんて微塵も感じさせない戦闘だ。本当に頼りになる白兵戦担当。

 

イロハ級は無尽蔵に湧いて出てくる。それでも最初から比べれば大分減った。問題は戦艦棲姫、戦艦水鬼、空母棲姫、そして未だ無傷で健在の防空である。空母隊が十全に働かないでいる。

 

「思ったより硬いな! 結構撃ってるつもりだが!」

「あそこまで硬いのは初めてかもしれないわね」

 

大和さんも武蔵さんも、戦艦水鬼の硬さに苦戦しているようだった。攻撃の手は緩めず、あちらも防御に専念させることが出来ているので仕事としては出来ているのだが、撃破までいけないとなるとまずい。防空棲姫が邪魔すぎる。

 

「仕方あるまい、大和にもっとやる気を出させるか」

「やる気はいつでもあるわよ」

「……いいとこ見せてくれよ、()()()

 

ほんの少しだけ時が止まったような感覚。姉妹だけど対等な関係だった大和型姉妹。そういえば武蔵さんが大和さんを姉と言ったことは一度も無かった気がする。

 

「お姉ちゃんに任せなさい! 大和のいいところ見せてあげるからね!」

 

いきなりのスペックアップ。連射速度も精度も上がった。今まで拮抗か少し押しているくらいだった戦艦水鬼を圧倒し、徹甲弾まで駆使してそのまま沈めてしまった。気の持ち方が戦況を大きく左右する瞬間を目の当たりにした。

 

「はっはっはっ、わかりやすくて助かるなぁ!」

 

それに乗せられたか、武蔵さんも戦艦水鬼を圧倒し始めた。一つが良くなると次々と良くなる。いい状況だ。

 

「霞、防空棲姫、見えるわね?」

「ええ、隙間が空いてるなら狙えるわ」

 

皆の奮闘でようやく防空棲姫の姿を捉えることが出来た。こうなったら霞の独壇場だ。

 

「やっと攻撃出来るわよ。防空棲姫さえ倒せばこっちが圧倒的に有利になるんだから!」

 

視認した防空棲姫に向かい魚雷を発射。一旦潜行させ邪魔なイロハ級を回避した後、回避も許さずに足下で爆破。5本、10本と立て続けに放ち、ついには1人で1体撃破。頭痛もまだ耐えられているようだ。

 

「1体減りました! 赤城さん!」

「了解。我々一航戦を防空棲姫1体で止められると思うのなら、それは慢心でしょう」

「大鳳、雲龍、合わせなさい」

 

再び発艦。第一次攻撃隊よりも多いのではないかという数の艦載機が一斉に飛び立ち、周りを陣取る空母棲姫ごと防空棲姫に爆撃をお見舞いする。たった1体では抑えきれず、なすすべなく沈んでいった。

 

これであとは残り物の戦艦棲姫と、あの爆撃を回避した空母棲姫くらいだ。そしてここまで来たら、陣地も見える。あの薄ら笑いを浮かべた北端上陸姫と離島棲姫の姿も、ついに視認した。

 

「また会いましたね、腐った姫」

「嬉しいわ……来てくれて」

「勇ましい顔……それも見たかった顔ね」

 

余裕そうな顔もここまでだ。私を気に入っているようだが、私は気に入らない。今までの所業で怒りが込み上がってくるが、どうにか抑え込む。

 

『どうする。代わるか?』

「このままで行く。援護に徹するわ」

『危険だと思ったらすぐに交代だぞ』

 

アサからも心配されている。大丈夫だ。今はまだ、大丈夫。ここで決着がつけば、何もかも終わるのだから。

 

「いくつもの顔を見てきたけど……どんな顔も素敵ね」

 

私を気に入っているのはわかるが、それで私をどうしたいのかがまだ見当がつかない。殺したいのか、引き込みたいのか、それとも全く別の理由があるのか。

 

「私達の()()の……最高の被験体(モルモット)ね」

「誰よりも頑丈で……遊び甲斐があるわ」

 

私を怒らせたいのか、癇に障ることばかりを言ってくる。冷静に、冷静に戦わなくては。

 

「今日で終わりにしますよ。もう随伴艦も風前の灯火、貴女達は戦闘が得手ではないでしょう」

「そうね……もう壁はほとんどいない」

「だから……」

 

薄ら笑いが満面の笑みに変わった。

 

「壁を()()ことに……するわね」

 

ソナーに大量の反応。反応が見えるということは深海忌雷じゃない。8本しかないと思われていた鎖だ。それが今は20本近くある。

 

「潮さん! 響さん!」

「了解。全部破壊するよ」

「そっちは頼んだ」

 

未来を予測する。狙われているのは大和さん、武蔵さん、赤城さん。ここが取られると戦況は一気に不利になる。それだけは回避しなくてはいけない。

予測を常に張り巡らせながら、目に見える位置の鎖は破壊し、回避指示を出し続ける。今は攻撃する余裕がない。まずは鎖の対処が先決。

狙われていた3人は回避してくれたが、一瞬の油断も許されない。次の予測、次の次の予測をしながら戦場を駆け回る。全員に移動し続けながら、ターゲットに取られないようにしてもらった。

 

「今回はね……最初から狙いが朝潮じゃないのよ」

「貴女のもっと素敵な顔を引き出さないといけないの」

「だから……こっちが欲しいわ」

 

湧いて出てきたイロハ級が霞を取り囲んだ。鎖からの回避行動でほんの少しだけ引き離されており、その隙をつかれた。私が一番近いが、あの数のイロハ級を即座に倒せるほど、私の艦載機に力はない。霞の魚雷では火力がありすぎて自分に被害が出てしまう。

 

未来が視れても、私に力がなければ助けることもできない。無力さを痛感した。

 

「霞!」

「くっ、姉さん!」

 

その群れの中、鎖が霞を取り囲んだ。その数8本。今までの深海艦娘の数に等しい本数がその場に現れ、逃げ場を無くす。

 

「姉さんの敵になるくらいなら!」

「ダメよ……面白くないじゃない」

 

鎖が霞の両手に絡みつき、魚雷を封じた。同時に侵食が開始される。

 

「霞!?」

「嫌っ、嫌だっ、姉さんの敵になんかなりたくない! 嫌ぁっ!?」

 

また1本、また1本と霞に絡みつき、陣地の前へと引っ張られた。イロハ級の妨害のせいで、救出ができない。突破力のある天龍さんと龍田さんにお願いするが、それを見越してかそこには戦艦棲姫が立ち塞がっていた。これでは進めない。

 

「最愛の妹が立ち塞がるの……楽しいでしょう……?」

 

私の頭の中は絶望に支配される。アサの声も聞こえない。視界が真っ暗になるようだった。




心の支え、折れる


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堕ちた守護者

北の大拠点、北端上陸姫と離島棲姫との最後の戦い。いくらでも湧いてくるイロハ級は抜きにしても、大量に配置された姫級をある程度排除し、ついに2人の姫を視認するところまできた。

だが、ほんの少しだけの隙をつかれ、霞が鎖に囚われてしまった。救出しようにもイロハ級が邪魔で進むことができない。1本だけならまだしも、合計8本の鎖に絡みつかれ、霞は刻一刻と変化していく。もう悲鳴すら聞こえない。

 

心が折れそうだった。霞が艦娘だったから心の支えになっていた部分もある。それを今、無惨にも砕かれてしまった。治療法のない変化だ。頭の中は絶望に満たされている。

だが、折れているわけにはいかない。霞を救出しなくては。

 

「それじゃあ……行ってもらおうかしら」

「私達の守護者よ……お願いね……霞」

 

邪魔をしていたイロハ級が目の前から居なくなる。その向こうから現れたのは、髪が真っ白になり、角が生えた霞の姿だった。よりによって、深海棲艦の気配まで漂い始めている。私達の視界から隠されている間に、半深海棲艦化の処置まで施されていた。

あの鎖の数本には、深海艦娘化以外の効力を植え付けるものもあるようだった。おそらく白吹雪さんもこのようにして半深海棲艦になったのだろう。深海忌雷に寄生されていなかったことだけは安心してしまったが、霞が変化したことには変わりない。今ならまだ救出できる。

 

「霞……」

「すごく気分がいいの。姉さんの深海の匂いも感じられる。本当に濃いのね」

 

繋がっている鎖は今は3本。首に1本、背中に2本。この全てを破壊しない限り、霞は洗脳されたまま。いや、おそらく洗脳電波も出ている。破壊したところですぐに元には戻らない。

 

「本当に……本当に気分がいいわ。そのせいかしら……姉さんを殺したいくらいよ」

 

艦載機は出ないが、その分魚雷の数がおかしなことになっていた。霞が同時に放てる魚雷の数は両腕で合計10本だったはずだ。それが今は、手を払うだけで20本は出ている。おそらく、この全てを操作できる。

洗脳されているが故に、私の深海の匂いは敵対心の促進に傾いている。霞から向けられる敵意と殺意は、今までで一番辛い。

 

「ここで殺してあげるわ姉さん。お姫様の前で、無様に死になさい」

 

魚雷が放たれる。艦載機とは違い、1つ1つが必殺級。当たれば大破は免れず、最悪の場合、一撃で死だ。霞に殺されるわけにはいかない。

どうにか艦載機を駆使して魚雷を対処していくが、次から次へと数が増えていく。霞はその場から一歩も動いていない。だが、近付くことが出来ない。

他の人達も次から次へと湧いてくるイロハ級に押し止められている。どうしても私と霞の一騎打ちがご所望らしい。

 

『……お! ……さしお! 返事をしろ!』

「アサ、ごめん、何」

『良かった、声が届かなくなったわけじゃないな』

 

絶望に満たされた私の頭にアサの声が響く。

 

『交代しろ。お前に霞は無理だ。わざわざ心を痛めつけるな』

「……私が救わないとダメなのよ」

『無茶をするな。今のお前は危うすぎる』

 

私が扶桑姉様と出てきた時、霞はこんな心境だったのだろう。あの時の私は鎖が繋がっていても洗脳はされていなかったが、霞の場合は手遅れだ。あの本数は私でもおそらく回避が出来なかった。念入りに洗脳している辺り、あちらも学習している。

 

「アサと話してるの? 出る幕は無いから大人しくしてろと伝えて。これは、私と姉さんの殺し合いなの」

「心配しなくても出す気は無いわ。私のままで霞を救う」

 

とはいえ、私にあの鎖3本を破壊することが出来るか。持っているものでどうにか出来そうなものは爆雷くらいだ。艦載機の爆撃や射撃で傷がつくとは到底思えない。

 

「ある程度は痛め付けないとダメそうね」

「姉さんに出来るの? 私は姉さんの全てを見てきてるの。何をするかくらいお見通しよ」

 

幸い、海中を見る眼鏡のお陰で、ソナーよりも先に魚雷の位置を捉えることができる。予測もしやすい。

霞が私の全てを見てきたように、私も霞の全てを見てきた。洗脳により手段が増えていたとしても、即対応出来る。

 

「避けてもいいのかしら。後ろに空母がいるわよ」

「随分とせこいマネをするのね。別に何も気にしないわ」

 

回避して流れていった魚雷は、響さんが逐一処理してくれていた。他の人への被害は各々で対処してくれている。私以外のところに向かう魚雷は、もう興味が無くなったかのようにコントロールをやめている。稀にUターンしてくるが、それは予測できる。

 

「くっそー! イロハ級が邪魔すぎる!」

「霞まで深海艦娘になっちゃってんじゃん! あれ早く助けないと!」

「あ、皐月、これ使うときなんじゃない?」

 

白露さんと皐月さんは大発動艇運用のために一緒に行動している。白露さんのいう『これ』とは勿論、対地攻撃用の大発動艇と内火艇だ。本来なら陣地に乗せて使うものだが、今はそんなこと言っている場合じゃない。

 

「よし、白露、やろう!」

「おっけー! これでまず全員の道を開いちゃる!」

 

轟音を立ててフル稼働する内火艇。イロハ級くらいなら轢き殺せるほどの力で、目の前を爆走する。皐月さんも負けじと、運用中の特大発動艇を稼働させた。こちらは名前通り。普通の大発動艇よりもサイズが大きい。体当たりも威力が大きいのは目に見えている。

 

「おらおらー! 潰れちゃえーっ!」

「どけどけどけーっ!」

 

雑に一網打尽にしていく様は爽快感まである。こちらは霞の相手で忙しいが、あちらは任せ切ってもよさそうだ。

 

「大発動艇を使えるのはアンタ達だけじゃないのよ!」

 

私の相手をしながら霞まで大発動艇を稼働。白露さん達の妨害に動かし始めた。こちらが回避しかしないからといってそんな余裕があるとは思えないが。

 

「余所見してる余裕あるのかしら」

「回避しか出来ない姉さんなんて、片手間でもいいのよ。ほら、まだまだ増えるわよ」

 

霞の言う通り、魚雷の数はどんどん増えている。次から次へと放たれ、速度の差をつけ、カーブしたりわざと外れたりで緩急をつけてくる。敵にすると途端に厄介極まりない。幸い霞の魚雷は私しか狙ってこないので、未来を予測し続けて回避と処理を優先させるだけである程度は耐えられる。

 

「神通さん、青葉さん! 湧いてきたツ級を優先してください!」

「空母隊の援護ですねぇ。了解です! 青葉にお任せ!」

「空母が動けるようになれば、幾分か救出しやすくなるでしょう。お手伝いします」

 

防空棲姫を全て沈めたが、今度はツ級の群れが押し寄せている。数が集まれば防空棲姫に匹敵してしまうため、早急に処理。赤城さん達が動いてくれれば、さらに戦いやすくなる。

 

「姉妹喧嘩は……見ていて楽しいわね……」

「もう少し強化した方がいいかしら……」

 

鎖が更に接続された。同時に霞の瞳が鈍く輝き、魚雷の数がさらに増える。霞からは一向に艦載機が発艦されない辺り、霞の欠陥(バグ)は魚雷以外を拒絶しているようだった。

 

「……いい加減にしてもらわないと困るわ。人の妹に何をしてくれるのかしら」

 

霞の変化への悲しみより、それを実行している姫2人への怒りが強まってきた。身体が熱い。視界が赤く染まるような感覚。

 

『朝潮、抑えろ。それは後からでいい。今は霞を助けることに専念しろ』

「わかってるわよ。ただね、横槍を入れてくるのが気に入らないの」

 

霞の攻撃は収まるどころかより激しくなる。だが周りを攻撃することはなく、私に対してしか攻撃してこない。これも深海の匂いのおかげか。

深海の匂いの効果が敵対心に傾いてしまっているために、今の霞には私はここで殺さなくてはいけない怨敵にくらい見えているのだろう。私は主人のお姫様に仇なす敵。いくら姉でも許さないと。

 

「姉さん、いい加減にしてもらえる? 往生際が悪いのよ」

「そっくりそのまま返すわ。正気に戻った時に後悔するわよ」

 

少し容赦なく行く。以前、強くなるために無茶をし続けた霞を痛めつけた時のように、艦載機を直接ぶつける作戦に。魚雷の密度はとんでもないことになっているが、予測しながら的確に対処すれば避けられないものではない。大きく避ければ、ぶつからず爆発されても爆風からは回避できる。

 

「避け方、わかるわよ。ほら、早く死になさいな」

 

突然魚雷が海上に飛び跳ねてきた。潜行での助走なしは今までに見たことが無かったので不意を突かれる。同時に爆破。海上で爆発されると海中よりダメージが大きい。手甲でどうにかガードするが、軽く飛ばされてしまって小破。手甲が無ければ腕がやられていたかもしれない。

 

「ここで死んだ方が姉さんのためよ。私の愛がわからない?」

「そんな愛ならいらないわ」

「そう。でも死んでもらうわ。姉さんはここにいちゃいけない。迷惑なの」

 

私は霞に幾度となく迷惑をかけてきたと思う。霞だけじゃない、他の人達にもだ。私を内心疎んでいる人もいると思う。それこそ、霞ですら私のことを心の奥では迷惑だと思っているかもしれない。

 

「自分でもわかってるでしょ。このまま生きていたら自己満足で他人に迷惑をかけ続けるって。なら皆のためにここで死ぬべきなの。慈悲深い姉さんなら死を選ぶべきよ」

「あいにくだけど、私は死なないわ。私が死んでせいせいする人もいるでしょうけど、悔やむ人もいるの。1人でも悔やんでくれるのなら、私は足掻くわよ。それくらいのワガママ許しなさいよ」

 

誰か1人でも私の死を悔やんでくれる人がいるのなら、私はその人のためにも生きよう。足掻いて、踠いて、無様に生き続けてやる。

そして私はその1人を、私の死を必ず悔やんでくれる1人を知っている。左手の指輪を見ると、笑みがこぼれた。

 

「今の言葉が霞の本心かどうかは知らないけど、本心だったとしても私は変わらないわよ。まぁ正気な霞ならこんな場でわざわざ言わないし、本心ならすぐにでも言ってくるしね」

「姉さんは私の何を知ってるわけ?」

「なら霞は私の何を知ってるのよ」

 

言わされているのはわかっている。霞も、電さんや五月雨さんのように、精神攻撃をやらされているだけだ。正気に戻った時に頭を抱えることになる、最も卑劣なやり方。私はそちらの方が腹が立つ。

 

「じゃあ、そろそろ終わらせましょうか。やっぱり、洗脳されると弱くなるのは誰でも一緒ね。口撃しないとマウント取れないんだもの」

「守られないと何も出来ないくせに口ばっかり」

「ええ、理解してるわ。だから、私は皆に頼るの。勿論、霞にも」

 

艦載機を鳩尾に入れる。これだけ長く戦わせてもらったのだ。行動の分析はとうに終わっている。魚雷をどう撃とうが、全て処理できる。

ずっと一騎打ちを守ってくれたのがありがたかった。洗脳されても霞は霞、そこまでのことは出来なかったようだ。

 

「けほっ……でも何も出来ない姉さんが、私をどう解放するってのよ。自分の無力さを嘆くがいいわ」

「私だけでは解放できないわね。でも、ありがたいことに私には仲間がいるもの」

 

艦載機の半分がこの場に無いことに、霞は気付かなかったようだ。このタイミングで連れてくるのは当然、鎖の対処が最もでき、私の艦載機ででも連れてこれるこの人である。

 

「っしゃらーーー!」

 

霞の背後に落下してくる皐月さん。同時に接続された4本の鎖を一刀両断……しようとするが、陣地から引っ張られて強引な回避。

 

「まだダメよ……霞には働いてもらいたいもの……」

「もっと繋ぎましょうね……」

 

5本目、6本目と鎖が繋がれて、霞がビクンと震えた。あそこまで鎖が接続されていると、霞の身体への影響が怖くなる。既に半深海棲艦にされているので耐えられるのかもしれないが、頭への反動が心配である。早く助けたいが、冷静に行かなくては。

 

「っは……漲るわ。ここで姉さんを殺したら、満たされそうね!」

「簡単に殺されないわよ」

「さっさと死になさいよ。このクズが!」

 

ついにははちさんと同じ陸上魚雷まで発生。艦載機がそういう形に昇華されたようだ。あれまでコントロールされると、対処が途端に難しくなる。鎖6本分の強引なオーバースペックで、完全に魚雷に特化した白吹雪さんという様相に。

陸上魚雷は私と皐月さんの艦載機でどうにかガード。魚雷なだけあり恐ろしく火力が高いが、なんとか防ぐことはできた。代わりに爆風が激しく、2人揃って吹き飛ばされる。私はこの時点で中破。

 

「うへ、霞やっばいね」

「ああなると手が付けられませんね。さすが私の妹とだけ言っておきます」

「どうすんのさ。無傷で助けたいわけでしょ?」

「ええ。でも、それも可能ですよ。白露さんがまだ駆け回ってくれています」

 

無尽蔵に湧いてくるイロハ級も打ち止めになりそうなくらい、白露さんが轢き殺した。内火艇はもうボロボロに近いが、それでも頑張り続けてくれた。そのおかげで、2人の大戦艦の道が開く。

 

「随分とゲスな真似をするんだな。ここの姫は」

「なら、お仕置きと行きましょう。陣地ごと、消し炭にしてあげるわ」

「この武蔵の主砲、伊達ではないぞ! 撃てぇーっ!」

 

爆音にも近い砲撃で、岩礁帯諸共、姫2人の立つ陣地を薙ぎ払う。霞は海の上だが、この強烈すぎる砲撃の衝撃に軽く体勢が崩された。姫2人は残念ながら回避している。そのまま死んでいればよかったのだが。

 

「もっと体勢崩れてもらおうか。大井っち、霞のちょっち後ろ」

「はい、そこですね」

 

続いて北上さんと大井さんのコンビプレーによる雷撃。陸上型には一切効かないが、今回は霞の体勢をより崩すための攻撃だ。挟み込むように魚雷を放ち、霞の真後ろで衝突させる。霞なら合図1つで出来ることを、ただの魚雷でやってのけた。この爆発でさらに霞が飛ばされた。

 

「くっ、なにっ」

「今だーっ! 突っ込めーっ!」

 

ここで白露さんの内火艇が陣地に特攻。その主砲により陣地をダイレクトに攻撃。水陸両用戦車の実力を遺憾無く発揮。

 

「潮! 内火艇のとこ!」

「了解。WG42(ロケットランチャー)撃ちます!」

 

白露さんの合図で、潮さんが装備していたWG42を放った。姫2人と霞の間をより開くように、ミサイルが降り注ぐ。

皆が霞の救出に尽力してくれている。全員がかりでの救出任務だ。これだけ人数がいれば、成功は間違いない。

 

「ツ級全滅です! 空母隊の皆さーん!」

「一航戦の誇り、見せてあげましょう。攻撃隊、全機発艦!」

 

陣地へは空母隊4人の艦載機が一斉に攻撃。北端上陸姫と離島棲姫も艦載機を飛ばしているようだが、それが間に合うほどこちらの練度は低くない。絨毯爆撃により陣地を削り取る。それでも姫2人は無傷であるところが気に入らない。陣地の形状を変化させているようにも見えた。

だがこの絨毯爆撃により、土煙で視界が遮られた。ここがチャンスだ。

 

「よう、お前もそっち側に行っちまうとはな。これで帝国民のまともな艦娘、山城姐さんだけじゃねーか」

「ちょっと残念よね〜。霞ちゃんがストッパーなイメージだっただけに〜」

 

戦艦棲姫を処理した天龍さんと龍田さんが鎖を全て斬り捨てた。これで後は洗脳電波対策のみ。

 

「皐月さん、大発動艇を」

「了解! 朝潮、乗って!」

 

いち早く駆けつけた神通さんが霞を保護し、皐月さんの運用する特大発動艇に投げ込む。そこで私がキャッチ。これで私の持つ洗脳電波キャンセラーの影響範囲に入った。中破状態なので身体は痛いが、霞のためなら安いものだ。

 

「霞、大丈夫?」

 

洗脳電波キャンセラーは耳につけているため、それなりに近付かないと効果が発揮しないようになっている。寝る時に枕元に置けと言われているほどだ。霞をその範囲に入れるためには、抱きしめるのが妥当。幸い、大発動艇の上ならそれもしやすい。

 

「姉さん……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「いいの。仕方ないもの」

「あんなこと思ってもいないのに言わされたの……私は姉さんのこと迷惑だなんて一度も思ってないから……」

 

それが聞けただけでも良かった。

 

「うっ……うぅっ……」

「霞……大丈夫、大丈夫よ。身体を変えられても、霞は私の愛しい妹。今までと何も変わらないわ」

 

泣きじゃくる霞を撫でながら、好きなようにさせてやる。今なら私の深海の匂いも、好意の促進に傾いているはずだ。こうしているだけでも落ち着けるはず。

 

「残念……霞じゃ朝潮は殺せなかったわ……」

「心にダメージは与えられたかしらね……」

 

憎い姫2人の声が聞こえる。また身体が熱くなるような感覚。

 

「所詮は妹……吹雪と同じでゴミだったわね……」

「やっぱり朝潮本人じゃなきゃ……ね」

 

イラつく。あの顔がもう見たくない。声が聞きたくない。

 

『朝潮! 抑えろ! また思考の海が()()なってる!』

「あの姫は許さない……霞にまで手を出して……」

 

ドクンドクンと、心臓の音が耳元で聞こえていると思えるほど大きく、アサの声が聞こえなかった。怒りと、恨みと、憎しみが、私を支配しようとしている。

 

『朝潮! 主導権を奪うぞ!』

「許さない……絶対に許さない……」

 

私から主導権を奪おうとするアサを突っ撥ねる。邪魔をしてもらいたくない。霞をこんな姿にしたあの腐った姫は、私がここで、この手で

 

 

 

「殺シテヤル」

 

 

 



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仕組まれた進化

洗脳された霞を無事救出することに成功した。だが、実行犯である北端上陸姫と離島棲姫は未だ健在。しかも無傷である。さらには霞を侮辱する発言が耳に入った。怒りと、恨みと、憎しみが、私、朝潮を支配しようとしていた。

 

『朝潮! 主導権を奪うぞ!』

「許さない……絶対に許さない……」

 

私から主導権を奪おうとするアサを突っ撥ねる。邪魔をしてもらいたくない。霞をこんな姿にしたあの腐った姫は、私がここで、この手で

 

「殺シテヤル」

 

頭の中が真っ黒に、それよりも深く染まる。黒く、暗く、昏く。アサの声はもう聞こえない。届かない。

メキリと、身体がおかしな音を立てた。痛くはない。むしろ心地いい。私の身体が変化しているのがわかった。

 

「ね、姉さん……?」

「殺ス。殺ス。ココデ殺ス」

 

抱きかかえていた霞を皐月さんにパス。おそらく私の最後の良心。霞が私から離れたことで、それさえも塗り潰された。

身体がメキメキと音を立てている。今までの艤装が崩れ落ち、身体が成長した。聞こえていた音は、成長したことによる骨の軋みだったらしい。服がきつく感じる。

改めて艤装を展開する。今までの朝潮型の機関部と半壊した深海忌雷が融合した特殊な艤装。だが、その両サイド、普段なら高角砲がある場所に、今は戦艦棲姫の自立型艤装のような腕が生えていた。何処かで見たことがある艤装だ。確かこれは……駆逐水鬼。

 

「姉さん!?」

「な、なにこれ、朝潮どうなってんの!?」

 

霞達の声が聞こえたが、気にしている余裕が無い。私の標的は、陣地に未だいる腐った姫2人。この手で殺さなければ気が済まない。ちょうどいい具合のもう一対の腕が生えている。これを使えば私でも。

 

「来たわ……来たわ……♪」

「大成功ね……楽しいわ♪」

 

私の姿を見て喜んでいる姫2人。気に入らない。顔を見ているだけでもイラつく。

皐月さんの特大発動艇から跳んだ。足場に自分の艦載機を6つ使い、さらに跳ぶ。跳躍力も機動力も段違いに上がっていた。これならあの姫も殺せる。ありがたい。

 

「実験は成功……撤退しましょうか」

「移動先は決めてあるものね……」

 

姫2人の陣地が地響きを立て始めた。陣地ごと移動するつもりだ。ここまでしておいて逃げられると思っているのか。艦載機を足場に移動し、すぐに陣地に着地。これには姫2人も驚いたようだ。もっとその顔を見せろ。

 

「逃ガサナイ。ココデ死ネ」

 

近くにいた方は赤い姫、離島棲姫。生えた豪腕で顔面を掴み、地面に叩きつけた。

 

「離島……今までありがとう……」

「北端……貴女はもっと楽しんでちょうだい……」

 

喋る元気があるらしい。まだ死んでないとは頑丈な奴だ。

陣地がどんどん沈んでいく。気付けば北端上陸姫は姿を消していた。離島棲姫は私が掴んだままだ。気に入らないが、こいつだけはここで確実に殺す。

足場の地面が無くなるまで、何度も何度も叩きつける。離島棲姫の血を浴びる度、胸がすく思いだった。空いているもう片方の腕で、離島棲姫を殴りつける。悲鳴すらあげないのは残念だが、この程度では終わらせない。腕を折り、脚を折り、腹を殴る。その時には陣地は消えており、私は海上に立っていた。離島棲姫の腕はダランとぶら下がっている。それでも消滅していないということは、まだ息があるということだ。

 

「終ワリダ」

 

頭を握りつぶした。一番大事な部分を無くした離島棲姫の身体は、海に落ちてそのまま消滅。北端上陸姫を逃したことが残念でならない。

 

「姉さん……ど、どうしちゃったの……!?」

 

霞の震えた声が聞こえる。皐月さんに抱きつかれているため、洗脳電波キャンセラーが効いているだろう。今敵対する姿を見せられたら私も困る。そんなことされたら()()()()()()()()

頭の中はまだ昏く澱んでいる。鬱憤が溜まったままだ。離島棲姫を殺したことで幾分かマシになったが、怒りと憎しみはまだ頭の中を渦巻いている。()()()()()()

 

『……っ……さし……返事……!』

 

ノイズが走ったように頭の中で声が聞こえた。

 

「……アサ」

『届いた! 朝潮! お前どうした!』

 

私が反応すると。アサの声がハッキリ聞こえるようになった。途端に渦巻いていた怒りと憎しみが消える。昏く澱んでいた思考も綺麗に透き通った。

 

「あ……私……」

「姉さん! どうしちゃったのよ!」

「だ、大丈夫……大丈夫よ」

 

自分の殺意が止められなかった。怒りと恨みと憎しみに完全に支配されていた。アサの声が届かなかったら、私は取り返しのつかないことをしていたかもしれない。現に、霞でも殺してしまいそうな心持ちだった。

 

『朝潮、大丈夫か?』

「大丈夫……かな」

『それならいいが。キツイなら代わるぞ』

「大丈夫よ。私の足で戻るわ」

 

私自身に何が起きたのかがわからなかった。念のためアサに交代できることだけは確認した後、私の足で皐月さんの特大発動艇に乗せてもらう。もう大丈夫だろうが、洗脳電波対策のため、霞は抱きかかえておく。いつもより視線の位置が高いのが気になったが、五体満足だった。恐ろしいことに、変化する前に霞から受けたダメージも回復している。

 

「姉さん、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫。霞こそ大丈夫なの? 鎖を8本も繋げられたのよ?」

「今のところは大丈夫。でも帰投したら精密検査してもらうわ」

 

皆の視線は私達に釘付けだった。洗脳された霞もだが、理由がわからず変化した私には疑問しかない。

 

「朝潮、本当に大丈夫なのか? なんつーか、成長したか?」

「はい……理由はわかりませんが身体が成長しています」

「あの時、北端上陸姫が『大成功』と言っていました。まさか朝潮さんの身体に何か……?」

 

思い当たる節といえば、背中に寄生したままの深海忌雷である。私の精神を封印し、新たにアサを生み出すだけではなかったのかもしれない。思考の海では探索らしい探索は出来ないため、他に何か仕込まれていても何もわからないのが現状だ。

 

「今の朝潮は、前に見た駆逐水鬼みたいだね」

「今までは駆逐棲姫みたいだったよねー。ほら、アサの服とかまんまだったじゃん」

「じゃあ、深海朝()()だ。ランクアップしたね」

 

姫級から鬼級にランクダウンしたように思えたが、水鬼は姫級以上なのでランクアップといえばランクアップ。これが北端上陸姫の狙いなのだろうか。私をランクアップさせることが目的だとしたら、余計に理由がわからない。

 

「霞、なんか様子おかしくない?」

「半深海棲艦化させられてますから、私の深海の匂いにやられてるのかと」

「姉さんの身体、ホントに成長してる」

 

抱きついておく必要があるとはいえ、顔を私に向けて抱きつく必要はないと思う。しっかり私の胸に顔を押し付けている辺り、深海の匂いにやられているのがわかる。

霞の言う通り、今の私は朝潮型とは無縁のサイズになっていた。改二になっても小学校を卒業したと言われたくらいの私だったが、今の私はおそらく萩風さんほどの、大体高校生くらいの見た目になっている。萩風さんほどではないが、スタイルも良くなった。そこは普通に嬉しかったりしたが、身体を変えられたという不安は拭えない。

 

「服がボロボロだね」

「サイズがあいませんから。肌着がきついです。戻ったら妖精さんにお願いします」

「この身長で朝潮型は無理でしょ」

 

今はまだ何事もない。ただ、戦闘の度に何か起こる可能性もある。戦うのが少し怖くなってしまった。

 

 

 

北端上陸姫を逃してしまったため勝利の凱旋とは言えなかったものの、珍しく全員軽傷で済むという快挙である。入渠ドックを使う必要も無さそうだ。ある程度回復した後に私と霞は精密検査をうけることとなる。

 

「よく帰ってきてくれた! 戦果は聞いているよ!」

「北端上陸姫を逃したのは仕方あるまい。だが離島棲姫は撃破できておる。我々の勝利じゃよ」

 

司令官と元帥閣下が工廠で出迎えてくれる。他の人達も皆私達の帰投を待っていてくれた。だが、私と霞はすごく出づらい。姿を見せるのが怖い。今は特大発動艇に搭載された戦車の陰に隠れている。

 

「ところで……霞君と朝潮君はどうしたのかな。霞君は敵の攻撃を受けたと聞いているが」

「出づらいの! 初霜に深海側にはならないって大見得切ったのに!」

 

特大発動艇から嫌々降りた霞。見た目は深海艦娘と同様。ただし深海棲艦の気配を漂わせているので、正確には深海艦娘ではなく半深海棲艦である。後天性ではあるものの、春風と同等の存在へと変えられている。

 

「ようこそ霞さん、こちら側の世界へ。霞さんも一緒に朝潮さんの深海の匂いに溺れましょう」

「姉さんはそれどころじゃないと思うわ……」

 

私はもっと出づらい。一緒に出撃した皆も苦笑している。

 

「その、本当に出づらいんですが」

「朝潮君もおかしなことになっていると連絡は受けているが、どうなってしまったんだい」

「えっと……驚かないでくださいね」

 

特大発動艇の上に立ち上がる。皆の視線が突き刺さって痛い。ピチピチになってしまった服が余計に恥ずかしい。いろいろと隠しながら皆の前に。

 

「あ、朝潮君……!?」

「……この度、深海朝棲姫、改め、深海朝水鬼となりました……」

 

特大発動艇から降りる。改めて視線が高いことがわかる。今までずっと過ごしてきた鎮守府も、ほんの少しだが目新しく感じる。

一応艤装も出してどれだけ変わったのかを見てもらった。基本的な部分は何も変化が無いのだが、機関部の両サイドに生えた腕が異形感をさらに引き立てている。艤装展開中の私は、実質腕が4本。自由自在に操れ、膂力もある2本の剛腕が改めて私の武器となった。

 

『朝潮、一度代わってくれ』

「ええ、わかった」

 

頼まれたのでアサに交代。アサも成長した身体を体験しておきたいようだ。

 

「おお、すごいなこの腕。攻めにも守りにも使えるぞ」

『楽観的なのね』

「なってしまったものは仕方あるまい。受け入れるさ」

 

私が成長するところまでしっかりと見ている部隊の人達はもう慣れたようなものだったが、鎮守府にいた人達は言葉もない。司令官はいち早く受け入れてくれたが、他の人達はまだ混乱中。

 

「深海棲艦が成長するケースなんて前例がないよ。朝潮ちゃん、精密検査ね」

「ああ、わかってる。サクマには世話になる」

「これは深海棲艦の生態系とかそういうのとは別の位置にある気がするなぁ……」

 

佐久間さんも困惑している。ここに来て深海棲艦の生態系の研究は驚くほどに進んでいるが、長く深海棲艦との戦いが続く中でも例を見ない事態である。

一度生まれたら死ぬまでその形を変えないのが深海棲艦だ。後天性とはいえ、私もそうだと思っていたが、現実はこれである。またもや私は特殊なケースに分類された。

 

「と、とにかく、戦いはこれで終わりだ! 身体をゆっくり休めてくれ!」

「祝勝会でもやろうかの。北の拠点は無くなったんじゃから」

 

北端上陸姫には逃げられたものの、目的であった北の大拠点の消滅は達成された。ヒメさんとミナトさんの領海を取り戻し、この戦いは終わったことになる。今はそれを素直に喜ぶことにしよう。

 

 

 

サイズが合わなくなった服を作り直してもらう間に、私と霞は精密検査を受けることとなった。私はあまりにも異例の事態のため、艦娘視点の明石さん、深海棲艦視点のセキさん、そしてそのどちらでもない視点の佐久間さんを交えた、あり得ないくらい濃密な検査。細胞1つ1つを確認するレベルで検査されたため、いつも以上に時間がかかった。

 

「まず霞の結果だけど、春風と同じような身体だね」

「深海艦娘の要素も含んでいるが、それ以上に深海棲艦の要素が強まっている。半深海棲艦と言ったが、春風より深海の要素は強いと思った方がいい」

 

深海艦娘の時点で、艦娘と深海の要素が半々くらいと言ってもいい。そこから半深海棲艦になっているのだから、簡単に計算しても4分の3は深海。半分深海棲艦、残ったところのそのまた半分が深海艦娘と艦娘。深海の要素が濃いのもわかる。

 

「おかげさまで艤装は工廠要らずで出し入れ出来るようになったし、姉さんの気配もわかるようになったわ。ただ、前に聞いたイヤリングは貰っておいた方がいいかもしれないわね」

 

深海艦娘の要素がある時点で、洗脳電波を受ける可能性はある。北端上陸姫がまだ生きている以上、用意をするに越した事はない。

 

「8本接続された影響は今のところ無しかな。ただの一時的な強化だけだったみたい」

「陸上魚雷が出来なくなったのは惜しいわ」

「それもうミサイルだから」

 

変わってしまったのは仕方ないにしろ、後に残るものが無くて良かった。常に敵対心があるとかだと目も当てられない。

 

「で、朝潮の方だけど……これヤバイね。意味がわかんない」

「不安になるんですが」

「朝潮ちゃんの身体は、深海棲艦としては前と別物になってる。棲姫の時と水鬼の時では、見た目は一緒でも中身が全然違うんだよね。あ、見た目も変わってるか」

 

ここからは佐久間さんの説明。私の身体を一番念入りに調べているのは他でもない佐久間さんだ。視点が違うから観点も全く違う。今回は血液検査や髪の一部などからデータを取ってもらった結果である。

 

「朝潮ちゃん、身体が変わる寸前、何があった?」

「霞をこうされて、アサに忠告されるくらい怒っていました。それと、霞を救出したときに侮辱されて……その、恨みと、憎しみに飲み込まれて……殺意が抑えきれなくなりました」

「それだわ。朝潮ちゃんの身体、負の感情に合わせて進化してる」

 

それが私に寄生している深海忌雷の隠された効果かもしれないと話す。それだと今までの北端上陸姫の行動に辻褄があった。私を怒らせ、恨みと憎しみを滾らせ、身体を変えていく。辿り着く先が、あちらの狙い。

大成功と言ったのは、私が1段階進化したからだろう。これがあと何段階あるかは知らないが、これ以上奴の思い通りにはなりたくない。

 

『朝潮、私は言ったよな。ブチギレそうなら私が出ると』

「……ええ。でも私はそれを突っ撥ねちゃった」

『今後は許可も取らない。思考の海が少しでも熱くなったら、強制的に私が表に出る。いいな?』

「わかった。アサに任せる」

 

それくらいしてもらわないと、私が暴走してしまう。この行動すらも、この深海忌雷に操られての行動なのかもしれない。アサの声が私に届かなかったのも、思考が冒されていると考えられる。

 

「次に進化したら、多分完全に大人の身体になるだろうね。戦艦クラスの身体に」

「頭の中が今のままなら喜ばしいことですよ」

「姉さん危機感足りないんじゃないの?」

 

そうでも言わないと不安に押し潰されそうなのだ。

生まれたばかりの頃は小学生、改二となって中学生ほどになった私は、今は高校生ほどの見た目。次の進化で大人になったら、おそらくもう戻れないところだろう。理性も失い、暗闇に包まれた精神で、アサの言葉も聞こえず、暴走の限りを尽くす。仲間にも手をかけてしまう可能性は高い。そうなってからじゃ遅い。

 

「とにかく、朝潮ちゃんは今後、穏やかに生活すること。今回みたいに怒っちゃいそうならアサちゃんに代わること。それだけは守るように」

「はい。肝に銘じておきます」

 

激昂するほどの事態が起こったら、アサに交代ということで纏まる。日常生活で起こるちょっとしたことくらいなら大丈夫だろうが、それもアサの匙加減で交代してもらおう。今の私は完全に綱渡り状態。

 

「それにしても……あの朝潮ちゃんがねぇ。豊満になりましたなぁ」

 

人の胸を見て視線が怖くなる佐久間さん。こちらは深刻な問題だというのに。

 

「ちゃんと下着も新調するからね。深海に寄せてるから安心して」

「ということは黒ですな! あらまあ大人の女性だこと! 今度また私の部屋で精密検査しようね。いろんなところをじっくりコトコト」

「佐久間さん、あまりおかしなことしたら、私がどうなるかわからないということを肝に銘じてください」

 

佐久間さんキッカケで私が戻れなくなったら目も当てられない。

 

 

 

検査も終わり、服が完成するまでは作務衣で過ごすことに。お昼から寝間着のようなものなので、少し恥ずかしい。霞も半深海棲艦化したことで制服を新調するとのこと。同じように作務衣姿。

 

「……姉さん……」

 

検査も終わり、自室で完成を待つ間、霞が部屋を訪ねてくる。理由はわかる。無言で手招き。

 

「私は気にしてないから」

「思ってないことベラベラ喋らされて……姉さんを傷付けた自分が許せないわ……」

 

こういう時こそ、私の深海の匂いで落ち着いてもらった方がいいだろう。先程の特大発動艇の上でやっていたように、霞の顔を胸に埋めてやる。以前と違い、本当に埋まる。

 

「私が姉さんを殺したいわけないじゃない……迷惑なんて思ってない。姉さんが死んで一番悔やむのは私よ……」

「わかってる……大丈夫だから」

「うっ……うぁぁ……」

 

落ち着くまで頭を撫でてやる。

 

よりによって霞にこんなことをやらせたあの姫に対しては、もう怒りと憎しみしか浮かんでこない。だが、その感情に飲まれてしまったら今度こそ私は戻ってこれない気がする。冷静に、冷静に。




深海朝棲姫、改め、深海朝水鬼。デザイン変更です。背中から腕が生えている駆逐水鬼の要素が加わり、朝潮本人もそれに近付いてしまいました。朝潮型の進化改良型が陽炎型なので、この成長は艦娘側で見ても深海棲艦側で見てもあり得ること。


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別れの時

翌日、改めて北端上陸姫の陣地のある場所にやってきた私、朝潮。今までは掃討任務、救出任務、そして決戦と戦場になり続けたこの海も、今はそんなことを感じさせないくらい静かになっていた。当然赤くもなく、そこに陣地があったというのもわからないほどである。

 

「司令官、哨戒部隊旗艦、朝潮です」

『私だ。応答できるね』

「はい。通信妨害ももう無く、海も赤くありません。北端上陸姫は完全に撤退しています。ここに来るまでの海も、深海棲艦の姿はありませんでした」

『了解した。では引き続き哨戒をお願いするよ』

 

昨日ここで戦っていたのが嘘のようだった。なかなか感慨深いものがある。

 

「少し周囲を確認してから帰投するわ」

「ええ。とはいえ本当に静かな海ね。ヒメ達がこの辺りを拠点にするのもわかるわ」

「大分手前だけど、ここまでずっと静かだったものね」

 

哨戒部隊の随伴は霞と春風。久しぶりにこの3人での哨戒任務。最後にやったのは、脚を失ったシンさんを発見した時だ。

実は物凄く理にかなった哨戒部隊である。私が全索敵が可能であり、小型艦は春風が掃討可能、大型がいても霞の魚雷が火を噴き、今では全員が深海棲艦の気配を確認できる。3人いれば大概の状況も打破できる。

 

「ここなら穏やかに過ごせそうだものね。稀に湧くんだろうけど、あんなに大量に湧くこともないわ」

 

この静かな海が確認できたということは、そろそろ別れが近付いているということだ。領海を取り戻すための戦いをしていたのだから、取り戻したのならここに帰ってくるのが筋というもの。ミナトさんも陣地を元の場所に動かす準備をしていた。

 

「またここには来ましょう。今後は哨戒ルートに入るんだし、何度だって会えるわ」

「そうね。北の哨戒ルートは楽しくなりそうね」

 

念のため、私が離島棲姫を殺した場所へ。当然何もない。頭を潰したのだから浄化だってされるはずがない。消滅しているところも見届けている。本当に何もないことが確認できた。

 

「ここの確認はこれで終わりね」

「ところで、春風はどうしたの?」

 

今まで無言を貫いてきた春風。じっと霞の方を見て、仏頂面。春風がこの顔をするときは大体嫉妬。

 

「霞さん、ズルくないですか」

「ズルイって何がよ」

「わたくしと同じ半深海棲艦になってしまったのは気配でわかります。一部深海艦娘の要素があるのも見た目でわかります。それで制服を新調したというのもわかります。ですが、その姿は御姉様の改二丁ですよね」

 

せっかく半深海棲艦になったのだからと、制服を新調した霞。自分が通常と違うということを見た目から表したいというのは、深海艦娘ならではの思考でもある。受け入れている証としては最適。

が、霞が選んだのは私の改二丁と同じ制服。下に来ているものは大潮と同じ黒塗りの朝潮型改二制服だが、そこに私の改二丁のボレロを羽織ってきた。私と同じ黒のストッキングまで引っ張り出してきている。そのせいで霞はボレロが無かったら黒尽くめだ。

 

「わたくしは却下されました。何故霞さんは許可されたのでしょう」

「春風、ちょっと考えてみなさい。姉さんは朝潮型、私も朝潮型、アンタは神風型。終わり」

「ズルイです……」

 

型違いで私達と同じ制服を着させてもらえているだけでも譲歩も譲歩なのだ。それは理解してもらいたい。

 

「私も変えようかしら……この背丈になると朝潮型の制服が合わない気がするのよね……」

「長女が何言ってんの。姉さんが変えたら私達全員変えるわよ」

「変えるのでしたら是非着物にしましょう。神風型の着物、御姉様にはお似合いかと」

「着物は扶桑さんのだけで充分よ」

 

こんな賑やかな哨戒任務も久しぶりだ。戦いが終わったことが実感できる。

だがまだ油断ならない。北端上陸姫は撤退するときに、移動先は決めてあると言っていた。それを探し出して叩くことで、この戦いは本当に終わる。

私達のような被害者を、これ以上出してはいけない。

 

 

 

北の赤い海の消滅を確認したことにより、援軍の方々は帰投することになる。撤退した北端上陸姫は元帥閣下自らが立ち上がり捜索するとのこと。流石にそこまで私達の鎮守府を使おうとは思わないそうだ。

今回の戦いは、援軍を呼んだとはいえ、私達の鎮守府の功績となった。私達の戦い方が今回の戦果に直結したこと、この戦いで数々の犠牲が出たことは、うまく公表していきたいそうだ。理解者が増えれば、その分私達は動きやすくなる。

特に被害者に関しては、他の鎮守府も知っておくべきことだ。私や初霜さんのような深海棲艦化、深雪さんや電さんを筆頭とした深海艦娘は、疎まれる必要のない戦いの被害者である。

 

「北端上陸姫を逃したことで文句を言う輩がいたら、儂が何とかしてやる」

「すまない爺さん、そうしてくれると助かる」

「我々は陸上型の陣地が移動することを知らんかったのだからな」

 

一方、ミナトさんとヒメさんの陸上型姉妹は、同盟深海棲艦として一切の不可侵を貫くものの、公表は先延ばしとなっている。和解できる深海棲艦がいることは皆に知ってもらいたいことだが、すぐには難しい。ゆっくり、ゆっくり時間をかけて理解してもらう他ない。

 

「私はこの鎮守府に残る。元々特定の領海を持っているわけではないんでな」

「助かるよ。睦月君だけでは深海艤装には手が回らないだろうからね」

 

セキさんはこの鎮守府に残ることにした。同じようにセンさんシンさんの潜水艦姉妹もここに残る。シンさんの艤装は定期メンテが必要であることと、シンさんがゴーヤさんと離れることを拒んだというのもある。

 

「あ、じゃあ皆さん揃っていますし、記念撮影しましょう! 青葉、カメラ持ってきてますよ!」

「そうだったね。毎回恒例なんだ。爺さんも加わってくれよ」

「そうじゃな。ならこれを遺影にしておくれ」

「物騒なこと言うなよ。殺しても死なないようなジジイなのに」

 

青葉さんに以前聞いていた記念撮影をこのタイミングで。全員揃っているのは今だけ。援軍の皆さんも一緒に。大人数だが、青葉さんはどうにか撮ると気合を入れていた。

今回はタイミング良く秋津洲さんもいる。本当に全員揃っている貴重な機会だ。今撮らないでいつ撮るというのか。

 

「司令官と元帥閣下が真ん中で! あとはご自由にどうぞ!」

 

各々好きな位置へ。私の隣には霞と大潮が陣取る。さすがSP、行動が早い。しっかり近くに春風と初霜さんも来る辺り、いろいろわかってる。

 

「はい、みんな入りましたね! では、撮りまーす!」

 

こんな大人数の写真、最初で最後だろう。いい記念になった。私も現像してもらって、部屋に飾ることにしよう。

 

「では、儂らは帰ることとしよう。加藤、今回の戦いは我々にもいい経験となった」

「援軍助かったよ。もうこんなことが無いようにはしたいがね」

「また大本営から逃げたくなったらアポ無しで来るから覚悟しておくんじゃな」

 

写真撮影も終わり、いよいよ皆が帰投していく。まずは元帥閣下から。

元帥閣下も忙しい人だ。今回は赤い海攻略のために2日だけどうにか空けてくれたに過ぎない。今度はこちらから伺いたいくらいなのだが、私は外見上の問題でそれも不可能。次に元帥閣下と会えるのはいつになることやら。

 

「朝潮ちゃんや、随分と育ったのぉ」

「敵の攻撃とはいえ、初めて会ったときから大きく変わってしまいましたね。これでも私を可愛がってくれますか?」

「勿論。孫娘が成長したようなものじゃよ」

 

私の頭をポンポンと撫でてから、微笑んで大発動艇に乗り込んだ。司令官とはまた違った、温かさのある手のひら。ずっと撫でられていたいとまで思える。

 

「朝潮さん、これから確実に困難が待ち受けているでしょう。それでも、貴女は冷静に対処してください」

「ありがとうございます赤城さん。私は爆弾を抱えているようなものですから、決して悪い方向へいかないよう、尽力します」

「よろしい。では、また会いましょう」

 

最後の赤城さんの激励は心に響いた。どんな困難でも、冷静に。心が静かであれば、私の中の爆弾は爆発することがない。

 

「ではの、加藤。また今度一杯やろう」

「ああ。また」

 

元帥閣下の援軍が帰投した後は、浦城司令官の鎮守府からの援軍が帰投する。総勢13名の援軍は、皆思い思いの人に別れを告げていた。だが元帥閣下とは違い、あちらはまだ場所が近い。会いに行こうと思えばいくらでも会いに行ける。

 

「朝潮、リボンはまだ預けとくよ」

「はい、これは預かっておきます。必ず返しに行きますから」

「またボロくなったら取りに来てよ。そうでなくても遊びに来て。あたし達は、外見で文句言うとこじゃないからね」

 

レキすらも受け入れてくれたあちらの鎮守府だ。これだけ長く一緒に戦ってくれたのだから、もう一生の付き合いが出来るだろう。あちらがピンチになればいくらでも助ける。

 

「そんじゃね」

「はい、それでは。また会いましょう」

 

小さく手を振って見送った。また、すぐに会えることだろう。相変わらず神通さんがリベンジに燃えていたし。

 

最後にミナトさんとヒメさん。陣地まで送り届ける。こうやってヒメさんを抱きかかえて移動することも最後かもしれない。哨戒任務で度々会いに行くとは思うが、それでも名残惜しく感じてしまう。ミナトさんは相変わらず雲龍さんが運んでいた。最後まで米俵のような運び方だったが、ミナトさんもそれに慣れている。

 

「アサ、ありがとう」

「どういたしまして。こちらこそありがとうございました。楽しかったです」

 

ガッチリと握手した後、抱き合った。これが今生の別れになるわけではないのに、身体を離すのが惜しい。

 

「朝潮、私からの忠告だ」

「ミナトさん?」

「怒りと憎しみは、深海棲艦の力の源だ。我々は違うが、黒はそれで力を増すと言ってもいい。そして、力を増すほど力に溺れる。お前の中にあるものは、黒だ。どうにか抑え込んでほしい」

 

深海棲艦直々の忠告。私の中の爆弾は本当にまずいものらしい。

 

「はい。皆さんに再三注意されています。その言葉、忘れません」

「それでいい。ではな、ガングートによろしく伝えてくれ」

「またな、アサ! 必ず来い!」

 

陣地が地響きを立てて沈んでいく。前と同じ場所に帰ると言っていたので、会いに行こうと思えばいくらでも行ける。帰れと言われるほど押しかけてあげよう。

最後まで手を振った後、ギリギリで岩場の陰に入った。途端に沈む速度が上がり、瞬く間に陣地が消えた。

 

「また会いに行きますよ。何度でも」

 

北への哨戒任務もこれで楽しくなる。遊びに行くわけではないのだが、顔を見せるだけでも喜んでくれるだろう。当然私達も嬉しい。

 

「……あ」

「どうしました、雲龍さん」

「これ、ミナトに返すの忘れてたわ」

 

深海の艦載機の式神を持っていた。あまり表情を変えない雲龍さんが、薄く微笑んでいた。なるほど、わざとか。

 

「また、会いに行かないとね」

「そうですね。ちゃんと返さないと」

 

会いに行く理由も出来た。今生の別れではない。

 

 

 

鎮守府に戻ると、何故だか広く思えた。今までここにいた約20人が、たった今居なくなった。近くにあった陸上型深海棲艦の陣地も、今ではセキさんのものだけに。騒がしかった場所も、少し静かになったように思えた。

 

「長かった戦いもこれで一旦終わりだ。北端上陸姫の行方はわからないが、これはあの爺さんに任せよう。ようやく我々は通常運用に戻れる」

「事後処理がありますからね。提督はこれから書類の波という地獄を味わうことになります」

「忘れていたかったんだがね。君達が頑張ったんだ。次は私の番だよ」

 

機密事項も多く、私達が手伝うことは出来ないそうだ。それに、元帥閣下からも許可を貰い隠蔽事項も多い。私に関しては、機密事項、隠蔽事項のオンパレードだ。いくつかは公表はされるだろうが、私の抱える爆弾については確実に隠蔽である。

 

「よく頑張ってくれた。昨日祝勝会はやったが、稼働は明日からにしよう。今日は皆、非番だ。好きに休んでくれ」

 

ここで解散となった。訓練も任務も無し、本当に自由な時間。司令官はこれから数日執務室に篭ることになるらしい。お手伝いすることが出来ないのは少し心苦しいが、これはもう仕方ない。

私は当然何もすることがないため、談話室に向かった。そこにいれば大体誰か来るので暇が潰せる。

 

『穏やかに過ごすなら領海』

「今日は外に出ちゃダメよ。司令官が執務室に篭るんだし、さっき哨戒行ってるし」

『なら明日行こう。今の身体で領海の景色が見たくてな』

「そうね。違った視線で見られるかも」

 

爆弾を抱えたものの、私はもう自分の身体を受け入れている。どうせ元に戻れないのだから、この身体を楽しむべきだろう。ある意味姉の威厳が示せるようにはなったが、あまり誇れることでもないか。スタイルが良くなったのは地味に嬉しい。

 

『ヒメ達のところにも行かないとな』

「そうね。行くついでの哨戒任務をやらせてもらいましょう。それに、敷波さんの鎮守府にもね。あっちにも叢雲さんがいるの」

『へぇ、そいつとも会ってみたいな』

 

アサも今の身体を満喫しようとしている。私と同じで、もう戻らないのなら受け入れる。駆逐艦らしからぬ形になってしまい、以前言われた艦種『朝潮』がより一層強化された。

 

「……常に冷静に、か」

『少しでも危ないと思ったらすぐに交代するからな。突っ撥ねられてもどうにか交代してやる』

「うん、お願い。私、思ったより自分がコントロール出来ないみたい」

 

それすらも深海棲艦化の効果なのではと思える。こうすることがあちらの狙いなら、心のコントロールを難しくする効果くらい付けてきそうだ。

 

『今は大丈夫だから気にするな。またストレスで倒れるぞ』

「それは嫌ね。気楽にいるわ」

『それがいい。それに、今からそんなこと言ってられなくなる』

 

いくつかの反応がこちらに向かってくるのがわかる。霞を筆頭に、私のことを守ってくれる人達の反応だ。霞まで私の気配がわかるようになってしまったため、姿をくらます事はもう出来ない。それこそ、アサの領海くらいにしか1人で安らげる場所は無いのかも。

 

「瑞穂さん」

「今回は騒動は起きそうにありません。ただお茶会をしようとのお誘いでしょう」

「わかりました。では瑞穂さんも一緒に」

 

でも、私はこの騒がしい鎮守府が好きだ。やっと戻ってきたこの日常を、ずっと維持していきたい。

 




北の大拠点編、これにて終了。それでも、まだ完全な決着はついていません。謎はまだ残っているので、今後はそれを解決する話になります。次回からは少し平和なお話が続くでしょう。


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心静かに

北の拠点攻略が終わり、1週間ほどが過ぎた。人工島に作られた最前線の鎮守府の奮闘は全鎮守府に発表され、その功績から勲章を授与された。北に出現した未知なる力を持つ深海棲艦を撃退したことは大きな評価を得られ、司令官は階級を准将から少将へと上げることとなる。

また、私、朝潮のような被害者に関しても、敵の攻撃がこういうものであるという証明となり、その存在を認められることとなった。身体自体は深海棲艦である私も、外部の鎮守府の人と交流が可能になったということである。外見で咎められることが無くなったのはとてもありがたかった。理解者が増えたのはとても嬉しい。私が成長した姿になっていることはまだ知られていないが。

 

だが、まだ問題は残っている。あの場から撤退した北端上陸姫は依然見つからぬまま。北の拠点の周辺は勿論のこと、私達が出来る限りの哨戒ルートは何度も確認しているが気配すら見当たらない。潜水艦姉妹まで使った潜水艦部隊の全方位探索を以てしても、今は見つかっていない状態である。

撤退を最初から視野に入れていた立ち回りだった。霞を洗脳し、壁にする以外にこれといった攻撃はされなかった。本当に戦闘が不得手なのがわかる。自分達では戦わず、他人に自分を守らせる。その代わりに力を与える。深海棲艦としては今までに一度も確認されていない頭脳派だ。これには大本営も頭を悩ませているらしい。

 

「いやぁ、この1週間で大分落ち着いたねぇ」

「そうですね。静かな日常は願ったり叶ったりです」

「朝潮ちゃんも穏やかに過ごせてるみたいだしね」

 

佐久間さんと朝食を摂りながら話す。

定期的に検査をしてもらい、私の中の爆弾は充分に沈静化していそうという判断になった。これ以上の身体の変化も今のところは確認されていない。ちょっとしたいざこざでは思考の海が熱くなるようなこともなく、アサも安心して過ごせている。

 

「悪いことが無いのはいいことだよね。私も研究が捗る捗る」

「あまりレキとクウにおかしなことをしないでくださいよ。私の娘みたいなものなんですから」

「わかってますって。髪の毛や艤装の一部を貰って研究してるだけだから安心して。あ、でもレキちゃんは注射だけは嫌がるから、それはやめておくよ」

 

佐久間さんの研究も少しずつだが進んでいる。謎が多い深海棲艦の一部だけでもわかれば、今後やれることが増える。司令官も佐久間さんを支持していた。

 

「ところで、あれは佐久間さんの差し金ですか?」

「差し金とは失礼な。雪ちゃんが自分でやりたいって言ったの。いい進歩でしょ。自分で()()()んだよ」

 

雪さんは今、その小さい身体で動き回りながら朝食当番を頑張っている。吹雪さんと叢雲さんのサポートという形だが、鎮守府に貢献したいという意思の表れ。戦闘には出ないものの、鎮守府の雑務をそれなりにこなしており、徐々にだがわだかまりが薄れてきていた。健気な姿で癒される人もいるほどである。

ポーラさんだけは確執が深すぎてどうにもならないが、それはお互いに理解していること。不可侵を貫くことで余計ないざこざは起こさないようにしている。それでもたまに一緒にあの島に行っているようだ。

 

「私が言っているのはそこではなく、雪さんがメイド服を着ていることです」

「あ、それは私の差し金。あと叢雲ちゃんが大喜びしたから」

 

叢雲さんも霞と似たようなタイプであることが判明した。大きな姉に対しても敬愛が見えるが、小さな姉に対しては溺愛も溺愛。今では自分の部屋に匿っているほどである。

 

「まぁ鎮守府に馴染んでくれているのはいいことです」

「でしょ? それに似合ってるからヨシ!」

「そこが全てでしょう貴女の場合」

 

苦笑する。佐久間さんと話していると本当に面白い。もうムードメーカーと言ってもいいほどだろう。

 

 

 

この1週間で、私の生活の基準は、より穏健派の深海棲艦に近いものとなっていた。穏やかに過ごして、自分の中の爆弾を沈静化したままとすることが目的。そのため、週に3回は領海で気分を落ち着けている。それを一番喜んでいるのは、他ならぬアサであった。さすが本能の化身、私の望むことをよく理解している。

当然だが哨戒も兼ねているので随伴はいる。哨戒と称して島でゆっくりできるというのがなかなか魅力的らしく、私の随伴は人気が高い。ある意味サボりのようなものではあるが、私は自分の身体のためである。前回はレキとクウが、その前は深雪さんと電さんが随伴として便乗した。

 

「ここが一番落ち着くわ」

「そうですね。いろいろありましたけど、ここが落ち着きます」

 

本日の随伴は霞と初霜さん。後天性半深海棲艦コンビ。やはりこの場所は深海棲艦を落ち着かせる何かがあるような気がしてならない。

 

「海が赤くなるな……離れれば元に戻るが」

「割と困った体質よね。島の周りだけだからいいけど」

 

進化させられたことでより侵食の力が強まってしまったのか、アサが表に出ているとここの海を赤く染めてしまう。鎮守府でそういったことが起こっていないのは助かるが、この場所は領海、拠点として認識しているため、侵食をしてしまうようだ。私が外に出ているときはそうでもないので、身体と心が一致した時に発生すると考えている。

 

「よし、ここに来たのは朝潮のためでもあるからな。交代交代」

 

主導権を渡され、私が表に。少し侵食の力が薄まり、赤い海の拡がりが止まる。私でも稀に侵食してしまうくらいなので、本当に力が強まってしまった。

 

「交代すると匂いが少し薄まるけど、すごく落ち着くのよね……私は姉さんの匂いの方が好きかも」

「私は甲乙付けがたいですね。朝潮さんの優しい匂いもいいですが、アサさんの力強い匂いも捨てがたく」

「わかる。すごくわかる」

 

私に代わった途端に抱きつくように擦り寄ってくる霞。隠さないのはいいが、距離が近過ぎるのは危うさを感じる。半深海棲艦化の影響で、初霜さんと同様にいくつかネジが飛んでいるように思えた。

抱きつかれては逆に私が落ち着けない。ここに来ている理由を何だと思っているのか。そろそろ鬱陶しいので、艤装の腕で引き剥がした。

 

「霞さんはいいですよね。毎晩添い寝ですし」

「霞は添い寝が無いと寝付きが悪いんです」

「おかげさまで、ホントにぐっすり眠れるわ。あの時のこと思い出さずに済むもの」

 

洗脳されていたとはいえ、私に暴言を言い散らかした記憶は当然ながら残っている。だからこそ私は暴走するほどに激昂した。

今はそんな仕草を見せないが、他の深海艦娘の人達と同じで、消えない罪悪感に苛まれることになってしまっている。夜1人でいると、その時のことを思い出してしまうと言っていた。なら私が落ち着かせるのが一番だ。

 

「姉さんの添い寝、前と全然違うのよ。私がこんな身体になったからかしら」

「そんなに違う?」

「深海の匂いがあるし、姉さん自体が変わったもの。言っちゃ悪いけど前までの姉さんって私達と同じで貧相だったじゃない。それが今は……ねぇ」

 

2人して胸を見ないでほしい。私はこのせいで朝潮型から逸脱していると思っているのだから。

 

「今はアサの服だから余計にわかるわね……成長しすぎよ」

「とても煽情的です。朝潮さんから私を誘っているのでは?」

「ちょっと何言ってるかわからないです」

 

こちらの服はアサが望んだからこのままにしたまでである。前のままでというのが希望だ。だから私の方は露出が少なく、アサの方は露出が多く。動きやすさ重視である。回避性能に関わるとアサはこれを譲らなかった。

おかげで霞と初霜さん、あと鎮守府で春風がやたらお腹に触れてくる。佐久間さんと同じように触り方がいやらしいのがとても残念。実の妹でも許せないものは許せない。

 

「私も添い寝してもらいたいです。霞さんが羨ましい」

 

さりげなく隣に座ってくる。負けじと霞も逆側に。隣に座るくらいなら咎める必要もないのでそのままに。

 

「お願いだから休ませて」

「ああ、そうね、ごめんなさい」

 

そのまま、まったりとした時間を過ごす。この島は誰かが通ることもなかなか無い。哨戒コースからも少し外れている穴場だ。そう滅多なことでは、この時間は邪魔されない。

 

ただただ本当にボーッとしているだけ。隣の霞も初霜さんも転寝を始めるほどの静かな時間。クウや雪さんもそうだったが、ここの穏やかな空気は眠りを誘う。私もそれに身を預けることにした。

心静かに、穏やかに。今私に必要なのは、それ一点のみ。

 

 

 

午前中に鎮守府を出てここに来たが、今は太陽がそれなりに昇ってきていた。そこそこ長い時間居座ってしまったが、おかげで私の心は大きく回復していた。綺麗な景色、穏やかな風、波の音、隣には仲間。回復には本当にもってこいな場所。

 

『よく寝てたな。穏やかなのはいい』

「貴女もね。これくらいまったりがいいわね」

『今までが酷かったんだ。これくらい許されるだろう』

 

眠っている間にアサと会話が無かったため、あちらはあちらで熟睡していたのだと思う。アサもなにかとお疲れだ。私が疲れているのだし、アサが疲れていてもおかしくない。いつも私を気にかけてくれているのだから、私以上に気疲れしているのかも。

 

「2人とも、起きて」

「んぇ、もうそんな時間?」

「わ、太陽がそれなりに高い位置に……思った以上に寝てしまったみたいですね」

「2時間くらいですかね」

 

寝ぼけ眼の霞と、起きてすぐにシャンとする初霜さん。対照的な2人。半深海棲艦化してから、霞は少し緩くなった気がする。私もそうだと言われるが、霞も真面目すぎる部分があった。それが緩くなっているのなら、それは喜ぶべきことかもしれない。

今の霞がベストなのかも……いや、シスコンの度がすぎるのでそこだけは控えめになってもいいとは思うが。

 

「寝て起きて隣に朝潮さんがいるだけで気分がとてもいいですね」

「そうですか」

 

初霜さんも度がすぎる気がする。帰ったら春風が嫉妬しそう。

 

「初霜は春風と違って朝潮型の制服求めてこないわよね」

「当たり前ですよ。私は姉や妹ではなく、嫁ですから。霞さんも私を義姉(ねえ)さんと呼んでくれて構いませんよ」

「誰が呼ぶか」

 

この辺りの発言は無視するとして、そろそろ帰投しなくては。哨戒任務を兼ねているためちゃんと周りも見ておかなければならない。

 

「気配も反応も無いですね」

「こっちも気配は感じないわ。まぁ姉さんが感じないなら私達も感じないか」

 

ここに移動してきていないのは安心である。本当に何処に撤退したのだろうか。移動先は決まっているとは言っていたが。今は潜水艦隊と元帥閣下に任せるしか無いだろう。私達はやれることをやるということで。

 

「さ、帰りましょ」

「姉さん、ちゃんと休めた?」

「ええ、充分に」

 

島を出るとき、前よりも名残惜しく思えた。赤く染まった海を見ていると、ここから出て行くのを躊躇ってしまいそう。成長したことでより深海棲艦の思考に偏ってしまったのかもしれない。今回の変化は私の思考に直接作用してきている。

 

『帰りたくないならもっといてもいいんだぞ』

「いやダメでしょ」

『ちぇっ』

 

口ではこう言っているがアサもそんなことを本気で思って言っているわけではないことがわかる。私の気持ちを一番最初に理解するのはアサだ。実際、アサにこれを言ってもらえたから未練も断ち切れる。

最初は振り回されてろなんて言っていたが、結局私が振り回してしまっている。

 

『考えすぎるなよ。お前は気楽に生きろ。私のために』

「……そうね」

 

私が壊れたらアサも壊れる。身体が1つなのだから一蓮托生。お互いがお互いのことを気にしないと生きていけない。アサのためにも私は壊れられない。

 

「姉さん、行くんでしょ?」

「ええ、ごめんなさい。すぐ行くわ」

 

心静かに、穏やかに。私のためにも、アサのためにも。

 

 

 

帰投して早速、春風に抱きつかれた。お供がこの2人だったことに危機感を覚えていたらしい。何もされていないと言っても関係なかった。

ここの春風は本当に嫉妬深い。ここまで大きな個体差が出ているのも稀だろう。春風は心の件もあるが。

 

「御姉様の匂いが欲しいのです。霞さんも初霜さんも充分に堪能したのでしょう。でしたら次はわたくしの番です。存分に、存分に」

「あまり素肌を触らないでくれると嬉しいんだけど」

「御姉様が悪いのです。これ見よがしにお腹を出す服なんて着て。誘っているのですか」

 

初霜さんと同じことを言ってくる。そんなつもりは無いのだが、ここの3人にはそう見えるらしい。半深海棲艦特有の捻じ曲がった思考なのだろうか。扶桑姉様はそんなこと無かったはずだが。

 

「成長された御姉様はとても素敵です。匂いも濃くなり、近付くだけで落ち着きます。この状態で添い寝を、また添い寝を許していただきたく」

「それは私の特権だから許さない。どうしても添い寝してもらいたかったら私を倒しなさい」

「それは私も参加していいんですよね。添い寝権をかけたバトルロイヤルですか」

 

3人が勝手に言い合いを始めてしまった。私を中心に、私の意思関係無しに。喧嘩しているわけではないので放置してもいいのだが、私が話題の中心なので無視するわけにもいかない。

こんな場なのに、私の心は穏やかになっている。領海でのんびりしている時よりも、満たされているように思えた。静かな場所でボーッとしているよりも、喧騒に巻き込まれた方が穏やかになれるなんて。

 

『愛されてるな』

 

冷やかされるが、それも込みで私は癒されている。これが私の平穏な日常なのだ。

 

「霞、今日は残念だけど、姉妹サンドの予定なの。添い寝を勝ち取るなら扶桑姉様を倒してね」

「よし、春風、初霜、今日は各々自室で」

「かしこまりました。霞さん、1人で寝られますか?」

「嘗めんじゃないわよ。1日くらい大丈夫よ」

 

本当に楽しい。皆に囲まれて生きていけるのが。これが続けば、私は心静かに過ごしていけるだろう。これ以上の変化は無い。何もかも私の手で壊してしまうような最悪の事態は、起こりようが無い。




霞があちら側に行ってしまったので、ストッパーらしいストッパーがいない現状。スキンシップが過剰な妹、妹分、嫁(自称)のトライアングルが、朝潮を(ある意味)追い詰めていく。


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戯れ

午前中は心を穏やかにするために領海への哨戒任務へと向かった私、朝潮。午後からは戦闘訓練となる。あれだけのハードな戦場を終えた後だが、訓練を続けて練度を維持していく必要がある。本当に平常に戻ったイメージだ。

私の訓練は対空、もしくは対潜となるのだが、通常とは違うとはいえ艦載機の運用や、艤装の腕での戦闘まで加わり、単独戦力として充分と判断されている。さらに、あまり戦闘ばかりすると身体と心に悪影響がないとも限らない。他の人よりも慎重にされていた。

 

「なんだか申し訳ない気分になります。他の人は訓練や任務をしているのに、私ばかり休んでいて」

「君はこの鎮守府で一番の被害者なんだ。霞君からその時の状況は何度も聞いている。今は大丈夫かもしれないが、いつ爆発するかわからないんだ。必要な時に出てもらうよ。だが、身体が鈍ってはいけないからね。頻度を落としてもらっているだけさ」

 

司令官も含め、誰もが私を心配してくれていた。皆に気遣われているというのも、なんだか気恥ずかしい。

食事時でも、なんだかんだ周りに誰かついてくれている。突然爆発することは無いにせよ、何が起こるかわからない身体というのは自他共に認められるほど恐ろしい。こう生活している中で、突然私が暴れ出す危険性もある。そうなると、心配というよりは監視されているという気がしないでもないが。

 

「敵に好かれるというのは、あまり気分のいいものではありませんね……」

「確かにね。精神攻撃が多いのも考えものだ。だが、そのおかげで我々は対策もいろいろ考えられたし、何よりアサ君に出会うことが出来た。それだけは感謝しているよ。他に1つも許せるところはないがね」

 

司令官もいつもの表情ではあるものの、私達のされたことに対しては怒り心頭だったらしい。私と霞が精密検査を受けている間に報告を受け、なんと怒りで机を叩き割ってしまった。戦闘では勝ったが、根本的な部分では敗北している。

 

「朝潮君は必要最低限を徹底してほしいね。暇かもしれないが、身体と心を休めることが、君が最もやらなくてはいけないことさ」

「わかっています。週に3度も領海に行かせてもらえていますし、ストレスも溜まっていませんよ」

「それなら良かった。以前の強迫性障害も治ってきているようだね。言っては悪いかもしれないが、今の君が最高のスペックだと思うよ」

 

精神的な病も、今の生活で大分改善されていた。何もやらないことを苦痛と感じないようになってきたのは大きい。今までで一番、私の心は穏やかになっているであろう。

深海棲艦となってから、さらに身体が成長したことで、少し楽観的な思考になってしまったのかもしれない。深海艦娘の時の過激思想は、今は鳴りを潜めている。

 

「また誰かに訓練の手伝いを頼まれたら、好きに手伝ってあげてほしい。そうでなければ自由に過ごしてほしい」

「了解しました」

 

今の私は緊急時のバックアップ要員となった。誰かが必要なら好きに使ってほしい。なんだかんだ適当に呼ばれることは多いし。

 

 

 

ある程度の検査も終え、暇になってしまった。私の身体は今日も安定。出来れば身体が縮んでもらいたいものだが、一度変化してしまったものは治らないと相場が決まっている。それが治せるものなら、今頃誰も欠陥(バグ)を持っていないだろうし、深海艦娘は全員完治しているだろう。

 

『午前に領海行ったし、午後は検査も終わったし、暇だな』

「そうね。なら、この鎮守府でもアサが好きな場所あるでしょ」

『ああ、海を眺められるベンチだな。あの場所なら癒される』

 

今の時間なら、あの場所からは訓練や演習が見られる。そういうのを眺めているだけでも、今の私は楽しめるようになった。

 

「今だと誰かしら何かやってるわね」

 

海を眺めることができるベンチへ。そこでは案の定、演習が繰り広げられていた。演習と言っても、レキの訓練(あそび)の一環。鬼ごっこからさらにステップアップし、避けながら撃つ通常の演習方式に変化している。それでも水鉄砲の撃ち合いなので、レキは楽しそうだ。

 

「やってるやってる」

『レキはまだまだ訓練してるんだな。あそこまで来たら必要も無いように思えるが』

「そんなことないわ。あの子も育ち盛りだもの」

 

私が近付いたことに気付いたらしく、こちらを振り向き手を振ってくる。こちらも手を振り返したが、今思い切り狙われている。大丈夫なのだろうか。

そして今回、よりによって相手はオーバースペック組3人。水鉄砲といえども火力がとんでもない。

 

「余所見しちゃダメだよレキちゃん」

「のわぁあっ!?」

 

萩風さんの砲撃が直撃。重巡主砲の火力で吹き飛ばされた。これが清霜さんのものだったらもっと危なかったかもしれない。

 

「やられたー!」

「朝潮さんが来たから反応しちゃったんだね」

 

なんか邪魔をしてしまったようで申し訳ない。

 

「朝潮ー、一緒にやろー」

「別に構いませんけど、私艦載機しかないですよ?」

「大丈夫大丈夫! ねー、きよしー」

「いいよー。朝潮ちゃん倒せないくらいでないとこれからが辛いだろうからね! あ、でも未来予知禁止!」

「それ禁止されると私為すすべもない気がしますが……わかりました。電探も一時的に切ります。集中砲火はやめてくださいよ」

 

時津風さんに誘われ、私も参加することに。この遊びに参加できるようになったのも、今の身体の利点だ。艦載機しかないにしろ、回避に徹するのみではなくなったので、ちゃんと演習の形式になる。

そのまま海に降りた。当たり前のように工廠要らずで海に降りる姿は、未だに見慣れていないらしい。一瞬ギョッとして顔をしたが、そういえばと気を取り直した。

 

「いつ見てもビックリしちゃう」

「朝潮も深海棲艦なんだよねー。便利だけど怖い怖い」

 

レキが抱きついてきたので頭を撫でるが、水浸しなので私も濡れてしまった。まぁここからどうせ水浸しになるので関係ないか。

 

「いきなりだけど大丈夫? あたし達ちゃんと水着着てるけど」

「まぁ見られて恥ずかしいものでもないですし、構いませんよ」

「萩風、あれが開き直りだよ。派手なもん着けるならあそこまで行かないと」

 

萩風さんがワタワタし始めるが、私からも同じことが言えるだろう。開き直り、大切。私も似たようなスタイルになってさらに開き直ったことだし。恥ずかしいならもう少し地味なのを選んだ方がいい。

 

艤装を展開。艤装から腕が生え、その両手がギュッと拳を握る。別にこれで殴ろうだなんて思っていないので安心してほしい。

 

「これ、バトルロイヤルなんですか?」

「そうだね。今奇数だし」

 

こういう形ででも、オーバースペック組と訓練するのは初めてのこと。攻撃する手段を持っていないと、そういうこともできない。そういう意味では今の身体に感謝する。

 

『こういう形で息抜きもいいな。全員水浸しにしてやれ』

「はいはい。アサがやりたくなったら代わってあげるわ」

『ああ、後から頼む。まずはお前が楽しめ』

 

艦載機を全機発艦。その全てに水鉄砲を装填。春風との喧嘩を思い出し、ちょっと楽しくなってきた。

要注意なのはやはりレキ。超火力の水鉄砲を連射できるというのは恐ろしい。その次に清霜さん。レキ以上の火力は単純に当たりたくない。大和さんに撃たれて浮いたのを思い出してしまう。

 

「それじゃあ、スタート!」

 

萩風さんの合図と同時に、全員が私に主砲を向けた。集中砲火はやめてくれと言ったのにこれである。遊びだとしてもこれは普通に危険だ。勿論、私も『未来予知』済みなのだが。4人からの集中砲火も回避ルートは見えていた。

 

「集中砲火はやめてと言いましたけど!?」

 

しっかり避けた後、全員の眼前に艦載機を配置して文句を言っておく。回答次第では水鉄砲である。

 

「いやー、フリかなって」

「朝潮ちゃんはまず濡らしておかないとダメかなと」

「朝潮さんは要注意人物だから最初に狙いたくて」

「アサ姉ちゃんといっぱい遊びたいから!」

 

レキ以外に水鉄砲。ここから完全に開戦。案の定だが、私が狙われる確率が若干高め。まず自分達と同じくらいに濡らしたいという気持ちが隠しきれていない。

 

「アサ姉ちゃん、もっと濡れろー!」

「濡れるのはレキの方よ」

 

砲撃を掻い潜り、艤装の腕で腰を掴む。そしてそのまま海に向かって放り投げた。頭から海に落ちるレキ。

 

「にゃあああっ!?」

「そ、それ禁止! 砲撃の訓練とかじゃ無くなっちゃう!」

 

清霜さんはちょっと持ち上げられそうにない。いくら膂力が上がっていても、大戦艦クラスの艤装を持つ清霜さんは、さすがに無理だろう。禁止とかそういうことでなく、このメンバーの中ではおそらくレキにくらいしかこんなことできない。順当な駆逐艦くらいしか持てないと思う。レキは小柄で艤装もそこまで大きくないし。

 

「多分持ち上げられないと思うので安心してください。清霜さんは艤装が大きすぎるので。その代わりに艦載機をいっぱい避けてくださいね」

 

と、清霜さんと話している間に時津風さんが横から撃ってきた。1回目はさておいてその後は『未来予知』をしないようにしていたので、もろに被ってしまう。重巡主砲でもなかなかの威力。身体が浮くほどではないが、衝撃は激しい。

 

「耳に、耳に入った……」

「へいへーい。余所見は良くないよ朝潮ー」

 

ケラケラ笑う時津風さん。本当に楽しそうだ。私も楽しい。なので、少しいたずらを仕掛けてみる。

こっそり近付けた艦載機で膝カックン。からの顔面に水鉄砲。

電探を切った状態で艦載機を操作するのは地味に難しい。位置を全て把握してるからこそ、的確な位置に飛ばすことが出来るのだが、今は違う。基本見える範囲なら正確、見えない場所は運と勘という身も蓋も無い操作方法になってしまっている。

 

「うわぁっ!?」

「隙だらけですよ、時津風さん」

 

念入りにぶちまけておいて、次の標的は萩風さん。既に濡れたことで透けて見えている水着も結構大胆じゃないか。何を恥ずかしがることがあるのだろうか。

 

「意外と避けますね」

「姉さんほどではないけど、避ける訓練してるんだ」

「でも、気をつけた方がいいですよ。敵は私だけじゃないんですから」

 

復帰してきたレキの砲撃で吹き飛んだ。やはり戦艦火力、当たった時の衝撃がえげつない。

というのも、後ろから狙っているのが見えたので、アイコンタクトで上手いこと作戦を立てていた。見事成功。レキが親指を立てたので、私も艤装の腕で親指を立てた。

 

「清霜さん、覚悟はいいですか」

「覚悟って言われてもなぁ……あたしはただ撃つだけだから!」

 

三連装砲が広い範囲で照準をつけてきた。これはどうやっても避けられない。艦載機を壁にするのも難しそう。潜るのはアリなのだろうか。どうせもう水浸しだし、これ以上濡れるのも気にはならないが、反則扱いかも。

などと考えている間に、さっき吹き飛んだ萩風さんが私を羽交い締めにしてきた。時津風さんまで私に近付き、艤装の腕を押さえ込む。電探を切ってたから気付かなかった。

 

「洗礼受けとこ、朝潮」

「朝潮さん、潜るのは禁止だからね」

「これ全員に当たりません?」

 

死なば諸共の精神らしい。こういう戯れの場だからいいものの、戦場でそういうことはやらないように。

 

「撃てーっ!」

 

清霜さんの掛け声と共に、水鉄砲とは思えない轟音と衝撃。私を中心に3人が一気に吹き飛ばされた。とんでもない幕引き。大戦艦の主砲による水鉄砲を喰らうのは2度目だが、3度目はないようにしたい。

 

その後何度も同じことを繰り返し、全員が悲惨なほどに水浸し。途中からはアサに交代しての撃ち合いとなる。子供のように楽しむアサの姿に、思考の海でほっこりした。こういう息抜きは私もだがアサにも必要だと思う。

 

 

 

戯れとはいえ演習。終了後はそのまま皆でお風呂へ。清霜さんだけは着替えるだけ着替えて食堂の方へ。デメリットが強すぎて空腹が耐え切れなかったのだろう。こればっかりは仕方ない。

 

心地よい疲れと、それを回復する湯船で、割とダラけてしまった。相変わらず時津風さんは湯船で船を漕ぎ始め、萩風さんの胸を枕にうつらうつら。それを真似してか、レキが私の胸を枕に眠り始めてしまっている。

 

「私がこの役目をやることになるとは……」

「朝潮さん、すごい成長しちゃったし、仕方ないんじゃないかな」

「萩風さんにはまだまだ敵いませんけどね」

 

レキの頭を撫でながら湯船の回復効果を存分に堪能する。こう裸の付き合いをしてみるとわかるが、やはり私の身体は相当大きくなっている。以前なら私も萩風さんの胸を枕にするレベルだっただろう。それが今ではこれである。

 

「肌もスベスベだし、前より健康的になったかも?」

「深海棲艦はみんなこんな感じですよ。レキもほら、お肌スベスベで髪もサラサラです」

「わっ、本当だ。羨ましい」

 

眠るレキの髪を撫でる。くすぐったそうに身をよじるレキがとても可愛らしい。やはり姉妹愛ではなく親子愛、母性本能がくすぐられる。私の娘のようなものという感覚は、身体が成長してからさらに強くなった。

 

『癒されるな』

「そうね。お風呂で身体が癒されて、レキとこうしてると心も癒されるわ」

『いい事だ。穏やかになるな』

 

演習ではあるものの、戦闘行為をしても暴走の予兆みたいなものは感じられなかった。やはりあれは私の感情に左右されている。それなら、今後も穏やかな心のままであれば何をやっても大丈夫だろう。穏やかに戦闘することなど不可能に近いので、慎重に行くのは当然ではあるが。




アニメでは駆逐艦の水着は全員スク水でしたけど、ゲーム内では割と頑張っちゃう子が多いですよね。霞、お前のことだぞ。


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型違いの双子

さらに数日時が経ち、静かな毎日を過ごす私、朝潮。未だに逃げた北端上陸姫の行方が知れないのは不安ではあるが、穏やかに過ごせているのはとてもいいこと。朝の会議も話題が無いくらいである。

 

「今は深海艦娘から2人が援軍に出ているところだね」

「うーっす。時雨と五月雨が出向中。帰投は今日って聞いてるぜぇ」

 

深海艦娘を運用するようになって、会議には深雪さんも出るようになった。リーダーとして、その状況の統括をすることになっている。

深海艦娘の存在が公表された今では、深海艦娘の援軍申請が少しずつ増えてきている。駆逐艦の小回りで運用できる重巡洋艦以上の火力となると、燃費以外は破格の性能。使いたくなるのもわかる。

そこまで遠くには行けないものの、秋津洲さんの案内の下、私達がまだ交流したことのない鎮守府からの増援要請に向かうこともあった。今鎮守府を離れている時雨さんと五月雨さんもその中の1つである。

 

「連絡を聞く限り、待遇もいいそうだ。向こうの艦娘とも上手く行っているらしいよ」

「時雨が言うなら嘘じゃないな。あいつ、本当に歯に衣着せないし」

 

外部との交流が上手くいっているのはいい傾向である。そういう他の鎮守府はどんどん増やしていきたいところ。

 

「提督、噂をすれば時雨さんからの連絡が来ました」

「ありがとう大淀君、ここに繋いでくれるかな」

 

朝からの定期連絡は少し珍しい。会議の時間はあちらも知っているので、この時間は避けてくるはずなのだが。

 

『ごめんよ提督、少し緊急の連絡が出来てしまったんだ』

「どうしたんだい?」

『こちらでの出向は今日付けで終われるんだけど、撃破した深海の姫が浄化されたんだ。それが少し……というかかなり特殊で、判断に困るんだ』

 

久しぶりの浄化案件。滅多にないことだが、発生した場合はその鎮守府に配属されるか、勝手を一番知る私達の鎮守府に配属するかのどちらかとなる。浦城司令官のように、自分達で運用してあげたいという親心が出るところが多いだろう。

だが、特殊な浄化というのはどういうことだろう。この鎮守府には浄化された元深海棲艦が4人配属されているが、その全てが死亡後に艦娘となったくらい。瑞穂さんは特殊な例だが、それでも皆と似たような状況だ。

 

『それでね……出来ることなら朝潮と霞に来てほしい』

「その2人である理由は?」

『見てもらえればわかるけど、浄化で生まれた子が朝潮型なんだ。なんだけど……僕らは深海棲艦の気配も匂いもわからない。判断に困る』

 

朝潮型が生まれたとなると、私も見てみたいものだ。私を姉と認識してもらえるかどうかはさておき。

 

「ふむ、朝潮君、大丈夫かい?」

「構いませんよ。時間はありますし。場所さえ教えていただければ、こちらで向かいます」

「わかった。時雨君、これから朝潮君と霞君をそちらに向かわせるよ」

『助かるよ。事が済んだらまた連絡して帰投するね』

 

ひょんな事から、別の鎮守府と交流することとなった。霞はこの鎮守府から出ることも初めてだ。遠足ではないのだが、霞にも気分転換になってくれれば嬉しい。

 

 

 

浦城司令官の鎮守府とは違う方向に向かい、それなりに遠い鎮守府までやってきた。秋津洲さんの案内で行くような場所だ。1人で行くには難がある。

ある程度の場所で誰かが待っていてくれると聞いていたが、海上に五月雨さんが待っていたので安心する。

 

「あ、こっちこっちー。来てくれて助かったよ」

「何があったんです?」

「見てくれればわかるよ。こんなの初めて」

 

五月雨さんも説明するより見てくれと言ってくる。そんなに珍しい艦娘なのだろうか。それが私の妹、霞の姉に当たる艦娘なのだから、余計に気になる。

 

「姉さん、気配……」

「うん、感じるけど、2人分……かしら」

 

浄化された姫は1人のはずだが、私達の感じる気配は2()()()。それも何かおかしな感じである。元々この鎮守府が元深海棲艦を運用していたのかもしれないが、そんな話は聞いたことがない。浦城司令官のところのようにドロップ艦とみなしていたのか、それとも。

 

「白しぐ姉さん、朝潮ちゃん達来たよ」

「助かるよ。ごめんね、急に呼びつけて」

 

工廠では時雨さんも待っていた。白時雨呼びと言うことは、ここにも時雨さんがいるのかもしれない。

 

「アンタ達が加藤少将のとこの艦娘かい? 見たことのない子がいるねぇ」

 

その隣、ここの鎮守府を総轄する司令官、志摩(しま)摩利(まり)司令官。少し珍しい女性の司令官であり、階級は中佐。佐久間さんよりは年上に見えるが、とてもお若い。出来る女性というイメージである。

 

「朝潮型駆逐艦1番艦、朝潮です」

「同10番艦、霞よ」

「朝潮……? 朝潮ってこんな子だったかい? もう少しちみっちゃい子供だと思ったんだけどね」

 

そういう反応になるのもわからなくもない。

 

「私は少し特殊でして、必要でしたら後から説明します。それよりも、私達が呼ばれた理由なんですが」

「そうだったね。こっちで待たせているんだ。ついてきな」

 

連れていかれたのは工廠の近くに設置された部屋。名目上尋問室なんていう物騒な部屋だが、ただの個室らしく、ドロップ艦への新人研修くらいにしか使わないらしい。

そこにいたのは2人の艦娘。片方は見ただけで私の妹であることが理解できた。時雨さんのいう通り、朝潮型である。その2人から深海棲艦の気配を感じる。さらにいえば、2人から()()()()を感じる。こんなことは初めてだった。

 

「アンタ達に来てもらったのは他でもない。この子達について率直な意見を聞きたいんだ。白い時雨と五月雨は、この子達が深海棲艦であるかどうかの判定も出来ないと聞いたんでね。出来る者が欲しかったのさ。そしたら縁のある者がいるっていうから、アンタ達が選ばれたってわけ」

 

1体倒して2人出てきたら、片方が浄化で片方はドロップと見てもおかしくはない。私達がここに来たので2人とも深海棲艦の気配がするとわかった。

そうなると、何故この2人が深海棲艦の気配を持っているのかが気になるところである。同じ気配というのも何かおかしな話である。

 

「私達は1体の深海棲艦を撃破したんだが、それがこの2人に()()()()

「ぶ、分裂!?」

「うん、僕らもその部隊だったから現場で見てるよ。確かに分裂した。1体から2人出てくるなんて聞いたことが無い」

 

その2人だが、今でもガッチリと手を繋いで離さない。落ち込んでるわけでもなく、気の持ち方は普通のようだが、この距離感は少し普通とは違う。姉妹とか仲間同士とか、そういうレベルではない親密感。初霜さんが求めてくる距離感とも違う、近いというよりは()()()()()()()()というイメージ。

 

「なるほど、だから同じ気配がしたのね」

「へぇ、同じ気配なんだ。ならどちらも元深海棲艦と見て間違いないね」

「驚いたわよ。2人分あるのに1人分の気配みたいな感じだもの」

 

霞も私と同じように感じていたようだ。

 

「ほらアンタ達、名乗んなさい」

「はいはーい。白露型駆逐艦3番艦、村雨だよ」

「朝潮型駆逐艦、8番艦の峯雲です。と言っても、ご存知ですよね。朝潮姉さん、霞ちゃん」

 

姉として認識してもらえてよかった。

片方は時雨さんや五月雨さんの姉妹艦である村雨さん、そしてもう片方は私の妹である峯雲。1体の深海棲艦から分裂して生まれた2人。同じ気配だったのはそういう理由があるから。2人に見えるけど、実は同一人物という感じ。

 

「私達は深海雨雲姫っていう深海棲艦だったの」

「その時の記憶は共有しています」

「2人で1人分としてもらえれば嬉しいかな」

「単体だと機能しないと思いますので」

 

だから手を離さないのだろう。話すときも同じことを考えているかのように交互に話す。2つの身体に分かれてしまったが、意思としては1つ。そういう意味では私とアサの関係とは真逆の存在である。

 

「1つ聞きたいんだけど、手を離すことが出来ないとかは?」

「さすがにそれは大丈夫。着替え出来ないしね」

「でも、触れ合ってないと落ち着かないんです。元々が1つだったからでしょうか」

 

今までにないタイプだ。分裂自体が初めてなのに、ここまでベッタリでないといけないというのは、もはや欠陥(バグ)の領域。なんと入渠まで2人で1つのドックを使ったらしい。

 

「ちなみに艤装は」

「ちゃんと2人分。だけど、2人揃わないと出力が安定しないみたいでね」

 

志摩司令官も苦笑い。自分達で運用しようとは思っているようだが、ここまで特殊な艦娘は初めてだという。それはそうだろう。欠陥(バグ)持ちである私達ですら、こんな状況見たことも聞いたことも無い。

 

「なら2人同時運用でいいのでは。出撃するときは2人一緒に。コンビプレーを訓練すれば、3人分くらい働けますよ」

「まるで見てきたような口振りだねぇ」

「見てきたどころかやってますから。ずっと手を繋いだままというのは初めてですけど」

 

私は龍驤さんの曳航を担っていた時期もある。今でこそ艤装の変化でそれが出来なくなってしまったが、2人で1人前の状況はそれなりにやってきた。今なら腕で担ぎ上げての出撃なんてのも考えられる。

 

「元深海棲艦ということは、深海棲艦の気配も読めますね。電探要らずで敵の位置が大まかにわかりますよ」

「そっか、だから誰かが近付いてきてるみたいに感じたんだね」

「外から誰かが来たって、フワッとですけど感じました。姉さん達を感じ取ったんですね」

 

言われて初めてわかったのだろう。艦娘として本来ならあり得ない能力である。誰か来るように思える程度には感じていたみたいだが、自覚すればそれが何かはわかるようになる。

 

「艤装も元の深海棲艦寄りになってしまう場合がありますが、2人に分かれているなら運用可能でしょう」

 

深海雨雲姫という深海棲艦がどういう深海棲艦かは知らないが、結局のところ、艦娘としては2人だ。少し運用に癖のある艦娘と思えばいいだけ。

 

「村雨さんと峯雲は、どういう感覚なんですかね。同じ記憶を持っている2人ということでいいんでしょうか」

「それでいいと思うよ。死ぬ瞬間も覚えてるし、ここの鎮守府の子と戦ったことも覚えてるし」

「そして、その記憶が私と村雨さんで完全に一致していますね。村雨さんが私でもあるという認識もあります」

 

型も見た目もまるで違うが、双子のようなものと言えるだろう。それだからか、峯雲と村雨さんは髪の色も近く、スタイルも近い。背丈は村雨さんの方が高いが、そのせいか峯雲はとある部分が少し目立つ。

 

「志摩司令官はどのように運用するつもりで?」

「そりゃあ、通常の艦娘と同じようにしていくつもりさ。だが基本2人セットの運用かい。今までに無かったことだねぇ。面白いじゃあないか」

 

豪快に笑い飛ばす志摩司令官。最初からそのようにしていきたかったかのような口振り。私達が呼ばれたのは、この場では判断付かなかったことを確認するためだけだったようだ。

 

「村雨、峯雲、正式に配属してもらうよ。明日から実戦訓練だ。2人でセットで使っていくから覚悟するんだね」

「はいはーい。峯雲さん共々」

「村雨さん共々、よろしくお願いします」

 

息がぴったりな2人。元々1人だったものが2人になったのだから、これからも2人で力を合わせていくのだろう。片方は私の妹。これは応援していきたいところだ。

 

「峯雲、大変かもしれないけど頑張って」

「はい、朝潮姉さん。村雨さんと一緒に頑張ります」

「村雨、峯雲姉さんをよろしく頼むわ」

「峯雲さんは私がちゃんと面倒見るから、任せてね」

 

この2人は上下関係も何もない。自分が目の前にいるようなものだ。お互いがお互いを助け合うことが当たり前。片時も離れず、最後まで一緒にいる。

そういう意味では、扶桑姉様……海峡夜棲姫と同じこと。姉や妹でなく、自分自身というだけ。単純だけど難しい関係である。

 

「元深海棲艦のことでわからないことがあれば連絡をください。何かわかることがあるかもしれません」

「ああ、頼んだよ。私らも初めてのことなんでね」

 

こういう形で強い縁を作っておけば、何かが起きた時にこちらからも頼らせてもらえるかもしれない。少し横着な考え方だが、打てる手段は全て打っておこう。

 

「ところで志摩司令官」

「ん? なんだい?」

「部屋の向こうで3人、こちらをこそこそ覗き見ている駆逐艦がいますが」

 

3人という時点で察したのだろう。深く溜め息をついた後、扉を思い切り叩いた。廊下でゴロゴロと転がる音が聞こえる。

 

「こらぁガキども! 客を覗き見たぁどういうことだい!」

「痛た……もうちょっと加減してくんない!?」

「礼儀知らずの馬鹿娘にゃあ、これで充分だよ!」

 

外にいたのは同じ制服の3人。同型艦なのはわかるが、私達の鎮守府にはいない制服だ。誰かの姉妹の可能性はあるが、誰のかは見当がつかない。近しいのは萩風さんだが、微妙に違う感じにも見える。

 

「すまないね、うちの秘書艦が」

「いえ、私達が物珍しいものであることは私達自身がよくわかっていますから」

 

秘書艦だというので改めて挨拶が出来るように向き直る。時雨さんと五月雨さんが苦笑しているところを見ると、この3人はこういうことをする常習犯のようだ。

 

「うちの秘書艦の陽炎。あと後ろのピンクが不知火、その横の髪短いのが黒潮」

「説明雑やない?」

「心外です。不知火達はこの鎮守府の精鋭駆逐艦なのですが」

「精鋭ならもう少しそれらしくしな」

 

陽炎型の上から3人。つまり、時津風さんと萩風さんのお姉さんに当たる。あとは以前に救出任務をした第十七駆逐隊4人も陽炎型。19人姉妹の姉なのだが、どうもそんな雰囲気がない。

陽炎型は私達朝潮型の進化改良型。ほんの少しの関係性があるが、あって無いようなもの。

 

「白時雨から話は聞いてたわ。貴女が加藤鎮守府の女帝ね!」

「時雨さん、どういう説明をしたんですか」

「言葉通りだよ。我が鎮守府最強の駆逐艦。姫級を1対1(タイマン)で撃破した猛者だってね」

 

なんという説明をしてくれたのか。

 

「時間があるなら是非演習をしてほしいの。女帝の実力、見せてほしいなって!」

「朝潮、ここの鎮守府、配属されてる艦娘全員が神通さんだと思った方がいい」

「うわ」

 

素で声が出た。ということは一度実戦するまで粘り続けるくらいはされるのだろう。勝てばライバル認定されて次も狙われ、わざと負けるのも許さない。目をつけられた時点で詰んでいる。

 

「僕もさんざんやらされた。全部勝ってやったけど」

「なら時雨さんだけが相手してくださいよ……」

「司令、いいでしょ? 演習! 演習!」

 

もうやる気満々である。こちらとしては時間はまだあるが、司令官に連絡しておく必要くらいはあるだろう。時雨さんと五月雨さんの帰投もあるわけだし。

 

「客にこんなこという秘書艦ですまないね。嫌なら嫌とはっきり言ってやんな」

「はぁ……でも断ったら付きまとわれるんですよね……。司令官に連絡させてください。帰りが遅くなると伝えます」

 

ここがこんな鎮守府だと、峯雲もこんな感じになってしまうのだろうか。それだけが心配だった。

 




深海雨雲姫、村()と峯()の融合体という話がよくありますので、こちらでもそれを採用。昔あったダブルアーツという漫画のように戦うことになるでしょう。別鎮守府ですが。


今回の投稿で、100日連続投稿となりました。今後ともよろしくお願いします。


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新たな戦術

出向中の時雨さんに呼び出され、霞と共に遠方の鎮守府へとやってきた私、朝潮。そこには1体の深海棲艦が浄化されたことにより分裂したという特殊な元深海棲艦、村雨さんと峯雲がいた。実の妹故に、頑張ってもらいたいと思った。

だが、今度はそこの秘書艦である陽炎さんに演習の申し込みを受けてしまう。時雨さんが余計な説明をしたせいで、闘争本能に火をつけてしまったらしい。こちらとしてはいい迷惑である。

 

その許可をもらうため、一旦司令官に連絡を取った。

 

「司令官、朝潮です」

『どうしたんだい? そろそろ帰投かな?』

「いえ、その、演習を申し込まれまして……」

 

通信の向こう側で笑い声が聞こえた。こうなることも想定内だった様子。人が悪いのでは。

 

『了解した。たまには今まで戦ったことのない艦娘との演習を楽しんでみてはどうかな。交流の一環だよ』

「はぁ、司令官がそういうなら。仲がいい人が増えるのはありがたい限りですし」

『そこの子達は少し物騒かもしれないが、気のいい子ばかりだ。友達を増やすといい』

 

おそらく時雨さんからもそういう連絡を受けていたのだろう。私がここに来たら確実に演習を申し込まれると。

 

「連絡してきました。演習、お受けします」

「やった! さーんきゅ!」

 

こういう人は一度やらないと黙らないことはわかっている。神通さんで散々な目に遭っているのだから、理解しているつもりだ。

大喜びの陽炎さん。あまり表情に出していないが、後ろの不知火さんも昂揚しているように見える。唯一黒潮さんだけはこちらに少し申し訳なさそうにしていた。この3人だと一番下の妹がストッパーとなっている様子。それでも配属されている人全員が神通さんみたいなものと聞いているので、黒潮さんも戦いたいとは思っているのだろう。

 

「堪忍な。うちのアホな姉が」

「いえいえ。司令官から友達を増やしてこいと言われましたので。こういう形でも仲良くなれたらいいなと」

 

それに、割とアサがやる気。ここ最近、訓練で新しいことを覚えたので試したくて仕方ないようだ。哨戒任務でも敵は確認されておらず、今まで試す機会が無かったので、若干燻っていたのかもしれない。

 

「せっかくですから、チーム戦にしませんか。陽炎さん達は、三人一組(スリーマンセル)が得意なのでは?」

「そうだけど、いいの?」

「はい。むしろ私は欠陥(バグ)の都合上、1対1の方が辛いんです。私は霞と組んでお相手します」

 

姫級を1対1で倒したという触れ込みがあるものの、私としてはそういうのは苦手だ。だから、相手の得意分野になってもいいので援護をお願いしたい。

峯雲の距離感を見て羨ましかったのか、組むと言った途端にガッチリ手を繋いでくる。ついには外部の人の前でもこういうところを見せるようになったか。

 

「白い時雨と五月雨とは演習させてもらったが、深海棲艦との演習なんて願ったり叶ったりだね。アンタ達、せっかく機会が貰えたんだ、いいとこ見せな」

「任せてよ司令! 時雨や五月雨には後れを取ったけど、今度は3人でやれるからね!」

「陽炎はアレやけど、ウチと不知火がちゃーんとサポートするで」

「はい。陽炎がアレですが、不知火と黒潮でどうにかします」

 

大体どういう関係かはわかった。陽炎さんが突っ込む。それを妹2人が補助する。戦闘でもそれがあるかはわからないが、チームワークは完璧と見ておこう。

 

「村雨、峯雲、一応こんな奴らでもこの鎮守府では駆逐艦トップだ。ここがどういうとこか知るために、演習を見ておきな」

「はいはーい」

「了解です」

 

妹に見られながらの演習、俄然やる気が出るというものだ。だが、ここの雰囲気に呑まれて峯雲まで好戦的になられたら少し困る。是非この鎮守府のストッパーとして成長してもらいたい。

 

「峯雲、ああはならないでね」

「村雨もだよ。少しは理性的になりなよ」

「は、はい」

「保証は出来ないかなぁ……」

 

この型違いの双子だけはどうにか守りたい。いざとなったらこちらの鎮守府に引き取りたいくらいである。ただ、村雨さんは()()夕立さんの双子の姉。似たような闘争本能を持っていてもおかしくない。峯雲が頼みの綱である。

 

 

 

配属されている者全てが神通さんのようなものというのは本当だった。秘書艦が外部のものと演習するという話は瞬く間に鎮守府中に拡がり、演習場は全艦娘が勢揃いするほどに大盛況。

時雨さんも同じ環境でやったらしく、物凄いアウェー感の中、全員を薙ぎ倒したらしい。火力が強化された背部大型連装砲はそれだけでも必殺級である。上手く立ち回って全滅させたそうだ。

 

「先に伝えておきます。私の欠陥(バグ)は、主砲と魚雷が使えないものです」

「私は魚雷以外使えないわ」

欠陥(バグ)ってのは大変なのね……でもそれで勝ってきたんでしょ。それならこっちも、遠慮なく、容赦なく!」

 

3人と相対する私と霞。あちらの3人は同じ型なだけあり艤装の形も近しい。手に持つ主砲と艤装のサイドに備えられたアームに接続された魚雷での連撃が怖い。

対するこちらは攻撃手段が私の艦載機と霞の魚雷しかない。とはいえ、それだけで充分なくらいに私達は今まで鍛え上げてきている。

 

「おや、艤装はどうしたのですか?」

「深海棲艦は艤装を自分の意思で出し入れできます。工廠要らずですよ」

「便利やなぁ。そういうとこは羨ましいわぁ」

 

霞と組んでの演習というのはかなり久しぶり。2人だけでやるとなると、春風の連携訓練以来かもしれない。そのせいか、霞もやる気満々である。

 

「姉さんは私が守るわ。近付けさせない」

「ええ。でもある程度やったらアサに代わる。出たがってるのよ」

「はいはい」

 

艤装を展開する。

霞の艤装も半深海棲艦化により様変わりしており、朝潮型の機関部が深海に侵食された形状になっている。唯一装備できる魚雷も今では手を払うだけで出現させるため、かなり身軽に。

私の艤装は相変わらずの異形。霞と同じように朝潮型の機関部が侵食された形状だが、半壊した深海忌雷が食い込みさらに禍々しくなっていた。さらにはそこに生えている剛腕。もう滅茶苦茶である。

 

「駆逐水鬼の艤装! あれって確かやたら硬かったのよね」

「駆逐水鬼と同じなら、主砲の攻撃は防御される可能性が高いですね。朝潮には魚雷メインで行きましょう」

「せやな。逆に霞の方はバカスカ撃ったろ。魚雷だけや言うてたし」

 

艤装を見てそれだけの作戦が立てられるのだから、自分で精鋭と言うだけある。

 

「それじゃあ、始めましょう」

 

艦載機を全機発艦。時雨さんや五月雨さんとも何度も演習しているみたいで、駆逐艦が艦載機を使うことに対しては驚きは無かったようだが、その数には驚いてもらえたようだ。

 

「12機……ですか」

「五月雨と同じように使ってくるでしょ。低空飛行されたら各個撃破、雷撃しながら肉薄!」

「あかんて陽炎、霞の雷撃が何かわからん」

 

なかなか慎重派。猪突猛進タイプの陽炎さんを2人が制御する予想通りのチームワーク。

 

「霞、最初は黒潮さん」

「了解。姉さんは不知火かしら」

「そうね。ブレインを潰して陽炎さんだけにする」

 

霞が手を払うと20本近くの魚雷が発生。試作型の手動操作魚雷の特性を半深海棲艦化と同時に取り込み、深海艦娘化で手に入るはずの艦載機も捨てたことにより数も増えたホーミング魚雷である。見た目ではわからない初見殺し。

今や霞はその全てをコントロールする。手足のように魚雷を操り、加減速は勿論カーブやUターンまで自由自在。当初あった頭痛も大分緩和されている。

 

「うへ、なんやあの数、わけわからん」

「狙いは黒潮のようですよ」

「数が多いなら全部壊せばいいのよ」

 

魚雷の数だけで破壊しようと考えたのはさすがである。それは邪魔させてもらおう。艦載機をけしかけて行動を邪魔する。

 

「邪魔しますよ」

「うわ、はっや! 五月雨のよりも精度高い!」

「撃ち墜とすのではなかったんですか」

 

射撃精度は不知火さんが高いようだ。私の艦載機は不知火さんに狙われてる。ここまでの精度は、私達の鎮守府では深雪さんや白露さんに匹敵しているほどだろう。回避にも神経を使う。

 

「あかん、あの魚雷曲がる」

「何よそれ」

「あと途中で止まったで。あの霞、魚雷全部コントロールしとる。メチャクチャやん」

 

早々にこちらの手がバレたようだ。観察力は黒潮さんがトップというところか。北上さんとまでは言わないが、よく見ている。だが、見ていたところでそう簡単に対処できないのが霞の魚雷。戦場を引っ掻き回すためにいろんな方向から黒潮さんに集中させている。

代わりに陽炎さんが比較的フリーになってしまい、霞の魚雷を対処しながらこちらを撃ってきた。主砲で撃つのだから、狙われるのは霞。行動予測は出来るが、今は魚雷のコントロールで忙しいだろう。そういう時は私が守ってあげる。

 

「あっぶな」

「大丈夫?」

「私が姉さんに守られてどうすんのよ。でも助かったわ」

 

主砲は私の艤装の腕でカバー。この守り方はガングートさんに教わった。自衛もそうだが、身近な仲間も守れる。覚えておいて損はなかった。

これも洗練された『未来予知』のおかげだ。身近にいるのなら、回避方向を指示する前に腕で守った方が早い。その判断のためにほんの少し先を視る必要はあるものの、守れる幅が増えたのはいいことだった。防御も教わった甲斐がある。

 

それに、自分以外が守れるのが、たまらなく嬉しかった。

 

「行動が制限されてる気がするわ」

「3人がかりで姉さんを追い詰めてるのかしら」

「そうかもね。艦載機が無くなれば私には攻撃手段が無いんだもの」

 

宣言通り、私には魚雷が多めに放たれている。一部は艦載機で破壊し、それ以外は回避。霞には砲撃が多めではあるが、それも回避可能。雷撃に引き込むように撃ってきているため、回避方向が制限されている。これは相手の思うツボなのかもしれない。

 

「わかった、これ陽炎さんが突撃してくる」

「魚雷を掻い潜って?」

「ええ。なら、迎え撃ちましょう。作戦変更、アサと交代するわ」

 

霞に宣言し、アサと交代。ここから霞には自衛してもらうことになる。

 

「待ってました! さぁ、行くか!」

『ほどほどによ、ほどほどに。加減すること』

「わかってる。カスミ、後ろの2人の足止め任せていいか」

「ええ、大丈夫。姉さんの身体なんだから大事に使ってよ」

 

わざと突撃しやすいように、だが思惑に気付かれないように、わずかに魚雷の向きを変える。不知火さんと黒潮さんは足止めしつつ、陽炎さんだけはこちらに来れるように誘導。乗ってくれるかどうか。

 

「あっ、隙あり!」

「ちょっ、あかん!」

「陽炎、誘われてます!」

 

3人いるなら1人ずつ呼び出して各個撃破する方が手っ取り早い。2人はわかっていたようだが、陽炎さんだけは飛び出してくれた。実力者なのはわかるが、ちょっと危ないかも。

 

「釣れたわ」

「了解、迎撃するぞ!」

 

同時にアサも突撃。今までは霞に守られつつ艦載機の支援をしていたが、ここに来て大幅に戦術が変わる。腕は防御のためにしかないわけではない。アサに代われば、これは攻撃のためのものになる。

 

「白兵戦を相手にしたことはあるか?」

「さっきとキャラ違わない!?」

「悪いな、2対3だと思ってたろうが、こっちも3人なんだ。表に出てないだけでな!」

 

砲撃を全て艤装の腕で弾き、足下に来るであろう魚雷も飛んで避け、合間合間に艦載機を足場にして方向を変え、最終的には陽炎さんの至近距離。

 

「白兵戦ってマジ!?」

「大マジだ。そら、どうする!」

 

海面を殴りつけるように振り下ろし、白兵戦開始。

私はその間に未来を予測する。陽炎さんの動きは正直予測不能。典型的な猪突猛進と思わない方がいいかもしれない。視線、腕の動き、周りの状況、全てを計算に入れて導き出された答えは、

 

『潜って』

「この状態で回避を選択か!」

 

指示通り、アサが海中に潜る。瞬間、元々いた場所に3人同時の砲撃が飛んできた。そのまま攻撃してたら蜂の巣。潜る選択をした瞬間、陽炎さんがニヤリと笑ったのが見えた。自分が突っ込むのを妹2人がサポートしてくれることまで計算に入れての動き。

流石に秘書艦をやってるだけある。周りまで混乱させてるが、突っ込むのも最善の戦況を考えた結果だ。私が潜らなかったら、大小問わずダメージを受けていた。

 

「潜るのズルくない!?」

「姉さんは深海棲艦よ? 生き残るためにやれること全部やるわよ」

「あのタイミングなら外れないと思ったのに!」

 

一気に潜行し、不知火さんの足下へ。海中からでも艦載機をコントロールし、目くらましをしながら背後を取った。艦娘同士の演習ならまずあり得ない行動。先読みもしづらいだろう。

 

「悪いな。まずはお前だ」

「ぬいっ!?」

 

艤装の腕でデコピン。ここは扶桑姉様から教わったのだろう。曲がりなりにも艤装である。出力は相当で、それだけで不知火さんが飛んだ。当然大破判定。

 

「さすがに動揺したわね」

「うえっ!? あかーん!?」

 

不知火さんが飛ばされたことで少しの隙が出来た。そこを見逃す霞ではない。魚雷のうち5本を黒潮さんに集中させ、回避の時間を与えることなく爆破。これもまた大破判定。

 

「不知火! 黒潮!」

「あとはお前1人だ。さすがに潜るのは想定してなかったか」

「艦娘は潜れないから!」

 

艤装の腕で掴み上げた。両腕で艤装を封じ込めるように握りしめているので、攻撃しようものなら暴発して自爆である。事実上、動きが止まった。

 

「みんな濡れたからな。お前も濡れよう」

「アンタは自分で勝手に」

 

艦載機が顔面に水鉄砲を当てた。頭へのダメージは轟沈判定。これで演習終了。それでも飽き足らず、全身が濡れるように爆撃までする。そこまでする必要は無いと思うが。

 

 

 

演習結果はこちらの完勝。潜ったせいで私はびしょ濡れだが気にしていない。霞は完全な無傷。私が艤装の腕で守った甲斐があるというものだ。アサは満足したのか演習終了と同時に引っ込んだ。

 

「悔しいーーっ! 潜られなかったら女帝倒せてたのに!」

「あれは誰の落ち度でもありません。あの回避方法は誰も思いつきませんから」

「あそこからガタガタになったんは確かやけどな〜」

 

敗戦はすぐ反省。次に活かそうとしている。

 

「ああもうビショビショ」

「無傷で終わらせるためにはアレしかなかったから」

「まぁいいわ。眼福眼福」

 

濡れていろいろ透けているのをじっくり見てくる霞の目は少し怖い。

 

「ご苦労さん。面白いものが見れた」

「参考にはならないと思いますが、これが私達のやり方です。死なないためには手段を選びません」

「よーくわかったよ」

 

私達の演習で志摩司令官も楽しんでいたようだ。さすがこの武闘派というか好戦的な艦娘達を束ねる司令官。演習を見ているのが娯楽の一環とまで言う。

決して私達の戦闘は普通の艦娘には参考にならないだろう。それでも、こういう手段があるということがわかれば、真似なり対策なりができる。そして、戦力が上がる。知識は力になる。

 

「アンタ達とは長い付き合いになるかもしれないからね。これからもよろしく頼むよ」

「はい。峯雲のこと、よろしくお願いします」

「ああ、任せな。立派な武闘派艦娘に育ててあげよう」

「それだけは勘弁してください」

 

次に峯雲と会った時、その豹変ぶりに腰を抜かす……なんてことが無ければいいが。

 




通称yaggyの3人ですが、3人同じ駆逐隊ってわけじゃないんですよね。むしろ陽炎と不知火の縁者は霞。第十八駆逐隊、絶妙な組み合わせで好き。


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浄化の謎

私、朝潮と霞が演習している間に時雨さん達が帰投の連絡をしておいてくれたらしく、服が乾き次第帰投という運びとなった。霞が峯雲にここの鎮守府のストッパーになれとさんざん言っていたのが印象的だった。私としても好戦的な峯雲というのは出来ることなら見たくはない。

時雨さんと五月雨さんも村雨さんを説得していた。何でも、私達の演習を見てソワソワしていたらしい。さすが夕立さんの双子の姉、生まれたばかりだというのに闘争本能はバッチリ。それが峯雲に影響を与えるので、なるべく押さえ込んでほしい。

 

「なんかあったら私達も力になるわ」

「ありがとうございます」

「もう好敵手(ライバル)みたいなもんだからね! 次は絶対に勝つんだから!」

 

陽炎さんと握手。こういう形の友情関係もいいだろう。

飛び抜けて明るい陽炎さんは、この鎮守府の秘書艦なだけありムードメーカー。一緒にいるだけで温かくなるような、そんな雰囲気。これからもいい付き合いをしていきたい。付きまとわれるようなライバル視だけは勘弁していただきたいが。

 

「また連絡させてもらうよ。次は合同演習なんてどうだい」

「そうですね、機会があればよろしくお願いします」

「来てもらうのもなんだし、今度はこちらからそちらに行かせてもらいたいもんだね。珍しいものが見られるんだろう?」

 

今まで関係が持てていなかった志摩司令官も、時雨さんと五月雨さんの運用をしたことで、こちらの特異性には興味を持った様子。ここで見せたのはほんの一部でしかない。拙い白兵戦と、全てコントロールできる魚雷程度だ。こちらの鎮守府にはそれ以上のものが山ほどある。

 

「その時には、こっちはもっと強くなってるよ。援軍を頼まない程度にはね」

「それは寂しいですね。また是非ともお手伝いさせてください」

「はっは、言うじゃないか。また会おう!」

 

志摩司令官に見送られ、私達は帰路に就く。ほんの数時間の滞在だが、この面白い鎮守府は印象に残った。こことも長い付き合いとなるだろう。

 

「峯雲姉さんが変わり果ててないことを祈るわ……」

「村雨にちゃんと言っておいたから、安心……は出来ないなぁ」

 

時雨さんも苦笑いである。

 

 

 

帰投後、今までに無かった元深海棲艦のことを司令官に話した。1体の深海棲艦が分裂することで生まれた2人の元深海棲艦の艦娘。深海棲艦絡みということで佐久間さんも同席。

 

「そんなことが起きていたんだね」

「ビックリしたよ。消滅しなかったから浄化されたんだとは思ったけど、その場で2人になったんだ」

「私と霞で確認しましたが、全く同じ気配を持つ2人でした。こんなこと今までにありません」

 

報告書を書きながら時雨さんも会話に参加している。現場を見ているのは時雨さんと五月雨さんだけ。どのように発生したか見たかったものである。

 

「深海雨雲姫はここ最近確認された新種の深海棲艦ですね。もしかしたら艦の魂を2つ使って生まれた深海棲艦なのかもしれないです。これは私の仮説なんでなんとも言えませんけど」

 

艦娘1人に対し、魂は1つ。これは当たり前なことである。だが深海棲艦はそんな法則すら無視している可能性が出てきた。

そもそも私達も見たことがある軽巡棲鬼は、艦娘2人の特徴を併せ持つものらしい。何処と無く那珂ちゃんさんに似ているとは思ってはいたが、そこに加えて別の軽巡洋艦の要素も加わっているのだとか。空母棲姫も、一航戦の2人を掛け合わせたような外見。そういうものだと思っていたが、複数の魂を使っているというのなら辻褄も合う。

 

「複数の魂を使ったんじゃないかっていう深海棲艦は、他にも何体か確認されてますねぇ。扶桑さんの中にいる海峡夜棲姫とか、深海双子棲姫なんてモロに2人ですし」

「佐久間君、その辺り詳しいね」

「研究者ですから! でも浄化されたら2人になるだなんて、これはビックリ。浄化の後は魂の数で決まるのかぁ」

 

佐久間さんはそういった深海棲艦も研究していくようだ。

 

「いやぁ見たかったなぁ! その村雨ちゃんと峯雲ちゃん!」

「また会えますよ。あちらから来てくれるかもしれませんし」

「その時は是非とも研究させてほしいね! もしかしたら、型も外見も違うけど本当に同一人物かもしれないわけだし!」

 

気配だけでしか見ていないためその辺りは何とも言えない。佐久間さんがよくやる、髪の毛や血液検査から調べる必要はあるかもしれない。

 

「峯雲君自体、今は大本営がようやく解析できた報酬艦の1人だからね。まさか深海棲艦に混ざり込んでいるだなんて想像がつかないよ」

 

私としては、こういう形ででもまだ見ぬ妹に出会えたのは嬉しいものである。

はちさんの管轄する資料室でも確認したが、朝潮型は10人中、私を含めて9人の存在が確認されている。その全員と出会えるかはわからないが、出来ることなら全員と会いたい。私の姿はこんなだが。

 

「だが……ますます謎が深まるばかりだ。浄化現象、一体どういう原理なのだろう」

「満たされれば浄化されるってのが確証が持てる状況なんですよね? 話を聞く限りでは」

 

北方水姫(ガングートさん)戦艦棲姫改(ウォースパイトさん)が該当する。戦いの中で満たされ、敗北しても恨みも憎しみもない状態になったからこそ浄化された。

 

「ポーラちゃんは……まぁ満たされたというよりは未練が無くなったって感じですかね」

 

重巡棲姫(ポーラさん)は裏切り行為を報いたことに未練が無くなって浄化されたようなイメージ。悔いが無いと言っていたため、同時に恨みも憎しみも消えたのかも。

防空棲姫(照月さん)の証言もここに当てはまる。やりたいことやって未練は無くなったと。

 

そうなると謎なのは水母棲姫(瑞穂さん)である。未練しかない断末魔の叫びを上げながら死んでいったのに浄化された。確証が持てているはずの条件とは全く逆。

 

「うーん、これはまた仮説なんですけど、あまりに未練がありすぎると、それはそれで艦娘になっちゃうんじゃないですかね」

「というと?」

「死にたくなさすぎて、艦娘になってでも生き延びようとするとか。事実、瑞穂ちゃんはガワが剥けたみたいに浄化されたんですよね。他の子と違って」

 

そうなるとそれはもう浄化ではない別の何かではなかろうか。

でも、それなら納得が出来てしまう。大本営で処分されたという浄化された元深海棲艦はどうだったかは知らないが、未練がありすぎると艦娘に変化するというのは意外とありそうな仮説。

だから、瑞穂さんは私を見た瞬間に精神が崩壊した。どうにか生き延びたところで、死の恐怖と屈辱を与えた者が目の前にいたのだから無理もない。そして防衛本能が働いて今に至る、と。

 

「負の感情が深海棲艦の身体を変えるのは前例があるし、割といい仮説な気がしますね。死にたくないなんて感情、怒りや憎しみ以上の力ありそうだし」

 

深海棲艦の感情論は私が身を以て証明しているため、仮説としては信憑性が高いものとして佐久間さんのメモに書かれることとなった。深海棲艦を浄化させるなら、満たされるまで戦うか、未練が残りすぎるくらいにするかのどちらかとなる。後者はオススメできない。

 

「まぁそれが浄化か浄化じゃないかなんて関係ないですね。瑞穂ちゃんは瑞穂ちゃんですし。今が良ければ全て良し」

「そうだね。思い出したくない過去を無理に思い出させるのは良くない。瑞穂君はあれが一番いい状態なんだ」

「私も助かってます。記憶障害を起こした時は特に助けられました」

 

今のところ、水母棲姫の記憶が戻ることはない。それならずっと今のままの方が幸せだろう。

 

「時雨さん、深海雨雲姫はどのパターンで浄化されたんです?」

「ガングートさんやウォースパイトさんと同じパターンだね。何度も戦って、やりきって満たされたってさ。だからこそ不安なんだ……あの鎮守府の空気に呑まれるんじゃないかって」

 

深海雨雲姫が武闘派な志摩司令官の艦娘と満たされるまで戦うということは、その影響を強く受ける2人も武闘派になる可能性は高め。峯雲の行く末が途端に心配になってしまった。過保護かもしれないが、定期的に様子を見たいとすら思える。

 

 

 

報告書をまとめ、時雨さんと佐久間さんを連れて執務室から退室。時雨さんはそのまま深海艦娘の詰所へ向かい、佐久間さんも自分の研究室へ。私はフリーになったので談話室へ向かう。

 

「お疲れ様です朝潮様。お茶をお淹れしますね」

「ありがとうございます。いただきます」

 

元深海棲艦の話をしていたものだから、瑞穂さんのことも少し気にかかっている。

瑞穂さんは自分が元深海棲艦であるという自覚がない。深海棲艦の気配が読めるということと、私がそうだと説明したことで、自分は元深海棲艦であると認識しているにすぎない。水母棲姫という名前を聞いても、それが自分であるという考えには至らない。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

出されたお茶を一口。うん、美味しい。煎茶に関しては瑞穂さんと春風がツートップで美味しい。

 

「ふぅ……落ち着きます」

「それは良うございます。瑞穂の淹れたお茶で、穏やかな心を維持していただければ幸いです」

 

瑞穂さんも私の身体を気にしてくれている。一番最初に異変が起きた時、アサと共に私に忠告してくれたのは他ならぬ瑞穂さん。アサは中から、瑞穂さんは外から、私がおかしくなっているのを理解してくれている。もしかしたら、霞よりも私のことを見ているかもしれない。

 

「いつもありがとうございます。瑞穂さんの忠告を守れず、こんな身体になってしまいましたが……」

「良いのです。その身体となられたのは、他の者への慈悲が招いた怒りの産物。朝潮様の慈悲深さが如実に現れた結果なのですから」

 

光の灯っていない虚ろな瞳なのは相変わらずだが、私を見る目は同情などもなく、ただただ敬愛の意思があるのみ。気恥ずかしいが、申し訳なさもある。絶対の信頼を寄せてくれている瑞穂さんを裏切ったようにも思えた。

 

「朝潮様は自らへの苦痛は耐えられますが、他者への苦痛が耐えられない慈悲深きお方。敵はそれを利用してきたのです。どうか深く思い悩まぬよう。それも彼奴等の策かもしれません。心にのみ攻撃を仕掛ける卑劣な手段を、瑞穂は許せそうにありません。朝潮様、是非とも瑞穂にご指示を。朝潮様が仰ってくれれば、この瑞穂、必ずや敵の姫の首を献上いたしましょう。ですが朝潮様はどうか怒りをお抑えください。これ以上の変化は……本当に戻ってこれない気がします。次は無いと、努努(ゆめゆめ)お忘れなきよう」

 

信頼と同時に叱咤まで。欲しいものを全てくれる。瑞穂さんには感謝しかない。その力添えに涙が出そう。

 

「瑞穂さん、本当にいつもありがとうございます。頼りにしています」

「罪深き瑞穂にはお声がけしか出来ません。それが朝潮様の為になるのならば何よりです」

「その、そろそろ本気で労わせてくれませんか。いつもされてばかりで申し訳なく感じます」

 

いくら従者だとしても、瑞穂さんだって報われるべきだ。もう長い時間私に尽くしてくれている。瑞穂さんが拒否したとしても、私が何かをしてあげたい。

 

「そんな、瑞穂如き罪深き者が朝潮様のお手を煩わせるなど」

「私がしてあげたいのに否定を?」

「う……朝潮様は時に狡いお方になられます。そう言われては瑞穂は拒否出来ないじゃないですか」

 

こうでも言わないと労わせてもくれないのだから仕方ない。私だってこんな上から目線な言い方はしたくない。

 

「どんなことでも構いませんよ。私に出来ることなら何でもどうぞ」

「……どんなことでも……ですか」

「はい、出来ることなら」

 

そんな無茶なことは言ってこないだろう。添い寝とかなら、どうにか霞を説き伏せる覚悟だ。それに、霞だって瑞穂さんのことは一目置いている。

 

「その、本当にどんなことでも……?」

「もしや余程のことをお望みで?」

「そのようなことはございません! う、わ、わかりました……瑞穂のはしたない欲望をお聞きください」

 

恥ずかしげに目を逸らす。

 

「今だけでいいので……その……大潮様や霞様と同じような扱いをしてもらえませんか」

「大潮や霞と同じいうことは、妹扱いということですか?」

「妹まででなく……その……敬語は無しで呼び捨てを……」

 

そんなことでいいのかと拍子抜け。でも瑞穂さんとしてはこれだけでも決死の如き覚悟がいるのだろう。見た目は私より歳上な瑞穂さんをそのように扱うのには抵抗があるが、本人が望んでいることだし、何よりこれは労いの1つ。私が拒否する理由はない。

 

「瑞穂、こっちに来なさい」

「っ、は、はい」

 

どうせならいろいろやってあげよう。大潮や霞にやってあげることをやってあげるのが、そういう扱いするということだろうし。

 

「膝枕してあげる」

「ひっ、膝枕っ、ですかっ」

 

いつもの瑞穂さんからは考えられない上擦った声。興奮しているのか驚いているのか。なんだかとても可愛く見える。

 

「ほら、ここに寝て」

「は、はぃ……」

 

素直に頭を膝の上へ。瑞穂さんも疲れているだろう。いつも私のために奔走して、望むタイミングで姿を現わすほどだし、下手をしたら深夜ですら呼べば来るほどである。夜に眠っているかもわからない。顔には出さないがずっと疲れているような気がする。

 

「いつもありがとう」

「そ、そんな、瑞穂には勿体ない……っあ……朝潮様の胸が顔に……匂いが……」

 

今までに見たことのない、瑞穂さんの緩み切った顔。なんだか雪さんが重なった時の初霜さんのような反応。瑞穂さんは理性があるからこの状態から襲われることが無いので安心しているが。

 

「瑞穂、ありがとう。貴女のおかげで私は穏やかに生きていけるわ」

「は、はぃぃ……幸せです……瑞穂すごく幸せです……」

 

ビクンビクン震えているのが怖いが、しばらくすると本当に眠ってしまった。やはり疲れていた様子。こんなことで労うことが出来るのなら、いくらでもやってあげよう。その度に霞筆頭の3人が嫉妬するかもしれないが、瑞穂さんは功労者だ。文句は言わないだろう。

 

『ここまで緩いミズホを見るのは初めてだな』

「いつも気を張ってる気がするもの。私よりも優先的に休んでほしいわ」

『私も感謝してるぞ』

 

眠っている瑞穂さんの頭を撫でながら、私も微睡む。最近はいつも何処かで眠っているような気がするが、それも穏やかに過ごせている証だ。




昨年の10月18日より連載を開始し、今回の投稿でちょうど連載半年となりました。半年で172話とハイペースになりましたが、これからもよろしくお願いします。朝潮はいいぞ。


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新たな犠牲者

北端上陸姫が撤退して2週間。なんの音沙汰も無し。反撃のための力を溜めているところなのだろうが、こうまで見つからないとなると不安になってくる。深海棲艦故に海底で準備をしている可能性もあるが、敵は陸上型、陣地を沈めたままにしておくとは到底思えない。潜水艦隊による調査も、現在不発ばかりである。

 

「朝潮は……気負わなくていいのよ……」

「アンタは考えすぎなの。だからここに来てるんでしょうが」

 

領海の島、週3回の穏やかな哨戒任務。本日の随伴は扶桑姉妹。鎮守府から最高戦力2人を連れ出しているのは若干気が引けるところではあるが、扶桑姉様の精神の安定もあるので、お互いの穏やかな心のためには必要であった。

そのため私、朝潮は今日は海峡夜棲姫の着物である。扶桑姉様と並ぶと、以前よりも姉妹な感じが出ているだろう。海峡夜棲姫の亜種のように見られてもおかしくない。

 

「私が周辺警戒はしておくから、2人は好きに寛いで」

「山城……ありがとう……」

「ありがとうございます山城姉様」

 

いつも通り扶桑姉様の膝の上に座らせてもらう。これだけでも随分と気が休まる。長女故に姉の存在を求めているのは、あながち間違いでは無かったようだ。アサも私から生まれたとはいえ同じように長女のようなもの、思考の海でリラックスしているのがわかる。

 

「……深海の気配を感じるけど……気のせいよね……」

「今そちらに山城姉様が行ってますから。何事もないと思いますよ」

 

扶桑姉妹を連れてきた時に限って、領海付近で深海の気配を感じていた。電探でも島の裏側に1つ反応を確認している。山城姉様が周辺警戒に向かったのはそのため。敵だとしたら危険だがピクリとも動いていない。瀕死状態のイロハ級が打ち上げられたか何かだろう。以前にセキさんの陣地にレキが漂流した時のことを思い出す。

そんな状況でもリラックス出来るのだから、私は図太くなったものだ。それだけ山城姉様を信用しているというのもあるが。

 

「なかなかゆっくりできないもの……今日は私が朝潮を堪能するわ……」

「はい、私も扶桑姉様とゆっくりしたかったので」

「嬉しいわ……大きくなってますます妹に似てきたの……可愛い可愛い私の妹……」

 

小さかった時より抱き心地は変わってしまっただろうが、堪能してもらえれば何より。

扶桑姉様も大分丸くなった。艦娘としての感情も大分覚えてきており、交友関係も少しずつ拡がっている。私と山城姉様を第一に考えるのは変わらないが、他の人達と話すようにもなった。特に白兵戦組の人達とは仲がいいとも言えるほどに。私が……というかアサがガングートさんから白兵戦を習いだした時に喧嘩になりかけたのはご愛嬌。

 

「あー……2人とも、すごく申し訳ないんだけど」

 

山城姉様が周辺警戒から戻ってきた。島の裏側の反応はそのまま。深海の気配もそのまま。

 

「どうしたの山城……何かあった……?」

「朝潮が言っていた島の裏側の反応、提督に報告がいるレベルのまずいものだった。ちょっと来てもらえる?」

「そんなにまずいものだったんですか?」

 

言われるままに島の裏側へ。反応はやはり動かない。

 

「これは……」

「まずいでしょこれ。レキが打ち上げられたときより」

 

そこにいたのは気を失った傷だらけの艦娘。それだけならまだ良かったのだが、その背中には私と同じように()()()()()()()()()()()

 

 

 

哨戒任務を急遽中止し、打ち上げられた艦娘を鎮守府に運び込む。それまでに目を覚ますこともなく、無事に運ぶことが出来た。艤装を展開していなかったので邪魔になるものも無く、山城姉様が抱えることが出来たのが大きい。

 

「扶桑姉様と一緒の時に限って……」

「仕方ないわ……」

 

不運艦の本領発揮とでも言うべきか。

 

「朝潮と同じように後から変えられた深海棲艦か。外傷は酷いが、欠陥(バグ)が残るほどでは無さそうだ。すぐに入渠させるべきだろう」

 

セキさんが手早く確認している。目を覚まして急に暴れられたら困るため、山城姉様が近くに待機している状態。

その艦娘は長い銀髪と額に伸びる1本の角に、ウサギの耳のようにピンと立った黒いリボンが特徴的だった。身体が少し大きいように見えるがおそらく駆逐艦。服装はアサと同じように駆逐棲姫に似たものに見えるが、私達とは違い黒の長手袋と膝上ソックスを着用。あとはやたらスカートが短い。いろいろ見えてしまっている。

 

「司令官、この人は……」

「この子は島風君だ。何処の所属かはわからないが。一旦元帥閣下経由で行方不明の島風がいるかを調査してもらう」

 

島風型1番艦島風。正確には島風型という通称もない単独の艦。

『駆逐艦版大和』と呼ばれるほどの超高性能。姉妹艦もいなければ僚艦すらいないという孤高の存在。その力は本物で、高速重雷装駆逐艦という特殊な戦闘方法を用いる。雪風さんとツートップと言われていたこともあるほどの実力者。過度な露出度も限界までスピードを上げるためだそうだ。

元は金髪らしいが、深海棲艦化により変色してしまったようだ。外見への影響は髪色と角くらい。それが大問題ではあるのだが。

 

「だが、深海忌雷による寄生か……未だ姿を現さない北端上陸姫の犠牲者がついに出てしまったわけだ……」

「そうですね……」

 

項垂れる司令官。事前にどうにかできるものではないとはいえ、犠牲者が現れたことに対しては申し訳なさも感じる。あちらが用意周到すぎる。私達を手玉にとって楽しんでいる顔が容易に想像できた。

 

 

 

その後、各所に連絡がされたが、行方不明、ないし轟沈した島風さんの存在は確認出来なかった。助けられた島風さんは元々ドロップ艦で、生まれてすぐに寄生され、その状態で誰かしらに攻撃を受け、そしてそのまま私の領海の島に流れ着いたというのが可能性が一番高い。

ドロップ艦が寄生されたのだとしたら、深海忌雷が無差別に配置されていることになる。今後はこの鎮守府で開発された、海中を見ることの出来る眼鏡が量産されるとのこと。北端上陸姫の撃破が確認されるまでは、海域調査を徹底する方向で話が進んでいる。

 

「島風の入渠が完了しました。今は扶桑さんと山城さんが監視してます」

「わかった。話をしてみよう」

 

明石さんの報告を受け、司令官が工廠は向かった。流れ着いたのを発見した者、そして同類として、私も同席させてもらう。精神的な部分がどうなっているかはわからないが、自分と同じものがいるというのがわかれば、多少は落ち着くだろう。

 

「君のことを教えてもらえるかな?」

「私は……駆逐艦島風……でも深海棲艦……艦娘じゃない……頭の中がグチャグチャする……嫌だ……憎い……憎い……」

 

錯乱している。駆逐艦島風の意識と、深海棲艦の意識が混在している。私とアサのようにハッキリと分離しているわけではなく、春風のように二重人格として発露するわけでもなく、扶桑姉様のように相反する意識が混ざり合ってしまっている。初霜さんも処置が遅れていたらこうなっていたのかもしれない。

艦娘としての意識が消えていない辺りが今回の厄介なところ。このままでは何もせずとも島風さんは壊れて暴走してしまう。

 

「何これ……壊したい……潰したい……嫌だ……独りは嫌だ……裏切られた……全部壊す……憎い……」

 

だんだん虚ろな目に。独り言もだんだん過激に。深海棲艦の意識に呑まれそうになっている。こちらの言葉も聞こえないようだった。このままではまずい。

 

「朝潮……深海の匂いで落ち着かせてあげなさい……」

「そうですね……効くかはわかりませんが」

 

扶桑姉様に言われ、落ち着けるように島風さんを抱きしめる。こういう時ばかりは成長したこの身体を利用していく。

 

「んぅ……嫌……嫌だ……壊したくない……憎い……」

「大丈夫、大丈夫ですから落ち着きましょう。私達は貴女の味方です。落ち着いて、落ち着いて」

「怖い……潰したい……憎い……嫌だ……憎い……」

 

私の深海の匂いだけでは足りない。深海忌雷に寄生されたものの宿命か、島風さん自身の深海の匂いもかなり強い。私の深海の匂いが中和されているせいで、効果がかなり薄い。

 

「山城姉様、雪さんを連れてきてもらっていいですか。佐久間さんの研究室です」

「まさかアンタ、相乗効果使うつもり? でも仕方ないわね、連れてくるわ」

 

大急ぎで雪さんを連れてきてもらう。その間もどうにか落ち着かせていくが、隣に控えている扶桑姉様の様子も少しおかしい。

 

「朝潮……その子とも相乗効果が出てるわ……理性を抑え付けるのが辛いわね……」

「ご、ごめんなさい。でも、どうにか耐えてください。島風さんのためなので」

「わかってるわ……今私がやらかしたら……全部台無しだもの……提督……いざという時は私を押さえつけてちょうだい……」

「わかった。どうにか耐えてほしい」

 

司令官なら扶桑姉様を押さえつけることができる。本当の緊急時は司令官に任せるしかない。

 

「連れてきたわ」

「え、えっと、何を……」

「ありがとうございます。雪さん、来てください」

 

山城姉様が雪さんを抱えて戻ってきた。未だにメイド服なのは完全に佐久間さんと叢雲さんの趣味だろう。戸惑う雪さんを他所に、説明もせず引き寄せ、抱きしめた状態で島風さんに接近。これなら中和される以上の匂いで落ち着いてもらえるはず。

 

「あ……ああ……独りじゃない……私、私は……」

「よかった。自分を取り戻せそうですね」

「あの、朝潮ちゃん、説明してほしいんだけど……」

 

島風さんが少し落ち着き始めたところで雪さんに説明する。相乗効果のことは雪さんもわかっているので、島風さんのためと知ると納得してくれた。うまくやれるようにするため、私がおぶる形に。相乗効果を出しつつ、島風さんと面と向かいやすい。

 

「大丈夫、落ち着いて。島風さん、貴女は島風さんですよ」

「私は島風……私は深海棲艦……島風……」

「そうです。落ち着いて。貴女は独りじゃない」

「わたし達がいるからね。落ち着いて、自分を見つめて」

 

雪さんも一緒に島風さんを落ち着かせる。敵対心を持っていなかったのが功を奏した。深海の匂いの相乗効果も、敵対心ではなく好意に向かってくれている。私達の側なら落ち着けるはずだ。一度落ち着いてしまえば、自分を取り戻してくれさえすれば、私達がいなくても錯乱することはないはず。

 

「私は島風……私は島風……」

「そうです。貴女は島風さんです。深海棲艦の島風さんです」

「独りじゃない……憎くない……壊さなくていい……独りじゃない……独りじゃないんだ……」

 

もう一度抱きしめる。顔を胸に埋めてきて、少しくすぐったい。深海の匂いでようやく落ち着いた様子。これならもう安心だろう。

 

むしろ安心できないのは島風さんではないところだった。雪さんをおぶった状態で島風さんを抱きしめているということは、深海の匂いが3人分重なっているということ。相乗効果で、その効果は3倍ではなく3乗である。間近にいる扶桑姉様が荒い息で悶絶している。

 

「これはまずいわ……理性が削がれる……」

「姉様、申し訳ありません、拘束させていただきます」

「お願い山城……気をぬくと……容赦なく朝潮を襲ってしまうわ……愛したくて愛したくて仕方ないの……」

 

扶桑姉様でこれということは、霞達は相当面倒なことになっている。鎮守府全域に深海の匂いは行き渡ってしまうので、敷地内にいれば確実に影響下。下手をしたらそろそろ工廠にやってきてしまいそう。と、そこで瑞穂さんが登場。

 

「朝潮様、先手を打っておきましたのでご報告を」

「流石です。今どこに」

「3人とも既に工廠の付近だったため、佐久間さんの研究室に縛っておきました」

 

さすが瑞穂さん、完璧な対処だった。元深海棲艦には効かず、純深海棲艦にはアロマテラピー程度だが、半深海棲艦にのみ異常に効きすぎて理性を根こそぎ剥ぎ取ろうとする深海の匂いは、そろそろ本格的に対策が必要な気がする。

 

「落ち着きましたか、島風さん」

「も、もう少しこのままで……」

「はい。気が済むまでどうぞ」

 

その分、扶桑姉様達は苦しむことになるのだが、島風さんを落ち着かせることが先決。もう少しだけ我慢してもらおう。

 

 

 

しばらくしてようやく落ち着いた島風さん。心も安定し、艦娘と深海棲艦が完全に混ざり合った人格として成立した。極端に歪んでいない扶桑姉様のようなもの。世界全てへの憎しみは、私と雪さんの深海の匂いで今は霧散し、離れていても落ち着いた雰囲気に。

結果、艦娘としての島風さんがほぼ全てを占める形になった。深海部分は相変わらずの趣味嗜好と、本能で行動を起こすこと。もしかしたら後ろから味方を撃つ可能性が捨てきれないため、少しの間は誰かの監視をつけることになる。

相性がいいのはやはり私や雪さんであった。匂いで落ち着かせることができるのは大きい。

 

「駆逐艦、島風です! スピードなら誰にも負けません!」

「元気になってくれて何よりだよ」

 

これが通常の島風さんの性格な様子。元気いっぱい、疾さにかけてのプライドは高いが、真面目な良い子だそうだ。笑顔も眩しい。

 

「島風君、君はこうなる前の記憶はあるかい?」

「うーん、確か……4人くらいの艦娘に襲われて……でもその時は見えたもの全部が憎くて壊したくて仕方なくて。誰だったかとはわからなかったです。私、その時正気じゃなかったんだと思います」

 

寄生されたことで頭の中がグチャグチャの状態だったのだろう。見た目だけなら新種の深海棲艦だ。島風さんを見つけたその4人の艦娘というのも、襲いかかられたら反撃くらいする。

 

「今は大丈夫かい?」

「うん、今は憎いとか壊したいとかそういうのは無いです。朝潮と雪のおかげ!」

 

不意に私達に抱きついてくる。後ろで扶桑姉様がビクンと震えたのがわかった。相乗効果おそるべし。

 

「寄生されて書き換えられたことで錯乱しているところを攻撃されたんだろうね。どの辺りでやられたかわかるかい?」

「うーん……そこまではちょっと。でも、艦娘4人は同じ服だったと思います」

「なら姉妹艦だね。ありがとう。君は今からどうしたい?」

 

どうしたいと聞かれてほんの少し考えたが、結論はすぐに出た。

 

「私、独りが嫌なんです。理由はよくわからないけど、独りになったらまた狂っちゃう気がします。だから……」

「なら、ここに配属してもらおうか。もし何かあったとしても、朝潮君と雪君がいれば落ち着けるだろう?」

「はい! よろしくお願いしまーす!」

 

ただでさえ、寄生されたことで深海棲艦化したという特異な存在。孤立は不可避である。だが、ここには同じことが起きている私や雪さん、それに艦娘でありながら深海棲艦でもある扶桑姉様を始めとした半深海棲艦がいる。孤独を感じることはないだろう。私達の気配と匂いがあれば落ち着くはずだ。

 

「では手続きをしておくよ。島風君、我が鎮守府にようこそ」

 

新たな仲間、深海棲艦化した島風さんが加わることとなった。

相変わらず私の領海は何かを引き寄せる力を持っているような気がする。でも領海に流れ着いてくれてよかった。そうでなければ、きっと島風さんは今頃沈んでいただろう。




改二は無くとも戦力としては上々すぎるスペックを持つ島風。最初期からの艦これの顔で、主人公のお話もありました。その時のライバルキャラが、朝潮ですね。


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理由を探して

深海忌雷に寄生されたことで深海棲艦化した艦娘、島風さんが仲間に加わった。私、朝潮の領海に流れ着いてくれたことは、本当に運が良かった。同じ境遇の艦娘が助けられたのは本当に嬉しい。

その代わりに、島風さんも深海の匂いが強いらしく、私と重なることで相乗効果が発揮されるようになってしまった。これだけはどうにか注意しなくてはいけない。

 

「佐久間さん、3人の監視ありがとうございます」

 

島風さんは改めて精密検査に入ったので、その間に雪さんと一緒に霞、春風、初霜さんの拘束を解いてやる。私と雪さん、そして島風さんの3人が重なり合ったときの相乗効果は想像を絶するものがあったらしい。扶桑姉様ですら、ギリギリの理性で山城姉様に拘束を願い出たほどだ。2人重なったときでさえ理性が吹き飛んだ初霜さんは、この部屋でとんでもないことになっていたそうだ。

 

「名誉のために何も言わないでおくけど、駆逐艦3人があれはもう、ねぇ?」

「佐久間さんホント何も言わないで。私は狂ってたの。あの時は狂ってたのよ……」

「もう私のこと何も言えませんね霞さん。案の定私より激しかったじゃないですか」

 

ここで何が行われていたかは気になるところだが、霞の名誉のためにも問い質さないでおこう。置いておけば勝手に自滅しそうだが。

 

「初霜も相当だったじゃない……」

「霞さんには負けますよ」

「わたくしも酷かったですが霞さんには……」

「私から言わせれば3人とも酷かったからね? 朝潮ちゃんの前で全部話そうか?」

 

3人同時に土下座した。余程らしいのでこちらからは触れないことにしてあげよう。雪さんも気の毒に思ったのかゆっくりと私から離れてくれた。気遣いが出来る良い子である。

 

 

 

翌日、島風さんが何処からあの場所に流れ着いたかを調査するため、青葉さんと一緒に私の領海付近の海域調査に出ることとなった。その場所に北端上陸姫が隠れている可能性があるためだ。

いろいろと海図を作っている青葉さんだが、こちらの方はまだ少し甘めだったらしい。陸側も近いため、緊急時に増援が呼びやすいというのも海図を大まかにしている理由であった。

 

「島風さんが漂着したということで、海流を主に調査していきますね」

「だから久しぶりにゴーヤさんもいるんですね」

「海底の形を見る必要があるでち。朝潮ちゃん達は周辺警戒お願いするでちー」

 

青葉さんはいつもの装備に加え、海中が見える眼鏡を着用。ゴーヤさんと2人がかりでの調査となった。

今のところは深海の気配は無く、海域調査が黙々と進んでいく状況。私が青葉さんの手伝いとして出た海域調査は毎回何者かの邪魔が入ったので、こんなにうまく進むところを見るのは初めて。

 

「全然覚えてないや。私、ここに流れ着いてたの?」

「はい。傷だらけでここに」

 

随伴として、この現場に流れ着いていた当事者である島風さん、緊急時に島風さんを落ち着かせることが出来る雪さん。そして雪さんの過保護な保護者叢雲さん。戦力としても充分だろうが、どうも緊張感が無い。元々戦闘目的でないので緊張する理由もないのだが、それでもこれは任務の一環。

 

「一番狂ってたときなんだよね、多分」

「おそらくは」

「今は大丈夫だけど、本当に、世界の全部が憎かったの。こんな世界いらないから全部壊しちゃえって思えるくらいに」

 

黒の深海棲艦の思考を植え付けられていたということだ。特殊とはいえ、深海忌雷の製作者は黒側である北端上陸姫。実際、島風さんも真っ黒に染まってしまっているのだから、そうなってもおかしくはない。

だが、この寄生による深海棲艦化は、艦娘本来の性格が変化後にも大きく影響を与えているように思えた。私の場合、自分で言うのもなんだが、司令官のおかげで愛を知っていたため、アサが憎しみを持たなかった。白吹雪さんの場合、今でこそ深く反省出来ているが、深海艦娘として散々調整されて狂わされた状態での寄生だったため、それがより悪化した愉快犯となった。

 

「今は大丈夫だよ。朝潮達は私の味方、友達だもん。憎くないし壊さないから!」

 

その言い方だと、他のものは憎いし壊すとも聞こえてしまう。

島風さんの場合は、元々の奔放な性格が強まっているように思える。味方と認識したものには徹底して仲良くしてくれる。孤独が怖いとも言っていたので、手放したくないというのもあるのだろう。これは元々の性格なのか、深海棲艦化して変化した性格なのかは定かではない。

 

「はーい、ちょっと移動しますぅ。ここから西へ向かいますね」

 

場所としては、鎮守府から南西。周囲は全て水平線だが、より陸に近い位置を調査している形に。この辺りは哨戒ルートにも入っておらず、実際ここまで来るのは初めて。大分前の潜水艦姉妹の件の時よりさらに南下した位置。

 

「この辺りは初めてですね」

「そうですねぇ。ここまで遠いところはなかなか来ませんからねぇ」

 

初めて見る海。何処も変わらないように見えても、感じることは違う。深海棲艦化してから、そういうことに敏感になった気がする。ここもいい場所だ。私が陸上型ならここに移動してきているかも。

 

『ここもなかなかいい場所だな。領海を拡げるならこっち方面にしよう』

「物騒なこと言わないの。そんな気無いくせに」

『それくらいここは居心地がいい場所ってことだ』

 

アサもこの海域は気に入った様子。深海棲艦に好かれる海というのは、良くも悪くもいい場所である。

 

「では一旦朝潮さんの領海に戻りますぅ。今日1回で終わらせるわけじゃないので、ゆっくり調査していきましょう」

「海も広いですしね」

「そういうことです。それに、皆さん気分転換になったんじゃないですかぁ?」

 

初めて来る海は空気も違う。ここに来れたことでリフレッシュ出来たのは間違いない。

その筆頭が雪さんだ。ポーラさんとあの岩の島に行くこと以外で鎮守府から出ることがなかったので、海に出ることは艦娘としても深海棲艦としても気分が良くなる。現に、少し明るくなったように見えた。

 

「小さい姉さん、これからは散歩もしましょ。鎮守府の中で作業し続けるのも身体に悪いわ」

「えっ、でも」

「今、すごく顔色いいわよ。やっぱり海の上が落ち着くんでしょ。そりゃそうよね、艦娘だし深海棲艦なんだもの。何もかも忘れろとは言わないから、たまには気分を変えましょうよ」

 

反省の気持ちを常に示し続けている雪さんも、たまには気分転換に海に出ることもいいだろう。こうなった直後ならまだしも、今なら皆がそれくらい認めてくれる。毎日働き詰めで身体が心配になるほどだ。

 

「うん、わかった。たまになら海に出ることにする」

 

ほんのり笑顔を見せた。当時よりは表情も柔らかくなったかもしれない。

 

「朝潮、雪って何かあったの?」

「……そのうち説明します。すごく重いことなので」

「そっか。でも私は雪の友達だから!」

 

何も知らないが故に、島風さんは雪さんとも分け隔てなく接する。わだかまりも何もない。むしろ深海の匂いのおかげで近くにいると落ち着くまである。一番の新人だが、雪さんには一番の友達かもしれない。姉妹とは違ういい関係だ。

 

「島風が救いよ。出来ることなら何も知らないでいてほしいわ」

「そうなの? よくわかんないけど、知られたくないなら私も聞かない。雪は雪だもんね!」

 

力強く抱きしめた。この場に半深海棲艦がいたらその場で発狂物であるから、こんなこともあろうかと連れてきていない。確かに匂いが強まったように思える。深海棲艦である私には心地良い程度だが。

 

『あれは要注意だな。シマカゼ、孤独が嫌と言っていたろう。そのせいかスキンシップが激しい』

「そうね。何かあるとすぐに抱きついてくるものね。その度に霞達が狂うわ」

『気をつけるのはお前だからな。知らないところであの2人がくっついて、別の場所で霞の近くにいるお前が襲われる可能性もあるんだぞ』

 

1人くらいなら対処出来るだろうが、理性を失った3人を同時に相手をするのは骨が折れそうである。

 

その後、一旦私の領海に戻った後、少し打ち合わせをしてから今度は少し南へ、というのを繰り返した。敵は出てくることなく、深海棲艦の気配すらない。青葉さんが海中を見る眼鏡を使い続けているものの、深海忌雷すら影も形もない状態。そうなると、島風さんが余程運が悪かったのか、それともまだ準備段階で今後深海忌雷がばら撒かれるのか、謎が残るばかりであった。

 

 

 

海域調査を終え、鎮守府に帰投。青葉さんの持つノートには文字と図がビッシリ。ゴーヤさんと協力して得た情報の全てが詰め込まれている。目で見て、足で稼いだ貴重な情報だ。青葉さんは休憩もせず、お風呂にも入らずにこれを纏めるという。

 

「私達はこれで終了です。お疲れ様でした」

 

また後日、2度目の海域調査も組み込まれている。私の領海周辺を全て網羅し、あの島に流れ着く全てのルートを網羅するまでは続けるそうだ。海域調査のメンバーは基本変わらないというのも伝えられている。

 

「小さい姉さんの息抜きに最適ね」

「うん、また行きたい……かな」

 

青葉さんは部屋に走っていってしまったため、残り5人でお風呂へ。戦闘が無いにしろ、長距離を動き続けたことでそれなりに疲れている。

 

「ゴーヤさん本当にお疲れ様です。最近は体調は大丈夫ですか?」

「すこぶるいいでち! やっぱりちゃんと仕事するんだったら休まないとダメでちねぇ」

 

心の病の一件から、ゴーヤさんも考え方を改め、仕事中毒(ワーカーホリック)も改善されていた。

全てはシンさんのおかげ。いろいろあった中で、ゴーヤさんが支えになろうと思える人が来たことが大きかった。仕事ばかりしていたら構うことも出来ないし、体調を崩したら尚更だ。

さらに言えば、シンさんは子供、パワーが段違い。ゴーヤさんがお休みの日でも引っ張り回し、遊び倒している。それに付き合うためには、適度に力を抜かないと無理。

 

「シンちゃんがもう凄くて凄くて。ゴーヤがお休みの時はセンさんの代わりに車椅子押してあげるんだけど、そのまま海に入っちゃって追いかけっこが始まったり、レキちゃんやクウちゃんと一緒に駆け回ったりで大変でち」

「この前、ヒメさんのところまで行っちゃったらしいですね」

「そうでち! 提督に許可貰ってたからいいものの、子供達だけで北に出ていっちゃって! 岸に車椅子だけあったの見たら顔面蒼白になったよもう!」

 

随分と振り回されている様子。だが楽しそうだ。以前までとは大違い。ゴーヤさんの心の問題は、完全に解決したといえる。

 

「私の知らないみんなの事いっぱいだぁ……羨ましいなぁ」

「そうですね。島風さんはここで一番の新人ですから。ゆっくり知っていきましょう。私達は仲間ですからね」

「朝潮はいい人だねー! 一緒にいると気分も落ち着くし、私朝潮のこと好きだよ」

 

本能のままに行動しているからこそ、本心をそのまま伝え、そして抱きついてくる。ここはお風呂なので素肌同士、ちょっと恥ずかしい。

 

「朝潮ちゃん、相乗効果」

「うーん……ちょっとまずいかもですね」

「小さい姉さんから聞いたけど、そんなに危ないの?」

「はい。鎮守府で4人ほど暴走を始める可能性があります」

 

そんなこと気にせずにボディタッチが激しい島風さん。孤独を極端に嫌うからこそ、肌の温もりが欲しいのだと思う。出来ることならいつでもしてあげたいのだが、現状それが問題を起こしそうなのが辛いところ。現在進行形で危険なことになっている可能性大。

 

『ハルカゼが近付いてきてる』

「わかってる。アサ代わってよ」

『高みの見物と洒落込もうと思ってるんだ』

 

主導権の交代も突っ撥ねてくる。緊急時に表に出るという話は何処に行ったのか。

 

「御姉様! 御姉様はお風呂ですね! これはわたくしを誘っているということですね! 一線を越える許可をいただけたということですよね!」

 

扉越しに声が聞こえる。向こう側で服を脱いでいるのもわかる。

 

「叢雲さん、これが結果です。私と雪さん、島風さんの内の2人が重なるとこうなります」

「理性が飛んじゃうんだって……」

「うわぁ……春風って割とお淑やかな子よね」

 

さりげなく雪さんを抱きしめて私と島風さんから離れている。ゴーヤさんに至っては叢雲さんよりも遠くにいる。

 

「御姉様! 春風が参りました!」

「お風呂では静かにしなさい」

「御姉様が悪いのです! わたくしのせいではございません! (かぐわ)しい深海の匂いが悪いのです!」

 

全裸で前も隠さずにお風呂に入ってきた春風。事を起こしてやろうという気持ちがヒシヒシと伝わる。周りに誰がいようと関係ない。

 

「御姉様、今のわたくしは止められないのです。わたくし自身でわかっております。ここで一線を越えてペロペロするのです!」

 

ジリジリと近寄ってくる。これお風呂じゃなかったら猛ダッシュで近付かれたのではないだろうか。割とシャレにならない。

 

「島風さん、少し離れてもらっていいですか?」

「んー? どしたの? あ、妹分が楽しいことになってるね!」

「そうでしょう。でも、それを止めなくちゃいけないんですよ。なので、少しだけ離れてもらえると」

 

名残惜しそうだが素直に離れてくれる。途端に正気に戻る春風。羞恥心で顔が真っ赤に染まっていき、顔を隠してしゃがみこむ。気持ちはわかるが、自制出来ないのだから仕方あるまい。

 

「対策を考えないといけないわ……春風ですらこれだもの。やっぱり扶桑姉様の下で特訓してもらうのがいいのかしらね……」

「そ、その、御姉様、わたくし気をやってまして……その、あのー……」

「わかってるからこっちにおいで。せっかくだからお風呂に入りなさい」

 

顔を隠したまま私にしな垂れかかる形でお風呂に。ダメージが相当大きかった様子。

周囲の視線が痛いらしい。そもそも視線に敏感な春風には苦痛以外の何物でもなかった。それも私のせいなのだから責任を感じる。

 

「春風、一度本当に訓練しましょう。忍耐力の訓練」

「はい……こんな恥ずかしい思いしたくないです……」

「扶桑姉様は3人が重なってもギリギリまで耐えられたわ。そこまでになれとは言わないけど、頑張れるように、ね?」

「はい……」

 

まだ周りは見られないようだ。ゴーヤさんも叢雲さんもこれには同情しかない様子。私だって止められるものなら止めてあげたい。あとは洗脳電波キャンセラーのように深海の匂いに耐性が持てるようなアイテムがあれば。

 

「春風がんばってね? 私も応援してる!」

「はい……頑張ります……」

 

島風さんは自分が理由になっているということはわかっていない様子。だが体質の問題なので怒るに怒れないという状況。島風さんに触るなというのも酷な話だ。島風さんは触れ合いで心の安寧を得ている。

 

春風もそうだが、霞と初霜さんにも訓練が必要だ。訓練でどうにかなるかはわからないが、やらないよりはマシだろう。私も手伝ってあげよう。私も原因の1つだし。

 




鎮守府内で活動していたら不意打ちでネジが飛ぶという過酷な環境。霞&春風&初霜の明日はどっちだ。


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孤独の払拭

青葉さんが海図を纏めるのには2日要するということで、海域調査は次は3日後ということになった。そのため、翌日からは島風さんの戦闘訓練を始めることとなった。初日は精密検査、次は海域調査と大忙しだが、島風さんには謎が多すぎる。早期の調査が必要と判断された。

 

その島風さんはというと、全員と仲良くなりたいという本能の下、レキ並のコミュニケーション能力を発揮し、次々と仲良くなっていた。孤独を極端に嫌う本能が社交性に発揮されているのならいいことだろう。ただ、一番最初に私、朝潮が落ち着かせるためにやった行動のせいか、相手の胸に顔を埋める行為を基本としてしまう。誰彼構わず真正面から抱きつき、胸に頬擦り。

 

「龍驤さんの胸落ち着く……」

「複雑やわ」

 

現在は龍驤さんの胸に頬擦りして温もりを感じている。龍驤さんはまだいいのだが、コンプレックスを持っている人もいるだろう。その辺りが判断できるかはわからない。

 

「朝潮よぉ、やってくれたな」

「その、咄嗟のことでしたので」

「身体だけじゃなく乳までデカなりおって。うちにもパフパフ頼むわ。島風がこんだけハマり込むんやからさぞかし気持ちええんやろうなぁ」

 

ニヤニヤしながら手をワキワキ。そのノリでも許されているのが龍驤さんの人柄だろう。私も嫌な気はしない。佐久間さんやネジが飛んだ霞達ほど触り方がいやらしくないし。

 

「ほんでも、これで3人目か。元艦娘は」

「そうですね。これ以上犠牲者は出したくないですよ」

「せやなぁ。朝潮は頭ん中に住んどるし、雪はホンマに酷い状態やったしなぁ」

 

島風さんの頭を撫でる。見た目は駆逐艦に近い龍驤さんだが、空母なだけあり中身は大人。さらにはこの鎮守府では最古参だ。ここの人達をほぼ全て見ているからか、誰もの母親のような雰囲気を持っている。島風さんが落ち着くのもその雰囲気を読み取っているのかもしれない。

 

「こいつは飛び抜けて明るいからまだええ方やな」

「生まれた段階でこの身体だからですかね。私みたいに途中から変えられたわけではありませんし、雪さんみたいに敵の言いなりになっていたわけでもありませんから」

 

最初からこうだったというのが私達と違うところ。過去がないというのは、得てして受け入れやすいものなのかもしれない。

 

「明日から戦闘訓練なんやろ? やっぱ朝潮が付き添うんか」

「おそらくは。情報を先行して手に入れる必要がありますから」

「ホンマ、来た時から変わったなぁ朝潮。外見も中身も。顔面に爆撃してトラウマ植え付けたんもいい思い出やで」

 

龍驤さんに言われると、成長も実感できる。まさか身体まで成長するなんて思わなかったが。

 

 

 

翌日、早速島風さんの戦闘訓練。まだ何が出来るか誰も知らないが、本来の駆逐艦島風というものは、自立型艤装と自身の雷撃で戦闘をするスタイルらしい。深海棲艦化しても、そのスタンスは変わらず。

島風さんは魚雷発射管が背中にあるという珍しいタイプだが、深海忌雷の寄生によりそれが禍々しく歪んでいた。

 

「これが島風さんの自立型艤装ですか」

「そう! 私の連装砲ちゃん!」

 

やはり目を引いたのは島風さんの周りをヨチヨチと歩く3体の連装砲。砲身がウサギの耳のようになっていてとても可愛らしい。今まで見てきた自立型艤装と違い、表情まである。サイズも大中小とあり、深海棲艦化の影響からか、一番大きな連装砲ちゃんは重巡並の主砲になっていた。

 

「これはすごいですね……主砲が自分で考えて撃ってくれるなら、雷撃のことだけ考えられますし」

「私がちょっとした指示をするんだけどね。この子達も私の友達なの!」

 

満面の笑みで飛び跳ねている連装砲ちゃん達。こういうマスコット的な艤装は初めてだ。

 

「それでは戦闘訓練をしてみましょう。水鉄砲に出来ましたか?」

「おっけー!」

 

ちょっとだけ発射して黒い水鉄砲であることを見せてくれた。これなら訓練も大丈夫。そういうところはしっかり深海棲艦である。感覚的にやり方がわかっている。

 

「相手はいつも通り深海艦娘を用意しました。こういうものの犠牲になるのはやっぱり漣さんですね」

「犠牲って言った!? 女帝様、今犠牲って言った!?」

 

訓練の相手はやはり深海艦娘。最初から特殊なタイプと戦うのは難しいと思うので、スタンダードなタイプから選択させてもらった。大潮は霞の忍耐力訓練に付き合っており、電さんは深雪さんと哨戒任務中。五月雨さんは時雨さんと別の訓練に参加しているため、漣さんくらいしか相手ができる人がいなかったというのもある。潮さんもついていてくれるので安心。

 

「漣ちゃん、頑張ってー」

「うっしー棒読み! でもこれでやられる漣じゃないやい! へ、へへっ、新人に洗礼を与えてやるぜぇ」

 

悪い顔をしているが、フラグが立っている感じもする。

 

「では島風さん、相手は漣さんです。感覚的に、本能的に、戦いやすい戦いをして漣さんに勝ってください」

「はーい! 水鉄砲で漣を倒せばいいんだよね? やっちゃうよーっ!」

 

海に飛び込む。その後ろを連装砲ちゃんがついていった。海に入ると腰に浮き輪が出現。島風さんに追随する形で追いかける。すごく可愛い。語彙が無くなる。

 

「もしかして漣、1対4を強いられてない?」

「あ、わかりました?」

「察したわ! で、でも勝つんじゃ……漣が勝つんじゃあ……」

 

いつものように面と向かって演習開始。開幕の合図は漣さんの主砲からだった。

漣さんだって与えられた能力がこちら側では使い物にならないだけで立派な深海艦娘だ。主砲の威力は通常より高いし、艦載機だって運用できる。スタンダードであるというだけ。普通の艦娘なら苦戦する姫級の実力はあるのだ。

 

「当たらないよ! だって速いもん!」

 

スピードは誰にも負けないと言うだけあった。トップスピードに辿り着くまでの速さが尋常ではない。気付けばそこにはもういないというレベルである。連装砲ちゃんまでその速度なので、島風さんを4人相手にしているようなもの。

 

「マジで速すぎ! 漣は行動予測とか積んでないんですけど!?」

「連装砲ちゃん! 行っちゃって!」

 

漣さんを取り囲むように配置された連装砲ちゃん。逃げ道は真正面だけだがそこに島風さんが陣取る。

 

「せめて連装砲ちゃんだけでも!」

 

艦載機発艦。2つとはいえ駆逐艦ではあり得ない戦術である。小型の連装砲ちゃんをそれで撃ち抜き、どうにか逃げ道を作ろうとしたが、そこは自分で考える自立型艤装の本領発揮。

 

「小、避けて!」

 

簡単な指示で避ける方向を自分で考えて回避。全て考えて自分でコントロールする私とは負担が全く違う。

 

「中、大、撃てーっ!」

 

撃てと言うだけで相手の位置を確認してから狙いを定める。同時に魚雷の準備。

霞や春風のように手を払うだけで魚雷が出現させられるわけではないらしく、軽巡棲姫のようにしっかり発射管を使った発射。背中の艤装がグルンと回り真横に向く。

 

「行っちゃってーっ!」

「これ絶対ヤバいヤツ! こっちも魚雷じゃい!」

 

中型と大型の連装砲ちゃんからの砲撃を辛うじて避けるが、魚雷をスタンバイしたのを確認したことで、それにぶつけるために漣さんも魚雷を放つ。島風さんも魚雷を放つが、漣さんの思惑通り魚雷同士が接触して爆発。大きな水柱が立つがお互いダメージ無し。視界が塞がれて戦況が膠着した。

 

「すごいね島風ちゃん……一昨日流れ着いたばっかりなのにね」

「深海棲艦ですから、あれでもう完成なんですよ。そこからさらに育つんですから怖いですよね」

 

ドロップしたものが寄生されて流されてきたとしても、生まれて1週間も経っていないだろう。それで既にあそこまでの動きが出来るというのは、生まれた段階で全てが出来るために成長する必要がない深海棲艦そのものである。

 

「私、勝てるかなぁ……」

「どうでしょう。4人と戦うようなものですからね。主砲しか撃てない欠陥(バグ)を持った連装砲ちゃん3人と、魚雷しか撃てない欠陥(バグ)を持った島風さんみたいなものですよ」

「しかも物凄く速いよね。缶とタービン積んだ皐月ちゃんみたい」

 

4人を相手取るという状態に陥ったことで、経験はあってもだんだん押されていく漣さん。顔が必死だ。対する島風さんは演習そのものを友情を深める行為と認識しているようで、楽しみながら戦っている。漣さんとの仲は深まるとは思う。

 

「ひっ、ひっ、これキッツイ!」

 

変な呼吸になってるくらいなので相当大変なのがわかる。その駿足で攻撃は避けられ、精度もだんだん良くなってきている。追い詰められているのが明白。

 

「楽しいね! 仲間と一緒にいるのって楽しい!」

「それはようござった! 漣はすっげー大変です!」

 

それでも島風さんは楽しそうだ。一緒に何かをするという行為が、島風さんの調子をどんどん上げていく。連装砲ちゃんすら無傷で漣さんを追い詰め、ついには完全に四方を囲んだ。

 

「おしまい!」

「1人で4方向はズルくねーですかー!?」

 

前後左右からの同時攻撃で、漣さんは成すすべなく水浸しにされるのであった。隣で潮さんが笑いを堪えているのがわかる。可哀想ではあるが、島風さんが楽しそうで何より。

 

「多分私も無理かな……」

「1人で4人分働くというだけでも凄いですよ。敵じゃなくて良かったですね」

 

1人駆逐隊というところか。孤独を嫌うのに1人で充分に戦える力を得てしまった辺りは皮肉である。

だがこの力を持っているのに、同じ制服の4人の艦娘に襲われたと言っていた。余程の精鋭に見つかったのか、変化したばかりでこの力がうまく使えなかったのか。各個撃破されたのなら、やられてしまうのもわからなくもないか。

 

「勝ったー! 朝潮、勝ったよー」

「お疲れ様です。島風さんの能力、よくわかりました」

 

そのままの勢いで抱きついてくるから結構痛い。でも素直に喜びを表現する方法としてもボディタッチを使ってきているのだから無下にするわけにもいかないだろう。

島風さんは、艦娘の姿を取っているレキのような存在だ。子供っぽく、感情を素直に行動で表現する。特に今だと私自身が駆逐艦とは離れた姿のため、甘えやすいのかもしれない。

 

「負けたようっしー……新人に……」

「うん、わかったから真似て抱きつくのやめてね。漣ちゃん水浸しだから私も濡れちゃう」

「うっしー冷てぇっす。女帝様はぜかま氏が濡れてても抱き着かせてるのに」

 

潮さんは本当に漣さんに対してだけは強い。頭を押さえて抱き着かせないようにガードしている。

 

「潮の胸も落ち着けるあったかさだったよ」

「なにぃ!? ぜかま氏はうっしーの潮っぱいを堪能しただとぉ!?」

「島風ちゃんは必要なスキンシップだし拒む必要ないよ。でも漣ちゃんはダメ。下心がすごく見えるから。添い寝のときに揉もうとしたの忘れないからね?」

「ぐぬぬ……まだ朝潮っぱいも堪能してないのに……」

「堪能させる気はさらさらないので諦めてください」

 

漣さんだからこんなお調子者なテンションでも許されている感じもある。罪悪感から来る空元気にも見えたが、元々こういうものなのだと潮さんに聞いている。裏側では泣いていたことも。辛い部分を表に出さないようにしているのは素晴らしい事だと思う。心が強い人だ。

 

「即戦力じゃねーですか。ぜかま氏が朝潮帝国最後の1人になるんですかい?」

「そういえば12人目だね。朝潮ちゃんの連合艦隊が出来ちゃった」

「……それは喜んでいいんですかね」

 

島風さんが加わると、私含めて12人。物凄く偏った連合艦隊編成が可能。戦艦4、空母1、水母1、駆逐6という状態だが、まともな艦娘が1人もいないという冗談みたいな部隊である。ある意味、この鎮守府の特徴を如実に表している。

とはいえまだ島風さんがそういう立ち位置になるとは限らないので、今はそう考えないようにした方がいい。好いてもらえるのは嬉しいが。

 

「それだけ懐いてるんだし、もう帝国民でいいんじゃないかな」

 

島風さんは私の胸への頬擦りをやめない。演習とはいえ戦闘後だからか、心が安息を求めているのかもしれない。自然と頭を撫でる形に。私もこれが落ち着くようになっている。

 

「そういえば、相乗効果……」

「3人は今、猛特訓中です。1つの部屋に集まって、扶桑姉様が抑え込んでます」

「じゃあ3人重ならなきゃ大丈夫なんスかね。昨日お風呂でえらいことになったって叢雲ちゃんから聞いたんだけど」

 

春風のことはもう伝え聞いているようだった。あまり話さないでほしいものだが。

 

「佐久間さんに雪さんを調べてもらって深海の匂いの研究もしてもらっています。忍耐とかでどうにかするより、このイヤリングみたいな装備でどうにかしてあげたいので」

「匂いなら鼻つまんでどうにかなんないのかな」

「そんな簡単なことじゃないんですよ。深海艦娘に影響がなくて本当に良かった」

 

これに関しては昨日の春風を目の当たりにしている雪さんが快く同意してくれた。深海の匂いが抑えられる、もしくは、感じなくできるものが出来上がれば、島風さんのスキンシップも堂々と受け入れられる。

 

「さ、一旦戻りましょう。島風さんのスペックもわかったことですし。データは私が報告しておきますよ」

「はーい。ありがとねみんな。漣、またやろうね!」

「次はこっちに仲間くだせえ! 1人で相手するの辛すぎぃ!」

 

漣さんも楽しんでいる。島風さんも少し違う方向でムードメーカーになりそうだ。仲間になって僅か数日だが、すごいスピードで馴染んでいる。

 




孤独を嫌うが故に1人で駆逐隊を結成してしまいました。単体で見ると作中で書いた通り、魚雷しか使わない島風と、主砲しか使わない連装砲ちゃん3体という欠陥(バグ)駆逐隊みたいなもの。島風がやられたら全滅ですが。


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大きな一歩

数度の海域調査を続け、私、朝潮の領海周辺の海図がそろそろ完成するところまでやってきた。次の哨戒で一旦調査終了となる。この海図の完成に一番喜んでいたのは実はアサ。島から出ようとしない分、周囲の海の詳細がわかるのが嬉しいと語る。

その間に、島風さんは鎮守府の全員と仲良くなっていた。レキがやってきたことをそのままなぞっているように思えるほどの手際の良さ。誰とも確執はなく、演習も訓練も楽しんでいる様子がよく見られる。非番も誰かと遊んでいるようで何より。仲がいいのはレキやクウという辺り、やはり似た者同士なのかもしれない。レキと駆けっこしているのをよく見かける。

それでも私と雪さんに抱きつくことが多く、その度に半深海棲艦の4人が苦しむのが、少し申し訳なかった。

 

そんな中、工廠に向かう通路で佐久間さんが倒れていた。何事かと思い駆け寄るが、やり遂げたような恍惚とした表情である。

 

「さ、佐久間さんどうしました」

「やっっっっと成果が出たよ! 深海の匂い!」

「えっ!?」

 

私達の深海の匂いについて、一定の成果がついに出たらしい。純粋な深海棲艦であるセキさんでも解析出来なかったことを、人間の佐久間さんがついに辿り着いてしまった。深海棲艦にかける強い思いで引き寄せた勝利であろう。

 

「匂いを抑えることは出来ないけど、匂いを遮ることくらいなら出来そう!」

「凄いじゃないですか!」

「少し理論がわかってから3徹くらいしたからね! とりあえず私は寝る!」

 

これで霞達が理性を押さえつける苦しみから解放されるということだ。島風さんは毎日何度か抱き着いてくるので、その度に危険なことにはなっている。扶桑姉様プレゼンツの忍耐力訓練で理性が突然飛ぶことは無くなったものの、なんというか、トイレを必死に我慢しているような表情になるのは見ていて辛い。私に対しての欲情を突然()()と言っていたので、あながち間違いではないのかも。

 

 

 

その翌日、1つの部屋に集められる元艦娘3人と半深海棲艦4人。重なった時点でアウト。3人重なったら扶桑姉様すら危険。

 

「ようやく完成したよ。深海の匂いをシャットアウトする装置!」

「佐久間さんの協力で、ついに深海の匂いの謎が解けたよ! そのおかげでいろいろ作ってきたから、みんなで試してほしいんだ」

 

扶桑姉様すら拍手喝采。私の安全が保たれそうということで、皆が喜んでくれた。これに関しては自衛が出来ないので助かる。

 

「まず段階を追って説明するね。最初に作ったのはこれ。深海臭気計」

 

臭いの判定をするための機械らしい。深海絡みの人は大概これに反応するらしく、この鎮守府にいる限りは誰しも何かしらの数値が出るらしい。現に、深海棲艦どころか艦娘でもない佐久間さんですら、臭気計には『5』と出ていた。本当に無関係なら『0』と表示されるとか。ちなみに明石さんは『10』。深海艤装を触ってる分、少しだけ高め。

 

「春風と扶桑姉様が50、初霜さんが60、霞が80、ですか」

「根深ければ根深いほど数字が上がるんだよ。霞ちゃんのことは聞いてるけど、8割近く深海棲艦な上に、常に朝潮ちゃんと添い寝してるんでしょ。匂いも移るよ」

 

深海忌雷が絡んでいる初霜さんは、同じ半深海棲艦でも先天性より数値が高め。霞は深海艦娘に変えられてからの変化だから、深海忌雷が絡んでなくても初霜さんより高いという。これはおそらく純粋な深海棲艦、レキやクウだと100くらいになるのではないだろうか。

 

「では問題児達の測定に入ります。まず雪ちゃん」

「は、はい」

 

雪さんに深海臭気計を向ける。出た数値は『350』。段違いに高い。

 

「あー、雪ちゃんでこれかぁ。じゃあ次、島風ちゃん」

「はーい。雪よりも大きいかな?」

「体感で雪より島風の方が匂い強いわ」

 

霞がそういうだけあり、島風さんの数値は『500』。雪さんは縮んだときに匂いが少なくなっているので、元々は島風さんと同じくらいだったはず。

 

「では一番の問題児の測定を」

「否定できないから困るんですが」

 

今の身体になって匂いがより濃くなったとは言われたが、自分自身の匂いはわからないのでこういうところで数値化してもらえるのは少しありがたい。島風さんが500となったのなら、私はそれより少し高いくらいだと思う。

 

「えーっと、朝潮ちゃん、心して聞いてね」

「はい。島風さんより少し高い程度だと思うんですけど。600くらいですか?」

「1200でーす」

 

文字通り桁違いだった。自分ではそんな気は無かったのだが、島風さんの倍以上。そんなものが鎮守府内にいるのだから、初霜さんは変化した途端に狂うし、霞もやたら添い寝を望むようにもなる。ちなみにアサに交代すると1300に上がる。

 

「次が重要ね。これが匂いをシャットアウトする装備。なるべくファッション性を上げるためにチョーカーにしてみました。シャットアウトできる値を設定できるようにもしたからね」

 

見た目は普通のチョーカー。喉元にアクセサリーのようなものが付いているが、これが値の設定が出来る部分の様子。洗脳電波キャンセラーのイヤリングのように妖精さん要らずになっているのはありがたい。

 

「今は朝潮の値の1200に設定しておくね。現状維持がいいでしょ」

「勿論。朝潮さんの匂いを常に感じていたいですから」

「相乗効果が無ければああはなりませんし」

 

1200以上の値を1200の値として留めるということだろう。それなら現状維持だ。値を設定されたチョーカーを各々が装備。ここで春風、とんでも無いことを言い出す。

 

「これ、首輪に出来ないでしょうか」

「春風諦めてなかったの……」

「わたくしは御姉様の忠犬ですから。チョーカーよりは首輪がいいですね」

 

外部の人に見られると誤解されそうな外見になってしまうので出来れば控えてもらいたい。それに、春風を許すと全員がそれを望みそうだからよろしくない。こうなってしまうと、全員並行線でないと不和が生じる。

 

「それは朝潮と相談しておいて。はい、つけたね。じゃあやってみよう。雪、朝潮と抱き合って」

「はい。これで何ともならなければ成功なんだよね……えいっ」

 

飛びつく形で私と重なりあう。いつも通りならこれでトぶ。が、何事もないようだ。これで安心できるようになった。

 

「すごい、ただ見てられる」

「大丈夫そうですね」

「我慢もしていないですから、装備の効果は上々というところです」

 

深海臭気計で相乗効果を計測したところ、まさかの『5000』という数値。倍とかそういうレベルでは無かった。

 

「じゃあ最後、島風」

「はーい!」

 

そこに島風さんも飛びついてこられたことで体勢を崩しかけた。3人が重なったことによりさらに数値が上昇。

 

「うわぁ……これギリギリとはいえ扶桑さんよく耐えられましたね……30000超えてますよ」

「妹を傷付けたくないもの……愛しくて愛しくて堪らなかったけど……どうにか我慢したわ」

 

扶桑姉様の忍耐でギリギリというのもわかるとんでもない値。私単体の時からまた桁が変わってしまっている。私には伏せられているが、霞達はこれで佐久間さんに弱みを握られるレベルの豹変を見せてしまっているわけだ。数値化されると本格的に危ないとよくわかった。

 

「わかってると思うけど、それも外さないように。不意打ちで暴走しても知らないから」

「当たり前よ……またあんなことになるわけには……」

「霞さん、外してみましょうよ。朝潮さんに痴態を見せてないの霞さんだけですし」

「いいですね。霞さん、御姉様に見せてもいいのでは」

 

霞にジリジリと近寄る春風と初霜さん。自分達の言動を痴態と認識した上で、霞にそれをやらせようとしている。あまり褒められることではない。今は深海の匂いにもやられていないので、素面のままこの行動。もう少しシャットアウトした方がいいのではなかろうか。

 

「はいはいやめなさい貴女達。霞のことは後から聞いておくから」

「御姉様に従います」

「霞さん、命拾いしましたね」

 

霞は本当にホッとしていた。余程のことをやらかしているのだろう。後からこっそり聞きたいレベル。

 

「いやぁ、でもこれで1つ課題は終わったね」

「ありがとうございます。安心して普段を過ごせます」

「姉さん、初霜はわざと外す可能性あるわよ。何かあったらちゃんと罰するように」

「そんなことするわけないじゃないですか!」

 

霞と初霜さんはなんだかお互いに当たりが強いように見える。春風は妹分として扱っているが、初霜さんは自称嫁。霞にとっては私の所有権を競い合う一番のライバルとなる存在なのだろう。そも私の所有権というものは誰のものでもないのだが。強いて言うならアサのもの。

とはいえ仲が悪いわけではないので安心して見ていられる。喧嘩するわけでもないし。潮さんと漣さんの仲に近いか。

 

「はい、とりあえず私達はもう大丈夫だから、離れて離れて」

「えー、朝潮の身体あったかくて気持ちいいのにー」

「うん……すごく落ち着くの」

 

島風さんはともかく、雪さんも離れる気配がない。くっついていても誰にも害が無いとわかったことで、今の満足感をもっと味わいたいと思ってしまったようだ。いつも罪を償うために奔走している雪さんも、今この時だけは緩んでもいいだろう。

正面から来たので、頭を撫でてあげる。島風さんと同じように胸に顔を押し付けてくる。身長差もあるので、雪さんも娘みたいな感覚に。

 

「これだけ長時間カットできてるなら、この装備は大成功だね。朝潮の寄せ餌効果はそのままに、味方への影響だけは全部無くせてるんだから。佐久間さんホント助かったよ」

「いやぁ、こっちも感謝だよ。これ凄い成果だからね。深海の匂いって新種の成分がわかったから、ここから生態系のことがもっとわかるよ」

 

開発組は装備の出来に大満足な様子。私も本当にありがたかった。これで普段からの不安が取り除かれたわけだ。

 

「あの、明石さん、1ついいですか」

「ん? 初霜どうしたの?」

「これ、全部カットって出来るんですよね。やってもらってもいいですか?」

 

一切匂いを感じないという状態を試してみようと思った初霜さん。確かにそれがどういう状態になるかは気になる。

 

「はい、これで全部カット。何も匂いを感じなくなったと思うけど」

「ありがとうございます」

 

チョーカーのアクセサリーをちょっと弄ったことで設定が完了したみたいだが、見た目としては何も変わらない。今はまだ雪さんも島風さんも私と接触している状態なので、外れていたら狂うような状況。

その状態で私達を眺めた初霜さんが、急に取り乱す。匂いを感じなくなるというのは感覚が違うのだろうか。

 

「ごめんなさい、すぐに元に戻してください。逆に狂いそうです」

「えっ、何か不具合あった?」

 

初霜さんに言われて明石さんが大慌てで設定を戻した。落ち着いた初霜さんが大きく息をつく。

 

「目の前にいるのに匂いを感じないというのがすごく怖いです。朝潮さんの存在が途端に希薄になったような、そんな錯覚がありました。あの感覚は二度と感じたくないです」

「えっ、明石さん私にもお願い」

 

霞も体験。設定を変更された後、急に震え出して設定を元に戻す。

 

「姉さんが目の前から消えたかと思ったわ……」

「ですよね。これ本当に怖いので、扶桑さんは絶対やらない方がいいです。今の設定が変わらないようにロックした方がいいと思います」

 

扶桑姉様に同じことが起こったら、おそらく発狂してこの場で暴れ出す。ただでさえ危うい精神状態のままなのだから、何事もなく済ませる方がいいに決まっている。

 

「忠告ありがとう……明石……できるかしら……」

「できますよ。今のうちにやっておきましょうか」

「お願い……私……何するかわからないもの……」

 

何かの手違いで匂いを全てカットするような状態になっても困ると、皆も次々とロックをしていった。性能が良すぎるのも考えもの。

 

「初霜、よく気付いたわね」

「私がこの身体になって、常に朝潮さんの深海の匂いを感じ続けていたので、それが途切れたら嫌な感じがするんじゃないかと」

「別の任務とかの時は匂いなんて無いのに」

()()()()()()()()()というのと、()()()()()()()()というのは、まるで違うんですよ。今のでわかったでしょう」

 

それだけ初霜さんが私の深海の匂いに依存しているとも思えて、少し申し訳ない気待ちに。ただ、今の初霜さんを作っているのもこの深海の匂いだと思うと複雑な気分である。

 

 

 

事が済み、各々自分の持ち場へ。私は扶桑姉様の心の安息のために談話室で抱きつかれている状態。いつものように膝に乗せられ、後頭部に頬擦りされている。今日はその場に霞も便乗している状態。山城姉様は白兵戦組の訓練に行っているため、ここには来れない。

 

「癒されるわ……定期的に朝潮の匂いを近くで感じたいの……」

「扶桑さんは本当にそれ好きよね」

「ええ……これが一番満たされるの……霞もやってみればいいわ……」

「身長差があるから難しいわ」

 

定期的にこれをやって満たされてくれているので、扶桑姉様もずっと幸せそうだ。危なそうならそうなる前に山城姉様に連絡されるので大丈夫。

 

「扶桑さん、ここに来た時から変わったわよね」

「そうね……居心地がいいし……朝潮の匂いで落ち着けるの。前までの私とは……全く違うわね。少なくとも前までなら……こんな風に霞と話もしないもの……」

 

本当に最初の頃は、私と山城姉様以外に全く興味を持っていなかった。だから春風と大喧嘩になったわけだし。私の記憶障害が、それを無くすキッカケとなったというのも皮肉な話ではある。

 

「扶桑姉様はここで艦娘の心を知りましたから。今の扶桑姉様、私は好きですよ」

「ありがとう……朝潮の愛を感じるわ……」

 

抱きしめる力が少し強くなる。霞が羨ましそうな顔をするが、今は扶桑姉様の時間だ。何も文句は言えないし、言ったら私が説教することになる。

 

「私はね……何とか耐えられたの。だって私が朝潮を滅茶苦茶にしたら……今までやってきたことが……ね?」

「ありがとうございます、そこまで考えてくれて。ちなみになんですが、扶桑姉様は私に何をしようと……?」

「ペロペロじゃ終わらないわね……グチョグチョにしてるわ……朝潮の知らないことを全部教えて……求めて求められてを繰り返すようにして……朝潮も狂わせるわね……」

 

本当に耐えてくれてよかった。されていたら私もどうなっていたかわからない。下手をしたら鎮守府に影響の出る大喧嘩になっていたかもしれない。

 

「安心していいわ……あの時に想像しただけだから……」

「扶桑姉様普通に怖いです」

「……大丈夫よ……今はこれだけでも満たされるもの……あの時はそこまでしないと満たされないと思ったの……」

 

相乗効果の恐ろしさを改めて知った。霞は相変わらず黙秘を続けているが、おそらく佐久間さんの部屋に縛られていた3人も扶桑姉様と同じようなことになっていたのだろう。縛られてもそれをしようとしていたから、佐久間さんも引くほどのことになっていたわけだ。

 

「霞については聞かないから。話したくなったら話して」

「墓まで持ってくわ。あれは話せないわよ……」

「それがいいわ……朝潮に嫌われたくないものね……」

 

そこまでの考えに至ってしまう相乗効果が防げるようになって本当によかった。佐久間さんと明石さんにはつくづく感謝である。

 




臭気計の値ですが、朝潮が1200、雪とくっついて2倍ではなく2倍の2乗で4倍として5000、さらに島風がくっついて3倍ではなく3倍の3乗で27倍として30000超えとなっています。扶桑姉様が耐えられる値は35000までくらい。それを超えるとR18になります。


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不信感

佐久間さんの研究の成果と明石さんの開発により、深海の匂いの相乗効果に耐性が付けられるようになった。これで私、朝潮の日常の安寧が確約され、島風さんのスキンシップに対しても一切の抵抗が無くなった。これにより不安要素が全て取り除かれたと言える。

あとは北端上陸姫の行方だけなのだが、撤退してそろそろ1ヶ月が経とうとしている。それだけの間こちらの捜索を掻い潜り続けているというのは恐ろしいことだ。早急に対処したいのに、うまく行かないとなると緊張感も増す。

 

今日は最後の海域調査。メンバーは常に変わらず、旗艦が青葉さん、海底調査のためのゴーヤさん、当事者の島風さん、安定役の私と雪さん、雪さんの保護者の叢雲さんの6人。向かう方向は、私の領海から東の方面。ポーラさんの領海や、以前に戦艦水鬼との激戦を繰り広げた、龍田さんのドロップ場所のある海域が含まれている。

 

「何度か来ていますけど、こういう調査はしていませんね」

「ですねぇ。なので今回はちゃんとやりましょうかぁ」

 

ポーラさんの領海付近に来ると、雪さんが少し俯く。こればっかりは仕方なく、叢雲さんがどうにか慰めながら通過。島に新しいワイン瓶があるところを確認し、あの後も何度も来ていることがわかる。

 

「ここも懐かしいです。ケッコン前の最後の戦場ですね」

「今ならあの程度なら瞬殺レベルなのが怖いですねぇ」

 

戦艦水鬼と戦った南東拠点跡地、ゴーヤさんが海底に造花を発見したので間違いない。それが流されていないようなので、ここの海流は安定しているのかも。

 

「さぁ、調査始めます。周辺警戒お願いしますねぇ」

「了解です。この辺りは誰の管轄でも無いんですか?」

「そうですねぇ。なので、定期的に付近の鎮守府が哨戒に来るんですよ。朝潮さんも来たでしょう。萩風さんの初陣で」

 

そういえばこちらの方に哨戒したこともあった。管轄内の海域だけでなく、誰の管轄でもない場所も見て回らなくては、深海棲艦の発生を許してしまう。

 

「あ、哨戒機の反応を確認しました。別の鎮守府のですかね」

「こういう場所ではそういうこともありますよ。誰の管轄でもないということは、誰が来てもおかしくないということですからねぇ」

 

反応を確認した通り、私達が海域調査をしている上空に1機の哨戒機が飛んでくる。私達の姿を確認すると、少し低空飛行になって、搭乗している妖精さんが敬礼をしてきた。私達もそれに対して敬礼。礼儀には礼儀を返さなくては、余計ないざこざが起きてしまうかもしれない。

 

「もっと東の方から飛んできましたね。何処の所属なんでしょう」

「ここから東だと……ああ、佐久間さんが元々いたところですよ。もう少し北になりますが」

 

ということは、私達が助けた艦娘研究者である阿奈波さん、そして第十七駆逐隊が所属している鎮守府からの哨戒機か。島風さんの一件が連絡されてから、哨戒範囲を増やすなりしているのかもしれない。不意に深海忌雷が現れても困るだろうし。

 

「ささ、調査を続けますよぉ」

「はい、周辺警戒も怠っていません」

 

ゆっくりとした海域調査。数日に一度とはいえ、この機会は有意義に使わせてもらおう。今のところ海域調査中に戦闘はなく、今のような別の鎮守府のものと出会うことも今回が初めてというくらいにはのんびりした哨戒だ。息抜きにもなる。

 

 

 

ゆっくり調査しつつ、出来る範囲の東端へ。これ以降は別の管轄の海域。侵入もよろしくない。

 

「ではここから北へ。もう少しで海図も完成ですからねぇ。張り切って行きましょう!」

 

北上を開始した辺りで、電探に反応が入る。今度は哨戒機ではなく、艦娘の反応。数は4つ。

 

「別の鎮守府の哨戒部隊らしき反応が入りました。駆逐艦4です」

「さっきの哨戒機の情報でも貰ったんですかねぇ」

 

駆逐艦4人と聞いて、島風さんが少し反応する。島風さんを襲ったのは同じ制服の艦娘4人と聞いている。もしかしたら自分を襲った相手と鉢合わせするかもしれないと怯え始めてしまった。薄っすらとした記憶でも、該当しそうなら恐怖は感じるものだろう。そういう時のために私と雪さんが便乗しているのだ。

 

「島風さん、大丈夫ですよ。私達がついてますから」

 

少しでも落ち着かせるために近付く。同時に雪さんも察したように島風さんに近付いた。同じ深海の匂いが2人近くにいれば落ち着く。

 

「そろそろ視認できます」

「了解です。ゴーヤさん、一度浮上してください」

 

遠くの方に駆逐艦4人が見えた。私の姿を見るや、大きく手を振ってくる。先程の哨戒機は青葉さんの予想通り阿奈波さんの鎮守府からのものであり、今来たのは第十七駆逐隊。手を振ってるのは谷風さんだ。

 

「久しぶりだねぇ。ちょーっと見ないうちに大きくなっちゃってまぁ!」

「谷風、艦娘が大きくなってることに疑問を覚えてください」

「へぁ! そういえばそうだねぇ! それじゃあ何かい、そういう改造でも受けちまったのかい!」

 

救出したときと変わらずテンションの高い谷風さんと、それを抑える浜風さん。後ろの浦風さんと磯風さんも申し訳なさそうな笑み。

 

「いろいろ事情がありまして。そちらは哨戒ですか?」

「哨戒機が艦娘と深海棲艦の混成部隊を見たと言っていてな、気になったので我々が探りに来たのだが、やはりお前達だったか」

「こんなところまでどうしたんじゃ? そっちからは大分遠いと思うんやけど」

 

話していいものか悩むところだが、ここは青葉さんに任せた方がいいだろう。私は今回旗艦ではなく随伴艦、基本的な意向は旗艦頼り。

 

「ちょーっとこっちの方まで海域調査してるんですよぉ。青葉達の鎮守府、ご存知の通り物騒でしょう? 広い範囲を調査して、対策が練れるようにしてるんですぅ。前回えらい目に遭いましたからねぇ」

「なるほど、確かにあの鎮守府は最前線の孤島だ。周辺の調査も多く必要だろう」

「こっちの方からも、何か流れてくかもしれんしねぇ」

 

一番重要なことは隠しつつ、やっていることはちゃんと伝えている。隠し過ぎると不信感も出るし、曝け出し過ぎると良くないことまで伝わりそう。艦娘に非は無いが、阿奈波さんのいる場所は、元帥閣下と上層部のどちらの息もかかっている場所だ。なるべく穏便に済ませたい。

海域調査は何処の鎮守府でもやっていること。それを海図にするまではしないものの、周辺の海域に関しては全て知っておきたい内容だ。

 

「かぁーっ! そっちは大変だねぇ! 大きいの終わらせたばかりだってのに!」

「その大きいのがあったから今こんなことしてるんですよぉ」

「なるほど、お疲れ様です」

 

不意に磯風さんが島風さんをチラリと見る。同じ制服の4人ということで萎縮している島風さんだが、その様子を見て何かを察したのか、視線を外してくれた。

 

「私達の知らない艦娘もいるな。あの後からまた増えたのか」

「はい、そちらには害のない深海棲艦なので、見逃してください」

「ああ、わかっている。もう何処の鎮守府も、お前達のやり方というのは理解しているだろう。仲間にしているのだから、我々には何事もないという証拠だ」

 

物分かりが良くて助かる。上層部の息がかかっているにしても、納得してくれる人はいるものだ。

 

「ほんじゃあ、こっちは哨戒続けるけぇ」

「はい。そちらも頑張ってください」

 

手を振って別れた。

が、島風さんは終始萎縮したままだった。いつもなら振り切れた社交性で別の鎮守府の人とも仲良くなれそうな気がしたが、そんな気配が無い。

 

「島風さん、どうしました?」

「……あの制服……見覚えがある気がして……」

「えっ……じゃあもしや」

「あの4人かも……私を襲ったの……」

 

こちらの島風さんを見て何も言わなかったが、島風さん自身には見覚えがあると言う。とはいえ艦娘であるから同じ外見の別人である可能性は充分にあり得る。陽炎型のあの4人が、島風さんを襲った最有力候補となったのは間違いないが、()()4人かは確定出来ない。

 

「似たような制服なのは、あの4人以外にもいるわね。私以外の特型も近いわ」

「白のセーラー服ってことですよね。その線で当たっていくのもアリかもしれません」

 

ひとまず海域調査を終わらせ、鎮守府へ帰投することに。青葉さんの調査も今回で終了、ここからは完成した海図とも照らし合わせての調査だ。私の領海に流れ着きそうな場所を虱潰しになるだろう。

 

 

 

帰投後、青葉さんはいつも通り自室に篭る。私達は自由に。司令官への報告はゴーヤさんがしてくれるということで、島風さんのメンタルケアをすることとなった。第十七駆逐隊と出会ってから、いつもの元気が何処かに行ってしまったかのように暗い。自分を襲ってきたかもしれない相手と鉢合わせになったのだ。無理もない。

海域調査の後は必ず皆でお風呂に入ることになっている。その場で癒してあげるしか無さそうだ。

 

「大丈夫ですか?」

「落ち着いた……?」

「うん、もう大丈夫。朝潮も雪もありがとう」

 

両側から抱きしめて落ち着かせる。お風呂ということでお互い裸ではあるものの、裸の付き合いだからこその癒し効果。

 

「もしさっき会った4人が島風を襲った4人だとしたら、なんで島風を見たときに何も言わなかったかよね」

「知らぬ存ぜぬで通す必要がある状況にある……ですかね」

「艦娘の厄介なところよね。同じ外見の自分がいるってのが、こういう時に足を引っ張るわ」

 

私達の鎮守府にいる人達はオンリーワンな人が多いので助かるものの、それでも判断に困る人もいる。あらぬ冤罪を押し付ける可能性もあるので、無闇矢鱈に疑うのもよくない。

 

「まずは海図の完成を待ちましょう。そこから海流を見て、島風さんが何処から流れてきたかを判断ですね」

「もしそれが東側だった場合は、さっきの4人を疑うべきね。気は乗らないけど、疑うくらいはしないといけないわ」

 

あまり他人を疑いたくは無いのだが、状況が状況だ。ただ傷を負った島風さんが流れ着いていただけならまだしも、深海忌雷に寄生されているというのが大きな問題。それを撃退したことを隠す理由があまりにも無さすぎる。

 

「ま、今は考えないでおきましょ。小さい姉さんにストレス溜めるわけにはいかないもの」

「本当に仲がいいですね」

 

島風さんが落ち着いたことで、雪さんは叢雲さんに抱かれて湯船に。複雑な表情だが、嫌では無さそう。姉であり妹であるという特殊な関係だからかもしれない。

島風さんは私に抱きつきっぱなし。余程気に入った様子。今なら装置のおかげで誰にも影響が無いから離れてもらう必要もない。

 

「青葉さんはいつ海図が出来るって?」

「いつも通りならあと2日くらいでしょう。8割方出来ているみたいですし、今日の調査内容を反映させれば完成だそうです」

「なら小さい姉さんもお役御免ね」

 

海に頻繁に出ることが出来た任務だったので、ちょうどいい気晴らしにはなっていたが、今回で終了。また違う任務で海に出てもらおう。私の領海でお休みする時とか。

 

「普段行かないところまで行ったのは、なんだかんだ楽しかったわ。敵も出てこなかったから、小さい姉さんとのお散歩みたいなものだったもの」

「そうだね。わたしも行ったことない場所だったから、楽しかったよ」

「気分転換になったのなら幸いです。今日行った東も激戦だったんですよ」

 

その言葉に島風さんが食いついてくる。

 

「なになに? 何があったの? 知りたい知りたーい!」

「わかりました。のぼせない程度にお話ししますね。あの場所に拠点が出来たことがあって……」

 

まるで昔話を語るように説明していく。こういうことでも穏やかな気持ちになれた。島風さんも、私の中ではレキやクウのように娘枠に入ってしまっているのかもしれない。

 

 

 

お風呂から上がり、雪さんは叢雲さんに連れられていった。本当に仲のいい姉妹だ。島風さんは定期検査を受けに工廠へ向かったため、私は1人に。アサと交代して思考の海へ。

 

「珍しいな、代わってほしいだなんて」

『アサも羽を伸ばした方がいいわ。ちょっと考えたいこともあったし』

「そうか。ならジムにでも行くぞ」

『ええ。今の主導権はアサにあるから、自由にして』

 

考えたいことというのは、当然先程出会った第十七駆逐隊のこと。疑いたくはないのだが、疑いたくもなる状況もあった。

 

島風さんを見て、本当に何も言わなかった。磯風さんはチラリと見たが、他の3人は一切見向きもしなかった。それがどうも気になる。余計な詮索をされなかったことはとてもありがたいことなのだが、()()()()()()()()()()()()()()()ようにも見えた。谷風さんは、私を初めて見た時に角を撫で回すまでしたくらいの好奇心旺盛っぷりが嘘のように見えなかった。テンションだけは高かったが。

とはいえ、面識は僅か数分。救出後、入渠完了から帰投するまでのほんの少しの間だけ。言ってしまえばそこまで仲がいいわけではない。顔見知りだから挨拶をしたまでというのもある。社交辞令みたいなものだ。

 

「朝潮、深く考え込むなよ。倒れたら意味がない」

『……そうね。あまり人のことを疑いたくはないんだけど』

「さっきの奴らのことか。私は疑ってるぞ」

 

私の中で、アサはあの4人に疑いの目を向けていたようだ。理由も私と殆ど同じ。視点があまりにブレなさすぎると。

 

「だが、それは今考えることじゃない。真の犯人は別にいるかもしれないしな」

『そうね。もう少し状況が整理できたら考えましょ。で、今日は筋トレ?』

「ああ。白兵戦が思ったより楽しくてな。ガキの身体じゃあ確かに危なっかしいが、今の身体は本当に都合がいい」

 

やんちゃで攻撃的なアサには性に合うのだろう。それに、本能の化身だからこそ攻撃の技術を求めたのかもしれない。全員の援護という戦術に辿り着いた私も、心の奥底では戦闘がしたいと思っていたのだろう。泊地棲鬼との戦いで、それはわかっていたのだ。

 

「お前が考え事できないくらい、私が身体を鍛えてやるよ。ヤマシロ姉さんが言っていたろう。筋肉は全てを解決するって」

『身体担当はアサだから。私は頭脳担当』

「それで構わんさ。私は筋肉で全部解決してやる」

『出来ればアレには感化されないで……』

 

今は疑うことは後回しにしよう。確証が持てないものを疑っても仕方ない。そもそも私はあの人達の事をほとんど知らないのだ。普段がああいう態度の人なのかもしれない。もう少し時間をかけて考えていこう。

 




公式四コマでもネタにされてましたが、叢雲だけ制服が違うのがいたたまれないので、そろそろ雲の特型を入れてあげてほしい。きっと同じ系統の制服のはず。


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同じ顔の別人

数日後、私、朝潮の領海周辺の海図が完成したと聞き、それが展開されている会議室へと向かった。大喜びのアサは無理矢理私から主導権を奪い、さらには自分の服にまで着替え、深海棲艦の姫として、領海周辺は知っておきたいと鼻息を荒くしていた。

 

「海図が出来たと聞いたぞ!」

「アサ君の方で来るとはね。ああ、青葉君が完成させた」

「早速見せてくれ! 楽しみにしていたんだ」

 

机に拡げられた大きな紙には、事細かく書かれた領海の情報。島を中心に海流や海底のことまで書かれていた。島の中の詳細まであったため、アサが感動しているのがわかる。

 

「これが私の島なのか……すごいな!」

「恐縮です!」

 

海図から島風さんが流れ着いた場所の海流を確認すると、割といろんなところから流れ着いてもおかしくないような状態だった。先日疑った、第十七駆逐隊がいるであろう東の鎮守府方面からも、領海から南にある浦城司令官の鎮守府方面からも、そこから離れた志摩司令官の鎮守府方面からも流れてきそうな感じ。

島風さんが何処から流れてきたかは結局判断がつかないことに。海域調査をしたものの、謎は1つも解決せず。

 

「いやぁ、こんな形で自分の島の全容がわかるとはな。素直に嬉しいぞ」

 

いつもの無愛想な顔だが、内心は普通以上に喜んでいるのがわかる。これも複製してもらって部屋に飾るまで考えているだろう。

 

「満足した! 朝潮に代わる!」

 

やる事をやって私に主導権を渡してきた。本能の化身本領発揮。やりたいことをやって思考の海でニヤニヤしている。余程嬉しかった様子。

 

「お騒がせしました」

「いやいや、あんなにアサ君が喜んでいるのを見るのは初めて見るからね。あれだけ喜んでくれたのなら作った甲斐があるんじゃないかな」

「本来の目的としては不発でしたけどねぇ。まさか海流が集まる場所の島だとは」

 

結局のところ、虱潰しになりそうだった。今一番有力なのは、島風さん自身が反応した第十七駆逐隊。私達の鎮守府には誰1人として配属されていないが、他の鎮守府にはいてもおかしくない。浦城司令官の鎮守府には見当たらなかったが、志摩司令官のところにはいるかも。

 

「ゴーヤ君から話は聞いているよ。第十七駆逐隊のことだったね。先日は阿奈波君のところの部隊と出会って島風君が反応したようだが、そちらは爺さんに少し鎌をかけてもらうことにする。我々は志摩君の鎮守府と交流しようかと思っている」

 

私の考えを読んだかのような反応。あちらとはここ最近の関係だが、何かあるかもしれないのは何処も同じ。また会いに行くのもいいかもしれない。元深海棲艦を運用しているために、こちらへの理解力も高く、いい関係ができるはずだ。

 

「朝潮君、行きたいと顔に書いてあるよ」

「えっ、そ、それはまぁ、峯雲がいますから。悪い影響を受けていないかが心配で」

「あはは……志摩君の鎮守府は武闘派揃いだからね。基本大人しい子まで好戦的になっているから心配するのも無理はないよ」

 

それもあってか、志摩司令官の鎮守府に再び向かうことができるようになった。今回は援軍でもなんでもなく、調査。島風さんも一緒に行ってもらい、隠蔽していないかを確認するためとなる。

 

 

 

割と最近行ったばかりだが、またここに来ることになるとは思わなかった。今回の随伴は調査の主役である島風さんと、前回一緒に来ている霞、そして峯雲に会いたいと言うことで大潮。あちらの鎮守府に朝潮型がどれだけいるかは結局わからなかったが、峯雲に姉妹の姿を見せてあげたいというのもある。ただし、我が鎮守府の朝潮型にまともな艦娘は1人もおらず、全員が深海棲艦関係である。峯雲も元深海棲艦なので、ある意味コンプリート。

 

「また来たね。待ってたよ」

 

相変わらず豪傑っぷりを見せてくれる志摩司令官。今回は私達が来ることがわかっていたため、村雨さんと峯雲も一緒に待っていてくれた。峯雲が白露型の制服を着ていたのを見たときには流石に驚いたが、真の意味で一心同体である村雨さんと揃いの服を着たいという気持ちはわかる。それに、深海棲艦の服を着ている私が言っても何の説得力も無い。

 

「お久しぶりです、朝潮姉さん、霞ちゃん。あと、初めましてですね、大潮姉さん」

「わー! 峯雲、村雨ちゃんとアゲアゲですねー!」

「はい、村雨さんと一緒でアゲアゲです♪」

「峯雲さんとアゲアゲだよ♪」

 

しっかり手を握って離さないのも前と同じ。むしろ、より強く結ばれているようにも思える。以前からまだそう日にちも経っていないが、村雨さんとのコンビプレーはうまく出来ているようだ。

霞と大潮には峯雲と話をしてもらっておいて、こちらは本題に入ろう。

 

「それで、今回は調査って聞いてるが、何が目的だい」

「この島風さんのことで少し」

 

今は怯えるものも何も無いので表情も明るい島風さん。私と同様、完全な深海棲艦と化した島風さんを見て志摩司令官も少し驚くが、先に私を見ているというのもあり、すぐに表情を戻す。

 

「深海棲艦化した島風かい。うちにも島風はいるが、これはまた」

「とある海域でこうなったらしく、その時に同じ制服の艦娘4人に襲われたと話しているんです。その有力な候補が第十七駆逐隊……磯風さん、浦風さん、浜風さん、谷風さんなんですが、こちらには配属されていますか?」

「陽炎型はうちには揃ってるよ。うちの秘書艦(かげろう)が躍起になるもんでね。呼び出そうか」

 

そう言って鎮守府内に放送をかける。

何処の艦娘も、妹を集めたいというのは同じであることがわかった。ここの陽炎さんも妹が見つかったと聞くや否や、どうにかしてでも配属させたがるようだ。結果、この鎮守府は発見されている陽炎型全員が配属しているらしい。私達のところにもいる時津風さんや萩風さんもここにはいるそうだ。

 

「どうした司令、磯風は訓練で忙しいのだが」

「こういう召集は珍しいですね。どうかされましたか」

 

先行して来たのは磯風さんと浜風さん。その姿を見て島風さんがビクンと震えたが、阿奈波さんのところの第十七駆逐隊を見たときよりは反応が違う。一度目にしたことで薄かった記憶が開いてきたのかもしれない。

ここの磯風さんも浜風さんも、乙改装がされていなかった。そういう意味では誤差レベルだが制服が違う。

 

「この島風がね、十七駆に襲われたらしい」

「なるほど、我々艦娘の難しいところだな。同じ顔の別人がいるのだから」

「黒い島風……提督、彼女と演習は可能なのでしょうか」

「話が終わってから頼みな」

 

浜風さんが早速演習希望。やはりここの艦娘、冷静そうでいても戦いを求めている。大人しい子でも好戦的になっているのがこの鎮守府なわけで、誰であっても例外ではないということなのだろう。ますます峯雲が心配になってきた。

 

「すまん、遅れてしもうた」

「何だい何だい、何か用かい?」

 

少し遅れて浦風さんと谷風さんがやってくる。先の2人と同様、丁改装がされていない。現在それに向かって訓練中だとか。

 

「へぁあ! この前の黒い朝潮じゃあないかい! こっちは黒い島風! 演習は、演習は出来るのかい!?」

 

私の知っている谷風さんのテンション。止める間もなく島風さんの角を握りに行って、志摩司令官に襟を掴まれていた。島風さんもビックリしたものの、これで自分を襲った相手ではないとここで確信したようだ。

 

「朝潮、この人達じゃないよ。私を襲ったの」

「わかりますか?」

「狂ってた時だし、記憶は薄っすらだけど、こんなに明るくなかった。すっごい冷たい顔だったと思うの。私を殺すことに何の躊躇もないっていうか」

 

ここの人達は好戦的で演習をすぐ望んでくるが、敵を殺すことに関しては抵抗があるような()()も感じる。ただただ強い相手と戦いたいだけ。だから深海雨雲姫と激戦を繰り広げた挙句に、満足させて浄化するまで行ったのではなかろうか。

 

「そうですか。島風さんがそう言うのならそうなのでしょう。申し訳ありません。あらぬ疑いをかけてしまって」

「いや、仕方ないだろうさ。艦娘ってのはそういうものだからね。同じ顔の別人が悪いことをすりゃあ、同じ顔のこちらが疑いをかけられてもおかしくないさ」

 

谷風さんに続き、浜風さんも島風さんには興味を持っているようでそろりそろりと近付いていた。それも見逃さず志摩司令官が頭を掴む。

 

「あ、そうだ、一応念のため、これを使わせてください」

「それは?」

「深海棲艦関係者だと反応する装置です。深海臭気計と言います」

 

事前に元深海棲艦の値も調べておいた。一番私達の鎮守府が長いガングートさんで15。明石さんよりも少し高いが、身体は艦娘なだけあり、深海の匂いは殆ど漂わないようだ。

 

「えぇと、志摩司令官は0ですね。深海の匂いが一切なし。他の方々も0。村雨さんと峯雲は5、元深海棲艦ですから多少はあってもおかしくないです」

 

これで完全に疑いは晴れた。島風さんが深海忌雷に寄生されている以上、何かしら深海棲艦絡みの案件なのではと疑いをかけている。島風さんを襲った誰かも、もしかしたら何か関係しているかもしれないと考えている。

 

「朝潮、その装置少し貸しておくれ。今から全員に使う」

「了解しました。簡単な身体測定のようになってしまいますが、念のためよろしくお願いします」

「その代わり、また演習頼むよ」

「それくらいならお安い御用です」

 

そこから配属されている全員が呼び出されては、装置の素性を隠した状態で値を計測されていった。幸い、誰からも反応が出ず、この鎮守府は真っ白、私達の鎮守府に対して清廉潔白であることが証明された。

そもそも、第十七駆逐隊の4人が、島風さんを初めて見たような反応をしたので安心している。演技とはとても思えない態度だった。

 

 

 

全員の調査が終わったため、今回の任務はこれで終了。ここからはフリーとなるのだが、先程お願いされた通り演習に付き合うことに。臭気計による計測で、私の顔を見た全員から挑まれるという快挙。流石に全員とやるのは無理だが、多少はやらせてもらう。

 

「朝潮姉さん……その……」

「どうしたの霞、大潮まで」

「……峯雲姉さん……手遅れだった」

 

がっくり肩をおとしていた。手遅れということはまさか。

 

「大潮姉さんが演習を挑まれたわ……。村雨と一緒に武闘派の仲間入りしてた……」

「あれだけ忠告したのに……」

「た、楽しそうだからいいと思います! アゲアゲでした!」

 

大潮も口ではそう言うものの、顔は少し引き攣っていた。例に漏れず、この鎮守府の空気にすっかり呑まれ、通常の個体とは違う好戦的な性格に変わり果ててしまったようだ。笑顔が絶えないのはいいことではあるが。

 

「まぁ……ここの峯雲はそういうものなんでしょう。私達も人のこと言えないし、祝福してあげるべきね」

「そうですね! ちょっと喧嘩っ早い感じはしますけど、峯雲は峯雲ですから!」

 

名誉白露型とも言われているらしく、その辺りは私も共感できる部分がある。私も名誉扶桑型だし。

 

「島風は早速演習してるのね。1対4って」

「島風さんはあれくらいでないと無理よ。この前漣さんが為すすべなくやられたわ」

「1人駆逐隊って聞きました! ああいうことだったんですね!」

 

最初に演習を挑まれた島風さんは、現在第十七駆逐隊との演習中。自分を襲ったのがこの人達ではないという確証を得るため、襲われた時と同じ条件での演習をしている。それが、1対4。島風さんは1人で4人分働けてしまうので、むしろこうでないと一方的になりかねない。

遠目で見ていても、島風さんは4人に対して有利に戦えていた。欠陥(バグ)有りの扱いだとしても、火力は全て姫級の深海棲艦。さらには機動力が異常。生半可な攻撃では掠ることすら無く、連装砲ちゃんすら同程度の移動をするため、苦戦は必至。

 

あの戦闘を見る限り、島風さんを襲ったのは、やはりここの第十七駆逐隊ではない。狂っていたとはいえ、島風さんが為すすべなく敗北を喫し、傷だらけで流されているのだ。今の演習、島風さんは全くの無傷である。あちらが手加減しているようには到底思えない。犯人とは実力が違いすぎる。

 

「すごいの連れてきたわね」

「陽炎さん、島風さんとも戦いたいですか?」

「勿論よ。朝潮にはリベンジしたいしね。当然、霞もね!」

 

同じように演習を見に来た陽炎さん。後ろには村雨さんと峯雲もついてきている。演習を見ているだけでも学ぶことが多いと、率先して見学しているようだ。もう武闘派集団の仲間入りしているのがそれだけでわかる。

 

「峯雲の調子はどうですか」

「順調かな。常に2人ってどんなものかと思ったけど、なかなか面白いね」

 

演習を見ている村雨さんと峯雲の距離感は異常に近い。手を握るだけでなく腕を組むまでしている。同じ情報を2人で共有するために一番近付ける状態を作り続けているようだ。

 

「あ、朝潮姉さん、演習の相手、お願いします」

「白兵戦できる子なんて見たことないしね」

「私達、すごく興味があるんです」

「後から体験したくって」

 

交互に話してくるのも慣れた。妹たっての願いだし、ちゃんと聞いてあげようとは思う。相手するのはアサだが。

とはいえ私に対しても演習を申し込んでくるとは。もう生粋の武闘派になってしまったのだろう。複雑な気分である。

 

「わかりました。後悔しないように」

「大丈夫。負けるのも訓練のうち」

「負けから学ぶことはいっぱいありますから」

 

本当に好戦的になってしまった。

 

ということで早速、村雨さんと峯雲のコンビプレーを見ることに。相手は私がすることになってしまった。白兵戦が見たいと言っていたくらいだし、仕方あるまい。

 

「よし、やるか」

「ん、んん? なんだか性格変わってない?」

「陽炎さんが言っていたもう1つの人格ですね」

 

アサと直接話していないために若干混乱しているが、その程度。

 

「自己紹介しておく。朝潮の中に住んでいる深海棲艦、深海朝水鬼のアサだ。よろしくな」

「朝潮姉さんの中に、ですか」

「面白いね、峯雲さんのお姉さんは」

 

面白いで済ませられる辺り、意外と豪胆。そういう意味では、ここの人達は皆肝が据わっている気がする。

 

「白兵戦がご所望らしいからな。朝潮は守りに特化してるんだ。だから私が表に出てきた。覚悟しろよ」

「はいはーい。それじゃあ、始めるよ!」

「参りましょう!」

 

2人同時の砲撃で幕を開けた演習。本来なら回避をするところだろうが、アサも白兵戦を()()()()と意気込み、真正面から突っ込む。回避せずとも、砲撃は弾けばいい。この辺りは山城姉様にさんざん教えられていた。自衛のためにも、攻撃のためにも使える。

 

「うっそ!」

「突っ込んでくるんですか!?」

 

艤装の腕で砲撃は全て弾いている。これを私の身体でやっているのかと思うと、ヒヤヒヤしつつも頼もしくもある。自分でもやれるということだし、試してみようかとも思えてしまった。私がやったら間違いなく怪我する。

 

「け、牽制!」

「魚雷です!」

 

雷撃と同時に移動開始。移動も2人同時のため村雨さんが引っ張る形。その間も峯雲が砲撃を緩めず、常にこちらから間合いを取ろうとしている。悪くないが、相手が悪い。

 

「魚雷も効かないぞ」

 

艦載機の射撃で魚雷は全て破壊し、一切止まらずまっすぐ2人の下へ。想定外が重なりすぎて、既に戦いになっていない。2人がかり、さらには元深海棲艦とはいえ、生まれて1ヶ月も経っていない艦娘には簡単には負けない。

 

「砲撃はもう少し足下を狙うといい。それなら回避しか出来ないから、行動が制限出来るぞ。ついでに言うなら、残念ながら私にその類は効かない」

 

砲撃を全て弾いて、眼前まで肉薄。最後は2人同時にデコピン。艤装ではなく素手で。ダメージらしいダメージにはならないが、心を折るには充分すぎる一撃。

 

「参りました……」

「出直してきます……」

 

これでもう少し好戦的な部分が控えめになってくれればいいが。

 

「息はあってるんだが経験が足りんな。もっと精進するように」

 

言いたいだけ言って私に主導権を渡してきた。満足げなのがわかる。

 

「私達、もっと頑張る!」

「朝潮姉さんにも勝てるように!」

 

余計に火をつけてしまったようだった。アサめ、余計なことを。

 

そこからは演習希望者が殺到してしまい、なんだかんだ全員と相手をすることになってしまった。1人でやるのも辛いので、霞と大潮も巻き込み、鎮守府全員を薙ぎ倒すまでに。

おそらくこれが時雨さんも経験したものなのだろう。疲労感がとてつもない。でも充実していた。こういう経験も悪くはない。

 

この演習で、私も第十七駆逐隊の4人と戦わせてもらったが、島風さんを襲った人達ではないと、改めて確証を得られた。戦い方から性格が滲み出ている。この人達は隠し事が出来ないタイプだ。もし襲っていたとしたら、島風さんを見てあんな反応は出来ない。

それだけは安心した。この鎮守府に疑いをかけてしまったのは申し訳ないが、これからもいい関係を続けていきたい。大概狙われるのは私だろうが。




元深海棲艦は気配はするけど匂いはしないというのを大分前に書いたかと思います。臭気計が5なのは、普通では感じられないくらい微量な匂いが出ているという具合。なので、深海棲艦が絡んでいれば臭気計は反応します。ちなみに深海艦娘からも反応は出ます。


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念には念を

志摩司令官の鎮守府に赴き、島風さんが流れ着いたことには無関係であることの確証が得られた。ついでにさんざん演習させられたのも費用の内だと考えておこう。峯雲の成長も見ることが出来たし、いい関係が続けていけそうだと実感した。好戦的になってしまった峯雲には、いっそのこと、もっと戦闘についていろいろと教えてあげてもいい気がしてきている。

 

私、朝潮達が志摩司令官のところで疑惑の払拭をしていた頃、鎮守府でも少しだけ動きがあった。司令官が元帥閣下に事情を説明し、今一番怪しいと思われる阿奈波さんの鎮守府に鎌をかけたらしい。結果としては大した情報を得られることはなかった。新たにドロップ艦を発見したという情報はなく、使途不明な弾薬や燃料も確認されなかったようだ。

 

「お帰り、朝潮君。そちらはどうだった?」

「無関係である確証が得られました。第十七駆逐隊の方々とも演習させてもらいましたが、嘘をついているようには到底思えません。深海臭気計も使って調べましたが、無反応です」

「そうか、それなら安心した」

 

こちらのことで本当に安心したようだ。

 

「あとは浦城君のところだね。念のため明日向かってもらっていいかい?」

「了解しました。……疑うのは辛いですね。一緒に戦った仲間なのに」

「事が事だからね。念には念を入れておいた方がいい」

 

司令官もあまりこういうことはしたくないと言う。気持ちは同じ。だが、疑わしいものは調べておいた方がいい。何かあっては遅いのだ。

今のところ、私達が向かう海域で深海忌雷も見ていない。なら島風さんは何処で寄生されたのか。謎が全く解決しない。

 

 

 

翌日、今度は浦城司令官の鎮守府へ出向。随伴は島風さんの他に、春風とウォースパイトさん。あちらの鎮守府にいる照月さんを見てみたいということで便乗した。あちらには事前に連絡を入れて車椅子を用意してもらっている。

 

「他の鎮守府は初めてね。I can’t wait」

「たまには外に出るのもいいですよ。とはいえ行けるところは限られてしまいますが」

「私は、アサシオのあの島も好きよ。また行きたいわ」

 

ウォースパイトさんは脚が不自由ということでなかなか外にも出られない。こういう機会で外との交流が出来るのはいいことだ。今回は目的が目的なので複雑な気分だが、私としては何事もないと思っているので、息抜きの一環として考えている。

 

「あ、深海の気配を感じました。照月さんが出迎えてくれるみたいですね」

「会うのは久々ですし、楽しみでした。相当前ですし、練度も大分上がっていることでしょう」

 

今日は霞も初霜さんもいないので春風が私にベッタリである。チョーカーのおかげで突然トぶこともないので安心していられる。さすがに外の鎮守府であの様を見せたら、春風は立ち直れないだろう。

 

「あ、おーい! 春風ちゃーん!」

「照月さん、お久しぶりです」

 

海上で照月さんが手を振っていた。そういえば初めて見る艤装装備状態。聞いていた通り大型化しているが、島風さんの連装砲ちゃんに似た自立型艤装、長10cm砲ちゃんがガチャガチャと音を立てて手を振っているのが見えた。あちらもマスコットのようで可愛らしい。銃弾を葉巻に見立てて咥えているのがまた可愛い。

 

「えっと、そちらは」

「わからないかもしれませんが朝潮です」

「……え? えぇーっ!? 朝潮ちゃん!? 見違えたっていうか面影が殆ど無くてビックリしたよ! 深海の気配もするし!」

 

照月さんと出会った時は、まだまともに艦娘をやっていた時代だ。その時からもう3度の変化をしている。話くらいは聞いていたかもしれないが、実際に見たらこんな反応にもなるだろう。

記念写真は送ったはずだが、それでもこの反応は仕方あるまい。写真で見るのと直に見るのでは印象が違いすぎる。

 

「貴女がこの鎮守府の元深海棲艦なのね。Nice to meet you! 私はQueen Elizabeth class Battleship Warspite!」

「あわわわ、え、英語は苦手で。あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ」

 

ウォースパイトさんはテンションが上がると英語がすごい速さで出てきてしまうので、照月さんもタジタジ。

 

「ああ、ごめんなさい。元戦艦棲姫改のウォースパイトよ」

「元防空棲姫の照月です。よろしくお願いします!」

「よろしくテルヅキ。仲間に会えて嬉しいわ」

 

やはり同じもの同士というのは相性がいいのか、すぐに仲良くなった2人。照月さん自体、同族に会うのはおそらく2人目。ガングートさん以来の元深海棲艦である。別に疎外感などは感じていないと思うが、同じものというだけでも親近感は湧くものだろう。

 

「私の連装砲ちゃんにそっくり!」

「あ、ホントだ。でも長10cm砲ちゃんの方が少し小さいかな?」

「小が同じくらいかも! 大は重巡主砲だから大きいんだぁ」

 

同じような自立型艤装を使っているということで島風さんもすぐに仲良くなっている。連装砲ちゃんも長10cm砲ちゃんと仲良くなった様子。あちらも島風さんと同じで社交性が高いようだ。

 

「じゃあ行こっか。叢雲ちゃんも待ってるよ」

「そうですね。挨拶しておかなくては」

 

照月さんに連れられて鎮守府に入る。事前に知らされていたおかげで、浦城司令官と叢雲さんも工廠で待っていてくれた。

 

「……写真通りとはいえ、実際に見ると驚くわね……」

「艦娘だろうが深海棲艦だろうが、成長するなんて有り得ませんからね。いやはや、これは本当に驚きましたよ」

 

私の姿を事前に知っていたとはいえ、照月さんと同じように実際に見ると驚きを隠せないようだ。

 

2人に会えたので、早速本題に入る。

志摩司令官の時と同様、まず島風さんを見てもらう。こちらの鎮守府には島風さんは配属されていないようだが、本来との違いに驚くものの、それだけで終わった。第十七駆逐隊のことを聞いたが、この鎮守府にはメンバーが誰も配属されていない。私がここに来させてもらった時にも姿は見ていなかった。それは今も同じのようだ。

ついでに深海臭気計も使わせてもらったが、照月さんが5、浦城司令官や叢雲さんは0と、これも志摩司令官の鎮守府と同じような結果に。

 

「便利な装置ね。これ、他の子達にも使っていいかしら」

「どうぞどうぞ。念のため全員見たいと思っていましたから」

「ならサクッと終わらせちゃいましょ」

 

念には念をということで、私達の監視下の下、配属された艦娘が呼び出されては臭気計の値を確認していくことに。全員0なら深海絡みの疑いは無くなる。

深海に関係無しに隠蔽しているとなるとまた振り出しに戻るわけだが、今はそこまで調査することではない。考えないでおこう。

 

 

 

艦娘の深海の匂いを調査するのは浦城司令官と叢雲さん、そして私が担当。その間、暇になってしまう随伴のウォースパイトさんと島風さんは、照月さんとティータイムをしつつお話をしたいと談話室へ。春風は私の後ろに待機。艤装が無いウォースパイトさんに代わり、私の守護者を買って出た。頼もしい妹分である。

 

「おう、久しぶりだな朝潮」

「お久しぶりです長波さん」

「雪はどうよ。何もしてないか?」

 

調査中、長波さんにこちらの近況を聞かれる。雪さんの処遇について反対意見を出したために、現状が気になったらしい。ほんの少しのわだかまりも、ここから大きな溝になりかねない。

 

「ずっと雑務に追われていますよ。罪の意識を忘れずに、鎮守府に貢献したいと、やれることは全部やりたいと走り回ってます。ただ……」

「ただって、やっぱ何かあるのかよ」

「うちの叢雲さんが物凄く溺愛してまして……今メイド服を着せられてます。ああなると艦娘も深海棲艦も関係ないかなと」

 

予想外の解答だったのだろう、キョトンとした後、言葉の意味をようやく飲み込めて大爆笑。

 

「そいつはいいや! 心配して損したぜ!」

「ええ、皆と仲良くやってますよ。ポーラさんだけはどうしても無理ですが、この1ヶ月でわだかまりもほとんど無くなりました。それでも雪さんは自分の罪を忘れていません。見届けてあげるのが私達に出来ることです」

 

あれだけ身を尽くして反省しているのだ。見かけだけの献身でないことは皆わかっている。だからと言って全部許せなんて言えないし、雪さん自体がそれを望んでいない。皆が納得するまでは現状維持、見届けるのが一番の処遇だろう。

 

「反対意見言った手前気になっててさ、それが聞けただけでも充分だ。それにしても叢雲が吹雪を溺愛って、くくく、それだけでも面白いな」

「個体差でしょうが。あっちの叢雲はそういう叢雲ってだけでしょ」

 

こちらの叢雲さんは不服そう。前に敷波さんが話していた通り、吹雪さんに対してそこまでの敬愛は持っていない様子。

 

「話としては聞いてるけど、そっちの鎮守府は個体差が激しいのが多すぎよ。私といい、アンタといい」

「それが取り柄ですから」

「違いねぇ。アレが一番わかりやすいよな」

 

長波さんが指を指す先。長波さんより先に深海の匂いの計測が終わった夕立さんとじゃれあう春風。春風はあちら側に傾き、せっかくだから終わったら演習しようと計画を立てている。古姫側の春風を見るのは久しぶりに思えた。最近は素の状態でトんだし。

 

「今度お邪魔させてもらいたいくらいね」

「お待ちしていますよ」

「あたしらもまた行かせてくれよ。少なくとも神通さんが行きたがってる」

 

おそらく私と扶桑姉様が狙い。勘弁していただきたいのだが。

 

「久しぶりね、別の私」

「えっ、もしかして、以前の別の私ですか!? その、気付きませんでした。すみません」

「気付かなくて当然よ。前と違いすぎるんだから」

 

その次、ここに来たら会いたかった人物。()()()()()()()私。

 

以前に会った時は実戦経験0の生まれたばかりの状態だったが、あれからかなり時間は経っている。別の私も今や改二となり、その惜しみない火力で戦いに貢献しているようだ。

主砲も魚雷も装備できる朝潮というのは、いつ見ても少し羨ましい。特に、改二での運用は私の出来ないことのオンパレードだ。こうなりたかった自分を見ているような感覚。

 

「あの時の経験を胸に、日々精進しています。また会えて嬉しいです」

「そうね……私はこんなに変わり果ててしまったけど、また会えて嬉しいわ」

「変わり果てても、朝潮は朝潮、別の私に代わりありません。でも、その身長と胸は羨ましいところですね」

 

こちらの朝潮は小柄な自分が少しコンプレックスになっている様子。最初の霞のようなものか。

 

「今日は神通先生と演習するのですか?」

「するつもりは無いけど……というか、先生?」

「ここの朝潮は神通さんに教育されてんのよ。おかげで練度はグングン上がって、今では一軍レベルよ」

 

叢雲さんがそう言うのだから、この別の私は強く逞しく成長したのだろう。それにしても神通さん直々の教育とはまた恐ろしい。二水戦式の訓練は、確かあの人に弱みを見せない龍田さんが倒れたもの。それに耐えられているのだから、実は油断できないほど強いのでは。

 

「神通先生からはお話を聞かせてもらっています。駆逐艦の身でありながら、あの神通先生に土を付けたと」

「まぁ……私はいろんな例外があるけど。神通さんから売られた喧嘩を丁寧に買わせていただいただけで」

「むしろ私が演習していただきたいくらいです」

 

神通さんに教育されているということは、それだけ好戦的に育てられているということ。峯雲といい、別の私といい、何故こうも好戦的になってしまうのか。朝潮型はそういう方向に行ってしまうように出来ているのだろうか。

 

「神通さんに勝ったっていうのは私も興味があるわね。今、アンタどういう状態なの。前に見たときは後方支援だけだったわよね。指示だけで新人が私に勝ったんだから充分すぎるけど」

「艦載機が12機飛ばせるのと、艤装による白兵戦が出来るようになったくらいですよ。ああ、あと行動予測で戦場の数秒先の未来が見える程度で。神通さんに勝てたときは白兵戦無しですね。避け続けて艦載機でダメージを蓄積させたただけで」

 

叢雲さんが黙ってしまった。別の私も顔が引き攣っている。

 

「朝潮、演習したいんでしょ。犠牲になって私達にアレの情報を開示させなさいよ」

「いや、あの、あまりにも予想の斜め上過ぎて。別の私は別の何かになってしまったようで……」

 

これだけの情報を聞いて、それでも演習を望んでくるのは神通さんと夕立さんくらいだろう。

 

 

 

調査終了。全員の臭気が0であることが確認できたため、深海絡みではないことが確定。潔白が証明された。疑うのはやはり辛いが、ここの鎮守府は以前から交流があるため尚のこと辛い。

終わったことをいいことに、春風は夕立さんと演習に行ってしまった。入れ違いになるようにティータイムを興じていたウォースパイトさんはこちらへ。島風さんは途中で春風についていったらしい。車椅子を押してきたのは照月さんだった。

 

「この鎮守府も楽しいところね。いろんな子と話せたわ」

「それは良かったです」

「コンゴウやビスマルクとも久し振りに会えて良かったわ。ついてきて正解だったみたいね」

 

息抜き出来て満足げなウォースパイトさん。照月さんも色々話せて楽しめたようだ。この鎮守府には当然だが元深海棲艦は照月さん1人しかいない。出会った直後から仲が良かったが、今ではより親密になっているように見えた。

 

「調査の結果はどうだったの?」

「全員深海の匂いは0でした。なので、深海絡みなのは照月さんだけですね。元深海棲艦だから仕方ないですよ。数値は小さいですし」

「よかったぁ。ホッとしたよ」

 

こちらもホッとしている。あらぬ疑いはかけたくないものだ。

 

「朝潮は数値いくつなのよ。深海棲艦なんだから相当高いんでしょ?」

「えぇと、普通の深海棲艦は100です。こちらにいる深海棲艦で計測しました。それを踏まえて、私は1200です」

「せんっ……桁違いなのね……」

 

これはもう笑うしかないだろう。私も驚いたものだし。

 

「とはいえ、これでアンタ達の目的は達成ね。息抜きがてらここで休憩していってちょうだい」

「ありがとうございます。そうさせてもらいます」

 

これでまた1つで安心できた。こうなると、深海に関係無しに隠蔽していることを考慮しないならば、もう疑うべきところは1つしか無くなる。ここで活動をしている時に、さらに疑問が増えたからだ。

 

海域で第十七駆逐隊と出会った時、谷風さんが私を即座に朝潮として判別出来たことだ。朝潮が大きくなったと、見ただけで判断している。照月さんや、別の私ですら、私が朝潮であるとわからなかったのに。

いくら深海棲艦化した私を知っているといっても、艦娘、ないし深海棲艦が成長していたらすぐに判断はつかない。別の艦娘と間違える可能性だってある。それすら無かった。

 

これはもう、あそこが黒だと断定出来ると思う。鎌をかけても何も出てこなかった辺り、用意周到だ。私が直接行けるかはわからないが、次の調査は阿奈波さんのところ。これで決着をつけたい。




別の朝潮も好戦的。つまり朝潮型は好戦的。これはもう疑いようのない事実になりつつある。


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周到な罠

志摩司令官の鎮守府に続き、浦城司令官の鎮守府の潔白も証明された。これで残すは最も疑いがかかっている阿奈波さんのいる鎮守府のみ。島風さんが反応した第十七駆逐隊も所属しており、不可解な行動もいくつか見受けられていることから、どうにか理由が聞き出したいところだった。

特に知りたいのが、何故、私が朝潮であることがすぐにわかったか。本来知り得ない情報を持っていると言っても過言ではないことである。私の姿を見て、ほぼ初見で加藤鎮守府所属の朝潮と見抜くことが出来るのは、同じ鎮守府に所属している人、あの戦いの援軍、そして、()()()()()()()()()()のみである。

 

「阿奈波君のところの調査だが、元帥閣下経由でやってもらうことにした」

「そうですね。私達が出向くのは難しい場所ですし、元帥閣下ならあちらにも行きやすいでしょうし」

 

深海臭気計を元帥閣下に渡し、それであちらの状況を調べてもらう。どれだけ用意周到に準備していたとしても、匂いだけは簡単には取れない。あの深海忌雷のように気配すら感じないものを出されては困るが、それでも微量の匂いは付く。本来何事もない艦娘は臭気計の値が0になることは実証済みだ。

 

「臭気計は秋津洲君に運んでもらう。彼女なら顔パスで他鎮守府の海域に入れるからね。元帥閣下の鎮守府にも顔が利く」

「凄いですよね……行ける場所全部に顔が利くというのは」

「ありがたい限りだよ。秋津洲君には足を向けて寝られない」

 

全ての物資輸送を担う秋津洲さんだからこそ出来る芸当。私達の行けない場所にも行けるというのは大きな強みだ。権利関係だけはどうしても突破できない。

 

「明日の朝に秋津洲君が一旦帰投するから、その時に説明しよう」

 

決着は明日以降となった。白なら良し。黒なら対策を考える必要がある。

 

 

 

翌日、秋津洲さんは臭気計を持って元帥閣下の下へ。私は相変わらずのフリー。今日は霞、春風、初霜さんが纏めて哨戒任務に出払っているので、アサに身体を渡している。向かう先は当然ジム。筋トレにハマっている感じがする。

 

「白兵戦が性に合っていてな。筋トレも楽しいものだ」

「そうでしょう。アサが筋肉に目覚めてくれたのは嬉しいわ」

「ヤマシロ姉さんの教えのおかげだ。これで朝潮も鍛えられるし、一石二鳥だな」

 

アサが勝手にやることで私の身体も鍛えられるというのは確かにありがたい事かもしれない。より健康的になれている気がする。

回避もいつもより素早く出来ているようにも思えるし、そもそも疲れにくくなった。全部アサが私の身体を使ってやる筋トレのおかげ。自分でもやることはあるが、アサは倍以上やっている。

 

「いやぁ、いい汗かいた。朝潮に身体を譲ってもらわないと出来ないからな」

『譲ったらここのところずっと筋トレよね』

「楽しいからな。身体と艤装が変わったおかげだ」

 

あまり喜べはしないが、白兵戦でも耐えられる身体と、白兵戦に使える艤装にならなかったらこんなことはしていないだろう。アサがやりたいと言っても、私が、そして司令官が許さない。

 

『……そろそろ秋津洲さんが元帥閣下のところに着く頃かしら』

「ん? アキツシマ? ああ、朝に来てた物資輸送の」

『ええ。あの人凄いのよ。何処の鎮守府にも顔パスで入れて』

 

などと話していると突如鳴り響く警報。ここ最近平和だっただけに驚いてしまった。

 

『緊急事態だ! 元帥閣下の下へ向かう秋津洲君が襲撃を受けた! 彼女は武器を持たない! 急ぎ救助に向かってほしい!』

 

噂をすればなんとやらと言うが、そういう形で名前を聞きたくはなかった。すぐに行けるのは工廠要らずの深海組。ここにいる者であれば、私と扶桑姉様。着替える暇もないのなら、着替えずに行けばいい。

 

「フソウ姉さん、私らが行こう!」

「ええ……すぐに出られるものね……」

 

ジムから大急ぎで工廠へ。既に瑞穂さんが準備完了。隣には島風さんと雪さんまで待ち構えていた。

 

「ユキ!? 何故出撃の準備をしてる!」

「嫌な予感がするの! わたしも行かせて!」

 

ちょうどそこにいたからではなく、自分の意思でここに立っている。今の姿になってからまともに戦闘訓練もしていないが、記憶がちゃんと残っている以上、あの時とは勝手が違えど戦うことが出来ると、雪さんの目は語っている。帰れと言ってもついてきそうな勢いだ。こうなってはもう仕方がない。

 

「わかった、ついてこい! 提督どっち方面だ!」

「若干北寄りの東だ! 朝潮君ならわかる! 哨戒中の初霜君の部隊も緊急でそちらに向かっているから、合流して秋津洲君を救出してくれ!」

「了解! 出撃する!」

 

そのままの勢いで海に入り艤装展開。スピードを落とさずそのまま出撃。瑞穂さんは島風さんが引っ張る形で低速をカバー。むしろ私達より速いまである。こういった救出任務では島風さんがいると迅速に対応出来ていいかもしれない。

 

「ユキ、ちゃんとついてこれてるか!」

「大丈夫!」

 

雪さんはしっかりとついてこれている。元々が扶桑姉様に追随できるほどの速さだったのだ。それを戦場に出たことで取り戻そうとしていた。今の雪さんなら後ろから撃つようなこともしない。私達のために戦ってくれる。

だが、雪さんの言っていた嫌な予感とは何だろうか。それが不安である。

 

 

 

東へしばらく行き、誰の管理下でもない海域から少し北。ようやく深海棲艦の気配を確認。この感覚は初霜さん達哨戒部隊の気配だ。そこに紛れて、イロハ級の気配も感じる。

 

「電探に反応確認! 全部見つけたぞ!」

「敵は……?」

「イロハの駆逐4と艦娘の駆逐4! 想定通り!」

 

イロハ級はさておき、艦娘の駆逐4となると、もう第十七駆逐隊しかありえない。海域調査の際に一度見た反応であるため確定。秋津洲さんが元帥閣下のところへ行くところを哨戒に見つかったか。

どうであれ、本性を現してきたのは確かだ。やはり予想通りだった。阿奈波さんのいる鎮守府が島風さんを襲った鎮守府であり、何かを隠蔽している。だが、海図用の海域調査の際には深海の気配も匂いも感じなかった。艦娘のままなのだろうか。それだとまた謎が増えるが。

 

「カスミ、合流だ!」

「ちょうどよかったわ、あれどうにかして!」

 

反応確認からさらに進み、初霜さん旗艦の哨戒部隊とも合流。実弾しか持っていないため、第十七駆逐隊の処理に戸惑っているようだった。イロハ級の駆逐4体は正直どうでもいい。まずは秋津洲さんの安全を確保しなくては。

 

『雪さんとアサで秋津洲さんの安全を確保。扶桑姉様で第十七駆逐隊を攻撃。島風さんと瑞穂さんは霞達と合流して深海の駆逐の処理』

「あいよ。ユキ、来い! アキツシマの安全確保だ! フソウ姉さん、艦娘の方を処理! シマカゼとミズホはカスミと合流!」

 

相手が艦娘でも関係ない。島風さんを4人がかりでどうにか出来る力はあるかもしれないが、扶桑姉様の前でなら無力だ。何も心配はしていない。その間に船の安全を確保する。

秋津洲さんの船は損傷が激しいがまだ完全に破壊されているわけではなく、秋津洲さんの奮戦がわかる。そもそも船が大分硬く作られているおかげで、駆逐主砲くらいなら防げるらしい。それでもあそこまで損傷しているということは、相当攻撃を受けている。操舵技術だけでダメージコントロールしていた。

 

「アキツシマ、大丈夫か!」

「た、助かったかも……」

「周辺警護します!」

 

雪さんと一緒に船を守りながら、状況を確認。イロハ級に関しては、霞達だけでも充分だろう。島風さんと瑞穂さんも加わり、数的有利も得た。未だ無傷で善戦出来ている。

 

「妹のお願いなの……貴女達を……排除するわ……」

「悪いがこちらも仕事なんだ」

 

磯風さんを筆頭に、4人のチームワークで扶桑姉様を押し込もうとしている。だが主砲は一切効かず、素早すぎて包囲も出来ない。

 

「朝潮……何処までやっていいのかしら……」

『出来ることなら無傷で』

「なるべく無傷で頼む!」

 

どういう状況かを調べるためには、無傷で捕縛したい。別の鎮守府の配属であろうと、こちらに砲を向けてきたのだからそれくらいはしなくては。

合間合間に霞の方にも撃ってくるため、イロハ級の処理も少し時間がかかっている。私と雪さんはとにかく秋津洲さんを安全に戦場から離さなくては。

 

「まだ船は動くか」

「ちょっとキツイけど大丈夫かも! って、早くここから逃げるかも!」

「当然だ。だが、あの4人は捕縛する」

 

こちらに向かってきそうなイロハ級は雪さんが撃破した。徐々に勘を取り戻してきている。今までは私達を殺すための攻撃も、今では私達を守るための攻撃だ。小さいながらも心強い。

 

「手加減が難しいわね……でも……すぐに終わらせるわ」

 

即座に一番近くにいた磯風さんの鳩尾に一撃。虚をついた攻撃で混乱した瞬間を狙い、次に近い谷風さんを掴みあげ、浜風さんに投げてぶつける。残った浦風さんも、一瞬で近付きデコピン。

ほんの少しの時間があれば、扶桑姉様は4人を瞬殺出来てしまう。少しだけ傷はついたもののほぼ無傷。捕縛も出来たようなもの。

 

「よし、フソウ姉さん、そいつらをアキツシマの船に乗せよう」

「待って待って待って! 早くここから逃げて!」

「そのためにあいつらを運ぶんだろう」

「そういうことじゃないかも!」

 

思った以上に秋津洲さんが混乱している。突然艦娘に攻撃されれば無理もない。

 

「イロハ級も終わったわ」

「よくやったカスミ、すぐに帰投しよう」

「アサちゃん! ダメ!」

 

秋津洲さんの様子がおかしい。混乱しているだけじゃない。

 

「どうした。戦闘はもう終わったぞ」

「違うの! 早く逃げてぇ!」

 

ふっと、私の後ろを指を指す。

 

 

 

「あたしの船を攻撃したの、()()()()()()()()()ぁ!」

 

 

 

秋津洲さんの叫び声と同時に砲撃。初霜さんの撃った弾は、完全に()()()()()()()。咄嗟のことで体勢が崩れるが、アサがどうにか反応して艤装の腕で弾く。

同時に春風が島風さんに砲撃。持ち前の俊敏さを活かし、ギリギリのところで回避し、船の近くまで移動。

それを見越していたかのように霞の魚雷。秋津洲さんの船を狙っていることがすぐにわかった。駆逐主砲には耐えられても、魚雷を受けてはひとたまりもない。数が多い上に船はすぐには動けない。魚雷を全て破壊するしかない。

 

「お任せください」

 

気付けば隣に瑞穂さんが立っていた。主砲と甲標的を駆使し、魚雷を破壊していく。私の艦載機と雪さんの砲撃も込みにして、どうにか全てを破壊することに成功した。が、魚雷が爆発した際の水飛沫で前が見えなくなっている隙に、哨戒部隊の3人は第十七駆逐隊を回収して間合いを取っていた。

いきなり仲間に攻撃され、島風さんは動揺で震えてしまっている。戦力として見るのは辛い。

 

「なんのつもりだお前ら」

「なんのつもりと言われても、これが私達の仕事ですから」

 

霞と春風が気を失っていた磯風さん達を乱暴に叩き起こしている。どういうことだ。わけがわからない。

 

「わけがわからないって顔をしてるので、私から説明しますね」

「ハツシモ、お前……」

「お姫様は内部崩壊を狙って最初から仕込んでいたんですよ。私の場合は、これ」

 

腕の痣を見せてくる。深海忌雷からの攻撃を受けて残ってしまったヒビ割れた痣だ。その段階からこうなるように仕組んでいたというのか。

 

「ここに、遠隔操作の小型艤装が埋め込まれています。体内にですよ。切除なんて出来ません。お姫様は『種子』と言っていました」

「私は背中。あれだけ鎖を繋がれたんだもの、何かされていてもおかしくないでしょ」

「わたくしは左脇腹。白い吹雪さんに撃たれた時に埋め込まれています」

 

ニヤニヤしながら話す3人。つまり、この3人は最初から洗脳されていたと。

第十七駆逐隊の4人も同じように『種子』が埋め込まれているのはわかった。キッカケは、私達の救出任務だ。大怪我を負っていた4人は、その時に既に埋め込まれていた。ここにいる洗脳された、霞を除く全員が、入渠必須の大怪我を負っている。

だが、それだと鎮守府で目覚めた時に暴れ出してもおかしくないのでは。

 

「『種子』の『発芽』には個人差はあるものの時間を使うらしくて。私が『発芽』した時には、島風さんが朝潮さんの領海に流れ着いた後でした。その後から、実はお姫様と通信してたんです」

「わたくしも初霜さんとほぼ同じくらいに。鎮守府の内情を全て報告させていただきました。哨戒の時にこっそり小型の通信機を確保していまして」

「私はつい最近ね。だから今回の作戦、全部私達がお姫様に報告済みってわけ。襲撃くらいするわ」

 

残り4人は外部からの干渉で『発芽』がかなり早められたらしい。島風さんを攻撃した時には『発芽』済み。

精密検査でもわからないような小型艤装が既にあったということか。それはもう艤装ではなく、因子か何か。体内に入り込み、外部からは切除不可能な状況に陥っている。洗脳は解除できない。

 

「それにしても不可解ですね。雪さんも『発芽』しているはずなんですが」

「別にいいでしょ。どうせ『発芽』したところでゴミみたいなもんだし。いてもいなくても変わらないわ」

 

またもや妹が、それに妹分と、かけがえのない仲間が、私達に反旗を翻した。お姫様と称している時点で、黒幕は北端上陸姫。第十七駆逐隊も例に漏れずだろう。そうなると、北端上陸姫のいる場所は……。

あの時の恨みと憎しみが込み上げてくる。今は思考の海にいる私にもわかる。思考の海が()()。冷静でいられない。

 

「朝潮、抑えろ」

『わかってる……わかってるけど……許せない……許セナイ……』

「今はあいつらをどうにかすることが先決だ。洗脳が解除できないにしても、そのまま逃すわけにはいかない」

 

その通りだ。ここで逃すと、また改造されるだろう。本当に戻れないところにまで持っていかれてしまう。冷静にならないと、もっと酷いことになる。

 

「私達はお姫様のところに向かいます。貴女達は不始末くらいつけてください」

「アンタ達が島風をちゃんと始末しないからこんなことになったのよ。これくらい役に立ちなさいな」

 

霞が谷風さんを蹴り出した。霞はあんな乱暴なことをする子じゃないのに。

 

「ったく、クズはどこまでいってもクズね。働けない艦娘なんて、ここで解体でもいいわよ」

「わたくしが後ろから撃ってもいいのですよ。ほら、わたくし達のために働きなさい」

 

春風まであんなことに。古姫側に傾いてもあんな態度は取らない。それが洗脳のせいで、傲慢で、陰険な性格に変えられている。許せない。冷静になりたいのに、怒りが全く押し込められない。それどころか、沸々と沸き上がってくる。

 

『許セナイ……許セナイ……!』

「抑えろ朝潮! これがヤツの狙いなんだろうよ!」

 

アサは私が主導権を奪おうとしているのを必死に耐えてくれている。そのせいで、アサの行動を阻害してしまっている。

今私が表に出たら、また呑み込まれる。霞すら手にかけてしまうかもしれない。それだけは抑えなくてはいけない。

だが、恨みと憎しみで頭が言うことを聞かない。表に出て、何もかもを滅茶苦茶にしたい。自分が抑制できない。

 

「やめろ朝潮! 抑えられなくなる……!」

 

また身体が妙な音を立て始める。再び成長する兆し。まずいと思っていても、私はこれを受け入れてしまっている。腐った姫を殺す力を、私は欲している。

私のさらなる変化の前兆が確認できたからか、初霜さんがより嫌らしい笑みを浮かべるのが見えた。



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厄災再び

阿奈波さんの調査をするため、元帥閣下に臭気計を送る秋津洲さんの船が襲撃を受けた。その犯人は阿奈波さんが管轄する第十七駆逐艦。それを救出するために出撃した私、朝潮だったが、それすらも罠だった。内部崩壊を狙うために、『種子』を埋め込まれ既に洗脳済みだった初霜さん、春風、そして霞が、私達に反旗を翻し、こちらを攻撃してきたのだ。

黒幕が北端上陸姫であることがわかり、思考の海の中でも恨みと憎しみに呑み込まれる私。身体が成長した時と同じ、煮えたぎるような怒りに理性を削り取られ、表に出ているアサの行動を阻害してしまうほどになっていた。私が思考の海にいるにも関わらず、身体に再びの成長の前兆が現れ始めてしまった。

また骨が軋み出す。初霜さんがより嫌らしい笑みを浮かべるのが見えた。目論見通りということだろう。気に入らない。あの顔ごと壊してやろうか。

 

「朝潮……抑えなさい……姉様が全部どうにかしてあげる……」

 

気付けば扶桑姉様が私の隣に。3人の話を聞く間はジッとしていた。何も聞かずに攻撃することも出来ただろう。それでも何もしなかったのは、真相をある程度知ることで今後の解決に繋がるから。私より、扶桑姉様の方が余程冷静だ。

 

「島風……雪……朝潮を抱いてあげなさい……」

「はい! 島風ちゃん!」

「お、おうっ!?」

 

扶桑姉様に言われるがままに抱きついてくる。深海の匂いの相乗効果で、気分が落ち着いてくる。煮えたぎるような怒りが少し冷え、思考の海の熱も引いていくように思えた。骨の軋みも止まる。

雪さんが嫌な予感がするとついてきてくれていなかったら、相乗効果で落ち着くこともできなかった。島風さんだけでは安定しなかっただろう。雪さんの直感に感謝する。

 

「助かった……朝潮、冷静になれ」

『……ごめん……私やっぱりどうかしてる』

「わかってるならもう少しちゃんとしろ」

 

完全に立場が逆だった。深海棲艦にたしなめられる艦娘とか、やはり私は何処かがおかしい。

 

「残念、目論見通りには行きませんね」

「扶桑さんがあんなに冷静だとは思わなかったわ。もっと狂ってるのかと」

 

私の変化が止まったことを残念そうに話している。また怒りが込み上げそうだったが、2人の元艦娘のおかげで冷静に状況が観察できた。

私達に意気揚々と説明する間、第十七駆逐隊も回復している。乱暴に扱われてはいたが、自分達が逃げるための盾にくらいは考えているのだろう。とことん下衆にされている。

瑞穂さんは秋津洲さんの船を警護、私の周りに島風さんと雪さん、そしてそれを守るように立つ扶桑姉様。私のせいでアサは現在戦闘不能。それを抑えている島風さんと雪さんも援護射撃くらい。島風さんの連装砲ちゃんはまだピンピンしているが、船の警護に回っている。

 

「無傷はもう無理ね……貴女達は妹を傷付けたわ……」

 

扶桑姉様が初霜さんを睨め付けた。その後ろ姿を見て、アサですら恐怖で慄いた。1人で7人を相手しようとしている。その中の3人は、つい先程まで仲間だったもの。

無傷で捕らえて治療がしたかったが、もう扶桑姉様にはその気持ちも無くなってしまった。私の心が大きく傷付いたというだけで、狂気に呑み込まれている扶桑姉様は、冷静でいながらも私以上に憎しみを抱いている。

 

「私は再び……厄災へと戻りましょう……」

 

刹那、浜風さんが宙を舞った。

今までは本当に手加減していた。一切脚を使わずに攻撃していた。それを解禁したということは、ここからは本気。殺しはしないが、半殺しまでは持っていくつもりで攻撃している。現に、この一撃で浜風さんは大破。

 

「霞……貴女が一番罪深いわ……」

 

霞を見据えながらも、真横の浦風さんが蹴り飛ばされた。当然大破。

 

「妹である貴女が……一番心を抉っているの……」

 

谷風さんが吹き飛ぶ。勿論大破。

 

「い、磯風! 壁になりなさい!」

「壁……? こんな脆いものが……私の壁になるとでも……?」

 

即座に薙ぎ倒される。壁どころか、盾にすらならない。そこにあってないようなものとして見られている。

 

「霞……いくら洗脳されていようが……やっていいことと悪いことがあるの……」

「はっ、知ったこっちゃ無いわよ! 主砲は効かなくても、魚雷は効くでしょうが!」

 

霞の全力の雷撃。全てが扶桑姉様に集中する、十数本の魚雷。艦載機も主砲も持たない扶桑姉様には、回避以外の選択肢がない。

 

はずだった。

 

()()魚雷でしょう……頭を使いなさい……」

 

強烈な踏み込みで海が津波の如く波打った。深く潜行していた魚雷すら、その一撃で全て海上に打ち上げられる。その全てを蹴りの風圧だけで爆破。

扶桑姉様の戦術は常軌を逸している。唯一効くのではないかと思われていた魚雷すら、こんな無茶な方法で対処してしまった。

 

「嘘でしょ……!?」

「波と水飛沫と爆炎が目眩しにはなってます。今のうちにお姫様のところに撤退しますよ」

 

確かにこちらからは3人の姿は見えない。盾にもならなかった第十七駆逐隊は放置して、さっさと逃げようという魂胆だった。

 

「逃 げ ら れ る と 思 っ て い る の ?」

 

御構い無しに突っ込み、霞の顔面を鷲掴みにして持ち上げていた。ここまで来ると洗脳など関係ない。本能的に恐怖しか感じない。半分でも深海棲艦なのだから、本能はより強くなっている。あまりの事で、初霜さんと春風も動けないでいる。

 

「はっ、離せ……!」

「霞は背中と言ったわね……」

 

軽く放り投げたかと思うと、艤装諸共背中を蹴り飛ばした。機関部艤装が全損するほどの威力で、背中が大きく晒されるほどの大破。血を吐きながら気絶。いくら私の妹だからと言っても、一切の容赦なく、殺すほどの攻撃で倒してしまった。

 

「次は春風……左脇腹だったわね……」

「や、やめっ……」

 

恐怖に駆られて主砲を乱射するが、御構い無しに真っ直ぐ突き進み、艤装を粉々に破壊。霞と同様に頭を掴んで持ち上げる。

 

「春風には個人的にも思うところがあるの……私……思ったより根に持つタイプかもしれないわね……」

 

言い訳もさせず、宣言通り左の脇腹を抉るように蹴り飛ばした。いろいろと折れる音が私の下にまで聞こえるほどの衝撃で吹き飛ばされ、倒れている霞に激突。機関部も破壊され再起不能。

 

「あとは……初霜だけよ……右腕ね……」

「元々仲間である私達になんてことを……」

「立場を笠に着るようなことはやめなさい……これ以上私を苛立たせないでもらえるかしら……私が容赦しないこと……もうわかっているでしょう……」

 

他の2人と同じように頭を掴んで持ち上げる。

 

「隙だらけじゃないですか」

 

頭を潰される覚悟で主砲を腹に突きつけ砲撃。それを読んでいたのか、扶桑姉様は撃たれる前に左手で主砲を握り潰していた。砲撃の直前に握ったため、扶桑姉様の左手はグチャグチャに。身体も爆風で怪我を負ってしまう。

 

「っはは、砲弾を受けましたね。そこにも『種子』は入ってますよ。扶桑さんの左手から『発芽』を待つことになるでしょうね」

「……そう」

 

初霜さんを海面に叩きつけ、動けないように踏みつけた後、事もあろうか、自ら左腕の肘から下を手刀で切り落としてしまった。思い切り踏みつけながら落とした左腕を拾い上げる。

 

「『種子』が……なんですって……?」

「しょ、正気ですか!? 自分で腕を落とすだなんて!?」

「妹と敵対する方が……億倍痛いもの……この程度、痛みも感じないわ……」

 

血の滴る腕を初霜さんに晒しながら、狂気に染まった目で見下す。痛みすら感じていない冷たい瞳に見据えられ、さらには溢れる血が初霜さんの顔にかかり、あまりの恐怖にガタガタ震え出してしまった。

 

「右腕……だったわね……」

「ひっ」

「殺さないわ……死ぬほど痛いだけ」

 

蹴り上げた後、右腕を強引に蹴り込んだ。艤装があるおかげで捥げはしないものの、艤装ごとバキバキに折れたのは視認できた。初霜さんも積み重なった霞と春風と同じところに飛ばされ激突。洗脳された3人は山になって気絶している状態。全員が全員重傷、轟沈一歩手前で寸止めされている。

 

「終わったわ……全員運んでちょうだい……」

「ふ、フソウ姉さん、左腕は……」

「ああ……大丈夫よ……この左腕は佐久間さんに渡すわ……」

 

『種子』が入った左腕だ。解析すれば、全員の洗脳も解けるかもしれない。

これまでの戦いを間近に見て、雪さんも島風さんも、私に抱きつきながら怯えきってしまっていた。あんな滅茶苦茶な戦闘を見るのは初めてだろう。雪さんは似たような状態の扶桑姉様の相手をした経験があるにも関わらずだ。まさか自分で腕を切り落とすまでするなんて到底思えない。

 

この戦闘で、また一つ謎が生まれる。あくまでもこちらの内情を報告していただけの初霜さんの主砲から何故『種子』の含まれた砲弾が放てたのか。入っているということすらも嘘なのかもしれないが、扶桑姉様の英断で、今後何かが動き出す。

 

 

 

秋津洲さんの船に7人を乗せ、どうにか帰投。私はまだ今後が心配であるため、少しの間、行動はアサにやってもらうことにした。なんの拍子にまた先程と同じことが起きるかわからない。少なくとも今、北端上陸姫の顔を見たら、また同じことが起こる。表に出ていなくてもこれなのがタチが悪い。思考の海で頭を冷やすことに専念しようと思った。

 

「……カスミ、ハルカゼ、ハツシモは洗脳されていた。今のままだとまだ敵対したままだ」

 

アサに報告をしてもらう。洗脳はされているが、大破は大破だ。扶桑姉様含む全員に入渠してもらうことになった。私達の鎮守府の入渠ドックは8つ。ギリギリ全員分だ。

 

「どうしたものか……怪我を治すのはいいが、敵対しているのなら目覚めた直後に攻撃してきてもおかしくない」

「私としては朝潮が心配なんだ。そちらのことは提督に任せる」

 

私は少しの間表に出ないということも伝えてもらった。人と話が出来ないのは悲しいが、表に出て暴走したらもっと悲しいことが起きる。

 

「朝潮君、また成長しそうになったのかい?」

「ああ。カスミ達がまたやられたことで、怒りと憎しみに囚われた。私が表だったからこれで済んでいるが、無理に主導権を奪おうとしてきたんだ。抑え込むのも難しかった」

 

骨が軋む音はしたものの、外見に変化は無い。アサがどうにか食い止めてくれたおかげで、敵の目論見を外すことが出来た。

私ではなく、周りばかりを狙うようになっている。それが私には一番辛い。私のせいで皆が傷付く。今回はわかりやすく親密な仲の3人だ。たまたまかもしれないが、一番効果的な精神的ダメージが入った。結果私は引きこもることになったのだし。

 

「頭を冷やすと言って出てこない。今はそっとしておいてやってほしい」

「そうか……表に出られるようになったら教えてほしい。朝潮君は強い子だが、今は心に傷を負ってしまっている。今はアサ君に任せるよ」

「わかってるさ。あいつは私なんだ。どうにかする」

 

今は正直、人前に顔を出せない。一番冷静に物事を判断しなくてはいけない立場にあるのに、一番熱くなって暴走してしまう。爆弾に火がつきかけたのだと思うと、怖くて仕方がない。

この心の変化も敵の思惑の内であり、今まで敵から処置されたものの合併症だったとしたら、私は深海棲艦である限り、常にこの爆弾を抱えて生きていくことになる。それなら、自ら密閉情報(ブラックボックス)に引きこもり、アサに全権を任せた方がいいのではないか。

 

「朝潮君、君は以前にも心に傷を負ったことがあったね。その時と同じことを言わせてもらうよ。私は君のことを大切に思っている。君のやりたい事をやれるように、私は全力で支援する」

 

アサ越しではあるが、やんわりと頭を撫でられた。感覚が無いはずなのに、撫でられていると実感出来る温もりを感じたように思えた。

ほんの少しだけ頭が冷えた。司令官のおかげかもしれない。

 

『……アサ』

「どうした」

『ごめん……あと……ありがと』

「構わん」

 

二言三言だが、それだけでも少し心が楽になれた気がした。

 

 

 

お風呂の後、アサに頼んで工廠に行ってもらった。8人全員が入渠中。扶桑姉様以外は入渠が終わったとしても開けないつもりらしい。開けなければ眠ったままにしておけるため、暴れることはないとの事。今は得策だと思う。

 

「朝潮」

『何?』

「代わるか?」

 

無言。今は表に出るのが怖い。

 

「すぐに立ち直れとは言わん。合わせる顔が無いとでも思ってるんだろう。気持ちはわかる。私はお前の本能の化身だからな」

 

無言が続く。

 

「ゆっくり休め」

 

工廠を歩いてくれた。辿り着く先は、霞の入ったドック。まだ傷だらけで、ドックの中は見えなくされている。現在身体の治療中ということだ。他のドックも同様。

 

私に攻撃をしてくるのならまだいい。だが、何故選りに選って霞なのだ。いや、選りに選った結果が霞なのだろう。私を最も効率良く壊すことが出来る。誰よりも身近で、誰よりも通じ合い、誰よりも信頼している仲間だ。それが一番辛い。

 

「お姉さん」

 

大潮の声。私がここにいると知ってやってきたのだろうか。

 

「すまん、今はアサだ」

「お姉さんは閉じこもっちゃってますか?」

「ああ。また目の前で霞に裏切られたんだ。それに、また暴走しかけた。ショックが大きい」

 

隣に立つ。大潮も朝潮型の例に漏れず小柄だが、霞よりも少し小さい。今の私と比べたら頭1つ以上の差になってしまっている。

 

「お姉さんには声は聞こえてるんですよね」

「ああ」

「じゃあ、独り言ですから聞き流してください」

 

こちらに視線を向けることはない。霞の入ったドックをジッと見ながら、大潮がポツリと呟き始める。

 

「大潮、霞がこんなことされて悔しいです。はらわたが煮えくりかえるくらい怒ってます」

 

表情にはあまり出していないが、大潮も私と同じ気持ち。

 

「お姉さんも同じ気持ちだと思います。だけど、お姉さんが怒っちゃうと暴走しちゃう。お姉さんもここから離れることになっちゃいます。大潮はそれが一番嫌です。お姉さんも、霞も、ここで一緒にいてほしいです」

 

目の端から涙が溢れている。私はそれを拭いてあげる勇気もない。こんな独白を聞きながらも、表に出ることが怖い。

 

「だから、大潮がお姉さんの分まで怒ってあげます。お姉さんの分まで、敵を憎んであげます。そういうダメダメな考え方は、大潮と分け合いましょう。大潮が物凄く痛いことになったとき、お姉さんも一緒に痛くなってくれたんですから」

 

グスッと鼻水をすする音。

 

「だから、お姉さんも大潮を頼ってください。霞よりは頼りないかも知れませんけど、深海艦娘の端くれとして、力になれます。それに、大潮だって朝潮型、姉妹で力を合わせましょう」

 

いつも私の周りには誰かしらがいた。その筆頭が霞だ。それに、今ここで眠っており、霞と同じように今は敵対している春風と初霜さんも。大潮は元気いっぱいだが一歩引いていたような気がする。深海艦娘として深雪さん達と行動を共にすることは多いが、私に付き従うことはあまりない。

頼りないなんて一度も思っていないが、それでも、妹なのに、こういう場面では頼っていなかった。大潮には悪いことをした。申し訳ない気分でいっぱいになる。

 

『アサ、代わってもらえる?』

「いいのか?」

『自分の口で言いたい』

「そうか」

 

主導権を貰う。途端に涙が溢れてきた。

 

「大潮……ありがとう」

「お姉さん、出てきたんですね」

「頼らせてもらうわ。一緒に……行きましょう」

「はい! アゲアゲで行きましょう!」

 

今は大潮のハイテンションが心強い。

私にも心の支えが必要だ。大潮はその一本である。




大潮も朝潮型では上の方の姉。朝潮の1つ下。元気いっぱいハイテンションでも、姉。


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潜む種子

扶桑姉様の活躍により、洗脳された妹達は鎮圧され、今は入渠ドックで眠っている状態。だが、深海艦娘のときとは違い、今のままではどうやっても洗脳が解けない。起きたらまた敵対し、この場で暴れ出すだろう。私、朝潮としてもそれは避けたい。

あの後、春風と初霜さんの部屋が捜索された。あの時の発言通り、ポケットに入るほどの超小型の通信機が発見された。微量だが深海の匂いも発しており、これを使って密告していたというのがわかる。こうなることも予想してか、本人にしか使えないような細工がしてある辺り、用意周到である。

 

帰投後から数時間後、まだ日が沈んでいないくらいの時間。司令官を始め、あの場にいたものが研究室に集められていた。扶桑姉様は当然入渠中。また、私と痛みを分かち合うと宣言した大潮が参加。私は念のためまだ思考の海にいるが、先程より沈んではいない。大潮の励ましは大きく効いている。

 

「扶桑さんの腕……大事に使わせていただきました。半深海棲艦の生の腕なんてさすがに驚いたけど、洗脳を解くために解剖しました」

 

半深海棲艦は誰の管轄でもない。つまり、誰が触ってもいい。明石さんやセキさんは、艤装の解析などには詳しいが、生身の解剖に関してはとんと素人。こういう作業は佐久間さんが一任されている。

熟れているのか、手早く解剖をしてくれたおかげで、日も変わらぬ内から成果か発表された。

 

「『種子』らしきもの、見つかりました。これですね」

 

試験管に入れられた黒い塊。深海艦娘の小型艤装よりも小さく、だが深海()()()のある塊である。それからは深海の気配も匂いも感じられない。臭気計を使っても、値は0だったそうだ。

 

「実はこれ、ここにもう1つあります」

 

奥から似たような塊が持ってこられた。だが、扶桑姉様の左腕から出てきたものとはかなり形が変化していた。色合いは同じように見えるが、根のようなものが生えている。そのせいで、大きさが数十倍に膨れ上がっているように見えた。

 

「加藤少将には伝えていますが、これは雪ちゃんの中から発見されたものです。白い吹雪ちゃんから雪ちゃんに生まれ変わったとき、入渠ドックを操作したの私じゃないですか。その時に、妖精さんがこれを発見したんです。奥深くにあったらしいですが、身体の各所を修復するために摘んでる時に見つけたそうで」

 

何かはよくわからないが、深海忌雷の寄生の痕跡か何かだと考え、貴重な深海の資源であるため保管していたらしい。これが摘出されたおかげで、雪さんは今も正常、正気のまま。今の姿になる前に『発芽』していたものが、今の姿になると同時に取り除かれたわけだ。

あちらも細胞を別のところに移動させるという治療をするなんて思っていなかったのだろう。佐久間さんの閃きが、こんなところでも役に立った。

 

「もっと早く解析してればこんなことにはならなかったかも……ごめんなさい」

「仕方ないさ。これだけを見ても何かわからなかったんだからね」

 

こればかりは仕方あるまい。この塊を見ても、下手をしたら調査したところで何かわからなかっただろう。今でこそこれが『種子』であることはわかったが、見ただけでは佐久間さんが考えたように、寄生の痕跡くらいにしか思えない。

現に、初霜さんは深海忌雷に寄生されかけたときに『種子』を植え付けられているが、妖精さんはスルーしている。おそらくだが、妖精さんは私達の身体を修復するとき、傷口の中までは確認しない。空いた穴を資材で塞ぐように傷を治している。失ったものも、同じ形に作るのみ。

 

「現在治療中の7人ですが、扶桑さんが轟沈寸前の大破状態にしてくれたおかげで、今なら『発芽』した状態の『種子』が取り除けるかもしれません。ただし……」

「雪君と同じことが起こる可能性がある、ということか」

 

『発芽』した『種子』を妖精さんに取り除いてもらって治療するということ。患部を取り除いた上で、それを無かったことにする。

ただし、それも難しいような状態なら、以前に雪さんが施された、別の部位から細胞を持ってくる治療をする必要があるかもしれない。半分でも身体が深海棲艦であるが故に出来る裏技である。代償は身体が縮むことではあるが、敵対するより、死ぬよりマシだ。

 

「第十七駆逐隊の子達は純粋な艦娘だ。その治療法は使えない」

「はい。そのためにも、私が速攻で解析します。『種子』の状態と『発芽』した状態が揃ってるんです。今日中に終わらせてやりますよ」

 

自信満々に宣言する。佐久間さんには深海の匂いの解析という大きな功績がある。私達は佐久間さんに期待するしかなかった。

 

「佐久間さん! 佐久間さーん! ちょっと来て!」

 

工廠の方から明石さんの声。今は入渠の管理をしているはずだ。その明石さんが叫ぶくらいだから、一大事が起こったとしか思えない。

 

「なになに、どうしたの明石さん」

「妖精さんから伝言! 霞の背中から、雪の身体で見つかったよくわかんないものが見つかったって!」

「明石さん、雪ちゃんの時と同じように入渠の管理やる! それ全部摘出するよ!」

 

事態が急速に動き出した。うまくいけば、まずは霞が助かる。

霞の『種子』は大破をしたときに埋め込まれたのではなく、鎖に接続されたときに埋め込まれている。他の人よりも浅い位置だったのかもしれない。扶桑姉様がうまくその場所を攻撃してくれたのも功を奏した。

 

「あとはそのまま回復してくれればいいんだがね」

「ああ。縮まなきゃいいが」

 

佐久間さんが研究室から出て行ってしまったので、研究成果の発表はお開き。たったこれだけでも光明が差した。

 

 

 

霞達の治療が進む中、私は談話室で雪さんと島風さんに抱きつかれている。チョーカーを外したら即襲われるような状態。それもこれも、私の崩れた心の均衡を癒すためである。領海に行くよりは急速に落ち着くことが出来る。

 

「朝潮ちゃん、どうかな」

「すごく落ち着きます。ご迷惑おかけします」

「いいのいいの! 私も雪も、朝潮に抱きつきたくてやってるんだから!」

 

気持ちが落ち着いてきたおかげで、今は表に出ている。アサから無理矢理表に出されたというのもあるが、怖がって表に出ないとなると何も進展しないというのもある。痛みを分かち合おうと言ってくれた大潮にも面目が保てない。勇気を振り絞る。

 

「お姉さん、何かあるなら大潮に言ってくださいね」

「ええ、共有しましょ。今は大潮が一番頼りになるものね」

「はい! 大潮とアゲアゲになりましょう!」

 

心強い妹だ。そういえば春風と初霜さんをふん縛ったのも大潮だった。私達朝潮型の中ではフィジカルタイプだ。頭を使うのは苦手だから全部私に任せるとは本人の談。

 

「でも、霞が何とかなるっぽくてよかったです。佐久間さんに感謝ですね〜♪」

「そうね。この調子なら春風と初霜さんもうまく行くわ」

 

身体がまた変化してしまう可能性はあるものの、治療できる見込みがあるというだけでも安心できるというものだ。2度も霞が敵対するところを見せられ、私のメンタルはボロボロ。今までで一番堪えた。

 

「霞が敵対するのを見るのは辛いわね……あれだけ懐いてくれているのに、私に殺意を向けてくるのは」

「お姉さん……大丈夫です! 霞は戻ってきますから!」

「ええ、霞は必ず戻ってくる。でもあの時の記憶があったら……立ち直らせないといけないわね」

 

私もだが、霞だって精神攻撃を受けていることになる。2度も私と敵対させられたのだから、メンタルケアが必須なレベルになっているだろう。1回目の敵対だけでも、睡眠障害になるほどのダメージを受けているのだ。2回目は致命傷になりかねない。

 

『朝潮、お前今、イラついただろ』

「……わかる?」

『本能の化身を嘗めるな。ほら、オオシオがいるんだ、頼れ頼れ』

 

こういう負の感情を引き受けてくれると大潮は言ってくれたのだ。自分の中に押し留めず、素直に話すことで共有し、鬱屈した感情をさらけ出すことで、理性を失わせる怒りと憎しみを発散させていきたい。

 

「霞ばかり狙うのがホント気に入らない。無差別ならまだしも、私の周りを優先的に狙うだなんて」

「そうですね……春風ちゃんや初霜ちゃんは流れでやられたって感じですけど、霞は完全に狙われてますもんね」

「私をどうこうしたいなら私に直接来てほしいものよ」

 

口に出すとイライラは顔に出るようになってしまう。雪さんと島風さんが心配そうな顔をしたのがわかったが、私に溜まっている鬱憤のことを察してくれたか、何も言わないでくれた。

 

「そもそも巻き込まれた人が不憫すぎるわ。私を壊したいがために鎮守府を内部崩壊させようとしてるわけでしょ」

「ズルイやり方ですよね」

「本当よ。自分の手を下さずに終わらせようとしてくるのは卑怯極まりないわ。あの姫が外道なやり方してるのに、なんで私が罪悪感を感じないといけないのよ。全部あの姫のせいなのに」

 

自分では考えられないほど悪態をついている気がする。私であるのにアサが表に出ているような、そんな感じになってしまっている。

 

「お姉さん、溜まってますねぇ……」

「あの腐った姫には何度も何度もイラつかされてるんだもの。結果的に身体を3回も書き換えられて、理性も飛びやすくなったし。あのニヤニヤ笑い、思い出しただけでも腹が立つわ……」

 

島風さんはその話に興味を持ったようだが、ほぼ誰にも見せたことのない私の悪態で若干怯んでしまっているのがわかった。抑え込むことはやめようと思うが、あまり酷い仕草は控えたい。私のキャラが余計に壊れる。もう少し、意識しなくてもお上品に。そういうところは春風や瑞穂さんを見習いたいところだ。

 

「朝潮、いろいろあったんだねぇ」

「それはもう。最初は大潮も雪さんも敵でした。それを全部仕向けてきたのが、あのいけすかない腐った姫です。死んで償ってもらいたいですね」

「朝潮、怖い怖い」

 

一度ストッパーが外れると、悪態が止まらなくなってしまう。我慢は良くないが、これもあまりよろしくない。冷静に、冷静に。

 

「敵同士で思い出したんだけど、春風は白い吹雪さんに撃たれた時に『種子』を埋め込まれたって言ってたわよね」

「言ってましたね」

「ふと思ったんだけど……あの時の戦闘で白い吹雪さんに撃たれたの、春風だけじゃないわよね」

 

嫌な予感が頭をよぎった。あの時の戦闘で中破以上の怪我を負った人は春風の他にもいる。援軍の方々にも被害があったほどだ。

 

「えーっと、これは司令官に聞いた方がいいかもです」

「そうね。これは早く知っておいた方がいいわ。直ぐにでも聞きに行きましょう」

 

春風と同じタイミングで『種子』を埋め込まれているのなら、すでに『発芽』していてもおかしくない。いくら時間差があるとしても、あれから1ヶ月以上経っている。

これはもう私達の鎮守府だけの問題では無くなってしまった。早急に対処しなくてはいけない。

 

雪さんが少し悲しそうな顔をしたのは見逃していない。これは白い吹雪さんが知らずに撒いた種だ。今更になって自分の新たな罪が明るみになってしまい、罪悪感が膨れ上がってしまったのだろう。

長く罪と向かい合ってきた雪さんだが、新しい罪にはまた一から向かい合わなくてはいけない。そのためには一旦心を落ち着かせなくては。

 

「雪さん、嫌なことを思い出させてごめんなさい。今は私よりも雪さんを癒さなくちゃいけませんね」

 

私に抱きついている雪さんを持ち上げ、膝の上に。なんて軽い。私自身の膂力も上がったとしても、こんなにも軽いだなんて。

 

「雪、悲しいことあった? なら癒されないと!」

 

そして前から島風さんが抱きつく。相乗効果ですぐに落ち着いてくるはずだ。

 

「私にはよくわかんないけど、雪はもっと笑お! 可愛いんだから!」

「島風ちゃん……うん、ありがと」

 

雪さんはもう強い人だ。少しだけキッカケを作れば、心も落ち着くだろう。今の私より、全然安定している。

 

雪さんはある程度落ち着いたら眠ってしまった。起こすのも悪いので、島風さんに託し、私と大潮で執務室へ。今回の件はもう動き出している可能性が高い。

司令官に話し、大分前ではあるが当時の入渠データを確認してもらう。おそらくだが、あの時の白吹雪さんから砲撃を受けた者全員が『種子』を埋め込まれた対象になる。

 

「春風君の他だったね」

「はい。白吹雪さんとの戦いで砲撃を受けた人です」

 

残っていたデータを見直していく内に司令官の顔が曇っていく。相当にまずいということだろう。

 

「朝潮君、よく気付いてくれた」

「思い出してよかったです」

「状況的に、今が一番まずいかもしれない。入渠している8人全員が被害に遭う可能性もあるからね」

 

そうだ、治療が出来る可能性があると知ったら、その場で暴れ出して入渠中の8人を殺してしまうかもしれない。そこには霞がいる。そうなったら私は、また戻ることが出来ないところに行ってしまう。

むしろ、さらに危険なのは生身の人間である佐久間さんだ。入渠ドックを直接触っているのだから、何をされても死と隣り合わせ。工廠で戦うことにならないことを祈るしかない。

 

「データを確認した。この鎮守府で砲撃を受けたのはーーー」

 

 

 

工廠。司令官からそろそろ哨戒部隊が帰ってくると聞いているため、それを待ち構えることに。その部隊こそ、今回の黒になり得る艦娘が含まれている。

念のため大潮にも艤装を装備してもらった。そのついでに睦月さんにも事情を説明し、戦闘態勢がすぐ取れるように準備しておいてもらう。

 

Solo ora(ただいま)〜。哨戒終わりました〜」

 

旗艦はポーラさん。つまり、この哨戒部隊はポーラさんの領海に向かう部隊。部隊の艦種などは気にせず、行きたいものが行くだけ。いつもなら雪さんが連れていかれるところなのだが、今回は私の件があったので他の人を連れていった様子。

 

「お疲れ様です、ポーラさん」

「お〜アサシオ〜。出迎えありがと〜」

「同行者はどうしました?」

「もうすぐ戻るよ〜。気になることがあったから、調べてから後から追うって〜」

 

なるほど、その間に。気になることなどと言いながら、ポーラさんと離れたわけだ。その間に、北端上陸姫と通信をしていたのが妥当。やはり『発芽』している。

 

「戻ってきましたね。電探に2人の反応が入りました」

「ちょ~っと遅かったね~。何があったんだろ~」

 

こっそり、ポーラさんにも戦闘準備だけしてもらう。かなり危険なのは確かだ。

 

「すまんなポーラ、気のせいだった」

「アサシオがお出迎え? 嬉しいわ」

 

さて、この2人が『発芽』済みの敵だ。北端上陸姫とは連絡を取り合い、霞達7人がこの鎮守府に捕らえられていることは知っているだろう。ならば、隙を見て破壊してくるはずだ。入渠ドックごと殺してくる可能性は大いにある。洗脳されているとはいえ、仲間殺しだけはさせられない。

 

「帰投直後で申し訳ないですが、艤装と身なりを調べさせてください。構いませんよね。ガングートさん、ウォースパイトさん」

 

この2人は疑いたくなかった。特にウォースパイトさんは私の守護者を名乗ってくれる人だ。霞に続き、2人目の守護者も私から離れてしまうのかもしれない。それが一番辛い

 




ポーラとウォースパイトは艦の魂から因縁があるんですが、ここのポーラは重巡棲姫が浄化された存在なので、その辺りは若干薄れています。


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女王と女帝

霞達の『種子』の摘出の目処は立った。今佐久間さんと明石さんが全力で取り組んでくれている。早ければ今日中にでも、『種子』の『発芽』した場所が判明した霞は復活を遂げるだろう。

だが、新たな問題が。白吹雪さんとの戦闘で砲撃を受けた者全てが『種子』を埋め込まれていると判断された。援軍に来てもらった人にも怪しい人がいるが、今はそれより前に自分達の鎮守府を守ることが先決。

 

そして今、『種子』を埋め込まれているであろう2人と対峙している。

 

「帰投直後で申し訳ないですが、艤装と身なりを調べさせてください。構いませんよね。ガングートさん、ウォースパイトさん」

 

この2人は白吹雪さんとの最終決戦で砲撃を受けている。ガングートさんはまともに受けて大破しており、ウォースパイトさんは私の盾役をしてくれている間に中破している。その時に埋め込まれている確率は非常に高い。ウォースパイトさんは微妙ではあったが、ガングートさんと行動を共にした時点で黒。

 

「突然何を言い出すんだ」

「理由は聞かずに。疚しいことが無ければ拒絶はしませんよね。睦月さん、2人の艤装の調査をお願いします」

「任せるが良いぞ」

 

ほんの少しだが、ウォースパイトさんの表情が冷たく変化した。戦艦棲姫改の頃のものが戻ってきたかのように錯覚した。事実として受け入れたくなかったが、もうこれが現実だ。

 

「レディ」

「ええ。仕方ないわ」

 

いきなりガングートさんが艤装で殴りつけてきた。自分が黒であると証言したようなものだ。昔の私なら予測も出来ずただただ殴り飛ばされていただろう。少し前の私ならどうにか回避していただろう。

だが、今は違う。アサのおかげで、私も変わった。私も艤装を展開して迎え撃つ。

 

「こうしてくるのは予測してました。残念です」

 

艤装の腕は艤装の腕でガード。慣れているのはあちらだが、膂力は近しいもののはず。さらにはアサが筋トレをしていてくれたおかげで、私でも止められる。

だが、その攻撃は重い。体勢を崩さないようにすることで精一杯だった。私の一朝一夕の技術ではこれが関の山か。

 

「止めるか。本当に駆逐艦をやめているな朝潮。レディ、やれ」

「少なくとも、カスミにだけは死んでもらわなくちゃいけないの。女王(クイーン)の前に平伏しなさい」

「お断りしますよ」

 

やはり霞狙い。私の精神を揺さぶることに特化した作戦。霞達が失敗したことを聞き、早速次の手段に出たようだ。霞の裏切りでガタついた私の心を、霞の死により完全に崩壊させる。

そんなこと、私で無くともわかっている。敵のやり方がわかり始めているのなら、誰だって霞を狙う。私の守護者は、私が守る必要がある。

 

(こうべ)を垂れよ」

 

フィフの頭部が変形し、超大型主砲が現れる。『発芽』したウォースパイトさんに接続されているが故に、意思を持つ自立型艤装のフィフも敵対してしまっているのだろう。

ウォースパイトさんも春風と同様、『種子』の効果で傲慢な女王と成り果ててしまっている。攻撃されることよりもそちらが辛い。ウォースパイトさんは人を見下すような人ではないし、あんな嫌らしい笑みを浮かべるような人ではない。

だが、イラつきよりも憐れみが先んじた。大潮に溜まった鬱憤を吐き出したからか、心に少し余裕がある。

 

「レディの邪魔はさせんよ。朝潮、私の相手で手一杯だろう?」

「そうですね。手一杯どころか必死ですよ。ですが、ここに私しかウォースパイトさんを止められる戦力がいないと思っているのなら愚かですよ」

 

私が1人でガングートさんを相手しているのだ。ウォースパイトさんがガラ空きになるのも承知の上。だからこそ先に睦月さんに事情を説明しているし、大潮に艤装を装備してもらっている。

 

「明石さんほどじゃないけど、睦月もみんなの艤装触ってるんだよ? 弱点くらい、知ってるにゃしぃ」

 

奥に隠していた鎖付きドラム缶を、手首のスナップだけで主砲に叩きつけた。今ドラム缶に詰まっているのは、燃料でなく鋼材。爆発しない代わりに質量を増した、睦月さんの必殺兵器。

過剰な質量をぶつけられた超大型主砲は、いくら整備してあってもひしゃげてしまい、発射したら自爆するほどに損壊。睦月さん、いいところを狙う。

 

「粗野な武器で私の邪魔をするのね。下賤な野蛮人め」

「ならもっと野蛮に行きますよ」

 

睦月さんの攻撃に乗じ、大潮も動き出している。先んじてウォースパイトさんを支えていない方の腕に攻撃。攻撃の手段が無くなれば、その腕を直接使った攻撃もしてくるだろうし、少なくとも自分の身を守るために使うはず。とにかく腕が邪魔なのは間違いない。関節部分を重点的に攻め、脆くなったところを蹴り折った。雑に、荒っぽく、強引な攻撃で、反撃する隙も与えない。主砲は健在だが、2人がかりの攻撃で撃つ暇すら無かった。

 

「今は入渠ドックが空いてないから怪我させたくないです。でも、霞を殺すと言いましたよね」

「ええ、言ったわ。何か、問題でも?」

「アリアリです。霞のお姉ちゃんは、朝潮お姉さんだけじゃないんですよ。大潮も、割と限界近いです」

 

いつもと違う大潮。真剣にウォースパイトさんを見据え、乱雑ながらも的確な攻撃。霞が後ろにいるというだけで実力が増している。霞が見ていないというのが残念でならない。

 

「まずここから出て行ってもらえますかね」

「女王たる私に何を言うのかしら」

 

大潮のパワーだけではウォースパイトさんを後退させることは出来ない。そこで、我が鎮守府でも屈指のフィジカルタイプの駆逐艦に力を借りる。

 

「工廠から出てってもらうぞよ! うりゃああ!」

 

睦月さんがドラム缶を振り回し、強引に後退させていく。自分を守るための腕を大潮に破壊されているため、フィフを玉座へと変形させて後退せざるを得ない状況。

 

「ガングートさんも下がってもらえますか。ここで戦われては困るんですよ。ちゃんと相手してあげますから」

「つまり今工廠では重要なことをやっているわけだ。それなら無理にでも突っ込まないといけないな」

「下がれと言っているでしょう」

 

こちらも雑に、強引に。大潮があそこまでやっているのだ。姉の私が後れを取るわけにはいかない。せっかくの白兵戦可能な身体だ。有効に活用していく。

 

「素人が私に適うと思っているのか!」

「なら素人じゃない方が相手してあげるわ」

 

工廠の奥から影。戦闘の音を聞きつけて飛び込んできたのは山城姉様。扶桑姉様の治療を見に来ていたのは知っている。ここで山城姉様の援軍はありがたい。

睦月さんが戦闘に出ており、明石さんは手が離せない。セキさんがいなかったら出撃もままならなかった。工廠3人体制というのはそれだけでも役に立つ。

 

「朝潮、アンタはスパ子の方頼むわ。いくら深海艦娘でも駆逐艦に戦艦の相手はキツイでしょ」

「ありがとうございます山城姉様」

「それに……こんな形だけどガン子と再戦できるのは私としても、ね」

 

元々、北方水姫(ガングートさん)は山城さんをライバル視して敵対していた深海棲艦だ。戦艦ガングートとなってからはライバルだとしても敵ではない。だが今は、完全に敵として、命を取りに来ている。またとない機会を、嫌な形だが手に入れてしまった。

 

「ガン子、ひとまず工廠から出て行きなさい。存分に相手をしてあげるわ」

「はっ、ドックに行かせたくないのはわかっている。貴様の姉も治療中だったな。霞共々、そのまま殺してやろう」

「出て行けと……」

 

左手にキス。まずい。本気の拳だ。

私は先に出た大潮達を追うように急いで工廠を出る。

 

「言っているでしょうがぁ!」

 

当てる気のない、寸止めの拳。ただし本気の拳。当ててこないと踏んだガングートさんは避けもしなかったが、目測を誤っていた。その拳圧だけで、その場に立っていられないほどの衝撃。体勢を崩しながら徐々に後退していく。

 

「ポーラさん! そのまま入渠ドックを守ってください! 私達があの2人を引きつけますから!」

「よ、よくわかんないけど、Comprensione(りょーかい)!」

 

私達が全員出払った後、万が一のためにポーラさんには入渠ドックの防衛に当たってもらう。ここに来るまでに先んじて瑞穂さんにもお願いしているので、合流してもらえれば幸い。

現状を説明している暇はない。突然の仲間同士の戦いに困惑しているだろうが、今は最後の防衛線としてここにいてもらう。幸いポーラさんが黒になる要素はない。

 

私が考えている『種子』を埋め込まれる条件は、霞達のように直接埋め込まれたもの以外には、『発芽』した深海棲艦絡みの艦娘から主砲による攻撃を受けることだと思っている。それなら初霜さんの主砲から『種子』が確認されてもおかしくない。

ポーラさんは現在埋め込まれているであろう人と訓練も演習もしていない。自分の仮説を信じるのなら、ポーラさんは確定で白。信用できる。

 

「相変わらずデタラメな攻撃力だな! 私に傷をつけたいのか?」

「そんなヤワじゃないでしょうが! さっさと出て行きなさい!」

「山城姉様、任せますから!」

 

こちらは主砲も撃てるウォースパイトさんを早めにどうにかしなくてはいけない。あれを容易に撃てるようになり始めると、2人は愚か、工廠も途端に危険になる。今でこそ、反撃できる余裕を与えずに猛攻を仕掛けているが、突然ひっくり返る可能性だってある。

 

「加勢します」

「女帝様ナイスにゃしい! 3人なら行けるぞよ!」

 

ドラム缶を乱雑に振り回し、回避に専念させている睦月さん。備え付けられている主砲を重点的に攻撃し、あちらからの砲撃を牽制し続けている大潮。今のままでは攻め手が足りない。ここで私が追加されたことで、誰か1人を攻め手に変えられる。

 

「アサシオ……また腕を捥いであげましょうか」

「記憶があるまま洗脳されているのは面倒ですね。では……私は貴女に屈辱を与えましょう。女王様」

 

途端に主砲を稼働させてきた。私が来たことで強硬策に出始める。自分のダメージを突然意識し始めなくなった。その方が私の心にダメージが与えられると思っているのだろう。

仲間を傷付けたくないのは当然のことだ。今のような入渠ドックが1つも空いていないような状況なら尚更。今の状態で轟沈寸前のダメージを受けようものなら、時間経過で衰弱し、最終的に死に至ってしまう。

 

ならばどうするか。洗脳されていようが、その心を屈服させ、膝をつかせる。これが誰も怪我を負わない解決方法。

 

「私に屈辱を? 貴女のような下賤な民に、高貴な私が? 冗談にしては笑えないわ」

「笑わなくて結構。どうせ、笑えなくなりますよ」

 

未来を予測、全ての動きを頭に入れる。行動範囲を絞り、味方は私を含めた3人、敵はウォースパイトさん1人に固定。全映像を確認。久々でも、精度は以前よりも格段に上がっているように思えた。

 

『行けるか?』

「大丈夫。アサのおかげで体力も筋力もついてる。それに、これは私がやらなくちゃ。霞の命がかかってるもの」

『お前は責任を持とうとしすぎだ。まったく、ダメだと思ったらすぐに代わるからな』

「心強いわ」

 

アサの表情がわかるように思えた。こんなことを言いながらも、心配なんて殆どしていない。それだけでも自信がつく。

 

「なら、お望み通り捥いであげる」

 

全主砲が私に向いた。私の挑発に乗ったのか、私を精神的に壊すための作戦にも関わらず、物理的に壊そうとしてきた。それこそこちらの思う壺だろうに。

 

「睦月さん、背中側から」

「りょーかいにゃしい!」

「大潮、主砲を重点的に」

「了解です! お姉さんは!?」

「心配無用よ。この程度」

 

一斉砲撃。全てが私狙い。大潮も睦月さんも完全無視。高潔な血を愚弄した下賤な者に鉄槌を、などと思っているのだろうか。あのウォースパイトさんが。怒りよりも、憐れみよりも、悲しみが先立った。堕ちた女王は、こうも可哀想に見えるのか。

 

「対処できる」

 

冷静に見れば当たらない。それにこちらは予測済み。撃つ向きが単調。威力は知っている。避ければ工廠に行ってしまうことも織り込み済み。

アサとここ数週間で培った自衛手段を最大限に発揮し、その砲撃全てを防ぐ。さすが戦艦の主砲、軽くはない。受け方を間違えれば艤装が破壊されてしまう。が、私とアサをみっちり鍛えてくれたのは、何を隠そう扶桑姉妹である。実戦も交えたスパルタ特訓に、私はダウン、アサはイキイキ。その成果が出ている。

 

「私にばかり構ってていいんですか? 女王様、視野が狭いようで」

 

私に集中してしまったせいで動きが止まった。ならばもう、私の掌の上だ。

 

「はい、ドーン!」

「なっ」

 

睦月さんのドラム缶が玉座の背板に叩きつけられた。その衝撃で砲撃がグラつく。

 

「そーれ、ガツーン!」

「このっ」

 

そのブレを見逃さず、大潮の主砲が玉座の主砲を破壊していく。なかなかの精度。私の見ていないところで頑張っていたようだ。依頼で訓練に出ずっぱりの深海艦娘なだけある。あらゆる艦種の訓練に付き合ったことで、あらゆる対処が可能になっていた。

 

「もいっちょドーン!」

「調子に乗らないことね!」

 

さすがに許容出来なくなったのだろう。睦月さんの方に視界をうごかす。私から集中を切らしたということは、まともに攻撃してもいいということ。

 

「砲撃をやめてくれてありがとうございます。やっと私の距離ですよ。感謝してください。わざわざ私達、貴女に傷がつかないように艦載機使うのも控えていたんですよ」

 

片手で玉座を押さえ、もう片方の腕で本人の腰を掴む。

 

「その汚い手を離しなさい!」

「汚いですか、なら洗いましょうか」

 

強めに握り、強引に引っ張り、

 

「はい、ザブーン」

 

そのままの勢いで海中に沈めた。玉座との接続部分が限界ギリギリまで伸びているのがわかる。まるで戦艦棲姫と自立型艤装を接続するうなじのケーブルのようだった。こんな戦闘でも得られる知識がある。

 

「大潮、ここ」

「がってんです! 接続を切っちゃいます!」

 

玉座の座面を破壊しつつ、接続を切った。これでフィフもストップ。ウォースパイトさんは攻撃の手段を一切失ったことになる。不自由な片脚もあり、戦力外と言ってもいい。無傷でここまで来れたのは良しと出来る。

 

「終わりです。まだ抵抗しますか?」

 

ウォースパイトさんは私の顔を睨みつけた後、怯んで目を逸らした。多分私は自分でも形容しづらい表情をしていたのだと思う。

 

 

 

こちらは終わったが、山城姉様はどうなっただろう。

 

「山城姉様、こっちは終わりました!」

「もう少し待ってなさい」

 

山城姉様はガングートさんとの戦闘をわざと伸ばしている節があった。あちらは必死だというのに。

北方水姫との戦いの時には、山城姉様はまだ今ほど鍛えられておらず、艤装による攻撃は全て避けていた。実際、攻撃には駆逐艦の小型主砲を使って威力をカサ増ししていたほどだ。掴まれた時に強引にこじ開けるのが精一杯だったようにも思える。

それが今、その攻撃を片手で受け止めていた。私がついに艤装の腕で出来るようになったことを、山城姉様は素手で。

 

「つまらないわ、ガン子。北方水姫の方がまだ手応えあったわよ」

「ぬかせ! お互い無傷だろうが!」

「当たり前よ。私が無傷にしているんだもの。もう少し楽しめるかと思ったんだけど、ダメね。洗脳されてると、所詮この程度か」

 

軽く艤装を殴った。艤装の腕の関節が逆方向に曲がる。

 

「姉様のなかなか真似られないわね……どうやれば粉砕まで行けるのかしら。衝撃を逃さず攻撃……言うのとやるのと全然違うわ」

 

事もあろうに、こんな戦場ですら自分を高めるための訓練に使ってしまっている。

 

「残念ね。得られるものが無かったわ。洗脳解いてから出直してきなさい」

 

撃ち抜くようなデコピン。我が鎮守府の扶桑型が誇る伝家の宝刀。一撃で脳震盪を起こし、ガングートさんの意識を吹き飛ばした。こちらはちゃんと出来るらしい。私も名誉扶桑型として覚えておきたい技能である。

 

「終わりよ。ついでに艤装を破壊しておくわ」

 

私達深海棲艦と違って、ガングートさんもウォースパイトさんも艤装を破壊しておけばこちらを攻撃することは出来ない。今のうちに全ての手段は削いでおく方がいいだろう。

 

「山城姉様、こっちにもデコピンいいですか」

「ええ。そこの高慢な女王様にはお仕置きが必要だものね。朝潮に充分やられたみたいだけど、そのままにしておくと喧しそうだし」

 

ガングートさんを引きずってこっちにやってきた山城姉様、ウォースパイトさんに何も言わせずにデコピン。黙らせることにかけては天下一品である。

 

「……はぁ……憂鬱ですよ」

「アンタが気にすることじゃないわ」

 

あのウォースパイトさんの変わり果てた姿は、霞に裏切られた時ほど堪えた。すぐに治してあげたいが、それに関しては佐久間さん頼り。縛り付けて置いておくしかないかもしれない。

 




戦闘している最中、裏側では明石&佐久間ペアは全神経を集中して妖精さんに指示を出しているのでした。


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心の傷痕

『種子』による洗脳で敵対してしまったガングートさんとウォースパイトさんを対処することに成功。今は山城姉様の処置により気絶している状態だが、無傷ではあるため縛った状態で寝かしておけばひとまずは安心ということになった。だが、まだ洗脳を解く手段は確立されていない。誰の手も届かないところに置いておきたいくらいである。

 

「っはぁ〜……神経使うわこれ……」

 

2人の今後については司令官に任せるとして、次は佐久間さんの方。現在、霞の体内で発見された『発芽』した『種子』の摘出処置中。妖精さんに指示をしながら、背中に張り巡らされた『種子』の根を全て摘出するところまでは来たらしい。

あとはその部分を妖精さんに補ってもらうのみ。だが、身体の別の場所から摘んでもらわないといけない可能性はある。

 

「お疲れ様です佐久間さん。……霞の容態は」

「うん、多分洗脳は解けた。これが終わったら次は初霜ちゃん、その後は春風ちゃんだね。どちらからも『種子』が見つかったからさ、並行作業(マルチタスク)で頑張ってるよ」

 

目処がついているというだけでもありがたかった。霞が戻ってくるというだけでも嬉しかった。姿形にほんの少しだけ影響が出るかもしれないが、それでもあの敵対していた状態から回復してくれているなら些細なものだった。

 

「霞ちゃん達深海組は確実に治る方法でやってるからね。磯風ちゃん達艦娘組の治療法も早く調査しなくちゃ……そちらが早く終わるなら霞ちゃん達も無傷で治せるかもしれなかったのに。ごめんね……力足らずで」

「謝らないでください! 艦娘を治せる保証が無いのは私も理解してます!」

 

雪さんの前例があるからこそ、深海の身体を半分でも持つ霞達は確実に治せる方法が使えるのだ。深海の要素が1つも無い磯風さん達には、同じ治療法は使えない。そうなると、いつ治るかもわからない。

ただでさえドックが全て埋まっているという緊急事態だ。早急に対応出来る手段があるのなら、そちらを優先すべきだ。

 

「ありがとうございます佐久間さん……このご恩、一生忘れません」

「ちょっとそれを言うのは早いかな。まだ終わってないし、霞ちゃんも妖精さんの塩梅では身体が縮んじゃう可能性があるし、それ以外の何かがあるかもしれない。全部終わってから、ね」

 

身体が縮む現象に関しては、佐久間さんがどうこう出来る問題ではないらしい。むしろここからが一番の問題になるかもしれない。駆逐艦故に残り入渠時間も後少しというところまでは来ているようなので、私は大潮と一緒に霞の完治を待つことにした。

 

 

 

外が薄暗くなってきたところで、佐久間さんからお呼びがかかる。第一陣として、まず霞の入渠が完了したそうだ。初霜さんからは『種子』の摘出が完了。春風は絶賛摘出中という状態。長丁場であるため、佐久間さんも明石さんも相当消耗している。奥の方に栄養ドリンクの瓶が転がっているのを見て、余程のことなのだとわかる。

 

「霞のドックを開けるよ。どうなるかはわからない。何かあったら2人で止めてほしい」

「了解です」

「お任せください!」

 

緊張の瞬間である。気になるところはいろいろあるが、まずは洗脳が解除されているかの一点。

ドックが開き、うっすらと目を開く霞。意識が戻らないなんてことはなくてまず1つ安心する。ここからだ。

 

「霞……大丈夫?」

「……朝潮姉さん……大潮姉さん……」

 

見た感じでは身体への影響も無いように見える。傷跡があるわけでもなく、見た目から縮んでいるわけでもない。また1つ安心できた。

と、身体を起こしたことで露わになった背中。ここに大きな傷跡が出来てしまっていた。私や島風さんの持つ寄生痕とはまた違った、まるで背中の中心から根が拡がったかのような痕。『種子』が『発芽』したことを知らしめるような印。雪さんのように身体の別の部位から細胞を摘むことが難しかったようで、治療用の資材で埋めた結果である。

 

「……治らない大きな傷が出来ちゃったのね……」

 

霞の背中を撫でる。深海の要素が入ったことで良くなっていた肌艶も、背中だけは傷跡で酷いことになってしまった。縮まなかった代わりの代償だとしたら、あまりに残酷すぎる。

 

「わた、私、また……」

「いいの。誰も気にしてないわ……。霞は何も悪くない」

「嫌だ、嫌だ……姉さん、私、嫌、私……」

 

記憶は全て残っている。鎖に接続された時と同じ。今回はあの時と違い、少しの間洗脳されたまま、こちらを裏切る機会を待っていた期間がある。霞は数日かもしれないが、その間、私に対して敵対心を募らせ続けたのだろう。

 

「大丈夫。大丈夫だから」

「私、嫌、あんなこと、嫌だぁ……」

「私は何も気にしていないから、ね? 悪くないわ。霞は何もしてないの」

 

2度目の叛逆ともなると、精神的ダメージが深刻なレベルになっている。性格が変わってしまったかと思えるほど、弱気で震える霞を見ていると、あの姫への怒りと憎しみがまた燃え滾りそうになった。

だが、今私が暴走したら、本当に霞が再起不能になってしまう。ただでさえ罪悪感の塊となっているのが今の霞だ。私がキッカケで心が直らないほどに壊れると、今度は私がより深みにハマってしまう。負のスパイラルだ。霞のためにも、そして私のためにも、ここで怒りに飲まれるわけにはいかない。

 

「はい、ドーン!」

「大潮!?」

「霞! お姉さんは気にしてないって言ってるんだから、ウジウジ落ち込んじゃダメ! 今のままだと、お姉さんに嫌われちゃうよ?」

 

かなり強引な慰め方。私にはこんなこと言えない。私と霞を外から見てきた大潮の立ち位置でないと出来ない方法。今でこそ弱気になってしまったが、霞は本来強気で負けず嫌い。それに、私に対して少し違う感情を持っているのも理解しているつもりだ。

 

「嫌いにならないで……嫌だぁ……朝潮姉さんに嫌われたくない……」

「それならシャンとしなさい! 霞は強い子! 今まで通り、お姉さんを守るんでしょ? 今はウォースパイトさんも退場しちゃってるから、お姉さんを守れるのは霞だけだからね?」

 

震えが少しだけ収まった。大潮の叱咤激励は、私の言葉よりも効いている。

 

「霞のことを嫌うわけないじゃない。大丈夫、これからも私を守ってちょうだい」

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

「いいの、いいのよ。憎むべきは敵の姫だもの。霞は何も悪くない」

 

私と大潮で支えてあげれば、すぐに元に戻ってくれるだろう。大潮の言う通り、霞は強い子だ。

 

 

 

落ち着くまで大分時間はかかったが泣き止んだ霞がドックから出て着替える。ここで初めて自分の身体に残った傷を理解した。背中全体に拡がる大きな傷跡。

 

「この傷跡も消すことが出来ればいいんだけど……」

「いい。私はこのまま生きていく」

 

背中を少し撫でた。

 

「2度も姉さんを裏切った私への罰よ。罪を背負っているって自覚出来る。むしろ背中で良かったわ」

「裏切ったなんて思わないで。2回とも霞の意思は無かったじゃない」

「私の心構えの問題なの。敵の術中とはいえ、許されないことをしたもの。全部覚えてるの。磯風を壁にしたことも、谷風を蹴り出したことも、秋津洲さんを殺そうとしたことも、雪を侮辱したことも。私の罪よ」

 

手が震えている。まだ立ち直れていないが、気丈に振る舞っているのはわかる。これが霞の強さ。フリだけでもいつものように戻ったように見えるだけ、私なんかより全然強い。見習いたいくらいだ。

 

「私は罪を背負って生きていくわ。私が弱いからこんなことになったんだもの。それに……この傷を見ればやる気も出るわよ。あのクズ姫は私が殺してやる」

「霞……ちょっと荒いわよ」

「私だって半分は深海棲艦だもの。荒っぽくだってなるわ。それに、姉さんには言われたくないわね」

 

人のことが言えないくらいに私も荒くなっているのは確かだ。ウォースパイトさんを水没させて見下すくらいしたので、霞のことをとやかく言えないくらいにはなっている。

 

「それで、次は誰が起きそうなの?」

「初霜さん。春風はかなり深いらしくて、霞みたいな傷だけじゃ終わらないかも」

 

などと話している内に、佐久間さんに初霜さんがそろそろ起きるとの連絡が。姉妹3人で初霜さんの下へ。

 

「オツカーレ……『種子』の摘出は終わったよ。じゃあ私は『種子』の研究する。第十七駆逐隊の治療が残ってるからね」

「だ、大丈夫ですか……? もう疲労困憊って感じですけど」

「だーいじょうぶ大丈夫。一周回ってなんかキマってきてるから」

 

目の中がぐるぐるしているように見えるが、私達は佐久間さんに頼るしかない状態。

 

「霞、無事でした。ありがとうございました」

「はー、よかったよかった! 頑張った甲斐があったねぇ」

「その、何かお礼をさせてください」

「じゃあおっぱい揉ませて」

 

ノータイムで言ってきた。疲労困憊でも佐久間さんは佐久間さんである。霞の命の恩人。そして、この成果から考えると、今から目を覚ます初霜さんと春風もきっと無事だ。それなら

 

「どうぞ」

 

佐久間さんの手を掴み、自分の胸へ。これくらいで労うことが出来るのなら安いものだ。それだけ私は感謝している。隣で霞が凄い顔をしたが、霞は添い寝で毎日胸に顔を押し付けているのだからこれくらい我慢してほしい。

一瞬思考が止まったようだが、感触を確かめるように揉みしだいてきた。この触り方が佐久間さんのよろしくないところ。

 

「……ふぉおおおお! 成長したことで膨よかになった朝潮っぱい! 揉み心地堪らないよぉ! やる気出たぁーっ!」

 

疲れがどこかに行ったように研究室に駆け込んでいった。

 

「姉さん、自分の身体はもっと大事にした方がいいわ」

「佐久間さんはそれだけのことをしてくれたわ」

 

そのまま初霜さんのドックを囲む。

 

「初霜の入渠が完了。開けるよ」

「はい。さっきの霞と同じように」

「万が一があったら大潮達にお任せください!」

 

ドックが開き、初霜さんが目を覚ます。3人の中で一番歪まさせられたのが初霜さんだろう。こちらに対して下卑た笑みで詳細を説明してきた姿は忘れたくても忘れられない。3人の中では一番最初に埋め込まれており、リーダー格にさせられていたのかもしれない。

 

「……おはよう……ございます」

 

霞と同様、記憶は全て持っている。あの時の悪態は全て覚えているわけで、さらには扶桑姉様から与えられた恐怖は他とは段違い。テンションが恐ろしく低い。

 

「初霜さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです……私は何てことを……」

 

幸い、『種子』が摘出された右腕は欠陥(バグ)が残らず動くようだった。それだけは安心。だが、霞と同じように右腕全体に傷跡が残ってしまっていた。雪さんほど酷い損傷ではないためか、縮むことはないが決して治らない傷跡が出来てしまう様子。初霜さんの場合は、そもそも寄生痕があったが、それがさらに傷だらけになったような無残な状態。

 

「数週間……朝潮さんを騙し続けていました……仮にも愛していると宣言した貴女を謀り続けた自分が許せないんです……」

 

私の顔が見ることが出来ないと、手で顔を隠してしまった。泣いているのもわかる。身体を起こすことも出来ない。

 

「こんな気持ちなんですね……味方を裏切るって……」

「初霜さんは何も悪くないです。皆もわかっています」

「でも私のやったことは変わらないんですよ……私は朝潮さんに主砲を向けています……」

 

そもそも心に傷が付いていた初霜さんだが、今回の一件でより深い傷が付いてしまった。霞と同じように罪悪感に満たされてしまい、自分の存在を否定してしまっている。下手をしたら自殺すら考えかねない。それほどまでに不安定。

 

「私は生きている意味があるんでしょうか……愛する者を手にかけようとした愚かな私は……」

 

このままだとドツボにハマる。どうにか引き上げなければいけない。それが出来るのは、おそらく私だけ。

 

「霞、今からやることは文句を言わないこと」

「何をするつもりよ」

「大潮、霞が何かしようとしたら押さえつけて」

「了解です!」

 

最後の手段として取っておきたかったのだが、初霜さんが壊れるところを見たくない。半深海棲艦化により最初から心が歪んでしてしまっているのは知っているが、それによりポジティブになれたから良かったのだ。それがまたネガティブに向かうのは見過ごせない。

既に壊れる寸前のところまで来ているのもわかっている。なら、死を選ぶより、生きていたいと思わせるべきなのだ。手段を選んでいられない。初霜さん相手には、一番有効的な方法を、私はわかっている。

 

「……()()、顔を上げなさい」

「ふぇ……」

「私の嫁なら、こんなことで挫けちゃダメ」

 

自称していることを、私が認めてあげればいい。

 

「私が気にするなと言っているの。私の嫁なら、わかるわよね?」

「私は……私はぁ……」

「悪いのは敵の姫。初霜は悪くないの。私に主砲を突き付けたのは、敵の姫のせい。そうでしょう?」

 

抱き寄せた後、言い聞かせるように耳元で囁く。暗示をかけているようで申し訳ないが、初霜さん……いや、初霜は真面目な人なために思い込んだらとことん自分を追い詰めてしまうだろう。それを少しでも緩和しようと思うのなら、初霜が愛しているという私が、その罪を全て受け入れていることを教えこめばいい。

私は気にしていない。許せないのは全て北端上陸姫だ。今回裏切った全員が、利用されただけの被害者。むしろ私のせいでこうなってしまったまであるのだ。霞もそうだが、自分の罪と思ってもらいたくない。

 

「大丈夫、私は初霜を受け入れてるわ。もう敵では無いのでしょう? 裏切ることはないのでしょう? ならそれでいいじゃない」

「はい……はい……朝潮さんがそう言ってくれるのなら……私は」

「また前のように、一緒に戦いましょう。いいわね?」

 

頭を撫でて離れる。その時には自分の力で身体を支えられるほどにはなっていた。表情もいつものように穏やかに。

 

「はい……これからもよろしくお願いします」

 

いつもの調子にはまだ戻れないかもしれないが、幾分かはマシになったようだ。

 

「朝潮さんの気持ち、よく伝わりました。この腕の傷は罪の証と同時に、朝潮さんに嫁と認めてもらえた証として、しかと刻み込まれました。これからも愛させてくださいね」

 

歪みはより深く、だが罪の意識には潰されなくなってくれた。喜んでいいものかどうかはさておき、死を選ぶような精神状態で無くなったのは喜ぶべき。

 

「呼び捨てにするなんて……」

「霞、抑えて抑えて」

「春風みたいに頼まれてやってるんじゃなくて、自分からそうすることを選んだのよ……同格どころか初霜だけ別格じゃない……」

 

こうなると思っていたから大潮にお願いしておいたのだ。春風ほどではないが、霞も割と嫉妬深い。初霜の精神状態を鑑みた結果選んだ扱いなのだが、今の霞にはお気に召さない様子。瑞穂さんもそうだったが、私に呼び捨てにされるというのは1つのステータスらしい。

 

だが、今は春風が一番心配だ。あの子の歪みが一番酷い。それこそ、目を覚ました瞬間に死を選ぶ可能性すらある。春風のケアだけは慎重にやらなくてはいけない。霞には申し訳ないが、この件に関しては後から話をしよう。

 




初霜から朝潮への呼び名は『旦那様』にしてやろうかと思いましたが、嫁というより奉公人みたいになってしまいそうだったので、そこまで歪ませるのはやめておきました。


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贖罪の痛み

佐久間さんの健闘で、霞、春風、そして初霜に埋め込まれた『種子』が摘出された。代償として身体に傷が残るようになってしまったものの、霞と初霜は目を覚まし、残るは春風のみ。もう外は暗くなっているが、私達は目を覚ますのを待つことに。夕飯は春風と一緒に食べよう。

 

「春風が一番不安ね……今までいろいろあったけど、ここまでのものは無かったもの」

「出会いからしてアレだものね」

 

春風の精神が不安定なのは周知の事実。今でこそ私の妹分として落ち着いているものの、今回の事件で、この鎮守府に来た当初の自分に自信のない春風に戻ってしまうかもしれない。メンタルケアが必須である。

 

「春風さんは……立ち直れるでしょうか……」

「春風だってここは長いわ。心だって強くなってる。きっと大丈夫よ」

 

そう話したものの、私は内心不安である。春風としては怪我よりも重い叛逆行為。私が気にしていないと言っても、重く重く考えすぎる可能性はある。

初霜さんが私を()()として見ないと崩れてしまいそうなほどの精神ダメージである。春風にはもっと大きなダメージになっているかもしれない。壊れていないことを祈る。

 

「お待たせ。春風の入渠、完了したよ」

「ありがとうございます、明石さん。先程と同じように、万が一のために待機しています」

「うん、お願いね。じゃあ、開けるよ」

 

春風の入ったドックが開いた。春風が『種子』を埋め込まれたのは左脇腹。霞と初霜より後になったということは、相当深いところに埋め込まれていたのだと思う。

 

「……やっぱり傷跡が残ってるわね」

「気持ち胸が小さくなったんじゃない? ここから細胞を摘んだのかしら」

 

霞が言う通り、以前見た時から胸が少し小さくなったように見える。元々それなりのものをお持ちだったので、縮んでもまだ霞や初霜以上ではあるのだが。細胞を摘んでも傷跡が残ってしまっているということは、足りなかった、ないし、半深海棲艦であるために細胞の移動が難しかったか。

 

「んん……」

「春風……大丈夫……?」

 

うっすらと目が開く。その瞳が私の方を向いた瞬間、すぐに顔を背けた。初霜と同じで、私の顔が見られないということだろう。

 

「御姉様……わたくしは……親愛なる御姉様を……敵と、敵として……嫌ぁ……嫌ぁぁぁ!?」

 

錯乱してしまっている。私の顔を見て錯乱、瑞穂さんと同じ症状。現実を受け止められずに壊れてしまう可能性が出ている。いくら半深海棲艦化で最初から歪んでいたとしても、耐えられない精神ダメージを受けたら、春風が春風で無くなってしまう。

 

「春風! 落ち着いて!」

「嫌ぁぁっ!? ごめんなさい! ごめんなさぃぃ!?」

 

2人と違い、まずい方向に傾いている。同じネガティブでも、向かってはいけない方を見てしまっている。無理にでも抱き寄せ、私を感じさせないとどうにもならない。

 

「大丈夫、大丈夫だから!」

「わたくしはっ、わたくしはぁぁ!?」

 

出会った直後にやらかして塞ぎ込んだ春風とはもう違う。ただただ自分が怖く、死でそれから逃げようとしたあの時とは、心持ちも経験も変わっている。心の支柱の中でも最も太い私を裏切る行為は、春風にとって最も忌むべき行為。頭がおかしくなりそうなほどの罪悪感で、のたうつほどに苦しんでしまっている。

 

「朝潮! もう一度ドックに!」

「それじゃあダメです! それだと春風が春風じゃなくなります! このまま私達が!」

 

明石さんに言われるが、私が拒否する。瑞穂さんと同じようにしたら、間違いなく春風は防衛本能で精神が壊れる。それではダメだ。支柱である私達が、壊れる前に繋ぎ止めなくては。

もっと私達を感じられるようにするにはどうすればいい。落ち着かせるためには、温もりを与えるのが一番いいだろう。ただ抱き寄せるだけじゃ足りない。

 

「春風! こっちを向きなさい!」

 

無理矢理身体を起こし、錯乱する春風を頭を掴む。しっかりと目を見据え、話が出来る状態に。錯乱しすぎて目も虚ろ。あちら側に倒れているように炎が灯り、人格がどちらかもわからない状態。

 

「貴女は悪くないの! 全部敵のせいなの!」

 

泣きじゃくりながら首を横に振る。洗脳されていた時の記憶がある分、自分が選択してしでかしたことと思い込んでしまう。それも敵の思惑なのだろう。春風のように不安定な者には過剰に効きすぎる。

 

「嫌ぁっ、嫌ぁぁぁっ!? ぁっ……」

 

ひときわ大きく叫んだ後、プツンと糸が切れたように、白眼を剥いて気を失った。ここで気を失ったということは、心が罪悪感に耐え切れずに壊れようとしていることを意味する。記憶障害を起こす程度ならまだマシ。最悪な場合、人格すら変わってしまう。

 

「春風!?」

 

頰を軽く叩き、壊れるのを阻止するためにも気付けをする。なんでもいい、刺激を与えてやれば多少は変わるはずだ。

 

「なんでもいい、水持ってきて!」

「水!? 修復材とか……」

「それは逆影響! 気付け薬の代わりに!」

「朝潮様、こちらを」

 

緊急時のために動いていた瑞穂さんが隣に現れた。驚いている余裕もない。

差し出してきたのは赤ワイン。アルコールの刺激で気付け薬代わりにしようという判断。私にアルコールは厳禁だが、春風のためだ。背に腹はかえられない。

 

「霞、今からやることに」

「わかってるわよ! 春風が壊れる前にやんなさいよ!」

 

さすがに察したのだろう。今回ばかりは仕方ないのだ。

瑞穂さんに差し出されたワインを口に含み、気を失った春風に口移しで飲ませる。そのままかけても飲めないだろう。口移しはもう仕方ないことである。

それなりの量を口に含ませたことで、ゴクリと喉が鳴る音。ちゃんと飲み込んだ様子。そしてそのまま、

 

「げほっ!?」

「よし、起きた! 春風、大丈夫!?」

 

咳き込んで目を覚ました。お酒に強かろうが弱かろうが、ああされれば目を覚ますだろう。瑞穂さんが水も用意してくれていたおかげで、口移ししてワインは飲み込むことなく吐き出して漱ぐ事が出来、酔いがまわる事はなさそう。

 

「春風!」

「うぁ、わ、わたくし、御姉様……わたくしぃ……」

 

一瞬でも気を失ったからか、錯乱度合いが少し落ち着いたように見えた。私の顔も見られるようになっている。初霜さんと同程度の落ち込み具合にまでは回復した。これなら突然心が壊れることは無いだろう。だが、落ち込んでいるのは確かだ。

 

「御姉様……わたくしにはもう、名誉朝潮型を名乗る資格はございません……」

「春風、大丈夫。私は気にしてないし、皆も気にしてない。敵のせい。全部、敵の姫のせいなの。春風が悔やむ必要は無いのよ」

「それでも……わたくしは御姉様を長い時間謀り……騙されている御姉様を見てほくそ笑むような行為をしていたのです……そんな自分が許せません……」

 

初霜と同じような独白。霞にも初霜にも言っていることを、春風にも伝えている。これは全て敵の姫のせいだ。貴女達は悪くないのだと。それでもまだ納得していないのがこの3人だ。制裁を受けないと気が済まない。

 

「わたくしに罰を……罰を与えてください。怒りをぶつけてください。姫に向けた憎しみを、どうかわたくしにも。それほどのことをわたくしはしてしまったのです。簡単にお許しにならないでください」

 

涙ながらの訴えだが、そんなことを私が聞くと思っているのだろうか。そもそも私にだって罰を与える資格などないのだ。あの戦闘で私は、暴走していろんな人に迷惑をかけている。その筆頭が扶桑姉様だ。腕を切り落とすという無茶をしているせいで、未だに入渠が終わらない。そんな私に罰など与えられようか。

 

「私にそんな権限も資格も無いわ……私が罰を受けたいくらいよ」

「御姉様を踏み躙ったのは紛れもなくわたくし達です。お願いです。どうか罰を。そうでなければ、わたくしは立ち直ることが出来ません。また罪の意識に押し潰されてしまいます。御姉様の顔を見るだけで、罪悪感で壊れてしまいそうになるのです」

 

どうしてもと、何度も願い出てくる。それは初霜も同じ気持ちだったらしく、春風と一緒に罰を望み始めてしまった。

何度も言うが、私にそんな資格はない。私に逆らったから罰を与えるなど、それこそ本物の女帝じゃないか。私はそうはなりたくない。

 

「……朝潮姉さん、ごめん、私も一発ビンタくらいしてもらいたいわ」

「霞まで……」

「それで無しに出来るの。傷は背負うわ。でもね、姉さんに裁いてもらいたいのよ。痛みで。それで私達は許されたことになるの」

 

私はどれほどのことをされても罰など与えるつもりは無いのだ。私の身体を変えた扶桑姉様にも雪さんにも、暴力で罪を裁いてやろうだなんて考えたこともない。

それでも、霞まで加わり、私からの痛みを望む。私の方が泣きそうだった。

 

「私は……私にはそんなこと出来ないわ……」

「姉さん、私達はケジメをつけてもらいたいのよ。一発でいい。それで立ち直れるの。そうでないと、姉さんに顔向けも出来ないわ」

 

そんなこと言われても、私には無理だ。

 

「私達を許してくれるのなら、お願い。私達のために殴ってちょうだい」

「朝潮さん……お願いします。立ち直れないんです。罪悪感を払拭するために、是非」

「御姉様……わたくしからもお願いいたします。どうかお慈悲を」

 

何度も何度も懇願され、私は1つ結論を出す。逃げても良かった。アサに頼んでもよかったが、それだと3人の罪悪感はそのままだ。だから、私はこうする。

 

「3人とも、ここに並びなさい。春風は服を着て」

「はい……」

 

春風が用意された服を着ていく。いつもなら何も考えず朝潮型の制服を着ていただろうが、今は神風型の着物。そういうところから反省の心を見せていきたいと。

 

「目を瞑って」

 

3人が目を瞑って正座で並ぶ。硬い床だ。さぞ痛いだろう。だから早く終わらせる。

 

「名誉扶桑型として、私が出来ることはこれだけ」

 

霞にデコピン。扶桑姉様や山城姉様ほど強い力は出ない。だから痛みなど無いだろう。それでも、今の霞には効くはずだ。続けて初霜、春風にも。

 

『まぁ、その程度だよな』

「ええ……罪の無い者を裁くなんて出来ない。それでも罰を受けたいというのなら、これが精一杯よ」

『本当にビンタしていたら幻滅していたぞ。しないことなぞわかっていたがな』

 

私に出来ることはこの程度だ。私は3人に対して怒りも憎しみも無いのだから。それでもケジメがつけたいと言うのなら、これが限界。

 

「……御姉様は優しすぎます」

「文句は無いでしょう」

「……はい。罰を……ありがとうございます」

 

これで吹っ切れてくれればいい。春風は特にメンタルケアが必要だ。少しの間は注意しておいた方がいいだろう。私の手が回らない時は、大潮や瑞穂さんにもお願いした方がいいか。

 

 

 

少し遅めの夕飯を終え、お風呂に入る。今日だけは皆一緒に。3人に出来てしまった傷が目立ち、痛々しい。

本来傷を持つ艦娘というもの自体が少ない。入渠してしまえば全て治るのだから、最初からそういう身体であること以外で傷跡が出来ることはない。

 

「霞さんは派手ですね……痛々しい」

「春風の方が相当でしょうに。左の脇腹全域だもの。胸にまでかかっちゃってる」

「そう考えると私が一番控えめですね。元々痣がありましたし」

 

残された傷跡を見ながら話す3人。一番酷く見えるのはやはり春風だろう。上半身の左側を埋め尽くすように根を張った傷跡。脇腹を中心に、胸や背中にも根を伸ばしているため、最も痛々しく見える。『種子』が深くに埋め込まれていたために傷跡も激しくなったようだ。

ただ、場所が良かったために服さえ着れば見えないのが幸いしている。そういう意味では初霜の腕の傷跡の方が目立つかもしれない。制服が袖を捲っている状態のために、常に見えたまま。

 

「湯船の中なら逃げられないわね。大潮姉さん、朝潮姉さんを押さえつけといてもらえるかしら」

「ん、一応押さえておきます。お姉さん、霞のやる事なので、一応見ておいてあげてください」

 

何をするのだろうか。逃げる気など無いのだが。

 

「まず初霜」

「なんでしょう」

「姉さんに呼び捨てにされるっていうのがどれほどのものか、ちゃんと肝に銘じておきなさいよ。お願いして呼び捨てしてもらうのと、姉さんが選んで呼び捨てしてもらえるのは格が違うの」

 

ああ、これは本当にくだらない内容だ。湯船から出ようと思ったが、大潮にしっかり押さえつけられている。笑顔だが申し訳なさが滲み出ていた。見逃してほしい。

 

「わかっていますよ。これは朝潮さんが私を嫁と認めてくれた証。つまりは霞さんも大潮さんも私の義理の妹ということになりますね。私のことは義姉(ねえ)さんと呼んでくださいね、霞?」

「うわぁいきなり手のひら返して来た。絶対呼ばないから」

「うーん、大潮も抵抗があるなぁ」

 

大潮ですら引くというのはなかなか無い。

 

「春風、アンタは大罪を背負ってしまったわね……。姉さんの唇の初めてを奪うだなんて!」

「ふ、ふふふ、皆様から一歩前進ですね。わたくしは御姉様と()()()()を持ったのですよ。添い寝以上です」

「口移しはノーカンです。ああしなければ春風さんが壊れていましたから、苦肉の策です。愛がありません。従ってノーカン。はい論破」

 

こういう会話を聞くと、ワイン瓶を無理矢理口に突っ込んだ方が良かったのではないかと思えてしまう。目を覚まさせるための口移しだったのだから、仕方あるまい。

 

「大潮姉さん、なんか朝潮姉さんと距離近くないかしら」

「大潮はお姉さんと痛みを分け合うことにしたからねー。3人が眠っている間、本当に大変だったんですから!」

「他にも『種子』が『発芽』してる人がいたから拘束するためにね。私と大潮と、あと睦月さんでウォースパイトさんを倒したのよ」

 

ウォースパイトさんの名前が出て、春風の顔が歪む。同じタイミングで埋め込まれていたのだから、『発芽』のタイミングも近しいだろう。ということは、この鎮守府内でも既にお互いを確認しあっていたのかも。

 

「……ウォースパイトさんとガングートさん、ですよね。その時の記憶も残ってますから……」

「私もその件で話をしています。今考えると、ウォースパイトさんの変貌ぶりは恐ろしいですね……」

「そのウォースパイトさん、お姉さんが海中に沈めましたよ」

 

流石、という顔をされた。私はそういうことしそうなキャラなのだろうか。

 

「……御姉様、わたくしの懺悔を1つ、お聞きください」

「何かあるの?」

「わたくし、ここではない鎮守府とも連絡を取っていたのです。北端上陸姫とも違う場所です」

 

これについては大方見当がついていた。春風と同時に砲撃を受けていた人を、私は知っている。

 

「浦城司令官の鎮守府ね?」

「はい……私が連絡を取っていたのは……」

 

出来ればあの人だけは敵に回ってほしくなかった。だから、春風から別の人の名前が聞ければと思っていた。だが、その望みもすぐに打ち砕かれる。

 

 

 

「神通さんです」




扶桑型伝家の宝刀デコピン。名誉扶桑型である朝潮も、ついに披露。痛みは無いけど、わだかまりだけを吹き飛ばす癒しの技。


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研究者の意地

霞、初霜、そして春風の洗脳が解かれた。埋め込まれた『種子』を取り除いた代償で、身体に消えない傷跡が残り、心にも傷が出来てしまったものの、また以前のように戻ってきてくれて嬉しい。

だが、『種子』についてはまだ終わっていない。私、朝潮が所属する鎮守府以外にも被害者がいた。浦城司令官の鎮守府におり、援軍として力を貸してくれた神通さんだ。

神通さんは、春風と同様、白吹雪さんとの戦闘で負った怪我から『種子』が埋め込まれている。神通さんの負った怪我は小破程度ではあったが、運悪くその傷口から侵入されたようだ。体内にあったせいで睦月さんが気付くことなく治療をし、今はもう『発芽』した状態だという。

 

「すぐに連絡してくれてありがとう。だが、向こうに話しても混乱するだけだろう。うまくタイミングを見た方がいいね」

「はい。少なくとも治療法が確立してからがいいと思います。よりによって神通さんですから」

 

春風の証言から、神通さんのみであることは確定している。同じタイミングで中破以上の損害を受けているのは飛龍さんと大鳳さんだが、飛龍さんは砲撃を飛行甲板で防御した後の魚雷で大破、大鳳さんは全て白兵戦で大破である。飛龍さんが危なかったが、『種子』は回避出来ていたようだ。

 

「司令官、もし治療法が確立した時……」

「わかっている。相手が神通君だというのなら、最高の戦力を向かわせる必要があるだろう。さらに最悪を想定するのなら、他にも『種子』が『発芽』したものがいると考えてもいい」

 

何らかの手段で神通さん自体が『種子』を生成できるのなら、それを埋め込まれていてもおかしくないのだ。そうなると特に危険なのは、神通さんから教育を受けているという別の私。

 

「今は佐久間君の調査結果を待とう」

「そうですね……妹達の治療に時間を使わせてしまっていますし、無理はしないでもらいたいのですが……」

 

入渠で大概のものは治る私達と違い、佐久間さんは人間だ。治療には大きな時間がかかる。司令官もそうだが、私達以上に身体を大切にしてほしい。

 

「ところで朝潮君、大丈夫かい? 少し顔が赤いようだが」

「あ、はい、大丈夫です。春風の気付けにワインを使ったからだと思います。すぐに口を漱いだので、失態を見せるほど酔いは回っていません。身体が成長して若干強くなったのかもですね」

「とはいえ弱いのは確かだろう。無理はせず、今日は早く休むんだよ」

 

匂いで酔っていた時とは身体のサイズが違う。おかげでこの程度で済んでいるが、何があるかわからない。醜態を見せる前に休ませてもらおう。

 

 

 

翌朝、皆で朝食を食べているとき、フラフラの佐久間さんが食堂に入ってきた。おそらく徹夜明け。深く刻まれたクマがその疲れを表している。

食堂をキョロキョロと見回し、私の姿を見つけるとズカズカと近付いてくる。正直怖い。だが瑞穂さんが動かない辺り、危険ではないのだろう。

 

「朝潮ちゃん、起立」

「えっ、えっ?」

 

言われるがままに立つ。食堂の視線がこちらに集中している。なんだか嫌な予感がするのでアサを表に出そうとしたが、こういう時だけは引きこもりを徹底する。

何をするのかと思いきや、倒れこむように抱きついてきた。さも当然のように顔を胸に押し付けてくる。

 

「疲れたよぉぉぉ……でも褒めて褒めて……『種子』の解析、完了しましたぁ!」

「ほ、本当ですか!?」

「おうよぉ……一晩でやってやったぜぇ……ジェバンニ佐久間と呼んでくれぇ」

 

顔面を押し付けながら匂いまで嗅いでくるのに抵抗があったが、あまりにも大きな功績。なんでも、深海の匂いの解析がこちらにも応用が利いたらしく、苦戦はしたものの、わかってしまえばこちらのものだったそうだ。

 

「ありがとうございます。さすが佐久間さんです」

「もっと褒めていいのよ……キッツイけど、朝潮っぱいで癒されてから寝る……」

 

こういう時ばかりは子供みたいだ。だからか、自然と頭を撫でるように。なんだかレキやクウにやっているような感覚。佐久間さんは大人の女性なのに。

 

「いいこいいこ」

「ふぁぁ……朝潮ママぁ……」

 

誰がママか。

 

「よし! じゃあ私寝るから! 起きたら今度は治療薬の生成! その後、ガングートさんとウォースパイトさんの治療!」

 

やることやってさっさと部屋に戻ってしまった。さりげなくパンを1つ持って行っている辺りぬかりない。

 

「ホント、嵐のような人ね……」

「でもすごいわ。もう『種子』の解析が終わったなんて。3人から摘出した『発芽』状態の『種子』があったのが良かったみたいね」

「昨日見せてもらいました。あんなものが私達の中に入っていたのかと思うと恐ろしいですね……」

 

一晩で一応気を取り直した3人。一番酷い精神状態の春風と添い寝し、霞と初霜も近くにいた方がいいということで、久しぶりに談話室の座敷のスペースを使わせてもらった。どちらが私のもう片方の隣になるかで揉めたが、最終的には霞が一歩引く形で決着。いつも添い寝されているのだから譲れで終了。

 

「そりゃこんな傷にもなるわよね」

「私は目立ちますからね。でもこれは私と朝潮さんの婚約の証ですから」

「何が婚約か。初霜やっぱりぶっ壊れてるじゃないの」

義姉(ねえ)さんでしょう?」

「誰が呼ぶか!」

 

仲が良さそうで何より。春風はまだ支えが必要ではあるが、霞と初霜は大丈夫そうだ。

 

 

 

佐久間さんが一眠りして、起きた時にはお昼過ぎ。それでも睡眠時間が足りていないように思えたが、皆を助けるためと力を振り絞っている。私もそのお手伝いをすべく、何度か研究室に出入りさせてもらった。その度に胸を触ってくるのは勘弁してもらいたい。

 

そして夜。その時は訪れる。

 

「出来たーっ! 即効性『種子』中和剤!」

 

体内に注入するため、そして一気に許容量を打ち込むため、複数の針がついた注射器のようなものが開発された。これを身体のどこにでもいいので打ち込めば、体内に埋め込まれた『種子』が消えるらしい。また、消えたことにより出来てしまう空間も、一緒に含まれた高速修復材の効果で塞がるという画期的な薬だ。

 

「これがもっと早く出来れば、霞ちゃん達の傷が出来なくてよかったんだけどね」

「本人達はあの傷を喜んでいました。視覚的に罪がわかると」

「あまり喜んじゃいけないことだよ。乙女の柔肌を……」

 

霞達は治せるとしても治さないと断固として譲らなかった。傷を背負って生きることが、私に対する贖罪だと言って聞かなかった。なら、やりたいようにやらせてあげるのが姉の務めというもの。

 

「あれが心の支えになっている部分もあるんです。そのままにしておいてあげてください」

「そだね。それじゃあ、早速これの効能を確かめなくちゃ。ガンスパコンビは何処に監禁されてるの?」

「私室の空き部屋に縛り付けてます。私達と違って艤装さえ無ければただの人ですし、ウォースパイトさんはそれに加えて動けませんしね」

 

ただし現在は物凄く態度が悪い。それだけが難点。

 

「それじゃあ、早速治してあげますか」

「そうですね。そろそろ不憫ですし、時間がかかればかかるほど戻ってきた時に辛いので」

 

ただでさえあの2人は『発芽』時期が大分前だ。今の状態になって数週間経っている。元深海棲艦であるが故に精神的には安定しているものの、今までのことがどのように影響を与えるかはわからない。

 

現在は3階の1部屋に2人とも監禁している。周りには念のため誰も入っていない部屋。扉の前には立入禁止(No entry)と記載され、近付くことも禁止されている。朝昼晩の三食を持っていくのは司令官だけ。艦娘に会わせるのは良くないと判断された。

 

「あら、私達をこんな目に遭わせた女帝様が来たわ」

「どのツラ下げてここに来れるのだ貴様は」

 

早速悪態。だがそれも今日までだ。

 

「佐久間さん、どっちからがいいですかね」

「どっちも不憫だけど、ウォースパイトさんの方が見てて痛々しいから、そっちからにしよう。朝潮ちゃん、艤装展開オッケー」

 

変に暴れられても困るため、私が艤装で押さえつけ、その間に注射を打ち込むことになる。

 

「汚い手で触らないでもらえるかしら。高貴な血が穢れるわ」

「元に戻ったら恥ずかしさで卒倒しそうですね。私はそういうことでからかいませんが、ガングートさんにはお気をつけて」

 

身動きすら取れないようにして佐久間さんに差し出す。喋れば喋るほど黒い歴史が増えそう。

 

「はーい我慢してねー」

「無礼な人間ね。私に何をしようと痛ぁっ!?」

 

割と強引に首筋に突き刺した。

 

「試作型だから治る時にどんな影響が出るかわからないんだよねぇ。凄い苦痛になるか、凄い快感になるか、何も感じないか……ま、どうなるにしろちゃんと治るから安心して」

「その辺りは調整出来なかったんですか?」

「艦娘に対する反応だけはわかんないんだよね……こればっかりは申し訳ない。何事もないことを祈ろう」

 

即効性と言っていただけあり、拘束する中、ジタバタと悶えている。意識がある状態で体内の『発芽』した『種子』が中和され消滅していく感覚というのは、苦痛以外の何物でもないようだった。ウォースパイトさんがなかなか見せない、痛みに耐える形相。それが数秒続き、力尽きたように動きが止まる。

 

「苦痛寄りかぁ……ごめんねウォースパイトさん」

「い、いえ……私の罪が痛みになったと思えばこれしき……でも身体が動かないわ……」

「正気に戻りましたか! よかったぁ……」

 

ウォースパイトさんの縄を解いてあげる。余程の消耗だったようで、息も絶え絶えだ。回復のために、このままお風呂に行ってもらう方がいいだろう。

 

「アサシオには迷惑をかけてしまったわ……何よあの物言い……」

「まったく似合っていませんでしたね。今のウォースパイトさんが一番ですよ」

「恥ずかしいわ……」

 

これはどう見ても正気。この女王の気品を持ちつつもお茶目な大人のウォースパイトさんが私たちの仲間だ。どうにかするためとはいえ、水没させたのは申し訳ない。

 

「朝潮ちゃん、あっちもやっちゃおう」

「了解です。ガングートさん、我慢してくださいね」

 

ウォースパイトさんよりも少し強めに握る。ガングートさんは艤装が無くても力が強いので、変に握りを弱めると暴れまわって注射が出来ない可能性もある。

 

「強引じゃないか。結局力ずくなのぬぁあっ!?」

「これ刺した時も結構痛いみたい。これも要改善かなぁ」

「サクマさん、私の首、痕残ってないかしら」

「あー……残ってる。入渠とかお風呂で消えると思うけど、えっぐい痕が」

 

ガングートさんがビクンビクン悶えているのすら無視してウォースパイトさんの注射痕を確認する。佐久間さんが言う通り、思ったよりエゲツない痕が出来てしまっていた。艦娘故にすぐに治せるものの、これはなかなか見るに堪えない。

 

「なぁ……私は何故無視されているのだ」

「あ、正気に戻りました?」

「扱いを良くしてもらえないか。身体が動かん」

 

ガングートさんも元に戻った。これでここの鎮守府に洗脳された者はいなくなったということだ。効果は完璧である。この薬を現在入渠中の第十七駆逐隊の4人に投与すれば、正気に戻るだろう。そうなれば後は神通さんだけだ。向こうで『種子』を埋め込まれた者が増殖していなければいいが。

 

「屈辱だ……よりによって洗脳だと。そんなものに屈する私の弱さが許せん。身体が動くようになったらとにかく訓練だ!」

「消耗が激しいようなので、ドックを使わせてもらいましょう。私が運びます」

「艤装展開したまま廊下通れるかしら」

「何とかやってみます。3階なんですよね……階段が怖いところですが」

 

なんとか2人を艤装で握ったまま1階に下りる。最近は車椅子を使うことも多いので廊下が広めに取られていたのが功を奏した。私の艤装くらいなら、蟹歩きでギリギリ通れる。度々ガングートさんの頭が壁に当たりかけて怒られたが。

 

「あら……朝潮……」

「扶桑姉様、入渠が終わったんですね」

 

そのタイミングでちょうど扶桑姉様が入渠完了していた。丸一日以上の入渠である。鎮守府でも最強と思われる力を持つ扶桑姉様が、自分でやったとはいえ大破したようなもの。そこからの入渠はほぼ2日の時間を要するということのようだ。

 

「ええ……随分長かったわ……腕を切り落としたのは失敗だったかしら……」

「いえ、あのおかげで全員元通りです。扶桑姉様のおかげです。ありがとうございました。今日は一緒に寝ましょうね」

 

空いているドックにガングートさんとウォースパイトさんを入れた。今はゆっくり休んでもらいたい。

 

「アサシオ、眠る前にいいかしら」

 

ガングートさんはさっさと蓋を閉めて眠りについたが、ウォースパイトさんから一旦蓋を閉めるのを止められる。

 

「守護者を名乗っておきながら、貴女を傷付けるようなことをしてしまって、本当にごめんなさい。I can’t tell you how sorry I am……」

「これは霞達にも言っているんですが、私は気にしていませんし、ウォースパイトさんの罪ではありません。大丈夫ですよ」

「そう言ってくれると嬉しいわ。私もアサシオのために気にしないようにする。でもね、物凄く恥ずかしい思いをしたのは確かなの」

 

確かにウォースパイトさんらしからぬ言動をやらされていたのはわかる。下賤な民だとか、高貴な血だとか、普通のウォースパイトさんなら確実に言わないことをペラペラと喋っていた。その記憶が罪悪感より羞恥心を刺激しているようだ。

それに対して私が出来ることはほとんどない。罪悪感なら慰めることは出来るのだが、羞恥心に関しては何も言えない。触れないようにするのが一番である。

 

「その……私はアレに関しては触れません。それでいいですか?」

「それでお願い。知ってる子に口止めしておいてくれると助かるわ」

「わかりました。あの時に工廠にいた人達ですね」

 

それで落ち着けるのならそれでいい。そういう意味でもウォースパイトさんは大人の女性だ。私達なら耐えられないかもしれない。

 

「あとね……恥ずかしいついでに話しておくわ。アサシオ、私のことを……その、艤装で海に沈めたじゃない」

「そうですね……あれはその方が戦意を喪失するかと思い」

「大正解よ。だってさっきの私、強がり言っていたもの。正直に言うわ。今はいいけど、あの時はアサシオに()()()()()()()()

 

目を逸らしたのはそういうことか。少しでも怯んでくれればいいかと思ったのだが、実際は効きすぎていたと。

 

「あの時だけは、私は姫級でも女王(クイーン)でもなく、ただのちっぽけな女だと自覚したわ。むしろ、女王は貴女、私が配下なんだと錯覚したほどよ」

「いや、それは言い過ぎなのでは……」

「さすが女帝ね。あの威圧感、私には真似出来ないわ」

 

褒められているように思えないが、ウォースパイトさんは笑顔で話してくるので褒めているつもりなのだろう。恥ずかしいが。

 

「アサシオ、貴女が良ければ、私は貴女を()()と呼びたい」

「本当に勘弁してください。女帝と呼ばれることすら身に余っているのに、女王から陛下と呼ばれてしまったら私はどうすればいいんですか」

「残念ね」

 

茶目っ気のある笑顔。本心なのかからかわれているのかわからないが、優しい顔をしているのは確かだ。演技していないのもわかる。

 

「私のことを陛下と言う度に、私はウォースパイトさんの高貴な発言を1つずつ暴露しますから」

「いいでしょう。あとガングートは簡単に漏らすでしょうから気をつけるわ」

 

それは私にもわかる。ガングートさんはおそらく自分の言動を棚に上げ、ウォースパイトさんをからかい続けるだろう。それは止めてあげなくては。

 

「ウォースパイトさんも眠ってください。薬の効果で辛いでしょう」

「Yes,Your Majesty. お休みなさい、アサシオ」

 

英語の意味はわからなかったが、ようやく眠りについた。

 

第十七駆逐隊の方にも薬が投与された。これで翌朝に全て解決だ。残った問題は、浦城司令官の鎮守府の神通さんと、第十七駆逐隊からの証言だけ。島風さんの謎も、ついに解ける。

だがその前に、『種子』に関しては早期に解決が必要になるため、明日は神通さんの件を片付けることになるだろう。




Yes,Your Majesty.(かしこまりました、陛下)
思いっきり陛下って呼んでるウォースパイト女王。朝潮がそれに気付くことはあるのでしょうか。


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裏切りの二水戦

埋め込まれた『種子』を中和させる薬が完成し、ガングートさんとウォースパイトさんの『種子』も取り除かれた。これにより、私、朝潮の鎮守府に配属されている艦娘からは心配が取り除かれた。念のため全員に薬を投与することで、未だ『発芽』していない『種子』が埋め込まれていたとしても取り除ける。

 

その薬を5本ほど受け取り、私は海上を駆けていた。向かう先は、贔屓にさせてもらっている浦城司令官の鎮守府。つい最近調査をしたばかりだというのに、また向かっている。

今回は疑うのではなく、確定しているから向かう。『種子』の話はまだ出していない。万が一のことを考えると、あちらの鎮守府の艦娘全員が敵である可能性も考えなくてはいけない。薬は5本では足りないが、無いよりはマシだ。最悪の場合は撤退。

 

「こういう形で鎮守府を出るだなんてね」

「いいじゃない……姉妹で出かけるのは嬉しいわ……」

 

今回の随伴は最高戦力扶桑姉妹。神通さんであるということを最大限に警戒した結果である。私も含めた扶桑型()()()でなら、例え相手が鎮守府の艦娘全員だったとしても圧倒することが出来るという判断。

この随伴のため、私は海峡夜棲姫の服で来ている。扶桑姉様のモチベーションに繋がるのと、単純に今回は動きやすさ重視。私まで白兵戦をする必要が出てくる可能性はある。

 

「前に全員調べたのよね。それでも反応出なかったのよね?」

「はい。全員0でした。『種子』自体には匂いが無いです。通信機には僅かに匂いがあるはずなんですが、微量すぎて艦娘には移らなかったみたいですね」

 

別の鎮守府に紛れ込ませるのは、疑心暗鬼から孤立させるつもりか。そういった精神攻撃で私の心を摩耗させることが目的な気がする。援軍がいるということを考えていない無差別攻撃な気もしないでもないが。

ただ、北端上陸姫にも確実に誤算がある。それが、佐久間さんの存在だ。深海の匂いを解決し、雪さんに『発芽』していた『種子』も事前に摘出し、埋め込まれた『種子』を中和させて洗脳を消し去る手段まで作り上げてしまった。敵の手段はほぼ佐久間さんが解決している。

深海棲艦の頭脳戦を攻略するのが、深海棲艦に攻撃する手段を持たない人間だったという皮肉。

 

「反発されたら……皆殺しでいいのかしら……」

「扶桑姉様、さすがに抑えてください」

「殺してしまったら私達の鎮守府の印象が悪くなります。こちらに攻撃してきた艦娘だけを、最悪大破に持っていけばいいです。殺しちゃダメです」

 

物騒な考えの扶桑姉様はどうにか抑える。今回は確実に反発されるのとがわかっているのだから。

 

 

 

「お久しぶり……とは言いづらいですね。1週間も経ってません」

「まさかこんなに早く来るなんて思わなかったわ」

「何度もすみません。事態が進展したのでその話をしに」

 

浦城司令官にだけは真相を伝えている。叢雲さんですら知らない。

現状、艦娘全員がグレーの状態。人間に寄生するかは不明だが、今のところは信用できると考えている。

 

「この前調査した時に、深海の匂いが無いって言ってたわよね」

「はい。結果ですが、そういうもので計っても意味がないことがわかりました。それでですね。叢雲さんには確実に仲間でいてほしいので、薬を投与させてもらっていいでしょうか。もし『種子』が埋め込まれているのならそのまま中和できます。そうでなくても害はありません」

「それならいいわ。というか『種子』っていうの? 種が埋め込まれてるとか気持ち悪いわね……」

 

この反応なら埋め込まれていないだろう。演技っぽさがないように思える。突然暴れ出すにしても、艤装が無いので脅威ではない。

手早く薬を投与する。今回は注射も改良版。エゲツない注射痕が残らないように考慮され、痛みも少し緩和されたらしい。ただし、埋め込まれているのなら苦痛を味わうことになるのは変わらない。

 

「これでいいのね」

「苦痛を感じないのなら埋め込まれていません。安心しました」

「そうね。即効性というのなら何も無いわ」

「はい。演技で我慢出来るものではない苦痛ですから。では本題に入ります」

 

叢雲さんにも浦城司令官に話したことを知ってもらう。この鎮守府で『種子』を埋め込まれているのが神通さんであることを伝えると、さすがの叢雲さんも嫌そうな顔をした。やはりこの鎮守府ではエースの実力。その人が敵側になってしまっているとなると、厄介極まりないのだろう。

 

「神通さんは今何処に?」

「……こっちの朝潮の訓練中。ただ、思い当たる節があるわ。朝潮がね、訓練だってのに小破したのよ。神通さんの訓練はハードすぎるからそういうこともあるのかと思ったけど、今考えたらおかしいわ」

「その時に埋め込まれている可能性はあります。外部からの干渉で『発芽』を早められるらしいので、別の私も敵側かもしれません」

 

『発芽』した者は『種子』の生成能力を得られそうなのはわかった。初霜がそうだったのもあるが、艦娘でも可能とは。傷口に埋め込むという手段は相変わらずだが、野放しにしておくと際限無く増殖し続ける可能性がある。

 

「申し訳ありませんが、その2人に薬を投与します。別の私はともかく、神通さんは危険すぎるので、私の姉2人を連れてきました。大破させてでも止める可能性がありますので、それだけは許可を」

「事情が事情です。他の子達に被害が出る前に止めてください。提督である僕が許可をしましょう」

「ありがとうございます」

 

許可も貰えたことで、ある程度ストッパー無く戦えるようになった。

 

「扶桑姉様、殺しちゃいけませんからね? 霞達の時と同じで寸止めです」

「ええ……でも……朝潮に何かがあったらわからないわ……」

 

叢雲さんは当然、扶桑姉妹がどうして来ているかはわかっていない。私達の鎮守府で屈指の戦闘能力を持つと話して理解してくれたが、扶桑姉様の物騒な物言いには警戒している様子。

 

「では、本人の下へ向かいましょう。念のため、叢雲さんも同行してください」

「ええ。案内するわ」

 

出来ることなら何事もなく神通さんのみを相手したいところだ。それ以上が相手になると、こちらも手加減がしづらくなるし、あちらに殺意があるというだけで、戦闘が一気に面倒になってしまう。訓練の時より容赦なく攻撃してくることだろう。

 

 

 

叢雲さんに案内されて訓練場という名の近海へ。確かにそこでは神通さんと別の私が訓練をしていた。神通さんの砲撃を回避しながら攻撃に転ずる訓練のようだ。ダミーの弾だというのに、別の私には擦り傷がいくつも出来ている。

 

「弾速が通常よりも速い……?」

「神通さんの特別仕様よ。アンタ達に負けたことが余程悔しかったんでしょうね。装備のスペックをよりピーキーにして対応してるわ」

「……そうですか。だから擦り傷ができるんですね。そこから『種子』が埋め込まれてもおかしくはありません」

 

こちらに気付いたようで、神通さんが訓練を一時的に止める。

 

「おや……珍しいお客さんですね」

「あれ、また来たんですね、別の私」

 

見た目は何も変わっていないように見える。今は敵意も隠しているようだ。『種子』が埋め込まれていることが外見から判断出来ないのは辛いところ。深海の気配も匂いも無いので、実際に薬を投与するまでわからない。

 

「率直に伝えます。神通さん、大人しくこの薬を投与されてください」

「それは?」

「貴女の体内に埋め込まれた『種子』を中和させる薬です。わかっているのでしょう。春風から話は聞いています。貴女と通信をしていたと。その春風の洗脳は既に解いていますよ」

 

僅かにだが、顔が歪む。神通さんのそういう表情は初めて見る。

 

「……断ると言ったら?」

「実力行使します。貴女が黒であることはわかっているんですから」

「そうですか……」

 

少し目を伏せる。何かを考えている顔。そして

 

「やりなさい、朝潮」

「了解」

 

神通さんではなく、別の私がこちらに撃ってきた。訓練用のダミー弾とはいえ当たれば痛い。それに、そのダミーに何か仕込まれている可能性だってある。例えば『種子』とか。

やはり別の私にも『種子』が埋め込まれている。さらには既に『発芽』済み。外部からの干渉により、『発芽』を早められたようだ。おそらく神通さんが何かをしている。

 

「危ないわね。こっちの朝潮に当たったらどうするのよ。アンタ達の命が無くなるわよ」

 

その弾は山城姉様が弾いてくれた。扶桑姉様は今は何も動かない。私に攻撃の意思を向けた時点で敵として認識をしたようだが、少しは我慢してくれている。

 

「バレているのなら仕方ありませんね。まずはその薬を破壊します」

「させると思ってんの? ああ、そういえば『種子』が埋め込まれていると性格が悪くなるんだったわね。神通はどうなっているのかしら」

「朝潮、時間を稼ぎなさい。二水戦を招集します」

 

あの口振りからして、神通さん経由で『種子』を埋め込まれているのは別の私だけでは無い様子。叢雲さんとしてはそこもショックだったようだ。自分のあずかり知らぬところで、敵の魔の手が伸びているだなんて思っても見なかった。

 

「本当に神通さんが敵になってるなんてね……ショックだわ」

「すぐに洗脳を解きます。ですが、薬が足りない可能性があります。叢雲さん、浦城司令官に伝達を」

「ええ。そちらの鎮守府に連絡して、追加の薬を持ってきてもらうわ」

「お願いします。叢雲さんは今唯一信用できる人です。貴女の行動を妨害する人は全員敵です」

 

現状私達の手元にある薬は、先程叢雲さんに使ったため残り4本。神通さんと別の私に使うとして、残り2本。神通さんの言葉から、水雷戦隊が作れるほどに『種子』が埋め込まれているのなら、駆逐艦は追加で3人くらいいてもおかしくない。それだと薬は足りない。

 

「別の私は気絶させてください」

「別とはいえ……朝潮に手をあげるのは抵抗があるわ……」

「それもあって向こうの朝潮を洗脳したんでしょう。やっぱりズルいわ」

 

別の私の撃つ弾は、綺麗に急所を狙ってくる。さすが神通さん仕込み。その間に神通さんは叢雲さんを追うように鎮守府へ。仲間を募るためもあるだろうが、叢雲さんを止めるためもあるだろう。最低限、叢雲さんを守らなくては先が繋がらない。念のため薬を入れておいてよかった。

 

「叢雲を止めなさい」

「了解っぽーい!」

 

夕立さんが叢雲さんの前に立ちはだかる。選りに選って夕立さんとは。神通さんが訓練をつけてそうな艦娘ではあるが、しっかり『種子』まで埋め込まれているのは残念である。『発芽』の早め方はわからないが、これは結構まずい。

 

「夕立も敵なわけ!?」

「悪いね叢雲、援軍呼ばれるわけにはいかないっぽい。叢雲にも仲間になってもらうよ」

「やらせるわけないでしょ!」

 

夕立さんの装備は実弾である。それを許容するということは、この鎮守府の明石さんも敵の手中なのだろう。それなら逆に、叢雲さんの方には不利になるようにされているはす。

 

「嘘、弾が無い!?」

「明石さんもこっち側っぽい」

 

案の定である。こうなると、この鎮守府からの援軍は期待できない。工廠要らずの私と扶桑姉様、そして何があるかわからないとこの鎮守府に入ってから一度も艤装を降ろさなかった山城姉様が唯一の戦力。せめて叢雲さんが改二では無かったら白兵戦が出来たのだが。

 

「ズルいことしてくる! 朝潮! ヘルプ!」

「わかってます! 夕立さん、貴女の相手は私です」

 

叢雲さんを押し通すため、私が夕立さんに立ち塞がる。別の私は山城姉様に対応してもらい、神通さんには扶桑姉様に足止めしてもらう。まだ増えるかもしれないが、今はこの状態で維持が出来るだろう。最優先は叢雲さんが浦城司令官のところに到着すること。

 

「こういう形で夕立さんと戦うことになるなんて、残念ですよ」

「そうだね。でもこうなったの、全部朝潮のせいっぽい。さっさと壊れてくれれば夕立達がこうなることもなかったのに」

「聞き捨てならないわね……殺してもいいのよ……?」

 

この夕立さんの言葉が聞こえたのだろう、遠くからでも扶桑姉様が私の真横に跳んできた。神通さんすら無視して私との共闘を選択。私と扶桑姉様の足止めが功を奏し、叢雲さんはもう鎮守府内に入っており、神通さんももう無駄だと踏んだのだろう、こちらにやってきた。

 

「こんなのに時間稼ぎが出来ると思ってるわけ? 神通、洗脳されて頭が弱くなったんじゃないの?」

 

気絶した別の私を引きずりながら山城姉様も合流。別の私の額から煙が上がっているということは、きっちりデコピンを決めたようだ。

全員無傷のため、追加で『種子』が埋め込まれていることはない。3対2。数的優位も得ている。さらには神通さんはダミーの弾。完全に有利。だが向こうには殺意があるが、こちらは攻撃を受けてはいけない上に、なるべく相手を無傷で終わらせたい。

薬を持っているのは私。手元に4本である。今のままならここの明石さんの分も含めて全員分。これ以上増えたら薬がたりない。

 

「まさかこれだけとは思っていませんよね」

「でしょうね。狡猾になった神通さんとか悪夢ですよ。あと何人出てきますか」

「どれくらいでしょうね」

 

電探の反応の数からして、こちらに寄ってきているのは駆逐艦3人。あえて私の顔見知りを選んで仲間にしている。神通さんが訓練をつけても違和感がない人となると駆逐艦のみになるだろう。

安心できるのは、叢雲さんの方に向かう人が今はいないこと。工廠からではなく裏側から執務室に向かったおかげで無事に到着し、援軍要請が出来ていた。それまでに誰からも接触が無かったため、まだ叢雲さんは正気。

 

「追加、駆逐艦3人です。……敷波さん、時雨さん、長波さん。援軍に来ていた人達を優先的に洗脳してきたようです」

「顔見知りの方が戦いにくいだろうって魂胆でしょ。はぁ、堕ちたもんよね」

 

だが、厄介であるのは代わりない。自分を犠牲に攻撃してくることや、自爆まであり得る。深海艦娘を相手しているようだった。今更こんな戦闘はしたくなかったのだが。

 

「私の可愛い教え子達ですよ。朝潮も含めて、第二水雷戦隊です」

「随分と趣味が悪い。狙ってやっていますよね」

「そう見えますか? この子達は自分から私の下に来ましたよ。援軍の時に、貴女達の力に憧れて、私に教えを請ったのです。だから、その気持ちを利用させてもらいました。朝潮も似たようなものですよ」

 

戦いにくいのは確かである。誰も傷つかないようにするのは難しい。

 

「あの程度なら……すぐに終わるけれど……」

「大破はダメです。無傷で終わらせますよ」

「そう……優しいのね……可愛い妹……」

 

戦況を常に観察しながらの戦闘だ。今のところはこれ以上増えることはないだろう。精神攻撃もまだ耐えられる。言ってくることは大概予想できるし、今回は全員疑った状態で来ているので心積もりが出来ている。怒りによる暴走は心配していない。

 

「接近してくる反応追加。北上さんと大井さんです。これはどっちでしょう……」

「敵なら面倒ね……」

 

名前を出した時に神通さんの表情が変わった。これはこちらの味方だ。

おそらくだが、神通さんはまだ駆逐艦と明石さんにしか魔の手を伸ばしていない。その駆逐艦も慎重に自分の教え子からにしている。こんなに早く解決されると思っていなかったのだろう。毎日のように演習(ケンカ)している北上さんに埋め込んでいないのは、最後の理性か、本能的な部分か。

 

「おーっす、朝潮。なんか面白いことになってんじゃん」

「いや、全然面白くないです。神通さんが洗脳されているのは」

「ああ、やっぱり。なんかアイツおかしいと思ったんだよね。解決案が思い付かなかったから野放しにしてたんだけど」

 

流石の観察力。気付いていたが気付いていないフリをしていたようだ。確証が持てるまでは放置するというのはいいことでもあり悪いことでもあるが、慎重なのは助かった。あれの解決方法は、薬が無ければ力業しかない。

 

「あのさ、神通はあたしがやるから、他の駆逐艦(ガキ)頼むわ。手出ししないでほしい」

「……わかりました。これを打ち込めば勝ちです」

 

短い付き合いではあるものの、今までに見たことのない真剣な顔に圧倒され、北上さんに薬を1本渡す。神通さんは一番理解している北上さんに任せる方がいい。

 

「山城姉様、明石さんの()()をお願いします」

「そうね。とりあえず明石に一発デコピンしてくるわ。ついでに叢雲とここの提督の護衛もするわ。姉様、朝潮をお願いします」

「任せて……愛しい妹だもの……無傷で終わらせてあげる……」

 

こちらにも薬を1本渡し、山城姉様は工廠へ。それを追ってくる者は誰もいない。明石さん救出の妨害は無理と判断したのだろう。それが正解だ。無駄な怪我をしたくなければ。

 

「大井さんは」

「私は、北上さんと神通の戦いを見届ける。緊急時は私が北上さんを止めないといけないもの」

「了解しました。そちらは任せます」

 

手元の薬は残り2本。私と扶桑姉様で相手する駆逐艦は4人。全員が神通さん指揮下で成長し、挙句殺意の塊。こちらが傷付くことなく、全員を無傷で気絶させる必要がある。

だが扶桑姉様とならやれるだろう。心配も不安もない。

 

「扶桑姉様、久しぶりにアレ、やりましょうか」

「アレ……そう……いいわね。そうなれば私達は……無敵よ」

 

私は扶桑姉様としっかりと手を繋ぐ。お互いが繋がっていくような感覚。私達は1つとなる。

 

「私達は……2人で1つの深海棲艦……海峡夜棲姫」

「ここは通れないし……通さないわ」

 

戦闘開始。




山城は別のところに行かせてしまいましたが、神通と山城にはちょっとした因縁があるんですよね。反抗戦の演習をするときにあわや正面衝突というくらいにまで接近したヤツですね。怖いわ。


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好敵手

外部の鎮守府にて『種子』による洗脳を受けている神通さんの対処を任された私、朝潮。扶桑姉妹と一緒に鎮守府に赴くも、神通さん経由でさらに『種子』が拡がっており、現在、その鎮守府の明石さんと、駆逐艦5人が犠牲に。その5人が、援軍に来た4人と、別の私。戦いづらいことこの上ない。

神通さんはそのライバルとなる北上さんに任せ、私は扶桑姉様と一緒に駆逐艦4人を相手取る。別の私は山城姉様が処理してくれたので問題なし。

 

「私達は……2人で1つの深海棲艦……海峡夜棲姫」

「ここは通れないし……通さないわ」

 

動き出しは同時。一番厄介なのは、この中でも最も戦闘のセンスが高い夕立さん。別の私以上に神通さんの訓練に適応している生粋の武闘派。狂犬と言われているだけあり、滅茶苦茶な動きと荒っぽい戦闘が特徴。

だが、その戦闘方法を()()()()()()()()

 

『フソウ姉さんと組むのは久しぶりだよな確か』

「ええ……こんな切羽詰まった戦場だけど……楽しくなってきたわ」

『お前も結構染まってるよな。気持ちも1つにってか』

 

艦載機を全機発艦。怪我をさせるわけにはいかないので、装填されているのはダミーの弾。海峡夜棲姫は航空戦艦らしいが、扶桑姉様が純粋な格闘戦特化なため、『航空』の部分は私が賄う。

艦載機を使って無理矢理1人ずつ相手にしていく方がいいと思うが、扶桑姉様との共闘を楽しみたい。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

「悪夢……悪夢ですって……姉様」

「そうね……面白いことを言うわね……」

 

駆逐艦の中では悪夢のような性能だろう。欠陥(バグ)無しの過剰性能(オーバースペック)。1対1なら戦艦をも退ける戦闘のセンス。『種子』により理性のリミッターも外れ、ほぼ暴走状態と言ってもいい。

だが、それは私達が相手でなければだ。

 

「本当の悪夢を……」

「教えてあげましょう……」

 

ほんの少しだけ跳び、扶桑姉様の振りかぶる脚の上へ。手を繋いでなくても私達は擬似的な一心同体。海峡夜棲姫として、お互いのやりたいことは以心伝心出来ている。私は扶桑姉様の艤装であり、扶桑姉様は私の艤装。お互いの出来ないことを補いながら、お互いの出来ることをより伸ばす。2人で1つ、されど5人分の戦力は賄おう。

扶桑姉様の一蹴りで私は海面と平行に飛び、まっすぐ夕立さんの眼前へ。撃つ暇すら与えない。

 

「ぽい!?」

 

艤装の腕で掴み上げ、正面に艦載機で足場を生成。即方向転換して夕立さんを時雨さんに投げ飛ばす。

この相手の中で厄介なのは夕立さんだが、残しておくと面倒なのは時雨さんだ。敵味方の区別なく背部大型連装砲を撃ってくる可能性がある。ダミーの弾ならまだしも、実弾でそれをやられたらいくら私や扶桑姉様でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今はそんな時間すら勿体無い。

 

「夕立、邪魔!」

「時雨こそ邪魔っぽい!」

「姉妹は仲良く……しましょうね」

 

そこには既に扶桑姉様が立っている。私がここに投げることは伝わっている。

2人の首を掴んだかと思えば、叩きつけるように水没させた。溺死させるつもりなんて無いが、戦力として再起不能にさせるには充分な攻撃。

 

「テメェ!」

「ダメでしょう……姉様の邪魔をしちゃあ」

 

扶桑姉様に主砲を向けた長波さんの顔面に艦載機を押し付けた。急に視界を封じられ、撃つこともままならなくなり、まとわりつく艦載機を振り払うことに必死だ。それだけの隙を見せてくれれば、私が背後に回ることも出来る。

 

「くっそー! なら全部まとめて!」

「姉様」

「ええ……この子達も纏めてかしら……なら……守ってあげないとね……」

 

敷波さんの方向から魚雷。狙いは扶桑姉様。夕立さんと時雨さんも同じ場所にいるというのに、御構い無しに放ってきた。私のせいで洗脳された者が、同じように洗脳された者に殺されるなど、完全に私の神経を逆撫でする行為。

 

「朝潮……来なさい」

 

長波さんを掴み上げ、再び艦載機を足場に跳ぶ。その間に扶桑姉様は水没させていた2人を引き上げ、海面を踏み込む。霞の雷撃を回避する時に使った技。津波のように海面が波打ち、魚雷が全て打ち上げられる。爆発する前に私がもう片方の腕で全てキャッチし、誰もいない方に捨てておいた。

 

「そ、そんなのアリ!?」

「妹の前で……格好悪いところ見せられないもの……」

 

長波さんも扶桑姉様のところに捨て、敷波さんを捕縛。そのまま投げて扶桑姉様のところへ。これで4人が同じ場所に固まった。

 

「艤装が邪魔ね……破壊するわ」

 

あえて恐怖を与えるように、4人の目の前で夕立さんの主砲をデコピンで粉砕した。相変わらず意味不明な威力。次々と邪魔そうな艤装は粉砕し、全員を無力化した。

数的優位など関係なしに瞬殺。扶桑姉様は終始楽しそうに戦っていた。脚を使わなかった辺り、手加減も出来ている。

 

「ふぅ……お疲れ様です、扶桑姉様」

「ええ……楽しかったわ。妹と戦うのは……本当に楽しいわね……」

 

扶桑姉様が喜んでくれて何より。

 

 

 

一方その頃、北上さんは神通さんと激戦を繰り広げていた。今回は北上さんの圧倒的不利。主砲による攻撃で傷を負うダメージを受けると、その時点で『種子』が埋め込まれると考えてもいい。いくらダミーの弾とはいえ、今までのことを考えると傷は負う。

 

「弾速上げてるんだっけ。その分衝撃が強くなる筈だけど、それも耐えられるように鍛えてんのか。はーっ、真面目ちゃんだねぇ」

「毎度毎度能書きばかり垂れて、天才様は格が違いますね」

「うわ、神通のそういう物言い面白いな。ずっとそのままでいなよ。その方がいいって」

 

お互いに砲撃に掠らず、完全に回避に特化した動き。私の知っている動きと違う。お互いに速く、しなやかで、冷静だ。北上さんは当たってはいけないということは把握しているようで、ほんの少しだが回避が大きい。

 

「二水戦旗艦様が洗脳されるとか恥ずかしくないの?」

「別に何も。貴女も受けてみればわかります」

「誰が受けるかバーカ。一緒にすんなよ」

 

北上さんもわざわざダミーの弾で応戦している辺り、神通さんのことを考えてきている。仲があまり良くない相手だとしても、同じ鎮守府の仲間。一緒に出撃し、背中を任せ合う戦友でもある。

 

「ダミーの弾……弾を抜いておけと言っておいたのに」

「お前さぁ、明石もそっち側ってあたしが気付かないと思ってんの? 胸ぐら掴んでお話して(痛めつけて)弾入れさせたっつーの。節穴になっちゃった? かぁーっ! クソ雑魚ですわー!」

「言わせておけば。吠え面かかせてあげますよ」

 

神通さんからの攻撃がより苛烈になる。今までは距離を取った砲雷撃戦だったが、私達の鎮守府で覚えた近接戦闘に移行。間合いがだんだんと縮まっていく。弾速が速くなっているということは、近距離になればなるほど回避が難しくなる。

 

「そろそろ躱せなくなるんじゃないですか?」

「マジで節穴じゃん。擦り傷1つついてないだろうに」

 

不意に顔面狙い。当然回避するが、顔面狙いは得てして回避行動が大きくなる。その隙を狙って別の場所に掠らせようと撃ってきていた。神通さんの狙いはあくまでも()()()()()こと。1回だけでも『種子』が埋め込まれてしまう。『発芽』には時間がかかるが、外部からの干渉で即『発芽』という可能性もある。その干渉というのが何かがわからないが。

 

「北上さん! こっち終わりました!」

「あいよー。さっき言った通り手出ししないように」

 

神通さんの動きが速くなるほど、北上さんまで速くなっていく。対応に対応を重ねて、その場で成長していく。主砲で攻撃しているのに、もうほとんどゼロ距離だった。それでも、お互いに未だ無傷。まるで白兵戦組の訓練を見ているようだった。

 

「私の教え子は、皆やられたようですね」

「先生がそれだから教え子もやられるんじゃないのかね」

「減らず口を。そろそろ貴女の顔を歪ませたいですね」

 

攻撃の読み合いと応酬。私達にはついていけない高レベルな戦い。私達はああいう状態になったら力押しで突っ込んでしまうが、北上さんは違う。相手の出方を見て、確実に勝てるタイミングを待っている。

 

「それなら、これは」

 

神通さんの主砲が、不意に戦闘の外に向いた。その方向にいるのは大井さんだ。目の前に北上さんがいるにも関わらず、横に撃てるほどに余裕があるということか。

 

「扶桑姉様」

「ええ……行ってきなさい」

 

戦闘には介入しないが、大井さんがやられるのは見過ごせない。倒した駆逐艦の処理は扶桑姉様に任せ、私は大井さんの下へ。

 

「大井っち!?」

「北上さんは自分の戦いをしなさい! 私に気を散らせている場合じゃないでしょう!」

 

自分が狙われることも想定していたようだった。手を出さず、見届けると言いながらもじっと戦いを観察していた大井さんも、北上さんとコンビを組めるほどには手練れだ。戦いの合間にやってくる自分への攻撃程度なら軽く躱す。

 

「神通……それは無いわ。あたしゃこの戦いも割と楽しんでたのに」

「楽しまれては困るんですよ。貴女より向こうを先にこちらに引き込みます。邪魔なので退きなさい」

 

既に目の前の北上さんを見ていない。嫌がらせを優先するために、大井さんを狙い始めた。北上さんも大井さんが狙われ始めたことで動揺し、攻撃の精度が鈍っている。あれでは神通さんが片手間で大井さんを攻撃することが出来てしまう。

 

「っつ……掠った……」

 

ついに大井さんに攻撃が掠めてしまう。擦り傷が出来たということは、この時点で『種子』が埋め込まれたということ。今すぐ洗脳はされないが、干渉が何かがわからない以上、すぐに治療しないとまずい。

 

「朝潮!」

「任せてください! 大井さん、すぐに治療します。かなり辛いですが我慢してください」

「え、ええ」

 

残っていた薬2本の内1本を大井さんに投与する。その間も攻撃が飛んでくるが、私が艤装で守りながら何とか時間を稼いだ。

 

「っあ、ぐぅぅ!?」

「耐えてください! 『種子』を中和させるためにはこうせざるを得ないんです!」

「北上さんの敵になるくらいなら……苦痛を選ぶわ……!」

 

歯を食いしばりながら中和の苦痛を耐えている。ダミーの弾に『種子』が仕込まれているのはわかっていたが、『発芽』していない状態でも苦痛になるのは申し訳ない。

 

「北上さん、もう大丈夫です! 大井さんは私が守りますから!」

「ありがとね。こっちはこっちで片付ける」

 

北上さんの雰囲気がまた変わった。戦闘前の真剣な顔から一転、一切の無表情。まるで、潜水艦を相手取る潮さんのような、感情が消え去った瞳。

 

「残念ですね。大井さんが引き込めれば、こちらは俄然有利になったんですが」

「神通、ちょっと黙れよ」

 

北上さんの只ならぬ雰囲気に、神通さんも余所見が出来なくなった様子。大井さんは私が守り、北上さんに余計なことを考えないようにしてもらう。

 

「甘いこと考えるのやめよう。出来れば神通に見せたくなかったんだけど、仕方ないか」

 

言葉だけならいつもの調子。だが、動きも精度も先程までと全く違う。

 

「援軍に行って良かったよ。朝潮、ちょっと見てな」

「何を……」

「ここからは神通に何もさせない」

 

瞬間、北上さんが神通さんの真横にいた。

 

「なっ……!?」

「やっぱ負荷がキッツイ! なんでアイツはこの動きが冷ややかにできるんだろうねぇ!」

 

こめかみ狙いの一撃。紙一重で避けられ反撃を受けるが、その時には今度は神通さんの真後ろ。薬を振りかぶって首筋に突き立てようとするが、これも紙一重で避けられる。

今の北上さんは、私の電探を凌駕していた。こんな移動が出来る人を、私は1人しか知らない。

 

「相変わらずのインチキを……!」

「だから見せたくないんだよ! お前も真似してくるだろうに!」

 

神通さんが振り向いた時には、また北上さんは神通さんの真後ろに。また電探を凌駕。ここまで来たら何をやっているかは理解できる。

今の北上さんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。が、その負荷で身体が悲鳴をあげている。それでもあれを真似出来ているだけで普通におかしい。

 

「いい加減に!」

「するのはお前だよ!」

 

振り向きざまに撃とうとするが、北上さんは()()()()()()()()()()()()回避をし、神通さんの首に腕を回す。ここまで来るともう艦娘同士の演習じゃない。あまりにも滅茶苦茶な、ただの喧嘩だ。

脚を腕に引っ掛け、関節技に入った。これは天龍さんの技。身動き1つ取れなくなり、無理に動くことすら出来なくなる。

 

「頭痛ぁ! 朝潮なんつーことしてんだよ! なんでこんなの耐えられるのさ!」

「う、嘘でしょ……私の『未来予知』まで……」

『なんなんだアイツ……今だけで3人分使ったのか』

 

アサですら呆気にとられていた。天才とは思っていたがここまでとは。見様見真似で出来るような技術ではないはずだが。

特に私の行動予測の最終形『未来予知』は、長い時間かけて負荷に耐えられる脳を作り上げた挙句、アサとの連携も可能になったことで完全にマスターした技術だ。それを酷い頭痛があるにしろ扱えるだなんて考えられなかった。

 

「ったく、あたしゃもっと楽に艦娘やってたいんだよ。毎度毎度神通のせいで必死に動き回らされて、ウザいったらありゃしない」

 

首筋に薬を打ち込んだ。これでようやく神通さんは解放される。

 

「っぎ、あぁあああっ!?」

「よっぽど痛いみたいだね。こっちは身体と頭が痛くてガタガタだっつーの」

「北上さん、念のため薬を投与していいですか」

「あいあい、知らない間に何かやられてたら嫌だしね」

 

神通さんを押さえている北上さんに薬の最後の1本を投与。苦痛を感じていないようなので、『種子』が埋め込まれていることはないようだ。これで一安心。

 

「ふぅー、これで終了。あとは薬待ち?」

「はい。最低でもここにいる駆逐艦5人分の薬が必要です。それは届けてもらえるので、それを待つだけですね」

 

その駆逐艦は扶桑姉様が積み上げて同じ場所に捨て置いてある。その全員の額から煙が上がっているため、デコピン済みなのだろう。こうなると簡単には起きない。

 

「大井っち、大丈夫?」

「はい、体力を大分持っていかれましたが、自分で動くくらいは出来ます。あんなに治療が痛いとは……」

「こちらでガングートさんが悶え苦しんだレベルです」

「戦艦でそれなら神通も悲鳴をあげるわ」

 

その神通さんも、ようやく治療が完了したのかグッタリしていた。終わったということで北上さんも解放する。大きく消耗し、身動きも取れないようだった。

 

「屈辱です……敵の手に落ちるだなんて……」

「ホントだよ。しかも教え子まで利用してさ。何してんのマジで」

「面目次第もございません……」

 

珍しく落ち込んでいる神通さん。洗脳され、味方に被害を出した挙句、北上さんに完膚なきまでに敗北するという二重三重の屈辱にかける言葉もない。

 

「私だけが屈するだけならまだしも、子供達まで利用したのが許せません……」

 

おそらく教え子というのも、『発芽』する前から神通さんを慕っていたメンバーなのだと思う。洗脳されていたとはいえ、慕われていた駆逐艦すらも利用したというのは、神通さん的には最も恥ずべき行為。

 

「はいはい神通は悩み出したら馬鹿みたいに悩むんだから巻き込むんじゃないよ。あとから好きなだけ演習相手してやっから」

「北上さんも大概不器用よね。素直に心配だから自分で気を晴らせと言えばいいのに」

「大井っち、余計なこと言わない」

 

少し顔が赤い北上さん。いつも喧嘩ばかりしているようなこの2人も、なんだかんだ仲がいいわけだ。喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったもの。こういう信頼関係というのもいいものかもしれない。




狡い神通なんてなかなからいないので新鮮。でも何処かズルくなりきれてないのは、神通の根っこの部分がしっかりしているからかも。


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中和と治療

『種子』を埋め込まれた神通さん、そしてその教え子である第二水雷戦隊を止めることに成功。手持ちの薬では足りなかったので、現在鎮守府から追加の薬待ち。おそらく佐久間さんがフル稼働中。私達の鎮守府よりも人数がいるここの人数分作っているのだから、時間もそれなりにかかるだろう。また労う必要があるかもしれない。

 

「お薬をお持ちしましたー」

 

戦闘後、少ししてから薬が届いた。それまでは誰もここから動かさないようにしている。万が一のことを考えると、鎮守府内に入れるよりは、私達の監視下で一箇所に集めておいた方がいい。

配達人は佐久間さんの助手として行動することが多く、薬剤の取り扱いに慣れている雪さんと、雪さんの保護者の叢雲さん。

今回の仕事が仕事だからか、ほぼ確実に佐久間さんと叢雲さんの悪ノリだとは思うが、今日の雪さんは看護師の服装。お薬を持つ姿も様になっている。

 

「助かりました! まず5人分お願いします!」

「扶桑さんのところに積まれた5人でいいのかな……すぐに処置するね」

 

手早く薬を投与していく。体力の消耗と耐え難い苦痛で阿鼻叫喚となるが、それで洗脳が解かれるのなら安いものだ。見た目だけは一番小さな雪さんが、淡々と処理していった。私達とは違う方向に育っているのがよくわかる。

 

「はー、手際いいねぇ。そっちでは大分慣れたのかな」

「はい。佐久間さん付きの助手をやることが多くて、こういったことも手馴れています。最近は食堂とかも手伝ったりで忙しそうにしていますよ」

「そりゃあいいね。元白吹雪がどうなるもんかと思ったけど、よかったじゃん」

 

北上さんは消耗している神通さんを引きずりながら大井さんと工廠へ向かった。少なくとも今ここで『種子』を中和された人は入渠しておくべきなため、地獄絵図の後はそのまま工廠に連れていくことになる。

 

「うっ……あぅ……ごめんなさい別の私……ご迷惑を……」

「こちらこそ、こんなことに巻き込んでしまってごめんなさい。私達の問題だというのに……」

 

治療により息も絶え絶えだが、そんな状態でも謝罪をしてくる別の私。今回の件も艦娘に罪はない。何もかもが敵の姫のせい。一瞬憎しみが再燃しそうになったが、すぐに抑え込む。

 

「今は休んで。『種子』の治療は物凄く負担がかかったでしょう」

「はい……身体が動きません……」

「戦艦の人でもそうだったもの。運んであげるわ」

 

せっかく別の私なので、特別に抱きかかえる形で持ち上げる。自分が特殊なのはわかっているが、本来この形である小さな私を見ていると、妹を見ているような、娘を見ているような、そんな感覚に。別の私もなんだか興奮しているように見える。

 

「全員の治療が終わるまではここに居させてもらうから」

「はい……また入渠が終わったらお話しさせてください……」

 

少なくとも全員の入渠が終わるまではこの鎮守府に滞在させてもらうつもりだ。他にも『種子』が埋め込まれた艦娘がいるかもしれないため、全員に薬を投与することも必要。雪さんが来たのはそれもあるため。

私と扶桑姉様で苦痛の中目を覚ました駆逐艦5人を担ぎ上げ、工廠へと向かった。艤装のお陰で、別の私以外に2人運べるので、そういう意味でも便利。

 

 

 

ここの鎮守府は私達の鎮守府よりも大きいため、入渠ドックも多かった。現在治療により入渠が必要な人は8人。明石さんまで入渠が必要というとんでもない状況ではあるが、これで洗脳が全て解けているのだから良しとするべき。

 

「助かったわ。神通さんを野放しにしていたら、鎮守府全体が支配されていたかもしれないのよね」

「はい……援軍に来てもらったばっかりに、多大なご迷惑をおかけしました」

「いえいえ、これは誰もが想定外ですよ。時限式の洗脳装置を使う敵なんて、今までに見たことも聞いたこともありません。なので、お互いに気にしないでいきましょう」

「そう言ってもらえるとありがたいです」

 

恨みを買ってもおかしくない事態だとは思ったが、こちらの司令官も優しい方で良かった。

 

「念のため全員分の薬を調達しました。予防接種にもなりますので、全員に投与させてください」

「是非とも。まだ隠れて洗脳されている者がいるかもしれません。予防接種を拒んだ者がいたら教えてください」

「ありがとうございます。ではこちらで準備しますので」

 

許可が貰えたので、前回の深海臭気計の時と同様、別室で浦城司令官と叢雲さんの監視の下、雪さんによる薬の投与が始まる。その雪さんの姿を叢雲さんがしげしげと眺めていた。

 

「これが吹雪……海防艦並に小さいじゃない」

「犯した罪の代償で2割縮んだのよ」

「ああ、これが長波の言ってたやつね」

 

叢雲さんに対して保護者の叢雲さんが説明している。すごくややこしい。

 

「艦娘としてはどうなの?」

「戦闘には殆ど出てないわ。この前は緊急事態だったから戦闘したみたいだけど、しっかり無傷で戦果を上げてきたわ」

「ふぅん……ちびっこだけど深海棲艦って言ってたものね……」

 

そんな話をされながらも、雪さんは淡々と治療を進める。手慣れた手つきで薬を注射器に入れ、そのまま投与。受けている人も激痛を訴えるなどもせず、本当にただの予防接種となっている。

 

「すごい手際ね……」

「1ヶ月以上研究者の助手やってるんだもの。あれくらい出来て当然よ。それに小さい姉さんは出来がいいの。すぐにいろんなこと覚えたわ」

 

褒められて恥ずかしそうな雪さんだが、注射の手際は変わらずいいまま。惚れ惚れするほど上手な処置。

 

「む、叢雲、あんまりそういうこと言わないでほしいなぁ」

「真実なんだからいいでしょう。小さい姉さんはむしろ大きい姉さんより働いてるじゃない。休みが少ない方が心配よ。また朝潮の領海に行った方がいいんじゃないの?」

「たまに行かせてもらってるから。それに、朝潮ちゃんが近くにいるだけで落ち着けるし、今は島風ちゃんもいるから大丈夫」

 

照れながら処置を続けている。ここまでの作業が出来るのは私達の鎮守府にはいないと思う。佐久間さんは専門的にやっているので手慣れているが、それ以外となると誰も思い浮かばないレベル。

 

「はい、これで終了です。司令官、全員ですか?」

「ええ、これでこの鎮守府に配属された艦娘全員に薬が投与されました。誰も苦しまずに済みましたね」

 

これでこの鎮守府から『種子』の魔の手は去ったと考えればいいだろう。あとは、目を覚ました神通さんから話を聞くことで情報を補っていこう。

 

 

 

一番ダメージが大きかったのは、長く『発芽』状態でいた神通さんだった。入渠もそれに比例して長く、駆逐艦や『種子』が埋め込まれて間もないタイミングで中和出来た大井さんが全員終わっても、まだ終わらないというほど。

結局、神通さんだけは他の人より小一時間ほど後に目を覚ました。その時は、教え子の駆逐艦達が周りを囲んでいる状態。それを遠目に北上さんが眺めている。

 

「あいつさ、吐くほどの訓練する割には駆逐艦(ガキ)達に好かれてるんだよね」

「強くなれる実感があるからでしょう。別の私もそうですが、精度や回避速度が段違いですし」

「それを片手で捻るように倒すアンタら何なのさ」

 

今回は扶桑姉様との連携、海峡夜棲姫としての戦闘だったため、全て呆気なく終わらせてしまったが、実際は大分苦戦するほどの実力。特に夕立さんは、いの一番に処理しないとまずいと思えるほど。結果的に今回はノーダメージで終わったが、1対1で戦っていた場合、無傷で終わらせることはかなり難しかっただろう。

 

「神通も言ってたと思うけどさ、アンタ達のとこに援軍行ったじゃん。それが終わって帰ってきた時から、アイツら神通の教え子になったんだよ。無茶苦茶な訓練でも耐えてさ。特に朝潮なんて、吐きながら人一倍やってたね」

「あまり褒められることじゃないですね」

「結果が出てるから、余計にのめり込んで、今やアレだよ。周りの連中も同じ感じ」

 

その教え子達を利用して悪事を働いていたというのが、神通さんのプライドをズタズタにしていた。浮かない顔で起き上がり、別の私の持つ着替えに袖を通す。いつもの調子ではないことは確かだ。

 

「貴女達には迷惑をかけてしまいました……私のようなものが教鞭をとる資格があるのでしょうか……」

「神通先生、今回の件は我々の意思に関係ない問題だったと聞きました。私達は何も気にしてません」

 

教え子の中では一番新人であろう別の私が筆頭となって、神通さんの気持ちを整理させていた。私が事前にいろいろと話しておいたのが効いている。

今回の入渠組の中では一番最初に目を覚ましたのが別の私だ。全員が起きるまでの時間に、簡単ではあるがアドバイスをしておいた。それが、今回は完全に外部の者が主犯であり、誰にも罪がない事。ただただ罪悪感だけを積み上げて、精神的にダメージを与える攻撃であることを伝えた。

それだけやって最終的な目的が私への精神攻撃であるということも伝えてはおいたが、そこは理解出来なかったらしく、首を傾げるのみだったので、それ以上の説明はやめておいた。

 

「何やら別の私への回りくどい攻撃らしいんですが、私にはよくわからず……。とはいえ、今回の戦いは誰にも罪はないんです。神通先生は何も悪くないです」

「そうだぞー。悪いのはこの前のアイツ、北端なんちゃら姫なんだってさ」

 

北上さんが神通さんのドックの場所に移動していた。また瑞穂さんの移動方法を実践したのかと思ったが、身体への負荷に懲りたのか普通に向かった様子。

 

「あたしもあっちの朝潮からちょいちょい聞いた。ほら、あたしらの目の前で朝潮が成長したの覚えてる?」

「勿論……あんなの初めて見ましたから。艦娘が、いえ、あの子は深海棲艦でしたね、それが成長するなんてあり得ないことです」

「敵の目的はアレなんだと。朝潮を成長させて何かしたいみたいなんだよ。で、そのキッカケが怒りと憎しみなんだってさ。神通が洗脳されたのは、間接的に朝潮にそういうのを与えるため。さすがに修羅場をくぐり倒しているアイツにはダメージにならなかったみたいだけど」

 

北上さんの話を聞いてもあまり理解が出来ていない教え子達。だが、神通さんは理解出来た様子。

 

「……艦娘や深海棲艦を成長させて何を考えているのか……」

「んなこたぁ知らん。あたしらが考えることでもない。とにかく、少なくとも神通が罪悪感感じる必要は無いってことだよ。ウジウジしてたらまた勝ち数増やすぞ」

 

北上さんの慰め方は凄く不器用。わざと違うところに思考が向くように話をして、ほんの少しでも気分転換出来るように仕向けている。

 

「……まったく、天才様は考えることが違いますね」

「うっさい真面目ちゃんめ」

 

なんだか以前に比べて柔らかくなったように思える。洗脳されていた記憶があるからか、今までに無かった皮肉を北上さんにだけ言うようになったようだ。より喧嘩腰に見えなくも無いが、お互い楽しんでいるのなら問題ないだろう。

 

「ところで、あの動き、いつの間に覚えていたんですか」

「んー? あの動きって?」

「しらばっくれないでください。あちらの瑞穂さんの瞬間移動のような移動方法と、朝潮さんの未来を視るような行動予測、あと天龍さんの関節技ですよ」

 

そこはちゃんと追求するのか。好戦的な部分も戻ってきたのかと思うと、頭を抱えることも多くなりそう。北上さんが見せたくないと言ったのはそういうことなのだろう。

 

「見て覚えた。それだけ」

「もう一度私に見せなさい」

「誰がやってやるかよ。瑞穂移動は身体がギシギシ言うし、行動予測は酷い頭痛になるんだよ。あんなの緊急時にしかやらないね」

 

いつもの言い合いに発展していくが、誰も心配していない。教え子達も止めようとせず、その光景を微笑ましく見ている。この2人の演習(ケンカ)も学習の一環。むしろやってほしいまで思っているかも。

 

「あっちに朝潮いるから、行動予測については本人に聞けばいいっしょ」

 

北上さんがこっちを指差した。ターゲットを自分から私に移そうとしている。教え子達すらもこちらに視線が移る。ただ、今から問い詰められても困る。こちらには別件で鎮守府に戻りたい理由もある。

それなら神通さんも連れて行けばいいか。私達の鎮守府で話を聞けば、私は帰投出来て、神通さんは学べて、さらには洗脳中に何をしていたか聞ける。

 

「朝潮さん」

「その前に。神通さんには聞きたいことがいっぱいあります。今からこちらの鎮守府に出向してもらいたいくらいなんですが」

「構いません。せっかくですので、そちらに訓練がてら、私が話せることを全てお話ししましょう。そちらの提督に直接話した方がいいですよね」

 

これで真相に一気に近付く。今頃、第十七駆逐隊の4人も目覚めており、真相を話している頃だろう。合わせて話を聞きたいところ。

 

被害者全員が目覚め、他の艦娘への薬の投与も完了したことで、この鎮守府への用も全て完了。帰投を連絡した後、鎮守府を離れることとなった。




北上にのみ悪態をつく神通という珍しいタイプに変化しました。ここまで来ると、ライバルとかそういうのも超えて大親友な気がします。


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真相へ

浦城司令官の鎮守府の全員に薬を投与し、これで疑いが無くなった。この中で最も長い期間洗脳されていたのは神通さん。その間に春風と通信しており、北端上陸姫との通信もしている可能性がある。そのことについて、こちらの鎮守府で話をしてもらうこととなった。

最初に来た時より大人数になってしまったが、何事もなく帰投。山城姉様は私達から離れて行動をしていたため、念のため中和の薬を投与し、何事もないことを証明。全員無事という形で今回の出向任務は完了とされた。

 

「出向してくれてありがとう、神通君」

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました。私の知り得る情報は全てお話しさせていただきます」

「感謝する。これで真相に近付ける」

 

その後ろ、神通さんの付き添いとしてやってきた別の私がソワソワとしながら工廠を眺めていた。おそらく別の鎮守府にやってくることなど初めてのこと。ただでさえこの鎮守府は他の鎮守府とはまったく違う構成だ。興味も出ることだろう。

 

「そちらは付き添いかな?」

「はい。私の教え子の中でも経験を積ませたい筆頭なので、是非見学させたく」

「朝潮型駆逐艦1番艦、朝潮です! 本日はよろしくお願いします!」

 

皆の思っていることは手に取るようにわかった。『そういえばこれが本来の朝潮だ』と。今の私の姿に見慣れてしまった人達は、小さい朝潮は見るのも久々という認識だろう。特に私は改二でいた期間も少し短い。

 

「困った。朝潮君が2人になってしまった」

「では私のことは大きい方とでも。ここでの私はいろいろと呼び名はありますし。不名誉なものも……」

「さすがに私が君を女帝と呼ぶのは忍びないよ。では今だけ大きい朝潮君ということで」

 

おそらく司令官にまで女帝呼ばわりされたら私は折れる。

 

「では神通君。早速で悪いが会議室へ。小さい朝潮君は……」

「司令官、私が相手しておくわ」

 

少しウキウキしたような霞が名乗りをあげる。本来の姿の私を見て、少しよろしくないスイッチが入っているように見えた。正直な話、任せることに不安を覚える。

 

「ふむ、わかった。霞君、頼んだよ」

「ええ。サイズは違っても姉さんは姉さんだもの。悪いようにはしないわ」

 

久々に瞳の中にハートマークが見える。やっぱり不安。後ろにいた大潮に目配せして、霞のストッパーになってもらう。

 

 

 

司令官を先頭に会議室に入ったのは私と神通さん。あと念のためということで瑞穂さんが同席。既に中には初霜とウォースパイトさん、そして第十七駆逐隊の4人が着席していた。

第十七駆逐隊の4人は、目を覚ました時に長く洗脳されていた記憶が蘇り発狂しかけたと聞いている。特に武人然とした磯風さんは腹を切ろうとまでしたらしい。それを止めたのが、他ならぬ実姉、時津風さん。姉は強し。

 

「気分は落ち着いたかい?」

「ああ、すまない。取り乱してしまって」

 

少しだけ自傷行為の痕跡が見えるが、お風呂で治る程度のものだ。それだけ深刻に悩んだことなのだから、それについては触れないことにした。

 

「君達には辛い話をしてもらうことになる。何せ、洗脳され敵に与していたときの記憶を話してもらうからだ。辛いようならすぐにじゃなくてもいい。話したくないこともあるだろう。無理はしなくてもいい」

 

それだけ前振りをした。ここに集められた人は、早い段階から洗脳を受けていた人達のみだ。長く人間と艦娘を敵として見ており、鎮守府の全員を騙し続けていた。特に神通さんは、他と違って『種子』を増殖させ配下を増やすという行為までしている。

 

「では、最初にまず知っておかなくてはいけないことがある。第十七駆逐隊の隊長は磯風君だったね」

「ああ、私が率いさせてもらっている」

「島風君のことについて教えてほしい。不躾な聞き方になってしまうが、彼女は()()なんだい?」

 

深海忌雷に寄生され、重傷を負って私の領海に漂着していた島風さん。目覚めた直後は理性もギリギリで、負の感情に支配されていたが、私と雪さんの深海の匂いでどうにか回復し、今に至っている。

その島風さんを攻撃したというのが第十七駆逐隊。さらに霞の発言から、島風さんを始末し損ねたということがわかる。消しておきたい理由があったはず。

 

「島風は我々の鎮守府で建造された艦娘だ。洗脳された後に建造されている」

 

つまり最初の考え方が間違っていたわけだ。島風さんはドロップ艦ではなく建造艦。ということは、私達が警戒していた深海忌雷の無差別配置も考え違い。

では何故深海忌雷に寄生されたか。答えは1つくらいしか思い浮かばない。鎮守府に北端上陸姫が存在していた。

 

「姫は鎮守府の内部に潜伏していたんだ。そこで我々の『種子』が『発芽』させられた。建造艦を実験台にするために、我々の鎮守府が利用されたんだ」

 

ドロップ艦が結局8人しか集まらなかったため、建造に切り替えたということなのだろうか。それなら鎮守府を制圧し、そのシステムを無理矢理使う方が効率がいい。

 

「だが、島風は姫のお気には召さなかったらしい。あいつは特殊な個体だったんだ。建造で生まれたにも関わらず、通常の艦娘とは違っていた。薄っすらと聞いたのは、島風には『種子』が埋め込めないということだ」

「『種子』が効かない……?」

「埋め込んだところで『発芽』することなく消滅するらしい。姫は島風のことを『特異個体』と呼んでいたな。だから深海忌雷を寄生させた。だが、それでも言うことを聞かなかった。万が一そちらの鎮守府に与することがあっては面倒と考えた姫は、我々に処分を言い渡したんだ」

 

建造で生まれたが特殊な体質だったという島風さん。最初の入渠の時に欠陥(バグ)は発見されていないので、ただただ耐性があるということだろう。個体差はどんな艦娘にもあるが、対深海棲艦として本来不要な耐性がこんなところで役に立つとは。

 

「すぐに処分する予定だったが、島風のスペックはそちらもよくわかっているだろう。我々4人でも大分苦戦した。トドメを刺したと思っていたが、そちらに流れ着いたようだ。こちらでトドメを刺したというのが、谷風だ」

「いやー、ありゃあ殺したと思ってたんだけどねぇ。うまく急所から外れてくれたんだねぇ」

 

ニコニコしている谷風さん。島風さんが生きていることを心の底から喜んでいる。洗脳されているとはいえ、艦娘殺しは後に引くほど気分が悪いことだ。例え島風さんが深海棲艦に変わり果てていたとしても、元は自分の鎮守府で建造された艦娘。当然仲間意識はある。その当時は無くても。

谷風さんの言動でこちらは疑いをかけることが多かった。むしろ、谷風さんが少しだけドジを踏んでくれたおかげでここまで来れた。全てうまく騙し続けられたら、おそらく今頃最悪な事態になっていただろう。

 

もしかしたら、谷風さんが無意識ながらもこの危機を私達に伝えてきたのかもしれない。

 

「うむ、ありがとう磯風君。これで次の方針は決まった。……ちなみに阿奈波君は今どうしているんだい?」

 

4人が顔を伏せてしまった。まさか……

 

「彼はもう……この世にはいない」

「……姫の仕業かい?」

「ああ。最悪な実験を見せられた。()()()()()()()()()()だ。生身の人間を使い……艦娘を建造するんだ。深海の素材も入れられていた……」

 

吐き気がしそうだった。少なくとも、阿奈波さんは姫の手によって殺されている。ジワリと、心の奥に憎しみが滾った。それを感じ取ったからだろう、アサが無理矢理私が主導権を奪った。正直ありがたかった。怒りと憎しみが私の心を埋め尽くそうとしている。

 

「て、提督、すまない。シマカゼとユキを呼んでくれ……朝潮がまた呑まれそうになっている……!」

「すぐに呼ぼう。瑞穂君」

「お任せください」

 

念のため同席してもらっておいてよかった。いなかったら間に合わないかもしれない。

 

「朝潮、落ち着け。お前の怒りはわかるが、ここではいけない」

『人間にまで手をかけるだなんて……許セナイ……殺サナイト……アノ姫ヲ殺サナイト……!』

「頼む朝潮、台無しにするな……!」

 

またもや骨が軋む音。アサがどうにか抑え込んでくれているが、今回は怒りが少し深い。実際に死者が出てしまったことが私に火をつけてしまっている。今すぐにでもあの姫を嬲り殺しにしたい。それこそ、同じように建造の素材にでもしてやりたいほどだ。

 

「っぐ……今回は早い……!」

「アサ君、どうにか耐えてくれ。すぐに2人が来る」

「お待たせしました!」

 

雪さんと島風さんが会議室に駆け込み、飛びつくように抱きつかれた。煮え滾るような怒りと憎しみがスーッと冷えていく。

 

「危なかった……」

『ウ……うぅ……私また……』

「構わん。今回は私も気に入らない。不安定なお前がこうなるのも理解している。間に合ってよかったぞ」

 

落ち着いたことがわかったため、主導権が返される。直に2人の深海の匂いを感じることでより一層落ち着く。

 

「この話はやめた方がいいか……?」

「大丈夫です。2人が居れば落ち着けるので」

「難儀な身体だな……」

 

話を続けてもらう。少なくとも阿奈波さんは北端上陸姫に殺されており、この世にはもういない。ということは、鎮守府運営すらも北端上陸姫がやっているということだ。そもそもあの鎮守府に所属している艦娘は洗脳、もしくは深海棲艦化していると考えた方がいい。最悪全員何かに使われ死んでいる可能性すらある。

 

「元帥閣下から鎌をかけられたときは姫がごまかしたんだ。彼が研究室にこもっていることにして、データを明け渡した。使途不明の資源が無いのは当然なんだ。姫の持つ資源を使っているからな。鎮守府の資源は減っていない」

 

外部の資源を使って実験をしているのだから、嘘はついていない。監査が入るところまで考えて行動している。研究者であるという立場まで使ってくるとは。さらには上層部の息がかかっているにも関わらず回避しているとなると、どこまで狡猾なのだ。

 

「……ちなみになんだが……阿奈波君を使った建造はどうなったんだい?」

「深海の素材が入ったからかもしれないが、半分深海棲艦の艦娘が生まれた。今は姫の側近として動いている。人間が素材となったことで安定しているのだと思う」

 

半深海棲艦が建造出来たというだけでもおかしな話なのだが、ここにいる半深海棲艦全員に共通する不安定な心が無いというのが恐ろしい。それをさらに洗脳なりしているのだろう。

 

「その艦娘というのは?」

「……大和だ。よりによって、大戦艦が敵に回るとはな」

「半深海棲艦の大和さん……強敵すぎますね……」

 

ただでさえ素の状態でも殆ど勝てなかった大和さんが、半深海棲艦となり、かつ北端上陸姫の改造を受けている可能性もあり、忠実な側近として動いているのなら、今までで一番の難敵となる。

それ以外にも艦娘を何人も敵に回すことになるだろう。誰も殺すことは出来ない。救出可能なら救出しなくてはいけない。

 

「それについては後から考えよう。話を進めた方がいいね。次は……初霜君、通信であちらの姫に何を伝えていたんだい?」

 

次は初霜の証言。この鎮守府では最も早く洗脳されていたと話している。この鎮守府の内情を全て話していると言っても過言では無いだろう。

 

「基本的にはこの鎮守府の内情を詳らかに伝えていました。私が通信を始めたのは島風さんが漂着してからなので、それが主です。先程磯風さんが話した通り、島風さんは特異個体なので、その行動が不利に働く可能性を考慮していました」

 

ウォースパイトさんも同様。初霜のバックアップとして通信をしていたらしい。そのため、3人が扶桑姉様に大破させられた後に動き出した。それにすぐ気付くことが出来たから、私達は工廠で対処している。

 

「私が特異個体? どゆこと?」

「島風さんは私達に出来ないことが出来るってことです」

「おうっ! 私って凄かったんだ!」

 

無邪気なことが唯一癒される部分。緊迫した会議の空気も若干弛緩する。特に初霜は今回の件で大分落ち込んでいる。こういう場でも話しやすい空気にしてもらえるのはありがたい。

 

「あとは、どのタイミングで朝潮さんにダメージを与えるかの相談です。基本はギリギリまで潜伏だったんですが、秋津洲さんの件で鎮守府が北端上陸姫に支配されていることを隠すことが一番大事だったので、それを利用するという話になりました」

 

深海臭気計の件も筒抜け。鎮守府にそれを持ってこられたらいろいろ計画が破綻するというのがあるのだろう。秋津洲さんの殺害を急務にされたようだ。

 

「ありがとう。概ね話してくれた通りだね。では最後に神通君。君はどのような指示を受けていたんだい?」

 

最後に神通さん。こちらが一番謎である。まったく無関係なところにたまたま『種子』が『発芽』しただけだが、それをどう使おうとしたのか。

 

「私はこちらの春風さんと共謀し、独自に動く方向にさせられました。私の鎮守府に『種子』をばら撒き、全員を支配下に置いたところでこの鎮守府を総攻撃する予定でした」

「ふむ……なるほど。それで朝潮君以外を殺し、心にダメージを与えようと」

「はい。ここまで呆気なくバレるとは思っていなかったのでしょう。『種子』の治療法が確立されるなんて想定外だったようですので。未だに伝わっていませんが、私達からの通信が無くなっているので向こうにもバレたでしょう」

 

第三者だからこその作戦だったらしい。無関係だと思っていたら背後から刺され、心のバランスを崩したところに追い打ちで仲間が殺されたら、私は間違いなく暴走する。アサですら叩き潰すと確信できる。見境なく全員を殺すだろう。

 

「『種子』は3度埋め込まれると即座に『発芽』するんです。なので、まず明石さんに埋め込みました。その後からは教え子を優先し、駆逐艦から拡散させる予定でした」

「即『発芽』の方法がわかったのはいいことだね。予防接種はしているが、回避するに越したことはないわけだ」

 

それ以外の情報は神通さんには伝えられなかったそうだ。そういう部分は慎重である。

 

「埋め込まれてしまうと、治療しない限り『発芽』の回避は不可能かと思います。あれは耐えられません。ここにいる方々は大体眠っている間に価値観が変化しているのだと思いますが、私は『発芽』の瞬間を体験しています。恐ろしいほどに()()()()()んです」

 

深海艦娘に変えられるときのようなものだろうか。身体の変化に対し幸福感を得るようになり、抗えなくなる。私も体験しているが、理性が飛ばされそうな幸福感だった。

 

「深海艦娘化と同じですね。抗えないように幸福感にすり替えられるんです」

「さすが全部の経験者、実体験が活きますね」

「嬉しくない経験ですけどね」

 

神通さんからの情報は以上。深刻な状況がわかるのは、やはりあちらの鎮守府に所属していた4人くらい。いくら信用のできる洗脳だったとしても、必要以上の情報は出さないようだった。

少なくともわかったのは、あちらの鎮守府は完全に支配下に落ちているということと、半深海棲艦の大和さんが側近として控えているということ。そして、艦娘の建造ドックを押さえられているため、敵の陣営は無尽蔵に増えると言っても過言ではないということ。

 

「目立っても面倒なことになりそうだ。攻め込むにしても慎重にいかなくてはいけない。これも元帥閣下と相談していく」

「それがいいでしょうね。事前に調査してもらえれば御の字です」

 

まずは情報収集。そこから攻略に入る方がいい。ここまで来るとすぐに行こうが時間をかけようが関係ない。艦娘の鎮守府すら取り込んだ深海棲艦の陣地なのだ。ここは慎重に行かなければ。

 




初めて明確な被害者が出てしまいました。死は、朝潮をより歪ませる材料。


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正しい私

敵は艦娘の鎮守府すら取り込んだことが判明した。艦娘の建造ドックも使い、無尽蔵に実験材料を得ており、その1人が島風さんである。実験のために生み出され、好きに弄られた挙句、不要になったために処分されかけた存在。また、元々その鎮守府にいた艦娘研究者である阿奈波さんは、北端上陸姫の手にかかり、命を落としていることが判明した。

私、朝潮はこの真相を聞き、一度は怒りと憎しみに呑まれそうになったが、アサの機転により暴走は免れた。雪さんと島風さんに抱きつかれたことで、今は完全に落ち着いている。

現在は調査が完了するまでは待機ということになった。状況があまりにも悪い。しっかりと地盤を固めた状態で攻略をしていきたい。

 

第十七駆逐隊の4人は、本来自分が所属している鎮守府が深海棲艦に乗っ取られている状況なため、少しの間、私達の鎮守府に身を寄せることとなった。事が済み次第、別の鎮守府に移籍、もしくはそのままこの鎮守府に籍を置くことになる。4人は『種子』を埋め込まれた経歴はあるものの、欠陥(バグ)もなく深海絡みの身体を持っているわけでもない。最終的には浦城司令官の鎮守府へ移籍することで収まりそうである。

 

「一時的だが、よろしく頼む」

「ほんまスマンねぇ。うちら、帰るとこ無くなってしもうたけぇ」

「ああ、好きに使ってくれて構わない。ここには君達の姉妹もいるから安心だろう」

 

会議終わりに時津風さんと萩風さんが待ち構えていただけあり、姉妹仲も良好。ただ、時津風さんの表情は未だに晴れない。磯風さんが罪悪感から切腹しようとしたのが許せていない様子。こればっかりは私が口を出すことでもない。姉妹のことは姉妹でどうぞ。

 

「今から帰投するのも遅くなるだろう。神通君と小さい朝潮君は、今日一晩ここに泊まっていってくれて構わないからね」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。うちの朝潮が遊ばれているようですし」

 

まだ外は明るい。神通さんもうずうずしているように見える。この鎮守府では得られるものが多いと、援軍の時も毎日のように演習をしていた。今回もそのつもりなのだろう。

 

「早速リベンジがしたいですね」

「姉様達に掛け合ってあげますから、私はそっとしておいてください」

「さすがに理解していますよ。先程心のバランスを崩したのを見ていますから」

 

それもあるから、雪さんと島風さんはずっと私に寄り添ったまま。初霜とウォースパイトさんも付かず離れずを維持してくれている。

自分の今の状態を嫌なくらい理解できた。心を強く持ちたいのに、想定外のことが発生するとそのまま呑まれる。心を穏やかにするだけではもはや足りない。すぐにでも心を無にする手段が欲しい。

 

「私は扶桑姉妹に演習をお願いしてきましょう。うちの小さい朝潮のこと、よろしくお願いします」

「はい、今は妹達が見てくれているので。これから合流します」

 

ここからは別行動。私は別の私との交流を優先することにしよう。正しく生まれた私はやっぱり興味がある。向こうも私に興味があるようだし、出来ることならいっぱい話がしたい。

 

 

 

少ししたら私は大分安定したということで、雪さんは自分の仕事に戻り、ウォースパイトさんは神通さんについていった。島風さんはというと、いろいろあった第十七駆逐隊の4人と交流するとのこと。割り切り方もレキ並。向こうの罪悪感なんて関係無しに仲良くなろうと行動する。

 

というわけで、私の側には初霜のみ。久々に2人きりということでやたらベッタリである。すぐに腕に絡みついて深海の匂いを堪能しようとする。手の繋ぎ方も、俗に言う恋人繋ぎというやつ。

 

「小さい朝潮さんは何処に?」

「今は談話室ね。大潮と霞と春風が一緒にいるみたい」

「定番の面子ですね」

 

別とはいえ私ではあるので、霞は特に面倒を見たがっていた。大潮にストッパーをお願いしているとはいえ若干不安なため、その足で談話室に向かう。

 

「あ、大きな私」

「こんにちは小さな私」

 

談話室には、小さい私にべったりな妙にツヤツヤしている霞と、その様子にハラハラしている大潮、そして我関せずとお茶を淹れている春風。小さい私に手を振ると、霞の距離の近さに若干困っている視線を投げかけてくる。申し訳なさもあるが、少しだけ我慢してほしい。

私の腕に絡みついている初霜を見て霞の表情が変わるが、小さい私の温もりで少しは気分がいいらしい。比較的穏やか。

 

「姉さん、会議は終わったの?」

「……ええ」

 

嫌なことを思い出してしまう。先程までまた暴走しかけていたのは私の汚点でもある。表情が暗くなったのだろう。それを察した大潮がすぐに反応。

 

「お姉さん、大潮がいますよ。痛みは分け合うって約束しましたよね」

「……そうね。話しておくわ」

 

小さな私もいる中で話すのは少し抵抗がある。知るべきことでは無いだろう。だが、それですら私のストレスになってしまう可能性がある。ただでさえストレスで体調を崩したことがある私だ。それもあって大潮には心配されている節もある。

 

「さっき、また暴走しかけたの」

「ちょっと、大丈夫なの!?」

「もう大丈夫。雪さんと島風さんに来てもらったから。それに、身体も変化は無いわ」

 

そうなった理由も話す。なるべくオブラートに包みたかったが、どうしても阿奈波さんの死については話さなくてはいけない。今までやられてきた中でも一番心に大きくダメージを受けたと思う。

正直な話、霞が洗脳されたことよりも気持ちが重かった。洗脳くらいなら取り戻す手段があるからまだいい。だが、命は取り戻すことは出来ない。それが一番苦痛だった。

 

「嘘……人間を殺したの……?」

「ええ……建造の素材にされたって……」

「何よそれ……滅茶苦茶すぎるじゃない」

 

また怒りが込み上げそうになった。それを感じ取ったアサが即座に主導権を奪う。

 

「すまん。また危なかった。この話をするのはやめておいてくれ」

「交代したのね。そっか……そこまで……」

 

思考の海が熱くなることはなかったが、だが表に出たらまた怒りが込み上げ、最終的には暴走する可能性がある。今は引っ込んでおいた方がいいだろう。アサに主導権を渡したままにし、心を安定させる。

 

『ごめんアサ、ちょっとこの件は私には辛い』

「構わん。お前が他人の死に敏感なのは理解した。少し中で休め」

『ええ。少しの間任せる』

 

少し間隔が短くなっている。心が不安定になっているのがわかる。それだけ衝撃的なことなのもあるが、それでも私は悪化していると理解できる。心を強くする訓練は急務な気がする。

 

「あ、あの、霞、大きな私はどうなったの?」

「ちょっとアサ、小さい姉さんにまだ話してなかったの?」

「向こうの鎮守府で話すタイミングが無かったんだよ。フソウ姉さんと一緒に戦った時にはこいつ気絶させられてたし、そもそも私は表に出てないんだ。顔を合わせるのは今が初めてだ」

 

大混乱の別の私。目の前の私の態度が180度変わったようなもの。むしろ突然記憶が消えたのではないかというような物言い。私にはよくわからないが、他の面々から言わせれば、表情が冷たくなるらしい。声が変わらない分、状況が状況だとかなり怖いのだとか。

 

「あー、小さい姉さん、落ち着いて聞いてね。うちの姉さんは、頭の中に深海棲艦が住んでるの。で、事あるごとに交代できるわけよ」

「そういうことだ。身体を借りてるみたいなものだな。私は深海朝水鬼のアサだ」

「へ、へぇ〜……そうなんですか……」

 

まだよくわかっていない様子。これは伝えるのに苦労をしそうだ。

このことで、私が暴走した理由についてがうやむやになってくれたのは良かった。あの話をずっと続けられたら、おそらく私は思考の海の中で暴走していたと思う。

 

「二重人格だと思えばいいですよ小さいお姉さん!」

「なるほど、なるほど……。個体差というのは凄いですね……」

 

ひとまずそれで納得してくれればいい。

 

「会議の内容は提督が正式に公表するまで待つ方がいい。ただ、その話は朝潮の前でしてくれるな。実際に被害者が出てる件だ。朝潮は命の件に敏感すぎる」

「わかった。その辺りは司令官にも伝えておくわ」

「助かる。私からも話しておく」

 

別の私の隣に腰を下ろした。すかさずお茶を出してくれる春風。初霜は私と腕を組んだまま。一波乱ありそうな構図。

私のことを思ってくれたのか、アサがここで話題を変えてくれる。

 

「小さいの、ここで演習してたんだろう。どうだった」

「皆さん強いですね……なかなか勝てませんでした。皐月さんには手も足も出ませんでしたね」

「あれは特別。というか深海艦娘に対応しただけでも充分よ」

 

さすが二水戦式の訓練を耐えている神通さんの教え子。吐くほど鍛えているだけはある。皐月さんは駆逐艦の中でも特殊なタイプのためあまり深く考えないとして、深海艦娘に対応できたというだけでも評価に値する戦績だろう。

 

「またここに来させて欲しいです。リベンジさせてください。まずは大潮に」

「今回は大潮が勝たせてもらいましたから! いつでもリベンジ待ってます!」

 

大潮だって駆逐艦の力を超えた深海艦娘の1人。並の力では手も足も出ないくらいの力を持っている。この鎮守府に並の力の艦娘がいないというだけ。小さい私も急ピッチの成長で並以上の力を付けたようだが、まだ届かなかった様子。早速リベンジ相手として大潮がターゲットにされた。

 

「少なくとも艦載機だけは対策してきます。まだまだ対応力が足りません」

「第二の神通になれるように頑張れよ」

 

アサが小さい私を抱き寄せた。労うつもりで引き寄せ頭を撫でたようだが、何やら小さい私の様子がおかしい。そういえばあちらの鎮守府で抱き上げた時も少し興奮していた。こういう扱いに慣れていないのだろうか。

 

「こんな褒められ方初めてで……ビックリしてしまいました」

「そうかそうか。いくらでもしてやるぞ」

 

小さい私の顔を胸に押し付けるようにしながら撫でる。恥ずかしそうに身をよじる小さい私だが、すぐに受け入れてされるがままに。その光景を見ていたうちの問題児3人が、ボソリと呟く。

 

「あの間に挟まりたい」

「わかります」

「霞さん、冴えていますね」

 

3人の言動が少し怖い。特に霞はさっきから瞳の中のハートマークがずっと消えていない。大潮もどうしていいか迷うような状況。

 

「ここの霞はなんだかおかしい気がするんですけど、これって個体差なんですか?」

「個体差といえば個体差だろう。そもそも重度のシスコンなんだが、半分深海棲艦になったことで本能が膨れ上がっててな。思ったことを行動で示してしまうことがある」

「ああ……なるほど。だから……」

 

小さい私も何かを察したらしい。私が離れていた時の演習やら何やらで、この霞の本質には気付いたのかも。妙にツヤツヤしていたのは、小さい私相手にいろいろやらかしてしまったからかも。

 

「こんな霞を見るのは初めてなので斬新ですね。少し怖いときもありましたけど」

「受け入れてやってくれ。ここのカスミはこれで成り立ってるんだ」

「はい。妹にこういう一面があったというのも嬉しいものですよ」

 

春風と初霜のことについては敢えて触れないようにしているのがわかった。この2人に関してはややこしいことが多い。説明に時間がかかるし、アサに説明させたらいろいろ面倒臭いことになりそう。

 

『アサ、大分落ち着いたから、表に出ていいかしら』

「ダメだと思ったら引っ込めるからな」

 

私も小さい私とは話がしたい。アサから主導権を貰い、表に出る。

 

「あれ、もしかして交代しました?」

「ええ。私もお話ししたいもの。交代したとよくわかったわね」

「瞳の光が弱くなったのでそういうことなのかなと」

 

そういった部分の観察力は先生譲りだろうか。これなら対応力の成長も期待できる。アサの言う通り、第二の神通さんになれるかもしれない。

 

「たわいないお話をしましょう。私のストレス解消に付き合って」

「私で良ければ。今日は一晩ここに泊まらせてもらえますし、いっぱいお話をしたいです」

「ええ、沢山しましょう」

 

たったそれだけの簡単なことでも、私の心は穏やかになるだろう。利用させてもらうようで申し訳なさもあるが、ただただいろいろと話したい。この子がどうやって成長してきたかなんて、面白い話になりそうだ。お互いの身の上話をして、お互いに癒されれば御の字。

 

 

 

しばらく小さい私を撫でた後、解放。それと同時に、霞が初霜に一言。

 

「それじゃあ初霜、そろそろ大きい姉さんの手を離しましょうか」

「いいじゃないですか。今日は私のターンでしょう」

「恋人繋ぎは有罪(ギルティ)

「私は朝潮さんの婚約者ですから。これくらいは許されます」

 

霞的には初霜の腕組みがそろそろ耐えられないらしい。春風もお茶を淹れてくれているものの、嫉妬しているのはわかった。自分のやったことのない行為を初霜がやっているのを見て、いつもの仏頂面になっている。

 

「初霜さん、ズルイです。わたくしも御姉様とそういう腕の組み方してみたいのに……」

「早い者勝ちですよ」

 

こういう諍いも見慣れてきたものだ。

 

「あの、大きい私、普通には聞かない言葉が出てきたと思うんですが……」

「気にしないで」

「婚約者って」

「気にしないで」

 




小さい(正常な)朝潮の実力は、加藤鎮守府で例えるなら、深海関係がない艦娘と同等くらい。浦城鎮守府では上位。二水戦式訓練の賜物である。


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癒される義務

『種子』の問題が解決した翌日から、北端上陸姫が支配している鎮守府の攻略方法を決めていくことになった。そのため、現在の敵鎮守府の状況が所属されている艦娘全員に公表された。私、朝潮は事前に聞いていたというのと、この話をするだけで不安定になるため、全体会議は欠席。神通さんと小さい私は、浦城司令官にこの件を伝えるために会議に参加。バックアップをお願いする可能性があるため、状況を知っておいてもらえるのは有用と判断した。

明確な被害者が出ているというのは大きく、会議は当然騒ついた。私ほど他人の命に敏感な人はいないようだが、吐き気を催す人がいたのは確かである。同時に、全員が北端上陸姫に対して怒りと憎しみを募らせた。

 

「もう朝潮君も大丈夫な話だから、入ってきてくれて構わないよ」

「はい……ご迷惑をおかけしました」

 

状況説明の後は私も含めて今後の方針を打ち合わせる。司令官は次の方針は決まったと言っていたが、どう攻めていくか。

 

「少なくともやらなくてはいけないことは、全員への『種子』の対策。これは定期的な予防接種でどうにかする。次に敵情視察。現在どの程度の規模なのかを調査する必要がある。最後に、戦力強化。今の敵の姫の側近が、過去最大級の脅威である。無傷で攻略は……ほぼ不可能だ」

 

今回最大の難関は、姫の側近が半深海棲艦の大和さんであること。最初から最強クラスの大戦艦が、深海化で大幅にスペックアップし、さらには姫による改造を受けている可能性があるということ。艦娘、深海、そして人間すらも素材にした、前代未聞の敵戦力である。

 

「敵情視察は元帥閣下にもお願いするつもりだ。元帥閣下にも少なからず脅威になるはずだからね。ただ、念のため元帥閣下の艦娘にも予防接種はしてもらうため、事前にこちらに来てもらう」

「状況次第ではまた援軍申請ですか?」

「そうだね。敵は深海棲艦だけじゃない。艦娘も支配されていると考えてもいい。勿論全員救出を目的にするが、イロハ級を相手するのとはわけが違う」

 

全員が姫の被害者だ。磯風さん達第十七駆逐隊は助け出すことが出来たが、他にも艦娘は所属していた。人間を使った建造が上手くいってしまったことで、より狂った実験をされていてもおかしくはない。

 

「敵情視察はゴーヤ達に任せてくだち」

「そのための潜水隠密部隊なのね!」

「ギリギリ限界まで見てくるから!」

 

確かにこういう時の潜水艦隊は頼もしい。死なないことに特化した訓練を続けている隠密部隊は、敵情視察にはもってこいな性能。深海潜水艦姉妹は敵に気付かれる可能性が非常に高いので、ゴーヤさんを筆頭とした潜水艦娘3人を送り込むことで調査することに。

 

「方針は決まった。まずは敵情視察。その間に皆はより一層の研鑽を積んでほしい。最大の難関は、半深海棲艦化した大戦艦大和だ。万全の状態で攻略を開始する」

 

怒りと憎しみというあまり良くない感情の下だが、皆の心は1つだ。北端上陸姫を撃破し、支配されている鎮守府を解放する。

 

 

 

会議の後、神通さんと小さい私は帰投。小さい私と一晩のたわいもないお喋りは、私の心をとても穏やかにしてくれた。そして霞は私と小さい私に添い寝されて一段とキラキラしていた。過去のトラウマを払拭したかのように明るい。

 

そして今私はというと、いつも通りの非番。昨日暴走しかけたというのが大きく、身体も心も休めろというお達し。

 

『今余裕あるんだよな』

「ええ。今どころか、敵情視察が終わるまでは余裕があるわ」

『なら久々に領海に行こう。海図作ってからはバタバタしてたから行けてないだろう。お前はまだ不安定だし、一度落ち着くべきだ』

 

穏やかにはなったものの、また不安定ではある。数日の間に暴走を2回しているのは確かに不安だ。アサの言う通り、一度落ち着くために領海に行くのはアリだと思う。

 

司令官に許可を貰い、あの場所に行くのならとアサの服に着替え、領海へ。今回の随伴は少し珍しい人。

 

「今日は控えめに、35.6cm連装砲で」

「何が控えめなのか」

「いつもは46cm三連装砲だからね! 威力が違うよ威力が!」

 

1人目の随伴はオーバースペック組の清霜さん。先程の会議で少し考えたいことがあるらしい。そういうことに使うにも適しているのが私とアサの領海だ。静かな海を見ながらだと、いろいろと考えが纏まる。

 

「佐久間さん、着きましたー!」

「ありがとー。大発動艇に乗せられるのは慣れないねぇ」

 

2人目は大潮。そして3人目は佐久間さん。大潮は不安定な私の監視ではあるが、佐久間さんをここまで連れてくるための大発動艇要員も兼ねている。佐久間さんは清霜さんと同じく考えたいことがあるのだとか。佐久間さんはこの島に来るのは本当に初めて。

 

「いい島だね。ここを拠点にしてるんだ」

「はい。深海棲艦としての私とアサは、この場所が最後の持ち物になりますね」

「人間が土足で踏み込んじゃって大丈夫?」

「良さは皆で共有してこそですよ。佐久間さんは踏み荒さないですし」

 

佐久間さんを大発動艇から抱き上げて島に上がってもらう。清霜さんは、装備妖精さんの力を借りて艤装を大発動艇に下ろし、身軽な状態で島に上がった。

 

「お腹空いた!」

「いつもの事ですよね。ちゃんとオヤツを持ってきていますから」

「ありがとー! あ、これあるんだ。美味しいし長持ちするしで最高なんだよね」

 

清霜さんのデメリット対策に持ってきた大量のお菓子を渡す。中には手作りのものまであり、なんでも清霜さんのために作られたお菓子だそうで、小さく見えてとんでもないカロリーを内包しているらしい。私にはただのスティック状のお菓子にしか見えないが、清霜さん以外が食べることを禁じられているほどである。

 

「あ、早速……」

「海が赤くなってきちゃいましたね。お姉さん、今日は気にせず真っ赤に染めちゃってください」

「うん、そうするわ。ああ、侵食が止まらない」

 

アサが表に出ている時にくらいしか発生しない侵食が、私が表に出ている時ですら発生するようになってしまっている。それほどまでに不安定なのだろう。鎮守府近海が赤く染まらないだけマシではあるが、自分の物であると自覚した瞬間にコレはあまりよろしくない傾向。

 

「この海の水も持って帰らせてね。一応研究してみるよ」

「はい、是非。生態系に直結してそうですしね」

 

気付けば以前にアサが侵食させたほどまで海が染まっていた。むしろそれ以上にまで拡がりそう。ここが自分の拠点であると実感出来ると、その分心が落ち着くようにも思える。私の方ですら、より深海棲艦に近付いているように思えた。

 

「ゆっくりしていきましょう。いつもここでは転寝するくらいですから」

 

いつも通り浜辺に腰掛ける。今日は隣に大潮。外2人は自由に島の中を動き回っていた。ここでは自然を破壊しない限り何をしてくれても構わない。

 

「お姉さん、大丈夫ですか?」

「……ええ。向かい合うことも出来たわ。もうあの話で突然壊れることはないと思う」

 

自信を持って言うことは出来ないが、思考の海が熱くなることは今のところ無かった。アサからも大分心配されたものの、どうにか回復はした。

 

「アゲアゲで行くのは難しいかもですが、一緒に頑張りましょう。大潮はお姉さんの側にいますから」

「そうね、ありがとう大潮」

 

やんわりと頭を撫でる。そういえば大潮を撫でたことはほとんど無かった。他のスキンシップが過剰なので機会が無かったというのもあるが。ここ最近はずっと私のことを考えてくれているようだったので、しっかり労ってあげたい。感謝している。

 

「前にも言いましたけど、お姉さんとは離れたくないです。壊れないでくださいね」

「ええ……敵の姫の思惑通りに行ってたまるもんですか」

「その調子です! アゲアゲで行きましょう!」

 

純粋に明るい大潮は本当に癒し。テンション高めでだったが、しばらくすると私に抱きついて眠ってしまった。大潮だって癒されてもらいたい。今はゆっくり眠ってもらおう。

 

「やっぱり姉妹は仲がいいね」

 

お菓子を頬張りながら清霜さんが後ろに。ある程度散策が終わったようで、結局浜辺に戻ってきた。ここが一番落ち着くのは、深海棲艦も艦娘も同じなのかも。

 

「大潮くらいがちょうどいいですよ。霞はちょっと過剰すぎます」

「楽しんでるくせにー」

「勿論。妹のすることですから」

 

清霜さんも隣に腰かけた。少し神妙な面持ち。考え事があるからついてきたと言っていたが、まだそれは終わっていない様子。

 

「考え事、まだ纏まらなそうなんですか?」

「んー、纏まってはいるよ。でもまだちょっと怖いんだ」

「怖い、ですか」

 

海を眺めながらツラツラと話す。

 

「今度の敵、大和さんなんだよね」

「……はい。磯風さんが言うには」

「名誉大和型として、あたしは大和さんを止めなくちゃいけないって思ったんだ」

 

元帥閣下のところの大和型姉妹から戦艦清霜、名誉大和型として扱われている。同じ人ではないとはいえ、大和さんが敵となっている事実を誰よりも重く受け止めていた。

 

「司令官にもお願いしててね。敵の大和さんをどうにかするってときは、必ずあたしを出してって」

「そうですか……私もお手伝い出来ればいいんですが」

「ならさ、戻ったら訓練とか手伝ってくれないかな。やれること全部やっておきたいんだ」

 

声は明るいが、手が震えているのがわかった。姉と慕っている人が敵になっているのは、それだけでも相当なストレスだ。艦娘という都合上、同じ顔の別人は何人もいる。それでも、辛いものは辛い。

 

「わかりました。私に出来ることなら、いくらでもお手伝いさせてもらいます」

「ありがとう!」

 

満面の笑みだが、震えは止まっていない。どうしても止められないのだろう。恐怖はそんなに簡単に払拭など出来ない。私も恐怖で引きこもった経験があるからわかる。

 

「清霜さん、この島では癒される義務があるんです。この島のルールなんですよ」

「あはは、何それ」

「この島の持ち主が決めたことですから。なので、清霜さんも癒されてください。こんなことで癒されるかはわかりませんが」

 

転寝する大潮を起こさないように、清霜さんも抱き寄せる。最近は自分の身体をこうやって使うことが多い気がしてきた。それで癒されてもらえるなら安いもの。

 

「……やっぱり怖いよ……大和さんと戦うなんて」

「大戦艦が敵に回ったなんて、並の深海棲艦と戦う以上に怖いですよ」

「でも……でも、あたしは立ち向かいたいんだ。助けられるかはわからないけど……それでも、やらないよりは……やりたい」

 

震えは止まらずとも、強い心を持っている。不安定な私より余程強い。見習いたいほどに眩しく、羨ましいほどに綺麗だ。

 

「勝てますよ。清霜さんなら」

「うん……あたし頑張るから……」

「はい。私も手伝いますから、頑張りましょう」

 

頭を撫でてやると、そのまま清霜さんも眠りについた。身動きが取れないが、私も癒される。

 

「……佐久間さん、どうしました?」

「いやぁ、ちょっと近付きづらくて」

「2人とも寝ちゃいましたから」

 

私の見えないところに佐久間さんが戻ってきていた。タイミングを見計らっていたようだが、結局出てこれずに私が声をかけることに。2人にほぼ拘束されており、振り向くことは出来ないが、なんだか顔を見ない方がいいように思えた。声がほんの少し震えていたからだ。

 

「でも今はありがたいかな。ちょっと見せられる顔じゃないし」

「……背中くらいなら貸せますが」

「男前な台詞ですなぁ。でも今はちょっとありがたいかな」

 

2人を起こさないように近付き、背中合わせに座る。

佐久間さんの考え事というのは予想がついていた。私は向き合うことが出来たつもりではいる。話くらいは聞いてあげられると思う。

 

「今なら大丈夫です。落ち着いていますし、向き合えています」

「そっか。察してるなら話してもいいよね。別に聞き流してくれても構わないから」

 

いざ話そうとすると、なかなか言葉が出てこないようだ。持参したお茶を飲んで、息を整えた後、ようやく口が開いた。

 

「彼とは同じところで研究してたじゃん私。ジャンルは真逆だったけど、お互いに研究成果を見せ合うのが楽しくてさ。議論とかも結構したなぁ。なんていうの、切磋琢磨できる仲間って感じでね」

 

佐久間さんはここに来る前、彼と一緒に同じ鎮守府で活動していた。私達の誰よりも付き合いは長いし、人となりも知っているだろう。居心地が悪いと言ってはいたが、彼との関係は別に悪くはなかったようだ。

 

「今は私の方の研究成果いっぱいあるから、次に会えたら物凄く自慢してやろうと思ってたんだよね。深海棲艦の研究とか簡単に行かないってずっと言ってたからさ、こんだけやってやったぞーって、目にもの見せてやろうってずっと考えてたんだ」

 

少し声のトーンが落ちた。研究成果を自慢できる相手が、今はもうこの世にいない。私達の因縁の相手に巻き込まれたせいで。

 

「……せめてさ、せめて弔えるような死に方してほしかった。今でも隠蔽されてるんでしょ。死んでるのに生きてる扱いにされて利用され続けてるなんて、残酷すぎるよ。なんだよ建造の素材って……影も形も残らないなんて……」

 

私からは何も言えなかった。ここで何か言ったら、また怒りと憎しみに呑み込まれてしまいそうだった。冷静にいるためにも、私はただ話を聞き続けた。

 

「私には力は無いから……朝潮ちゃん達に託すしかないんだよね。お願い、仇を取って。彼が浮かばれるように」

「勿論です」

「ん、ありがと。じゃあこの話はこれでおしまい」

 

いつものトーンに戻った。佐久間さんはこっちの方がいい。

 

「佐久間さん、清霜さんにも言ったんですが、ここでは誰もが癒される義務があります。なので、佐久間さんもしっかりと癒されてください」

「そうだなぁ。じゃあ、これ見よがしに晒されてる朝潮ちゃんのポンポンをナデナデして癒されようかなぁ」

「変なことすると2人が起きてしまうのでほどほどに」

 

そんなこと言いながらも、佐久間さんは何もせずただ背中合わせに座っているだけ。たまに鼻を啜る音が聞こえるくらい。今回の件は佐久間さんも相当堪えている。

 

ようやく私も暴走しないほどに向き合うことが出来たが、佐久間さんのこの姿は見ていて辛い。必ず仇は取ろうと、改めて決意した。




清霜は強い子。でも、たまには弱音を吐いてもいいでしょう。


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戦艦清霜

領海から帰投し、昼食後、島での約束通り清霜さんの訓練に付き合うことにした私、朝潮。明石さんも張り切っており、清霜さん専用の新装備もあるらしい。

 

今回の作戦、敵の支配する鎮守府の奪還と言っているが、以前にやった敵陣地破壊と同じこと。つまり、再洗脳電波や鎖による深海艦娘化、霞がやられた半深海棲艦化も注意する必要がある。それは私のような深海棲艦の身体には悪影響があり、さらに深海艦娘はまた再洗脳を受ける可能性があるということ。今でこそイヤリングの洗脳電波キャンセラーがあるとはいえ、あの時から大分時間は経っている。電波が変化していてキャンセラーが通用しないなんてこともあり得るわけだ。

万全を期すのなら、深海絡みの艦娘は一切使わない部隊で攻略するべきである。そうなると、今回の決め手となるのは、一番気合が入っており、主砲火力なら鎮守府でトップと言える清霜さんだ。

 

「清霜専用装備……というか、まさか装備できると思わなかったんですけど、榛名さんやウォースパイトさんですら装備できない戦艦主砲が出来ました。51cm連装砲です」

「大和型と改長門型しか装備できないという大型主砲だね。これを清霜君が装備できるとは……。本格的に名誉大和型だ」

 

いつも使っている46cm三連装砲よりも口径が大きく、当然ながら火力も段違い。サイズはさらに大きくなってしまい回避性能は落ちてしまうが、その分硬く、艤装による防御もしやすくなった。名実ともに最強の主砲である。

 

「どうかな清霜君」

「凄い! いつも以上に動かしやすい気がする!」

「清霜専用の調整もしました。いわゆるフィット補正というやつです。これはもう清霜のための主砲と言ってもいいでしょう」

 

小型の駆逐艦の機関部艤装に装備された、2基の連装砲。いつにも増して、清霜さんのシルエットが凄いことになっていた。余程のことがない限り、背後からの攻撃も効かないように思える。

とはいえ、今回の敵は()()()()()である。これを装備した状態で駆逐艦と同様の高速戦闘が出来るようになる必要があるだろう。

 

「朝潮ちゃん、早速訓練に付き合ってもらっていいかな!」

「何をすればいいですか?」

「まずこれを装備した状態で動けるようになりたいから、艦載機避けかな。当てる気で来てね」

 

手を抜くなと念を押された。それだけ張り切っているということだ。それならば、私も全身全霊の力で鍛え上げよう。私が鍛える側に回るだなんて。

 

 

 

清霜さんの訓練は、合間合間に休憩を入れながらになった。何度か動かしては食べ、また動かしては食べ。主砲の性能が上がった代償として、燃費がさらに悪くなったらしい。領海でも食べていた超カロリーのオヤツをモリモリ食べながらの訓練に。

 

「後ろが見えないのやっぱり怖いね」

「私がサポートできるときはいいんですけど、そうじゃないときは自分で電探を装備した方がいいかもしれませんね」

「あ、じゃあ龍田さんが装備してる後ろが見える電探お願いしようかな。あと1スロットはやっぱり三式弾かなぁ。対空も出来るし、対地攻撃も出来るし」

 

身体は駆逐艦だが、装備は完全に戦艦。本来なら装備できるであろう魚雷や爆雷が装備出来ない代わりに、駆逐艦が装備できないものは軒並み装備出来てしまう。清霜さん自身が苦手らしいので水偵は装備しないようだが。

 

「イキイキしてますね」

「こんな凄い装備も貰えたからね! クヨクヨしてらんないよ! 怖いけど、やらなくちゃ!」

 

本当に眩しい。演習故に今は水浸しの状態だが、それすらも気にせずに次のことを考えている。こんな強い心に、私もなりたい。

 

「よーし、今度は砲撃訓練!」

「では私が的になります。その砲撃が艤装で弾けるか確認したいので。アサに代わりますね」

「オッケー! どうせなら吹っ飛ばしたいなぁ」

 

間合いを取った後、主導権をアサに渡して私は裏へ。表に出たアサはやる気満々。領海に行ったままのアサの服のため、余計にやる気が出ている様子。

今回は的役であるのと同時に、弾けるかの確認のために電探もカット。行動予測も使わず、真正面から来る弾を避けることなく弾き続ける。

 

「誰が吹っ飛ばされるかよ。きっちり弾いてやるからな」

『お願いね。私だと無理だと思ったから代わったんだから』

「任せろ。これが出来てやっと一人前だろ」

 

ガコンと音を立てて清霜さんの主砲がこちらに照準を合わせる。中から見ていてもハラハラする光景。普通の戦艦主砲なら弾けることは確認しているが、ここまで大型のものは初めてだ。試しておいて損はない。

 

「それじゃあ……撃てーっ!」

 

聞いたことのない轟音が響き渡り、私に向かって砲撃が飛んでくる。タイミングが合わないと水鉄砲ですら危険。口径が大きく弾速もあり、これは結構難しいかも。予想通り、私だと無理。

 

「っらぁ!」

 

タイミングを合わせて、艤装の腕で砲撃を払い除けようとしたが、単純に重い。払いきれずに体勢が崩される。

 

「ま、マジか、こんなに重いのか」

『まだ来るわよ』

「わかってる! これはヤバイ!」

 

こういう事に慣れている山城姉様や扶桑姉様なら弾くことが出来るかもしれないが、まだまだ白兵戦新人の私の身体ではかなり厳しい。連射されるとどんどん押し込まれる。タイミングが徐々に合ってくるが、単純な重さで体勢が崩れたまま。

 

「連射性能もいいよ! いい感じ!」

「そいつは良かったな! 私はかなりキツイ!」

 

敵の大和さんも同じようなことをやってくると考えると、これが耐えられるようになることで一人前というのはあながち間違いではないかも。

 

「あ、ヤベ」

『ちょっとアサ!?』

 

弾き切れなくなり直撃。物の見事に吹き飛ばされ、久々に宙を舞った。演習で大和さんから砲撃を受けた時を思い出す。私は中にいるので痛みも感じないが、アサへのダメージは相当だったようだ。水鉄砲でこの威力。実弾だったらどうなるのだろう。

 

「私じゃ防ぎきれん……まだまだだな」

「だいじょーぶ?」

「ああ、大丈夫だ。お前の方こそ大丈夫か? それだけ連射したら腹も減るだろ」

 

アサが言う前にモグモグしてた。超カロリーのオヤツで何とか保っているようにも思える。消費があまりにも激しい。諸刃の剣なのがよくわかる。

 

「よーし、これをもっと使いこなせるようにして、絶対大和さんを倒すんだから!」

「その意気だ。頑張れよ」

 

私に主導権を返してきた。途端に身体が痛く感じる。水鉄砲の衝撃なのに、こんなに身体にガタが来るほどとは。よくもまぁアサは平然としてたものだ。

 

「痛た……私ももう少し精進しないといけませんね」

「いやいやいや、駆逐艦が戦艦の砲撃耐えられてることの方が凄いからね?」

「少なくとも私の状態でも耐えられるようにしなくては。アサにばかり迷惑をかけてはいられませんし」

 

切っていた電探を付け直す。と、ここでこちらに近付いてくる反応が見つかる。まだ目視で確認できる位置ではないが、こちら側に向かっているのは確か。そしてこの反応は知っているものだ。

 

「あれ、元帥閣下が向かってきていますね。予防接種を受けにきたんでしょうか」

「呼ぶって決めたの今日の朝だったよね。すごいなぁ、もう来てくれたんだ」

「それだけ急を要することですしね」

 

少しして目視で確認できる位置に。いつも通り元帥閣下の乗る船と、護衛の4人の艦娘がついている。清霜さんが元気いっぱいに手を振ると、武蔵さんが先行してこちらに来てくれた。

 

「久しぶりだな清霜、元気だったか?」

「はい! 今日も元気です!」

「はっはっは、そいつは良かった! 朝潮も何事もないようだな」

「はい、おかげさまで。何度か揺さぶられましたが、今は大丈夫です」

 

後を追って残りの3人と元帥閣下も到着。そのまま私達が港まで連れていくことに。清霜さんは大和さんとも久しぶりに会えて大喜びだった。私も何事もなく再会できたのは素直に嬉しい。

 

 

 

元帥閣下の用事は勿論、『種子』対策の予防接種。今回のような特殊な薬を容易に扱える人が大本営にはおらず、ここで無ければ注射が出来ないとのこと。薬を渡すことも考えていたが、そういう理由があるのなら仕方ない。元帥閣下が大本営から逃げるための口実を作っているのではないかと司令官が勘繰っていたが、何も言わないでおくことにした。

元帥閣下以外は今回の予定が薬の投与であることを知らされていない。北端上陸姫の対策についての打ち合わせだということで来ている。これは何があるかわからないが故の措置。万が一、何かの弾みで護衛艦娘の4人に『種子』が埋め込まれているようなら、何かしら理由をつけてここに来ないようにする可能性があったからだ。

 

執務室に全員を通した。清霜さんは装備の訓練をしながら待つとのこと。私は万が一のために同席させてもらう。全員艤装を下ろしているとはいえ、暴れられたら困る。私ならこの場でも艤装を展開出来るので、何かがあったら押さえつけることも可能。

 

「『種子』……ですか」

「ああ。知らずに埋め込まれている可能性がある。我々の鎮守府でも5人、埋め込まれたものがおり敵対したが、治療は済んでいる。そこで、君達には事前に予防をしてもらおうと思って来てもらったんだ。雪君、入ってきてくれ」

「はーい。お薬お持ちしましたー」

 

司令官が皆の前で説明した後、浦城司令官の時と同じように、看護師の服で入ってきた雪さん。その姿を見て一瞬顔が強張る人が。

 

「ほほぉ、投薬でどうにかできるのか」

「佐久間君が解析してくれてね。実績もある。もし『種子』が埋め込まれている場合、戦艦が悶絶するほどの苦痛が与えられてしまうが、効果は本物だ。雪君は浦城君の鎮守府で全員に処置をしたエキスパートだから心配しなくてもいい」

 

所定位置で薬の準備をしている雪さん。前回よりも手際がいい。だが、注射器を取り出した瞬間、武蔵さんが大和さんを、赤城さんが加賀さんを羽交い締めにした。あまりの手早さに驚いてしまった。

 

「えっ、な、なにを」

「この2人、注射が大の苦手で」

「こうでもしないと逃げてしまうからな。観念しろよ」

 

最強の艦隊であってもこういうところに苦手なことがあるのだと思うと、途端に親近感が湧いてくる。なんというか、とても可愛らしい。

 

「先にやってしまいますか。加賀さん、こちらへ」

「後生ですから……」

「加賀さん、こちらへ」

 

机をトントンと叩いて着席を促す。この時ばかりは、雪さんも深海棲艦であった。容赦がない。これを怠った結果、敵対してしまったなんてことがあったら笑えない。

 

「加賀さん、観念しなさい。子供でも注射くらいしますよ。ねぇ、朝潮さん」

「私に振ります? まぁ私も雪さんに注射してもらってますし、注射が嫌いなレキですら、これだけは私と敵対したくないからとちゃんと受けましたよ」

 

苦虫を噛み潰したような顔で着席。余程苦手なのだろう。いつもクールな加賀さんが、今だけは恐怖で顔が引き攣っている。戦場よりも注射が怖いとはこれ如何に。

 

「はい、終わりました」

「え?」

「終わりましたよ。痛みなんて感じさせません。目を瞑っていてくれればいいだけですから」

 

いつもながら恐ろしい技。気付かぬ内に終わらせるその早業、レキですら雪さんからの注射は嫌がらなくなったくらいである。

 

「では次、大和さん、こちらへ」

「先に加賀さんを見せてもらったおかげで安心して行けます」

「私を犠牲に貴女はここに座るのよ。それだけは覚えておいてちょうだい」

 

酷い捨て台詞だった。

 

4人全員の投薬も終え、『種子』が埋め込まれていないことも確認。予防接種にもなったため、今回の本題はこれで終了。あとは情報共有をしていくことに。もう少ししたら潜水艦隊も帰投するので、さらに情報が追加される。

それまでは自由時間。せっかくだからと、大和さんと武蔵さんは清霜さんの訓練に付き合うことにしたようだ。オヤツをモリモリ消費しながらの演習になるが、大戦艦直々に演習してもらえるという機会など無いようなもの。やれるのならやっておきたいだろう。

 

「やっぱり大和さん強いー!」

「まだまだ負けるわけにはいかないもの。でも、清霜ちゃん、51cm連装砲だなんて凄い装備なのね」

「はい! これに早く慣れたくて! 大和さんが相手してくれて嬉しいです!」

 

負けてもお構いなく何度も演習を挑んでいる。それを眺めながら、武蔵さんはボソリと私に問いかけてきた。

 

「朝潮、清霜は何であんなに躍起になっているんだ? デメリットのことも考えないで」

「……敵の側近が……半深海棲艦の大和さんらしいんです」

「……そうか。それは仕方ないな」

 

武蔵さんも思うところがあるようだ。自分の姉妹が敵になっているというのは、やはり複雑な気分になるのだろう。私はなるべくなら戦いたくない。どんな状況になっていても、姉妹を傷つけるのには抵抗がある。むしろ、相手が艦娘であるというだけでも辛い。

 

「やれるものなら、私も手伝おう」

「助かります」

 

今までにない強敵であることは皆理解している。手伝ってもらえるのなら、誰にだってお願いしたい。大戦艦が協力してくれるのなら百人力だ。

 

『あれのリミッターが解除されてるんだよな』

「そうなるわ。清霜さんが傷1つ付けられない相手が」

『割とキツイな』

 

スペックだけで言うなら武蔵さんの方が高い。だが、洗練された動きは大和さんの方が上。スペック差を技術で無かったことにしているのが大和さんだ。優雅に、繊細に、確実に、相手を叩き潰す。圧倒的な力を持つ大戦艦。味方なら頼もしいが、敵なら絶望。

 

「サポートして、他人の力を数倍に跳ね上げるのが私の仕事」

『そうだな。未来の予知もガンガンに使えば良い。負担なんて何も考えるな』

「ええ。アサにもいろいろお願いするかもしれないわ」

『サポートは苦手だ。自衛は私に任せろよな』

 

だがその戦場に私が出るかはわからない。今北端上陸姫の顔を見たら、暴走する可能性が非常に高い。溜まりに溜まった恨み辛みが爆発すると思う。それなら、最初から出ない方がいい。

悔しいが、これ以上は私が望むことではない。司令官に全てを任せることになる。采配は私の仕事ではないのだから。




大戦艦から教えを請い、清霜はどんどん強くなります。問題はたった1つ、オヤツが足りるかどうか。


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穏やかな心を

元帥閣下が鎮守府を訪れてから少し時間が経ち、潜水艦隊による第一次調査が完了。時間としては少し遅い時間だが、事が事だけに全員がその調査内容を聞くこととなり、急遽会議が開かれることに。元帥閣下も含めた全員が集まった。

 

「おー、なんか圧巻でちね。ゴーヤ達の調査報告に全員集まるなんて」

「それだけ今回は重要だということだよ」

 

少し照れながらも、書き出したデータを発表していく。

 

「えーっと、今回はゴーヤ達は、(くだん)の鎮守府付近まで行ってきたでち。領海のこともあったけど、今回は緊急ということで大目に見てほしいでち」

「元帥の名の下に、オッケー」

「爺さんがこう言ってるから問題ないよ」

 

元帥閣下は割とアポ無しでこの鎮守府にやってきてしまうが、本来なら領海に入る時点でなんらかの許可が必要。顔パスで通れる秋津洲さんも、事前にいろいろと手を回しているからそういうことができる。

が、今回は許可を取る相手が深海棲艦になってしまう。隠密行動をしたいのだから、こっそり中に入って、必要な情報だけ手に入れて帰るのがベスト。

 

「磯風ちゃんから聞いていた敵の側近でちが、とりあえず今の段階では姿は確認出来なかったでち。側近って言うだけあって、姫の近くにいるのかも」

「自ら海に出ることは少ないのかもしれないね」

「近海に深海忌雷は見たでち。どっちのタイプかはわからなかったけど、どっちにしても危険でち。対策は必要だと思う」

 

鎮守府内部で実験を繰り返しているからなのか、周辺警護に関しては深海忌雷に一任しているようだ。曲がりなりにも鎮守府として運営されているので、無闇矢鱈に襲うこともない。敵として認識したもののみを襲うように設定されているのかもしれない。

 

「あと海底だけど、前に北の陣地で見た不自然な形の場所を見つけたでち」

「あちらの鎮守府と融合する形で北端上陸姫の陣地が存在する……ということかな」

「多分。あっちが元々どんなところかは知らないけど、地下の深海鎮守府の施設は全部あそこにあるんじゃないかなって」

 

あちらの鎮守府は本土沿岸に設立されたもの。陸上型の陣地が付近に浮上してきたら、私達でなくても異常だと感じるだろう。それが何も言われていないということは、本土と完全に融合する形で出現したと考えられる。

陸上型の陣地が浮上するときは、海が揺れるほどの衝撃があるが、本土に現れた時にそういったことは無かったのだろうか。

 

「爺さん、前回の戦いが終わった後、大本営で地震があったとか聞いてないかい?」

「そういえば……小さいが地震があったと言っておったのぉ。この国はそういうものがちょくちょくあるから気にも留めておらんかったが……まさかそれが敵の浮上だったと?」

「そう考えるのが妥当だろう」

 

元帥閣下曰く、今までに出現した陸上型の深海棲艦は、海の真ん中に突如として現れるものしかなかったらしい。もしくは無人島がそのまま拠点になっている程度。今回のように、直接本土に乗り付けてくるようなことは初めてだそうだ。

そもそも、深海棲艦が鎮守府を乗っ取るなんてこと自体が初めてのこと。さらにはそれすらも隠蔽するほどに賢い。まるで()()()()()()()()()()()()()()ような敵である。

 

「鎌をかけたのに逆に騙されたというのは悔しいのぉ。確かにあのとき、阿奈波は出てこんかった。見たことのない女性研究員に対応されたんじゃよ。研究員は入れ替わりくらいいくらでもあるし、普通に新人かと思っておったが……」

「変装していたとしたら完璧でしたね。我々は北端上陸姫の姿を見ていますから」

 

護衛の艦娘どころか人間すら欺く北端上陸姫に、言いようのない恐ろしさを感じた。

 

「姫が女性研究員のフリをしてたと思うと、ちょっと怖いですね」

「人間のフリをする深海棲艦なんて聞いたことがない。今まで見てきた深海棲艦の中でも段違いに賢いぞ」

 

本能のまま行動をするからこそ残忍で容赦がないというのが敵なのに、北端上陸姫だけは全く別。理性を持って考えた結果、こちらに対して最も効く残忍な行為をしている。

今のところその全てを解決出来ているとはいえ、その度にあちらも知恵をつけているだろう。深海棲艦と知恵比べをすることになるだなんて思わなかった。

 

「そうだ、海は赤くなかったでち。さすがに本土近海が赤く染まってたらバレちゃうでちからね。でも念のため海水持ってきたでちよ」

「ありがとう! 昨日採った朝潮ちゃんの領海の海水と比べてみるよ」

 

色が変わっていないだけで何かあっても困る。むしろ何かあったらゴーヤさん達に影響がありそうだ。この解析だけは早急に進めるとのこと。

 

初日の敵情視察の結果はこれくらい。より踏み込んで調査するには、まだ材料が足りない。ここからは元帥閣下も一緒に敵情視察をしてもらい、より攻め込みやすい状況を作っていく。

 

 

 

翌朝、元帥閣下は帰投。最後まで大戦艦から助言を受け続けた清霜さんは、また元気に訓練に励む。今回は同じように強化に励む榛名さんがお相手。戦艦を相手にすることが一番いいと言う清霜さんにはうってつけの相手である。なんでも榛名さんも新武装のテストらしい。

ガングートさんやウォースパイトさんも後に控えており、全戦艦を相手に立ち回りを覚えることになるようだ。私と扶桑姉様にもまたお呼びがかかる。最終的な目標は海峡夜棲姫と渡り合えるようになるとのこと。

 

その私はというと、山城姉様と一緒に司令官を労っていた。いつも頭脳労働に勤しんでおり、執務室に篭ることもしばしば。肩でも揉んであげたい気分。

扶桑姉様は今は艤装の定期メンテナンス中。機関部しかないが出力を維持するためにはとても重要なこと。

 

「貴方も少しは休みなさい。ほら、お茶」

「いつもすまないね山城君」

 

金剛さんに習った紅茶もここ最近はずっと淹れ続けているため腕もグングン上達。休憩に無くてはならないものになっているようだ。その度に山城姉様は少し顔を赤らめている。もうケッコンカッコカリをして長いが、まだまだ初々しい。

 

「大淀、アンタの分もあるわよ」

「ありがとうございます。いただきます」

 

執務室は休憩の空気に。私も事前に用意されていたお茶菓子を皆の机に置いて、まったりムード。戦況としては謎が多く切迫している状態ではあるのだが、ここで焦っていてはいい結果は出せない。落ち着いて、冷静に物事を判断しなければ。

その点、司令官はいつも冷静だ。私達部下の前で取り乱すわけにはいかないといつも気を張っているようにも見えるが、とても頼もしい。所属している艦娘全員に慕われているだけある。勿論、私も慕っている。

 

「元帥閣下は陸路から視察に行くようだ。何も知らないフリをして、定期監査として潜入するらしい」

「あの人の立場だからこそ出来る方法ですね。何事もない事を祈ります」

 

敵情視察を真正面から行くという、元帥閣下自身の立場を利用した作戦。見てもらうのは、鎮守府の内情。おそらくまた女性研究員に化けた北端上陸姫に対応されることになるだろうが、うまく話を合わせて状況を確認するそうだ。予防接種済みの護衛の4人も同伴ではあるが、私も何事もない事を祈るしかない。

そもそも研究がメインの鎮守府運営のため、所属している艦娘はそこまで多くないらしい。艦娘の数だけで言うなら、私達の鎮守府よりも小規模なのだそうだ。

 

「その連絡次第で出撃ね」

「ああ。朝潮君は出撃しない方向で考えているよ」

「ですよね。自分でもわかってます」

 

敵鎮守府の攻略に私が出た場合、ようやく落ち着いた心がまた不安定になり、最悪の場合暴走する。雪さんも島風さんもいない状況でそれはあまりにも危険。それなら出撃しない方がいいだろう。

 

「北の時は毎回出撃してたんだから、今回は休んでなさい。爆弾抱えてるのはみんなわかってるんだから」

「そうさせてもらいます。皆さんに私の想いを託します」

 

事実上の戦力外通告。わかっていたこととはいえ、自分の手で決着がつけられないのは少し残念である。あちらが確実に私を狙っていることがわかっている以上、私が出る必要は無い。

 

『今お前、姫を自分の手で殺したいって思っただろ』

「……ええ」

『危険な兆候だ。私が表に出るぞ』

 

主導権を奪われる。一時期鳴りを潜めていた過激な思考が、度重なる暴走で戻ってきてしまったように思えた。決着を自分の手でという考えが、今の私には危険な思考。ひょんな事から暴走してしまうかもしれない。

 

「危険だと思ったから私が表に出た。朝潮、相当キテるぞ」

「話題が出るだけでも危ないのか……」

「深海の匂いが欲しいと思えるほどでは無いが、念のためだ。朝潮に壊れられたら困る」

 

時間が経つごとに心が壊れている気がする。

 

「そうだ、アサ君。心を穏やかにするために、朝潮君に手伝ってもらいたい作業があるんだが、頼んでもいいかな」

「戦闘とは関係ないのか?」

「ああ。実はだね、昨日からずっと続いている清霜君の訓練があるだろう。あの手作りのオヤツの在庫がかなり減ってしまったんだ。それを作るのを手伝ってもらいたくてね」

 

つまり、私に料理をしてほしいということ。朝昼晩の食事当番で料理の腕前は並程度にはなっているが、お菓子作りは初めてだ。是非やらせてもらいたい。

 

「朝潮、やりたいのか」

『ええ、是非。楽しそうだもの』

「そうか。ならやればいい。嫌なら私がこの身体を筋トレに使うだけだからな」

「料理もして、筋トレもしなさい。身体を頑丈にすれば暴走なんてしなくなるわ」

「ヤマシロ姉さん、朝潮のこれは残念なことに筋肉理論が通用しないんだ……」

 

久々に山城姉様の筋肉理論を聞いた気がする。

 

 

 

息抜きも兼ねた料理任務。清霜さんのためのオヤツの大量生産。作り方は簡単だが、とにかく量がいるということで、人手が欲しいようだ。

お菓子作り初心者の私と、雑務はお任せの雪さん、こういったことの速さに関してもピカイチの島風さん、さらにはおこぼれ狙いでレキとクウが参加。5人の深海棲艦でただひたすらに作り続ける。

雪さんが当たり前のようにメイド服なのはもう突っ込まないことにした。

 

「島風さん本当に速いですね」

「でしょー? この前、雪のお手伝いでこれやったんだ。その時にコツ掴んでるから、モリモリ作るよー!」

 

材料を順番に混ぜながら捏ねて、整形して並べていくだけという単純作業。その材料を見ただけで、おそらく萩風さんが卒倒するほどの高カロリーかつ不健康。なんだか油と砂糖をこれでもかと入れているようなものに味付けして美味しくしているような、なんというか身体に悪そうなものである。

でもこれが清霜さんには必須のもの。身体への良し悪し以前に、カロリーが摂れないと倒れる。それならせめて美味しく食べられるものを作ってあげる必要はあるだろう。

 

「レキちゃんもクウちゃんも上手だね」

「そうか! ならもっと作るぞー!」

「わたしも頑張る」

 

レキもクウも真剣に、だけど楽しそうに作っていた。すごく和む。心が穏やかになっていくのがわかる。娘達との共同作業がこんなに楽しいなんて。もっと早くやっておけばよかった。

 

「楽しいですね、これ」

「だよね。途中で別のものも作ったりして気分転換もするから安心してね。わたし達用のオヤツも作るからね」

「うおーやったー! レキもっと頑張るぞー!」

 

黙々と作るよりはお喋りしながら楽しくやる方がいい。私もそのおかげで何も考えずに作れる。アサは思考の海で転寝中。穏やかな時間だ。

 

「アサ姉ちゃん、最近元気無かった」

「うん、姫様しょんぼりしてた感じ。元気出た?」

 

子供達にすらそのように見られていたらしい。心が素直に顔に出ていることは喜ぶべきか反省するべきか。

 

「うん、元気出た。また一緒にこういうことしましょうね」

「そうか! ならもっと作ろう! 美味しいもの食べよう!」

「作ろう作ろう」

 

なんだか泣きそうになってしまったが、ぐっと我慢する。今泣こうものならレキとクウをまた心配させてしまう。この場くらいは笑顔で。共同作業を楽しもう。

 

「癒されたかったら、私達に言いなよー」

「いつでも駆けつけるからね。暴走止めるためだけじゃなくていいから」

「今も癒されてますよ。いつもありがとうございます」

 

深海の匂いの相乗効果はいてもらうだけで癒される。暴走どうこう関係なしに、2人の力で強制的に癒されたいときもあるだろう。

 

「結構作りましたけど、あとどれだけいるんです?」

「倍はいるね。清霜ちゃん、本当に際限なく食べちゃうから。それに、これをあと焼く作業があるからね」

 

机の上にズラリと並んだオヤツ。これで完成ではなく、オーブンで焼いて完成だそうだ。出来たものから焼いているようだが、これだけの量を一気に焼くことは流石に出来ない。こればっかりは人数がいても関係ないため、私達は焼く前の状態をひたすら作るのみ。

 

普通の艦隊運用ならまず間違いなくやらないような作業も、部隊のためになる作業だ。不安定な私は、少しの間、雪さんと一緒に雑用をこなしていくべきなのかもしれない。楽しくやれるなら万々歳だ。




朝潮達が作っている清霜専用超カロリーオヤツは、揚げバターを凝固してカロリーメイトにしているような架空のオヤツです。艦娘の戦闘糧食は、1本満足なんて言ってられないレベル。


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次の標的

元帥閣下の敵情視察が決まる中、私、朝潮はただただ穏やかに過ごすために、しばらく戦場から離れることを通告された。アサも過敏になっているように思えるが、少しでも危ないと思えることがあるのなら、無理矢理にでも交代してもらった方がいい。

戦場から離れた作業として、まず清霜さんのオヤツ作りをお手伝いしたが、楽しく料理することが出来た。こういう作業ならまたやりたい。穏やかなまま、鎮守府に貢献できているのがわかる。

 

その日の夜。いつも通り部屋に霞が入ってくる。私が戦場に出ないと聞いて、喜ぶべきか悲しむべきか悩んでいた。一緒に戦えないのは悲しいが、これ以上おかしくならずに済むのは喜ぶべきところ。何がキッカケかはわからないが、この鎮守府で話を聞くだけでも暴走しかけたので、私への話題が慎重になっているのは確か。

 

「今はゆっくり休みなさいな。姉さんはやりすぎってくらいやってたじゃない」

「そうね……治療方法がわかるまでは、私も雪さんみたいに雑務をやろうかしら」

「それがいいわよ」

 

定期的に調査をしてもらってはいるものの、身体と心の直結は深海棲艦には当たり前なこと。治療するのなら身体そのものを治す必要があるだろうと佐久間さんは解析している。その方法がまず解明出来ていないので、まずはそこから。これは時間がかかるだろうと佐久間さんも苦笑い。

 

「あ、じゃあ姉さんも雪みたいにメイド服でやりましょうよ。雑務してるって感じに見えるし」

「それ、霞が見たいだけでしょ」

「きっと似合うわよ。ただでさえ姉さんはいろんな服持ってるんだし」

 

欲が隠せない辺り、霞も半分だけ深海棲艦なだけある。

 

 

 

深夜。静かな鎮守府だが、いつもなら無い妙な気配を感じたせいで目が覚めた。深海の匂いはしないが、知らない反応を感じる。

 

『朝潮、港側から何か来ている』

 

アサも私が目を覚ましたことで覚醒している。瞬時に2人での索敵。数は3つ。港側の門は来客用であるため、基本的には夜は施錠されている。それを乗り越えて鎮守府に侵入しようとしていた。

 

「侵入者……? でも深海の気配はしないわ」

『なら艦娘か? それとも全く別の何かか? どちらにしろ侵入者なら排除するべきだろ』

 

私がベッドの上で動いたせいで霞も目を覚ましてしまう。事情を説明すると、どうにか眠気を振り払って起きてくれた。

 

「多分気付いてるの私だけよね」

『おそらくはな。常時電探起動なんて正気でないことをしてるのはお前だけだ。寝るときすら切り忘れやがって』

「ごめんごめん。でも今回はそれのおかげで侵入者に気付けたわ」

 

現在鎮守府で活動中なのは、夜間部隊だけ。夜の工廠は人数が増えたおかげで当番制になっており、今日はセキさんが陣地に戻って休み、明石さんが一任されている状態。司令官や大淀さんですら就寝中。

 

『こういう時こそ、頼るべきだな』

「ええ。瑞穂さん、起きていますね」

「お任せください。1階を調査致します」

 

こんな深夜なのに私の声ですぐ近くに。一礼だけした後、また消えて1階の調査に出てくれた。当たり前だが今の瑞穂さんは艤装も何もない。侵入者の状況次第では、確認だけして帰ってきてもらう。

 

「深海の気配が無いのなら何なのよ……安眠妨害してきて……」

「後からまたゆっくり寝ましょ。今は頼れる戦力が霞だけなんだから」

 

音を立てないように1階へ。その時には瑞穂さんも調査を終えてもどってくる。

 

「侵入者は深海棲艦、イロハ級の潜水艦です。艤装を持たないために戻りましたが、何かを探している様子でした。気配が無いので特殊な装備をしているのかもしれません」

「電探には引っかかってくれてよかった。深海忌雷と同じようにされていたら私も気付けませんでしたよ」

「人間のサイズを全て隠し切ることは出来ないのではないでしょうか。もしくは朝潮様にのみ気付かせたかったのか」

 

後者だったら面倒である。こんな夜中に侵入させているのに私にだけ気付かせたいとか、ただただストレスを与えたいだけではないのか。

と考えたところで、それが敵の通常運転であることを思い出した。あくまでも私の心へダメージを優先している。睡眠不足で心のバランスを壊そうとしてそう。あまりに陰険な作戦。

 

「反応が移動。……佐久間さんの部屋の前」

『3体が集まってるぞ。まさか……』

「狙いは佐久間さん!?」

 

工廠付近ではあるものの、音を立てずに行動をしているため、中で活動している明石さんは気付かない。

佐久間さんの部屋は研究室も兼ねているために深海絡みの劇物や、調査結果がいくつも置いてある状態だ。ここを何かされると、いろいろと危険。

 

「先行いたします」

「瑞穂さんは司令官を起こしてください! 佐久間さんの部屋には私と霞が向かいます!」

「かしこまりました。くれぐれもお気をつけて」

 

瑞穂さんが消え、私と霞で大急ぎで佐久間さんの部屋へ。音がどうとか言っていられない。こういう時に深海棲艦の夜目が利く特性がありがたい。

 

「霞、明石さんに連絡!」

「了解! 姉さんも気をつけて!」

 

霞はそのまま工廠へ。私は佐久間さんの部屋へ突入。瑞穂さんの言っていたことと、電探の反応が一致。3体のイロハ級潜水艦が佐久間さんの部屋に侵入していた。その内の1体は、深海棲艦らしからぬコンバットナイフを握りしめている。完全に佐久間さんの命を奪うつもりでここにいる。

私が気付くのが遅かったら今頃佐久間さんは。と、考えるのをやめた。今はそれどころでは無い。

 

「佐久間さん起きて!」

 

海中にいるのならまだしも、地上にいる潜水艦など敵では無い。が、狭い部屋に3体となると話は変わる。部屋の物をなるべく傷付けずに外に追い出したい。

今までにない深海棲艦だが、自分の考え得る全ての行動を鑑みて、敵の次の行動を予測。さらには部屋の物の配置を把握し、一番被害が出ない行動を選択する。

第一に考えなくてはいけないのは佐久間さんの安全だ。そして、この部屋で破壊していいのは扉と窓だけ。窓際ですら物があるので、扉が最善。計算までした後にアサと交代。計算内容を伝え、最善の動きをやってもらう。

 

「な、なになになに!?」

「部屋の隅に行け!」

 

艤装を展開し、一番佐久間さんに近い敵を握り、扉に向かって投げ飛ばす。そのままの勢いで残り2体も殴り飛ばし、扉から部屋の外に退場願った。扉は壊れてしまったが、部屋の中のものは揺れて落ちた程度で破損は無い。

ただ投げただけなので敵は無傷。隠密行動がバレたからか、一斉に来た場所に戻ろうとする。が、正面からは怒りに満ちた顔の司令官がのっしのっしと歩いてきていた。

 

「人様の鎮守府に侵入する不届き者は君達かな。話も出来ず、敵意のある深海棲艦なら……」

 

3体ともナイフを構えている。対する司令官は素手。艦娘には無類の力を発揮する司令官だが、さすがに深海棲艦3体相手は分が悪い。さらには武器持ち。アサもすぐに佐久間さんの部屋から飛び出す。

 

「容赦はせんよ」

 

敵の1体が工廠まで殴り飛ばされた。武器を持っていようが関係なかった。あまりのことにアサは佐久間さんの部屋の中に戻ってしまう。

 

「え、なんだあれ。提督って人間だよな」

『……司令官は地上でなら艤装装備の扶桑姉様に勝てる人よ』

「は!? じゃ、じゃあ心配いらないな……」

 

残り2体が司令官に背を向けて逃走し、工廠に向かう。武器持ちの2体とはいえ、こちらは艤装が展開出来る。ここで逃がすわけにはいかない。

 

「明石君!」

「わかってますよ。本日は、モード龍田!」

 

工廠では龍田さんの薙刀を手にした明石さんが待ち構えている。武器には武器を、白兵戦には白兵戦を。霞に先んじて連絡してもらってよかった。

 

「逃すかっての」

 

一振りで1体の首が飛んだ。死体も残らず消滅。ただ、こちらも今までの深海棲艦、しかもイロハ級だというのに、微妙に賢い。ここにいて成長し続けているレキとクウまでは行かないが、それでも言葉を発しない潜水艦のイロハ級が、敵を選び、逃走まで考えるとは。

 

「はい終了!」

 

手早く残り2体も片付けた。何も残らず消滅したので、何かを盗んでいるわけでもないようだ。持っていたナイフも艤装の一部扱いだったのだろう。久々に見たが、恐ろしい手際。もしかして龍田さんよりも使い慣れているのではと思うほど。

 

霞と瑞穂さんに周辺を見てもらい、私は佐久間さんの側にいることに。夜間部隊にも連絡して、一時的に帰投してもらうことになった。夜間哨戒をしているにも関わらず侵入されたのは、夜の潜水艦相手だからだろう。潜られるとソナーを使っても居場所が全くわからなくなる。

 

「サクマ、大丈夫か」

「だ、だだ、だいじょーぶ、じゃないかなー……」

 

まさか自分が深海棲艦の標的になるなんて思っても見なかったのだろう。あまりのことに腰を抜かしていた。ベッドの隅でガタガタ震えて布団を被っている。

事が済んだので主導権を渡された。艤装もしまい、佐久間さんに駆け寄る。

 

「あ、あはは、震え止まんない」

「気付けてよかったです」

「朝潮ちゃんが気付かなかったら、私、死んでたんだ……」

 

余計に震えが激しくなってしまった。

今回は本当に運が良かった。たまたま電探を切り忘れて寝てしまわなかったら、この深海棲艦の侵入に誰も気付くことなく、佐久間さんが殺されていた。

 

そして、間違いなく私が壊れた。

 

「大丈夫です。生きてます。助かったんです」

「そ、そうだよね、うん、生きてる、私生きてる」

 

以前にやってあげたように、胸に顔を押し当てるように抱きしめる。震えが激しいが、このまま抱きしめておけば落ち着くだろう。

 

「佐久間君に怪我は無さそうだね」

「はい。でも酷い震えです。一晩は一緒に過ごします」

「そうしてあげてほしい。こんな事があった直後だ。1人でなんて眠れないだろう」

 

司令官も命に別状がなくて一安心という顔。帰投してくる夜間部隊との連携のため、司令官はもうここからは起きておくらしい。そのまま工廠へ向かっていった。

 

今回の戦闘はあまり大きな音も立たなかったため、これ以上起きてくる人もいなかった。惨劇を未然に防げたのは本当に良かった。

 

「選りに選って佐久間さんを狙ってくるだなんて……」

「敵の姫の邪魔をしてたからかな……ほら、『種子』の解決策作ったわけだし……」

「それあちらに伝わってましたっけ」

「通信役が全滅してもう3日くらい経つでしょ。あんだけ頭いいなら勘付いてるね。だからああいうの送り込んできたんだよ多分」

 

だとしても、それを作った人間が佐久間さんであることを何故知っているのだろうか。知っているとしても、顔を見てこの人が佐久間さんであることを何故わかったか。

敵の姫が鎮守府を支配している時には、佐久間さんはもうこの鎮守府にいた。それからこの鎮守府を出た事がない。この前の領海が初めての外出だ。

 

「そうだとしても、何故敵は『種子』の対策を作ったのが佐久間さんだとわかったんでしょう。そもそも姫は佐久間さんの顔知りませんよ。それなのに、探し当てたら一直線でした」

「……私の顔くらいわかるでしょ。姫じゃなくて、()()()()が」

 

だとしたら、姫の側近である半深海棲艦の大和さんには、素材にされた阿奈波さんの記憶を持っているということになる。

 

「そんな……」

「可能性として無くはないよ。私がここにいる事を知ってるのは、元帥閣下も含めた大本営上層部と、援軍の艦娘と、阿奈波君だけ。元帥閣下が裏切っているようには到底見えないから、あの鎮守府に関わってる上層部が裏切ってる可能性は高いよね。でも、()()()()()()()()()()()、阿奈波君しかいない。私なら出来そうって考えるのは、阿奈波君しかいない」

 

そんな馬鹿な話があるか。人間の命を弄んだばかりか、その記憶までもこちらを痛めつける材料にするだなんて。そこまでやるのかあの姫は。

 

「佐久間さん……皆が仇をとってくれます」

「うん……私は戦う力が無いからね。みんなに任せる。代わりにバックアップするから」

 

今回こんなことがあったのなら、今後も襲撃を受ける可能性がある。夜に身を守る手段を増やさなくてはいけないだろう。最低限部屋には鍵をつけなくてはいけないし、むしろ1人でいることを控えた方がいいだろう。

あんなに簡単に鎮守府に侵入されるとは思わなかった。賢い潜水艦というのは困る。せめて深海の気配くらい出していれば変わるのだが。

 

 

 

結局一晩、眠ることなく共に過ごした。途中からは周辺警戒を終えた霞と瑞穂さんも一緒に、少しだけ散らかってしまった研究室を片付けつつ、恐怖を取り除くためにたわいのない話をした。

 

「うわ……朝日だ」

「結局寝ずに話し込んじゃったわね。佐久間さん、震えは止まったみたいだけど」

「うん、ありがとね。なんとか止まったみたい。やっぱり、死ぬかもっていう状況って怖いね……」

 

死に直面するのは初めてでは無いはずだ。私達が救援に行った時だって、ジリ貧の状態で耐えていたのだから。あの時は他にも仲間がいたからそこまでの恐怖では無かったのかもしれない。

今回は密室に1人で、目を覚ましたら目の前に刃物を持った敵という危機的状況だったからこそ、心底恐怖したのだろう。あれはトラウマになる。

 

「急に眠くなってきちゃった……」

「眠れるなら眠った方がいいですよ。私達も司令官にお願いして午前中は眠らせてもらいますから」

「なら一緒に寝よー。添い寝添い寝ー」

 

佐久間さんもいつもの調子に戻ってきた。ようやく恐怖が削がれたようだ。だが、1人で眠るという行為に抵抗が出ていてもおかしくはない。今日くらいは一緒に寝てもいいと思う。

 

「私はいいですけど、霞を説得してください」

「佐久間さんは姉さんが許可したとはいえ胸を揉みしだいた罪人だから」

「罪かなぁ……同意の上の行為だからなぁ」

「私でも揉んだことないのに!」

 

酷い嫉妬である。

 

「添い寝で毎回胸に顔を押し付けるのはいいの?」

「私は妹特権」

「棚上げが酷い」

 

結局この後私の部屋に全員押しかけて眠ることとなった。私を挟むようにして添い寝という大変な状態。ベッドが狭い。瑞穂さんは恐れ多いと扉の前で護衛を買って出た。瑞穂さんも殆ど寝ていないのだから眠ってほしいのだが。

 

目を瞑ったらすぐに眠りについてしまった。ようやく緊張が解けたようだ。

今後は佐久間さんの防衛も任務に入ってくる。これ以上、人間の犠牲者を出すのは良くない。私も壊れたくない。




佐久間さんは鎮守府内で一番の弱者。代わりに誰よりも頭が良く、閃きが凄い完全なバックアップ役。既に鎮守府の根幹をなす存在。折れたら鎮守府が瓦解する。


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歪んだ大戦艦

深夜に佐久間さんが襲われかける事件が発生した。私、朝潮がたまたま電探を切り忘れたことで侵入者を発見し、惨劇を未然に防ぐことが出来たが、もし気付くことが出来なかった場合、佐久間さんは殺されていた。今回だけは本当に運が良かっただけだ。

これを機に、鎮守府のセキュリティをもっと強めることとなった。今までの深海棲艦とはまるで違う強敵には、こちらも万全な対策が必要であろう。佐久間さんを守るということは、間接的に司令官を守ることにも繋がる。

深夜に動いた特別措置ということで、私と霞、瑞穂さん、そして佐久間さんは昼過ぎまで眠ることに。その間に潜水艦隊による隠密偵察と、元帥閣下の真正面からの偵察が実行されるらしい。まだ連絡は無いが、慎重に調査中とのこと。私達に出来ることは、その連絡を待つことしかない。

 

「佐久間研究員の夜間護衛は、我々第十七駆逐隊に任せてもらいたい」

「罪滅ぼしってやつさぁ。迷惑かけちまってるからねぇ」

 

昨晩の襲撃も公表された。佐久間さんが標的となったことを受け、その周辺警護を第十七駆逐隊の4人が名乗り出た。『種子』を取り除かれた後、ただこの鎮守府に住まわせてもらっているということに耐えかねたらしい。

 

「佐久間さん、うちらに任せとき。元より縁もあるけぇ」

「初めての仲ではありませんしね。またよろしくお願いします」

「よろしくねー。研究のお手伝いしてもらうかもだからね」

「またですか。触り方さえ注意していただければ」

 

以前から佐久間さんの触り方はああだったようだ。揉まれた私には痛いほどわかる。

夜間セキュリティに駆逐艦を使うことに若干抵抗があったようだが、背に腹はかえられぬということで司令官も渋々了承した。この4人だけは、最上さんと同じ昼夜逆転生活になる。

 

「だが、佐久間君が狙われ始めたということは、敵も本格的に戦いを始めようとしているね。潜伏をそろそろやめるつもりなのかもしれない」

「一眠りして落ち着きましたけど、やっぱり私、敵にとっては邪魔なんでしょうね。朝潮ちゃんの暴走を間接的に食い止めてますし」

「我々にはありがたい存在だよ。もしあの時こちらの鎮守府に迎え入れていなかったら、今頃佐久間君も素材にされていたかもしれない」

「怖いこと言わないでもらえます!?」

 

あれだけ恐怖で震えていたが、笑い話に出来るほどに回復。そもそも佐久間さんはメンタルが尋常ではないので、一度吹っ切れてしまえばこんなものなのかもしれない。これくらいでないと私も今後生活出来ないかも。

 

 

 

私達が目を覚ましてから少しして、元帥閣下からの通信が来る。佐久間さんのことで執務室の近場にいた私と霞は、その通信を聞くために部屋に入らせてもらった。聞ける人数は多いに越したことはないとの司令官の判断。

通信の先から聞こえる声は少し緊迫していた。通信の奥も風を切るような音と、砲撃音が聞こえるほどである。

 

『すまんの。手短に話す』

「何かあったのかい」

『こちらが調査し始めたこと、向こうには勘付かれとる』

 

やはり。昨晩の襲撃は、こちらはわかっているぞということをこちらに伝えるためのものだったのかもしれない。

 

『まさか儂の捕縛を考えていたとはな。鎮守府の中に入れられた後、すぐさま洗脳された艦娘に囲まれたぞ』

「通信出来ているということは、何とかなったのかい」

『儂を誰だと思っておる。艦娘相手ならまだまだ負けんよ。だが数が多くてのぉ。姫はやれなんだ』

 

元帥閣下も提督であり、さらには私達の司令官の上司となる人だ。ご老体かもしれないが、その実力は未知数。そういえば、杖も突かずに素早く動いていたのを思い出す。見た目と身体能力がまったく合っていない。

 

『彼奴等のしている実験の全貌はわからず終いじゃが、これほどの抵抗をしたほどじゃ。隠したいことが山ほどあるんじゃろ』

「で、そちらは大丈夫なのかい?」

『ああ、現在残念ながら逃走中。撃ってはくるが、鎮守府の外までは出てこようとしないようじゃな。そこだけはありがたい』

 

よくそんな状況で通信してくるものである。だが無事なら良かった。そういえば以前、司令官が元帥閣下のことを『殺しても死なない』などと言っていたが、今の状況を聞くと言いたいことがよくわかる。

 

「了解した。無事帰投出来たら、またタイミングを見てこちらに来てほしい。改めて作戦会議をしよう」

『うむ。ではまた』

 

通信が切れる。無事ではあるが状況が悪いのはよくわかった。

敵は鎮守府の防衛を優先し、こちらへの攻撃は昨晩の潜水艦のように深夜こっそりと行おうとしている。こちらの神経をすり減らし、自分達のやっていることは止めない。無駄に賢い。

 

「あちらが防衛に入っているということは、こちらから攻め込まない限り情報は掴めないだろう。元帥閣下と再び合流後、威力偵察を実施する。だが犠牲は出したくない。あくまでも偵察任務だ」

 

今までと違い、攻撃的な敵情視察をする。海路から真正面に進み、そこに設置されているという深海忌雷を除去しつつ、敵の出方を見ることとなる。僅かでも危険と思えば即撤退。撤退を許してくれない可能性もあるが、そこは索敵担当を据えて対応するとのこと。

 

「機を見て威力偵察部隊を編成する。元帥閣下の準備が整うまでは、通常通りに訓練していこう」

 

こちらから動く必要はあるが、すぐに動くのは得策では無いだろう、万全の状態を作り上げるためにも、今はまず準備を徹底する。

 

「では次は潜水艦隊の帰投待ちだね。前回と同じなら今頃敵鎮守府付近かな」

「元帥閣下の監査に合わせたはずなので今は調査を終えて帰投中かと」

 

タイミング良くゴーヤさんからの通信が鳴る。調査完了の連絡か何かだろうか。元帥閣下とタイミングを合わせての調査なら、追われているのも海から気付いていたかもしれない。

 

「ゴーヤ君、私だ」

 

前回と同じという感じで通信に出る。が、そこから聞こえたのはあまりにも想定外の声だった。

 

『あ、繋がりましたね。貴方が加藤提督です?』

「君は……誰だ。ゴーヤ君じゃないね」

 

ゴーヤさんではない声。だが、聞いたことのある声。知っている別人。話し方もなんだか違う。

 

『えーっと、大和?です』

 

敵となった大和さん。半深海棲艦の大戦艦、大和。

 

私達の知っている大和さん、元帥閣下の護衛艦娘の大和さんは、注射嫌いという子供っぽいところはあるものの、清霜さんを支え、先導する大人の女性だ。大和だけに大和撫子の雰囲気が春風より強い。

だが、通信の向こうの大和さんは、話し方も何処か子供っぽい。無邪気な子供のような、善悪の区別がついていないような、そんな雰囲気。だからこそ、恐怖を駆り立てられる。

 

『こちらに潜水艦を3人送ってきましたよね。だからそちらにも潜水艦を3人送ったんですけど、どうしたんですか?』

「こちらに所属しているものの命を取ろうとしたからね。因果応報というものを知ってもらった」

『いんがおーほーというのが何かわかりませんが、殺しちゃったんですね』

 

言いようのない不安と恐怖。ゴーヤさん達がどうなっているかが問題だ。通信機器を使われているということは、少なくとも捕まっている、もしくは怪我をさせられている。最悪の場合、死。

 

『佐久間さんを殺せるかと思ったんですけど、ダメだったんですね。少し頭が良くなったくらいじゃダメですか。うーん、やっぱりもっと混ぜないといけませんね』

「君は何を言っているんだ。ゴーヤ君達は無事なのか」

『死んでないですよ。こちらに攻撃してきそうじゃなかったので、殺さないであげました。アマツは優しいんです』

 

アマツ?

何のことを言っているのだろう。

 

「アマツ、とは?」

『アマツはアマツです。あ、お母様が加藤提督には自己紹介しなさいと言っていたので、ちゃんと言わなくちゃですね』

 

コホンと向こうで咳払いする。

 

『アマツは、戦艦天姫(センカンアマツヒメ)。貴方達が大和と呼んでいる艦娘? 深海棲艦? よくわからないですけど、それです』

 

北端上陸姫のことをお母様と呼んでいるだけで、怖気が走る。

大和さんは深海棲艦としての名前を受け取っているようだった。アサや雪さんと同じように。余程のお気に入りなのだろう。艦娘の中でも最強と謳われる大和型を自分の娘にしているのだから。

 

『あ、そうそう、お話の続きです。潜水艦3人をそちらに送り届けますね。なので、ちょっとそっちの鎮守府に行きます。攻撃しないでくださいね。手が滑っちゃうかもしれませんから』

 

機械が破壊されるような音がして、通信が切れた。おそらく通信機が破壊されたのだろう。

私達は言葉も無かった。まるで、扶桑姉様に拉致された時のように、ただただ恐怖に震えるしかなかった。

 

「……本当かどうかはわからないが、送り届けてくれるというのなら、それを受け取ろう。話は私がする」

 

震える手がどうにもならなかった。隣の霞も同じだったようで、手を握ることでお互いに何とか落ち着く。

 

「な、何あれ……本当に大和さんなの……?」

「変だったのはわかるわ……半深海棲艦化したとしてもあれはおかしすぎる……壊れてるとかそういうレベルじゃない」

 

音声だけでこれだ。実物はどうなってしまっているのか。今からこちらに来ると言っているので、怖いがその姿を見ることにする。司令官が話をするのならまだ私達よりも上手くできると思う。

 

 

 

あの恐ろしい通信から少し経ち、私と霞は深海の気配を察知する。それすらも言いようのない恐怖を感じる。

 

「司令官……来ました」

「工廠に来てもらいたいところだが、何をされるかわからないものにはギリギリまで近付いてもらいたくない。霞君、大発動艇を出してもらえるか。そこで受け取る」

「……了解。危険だと思ったらすぐに移動させる」

 

司令官を大発動艇に乗せ、鎮守府を出て近海へ。

気配のすぐ後に深海の匂いも感じられるようになった。今までに感じたことのない()()()()()。何か混ざっちゃいけないものが混ざっているような、混沌とした匂い。

 

「気持ち悪い……酷い匂いがする」

「私には深海の匂いというものがわからないが、どういうものなんだい」

「姉さんの匂いは例えるならフローラルな花の匂いね。でも今感じるのは……ドブ川よ。嫌悪感しかわかない」

 

もう鎮守府にまで届いているだろう。匂いを感じることの出来る人は、その嫌悪感で体調不良を起こしているかもしれない。私は何とか耐えているが、霞は口に手を当てているほど。

 

「会敵。あれは……酷い……」

 

遠くに大和さん、いや、戦艦天姫の姿が視認出来るところにまでやってきた。

見た目は確かに大和さんだった。だが、瞳は真紅に染まり、アサと同じように閃光が走っている。変化しているのは、何よりその服装。黒塗りされているだけでは飽き足らず、桜の紋があった首の金属輪には深海棲艦特有の歯の意匠が取り込まれ、左脚だけだった膝上ソックスも両脚になりと全身黒づくめ。和傘も黒い。

さらには腰。私や島風さんに寄生している深海忌雷がしっかりと寄生している。歪みに歪み、もう取り返しのつかない状態。

 

「初めまして、加藤提督。約束通り、()()は返しますね」

 

ゴーヤさん達が大発動艇にゴミのように投げ捨てられた。3人全員が気を失っており、脚を握り潰されて大破状態。これだと泳ぐことができない。早く入渠させなくては。

 

「さっきも言いましたけど、そっちが潜水艦を送ってきたから、こっちも潜水艦を送ったんですからね。まぁ佐久間さん邪魔でしたし、ついでに消せればいいかなとは思いましたけど、やられたからやり返したんです。だから、アマツのせいじゃないです」

 

子供のように怒っている。私達はそれどころではなかった。大人の大和さんが子供のように振る舞うというのがこんなに恐ろしいとは思わなかった。

 

「だが、君達は朝潮君に対し、執拗に嫌がらせをしてくるじゃないか」

「嫌がらせ? あぁ、それは仕方ないです。お母様の言うことは絶対なので。それに従わないそちらが悪いんです」

 

理論が滅茶苦茶だ。自分がされたらやり返すのに、私に対しては一方的。完全に壊れている。無理矢理、北端上陸姫至上主義にされてしまっている。

 

「朝棲姫ちゃんを壊せば、アマツのお友達になってくれるんですよね」

「残念ですが、私は貴女の友達にはなれません」

 

キッパリと言い捨てる。相手の見た目は艦娘であるが、もう完全に深海棲艦だ。雪さんは改心出来たが、この人はおそらく本当に無理。建造された時点で壊れているのだから、マイナスから始まっている。

 

「アマツじゃダメですか? お母様も優しくてステキな人ですよ?」

「貴女のお母様のせいで、私のかけがえのない人達がさんざん苦しんでるんです。そのせいで私は怒り心頭なんですよ。貴女のお母様を嬲り殺しにしたいほどに」

 

この人と話しているだけで危険な気がする。怒りがフツフツと沸いてきている。

 

「用は済みましたね。3人を入渠させたいので、今日はお引き取りください。霞、工廠へ」

「了解。司令官、飛ばすわ」

「ああ、頼む。この子達を早く治してあげなくては」

 

早く帰れと、心の底から思った。人をここまで嫌いになるのは初めてかもしれない。北端上陸姫は別格。好きとか嫌いとかではない。死ねと素直に思える。

霞は私の指示に従い、すぐに工廠へ向かった。これでこの人が何もせずに帰ってくれれば解決。だが、そうならないだろうという不安もある。

 

「そういうの、良くないと思います。でも、アマツは優しいので今日のところはこれくらいにしておいてあげます。佐久間さんは毎日狙いますからそのつもりで」

「私を壊したいなら私を直接狙ってください」

「それだと身体を壊しちゃうじゃないですか。お母様が壊したいのは心ですから。アマツもまた来ますね。近いうちに」

 

和傘をクルクル回しながら帰っていった。

 

強がりをさんざん宣ったが、私は一歩も動けなかった。戦艦天姫の姿が見えなくなってから、震えが止まらなくなった。私なんかじゃアレには勝てない。その気があればここで全員皆殺しに出来るほどの力を、その存在だけで見せつけられてしまった。

 

「っぶ……う……おぇ……」

 

その場に吐いてしまった。特にキツかったのが、あの混沌とした深海の匂い。霞もよく耐えてくれた。霞がドブ川と表現したのがわかるほど、体調を悪くするほどの歪んだ匂い。人間が混ざり込んだことによる変質かもしれない。

 

『キツイのなら代わるぞ』

「大丈夫……吐いたらスッキリしたわ。何なのあれ……」

『私もアイツと対面している時に交代してやると言えなかった。すまん』

 

アサが謝ることは1つもない。アレはもう本当に得体の知れない何かだ。感覚がない思考の海の中ですら、姿を見ているとすくみ上がってしまう何かを持っている。

 

敵は、正真正銘の化け物。まだ実力すら見えていないのに、一切の勝ち目が見えない。




半深海棲艦化大和、改め、戦艦天姫。(アマツ)の文字は勿論、大和が参加した最後の作戦、天一号作戦から。今作最大の脅威。


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封じられる戦力

隠密偵察を行っていた潜水艦隊が迎撃されてしまった。それを迎撃したのが、敵の半深海棲艦の大和さん、戦艦天姫。北端上陸姫を母と呼び、やたら子供っぽい雰囲気を醸し出していたそれは、私達に攻撃をすることなく帰っていった。

今攻撃をされなくて本当に良かった。未知の部分は多いが、その存在がそこにいるだけで私、朝潮や霞が体調不良を起こしたため、十全なスペックが出せないでいた。あのままでは確実にやられていた。

 

『酷いことになってるな……』

「やっぱり鎮守府まで影響あったんだ……」

 

吐き気が治ったところで工廠に戻ると、そこは阿鼻叫喚だった。

深海の匂いを感じることのできる全員が体調不良を訴えており、扶桑姉様ですらフラフラ。深海ちびっこ組であるレキとシンさん、そして雪さんに至っては、何度も吐いてしまったらしく、体調が悪くない大人組に看病されているほど。

 

「姉さん……大丈夫?」

 

霞もフラフラとこちらにやってくる。顔色が悪い。司令官を工廠に送り届けるまでは気丈に振る舞っていたが、工廠に着いた途端に倒れたらしい。

 

「海で吐いてきたわ……。霞は?」

「さっき吐いたから多少は良くなったわ……。あと、艤装大丈夫?」

 

戦闘をしてなかったから気付かなかったが、艤装の腕がうまく動かせない。体調のせいでそもそも戦えなかったが、そうでなくても戦うことは出来なかったらしい。

 

「大発動艇の運用にあまり影響が無かったから良かったけど、戦えって言われたら無理だったわ……ああもう、まだ気持ち悪い」

 

気配を感じる距離に近付かれただけで、艤装に不具合が出てしまう。これは工廠に置かれていた深海艦娘の艤装にすら影響が出ており、その修理に明石さんがてんやわんやだった。セキさんも体調不良でダウンしているため、戦力になれない。睦月さんの艤装を最優先で修理し、2人体制に持っていこうと必死だ。

 

「姉さんも休んだ方がいいわよ……」

『そうだぞ。カスミの言う通りさっさと休め』

「そうさせてもらうわ……スッキリはしたけどまだ体調戻らないもの……」

 

私も足が覚束ない。看病の必要はないが、休息は必要だろう。他の深海絡みの人達と同様、私もすぐに休むことにした。

 

私達深海組が休んでいる内に、元帥閣下から無事に自分の鎮守府に戻れたと連絡を貰えたそうだ。改めて安心。陸路ではそこまで追ってこないようだ。

今回の件を上層部と協力して解決するかは考えているらしい。そもそも今回の行動自体が極秘。さらには、元帥閣下も佐久間さんと同じように、上層部に裏切り者がいるのではないかと考えている。あくまでも、私達の鎮守府との極秘任務としていた。

そのため、次の合流は元帥閣下側の都合がいいタイミング。それまでに何も起こらないことを祈るしかない。

 

 

 

翌日、ありがたいことに全員快復。入渠していた潜水艦隊の人達も全員怪我も治ったが、隠密偵察は中止。対潜行動が取れる戦艦という例外が見えてしまった時点で、中止せざるを得なかった。また行って、また見つかったら、今度は大破では済まなそうである。

 

今回の事態を重く見た司令官は、深海艦娘を含めた深海組を集めて作戦会議をすることに。ただし、睦月さんは深海艤装の修復が終わっていないために不参加。代わりにではないが佐久間さんが参加。佐久間さんは第十七駆逐隊のおかげでグッスリ眠れたらしい。

 

「わかっているだろうけど、集まってもらったのは昨日の件のことだよ」

「近付かれるだけで艤装に不備が出て、体調を崩した件ですね」

 

事実上、ここに集められたものは、戦艦天姫に近付かれた時点で戦闘不能。つまり、敵鎮守府の攻略戦には参加出来ない。体調不良さえ払拭出来れば、艤装による攻撃が一切無い扶桑姉様は戦闘できるかもしれないが、それでも危険である。

この中だと深海艦娘故に体調不良にならない皐月さんと叢雲さんだけはほとんど害無し。白兵戦以外の武装をしないということにはなるが。

 

「体調不良は深海の匂いを感じることが条件、艤装の不備は深海艤装全般、ということでいいかな?」

「まだ仮説の段階ですけどね。今のところ、体調不良になるかならないかの差は深海の匂いを感じられるかどうかなので」

 

あの混沌とした深海の匂いを嗅いだ時から体調が悪くなったのは確かだ。絵の具を混ぜ合わせたようにグチャグチャになった酷いものだった。

 

「匂いを感じなくする方法はあるんです。半深海棲艦のみんなに配ってるチョーカーの設定を変えるだけでいいですから」

「……それしか無いんでしょうか」

 

初霜が物言い。以前チョーカーの設定を弄った時、深海の匂いを一切感じなくした時に頭がおかしくなりそうと訴えたのは他ならぬ初霜である。体調不良よりもそちらの方を気にしている。

全員が試してみるべきかもしれないが、少なくとも扶桑姉様はその行為自体が危険な人だ。やるべきではないとは私も思う。

 

「今はそれしかないと思う。でも、それをしちゃうと余計に苦しいんだよね。なので加藤少将、この案に関しては無しで。どうせ艤装もおかしくなるんです。無理して出撃しない方向でいいでしょう」

「ああ、そうだね。別の案が出来次第、君達の出撃に関しては考えることにする。今は、敵の大和君……いや、戦艦天姫の現れる戦場には、君達は出撃させない方向で行く。構わないね?」

 

全員が首を縦に。扶桑姉様も、私の意見と同じになるようにしてくれた。さすがの扶桑姉様も、フラフラの状態で戦っては勝機を失ってしまう。

 

「艤装の不調に関しては、今明石君と睦月君が懸命に調査中だ」

「具合も良くなったから私も参加しよう。明石はともかく、睦月には荷が重いだろう。整備は慣れていても、調査には慣れていない」

「病み上がりにすまないね。セキ君、任せていいかな」

「ああ。深海艤装は私が一番詳しい。任せてほしい」

 

現在修理中の深海艤装に関しては、セキさんも加わることで調査を進めていくことに。これに関しては佐久間さんにも難しいところだ。佐久間さんは深海棲艦の身体に関しては大分研究が進んでいるが、艤装の方にはほとんど手を出せていない。

 

「深海艦娘の艤装は外付けだから修理中だが、深海棲艦の艤装はどうなんだい? まだ不調はあるかい?」

「ちょっと出してみます。私と島風さんが一番わかりやすいでしょう。島風さん、艤装を展開してみてください。あ、机とか気をつけて」

「はーい」

 

島風さんが艤装を展開。歪んだ魚雷発射管と一緒に連装砲ちゃんが出現し、コミカルに動き回る。滑らかに動くところを見る限り、調子が悪いようには見えない。表情も笑顔である。

私も同じように艤装を展開。艤装の腕は綺麗に動く。昨日の不調は修復したように思える。身体と艤装が直結されている深海棲艦だからこそ、体調さえ戻れば艤装も元に戻ってくれる。

 

「問題ありません」

「連装砲ちゃんもオッケー!」

「それなら良かった。だが、体調不良は辛いだろう。緩和する薬が作れればいいのだが……」

 

お風呂に入るのも辛かった。湯船の中で吐こうものなら、他の人達にも迷惑がかかってしまう。また、今回の件で、高速修復材を被ったとしても、傷は治るが体調不良はすぐには治らないということがわかってしまった。これに関しては時間で解決するしかない。

 

「戦艦天姫は近いうちにまた来ると言っていました。それまでに、何らかの対策は必要です」

「そうだね。出来ることは全てしていこう」

「体調不良に関しては私が調査していきます。実はその時の雪ちゃんから細胞を少しだけ貰いました。何かあるか研究してみます」

 

深海棲艦の身体のことは佐久間さんに一任。佐久間さんなら私達の身体を治してくれる何かを解明してくれるはずだ。

 

「では改めて方針を言うよ。深海艤装を使う君達は、一時的にだが出撃を制限させてもらう」

 

改めて通告されるとなかなか堪える。私に関しては2度目の通告だ。状況が状況だけに仕方がないのだが、貢献できないというのがこうまで辛いとは。

 

「セキ君。深海艤装についての調査をお願いする」

「ああ、任せろ」

「佐久間君。深海棲艦の体調不良についての調査を」

「了解です」

 

突如、所属している艦娘の約4割が出撃不能となる大惨事。まだ戦闘能力すら確認出来ていないのに、近付かれただけでこうなってしまった事実は、思った以上に私達の心に重くのしかかってきていた。

 

深海絡みの艦娘が出撃出来なくなった事実は早急に伝えられた。打開策は現状不明。また、深海棲艦が身体に混じっている場合は、近付かれただけで体調不良になるという酷すぎるほどの攻撃を受けることになってしまった。

 

 

 

復活したセキさんも含めた3人がかりの調査で、深海艤装の不調の原因が突き止められた。司令官と私はその話を聞くため、工廠へ。二重の理由で戦力外通告を受けた私だったが、情報収集を最速でやるスタンスだけは変わらないでいる。復帰出来た時にすぐ追いつけるようにというのが一番大きい。

 

「過負荷だ」

「近付かれただけで負荷がかかったということかい?」

「ああ。それで間違いない」

 

セキさんも含めた調査の結果、深海艤装全てに強引な負荷がかけられていることが判明した。戦艦天姫が鎮守府に接近した瞬間に、その効果範囲内の深海艤装の出力が過剰に上昇したそうだ。耐えきれなくなった艤装が不調を起こし、うまく動かなくなってしまった。

深海棲艦は艤装と直結されているが故に、その強烈な過負荷が身体にも影響を与えてしまったのかもしれない。そうなると、匂いを感じなくなっても意味がない。

 

「外側からの負荷だな。自立型艤装をコントロールするように、他の深海艤装に干渉できるのかもしれないな」

「ふむ……遠隔操作艤装の系統か」

「ああ。大和だと思っていると痛い目を見るのはわかったろう」

 

自立型艤装を遠距離でコントロールするといえば、今なら島風さんがわかりやすい。艤装展開により出現した連装砲ちゃんは、島風さんとは違う意思を持ち動いているが、動くためには島風さんからの干渉、私達にはわからない何かの供給が必要である。

戦艦天姫はその何かを、他の深海棲艦に対して勝手に供給してくるのだろう。そのせいで負荷がかかり不備が発生したわけだ。幸い、脚部艤装にだけは影響がないのが救い。武装と、それを繋ぐ機関部に影響がある。

 

「霞の大発動艇は深海艤装ではないからな、影響が無かったのだろう。だが、展開していない艤装にすら影響を与えるのは厄介だ」

「回避は難しそうなのかい?」

「出来るかもしれないが、簡単にはいかないだろう」

 

今すぐにどうにか出来るようなものではないのは確かだ。

 

「今はやはり、深海艤装を使わない艦娘のみでどうにかすべきだね。ありがとうセキ君。引き続きよろしく頼むよ」

「ああ。優先的に調査をしていこう」

 

艤装に関してはセキさん頼りだ。サポート出来ることがあれば手伝っていきたい。

 

「深海棲艦から艤装を外すことは出来たね。それはどうなんだい?」

「オススメはしない。手間がかかるんだ。緊急時に何も出来なくなるのは避けた方がいい。だが、装備が無ければ体調が悪くならないというのなら、外すのも選択肢の内だな」

 

その辺りは試してみないとわからない。

 

艤装を外すというのはリスクが高いので、非戦闘員である雪さんが一時的に艤装を外すことで試験してみることに。ただし、戦場に出て確認するわけではなく、なるべくなら避けたいがまた戦艦天姫が鎮守府に接近してしまった時に確認することとなった。

体調不良の具合からレキもシンさんも外す候補だったのだが、艤装に依存しているシンさんから取り上げるのはよろしくなく、レキは仲間外れになりたくないと嫌がったため、雪さんだけになった。

 

 

 

今後の方針が決まったため、私はここから非番。清霜さんのオヤツ作りは一旦落ち着いており、オヤツ作りは今日はやっていない。清霜さんは今も張り切って訓練中。相変わらずオヤツはモリモリ消費中。近日中にまたオヤツ作りを手伝うことになるだろう。

今日は談話室でゆっくりすることにした。ここ数日だけでいろいろありすぎて、心が疲弊している気がする。またバランスを崩しているように思える。

 

「朝潮様、気分を落ち着けるハーブティーを用意してみました。こちらをどうぞ」

「ありがとうございます。今一番欲しいものです」

 

瑞穂さんが用意してくれた紅茶を一口。まったりと落ち着ける。

 

『今回の敵は最悪だな』

「ええ……深海艤装を封じてくるなんて」

 

霞のコンプレックスになったような内容だが、深海艤装は通常の艤装よりもスペックが高く、どうしても力に差がついてしまう。この鎮守府でも、火力だけで言うなら上位はほぼ深海組に属するものになるのだ。敵は、それを軒並み潰してきた。

自分だけが深海艤装、周りの脅威になりそうな深海艤装持ちは全て封印。それだけでも相当戦いづらいのに、それをやってくる戦艦天姫は深海棲艦化していなくても勝てるかわからない大和さんである。さらには未知の性能を秘めているため、どうすればいいのか本当にわからない。

 

「朝潮様、今は何も考えず、心をお休めください」

「そうですね。ごめんなさい心配かけてしまって」

「いえ、朝潮様のお気持ち、瑞穂は理解しているつもりです。今回の敵は朝潮様にとって天敵中の天敵なのでしょう。その存在自体が怒りと憎しみを増幅させるもの。さらには朝潮様を含めた周囲のかけがえのないものにまで被害を与える、まさに災害でございます。瑞穂も倒れたレキさんを看病させていただきましたが、あれは朝潮様で無くとも怒りを募らせてしまうものでしょう。小さな子供にあのような仕打ち、瑞穂が朝潮様と同じ立場として戦場に居たのなら、間違いなく怒りで我を忘れていたかと思います。朝潮様、よくぞ耐えられました。あの場で暴走しなかったのは、紛れもなく朝潮様の成長です。少なくとも、瑞穂はそう思います」

 

久しぶりのマシンガントークに安心感すら覚える。私の穏やかな日常には無くてはならないものの1つだ。

 

『攻略方法は提督に任せればいいな』

「ええ、今は考えるのをやめましょう。美味しい紅茶を飲んで、心を落ち着けなくちゃ」

『ああ、そうしろ。ミズホに感謝しておけよな』

 

これからのことを全部自分で考える必要は無いのだ。今はこの穏やかな時間を堪能しよう。その後に、みんなに力を借りればいい。




体調不良と艤装不備をばら撒き、対潜攻撃も可能な戦艦天姫。対策がどんどん限られていきます。


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龍と鳳凰

最大の敵、戦艦天姫の能力により、今後の戦場には深海艤装を使う艦は使わない方針に決まった。戦場で艤装不備に陥り、まともな戦闘をすることが出来ずに敗北するのは、大きすぎる問題。深海棲艦の場合はその場で嘔吐するほどの体調不良にも襲われるため、戦闘にすらならない。

 

今の方針が決定した翌日、いつものように霞と朝食を摂りに朝の食堂へ向かうと、疲れ果てた顔の磯風さんが食堂でご飯を食べていた。佐久間さんへの初めての襲撃から今日で3日目だが、戦艦天姫が言っていた通り、毎晩襲撃があるらしい。前回と同じように潜水艦による暗殺。タイミングはバラバラだが、確実に全員寝静まった時間に来るそうだ。それを確実に、かつ誰も起こさないように処理していた。

 

「おはようございます。お疲れ様です磯風さん」

「ああ……おはよう朝潮、霞……」

「えらく疲れてるわね……また襲撃があったの?」

「ああ……ここまで神経を使う戦闘は初めてだ」

 

鎮守府内に侵入される前にケリをつけるために、電探とソナーをフル活用。陸に上がると同時に処理できるよう、常に鎮守府の周囲をグルグルと回り続けるという過酷な任務である。

 

「あの妙に賢い潜水艦は鬱陶しいな……雷撃が無いだけマシだが」

「暗殺に特化していると」

「おそらくな。佐久間研究員を殺すためだけに来ているぞ」

 

大きく溜息をつく。疲れ果てているのは確かだ。これを早く終わらせるためにも、なるべく早く現状を良くして行きたい、

 

 

 

元帥閣下の準備が整い、本日中にまたこちらにやってくるという連絡を貰った。状況整理も兼ねた作戦会議を行い、敵鎮守府攻略作戦を立てていくのが今回の目的。頻繁にこちらに来ることが出来ない立場にいるからこそ、このタイミングでなるべく多くのことを決めておきたい。

全員集めての会議をまた開き、方針を皆に伝える。ここ最近は、朝は必ず全体会議を開いているように思える。

 

「元帥閣下はもう鎮守府を発ち、いつも通りならあと1時間もしないうちに到着するそうだ。間を空けていないため、上層部も不審に思っていそうだが、今はそんなことを言っていられる状況ではない」

 

焦りたくはないが、早期決着を目標にしなくては、状況が悪化するだけだ。あちらは無限に深海棲艦が生み出せるだけでなく、艦娘まで建造出来るようになってしまっている。戦力はいくらでも拡大出来ると言ってもいい。鎮守府そのものを制圧しない限り、こちらは時間が経つだけ不利になる。

 

「提督、元帥閣下からの通信です! すぐに!」

 

大淀さんから緊急連絡。その態度からして、元帥閣下がまた危険に晒されているように思える。

 

「どうした爺さん!」

『すまん! 援軍を寄越してもらえんか! 襲撃を受けておる!』

 

通信の向こう側、聞こえるのは爆撃の音。そして、一航戦の弓を引く音。海の上では十全に行動が出来ないどころか、元帥閣下だとしてもただの人間になってしまうことを見越した襲撃。余程元帥閣下が邪魔と見える。

だが元帥閣下が鎮守府から出るところを見計らい襲撃してくるということは、やはり上層部に裏切り者がいるというのは間違いなさそうだ。

 

「了解した! どうにか粘ってくれ! 出来ることならこちらに近付いてきてほしい!」

『抜かりないわ! 敵は空母だらけじゃ! 対空と制空権確保の部隊で頼む!』

 

通信が切れる。余程切羽詰まっているのがわかる。護衛艦娘の4人がいるとしても援軍を求めてくるほどなので、余程数が多いか、余程強いか。

 

「制空権が必要っちゅーことは、うちら空母隊の出番や」

「でも浮き砲台の私達がどうやって急ぐのさ」

「そんなん決まっとる。大発動艇(だいはつ)にうちら輸送してもらうで」

 

制空権確保のための空母隊は、2人が浮き砲台という辛い状況。今でこそレキのような万能戦力がいるためもう少し増やせるが、今回の戦場は深海艤装組を出撃させるのはなるべく控えたい。そうなると、浮き砲台の龍驤さんと蒼龍さんに出張ってもらうしかない。

今までは曳航しか手段が無かったが、今なら大発動艇がある。かなり強引だが、2人を積載することで航空戦力を持つ装備として運用する。龍驤さんは大発動艇を手に入れてから、ずっとこれを考えていたようだ。

 

「司令官、ええな!」

「ああ、頼んだ。大発動艇担当は龍田君。対空は吹雪君と天龍君に任せる。天龍君、旗艦をお願いするよ」

「おう、任せろ。だけど、元帥の爺さんの居場所がわかんねぇぞ」

 

東であることはわかっているが、敵の攻撃を掻い潜りながらの撤退戦のようなもの。本来いるべき場所にはいない可能性があるし、そもそも私達は元帥閣下の航路を知らない。

それなら、道案内が必要だ。ある程度の範囲に入れば感知できる、道案内に適したもの。

 

「司令官、私が電探で反応を見ます。道案内が出来るかもしれません。大発動艇に私を搭載してください」

「朝潮君、だが君は」

「脚部艤装はまともに動きます。体調を崩すかもしれませんが、そういう敵がいることの確認になります。それと、元帥閣下の口振りからして、戦艦天姫はいません」

 

海上なら北端上陸姫の顔を見ることもなく、戦艦天姫と会話しても耐えられたことを鑑みるに、今なら暴走の可能性もかなり低い。戦闘行為をせず、ただひたすらに電探として機能することを条件に、私は出撃を望んだ。対空砲火もせず、艦載機も使わない。この身体になる前にやっていた戦闘方法だ。あの時は対空砲火くらいはやっていたか。

 

「悪い提督、オレからも頼む。早いところ救援に出向かないといけないなら、朝潮の電探は必要だ。暴走しそうならオレが殴って気絶させる。朝潮もそれでいいな」

「一思いに殴ってください」

「でしたら瑞穂もお供致します。朝潮様を気絶させるのには一家言ありますので。対空砲火のお手伝いも可能です」

 

悩んでいる暇はない。救助の確実性を求めるのなら、これがベストのはず。誰も死なない手段だ。そのせいで私がまた吐く程度なら安いもの。

 

「今回は緊急性が高い。朝潮君、頼んだ」

「了解です。瑞穂さんも、いざという時はお願いします」

「お任せ下さい。痛みなく意識のみを刈り取ります」

 

本当にやってくるから恐ろしい。

 

「そうなると、大発動艇の運用は瑞穂君に一任した方がいいね。龍田君は天龍君と白兵戦をする方がいい」

「了解いたしました。瑞穂を含めた輸送が必要な方全員を積載させていただきます。龍驤さん、蒼龍さん、瑞穂に命をお預けください」

「任せたで」

 

私も瑞穂さんに命を預けることになるだろう。だからこそ、心配など全くしていない。

 

 

 

大急ぎで準備をして出撃。旗艦は天龍さん。随伴に龍田さん、吹雪さん、龍驤さん、蒼龍さん、雲龍さん、瑞穂さん。なかなか無い7人編成。私はあくまでも大発動艇に搭載された機材である。

瑞穂さんが運用する大発動艇に私、龍驤さん、蒼龍さん、瑞穂さん本人、そして低速化欠陥(バグ)を抱える吹雪さんを搭載。これで強引な高速艦隊を実現し、最速の状態で現場に向かう。

 

「反応はまだ見つかりません。深海の気配もまだです」

「もう少し北寄りにしてください。大本営に近付くならそちらへ」

 

吹雪さんの指示の下、若干北寄りへ。

 

「うちらも哨戒機飛ばしとるからな。朝潮の電探よか範囲は広いはずや」

「助かります」

「最近出番あらへんかったからな。燻っとってん」

 

浮き砲台はどうしても鎮守府防衛に回されがち。曳航しながらの戦闘は訓練したものの、やはり危険度が段違いだ。だが今回はその辺りを払拭している。大発動艇なら、運用者次第な部分もあるが、共倒れなんて事はない。いざという時は押して帰ることも可能だ。

そのおかげで、龍驤さんと蒼龍さんは今ここに立っていられる。大発動艇様々であった。これを持ってきてくれた秋津洲さんには、また皆が足を向けられなくなった。

 

「気配を確認」

「哨戒機からも連絡! 元帥閣下達見つけたって!」

「深海の匂いも確認……っぐ……またこのパターン……」

 

気配から察するに戦艦天姫ではない。だが、深海の匂いはいろいろなものが混ざった臭い。途端に体調が悪くなる。艤装もうまく動かなくなったため、一旦消しておく。口を押さえながらも進行方向を見据える。

 

「戦艦天姫ではないです……ですが……深海艤装に干渉してきます……」

「了解。朝潮は無理しなくていい」

「電探としての……仕事をこなします……」

 

電探に反応が入る。通信で言われていた通り、空母ばかりが5体。4体はよりによって空母棲姫。残った1体は謎の存在。反応としては艦娘とも深海棲艦とも取れる。これが私の体調不良の原因。吐き気を何とか飲み込んで、状況を皆に伝える。

 

「会敵……空母5体……4体姫……もう1体は謎です……」

 

空母棲姫4体の後ろ。私達からすれば一番手前に、謎の女性が存在した。髪をポニーテールに結び、着物の喪服を着た空母の女性。今までの深海棲艦とは少し違う。

その敵の姿を見て、空気が凍り付くような感覚。実際に寒気もした。体調が悪いからとか、そういうことではない。真後ろにいる龍驤さんの雰囲気がガラリと変わった。

 

「あいつはうちがやる。周りの艦載機に邪魔させんでくれ」

「龍ちゃん私も因縁あるんだけど」

「蒼龍よかうちの方が付き合い長いわ。そこは先輩に譲らんかい」

 

いつもの朗らかな空気が何処かに行ってしまっている。持っている式神の枚数もいつも以上。最初から全力で、且つ、助けるまでもなく殺す気で戦おうとしている。

ここまでになっている龍驤さんは初めて見る。戦艦水鬼の時ですら、真剣だったが怒ってはいなかった。戦場だから仕方ないと割り切っていた。が、今回ばかりは話が違うらしい。

 

「援軍ですか……致し方ありません。纏めて沈めましょう」

 

喪服の女性がこちらに弓を向け、一矢放つ。それは本来なら艦載機へと変化し、こちらへ攻撃してくるところだが、変化なく矢としてこちらに放たれていた。

 

「嘗めんなよ、うちにそんなもん効くかい」

 

同時に式神を3枚飛ばす。本来なら艦載機へと変化するところが、紙のまま矢を受け止めた。その1回で式神は塵となるが、矢も勢いを止め、海に落ちた。お互いに空母とは違う戦闘方法を使っている。龍驤さんのこんな戦術、初めて見る。

 

「瑞穂、空母隊のこと頼んだ」

「お任せ下さい」

 

吹雪さんを下ろした後、蒼龍さんが雲龍さんと連携しながらの制空権確保を始めた。こちらに来る艦載機は、瑞穂さんが撃ち墜とすことに。機銃ではあるものの、回避しながらの対空砲火と、空母隊の艦載機でどうにかなるはず。

 

「龍田、吹雪、オレらは元帥の爺さんだ。それじゃあ、行くぜぇ!」

 

ここから部隊が二分した。龍驤さんが喧嘩を売ったおかげで、あちらの喪服の女性はこちらに付きっきりになってくれる。元帥閣下の護衛艦娘と天龍さん達で、残りの空母棲姫4体を相手取ってもらうことになる。

 

「そんじゃあ、やるかぁ! 鳳翔!」

「その名で呼ばないでもらえますか、龍驤」

 

喪服の女性、鳳翔。軽空母の中では最も旧式ではあるが、最初から空母として建造された、世界初の空母。全ての空母の母。あの一航戦の先輩にあたる、最も空母を知る艦娘。

それが、北端上陸姫の手により深海棲艦に変化。さらにはこの匂いを持つということは、建造に人間を使われている。深海忌雷は左肩に寄生しており、甲板を侵食して禍々しい形状へと変化していた。

 

空母鳳姫(クウボオオトリヒメ)の名を姫様に戴きました。今後はそちらでどうぞ」

「大層な名前貰ったようやな。クソほど似合わんぞ、鳳翔!」

 

さらに一射。今度は艦載機へと変化したが、普通の空母と違い、超低空飛行。こちらへの突撃を視野に入れた、確実に殺すための艦載機運用方法。

対して龍驤さんも式神を放つ。艦載機に変化し、敵艦載機へ対応。練度の差は無く、ほぼ互角。空母同士の戦いとは思えないほど、至近距離、且つ、低空での撃ち合い。艦載機が発艦しては墜とされる。

 

「弓道部が式神に追っついてくるんかい!」

「貴女が遅いだけでしょう」

 

そういう空母鳳姫は矢を3本番えて放っている。むしろ3本同時に放たれているのに追いついている龍驤さんの方が凄い。

 

「くっそー! 制空権全然取れない! 瑞穂、もっと回して回して!」

「朝潮様の体調を考えればこれが限界です。充分出てます」

「ミナトの艦載機も使えないわ……深海の艦載機もダメみたいね……」

 

頻繁に会いに行くのに結局まだ返していないミナトさんの艦載機は、雲龍さんが発艦しようとしてもうんともすんとも言わないようだ。そういえばと思い自分でも艦載機を発艦しようとしたが、同じように動かなかった。

 

『無理するな。吐き気が酷いんだろ。何もしないのなら私に代われ』

「ごめんなさい……アサ、一回お願い……」

 

耐え難い体調不良を一旦アサに肩代わりしてもらう。表に出た途端込み上がってきたらしく、口を押さえて蹲る。

 

「お、お前よくこれが耐えられるな……」

『かなりギリギリよ。事が済んだら吐いた方がいいわ』

 

姫としての尊厳があると必死に耐えているアサ。一時的にでも体調不良から解放されたおかげで戦況を細かく見る事が出来る。

龍驤さんと空母鳳姫は互角。ここは押さえておいてもらう。4体の空母棲姫と戦う残りのメンバーは、こちらはこちらで互角の戦いを強いられている。

 

「空母の数は同じなのに、あちらの方が数が多いのね。こちらは全力なのだけど」

「弓が間に合わないんですよ加賀さん。発艦最速の雲龍さんが欠陥(バグ)で搭載機異常ですから、均衡が取れません」

 

一航戦と蒼龍さん、雲龍さんが常に発艦し続けているにも関わらず、常に劣勢。天龍さんと吹雪さん、瑞穂さんの対空砲火でギリギリ互角。

 

「図体がデカい割には避けるじゃないか! 大和、同時に行くぞぉ!」

「ええ、確実に1体ずつね。全主砲、一斉射!」

「撃てぇーっ!」

 

大戦艦2人の強烈な主砲攻撃もひょいひょい躱している。艦載機を発艦しながらあの動き、空母棲姫なのに並ではない。改造されているだけではなさそう。それでも2人同時の砲撃は直撃したようだ。

 

「はい、隙だらけ。怯んでくれないと戦いづらいわ〜」

 

大戦艦2人の砲撃をまともに受けたにも関わらず大破で止まっていた。その首を龍田さんが容赦なく刎ねる。艦載機の数が一気に減り、均衡状態に。

 

「うし、吹雪、対空任せたぞ」

「了解です! この量ならもう1人で行けます!」

 

天龍さんも攻撃へ移行。1体を着実に撃破するため、大戦艦との連携を優先した。また、天龍さんが攻撃に参加し始めたことで、龍田さんの動きがより良くなる。1体、また1体と撃破していき、残り1体に。この時にはもう制空権は完全にこちらのもの。

 

「お前の()()はもうおらんようやぞ」

「不甲斐ない。私が鍛えたのですが、所詮はただの姫ですね」

「鳳翔のツラで抜かすなボケ」

 

お互いに最後の艦載機が墜ちる。龍驤さんの手元には式神は無くなり、空母鳳姫の矢筒には矢が1本もない。

 

「雲龍!」

「互換性があるのはいいことね」

 

龍驤さんには同じ艦載機発艦が出来る雲龍さんがいる。艦載機を多めに持てるようなもの。大発動艇から動けない龍驤さんに向かって、式神を手渡す。雲龍さんの艦載機が減ってしまうものの、今は龍驤さんに渡すべきと判断したのだろう。

 

「やらせると思っているのですか?」

 

が、空母しかいないこの場では聞こえるはずのない砲撃音。瑞穂さんが大発動艇を動かし続けているにも関わらず、龍驤さんのその一瞬の隙を突き、巻物の甲板を()()()()()()()()。同時に龍驤さんの右腕がズタズタに。万が一あの攻撃に『種子』が埋め込まれていたとしても、予防接種済みのため大丈夫のはず。

 

「いっ……クソがぁ!」

「艦載機が無くなったのなら、砲雷撃戦くらいしますよ」

 

禍々しい甲板が主砲に変形している。威力からしておそらく重巡洋艦辺りが混ぜ込まれている。主砲完備の空母だなんて、陸上型のような性能に。

 

「第2ラウンドです。あれだけ宣ったのだから、勿論抵抗してくれるのですよね?」

「随分と言うようになったやんけ!」

 

甲板が無ければ艦載機は発艦出来ない。龍驤さんはもう攻撃手段を持っていない。万事休す。




大和の相方と言われると何人も思い浮かぶと思うのですが、私の中では鳳翔との史実が好きなので、今回の状況と相成りました。名前は勿論、()翔から。


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堕ちた鳳凰

こちらの鎮守府に向かっている元帥閣下が襲撃を受けてしまった。その救援に出撃したところ、人間が素材に使われただろう第二の深海棲艦、空母鳳姫に襲われる。空母鳳姫は龍驤さんと因縁のある軽空母、鳳翔。瑞穂さんの大発動艇に乗っての出撃で激戦を繰り広げたが、艦載機を使い切ったところで砲雷撃戦を始められてしまった。

 

「さぁ、次は何を?」

「言うてくれるやんけ……!」

 

使い切った艦載機は、互換性のある雲龍さんから補充。しかし、不意をつく一撃で、龍驤さんは右腕諸共甲板を破壊されてしまっている。艦載機はあれど、発艦するための装備が無いとなると、話は変わってくる。

 

「甲板が破壊された程度でもうおしまいですか。艦娘とは……脆いですね」

「なら2人がかりになるだけよ!」

 

制空権を考えなくてよくなったため、蒼龍さんも空母鳳姫への攻撃に参加。こちらはまだ艦載機が潤沢に残っており、攻撃の手段はいくらでもある。同じ弓での攻撃に、空母鳳姫も少しだけ間合いを取った。

空母らしからぬ主砲による砲撃は、こちらの状態を崩すのには最適だった。ただでさえ大発動艇を使っての戦闘だ。回避は全て瑞穂さんに一任されている状態。それにすら合わせて当ててきているという事実は、瑞穂さんにも焦りを生む。

 

「おらぁ! こっち終わったぞ!」

 

天龍さんから空母棲姫を全滅させた旨が届く。これで元帥閣下側にいる7人の艦娘がフリーに。

 

「……またわらわらと。この数を相手にするのは骨が折れますね」

「抜かせよ鳳翔! お前もギリギリやろが!」

「そう見えますか? 節穴ですね」

 

主砲を変形させ甲板の形状に。矢が無くなった今、甲板はもう関係無いだろう。だがこの場でそれをやったのだから、何か隠し球が。

 

「あくまでも貴女と同じ舞台に立ってあげただけです。今の私が何か、忘れてしまいましたか?」

 

手を払う。瞬間、深海の艦載機がズラリと現れた。その数は白吹雪さんが発艦した数より段違いに多い。やはり本職ということか。

深海棲艦の空母なのだから、私達と同じように矢など要らずに艦載機は出せたのだ。それをあえてやらず、それでも互角の戦いを演じた。土壇場でこれを出して、心を折るためか。

 

「矢を全て使わせたのは褒めて差し上げましょう。こうなっては私も次を出さざるを得ません。油断と慢心が良くないことはわかっていますから」

 

ちらりと赤城さんの方を見てから、改めて龍驤さんに向き直る。戦況はあちらの方が不利のはずだ。なのにあそこまで余裕があるのが気になる。まだ手段がいくつもあるのかもしれない。混ぜ物故に、ただの空母と思ってはいけない。

 

「さて、では改めて第2ラウンドです」

 

深海の艦載機が一斉に攻撃を始めた。龍驤さんを見ているが、攻撃は全員を狙っている。勿論、元帥閣下も視野に入っている。空母棲姫の艦載機が無くなったところで先行しようとしたのがバレていた。あくまでも標的は元帥閣下、私達はついでという認識なのだろう。

 

「天龍さん! 対空砲火再開します!」

「おう! オレも再開だ! 龍田、本体頼む!」

「ええ、援護お願いね〜」

 

2人の対空要員を後ろ盾に、龍田さんが空母鳳姫へ突っ込む。龍驤さんのことはもう気にしていられない。早くこの艦載機をどうにかしなければ、ジリ貧になる。

 

「邪魔すんなや龍田ぁ!」

「攻撃出来るようになってから言ってね〜」

 

艦載機を掻い潜って自分の間合いへ。主砲による攻撃も怖いが、今は砲撃は無いと断定した。

深海忌雷が寄生している甲板の形状で攻撃方法が変化している。今は甲板だから空母。先程は主砲なので重巡。他にもあるかもしれないが、少なくとも今は艦載機しかないはず。

 

「戦況が見えているのは感心します」

「敵に褒められても嬉しくないわ〜」

 

龍田さんが薙刀を振るう。艦娘の見た目であろうが関係ない、殺すために急所を狙った一撃。だが、空母鳳姫が不意に手を後ろに回したことで攻撃をキャンセルし、間合いを取った。

 

「あら残念。無鉄砲に攻撃するわけではないのですね」

「天龍ちゃんじゃないもの〜。私は自分の身体が大事よ〜」

 

空母鳳姫が後ろ手に握っていたのは匕首。このまま白兵戦を始めていたら、不意打ちでやられていたかもしれない。武器の長さは違えど、警戒は必要。

戦況は膠着。尋常ではない数の艦載機は、対空砲火と空母隊の尽力で再び互角に持っていけてはいる。だが、本来隙だらけの本体が白兵戦でカバーしてきているせいで、攻撃出来るチャンスが無い。白兵戦が出来るのが現状龍田さんだけになってしまったのも辛いところ。

 

「雲龍、甲板貸してくれや!」

「無茶苦茶言うわね。でも、嫌いじゃないわ」

 

攻撃を回避するために動き回る大発動艇に器用に飛び乗った雲龍さんが、龍驤さんの隣に立つ。互換性がある2人だからこそ出来る裏技。雲龍さんは手に持つ杖に龍驤さんと同じような巻物状の甲板を吊っているため、少し支えるだけで龍驤さんも発艦可能。

 

「往生際が悪いですね。甲板が破壊されたのなら素直に隅で震えていればいいものを」

「敵がお前やなかったらそうしとるわ!」

 

艦載機の数が増えたことで、ほんの少しだが優勢になった。

 

「爺さん、今だぁ!」

「すまない! 離脱させてもらう!」

 

そのタイミングを逃さず、元帥閣下が大和さんと武蔵さんと共に海域を離脱。万が一帰り道に敵が待ち受けているようなことがあっても、あの2人がいるのなら安心できる。こちらの戦力は減ってしまうが、今回一番大事なのは元帥閣下の救援だ。

 

「……逃しましたか。では何人かを潰してから帰ることにしましょう」

 

突然艦載機が消える。同時に甲板が主砲に変形していた。やはり艦載機と主砲を同時に使うことは出来ないようだ。入れ替える瞬間に隙が出来るようなので、そのタイミングで砲撃が出来れば倒せるかもしれない。

砲撃の狙いは相変わらず大発動艇に乗っている私達。瑞穂さん任せではあるものの、私を守るためと普段の瑞穂さんからは考えられないようなテクニックを見せている。

 

「艦載機が無いのならこっちのもんだぜ!」

「天龍ちゃん、慢心はダメ。これ、本当にまずいわ」

 

一度接近している龍田さんはかなり慎重になっている。後ろに手を回しただけで力を理解してしまったようだ。稀に来る砲撃は弾いているが、それ以上の攻撃が出来ない。

 

何度かの砲撃の後、また主砲が甲板に変形。同時に、先程と同じほどの艦載機が現れる。制空権は奪われ、対空に専念。

そのタイミングが絶妙すぎた。砲撃を捌いた瞬間に切り替え、発艦後に接近、対空をある程度終わらせたと思ったらまた主砲に切り替え。こちらの隙を引き出すのが上手い。

 

「姫様の寵愛を受けている貴女は、私達には邪魔なんですよ。ここで死ねばそれまでの女として見限るでしょう」

 

隙を見て大発動艇に接近してくる。天龍さんと龍田さんは大発動艇を守る位置に陣取ることになってしまう。うまくポジションを確認して周囲を囲うようにしているのだが、それでも無傷を維持されている。

 

「矢が……!」

「こちらも無くなります」

 

一航戦の2人は私達がここに来る前から戦闘している。龍驤さんのような戦闘では無かったために消耗はゆっくりだったものの、ここでついに艦載機が尽きてしまった。蒼龍さんもギリギリ。龍驤さんも借り受けた雲龍さんの分を使い切っている。

酷い持久戦だった。戦艦天姫はあの性格と性能からして、おそらくゴリ押しタイプだろう。それに対して空母鳳姫は、堅実に持久戦を仕掛けてくる。まるで天龍さんと龍田さんのようだった。勝ちに行く戦いではなく、確実に負けない戦い方。

 

「終わりですか。では1人ずつ、じっくりと行きましょう」

 

大発動艇に乗っている私を含めた5人は、現在瑞穂さん以外が攻撃を出来ない状態。加えて(アサ)は体調不良でまともに動けず、龍驤さんは右腕が破壊されている状態。

 

『瑞穂さんに撤退を指示』

「ミズホ……」

「撤退いたします。あと少しだけお待ちください」

 

指示を聞き終わる前に、大発動艇が空母鳳姫から下がるように移動。さすが瑞穂さん、察するのが早い。だからこそ助かる。

 

「逃がすと思っているのですか?」

「一航戦も逃げてくれ! オレ達が時間を稼ぐ!」

 

戦力としてカウント出来ない空母組はこの時点で撤退。後は天龍さんと龍田さん、そして吹雪さん。たった1人白兵戦ではないが、この場では搦め手役として機能している。最高の補佐要員。

 

「よく頑張った!」

「撤退のしんがりを務めます!」

 

元帥閣下の撤退が確認できたため、大和さんと武蔵さんが戻ってきてくれた。これなら確実に撤退できる。

 

「……分が悪いですね」

 

不意に主砲を吹雪さんに向け、避ける間も無く腹に一撃。その混乱に乗じて龍田さんを斬り裂き、天龍さんを主砲で殴りつける。これがやれるのに今までやらなかったのは、あくまでも今まで手を抜いていたということなのだろう。

 

「大戦艦様は面倒ですから、この辺りで。また会いましょう」

 

甲板に変形後、艦載機が目くらましとなり、それが無くなった時には姿を消していた。ようやく戦闘が終了したが、被害が甚大であった。最後の一撃で吹雪さんは腹を抉られて大破。龍田さんはよりによって片目を斬られており中破。天龍さんは一番軽傷なものの骨をやられ中破。特に吹雪さんは急いで入渠してもらわないと危険だ。

 

元帥閣下の救援は完了したため作戦としては成功である。だが、戦闘としては大敗である。途中からは1人にここまで持っていかれた。戦艦天姫はこれ以上だろう。部隊は絶望に包まれていた。

 

 

 

撤退後、龍驤さん、天龍さん、龍田さん、吹雪さんはすぐに入渠。私は体調不良でそのまま休息。帰投するまでもさんざん吐き続け、ある程度はスッキリしたものの、まだまだ体調は悪い。一番酷い状態をアサに肩代わりしてもらっているため、ここからは私が引き受ける。

 

「ありがとうアサ……さんざん吐いてくれて……」

『前回はお前が全部引き受けたろ。今回は私が引き受けただけだ。ただ、姫としての尊厳は無くなったな』

「まだ持ってたの……?」

 

なんとかお風呂も入ることが出来たので、今は体調が戻るまで私室で横になることに。

 

「……アサ、あれに勝てると思う?」

『体調が良ければ負けん。動きは把握した』

 

思考の海でじっと観察していたわけだが、空母鳳姫の動き自体は理解した。まだまだ隠し球があるかもしれないが、戦闘を組み立て、自分の有利に立つ作戦を組むことは出来ると思う。

だが、指示が出来るほど体調が良くない。戦闘に参加しただけであのザマだ。大発動艇から一度も動かず、回避も瑞穂さん頼り。せめて自分で動けるのならまた変わるのだが。

 

「……キツイわ。近付かれるだけでこれだもの」

『艤装が動かなくてもいいからこれさえ無ければな』

「そうね……電探は動くものね」

 

電探は私の内蔵装備であるために、どれだけ深海艤装に干渉されても影響は無い。やはり深海艤装を下ろすのがベストなのだろうか。自分の身を一切守れなくなるが、それは結局今日の戦闘と同じだ。大発動艇に乗ったまま、何もせず指示だけ飛ばす。

果たしてそれは戦闘をしていると言えるかはわからない。機材として戦場に出て、その効果を発揮しているだけ。

 

『深く考えるなよ。そんなことより自分の身体を大事にしろって話だ』

「わかってるわ。……わかってるつもりよ」

 

今回は怒りと憎しみに呑まれずに済んだが、また何かあるかもしれない。やはり戦場に出るのは慎重になった方がいいだろう。体調不良で憎しみが抑制されているようにも思えたが。

 

『まぁゆっくりしておけ。吐き気は治まったかもしれないが』

「前にあった高熱の時を思い出すわ。フラフラして、身体が怠い」

『食欲は』

「ようやく出てきたかも。胃の中空っぽだし」

 

アサに言われて意識した途端、恥ずかしいくらい大きな腹の虫が鳴った。今食べても吐いてしまうことは無いと思う。だが、部屋から出て行くのも少し辛い。こんな時こそ……と思ったが、瑞穂さんも戦闘の後だ。きっと疲れている。あまり手を煩わせたくない。

 

「何か……食べに行きましょうか」

『だな。危ないと思ったら誰か呼べよ』

 

フラフラと部屋を出る。壁に手をつき歩いて行くと、ちょうどお見舞いに来てくれようとした赤城さんと加賀さんに出会う。ありがたいことに、ちょっとしたご飯まで持ってきてくれていた。大本営所属の最強の艦隊である一航戦にそんなことまでさせてしまい、恥ずかしいやら申し訳ないやら。

 

「部屋に戻りなさい。まだ体調は良くなって無いのでしょう」

「朝潮さん、お腹が空いてると思って軽食を持ってきました。はい、部屋に戻って」

 

2人に押され、今来た道を逆戻り。ベッドの中にも入れられ、最初のスタイルに。

 

「お粥、出来立てですからすごく熱いんです。なので、冷めるまで少しお話しましょうか」

「お話ですか」

「ええ、今回の敵のことよ」

 

龍驤さんがあそこまでの怒りを見せ、他に手を出させないようにしてまで自分で決着をつけようとした相手、空母鳳姫。軽空母鳳翔について、2人も思うところがあると言う。

 

「私達は、討つのを躊躇ってしまいました」

「鳳翔さんは私達にとっても母と呼べる人なの。敵となり、容赦なく私達を殺そうとしてきたとしても、私はあの人に弓を向けることを躊躇してしまったわ」

 

同じ顔の別人が何人もいるような艦娘だとしても、自分の尊敬する人に対して攻撃をしなくてはならないというのは、大きな大きなストレスとなる。いくら最強の艦隊の一航戦だとしても、そこは変わらない。

 

「どれだけ割り切っても、私達では勝つことが出来ないかもしれません。それもあちらの策略なのかもしれませんが」

「……そうですね。こちらの心を崩す作戦ばかりをしてきます」

「貴女達はその点強いわね。あの状態でも戦意を失わなかった」

 

深海艦娘のときは、助ける手段が確立出来ていたから、躊躇せずに立ち向かうことが出来た。だが今回は、おそらく助けることは出来ない。撃破し、沈めることが救済となってしまう。なるべくなら救済方法だって見つけたい。

 

「龍驤にも因縁があるもの、怯んでもおかしくなかった」

「でも、そんなことなかったんですよね。あの子は、私達よりも充分に強い。きっと鳳翔さんのことも救済してくれる」

 

目を覚ましたら、また龍驤さんと話をしなくては。

 

「詳しい話はまた皆が起きてからにしましょう。ゆっくりできるのは今くらいしか無さそうですし、良ければたわいのない話でも」

「こうやって話すことが無いもの。機会は使いたいわ」

「そうですね。前回来てもらった時にもそういう話は出来ませんでしたし」

 

この2人とは戦い方も違うため、あまり話す機会が無かった。加賀さんとはちょくちょく演習で話をさせてもらっているが、実用性のない世間話なんてものはまだしたことがない。それならと、ご飯をいただきながらたわいないお話をさせてもらった。少し沈んでいた空気が明るくなったような気がした。




遠距離……艦載機
中距離……重巡主砲
近距離……匕首
空母鳳姫に隙は無し。


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立ち上がる龍達

新たな敵深海棲艦、空母鳳姫に大敗を喫した。こちらは白兵戦の中でも実力上位の天龍型姉妹を有していたにも関わらず、空母との白兵戦に敗北。さらには砲雷撃戦までされ、戦況は滅茶苦茶にされた。

一番酷い怪我を負った吹雪さんは、駆逐艦故に入渠が早く終わり、天龍さんと龍田さんも中破故にそろそろ終わる。龍驤さんはまだしばらくかかりそうとのこと。

私、朝潮はその頃になると大分体調も良くなっていた。一航戦の2人から貰ったお粥のおかげで空腹も満たされている。

 

「大丈夫? 大きなわたし」

「大丈夫だよ、小さな私。空母に砲雷撃戦でお腹抉られるとは思わなかったよ」

 

お腹を撫でながら苦笑する吹雪さん。最初期艦なだけあり肝が据わっている。今までの戦闘でもここまでの大破をしたことが何度かあったらしい。少なくとも相手が空母では無かったようだが。

 

「雪の方こそ身体の具合はどうなの? 艤装外したんでしょ?」

「大丈夫。ちょっと違和感があるけど、すぐに慣れるよ」

 

事前の計画通り、雪さんは艤装を下ろしていた。今だけは脚部艤装のみ使える小さな女の子。佐久間さんと同じように、守られる側になっている。代わりに雑務に一層力を入れていた。

 

「朝潮ちゃん、癒し、癒し」

「はい、お願いします。負け戦の後はどうしても荒んでしまいますし」

 

雪さんに抱きつかれた。島風さんはいないものの、やはりこの深海の匂いは落ち着ける。人間が混ぜられた匂いを嗅がされた後だから尚のこと癒される。

 

「やっぱり純粋な深海の匂いがいいですね……敵のアレはダメです」

「そんなにキツイの?」

「吐くほどには」

 

だが、深海棲艦が戦場に出るということは、過負荷の影響と()()()()をモロに受け続けるということ。やはり出ないに越したことはない。

 

「天龍さんと龍田さんは?」

「もうそろそろ終わるらしいですよ。噂をすれば、ほら」

 

天龍さんのドックが丁度開く。さすがの天龍さんも、寝起きは大人しい。頭を掻きながら起き上がる。

 

「悪ぃ、服くれ」

「はい、どうぞ」

 

大欠伸しながら着替え、緊張感の無い顔でこちらに来る。

 

「吹雪と龍驤さんと一緒に入渠っつーのも久々だな。マジ最初の方くらいだろ」

「そうですね。私がトロトロ動きながら龍驤さんを曳航して、天龍さんが慣れない刀振り回してた頃以来ですか」

「そうそう、3人しか居なかった時だ。相変わらず龍驤さんは入渠長ぇな」

 

ケラケラ笑っているところを見る限り、敗戦が後を引いているようなことはない。さすがこちらも最古参。肝の据わり方が違う。そういえば、天龍さんが激昂しているようなところは見たことがない。怒るときは静かに怒る。それが一番怖い。

 

「そういえば、最古参の3人が揃ってたんですね」

「おう。深海組省くと、どうしても古参が出張るしか無ぇよ。ま、オレは深海組にも負けるつもりは無ぇがな」

 

言うだけあって、天龍さんは深海組に普通に勝つ実力者。深海艦娘が誰一人として勝てないくらいは強い。今でも頼りになる大先輩だ。私の始まりの人でもあるわけだし。

 

「ふぁ……お洋服ちょうだ〜い」

 

話している内に龍田さんも目を覚ましたようだ。眼をやられるという酷いことになっていたが、後遺症もなく完治。後に引く攻撃をされても困るが、本当に何をしてくるかわからないので不安ではあった。

 

「とりあえず〜、アレは八つ裂きね〜。女の顔に傷をつけるなんて同じ女の風上にも置けないわ〜」

「怖ぇこと言うなよ。八つ裂きは賛成だが」

「あ、でも目に傷がついてたら天龍ちゃんとお揃いの眼帯になってたかもしれないわ〜」

 

そんなことで喜んではいけないと思いつつも、霞も似たようなことを言うだろうなと想像がついた。霞と龍田さんは割と似ている。霞と春風を足して2で割ったような姉依存。

 

「そんじゃあ、龍田も復帰したことだし、オレらは演習でもするか」

「そうね〜。お互い本気でやりましょうね」

「ああ、マジで追いついてきやがったしな。オレもそろそろ手を抜けねぇよ」

 

まだ入渠が終わったばかりだというのに、2人して艤装を装備し、外に出ていってしまった。血の気が多いことこの上ない。

 

「天龍さんは昔からああだよ。人数少ない内は工廠にも余裕があったから、度々明石さんと演習しててね」

「ああ、白兵戦の基礎は明石さんだったんですよね」

「そうそう。で、お互いゼエゼエ言いながら帰ってきてさ。うん、懐かしい思い出だよ」

 

雪さんに抱きつかれながらの昔話は、私の心を穏やかにするのには充分な効果だった。また機会があればいろいろ聞こう。

 

 

 

元帥閣下が合流したということで、ここからは何度も作戦会議をすることになる。最初にやることは、上層部の中の裏切り者の炙り出しから。これに関しては、人間社会のことである。私達が口出し出来る事ではないし、私達が入っていいことでもない。むしろそれが出来る立場にもない。

少しの間、元帥閣下も鎮守府に滞在することが決まった。上役の人が数日間泊まり込みで別の鎮守府に滞在するなんて異例のこと。まだ鎮守府に残っている他の艦娘もいるが、元帥閣下直属、かつ確実に信用できる若い提督に任せてきているそうだ。元帥閣下が直々に育てている提督というのだから、さぞかし出来る人なのだろう。

 

作戦会議の間、私達はというとやはり訓練に勤しむこととなる。大和さんと武蔵さんは相変わらず清霜さんの訓練につき、赤城さんと加賀さんは他の非深海組との演習。深海組はそのお手伝いとなる。そんな中、私は入渠が終わった龍驤さんに会いに来ていた。時間的には夕方前。まだ日は高い方である。

 

「おう朝潮……すまんなぁカッコ悪いとこ見せてもうて」

「そんなことないです。格好良かったですよ。怖いくらいに」

 

破壊されていた右腕を回しながら申し訳なさそうに呟く。あの時の龍驤さんは鬼気迫るものを感じた。それほどまでに、真剣で、怒りに満ちていた。体調が悪くなければ、私もその怒りに呑まれていたかもしれない。

 

「……鳳翔はな、うちと組んで一航戦やっててん」

「一航戦って……赤城さんと加賀さんでなく?」

「うちらん時はローテーションだったんよ。うちと鳳翔、あと赤城と加賀でな」

 

艦の頃からの因縁はかなり深い。赤城さんと加賀さんもだが、龍驤さんは特に深いように思える。

 

「あの鳳翔は見るに堪えん。狂っとるし、壊れとる。もうあれはどうにもならへんのやろ」

「……おそらくは。雪さんのように改心する見込みはありません」

「だから、うちが始末したるねん」

 

その目から感じられる決意は固い。自分の手で決着をつけたいと、心の底から考えている。だが、危うさも感じる。命を捨てる覚悟まで見え隠れしている。それは良くない。

 

「私は龍驤さんの意志を尊重します。ですが、死ぬ気でやろうとは思わないでください」

「……わかっとるわそんなもん」

 

清霜さんと同じように敵との因縁のため戦いを望むものの、龍驤さんのそれは、清霜さんよりも深い分、重く暗い。

 

「うちかてわかっとんねん。あいつがアホみたいに強くなっとんのは。あんだけやって、あいつ無傷やぞ。旧式の軽空母が、白兵戦組2人と古参兵の吹雪相手にして、片手間に殺しかけよった」

 

イライラしている。握り拳が震えているのが見える。

 

「鳳翔だけは確実に()る。うちの手で引導渡したんねん」

 

私が同じ立場なら確実に暴走しているほどの怒り。艦娘とはいえ、あまり負の感情に支配されるのはよろしくない。

気持ちはわかる。自分の一番の仲間であった人が敵の手に堕ち、普段ならやらないような振る舞いをさせられ、さらには自分の仲間に傷を負わせた。殺さなくては止まらない相手である。なら自分の手でと思うのが筋だろう。

 

「……1人で戦うと?」

「んなことは一言も言うとらんぞ。あん時は頭に血ぃ上っとったが、ありゃうちだけじゃ勝てん。みんなに力貸してもらわんとな」

 

ニカッと笑みを浮かべた龍驤さん。先程までの怒りに満ちた空気は何処へやら、いつもの雰囲気の龍驤さんに戻っていてくれて一安心。

最古参故に、この鎮守府のやり方は特に身に染みている。命懸けは御法度。出来ないことは助け合い。悩みはみんなで解決。仲間意識の強さだけは他の鎮守府の追随を許さないと自負できる。

 

「深雪の気持ちがわかったわ。因縁ある相手やと、嫌でも突っ込みたなるな」

「ああ、電さんの件ですね」

「でもうち自力で突っ込めへんねん。また大発動艇(だいはつ)動かしてくれるの探さんとなぁ」

 

大発動艇を運用できる人材は数が限られている。深海組を省くと、水上機母艦である秋津洲さんと瑞穂さん、それ以外だと龍田さんと響さんしかいない。秋津洲さんはほぼ鎮守府にいないため、実質3人である。

私や霞も大発動艇要員ではあったのだが、戦場が戦場だ。出撃すらままならない。私に至っては、この身体になってから接続がうまく出来なくなってしまった。

 

「そこは司令官に任せよか。うちの気持ちくらい汲んでくれるやろ」

「そうですね。それに、相手が空母なら制空権のためにも働いてもらわなくては」

「ほほう、言うやんけ。次はああはいかんで。あん時は全部ぶつけてもうたが、今回は頭も冷えとる」

 

深雪さんもそうだが、一度肝が据わってしまえば冷静に対処できる。

 

「せやけど、あの艦載機の量と主砲はどないしよか。対空要員と空母5人でやっとこさ均衡やもんなぁ」

「龍驤さん! あたし達に任せて!」

 

工廠の海側から駆け込んできたのは、訓練の休憩に来た清霜さんだ。後ろから榛名さんもついてきている。以前見た時と艤装の形状が僅かに違うように見えた。これが少し前に聞いた新武装の何かだろうか。

 

「話は聞いた! そういうのは、本体を押さえちゃえばいいんだよ!」

「おいおい、簡単に言ってくれるやん。それが出来りゃ苦労せんぞ」

「榛名にお任せください。ようやく慣れてきた新武装、役に立つ時が来ました」

 

清霜さんに次いで訓練量が多い榛名さん。武蔵さんが清霜さんに付きっきりになっている間に、大和さんから訓練を受けていた。それまでも、戦艦勢や深海勢とも訓練を行っており、ついに何かを成し遂げたらしい。

いつも大丈夫と言っている榛名さん。今回は輪をかけて自信を持っているように見えた。

 

「ほんなら、うちから進言しよか。次に鳳翔とやり合うのがわかってるなら、うちとキヨと榛名は入れてくれってな」

「龍驤さん、オレらも頼むわ。今回で因縁出来ちまった」

 

演習を終えた天龍さんと龍田さんも工廠にやってきた。激しすぎる演習のせいで、訓練用の武器が2人揃ってまた砕けてしまったらしい。

 

「おう、天龍と龍田もか。そういや龍田は顔面に貰っとったもんな」

「あれは許せないわよね〜。でも、次は無いわ」

「気合い充分やないか。ほんなら、早速進言やな。もう一人は適当に決めてもらうわ」

 

龍田さんは白兵戦に集中した方がいいため、もう一人は大発動艇が運用出来ること前提になるだろう。そうなると、今なら響さんがほぼ確定。今回は今まで以上に団結力が高い。非深海組ならではのチームワークに期待できそうである。

これだけ言っていて制空権に関しては完全に度外視してしまっているのはご愛嬌。相手が空母であることを忘れてしまっているのではないだろうか。嫌でも連合艦隊で制空権が取れるメンバー総動員になるはずだが。

 

「そうだ、オレらは武器がぶっ壊れたんだった。早く直してもらわねぇと」

「そうね〜。演習出来ないものね〜」

「どんだけ激しくやっとんねん」

「榛名さん、あたし達も続き!」

「はい、頑張りましょうね清霜ちゃん」

 

話が纏まったからか、また皆が散り散りに。だが、誰も後ろ向きなことはない。次は負けないと前を向いて、やるべきことをやるために歩いている。

 

またこの場には龍驤さんと私だけの状態に。

 

「朝潮、お前らの分、うちらが背負ったるからな」

「……お願いします。戦場に行けない私達の分まで」

「おう、任せとき。絶対あいつをしばいてきたる。朗報待っとけ」

 

手を振りながら工廠を出ていった。小腹が空いたから何かを摘んでくるそうだ。小柄だが、頼もしい背中だ。私達深海組は、あの背中に全てを託すことになるのだ。

 

この後実際に龍驤さんが進言し、部隊の編成はほぼ固定となった。前以て空母鳳姫が来ることがわかるのなら、龍驤さんが先陣を切ることになる。皆やる気も充分。

私は応援することしか出来ないが、心配するようなことは無かった。この人達なら必ず勝利を収めるだろう。悲しい戦いになることはわかっているが、心が折れるようなことは無い。

 




この話で200話となりました。100話目から数えると、1日休んだだけでほぼ毎日投稿でした。今後もペースはほぼ変わらないかと思います。これからもよろしくお願いします。

朝潮はいいぞ。


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悪夢

元帥閣下と無事とは言えないが合流することが出来たことで、敵鎮守府の攻略を大きく進めることになる。未だに内情を突き止めるまではいかないが、ここ最近で変わったことというのはやはり存在するらしい。

それが、上層部数人が姿を消したということ。阿奈波さんの鎮守府に目をかけていた上層部だけでなく、無関係な人間まで含めた数人。全員鎮守府運営をしている人ではなく、姿を消したところで艦娘が路頭に迷うようなことが無かったため、表沙汰になりづらかった。最近姿を見ないな程度で終わってしまっている。

まだ裏切り者はいるのだろう。少なくとも阿奈波さんの鎮守府に関わっている上層部は内通者と見て間違いない。そうでなければ、今回の元帥閣下の襲撃は起こり得ないからだ。

 

そう言った方面から、上層部を真っ二つに分断する作戦が実行されている。裏切り者を炙り出しつつ、こちらの後ろ盾を得ていく。今回の戦いが表沙汰には絶対に出来ないようなことなのは誰だって理解している。あくまでも秘密裏に進めていた。

私、朝潮はそのような少し黒いやりとりにはまったく関わることなく、マイペースに心穏やかに日常を過ごすことになる。事実、元帥閣下達が行なっているこの作戦は、鎮守府でも数限られた者にしか伝わっていない。私に知らされているのは、突然の情報で急遽心のバランスを崩してしまわないようにである。前以て知っておけば、ある程度は対処できるからだ。

 

「こんな重いことを背負わせてしまうようで、本当に申し訳ない」

「いえ、これも私の身体のせいでもあるので。そもそもいつも情報共有は早い方でしたし、今回も変わらないかと」

 

私がこの身体になる前から、索敵の予測のために前以てあらゆる情報を先んじて貰っていたのだから、軽かろうが重かろうがここまで来ると私には関係無かった。極秘事項なら誰にも話さないだけ。公開されるまでは内に秘めておくだけである。アサにもしっかり口止めしておいた。

 

「朝潮ちゃんは強い子じゃのぉ」

「いえいえ、一番弱いですよ。ほんの少しのキッカケで心を崩してしまいますから。今の戦場には出られませんしね」

「謙遜出来るというのは強いことじゃ。うちの上層部の愚か者共に、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいじゃよ」

 

上層部の人間というのは話にしか聞いていないが、少なくとも気が合うような人は少ないだろうと思う。春風のトラウマのキッカケなのを知っているが故に、最初から敵視してしまっている。

 

「なるべく早く事は済ませるが、それまでは内密にお願いするよ。事態が進まなくても、我々が極秘に調査しているということにしてくれればいい」

「了解しました。慎重に事を運んでいるということで」

 

私達には何事もないように済ませようとしてくれている。その好意に今は甘えさせてもらおう。

 

 

 

翌日。最悪な状況というのは前兆無しにやってくるものである。

朝食を終えて各々が訓練や哨戒の準備に勤しむ中、私達深海組に異変が起きる。強烈な吐き気と身体が重く感じるほどの倦怠感。それと同時に、深海の気配と、何もかもが混在した不快な匂いを感じた。

 

「これ、また……!」

 

耐え難い吐き気をなんとか飲み込む。前回よりも酷い。よりによって食べた後というのがより酷い。少し歩くだけで吐き気がぶり返し、どうにかトイレで吐く。

 

『大丈夫か朝潮!』

「気配は……東ね……」

『無理をするんじゃない!』

 

アサからの忠告もあるが、フラつきながら工廠へ。戦艦天姫が初めて襲来したとき以上に酷い有様だった。特に酷かったのはレキとシンさん。遊びにでも行こうとしたのか、海上でこの気配と匂いを喰らったせいで泡を吹いて倒れている。吐く以上の深刻な状態だ。一緒にいたクウも立ち上がれないでいる。

 

「朝潮様、肩をお貸しします。吐くときは仰ってください」

 

瑞穂さんがすぐさま私の支えになってくれる。前回の空母鳳姫との戦いの時もそうだが、気配はわかれど深海艤装を使っていないことが功を奏している。

 

「レキと……シンさんを……」

「かしこまりました。朝潮様も無理をなさらず」

 

すぐに海に浮かぶ2人を工廠に引き上げてくれた。こうなることを予測してから艤装を装備していた辺り、さすがである。

 

「電探に反応……2人……」

()()()の奴らがか!?』

「ええ……でも片方は……空母鳳姫じゃない……」

 

また込み上げてきて、海に吐く。喉が痛い。身体が軋む。高熱を出して倒れた時よりも症状としては酷い。

現れた反応は2つ。片方は一度見たことのある戦艦天姫の反応。だが、もう一つは初めてのもの。しかしこの匂いを撒き散らしているということは、この反応の人物も人間を素材に建造されたもの。

私達にもあるように、あちらにも相互作用があるようだった。2人重なったせいで、被害が今まで以上に酷い。

 

「朝潮……大丈夫……?」

「アンタ、フラフラじゃない! なんでここまで来たのよ!」

 

工廠に扶桑姉妹が駆け込んでくる。扶桑姉様は深刻なダメージを受けているが、まだ私よりはマシと言った雰囲気。半深海棲艦の方が、深海棲艦よりダメージは少ないのかもしれない。それでもかなり辛そう。

 

「鎮守府は阿鼻叫喚よ。霞が動けなくなったわ。春風は吐きっぱなしでトイレから出られないみたい。初霜はまだ姿を見てないけど」

「逆方向の外です……動いていないので……同じ状況かと……」

 

あとは島風さんも近しい場所でピクリとも動いていない。身体としては私と同じなので、被害が甚大。

 

「戦艦天姫と……謎の()()()が来ます……」

「2人!? ったく、すぐに私は艤装を装備する!」

 

山城姉様が大急ぎで工廠の奥へ。扶桑姉様は念のため私の隣にいてくれた。

訓練や哨戒の準備中だったおかげで艤装装備の艦娘はそれなりに多く、迎撃戦はまだやれそうな雰囲気。まだ誰も海に出ていなかったのは運がいいのか悪いのか。

しかし、戦艦天姫1人でも手に余るのに、謎のもう1人がいる。そもそも何のためにここに来たのかがわからない。

 

「あ、ここから入れるみたいですよ」

「見ればわかるわ。工廠の造りはうちと近いじゃない」

 

戦艦天姫が出入り口の端からヌルリと姿を現した。その後ろから現れたのは、戦艦天姫を若干縮めたような深海棲艦。服装も近いが、和傘は持っていない。反応的には軽巡洋艦なのだが、やはり未知数。

フラフラな私の姿を見た瞬間、満面の笑みでこちらに小さく手を振ってくる。とてもイラついた。

 

「あいつ……矢矧か」

 

艤装を装備した天龍さんがボソリと呟く。

最新鋭の軽巡洋艦、阿賀野型の3番艦、矢矧。第二水雷戦隊の最後の旗艦として活躍をしたという神通さんの後輩。

 

「いましたいました。朝棲姫ちゃんはやっぱりわかりやすいですね」

「ホントにね。甘ったるい匂いがプンプンするわ」

「いいじゃないですか。甘いもの、アマツ大好きですよ」

 

敵の陣地で世間話を始めるような輩だが、そのおかげで瑞穂さんがレキとシンさんの引き上げを完了させた。より酷い目に遭わずに済みそうではある。

 

「近いうちに来るって言いましたからね。来ちゃいました。今日はお友達も一緒です」

「友達っていうか、仲間ね。どちらかといえば護衛。アマツは放っておくと何しでかすかわからないし」

「酷いですよミサキちゃん、アマツもそれくらい我慢します」

 

ミサキと呼ばれた深海棲艦が、戦艦天姫の前に立つ。深海忌雷の寄生箇所は左腿。今は艤装を出していないが、何をしてくるかはわからない。フラフラだが要警戒。

 

「ミサキちゃん、お母様がこの人達には自己紹介って言ってました」

「はいはい。私は軽巡岬姫(ケイジュンミサキヒメ)。覚えておかなくてもいいわ」

 

随分とさっぱりした性格の様子。戦艦天姫が素体を妙に崩されてるのに対し、軽巡岬姫は素の性格そのままらしい。そこは空母鳳姫と似たようなものか。むしろ戦艦天姫だけ壊れすぎている。

 

「何をしに来たのかね」

 

少し遅れて司令官と元帥閣下も工廠に。危ないから下がっていてもらいたいところだが、ここまで来たらもう意味はないか。護衛艦娘の4人も艤装を装備して元帥閣下の周りを警備。緊急時は身体を張らなくてはいけない。

 

「朝棲姫ちゃん……うー、長いからアサちゃんにしましょう。アサちゃんの心を壊す方法を考えたんですよ。アマツ、閃いちゃいました」

「……何をしようと?」

「まずアサちゃんを捕まえます」

 

軽巡岬姫が即座に動き出す。同時に天龍さんと瑞穂さんが間に割って入った。まだ艤装は出していないが、その動きはやたら早い。

他の皆も動こうとはしたものの、工廠内というのが躊躇わせた。主砲も魚雷も艦載機も、この中でまともに使えば大損害だ。結果、白兵戦組しか動けない。

 

旧式(ボロ船)と半端者に私が止められるとでも?」

「おう、何してくるか知らねぇけど、止めてやるよ」

 

ここで初めて艤装展開。一般的な阿賀野型軽巡洋艦の艤装らしいが、出力が数倍に跳ね上がった姫仕様。それだけなら深海艦娘の深海艤装も似たようなものだが、深海忌雷が寄生した左脚だけゴテゴテしく変化していた。

工廠内での戦闘のため、どうにかして外に出したいところ。そのため、天龍さんも突っ込む形で迎え撃つ。あちらは平気で主砲を撃ってくるが、それをうまく弾き飛ばし、工廠に被害がないようにしてくれた。

 

「へぇ、老兵(ロートル)のくせに、なかなかやるじゃない」

「鍛え方が違うんだよ新兵(ルーキー)

 

その動きは目で追えないほどのスピードになりつつあった。誰も割り込むことが出来ず、天龍さんに任せるしかなくなってしまう。

 

「うーん、ミサキちゃん遊んでないでください。アサちゃんを捕まえるんですよ」

「少しくらい楽しんでもいいでしょう。骨のある相手なんてそうそういないんだから」

 

主砲に追加し、特殊な艤装に包まれた左脚での攻撃が始まった。よく見ればカタパルト状になっており、あそこから何かを出してきてもおかしくない。駆逐艦が艦載機を飛ばすような改造をするほどなのだから、軽巡洋艦がやらないようなことをやっても驚くことは無いだろう。

天龍さんもそこを大きく警戒し、左脚からの攻撃は弾くのではなく避けるようにしている。

 

「っふふ、楽しいわ。老兵(ロートル)と蔑んで悪かったわね。貴女は認めてあげる」

「そいつはどうも」

 

突如動きが変化。機関部艤装に接続された主砲がオートで動いている。ああ見えて自立型艤装か、もしくは遠隔操作か。どちらにしろ、軽巡岬姫の両手が空いた。

 

「貴女、刀しか使えないのね。惜しいわ」

「惜しかねぇよ。これがオレだ」

「手数は多い方がいいに決まってるじゃない」

 

空いた手で掴みかかってきた。これは捕まったらまずいタイプの攻撃。そこに主砲と蹴り、さらには軽く間合いを取ってからの魚雷まで追加された。魚雷に関しては、避ければ工廠内で爆発してしまう。放たれた瞬間に斬り捨て、爆破の瞬間に回避。

 

「クッソが! 危なっかしいもんはこん中で使うんじゃねぇ!」

「誰に指図してるのかしら」

 

魚雷を斬り捨てたタイミングを見計らって左肩を掴んだ。

 

「捕まえた。殺すのが惜しいわね。貴女、私の第二水雷戦隊に入らない? 姫様に頼めば、いい感じの深海棲艦に改造してもらえるわ」

「クソ喰らえだ」

 

刹那、天龍さんの後ろに目を光らせた龍田さんが薙刀を振りかぶって跳んできていた。流石の軽巡岬姫も危険と判断したか天龍さんを突き飛ばして間合いを取る。

 

「天龍ちゃん、加勢するわ〜」

「おう、悪ぃな。やっぱ()()()は強ぇ」

 

気を取り直して向き合った。2人揃えばより爆発力を得る天龍型姉妹だ。あちらが本気で無いにしろ、今より戦えるようにはなるはず。

 

「もう、遊んでるからそうなるんですよ」

「貴女もジッと見てないでやることやりなさい。こっちはこっちで楽しいんだから、もっと遊ばせてちょうだい」

「アサちゃんの心を壊すのが先決ですよ。じゃあアマツだけでやりますから遊んでてください」

 

戦艦天姫が改めてこちらを向く。今までだって1人でやる余裕はあったのにやってこなかった辺り、本当にお遊びのつもりで来ている。こちらは決死だというのに。

 

「改めまして、まずアサちゃんを捕まえます」

 

まっすぐこちらに向かってくる。こちらは未だに2人の相互作用により体調は戻らず、まだ頻繁に吐いている状態。昨日ぶりに胃の中が空っぽにされた。動くこともままならない。扶桑姉様も足が覚束ない。体調不良を撒き散らすのは正直狡いと思う。

 

「お引き取りください」

「ごめんなさい。お母様のお願いなので」

 

軽く払ったように見えたが、それだけで瑞穂さんが吹き飛ばされ、入り口付近の壁に激突。

 

「あ、でも上に上がると加藤提督に攻撃されちゃうんでしたっけ。なら、さっと奪ってさっと海の上に行けばいいですね。アサちゃん、ちょっと来てください」

「させるわけないでしょうがぁ!」

 

艤装を装備した山城姉様が飛び込んできた。私が掴まれる寸前に間に割って入り、強引に私から引き離してくれる。

 

「もう! みんな邪魔ばっかり!」

「何しようかなんて大概想像がつくのよ! どうせ朝潮の目の前で鎮守府を破壊して皆が死ぬところを見せつけるとかでしょうが!」

「なんでわかるんですか! エスパーですか!?」

 

子供のように怒る戦艦天姫。

 

「まぁいいです。アサちゃんの身体を壊さないように全部壊すのが難しいから捕まえたかっただけですし。アマツが今から1人ずつ、アサちゃんの目の前で殺していきますから」

「簡単に……」

 

山城姉様が左手にキス。相手がなんであろうと関係なしに全力を叩き込むルーティン。

 

「やらせるわけないでしょうがぁ!」

 

からの、全力の拳。寸止めなんてするわけなく、振り抜けるつもりで殴りつけた。あの武蔵さんですら一撃で轟沈判定になった攻撃だ。一撃で持っていけないにしろ、多少なりアクションがあると、私は思っていた。が、

 

「やられるんですよ。簡単に」

 

片手で受け止めてしまった。衝撃など何も無いかのように、握り拳を逆に握り潰す。

 

「っぐぅっ!?」

「えっと、山城さん。アサちゃんのお姉さんみたいな人なんでしたっけ。なら、一番最初に死んじゃいましょう!」

 

その瞬間だけは、周りの音が何も聞こえなくなった。

 

 

 

山城姉様の腹を、戦艦天姫の腕が貫いていた。

 



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絶望の暴走

その時だけは時間が止まったように思えた。周りの音が一切聞こえなくなった。見えている世界が、灰色に染まった。だが、その()だけは嫌でも鮮烈に私の目に入ってくる。

 

山城姉様の腹を、戦艦天姫の腕が貫いていた。

 

身体が動かない自分を心底恨んだ。非力な自分を心底蔑んだ。何もできない今を心底悲しんだ。そして、山城姉様をあんな風にした戦艦天姫を、心底憎んだ。

 

戦艦天姫の腕がズルリの抜け、山城姉様がその場に倒れ臥す。沈んでいかないところを見るとまだ息があるのはわかった。それだけは喜ぶべきだろう。

 

「山城……真っ赤よ……どうしたの……山城……目を覚ましなさい……山城……」

 

私の隣の扶桑姉様がガタガタと震えだした。ようやく手に入れた2人の妹の片方が、敵の前に無残にも散った。その現実が受け入れられないでいる。まだ死んでいない。すぐに入渠させれば命は助かる。だが、身体が動かない。

 

「山城……山城……ヤマシロ……山城……目を……覚ましなさい……」

「もう邪魔なので、退かしておきますね」

「ア……」

 

倒れ臥した山城姉様の身体を、戦艦天姫が工廠の奥に蹴り飛ばした。怒りがさらに増した。それ以上に、私の隣から怒気を感じた。ただでさえ狂気に堕ちている扶桑姉様が、さらに狂おうとしている。ようやく手に入れた理性を投げ捨て、ただ殺すためだけの厄災に戻ろうとしている。

 

「……殺すわ……壊すわ……一片も残さず……グチャグチャにしてあげるわ……」

 

涙が流れ落ちた後、虚ろな目で立ち上がる。狂気の宿った瞳の光。敵に対して容赦などしないが、今の扶桑姉様は自分の命も省みていない。どうなろうが戦艦天姫を殺そうという気概が感じられた。それこそ、命を捨ててでも。

私も同じように暴走をしようと、自分の変化を肯定していた。私はもう自分の身体の変化に対して抵抗が無い。アサも止めてこようとしない。骨がメキメキと音を立てているようだが、気にもならなかった。身体が熱い。服がキツくなってきた。だが、それももう知ったことではない。鬱陶しいので服は破り捨てた。

 

「あれ、もしかしてアサちゃん、変化してます?」

 

戦艦天姫が満面の笑みでこちらを見てきた。気に入らない顔。血塗れの腕を見せびらかすようにこちらに向け、かかってこいと言わんばかりに手を振る。腹が立つ。

 

「壊すわ……もう知らない……絶対に殺してあげる」

 

自分への負荷を全て無視し、本来なら十全に機能を発揮しない艤装を強引に活性化させ、追加の負荷で血涙を流しながら戦艦天姫に突っ込んだ。完全に暴走している。

 

「アサちゃんが見たいので邪魔しないでください!」

 

そんな扶桑姉様ですら、片手間に遇らう。その態度が気に入らない。腹が立つ。その笑顔をグチャグチャにしてやりたい。八つ裂きにしてやりたい。殺したい。殺したい。殺したい。

 

「殺シテヤル」

 

たった一言口から出ただけで、やけに力が湧いた。身体は重いし吐き気もするが、そんなことを忘れられるほどの怒りと憎しみ。

ゆらりと立ち上がり、艤装を展開する。今まで機関部に腕が接続されていただけの艤装がさらに変化し、小型化された戦艦棲姫の自立型艤装が、深海忌雷が変形した機関部に接続されていた。その自立型艤装には脚が無く、接続により宙に浮いているようにも見える。艤装展開中だけは、アサがこちら側に入っているように思えた。

ありがたいことに私の方にも艤装が現れ、腕と脚が包まれていた。これなら私も攻撃が出来る。私自ら敵を殺せる。

 

「わぁ、戦艦棲姫みたいになりましたよ! ミサキちゃん、見ました!?」

()()()()()()を飛ばしたわね。ならあと()()()()()か」

 

敵の2人が何かを言っているようだが、理解が出来なかった。とにかく目の前の敵を破壊したい。潰したい。殺したい。

 

「ああもう、邪魔ですよ! 扶桑さんでしたっけ、アマツはアサちゃんをもっと見ていたいんですよ!」

「知らないわそんなもの……貴女を壊すまで……止まらない……」

 

私が変化している間も、扶桑姉様は戦艦天姫を攻撃し続けてくれていた。扶桑姉様の全力を以てしても、その場に足止めする程度で終わってしまう。その全力すらも、敵の干渉を強引に克服するために、扶桑姉様が限界を超えて搾り出している力だ。攻撃する度に、身体が裂けてきている。

 

「アマツが壊れる前に自分が壊れそうですね。それなら、妹と一緒のところに行ってください」

 

躱し続けていた戦艦天姫が扶桑姉様の攻撃を受け止めると、山城姉様と同じように腹を貫いた。が、その腕を掴んで耳元で一言。

 

 

 

「ツ カ マ エ タ」

 

 

 

いいタイミングだ。私の変化は止まった。ここからは戦える。身体が前より大きくなっているが、気にもならない。艤装もまた大きく様変わりしたが、どう動かせばいいか理解している。

 

「え、ちょっと、抜くんで離してください!」

 

残った力を使った、身体を張っての拘束。この危機的状況でも、扶桑姉様は薄ら笑いを浮かべている。いつもはそんなに表情を変えないのに、今だけは敵が焦る姿を見てほくそ笑んでいる。その気持ち、私が力に変えよう。

 

「アァアアアアァアアアア!!!」

 

咆哮し、戦艦天姫に向かい、跳ぶ。今までよりも身体が軽い。殺すために最適化されている。扶桑姉様が押さえてくれている真上から、落下の力を利用して拳を振り下ろす。

 

「わぁ、とっても凶暴になりましたね!」

 

私の渾身の拳も、戦艦天姫には児戯に等しいらしい。残った片手で簡単に受け止められ、腕がピクリとも動かなくなる。なんて膂力だ。離れたくても離れられず、突っ込みたくても突っ込まない。軽めに止められている割には、私は身動き一つ取れなくされていた。

だが、今は別行動を取る艤装がある。私の拳は止められていても、私よりも強力な()()()()がある。両腕が拘束されている今、これは確実に当たる。

 

「あ、これマズイかもです。離してください!」

「離さないわよ……確実に……殺すために……」

「ココデ! 死ネェ!」

 

ここで足が出てきた。扶桑姉様を強引に蹴り飛ばし、貫いていた腕を引き抜く。その勢いで扶桑姉様は山城姉様と同じ場所に吹き飛ばされ、再起不能に。片腕が空いたせいで、アサの拳も止められる。

 

「やっと邪魔がいなくなりました。あ、死んでないなら入渠してもいいですよ。アマツは優しいので今はわざわざ攻撃しません。アサちゃんに興味がありますから」

 

依然工廠の中のため、他の艦娘はこちらに攻撃できないでいる。そもそも私が近すぎて攻撃出来ないのだろう。軽巡岬姫の方も、天龍さんと龍田さんが応戦しているせいで手出しが出来ない。

 

「アサちゃんは殺しませんよ。お母様が求めてますから。せっかくなので、今ここでお友達になりましょう」

「コノクズガァ! ココデ絶対ニ殺シテヤル!」

「アサちゃんには耐えられますかね?」

 

戦艦天姫の両腕は塞がっている。さりげなく私の脚も動かないように固定されていた。これだけの戦闘をしても主砲を使ってこない辺り、完全に嘗められている。

ここで何を血迷ったのか、私の首筋に噛み付いてきた。肉を千切るほどの力で無理矢理歯を突き立て、少ししてから拘束すらやめた。痛みに首筋を押さえる。しっかり血が出るほどに噛まれていた。噛んだだけでなく、傷が拡がるようにされていた。

 

「アサちゃん、これわかります?」

 

舌を出して見せてきた。舌の上に乗っているのは見覚えのある黒い塊がいくつか。

 

「お母様が『種子』って言ってるものです。知ってますよね。今、そこにいーっぱい埋め込んじゃいました。島風ちゃんみたいなとくいこたい?じゃなければ、アマツのお友達になってくれると思います」

 

今の噛みつきで私の首筋にいくつかの『種子』を埋め込んだということだ。だが私は予防接種をしている。当然対策済み。ただ痛いだけだ。私はこのクズを殺さなくては気が済まない。たかがこんなことで拘束を解くなど、ふざけているにも程がある。だが

 

「ッギ……ナニ……」

 

首筋から妙な熱が拡がってきた。噛み付かれて傷になったことで熱が出ているだけだ。ジワジワと拡がる熱が鬱陶しい。首筋を押さえながら戦艦天姫を睨み付ける。私は早くこの女を殺さなくてはいけないのに、

 

「ナニヲシタ……!」

「いっぱいいーっぱい埋め込んだだけですよ。アマツが出せるだけ全部なので、そうですね、30個くらい?」

 

ドクンドクンと血の巡りが速くなる。身体がおかしい。噛み傷の痛みが変に和らいでいるように思えた。血はまだ止まっていないのに。

 

「そろそろ気持ちよくなってきますよ。()()()()()()()()()()()

 

事前に神通さんに聞いていたことを思い出した。埋め込まれた『種子』の『発芽』は恐ろしいほどに()()()()()と。最悪なタイミングでそれに気付いた。

深海艦娘に変化させられる時とはまた違う感覚。あの時は変化が幸福感にすり替えられた。だがこれはそれ以上におかしい。あまり理解が出来ないが受け入れてしまう。これが気持ちいいというのならそういうものなのかもしれない。

 

「クソ……ガァ!」

 

思い通りになるのが腹が立つ。首筋から抉り出してやろうと、傷口に指を突っ込もうとするが、それを見越して戦艦天姫に再び取り押さえられた。私の変化に心の底から喜んでいる満面の笑みが気に入らない。

ビクンと身体が震えた。首を中心に『種子』が根を張っていく感覚。それがとてつもなく()()()()()。予防接種など効いていない。完全な数の暴力である。この量を埋め込まれては対策は意味を成さない。

 

「アッ、アァアアアアッ!?」

「ふふん、来ました来ました。お友達になれそうですね」

 

価値観が変えられていく。嫌だ、嫌だ、こんなふざけたことで、皆を敵と思いたくない。だが、ゆっくりと、歪んでいく。私の周りのものが、おかしくなっていく。

 

 

 

「大丈夫だよ朝潮ちゃん、ちゃんと助けるから」

 

 

 

誰かの声に気を取られ、気付いたら、脇腹に例の注射器が数本刺されていた。『種子』の中和剤だとわかった瞬間、気持ち良さが一転、身悶えるほどの激痛が身体を駆け巡る。この激痛のおかげで、私を支配していた怒りと憎しみが抜け落ちた。自分で言うのはあれだが、私は正気に戻った。

艤装のアサに掴まってブレーキをかけていたのは那珂ちゃんさんだった。私に中和剤を入れてくれたのもおそらくこの人。フルスピードを維持せざるを得ない欠陥(バグ)をむしろさらに強め、さらにスピードを上げたヒットアンドアウェイを、敵ではなく私に決めてくれた。感謝しかない。

 

「ッいぃいいっ!?」

「っよし! 任務完了! 次、古鷹ちゃん!」

「了解! 目くらまし!」

 

苦痛に悶える私の真後ろにいた古鷹さんが、戦艦天姫に向けて全力で探照灯を照射。内蔵式探照灯が故に、出力を自分で調整出来ることで、地味ながらも強烈な攻撃になった。ON/OFF自由な辺りも目くらましにはちょうどいい。

この時点で、戦艦天姫は搦め手に弱いことがわかった。真っ向からのゴリ押しで圧倒的な力量差を見せることで、こちらの戦意を奪おうとしてきている。それなら、どれだけでも狡いことをやってやろう。普通では考えられないような戦術をいくつも使い、手のひらの上で踊らせてやればいい。

 

「眩しっ!?」

「高雄さん!」

「皆さん少し我慢しなさいね!」

 

戦艦天姫の真下から垂直に魚雷が上ってきた。この魚雷の挙動は霞が使っていた試作品の手動操作魚雷をよりピーキーにしたものだ。霞と違い電探が装備出来る高雄さんは、霞に数と威力と手早さで後れを取る代わりに、機動性と小回りで上回るように訓練していた。

この場で最も重要なのは工廠に影響なく敵のみを撃ち抜く精度。それを魚雷でやれるのは、そもそもスナイプを得意としていた高雄さんの真骨頂。

 

「朝潮ちゃん、艤装しまえる?」

「身体は動きませんが……やれます……」

「合図したらしまって。2……1……GO!」

 

那珂ちゃんさんの合図と同時に、高雄さんの魚雷が海上に飛び出し、戦艦天姫の背中に衝撃を与えるように爆発した。炎が上がるわけでなく、訓練用の空気の爆発。死には至らないが、それなりに酷い衝撃が入る。

その衝撃で私の拘束が緩んだ。それに合わせて艤装をしまう。合図を出した那珂ちゃんさん自体は私の腕を掴み、脚部艤装を海面につける。その瞬間、力の抜けた私の身体を強引に引っ張る形でトップスピードが出た。ダメージはあるが、私は戦艦天姫から引き剥がされ、ほとんど事故のような状態で海上から上がった。

 

「救出完了! 那珂ちゃん大活躍!」

「ありがとう……ございます……」

 

中和剤の激痛がようやく引いてきた。古鷹さんと高雄さんも撤退済み。戦場には目くらましを喰らってふらつく戦艦天姫しかいない。

 

「前哨戦です。ようやくスタンバイ出来ました」

「私もだ。ヤツを追い返すぞ。榛名」

「はい、榛名は大丈夫です」

 

搦め手の隙間にゴリ押しを入れ込む。目くらましがまともに効いた戦艦天姫の前に出撃したのはガングートさんと榛名さん。せめて工廠から追い出してしまえばまともな戦闘が出来ると判断した。

ガングートさんはわかるが、榛名さんはそういうことをする人には思えない。だが、今までの自信から何か秘策があるのだろう。

 

「目潰しとかズルイです!」

「戦場にズルイもクソもあるか。それに、貴様らにそれを言われる筋合いは無い」

「素直にお引き取りください。そうでなければ、強引に追い出します!」

 

ガングートさんはいつもの調子だが、榛名さんまで接近。白兵戦担当でも無いのにあそこまで近付いては危険だ。

 

「榛名、やれぇ!」

「参ります! 榛名、()()()()2()!」

 

榛名さんの宣言と共に艤装が変形。

金剛型の艤装の特徴として、艤装の両サイドに船体を模した盾が接続されている。それが展開し、なんとガングートさんの艤装と似たようなアームに変化した。

これが明石さんと共同で開発した榛名さんの新武装。明石さん命名で、Armed Guardian Phase、略してAGPというそうだ。遠距離と近距離を同時に可能とする強烈な進化である。

 

「榛名パンチです!」

 

宣言通り艤装のアームでパンチ。同時に主砲の発射。フラついている状態でこの攻撃は体勢を崩す原因にもなる。瞬間的な衝撃ならガングートさんよりも上だろう。

 

「フラついたなぁ! ならもう一撃だぁ! Ураааааааа!」

 

ガングートさんの会心の一撃で、ついに戦艦天姫が工廠の外に追い出された。咄嗟にガードをしたらしく無傷だったが、ようやく本来の戦場に移動させることが出来た。

その頃には天龍さんと龍田さんがかなりギリギリな状況。それでもどうにか押し返しギリギリ工廠の中というほどに。

 

「何なんですか! 目潰しして! 変な魚雷使って! 艤装が変形してパンチって!」

「さっきも言ったが、それを貴様らに言われる筋合いは無い」

 

それをガングートさんと榛名さんが追った。

 

その頃には私はあまりにも消耗が激しかった。最初の体調不良から、怒りと憎しみに任せた暴走、一時的な『種子』の『発芽』、そしてその中和。体力を根こそぎ持っていかれ、私は限界を超えていた。

 

どうしても耐え切れず、ここで意識を落としてしまう。目が覚めたらきっとこの戦闘はいい方向で終わっている。仲間を信じて、私は眠りについた。

 




朝潮、第二進化。上半身だけの自立型艤装が背中に接続された戦艦棲姫という様相に。艤装が宙に浮く、というのは他よりもファンタジーな気がしますが、天龍や龍田の頭部デバイスみたいなのもありますし、ここ最近では深海日棲姫のような下半身が無く浮いている深海棲艦なんてのも出たので問題ないかなと。


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駆逐艦から戦艦へ

私、朝潮が目を覚ましたのは、蓋の開いた入渠ドックの中だった。まだ頭が少しボーッとするが、体調不良のときのような吐き気や身体の重さはもう無い。ただ、ドックの中が前よりも少し狭いなと思えた。

戦艦天姫と軽巡岬姫の襲撃の際に、自分の身体がさらに成長してしまったことを物語っている。

外は薄っすら暗くなっていた。あの戦闘からそれなりに時間は経っている。消耗だけで私はこれだけの入渠をさせられたらしい。

 

私の入ったドックの周りには、妹達を含め、扶桑姉妹を除いた、いわゆる()()()が全員揃っていた。一番先頭にいたのはやっぱり霞。

扶桑姉妹はあれだけの重傷なのでまだまだ時間がかかるそうだが、どちらも一命を取り留めたそうだ。本当に良かった。

 

「ご心配をおかけしました……」

「ホントよバカぁ……」

「アサ姉ちゃん! よかったぁ!」

 

身体を起こすと霞とレキが抱きついてくる。余程心配してくれたようなので、優しく頭を撫でてあげた。全員体調不良は治っているようだった。

 

『すまん……私が同調しなければこうはならなかったかもしれない』

「私こそごめんなさいアサ。あっという間に飲み込まれちゃった……」

 

アサも無事なようで良かった。今回の影響で思考の海に封印されてしまっていたらどうしようかと思った。

 

「御姉様、起き抜けで申し訳ありませんが、ドックから出て、立っていただけますか」

 

春風に言われ、ドックから出る。ここにいる誰よりも身長は高くなっている。戦艦故に一番大きなウォースパイトさんも、車椅子であるがために見下げてしまうことに。まさかクウよりも大きくなってしまうとは。

 

「私と同じくらいね。スタイルも近いかしら」

「そうですね……ウォースパイトさんや榛名さんに近いくらいかもしれません」

「ねぇアサシオ、これを機にQueen Elizabeth級を正式に名乗ってみるのはどうかしら。今なら姉妹と言っても差し支えが無い気がするわ」

「ふふ、考えておきます」

 

冗談で空気を緩くしてくれるお茶目な女王様。今はその気遣いもありがたかった。霞達は襲撃を受けたことよりも、自分達が動かなかったことよりも、私がまた成長してしまったことを一番重く取っている。

言われてみると、今の私は黒髪になったウォースパイトさんのような様相。

 

「瑞穂さん」

「お召し物をどうぞ……と言いたいところなのですが、本当にこちらでよろしいか、瑞穂には判断が出来ません。お気に召さないようでしたら、少々お待ちいただく必要があります」

 

瑞穂さんから差し出されたのは、どう見ても朝潮型の制服では無かった。だからと言って扶桑姉様と揃いの黒い着物でもなく、アサの着る駆逐棲姫のような服でもない。

それは、戦艦水鬼の黒いドレスだった。私のためのものだからか、前に見たそれより丈がかなり短い。

私の身体が成長したことで、ドックの妖精さんが誤認したらしい。今までは駆逐艦朝潮として認識出来ていたが、今回でより一層()()()()に足を踏み入れてしまった。ついには駆逐艦としても見られていない。

 

「……今はこれを着ておきます」

 

せっかくなので袖を通す。肩がバックリ開いたドレスなんて初めて着るが、妙にしっくり来た。ロンググローブというのも初めて。これを着ていると、ウォースパイトさんが言いたいこともわかる気がする。女王になったような気分。

着てから前に出ると、皆から感嘆の声が漏れた。霞に至っては、別の私が来た時以来の目にハートマークが浮かぶ始末。

 

「Impressive! アサシオ、やっぱりQueen Elizabeth級なのね。今日から貴女が女王(クイーン)よ。私の姉が嫌なら妹というのはどうかしら。そうね、Valiant(ヴァリアント)と名乗ってほしいわ。いいと思うの」

「いや、あの、さすがにそれは」

 

今までにないほどの食いつきのウォースパイトさん。車椅子から身を乗り出してしまうほどである。

 

 

 

その足で執務室へ。私が目を覚ましたということで、司令官の他にも元帥閣下と佐久間さんが待機している。何かがあるかもということで、私の側には瑞穂さんが付きっきりになった。

執務室に入ると、それはもう驚かれた。変化した瞬間を見られているため、姿自体には耐性があったと思う。だが、戦艦水鬼の服で来るとは思っても見なかったのだろう。

 

「……見違えたよ。もう朝潮君の原型が殆どないじゃないか」

「そうですね……妖精さんから用意された服もこれですし」

「駆逐艦朝潮が、戦艦水鬼になった……と」

 

一つ前の状態は、少し小柄の軽巡洋艦ほどの大きさではあった。そもそも駆逐艦というのも難しい見た目ではあったが、萩風さんや、今なら磯風さんのような駆逐艦にしては()()()()()人がいたのであまり違和感は無かった。

が、今の私は先程の通り、ウォースパイトさんに近い外見。駆逐艦ではなく戦艦である。艦種すらも超越してしまった。

 

「まずは、君が眠っている間の戦いのことを伝えよう」

「はい、お願いします。あの後どうなったかを」

 

ガングートさんと榛名さんが戦艦天姫を追撃しに向かったのを見て私は落ちた。その後、2人の()()()は興味を失ったようにさっさと帰っていったらしい。

そこから判断されたあちらの目的は、戦艦天姫が思いついたという作戦の実行。真正面から鎮守府にやってきて、私を捕まえた後、目の前で鎮守府を破壊することで心を壊すという作戦。

 

「奴らは終始全力を出していなかった。最後は興が削がれたから帰ると言ったほどだ。君がここまでの変化を見せたから目的自体は達成したんだろうね」

 

ついでに洗脳出来れば儲けものというくらいで、私に大量の『種子』を埋め込んだのだろう。結果的には那珂ちゃんさんを始めとする非深海艦の方々のおかげで洗脳されずに済んだが、あれが無ければ私は今頃、この鎮守府を滅茶苦茶にした挙句、敵鎮守府で北端上陸姫に跪いていたことだろう。

 

「結果的に被害は君が知る限りで止まったよ。山城君、扶桑君が轟沈寸前の大破。瑞穂君が中破。天龍君と龍田君は入渠要らず。そして君は、念のための入渠だ。瑞穂君の方が早く目を覚ましたくらいだから、大きく消耗していたんだろう」

 

元々体調不良の状態からスタートしていた今回の戦闘。強引な成長、進化をして相当無理矢理な艤装不調の払拭をしたものの、無茶が過ぎているのは確かだ。消耗が激しいと言われても納得できる。

 

「ではここからは朝潮君が入渠中、佐久間君に実施してもらった調査についてだ」

「入念に調査させてもらいました。例の『種子』のこともありましたし、何よりこのサイズアップはあまりにも異常ですし。で、結果なんですが……」

 

佐久間さんが纏めた書類をペラペラとめくる。その枚数は今まででも一番多い。それほどに細かく調査してくれたのだろう。

 

「まず最初に、『種子』が埋め込まれていることは確認されませんでした。妖精さんにお願いして、身体の中を隅々まで見てもらっています。これは保証できます」

「それは安心じゃな。朝潮ちゃんがやられてしまったら、お爺ちゃん心臓止まってしまうかもしれん」

 

今までにない量の『種子』を埋め込まれ、一気に『発芽』させられたのは私が初めてである。中和が全て終わっているかもわからなかったため、この調査結果に私も胸をなで下ろすことに。

 

「身体は今までからまた変わって、レキちゃんに近いですね。つまり、戦艦です」

「私駆逐艦なんですけど……」

「出力はもう戦艦なんだよ。多分食欲とかも増えてるから覚悟した方がいいね」

 

やはり艦種自体が変化してしまっていた。もう自分が何者かわからなくなってきた。駆逐艦でも無ければ、戦艦としても紛い物。深海棲艦としても中途半端で、艦娘とはもう言えない。一体私は何なのだ。

 

「……私はあともう一度変化したら最後らしいです。軽巡岬姫の言い方からして、今の姿が最後から一つ前らしいので」

 

あの時の『重巡のモードを飛ばした』というのと『あともう一段階』という言葉からして、私の最後の状態は次の変化。その変化を迎えると、私は本当に後戻りが出来ないところに行ってしまう。もしかしたら、もう正気に戻ることもないかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。

 

「司令官、私の方針は変えないでもらえないでしょうか。今までと同じということが、私にとって一番の心の安定ですので」

「先に言われるとは思わなかった。方針として、君には今後も同じように生活してもらうよ。大丈夫、君のことはわかっているつもりだ」

 

事実上の戦力外通告の状況は変わらず。ただし、道案内などの緊急性が高い任務には電探代わりに出撃する。今回手に入ってしまった能力は宝の持ち腐れになるだろうが、私にとってはそれでいいのだ。訓練だけはしていくが。

なら、私は訓練担当になる方がいいかもしれない。

 

「佐久間君すまない。話を続けて欲しい」

「あ、はい。一応臭気計を使わせてもらいました。身体が変化したことが影響があるかを見たかったので」

 

元帥閣下はやってもらおうと思ったものの結局全容を知らせることがなかった臭気の話。本当に念のため元帥閣下にも臭気計を使ったが、当然ながら値は0である。無関係ならこうなるという証拠を見せたことに。

 

「普通の深海棲艦、ここでいうとレキちゃんやクウちゃんですね、それだと100なんです」

「ほうほう。朝潮ちゃんはそれよりも大きいんじゃな?」

「はい。今回の計測で、単独で2000を超えました。半深海棲艦に影響を与え始める数字です。相乗効果など関係無しに」

 

状態が悪化するごとに臭気の値が上がるということがわかった。これが何を意味するのかはまだわからないが、私がより深く堕ちているのは理解できる。

 

「あとは……これだけ調べて前から変化がある部分がほとんど無かったので安心しています。性格……思考回路……頭の中に関しては調査でわからないので、これから生活する上で何かあれば随時という感じです」

「ありがとう。一先ずは安心だ」

 

佐久間さんの調査でここまでわかったので私も安心である。基本的には今までと変わらず。身体のサイズに慣れる必要はあるが、これまでの生活と何も変化なしはありがたい。

 

「朝潮君、戦闘があんな感じなのはわかっているが、何か敵についてわかったことはあったかい?」

「わかったこと……えぇと……あ、そうだ。戦艦天姫が妙なことを言っていました」

 

戦艦天姫は『種子』が『発芽』したときの気持ちよさを知っている素振りを見せた。それに、口の中から『種子』を出すことが出来るということは、本人に『種子』が埋め込まれていることに他ならない。

ということは、戦艦天姫にも佐久間さんが作った中和剤が効くということだ。それで何か変わるかはわからないが。

 

「あともう一つ。『発芽』したあの瞬間から、那珂ちゃんさんに治療してもらうまでの間だけ、混ぜ物の匂いが苦痛じゃなくなりました。もしかしたらなんですけどこれって……」

「『種子』が埋め込まれているなら深海艤装への影響が無い! だからか!」

 

佐久間さんが叫ぶ。私の想像と同じところに辿り着いたようだった。

 

「おかしいと思ったんですよ! 空母鳳姫の随伴の空母棲姫に艤装の不調がない上にスペックが上がってるのが! 多分『種子』の効果です。自分の配下に置くだけじゃなく、潜在的に強化することもできるんですよ。仮説ですけど!」

 

全て辻褄が合う。こちらだけスペックダウンして、あちらはスペックアップ。洗脳も行き届き、確実に逆らわない手駒にもなる。

それが既に初期の段階から組み上がっているのなら、『種子』を埋め込むことが出来ない島風さんは邪魔以外の何者でもないから捨てて当然だ。今までのことが繋がった。

 

「もう少し『種子』の解析をしてみます。もしかしたら、敵の攻撃の対策が出来るかもしれません」

「頼んだ。これはもう専門家の君に頼るしかないからね」

「佐久間、昇給を楽しみにしておくといいぞい」

 

人目憚らずガッツポーズ。これだから佐久間さんは憎めないムードメーカーだ。私の身体についてはどうしても重い話になってしまう。それを崩してくれたのには感謝。

 

 

 

夜。夕食やお風呂ではさんざん冷やかされた。替えの制服が出来るまで私は戦艦水鬼スタイルで生活することになるためである。目が合う人全員からやりたい放題言われたい放題だが、事実なので何も言い返せないという苦痛。中には当たり前のように胸を揉んでくる輩まで。私を何だと思っているのだ。

 

霞は夜ではあるが所用ということで少し後に部屋に来ると言っていた。そのため今は私室に1人。

今日1日だけで酷い目に遭った。暴走し、身体が大きく成長させられ、さらには『種子』まで埋め込まれて。それを思い返したとき、思い出さなくてもいいことを思い出してしまった。アサもおそらく同じことを考えてしまったのだろう。

 

「少し遅くなったわ。……って、姉さん!? 顔面蒼白よ!?」

 

霞が入ってくるや否や、私の異常を確認して飛びついてくる。

 

「か、霞……私……とんでもないこと……」

「大丈夫、落ち着いて。大丈夫だから、私に話してみて」

 

いつもとは立場が逆になってしまったが、霞に後ろから抱きつかれて温もりを与えられる。

 

「私、『種子』を埋め込まれて『発芽』させられて……価値観が変えられてた……」

「……私もあったことね……周りが全員敵に見えるやつよね」

「それだけじゃないの……わ、私……北端上陸姫を……()()()()()()()()……」

 

ゆっくりと歪まされ、中和剤を投与される直前辺りで一瞬だが完全に書き換わったタイミングがあった。鎮守府の皆が全員敵に思え、目の前にいた戦艦天姫が大の親友というほどに愛しく、さらには宿敵であるはずの北端上陸姫が従うべき母だと感じてしまった。

あまりに嫌悪感が酷く、頭がおかしくなりそうだった。罪悪感を上回る嫌悪感に吐き気すらしてきた。

 

「辛いわよね……でも大丈夫、私達がいるから。もうあんなことにならないから大丈夫」

「そ、そうよね……そうよ……私が割りきらなくてどうするのよ……」

「私達にいつも言ってることだもの。姉さんならすぐに吹っ切れるわ」

 

だが、その日は私の方から添い寝をお願いするほど憔悴してしまったのは確かだった。明日になったら立ち直れているかもしれないが。今だけはこの温もりが愛しい。

 




朝潮が妖精さんも認める戦艦化をしたので、清霜が遠くの方から羨ましそうに見てくるようになります。


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変化の影響

霞のおかげでゆっくりと眠ることができた私、朝潮。いつも霞が感じている温もりはこれなのだろうと実感しつつ、今はまだ罪悪感の払拭が出来ていない霞には必要なものなのだろうと理解出来た。こういう経験もしておいて損はないかもしれない。前言撤回。しなくていいのならしない方がいい。

 

「朝潮様、お目覚めでしょうか」

「はい、起きてますよ」

 

部屋の外から瑞穂さんの声。私が起きたタイミングを見計らってやってくるので、総員起こしよりも前に目覚め、それを聞いた後に部屋の前という状態だろう。相変わらずの献身に頭が上がらない。

 

「お召し物をお持ちいたしました。昨日の戦艦水鬼のもの以外のものもご用意させていただきましたので、お好きなものをお召しくださいませ」

 

いつものように三方に載った服。今回は数が多く、持ってくるのも少し大変そうだった。見た感じでわかるのは、いつもの朝潮型制服、海峡夜棲姫の着物、元々のアサの服、そして昨日も着た戦艦水鬼の服の4着。

ひとまず普段来ている朝潮型の制服を着てみるが、このスタイルになったことで前以上に似合わない気がして仕方ない。駆逐艦という艦種を捨てさせられたのと同時に、朝潮型であることすら捨てさせられた気がしてしまった。

 

「……これ、やめた方がいい気がする」

「朝潮型の私が言うのも何だけど……この制服、大人が普段着るものじゃないわ」

 

龍驤さんが以前例えた『いいとこの中学校』の制服は、今の私には酷く不恰好。残念ながら記念品として持っておくことに。

全部着てみて、一番しっくり来るのはやはり戦艦水鬼のもの。次点が海峡夜棲姫のもの。元々のアサの服も、アサ自体が『これは無いな』と諦めた。胸の辺りが大変なことになっていたためである。

朝潮らしさが何処かに欲しいのだが、残ったのは改二丁に改装されて以来いつも穿いていた黒のストッキングだけ。艤装もかけ離れてしまっているため、前以上に初見で朝潮とわかる人はいなくなってしまった。それは普通に悲しい。

 

「せめて一番最初に戻りたいわ……アサと出会った直後くらいに」

『そうだな……だが、私としてはこの服もそれなりに動きやすくて嫌いじゃないな。戦艦水鬼のものだったか』

 

最終的に、昨日も着ていた戦艦水鬼の服に収まった。まさに白兵戦のためと言わんばかりにスカート丈が短くされている。それに関してはアサも喜んでいた。

 

「朝潮型の制服、コスプレ臭凄いものね。でも、こっちはこっちで、胸の谷間が……」

 

平気で胸の素肌側を触ってくる霞。触り方が佐久間さんのようになりつつあるので注意した方がいいかもしれない。あと、私がこの服を着ている間、ずっとハートマークが浮かびっぱなしになるので、一緒に行動するのが少し怖い。

 

 

 

一晩経ち気持ちも落ち着いた私は、変化した艤装の調査に入ることとなった。確認してくれるのは明石さんとセキさん。それを見守るのは霞と清霜さん。

清霜さんは駆逐艦である私が戦艦になってしまったことをそれはもう羨ましがっていた。清霜さんの目標を体現してしまったのが私だ。近くにいても遠くにいてもジッとこちらを見てくる。

 

「いいなぁ……戦艦になれるなんて……」

「清霜、姉さんは好きでああなったわけじゃないの」

「わかってるって。でも、羨ましいなーって思うくらいはいいでしょ」

 

霞と清霜さんは艦の時代から関係があるらしく、それなりに仲がいい。霞のお節介の対象にもなっている。

今の清霜さんは少しだけ危うかった。駆逐艦が戦艦になれる方法が深海棲艦化であると見出してしまった場合、下手をしたら自分の意思であちら側に行ってしまいかねない。夢を取るか、仲間を取るかの天秤である。

とはいえ、清霜さんが仲間を見切るほどのことをする人ではないことくらい、皆わかっている。名誉大和型として、ここに来てさらに洗練されていた。大和さんと武蔵さんに鍛え上げられ、心も強くなっている。

 

「いいなー、いいなー、あたしも戦艦の身体と戦艦のおっぱい欲しいなー」

「私は安定した身体が欲しいです」

「姉さん、その発言は闇が深いからNG」

 

さて、ここからは艤装の確認。以前と同じように艤装を展開すると、腕と脚が包まれ、背中に上半身だけの自立型艤装が出現する。

 

『朝潮、これ私が完全に操作できるぞ』

「あ、やっぱり。ならこれからは、2人で戦えるのね」

 

私の意思に関係なしに自立型艤装は動く。暴走中にも理解はしていたが、改めてやってみるとなかなか凄いことに。これはウォースパイトさんや島風さんもこうなのだろうか。

意思のある自立型艤装というのは稀なものではあるが、その意思と会話できるというのは便利だろう。

 

『私が表に出ているときはどうなるんだろうか』

「やってみようか?」

『そうだな』

 

アサと入れ替わり、私が思考の海へ。

 

「おお……やっぱりいいなこの艤装。動きやすいぞ」

『裏側にいるのに身体が動かせるって何だか変な感覚ね』

 

入れ替わると私が自立型艤装の核として行動することになる。腕が動かせるだけでなく、艤装自体をある程度移動させることができた。とはいえ動けるのは身体を中心に上下左右に少しだけ。身体の真横まで行けない程度。後ろを向くこともできないため、こちら側を防御に使うのなら便利かなという程度。

もう一度入れ替わり、改めて私が表に。アサがガチャガチャ腕を動かす。今のこの状態を一番楽しんでいるのはアサかもしれない。

 

「艤装としては凡そ戦艦棲姫のようなものだ。ここで言えば、ウォースパイトのフィフに近い」

「とはいえ少し浮いてるの凄いよね。こういう艤装の深海棲艦っているの?」

「いないことはない。本体が浮いている奴もいるからな」

 

私が自由に動くのを見て、工作艦組がいろいろ調査してくれている。

少し浮いているというのがキモらしく、そのおかげか急な動作をしても身体側に負担がかかりづらいようだ。ただし、身体と艤装を繋いでいるケーブルが、今までにない弱点となってしまっている。私はもう本体側でも行動が出来るし、未だ艦載機も持ったままなため、戦艦棲姫のように戦闘不能になることはないが、それでも充分に気をつけなければ。

 

「カッコイイ! 朝潮ちゃんやっぱりその艤装すごくカッコイイよ!」

「ありがとうございます。異形感はありますけど、そう言ってもらえると嬉しいですね」

『本当にな』

 

アサの発言に呼応して、艤装側が親指を立てる。そういう意味では、裏側にいても他の人と意思疎通が出来るようになったのはかなり大きい事かもしれない。

 

『いえーい、ぴーすぴーす』

 

艤装がガチャガチャ動いてはVサインを出したりとやりたい放題。思考の海の中からでも自由に動かせるというのを知り、言葉は出せないが感情を表現していた。頑張れば手話なんてことも出来るかも。

 

「それ動かしてるの、もしかしてアサちゃん?」

「はい。裏側にいる方がこっちの艤装を動かすことになります。表側でも戦闘が出来るし、今の私は2人がかりみたいなものですね」

「姉さんも大概インチキよね……」

 

戦闘の手段も今までと変わらず。艤装自体が動くようになったため、以前よりもリーチが伸びた感じ。進化させられたことで生じるデメリットは、ケーブルという弱点が増えたことくらいだった。

 

戦闘訓練はまた別のタイミングでということに。暴走状態だったとはいえ一度戦闘を経験している分、その辺りは心配していない。操作性は前と同じだし、戦闘方法も大して変更が無いからだ。

 

 

 

艤装の調査をある程度終え、清霜さんは自分の訓練へ。大和型姉妹がいる今、清霜さんは大戦艦直々の教えを受け続けている。自他共に認める名誉大和型として、この鎮守府の最強クラスの力を遺憾なく発揮してくれるだろう。

 

私はというと、さらなる心の休息が急務のため、雪さんと島風さんに取り囲まれることになった。領海に行くことも考えたが、それは後日ということで。少なくとも扶桑姉様と山城姉様が目を覚ますまでは鎮守府にいたい。

 

「……姉さんそれすごく見た目が悪い」

「出来れば言わないで」

 

ソファに座り、両サイドから雪さんと島風さんが抱きついているため、女を侍らせる女帝という構図が完成されてしまっている。今もまだ戦艦水鬼の服のため、拍車がかかっている。

霞経由で私の心に大きなダメージを受けていることが伝えられたのだろう、春風と初霜も私の下に駆けつけていた。霞達が負った心の傷に近いものを私も負ってしまったのは自分でも理解できる。今は1人で眠るのが怖い。

 

「やっぱり朝潮の匂いが一番いいよー。なんか匂い強くなったもんね」

 

横から胸に顔を押し付けてくる島風さん。以前よりボリュームが増してしまったため、それをより堪能するために顔面で私の肉感を堪能しようとしている。雪さんも似たような状態。少しくすぐったい。

 

「あんな気持ち悪い臭いの後だから、朝潮の匂いがホント癒しだよー。落ち着くなぁ」

「あちらにも相乗効果があるみたいで、私も何度も吐きました。あ、雪さんは大丈夫でしたか? レキやシンさんが大変なことになっていましたけど」

 

深海ちびっこ組に属する雪さんは、あの時現場にいなかった。電探で位置を確認する余裕が無くなってしまい、そのまま暴走してしまったため、どうなっていたかはわからずじまい。

 

「実はね、あれ回避できてたの。だから、あの時は倒れてたみんなを介抱してたんだ」

 

艤装を外せば、あの地獄のような体調不良からは回避できるということ。つまり、艤装への負荷がダイレクトに身体に伝わっていたということだ。臭いは後付けみたいなもの。

ということは、敵に接近されただけで機能不全を起こす深海艤装に関しては、艤装側に何かしてもらわないといけないのかもしれない。雪さんが身体を張ってくれたおかげで、また1つ謎が解けた。

 

「戦えない代わりに、みんなのサポートができるのは嬉しいね。もう少しの間は艤装を下ろしておくよ」

「その方がいいでしょう。いざという時は私達が守りますから」

「うん、ありがとう」

 

2人が近くにいてくれるととても落ち着く。今まで以上にそれを感じられるように思えた。これも身体の変化の影響だろうか。以前より匂いを強く感じられる。

 

「姉さん、無理しちゃダメよ。その2人が必要になるようなことばかりしないように」

「ええ。そもそも私は今、戦力外通告を受けてるんだから。敵鎮守府絡みのことは、皆に託してここで待つわ。深海艦娘と一緒に訓練担当でもしようかしら」

「なら練習巡洋艦ね。いいんじゃないかしら」

「駆逐艦なんだけど」

「戦艦ですよね」

 

アサは不服かもと思ったが、穏やかに暮らしたいと思っているのはアサも同じ。何もしないなら何もしない方がいいという考え方だ。日がな一日ボーッと海を眺めて過ごすことを理想とまでいうのだから、何も問題はないだろう。

だが、私もアサも、この手でやりたいという気持ちはある。こんな身体にされた恨みはあるのだ。だから、私達の思いは、出撃する仲間に託したい。

 

「朝潮様、お召し物をお持ちしました」

「え、頼んでないんですけど」

「練習巡洋艦の制服になります。戦艦水鬼のものより今の朝潮様には必要かと思いました」

 

手際が良すぎる。今持ってこれるということは、朝の段階で既にあったのだと思う。なら朝に持ってきてもいいのに。しっかり黒塗りな辺り、深海らしさを出そうと手間もかけられている。

 

「……着替えてきます。戦艦水鬼でいるよりはまだ鎮守府に馴染むでしょう」

 

霞達3人からの期待の視線が痛かった。雪さんや島風さんすらこれを着ることを望んでいるように見えた。深海棲艦が当たり前のようにいる鎮守府とはいえ、戦艦水鬼にはあまりいい思い出がない。こちらの方がいいだろう。

 

というわけでさらりと着替えてきた。制服というがこれは儀礼用の軍服。露出度は極端に低く、ネクタイやらタイトスカートやら初めて身に付けるものばかりであった。やはり朝潮として残ったのは黒のストッキングのみ。身が引き締まるような感覚だ。

 

「よくお似合いです朝潮様。一段とお美しくなり、瑞穂、感動しております。駆逐艦をやめさせられ、戦艦になってしまわれたこと、さぞや悔しい思いをされたことでしょう。ですが朝潮様はそれにも挫けず、新たな道を見出しました。先んじてこの衣装を用意させていただいたことは申し訳ありません。ですが、この道を選ぶのではないかと思っていたのです。朝潮型の制服の件、残念に思います。ですが、新たな道を進むにあたり、装いも新たに歩き出すのもよろしいかと思います。もしよろしければ瑞穂のお洋服も……い、いえ、申し訳ありません。瑞穂の欲が、欲が溢れてしまいました。忘れていただけるとありがたいです」

 

最後の方はまた機会があればやるとして、この服は私としては全然アリ。

 

『カッチリしすぎじゃないか? 深海棲艦らしくもない』

「いや、そもそも私は」

『私より深海らしくなった奴がよく言う』

 

アサは動きづらいから戦艦水鬼の方がいいと言うが、私主体の時はこちらを着ることにしよう。むしろ気に入ったまである。

 

「真面目な先生みたいだね。練習巡洋艦!って感じ」

「おうっ! 朝潮似合ってるよー」

 

また定位置について2人に抱き付かれる。軍服のおかげで気は引き締まっているものの、穏やかな心は維持できている。抱きつく感触が今まで違うようではあるが、概ね好評。

 

「……春風、初霜、どう思う」

「似合いすぎてて怖いです。御姉様に軍服は盲点でした」

「露出度が低いのに煽情的だなんて……」

「私も概ね同じ感想ね……姉さんの新しい魅力を発見してしまったわ」

 

3人は絶賛暴走中。あまり触れたくないところ。

 

「あれ、そういえば朝潮さん、ネクタイの結び方知ってたんですね」

「いや、その……実はたまたま通りかかった天龍さんにお願いしたの。でも、自分で結ぶのはまだ慣れなそうね。リボンにしようかしら」

 

ここで目が輝く初霜。深海の右目は閃光を放つほどに。

 

「朝潮さん、明日からは私が結んであげます。私も今でこそノーネクタイですが、改二になる前はネクタイしてましたから」

「あ、そうね。じゃあお願いしようかしら。アサが主体の時は戦艦水鬼の服を着るから、私が主体の時にね」

 

初霜ガッツポーズ。霞と春風はリードされたと膝から崩れ落ちる。私としては自分の苦手なことをやってもらえるのはありがたいが、なるべくなら自分でも出来るようになりたい。だが、こうも爛々とした目で見られたら断りきれない。

 

「朝に旦那のネクタイを結ぶ嫁……理想の姿です」

「そ、そう……」

 

緩んだ顔の初霜。喜んでもらえているのならいいだろう。初霜も深い心の傷を持ってしまっているため、ケアは必要だ。私のネクタイを締めるだけでケア出来るのなら何も問題ない。

 

この後、私の時はこの服で行くと司令官に伝えたところ、是非ともと返答が来た。戦艦水鬼の姿はどうしても慣れないらしく、露出度やら何やらの問題から一番適していると言われ、より気にいることとなる。

 




戦艦の身体の駆逐艦が練習巡洋艦の服というとっ散らかった状態。ちなみに制服(軍服)は香取の方です。


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姉妹の温もり

その日の夜、山城姉様が目を覚ますという報せを聞き、工廠にやってきた私、朝潮。山城姉様が倒れてから私の身体は変化してしまったので、初見で私を朝潮と気付いてくれるかは不安ではある。今は練習巡洋艦の軍服姿だし、尚のことわからないかも。

 

私が横についたことで、山城姉様の入った入渠ドックが開いた。私が最後に見た山城姉様の入渠は、戦艦水鬼戦の後くらい。それ以降は無傷とは言わないがお風呂で治る程度の傷くらいだった。それが、丸一日以上を費やして治療されるほどの大怪我を負ってしまった。大丈夫だとは思うが、山城姉様のメンタル面が心配である。

 

「……どれくらい寝てた」

「あの時から丸一日と数時間です」

 

私の声を聞き、誰だって顔をされた。これが普通。

 

「そう……え、アンタ誰、まさか……朝潮!?」

「はい、()()()()()3()()()の朝潮です」

 

少し混乱したが私だとわかってくれた。戦艦と名乗れるようになってしまった。

頭を振りながら身体を起こす。当然だが身体には傷1つ残っていない。治療と同時に実施された調査で『種子』は発見されたものの、すぐに取り除かれているため、その辺りの心配も無い。

 

「酷い戦況だったってのはわかったわ……姉様は?」

「隣で入渠中です。山城姉様よりも酷い傷を負いまして……」

「……そう。無事ならいいわ」

 

果たして無事と言えるかはわからない。目を覚ましてからが本当の戦いの可能性もある。

本来なら払拭できない艤装への過負荷を強引に乗り越え、いろいろなものを犠牲に戦った。身体が内も外もボロボロな上に、自ら狂気により深く呑まれて心も大きく傷がついている。

 

「久々ね……ここまで大敗するのは」

 

治療され綺麗になったお腹を撫でる。

 

「……正真正銘の化け物が相手なのね」

「はい……私も倒れていましたが、結局無傷で帰ったそうです」

「そう……扶桑姉様もやられて、アンタも暴走して、それでも無傷か……」

 

少し手が震えている。あれだけのことをされたのだ。恐怖くらい持ってもおかしくない。

 

「朝潮、戦艦天姫は先約いたっけ?」

「清霜さんが。名誉大和型として、止めたいと」

「そう、なら私もそれを手伝ってあげる。人の腹に風穴を空けておいてただで済むと思われちゃ困るわ」

 

その恐怖を超えるほどの怒りと、さらにそれ以上の喜びを持っているように見えた。今回の敵はあまりにも高い壁。それを越えるのが楽しみで仕方ないのだろう。

搦め手が効果的であることはわかったが、搦め手ばかりでは勝てない。清霜さんと同等、いやそれ以上のゴリ押しも必要だ。山城姉様が参加してくれるなら心強い。

 

ドックから立ち上がったので、用意していた服を渡す。いそいそと着替えながら、しげしげと私を見る。また成長してしまった私が余程物珍しいのだろうか。

 

「ところでアンタ、駆逐艦やめたわけ?」

「調査の結果は戦艦と出ました。艦種すら変えられてしまいましたね」

 

立ち上がった山城姉様と比べると、少し背が低いくらいでさほど変わらないというところまで来てしまった。並んでいれば姉妹と見られてもおかしくないほどに。服を揃えれば勘違いされるだろう。また他の人達に説明するのが難しくなる。

 

「で、それ香取の服よね。練習巡洋艦?」

「戦場に出るのが難しいので、しばらくは訓練担当をしようかと思いまして。さっきまでは戦艦水鬼の服でした」

「アサはそっちの方を好みそうね」

 

よくわかっていらっしゃる。

 

「訓練担当なら、私の訓練も見てちょうだい。相手してくれても構わないわ」

『いいぞ! 私がヤマシロ姉さんの相手をする!』

「アサが乗り気なので、お相手もさせていただきます」

 

訓練担当と名乗るのなら、あらゆる人の相手をするべきだろう。山城姉様とこういう形で戦うのは初めてのこと。私も少し楽しみである。

 

 

 

一晩明けて、今度は扶桑姉様の治療がそろそろ終わると連絡を貰う。左腕を切り落とした時と近しい時間がかかっているが、前回の経験から妖精さんもそれなりに早く終わらせることが出来たそうだ。早いといっても丸2日かかったが。

扶桑姉様の目覚めということで、私は海峡夜棲姫の着物でドックの横に山城姉様と一緒に立つ。

 

「それじゃあ開けますねー」

 

明石さんがそう言うと、ドックが開いた。身体中が裂け、腹に大穴が空き、血涙を流していた扶桑姉様も、今は綺麗な外見をしていた。だが油断はできない。半分とはいえ深海棲艦の身体であるせいで、後天性の欠陥(バグ)が発生している可能性がある。今回は他の細胞を摘むということもしていない。

 

「姉様、大丈夫ですか?」

「……山城……無事……だったのね……」

 

入渠したことにより、心もある程度は落ち着いてくれていた。何より、あの時狂気により深く呑まれるキッカケとなった山城さんが無事だとわかったのも大きい。それだけで安定する。

 

「朝潮……朝潮は何処……」

「ここにいます。扶桑姉様」

「……よかったわ……貴女も無事……なのね……」

 

ゆっくり身体を起こす。後天性の欠陥(バグ)は回避出来ているようだ。左腕の時といい、不幸戦艦の汚名を返上するほどに運がいい。扶桑姉様にも『種子』は埋め込まれていたが、勿論取り除かれている。扶桑姉妹はこれで完全復活を遂げた。

 

「また大きくなってしまったのよね……でも……また妹に近付いたわ……もうほとんど瓜二つ……髪が長いくらいよ……」

 

服を着てもらうと、すぐに抱きついてきた。山城姉様まで引き寄せて、妹の温もりを得ようとする。

やはりあの時から心は崩れたままだ。一度手に入れたものをまた失うというのは誰だって辛い。いくら狂気に呑まれていたとしても、それは変わらない。私もそうだが、扶桑姉様も心を穏やかにした方がいい。

 

「今日はずっと一緒にいます。姉妹一緒に過ごしましょう」

「そうね、そうしましょう。扶桑姉様、今日は丸一日癒されてください」

「ええ……ありがとう……生きていてくれて本当によかった……」

 

涙目の扶桑姉様。私達も同じ気持ちだ。せっかく手に入れた幸せを手放すことなく終われたのは、本当に良かった。こんなことで殺されては堪ったものではない。

 

 

 

扶桑姉妹が目を覚ましたことで、鎮守府は平常運行に戻った。私達の裏側では今でも司令官と元帥閣下が敵鎮守府制圧のために手を回してくれている。準備さえ整えば、ここの戦力を使い制圧作戦が実行される。

 

その作戦に、私は参加しない。ただでさえ深海艤装に干渉してくる敵が相手だ。それに加え、私の心を揺さぶるものが数多く存在する。二重の意味でも出撃不能である。それは扶桑姉様も同じ。私達は山城姉様の出撃を見送ることになるだろう。

そういえば、北の拠点攻略の時、私は一度として皆の出撃を見送ることは無かった。全ての戦いに参加し、電探の性能で全員をサポートし続けていた。その反動が来てしまったようにも思える。

 

「朝潮は……ちょっと頑張りすぎね……。今はゆっくりすればいいのよ……」

 

私と扶桑姉様の安寧のため、午後からではあるものの領海にやってきた。穏やかになるのならここが一番である。前回はこのタイミングで流れ着いてきた島風さんを発見したわけだが、今回は何もない、と信じている。少なくとも今は深海の気配は感じない。

私は扶桑姉様の膝の上に座らさせられ、今までと同じように頬擦りされていた。だが、私の身体が想定以上に大きくなってしまったが故に、とても窮屈そうである。

 

「扶桑姉様、重くないですか」

「重いというより……やりづらいわ……。朝潮……成長したわね……」

 

結局膝の上から下ろされ、隣に座らさせられる。いつもは私が他の人にやる側だが、今日は私が扶桑姉様に抱きかかえられ、胸に顔を埋めることに。扶桑姉様もいい匂いがする。

 

「妹の温もり……満たされるわ……」

「これくらいならいつでもどうぞ。私は扶桑姉様の妹ですから」

「ありがとう……朝潮……」

 

逆サイドの山城姉様も、艤装を妖精さんに頼んで下ろし、扶桑姉様にもたれかかっている状態。温もりが多ければ多いほど、扶桑姉様は癒されるだろう。先天性の半深海棲艦の特徴である不安定な心も、これで安定するなら御の字である。

それに私も癒される。長女故に姉という存在に憧れがあった私に出来た、かけがえのない姉達だ。大事にしてもらえていると実感出来る。私も恩を返さなければ。

 

「アンタもしっかり癒されなさい。後が無いんでしょ?」

「はい、勿論。もう誰にも迷惑をかけたくありませんからね」

 

口調は強いが、山城姉様の思い遣りを感じる。山城姉様も末っ子故に妹を潜在的に欲していた人だ。だからこそ、私達は仲良く姉妹でいられる。

 

『お前は本当に無理しすぎるからな。姉さん達に癒してもらえよな』

「わかってるわ。ここでは癒される義務があるもの」

『わかればよろしい。この土地では私がルールだからな』

 

こういうときばかりは姫である。それならば私もそうなるはずなのだが、ここではアサの方が立場が強い。素直に言うことを聞くのがいいだろう。私だって癒されるためにここに来ているのだから。

 

休息の時間。自分の島ですっかり癒され、うつらうつらと船を漕ぎだす。

 

「眠いなら寝なさい。ここはそういう場所なんでしょ?」

「はい……すみません姉様……少し眠らせてもらいます」

 

扶桑姉様は既に落ちていた。丸2日の入渠の後だとしても、精神的な疲弊は取り切れたわけではなかったようだ。やはり敗北というのが心に響いている。

私だって今までに何度も負けてきたが、今回のものは今までと違う。敵が無傷だったことや鎮守府を襲われたことより、私が自分を制御できず、今の姿になってしまったことが一番の敗北。敵の思惑通りになってしまったことが一番悔しい。さらには『種子』による価値観の変化を一瞬だけでも体験してしまっているのが辛かった。

精神をある程度回復してくれる入渠でも、心の繊細な部分は無理に等しい。そういう時は、本能に従い寝て忘れるが一番。

 

「……山城姉様……いろいろと……頼らせてください」

「ええ、好きにしなさい。私だってアンタの姉なんだから」

「ありがとう……ございます……」

 

そのまま眠りに落ちた。もう戦いなんてせず、ずっとここでこうしていたいなんて思える空間。ここに私の妹や娘達もいれば、もっと癒されるだろう。

 

 

 

日が傾いたところで目を覚ました。ちょっとゆっくりしすぎたらしい。途中で山城姉様も転寝してしまったらしく、3人仲良く島でお昼寝だった。

ここは夜景も素晴らしいのだが、鎮守府に属している以上なかなか見ることが出来ない。知っているのは私とクウだけだろう。霞との出会いの戦いは戦闘でそれどころでは無かったし。

 

「あ……扶桑姉様……その、ごめんなさい……」

「いいのよ……それくらい緩んだのでしょう……」

『最近お前の方が侵食率ヤバいよな』

 

思い切り緩んだせいで、島の周りを侵食してしまい、真っ赤に染め上げてしまった。この身体になって初めて領海に来たわけだが、まさかここまで簡単に侵食してしまうとは。

扶桑姉様の脚部艤装不備は当然今でも続いている。赤い海に入った瞬間に艤装崩壊。それは私の侵食による赤い海でも変わらない。だからこそしっかり気をつけなければいけなかったのに。

 

「私が持ち上げます」

『お、いいねぇ。私もフソウ姉さんなら喜んで担がせてもらおう』

 

艤装を展開。アサも乗り気で、親指を立てながらもう片方の手を椅子のようにして待機。私に手を回してくれればこれで運べるだろう。艤装のパワーアシストがあれば、人1人くらい余裕で持ち上げられる。

 

「なんだか……恥ずかしいわね……」

「いいじゃないですか。姉様も朝潮に甘えていいんですよ」

「……そうね……なら……お願いしようかしら……」

 

フィフに腰掛けるウォースパイトさんのような姿勢になったが、これはこれで。私の身体が大きくならなくては出来ない行動のため、私も内心喜んでいたり。

 

「妹に運ばれるというのも……満たされるものね……」

『喜んでくれたのなら何よりだ』

「しっかり掴まっていてくださいね」

 

姉を運ぶという行為が、こんなに高揚するものとは思わなかった。自分も頼りにするが、自分が頼られるというのはとてもいい。扶桑姉様も少し強めに抱きついてくるので、より良い。この身体になって良かったと思えることでもある。

 

「扶桑姉様、今日はありがとうございました」

「お礼を言われることは……何もしてないわ……」

「一緒にいてもらえただけでも、心が穏やかになりました」

 

本心からの言葉である。扶桑姉様の顔が少し赤くなったように思えた。

 

『お前、本当に誑しだよな』

「何言ってるの。アサもでしょ」

『”も”って言ったな。自覚ありか』

 

赤い海を抜けた後もしばらくは運び続ける。扶桑姉様も腕を緩めることはなかったし、そもそも私が下ろすつもりが無かった。いつも頼らせてもらっているのだからこれくらい。

 

今日1日は本当に何もせず過ごした。疲れも取れたし、扶桑姉様と山城姉様とも一緒にゆっくり出来たのは素直に嬉しい。

明日からはまた違ったことで気を張る可能性がある。今日はその境目。何もしない日。たまにはこんな1日もいいだろう。




こういう何もない1日というのは、艦娘達には本当に貴重な日なのだと思います。戦闘訓練も哨戒任務もない、本当に何もない生活。今の朝潮にはそれが一番の望み。


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初めての教育

司令官と元帥閣下が秘密裏に手を回している中、平常運行が再開された鎮守府。艦娘達の手が届かないところでの戦いが始まっているのは、皆薄々勘付いてはいる。だが、何も言わずに司令官に頼ることとなった。今は、このほんの少しの静寂を楽しむことにする。嵐の前の静けさではあるが。

私、朝潮は今日から訓練担当として活動する。心は駆逐艦、身体は戦艦、役職は巡洋艦、もうめちゃくちゃである。頼まれたなら練習巡洋艦として、それ以外は雑務をすることで鎮守府に貢献していくつもりだ。また清霜さんのオヤツ作りをすることもあるだろう。

 

朝、練習巡洋艦の制服に着替えているときに初霜襲来。私がまだ苦手なネクタイを結んでくれると約束してあったので、早速結んでもらう。

 

「はい、()()()、結べましたよ」

「ありがとう初霜」

「はぁ〜、新婚生活ですねぇ」

 

キャッキャッと喜ぶ初霜を見る霞の視線が痛い。

 

「制服がネクタイだったことをこんなに喜んだことはないかもしれませんね」

「大袈裟じゃないかしら」

 

上着の軍服を羽織らせるまでしてくれた。甲斐甲斐しくお世話をしてくれている。なんだか私はいろんな人に甘やかされているように思えた。

 

「私も朝潮型制服卒業の時かしら……」

「ああ、前に言ってたわよね。私が変えたら朝潮型全員が変えるって」

「春風もあれ以来ずっと自分のを着るようになったしね。あ、でも私はこのままでもいいか。せっかく姉さんのお古が貰えたわけだし」

 

春風は結局、名誉朝潮型などともう名乗れないと、朝潮型の制服を封印している。最初は着せるのも嫌だったが、ここまで来ると着ていないことの方が気になるくらいだ。

だがこれについては春風の心持ちだ。敵の術中に嵌っていたとはいえ、私を謀り続けたという罪悪感がそうさせるのなら、それを払拭するまでは待とう。

 

「それにしても、やっぱり姉さんのそれ……眼福眼福」

「本当に。練習巡洋艦の制服は思った以上にスタイルが出るんですね。素晴らしいです」

「最初の慎ましやかなのもいいんだけど、今のこれも添い寝に最高なのよ。これだけは誰にも譲れないわ」

 

また人の胸のことを。大きくなったことがコンプレックスになりそうだが、いろいろな方面から文句を言われそうなので何も言わないでおくことにした。

 

 

 

朝食の時間に改めて、私が訓練担当になったことが公表される。昨日は扶桑姉様の件があったので公表はされなかったが、今日で正式に。依頼者に対して訓練や演習を引き受けるという、深海艦娘と同等の扱いということにされた。私の服装で一目瞭然なわけだが。

ということで、依頼者は私に直に話しに来ることになるようだ。同じ立ち位置の深海艦娘の詰所にお世話になろう。深雪リーダーの管轄からは外れてしまったが、やることは同じだ。

 

「これが朝潮って、誰も信じねぇよなぁ」

「私もそう思います。深雪さんそんなに小さかったですっけ」

「お前がデカくなっただけだっつーの」

 

駆逐艦しかいない深海艦娘の中に私が入ると、顧問の教師になりかねないくらいになってしまった。複雑な気分である。

 

「最初はボクより小さかったのに、改二で追い抜かれて、今やこれだよ。何これ」

 

などと言いながら私の膝に座ってくる皐月さん。深海艦娘の中では下から数えた方がいい小ささ。ちなみに一番小さいのは電さん。

 

「はー、いいなぁ。ボクも大きな身体に改装されたかったなぁ」

「私は安定した身体が欲しいです」

「お姉さん、それは闇が深いのでNGですよ」

 

大潮にまで霞と同じツッコミを入れられてしまった。

 

「ここ最近はいろいろあって来れませんでしたが、ここは盛況ですか?」

「そりゃあもう訓練依頼殺到よ。あたしはともかく、みんな普通よりスペック高いから、相手にするのは都合がいいみたいでな。あたしらに勝ってから次のステップみたいになってんだ」

 

深雪さん自体は半分だけ、というか左腕だけなので、今回の戦いには参加が可能である。しかし、今の身体になってから、共有しながらの戦いに慣れてしまっているため、スペックダウンは否めない。結果、不参加となっている。

 

「最近は響ちゃんが多いのです」

「響はほら、龍驤さんの大発係に任命されたから、躍起になってんだよ」

 

白露さんか響さんかで迷ったらしいが、白露さんは特二式内火艇しか運用が出来ず、あれが人を乗せらるように作られていなかったために断念。結果的に響さんくらいしか該当者がいなかったと言える。

その響さんだが、なにやら急ぎ足でこちらに向かっている反応。今日も早速訓練をするようだ。

 

「こちらに向かってきてますね」

「お、じゃあ今日も訓練か」

「大発動艇を運用しながらの戦闘となると、結構難しそうですね。先日の瑞穂さんは戦闘には参加せずに運用に付きっきりでしたし」

 

やることが全然違う挙句、それを同時にやらなくてはいけない。戦闘に集中すると運用が疎かになり、運用に集中すると戦闘が疎かになる。瑞穂さんは最初から運用に集中し続けたが故に、先日の戦闘では何とかなった。

響さんが目指しているのは当然両立だろう。戦闘をしながら敵の位置を把握し、大発動艇を運用するためには、視野を拡げて、脳の容量を増やすのが重要。以前から私がやっていることな気がする。

 

「私の話をしてるのかい?」

「あ、響ちゃん。今日も訓練なのですか?」

「ああ、早めに来てよかった。朝潮を探してたんだ」

 

詰所にやってきた響さんは、少し息が切れているように見えた。ここに来るまでバタバタしていたのはわかっている。他の人も何やら忙しない。

 

「今は朝潮争奪戦なんだ。訓練担当になったものだから、我先にと相手をしてもらいたがっているよ」

「女帝様大人気なのです」

 

嬉しいのか悲しいのか。とはいえ求められているのは悪い気分ではない。まるで志摩司令官の鎮守府のようだ。顔を見ればすぐ演習希望をされ、陽炎さんに至っては駄々をこねるまでする。そういえば、峯雲はどうなっただろう。また会いに行きたいものだ。

 

「私が一番乗りだね。朝潮、訓練頼めるかい?」

「わかりました。では練習巡洋艦として初めてのお仕事は、響さんを相手にします。何をしますか? 演習です?」

「実はね、朝潮にしかお願いできない訓練があるんだ。妖精さん、お願い」

 

少し上を向いて響さんが呟くと、被っている帽子がモゾモゾ動き出した。中から見覚えのある妖精さんが顔を出すと、帽子の中から眼鏡を取り出し響さんにかけ、また帽子の中に引っ込んでいった。

 

「電探眼鏡ですか?」

「ああ、朝潮の使ってたものよりは精度は低いけどね。戦闘中に大発を動かすだけじゃ足りないんだ。戦場を把握して、見ずに避けさせるくらいでないといけない」

「なるほど、それを教えられるのは私か青葉さんくらいしかいないです」

 

その青葉さんは現在進行形で海図作成中。元帥閣下の力も借り、敵鎮守府への最適な海路を割り出すために日夜努力している。

 

「戦闘訓練ではないんだけどね、これの扱い方を頼むよ」

「了解しました。お任せください」

 

雑務の延長線上に思えなくもないが、これも立派な訓練の1つ。私も通った道だ。訓練というよりは教育に近いが、それがまた今の私に相応しいだろう。

 

「よろしく、朝潮先生」

「女帝より聞こえがいいですね。今後は是非ともそれで」

 

先生と呼ばれるのもなかなかいいものである。

 

 

 

電探の訓練と言っても、私がやっていたのは日がな一日付けたままにし、周りの情報をとにかく集め続けたことだ。響さんはそこまでの極端な運用をしたいわけでなく、合間合間に自分と敵、そして大発動艇の位置を確認し、最もいい位置に移動させる。

それでもとにかく情報量が多い。出来ることなら、戦場の過剰な情報を1時間だけでも見続けることが出来るようになりたい。そう出来るようになるまで、私は1週間かからないくらいだった。

 

「響さん、それを使い始めてどれくらいになります?」

「今日で3日だね。朝潮と違って普段使いはしてないけど、情報量を少なめに調整されてるんだ。それで、今のところ30分が限界かな」

 

早期決着の戦場ならそれで充分な部分もあるだろう。なら、ここからは私がやった訓練をやってもらうだけで良さそうだ。多少なりとも慣れているのなら都合がいい。

 

「じゃあ、私が艦載機を出しますから、目を瞑って避けてください。電探の反応だけで。今回は撃ちませんから」

「了解。12機かい?」

「はい。私が発艦出来る全機です」

 

目隠しを渡す。私もヒメさんにやってもらった訓練だ。周囲を飛ばしてその位置を確認し、たまに体当たりをされるのでそれを避ける。ただそれだけでも、それなりに頭を使うので訓練としては最適。

 

「集中力を削ぐために、会話しながらやりましょうか」

「最初から鬼だね。だから女帝なんて言われるんじゃないかい?」

「アサに代わりましょうか? もっと鬼教官になると思いますよ」

 

喋りながらの訓練で、複数のことを同時に出来る技術も養う。

 

「ではやりますよ」

 

手を振り、艦載機を全機発艦。身体が成長し艤装が変化しても、艦載機の数は変わらず12機。全てを響さんの周囲に漂わせる。

 

「今周囲に配置したかい?」

「はい、ではここからは不意打ちをしますので、避けてください」

 

などと言っている最中に真横から1機。さすがに最初すぎるからかこれは避けられる。

 

「ズルくないかな」

「敵は待ってくれませんよ。空母鳳姫は矢を放ちながら艦載機を飛ばしてくる可能性もありますから」

 

実際、隠し球をいくつ持っているかもわからない。訓練教官として私が何かをするのなら、徹底的にズルい手段を使っていく。真っ向勝負と見せかけた卑怯な手だって考えられる。ただでさえ存在がこちらのデメリットなのだから。

 

「今は1つずつですが、いくつか同時なんてのもやりますので」

「そうだね。そうしてくれ」

 

寸止めや2つ同時も織り交ぜながら攻撃をしていく。避けさせるための攻撃ではあるものの、割と容赦なくやっている。

 

「さて、では世間話でも」

「なら私の方から聞きたいことがあったんだ」

 

不意に響さんから質問。同時に艦載機をぶつけようとしたが避けられる。いい感じ。

 

「朝潮、いろいろあったろう」

「そうですね。本当にいろいろ。濃厚すぎるくらいに」

「今は楽しいかい?」

 

思わず攻撃を止めてしまいそうになった。

楽しいかどうかで言えば、勿論楽しい。悲しいこともあったし、辛いことも沢山あった。身体を何度も書き換えられ、今は艦種すらおかしくなっている。それでも、皆と過ごすこの鎮守府は間違いなく楽しい。だから、迷いなく答えられる。

 

「ええ、楽しいですよ」

「それなら良かった。やりたい事がやれない今が辛いかもと思ってね」

 

やりたい事がやれない、というのは、北端上陸姫をこの手で始末できない事だろう。今回の敵とは誰よりも因縁があるのが私だ。だからこそ決着は自分の手でつけたい。だが、それが最悪な結果になる可能性が高い。良くないことが起こる可能性があるくらいなら、私は我慢する。皆に頼る。

 

「辛くないと言えば嘘になりますね。でも、私が出撃したら確実に迷惑をかけます。それなら皆さんにお任せしますよ」

「そうかい。なら、託された。私達が朝潮の無念を晴らすよ」

 

響さんも龍驤さんと組むために出撃メンバーに選ばれることとなることだろう。私の思いを託したいと思う。

 

 

 

少しずつだが攻撃を激しくしていく。今の攻撃は基本2機同時。避ける方向を考えさせるような挙動にし、脳に負荷をかけていく。瞬時に判断し、何処に避けられるかを決めることが重要になる。

 

「朝潮はこんなこともやってたのかい?」

「ヒメさんに手伝ってもらってやってました」

「ならこれよりも多かったのかな。私もまだまだだね」

 

そう言うが、電探眼鏡を使い始めて3日でこの動きはいい方だ。電探の反応以外の要素も使っているように思える。少しだけ勘も入れているのか。

 

「響さん、眼鏡意外と似合いますね」

「そうかい?」

「私の時と少しだけデザインが違うんですね。明石さんの遊び心でしょうか」

 

少し話題を逸らしているのには理由がある。というのも、今、たまたまだが後ろから白露さんが近付いてきているのが見えたからだ。私の電探から何処まで性能を落としているかは知らないが、背後からの不意打ちにどれだけ対応出来るかは確認しておきたい。

 

「ところで朝潮、後ろから誰か来ているようだけど、どうすればいいんだい」

「ちゃんとわかってましたか。誰かはさすがに判断できませんよね」

「無理だね。朝潮ならわかるかもしれないけど、私の電探はその辺りは甘めなんだ」

 

そう話しているのは知ってか知らずか、白露さんはこっそりこっそりと近付いてくる。響さんが目隠しをしていることがわかったようだ。その状態で艦載機を避けているのだから、自分も気付かれているとは思わないのだろうか。

 

「動きの特徴を全員分覚えるんです」

「さすがにすぐには無理だね」

 

ギリギリまで引きつけて、振り向く。

 

「誰かわからないが趣味が悪いよ」

「げっ、バレてた!?」

「白露かい? この眼鏡、見覚えがあるんじゃないかな」

「あ、それ朝潮の電探眼鏡!? 響はその方向で行くんだ」

 

訓練は一旦休憩。響さんに負荷をかけることも重要だが、あまりかけすぎると酷い頭痛に苛まれることになる。白露さんは結構いいタイミングで来てくれた。

 

「響は朝潮先生の後継者かぁ。あたしはどういう路線で行くかなぁ」

「精密射撃じゃなかったかい? 聞いたよ、大淀さんから習い始めたんだろう?」

 

専任秘書艦である大淀さんの教えを受けることが出来るだなんて、白露さんも運がいい。あのヘッドショットばかりの青葉さんのさらに上の人なのだから、白露さんも急成長していることだろう。

 

「大淀さん、やっぱり忙しくてさ。青葉さんも海図で部屋に引きこもってるし、自主練ばかりになるんだよね。朝潮、あたしにも訓練してもらえない?」

「主砲の訓練なんて完全に畑違いなんですけど」

「そこをなんとか! 言われた通りにするからさ!」

 

頼み込まれてしまっては仕方ない。精密射撃の訓練なんてどうすればいいのかよくわからないが、一応考えてみよう。訓練のプランを考えるなんて初めてのこと。なんだか楽しそうに思えた。

 

『いい気分転換になるじゃないか』

「そうね。訓練担当、思ったより楽しいかも」

 

今までにやったことのないようなことをやり始めて、ほんの少しテンションが上がる。以前にレキの訓練方法として遊びを提案したことがあったが、その時のようなものだ。敵のことでなく、味方のことを考えるのなら、それはそれで心が穏やかになるだろう。

より朝潮先生となれるように、今後は力を入れていこうと思う。

 




香取服の大人朝潮なので眼鏡復活も考えていたところ、眼鏡をかけたのは響だったという。大発運用のため、響は朝潮の弟子に。生徒という方が正しいか。


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人間の戦い

訓練担当としての日々を歩き出した私、朝潮。まず響さんに自分の持つ索敵技術を教えることとなり、白露さんの精密射撃の訓練プランを出すことも始める。畑違いのことでもやり始めると楽しいもので、気分転換も兼ねていたため案はそれなりに出た。おそらく大淀さんの二番煎じだろうが、無いよりはマシだろう。

この2人以外の訓練も見ることはあった。純粋に相手をしてほしい人や、見て気付いたことがあったら教えてほしいという人など様々。訓練担当というのもいろいろやる事があるのだと実感。手が空けば呼ばれ、また手が空けば呼ばれと思った以上に忙しい。それでも充実していた。嬉しい悲鳴というやつだ。

 

訓練担当を始めて3日の時が過ぎた。響さんと白露さんの訓練を見ることも多くなり、2人ともメキメキと力を付けている。ケッコンカッコカリをした後にさらなる力を付けるというのもおかしな話だが、現状、底上げはとても大切。ありがたいことに滞在中の一航戦の2人にも手伝ってもらえたりするので、底上げは順調と言える。

元帥閣下が鎮守府に滞在を始めて1週間になり、少しずつ少しずつと情報が集まってきているそうだ。元帥閣下の鎮守府も、今のところは平和そのもの。敵鎮守府からの攻撃を受けておらず、普段通りの運営が続けられているようだ。あちら側にいる若い提督という人もとてもやり手なようで、信用に足る人物である。

 

「あぁあああ……疲れたぁ……」

 

昼の食堂。佐久間さんがグッタリと机に突っ伏していた。この3日間も常に命を狙われ続け、それを全て十七駆の4人に救ってもらっている。深夜の襲撃のため、本人は眠っている間の出来事ではあるものの、4人の消耗の仕方から激戦なのがすぐにわかった。

 

「お疲れ様です。研究はどうですか?」

「いやね、やっぱり『種子』が過負荷の影響を良い方向に変えてるってとこまではわかったんだよ」

「え、凄いじゃないですか。そこまで解析出来てるなんて」

 

仮説が正しかったことを解析で裏付けていた。が、その表情は暗い。

 

「解析は出来たけど、対策が出来ないんだよぉ。『種子』の中和は逆位相ぶつけるみたいなもんだからすぐに出来たけど、同じことを影響無しに作ろうとするとどうしても心に悪影響が出ちゃうんだよねぇ」

 

大問題である。佐久間さん曰く、干渉の過負荷を相殺、むしろ強化に繋がるためのものが、より洗脳効果を強めているらしく、今の鎮守府の技術ではそれを対策することがほぼ不可能らしい。つまり、深海組が出撃不可なのは変わらず。

 

「せめて体調不良を無くせるようには頑張るよ。過負荷を受けてる雪ちゃんの細胞がまだ残ってるからね。せめてそれさえ無くなれば、出撃出来なくても辛くはないだろうし」

「よろしくお願いします。私には応援しか出来ませんが」

「任せてちょーだい」

 

くたびれた笑顔だったが、頼もしかった。また何処かのタイミングで労うことになるだろう。

 

 

 

夕暮れ。今日も1日訓練を引き受けていた。響さんには技術を教え、白露さんには他の人にも相談した訓練のプランを渡した。他にも清霜さんの的になったり、榛名さんの的になったり。私を相手に戦いたい人が多すぎる。

 

「お疲れ様。報告書、読ませてもらったよ」

「あまり慣れないことでしたが、大丈夫だったでしょうか」

「ああ、うまくやれている。適役なのではと思うほどにね」

 

執務室で訓練の報告書を提出。簡単なことだが、こういうことは大切である。訓練は割と私の独断でやらせてもらっている部分もあり、事後承諾が多い。演習以外ではあまり激しいことはしていないが、最低限の報告は必要だ。

 

「響君は後継者として順調に育っているようだね。索敵担当は多い方がいいとは思っていたが、なかなかやろうという子が出てこなくてね」

「初霜が立候補しかけたんですが、うやむやになってしまいました。あの子もああなってからは自分のことで手一杯ですし」

 

穏やかな時間。いわゆる内勤というやつだが、戦場から離れているのもいい心持ちになれる。いざという時は戦場に出るが、今の私はあくまでも補欠。しばらくはバックアップ専門として、サポートし続けよう。

 

「白露さんも精密射撃の腕がグングン上がってます」

「すみません朝潮さん。私が引き受けたはずなのに結局任せてしまって」

「いえいえ。大淀さんはこちらが忙しいですから。それに、畑違いのお仕事もなかなか面白いものです」

 

まだ数日だが、私の本来やらないようなところにも目を向ける機会が多かった。それが白露さんの主砲のこと。自分がやれないことの訓練なんて、簡単には思い浮かばないものである。それでも楽しくプランニングできた。皆が相談に乗ってくれたおかげだ。

 

「司令官、本日の分、書き終わりました。お納めください」

「了解した。では今日の訓練担当、お疲れ様」

 

と、ここで執務室の電話が鳴り響く。無いわけではないが、本来終業に近いくらいの時間だ。そう考えると少し珍しいくらい。

 

「……緊急回線……?」

 

それ以上に珍しい緊急回線による電話。この回線を使ってくるときは鎮守府が危機に瀕したとき、もしくは、誰にも会話が聞かれたくないときである。使うこと自体が記録され、後者のようなことがあるので尋問の対象になる。それだけ使用にリスクがある。

それでも使ってきているということは、余程の理由があるということ。何処かの襲撃を受けているのかもしれない。

 

「私だ。この回線を使うということは……む……そうか君が。時間は大丈夫かい」

 

司令官の口振りからして緊急性のある内容ではない。聞かれたくない内容の方。

 

「朝潮君、元帥閣下を呼んできてもらえないかい」

「了解しました。何処にいるかは把握しています」

 

すぐに元帥閣下を執務室へ呼び出した。放送でもいいのだが、わざわざ私に頼むということは、あまり外に漏らしたくないような内容。そして、それでも私が知っている内容。つまり、秘密裏に進められている裏切り者探し。

 

 

 

元帥閣下は、はちさん管轄の資料室にいたため、すぐに執務室に来てもらえた。そう遠くにいなかったのは好都合。

 

「爺さん、緊急回線からの連絡だ。彼だよ」

「ほう、やってくれたか」

 

執務室の鍵を閉めたところで電話を室内に聞こえるようにする。瑞穂さんは部屋の外で待機。誰かが近付かないように見ていてくれるようだ。

 

『あーあー、聞こえますか。元帥閣下、提督代理の南です』

「うむ、聞こえておる」

 

電話の向こう側は、元帥閣下の留守を任されているという若手の提督、(みなみ)正志(まさし)司令官。声からして確かに若い。

 

『依頼されていた調査、完了しました。急ぎで連絡を』

「ご苦労。で、どうだった」

『姿を消した上層部4名の共通点ですが、全員が事件関係者です。元帥閣下が目をつけた通りでした』

 

南司令官のこの諜報能力を買って元帥閣下は直属に置いているそうだ。何か裏でいろいろあったようで、聞こえは悪いが飼い慣らしているという。

人となりに関しては聞く理由が無いために知らないが、割と危ない橋も平気で渡るような人であるとのこと。褒められたことでは無いが、こういう時に必要な人材である。現に今、その能力に助けられている。

 

「他に事件関係者は残っとるか」

『はい、あと2人。その2人がおそらく上層部内の裏切り者です』

「そちらで確保できるか」

『やってみます。少々手荒になりますが』

「構わん。裏切り者に情けをかける義理は無かろう。敵と手を組むなぞ言語道断じゃ」

 

元帥閣下の知らない側面を見ている気がする。私達の前では優しいおじいちゃんだが、大本営のトップに立つ最高の地位を持つ人だ。険しい顔で南司令官と話をしている。私達の司令官も黙ったままだ。

私達の司令官と対等な関係でいること自体、本来ならおかしな話。これが本来の元帥閣下。少し怖いと思ってしまったが、味方であることに安心感も覚えた。

 

『そちらで志摩摩利提督と接触出来ますか』

「出来ると思うが、関係者なのか?」

『いえ、事件の被害者と友人だったようでしたので、当時の情報をいただきたく』

 

ちょくちょく出てくる『事件』というのがキーワードらしい。そこにはあの志摩司令官もほんの少し関係してくるという。今の口振りからして、『事件』の方には関わっておらず、何かを知ってそうだから話したいというだけなようだが。

それだけは安心した。志摩司令官は顔見知りだし、あの人が何か問題を起こすような人には見えない。今回の件も、空振りなら空振りであってほしいものだ。

 

「爺さん、合同演習をするってことにして、こちらに来てもらうというのはどうだい。その時に話を聞こうじゃないか」

「うむ、それならいいか」

 

今更ながら、私はこの話を聞いていてよかったのだろうか。重要機密のオンパレードじゃなかろうか。一介の艦娘(深海棲艦)である私が手に余る情報を聞いているのは忍びない気がしてきた。

 

それを意識してしまったからか、そこからの話は緊張で頭に入ってこなかった。とりあえずわかったことは、現在姿を消した上層部4名と裏切り者2名は共通する事件の関係者であること。その事件というのが、とある提督が被害に遭ったものであること。その事件と北端上陸姫がどう関係しているのかは知らないが、共通点があるのなら調査する以外に選択肢は無いだろう。元帥閣下にはあたりが付いているようだし。

あと残念だったのは、既に素材に使われてしまいこの世にはいない阿奈波さんは、一切無関係に巻き込まれたということ。隠れ家に使われている敵鎮守府にいたからというだけで素材に使われてしまったのだ。酷い話だ。

 

「よし、ある程度は揃ったな。では南、引き続きそちらを頼む」

『了解しました。こういうときこそ、僕の力を使うときですから』

「ああ、任せたぞ」

 

通信が切れた。緊張も途切れ、どっと汗が出た。手に汗握るとはまさにこのことだろう。手汗もビッショリ。息もようやく吐けたという感じに深呼吸。

 

「彼は優秀なんだね」

「ああ、諜報活動で右に出るものはおらん。儂に出来るのは前線で指揮を執ることくらいじゃよ」

「責任も取ってくれるんだろう?」

「それはお前に一任するわい」

 

2人はこんな重い会話も友達感覚でしている。それくらいの度胸がないと、提督業なんて出来ないのだろうか。

とにかく、今回の緊急通信で事態が前進したのは確かだ。緩やかに、だが確実に、先へ進んでいる。

 

「朝潮ちゃん、すまなかったのう」

「い、いえ、私は先に情報を知ることで心を安定させるところもあるので。ですが、こんな機密を知ってしまって良かったのでしょうか……」

 

それだけが怖かった。口外出来ないような内容ばかり。そもそも秘密裏に調査を進めていることを知っているのですら極少数なのに、その内容まで知っているとなると、プレッシャーが凄い。

 

「儂も朝潮ちゃんの身体のことはよく聞いておるよ。だからこそ、先に知ってもらいたいことでもあったんじゃ」

「私が先に……ですか」

「今回の件、もしかしたら全て人間のせいかもしれん」

 

理由はわからないが、艦娘でも深海棲艦でもなく人間のせいで今の戦いが起こっているのかもしれないと元帥閣下はいう。

 

「だから、儂が人間を代表して謝罪させてほしい。朝潮ちゃんや、本来の形から遠くかけ離れた身体にしてしまい、本当に申し訳ない」

「えっ、そ、そんな、元帥閣下が謝らなくても……!」

「裏切り者連中は、儂らが必ず償わせる。だから、人間を嫌いにならんでくれ」

 

私が人間を嫌いになるだなんて、考えたことがなかった。

私の今まで出会ってきた人間は、皆いい人ばかりだった。だが、知らないところには深海棲艦よりも酷い人間がおり、その人間の裏切り行為で、私達は被害を被っている可能性がある。そうなると、確かに人間が嫌いになってもおかしくはない。

でも、これは大丈夫だ。個人を嫌うことはあるかもしれないが、人間そのものを嫌うことはないだろう。

 

「大丈夫ですよ、おじいちゃん。司令官や佐久間さん、勿論おじいちゃんに出会えてよかったと思います。人間にもいい人がいるってわかっているので、人間そのものを嫌いになることはないですよ」

「そう言ってもらえるとありがたいのう」

 

勿論、これも本心から出た言葉だ。出会えてよかった。

 

「今は儂ら人間の戦いじゃ。大船に乗った気でいておくれ」

「艦娘や深海棲艦の手は煩わせんよ。情報戦は我々の仕事だからね」

 

今は人間の戦い。私達が出る幕ではない。

海の上での戦いは私達の出番だ。そうやって共存していくのだ。

 

 

 

夜、久しぶりに夢の中で思考の海でアサと対面。2人で話したいことがあった。

 

「アサ、アサは……」

「私は別に人間を嫌いにはならないぞ」

 

先に言われてしまった。

 

「私は深海棲艦だが、人間を滅ぼしたいとか、そういうのはない。私の穏やかな日常を崩そうとする奴には容赦しないだけだ」

「そう、それなら……よかった」

「お前もだよな? わかってるんだぞ」

 

本能の化身に言われてしまっては仕方あるまい。

私達の静かな生活を邪魔するものは、例え人間であろうが許せないだろう。今はまさにそれ。上層部にいる裏切り者のせいで、私達は静かに過ごせない。理由も大それたものではなく、くだらないことなのだろう。

だからといって、人間そのものを嫌うかと言ったらそれは違う。艦娘にだって悪い人はいるだろうし、深海棲艦にいい人もいる。それと同じ。

 

結局のところ、私が嫌いなのは、敵であるものである。その敵ですら、救えるものなら救いたいものだが。

 

「それを確認するためにここで話をしたかったのか?」

「……ええ。アサと話すのは自問自答しているように思えて」

「言い得て妙だな。私はお前みたいなものだ。こういうことで落ち着くなら好きに使え」

 

クククと笑う。レアなアサの笑顔。今のところ、これを知っているのは霞だけ。

 

「私は人間の戦いに首を突っ込むことは考えてない。今は提督や爺さんに任せればいいんだ」

「わかってる。私にどうこう出来ることじゃないもの。人間の戦いは人間にやってもらうわ。深海棲艦が出てきたら、それは私達が相手取るわよ」

「おう、それでいいぞ。まぁ大口叩いたところで私らは戦場に出れないけどな」

 

アサと話すことが何よりも落ち着く気がした。自分の考えを言葉にして気持ちを落ち着けるなんてこともあるらしいが、今やっているのはまさにそれだろう。

アサのおかげで私は私でいられる。敵の策略で生み出されたものかもしれないが、今ではかけがえのない仲間だ。

 




もうお判りでしょうが、人間のキャラの苗字はとあるアニメのキャラの名前を捩って、名前はそのキャラの声優さんの名前、という形でつけています。阿奈波君は例外だけど同じアニメの用語。佐久間さんは法則が逆転しています。今回登場の南司令官は、南を英語読みしてください。


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笑顔の死神

現状の解決に向けて、一歩前進した。上層部内部の裏切り者にあたりがつき、真相が少しずつ詳らかになってきている。これが本当に解き明かされたとき、どんなことになるかはまだ見当がつかない。だが、先に私、朝潮にだけは伝えてもらえたので、覚悟が出来る。最悪の状態をイメージして、心が揺れ動かないように構えることも出来るだろう。

 

翌日、かなり急ではあるものの、志摩司令官の鎮守府と合同演習を行うことが決まった。と言っても演習は建前。本題は、志摩司令官の友人だったという、『事件』の被害者のことを聞くため。その事件がどういうものかは私は聞いていないが、何かしら必要な情報が手に入る可能性が高い。

この事実を知っているのはあちらは志摩司令官だけ。こちらでも私だけという徹底っぷり。おそらく瑞穂さんも勘付いているとは思うが、何も言ってこないので状況を察してくれているのだと思う。

 

「こんな状況で演習なんてしていいのかしら」

「戦力が底上げ出来ているかを実戦で見られるのはいいことよ。だから、今日の演習には深海組以外が参加するの」

「なるほどね。私達は見てるだけか」

 

霞と話しているが、多分見ているだけじゃ済まない。相手はあの志摩司令官の鎮守府の艦娘。好戦的で武闘派な人しかいない。全員が神通さんみたいなものとはよく言ったものである。私達はあちらに勝っているものだから、確実にリベンジマッチを挑まれるだろう。

あちらから来るのは水雷戦隊らしいので、こちらからも現在絶讃強化中の駆逐艦勢をぶつけるという方針。どうせ全員やることになるだろうが、方針としては決めておく。

 

「訓練の成果を見せてもらいましょう」

「任せてくれ朝潮先生。索敵担当としての新生ヴェールヌイを見てもらおう」

「あたしも大分育ったと思うから、見ててよね朝潮先生」

 

教え子のような扱いとなった響さんと白露さん。響さんに至っては後継者という言葉がすっかり定着してしまっている。電探眼鏡は普段使いではないものの、戦場である程度使えるところにはなっている。私の艦載機避けも余程ズルイことをしなければ当たることはないくらいだ。

 

「すっかり先生ね」

「女帝よりはいいでしょ」

 

たった数日のことではあるが、訓練担当も板についてきたかなと自覚し始めた。今は毎日が楽しい。敵鎮守府のことさえ無ければ、充実しているとさえ思える。

 

『他の奴らと話せるってのも息抜きになるよな。いい機会じゃないか』

「そうね。また皆に会いたいわ」

 

好戦的だが面白おかしい人が数多く所属しているところだ。誰が選出されてやってくるかはまだわからないが、誰が来ても楽しいことになるのは間違いない。

 

 

 

入港予定時間は午後一。こちらも昼食を摂りながら、到着を待つ最中、まさかの緊急通信。この状況、以前元帥閣下がこちらに来る際にも発生したこと。本来なら敵にはまったく関係ないような志摩司令官すら、こちらに来させないように妨害を受けるということか。

 

『加藤少将! 謎の敵に襲われている!』

「すぐに救援に向かう。場所は!」

『航路から少し離されているんだ! 何なんだいあいつは!』

 

元帥閣下の時と同じように戦闘音が後ろから聞こえる。あの時とは違い、爆撃の音ではなく砲撃の音。空母鳳姫では無さそうである。謎の敵と言っている辺り、見た目ではわからないようなものなのかもしれない。

 

「持ち堪えてくれ! 無傷で!」

『無茶苦茶言うねアンタ!?』

 

通信が途切れた。また航路の上。あちらの場所が微妙にわからない状態での救援任務。ならば、基本は元帥閣下の時と同じように動けばいいだろう。敵が何者かわからない以上、混ぜ物である可能性は考慮しなくてはいけない。

無傷を推したのは、当然『種子』の問題だ。過負荷に耐えられるように、混ぜ物全員にも埋め込まれているだろう。攻撃を受ければそれがまた埋め込まれてしまう。

 

「司令官、うちらが行くで。混ぜもんの可能性高いんやろ」

「ああ。対策チームから選出する。後ろの音から、制空権の問題はそこまで考えなくていい。龍驤君だけでいいだろう」

「よっしゃ、なら響も頼むで。足がいるんでな」

 

対策チームとしての初陣が謎の敵というのはなかなか恐ろしいものだが、やれることはやってきている。

 

「志摩しれぇのとこって陽炎型いっぱいのとこだったよね。ならあたし行くから」

「司令、私も行かせてください。まだ日没までには時間があります」

 

姉妹のことには敏感な時津風さんと、同じように手を挙げる萩風さん。オーバースペック組故に心強い。

 

「食べたばっかりだから行けるよ! 響ちゃんの大発にオヤツ積んで!」

「なら榛名もご一緒します。何がいるかわからない以上、戦艦の戦力も必要でしょう」

 

清霜さんと榛名さんも立候補してこれで6人。部隊としては成立。だが龍驤さんは大発搭載組。事実上、響さんの装備扱いでの出撃になる。それならばと、さらに白露さんが立候補。

オーバースペック組総動員かつ榛名さんも入れた、搦め手無しのゴリ押し艦隊。響さんと白露さんはその中でもまだやれることが多い方。

 

「司令官、また私も電探として、大発動艇に搭載してください。場所がわからない以上、必要かと思います。それに、志摩司令官の鎮守府までの海路を知っているのは全員深海組です」

「……前回と同じになるが、構わないのかい?」

「構いません。体調不良くらい」

「おーっと、朝潮ちゃんに朗報! 吐き気止め、1つだけなら作れたから持って行って!」

 

佐久間さんに渡されたのは1本の飲み薬。深海の匂いを感じたくらいで飲めば、体調不良が抑えられるらしい。ただし、艤装の不備は回避出来ないため、戦闘不能なのは変わらない。

 

「ありがとうございます。助かります」

「効果時間がまだちょっと短いから、ギリギリまで耐えてから飲んでね。事前に飲んでおくってことが出来ないから気をつけて!」

 

今回は瑞穂さんもいない状態での出撃。万が一のことがあった場合、龍驤さんに落としてもらう。こんな時のためにと、龍驤さんもいろいろと仕込んでいたらしい。

 

「では頼む! 志摩君を助けてあげてくれ!」

 

2度目の機材としての出撃。私が戦場にいることで、敵が混ぜ物かどうかは判断できる。

出撃を望んだのはもう1つ理由があった。身体が変化したことにより、過負荷に対してどのような反応が身体に出るかを調査したかったからだ。何事もないとなれば、私だけは出撃可能となる。艤装に不備が出たとしても、体調不良が起こらなければ万々歳。とにかく、今の身体がどうなっているかを知りたかった。

 

 

 

鎮守府を発ち、私と響さん2人がかりでの索敵。私の電探の方が範囲が広く、深海の気配と匂いでより早く確認が可能である。響さんには悪いが、戦場に入るまでは私が優先的に索敵を行うことにする。体調が悪くなったら響さんにバトンタッチ。

志摩司令官の鎮守府までの海路を知っているのは、この中では私しかいない。最短距離をなるべく指示し、最速で救援に向かう。今回のメンバーだと、榛名さんと白露さんが低速化の欠陥(バグ)を持っているため、龍驤さんと私と一緒に大発動艇に搭載された形に。

 

「気配確認。匂いも……しました。混ぜ物です」

 

突然吐くほどではないが、やはり体調不良が引き起こされる。それでも今の身体に変化する前より軽めになっているように思えた。過負荷をかけられた中での変化だったためか、若干耐性が出来ているのかもしれない。あと気配と匂いから、混ぜ物は1人だろうと判断できる。

 

「朝潮、薬は」

「会敵したら飲みます……まだ大丈夫です……」

「大人しくしときや。もう充分に仕事はしたんやからな」

 

体調不良でしゃがみこむ私の頭をポンポンと撫でる。小さくても大人な龍驤さんだからこその優しさ。それだけで体調不良が少し緩和されたかのように思えるほど。

 

「そろそろ会敵するよ。朝潮先生、薬を」

「ありがとうございます響さん……」

 

そこから少し進んだところで響さんに言われ薬を飲む。超即効性らしく、飲んだ途端に吐き気が嘘のように消えた。正直驚きが隠せない。

 

「えっ、ほ、ホントに吐き気が無くなりました」

「さすが佐久間さんやな。艤装は?」

「過負荷がかかってあまり動かせません。艦載機もほぼ無理です。戦闘はお任せします」

 

後はこれがどれだけ保ってくれるか。

 

「会敵。皆下りて」

 

龍驤さんを運ぶという都合上、響さんが旗艦。電探眼鏡の効果もあり、いの一番に敵を発見。同時に全員を展開。敵はおそらく改造されているイロハ級の駆逐艦と軽巡洋艦が複数体。その真ん中にいるものが混ぜ物。

志摩司令官が謎の敵というのも無理はない。黒いコートを着込み、フードで顔も隠れている。見た目小柄なので駆逐艦に思えるが、コートの袖から見え隠れしている主砲は軽巡のそれ。あとはフードの隙間からチラチラ見える()()が気になった。

 

「救援部隊、旗艦ヴェールヌイ。これより救援活動を開始する」

「助かった! あの黒コートどうにかして!」

 

あちらの旗艦は長良型軽巡の5番艦、鬼怒さん。私が鎮守府にお邪魔させてもらったときは遠征任務中だったらしく、顔合わせは初めて。

その後ろに陽炎さん、不知火さん、黒潮さんの陽炎型上3人と、村雨さん、峯雲の型違いの双子。最後尾に志摩司令官が乗る台船。司令官が念を押したように、皆ほとんど無傷ではあったものの、村雨さんに擦り傷が見えた。その時点でまずい。

 

「響さん、大発動艇を村雨さんに寄せてください。龍驤さん、私が守りますので、まず村雨さんを治療します」

「敵の弾かすっとったか! 早うやってやりぃ!」

 

敵を見据えながらも大発動艇は村雨さんの方へ移動。電探の効果を使い、うまく移動させている。訓練の成果が出ているようで何よりだ。

 

「村雨さん、峯雲、こちらに乗ってください。すぐに治療します」

「え、あ、朝潮姉さんですか!?」

「朝潮!? だ、誰かと思った……」

 

相変わらず息が合っているようだが、感心している場合ではない。擦り傷は2箇所。つまり『種子』は2つ埋め込まれているはず。もう1つ埋め込まれたらアウトだ。

 

「かなり辛いですが、我慢してください。理由は後から説明しますから」

 

携帯用の首に刺すタイプの薬を村雨さんの首へ打ち込む。苦痛しか与えられないのは申し訳ないが、治療のためだ。諦めてもらうしかない。この治療により戦闘不能になってしまうため、大発動艇に乗ったままでいてもらう。同時に峯雲も動かなくなるのも仕方あるまい。

 

「っあ、ぐぅぅぅっ!?」

「村雨さん!?」

「大丈夫よ峯雲、治療しなかったら村雨さんも敵になってたの。だから我慢して」

 

周りのイロハ級に関しては何も心配していない。あれの攻撃もかすれば『種子』を埋め込まれるだろうが、こちらはそれに対して対策済み。そもそも当たらないように戦闘している。

 

「あ、ゲロ姉、助けに来たよ」

「時津風、ゲロ姉ってのはやめてくんないかな!」

「姉さん達、援護します!」

 

オーバースペック組の中でも火力が少しだけ低い時津風さんと萩風さんは、他の艦娘を守りながらイロハ級を掃討していく。龍驤さんの艦載機も含めて、少し硬いが一網打尽に。

残っている清霜さん、榛名さん、響さん、白露さんの4人で黒コートの敵と対峙している。今までの混ぜ物の傾向からして、4人がかりでギリギリ。見た目は駆逐艦でも、何をしでかすかわからない。なるべく全員でどうにかしたいところ。

 

「せめて顔くらい拝ませてもらおうかな!」

 

白露さんの砲撃は、当然頭狙い。早速ヘッドショットで一撃必殺を狙っていく。命中精度はもう青葉さんとほぼ同等。不意打ちなら確実に仕留められるような攻撃だ。

だが、それを敵は簡単に回避した。()()()()()()()()()()()。この回避方法、私達は知っている。これが出来るということは、射撃精度は誰よりも高いということかなってしまう。

 

「うわ、そういうタイプか。面倒臭いね」

「なら、こっちはどうかな!」

 

今度は清霜さんがその超大型主砲での砲撃。かすっても大惨事な超火力を放ったが、真正面から撃ったために当然回避される。

 

「お顔見せてよ」

 

その隙を突き、響さんが砲撃。私達の乗る大発動艇をうまく戦場から遠ざけながらの攻撃だ。並行作業(マルチタスク)がちゃんと出来ている。

その攻撃は白露さんほどの精度は無いものの、回避中になら充分すぎるほど効果的。だがそれすらも、砲撃を当てることで回避してくる。さらには跳弾をこちらに狙うように。今までにない器用な敵だ。

 

「厄介だね。顔すら見せてくれない」

「じゃあ逃げ道を無くしちゃえばいいでしょ」

 

イロハ級をある程度抑えたため、時津風さんも黒コートの相手に加わる。おそらく、時津風さんはあの正体がわかっているのだろう。

 

「つーかさ、そのフード取りなよ」

 

黒コートは無言。まだ遊んでいるように思える。わざと視界を隠して戦っているにも関わらず、砲撃に砲撃を重ねるような神業を繰り返すほどだ。本気を出したらこちらに攻撃すらさせてくれないだろう。

 

「わかってんの。ほら、早く顔見せなよ。()()

 

ピクンと反応した。私もあの黒コートの敵は雪風さんだと思っている。あの射撃精度は元帥閣下直属の艦娘の雪風さんと同じ。体格も近しい。それに、電探の反応が酷似している。同じ艦娘なら大体似たような反応だ。コートを着ていてもその辺りは変わらない。

 

「脱げっつってんの。ほら、雪風」

駆逐陽姫(クチクヒナタヒメ)。そう呼んでほしいです」

 

フードをめくる。私達の見知った顔だが、やはり深海棲艦化している。貼り付いたような笑みだが、目は一切笑っていない。

私達は深海棲艦化した艦娘を大分見慣れているが、志摩司令官達には刺激が強いもの。特に妹が敵に回っているという状況に置かれた陽炎さんは、少し危険な精神状態に。

 

「うそ、なんで雪風が……」

「陽炎、落ち着いてください。あれは()()()()()()なんでしょう」

「こちらを動揺させる作戦なんやろ……気に入らんけどなぁ!」

 

動揺で震えている陽炎さん。感情的な黒潮さん。冷静だがあまり見ようとしない不知火さん。三者三様だが精神的に大きく効いている。なるべくなら戦闘に参加してもらわない方がいい。

 

「あれ、どうすればいいの?」

「もう取り返しのつかない状態なので……撃破する必要があります」

「はー、キッツイねぇ! 雪風はうちにもいるから尚更だよ!」

 

唯一、鬼怒さんだけは落ち着いていた。テンションの高い人のようだが、この事態にブレていない。さすがはこの武闘派集団を取りまとめる旗艦なだけある。イロハ級の掃討も終わり、残りは1体だけ。その1体が大問題なのだが。

 

「ゲロ姉、戦えないなら下がっててよ。あたしらがやるから」

「はぁ!? 雪風なのよ!?」

「わかってるよそんなことは!」

 

姉妹が多い分、団結力も強い陽炎型。特に志摩司令官の鎮守府は、現在発見されている陽炎型が全員所属しているほどだ。敵が雪風さんの顔というだけで、かなり辛いだろう。それは時津風さんだって同じだ。

だが、あれはまともじゃない。陽炎型の雪風ではなく、本人が言う通り駆逐陽姫、深海棲艦の姫級として、こちらに牙を剥く敵である。

 

「アサちゃんはいますね。なら、ここで全員殺せば、最後まで行きますか?」

「行きませんよ。誰も死にませんから」

「殺しますよ。ヒナタが全員」

 

顔を晒した途端、戦闘スタイルを変えたのか、動物のように前傾姿勢に。この後、今までが本当に遊んでいたということがわかる。

 

「皆殺しです」

 

お尻の辺りが蠢いた後、ズルリと生えてきたのは戦艦レ級の艤装だった。よりによって、奇跡の駆逐艦に最悪のイロハ級を掛け合わせている。

今まで相手をした混ぜ物は遊び感覚が多かったが、初めて全力を出してきた。まだ何かあったとしても、ここでどうにか倒したい。

 

「何、何よあれ、妹がなんであんなことに……」

「敵の仕業言うてもあれはホンマに気に入らん! 人様の妹を!」

「陽炎、黒潮、落ち着いてください!」

 

姉3人の精神状態はより一層危険なものに。もう戦闘に参加してもらうわけにはいかない。こそっと鬼怒さんにお願いして、3人を押さえつけてもらう。ここから先は、そんな心構えで戦場に立つ方が危険。

 

「雪風相手なら、あたしらがやるしかないんだよ。萩風、いいね」

「勿論。姉さんを止めるのは私の役目だから」

 

駆逐水鬼との戦い以来の、真剣な時津風さん。今は萩風さんも隣にいるし、背中には姉がいる。敵も姉だが、心の持ち方がまるで違う。この手で殺す覚悟を持って、この戦場に立っている。




第四の混ぜ物、駆逐陽姫。陽の字は、()炎型であり、丹()と名を変える雪風だからこその1文字。


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因縁の姉妹

情報提供をしてもらうために鎮守府に来てもらうことになった志摩司令官が敵の襲撃に遭った。襲撃をしたのは混ぜ物の1人、駆逐陽姫。奇跡の駆逐艦雪風と、最悪のイロハ級戦艦レ級を掛け合わされた難敵である。外見が雪風さんであるため、その妹である時津風さんと萩風さんが筆頭となり、ここでの撃破を目指して戦闘を開始する。

私、朝潮は未だに艤装不調。佐久間さんに渡された薬のおかげで体調不良は払拭出来ているものの戦闘には参加出来ないため、戦闘は皆に任せて『種子』の治療で消耗した村雨さんの側にいることにした。

 

「朝潮、艤装動かへんのよな」

「はい、まともには動きません。自衛もままならないかと」

 

艤装は展開するものの、アサもうまく動かせないようだ。動かないとなると、他を守るどころか自分も守れない。電探による指示は出来るものの、体調不良がいつぶり返してくるかもわからない。私の仕事はここまで。いざという時はどうにかして艤装を動かし、村雨さん達を守ることになる。

 

「龍驤さん、艦載機の位置だけ伝えます」

「おう、任せたで。無理はすんなや」

 

状況を把握するために、電探をフル活用。今一番守らなくてはいけない志摩司令官は、私達の乗る大発動艇の後ろにいるためまだ安全。

 

「志摩司令官、先にここから離れてください」

「私ゃここで見届けてやるさ。少なくとも、陽炎達があんなザマじゃあ気分良くそっちの鎮守府に行けやしないね」

 

おそらく何を言ってもここで見続けるだろう。ならもう私達が守るしかない。出来ることなら離れてもらいたいが、この人はこうやって部下の士気を上げている人だ。

 

「危険だと思ったら引きずってでも撤退します」

「好きにしな。私はここで全部見る」

 

その志摩司令官が心配する陽炎さん達は、鬼怒さんの指示の下、強引に戦場から離されていた。まともな精神状態でない仲間は、ここにいても足手纏いにしかならない。それは私も同じだ。冷静に判断できても、戦力としては最下級。私達の身の安全は響さんに全て任せる。

 

「そっちの目的はなんなのさ、雪風」

「志摩しれぇを殺すことだよ時津風。余計なこと話されたくないって、()()から言われてるの」

 

駆逐陽姫も北端上陸姫のことを母親だと思い込まされているようだ。あの時の嫌悪感を思い出してしまう。あの時、那珂ちゃんさんが間に合わなかったら、私もあんな風に振る舞っていたのかもしれない。体調不良は無いが吐き気がしそうだ。

目的が志摩司令官の殺害なら、むしろここから離れない方がいいかもしれない。守りやすくなる。急に離れられても戦場が無茶苦茶になるだけだ。それに、あの言い方からして、志摩司令官はこちらの知りたいことを知っていそうだ。必ず守らなくてはいけない。

 

「でも、アサちゃんいるし、ここにいるみんなを殺せば、もっと褒められます。だから、死んでね?」

「誰が死ぬかっつーの」

 

とはいえ、レ級の艤装ということは、何もかもがやれる万能戦力だろう。両手に持つ軽巡主砲もあるため、手数がやたら多い。早速レ級艤装が天を向き、口から艦載機が吐き出される。

 

「龍驤さん」

「おうよ。制空権は心配すんな! トキツ、かましたれぇ!」

「りょーかい! 馬鹿な姉貴はあたしがぶっ潰してやる!」

 

大量の艦載機は龍驤さんが食い止めてくれる。一番的確な場所は私が電探を使い指示し続ける。空からの攻撃は考えないでいい。

 

「榛名姉ちゃん、きよしー、お願いね。まずあの艤装をぶっ壊す」

「了解。榛名、フェイズ2」

 

榛名さんはAGPを起動。接近戦の様相。清霜さんは萩風さんを隣に置く。

 

「萩風ちゃん、合わせて!」

「了解! 一斉射だね!」

「行くぞぉ! 一斉射! てぇーっ!」

 

長門さん直伝の胸熱アタック、一斉射を皮切りに開戦。あちらは1人に対し、こちらは6人がかり。それも、制空権を龍驤さんが均衡に持っていけること前提である。

一斉射で集中砲火を浴びせかけても、それに対しレ級艤装の砲撃をぶつけつつの回避で無傷で終わらせてくる。清霜さんは当然最高火力の51cm連装砲装備だ。それを含めた一斉射にも臆さないその火力、あまりにもいい加減。

 

「邪魔しないでくださいね。どうせみんな死にますけど」

「死にませんよ」

 

一斉射に紛れて榛名さんが至近距離へ。低速の欠陥(バグ)を帳消しにするために、相手の死角をついて移動していた。

欠陥(バグ)と向き合い、確実に敵を倒す方法を皆が取り入れているが、榛名さんが考えたのがコレ。仲間の攻撃に視線を誘導し、隙を突く。戦艦からは少し離れた戦術ではあるが、接近戦もそれを活かすための手段。

 

「榛名パンチです!」

「させませんよ。こんな至近距離で」

 

レ級艤装が榛名さんのアームを払い退ける。レキとの度重なる訓練で戦艦レ級の戦い方は皆身にしみているはずなのだが、そこに雪風さんの直感が加わっているせいでタチの悪いものに変化している。今の回避も、榛名さんが攻撃する前に動いていた。

回避と同時に榛名さんに腕の軽巡主砲で砲撃するが、もう片方のアームでガード。その砲撃も異常な火力なのだが、元がシールド状の艤装のため、それを受けてもまだ少し傷がつくだけで済んでいる。

 

「白露、脚を狙おう」

「あいよ、響は?」

「先生と龍驤さんを守りながらの戦いは結構キツイ。なるべく状況を見て動く」

 

火力最小である響さんと白露さんはまず足止めを狙う。榛名さんが至近距離にいるため攻撃しづらいが、そこは白露さんの精密射撃が火を噴く。ちょっとした隙間からでもしっかり狙っていく。

 

「むー、邪魔ばかりしますね。もっとばら撒きますか」

 

レ級艤装を思い切り振り回して榛名さんから強引に間合いを取った後、白露さんの砲撃も軽巡主砲の砲撃により弾いた。

精密射撃の弱点は防御という行動が取れる相手に不利なところである。避けられないのなら防げばいい。もっと不意打ちでなければ、当たるものも当たらない。

 

「それじゃあ、悪足掻きしてくださいね」

 

もう一度レ級艤装を振り回すと、周囲に尋常ではない量の魚雷がばら撒かれていた。鎖を繋げられて洗脳された霞の時以上の無差別攻撃。密度もあり、回避がしづらい。さらには本当に無差別なせいで、回避すると大発動艇の方にも流れてくる場所。

 

「白露」

「わかってるよ。全部撃ち抜いちゃる!」

 

精密射撃を魚雷処理に使い、回避せずともどうにかしていく。響さんも魚雷を処理しながらそのラインに大発動艇を移動させてくれたので一安心。

しかし、その処理をしている間にもこちらを狙って攻撃してくる。合間を縫って艦載機をさらに増やし、砲撃は戦艦並で飛ばされてくるため、近付くどころか反撃すらままならない。命中精度も異常。今はまだ辛うじて回避が出来ているが、いくつか擦り傷が出来ていた。予防接種が無ければ危険な状況。

 

「清霜ちゃん、もう一度一斉射出来ますか!」

「頑張りたいけどタイミングが無いよぉ!」

 

一斉射をするためには回避せず数秒間その場に停止しなくてはいけないが、砲撃やら魚雷やらが乱射され続けているためにその余裕がない。駆逐陽姫に消耗も見えず、このままだとジリ貧に持っていかれる。

そこで時津風さんが強引な戦術へ。相手が雪風さんの外見をしているからこそ、無理な行動もしてしまう。予防接種済みのため少しくらいの『種子』は対策出来ているが、私の時のように大量に埋め込まれると成すすべがない。

 

「榛名姉ちゃん、ちょっと投げて」

「投げるって何を」

「いいから。雪風の真上」

 

駆逐水鬼と戦った時にも見せた、らしくない真剣な顔。遊びなんて何処にもない。手加減もする余裕がない。殺すつもりで行かなければ、こちらがやられる。逃すわけにも行かない。

榛名さんのアームの上に乗る時津風さん。当然そこを狙ってくるが、狙いが定まれば定まるほど、白露さんの精密射撃が光る。時津風さんを狙う主砲のみに狙いを定め、僅かに照準をズラすように撃ち抜く。主砲そのものが頑丈ではあるものの、少し照準がズレればもう当たらない。

 

「4方向から行けばどれか当たるっしょ。んじゃあ、やって!」

「もう、後からお説教ですよ! 榛名、投げます!」

 

アームを使って時津風さんを投げる。私が扶桑姉様の蹴りに乗って移動した時と同じように、猛スピードで駆逐陽姫の真上へ。砲撃が当たらぬよう、艤装を盾に。高く飛んだわけでなく、目が合うほどの至近距離。貼り付いた笑みの駆逐陽姫に、怒りに歪んだ表情を向ける。

投げると同時に榛名さんも動き出していた。さらには清霜さんと萩風さんも一斉射の準備。響さんまで接近を開始。時津風さんの特攻をキッカケに、全員が特攻を仕掛ける。

 

「雪風ぇ!」

「ヒナタだって言ってるでしょ!」

 

一番危険なのを時津風さんだと判断したのだろう。上に軽巡主砲を片方。榛名さんが近付いていることも勘付いているためにもう片方の軽巡主砲。さらには一斉射を見越してレ級艤装が清霜さんの方へ。それでも響さんがフリーに。

 

「私がフリーになるのは想定済み。一番雑魚だからね。だから、私が搦め手を使うんだ」

 

時津風さんを迎撃し、腕に一撃。榛名さんへは砲撃が効かないと踏んだのか回避をしつつの脚狙い。清霜さんと萩風さんの一斉射にはレ級艤装による砲撃をぶつけ、響さんの攻撃にはただ回避する。その流れは見えた。

が、電探訓練をして、私の教え子となった響さんには、それ以上のものも当然教えている。自分への負荷を考えないのなら、1回くらいは使えるだろう。

 

「ここだよ。君の隙間」

 

行動予測。ほんの一瞬先を見る『未来予知』。砲撃が回避されるならと、対人で爆雷を放った。回避先まで見越し、自分以外の全員を囮にした、魚雷が使えない駆逐艦による渾身の一撃。直感さえも乗り越えて、手で払えないタイミングを作り出した。

 

「この……!」

 

両腕は使っている。レ級艤装も一斉射回避に使っている。それならと残った脚で爆雷を蹴り飛ばす。響さんはそれも当然狙っていた。

 

「白露」

「最高のタイミング!」

 

ここまでも囮。最後に白露さんが残った脚を撃ち抜こうとする。だが、

 

「ヒナタ1人に6人がかりとか恥ずかしくないんですか!」

 

レ級艤装を振り回して、強引に全てを弾き飛ばしつつ、先程と同じ量の魚雷をばら撒く。無理矢理すぎるが効果的。また白露さんと響さんが魚雷処理に追われる羽目に。やはりあの艤装をどうにかしないと止められない。艦載機も残り続けており、龍驤さんが手一杯。さらには未だに傷1つ付けられていない。それに対してこちらは時津風さんが中破。片腕が使えない。

 

「ヒナタも怒っちゃいます。時津風は特にダメ! 今すぐ死んでもらいます!」

 

一斉射が止まったところを見越してレ級艤装が時津風さんへ向く。身体は清霜さんの方へ。見ずに狙うなど、私と同じような電探が内蔵されているのだろうか。

 

「時津風ちゃん! 榛名が、守ります!」

「死んでください!」

 

レ級艤装の口が大きく開き、艤装の支えなしに大型主砲が放たれた。避ける方向まで見越された強力な火力に、消耗した時津風さんは回避が出来ない。そこにいち早く回り込んでいた榛名さんが盾になる。時津風さんと清霜さんに視線が向いていたことでまた死角をついて移動済み。

 

「耐えられると思ってるんですか!」

「榛名は大丈夫です!」

 

主砲による砲撃をそのアームで受け止めた。だがそのままだと衝撃だけでアームが破壊されてしまうほどの火力。弾くのではなく受け止めるなんて本来は無謀だが、榛名さんはあえてそれを選んだ。受け止められる自信があるからだ。

榛名さんが砲撃を受け止めた瞬間、榛名さんの真後ろで強烈な水飛沫が上がった。衝撃を脚から逃がしている。艤装の前に身体が壊れてしまいそうな技だ。

 

「余所見すんなよ」

 

その水飛沫の奥、完全に頭を狙った時津風さんの一撃。救出なんてカケラも考えていない、殺すためだけの一撃。直感で避けたようだが、視界の外からの攻撃は直感以外では避けられないようだ。

 

「もう一回! 一斉射! てぇーっ!」

「撃ちます!」

 

3度目の一斉射。清霜さんは今までオヤツの補給をしておらず、そろそろ限界に近い。

 

「ああもう! 鬱陶しいですねぇ!」

 

連続で砲撃をされ、その都度回避するためにレ級艤装をふりまわし、駆逐陽姫も頭に来たようだ。砲撃をぶつけて弾くのではなく、ついに回避を選択した。回避しながらも清霜さんに近付き、処理しようと動き出した。

他の混ぜ物と違い、身体から子供の駆逐陽姫だからこそ、執念深く攻撃し続けることで痺れを切らすのを待った。冷静さを失ってしまえばこちらのものだ。

 

「背中見せるとかさ、嘗めてんの」

 

清霜さんに向けてレ級艤装まで向けたところを見計らって、時津風さんが背後から一撃。直感で避けたようだが、またここで視線が清霜さんと時津風さんに集中した。

 

「榛名パンチ、です!」

 

そうなれば、榛名さんが間合いに入ることが出来る。艤装を捥ぎ取るように殴りつけ、追加の砲撃でついにレ級艤装を半壊させた。

 

「あ、ま、ママから貰った艤装が……」

「そんなに大事な艤装なら、そもそも出てくんな」

 

放心しているところを、トドメと言わんばかりに時津風さんが砲撃し、根元から破壊した。途端に貼り付いていた笑みが消え、涙目になる駆逐陽姫。海に浮かぶ壊れたレ級艤装を抱きしめるように拾い上げ、こちらを睨み付けてくる。

何故こちらが悪者みたいになっているのか。そうやって精神的に追い詰める作戦なのか。そうだとしたら、余程陰険である。

 

「許せない……ママから貰った艤装を壊して……許さないんだからぁ!」

 

戦術がいきなり変わった。これまで私を追い詰めるために周りの艦娘を殺すことを優先していたが、主砲が志摩司令官のみを狙うようになった。最優先の目的を達成するために動くように切り替わった。

こうなったら危険だ。撃破よりも撤退を選ぶべき。守り切ることが出来ない可能性もある。

 

「志摩司令官! 退きます!」

「こいつぁ仕方ないね。おらぁガキども! まだへこたれてんのかい! 撤退だよ!」

 

未だ気持ちに整理がつかない陽炎さん達に一喝いれ、戦場をジッと見続けていた志摩司令官も撤退を選択。この場から早々に離れることを優先した。

 

「許さないんだから……! 時津風ぇ!」

「こっちのセリフなんだよ雪風! 志摩しれぇが逃げ切るまでに決着つけてやる!」

「はいはい、ストップ」

 

駆逐陽姫の後ろからヌルリと誰かが出てきた。途端に体調不良が悪化する。薬が切れてしまったのか、吐き気が途端に激しくなり、人目憚らず思い切り海に吐いた。

2人目が出てきてしまったことで相乗効果が発生。薬でも追いつかないレベルになったのかもしれない。ただでさえ効果時間が短いと言っていたのだから、ここまで持ってくれただけでも良しとしよう。

 

「ヒナタ、一旦撤退よ」

「なんで! 志摩しれぇを殺せばいいだけです!」

「あっちが撤退を選択したの。そんな状態でどうにか出来るの? むしろやられて余計なことまで起こるわ。今回は失敗」

 

2人目も黒いコートを被った小柄の敵。駆逐艦だろうが、当然混ぜ物。何者かはやはりわからない。2人がかりで襲われたらこちらも逃げ切れるかはわからなかった。

 

「艤装を直して出直しましょ。ヒナタは私達の中でも一番の新人なんだから、もっと強くなれるわ。そうしたら改めて皆殺しにしましょ」

「うぅぅ……わかりました。今日のところはこれくらいにしておいてあげます」

 

駆逐陽姫が海に沈んでいった。2人目の黒コートも、顔を見せないがこちらを見ながら沈んでいく。最後にニヤッと笑ったように見えた。

 

最後はお情けなような気がしたが、なんとかこの戦場を対処することが出来た。志摩司令官の命は助かり、私も暴走せずに済んだ。またもや相手はほぼ無傷。ついに艤装を破壊するくらいまでは行けたが、消耗は激しい。逃してしまったため完勝とは言えないが、初めてまともに戦闘できたと言える。

戦闘が終わった途端、時津風さんは後回しにしていたデメリットのため、昏睡したかのように眠りについた。腕の傷も酷い。早く戻って治療しなくては。

 




途中で榛名がやった、受け止めながら脚で衝撃を後ろに逃がすという技、わかる人がいるかは知りませんが、万象の杖です。


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許されぬ感情

逃してしまったものの、志摩司令官の命を守ることは成功した。損害も一部擦り傷はあるものの、時津風さんの中破で止まったくらい。勝ち目自体は見えた戦いであった。だが、あれだけの戦いをした駆逐陽姫は敵の中でも一番の新人だという。これ以上強くなって帰ってくる可能性も高く、次はより苦戦することは確定であった。

 

意気消沈する陽炎さん達も連れ、志摩司令官を鎮守府に送り届けた私、朝潮達。デメリットによる眠りについた時津風さんはすぐに入渠してもらい、戦闘に出たメンバーはお風呂へ。私は過負荷による体調不良のため、お風呂には入らず休息をとる。

 

「御姉様、御気分は如何でしょうか」

 

今日は春風に看病されながらの休息。

鎮守府に戻るまでもさんざん吐き、胃の中は空っぽ。相乗効果の過負荷は本当に辛い。佐久間さんの薬効がギリギリで切れてしまったのも不運だった。

 

「吐き気は治まったけど……まだ身体が怠いわ……」

「今日はわたくしがお側に侍らせていただきますので、何かありましたら仰ってくださいまし。外には瑞穂さんも待機しております」

 

万全の態勢。ありがたい限りである。敵の攻撃を受けているとはいえ、こうも頻繁に体調を崩していると、気分が滅入るもの。それを和らげるために誰かが私の近くにいてくれる。

春風はまだ罪の意識が強い。朝潮型の制服は未だに着ていない。こういう形で償いたいという気持ちの表れ。私は気にしていないのだが、春風が気の済むまでやらせてあげるのが姉心だろうか。

 

「お腹が空いちゃった……何か……食べるものないかしら」

「まだ本格的に食べるのも辛いと思うので、ゼリーをお持ちしました」

「じゃあ……それを貰うわ」

 

身体を起こして食べさせてもらう。そういえば人に食べさせてもらうなんて初めてだ。これは春風、一歩リードとか思ってそう。現に少し口の端がニヤニヤしている。表情に出さないように堪えている感じがする。

 

「春風……ありがと」

「いえ、わたくしは御姉様と共にありますので」

「そんなに気負わないでね……私は何も気にしてないんだから」

 

頭を撫でてあげる。堪え切れなくなって表情が緩んだ。私達の知る春風はこうでなくては。

 

『さすがにもうこの体調不良はゴメンだな』

「本当に……。相乗効果のは特にキツイわ……後を引くし」

 

アサも懲り懲りなようだ。今回も救援対象の捜索という重要な任務があったので私が出たが、その辺りも響さんに一任出来るように教えていこうと誓う。訓練担当としての目標も出来た。

 

 

 

夕食時には体調も戻った。私が倒れ休息している間に、志摩司令官との情報共有も終了していた。心の安寧のために事前に知っておく必要のある私は、こっそりとその内容を教えてもらうことになる。

 

「心構えはいいかい?」

「大丈夫です。何かあったらすぐに雪さんと島風さんを呼びますので」

 

執務室に呼び出された。そこには私達の司令官の他に、元帥閣下と志摩司令官、さらには佐久間さんと、この鎮守府にいる人間全員が揃っている状態。佐久間さんもこの話を聞くのは今からが初めてらしい。いつも閃きで解決してくれることもあったため、教えられる情報は教えてもいいという判断がされている。

私のためにもう一度話をしてくれるということになっていた。2度目となれば、さらに考えもまとまるだろうと、志摩司令官も乗ってくれた。

 

「話は聞いたよ。アンタも随分難儀な身体のようだねぇ」

「はい……ご覧の通り、以前よりまた成長してしまいました」

 

志摩司令官は私の身体のことも詳しく聞いたようだった。

 

「それが敵の攻撃だってのなら仕方ないねぇ。いいじゃないか、そんな朝潮がいても。世の中の朝潮全員が嫉妬しそうだけどね」

「あはは……私がまともな身体なら嫉妬してたかもしれませんね。浦城司令官のとこの別の私にも羨ましがられました」

「はっはっ、そいつはいいねぇ。うちの連中も羨ましがるかもしれないねぇ」

 

このままだと話は脱線したままなので、改めて司令官達に向き直る。私のためだけに作ってくれた機会だ。

 

「さて、では改めて話をしていこうか。朝潮君は、姿を消した上層部と、裏切り者だと判断される上層部の共通点は知っているね?」

「何かの事件の関係者だと聞きましたが」

「その事件ってのが、私の友人が行方不明になった事件だ。寺津っていう男でね」

 

現状、上層部で北端上陸姫と関係を持っているであろう6人の上層部の人間……内4人はもうこの世にいないようだが、その共通点は、志摩司令官の友人だった寺津(てらづ)清志(きよし)という研究員が行方不明になった事件に関係があるということ。

阿奈波さんと似たような立ち位置だったらしく、艦娘や深海棲艦について調査をしている研究員だったそうだ。人当たりがよく、艦娘からも慕われていたとのこと。

 

「調査中に深海棲艦に襲われて行方不明になったんだ。護衛の艦娘を数人付けて、少し遠い海に調査をした時にね。その護衛の艦娘ごと消えちまったんだよ」

「あの……その関係者ってことはもしや……」

「朝潮ちゃんは察しがいいのぉ。寺津はその上層部6人に殺されたんじゃろう。南が今調査しておるがの」

 

人間が人間を殺したと知り、ドクンと心臓が高鳴った。その瞬間にアサが私から主導権を奪った。何かあるといけないから先んじて私を思考の海に隔離したようだ。反応が早くてありがたい。

 

「すまん、交代した。少しでも危険を感じたら表に出ることにしている」

「命のことが関わると揺らぐというのは理解している。まだ大丈夫かい?」

「ああ、まだ問題ない。続けてくれ」

 

志摩司令官の目の前で交代を見せるのは初めて。態度が180度変わったことに驚いているようだが、今は話の腰を折らないように触れないようにしてくれた。

 

「そうやって聞いたら、殺された理由も見当がつくんだ。私は特に仲良くさせてもらってたからね。その調査に向かう前日くらいに、楽しそうに話してたんだ。深海棲艦の謎が解けるかもしれないーってさ」

 

その寺津という男は、佐久間さんの目指しているところにいち早く辿り着いていたのかもしれない。友人の志摩司令官には、行方不明になる前日まで、楽しそうに研究結果を話していたそうだ。今はもう真相は闇の中だが。

 

『なんで殺される必要が……』

「なんで殺される必要があるんだって、朝潮が疑問に思っている」

「簡単じゃよ。裏切り者連中はな、()()()()()()()()()()()()んじゃよ」

 

つまり、深海棲艦の謎を解いてもらいたくないということだ。共存なぞしたくないという強硬派か何かか。だからといって、自分と同じ人間を口封じをするかの如く殺す必要は無いだろう。

また少し怒りが沸いた。元帥閣下が以前、人間を嫌いにならないでほしいと私に頭を下げた。人間は嫌いにはならないが、その上層部の人間は大嫌いだ。少なくともまだ生きているであろう2人の裏切り者のことは、上層部ということも含めて絶対に許せない。

 

「寺津君というのは私も名前は聞いたことはあった。私がこの鎮守府を設立してしばらく経ってから行方不明になったからね」

「儂も知っていたのは名前くらいじゃ。阿奈波や佐久間のように儂が唾をつけたところにおったわけではないからの」

 

それほどの研究をしているにも関わらず、あまり表沙汰になっていなかったような人のようだ。

 

「私、話をしたことがあります。私の研究を見て、褒めてくれました。寺津さん、最近話を聞かなかったけど、そんなことになってたなんて……」

「寺津、アンタの名前も偶に出してたよ。嬉しそうにね」

 

同業の佐久間さんは顔も知っていたみたいだ。研究対象も同じのため、当然話も合う。頻繁に話せるような立場では無かったようだが、方向性は同じ。一緒に研究出来ていたらさぞや楽しかっただろう。

 

「寺津が敵となんの関係があるんだい。行方不明になったのは半年近く前だよ」

「それは南が手を回している残った裏切り者に吐かせるわい。儂はある程度あたりをつけているが」

「爺さん、その辺りはさっき話さなかったよな。朝潮君もいるんだ。ここで話してくれないかい」

 

少し渋る元帥閣下。出来れば私も話してもらいたい。

 

「爺さん、朝潮も求めてる。話してくれ」

「朝潮ちゃんの外見で言われるとちょっと怖いのぉ。まぁあたりをつけてるだけで、佐久間みたいに言えば仮説じゃよ。正解ではないからな?」

 

コホンと咳払い。

 

「仮説は3つ。1つ目は、寺津は死んどらん。上層部に殺されかけたことに恨みを持ち、北端上陸姫と共謀。人間側の技術を提供し、今に至る、だから、北端上陸姫の裏側に奴がいる」

 

それが一番妥当な線。元より技術力のある北端上陸姫に、研究結果を使い、協力しながら上層部に復讐を目論んでいる。それをするためにいろいろなものを犠牲にしすぎな気がしないでもないが。

 

「2つ目は寺津が死に際に北端上陸姫と出会い、全てを託して死んだ。死ぬまでに時間があればそういうことも起こり得る」

 

これもありそうではある。大本営の要所要所を教えられれば、まだ今のような動きは出来るかもしれない。それにしては搦め手ばかりを望んでいる気もする。

 

「そして最後。()()()()()()()()()()()

「どういうことだいそりゃ」

「何らかの手段で、寺津自身が深海棲艦へと変化した」

 

とんでもない仮説ではあるが、理に適ってはいる。今までの攻撃、深海棲艦にしては()()()()()()。手の回し方や精神攻撃の陰険さがあまりにも汚い。

それは北端上陸姫の裏側にいたとしても同じことではあるが。作戦指揮と実行を役割分担をしているか、人間であり深海棲艦でもある北端上陸姫が全てをやっているかの違い。

 

どの説であるにしても、やっていることはわかる。寺津という男が、自分の死の真相をバラされたくなければ言うことを聞けと脅し、内通者として操っている。反発した4人は殺し、混ぜ物の素材に。残り2人は命惜しさに従っている。最終的には皆殺しなのに、それに気付かず裏切り者になっている。

 

『じゃあ……北端上陸姫は……』

「朝潮、同情の余地はないぞ。上層部とやらの内輪揉めに関しては知ったことではないが、それをするためにお前を利用しようとしているのは確かだ。ヤツを肯定するのだけはやめろ」

 

一瞬、思考がダメな方向に向かった。殺されかけたのだからやり返そうとしている寺津という男が憎めなくなってしまった。真に悪いのは上層部の6人だ。自分の利益のためかは知らないが、殺された男は、ただ深海棲艦の謎を解き明かそうとしただけだ。私達には願ってもないことだし、むしろ支援したいほどの人。

だがアサの言う通り、自分の復讐のために私を利用しようとしているのは確かである。私を壊し、復讐を成し遂げるために世界すら滅ぼそうとしている破滅主義者。

 

研究者気質が残っているから、私が壊れる実験が楽しいのだろう。艦娘を深海艦娘に改造し、それをさらに深海棲艦に改造し、世界を滅ぼす存在へと進化させる。何もかもが実験の一環だというのも理解出来てしまった。

 

『……ごめんなさい。ちょっと危なかった』

「あまり酷いようなら表に出さないからな」

 

復讐者として、破滅主義となったことで、やってはいけないことをいくつもしている。その内の1つが、今回の襲撃。元々仲が良かったという友人である志摩司令官の口封じをしようとしたこと。その時点で同情の余地無し。

そもそも目的のために私の妹達を利用したことも許せない。内輪揉めで同士討ちしてほしいほどに気に入らない。

 

「朝潮が北端上陸姫に同情しかけた」

「相変わらず優しい子じゃなぁ。だが、今回ばかりは同情出来ん。寺津が生きていようが、深海棲艦となっていようが、今の奴は狂った破滅主義者であることには変わらん。人のままなら儂が裁こう。深海棲艦なら頼まなくてはならん」

 

自分の思考に嫌悪感が出てきた。私にここまでのことをしでかした相手に同情しかけてしまったなんて、なんて考えを起こしてしまったのだろう。許してはいけないのに、上層部の連中を皆殺しにするのは肯定してしまう。

 

今の私は、よろしくない。

 

 

 

今後の作戦自体は変わらない。裏切り者の上層部の炙り出しは終わっている。南司令官が裏切り者2人を確保し、今の仮説が確定したら本格的に攻略方法を考える。私はそれまでは通常通り訓練担当だ。

思考の海で考え直した結果、同情しかけたのは気の迷いだと思えるほどに、許せる要素がないことを自覚した。気持ちも落ち着いたため、また表に出してもらう。

 

「ごめんねアサ。可哀想とは思ったけど、考えたらやっぱり許せる要素無かったわ」

『だろう。奴は事もあろうかカスミ達まで手にかけてるんだ。それで同情出来たらただの馬鹿だぞ』

「そうね。雪さんとはまるで違うわ。自分の意思でここまでしたんだもの」

 

意思を捻じ曲げられた結果暴れまわった白吹雪さんと、自分の意思で狡猾な手段を使い続けている北端上陸姫は雲泥の差だ。寺津という男が生きており、北端上陸姫を操って今までのことをしてきたのだというのなら同情出来るかもしれないが。

まずは元凶を全て洗い出してもらおう。今頼れるのは人間の皆さん、特に南司令官だ。どんな人かまったくわからないが、今一番頼りになる人に思える。

 

『だが私も気になってることがあるんだ。私が思うんだから、お前も本能で疑問に思ってることだぞ』

「……うん、多分同じこと思ってる」

『テラヅとかいうのは男なんだよな。もし爺さんの仮説の1つ、北端上陸姫になったってのなら、性転換したってことか?』

 

そこは確かに。それこそ、建造の素材になって生まれた北端上陸姫が記憶を引き継いだとかならまだわかる。戦艦天姫が阿奈波さんの記憶を持っているという前例もあるわけだし。何らかの影響で、死ぬ寸前に深海棲艦になったというのなら、男から女に変わるというとんでもないことが起こっている。

 

「こればっかりは本人に聞かないとわからないわよね……」

『殺す前にそれだけは聞き出したいな』

 

当然この事も機密中の機密。誰にも口外出来ない。悩みは司令官や佐久間さんに話すことになるだろう。些細なことでもあまり溜め込まないようにしようと思う。

 

「私達にはもう関係ないわ。戦場に出ないんだもの」

『そうだな。明日の合同演習とやらには参加したいとは思うけどな』

「私達は不参加のはずだけど、挑まれたらやりましょ」

 

演習で憂さ晴らしをしそうな勢いだが、私もやりたいと思ってしまった。あの敵に同情しかけたという自分への憤りを晴らしたい。




そろそろ北端上陸姫の真相が解き明かされようとしています。まずは人間サイドの頑張りから。


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星空の下で

北端上陸姫の素性が徐々に詳らかになってきた。現状はまだ判断できないが、裏側、もしくは本人が、過去に行方不明となった艦娘と深海棲艦の研究者である寺津という男であることが仮説ではあるものの判明する。その確証は、現在裏側で諜報活動中の南司令官に頼り切ることとなる。

 

その日の夜。時津風さんの入渠が完了した。腕に砲撃を受けていたというのもあり、精密検査も込みで。当然ながら『種子』が埋め込まれており、その中和も済んでいる。攻撃を受けるだけで洗脳の可能性を考慮しなくてはいけないのはストレスが溜まるものだ。予防接種したとしても、こうやって『種子』が埋め込まれているのを発見してしまうと、不安になってしまう。

 

「ふぁ〜……よく寝たよく寝た」

 

時間が遅いため萩風さんは落ちている。時津風さんの目覚めを見届けに来たのは、雑務として服を用意しておいた私、朝潮と陽炎型を代表して不知火さん。陽炎さんはまだ今回の敵について割り切れていないらしく、他の姉妹と話を続けている。幸いここには一時的とはいえ陽炎型がそれなりにいる。そろそろ終わるそうだが、いろいろと白熱したらしい。

 

「お、しら姉」

「何事もないようで何よりです」

 

ドックから出て、すぐに服を着る。外を見て時間を察したようで、制服ではなく作務衣に。お風呂も入る必要がないので、そのまま部屋に戻って眠るのみ。

 

「いや〜、参った参った。レ級の雪風は予想外だよ。ありゃあ倒すの大変だねぇ」

 

いつもの微睡んだ雰囲気に戻っているが、言葉の端々に悔しさや怒りが見え隠れしている。あの場で決着がつけられなかったのが残念でならない。

 

「時津風がどういうものと戦っているのかは、妹達から聞きました。陽炎はまだ納得していないようですが、不知火は理解したつもりです」

「そっか。さすがしら姉、ゲロ姉よか冷静だねぇ」

 

理解はしたが、やはり複雑な心境なのは変わりない。外見だけでいうなら、一部違うところはあれど完全に雪風さんだ。姉妹なら躊躇いが出てもおかしくない。敵だと割り切っても、撃てるかどうかは抵抗があるだろう。それが敵の作戦だと思うが。

 

「時津風、嫌なら嫌と言ってください。不知火達は貴女の味方です。せめて姉妹には本心を見せていいのです。そこに落ち度はありません」

 

チラリと見られる。今の私はここには不要だ。時津風さんが目を覚ましたことを見届けられたので、一度会釈して立ち去ることにした。私がいては、やりたいこともやれないだろう。不知火さんからも会釈を返される。

 

工廠を出る寸前に、時津風さんの嗚咽が聞こえたように思えたが、触れないことにした。気丈に振る舞っていたとしても、堪え切れないほどのストレスだ。姉の前でなら、それくらいさらけ出せばいいと思う。

 

「朝潮! 時津風起きた!?」

 

陽炎さんが工廠に駆け込んでくる。妹達との話し合いは終わったようだ。

 

「はい。今不知火さんがついてます」

「さーんきゅ。私も時津風と話さなくちゃダメ! それじゃ!」

 

そのまま入渠ドックの方へと駆けていった。その表情は明るかった。憑き物が落ちたような、晴れやかな顔。悩みを払拭出来たのか、開き直ったか。どうであれ、いつもの調子に戻ってくれたのなら良かった。明日の合同演習でも、いつも通りの力を出してくれるだろう。

 

 

 

深夜。夜間部隊以外は寝静まる時間。今では第十七駆逐隊が佐久間さんの周辺警護をするために活動する時間でもある。

本来なら私も眠っている時間なのだが、妙に目が冴えていた。体調不良による休息で眠ったことと、その後の話し合いでいろいろと思うことがあったからかもしれない。

 

『寝られないのか』

「……ええ」

『お前が寝られないと私も寝られないからな』

 

隣で可愛らしい寝息を立てる霞を起こさないようにベッドから抜け出た。物音がしたから起きたわけではないので、さすがに瑞穂さんも眠っている。たまには1人で、夜風に当たるのもいい。

 

部屋から出ると、足下だけが照らされた暗い廊下。今でも電気が消えていないのは工廠くらいだろう。なるべく物音を立てず外へ。外は満天の星。気持ちを落ち着けるには最高のロケーション。

 

『こんな時は領海に行きたいところだ』

「そうね……あそこの夜空は綺麗だし」

 

星を見ながらブラブラと歩く。昼に歩くのとはまるで違う。夜目が利くので暗いとは思わないが、怖いくらいに静かなのは確かだ。

 

『で? 何を悩んでるんだ? 本当に北端上陸姫を倒すべきかってことか? 人間に対して嫌な感情を持ったことか?』

「どっちも。特に後者。初めてだもの、人間が許せないって思ったの」

 

この感情は、より深海棲艦に近い感情だと思う。艦娘の身で同じことを思うのなら何も影響は無いが、私は深海棲艦の身だ。負の感情が深海棲艦の身体を変えることを身を以て証明している私には、なるべくなら感じたくない感情だ。

 

「ダメだとわかっていても、私が裁いてやりたいって思っちゃった。私の身体をこんな風にした間接的な原因だもの」

『そうだな。私が生まれたキッカケでもあるが、こうなりたかったわけじゃない』

「いいことのキッカケでもあるんだけど、それ以上に辛いわ」

 

今回の件があったからこそ出会えた人もいる。深海艦娘の皆や、ヒメさん達白の深海棲艦、浄化された元深海棲艦。それに、扶桑姉様だってそうだ。この戦いが無ければ出会えなかった仲間である。

だが、皐月さんと潮さん、深雪さんはこの戦いのせいで深海艦娘に、霞と初霜は半深海棲艦に改造されてしまった。まともな艦娘として生活していたのに、それを全て砕かれてしまった。何人もの仲間が心を抉られ、トラウマを残している。未だに誰も沈んでいないのは奇跡だろう。

 

「どれだけ考えても許せないわ。被害者が多いもの」

『でも、お前は自分をこんな目に遭わせた奴のことを同情しかけただろう』

「私が同じ立場だったら何を思っていただろうって……それを考えてたの」

 

他人が自分の利益のために私を殺そうとしたら、その時私は何を思うのだろう。やはり復讐を考えてしまうのだろうか。他の何もかもを犠牲にして、仲間の命すらも利用して、全てを滅ぼす破滅主義になるのだろうか。

 

『考えなくていいことを考えすぎなんだよお前は』

「……そうね……」

 

起こってもいない悲劇で心を病むようなことはあまりに馬鹿馬鹿しい。こちらを殺そうとしてきている敵が何を思ってのことかだなんて、それこそ不要。私は自分と仲間の命を守ることだけを考えればいい。少なくとも、同情なんてしてはいけない。

 

『楽しいことだけ考えような。どうやってヒビキを鍛えてやろうかとか、どうやってカスミに構ってやろうかとか、そういうのでいいんだよ』

「楽観的すぎないかしら」

『悲観的すぎるんだよ』

 

そもそも心を穏やかにしなくてはいけないのに、自分から崖に向かっていること自体が愚かしいことなのだ。アサの言う通り、もっと楽観的に生きた方が自分のためにもなる。

 

『キヨシモのオヤツ作りもいいな。トキツカゼと昼寝ってのも捨てがたい』

「まずは明日の……ってもう今日か。陽炎さん達との合同演習よ。せっかくだし、楽しみましょう」

『その意気だ。どうせなら楽しもう』

 

なんだかやりたい事が沢山出てきた。ここにいる全員と遊びたい。那珂ちゃんさんとアイドル活動とか、長良さんとトレーニングとか。青葉さんの海図作りのお手伝いなんかも面白いかも。やった事がない事をやってみたい。そのためには、今の戦いを終わらせなくては。

 

と、ここで電探とソナーに反応。十七駆に対策をお願いしている、佐久間さんの暗殺部隊だろう。本当に毎日来ているようだ。ご苦労なことで。

この反応と同時に、近くに来ていた磯風さんと浜風さんの反応も感じた。この敵の反応に気付いたのだろう。

 

『せっかくだ。憂さ晴らしにのしちまえ』

「そうね。身体を動かせば眠気も来るでしょ」

 

反応をジッと見ていると、こちらの方にやってくるのがわかる。眠っているときならまだしも、ここに立っているのなら深海の匂いで吸い付けるようだ。都合がいい。

 

「どっちがやる?」

『気を晴らしたいのはお前だろ。お前がやっていいぞ』

「ありがと。でも艤装はアサよね」

『そういやそうだな。まぁお前自身も攻撃できるんだ。トントンで行こう』

 

艤装を展開。そういえばこの艤装になってからまともに戦闘するのは初めて。せっかくだし、やりたいようにやってみよう。

少しして、ズルリと海からイロハ級の潜水艦が這い上がってきた。数は3体。その時には磯風さんと浜風さんも視認できる位置に。あちらとしては暗闇の中なので、ここに私がいることに気付いたのは割と寸前。

 

「さて……憂さ晴らしさせてもらいますよ」

 

潜水艦は以前見た通りナイフを握っている、接近戦特化型だ。音を立てず佐久間さんを殺して即撤収が基本スタイルなのだろう。少しは賢いようだが、深海の匂いに惹かれた時点で高が知れている。3体相手でも何も問題はない。

 

「おい、そこにいるのは誰だ」

「眠れずに徘徊していた朝潮です。ちょっといろいろあったので憂さ晴らしさせてください」

 

磯風さんに問われた瞬間に3体の潜水艦が一斉に攻撃してきた。同時に攻撃してくる程度の知能はあるらしい。3体同時なら処理がしづらいということくらいは理解しているようだ。

だが、今の私にそれが効くと思っているのならお笑い種である。

 

「さすがアサ、筋トレの質がいい」

『だろう?』

 

2体のナイフを掴み、残りの1体はアサが殴り飛ばした。艤装による攻撃のためそのまま絶命。

腕にも艤装が出来ているため、ナイフを掴むくらいわけもない。身体の成長で膂力も上がり、アサの鍛錬のおかげでいろいろな部分が鍛えられている。まさか私の状態でも白兵戦が出来るとは思わなかった。

 

「私の場合、見様見真似なのよね」

『いいじゃないか。格闘の見様見真似ってなったら、姉さん達のだろ』

「ええ、だからまずは、扶桑姉様」

 

片方の潜水艦の脇腹目掛けて蹴り。何か折れるような感触がしたが、扶桑姉様のように吹き飛ばすことも粉砕することも出来ない。攻撃としては充分か。

 

「次、山城姉様」

 

もう片方の潜水艦に向けて正拳突き。山城姉様だったらミンチになっていただろうが、私如きでは少し抉る程度。やはり私はまだまだ貧弱だ。本来なら1人で戦闘なんて出来ないというのに。

 

『なら最後は私な』

 

うずくまる2体を艤装で掴み上げ、そのまま握り潰した。作務衣に返り血が飛んでしまい、そのまま戻って眠ることが出来なくなってしまった。

 

「アサ、雑過ぎ」

『お前に言われたくない』

 

この光景を見ていた磯風さんと浜風さんは唖然としていた。おそらく今までで一番雑な戦い方をしたと思う。

 

「朝潮よ……お前は一体何なのだ」

「ご覧の通り、しがない元艦娘ですよ。少しだけ修羅場を多く潜っているだけです」

「そもそもしがない元艦娘とは何なのでしょう……」

 

自分でも言葉を間違えたと思う。

 

 

 

ひと暴れしたことで気持ちいい疲労。今のところ襲撃は1日1回らしく、今回私が倒したことでこの一晩の任務はただの警戒だけになるらしい。仕事を奪ってしまったようで申し訳ないが、戦わなければ戦わない方がいいと浜風さんに感謝された。今頃逆方向の浦風さんと谷風さんの方にも伝えられているはず。

 

「1人でお風呂というのも久しぶりね」

『私は初めてだな』

「そっか、アサが来てからは大体誰かいたものね」

『特にカスミがな』

 

こんな深夜にお風呂に入るということ自体が稀どころか初めてのこと。喧騒すらない、本当に静かな空間。世界に自分だけしかいないのではないかという錯覚すら覚える。

いろいろと考えをまとめ、その上で戦闘で憂さを晴らしたことで、幾分かスッキリした。これは気持ちよく眠れそうだ。

 

「本当に誰も来ないわね。瑞穂さんも寝てるわ」

『いいじゃないか。あいつも気を張りすぎなんだ』

「そうよね。瑞穂さんにはグッスリ眠ってほしいわ」

 

軽く流して、着替えて自室へ。小一時間ほどの外出だったが、霞はまだ寝たままだろうか。

音を立てないように部屋に入る。電気はついていない。霞は寝息を立てているようだ。起こさないように定位置に潜り込み、いつものように霞を抱き寄せる。

 

「んん……姉さん……?」

「あ、ごめん、起こしちゃった?」

「……あったかい……お風呂入った……?」

「ええ、ちょっと寝付けなくてね」

 

佐久間さんの暗殺部隊を処理したことは黙っておいた。

 

「そう……んぅ……」

 

胸に顔を埋めてそのまま眠っていく霞。お風呂に入ってそのまま寝ることなんて今までにない。その温もりがより強い眠りに誘ったのかもしれない。霞も気を張ることが多いだろう。ゆっくり眠ればいい。

 

『お前も気張りすぎだ。もっとのんべんだらりと暮らせばいいんだ。艦娘としてはアレだが』

 

私も続けて微睡んで行く。ようやく眠気も来てくれた。適度な運動は眠りを誘う。やっておいてよかった。




身体が戦艦になったことで、睡眠欲とかそういったところも戦艦、大人基準になってしまっていると考えられます。今の朝潮ならお酒が飲めるかもしれません。ただし酔わないとは言っていない。


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それぞれの心情

翌朝、気持ちのいい目覚め。睡眠時間自体はいつもより短くなってしまったが、とてもスッキリしていた。適度な運動と、ちょっとした思想の変化。悩みがほんの少しいい方向に解決したことで、私、朝潮は少しだけ余裕を取り戻していた。

 

「おはようございます朝潮さん」

「おはよう初霜。ネクタイお願いしていい?」

「そのために来ましたから♪」

 

いつも通りネクタイを結んでもらう。霞もさすがにこれに関しては諦めた様子。楽しそうな初霜を横目に、霞も自分の準備をしている。既に着替え全てが私の部屋にある時点でいろいろおかしい。霞自身の部屋は、それはもう綺麗なものだった。

 

「はい、アナタ。出来ましたよ」

「ありがとう。どうも苦手なのよね……」

「人には得手不得手がありますから。ネクタイはずっと私が結んであげますからね」

 

朝からご機嫌な初霜。今日の合同演習に参加するかはわからないが、いい成果を出しそうである。

 

「そうだ、昨日朝潮さんが休息を取っている間、妹さんとお話しさせてもらいました。変わった元深海棲艦ですね」

「初霜、峯雲姉さんに朝潮の妻ですって抜かしたわ。その場で引っ叩いておいたけど」

 

あらぬ疑いが向きそう。弁解しておく必要があるかもしれない。

 

「ずっと手を握ったままというのはなかなか難儀なものですね」

「離せるらしいけど、落ち着かないらしいわ。元々1人だった深海棲艦が2人に分かれてしまったんだもの。そういうものなのよ」

「本当にずっと一緒だものね」

 

白露さんは妹が増えたように思えたらしい。あちらの峯雲は白露型制服を着ているので尚更である。

 

「ウォースパイトさんやガングートさんと仲良くなっていましたね。やはり元深海棲艦はそういうシンパシーを感じたりするのでしょうか」

「どうなんだろ。でも仲がいい人が増えるのはいいことよね」

 

あちらの鎮守府では唯一のちょっと他と違った艦娘だ。もしかしたら内心で何か思うところがあるのかもしれない。ここに来たことで何かしら解消出来たのなら、それは喜ぶべきことだろう。もう少し好戦的でなければ良かったのだが。

 

 

 

合同演習は朝食後すぐに始まった。あちらが水雷戦隊のため、こちらから出すのも水雷戦隊。また、深海組からは1人も出さない、敵鎮守府との決戦仕様での演習である。そのため、基本的に私は見ているだけ。それだけでも充分に楽しい演習となった。

 

以前戦った時から、比べ物にならないほどに成長していたのが元深海雨雲姫の2人、村雨さんと峯雲のコンビ。2人1組であるという特性を活かし、話さずとも意思疎通し、回避も狙いも完璧に同調。的が大きくなるかと思いきや、自分達の立ち位置でその辺りもカバー。1人では絶対に出来ない360度の視界を擬似的に再現し、一切の死角が無くなっていた。もしかしたら死角を突いた移動をする榛名さんの天敵かもしれない。

 

「訓練頑張っているってわかりましたよ」

「いい感じでしょ?」

「ようやく形になりましたからね」

 

休憩中の2人と雑談。白露型の制服が様になってきた峯雲。今でもしっかり手を繋ぎ、ひと時も離さない。

 

「どうでしたか、白露さん」

「いや、凄いよ普通に。1人なのか2人なのかわからなくなるの。同時に撃ってきたかと思ったらタイミングズラしてきたりさ。いやぁ、妹が強くなってるのは嬉しいよ!」

 

相手をした白露さんがそういうのだから、余程のものなのだろう。我が鎮守府のコンビプレーといえば深雪さんと電さんだが、それ以上のものと語る。やはりテレパシーのような意思疎通はとんでもないらしい。

 

「白露姉さんの精密射撃おかしくないかなぁ」

「視界が360度あっても意味がないです……」

「朝潮先生のおかげだね。大分出来るようになってきたよ」

 

それだけ褒めちぎっていても勝ったのは白露さんだというのだから恐ろしい。回避しながら綺麗にヘッドショットを決めていた。教え子の1人がここまで成長してくれて、私も鼻が高い。

 

「でも、あれだけはっちゃける駆逐艦5人を纏め上げる鬼怒さん凄いなぁ。陽炎とか全員振り回してるでしょ」

「あれはあれで扱いやすいらしいよ」

「鬼怒さんも旗艦が長いらしいですから」

 

あちらの鎮守府の水雷戦隊は基本、鬼怒さんが旗艦らしい。武闘派揃いで峯雲ですら割と無謀な突撃をすることがあるこの部隊を綺麗にコントロールしていた。本来の鬼怒さんというのはむしろ突撃するような人だそうだが、ここでは周りがそれ以上のために鳴りを潜めているみたいだ。

その鬼怒さんは姉である長良さんと個人演習中。取り纏めるものもなく、姉が相手というのもあり、意地になって撃ち続けている。

 

「長良姉マジパナイ! なんでこんなに当たらないのー!?」

「当たったら終わりだからだって言ってるでしょ! 紙装甲なんだっての!」

「こうなったら意地でも当てちゃる!」

「水鉄砲でも大破するんだからやめてー!?」

 

とはいえ、ムキになったら皆と同じのようだった。姉に攻撃を当てようと躍起になり、やっぱり突撃。旗艦らしからぬ動きではあるものの、あちらの鎮守府らしい動きではある。

 

「まぁああなっちゃうんだけどね」

「集中していればああはならないんですが」

 

長良さんに当てるのは私達でも至難の技なので、ああなるのは仕方ないことである。結局1度も当てることが出来ず、持久戦に突入。タイムアップが無いものだから、2人ともゼエゼエ言いながら撃ち合っていた。長良さんも相当だが、それについていく鬼怒さんも相当。長良型というのはそういうものなのだろうか。

 

「楽しい人が多いですけど、このメンバーが一番楽しいですね」

「うんうん、私達新人だけど、みんな仲良くしてくれたね」

「陽炎さんはちょっと暴走しがちですけど、とても優しくて」

「ねー。私達の相手を率先してやってくれたりね」

 

2人とは型が違うが、さすがは19人姉妹の長女と言ったところか。面倒見のいい性格なのはなんとなくわかっていた。秘書艦もやっているようだし、真の意味で鎮守府の中心なのだろう。

その陽炎さんだが、清霜さんに見事に吹き飛ばされていた。水雷戦隊であるから駆逐艦を出したわけだが、清霜さんは例外も例外。非深海組の中では山城姉様に次ぐ火力。トップが素手というのがなんとも言えないが。

 

「うわぁ……あれはまた」

「ここの鎮守府は何でもありですね」

 

苦笑しているが、この2人はどちらかといえばこちら寄りの存在だ。

 

「そうだ、村雨さん。治療の後は大丈夫でしたか? あの後私も倒れてしまったので」

「うん、大丈夫大丈夫。物凄く痛かったし、あの後身体が動かなかったけど大丈夫だよ」

「私にも少し影響がありました。村雨さんと繋がっているからでしょうか、物凄く疲れたように思えました」

 

2人1組というのはそこまで繋がっているらしい。万が一村雨さんが間に合わず洗脳されていたら、峯雲も洗脳されていた可能性がある。これはこれで佐久間さんが目を輝かせるようなものである。

昨日のうちに少しだけ調査されたらしい。今までにない例が来てしまったため、テンションが酷いことになっていたそうだ。

 

「私もあの苦痛は体感してますからわかります。キツイですよね」

「ホント朝潮って何でもやってるよね。いいことも悪いことも」

 

『種子』の『発芽』から中和まで体験するのは二度と御免である。ただでさえ、この鎮守府で味わえる全ての苦痛を味わっている私は、状況次第では廃人になっていたかもしれない。私が私でいられるのは、仲間達のおかげだ。

 

「さて、休憩は終わりです」

「朝潮に相手してもらいたいね」

「姉さん、リベンジさせてください」

「前にコテンパンにされてるし」

 

言われるんじゃないかなとは思っていたが、本当に言ってくるとは。昨晩に合同演習を楽しみたいとアサとも話していたし、確かにこの2人の成長は身を以て知っておきたい。

 

「ちょっと、私達も朝潮にリベンジしたいんだけど!」

「はい、不知火達も負けていますので」

「せやなぁ。ここいらで朝潮倒しておきたいわぁ」

 

ここで陽炎さん達まで私にリベンジマッチを申し込んできた。演習の様子を見ている限り、私が知っている時よりも格段に成長しているのはわかっている。相手をするのも悪くない。

 

『いいじゃないか。楽しむんだろ?』

「そうね。アサもやる?」

『ああ。朝潮、艤装側やるか?』

「そうしようかしら。あちらはまだあまり慣れてないし」

 

アサに主導権を渡す。

 

「リベンジは私にするべきだろう。お前らをのしたのは朝潮じゃなく私だぞ」

「あ、入れ替わったのね。都合がいいわ、アンタに借りを返す!」

「かかってこい。5人同時でもいいぞ」

 

なんだか調子に乗っているようにも思えるが、アサが楽しいのなら構わないだろう。私が楽しむのなら、アサも楽しまなければ。

 

「朝潮の戦いって最近なかなか見られないからね。あたしもちょっと楽しみだよ」

「シラツユも参加していいぞ。全員纏めて」

「あたしは遠慮しておく。まだ濡れたくないし」

 

白露さんは観客に徹するようである。まぁいつでも機会はあるし、今しかないこの5人と楽しませてもらおう。

 

そして演習の結果、5人を相手に全員水没させるという快挙。1対5でも無傷の勝利。アサの戦闘力も普通におかしなところに来ているようだ。

艤装の動かし方も少し慣れてきた。動かせるのが上半身だけとはいえ、裏側にいても動かせる身体があるというのは、アサと一緒に戦っているのだと実感出来てとてもいい。5人のうち3人は私が艤装を使って沈めているため、実質私の方が楽しんだといえる。

 

「お前、まだストレス溜まってんのか?」

『そうかも……』

「もう少し手心ってのをだな」

 

5人相手だとそんなこと考えている余裕が無いのだから仕方あるまい。半端に手を抜いたら負けてしまいそうなくらいチームワークがいいのだ。この5人、そうやって戦い慣れている。

 

「うわぁ……朝潮そこまで……」

 

白露さんも少し引き気味。どうにか艤装の腕を使って弁解しようとするが、身振り手振りだけでは意思が伝わらない。結局この後弁解に若干時間を使うことになってしまった。

でも、とても楽しかったのは確かだ。またやりたいと思えるほどに。

 

 

 

 

そこから、なんだかんだ演習は深海組も参加するようになっていき、トドメは元帥閣下の護衛艦娘の方々まで乱入。ノリノリで艦載機を飛ばしてくる加賀さんと、群がられては全員薙ぎ倒す武蔵さんが印象的だった。合同演習というより、ただただ遊んでいる感じに。そんなのもいいだろう。

 

『演習って何だっけか』

「いいじゃない。楽しそうなんだもの」

 

私は岸に座って休憩。皆はまだ楽しく演習中である。霞や春風も、今までのストレスを発散するかのように楽しんでいた。ああいうところで気が晴らせるのなら、いくらでもやればいいと思う。

 

『楽しんだか?』

「ええ、充分に。こんなにはしゃいだのは久しぶりかも」

 

私も子供のように楽しんでしまった。さっきまで無傷だったのに、今では水浸し。何もかも加賀さんの空爆のせいだ。お返しにこちらからも艦載機をけしかけておいたので、今濡れていない人はいないと言えるほどに。

 

「たまにはいいわね。こういうのも」

『ああ。何も考えずに遊ぶのはいいな。今度レキの訓練参加させてもらえよ』

「それもいいわね。いつも遊びの延長戦上だし」

 

息抜きも大事だと思い知らされる。ただでさえストレスで高熱を出したことがある私だ。頻繁に息を抜くことくらいしてもバチは当たらないだろう。きっとそう。

 

「お疲れ様。いやぁ、疲れた疲れた」

「お疲れ様です、陽炎さん」

 

私以上にびしょ濡れな陽炎さんが隣に座る。さすがの陽炎さんも一旦休憩なようだ。

陽炎さんも先程の私と同じように、今回の演習でストレスを発散していたように思える。人一倍励み、人一倍楽しんでいた。勝っても負けても笑顔。昨日見せた落ち込んだ顔も、今は見せていない。

 

「ここの子はみんな強いわ。鍛えられてる」

「そちらも強いですね。普通に対等とは」

 

通称が武闘派集団なだけあり、こちらの非深海組とは対等の実力を見せてくれた。勝ったり負けたりの五分五分。特にチームワークが素晴らしい。見習うべきところがいくつもある。

 

「時津風とも話したんだけどさ、やっぱあの子も抵抗があるんだって」

「……そうですか」

「でも、やらなきゃみんな殺されるってんだから、そういうの見せないで戦ったって。私達より全然強いよ、ホント」

 

あの時のことをツラツラと。

割り切ったように思えたが、やはり誰もが辛い。私だって辛い。助けられるのなら助けたいが、あれはもう不可能な域だ。撃破も考えなくてはいけない。それは、いくら敵とはいえ、艦娘を殺すことに他ならない。

 

「あの子、いつもあんなだけどさ、結構ストレス溜め込んでると思うの。だからさ、なんかあったら相談に乗ったげて」

「勿論。今の私は非戦闘艦みたいなものです。メンタルケアもお仕事のうちですから」

「助かる。手伝えるのなら私らも手伝うからさ。あの雪風が出てくるってわかったら、呼んでもらえると嬉しい」

 

前以て出現を予測することは難しいことなので確約は出来ないが、駆逐陽姫の撃破が任務として挙がった時には、是非とも手伝ってもらおう。姉妹艦として、その長女として、陽炎さんは力を貸してくれると約束してくれた。心強い。

 

「こうやって繋がりが出来ました。そちらが大変なことがあれば、是非呼んでください」

「そうね。お互い助け合わないとね」

 

拳をぶつけ合う。戦友として、好敵手として、陽炎さんとは長い付き合いにしていきたい。

 

「よし、休憩終わり! 朝潮、またリベンジするよ! 1対1(サシ)で勝負!」

「わかりました。なら今回は私が表でやりましょう」

「勝つまでやるんだからね!」

 

お互いにぶつかり合うことで育まれる友情もあるだろう。ならばこちらも全力で。




19人姉妹の長女ってだけで過剰なストレスが溜まってそうな陽炎。その全員が武闘派で喧嘩っ早い志摩司令官の鎮守府では、そのストレスも酷いものに……と思ったけど、陽炎自身が輪をかけて武闘派になっているのでそこまでではないのかも。


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闇からの手招き

合同演習を終えた志摩司令官と艦娘達は、午後一で帰投することとなった。行きで襲撃を受けているため、帰りも警戒してこちらからも送迎部隊を出すこととなった。陽炎型を送るということで、昨日の救援部隊のうち時津風さんと萩風さん、そこに索敵役の響さんがついていくことでより警戒を厳とする。

 

「あの事はこちらでも内密にしておく。敵がああいうものってのはバレちまってるが、真相は知らない方がいいだろう」

「ああ、その方向で。公表出来るようになったらこちらからも話すよ」

「そんな日が来るかねぇ」

 

敵鎮守府の真相については、なるべく少数が内に秘めておくことにした。私、朝潮もそうだが、敵が人間であるとわかると抵抗が出る人もいるかもしれない。少なくとも私は一瞬だけとはいえ同情しかけた。

なら何も知らない方がいいだろう。相手の正体がどうであれ、あちらはこちらの命を脅かす敵であることには変わりない。同情の余地など何処にもないのだから。

 

「合同演習、有意義なものになったようだね。次は違うメンツを連れてくるよ。こちらもそれなりに艦娘はいるんでね」

「ああ、待ってる。いざこざが終わったらこちらからも向かいたいね」

 

むしろ一度雪さんを連れて全員予防接種した方がいいだろう。その計画も立てている。ここに来た6人には予防接種を受けてもらい、何事もないことは確認済み。だからといって鎮守府の全員が本当に何事もないかと言われれば何とも言えないのが現状だ。

今回の件で、鎮守府が襲撃を受けるようなこともあるかもしれない。念には念を。

 

「朝潮! 次は負けないから!」

「はい、お待ちしています」

『次もコテンパンにのしてやる。朝潮が』

 

あの後リベンジにリベンジを重ねられ、私もアサも音をあげるくらい演習を挑まれ、そしてその全てに勝利を収めた。休憩を望んでも勝ち逃げは許さないと認めてくれず、結局陽炎さんに休憩が必要なくらいに叩き潰すことでどうにかしたレベル。

私はともかく、アサが演習を挑まれて裏から出てこなくなったのは初めてのことかもしれない。

 

「次に会ったらもっと成長してるとかやめてよね。むしろ縮んでてよ」

「縮むのは難しいかもですが、現状維持はしますよ」

 

保証が出来ないのが辛いところ。だが、私は自分のためにも戦場には出ないようにしている。なるべく何も変わらずを徹底するつもりだ。

 

「それじゃあ、私らは帰らせてもらうよ。元帥閣下、まだここに滞在を?」

「そうじゃのう、もう少しで儂の安全が保障されるみたいだし、それまではの。鎮守府を1週間以上も空けておるし、そろそろ戻りたいのぉ」

「では、何かこちらであったらここに連絡しますので。いやぁ、ここで元帥閣下と繋がりを持てたのは良かった!」

 

そういう意味では、志摩司令官は信用できる仲間となっただろう。上層部との繋がりはなく、元帥閣下と繋がりを持ち、真相を知る数少ない協力者である。何かあったら相談出来る人が増えたことは、私達にもありがたいことだ。

 

「佐久間、アンタも気をつけなよ。何を思ってアンタが襲われてるか知らないけど、アンタはこの鎮守府でも重要な立ち位置だ。みんなに守ってもらいな」

「はい、志摩中佐。私からもそちらに行かせてください。村雨ちゃんと峯雲ちゃんの調査、もっと舐めるようにやりたいので」

「あっはは、待ってるよ! それじゃあ、帰投する!」

 

いろいろとあったが、合同演習はこれにて終了。新たに強い縁が出来、心強い仲間が増えた。頼れる人が増えたのはとても大きい。孤島の鎮守府で孤立無援という状況だけは避けられる。

 

 

 

静かになった鎮守府。午前中は合同演習だったため、午後からは哨戒任務担当以外は訓練か休息かを好きに選べるようになった。私はここ最近、訓練担当としていろいろと手を回してきたため、今日は休息の日とすることにした。昨晩にいろいろ考えたとはいえ、心が穏やかになったかといえばそうではない気がする。

 

「というわけで、今日の午後は領海に行くことにしました」

「ああ、行っておいで。昨日のことで心に負担がかかってしまったろう。ゆっくり休んでほしい」

 

司令官に許可を貰い、領海へ向かう準備。訓練担当をしない時は、練習巡洋艦の制服は脱ぐことにしている。なので今は戦艦水鬼の服。これが今のアサの服と言うべきか。

 

「朝潮ちゃーん、念のため、あの薬作っておいたよ。ほい」

「ありがとうございます。これすごく効きました」

 

過負荷の体調不良を抑える薬も佐久間さんから念のため貰い、早速出発。今回は本格的に癒されることが目的なため、随伴は雪さんと島風さん。雪さんが来るため保護者の叢雲さんも当然参加。ただでさえ現在艤装を下ろしている雪さんは、何かあったら本当に危険である。

 

「雪さんは大丈夫ですが、島風さんはお薬必要ですね。2本貰っておきましたので」

「これ飲めば気持ち悪くなくなるの?」

「はい、私で実績ありますから大丈夫ですよ」

 

とはいえ、これは念のためである。今のところ領海に混ぜ物が来たことはない。

 

「1人くらいまともに戦えるのを連れてくべきなんじゃないの?」

「そうですね……大人数になってしまいますが、それがいいでしょう。瑞穂さん、お願いします」

「お任せくださいませ。この瑞穂、粉骨砕身の覚悟を持って、朝潮様をお守りいたします」

 

相変わらず重い発言ではあるものの、頼りになるのは確かである。器用貧乏なイメージは強いが、万能戦力であることには変わりない。いつどのタイミングで訓練しているかもわからない、ある意味謎多き人ではあるものの、今までのことを考えると、やはり連れていって損はない人だ。

 

「では行きましょう。今日はゆっくり休みたいです」

 

島ではただただボーッとしたい。考え事も出来るが、今は考えても仕方がない。なら、癒されるためだけに自分の場所に行こう。

 

 

 

癒しを求めて領海を含めた哨戒任務へ。だが、今回は私が癒されることは無さそうであった。近付いた途端に深海の気配。さらには混ぜ物の匂いまで。それを感じた途端、すぐに吐き気が押し寄せてくる。私と島風さんが体調不良を訴えたので急ブレーキ。本当に雪さんは体調不良になっていないようだ。

 

「混ぜ物の気配……うぷ」

「気持ち悪ーい……」

 

早速私も島風さんに被害が出てきた。口を押さえながら込み上げてくるものを何とか耐える。

よりによって私の領海で待ち構えているとは思わなかった。電探で場所まで把握出来たわけではないが、気配の方向からして完全に島にいる。

 

『よりによって私の島にだと』

「一度戻りましょ……」

『クソ、艤装がまともに動けばそのままやってやるってのに』

 

島風さんと一緒に薬を飲む。酷くなってきた吐き気が嘘のように無くなるが、相変わらず艤装は不調。叢雲さんも出力不足で動きづらそうにしていた。今十全に機能を発揮しているのは瑞穂さんのみである。

 

「わ、ホントに気持ち悪くなくなった! すごーい!」

「よし、今のうちに撤退しましょう。今関わりたくありませんから」

『1発ぶん殴ってやりたいところだ』

 

電探に反応が入る前にさっさとUターン。心を癒すどころかただ疲労感が溜まるのみの時間になってしまった。少しイラついてしまったが、気付くのが早くてまだ良かった。

が、私達が気付いているということはあちらも気付いているということ。急激に遠ざかるのもすぐにわかったのだろう。島から出てこちらに向かってくる。薬を飲んでいるから私達はまだいいが、撤退しながら近付かれると、鎮守府に被害が出てしまう。足止めくらいはしたいが、攻撃されたら為すすべもない。

 

「ま、まずは司令官に連絡じゃないかな」

「そうですね。急いで援軍に来てもらいましょう」

 

撤退しながら司令官に連絡。

現在、志摩司令官を送るために響さんが鎮守府にいない。そのため、索敵役が全員出払ってしまっていることを考えての撤退ルート選択をしている。大体の人が私の領海への哨戒ルートを知っているはずなので、その道を通れば合流は出来るはずだ。

 

「こら、待ちなさい! 来るかどうかもわからない島で待っててやったってのに、何即座に帰ってんの!」

 

フルスペックのあちらの方が当然速く、すぐに視認できる位置にまで来てしまった。そこにいたのは、駆逐陽姫との戦いの最後に現れた、もう1人の黒コート。改めて確認しても駆逐艦のサイズであることがわかる。1人でいるようだが、突然何が出てくるかわからない。電探とソナーをフルで回して、最大の索敵で撤退する。

だが、今までの混ぜ物との戦いにあった危機的状況から一転、あちらから殺意が見えない。こちらを罠にかけるつもりで待ち構えていたわけではないのだろうか。いや、信用できない。全力で警戒。

 

「関わりたくないだけです。さっさと帰ってください」

「そうだー! 帰れ帰れ!」

「近くにいるだけで吐き気がするんですよ。来ないでください」

 

島風さんと悪態をつきながら全速力で撤退しているが、機関部艤装に不調がある上に、十全な瑞穂さんは低速艦。どうしても追いつかれてしまう。

 

「まったく、話くらい聞きなさいよ」

「聞くような話ではないでしょう。お引き取りください。お帰りはあちらです」

「悪い話じゃないと思うわ。貴女達の鎮守府、見逃してあげる」

 

今までやってきたことを思い返して、それでこちらが信用すると思っているのなら、どれほどいい加減なのだろうか。

 

「朝棲姫、貴女、真相を知ったわね?」

「……仮説の段階なので確定ではないですが」

「なら話は早いわ。私達に協力しなさい。貴女がこちらに協力して、上層部のクズの命を取ってくれたら、もう私達は鎮守府にちょっかいかけたりしないわ」

 

真相をある程度知っているからこそ、何をしたいかはわかる。恨みを晴らすために、まず自分を陥れた上層部6人をこの世から消し去りたいのだろう。

だが、それが終わった後、大人しくしているとは到底思えない。私を暴走させて全てを破壊しようとする破滅主義者が、恨みを晴らすだけで終わるわけがないのだ。

そもそも私を被験体(モルモット)と称し、私以外も自分の実験のために使い潰す気満々で、使えなくなったらゴミと言って処分する輩の何を信じろと言うのだ。仲間ですら平気で捨てるような者を。今に行き着くまでに、頭がおかしくなっているのはわかりきっていることだ。

 

「お断りします」

「なんでよ。うちのお姫様に同情したんじゃないかしら。酷い境遇でしょう?」

 

苛立ちが強くなった。だからだろう、言葉が溢れ出た。

 

「同情しかけましたが、それ以上にこちらの被害は甚大です。破壊を娯楽か何かと勘違いしている破滅主義者に、協力する義理はありません。それに、誰がそんな言葉を信じると思います? やる事やらせたら後ろから撃つんでしょう? それとも、仕事をさせている間に鎮守府を総攻撃ですか? どちらも考えられますね、今まで自分達がしてきたことを鑑みてくださいよ。信用される要素ありますか? 無いですよね? どの口が言うんですか。頭お花畑ですか。そもそもその真相を聞かれたくなくて志摩司令官を襲ったんじゃないんですか。真相を聞かれたら私が怒りを失うとでも思ったんですか。ちゃんちゃらおかしいですね。貴女のお姫様は狂ってしまったことで余程愚かになったと見えます。出直しなさい」

 

昨日からのイライラをぶちまけるかの如く悪態をついた。以前晴らした後から溜まりに溜まった鬱憤が口からスラスラと出て行く。胸ぐらを掴んでぶちまけてやりたかったが、早くこの場から立ち去りたいので、間合いはなるべく大きく開けて。

 

「残念ね。そこまで悪態つかれるなんて」

「それだけ鬱憤が溜まってるんです。わかったらさっさと帰ってください」

「そういうわけにはいかないわね。こちらは穏便に済ませてあげようと思ったのに、こちらの気持ちを無下にしたんだから、その報いを受けてもらわないといけないわ」

 

時間稼ぎはここまでか。まだ電探に援軍の反応は無い。

 

「朝棲姫だけは残すように言われてるの。こちらの切り札だから」

「何故私が敵の切り札にならないといけないんですか」

 

なるべく時間を引き延ばすように話をしていく。その間も電探フル稼働。さらには未来まで予知して最善を選んでいく。フードで顔が半分以上隠れているため視線がわからない。それがわかればもっと対策が立てやすいのだが。

 

「だってそうでしょう。暴走させればいいだけだもの。こうやって」

 

コートの袖から主砲が出てくる。狙いは雪さん。これは予測済みだ。それに、瑞穂さんと叢雲さんも行動予測は得意分野である。即座に叢雲さんが雪さんの前に立ち塞がる。

 

「仲間が死ねばいいんだものね」

「させないわよ!」

 

砲撃を槍で弾く。駆逐艦とは思えない威力なのはいつも通り。さらには叢雲さんも機関部艤装が不調にされているため、一撃弾くだけでもかなり厳しそうだ。行動予測のおかげで計算は出来ても、連続で撃たれるとそれだけでジリ貧。

 

「朝潮様、時間稼ぎをすればいいのですね」

「はい。撤退しながら援軍を待ちます。まだ薬の効果は大丈夫です」

「了解致しました。無理だけはなさらず」

 

瞳を金色に輝かせ、瑞穂さんも戦闘開始。相手は1人だが、こちらで戦えるのは2人。3人が完全に足手纏いになってしまっている。雪さんは薬が無くとも体調不良にはならないが、私と島風さんは完全に枷だ。

 

「連装砲ちゃん、動いて! お願い、動いて!」

 

状況が悪いのは誰だってわかっている。少しだけでもよくするため、撤退戦をしながらも艤装が動かないものが挑戦していた。島風さんも連装砲ちゃんを出しては試し、出しては試しでどうにかしようと頑張っているが、頼みの綱の連装砲ちゃんは目がバッテンになっておりまともに動かない。

 

『ダメだ、やっばりまともに動かない』

「せめて自衛くらい出来ればいいんだけど……!」

『なら代われ! 白兵戦の方なら私の方が覚えがある!』

 

なるべくなら仲間を守りたいが、今はそれどころでもない。アサに交代して、私が艤装の操作を試みる。本来なら感覚のない思考の海の中からのコントロールだが、重く感じるほどに不調。ギシギシと音を立てるのみで、まともに動こうとしてくれない。まるで錆びついたようだった。

 

「シマカゼ! 厳しいか!」

「連装砲ちゃんやっぱり動かないよぉ!」

『私でやっても動かないわ!』

 

この艤装不調が一番の問題だ。これがどうにか出来れば勝ち目はまだあるのだが。

 

「こいつ……ウザい!」

 

いつも私の補佐をする時の移動方法を攻撃に転化し、低速艦という不利を完全に帳消しにしながら、攻撃ではなく撹乱するための行動。

今回の瑞穂さんの装備は主砲、水上機、爆雷。如何様にも使える。黒コートの足下に爆雷を設置しては消えるように離れ、私の護衛として即座に守りに徹してくれた。

 

「鬱陶しいわね。素直に死ねばいいのよ。抗わないでくれるかしら」

「悪いわね。姉を守るのは妹の本懐なのよ」

「申し訳ございません。主人を護るのは従者の務めですので」

 

だがここで体調不良がぶり返してきてしまう。薬が切れるまでにはまだ時間があるはずだが、艤装をさんざん動かそうとしていたせいか、身体に余計な負担がかかっていたらしい。特に島風さんは自立型とはいえ連装砲ちゃん3体の操作だ。負荷も相当である。

 

「っぶ……やべ……吐き気が戻ってきた」

「あぅ、気持ち悪いよ……吐きそう……」

 

途端に動きが悪り、余計に足手纏いになってしまう。

 

「こちら側に来たらそれも治るわよ。ほら、協力したくなってきたんじゃない?」

「クソ喰らえだ」

「青い顔で言っても説得力無いわよ。あとそこ! ウザいって言ったわよね!」

 

頻繁にアタックをかける瑞穂さんに対して砲撃。行動予測の範囲内であるため、華麗に避けてはあの手この手を使う。この場で倒せるとは最初から考えていないため、あくまでも時間稼ぎの行動だ。それでも充分に仕事が出来ている。動きが鈍くなった島風さんからも注意を逸らしてくれていた。

 

「ったく、仕方ないわね」

 

今まで主砲しか使ってこなかったが、突如背中に巨大な高射砲が現れた。4基8門、その全てが生体パーツのように蠢き、瑞穂さんに狙いを定めた。

あの艤装は見たことが無いが、何処と無く照月さんのものに近いように見えた。この黒コートは防空仕様か。

 

「逃がさないわよ。貴女はここで死ぬの。そうしたら朝棲姫の心が揺らぐんでしょう」

「ならば尚のこと死ぬわけにはいきません」

 

消えるように移動。気付けば黒コートの真後ろに。高射砲の唯一の射程外らしく、真後ろだけは砲門が移動させられないようだ。

 

「的が大きくなりましたね」

 

爆雷を出現した高射砲の口の中に放り込み、即座に離れる。こればっかりは回避出来なかったようで、高射砲1つを爆破。破壊は出来なかったが、その衝撃でフードが捲れた。

 

奥から現れた顔を見て、息を呑んでしまう。そうなのでは無いかと予想していたが、最悪なところで当たってしまった。

 

 

 

黒コートの敵の正体は、霞だった。

 



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紐解かれる禁忌

私、朝潮の領海で待ち構えていた黒コートの混ぜ物。戦闘出来るメンバーがほとんどおらず、援軍到着まで時間稼ぎをしながらの撤退戦という様相となった。叢雲さんは不調のある艤装で雪さんを守ることで手一杯。私と島風さんは体調不良が再発してまともに動けず、今の戦力は瑞穂さんただ1人。

その戦闘中、敵の艤装展開と同時に爆雷でダメージを与えたが、その衝撃で黒コートのフードが捲れ上がった。

 

『……薄々そんな気がしてたわ』

「私達の心を崩すならそれが一番だろうからな……っぷ……」

 

その下にあった顔は、霞だった。私達の仲間である霞とは別個体。深海艦娘の要素が強い仲間の霞とは違い、あちらの霞は純然たる深海棲艦。

そういうことをしてくるのではないかとは思っていたのだ。だからこそ、今はまだ冷静でいられる。かなりギリギリだが、思考の海はまだ熱を持っていない。

 

「あーあ、バレちゃった。もっとタイミング見計らってバラすつもりだったのに」

 

砲塔を大きく振り、瑞穂さんを強引に引き剥がす。全員と間合いが取れたので、改めてこちらに向き直った。フードも完全に脱ぐ。何処からどう見ても霞である。

 

防空霞姫(ボウクウカスミヒメ)よ。カスミでいいわ」

「対空専門か……その割には砲塔がこちらを向いているようだが」

「当たり前じゃない。空()出来るだけ。それが普通じゃないの?」

 

4基8門の高射砲が海面と水平に構えられる。ここまで来たらただの主砲だ。その大きさからして、威力は戦艦並にあるだろう。当たったら一たまりもない。

 

「私はただ、朝棲姫をこちらに引き込みたいだけなの。だって、愛すべき姉だものねぇ。姉妹で仲良くクズを始末しましょ」

「少なくともお前は妹とは思えないな……出直してこい」

「失礼しちゃう。まぁいいけど。少なくともそいつは殺すわ」

 

私の前に盾になるように立つ瑞穂さんを睨み付ける。

 

「瑞穂が仕えるべき朝潮型の姿を取る敵とは……罪人である瑞穂に与えられたまたとない機会なのですね。贖罪のために、瑞穂、朝潮様を全身全霊をかけお守りいたします」

 

外見が霞であれど、一切動揺を見せない瑞穂さん。敵であると最初から認識しているおかげか、朝潮型であろうが容赦はしないようである。これでブレていたらこの部隊は本格的に危なかった。

 

「甲斐甲斐しいわね。そうだわ、ならもっと罪を増やしてあげようかしら。殺すよりもいい手段があるじゃない」

「瑞穂に何をするおつもりで?」

「簡単よ。()()()()()()()()()()()()

 

主砲と高射砲を乱射しながら突っ込んでくる。狙いは完全に瑞穂さんに絞っていた。体調不良で動けない私や島風さん、戦力として見なされない雪さんは完全に無視。叢雲さんも万が一のことがあってはいけないと雪さんの側から動けない。結果的に一騎打ちとなってしまう。

 

「瑞穂を引き込む? ご冗談を」

「貴女の意思なんて関係ないの。ほら、これを使えばね」

 

以前の戦艦天姫の時のように、舌を伸ばしその上に乗る黒い塊を見せる。万能戦力である瑞穂さんでも、『種子』を埋め込まれては抗えない。数が多ければ予防接種をしていたとしても関係なかった。

それを見てから少しだけ瑞穂さんの表情が強張る。流石にまずいと思ったのだろう。歴然としている戦力差から、洗脳を回避することもかなり難しい。このままでは時間の問題。

 

「クソ……援軍はまだか……!」

『もう少しのはずよ! なるべく鎮守府に近付いてるもの!』

「援軍を待ってる? すぐには来ないわよ。雑魚だけど妨害を出しておいたから」

 

それも見越して先に手を回している。いくらこちらが強力な部隊で来たとしても、横槍を入れられれば直行は出来ない。そのほんの少しの時間稼ぎですら、こちらとしては死活問題である。

 

「ゲスなヤツだ……カスミの風上にも置けん」

「勝手に言ってなさい。ほら、水上機母艦風情が私に均衡を保てるとでも?」

 

幸い、動けない私達を盾にするような戦術をとってくるようなことは無いようだ。何かのミスで私が死んでしまっては、あちらとしては計画が丸潰れになってしまうからか。

 

「つっ……」

「傷がついたわね。それじゃあ、おしまい」

 

嬲るように放たれた砲撃が、ついに瑞穂さんの腕にかすめる。その瞬間を見逃さず、一気に間合いが詰められた。いつもの移動法でその場から消えるが、何度もそれを見せているためか、移動先まで見透かされている。行動予測に被せる形で予測され、移動先の足下に砲撃。瑞穂さんの動きが止まったところで、さらに転進、手を掴むところまで距離を詰められてしまった。腕を引っ張られ、身動きが取れないように抱きかかえる。

 

「ミズホ!」

「黙って見てなさい。貴女の従者が私の従者になるところを」

 

その傷口に、思い切り噛み付いた。私の時もそうだったが、『種子』を埋め込むのには一番効率的なのかもしれない。

 

「っあっ、あぁあああっ!?」

「ミズホ!?」

 

止め処なく『種子』を埋め込まれていき、苦悶の表情を浮かべる。だが、ただでやられる瑞穂さんでもない。懐から中和剤を取り出し、防空霞姫の首筋に突き立てる。が、それは今一歩届かず、しっかりと掴まれ、押し止められていた。

 

「ぷはっ、これ刺されると『種子』が中和されるんだったかしら。そういやアマツさんが言ってたわね。朝棲姫の洗脳が解除されたーって」

 

状況があまりにもまずい。瑞穂さんは苦悶の表情から恍惚とした表情に変化してきている。『発芽』の快感に呑まれかけているのが目に見えてわかってしまう。まだ中和剤は持っていたはずだが、抵抗の意思を見せなくなっている時点で、洗脳が進んでいると理解できた。

まともに動けないのが悔しかった。アサだってそうだろう。未だ吐き気は止まらず、身体も艤装もまともに動かない。無理をしたせいで薬が切れるのが早かったのも辛い。悔しさが、怒りと憎しみに変わっていく。

 

「朝潮……耐えろよ……」

『わかってるわよ。わかってるけど……!』

 

事が済んだのか、瑞穂さんの拘束を解く防空霞姫。『発芽』の快感で体力を奪われたか、その場に膝をつく。

 

「絶望してくれたかしら。怒りと憎しみに呑まれてくれると、こちらにとっても都合がいいのよね」

『霞の顔で言うな!』

「我慢しろ朝潮!」

 

思考の海が熱く感じる。敵の思惑通りに進んでいるのが癪だが、あの顔で癇に障る言動ばかりをされると、私も限界を超えてしまう。せっかくギリギリで踏みとどまれたのに、また簡単に暴走を始めようとしてしまう。

 

「朝潮、抑えろ……! まずはミズホをどうにかするぞ……!」

「どうもしなくて結構ですよ」

 

突如首を掴まれ海面に叩きつけられた。電探の動きを凌駕した動き。こんな事出来るのは瑞穂さんしかいない。

私の眼前、冷たい表情の瑞穂さんが私を見下ろしていた。今までいろいろあったが、こんな表情は見たことが無かった。敵に対してもここまではしたことがない。

 

「瑞穂は思い出しました。貴女は、朝潮は瑞穂が殺すべき、復讐すべき相手であると。よくも()()()はやってくれましたね」

 

今の言葉で、本当に踏み込んではいけない部分が垣間見えた。そのおかげで私は怒りと憎しみに呑み込まれる余裕が無くなった。思考の海の熱も瞬時に消える。この中では私しか知らないであろう焦りに飲まれ、冷静でいられなくなる。

 

洗脳はされているのだろう。そのせいで思考が深海寄り、かつ敵側寄りに変わってしまったのは仕方ない。敵対してしまい、私達を敵と認識しているのも仕方ない。

だが、今の瑞穂さんはそれだけではない。瑞穂さんのもう1つの部分、()()()()()()()()()()が、『種子』による洗脳で紐解かれてしまっていた。消滅したと思われていた記憶は、奥の奥に封じ込められていただけだったのだろう。余計なことをされたせいで、それが表に出てきてしまった。

 

「忘れていた瑞穂の重い罪、全て思い出しました。罪でも何でもないじゃないですか。貴女の心を砕くために、瑞穂は粉骨砕身努力をしただけ。それを貴女は、瑞穂を怒りのままに殺すという手段で、何もかも破壊したのですね」

 

水母棲姫として行ったことは、水上機母艦瑞穂としては自分の精神を崩壊させるほどの重い罪だ。だが、思考を弄られ私達が敵と見える今、その記憶は罪ではなくさも当然のことへと変わり果て、それを邪魔した私は復讐すべき最悪の敵として認識された。

今の状況は私が水母棲姫を殺した時と全く同じ状態。馬乗りになり、逃げられないようにマウントを取られる。両腕を折るまではされていないが、過負荷でまともに身体が動かせないので似たようなもの。あの時の意趣返し。

 

「朝潮っ」

「こらそこ、今から面白いことが起こりそうなんだから動くんじゃないわよ」

 

いち早く動き出そうとしてくれた雪さんと叢雲さんが、防空霞姫の砲撃でブレーキをかけさせられる。霞の顔でニヤニヤと下卑た笑みを浮かべているのが気に入らないが、正直それどころではない。

 

「覚えていますか。覚えていますよね。瑞穂はこうされて、貴女の手で殴られ続けた。こうやって」

 

一発殴られる。この痛みをアサに押し付けてしまっているのが申し訳ない。交代したいが、むしろアサに押さえつけられてしまい、思考の海から出られなくされている。

 

『貴女は無関係でしょう! 代わりなさい!』

「私が生まれる前にやったことなら私は知らん。それがお前の罪なのかも知らん。だけどな、お前が被る必要のない痛みなら、私が肩代わりしてやる」

「中の朝潮と仲良くお喋りですか。気に入らないですね」

 

一発殴られる。

 

「貴女をこちらに引き込むのも本当は気に入らないのですよ」

 

一発殴られる。

 

「どうせならここでこのまま嬲り殺しにしてあげたい程です」

 

一発殴られる。

 

「ですが、残念ながら防空霞姫様は貴女を仲間にしたいと仰います」

 

一発殴られる。

 

「瑞穂は貴女を許せませんが、仕方ありません」

 

一発殴られる。

 

「忠誠を誓うのなら、瑞穂は貴女を許しましょう」

 

一発殴られる。

 

「気に入りませんが、貴女にも『種子』の洗礼を与えます」

 

一発殴られる。

 

「今までの行いを悔い改め、姫様のため、皆のために働くのです。貴女はそれでようやく許される。今までのものは瑞穂の私怨ですが、貴女は許されるのです。感謝してください」

 

一発殴られる。

戦艦の身体になったおかげで瑞穂さんの素手での攻撃程度なら、そこまでのダメージではない。艤装のパワーアシストがあるものの、こちらにも不調ながら艤装がある。鼻血が出ているが、酷い有様にはなっていなかった。その状況が、却って私を冷静にさせた。

殴られている間に、アサに水母棲姫が何をしたかを伝えておく。アサも乱暴だが舌戦は出来る方だ。うまく時間稼ぎに使えるかもしれない。

 

「もういいでしょう。本来ならば瑞穂がやられた時のよう、爆雷を胸に添えてあげたいところですが、そうしたらいくら貴女でも死んでしまう。それは止められています。防空霞姫様、どうぞお好きに。瑞穂ではなく、貴女が『種子』を埋め込むべきでしょう。忌むべき存在ではありますが貴女の姉というのでしたら、瑞穂は一歩引き、貴女の行いを見届けます」

「ホントに甲斐甲斐しい従者ね。私のものに出来て良かったわ」

 

アサはこれだけされても一度たりとも呻き声をあげる事もなく、ただただされるがままにされていた。殴られている間も、瑞穂さんをジッと見据え続けていた。

 

「気に入らない目をしますね」

「お前は同じ状況に置かれた時に情けなく命乞いをしたと朝潮から聞いたぞ。私は深海の姫なんでな。お前に何をされようとも、そんな無様なことは出来ん。水母棲姫だったか、お前はそんなプライドもない情けない姫だったようだな」

 

腹を蹴られる。それでも呻き声1つあげず、ジッと見つめていた。吐き気もあるというのに、それも耐えて。

 

「卑怯な手段で無ければ勝てないクズが、何故私に方便を垂れているんだ。自分の手を汚さないようなゴミに何が出来る。結局最後もカスミに任せて自分は後ろだ。責任から逃げてるだけだろう」

「言わせておけば」

 

もう一発腹を蹴られる。吐かない。こんな状態の瑞穂さんに、弱みは絶対に見せない。ずっと同じ目で見続ける。イラつかせるように、他のことに興味を向けないように、自分の身体を犠牲に時間稼ぎ。

 

それが功を奏した。気配の端、別の深海の気配。援軍の気配だ。

 

「瑞穂、援軍が来るわ。早いところ朝棲姫に『種子』を埋め込む」

「かしこまりました。立ちなさい」

 

胸倉を掴まれ、強引に立たされる。あと少しだけ、ほんの少しだけ時間を作りたい。

 

「動けぇぇぇ!」

 

島風さんの咆哮と共に、連装砲ちゃん3体が瑞穂さんに突っ込んだ。過負荷を強引に乗り越えた結果、島風さんは鼻血を噴き出した。だがまだ目は死んでいない。身体を裂きながら、血を吐きながら防空霞姫に魚雷を放ち、連装砲ちゃんに指示。

 

「大! 霞もどきの足止め! 中、小、瑞穂さんを拘束!」

「うっわ、無理矢理乗り越えてきたわ。ウザいわね」

 

放たれた魚雷を主砲で撃ち落としながら、大きい連装砲ちゃんを高射砲で撃っていく。かなり負荷が大きいようで、島風さんはそれだけでフラフラ。攻撃を受けていないのに大破に近い損傷。

 

「このようなもので瑞穂を拘束出来るとでも?」

「もう少しだけ待ってちょうだい。そろそろだから」

 

連装砲ちゃんを蹴散らし、再び私の胸倉を掴もうとする瑞穂さんの腕を、叢雲さんが槍の柄ではたき落とす。同時に雪さんも瑞穂さんに体当たり。たったこれだけでも、最後の時間稼ぎには充分だ。

 

「もう充分なんだよね、アサ!」

「ああ、充分だ。来たぞ!」

 

私達の希望の星は、()()()()()()()()

 

戦場の中心、空から落ちてきた物質の着水で大きく波が立った。瑞穂さんは即座に防空霞姫の下につき、叢雲さんは雪さんを抱えて離脱。アサも何とか島風さんの下に合流。

空から降ってくるものに対して高射砲が使えなかったのは防空霞姫の落ち度だ。この状況が想定できるのは私が雪さんくらいしかいない。島風さんも叢雲さんも、想定は出来ないが信頼はしている。

 

「な、何が起きた!?」

「防空霞姫様、お下がりください。……空から厄災が降ってきました」

 

降ってきたのは厄災。この場に扶桑姉様は来られないが、それに相当する者。

 

 

 

「お待たせ」

 

 

 

水飛沫の中から現れたのは山城姉様。最大戦力の降臨である。

 




第5の混ぜ物、防空霞姫。霞改二乙は防空仕様ということで、防空棲姫との混合。


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舞い降りた救世主

黒コートの混ぜ物、防空霞姫との戦いの最中、唯一十全に機能を使える瑞穂さんが、『種子』による洗脳を受けてしまったことで、消滅していたと思われた水母棲姫だった頃の記憶が蘇ってしまった。その状態で価値観が変化したために、私、朝潮を復讐する相手と認識し、まともに動けない状態で攻撃を受け続ける羽目に。

だが、その時間稼ぎが功を奏した。救世主は空より舞い降りる。

 

「お待たせ」

 

戦場に降り立ったのは山城姉様。戦艦天姫に大敗した後、さらに訓練を積んでいる。私達の中では誰もが認める最高戦力だ。

気配の端に感じた深海の気配はウォースパイトさんのものだ。ならば、その時点で山城姉様を戦場に投げ入れると思っていた。その予想は見事に的中。時間稼ぎをした甲斐があるというもの。

 

「瑞穂に『種子』?」

「ああ……どうにも出来なかった」

「そう。アンタ達も相当やられたわね……島風、無茶しすぎよ」

「時間稼ぎ頑張ったもん!」

「えらいえらい。血塗れじゃなかったら抱きしめてあげてたわ」

 

瑞穂さんは愚か、防空霞姫すら無視して会話を続ける。あちらは人からもぎ取った従者を盾にこちらを見ているが、山城姉様の正確な戦闘力は伝わっていないのだろうか。滅茶苦茶な登場に呆気にとられる気持ちはわかるが。

 

「防空霞姫様、申し訳ありません。自衛をお願いいたします」

「何言ってんの。アンタが私の盾にならないでどうすんのよ」

()()はそういうものではないのです。戦艦天姫様から話を聞いておりませんか」

「アマツさんから? そういえば、腹を抉ってやった低速戦艦がいるってのは聞いてるけど」

 

今まで見てきているだけあり、瑞穂さんは本質を理解している。逆に防空霞姫は山城姉様ですら嘗めてかかっている。それだけしか聞いていないなら弱いと思っても仕方ないか。すぐに覆されることになるだろうが。

 

「あら、私ってば雑魚とでも思われてるのかしら。確かに戦艦天姫には手も足も出なかったわ。アレはまた別格なんでしょうね」

「普通の艦娘なんてみんな雑魚でしょ。ヒナタは6人がかりだったからやられたみたいだけど、ほとんど無傷だったわよね。それを、旧式の低速戦艦であるアンタ1人で何が出来るわけ?」

「そういう認識なわけね。面白くなってきたわ」

 

戦場で笑顔を見せる山城姉様。その方が余程怖い。

 

「瑞穂も覚悟しなさい。優しく出来るかわからないわ」

 

左手にキス。いつものルーティン。狙いは勿論防空霞姫。霞の顔をしていようが関係ない。これを知っている瑞穂さんは流石にまずいと思ったのだろう、顔が変わる。

 

「お逃げください!」

「逃がすかぁ!」

 

一撃。ただの一撃。ただし、間に瑞穂さんが割って入ったので本気の寸止め。

 

「仲間思いじゃない。瑞穂が盾になったらちゃんと当てないなんて。そんな甘ちゃんだから手も足も出ないんでしょ」

 

何もわかっていない。山城姉様の本気の拳は、()()()()()()()

胸に拳圧をモロに喰らった瑞穂さんは、何をするでもなく、そのまま白眼を剥いて倒れてしまった。見た目(そと)は無傷だが、体内(なか)がどうなっているかはわからない。

 

「……は?」

「次はアンタにこれをぶち当てるから覚悟しておきなさい。短い時間で念仏でも唱えておけば?」

 

倒れ伏した瑞穂さんの艤装を掴むと、雪さんに向かって放り投げる。

 

「雪、こいつの中和」

「は、はい!」

 

これで今の心配事は一旦消えた。邪魔者はいなくなった。あちらはこちらを嘗めてかかっていたが、今の一撃で認識を変えたようだ。

 

「ふぅん……そう。何したかわからないけど、アンタも引き込んだ方がいいわね。朝棲姫はどうしてもこちらに欲しいんだけど、アンタも欲しくなっちゃった」

「そこまで朝潮に執着するのは何故なのかしらね。別にこの子じゃなくてもいいじゃない」

「そんなこと知らないわよ。お姫様の……私達の母さんに聞いてもらえる? 私達が母さんの崇高な考えなんてわかるわけないもの」

 

高射砲が全て山城姉様に照準を合わせる。普通の艦娘ならひとたまりもないだろう。だが、その背中は頼もしかった。戦艦並の砲口を8つ向けられても、この人なら無傷で生還すると確信出来る。

 

「死ななかったら私のものにしてあげる。死んだら雑魚ってことだものね。瑞穂は面白かったけど大したことはなかったわね」

 

瑞穂さんを救出し、ようやく冷静に戻れるかと思った矢先にこの言い草。抑え込まれていた怒りと憎しみが再発。隣に島風さんがいるものの、思考の海は徐々に熱くなる。自制しようと思う気持ちはあるものの、収まりがつかない。

怒りと憎しみに理性を上乗せし、暴走を何とか止めている。

 

『呑まれちゃダメ……呑まれちゃダメ……』

「そうだ、理性的でいろよ朝潮……私が本能でお前が理性なんだからな……」

 

私の怒りと憎しみは、山城姉様が晴らしてくれる。そう思うだけで、ほんの少しは緩和される。

 

「能書きはもういいかしら。ほら、早く撃ちなさい」

「言われなくてもやってやるわよ」

 

轟音と共に一斉砲撃。8門の高射砲全てから、戦艦並の火力が放たれた。1つや2つなら簡単に弾けるだろうが、8つともなると回避すらも至難の技だ。

3つかすった時点で『種子』は3つ。それで『発芽』が確定する。あちらは山城姉様も欲しいと言い出しているため、直撃よりもかすらせることをメインに考えているだろう。

 

その砲撃に合わせ、山城姉様は()()()()()()。真後ろに砲門が移動させられないように、真正面にも移動させられないようだ。その隙間に入り込み、まず両手に持つ軽巡主砲を()()()粉砕。タイミングが早かったため、高射砲からの砲撃もかすることなく後方に飛んでいった。

 

「っぎぃっ!? こいつ……!」

「霞のツラを殴るのは気が引けるわね。ねぇ、何処から()()()()()?」

「ふざけるな! 何でアンタが余裕こいてるのよ! 雑魚の旧式戦艦風情が!」

 

霞の顔での悪態は心にクる。だが、どうにか理性を保ち、山城姉様の奮闘を見届ける。怒りも憎しみも限界まで膨れ上がりそうだったが、山城姉様の戦う姿を見ていると心に活力と勇気が湧いてくる。私の尊敬する姉だ。

 

「綺麗な顔のまま、他をズタズタにしてやるわ」

「っがぁっ!?」

 

不意打ち気味に両肩を掴み、握りつぶす。肩から下が動かなくなれば、万が一のことも無くなる。以前に私達が見た空母鳳姫は接近戦をカバーするために匕首を持っていたが、防空霞姫はそういったものは無いようだ。艤装が異常に大きいからか、白兵戦用の武器を用意する場所も無いように見える。

痛みもあるだろうが、近くにいてもらいたくないという気持ちが強いのだろう、大きく身体を振り、高射砲での攻撃を試みるが、適当に振るっただけなので簡単にキャッチ。片手で掴んでいるのに、ビクともしないようだ。もう間合いすら取らせない。

 

「な、なんでっ」

「高射砲が邪魔ね。アンタの頭が最後にこうなると思うから、ちょっと見てなさい」

 

至近距離過ぎて放つことの出来ない高射砲を殴り飛ばすと、木っ端微塵に吹き飛んだ。4基とも破壊し、もう何も出来ないというほどに。残っている武器があるのなら、まだ見せていない魚雷か、駆逐艦という枠を超えた艦載機か。

 

「クソッ、アンタ一体何なのよ!?」

「ただの艦娘よ。アンタみたいな混ぜ物じゃない、正真正銘の純粋な艦娘。旧型のボロ戦艦よ。わかったかしら、()()()()

 

だが、このタイミングで2つ目、3つ目の混ぜ物の気配を感じた。効果が一気に上乗せされ、アサが耐えきれずに嘔吐。3人分の相乗効果はとにかく尋常ではない。全身裂傷状態の島風さんの身体が危険な域に達してしまう。これは本当にまずい。

 

「ヤマシロ姉さん2時方向から!」

 

渾身の力でアサが叫び、追加で嘔吐。電探の範囲外から小さな反応が猛スピードで飛んでくる。これは一度見た、空母鳳姫の矢の反応。深海の気配を感じただけの距離から、正確無比な一射。並じゃない。

 

「そっちも援軍なわけ? 随分と弱気じゃない」

 

目の前にいた防空霞姫を掴み上げると、よりによって矢の盾にした。飛んできた矢はまだ背中に残っていた機関部艤装に突き刺さり、その勢いを止める。残念ながら貫通はしなかったようだが、身を守ることは出来たようだ。だがそれを見越したかのように恐ろしい速度で戦場に割り込んできた軽巡岬姫が、防空霞姫の身体を分捕るように回収した。

 

これと同時にこちらの援軍も戦場に到着。ウォースパイトさんを筆頭に、天龍さん、龍田さん、清霜さん、榛名さんの重量編成。さらには後発で護衛艦隊の4人も来るとのこと。いざ戦えと言われればその場で戦えるレベルではある。

 

「大発持ってきて正解だったみたいね〜」

「だな。龍田がいて良かったぜ」

 

すぐに私と島風さん、そして瑞穂さんを積み込んでくれる。なるべく吐かないように耐えているようだが、いつもとは比べ物にならない過負荷により、結局胃の中が空っぽになるまで吐き続けることに。

 

「カスミ、帰りが遅いと思ったら、随分と苦戦してるようだけど」

「ミサキさん……ごめんなさい、こんな奴らに手こずったわ……」

「映えある第二水雷戦隊なんだから、もう少し頑張りなさい。帰ったら訓練よ」

 

空母鳳姫の矢と艦載機が目くらましになり、攻撃したくても出来ない状況。そのまま撤退を許すことになってしまった。攻めに使うものを守りにも使い、牽制をしながら徐々に距離を開いていく。こうなるともう追いつけない。

 

「龍驤はいませんか。なら私は用がありません。皆殺しでもいいですが、この子の治療が先決ですので」

 

敵と会敵したが、結局何もせずお互いが撤退。ここでやってもジリ貧と踏んだのだろうか。あちらも慎重ではある。混ぜ物を減らしたくないのかもしれない。

私達が十全の状態なら、相手の出方関係無しに戦闘になっていただろう。そういう意味では、足手纏いとなったことが悔しかった。

 

 

 

なんとか鎮守府へ帰投。私と島風さん、そして瑞穂さんは早急に入渠。私に関しては、顔を殴られた傷と3人分の相乗効果で消耗して体力を回復するための入渠となる。他の2人とは違い、2時間ほどで終了した。

 

「お姉さん、話は聞きました」

 

大潮が服を持って待機してくれていた。時間ももう遅く、夕食を摂るためだけの着替えになるので、簡単に着られる海峡夜棲姫の着物。

 

「瑞穂さんの記憶が戻っちゃったって……」

「ええ……あの時のことを思い出してた。私、同じことされたわ。馬乗りで顔を殴られ続けた」

「そうですか……で、でも、洗脳は解けたんですし、入渠が終わったらいつもの瑞穂さんが戻ってきますよね!」

 

入渠が終わって記憶がまた無くなっているのなら今までの瑞穂さんが戻ってくるだろう。だが、今までの傾向からして、洗脳されていた記憶は全て残り続けている。その時に起こったことを、何もかも覚えている状態だ。

最悪の場合、瑞穂さんはまた壊れ、二度と目を覚まさないかもしれない。それだけは避けたい。何としてでも。

 

「お姉さん……?」

「戻ってきてほしいわよ……いつもの瑞穂さんが」

 

自然と涙が出てくる。どうしても、絶対に戻ってくると言えない。最悪な状況ばかりを考えてしまう。

 

「お姉さん……泣かないでください。泣かれると……大潮も泣いちゃいます……」

 

それだけ瑞穂さんが私達に馴染んでいたということだ。自分を罪人と称し、常に献身の姿勢を解かず、必要な時に瞬時に必要なことをやってくれた瑞穂さんには、いつもいつも頼らせてもらっていた。甘えてしまっていたかもしれない。それほどまでに身近な存在だった。

 

「きっと帰ってくる……帰ってくるわ。まずは入渠が終わるまで待ちましょう……考えるのはその後よ」

「はい、そうですね。それでいいんだと思います」

 

袖で涙をぬぐい、いつもの調子に戻ってくれた。私も今だけは立ち直ろう。ずっと気に病んでいても何も変わらない。

 

「それで……工廠の隅に霞がいるようだけど」

「敵も霞だったから、顔が合わせづらいって」

 

気持ちはわかる。自分で無いとわかっていても、自分と同じ姿形のものが悪事を働いているとなると肩身が狭い。特に今回の霞は物凄く横暴だった。洗脳された霞自身よりも酷い、見下した態度と暴言の嵐。あれを私に見せて心を崩そうとしてきているのだろう。効果的だと私も思う。

 

「霞、大丈夫だからちょっと来て」

 

ちょいちょいと手招きすると、無言でやってくる。気に病まなくてもいいところで落ち込んでいる辺り、私の妹だと実感する。性分なのだから仕方ない。それは私もわかっていることだ。

 

「……私も聞いたわ……別の私が瑞穂さんの記憶を蘇らせたのよね。私じゃないのに私の責任に思えて……」

 

自分では無いのに自分の名前を出されるせいでおかしなことになっているのだろう。防空霞姫は霞の外見では飽き足らず、名前にも"霞”の文字を入れ、周りからもカスミと呼ばせている始末だ。完全に私に意識させに来ている。

 

「大丈夫。霞のせいじゃないわ。だってそうでしょう。貴女は本当に何もやってないんだもの。気負う必要はないわ」

 

抱き寄せて頭を撫でる。私も癒されるし霞も癒される、一挙両得の行動。今は姉妹の温もりが欲しい。

 

「瑞穂さん……大丈夫よね。きっと大丈夫よね」

「……ええ……明日にでもいつもみたいに隣に立ってくれるわ……」

 

そうやって自分にも言い聞かせないと折れてしまいそうだった。




ここの朝潮型には深く深く繋がりを持った瑞穂。朝潮の心を壊すためにも充分な素材。


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消したい記憶

防空霞姫との戦闘の翌日。島風さんと瑞穂さんの入渠が完了する。瑞穂さんは準備が出来てから起こすこととし、まずは島風さんに起きてもらうことに。

私、朝潮は島風さんのドックの隣に立ち、明石さんの合図を待つ。

 

「じゃあ開けるよ」

「はい、大丈夫です」

 

島風さんの入るドックが開き、島風さんが元気よく目を覚ました。寝起きがここまで綺麗な人もなかなかいない。

 

「おっおーうっ! おはようございまーす!」

「おはようございます島風さん。身体の調子はどうですか?」

「だいじょーぶ! 全部動くし、連装砲ちゃんも元気いっぱい!」

 

過負荷を強引に乗り越えたことによる後天性の欠陥(バグ)は無いようで安心。艤装を展開して、連装砲ちゃん達もピョコピョコ飛び跳ねていた。不調は一切無いようだ。

本当に無理をすれば、あの体調不良は強引に払拭して戦うことが出来ることがわかった。そんな無理はしないが。

 

「ありがとうございました。島風さんのおかげで、私は助かりました」

「いいのいいの! 朝潮がやられちゃったら意味ないもん!」

 

結果的に誰も死ななかったが、一歩間違えれば島風さんが死んでいた。なるべくなら自分の命も勘定に入れてほしい。当たり前だが、島風さんが死んでも意味がないのだ。死なない確証があってあんなことをしたわけではないだろうし。

 

「瑞穂さんはまだ?」

「いえ、入渠自体は終わってます。万全な状況で起きてもらいたいので、島風さんに先に起きてもらいました」

「そっか。なら、連装砲ちゃん出したままにしておくね。いざって時のために」

 

万が一の時のことを考えると、それがいいだろう。何が起こるかわからないのが今からのことだ。島風さんがいてくれれば、それだけで人数が増えるようなものである。

 

「御姉様、春風参りました。島風さんもご一緒ですか?」

「私もお手伝いするよ。連装砲ちゃんに任せて」

「これだけ人数が用意できていれば万が一があっても大丈夫だと思うわ。春風も来てくれてありがとう」

 

前回瑞穂さんが目覚めた時にいた春風もこの場に。何かあった時のことを考え、いろいろと持ってきてくれた。春風も洗脳からの発狂経験者。何が欲しいかはわかっていた。

今は私もすぐに拘束出来る状況にあるので、艤装を装備していない瑞穂さんが何かの間違いで暴れ出しても何とかなるはずだ。これで準備完了。

 

「それじゃあ準備はいい?」

「はい。お願いします」

 

瑞穂さんの眠るドックの蓋が開く。前回はここで私の顔を見て発狂し、再度入渠したことで完全に壊れた。私は顔を出さない方がいいかもしれないと思ったものの、顔を合わせた瞬間に同じようになるなら早い方がいい。むしろ私を思い浮かべただけで壊れる可能性だってある。それなら最初から私が側にいた方がいい。

 

「ん……う……」

「瑞穂さん……おはようございます。大丈夫ですか?」

 

目を覚ました瑞穂さんが私の顔を見た。途端に顔が青くなっていく。

 

「あ、朝潮、様……瑞穂は、瑞穂、嫌、あぁああっ、いやっ、いやぁああああっ!?」

 

前回と同じだ。頭を抱えて喉が壊れんばかりに叫び出す。

水母棲姫の記憶は既に瑞穂さんの心では耐えきれないほどの負荷だ。だから記憶を改竄するほどに壊れたのだから。そこに、洗脳され私に殴る蹴るの暴力を振るった記憶まで追加されてしまった。負荷に負荷が加わり、あっという間に壊れてしまう。

 

「瑞穂さん! 自分をしっかり持ってください!」

「いやあああっ!? あぁああっ!?」

 

頭をガリガリ掻き毟りながら悶え苦しむ。ドックの中で全裸で暴れまわるため、身体もどんどん傷付いていく。それをやめさせるためにも、島風さんの力も借りてどうにか押さえつけた。

今回はどれだけ暴れても余程のことがない限り再入渠させるつもりがなかった。前回それで記憶がおかしくなったのだから、またやったら今までの瑞穂さんは消えてしまうだろう。それだけは避けたい。私達は今までの瑞穂さんが帰ってきてほしい。

 

「殺してっ、瑞穂を殺してぇえええっ!?」

「馬鹿なこと言わないでください!」

 

艤装のパワーアシストで身動きが取れないように出来ているものの、心がもう殆ど壊れてしまっている。もう自分の死のことしか考えていない。

暴れる体力が無くなってきたか、ガクガク震え始めた。これはいよいよまずい兆候。暴れる力が無いのならと、拘束を解き、起こして抱きしめる。こういう時だけは大人の身体で良かったと思えた。

 

「自分を壊さないでください! 貴女は死んではいけない人です!」

 

叫ばなくなった代わりに、反応が無くなってしまう。壊れた結果、心を閉ざしてしまった。いつも以上に虚ろな目で、何をしても反応しない。私がどれだけ叫んでも何も言葉を発しない。脚を失ったときのシンさんのようだった。何もかもに絶望し、世界の全てが必要無くなってしまった表情。

 

「瑞穂さん! 瑞穂さん!?」

 

頰を軽くはたく。反応がない。死んではいないが、腕はダランと垂れ下がり、意識を持っているのかいないのかわからないほどになってしまった。

春風が用意してくれていたワインを口に含み、無理矢理口移しをした。春風の時はそれで意識を取り戻してくれたが、瑞穂さんはそれでも無反応。咳き込みもせず、表情も変わらない。

 

「うそ……瑞穂さん、瑞穂さん!」

「朝潮、入渠させよう。こうなったらもうそれしかない。記憶は全部無くなるかもしれないけど……死ぬよりマシだよ」

 

辛そうな明石さんの声。このままだと衰弱して死を待つだけになってしまう。死ぬことだけは絶対にダメだ。それを回避するためには、この手段しかない。何もかも忘れて、初対面の瑞穂さんとなってしまっても、生きているのならまだ一緒にいられる。

 

「……お願いします……再入渠の方向で……」

「朝潮も気負わないで」

 

瑞穂さんを改めて入渠ドックに入れ、蓋を閉める。幸い暴れ回ってもドックが壊れることはなく、そのまま寝かせるだけで事が済んだ。だが、これで瑞穂さんが目を覚ましたとしても、前とは別人になっている可能性が非常に高い。下手をしたら目を覚まさない可能性すらある。

 

「御姉様……今は待ちましょう」

「そうだよ朝潮。待とう、ね?」

 

何も出来ない自分が悔しかった。怒りや憎しみは湧かなかったが、より深く堕ちていくような感覚はしていた。

 

 

 

前回と同じように1時間も経たずに再入渠完了。その間も私はずっとドックの横にいた。瑞穂さんがいつ目覚めてもいいように、ジッと待っていた。

 

「朝潮、辛いならここにいなくてもいいんだよ」

「見届けます。変わり果てたとしても、瑞穂さんは瑞穂さんなので」

 

待っている時間で頭の中を整理した。アサとも話し、どうであっても変わらず接する覚悟を決めた。幸い、以前の経験から意図しない表情を作ることは出来る。辛くても笑顔を見せるくらいは出来る。

 

「じゃあ、開けるよ」

 

明石さんの声と共に、入渠ドックが再び開く。目を開くが少し寝ぼけ眼。目を覚まさないということが無くて本当に良かった。

 

「おはようございます、瑞穂さん」

 

前回は壊れるキッカケとなった記憶を全て都合よくいい方向に改竄することで精神を安定させたが、今回はどうなるか。別人になっている覚悟はしている。

同じように改竄されるなら、消えることがないほど深く刻み込まれた最悪の記憶を辻褄合わせで最高の記憶に差し替える。私主観で考えるなら、瑞穂さんにとっての最悪の記憶は水母棲姫の時に私に殺されたことと、洗脳により私を攻撃したこと。それがすり替わるとしたらどうなる。

一番ありがたいのはその部分だけ綺麗さっぱり忘れてそれ以外が全て前のままという状態。以前のように、わからないが大きな罪を持っているという漠然とした記憶になっているのがいい。

 

「瑞穂さん……?」

 

ボーッとした瞳。まだ焦点が定まっていない。最悪な可能性を考慮して、慎重に。あまり近付くこともなく、それでいて離れもせず。

 

「朝潮……様……?」

「瑞穂さん、記憶が……」

「朝潮様、おはようございます」

 

初めて出会った時のようにニヘラとした笑顔。私への認識が主従関係のままであるということは、記憶が基本的にはそのままであるということだ。今はまだわからないが、少なくとも恐ろしく変化しているということはない。先程狂ったのが嘘のようだった。

それだけで、泣きそうなくらい嬉しかった。いろいろなことを覚悟していたから、本当に嬉しかった。

 

「よかった……瑞穂さん本当に良かったです……」

 

思わず私から抱きついてしまった。涙もボロボロ出てくる。後ろで春風と島風さんも心から喜んでくれているようだった。私のこれを見て、瑞穂さんがオロオロし始めてしまう。

 

「朝潮様、瑞穂、その、何かご迷惑をおかけしましたでしょうか……また罪を増やしてしまったのでしょうか」

「そ、そうだ。瑞穂さん、入渠する前は何処まで覚えていますか。辛いなら何も話さなくて結構ですので」

 

少し表情が曇る。何処まで覚えているかで今後の扱いが変わる可能性がある。触れていいこと悪いことがあるだろう。本人の口から何処まで聞けるか。

 

「朝潮様……瑞穂は朝潮様に裁いていただいた罪をついに思い出したのです。朝潮様も当然ご存知だと思いますが、裁かれる前の瑞穂は……水母棲姫と呼ばれておりました。朝潮様が仰る元深海棲艦という意味、ようやく理解することが出来ました」

 

自分が水母棲姫であるという自覚がある。それを思い出したことで先程の狂乱を見せたわけではないのなら、私に対しての行いでかもしれない。そこを忘れているのなら先程の戦闘に触れなければいいだけだ。

 

「曖昧ではありますが、瑞穂がやったことは狡猾で卑怯で……非道の限りを尽くしておりました。朝潮様に裁いていただいたときも、最後の最後には情けなく命乞いをし……それが瑞穂であったことが恥ずかしいほどです」

「……そうですか。それを思い出したんですね。どうして思い出せたんですか?」

「そこが少しボヤけていて……目覚めた時には思い出していたのです。何があったのでしょう。瑞穂は何故入渠していたのでしょうか」

 

私が領海に行こうとしたこと自体がスッポリ抜けてしまったようだ。生まれ変わったばかりの前回と違い、主従関係という人格が完全に形成されていたからこそ、その部分を残した状態での辻褄合わせが発生したのかもしれない。現状維持が最善であり、不要な部分だけを切り落とすことで何とかなると頭が判断したのだろうか。

それでも、防空霞姫との戦闘は避けた方がいいだろう。それこそ思い出さなくてもいいことを思い出しかねない。

 

「瑞穂さん、それは思い出さない方がいいです。何事も無ければそれでいいんですから」

「朝潮様がそう仰るのでしたら、瑞穂はこれ以上の詮索は致しません。瑞穂にとってそれは良くないことなのでしょう。朝潮様が瑞穂のことを思って仰ってくださるのですから、誰に何を言われようと思い出すことはありません」

 

ニッコリ笑ってくれた。最悪な想定は全て覆り、最高の結末を迎えてくれた。そういうところでも、瑞穂さんは無意識に献身してくれる。私の心の安寧は今、瑞穂さんに支えられていると言ってもいいかもしれない。

 

 

 

入渠完了を司令官に伝えたところ、瑞穂さんに抱きつかんばかりの大喜びだった。記憶が丸一日分飛んでいること以外は正常。『種子』を埋め込まれ、洗脳されていたこと自体を完全に忘れており、後を引くものもない。

 

「最近悪いことばかりでしたが……本当にいい形に決着がついてくれました」

「ああ、世の中悪いことばかりじゃないよ。本当に良かった」

「瑞穂の生き方で朝潮様が喜んでいただけるのなら、これ以上の幸せはありません。瑞穂にはちんぷんかんぷんですが、朝潮様が思い出すなと仰るので、このままでいたいと思います。空白の1日でまた瑞穂の罪は増えたのだと思います。故に、瑞穂はまた誠心誠意朝潮様に仕え、贖罪をさせていただければと存じます」

 

いつもの調子の瑞穂さんがこんなに嬉しいことはない。

 

「瑞穂さん、少しの間は無理をせずで行きましょう」

「かしこまりました。朝潮様と共に少しの期間、訓練担当として活動させていただきます。提督、よろしいでしょうか」

「経過観察は必要だからね。君の場合は少し特殊だ。何かあり次第、教えてくれればいい」

 

私は基本的には訓練担当を続けていくが、瑞穂さんもサポートとして付き添ってくれるそうだ。私の目につく場所にいてもらえる方がいいだろう。

 

執務室から出ると、瑞穂さんを心配していた霞と大潮が待っていた。先に春風と島風さんから話は聞いていたのだろう。不安そうな顔は消え、大潮に至っては飛びつくように瑞穂さんに抱きついた。

 

「お、大潮様」

「何も変わってません! 良かった、良かったよぉ!」

「大潮姉さん、瑞穂さん困ってるから離れてあげて」

 

霞も表情を変えないようにしているが内心は喜んでいるのはわかる。が、瑞穂さんが霞の顔を見た瞬間、少しだけ震えたのがわかった。2人にはわからない程度に顔が歪んだのも確認した。

 

「瑞穂さん?」

「……朝潮様、瑞穂の懺悔をお聞きください……」

 

霞と大潮に聞こえないように私に呟く。

 

「何故かはわからないのですが……霞様のお顔を見たとき、少しだけ、ほんの少しだけなのですが……恐怖と……()()を感じてしまったのです。気のせい、気のせいですよね」

「瑞穂さん、それは気のせいです。私が言うんですから」

 

防空霞姫にやられたという事実が、身体に刻まれてしまっているのだろうか。霞の顔だけで反応してしまうとは考えていなかった。記憶には無くても、あれほどの仕打ちを受けたのだ。実際記憶が残っていたら、この瑞穂さんといえども怒り狂うほどの憎しみを持ってしまったのかもしれない。

瑞穂さんには似合わない。忘れているのなら、そのまま忘れたままの方がいい。敵の混ぜ物連中には誰かしら因縁を持っているものだが、わざわざ瑞穂さんがそれを持たなくてもいい。あちらは山城姉様を目の敵にしてそうだし、触れなくていい。

 

「かしこまりました。気のせいです」

「はい、気のせいです」

 

思い出したらまた心が壊れてしまうだろう。次こそ再起不能になる。今だって綱渡りかもしれない。

だから私も言い聞かせる。私の言葉でなら、今後に響かないように本当に気のせいだと思い込むだろう。良くも悪くも私の言う通りにしてくれる。それがいいことか悪いことかはわからないが、少なくとも、こういう時に関しては良いことと思える。

 

 

 

瑞穂さんの件はもうこれで終わりになってもらいたい。たまには幸せな結末が欲しいものだ。




瑞穂だって長く鎮守府に所属して、いろいろな経験をしています。壊れていようが、成長はしますとも。


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共に幸福を

敵の洗脳から解放された瑞穂さんの治療は完了した。最初は自らの行いを悔いて壊れんばかりに狂ったが、再入渠により洗脳されていた時の記憶が消し飛んだことで正常に戻ることに成功。今まで何かしらの不幸があった私、朝潮には、最高最善の結末となってくれたのだ。瑞穂さんの無意識の献身により、心を崩すことを食い止められた。

 

自分が元深海棲艦であるということを自覚し、水母棲姫であった記憶が朧げだが蘇ったことで、晴れて瑞穂さんも元深海棲艦として扱われるようになった。今までは何かわからないが大きな罪を背負っているという感覚だったものが、今は水母棲姫として行った非道な行為に対する贖罪という姿勢に変化したので、心持ちはどちらかといえばウォースパイトさんに近くなったか。

 

瑞穂さんは少しの間、経過観察として通常の任務から外れる。今回消えたと思っていた水母棲姫の記憶が戻ってしまったことで、今消えているはずの防空霞姫に洗脳された記憶も戻ってしまう可能性が出てきたからだ。何かがあったときに私が近くにいた方がいい。

少しの間は私の補佐として訓練担当として活動してもらうこととなる。

 

「というわけで、少しの間、瑞穂さんは訓練担当をする私の補佐をしてもらいます。経過観察も必要ですし、不安定なのは変わりません。緊急時は私が近くにいた方がいいかと思います」

「かしこまりました。それでこのお洋服なのですね」

 

私と一緒に訓練担当として活動するが故に、瑞穂さんにも練習巡洋艦の制服になってもらった。私が1番艦なら、瑞穂さんは2番艦。スカートの形が違ったりするくらいでほぼほぼ同じである。

ただしこの状態でも三方は持ったまま。瑞穂さんには外せないものらしい。

 

「罪深い瑞穂が朝潮様と揃いのお洋服など烏滸がましいように思えてしまいますが、その、朝潮様の妹になれたようで、瑞穂、少し昂揚してしまいます。()()()()()()()()2()()()として、誠心誠意尽くさせていただきます」

 

私の身体が戦艦のそれに変化させられてから、瑞穂さんより身長が高くなってしまっている。今の状態なら、額の角さえ隠せば姉妹と言っても信じてもらえるかもしれない。私が姉側であることが信じられないが。

 

「じゃあ今だけは妹として扱ってみます?」

「い、いえ、そんなことは。先程のはその、意気込みなだけで本当に2番艦になったわけではございません。そもそも実の妹である大潮様や霞様に申し訳ありませんし、瑞穂は本来皆様に顔向け出来ないような罪人なのです。過去の罪を赦していただいたとしても、瑞穂は贖罪のためにこの場に立たせていただいている者。これ以上幸せになってはいけないのです」

 

そういうところは妙に律儀である。水母棲姫の記憶を取り戻し、今まで以上の罪悪感に苛まれることとなっても、態度は何も変わらない。自分への幸せは捨て、私を筆頭にした朝潮型に尽くし続ける。これは良くない。

 

「別にいいじゃないですか。幸せになったって。十分に尽くしてくれました。私に縛られずに自由に生きて欲しいくらいですよ」

「それでは瑞穂の気持ちが収まらないのです。命尽きる時まで朝潮様のお側に侍らせていただけますよう」

「なら今以上に幸せになってくださいね。拒否権はありませんよ。瑞穂さんが幸せにならなければ、私も幸せになれません。従者として側にいるのなら、私の幸せのために幸せになってくださいね」

 

頭をポンポンと撫でる。少しだけ妹のように扱ってみた。それだけで、瑞穂さんは目覚めた時のようにニヘラとした笑顔を見せる。素直に可愛らしいと思えた。前よりも柔らかくなったかもしれない。

 

「さ、では今日も頑張りましょう」

「は、はい、よろしくお願いします」

 

このまま瑞穂さんが幸せを享受してくれるようになってほしい。私の命令とかそういうものではなく、自分の意思でそれを望むようになってもらいたいものだ。

 

その日1日はみっちりと訓練担当。補佐担当は相変わらずの完璧な補佐で、私はいつもより楽を出来たように思えた。白兵戦と自由に動かせる艦載機を持つ私と、砲撃と水上機を同時にコントロール出来る瑞穂さんの組み合わせは訓練には最適らしく、響さんを筆頭に、前以上に希望者が殺到することに。

今日のおかげで、周りからは練習巡洋艦姉妹としての扱いも受けるようになった。私は元駆逐艦で戦艦の身体、瑞穂さんは水上機母艦という巡洋艦とはまるで縁のない艦種なのだが、これで通るみたいだ。

 

 

 

その日の夜。丸一日を瑞穂さんと過ごし、延々と訓練担当をするというのは実は初めて。普段は私の目につかないところで控えているのかもしれないが、常に真横にいるというのは本当に無い。

 

「今晩だけは同じ部屋で寝てください」

「瑞穂さん、今日入渠終わったばっかりなんでしょ。経過観察が見たいなら一緒に寝た方がいいわよね」

「瑞穂さんと一緒はアゲアゲですねー!」

 

今日だけは瑞穂さんがまともに眠られるかを調べるために一緒に寝ることとした。私含む朝潮型3人と一緒に眠るということで、さすがに1部屋には入りきらない。久しぶりに談話室の座敷スペースを使わせてもらうことに。

 

「……よろしいのでしょうか……水母棲姫であった瑞穂がご一緒させてもらうだなんて……恐れ多くて……」

「何度か一緒に寝ましたよね。何を今更」

 

あの時の記憶が戻ってきてしまったことで、私と大潮には特に引け目があるのだと思う。私を騙し、大潮に自殺を強要した記憶は、死ぬ寸前に近い位置にあるトラウマのようなもの。私が水母棲姫を怒りのままに嬲り殺すキッカケとなった出来事だ。

とはいえ私達にはもうその辺りは一切気にしていない。瑞穂さんは水母棲姫ではないのだから、添い寝に抵抗なぞ何処にもないのである。

 

「大潮が瑞穂さんのお隣貰いまーす!」

「では逆側が私で」

「で、朝潮姉さんの隣が私ね。完璧な布陣」

 

何事も無ければただ一緒に寝るだけ。何事かあってもこれだけ近くにいるのだから対処も可能。瑞穂さんは艤装が無いので、万が一のことがあっても私だけで押さえつけられるほどだ。

 

「はい、じゃあ寝ましょう。瑞穂さん、本日の主役ですよ」

「か、かしこまりました」

「瑞穂さん、顔緩んでますよー」

 

またあのニヘラとした笑顔。水母棲姫の記憶が蘇ってから表情が豊かになったように思える。それはそれでいいことだ。真面目に淡々と従者をやっているよりは、私達と一緒に感情を共有してほしい。

 

『雑魚寝を思い出すな』

「そうね。またああいうのを体験したいわ」

『その度に添い寝担当がバトルロイヤルされると鬱陶しいけどな』

 

アサも瑞穂さんのことは一目置いている。アサも瑞穂さんの献身の対象。サポートは幾度となく受けている。何かあれば助けてあげたいという気持ちは、アサも同じだった。

 

 

 

深夜。4人で眠る談話室でそれは起こった。

瑞穂さんの魘される声で目を覚ました。大部屋で皆で一緒に寝た時もとても姿勢良く眠っていたが、今だけはまるで違った。ゼエゼエ声をあげながら悶えている。これはあまりよろしくない傾向かもしれない。隣の大潮も目を覚ましていたようで、暗闇の中で目が合った。

 

「お、お姉さん、これ……」

「起こした方がいいわよね……苦しんでいるもの」

 

瑞穂さんの肩を揺する。

 

「瑞穂さん、瑞穂さん、大丈夫ですか?」

 

私が揺すったことで目を開いた。同時にボロボロと涙が溢れる。いつもの虚ろな瞳は、より一層虚ろになっている。

 

「あ、朝潮、様……瑞穂……瑞穂は……」

「落ち着いてください。ここは現実です。大丈夫ですか?」

 

添い寝をした時や、大部屋で寝た時でもこんなことはなかった。ということは、水母棲姫の記憶を取り戻したことが悪夢の原因なのかもしれない。

どんな夢を見ていたかわからないが、落ち着くまでは私が引き寄せるように抱きしめておく。 私が適役かどうかはさておき、こういう時は人の温もりが欲しいはず。

 

「んん……何があったの……?」

「霞、瑞穂さんが魘されてて……」

 

この騒ぎで霞も目を覚ました。大潮は先んじて布団から出て、談話室の電気をつける。夜の暗闇ではわからなかったが、瑞穂さんは壊れる寸前の発狂した時のように青ざめており、ずっとガタガタ震えていた。

 

「温かいお茶を淹れるわ。気分が落ちつけるように」

「じゃあ大潮はタオルと替えの寝間着を貰ってきます。酷い汗ですし」

「2人とも、お願い」

 

用意してくれている間、私はずっと瑞穂さんを撫で続けた。それこそ、妹に対してするように。訓練担当として擬似的に姉妹となったのだから、これくらいは私の役目だ。

 

「瑞穂さん、大丈夫ですか」

「瑞穂は……瑞穂は何故……何故あんなことを……」

 

私の声があまり届いていない。それほどまでに酷い悪夢だったのだろう。これは落ち着くのを待つしかない。

 

大潮がタオルを持ってきてくれた時、ほんの少しだが瑞穂さんは自分を取り戻していた。震えが少し収まり、涙も止まっている。

 

「お騒がせいたしました……深夜に皆様を起こしてしまうなど、従者としてあるまじきこと。深くお詫びを……」

「構いませんよ。私達が貴女に頼るように、瑞穂さんも私達に頼ってください。それくらい私達は瑞穂さんに感謝しているんですから」

 

汗を拭いてあげながら、寝間着を着替えさせる。

 

「霞がお茶を淹れてくれました。落ち着いたら飲みましょう。談話室で良かったです」

「はい……申し訳御座いません……」

 

一度お風呂に入った方がいいかもしれないが、その前にちゃんと落ち着いた方がいい。お茶を飲んでもらって、震えを止めてもらう。少し落ち着いたか、夢の内容を話してくれた。

 

「……酷い悪夢を見たのです……」

「そうですか……」

「朝潮様に暴力を振るう夢でした……。瑞穂が水母棲姫だった時にやられた事をやり返す夢です……。最後は胸元に爆雷を仕掛けて……朝潮様を……爆殺して……」

 

話す事でまた震えが始まってしまった。

結末が違うため、防空霞姫に洗脳されていた頃の記憶が悪夢となって蘇ったわけではないようだが、あの時の行為がトリガーになっている可能性はある。蘇った水母棲姫の記憶と、記憶にはないが身体は覚えている私に暴力を振るった経験が合わさり、私を殺すという悪夢となって出てきてしまったか。

夢の中でとはいえ、私を自分の手で殺したという経験をしてしまったせいで、瑞穂さんは今までにない程に消耗している。

 

「瑞穂さん、私は生きています。ほら、熱を感じるでしょう」

「朝潮様……はい……生きていらっしゃいます……脈動を感じます……」

 

私の左胸に瑞穂さんの手を持って行き、鼓動を感じてもらった。私は目の前で生きている。もっと鼓動を感じてもらうため、皆にやるように頭を胸に押し付けるように抱きしめた。

 

「今日思い出した水母棲姫の記憶が悪い方向に作用してしまったんでしょう。辛かったら私を呼んでください。生きていることを証明してあげます」

 

これから毎日私を殺す夢を見るかもしれない。以前と違い水母棲姫の記憶を受け入れられたように思えたが、無意識ではやはり抵抗があるのだろう。これを乗り越えるのは至難の業だ。罪悪感だけはどうにもできない。お酒で逃げることが良くないのは前例があるためにオススメ出来ない。

 

「瑞穂さんに深海の匂いが感じられたら、もっと落ち着けるのかもしれないけど、無い物ねだりよね」

 

霞が呟く。元深海棲艦の特性として、深海の気配は感じられるが深海の匂いは感じられないという体質があるが、匂いの方が感じられたら私の深海の匂いで心を落ち着けることが出来ただろう。残念ながらそれは出来ない話ではあるが。

 

「幸せを感じながら眠れば悪夢を見ないでしょうか……」

「あの、瑞穂は眠る前はとても幸せでした。朝潮様と大潮様に添い寝していただき、霞様にも側にいていただき……。かつて無いほどの幸せだったかもしれません」

「でも無いよりはマシですね。私達が側にいたから魘されているのに気付けたわけですし」

 

あまりにも悪夢が治らないようなら、入渠ドックでの睡眠になるかもしれない。あそこに入っている状態だと夢もあまり見ない。私はアサと会話したことがあるくらいだが、それ以前に入渠中に夢を見るようなことは無かった。

それはもう最後の手段とするとして、それ以外に悪夢を消し去る方法は何か無いだろうか。

 

「瑞穂さん、眠るたびに悪夢に苛まれるようなら言ってください。いろいろ試してみましょう。私達が側にいるからダメという可能性だってありますし、添い寝の順番を変えるだけで何か変わるかもしれませんし」

「はい……お手数をおかけします……」

 

何事もなく終わったかと思えた瑞穂さんの復活も、意外なところに落とし穴があった。こればっかりは私達が手を出すことが出来ない気がする。

 




朝潮が香取の服なので、瑞穂は鹿島の服。


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瑞穂の本音

不要な記憶を飛ばしたことで復活を遂げたと思われていた瑞穂さんだったが、その日の夜に悪夢に苛まれた。蘇った水母棲姫の頃の記憶が悪影響を及ぼしているのは私、朝潮にもすぐに理解できた。真面目な瑞穂さんには、水母棲姫がやってきたことが耐えられない。起きている時にはまだマシだが、眠った時には無意識に最悪な状況を考えてしまう。結果、私を殺す夢を見てしまった。

 

魘されて起きた昨晩、私達の介抱後、すぐにまた眠ることになったのだが、その時は悪夢を見なかったようで、朝までグッスリ。一度悪夢で消耗しているせいか、より深い眠りだったように見えた。眠るたびに悪夢を見るとなったら、まともに眠ることも出来ず衰弱していくだけだっただろう。それだけは安心した。

 

「ふむ、悪夢か……」

「はい。寝直したら見なかったようなので、必ずしも見るというわけではないみたいですが」

 

何があるかわからないので、朝一に司令官に報告。同じような例があるとは思えないが、何か解決策を思いついてくれると嬉しい。たまたま調査報告に来ていた佐久間さんにも聞いてもらい、何かしら閃いてくれることを期待した。

瑞穂さんは疲れは見せないものの、精神的に少し追い詰められている。夢とはいえ私を攻撃し殺したということが、心に大きく傷を付けていた。壊れて失うほどの記憶とほぼ同じ状況なのだから、そうなっても仕方ない。

 

「瑞穂君。悪夢は昨晩が初めてかい?」

「そう……ですね、はい。この鎮守府に配属されてから初めてのことです。その初めてがよりによって朝潮様を惨殺する夢だなんて……瑞穂の罪がまた増えてしまいました。無意識下で朝潮様をそうしたいとでも思っていたかの如く生々しい夢だったのです。まるで()()()()()()()()()()()()()()()……恐れ多くも朝潮様に馬乗りになり、そのご尊顔に渾身の力を込めた拳を打ち付け……トドメと称して爆雷を……」

 

説明したことでまた震え始めてしまった。大分参っている。涙目にもなり始めたので、昨晩と同じように抱きしめる。今の瑞穂さんには温もりが必要だ。

 

「佐久間君、深海棲艦の調査の時に近しいことは無かったかな」

「そうですね……雪ちゃんがここに来たばかりの時に、あまり眠れなかったのは覚えています。雪ちゃんの場合は夢の中ではなく実際自分でやったことの反芻なので余計に辛そうでしたね」

 

反省の意を込めて雑務に追われている雪さんも、罪悪感から悪夢を見続ける症状はあったようだ。

 

「あとはポーラちゃんですかね。罪悪感をお酒で紛らわせようとした子ですし、前世をハッキリ覚えてますから。あの子は嫌なことが複数あるので」

 

仲間を殺された記憶と、私達を裏切った記憶。そのせいでポーラさんも悪夢に苛まれていたことがあるようだ。眠れなくなったらお酒に頼るという身体に悪い生活を繰り返していたらしい。

 

「ふむ……朝潮君、今日は瑞穂君についていてあげなさい」

「そうさせていただきます。訓練担当はお休みということで」

 

いつもは守ってもらっている立場だが、今日は私が瑞穂さんを守る立場だ。

 

 

 

なるべく心が休まるように、訓練担当ではないもののお互いに練習巡洋艦の制服で過ごす。姉妹のような状態にすればより落ち着くのではないかという甘い考え。昨日言った話が本当になりそうである。いつもは図らずも主従という関係だが、今だけは姉妹で。

 

「瑞穂さん、今日はお休みです。2人でゆっくりしましょう」

「はい……申し訳ございません朝潮様。瑞穂のせいで本来の業務を変更してしまいました。瑞穂はまた罪を……」

「私も休まなくてはいけない身体なんですから、むしろ好都合ですよ。瑞穂さんを利用して私がお休みをいただいたようなものですから」

 

何があっても自分のせいだと思ってしまうほどに、瑞穂さんはネガティブな思考になってしまっている。そんな状態で眠ったら、幸せな状態でも見たというのに確実に悪夢を見ることになるだろう。それはよろしくない。身体を休めるための休息で苦しんでどうする。

 

「瑞穂さん寝不足でしょう。お休みですし、私は何処にも行きませんから、寝てもいいんですよ」

「そ、そんなわけには。朝潮様の手を煩わせるわけには」

「私がしたいと言っているの。この前みたいに膝枕しましょうか」

 

手を引っ張り談話室へ。都合よく誰もいない。

以前に強制的に労わせてもらった時、呼び捨てにしてほしいと請われたことを思い出す。場所も同じ。本当に都合がいい。ここでやらずにいつやるというのだ。

 

「瑞穂、また膝枕してあげるわ。好きでしょう?」

「ひっ、膝枕っ、ですかっ」

 

以前と同じ可愛らしい反応。嬉しいのか恥ずかしいのかわからないが、労いに選択する行為なくらいなのだから、喜んでもらえるとは思う。

前回以上に驚いた後、おずおずと隣に座って頭を膝の上へ。

 

「今日は瑞穂が私を占有していい日だからね」

「そ、そんな……皆様に申し訳……」

「私がやってあげたいんだから、素直にされるがままにされなさい」

 

頭を軽く撫でる。羨ましいほど綺麗な髪。

 

「……水母棲姫の記憶を思い出したのは辛いでしょう。いつでも頼ってくれて構わないんだから。今だけは素直になって。私相手でもいいから全部ぶちまけていいの」

 

黙り込んでしまう。眠っているわけでもない。少しだけ震えている。話そうか話すまいか迷っているのだろう。何度か深呼吸したのに、ポツリと言葉を紡ぎ出す。

 

「……朝潮様……瑞穂は……瑞穂は大罪人です……。水母棲姫のとき……朝潮様達を欺くことを心から喜んでいました……より心に傷が付くよう、陰湿に、陰険に、策を練ることに快感を覚えていたのです……」

 

ツラツラと話してくれる。いつも自分をしまい込んでいた瑞穂さんの本音が聞ける滅多にない機会。私達には叱咤激励をしてくれるが、自分の考えはなかなか口に出してくれない。今のような状況なら尚更だ。弱みを見せたくないというよりは、見せたことで私達を悲しませたくないという気遣い。

真に気遣うなら、本音を全てさらけ出してもらいたいところだ。隠し通される方が私には辛い。信用されていないように思えてしまう。

 

「瑞穂は自分の手を汚さずに人が苦しむことを楽しんでいたのです……他の仲間より少し頭を良く作られただけなのに傲慢で……卑劣で……。そんな瑞穂は生きている価値が無いでしょう。ですが……朝潮様はそんな瑞穂にも手を差し伸べてくださいます。記憶を取り戻した瑞穂にも、変わらず接してくださいます。瑞穂は()()水母棲姫なのですよ……」

 

やはり自分が水母棲姫であったことに負い目を感じている。今まではその事を忘れ漠然とした罪の意識だったため、感情を殺して行動が出来たが、今は具体的な罪悪感が付いて回っている。

その結果が悪夢だ。自己嫌悪の塊となり、自分が一番信用出来なくなってしまった。今までと違い、本当に弱々しい。

 

「なら、瑞穂は私に恨みがあるの? 私の寝首をかこうと思う?」

「そんなことは断じて御座いません! 瑞穂は朝潮様に誠心誠意尽くす事を心に誓ったのです! 非道な水母棲姫をその手を汚し殲滅した事で、瑞穂を解放してくださいました!」

「ならそれでいいでしょう。瑞穂は水母棲姫じゃないもの。ね?」

 

水母棲姫に対しては怒りと憎しみを持って心の赴くままに残酷に殺したが、瑞穂さんをその水母棲姫と同一視したことはない。最初期は警戒くらいしたが、これほどの献身を見せてくれた今、記憶が戻ろうが戻るまいが、私が瑞穂さんを恨む道理が無いのだ。

 

「瑞穂は……水母棲姫じゃない……」

「そうでしょう。元はそうかもしれないけど、今は?」

「……朝潮型練」

「そっちじゃなく」

「瑞穂型水上機母艦の……瑞穂です……」

 

この鎮守府の全員が、瑞穂さんのことを水母棲姫だと思っていないのだから、それでいいじゃないか。記憶が戻ったことはもう皆が知っている。それでも誰も忌避しない。瑞穂さんは瑞穂さんであり、水母棲姫は死んだ。それで充分だろう。

 

「それでいいの。瑞穂は瑞穂、でしょ」

「はい……はい。今後とも、よろしくお願いします」

 

どうやら少しは立ち直れたようだ。先程までの落ち込んでいた雰囲気は控えめになり、膝枕を素直に喜ぶようになっていた。これなら眠って悪夢を見たとしても立ち直ることが出来るだろう。重く考えず、もう少し軽くなればいい。

どうせ軽くなるのなら、私への態度も変えてもらいたいものである。

 

「記憶が戻った今、私のことをそんなに神聖視しなくてもいいんじゃないかしら。解放したって言われればそうかもしれないけれど」

「いえ、朝潮様は朝潮様なのです。瑞穂にはもうそのようにしか見ることが出来ません。女帝と讃えられ、女王から陛下と敬われ、先生と支持される朝潮様は、瑞穂にとっては女神なのです。瑞穂を解放してくださり、真っ当な道へと導いて下さったご恩をお返しするためにも、より一層の献身を誓わせていただきます。償うべき罪が明確となった今だからこそ、お側に侍らせてくださいませ」

 

再度壊れて記憶が再構成されたとしても、私に対する忠誠心は消えていないらしい。私は主従より友好関係の方が嬉しいのだが。

 

それからすぐに瑞穂さんは眠ってしまった。やはり消耗していたようだ。私は身動きが取れなくなってしまったが、瑞穂さんがゆっくり眠れるのならそれでいい。

 

 

 

時間にして小一時間。お昼寝程度ではあるが眠ることが出来、スッキリした顔の瑞穂さん。悪夢を見ることなく、短い時間だが随分と深く眠れたようだ。眠ったことで気持ちに整理も出来ている。

それを何人かの仲間に見られてしまったのだが、瑞穂さんには内緒にしておこう。青葉さんに写真を撮られたことは特に内緒に。いくら瑞穂さんでも卒倒しかねない。

 

「おはようございます、朝潮様。お膝を貸していただき、ありがとうございました」

「いえいえ、また使いたかったらどうぞ。いつでも貸しますよ」

 

事が済み、調子もいつものように戻す。瑞穂さんの表情がいつもよりも柔らかく感じた。記憶の再構成により、若干性格にも影響を与えたのだろうか。

 

「午後からは訓練担当に戻っていただいて問題ありません。瑞穂、朝潮様に諭され、心持ちを改めました。元水母棲姫ではありますが、艦娘である水上機母艦瑞穂として、今後とも誠心誠意尽くさせていただきます」

 

昨晩の狼狽は嘘のように、元に戻った瑞穂さん。やはり瑞穂さんはこの調子でいてもらいたい。

 

「では、司令官に伝えましょう。午後からは通常業務に戻ると」

「そうしましょう。朝潮()()()

 

……うん?

聞き慣れない言葉が聞こえて振り向くと、真っ赤な顔で頭を抱えている瑞穂さん。これはあれか、司令官のことをお父さんと呼んでしまう系のアレか。

 

「いや、あの、違うのです。瑞穂には姉妹艦がいないものですから、姉妹には憧れというか、その、姉にも妹にも興味があったのです。そこに朝潮様が瑞穂よりも大きく成長されまして、ましてや同じお洋服をいただけて、瑞穂は少し舞い上がってしまっていました。昨日の訓練担当の際に朝潮型練習巡洋艦2番艦などと戯言を言ってしまいましたが、瑞穂にはそのような大それたことを望むほどの立場には御座いません。ですが、その、想像だけはしてしまったのです。朝潮様が瑞穂の姉であり、瑞穂は朝潮様の妹である、その光景を想像してしまったのです。たったそれだけで、多幸感が凄まじく、人様に見せられないような緩んだ顔になってしまったと思います。それを今、たった今思い返してしまいまして、思わず口に出てしまったのです。も、申し訳御座いません。瑞穂が妹だなんて迷惑でしょう。朝潮様は瑞穂の主人であり、女帝であり、女神。対する瑞穂は従者であり、下僕。本来隣に立つことすら烏滸がましいまであるというのに、ほぼ対等な姉妹関係など笑止千万。ど、どうか罰を、罰を与えていただきたく」

 

凄い速さでまくしたててきた。つまり、訓練担当でお揃いの服になったことで、姉妹という立場を自分でも想像したわけだ。私だってそう思っていたし、口にも出して態度も少しだけ見せたくらいだ。別にそれくらいいいと思うのだが。

 

「罰を与えるようなことじゃないでしょうに」

「いいえ、いいえ、瑞穂が朝潮様と対等になってしまうのです。女神と対等の奴隷など聞いたことがないでしょう。そういうことなのです。瑞穂はあくまで朝潮様の従者。対等になどなれる訳がないのですから」

 

何度も私は罰を与えないと言っているのだが、今回ばかりは瑞穂さんも引かない。口に出してしまったことを大きな失態だとあらぬ方向に反省してしまっている。

ここでちょっとしたイタズラを思い付いた。私も意地が悪い。

 

「わかりました。では罰を与えましょうか」

「何なりと。愚かな瑞穂に罰をお与えくださいませ」

「私のことはお姉ちゃんと呼んでください。今日一日、午後の間だけでいいですよ。訓練担当の間は姉妹です」

 

そうやって慣れていけば、その内もっと緩くなってくれるかも。瑞穂さんは物凄く拒否しているが、自分から罰を与えてほしいと言ったのだから、最も嫌がることを選択してあげるのが、相手を思ってのことになるだろう。

 

「あ、朝潮様、後生です」

「お姉ちゃん、でしょ。ほら」

「あ、ぅ……意地悪です……」

 

顔が真っ赤の瑞穂さん。なんだか少し、楽しくなってきた。

 

『お前、ホント、お前』

「何よ」

『私より深海棲艦だな』

 

今回の件をジッと静観していたアサが最後の最後にこの言い草。私だって好きでこんなことをしているわけじゃない。楽しくはなってきたが。




朝潮型駆逐艦1番艦、且つ、扶桑型戦艦3番艦、且つ、Queen Elizabeth級戦艦0番艦(本人認めず)、且つ、海峡夜棲姫妹、且つ、朝潮型練習巡洋艦1番艦。もう滅茶苦茶だよ。


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本当の悪

瑞穂さんの悪夢の件は少しだがどうにか出来たと思われる。自分が元水母棲姫であるということに負い目を感じなくなったのは大きい。やはり瑞穂さんはいつもの調子の方が一緒にいて楽しいものだ。ちょっとした楽しい失言もあったが、調子を取り戻してくれたのは嬉しい。

 

瑞穂さんが半日である程度の回復を見せたので、午後からは訓練担当に戻ると司令官に伝えるため執務室に向かったところ、少しバタバタしていた。扉で大淀さんと対面してお互いビックリする。

 

「ちょうど良かった。朝潮さん、貴女を呼びに行こうとしていたんです」

「え、何かあったんですか」

「南提督から緊急通信です」

 

南司令官の名前が出たということは、大本営での調査が一段落ついたということだ。この名前を知っているのは私くらいしかいない。瑞穂さんは部屋の外で聞いていたかも知れないが、少なくとも他に知る人はいない超極秘事項である。

 

「了解しました。瑞穂さん」

「前回と同様、近付く者が来ないかを確認させていただきます。朝潮様は中へ」

 

執務室には既に元帥閣下も控えている。どうやら私待ちの状態だったらしい。私の心のために時間を使ってもらって申し訳ない限りである。

 

『あーあー、聞こえますか』

「ああ、準備出来た。調査結果を話してくれ」

 

私が部屋に入ったことで南司令官との通信が始まる。あちらは切羽詰まったような状況には聞こえないのは安心した。以前の元帥閣下との通信の時のように後ろから戦闘音が聞こえてきていたら不安になったものだが。

 

『裏切り者2人、確保しました』

「さすがじゃの。で、どれくらい話した?」

『少し手荒になりましたが、こちらが全て知っていることを伝えたらペラペラと話してくれましたよ。プライドが無くて助かりました』

 

手荒というところを強調する辺り、尋問ならぬ拷問になっていたのかもしれない。別に可哀想とも思わないが

 

『志摩提督からは話を聞けましたか』

「ああ、寺津は深海棲艦の謎が解けるかもと話していたらしい」

『なるほど、でしたら全て辻褄が合います。裏切り者からも寺津の名前は出ていますし、始末しようとしたことも吐きました。それと、寺津は生きており、真相を公表されたくなければ従えと脅されたと』

 

ここまでは元帥閣下が立てた仮説通り。深海棲艦の謎を解くことを妨害した上層部など、誰も許しはしないだろう。わざわざ戦いを引き延ばそうとする行為自体、世間に公表されたら弾劾では済まない重罪である。外部にそれを知る者がおり、自分達以上の力を持っているせいで揉み消しも出来ない。

結果的に、従うしかない状況に追い込まれたのだ。自業自得である。

 

「その愚か者共は寺津と直接話したのか?」

『いえ、緊急通信で内密に、女性のみと話したそうです。その女性というのは、十中八九北端上陸姫でしょう。その通信では屈しなかったそうですが、翌日から1人ずつ消えたようです』

 

最初は裏切り者6人も抵抗はしたようだ。だが1人ずつ1人ずつと始末されていったのなら話は変わる。結局は屈し、今に至るわけだ。私達の最大の障壁に成り果てた。

 

『基本的に行なっていたのは、阿奈波鎮守府の活動の隠蔽ですね。直接鎮守府に出向くことはほぼ無かったようです。なので、以前に元帥閣下が仰っていた『種子』や混ぜ物の事などは知らないようでした』

 

何をしているかは知らないが、逆らったら殺されるということがわかっているので、傀儡のように従っていたわけだ。プライドが無く、自分の立場を守ることに必死な人間はこうも操りやすいということか。

 

「ほぼ無かった、ということは、何度かはあるということか」

『はい。その時には元帥閣下と同じように、女性研究員に対応されたそうです。寺津は顔を見せるつもりはないと突っ撥ねられたとか。殆ど鎮守府の中は確認出来なかったらしく、何か変わったものも無かったようです。外面は通常の鎮守府なのでしょう』

 

殆どの施設は地下にあるのかもしれない。私も陣地に足を踏み入れているが、控え室のような個室くらいしか確認出来なかった。漣さんの供述では、大量の建造ドックと少ない入渠ドックがあるらしいが、そうだとしてもまだ地下は深い。実験施設や訓練施設なんてのもあるかも。空母鳳姫が随伴の空母棲姫を鍛えたなんて言っていたことだし。

 

『裏切り者2人については、こちらで処理します。よろしいですね』

「ああ。聞けることは全て聞いてから、弾劾裁判じゃな。生かさず殺さず、裏切ったことを後悔させてやるぞい。命を取ったら寺津の思う壺じゃから」

 

人間の戦いは艦娘と深海棲艦の戦いよりも残酷で陰湿だ。正面からのぶつかり合いではなく、裏から手を回し、徹底的に社会的地位を潰す。生きているのが苦痛になるほどにまで追い詰め、自身の行いを後悔させるのだろう。

元帥閣下ですらそういう手段を使うと知ると、ほんの少し人間が怖くなった。

 

『今回の連絡は以上です。こちらとしてはそろそろ一度顔を出していただきたいくらいですけど』

「わかっておるよ。2週間近く空けてしまったからの。裏切り者も見つかったことだし、一旦戻ることにしよう」

『了解しました。お気をつけて』

 

通信が切れる。前回と同じように大きく息をついた。緊張感が半端では無い。2回目で話が頭に入るようにはなったが、手汗は凄いし息がつまる。余計なことは言ってはいけないと思うと、口の中もカラカラだ。

 

「緊張したかの?」

「はい……重い会話ですので。口外してはいけない内容ですし」

「うむ、もう少しだけ胸に秘めておいておくれ。これはまだ公表出来んよ。朝潮ちゃんもわかるじゃろ」

 

自分の立場を守りたい上層部の我儘のために、理不尽に殺された人間が私達の敵である、なんて言われたら、私でなくても躊躇いが出るのではなかろうか。同情の余地は無くても、真の悪が上層部の裏切り者達であることは火を見るよりも明らか。

だからといって倒さないわけにはいかない敵だ。野放しにしておくと、復讐以上のことをしでかす。既に関係ないところに被害を出そうとしたのだから救われない。

司令官も元帥閣下も、そのあたりは割り切っている人だ。敵が人間、もしくは()()()であったとしても、人間故に裁くことに躊躇がない。人間ならば人間なりの、元人間ならばそれ相応の罰を与えることだろう。

 

「あと……少し人間が怖くなりました」

「儂らは海の上では戦えん。その分、策でどうにかせねばいかん。結果的にこうなってしまうんじゃ。大丈夫、儂は朝潮ちゃんの味方じゃよ」

 

ポンポンと頭を撫でられる。優しくて温かい手のひらだ。元帥閣下には嘘は無い。ずっと私達の味方でいてくれる。

 

「人間を嫌いになってしまったかな」

「……それは大丈夫です。私が嫌う人間は春風にトラウマを植え付けた上層部と裏切り者だけですよ。司令官もおじいちゃんも大好きですから」

「それを聞けて嬉しいよ。人間同士のいざこざに巻き込んでしまって本当にすまないのう」

 

もう人間だけの問題では無くなっている。私の身体がそれを物語っている。これは私達の鎮守府と北端上陸姫の鎮守府の戦いだ。そういう部分は私も割り切れている。大丈夫だ。

 

「さて、それじゃあ帰投の準備をするかの。加藤、長居してすまんかったな」

「いやいや、こちらも助かったよ。特に清霜君がね」

 

今も大戦艦の2人に訓練してもらっている清霜さん。今回の元帥閣下長期滞在で、一番得をしたのは清霜さんであろう。その次が一航戦に訓練してもらっていた空母隊。

私もいろいろとお世話になった。帰投が名残惜しくなってしまったが、元帥閣下の本来の居場所はあちらだ。あちらで待つ人もいるのだから、帰らなくてはいけない。

 

「ありがとうございます、おじいちゃん。私はもうこんな身体になってしまいましたが……」

「朝潮ちゃん、強く生きるんじゃよ。今後もまた心に対する攻撃が増えると思う。自分を強く持つんじゃ」

 

今生の別れではないのに、何だかとても寂しくなった。それだけこの鎮守府に馴染んでいたのだろう。

 

「爺さんもいきなりポックリ逝くなよ」

「老体に鞭打ってくるお前が何を言うか。これが終わったらゆっくり休ませてくれ。こんなハードな戦場は初めてじゃよ」

 

不吉な言い回しなのが気にはなったが、元帥閣下はおそらく何をやっても死なないと思う。だからこそ笑って送り出せるのだ。また会えると確信できる。

 

 

 

午後一に元帥閣下は帰投。こちらからの追加の護衛は要らないと、いつもの護衛艦娘4人と帰路についた。

行きで襲撃を受けたので、帰りも受ける可能性はあるのだが、行きの時は裏切り者の内通によりタイミングを合わせられた可能性が高いため、帰りのことは考えなくてもいいと判断された。それでも何があるかわからないため、混ぜ物対策班が戦闘配備で待機している。取り越し苦労で終わるならそれでいい。

 

午後からは訓練担当に戻ると司令官に伝えたのだが、どうせなら丸一日休みなさいと窘められてしまった。休める時に休み、万全の状態で挑んでほしいと言われ、素直に納得。私が休むことを選択したため、瑞穂さんもお休みという形になった。

よって、午後の訓練担当の間だけは姉扱いするという罰ゲームは終了。ホッとしたのを見逃していない。

 

『領海に行く……のはやめておくか』

「ええ、やめておいた方がいいでしょ」

 

領海に行こうとして防空霞姫に襲撃されたため、少しの間は領海も控えた方がいいかもしれない。特に瑞穂さんは、領海自体が現在消えている記憶の一部になっている。それを思い出しかねないので、なるべくなら近づけたくない。

自分の心を癒すための最善の場所を封じられたような気がし、間接的にストレスを溜めさせられた。

 

「領海は行かれないのですか?」

「はい、ちょっとやめておきます。今日はただただゆっくりしましょう。瑞穂さんは寝足りなくないですか?」

「はい、午前中に朝潮様のお膝を貸していただけたおかげで、短い時間でしたが深く眠ることが出来ました。ありがとうございます」

 

暇な時間が出来たのに領海に行かないとなり少し疑問に思ったようだが、それ以上詮索するのはやめてくれた。さすが従者、聞かれたくないことを察してくれる。

あれだけの短時間でよく眠れたというのならよかった。もしやそもそも睡眠時間が短すぎるくらいなのではなかろうか。

 

「朝潮様は大丈夫でしょうか。昨晩は瑞穂が魘されたせいで貴重な睡眠時間を奪ってしまいました。今朝は大潮様も霞様も少し眠そうにしてたのを覚えております。辛いようでしたらお眠りください。瑞穂がお膝を……いえ、それは烏滸がましいものですね。申し訳ございません。お忘れください」

 

私もそこまで眠くない。身体が成長したことで、そういった体質も変化したのか、睡眠時間が短めでも問題なくなっていた。寝ようと思えば寝られそうだが。

 

「私も眠気は大丈夫ですね。ならお散歩でもしますか。瑞穂さんは秘密を共有しているもの同士、ちょっと話を聞いてほしいです」

「瑞穂でよろしければいくらでも。その切り出し方ということは、先程の元帥閣下の話ですね。そのことについては瑞穂か提督にくらいしか話せないでしょう。かしこまりました。朝潮様の話相手としてお散歩に付き合わさせていただきます」

 

散歩一つでそこまでかしこまらなくてもいいのだが。苦笑しつつもそのまま外をブラブラ歩くことに。

 

少し前の夜、ここを歩きながらアサと話をして少しスッキリした。アサとの会話は自問自答のようなものだ。他人にも聞いてもらいたい。そういう意味では瑞穂さんは適任と言えるだろう。周りに誰もいないことを確認してから話を切り出す。

 

「瑞穂さんはもう敵の正体がわかっていますよね」

「はい。前回、そして今回の南提督との緊急通信は共に部屋の外で聞かせていただいております。公表するまで他言無用ということは察しておりましたので、誰にも話しておりません」

「……私は今回の敵に同情しかけたんです」

 

瑞穂さんは無言。私は続けていく。

 

「他人の都合で殺されたら……あれくらいの恨みを持ってもおかしくないんじゃないかって、思いました。世界を救うために研究しているのに、それを裏切られたら、逆に自分が世界を滅ぼしてやろうって考えてしまうんじゃって」

「朝潮様はお優しいのですね」

 

話していくと、少しだけ手が震えた。それを見逃さなかったのだろう、瑞穂さんは手を握ってくれた。

自分の考え方が正しいのか間違っているのかはわからない。これに関しては人それぞれだと思う。答えのない問題だ。同情の余地がないほどに私達は攻撃を受けているし、復讐にしてはやりすぎ。そんな敵の考え方を知って何になる。

 

「今はどうなのですか? 攻撃をするのを躊躇しそうなのですか?」

「いえ、それはないです。渾身の力で握り拳を振り下ろすと思います」

「そうですか。ならば、それでよろしいかと」

 

ほんのりと肯定してもらえた。私はこれを求めていたのかもしれない。

 

「瑞穂さんの意見を聞かせてください。私は間違っていますか」

「考えることは間違いではないでしょう。ですが、それで攻撃を躊躇しているのでしたら、瑞穂は間違いだと断言します。朝潮様は特に激しく攻撃を受けているのですから、むしろ恨んで然るべきなのです。敵は間違っています。復讐に他人を巻き込んでいる時点で、情状酌量の余地は御座いません。そのような者に対して、朝潮様は手を差し伸べようと考えてしまった。お優しすぎます。だから我々はついていくのですが、朝潮様自身がその間違いにも気付いております故、瑞穂からは何も言うことは御座いません。朝潮様は、自分の答えに辿り着いていらっしゃいますね。それでいいのです。二度目ですが、考えることは、何も間違いではないのです。答えが導き出せているのなら、尚の事」

 

瑞穂さんにこう言ってもらえただけで、少し肩の荷がおりるようだった。アサとの会話では得られない安心感。

同情だけしてどうするかが決まっていないなら間違っているのだろう。今は私の意思は決まっている。大丈夫、私は自分に正しい考えを持っている。

 

「ありがとうございます。それが聞けて良かったです」

 

考えはより纏まった。これならもう躊躇しない。私は敵の前に立つことが出来ないが、倒すことに何も躊躇いはない。

 

そこから私の意思を聞いてもらった。瑞穂さんはただただ聞いてくれていた。やはり他人に話すのはスッキリする。極秘事項だから尚更だ。ストレスが発散されるような感覚である。




戦う力を持たない者が本当の悪。そちらはちゃんと人間の手で裁こうと、おじいちゃんが奮闘します。朝潮はそれにより作られてしまった悲しい悪を止めるために奮闘することに。


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北での癒し

その日の夕方頃、大本営の鎮守府から元帥閣下からの連絡が入った。途中イロハ級の深海棲艦と遭遇したがその程度で、混ぜ物を含むような敵艦隊の襲撃は無く、無事に鎮守府に到着したとのこと。何事も無かったとは言いづらいが、無事に帰投出来たようで一安心。

この連絡が来たことにより、戦闘配備で待機していた対策班は解散し、それぞれの持ち場に戻る。持ち場といっても、もう時間も時間なため、艤装を下ろしたのちに自由行動となるくらい。

 

私、朝潮は、丸一日を瑞穂さんと休息し、英気を養った。誰にも話せないことを瑞穂さんにだけは話せるのでスッキリすることも出来た。明日からの訓練担当も滞りなく進める事が出来るだろう。

 

「すっかり夕暮れですね。瑞穂さんには話がしやすいです」

「そう言っていただけると、従者冥利につきます。朝潮様、どうか溜め込まないようにお願い致します。朝潮様は一度ストレスによる高熱を体験しているお方、物事の考えすぎは身体に悪うございます。倒れてからでは遅いのですから」

 

頭の使いすぎで倒れた私だからこその忠告。本当に最高の従者。これでもっと友人感覚ならいいのだが。主従というのはどうも重い。友人、ないし姉妹感覚ならさらに話しやすくなる。高望みだろうか。

 

「ええ、霞にも話せないようなことを瑞穂さんには話せますからね。また話を聞いてください」

「瑞穂で宜しければ幾らでも。朝潮様の身体ならず心も守るのが良き従者といえるでしょう。何かありましたらすぐにでも瑞穂をお使い下さいませ」

 

頼もしい限りだ。水母棲姫の記憶を取り戻してしまい自分だっていっぱいいっぱいだろうに。

 

「瑞穂さんも、何かあったら私を頼ってくださいね。弱音だって吐いていいんです。そんなことで私が瑞穂さんをどうこうするわけありませんから」

「かしこまりました。もしかしたら……その……また添い寝をお願いするかもしれません」

 

恥ずかしそうに話す。悪夢がそれでどうにか出来るなら安いものだ。見たとしても私が側にいれば落ち着けるというのなら尚更。夜中に部屋に入ってきてくれてもいいほど。

 

「どうぞどうぞ。霞は私が説き伏せますので」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

ほんの少しだけ、素直に自分の心の内を話してくれるようになったかもしれない。

 

 

 

翌日から訓練担当に戻ることとなった。安定しているようでいてまだどうかわからない瑞穂さんを補佐につけ、出来ることは全てやっていく。私は戦場に出られないため、私の思いを皆に託すためにも、ありとあらゆる訓練を担当した。

その裏側では、敵鎮守府の攻略作戦がじっくりと練られていた。混ぜ物が部隊を組んでいた場合、勝ち目が大分薄くなる。それを覆すために、部隊の選定は細心の注意が必要だった。それに関してはもう司令官頼り。私達はその時を待つのみ。

 

「最近姉さん楽しそうね」

「ええ、訓練担当がこんなに楽しいだなんて。自分で戦場に出るより楽しいかも」

 

あれから3日ほど経った日の夜、私室で霞と話す。霞も深海組故に今回の戦場に出られないため、哨戒任務や演習の相手などで活動している。私とはやることが違うので、日中顔を合わせるタイミングが御飯時くらいになってしまった。

 

「練習巡洋艦として箔がついてきたかしら」

「自分の艦種何だと思ってんの」

 

相変わらず自分が何なのかわからない状況ではある。

 

「敵が混ぜ物じゃなかったら、私が姉さんの恨みを晴らしてやるのに」

「そうね。朝潮型が全滅だものね」

「諦めるしか無いわ。もしくは佐久間さん頼り」

 

姉妹に思いを託すことが出来ないのは少し残念である。私と霞は言わずもがな、大潮は活動できるが艤装が深海のため戦場には出られず。そこさえ払拭出来ればいいのだが。

ここ数日で佐久間さんの研究も進み、過負荷による体調不良を無くす薬は効果時間が延びていた。しかし、過負荷自体は回避不能なため、結局戦場に出られないのは変わらない。セキさんもずっと頭を悩ませている状態だ。

 

「そうそう、明日は訓練担当お休みして哨戒任務に出るから」

「ええ、聞いてるわ。久々に一緒に哨戒だもの」

 

ずっと訓練担当ばかりやっていても飽きが来るだろう。休息と哨戒を間に挟んでもらい、気分転換もさせてもらっている。ここ最近の深海組の主なお仕事だ。私はあまりやらせてもらえないが、たまにやる哨戒任務がとても楽しい。ただの散歩になることも多く、気も晴れる。

 

「領海方面に行ければいいんだけど」

「仕方ないわよ。あっちの方で襲われたんだもの」

 

あれから領海には行けていない。潜水艦隊が領海を偵察してくれており、今のところ敵がいることは無いようだが、それでもあちらに向かうのは控えている。そのせいで、私よりアサにストレスがかかっている始末。行く暇がないから行けないのではなく、余裕があるのに行けないというのはワケが違う。

 

『領海に行きたい』

「気持ちはわかるけど今は我慢して」

『領海に行きたい』

 

駄々をこねる子供のようになってしまったアサ。姫である威厳も無くなってしまっている。私だって行きたい。前回は辿り着く前に襲撃を受けているのだから島を視認すら出来ていない状態だ。

 

「一度打診してみるわ。あちらに行けないかどうか」

「それがいいわね」

 

次に領海に行くときは、私よりアサが癒された方が良さそうである。

 

 

 

翌日。予定通り訓練担当をお休みして哨戒任務。私が旗艦で、随伴は霞、大潮、瑞穂さん。妹と従者。癒される編成。今回は訓練担当ではないということで、私は戦艦水鬼の、瑞穂さんは自分の服での任務。私だけ大分異形感が出ている。

 

「瑞穂さん、最近嫌な夢は見ますか?」

「昨晩に……また朝潮様を殺す夢でした。夢とはいえ、申し訳なく……」

「夢だからいいじゃないですか。はい、私は生きてますよ」

 

以前と同じように私の鼓動を感じてもらった。少しだけ立ち直れたことで先日程の狼狽は見せなかったようだが、やはり気落ちしてしまうようだ。頻度が低いのは喜ぶべきことか。

 

「悪夢を見たときはこうしましょう。私が生きていることを実感してください。何ならまたお姉ちゃんになりましょうか?」

「それは、その、本当に勘弁していただけると……」

「ちょっとその話詳しく」

 

笑い話をしながらのんびりとした哨戒。今は東への哨戒は大本営側故に、南は私の領海に近いが故に、哨戒が控えられている。そのため、今私達が来ているのは北。つまり、

 

「久しぶりだな! アサ!」

 

ミナトさんとヒメさんの拠点がある海域である。陣地の上で手をブンブン振っていた。元気そうで何より。

他の哨戒任務の人達もちょくちょくここには来ているみたいだが、私はこの身体になってからは初、そうでなくても久しぶり。遠目ではわからなかったようだが、近付いたら私の変化に驚いていた。

 

「あ、アサ、でっかくなってる!」

「はい……恥ずかしながらまた飲まれてしまって……」

 

満面の笑みでヒメさんが飛びついてきたので、力一杯抱きしめてあげた。久しぶりの感触。ヒメさんはこんなに小さくて軽かっただろうかと思ったが、私自身が大きく変わったのだと実感する。

 

「前より黒くなっているな」

「すみませんミナトさん。あれだけ忠告されたのに」

「何があった。教えてもらえないか」

 

ヒメさんは霞と大潮に預け、ミナトさんの隣に腰掛ける。腰を落ち着け、話せる範囲で話していった。瑞穂さんは私の後ろへ。

あの場から逃げ去った北端上陸姫が、人間の鎮守府を乗っ取りこちらの敵になっていることや、人間を素材に作られた半深海棲艦をさらに深海棲艦化させた強敵と戦っていること。私が話す度に、ミナトさんは表情を変える。

 

「そうか……私達には手伝えないな」

「深海棲艦には漏れなく過負荷がかかりますからね。お気持ちだけで大丈夫です。ありがとうございます」

「私はいいにしても、棲姫がな。そっちのレキが倒れたと聞いたら、さすがに近付けさせられない」

 

それはもう仕方がないことだ。今回は深海組は参加することが出来ない。それに、ようやく平穏を手に入れた陸上型姉妹を巻き込むわけにもいかない。特にヒメさんは見た目通り子供だ。レキがあれだけの被害を被ったのだから、ヒメさんも酷い目に遭うことは火を見るよりも明らか。

 

「しかし、そんな敵が出てくるとは」

「あまりに滅茶苦茶で……。私もこんなですし」

「お前も無理をするんじゃないぞ。おそらく次は無いんだろう」

 

そこまでわかるものなのか。確かに私にはもう次がない。これからはより穏やかに楽しく過ごして行かなくてはいけない。万が一次暴走したら、私は理性も何もなく、目に映るもの全てを破壊するだろう。どのような進化をするかもわからない。段階を踏んだ結果が戦艦のモードだとしたら、私は次どうなるというのだ。

 

「ここには哨戒か」

「はい。あと2人の顔も見たくて。何事もないですか」

「ああ。ここは静かなものだ。戦いを忘れたければここに来い。何かあったらまたそちらに行かせてもらう」

 

領海に行けない分をここで賄おうという気持ちはあった。アサもミナトさんの陣地だと少し落ち着いているように思える。

 

「アサ、表に出る?」

『ああ、頼む。領海じゃないがここは落ち着く』

 

アサに主導権を渡す。表に出た途端に深呼吸し、深海の匂いを堪能。鎮守府ともセキさんの陣地とも違う空気で落ち着けるようだ。陸上型の陣地は深海の匂いが強いように思える。

 

「ふぅ……ここもいいな。落ち着く」

「そうか。なら少しゆっくりしていけ」

「悪いな。私の領海が少し厄介なことになっていてな」

 

他人から見たら港湾棲姫と戦艦水鬼の亜種が並んでいる状況。そこによくわからない深海棲艦と北方棲姫までいる。何も知らなかったら即刻討伐任務が組まれるレベル。

 

アサも姫だからか、同じ姫であるミナトさんとは気が合うようだ。ミナトさん達が鎮守府に滞在している時にはあまり話す機会がなかったようだが、この場では仲良さそうに会話をしている。

アサが気を許せる相手というのがなかなかいない。今のところ、私が知っている限りでは浦城司令官のところの金剛さんくらい。だから、私も今の状況が嬉しい。

 

「ところで、結局お前は一体何なんだ」

「私に聞くな。私が知りたい」

「怒りと憎しみで艦種が変わる同胞なんて聞いたことがない。もう同胞でもない何か別物に思えてしまうぞ」

 

核心をついてくるミナトさん。ただの深海棲艦とは到底言えない状況になっているのは確か。アサの言う通り、私も知りたい。私は一体何者なんだろう。

 

「一応私は深海棲艦の姫として生まれたから、そういうものなんだろう。お前達と同じだ」

「艦娘の身体で生まれるというのも聞いたことないが、そういうものか」

「そういうものなんだ。納得してくれ。そうでないと私がブレる」

 

まぁ私が何者であれ、やることはさして変わらない。これ以上の変化を食い止め、誰にも被害を出さずに過ごしていくことだ。やっていて楽しいことも出来たし、今のように哨戒で再会することのできる仲間もいる。幸福度だけで言えば、今は絶頂期かもしれない。

 

「なら細かくは聞かない。ここでなら好きにすればいい」

「助かる。事が済んだらお前達が私の領海に来てくれ。今のところ皆気に入ってるんだ」

「陸上型に無理を言うな。陣地ごと動かすのは結構大変なんだぞ」

 

ほんのりと笑顔を見せるミナトさん。ミナトさんもそこまで表情を変えない人だ。こういう表情を見るのはとても珍しい。

 

「また来てくれ。お前達が来ると棲姫が喜ぶ」

「みたいだな」

 

そのヒメさんは、こちらが割と重めの話をしていると察したのか、こちらに関わらないように大潮と霞と遊んでいた。深海組に入った霞とはあまり絡んでいないからか、やたら角を引っ張ろうとして霞に怒られている。大潮も止めようとしない。

 

「微笑ましいな」

「ああ。ここは静かで過ごしやすいが、客はなかなか来ないからな。お前達くらいだ」

 

ミナトさんも雰囲気が柔らかい。

アサはこの世界に生まれ落ちた時から、領海でボーッとしてるだけで満たされると言っていたが、ミナトさん達もそうなのだろう。だが、一度私達との交流を知ってしまったことで、ヒメさんはこうやって遊ぶことにも楽しさを見出したようだ。

 

「……また来るさ。領海ではないが、ここは心地いい」

『来て良かった?』

「ああ。癒された」

 

アサが癒されたのなら私も嬉しい。ずっと仲間と囲まれているのもいいが、こうやってたまには静かに過ごしたいこともあるだろう。あの鎮守府、良くも悪くも騒がしいから。

 

哨戒とは名ばかりの休息の時間になってしまったが、私もアサも、心から満たされただろう。明日以降から突然激戦になる可能性だってあるのだ。休める内に休んでおきたい。

 




167話から久々の登場、陸上型姉妹。最近北方棲姫には妹さんも見つかりましたね。姉より体力倍近くあり、すごく荒っぽい性格でしたが。あの子は姉のことが大好きだけど素直になれないようなフィールを感じる。


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悪夢再来

万全の状態で敵鎮守府を攻撃するため、策を巡らせ、淡々と準備がなされていく。

その間に大本営の方でも動きがあり、残された裏切り者2人の処分が全鎮守府に公表された。過去の事件に裏で糸を引いていたことを発覚させ、上層部としての地位を失落させたとして、相応に重い処罰を与えられる。戦火を現状維持しようとする行為は大罪も大罪。元帥閣下が言っていた通り、生かさず殺さず、行いを後悔させ続けられるのだろう。

しかし、その結果、人間が深海棲艦に変化した可能性があることは未だに伏せられている。少なくともそれを公表したら混乱は免れない。これを知るのは、元帥閣下と我が鎮守府で会談した数人のみとなっている。

 

全鎮守府に公開されたということは、現在乗っ取られている敵鎮守府にも公開されたということ。こうなったことは北端上陸姫にも伝わっている。本来なら、寺津という男はこれで報われるはずである。自分が殺された事件が時間はかかったが公になり、正当性を証明され、復讐相手も刑に服すことが決定したのだ。何かしらの動きはあるだろうと踏んでいる。

 

だが、おそらくこれでは終わらないだろう。相手は殺されたことで気が触れてしまった破滅主義者だ。事件が明るみになり、報われたのだとしても、一度振り上げた拳は止められない。そして、それはもう悦楽の一つとなってしまっている。

 

戦いは終わらない。決着がつくまでは気が抜けない状態である。

 

 

 

領海に向かう際に襲撃を受け、早1週間。一度北に行きミナトさんとヒメさんと再会したことでリフレッシュした私、朝潮は、訓練担当として比較的順風満帆な日々を過ごしていた。アサも領海には行けないものの、隙間の平和を謳歌している。

その間に教え子も増え、非深海組の駆逐艦には全員何かしらの訓練をしている。師事されるというのは、なかなかどうして嬉しいものである。

 

「お疲れ様です、朝潮様。本日の訓練はこれで終了になります」

「ありがとうございます。瑞穂さんもお疲れ様です」

 

訓練担当補佐として、瑞穂さんも安定してきていた。悪夢を見ることはあれど、あの時ほど魘されることは無いようだ。今は消えている洗脳されていた時の記憶は戻る気配もない。

 

「訓練のプランニングも慣れてきましたし、いろいろなことが知れて楽しいです」

「最近の朝潮様はとても充実しているように見えます。楽しんでおられるようで何よりです」

 

訓練結果を書類に纏めながら瑞穂さんと話す。訓練担当としてこの上なく充実した毎日。ずっとこれが続いてほしいとまで思える。例えば、他の鎮守府で教えてみたり。こういう生き方が性に合っているのかも。

 

「よし、では司令官に書類を提出して、今日の業務は終わ……うぶ……な、なに……」

 

報告書を提出するために執務室に向かおうとしたところで、突然体調が悪くなる。強烈な吐き気と倦怠感。間違いない、混ぜ物が鎮守府に近付いてきている。

口を押さえてフラついたため、瑞穂さんが即座に薬を処方してくれた。体調不良はすぐに消え、吐き気も治まる。

 

「気配は瑞穂も感じました。混ぜ物が接近してきているのですね」

「はい。工廠へ急ぎたいところですが、レキとシンさんにも薬を処方してあげてください」

「かしこまりました。朝潮様は工廠ですね。こちら処置が終わり次第合流いたします」

 

電探で位置は把握している。2人揃って外だ。クウも近くにいる。瑞穂さんに場所を伝えると、消えるように向かってくれた。子供達の安全を確保してもらっている間に、私は工廠へ向かう。

 

『薬の効きがいいな』

「ええ、佐久間さんには感謝しかないわ」

 

一切の体調不良を感じず、工廠へ到着。

 

「姉さん、身体は」

「大丈夫。そっちも薬は飲んだようね」

 

ちょうど哨戒を終えて工廠にいた霞や初霜と合流。さらに既に司令官も待ち構えていた。たまたま工廠で業務していたときにセキさんが体調を崩したため察したようだ。

 

「朝潮君、大丈夫かい」

「体調は大丈夫ですが、艤装はまともに動きません」

「時間が時間だ。所属している艦娘は全員鎮守府にいる。戦力となれるものは艤装を装備し、深海組と佐久間君には速やかに避難指示をした」

「瑞穂さんに子供達への薬の処方を任せました。完了次第こちらに合流します」

 

気配と匂いは近付いてきており、電探にも反応が入った。人数はまたもや2人。前回と同じく戦艦天姫はわかる。もう片方は、よりによって防空霞姫。当てつけか。

出来ることなら工廠にも近付けたくなかったが、準備しているタイミングで来られた挙句、あちらのスピードは異様に速い。大和さんは低速艦だったはずだが、その辺りも無視してきている。

 

「お久しぶりでーす。アマツがまた来ちゃいました」

 

誰も艤装が装備出来ていない状態で辿り着かれてしまった。出入り口の端、やたら明るく子供っぽい話し方の戦艦天姫。来ただけでこちらは被害甚大であることをわかっているのだろうか。

 

「ふん、センスのない工廠ね。雑魚が使うにはちょうどいいってことかしら」

 

その後ろから防空霞姫。もう黒コートで素性を隠す必要がないということか、普通に朝潮型の制服姿。ところどころ違う辺り、あれは改二乙のもの。相変わらず態度が大きく、全方位に喧嘩を売るような物言い。

私の隣にいる霞が気分悪そうにしているのがわかった。自分と同じ顔の敵があの態度だと仕方ないか。

 

「あ、加藤提督、お久しぶりです」

「何をしに来たのかね」

「お母様から加藤提督に言伝があるって言われたので来ちゃいました。直接話すのもいいかなーって思ったらしいんですけど、やっぱりアマツが行く方が楽しそうっていうことで」

 

ニコニコしながら懐から紙を出す。

 

「えーっと、『私の憎しみはまだ終わらない』ですって。どういうことですかね?」

 

()()()()()と言ったことが重要。やはり人間が深海棲艦に変化したと考えて間違いは無さそうだ。どういう原理でそうなったかは知らないが、とにかく、元帥閣下の仮説は正しかった。

 

人間として死に、深海棲艦として生まれ変わり、それが黒だったせいで怒りと憎しみに飲まれ、破滅主義者へと堕ちた。恨みを持つ上層部6人を殺したところで終わらない。以前、軽巡棲姫がこの世全てが憎いと言っていたが、人間としての知能と知識、そして記憶を持ったままそうなってしまったのだろう。

理性もないから私を実験台にして遊ぶし、要らなくなったらすぐに捨てる。無駄に知識だけはあるからやりたい放題。鎮守府運営の方法も、研究者ならある程度知っているだろう。司令官との兼業だったかもしれない。

 

「アマツ達はこの言伝と、もう1つお母様から指示されてます」

「どうせ来たんだから、今度こそ朝棲姫を貰ってくわ」

 

わざわざ足を運んだのは、私が狙いだったわけだ。最後の変化を促し、今以上に壊される。理性も何もないただの殺戮兵器に成り下がるのかもしれない。それだけは断固拒否だ。

 

「自分の意思で来てくれれば悪いようにはしないわ。前にも言ったわよね。協力してくれたら、もうこの鎮守府にはちょっかいかけないって」

「私も前に言いましたよね。誰がそんな言葉信じるかと」

「信じるとか信じないとかじゃないの。こちらに来いって言ってるのよ。逆らうのなら逆らえないようにするだけ。アンタに最初から拒否権なんて無いのよ」

 

戦艦天姫が満面の笑みを浮かべてゆっくりと私に歩み寄ってくる。前回の戦いでもそうだが、私と友達になりたいと言って洗脳をしてくるからタチが悪い。価値観がまるで違うせいで、もしかしたら自分のやっていることが正義であるとでも思っているのでは無いだろうか。

 

『自衛だろ。代われ』

「ええ、お願い」

 

アサと交代。相変わらず艤装はまともに動いてくれない。

 

「待たせた。朝潮を守ればいいのよね」

 

最速で準備を終わらせてきてくれたのは山城姉様。前回の戦いで戦艦天姫に成す術なく敗北を喫したが、今回は準備もしてある。ゴリ押しで勝てるかわからないが、山城姉様なら行ける。

 

「あ、山城さんですね。前にアマツに一発でやられた人です」

「ええ、あの時は酷い目に遭ったわ。でも、今回は違うわよ」

 

相変わらず工廠内での戦いだ。高火力を放つと工廠自体に傷がついてしまう可能性が高いため、否が応でも白兵戦組に頼るしかない。

 

「アサ君、君はこの場から離れなさい」

「いいのか提督。あいつは多分無差別に攻撃するぞ。下手したら鎮守府を破壊する」

 

戦艦天姫は山城姉様が食い止めてくれている。残った防空霞姫は今は展開していないものの大型の高射砲を持っている。戦艦並の火力を備えた高射砲などという規格外を工廠で放たれては、いくら建て直した時に若干頑丈にしたとはいえ、長い時間は保たない。

 

「今は君の防衛戦だ。ここにいる方が却って危ない。霞君、初霜君、アサ君を連れてここから避難。私も退避する」

「逃がすわけないでしょうが。朝棲姫以外はみんな死ねばいいから、容赦なく撃つわよ」

 

早速防空棲姫の艤装を展開。狙いは私の側にいる司令官である。接近戦さえ出来れば司令官が負けることは無いだろう。だが、それを見越しての砲撃。

私の艤装が動いてくれればあの程度の砲撃なら弾けるのだが、今は過負荷による不調。自衛のためにアサに代わったものの、両腕両脚の艤装は機関部のパワーアシストが無ければ殆ど意味をなさない。

 

「出てきたのが山城しかいないならこの場で皆殺しよ。朝棲姫がここで死んだらそこまでの雑魚ってことでしょ」

「そんなことさせると思っているのか」

 

防空霞姫の前に立ちはだかるのはガングートさん。山城姉様が出張ったからこそ率先して戦場へ。白兵戦故にこの場では都合が良く、充分すぎるほどのパワーもある。

砲撃全てを弾き飛ばし、無害な海へと落とす。8門全てが司令官に向いていてくれたおかげで、簡単に弾けたようだった。

 

「アンタ妙な気配がするわね。ああ、瑞穂と同じ半端者か。死んだくせに無様に足掻いて艦娘なんていう雑魚に成り下がったのね」

「ほう、私を無様と笑うのか。なるほどなるほど」

 

あまり興味なさげな顔で防空霞姫を見つめる。侮辱されても態度は変えない。

 

「ならば貴様は生ゴミだな。人間の死体を混ぜ込んで臭いを放っているそうじゃないか。(きたな)らしいからここから出ていってくれないか。我々の鎮守府が汚れる」

 

艤装の手も込みでシッシッと手を振る。

 

「雑魚に何言われても痛くも痒くも無いわね」

「その雑魚に敗北する貴様はなんなのだろうな。魚にもならない塵か。なんとも臭い塵だな」

 

煽る煽る。相手が霞の顔であろうが容赦なくボロクソに言い放つ。防空霞姫の額に青筋が立ったのがわかった。煽る割には煽られるのに弱いようだ。

 

「山城を殺すために来たけど、先にアンタを殺してあげる。雑魚は雑魚らしく無様に死ね!」

「痛くも痒くもあるようじゃないか。所詮は見た目通りガキだな。悪いな霞、同じ顔だがここで沈めるぞ」

「許可得なくていいわよ!」

 

あちらは完全にガングートさんが引き付けてくれた。山城姉様も戦艦天姫との戦闘が始まろうとしている。

 

「あ、山城さん、ちょっといいですか。加藤提督達に逃げてもらいたくないので、出入り口を封鎖しますね」

 

こちらが退避しようとしているのが見つかった。山城姉様を軽く弾き飛ばし、射線を作る。腕を伸ばすと、背中から大和型の艤装が現れた。深海に侵され禍々しく歪んだ艤装が錆び付いたような音を立てたかと思うと、ほぼノータイムで工廠からの出口に砲撃。

ただでさえとんでもない火力の大和型の主砲が、深海化によりさらに酷いことになっている。だがそんなことはどうでもいい。問題はその付近に佐久間さんの部屋があることだ。出入り口を封鎖されるどころではない。

 

「っくそ!」

 

砲撃の瞬間、山城姉様が主砲を蹴り、角度を大きく上に。おかげで部屋に直撃とはならなかったが、工廠の壁が抉られるほどの衝撃。佐久間さんの部屋の破壊は免れたかは見えず、瓦礫が出入り口を完全に封鎖してしまった。登れば脱出できるかもしれないが、現状ではかなり厳しいのは確かだ。

瑞穂さんが合流出来なくなってしまったが、防空霞姫の姿を見せるよりはいいだろう。

 

「わぁ、凄いです凄いです。よく反応出来ましたね」

「おかげさまで、鎮守府破壊は初めてじゃないのよ……! 提督、脱出出来ないから大人しくしていなさい!」

「すまない!」

 

艤装をしまう戦艦天姫。嘗めているのか理由があるのかはわからないが、今のところこれ以上の砲撃はしないということか。

 

「わかってんのよ……アンタ、()()()()が使えるのよね」

「そうみたいですね。アマツに混ざってる人間さんがそういう人みたいで。おかげで佐久間さんのこととかもわかるんですよ」

 

戦艦天姫に混ぜ込まれた阿奈波さんは、研究者業務をメインにしているものの、鎮守府を統括する司令官でもあった。艦娘には無類の力を発揮するその力まで継承してしまっているため、戦艦天姫は最強最悪の存在。深海棲艦の要素が何かは未だわからず、まだ手を抜いているのがわかってしまう。

だからこそ、山城姉様もキチンと対策を考えている。司令官との戦闘訓練を懇願したほどだ。その成果が、今も出ている。

 

「榛名、準備完了しました! 山城さん加勢します!」

「ええ、お願い。艦娘の身で提督を越えないといけないだなんてね。面白くなってきたじゃない」

 

戦艦天姫とは2対1の状況。ここからさらに増える。対してガングートさんは防空霞姫と1対1。どう考えても優先度は戦艦天姫の方が高い。下手をしたら何人がかりで戦っても勝てない可能性がある。

 

「あんなにアマツさんに群がっちゃって、雑魚は数がいないと戦えないのね。可哀想に」

「貴様には私1人で良いそうだぞ。相手にもされないようだな。可哀想に」

 

ガングートさんはもうニヤニヤし始めている。煽るのが楽しくなっている顔。

 

「奴は我々が束になっても敵わんような提督というものが混ぜ込まれているからな。悪いがなりふり構っていられん。だが、貴様に混ぜ込まれているのは口と態度だけは達者な上層部のゴミなんだろう? 貴様にお似合いじゃないか。ゴミから生み出された生ゴミなんだからな! はっはっはっ!」

 

さんざん煽り散らしてついには大爆笑。ここまでされれば、防空霞姫も怒り心頭の様子。それで調子を崩してくれれば御の字。

 

「ここで殺す! お前だけはここで殺してやる!」

「やってみろよ生ゴミ。臭いを撒き散らして無様に沈め」

 

どれだけ卑怯なことをやってくるかはわからない。私達は身を呈してでも司令官を守ることに専念する。幸い体調不良は薬のおかげで止まっているのだ。やれることは全てやらなくては。




ガングートは煽るのが似合うキャラに思えて今回こういう役目に。ロシア人だからでしょうか、物騒な物言いが凄く似合う(偏見)

おかげさまで艦これ2019春イベ、甲丙丙丁丙で突破しました。あとはフレッチャー掘りだけです。


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工廠の戦い

裏切り者が公表されたからか、北端上陸姫からの言伝を持った戦艦天姫と防空霞姫に襲撃された。それにより、北端上陸姫は元人間であることが判明。元帥閣下の仮説が正解であったことが確認できた。

怒りと憎しみに支配され破滅主義者となった姫は、裏切り者が弾劾されようが終わらないと宣言。まだ私は狙われ続けることが決まってしまった。

 

襲撃により戦場となってしまった工廠。提督の力を持つ戦艦天姫に戦力を集中させ、防空霞姫はガングートさんが1人で食い止めることに。防空霞姫との煽り合いには勝利を収め、いよいよ戦闘へ。

 

「ここで殺してやる! 雑魚の分際で私を嘗め腐って!」

「喧しい生ゴミ風情が。貴様など私1人で充分だ」

 

霞の顔であることが私の心を揺るがすが、本物の霞は私の隣にいる。おかげで私は崩れない。あれが偽物というわけではないが、あそこまで歪んでいる霞を見てしまうと、どうしても本物とは思えない。それに、もうあれは改心もしなければ洗脳が解けることもないだろう。辛いが、撃破するしか道がない。

 

「完膚なきまでに壊してやる!」

「かかってこいよぉ!」

 

4基8門が一斉にガングートさんに向くと同時に、尻から刺々しい黒の尻尾が伸びた。艤装まで混合。あの艤装は私は見たことがないものだ。あれが防空霞姫の本気の状態。

 

「あれは……」

「水母水姫の艤装だね。ということは……全ての性能を兼ね備えていると考えていい」

 

水母棲姫の上位種ということか。戦艦レ級の尻尾の艤装よりも細く、長く、硬く、痛々しい形状。鞭のようにしなる尻尾の先端には、レ級と同様に大顎を備えた蛇やウツボのような頭部。その頭頂部がカタパルトになっているため、艦載機も備えているだろう。

 

「母さんに貰ったこの艤装で、八つ裂きにしてやるわ!」

「なんだ、貰い物なのか。貴様は自分の力が何一つ無いのか」

「うるさい! これは、私の力だ!」

 

水母水姫の艤装を振り回しながら高射砲を乱射してくる。今はその全てがガングートさんを狙っているため、工廠が傷付く前に処理できるようだ。レ級の艤装よりも長く、攻撃力も高い艤装攻撃は艤装の腕により防御。砲撃はもう片方の腕で弾く。だが手数の問題でガングートさんも防戦一方に。弾く方向もその場で見極めないといけない。

 

「口ばっかなのはアンタじゃない! こちらに攻めることもできない雑魚が!」

「貴様はそれしか言えんのか。自分の弱さを大口で隠しているようにしか見えんな」

 

あちらには何も無いが、ガングートさんには鎮守府を守りながら自分も無傷で戦わなくてはいけないという制約が課せられている。慎重になるのも仕方がないことだ。だからだろう、ガングートさんは攻撃をよく見ている。致命傷を与えようとしてくる攻撃も、まったくの無傷で受け続けている。

 

「とはいえ、駆逐艦の身でこれほどの攻撃か。相変わらず敵の改造はインチキくさいな。なかなか攻撃も重い」

 

冷静に分析し、隙を探る。

いつもはまっすぐ突っ込む戦闘スタイルのガングートさんも、この時ばかりは慎重に事を運んでいた。初めて戦う敵から、自分も含めて目に映るもの全てを守らなくてはいけない。それだけで大きなハンデである。

 

「攻撃するのはアンタだけじゃないわよ!」

「だろうな。そちらは他の奴に任せる」

 

ガングートさんに水母水姫の艤装を打ち付けながらも、その頭部から魚雷を吐き出し工廠への攻撃もしてきた。高射砲もガングートさんだけでなく、こちらやドックの方にまで放たれた。

 

「レディ、提督の守備は任せるぞ」

「人使いが荒いわね。でも、任せなさい。提督と陛下がいるものね」

 

私達の防衛はウォースパイトさんが一任。陛下発言はスルー。放たれた高射砲はフィフでガードし、向かってくる魚雷は副砲で撃ち抜いていく。

 

「魚雷処理ー! いっちばーんいっぱい壊すよ!」

「砲撃は私達がどうにかするよ! 天龍、龍田、お願い!」

 

同じように別のところへ向かう魚雷は白露さんを筆頭に命中精度の高い駆逐艦娘が処理。高射砲による砲撃は明石さんまで総動員の残された白兵戦組が害のないところへ弾いている。艦娘総動員の鎮守府防衛戦の様相に。

 

私達は山城姉様に言われた通り、自衛に徹しつつ1箇所で待機。今はバラつくよりも纏まっていた方が邪魔にならないだろう。ウォースパイトさんもその方が守りやすい。

霞が少しイライラしているようだが、(アサ)と初霜で押さえている。戦える力があれば文句の1つや2つ言うだろうが、艤装不調は霞も同じ。ぎりぎりと歯軋りしながらガングートさんを見つめていた。

 

「アンタもしかしてその腕でしか攻撃出来ないわけ? はっ、雑魚の上に欠陥まであるポンコツなのね!」

「ああ、私には欠陥(バグ)があってな。戦艦のくせに主砲が撃てん。だがな」

 

少しずつ、少しずつ、ガングートさんが接近していることに、防空霞姫は気付いていない。

煽り続けて冷静さを失わせ、攻撃を単調にしていることで防御もしやすい。周りまで狙ってくれているのなら尚更だ。戦闘中もお互いに罵り合うが、それに関してはガングートさんが一枚も二枚も上手であった。

 

「貴様よりは強いぞ。私はここで努力をしてきている。貴様のようにただ強い力を貰って粋がっているクソガキとは違うんだよ」

「誰がクソガキよ!」

「私は自分の弱さを知っているんでな。努力もするし、反省もする。貴様にそういったところはあるか?」

 

強めに艤装を弾き飛ばしたことで、防空霞姫の体勢が若干崩れる。その瞬間、一気に間合いを詰めた。高射砲からの砲撃を防御ではなく潜り抜けての接近。一度だけ、鎮守府防衛を完全に放棄した。

 

「跪け」

 

艤装の腕で上から叩き潰すような一撃。咄嗟に身を引こうとしたが、それも先読みしてのさらに直進し、鳩尾へ一撃。ついにまともに攻撃が入り、防空霞姫は蹲る。まさに、ガングートさんに跪いている形に。

 

「くそ! くそくそくそ! 全部壊してやるからぁ!」

 

蹲りながらも水母水姫の艤装を振り回し、艦載機まで飛ばしてきた。目の前のガングートさんは関係無しに、高射砲も無茶苦茶に放つことで、鎮守府破壊を優先した雑な攻撃に。嫌でも間合いを取らされて、ガングートさんは一息つく。

 

「まったく、駄々をこねるガキは手がつけられん。邪魔なその艤装を腐った性根と一緒に叩き折ってやらんとな」

 

溜息を吐きながら、改めて構えた。

 

 

 

一方その頃、山城姉様と榛名さんは戦艦天姫と対峙。今までにない、提督の力を持つ敵との戦いである。

 

「アマツと遊んでくれるんですよね。前みたいに、すぐに壊れないでくださいね?」

「ええ、楽しんでいってちょうだい」

 

前回はルーティンまで決めた渾身の一撃が片手で受け止められ、返しの一撃で腹を貫かれている。接近しても一撃が強力すぎ、離れても先程の主砲がある。遠近隙なし。だが特に近距離は厳しそうである。

だが山城姉様にはそれしかない。だからずっと鍛え上げてきた。弛まぬ努力は実を結んでいるはずだ。

 

「悪いんだけど、なりふり構っていられないのよ。こっちは数を用意するから」

「むぅ、いっぱい出すのはズルイと思いませんか!」

「自分を正統派だと思ってるなら頭がおかしいんでしょうね」

 

榛名さんも隣でAGPを起動。さらなる改良を加えているそうだが、相手が悪いのは確かである。攻撃の衝撃を海に逃がすあの防御も通用するかどうか。

 

「まぁいいです。アマツは優しいのでそれくらい見逃してあげます。それじゃあ、いーっぱい、遊んでくださいね!」

 

艤装の一部を展開。和傘が現れ、狙いを2人に絞った。あの和傘も艤装の一部ということは、何かあるということだ。油断できない。

本当に遊んでいるつもりなのだろう。鎮守府破壊など考えず、目の前の2人を殺すことだけしか考えていない。

 

「アマツは何でも出来ますからね。はい!」

「速っ……!」

 

艤装を展開しても速度は変わらず、缶とタービンを全スロットに装備した山城姉様と同じくらいの速度で突っ込んできた。そしてそのまま和傘を薙ぎ払う。あれも艤装の一部なのだから、見た目とは裏腹の強度を持っていることだろう。当たれば致命傷になりかねない。最初の狙いは山城姉様。

 

「っらぁ!」

 

それを殴り飛ばすことで和傘を弾き攻撃を回避。その時の音が、どう考えても和傘のそれでは無かった。表面が艤装と同じ質で出来ている。傘に見せかけた棍棒か何かか。

 

「榛名パンチです!」

 

視界を山城姉様に集中したことで榛名さんが死角へ移動。ほぼ真後ろからの艤装による白兵戦。以前にも見せた、主砲も同時に放つ一撃。

 

「それは一度見てますから、ダメでーす」

 

死角からの攻撃でも即座に対応される。笑顔で振り向くと、弾かれた反動を活かしてその攻撃をいなす。腕を弾かれたことで榛名さんの体勢がグラつくほどに。

 

「そっちもダメですよ」

 

反動をそのままに山城姉様と榛名さんを蹴散らしたところで、不意に艤装を展開し砲撃。砲撃の先にいたのは高雄さん。前回と同じように、ピンポイントの魚雷を放とうとした矢先に攻撃。ギリギリで龍田さんが間に合い、砲撃を弾き飛ばしたが、本当にギリギリだったため、工廠の一部に傷が。

 

「あとあの目潰しの子は何処です? 二度と受けませんから」

 

古鷹さんも警戒されている。一度見せた搦め手はもう効かないということか。

 

「さすがは提督の力、隙も無ければ傷もつかない」

「死角が少なすぎます。榛名も近付けません」

 

合間合間に高雄さんが魚雷を放とうとするが、その都度砲撃が飛んでくるため、龍田さんが高雄さん専任の守護者になってしまっている。今回の魚雷は演習用ではない本物の魚雷だ。工廠内で爆発させるのは控えたいが、もう四の五の言っていられない。ここで撃破するつもりで被害度外視。

 

「1人だけ狙えるタイミングが無い……!」

「場所が悪いのよね〜。山城さん、そいつ追い出してちょうだい〜」

「やれるならとっくにやってるわよ!」

 

どうしても白兵戦をしかけている2人を巻き込んでしまう。工廠が傷付くのは譲れても、仲間が傷付くのは譲れない。魚雷を放ったところでどうにも出来ず、結果工廠の外で爆発させるしかなかった。

 

「清霜が待機してるのはわかってるけど」

「撃たせることが……」

 

2人で戦艦天姫を食い止めているが、それすらも遊ばれているように感じてしまう。山城姉様の渾身の一撃も軽く払いのけ、榛名さんの艤装による攻撃も和傘でいなす。稀に攻撃してくるため何とか回避はしているが、相当分が悪いのがわかる。

 

「そうだ! 清霜ちゃん! 榛名に撃ってください!」

「うぇえ!? だ、大丈夫なの!?」

「榛名は大丈夫です! 早く!」

 

待機している清霜さんに榛名さんが予想外の指示。どうにか山城姉様が戦艦天姫の攻撃を耐える中、榛名さんは敵に背を向けた。

 

「わ、わかった! みんな我慢してよ! 撃ちまーす!」

 

工廠では普通聞くことのない轟音。戦艦天姫の主砲に負けず劣らずの超火力。空気を揺るがす砲撃が、敵である戦艦天姫ではなく、榛名さんへと向かう。

 

「榛名ガード! です!」

 

それを受け止め、足から衝撃を逃がした。以前に見たときは強烈な水飛沫が上がる程度だったが、今回は艦娘が出来る最高火力を受け止めている。その結果、その時とは比べ物にならない水飛沫が発生し、小規模な津波を引き起こした。戦艦天姫を飲み込み、津波のように工廠の外に押し流す。さすがの戦艦天姫も、波に飲み込まれたら為すすべが無かった。

ただの砲撃だと当たらない。当たったとしても弾かれ、工廠が傷付く。そこで榛名さんが考えたのがこれだ。波の力は艦娘といえども簡単には突破できない。津波なら尚更だ。深海棲艦なら潜るという手段もあるが、この瞬間にそれを思いつける者はそういない。

 

「な、なんですか今の!?」

「やっと外に出てくれたわね。高雄!」

「了解! ありったけを!」

 

5連装を2つ、合計10本の手動操作魚雷を放つ。波に呑まれ簡単に身動きが取れない隙を突き、直角に曲がりながら山城姉様と榛名さんを避け、全てが戦艦天姫に直行。1本が起爆した瞬間に全てが誘爆、工廠内だったらとんでもないことになるほどの爆発を起こした。

加えて、清霜さんが外に向けて砲撃を開始。魚雷の爆炎の中に砲撃が飛び込み、爆炎がさらに大きなものに。

 

だが、爆炎の中の反応は、変わらないどころか()()()()()()()()

 

「あーあ、見せたくなかったんですけど。そこまでされちゃうと、アマツもいろいろと出さなくちゃいけなくなるので」

 

爆炎がかき消されるほどの質量の物体が振られ、奥から無傷の戦艦天姫が姿を現わす。先程まではほんの少しだけ出していた醜く歪んだ戦艦大和の艤装は無く、その身体の数倍はあるのではないかと思える極太の尻尾が生えていた。また見たことのない艤装だ。あまりに大きいので折り曲げて乗り物にしている始末。

駆逐陽姫のレ級艤装といい、今の防空霞姫の水母水姫艤装といい、あちらでは尻尾がブームなのか。

 

「カスミちゃーん、大丈夫ですか?」

「あんまり大丈夫じゃないわよ! このポンコツがウザったい! ってか何艤装出してんのよ!」

「仕方ないじゃないですか。津波起こされた挙句に魚雷と主砲いっぱい撃たれたんですもん。自分の身体くらい守らないと」

 

防空霞姫の焦りよう、戦艦天姫が艤装を出すことに何か問題があるのだろうか。

 

「おいおい、無駄口叩ける余裕があるのか? 貴様はそのポンコツに手も足も出てないんだぞ? ん?」

「うるっさいわね! すぐにでもぶち殺してやる!」

「じゃあお手伝いしてあげます。たまには使ってあげないと」

 

今まで相手していた山城姉様と榛名さんから目を外し、防空霞姫と合流しようとする。さすがに看過できないと食い止めに向かうが、気にも止めずに謎の艤装を振り回して始めた。自分を軸にグルグル回り始める。

 

「それじゃあ、行きまーす」

「これは……まずい! 伏せろ!」

 

司令官が叫ぶと同時に、振り回した艤装に備え付けられている主砲が乱射を始めた。あの主砲も尋常ではない火力のせいで、工廠が否が応でも破壊されてしまう。防衛班もこればっかりは対処不能と退避。

見境なしの乱射なため、壁や天井が見る見るうちに崩れていく。私達はともかく、司令官がまずい。

 

「ウォースパイト! 提督を守ってくれ!」

「Certainly!」

 

無いよりマシと私達も艤装で身体を守りながら、瓦礫の落ちてこないところへ逃げ回る。まだ薬が効いていてくれてよかった。身体は何とか動いてくれる。

 

「こいつ……無差別か!」

「ガン子! その艤装止められる!?」

「無茶を言うな! 睦月のドラム缶より酷いぞ!」

 

サイズからして酷い質量兵器なのに、それが戦艦の主砲を撃ち続けているとなると、山城姉様ですら近付くのが困難。その状態で徐々にガングートさんに近付いていくので、砲撃を掻い潜りながら撤退し、打開策を模索しているほどだ。

と、同じ場所にいたはずの防空霞姫がいない。無差別攻撃を回避するために水中に逃げ込んでおり、徐々にこちらに近付いてきている。

 

『アサ、防空霞姫が近付いてきてるわ』

「わかってる! ガングート! 防空霞姫はこっちだ!」

「任せろ! 山城、そいつ頼んだ!」

「はぁ!?」

 

戦艦天姫を無視して、こちらに来てくれるガングートさん。司令官を守っているとはいえウォースパイトさんもこちらにいる。艤装不調で自衛は出来ないが、迎撃する準備は出来た。

 

「ったく、抵抗するんじゃないわよ朝棲姫!」

 

水中から飛び出すように私の前に現れる防空霞姫。瓦礫が落ちてくるこの酷い戦場の中でも、自分の目的は忘れていなかったようだ。

 

「おいおい酷いじゃないか。あれだけ仲良くした仲だろう!」

 

それを真後ろからガングートさんが殴り付ける。殺気に気付いて水母水姫艤装を振ったようだが、それを掴んだかと思うと、無理矢理引き千切った。

 

「ようやく潰したぞ。覚悟しろよ生ゴミが」

「よくもやってくれたわね……! だけど、それが最大のミスよ」

 

防空霞姫がニヤリと笑った時には遅かった。千切られた水母水姫艤装が自分の意思を持つかのようにガングートさんの手を抜け出し、事もあろうか一直線に私に突っ込んできた。本体から離れた艤装が動き出すとは誰も思っていなかった。あまりの不意打ちで誰も動くことが出来ず、吹き飛ばされるほどの衝撃で腹に噛み付かれる。

 

「くそっ、まずい……!」

『アサ、ごめん』

 

無理矢理主導権を奪う。

 

『何をする朝潮!? お前は引っ込んでろ!』

「アサはあちら側の感情を知っちゃダメ。戻れなくなるかもしれない」

 

噛まれた腹から強烈な快感が上ってくる。大量の『種子』が流し込まれ、次々と『発芽』しているだろう。吹き飛ばされたせいで誰からも中和を受けることが出来ず、自分で中和しようにも噛みつきながら私の動きを拘束してきている。

アサのまま裏切り行為をするのは絶対に食い止めたかった。純粋な深海棲艦であるアサが、艦娘を攻撃することに快感を覚えてしまったら、飲まれたままになる可能性はある。そもそもアサは黒の深海棲艦側だ。より飲まれやすいだろう。

 

「っぐ……抗うわよ……ギリギリまで……!」

『やめろ朝潮! お前こそ最後の変化を促されるぞ!』

「耐えるわよ、耐えてみせる、耐えてやる……!」

 

快感を与えられるのはこれで3度目だ。他の者より多少は慣れている。それに、これは一度受けた快感だ。必ず耐えてみせる。私が私であるために。



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背徳の快楽

混ぜ物に襲撃され、工廠での戦いを余儀なくされた。戦艦天姫は海面で艤装を振り回しながら工廠を破壊するように主砲を乱射し、防空霞姫は私、朝潮を捕らえるためにその最中に接近。艤装をガングートさんに引き千切られるも、そこまでも視野に入れた作戦だった。千切られた水母水姫艤装は意思を持つかのように動き出し、私を吹き飛ばしながら腹に噛み付いてきたのだ。

敵の艤装に噛み付かれたということは、大量の『種子』を埋め込まれるということに他ならない。予防接種をしていたとしても、この量は耐えられない。あとは自分との戦いである。

 

「姉さん!?」

「最後に勝つのは私なのよ! クソ雑魚共め!」

 

2人の霞が正反対の顔をしている。ジワジワと価値観が変えられようとしている。耐えなくては。耐えなくては。飲まれてはいけない。

 

「中和を!」

「行かせると思ってるの? どうせ過負荷で艤装もまともに動かせないんでしょうが」

 

私の下に向かおうとした初霜が防空霞姫に捕まり、投げ飛ばされる。その隙を見て霞も動き出したが、高射砲で足下を撃ち、その場から動けなくした。殺すわけではなく、私の変化を見せつけたいらしい。

 

「我慢してんじゃないわよ。ほら、()()()になりましょ。ああ、私の場合は姉妹ね。早くこっちに来てよ、アサ姉さん」

 

何を言われようと私は耐えるしかない。前回戦艦天姫に埋め込まれたときは、暴走していたこともあり一瞬だけ傾いてしまったが、今回は理性がある。ギリギリまで耐えてやる。思い通りになんてなってやるものか。

 

「朝潮君は私が助けるよ」

「司令官が出しゃばるんじゃないわよ!」

 

司令官がまっすぐ私に向かってくる。早く、早く。早く来てほしい。耐えられない。私が私で無くなる。それだけは嫌だ。

 

「止まりなさい!」

「ガングート君、ウォースパイト君、すまないが」

「ああ、行け」

「貴方の道は私達が作るわ」

 

ガングートさんとウォースパイトさんが司令官を守ってくれていた。これならこちらに来れる。耐えて、耐えて、耐えて耐えて耐えて。

 

 

 

パチンと、スイッチが切り替わったような感覚。

 

 

 

周りを漂う混ぜ物の腐臭が心地よく感じた。薬が効いていても、過負荷により身体が軽く感じた。交戦する防空霞姫が愛らしく思えた。海上で奮戦する戦艦天姫が頼もしく思えた。

 

()()()の力になりたいと、心の底から思えた。

 

私を拘束する水母水姫の艤装が緩み、切断面が私の腰に強引に接続された。今ならこれを意のままに操れる。防空霞姫がやっていたように、振り回して攻撃も出来る。相変わらず魚雷が使えそうにない辺り、私の欠陥(バグ)の根深さを実感した。

 

「朝潮君……間に合わなかったか」

「……とても心地いいんです。この匂いも、艤装への負荷も、何もかもが気持ちいいんです」

 

ゆっくり立ち上がる。今までに感じたことのない充足感。ストレスが全て無くなったかのような解放感。身体が常に気持ちいい。自分の持つ中和剤を取り出すと、床に捨てて踏みつけた。

 

「姉さん……嘘でしょ……」

「朝潮さんが……くっ……」

「霞、初霜、貴女達もこんな感覚だったのね。凄いわ、気持ちよすぎて全部壊したいくらい」

 

霞と初霜が絶望している顔を見ると、ゾクゾクするような快感が走り、自然と笑みが溢れる。私に縊り殺される瞬間の顔はどんなものだろう。今よりも可愛い顔を見せてくれるのだろうか。想像するだけで身体が震える。

 

「壊せば壊すほど、気持ちよくなれそう。そうすれば……お母様のためになるのかしら」

 

世界の破壊がお母様の目的だ。そしてここは最大の障害。私が全てを壊して合流するべきだろう。それをするにあたって目障りなのは、目の前にいる司令官と、後ろでカスミと戦っている艦娘()。この快感を全力で享受するためには、目障りなものを全て排除しなくてはいけない。

 

「司令官を殺せば、もっと気持ちよくなれるかもしれません」

「そんなことはさせんよ。君の手はそんな形で汚させないさ」

 

新たに生えた尻尾を私の意思でのたうたせ、感覚を確かめる。凄い。力が漲るようだ。これならいつもの艤装なんて要らない。アサがどうなっているかは今はわからないが、抵抗されるようなら面倒だ。艤装のコントロールがあちらにあるのはこういう時に鬱陶しい。お母様と合流したら外してもらおう。

 

「目障りなので殺しますよ。お母様の障害は貴方くらいですから」

「可哀想に……しっかりとケアしてあげよう。その前に元に戻してあげなくてはね」

 

余裕そうな態度が気に入らない。司令官というものが私達に圧倒的に有利なのは理解している。だが、私には立場という大きな武器がある。私を手荒に扱うことはない。なら無理矢理にでも攻撃すれば、勝機は見える。

 

「ここで死んでください。全員纏めて、鎮守府ごと破壊しますよ」

 

ありったけの艦載機を発艦。本来持つ自分の12機に加え、水母水姫艤装からも同じだけ発艦した。同時に電探もフル回転。見えるもの感じるもの全てを対象に、未来を予知する。司令官は馬鹿みたいに突っ込んでくるだけだ。所詮人間、策などない。艦娘と違い、撃てば致命傷だ。たったそれだけでいい。

 

「未来は見えたかね?」

「ええ、貴方が私の手で無様に死ぬ未来が」

「そうか。()()()()()()()()()()()

 

腹に重い衝撃。気付いたときには司令官の拳が私の腹にねじ込まれていた。何もわからなかった。電探で確認しても、未来を予知しても、何も意味が無かった。

司令官は、私で測れるような人では無かったのだ。海に立てないだけ。陸上では無敵。ここの破壊など考えず、早急に海の上に移動し、すぐにお母様と合流すべきだったのだ。

 

「えぁ……な……なに……」

「すまないね。少し手荒になる」

 

水母水姫艤装が踏みつけられ、首を絞められながら、艤装に噛まれた時に破れた腹から中和剤を打ち込まれた。周りを飛ぶ艦載機など御構い無しに、中和剤が2本3本と次々と打たれていく。私に近すぎて、いや、艦載機を考えた位置取りで、自滅しなくては撃てないようにされていた。

 

「っぎいっ!? っうあぁああああっ!?」

 

中和の激痛が全身を駆け回る。価値観が再び変化していく。自分が今までどうかしていたのだと理解していく。

だが、水母水姫艤装から追加の『種子』が流し込まれ、中和と侵食に板挟みされた地獄のような苦しみに発展。身体と一緒に頭と心が痛い。価値観が往復し、気が狂いそうになる。誰が味方で誰が敵かがわからない。何が何だかわからない。

 

「あぁあああっ!?」

「まずい、おそらくこの艤装が悪影響を与えている。破壊したいが……」

「朝潮の叫び声が聞こえたわ……」

 

瓦礫により封鎖された工廠の出入り口が突如爆発した。そこからやってきたのは全身裂傷の扶桑姉様。また過負荷を強引に乗り越えてきている。それに対して喜びと悲しみが綯い交ぜになっている。助けが来て嬉しい。余計なことを。感情がグチャグチャだ。

 

「ふ、扶桑君、また無理をしたのか!」

「私が痛いことより……朝潮が苦しむ事の方が良くないわ……。その尻尾……? を破壊したらいいのね……」

 

司令官に踏みつけられ、のたうち回る水母水姫艤装を見据える。ただ引き千切るだけでは、また自立型艤装のように勝手に動き回り次の仲間(被害者)を増やすだけだ。

 

「粉々にしてあげる……」

 

水母水姫艤装の頭部を殴りつけ粉砕。千切るわけでなく、宣言通り粉々になった。形すら残さず根元まで粉砕していき、最後にその断片に中和剤を打ち込んでいく。

 

「うぅううううっ!?」

 

苦痛はまだ続く。何本も何本も薬を打ち込まれ、身体もボロボロ。激痛は止まらず、満身創痍で叫び続ける。頭の中もグチャグチャ。思考が混乱する。

その場で薬を持ち合わせているもの全てを投与されているため、その数にして十数本。本来投与すべき量の数倍である。それだけの量の『種子』を埋め込まれ続けたせいというのもあるが、尋常ではない。

 

「朝潮君、自分をしっかり持つんだ。君は君だ。戻ってきなさい」

 

苦痛で暴れまわる私を、司令官が抱きしめるように押さえつけてくれた。温もりを感じる。気持ちいい。『種子』が『発芽』したときよりも満たされる。ずっとこうされていたいと思えるほどだった。

壊れかけていた心が修復されていくようだった。身体中を駆け回る苦痛が無くなっていく。

 

「姉さん、姉さん!」

「朝潮さん、戻ってきてください!」

 

今まで茫然自失としていた霞と初霜も、治療中の私に駆け寄ってきた。殺したいほど憎らしい2人。愛しい妹と自称嫁。相反する感情で心が擦り切れそうだったが、司令官の温もりで良い方向へと向かっていく。

 

「御姉様! 御無事ですか!」

「朝潮様、遅れてしまい申し訳御座いません」

 

扶桑姉様が出入り口を開通してくれたおかげで、春風と瑞穂さんも来てくれていた。その時には全身を駆け回る中和の苦痛がようやく引き、身体が動かないほどの疲労に。頭の中も幾分かスッキリし、価値観が元に戻ったことが理解できた。敵と味方の判断もしっかり出来る。

 

「ったく、朝棲姫の洗脳解かれちゃったじゃない。アンタ達が邪魔しなければ上手く行ってたのに!」

 

少し遠くで防空霞姫の憤慨する声が聞こえた。ガングートさんとウォースパイトさんが2人でこちらに来るのを食い止めてくれていたおかげで、私は戻ってこれた。今は指一本動かせず、口も聞けないが、意識はある。

私がどうかしていたせいで、倒すまでは行っていないようだった。それでも無傷である。ウォースパイトさんはあちらの攻撃がこちらに来ないように盾役を。ガングートさんは射線を鎮守府から遠ざけつつ全員を守っていた。

 

「よし、もういいな。では生ゴミ、終わりだ」

「何よアンタ、この私に手加減していたっていうの!?」

「ようやくそれがわかったのか。貴様如きが、私とレディの2人がかりに均衡が保てるわけないだろう」

 

心底失望したように溜息をつく。

 

「こっちは貴様を倒すためでなく、工廠にこれ以上の被害が出ないように立ち回っていたんだ。あっちの馬鹿でかい艤装ならまだしも、高射砲しか無くなった貴様が勝てるとでも思っているのか?」

 

神経を逆撫でする。未だに戦艦天姫は謎の艤装で工廠自体を破壊しているが、山城姉様と榛名さんがどうにか奮戦してくれている。こちらに来る気配もない。

ああなってしまえば、防空霞姫を守るものすらない。私に正気が戻った今、こちらの守りはウォースパイトさんだけで充分だ。

 

「朝潮、よく見ておけ。貴様を苦しめた霞もどきの最期だ」

「最期? 最期だと!? 私がこんなところで負けてたまるかぁ!」

「良かったな、混ぜ物で最初の犠牲者だ。名誉なことだぞ。我々の反撃の狼煙となれ」

 

今までの防衛戦から一転、攻勢に出る、再び鎮守府防衛を完全に放棄した。

 

「今度は殺すからな。泣いて許しでも乞うか? 許さんがな」

「ふざけるなぁ! 雑魚の艦娘が、私を殺すなんて!出来るわけが」

「貴様は本当に愚かだな。これだけ戦ってきたんだぞ。お互いの実力くらい理解できんのか」

 

高射砲を殴り、破壊した。

今までは弾くだけで終わらせていたが、今回は完全に破壊が目的。まずここまで強引に接近することも無かった。砲撃と水母水姫の艤装が同時にあったというのもあるが、確実に息の根を止めるために行動を観察していたのもある。

 

「貴様には脳が無いから説教をしても無駄なんだろう。ここで確実に殺すからな。皆の目の前で無様に死ぬんだ。泣き叫びながら、ここに攻め込んだことを後悔しながら、仲間にも助けられずに死ぬんだ」

「死んでたまるかぁ!」

「死ぬんだよ。今すぐに。まずは朝潮に詫びろ」

 

腹に一撃入れる。蹲ったところを上から殴りつけ、顔面を海面に叩きつける。首根っこを掴んで押さえつけ、まるで私に土下座をさせるように。もうどちらが敵でどちらが味方やら。

同時に高射砲を全て破壊し、武器という武器を破壊。抵抗する手段すら無くした。首を掴んでいるため海中に逃げることすら出来ない。

 

「まだ隠している武器は無いか? 無いな? ではもういいな?」

「何勝手に」

「終わりだ。貴様はな、少なくともここにいる全員を怒らせた。あの大和もどきの方がまだ戦っていて楽しいぞ。だが貴様は違う。ただただ不愉快だ。同情も出来ん。だからここで死ぬんだ」

 

脚を踏みつけて折った。

 

「いぎっ!?」

「逃がさんぞ。私が貴様を殺してやる。どうやって死にたい。いくらでもやり方はあるぞ。だが、せめて貴様の母親のことをきっちり話せ。そうしたら命だけは助けてやらんこともない」

 

防空霞姫の表情が変わる。これで話すとは到底思えないが、それで何かわかれば。

 

「……はっ、誰が話すか。母さんを裏切るくらいなら死んだ方がマシよ」

「そうか。じゃあ死ね」

 

掴んでいた首を握り潰した。いくら混ぜ物であろうが、人の形が無くなれば深海棲艦と大差ない。防空霞姫が動かなくなり、破壊された艤装の端から消滅していく。

初めての混ぜ物相手の勝利だが、非常に後味が悪い。水母棲姫の時のように悲惨な断末魔の叫びもなく、ただ消滅する。それが霞の顔をしているのだから尚更だ。

 

「私が死ぬところを見るのは胸糞悪いわ……」

「……救えないとわかっていても、彼女達を殺すのは……抵抗がある。助けられなくてすまない……」

 

私を抱きしめる司令官の身体が震えているのがわかった。消滅していく防空霞姫に対しても謝罪している。

私だって、救えるものなら救いたい。だが、あれはもう無理だ。無理なのだ。

半深海棲艦として人間と深海棲艦を混ぜ込まれて建造され、心が壊れた状態で生まれたところに深海忌雷を寄生され、何もかもが北端上陸姫の思い通りのものになってしまっている。

 

だから、もう、助けられない存在。

死以外の解放が無い。

 

「消滅を確認。防空霞姫撃破だ」

 

艤装の残骸だけならず、身体ごと消滅。防空霞姫の撃破がこれで確定した。



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残されたもの

戦闘続く工廠、一時的に洗脳された私、朝潮は、司令官の力もあり無事洗脳が解除された。今は身体が動かせず口も利けないほど消耗しているが、これ以上の敵対はせずに済んだ。

 

「消滅を確認。防空霞姫撃破だ」

 

その後、ガングートさんが私を洗脳した張本人、防空霞姫の首を握り潰すことで撃破。私達の目の前で、艤装も身体も消滅した。初めての混ぜ物への勝利。これが反撃の狼煙となればいい。

 

「山城、こっちは終わったぞ!」

「なら早くこっち手伝いなさい! こいつ手がつけられない!」

 

戦艦天姫は未だに工廠を破壊しているが、そのせいか防空霞姫が消滅したことに気付いていないようだ。自分の戦闘に集中しているからか、ただ周りが見えていないからかはわからない。子供っぽいから後者の方が強いか。

だが、何かに気付いたか、艤装を振り回すのを一旦やめた。工廠の破壊が一時的に止まり、周囲を見回す。

 

「あれ、カスミちゃんは何処に行ったんです?」

「殺したよ。私が、この手で。首を握り潰してやった。何も残らなかったようだな」

 

この場から防空霞姫の気配は完全に消えた。私に接続されていた水母水姫艤装も扶桑姉様が粉々に破壊し、見るも無残な残骸になっている。

ようやく理解したようだった。戦艦天姫の顔が青くなっていく。今まで戦闘を遊びと楽しみ、ニコニコしながら工廠を破壊していた戦艦天姫が、仲間が死んだことを理解したことで、絶望を感じている。

 

そういう考えが出来るのなら、私達を攻撃したことに対しても何か感じてもらいたいものだが。

 

「え、カスミちゃん、死んじゃったんですか……? え、なんで……なんで……」

「……我々と戦っているんだぞ。こちらを殺そうとしてきたのなら、自分が殺されることくらい覚悟をしろ。何故貴様らが一方的にこちらを嬲れると思っているんだ。おめでたい頭だな」

 

頭を抱えて震え出す。

 

「カスミちゃん……アマツが……アマツが必ず……仇を取ってあげますから……」

 

巨大な謎の艤装がガングートさんに照準を定める。

 

「アマツが皆殺しにしてあげますから!」

「出来るものならやってみろ大和もどき!」

 

今までとは真逆の怒り狂った形相で、砲撃を開始する。が、空砲のように音が出るだけで弾が発射されなかった。

 

「うそ、()()()()……!?」

「へぇ、そんなことがあるのね。なら今がチャンスかしら!」

 

動揺する隙をついて山城姉様がルーティン込みの一撃。瞬時に判断されてその一撃は払われたが、前回のように受け止めるようなことをしなかった。受け止めるほどの余力が無かったのだろうか。それでも私達では到底敵わない相手なのかもしれないが。

 

「今日は帰ります……ですが、カスミちゃんの仇はアマツが取りますから」

 

巨大な艤装が消え、海中に潜っていった。あれを追うことが出来る深海組は軒並み艤装不調により追いつくほどの機動力が出せない。嫌でも逃してしまうことになってしまった。

 

戦闘終了。ボロボロになった工廠がその凄惨さを物語っている。鎮守府側にも一部被害が出ているだろう。また鎮守府の修復のために妖精さんがフル稼働することになる。

戦場に出てこれなかった人達は、どうにかドックだけは死守してくれた。今すぐ入渠が必要なのは、過負荷をまた無理して乗り越えたことで全身裂傷の扶桑姉様と、消耗しすぎて口も利けず指一本動かせない私。

戦闘が終わったことで緊張の糸が切れたのか、私はすぐに気を失うこととなった。周りに集まった霞達の声がフェードアウトしていき、そのまま暗転する。

 

 

 

私が目を覚ましたときには、丸2日以上経過していた。あの戦闘が夕暮れ時で、今が3日後の朝。いつも入渠時間が長い扶桑姉様よりも長く入っていたらしい。

戦闘中に洗脳され、中和されながらも『種子』を流し込まれたせいで、過剰といえる量の薬が身体に投与されてしまっていたことが入渠時間を長くした理由だそうだ。私の身体は無傷なのに轟沈寸前という恐ろしい状態。

これだけ長い間入渠することというのは本当に珍しいことらしく、駆逐艦ではまずあり得ないこと。戦艦すらもここまでは殆ど無いそうだ。私がそれだけ消耗していたのか、体質的に入渠が長いのかは定かでは無い。

 

「姉さん……おはよ」

「……おはよう霞」

 

身体を起こす。3日も寝てたにも関わらず、不調を感じずに身体が動くのは、艦娘の身体の便利さを実感出来る。私は深海棲艦だが。

とはいえ長く寝ていたせいか少しだけフラついた。大分身体が鈍っているのは確かである。

 

「身体は大丈夫?」

「……動かないところはないわ。大丈夫」

 

ドックから出て身体を動かす。妙に思うところはない。五体満足でちゃんと治っている。薬でボロボロだった身体は、欠陥(バグ)を残すことなく治療されてくれた。

 

「はい、服」

「ありがと」

 

霞に渡された服を着る。今日はおそらく何もしないからだろう、練習巡洋艦の服ではなく、戦艦水鬼の服。袖を通すと、前よりもしっくり来るように思えた。入渠する前よりも、心が何か変わっているのだろうか。洗脳を介して、より頭の中が深海に染まったのかも知れない。

 

「思ったより平然としてるのね」

「霞達に割り切れって言ってるのは私でしょ。言ってる私が真っ先に割り切らないでどうするのよ」

 

勿論罪悪感でいっぱいだ。霞に対してだって殺意を持った。司令官の後は霞を殺すつもりでいた。それを楽しもうとしていたのは事実だ。その記憶は今でも残っている。

ただしそれは私の本心ではない。自分で考え、自分で実行しようとしたのは確かだが、それは全て敵のせいだ。洗脳というのはそういうものと、自分自身を納得させる。そうしないと、私も心が潰れてしまう。

 

「姉さんはホント強いわね」

「弱いわよ。今からでも夜眠れるか怖いもの。悪夢を見る気がするわ」

「添い寝は任せてちょうだい。一緒に傷を舐め合いましょ」

 

自虐的な言い回しだが、今の私達には丁度いいかもしれない。

 

私が目を覚ませたということは、アサももう大丈夫だろう。思考の海に意識を向けると、しっかりそこにいてくれた。

 

「アサ、そちらは大丈夫?」

『ああ。お前が洗脳されていても、こちらには『種子』の根は届かなかった。おかげで()()()()を知らずに済んだ』

 

それはよかった。それが目的で私は寸前で交代したのだから。あの感覚はダメだ。純粋な深海棲艦であるアサがあの感覚を知ったら、確実に黒くなる。仲間殺しという背徳の快楽は、深海棲艦には甘美すぎる。暴走のキッカケになるには充分。

 

『ただし、あの時のお前の感情は全て私に届いている。本当に開き直れるのか?』

「大丈夫。そういう時に仲間を頼るの」

『ならいい。裏に引きこもりたかったら言え』

 

頼もしい相棒である。

 

 

 

霞の付き添いで執務室へ。私の顔を見るなり、申し訳なさそうな表情になる司令官。私の入渠時間を延ばした原因を作ってしまったと責任を感じてしまっていた。

あれだけ投与されなければ私は司令官に抱かれながら暴れ回っていただろう。周りに害を与えるよりは、私が苦しんだ方がいい。特に司令官は傷ついてはいけない。

 

「朝潮、入渠完了しました」

「身体の方は大丈夫かい?」

「はい、今のところは問題ありません」

 

司令官の顔を見ていると罪悪感が増す。私があの時に一番殺意を抱いていたのは司令官に対してだ。目の前にいる一番の障害として、最も排除しなくてはいけない怨敵として認識してしまっている。

それがどうしても付いて回るが、心を潰さないように開き直ると自分で決めたのだ。あの感情は敵のせい。嘘っぱちの気持ち。

 

だから、私は謝罪するようなことはしない。敵のせいなのに自分のせいだと認めてしまうようなものだ。

 

「すまない……私があそこまで薬を投与しなければ」

「あれは必要経費です。艤装から注がれる『種子』を食い止めるためには、あの量が必要だったのでしょう」

「それでもやり過ぎたのは確かだ。本当に申し訳ない」

 

頭を下げられる方がこちらの罪悪感が増すのでやめていただきたい。私のためと思うのなら、私への罪悪感は無くしてもらいたい。

 

「君が眠っていた2日間での出来事を説明しておくよ」

「はい。よろしくお願いします」

 

工廠しか見ていないが、あれだけ破壊された工廠が殆ど修復されていたのは確認している。それでも出撃は控えめにしていたのだと思う。ドックは死守してもらえたとはいえ、他の設備はダメになっていたのだろう。

 

「一番被害が酷かったのは佐久間君の部屋だった。工廠の真隣だったからね。中のものが大体飛散してしまっていた」

「なら今までの研究の成果も……」

「その辺りは大丈夫だそうだよ。避難のときに一番重要なものは持ち出したらしいから」

 

それなら安心だ。今まで長い時間かけて積み上げてきた研究成果が全て失われたら目も当てられない。あちらは確かに佐久間さんもターゲットにしているが、また精神的に追い詰めるのは良くないと思う。

 

「とはいえ、一からやり直しなものもあるそうだ」

「そうですか……」

「大丈夫、佐久間君は俄然やる気を出していたよ。話したいこともあるみたいだし、後から会いに行ってあげてほしい。部屋は妖精さんが直してくれたからね」

 

さすが佐久間さんだ。そのポジティブシンキングは見習いたい。

 

「2日間は基本的に全員休息の日としていた。わかると思うが、鎮守府側にも被害が出ていてね。私室や、施設の一部にダメージがあったのでね」

「姉さんの部屋は何ともなってなかったから安心して」

 

聞いている感じ、私が入渠している間に何かあったわけでもなく、鎮守府は一時的に全体の休息、一切訓練と任務無しということになったようだ。今回の事件をキッカケに、英気を養う時間。現在わかっている混ぜ物5人のうちの1人を撃破出来たことで、士気も非常に高い。

 

「とまぁ、2日間では何も変わっていないよ。扶桑君も入渠が終わり、元気に山城君とトレーニング中さ」

「安心しました。眠っている間にまた襲撃を受けていたらどうしようかと」

 

何事も無かったというのが一番の朗報だ。

 

「さて、次は君のことになるんだが……場所を変えよう。工廠に行こうか」

 

この入渠中に私の身に何かあったのだろうか。司令官に導かれるままに工廠へトンボ帰り。

 

「朝潮君、艤装を出してもらえるかな」

「了解です」

 

なんの気兼ねも無く艤装を展開。過剰すぎる『種子』で洗脳されたことが艤装に影響を与えていると言われると辛いところだ。だが無くは無いだろう。洗脳された深海棲艦は主砲で『種子』入りの弾が放てるようになるわけだし、アサに根が届かなかったとはいえ、艤装に何かあってもおかしくは無い。

 

と、何か視界の端に蠢くものが見えた。いつもならアサがコントロールする自立型艤装が背中に接続されるだけだ。なかなかに大きい両腕が視界に入るのは普通。私を守ることも出来る程なのだから当然なことでもある。

が、今見えたのは()()である。目の前の霞も目を見開いていた。

 

「ね、姉さん、あの、ホント大丈夫? 異常無い?」

「何言ってるの? 私は別に正常……」

 

足下で蠢いたものに目をやる。

 

水母水姫の艤装の後頭部が見えた。

 

「……へ?」

「君に強引に接続された水母水姫艤装だが……扶桑君が粉砕した後、中和剤により『種子』を全て取り除いた時、根元が残っていたせいか……()()()()()()()()()()()()()()()

 

言葉も出なかった。私が洗脳されたという証であり、私を苦しめた張本人。だが、あの時は愛らしくも思えた。深海のセンスとしては、これは可愛らしい部類になるんだと思う。

 

「こ、これ……え、ええっ!?」

「セキ君が調査済みだ。君に害は無く、『種子』の心配もない。もう完全に君のものだ」

 

理解に苦しむ。何故これが私のものに。

 

「深海棲艦は破損した艤装を入渠で修復出来るだろう。その結果、根元だけの状態から復活してしまったそうだ。自立型艤装では無いようだから、君の思うがままにコントロール出来ると思う」

 

自分のものになったからだろう、感覚的にどうすれば動かせるかが理解できる。深海艦娘になった時に艦載機の使い方がすぐに理解できたときのようだ。少し動かしてみると、思った通りにのたうち、最後は私に懐いているかのように頭部を私に擦り付けてきた。自立型艤装ではないので自分でこうやらせているだけなのだが、これだけでもそれなりに愛着がわくものである。

 

「司令官……私は一体何処まで行ってしまうのでしょう……」

「事が済んだら、アサ君が生まれた直後にまで戻る方法を研究していこう。幸い今は佐久間君がいるんだ。見つかるはずだよ」

「そうだといいんですが……」

 

どんどん化け物になっていく自分が恐ろしくなってきた。そもそも駆逐艦である私が戦艦の身体に変えられ、水上機母艦の艤装まで手に入れてしまった。逸脱しすぎだ。

 

「君がどうであれ、朝潮君はこの鎮守府の艦娘だよ」

「……ありがとうございます。司令官にそう言ってもらえると自信が持てます」

 

駆逐艦でも無く、艦娘ですらない私でも、司令官は受け入れてくれる。それだけでもやっていけるように思えた。気にすることはない。私はまた少しだけ変化しただけだ。

 

それ以外は私が入渠する前と同じ。何も変わっていないことが、一番安心できる。




元々駆逐艦で、現在戦艦の身体。立場は巡洋艦で、艤装に水上機母艦追加。深海特有のスペックにより潜水可能。清霜にオヤツを洋上補給し、爆雷も完備。


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裏側の戦場

長い入渠を終えた私、朝潮は、その間に起きていたことを司令官から聞いていた。破壊された工廠と鎮守府の一部を復旧するまでは全員休息とされていたようで、何も変わらなかったことに安心する。

変わったのは私の方だった。洗脳された時に接続された水母水姫の艤装が、何を間違えたか私の艤装として定着してしまっていたのだ。駆逐艦の身でありながら戦艦の身体を手に入れ、さらには水上機母艦の力まで手に入れてしまい、本格的に自分が何者かわからなくなってしまった。

 

それでも、司令官は受け入れてくれる。私が何者であれ、この鎮守府は受け入れてくれる。それだけで、心が穏やかになる。

 

『朝潮、ちょっと交代』

「アサも尻尾使ってみたいのよね。代わるわ」

 

アサが興味津々だったため、一度主導権を渡す。背部の自立型艤装は私の管轄になるのだが、尻尾はアサの管轄。裏側の私からは触れないところを見るに、本体側の手段が拡張されたという認識で良さそう。

 

「おお、こいつはいい。表側の攻撃力が上がったな」

 

尻尾の頭部が歯を噛み締める。なるほど、私がやられたように、敵に噛み付くことも出来るのか。長さ的には前に回して自立型艤装よりも少し長い程度なので、尻尾が一番距離が出る攻撃になる。

 

「カスミ、ここに乗ってみろ」

「は? まぁいいけど」

 

カタパルトになっている頭部に霞を座らせて持ち上げた。そういった力もあるようだ。

 

「うわっ、う、浮いてる、浮いてる!」

「カスミくらいなら持ち上げられるか。艤装を展開してくれ」

 

言われるがままに霞が艤装を展開。軽々、とは行かないものの、ちゃんと浮かせることが出来ている。これはこれで何かに使えそうだ。長さのおかげで巻き付けて運ぶとかは出来そう。いざという時の輸送に使えるのは、なかなかの有用性。

 

「緊急時に1人くらいは運べるな。朝潮、いいもの手に入れたぞ」

『私は複雑な気分よ』

 

霞達に残った傷のように、私にも洗脳された証が残ってしまったようなものである。とはいえ傷とは違いこちらは艤装。外そうと思えばいくらでも外せる。あまりに気分が悪くなったら外す方向で。

 

「この艤装はある程度調査が進んでいるが、まだ未知の部分もあるそうだ。朝潮君に害が無いことは最優先で調べたから安心していいよ」

 

アサが喜んでいるようなので、しばらくはこのままでいよう。司令官も私への害はないと言ってくれているし。

 

 

 

司令官と話をした後、私に話したいことがあると聞いたので、霞付き添いの下、佐久間さんの研究室へ。

 

「おー、朝潮ちゃん入渠終わったんだね」

 

戦艦天姫の砲撃により散らかされたらしい研究室は、前よりも綺麗に片付けられているようにも見えた。

 

「何か話があると聞いたんですが」

「そうそう。話したいことっていうかご報告。実はみんなのおかげでさ、研究がめっちゃくちゃ進んだんだよ。壊されたこと帳消しに出来るくらいにね」

 

奥の方から大瓶を持ってきて私の前に置く。中には黒い粒が大量に培養液に漬けられていた。その黒い粒、私は何度も見たことがある。

 

「これ……全部『種子』ですか!?」

「ご名答。サンプルがこんなに手に入っちゃったから、多少の無理が利くようになったんだよね。これ、朝潮ちゃんのおかげだよ。あ、わかってると思うけど、指先すら絶対に入れないでね」

 

この大量の『種子』は、私に接続され扶桑姉様が粉砕してくれた水母水姫の艤装の残骸から摘出されたものだそうだ。いくら扶桑姉様でも、艤装は粉砕できても内部で生成されて詰まっていた『種子』までは処理できない。おかげで無傷の『種子』が大瓶1つ分手に入れることが出来たようだ。

当然ながら効力は失われていない。傷口に入れば埋め込まれた扱いになるし、時間が経つか、傷に多く埋め込まれれば『発芽』もする。艦娘には取り扱わせもしない超劇薬みたいなものだ。運が悪ければ人間にだって害があるだろう。

 

「これのおかげで、洗脳対策は万全になったよ。今までは貴重なサンプルを細切れにして使っていたみたいなものだけど、今は何粒か纏めてドーンだもん。捗る捗る」

 

何でも、今まで出来なかった調査方法が出来るようになったおかげで、より深く成分の解析が出来たそうだ。すり潰したり燃やしたりしても替えが利くようになったのはとても大きい。

そしてその結果、予防接種の中和剤がバージョンアップしたとのこと。私のように大量に埋め込まれても、確実に中和出来ると保証してくれた。流石に実験は出来ないが、理論上ではもう洗脳はされないと佐久間さんは断言。

 

「それ以外にもいろいろと仕込んでるから期待しておいて。過負荷に対してだけは何も出来ていないのは申し訳ないけどね」

「いえいえ、それだけでも充分ですよ。洗脳は本当に辛いので、これ以上の被害者は増やしちゃいけません。私で最後になればいいんです」

 

私もあれはトラウマだ。気にしないようにしているが、心の端には引っかかる。あれは他の人に味わわせちゃいけない感情。

 

「その時を見ていないからアレだけど、気に病んじゃダメだよ。って、全然気にしてないように見えるね」

「開き直るしかないですもん。敵の攻撃ですから」

「はー、修羅場何度も潜ってるだけあるねぇ。でも、無理しちゃダメだよ。何かあったら妹達に頼んなさい」

 

隣の霞も任せろと言わんばかりの顔。勿論、頼りにしている。

姉妹だけじゃない、ここにいる全員を頼らせてもらう。強い力ばかり手に入れても、私はやっぱり戦場に出られないのだから。私の思いは皆の背に託すしかない。

 

「あ、そうそう、ちょっとお願いがあってさ。また血を貰えないかな。あれだけは全部無くなっちゃってね」

「構いませんよ。というか、そこが被害を受けたんですね」

「酷い話だよ。保管してた箱がひっくり返っててさ。全部おしゃかだよ」

 

すぐに採血される。入渠中に採っていくとかではなく、ちゃんと許可を得てから血を採る辺り、佐久間さんは律儀ないい人。雪さんに注射の方法を教えた人なだけあり、おそろしく手際がいい。

 

「いやぁ、ホントさ、私の何が怖いんだか」

「こういうとこじゃないですかね。なんだかんだ攻略法を見出すのは佐久間さんですし」

「そうなのかなぁ。暗殺仕向けてくるほど私を脅威に思っているのなら、研究者冥利につきるかなぁ。私は深海棲艦の脅威になりたいわけじゃ無いんだけどさ」

 

そもそも佐久間さんはそういう人。深海棲艦との共存を目指して研究している人だ。深海棲艦を倒すために日々研究しているわけでは無い。そういう意味では、ここ最近は専門外のことばかりをやっているのかもしれない。敵の攻撃方法を調査して、生態系の解明に繋がっているのなら万々歳だろうが。

 

「ほい、採血終了。ありがとね」

「どういたしまして。霞は?」

「私は姉さんが寝てる内にやってもらったわ」

 

さらっと採血が終わり、私の血が保管された。

と、佐久間さんが少しだけフラついたのが見えた。失われた研究成果を復旧するため、また追加で手に入った素材を活用するために、また寝てない。

 

「佐久間さん、今フラつきましたよね。お休みしましょう。司令官には言っておきますから」

「はー……2徹でこんなもんかぁ……」

 

おそらくその2徹というのも朝から晩まで研究し続けての2徹。業務時間関係なしのフル稼働。司令官が止めても働き続けたのだろう。そういえば深海の匂いの解析の時は3徹して倒れていた。

 

「よし、寝よう。朝潮ちゃんも起きたことだし、今日はもう寝よう。と、その前に……朝潮ちゃーん、あれやってあれ」

「あれとは」

「まずはバンザーイ」

 

言われた通りに手を上げる。と同時に体当たりをするかの如く抱き着かれた。前と同じように胸に顔を押し付けて。

 

「疲れたときには朝潮っぱいに限りますなぁ。前よりも成長してるのが堪んないね。やわこいやわこい。こっちの服だと素肌も堪能出来て実に素晴らしい。はぁ〜、くんかくんかくんか」

「佐久間さん鼻息が荒いのでくすぐったいです」

 

言っても聞かないのが佐久間さんである。戦艦水鬼の服はそういうところの融通が利かない。

隣の霞の顔が見られない。どういう顔をしているか何となく想像がつく。あとから同じことをやらされるのも何となくわかる。

 

「ホント落ち着く」

「そうですか。このまま寝たらベッドに運びますよ」

「うん……寝ちゃいそう……」

 

背中をポンポンと撫でてあげると、すぐにうつらうつらと船を漕ぐ。前もそうだったが子供をあやしている感覚。今ではさらに成長してしまい、佐久間さんと同じくらいかそれ以上の背丈になってしまっているため、よりあやしやすい。

 

「……敵がさ……私と同じ舞台のヤツじゃん」

「そうですね」

「負けられないのさ……尊敬してたのに……壊れちゃって……」

 

佐久間さんは北端上陸姫の元になっている寺津という男と面識がある。それが今、姿を変え世界の敵となっているのだから、対抗心を燃やすのも無理はない。私達以上に躍起になっているかも。

 

「研究者同士の戦いだからね……私は意地でも勝つよ。全部乗り越えて……綺麗さっぱり終わらせるのさ」

 

眠そうではあるものの、決意を秘めた言葉の強さ。戦っているのは私達だけじゃない。佐久間さんもここで戦っている。

 

「私がみんなをバックアップするから……大船に乗った気でいてよね……船だけに」

「はい。皆さん、佐久間さんのこと期待してますよ」

「私には戦う力はないけど……戦いやすくすることは出来るからね……」

 

そこまで言って佐久間さんは寝落ちしたため、ベッドに運んであげた。随分と軽く感じた。

これまで何度もお世話になってきた。前回の戦闘だってそうだ。吐き気止めも、中和剤も、全て佐久間さんのおかげで出来上がっている。これまでもこれからも、私達は頼り続けるだろう。

 

 

 

「さっき佐久間さんが言ってたこと、どういう意味なの」

 

静かに研究室から出た直後に霞から問われる。質問内容は、ここに所属している艦娘では私と瑞穂さんしか知らない、北端上陸姫の正体。眠気に負けて隠さずに話してしまったことに今更気付いた。

本来なら他言無用。知られてはいけないことだ。だが、中途半端に知ってしまったため、霞は追求してくるだろう。回避も難しい。なら話した方が早そう。

 

「……ちょっとだけ待ってて。司令官に許可を貰わないといけない」

「そんな極秘事項なの?」

「知ってるのは私と瑞穂さんだけ。他の人には……特に戦場に出る人には絶対に知られちゃダメ」

 

手早く司令官に許可を貰い、私室へ。佐久間さんの失言という少し残念なことではあるが、霞にならということで許可は貰えた。私に一番近い子だからこそ、知っておいてもいいと判断されたようだ。

霞に何度も念を押したが、この件は絶対に他言無用。私達だけの秘密となる。さらに瑞穂さんにお願いし、部屋の前に鎮座してもらう。これに関しては本当に知られてはいけない。

 

改めて部屋の中で向き合い、私が知っている今回の敵の正体を説明した。普通なら考えられないような敵だ。私も躊躇いが出たというのも追加して、なるべく包み隠さず話す。

 

「何よそれ……悪いの全部上層部じゃない!」

「霞、声を落として。誰にも聞かれちゃダメ」

「こんなこと誰にも言えないわよ……人によっては戦意喪失じゃない」

 

事の重大さをすぐに理解してくれて助かる。それでも倒さなくてはいけない敵であるということも。

 

「霞は……それでも倒そうと思える?」

「当たり前じゃない。一番のクズは上層部の連中だけど、北端上陸姫は姉さんを苦しめることを楽しんでるんでしょ。元人間だか何だか知らないけど、そいつはもう純粋に黒の深海棲艦よ」

 

私のように躊躇いは無いようだ。霞も私と同じで戦場に出ることは出来ないが、もし戦えるというのなら、霞は容赦なく殲滅するだろう。無慈悲ではあるものの頼もしい。今回は容赦なんてしている余裕なんて無いのだ。

 

「それが聞けて良かったわ。霞は強いわね」

「姉さんは優しすぎよ」

「……そうね。否定はしないわ」

 

私だって覚悟を決めている。戦えないにしろ、もう慈悲などない。私だって洗脳されたという今までとは違う方向の恨みが出来ている。

 

「アサと瑞穂さんにも話してケジメも付けたし覚悟も決めたわ。もし私が面と向かって戦えるのなら、躊躇わずに攻撃する。霞にも私の覚悟が聞いてもらえて嬉しい」

「……出来れば一番に教えてもらいたかったけど」

 

最後の呟きはあえて聞き流すとして、やはり抱え込むのは良くない。話すだけでスッキリ出来るものだ。

 

「それにしても、佐久間さんの顔見知りとはね……」

「阿奈波さんといい、北端上陸姫の正体といい、今回の件は佐久間さんに当たりが強すぎるわ」

「それでも勝とうとしてるんだもの。佐久間さんが一番強いわね」

 

その佐久間さんの弱音を聞いているのは私だけだ。領海で、大潮と清霜さんが眠る中、私だけに見せてくれた弱い部分。顔は見ていないが、あの時泣いていたのを覚えている。もしかしたら、知らないところでまた涙を流しているのかもしれない。

佐久間さんの名誉のために、それについては公言しなかった。誰だって辛い事くらいあるだろう。私にだっていくらでもある。鎮守府ではお調子者で弱みも見せない佐久間さんの意外な一面は、私の胸のうちに秘めておこう。

 

「応援してあげなくちゃね」

「ええ」

 

艦娘や深海棲艦だけの戦いでは無い。非戦闘員である佐久間さんだって、率先して戦闘に参加している。私達は、それをサポートしてあげたい。研究者同士の戦いは、今この段階から始まっている。




ここからは佐久間さんのターン。


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破滅的な夢

それは酷い夢だった。私、朝潮はここまで酷い悪夢を見たことが無かった。

 

私は嬉々としながら工廠を破壊し、向かってくる仲間達を尻尾の艤装で薙ぎ倒し、自らの腕と脚でトドメを刺していく。確実に息の根を止めるため、心臓を抉り、頭を潰し、斃れた死体をニヤニヤと見つめる。温かい血を浴びては快感に酔い、より多くの命を奪う。

目につくものは全て破壊し、目につく仲間は全て殺す。私を止めようとする仲間が次々と死んでいく光景に、身震いするほどの快感を得ていた。素手で攻撃出来ることを悦び、物も、命も、何もかもを破壊する。

 

「あはっ、はははっ、アハハハハハッ!」

 

血溜まりの中に1人、紅く染まりながら高笑いする。破壊と殺戮を楽しみ、次の獲物を求めて彷徨う。標的は愛しい仲間達。嬲り殺し、捻り殺し、抉り殺し、縊り殺す。

 

春風は腹を抉り抜いた。『種子』の摘出によって出来た傷をより拡げた。

初霜は頭を潰した。身体は綺麗なままで、頭だけが綺麗に無くなった。

大潮は艦載機で押し潰した。射撃も併せて、原型が残らないくらいの蜂の巣にした。

瑞穂さんは爆雷で木っ端微塵にした。前世と同じ死に方をもう一度体験させた。

扶桑姉妹は2人纏めて真っ二つにした。死後も仲良くなれるように、同じ死に方を選んだ。

 

残りは霞だけ。霞の殺し方は決めてある。

 

私を見た霞の顔は怒りと、憎しみと、悲しみと、絶望に染まっていた。それが堪らなく嬉しかった。

陸上だというのに、魚雷しか使えないのに、私に立ち向かってくる霞を軽くいなし、皆の血で真っ赤に染まった手でその首を掴む。そのまま持ち上げ、ゆっくり、ゆっくりと締め上げる。霞は原型を残したまま死んでもらいたいと、死を堪能してほしいと、時間をかけて殺す。苦しむ顔が愛らしい。ジタバタともがく姿が愛おしい。

苦しそうに私の名前を呼びながら、だんだんと抵抗しなくなり、最後は手がブランと垂れ下がってピクリとも動かなくなった。あらゆる体液で塗れた顔。瞳孔の開いた瞳。絶望に染まった表情。それを見た私はーーー

 

 

 

目を覚ました時、眼前には心配そうな顔をした霞。瑞穂さんも駆けつけていた。

外はまだ暗闇。時間は丑三つ時。寝汗でグッショリ。湿った作務衣が肌に貼り付き気持ち悪い。あまりに凄惨な夢を見たせいで吐き気を催すが、どうにか堪えた。

 

「姉さん、すごい魘されてたわ」

「……案の定、酷い悪夢を見たわ……」

 

霞を抱きしめ鼓動を聞き、命の音を確かめる。大丈夫、生きている。原型を残す殺し方を選んだせいで、目の前にいても命の音が聞こえないと怖い。

 

「ここの人達を皆殺しにする夢だった……1人殺すごとに物凄く気持ちいいの……最後は霞に手をかけたわ……」

「今は何も話さなくていいわ。汗ビッショリだし、お風呂に行きましょ」

 

あの時、すぐに司令官に洗脳を解いてもらわなかったら、あの場に司令官がいなかったら、私は夢の中で起こったことを実際にやってしまっていたのだろうか。そうだとしたら本当に恐ろしい。

だが何故だろう、夢であると理解していたようで、その行いを客観視していた。まるで、思考の海からアサの行動を見ているかのようだった。なのに、私がやったと実感できる夢。感覚はないのに。明晰夢なのに自分の身体がコントロール出来なかった。

 

「朝潮様、替えの寝間着は瑞穂が用意しておきますので、霞様とお風呂へ。今は気分を落ち着けましょう。瑞穂が言う資格はありませんが、夢に引っ張られぬよう」

「そうですね……霞、付き合ってくれる?」

「ええ。姉さんの寝汗で私も濡れちゃったもの」

 

添い寝の弊害。さぞ気持ち悪かったろうに。私達はすぐにお風呂に向かった。鎮守府の特性として一日中お風呂に入れる環境というのは素晴らしい。

 

お風呂に浸かっていると気分が落ち着く。ゆっくり入渠するようなものとはよく言ったもので、身体も心も癒される。今の私は精神的にも疲弊しているのがよくわかった。今の私はだらしない顔をしていそうだ。

 

「霞は……いや、聞かなくてもわかるわ。魘されたことあるものね」

「そりゃあね。いつも一緒に寝てるんだからわかるでしょ」

 

霞の洗脳を解いた後、少しの間、霞も魘されることがあった。その都度、私が慰めて落ち着かせたものだ。今は立場が逆転し、私が落ち着かなくてはいけないように。

お風呂に浸かりながらも、私は霞の手が離せないでいた。脈と温もりを感じていたかった。洗脳経験者は皆こんな思いを抱いていたのかと思うと、それはそれで恐怖を感じた。

 

「開き直ったつもりでも、やっぱりダメなのね……」

「こればっかりは簡単には無理でしょ。実際に頭の中が染まっちゃったんだもの。少しだけでも自分の考えになったんだから」

 

霞ですら数日、春風や初霜は1週間以上染まった状態からの復帰だ。たった数分で終わった私以上に苦痛を感じていただろう。魘されるのも無理は無いし、メンタルケアが必要なほどに憔悴するのも仕方のないこと。

 

「大丈夫、私は開き直るわ。敵のせいだもの。これは全部敵のせい」

「……無理しないでよ。私達を頼れって、佐久間さんも言っていたでしょ」

「わかってる。当然頼るわ。今日ほど霞が添い寝しててくれて嬉しいことはなかったもの。目が醒めて自分1人だったら多分錯乱してた」

 

こういうときは姉妹に頼るのが一番だ。朝になったら大潮にも話そう。春風や初霜にも相談しよう。皆何かしらの経験をしているからこそ、話がしやすい。

 

『朝潮、領海に行こう。落ち着くならあそこだ』

「……そうね。今なら行きやすいかな」

『妨害してきた奴が死んだからな。何なら事前に潜水艦に調べてもらえばいいさ』

 

こういうときこそ、自分の場所に行きたい。またミナトさん達の陣地にお邪魔するのもいいが、やはり自分の領海はそれと違った感覚になる。今はとにかく落ち着きたい。明日は……いや、もう今日だが、久しぶりに領海に行こう。正直今から行きたいくらいだが、深夜はよろしくない。司令官も眠っていることだし。

 

「領海に行くの?」

「ええ、アサと相談してね」

「そう。私は明日予定が無いから、随伴するわ。今の姉さんは危なっかしくて見てられないから」

 

霞の目から見ても私は今危ない状態のようだ。そんなつもりはなくても、顔や態度に出てしまっていたのかもしれない。これ以上心配をかけたくなかったのだが。

 

「じゃあ……お願いするわ」

「はいはい。じゃあさっさと寝ましょ。汗は流せたでしょ?」

 

その後、また悪夢を見て朝になったのは言うまでもない。私は気にしていないつもりでも、深層心理では相当参っているのかもしれない。起きた時、アサも困ったような声色だった。

 

 

 

領海に向かう許可は得たため、潜水艦隊にあの島が安全かどうかだけは確かめてもらう。その間に、昨晩考えていた通り大潮達に悪夢の話をした。なかなかにエゲツない内容なので、殺し方は伏せて。

 

「御姉様、わたくしはそのお気持ち、とても理解できます。わたくし、傲慢にも他者を虐げた自身の夢を見ました」

「私もです。しばらくは朝潮さんを撃ち殺す夢を見ました。あの時の最悪を夢に見るみたいですね」

 

春風と初霜は共感してくれた。私ほどハードな夢では無いようだが、十分すぎるほど心にダメージが入る夢。

 

「私はたった数分の洗脳だもの。それでここまで酷い夢を見るなんて……ちょっと気にしすぎな気がするわ」

「御姉様がお優しいだけです。誇るべきことだとわたくしは思いますが」

「それで体調崩してたら目も当てられないわ」

 

霞の言う通りである。罪悪感で倒れるのはナンセンス。

 

「お姉さん、大潮はどうやって殺したんですか?」

「艦載機で蜂の巣」

「うえ……」

 

そんな顔をするのなら聞かないで貰いたい。せっかく伏せていたのに元も子もない。だが、聞いてもらうと少し楽になる。

大潮が聞いてきたことがキッカケとなり、私が夢の中でどれ程までに残酷な行いをしたかを懺悔する場にもなった。楽にはなるが、辛くもある。瑞穂さんは察してくれたので聞いてこなかった。最高の従者。

 

「お腹を抉られ……」

「頭を潰され……」

「自分で聞いてきたんだからそんな顔しないで」

 

私だってやりたくてやったわけじゃない。夢の中の出来事なのだから文句を言われても困る。私が()()()()()()と思っていたのではない。

 

「でも、そんな夢ばかり見てたら気が滅入っちゃいますよね」

「本当に。でも話したら少し楽になったわ。ありがとう」

 

これで悪夢が終わるとは思っていないが、話をしたら幾分か気が楽になった。これから毎日話すことになるかも。大潮が言うように、痛みは分かち合う方が心にいい。

 

『溜め込まない方がいいと理解はしたみたいだな』

「まぁね。痛い目何度も見てるし」

『見る前に理解しろ』

 

仰る通りである。

 

 

 

ここでゴーヤさん達が私を呼びに来たのでお開きとなる。霞以外は他の訓練や任務があるので、残念ながら随伴艦にはならなかった。そのため、久しぶりに行きたいと言っていたレキとクウを追加。

混ぜ物が出てきたら誰も戦闘出来ないという部隊になってしまったものの、妹と娘が一緒にいることで、多少なり心は穏やかに。だが、疲れた私の顔を見て、レキが心配そうにこちらを見てくる。

 

「アサ姉ちゃんどうした。眠そうだぞ」

「ちょっと嫌な夢を見ちゃってね……」

「夢かー。レキには何も出来ないなー」

 

夢の中ではレキもクウも残酷に殺している。本当に皆殺しにしていた。自分のせいじゃ無いと自分に言い聞かせても、負い目を感じてしまう。

 

「大丈夫よ、気にしないで。それより、私もレキとお揃いになったの。ほら」

 

尻尾の艤装を出して見せてあげる。司令官に言われて霞と一緒に稼働テストみたいなことをやってからは誰にも見せていない。あの後からで言えば、レキとクウが初めて。

 

「うおー! レキと同じだ!」

「ヲヲ、姫様、尻尾が生えてる」

 

レキも艤装を出して私の尻尾艤装と絡ませる。私のものの方が少し大きいようだ。さすがの霞も子供相手には嫉妬しない。

 

「相変わらず主砲も魚雷もダメだけどね」

「カッコイイ! アサ姉ちゃんの尻尾カッコイイぞ!」

「ありがとうレキ」

 

そうこうしているうちに領海に到着。島は以前に見たとおり。防空霞姫がここで待ち構えていた時な何かされていないかと思ったが、何事もなくて一安心。何事かあったら私よりアサが怒り狂っていた。

島に上がっても深海の気配も匂いもしない。今日は邪魔者がいない。

 

『久しぶりの景色だ。やはりここが一番だな』

「そうね……気分が落ち着くわ」

 

浜辺に腰掛ける。岩礁と水平線のあるこの風景が見たかった。心が穏やかになる。すぐさま海が赤く染まるが、そんなこと気にしない。今は私のもの。私が何をしたって構わない場所。

 

「ヲ、久しぶり」

「そうね。クウはここ生まれだし、羽を伸ばして」

「ヲ!」

 

島の少し奥の方へと駆けて行く。レキもそれについていった。私の隣には霞が腰掛ける。ここは霞の故郷でもあるのだから、落ち着く場所なのかもしれない。

無言でただただボーッとし続けるだけで、癒される感覚。少し遠くではレキとクウが遊んでいる。2人ともこの島がどういうものか理解しているので、散らかすようなことはしない。微笑ましい光景だ。

 

「気持ちよく眠れそう?」

「わからないけど、すごく眠い」

「寝ればいいじゃない。私が見ておくわ。あの2人も」

 

霞に任せてまた一眠りすることにした。そのために来たようなものだし。

 

 

 

また、鎮守府を壊滅させる夢を見た。昨晩見たものとほとんど同じ。生々しく、1人ずつ殺していく夢。相変わらずそれが夢であると自覚しながらも止められない。まるで、私に嬲り殺しを見せつけるかのような夢。明晰夢なら私の思い通りになってもらいたい。

 

「アサ姉ちゃん、大丈夫か!?」

「姫様? 大丈夫?」

 

私が魘されているのを見て心配した娘2人が駆け寄ってきていた。穏やかな気持ちになれるはずのこの島で、こんな夢を見て、皆に心配される。自分が嫌になりそうだった。

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

2人を抱き寄せて温もりと鼓動を感じる。生きていることを実感する。

今回の夢でも2人とも殺している。毎回毎回全員殺してから目が醒める。途中で止まってくれてもいいのに、容赦なく、全てを破壊してだ。

少し寝ては悪夢で目が醒める。このままでは過労と睡眠不足で倒れるような気がする。最悪は瑞穂さんの時に考えた入渠による睡眠になりかねない。

 

「アサに代わったら? 姉さんが表で寝るから悪夢見るんじゃないの?」

「ダメ。万が一アサでも同じ夢を見たとしたら、最悪なことが起きるかもしれない」

 

アサを引っ込めてでも私が洗脳された意味が無くなってしまう。目が醒めても感覚が思い出せるほどに生々しい夢だ。アサ主観であの夢を見たら、()()()()を知ってしまいかねない。

 

「開き直ってるつもりなんだけど……」

「口では何とでも言えるもの。私だって姉さんの頭ん中なんてわからないし、実際魘されてるんだから、割り切れてないんでしょ」

 

現に起きて活動しているときは何も気にせずにしていられる。眠らなければ領海でも穏やかな心で居られる。

一度眠ってしまうと、最悪の結果を見てしまう。今までの3回が全て同じ夢。順番は違えど皆殺しにして、それに昂揚し快感を得ている私。客観視出来たとしても、感覚は私のもの。正直キツイ。

 

「姫様辛そう。もっと寝る?」

「……そうね……でも……」

『いや、寝ていい。私が何とかしてやる』

 

眠るのを躊躇う私の頭に、アサの自信満々な声が響いた。夢の中でなら顔を合わせることが出来るアサなら、この悪夢に何らかの干渉が出来るかもしれない。今までの私の夢も、もしかしたら遠目に見ていたのかもしれない。

 

「……アサ、任せるわ」

『おう。お前が倒れたら私にも迷惑だからな』

 

どうせならもっと気持ちよく寝られるようにと、レキを抱きかかえ、霞とクウを隣に置く。こうやって眠るのは初めて。レキは私に抱きかかえられて大いに喜んだ。この身長になってからこうしたのは初めてだった。思った以上にスッポリ収まる。

 

皆の温もりを感じながら目を瞑ると、すぐに眠れた。やはり寝不足だったのだろう。

 




あの時の司令官が瞬殺していなかったら起こっていたかもしれない未来。そのままでも滅茶苦茶、正気に戻ったらまず間違いなく壊れる。


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夢の共闘

たった数分とはいえ洗脳されたせいで、悪夢に苛まれるようになってしまった私、朝潮。眠るたびに鎮守府を壊滅させ、所属している仲間達を皆殺しにする夢を見るため、私は精神的にも肉体的にも疲弊していた。

心の癒しを求め、霞、レキ、クウを連れて領海に来たものの、そこで眠っても悪夢を見てしまった。一番の癒しの場でも悪夢を見てしまい、開き直っているつもりだったが、まったく割り切れていないことを自覚させられた。

 

「姫様辛そう。もっと寝る?」

「……そうね……でも……」

『いや、寝ていい。私が何とかしてやる』

 

皆の前で眠るのを躊躇う私の頭に、アサの自信満々な声が響いた。夢の中でなら顔を合わせることが出来るアサなら、この悪夢に何らかの干渉が出来るかもしれない。今までの私の夢も、もしかしたら遠目に見ていたのかもしれない。

 

「……アサ、任せるわ」

『おう。お前が倒れたら私にも迷惑だからな』

 

どうせならもっと気持ちよく寝られるようにと、レキを抱きかかえ、霞とクウを隣に置く。こうやって眠るのは初めて。レキは私に抱きかかえられて大いに喜んだ。この身長になってからこうしたのは初めてだったか、思った以上にスッポリ収まる。

 

皆の温もりを感じながら目を瞑ると、すぐに眠れた。やはり寝不足だったのだろう。

 

 

 

4回目の夢も案の定、鎮守府を壊滅させる夢だった。明晰夢ではあるものの、相変わらず自分では何も変えることが出来ず、私の手で仲間を殺し、破壊する夢。

いつもこの夢は洗脳された直後から始まる。あの時私を助けてくれた司令官はここにいない。水母水姫の艤装をのたうたせ、戦闘中の仲間達をどう殺そうか吟味する。

 

「おう、朝潮、やっと干渉出来たぞ」

 

声のする方を向く。()()()()

 

「私達は夢の中で面と向かって会話できるからな。前回の夢から干渉を始めてたが、この夢の時だけ私の存在を忘れてるせいで干渉出来なかったんだ。今回は告知しておいたおかげで干渉出来たぞ」

 

そういえば、あの時の再現だからか、背部の自立型艤装は出していない。追加された尻尾と、艤装に包まれた両腕両脚しか使っていなかった。あの時にアサに抵抗されたら面倒と思っていたからだろう。

そのせいで、夢の中ではアサの存在が無いものになっていた。逆に言えば、この夢の中でアサだけは完全に自由な存在だ。まず夢に干渉するという時点でおかしな話なのだが。

 

「この夢から私は排除されていた。だが、今はこの中に入ってこれた。これからは()()()()()()()()。お前が止められないなら私が止めてやるよ」

 

目の前の(アサ)は、尻尾艤装がない代わりに背部の自立型艤装を持っている。攻撃力は同じようなものだろう。

 

アサと戦うだなんてまずあり得ない。自分と物理的に戦うことなんて絶対に出来ない。それが夢の中だからという理由で出来るようになってしまった。

自分を殺したら、仲間を殺す以上の快感を得られるのだろうか。自分の断末魔の声が聞けたら、どれほど昂るのだろうか。もうどうやってアサを殺そうかということしか考えていなかった。抉り殺したい。殴り殺したい。嬲り殺したい。縊り殺したい。仲間にやろうとしたことを全部アサにやりたい。

 

それを客観視させられていたことで、違和感に気付く。自分が考えているわけでもないのに、自分が考えているように思い込まされている。この朝潮は()()()()()

 

「気付けたな、朝潮。お前はそんなこと考える奴じゃないだろ。洗脳されたときのほんの数分の記憶が()()に拡げられただけだ。もうわかるな。それがその何かだ」

 

これは夢だ。ならば、私はこの時だけは思考の海から出られるはず。いや、この空間自体が思考の海のようなものだろう。好き勝手出来るはずだ。今までは出来なかったが、今は出来る気がする。アサの干渉でそれが可能だと思えた。これは、私とは別物だ。

 

自覚した途端、気付けば私は2()()()()を見る立場にいた。自立型艤装を装備した朝潮(アサ)と、尻尾をのたうたせる朝潮()。そして両腕両脚が艤装に包まれた朝潮(自分)。艤装が綺麗に三等分された。

 

「こんな場でしか出来ないな」

「そうね。文字通り、夢の組み合わせ(ドリームマッチ)ね」

 

拳を突き合わせて、共闘を喜ぶ。現実では絶対に出来ない、自分との共闘。敵も自分。ここにいるのは、全て朝潮。霞達が喜びそうな情景。

 

「私が壊せるなんて……アハッ、夢みたい! ねぇ、どんな声で鳴いてくれるの? どんな顔を見せてくれるの?」

「夢みたいじゃなくて、夢なんだよ」

「やっぱり破滅願望を持ってるのね洗脳された私は」

 

あちらが出来るのは尻尾による白兵戦と、水上機の発艦。私が出来るのは艦載機の発艦と、両腕両脚による白兵戦。そしてアサが出来るのは自立型艤装による白兵戦。皆白兵戦。生まれたばかりの私では考えられなかったことだ。艦娘って何だっけ。

 

「始めようか。私だって楽しみなんだ。朝潮と共闘出来るのがな」

「ええ、本当に。こんな場でないと出来ないことだもの」

 

尻尾の私が艤装を振り回したことが開戦の合図だった。

今でこそ私とアサはお互い白兵戦が出来る状態だが、本来なら私が守備、アサが攻撃を担当していた。それをこの夢の中でも実践しようと思う。

大きく振り回された尻尾は私が止める。かなり重たいが止められないことはない。同時に艦載機を発艦。あちらも水上機を発艦したため、低空ながらも航空戦が始まる。数は同等。力は互角。あっという間に艦載機が尽きる。

 

「おいおい、私を忘れんなよ!」

「忘れてないよ! 私という私を全部壊し尽くすの! とっても気持ちよさそう!」

 

合間を縫ってアサが接近するが、あの尻尾はなかなか厄介で、強く振り回すだけで2人がいなされるほどの質量はある。

 

「アハハハハッ! 楽しい! 私を壊すってすごく楽しい!」

「アサ、私ってあんなキャラなの?」

「んなわけあるか。アレが狂ってるのは見ればわかるだろ」

 

再度尻尾を振り回されるが、今度はアサが受け止める。私の膂力より自立型艤装の膂力の方が強い。私が止めるよりしっかりと固定。強引に引き寄せたところを、私が強引に蹴り込む。扶桑姉様を見ていたからこそ覚えた蹴り。

 

「アハッ」

「蹴られて笑わないで。私の顔で」

 

咄嗟にガードされたため、立て続けに拳を叩き込む。山城姉様で覚えた拳。夢の中でもあそこまでの火力が出せないのは残念。こんなところでも妙にリアル準拠。

 

「おら、尻尾が邪魔なんだよ!」

「離してもらえる?」

 

強引に引っ張られ、尻尾がアサの手からすっぽ抜ける。さすが私、一筋縄では行かない。

何でも出来るはずの夢の中でも主砲と魚雷が使えないのは、おそらく私がそのやり方を知らないから。私が知らないのだからアサも出来なければ洗脳された私も出来ない。結果的に、この白兵戦メインの大ゲンカになる。

 

「アッハァ!」

「爆雷!」

「わかってる!」

 

言われる前に爆雷を蹴り飛ばす。陸上で当たり前のように使ってきた。自分も巻き込まれるかもしれないのに、あまりに容赦がない。

その時からだろう、敵の私に()()()()()()()()()()()()。妙に子供っぽい、自分を表現する方法が破壊と殺戮しかないような雰囲気。アサよりも純粋な、黒の深海棲艦の空気。夢の中では気配も匂いもわからなかったため、その辺りの判断がつかない。

 

「アサ!」

「おうよ!」

 

さらに尻尾を振り回されるが、それを殴り飛ばしながら隙を作る。いいタイミングが来たところで軽く跳び、アサに投げ飛ばしてもらった。このタイプの自立型艤装だからこそ出来る連携。私の力だけでは出来ない、弾丸のような体当たり。

尻尾が後ろに回ったタイミングだったため、真っ直ぐ身体に直撃し馬乗りに。尻尾は改めてアサが踏みつけ、暴れる頭部も押さえつけた。

 

「どいて!」

 

不意に強く押され、アサにぶつけられた。拘束が緩み、また間合いを取られる。思ったより戦い方が上手い。

終始一貫、楽しそうに戦っていた。違う意味で尻尾を振っている。まるで犬だ。本能のままに戦い、私とアサを壊そうと笑顔で立ち向かってくる。理性のカケラもない、狂った笑みを浮かべ続けている。

 

「私ってあんな顔出来るんだ」

「現実でやろうと思うなよ。カスミ辺りが卒倒するからな」

 

戦闘中もずっと考えていた。今私は眠っているのだろうが、思考をフル回転させてあらゆる可能性を考えていた。結果、この洗脳された私の正体に勘付いた。

 

この子は、今は私の腰に接続された水母水姫の艤装に入っていたもの。防空霞姫から千切られた後、意思を持つかのように動き回り、私に噛み付いたアレ。扶桑姉様に粉砕され、司令官に中和され、私の入渠で再構築された際に、消えることなく行き場を失った意思だ。自立型艤装として認識されなかったのも、意思が私の方に入ってしまったからだろう。

中和されたとしても、深海艤装であるが故に、この子が知っていることは破壊と殺戮だけだ。そこに私の記憶やら何やらが混ざりこんでしまったため、洗脳された私の再現として、私の夢を使って暴れまわった。

 

なら、ちゃんと教えこめば、私達の味方になるのではないだろうか。

 

「一度完全に負かした方が話を聞いてくれるかしら」

「おい、あいつと話が出来ると思ってるのか?」

「出来るでしょ。何も知らない子供なら」

 

ひとまず2人がかりとはいえ完全に勝利することにした。殺しはしない。敗北を自分で認めるまで勝ち続ける。それだけだ。

 

「まぁいいさ。お前がそうしたいってのなら、私も従ってやる。ダメだと思ったら殺す」

「それでいいわ。まずは屈服させるわよ」

「さすが女帝、言うことが違う」

 

明晰夢でも自分の思い通りに出来ないというのなら、実力でどうにかしよう。

あちらは相変わらず尻尾を振り回してこちらを見ている。先端の頭部を先に破壊する方が良さそうだ。アレがあるせいで、ダメージが大きくなる。質量がすごい。

 

「アサ、あの尻尾壊して。私が本体行くわ」

「了解だ。艤装には艤装をぶつけた方がいいだろうからな」

 

先行するのはアサ。あの尻尾による攻撃をどうにかしなければ勝機はない。さっきはどうにか拘束しかけたが、抜け出されてしまっている。次はそうはいかない。

 

「アッハハ! それでやりあうの!?」

「お前より使い慣れてるからな。おらぁ!」

 

猛烈な攻撃も艤装の腕でいなしていく。ブンブン振り回しての攻撃だが、乱雑で単純な攻撃だ。アサならアレくらい軽く防ぐことが出来る。

山城姉様の攻撃を真似ているのはアサも同じだ。うまく防いで尻尾を破壊しようと画策するが、かなり硬い。扶桑姉様が一撃で粉砕したのが嘘のよう。私達がまだまだということか。

だが、アサに気を向けているうちに私が接近。腹に一撃入れる。

 

「うぶっ!?」

「大人しくしなさい」

 

さらに膝。蹲ったところでアサが尻尾をどうにか破壊。さすがに私1人に私2人がかりは差が出る。アサが来てくれたおかげでどうにかなった。来てなかったらまたあの悪夢が始まるだけなのだが。

 

「痛た……あ、尻尾が……」

「大人しくしろ。狂っているかもしれんが話くらい出来るだろ」

 

アサが無理矢理拘束した。さすがに艤装の腕で拘束されては私でも抜け出すことは出来ない。ジタバタもがくが、すぐに諦めた。思ったよりアッサリしている。

 

「私は強いなぁ。みんなすぐに壊れるのに傷1つ付けられなかった」

「壊されても困るんだよ。で、お前は一体何なんだ」

「私? 私は……何なんだろ。気付いたらここでみんな壊して、気持ちよくなってただけ。それ以外わからない」

 

そういう在り方と、この洗脳された私は言っている。なんだか初期化(リセット)された直後のレキのような感じに思えてくる。

これは一旦目を覚ました後に確認する方がいいだろう。どうせまた眠れば面と向かって話ができるし、眠っている私がどうなっているかが気になる。

 

「アサ、私が目を覚ましたら、この子がどうなるか見ておいてくれない? 引っ張り出せるなら引っ張り出して」

「ああ。もしかしたら消えて無くなるかもしれないしな。お前が眠っている時にだけ出てくるかもしれないわけだ」

 

一旦終わりとすることにした。洗脳された私は首を傾げたが、私がまた来ると言うと、大喜びで手を振ってきた。やはり子供。見た目は成長した朝潮だが、中身は完全に子供である。次に会った時にはいろいろと聞かないといけない。

 

 

 

目を覚ますと、抱きかかえたレキと隣のクウはしっかり眠っており、霞は真正面に立っていた。レキがグッスリ眠っているということは、私は今回は魘されていなかったということだ。

 

「……どれくらい寝てた?」

「1時間くらい。魘されてなかったわ。何があったの?」

 

と、説明する前に目を覚ます時のことを実行。アサはうまくやってくれただろうか。今消えていたとしたら、私が眠った時にのみ現れる存在ということで確定する。

 

「そうだ。アサ、聞こえる?」

『お、おう……大丈夫だ。聞こえてる』

「そっちは?」

 

なんだかアサの様子がおかしい。声が遠いというか、狼狽えているというか。

 

『わ、わ、なんか見えるし聞こえる! 何これ! あ、この前壊した人!』

『あー……察しの通り、奴を思考の海に連れ出せた』

 

頭がおかしくなりそうな声量だった。

アサが言うには、私が目を覚まそうとすると同時に夢の中の鎮守府は暗転した。アサが夢から移動しようとする際に、もう1人を引っ張り出したところ、何故か上手いこと行ったらしい。

 

「霞……私の中に同居人が1人増えたわ……」

「はぁ? アサ以外に?」

 

呆れ顔の霞。事実を言っているのだから仕方なかろう。嘘をついてどうする。

だがこれは説明が難しい。戻ったらセキさんに再調査をしてもらおう。主に尻尾の艤装を。




尻尾の中身の意思については次回。本来の見た目の朝潮があのテンションならまだ微笑ましいかもしれませんが、ここの朝潮は戦艦の身体。普通に怖い。


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2人目の同居人

悪夢の中、アサと共に元凶であろう存在と対峙した私、朝潮。本来なら絶対に共闘出来ないアサとのコンビプレイを楽しみつつ倒したそれは、私の予想では、新たに手に入れた水母水姫艤装の中に入っていたが、再構築された際に行き場を失った意思。詳細は最も深海棲艦に詳しいセキさんに調べてもらうことにする。

 

『こいつどうする。連れてきたものの』

「どうするもこうするも、本来の位置に行ってもらう方がいいでしょ」

『尻尾にか? こいつが動かすんだぞ』

 

領海。レキとクウが眠る中、私とアサは3人目の扱いについて困っていた。そのままにしておけば悪夢は続き、眠るたびに何らかの対策が必要になる。今は思考の海に引っ張り出したが、とにかくやかましい。

レキのようなお子様であり、今までは私の悪夢以外の世界を知らなかったため、ただ壊すことを楽しむ破滅主義者だったが、今は私の目を通して世界を知ってしまったため、子供ならではの好奇心で全てに対して興味を持っている。

 

『アサ姉、アサ姉、この子は?』

『ああ? ああ、コイツはレキだ。私達の仲間』

『仲間だったら壊しちゃダメ?』

『当たり前だ。仲間は壊すな。壊すのは敵だけにしろ』

『前に頭吹っ飛ばしたけど』

『現実では絶対にやるな。仲良くしろ』

 

頭の中でアサが教育モード。たった数分で3人目はアサのことを姉のように慕うに至った。私の中に入っているものとしては先輩、深海棲艦としても先輩。同じ身体を持つものとして、ある意味私の2人目の内部の娘。

アサも少し乱暴だが妹の面倒を見るように話している。私から生まれただけあり、妹という存在には敏感なのかもしれない。あちら側の関係は、私にとっての春風のようなものかも。

 

『朝潮、こいつの名前どうする。同居するなら何か名前がいるだろ』

「名前……それはうちの職人に頼めば」

『ポチでいいか』

「さすがにそれは可哀想」

 

名前に関しては後から考えるとして、ポチ(仮)は今のところ身体の主導権を取ろうとはしてこない。されても突っ撥ねるが、今はそのやり方もわかっていないかも。この状態で表に出るのはまだ控えた方がいいだろう。せめて司令官の前で。

 

『アサ姉、アサ姉、外の人は何て呼べばいいの?』

『朝潮のことか? 私達の宿主だ。私にとっては姉だし母みたいなものだが、友人だし相棒でもある。私は対等だからな。だがお前の場合は艤装の一部だろうし……そうだ、ご主人様で』

「アサ、それはダメ。絶対ダメ」

 

今までありそうで無かった呼ばれ方だが、それは本当に良くない。

 

「姉さんの頭ん中、随分賑やかみたいね」

「レキが頭の中にいるようなものよ」

「それはまた、やかましそうね」

 

一切否定が出来ないことが残念である。

 

『あ、ゆっくり首絞めて殺した人。ジタバタするのが可愛いの』

『現実で絶対やるなよ。お前が死にたくなかったらな』

 

発言がいちいち物騒。まずは一般常識を教えてあげなくてはいけないだろう。私が表に出ている間はアサに任せることとしよう。

 

 

 

帰投後、霞達と一旦別れてすぐにセキさんに水母水姫艤装についての再調査をお願いした。中に入っていた意思が私の方に移動しているのではないかと伝えると、そんな馬鹿なと笑って済まそうとしたが、調査をし出すと顔色が変わる。

 

「なんだこれは……またイレギュラーケースだ」

「凄いねコレ。深海の自立型艤装ってこんななの?」

「ああ、戦艦棲姫のものが近い」

 

明石さんも加わって調査が進行する。何やら大事になってきたらしく、司令官と佐久間さんまで呼び出される始末。少なくとも前例なんて確実に無い内容だ。そしてこれからもこんなことはあり得ないと断言される。

 

「本来ならこんなこと有り得ない。他の意識が頭に入ったら、普通なら頭がパンクして最悪死ぬぞ」

「そういう理由なら『朝潮だから』でケリがつくね。深海艦娘化の洗脳も脳の容量で回避してるわけだし」

「今までの訓練の結果ですね」

「既に1人入ってるのに、さらに追加してピンピンしているのはどうなんだ」

 

セキさんの調査の結果、同居人は確実に頭の中にいることが確定。問題はどういう経緯で頭の中に住み着いたかである。それも、私の予想がおおよそ正解だった。

 

「結論から言う。朝潮の中に入った2人目の同居人は、尻尾の艤装に残されていた残留思念だ。提督も見たよな。ガングートが千切った後、意思を持つように動いたところを」

「ああ。本体から切り離されても動いて朝潮君を洗脳した」

「その時の意思だ。防空霞姫の断片と言ってもいい。それが破壊と中和と入渠で再構築された結果、初期化(リセット)された。私の陣地に漂着した直後のレキみたいなものだ」

 

レキと同じだというのなら、やはりちゃんと教育さえしてあげれば、私達の心強い味方になるのではなかろうか。不安定で無邪気過ぎるように思えるが。

 

「何故悪夢という形で朝潮の中で暴れまわったのかは私にはわからないが、深海棲艦の本能として、()()()()()()()で衝動を満たすことくらいはするだろう。今でこそそれだが、その意思は元々悪意の塊だ」

 

その素材というのが、私のトラウマ。洗脳された時の記憶。たった数分の叛逆行為。そこから私がほんの一瞬考えてしまった最悪の未来。

それを素材に破壊衝動を満たすものを作り上げた結果が、鎮守府壊滅の悪夢。あの世界を作り上げるための素材は、全て私が提供してしまっていた。

 

「手懐けられるなら手懐けておいた方がいい。野放しにすると確実に悪影響が出るぞ」

「アサが現在教育中です。私達の仲間として迎え入れますよ」

「それがいい」

 

その2人目の同居人だが、現在進行形でアサに世間というのを教育されている。最初この鎮守府に入った段階で、夢の中で壊していたものとしてしか認識していなかった。表に出ていたら確実に暴走している。目の前にいる人達も、全て壊すものとしての認識。

だが、今は自分達の住処、領海とは違う別荘のようなものだと教え込まれて納得した。仲間は壊しちゃいけないという根本的な部分を教え込まれている。子供だから飲み込みも早い。

 

「この尻尾の艤装なんだが、最初は害がないと言ったろう」

「ああ。朝潮君には害が無いと聞いているよ」

「この同居人がしっかりと意思を持ったからか、()()()()()を取り戻そうとしている。提督を呼んだのはそれを伝えたかったからだ」

 

尻尾の本来の役目とは何だろう。攻撃以外でこの尻尾がやれることといえば……洗脳。

 

「元々艤装側に密閉情報(ブラックボックス)が存在したんだ。開く様子も無し、開けそうも無しで無害としていたんだが、再調査の結果、開いていた」

「その中にあったものは?」

「何かの生成機能だ。おそらくは『種子』だろう。もっとも、機能があるだけで何も生成されなくなっているがな」

 

『種子』が生成されていたら大問題だ。また私が洗脳されることになってしまう。だが今は何も生成されていないのだから、害は無いと言えるだろう。

とはいえ機能自体が復活してしまったのだから、突然何かが起こる可能性はある。

 

「佐久間を呼んだのは、改めてこちらとは違う形で朝潮を調査してもらいたいからだ。我々は艤装に関しては詳しいが、身体のことに関しては佐久間より疎い」

「頭の中調べられるのにね。身体も似たようなものだと思うんだけどなぁ」

「調べられるが、佐久間ほど細かくは調べられん。だから任せたいんだ」

 

確かに、ある程度は調べられても、佐久間さんほど詳細に調べることは出来ないだろう。髪の毛1本、血液1滴からでも何かしら調査していく佐久間さんに任せるのがいい。その間に艤装を調べてもらうことにもなるだろうし。

 

「オッケー。2人目が入ったってのも何かあるかもしれないしね。この前やったことと同じことだけど、またやってみよう」

 

何事も無ければいいのだが。特に価値観や趣味嗜好の変化はわかりづらいし。

 

「その同居人は表に出せるのかい?」

「どうでしょう……試したことがないので。アサ、どう?」

『試してみる価値はあるが、出来たとしても、すぐに引っ込めるぞ。私も不安だ』

 

とはいえやってみなければわからないので、初めて表に出してみる。アサに主導権を渡す感覚で、もう1人の同居人に主導権を渡した。同じように視点が変わる。

 

「うぇっ、なんか変な感じ……」

『表には出せたな』

『ここからどうなるかよね』

 

思考の海でアサと2人で動向を確認することは当然初めてのこと。2人してここにいるのに身体は動くしちゃんと喋っている。2人で並んで映画を見ているようなイメージ。

一方表に出た同居人は今までと全く違う感覚に戸惑っていた。戦闘はしたものの、実際の空気に触れるのは初めてのこと。夢の中の世界と表側の世界は、当たり前だが感覚が全く違う。元が艤装の中の意思のため、まともに歩けるかもわからない。現に今、座っているのに体勢が崩れかけて司令官に支えられたほどである。

 

「えっ、何これ何これ! ご主人、アサ姉、これどういうこと!?」

『え、その呼び名で行くの?』

『狼狽えるな。今後お前にも任せるかもしれない表側の世界だ』

 

見るもの全てが興味の対象である同居人は、感覚が馴染んできたのか、手をワタワタさせながら混乱。周りをキョロキョロ見ながら表側の世界を全身に感じている。

私への呼称はご主人に決まったらしい。様を付けるのがよろしくないと考えた結果だそうだが、それでも大それている。でも立ち位置的にはそうなるのか。私がコントロールする尻尾艤装なわけだし。

 

「あ、この人この前頭潰した人。こっちは胸を抉った人」

『その覚え方は良くない。後からちゃんと教えるから』

 

物騒な物言いだが、私の考えた最悪の未来からあの世界を作り出している分、全員の顔がちゃんと一致するようだ。ただ1人を除いて。

 

「おじさんはだぁれ?」

 

佐久間さんと明石さんが同時に噴き出す。司令官は苦笑。中年男性ではあるものの、明確におじさん呼ばわりされるのを見るのは初めてである。私も少し危なかった。アサはケラケラ笑っている。こんなことでアサの笑顔が見られるとは。

私の考えた最悪の未来は、あの場に司令官がいなかった場合、洗脳を解除されずに暴れ回るというもの。そのため、悪夢には登場せず、同居人の記憶には司令官が入っていなかったわけだ。

 

「私はこの鎮守府の提督だよ。君のご主人のご主人……と言えばいいかな。書類上では仮だが夫婦ともなっているがね」

「ならパパ?」

「それは特に良くないね」

 

佐久間さんが咳き込むほど噴き出した。明石さんも堪えきれずに爆笑。セキさんすら顔を伏せている。アサもゲラゲラ笑っていた。

 

『提督か司令官と呼ぶこと。その呼び方はダメ。いろいろと危ない』

「じゃあ、てーとく」

「うむ、そう呼んでおくれ」

 

今の私の外見で子供のように振る舞うのは、いささか似合わない。だがこれは仕方のないことだ。身体は1つしかない。

ある程度空気に馴染んだようなので、今度はアサが表に。思考の海での対面は初めてだ。

 

『わー、ご主人。こっちでは初めまして!』

『はい、初めまして。……こっちではこれなのね』

 

思考の海でも一応自分の外見というものは存在する。私は当然表側と同じ姿。アサもである。私はここ最近で慣れ親しんだ練習巡洋艦の制服、アサはここ最近のお気に入りである戦艦水鬼の服と、それくらいしか差がない。

だが、この同居人は、まだ改二にすらなっていない私の外見をしていた。服もアサが私に入った当時のものと随分わかりやすい。悪夢で戦った時とはまるで違う、性格に合わせた見た目を取っていた。外に出れば私の身体なのだから全く意味を成さないものの、やはりこの子は子供なんだと実感。

 

「サクマの調査次第だと思うが、さっきのは消えずに残ってしまった。なら共存するしかないよな」

「ああ、こんな形で仲間が増えるなんて無かったから驚いてしまったよ。あの子はアサ君が面倒を見るのかな?」

「ああ、同じような存在だからな。私が面倒を見ることになるだろう。あいつは基本的に今みたいに外に出ることは無いだろうがな」

 

あくまでも私の中に入ってしまった艤装の意思として扱うようだ。先程も、任せる()()()()()()と念を押している。私としても出来ることなら外には出したくない。尻尾担当としての活躍はしてもらうかもしれないが。

 

「だが名前くらいは必要だろう」

「今はポチと呼んでいるが」

「やめてあげなさい。ペットじゃないんだから」

 

ここで命名職人を呼ぶ。ちょうど今は榛名さんと訓練中で、そろそろ休憩のはず。こちらに向かってきているのは反応でわかっている。

 

「休憩中に何かと思ったが、艤装に名前を付けろと」

「意思を持っているんでね。頼めないかな」

「深海の命名は私の仕事だからな。考えてやろう」

 

ガングートさんが頭を捻る。今でこそ私の艤装であるが、元は防空霞姫の持つ、水母水姫の艤装。私が洗脳された証でもあり、中身は初期化(リセット)済みのお子様。私が持つものには『朝』の字を付けることが多いが、既にアサがいるために使えない。

 

「アサだからヨルとか……いや、冗談だ」

「ちなみに私はポチと呼んでいる」

「貴様には人の心が無いのか」

 

総ツッコミを受けているアサのネーミングセンス。深海棲艦に人の心を問うのはどうかと思うが、私もさすがにポチは無いと思う。

 

『ヨルでいいんじゃない?』

『いいよー』

「朝潮と本人がヨルでいいと言っている」

「冗談のつもりだったんだがな……」

 

というわけで、水母水姫艤装に残された意思、ヨルが私の中に同居することとなった。悪夢の原因を手懐けるという荒業ではあったものの、私の睡眠時間はこれで約束され、新たな仲間も加わった。元がマイナスからだが、これでプラスに傾いたと思う。

 

 

 

この後、ヨルの存在が救世主になることを、今の私には知る由もなかった。

 




無邪気に残酷に夢の中で皆殺しをしていた水母水姫艤装のヨル。ちゃんと教えてあげれば、レキのようにとてもいい子に育つでしょう。


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ヨルの在り方

私、朝潮に接続された結果、再構築されて私のものとなってしまった水母水姫艤装。その中に入っていた意思、ヨルが私の頭の中に同居することとなった。

艤装の再調査と佐久間さんの再検査が終わり、一旦休憩。2人の結果待ちとなる。今は私室で待機。その間に、同じ立ち位置の先輩であるアサが姉貴分として一般常識を教え込んでいる。深海棲艦が人間の一般常識を教えるというなかなか無い状況だが、アサももうこの世界に生まれ落ちて長い。説明は少し荒っぽいが、適切な指導で世界に順応させていく。

 

『壊していいのは、敵だけなんだね』

『そうだ。敵が誰かは私と朝潮が指示してやるからな』

『はーい』

 

教育が物騒なのはもう仕方がないことかもしれないが、私の中で私達の敵に回らなければそれでいい。

 

『朝潮、艤装を出してもらっていいか』

「いいけど、何をするの?」

『ヨルが尻尾を動かせるかを確認しておく。出来ないなら別にいいんだが、出来たらいろいろ教えておかないとな』

 

確かに。知っておきたいことは先に知っておく方がいいだろう。これに関しては戦闘の幅に繋がるし、表側が尻尾をコントロールするという今までの感覚が狂うというのもある。

何かあってもいけないので、一旦工廠に移動。アサに頼まれた通り、艤装を展開。背部の自立型艤装と尻尾艤装を両方出した。

 

『ヨル、どうだ。動かせそうか』

『うーんとね、あ、動かせるかも』

 

私の意思と関係なく尻尾が動き出した。先端の頭部が私の方までやってきて擦り寄ってくる。

 

「上手ね、ヨル」

『これでご主人を守れってアサ姉に言われたよ。仲間を壊しちゃダメだけど、敵を壊したら気持ちよくなれるって聞いたから、頑張るね』

「ええ、お願いね」

 

尻尾の頭部を撫でると、感覚が繋がっていないにも関わらず、裏のヨルが少し気持ち良さそうな声をあげた。この艤装が自分自身だからか。

 

『褒められるのって、気持ちいいんだね。壊すよりも気持ちいいかも』

『ああ、そうだろう。いいことをすればいっぱい褒められるぞ』

『そっかー。なら頑張る!』

 

アサはこういう教育方針のようだ。褒めて伸ばす。ヨルにはそれが合っている。破壊で快感を得ているのは流石に問題がありすぎる。

この子が活躍する場は今後の戦場では少ないかもしれないが、ゆっくりと教え込んで共存できるようにしてあげたい。状況が良ければまた表に出てもらい、他の艦娘との交流もさせていきたいところだ。

 

 

 

ヨルが悪夢で遊んでいたせいで、私は酷く寝不足であった。そのため、お昼はそれを払拭するほどにお昼寝。夜に眠っているのではないかというくらい深く眠り、気付けば夕暮れ。昼食後すぐに眠りについたので、ざっと5時間ほど。普通に夜寝る分を昼に寝たようなものである。

夢の中で2人に出会うこともなかった。私が眠ると夢の世界が形成されるようだが、そこはアサが気を利かせてくれたらしい。今の私には心身ともに休息が必要だ。

 

「姉さん、随分とグッスリだったわね。昼寝でそれって余程疲れてたんじゃないの?」

「昨日は眠れなかったようなものだしね。久しぶりにこんなに眠れた気がするわ」

 

昨晩とは打って変わって身体が軽い。熟睡出来たおかげだろう。目も冴えている。

 

「これで魘される心配は無くなったわ」

「尻尾の艤装の意思だったのよね。どんな子なの。レキみたいなものって言ってたけど」

「話してみる?」

 

アサに聞くと、今までの数時間の教育のおかげで表に出してもひとまずは大丈夫となった。万が一の時はすぐに裏に引っ張り込むことが出来るため、手綱を握った状態で表に出てもらうことになる。

ということで、霞の前でヨルを表に出す。裏側に入るのにアサがいるというのはまだ慣れないものだ。

 

「んん、やっぱり変な感じー」

『まだ表には慣れられないか』

『元々が艤装だもの、これはゆっくり慣れていけばいいわ』

 

少しフラついたがなんとか安定。キョロキョロと周りを見回す。手をグーパーして身体の感覚を確認。やはり艤装の意思に肉体を与えると普通とは違う感覚になるのかもしれない。それでも動かし方がわかるのは、ベースが私の記憶だからか。

 

「あ、えーっと、か……すみ、カスミ!」

「あら、ちゃんと名前教えられてるのね」

「夢の中で首絞めた人って覚えてたらご主人とアサ姉に怒られた」

「私も怒るわそんなもの」

 

当たり前である。

ヨルは鎮守府の全員を『どうやって壊したか』でしか覚えていない。霞は特にネチネチと殺したため、印象が強いのだろう。他にそんな殺し方をした人はいない。霞は私の記憶の中でも特に立ち位置がいいが故に、そんな殺し方をしたのだと思う。私の中に入った時に目の前にいたということもあり、ヨルもすぐに顔と名前が一致した。

 

「私、ヨル!」

「姉さんの外見でこのテンションは凄い違和感あるわ。本当にレキみたいな子供なのね」

 

霞は私の妹だということもちゃんと教えてある。少なくとも敵対行動は取らないだろうし、仲良くすることに躊躇いも無いだろう。コミュニケーション能力がレキと同じほどに振り切れているみたいだし。

 

「よろしくねー」

 

霞を引き寄せて思い切り抱きしめる。感情表現が島風さんのようになってしまっている。さらには私やアサと違って力加減がめちゃくちゃ。添い寝の時以上に霞の頭が胸にめり込んだ。よりによって今は戦艦水鬼の服であるため、胸の上の部分は素肌。最初はジタバタしていた霞も、そのうち恍惚とした顔で堪能し始めてしまった。

 

「よ、ヨル、だっけ……この挨拶は私以外にしない方がいいわ……」

「えー、なんで? 首絞めるより抱き締めろってアサ姉に言われたんだけどなー」

「これヤバイ……多幸感凄い……」

 

アサが言っていることはこういうことでは無いと思うのだが、子供にはまだ難しかったか。とはいえ、魘されている私を介抱してくれた霞にはご褒美になった模様。力なくなすがままにされ、ビクンビクン震えていた。鼻息も荒い。

 

『カスミがヤバイことになってるが』

『そうしたのはヨルだし、教えたアサのせいでもあるんだけど』

 

霞、再起不能。

と、今度は春風が近付いてくる気配。まっすぐこちらに向かってくる。何か私に用がありそうだが、表にいるのはヨルのまま。

 

「御姉様、お目覚めですか。佐久間さんが……って、あの、何をしているのですか」

「あ、えーっと……はる……かぜ?」

『正解だ。ヨルは記憶力もいいな。朝潮をベースにしているだけある』

 

部屋に入ってきた春風は、中の光景に驚きながらも、次第にいつもの嫉妬顔に。

ヨルの存在を知っているのは、調査した工廠メンバーと霞、名前をつけてくれたガングートさん、あとは娘達だけ。尻尾の艤装のことすら、今はまだ知っている人の方が少ない。春風は洗脳された私を知っているため、尻尾のことは知っているが、ヨルのことは当然初見。艤装の意思が表に出られることなど露にも思っていない。私が私の意思で霞を抱き締めているのだと思っている。

 

『ヨル、ハルカゼにもやってやれ』

『ちょっとアサ』

「はーい。カスミは横に退けてっと……ハルカゼ、私、ヨル! よろしくねー」

 

霞をベッドに寝かせ、今度は春風を引き寄せて抱き締める。霞は霞で至福の表情でグッタリしている。多分抱き締める力も強い。

 

「お、御姉様!? なんのお戯れを!?」

「おねーさまってご主人のこと? 私はヨルだよ。ご主人の艤装なの」

「ふぇっ、ぎ、艤装ですか!? ど、どど、どういうことでしょう……」

 

春風も同じように胸に埋められた。ワタワタしつつも次第に静まり、霞と同様堪能するように。

 

『アサ、春風は尻尾のことは知ってるけどヨルのことは知らないわ。ちゃんと説明してあげないと』

『そういえばそうだな。ヨル、一度交代だ。朝潮が出るか』

『その方がいいわね』

「交代? はーい」

 

春風を抱きしめたまま私が表へ。感覚が手に入ると、春風側からも顔を押し付けてきているのがわかった。

 

「御姉様……わたくし、とても幸せです……」

「はいはい。私の話聞いてくれる?」

 

これは1人1人説明するのが面倒くさそうである。こうなった春風はおそらく私の話を聞いてくれない。

 

 

 

春風が私の部屋に来たのは、佐久間さんの再検査が完了したことを伝えるため。春風にざっと説明した後、そのまま佐久間さんの研究室へ向かった。春風は案の定心ここに在らずという感じだった。相変わらず抱きつく力も強く、春風もグッタリしている状態。霞と春風は部屋に放置していくことにした。

 

「あ、来た来た。検査の結果出たよ」

「どうでした。何かまずいことありましたか」

「いや全然。セキちゃんとも協力していろいろ調べたけど、特に異常無し。ただ頭の中に増えてるだけだね」

 

研究室でまず結果報告。異常無しと聞けてほっと一安心。やはり何事もないことが一番である。

 

「身体自体も健康そのもの。前に貰った血から何も変わってないし、細胞も大丈夫。ちょっと前と比べるとホント全回復したって感じ。薬漬けの状態、私も見てるけどホント酷かったからね」

 

さらにはよく眠ることが出来たので体調も万全。私はこれで完全に回復したと言える。

 

「艤装の方も異常無し。あのなんだかよくわからない機能、やっぱり何もなってないみたいだね」

「何もないならそのままであってほしいですね」

 

時間が経っても身体に支障がないということは、本当に何も無いのだと思う。稼働しているとしても、材料のない生産工場では何も作られるわけがないのだ。

 

「とまぁ呼び立てた割には何も無くてゴメンね。検査の結果は直に伝えた方がいいでしょ?」

「はい、ありがとうございました。何事もないことを早く教えてもらえて安心しました」

「ところでさ、ヨルちゃんはどう?」

 

むしろそっちが本題なのでは。

1つの身体の中に3つの意思が入っているというだけでもおかしな話なのだが、その1つは寄生している深海忌雷で、もう1つは後付けの艤装。おかしいを通り越して奇跡。

普通の艦娘どころか深海棲艦からも逸脱しているのは確実であり、佐久間さんの研究対象にもなり得る。敵の攻撃の解析ではあるものの、それ自体が深海棲艦の生態に繋がる部分もあるだろう。

 

「元気に一般常識を学んでいます。アサが姉貴分としていい仕事をしていますよ」

「そっか。なら心配ないね。やっぱり深海棲艦よりもわからない部分が多いからさ。問診みたいになるけど、いろいろ教えてもらえる?」

 

意思を持つ艤装は数あれど、本体側にまで意思が乗り込んでくることはあり得ない。深海棲艦だからといってもこれは普通では無い。佐久間さんにはそこが一番の興味の対象だろう。

 

「なら本人と話しますか」

「お、いいの? 是非是非。さっきはあんまりお話しできなかったからね。世間話がしたいよ」

 

またヨルを表に出す。3回目ともなると、表に出た瞬間にフラつくことも無くなった。今回は少しは面識のある佐久間さんが相手だ。

 

「あ、一度会った人! サクマサン!」

「そうだよ佐久間さんだよー。ヨルちゃん、ちょっとお話ししよう。いろいろ聞かせてもらえる?」

「いいよ!」

 

相変わらずスキンシップはハグから。こればっかりは教育を間違えたのではないかとアサに視線を送るが、知らぬ存ぜぬの一点張りである。子供には難しい例えの表現はしてはいけないという教訓が出来た。

 

「お、おお、成長した朝潮ちゃんの身体でこれされると刺激的ですなぁ。身体は大人、中身は子供、そのギャップ、素晴らしい。で、でもね、ちょっと力強いかな。佐久間さん人間だから折れちゃう、折れちゃう!」

 

霞や春風と違い、佐久間さんは一般人である。力加減を知らない大人の身体をした深海棲艦のハグでは骨が危ない。裏からもヨルに忠告して、ハグをやめさせた。あのまま続けていたら、佐久間さんが真っ二つになっていたかもしれない。

 

「お話って何をすればいいの?」

「何でもいいよ。話したいことを話してくれれば。好きに話して」

 

少し首を傾げた後、最近起こったことをただただ話していくヨル。

まだヨルとしての意思を持って間もないからか、話す内容は本当に簡単なこと。悪夢の中でやっていたことに関しては、佐久間さんも少し引き気味だった。とはいえ、深海棲艦の、さらには自立型の深海艤装の話だ。聞いているだけで参考になるのだろう。

 

 

 

これをキッカケに、ヨルを積極的に表に出すようになる。夕食の時に紹介され、配属されたばかりの艦娘の如く交流を深めることとなった。

元々、私のトラウマを素材に破壊衝動を満たしていたほどだ。深海棲艦としての本能はまだまだ強いだろう。だが、この交流でその衝動が抑えられているようにも思えた。それならば、裏に押し込めておく必要はない。どんどん会話をするべきだ。

 

「よろしくー!」

「強い強い痛い痛い痛い! ハグするならもう少しやんわりして!」

 

ただ、力加減は覚えた方がいいだろう。大人の力を持った子供というのが恐ろしいと実感した。

 




朝潮の変遷

1話〜: 朝潮(無改造)
13話〜: 朝潮改
24話〜: 朝潮改二
32話〜: 朝潮改二(電探眼鏡装備)
35話〜: 朝潮改二丁
60話〜: 朝潮改二丁(未来予知覚醒)
117話〜: 朝潮壊二帝(深海艦娘化)
136話〜: 深海朝棲姫(深海棲艦化)
166話〜: 深海朝水鬼(第1段階成長)
202話〜: 深海朝水鬼(第2,3段階成長、戦艦化)
206話〜: 深海朝水鬼(練習巡洋艦業務請負)
224話〜: 深海朝水鬼(水母水姫艤装装備)


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唯一の救済

「……眠れない」

 

ヨルが正式に認可された日の夜、私、朝潮は眠ることが出来ずにいた。理由はわかっている。悪夢から解放されたために、お昼に熟睡したからである。睡眠欲が満たされてしまっているため、本来眠るべきこの時間に目が冴えてしまっていた。隣にいる霞は当然眠っている。

起こさないようにベッドから抜け出た。先日も同じようなことをしたことを思い出すが、あの時はいろいろモヤモヤすることがあったが、今はそういったこともない。ただ単に眠れないだけ。

 

『また夜の散歩か?』

「悩み事があるわけじゃないけどね」

『たまにはいいじゃないか。むしろ悩みが無くなったというのはいい傾向だろう』

 

確かに。ここ最近はいろいろ考えることが多かった。常に気を張っていたとも言える。

 

『ご主人、まだ寝ないの?』

『眠れないんだと。だから散歩するんだよ』

 

静かに部屋から出る。時間としてはまだ日を跨いだ直後くらい。少し歩けば眠れるくらいの心地よい疲れが得られるだろう。たまにはブラブラ歩くだけもいい。

 

相変わらず工廠はいつも電気がついていた。夜間任務の人達は今ちょうど折り返しくらいか。

私もこの身体になってしまったのだから夜間任務に参加するのもアリだと思う。昼夜逆転生活はあまりよろしくないが、夜目が利く私なら少しは役に立てると思う。

 

「おや、どうしたんだい」

「司令官、いえ、その、眠れなくて」

「悪夢から解放されて、昼間によく眠れたからだろうね」

 

工廠には司令官がいた。眠る前の最後の業務のようで、現在哨戒中の夜間任務部隊からの通信を待っているらしい。それを聞き届けて司令官は就寝。

 

「少し散歩してから眠ろうかと思います」

「それくらいなら咎める理由がないからね。好きにしなさい」

 

少し話すと夜間任務部隊からの通信を受け取る。旗艦は相変わらずの最上さん。

 

『提督、夜間部隊旗艦の最上だよ』

「聞こえているよ。そちらは大丈夫かい?」

『うん、問題無し。静かな海だね』

 

久しぶりに最上さんの声を聞く気がする。ここ最近のバタバタもあるが、やはり生活時間が真逆というのが大きい。交流が最も少ない人であるのはわかる。お昼でも活動出来るようになったとはいえ、基本は夜なので、朝食や夕食の時に少し話をする程度。

そういう意味でも夜間任務には参加してみたいというのはあった。今までとは違う環境に身を置いてみるのも楽しそうだと思ったからだ。勿論、訓練担当として練習巡洋艦の業務をしていくのも楽しい。

 

『っと、ちょっと待って。ポーラ、どうしたの?』

『な〜んか変な気配を感じますね〜』

 

随伴のポーラさんの声も聞こえた。ポーラさんが気配を感じるとなると、それは深海棲艦である。敵が近付いてきているのか、偶然その辺りに発生したかはわからないが、対処は必要だ。

 

『あ、増援欲しいですね〜。気配、6つです〜』

『6つって、そんなに多くないように思えるけど』

『これ、多分混ぜ物ですよ〜。水雷戦隊です』

 

混ぜ物の水雷戦隊。ということは、第二水雷戦隊であることを強調する軽巡岬姫が旗艦を務めている可能性が非常に高い。だが残り5つ、おそらく駆逐艦は何者なのか。少なくともわかっているのは駆逐陽姫。それ以外に混ぜ物がいたとしたらたまったものではない。

 

「了解した。こちらですぐに準備する。その6つの気配が全て混ぜ物だった場合、深海組の被害が深刻だ。先に薬を飲んでおいてもらわなくてはね」

 

こういう現場に立ち会うのは初めて。私も薬を飲みに私室に戻る。

 

『何々、どうしたの?』

『敵が近くに来ているそうだ』

『なら壊していいの?』

『敵が近くにいると艤装が動かなくなるんだ。私達は待機だ』

 

アサがヨルに説明中。少なくとも薬を飲んでおかなくては私も酷い目に遭う。私が部屋に戻るまでに、司令官が鎮守府全体に警報を鳴らした。これで萩風さん以外は目を覚ますはずだ。

部屋に戻り次第、すぐに薬を飲んだ。霞も警報で起きており、既に飲んだ後。私が部屋の外にいたことに疑問を持ったようだが、今はそれどころではない。

 

「瑞穂さん!」

「レキさんには投薬済みです」

「ありがとうございます!」

 

さすが瑞穂さん、頼れる従者。

工廠はさておき、私室はそこまで強度はないため、戦場に出られない深海組は避難。工廠も最近は戦場になることが多いので、基本は外。今回は私も避難することになる。

避難所となっている外には、既に数人が集まっていた。春風と初霜とはここで合流。レキも春風が連れてきていた。

 

「今回は混ぜ物の水雷戦隊らしいわ」

「は? それまずくない?」

「どれだけ混ぜ物がいるかはわからないけど……」

 

少しだけ混ぜ物の匂いが漂ってきた。援軍を呼びはしたものの、現在は準備中。その間に少しずつ押されてるようだ。

夜に混ぜ物が攻め込んでくることは初めて。当然だが戦い方も勝手が違う。夜戦のプロフェッショナルといえど、水雷戦隊相手となると押し込まれてしまう。

 

「やっぱり艤装は動かないわね……」

「吐き気が無くなるだけ良しとしましょう」

 

霞が確かめたところ、相変わらず艤装は動かせないようだ。それでも匂いで体調不良を起こすものはいなかった。佐久間さんの薬は日々進化している。事前に対策を取っても、この時間からなら一晩は保つらしい。

 

『おいヨル、どうした』

『なんかウズウズする。変な感じ』

 

思考の海の方ではヨルが何やら異変を感じているようだった。本来なら起こり得ないことのため、これは私も気になる。

 

「アサ、どうかした?」

『ヨルの様子がおかしい。艤装出せるか』

 

出したところで動かせないが、アサがそう言うので尻尾の方だけ展開。が、ここで予想外の事態が発生。

 

()()()()()()()()()()()

 

「え、なんで!?」

『私の方も出せ! ちょっと試すぞ!』

 

背部の自立型艤装も展開。以前までなら全く動くことは無かったが、

 

『何故だ!? 普通に動かせるぞ!?』

『なんかスッキリしたー。ご主人、これ何かおかしいの?』

 

自立型艤装も動かせた。パワーアシストも機能している。ヨルは無自覚だが、今までのことを考えたら、ヨルが私の中に入ったことでこの現象が起きているとしか思えない。原因は不明だが、深海組で私だけが行動可能になった。過負荷が回避出来ている。

艤装が動いているところを見て、避難してきている一同が騒然。念のためと艤装を展開した春風は、案の定うまく動かなかった。島風さんも連装砲ちゃんを出したが、目がバッテンになってこけてしまう。私だけが完全に例外。

 

「なんで姉さんだけ!?」

「わ、わからないけど……多分ヨルのおかげ……じゃないの?」

 

尻尾の頭部が擦り寄ってきたので撫でてあげた。

そうこうしている間に気配と匂いは少しずつ近付いてくる。対策班も出撃したようだが、一度押し込まれた戦場を押し返すのは難しそうである。

 

「深海組! 避難場所を変更する! 敵はそちら方面から来るから、鎮守府を挟んで逆側に行ってくれ!」

 

対策班の出撃を見送ったか、司令官が私達に指示をしに来た。艤装を出している私を見て目を見開く。

 

「朝潮君、何故艤装を!」

「あ、あの、何故か艤装が動くんです。私だけ」

 

ここでアサが強引に私から主導権を奪った。思考の海でヨルに出迎えられる。

 

「すまん提督、アサだ。気になることがあるから出撃させてほしい」

「……ヨル君のことかね」

「ああ。あいつが私達の身体に入ってからどうもおかしい。敵が来たことでこの身体のスペックが上がっているように思える」

 

アサの言う通り、私も何かおかしいと思えた。艤装が動くこともそうだが、妙にいろいろな部分の出力が高い。過負荷がスペックアップに繋がっているようにも思えた。『種子』が『発芽』している時と同じような状態。

だが私達は正気だ。価値観の変化は無く、敵味方の区別は出来ている。私達が出撃するのは、この鎮守府を守るためだ。

 

「それを調べるためにも出撃したい」

「……私としては勧められない。それでも行くのかね」

「ヨルはここに来たばかりだ。なるべく素性は知っておきたい。それが一番わかるのはこのタイミングだと思うんだ。頼む」

 

ヨルが入ったことで私の身体に何かが起きているのは間違いない。それが何であるかを調べるためには、混ぜ物との戦闘中でないといけない気がするのは私にも理解出来る。今まで何も無かったのに、混ぜ物が攻め込んできた時に限り調子が良くなるというのはどう考えてもおかしい。

 

「わかった。こちらから先行しているものに君の事情を話しておく。行ってきなさい」

「助かる」

 

強引に主導権を返された。やはり身体の調子がいい。いつも以上に戦える気がする。

 

「では、朝潮出撃します!」

「何かあったらすぐに戻るんだ! 他の皆は避難!」

 

深海艤装故にその場から出撃可能。そのまま海に飛び出し、一気に加速した。後ろから霞達の不安そうな視線を感じる。一度振り向き、小さく手を振る。艤装のアサは親指を立て、ヨルも頭部の口をパクパクさせている。

この戦闘でヨルのことがもう少しわかればいいのだが。

 

 

 

気配も匂いが強まる方へ向かうと、最上さん筆頭の仲間達の反応と、ポーラさんが言っていた敵水雷戦隊の反応が入る。向かっている方向は合っているようだ。

 

「近付くほどに調子が良くなる……何これ」

『わからん。ヨル、お前はどうだ』

『ウズウズしてたのは無いかなぁ。尻尾もいっぱい動くよ』

 

私達3人には何も影響がないというのが怖い。むしろ調子がいいほどだ。まるで関節に油を注してもらったかのように滑らか。今までの混ぜ物との戦いとは大違いだった。

 

『ご主人、アサ姉、今度は壊していいの?』

『ああ、私達が言った奴は壊していいからな』

『頑張る!』

 

ヨルはある意味初陣。今日加入で今日初陣というのはまた今までにない早さであるが、元より艤装であるというアドバンテージがあるため、戦闘はお手の物。そこまで不安はない。

どちらかといえば、私とアサへの影響が不安であった。何事もないことを祈るしかない。

 

しばらく進み、会敵。やはり敵部隊の中央には軽巡岬姫。それと相対するのは、初めて顔見せしたときにも対応した天龍さんと龍田さん。

 

「ゾロゾロ出てきたわね」

「悪いな。お前らだってオレらが攻め込んだら同じようにするだろ」

「そうね、まぁ、艦娘くらいなら何人出てきても構わないわ」

 

その近辺には駆逐陽姫の姿も見える。前回のような黒コートではなく、そのまま雪風さんの外見の戦艦レ級という様相。それには眠気に耐えて参戦した時津風さんがぶつかっていた。

 

「カスミちゃんの仇を取りに来ました。当然ですけど、皆殺しですから」

「やってみなよ雪風。出来るもんならさ」

 

私が気になったのはその他の4人。見るに堪えない状態だった。

 

『……最悪だな。あれは流石に予想していなかったぞ』

 

アサですら吐き捨てるように呟く。

駆逐艦であることはわかった。深海棲艦化されているのもすぐに理解出来た。だが、それが()()()()()()()()

 

深海忌雷が、()()()()()()()()

 

頭全体を覆い尽くし、意思のない片目だけがこちらをギョロリと睨みつけてくる。生きているのか死んでいるのかもわからない。ただただ、こちらに対して攻撃をしてくるだけの、艦娘という存在を完全に冒涜した、人形、傀儡、機械。

 

『アレ、壊していいの?』

『ああ、あれは壊してやれ。それが唯一の救済だろう』

 

私は言葉も無かった。いろいろと勘付いてしまった。敵の人形になってしまった駆逐艦達のうちの数人。風貌も、電探の反応も、似たようなものを知っている。あえて触れることはしないが、見知った顔がああなってしまっているという事実は、私の心を大きく揺るがす。

 

『朝潮、わかってるよな』

「わかってるわよ。防空霞姫のときに吹っ切れたわ」

 

それでも怒りに震える拳。その腕に尻尾が巻き付いてきた。ヨルが慰めてくれているようだった。尻尾の頭部は歯だけではなく舌もあるようで、犬のようにペロペロ舐めてくる。少し癒された。

 

『ご主人、ご主人、大丈夫?』

「大丈夫よ。心配させてごめんね」

『私が全部壊すから、ご主人は心配しないで!』

 

心強い言葉だ。あまり壊すことに快感を覚えてもらっても困るが、あれは混ぜ物以上に壊さなくてはいけない存在。万が一中和が出来たとしても、あれはその時点で死を迎えるような存在だ。ならば……一思いに。

 

一番近くにいる最上さんの下へ。夜戦ではあるものの、仮面はつけたまま。敵の数人が探照灯を使っているためだ。目潰しされては堪ったものではない。

 

「朝潮、提督から話は聞いてるよ。手伝って」

 

仮面のせいで目は見えないが、最上さんも雰囲気が少し違う。最初から見ずに戦闘していたわけではないようだ。敵の有様を知ってしまい、憤慨しているのがわかる。仮面のせいで、航巡であるにも関わらず、軽巡棲姫のような雰囲気が出てしまっている。

 

「ちょっと無理する。見えてるから」

「お手伝いします」

 

最上さんも当然予防接種済み。安心と信頼の佐久間印で、もう『種子』による洗脳は効かないと断言出来る状態に。多少の無理が利くようになったことで、ある程度は大胆な作戦が組める。

元々の夜間任務部隊は、最上さん旗艦でポーラさん、古鷹さん。そこに増援として天龍さん、龍田さん、時津風さん、吹雪さん、榛名さん、ガングートさんと来たため、私含めて計10人。対する敵は混ぜ物2人に頭に深海忌雷が寄生している駆逐艦4人。仮にあの駆逐艦4人は人形と称するとして、私達は人形の対処を優先する。

 

「矢矧はオレと龍田で押さえておく!」

「雪風はあたしとブッキーと榛名姉ちゃんでやるから!」

 

5人で人形4人を処理する。この中でも、混ぜ物を撃破しているガングートさんは一切の躊躇いがない。他はどうしても抵抗がある。

 

「嫌だな〜……見た目が悪いですよ見た目が〜」

「ポーラちゃん、お酒解禁」

「ホントですか〜? やる気が出ちゃいますね〜」

 

古鷹さんに言われてポーラさんがお酒を一口。そもそも懐に忍ばせていることか問題ではあるのだが、こういう時は飲んでもいいだろう。理性があっては攻撃を躊躇ってしまうかもしれない。

 

「山城は今回は休みか」

「扶桑姉様が避難している状態なので」

「そうか。ならば、我々が気張るしかないようだな」

 

私も少し抵抗はある。だが、これを乗り越えないと先へは進めない。謎は多いものの、せっかく艤装不調も乗り越えたのだ。ここで救うしかあるまい。私達の手で。

 

命を奪うことが救済だなんて、考えたくはなかった。




人形にされているのは、大体察せるかと思いますが一応。初霜、朝霜、浜風、磯風の4人です。


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死による解放

混ぜ物を含む水雷戦隊が鎮守府に攻め込んできた。当然ながら深海組は避難対象なのだが、その中でヨルが自分自身に異変を感じる。それに応じて艤装を展開したところ、私、朝潮のみ、深海艤装に過負荷がかからなくなっていた。これがヨルのおかげなのかは定かではないが、動けるようになったのはありがたい。

 

出撃可能になったため、私のみ戦場へ。そこに待ち受けていたのは、軽巡岬姫率いる水雷戦隊。駆逐陽姫もいたが、問題はそこではない。頭に深海忌雷が寄生し、生死不明な状態の駆逐艦が随伴として運用されていた。

私を含めた5人でその随伴艦、人形を撃破することが今回の戦いの目的となる。

 

「さっさと終わらせて、混ぜ物と交戦している連中に合流する。我に続け! Ураааааааа!」

 

ガングートさんの咆哮と共に、5人同時に突撃。本来なら私とガングートさんで白兵戦をし、最上さん、古鷹さん、ポーラさんがそのバックアップとなるが、私以外の人も今回の敵にはいろいろと思うところがある。まさかの5人全員特攻。

人形4人の駆逐隊は、バラけることなく完全にチーム戦の様相。個別撃破とは行かなそうだ。こちらに対して集中砲火を仕掛けてくるため、それを弾ける私とガングートさんが先頭に。

 

「朝潮、挟み撃ちにしよう。ボクと古鷹をあいつらの真裏に投げてくれないかな」

「了解。古鷹さん、アサの腕へ。最上さん、ヨルの頭へ」

 

言った時には立ち位置完璧。ガングートさんを盾に、射出の構え。まずは腕に乗った古鷹さんから。

 

「オッケー! お願い!」

「古鷹さん、投げます! アサ、やって!」

『おうよ!』

 

こなれた感じでアサが放る。やはり出力が上がっている。古鷹さんだって重巡洋艦だ。駆逐艦よりは重量がある。それでも軽々投げ飛ばし、敵駆逐隊の真裏に猛スピードで飛んでいく。いくら意思が無くても、このスピードにはすぐに追いつけない。

 

「じゃあ次はボクだね」

「続いて最上さん行きます! ヨル!」

『よーし! おりゃあ!』

 

ヨル頭部のカタパルトから最上さんを放り投げる。アサの時よりも強引かつ雑ではあるものの、それ以上のスピードで飛んだ。

 

『上手いぞヨル』

「ええ、上手よ」

『やったー!』

 

褒めて伸ばすスタイルは戦場でも変えず。

敵頭上を越える寸前で古鷹さんと最上さんは人形の頭部に主砲を撃ち込んだ。が、頭部に寄生した深海忌雷が余程硬いのか、直撃しても頭部が破壊されるどころか首が捥げることもない。一番手っ取り早い対処法は使えないということがここでわかる。

 

「硬いなぁ……古鷹、手脚狙おう」

「だね。動きを止めます!」

 

着地と同時に脚への砲撃。しかしこれは砲撃自体を蹴られて回避。身体は駆逐艦だがめちゃくちゃな強度。さらにいえば、あの回避の仕方は扶桑姉様のものに近い。

人形達は正直、防空霞姫よりも厄介な敵だった。感情がないために煽る事も出来ず、疲れがないためにペースを崩さない。淡々と、黙々と、こちらを攻撃するだけの殺戮人形。攻撃力は深海側にしては並程度だが、数が集まるとシャレにならない。足止めを狙った最上さんと古鷹さんが集中的に狙われ始める。

 

「ロッソ、ビアンコ、撃ちますよ〜。Fuoco!」

 

それを飲酒状態のポーラさんが砲撃。隙をついた砲撃は素面のときより精度が上がり、装甲の隙間である関節部分を的確に狙う。これは決まったと思った攻撃は、他の人形がガード。思考がない割にはチームワークまで整っている。

 

「うぅ〜、ズルくないですか〜」

「彼奴等、防空霞姫の敗北で学んでいるな。ははっ、痛快だな!」

 

砲撃が効かないならと、私とガングートさんが白兵戦を仕掛ける。突っ込むということは敵の猛攻を掻い潜らなくてはいけないが、その隙は最上さんと古鷹さんが作ってくれた。動きを止めるために脚を集中的に狙ってくれているおかげで、私達が近付く隙は出来ている。

 

「貴様と並んで白兵戦をするとはな」

「私も予想外ですよ。戦っているのは私ではない感じですが」

 

固まって行動する4人のど真ん中を切り込む、たった2人のネルソンタッチ。まずは2人ずつに分断。2人を最上さん、古鷹さん、ポーラさんに任せ、残り2人を私とガングートさんで引き取る。

 

『1人壊すよ!』

『おう、やれヨル!』

 

殴りかかったところで尻尾が勝手に動き、完全に不意打ちで1人の胴体に噛み付く。それを察知した他の1人が尻尾を切断するために動き出すが、そこはガングートさんが強引に掴み上げてブレーキ。

 

『真っ二つー!』

 

そのまま噛み砕いてしまった。人としての形を失った人形はその場で消滅。心身ともに深海棲艦化しているため、死体が残らないことが唯一の救いだった。冒涜された魂に心の中で謝罪しながら、次の敵を見据える。

 

「やるなぁ朝潮! いや、それはヨルの方か!」

「この子は容赦がないので!」

 

ガングートさんは人形の首根っこを掴んでいた。防御の方法は扶桑姉様を模倣していても、こういうところは普通に駆逐艦。掴んでしまえばこちらのもの。砲撃では折れなかった首も、直に力を加えてやれば、頭ごと潰れる。

 

「すまんな、貴様達を救う方法は死しかないんだ」

 

小さくガングートさんの舌打ちが聞こえた。この敵を倒すのは精神的に疲労を感じる。

私とガングートさんが撃破した人形が探照灯を持っているものだったため、戦場は暗闇に包まれた。

 

「やっぱり白兵戦組は早いや。ボクらは結構いっぱいいっぱいだよ」

 

そう言いながらも躊躇なく攻撃を続ける最上さん。古鷹さんとポーラさんをバックアップに使い、2人同時に相手取っても関係無し。先程から的確に攻撃を加え、それが効かないと判断すると次の手段をすぐに導き出す。

そもそも艦娘としての性能に欠陥(バグ)が無い最上さんは、探照灯さえなければ万能戦力ではあった。それを仮面をつけた電探のみの目隠し状態でも同じように行えるようにしたことで、真の万能戦力となっている。基本の戦場は夜ではあるものの、屈指の戦闘力である。

 

「古鷹、ポーラ、足止めしてくれるかい」

「了解」

「Comprensione〜」

 

頭には攻撃しても効かず、他の場所は防御される。隙を突いたとしてももう片方が相方を守る。ならば、両方同時に足止めして、カバー出来なくする。単純なことでも、人数がいないと出来ない作戦。

同時に動きが止まった瞬間に、片方を最上さんが蹴り倒した。もう片方はポーラさんが接近し、ロッソとビアンコにより両腕を拘束。

 

「ゴメンね。こういう形でしか救えなくて」

 

倒れた人形を踏みつけ、顔面に向けてゼロ距離で主砲を連射。一撃では破壊出来なくても、何度も撃てば破壊が出来る。しかもゼロ距離。着弾時の爆風で最上さん自体にもダメージが入るが、別段気にした様子もなく、消滅するまでただただ撃ち続ける。

冷酷に敵を処理する。今は探照灯もつけていない状態。爆破の光でチラチラ見える最上さんの顔は、仮面も相まって感情が欠落しているように見えた。

 

「ポーラちゃん、そのまま押さえておいて」

 

ポーラさんがロッソとビアンコで拘束している最後の1人は、古鷹さんが頭を撃った。最上さんと同じように、消滅するまで何度も何度も。そのまま撃ってはポーラさんに当たってしまうので、真横から。

今回の敵は、酷い有様になっているとはいえ艦娘の外見に近い。裏切りの記憶を持っているポーラさんにそれを撃たせるのは酷というもの。それを考えた古鷹さんが、汚れ役を買って出た。爆破の光で見えた古鷹さんの顔は、最上さんとは打って変わって苦痛に歪んだ顔。

 

「敵駆逐艦4体撃破。残りは混ぜ物だけだね」

 

表情を変えず言う最上さん。心情はあえて探りはしない。いろいろ耐えながら戦っているようにも思えた。

 

 

 

私達が人形を処理している中、時津風さん達は駆逐陽姫と激戦中。駆逐陽姫は相変わらずレ級艤装を展開し、全ての攻撃を繰り出しながら猛攻してきていた。

 

「艦載機は私が処理するから!」

「さんきゅーブッキー! 魚雷がうっざいなぁ!」

「そっちも私が処理する!」

 

ここで真価を発揮しているのは吹雪さんである。

元々対空特化のスペックだったものを、深雪さんを見習って万能タイプに鞍替え。対空メインではあるものの、精密射撃や魚雷によるスナイプなど、全ての手段を鍛え上げていた。

 

本人曰く、初期艦の意地。攻めより守りに特化しているのは、吹雪さんの人柄か。

 

「艦載機の数が多いなぁ!」

 

文句を言いながらも1人で処理している。爆撃を避けながら魚雷まで処理し、時津風さんと榛名さんの道を開ける。

 

「カスミちゃんの仇め! 大人しく死んでください!」

「んじゃあさ、雪風。あたしらが1人殺されたとして、仇取りに来たら大人しく殺されるの?」

「ママの指示ですし、そちらが殺されて当然なんです! ヒナタ達が死ぬ理由は無いです!」

 

滅茶苦茶な理論。戦艦天姫と同様、破綻した思考で植え付けられた北端上陸姫至上主義のせいで、自分達が正義であると思い込んでいる。私達が正義であるとは到底言えないが、少なくとも私達が攻撃される道理は無い。むしろこの戦いに正義なんぞ無い。

 

「……雪風、やっぱダメだね。話になんない」

「話なんていらないよ時津風。ヒナタはここのみんなを殺すの。そしたらアサちゃんが壊れてくれるんだよね。それがママの望みなの。なら時津風は死ななくちゃいけないの」

 

レ級艤装でこちらを狙ってきたタイミングで時津風さんも主砲による砲撃。榛名さんと協力して本体を攻撃していく。主砲による砲撃は榛名さんがガードし、艦載機と魚雷は吹雪さんが処理。時津風さんは邪魔されずに延々と攻撃を続けていく。

 

「鬱陶しい人達ですね。ヒナタ、今日は本気出しちゃいます」

 

防空霞姫は防空棲姫と水母水姫の艤装のハイブリッドだった。駆逐陽姫もレ級艤装だけでは無さそうである。以前からあちらは尻尾がトレンドな感じはしたが、駆逐陽姫は既に尻尾を持っている。

 

「夜じゃ意味ないですけど、ヒナタ、時津風を直に殴りたいです。殴って殺してあげます」

 

両腕が胴体と同じほどの大きさの艤装に包まれた。あれは、軽巡ツ級の腕。対空特化の艤装のはずだが、あの巨大な拳なら白兵戦も可能だろう。

駆逐陽姫はイロハ級の性能の集合体と見た。その筆頭がレ級。その次がツ級。ならば、ヲ級などが入っていてもおかしくない。とにかく万能に、それを雪風さんにやらせていることで、驚異の性能を実現している。

 

「それじゃあ、死んでください!」

「誰が死ぬか!」

 

今までとは打って変わって接近戦を仕掛けてくる。レ級艤装とツ級艤装での強烈な打撃。一撃貰った時点で大破は必至。そうなると、それに対応するのは同じように戦う榛名さんになる。

 

「時津風ちゃん! 榛名が守ります!」

「邪魔です!」

 

ツ級艤装での拳をAGPで受け止める。その衝撃は海面に逃がすが、水飛沫の大きさがレ級主砲を受けたときよりも大きい。これは一撃で轟沈するのが目に見えている。

止められた反動を使ってレ級艤装まで振り回してくるが、同じようにガード。右でも左でも衝撃の受け流しは出来るみたいだ。

 

「どれだけ受け止められますかね!」

「どれだけ来ても、榛名は大丈夫です!」

 

このガードと水飛沫の合間を縫って、時津風さんが回り込んで接近。榛名さんに集中してるところを見計らい、背後からの攻撃。卑怯だの何だの言っていられない状況であるのは間違いない。出来る戦いは全てやっていかなくては勝てるものも勝てない。

 

「2人がかりとか恥ずかしくないんですか!」

「どの口が言うんだよ! いやらしい攻撃ばっかりしてきて!」

 

榛名さんのことすら考慮しない攻撃だったが、レ級艤装で弾かれる。榛名さんの方はツ級艤装で押し返す。戦艦含めた2人がかりでも、未だ無傷。前回は6人がかりで艤装を破壊するところまでしか行けなかったため、3人ではかなり厳しい。その上吹雪さんは2人を他に気を向けずに戦闘が出来るようにするための補助に徹している。

1人で混ぜ物1人を撃破したガングートさんがフリーになればまだ善戦出来るかもしれない。

 

と、ここで私達の人形処理が終わる。5人が一気にフリーに。精神的にダメージは受けているが、現状を打破するための戦力はこれで手に入る。

 

「時津風! 榛名! 援護するぞ!」

「ガンさん早いね! 最高!」

 

私も時津風さんの方へ。最上さん率いる夜間任務組は未だ接戦中の天龍さん達の方へ。

 

「うそ、みんなが……」

「貴様はあの仲間を見て何も思わなかったのか。頭に寄生され意思も奪われていたんだぞ。救済の方法が死しか無かったんだ。貴様は何を思っていた」

「ママが作ってくれたヒナタの仲間を……絶対に許しません!」

 

会話すらままならない。あちらは仲間を殺された怒りで我を忘れている。こちらは艦娘への冒涜を見て怒り狂いそうだというのに。

レ級艤装、ツ級艤装に加え、ヲ級艤装が現れた。艦載機の量が一気に増え、吹雪さんも押し潰されかけたため、大急ぎで私が対空砲火に参加する。身体も艤装も変わり果てたが、高射砲は未だに健在。

 

「ありがとう朝潮ちゃん! ギリギリだった!」

「間に合ってよかったです」

 

その間に駆逐陽姫はレ級艤装をブンブン振り回しながら無差別攻撃を始めた。白兵戦を仕掛けているガングートさんと榛名さんには、重い一撃が何度も繰り出される。時津風さんは近付けなくなってしまった。魚雷の対処が出来なくなってしまい、戦闘が一気に困難になる。

 

「重いな……あの霞もどきより強いのはわかるぞ」

「貴女ですか、カスミちゃんの仇は!」

「ああ、私がこの手で霞もどきを殺した」

 

怒りの矛先を自分に集中させたガングートさん。攻撃も強いが防御も一級品だ。ガングートさんが受け続けている間に、攻撃できる隙を作り出す作戦。

 

「絶対に許しません! ここで確実に沈めます!」

「悪いがこちらの台詞でもあるんだ。貴様らは蛮行を働いた。艦娘の命の冒涜だ。よって、死をもって償わなくてはいけない。貴様はここで沈むんだよ雪風もどき!」

 

新たな開戦。私は吹雪さんと協力して、あの場に降りかかる全ての攻撃を捌ききることが仕事になった。ガングートさんと榛名さん、そして一番躍起になっている時津風さんを全力でサポートする。




駆逐陽姫は全てのイロハ級を内包した混ぜ物。イ級やロ級と言われてもピンと来ませんが、レ級、ツ級、ヲ級に加え、ネ級改、ル級、ホ級改など、イベントでも大破要因となるイロハ級もいっぱいいるので、驚異であることには変わりません。


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悲痛な戦い

混ぜ物水雷戦隊との激戦続く夜の海。人形4人の撃破が完了し、残りは混ぜ物2人。旗艦である軽巡岬姫は天龍さん達に任せ、私、朝潮は駆逐陽姫の撃破に乗り出す。

イロハ級の能力を全て持ち合わせていそうな駆逐陽姫は、たった1人でも1部隊分の働きをする。現に、私と吹雪さんはレ級とヲ級の艤装から発艦された艦載機の処理に追われ、ガングートさんと榛名さんはレ級艤装とツ級艤装による猛攻に防戦一方。嵐のような猛攻で時津風さんも攻撃する隙がなかなか見つけられず、長期戦の様相。

 

「カスミちゃんの仇! そろそろ死んでください!」

 

ツ級艤装が消えたかと思うと、主砲が接続された盾のような戦艦ル級の艤装が出現。攻防一体の艤装により、近付かず砲撃をし始めた榛名さんと、隙を見て砲撃をする時津風さんの両方の攻撃を防御しながら砲撃。盾での防御と砲撃をぶつける防御で、一切傷がつかない。

似たように攻撃してきた防空霞姫はここまででは無かった。これは完全に基礎スペックの問題。霞と雪風さんなら、悔しいがどうしても雪風さんの方に軍配が上がってしまう。手数が多すぎるというのもあるが。

 

『ツ級艤装を消した? 同じ位置に出るからか……?』

「同時に3つまでなのかもしれないわ。なら、4人目が入れば打開出来るかも」

『なら私行きたーい!』

 

レ級艤装とヲ級艤装のせいで制空権はギリギリ。私と吹雪さんで手一杯の状況。そこから抜けるのは厳しいだろう。だが、一応聞いてみる。

 

「吹雪さん、防空1人で行けますか」

「わぁ無茶振り! でも、いいよ。持ち堪えるから!」

「流石です!」

 

少しの間なら1人でも制空権は維持出来るだろう。あちらだって常に艦載機を発艦し続けているわけではないので、数は徐々に減ってきている。今ある分は私の艦載機とヨルの水上機、そして吹雪さんの高射砲に任せ、一時的に駆逐陽姫の行動阻害に入る。

現段階での一番の問題はレ級艤装。あれさえ破壊出来れば戦況は一気にこちらに傾くはず。あの艤装を破壊すべく駆逐陽姫の背後、それに牽制され続けているガングートさん寄りに。砲撃も飛んでくるが、掻い潜りながら接近した。

 

「一時的にこちらに入ります! すぐに戻りますが!」

『まずは一発!』

 

振り回されるレ級艤装にアサがタイミングを合わせて一撃入れる。そんなことでは破壊されそうになく、むしろこちらが弾き飛ばされる。あの艤装、大分使い慣れているようだ。

 

『流石に硬いな』

『それなら今度は私!』

 

またタイミング合わせ、今度はヨルが噛み付こうとする。が、次は直感回避により空を切ることに。その隙を逃さずガングートさんも攻撃を繰り出すが、それすらも綺麗に回避。ル級艤装で榛名さんと時津風さんを牽制しながらこれである。相当辛い。

回避しながら砲撃と魚雷を垂れ流してくるため、それの対処も厄介だった。私とガングートさんは砲撃はまだマシだが魚雷に関してはどうにも出来ない。回避する以外の選択肢が無い。

 

「なら……!」

 

当たらないのなら、当たる未来を手繰り寄せる。全てを対象に未来を予知。まだ未知の艤装があるかもしれないが、現在わかっている情報から最善の未来を導き出す。行動予測を直感で乗り越えてくることも加味して、今までの行動、前回の戦闘も考慮に入れた結果を、行動に移す。

 

「ここ!」

 

攻撃の隙間。直感の先。山城姉様のルーティンまで真似て、背中に一撃。当たる寸前で身を引かれたようだが、それでも体勢を崩すのには問題が無かった。

私の仕事は撃破ではない。艤装の破壊だ。その一番簡単な手段が、私で不意をつき、アサとヨルに任せること。一番距離があるのはヨルがコントロールする尻尾だ。このタイミングでなら、ヨルが一番いい動きをする。

 

『どりゃあー!』

 

尻尾が伸び、真横からル級艤装の盾を噛み砕く。それと同時にこちらに引き寄せた。

 

『ナイスだ。こいつも吹っ飛ばしてやる』

 

頭上のヲ級艤装をアサが殴り飛ばし破壊。これで艦載機の心配が少しだけ薄れる。未だ最大の障害であるレ級艤装は無傷なものの、戦いやすくなったのは目に見えてわかる。破損したル級艤装では戦いづらいのだろう、即座に消し、ツ級艤装に戻す。

 

ただしその時、死角が出来る。

 

「榛名パンチ、ですっ!」

「っぎぃ!」

 

不意をつける場所から、榛名さんがAGPによる一撃。即座に対応し、ツ級艤装でガードするが、捩じ込むように殴り飛ばし、艤装を破壊。返しで腕に備え付けられた主砲を放たれたものの、掠めただけで軽傷。今なら『種子』に怯えなくてもいい。

 

「負けない! 仇を取るためにも、負けないんだからぁ!」

「それはこちらも同じなんだよ」

 

集中力が切れてきている。レ級艤装を榛名さんに向けたが、その後ろにはガングートさんが待ち構えていた。レ級艤装を握り潰そうと腕を伸ばすが、またここで直感回避。なかなかあちらの艤装は破壊させてくれない。前回破壊されたことを相当根に持っているようだ。

 

「まだ、まだです!」

 

今度は重雷装巡洋艦の艤装。おそらく雷巡チ級のもの。さらには重巡ネ級の艤装も同時に展開。キリがないが、駆逐陽姫の異変に気付く。

今まで疲れ1つ見せない戦いだったが、妙に汗ばんでいるのがわかった。なるほど、艤装1つ展開するごとに消耗するということか。

戦艦天姫もそうだが、混ぜ物は総じて持久力が無いのかもしれない。粘って粘って、粘り切れば勝機が見出せる。

 

「雪風、なんでアンタが被害者面してんのさ。お互い様でしょ」

「うるさい! ヒナタの友達を何人も殺して!」

「あたしらは死にたくないから戦ってんの。それをそっちは何さ、ママに褒められたいからだっけ? バカじゃないの? 褒められたいならおうちでお手伝いでもしてろっての。だから艤装も壊されて泣いて帰ることになるんだ」

 

防空霞姫に対してのガングートさんのように、駆逐陽姫を面と向かって煽る時津風さん。いつもののんびりした雰囲気はもう何処にも見えない。駆逐水鬼と戦っていた時とも違う。無表情で、冷酷で、静かに怒りを灯し続ける。

 

「みんながお膳立てしてくれたんだから、ここで死になよ。どうせアンタの愛しいママは泣いてもくれないよ。使えない手駒だったって、すぐに忘れられるんだ」

「そんなことない! ママはいっぱい褒めてくれる! ここで皆殺しにすれば、ヒナタのことを!」

「そんなくだらない理由でさ……」

 

時津風さんからのアイコンタクト。私の意思はアサとヨルに伝える。

 

「殺されたらたまったもんじゃないんだよ、雪風ぇ!」

 

小さく跳ぶ。それに合わせて、急接近し、ヨルの力で時津風さんを駆逐陽姫に向かって放つ。遠心力も加わり、以前榛名さんが投げた時よりも速度が出ていた。いくら直感があろうが間に合わせない。

弾丸のように低空飛行した時津風さんは駆逐陽姫に直撃。ぶつかる寸前に艤装を前に出し、攻撃を防御しながらダメージを大きくする。

 

「大人しくしなよ。あたしがバカな姉貴を黙らせてやる」

「は、離して……!」

 

完全にマウントを取った。問題のレ級艤装は残ったままだが、反撃を許さず主砲を胸元に突きつける。自分もダメージが入るだろうが、そんなことは関係ないと、容赦なく引き金を引いた。

 

……はずだった。

 

時津風さんの主砲の音ではない砲撃音。いや、小さな音だったので銃声といってもいいだろう。その銃声のあと、時津風さんの小さな悲鳴。拘束が緩んだか、駆逐陽姫が蹴ってマウントを外す。

 

はふひたはわはいほはへほっへおふほほはほ(隠し球は最後まで取っておくものだよ)

 

駆逐陽姫の口内、小さな小さな主砲。駆逐イ級の主砲。殺傷能力は小さいが、今のような状況で真価を発揮する隠し球。こちらが白兵戦をすることを見越した超至近距離の搦め手。

 

「っくそぉ……」

 

時津風さんが押さえる左目からは、止め処なく血が滴り落ちる。今の攻撃は額を狙っての砲撃だったが、咄嗟の判断で回避したようだ。致命傷にはならなかったが、酷い傷なのは変わりない。

口内の主砲を飲み込むように消すと、今までとは打って変わって笑顔を見せる。

 

「殺せなかったのは残念です。ママをバカにしたのは許せませんから、いっぱい苦しんで死んでもらいます」

「死なないっての。あたし1人じゃないんだから」

 

既に後ろからガングートさんが殴りかかっていた。調子に乗ったタイミングでレ級艤装を叩き潰す。これで残りは見えているのはチ級、ネ級、片方だけのル級、そしてイ級。口内の艤装など何も考えなくていい。

 

「艦載機処理おしまい! 結局1人でやりました!」

「戻れずにごめんなさい!」

 

吹雪さんも艦載機全てを終わらせてくれた。序盤は私もお手伝いしたが、最終的には吹雪さんのソロプレイ。もう対空No.1と言っても過言ではないだろう。夜戦だと言うのに艦載機を飛ばしてくる方がおかしいのだが、もうその辺りは何も言えない。自分でも飛ばしているし。

 

「な、なんで時津風仲間にならないの!?」

「ああ、やっぱりさっきの弾、『種子』入ってたんだ。死んだら良しだし、死ななくても洗脳ね。はー、ホント意地が悪い。佐久間さんに感謝だねぇ」

 

口内の主砲からは『種子』が撃ち出されていたようだが、こちらは事前に対策済み。撃たれた場所は悪いが、洗脳されることはもうない。

 

「ま、まだ、まだ!」

 

半壊したル級艤装を展開したが、即座に榛名さんが破壊。さすがに戦艦主砲を受ければ、半壊した深海艤装程度ならひとたまりもない。

チ級艤装から魚雷を放とうとした瞬間に時津風さんが艤装を撃ち抜く。これで残りはネ級艤装のみ。気になるほどでも無くなった。

 

『ご主人、もうあれ壊してもいい?』

『ヨル、我慢しろ。アレにはな、トキツカゼに因縁があるんだ。あいつにやらせてやれ』

『そうなんだ。わかったー』

 

ここまで来たら決着は時津風さんにつけてもらう。私達に囲まれ逃げ場はない。軽巡岬姫もあちらが足止めしてくれている。駆逐陽姫は汗だく。何度もいろいろな艤装を出したことで限界が来ているようだった。

 

「ホントさ、さんざんやってくれたね雪風。ゲロ姉を呼べなかったのは残念だけど、これでトドメ。まだ武器あるんでしょ。反撃しないの? しないんだ。じゃあ……」

 

主砲を2発。両肩を撃ち抜いてどの艤装を展開しても攻撃出来ないようにした。これで本当に終わりだ。

 

「遺言は?」

「ヒナタはまだ負けてない……! 負けて……ないんだから……」

 

口を大きく開け、イ級艤装を展開。それを見逃さない時津風さんではない。放たれても軽く避け、至近距離に。

 

「終わりだよ、雪風」

「死にたくない……死にたくないよ……ママ、助けて……嫌だぁ……」

「私達にこれだけのことやっておいてさ、最後に泣き言言わないでよ。潔く……潔く死になよ」

 

1発、胸を撃ち抜いた。死として認識され、艤装の端から消滅していく。

 

「嫌だっ、嫌だぁ! 助けて! 助けてよママぁ!?」

 

防空霞姫以上に胸糞悪い結末だった。断末魔の叫びの中、消滅していく駆逐陽姫。雪風さんの外見だから尚更である。潔く消えてくれればまだ良かった。水母棲姫の最期を思い出す。

 

「嫌だ、嫌、こんなの……嫌だぁ……」

 

誰もが目を伏せていた。ガングートさんは帽子を目深に被る。せめて見届けてやるのが弔いになるだろう。

 

「……あれ? 雪風……?」

 

消滅した駆逐陽姫。

 

と思いきや、一切の侵食がない全裸の雪風さんが浮かんでいた。ボロボロの身体を脱ぎ捨てたかのように、新品同様の雪風さんだ。この浄化の仕方、瑞穂さんとそっくりだ。

 

「う、嘘でしょ……混ぜ物が……!?」

「匂いはしません。でも気配はします。この雪風さんは……この雪風さんは元深海棲艦です」

「『種子』は!? 深海忌雷は無いみたいだけど、こ、この雪風は雪風なの!?」

「落ち着いてください時津風さん! ただでさえ目が危ないんですから!」

 

興奮して目から流れる血がより多くなり、時津風さんも危険な状態になってしまうため、なんとか落ち着いてもらう。

念のため持っていた中和剤を注入するが、何の反応もない。『種子』は体内に無いようだ。ならば、この雪風さんは、混ぜ物であることを脱却した、元深海棲艦として生まれ変わった雪風さんであると考えていい。

 

『これが浄化なのか? 私が見たポーラのものとは全く違うぞ』

「瑞穂さんと殆ど同じ。未練がありすぎて艦娘になったパターン」

『そうだとしたら、心が壊れてる可能性があるわけだ』

 

それは心配だが、入渠すればある程度はどうにかなる。今はそれを考えるのを置いておいて、軽巡岬姫の方だ。

 

 

 

あちらはあちらで激戦だった。

天龍さんと龍田さんの2人がかりで均衡。最上さん率いる夜間任務部隊が加わった5人がかりで何とか有利になっている状態。しかし、軽巡岬姫は艦娘としての歪んだ艤装しか展開していない。

 

「まだ本気じゃねぇってことかよ」

「当たり前じゃない。貴女達に出すほどでは無いの」

「違うわよね〜。深海の艤装を出したらこんなに長く戦えないのよね〜?」

 

龍田さんは今までの戦闘で混ぜ物の本質に気付いていたようだ。私も駆逐陽姫との戦闘で理解できた。艤装を出した戦闘をすると、通常以上に消耗していた。

つまりは、艤装を出させるところまで行かない限り、勝機は無い。

 

「そう言うけど、貴女達もまだ出し惜しみしているわよね。私相手に」

「オレらの役目はどちらかといえば足止めだ。おら、見てみろ。お前の部下の駆逐艦は全滅したみたいだぞ」

 

人形だけならず駆逐陽姫もだ。それにはさすがに動揺を見せた。

 

「ヒナタ……そう、あちらの方が上だったのね。残念だわ」

 

ギリッと歯軋りが聞こえる。部下を失い、怒りを露わにした。混ぜ物ではあるものの、部下思いの水雷戦隊旗艦だったようだ。

 

「なら……帰る前に艤装を少し見せてあげる」

 

歪んだ艦娘の艤装はそのままに、マントと腕を覆う戦艦艤装が展開された。やはり見たことのない艤装。私だけではなく、他の人達も初見の様子。戦艦天姫もそうだが、そういうところからも何をしてくるかわからない。

 

「お前、それ……!」

「私の艤装の1つは『欧州水姫』。ま、それだけ知っておきなさい。また会いましょう、天龍、龍田」

 

それだけ言い残して海中に沈んでいった。

 

これで戦闘終了。だが、誰もが後味悪く鎮守府へ帰投している。浄化……とは到底言えない形で生まれ変わった雪風さんは時津風さんが運ぼうとしたが、力むと血を噴き出すために私が抱きかかえることに。

 

「素直に喜んでいいのかわかんないよ」

「そうですね……元々混ぜ物だったものが浄化、いえ、転生してこの姿ですし……記憶がまともにあるかもわかりません」

 

目を覚ましてみなくてはわからないことが多い。もしかしたらこのまま目を覚まさないかもしれない。

どうであれ、ここにいる雪風さんはもう混ぜ物でないことは確かだ。最後の最後まで未練を残し、助けを求めながら息絶えた。瑞穂さんの時と全く同じ状況。怒りよりも憎しみよりも強い生への執着により転生してしまっている。

 

「これでまだママとか言い出したらどうしよう。嫌だなぁ……」

「その時はその時です」

 

まずは入渠してもらわないと始まらない。時津風さんも重傷なのだ。今は急いで帰らなくては。

 




いくら混ぜ物であっても、身体は完全に深海棲艦。まったく同じ現象が起きます。とはいえ、混ぜ物側が満足してを逝くようなことは無いでしょう。


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死者の声

翌朝、まだ頭がしっかりしない状態で目を覚ます私、朝潮。夜戦により消耗したことで、総員起こしの時間が少し遅らされるほどである。夜の戦いは何度かあったが、敵の本隊に近い部隊があんな時間に攻め込んでくることは今まで無かった。精神的な疲弊も強い。

 

『おはよーご主人!』

「おはようヨル。アサは?」

『お前が起きれば私も起きる』

 

同居人が増えた私の頭の中は、いつも騒がしい。起き抜けにヨルの声は、目が覚めるには充分な声量。

 

「今日はヨルのことをもう少し調べてもらうからね。ほら、混ぜ物が来たときにウズウズするって言ったでしょう。それについてね」

『はーい』

『あとはアイツのことだな』

 

アイツとは勿論、余りある未練により転生した雪風さんのこと。

あの戦いの後、時津風さんだけは入渠。雪風さんも浄化された艦娘と同じように入渠することになった。一晩で治る見込みであり、それだけは安心する。

 

「霞、朝よ。起きて」

「ん……おはよう姉さん。まだ眠いわ……」

 

なんだかんだ昨日は遅かった。私もまだ眠い。霞は眠たそうではあったが、私のお風呂が終わるまでは待っててくれた。眠ったときには夜も深い時間だ。こうなるのも無理はない。

 

 

 

その日はまず朝から工廠。ヨルについて調査してもらうのと、時津風さん、そして雪風さんの入渠終了を見届けるため。後者はどちらかといえばついでに当たる。私が調査してもらう内に目を覚ますことだろう。

 

そしてそれが現実に。調査をしてもらうために工廠に赴いたときには、どちらの入渠も完了していた。雪風さんはまだドックで眠っているが、時津風さんは既に着替え終わった後。隣には萩風さんが補佐している。

 

「私が眠っている間にそんなことが……」

「萩風は気にしちゃダメだよ。そういうデメリットなんだから」

 

なんだか時津風さんの動きに違和感があったが、傷は無事完治しているようだ。

 

「お、朝潮、おはよー。昨日はありがとね」

「いえ、私にはあの程度しか出来ませんから」

「後からゲロ姉に報告しないとね。雪風は倒したって」

 

複雑な表情。やはり実の姉にトドメを刺すというのは気分のいいものではない。それがいくらおかしなことになっていようとも。

 

「雪風ももういいんだよね。明石さーん、オッケー」

「はいはい。でも、瑞穂さんの時と同じことが起こるかもしれないから気をつけてね」

「いざという時は私が拘束します」

 

アサとヨルの力を借りれば、駆逐艦1人を拘束するくらい簡単に出来る。暴れ出したらすぐに押さえ付けられるだけの準備はした。

 

「じゃあ開けるよ」

 

合図と共に入渠ドックの蓋が開く。どうなるか。目を覚ました雪風さんは、知っているものと面持ちが違っていた。こちらを睨みつけるような、見下しているような表情。身体を起こして第一声。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「……え!?」

 

意味がわからなかった。雪風さんであって雪風さんでない。勿論駆逐陽姫でもない。あまりにも違いすぎる。それに、即座に司令官の名前を出してきた。ということは、もしや。

 

「え、ゆ、雪風!?」

「僕は()()()()()()()()()()()()()()()です。今だけ雪風さんの身体を借りている状態です。もう自分の名前すら思い出せませんが、すぐに話をさせてください」

 

つまり、諸悪の根源である6人の上層部の1人。私をこんな姿に変え、鎮守府を間接的に混乱に陥れている元凶。こうして話せるだなんて誰もが予想出来ない。混ぜ物には素材となった人間の記憶があるだけで、()()()()が残っているなんて誰が思うか。北端上陸姫でも、この事態は予測出来ていないだろう。

と、ここで瑞穂さんが司令官を連れてきてくれた。同時にバスタオルも持ってきてくれている。今の雪風さんは入渠終わりで全裸。このまま話してもらうのは酷。

 

「瑞穂君に緊急事態と聞いてきたが」

「加藤少将。僕の知る限りをお話しします」

「雪風君!? いや、そ、そういうことか……素材となった人間の声だね」

 

察しの早い司令官は、極秘事項故に時津風さん達を退出させた。この事実を知っていいのは、私と瑞穂さんのみ。瑞穂さんにも、いつも通り見張り役をやってもらうことに。

 

「人払いは出来た。では話してもらえるかな」

「はい。時間が無いので急ぎ足で」

 

何をしでかしたかは、元帥閣下に捕らえられている残りの2名から事情聴取しているため、この場で聞く必要は無い。知る必要もないし、知りたくも無い。私達が知りたいのは、北端上陸姫が何を考えているかである。

当初は漣さんの証言から、目的のない愉快犯だと思っていた。その時の部下にすら真相を一切公表していなかった。それが徐々に紐解かれ、今では世界の破滅を望んでいるところまでは辿り着いている。混ぜ物はある程度真相を知っていそうであった。

 

「僕が命じられていたのは、朝潮さんを精神的に追い込むこと。そうすれば、()()()()()()()()が完全に開花し、同じものへと至る、と言っていました。僕にはお友達になれる、と伝えてきましたが、空母鳳姫さんにそう話しているのを聞きました」

「北端上陸姫の細胞……?」

「朝潮さんに寄生している深海忌雷です。それは僕らに寄生していた量産型とはモノが違う、それしかない一品物です。それには()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

私に寄生している忌雷が他とは違うことはわかっていた。そもそも最初の1つだし、わざわざ私の意識だけを密閉情報(ブラックボックス)に閉じ込めて、深海棲艦化した身体の暴挙を見せつけようとしたほどだ。

そこまでした理由は何となく想像がついた。この身体は、忌雷に改造された時点で()()大きな負の感情に合わせて進化するようになっているのだろう。閉じ込められていても、私が狂えば狂うほどに身体は進化し、目的達成のための駒になる。

 

今までの敵のやり方も辻褄が合う。深海艦娘化は無差別だったが、それを私がたまたま乗り越えたことで(扶桑姉様は乗り越えると確信を持って私を深海艦娘に変えたが)北端上陸姫の目に留まり、白吹雪さんの手で忌雷が寄生。それでも手駒に出来なかったために、外部からいろいろな手段で私の負の感情を増幅させて今に至るわけだ。私だけを殺さず追い込み、私が深く深く進化すれば目的達成。

よくよく考えれば、私の癇に障る物言いばかりだ。怒らせること、憎しみを持たせることに特化した攻撃であることには違いない。

 

「北端上陸姫の目的は、2()()()()()()を創り出すことです。朝潮さんの最終段階は、北端上陸姫と同じ『陸上型』。段階を踏んで進化させたことで、海上を移動出来る陸上型となります」

「陣地を持ちながらも自由に行動できる陸上型……というわけか」

「北端上陸姫の細胞が組み込まれてしまっているため、最後の段階では、おそらく同じ思考になるでしょう」

 

手が震えてきたので押さえ付ける。私がアレと同じに……そう思うだけで吐き気がしそうだった。成れの果てを現実に見ている分、自分の先が明確に想像できてしまう。

最後の段階になってしまうと、私は仲間でも平気で切り捨てるような外道になるらしい。そんなこと、絶対にしたくない。

 

『大丈夫か』

『ご主人大丈夫?』

「平気……気分は悪くなったけど、耐えられる」

 

頭の中の2人に心配されるが、まだ大丈夫。ああならなければいい話だ。皆が協力してくれるから、私はこのまま生きていける。この話は私も聞かなくてはいけない。一番巻き込まれている被害者なのだから。

 

「動機は知っている。目的も理解した。朝潮君である理由もわかった。次は何を話してくれるのかね」

「あちらの戦力を。戦艦天姫さんと空母鳳姫さんは、提督の力を持っています。僕は上層部としても末端でしたが、空母鳳姫さんに使われた人は、提督からの叩き上げの人です」

 

まずい情報だった。元帥閣下の襲撃は手を抜いていたということだ。近距離遠距離関係無しの空母で且つ提督の力となると、こちらも作戦を考えなくてはいけない。

 

「天龍君から、軽巡岬姫は欧州水姫の艤装を使ったと聞いている。戦艦天姫と空母鳳姫の艤装は何かな」

「戦艦天姫さんは戦艦仏棲姫の、空母鳳姫さんは深海日棲姫の艤装を持っているのは見ています。他にも持っているかもしれません。この雪風さん、駆逐陽姫さんは、イロハ級全ての力を持っていたので」

 

どちらも聞いたことのない深海棲艦の名前だったが、司令官にはピンと来るものがあったようだ。

 

「……そうか、内通者のやったことがわかったぞ。報酬艦のデータを横流ししたのか」

「司令官、それはどういう……」

「大本営のみが建造出来る艦娘がいることは朝潮君も知っているだろう。ドロップ事例が極端に少ない、もしくは全く無い艦娘の建造方法を、あちらも握っているということだよ」

 

私の妹である峯雲も属する報酬艦。それの建造方法は大本営しか知らない極秘事項。それをあちらは知っている。

欧州水姫はNelson(ネルソン)級戦艦1番艦のNelson(ネルソン)さん、戦艦仏棲姫はRichelieu(リシュリュー)級戦艦1番艦のRichelieu(リシュリュー)さん、深海日棲姫は日進型水上機母艦1番艦の日進さんの要素を色濃く持つ深海棲艦らしい。

その全員が報酬艦。深海の建造ドックを使い、報酬艦を建造したとしたなら、それだけの艤装を用意することも可能だろう。

 

「まずいな……報酬艦は通常より高スペックな者も多い。艦娘として敵に回られても厄介だね」

 

攻略作戦にその辺りを考慮した方が良くなったようだ。

ここで雪風さん……の中の人間が少しフラつく。時間が無いと言っていたが、意識が消えそうなのかもしれない。

 

「もう時間がありません。雪風さんの意識が目覚めかけています。そうしたら僕は本当に消え去るでしょう。こんな形でも、少しは罪滅ぼしが出来たでしょうか」

「君のやったことは許されないことだ。滅ぼせる罪からは逸脱している。だが、情報は感謝するよ。もう眠りたまえ」

 

司令官は終始険しい表情だった。私達に見せる優しい顔を、雪風さんの中にいる人間には一切見せなかった。静かな怒りに満ちた、あまり見ていたくない顔。事が事なら、手を出していたかもしれない。

自分と同じ人間だからこそ、許せない部分があるのだろう。こんな司令官を見るのは初めてだった。アサが聖人君子と称した司令官が、今は相手の死に抵抗が無かった。

 

「この子を、雪風さんをよろしくお願いします」

「勿論だとも。心配は要らない」

「今までの罪悪感で、この子はきっと押し潰されてしまいます。きっと壊れてしまいます。それでも……」

 

ふっと意識を失うように倒れた。中の人間の意識が無くなったのだと思う。混ぜられた人間は、今度こそ本当に死んだのだろう。

 

それが全く悲しくなかったのは、私が薄情だからか、深海により感情が飲まれているのか、そもそも上層部に対する嫌悪感がそうさせたのか。

 

「……すまないね朝潮君。あまり見せたくない顔を見せてしまった」

「いえ、私も同じ気持ちだと思いますので」

 

死者の声を聞き、私と司令官は複雑な感情を持っていた。

雪風さんの罪悪感の一因が自分だというのに、こちらに託すことに抵抗を一切持っていなかった素振りが許せなかった。それに、艦娘の身体を使い、淡々と説明をして、罪滅ぼしが出来たかを問うてきたときは、少し苛ついてしまった。

はっきり言ってやりたかった。そんなことで私をこうした罪が終わると思うなと。上層部というのはあんな人間ばかりなのだろうか。

 

『本能の化身が言葉にしてやろうか』

「……」

『あれは死んで当然だ。性根が腐っている。利益のために人が殺せるようなヤツなのがよくわかった。こんな奴の記憶があるせいで苦しむ羽目になるユキカゼが可哀想だ』

 

私が言葉に出来ないような感情でも、アサは言葉にしてくれる。少しスッキリした。ただ、ヨルの教育には良くないと思う。

 

 

 

事が済んだので、瑞穂さんに合図を出し、時津風さんと萩風さんに中に入ってもらう。2人には雪風さんの中にいた人間がどんな人格であるかは伝えないことにした。こんな感情は私と司令官だけで充分だ。

 

「もう大丈夫なの?」

「ああ。素材にされた人間は消えた。最後に我々にいくつか情報を残してね」

「そっか。じゃあもうちゃんとした雪風?」

「……いや、むしろこれからが大変だ」

 

瑞穂さんの時とはわけが違う。瑞穂さんは水母棲姫の時の非道な行いを悔いて心を壊したが、この雪風さんには何重にも罪悪感を感じる出来事がある。

駆逐陽姫として私達を攻撃してきたことだけでなく、人間の時の記憶も残ってしまっている。特に人間の記憶は、こうなるキッカケとなった事件の記憶も含まれているのだ。出来ることなら、全て忘れて目を覚ましてほしい。

 

「んぅ……」

 

皆の前です雪風さんが目を覚ます。先程の人間が入った状態とは違い、私達の知っている表情。見た目通りの子供っぽさが雪風さんの良さ。

だがしかし、目が覚めたということは、感じなくてもいい罪悪感まで感じることになる。混ぜ物の駆逐陽姫として活動していた記憶もある。あの人間も言っていたが、雪風さんが耐えられるとは思えなかった。

 

「雪風、大丈夫?」

「雪風姉さん、気分は如何ですか?」

 

姉妹である時津風さんと萩風さんが駆け寄る。が、生前の死因となった時津風さんを見た瞬間、顔面蒼白に。いろいろな記憶がフラッシュバックしてしまった。

 

「あ……あっ、あぁあっ……」

 

今の雪風さんの許容範囲をゆうに超えた罪悪感。頭を押さえながら悶絶し、叫ぶ間も無く白眼を剥いて倒れてしまった。これは本当によろしくない。

 

「あ、朝潮、これどうすればいいの!?」

「落ち着いてもう一度入渠させてください。……死にはしません」

 

こうなってしまっては仕方がない。もう一度入渠してもらい、瑞穂さんと同じように防衛本能に任せるしかないだろう。

ただし、精神崩壊は免れず、再構成によりどうなるかはわからない。瑞穂さんのように、通常とはかけ離れたものになるか、元のまま不必要な記憶だけが飛ぶか、それは入渠が終わらない限りわからない。

 

「生きてくれてるならいいよ……どうせなら綺麗さっぱり忘れててほしいしさ」

「私も同じ意見。でも……全然違う雪風姉さんとかだと、少し辛いかもしれません」

 

こんなところでも迷惑をかけてくる。元帥閣下には申し訳ないが、少しだけ、人間が嫌いになりそうだった。




防空霞姫の艤装も防空棲姫(照月)と水母水姫(コマンダン・テスト)で報酬艦です。大本営ならではの強み。


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求められる母性

混ぜ物から未練により艦娘へと転生した雪風さんの入渠が完了したが、一時的に混ぜ込まれた人間の意識が外に出ていた。その人間が短い時間で情報提供をしてくれたが、その話を聞いていた私、朝潮と司令官は複雑な感情を持つに至る。ほんの少し、人間が嫌いになりそうだった。

 

その後、改めて意識を取り戻した雪風さんだったが、押し付けられた罪悪感が許容範囲を超え、気を失ってしまう。このままではまずいと、瑞穂さんと同じように再入渠で精神の治療することに。

ただし精神崩壊は免れず、防衛本能によりどうなるかわからない状況。私達の知っている雪風さんでは無くなる可能性が高い。ここはもう、待つしかなかった。

入渠が終わるまで、時津風さんと萩風さんはドックの側で待つという。私にそれを止める権利はない。乗りかかった船と、私も一緒に待つことにした。ヨルの調査はその後でもいいだろう。

 

「朝潮、瑞穂さんの時ってどうだったの?」

「罪悪感に繋がる記憶は全て無くなりました。ただ、あまりにも深く刻まれた記憶は、都合のいいように改竄されます」

 

一応近くに瑞穂さんがいる状態なので詳しく話すことは憚られるが、今は水母棲姫の時の記憶は戻ってきているので、大まかになら話せる。

 

「そっか、瑞穂さんの場合は、朝潮さんに殺された記憶が強すぎるから」

「それが最善の記憶に改竄されたわけですね」

「雪風にトドメ刺したの、あたしなんだよなぁ」

 

雪風さんがどの記憶を一番深く刻んでいるかはわからない。どれも均等だったり、特別深く刻まれていないのなら、全てを綺麗さっぱり忘れもおかしくはない。むしろそちらが望まれる。新たなドロップ艦として迎え入れたい。

 

「どうします。時津風さんのことをご主人様扱いし始めたら」

「引っ叩いてでもやめさせる」

「私も見たくないかなぁ」

 

実の姉にその扱いをされるのは辛いだろう。そうならないことを祈らなければ。

 

 

 

小一時間ほどで再入渠は完了。これも瑞穂さんの時と同じ。身体自体は修復されているので早いものである。司令官は相変わらず少し外で待っていてもらっている。事が済めばすぐに呼ぶつもりだ。私は2人よりも少し後ろで待機。

ドックの蓋が開き、雪風さんが目を開く。その目を見て、皆が少し驚いたのは無理もない。光の無い、虚ろな目。目の前が見れていない目である。やはり心は壊れており、無理に修復されている。

 

「おはよう雪風」

「雪風姉さん、おはようございます」

 

焦点が合ってきても、目は虚ろなまま。一度壊れて修復された者は、皆こうなってしまうのかもしれない。雪風さんのような基本が眩しいほど明るい人がこうなっていると痛々しい。

 

「あ、時津風……萩風も……おはよぉございます」

「よかった……ちゃんと雪風だ」

「ちゃんと雪風って……雪風は雪風だよぉ」

 

ホニャッとした笑み。見た目通りの可愛らしい笑顔。私達の知っている雪風さんだ。元帥閣下直属の雪風さんと変わらない、だが少し落ち着いた雰囲気というか、溌剌とした元気が今は見えないというか。寝起きだからというのもあるのかもしれない。

死因である時津風さんを見ても何の変化も無いということは、単純に記憶が全て無くなっていると考えていいかもしれない。自分が元深海棲艦であるということまで忘れている、一番最初の瑞穂さんと同じ状態か。心の再構築でドロップ直後の雪風さんになったと考えても良さそうだ。半深海棲艦として生まれた頃まで巻き戻っていたら、こうも行かない。

 

「ここは何処です?」

「私達の鎮守府だよ。時津風姉さんと私が所属してるの」

「雪風、何処まで覚えてる?」

 

割と直球。それも豪速球。

 

「覚え……てる……? 時津風、何のこと?」

「えーっと……な、なんて言えばいいのかな、朝潮ヘルプー」

 

こちらに目配せしてくる時津風さん。萩風さんからも助けを求める視線。経験者故に私が有識者だと判断されている。どう聞けばいいものかと思いつつも、わかりやすく簡単に話をすることにした。

私の顔を見ても別段変化無し。むしろ私が深海棲艦であることに驚いていた。

 

「と、時津風、深海棲艦、深海棲艦がいる!」

「だいじょぶだいじょぶ。この鎮守府こういうとこだから」

「え、え? ええ?」

「あとから説明するし紹介もしますから」

 

妹2人で宥めていた。この反応も久しぶりである。久しぶりすぎて新鮮。私はこういう反応を待っていたのかもしれない。念のため練習巡洋艦の制服で来たが、やはり見慣れないものには恐ろしいものなのかもしれない。

 

「私は元艦娘の深海棲艦、朝潮です。初めまして雪風さん」

「は、初めまして、雪風です。って、元艦娘……!?」

「はい。私は元々艦娘でしたが、いろいろあってこの身体になってしまいました。これでも元々は駆逐艦だったんですよ」

「うわ、うわぁ……そんな事があるんですね……」

 

姉妹と違って私は無縁。さらにいえば、朝潮を知っていたとしても私の外見からそれを判断することは出来ないだろう。今の私を見て何かしらの反応するのなら、それは生前の記憶が残っていることに他ならない。今のように()()()()()()ことが、何よりの安心。

 

「雪風さん、ここに来る前のことって、覚えていますか? 何故こうなっているか、わかりますか?」

「ここに来る前ですか。えっと……うーん……覚えてないし、わかりません」

「うっすらともですか?」

「はい。何にも思い浮かびません」

 

ならば、全ての記憶を失ったと見ていいだろう。生まれた時から半深海棲艦として壊れており、深海忌雷の寄生により何もかもが歪まされ、さらには必要のない人間の記憶まで持っていた。最期に至っては実の妹に殺されている。

そのどれもが心を壊す要因となっているのだから、全て消えていてもおかしくない。壊れた心を修復するに当たり、1つも残さない方がいいだろう。何もないことの方が安寧に繋がる。

 

こういうところでも、駆逐艦雪風の奇跡の力は効いているのかもしれない。不幸な人生、最悪の死を、最高の転生で覆す。ここにいる間は、ずっと幸せであってほしい。

 

「あ、でも夢を見ました」

「夢、ですか」

「お母さんがいた夢でした。艦娘なのに、おかしな話ですよね。雪風のこと、いっぱい褒めてくれるお母さんでした」

 

まさかそこが一番深く刻まれているとは思っていなかった。罪悪感よりも、苦痛よりも、母の愛情が一番強い。北端上陸姫が駆逐陽姫をどのように扱っていたのかは知らないが、少なくとも夢の中の母は、雪風さんにとっては最高の存在だったのかもしれない。

 

「朝潮さんは夢の中のお母さんに少し似ています」

 

ゾクリと肌が粟立つような感覚。深読みしすぎだとは思うが、私が北端上陸姫に似ていると言われたように思えてしまった。確かに私の中には北端上陸姫の細胞が埋め込まれているが、姿形は似ても似つかない。しかし、雪風さんも元深海棲艦。深海の気配を感じることは出来る。そこから私を夢の中の母親に似ていると言っているのだろうか。その夢の中の母親が北端上陸姫とは限らないのだが。

 

「ま、夢の話だったら別にいいよね。雪風、しれーにご挨拶しないとね」

「はっ、そうでした! しれぇにご挨拶です」

「近くにいるので、私が呼んできますね。その間に服を着ておいてください」

「あ、雪風裸でした。時津風、服ちょうだい」

 

時津風さんが話しかけると同時に、私の知っている雪風さんになったように思えた。やはりこちらの方がいい。目には光が灯っていないが、明るいなら明るいに越したことはない。

 

『何事も無くて良かったな』

「……そうね。ヨルもお友達にならなくちゃね」

『うん! みんなと友達になるよ』

 

素直に安心している。本当に記憶が全て消えているかどうかはゆっくりと調べる必要はあるだろうが、今はなるべく触れない方がいいだろう。少なくとも私からは何も言わない。アサとヨルにも口止めが必要かも。

 

 

 

司令官が顔を出した時には、雪風さんは服もちゃんと着ており、元帥閣下直属の雪風さんと同じ見た目になっていた。元深海棲艦でも今は艦娘。身体的な変化は無い。

 

「しれぇ、おっきい人です!」

「でしょでしょ。頭に登るのが楽しいんだー」

「時津風姉さん、少しは自重した方が……」

 

知っている調子になっていることで、司令官も先程とは打って変わって表情は明るい。

あの人間の意識が何処にも残っていないことが一番ホッとした。司令官ですら嫌うあの人間が雪風さんに入っていたというだけでも嫌悪感が凄かったが、綺麗さっぱり居なくなったようなので一安心。死を望んでしまったが、ここまで居なくなってほしいと思ったことも無い気がする。

 

「しれぇ、いいですか!」

「なんだい?」

「この鎮守府、深海棲艦がいます!」

 

思い切り指を指される。先程はちゃんと話を聞いてくれたが、やはり気になるのだろう。むしろ気にならない方がおかしい。そういう意味でも、雪風さんは正常な艦娘である。

夢の中のお母さんというのは、人間の姿を取っていたのだろうか。そういうところも気になるところ。

 

「ああ、ここには深海棲艦がいっぱいいるよ。だがね、皆仲良くしているんだ。嫌かい?」

「そんなことないです。最初見たときはビックリしましたけど、いいところだなって思いました!」

 

私と話したからか、深海棲艦と共存しているこの鎮守府にすぐに順応してくれた。ここはこういう場所である、ということを理解してもらえて嬉しい。

 

「君にはこの鎮守府に配属してもらおうと思っているんだが、いいかな」

「はい! 雪風、ここに居たいです! よろしくお願いします!」

 

元気よく笑顔で敬礼。もう駆逐陽姫だった頃の面影は何処にもない。深海の気配を感じることの出来る、何処にでもいる雪風さんとなった。死を経験しているものの、そのことを完全に忘れて、文字通り生まれ変わる事が出来たのだ。

 

「それなら良かった。あと、雪風君には少し特別な力があるんだ。他にも同じ力を持つ者がここには多くいるんだが、わかるかい?」

「わかりません!」

「元気でよろしい。君には、深海棲艦の気配を感じる力があるみたいなんだ」

 

元深海棲艦にこうやって教えているところを見るのは初めてだ。自分が元々深海棲艦だったことを自覚していないということ自体が極々稀。瑞穂さんはそこで私が説明したおかげで自覚はないもののそういうものと理解したが、雪風さんの場合はそれを説明するのが躊躇われる。だからこうして特殊な力を持っていると伝えたようだ。

 

「そうなんですか! あ、でもそうかもしれません。この鎮守府、不思議な感覚がいろんなところにあるみたいです」

「詳しいことは妹さん達から聞くといい。私が説明するより聞きやすいだろう」

「えー、しれー、あたし説明苦手ー。それにあたしらは深海の気配とかわかんないんだし、そういうのは朝潮得意でしょー」

 

何故そこで私に振る。

 

「あ、あの、雪風、朝潮さんに教えてほしいかなーって」

「別に構いませんが、何故私に……?」

「……さっきも言ったんですけど、夢の中のお母さんに似ていて。近くに居てもらえると、なんだか安心できるっていうか……その……」

 

初耳の司令官が首を傾げたため、簡単にだが説明する。駆逐陽姫がどういう存在だったかは報告済みのため、雪風さんがこうなっていることも理解できたのであろう。説明役は誰でもいいよと足した。

やはり記憶が無いにしろ駆逐陽姫の性質を少し引っ張っているのは確かだった。心の修復の際に、マザコン気質は少し残ってしまったようだ。こういうところは瑞穂さんと違う。本来なら艦娘にあり得ない感情を持ってしまったことは、それはそれで被害者と言えないことはない。

 

後ろで時津風さんがニヨニヨしているのが見えた。私の立場がまたおかしな方向に行くのを楽しんでいる顔。あとから文句を言っておこう。

 

「わかりました。午前中は私も検査がありますし、午後からは訓練担当の業務に戻るので、時間が空いた時にでも」

「ありがとうございます、()()()()!」

 

ああもうその方向で行くことが決まったのか。なんの躊躇いもなく私を母と呼んでしまった。気恥ずかしいのもあるが、駆逐陽姫の時のようにママと呼ばれるよりはマシかなと、妙に冷静に考えてしまう。

とはいえ、姉や妹、旦那などいろいろな扱いをされていた私だが、明確に母とされたことは少し驚いている。来るところまで来てしまったなと。

 

『やったな朝潮、ついに艦娘の子供が出来たぞ』

「いや、もう娘はクウとレキがいるし……」

『ご主人の子供? なら私と同じ?』

『難しいところだ。まぁヨルは私や朝潮に甘えればいいからな』

 

頭の中で好き勝手言ってくれるものである。アサとヨルも雪風さんに紹介しなくてはいけない。

 

こうして、元深海棲艦であり元混ぜ物である雪風さんが、この鎮守府に配属されることが決定した。また私の周りは騒がしくなりそうだった。




帝国民、最後の将。以前に島風も帝国民かもという感じにはなったのですが、匂いで懐いているだけだったので明確に帝国民というわけではありませんでした。でもこの雪風は朝潮を慕っています。初対面なのに。


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不必要な力

元深海棲艦であり元混ぜ物駆逐陽姫だが、転生により全ての記憶を失った雪風さんが仲間となった。

が、前世の影響か、私、朝潮のことを母と呼ぶようになってしまっている。北端上陸姫のことを母として扱っていた極度のマザコンである駆逐陽姫の気質が、記憶が無くても刻み込まれてしまっていた。精神崩壊により修復された心でも、それだけは免れなかった。

 

「うちの姉貴を頼むよママ。あたしゃもう眠い。限界」

「雪風姉さんをよろしくね」

「すごく複雑な気分ですが。あと時津風さんにママと呼ばれると肌が粟立つのでやめてください」

 

私はこのままヨルの調査に向かうこととなる。それと一緒に雪風さんは艤装のテスト。転生してから何らかの不備が無いかを確認する必要がある。司令官含む他の3人は自分の持ち場へ。特に時津風さんは、デメリットの先延ばしが後を引きずっており、このまままた眠るそうだ。

 

雪風さんは私にベッタリになってしまっている。仲間ではなく()()として接してきているのがわかる。一度お母さんと呼んでしまえば、その関係にズルズルと堕ちていくのはすぐにわかった。

これが雪風さんの壊れ方なのだと思う。悪い記憶が無いだけ良しと出来るが、人前に出すのが躊躇われる。瑞穂さんもそうだが、艦娘同士の関係性ではない。

 

「朝潮、艤装の調査だったな」

「はい。あの戦闘で私だけがまともに動けた理由がわかれば嬉しいです」

 

深海艤装に関してはやはりセキさんに聞くのが一番だろう。既にこの鎮守府がどういうものかを聞いている雪風さんは、セキさんを見て驚きはしたがそれで済んだ。

今までのことから考えると、私だけが例外になった理由は間違いなくヨルが接続されたこと。さらにいえば、あの生成はしていないが稼働はしている『種子』の生成機能が何か反応しているとしか思えない。

 

「うわぁ、お母さんの艤装、凄いです!」

 

私の腰に展開された尻尾を見て目を輝かせる雪風さん。お母さん発言でセキさんが怪訝そうな顔をするが、今はそれより艤装の調査を優先してもらう。

念のため、両腕両脚の装甲艤装と、背部の自立型艤装も展開しているので、今の私は臨戦態勢のフルアーマー。艦娘からも深海棲艦からも逸脱した異形。元の私は何処にも残っていない。

 

「いろいろあってこうなってしまったんです」

「いろいろ、ですか。お母さんはいっぱい戦ってきたんですね」

「ここの中では比較的新しい方なんですけどね。ちょっと修羅場が多かったというか」

 

雪風さんと話しながらも事は進んでいく。セキさんの手により尻尾は少しずつ分解されていき、内部が暴かれていく。ヨルが丸裸にされているようで少し恥ずかしそう。

その間に雪風さんは睦月さんの手を借りて艤装を装備。以前にも見たことがある艤装で、何も変化はない様子。一部心に問題を抱えているものの、おおよそ欠陥(バグ)無しの艦娘として運用が可能である。

 

「ここには私ほどに無茶苦茶な人生を歩んでいる人は少ないですが、元々は艦娘なのに深海棲艦にされてしまった人や、深海棲艦だったけど今は艦娘をやっている人がいますから。仲良くしてくださいね」

「勿論です! 雪風、みんなと仲良くしたいですから!」

 

やはり良い子である。前世の残酷な性格は完全に消え去った。

 

「雪風ちゃんは欠陥(バグ)も無くていい感じにゃしぃ。不調も無いかにゃ?」

「はい、大丈夫です! ちゃんと動きます!」

 

元々全てのイロハ級を組み込まれていた身体だが、私を母と呼ぶこと以外は、本当に何もない。腫れ物を触るような扱いにならないのは本当に良かったと思う。

 

 

 

雪風さんは艤装の稼働テストとして、睦月さんと一緒に外へ出て行った。その間に、私の艤装の調査を終わらせる方向に。

何が出てくるかわからないため、今回は先んじて佐久間さんも現場に駆けつけていた。実験器具もある程度持ってきて準備万端。突如とんでもないものが現れても大丈夫という状態。出てこないに越したことはないが。

 

「ここだ。ここに『種子』の生成機能がある」

「あー、なんか箱みたいなヤツかな」

「そうだ。ここから艤装を伝って体内に送り込まれる」

 

内部構造の話は少しわからない。尻尾であり、その中でも根元に近い部分にシステムがあるそうで、私の後ろで分解されている。何をされているかも見えない。

話からわかるのは、艤装の中で『種子』が作られ、装備している者の体内に止め処なく流し込まれるということ。私が治療されているときは、ここから流し込まれる『種子』と中和剤がぶつかり合い、地獄のような苦しみに変化したようだ。

 

『なんか変なところ見られてる気分だよー』

『お前の本体をバラされてるわけだからな。今だけは我慢しろよ』

 

今は空っぽになっている生成機能。だが、これがあるおかげで私は過負荷を乗り越えられたとしか思えない。一番のキモが、私の背後で展開された。

 

「佐久間に来てもらってよかった」

「いやぁ、これはちょっとヤバイね。加藤少将も呼んだ方がいいよ」

 

雲行きが怪しくなってきた。司令官を呼ぶと言い出すほどなので、余程のものが出てきたようだ。戦闘中も、今も、私には何も影響が見えないが、生成機能で何かが起きている。

私の一大事だからか、既に瑞穂さんが司令官を呼びに行った後だった。佐久間さんの発言の直後、工廠に司令官がやってくる。気付けば瑞穂さんも私の隣に。相変わらず電探を凌駕してくる。ヨルは初めてこれを目の当たりにしたので、思考の海で大騒ぎ。

 

「瑞穂君に呼ばれたんだが、朝潮君の艤装に何かあったのかい?」

「例の生成機能なんですけどね、朝潮ちゃんが戦場に出たことがキッカケだと思うんですけど、こんなものが……」

 

背後に回った司令官が艤装の中を覗き込み、言葉を失った。本当にとんでもないことになっているのでは。勿体ぶられると不安になる。

 

「あの、何があったんですか」

「……朝潮君は何とも無いんだね?」

「はい、勿論」

「生成機能が『種子』を生成しているんだ」

 

今度は私が言葉を失う番だった。だが私は洗脳されているような状態ではない。無意識に変化していたとしても、周りが確実に何か言ってくれる。心配はしていないが、『種子』がそこにあるというだけでもキツイ。

さすがのアサも少し不安そうな声を上げた。ヨルは意味がわかっていないみたいだ。

 

「とりあえず全て回収しておきます。色が違いますし、私達の知る『種子』とは違うように思えます」

「呉々も気をつけて」

 

佐久間さんが艤装から取り出した『種子』は、黒ではなく白。数はそこまで多くはないが、1粒や2粒ではない。見た感じだけでも50粒はある。とはいえ、佐久間さんの部屋にある大瓶1つ分なんていう酷い量では無い。

 

「これもしかして……『種子』を生成する材料、混ぜ物の過負荷なんじゃないですか?」

「そうか、それなら辻褄があう。()()()()()()()ということか」

 

過負荷を純粋な出力に転換する代わりに、この機能で『種子』を生成する。転換した結果の残りカスだったりするのかもしれない。それが装備している者に流れ込み、洗脳を強固なものにする。あの量は簡単には中和も出来ない。

そのシステムが中和と再構築により、私に一切害のないものに生まれ変わったのではないかと佐久間さんは話す。過負荷を出力に転換し、その結果『種子』を生成するという機能はそのままだが、生成されるものが私には無害なものとなった。本人と艤装が完全に繋がっている深海棲艦だからこその奇跡。

 

「とにかく、この白い『種子』はすぐに調査しておきます。本当に無害かどうかはちゃんと調べなくちゃ」

「ああ、頼んだよ。いざという時はまた違う対策を考えなくてはいけないからね」

 

この白い『種子』が何であれ、私達に害が無いのならそれでいい。

 

ここで艤装のテストをしていた雪風さんが戻ってくる。見た感じ、結果は上々。奇跡の駆逐艦としての面目躍如といった感じ。

 

「雪風、戻りました!」

「何も問題なかったぞよ。雪風ちゃん、睦月達の知ってる雪風ちゃんのスペックにゃしぃ」

 

やりきったと言わんばかりのいい笑顔な睦月さん。工廠組としてもう長く、深海艦娘としてスペックも高い睦月さんは、装備調整には持ってこいの相手。雪風さんも胸を借りたようである。

 

「これでお母さんと一緒に戦えますね!」

「え、お、お母さん!?」

 

そういえば、佐久間さんは雪風さんの壊れ方を知らなかった。むしろ初めての対面だ。艦娘からは確実に聞かないであろう言葉を聞き、さすがの佐久間さんも驚いている。

 

「お母さんはお母さんですよ? 雪風のお母さんになってくれる人です」

「お、おお……来るとこまで来たねぇ朝潮ちゃん」

「もう娘は2人いますし、1人増えても変わりませんよ」

 

もう落ち着いたものである。こんな状況にも慣れてしまった。

 

 

 

佐久間さんは早速白い『種子』を調査してくれた。黒い『種子』との比較をするだけですぐに終わると言うので、私は研究室で待たせてもらうことに。艤装テストが終わったので雪風さんも便乗。

そこにはいつものように助手をしている雪さんがおり、調査も瞬く間に終わらせていった。相変わらずのメイド服である。

 

「はぇー……すごいです。雪風よりちっちゃいのに、手際よくて」

「ずっとここでやってるからね。慣れちゃった」

 

今では何も言わなくても次にやることがわかっているかのようだった。佐久間さんとの息もピッタリ。

 

『ユキも大分馴染んだな。最初はどうなることかと思ったが』

『アサ姉、アサ姉、ユキってどんな子?』

『アイツにもいろいろあってな。あまり触れてやらないでほしい。敵が改心して仲間になった、とだけ言っておく』

 

空気を読むアサ。ヨルには出来ることならそういうことは知ってもらいたくない。雪風さんにもだ。新人にはなるべくそういうことは話さないようにする。

 

「ほい、調査完了」

「本当に早いですね」

「今までのデータと照らし合わせるのが多いからね。今までの研究が全部繋がってるわけよ」

 

軽く片付けて対面に座る。少し神妙な面持ち。あまり結果は芳しくなさそう。

 

「結論から言うね。この白い『種子』、とんでもないかもしれない」

「とんでもない、とは?」

「これ、()()()()()()()()()()()ってだけ。洗脳効果しっかり残ってる。埋め込まれた子は、多分朝潮ちゃんの部下になる」

 

それは本当によろしくない。劇薬なのは変わりないわけだ。私以外に取り扱うことは出来ないし、今までのことから考えれば、ヨルが艤装で噛み付くだけでもアウト。

 

「その代わり、これ埋め込まれて朝潮ちゃん()洗脳された子も、過負荷克服出来そうなんだよね。これ、基本的には黒い『種子』と同じ構造してるんだよ」

「大問題じゃないですか……」

「朝潮ちゃん自身は艤装を装備してるから埋め込まれる必要は無いみたいだけど、他の子は絶対ダメ。念のため中和剤は作っておくけどさ。これ、似てるけど別物だから、今の予防接種も効かないと思う」

 

この状況が北端上陸姫の狙ったことであるかはわからないが、私はあちらの目的である『2人目の北端上陸姫』に近付いてしまっているのは確かだった。相手の意思に関係なく自分の部下に堕とすことが出来るだなんて、最低な能力じゃないか。これはヨルにも忠告しておかなくてはいけない。

 

『ヨル、敵以外は絶対噛み付くな。いいな?』

『うん、わかった。よくわからないけど、ご主人が困ってるのはわかったから、やらないようにする』

 

アサが先手を打ってくれたようだ。ヨルも物分かりが良くて助かる。今は白い『種子』は全て撤去済みのようだが、何かあってからでは遅い。

 

よくよく考えてみれば、私が戦場に出れば、敵に噛み付いて一時的にこちらに引き込むということも出来るようになるのか。それは有用かもしれないが、やはり抵抗がある。

 

「とはいえ、これのおかげで朝潮ちゃんは敵の攻撃を唯一受けない深海組ってことになったからね。気負わずプラスに考えよう。ヨルちゃんのおかげで戦場に出られるようになったわけだからさ」

「そういう意味では、ヨルは救世主ですね」

『なんか褒められた。わーい!』

 

そこは感謝している。皆に託すと宣言したものの、自分が一番の被害者故に、自分の手で決着をつけられるものなら、そちらを望む。

 

「お母さん、戦えなかったんですか?」

「そうなんです。敵が深海の艤装を使えないようにしてくるんですよ」

「わぁ、それは大変です! でも、今は戦えるんですよね」

「そうですね。でも基本は皆さんに託しますよ。私は本来戦場に出ちゃいけないんです」

 

決着はつけたいものの、最終段階への進化を促されることはわかっている。戦力外通告は当然だが撤回されない。私は基本、訓練担当として鎮守府に居残る方がいいだろう。辛いが、私は戦っちゃいけない。

 

「そうなんですか……じゃあ、雪風もお母さんのために戦いますね!」

「ありがとうございます。お願いしますね」

 

何も考えずに頭を撫でていた。私も既に子供をあやす方向性に心が傾いているように思える。私が撫でると気持ちよさそうに身体を揺らす。本当に私を母親だと思ってしまっているようだ。

 

「あの、朝潮ちゃん、お母さんって……」

「雪さん、雪風さんは、()()()()()です」

「……ん、わかった」

 

まだ雪風さんは皆に公表されていない。駆逐陽姫が浄化、転生し、雪風さんとなってこの鎮守府にいるということは知っているだろうが、雪風さんが壊れてしまっていることを知っている人はまだ殆どいない。前例がいくつかあるので、こう言えば皆察する。

 

「じゃあ朝潮ちゃん、混ぜ物と戦うことがあったら、必ずセキちゃんに頼んで中から摘出してもらおうね。溜まり込んだら身体にも何か影響するかもしれないからさ」

「はい、肝に銘じておきます。その『種子』はどうするんですか?」

「中和剤だけ作って封印しておくよ。ここからまた増えそうだし」

 

私の後ろに控える瑞穂さんがソワソワしているのがわかった。いつもは考えもあまり読めないような人だが、今回ばかりは手に取るようにわかった。先に釘を刺しておこう。

 

「瑞穂さん、私の『種子』を埋め込まれたいなんて思わないでくださいね」

「えっ、あ、は、はい……」

 

図星のようだった。いくら従者として動いてくれているとしても、これだけはダメだ。ご褒美としても、罰としても、あれは誰にも触らせない。




強制帝国民化アイテム、白い『種子』。


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先を行く者

昼食時に駆逐陽姫から転生した雪風さんが公表された。どのような状況であるか、どうやってここに来たかは、自分が元深海棲艦であることを自覚していない本人の前では伏せられている。消えていると思っていた記憶は奥底に封印されているものであると、瑞穂さんが証明してしまっているためだ。余計なことをすると、表に出てきてしまうかもしれないと危惧されている。

 

「朝潮、まーた誑かしたんか」

「誑かしたとは失礼な」

 

龍驤さんに言われるのも無理はない。何かあれば私、朝潮にベッタリな雪風さん。初めての食事の場というのもあり、私の隣で食べているのだが、それはもう満面の笑みで美味しそうに食べる。微笑ましい光景に、周りの空気が温かくなるように思えた。

 

「で、ホンマのところは」

「駆逐陽姫がどういうのだったか知ってますよね、その気質を受け継いでるんです。壊れて修復されたことで、私のことを母だと認識していまして……」

「あー……まぁ、頑張りや」

 

雪風さんに聞こえないように龍驤さんに説明。これも本人には聞かれてはいけない内容のため慎重に。

 

「お母さん、どうしました?」

「何でもありませんよ。ご飯、美味しいですか?」

「はい、美味しいです!」

 

口元を汚して食べているので、ティッシュで拭いてあげる。その光景を見た龍驤さん、なんだかニヤニヤしながら霞の方へ。

 

「おう霞、ええんかアレ」

「別に。姉さんがああいうことやるのは初めてじゃないし、レキやクウもいるんだもの。気にならないわよ」

 

さすがは一番長く私の側にいる霞なだけある。この程度であれば寛容。おそらく頭の中では、春風や初霜とは違い、最初からライバルにならないと安心しているからというのもあるだろう。

 

「微笑ましい光景ね……山城……」

「そうですね姉様。でも、朝潮に娘が出来たとなると、私達の立ち位置が……()()()()になってしまいます」

「それは……少し不幸ね……」

 

霞や大潮も叔母。春風も立ち位置的に一応叔母。我々も女、『おばさん』と呼ばれるのには抵抗があるものである。

これに関してはおそらく雪風さんがその事実に気付くことがないので不安には思っていない。雪風さんに必要なのは()()()()()()であり、()()()()()()。私以外は普通に艦娘なのだと思う。

 

 

 

午後からは予定通り訓練担当。瑞穂さんを補佐にして、戦場に出る可能性のある艦娘を鍛え上げる業務。ここ最近はお休みしていたが、今日から復帰する。雪風さんは萩風さんに預けて、鎮守府の案内をしてもらうことにした。初日はまずそれがいいだろう。

 

今回の訓練は少し毛色が違った。相手が相手だからである。

 

「おう、悪ぃな朝潮」

「いえ、でも私が相手で良かったんですか?」

「当たり前だろ。お前、その身体になったことでこの鎮守府では上から数えた方がいい戦力だからな」

 

今回の相手は天龍さん。後ろには龍田さんも控えている。

白兵戦も出来るようになってから、アサが一緒に筋トレをするようになっていたが、こうやって実戦形式の訓練をするのは初めて。天龍さんには対空訓練を習った仲であるが、まさか立場が逆転するとは思わなかった。とはいえ先生と生徒というわけではなく、同等の立場での白兵戦演習となる。

 

「あの矢矧を倒せるようになるために、やれることやっとかないとな。手始めにお前だ。あと時間があれば神通のとこにも行かせてもらうつもりでな」

「徹底的に鍛え抜くと、そういうことですか」

「今のままじゃ全然足りねぇ。こっちも全力じゃなかったとはいえ、オレと龍田2人がかりで手ェ抜いてる矢矧とトントンだ。そのくせアイツ、欧州水姫っつーヤベェもん持ってやがる。んなら、まずはお前に勝てるか試しておきたかったんだ。似たようなもんだしよ」

 

まだ欧州水姫という深海棲艦がどういうものかは調べていないが、とにかく何をしてくるかわからないのが混ぜ物。何に対しても臨機応変に対応出来るようになることが強くなるための一番の近道と判断したのだろう。結果、私のような戦術がおかしな者を相手取ることにしたようだ。

 

「わかりました。では……全力で」

「おう。まぁ、まだまだお前にゃ負けるつもりはねぇよ」

 

今までにないマッチングだからか、何やら観客まで出始めた。見世物ではないのだが。

 

「それじゃあ……やるか」

 

私も同時に行動予測開始。演習と言えども、手を抜いた瞬間に一気に持っていかれる。あと模擬刀とはいえ当たると普通に痛い。天龍さんの腕前なら、模擬刀でも斬れる可能性まである。

 

「朝潮とこうやってぶつかり合えるなんてな」

「ガングートさんにも言われました。隣り合って戦うのも、演習でぶつかり合うのも、私には無縁だと思っていましたから」

 

手を払い、艦載機を発艦。まずは私の分12機。

 

「相変わらずインチキくせぇなぁ」

「それは褒め言葉として受け取っておきます」

 

一斉にけしかける。低空飛行の全機突撃。上下左右に振りつつも前方からの同時攻撃。刀1本ならば、ある程度は処理出来ても、飽和攻撃でどれかは当たるだろう。

 

そう考えていたのも束の間、

 

「皐月の倍ともなると、そりゃあ処理は面倒だ」

 

12機全てが斬り払われた。一応射撃も加えたのだが、それも関係無しだった。

受け流すかのごとく流麗に。荒々しさが目立つ天龍さんからは少し予想の出来ない動き。これは予測がつかない可能性が出てきた。

 

「皐月と叢雲合わせてやらせてもそれ以上の数だもんな。でも、やれないことはないぜ」

「インチキはそちらもでしょう」

「褒め言葉として受け取っておくぜ」

 

そのまま突撃してくる。相変わらず恐ろしい速度。

艦載機は今ので全機やられた。ヨルの方の水上機もあるが、今の様子では足止めにすらならない。ならば、早速の白兵戦。素早さには予測で対応し、スタミナには効率で対応する。

 

『ヨル、噛まずに薙ぎ倒す方向で行け』

『はーい。ご主人、振るよー!』

 

私が予測した行動は、アサにもヨルにも行き渡っている。そこからの最善の行動も、私と繋がっているが故に、子供のヨルですら導き出すことは可能。そもそもヨルは悪夢の中では鎮守府全員を破壊出来るほどセンスがある。

迎撃するように尻尾が動き、私の身体を強引に動かしての薙ぎ倒し。やり過ぎると背中を見せることになってしまうので何度もやるのはご法度だが、初動の1発目には都合がいい。なるべく早く天龍さんの方を向くように努力はするが。

 

「ヨルか! 射程伸びてんのはきっちぃな!」

 

そんなこと言いながらも、間合いに入らないようにブレーキ……するかと思いきや跳んでいた。必要最低限の跳躍。こちらは大振り故に尻尾を振った後は隙が出来やすい。

 

『んなろ、やらせるかよ』

 

まだ体勢は整っていないが、背部にはアサのコントロールする自立型艤装がある。空中で体勢を変えられるのは、艦載機を持ち、それを足場として扱う私と皐月さんのみ。刀しか手段がない天龍さんは、空中では無防備のはず。それでも跳んできたのだから、なんらかの手段を携えてきたのだろうか。

空中の天龍さんに向けて、アサが攻撃。どう避けるか。これはまだ私のデータには無い。

 

「アサはこういう事キッチリしてくるよな。隙を見せりゃ確実に狙ってくる」

 

その攻撃を強引に斬り払った。見た目以上に重い一撃。艤装のパンチを払えるほどなら、これは相当鍛錬を積んでいる。

尻尾を振り、艤装も払われ、本体が隙だらけになる。ならばここから未来を視る。この状態ではお互いがやれることが限られる。予測はしやすい。それに、私自身の戦力をどう見積もっているかは確認したかった。

 

「っ!」

「うぉ!」

 

艤装を払うのに刀を振り下ろしていたため、即座に攻撃するならそのまま回転してもう一度振り下ろすのが最速。角度的に袈裟斬りにされる場所のため、タイミングを合わせて必要最低限の動きで、腕の装甲で外へと弾く。その勢いで間合いをとった。

たった数秒の攻防なのに、どっと疲れが押し寄せる。計算が多い、あととにかく速い。慣れ方が段違い。身体が成長し、艤装が変化してしまったことをキッカケに白兵戦も覚えた私達とは雲泥の差。

 

「よく追いついたな。あれか、未来を視たか」

「全力ですから」

 

再び突撃することを見越して、足下に爆雷。扶桑姉様のように水飛沫を気にせず突っ込んでくる可能性はあったが、ほんの一瞬でも時間を作れれば、こちらは違う手段に走る。

 

「アサ、交代」

『あいよ』

『いってらっしゃーい』

 

水飛沫に隠れている間にアサに交代。白兵戦は当然ながらアサが一番得意だ。私はどちらかといえば頭脳労働であり、本来戦闘するのはアサの役目。このポジショニングをすると、艤装を動かすのは私になってしまうわけだが、今までの経験でそれくらいは出来る。

水飛沫が晴れる前に今度はこちらが突撃。ヨルが尻尾を大きく振り、水飛沫ごと天龍さんを跳ね飛ばそうとするが、いち早く気付かれ、刀で受けながら後退。

 

「うおっ!?」

「今度は私だ」

 

私が裏に回った方が攻撃的になるのは仕方のないこと。背部の自立型艤装で防御に専念し、アサの攻撃をサポートする。私が裏にいる間は、まっすぐ敵に突っ込んでくれて構わない。

 

「さすが扶桑姉妹仕込み。キレがいいな」

「朝潮は見様見真似だけどな。私は直接教えてもらった!」

 

天龍さんの攻撃は私が先読みして艤装による防御。攻防一体の艤装故に、どちらが表にいるかで戦術が大きく変わる。私が裏の場合は艤装の動きは防御強めになる。

 

『ヨル、ちょっと大振りは控えましょうか』

『はーい。じゃあ、頭でゴッツンで!』

 

ヨルに指示し、尻尾を振り回すことをやめ、頭部での打撃にシフト。私は予知しながらの防御に専念。

アサとヨルが攻撃役。私が防御役。私の身体での一番いい戦い方は、おそらくコレ。私も戦いやすい。

 

「予知での防御がやっぱ辛ぇな。全部先読みで防いできやがる」

「裏に回った朝潮は厄介だぞ。防ぐのももう無意識のレベルだ。どうやって越えるよ」

「そりゃあ、勿論」

 

ふっと目の前から消える。急に速くなった。

 

「追いきれないくらい速くなりゃいい」

 

電探を凌駕する瑞穂さんの移動法ではない。姿勢と、速度と、視線誘導。予知などと言っても、結局のところは私の思い込みもある。知らない攻撃に即座に対応することが出来ないのが欠点だ。

今は突然しゃがんだから、目の前から消えたように見えた。刀は振り下ろしているのに、身体は下へ。完全に死角を突かれた。

 

『アサ姉、危ない!』

 

尻尾が股の下をくぐり海中から迎撃しようとしたが、そのポイントまで絞られて前進。完全に懐に入られた。こうなるとスピード勝負。腕で攻撃出来るアサの方が速そうに見えるが、百戦錬磨の天龍さんに私達では追いつけない。予知をしても、()()()()()()()()()()()()

 

「よっ」

「いったぁ!?」

 

振り下ろしてきていたはずの刀は、身体を回転させながら斬り上げに変化。思い切り身体を斬られ、一撃で轟沈判定。

 

全部合わせて1分足らずの攻防だったが、物凄く濃厚なせめぎ合いだった。予知と本体による格闘、艤装コントロールによる防御と私がやれること全てをやってのだが、追いつけず。

この演習は私にも身になるものだった。まだまだ成長の兆しが見えたし、覚えなくてはいけないことが沢山ある。

 

「くっそーっ! いい感じだったんだけどな!」

「オレもいろいろやったからな。お前の予知は超えたぞ。次はダメそうだけどな」

『当然。覚えましたよ』

「朝潮が二度と喰らわないと息巻いているぞ」

 

誇張しすぎ。

 

『むぅ、尻尾当たらなかった』

『細かいこと出来ないもの。仕方ないわ』

『ご主人を守るためにもっと頑張るね』

 

なんて可愛らしい宣言。自立型艤装の意思だとしても、ヨルも娘のように感じられる。ここ数日で娘が増え、私の心は満たされるようだった。

ここでアサが私に主導権を渡してくる。途端に胸の痛みを感じ、顔をしかめてしまった。最後の一撃は割と強めに入っていた様子。

 

「痛た……結構強く入ったんですね」

「悪いな。咄嗟だったからつい」

「本物だったら今頃バッサリですか。恐ろしい」

 

こういう演習は初めてのことなので、この痛みも少しだけ楽しかった。対空訓練や対潜訓練とは違った緊張感、索敵担当では感じられない痛みは、私に戦う力があることを表してくれている。

 

 

 

その後、龍田さんも加わり、白兵戦演習がヒートアップ。天龍さんに傷1つ負わせることが出来なかった私達では、負けない戦いを徹底する龍田さんには触れることも出来ず敗北。とはいえ、あちらにも新しい刺激になったようで感謝された。

結局この2人は一度も勝つことが出来なかった。どういうことをしてくるかがデータに入ったとしても、私がそれに追いつかなければ意味がなかった。

 

「ありがとうね朝潮ちゃん。いろいろ見えてきたわ〜」

「それは良かったです。アサが裏で反省会してますよ」

「可愛いところあるのね〜」

 

余程悔しかったのだろう、アサは天龍姉妹に対しての対策を練るために裏側に引っ込んでしまった。次は負けないと意気込み、ヨルまで巻き込んで作戦会議中。これは夜に夢の中で呼ばれることだろう。

 

「もう龍田もオレと五分五分でよ。結構厳しいんだぜ」

「天龍ちゃんが教えてくれたおかげよ〜。私の先生はいつまでも天龍ちゃんだもの〜」

 

本当に仲がいい姉妹だ。出会った当初の危うさが少しだけ薄れているようで安心。私と霞のような仲なのだろう。

 

「うし、じゃあ龍田、オレらはオレらで続けるか」

「そうね〜。また胸を貸してね?」

「おう。朝潮、ありがとな」

「いえいえ。また何かあったら私が訓練担当の時に言ってください」

 

白兵戦演習というのも、有意義な時間だ。またやってもいいかなと思えた。たまには違うことをやっての気分転換もいいものだ。

 




久々にこんな一幕も。今までなら個人演習なんて以ての外だった朝潮も、今では1人で3人分の動きを見せる異常者。誰が呼んだか朝潮トリニティ。


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託す思い

白兵戦演習終了後、他の訓練にも立会い、いつものように午後の業務が終了する。久々の訓練担当に、私、朝潮も少し気合が入っていた。楽しく皆を指導出来たと思う。ここ最近はいろいろありすぎてこう日常的なことは何でもが楽しい。少しテンションが上がりすぎて、若干スパルタになってしまったかもしれない。

業務終了後は雪風さんと合流。萩風さんに鎮守府を案内され、大体ここがどういうところかはわかったらしい。雪風さんの身体についてや、ここにいる特殊な艦娘達の説明は私がすることになっているため、ここからの時間を使っていろいろ話していくことに。触れていいことと悪いことがあるため、その辺りは慎重になる。特に、元深海棲艦であることは触れない方がいいこと。それに関しては何も言わないことにする。

 

夕食まではまだ時間があるので、談話室で皆が集まり説明した。私の周りには説明が必要な人が多く、直に見せてあげるのが一番わかりやすいだろう。

 

「お母さんは元艦娘の深海棲艦で、霞ちゃんと初霜ちゃんは艦娘だけど後から変えられた半分深海棲艦、春風ちゃんは最初から半分深海棲艦……」

「ちょっと難しかったですか?」

「雪風にはみんなおんなじに見えますから……」

 

認識としては間違ってないのだが、心持ちが違うというか。見た目自体は結構バラバラ。先天性で扶桑姉様ほど深くない春風は黒く染まっているのみ。初霜は角やら痣やらが右半身だけ。私と霞は全体的に。それでも立ち位置としては、私以外は全員半深海棲艦。本人を見ながらでも少し難しいかもしれない。

 

「大潮ちゃんは……深海艦娘? 深海の気配は感じられません」

「大潮は身体だけ深海棲艦っぽく変えられちゃったんです」

「だから角があるんですね」

 

この辺りが特殊なので覚えるのに苦労しそう。霞が深海艦娘の外見をしている半深海棲艦であるのがそれを困難にしている。

 

「雪風には少し難しいですが、みんな仲間、お友達ですよね。それでいいです!」

「そうですね。その認識で充分です。ここには私とは違う純粋な深海棲艦もいますし、今ここにはいないですけどお友達の深海棲艦もいますから。皆仲良くするのが一番ですよ」

 

膝の上に座っている雪風さんを撫でながらの説明。私の隣に座る大潮と、正面に座る問題児3人。この光景を見て嫉妬するかと思いきや、思ったより穏やかな様子。

 

「なんでしょうね、この感覚」

「脅威には思えないのよね」

「母娘だからでしょう。私達とは立ち位置が違います」

 

この子達は何を言っているのやら。仲がいいのはいいことだが。余計ないざこざを作らない辺りは成長しているといえるか。

 

「お、ここにおったんか。朝潮、ちょいええか」

 

談話室で話をしていると、龍驤さんが顔を出してきた。私に用があるようだが、龍驤さんから私に来るのは意外と珍しい。深い話をしたのは、龍驤さんが入渠した時くらいだろう。

 

「話がある。来てくれへんか」

「わかりました。雪風さん、ここで皆とお喋りしててください」

「はい!」

 

雪風さんを膝から下ろし、龍驤さんについていく。誰かに聞かれたくない話なのだろうか。龍驤さん自身も、少し真剣な表情だった。

 

 

 

やってきたのはあまり人が来ないような工廠の隅。今は任務や訓練も終わり、基本的には工作艦しかここにはいない。睦月さんはともかく、明石さんやセキさんもそろそろ夕食時であるために作業を終えて奥にいる。

 

「すまんな、呼び立てて」

「いえ。で、話とは」

「頼みがあってな。朝潮の艦載機、貸してくれへんか」

 

珍しい頼みである。私の艦載機は深海製。夜でも飛ばせる特別なもの。以前にヒメさんやミナトさんの艦載機を借りて、夜に飛ばしたり昼でも意表を突いたりと、特殊な戦いをしていたのは知っている。

だが、今の戦場、深海の艦載機も敵の過負荷で飛ばせなくなることは実証済み。私の場合はヨルのおかげでその辺りは克服しているが。

 

「この前、朝潮出撃出来たやん。ちゅーことはや。過負荷乗り越えたんとちゃうんか」

「はい。ヨルのおかげで、過負荷はもう効きません」

「ほんなら、艦載機も行けるんちゃうかな思うてな」

 

私と接続されているから大丈夫なイメージもあるが、使ってみなくてはわからない。手数が増えるのはいいことだ。

 

「わかりました。試す価値はあると思います」

「ありがとうな。早速なんやけど、2つでええから今貸してもらえへんか」

 

艦載機を展開。言われた通り2つを渡す。ヒメさんの持つ猫耳ボールとも、ミナトさんの持つ意思を持っていそうな真っ黒な飛行機とも違う、角の生えたボール。意思があるようでない。

 

「ヒメのともミナトのとも違うんやな」

「深海艦娘の物がより深く堕ちたものですから。勝手が違うかもしれませんので、事前にテストはした方がいいかと思います」

「せやな。ほんなら、明日付きおうてもらってもええか?」

「いいですよ。予約済みとしておきます」

 

これはこれで私が指導することになるのだろうか。最初期に教えてもらう立場だった私が、今度は龍驤さんを教える立場に。天龍さんの時もそうだったが、私がこんな立ち位置になるだなんて、当時には思ってもみなかった。

 

「先に渡しておく必要があるんですね」

「そりゃあな。事前にこいつを式神にしておかなアカン」

 

艦載機を式神にする方法というのはよくわからない。教えてもらおうにも、秘密と言われてしまった。式神の生成は、工作艦にも伝わっていない秘伝のものらしい。逆に気になってしまうが深入りすると身の危険を感じる。

 

「それは私とアサの血と涙の結晶なので、大事に使ってくださいね」

「おう、朝潮や思うて切り札にさせてもらうわ」

 

なんだか重い言い方だが、私自身を託しているようでわかりやすい。乗り越えたとしても戦場に出ることを控えているのだから、私達の思いが籠った品を持って行ってもらえれば、私も一緒に戦っているように思える。

 

「これくらいのことなら談話室でも良かったのでは?」

「……いや実はな、司令官から話聞いててん。向こうの鳳翔のことや」

 

雪風さんの中の人間が言っていたことを、龍驤さんは伝えられたそうだ。その話は雪風さんの前では出来ない。あの場どころか、鎮守府内でも、司令官以外では私だけしか知らないことだ。

 

「あいつ、提督の力持っとるんやってな」

「……はい。私は直に聞かせてもらいました」

「そりゃあアホみたいに強くもなるわ。艦娘じゃあ本来太刀打ち出来ひん」

 

なるほど、こういう泣き言は私にしか聞かせられないと。内情を一番知っているのは確かに私だ。この話題を気兼ねなく話せる相手は私くらいしかいない。

提督の力を持っていると聞けば、あの尋常ではない強さも理解できた。弓による直接射撃、艦載機による範囲攻撃、主砲による砲撃、匕首による白兵戦、その全てが最高水準を超えている。それですら、深海の姫の艤装を展開していない手加減状態。

 

「それでも勝たなあかん。なら、やれる手は何でも使ったる。(こす)い、汚い、何でもござれ。無理も無茶も承知の上やで」

「命を捨てなければ問題はありませんよ」

「生きて帰るんが勝ちやし、誰が死んでも負けや。それだけは絶対に忘れんから心配せんでええ」

 

薄く微笑みながら話す龍驤さん。危うさも見え隠れするが、ここの鎮守府を古くから支えているだけあり、信念だけはしっかり根付いている。心配はいらないはずだ。

 

「せやけどな、どうすりゃ勝てるんかな。割とお手上げやで」

「姫の艤装すら出していませんでしたからね……とりあえず、見えている攻撃方法は全部対策すべきでしょう」

「それしかあらへんわな」

 

空母がどう対策すべきかはピンと来ないが、移動が不可能な龍驤さんには、相方となる響さんとの連携が必要不可欠。そちらも今以上に鍛え上げなくてはいけない。私に出来るのは、それをお手伝いすることだけだ。

 

 

 

翌朝の部屋、霞と準備している時に初霜がネクタイを締めに来てくれるのは毎日のルーティン。今回はそこに雪風さんも加わった。部屋は与えられているものの、霞と同様に添い寝希望。帰すわけにも行かず、3人で川の字になって眠ることに。2人が小柄なお陰でベッド1つで収まった。霞すら、雪風さんのことを姪っ子と見るようになったのかも。

 

「ほんま賑やかやなぁ朝潮の部屋は」

「龍驤さん、おはようございます」

 

まだ朝食の時間にもなっていないが、龍驤さんが私の部屋に訪ねてくる。雪風さんまでいたのは予想外だったみたいだ。

 

「昨日借りた艦載機、式神化出来たで。朝飯終わったら早速頼むわ」

「了解です。ちなみにどんな感じになるんです?」

「ん? ああ、こいつや」

 

懐から式神を取り出す。自前の艦載機は人の形、ヒメさんとミナトさんの艦載機は鬼の形となっていた。私のものも当然後者のものになるだろうと思っていたが、実際は違った。

 

「切り札やからな。形にもこだわったで」

「これ私の形してます?」

「せやで。これなら絶対間違えへんし、濡れてもええので作っとる」

 

その式神は、どちらかといえば人の形だが、抽象的に表現されたものではなく、私の髪型を模している。見ただけで、私の艦載機であるとわかる一品。

 

「龍驤さん、それ1枚貰えないかしら」

「私も欲しいですね」

「うちが戦闘するために丹精込めて作ってんねんで。2枚しかあらへんねんやから、渡せるわけないやろが」

 

その形のためか、霞と初霜が強請(ねだ)り出すが、軽く突っぱねる龍驤さん。雪風さんも欲しがったが、そちらは私が諌めた。あれは龍驤さんに貸し出したものだからと言えば、雪風さんはすぐに納得してくれた。

 

朝食を終えて早速工廠へ。今までの艦載機とは確実に使い方が違うため、早速発艦させた。

普通なら龍驤さんの持つ巻物状の甲板を滑る形で飛び立ち、そのまま空へと向かっていくのだが、私の艦載機なだけあり、甲板を滑った後、龍驤さんの周りをグルグル回るように移動した。こういうところは私譲り。

 

「おお、やっぱ朝潮のもんなんやなぁ」

「みたいですね。コントロールは出来ますか?」

「出来るみたいやな。これでうちも深海艦娘っぽく見えるんかな」

 

私達のように意識的に艦載機をコントロールすること自体が初めてのことだ。艦載機を発艦してしまえばお留守になる指を使ってのコントロール。まだ変化する前の霞が魚雷のコントロールをした時のように、視覚的に操るのが一番のようだ。

 

「結構難しいやんコレ」

「慣れれば指も必要なくなりますよ。現に私は12個使っているので」

「他の連中に聞いとるぞ。深海艦娘になった時点で勝手にわかるようになるらしいやん」

 

私もそうだった。深海艦娘にされた時点で、自然と6つ使えるということが理解できたし、指で意識する必要が無いほどに()()()()()()()という認識にされる。おかげで、練習要らずであの動き。

 

「ここに来て初めてやることがあるんやなぁ」

「私達にはそういうの多いですよね」

 

私も隣に艦載機を2つ発艦し、クルクル回しながら真似をしてもらう。手足のように操作できるようになれば、次は射撃や爆撃だ。

そういえば、水鉄砲にすることは出来るのだろうか。渡した時はそういった部分を考慮していなかったため、実弾しか出せないかも。

 

「龍驤さん、渡した時点では実弾が入ってたんですが、水鉄砲に変えるとか出来ませんよね流石に」

「出来そうにはあらへんな。式神にするときに内部構造はある程度見せてもらっとるんやけど、ようわからへんかった。形は近いけど、ヒメのもんとは違いすぎる」

 

深海艦娘の艦載は相当特殊な構造をしているようだ。いくら慣れていたとしても、内部構成がまるで違う艦載機。さらには自分の意思でコントロールする部分が大きい。

 

「よくもまぁこれで戦えるな」

「一時的に、これしか私の手段がなかったからですね。嫌でも慣れないと何も出来ない時期があったので」

 

不器用ではないものの、龍驤さんでも制御に苦戦を強いられているようだった。今は発艦したもののヘロヘロ。私の艦載機に追いつくのがやっと。

 

「これは練習あるのみやな。せめて深海艦娘くらいに動かせるようにならんと」

「そうですね。頑張りましょう」

「任せとき。そんなに時間使わんとマスターしたる」

 

気合の入り方が違う。気さくな雰囲気だが、いつになく真剣だ。

 

「前に、1人でやるんか言うてきたやん」

「はい。でも龍驤さんは皆と戦うと」

「最初はな、1人でやろう思うとった」

 

自分を嘲笑するかのように鼻で笑う。

 

「朝潮に言われてな、こいつマジかとビビったわ。でも言われてアカンって気付けたからな。感謝しとるで」

「よかったです。すぐに切り替えたんですね」

「うちがここにどんだけおると思っとんねん。アカンと気付けばいつも通りや。吹雪や天龍も同じやろうな」

 

最古参ならではの話。メンタル的な部分はこの鎮守府でも一番上。これだから皆がついていく。勿論私も。

 

今でこそ私が教える立場になったものの、まだまだ教わることが多い。この人はいつまでも私の先を行く人なのだと思う。




朝潮の形をした式神は、龍驤が頑張って作りました。特殊な紙を自分で切って、せっせと内職に励む。


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忌み嫌う力

龍驤さんに艦載機を貸し出すことになった私、朝潮。戦場には出ないために私の思いを託し、その扱い方を教えることとなった。

半日かかったが、龍驤さんはある程度のコントロールを可能とした。深海艦娘とほぼ同等の操作をし、ある意味近距離から中距離の射程を賄うことに成功。龍驤さんの戦術の幅が拡がった。

 

「まずはこの程度やな」

「そうですね。深海艦娘ほどに動かせるようになっていますよ」

「ここからもっと使いこなせるようにせな。全然足りへんわ」

 

上昇志向はとてもいいことだ。私の貸した2つだけでも、いつか深海艦娘全員をあしらうくらいにまで使いこなせそうに思えてしまう。

 

「ほな、こっからはうちでやってくわ。ありがとうな朝潮」

「いえいえ、これも訓練担当のお仕事ですから」

 

準備万端とは言えないが、これでまた対抗手段は増えている。勝ち目がゼロから僅かに上がったといえよう。

それでも負けるつもりなど何処にもない。私達は勝ち戦をしに行くのだ。落ち込んでいては、勝てるものも勝てなくなる。気持ちはいつも前向きに。

 

「ほんでもあと3日くらいは欲しいわ。今ようやっと使えるようになっただけやし」

「何かあればまたお手伝いしますよ」

「頼むわ」

 

時間もちょうどいいので、訓練はここで終了。ずっと工廠にいたため、そのまま食堂に向かおうとするが、ここで私の気配を感じる範囲の隅に、混ぜ物の気配がよぎった。

 

「えっ……混ぜ物の気配……!?」

「なんやて!? なんつータイミングで!」

「すぐに司令官に知らせます! 瑞穂さん!」

 

既に私の側から離れていた瑞穂さん。司令官にこのことを伝えに向かってくれただろう。相変わらず動きが早くて頼りになる。

気配はこちらに近付いて来ようとしている。気配の数からして、混ぜ物は2人。サイズ的に戦艦天姫は無い。ということは、残りの2人。

 

「龍驤さん、空母鳳姫が来ます」

 

龍驤さんの表情が明らかに変わった。対策が万全になったと言えないこの状況で、宿敵が来てしまった。ほんの少しだけ手が震えたのも見えた。緊張しないわけがない。かつての戦友との殺し合いなのだから。

思い切り自分の頬を引っ叩いた。気合いを入れるため、気を引き締めるため、迷いを振り切るため。

 

「うし、行けるで。響が来たらすぐに出る。ほんでも皆が準備するまでに大分近付かれてまうな」

「……私が時間を稼ぎます。吐き気も来ないようなので、今すぐ出撃出来るのは私だけです」

「わかった。すぐに追うで、持ち堪えてくれや」

 

司令官には事後承諾という形になってしまうが、また工廠内で戦闘をされるのはやめてもらいたい。今すぐ出られるのが私だけなのだから、今は私が限界まで足止めをする。せめて鎮守府からある程度離れた位置なら、戦いやすいはずだ。

 

『ご主人、ウズウズするー』

「生成が始まったのね。すぐに出すわ」

 

艤装を全て展開して、1人海へ。背負うものが大きい。いいじゃないか。やる気が出るというものだ。

 

 

 

鎮守府から少し離れた位置で会敵。数は12。混ぜ物と姫、そして……人形の空母機動艦隊。好き放題に建造し、それに深海忌雷を寄生させた即戦力は、夜ならばあまり見えなかったからいいものの、今回のような真昼間に来られると、その残酷な現状がこれでもかというほど見せつけられて辛い。

 

「アサだけなのね。嘗められてるのかしら」

「時間稼ぎでしょう。艦娘は準備に時間がかかりますから。理屈はわかりませんが、アサさんは我々の過負荷を克服したようで」

「おかげさまで、貴女達のお仲間の置き土産のおかげで、私は過負荷を乗り越えました」

 

冷ややかな目でこちらを見てくる空母鳳姫と軽巡岬姫。後ろには空母棲姫3体と戦艦水鬼2体に、人形の駆逐艦が5人。報酬艦も含まれているのかもしれない。

12人相手にたった1人で相対するのは流石に緊張する。いや、1人じゃない。アサもヨルもいる。

 

『お前もまた無茶したな。これを1人で足止めって』

『ご主人、ちゃんと私も守るからね!』

 

思考の海の2人はやる気満々だ。当然、私も。たった数分でいい、この連合艦隊をこの場に食い止める。無傷とは行かないだろう。だが死ななければいい。

 

「先には行かせませんよ。仲間達がここに辿り着くまで、私が時間を稼ぎます」

 

前回戦った時、空母鳳姫は私を殺しても問題ないような発言をしている。そのため、自分の立場を使った時間稼ぎは出来ないと考えていい。本当に実力での時間稼ぎだ。

 

「そうですか。では貴女を殺してしまいましょう。以前にも言いましたよね。姫様の寵愛を受けている貴女は邪魔です」

 

空母鳳姫の攻撃方法も、軽巡岬姫の攻撃方法も、戦いの中である程度確認している。姫の艤装を出さない状態であれば、予知により回避可能なはず。

ただし、空母鳳姫は提督の力を持っている。提督の力を使われると、私の予知なんて関係なしになる。それは司令官にやられて理解していることだ。

 

だから私は、予知だけではなく、今までの戦闘経験からの()に頼ることになる。

 

「邪魔なのはこちらのセリフです。撤退してくれるとありがたいですが」

「数的優位もあるのに何故そんな選択肢が出てくるのか」

「まぁそうですよね。でしたら」

 

尻尾を振り、水上機発艦。たったこれだけで足止めできるだなんて最初から考えていない。少しずつ後ろに下がる羽目になるだろう。それでも、本来の速度よりは遅くなる。耐えながらゆっくり、ゆっくりと後ろへ下り、援軍を待つ。

 

「空母隊、全機発艦。敵鎮守府への攻撃を始めなさい」

「鎮守府狙いですか。相変わらず陰険ですね」

「何とでも言えばいいでしょう。足止めすらさせませんよ」

 

対空砲火をやりたいが、私には軽巡岬姫率いる水雷戦隊が突撃してくるため余裕がない。鎮守府防衛は鎮守府組に任せる。

私に突撃してくる駆逐艦の人形5体は見ていて辛いが、容赦無く行くしかあるまい。もう助からないのだから、死により楽にしてあげる必要がある。

 

「オオトリさんの手は煩わせないわ。第二水雷戦隊、突貫」

 

随伴艦が全て人形だとしても、数の暴力に対しては回避と防御を優先せざるを得ない。5体相手は予知をフル回転しても回避経路をギリギリ見つけられる程度。

砲撃は私とアサで弾くことが出来る。問題は軽巡岬姫だ。未だ姫の艤装は出していないが、以前の戦いで砲撃、雷撃、白兵戦までこなすことはわかっている。先程発艦した水上機で牽制しつつ、やれるものは確実にやる。

 

「足止めはどうしたの?」

「出来ているじゃないですか。足、進んでいませんよ」

 

人形の砲撃と軽巡岬姫の雷撃を避けながら、人形1人の至近距離へ。空母鳳姫の重部隊は私には目もくれていない。嘗めてくれてありがたかった。戦いやすい。

 

「ヨル!」

『はーい! 吹っ飛べー!』

 

尻尾による強烈な薙ぎ払いにより、人形が1人吹き飛んだ。だが、腕を1本持っていけたくらいで、普通に立ち上がってくる。おそらく痛覚も遮断されており、死んでいなければ何事もなく攻撃を再開してくるはずだ。攻撃方法が制限されている私では、頭を潰すか噛み付きによりすり潰すかくらいでなければ倒すことが出来ないか。

 

『うぇ、硬いー!』

 

ヨルの悔しそうな声。割と強く当たったはずだが、立ち上がられたらこうもなる。壊したはずなのに壊れていない判定は気に入らないだろう。

 

「私の部下の艤装を使わないでもらえるかしら」

「私に勝手に接続しておいてその言い草は何なんですか」

 

一撃で倒さないとなると、予知による回避で手一杯になってしまうが、ここでついに援軍到着。

 

「朝潮、来たで!」

「先生大丈夫かい」

 

龍驤さんが乗った大発動艇が突っ込んでくる。響さんも意外と乱暴な運転をするが、的確にいてほしいところに来てくれた。いの一番は私の後継者。場所が確実にわかるものを連れてきてくれたみたいだ。

 

「……龍驤、来ましたね」

「おう、来たったぞ鳳翔。響は朝潮の援護や。うちらの回避と並行作業(マルチタスク)で行けるか」

「問題ない。そのための訓練だよ」

 

響さんは私の隣へ。大発動艇はもう1つの部隊へ。

 

「あの敵は……気分が悪いね」

「もう助けられません。死しか救出の方法がありません」

「そうかい……了解。ヴェールヌイ、敵水雷戦隊を殲滅する」

 

ここからは私の予知と響さんの行動予測の二段構え。早々攻撃は当たらない。人形に関してはどうとでも出来る。だが、なかなか致命傷を与えられず、合間合間の軽巡岬姫の横槍が戦闘を長引かせる。

龍驤さんも空母鳳姫の足止めをしているが、あちらは完全に嘗められているようで、戦艦水鬼がでしゃばってきたことで制空権を取ることは能わず、戦艦2体に対して龍驤さん1人という苦戦を強いられている。

 

「もう援軍来たのね。足止めは間に合わなかったか」

「足止め? ……まさか」

「他の部隊も鎮守府方面に向かわせているわ。大分大回りさせたから、貴女の電探にも引っかかっていないでしょう」

 

今回の部隊は本格的に鎮守府を狙ってきている。本格的にこの鎮守府が邪魔だと判断したのか。まさかそちらの方に戦艦天姫が含まれていたらどうしよう。不安が大きくなる。

 

「悪い、遅れた」

 

追加で来たのは天龍さんと龍田さん。軽巡岬姫との因縁のため、早期にこちらに来てくれた。これで響さんは龍驤さんの方に専念出来る。

 

「鎮守府防衛も必要になりやがった。まだ多少はこっちに来るが、人数が割けねぇ」

 

相当量の艦載機があちらに飛んでいるため、蒼龍さんと雲龍さんはあちらの防衛に全力を尽くしていることだろう。空母鳳姫1人に対して龍驤さん1人というのも厳しい戦いだ。

 

「朝潮、響、お前らは龍驤さんの援護だ。こっちはオレらに任せろ」

「了解です」

「任せたよ」

 

私と響さんは敵水雷戦隊から離れ、敵空母隊の迎撃へ。

 

「龍驤さん!」

「すまん、戦艦2体は流石にしんどい!」

 

戦艦水鬼2体に対してキッチリ均衡を保ち続けている辺りが恐ろしいが、今龍驤さんが無駄弾を使うわけにはいかないだろう。だが、私と響さんが加わったところで戦艦水鬼2体の守りを突破しつつ空母鳳姫含む4体の空母を処理するのはかなり厳しい。

 

『朝潮、手段ならある』

「何があるの?」

『戦艦水鬼の片方、()()()()()()()()()

 

こちらは援軍を待つ間も常に消耗し続ける。決め手はどうしても龍驤さんになるだろう。その消耗を抑えるために出てきた手段が、白い『種子』による()()

まだあちらには白い『種子』の存在は気付かれていない。気付かれたら対策されるであろう諸刃の剣ではあるが、やらないよりはやった方がマシか。

 

「……仕方ないわね。手の内を明かすのはやめた方がいいと思うけど」

『言ってる場合じゃ無いよな』

「ええ」

 

空母隊は鳳姫含めて相変わらず鎮守府への攻撃を優先しているため、こちらを見ていない。やるなら今か。

 

「龍驤さん、響さん、援護してください」

「何する気や」

「信じてくれれば」

 

あまり細かいことは話せない。話すにしても今では無い。

 

「ええやろ。どうすりゃいい」

「近付けられればいいです。翻弄してくれれば、予知を使って最善の道を拾います」

「了解。援軍がもうそろそろ追加で来るのは先生もわかっているだろう。その前にそれを終わらせよう」

 

電探の反応から、援軍が来ることがわかる。次に来るのは対策班に含まれている高雄さんと白露さん。白露さんが低速故に少しだけ時間がかかっているが、来てくれればさらに有利になる。それまでに、作戦を実行する。

 

「いいですね。それでは、朝潮、突撃します!」

「ヴェールヌイ、朝潮を援護する」

 

戦艦主砲による攻撃を避け、自立型艤装による攻撃も掻い潜り、片方の至近距離へ。頭部大型艤装は使われず、副砲は響さんが処理してくれている。龍驤さんも私の突撃を援護してくれた。これで作戦を実行出来る。

 

「行って、ヨル!」

『噛み付くよー!』

 

振りかぶってきた拳も、予知により最善な回避場所に移動し、本体の胴体に尻尾をぶつけがてら、胴体に噛み付く。完璧な流れ。

噛み付いた時点で私達の白い『種子』が流れ込む。さすがにこれの対策はまだされていない。深海棲艦だというのに、『種子』の『発芽』が始まり、恍惚とした表情になっていく。あちらにも黒い『種子』は埋め込まれているはずだが、それを上書き出来ているようだ。後乗せの方が強いのかもしれない。

 

『うまく行きそうだな。これで処理出来る』

『もういいかな』

『ああ、充分だ』

 

尻尾を放す。ビクンと震えたあと、白い『種子』による洗脳で私の部下へと変わり果てる。本来なら忌避している力ではあるものの、今は状況が状況だ。四の五の言っていられない。

 

「もう片方の戦艦水鬼をやりなさい」

 

コクンと頷いた後、同士討ちを始めた。これで戦艦水鬼2体の処理が終わる。洗脳した方が生き残れば空母隊の殲滅にも力を借りれるし、やられたならやられたで敵が減るため問題なし。

残酷な力。自分の行いに嫌悪感を感じる。北端上陸姫とやっていることは同じじゃないか。

 

「あ、朝潮、何してん」

「ヨルの力です。やりたくなかったんですが、片方は確実に処理できるので解禁しました。目には目を、です」

「無茶苦茶やん……せやけど、助かったわ。後は空母のみやで!」

 

戦艦水鬼2体が同士討ちを始めたことで、空母鳳姫がこちらの脅威に気付いたようだった。私達が何度も何度も受けてきた陰湿な作戦を、目の前でやり返してやった。完全な意趣返し。

 

「……アサさん、貴女」

「貴女方が私の心を壊すためにさんざんやってきた手段です。何か、文句がありますか?」

「ありませんよ。ですが、楽しくなってきました」

 

ニコリと笑顔を向けてきた。私を見る目が変わったようだ。敵じゃなければ、母のような優しい顔なのだが。

 

「邪魔というのは撤回しましょう。貴女はやはり、()()()()()()に相応しい。貴女以外を皆殺しにし、こちらに来てもらいますよ」

 

鎮守府への空爆を止め、こちらを見てくれた。これで戦いは次の段階へ移行する。

 



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剣の閃き

混ぜ物2人を含む空母機動連合艦隊に攻め込まれ、窮地を凌ぐ。龍驤さんの負担を減らすために、私、朝潮がヨルの力を借りて2体の戦艦水鬼を同士討ちさせることに成功したが、それを見た空母鳳姫に何やら不思議な言葉をかけられた。

 

「邪魔というのは撤回しましょう。貴女はやはり、()()()()()()に相応しい。貴女以外を皆殺しにし、こちらに来てもらいますよ」

 

後継者。後継者と言ったか。

雪風さんの中に入っていた人間は、私を2人目の北端上陸姫にすることがあちらの目的だと言っていた。そういう意味では後継といえば後継か。

北端上陸姫の目的はまだ公表していない。余計なことを言って鎮守府を混乱させるわけには行かなかった。だが、こうなっては仕方がない。

 

「朝潮が後継者? 何言うとんねん鳳翔」

「貴女には関係の無いことですよ龍驤。どうせここで死ぬのですから、知る必要もないでしょう」

「はっ、嘗め腐りおってからに。朝潮はな、うちらの大事な仲間なんや。渡さへんで」

 

瞳が一層輝いた気がした。先を、いつも以上に先を視る。

龍驤さんが危ないことはわかる。大発動艇の上から動けない龍驤さんは恰好の的だ。響さんが常に動かし続けているにしても、あちらは容赦なく龍驤さんを狙うだろう。

現段階では艤装は甲板。空母棲姫と共に鎮守府へ空爆をしている時のまま。変形の素振りはないため、いきなり砲撃が飛んでくることはない。だが、空母鳳姫には匕首がある。接近戦を挑まれたら例え龍驤さんでも厳しい。

 

「響さん、行動予測は回避に寄せてください。私が守りに寄せます」

「了解。先生と分担か。いいね、胸が熱いよ。なら私も、無理をしないといけないな」

 

少しだけなら響さんも『未来予知』が可能になった。そこに私が予知を重ねる。二重の予知で龍驤さんを守りながらの戦いをしていく。

提督の力は予知をも超えることは理解している。だからこその2人がかりでどうにかするしかない。もう少し人が増えれば、情報は増えるが手段も増える。勝ち目は見える。

 

「援軍! 来たよ!」

 

白露さんの声。高雄さんの反応もある。戦力増強したが、まずは鎮守府への空爆を続ける空母棲姫の処理をお願いしなくてはいけない。

 

「後ろの空母棲姫をお願いします!」

「あいつらか鎮守府爆撃してんの! 高雄さん、やっちゃおう!」

「ええ、すぐに処理してあげますわ」

 

横槍に見えたのだろうか、空母鳳姫がチラリと高雄さんを見た。次の行動を予知。視線からは高雄さんだが、弓にも手をかけたため、他を狙うこともあり得る。むしろもう誰でも対象になり得る。アサとヨルにもフル稼動してもらい、次に導き出される答えは。

 

「では死んでいただきましょう。まずは貴女です。ヴェールヌイ」

「だろうね。龍驤さんの足は私だ」

 

私も動き出していた。すぐに届くのはヨル。回避してもらいつつ守りに入れば、響さんがやられることはない。目測を上回る動きをされるのなら、それも見越して先を視るだけだ。

全員が同時に動く。私は響さんの前へ。響さんは回避行動しつつ砲撃。龍驤さんは艦載機の発艦。空母鳳姫は弓に矢をつがえ、既に放っていた。

 

『危ない!』

 

その矢はヨルがしっかりガード。これが開戦の合図となった。式神よりも早く矢を射ってくるため、対応速度がモノを言う。

龍驤さんは息もつかずに式神を展開。艦載機を次々と発艦しながら、一部は防御に使う。響さんは行動予測からの牽制砲撃で動きを食い止めながら、龍驤さんの乗る大発動艇を今最もいてほしい場所へと操作する。そして私は、弓など関係なしに突撃。攻撃を邪魔さえできればいいため、匕首による白兵戦を警戒しながらの接近。

 

「貴女には傷付いてほしくないのですが」

「それなら私自身が人質ですね。本気は出さないんですか? 提督の力と、姫の艤装は」

「使いませんよ、この程度では」

 

違う、使()()()()のだろう。戦艦天姫の戦い方からして、あの力にはリミットがあるはず。過剰すぎる力を艦娘(深海棲艦)が持ってしまったが故に、清霜さんとは別の方向で燃費が異常に悪い。すぐにガス欠をするのだと思う。

暴風雨のような力を撒き散らすが、持久戦になればこちらが有利になる。出来れば、だが。

 

『こいつ、本当に空母か!?』

『全然当たらないよ!』

 

アサとヨルが隙を突くように攻撃をしているのだが、まったく当たらない。それどころか、避けては私以外に矢を放ち、さらには深海の艦載機を鎮守府に送り込む始末。

提督の力を持つだけあり、空母鳳姫は格が違った。これでまだまだ手加減しているという現状が、私達に絶望を過ぎらせる。

 

先程洗脳した戦艦水鬼が、同士討ちの末に勝利したのが確認できた。だが大きく消耗しているのが見て取れる。艤装も至る所が破損し、身体も服もボロボロだ。実力がまったく同じもの同士の戦いなのだ。時の運で勝ったに過ぎない。

あれでは、空母棲姫の処理を任せるのは難しいだろう。ならば一度下がってもらう。私のワガママで洗脳してしまった戦艦水鬼だ。私が面倒を見ずに誰が見る。

 

「貴女は一旦下がって! 手伝ってくれてありがとう!」

 

またコクンと頷き、フラフラと戦場から離れていく。それを見逃さないのが空母鳳姫だ。こちらの攻撃を全て回避しながらも、矢は一時的に私達ではなく、戦艦水鬼の方を向く。

 

「裏切り者に命は要りませんね」

 

私の考えはアサとヨルにも伝わっている。私は、あの戦艦水鬼も守りたい。洗脳で意思を捻じ曲げてしまったとはいえ、もう仲間だ。

瞬時にアサと入れ替わり、私が艤装側に。防御特化の艤装コントロールで、矢の方向を無理矢理変える。戦艦水鬼には掠めることもなかった。一安心。

 

「そんな余裕があるのですか」

「お前のところの姫と違って、うちの姫はお優しいんだよ!」

 

やってることに優しさなんて微塵もない。本来なら撃破していた敵をこちらに無理矢理引き込むという鬼畜の所業。アサが提案したとしても、ヨルが実行したとしても、私が狂っていたからやったのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()。嫌悪感と罪悪感が私の頭をグルグルと駆け回る。

私はさっき、あの洗脳した戦艦水鬼は死んだところで問題ないと考えてしまった。最悪な考えだ。自分達の命を守るために、敵を味方につけた上に捨て駒扱いしようとした。今の自分と先程の自分の矛盾に吐き気がしそうだった。

 

『ご主人、今は考えちゃダメ。私もあの人助けたいから』

『……ありがとうヨル』

 

今は余計なことを考えていてはダメだ。迷いが敗北に繋がる。

 

「鳳翔、お前も余所見しててええんか」

「貴女方にはそれでも充分なんですよ。でも、そろそろ減らず口を叩けなくしてあげましょう。少しだけ、お見せします」

 

突然目の前から消えた。司令官にされた、予知を凌駕する()()()()。電探の反応すら超える、瑞穂さんと同等の動き。

 

「っぶな……っ!」

「あら、よくもまぁ受け止められたものです」

 

空母鳳姫は大発動艇の上にいた。狙いは龍驤さんの首。それを見越して、式神を急所という急所に張り巡らせていた。やってくるのなら一撃必殺だろうと見越した結果、案の定首の辺りに用意していた式神が真っ二つに。紙で耐えることが出来ているのは龍驤さんの技量なのだろう。

 

「降りろや!」

 

さらに切り札である私の艦載機を発艦。まだ覚えたばかりの力で、乱暴な攻撃になってしまうが、少しだけでも体勢を崩させるのには充分だった。

 

「深海の艦載機……まともに動くものですか。アサさんのものですね」

「おう、うちの切り札や。わかったらさっさと降りろ!」

 

押し出すように艦載機をぶつけて、さらには蹴り出し、大発動艇から落とす。大発動艇も急加速でその場から離れ、一旦仕切り直しとなった。

 

 

 

一方その頃、天龍さんと龍田さんは人形5人を含む水雷戦隊と戦闘中。2対6と数的優位は取られているが、人形に関しては何も気にしていなかった。死のみが救済であることを2人とも前回の戦いで理解しているため、容赦なく斬り捨てる。

 

「悪い……これしか方法が無いんでな」

 

砲撃も魚雷も難なく躱し、一刀の下に斬り伏せた。首は硬めに作られていたが、天龍さんの刀も、龍田さんの薙刀も、そんなこと関係なしに斬っていく。せめて一瞬でと、最期の優しさを込めて。

天龍さんは謝罪をしながら、龍田さんは無言で。元々が艦娘であることがわかるように寄生しているのも最悪な敵である。

 

「いちいち謝るのね。疲れない?」

「おう。人の心を持ち合わせてるんでな。お前にゃわからんだろ」

「わからなくて結構。捨て駒は捨て駒らしく役に立ってもらいたいんだけど、あっという間ね」

 

人形5人は全て処理。生々しい返り血に塗れた天龍さんが、刀を軽巡岬姫に向ける。

 

「次はお前だぞ」

「出来るものならどうぞ」

 

言うが早いか、突撃する。相変わらず普通の速さではない。

 

「速くなってるわね」

「おうよ」

 

即座に懐。主砲が向けられる範囲のさらに内側に潜り込み、強烈な斬り上げ。私が演習でやられた時のような、胴体を真っ二つにする勢い。

だが、軽くバックステップされ、その範囲から離れられる。あちらも速さで押すタイプか。

 

「綺麗な太刀筋。ねぇ、前にも言ったけど、第二水雷戦隊に来ない? ここで死ぬのは惜しいと思うのよ」

「前にも言ったよな。クソ喰らえだ」

 

着地間際に横薙ぎ。撃ちながらの回避にも関わらず、御構い無しに突っ込む。砲撃の射線は、少し刀を添えるだけで天龍さんには一切当たらない。私の艦載機を全て斬り払ったときのような、見えないほどの太刀筋。

それを今度は忌雷が寄生し、艤装に包まれている左脚で受け止める。人形の首をいとも容易く刎ね飛ばす一刀を、何事もなく受け止めた。

 

「かってぇ!」

「簡単に壊れるものですか。ここは私の第2の心臓よ」

「あらそう。なら逆はどうなのかしら」

 

天龍さんの後ろから龍田さんがヌルリと現れ、軸にしている右脚を薙ぎ払う。が、それも跳ばれて回避。空中では身動きが取れないが、そこを砲撃によってカバー。隙が無い。

隙がないのならこじ開けると、着地を狙ってさらに突撃。やはり天龍さんには敵の砲撃は関係ない。今度は艤装のない右脚側から。

 

「意外と頭を使うのね」

旧式(ボロ船)は創意工夫で何とかするんだよ」

 

当然左脚でガードしようとする。が、身を捩って胴に向かっての斬り上げに変化。同時に龍田さんが逆方向から一閃。

 

「っふ、ふふっ、楽しいわね。今まで見てきた中で貴女達が一番やりがいがあるわ」

 

その攻撃は両方腕によって阻まれる。ここで欧州水姫の艤装を展開。両腕が艤装に包まれ、2人の技でも食い止められてしまった。

 

「じゃあ、今度はこちらの番よ」

 

背中に接続された4基の戦艦主砲が2人に狙いを定める。白兵戦故に至近距離。そのまま撃たれれば軽巡岬姫もただでは済まないと思うが、関係なしに砲撃準備に入ったということは、何かしら対策があるのだろう。

 

「当たると」

「思ってるのかしら〜」

 

同時に本体狙いの一閃。砲撃の瞬間でもあったため、射線をズラしつつの攻撃となった。砲撃は当たらなかったものの、攻撃は当たり前のように腕で食い止められる。

 

「そうこなくっちゃ。もっと、もっと楽しませてちょうだい」

 

やたら大振りな左回し蹴り。艤装に包まれているため、当たれば大きなダメージになるだろう。近くにいた龍田さんは跳びのき、天龍さんは刀でそれを受ける。

が、その左脚から水上機が発艦。龍田さんへの爆撃が始まり、天龍さんには戦艦主砲での砲撃が再開される。

 

「さっきまでの威勢はどうしたの?」

「ちょっと待ってな。すぐにわからせてやるからよ!」

 

怒涛の砲撃も持ち前の俊敏さで掻い潜り、またもや懐へ。龍田さんも爆撃をヒラリヒラリと避け、天龍さんと同じように接近。

まず天龍さんがその場で身体を捻りながら斬り下ろす。至近距離なら戦艦主砲を向けることが出来ない。腕が脚で止めざるを得ない。片腕を使いその一刀を止める。

 

「貴女の腕では斬れないわよ」

「知ってる。だからよぉ、こうするんだ!」

 

受け止めている腕を強引に押し下げる。膂力も戦艦並になっているであろう軽巡岬姫に、力で押し勝った。そしてその背中から目を光らせた龍田さんが薙刀を振りかぶっている。これは当たると判断したのだろう。受け止めるのではなく回避を選択した。片腕は天龍さんに封じられたため、バックステップで。

 

「へっ、そうするよなぁ!」

 

それに合わせて、爆発するような突進。腕を押し下げているのだから、当然刀は軽巡岬姫の喉元に向かっている。突撃からの、強烈な突き。

 

「この……っ」

 

もう片方の手で刀を掴み、突きは止めた。だがこれで両腕を封じている。脚を使われないように、天龍さんがその脚を踏みつけた。後ろに跳んだ状態からのこれなので、嫌でも体勢が崩れる。

 

「ガラ空きよ〜」

 

そこまでやって、龍田さんの薙刀が届いた。艤装も無く、ガードも届いていない腹に突き刺さる。

 

「っぐ……」

 

だが反撃の砲撃が放たれ、致命傷になるほどまでには行かなかった。とはいえかすり傷でもない。血はドロドロと流れている。

 

「やってくれるじゃない……!」

「まだ終わらねぇだろうが!」

 

握られていた刀を強引に引き抜き、その場で横薙ぎに。当然腕でガードされるが、当たった瞬間にピシッとヒビが入る音がした。天龍さんの刀と軽巡岬姫の艤装、どちらにも小さなヒビが。

 

「ここまで……っ、っは、はははっ!」

「っはぁ! 面白くなってきたじゃねぇか!」

 

さらに滅多斬りにしていくが、その全てに対して両腕を使って対応。攻撃する暇を与えず、怒涛の猛攻を続ける。そして、

 

「っらぁ!」

「はぁ!」

 

天龍さんの一撃が届く。ガードに基本的に使っていた右腕の艤装が、ついに破壊され、右腕の肘から下が宙を舞った。しかし、同時に天龍さんの刀も折れてしまい、攻撃手段そのものを失ってしまう。相打ちを見計らって、龍田さんがさらに一撃。右腕ではガード出来ないため、そちらの方向から。脚の艤装も左のため、今の軽巡岬姫は右側のガードが甘い。

 

「最っ高よ貴女達! こんなにやりがいがあるのは初めて!」

 

だが、ここで新たな艤装。複合型のもう片方。腕そのものが戦艦主砲に覆われた。

 

「南方棲戦姫かよ!」

「こっちの方が負荷が大きいのよ。出せたことを喜んでいいわ!」

 

残った左腕での殴りつけるような砲撃により、爆風で天龍さんが吹き飛ばされ、龍田さんも何とかガードするが近付けなくなってしまった。これにより天龍さんは中破。龍田さんも小破。至近距離の爆発だというのに、軽巡岬姫はこの爆発での傷は無い。

 

「クソが……!」

「こっちも右腕がないのは困るわ。今日はこのくらいにしておいてあげる。あとはオオトリさんに任せるわ」

 

ここで空母鳳姫と合流。私達の方に混ぜ物が2人になってしまった。

 

「あら、その腕……やられてしまいましたか」

「ええ、ごめんなさいオオトリさん。少し戦いづらいから私は退くわ」

 

あれで少しと言い放つ。痛覚が無いのかと思えるほど平然としていた。

 

「空母棲姫撃破です!」

「高雄さんナイスぅ!」

「白露もよくやってくれたわ!」

 

また別の場所では、鎮守府に向かって空爆を続けていた空母棲姫が、高雄さんと白露さんの手で処理されていた。たった2人で姫3体をどうにかしてくれたのは本当にありがたかった。こちらは全力で立ち向かったというのに空母鳳姫はピンピンしている。

 

「あら、私の鍛えた部下達が。致し方ありません。では、終わりにしましょうか。それなりに楽しめましたよ。それに……なかなかいい成果です」

 

逃げ果せた戦艦水鬼の方を見てから、こちらを見てくる。あの顔、私が戦艦水鬼を洗脳したという事実が余程嬉しいらしい。こちらは罪悪感に苛まれているというのに。

だがこちらもただではやられない。援軍がこちらに向かっているのは、私と響さんが気付いている。他の誰もが気付いていないだろう。

 

「龍驤、これで終わりです。最後まで私に通用しないようでしたが、やる気だけは認めてあげましょう。楽しかったですよ」

「ほう、そうかい」

 

後ろ手に合図。既に艦載機を1つ飛ばしていたのだ。援軍が私と響さんの電探に入った直後から、タイミングを合わせるために。

 

その援軍とは、清霜さんだ。

 

私と響さん、龍驤さんは纏まって行動している。高雄さんと白露さんは別方向。天龍さんと龍田さんは傷を負っているが逆方向。電探の反応からして、完全に直線上が開いている状態。撃つなら今だ。

 

「アサさんは生きていてもらわなくてはいけませんから、残りを1人ずつ、アサさんの前で嬲り殺しにしましょう」

「やれるものならやってみろ」

 

合図を出した瞬間、混ぜ物2人に降り注ぐ超火力。完璧な位置、完璧なタイミング。防御したかは見えなかったが、少なくとも現在、爆炎と爆煙に包まれている。

さらに追撃。清霜さんの砲撃が何度も何度も放たれた。爆炎に次ぐ爆炎。普通の深海棲艦ならひとたまりもないだろうが、混ぜ物、かつ提督の力を持つ空母鳳姫がこれで倒れてくれるとは思えなかった。

 

「なかなかいい不意打ちですね。火力も大和型ですか」

 

爆炎の中から空母鳳姫の声が聞こえる。やはり倒せていない。

 

「私で無ければ、ダメだったかもしれませんね」

 

突然、龍驤さんの乗る大発動艇が爆発した。今の爆発は魚雷。それに気付いた白露さんと響さんが魚雷処理を始めるが、間に合わないレベルの数が爆炎の中から放たれている。

まだ放たれている清霜さんの砲撃も、深海の艦載機が受け止めていた。何という硬さだ。あの連射が受け止められるほどとは。

 

「最後に私の姫の艤装を見せてあげましょう。冥土の土産、というものですね」

 

爆炎と爆煙が晴れる。

 

奥から、金属の光背を背負った空母鳳姫が姿を現した。恐ろしくも神々しい敵の姿に、私達は言葉を失った。

 



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高すぎる壁

混ぜ物2人、空母鳳姫と軽巡岬姫との戦闘中。天龍さんと龍田さんが軽巡岬姫に中破以上のダメージを与え、さらには援軍の清霜さんの長距離砲撃により大きなダメージを与えたと思った矢先、空母鳳姫が姫の艤装を展開。まったくの無傷な挙句、避けきれないほどの魚雷を放ってきた。

本来の空母鳳姫、軽空母鳳翔は魚雷なんて運用出来ない。それを、姫の艤装、深海日棲姫の力により可能としていた。深海日棲姫は甲標的母艦、すなわち魚雷運用に秀でている。空母なのに魚雷を放つのはそのためだろう。

 

「なんやあれ……滅茶苦茶やんけ……」

 

大発動艇が破壊され、それに巻き込まれてほぼ大破状態となってしまった龍驤さん。向かってくる魚雷は響さんが処理してくれているが、欠陥(バグ)のせいでそもそもその場から動けず、甲板もボロボロ。傷も負っているために次に当たったら危険。

 

「天龍ちゃん、引っ張るわ〜」

「悪ぃ……魚雷の爆風まで当たっちまった……」

 

元より軽巡岬姫との戦いで中破状態の天龍さんは、龍田さん曳航で退避中。しかし、満遍なくばら撒かれた魚雷同士がぶつかった際の爆風で、追加ダメージを受けていた。

 

一切の容赦なく、見境すらない。軽巡岬姫にさえ当たらなければどうでもいいという無差別攻撃。私も艦載機による射撃で魚雷処理をお手伝いする。

 

「無駄な足掻きを。アサさん以外はここで死んでもらいますよ」

「ふざけるなよ。誰も殺させはしない」

 

まだ表側にいるのはアサだ。今のところダメージを受けてはいないようだが、先程までの空母鳳姫との戦いで大分消耗している。

出来ることなら撤退をしたいが、残念なことにここは鎮守府近海。撤退したところで追われれば全員が危険に晒される。ここで食い止めてあちらのガス欠を狙うしかない。

 

「皆殺しと言っているでしょう」

 

艦載機も追加で発艦。空と海全てが空母鳳姫の攻撃に埋め尽くされる。だが、ここで私は気付くことが出来た。空母鳳姫が汗をかき始めている。やはり燃費が極端に悪い。

持久戦に滅法弱い代わりに、火力がとんでもない。一気呵成に瞬殺するスタイル。耐えることが、勝利に近付く唯一の手段。

 

「ならば、これは如何ですか」

 

高雄さんが呟いた瞬間、空母鳳姫の周囲に魚雷が飛び出した。この乱戦の中、白露さんに魚雷を処理してもらいつつ、手動操作魚雷を放っていた。それはスピードを変え深度を変え、空母鳳姫の足下まで移動した後、急速浮上により海上へ。

対応させる暇を与えず即座に爆破。清霜さんの砲撃も効かなかったが、至近距離の魚雷の爆破ならば或いは。

 

「っ……そんなことも出来るんですね。ここの艦娘は面白い」

 

これでもダメか。だが、着ている喪服に傷は付いていることを確認。ほんの少しだけだがダメージを与えることに成功している。直撃なら或いは。

清霜さんの砲撃に関しては、砲撃開始から着弾までに間があるために艦載機による防御をされたのだろう。だが今回のものは、いきなり至近距離に現れての爆破だ。防御する暇を与えない。

 

勝利の鍵は、魚雷にある。

 

『弱点わかったわ。足下よ』

「無茶言うな。私らにそういうものが無いことくらいわかってるだろう」

『だから皆を頼るの。今はどうにか撤退させる』

 

唯一ダメージを与えた高雄さんを睨みつける空母鳳姫。ターゲットが絞られた。先に排除しようとする辺り、本人も理解しているのかもしれない。空母鳳姫の天敵は、魚雷をコントロールできる高雄さんであるということが。

 

「貴女には一番に死んでもらいましょうか、高雄」

「……貴女には私も思うところがあります。心苦しいですが、そこまで堕ちてしまったのならば、手にかけるしかありません」

 

スッとその姿がそこから消える。まずいと思った矢先、高雄さんを守っている白露さんが高雄さんに体当たり。その瞬間、匕首による一撃が、白露さんの腹を斬り裂いていた。出てくる血の量からして、思った以上に深手。

 

「白露!?」

「いっちばーんイイ護衛するっての……! 今は高雄さんを死なせるわけにはいかないんでしょ!」

 

腹から血を流しながら白露さんが必死の応戦。私もそちらへ向かうが、その前に空母鳳姫が元の位置に戻り、一息ついていた。こちらが必死だというのに呑気に休憩とは。

 

「オオトリさん、まだ行けるの?」

「ええ、もう少し可能です。誰か1人はアサさんの前で屠りたいところですね」

 

先程以上に汗をかいている。やはり持久力がない。ならばと、清霜さんに合図。向きを伝えて、長距離砲撃の再開。清霜さんには申し訳ないが、限界まで撃ち尽くしてもらうくらいでないと厳しい。今は空を埋め尽くす艦載機の爆撃により全員が回避一辺倒になってしまっている。

 

「またですか。懲りませんね……ん?」

 

ここから弾種が変わる。清霜さんのために作られた三式弾改が放たれ、艦載機を次々と破壊していった。

 

「厄介ね。私が行く?」

「貴女は右腕が無いでしょう。誘い出されている可能性もありますから、今はあちらは無視です。目の前の艦娘を殺すことに専念しましょうか」

 

電探の端に反応追加。さらなる援軍。清霜さんの隣を陣取ったのはウォースパイトさん。鎮守府側が大分落ち着いてきたか、火力をこちらに投入してくれている。

ならば、清霜さんと同じほどの火力が発揮出来る、フィフの頭部超大型主砲も追加してもらう。艦載機からの指示で、砲撃開始。

 

「増えましたね。そろそろ面倒ですし……もう一度だけ」

 

チラリと高雄さんの方を見た。高雄さんと合流出来たため、私も防衛に参加。白露さんは重傷なため、無理をさせるわけにはいかない。

私の陰から魚雷を海中に放っているのはわかっている。タイミングを合わせたいところだが、今は厳しい。

 

「やはり貴女でしょう。高雄」

「させるかよ。私が守ってやる!」

 

再び空母鳳姫の姿が消える。その前に未来を視る。提督の力を使われたらそれすらも乗り越えてくるのは理解しているが、やらないよりはマシだ。それに私はいつも瑞穂さんを見ている。電探を凌駕する動きは比較的慣れている。

 

『ここ!』

「あら、追いつきましたか」

 

艤装の腕で迎撃。ヒラリと躱されるが、本来いるであろう場所には辿り着けさせないようには出来た。が、

 

「でも、間に合っていません」

 

私の後ろで、高雄さんが腹から血を流していた。白露さんと同じように、血の量から重傷であることがわかる。

だが、最初の龍驤さんの時のように首を狙うことが無くなっているのは何故だろう。まさか、()()()()()()()()()()()()

 

「ふぅ、さすがに疲れましたね。誰も殺せなかったのは残念ですが、今日はこれくらいにしておきましょうか」

 

また軽巡岬姫の側まで戻る。汗はさらに増え、誰が見ても疲れが来ているのがわかるほどに。戦艦天姫よりもわかりやすくガス欠しているのが理解できた。

 

「トドメを刺さなかったこと……後悔させて……あげますわ」

 

既に放っていた魚雷を急浮上させ、空母鳳姫の足下で全てを爆破させる。が、それはいち早く気付いた軽巡岬姫に阻まれてしまう。空母鳳姫は足下が弱点だろうが、それを補佐出来るものが近くにいるのなら補われるのは自明の理。

 

「まったく、そういうのは良くないわよ」

「次に来るときは最初から本気で行きますよ。また会いましょう。愚かな艦娘達」

 

魚雷の爆煙が目くらましとなり、晴れた時には2人とも姿を消していた。

 

空母鳳姫に対して、本当に為すすべがなかった。高雄さんの魚雷が辛うじてダメージを与えたが、それだけ。それに対して、こちらは私と響さん以外は怪我人ばかり。特に白露さんと高雄さんは、空母鳳姫自身から腹を裂かれている。早く入渠させなくては命の危機もある。

 

あまりにも高すぎる壁。絶望の中での大敗。

 

 

 

ここからは私が表に出て、帰投準備。すぐに入渠が必要な人ばかりだ。

 

「響さん、大発動艇は」

「ダメだね。うんともすんとも言わない。後から回収するよ。今は皆を入渠させないと」

 

天龍さんは龍田さんが、龍驤さんは響さんが曳航する。私は白露さんと高雄さんを曳航。曳航といっても、アサに担いでもらうことで運ぶ。

と、奥から退避していた戦艦水鬼が戻ってくる。当然だが、時間経過により洗脳が解けることはない。その顔を見ると、戦闘中はなりを潜めていた罪悪感と嫌悪感が一気に噴き出してくる。

 

「……貴女もついてきてください。司令官に説明しますので」

 

コクンと無言で首を縦に振る。私の言うことだけは絶対に聞く人形。死ねと言えば喜んで死ぬ。本来の意思を塗り潰してしまった。それが私達の敵であり、そのままならこちらに殺意を向けてくるような意思だったとしても、私はこの人の何もかもを奪ったのだ。私の意思で。

涙が出そうになった。私は、取り返しのつかないことをしてしまった。命のやり取りをするような相手でも、これは違う。尊厳を奪うことに他ならない。

 

私がやったことは、北端上陸姫と同じだ。自分のために他者を利用する。相手の意思など関係なく、自分の手駒として。私の中の悪意が、表に出てきている証拠。

 

『……すまん。私があんな案を出さなければ』

「選択したのは私……迷いもしなかったもの。それに、本能の化身が出した案なんだから……私も何処かでこれが有用だって気付いてたわ。アサは悪くない」

 

有用なのはわかっているのだ。だが、それは仲間達を手駒に使う行為。そんな考えが浮かんだ自分が一番許せない。自己嫌悪で頭がいっぱいになった。

 

 

 

工廠に帰投したが、鎮守府も散々な有様だった。いたるところに被弾し、修復が必要な状態に。三度目ともなると、皆、妙に冷静である。

本当に大量の敵が押し寄せてきたのだろう。戦力となる者全員が駆り出されていた。援軍が少なかったのも頷ける。近くに混ぜ物がいたせいで戦力となれない深海組が後片付けをし、戦力となった艦娘は各々回復に努める。

 

「すぐに入渠させる! 皆手伝ってくれ!」

 

工廠で待っていた司令官達に、怪我人を運んでもらう。私も担いでいる2人を入渠ドックに運んだ。

 

「朝潮君、彼女は」

 

海から上がってこず、じっとしている戦艦水鬼のこと。自分の口で説明するのは辛い。だが、これは自分の罪だ。誰かに説明してもらうわけにもいかない。

 

「私が……洗脳しました」

 

素直に話す。司令官の顔が驚きで歪む。事情を察したのか、今はそれ以上言わないでくれた。

 

「その子にも入渠してもらいなさい。その後に話を聞かせてもらうよ」

「はい……」

 

戦艦水鬼にも入渠ドックに行ってもらった。皆その姿にギョッとしたが、私が連れて行ったので敵対していないことはすぐにわかってもらえる。敵対するわけがない。私の命令に忠実に従うだけの人形なのだから。

 

私はほぼ無傷のため、そのまま執務室へ。司令官に話を聞いてもらうためである。

 

「不利な戦況を切り抜けるため、『種子』による同士討ちを画策したんです……。片方を洗脳すれば……確実に1体減らせると。私が……自分の意思で、戦艦水鬼の意思を塗り潰しました。私の……私の部下になるように……しました」

 

自分の罪を詳らかにしていく。司令官に聞いてもらうことで、少しだけでも気持ちを落ち着けたい。話しているだけで勝手に涙が溢れた。

だが、決して認めてもらいたくない。許されないことをやった自覚はちゃんとある。

 

「君のやったことは褒められることではないね。仲間を助けるためにやむを得なかったかもしれないが、彼女の尊厳を踏み躙った。君自身も理解しているようだけど、あえて言わせてもらうよ」

「はい……」

「相手は命のやり取りをしている深海棲艦とはいえ、彼女にも何らかの意思があっただろう。君はそれを自分の都合で書き換えてしまった。もう彼女は本来の彼女ではない。中和すれば元に戻るかもしれないが、君がやった事実は変わらないね」

 

淡々と説教をされる。司令官に叱られるのは初めてのことだった。私の言ってほしいことを言ってくれる。核心を突き、一番辛いところを抉ってくれる。心が張り裂けそうだった。でも、司令官への感謝の方が大きい。

 

「仲間が増えることは喜べるが、この増やし方はダメだ。一方的すぎて仲間とは言えない。それを一番理解しているのは君だろう。何度も何度も身体を変えられ、洗脳も体験し、最も忌むべき行為だとわかっているのに、君はやってしまった。頭を冷やしなさい」

 

戦場であの判断を容易に出来てしまったということが一番の罪だ。選択し、実行するまで自分の悪意にも気付かなかった。やられたことをやり返すための行動は、それこそ敵と同じである。

 

「君がそれを悪だと理解できているからまだいいだろう。反省はすべきだが、あまり自分を追い詰めないようにするんだよ」

「……自己嫌悪でいっぱいです。今になって、何故私はあの選択をしてしまったんだろうって」

「やってしまったものは取り返しが付かないんだ。これからのことを考えようか」

 

説教はここで終わり、今後のことについて。罪を償うためにも、私はあの戦艦水鬼の面倒を見なくてはいけない。自己満足と言われても仕方がない。

私が埋め込んだ『種子』の中和もするべきだ。本来の意思を取り戻し、私に恨みを持つのなら仕方のないことだ。それ相応の罰は受ける。死ぬわけにはいかないが。

 

「明石君には中和するように言っておくよ。その後は君に任せる」

「はい、私がやってしまった罪です。償いをさせてください。……こんなことが償いになるかはわかりませんが」

 

私はこれから、今まで以上の罪悪感を背負って生きていく。自業自得なのだから、何も文句はない。

自己嫌悪はしばらく払拭されそうにない。今の私は、私が嫌いだ。




防空霞姫: 防空棲姫+水母水姫
駆逐陽姫: イロハ級全て
軽巡岬姫: 欧州水姫+南方棲戦姫
空母鳳姫: 深海日棲姫+???
戦艦天姫: 戦艦仏棲姫+???


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対等な関係

混ぜ物2人との戦闘は大敗に終わったが、犠牲者は出ずに済んだ。今は龍驤さん筆頭に怪我人が入渠中。最も重傷を負った高雄さんが、入渠終了が今晩深夜になりそうとのこと。同じ怪我の白露さんが寝る前くらいには終わりそうであると聞き、艦種の違いを思い知らされる。龍驤さんは高雄さんよりもさらに長い辺り、空母は本当に長い。

そしてもう1人。私、朝潮が洗脳してしまった戦艦水鬼も一緒に入渠中。こちらはフラフラで大分消耗していたようだが、夕食後くらいには終わるという話だ。その時には『種子』も中和されている。

 

『気負うな……とは言えないな。私に言う資格はない』

『ご主人、落ち込まないで。仕方ないよ。やってなかったら私達が危なかったもん』

 

アサとヨルは慰めてくれるが、私は割り切れていない。自己嫌悪と罪悪感で、食事も喉を通らなかった。

 

午後からは訓練担当の業務があったが、戦闘後というのと、何もすることが出来ないほどに心が消耗していたため、お休みを貰い私室に篭っていた。ただただベッドの上で蹲る。

部屋には誰にも入ってほしくなかった。誰とも顔を合わせたくなかった。それを察してか、扉の前に瑞穂さんが陣取ってくれている。霞ですら面会謝絶。

 

「私は北端上陸姫と同じよ……結局他人を利用するんだもの……もう何も言えないわよ……」

『んなことあるか。お前は反省してるだろ』

 

反省したところでやったことは変わらない。取り返しが付かないことをしたのだ。反省は当然する。二度とやらないと誓う。だが、開き直ることは出来ない。

 

『それに何度も言うが、洗脳で切り抜ける案を出したのは私だ。お前だけの罪じゃない』

「アサの罪なら私の罪でもあるわ……」

 

洗脳された時よりも酷い罪悪感。司令官に自分を追い詰めるなと言われたが、私の性質上、それは無理な話だった。どうしても考えてしまう。そして、さらにダメな方向に考え方が向かってしまう。

 

『ご主人、もしかして私のせいで落ち込んでる?』

「ヨルのせいでも無いわ。全部私のせいだから、気にしないで」

『全部自分で被ろうとするな!』

 

自己嫌悪はいつまで経っても払拭出来ず、罪悪感は一層深まる。敵に対して罪悪感を持つなと言われたらそれまでだが、今回の件はそういう問題ではない。

 

 

 

結局夕食も食べることが出来ず、誰とも顔を合わせることもなく、戦艦水鬼の入渠が完了する時間となった。部屋の前にいる瑞穂さんから知らせを受け、私は重い腰を上げる。

 

『私が表に出るぞ』

「私の罪だもの……私が会わないでどうするの」

 

シャンとすることが出来ない。身体が重い。でも、ここで進まなくては、まず私自身が前に進めない。無理にでもアサを思考の海におしつけて、私は歩く。

 

工廠。辿り着くまでにいろいろな人と顔を合わせたが、誰とも会話をしなかった。私のしでかしたことを皆が聞いたのだろうか。それとも、私に会話出来ない雰囲気が漂っていたのか。どちらにしろ、誰とも話さなかったのは助かった。

 

「来たね、朝潮君」

 

先にドックの前で待っていたのは司令官。少し表情が暗い。この顔も私のせいかもしれないと思うと、罪悪感がさらに膨れ上がる。

 

「ドック開きます。呉々も気をつけて」

 

明石さんの声と共に、戦艦水鬼の入る入渠ドックの蓋が開く。目を覚ましたようだが、私達に対して訝しげな表情を見せるだけで起き上がろうとしない。

 

「我々の勝手な行動でこちらに引き寄せてしまって申し訳ない」

 

司令官の言葉に対し、敵意を見せることは無かった。どちらかといえばこちらに友好的な印象。『種子』を埋め込んだ私の姿を見ても動揺も恨みも無い。

 

「……あの忌々しい姫の呪縛から解放してくれたことを感謝するわ」

「ふむ、なら君は」

「私は呪縛で強制的に従わされていたの」

 

珍しい白寄りの戦艦水鬼だった。今まで戦った戦艦水鬼とは、口調も少し違う女性らしい話し方。どちらかといえば戦艦棲姫に近い。素材になった艦の魂に引っ張られるのかもしれない。

おそらく、北端上陸姫に反発したが混ぜ物の過負荷により弱体化させられた挙句、『種子』を埋め込まれて洗脳されていたのだろう。そもそも反発しなくても『種子』は埋め込まれているわけだが、この戦艦水鬼に関しては『種子』を埋め込まれる前に姫に敵対心を持ったようだ。

 

「途中でこの子の呪縛に囚われたようだけれど、そのおかげで一矢報いることが出来たわ」

 

やはり私の『種子』も、この人にとっては呪縛として認識されていたようだ。意思を強制的に書き換え、本来の意思に関わらずに私の指示に従う人形に成り果てる呪い。私の罪が浮き彫りになる。

 

「貴女もあの姫と同じ力を持っているの? 他の姫を呪縛に捕らえるなんて同胞聞いたことが無いけど、何者なのかしら」

「……私は……その姫に改造されてこの姿にされた元艦娘です。成り行きで相手を洗脳する力も手に入れてしまい……貴女を悪意の下に洗脳しました」

 

素直に自分の罪を話す。この人にも知ってもらいたい。そのせいで私を恨むのなら仕方のないことだ。むしろ恨まれるべきである。この人の尊厳を踏み躙り、私のいいように使ったのだから。

北端上陸姫を忌々しく思っているのなら、私も同じように思って然るべき。

 

「そう……貴女はあの忌々しい姫とは違うのね」

「え……?」

「あの姫の呪縛は私の心を蝕んだけれど、貴女の呪縛は心地よかったもの。どちらも強制してきたのは変わらないけれど、貴女の方がまだマシかしらね」

 

ようやく起き上がる。ここで全裸であることに気付いたようだが、司令官の目があるというのにまったく気にした様子もない。

 

「貴女、いい子でしょ。さすが元艦娘ね。深海らしくない綺麗な魂を持ってるわ」

 

頭を撫でられる。まるで姉様達に撫でられるような温かさ。初めて会った深海棲艦なのに、慈しみを感じる。この人は、見た目は黒の深海棲艦、凶悪な戦艦水鬼ではあるが、心は白の深海棲艦だ。完全に穏健派。協力者になってくれる可能性のある人。

 

だが、やはりわだかまりはある。洗脳した事実は変えられない。今までの優しさから一転、冷ややかな空気が流れる。

 

「だけどね、心を狂わされたことに関しては、私は許せない。私にも姫のプライドってものがあるの。奴に洗脳された記憶もあるけど、貴女に洗脳された記憶もあるわ。いいように使おうとした時のことをね」

「ごもっともです。私は罪を償うためにここにいます」

「殊勝な心がけね。なら1発殴らせてもらおうかしら」

 

それで済むのなら安いものだ。

が、ここでアサが隙をついて強引に主導権を奪ってきた。私は思考の海に放り込まれ、ヨルに捕まえられる。思ったより強い力で、振りほどくことが出来ない。

 

『何するのアサ!?』

「殴るなら私を殴ってくれ。1発なんて言わず何発でもいい。気が済むまで頼む」

『ヨル、離しなさい!』

『ダメ。アサ姉が()()()()()()()って言ってたの。ご主人はここで見てて』

 

突然態度が変わったことに驚いている戦艦水鬼。アサと交代させられたことで、深海の匂いも強まり、瞳の閃光がより激しくなったことだろう。何かが変わったと、直感的に察してくれたと思う。

 

「なんなの貴女。人格が変わった……?」

「説明が難しいが、さっきまで表にいたのは艦娘側の人格だ。私は深海側の人格だと思ってくれ。お前を洗脳し手駒に置こうと考えたのは、さっきのじゃなく私なんだ。あいつは選んだだけでな、本来の罪は私にある」

 

考えたのはアサかもしれないが、選択をしたのは私だと何度も言っているのに、何故痛みがあるときばかりアサが表に出なくちゃいけないのだ。

 

「朝潮、お前は提督に叱責を受けただろ。充分心に痛みを受けたんだ。選択をした罪はそれでいい。だけどな、身体の痛みを受けるのは発案者の私でないといけないんだ。黙って見てろ」

『そんな、アサ……私の罪なのに……』

「ふざけるな! 私とお前は同列なんだよ! お前だけが償うな! 私にも償わせろ! 何勝手に1人で背負ってるんだ!」

 

こうなることを予想して、このタイミングまで待っていたとしか思えない。

私はもう、黙るしか無かった。思考の海に閉じ込められ、ヨルにも掴まれ、身動きが取れずに見ているしか出来ない。

 

「悪い、中の艦娘側の人格が駄々をこねたんでな、黙らせた。さぁ、殴ってくれ。気が済むまで、スッキリするまで頼む」

「……わかったわ。貴女、深海側の人格っていう割に、律儀じゃない」

 

顔面を殴られる。見えている視界がブレるが、アサはその場に踏みとどまった。艤装を出していないとはいえ、相手は戦艦。感じていなくても痛みがどれほどかは何となくわかる。

 

『アサ!』

『ご主人、ダメ』

「私は黙って殴られるしか償い方を知らん。どうせ風呂に入れば全部治る。好きにやってくれ」

 

続けてもう1発。

司令官も止めようとしなかった。本来なら1発目から手を出していたと思うが、アサの気持ちを汲み取ったか、その場から一切動かない。血が出そうなほどに拳を握りしめていることがわかる。

 

「本来一番悪いのはあちら側の姫なんでしょう。でも、私を狂わせたのは貴女もなのよね。なら、これでチャラにしてあげる」

 

最後の1発は顎に入った。いくらアサでも視界がグラリと揺れ、そのまま真っ暗に。

そういえば、私が裏にいる状態で身体が気を失うのは初めてだった気がする。まるで停電したかのように思考の海が暗くなった。

 

 

 

戦艦水鬼に殴られて気絶してしまったことで、私とアサとヨルが夢の中に集まる。3人でこういう形で集まるのは悪夢以来。

 

「アサ……」

「提督に叱られた時に口を出さなかったんだ。お前に口を出される筋合いはないからな」

 

話し合いをする場として設けられた夢の場だからか、3人で小さな円卓を囲う。ヨルは脚をブラブラさせながら私達を見ているが、私とアサは一触即発のムード。

 

「私とお前とは対等だと言ったよな」

「……ええ、最初に」

「対等なら罪くらい寄越せ。なんでそういうところばかり天秤がそちらに傾くんだよ」

 

何も言い返せない。腹が立つほどに正論だった。一心同体で対等な関係なら、何もかもを分け合うべきだ。幸せも、不幸せも。それを、私だけが罪を被ることでアサを逃がそうとした。アサはそれが気に入らないのだと思う。

 

「私はお前と他人じゃないんだぞ。まずお前はそれを反省しろ。お前の一番の罪は、私を蔑ろにしたことだ」

 

睨みつけられる。目が逸らせない。本気で怒っているのがわかる。

 

「なぁ、そんなに私は頼りないか」

「そんなことあるわけないじゃない。いつも頼りにしてるわよ」

「ならこういう時も頼れよ!」

 

円卓が蹴り飛ばされ、そのまま胸ぐらを掴み掛かられる。夢の中とはいえ、痛みを感じそうなほどの気迫。ここまで怒り任せなアサを見るのは初めてだ。

 

「独りで背負うなといつもいつも言ってるだろうが! 何がお前をそうさせるんだよ! 仲間を頼るって言ってる割に全部自分で背負いこもうとしやがって!」

 

ヨルがアワアワし始めた。子供にこんなところは見せたくなかった。だが、抵抗が出来ないでいた。アサが突き付けてくる言葉は、全て正論だ。本能の化身には私の考えていることなんてお見通し。

 

「こういう時も頼れよ……私はお前の何なんだ……」

 

涙目で訴えてきた。笑顔をなかなか見せないアサだが、泣き顔はもっと見せない。むしろ初めて見たほどだ。それを私に見せたということは、それだけ私に必死に訴えてきているということだ。

アサがそれだけ強く思いを伝えてきたのなら、私もその思いに応えなくてはいけない。本心をさらけ出す。

 

「……ごめん、アサ……私何処かでアサのことを下に見てたんだと思う……」

 

思い返せば、私は事あるごとにアサを後ろに引っ込めていた。裏から出さないようにしていた。大体の痛みを私が受けようとしていた。アサが痛い思いをするなら、私が全部受ければいいと。

優しさといえば聞こえがいいが、奥底には私の方が強いから耐えられると考えている部分があったのかもしれない。

 

「ごめん……ごめんねアサ……対等なんて嘘っぱちだった……」

「なら今からは完全に対等だぞ。2人で罪を被るんだ。お前1人で引きずるんじゃない。言っても聞かないだろうから、無理にでも対等に持っていくからな」

 

1人で背負えないものでも、2人でなら背負えるだろう。私が戦艦水鬼に殴られていたら、それこそ背負いきれずに潰れていたかもしれない。

 

「私は仲間外れ?」

 

不満そうなヨルの声。私とアサが言い争うところを見てハラハラしていたようだが、最後のアサの言葉から疎外感を感じたようだった。こういうところでも上下関係を意識してしまっている。ヨルは子供だから、艤装だからと、私達の罪から離そうとしてしまっていた。

ヨルだって私の中の住人、同居人だ。意味がわからなかったにしても、実行したという罪を持っている、3人ともが、今回の件の咎人だ。

 

「ゴメンねヨル……一緒に背負いましょ」

「今の私達は3人で1つだ。罪も3人で償おう」

「よくわからないけど、みんなでごめんなさいしたらいいんだよね。私もする。噛んだの私だし」

 

思考の海で、改めて一致団結出来た私達。これからは外も中も頼れる相手がいる。考えを改めて、先に進む決心ができた。




自己嫌悪も三等分。ヨルはあまり理解できていませんが、いるだけで頼もしい妹分。


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支え

私が洗脳してしまった戦艦水鬼が目を覚まし、その報いを受けたことで気を失ってしまった私、朝潮。その時の夢、思考の海で、アサの涙ながらの訴えにより、自分の考えを見直すことが出来た。何もかも独りで背負う悪い癖を指摘され、考えを改めることとなる。

 

目を覚ますとお風呂に入れられていた。入ってそれなりに時間が経っているのか、3発殴られた顔も痛みは無かった。眠りながらの入浴というなかなか怖いことをやらされていたが、うまく支えられていたようだ。うっかり溺死なんてことは無い。

 

「あら、目が覚めたのね」

 

私を支えてくれていたのは、なんとあの戦艦水鬼だった。

 

「悪かったわね。まさかあの程度で気を失うとは思わなかったわ。当たりどころが悪かったかしら」

「……顎に綺麗に入りましたから」

「貴女に関してはこれでチャラにしてあげる。というか艦娘側の人格なのね」

 

元はと言えば私達のせいなのだから、こちらから文句を言うことはない。殴られていたアサだってそれは理解している。この程度でチャラにしてくれるとは、この戦艦水鬼、思った以上に優しい人かもしれない。

 

「私を洗脳したことは許せなかったけど、そのおかげで命拾いしたことも事実。そういう意味では感謝してる」

「……ありがとうございます。重ねて謝罪します。貴女の心を壊す真似をして、申し訳ございません」

「深海側の人格もそうだけど、揃いも揃って律儀な性格ね。疲れるでしょ」

 

何も言い返せず閉口するしか無かった。

 

「でも、貴女くらい誠実な子は好きよ」

 

殴られる前の時のように、頭を撫でられた。やはり温かく、慈しみを感じる。撫でられていると心地いい。私も見習いたいところだ。

 

「そもそもこんな事態になったのは、あの忌々しい姫のせいだもの。貴女は悪意はあれど成り行きだったのよね。だからアレだけでチャラにしておいてあげるわ」

 

撫でた後にポンポン頭を叩いてくる。痛みはない。

お母さんというのはこういうものなのかもしれない。無理矢理お母様なんて呼ばせるようなものよりもずっと気分がいい。

 

「それに、貴女のことは少し聞いたわ。私を利用しようとしたことを激しく後悔してるってね。ならまだ取り返しがつくわ。私を高い授業料だったと思って、次に活かしなさい」

 

死んでないのなら安いものだとクスクス笑いながら話すその姿は、誰よりも大人に見えた。深海棲艦は独自の価値観を持つとは思っていたが、この人は特に大物な気がする。

北端上陸姫に対しては根深い因縁を持っているようだが、私に対してはもう恨みも因縁も無いようだった。チャラにすると言って本当にわだかまりまで払拭するなんて、私には出来ない。

 

「……ありがとう……ございます。すみません……」

「私がもういいって言ってるんだから甘えておきなさい。次謝ったらその分殴るわ」

「……それは困りますね。アサとヨルも貴女に謝りたいと言っているんですが」

「ちょっと待って。片方は深海側の人格なのはわかるわ。もう1人は誰よ」

「艤装の意思ですけど……」

「貴女、本当に身体どうなってるのよ」

 

最後まで笑顔を見せることは出来なかったが、少しだけ気が楽になった。罪悪感も自己嫌悪もそのままだが、誰かと顔を合わせることに拒否感が出なくなっていた。

戦艦水鬼には3人がかりで謝罪をさせてもらい、むしろ呆れられたくらいだった。ヨルのごめんなさいは少しズルイと言われてしまったが。

 

 

 

もう夕食も終わり眠るだけの時間になっているため、お風呂上がりはそのまま眠る準備。戦艦水鬼はこの鎮守府がどういう状況かがまだわかっていないので、ひとまずは司令官の下に向かった。行くあてもない為、少しの間はここに世話になろうかとも言っていた。

私は自分の部屋へ。だが少し脚が重い。私の部屋の中には、既にいつもよりも多めの反応が控えている。霞と雪風さんは昨晩のこともあるのでわかるが、大潮や春風、初霜まで。1つの部屋にそんなに入っていたら狭いだろうに。

 

『誰が説明するよ』

『お話ならご主人だよ。私、そういうの苦手』

『私もだ。殴る蹴るなら得意なんだが』

 

物騒なアサと子供なヨルには荷が重いだろう。こういう場は問答無用で私が表。だが、辛くなったら頼らせてもらう。一蓮托生なのだから。

私が部屋に近付いたことは気配と匂いですぐにバレる。部屋の中でバタバタし始めたのがわかる。扉の前に雪風さんがスタンバイ。飛びつかれる。

 

「……ただい」

「お母さん! 大丈夫ですか!」

 

言い終わる前に雪風さんからのタックル。受け止めることは出来るが、急は危ないからやめた方がいい。私だから前もって準備出来るが、怪我をしたらどうする。

 

「雪風さん、危ないから飛びつくのはやめましょうね。あと、大丈夫です。いろいろありましたが」

「姉さん、部屋に入って着席」

 

瑞穂さんは相変わらず部屋の外で待機。今は中が満員のため申し訳ないがそれがベストな気がする。

ベッドに座ることになるが、雪風さんは抱きついたままの状態。大潮が念のため私の隣に座り、毎度おなじみ問題児3人が真正面に仁王立ち。午後に面会謝絶をしたことが相当お冠な様子。

 

「話してもらいましょうか。あの戦闘で何があったのか」

「元々話すつもりだったわ。痛みは分かち合うものだもの」

 

ここから包み隠さずに説明していった。私がやったことは北端上陸姫と同じ、他人の尊厳を踏み躙る行為であるということを、淡々と。その相手である戦艦水鬼とは和解できたものの、私の罪悪感と自己嫌悪は、洗脳された時よりも遥かに膨れ上がっているということも話しておいた。

話している間に手が震えたが、隣の大潮が握ってくれたため落ち着けた。雪風さんには少し難しい話だったか、私の温もりに安心したか、抱きついたまま眠ってしまった。正直、この話は聞かれない方がいい。

 

「わかったかしら……」

「……そう」

 

やはりあまりいい顔をしない。今回の件は今までで一番のやらかし。敵を敵として認識している理由を、私がやってしまっては意味がない。嫌悪する行為を自分でやってどうする。

 

「幻滅したでしょう……」

「正直驚いてるわ。姉さんがそういうことやったってことに」

 

私だって聖人君子ではない。この行為はそれと真逆の所業。いくら好いてくれているこの3人でも、私がこんなことをやらかしたと知れば、私から離れるだろう。一度敵対心、嫌悪感に倒れれば、私の深海の匂いはそちら側を増幅していく。下手したら殺意にまで発展してしまう。いっそそうなればいいと思っている。わかりやすく罪が償える。

被害者である戦艦水鬼はチャラにしてくれたが、私が許されたわけではない。殴られたことで少しは償えたかも知れないが、私の罪は永劫消えることはない。

 

「御姉様、わたくしは御姉様のお気持ち、わかるかもしれません」

「春風……?」

「わたくしもここに来た当時……やらかしてますから」

 

今でこそ完全に制御出来ている深海の力だが、来た当初はそれに飲まれ、戦いを楽しみ、死体すら笑顔で撃とうとしたほどの春風。死体蹴りも、相手の尊厳を踏み躙る行為に近いか。

そういえば、と私も思い出した。午前中の戦闘でやらかし、自己嫌悪で部屋に引きこもり、夜にキッカケがあり吹っ切れることが出来た。確かに少しだけ私と境遇が似ているかもしれない。

 

「今の御姉様は、当時のわたくしによく似ておられます。ならば……ならば、今後は二度とそうならないと、心に強く持てばいいのです。わたくしはそうでした。何度かブレたと思いますが、御姉様や皆様のおかげで、今を生きることが出来ております」

 

一度は死すら考えた春風の言葉は、私の心にはよく響いた。それで罪悪感が消えるわけではないが、許されるわけではないが、それでも()()()というのが私の心の支えになる。

 

「私としては、素直に話してくれたことが嬉しいですよ。朝潮さん、今までだったら100%溜め込んでますからね」

「私も同じ意見。話すことを躊躇わなかったのは良かったわ。成長したんじゃないの?」

 

霞と初霜は、私がやらかしたということをさして気にしていないようだった。私のやったことは、敵に強制された裏切り行為とはわけが違う。それでも、私を受け入れてくれる。

 

「どうせ素直に話して嫌われたかったとかそういう考えだったんでしょ。姉さんさ、私らのこと嘗めすぎ」

「旦那様の行為が悪だというのなら、私がその反省を見届けますよ。嫌いなどしません」

「むしろ私らが支えてやんないと、姉さん折れて暴走しかねないわね」

 

こんな私にも笑顔を向けてくれる。

 

「だから、抱え込まずにすぐに言ってください。嫁の初霜が相談相手になりますから」

「御姉様、妹分の春風も支えさせていただきますから」

「アンタらねぇ……実の妹差し置いて抜け駆けするつもり?」

 

いつもの言い合いに。何も変わらない光景。ほんの半日ほどだが、忘れかけていた笑顔が戻ってくるようだった。同時に涙がボロボロ零れ落ちた。許されない罪を犯した私でも、こんな幸せを享受していいんだ。

 

「お姉さん、大潮もいますからね」

「瑞穂も朝潮様を支えます故、どうぞ好きにお使いくださいませ」

「……ありがとう……私を……支えてちょうだい……」

 

皆に支えられて反省していこう。二度とこんなことが起こらないように、もっと、もっと強くなろう。戦う力ではなく、心の力を強く、強く。私の身体のためにも、一蓮托生の2人のためにも。

 

 

 

翌朝、皆に嫌われる覚悟で、私が侵した罪を公表した。そうしないと戦艦水鬼がここにいる理由が説明できないというのもあったが、私がどうしても皆に知ってもらいたかった。

なんと、二つ返事で私は許された。司令官に至っては、一度叱っているからもう大丈夫と保証までしてくれた。あまりにも簡単な結末に、私は唖然としてしまった。

 

「朝潮は真面目過ぎんねん。隠しときゃええものを」

「ケジメですから」

「被害者がチャラにしてくれる言うとんのやから、無かったことにしとき。もう遅いけどな」

 

龍驤さんに言われる。無かったことに出来ないくらいに罪悪感があるから今のようになっているのだが。

 

「この鎮守府にやらかした朝潮を嫌うような奴はおらへんよ。大概みんな何かしらやらかしとるわ」

「でも……私がやったことは北端上陸姫と同じことですから……」

「それはそうかもしれへんけどな、ちゃんと反省しとんのやろ? 反省しとるんやったら問題あらへん。司令官にも叱られたんや。それで反省せん奴はおらへんよ。何よりも堪えるでな」

 

確かに、司令官に叱られた時はこの世の終わりかと思えるほどだった。二度とこんなことにならないように誓えるほどに苦痛だった。そして、感謝の気持ちが大きかった。

 

「でも自分のこと嫌いになってしもうたなら、誰かに相談しや。話聞いてもらえるだけでも大分変わるで」

「はい。昨日妹達と話を。恥ずかしながらボロボロ泣いてしまって」

「ええやん。弱み見せられる相手は貴重やで」

 

ケラケラ笑う龍驤さん。そんな龍驤さんには弱みが見せられる相手はいるんだろうか。さすがに聞けないが。

 

「せや、あの戦艦水鬼、どうなるんやろな」

「行くあてが無いので、少しここにいるみたいですよ」

 

その戦艦水鬼だが、初めての人間の朝食をおっかなびっくり食べていた。一口食べては驚き、また一口食べては顔を綻ばせる。何なんだろうあの人、大人だけどやたら可愛い。レキやシンさんが既に懐いている辺り、やっぱりあの人はいい人である。

私の会話に気付いたらしく、片付けがてらこちらにやってきた。

 

「昨日あの後、テイトクと話をしたわ。敵が共通のようだし、私も手伝ってあげる」

「ホンマにか。でも深海の艤装は過負荷で動かんくなるんと違うか」

「サクマって子がどうにかするシステムを研究してるらしいじゃない。それが出来上がったら真っ先に私に使ってもらうわ」

 

因縁があるだけあり、戦艦水鬼はやる気満々。私の同じように、北端上陸姫を自分の手で屠りたいと考えている。

 

「あの、戦艦水鬼」

「ああ、ここではイクサと呼んでちょうだい。ガングートに付けてもらったわ。あの子、なかなかセンスあるじゃない。気に入ったわ」

 

なるほど、戦艦の戦で、イクサ。

 

「イクサさん、協力してくれるんですね」

「さっきも言ったでしょ。私と貴女達は、敵が共通してるの。なら協力した方が勝ち目があるじゃない」

「そうですね。数は多いに越したことないです。少しの間、よろしくお願いします」

 

昨日は殴られるような仲であったが、それを乗り越えて今は仲間だ。短い期間かもしれないし、過負荷の克服は出来ないかもしれないが、心強い仲間を手に入れた。




戦艦水鬼、イクサ。見た目は他の個体と同じだけど、中身がまるで違う。姐御気質であっけらかんとしてるが、姫としてのプライドを持ち、良くも悪くも合理的。


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ありがたい言葉

白気質の戦艦水鬼、イクサさんが鎮守府に滞在することが決まり、また賑やかになった鎮守府。私、朝潮は、艤装に生成されそのままになっていた白い『種子』を撤去してもらうため、工廠で艤装展開中。2度目ともなるとセキさんや佐久間さんも手際が良く、艤装の一部を小さく分解し、生成機能だけを露出させる。

 

「前より多く出てきたよ」

「戦闘はそこまで長くなかったと思うんですが」

「稼働が2回目だからかな。初回稼働よりも機能自体が慣れてるとか」

 

生成機能の中を見て佐久間さんが呟く。以前は小匙スプーン1杯という程度だったが、今回はその倍近くある。色が白のせいで、何かの調味料に見えなくもない。

 

「へぇ、これが私を洗脳していたのね」

 

この光景をイクサさんも見に来ていた。まず深海艤装を分解しているところというものはお目にかかることは出来ないため、興味があったらしい。

 

「戦闘に出るたびに生成されてしまうので、困ったものです」

「でもそのおかげで貴女は戦えるんでしょう。胸を張りなさい。他人に使わなければ、それは最高の機能じゃない」

 

また頭をポンポン叩かれる。嫌な感じはせず、むしろ気持ちよく感じる。

 

「戦場に出られるのは羨ましいわね。この子、私に接続出来ないかしら」

「出来るか。ヨルは朝潮専用に昇華されてるんだ」

「そこは貴女の技術でうまいこと」

「出来たらとっくにやっている。少なくとも島風か霞に接続させてるぞ」

 

呆れ顔のセキさん。セキさんも当然ながら姫級であるため、イクサさんとは対等。喧嘩腰に聞こえなくもないが、仲は良好。

昨晩と今朝で、この鎮守府がどういうものかを理解したイクサさん。あまりにも特殊な艦娘が多いため混乱しかけたが、たった一言、まあいいかで終わらせた。度量が大きい。

 

「いやぁ、イクサさんは面白いお姉さんだねぇ」

「戦艦水鬼って真っ黒だと思ってましたが、こんな個体もいるんですね」

「深海は特に個体差があるっぽいね。同じ外見だけど使ってる魂が均一じゃないからだと思うよ。艦娘とは違う謎の生態系だよねぇ」

 

新しい深海棲艦と接することが出来てニコニコな佐久間さん。これだけ話しながらでも手際は変わらず、ヨルの中から『種子』を全て撤去した。これなら相手を噛んでも洗脳するようなことは無いだろう。やることをやったらすぐに元に戻す。

 

「はいおしまい。じゃあヨルちゃんに交代してもらえるかな」

「了解です。ヨル、交代ね」

 

艤装を触ったので、ヨル本人に何事もないか聞いて作業は終了。ヨルを表に出すことはあまり無いのだが、1日1回は出して、この世界を享受してもらう。私の今の身体でヨルのテンションは、少し奇妙な感じになってしまうのが残念である。

 

「出たよーサクマサン」

「ヨルちゃんの艤装部分触ったけど、何ともなかった?」

「うん、大丈夫。モヤモヤした感じになるけど、動かないとか、痛いとか、そういうのは無いよ」

 

ヨルの説明を少しハラハラした心境で見つめる私とアサ。私にとっては娘のようなものだし、アサにとっては大事な妹分だ。信じてはいるが、やはり心配は心配である。

とはいえ、ヨルもこの環境には慣れてきている。ずっと私の中で外を見ているだけだが、艤装を展開することは多いし、こうやって他人と話すこともしている。もうただの艤装の意思ではないことは、誰が見ても明らかだ。

 

「昨日も思ったけど、艤装の意思って表に出てこれるものなのかしら」

「ヨルちゃんが特殊なだけかなー。そういえばイクサさんも戦艦水鬼だから自立型艤装だよね。あれって意思持ってるの?」

「勿論。私を守るために動く、いわば従者みたいなものよ」

 

艤装を展開してくれた。今まで敵として何度も立ちはだかった戦艦棲姫系の自立型艤装。ウォースパイトさんが浄化された際に、フィフとして生まれ変わった艤装を見ているが、やはり深海側のものとなると見た目がまるで違う。

生々しい整体パーツと、2つの頭。敵対すると恐怖の象徴であったが、味方となると何処か愛らしさも感じる。まるで大型犬のように舌を出してイクサさんに(じゃ)れついていた。

 

「あのさ、お願いがあるんだけど」

「この子は分解させないわよ」

「その子の唾液を貰いたいなって。ヨルちゃんの方からも貰ってるんだけど、サンプルいっぱい欲しいんだよね」

「それくらいならいいわ。好きなだけ持っていきなさい」

 

艤装が体液を有するというのは、深海の自立型艤装の特徴。生体兵器であることを如実に表している決定的なものでもある。本体に接続されることで生かされている擬似生命かもしれないが。

 

「私にはこの子の言葉なんてわからないのよね。ヨルを見ていると少し羨ましいわ」

「私って変なのかな」

「変ね。いい方向で」

「そっかー。いい方向ならいいや」

 

たわいない会話が出来ていることに安心している私とアサ。本当に一番最初は、どうやって壊すかしか無かったヨルだが、ちゃんといい方向に成長してくれている。

 

 

 

ヨルの処理が完了後、イクサさんに鎮守府を案内することになったのだが、それは後から工廠にやってきた清霜さんがどうしてもと言うため、一任することとなった。案内するから演習もやらしてほしいとせがんでいる。むしろそちらが目的だろう。イクサさんも満更では無い様子で連れていかれた。

 

清霜さんのおかげで予定が空いてしまった。領海に行くにも、午後からは訓練担当の業務があるため、少し時間が少ない。それならと、アサもお気に入りのスポットへ行くことに。ヨルはこういうことをするのは初めてだろう。気に入ってくれればいいのだが。

 

『まだ完全に落ち着いたわけじゃないだろ。午前中くらいゆっくりしろよな』

「そうね。昨日の今日だもの。心が落ち着かないというか」

 

外に出てベンチの辺りまで行くと、珍しく天龍さんが釣りをしていた。いつもなら躍起になって戦闘訓練をしているが、今日に限って暇を潰しているようだ。

 

「天龍さん、釣りですか」

「おう、刀が出来るまで暇でな」

 

隣に座らせてもらう。

先の戦闘で刀が折れてしまったため、それの修復を今お願いしているところらしい。以前よりも斬れ味から強度までさらに強化した一品を頼んだそうだ。今の深海合金ではまだ足りないと。

訓練は模擬刀でも出来ると思うが、それは黙っておくことにした。天龍さんにも何か考えたいことがありそう。釣りというのは建前で、何かしら考えを纏めるためにここにいるのだと思う。

 

「まさか折れるとは思ってなかったぜ。オレもまだ技が足りねぇな」

「防御にも使ってますからね」

「受け方が悪いのかねぇ。攻め以外にも覚えた方がいいか」

 

天龍さんは攻撃は最大の防御を地で行く人だ。勿論防御もするが、その前に叩き潰した方が早いとは本人の談。実際、天龍さんは力とスピードに特化している。ちなみに龍田さんは真逆の戦術。

釣りを見せてもらいながら静かな時間を過ごす中、天龍さんがポツリと呟いた。意を決したようにも見えた。

 

「……あんまこういうこと言っていいのかわかんねぇけど」

「はい」

「提督に叱られるってのは辛ぇよな」

 

顔はこちらに向かずに話を振ってきた。私も顔が見れなかった。ここで振られるとは思っていなかったので、どうしても暗い雰囲気を出してしまう。まだ吹っ切れるまでは行けていない。

 

「オレもあるからよ。前にも話したろ」

「……はい」

「オレもめっちゃくちゃ叱られた。生き様を否定されたようで、突っかかりもしたな。吹雪と龍驤さんに取り押さえられたもんだぜ」

 

ふっと竿を上げる。餌だけ取られていたようだ。軽く舌打ちして、また餌を付けて竿を振る。穏やかな時間だが、話題のせいで空気が重い。

 

「お前とは理由(ワケ)が違うから慰めにもなんねぇと思うけどよ、あんま重く考えるな。チャラにしてもらえたなら甘えとけよな」

 

皆同じことを言ってくれる。ウジウジ悩むのはイクサさんに失礼に当たるだろう。被害者が終わらせてくれたのだから、これ以上引っ張るのはよろしくない。

だから私もなるべく話題に出さないようにしている。天龍さんからこの話を振られたことの方が驚いている。気にしているのが顔に出ていただろうか。

 

「ただ、1つだけ覚えとけ」

「何を……でしょう」

()()()()()

 

ゾクリと背筋に悪寒が走った。

 

「お前にはそんなことないと言い切れるからいいけどな。またやったら、あの提督を裏切るってことになる。その時点で、結末はわかるだろ」

「……肝に銘じておきます」

「おう、それがいい。そのうち笑い話に出来るときがくらぁ」

 

また同じことをするということは、自分の意思で司令官を裏切ることに他ならない。反省しているという事実が嘘になる。司令官だけじゃない。私を信じてくれた全員を裏切ることになる。そうしたら最後、この鎮守府に居場所は無くなる。

 

「まぁお前割と吹っ切れてるみたいだし、心配はいらなかったな。脅したわけじゃねぇから気にすんな」

「ありがとうございました。励みになります」

「大先輩からのありがたい言葉だ。噛み締めとけよ」

 

本当にありがたい言葉だった。自分がしでかした事の重大さを思い知り、二度と同じ罪を犯すまいと決意できるほどの内容。心の持ち方が変わったように思えた。

 

「オレから振っといて言うのも何だが、暗い話はやめやめ」

「そうですね。罪悪感と自己嫌悪はまだ残っていますが、私は大丈夫です」

「それならいいんだ」

 

今なら自信を持って言える。同じことで皆に迷惑はかけまい。

 

「あ、そうだ、ついでなんだけどよ、あの矢矧の弱点とか見つけられなかったか? ほら、観察眼ならお前トップだしよ」

「弱点……ですか」

 

あちらの矢矧さん……軽巡岬姫は、完全に天龍さんをターゲットとして見ている。二水戦への勧誘もしてきたほど気に入られている。また次の戦場でも、出会えば必ず激突する。

それは天龍さんから見ても同じなのだろう。戦っていて楽しい相手、負けたくない相手、()()()()()()()()相手。

 

空母鳳姫の弱点が魚雷であることは確認出来た。次は回避されるかもしれないが、高雄さんがキーパーソンになっていることは確かである。

だが、軽巡岬姫は弱点らしい弱点は見つけられなかった。欧州水姫に加え南方棲戦姫の力を持っているせいで超火力特化。矢矧としての性能で魚雷も水上機も扱え、おそらく爆雷まで使える。レキと同じ万能戦力だろう。強いて言えば航空戦が甘めというくらいか。

 

「制空権を取ってこないレキというイメージです」

「弱点無しってことか。ならゴリ押ししかないな」

「残念ながら。でも、ゴリ押しは天龍さんの得意分野では?」

「はっ、言ってくれるな。マジで吹っ切れたみたいじゃねぇか」

 

軽口が叩けるほどにまで心が回復したのなら、私も吹っ切れられたのかもしれない。天龍さんのおかげだ。

 

 

 

天龍さんと別れて散歩を始める。当初の目的から変わってしまったが、なんだか足取りが先程よりも軽い。

 

『吹っ切れたか?』

「どうだろ。でも、いい方向には行ったと思うわ」

『ならいい。お前だけ引きずっててもな』

 

アサはとっくに吹っ切れているようだった。そこはさすが深海棲艦というところか。ヨルはそもそもあまりよくわかっていないので、吹っ切れるとかそういうのは無かった。

結局、ウジウジしているのは私だけだったわけだ。2人にも心配をかけた。吹っ切れられて良かったと思う。

 

『お前はすぐに悲観的に物事を考えるからな』

「アサほど単純じゃないの」

『ご主人が元気になったなら、私も嬉しいよ!』

 

素直なヨルが一番の癒しだ。

 

「あんなこと、もう二度とやらないわ。ヨルには申し訳ないけど、噛み付くだけなのは今後封印ね」

『はーい。思いっきり噛みちぎるのは?』

「それなら大丈夫よ。でも基本は噛まない方がいいわね」

 

あの生成機能を外すというのも考えた。戦場に出られなくなるが、悲劇は確実に食い止められる。だが、白い『種子』に関しては、佐久間さんに渡しておけば何かしらの解決策を導き出してくれる気がする。それを作るためには、機能を外さない方向で行きたい。

結果的に、攻撃を自制するしかない。今ならもうあの選択をしないと断言できる。

 

「あ……司令官」

「おや、散歩かい?」

「イクサさんは清霜さんが連れて行ってしまいましたので」

 

司令官とバッタリ出会った。先日の攻撃で一部破壊されていた外の設備の点検をしていたらしい。妖精さんが修復してくれたそうだが、その目で見て確認をしたようだ。

 

「朝潮君、吹っ切れたのかな?」

「え、わ、わかりますか」

「ああ、顔が違うよ。あちらの方には……確か釣りをすると言っていた天龍君がいたね。何か話したのかい」

 

少しだけの会話だったが、ありがたい言葉を授けてもらったと、司令官に説明した。その話を聞き、そうかと呟いた後、いつもの優しい笑みを浮かべてくれた。

 

「あえて私からは何も言わない。君が君自身で理解しているのならそれでいいよ」

「はい。もう二度とあんなことは起こしません。今回が結果オーライだっただけですから」

「それが理解できているのなら充分だ。これからも、よろしく頼むよ」

 

どうにか立ち直ることが出来た。まだ暗いものは残っているものの、私の心に支障をきたすものではない。ウジウジしていられないのだ。

 




ヨルは佐久間さんのことを『サクマサン』という名前だと誤認しています。全部カタカナなのはそういう理由。


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奇跡の産物

罪の意識からある程度吹っ切れることが出来た私、朝潮。自分のやらかしてしまったことは忘れることなく、だがそれを糧に前向きに生きていこうと決意した。今は皆が許してくれているが、次はない。それだけを肝に銘じて、私は歩いていく。

 

午後の訓練担当の業務が終わる頃、雪さんからお呼び出しを受けた。佐久間さんの研究に1つの成果が出たらしい。雪さんもいつもと違い、少しだけテンションが高め。

 

「朝潮ちゃん! 私やったよ! やってやったよ!」

 

研究室に入った途端、飛びつくように抱きしめられた。業務後でまだお風呂に入っていないのでちょっと控えてほしかったが、余程のことが達成出来た様子。

 

「深海艤装の過負荷、乗り越えられる!」

「え……!?」

「作れそうなんだよ! 洗脳無しに過負荷を受けなく出来る何かが! ああもうホント最高! ユーリカユーリカ言いながら全裸で走り回りたいくらい!」

 

私達が本当に必要なものである過負荷の克服。佐久間さんの研究により、ついに達成出来るかもしれないというところまで辿り着いた。小さな可能性、度重なる不運と幸運で、今の答えを手繰り寄せて、手繰り寄せて、ここまでやってきた。

 

「ペニシリンってこうやって生み出されたのかな……最後は私のミスなんだもんさ」

「ミス、ですか」

「黒い『種子』と白い『種子』を同じところに入れちゃったんだよ。そしたら初めて見る反応が出てね」

 

本当に偶然も偶然。いつもなら絶対にやらないようなミスをやってしまったことで、交わらなかった線が交わり、ゴールまでの道が出来たようだ。やらかしも、ある時は最善の道に繋がるもの。

 

「嘘みたいな話だけど、2つ合わせると洗脳の作用だけ相殺し合って消えたんだよ。ただ、1粒2粒だと『種子』ごと消えちゃうみたいで……今はすぐに解決できそうにないんだよね。多分うまく行ったとしても、5人分も出来ないくらいかな。ほら、白い『種子』は今までの分しかないしね」

 

2回分の戦闘で貯まった白い『種子』ではそれくらいが限界なようだ。黒い『種子』に関してはまだまだ大量にあるので消耗品としてモリモリ使えるらしいが、白い『種子』に関しては、私が戦場に出る以外に手に入れる手段が無い。

 

「とにかく、どうにか一晩で完成させるよ。1人分でも2人分でも、無いより全然マシだもんね」

「そうですね。佐久間さん、本当に凄いです」

「褒めて褒めて! あとあわよくばいろいろと堪能させて!」

 

相変わらず顔を胸に押し付けてくる。でも今回は許そう。練習巡洋艦の制服のため少し硬いと思うが、これで癒されるなら。

 

「よーし、朝潮ちゃんお風呂行こうか! 裸のお付き合い!」

「まぁ私も業務後なのでお風呂には行きたかったです。それくらいなら」

「柔肌堪能させてもらおーっと!」

 

その後お風呂で今より過剰なことをしようとしてきたが、ヨルに交代するというファインプレーで事なきを得た。さすがの佐久間さんも、ヨル相手にはよろしくない行動は出来なかった様子。

 

 

 

翌朝、深海組が会議室に集められた。呼ばれた理由は皆が、過負荷の払拭がついに可能となったのだと大まかに理解している。この場にいる理由は、ここから誰が戦力に選定されるかの話だろう。

皆が集まったところで、司令官と佐久間さんが入ってくる。佐久間さんは小さいながらも手荷物があった。あれが過負荷を払拭出来る何かか。

 

「君達も察していることだと思う。佐久間君がついにやってくれた」

「過負荷での艤装不調、払拭出来るようになりました!」

 

大歓声。表情をあまり変えない扶桑姉様や、あまり騒ぐようなことをしない潮さんまでもが拍手喝采。今回ばかりは何日も出撃を規制され、いろいろと鬱憤が溜まっていたのかもしれない。

 

「ですが、残念なこともあります。実験と材料の問題で、用意できたのは3人分です。朝潮ちゃんは自力で克服出来てるからいいとして、残り3人の選出になります。あ、多分これ島風ちゃんもオッケー」

「おうっ! 特異個体っていうのでも大丈夫なの?」

「そっちの方も解析済み! あちらにはぜっっったい知られちゃいけないんだけど、島風ちゃんにも『種子』の効果を持たせる事できるよ」

 

とんでもないことを言っているが、つまりは佐久間さんの手にかかれば、最初から洗脳の心配がない島風さんでも、洗脳しようと思えば出来るということだ。原理は極秘中の極秘として佐久間さんが墓まで持っていくと言っている。

 

「よくやってくれたよ。ありがとう佐久間君」

「いえいえ、もうホント偶然に偶然が重なって。あとこれは朝潮ちゃん……というかヨルちゃんのおかげですから。ヨルちゃん救世主だよ」

 

存在そのものが克服の材料になるというだけで、ヨルは充分に救世主であった。

 

「私は貰うわよ。いいわよね?」

「ああ、イクサ君はそういう約束だからね」

 

昨日の朝にそんなことを言っていたのを思い出す。この中で唯一の、洗脳された純粋な深海棲艦だ。私達よりも恨みを強く持っていてもおかしくない。

これは最初から決まっていたことなので、残り2枠。ここからは、残っている混ぜ物に対応出来る者を優先する必要がある。

 

「佐久間さーん、しつもーん」

「はい、皐月ちゃん」

「それってどうやって克服できんの? 何かの薬?」

「いい質問だね。見て決めるのもあるよね」

 

皐月さんに質問されたことで、持っていた手荷物を皆の前に出した。出てきたのは今までにない()()()()が3つ、違う試験管に入っていた。おそらく変化した『種子』なのだろう。白と黒が合わさり金になるとはまたよくわからない変化をしたものである。

 

「この金の『種子』を埋め込むことになるんだよね。『種子』って形はどうしても変えられなくて。一番効率的なんだよ。身体に効果を行き渡らせるのに。代わりに1粒で確実に『発芽』するから」

「うわぁ……これは抵抗があるなぁ」

 

それがいくら戦力増強に繋がるアイテムだったとしても、それを身体に埋め込まれると言われたらさすがに抵抗はある。

さらには霞達の消えない傷が皆の不安を煽っていた。今でこそ中和出来るが、失敗したらこうなるという生き証人がいる。

 

「私は確定だから早く入れてくれない?」

「はいはい。何処がいい?」

「そうね……ならここにしましょうか」

 

露出されている胸の谷間に爪で傷を付けた。いくら傷に埋め込むとしても、その場で普通に傷を付けられる辺り、恐ろしいほどに肝が据わっている。

わざわざこの場でこれを言い出したという事は、躊躇っている人達にどうなるかを見せつけるためにわざわざ言ってくれたわけだ。ちょっといい人過ぎないか。

 

「ここまでして今更聞くのもアレだけど、大丈夫なのよね?」

「勿論。人体実験なんて出来ないけど、理論上では完璧」

「不安になるような言い方ね……でもこの子達がまったく疑ってないところを見ると、貴女は余程信用出来るのね。やってちょうだい」

「ん、わかった。本当に大丈夫?」

「私は2回埋め込まれてるのよ。問題ないわよ」

 

その片方が私であると思うと、少し残念な気持ちに。

金の『種子』を1つ試験管から取り出し、傷口に押し当てた。すると、そこから体内に潜り込み、イクサさんがビクンと震える。

 

「ちょっとサクマ……これこの子達にやらせるわけ……?」

「あー……やっぱり残っちゃってるかぁ」

 

傷口を押さえながら痙攣している。なるべく表情を崩さないようにしているが、あれは『発芽』の快感を耐えている。この中で『発芽』の快感を知っているのは私だけだ。洗脳経験者の霞、春風、初霜は眠っている間に事が済んでいたため知らない。

霞、皐月さん、潮さんは深海艦娘化の快感を知っているので、そちらを意識してもらえればいいだろう。気持ちいいが気分のいいものではない。

 

「イクサさん、もしかしてそれ、()()()()()ままですか」

「ええ……これ気が緩むと声が出るわよ。私は姫だからそんな顔見せるつもりないけど!」

 

10秒近く震えた後、落ち着いたようで一息ついた。何かしらの洗脳がかかったようにも見えず、無意識に何かが変わったようにも見えない。『種子』を埋め込んだ胸元にも、先程付けた傷があるだけで他に何かおかしなものは無かった。お風呂に入れば消えるだろう。

 

「ようやく落ち着いたわ。私は耐えられたけど、他の子は人の目があるところではやらない方がいいわよ」

 

それほどまでに強い快感。もしかしたら従来のそれよりも快感が強いのかもしれない。それはもう、ご愁傷様としか言えなかった。自分が除外されている方で良かったと心から思えた。他の皆も少しだけ怖気付いている。

 

「加藤少将、残り2つ、誰に埋め込むつもりです?」

「1つは霞君だ。空母鳳姫は魚雷が効きやすいと聞いているからね。高雄君と2人で、手動操作魚雷を使ってもらいたい。作戦の要になる」

 

私も霞は必要だと思っていた。高雄さんの手動操作魚雷がそれなりに効く現場を見ているため、同じことが出来る者がもう1人増えればさらに効率が良くなるだろう。今から他の人に教えるよりは、使い慣れている霞がベスト。

むしろ、過負荷をそのまま力に変えられるようになるため、霞以外に適任者がいないというほどである。

 

「霞君、いいかな」

「構わないわ。私としても戦場には出たかったもの。そろそろ姉さんをこうした恨みを晴らしたいところだし」

 

霞は乗り気。『種子』を埋め込むのは私がやることになりそう。

これで残り1人。

 

「あと1人は正直決めていなかった。とはいえ、今回で終わりではないんだね?」

「朝潮ちゃんが戦場に出たとしたら、またこの金の『種子』が追加で生成出来ます。あくまでも出たとしたら、ですが」

 

本来なら私は戦場に出ない事が推奨されている。今後ここで『種子』が追加出来るという保証は出来ない。

 

「ならば、次が最後の1人だと仮定して考えなければね」

「立候補、いいですか!」

 

挙手したのは島風さん。戦力としても申し分なく、さらには北端上陸姫との因縁もある。勝手に生み出され、深海棲艦に変えられ、不要と断じられ排除させられかけている。恨みを持たない理由がない。

 

「私、ここに来てからまともに戦えてないから、やらせてほしいです!」

「……他に立候補者がいないのなら、私は島風君でもいいと思っている。気持ちはわかるし、戦力としても必要なものだ。1人駆逐隊というのは人形対策にも有用だろう」

 

他に立候補者は出ない。少し意外だったのは、扶桑姉様が挙手しなかったことだ。山城姉様が戦場に出ることは多くなるだろうし、白い『種子』生成のために私が関わることもあるだろう。

 

「扶桑姉様は良かったんですか」

「ええ……私は次の機会でいいわ……。大和もどきまでに準備が出来ていればいいもの……」

 

扶桑姉様の恨みは戦艦天姫1本に絞られている。空母鳳姫と軽巡岬姫に対しては一切興味を持っていないように見えた。

おそらく先行してくるのは先日の2人。あくまでも秘蔵っ子というイメージのため、追加の金の『種子』が間に合うだろう。あくまでも私が戦場に出れば、だが。

 

「ならば、霞君と島風君にも金の『種子』を埋め込ませてもらう。また増えた場合、その都度誰に埋め込むかを考えるよ」

 

最終的には成分分析から白い『種子』要らずで金の『種子』を増産できるようになれば御の字。私要らずでここの深海組全員が出撃出来るようになれば最高だ。

 

 

 

霞に金の『種子』を埋め込むため、2人で私の私室に。いつものように瑞穂さんに見張り役をやってもらう。

 

「霞、何処がいい」

「背中にしましょう。お願い」

 

その場で上を脱ぐ。インナーも脱ぎ、上半身裸に。以前の『種子』の処置で出来てしまった大きな傷痕が露わになった。お風呂で見慣れているこの傷も、今この時は痛々しく見えてしまう。

 

「っつ……傷がないといけないのは厄介よね」

「ええ。小さめにしておいたから。じゃあ……行くわよ」

 

傷痕の中心につけた小さな傷に、金の『種子』を押し当てる。イクサさんと同じように体内に潜り込んでいく。

 

「っあっ」

 

妙な声が出た途端、霞が自分の口を押さえつける。どうしても声が出てしまうようで、ビクンビクン震えながらも、涙目で耐えている。手の隙間から漏れる息遣いは、霞からは聞いたことのないような嬌声。痛みには耐えられるが、快感には耐えづらい。それは私も経験しているからわかる。

 

「頑張って、霞」

「〜〜〜〜!?」

 

時間もイクサさんと同じ10秒ほど。ようやく『発芽』の快感が消えたのか、グッタリとしていた。口を押さえていた手は離れ、息も絶え絶えといった感じで乱れた息遣い。

 

「きっつ……」

「よく頑張ったわ霞」

 

まだ時折痙攣するが、無事、金の『種子』の埋め込みは完了。これで霞も過負荷を力に変えて戦うことが出来るようになった。

埋め込まれた場所は私が作った小さな傷しかなく、これもお風呂に入れば消えるほど。

 

「イクサさん凄いわ……なんでこれを受けて飄々としてられるのよ……」

「姫だからかしら……」

「プライドでどうこうなる問題じゃないわ」

 

ようやく落ち着いたようで、脱いでいた服を着ていく。

 

「これでまた姉さんと肩を並べて戦えるわ」

「私が出るかはわからないけどね」

「気持ちが変わるわよ。戦場に出られるってだけで今はいいの」

 

こちらに振り向いて、手を握ってきた。快楽の施術の後のためか少し目が潤んでおり、体格差が出来てしまったために少し上目遣い。不覚にも霞にドキリとしてしまう。

 

「姉さんも一緒に行けるなら、肩を並べて背中を預け合いましょ。姉さんがここに残るなら、その気持ちを私に託して」

「ええ。霞、頼りにしてるわ」

 

これならまだまだ戦える。私の心は折れない。霞も隣にいてくれるなら百人力だ。

 




一方島風君は、雪辺りに金の『種子』を埋め込んでもらったことであられもない声を上げてしまい、少しの間ぎこちない雰囲気を出すのである。


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あの時の再現

佐久間さんがついに過負荷の克服を達成した。その処置を受けた霞、島風さん、そしてイクサさんは、次の戦いからは率先して参加することになる。私、朝潮もそうだが、あちらの過負荷を力に変えるシステムなので、普通よりも出力が上がっているため、戦力としては最上級になる。

特に島風さんは、1人で駆逐隊を組むことが出来るという特殊なスペックのため、戦力増強としては最高の逸材であった。その全てが深海艤装であり、通常の駆逐艦島風から逸脱した出力を持っている。本人の因縁など関係なしに、優先順位は高かった。

 

霞への埋め込みが完了したため、司令官に連絡。同じタイミングで島風さんと雪さんも執務室に来ていた。どうやら島風さんに処置したのは雪さんの様子。元艦娘として仲がいい2人であり、そういう処置を佐久間さんに教え込まれているおかげでより適切に処置が出来る。

 

「島風も埋め込まれた?」

「う、うん。雪にやってもらった」

「雪さんなら安心出来ますね」

 

何処かぎこちない島風さん。雪さんも妙に顔が赤い。その時点でいろいろ察した。霞でアレだったわけだし、島風さんも同じことが起こっているだろう。あまり深く聞かないように。

 

「島風……アンタも?」

「霞もだよね……私すごい声あげちゃって……」

「私はギリギリ我慢したけど危なかったわ……。お互いえらい目に遭ったわね……」

 

羞恥心の共有中。同じことが起きたからこそ、深まる仲もある。あまり内容はよろしくないが、島風さんは孤独を極端に嫌う性格故に、こういう内容でも共有できる仲というのは必要であった。自分だけが恥ずかしい思いをしたわけではないとわかれば、多少は落ち着けるだろう。

 

「霞の処置が完了しました」

「ご苦労様。詳しい話は聞かないことにするよ。イクサ君が特別だったということは私も理解している」

「はい……2人の名誉のためにお願いします」

 

特に司令官は男性だ。今回のことは同性に見られるのも辛いのに、異性に見られるのはさらに辛い。司令官もそれに関しては理解してくれている。

敵の攻撃を回避出来る画期的なアイテムなのだが、これに関してはどうにか出来ないものかと佐久間さんに打診しているらしい。そういう意味では、霞と島風さんは犠牲者とも言える。

 

「霞は傷と同じ背中に埋め込みました」

「島風ちゃんは処置がしやすい首に。今後何かあれば真っ先にそこを確認してください」

 

何もないことが一番だが、『種子』という形を取っているのは敵が使っているものと何ら変わりないのが事実。万が一のことがあった場合、またそれを中和する必要も出てくるだろう。佐久間さんが中和剤を作っているかは知らないが、2人に何かがあれば、まずそれを疑うに越したことはない。

 

処置後の確認は問題なく、2人は混ぜ物対策班の即戦力として登録された。魚雷役として高雄さんと並べる霞が増えたことを龍驤さんが喜び、1人駆逐隊により邪魔者を排除できる島風さんが増えたことを天龍さんが喜ぶことに。

 

 

 

午後、霞と島風さんが戦闘訓練をすることとなった。『種子』を埋め込まれた後の確認は運用面だけであったが、今回は戦いを通じて何かしらの問題が無いかの確認。

対戦相手は深海艦娘から選出した。霞の案である。私怨が混ざっているような気がしないでも無いが、相手として申し分がないのは確かだ。

 

「深雪に電、時雨、皐月、潮……あの時と同じメンバーね」

「あの時って?」

「ちょっと無茶した時があってね。あのメンバーに姉さん加えた相手に喧嘩売ったのよ」

 

選出された深海艦娘は、奇しくも霞が迷走していたときに私が指揮して霞を完膚なきまでに叩き潰したときと同じメンバー。接近戦の皐月さん、特殊攻撃の時雨さん、艦載機運用が得意な潮さん、連携が得意な深雪さん電さんコンビの5人。

 

「でも、今回は無茶をしない。島風が仲間にいる状態だもの。勝ちをもぎ取りに行きましょ」

「おっおーう! 勿論!」

 

今回は無茶なんて一切無い。相応の仲間を使い、自分を痛めつけるのではなく、適応してあるかを確認するための演習になっている。

あの時から霞も大きく変化している。半深海棲艦化と、手動操作魚雷。この2つだけでも、霞をトップクラスに引き上げるほどのパワーアップである。それに加えて、今回は島風さんが仲間。万全の態勢だ。

 

「あの時の再現と行きましょう。姉さん、あっちに入って」

「ええ、霞がそれを望むなら。全力でいいのかしら」

「勿論。少なくとも姉さん以外の5人は倒すつもりでやるから」

 

6対2。本来なら圧倒的に不利だが、島風さんという1人駆逐隊のおかげで6対5。確かに充分勝ち目のある演習だ。

 

「女帝様の指示で戦うのはあの時以来なのです」

「だな。女帝、頼むぜぇ」

「そうですね。とりあえずあの時と同じことを言っておきますけど、後頭部に気をつけてくださいね。今私24機使えますからね?」

「多くね!?」

 

あの時からこちらも成長している。私は身体そのものが成長してしまっているが。艦載機の数も当時から格段に増え、自分で攻撃も可能。今回は白兵戦は控えるつもりではあるが、事と次第によっては使う。全力を望んでいるのだから仕方あるまい。

 

「それじゃあ始めましょうか。こういう指示も久しぶりですね。皐月、正面から。深雪、電、左右から」

 

同時に全員が一斉に艦載機発艦。皐月さんは自分の足場にしか使わないため、合計21機が2人に襲い掛かるかたちに。

 

「島風、よろしく!」

「小、高射砲! 撃ち落としちゃってー!」

 

大量の艦載機を、たった1つの連装砲ちゃんで食い止めようとしていた。同時に霞もありったけの魚雷を発射。半深海棲艦化により20本の手動操作魚雷を放ってきた。

 

「電!」

「なのです!」

 

魚雷の進行方向から逃れるように大きく迂回して攻撃を繰り出す深雪さんと電さん。ただし、魚雷はその迂回まで考慮した挙動をする。霞だって今では行動予測の使い手。回避方向を見越した魚雷操作をする。魚雷処理は

 

「中と大は皐月を止めて!」

「それでボクをとめようっての? かわいいね!」

 

真正面から突っ込む皐月さんに対しては、連装砲ちゃん2つをぶつけるつもりのようだ。艦載機を足場に使い、上から攻撃してくる皐月さんには魚雷が効きにくい。上に当たるのは連装砲ちゃんだけになる。島風さんは本体では魚雷と爆雷しか使えないため、皐月さんは天敵中の天敵。

 

「時雨、2時へ」

「早速かい。人使いが荒い女帝様だ」

「島風さんは早いところ止めた方がいいです」

 

霞の魚雷が脅威なのは確かだが、島風さんが轟沈判定になれば連装砲ちゃん3つも同時に機能停止する。数を減らすことの方が優先順位が高いのは確かだ。

時雨さんの背部大型連装砲により、島風さんを集中狙い。が、私は少しだけ見誤っていたところがある。島風さんの素早さは、尋常ではなかった。

 

「時雨、おっそーい!」

 

発射を見てから回避して無傷。連装砲ちゃんは自立型なおかげで指示1つで最善の動きをする。おかげで自分は雷撃しながら回避に専念すればいい。

 

「島風はそこまで速いのかい!?」

「疾きこと、島風の如し! だから!」

「潮、2時へ艦載機」

「了解」

 

動きの速さを計算し直し、艦載機での牽制。眼前に突如現れれば、嫌でもブレーキをかけるはずだ。案の定、島風さんの動きはそこで一瞬止まる。そのうちに時雨さんはその場から退避。

 

「皐月ちょっと邪魔よ!」

「いやぁそれならいい仕事出来てるよね!」

 

一方、霞に一番接近している皐月さん。連装砲ちゃんからの砲撃を回避して霞の真後ろに着地した。振り向きざまに斬ろうとするが、そこは霞も予測済み。真後ろに魚雷を1本だけ移動させ、自分に被害が出ないギリギリの位置で起爆。その衝撃で皐月さんは体勢を崩す羽目に。隙を見てその場から撤退。

 

「深雪、電、8時から10時へ」

「迂回ってことか。追尾してくる魚雷ってきっちぃ!」

「前と違って近づけないのです!」

 

霞も皐月さんからの攻撃を回避することに専念しつつ、深雪さんと電さんのコンビを魚雷で無理矢理近づけさせないようにするだけで、大分有利に戦えるようになる。

なら、そろそろ艦載機を増やそうか。島風さんの速さに時雨さんがついていけなくなってきているため、そちらにまず援軍が必要。

 

「ヨル、艦載機お願い」

『はーい!』

 

尻尾から発艦する水上機12機。これで私も全開状態。

 

「艦載機増えたよ霞!」

「ああもう、対空出来ないのがしんどいわ。連装砲ちゃんは艦載機処理に全部回して!」

「おっけー! 時雨は雷撃で!」

 

3つの連装砲ちゃん総動員で艦載機対策。その隙間を縫うように、霞の魚雷が時雨さんと潮さんの方へ。そちらは自分で対処してもらうしかない。

今の最善を予知。島風さんはあくまでも時雨さんへの攻撃を続け、霞が回避に専念しながら全方位への雷撃を担当。爆破しては追加を繰り返し、牽制とダメージを並行しながら魚雷の密度は一切変えない。連携がいくら得意でも、近付く事が出来なければ意味がないため、深雪さんと電さんがただの魚雷処理マシーンと化している。

艦載機で魚雷の処理をしているものの、その艦載機自体が連装砲ちゃんに次々と処理され、思った以上に厄介だった。

 

「朝潮、これまずいぞ!」

「霞ちゃんの魚雷がどうにもならないのです!」

 

持久戦に突入しそうな様相だが、その前にやり口を変えよう。島風さんを優先するべきだと思ったが、戦い方からして霞の方が先に消えてもらう必要が出てきた。

 

「時雨、10時」

「了解」

 

島風さんに狙われている状況ではあるものの、一旦時雨さんには霞を狙ってもらう。あちらも予測で回避しそうではあるが、行動を阻害する必要は確実にある。集中力を削ぐ意味でも、大火力を向けておく必要はある。

 

「皐月、7時へ」

「ボクが島風!? りょーかい!」

 

役割自体を変えた方が良さそうだった。速さには速さで対抗。天龍さんに鍛えられている皐月さんは、艦載機による空中移動を込みにしても普通より素早い。本人の艦載機は連装砲ちゃんに軒並み墜とされてしまっているが、私の艦載機をそちらに回しているため、空中移動はまだ可能。

 

「悪いね霞。まず僕が相手させてもらうよ」

「勘弁してよ……!」

 

大型単装砲による一撃が霞を掠める。咄嗟に回避したようだが、魚雷のコントロールが一瞬甘くなった。この隙は見逃さない。

 

「深雪、4時、電、8時」

「よし、やっとか!」

 

指示後、即座に予知。挟み撃ちに対して魚雷発射は読めている。さらにその先、手前で爆破して牽制してから、もう一本ずつ。これを回避するためには、ただの回避だと他の魚雷にぶつかる。

 

「深雪、電、手前で爆発したらジャンプ」

「滅茶苦茶なのですーっ!?」

「濡れる覚悟で行くぜぇ!」

 

予知通り手前で魚雷が爆発。その後ろに魚雷が隠れているのも確認。ジャンプで避け、水飛沫の中特攻する形になった。

 

「うっそマジ!?」

「やっと抜けたぜぇ!」

「霞ちゃん覚悟なのです!」

 

2人同時のヘッドショット。霞がこれで轟沈判定。ばら撒かれた魚雷が一斉に爆発する。

 

「うぇっ、霞!?」

「島風、余所見は良くないね」

 

霞がやられたことに動揺した島風さんの目の前には皐月さん。連装砲ちゃんを無視し、真正面に。こうなると連装砲ちゃんが皐月さんに集中砲火を浴びせようとするが、時雨さんが連装砲ちゃんに対して大型単装砲を放っていた。

 

「もう逃げられないよ!」

「避けるよ! だって速いもん!」

 

完全に入ったと思われた皐月さんの一撃。紙一重のところで回避していた。島風さんはそこまでのスピードが出るのか。思った以上だった。

 

「えっと、島風ちゃん、ダメです」

 

が、避けたところに潮さんの艦載機。1発の射撃でヘッドショット。これが轟沈判定となり、演習が終了となった。

 

 

 

顔を拭きながらため息をつく霞。

 

「なかなか攻撃に転化出来ないわね……」

「でも上手いものよ」

 

私としては、思った以上に苦戦したという気持ちが大きい。私はその場から動かなかったものの、近付く隙がなかなか無く、結局深雪さんと電さんは水浸し。あれが演習用の魚雷だったからあれで済んでいるだけで、本番だったら少なからず制服が焦げていた。

霞は大きく成長している。頼りになる妹だと、改めて見せてもらえた。背中を預けるに値する存在だ。

 

「ボクはアレを島風に避けられたのが悔しいよ」

「へっへー、見てから避けたよ!」

 

島風さんの素早さは目を見張るものだった。あれは計算に入れるべき強みだ。砲撃以上に、皐月さんの白兵戦ですら回避したあの性能。深海棲艦化であそこまでのものになったのかはわからないが、充分すぎる。本人は雷撃のみであるものの、切込隊長として不安がない。

 

「じゃあ、もう少しこれを続けましょう。霞と島風さんが音をあげるまで同じことを繰り返します」

「それくらいやれば身体に染み付くでしょ。絶対に姉さんを引きずり出してやる」

 

その後、嫌という程訓練を続けた。

島風さんは終始楽しそうだった。仲間との共闘、仲間との演習、強くなる実感。どれを取っても、島風さんには欲しいものだったようだ。

明日以降の混ぜ物襲撃でも、その力を遺憾なく発揮してくれるだろう。




ここのところ登場する機会を失っていた深海艦娘達。艤装不調に巻き込まれているせいでなかなか出せずにいましたが、今回はある意味霞の因縁。


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払暁の襲撃

午後一杯を使った霞と島風さんの演習は、とても有意義なものになった。途中からは天龍さんと龍驤さんも見学に来て、どれ程までに成長したかを確認している。今後の作戦立案もそうだが、現場判断は基本的にこの2人。私、朝潮が戦闘に参加出来たとしても、実戦経験の差が大きすぎる。私がその場で考えるより、実際に戦っている人の判断の方が有効な場合が多いだろう。その2人が口を揃え、次の襲撃でも問題なく運用できるだろうと話していた。

 

司令官の予想では、混ぜ物の次の襲撃は明日ではないかと考えていた。前回の襲撃から3日。前回、前々回と、襲撃ペースは3日前後になっている。タイミング的には確かに明日。

時間まではなかなか予想は出来ないが、前々回が深夜、前回がお昼回った直後と、こちらとしてはあまり来てもらいたくないタイミングで来ることを視野にいれると、次は早朝、それもまだ日が昇る前ではないかと予想していた。

 

その方針で準備をし、迎撃体制を作ることとなる。あちらはそれも見越して何かをしてくるかもしれないが、今やれることは全て出し切っている。ここまで来たら、あとは根気比べだ。

 

 

 

翌日早朝。まだ日も昇らず、外は薄っすらと闇が拡がる時間。私は霞と島風さんを連れて工廠で待機する。これもあるため、昨日は早めに床につき、万全の態勢で臨んでいる。

朝食は控えめに携帯食。カロリーの少ない清霜さんのオヤツみたいなものだが、お腹に入れておけば少なくとも気力は出る。

 

「本当に来るのかな」

「司令官はあくまでも予想って言ってましたし、来ない可能性は大いにありますよ。でも準備だけはしておいて損は無いです」

 

まだ眠そうな島風さんには、ヨルが巻きついて眠気覚ましをしてくれている。連装砲ちゃん達と戯れながら、島風さんにも頭を擦り付けていた。大型犬と戯れるような状況に、心が穏やかになるような感覚。

 

「来ないなら来ないで寝直すわ。暗い内から起きてるのは辛いもの」

「そうね。来るまではここで寝ててもいいのよ」

「姉さんが起きてるなら私も起きてるわよ。緊張してるから眠気もないもの」

 

緊張感が増しているのは確かだ。そのせいか私も眠気すら来ていない。こんな中でも眠そうにしている島風さんは、大物なのか緊張感が無いのか。

 

私達が前衛。艦娘の準備が整うまでの時間稼ぎ。数人は既に艤装の装着を終えて待機中だが、今回も大人数で鎮守府そのものを狙ってくる可能性があるため、こんな妙な時間でも総動員の可能性は非常に高い。

今回の夜間部隊には、深海の気配が読めるポーラさんが含まれている。近付いてきたら私達よりも先に勘付くはずだ。

 

「夜間部隊、帰投だよ。お疲れ様ー」

 

だが、そうこうしているうちに最上さん旗艦の夜間部隊が帰ってきてしまった。何も連絡が無かったということは、今日はただ哨戒をして終わっただけということか。

 

「お疲れ様です」

「提督以外のお出迎えがあるっていうのはいいね」

 

仮面をつけていない最上さんを見るのも少し久しぶり。まだこの時間なら日も出ていないため、仮面は不要なわけだ。戦闘中は敵の探照灯があるために、仮面が必要なことも多いようだが。

後ろから随伴のポーラさんと長良さんも帰ってきた。怪我もなければ戦った痕跡もないため、この一晩は本当に何も無かったのだと思う。司令官の予想は外れてしまったか。

 

「何にもありませんでした〜」

「静かな海だったよねー。いつもこうなら夜間部隊も楽なのにね」

「大体こうじゃないかな。あの時の襲撃が特別なだけだよ」

 

私達が知らないだけで、夜も酷い戦闘があるのかといえばそうではなく、念のための哨戒の役割が大きい。今でこそ佐久間さん暗殺部隊が毎日のように襲来するために、専属の部隊を割り当てているというくらいである。

その専属部隊、第十七駆逐隊も工廠に戻ってきた。見た感じでは戦闘をしていない。ただ、疲れているのは確か。

 

「珍しく今日は何も無かったな」

「いつもこうであってほしいねぇ」

 

比較的元気そうではあるが疲れた顔の磯風さんと、疲れを隠さずに溜息をつく谷風さん。他2人も似たようなもの。来ないなら来ないで気疲れはある。

今日は佐久間さん暗殺も無かったようだ。珍しいこともある。いや、むしろこれが嵐の前の静けさというものなのかもしれない。暗殺という(てい)も捨てて、以前のようにダイレクトに鎮守府を破壊してくる可能性はある。しかもこんな起きているか起きていないかの微妙な時間だ。回避が難しいタイミング。

 

「皆、お疲れ様。何事も無くてよかった」

「お疲れ様提督。予想外れたね」

「ああ、変に緊張させてしまってすまなかったね」

 

外れてよかった予想なので問題は無いだろう。最上さん達も問題ないと手をヒラヒラ振っていた。眠そうではあるものの、一切の戦闘が無かったようで、普段通りとなったようだ。

 

「朝潮達は早く起き損だったかな?」

「いえいえ、戦闘はないに越したことはないですよ」

 

そう、無いなら無い方が良かった。

 

このタイミング。私が確認できる範囲の端の端。混ぜ物の気配が2つ。全員が鎮守府に引っ込んだこのタイミングを狙ってきた。ポーラさんの感知を超えた位置からこちらの動きを見ていたような動き。それが出来るのはおそらく空母鳳姫の艦載機だろう。

 

「……このまま終わってくれれば良かったんですが。混ぜ物の気配が来ます」

「提督、予想当たっちゃったね」

「全く嬉しくないがね」

 

気配と匂いからして、今回も空母鳳姫と軽巡岬姫。戦艦天姫は3つ前の襲撃以降姿を見せていない。艤装を出したことで何かしらの問題が発生したか。

ひとまず司令官は鎮守府全体に警報と通達を放送。少なくとも動ける者は総動員。動けないものも避難が必要。

 

「霞、島風さん、身体は?」

「大丈夫。いつもの吐き気も無いし、艤装も動きそう」

「こっちも! 連装砲ちゃんも準備万端だよー!」

 

佐久間さん謹製の金の『種子』の力により、過負荷による艤装不調と体調不良は完全に克服出来ている。むしろ出力が上がっており、連装砲ちゃん達の動きにキレがあるほどだ。

だが、その副作用もあるみたいだった。2人とも、瞳が()()()()()()()()。金の『種子』により過負荷が力へと転化させられていることが、見た目にも現れている。副作用はそれだけのようで安心。

 

「奴らが来たみたいね」

 

同じように瞳を輝かせたイクサさんも工廠に到着。金の『種子』を埋め込まれれば、もれなくこうなるようだった。

 

「さぁ、さっさと迎撃するわよ」

「はい。私達は迎撃と時間稼ぎです」

 

この闇の中では空母組が機能しない。対して空母鳳姫含む深海の空母は夜間でも艦載機を飛ばしてくる。制空権の確保に参加できるのが私しかいない時点で大きく不利。

まずは日の出を待ちたい。勝てるならそのまま行きたいところだが、前回の宣言通りならば、空母鳳姫は最初から本気。深海日棲姫の力を全開で使ってくる。

 

「オレらも行くぜ。このために先に待機してたんだからよ」

「矢矧ちゃんいるんだものね〜」

 

私達に便乗して、先に準備をしていた天龍さんと龍田さんも迎撃戦へ。特に天龍さんは、因縁のある軽巡岬姫との決戦のために、刀も新調している。ここで決着をつけるつもり満々だ。

先程まで夜間任務に出ていた7人は、一旦休憩。鎮守府防衛に入り、どさくさに紛れて佐久間さんの暗殺などが無いかどうかを警戒することとなる。

 

「あ、ちょっと待ってください、何かしてきました……」

 

こちらに向かってくる気配が電探の索敵範囲に入った時、明らかにこちらが不利になる何かをしてくるのがわかった。一気に反応が増えたということは、艦載機を発艦したということだ。夜だというのに当たり前のように使ってくるが、数がやはり尋常ではない。

さらには随伴の空母棲姫や、それ以上の気配を持つものからも艦載機が一斉に発艦したせいで、到底対処出来ない量がこちらに向かってくることに。

 

「か、艦載機が来てます! 絨毯爆撃です!」

「鎮守府を壊しにかかってきたのね。私も手伝うわ。防空出来る子は全員来なさい!」

 

イクサさんがすぐに工廠から出て行く。防空が出来る者となると、今この場にいるのは私と天龍さんしかいない。島風さんも可能ではあるが、私達ほど経験がない。だが、出来ることをやらなければ私達の居場所がなくなる可能性があるため、私達は大急ぎで出撃した。

 

 

 

工廠から外に出ると、イナゴの群れかというほどに空が艦載機で埋まっていた。確実に鎮守府が全壊するレベル。

 

「初仕事が羽虫退治だなんてね。私が半分は受け持ってあげるわ!」

「おいおい姐さんやれるのかよ!」

「私は姫なんだし、過負荷を力に変えてるのよ?出力も上がってるわよ!」

 

自立型艤装の頭部が上空を向き、口を大きく開けた。

 

「撃ちなさい!」

 

轟音と共に放たれたのは三式弾。過負荷により出力が上がり、空一面の艦載機のど真ん中から、穴を空けるように撃墜していった。

だが、それだけでは全機墜とすことは出来ない。その撃ち漏らしを、私と天龍さんが処理していくことになる。さらに島風さんがさらに撃ち漏らしを連装砲ちゃんで撃っていった。

 

「やべぇ、全然足りねぇ!」

「避難はしてるんでしょう? 多少の損害は大目に見なさい!」

 

最終的に2割ほどにまで減らすことが出来たが、どうしても間に合わない。薄く出来たものの絨毯爆撃により、鎮守府が破壊されていく。内部から破壊された最初の時よりは被害は軽いが、それでも3階は見るも無残な形に。私室がある場所も破壊され、ちゃんと避難出来ているかが心配になる。

 

「あら、意外と減らしましたね」

 

必死に艦載機に対抗していたところで会敵。空母鳳姫の後ろには空母棲姫2体とその上位版、空母水鬼が3体。空母のみの艦隊。完全に空爆メインでここに来ている。そちら方面で本気を出されても困る。

その隣には軽巡岬姫。相変わらず人形を随伴につけているが、天龍さんの姿を見た途端、前回飛ばした右腕を見せてきた。

 

「いつぞやの借り、返しに来たわよ」

「おう、返さなくていいぞ。ここでくたばるんだからよ」

 

あちらは因縁をここで終わらせるための戦いになるのだろう。私が口を出すことではない。龍田さんも付いているのだから心配は要らないはずだ。

 

金の『種子』組は空母鳳姫と対峙。空母の姫6体との戦闘というのは初めてのこと。その全てが私達ではなく鎮守府の破壊を目論んでいるとなると厄介極まりない。

私の後ろのイクサさんを見ていろいろな感情が入り混じった表情を浮かべる。

 

「おや、その戦艦水鬼はアサさんが自分の意思で洗脳をしたものですね。どうでしたか、他人を自分の意のままに操るのは気持ちよかったでしょう」

「反吐が出ますね。これを好き好んでやる貴女方がどこまで外道なのかが理解できましたよ」

「でも、それを貴女が選んでやったんです。やはり貴女は姫様と同じものなんですよ」

 

私が言われたくないことをズケズケと。苛立たせる天才か。そうやって私の心を不安定にしようとしているのは目に見えている。予想が出来ているのなら、私は冷静に対処出来る。

 

「ですが……少し想定外ですね。貴女以外は倒れているはずですが」

「残念ですが、我々は過負荷を克服していますので」

「そうですか。……佐久間さんの仕業ですか。やはり殺しておかなくてはいけませんね」

 

スッと目の前から消える。提督の力を使った攻撃。気付いた時には遅いのだが、今回は一味違う。私の少し後ろでパァンと何かがぶつかり合う音が聞こえた。

 

「人の友達に何しようとしたの」

 

その攻撃を島風さんが受け止めていた。あの速さに対応できるのはもう島風さんしかいない。過負荷を力に変えたことにより、それにも追いつくことが出来るようになっていた。疾きこと、島風のごとし。

 

「貴女は姫様に捨てられた島風……まさかここで牙を剥いてくるとは思いもしませんでしたよ。何も出来ずに朽ちていくだけの木っ端だと思っていましたが」

「みんなのおかげで私はここに立ってるの」

 

手首をギリギリと握り、空母鳳姫を睨みつける。同時にイクサさんが動き出していた。至近距離故に砲撃は難しいため、そのまま自立型艤装による格闘。さすがに殴られたら危険と判断したのか、島風さんの手を振り切って先程までいた位置に戻っていた。

 

「あら残念。逃げ足だけは速いのね」

 

逃げた場所にイクサさんの砲撃。咄嗟の攻撃だったため、少し火力の小さい副砲ではあるものの、当たれば致命傷の強力な攻撃である。が、それは艦載機によってガード。

そこへ霞がこっそり放っておいた魚雷を合わせる。大回りし、深く潜ったところからの急浮上。足下、ドンピシャ。気付いた時にはもう遅い。大きな爆発に巻き込まれた。

 

「これで倒せるなんて思ってないけど、燃えてるとこを見ると清々するわね」

「……貴女達は本当に厄介です。姫様が目の敵にするのもわかりますよ」

 

爆炎の向こう、金輪の陰が見えた。深海日棲姫の艤装を展開している。あれをするだけで魚雷のダメージを軽減している理由はわからないが、とにかく、段階を1つ進めることは出来た。ここからは時間が経てば経つほどこちらに有利になる。

 

「アサさんは瀕死に、他は皆殺しです。覚悟はよろしいですか?」

「貴女も覚悟はいいかしら。これだけ恨みを買ったのだもの、ただで死ねると思わないことね」

 

水平線の向こう、日が昇ってくるのが見えた。夜が明ける。

爆炎が晴れ、姿を現した空母鳳姫が逆光を浴びていた。神々しくも禍々しいその姿に以前は畏怖を感じたものだが、今は違う。ここまで来たらもう手が届くはずだ。



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流星の如く

司令官が予想していた夜明け前の襲撃。それを待ち構えていたところ、本当に襲撃を受けることとなった。敵艦載機による回避不能なほどの絨毯爆撃をイクサさんの力も借りて2割程度まで削るが、鎮守府3階はほぼ破壊される大惨事。減らしてなければ鎮守府崩壊まであったため、ここで止められたのは良しとするべきだろう。あとはちゃんと避難出来たか次第。

 

私、朝潮は空母鳳姫と対峙中。その後ろには空母棲姫2体と空母水鬼3体というふざけた部隊。あくまでも鎮守府破壊をメインにした航空部隊のため、制空権はもう考えない方がいい。これ以上鎮守府を破壊されても困るが、ここにいる戦力で全滅させるのは骨が折れる。

 

「アサさんは避けてくださいね?」

 

深海日棲姫の艤装を展開した空母鳳姫は、以前と同様に視界を埋め尽くすほどの魚雷を発射してきた。回避はほぼ不可能。何かしらの手段で魚雷そのものを破壊する必要がある。

私は艦載機を発艦させて射撃による対処を始めたが、数が数だけにキリがない。

 

「任せなさいな。今の私は漲ってるのよ!」

 

霞も魚雷を発射。その数がさらに増えていた。その数30、私達に向かってくるものを的確に狙い、魚雷同士をぶつけることでさらに誘爆を促す。

先程の島風さんもそうだが、金の『種子』による過負荷の転化は思った以上に効果的だった。混ぜ物と戦う時のみのスペックアップではあるものの、艤装の出力以上に、本人の集中力が増している。

 

「空母隊、鎮守府への空襲を再開。アサさんがここにいるのは好都合です」

「でも誤算があったみたいね。私がここにいるんだもの」

 

イクサさんの掛け声と共に自立型艤装が大きく口を開き、超大型主砲を出現させた。敵として何度も相手をしてきたこの驚異の火力も、味方となれば心強い。

空母鳳姫には目もくれず、後ろの空母隊に照準を合わせた。先にあちらをやらなくては鎮守府がさらに危険に晒される。それに気付いた空母鳳姫が動き出すも、即座に島風さんが対応。足下に連装砲ちゃんが現れ、その脚を掴む。

 

「邪魔しちゃダメだよ」

「こちらのセリフですよ」

 

振り払うように再び姿が消えたが、またもや島風さんがその腕を掴む。完全にスピードに追いついている。元々のスペックと、深海棲艦化の影響、さらに金の『種子』による過負荷の転化で、速さだけなら提督の力に匹敵した。さらに攻撃、とまでは行かないものの、イクサさんを守ることは充分に出来ている。

 

「いいアシストよシマカゼ。最低1人は沈めてあげるわ!」

 

轟音と共に超大型主砲を放った。海を裂くような凄まじい威力で敵空母隊のど真ん中に着弾し、陣形を破壊した。その一撃で空母棲姫1体を撃沈し消滅、もう片方も大破。しかし、空母水鬼の方は3体とも小破程度。上位種というのもあるが、単純に改造され、耐久力が上昇している。

それでも一撃で姫1体を葬ってくれる火力は助かった。イクサさんも金の『種子』により過負荷が転化されているため、威力が尋常ではない。

 

『私達も負けていられないな』

「ええ。龍驤さん達が来るまでに、あの姫部隊を終わらせたいわね」

『私もやるよー! 頭噛み潰せば終わりだよね!』

 

私には『種子』が埋め込まれているわけではないため、瞳が金に輝くことはないが、ヨルのおかげで過負荷の転化は出来ている。

まずは大破した空母棲姫。まだ表側は私のまま突っ込み、早速ヨルの噛み砕きにより頭部の破壊。同時に魚雷処理をしていた艦載機をこちらに引き戻し、空母水鬼の頭を撃ち抜こうとするが、紙一重で回避される。

私達の攻撃を回避しながらでも、艦載機は鎮守府方面へ飛ばしていた。目の前の敵は完全に無視している。数が減った分、絨毯爆撃ではなくなったものの、数はまだまだ多い。

 

「姫級すら使い捨てですか。相変わらずゲスなやり方ですね」

「数を揃えなくては勝ち目のない艦娘共には使い捨て程度で充分です」

 

島風さんを振り払い、甲板が主砲へと変化。一番手近にいる島風さんに狙いを付けるが、持ち前の素早さで島風さんは既にそこから離れており、霞と共に雷撃を開始している。

 

「ちょこまかと……」

 

魚雷を撃ち抜いた後、主砲が甲板に変化。またもや尋常ではない量の艦載機が発艦した。先程大分処理したと思っていたが、まだまだ艦載機は尽きないようだ。

が、その艦載機は別の艦載機により撃ち落とされていった。拮抗とは行かないものの、いてくれるだけでありがたい。合間に私とイクサさんも防空に入り、艦載機を処理していく。

 

「来ましたか……龍驤」

「おう、来たで。日ぃ出てくれたんでな」

 

まず第一の援軍。龍驤さんとそれを運搬する響さん。制空権確保が現実的になり、火力も増した。魚雷処理班も加わり、戦況はいい方向に向いてくる。

 

「蒼龍と雲龍も連れてきたかったんやけどな、制空権のために向こうの防空頼んどいたわ。バカスカ飛ばしてきおって」

「貴女1人で何が出来るというのです。たかが軽空母1人増えたところで、私は止められませんよ」

「アホか。何もわかっとらんなぁ鳳翔。ウチ1人で戦っとるわけやあらへんぞ」

 

鼻で笑いながら私の託した艦載機を発艦。たった2機でも精鋭。毎日欠かさず使い続けていたおかげで、私以上にコントロール出来るようになっている。

 

「最初から本気ちゃうんか。もう片方も早よ出せ」

「出す必要がありませんね。これで充分ですよ」

「出せへんのやろ。わかっとるわ。お前体力あらへんもんなぁ。ちょっち戦闘するだけで冷や汗かきながらゼエゼエ言うて。元が旧式(オンボロ)なんやから隠居しとれや」

 

龍驤さんの煽りで少し眉をひそめるが、ただそれだけ。聞く耳持たずというわけではないようだが、煽りには乗ってこない様子。見た目通り、精神年齢も大人か。

 

「響、ええか」

「大丈夫だよ、龍驤さんは私が守り切る」

 

響さんは徹底して魚雷処理。龍驤さんの足として、さらには守護者として、大発動艇を無傷で守り続けることが役割。ここまで来たら一蓮托生、どちらがやられてもまずいのは変わりない。

 

「霞、私達は空母水鬼よ」

「了解。島風はあっち!」

「はーい! まっかせてー!」

 

イクサさんにもアイコンタクト。私達3人で空母水鬼をどうにかしつつ、援軍を待つ。次にこちらに来るのはおそらく高雄さんだ。魚雷が効きやすいことがわかっているのだから使わない理由がない。

持久戦をしながら人数を増やしていき、最後は圧倒する。ズルイと言われようが関係ない。あちらのやり方が相当なのだから、こちらも手札を全て切るだけだ。

 

 

 

一方、天龍さんと龍田さんは、たった2人で軽巡岬姫率いる第二水雷戦隊と交戦中。人形に関してはそこまで心配が要らないものの、戦艦の姫2人分の力を持つ軽巡岬姫は厄介だった。

 

「部下を盾に使うような旗艦がいるのかよ。かぁーっ、堕ちたもんだねぇ」

「私が生きていれば二水戦は幾らでも蘇るもの。使えない部下は盾として使われただけでもありがたいと思ってもらいたいわね」

 

近付くと人形が群がり、それを斬り捨てようにも御構い無しに欧州水姫が主砲を放ってくる。味方がどうなろうと関係ない。そういう意味ではもっとも深海棲艦らしい行動かもしれない。

戦艦主砲は当然避けたいが、人形が自分の命を考えずに足止めをするため、どうしても刀を使った防御をせざるを得なくなるが、このままでは前回と同じように戦闘中に折れてしまう可能性がある。あちらはそれをわかっててやっているのかもしれない。

 

「その刀が折れれば貴女は丸腰。ただの木偶の坊よね」

「そうだな。また折ろうってのか」

「何も出来なくなったら逃げ惑うのかしら。それとも泣き叫んで許しを請うのかしら」

 

天龍さんが侮辱されたことで、龍田さんの動きが一段階速くなる。一撃入れる隙を見計らっているが、なかなか見えない。隙を作る戦いではなく待つ戦いをするため、攻撃が出来ないでいた。そして隙を作る役である天龍さんは、無理をしすぎると前回の二の舞になる。

 

「2人がかりでも勝てないんじゃあ意味がないわね。早く諦めてもらえると助かるわ」

 

盾役の人形が次々と消滅していくが、何も気にせず飄々と立ち振る舞う。最後の1人は天龍さんが斬り捨てたが、それについても何も感じていない様子。味方の同族が殺されているのに眉一つ動かさない。

 

「あーあ、全部やられちゃったわね」

「あとはお前だけだな。ここで確実に殺してやるから覚悟しろよ」

「覚悟? するのは貴女達でしょう」

 

主砲を放ちながらの前進。白兵戦相手に近距離を狙ってくるということは、もう片方の艤装を展開するつもりでいる。

南方棲戦姫の艤装は欧州水姫の艤装よりも近接向き。欧州水姫の艤装より確実に息の根を止めることが出来ると踏んでいるのだろう。今までは人形がいたために長距離砲撃タイプにしていたようだが、いなくなった途端積極的に白兵戦を仕掛けてきた。

 

「あの時は不覚をとったわ。でもね、貴女達のことはもうわかってるのよ。刀しか使えない天龍と、薙刀しか使えない龍田が、私に何が出来るというの?」

 

両腕に接続された戦艦主砲を打撃武器に見立てながらの攻撃。だからといって打撃だけでなく主砲としても使い、当たれば大破どころでは済まないダメージを負うことになってしまう。

天龍さんの方が機動力があるおかげで回避が出来ているが、龍田さんが近付くことが難しくなってしまった。近〜中距離兵器のために、龍田さんにも砲撃が飛び、回避一辺倒にされているのは確かだ。

 

「急に暴れ出したな。こっちがお前の本性か?」

「そう思うならそう思えばいいわよ。回避ばかりで勝てると思ってるわけ?」

「そんな甘かねぇだろ」

 

その機動力を使い、懐に潜り込む。いくら白兵戦がしやすい艤装だとしても、超至近距離に入り込まれたら攻撃は出来なかろう。

 

「当然、見越してるわ」

 

艤装が欧州水姫のものにすり替わり、艤装に包まれた左脚で強烈な蹴り。勿論、天龍さんもそれは見越している。

蹴りに合わせて身体を捻り、回避しながらも脚を斬り飛ばそうと刀を振るった。それすらも受け止めようと、蹴りを強引に止めた挙句、脚の艤装でガードしつつ天龍さんを踏みつけた。かなり強烈だったようで、天龍さんが血を吐く。あれは凡そ中破というところ。

 

「げほっ、龍田ァ!」

「ええ、わかってるわ」

 

そこで出来た隙を見逃さない。龍田さんが軸脚に対しての斬撃。

 

「この……っ!」

 

対する軽巡岬姫、天龍さんを踏みつけている脚に軸脚を変え、踏み台にして跳び斬撃を回避。空中で艤装を南方棲戦姫にすり替え、天龍さんに向けて主砲を向ける。

踏みつけられた衝撃で天龍さんは体勢が崩れており、すぐに回避が出来る状態ではない。加えて龍田さんは薙刀を振るったばかりですぐに動けない。このままではやられる。

 

だが、心配はしていなかった。こちらには援軍が向かっているのだから、勿論、天龍さんのところにも援軍はやってくる。

 

流星の如く、最高のタイミング現れてこそ、()()()()()

 

「なーーかーーちゃーーんキーーック!!!」

 

空中で天龍さんに対して主砲を向けた瞬間、超高速で突っ込んでくる那珂ちゃんさんが、砲撃の余裕も与えず軽巡岬姫の顔面を蹴り、そのまま吹き飛ばした。それで勢いが無くなりその場に着地するが、当然脚部艤装はフルスロットル。龍田さんの薙刀に掴まって無理やりブレーキ。

 

「ごほっ、助かったぜ……」

「那珂ちゃん、最高のタイミングよ〜」

「でしょでしょ! アイドルは登場シーンも完璧なの♪」

 

天龍さんも立ち上がり、那珂ちゃんさんをお姫様抱っこする形で龍田さんから引き取る。ノーブレーキをどうにかするためには仕方ないことではあるが、龍田さんが嫉妬していることは手に取るようにわかった。

 

「ったた……誰よ」

「貴女が矢矧ちゃんね? 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー♪」

「は? アイドル? 何ふざけたこと言ってるのよ。殺すか殺されるかの戦場に、そんなゴミみたいな感情持ち込まないでもらえるかしら」

 

蹴られた頭を振りながら立ち上がる軽巡岬姫。那珂ちゃんさんの辺りから、ピリピリとした冷たい空気が流れている。いつも通りの振る舞い、アイドルらしい笑顔の奥底に、以前に見た()()がチラつく。

 

「矢矧ちゃん、第二水雷戦隊の旗艦なんだよね? それ、那珂ちゃんのお姉ちゃんもなんだよ。お姉ちゃんから継いだんだよね」

「ああ、神通のことね。それが何か?」

「出来たら神通ちゃんもここに呼びたかったけど、無理そうだから、第四水雷戦隊旗艦の那珂ちゃんが、神通ちゃんの()()()を務めまーす」

 

天龍さんに抱かれながら、主砲を1発。真正面からの不意打ちに、軽巡岬姫もほんの少しだけ動揺したが、腕の艤装で弾く。

 

 

 

「これ以上、二水戦の名を穢すなよ」

 

 

 

天龍さんが那珂ちゃんさんを下ろした瞬間、トップスピードで突っ込む。速い遅いは関係なしに、勢いがあまりに違った。

 

「なっ、こいつ……!」

「お前に二水戦旗艦を名乗る資格はない! ここで死ね!」

 

天龍さんとも龍田さんとも違う、混ぜ物すら怯ませる気迫。さらには天龍さんのトップスピード並にピーキーにチューンナップした脚部艤装でのヒットアンドアウェイ。数発撃ったところで通過し、即座にUターン。攻撃を一切緩めず、軽巡岬姫を防御一辺倒にする。

 

「おいおい、四水戦旗艦様にビビってんのかよ」

「混ぜ物もそういう感情は持ち合わせてるのね〜」

 

さらにここから白兵戦2人の追撃。示し合わせたかのように連携が決まっている。むしろ那珂ちゃんさんが2人に合わせた攻撃をしているようだった。

生粋の旗艦気質。アイドルとして皆の前に立つのも、その気質の延長線上。

 

「この……ふざけるな!」

 

主砲を振り回しながら全方向に放っていく。とにかく間合いが取りたいのだろう。那珂ちゃんさんの介入により、ペースが完全に崩れていた。

乱射でもお構いなく、那珂ちゃんさんは戦場を引っ掻き回すために縦横無尽に動き回る。時には一直線に、時には直角に曲がり、時には撃つことなく通過する。翻弄に翻弄を重ねていく。

 

「もう終わりにしてやる」

「終わり? 私が? そんな簡単に、私が終わるわけ!」

 

急カーブからの突撃。同時に天龍さんと龍田さんも攻撃。3方向同時の一撃。全てを食い止めるために艤装を欧州水姫に替え、那珂ちゃんさんには砲撃、龍田さんには腕と左脚の艤装、天龍さんにはもう片方の腕だけに南方棲戦姫の艤装を残して防御。

 

「終わりなんだよ、もう!」

 

那珂ちゃんさんは砲撃を掻い潜り、被弾もし、血にまみれながらも突撃を止めずに軽巡岬姫の艤装を破壊した。これでもう砲撃は撃てない。

 

「これで終わってもらわないとね。天龍ちゃん」

 

龍田さんは脚の艤装を重点的に狙い、ついにはその攻撃を突き通した。脚を薙ぎ払ったことにより、薙刀がボッキリ折れてしまう。

 

「悪ぃな、結局3対1だ。オレ1人では倒せなかった。オレと龍田でも均衡だ。だから、那珂が最後の一押しだ」

 

そして天龍さんは、たった一刀。全力の振り下ろし。

 

「貴女、だけはぁ……!」

 

しかし、斬りおろしに対抗した砲撃。超至近距離故に、撃たれるだけでも天龍さんには被害が出るだろう。主砲の向きは天龍さんの胸だ。

 

「あいにく……悪運だけは強ぇみたいでな」

 

今までは突き崩せなかったであろう艤装も、最後の渾身の一撃の前には屈するしかない。今まで散々防御に使い、乱雑に砲撃するまで追い詰められていて強度も限界に来ていたのだろう。砲撃の瞬間に爆発。さらには那珂ちゃんさんの艤装破壊と、龍田さんの薙ぎ払いにより、重心がズレていた。

最後の砲撃は本来の照準からズレ、天龍さんの左肩を抉ることとなった。それでも腕がギリギリ繋がっている状態となってしまっていたが、刀は既に振り下ろした後。

 

「……私の、負けね」

「オレ達の……勝ちだ」

 

軽巡岬姫の胴体が大きく血飛沫をあげた。



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届いた手

朝日が昇る中の襲撃。私、朝潮は霞とイクサさん、そして増援として来てくれた龍驤さんと響さんと共に、空母鳳姫率いる空母隊と戦闘。その裏側では天龍さんと龍田さんが軽巡岬姫率いる人形の第二水雷戦隊と戦闘していた。

たった1人となっても圧倒的な戦力で圧倒していた軽巡岬姫だったが、増援として駆けつけた那珂ちゃんさんとの連携により、ついに撃破することに成功した。

 

時は少し遡り、私達の戦場に龍驤さん達が駆けつけた頃。私は霞とイクサさんと共に、空母隊の随伴である空母水鬼3体の処理を優先する。この3体は目の前に私達がいるにも関わらず、鎮守府への空爆を優先していた。早く止めないと、今以上に鎮守府が破壊されてしまう。

 

「さっさと終わらせるわ。アシストお願い」

 

イクサさんの自立型艤装が、再び口内の超大型主砲を構える。一撃で姫級すらも屠るその威力は、あてにする価値があるもの。改造されて耐久力が上がっている空母水鬼でも、直撃すればひとたまりも無い。

 

「アシストっても、バカスカ撃てば何とかなるでしょ」

「これにはチャージがいるのよ。時間がかかるから出来ることなら1発で済ませたいわね」

 

などと言いながらも、空母水鬼がひとところに集まるように魚雷を爆破させ、行動を阻害している霞。イクサさんの陰からでもその精度は上がる一方で、機関部だけを破壊し航行不能にしたり、艤装そのものを破壊したりと、的確にサポートする。

 

「ヨル、もう少し飛ばしましょうか」

『はーい。これくらいっ!』

 

私は私で、霞の魚雷を避けながらさらに押し込む役。ヨルを振り回して無理矢理移動させる。隙があればアサの拳が叩き込まれるが、致命傷にまで行かない辺り、やはりあちらは改造済みだし鍛えられている。

私が一番の最前線にいるなんて、少し前なら考えられなかった。しかも、誰もが私が回避できる想定で攻撃を放ってくる。現に霞は私が居ようとも御構い無しに魚雷を放っているほどだ。信頼されていると言われれば聞こえがいいが、こちらとしても割とヒヤヒヤしている。

 

『霞、こちらにも容赦ないな』

「私なら避けられると思ってるんでしょ」

『複雑だな』

 

真横で魚雷が爆発して少し驚くものの、3体の空母水鬼はイクサさんからの直線上に固まる形に移動させた。最後にヨルが一撃加え、その場から離れる。

 

「貴女達上出来よ。退きなさい!」

 

再装填が完了したらしく、空母水鬼の一団に向けて超大型主砲による砲撃が炸裂。3体纏めて葬り去った。これで鎮守府への空爆の心配が無くなる。

私の知っている戦艦水鬼の火力ではなかった。やはり金の『種子』による過負荷の転化は恐ろしいほどに効果的だ。

 

そのままの勢いで空母鳳姫の方へ。今は龍驤さん、響さん、そして過負荷を転化している島風さんが相手をしているところだ。

提督の力を持つ空母鳳姫は、姿を消したかと思うと既に攻撃が終わっているような俊敏さまで兼ね備えているが、それに関しては島風さんが追いつくことが出来たため、ある程度の不安が取り除かれている。だが、もう1つ持っているであろう艤装を出していないのが問題。ただでさえ深海日棲姫の艤装による酷い量の魚雷が厄介なのに、それ以外にも何かしてくるとなると、本格的に対処が不能になる可能性がある。

 

「空母隊全滅ですか」

「もうお前だけやぞ。観念しや」

 

空母鳳姫の放つ矢を式神で受けつつ、私の預けた艦載機により直接攻撃をしているが、やはりその俊敏さで回避され続けていた。砲撃と艦載機を切り替えてくる空母鳳姫の攻撃は、響さんが必死に回避。常にこの場を計算し続け、最大速力で大発動艇を動かし続けている。合間にばら撒かれる魚雷の処理までしているため、消耗が著しい。

 

「響、手伝うわよ!」

 

魚雷に魚雷をぶつけ、響さんの仕事を減らしていく。

 

「助かった。そろそろ限界が近かったんだ。先生はよくこんなことを平気でやってられるね」

「長いことやってましたから。響さんも無理はしないでください」

「せざるを得ないだろう。止めたら龍驤さんが死ぬ」

 

激しい頭痛に苛まれているのであろう。龍驤さんの乗る大発動艇を動かし続けながらも、顔をしかめていた。短時間でここまで消耗するほどに魚雷の密度は高く、掠めただけでも大ダメージになるため神経を使う。早めに救援に入れて良かった。

 

ここからは自衛も込みで防御特化。私が思考の海に引っ込み、アサを表に。攻め手を島風さん、霞、イクサさんに任せ、私は龍驤さんの防衛に入る。龍驤さんも今回は式神を節約しつつの戦い。それを守るために、動き回る大発動艇に飛び乗る。

 

「すまんな朝潮、いや、アサか。防御に気ぃ使いたくないねん」

「任せろ。私が表の時は艤装が朝潮だからな」

 

こうなるとヨルが少しお休みモードになるが、尻尾は常に龍驤さんの周りをのたうち、いつでも守れるように待機している。

今回の主役は龍驤さんだ。空母同士の直接対決では互角に渡り合っている。艦載機のぶつけ合いという、もう空母なのかもわからない戦い方ではあるが。

 

「人数増えたで。そろそろもう片方出さんでええんか?」

「戯言を。私はまだ傷一つ付いていませんが」

「なら傷くらいつけてあげようかしら」

 

早速イクサさんが自立型艤装の腕部主砲を撃ち始めるが、当たり前のように回避。それでも、回避しながらの射撃は例え提督の力を持っていても精度が下がるはずだ。それを理解してか、弓をしまい深海の艦載機にシフト。空母としての艦載機に加え、深海日棲姫としての水上機を追加。魚雷は処理しても処理しても増える一方。

 

「魚雷の処理で手一杯なんだけど!」

「すまない霞、私も手一杯なんだ」

「こっちも艦載機が捌き切れん!」

 

霞と響さんが魚雷処理、(アサ)が艦載機処理と分担出来ているが、敵の攻撃を捌くだけで精一杯。イクサさんを防空に持ってくるわけにも行かない。

こちらは6人いるというのに、たった1人の敵とようやく互角。いや、まだ押されているほどである。

 

「増援、参りました!」

「鎮守府はまた襲撃を受けています!」

 

こちらにやってきたのは高雄さんと榛名さん。これで8人。相性的に有利な高雄さんの参入で、空母鳳姫の表情が少し変化した。前回も優先的に殺そうとしただけある。

ここからは役割を入れ替える。高雄さんが来てくれたため、霞と一緒に攻め手にし、代わりに島風さんを魚雷処理に異動。また、イクサさんには防空に回ってもらい、榛名さんを前へ。龍驤さんと響さんは変わらず、コンビで直接対決をし続けてもらう。

 

「魚雷は厄介ですね。先に死んでもらいましょう」

「させないっての!」

 

また姿を消した。宣言通りなら高雄さんか霞狙いだ。やらせるわけには行かないが、あの速さについていけるのは島風さんだけ。当然のように島風さんが動き出す。

瞬間、掴みかかろうとした島風さんが腕を引っ込めた。高雄さんを狙ったであろう行動から突如島風さんを狙う動きに変更した。

 

「しかし、貴女の方が面倒です」

 

さらに島風さんの腹に押し込もうとするが、ギリギリのところでどうにかキャッチ。速さに追いつくことまで考慮して、先に島風さんを片付けに来た。動きが止まった今なら恰好の的なのだが、島風さんが近すぎて撃つことが出来ない。

 

「島風ちゃんから離れなさい!」

「わかりました、離れてあげましょう」

 

空母鳳姫にAGPで掴みかかろうとした榛名さんだが、島風さんを放り投げられ、体勢を崩してしまう。その隙にまた姿が消え、2人纏めて胴を袈裟斬りにされていた。リーチの短い匕首のために、胴体が真っ二つなんて事にはならなかったものの、重症であることがわかるほどに。

 

「っふぅ……これで2人ですよ」

 

匕首にこびり付く血を払い、一息ついていた。あの移動法は4回目。汗も多くなり、前までなら撤退しているほどだが、今回はまだ。

血塗れになりながらも、榛名さんは咄嗟に空母鳳姫を掴み上げた。傷は深く、相当無理をしているのはわかる。

 

「往生際が悪いですよ」

「榛名は、大丈夫ですから……!」

 

握り締めようとした瞬間に、AGPの指がバラバラにされた。が、それをやっているだけの時間が稼げれば、龍驤さんなら攻撃が可能。常に空母鳳姫の周囲に私の託した艦載機を漂わせている。

 

「これだけ……隙が出来れば……!」

「ようやってくれたで榛名ァ!」

 

空母鳳姫の顔面に私が託した艦載機が直撃。さらにもう一機が腹にねじ込み、榛名さんの艤装から吹き飛ばす。それと同時に射撃を開始した。片方はヘッドショット故にそのまま通れば終わりだが、どうなる。

 

「この程度で……!」

 

即座に対応し、ヘッドショットする艦載機は破壊されたが、腹への射撃は入ったようだった。ようやく空母鳳姫の血を見ることが出来た。

 

「今よ、霞!」

「了解。ぶち込んでやるわ!」

 

誰からも離れたところを見計らい、高雄さんと霞が魚雷をかち上げるように放った。真下からの魚雷に弱いことはわかっている。それが出来るのはこの2人だけ。今がチャンスだ。

腹を押さえる空母鳳姫の真下で、幾重にも重なる爆発。複数個の魚雷が何度も何度もぶつかることで、火力をどんどん増して爆炎をまき散らした。

 

「どうや鳳翔……観念したか」

 

爆炎に向かって問いかける。何も返してこないことを祈っていたが、電探の反応が消えない。致命傷を負っているかどうかは見えないが、()()()()()()()()ことだけは確認が出来てしまった。

 

「まだだ……まだ終わってない」

「あれだけ魚雷叩き込まれてあかんのかい……なんつー耐久力や」

 

形状が変化したことがわかった。明らかに大型の主砲のようなものが現れ、狙いを霞に定めた。

 

「カスミ逃げろ!」

「なっ!?」

 

爆炎を蹴散らすほどの衝撃と轟音と共に、現れた主砲が放たれた。あまりの速さにアサの指示が間に合っていなかった。腹から血を流しながらも、島風さんが霞に体当たりをしてくれたことでギリギリ回避することが出来たが、その衝撃だけで2人とも吹き飛ばされる。

あの威力、清霜さんの51cm連装砲を超えている。掠めてもひとたまりもない火力を、()()()()()()()()

 

「よくも……やってくれましたね」

 

爆炎が晴れ、姿を現した空母鳳姫は、自分の艤装も深海日棲姫の艤装も消し、今までとは明らかに違う艤装に()()()()()

飛行甲板と巨大な三連装砲を搭載した、小型の鯨のような自立型艤装。あの三連装砲から放たれた火力で、今の大惨事が起きている。火力の高さもさる事ながら、魚雷をあれだけ受けても焦げている程度の耐久力も尋常ではない。

 

「けほっ……お腹に入ってしまいましたね……今回はこれで終わりにしますよ……ミサキさんは……」

 

血を口から滴らせながら軽巡岬姫の戦場を確認し、目を見開いた。ちょうど、天龍さんが一刀を入れ、胴体から血を噴き出す瞬間だった。

 

「ミサキさん!」

 

その艤装のまま天龍さん達を蹴散らし、軽巡岬姫の側へと駆け寄る。あちらも大分消耗している。その勢いをどうにも出来ず、天龍さんに至っては倒れ伏してしまった。

まだピンピンしているイクサさんが腕部主砲を構えるが、再び三連装砲による強烈な砲撃。回避するのに手一杯で、イクサさんですらギリギリ。酷すぎる火力。

 

「ごめんオオトリさん……私はこれまでみたい」

「……そう、ですか。安らかに」

「お疲れ様……姫様に……母さんによろしく伝えておいて……」

 

軽巡岬姫が消滅した。今回は浄化も何もない。その場から存在が消え去った。

 

「……覚悟しておきなさい。次は……次こそは皆殺しです」

「逃がすと思っとんのか鳳翔!」

「私にはまだやることがありますから……首を洗って待っていなさい」

 

異常な火力の三連装砲での砲撃がまたもや放たれた。今度は大発動艇を狙った砲撃。響さんが無理をしながらも回避させるが、ギリギリ間に合いそうにない。

 

『アサ、私が逸らす!』

「頼むぞ朝潮、タイミングをミスったら終わりだからな!」

 

大発動艇に着弾する直前、私が操る艤装により、どうにか弾き飛ばしたが、艤装の腕が抉れるほどの威力。大発動艇に衝撃が伝わり、軽く吹き飛ばされるほど。

慣れていない私だからこうなったのかもしれないが、それでもこれは本当に異常だ。扶桑姉様や山城姉様でも弾くのは難しいかもしれない。

 

気付けば空母鳳姫は消えていた。また逃してしまった。龍驤さんの因縁は、まだ続きそうだった。

 

 

 

戦闘終了。軽巡岬姫を撃破することには成功したものの、空母鳳姫はまた逃してしまった挙句、被害は甚大。天龍さん、榛名さん、島風さんが大破。那珂ちゃんさんが中破。霞が最後の衝撃だけで小破。響さんが頭の使いすぎでフラフラ。すぐにでも入渠が必要な者が多い。

 

「響ちゃん、大発動艇は私が引き継ぐわ〜。装備妖精さん、いるわよね〜?」

「ああ、お願いするよ……頭がガンガンするんだ」

 

大発動艇は龍田さんが引き継ぎ、怪我人全員を搭載。龍驤さんの乗る場所が無いほどになってしまったため、一時的にヨルの頭部カタパルトに乗ってもらった。私もアサから主導権を貰い、表に出ている。

 

「朝潮に運んでもらうとは……世の中わからんもんやわ」

「こういうときは使わなくては。ヨルも楽しんでいますので」

 

龍驤さんが小柄だから何とかなるというのは言わないでおいた。

 

「効くと思っていた足下からの魚雷も効かないとなると……どうするべきかしら」

 

高雄さんが呟く。2人がかりで何発も叩き込み続けた魚雷で、少し焦げた程度。正直なすすべなし。見えていた光明は、また閉じてしまったかのように思えた。

 

「まだ行けるわ。あちらになったら魚雷が効かなくなるだけよ」

 

高雄さんの呟きにイクサさんが答える。

 

「日棲姫の艤装まで全部消していたでしょう。多分鶴棲姫の艤装は、他の全てのリソースを回さないと使えないのよ」

「鶴棲姫? あの艤装の持ち主ですか?」

「ええ。深海鶴棲姫。あれでも正規空母よ」

 

戦艦主砲を携える正規空母というのはまたおかしな性能である。

 

「ああなると本体は無防備ね。ただ乗っているだけだもの。魚雷組であの姿を引きずり出した後、私みたいな火力でズドンがいいんじゃないかしら」

「確かに……近付けさせないために主砲を撃っていた可能性も」

「とにかく、これはテイトクに伝えた方がいいでしょう。鎮守府も襲撃を受けてるのよね。早く帰った方がいいわ」

 

こちらも大惨事だが、鎮守府も心配だ。少なくとも空爆で3階がほぼ全壊してしまっている。今あちらに残っている人の安否確認を優先したい。

 




空母鳳姫は、深海日棲姫と深海鶴棲姫のハイブリッド。イクサの見立て通り、他の全てを使わないようにすることで深海鶴棲姫の艤装が解禁されます。


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光明

明け方の襲撃。軽巡岬姫は撃破したものの、空母鳳姫は逃してしまった。だが、空母鳳姫の最後の艤装が確認でき、あちらが出来ることは全て判明したとも言える。ここからは隠し球をあまり考えずに作戦を立てることが出来るだろう。

しかし、あちらも残り2人となったことで、空母鳳姫が戦艦天姫と共に行動する可能性も出てきている。提督の力を持つ2人の混ぜ物が同時に来られた場合、どう対策すればいいかわからない。特に戦艦天姫は、まだ手の内を全て晒したわけではないのだ。

 

鎮守府も惨憺たる状況だった。あの後の空襲により被害は拡大し、3階だけでなく2階にも影響があった。私の部屋も潰れているわけではないが大変なことになっているらしい。

1階はほぼ無傷だったおかげで、今すぐ使いたい施設は全て稼働している。中破以上の怪我人は全員すぐに入渠。小破で済んでいる霞も、響さんと一緒にすぐにお風呂へ。比較的無事な私と龍驤さん、そしてイクサさんが司令官への報告をしている。

 

「軽巡岬姫は撃破したが、空母鳳姫はまた逃げてしまった、と」

「ホンマごめんなぁ……また倒しきれんかった」

「いや、皆が生きて帰ってきてくれたことの方が嬉しいよ。それに、あちらの手の内は全てわかったのだろう? それなら作戦が立てられる。龍驤君が気に病むことではないさ」

 

先程の戦いで、空母鳳姫とはもう3度目の交戦。徐々に追い詰めることが出来ているのは確かなのだ。こちらの被害も毎度甚大だが、相手の最終段階までは持っていけた。イクサさんのおかげで勝ち筋も見えた。次こそは勝てると信じている。

 

「今は身体を休めてほしい。鎮守府の再建はもう始めているが、また大部屋に全員で寝てもらうよ」

「仕方あらへんか。目処はどれくらいなん?」

「前回のように大幅な改築はしないのでね、3日から長くて5日くらいだそうだよ」

 

相変わらず、妖精さんの手腕には驚かされる。

またあの生活が戻ってくるというのは、不謹慎ながら少し楽しみでもあった。前回大部屋で全員で寝るなんてことをしたのは、アサが生まれ、鎮守府から離れていた時期だ。私は堪能出来ていない。今回は思う存分楽しませてもらおう。

 

「朝潮君、この後回復したらいつも通り佐久間君のところだ。白い『種子』の摘出をするよ」

「了解です」

「あれは良かったわ。あいつらが来た時だけ、いつもよりも出力が上がるのよ」

 

イクサさんも金の『種子』による過負荷の転化は大いに満足したようだ。防空のための三式弾も、腕部主砲も、勿論自立型艤装の口内大型主砲も、全てにおいてスペックアップしている。

空母隊の殲滅から、空母鳳姫の牽制、さらには艦載機の撃墜まで、幅広く活躍してくれた。しかもほぼ無傷での帰投。出来る限りの最高の戦果である。

 

「全員に埋め込みたいくらいよ」

「さすがにそれは難しいかと。今回でどれだけ摘出出来るか次第ですが、それでも追加は1人か2人分じゃないですかね」

「あら残念。でも一矢報いることは出来たわ。貴女達のおかげね」

 

頭を撫でられた。イクサさんの癖なのか、よく撫でられる。悪い気はしない。

 

「イクサ君も検査を受けてもらっていいかな。金の『種子』を埋め込んで初めての戦闘だ。今はスペックアップに繋がっているかもしれないが、後から悪影響が出ましたとなったらシャレにならないからね」

「わかったわ。サクマのところにいけばいいのよね」

「ああ、お願いするよ」

 

ここからは事後処理になる。私達もお風呂に行ってから、佐久間さんにいろいろと調査をしてもらうことに。私は艤装が一部抉れてしまったが、お風呂に入ればその辺りも修復可能。この身体の利点は活かしていかなくては。

 

 

 

事後処理まで終わらせると、もうお昼に近い時間になってしまった。回復、白い『種子』摘出、さらに金の『種子』組の検査と、やることは多い。大破により入渠中の島風さんも、ドックの中でそのまま検査をされるようだ。

ヨルの中の白い『種子』は、見積もりで2人分の摘出が出来たらしい。これでまた2人、深海組から戦場に出られる者が増える。1人は扶桑姉様で確定しているが、もう1人は誰にするか。そこは司令官に考えておいてもらうとしよう。

 

「霞ちゃんもイクサさんも、金の『種子』が身体の中で増殖しているとかは無かった。ちょっと期待したんだけどね」

「そっか、私の中で増殖してたら、佐久間さんの手が入らなくても全員に埋め込めたのね」

「さすがにそんな上手くはいかないねぇ。2つの『種子』を混ぜ合わせてるから、そういったところが消えちゃったみたい。同じシステムなのになぁ」

 

上手く行っていれば霞達が噛み付くことで全員が金の『種子』持ちとなれたのだが、そう事はいいように運ばないようである。とはいえ、『種子』というシステム自体、身体をいじくり回しているものであるため、あまり頼ってはいけないものではある。それは佐久間さんも重々承知。

 

「それ以外は完璧だね。混ぜ物が来た時だけスペックアップ。後からの代償無し。完璧過ぎて自分を褒めてあげたい」

「私が褒めてあげるわよサクマ。よくやってくれたわ」

 

佐久間さんの性格を判断した上で抱き寄せたイクサさん。まるで子供をあやすように撫で回す。私がやられているのを客観的に見るとこうなるのかと改めて思う。

私と違い、生まれた時からの純粋な深海棲艦に抱きしめられ、いろいろな感情が爆発している佐久間さん。私から見てもだらしない顔をしている。

 

「この調子で頑張ってちょうだい」

「ウッス! 誠心誠意やらせていただきます! アザッス!」

 

身体の柔らかさやら深海の匂いやらをある程度満喫したところでようやく離れる。イクサさんは気にしていないようだが、あまり酷いようなら引っ叩くまであったかも。

 

「まずは金の『種子』の増産かな。研究室が壊れなかったのはラッキーだよ」

「1階はほとんど無傷だったらしいですね」

「そうそう。特に私狙われてるし、妖精さんが特別頑丈にしてくれてたんだよね」

 

言われてみれば、佐久間さんの研究室は傷一つなく、前に来た時から物の配置すら変わっていない。空爆で激しく揺れたのだろうが、中では何も起きていなかったようだ。緊急時にはシェルターになるのではなかろうか。

 

 

 

午後イチに追加の金の『種子』が完成。出来たのは当初の予想通り2つであった。誰に埋め込むかを決めるため、先日と同じように深海組が招集される。

まだ島風さんの入渠は終わっておらず、金の『種子』の実体験を語れるのは霞とイクサさん。2人とも明らかに出力が上がっていると力強く説明する。

 

「最初さえ乗り越えられれば、あとは何も変わらないわ。生活に支障もない。混ぜ物との戦闘中だけスペックアップするって感じね」

「まさか三式弾まで威力が上がるだなんて思ってなかったわ。出来るものなら全員に埋め込みたいくらいだもの」

 

大絶賛の2人。だが、霞の言う通り、最初が肝心である。あの強烈な快感が非常に羞恥心を煽る。1人で処置をするのも問題はないかと思うが、

 

「私は……ここで貰うわ……」

「前回に言っていたね。準備が出来たから、扶桑君に1つ渡そう」

「あとから山城にやってもらうわね……」

 

扶桑姉様にはここで埋め込まれることに。この鎮守府でも最強と言っても過言ではない。現段階で誰よりも優先度が高いのは間違いなかった。空母鳳姫の最後の艤装は、扶桑姉様なら破壊出来るように思えた。山城姉様も参戦出来るようになり、ゴリ押しも利くようになる。

 

「さて、もう1つだが……」

 

判明している敵の戦力からして、必要なのは瞬発力。扶桑姉様筆頭のゴリ押し勢により艤装を止め、その間に素早く生身に近付いて一撃を入れる。龍驤さんの艦載機もそうだが、今後は生身を即座に攻撃出来ることの優先度が高い。白兵戦なら皐月さんや叢雲さん、そうでないのなら火力がより高い春風や時雨さん。

 

「私としては、皐月君にお願いしたい」

「ぼ、ボク!?」

「この中で一番素早いのは君だ。回避性能を活かして、龍驤君の手助けをしてほしい」

 

天龍さんの弟子として、匹敵するとまでは行かなくとも強力な力を持つ皐月さん。金の『種子』によるスペックアップで、天龍さんにより近付ける。龍驤さんの問答無用の艦載機運用も、自力で回避しながら白兵戦を仕掛けることが出来るだろう。

 

「わ、わかった。ボクが深海艦娘代表として、金の『種子』を埋め込まれるよ!」

「おー、頑張れよ皐月。あたしらの期待を背負ってくれ」

「はいはい、ボクに任せてよ」

 

無駄に緊張を煽るようではあるが、深雪さんなりの激励。皐月さんもそれをわかっていてヘラヘラしながら返した。

皐月さんは深海艦娘に変えられたときの快感を知っているため、金の『種子』による快感にも多少なり慣れがあるはずだ。霞や島風さんほど、羞恥心を感じることは無いと思いたい。

 

「では2人は処置をお願いするよ」

「ボクは誰に……姉ちゃんかな」

「睦月がやってあげるにゃしい」

 

あれに関しては姉妹がやってあげる方がいいだろう。皐月さんには睦月さんがいてくれたおかげで、そこまで心にダメージは受けないで済みそうだ。

 

その後、扶桑姉様は山城姉様と、皐月さんは睦月さんと破壊されていない部屋に入っていった。少なくとも扶桑姉様は声を抑えることができていたが、皐月さんは声が大きかったというだけで、これ以上語るのは憚られる。真っ赤な顔で出てきた皐月さんと睦月さんから察した。

 

 

 

2人の処置が終わり、今度は入渠組が次々と目を覚まし始めた。一番時間がかかるのは戦艦故に榛名さんなのは一目瞭然だったが、その次に時間がかかるのが島風さんという辺り、深海棲艦化が効いている。

まず終わったのが那珂ちゃんさん。起きてきて私を見た瞬間の第一声が、

 

「朝潮ちゃん、オフレコでお願いね♪」

 

あの戦い方の口止め。四水戦旗艦として猛然と戦ったあの姿、私は見るのは2度目ではあるが、やはり鬼気迫るものだった。アイドルを捨て、戦士として敵と立ち向かうその姿は、震えるほどに格好良かった。

空母鳳姫と相対しているときでも、その恐ろしいほどの気迫はこちらにも伝わってきた。凝視するほどの余裕もないが、何をしていたかくらいは把握している。

 

『那珂ちゃん、凄くカッコよかったよね』

『ああ、いつもの調子が嘘みたいだったな。ああいうのもいいと思うが』

『でも、那珂ちゃんはカワイイ方がいいよ! 歌って踊ってる那珂ちゃんの方が私は好き!』

 

思考の海の会話で、思わず笑みが浮かんだ。

 

「勿論、那珂ちゃんさんの名誉のために」

「ありがとね」

「ヨルも言っています。凄くカッコよかったけど、歌って踊ってる那珂ちゃんさんの方が好きだと」

 

テヘヘと少し恥ずかしそうに笑う那珂ちゃんさん。素直に好意をぶつけられると、アイドルでも少し困ってしまうようだった。

 

那珂ちゃんさんが着替えている内に、天龍さんの入渠も完了。大破ではあったものの、天龍さん自身の燃費の良さがこういうところで役に立っている。

 

「おはよー天龍ちゃん」

「おう、那珂が先だったか。あんだけボロボロだったのに」

「那珂ちゃんは皮だけだったからね。天龍ちゃんは肩抉れてたんだから早い方だよー」

 

着替え終わったくらいで天龍さんに服を放った。受け取って天龍さんもすぐに着替える。

着替えながらも私に戦況を聞いてきた。眠っている間に決まったことが無いか、鎮守府はどうなっているのか、などなど。

 

「金の『種子』が追加で2つ生成されまして、それを扶桑姉様と皐月さんが使うことになりました」

「扶桑姐さんはわかってたが、皐月か」

「司令官の指示です。空母鳳姫対策に、素早く一撃を入れられる人材を採用したようで」

 

空母鳳姫の最後の状態を詳細に覚えていないようで、そこも含めて説明した。艤装の状態によって効く攻撃が違い、鶴棲姫の状態では効くと思われていた魚雷が微妙になる代わりに、本体が生身になると。

そこまで聞いて皐月さんが採用されたことに納得が行ったようだった。

 

「あいつぁオレの一番弟子だからな。オレとほとんど同じことが出来る。力は足りねぇけど、速さならオレとどっこいどっこいだ」

「流石ですね。でしたら最後の押し込みが出来るでしょう」

「敵は提督の力を持ってるんだよな。島風がギリギリ追いつけたみたいだけど、皐月がそこに追いつけるかが心配だ」

 

大丈夫だとは思うが、と後に付けるが、やはり心配そうではあった。自分の弟子が危険な戦場に出るのは、思うところがあるのだろう。だが止めようとは絶対にしない。

 

「とはいえ、ようやく勝ち目が見えてきたんだな」

「はい。対策も大分組めてます。次で決着をつけたいです」

「おう。オレも参加するぜ。1人相手にどれだけ戦力ぶっ込むんだっつー話だけどな」

 

ついに空母鳳姫を倒すための一筋の光明が見えた。勝ち目が無いほどの圧倒的に不利な状態から、ようやくここまで掴み取った。




姉妹相手だからある程度の痴態は見せられるかもしれませんが、姉妹だからこそ見せたくないというのもあるかもしれません。扶桑姉様はイクサほどではないけどビクンビクン震えるだけ。皐月は島風レベルでやらかした感じ。


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提督の力

一戦終え、復旧中の鎮守府。3階がほぼ全壊、2階にも被害が出ているということで、私室の半分近くが使用出来ない状態に。部屋を使えない、または片付ける必要のある者が多くなり、鎮守府内部での破壊工作がされたときのように、大部屋での生活を余儀なくされた。1階に私室を構える者は私室で寝てもいいが、部屋のない者は特設された寝泊まり用の部屋で夜を過ごすこととなる。

とはいっても、なんだかんだ全員がこの部屋で過ごすことを希望するのがこの鎮守府。あの時のワイワイした感じの生活は、戦い続きでいつ襲撃されるかもわからない現状では、一服の清涼剤となった。

特に、孤独を嫌う島風さんは大喜び。入渠が終わってこの話を聞いた時、飛び跳ねるほどに喜んでいた。いろいろな人の部屋にお邪魔しては一緒に眠るが、大人数というのは初めてである。

 

大部屋はいの一番に準備された。妖精さんの技術の恐ろしいところであり、先程まで第二会議室だったような場所が、今では畳の大広間。相変わらずどういう原理で部屋を改築しているのか理解が出来ない。

 

『またアレやるのか?』

「やるんじゃないの……?」

 

アサの言うアレというのは、当然私、朝潮の隣に誰が寝るかを決める戦い。本当に演習をするとかではなく、ちょっとした小競り合いがある程度。ジャンケンやら腕相撲やら枕投げやらで決めるためか、他の人達も妙に盛り上がるレクリエーションだったりした。

私としてはいい迷惑であるため、そういうのに関係なく、私が指名して隣を決めることが多い。むしろ端に寄って瑞穂さんをつける。

 

『なになに? 何があるの?』

『朝潮の争奪戦だ。ハルカゼやハツシモが面白いことになる』

『見たーい!』

 

呑気なことを言っているが、私の与り知らぬところで私のことが勝手に決まっているのはどうかと思う。もう気にならなくなりつつあるが。

 

「そろそろ予約制にしようかしら……」

『それだとカスミとユキカゼが有利すぎる。皆平等に権利を持つべきだろう』

「権利って」

 

誰が隣に来るかで睡眠の質が変わるわけでもないので、もうなるようになれであった。

 

結局私の隣を勝ち取ったのはジャンケン大会を制した雪風さんと初霜。雪風さんに至っては出来レースなのではないかと思えるほどに1抜けをしていたのが印象的だった。

 

 

 

翌日、作戦会議。金の『種子』組が追加されたことと、空母鳳姫の全容がようやく明らかになったことで、勝ち目のある対策が立てられるようになった。

だが、当然それのネックになってくるのが、残った2人、戦艦天姫と空母鳳姫の持つ提督の力である。今でこそ島風さんが追い付くことが可能になったとはいえ、あの脅威はまだ残ったままだ。

 

ということで、今日はとんでもない訓練が実施されることとなった。

 

「扶桑君と山城君は私が鍛えよう。敵の速さに追い付くために眼を鍛えた方がいい」

 

なんと、司令官自らが訓練担当を行う。当然だが司令官は海の上に立つことは出来ないため陸上で。私や響さんは司令官の動きを先読み出来るように観察し続けることとなる。他の人達も、実際に戦っているところを見て覚えることに。

 

結局のところ、提督の力に対抗するために必要なのは『眼』である。

地上に上がった敵潜水艦を一撃で吹き飛ばした司令官ではあるものの、撃破まではいかない。あくまでも人間、()()()()()非力。それでも艦娘全員を押し留めることが出来る理由が、その速さと多彩な技。

以前、扶桑姉様が侵攻した際には、何もかもを破壊するほどの攻撃を受けた時に、気付けば組み伏せているという事態であったのがわかりやすい。

 

「殺すほどの攻撃はやめておくれよ。ただし、機関部艤装は使ってくれて構わないからね」

 

生身の人間相手に機関部艤装を使用。これが司令官を相手にするということ。

私も一度味わっているが、予知した未来を覆されるという恐ろしい力を見せつけられている。私では正直勝ち目はない。少しだけでも予知に確実性が持たせられれば御の字。

 

「なんで今までこの訓練やらなかったわけ?」

「そもそも私にあまり時間が無かったというのもあるんだが、考えてもみたまえ。私が今から君達に教えるのは、()()()()()()()なんだよ。提督という存在の倒し方を、身体で覚えるためなんだからね。そんなこと、最終手段に他ならないんだ」

 

本来なら軍規違反に最も近い、黒に近いグレーの訓練。私達を信頼しているからこそ教えてくれるわけだ。勝てなくとも、 互角に戦えるようになるだけでも、その艦娘は危険人物として解体対象になりかねない。

だが、今回は敵がその提督の力を行使してくる。実力では倒せない本物の提督は強大すぎる火力で、それ以外は提督の力で。これだけでこちらはなすすべが無くなる。それを続けるスタミナが無いようだが、それまでにこの鎮守府の全員を殺すことが出来る可能性が高い。

だからこそ、ここで最後の手段を使うわけだ。

 

「山城君、以前までのスパーリングとは全く違うからそのつもりでね」

「勿論よ」

「龍驤君、君も私の隙を探してみなさい」

「せやな、あの鳳翔をヤるためにはそれくらいせなアカン。大和にゃそれ以上や」

 

なかなか時間が空けられない司令官も、鎮守府復旧中の今ならば、少しくらいは訓練の時間が取れる。今しかないというタイミングだった。

 

「私にそれを見せていいの? 曲がりなりにも深海棲艦なのよ」

 

それを親切に言ってくれる辺り、既に優しいイクサさん。穏健派であることを如実に表している発言ではあるものの、司令官は信頼していることを伝えるように話す。

 

「君はこの一件が終わったら侵略を始めるつもりかい?」

「……そのつもりは無いわね。何処かでまったりさせてもらうわ」

「なら構わないだろう。それに場所も提供しようか。話をつける必要はあるが、北に我々と友好関係にある陸上型姉妹がいるんだ。別にここに住んでくれても構わないしね」

 

あまりの言葉におかしな顔になっているイクサさん。最前線の鎮守府の司令官が言うことではないだろうとは皆が思っている。だが、この人がこういう人だからこそ、皆がついていっているのも確かなのだ。

 

「ッハハハ! 貴方、本当に正気じゃないわね! でも私、そういう人は好きよ!」

 

司令官の肩をバンバン叩く。その発言から、山城姉様の眉が動くのを見逃さなかった。まさかこのタイミングで好敵手(ライバル)出現とは。

 

「気に入ったわ。最初は敵の姫への復讐に利用させてもらうつもりだったけど、今から私は貴方のために戦ってあげる。私が気に入った男だもの。必ず勝利に導いてあげるわ!」

 

イクサさんは正直、深海棲艦に向いていない気がする。戦艦水鬼という黒の中でも特に真っ黒な深海棲艦にも関わらず、思いやりが凄い。ここまで信頼出来るタイプな人は滅多にいないのではないだろうか。

 

 

 

司令官自らが訓練をするということを知り、それを一目見ようと鎮守府の全員が集まってしまう事態になった。しかもその相手が扶桑姉妹。鎮守府最強の戦力がどうなるのかというのは、興味の的であった。

司令官は軍服のまま。着替えることすらしない。これが司令官としてベストの状態なのだろう。

 

「手加減無しで行くからね。では、ちゃんと見ておくように」

 

最初の相手は山城姉様。扶桑姉様は山城姉様の戦いをよく見てから参戦するとのこと。念のため私が隣にいることで安定してもらっている。

山城姉様でも勝つことが出来ない相手なのは皆が理解している。何処まで対抗出来るか、なすすべがあるかを確認する戦いになる。

 

「ここでは一番私が提督にスパーしてもらってるし、素早いのも天龍や皐月で見てきてるわ。多少なりとも対応出来ればいいんだけど」

「まずその認識は捨てなさい。例えばだね」

 

少し前に進んだかと思った瞬間、山城姉様が倒れた。既に山城姉様の真後ろに立っており、脚を掬っていたらしい。

予知をしていたわけではない。反応をジッと見ていただけだ。同じように行動予測をメインにしている響さんと顔を見合わせてしまう。何が起きたのかわからなかった。

 

「これくらい出来なくては、提督という職につけないんだ。例えば、この鎮守府にいる全員に叛乱されたとしよう。それを1人で鎮圧しなくてはいけない。ならばどうするか」

 

倒れている山城姉様の腹に手を置き……何もしなかった。

 

「本来ならここで一撃入れて、無理矢理気絶させている」

「なるほどね……これを全員にやれば1人で無力化出来るわけか。説明なんてしていないだろうし、倒されて気絶させられておしまいね」

「そういうことだね。説明中にやってしまってすまない」

 

山城姉様を起こした後、改めて間合いを取った。ここからが本番。

今の移動は瑞穂さんのそれとほぼ同じ。それを()()()()()がやっているというのが恐ろしい。司令官はやはり人間とは別の位置にいるのだと思う。

 

「さて、では改めて。次は当てるよ」

「ええ、構わないわ」

 

タンッと足音が聞こえたと思った瞬間に山城姉様の目の前に。扶桑型のお株を奪うデコピン。

 

「このっ」

「ムキになっちゃいけないよ。心は静かに」

 

山城姉様の拳は払いのける。まともに受けてしまうと、どんな攻撃でもひとたまりも無いのだと思う。だから払う。

司令官の動きは合気道に近い。相手の攻撃は払いのけ、その力を利用して倒す。自分から動くときは、デコピン以外では脚を掬い、関節を極め、力をかけずに相手を行動不能にする。訓練のために激しい技をかけることはないが、人間が艦娘相手に腕の関節を極めて、抜け出すことが出来なくなっているという事実。

 

「ゴリ押しもいいが、白兵戦でも搦め手というのは出来るよ。天龍君の使う関節技とかね」

「関節技か……いいかもしれないわね」

 

戦艦天姫はその拳、空母鳳姫は匕首を使って、今の司令官と同じことをやってくる。しかも深海棲艦の力を持っての攻撃だ。司令官以上の力を持って、殺意を込めてこの動き。今までよく回避出来てきたと思う。

それへの対抗策として、その攻撃の腕を極める。それが出来れば、攻撃を避けつつ相手の行動を抑制出来て、さらにはダメージも与えられる。一石三鳥の技になるだろう。

 

「とはいえ、生半可なものであれば抜け出せるよ」

 

伸ばした腕を掴み、関節を極めようとした山城姉様。やろうとしたことは天龍さんが大分前に神通さんにかけたアームロック。しかし、スルリと抜けた後に逆に極め返していた。

 

「一朝一夕じゃ、うまくいかないわね……」

 

大分冷静になっている山城姉様。やられ続けても研究に余念がない。

私の隣にいる扶桑姉様も、静かに、真剣な目で2人の訓練を見続けていた。眼の動きを見る限り、司令官の動きが少しずつだが追えるようになっている。

逆に私は今の状況に混乱している。変に戦場の見方が変わっているせいか、どこをどう見ればいいのかよくわからなくなってしまった。

 

「先生、予測は出来るかい……?」

「いえ、まだ。司令官の全容を把握していないというのもあるんですが、動きが()えません」

「だね……眼なのか頭なのか、どっちに頼ればいいのやら」

 

響さんは私と同じ悩みに。これが出来れば戦場で有利になることは間違いないのだが、先読みした動きとは別のところにいたり、読めたはいいが既に動いた後だったりと、死に直結するミスばかりが起こる。これは瑞穂さんにも手伝ってもらって訓練していく必要がありそうだ。

 

「アカン、うちもようわからん。隙なんてあるんか……?」

「隙があったら司令官はやれないのでは」

「うん、確かにそうやわ」

 

龍驤さんも頭を捻っていた。空母はただでさえ攻撃が遅れるタイプだ。完全に先読みするくらいでなくてはやられる。

 

この頃には、山城姉様は静かに冷静に攻撃を見ることが出来るようになっていた。ただし、行動が見えるようになってきても、それに対応できるように自分が動くことが出来ない。あれを見てから避けるなんて芸当は、ブーストがかかった島風さんくらいにしか出来ないのだろう。

 

「瞬発力も鍛えないといけないわ。わかっても動けないんじゃ意味がないもの」

「そうだね。君は島風君と違って戦艦故に大人の身体だ。素早く動くにはより一層の研鑽がいるだろう」

「それが理解できただけでも御の字ね」

 

山城姉様はもう数えきれないほどの敗北を喫していた。それだけやられても、司令官の動きが把握出来ていない。提督の力というものがどういうものかというのを、身を以て改めて感じる結果となった。

この一方的な戦いを見ていた皆も、今戦っているものの強大すぎる力を目の当たりにして、怖気付く者もいれば研究を始める者とそれぞれ。

 

だが、誰にもやる気があった。怖くても前に進もうと、歩みは止めない。特にやられっぱなしの山城姉様が一番やる気に満ち溢れている。

 

「もう少しやるかい?」

「ええ、ちょっと見えてきたわ」

 

一旦距離を取り、そしてまた動き出す。

その時、たった一度だけだが、山城姉様が司令官の攻撃を払った時があった。運が良かったのか、タイミングが良かったのかはわからないが、回避出来たという事実は出来た。

その後は結局一度も当てられず避けられなかったが、何かコツのようなものを掴んだように見える。

 

「時間があればまた相手をさせてもらうよ。じゃあ、次は扶桑君かな?」

「いえ……私の分は山城にやってあげて……」

「いいのですか姉様」

「ええ……今日は貴女が提督を使えばいいわ……」

 

扶桑姉様は一歩引いた位置から山城姉様を見守る。イクサさんというライバルが現れたことから、山城姉様への細やかな応援の気持ちが溢れ出ている。

 

「なら……もう少しお願いするわ。もう少しで何らかのコツが掴めそうなのよ」

「わかった。ではもう少しやろうか」

 

結局それ以降、山城姉様が司令官に自分から触れることは出来なかった。一方的にやられ続けるだけかもしれないが、それでも有意義な訓練にはなったようだ、

私と響さんはコツも掴めず、結果的には進歩なし。とはいえ、今後のためになるいいものを見ることが出来た。これを活かして次こそは……!




山城姉様に明確なライバルが出現。でもイクサ姉さんに恋愛感情的なものはなく、好きというのはlike。


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常識外れ

敵の持つ提督の力に対抗するため、司令官自らが訓練を担当することになった。機関部艤装を装備しているにも関わらず、あの山城姉様ですら相手にもならないという状況。これをせめて互角までは持っていきたい。

私、朝潮も、その訓練を見させてもらうことで提督の力に慣れていく。響さんも同じことをやるために一緒に見学をしているが、どれだけ経っても回避出来る未来が視えなかった。

 

「では今日はここまで。次の戦いは間もないと思うが、それまで時間がある時には私が教えよう。いいかな?」

「ええ……お願いするわ……もっとやりたいもの……」

 

などと言う山城姉様は、休憩を挟みながらでも、疲れ果てて地面に倒れてしまっている。みっちりと詰め込んだ結果、その攻撃を防ぐことが出来る時があったが、確率としては10%にも満たない。

また、関節技についても直々に教授されていた。武器が無い分、搦め手に格闘技のいろいろな部分を取り入れていく方針になっている。司令官が最も得意とする合気道をメインに、提督の力に対抗出来るものは何でも。

 

「無理はしないようにね。すぐに休息を取るように」

「了解……久しぶりにキツイわ……」

 

訓練でここまで消耗する山城姉様を見るのは初めてだった。最初の頃はこうだったらしいが、それでも今は訓練なら卒なくこなすイメージ。だが今回は扶桑姉様に担がれてお風呂に向かっていった。

それでいて司令官は汗ひとつかいていないのが恐ろしい。ここが混ぜ物との違いだろう。スタミナ切れが無い。

 

「君達もどうだったかな」

「さっぱりだね……またお願いしたい」

 

響さんはついに頭痛までするところまで来てしまっている。それだけやっても皆目見当がつかないという状況。私もさっぱりだった。

 

『アサ姉、てーとくの動き見えた?』

『ダメだな。想像もつかん。朝潮も予知が外れていたし』

『あれ、敵がやってきたやつだよね。どうするの』

『どうするもこうするも……なぁ』

 

こちらもさっぱりなようだ。この訓練は出来る限り続けていきたいところである。

 

 

 

午後、元帥閣下から連絡が入る。あちら側には南司令官もいるらしく、調査結果の共有が目的だろう。そのせいか、今回も緊急通信での連絡であった。

私もその報告に参加させてもらう。いつも通り、情報を先行してもらうため。率先して私も呼ばれるのは少しありがたかった。

 

『そちらはどんな感じじゃ?』

「混ぜ物5人のうち、3人を撃破したよ。霞、雪風、矢矧だ」

『ほう……さすがじゃな。ならば、そちらも見たか。頭が深海忌雷の艦娘を』

 

元帥閣下からその話題が出てくるとは思っていなかった。人形の存在を見たのは、元帥閣下が帰投してから少し経った後の夜戦。それ以降は毎回のように出てくるものの、その全てを殲滅している。ならば、他の場所にも出没しているということだろうか。

 

「爺さんが何故それを知っているんだ。我々の戦場にはここ最近頻繁に出現するが」

『こちらで裏切り者2人を捕縛したろう。その身柄を奪おうと、儂の鎮守府がここ最近毎日のように襲われておる。連絡が遅くなってすまんかったな』

 

混ぜ物が減ったことで、その素材を回収しようとしているのだろう。だが、それなら別にどんな人間でもいいと思う。それこそ、人間の生活空間に足を踏み入れ、素材を攫うなりするかと思っていた。恨みのある6人に固執している理由でもあるのだろうか。元帥閣下すら素材にしようとしたというのに。

まさか北端上陸姫にも人の心が……などと考えてやめた。どうせ最後は世界を滅ぼすが、裏切り者だけはこの手でやりたいとか、そういうことではなかろうか。人間ならではの私怨。むしろ深海棲艦となったことで、本能が先行し、裏切り者を最優先にしているのかも。

 

『その襲撃をしてきているのが、頭に深海忌雷が貼り付いた艦娘でした。艤装が深海のものであり、意思を感じられなかったため、深海棲艦と断定し、処分させていただきました』

「鎮守府自体に被害は?」

『今のところありません。少しずつ数が増えているものの、襲撃は少数で、駆逐艦ばかりで来ますので』

 

今度は南司令官の声。淡々と話すが、元々は艦娘である人形を殺処分するのは苦しいことだろう。人形が駆逐艦ばかりなところもこちらと一緒。生産性に優れた駆逐艦に深海忌雷を寄生させるのが、一番効率的なのかもしれない。

寄生さえしてしまえば、生まれたばかりの駆逐艦も突如一線級である。意思がなく、死に恐怖すら持たず、リミッターすらない。厄介極まりない敵である。

 

「そうか……。こちらの見解では、あれは深海棲艦化させられた艦娘だよ。あの深海忌雷は、うちにいる朝潮君達のものとほぼ同じだ」

『そうでしたか。あれが深海棲艦ということがわかり、少しだけ安心しました。艦娘を処分するのは抵抗がありますので……あれを解放することは出来ないと判断していいですか?』

「ああ……口惜しいが、ああなってしまっては無理だね。私も実物は見たことが無いのだが報告は聞いている。頭部に寄生しているのではどうにもならない」

 

あれをどうにかする手段がわかればいいのだが、さすがに頭が破壊されているようなもの。深海忌雷に無理矢理生かされているだけである。静かに眠らせてあげる事が、最良の救済方法になってしまうだろう。

 

「そちらは誰が対抗しているんだい」

『勿論、儂らの艦娘じゃよ。だが、陸上で大和達を使うわけには行かんからの。今は儂の雪風と南の川内に任せておる』

 

艦娘の力を陸上で使わなくてはいけないのは心苦しいが、あちらが陸路でやってくるのなら、こちらも陸路で対抗するしか無いだろう。だが、大型艦の火力を使うのはよろしくない。適当な流れ弾で人間の生活空間に被害を及ぼす可能性もある。あちらは御構い無しかもしれないが、こちらは気にする必要がある。人間を守るための組織が、人間を疎かにする行為はしてはいけないのだ。

おそらく襲撃自体もそこまで表沙汰にしていない。深海棲艦を撃滅するためには、他の人間への被害を顧みないような過激派もいるのだろう。公表はされているものの、私達のような存在すら否定する輩もいる。そういうのは良くない。

 

「川内君が南君の相棒なのかな」

『あ、は、はい。僕のその……ケッコン艦でして』

『南は川内にゾッコンなんじゃよ。隠密系の諜報活動は必ず2人でやっているくらいじゃ』

 

川内さんは神通さんと那珂ちゃんさんのお姉さんに当たる、川内型軽巡洋艦の1番艦。私が知る限りはやたら好戦的な神通さんや、表向きはアイドルだが本気を出すと侍のようになる那珂ちゃんさんの姉なだけあり、南司令官の相棒の川内さんは夜戦大好きな忍者だそうだ。会えるなら会ってみたいものである。

 

少し内容が和める話になってきたが、気を取り直して。その2人が敵の鎮守府に侵入して調査してきた内容は、緊急通信でも話しづらいということで、近々南司令官がこちらに来たいという話になった。傍受されていることは無いだろうが、何かあっては困るとのこと。

元帥閣下の鎮守府は、元帥閣下の艦娘だけでも耐えることは出来る。その間に南司令官がこちらと情報を共有しようということだ。こちらも雪風さんの中にいた人間から聞き出した情報がある。

 

「今、こちらの鎮守府は復旧中なんだ。艦娘達も大部屋で過ごしているような有様でね」

『わかりました。川内と2人で行かせていただきます』

 

2人くらいなら許容出来る。護衛がいない状態でここにやってくるのもどうかと思うが、諜報活動に長けているとそういうところも回避が可能なのだろうか。なかなかに怖いことを言っている。

 

『本当にそこは苛烈じゃの。狙われている朝潮ちゃんは無事かえ?』

「おかげさまで。また少しやられてしまったが、まだ無事だよ」

 

聞けるのなら声が聞きたいということなので、私が元帥閣下と話すことに。

 

「お久しぶりです、元帥閣下」

『おお、朝潮ちゃん。元気そうで何よりじゃ』

「そちらも大変そうですが、お変わりないようで安心しました」

 

後ろの方で南司令官が妙な声を上げている。私の声を聞くのも当然初めて。正常な私を知っているのなら、この時点で疑問を持つのは至極当然。

 

『僕の知る朝潮とは声の質が違う気がするのですが』

『そりゃあの。あちらの朝潮ちゃんは大人じゃから。そもそも深海棲艦じゃし』

『……はぁ』

 

音だけしかわからないが、南司令官が首を傾げたのが目に見えるようだった。少なくとも今の会話で、南司令官が深海棲艦との共存に対して肯定派なのはわかった。元帥閣下の下についているのだから、同じ傾向であってもおかしくないか。

 

その後、ここ最近の自分のことを話す。私自身には変化が無いものの、敵の艤装を奪い取る形で尻尾を手に入れたことや、その中の意思が2人目の同居人として頭の中に住んでいることを伝えたところ、元帥閣下は言葉を失ってしまった。後ろの南司令官もなんだか変な声を上げている。疑問が尽きないらしい。

 

『相変わらず……朝潮ちゃんは波乱万丈な人生を送っておるのぉ……』

「否定は出来ません」

 

成長の方向性が決まった辺りから私の人生はおかしな方向にズレていったかもしれない。電探による周囲の観察なんて普通ではない訓練をしてなければ、深海艦娘化も逃れられず、ここまでの事態にはなっていなかったかもしれない。

だがそれは一切悲観するような内容では無かった。いろいろあったが、私は自分の運命を謳歌できていると思う。アサとヨルに出会えたのは、間違いなく今までの道程を歩いてこれたためだ。

 

『僕も興味が出てきました。そちらの朝潮がどのような存在か』

『会ってみるといい。自分の常識が全部吹っ飛ぶぞい』

『それは楽しみですね。川内にも力試しをしてもらいたいですし』

 

間接的に私が常識外れであると言われているようだが、それは否定出来ない事実なので何も言わない。

 

『私は見たことないよ。てーとくとサクマサン以外の人間』

『爺さんはいい人間だったぞ。私のことも普通に受け入れてくれた』

『なら安心だねー』

 

元帥閣下はこの鎮守府の特異性をさんざん味わっているので慣れたものだろう。南司令官は深海棲艦との共存に関しては肯定的なようだが、ここまでのものはどう感じるか。

 

「爺さんの艦娘だけで鎮守府は守れるのかい?」

『儂の娘達を嘗めてもらっちゃあ困るのう。今は南がおったから手伝ってもらっとっただけじゃ。小型艦だって多少は出せるわい』

 

それなら一安心。元帥閣下の艦娘は皆精鋭。普通には勝てないほどに鍛えられている。出来ることなら私もあちらに赴いて話をしてみたいものである。

 

 

 

南司令官は早速こちらに向かってくるとのこと。現状が現状だけに、情報共有は早いに越したことはない。午後ではあるものの、今から向かえば夕方前にはここに到着出来る。念のためこちらからも迎えを出すとのこと。

 

「航行ルートは大体わかっているが、何処で出会えるかはわからない。なので、索敵担当に迎えに出てもらうよ。響君がいいかな」

「了解。今回は大発動艇はいらないかな」

「ああ、あくまでも迎えだからね。万が一敵と遭遇してしまったら困るから、人数は用意するよ」

 

元帥閣下の鎮守府に人形が攻撃を仕掛けているということは、南司令官が狙われてもおかしくはない。護衛を川内さん1人にすると言っているくらいなので、こちらから出迎える必要は大いにあった。

人形対策が出来ることも考慮して、響さんを旗艦に、天龍さんと龍田さんが選ばれた。今までの戦闘で一番人形を処理しているのは、間違いなく天龍さんだ。慣れているという意味では適任。

 

「では早速頼むよ」

「了解。ヴェールヌイ、出撃する」

 

指示を受け、早速出撃した3人。前までなら響さんの役目は自分が担っていたと思うと、感慨深いものがある。響さんが後継者として育ってくれたことは嬉しいが、私の仕事が無くなっていくのは少し悲しかった。

 

「姉さんさ、自分も行きたいとか思ったんでしょ」

「お姉さんの考えてることなんてお見通しですよー!」

 

そこまでバレバレだったか。大潮も思っていた以上に勘が鋭い。

 

「心を休めなさいな。領海に行くのは難しいけど、お茶会なら付き合うわよ。私も今日はお休みの日だし」

「大潮もです! たまには姉妹水入らずで過ごしましょー!」

 

今は自分の部屋もなく、奇跡的に難を逃れた談話室くらいしか行くところがない。もしくは外の散歩程度。姉妹がこう言ってくれているのだから、お茶会で心を休めることにしよう。

 

理解者ではあるものの、外から来る人間というのには、どうしても警戒心を持ってしまう。志摩司令官の時のように、前以て時雨さん達が行っているような状況でもなく、私達()()()を初めて見る人だ。私達の存在が公表されているにしても、やはり怖い。

今だけはそのことを忘れ、姉妹との時間を過ごす。春風や初霜、雪風さんすら別件でこの場にいないくらいだ。本当に久しぶりの姉妹水入らず。ここ最近では味わえなかった開放感であった。




川内と一緒に諜報活動をする南司令官。つまり南司令官も忍者の類。提督の力の有効活用。


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許されない襲撃

元帥閣下直属の部下である司令官、南司令官が情報共有のためこちらの鎮守府にやってくることが決まった。なるべく事は早急に運びたいということで、連絡が来てからすぐにこちらへ向かっているということで、すぐに合流出来るように響さん旗艦の部隊が出迎えに行くことに。

南司令官は、声は知っているがどんな人かは知らない。声を聞く限りでは若い男性であることはわかるが、さすがに声から顔立ちはわからない。

 

「姉さんは声を聞いたことあるのよね」

「ええ。多分だけど、佐久間さんくらいの歳だと思うわ」

「ほぇー、若い人なんですね」

 

お茶会をしながらの話題も、南司令官のこと。外からのお客様というのは滅多に来ることはないため、それだけでも興味深いもの。むしろ人間という存在に興味が出てきているのも確か。

 

「元帥閣下が直々に教えているくらいだし、優秀な人なんだと思う。諜報活動が得意だって話だし」

「で、秘書艦が川内さん……あの那珂ちゃんのお姉さんだったかしら」

「神通さんと那珂ちゃん知ってると、なんか凄い人に思えますねー」

 

実際凄い人なのだろう。忍者であるというくらいだし。

艦娘には凡そ必要のない技能である敵鎮守府侵入を、司令官と共に成し遂げるほどの隠密スキル。そもそも陸上での活動に関してはそこまで考えなくていいのが艦娘なのであるのだが、あえてそこを伸ばしている辺り、一種の特務艦なのだろう。ケッコン艦と言っていたほどだし、練度もずば抜けて高い。

 

「来るのは夕方くらいなのよね。なら1泊して帰る感じかしら」

「ならその時にお話しくらいさせてもらいましょー!」

 

ここに長く籍を置かせてもらっていても、まだ会ったことのない艦娘は多い。緊張はするものの、出会いというのは楽しみである。

 

 

 

だが、簡単には行かない。万が一が本当に起きてしまった。響さん達が合流した直後に敵の反応を拾ったらしい。天龍さんと龍田さんがいるにも関わらず、こちらに連絡があったのは、何かしらの問題が発生したということだろうか。

 

「響君、何があった」

『敵の襲撃を受けた。受けたんだけど……()()()()()()()()()。何者かがわからない』

 

あちらにいる艦娘は、当然だが深海棲艦の気配なんてわからない。顔を隠していると敵が何かがわからなくなる。ただし、少なくとも艤装は深海のものではないようなので、『種子』により洗脳された艦娘である可能性が高い。

 

『艦娘相手だと殺すわけには行かない。どうにか撤退させたいんだけど、天龍さん達も手こずってる。とにかく妙に手練れが多い』

「了解した。部隊を1つ出す。持ちこたえてくれ」

 

通信が切れた。響さんの声色から、本当に切羽詰まっているのだろう。もう長い間北端上陸姫と戦ってきているが、顔を隠している状態の敵というのは今までにない。あの姫がわざわざそんなことをする理由がわからないが、とにかく今は救援が必要だ。

この状況になると、どうしても索敵専門が必要になる。そのため、私が旗艦。峰打ちが出来る白兵戦組、扶桑姉妹と皐月さん、叢雲さんの4人と、いつの間にか準備していた瑞穂さんを随伴にして向かう。万が一、顔を隠していて深海艤装で無くても混ぜ物という場合、叢雲さん以外は戦闘続行可能だ。

 

「すぐに向かいます」

「朝潮君、頼んだ。救出後、すぐに戻ってくるんだよ」

「了解です。朝潮、出撃します!」

 

どの辺りで交戦しているかを大まかにだけ聞き、大急ぎで出撃する。少なくとも響さん達3人の反応を探せばいいので、索敵範囲に入るまで全速力で駆けた。

 

鎮守府を出てしばらくし、響さんの反応を確認。近しい位置に南司令官が乗っているであろう台船と、知らない艦娘の反応、これがおそらく、随伴艦であり秘書艦である川内さんだろう。

そしてその周り、不明な気配が12個。戦艦や空母も含まれている、混成の連合艦隊。

 

「深海の気配無し……純粋な艦娘です」

「なら『種子』かしらね。中和剤持ってる?」

「持ってきています。何人かは中和しましょう」

 

会敵。視認した不明な敵のその全てが、フルフェイスのヘルメットのようなものを被っている。制服も統一し、見た目だけで何者かが判断付かないようにされている。

相手が艦娘という時点で天龍さんと龍田さんも苦戦しており、やり過ぎると死んでしまうが、手加減するにも思った以上に手練れで、気絶させることが難しいようだった。峰打ちしたいが、相手は実弾で狙ってくる。深海艦娘の時とはまた違った苦労。響さんは実弾しか持っていないために、南司令官を守ることに尽力している。

 

「追加で深海棲艦が出現だと!?」

「ありゃオレ達の仲間だ! 心配しなくていい!」

 

こちらに気付いた南司令官が私の姿で驚いたようだが、すぐに天龍さんが取り持ってくれた。こちらの鎮守府がそういうものであるということがわかっているために、それで納得してもらえた。

 

「救援します!」

「すまない! 川内、あの子達と協力して現状を打破しよう!」

「了解! 深海棲艦と肩を並べて戦うなんて、滅多に出来ない経験だよね! 夜戦だったら最高だったんだけどなぁ!」

 

瑞穂さんに合図し、船の防衛に移ってもらう。響さんと2人なら心配が要らなくなるだろう。ここからは峰打ちによる敵の一掃を目的とする。

 

「戦艦は……何人いるの……?」

「3人です。あと空母が2人」

「大型艦は私と姉様でやるわ。朝潮も来なさい」

「はい。姉妹でやりましょう」

 

扶桑姉様も山城姉様も伝家の宝刀がある。ヘルメットを着けているかもしれないが、おそらく御構い無しだ。中和剤は戦艦に打ち込みたいと考え、私も含めた扶桑3姉妹で大型艦を処理。

 

「んじゃあ、私も手伝うよ。どっち手伝えばいい」

「川内ちゃんはこっちにちょうだい〜。軽巡と駆逐艦やっちゃうから〜」

「おう、なら皐月、こっち来い。川内、叢雲と一緒に龍田と頼む」

 

残り7人の中型、小型艦娘は他の4人に任せる。天龍さんと皐月さんが組み重巡洋艦3人、龍田さんと叢雲さんが組み軽巡洋艦2人と駆逐艦2人を処理。川内さんは龍田さんの組に入り3対4の流れ。

 

「少ない人数で川内の旦那を守りながらはしんどかったからな。揃えば峰打ちも楽勝だろ」

「天さん簡単に言い過ぎだよ」

 

重巡主砲による砲撃を刀で弾きながらボヤく皐月さん。深海艦娘化と今までのたゆまぬ努力により、駆逐艦とは到底思えないくらいのスペックを持っているため、深海艤装でもない重巡主砲ならば軽く弾いてしまう。

 

「事実そうだろ。周りにたかられたらしんどいだけだぜ」

 

砲撃を皐月さんが弾いている間に、天龍さんが持ち前のスピードで重巡1人を峰で横薙ぎにする。重い一撃により、それだけで気絶させた。1人減るだけで戦場はすぐにこちらが有利になり、皐月さんも前進。天龍さんに気を取られた瞬間に艦載機を顔面にぶつけ、天龍さんと同じように横薙ぎ。負けず劣らずの重みのある一撃で気絶させる。

あっという間に1人にされ、顔は見えずとも混乱しているのがわかった。そんな隙を見せたらあの2人は即座に対応。2人がかりで横薙ぎにして即気絶させる。

 

「天龍ちゃんノリノリね〜」

「皐月も勢いが凄いわ」

「アンタ達いつもこんななの?」

「私達にはこれが普通よ〜」

 

4人を相手している龍田さんだが、叢雲さんに頼らずとも全ての弾を弾いていた。負けない戦いの真骨頂、本当に当たらない。

 

「じゃあ、私が行くわ。1人でも引っ張れば龍田さん行けるでしょ」

「たまには叢雲ちゃんが頑張ってもいいのよ〜」

「えぇー……まぁいいわ。川内さんもいるし」

「私、実弾だから峰打ち出来ないよ。足止めだけ手伝ってあげるよ」

 

龍田さんが砲撃を弾く横から、叢雲さんが突撃。一部の敵の攻撃が叢雲さんにズレるが、その瞬間を見逃さず、川内さんが足下に砲撃。一瞬動きが止まったところで叢雲さんが接近し、敵駆逐艦に槍による峰打ち。槍故に難しいようで、柄で殴り付けて気絶させる。

 

「野蛮な攻撃になっちゃうのが嫌ね」

「仕方ないでしょ」

 

視点が叢雲さんに向いていたところを見計らい、もう片方の敵駆逐艦の首をキュッと絞め気絶させる。

 

「砲撃出来ないっていうか、殺しちゃいけないって辛いよね。こうやるしかないんだもん」

「わかるわ〜。手加減って難しいもの〜」

 

弾く砲撃が減ったことで龍田さんも前進。あえて恐怖を与えるように、笑顔でゆっくりと進みながら、最後は2人同時に横薙ぎに。あまりにも呆気ない。

 

「なるほど、少数に寄ってたかってさっさと潰そうってやつらなのね。まったく、陰険なやり方よね」

 

戦艦主砲で撃たれているにも関わらず、その砲撃を素手で弾く山城姉様。レベルが違うことを見せつける。

 

「山城……殺しちゃダメなのよね……」

「ダメですよ姉様。相手はただの艦娘みたいですし、気絶させるだけにしてください」

「わかったわ……殺したら山城と朝潮に迷惑がかかっちゃうのね……」

 

砲撃が飛んできても気にも止めず、軽く払うように全てを弾く扶桑姉様。相手からしたら、素手なのに砲撃がまったく効かないとは恐怖以外の何物でもないと思う。

 

『邪魔だな。ヨル、水上機出せ』

『はいはーい。あれ全部墜とせばいいよね』

『おう、そうしとけば姉さん達が本体をやってくれるだろ』

 

空母2人からの艦載機は、私が艦載機と対空砲火を、ヨルからも水上機を発艦させてあらかた一掃していく。2人がかりでも私が処理出来るほどなので、あちらは軽空母か何かだろうか。

 

「ヘルメットがあるからどうにかなるでしょ。気絶させるだけだから耐えなさいよ」

 

後ずさる敵に対して何も考えずに真っ直ぐ突っ込み、強烈なデコピン。ヘルメットを粉砕するつもりで打ち込んだようで、額の部分だけが粉砕し、気絶。

 

「山城……器用ね……」

「やっと姉様の繊細なコントロールを覚えることが出来ましたから」

「殺せないから……それが一番早いかしら……」

 

扶桑姉様も同じようにデコピン。軽く突いたように見えたが、山城姉様のデコピンと同じように、額の部分だけが粉砕した。山城姉様も大概だが、扶桑姉様はそれ以上に無茶苦茶である。

これに焦った残った敵戦艦が、咄嗟に南司令官の船に向かって主砲を向けた。が、そこは既に予測済みの響さんが砲塔に砲撃を入れ、艤装を破壊する。

 

「うまいものね、響」

「先生の教えの賜物だよ。白露と精密射撃の訓練も受けたからね」

 

艤装破壊で怯んだところにデコピン。本当に容赦が無い。

これで空母2人のみ……と思いきや、私が艦載機を処理している間に扶桑姉様が同じように気絶させていた。相変わらずいい加減な出力である。

 

 

 

襲撃はこれで対処完了。敵連合艦隊12人は全員気絶し、束にして置いておいた。そのうちの1人、旗艦のような動きをしていた戦艦の首筋に中和剤を打ち込む。

が、痛みを感じているようには見えず、ただ予防接種を受けただけのような状態に。

 

「……中和されていないわね」

「ということは?」

「この人達は、洗脳されていない状態で私達を殺そうとしてきたということです」

 

悲しいことに、艦娘が自分の意思、もしくは上からの指示で、南司令官を殺そうと動いていたということである。

私は今の状況に覚えがあった。北端上陸姫の変化前、寺津という男が受けた仕打ちと同じ。組織の目的を達成するために行動をしているのに、同じ組織の者に命を狙われるなんて、そんな酷いことは無いだろう。

 

『ーーーー』

 

その敵戦艦のヘルメットから、小さく声が聞こえた。もしかしたらこの連合艦隊を指揮しているものかもしれない。真相を知るためにヘルメットに耳を当てる。

 

『返事をせんか! 何があった! チッ、使えん奴らめ』

 

私達の司令官よりも歳を取った男の声が聞こえる。

 

「貴方がこの部隊を指揮している人ですか」

『何者だ!』

「南司令官を助け出したものです。何を考えて襲撃を」

 

私が話し切る前に、ヘルメットから聞くに堪えない罵声が聞こえてきた。耳が壊れるかと思った。

全員に聞こえるように出来ないかと南司令官に聞いたところ、諜報に使うための盗聴器を差し出される。ヘルメットに取り付け、その音声を拡張してもらった。

 

『貴様、何処の所属だ! ただで済むと思うなよ!』

「……もう一度聞きます。貴方は何故襲撃をしたんですか」

 

イライラしてきた。こちらの話をまったく聞いてくれない。だが、決定的な一言を言い放った。

 

『貴様もしや加藤の鎮守府の連中だな? 薄汚い深海棲艦との共存などという得にもならん終戦を考えている愚か者どもめ』

 

私達の司令官を侮辱する発言。一番反応したのは山城姉様だが、ここで怒ったところでこの先にいる者には何も起こらないため、拳を震わせながら耐えている。

 

『戦争が続けばいくらでも金が手に入るというのに馬鹿なことを。共存などするくらいなら見世物にして金を儲けろと伝えておくんだな』

 

イライラが募る。この場にいる艦娘全員が、スピーカー越しの男に対して憎しみを持ち始めている。私もそうだし、アサもそうであった。ヨルだけはよくわかっていないらしく、オロオロしている。

この声を聞いて南司令官はピンと来たようだった。小声で私達に伝えてくる。

 

「コイツは7()()()()()()()()だ。裏切り者の協力者、と言えばいいか。北端上陸姫に利益を持ち出されて、騙されているとも知らずに寝返ったクズさ」

 

ということは、南司令官が狙われた理由は、北端上陸姫の調査をし、元帥閣下や私達の鎮守府にその情報を流すのを防ぐため。つまり、自分の利益のために、南司令官を秘密裏に殺そうとした。

何もかもが寺津という男と同じだった。私以前に、南司令官が第2の北端上陸姫になってしまうような所業。

 

『どうした、黙りこくったようだが。自分の愚かさがわかったか。だが後悔しても遅いぞ。加藤の鎮守府は私の権限で必ず潰してやるからな。覚悟しろ!』

 

なんでこんな人間のために南司令官が殺されなくてはいけない。

なんでこんな人間のために加藤司令官が路頭に迷わなくてはいけない。

なんでこんな人間のために私達が嫌な思いをしなくてはいけない。

 

「人間って……みんなこんなのなんですか……」

「違う。このクズだけだ。ちゃんと元帥閣下が然るべき処置をしてくれる。つい最近ようやく7人目がいることがわかっただけで、すぐに元帥閣下が然るべき処置を下してくれる」

 

元帥閣下に以前に言われた『人間を嫌いにならないでくれ』という言葉を思い出す。だが、このスピーカー越しの声を聞いていると、人間への憎しみが膨れ上がるようだった。嫌いになりたくないのに、嫌いになりそうだった。

 

『ご主人! ご主人! なんか変だよ! ここが熱いよ!』

 

ヨルの声が聞こえるが、反応出来なかった。

仲間達が利用されることよりも、命を狙われることよりも、深く、深く、憎しみを持った。こんな人間が艦娘をいいように使っている事実に怒り狂いそうだった。

 

 

 

その結果、最後の引き金が引かれた。

 



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最後の引き金

南司令官が情報共有のためにこちらの鎮守府に向かってくる最中、妨害のための襲撃を受けた。その敵は顔を見せず素性を隠した艦娘。深海の気配もなければ、『種子』で洗脳されたわけでもない、純粋な艦娘だった。

その裏で指揮していたのは、寺津という男を利益のために殺した6人の裏切り者の協力者である7()()()。またもや利益のために、北端上陸姫に騙されているとも知らずに南司令官を殺害しようとしていた。

 

敵の艦娘のヘルメットから聞こえる汚らしい暴言。司令官を侮辱する言葉の数々。私達の存在を軽んじ、ただの金儲けの道具としてしか見ていないような態度。

元帥閣下に以前に言われた『人間を嫌いにならないでくれ』という言葉を思い出す。だが、このスピーカー越しの声を聞いていると、人間への憎しみが膨れ上がるようだった。嫌いになりたくないのに、嫌いになりそうだった。

仲間達が利用されることよりも、命を狙われることよりも、深く、深く、憎しみを持った。こんな人間が艦娘をいいように使っている事実に怒り狂いそうだった。

 

 

 

その結果、最後の引き金が引かれた。

 

 

 

身体がメキメキと音を立て始めるが、今回は成長では無かった。戦艦の状態になった時点で身体は成熟している。今は服で隠れている肌に何かが起きているのがわかった。骨が軋む音ではなく、()()()()()()()()

ただただ身体が熱い。肌が焼け爛れるような変化によりマグマのような熱が身体を駆け回っている。その熱量に服が鬱陶しく感じ、力任せに剥ぎ取った。その時には艤装は消滅していた。

 

「朝潮……!?」

 

誰かの声が聞こえたようだが、私には届かなかった。もう誰の声かもわからなかった。頭の中が黒く、暗く、昏く染まり、記憶の要所要所が真っ黒に塗り潰され、暗闇に飲まれたような感覚。今の私の心には、人間への怒りと憎しみしか無くなった。

身体中にヒビが入り、ところどころかろ瞳で溢れる閃光と同じ深海の光が漏れ出ていた。特に胸から下、腹にかけては大きくヒビが入り、重巡棲姫よりも大きな虚空が脈打つように明滅を繰り返す。

 

キンキンと喧しい声に目を向ける。薄汚い人間の声が延々と響いていた。鬱陶しい。聞いていたくない。この場から消し去りたい。

おもむろに音のする方に向かい、ヘルメットを掴む。これが音の発生源。気に入らない人間が向こう側にいる。

 

『はっ、権力の力を今更思い知ったか! 艦娘など所詮兵器なんだよ! 我々の金儲けの道具になっていれば』

 

あまりにも喧しかったので、ヘルメットを握り潰す。中に艦娘の頭が入っていたが関係ない。これもそのまま握り潰してやる。薄汚い人間に自らの意思で加担したものは、須らく皆殺しにしてやる。理由なんて知らない。嫌々従っていたとしても、従った時点で重罪だ。生きている価値が無い。

 

「朝潮、やめなさい!」

 

それを邪魔される。掴んでいた艦娘がもぎ取られるようにひったくられ、手からすっぽ抜けた。

邪魔をした奴を睨みつける。巫女服のようなものを着た、髪の短い女。人間への怒りと憎しみが心を昏く埋め尽くし、()()()()()()()()()()()()()()()。とても大切な人だったように思えるが、私の邪魔をした艦娘でもある。

 

()()()()()()()()()

 

「朝潮……アンタ……!」

 

右腕を横に伸ばす。私より1回りほど大きな艤装が出現した。大口を開いた大型の化け物のような艤装と、それをこぢんまりさせた小型の艤装の複合体。本来ならここに主砲があるのだろうが、私の欠陥(バグ)によりそれが無い。主砲が撃つことが出来ない欠陥(バグ)を持つことを、これほど忌々しく思ったことが無かった。

 

「朝潮はオレ達で押さえつける!」

「川内! 敵の艦娘を死なない位置に退かしてくれ!」

「了解! みんなも手伝って!」

 

邪魔をしたものは敵。その仲間も敵。さらには奥に人間の姿も見える。ならば、目に映るもの全てが敵だ。ここにいるもの全てを壊す。

大きく手を振り、艤装に指示を出す。大型の艤装がその口を開きながら、私の邪魔をした艦娘達に向かう。本来なら主砲で撃つのだろうが、無い物ねだりだ。私の艤装は質量兵器なのだろう。

 

「っあああっ!」

 

髪の短い巫女服の女がそれを受け止めようとしたが、質量に耐えられずに吹き飛んだ。何故だか胸がチクリと痛んだ。巫女服の女は海面に叩き付けられるかと思ったが、それを白い着物の女に受け止められている。

 

「山城……大丈夫……?」

「姉様……私は大丈夫です。まずは朝潮を止めないと!」

 

皆のこちらを見る目に敵意が無い。何故だか憐れむような視線だった。気に入らない。腹が立つ。怒りがより滾る。

あれらも全て、人間に加担する者達。ならば私の敵だ。全部壊す。全部殺す。怒りのままに。憎しみのままに。

 

そういえば……私は何故怒っていたんだろう。何故憎しみを抱いたのだろう。思い出せない。思い出せないが、もうそんなことはどうでもよかった。人間に怒り続け、それが蔓延るこの世界を憎み続ける。それでいい。

 

「これどうすんだよ……まず気絶させるか!?」

「艤装を破壊してからよ! 話はそれから!」

「出来るなら本体を落とす!」

 

巫女服の女に黒髪の刀の女が話している。私の艤装を破壊すると言ったか。させるわけがないだろうに。

 

「姉様、艤装を止めましょう。私達でないと出来ません」

「ええ……朝潮は……愛すべき私の妹……これ以上罪は犯させないわ……」

 

罪。今の私の行いを罪と言ったか。何故罪になる。わからない。何もわからない。全て壊せばそれでいい。少しは怒りと憎しみが薄れるかもしれない。今はそれしか考えられない。

小型の艤装から艦載機を発艦。殺すべき艦娘は9人。あと船に乗る人間が1人。その全てに攻撃出来るよう、全員にけしかける。当然最優先は人間だ。どんな人間であろうとも、人間であることが私の怒りと憎しみを増幅させる。

 

「瑞穂が防空に入ります。天龍さん、お願いしてもよろしいでしょうか」

「おう、大丈夫だ! 皐月も行けるな!」

「高角砲とか久々なんだけど!?」

 

あちらは無駄に防空性能が高いらしい。発艦した艦載機はあっという間に墜とされた。勿体無いことをした。

その中の1人、艶やかな女は、艦載機を撃ち墜としながらもジッとこちらを見つめてきていた。視線が痛い。心がザワザワする。あれを早く殺さないと、私が私で無くなるような気がする。

 

艤装に全員を喰い殺すように指示する。人間を最優先にしたかったが、いの一番はあの艶やかな女。あれの目はダメだ。見られたくない。

 

「姉様!」

「ええ……一緒に行くわよ……」

 

先程吹き飛ばしたはずの巫女服の女が猛然と突き進んでくる。白い着物の女も一緒に、私の大型艤装の前に立ちはだかった。ならば思い通りに轢き殺してやる。

 

「せぇーの!」

 

掛け声と同時に巫女服の女が拳を、白い着物の女が蹴りを繰り出してきた。破壊はされなかったものの、それだけで艤装が動かなくなってしまった。艦娘なのに、何故そんな行動で止められる。

考えたことでか、ズキンと頭が痛くなった。何か大切なことを忘れてしまっているような感覚。思い出したくても記憶が黒く塗り潰されていてよくわからない。

 

「今よ天龍!」

「ちょっと痛ぇけど我慢しろよオラァ!」

 

気を取られている隙に、黒髪の刀の女が懐に入っていた。かち上げるような一撃を繰り出してきたが、何故だか私にはその軌道を読むことが出来た。さらにはこの女、刃ではなく峰で攻撃してきている。嘗められているのか。

だから私も、お返しをする。攻撃してきたのだから、死んでも文句は無いだろう。振り上げる刀をキャッチ。重い一撃だったが、片手で止められた。

 

「何!?」

 

そしてそのまま握り潰し、刀を破壊してやった。刃で攻撃してきていたらこんなことにはならなかったものを。

怯んだところを蹴り飛ばす。ギリギリのところで引いたのだろう、蹴り応えが無かった。この女、こういう戦いに慣れている。怒りが滾る。

 

「っぶねぇ!」

「天龍ちゃん、ひとまず黙らせればいいのよね」

 

今度は冷たい目をした薙刀の女が向かってきた。艤装はあの巫女服の女と白い着物の女につきっきりだ。私そのもので迎え撃つ必要がある。

やはりこいつらは敵だ。見えるもの全てが敵だ。なら殺さなくてはいけない。壊さなくてはいけない。人間に加担する者は何もかも、何もかもを壊さなくては。

 

「天龍ちゃんに攻撃したんだもの〜。いくら朝潮ちゃんでも……許しちゃいけないわよね」

 

薙刀の女はしっかり刃をこちらに向けてきた。それでいい。その方が殺しやすい。触れれば指が落とされそうな攻撃だが、その攻撃は全て読める。

 

「私も入るわ。無理にでも止める!」

「ボクも!」

 

槍の女と金髪の刀の女も攻撃に加わってきた。いちいちリーチが違うので処理が面倒だ。特に一番小さい金髪の刀の女。薙刀と槍を回避しながらこちらを攻撃してくる。鬱陶しい。腹が立つ。怒りがより滾る。

薄汚い人間のためにここまでやっているのか。何をここまで駆り立てさせる。こいつらも利用されているに過ぎないのではないのか。わからない。

 

「予知も使ってるのね。3人がかりでも当たらない」

「挟み撃ちでも避けたんだけど!」

 

いちいち煩い連中だ。キリがないのでさっさと片付ける。他にも殺さないといけないものは沢山あるのだから。

まず薙刀の柄を掴み、握り潰して刃側をいただいた。それを振るい、次は槍を破壊。最後は刀を薙刀で受け止めて、最も接近している刀の女を蹴り飛ばした。吹き飛んだそいつは槍の女に直撃し、この戦場から退場。残った薙刀の女も一撃入れて蹴り飛ばす。

まだ死んでいないのはわかっている。立ち上がられても鬱陶しいだけ。さっさとトドメを刺しておく。まずは一番キレのあった薙刀の女。

 

「朝潮様、それはよろしくありません」

 

気付いたら腹に拳が捻じ込まれていた。さっきの艶やかな女が、知らないうちに真横から鳩尾に一撃喰らわせていた。突然の衝撃に驚くが、そこまで痛くもない。

 

「怒りも憎しみもごもっともです。ですが、それを仲間にぶつける理由が何処にありましょうか。罪を重ねるのはおやめください。正気にお戻りください。まだやり直せます。今ならば誰もがそれを許してくださいます」

 

この説教、何処かで聞いたことがある。理由はわからないが、腕の力が抜けるような感覚。殺したいのに、壊したいのに、それが()()()()()()だと感じてしまう。

ダメだ。この女の目と言葉は、私の何かを呼び起そうとする。私の怒りと憎しみが揺らぐ。殺さなくてはいけない。壊さなくてはいけない。手始めはこの女だ。この女も人間に加担する者。死ぬ理由がある。

 

「こらこら! 今殺そうとしたでしょ! 良くないよ!」

 

艶やかな女を手にかけようとしたとき、忍者のような女に腕を取られ、そのまま関節を極められた。そんなこと関係なしにもう片方の手でその女を殴りつけようとするが、そちらの腕は黒髪の刀の女に関節を極められる。刀を折ってやったのに攻撃してくると思っていなかった。

 

「朝潮、正気に戻れ。あのクソ提督は元帥の爺さんが何とかしてくれる」

「そうだよ。あとうちのダンナも信じてみてよ。アレには死ぬより辛い思いさせてあげるからさ」

 

何を言われようが、私の怒りと憎しみは治らない。人間を信じる理由もない。残していた艦載機を動かし、頭に向けて射撃。しかし拘束を解かれる代わりに回避される。

 

巫女服の女と白い着物の女に止められている艤装をこちらに戻す。私は無傷だが、これ以上ここで戦いたくなかった。この連中はこれ以上相手にしていると頭がおかしくなりそうだ。

だが、突然身体が昂揚するような感覚に陥った。私だけじゃない。白い着物の女と金髪の刀の女も似たような状態になっている。瞳が金に輝き、白い着物の女に至っては、ある方向に目を向けていた。私も何かの気配と、妙な匂いを感じる。

 

「あーっ! アサちゃんが最後の段階になってます!」

 

和傘を差した黒尽くめの女が戦場に乱入してきた。人間に加担する連中は、嫌なものでも見たような顔だった。戦艦らしく身体は大きいがやけに子供っぽい仕草が妙な女。

 

「お母様がもしかしたらって言ってましたけど、本当になってるだなんて! 見たかったですねぇ、どんな感じに変わりました?」

「今はアンタに構ってる余裕無いのよ」

「いけずですねぇ。でも許してあげます。アマツは優しいので」

 

会話を聞いている感じ、この黒尽くめの戦艦はあちらの敵らしい。ならば私には何になる。敵なのか味方なのか。

 

「なってたら説明しろって言われてるので説明しますね。アサちゃんは最終段階、中枢棲姫亜種(ちゅーすーせーきあしゅ)となりました。普通なら海の上は移動出来ないんですけど、地道に頑張ったおかげで水陸両用です! お母様の努力を褒めてくださいね」

 

今の私は中枢棲姫というものらしい。陸上型深海棲艦として本来ならば陣地を持つはずなのだが、何かの手違いか水上型と同じように移動出来るようだ。おかげで人間を滅ぼすのに苦労せずに済むのだからありがたいこと。

言いたいことが言えたからか、今度はこちらに向かって満面の笑みを浮かべながら、手を差し出してくる。握手を求めているのか。

 

「アサちゃん、アマツは貴女の味方です。人間を滅ぼすために一緒に戦いませんか?」

「アンタ……!」

「山城さんは黙っててくださーい。これはアマツとアサちゃんの話ですから」

 

その会話の合間を縫って、白い着物の女が黒尽くめの女に跳んできていた。そこまで恨みを買うような存在なのだろうか。

だが、目的が私と同じだ。世界に蔓延る薄汚い人間を軒並み滅ぼしてやりたい。そこまでしなくてはこの怒りと憎しみは晴れない。ならば味方か。

艤装を前に出し、跳んできた白い着物の女から黒尽くめの女を守ってやる。これと協力した方が手早く人間を滅ぼせるというのなら、例え恨みを買うような者でも手を組むことに躊躇はない。

 

「朝潮……ダメよ……ダメ……」

「そいつの手を取っちゃダメよ朝潮!」

 

艤装で見えないが、向こうで何か叫んでいる。知ったことではない。

 

「守ってくれてありがとうございますアサちゃん。では、改めて。一緒に戦いませんか?」

 

利害関係が一致しているのだから、協力しない理由が無かった。この身体に()()()()()のはこの黒尽くめの女の母親だそうだし、恩を返すためにも協力するべきだろう。

 

私はーーーーその手を取ることを選択した。



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心に響く存在

人間への怒りと憎しみから、私はそれに加担する艦娘と戦っていた。敵の艦娘は私のことを憐れみの目で見ており、さらには殺す気のない攻撃で私を対処しようとしている、それが私の怒りをより滾らせた。

その戦闘中、外部より新たに乱入してきた黒尽くめの女。私と同じ、人間を滅ぼすという目的を持っており、私に協力関係を申し出てきた。

利害関係が一致しているのだから、協力しない理由が無かった。この身体にしてくれたのはこの黒尽くめの女の母親だそうだし、恩を返すためにも協力するべきだろう。

 

私はーーーーその手を取ることを選択した。

 

この黒尽くめの女と協力すれば、私の目的は早急に達成出来る。目の前の艦娘も、奥にいる人間も、その先にいるであろう人間達も、全て、全て滅ぼすことが出来る。

 

「やめなさい! 朝潮!」

 

艤装の奥で喧しく声が聞こえるが知ったことではない。憎らしい人間を滅ぼせるのなら、私は喜んでこの手を取ろう。

 

「アマツは戦艦天姫といいます。一緒に頑張りましょう」

 

握手に応じると満面の笑みで手をブンブン振られた。私が仲間になったことが余程嬉しいらしい。この黒尽くめの女、アマツは、今の私達の敵に、目的を散々邪魔された挙句に仲間を3人も殺されたらしい。ならば、私の目的も確実に邪魔をされる。ここで全員にトドメを刺しておかないといけないだろう。

 

「さて、一旦艤装を解いてください。あちらに見せつけた方がいいので」

 

首を縦に振り、巨大な艤装を消した。私とアマツが並んで立っているのを見たことで、あちらの全員が絶望した表情を見せた。私に余程思い入れがあるのか知らないが、私はあちらのことを知らない。それに、人間に加担する憎むべき敵だ。ここで死んでもらわなくてはいけない。

 

「朝潮……考え直しなさい……」

 

白い着物の女が何か言っているが、考え直す必要があるのか。敵の妄言を聞くほど私は愚かでは無いし、何を言われようが私には関係ない。

 

「わかってるでしょう。アサちゃんはもうこっち側なんですよ。アマツとお友達になってくれましたから、2人で貴女達を皆殺しにしますね」

 

改めて艤装を展開し、敵を睨みつけた。あちらに戦意が見えない。戦闘できないのなら、諦めてさっさと死んでもらいたい。私にはまだまだやることがあるのだ。こんなところで止まっていられない。

が、ここでさらに気配が増える。深海の気配がする敵の増援のようだが関係ない。ここに来た時点で殺す。誰が来てもどうせ敵だ。

 

「……アマツ」

「わ、初めて喋ってくれましたね。どうしましたアサちゃん」

「敵……増援」

 

気配の方を見据える。大きな気配と小さな気配。何故か見知ったような気配。

 

「来る前に始めちゃいましょう。アマツはあっちやりますからね」

「……私は……残りを……」

 

巫女服の女と白い着物の女はアマツが受け持ってくれる。残った奴らを相手取る。ここで見る限り、厄介なのはアマツに任せた2人だ。それ以外なら私だけでも大丈夫だろう。増援は来てから考えるとして、今は全員を一掃する。

まずは既に回復していた金髪の刀の女を薙ぎ払うように艤装に指示する。

 

「ボクかよぉ! これは回避しないと……!」

 

見た目通り素早い。私の大型艤装の挙動では避けられてしまう。が、突っ込ませた先には先程倒した槍の女と薙刀の女がいる。回避すれば2人を巻き込む。

 

「オレが龍田を拾う!」

「私が叢雲運ぶから避けて!」

 

黒髪の刀の女と忍者のような女が倒れている2人を運び、艤装の移動先から回避させた。またもや殺せず。なかなか連携が上手い。褒められたことではないが。

 

「朝潮様、正気にお戻りくださ……っぐ!?」

 

相変わらずよくわからない動きで艶やかな女が再び腹に拳をねじ込んでくるが、それはもう読めている。頃合いだと思っていた。狙われた時点で手首を取り、捻りあげる。こいつの目はダメだ。さっさと殺す必要がある。

 

「瑞穂!」

「っああっ!?」

 

手首を握り潰した。千切れるところまでは行かなかったが、動かなくはなったはずだ。これで突然現れて拳をねじ込んでくるようなことは無いだろう。ついでに散々殴られた腹を蹴り飛ばし、黒髪の刀の女に叩き付ける。

うまく受け身を取られたようだが、これで艶やかな女は戦闘不能だ。追撃で艤装を嗾けるが、黒髪の刀の女が回避させた。

 

「お前は退避しろ」

「申し訳……ございません……。朝潮様を……朝潮様を……」

「わかってる。救ってやるさ」

 

私を救う? 何を言っているんだ。救われるようなことはしていない。敵は敵らしく早く私の前で死ねばいいのに。

さらに艤装を駆け回らせながら、私自身も動く。少なくとも今一番邪魔なのは黒髪の刀の女。集中狙いで早急に片付けてやる。

 

「オレ狙いかよ。武器も砕きやがって」

 

艤装の方は完全に無視して、私の方に突っ込んできた。刀だけでなく関節技を使ってきたのはわかっている。ならば、それも見越してこちらも攻撃を繰り出すのみ。

同時に金髪の刀の女も攻め込んできているのがわかった。あちらは刀を破壊していないため、峰打ちを狙ってくるのだろう。一向に構わない。2人纏めて殺してやる。

 

「皐月ぃ!」

「おりゃああっ!」

 

先行してきたのは金髪の刀の女。横から斬りつけようとしたようだが、軌道も、フェイントも、全て読めている。先程の黒髪の刀の女の時と同じように刀をキャッチ。やはり小柄な分軽い。

そこまで見越して黒髪の刀の女が行動しているのもわかっている。ここまで近付かれると、艤装をここまで持ってくるのも難しい。だから私自身が応戦。

 

「うらぁ!」

「離せよぉ!」

 

腕を取ろうとしつつ、フェイントで脚を取る。手に取るようにわかった。理由はわからないが、私には少し先の未来が見えるようだった。こいつらとは初見のはずだが、行動のクセが理解出来ている。

そんなに脚が欲しいならくれてやる。掴む前に思い切り蹴り、同時に掴んでいる刀を破壊。黒髪の刀の女は蹴りで体勢が崩れたところを踏みつけ、金髪の刀の女は刀を失った反動で倒れたところを狙い肩を砕く。

 

「っああっ!?」

「ってぇっ、クソがぁ!」

 

脆い。こんなに脆いのに、私を殺さずにどうにかしようとしている。人間に加担すると、こんなに甘くなるのか。こいつらを束ねている人間はどんな奴なんだ。

 

「本当に全部忘れてるんだ。可哀想な子」

 

2人に気を取られているうちに忍者のような女が私の首を締めていた。こいつだけはどうもよくわからない。先程の艶やかな女は行動が読めたのに、こいつだけは読めない。何故だ。

 

「一回落とす。悪く思わないでよ」

 

急激に締め付けを強くしてきた。そうなるだろうと予想出来ていたので首に力を入れつつ、絞める腕を掴む。先程の艶やかな女がやられたことを見ているからだろう。掴もうとした時点で絞めを外し、膝を蹴られて体勢を崩された。

振り向きざまに睨みつけ、艤装をこちらに呼び寄せる。この女は許さない。

 

「狙いを絞ってくれたね」

 

主砲を向けられ、艤装を盾にするためにも一歩引く。が、その瞬間に艤装が爆発した。殆ど無傷ではあったが、魚雷を受けたようだった。

魚雷が放たれた方を向く。そこにいたのは髪を片方で結んだ女と、戦艦水鬼。純粋な深海棲艦すらも人間の傘下に入っているのか。何か弱みでも握られているのだろうか。

 

「えっ……ね、姉さん……!?」

 

片結びの女が私の顔を見てガタガタ震えだした。とてもじゃないが戦闘が出来るようには見えない。

今姉さんと言ったか。私はこの女は()()だ。少なくとも姉なんかではない。私の姉妹に、人間に加担するような愚か者はいないはずだ。いたとしたら即殺す。

 

「アサちゃーん、今来た子、早く殺した方がいいですよー」

 

巫女服の女と白い着物の女を相手取りながら私に話しかけてくる。アマツがそこまで言うくらいなのだから、片結びの女には何か殺しておかなくてはいけない理由があるのだろう。

 

「な、なんで……何よその姿!」

 

私に向かって叫び続ける。ただただ喧しいとしか思えなかった。だが、あの顔を見ていると、なんだか心がモヤモヤする。確かに早く殺した方が良さそうだ。

 

「カスミ……わかるかしら。テンリュウと、サツキ、あとミズホに、タツタに、ムラクモ。あれ、全部アサシオがやってるわ。死んではいないけど、入渠は必要ね」

「嘘よ! 姉さんが……姉さんがそんなこと……」

「あれが話に聞いていた最終段階って奴かしら。ここで何があったか知らないけど、今は自分の命を守ることに専念しないと死ぬわよ。戦えないのならあっちのヒビキのところに行ってなさい」

 

戦艦水鬼は確実にこちらを狙ってきている。やはり、同胞のくせに人間に与する愚か者のようだ。ならばここで他の奴らと同様に殺すしかあるまい。

忍者のような女は置いておき、戦艦水鬼と、その隣の戦意を完全に失っている片結びの女を狙うために艤装を嗾ける。私自身もその後ろを追うように行動を開始。

 

「敵味方の区別がついてないわ。完全に暴走してる」

「嘘よ……嘘よ嘘よ嘘よ!」

「シャンとなさい! だったらアンタが姉さんを止めるの!」

 

戦艦水鬼が私の艤装に砲撃を開始。やはり敵対している。だが、私ではなく艤装しか狙ってこない辺り、こいつは私の命を取らないように制圧しようとしてきている。

嘗められたものだ。私はそんなに弱く見えるのだろうか。それとも何か別の目論見があるのだろうか。薄汚い人間についているくらいだ。私を捕らえて、実験動物にでもするつもりか。

そんなことはやらせない。人間を滅ぼし終わるまで、私は止まらない。それに加担する奴らは全員敵だ。同胞だろうと知ったことか。

 

「中枢棲姫の艤装よね……主砲が無い代わりに自立型で動き回るのか。厄介極まりないわ。完全に質量兵器ね」

 

冷静に私のことを分析している戦艦水鬼。隣の女は未だに戦意を喪失している。ならばさっさと殺す。どれだけ撃たれても私の艤装は簡単には止まらない。

 

「目を覚ましなさいよ姉さん! 何やってんのよ!」

「カスミ! 無謀すぎるわ!」

 

猛進する艤装を避け、私の方に突っ込んでくる片結びの女。完全に悪手だとわかっていないのか。一思いに殺されたいのか。なら思い通りに殺してやる。

 

「姉さん!」

 

飛びかかってきたところを見計らって首を掴もうとしたが、忍者のような女に邪魔をされて、腕を払われる。その結果、素直に抱きつかれる形になり、押し倒されてしまった。

 

「この馬鹿! 何飲まれてんのよ! 何があったか知らないけど、正気に戻りなさいよ!」

 

私にまたがりキャンキャン叫ぶ。非常に鬱陶しい。だがこの姿勢を取られていることで、艤装はこっちに持ってこれない。ならば艦載機だ。艤装に備え付けた小型の艤装から艦載機を全機発艦させ、私に跨った女を集中放火するが、まだ残っている黒髪の刀の女と金髪の刀の女に全て墜とされてしまった。あちらの刀を使う奴は、同時に対空も秀でている様子。

そろそろ目の前の女が面倒になってきた。無理矢理背中に膝を入れ、体勢が崩れたところで腹を殴る。何本か折れた感触。それでも女は気を失うこともなく黙ることもない。まっすぐ私を見据え、涙を流しながら叫び続ける。

 

「姉さんはそんなに弱い女じゃないでしょうが! いつもいろいろあっても、立ち直ってきたでしょ!」

 

口から血を垂らしながらも説教は止まらない。さらにはこちらの肩を押さえて、これ以上動けないようにまでしてきた。軽くもがけば解けそうなくらいの弱々しい拘束。

こいつの顔を見ていると、胸が痛い。こいつの声を聞いていると、頭がクラクラする。身体がおかしい。何かが起きている。わからない。何もわからない。思い出せることがあるのか。だが思い出そうと思っても、人間への怒りと憎しみに塗り潰されていて、記憶を紐解くことが出来ない。

 

「お願いだから……目を覚ましてよぉ!」

 

胸を強く叩かれた。痛くも痒くも無かった。だが、心に響いたような気がした。

 

ドクンと、心臓が高鳴った。ただ叩かれたからではない。私の知らない何かが身体の中で蠢いているように思えた。ワケがわからない。私の身体はどうなっている。

 

『ーーーー』

 

頭の中で何かが聞こえたような気がした。あまりにも小さい音。いや、()

 

『ーーんーー』

 

だんだんと、その声は大きくなっていく。()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ーーじんーー』

 

わからない。わからない。誰の声だ。何故、私の中に。

 

『ご主人! ごしゅじぃぃん!』

 

何故、()()()()()()()()()



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内側からの声

憎むべき人間に加担する艦娘達を処理する戦闘中、私に妙なことが発生した。頭の中に()()()()()()()()()。私を『ご主人』と呼ぶこの声は、最初はか細いものだったがどんどん大きくなっていき、今では頭の中に響き渡るほどに大きなものとなっていた。その声量に顔を顰めてしまう。あまりの大きさに考えも纏まらない。

 

『ご主人! やっと届いた! 何やってんのさ!』

 

私を咎める頭の中の声。理解が出来ない。ワケがわからない。何が起きている。

 

『こら、無視しないでよ! ご主人! ご主人!』

 

頭が痛い。子供の声量でおかしくなりそうだ。頭の中にあるものだけは、私の手で排除することは出来ない。否が応でもこの声を聞くことになるが、無視し続けて諦めるまで耐えるしかない。

 

『カスミをやったのご主人なの!? なんでさ! 答えてよ! ご主人!』

 

喧しい。喧しすぎて頭痛が酷い。自然と頭を押さえてしまう。私に跨っている片結びの女を殺してしまえばいいのに、あまりの喧しさに攻撃が出来ない。イライラしてくる。

 

『ご主人! こら! ご主人聞いてんの!』

「……しい」

 

無視し続けていたいのに、ここまで煩いと否が応でも反応してしまう。感情的になりたくないのに、私の本質を引き出されるようだった。

 

『ご主人! ご主人! 反応してよご主人!』

「喧しい! 頭の中で叫ぶな!」

『なら答えてよ! なんでカスミを壊そうとしてるの! ねぇねぇねぇ!』

 

より一層喧しくなる。何をやってもただただ煩いだけ。無視をしようがしまいが関係ない。そもそも一体この子供の声は何なのだ。

そうこうしているうちに、片結びの女は私から離れてしまっていた。私が殴った腹を押さえながら、こちらをただ見ている。今の私は大きな独り言を言っているような状態だろう。だが、私の状況を少し理解しているような顔。こちらが面倒なことになっているのに鬱陶しい。

 

「何なんだ貴様は! 何故私の中にいる!?」

『私のこと忘れちゃってるの!? 頭おかしくなっちゃったの!?』

「知るか! 黙ってろクソガキ!」

 

頭がガンガンする。ずっと騒がれて、そっちの方がおかしくなりそうだ。

 

「薄汚い人間共に与する艦娘なぞ死んで当然だ! だから滅ぼす! 人間も、艦娘も、それに与する全てを滅ぼしてやる!」

『ご主人はそういうこと言う人じゃないでしょ! 人間にだっていい人いるじゃん!』

「人間というだけで罪だ! 生きている価値などない!」

 

何故私はこんな子供に思いの丈を伝えているのだろう。この子供にそういうことをさせる力があるのか。戦場で無防備に、私は何をやっているんだ。

だが止まらない。姿形も見えない謎の存在に、私にしか聞こえていないであろう声に、私は叫び続ける。

 

「皆殺しにしてやる! 人間の蔓延るこの世界を滅ぼしてやる!」

『ご主人にそんなこと絶対にさせない! そっちがその気なら、こうだ!』

 

意識が引っ張られる。こんな感覚初めてだ。いや、初めてじゃない。知っている。知っているけど思い出せない。

何が起きているかわからないまま、気付けば私は暗い空間に閉じ込められていた。目の前に見えるのは、今まで私が見ていた景色。それをテレビに映し出される映像のように見ているだけ。自分の身体は確認出来るが、重力は感じられない。浮かんでいるというよりは、水の中にいるような感覚。いや、感覚といっても何も感じない。暑くもなく、寒くもない。何なのだここは。

 

『貴様何をした!』

「へっへー、仲間を攻撃するんだったら、私が表に出るだけだもんね。そこでおとなしくしてなよご主人!」

『くそっ、ここから出せ!』

 

表に出る、ということは、私は裏に送られたということか、私の身体は一体どうなっているんだ。ただの中枢棲姫ではないのはわかっているが、どうなったらこんなことになる。

 

「ヨルなの!? 姉さんは!?」

「ご主人はなんかおかしいから思考の海に閉じ込めた。そんなことよりカスミの身体!」

「こんなの、擦り傷よ……げほっ……」

 

何本か折ったのだから、内臓くらい傷がついているだろう。咳き込んだと同時に血を吐き出す。歯を食いしばって立ち上がったようだが、フラフラだ。それでまだ死なないとは恐れ入る。

 

「ヨル! この艤装どうにかしなさい! そろそろ耐えられないわよ!」

「あぁあっ!? ごめんなさいすぐに消すから!」

 

戦艦水鬼を追いかけ回す私の艤装は、表に出ている子供の意思で消滅した。表に出ているのが変わっても、あの艤装は私の意思を継いでくれていた。ならば、再展開したところで奴らには敵対する。それだけは安心だ。この子供には武器を与えていない。

 

このヨルと呼ばれている子供、一体私の何なのだ。敵の連中はその存在を認識しているようだし、仲間のように会話もしている。私の中に、人間に加担する存在が入っていたということか。嫌悪感が芽生え、吐き気がした。忌々しい人間に与する存在が私の中にあるだなんて。

どうにかこの空間から出ようと右往左往するが、出入り口はおろか、境界線すらもわからない。外の映像がただ見えるだけ。音も何処からか流れ込んでくる。だが、あの子供も元はここにいたはずなのだ。脱出の方法は必ずある。

こんな場所に閉じ込められたからか、幾分か冷静になれた。焦る必要はない。まだアマツは健在だ。

 

「アサちゃん、どうしました?」

 

私の艤装が消えたことにアマツが気がついたようだ。巫女服の女と白い着物の女は大分消耗しているようだが、アマツは無傷。さすがとしか言いようがない。

 

「ご主人は思考の海に閉じ込めたよ。今この身体は私、ヨルのものだ!」

「……は?」

 

素っ頓狂な声を上げるアマツ。無理もない。今まで共闘していた私が意味不明なことを口走っているのだ。

 

「ヨルって何ですか。艦娘の人格と深海の人格があるのは知ってます。今は艦娘の人格が塗り潰されたはずですし、深海の人格はそれに飲み込まれたはずです。お母様がそう言ってましたから間違いありません。じゃあ貴女は一体何者ですか!」

「もっかい言うけど、私はヨルだよ。あ、そっか、敵の前で表に出るのって初めてだっけ」

 

アマツも私のことを何か知っている口振り。艦娘の人格と深海の人格。言っている意味がわからない。だがそれでも、今私の身体を乗っ取っている子供のことは知らない様子。アマツがわからないものを、私がわかるわけがない。

 

「よっと……よし、まだ出せるね」

 

腰の辺りから尻尾が生えた。私にこんな艤装があっただなんて知らない。まさか、この子供のための艤装が私の中に入っていたということか。意味がわからない。私は一体何なのだ。

 

「それは……カスミちゃんの艤装! 貴女、まさか……」

「そっか、中でご主人が動かせないから、私が動かせるんだ。よーし、それじゃあ……アイツを壊すよ!」

 

長い尻尾をたなびかせ、恐ろしい速さでアマツへ接近。途中で前転しながら尻尾を叩き付ける。

 

「ちょっと! なんでアマツの邪魔をするんですか!」

「そんなの決まってるでしょ! アンタ達がご主人を壊したからだよ!」

 

強烈な叩きつけだが、アマツが片手で受け止める。しかし、それに合わせて爆雷を投げていた。自分に入るダメージなど無視しているような狂戦士(バーサーカー)。敵を壊すために自分が壊れることも厭わないような無茶な戦術。

ここからの脱出方法を探しながらも、私はその戦いを見つめてしまっていた。私が応援するべきなのはアマツであるのは当然である。だが、この子供の戦いに、何故かハラハラしていた。

 

「この……!」

 

爆雷を蹴り飛ばして回避したが、今度は超至近距離での水上機発艦。直撃させるためにカタパルトをアマツに向けていた。

 

「そんなもの、当たるわけないでしょう!」

「当たらなくてもいいよ。フソウ姉! ヤマシロ姉!」

「上出来よ……ヨル……」

「ええ、よくやったわヨル!」

 

子供の滅茶苦茶な猛攻の隙をついて、白い着物の女がアマツの真後ろから蹴りを放っていた。この子供に完全に意識を向けてしまっていたせいか、アマツの脇腹にモロに入ってしまう。さらには巫女服の女も隣に陣取り、蹴られたアマツをさらに殴り飛ばした。

 

「いったたた……」

「あれで痛いで済んでるだなんて……本当に頑丈……」

 

蹴られた脇腹を押さえながら立ち上がるアマツ。まだピンピンしているようで安心した。

だがそこに追い討ちで戦艦水鬼の砲撃が飛んできた。今の攻撃で吹き飛んで、誰からも離れたタイミングを見計らっていたようだ。

 

「ああもう! 本当に邪魔ばっかり!」

 

ここでアマツの質量が一気に膨れ上がる。今まで出していなかった艤装を展開していた。腰から伸びた巨大な尻尾が身体を隠すように包み込み、砲撃を全て弾いていた。

 

「仏棲姫の艤装……相変わらず滅茶苦茶ね。普通あんなに硬くないわよ」

 

戦艦水鬼がボヤいたが、舌打ちした後に主砲を連射。何度撃っても艤装が破壊されることは無かったが、動きを止めることくらいは出来ているようだ。

何度か撃って破壊できないと悟ったか、砲撃が一度止む。焦げ付いてはいるものの、アマツの艤装は凹んでいる程度だった。

 

「みんなでお母様の目的を邪魔して……」

「次は何が目的なわけ? 朝潮が最終段階に変化したんだもの、もう目的達成じゃないのかしら」

「決まっているでしょう。アサちゃんと一緒に、お母様のお願いを叶えるんです。アサちゃんはアマツのお友達、お母様も一緒にいたいと言っていますから。アサちゃんもこっちに来たがってますし」

 

一切悪意のない目で語るアマツ。アマツの母の願いというのは、おそらく私の願いと同じ、人間を滅ぼすことだ。世界の膿、汚れ、争いの元。この世に存在してはいけないもの。共感することも多い。アマツの母親とは気が合いそうだ。

 

「アマツはちゃんと聞いていませんけど、お母様が望むんですから、間違いは無いんです。だから、アサちゃんはアマツ達と一緒に来てもらいます」

 

私だって一緒に行きたい。アマツに協力してやりたい。こいつらは人間を滅ぼすに当たって最大の障壁になり得るであろうことがよくわかった。

だが、よくわからない空間に閉じ込められてしまっている。脱出方法は未だにわからず。ずっと戦闘を見せらているだけだ。本当なら私は脱出方法も知っているのだろうが、黒く塗り潰された記憶は、どれだけ頭を捻っても紐解かれることはない。悩めば悩むほど、人間への怒りと憎しみが湧き上がってくる。

 

「あのさぁ、今のご主人はそっちに行きたがってるかもしれないけど、そうしたのってアンタのお母さんだよね。無理矢理、ご主人がそう考えるように壊して。行きたくないのに、行きたくなるようにご主人をめちゃくちゃにしたんだ」

 

子供の声に怒気が含まれているのがわかった。何故怒っている。私はあちら側に行くことを望んでいる。それを邪魔しているのは紛れもなくこいつらだ。腹が立っているのはこちらの方だ。

だが、子供の言い分に引っかかる。アマツの母親が私の考え方を書き換えたと。私にはそんなつもりはないのだが、それ自体が書き換えられた心だと。理解が出来ない。だが、そうされていると言われれば何もかも覆る。

 

私は壊された?

元の自分は違う?

わからない。

理解が出来ない。

 

「それがどうかしましたか? アマツはお母様の言う通りにやってきただけです。それが正しいんですから。結果的にアサちゃんはアマツのお友達になりました。充分です」

「そんなの友達じゃないよ。無理矢理仲良くさせてるだけじゃん。こっちは嫌なのに」

「何がダメなんですか?」

 

アマツが純粋な目で子供に問うた。

ここからだろう、私がアマツの行いに疑問を覚え始めたのは。

 

「アマツ達と一緒にいればアサちゃんは幸せなんです。お母様と一緒にいればみんな幸せなんです。他でもないお母様がそう言ってるんですから間違いありません」

「それで元々のご主人が居なくなってるのに?」

「アマツは今のアサちゃんが大好きですよ。それでいいじゃないですか。今が良ければいいんです。お母様もそう言ってましたし」

 

濁りのない純粋な目。だが、その奥底には狂気が渦巻いていた。

 

「お話になりませんね。もうやめましょう。アサちゃん以外は全員殺します。犠牲を出したくないのなら、アサちゃんが自分の意思でこっちに来てください」

「嫌だよ。行きたくない」

「なら、貴女以外殺しますね」

 

アマツが艤装を動かし始めた。防御じゃなく、攻撃のため。この子供の周りには数人しかいない。勝敗は火を見るよりも明らかだ。なのに、誰も諦めていない。

 

「フソウ姉、ヤマシロ姉、お願いがあるんだけど」

「ヨルも思考の海に入るんでしょ」

「わ、なんでわかるの? さすがご主人がお姉さんって認めてる人だなぁ」

「私もそれなりに長く一緒にいるもの。アンタの身体は私達が守ってあげるから、やんなさい」

 

クスリと笑う巫女服の女。何をしようというのか。

 

「気絶させれば……いいのね……」

「うん、お願い。出来れば痛くしないでほしいかな」

「難しい相談ね……でも大丈夫……意識を一瞬で刈り取ってあげる……」

 

白い着物の女か私の前に立つ。指を構え、顔の前に。デコピン? そんなことで何を。

 

「朝潮を……お願いね……」

 

ターンッと、額が撃ち抜かれたかと思うような衝撃。視界がすぐに暗転し、ただでさえ暗い空間が一層暗くなった。映像が無くなるだけで、自分しか視認出来なくなる。

表側の意識が飛んだことでこれが起こったようだった。白い着物の女のデコピン一撃で、子供の意識が無くなるほどの衝撃が発生したのか。

 

 

 

「さぁ、お話ししよっか、ご主人」

 

気付けば目の前に子供が立っていた。



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この世界を統べるもの

人間に与する艦娘を処理する戦闘中に判明した、私の中に住む子供の存在。ヨルと呼ばれていたこの子供は、おそらく意識だけの存在なのだろう。頭の中でキャンキャン騒がれて、挙げ句の果てには身体を乗っ取られ、どこかわからない空間に閉じ込められた。

 

そして今、その子供、ヨルが私の目の前にいる。

 

私を子供にしたような外見なのだろう。私よりもひと回りもふた回りも小さい。私と明確に違うのは肌。身体中にヒビが入り、その隙間から深海の光が明滅を繰り返す私とは違い、子供らしく綺麗な見た目だった。

 

「さぁ、お話ししよっか、ご主人」

 

話すことなどない。私を表に出しさえすれば、貴様が仲間と呼んでいる奴らを後ろからでも八つ裂きにしてやる。

だが、今のところここから脱出する手段が無いのも事実だ。今だけはこいつの話を聞いてやり、脱出方法を聞き出すか編み出すかすればいい。こいつは私の目の前に突然現れたが、出入り口は必ずある筈だ。

 

その前に、こちらからも聞きたいことがあった。私のことを私以上に知っていそうな奴らだ。敵対しているがここでいろいろと知っておきたい。あちらは私に敵対心がないのだから、ここで利用してやる。事が済んだら用済みだ。ヨルはここで殺してやる。

 

「……その前に、聞きたいことがある」

「なになに? 人間とお友達になる方法?」

「ふざけるな。人間は滅ぼす。根絶やしにしてやる」

 

こいつのノリは苦手だ。子供なのに、妙に私の言われたくないことばかりを言ってくる。話しているだけでいろいろと揺るがされる。私が手首を潰してやった艶やかな女と同じだ。こいつらは何なのだ。

 

「さっき貴様が言っていたのはどういうことだ」

 

アマツの母親が私を今の私に書き換えたということ。今の心が作り物であり、本来の私は壊されていると。それの真偽は私には付けられない。こいつが言うことを鵜呑みにすることも出来ない。証拠でも持って来られれば別だが。

 

「言った通りだよ。ご主人は元々、あの戦艦天姫と戦ってる私達の仲間なんだよ。でもアレのお母さんの作戦で、いっぱい怒ったりすると心が壊れるようにされてたんだって。で、壊れちゃって、今のご主人がいるの」

「理解出来ん」

「私もよくわかんない。詳しい話はアサ姉から聞いた方がいいよ」

 

話を聞いても全く理解が出来ない。理解出来ないということは、理解しなくてもいいことだろう。ならもうこの話は終わりだ。

 

「そっか、アサ姉だ。アサ姉探さなくちゃ。ご主人、一緒に行こう」

「何故貴様の言うことを聞かねばならん。というか話をするというのは何処に行った」

「アサ姉と合流したらお話ししようね! あと、ずっとそこにいてもいいけど、外には出られないからね。今、出口知ってるの、私だけなんだから」

 

こいつ、ガキのくせにこちらに駆け引きを仕掛けてきているのか。話をすると言いながら私を放置しようとするし、思い付いたことをすぐに実行しようとする考え方は子供なのに、そういうところばかり機転を利かせてくる。

 

「くそ、余計なことを聞かなければよかった」

 

腹が立つが、今はこいつに従った方が良さそうだ。脱出方法がわかった時点で絶対に殺す。大きくため息をつくが、私は無意識のうちに口角が上がっていたらしい。

 

 

 

前後左右どころか重力すら感じない空間で、ヨルに連れられて何者かを探している。前に行っているのか後ろに行っているのかもわからない。だが、進み方だけは何故かわかった。()()()()()()()()()()()()()、この空間の探索が出来た。馬鹿みたいに先に進むヨルについていくのがやっとだったが。

ヨルはこんな状況でも世間話なんてしてきた。私達は敵対関係にあるというのに、どれほど緊張感が無いのだ。今は生かしてやっているだけだということを理解していないのか。

 

「あ、多分そろそろアサ姉がいる」

「……そいつは何者なんだ」

「私のお姉ちゃんみたいな人だよ。ご主人の相棒って聞いてるけど?」

 

まったく覚えがない。ヨルが聞きたくもないのに話してくる内容の全ては、私の黒く塗り潰された記憶の中にあるのかもしれない。そうだとしたら、私はやはりアマツの母親に心を壊されたということに他ならない。

それを考える内に、また人間への怒りと憎しみが込み上がってきた。私の思考を邪魔するようにこの感情は膨れ上がる。

 

「いた! アサ姉!」

 

結局代わり映えのない風景を進み続け、ボンヤリと漂っている()を見つけた。私とまったく同じ姿。しかし、私とは色合いが逆。髪は白く、ヒビの中で明滅する光は紅い。まるで私を反転させたような存在。

そういえば、アマツが戦闘中に何かを言っていた。確か『艦娘の人格は塗り潰し、深海の人格は飲み込まれた』と。私が艦娘の人格で、これが深海の人格なのだろうか。

 

「アサ姉! アサ姉起きて!」

 

近寄り、身体を揺するヨル。

この後の展開は大体予想出来る。この人格が飲み込まれたというくらいなのだから、あの人格の意思は、私と同じものになっているだろう。つまり、

 

「触るな!」

「あうっ!?」

 

目を覚ました途端、反転した私、アサがヨルを殴った。急なことで気が動転しているヨル。アサの目はヨルに対する敵意しか感じられない。私と同様、人間への怒りと憎しみが全てだ。人間という人間を須らく鏖殺し、それに与する存在も徹底的に駆逐する。

 

「あ、アサ姉……」

「お前、人間の味方をしてたよな。わかってるんだぞ。私が敵を食い殺そうとした時に消しやがって」

 

私の持つ大型艤装は自立型。私の指示に従い自動的に動いていたが、それをコントロールしていたのがこいつか。ならば、私の仲間だ。外での戦闘のことも把握しているようだし、ヨルが私達共通の敵であることも理解している。

 

「アサ姉までおかしくなってる……嫌だよそんなの……」

「はっ、知るかそんなこと。人間の仲間は殺す。お前もそれなんだろ。なら殺す。この場で殺す」

 

私と同じように手を横に伸ばす。あの大型艤装がこの場に現れた。この中で表の艤装をコントロールしていただけあり、この艤装はアサの所有物扱いということか。場所問わずに出現させるくらいは出来ると。

ヨルは子供だ。あんなものをまともに受けたら一撃でお陀仏。私が手を下すことなくヨルが死ぬことになりそうだ。

 

……そうしたらここからどうやって出ればいい。ヨルが死ねば私が表に出られるのか。それともアサは脱出方法を知っているのか。少なくとも、本来知っているであろう脱出方法を私は思い出せない。アサが元々知っていたとしても、今は私と同じように思い出せない可能性はある。

 

「面倒だから避けるなよ。お前みたいなガキは一撃で終わらせてやる」

「……絶対元に戻すんだから……!」

 

ヨルも艤装を展開した。私の身体を乗っ取ってる時に使っていた尻尾。アサの大型艤装とは比べ物にはならないが、あれの力は私も見ているからわかっている。アマツに対して叩き付けたり、水上機を発艦したりと、子供の割には使いこなしているイメージだった。

 

理由はわからないが、この2人の戦いは嫌な気分になった。2人は敵対しているし、アサに関しては私と同じ意思を持つ仲間なのに、どちらにも死んでもらいたくない。この空間に引き込まれてから、私は何かおかしくなっている。

 

「待て、2人とも。ここでやるな鬱陶しい」

「止めるんじゃない! 人間の仲間は皆殺しだろうが!」

 

アサは思った以上に粗雑な奴のようだ。大型艤装のコントローラーなのを考えるとわかる。ただただ突っ込むだけの簡単な攻撃だからこそ、あんな性格でもどうにかなるのだろう。

 

「こいつが死んだらこの空間から出られなくなる可能性がある。貴様は脱出方法を知っているのか。だったらすぐに教えろ」

「……知らん。艤装を展開された時だけ、それがコントロール出来るだけだ。お前の指示も聞こえていたが、ここからは出られそうにない」

「こいつは自分からこの空間に来たし、最初は私が表側にいたのに、無理矢理こっちに引きずり込まれた。理解できたか」

「……チッ。今は生かしておいてやる」

 

アサが艤装を消した。敵対しているとしても、有益な情報を持っているのなら利用するべきだ。単細胞だとそんなことも説明されないと理解出来ないらしい。

 

「助かったよご主人。私じゃ勝てたかわかんなかった」

「勘違いするな。貴様は我々の欲しい情報を持っている。話が終わったら殺してやるから覚悟しておけ」

 

などと言いながらも、内心安心している自分がいる。何故だ。

 

 

 

アサと合流したことで、当初の予定通りヨルが話をしたいと言ってきた。アサは嫌がったが、こいつの話を聞かない限りこの空間から脱出することは出来ないだろうとアサを諌めた。私だってこんなことはしたくない。

 

「本当に何も覚えてないの?」

「しつこいぞ。私は貴様のことも、他の連中のことも知らん」

「私もだ。それだけか。ならもう殺すぞ」

「待て。出られなくなるかもしれないと言っているだろ」

 

どれだけ狂犬なのだこいつは。

 

「私ね、ご主人の記憶に触れるの」

「……どういうことだ」

「私がご主人の中に住ませてもらうようになったときにね、ご主人のトラウマから夢の世界を作ったんだよ。こんな感じに」

 

真っ暗で境界線もわからないこの空間が、突如ガラリと様変わりした。いろいろな場所が破壊され、燃え盛る鎮守府工廠の風景の中に私達はいた。

 

「なっ……これは……」

「私達が初めて出会った場所。私が作った、あの時のご主人が一番見たくなかった世界」

 

先程までは空間の中に浮かんでいたような状態だったのに、今は地に足をつけていた。世界が変わったことで、重力すら出来ている。この世界は、ヨルの明晰夢ということか。この空間にいる限り、ヨルは世界を好きに変えられる。

あまりの出来事に、アサも言葉を失っていた。今この空間の中だけとはいえ、艦娘だの深海棲艦だのもう関係ない。規模が違いすぎる。最初からこれをやっておけば、私もアサも敵わないのではないか。

 

ヨルはこの世界を統べるもの。この空間に閉じ込められた時点で、勝ち目はなかった。

 

「今からは本当に話したいこと。私はご主人の記憶に触れるって言ったよね。今のご主人の記憶、ぐちゃぐちゃだった。まともなものがほとんど無かった」

 

何も思い出せない。思い出そうとしても、人間への怒りと憎しみに阻まれる。そんな私の記憶に、ヨルは触れることが出来た。人様の記憶に勝手に触れてタダで済むと思うな。この話が終わったら、確実に殺してやる。

 

「ご主人がおかしくなって、私が閉じ込められた時、ずっと表に出る方法を探してた。出口を探して、いつもの方法で出られないか確かめて。その時にご主人の記憶に触ったの。そしたらね……残ってた記憶、あったよ」

 

心が壊され、記憶も汚され、今の私が出来上がっている。それでも消えなかった私の記憶。汚れて壊れた記憶は、私には必要のないくだらない記憶なんだろう。必要がないから消えた。それだけだ。それでも残っていた記憶とは何だ。

 

「凄いね。やっぱりちゃんと残ってた。()()()()()()()

 

破壊されている工廠の奥、1人の人間がこちらに歩いてきた。ヨルの作った世界に、私に残された記憶を再現されただけだ。だが、どうしても目が離せなかった。

 

あの人間を、私は知っている。

人間なのに、怒りも、憎しみも、何も沸かなかった。

 

「これでダメなら、多分もう無理。表に出る方法を教えるよ」

 

その人間は私の前まで歩いてきた。屈託のない笑顔。どう見ても恐ろしい筋肉質な巨体なのに、気さくなおじさんと思わせる空気。いつも傍に居てくれる、大切な人。

 

「おい、そいつ人間だぞ。殺すぞ」

「……この人は……司令官は……殺せない……」

 

その人間は、司令官は、私を優しく撫でてくれた。人間にそんなことされても気分が悪いだけのはずだった。だが、この人の手の温かさは、そんなことを考えさせない。怒りと憎しみが晴れていく。

 

人間にもこんな人がいると、思い出させてくれた。

 

「ご主人、このてーとくは私がここに出しただけの人。()()()()なんだけど……ちゃんとご主人の記憶から作ったよ」

 

まだ記憶はぐちゃぐちゃなんだと思う。それでも、先程までとは雲泥の差だった。司令官に撫でられながら考えると、怒りと憎しみに邪魔されない。すぐに思い出せるのは司令官のことばかりだった。

思い出す内に、左手へ目が行った。薬指にはめられた指輪。私と司令官の、絆の証。

 

司令官との記憶を、全て思い出した。出会ったときから、今の今まで、ずっと見守っていてくれた。私の成長を喜んでくれた。私の無理を心配してくれた。私の罪を叱ってくれた。私を思ってくれていた。そんな人を殺せるか。

 

殺せるわけが無いだろう。

 

「もういいよな。殺すぞ」

 

アサが司令官の首を掴もうとした。例えニセモノだったとしても、私の前で死ぬようなことがあるなんて耐えられない。この繋がりは、相手が人間だったとしても崩れない。

そこからは芋蔓式だった。司令官の記憶が呼び水になり、他の記憶も連鎖的に蘇る。ヨルから言わせてみれば、残っていた記憶を中心に、ぐちゃぐちゃだった記憶が元に戻っていくようなものだった。

 

「やめなさい、アサ」

 

その手首を掴む。

 

「おい、離せ。そいつが殺せないだろ」

「いくら作り物の司令官でも、殺させるわけにはいかないわ」

 

この人のおかげで、私はここにいる。皆のおかげで、私はここにいる。

 

 

 

思い出した。

 

私は朝潮だ。朝潮型駆逐艦1番艦の朝潮だ。

 

身体はもう深海棲艦だけど、私は加藤司令官の艦娘だ。

 



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救世主

ヨルのおかげで自分を取り戻すことが出来た。私は朝潮。加藤司令官の鎮守府に所属する艦娘だ。身体は深海棲艦だけれど、それは何も変わらない。

私はまだ完全に元に戻った訳ではないと思う。思考を邪魔されなくなっただけで、まだ人間に対して怒りと憎しみは残っている。それでも、私は司令官のために戦える。人間のためじゃない。仲間のために戦う。

 

「おい、これはどういうことだ」

 

ヨルが夢の世界に作り出した司令官の幻影を殺そうとしたアサ。首を掴もうとしたため、私がその手首を掴む。私の前で司令官を殺させるわけにはいかない。

 

「いくら作り物の司令官でも、殺させるわけにはいかないわ」

 

手首を掴んだまま、アサの腹を蹴り飛ばした。思考の海とは違う、ヨルが作り出した重力のある鎮守府だ。地面に叩きつけられ、壁にまで飛んでいく。

 

「ご主人……?」

「ありがとうヨル。思い出した。思い出しただけだけど、もう大丈夫。人間を滅ぼしたりなんてしないわ」

「あぁああっ、ごしゅじぃぃん!」

 

ヨルに飛びつかれ、力強く抱きしめた。ヨルは子供なのに、ずっと気丈に振る舞ってくれた。抱き着く手も震えている。私とアサが変わり果ててしまい、怖い思いをしただろう。今になってその恐怖が噴き出してきたみたいだ。私の胸の中で泣きじゃくってしまった。

 

ヨルが作り出した司令官は、ヨルの頭を撫でた後、笑みを浮かべて霧散した。その役割を終え、あるべき場所、私の記憶へと戻っていった。

司令官との絆が私を戻してくれた。そっと左手に、薬指に嵌まったままだった指輪にキスをする。司令官の温かさを感じるようだった。その絆に、感謝を。

 

「よく頑張ったわね、ヨル。心配かけてゴメンね」

「よかったぁぁ! よかったよぉぉ!」

 

頭を撫でてやりながら、私が蹴り飛ばしたアサの方を見る。壁に激突し瓦礫に埋もれているものの、あの程度でやられないことくらい、私が一番わかっている。

私が塗り潰されたと同時にアサも飲み込まれたというのなら、私が元に戻ればアサも元に戻るのではなかろうか。私自身、完全に元に戻ったわけではないが、理性は戻ってきている。それなら、もう少しすればアサも正気には戻るはずだ。これでまだ敵対しているようなら……処遇を考えなければならない。

 

「アサ、目は覚めてる?」

「ってぇ……気つけにしては乱暴すぎるだろ……」

「よかった。貴女も元に戻ったのね」

 

瓦礫を退かし、頭を振りながら立ち上がるアサ。先程までの敵意しか見えなかった顔から一転、敵意が一切無いいつもの無愛想に戻っている。よかった、見立てはあっていたようだ。

 

「悪かったなヨル。心配かけた」

「アサ姉も元に戻った? ホントに? もう殴ったりしない?」

「ああ、もう大丈夫だ。人間への怒りと憎しみが残ってるのはキツイが、理性はある。私は思ったより朝潮と繋がってるんだな」

 

再び泣き出してしまった。緊張が解けたのだろう。ヨルは本当に頑張ってくれた。

 

私に寄生した深海忌雷が本体であり、私の身体から生み出されたアサだからこそ、ここまで深く繋がっていたのだろう。最初の変化の時はアサには何も無かったが、2度目の時には同調した。そして今回、最後の変化では一緒に堕ちた。私が変われば変わるほど、アサへの影響力も強まっていたのか。

それに対し後付けのヨルは、その特異すぎる性質のおかげで、今回の暴走には巻き込まれなかったわけだ。

そのヨルが、私達を止めてくれた。私達を正気に戻してくれた。救世主以外の何者でもない。いくら感謝しても足りないほどだ。

 

「そうだ! 今フソウ姉とヤマシロ姉が身体を守ってくれてるの!」

 

そうだった。私も知っていたことだ。皆で正気に戻れたことを喜ぶのはもう少し後。それに、私が怪我をさせた人達に謝らなければならない。

 

「なら早く目を覚まさないとね。誰が表に出る」

「決まってるだろ。おら、早く行け朝潮」

「ご主人、みんなをお願い! 私達はいつも通り、艤装で頑張るから!」

 

2人の笑顔に見送られ、私が表に出た。

やっぱり、3人揃ってこそ今の朝潮は出来ている。おかしな話だが、これが今の私だ。

 

 

 

戦場で目を覚ます。私がどれだけ眠っていたかはわからない。扶桑姉様も加減してデコピンしてくれたと思う。額は少し痛いが、それ以外は無傷だった。

戦況を確認。戦艦天姫は相変わらず戦艦仏棲姫の艤装を駆使し、こちらを圧倒しているようだった。最高戦力である扶桑姉様は私を抱きかかえた状態で戦場を駆け回り、私を守り続けてくれた。山城姉様とイクサさんが主戦力であり、響さんと川内さんがサブ。

南司令官は台船で戦場に残り、この場で指揮しており、怪我人は皆、南司令官が保護してくれていた。敵の艦娘達もひとところに集められ、戦闘に支障がない場所に放置されている。

 

「目が覚めたのね……」

 

視線はこちらに移さず、常に戦場を見続ける。『種子』の効果により金色に輝く瞳が、力強く戦艦天姫を見据えている。私のせいで戦闘に参加出来ていない。

 

「……ヨルじゃなくて……朝潮よね……」

「はい……朝潮です」

「そう……良かったわ。貴女は戻ってこれると……信じていたもの……」

 

薄く微笑んでいた。

 

「状況は……わかるわね」

「大丈夫です。中枢棲姫の力も、ヨルもちゃんと使えます」

「じゃあ……やりましょうか……」

 

こんな身体になっても、私のことを妹として見てくれる。敵の策略とはいえ私はもう咎人だ。手を汚してしまっているし、人間への感情は負のものしかない。それでも、私のことを愛してくれる。前とは立場が逆転してしまった。

それならば、それに応えよう。せっかく扶桑姉様と一緒の戦場だ。ならば、ここからの戦術はたった一つ。

 

「……私達は……2人で1つの深海棲艦……!」

「っ……海峡……夜棲姫……!」

 

私達は姉妹。2人で1つの深海棲艦、海峡夜棲姫。私は扶桑姉様の艤装。扶桑姉様は私の艤装。お互いの出来ないことを補い、お互いの出来ることをより伸ばす。

 

海面に下ろしてもらい、即座に艤装を展開。私よりも大きな艤装であるが故に、展開したらすぐに皆にわかる。当然、戦艦天姫にも。

 

「アサちゃん、目を覚ましたんですね!」

「ええ……目が覚めたわ……」

 

戦艦仏棲姫の艤装に体当たりしながらの噛みつき。アサが乱暴に動かしている。これは思考の海で笑いながらコントロールしていることだろう。邪魔な尻尾を無理矢理退かし、私と扶桑姉様が通る道を作り上げた。

ここでこちらも尻尾を展開。扶桑姉様をカタパルトに乗せ、強引に投げ飛ばした。自分の脚で跳ぶよりも速く、戦艦天姫との間合いを詰める。

 

「朝潮は……私の妹として……目が覚めているわ……」

「な、なんで……っ!?」

 

提督の力、もしくはまだ隠している2つ目の艤装を使わざるを得ない状況に持っていく。あの速さで扶桑姉様が近付けば、さすがにダメージを与えられるはずだ。

同時に私も接近。この身体、陸上型の割には速力がとんでもない。

 

「記憶も心も全部塗り潰されたのになんで元に戻ってるんですか!?」

「なんで……? そんなこと……決まってるでしょう」

 

扶桑姉様の強烈な蹴り。それはどうしてもガードしなくてはいけない。勢いが凄まじく、両腕で受け止めてやっと。あの戦艦天姫の懐がガラ空きになったのが見えた。

 

「朝潮には……貴女には無いものがあるもの……」

「こちらに帰ってこれるだけの……絆があるもの……」

 

私が渾身の拳を戦艦天姫の腹にねじ込んだ。扶桑姉様と一緒に、山城姉様の技で。初めて、これだけ戦ってきてようやく、戦艦天姫にダメージらしいダメージが入った。その場に立っていられなくなったようだった。戦艦仏棲姫の艤装が消えて、攻撃の威力で吹き飛ぶ。

やっと私の手で、今までのお返しが出来た。倒すまではいけなくとも、少しだけはスッキリした。だが、まだまだ足りない。即座に追撃。

 

「そんな、お母様の目的が……!」

「人様を使って達成するとか……烏滸がましいと思わない……?」

「滅ぼしたいのなら……自分の手でやれと伝えておきなさい」

 

今度は私が扶桑姉様に投げてもらい、顔面を殴りつける。当然ガードされるものの、足下がお留守になったところを見計らい、扶桑姉様が重たいローキック。

連携も今まで以上に出来ていた。本当に心が通じ合っている。以前にやったときよりも私は身体が大きくなってしまったが、その分同じ感覚で技を繰り出せるようになったのかもしれない。

 

「ここで殺してあげる……二度と朝潮に近付かないように……」

「ここで殺してあげる……二度と皆に迷惑をかけないように……」

 

私は尻尾で、扶桑姉様は脚で、胴体を同時に攻撃。ここまでやればさすがにダメージが入った。だがまだ痛そうにしているのも見えない。あまりにも頑丈。これも提督の力の一部なのだろうか。

 

「許せない……お母様の思いを無駄にするなんて許せない!」

 

艤装を展開。だが、今回は見たことのない装備だった。和傘でもなく、尻尾でもなく、主砲が先端に備え付けられた矛。今までになくシンプルで、簡素なもの。確実にこれだけではない。

だがそれを見た瞬間、イクサさんが声を荒げた。

 

「フソウ! アサシオ! すぐにそこから離れなさい! それはまずい!」

 

言われた通りすぐにその場から退避。

 

 

 

その瞬間、私達の元いた足下から巨大な鯨が大口を開けてせり上がってきた。

 

 

 

空母鳳姫が使っていた鯨型の艤装なんて比べ物にならないほどの大きさ。私の艤装よりも数倍は大きい。まさに鯨というサイズの自立型艤装。

そのままいたら簡単に丸呑みにされ、その口内に何層もある歯ですり潰されていた。質量兵器でありながら殺傷能力を持つ武器まで持つ殺戮兵器。戦艦主砲まで備え付けてある。あんな艤装を暴走させられたら、回避すらも難しい。

 

「あの艤装は太平洋深海棲姫よ! あれは私でも止められない!」

 

以前はミナトさんにやってもらっていた深海棲艦解説の役目を引き継いだイクサさん。あの艤装を見て一目で正体を看破した。

太平洋深海棲姫とは聞いたことのない深海棲艦だった。私が変化した形である中枢棲姫や、空母鳳姫に組み込まれている深海日棲姫、深海鶴棲姫と同じように、深海の最深部に潜む強力な深海棲艦らしい。

 

何故そんな深海棲艦の艤装が扱えるのだと考えたものの、大本営の裏切り者が報酬艦の情報を流しているのだった。太平洋深海棲姫も、報酬艦である何者かの要素を色濃く持つ者だそうだ。

 

「許さない……許サナイ……!」

 

私が元に戻ったことで、戦艦天姫の方が暴走している。私達を殺すまで止まるつもりはないようだった。だが、こんな艤装を使って本人もただでは済まないだろう。滅茶苦茶な消耗により、戦艦天姫ですら汗をかき始めているのが見えた。

 

「回避し続ければあちらが息切れするわ。でもあんな艤装どうすればいいっていうのよ!」

「叩き潰せるかしら……」

「扶桑姉様といえども難しそうですが……」

 

扶桑姉様から見ても、何倍も大きい質量兵器。どうすればいいのだ。

 

「ッグ……はぁ……はぁ……」

 

突然鯨の自立型艤装が消滅した。やはり消耗が激しすぎるようだ。今まで戦っていた分と、少しだけでも与えたダメージがある。それが今になって響いてきている。

 

「お母様……ごめんなさい……アマツ退きます……」

 

私が殴った腹を押さえながら、最後まで私を睨みつけながら海中に沈んでいった。今まで友達になりたいと言っていた私への態度は一転し、溢れんばかりの殺意に変化した。今後は私を堕とすためではなく、殺すために狙われることになるだろう。

 

 

 

戦闘は終了したが、私の気持ちは大きく沈んでいた。今回の戦闘で傷を負った人の原因は、全て私がやっている。正直顔が合わせづらい。

状況確認は帰投しながら元々この場にいた旗艦の響さんがやることに。私は増援の旗艦であるために響さんの指示に従う。

 

「霞と瑞穂さんが大破、皐月と天龍さん、龍田さんが中破、叢雲が小破だけど気絶。これでいいかな」

 

大損害だ。無傷なのは南司令官の護衛に回った響さんと、後から戦闘に参加していたイクサさん、そして川内さん。扶桑姉様と山城姉様も、傷は無いものの消耗が激しい。2人がかりとはいえ、戦艦天姫を食い止めていたのは、本当にギリギリだったようだ。

 

「朝潮……元気を出して……」

「戻ってこれたんだから良しとしなさい。負い目を感じるのは仕方ないわ」

 

姉2人に慰められるが、さすがに落ち込む。

 

「オレとしてはそんなことより今の朝潮の格好の方がまずいと思うんだが。殆ど全裸だぞ」

「うん、ボクもそれがまずいと思う」

 

艤装というか、中枢棲姫の装飾というか、よくわからないもので要所要所は隠れているが、私は殆ど肌を出している状態。身体中にヒビが入り、腹に虚空が拡がっていることで異形感が凄い。

 

「そんなことって……私は暴走して皆を怪我させて……」

「敵の策略だろうが。気にすんな。少なくともオレは何とも思ってねぇよ」

「ボクは洗脳された経験があるしなぁ……何にも言えないかな」

 

皆何かしら近しい経験があるから許してくれるものの、負い目は感じている。ならば、私が今より一層働くことで返さなくては。クヨクヨしていられない。

最後の変化までしてしまったのだから、もうこれ以上心配は要らない。むしろ戦艦天姫の恨みを買ったことで、私が鎮守府にいる方が迷惑になるだろう。率先して出撃するべきだ。そこで皆に返していこう。

 

「にしても、よくあの状態から戻ってこれたな」

「……ヨルのおかげです。ヨルがいなかったら、今頃私は……」

「ならまずヨルに感謝しねぇとな」

 

尻尾の艤装を出し、ヨルに自由にさせてあげる。早速私に頭を擦り付けてきた。

 

『ご主人が元に戻ってホントに良かった!』

「本当にありがとうヨル。おかげで私は絆を捨てずに済んだわ」

『私もだな。ヨル、ありがとな』

 

ヨルは私達の救世主だ。元々いなくてはいけない存在だったが、今回の件でより一層その存在が認められた。

やはり、私達3人で朝潮は成り立っている。誰も欠けてはいけないのだ。

 




朝潮最終段階、中枢棲姫亜種。水陸両用の陸上型深海棲艦。
戦艦天姫第2艤装、太平洋深海棲姫。
波濤を超え、波濤の先にあるものが、敵と味方になりました。


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後遺症

南司令官の救援任務は完了し、帰投が完了。怪我人はすぐに入渠していくが、私、朝潮は工廠に入ることを躊躇っていた。今までになく異形に変化してしまった姿を見せることが怖い。ここにいる深海棲艦の方々よりも人間の姿から離れている。今でも腹の虚空では深海の光が明滅していた。

あとは天龍さんに指摘された通り、今の私は要所が隠れているとはいえほぼ全裸である。今までに入渠のこともあってか何度か司令官に裸は見られているものの、なかなか抵抗がある状態。今の今まで南司令官が近くにいたものの、奥さんの川内さんがうまく私の姿を隠してくれていた。

 

「先生、入らないのかい?」

「ご覧の通り、抵抗がある姿なので……」

「先生らしくもない。今まで2度も変化しているんだ。誰も何も言わないだろう」

 

響さんに手を引かれ、工廠に無理矢理入れられた。

私が最後の変化をしてしまったことは、響さんの通信で鎮守府には伝えられている。私の変化は皆が知っているために、そこまで驚かないことではあるだろう。だが、今回の変化は一味違う。

 

「これはまた……大きな変化だ」

 

司令官に見られると、なんだか胸が高鳴るようだった。虚空の明滅が少し早くなる。これもしかして私の心音に連動しているのでは。

 

「身体に穴が空いているようにも見えるが、痛くはないのかい?」

「はい、大丈夫です。身体中にヒビが入っているようですが、痣のようなものなので。初霜の右腕と同じようなものです」

「なるほど。なら安心かな」

 

最初は驚かれたものの、いつものように接してくれた。

実際自分でも触ってみたが、この腹の虚空は正直よくわからない。痣のようではあるが、深く穴が空いているようにも見える。ともかく、こうなっていたとしても私にはダメージが一切無いということ。他人に触らせるのは出来ればやめてもらった方がいいか。佐久間さんに調査してもらうくらいにしよう。

 

「それとだね、目のやり場に困るかな」

「それはその、ごめんなさい……」

「今まで通りの服で大丈夫かは、君達で調べてほしい。男が口出しするべきではないだろう」

 

こう話している間も、司令官は私とはあまり目を合わせていない。私に配慮してくれているのだと思うが、少しだけ寂しい気分に。とはいえガッツリ見られるのも恥ずかしい。我ながら面倒くさいと思う。

今は鎮守府再建中、私室で着替えるなどは出来ない。いつも私のものを用意してくれる瑞穂さんは、私のせいで入渠中。ということで、無事だった佐久間さんの部屋を借りることになった。研究室を兼ねているおかげで少し広いのも助かる。

調査がてら私は着せ替え人形となることになってしまった。

 

 

 

戦闘中故に自分ではわからなかったが、私の要所を隠しているものは艤装の一部だったらしい。艤装を消すようにコレも消せた。私は戦場に全裸で立っていたという事実が判明した。途端に恥ずかしくなる。

今後はそれを展開しないようにし、普通に服を着ることで対処することにする。

 

「朝潮さん、大丈夫です。深海棲艦というものはそういうのも多いじゃないですか」

「そうです。ガングートさんも元の北方水姫の時は大変な状態だったと伺いました」

 

初霜と春風に慰められるも、より深い傷になりそうだった。初霜は表情が緩んでおり、春風に至ってはいつになく笑顔。私の裸を喜ぶ危ない人のようになってしまっている。

危ないとは思ったが、雪風さんは私に抱きついたまま眠ってしまった。私の変貌で一番驚いていたのは雪風さんだ。出て行く前とはあまりにも違う姿に、錯乱しかけたほどである。今は私の温もりが欲しいようだ。

 

「深海棲艦ってのは服とかそういう概念がうっすいみたいだからねぇ。やたらスタイル強調するようなのもいたし、装甲空母鬼とか下丸出しでしょ確か。朝潮ちゃんもそれに巻き込まれたんだよ」

 

私のヒビ割れからいろいろと採取して調査してくれた佐久間さん。

 

「朝潮ちゃんの身体、確かに前とは違うね。セキちゃんとか、前に貰ったミナトさんとかヒメちゃんのものに近いよ」

「陸上型……ということですね。本当に最後の状態になっていると」

 

戦艦天姫の言った通り、私は中枢棲姫というものになってしまったようだ。段階を踏んで、駆逐艦の身体を慣らしていき、最終的にここまで成長させてしまった。北端上陸姫の狂気の研究成果に、佐久間さんも頭を悩ませる。

 

「多分なんだけど、陸上型の深海棲艦って簡単には作れないんだと思うんだよね」

「その理由は?」

「艦じゃないから。陸上型は艦娘ではないでしょ。建造も出来ないと思うんだよね。だから、陸上型を増やすためには、自然発生を粘り強く待つか、朝潮ちゃんみたいに段階を踏んで成長させるしか無いと思うんだよ。これは私の生態調査のゴール地点かな……?」

 

水上型と陸上型はそもそも生態系が違いそうであるという仮説を立てていた。深海棲艦も奥が深い。

自らが深海棲艦となり、狂気に飲まれながらも調査を完了させ、深海棲艦の生態系の核心に近づいた北端上陸姫の恐ろしさを改めて知った。

 

「話ではこれが一番最後の変化なんだよね。調べた感じ、確かに細胞は安定してると思う。ここからはもうこの形で固定されたみたいだね」

「実はもう一段階ありましたとかは無いと」

「見立てではね。何かあったらすぐに教えてよ?」

 

勿論である。私だってこれ以上変化したくない。

ここまで来てさらに変化すると言われたら、次の変化は人型すら辞めさせられる気がする。さすがにそれは誰も受け入れられないだろう。

 

「これ以上の変化が無いことは喜ぶとして、心の変化に関して出来ることは問診くらいしか無いんだけど、またあちら側に倒れる可能性ってありそう?」

「それは大丈夫だと思います。ヨルのおかげで、私はもう暴走することはないかと」

「何か自覚出来ていることは?」

 

佐久間さん相手でも言うのを躊躇われるが、ここで言っておいた方が調査の役に立つはずである。

 

「……人間が嫌いになりました。佐久間さんは大丈夫ですよ。仲間ですから。南司令官も私達の司令官が認めている人なので大丈夫です」

 

この感情だけは消えていない。ヨルのおかげで記憶は戻り、壊れた心もある程度は修復されている。だがそれは、戻った記憶と理性で心を繋ぎ止めているに過ぎない。おそらくこれは、入渠しても治らないくらいの致命傷なのだと思う。

結果的に、私には『人間嫌い』という後遺症が残ってしまったことになった。今から知らない人間に会ったら、司令官が仲がいいところを見せてくれない限り、態度に出してしまう自信がある。

 

「そっか。私を嫌いにならないでくれてありがとう。私も人間だけど、朝潮ちゃんを裏切ることは絶対にしないから安心して」

「勿論。今までの記憶もちゃんと戻っています。佐久間さんは信用していますよ。司令官も、佐久間さんも、元帥閣下も大好きな人間ですから」

 

加えて、今までに私が出会った人間は信用に値する人間だ。浦城司令官、志摩司令官、南司令官も、私は信用している。

 

「裏切られたら原型が残らないくらいにぐちゃぐちゃにして殺すと思うので、そのつもりでどうぞ」

「怖いこと言うね。でもそうしてくれて構わないよ」

 

私は冗談で言ったつもりはない。いくら佐久間さんでも、裏切り者の人間となった時点で容赦はしない。

でも、佐久間さんが裏切ることは確実にないと断言出来る。もう長い付き合いだ。どんな人かはわかっているつもり。

 

「御姉様、お辛いことがあったでしょう。今日の夜は是非、我々を抱き枕にお使いください」

「そうです。今日は霞さんと瑞穂さんは入渠ですから、私が朝潮さんを癒しますよ。嫁として」

「あ、ありがとう」

 

本気で心配してくれていることはわかるが、圧が凄い。それでも心に傷を抱える2人が私に気を使ってくれるのは素直に嬉しかった。私の心は壊れたままだが、まだこの鎮守府でやっていけると思う。

 

 

 

その後、本当に着せ替え人形にされ、初霜と春風も大盛り上がり。雪風さんも目が覚め、やんややんやと囃し立ててきた。

結果、いつもの練習巡洋艦の制服を選ぶことに。戦艦水鬼のドレスはイクサさんが一時加入したことで重複を防ぎたいために却下。それ以外は相変わらず似合わないという理由で。今更朝潮型の制服は無理と判断。

カッチリしているものは、アサが少し苦言を呈した。白兵戦がしづらいのが嫌だということ。確かに練習巡洋艦の制服は動きづらい。タイトスカートだと足技も使いにくいだろう。

 

「他の陸上型深海棲艦の服とかにしてみる? ミナトさんのはちょっとしんどいかもだけど、ほら、セキちゃんのとか」

「無くは無いと思いますけど、出来れば被らない方がいいんじゃないかなと」

「確か飛行場姫はレオタードだったね。中間棲姫は白いドレスだったはず」

 

アサは動きやすければなんでもいいと言い出すが、私としては勘弁してほしい。ヨルの情操教育にもよろしくない。他の案を出してもらいたい。

 

「あ、それじゃあさ。同じ深海で、動きやすそうで、アサちゃんも気に入りそうなものあるよ。イロハ級のものだけど」

 

それだけ言って服を用意してくれる。

 

『イロハか……物によるな』

「姫としては部下の服は嫌?」

『嫌というか、まぁ抵抗は少しある』

 

イロハ級の服ということで少しだけアサが反応するが、着てみたら反応が一気に変わった。

佐久間さんが用意してくれたのは、戦艦ル級の服。ノースリーブの和服のような上にズボンという深海棲艦としても異質な見た目であったが、今の私達には最適なものかもしれない。ヒビの入った身体は腕以外が隠れてくれるし、ズボンは白兵戦がやりやすい。黒地のおかげか、腹の虚空の明滅も目立たなくなっている。

 

『いいなコレ。ル級のものがこうも私達に合ってるとはな』

「なら今後はこれにしましょうか。ヨルも大丈夫?」

『だいじょーぶ! カッコいいね!』

 

概ね好評。ならば今後はこれでいいだろう。差別化も出来ているし、他に無いとすぐにわかる。

 

「あー、ポニテのリボンも大分ボロボロだね。それもそろそろ替えた方がいいかもしれない」

「なら今度、敷波さんのところに替えを貰いに行きますかね」

 

このリボン、無理矢理剥ぎ取った挙句、変化に巻き込まれて消えた元の服とは違い、私が中枢棲姫へと堕ちた時ですら消えなかった。アサが生まれた時もそうだ。

これは私が死ぬことを許されない約束の証。これがある限り死ぬわけには行かない。切れてしまったら縁起も悪いし、そうなる前に新しいものが欲しいところだ。

 

「それにしても……うん、ホント似合ってるけど、駆逐艦朝潮とは名乗れなくなっちゃったねぇ」

「要素が全部無くなっちゃいましたからね。今までも本当にギリギリでしたが、これで本当に無くなってしまいました」

 

今までも私を朝潮とわかる人は、この鎮守府の人達だけであると言い切れるくらいだった。朝潮要素は結局、改二丁の時からの付き合いである黒のストッキングのみ。それもズボンになったことで穿くことも無くなってしまった。

 

「朝潮さん、それは……それはちょっとまずいです」

「えっ、に、似合わないかしら」

「似合いすぎます! 男装ですか!?」

 

言われてみれば、男装と言われても文句は言えない状態かもしれない。

 

「これはまずいですよ……私以外に嫁を増やすことになりかねません。朝潮さん、私が一番最初の嫁、他に増えたとしても(めかけ)ですからね。覚えておいてくださいね。嫁は私、初霜ですから。いいですね!」

 

凄い熱弁に呆れそうになる。そこまでか。

でも男装というのも基本的に艦娘がやることではないようなことなので楽しい。

 

「御姉様、とてもよくお似合いです。初霜さんの言う通り、男装と言われても差し支えのない素敵なお姿だと思いますね」

「そう、ありがとう春風」

「わたくしと同じ和の基調も取り入れられていますし、事実上、本当にわたくしの御姉様になっていただけたと考えてもよろしいのではないでしょうか。神風御姉様や朝風さんには申し訳ないと思いますが、今のわたくしには朝潮御姉様が唯一無二の姉。是非とも、今後ともわたくしを妹としてお側に置いていただけたら幸いです」

 

春風もヒートアップ。

今気付いたが、初霜と春風の目の中、一時期の霞のようにハートマークが浮かんでいる。私のル級衣装姿をここまで喜んでもらえるとは。こうなると夜の添い寝が若干怖くなるところである。

 

「お母さん、すっごく似合ってます!」

 

雪風さんは素直な一言で改めて抱き着いてくる。3人に絶賛されたのなら、もうこれで確定で。

 

心機一転、これからの私は、この姿で、この心持ちで道を歩いていく。もう簡単には折れない。これ以上の変化が無いのだから、戦場に出ることも躊躇いがない。




ル級の服って結構独特なデザインですよね。朝潮が着ているものは肩パットは無いイメージです。


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社会の裏

私、朝潮が佐久間さんに調査をしてもらっている内に、加藤司令官と南司令官の話し合いも終了していた。今までと違い私が参加する必要が無かった理由は、あの戦闘をしたことで話したい内容がおおよそ理解出来る状態にあったからのようだった。

7人目の裏切り者がおり、それを使って私を最終段階に持っていこうとしたということだ。その策は見事に決まり、私は最終段階に変化。仲間を攻撃し、皆殺しにしてから戦艦天姫とあちらの鎮守府に向かっていたことだろう。

 

だが、あちらにも予想出来ていなかったイレギュラーがあった。それがヨルの存在である。本来なら戻るはずのないくらいに心を壊し記憶も汚したが、ヨルのおかげで私は戻ってこれた。さすがにそればっかりは想定していなかったようだ。

それでも私が仲間を攻撃した事実は変わらない。洗脳された前回よりも重たい罪悪感を背負って生きていくことになる。

 

5人入渠していたうちの3人、皐月さん、天龍さん、龍田さんの治療が完了し、私は謝りに向かった。

 

「さっきも言ったけどよ、気にすんな」

「そうそう。罪悪感きっついと思うけどさ、ボクらは気にしてないからね」

「天龍ちゃんが気にするなって言うのなら、私も許すわ〜。朝潮ちゃんの意思でやったわけではないものね〜」

 

一番まずいかと思っていた龍田さんにこう言ってもらえたおかげで、幾分か気は楽にはなった。私は天龍さんにも入渠が必要なくらいの怪我を負わせているのは間違いない。むしろ天龍さんが許さないと言ったら、私は今頃命を狙われていたかもしれない。

 

「霞と瑞穂はもう少しだな。夜になるだろ」

「そうですよね……かなり強く殴ってますから」

 

未だに霞の腹を殴った感触と、瑞穂さんの手首を握り潰した感触は覚えている。それだけじゃない。他の全ての叛逆行為を覚えている。『種子』による洗脳の時よりも深く堕ちたことで、その背徳の快楽はより深く刻まれてしまった。それに対しては嫌悪感しかないのが救い。

 

「目が覚めた時に私がいた方がいいかなと思うので」

「そうだな。正気に戻ったことを見せてやれ」

 

私がこちら側に戻ってこれたとき、大破していた霞と瑞穂さんは気を失っていた。霞に関してはヨルが表に出たときはまだ意識はあったが、あの後倒れたようだった。なので、2人とも私が元に戻っていることを知らない。早く今の私を見てもらいたい。

 

 

 

夕食後、風呂にも入らずにドックの前で2人が目を覚ますのを待つ。もう少しで終わることは明石さんから聞いているため、待つことを許してもらった。

 

「川内さん、いるのわかってるので近くで一緒に待ちませんか」

「話には聞いてたけどホントにわかるんだね。電探内蔵なんだっけ?」

 

天井からアクロバティックな動きで降ってきた川内さん。工廠の天井は高いところにあるのに、わざわざあそこまで登っていたようだ。まさに忍者。

そこまでした理由は簡単、私の攻撃はあそこまで離れられると届かないからだ。つまり、川内さんは私の監視としてこの場にいる。私は今でこそ元に戻ったと誰からも認識されているが、疑われて然るべきことをやっている。今ここにいる理由が、ドックごと霞を殺すと考えられていてもおかしくない。

 

「ごめんね疑ってるみたいで。でもこれが私の仕事だからさ」

「大丈夫です。私も自分がどういうものか理解しているつもりです」

 

本来なら私は突然撃たれてもおかしくない存在。受け入れられているというよりは、()()()()()()()と言った方が良さそう。

 

「職業柄さ、私は結構嫌われるタイプだと思うんだよね。ほら、ダンナが諜報員でしょ。それを手伝ってるわけだしさ」

「仕方ないですよ。南司令官のような方は必要だと思いますし、おかげでこちらも情報が手に入っていますから」

「非合法なことも結構やってるからなぁ。何とは言わないけど」

 

そんなこと私に話して大丈夫なんだろうか。疑われているけど、信じられているというか。不思議な感覚だ。こうやって話しながらも、私を本当に信じていいものかどうか探られているのがわかる。

 

「私は嫌いませんよ。むしろ川内さんは好きなタイプです」

「口説いても無駄だよ。私には心に決めた人が」

「わかってますよ。口説いたつもりもありませんから。というか同性ですし」

「男装みたいなことしてるじゃん」

「中身を見てください」

 

おちゃらけて見えるが、常に周囲に意識を配っているのがわかる。相手に自分の本心を悟らせないようにするのが上手だ。私も川内さんの目的は判断出来ない。

ただ1つわかるのは、言葉とは裏腹に私のことは疑っていないということ。監視というのは本当に仕事上仕方なくやっているという感じ。

 

「ダンナが爺ちゃんのお抱えだから、君のこと聞いてるよ。目の前で変化するところも見たし。ホント、厄介なのに目を付けられたね」

「本当ですよ……」

「まぁほら、なっちゃったものは仕方ないからね。受け入れられてるみたいだし、これからも頑張んなよ」

 

ケラケラ笑いながら話してくるが、嫌味はない。この人の人柄なのだと思う。裏で何を考えているかはわからないが。

 

「川内さんはこうなって長いんですか?」

「そうだねぇ。うちのダンナが新人の頃から一緒にいたから、それなりに長いよ。必死に追いつけるように訓練してさ、今じゃあこれだよ」

 

左手の指輪を見せてくる。私もつけているケッコンカッコカリの証。司令官との絆の証。

私はヨルとこの指輪のおかげでこちらに戻ってくることが出来た。司令官との絆だけはあれだけのことをされても消えることが無く、他の記憶を戻すキッカケにもなってくれた。それだけ深い。

 

川内さんも、南司令官とは私達と同じように深い絆に繋がれているのだろう。自分の上司、鎮守府の長である司令官のことを『ダンナ』と公言している程だ。

 

「それだけ長いことやってるとさ、結構酷いものも見てきてるわけよ。あんまりこういうこと話しちゃいけないと思うけどさ、さっきの戦闘の時のアイツみたいな、人間の屑も結構見てきた」

 

ビクンと身体が震えるようだった。私が人間嫌いになったキッカケ、怒りと憎しみの根本の話だ。最終段階への変化を促されたのもあり、あの時以上に憎しみが強くなってしまっている。

出来ることなら私の手でどうにかしてやりたい。だがそんなことをしたら皆に迷惑がかかる。何も出来ないのが悔しい。

 

「朝潮、これ以降は私とうちのダンナに任せて。必ず贖罪させるから」

「……信じていいんですか?」

「勿論。私達は今まで秘密裏に上層部の屑を処理してきてる。アイツもしっかり処分するからさ」

 

満面の笑み。しかし目は一切笑っていない。先程言っていた非合法なこと、というのがここに関わってきそう。

 

「アイツの言い分からして裏から手を回そうとするだろうから、今頃ダンナが先に手を回してると思うよ。大丈夫、絶対に鎮守府に被害なんて出させないから」

「お願いします。そうでないと、私がやってしまいそうですので」

「そうさせないためにも私達がいるからね」

 

人間社会の裏側を教えてもらった気がした。そこに艦娘が関わっているというのが悲しいところだが、平和のためには仕方のない犠牲だと川内さんは語る。

だが、そこに悲観的な感情は見えなかった。無理に隠しているようにも見えない。悪く言ってしまえば、川内さんはこの()()()()を楽しんでいる。

 

「ダンナと一緒に戦えるってのは、どんな仕事でも楽しいもんなんだよ。平和に繋がってるのなら尚更ね」

「……すごいですね川内さんは。私は割り切れずに暴走してしまったようなものですから」

「それが普通。私も何処か壊れちゃってるんだろうね」

 

今度は目も笑っていた。今の仕事を心底楽しんでいるらしい。気に入らない人間がいても、南司令官と一緒に戦えるということだけで、負の感情よりも上回るということなのだろう。

私もそういう割り切り方が出来るだろうか。司令官と一緒に戦うーー例えば鎮守府防衛で、背中を合わせて戦うーーなんてことがあったりしたらと考えた。不思議と昂揚した。

 

 

 

川内さんと世間話をしている間に、霞の入渠が完了。緊張しながらドックが開くのを見守る。気付けば川内さんはまた天井に登っており、気配を追ったら手を振ってきた。姉妹の再会は邪魔しないよと口パクでこっちに言ってきている。

 

「……霞、大丈夫?」

 

目を覚ました霞。ゆっくりと目を開け、私の方を向いた。肌には痣があり、服も違うが、今までの私のままだ。霞の知っている私のはずだ。

 

「……姉さん……戻ってこれたのね」

「ええ、皆のおかげでね」

「……よかった。ホント良かったわ」

 

ドックから身体を起こし、外に出るや否や、飛びつくように抱きついてきた。

 

「良かった……良かったぁ……!」

「心配かけてごめんね……霞に怪我もさせちゃって」

「そんなこといいわよ! 私は死んでないし、姉さんは元に戻ってるんだから、それだけで充分よ!」

 

私と2人だからか、人目を憚らずに大泣き。川内さんが天井から見ていることは教えない方がいいだろう。私もいることは忘れることにした。電探の反応はしっかり見えているが。

頭を撫でてやりながら泣き止むのを待つうちに、瑞穂さんの入渠も完了。ドックが開き、私と目が合う。

 

「瑞穂さん……」

「朝潮様、お戻りになられたのですね。先の戦いでは、瑞穂の力が至らず申し訳ございません。本来ならば変化を起こす前にどうにかせねばならぬものを……」

「謝らなくちゃいけないのはこちらです。心配をかけてすみませんでした」

 

ドックから出て、フラフラと私の下へ。あまりそういうところを見せない瑞穂さんも、今回ばかりは泣きそうな表情だった。

 

「朝潮様がお戻りになられ、瑞穂、本当に感激しております。そして、やはり謝罪させていただきたく存じます。瑞穂は、ほんの少しだけ諦めてしまっておりました。朝潮様が最後の変化をした時、もう戻らなかったらどうしようと考えてしまったのです。朝潮様ならば今のように艦娘の心を取り戻して当然と、瑞穂が信じねばならないというのに。瑞穂が朝潮様を信じなくてどうするのです。手首を潰されたのはその罰だと思っております。幸い入渠で修復可能な怪我ではありましたが、あの痛みは瑞穂の罪の痛みであると思います。一生忘れることはないでしょう。壊れてしまっていたとはいえ、朝潮様直々に痛めつけられたのは私の中では強い記憶となってしまいました。この記憶の痛みを胸に、今後また朝潮様に仕えさせていただきたい所存に御座います」

「勿論。瑞穂さんがいないと寂しいですよ。ずっと一緒にいてください」

 

涙が一筋。瑞穂さんも私が元に戻ったことを喜んでくれている。本当に最高の仲間達だ。

 

「霞、もう泣き止んで。大丈夫、私は逃げも隠れもしないから」

 

鼻をすすりながら離れる霞。即座に瑞穂さんがフォローする。ここまでずっと全裸でやっているので服もすぐに用意。時間的にはあとお風呂に入って眠るだけという時間になってしまっている。瑞穂さんが用意したのは寝間着の作務衣であった。

 

「今日はもう遅いわ。入渠が終わったからだけど、大部屋に行かないとね」

「そうね。……目とか腫れぼったくないかしら」

「朝潮様、瑞穂から提案が。霞様の目の腫れが引くまではもう少しこうしたままにしてあげてください。かくいう瑞穂も少しだけ……」

 

あまり泣き顔を晒すのも良くないと自分達では思っているようだ。それでは本人の意思を尊重し、もう少しの間だけここにいさせてもらうことにした。

 

「私のために泣いてくれたんだものね。いくらでも待つわ。でもここで眠らないようにね?」

「さすがにそれはないわ。今だってあまり眠気ないもの」

 

着替え終わったらまたすぐに抱きついてきた。本来の霞とは個体差があるとは聞いたが、ここまで甘えん坊の霞もそうそういないだろう。でもこれが私の知る霞なのであって、こうでないほうが違和感がある。

 

「朝潮様、もしやあの天井の……」

「ああ、瑞穂さんは気付きましたか。流石です。川内さんが体裁上ですが私の監視役をしています」

「そうでしたか。そういった警戒も必要なのでしょう。瑞穂も同じ立場でしたら監視役を置きますので」

 

瑞穂さんは川内さんのことに気付いた様子。さすがとしか言いようが無い。

 

結局、一部始終を川内さんに見られた後に大部屋に行くこととなった。霞は泣きじゃくる姿を川内さんにも見られたということで頭を抱えることとなったが、あの人はそれがどうしたと言うような人なので、何も問題視していない。むしろ、より友好関係が強くなってくれた。

 

川内さんはいい人だ。こちらからは信頼が寄せられる人物。今は信用しよう。




川内は自覚しているようですが、人間を処分することに抵抗が無くなっている時点で、艦娘としては壊れているのかもしれません。人間への見方が変わっているわけですし。


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私の場所

入渠した皆が回復し、私、朝潮の変化も受け入れてもらえたことで、鎮守府は一旦元通りとなった。後は鎮守府そのものの復旧が終われば本当に元通り。改めて最終決戦に向けての準備となる。

残ったのは空母鳳姫と戦艦天姫。どちらもが提督の力を持ち、与えられた2つの艤装も異常過ぎる性能。どちらかといえば空母鳳姫の方が戦いやすい部類に入るであろうが、それでも対策は絶対に必要。おおよそ全ての力を見ることが出来ているため、作戦は立てられる。

 

あの戦いの翌朝、大部屋で目を覚ます。夜中でも身体の明滅は止まらなかったが、そこまで気にならなかったそうだ。今日の添い寝だった霞と瑞穂さんも、身近で眠ったところで眠れないほどでは無いと話してくれた。それは安心。

むしろこの光は私の生命活動を表すものになったため、光っている限り私は生きているということになる。

 

「お〜、やっぱりポーラのと似てますね〜」

「そうですね。痣みたいなものですから」

 

大部屋で皆で過ごすということは、以前と同じように皆の前で着替えるということである。女所帯であるために羞恥心なんぞもうカケラもないが、私の身体中に出来てしまったヒビ割れの痣と腹の虚空をここまで堂々と見せるのは初めて。

そこにポーラさんが反応した。重巡棲姫の腹の裂け目に近しいものを感じ取ったらしい。確かに近いものはあるかもしれない。ここから艤装が生えることはないが。

 

「親近感が湧きますね〜」

「艤装は生えませんよ」

「痣はポーラにもありますからね〜」

 

着替え途中なので半裸なポーラさん。重巡棲姫であったときの名残で、腹に裂け目のような痣が残ったまま。私の方が大きく開いてしまっているものの、似たようなものかもしれない。

 

「もしアサシオが浄化されたら、痣が全部残っちゃうかもしれませんね〜」

「浄化は流石に無いですね。私は死にませんから」

 

自分の死なんて今は考えちゃいけない。

 

「朝潮、陸上型なら陣地が必要ではないか?」

 

ガングートさんに言われて少し頭を悩ませる。確かに今の私は陸上型深海棲艦、中枢棲姫の亜種である。陸上型でありながら脚部艤装を持っており、陣地が無くても移動が可能。無いなら無いでも良さそうだが、あればあったで便利かもしれない。

だが、陣地とはどうやって手に入れるものなのだろうか。

 

「あってもいいかとは思いますが、どうやって手に入れればいいんでしょう」

「知らん。私は陸上型では無かったからな」

「陸上型は陣地ありきで生まれるようです」

 

着替えを持ってきてくれている瑞穂さんも、その辺りの記憶が戻ってきているので説明可能。とはいえ瑞穂さんも元々は海上艦である水母棲姫であるため、詳細はわからない。

 

「なら私に陣地はありませんね。何処かを陣地に変えるとか出来るでしょうか」

「出来るかもしれんな」

 

そうなると、場所は決まっているようなものだ?

 

『お、領海行くか』

「そうね、あの島を私達の陣地にしましょうか」

『いいな。領海を改めて私達のものとしようじゃないか』

 

というわけで、今日は領海へ向かうことにした。

 

 

 

司令官に許可を貰い、領海に向かうことに。最終状態に変化したことで、心の安定のために領海に行く必要は無くなったのだが、アサの領海であるというのは確かなので、今後も行けるタイミングがあれば行けばいいという話になった。

随伴は私に陣地の話題を出してきたガングートさんと、ついでに自分の領海に向かうつもりのポーラさん、不要になりつつあるものの私の護衛として来たウォースパイトさんと瑞穂さん。全員元深海棲艦である。雪風さんが便乗していたらコンプリートだったが、まだ初陣には早いと鎮守府でお留守番。私がいないときは大潮や霞が見ていてくれるので安心。

 

そこに、川内さんが便乗してきた。理由は私の監視。

私は敵の攻撃の結果とはいえ、仲間に攻撃をした挙句に戦艦天姫の勧誘の手を取り、一時的に世界に叛逆した事実がある。もう今は正気ではあるものの、体裁として事後経過を監視する必要があるとのこと。

 

「ごめんね朝潮。大丈夫なことはわかってるけど、念のためね」

「大丈夫です。私がやったことがそれほどのことであることは理解しているつもりです」

「そう言ってもらえると私もありがたいかな」

 

ポーラさんも、献杯してくれる人が増えるのは喜んでいた。あの日からもうそれなりに時間が経つが、定期的に向かってはお酒を振舞っているようだ。

 

「先にポーラさんの方を終わらせますか」

「ありがと〜」

 

先にポーラさんの領海を訪れ、儀式を行なっていく。これに関してはいつも通りという感じで献杯。川内さんもこの厳かな雰囲気には何も言わず、流れのままに付き合ってくれた。ここが穏健派の深海棲艦が侵略戦争に負けて沈んだ場所ということを理解した上で、何も言わないでくれた。

川内さんの知るポーラさんとは別人のような顔を見せたことが、特に響いたようだ。一般的な大本営公認のアルコール中毒であるポーラさんとは違いすぎるからだろう。今でも初霜の言うことを聞き、飲むのは夜だけにしている。

 

『なんかポーラかっこいいね』

『雰囲気が変わるな。こういう時だけは重巡棲姫なんだろう。あんなフリをしてるが、記憶は全部残ってるみたいだしな』

 

ヨルは献杯に便乗するのが初めて。雰囲気の違うポーラさんに対し、感嘆の声を上げる。重巡棲姫はポーラさんとは正反対な性格だ。それが今だけは表に出てきているように思えた。

 

「はい、皆さんありがとうございました〜。みんなが拝んでくれたおかげで、ここのみんなが喜びますね〜」

「You are welcome. また来るわね」

「ああ。同じ元深海棲艦のよしみだからな。また付き合うぞ」

 

本当にこの3人は仲がいい。一緒にいるところをよく見かける。ポーラさんの飲酒にも付き合えているほどだ。

瑞穂さんも元深海棲艦であると自覚出来るようになってからはこの3人とは仲間意識を持てているようだった。特殊な生まれ同士、話が合うこともあるだろう。

 

「センダイも、ありがとうございます〜」

「どういたしまして。いろいろ驚いたけど、こういうこと出来るって素直に凄いと思うよ」

 

艦娘も深海棲艦も、悪く言ってしまえば()()()()()、謂わばただの戦争の道具に過ぎない。艦娘より深海棲艦の方がその意識は高く、仲間が沈んだことを悔やむようなことはあり得ないと断言出来ていたほど。共食いすらするようなものだった。

それが今、この場で覆った。今でこそ浄化された艦娘だが、深海棲艦にも人間じみた者がいる。それを理解してもらえたのなら充分だ。

 

 

 

その後、私の領海に到着。ここは本当に変わらない。

 

『なんだか久々な気分だ』

「実際久しぶりよね。ここに来るの」

 

ヨルとの出会いの時から来てないように思える。その後は激戦に次ぐ激戦だった。ここに来る余裕もなく、結果的に私は今の身体になってしまっている。本当ならもっと頻繁に来たかったが、余裕が無かったというのはあった。

 

「どうやれば……」

「陛下、多分だけど、島に上がれば出来ると思うわ」

「ウォースパイトさん、陛下はやめてくださいね」

 

皆が見守る中、いつものように島に上がる。と同時に、海が赤く染まり始めた。私の領海であることを誇示するように赤みはどんどん拡がっていき、すぐに岩礁帯も呑み込むほどに。

今回はそれで止まらなかった。さらに拡がっていき、いつもの倍は赤く染め上げる。これではもう扶桑姉様が島に上がることは出来ない。私の艤装に乗ってもらって運ぶのがいいか。

 

『うわぁ、もう真っ赤だね。前よりいっぱい』

『それだけ侵食の力が強くなったってことか。さすが最終形態』

「素直に喜べないわね……」

 

これだけすぐ侵食するのに、鎮守府近海を染め上げないのは助かっている。多分心持ちの問題なのだろう。鎮守府は皆の場所だが、ここは()()()()という気持ちが強い。認識もそういうものである。

それもあるからか、侵食は海だけに留まらなかった。島の方にも影響が出てくる。

 

『風景はそのままにしてくれよな』

「わかってる。なんか勝手に流れ込んでる感じだけど、気の持ちようなのかしら」

 

島にあるもの全てに私の深海の力が流れ込んでいるような感覚。まるで、この島が自分の陣地だと言わんばかりに規模が大きくなる。

生えている草1つ1つ、浜の砂1粒1粒に至るまで、水がスポンジに染み込んでいくかの如く侵食していった。

 

「お〜、ちゃんと陣地になっていってますね〜」

「レディ、ああなるとわかっていたのか?」

「Uh……どちらかといえば、勘ね。I was also surprised」

 

少し時間はかかったものの、なんとなくこの島全てを侵食したとわかった。目を瞑っても、島全体が把握出来るような不思議な感覚。電探を切ってもそれは変わらない。島の上なら、どうあっても私の掌の上、という感じ。

そんな状態でも、他の陸上型と同じようにこの島を移動させるということは、今のところ出来そうに無かった。『この島はここに無くてはいけない』という思いが強いのだと思う。

 

「多分終わりました」

「ですね〜。気配がものすご〜く拡がってますよ〜」

 

全て終了したということで、ポーラさんが島に上がる。目の前で見ているというのもあるが、()()()()()()ということが感覚的にわかった。なるほど、陸上型は陣地まで込みで自分なのか。陣地を置いて行動しないのは、脚部艤装が無いからだけでは無い。

 

「この状態でここから離れたらどうなるんでしょう」

「どうもならないんじゃないか? ここが貴様のものであることは変わらん。今までと同じだろうよ」

「陣地が破壊されても深海棲艦本体が死ぬことは無いもの。普通の陸上型は溺れて死ぬけれどね」

 

そういう意味でも、私は特殊なんだと思う。自力で陣地を置いていけるし、気の持ちようかもしれないが、自分の足で別の島に行っては陣地を増やすことが出来る。

考えてみれば、今の私は深海棲艦としては最低最悪の侵略者ではなかろうか。やろうと思えば全ての島を自分のものにと言い張れる。

 

『お前にそんな気は無いだろうに。私だってそうだ。ここだけでいい』

 

アサも元々領海を拡げようと思っていたわけではない。ここさえあればそれでよく、これ以外にいらない。

 

「驚いたなぁ……深海棲艦ってこうやって自分の場所を拡げるんだ」

「私は結構特殊ですよ」

「それでもね。いや、これは本当にいいものが見せてもらえたよ。後からダンナにも話しておかなくちゃ」

 

ポーラさんに続き、皆が島に上がってくる。ウォースパイトさんはフィフを人型に変形させてからゆっくりと。島自体を崩さないように慎重に上がってくれた。

 

「朝潮、艤装を出してみろ」

「こうですか?」

 

全ての艤装を展開した。海上で戦っている時よりも()()()()()()というイメージだった。

本当にここが私の場所。島すらも私と一体化したような不思議な感覚。これが陸上型深海棲艦の在り方。この上でなら、負ける気がしないようにも思える。

 

「こう見ると完全に中枢棲姫だな」

「色違いのね。亜種と言われても遜色が無いわ」

 

ガングートさんとウォースパイトさんがそういうくらいなのだから、今の私は余程似ているのだろう。そんな気はなくても、そのように変えられたのだから当然といえば当然か。

 

「ロッソ、ビアンコ、仲間ですよ〜」

 

ポーラさんの自立型艤装のロッソとビアンコは、ヨルと戯れている。蛇のようなウツボのような艤装は、ヨルと似たようなもの。ヨルも親近感が湧いているようで、ガチャガチャ音を立てながら仲良さそうに絡みついていた。

 

「この島は上手いこと不可侵に出来るようにしたいね」

「そうしてもらえるとありがたいですね。そもそもここに来る人なんて浦城司令官のところの艦娘くらいですが、余計な心配は増やしたくないですし」

「少なくとも大本営がここに近付くことはないよ。それだけは安心して」

 

ここに人間が来ると考えるだけでも虫唾が走りそうになるが、その辺りは大丈夫だと保証してくれた。少なくとも、新たにこの近海で深海棲艦が発生しない限りは、この島に何者かが近付くことは無いだろう。

私がここを陣地としたことで発生しないとは限らないが、今は心配していない。発生したとしても、おそらく私には敵対しないだろう。その全てがクウの妹扱いになる。

 

『ここは落ち着くと思っていたが、より落ち着くようになったな』

「陸上型の私達には陣地が一番落ち着くんでしょう。ちゃんと鎮守府には帰るけどね」

『もう少し頻繁に来たいところだな。ここ最近忙しすぎる』

 

今の戦いが終わったら、陸上型深海棲艦として一旦ここに腰を落ち着けたいものだ。鎮守府も落ち着くが、ここも落ち着く。

 

そのためにも、北端上陸姫打倒を改めて決意した。




霞との出会いの場所。アサの辿り着いた場所。ヨルが自分を手に入れた場所。思い入れのある場所はついに、朝潮の完全な支配下に置かれることに。


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元黒の感情

陸上型として自分の陣地を手に入れた私、朝潮。今まで領海として心の癒しに使っていた島が、完全に自分のものとなったことで、より一層癒されることが出来る。ここ最近は来れていなかったが、今後はなるべく頻繁にここに来たいと思った。ここが故郷のクウや、私の娘扱いのレキには特に来てもらいたい。

 

事が済み、少し休憩した後に帰投。深海棲艦の陣地で休むという特殊な経験に、川内さんも満足した様子。今は目も笑っているので、本心から楽しんでもらえたみたいで嬉しい。

建前上の監視ではあったものの、本当に何事も無かったのは喜ぶべきこと。川内さんとは敵対したくないと素直に思えた。そこから、南司令官も信用に足る人間であることを改めて理解できた。どうしても人間を値踏みしてしまうので、私の後遺症が酷いものだと実感させられる。

 

「アサシオ、難しい顔をしてるわね」

「ウォースパイトさん……そんなに私おかしな顔してましたか」

「ええ。どこも見てないような目をしてたわ。何か悩み事?」

 

顔に出るほどだったらしい。後遺症とはいえ、あまり褒められたことではない感情を持っていることは、私には大きなストレスになってしまっている。

 

「……そうですね……ちょっと……いえ、大分大きな悩みが」

「そう、それは大変だわ。帰ったらTea timeにしましょうか。Reluxしながら私に話してちょうだい」

 

まだ昼食までには時間がある。紅茶を飲むくらいの余裕はあるだろう。お言葉に甘えて、ウォースパイトさんとお茶会を開くことに。私と同じ悩みを持つ人はなかなかいないとは思うが、そこに来た人達にも悩みを聞いてもらうことにしよう。

出来れば照月さんや峯雲にも話を聞いてみたかったが、無い物ねだりだ。時間があれば鎮守府にお邪魔させてもらいたいくらい。

 

「朝潮様、瑞穂も御一緒させていただけると幸いです。もしかしたら、瑞穂も朝潮様のお悩みの解決に一石を投じることが出来るやもしれません」

「……お願いします。少しでも和らげば嬉しいので」

 

瑞穂さんも参加してくれる。もしかしたら同じ悩みを持っているかもしれない。

 

 

 

帰投後、約束通りお茶会を開くことに。談話室が空襲の被害を受けていなくてホッとしている。

ガングートさんとポーラさんは別件で参加せず、川内さんは南司令官の下へと向かった。代わりに何処からか話を聞きつけたか、雪風さんが私の膝の上に乗っていた。

 

「はい、どうぞ。ユキカゼ、熱いから気をつけてね」

「ありがとうございます! ウォスパイさんの紅茶、美味しくて雪風好きです!」

 

いつの間にかお呼ばれになっていたらしい。私が忙しかったり入渠してたりと構ってあげられなかったことが多かったが、いろんな人にお世話になっていたようだ。少し申し訳ない気持ちになる。

 

「今日はお母さんと一緒なので、雪風嬉しいです。お母さん、今日はお時間大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ。お昼ご飯までの短い時間ですが」

 

膝の上で紅茶を飲みながら、振舞われたお菓子をハムスターのようにモフモフ頬張る姿は、それだけで癒し要素になる。ずっと餌付けしたい。可愛い。

 

「アサシオもどうぞ。じゃあ、お悩み相談と行きましょう」

 

紅茶を口に含む。金剛さんに淹れてもらったものくらい美味しい。そういえば最近お茶を淹れることもしていなかった。いろいろなことを蔑ろにしている気がする。

 

「……瑞穂さんは知っていると思いますが、私が最後の変化をしたキッカケが……屑な人間の言動だったんです」

「そう、貴女がそんなこと言うくらいだもの、相当だったのね」

 

人間に対して口が悪くなってしまっているのも後遺症の一種。信頼の置ける佐久間さんに対してですら、ちょっと良くない表現をしてしまっているので、私の頭の中は相当な状態なのだと思う。

 

「それで……私は一時的に人類の敵になりました。皆のおかげでこちらに戻ってくることは出来ましたが、それでも後遺症が残ってしまったんです」

「……人間への嫌悪感、でしょうか」

「はい……」

 

司令官は勿論のこと、仲間である佐久間さんや元帥閣下などには嫌悪感は無い。顔見知りであれば大丈夫。だが、不特定多数の人間には、嫌悪感が常に渦巻いている状態。誰も彼もが、あの屑のようなものを持ち合わせているのでは無いかと考えてしまう。

少なくとも顔も見たことが無ければ声すらも聞いたことが無い上層部の連中は、面と向かって悪態がつけるほどに嫌いである。そもそも面と向かいたくも無い。

 

「前まではこんなこと無かったんです。でも、事あるごとに悪意が出るというか……」

「I see. これは私にも覚えがあるわ」

 

少し意外だったが、考えてみればすぐにわかった。

ウォースパイトさんは元戦艦棲姫改。元()である。穏健派の白とは違い、過激派の黒。未練なく沈み、結果浄化されて今の姿になったとしても、生前の記憶は幾分か残っている。当然、その時に持っていた人間への恨みと憎しみもそのまま。

 

「ウォースパイトさんにもそういう感情が?」

「最初の頃はね。だって私、真っ黒だったわけじゃない。あちら側だった頃は人間は滅ぼすものと思っていたものよ」

 

今どころか仲間になった直後ですら、そんな素振りは見せなかった。そういうところは本当に女王(クイーン)。人間への黒い感情などおくびにも出さずに生活していた。そんなことより、私やガングートさんへの罪悪感の方が重く感じていたようだ。

結果的に人間への感情は薄れ、今に至る。罪悪感は払拭出来ないが、女王の風格に相応しい思考へと昇華された。

 

「私が気軽に言うことではないと思うけど、時間が解決してくれるのは確かね」

「時間……ですか」

「そもそも人間に嫌悪感を持っていないのがアサシオなんだもの。自然と元に戻っていくわ」

 

それまでに悪いことが起こらなければいいのだが。

基本的に艦娘が人間と接する機会は無いようなもの。本土の鎮守府では民間護衛なんてこともあるらしいが、人工島に作られた最前線の鎮守府では、そういったこともほぼ無い。他の鎮守府への救援任務ですら、ある程度配慮された状態だ。そもそも戦闘行為のための援軍のため、人間が近付くことが出来ない状況にされている。

鎮守府にこもっていれば、人間に会うこともなく、そのうちに今の感情も薄れていくだろうと話す。私は外への援軍はやったことが無いので、基本的には普段通りに過ごせばいい。

 

「私は殆どここから出なかったじゃない。その間にゆっくりとね」

 

確かにウォースパイトさんはこの鎮守府から殆ど出ていない。脚が不自由であることもあるが、そもそもが出る理由が無かった。『種子』騒ぎの時に浦城鎮守府に出向いたことが、唯一の外部との接触。さらにその時は洗脳状態にあった。

 

「だから、こうやってお茶でも飲みながら、気持ちが変わっていくのを待てばいいと思うの。少し気長すぎるかしら」

「そんなことありません。参考になります」

 

その隣、瑞穂さんは少し目を伏せていた。

 

「瑞穂はお手伝い出来そうにありません……申し訳御座いません」

「いえいえ、何も問題無いですよ。確かに瑞穂さんも元黒ですが、その辺りは事情がありそうですしね」

 

瑞穂さんも元水母棲姫、つまりは元黒。さらには北端上陸姫側についていた過去もある。だが、その時から人間への恨みや憎しみは薄かったらしい。

何故なら、ただの愉快犯だったから。ただ敵が苦しむ姿が見たかっただけという悪質なもの。私とは方向性が少し違う。

 

「瑞穂は人間をただただ見下していた過去しか御座いません。恨みも憎しみもなく、陥れようと思っていただけですので……」

「確かにちょっと違いますね」

 

その感情が全て罪悪感に転換されたのが瑞穂さんだ。結果、1回目は記憶が全て飛ぶほどの精神的ダメージを受け、2回目はそれが戻ってきたものの悪夢を見る事態になっている。

感情が残ったままの私やウォースパイトさんとは若干毛色が違った。一歩間違えれば、私も壊れていたかもしれないと思うとヒヤヒヤする。

 

「雪風には難しい話はよくわかりませんが、お母さんは嫌なことがあったんですよね」

 

紅茶のお代わりをウォースパイトさんに要求しながら、雪風さんが会話に参加してきた。難しくてわからない話ばかりではあるものの、何かいろいろ思うところがあったようだ。

雪風さんも記憶を失っているが元黒。北端上陸姫の娘として活動していた時には、人間は滅ぼすものという認識だったことだろう。今でこそ何もない真っ白な状態ではあるものの、何か直感的に勘付いてここにいるのかもしれない。

 

「……そうですね。それが尾を引いてしまってるんです」

「雪風、嫌なことがあったら、いっぱい美味しいもの食べて、いっぱい遊んで、いっぱい眠れば忘れちゃいます!」

 

可愛らしい解決法。そんなことで解決すれば苦労しないのだが、雪風さんが考えて出してくれた案だ。やってみる価値はあると思う。幸い、美味しいものは今食べているし、昼食も近い。遊ぶ……というのは、訓練や演習をすればいいか。それだけやれば疲れてグッスリだろう。よく食べ、よく遊び、よく寝る。今日からでも実践出来そうなものだ。

 

「ありがとう雪風さん。実践させてもらいますね」

「雪風、お母さんの役に立ちましたか?」

「はい、とっても。遊ぶのは立場的に難しいかもしれませんが、運動は出来ますからね」

「それなら良かったです!」

 

ニパッと満面の笑み。またお菓子をモフモフ食べているところを撫でてあげる。気持ちよさそうに目を細めるが、食べるのは止まらない。もうすぐお昼だというのに、ご飯がお腹に入るのだろうか。

 

「雪風さん、あまり食べ過ぎちゃダメですよ。お昼ご飯もあるんですよ」

「これで終わりにします!」

 

私は私で紅茶を飲みながら気分を落ち着ける。

有識者に事情を聞いてもらえることが、こんなに心を楽にしてくれるだなんて。やはり1人で溜め込むのではなく、皆に相談する方がいいに決まっているのだ。

人間嫌いは、この鎮守府で幸せに囲まれながら、時間をかけて治していこう。それが一番の得策。そもそもこの鎮守府にいれば外と関わること自体が無いのだから、それでいい。

 

 

 

昼食後、南司令官が帰投することとなった。滞在時間は短かかったが、私には濃厚な時間だった。

 

「多少は身体を休めることは出来たかい?」

「はい、おかげさまで」

 

南司令官はここ最近、諜報活動で休みが取れてなかったと聞く。少しの間でもここに滞在出来たことで、心身ともに休息出来たようだ。

川内さんも私の監視というお仕事をしつつだが、大本営のことを忘れて羽を伸ばせたようだ。今は妹である那珂ちゃんさんと最後の談笑。

 

「お姉ちゃんから恋バナ聞けるなんて思ってなかったから新鮮だったよー」

「いやいや、私も女だからね」

「また聞かせてよね。まだ馴れ初めくらいしか聞いてないもん」

「次の機会にね。それまで生き残るんだよ」

「当然でしょー! 那珂ちゃんは死にません! アイドルだから!」

 

仲のいい姉妹。ここに神通さんがいないことが悔やまれるところだ。

 

「7人目の裏切り者は、元帥閣下が拘束したと聞いています。先にこちらから手を回しましたから、何も心配は要りません」

「すまないね。今上層部に関わっている余裕は無いんだ。裏方は頼らせてもらうよ」

「はい。バックアップは任せてください」

 

ガッチリ握手して台船に乗り込んでいった。川内さんも那珂ちゃんさんに別れを告げ、最後に私の前に。

 

「人間嫌いになるのは仕方ないよ。あれだけの事があったんだから。でもさ、ああいう屑は凄く少ないんだ。何人も見てきて、何人も()()()()()()私だから言える。朝潮が思ってるほど、人間は捨てたもんじゃないよ」

 

ニカッと笑って肩を叩かれた。

 

「笑って送り出してよね!」

「……はい。川内さん、また会いましょう。それまでに気持ちの整理をしておきますから」

「そうそう、それでいいんだよ。何かあったら、私が朝潮を始末してあげるから」

「ふふ、物騒ですね。そうならないように肝に銘じておきますよ」

 

これが今生の別れになるわけではない。今度会う時は、胸を張って前に出よう。

 

「それでは、また」

「ああ、次は勝利の報告をしたいね」

 

敬礼し、南司令官と川内さんは帰投した。最後までこちらに手を振ってくれていた。

 

次は勝利の報告を。そして、私が開き直れた姿を見せたい。川内さんに始末されないように、正しい道を選択していかなければ。

そういう意味では、また私は死ねない約束が出来たのかもしれない。いくつもいくつも約束を作って、私は生にしがみつく。仲間に殺されるような結末は、絶対に選択しない。




ここから朝潮の人間嫌いはゆっくりと薄れていくことになるでしょう。女王様の含蓄ある言葉は、ティータイムでも重みがある。


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戦いが終わったら

南司令官帰投後、全員が会議室に集められる。貰った情報から、今後の作戦を立てていくためである。基本的な部分はもう司令官の中で出来ているらしく、その詳細を練り上げる場となった。

残っている敵2人は、どちらも提督の力を持つ難敵。だが、少しずつ少しずつ、絶望と思われた勝利が見えてきた。

おそらくだが敵の手の内は全て見た。戦艦天姫と空母鳳姫の深海艤装2つはどちらもわかっている。それと、今までの戦闘経験を踏まえて、誰が出撃するか、どう戦うかを決める。

 

「また私の予想で申し訳ないが、次の襲撃はおそらく明日の午後だ。戦艦天姫と空母鳳姫が同時に来るとなると話は変わるが、空母鳳姫のみならばそうなると思う」

 

前回の早朝の戦いの時と同じように、今までの襲撃ペースや、龍驤さんが空母鳳姫に負わせた傷や、昨日の戦艦天姫の消耗のことを考慮して、前回より1日遅れでは無いかという予想。

あくまでも予想であり、今日来るかもしれないし、もっと先になるかもしれないと補足していた。

 

「前回は当たってたんだから今回も信用するわ」

「ありがとう山城君。こう何度も何度も鎮守府を破壊されては堪ったものではない。なので、今回はこちらから打って出ようと思う」

 

前回、前々回と、鎮守府内で混ぜ物の気配と匂いを感じてから出撃をしていた。だがそれだと、鎮守府の防衛に深海艤装が使えない。それを防ぐために、先んじて気配が届かない位置で待ち構えるとのこと。

来ないなら来ないに越したことはない。だが前もって準備出来るならするべきだろう。勝ちをより多く引き込むために、やれることは全てやる。

 

「もう懐かしくも思えるが、防衛線を張ろうか。敵の航路は目星がついてるからね」

 

青葉さんの海図と、潜水艦組の度重なる巡回により、大まかに敵の攻め方はわかっていた。全ての要素から司令官は今回の作戦を立てている。

 

「来るのなら空母鳳姫のみと考えている。随伴はいるだろうが、混ぜ物は1人だろう。それを連合艦隊で叩く」

 

空母鳳姫対策は大分出来ている。深海日棲姫の艤装の時は魚雷が、深海鶴棲姫の時は主砲が有利に運べる。そこから鑑みての部隊編成だ。

 

「加藤少将、身体の調査を先行してしまっていて、まだ朝潮ちゃんから白い『種子』を摘出してません。金の『種子』をいくつか増やせるかと思いますが」

「ふむ、それも考慮に入れようか。今はそれだけだ。出撃する部隊は明日の朝に発表する。以上」

 

今までこちらから打って出ることが無かったためにいろいろと考えたいようだ。今までの戦闘経験からも鑑みて、この短時間に入念に思考を巡らせるとのこと。誰が選ばれてもいいように、皆が万全の態勢で待つこととなる。

 

 

 

私、朝潮の準備といえば、ただただ心を落ち着けること。午前中に自分の陣地を作成し、ウォースパイトさんとお茶会をさせてもらっている。午後は今まで通り訓練担当に戻るか、ゆっくりと身体を休ませるかをしておこうと思う。

とはいえまずは白い『種子』の摘出から。いつも通り、工廠でセキさんにヨルを分解してもらいながら佐久間さんに摘出してもらう。この作業ももう何度もやっているため、手際よくサクサク進む。

 

「まさか朝潮が私の仲間になるとはな」

「ですね。陸上型の先輩として、いろいろ教えてください」

「教えることなんて何もないし、お前は海上艦だろう。勝手が違い過ぎる」

 

セキさんの言う通り、私は海上艦でありながら陸上型というハイブリッド。艦娘、深海問わず、あらゆる艦種を持っていると言っても過言ではない。欠陥(バグ)により主砲と魚雷が無いだけマシな気がする。そこまでやれてしまったら、正真正銘の化け物にされてしまったことになる。

ヨルがいなかったら、そんな状態でこの鎮守府と、いや、世界と敵対し、思うがままに人間を滅ぼしていたことだろう。よくよく考えてみれば怖くて仕方ない。人間は良いとして、仲間を手にかけるのはやっぱり辛い。

 

「悪いんだが、海の上に艤装を展開してもらえないか。メンテナンスしてみる」

「了解しました」

 

少し離れた位置に艤装を展開。私よりも1回りは大きな艤装が現れ、波を立てながら浮かび上がる。

 

「主砲の無い中枢棲姫のものか」

「らしいです。イクサさんがそう言っていました」

 

佐久間さんも驚いているが、戦艦天姫が持つ太平洋深海棲姫のものはこれよりも遥かに大きいとんでもないもの。あれを鎮守府にぶつけられたら、それだけで半壊してしまいそうだ。

 

「今はやめておこう。これをメンテナンスするときは、工廠組総動員だ。明石だけじゃなく、睦月にも手伝ってもらわないと辛いぞ」

 

ここに所属する誰よりも巨大な艤装。戦艦水鬼であるイクサさんや、似たような自立型艤装のウォースパイトさんよりも少し大きい。何度も変化した末の質量兵器である。

艤装を変えられるたびに戦い方も変えてきたが、最終的にはただぶつけるという原始的な手段になってしまった。今までやってきたことを無にされるとは思わないが、覚えることが増えてくるので、そういう意味でも変化はなるべくしたくなかった。

 

「ご迷惑おかけします」

「こうなってしまったら仕方ないだろう」

 

場所を取りすぎてるなと改めて思った。大概のことは私が入渠することでどうとでもなるが、定期メンテだけはこうしないと出来ない。他の人たちみたいに陸に上がるのは憚られる。

 

「はい、摘出完了」

 

そうこうしているうちに『種子』の摘出も完了。終わった途端にセキさんがテキパキと尻尾を元に戻していく。摘出された『種子』は今まででも少ない方。それでも、前から残っている分と合わせて2つ分は作れるそうだ。

 

「ヨルに代わりますね」

「うん、お願い」

 

今までと同じように、ヨルを表に出す。私達を助けてくれた時もそうだが、ヨルも表側に大分慣れてきたようだ。

 

「何にもないよー」

「ならこれで完了だね。ヨルちゃんも表側に大分慣れたね」

「うん、慣れた! ご主人助けられたし、表に出られて良かったよ」

 

もうヨルにも安心して表を任せられる。悪夢の中での戦闘経験を表に持っていけることが昨日の戦闘でわかったため、ヨルも戦力としてカウント出来るくらいだ。自分の持ち場にいる方がいいのはわかっているが、万が一の時にはヨルにも身体を任せることにもなるだろう。

 

「じゃあ早速作ってこようかな。加藤少将が誰を使うかわからないけど、使うことになるかもしれないしね」

「サクマサン、頑張ってねー」

「おうよ! 私に任せて任せて!」

 

グッと親指を立てて、佐久間さんは研究室へと向かった。ヨルも手を振って見送った後、主導権を私に返してくる。

尻尾を元に戻してくれたセキさんは、まだ私の艤装を眺めている。今は裏側からアサが意のままに操ることが出来る。私から見れば自立型艤装である。

 

「中枢棲姫というのは知識としてはあるが実際に見たことは無くてな」

「そうなんですか。私の色違いと聞きましたが」

「ああ、今の朝潮で見ればそうだな。お前は中枢亜種だ」

 

ならば、思考の海で見たアサの姿が中枢棲姫そのものかもしれない。私を反転したような色合いが、実は本来の中枢棲姫の見た目であったりして。

 

「艦載機の数はどうだ」

「ちょっと待ってくださいね」

 

ありったけを出してみたら、さらに増えて艦載機だけで24機。ヨルの水上機を込みにすれば全部で36機。軽空母並の搭載数を誇る。本来の中枢棲姫は水上機だけらしいが、私は変化の経緯で獲得した全てを拡張されているために今の状態。

 

「搭載数は私に近いな」

「今の私、そんなにありましたか」

「ちなみに私は陸上型の中でも特に搭載数が少ない方だぞ。多分一番少ないんじゃないか。代わりに魚雷が使えるからな」

 

セキさんは陸上型でも特殊な方のようだ。魚雷が使える陸上型など集積地棲姫(セキさん)くらいしかいないほどだ。自分は陸上にいるおかげで魚雷が効かないというのに。

中枢棲姫は水上機のみを運用する、航空戦艦のような陸上型らしい。そういう意味でも私は異質。亜種というのがよくわかる。

 

「お前と初めて会った頃は、こんなことになるなんて夢にも思ってなかった」

「私もです。あの時は……春風が来た頃ですから。懐かしいですね」

 

そう思うと、セキさんも北端上陸姫との戦闘で見れば最初期からいる人。元は自分の居場所を追われてここに来ている。北での事が済んでも、ここに居続けてくれるのはありがたいことだ。

 

「あの頃から変わった奴だとは思っていたがな」

「そうですね……非戦闘員で戦場に出ていましたから」

 

その面影も無くなってしまったが、全員の背中の目になるべく奮闘していた時期だ。今では電探眼鏡は内蔵型になり、当時無かった攻撃の手段はいくらでも増えている。艦種すら滅茶苦茶だ。

 

「この戦いが終わったらどうするつもりだ? お前には陣地も出来た。深海棲艦としては、ここにいる理由は無くなるな」

「それは貴女も同じでしょう。陣地を近海に置いて協力してくれているんですから」

「私はずっとここで世話になろうかと思う。妙に居心地が良くてな」

 

なら、私と同じだ。この鎮守府から出て行く理由などない。そもそも私はこの鎮守府に所属している艦娘だ。勝手に出て行くことの方が許されていない。たまに陣地に戻るくらいはするが。

 

「皆が良くしてくれる。頼られるというのは、なかなかどうして嬉しいものだ」

「ですね。私も一時期そういう立ち位置でしたから」

「今もだろうに」

 

そういえばここまで親密にセキさんと話をしたことは無かったように思える。業務上のことで話すことは多いが、世間話はなかなかする機会がない。いつもセキさん自身が忙しいというのもあるが、工廠組というのは私達とはほんの少しズレた場所にいる。こちらはこちらのコミュニティが作られている。

こうやってゆっくり腰を据えて話が出来ることが嬉しかった。特によくお世話になっている人なのだから尚更だ。

 

「よし、大体構造はわかった。バラそうと思えばバラせる」

「すごいですね……よくわからない生体パーツの塊だと思うんですけど」

「ここに来ていろいろな艤装を触ってきたからな。こんな集積地棲姫は私だけだろうよ」

 

もうセキさんもこの鎮守府には無くてはならない存在だ。ここから離れられたらむしろ困るほどになってしまっているかもしれない。

 

 

 

夕方近くになり、佐久間さんが金の『種子』の生成を終わらせる。出来た数は予定通り2つ。つまり、2人が戦力として追加される。

司令官はまだ部隊編成に頭を抱えている状態。全員が出撃出来るようなものだとしても、選択は難しいところだ。

 

「2つだね。ではそれも視野に入れることにしよう」

「よろしくお願いします。本当に手持ちの白い『種子』は使い切ったので、これで最後になるかもしれません」

「余りも無くなったということだね。了解だ」

 

私が空母鳳姫との戦闘に出たとしても、1つ分出来るかもわからない。そのため、この金の『種子』が本当に最後の戦力増強になるかもしれないということだ。これを埋め込む者は慎重に選ばなくてはいけない。

 

「なかなか決まらなくて困っているよ。因縁のある龍驤君や、有利に事を運べる高雄君、最終段階で押し込みがかけられる皐月君は決まっているんだがね」

 

あとは龍驤さんの曳航を任された響さん、提督の力についていける島風さん、万能戦力で空母鳳姫のあらゆる攻撃に対応したイクサさんなどは該当者だ。さらには空母相手ということで対空性能を見ると、吹雪さんや天龍さんも該当する。

 

「難しいね。勝ちを拾えて、怪我も抑えられる部隊となると」

「そうですね……空母鳳姫だけではないでしょうし」

「随伴艦が何者かにもよるね。万が一戦艦天姫と同時に攻め込んできた場合は、鎮守府総動員で援軍も呼ぶまである」

 

提督の力を持つ敵2人がかりで来られると、さすがに私達だけでは荷が重すぎる。だからといって援軍を呼ぶのも憚られる。死にに来いと言っているようで気が引けてしまう。それほどまでに、今回の敵は強大。

 

「もう少し悩むことにするよ」

「休憩もしてくださいね。ちょうど山城姉様がお茶を持ってきてくれましたよ」

 

こちらに向かってくる山城姉様の反応。あの時からほぼ毎日、司令官にお茶を出しているようだ。関係が進んでいるようで何よりである。だが、ほんの少しだけ山城姉様が羨ましく思えた。




甲斐甲斐しい山城姉様は、もうお茶の腕前も金剛並。ウォースパイトからも太鼓判。継続は力なり。


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防衛準備

その日1日は襲撃されることは無かった。翌日早朝にも無し。これによって、司令官の予想は現実味を帯びてきた。午後からの防衛線警備のために、午前中は最後の準備に取り掛かることになる。来なきゃ来ない方がいい。だが、やらなくては始まらない。

 

朝食後、すぐに部隊編成の会議が行われた。誰もが自分が選ばれる可能性があるとウズウズしている状態。別に好戦的というわけではないのだが、こういうときは、妙に昂揚するものだ。

敵の強大さは身にしみて感じている。次に交戦したらもう4度目だ。それだけやってまだ勝てないというのもなかなかない。何度も敗戦を喫し、辛酸を嘗めたのだ。今回で終わりにしたいというのもある。

 

「今までの戦闘経験や、相性のことも考え、部隊編成がようやく決まったよ。待たせてすまなかったね」

 

司令官も考えに考え、今回の部隊を選出。今までと同じように、襲撃しがてら鎮守府も攻撃してくる可能性は高い。

 

「今までの戦闘から、弱点……というより、少し効きやすい戦術が何かは理解した。それを踏まえて、今回の部隊を発表する」

 

緊張感が会議室を支配する。

 

「まず、制空権の確保が必要不可欠だ。ここには空母隊を配置する。龍驤君、蒼龍君、雲龍君。そこに、運搬役の響君」

「せやな。まずはそこからや」

「あのバカみたいな艦載機をどうにかしないとね」

 

空母には空母を。制空権争いのために空母勢総動員。龍驤さんと蒼龍さんの移動のために、響さんの大発動艇を使用。

 

「さらに対空を追加。吹雪君と天龍君」

「了解です! 天龍さんが対空として行くのは久し振りですね」

「あわよくば白兵戦にも行ってもらうよ」

「そうなるよな。腕がなるぜ」

 

艦載機のみでなく、高角砲による対空も入れた、徹底した制空権確保。これで空母鳳姫が艦載機を諦めてくれるのなら御の字。天龍さんは白兵戦に入り、吹雪さんは魚雷処理などの戦闘補助に入る事ができる。

 

「次、攻撃役。深海日棲姫の艤装のときは、魚雷が効くことはわかっている。そのため、手動操作魚雷によるピンポイント攻撃をメインにする。高雄君、霞君」

 

ここは前回の戦闘でも有用性がわかっている。無理矢理にでも深海鶴棲姫の艤装を出させなければ勝機は無い。この2人ならば、どのような状況でも放てさえすれば当てられる。

 

「深海鶴棲姫の艤装のときは、魚雷が効かなくなる代わりに本体への攻撃が通る。代わりに、強力な主砲による攻撃が入るため、素早く懐に潜れる者がいいだろう。皐月君、島風君」

 

2人とも金の『種子』によるブーストもかかるため、その素早さはより特化される。島風さんに至っては提督の力に追いつけるほどのスピードになるため、この戦いには必要不可欠。

 

「残り2人だが、慣れている前回の戦いの経験者から出したいと思う。万能戦力で対空も本体も狙うことの出来たイクサ君と、3度の戦闘全てに参加している朝潮君だ」

 

最終的な変化まで終え、それを乗り越えたことで、私の戦力外通告は撤回されたようだ。今まではなし崩し的に出撃していたが、今回は事前準備ありで私の出撃が決まった。

 

結局、追加された金の『種子』は使わずの方向となった。いや、使いはするが、鎮守府防衛のために割り当てることを選択した。万が一さらに近付かれ、鎮守府まで気配と匂いが届くようになってしまった場合、警護が疎かになってしまう。そのためにも、出来る限りの戦力強化はしていくつもりだ。

 

「私で無くても、龍田さんも参加しているはずですが」

「龍田君は軽巡岬姫の方を優先していたね。空母鳳姫のみに3度向かっているのは君だけだよ。あとは、今までの経験からの現場指揮能力を活かしてもらいたい」

 

響さんは大発動艇の運用に付きっきりになるだろう。そうなると、全員の場所の把握から、行動予測まで、私が一手に引き受けることになる。それならばと了承。

 

「久々に天龍ちゃん1人の出撃ね〜。ちょ〜っと寂しいかも〜」

「絶対帰ってくるからよ、お前が俺の居場所守ってくれや」

「そうね〜。大丈夫、ちゃんと守るわ〜」

 

天龍さんと龍田さんを分けて運用するのは久し振りのこと。対空を優先したいということから、その力を持つ天龍さんが白兵戦ではない理由で駆り出されている。

 

残りの人員は鎮守府防衛。扶桑姉妹とオーバースペック組が残っているということで安心感が強い。背中を気にせず出撃出来る。深海艦娘組も軒並み防衛にあたってくれるので、気配と匂いさえ遮ってしまえば、さらに強固な防衛システムとなってくれるだろう。

 

「では深海艤装組のみ残して解散だ。今日は迎撃準備に時間を費やす。皆、万全の態勢でことに当たってくれ」

 

一旦解散。各々が自由に決戦に向けて準備を進めていくことになるだろう。

 

 

 

深海艤装組のみが残ったのは当然、金の『種子』の埋め込みの件。既に5人が埋め込まれ、戦場でその力を遺憾無く発揮している状態。次の戦闘に参加するわけではないが、今のうちに埋め込み、万が一の時のために準備をしておくこととなる。

 

「今回は完全に立候補制にしようと思う。君達は皆強い。故に、優先順位が無いんだ」

 

特化した部分が無く、万能だからこそ、誰もがその権利を持つだろう。故に立候補制。強いて挙げれば、主砲と魚雷に特化した初霜、精密射撃が随一な深雪さん、駆逐艦を超えた超火力が期待できる時雨さん、万能の中でも飛び抜けているレキと春風辺りが少し有利か。

だが、レキはまだ子供だ。埋め込む快感には耐えられそうにない。そう考えると、他の4人の内の2人が妥当ではないかと思う。勿論、他の人達だって優秀な人員だ。出来ることなら全員に埋め込みたい。

 

「立候補、させてくださいませ。皆様の力になりたく存じます」

「春風さんが立候補するなら私も。欠陥(バグ)はありますが、片方の主砲と魚雷は強化されます」

 

挙手したのは春風と初霜。半深海棲艦であり、一度『種子』を埋め込まれているということで、今回のブーストはこの中でも受け入れやすいのではと本人も語っている。

 

「他にいないようなら、春風君と初霜君に使うこととする。構わないかな」

 

皆、異論無し。やはり『種子』を体内に埋め込むということは、若干不安はあるだろう。霞ですら、言われれば了解したが自分からは行かなかった。いくら力を得られるからと言っても、得体の知れないものであるのは確かだった。

 

結果的に問題児3人全員が金の『種子』を取り扱うことになった。ということは、埋め込むのは私になるだろう。おかしなことにならなければいいのだが。

 

「では朝潮君、これを」

「あ、やっぱり私がやるんですね」

「そうなるんじゃないかな。彼女らには姉妹艦はいないしね」

 

後ろからの2人の期待の視線が痛い。これからどうなるかも知らずに。霞も経験しているため呆れ顔である。島風さんと皐月さんはやらかしがあるので、2人の行く末に苦笑しか無かった。

 

「1人ずつにしましょう。多分やらかすから」

「で、ではわたくしがお先に……」

 

妖精さんのおかげで私室もようやく使えるほどに修復されているため、私の私室で埋め込むことにした。今なら周りに誰もいない。霞の時のように、瑞穂さんに見張りをお願いしている。

 

「何処にする?」

「霞さんは何処にされたのでしょう」

「傷と同じ背中にしてたわね」

「……では、わたくしも傷と同じ脇腹にお願いいたします」

 

スルスルと着物を脱いでいき、肌を晒す。霞と同じように痛々しい傷跡。ここに追い打ちをかけるようで気が引けるが、春風が望んだことだ。私も意を決した。爪で少しだけ傷を付け、『種子』を手に取る。

 

「それじゃあ……頑張って」

 

傷に押し当てた『種子』が潜り込んで行く。それと同時に、春風の身体が跳ねた。やはり聞いたことのないような嬌声。霞と同じように口に手をあて、ブルブル震えながら耐える。数度の痙攣の後、一際大きく震えてグッタリとベッドに寝そべった。

 

「お、おわり、ました……おそらく……」

「よく頑張ったわね。お疲れ様」

 

息も絶え絶え。まだ脚が震えており、ベッドから降りれそうにない。それに服を着ていない状態だ。そのままにしておくわけにもいかない。

そこで、私は春風に用意していたものがあった。こんなタイミングで渡すのもアレだが、都合がいいとも言える。

 

「春風、次があるから服を着てちょうだいね」

 

服を渡す。それを見て、目を見開いた。

 

「わ、わたくしに……これを……?」

「ええ。もう春風は充分に反省しているし、私はそもそも気にしていないもの。それに、私は着れなくなってしまったしね。()()()()()の春風として、これからもよろしくね」

 

渡したのは春風のサイズで作られた朝潮型の制服。以前と同じ姿になれるものだ。

『種子』による洗脳を悔やみ、反省の意を込めて神風型の着物に戻していたが、もう私が認める。春風は私の妹として、これからも活動してもらいたい。それがその証だ。

 

「御姉様……ありがとうございます。名誉朝潮型として、この春風、御姉様のお役に立てるよう誠心誠意励ませていただきます」

 

これで本当に元通り。長い時間を要したが、春風はあの頃の罪悪感から立ち直れたと思う。

 

続いて初霜の番。2人きりになると途端にしおらしくなる。春風の声が聞こえていたか、緊張してしまっているようだ。

 

「初霜、リラックスリラックス」

「わ、わかってるんですが、やっぱり緊張してしまいます。今から朝潮さんに痴態を見せてしまうのだと思うと……で、でも頑張ります」

 

霞から何か吹き込まれたか。とはいえ恥ずかしいところを見せることになるのは間違っていない。霞も、春風も、声を大きく上げるのは我慢したが、痙攣している姿はさすがに目を逸らしてしまうくらいのもの。本人の名誉のためにも、初霜には何も言わないでおく。

 

「何処にする?」

「やはりここだと思うので……ここにお願いします」

 

寄生の痕と治療の痕が重なる右腕を向ける。初霜の始まりの痣。罪の痕。私は気にしていなくても、初霜は重く受け止めている。この金の『種子』でそれを上塗り出来ればいいのだが。

腕ならば服を脱ぐ必要もなく、そのまま施術を開始。小さく傷を付け、『種子』をあてがう。

 

「それじゃあ……頑張って」

 

『種子』が潜り込んでいく。霞の背中や春風の脇腹のように胴体に埋め込んでいるわけではないので、そこまでの反応にならないのではないかと思っていたのだが、埋め込む場所など関係無かった。

 

「〜〜っ!?」

 

ビクンと大きく震え、そこからは酷かった。我慢出来そうに無かったらしく、大きな声が上がった。初霜の名誉のためにも、それ以上は語らない。ただ、腕に埋め込んだからか、今だけはその腕がうまく動かなかったらしい。口を押さえることも出来なかった。

 

「はぁ……はぁ……は、恥ずかしい……」

「えーっと……うん、これに関しては仕方ないわ」

「快感も、時には地獄ですね……」

 

未だに痙攣は治らない。上気した顔と潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。

 

「こ、腰が抜けてしまいました……」

「私も経験があるからわかるわ。落ち着くまではベッドに寝てればいいから」

 

そういう意味では、服を着たまま施術出来て良かったと思う。肌着姿で寝ていては、風邪を引いてしまうかもしれない。

 

「こんな姿……朝潮さんにしか見せられませんね」

「あんなに声を上げるとは思ってなかったわ」

「恥ずかしさがぶり返すー……」

 

頭を抱えて悶絶する。今の初霜の痴態は、私が墓まで持っていくことにした。

 

「よく耐えたわ。さすがは自称嫁ね」

「私も力になりたかったですから。最初はどうでもよかったこの鎮守府も……今は私を変えてくれた大切な場所です。他人の手で壊されたくはないですね」

 

人間不信から始まった初霜。この鎮守府も、ただ配属されただけの場所に過ぎなかったのだろう。それが、事故により半深海棲艦になってから一転、性格も変わり、価値観も変わり、何もかもがいい方向に向かった。ここに配属されなければ起こり得なかったことだ。大切な場所にもなるだろう。

 

「私が過去を捨てた場所ですから。仲間達のためにも、そして何より、愛する朝潮さんのためにも、この力を使っていきたいと思います」

「ええ……よろしくお願いね」

 

直接的な好意をぶつけられるのは、これだけ長く一緒にいてもまだ慣れないものだ。

 

「終わったみたいね」

 

霞が春風を引き連れて部屋に入ってくる。2人とも顔が赤い。何となくどういうことかは悟った。

 

「初霜、声大きすぎ」

「気持ちはわかりますが……もう少し押さえた方が……」

 

指摘され、初霜も顔が真っ赤になっていく。

 

「……うわぁん! 朝潮さん、私お嫁に行けませんー! あ、もう行ってるんでした。旦那様癒してください」

「あ、こら、どさくさに紛れて何やってんのよ!」

「初霜さんズルいです。わたくしも御姉様にそういうこと……」

「アンタは制服認められたんだからそれで終わりよ!」

「嫁の専売特許ですー。妹とはこんなこと出来ませんよね」

「わたくしは妹とそういう関係になってもいいと思うのです」

 

私を取り囲んで言い合いが始まってしまった。出来ることなら私を真ん中に置かないでほしい。

 

「仲がいいですねー」

「朝潮様は困っておられるように見えますが」

「なんだかんだお姉さんも楽しんでいますよ。そうじゃなきゃ、殴ってでも止めますから!」

「そうですね。さすが大潮様。朝潮様のことをよく理解していらっしゃいます」

 

部屋の外では様子を見に来た大潮が瑞穂さんとこちらを眺めていた。その前にこの馬鹿馬鹿しい論争を止めてほしい。楽しんでいないといえば嘘になるが。

 

『ご主人、楽しそうだね』

『そうだな。元の鞘に収まった感がするしな』

 

思考の海で他人事のように話すアサとヨル。無理矢理主導権を渡そうとしたが、ヨルの分までアサが突っぱねてきた。こういう痴話喧嘩は私の担当だと。

 

こんな騒がしい日常がもっと続けられるように、次の戦いは必ず勝利する。誰一人欠ける事なく、明日をむかえられるように。




普通とはまるで違う問題児3人。朝潮が絡むと途端にポンコツになる。朝潮を取り巻く、平和な日常の1つ。


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鳳凰狩り

午後からの防衛任務に向け準備が進んでいく鎮守府。準備といっても私は現状が最高の状態。心身ともに充実している。人間嫌いなんて今は関係ない。

戦いに参加する12人が工廠に集まり、装備の最後の調整に入っている。金の『種子』組は、艤装自体は体調に寄るものなのでそこまで仕事はない。皐月さんは深海艦娘故に艦娘と同じように調整が必要ではあるが、私や霞は殆どやることが無いほど。ヨルが島風さんの連装砲ちゃんと戯れ合うくらいであった。

 

「おう、朝潮、ちょいええか」

 

龍驤さん筆頭に空母組が私のところへ。この時点でおおよそ何がしたいのかはわかった。

 

「艦載機ですか?」

「さすが、話が早いわ。うちらに2つずつ預けてくれへんか」

 

艦載機の数は現在24機。3人に2つずつ、合計6機を貸し出しても、残る数はまだ変化前よりも多いほどだ。

 

「はい、問題ありません。ですけど、蒼龍さんもですか?」

「そうそう。龍ちゃんや雲龍とはちょっと違う使い方になるんだけどね。この時のために、他の深海艦娘の子達から借りて特訓してたんだよ」

 

私から借りるのは、混ぜ物が近くにいても動かせる深海の艦載機だからである。皐月さんから借りてもいいのだが、艦載機を足場に使う戦術は手持ちの6つを全て使って初めて成立するように鍛え上げたものだ。よって使い勝手がまるで違う。ならば私が貸し出した方がいい。

 

「ちょっと待っててくださいね。その場で艦載機が出せなくなってしまったので」

 

工廠に面する海に艤装を展開し、小型の方から艦載機を6機発艦。3人の手のひらの上に2機ずつ着艦した。

 

「ホンマ、いつ見ても不思議やな。うちらが使えば深海艦娘と同じように扱えるし」

「本当ね……私と龍驤は同じ使い方が出来て良かったわ」

「だから言うても式神全部作らせたんは許さへんからな」

 

さすが互換性のある発艦システム。全部龍驤さんに任せても雲龍さんの戦力アップ。見た目は龍驤さんの方が小さくても、完全に雲龍さんの保護者。雲龍さんが割とボーッとしてることが多いのでそれに拍車をかける。

 

「ほんじゃ、借りるわ。今度こそ終わりにしたる」

「そだね。私も鳳翔さんと戦うのは終わりにしたいよ」

 

龍驤さんは事前に準備がしてあるようなので、すぐにでも式神に加工。蒼龍さんはこの艦載機を矢にする必要があるので、明石さんの下へと向かっていった。雲龍さんはというと、マイペースに龍驤さんの方へ。戦いの前の緊張が全くないように見えた。それが雲龍さんのいいところだろう。

 

加工自体は午前中で終了。あとは実戦で使うのみ。皆、他の深海艦娘から借りて訓練を続けてきたようなので、本番でもその力を遺憾無く発揮してくれるだろう。

 

 

 

昼食後、いよいよ出撃の時。午後ではあるが、いつになるかはわからない。ギリギリまで防衛を行い、日が暮れたら撤収という方向になった。夜に艦載機を飛ばすことは出来ない。私が預けた艦載機のみでは押し潰されてしまうだろう。もし夜に来るようなら、メンバーを代えざるを得ない。

たが、それも普通にありそうな話だった。相手は来てほしくないタイミングで来ることが多い。深夜、お昼を回った直後、早朝と面倒な時間帯ばかりだ。なので、襲撃は夕方、日が暮れるギリギリなのではないかと思っている。

 

「御姉様が戻られる場所は、我々が守らせていただきます」

「背中のことは気にせず! アゲアゲで行ってきてください!」

 

妹達に背中を押される。鎮守府の防衛は全て任せるつもりだ。もしこちらで抑えきれない量の敵が流れ込んだとしても気にしない。頼もしい仲間達が背後を守ってくれている。なんと心強い。

 

改めて連合艦隊を確認。

第一艦隊、旗艦は龍驤さん。随伴が蒼龍さん、雲龍さん、響さん、吹雪さん、天龍さん。空母には空母をぶつけ、対空にも気を使った空母機動部隊。制空権の確保を主任務とするが、当然本体も狙っていく。

第二艦隊、旗艦は私、朝潮。随伴が高雄さん、皐月さん、島風さん、イクサさん、霞。弱点と言える弱点のない空母鳳姫に一矢報いることが出来るものを集めた、空母鳳姫対策チーム。

 

「うち、実は旗艦初めてやねん。最古参やのに」

「あ、そうなんですか。でも確かに、旗艦はやりづらい欠陥(バグ)ですもんね」

「せやから、割と気合い入っとるんよ」

 

響さんの運用する大発動艇に乗り込む龍驤さんと蒼龍さん。ここからは3人が一蓮托生。2人の安全は響さんが守り、響さんの安全は2人が守る。

 

「っしゃ、ほんなら行こか」

「ですね。連合艦隊旗艦、お願いします」

「任せとき」

 

大発動艇を少し前に。気合いを入れて、皆を鼓舞するように。

 

「第一艦隊旗艦、龍驤! 空母機動艦隊、出撃するで!」

「第二艦隊旗艦、朝潮。出撃します。行きましょう!」

 

ここに戻ってくるときは、勝利の報告を。ポーラさんではないが、皆で勝利の美酒を味わおうではないか。

 

「これで敵が来やへんかったら笑いもんやな。ほな、響頼むで」

「しまらねぇなぁ」

 

そんな出撃もいいだろう。いい具合に緊張も抜け、全力を出せるというものだ。

 

 

 

鎮守府を出てしばらく進み、所定位置に到着。以前の防衛線のように陸上型の陣地を移動させておくなどはしていない。セキさんの陣地は漂流物やら資源やらが載っているので移動させづらく、私の陣地はそもそもあの場所にあるからこそ意味があるものだ。そのため、周りに何もない海の真ん中での待機となる。

 

「鎮守府の気配も感じなくなりました。かなり離れましたね」

「ここでの戦闘なら鎮守府に影響あらへんっちゅーことやな」

 

各々自由に、だがすぐに戦闘態勢に移行できるように待機。

 

「緊張感が無いわね貴女達」

「いつ来るかわからない敵をずっと緊張しながら待つなんて出来ませんよ。先に疲れてしまったら意味がないですし」

 

呆れ顔のイクサさんだが、私達はこういう戦いを一度経験しているからこそ、この心構えが出来ている。島風さんは何も言わずともここの空気がわかっているのかのんびり。自分を取り戻してからずっと私達の鎮守府にいたため、しっかり染まっていた。

 

「ギリギリまではまったりですよ。イクサさん、お茶でも飲みます?」

「そんなものまで完備してるわけ?」

「どうせ待つと思ったので」

 

大発動艇に積んでおいた水筒からお茶を出す。イクサさんも諦めたか、素直に受け取った。

 

「あら美味しい」

「山城姉様手製の紅茶です。冷めても美味しい」

「あの子も多芸ねぇ。この前、お昼ご飯作ってたけど」

「それは皆やれますよ。私だって出来ますし。あ、榛名さん手製のお菓子もありますけど食べます?」

「至れり尽くせりね」

 

お茶を飲みながら世間話で時間を潰す。島風さんと皐月さんに至っては、大発動艇の中でお昼寝を始めてしまった。艤装を装備しているのに器用なものだ。雲龍さんも座り込んで船を漕いでいた。

 

『ヨル、お前も休んでおけよ』

『だいじょーぶ。ご主人が艤装出さないでくれてるから!』

『それなら良し。朝潮、私達もここでゆっくりさせてもらう』

「ええ。私は起きてるけど、そちらが寝られるなら寝ててもいいわ」

『ああ、そうさせてもらう』

 

アサとヨルにもいっぱい働いてもらうことになるだろう。休めるときに休んでおくべきだ。

 

この状態で1時間以上。防衛線だというのにゆっくりとした時間。天龍さんも大発動艇にもたれかかりうつらうつらとし始めている。おやつ時も超え、夕暮れが近付いてきたというところで、何かの反応が電探の端に入った。私と響さんが同時に空を見上げる。

 

「姉さん、どうしたの?」

「反応が入った。何か来たわ」

 

明らかに鳥と違うものがこちらを見ていることに気付いた。私の電探に反応が入ったので気にはなったが、やはり。響さんも私と同じように気付いたようだ。

 

「先生、見られてるね」

「ですね。敵の艦載機が上空にあります。電探で感知しました」

 

眠そうだった皆も目を覚まし、一斉に上を見る。かなり上空だが、視認出来る位置に黒い影が見える。ここにいる全員が確認出来た。

 

「なんだありゃ。偵察機か?」

「深海の彩雲ってとこじゃないかな。こんなとこまで飛ばしてるんだね」

 

撃ち落とすことは難しそうだったためスルー。あちらからも攻撃してこないのでスルーしても問題ない。むしろこちらがここにいることが伝わった。それならば、割と早くこちらに来てくれるかもしれない。

 

「さて、いつ来る」

「私の予想ではもう少し日が暮れてからです。空母組を封じるために」

「うわ、ありそう。いっつも嫌らしい時間に来てたもんね」

 

実際そうされると厳しい。あちらは冷静に厄介な時間を選択するはずだ。不利なのはこちらのまま。今攻め込まれても、時間をかけて攻め込まれても、圧倒的不利なのは確かだ。あちらが慢心して今攻め込んでくれたらまだ勝ち目があるのだが、そんなことはない。偵察機は周囲を飛んだまま。

 

「ずっと見られてるねー」

「帰らないか見てんじゃないの?」

 

お昼寝から目覚めた後も、大発動艇で寝そべって偵察機を眺めている島風さんと皐月さん。帰らないならどうしてくるつもりなのだろう。

 

「龍驤さん、こちらも偵察機を飛ばしましょうか」

「せやな。せめて何処におるかくらいは知っときたいわ」

 

龍驤さんが偵察機を飛ばし、偵察を開始。上空で偵察機同士がかち合うが、お互いに攻撃の手段が無いようで、そのままお互いが別方向へと飛んでいく。これであちらの出方も多少はわかるか。

 

「彩雲から受信。東で敵部隊を見つけたみたいやな」

「このまま来てたら……ああ、ゆっくり来てたら日没ですか」

「やっぱり嫌らしい時間じゃん。ここに来ておいてよかったね」

 

防衛線に来ておいてよかった。今から敵の部隊の方へ向かえば、まだ比較的日が高い内に会敵可能だろう。私達は迎え撃つために先へと進んだ。

 

 

 

龍驤さんの偵察機からの連絡を頼りに海上を進むと、混ぜ物の気配を端に感じた。同時に金の『種子』組の瞳が金色に輝き始める。つまり、あちらにもこちらの気配が気付かれたということだ。そもそも偵察機でバレているのだからもう変わらない。

 

「入りました。そのまま進めば会敵です。随伴艦多数。混ぜ物が他にいない代わりに、物量で押し潰そうとしてきたみたいですね」

 

北での北端上陸姫との戦いを思い出す。無尽蔵に現れるイロハ級の中、ボス格である何者かを倒さなくてはいけないという状況。今まではあちらも混ぜ物の二人一組(ツーマンセル)が出来ていたので、そこまで考えてはいなかったのだろうが、あちらもそうは言っていられなくなったようだ。1強の誰かと、それを補佐する多数の雑多兵が、こちらに押し寄せてくる。

 

「敵艦載機、発艦しました。対空準備!」

「っし、吹雪、対空行くぞ!」

「了解です!」

 

2人が高角砲をスタンバイ。空母組も艦載機の発艦を準備した。

敵の方向からやってくるのは、以前にも見たイナゴの群れのような艦載機の数。こちらの部隊に対して絨毯爆撃を仕掛けてきた。鎮守府ですら3階全損というほどの被害を受けたのに、生身であれを受けるのは厳しすぎる。イクサさんも三式弾を準備し、対空に専念する。

 

「っしゃあ、行くぞオラァ!」

「対空、行きます!」

 

天龍さんの号令と共に、一斉に対空砲火開始。ブーストによる三式弾の威力で、群れのど真ん中を削り取る。残りを2分割されたことにより、天龍さんと吹雪さんで二手に分かれて艦載機を撃ち墜とし始めた。

敵の艦載機も相当な熟練度だ。だが、この2人には関係なかった。特に吹雪さん。以前見たとき、夜の襲撃の時よりもさらに洗練された防空性能により、まるで潜水艦を相手にした潮さんの如く、淡々と艦載機を撃ち墜としていった。

爆撃は意に介さず、射撃自体はさせることもなく、確実に処理。自分の低速化欠陥(バグ)を視野に入れた移動法で、誰もが無傷。

 

「吹雪凄いわね……いつの間にあそこまで」

「すごーい! どんどん艦載機が無くなってく!」

 

真っ黒に染められたような空が晴れていく。数発の爆撃はあったものの、結果的に被害は無し。

その処理をする内に、敵部隊と会敵した。真ん中に空母鳳姫。その後ろに空母棲姫3体、空母水鬼3体。先程の空爆はこの7人で一斉に放ってきたのだろう。その周りには人形が何人も。駆逐艦だけではなく、他の艦種の人形まで揃えられている。

その中に1人、見慣れない深海棲艦がいた。深くフードを被った蛾のような姫級。身体の両隣に巨大な高射砲のようなものを装備しているので、防空棲姫の何かか。

 

「あいつは……防空埋護姫ね」

「初耳です。防空……ですか」

「徹底的にこちらを、というかリュウジョウを封じるつもりだったってことでしょ。一方的に嬲り殺すつもりで」

 

防空棲姫の上位版とも言えるものらしい。あちらは報酬艦の建造方法を押さえているため、何者かの艦の魂が使われているのかもしれない。

 

「……まさかそちらから来るとは思っていませんでしたよ」

「たまにゃこっちから仕掛けさせてもらうわ。日和ってばっかじゃ勝てるもんも勝てへんからな」

 

司令官の予想はまたもや正解。敵の意表を突くことが出来たようだ。

龍驤さんと空母鳳姫が睨み合う。戦いの中心にいるのはこの2人だ。冷たい空気が流れる。

 

「ふざけた挨拶してくれたやんけ」

「押し潰されなかったことは褒めてあげますよ」

「そりゃどうも。……今回で終わりにしようや」

 

深海組も艤装を展開。私は尻尾だけを展開。

敵の量は相当だ。普通の連合艦隊とは違う。空母鳳姫を省いたとしても、姫級が7体。攻撃班はまず随伴をある程度処理しなくては本体が狙えない。

 

「朝潮、そっちの部隊で随伴片付けられるか」

「なんとかします。空母隊で空母鳳姫を引き付けてください。ある程度処理が終わり次第合流します」

「それで頼むわ。でも島風だけ貸してくれ」

「了解。5人でやります。そちらも耐えてください」

「おう、何ならうちがヤツをぶちのめしてやるわ」

 

今の私の力なら、随伴をなぎ倒すことは可能だ。皆の力を借り、早急に合流しなくては話にならない。

 

「っしゃあ! ほな行くでぇ!」

 

龍驤さんの咆哮が、開戦の合図だった。




防空埋護姫は勿論、涼月を元に作られています。スリガオ海峡の時の報酬艦ですね。


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防空の姫

鎮守府から東に離れた防衛線。混ぜ物の気配と匂いが鎮守府まで届かない場所で敵の進軍を待ったところ、夕方に近い時間に会敵。こちらの空母隊の力を削ぐために夜を狙ってきたようだが、司令官の予想が的中したおかげで、こちらはほぼ全力で立ち向かえる。

敵の中央には旗艦である空母鳳姫。周りには空母棲姫と空母水鬼が陣取り、その後ろには初顔の防空埋護姫。そしてバカみたいな数の人形の群れ。建造を繰り返しては深海忌雷を寄生させ、物言わぬ手駒を増やし続けているということだろう。

 

「まず私達が周りのを終わらせます! 皆さん!」

「なら私とアサシオが先陣を切るのが得策よね。前と同じように蹴散らしてあげるわ!」

 

イクサさんの自立型艤装が変形。頭部の超大型主砲が展開された。前回はこれで敵艦隊のど真ん中に風穴を開けた。人形も深海忌雷が寄生されているとはいえ身体は殆ど艦娘だ。イクサさんの一撃ではひとたまりも無いはず。

 

「射線開けなさい! 撃つわ!」

 

敵の一番群がる場所へ一撃。ブーストもかかった超大型主砲を火力により、直撃した人形は木っ端微塵に。だが、破壊されたのは1体だけで留まっている。前回よりも硬くなっている気がする。

本来ならまともに活動していた艦娘をこういう形で沈めなくてはいけないのは、毎度のことながら本当に辛い。躊躇いが無くなってきているのがより気分が悪い。

 

「硬いわね……前より強化されてるのね」

「うぅ……艦娘殺すの嫌だなぁ……」

 

皐月さんは人形と戦うのは初めて。そもそも価値観が違うイクサさんや、何度か戦っているせいで慣れてしまっている私とは違う。出来ることならやらせたくない。

 

「ごめんなさい皐月さん……損な役回りを……」

「いや、覚悟決めるよ。もう救えないんでしょ?」

「はい……頭がやられてるので」

 

隣では高雄さんや霞が割り切って魚雷を放っている。1人ずつ着実に撃破し、確実に数を減らしていった。

 

「皐月! 後悔は後からにして! 押し潰されるわよ!」

「アンタの罪悪感は私らも背負ってやるわよ。同じことやってんだから!」

 

今はとにかく数を減らすことが先決だ。あちらの戦いに手を出してもらいたくない。ただでさえあちらには姫7体という酷い状況だ。

 

「アサ、いいわね」

『任せろ。まずはあっちの姫だな』

「ええ。じゃあ、お願い!」

 

艤装展開。誰よりも大きな中枢棲姫の艤装を走らせ、3体いる空母水鬼の1体を薙ぎ倒す。空母水鬼も艤装を含めればそれなりのサイズがある敵だが、それよりも大きな艤装が大口を開けながらの直接攻撃。白兵戦でも何でもない質量兵器での体当たりで、空母水鬼を艤装ごと吹き飛ばし、残った本体は無理矢理噛み潰す。脆い空母であればこれだけで終わり。

本体は自衛、艤装で攻撃と、今の私は攻守の分担が完璧に分かれた。ヨルも一緒に自衛に参加してくれるので心強い。戦闘中はもう交代すら要らないだろう。

 

『はっはーっ! こいつはいいな! 全員ぶちのめしてやる!』

『アサ姉ノリノリだ! ご主人、私達も!』

「いや、今私が出るのは得策じゃないわ。自分を守るの」

『りょーかいでありまーす!』

 

今の戦術は私達にあっている。変化が最後まで行ったことで私は前より冷静に戦場が見られるようになり、アサは本能に従うようになった。ヨルは後付けのため影響は無いが、私に従ってくれるおかげで戦いやすい。

 

「姉さん荒っぽすぎない?」

「あれはアサが勝手にやってるだけ。霞は自分の相手に集中!」

「わかってるわよ!」

 

確実に随伴は減らしていく。私とイクサさんで姫級を、霞、高雄さん、皐月さんで人形を消していき、龍驤さん達の戦いに少しでも貢献をしていった。早く終わらせなくては。

 

 

 

空母鳳姫には防空埋護姫が常に付き従っている状態。私に対する瑞穂さんの如く、空母鳳姫を守るように立ち回り、龍驤さん達の艦載機を黙々と落とし続ける。防空の姫というだけあり、3人がかりの航空戦も、たった1人で食い止めていた。

 

「なんやアイツ、1人やぞ!」

「さすが防空の姫、一筋縄ではいかないねぇ。でも、こっちにも防空の姫はいるじゃんさ!」

 

対する空母鳳姫の攻撃。1人で3人分の艦載機を飛ばしつつ、矢まで放ち直接射撃してくる暴れっぷりだが、それを1人で食い止めているのが、私達の防空の姫、吹雪さん。

この短時間で徹底した空母対策を練り込み、全特型の特性まで覚え、それを体現するまでに鍛え上げた。それこそ、私の与り知らないところで血反吐を吐くような訓練をしていたのだと思う。

 

「ここで負けたら、妹達に合わす顔が無いですから!」

 

低速なのは脚部艤装による移動速度だけだ。駆逐艦ならではの小回りを利かせた行動力で、放たれた矢を主砲で弾き、上空の艦載機は高角砲で撃ち落とし、甲板が主砲に切り替わったら回避に専念して天龍さんに一任する。

 

「目立たない子だと思っていましたが……なかなかどうして、厄介な子のようですね」

「それはどうも!」

 

司令官が天龍さんに『あわよくば白兵戦にも行ってもらう』と言っていたが、最初からこれが狙いだったようだ。吹雪さんの努力は司令官も知っていただろう。だからこそのこの布陣。

最初の絨毯爆撃は天龍さんやイクサさんの助力も必要であったが、空母鳳姫1人であれば吹雪さんだけで食い止めることが出来た。おかげで天龍さんが本体狙いの行動が出来るようになっている。

 

「雲龍! 先行きやぁ!」

「了解。切り札を」

 

指示で早速雲龍さんが取り出したのは、午前中に私が貸し出した深海の艦載機。またしても私を模した式神から発艦した艦載機は、雲龍さんの周囲を旋回した後、空母鳳姫に向かって低空飛行で特攻。

 

「マイさん、よろしくお願いします」

 

空母鳳姫の簡単な指示に頷いた防空埋護姫。艦載機が1つや2つ増えたところでやる事は変わらない。それが低空になったことでテンポは崩したが、あちらの動きが今より速くなるのみ。自由に動き回る深海の艦載機にすら照準をしっかり合わせてきている。

 

「そんな簡単に墜とされるわけにはいかないわ」

「私もそっちやる!」

 

その照準を掻い潜るように複雑な動きをさせ、空母鳳姫ではなく防空埋護姫の方へと攻撃。空母としてはあちらを先にやらなくては現状を打開出来ないと判断したようだ。

それに合わせて蒼龍さんも動きを変える。これだけの接戦をしているが、空母鳳姫を龍驤さん1人に任せ、防空埋護姫に向けて矢を放つ。艦載機に変化せず、そのまま射るスタイルで攻撃。

 

「……!」

 

それを防空埋護姫、当たる前に素手で掴んだ。雲龍さんの艦載機も気にもしないように撃ち墜とそうとするため、緊急回避させ手元に戻した。

空を守るのみならず、空母を抑え込むために作られたもの。対空母として、この戦場を支配するためにこの場に立っている。こちらの部隊を予測した、空母対空母を根底からひっくり返すための存在。

 

「うえ、マジ!?」

「天龍、あれの動き止めて」

「結構必死だっての! 響、そっちは!」

「こちらも手一杯だよ」

 

天龍さんは当然白兵戦を仕掛けているものの、空母鳳姫の横槍もありなかなか上手く攻撃を入れることが出来ない。

響さんは空母隊が乗る大発動艇を現状最もいい位置に配置するのが最優先任務だ。私と同様に戦場の全てを把握し、合間合間にちょうどいいところに攻撃をする。響さんの本当の仕事は今では無い。まずは空母鳳姫を次の段階に持っていかなくては。

 

「嘗められたものですね。龍驤1人で私を抑えられると?」

「うち1人じゃないやろ。吹雪ぃ!」

 

このタイミングで吹雪さんのヘッドショット。深雪さんの得意技、精密射撃の1つ。妹の出来ることなのだから、姉も出来るという無茶な理論を実現させた『お姉ちゃんパワー』での一撃。

 

「本当に、邪魔な子……!」

 

それを見越したかのようにその場から姿が消える。提督の力をここで発揮してきた。が、当然それもこちらは見越している。

 

「ダメだって言ってるでしょ!」

 

そのスピードに追いつける島風さんはこちらの部隊に編入させてある。吹雪さんの首筋に匕首が向かう前に、島風さんがその腕を掴む。

その小さな隙、龍驤さんが式神を放つ。艦載機には変えず、ダイレクトに頭へ。しかし、空母鳳姫はすかさず甲板を主砲に変形させ式神を破壊。

 

「まだまだですよ」

「そちらがですよね?」

 

吹雪さんが隠し持っていた簡易爆雷を空母鳳姫の胸元に放り込んだ。

 

ヘッドショットをすれば自分が狙われることも、提督の力で白兵戦の距離まで近付かれることも、それを寸前で島風さんが食い止めてくれることも、全て織り込み済み。

第1段階で出来ることは全てわかっている。だからこその、奇を衒った爆雷。さらにはそれに対してのピンポイント射撃で回避する暇すら与えない。だがそれだと吹雪さんはおろか、空母鳳姫を掴んでいる島風さんも巻き添えを食う。

 

「連装砲ちゃん! 退避ーっ!」

 

そこで、島風さんが連装砲ちゃんを総動員。大で吹雪さんを、中と小で自分自身をその場から退避させた。多少のダメージは入るかもしれないが、致命傷は無い。

退避した直後、爆雷が爆発した。簡易のものなので本来のものより殺傷力はないが、あれだけの至近距離だ。まともに入れば大きなダメージになるはず。

 

「……褒めてあげましょう。ただの駆逐艦の身でここまでやれるとは」

 

爆風が即座に晴れ、深海日棲姫の艤装を展開した空母鳳姫が姿を現わす。あの至近距離の爆発も、提督の力で一時的に退避したのだろう。島風さんと吹雪さんが追撃されなかったのは運が良かった。

 

「第2段階……ここからやな!」

「ここから? ここまでですよ龍驤」

 

大発動艇に向けて無数の魚雷を放った。ここからが響さんの本当の仕事が始まる。

 

「ヴェールヌイ、魚雷処理に入る」

「任せたで……うちらの生命線やぞ」

 

大発動艇に向かってくる魚雷は全て主砲による砲撃で撃ち抜いていく。ここからは完全に防衛一本。私達が随伴艦を処理しきらない限り、次に繋がらない。

 

 

 

こちらは群がる人形達をあらかた一掃し終えた。最後の方になると皐月さんも感覚が麻痺してきたか、無表情で人形の首を飛ばす。

 

「こっち大体終わった。そっちは?」

「あと姫だけじゃないかしら」

「こちらも終了。朝潮とイクサさんの様子は?」

 

姫級は私とイクサさんで処理している。何度も飛ばしてくる艦載機はイクサさんの強化された三式弾で対処し、アサが1体ずつ轢き殺す。敵の攻撃により私の艤装は少しずつダメージを受けていくが、元の性能がかなり上がっているようで、凹みだけで済んでいる。戦艦がいないのはありがたい。

私は私で、こちらに向かってくる人形から自分の身を守っていた。戦艦の人形はこちらにいたが、ヨルのおかげでどうとでもなった。連携攻撃を繰り出してくるものの、その辺りは関係ない。

 

『ご主人を守るよ!』

「頼もしいわ。よろしくお願いね」

 

もう私も素手で敵をどうにか出来るようになってしまった。扶桑姉様や山城姉様には及ばないが、もう完全に徒手空拳での白兵戦担当に該当する形になっている。アサの筋トレがしっかり効いている。

尻尾を振り回して薙ぎ倒しながら、噛みつき頭部を破壊。私自身でも首を握り締め、確実に息の根を止めていく。

 

「姉さんがあんなことになるなんて思わなかったわ……」

「ね。弁えてるから白兵戦やらないって言ってたのが嘘みたい」

 

えらく昔の話を掘り出してきたものだ。その時とは状況が違いすぎる。

 

『こいつで終わりだぁ!』

 

最後に残された空母棲姫を轢き、本体を噛み潰した。残酷な攻撃方法だが、もうこれしか手段が無いのだから仕方あるまい。たまには交代して、手足がある中で戦ってもらうのもいいかもしれない。

 

「お疲れ様」

『っはぁ! これいいな。私は結構好きだぞ!』

「こうなって本能の化身っぷりが強くなったわね。じゃあ、先に進むわよ」

 

これで随伴は大方片付いた。残りは空母鳳姫と防空埋護姫のみ。しかし、その2人が難敵である。

 

「龍驤さん! 随伴片付きました!」

「ナイスや! 早よう手伝ってくれ!」

 

壮絶な状況。第2段階に進んだ空母鳳姫の雷撃の範囲が異常。響さんがどうにか大発動艇へ向かう魚雷のみを処理しつつ、最善の位置に大発動艇を移動させている。

それに加え、防空埋護姫もさらに力を上げてきた。防空と同時に雷撃も始め、ただでさえ酷い数の空母鳳姫の魚雷の数を追加してきている。こちらの空母隊の艦載機をことごとく抑えつつ、雷撃まで放ってくる今の状況が相当にキツイ。

 

「そろそろ押し潰されるんじゃないですか?」

「まだまだぁ!」

 

吹雪さんの防空性能はまだ追い付けている。より増えた空の敵をことごとく撃ち墜とし、さらには魚雷の処理まで手伝うことまで。義理の妹を守るために、いつも以上に力を発揮している。

代わりに、少しだけ顔色が悪くなってるようにも思えた。相当無理しているのがわかる。

 

「天龍さんは防空埋護姫をお願いします! 対空は私だけでやりますから!」

「頼もしいなぁ吹雪よぉ!」

 

ここからは12人で敵2人と戦うことになる。数が増えたことにより、この防戦一方な戦況を覆すことが出来るか。

 



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本来の意思は

鎮守府から離れた海上。空母鳳姫との決戦。私、朝潮は連合艦隊の第二艦隊旗艦として出撃していた。第一艦隊に空母鳳姫とその随伴、防空埋護姫を食い止めてもらい、こちらはこちらで他の随伴艦を処理した。

空母棲姫と空母水鬼3体ずつはアサとイクサさんが全て撃破し、その他の人形も皆で一掃。戦いが進むごとに皐月さんの感情が消えていくのはいたたまれなかった。それも狙いなのではと思えるほどに残酷な姿の敵である。

 

空母鳳姫は吹雪さんの猛攻により第2段階に移行。深海日棲姫の艤装を展開し、水上機の発艦と雷撃が追加された。雷撃は龍驤さんと蒼龍さんの足を失わせる天敵。その生命線となる響さんと、防空の要として活躍している吹雪さんが魚雷処理にまで手を伸ばしてどうにか均衡。

防空埋護姫も対空母戦術以外に雷撃を開始しており、完全に防戦一方。天龍さんも近付くことが出来ず、島風さんは空母鳳姫の提督の力のストッパーとして、スピードは出しているものの攻勢に出られない。

 

「霞! 高雄さん!」

 

人形処理が終了し、フリーになった魚雷担当に指示を飛ばす、深海日棲姫の艤装を出している第2段階は魚雷が効きやすくなるのは既にわかっていること。

 

「もうやらせませんよ。こちらに2度も見せてますよね」

「こっちのセリフだっての!」

 

再びその場から消えた。島風さんが同時に動き出す。スピード勝負は島風さんに任せ切るしかない。私達では到底追い付けず、ブーストがかかっていても見ることすら出来ない。未来を見たところで覆され、わかったとしても私が追いつけない。動き回るせいで照準も合わせられないようだ。

ターゲットは高雄さんだった。それを島風さんがどうにか食い止めるものの、今はそれしか出来ないのも事実。雷撃を掻い潜っての防御にならざるを得なく、タイミングが悪いと移動先に魚雷があるという大惨事。島風さんが脚をやられたら、私達は空母鳳姫に蹂躙されることがほぼ確定する。

 

「……小賢しい」

 

提督の力の行使により、自分が放った魚雷を追い抜いて突っ込んでくる。艦娘蹂躙用の力故に、自分の力すら上回る行動。だからこそ消耗が激しいはずだ。

それでも今回は提督の力の行使が多い。前回は4回行使した時点で汗だくになっていたが、今回はもう何度も使っているはずなのに涼しい顔をしている。あちらもパワーアップしているのか。

 

「うちら無視して何やっとんねん!」

「貴女に手を割く理由が無いからです。こちらの方が優先順位が高いんですよ」

 

甲板が主砲に変化。同時に艦載機が消滅。吹雪さんの仕事が減ったことはいいことだが、それと同時に防空埋護姫の動きも変化。そもそもが3人分の艦載機を次々と撃ち墜とすために防空一辺倒だったが、高射砲が大発動艇の方を向く。

それは仕方ないことだった。あまりに艦載機が墜とされすぎて、式神と矢がもう半分以下にまで少なくなっていたからだ。こちらは持久戦も視野に入れているため、ここからは節約していかなくては最後まで保たない。

 

「響、スマン!」

「大丈夫。場所は把握出来てる」

 

ここからは防空の必要がないと判断したのだろう。直接攻撃に打って出てきた。響さんの行動予測と視野の広さで回避は出来ているが、魚雷の処理と同時にやらされているため、消耗が激しい。

空母鳳姫も主砲軸に切り替えており、それでも深海日棲姫の艤装の効果で水上機は飛ばしてくるという厄介な状況。減っただけで無くなったわけではない吹雪さんの仕事。

 

「魚雷は減らんのに砲撃追加かい!」

「艦載機無くなったんで、水上機処理を徹底します!」

「任せたで吹雪ぃ!」

 

吹雪さんがたった1人で水上機処理。おかげで私達は空を気にしないで戦える。

 

まだ雲龍さんは私の託した艦載機を飛ばしたままだ。あれだけはそう簡単には墜ちない。さらには龍驤さんも私の艦載機を発艦。防空埋護姫の対空砲火を避けての攻撃をしているが、少しは掠めるものの致命打にはならない。むしろこちらへの猛攻で、逆に攻撃出来なくなってしまう。

 

「朝潮! まずあっちやってくれぇ!」

「了解しました。アサ!」

『任せろぉ!』

 

中枢棲姫の艤装が海上を駆け回り、防空埋護姫に一直線に向かっていく。当然ながら質量はこちらの方が上。体当たりでもそれなりのダメージを与えられるはずだ。

 

「……!」

 

思ったより素早い。アサの体当たりも紙一重で避け、すれ違いざまに一撃入れてくる。こちらの方が頑丈ではあるものの、今までとは違う火力に、その巨体も揺らいだ。一筋縄では行かないとは思っていたが、あちらもそれなりに大きな艤装を扱っているのに、それなりの回避能力があるとは。

 

『くっそ、避けやがった』

「ダメージは」

『まだ大丈夫だ。だが人形なんか比べ物にならんぞ』

 

即座にUターン。その時、アサの後ろに皐月さんがぶら下がっているのが見えた。隙を見て白兵戦を仕掛けるつもりなのだろう。あの揺れでもしっかりしがみついている。

今は空母鳳姫よりも防空埋護姫の撃破を優先するため、先程の随伴処理の時のように部隊を2分割。空母鳳姫には龍驤さん、響さん、霞、高雄さん、吹雪さん、島風さんの6人で耐えてもらう。残りの私、蒼龍さん、雲龍さん、天龍さん、皐月さん、イクサさんの6人で防空埋護姫の撃破を狙う。こちらに向かう魚雷は私が艦載機で破壊に専念。

 

ただの姫だと思っていたが、やけに反応がいい。対空母に特化した性能だとは思っていたが、単純に戦闘能力が高い。天龍さんの攻撃すら避け、合間を縫って砲撃を放ってくる辺り、相当強力な敵だ。その状態でも蒼龍さんと雲龍さんの艦載機を牽制し続けている。

 

「矢が当たらないでしょ。天龍が近付けてないでしょ。朝潮のアレも避けたでしょ。これ打つ手あんの?」

「そういう時に私がいるんでしょ。任せなさいよ」

 

ここで前に立つのがイクサさん。一撃必殺の頭部大型主砲ではなく、小回りの利く腕部主砲での砲撃で少しずつ追い込みをかける。1人で戦っているわけではないため、無言でのアサとの連携に。

 

『あいつ、追い込んでくれてるな!』

「ええ、うまく背中の皐月さんを連れて行って!」

『おう! ……は? サツキがしがみついてるのか!?』

 

驚きながらも海上を駆け抜け、防空埋護姫の避けられない方に向かっての突進。これなら避けようがないはずだ。避けてもイクサさんの腕部主砲の連射に巻き込まれる。イクサさんの腕部主砲は当然戦艦主砲だ。直撃したらいくら姫級でもひとたまりもないはずだ。

だが、その砲撃を艤装で弾くかの如く身体を回転させ、アサを避けながらも砲弾の直撃を防いだ。同時に高射砲からの砲撃でまたアサにダメージ。何度か同じところに当てられたことで、装甲が1枚剥がれた。

 

「行けぇ!」

 

そのタイミングで皐月さんがアサから飛び降りた。砲撃が終わった直後、反動で連射も出来ない。イクサさんの砲撃を弾くために体勢も崩れている。その隙を狙い、一撃首狙い。

それすらも回避された。そもそも高射砲が邪魔であり、それでも必殺狙いの一撃だったが、その場でしゃがみ込まれ、首は落とせず。代わりにフードは斬ることが出来たようで、素顔が露わに。

今まではフードに隠れて見えなかったが、私にはその顔から、深海棲艦とは思えなかった。髪は真っ白で瞳は金色だが、最初から深海棲艦として作られたように何故か見えない。まるで、()()()()()()()()()()違和感。

 

「背中に深海忌雷が寄生してる!」

 

攻撃後の皐月さんの発言。ということは、深海棲艦として建造されたわけではなく、艦娘として建造され、深海忌雷を寄生後に防空埋護姫らしく改造されたということだろう。違和感の正体はそれか。

頭ではなく背中に寄生されているということは、考える力を奪うことなく、最初から空母鳳姫の側近にするべく作られたと見てもいい。

 

それならば、まだどうにか出来るチャンスがある。深海忌雷除去後、中和剤を打ち込むことで何かしらの反応があるかもしれない。それでもダメそうなら……またその時に考える。

そもそも、深海忌雷を埋め込む必要があるということは、元は正しい艦娘だったということだ。治療は出来るはず。

 

「天龍さん! 作戦変更! 救出です!」

「おう、艤装と忌雷をぶっ壊してやる! 皐月! 背中狙え!」

「了解! 天さん艤装やって!」

 

今までに背中に深海忌雷が寄生していてどうにかなった例はある。私だってそうだし、島風さんだってそうだ。質は違うかもしれないが、やれるべきことはやりたい。

防空埋護姫は撃破せずに対処する。そのためには、背中に寄生している深海忌雷を破壊すれば多少は変わる。私の時のように、艤装そのものが『種子』の供給機構である可能性はあるため、そちらも破壊。生身は無傷で深海の要素のみを壊してしまえば、治療出来る可能性がある。

 

「イクサさん、皆の援護を。でも直撃は避けてください」

「貴女達、アレを救うつもり?」

「はい。頭に寄生しているわけではないのなら、やれることはやります」

 

その間に皐月さんと天龍さんが艤装破壊を目的とした攻撃を繰り出していた。魚雷は私が確実に処理し、道を開く。アサも強引に切り込んでいき、艤装がボロボロになろうとも突進をやめない。

 

「蒼龍さん、もう少しだけ艦載機をお願いします」

「皐月と天龍に攻撃出来る暇をあげるんだね。了解!」

「私もこっちで援護するわ」

 

蒼龍さんは節約していた艦載機をまた発艦してくれる。雲龍さんは私の艦載機を嗾ける。イクサさんも牽制攻撃。以前に天龍さんが軽巡岬姫相手にやった3人以上の同時攻撃。深海棲艦だとしても、手足は2本ずつ。艤装が大きすぎて防御も単調になるはず。

それが見事に的中した。艦載機の処理のために高射砲をそちらに向け、天龍さんの一撃は回避に走った。イクサさんの牽制も当たらない方向に回避。そのおかげで移動方向は単調となり、皐月さんの攻撃が通る。背中に貼り付いているためスレスレを真一文字に横薙ぎにし、肌を傷つけることなく、深海忌雷のみを斬る。

 

「っし! 通った!」

 

防空埋護姫の目が変わった気がした。まるで、鎖を外された深海艦娘のように、ほんの一瞬だけ正気に戻ったかのような反応。その時、口が小さく動いた。私にはその言葉が理解出来た。

 

 

 

「タ ス ケ テ」

 

 

 

防空埋護姫には心が残っている。だが、艤装側からの『種子』が流し込まれたか、また目が元に戻る。行けたと思った隙を突かれ、全方位に高射砲による砲撃と魚雷をばら撒いた。必死に回避行動を取り傷が付くことは無かったが、そのせいで間合いが大きく開いてしまった。

 

「防空埋護姫は助けられます! 一瞬正気に戻りました!」

「マジか! なら後は艤装ぶっ壊せばいいんだな!」

「ひとまずは! 破壊した後、中和です!」

 

簡単に出来れば苦労はしないだろう。しかしやれるのならここでやらねば。

 

一方、対空母鳳姫の場。嫌でも人数を減らさなくてはいけなくなり、苦戦を強いられることになる。それでも、吹雪さんの健闘が功を奏し、被害は未だに無い状態。吹雪さんと響さんの消耗が気になるところだが、あちらはスロースターターのようで、まだ均衡が保たれている。

 

「いい加減、往生際が悪いのでは?」

「すまんなぁ、それがうちらのやり方やねん」

 

龍驤さんが煽りつつ、霞と高雄さんが手動操作魚雷による攻撃。それでも避けてくる辺り、あの実力は滅茶苦茶過ぎる。

 

「チッ……ホント当たらないわね……」

「雷撃も減らない……」

 

常に大発動艇を一番に行動している響さん。明らかに疲労の色が見え始めていた。大発動艇の上にいる空母隊が、相手をする深海棲艦をわけてしまっていたのが失敗だった。どちらともの位置取りを考慮しつつ、魚雷も処理し、自分の身を守り続けるのは、長く続ければ続けるほどに精神をすり潰す。

 

「霞、貴女、行動予想出来たわよね」

「そんなの全開でやってるわよ! ブーストかかってんのに当たんないんだから!」

 

もう何度目かがわからない提督の力の行使。当然島風さんも一緒に動き出す。

 

「いい加減にしてもらいたいですね」

「こっちのセリフだって言ってるでしょ!」

 

あちらは提督の力の連続行使。こちらはそれを常に食い止める。ブーストがかかっているからこそ追い付けているのはわかるが、あちらは精度がさらに上がっている。汗ばんできているようにも見えるが、まだあちらは本気では無い。

動きが止められればまだ魚雷を当てるチャンスが来るだろう。私達が防空埋護姫を押し留めていることで、龍驤さんが艦載機を使う時間は出来ている。それを使えばまだ行けるはずだ。制空権争いをする水上機は吹雪さんが全て墜とし、空母鳳姫からの砲撃は響さんが回避させている。

 

「ここや!」

 

島風さんが空母鳳姫を止めた瞬間を見計らい、龍驤さんが操る私の艦載機が突撃。当然ながら狙いは必殺のヘッドショット。

 

「小賢しい!」

 

移動しようとした瞬間に、足下に連装砲ちゃん。超高速で動くであろう提督の力の行使でも、空間から空間をジャンプしているわけではない。足下に何かがあれば、それを避けて移動しなくてはいけないだろう。

不意に現れたことで、ほんの僅かでも考える時間を作った。その一瞬が命取り。

 

「ここ!」

 

高雄さんの魚雷が足下で爆発。連装砲ちゃんを巻き込んでしまったようにも見えたが、寸前で島風さんが艤装を消していたおかげで被害は空母鳳姫のみに。

爆発により空母鳳姫が少し浮いた。そこへ艦載機による射撃と爆撃。このままであれば回避不能。

 

「撃て撃て撃てぇ!」

 

島風さんは退避済み。霞もそこに向けて魚雷を撃ち込み続ける。

 

「魚雷が消えた……?」

「水上機も消えました!」

「あの艤装に連動しとるんやったら、最後の段階や」

 

吹雪さんと響さんが処理し続けていた魚雷と水上機が消える。それは深海日棲姫の艤装をやめたということに他ならない。つまり

 

「もう終わりにしましょう」

 

深海鶴棲姫の艤装の展開により、空母鳳姫自体の質量が大きくなる。ここからは魚雷が効きづらくなり、本体へのダメージが通りやすくなる。そのためにここにいる皐月さんが、今はこちらで防空埋護姫の救出中だ。あちらには途端に荷が重くなった。

 

「ここまで無傷でこれたことは褒めて差し上げます。ですが、もう終わりです。1人ずつ、確実に、息の根を止めてあげますよ」

「んな簡単に行く思うとるんやったら、アホなんやろなぁ!」

 

戦いは最終局面へ。撃破と救出の並行作業。早く合流しなくては押し潰される可能性もある。なるべく早く、しかし慎重に。ベストな状況を掴みとらなくてはいけない。



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激戦の中の救出

続く海上での戦闘。その中で、防空埋護姫は深海忌雷に寄生された艦娘であることが判明した。皐月さんの一撃により深海忌雷が破壊された時、私達に一瞬だけ助けを求めてきたからだ。

 

『忌雷に寄生されても意思があるのかアイツは』

「誰かは知らないけど、島風さんと同じような特異個体なのかも」

『あり得るな。『種子』で洗脳はされてるみたいだが』

 

本来の深海忌雷がどういうものかはわからない。ただ少なくとも、島風さんに寄生していたものは、思考を狂わせることはしたが北端上陸姫に従順になるような効果は無かった。狂った後に深海棲艦の本能から自分に従わせるつもりだったかは知らないが、少なくともアレだけで洗脳は施さないということだ。

だから追加で『種子』を埋め込む。これは初霜に寄生しようとした深海忌雷でわかっている。深海忌雷は追加で『種子』を埋め込むシステムも内蔵されているのだろう。

 

私に寄生している深海忌雷が本当に特別なものであることを実感した。北端上陸姫の細胞が埋め込まれ、()()()()へと変化させようとする一品物。その時には『種子』が無かったのかもしれない。

 

『で、私達はどうすればいいの?』

「ヨルは私を守ってね。私も前に出るから」

『なら、あれの艤装を噛み潰せばいいよね!』

 

攻撃は最大の防御と言わんばかり。フンスフンスと鼻息を荒くする。

 

「殺さないように倒すって難しいわね」

「そんな戦い方を強いてごめんなさい」

「いいわよ。ここのやり方がよくわかったわ」

 

戦闘中ではあるものの、イクサさんがクスリと笑う。

イクサさんの火力では、掠めただけでも大惨事になりかねない。先程は腕部主砲で攻撃していたものの、艤装で弾かれるくらいには敵が硬かった。だからといって頭部大型主砲では、当たりどころ次第で一撃必殺。今まではそれを望んでいたが、状況が変わってしまい、それが望まれなくなってしまった。

 

『今のお前なら出来るだろ』

「何を……って、え、アレを? 私が?」

『戦艦の身体で、ヨルで出力も上がってるんだぞ。皆に援護してもらってやってみろ。サツキのおかげでフードも取れてるしな』

 

それをやるためには、私が超至近距離まで接近しなくてはいけない。そして、近付けたからといって成功するとも限らない。とはいえ、やらないよりはマシ。

 

「天龍さん、私が接近します。援護お願いしていいですか」

「接近? そういやお前ももう白兵戦組だな。何やる気だ」

「防空埋護姫の意識を刈り取ります。出来れば無傷で鹵獲出来るかと」

 

『種子』の影響があったとしても、意識が無ければどうとでもなる。一時的に無力化し、その間に艤装の破壊と中和をすればいい。

私は防空埋護姫に助けを求められたのだ。ほんの一瞬かもしれないが、私にはあれが嘘偽りない本心からの言葉に思えた。助けずに殺すくらいなら、助けて裏切られた方がマシだ。

 

「では、やりましょうか」

 

うまく分断していたつもりだが、先程の砲撃と魚雷の乱射により無理矢理間合いを取られ、あちらに合流する余裕を与えてしまった。6対1が2つの状態から、再び12対2の状態へ。数的優位はこちらにあっても、不安要素ばかり。あちらのタイムリミットは近いはずだが、根本解決には全くなっていない。

 

「あれを掻い潜って接近して、防空埋護姫だけをどうにかして退避。そのあと空母鳳姫を撃破……なかなか……厳しいですね」

「でもやるんでしょ」

 

合流したことで吹雪さんが隣に。後ろには大発動艇が移動してきた。

 

「うちら最古参を使いや。何したいんかは知らんが、うちらがサポートしたる」

「吹雪、朝潮の道を開くの手伝ってくれ。オレと龍驤さんとお前でやるんだよ。久しぶりだな、3人で同じことやんのも」

「了解です。昔とは違いますから!」

 

最古参の3人が、私の道を切り開いてくれる。目的はたった1つ、防空埋護姫の救出。

 

「御託は並べ終えましたか? では宣言通り、1人ずつ息の根を止めてあげますよ」

 

小型の鯨型艤装に備え付けられた三連装砲が火を噴き始めた。照準は的として大きい大発動艇。掠めても危険な威力なのは前回確認している。

ここからは響さんの本領発揮。主砲による砲撃は、さすがに行動予測が通用する。掠めるまでもないほどに大きな移動で砲撃を回避していく。あんな主砲を放っておきながら空母であることはそのままらしく、またもや尋常ではない数の艦載機が発艦した。

 

「頭を回せ……全部読み切るんだ……!」

 

疲労が溜まった頭で、今まで以上に思考をフル回転。負荷が段違いに大きく、激しい頭痛で顔を顰めた響さん。大発動艇の移動は充分だが、自分の守りが疎かになりつつある。

大和型の主砲以上の火力をこれでもかと乱射してくる空母鳳姫。さらには防空埋護姫も対空を後回しにした砲撃。そこに絨毯爆撃まで加わり、近付くことはおろか、回避もいっぱいいっぱい。

 

「響! 危ない!」

「っぐっ……」

 

吹雪さんの声は間に合わず、防空埋護姫の砲撃が艤装を掠めてしまい、それだけで中破。その反動でよろめいてしまい、空母鳳姫の主砲に照準を合わせられた。

 

「そこを撃ち抜けば、空母の内2人は木偶の坊でしたね」

「やらせるわけないでしょうがぁ!」

 

砲撃に合わせ吹雪さんが響さんの盾に。砲撃の前に主砲目掛けて吹雪さんの方が砲撃。しかし今度は防空が疎かに。尋常ではない数の艦載機からの絨毯爆撃が始まる。

圧倒的な火力で強引に押し潰そうとしてきていることが明確だった。あちらも消耗しているはずなのに、こちらの方が消耗が激しい。

 

「2人纏めて」

「させないわよクズが!」

 

そのタイミングで霞の魚雷が艤装に直撃。ダメージはほとんど与えられなかったが砲撃直前だったため、照準がズレてくれた。それでも衝撃波で吹雪さんは小破。響さんは吹雪さんに庇われたために、それによるダメージは無し。

絨毯爆撃はまだどうにも出来ていない。既に爆撃は開始しているため、回避以外の選択肢が無くなっている。そして、その回避先すら防空埋護姫が封じてくる始末。

 

「ちょっと我慢なさい!」

 

吹雪さんと響さんを自立型艤装で担ぎ上げ、イクサさんがその場から退避。響さんがその中でも大発動艇を安全な場所に退避させてくれていたため、空爆も何とか回避しきった。

 

「思ったより厄介な戦艦水鬼ですね。寝返って仇なすとは」

「そもそも貴女達の仲間になったのは私の意思のない強制よね。今の私は自分の意思でここにいるの」

「どんな理由があろうとも、姫様を裏切ったことには変わりないでしょう。当然、ここで死んでもらいますからね」

 

イクサさんに意識を向けている今がチャンスだった。私の狙いは防空埋護姫ただ1人。まずは高雄さんへ合図。

 

「余所見をする余裕があるのかしら?」

「貴女方は木っ端ですから。とはいえその魚雷は鬱陶しいですね。全員一線級というのは面倒ですよ」

「お褒めの言葉、どうも」

 

魚雷が直撃してもまだ焦げた程度。振り向いたタイミングを見計らい、連装砲ちゃんが飛びついた。視界を隠すようにちょこまかと動き、隙を作る。

 

「皐月ぃ!」

「あいよぉ!」

 

作られた隙で皐月さんが特攻。同時に私もアサを嗾けた。攻撃のためではなく、防空埋護姫と引き剥がすため。アサもしっかり間に突っ込む。防空埋護姫はそれを止めようと高射砲を乱射してくるが、アサがそんな簡単に止められるわけがない。我が鎮守府屈指の質量兵器だ。

 

「姫様に与えられたものを使うだなんて。今からでも遅くはありません。アサさんだけはこちらに屈しませんか」

「ご冗談を。寝言は寝て言ってもらえますか?」

「随分と態度が悪い」

「誰のせいでこうなったと」

 

大発動艇を狙っていた主砲がアサの方に向き、砲撃。いくら頑丈であるとしても、あの砲撃はまともに受けるのは危険だ。それでも、アサは躊躇いなく突っ込み、眉間の部分に直撃。装甲が何枚も剥がれたが破壊されることはなく、空母鳳姫と防空埋護姫の間を割り込むようにアサが突っ込み、思惑通り二分出来た。

それと同時に皐月さんが空母鳳姫に斬りかかっていた。自分の素早さを活かした速攻。あちらはそれ以上の速さを持ち合わせているが、アサとの連携により懐に潜り込むことに成功した。

 

「でぁーっ!」

「甘い。子供に私が倒せると?」

 

皐月さんの渾身の一撃が、匕首で簡単に受け止められる。そこに龍驤さんと雲龍さんの艦載機がさらに割り込んだ。

 

「艦載機同士で私に勝てると?」

「やってみんとわからへんやろうが!」

 

爆撃を繰り返す空母鳳姫の艦載機の一部が2人の艦載機を叩き潰す。さらに砲撃。狙いは当然大発動艇。爆撃回避のために延々と計算し続けているために相当疲労している響さんだが、ギリギリ回避させることには成功。衝撃波で大きく揺れるが無傷。

 

「そろそろ本当に邪魔ですね」

 

艤装の上から姿が消える。本体でやれる行動など、匕首による白兵戦のみだ。白兵戦組は特に司令官の訓練で目を慣らしてきている。狙いは皐月さんだったようだが、ギリギリのところで刀で受けた。

 

「重っ……!?」

「おねんねしていてください」

 

刀ごと皐月さんが斬られてしまった。胸から血を噴き出すが、致命傷には届いていない模様。そこだけは安心。だが時間が経つと命に危険が及ぶ可能性がある。

攻撃手段を失ってしまった皐月さんは、その場で膝をついてしまう。空母鳳姫の眼前のため、島風さんが連装砲ちゃんを使って早急に退避させた。

 

空母鳳姫を止めてもらっている間に、こちらは防空埋護姫の救出に入る。アサが分断してくれたおかげで、防空埋護姫は単独に。こちらには私の他に天龍さんがおり、蒼龍さんにも手伝ってもらえる状況。

 

『結構壊されたな……!』

「大丈夫。ここで終わらせる! 蒼龍さん、お願いします!」

「オッケー。もう残り少ないけど、なけなしの矢を使ってあげるから!」

 

蒼龍さんに艦載機を飛ばしてもらい、対空に気を向けさせる。防空の姫である本能か、艦載機が視界に入ると対空行動を優先するように感じたが、それが正解だったようだ。

視線が上に向かったことを確認し、私と天龍さんで突撃。魚雷は放たれなかったため、接近することに成功した。

 

「どうするつもりだよ朝潮!」

 

天龍さんが艤装の片方の高射砲を破壊してくれた。こちらもヨルが首を伸ばし、もう片方の高射砲を噛み砕く。これで魚雷は怖いがほぼ無防備だ。

 

「気絶させます。私は、()()()()()ですから」

 

初めてやるから少し怖いが、今の私なら出来るはずだ。艤装もある。今まで何度も扶桑姉様のそれを見てきた。やり方はわかっている。ぶっつけ本番、一発勝負。

 

撃ち抜くように、防空埋護姫の額に思い切りデコピン。我が鎮守府が誇る、扶桑型の伝家の宝刀。

 

渾身の力を込め、脳を揺らすように。だが破壊はしない。私の力では粉砕するようなことは出来ないだろう。それでも、機関部艤装のパワーアシストがあれば、普通のダメージではないはずだ。

タァンと小気味良い音と共に、防空埋護姫の動きが止まった。ゆっくりと白目を剥き、その場に倒れ臥す。成功だ。

 

「ま、マジかお前」

「扶桑型3番艦なので」

 

天龍さんに引かれたような気がしたが、この激戦の中で最善の行動が出来たのだから何も問題はない。

 

これで防空埋護姫は対処出来た。これで12対1……と言いたいところだが、響さんは大発動艇の回避に専念しなくてはいけないくらい消耗し、皐月さんが一撃貰ってしまいほぼ大破。命に別状はまだ無いが、時間をかけるわけにはいかない。戦力は残り10人。

 

「……マイさんがやられましたか」

「殺してはいませんよ。助けて欲しいと訴えられましたからね」

「そうですか。その子もこちらを裏切ろうとしたわけですね」

 

倒れ臥す防空埋護姫に向けて主砲を向けた。あれだけ防空に使っていたのに、戦闘出来なくなったらすぐに捨てる。北端上陸姫と同じような行動。さすが側近、そういうクズなところまでよく似ている。

 

「裏切り者には死ですよ」

「やらせてたまるか!」

 

凶悪な火力の砲撃を、刀で打ち払う天龍さん。相当重そうだが、無傷で状況を回避。

 

「おうっ! その子も逃すよ!」

 

島風さんが防空埋護姫を掴んで退避。ブーストした素早さを遺憾なく発揮し、攻防一体の技として大活躍。怪我人は大発動艇に載せたいところではあるが、あまりやりすぎると空母隊の足の踏み場が無くなってしまう。申し訳ないが、戦場から大きく離れた場所に寝かしておくことに。

 

「後は貴女1人ですよ。覚悟してください」

「覚悟? 未だに傷1つ付けられていないというのに、何を大それたことを」

「汗、かき始めてますね。リミットが近いようですが」

 

ついに空母鳳姫の底が見え始めた。耐えて、耐えて、耐えて、ようやくここまで来た。ここからが正念場だ。

 

「今回は絶対に逃がさへん。ここでお前の命は終わりや」

 

龍驤さんも式神は残り少ない。雲龍さんはほぼ底をつき、蒼龍さんもギリギリ。対する空母鳳姫は無限に出てくるのでは無いかといえるほどの艦載機。その全てを吹雪さんとイクサさんが処理している。少しでも集中力が切れたらおしまいの過酷な状況だ。

 



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消耗の果てに

防空埋護姫の救出は何とか成功。正確には救出出来たわけではなく、今は気を失ってもらい、戦闘終了後に治療を施す。最後まで変化してしまったからこそ、扶桑型の伝家の宝刀、デコピンにて事を終わらせる事が出来た。

残りは空母鳳姫1人のみ。既に皐月さんが大破、響さんが中破という辛い状況。だが、空母鳳姫が汗をかき始めているのも確認できた。リミットが伸ばされていたものの、ついに底が見え始めた。ここで押し込むしかない。

 

「私の限界は近いかもしれませんが、その前に終わらせてしまえばいい話でしょう」

 

再び主砲が大発動艇を照準に定めた。艦載機の数はまったく減らないが、そこは吹雪さんとイクサさんが押さえ込んでくれている。私達は何も考えずに本体を狙うだけ。

 

私も艦載機と水上機を発艦し、制空権確保にお手伝い。数が増えたところで微々たるものかもしれないが、無いよりはマシだ。少しでも敵艦載機を減らし、吹雪さんとイクサさんに余裕を与えたい。

 

『朝潮、私が先行するぞ』

「お願い、アサ!」

 

装甲が剥がれ落ちているが、気にせずに突っ込む。まだ半壊までも行っていない。強引に切り込むには最も適した武器。ただの質量兵器故に、相手がどうであれ轢いてしまえば致命傷。

 

「いい加減、ただぶつかってくるだけの野蛮な戦術はやめたらどうですか?」

「貴女達のせいでこれしか出来なくなったんですよ」

 

主砲で迎撃されるが、気にせず特攻。装甲はさらに剥がれ落ち、ボロボロになりながらも、まっすぐ突っ込む。高雄さんと霞がそれに合わせて魚雷を放ってくれた。アサを避け、空母鳳姫にのみ命中するように狙いを定め。

あちらの艤装も鯨の形をしているだけあり、前面には大きな口がある。2人ともそこを集中狙い。今は歯でしっかりガードされているが、突き通せば艤装破壊も可能だ。

 

『行けぇっ!』

「……避けざるを得ませんか」

 

回避コースを塞ぐように、龍驤さんと雲龍さんが私の艦載機を配置したがまったく問題としていなかった。艦載機には艦載機をぶつけ、射撃の向きを無理矢理変えて、その場から退避。艦載機はその時点でお互い爆発。龍驤さんと雲龍さんに貸し出した私の艦載機はこれで尽きたことになる。

本来いたはずの場所をアサが通過する羽目になるが、即座にターン。高雄さんの魚雷も同じようにカーブし、霞の魚雷は一旦潜っていく。

 

「しつこい子は嫌われますよ」

「なら貴女達は嫌われてますね。しつこく私に付きまとって」

 

回避直後の硬直を狙って、連装砲ちゃんが3体集まっての攻撃。島風さんも魚雷で追撃。それすらも提督の力の行使で回避されるが、こちらへ攻撃はしてこなかった。先程うっすら見えた汗が、だんだんと多くなっている。もう今まで何度も行使し、その全てを島風さんが止めている。島風さんも大分消耗しているが、空母鳳姫のリミットは近い。

 

『まだまだぁ!』

 

ターンして戻ってきたアサが跳ね上がり、押し潰そうと空母鳳姫の真上へ。回避されるのならされてもいい。これで隙を作れるのなら充分だ。

 

「そろそろ壊れなさい」

 

大口を開けて飛び込んだアサの口内に向け、主砲を発射。自壊覚悟での体当たり故に、あまりにも乱暴。咄嗟に口を噤むが、歯ごと破壊され、砲弾が艤装内へ。抉られるように内部破壊を引き起こし、アサは半壊状態となってしまう。

本体にダメージが入らないとはいえ、私に影響がないわけでは無い。艤装が破壊された途端、私にどっと疲労が押し寄せる。それだけ無茶な特攻ではあったが、おかげでほんの少しだけ、それでも充分な時間が出来る。

 

「充分な隙ね。バカめと言って差し上げますわ!」

 

破壊されたアサの破片が目くらましにもなった。鯨型の艤装の口の部分に、高雄さんの魚雷が直撃。いつの間にか数を増やしており、2本、3本と飛び込んでいく。アサと同じように口を噤んでいたが、連打されたことで歯が折れた。

 

「くっ……」

「まだよ!」

 

艤装の破壊に繋がるように、今度は霞の魚雷。深く潜ったところから打ち上がり、本体にも目掛けて飛ぶ。ほぼ陸上で放つ魚雷のような軌道。

提督の力の行使で回避したようだが、よりリミットに近付いた。先程と同じく、もうこちらに攻撃してこない。回避に使うだけでいっぱいいっぱいになっているようだ。

 

「蒼龍、そろそろやな」

「だね。虎の子のコレを、使うとき!」

 

蒼龍さんが取り出したのは、いつも使うものとは違う黒い矢。貸し出したが今まで使っていなかった、私の艦載機が格納された矢だ。貸し出す時に確か、ちょっと違う使い方になると言っていたが、どういうことだろうか。

だが、すぐには射たないようだ。完璧なタイミングで、最高の効力を発揮するために、この戦場を見続ける。

 

「……いい加減にしてもらわなくては」

 

またもや提督の力の行使。今度は回避ではなく攻撃に。疲労が蓄積しているために島風さんは間に合わなかったが、空母鳳姫も予測出来るような動きになってきている。

やはり、提督の力は艦娘ないし深海棲艦には不相応な力だったのだ。使うだけで激しい消耗。いくらスタミナの面を改造されているからと言っても、乱発すれば誰でもバテる。無敵かと思われていた空母鳳姫にも、綻びが見えた。

 

「当たるかっての!」

「当てたいわけではないんですよ」

 

狙いは霞。行動予測が出来る霞がギリギリ回避出来たのは良かったが、接近されたせいで、先程外した魚雷をこっそりこちらに戻していたのが当てられなくなってしまう。

元より接近するのが目的だった。仲間がいるから攻撃しづらい。それを狙っての位置取り。

 

「貴女が邪魔で、皆さん攻撃出来ないでしょう」

「そんなこと誰も気にしないわよ」

 

戻していた魚雷を空母鳳姫の真後ろで爆発させる。直撃では自分も大変なことになっていただろうが、爆風を当てるためのギリギリの位置だ。大きく水柱が上がり、空母鳳姫の体勢を大きく崩した。先程までなら即座に回避していただろうが、それをしないということは、それほどまでに消耗しているということ。

 

「っらぁっ!」

 

その水柱の中から、突撃してきた天龍さんが斬りかかる。水浸しになりながらも、まっすぐ、殺意を込めての振り下ろし。軽巡岬姫を撃破したときと同じ、渾身の一刀。

 

「甘い!」

 

それすらも匕首1本で受け止めてしまう。皐月さんよりも力を込めた一撃でも、片手で受け止めてしまった。しかし、少し辛そうにしているのがわかる。消耗した状態で天龍さんの一撃は、動きが止まるほどに重い。

 

動きを止めることが狙いだ。この隙を、龍驤さんも蒼龍さんも見逃さない。

 

「今や!」

 

龍驤さんの掛け声。集中に集中を重ね、蒼龍さんが無言で放った黒い矢が、一直線に空母鳳姫へと飛んでいく。艦載機に変化することもなく、矢として。そして、

 

「っくぅっ!?」

 

匕首を持つ空母鳳姫の右腕を、肩から根こそぎもぎ取った。それにより天龍さんを押さえる力は無くなる。勢いは止まらず、そのまま袈裟斬りに。

 

蒼龍さんは私の艦載機を、艦載機としてではなく矢の威力向上のために使用していた。強度が上がり、推進力が上がり、鋭さが上がる。隙を見て放つこの一射のためだけに練り上げた、必殺の矢。

 

「浅いか……!」

「こふっ……私はまだ……死にはしない……。今日のところは……撤退を……」

 

血を吐きながらも、まだ諦めていない。艦載機はまだ消えていないし、艤装も健在だ。だが、ズブズブと海中に沈んでいこうとしているのが見えた。また撤退しようとしている。

そこへ、折れた刀の先端が飛んできた。綺麗に弧を描いて飛んできたそれは、見事に空母鳳姫の背中に刺さる。機関部に直接当たったらしく、沈むのが止まった。

 

「逃がすかっての……」

 

胸から血を流している皐月さんが、折られた刀を投げ込んでいた。連装砲ちゃんに回収してもらっていたようだ。これにより、撤退すら許さなくする。

 

「この……」

「もう、終わりや」

 

空母鳳姫が皐月さんを睨みつけた時には、既に龍驤さんが最後の艦載機を発艦していた。私達に訓練で何度も爆撃してきた艦載機。これが効かなかったら、龍驤さんはもう攻撃の手段がない。

沈んでいこうとする空母鳳姫に向かい、急降下爆撃を繰り出す。天龍さんも霞もその場から退避済み。

 

「私は……まだ……」

「もういい……ここで終われやぁ!」

 

残った手を伸ばすが何も出来ず、空母鳳姫は爆撃の雨に飲まれていった。

 

爆撃の水飛沫と煙が晴れると、ボロボロになった艤装と息絶えた空母鳳姫が姿を現わす。チリチリと、艤装の端から消えていっているのがわかった。これでもう終わりだ。

 

「……お前とこういう形で戦いたくは無かったわ」

 

龍驤さんが吐き捨てるように呟く。当然だが空母鳳姫はピクリともしない。あれだけのことがあり、中に入っている人間も裏切り者の提督。未練だってあるだろう。浄化などあり得ない。

この戦いが終わった事を表すように、ゆっくりと、ゆっくりと消滅していく。何かしら情報が聞き出したかったが、こうなってしまっては仕方あるまい。

 

 

 

空母鳳姫とその艤装が消滅し、海は静かになった。先程私が気絶させた防空埋護姫は大発動艇に積まれている。重傷を負った皐月さんも同様。少し時間が経過してしまったことと、最後の刀の投擲で力を使ってしまったことでまた血を流し、消耗は激しくなっていた。

 

「痛たたた……無理するもんじゃないね……」

「今は安静にしてください。また血が出ますよ」

 

その大発動艇を運用している響さんもフラフラ。

 

「響さん、大丈夫ですか」

「……もう……戦いは終わったということでいいんだね」

「え? あ、はい。空母鳳姫の消滅は確認できましたので」

 

安心したのか、響さんが鼻血を噴き出して倒れた。私が初めて未来予知をしたときと同じ。空母隊が全員無傷で終われたのは、響さんの努力の成果。そもそも中破もしていたのだから、今までどうにか耐えていた状態。

 

「響さん!?」

「頭が……ガンガンする……」

「よく頑張ってくれました。大発動艇は霞に移譲しましょう」

 

大発動艇の妖精さんに頼み、霞に大発動艇の権利を移譲。響さんも大発動艇に乗ってもらう。破壊したものの艤装がかなり大きな防空埋護姫も積み込まれているので、足場が大分無くなってしまった。雲龍さんは自分で航行できるので降りてもらい、龍驤さんは以前と同じようにヨルのカタパルトに乗ってもらう。

 

「なんかどっと疲れたわ……」

「私も……最後当たってくれてよかったよ……」

「お疲れ様です龍驤さん、蒼龍さん」

 

溜息をつく龍驤さん。艦の時代の仲間との殺し合いなんて、ストレスが溜まることだろう。勝利を収めてはいるものの、暗い顔をしていた。

蒼龍さんもそうだ。軽空母鳳翔には思い入れのある人。同じ顔の敵を撃破したのは、やはり辛いものがあったようだ。

 

「今回のMVPはフブキよ。本当によくやってくれたわ」

「頑張りました……今更目眩がしてきましたよ……」

「今ならいいじゃない。胸を張りなさい。貴女のおかげで皆が空襲を気にせずに戦えたのよ」

 

イクサさんの言う通り、今回の戦いのMVPは吹雪さんだ。あれほどの数の艦載機をほぼほぼ1人で抑え続け、イクサさんが加わったことにより、艦載機は完封まで行っている。私達がスムーズに戦えたのは吹雪さんの防空のおかげ。さすがは我が鎮守府の防空の姫である。

 

「こいつ、どうするよ」

「こうしたんですから、勿論治療しますよ。何事も無ければいいんですが」

 

気絶している防空埋護姫を見て天龍さんが呟く。無論、こうしたのだから、帰投したら治療と中和だ。本人の口から『助けて』と言われたのだから、助けないわけにはいかないだろう。それがこちらを謀った言葉だったとしても。最初は拘束なり何なりがいるだろうが、こちらについてくれれば嬉しい。

 

『深海忌雷はサクマが喜びそうだな。剥がしてやれればいいが』

「それでも身体が治るわけじゃないわ。多少何かは変わるかもしれないけど」

 

背中に寄生している深海忌雷は、皐月さんが戦闘中に破壊している。とはいえ、真っ二つにしただけであり、依然寄生したまま。おそらくあるであろう『種子』の供給システムだけを破壊したに過ぎない。

私や島風さんと同じで、この深海忌雷を背負ったまま、今後生きていかなくてはいけなくなるだろう。まずは治療だ。

 

混ぜ物との戦いは勝てても後味が悪い。今回は提督の力を持つ難敵を撃破することに成功したが、スッキリはしなかった。

だがこれであと1人。最大の敵、戦艦天姫のみとなった。この勝利を糧に、最後の戦いも勝利を収めたい。

 




空母鳳姫撃破。残りはたった1人。その1人が、今までの混ぜ物を全部合わせたくらいぶっ壊れてる性能の敵なわけですが。


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目覚める埋護姫

空母鳳姫との戦闘が終了し帰投した。時間はもう夕方。すぐに夕食というほどの時間になってしまっている。司令官に出迎えられた私達は、大破の皐月さん、中破で消耗が激しい響さんをすぐにドックに運び込んだ。

その後、防空埋護姫の処遇を考えることとなる。私に対して助けてほしいと訴えてきた。あれは嘘偽りない言葉だったと私は思う。怪我はしていなかったが、艤装は破壊し、私が無理矢理気絶させたため、現在は皐月さんと響さんと一緒に入渠中。

 

戦闘に出ていたものはお風呂で疲れを癒した。その後、私は防空埋護姫の様子を見るために工廠へ。そこでは佐久間さんが作業していた。

 

「ひとまず『種子』の中和は終わったよ。あと、セキちゃんと一緒に、艤装の中の『種子』生成装置は撤去した」

 

ドックの隣に小さな箱が置いてあった。ヨルの中にも入っているらしい生成装置である。

私の場合は破壊からの再構成で新たな『種子』を生成するものに生まれ変わったが、防空埋護姫の場合はどうなるかもわからない。私と同じようになればいいが、また黒い『種子』を作り出すようなら、敵が近付く度に洗脳されるという酷いことになる。

 

「深海忌雷の中にも似たようなものがあったんだけど、これだけは様子見かな。癒着の仕方が艤装とは段違いだったから。皐月ちゃんが壊してくれたおかげで機能は死んでたけど、入渠の結果次第ってとこだね」

 

もし入渠してその機能が復活し、黒い『種子』を生成するようなら、どうにか撤去するとのこと。撤去出来ずとも、機能だけは破壊する。

 

『これが私の中に入ってるの?』

『らしいな。こいつのおかげで私達は戦える。お前のおかげだ』

『えへー』

 

ヨルは勿論のこと、私やアサだって見るのは初めてだ。手のひらに乗るほどに小さな箱だが、この中で『種子』が延々と生成され身体に流し込まれていると思うと、少し怖い。

 

「これ解析したら、もしかしたら全員が混ぜ物の過負荷を乗り越えられるかもしれないね」

「確かに。『種子』を生成しなくてもうまくいくかもしれませんね」

「流石にこれに関しては明石さんとセキちゃんに任せるけどね」

 

艤装に関しては工廠組に任せるのが一番である。佐久間さんはそういうことに手を出せる人ではない。要は適材適所。

 

「ただ、この子、欠陥(バグ)があるみたいなんだよ。欠陥(バグ)というよりは、防空埋護姫に改造された影響かもしれないけど」

「そうなんですか?」

「この子、駆逐艦だけど爆雷が装備出来ないみたいでね。対潜行動が一切出来ないんだって」

 

艦種としては防空駆逐艦であるものの、対空母に特化された改造をされたせいで、一切の対潜行動が出来ないそうだ。代わりにもらえたのが、戦艦主砲と見紛うほどの威力を誇る高射砲。上にも下にも使えることから、両用砲と呼ばれている。

そのくらいの欠陥(バグ)であるのなら、周りの皆がサポート出来る。私もこの身体になっても対潜行動は依然として可能だし、対潜といえば潮さんもいる。いくらでもカバー出来る欠陥(バグ)

 

「それくらいなら問題ないですね。本人がどう受け取るか次第ですが」

「そこは起きてからだね。傷自体は無いから、今日中に起きるかも」

「ならまた目覚めを私が確認します。私が気絶させてますから」

 

伝家の宝刀で気絶させたのは他ならぬ私。せめて最初の段階は私が見届けよう。そこからは自由に生きてもらいたい。

 

佐久間さんが話していた通り、防空埋護姫は夜、就寝時間ギリギリの辺りで入渠完了。工廠組と佐久間さんの尽力により、防空埋護姫はほぼ元の状態に戻ったそうだ。違うのは1つだけ、艤装に仕込まれていた生成装置を外したことのみ。

さすがに夜に起こすのは忍びないということで、起こすのは翌朝ということになった。なお、響さんと皐月さんは一晩かかるとのこと。一緒に起きてもらうことになるだろう。

 

 

 

翌朝、工廠へ。深海忌雷に寄生されたことによる深海棲艦化なので、万が一を考え、私の他に島風さんと雪さんに来てもらっている。いざという時は3人の相乗効果で心を落ち着けてもらう作戦。

 

「なんかえらいことになってるね」

「防空埋護姫を起こすのかい?」

「はい。何かあってはいけないので、これだけ準備をしています」

 

同じタイミングで目を覚ました皐月さんも響さんも、この状況を見て驚いている。そそくさと制服を着て、私達の援護としてこの場に残ってくれた。

 

「すまない、待たせたね」

 

事が事なので司令官も同席。緊急時は司令官に押さえつけてもらう可能性もある。防空埋護姫は現在全裸の状態だが致し方無し。いてもらえるだけでも私達が安心できる。

 

「では、ドック開けます」

 

明石さんの声が聞こえ、入渠ドックの蓋が開いた。そこに即座にバスタオルが投げ込まれる。流石に全裸はよろしくない。

身体を隠しながら身体を起こす。金色の瞳でこちらを見据えてくるが、その視線はどこか焦点が合っていない。意識はどうなっているかはわからないが、少なくとも敵意は無いように見えた。突然暴れ出すようなことがなくて良かった。3人がかりの相乗効果は不要のように思える。

 

「大丈夫かな。今の状況が理解出来るかい?」

 

『種子』の呪縛から解き放たれたことで、今は素の状態になっているはず。ただし、島風さんと同じならば、艦娘の意識と深海棲艦の意識が混在してしまい、最悪の場合壊れてしまう。

防空埋護姫が今の状態にされてどれくらいの時間が経っているのかはわからない。しかし、こちらに助けを求めるだけの理性が一瞬だけでも戻った。ならば、しっかりとした意識があると見てもいい。その場合、()()()()()ということになる。もしくは扶桑姉様のように完全に混じり合っているか。

 

「助けていただき、ありがとうございます」

 

体内の『種子』が無くなったことで、しっかりとした意識が表に出ている。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この場にいるのは私と島風さんと雪さんが深海棲艦、皐月さんと響さんが艦娘、そして司令官が人間。その中から人間だけを視界に入れようとしない時点で、大体察した。

 

「端的に話してほしい。今の君はどういう状態なんだい?」

「……その、申し訳ありません。人間の方は……」

 

やっぱり。これは艦娘と深海棲艦の意識が完全に同化してしまっているパターンだ。

今でこそ柔和した扶桑姉様だが、出会った当初は、妹と絶対に出会えないことによる世界への憎しみに満ち溢れていた。この防空埋護姫はそれと同じ。人間を守りたい気持ちと滅ぼしたい気持ちが綯い交ぜになってしまっている。そこから、人間に対しては拒絶反応が出てしまっているのだろう。

 

おそらく、今の私と同じような人間嫌い。拒絶することに申し訳なさを感じているからマシな方。

なら佐久間さんとも顔を合わせることが出来なそう。精密検査は難しいか。

 

「私がいると話が進まないようだ。任せていいかい?」

「はい。後からご報告いたします」

 

少し残念そうな顔をして司令官が退室。それにより、防空埋護姫も少し緊張が解けた様子。艦娘と深海棲艦だけとなると、薄く笑顔も見せ始める。

 

「貴女が私を助けてくれたんですよね」

「そう……ですね。貴女の助けてという言葉が聞こえましたので。かなり強引でしたが」

「いえ、助かりました。重ねて御礼を。ありがとうございました」

 

いそいそと用意された服を着ていく。防空埋護姫としての服ではなく、以前に見たことがある照月さんの制服と、首から下、手の指足の指の先端までを覆う白のインナー。そして、コンクリートのような色のケープコート。防空埋護姫は照月さんと同じ秋月型の駆逐艦ということなのだろう。

 

「申し遅れました。私、秋月型防空駆逐艦3番艦、涼月です」

 

深海の意識もありつつ、秋月型の涼月さんとしての意識も存在する、完全な混在型。涼月さんの意識の方が強そうなのは、そもそもが涼月さんであり、そこに深海忌雷を寄生させられたからだろうか。そこへさらに防空埋護姫の艤装を装備させられ、存在そのものを防空埋護姫とされていたようだ。

そもそも防空埋護姫自体が、涼月さんの要素を色濃く持つ深海棲艦らしい。それならば、今の状態になっていてもおかしくはないか。

 

「深海棲艦としての意識が混在している……ということで大丈夫ですか?」

「よくわかりませんが、おそらくそうなのだと思います」

「そうですか。では、いろいろとお話ししましょう。落ち着かないようでしたら私だけになりますが」

「いえ、大丈夫です。人間がいなければ問題ありません」

 

徹底して人間嫌い。気持ちはわかるが、司令官くらいは受け入れてもらいたいものである。

 

 

 

そこからは涼月さんの知る限りの情報を聞いていくこととなる。島風さんのように記憶が混濁していることはなく、今までやってきたこともおおよそ覚えているらしい。

 

涼月さんはあちらの鎮守府で建造され、その後、深海忌雷を寄生させられた。その時に人間への憎しみが頭の中に入ったそうだ。自分が涼月であると認識しながらも、深海棲艦であるという認識もあった。そこに『種子』を埋め込まれて、空母鳳姫の側近とされたようだ。

 

「あの時、貴女方は空母鳳姫に仇なす怨敵としか思えませんでした。特に空母……空母だけは何が何でも潰せと、命令されていました」

 

やはり空母対策。空母鳳姫側も、龍驤さんを強く意識していたのだろう。私達があの場所に先んじて待機していたからこそまともに戦闘出来たが、そうでなかったら夕暮れから鎮守府近海で戦闘開始。龍驤さんが出てきたとしても完封するつもりだったようだ。対空をする必要が無くなっても、両用砲は主砲として使っても有り余る火力を持っている。

空母鳳姫も涼月さんに特別目をかけていたらしい。対空母、対龍驤さんとしての虎の子。結果的に分散して各個撃破がうまくいったからいいものの、それが出来なかった場合、こちらの空母は相手の目論見通り完封されていた。

 

「私は建造されてから、ほぼ空母鳳姫と一緒に行動していました。なので、あちらの内情とかには疎くて……」

「大丈夫です。あちらがそういう敵であることはこちらも理解しているつもりですから」

 

元が人間であり、研究者。そのためか、情報漏洩の可能性は徹底して消している。目をかけているものにも必要最低限しか伝えていない。だから空母鳳姫は無言で消えていったし、戦艦天姫は何もわかっておらず盲目的に従っているのだと思う。

結果的に、涼月さんはほぼ情報を持っていなかった。それは仕方のないことだ。

 

ここからは涼月さんの今後の話になる。

 

「涼月さんは今後どうしていきたいですか?」

「助けていただいた御恩を返したいと思います。私が助けを求め、貴女がそれに気付いてくれました。御礼をさせてください」

 

幸い、ここには同類が多い。艦娘と深海棲艦、どちらの意識も持ち合わせてしまっている涼月さんには、居心地のいい場所になり得るだろう。

ただし、ここには2人の人間がいる。それを受け入れられるかどうか。

 

「でしたらここに配属する形でいいですか?」

「配属……さっきの人間の部下になるということでしょうか」

「そうなりますね」

 

またもや明らかな嫌悪感。これはもしかしたら私よりも酷い人間嫌いなのではなかろうか。

 

「……行く当ても無いので、仕方ありませんか」

「司令官は本当にいい人間ですから。信用してください」

「少しの間、観察させてもらいます。信用に値する人間かどうか」

「大丈夫ですよ。私が保証します」

 

人間への嫌悪感はすぐには払拭出来ないだろう。ウォースパイトさんからも時間が解決すると言われていることだし、今私自身が苛まれている問題でもある。

気持ちはとてもわかるが、司令官と佐久間さんだけは受け入れてもらわなくては。

 

「ああ、自己紹介が遅れました。私は朝潮、朝潮型駆逐艦1番艦の朝潮です」

「……駆逐艦?」

 

その反応ももう仕方のないことである。

 

「朝潮は敵のお姫さんに身体をめちゃくちゃにされたんだよ。あ、ボクは皐月ね」

「最初は駆逐艦だったんだが、今は陸上型深海棲艦だよ。私はヴェールヌイ。響と呼んでくれればいい」

 

艦娘2人が補足説明をしつつ自己紹介。人間は嫌いだが艦娘は問題ないみたいだ。あの時の私とはそこが違う。人間に従っているものも敵という考えには至らないようだ。

 

「背中に忌雷があるから私と同じだね! 島風だよ、よろしく!」

「雪です。私も忌雷が寄生してるよ」

「同類がいるというのは心強いです」

 

ここに配属された理由はいろいろあるが、仲間がいるというのはそれだけで心の支えになるだろう。アウェー感が無くなるというか。

 

ひとまずは私達の仲間となってくれた涼月さん。この鎮守府でいい人間と触れ合い、少しでも人間嫌いが克服出来ればいいのだが。




新たな仲間、人間嫌いの涼月。加藤司令官を嫌った状態からスタートする娘は、実は初めてですね。司令官という役職と、そもそもの人柄から、加藤司令官は受け入れられやすい人間だったので。


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人嫌いの涼月

空母鳳姫の側近として、洗脳され働かされていた防空埋護姫、涼月さんが鎮守府に配属することになった。しかし、深海忌雷が寄生している影響で、今の私、朝潮と同じほどの人間嫌いを患ってしまっていた。鎮守府を治める者、私達の司令官が人間であることから、配属を渋るほどである。行く当ても無いのでここにいることにしたようだが、嫌悪感は簡単には払拭出来そうにない。

今はなるべく顔を合わせない方針でいくことになったが、どうしても食事の時間は同じ場所で食べることとなる。そのため、涼月さんの周りには視界を遮るために何人かが常に囲うことになっている。同じ空気を吸いたくないと言わないだけマシだった。

 

午前中は涼月さんの艤装周りを確認。本来なら佐久間さんにも付いていてもらいたかったのだが、諸々の事情により断念。深海艤装のため、セキさんとイクサさんが確認することとなった。

イクサさんは何だかんだ御意見番役を買って出てくれた。私達は深海棲艦の種類については知っていることが思った以上に少ない。

 

「例の装置を抜いたが、まともに動くみたいだな」

「はい、上々です。違和感なく動かすことが出来ます」

 

巨大な両用砲がガチャガチャと音を立てて上下に動いた。口径としては小さいのに威力は戦艦並みにある深海の謎である。

本来、秋月型防空駆逐艦なら、照月さんの持つ長10cm砲ちゃんをマイナーチェンジしたものを持っているが、涼月さんの場合は艤装が完全に防空埋護姫のものに差し替えられてしまっているため、長10cm砲ちゃんは存在しない。

 

「聞いているかは知らないが、お前には欠陥(バグ)がある。対潜行動が出来ないそうだ」

「その程度でしたら差し支えはありません」

「それならいい」

 

欠陥(バグ)についても何も気にしていない様子。対潜が出来ないくらいなら大したことではない。駆逐艦でありながら、出来ることは重巡洋艦や戦艦のようなもの。強力な火力と魚雷というのだから、重巡洋艦が近いか。

涼月さんは深海棲艦ではあるが、オーバースペック組に属することになりそうだ。サイズはさておき、時津風さんと萩風さんが一番近しい。

 

「この鎮守府がどういうものかは聞いているか?」

「いえ、まだ。でも、説明するのはあの人間なんですよね。でしたら話すのはちょっと……」

「重症ね。気持ちはわかるけど」

 

溜息をつくイクサさん。穏健派であるイクサさんには理解が出来ない感情のようだ。そもそもイクサさん自身も司令官に好意を持っているように見えるし。

 

「彼はいい人間よ。ねぇ、アサシオ?」

「はい。慣れるのには時間がかかるかもしれませんが、司令官は本当にいい人間ですから。それに、信用に値するか観察するんですよね?」

「……そうですね。人間というだけで嫌うのは少し早計でした。貴女方の言う通り、まずは見させてもらいますね」

 

本来の涼月さんの性格のおかげか、とても素直で物分かりがいい。嫌悪感を抱いている相手にも真摯に向き合おうとしてくれている。元はとても真面目な性格なのかもしれない。深海棲艦化の影響がそこかしこに出てしまっているが、ここで生活することで、元の性格が強くなってくることだろう。

 

 

 

涼月さんはそのまま工廠でセキさんとイクサさんから説明を受けることとなったので、私はその足で執務室に向かった。司令官に涼月さんのことを伝えるためである。

人間嫌いな者が所属するのは初めてのこと。最初から拒絶された状態というのは無かったそうだ。初霜も似たような経歴だが、それはトラウマから誰も信用出来ないという全方位への敵意だ。人間だからという理由でピンポイントで毛嫌いされる方が辛いだろう。まだ無関心の方がいい。

 

「今までに無かったことだからね。実はそれなりに堪えているよ」

 

苦笑する司令官。今までにない悲愴感が伝わってくる。

 

「そもそも目を合わせてくれないし、こちらを見てくれたと思ったら嫌悪感がヒシヒシと伝わってくるんだ。さっきの短時間だけでそれだからね」

「司令官は歩み寄りたいのに、涼月さんは離れていってしまいますからね……こればっかりは待つしかないかと」

「だねぇ。……思春期の娘を持つとこういう感じなんだろうか」

 

言いながらも書類仕事をテキパキとこなしていく。あの筋肉質な巨体が、小さなペンを持って事務作業をしている姿は、何処か可愛らしい。山城姉様が惚れるのもわかる気がしてきた。

 

「涼月さん自身、司令官が信用に足る人間か見させてもらうと言っていました。司令官なら普段通りで問題ないかと」

「そう言ってもらえると嬉しいね」

「私達が一番わかっていますよ」

 

この司令官なら、平常運転を見ているだけでも信用を得られるだろう。何も悪いことなどしていないし、いつも私達部下のことを気にかけてくれている。司令官の鑑と言えるだろう。

なんなら同じく人間嫌いにされてしまった私が司令官の良さを直に教えていってもいい。ここに住むのだから皆が仲が良い方が居心地がいい。涼月さんにもだし、私達にもだ。

 

「まずは司令官と佐久間さんに慣れてもらわないといけませんね。特に佐久間さんは、これからお世話になることも多いでしょう」

「そうだね。すぐに顔を合わせることは出来ないだろうけど、ゆっくり行こう。時間が解決してくれるはずさ」

 

ここは焦ってはいけないだろう。無理にやれば余計に嫌いになってしまいそうだ。少なくとも、私は同じことをされたら人間嫌いが悪化しそう。

 

「そうですね。焦らず騒がず、涼月さんと付き合っていこうと思います。幸い私達には普通に接してくれるので」

 

人間相手以外なら普通の艦娘であるため、その辺りだけは心配が無い。

 

 

 

午後からは島風さんも加わり、涼月さんに鎮守府を案内する。島風さんは相変わらずコミュニケーション能力が振り切れており、もう仲が良さそうだ。島風さんが涼月さんと同類。仲間意識としても、島風さんが最も近い人になるだろう。涼月さんも島風さん相手だとすぐに心を開いた。

午前中に説明され、この鎮守府がいろいろな種族の者が所属している特殊な鎮守府であることを理解していた。そもそも自分の境遇が世の中には無いような経緯。似たような人が他にもいると聞いただけでも驚いていた。

 

「ここはいいところですね」

 

あらかた案内し終わり、談話室で雑談。行くところ行くところで所属している艦娘が話しかけ、嫌でも関係を作っていく。昼食のときも誰かが必ず近くにいる。涼月さんの場合は視界に人間を入れないようにするというのもあるが、そんなこと関係なしに誰かがいる。

そんな状況に、涼月さんも楽しんでいるように思えた。ここで目覚めた時よりは笑顔も増えたと思う。そこからの今の言葉だ。まだ半日程度ではあるものの、鎮守府の良さに気付いてもらえたようだ。

 

「だよね。私もすぐにここに馴染んじゃった」

「島風さんも私と同じようなものなんですよね」

「そうだよ。私もあの敵の姫にこれ付けられて、それでも言うこと聞かないから要らないって捨てられちゃった。朝潮に拾ってもらわなかったらのたれ死んでたかも」

 

仲間の証、背中の深海忌雷。最初は私だけだったこの特殊な身体も、今では4人目。涼月さんも深海の匂いがやたら強くされてしまっている。こうやって3人で集まって歩いているので、相乗効果でとんでもないことになっているだろう。おかげで皆の心が安定している。

 

「普通なら見捨てられそうな私達ですが、この鎮守府は受け入れてくれます。他ならぬ司令官が私達を拾ってくれましたから」

 

人間(司令官)の話題が出て、少しだけ顔を顰める。話に出るだけでも嫌悪感を感じている様子。面と向かった時よりは軽いが、人間嫌いは根深い。

 

「……そんなにあの人間はいいんですか?」

「勿論。欠陥(バグ)がある私を見捨てなかった素晴らしい人間です。所属している全員を娘のように愛していると公言するほどですから」

 

間髪を容れずに答える。本心からだから考えることもない。隣の島風さんも首を強く縦に振る。

 

「私みたいな漂流してきたのも、何も言わずにここに置いてくれてるんだもん。私の理由は結構軽めじゃないかな?」

「そうですね。重い理由を持っている人は多いです。それでも迎え入れてくれるんですから」

 

まだ後発組には話していないが、雪さんの経緯がおそらく一番重い。それでも今は、佐久間さんの助手として健気に働いている。

元深海棲艦の人達もそうだ。山城姉様と激戦を繰り広げたガングートさん、私を瀕死にさせたウォースパイトさん、卑怯な作戦で私達を追い込んだ過去を持つ瑞穂さんに、命惜しさに私達を裏切った過去を持つポーラさん。そして混ぜ物から奇跡の浄化を遂げた雪風さん。皆重い。その死の瞬間まで知っているために、より重い。

 

「救える者は救うという信念は、ここに所属しているからこそ生まれた信念です。ということは、皆、司令官のおかげでそこに辿り着けたということになります」

「そこまで絶賛するほどですか? 人間を?」

「気持ちはわかります。私も人間は大嫌いです。ですが、好きになれる人間もいるということを理解しています。司令官や佐久間さんがそれに該当しますね」

 

ほんの少しの説得。これが人間嫌いを払拭するためのキッカケになってくれれば嬉しい。私は本当に酷いものを見てしまったせいでまだまだ払拭は難しいが。

涼月さんの人間嫌いは、私のように()()()()()()()()()()というわけでは無いだろう。深海忌雷から流れ込んだ思考操作により生まれた考え方だ。まだ取り返しがつく。

 

「涼月さん、ほんの少しでいいので、ここにいる人間は見てみてください。信用に値する人間ですから。司令官も、佐久間さんも」

「……恩人である貴女がそう言うのでしたら。元々私も観察すると宣言していますし」

「はい、それで結構です」

 

ここで、佐久間さんの反応が近付いてきていることに気付く。こちらを探しているとかそういうのではなく、たまたまだ。これは避けた方がいいのだろうか。余計な諍いは起こしたくないが、避けて通るのも何か違う。

 

「あ」

 

そうこうしている内に談話室に入ってきてしまった。途端、涼月さんの顔が嫌悪感に歪む。

 

「えーっと……うん、サヨナラ!」

「佐久間さんちょっと待ってください」

 

気まずい雰囲気になったので逃げ出そうとした佐久間さんだったが、島風さんが見事に捕縛。気まずいのはわかるし、逃げ出したいのもわかるが、佐久間さんは何も悪いことをしていないのでちょっとここにいてもらう。説明したいこともある。

 

「いやいや、さすがに私も弁えてるって。涼月ちゃん、人間が好きじゃないんでしょ? 視界にも入らない方がいいでしょ」

「視界に入らないと、信用出来る人間かどうかはわからないでしょう。ねぇ涼月さん?」

 

心底嫌そうな顔をしているのがわかった。変えられた本質は、そう簡単に正せるとは最初から思っていない。それも含めて今の涼月さんを構成している。ただでさえ今日目覚めたばかりなのだから、そんなにすぐ変えられたら苦労しない。

だが、避けていたら今の場所から進み出すことも出来ない。信用するもしないも、まずは行動を見てみないことにはわからないのだ。それを怠るほど涼月さんも愚かではないだろう。

 

「涼月さん、この人が、涼月さんの身体から『種子』を中和したんです。謂わば、涼月さんは人間のおかげで元に戻れたんです。本当の恩人は佐久間さんなんですよ」

 

不快そうに佐久間さんを一瞥する。そんな視線で見られても、佐久間さんは態度を変えない。むしろ、今までに受けたことのない視線だからか、なんだか少し嬉しそう。

 

「涼月さんだけじゃないです。佐久間さんのおかげで皆が救われてます」

「洗脳が解けるようになったのも佐久間さんのおかげなんだよ。てきのせいで気持ち悪くなるのが無くなったのも、敵の近くだと艤装が動かなくなるっての直したのも、全部佐久間さんのおかげなんだから」

 

島風さんも自慢げに話す。佐久間さんの功績はもう誰も足を向けて寝られないほどになっている。佐久間さんがいなければ、今頃全滅していただろう。それを覆してくれたのは本当に大きい。鎮守府への貢献度はダントツに高い。

 

「……私の洗脳を解いてくれたのは、御礼を言わせていただきます。ありがとうございました」

「あ、うん、どういたしまして」

「それだけです。まだ私は信用出来ません。皆が口を揃えて信用出来ると言っても、実際見ないとわかりませんから」

 

涼月さんの方が談話室から立ち去ってしまった。それを島風さんが追ってくれたので、私は佐久間さんの近くへ。

 

「いやぁ……根深いね」

 

タハハと苦笑する佐久間さん。だが、この現状を悲観しているようには見えない。むしろ楽しんでいる。

 

「出来れば何事もないか調査したかったんだけど、今は難しいかな」

「そう……ですね。今の態度からして、多分触らせてもくれません」

「だよねぇ。いつもみたいに血が欲しかったんだけど、今はやめておこうかな。時間かけて仲良くなっていこう」

 

あんな目で見られても諦めていない。佐久間さんがそんなことで諦めることはないだろう。涼月さんは人間が嫌いなだけでとても誠実な人だ。わかってくれれば、確実に仲良くなれる。

 

前途多難ではあるものの、光が見えないわけではない。ゆっくり、ゆっくりとこの場所に馴染めるように。




涼月の人間嫌いはとても根深いもの。本質に絡み合ってしまっているので簡単には解けそうにないです。ですが、もしそれが改善されたとすれば……とても心強い存在になるかもしれませんね。


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見えてきた勝機

涼月さんが配属した日、鎮守府の復旧も完了。大部屋での生活も終わり、皆が私室に戻っていく。涼月さんも私室を与えられ、この鎮守府での居場所が作られた。夜は島風さんが一緒に寝ると豪語していた。孤独を嫌い、必ず誰かと一緒に眠る島風さんだからこそ許された行為。涼月さんも、同類相手だからかそれを咎めることはしない。

その涼月さんは、佐久間さんと面と向かったことで何か変わったかといえばそんなことはない。まだ1日目だ。ゆっくり腰を据えて付き合っていくのがいいだろう。急ぐことはない。ここで生活していれば、きっと人間嫌いも緩和されるはずだ。

決して治せとは言えない。深海の、黒の本質として完全に混ざり合ってしまっているのだから、それが今の涼月さんを作り上げているものなのだ。無理に治そうとしたらバランスを崩してしまうかもしれない。今は着実に進めていくことの方が大事である。

 

「姉さんはちゃんと治しましょ。本質とは違うんだから」

 

霞に念を押された。私もそれなりに重い後遺症に苛まれている。涼月さんにも普通に言ってしまったが、今の私は涼月さんのことをとやかく言えないくらいの人間嫌いだ。信用出来る人間以外は顔も合わせたくない。

前までの自分を知っているからこそ、治したい後遺症である。今後、他の人間と顔を合わせる機会もあるだろう。その時に何かやらかしてからでは困る。

 

「そうね……今はゆっくり向き合っていくことにするわ。焦りは禁物だと思うもの」

「それがいいわね。焦ったらまずいことになるでしょ」

 

失敗したら取り返しのつかないことになる可能性がある後遺症。なるべく気をつけて、慎重に。誰にも迷惑をかけないように。まずは、基本的に人間と関わり合いにならない方向で行こう。任せられる仲間は、それこそ沢山いるのだから。

 

 

 

翌日から、戦艦天姫との戦いに向けて準備を始める。今は朝の全員会議。ここ最近こういうこともまともに出来ていなかったため、現状をおさらいしがてら、次の戦いのことについて話す。

 

前回の空母鳳姫の時と違い、戦艦天姫の襲撃のタイミングは掴めない。気まぐれに来ているようにしか思えないからだ。そのため、今日襲撃されるかもしれないし、あちらが防衛に入って襲撃は無いかもしれない。それならば、緊張感に支配されるよりも、準備が出来るまで時間を有意義に使おうという事になった。

敵鎮守府の様子は、今も南司令官と川内さんが調査してくれている。襲撃のタイミングがわかれば、こちらに連絡してもらうよう手配済みだ。つまり、連絡が来るまでは戦闘はないということだ。

 

「連絡が来るまでは、皆、いつも通りに過ごしてほしい。変に気負わないこと。作戦はしっかり構想中だ」

 

敵鎮守府が本土に接していること、そして、大本営に近いこともあり、こちらからの襲撃は危険だ。出来れば襲撃を事前に知り、鎮守府に近づく前に押さえる。もしくは何らかの形で誘き出す方針で行きたい。

北端上陸姫は鎮守府内を陣取るだろうが、そちらは最後まで放置でももういい。とにかく最後の砦が大きすぎる。あれを対処しない限り、私達に勝ちは無い。

 

「皆は強い。あの強敵も、必ず討ち倒してくれるだろう。……私が海上に立つことが出来れば良かったのだが」

「久しぶりねそれ。今回はそれだけ強敵ってことかしらね」

 

山城姉様の言う通り、このセリフも久しぶりに聞いた。出られるものなら是非とも出ていただきたいのだが、それは叶わぬ夢。だから私達が頑張るのだ。司令官の愛娘であり伴侶である私達が。勿論勝つ。最善の状態で最高の勝利を司令官に届けよう。皆やる気は漲っている。

特に、ついに出番が回ってきたと清霜さんが一番張り切っている。フンスフンスと鼻息荒く、既にやる気が外に溢れるほどになっているほどだ。

 

「清霜君。ついにこの時が来たよ」

「うん! 戦艦の人達に教わったこと、全部ぶつけるんだから!」

 

元帥閣下の大和型から訓練してもらい、イクサさんのような深海の戦艦からも教えを請い、ここで出来ることを全てやり、毎日尽力してきた。全てはこの時のため。名誉大和型として、大和型をベースとした戦艦天姫を倒すため。この努力は決して無駄にならない。

 

「と、ここで1つ発表しなくてはいけないね。セキ君、話してくれ」

「ああ」

 

会議の場でセキさんが前に出るというのはとても珍しい。むしろ初めてのことだ。

 

「明石と共に、涼月から摘出した生成装置の解析が完了した。あのシステムと、朝潮の『種子』も組み合わせることで、おそらくだが深海艤装の過負荷は克服出来る」

 

つまり、今まではどうしてもここで待機していなくてはいけなかった深海艤装組が、全員出撃可能になったということだ。セキさんの言葉で、一斉に歓声が上がる。自分の名前は出たが意味がわからない涼月さんはビクンと震えるだけだった。

金の『種子』によるブーストは無いが、艤装が使えるようになるだけでも充分だった。搦め手も使えるし、数的優位を強引に勝ち取りに行くことも可能。戦術が一気に拡がる。

 

「MVPは睦月だ。睦月の閃きで解析が一気に進んだ。褒めてやってくれ。褒められて伸びるタイプらしいからな」

「褒めるがよいぞー!」

 

それはもう揉みくちゃにされていた。筆頭は妹である皐月さん。

なんでも、生成装置と深海艦娘に植え付けられていた小型艤装の共通点を睦月さんが指摘したことから解析が進んだらしい。それを体内ではなく艤装内だけで回す方法も。工廠組にしかわからない会話なのだろうが、それにより戦況はより良い方向に進んだのだから、睦月さんはヒーローである。

 

「昨日、朝潮から摘出した『種子』で、全員分賄えることは確認している。あとは簡易装置の量産と組み込みだけだ。余程のことがない限り、2日程度で完了するだろう」

 

たったそれだけの時間で量産出来るとは。一度作れてしまえば、簡単に量産出来るようなものなのだろうか。工廠組は本当に別世界である。

 

「あと、金の『種子』も1つだけ出来たよ」

「なら大潮にお願いします! 立候補させてください!」

 

佐久間さんに被るくらいの勢いで大潮が立候補。霞に続き、春風と初霜にも埋め込まれたことで、自分も欲しくなったのだろうか。ずっと燻っていたのが爆発したようだ。他に立候補者も出なかったので、最後の金の『種子』は大潮が埋め込むこととなる。

 

「以上のことから、こちらから挑む場合は早くても3日先だ。それまでは各自、研鑽に努めること。いつも通りで充分だよ」

「かぁーっ、提督の期待が重ぇなぁ!」

 

言いながらも笑顔の天龍さん。言葉とは裏腹に、重みなど一切感じていない。気の持ち方がより一層勝利に近付けただろう。

 

「……ここの人達は元気ですね」

 

ボソリと涼月さんが呟く。まだこの雰囲気には慣れていないだろうが、大丈夫。そのうち嫌でも慣れる。すぐにこの鎮守府の一員として板についてくる。

人間である司令官と佐久間さんがいる全員会議は不参加かと思ったが、律儀に参加してくれた辺り、やはり涼月さんはいい人。人間嫌いも治らないものでは無いだろう。やはり時間が解決してくれるはずだ。

 

「次の戦いは総力戦だ。敵は1人かもしれないが、こちらは全員を出すくらいに考えている。皆がベストの状態で挑めるように、私も尽力させてもらうよ」

 

総力戦。今までにない大規模な作戦。ここに配属された50余名全員が出撃するという前代未聞の戦場だ。部隊選定など必要ないほどだ。どういう順で攻め込むか、それを考えるだけ。

それほどまでに敵は強大。そこまでやらなくてはいけないほどに勝ちが薄い戦場。それでも、今の私達は負ける気がしないでいた。

 

 

 

朝会議終了後、各々持ち場に戻る。工廠組は今から大忙しだ。何より、誰も手伝えないというのが大きい。私には応援しか出来なかった。

各自演習や訓練、哨戒任務に向かう中、私はというと早速大潮に金の『種子』を埋め込むためにいろいろと準備していた。私が霞に施術したことから、埋め込むのは姉妹艦がやるのが暗黙の了解となっている。

だが今回は少し違い、瑞穂さんも同席。瑞穂さんに一番懐いている大潮だからこそ、傍にいてもらうことを望んだようだ。小型艤装を破壊した時もそうだが、大潮への施術は2人がかりになることが基本のようである。

 

「何処にする?」

「霞は背中なんですよね。じゃあ、大潮も背中にします。瑞穂さん、胸を貸してもらっていいですか?」

「声を抑えるためですね。かしこまりました」

 

小型艤装を破壊したときのように、角が刺さらないように瑞穂さんの胸に顔を押さえつけ、声が漏れないようにした。初霜のやらかしを知っているからこそ、最初から対策を取った。多分、大潮は声が抑えられない。やらかす。

手早く背中に小さな傷をつけて、『種子』をあてがう。これももう4度目。こなれたものではあるものの、反応を見るのはどうしても慣れない。

 

「じゃあ、頑張って」

 

『種子』が大潮の中に潜り込んだ瞬間、やはり大潮のものとは思えない嬌声。私からは少し見づらいが、表情すら見たことのないものだった。今まで会ってきた妹達の中では比較的幼いイメージの大潮だが、今だけは朝潮型の次女であると認識させてくれる。正直、霞より()()()()

 

「ひっ……ひっ……」

「落ち着かれるまでこのままで大丈夫です。余程の快楽なのでしょう。どうぞ瑞穂の胸で抑えていただければ」

「ありがとう、ございます」

「っ……」

 

瑞穂さんの反応からして、大潮の潤んだ瞳での上目遣いにドキドキしてしまったのだと思う。霞も同じことをしたので、そういうところはやはり姉妹だなと感じた。私も同じことが起きたら同じように振舞ってしまいそうだ。

 

「ふへぇ……治まりましたぁ……瑞穂さん、ありがとうございます」

「いえ、問題ありません。よくぞ耐えられました」

 

瑞穂さんの顔も少し赤い。妙な雰囲気になってしまうのがこの施術の厄介なところ。

 

「これでお姉さんと並んで戦えますね」

「……気にしてた?」

「少しだけ。みんなに置いていかれてるような気がしたのは確かです」

 

いつも明るい天真爛漫な性格の大潮にも、悩みはあるものだ。霞が洗脳された時に支えになってくれると言ってくれていたが、ここ最近はアサとヨルがいることで相談することも少なくなっていた。戦闘面でもそうだ。過負荷のせいで戦場に出られず、燻る日々が続いていたのだろう。

それが今、力を得たことで私に並び立てるようになった。心の底から喜んでいるのが見て取れる。次の戦いは、一緒に戦える。

 

「でも、大潮はお姉さんの1つ下の妹! 謂わば、お姉さんの側近中の側近です! 大潮に任せてください!」

「側近だなんて思ってはいないけど、よろしく大潮。私達とは違うオールラウンダーだもの。頼らせてもらうわね」

「はい! アゲアゲで行きましょう!」

 

いつになくやる気に満ち溢れている。空回りもしなそうに安定。目が燃えているようだった。春風のように炎が灯っているわけではないが。

 

「瑞穂も粉骨砕身の覚悟でお手伝いいたします。次の戦場は瑞穂にとっても聖戦と言えるでしょう。お役に立ちますので、是非ともお使いください」

「はい、勿論。私達朝潮型にはいてもらわなくてはいけない存在ですから。勝って必ず生きて帰りましょう。死んだら許しませんよ」

 

もう瑞穂さんも名誉朝潮型と言えるほどに深い繋がりを持った人だ。一緒に練習巡洋艦姉妹として活動していたくらいなのだから、もう切っても切れない仲であると断言できる。またお姉様なんて呼んでくれたら嬉しいものだ。

 

「無論です。瑞穂は全ての朝潮型に仕える者。死はより深い罪であると心得ております。お側を侍らせていただくことが無類の幸福です。それを死などという低俗なもので手放すなどとんでもない。瑞穂は死ぬことなく、一生を朝潮様のお側で終えることを誓いましょう。瑞穂の命は、常に朝潮様の手のひらに握られているのです。朝潮様が死ねと命令しない限り、瑞穂は死ぬことはございません」

 

命を握っている実感は無いが、私と共に生きてくれると言ってくれたのは素直に嬉しい。

 

「瑞穂さん、大潮もですよ!」

「はい、大潮様とも共に生きます。アゲアゲ、ですよね?」

「そうです! みんなでアゲアゲでいきましょう!」

 

どんな強大な敵が相手でも、死ぬつもりなんて毛頭無い。皆で討ち倒し、生きて次の日を迎えるのだ。

 

やる気は充分過ぎるほどある。この有り余る力を戦艦天姫にぶつけ、これで本当に最後としたい。次の戦闘で、ほぼ全てを終わりとしたいものだ。

 




大潮のそういう姿というのはちょっと想像しづらく。


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陣地にて

決戦への準備を進める鎮守府。工廠組の活躍で深海艤装への過負荷を取り除けることが確約されたことで、戦力外通告は無くなった。また、1つだけ出来た最後の金の『種子』も大潮に埋め込まれ、戦力もアップ。今から数日間は、普段通りに生活して英気を養いつつ、自分を高めていくことになる。

 

私、朝潮は基本的に以前のように訓練担当となるのだが、陸上型深海棲艦として自分の陣地に戻りたいというのもあった。領海の島を正真正銘自分のモノとしたことで、以前よりも愛着が湧いている。今の私はあの場所でも回復出来るため、出来ることなら行きたい。陸上型となったことで帰郷本能とでもいうべき感情が生まれている。

司令官に哨戒も兼ねて陣地に行きたいと交渉したところ、快く了承してくれた。心身共に十全な状態に持って行こうと思うと、そういった息抜きも必要であると理解してくれる。ただし、1つだけ任務を追加された。

 

「お母さん、よろしくお願いします!」

「はい、よろしくお願いします」

 

その任務というのが、雪風さんの初陣。こんな時ではあるが、本当に緊急時は、自分の身を守るためにも戦える術を知っておいた方がいい。今回は哨戒任務ではあるが、万が一敵が現れた時のことを考えて、当然雪風さんも武器を装備している。

 

「今日も私と雪が随伴だから、雪風は大船に乗った気持ちでいていいよ!」

「うん、わたしも装備積み直したから、いざという時は戦えるからね」

「島風ちゃん、雪ちゃん、よろしくお願いします!」

 

随伴は領海に行く時には比較的多い島風さんと雪さん。今回は雪さんの保護者である叢雲さんは別件で参加出来ず。私に保護者の権利を託してくれた。雪さんに何かあったら私が酷い目に遭わされるため、少し慎重に。

佐久間さんの薬によって雪さんも体調不良に陥ることが無くなったので、装備を積み直した。今度の総力戦、力を借りることもあるかもしれない。あの当時の力は当然失われているものの、戦力としては充分である。

 

2人が随伴になった理由はもう一つあった。

 

「私もお付き合いします」

「はい、問題ありません。深海の身体なら、あの場所は落ち着くと思いますよ」

 

涼月さんが便乗するからである。緊急時に相乗効果で癒しを提供する。

口には出していないが、出来ることなら人間のいる場所から身を離したいと考えてのことだろう。破壊衝動に駆られないだけマシではあるが、やはり人間嫌いは根深い。時間をかけて、ゆっくりと進めて行こう。観察だけは続けているようだし、今はそこまでの心配はないはずだ。

 

 

 

領海、私の陣地に到着。いつ来てもこの風景は変わらず、私が近寄っただけで海が赤く染まっていく。主の帰還を待っていたかのようだった。

 

『やっぱり前よりも馴染む感じだな』

「そうね。鎮守府より落ち着くように思えちゃう」

『お前の身体の一部のようなものだからだろう。思考の海なのに私も落ち着けるんだからな』

 

浜辺で艤装展開。巨大なアサと尻尾のヨルを展開すると、より一層解放されたかのような気分。自然とアサにもたれかかる形に。

ここを自分のモノとしたとき、皆に完全に中枢棲姫だと言われたが、今のこの姿が中枢棲姫そのものらしい。艤装にもたれかかり、水平線をただ見つめるだけでボーッとしているのみ。とても落ち着く。ヨルですら、浜辺に身を委ねてピクリともしない。

 

『ここ好きー。ずっとここにいたくなっちゃう』

『だな。でも鎮守府の連中を放っておくわけにもいかない』

『うん。みんなと一緒にいるのも好きー』

 

後付けとはいえヨルももう私の一部。この場所は落ち着ける場所になっているようだ。ジッとしているだけで心身ともに回復しているように思える。いるだけで心地いい。やはり自分の陣地は良い。領海としてここに癒されに来ていた時よりも、深く休まる気がする。

 

皆がアサにもたれかかってうつらうつらしていた。一応哨戒任務という名目ではあるのだが、ただ単にここでのんびりする意味合いの方が強い。深海の身体である島風さんと雪さんは勿論のこと、元深海棲艦であるだけで今は艦娘の雪風さんですら、ここののんびりとした空気に和んでいる。

ただし、涼月さんだけは浜辺にすら上がることなくこちらを見ていた。こんなのんびりしていること自体が信じられないようだ。

 

「こんなことしていていいんでしょうか。哨戒任務なんですよね」

「いいんですよ。ここに来た目的は、これをするためです。哨戒は名目上で、私の陣地を私の色により染め上げるべく、ここに滞在しているんですから」

 

その証拠に、島はもちろんのこと、海にも私の力がどんどん流れ込んで行き、前以上に赤く染まっていた。意識していないのに領海は増えていく。そして、増えれば増えるほど心が落ち着いていくのがわかった。侵略してまで領海を増やそうなどとは思わないが、勝手に拡がってしまうものは仕方ない。

 

「ささ、涼月さんも上がってください」

「は、はぁ、失礼します」

 

おずおずと浜辺へ。

 

「ずっと緊張していると疲れるでしょう。ここには人間はいませんから、寛いでください」

 

人間が足を踏み入れていたら、涼月さん以前に普通に私が怒っている。この島には、気を許した者以外は上げるつもりはない。

 

「ここなら誰にも邪魔されずに落ち着けますからね」

「そうですね……来てよかったかもしれません」

 

島に上がったことで気分が落ち着いたか、他の人と同じようにアサにもたれかかる。心身共に癒しの場として成立させるためには、アサの存在が必要なのかもしれない。ただ座っているよりも癒される気がする。

 

「たまに来る予定なので、毎回便乗しますか?」

「よろしくお願いします。ここが唯一の心休まる場所なので」

 

鎮守府にいるだけでストレスが溜まると言っているようなものだ。

口には出さないが顔にはとても出ている涼月さん。やはり人間と同じ空間にいるのいうのがストレスになっている。まだ2日目。簡単に払拭なんて出来るわけがない。

 

「ところで教えてもらいたいことがあるんですが」

「はい、なんでしょう」

「雪風さんの言う、お母さんとは」

 

すごく説明しづらい。雪風さんの経緯をある程度話さなくてはいけないのが難しいところ。それに関しては雪風さんがいないところでゆっくりと話すことにしよう。余計なことをして雪風さんの記憶が戻ったりしたら辛い。

 

「その話題はこの場ではやめておきます。少し話しづらい内容なので」

「そうですか。普通の関係では無さそうですし……」

「ちょっと難しい関係なんです」

 

今までのことを話しておいた方がいいかもしれない。この場にいるメンバーでは私が最古参になる。一番新人の涼月さんに、今までどんな戦いをしてきたかは教えてもいいだろう。それでも余計なことは言わないように。

昨日のセキさんの話は鎮守府がどういうものかを説明したに過ぎない。鎮守府の歴史に関してはここで私が話そう。

 

「代わりに他の話をしましょうか。少しでも鎮守府に慣れられるように昔話でも。今までいろいろありましたからね」

 

これで少しでも涼月さんが鎮守府を好きになってくれれば、人間嫌いの払拭も早くなるだろう。私達の鎮守府に、涼月さんが嫌うようなところはない。人間という存在が嫌だというのなら、それは払拭できることだ。私が出来ているのだから、涼月さんだって出来る。

 

 

 

時間にして小一時間、涼月さんに昔話をいろいろと話をした。最初は普通だと思っていたような内容だったかもしれないが、二転三転する私の運命にハラハラしていた。こういう話術は得意な方では無いというか初めてだったのだが、楽しんでくれるのなら何より。

 

「その……いろいろありすぎじゃないですか」

「私もそう思います。楽しい人生ですけどね」

 

笑って言える。私は楽しい人生を謳歌できている。そして、これからも謳歌する。辛いことや悲しいことはあったが、それもちゃんと乗り越えられている。

 

「私もそういう人生を送ることが出来るでしょうか。楽しい人生と、自信を持って言えるような」

「出来ますよ、私達の鎮守府に居れば。ただ、こんな波乱に満ちた人生は望まないほうがいいです」

「あ、あはは……」

 

さすがに苦笑。自分では笑って話せるが、他人に同じ道を歩めとは絶対に言えない。身体を変えられて、頭の中を弄られて。私だって、駆逐艦朝潮として過ごしたいかと言われれば、迷わずYesと答える。でも、今までのことを捨ててと言われれば絶対に選ばない。

 

「涼月さんはまだ生まれたばかりですから。最初に一波乱ありましたが、これからは大丈夫ですよ。普通とは少し違う身体ですが、何も問題はありません」

「……そうですね。私が普通の涼月でないことは私自身でもわかっています。それでも受け入れてくれる皆さんは、心が広いですね」

「前例が沢山ありますからね。私もですし、深海艦娘の皆さんもそうです。司令官が全員を受け入れてくれるので、皆がそういう気持ちでやっています」

 

やはり人間(司令官)の話題になると顔を顰める。あまり振らないようにしようとは思っているが、この手の話になるとどうしても司令官のことを言わないと話が続かない。それくらい私達の根幹に存在する人なのだ。

 

「……私を受け入れてくれたことは感謝します。治療してくれたのも感謝します。ですが、今はそれだけです」

「感謝しているのならそれでいいですよ。無理しなくて大丈夫です。ただ……」

 

少しだけ真剣に。

 

「いくら嫌いだからといっても、手をあげるようなことはしないでくださいね。()()()()()()()

 

それだけは話しておかなくてはいけない。

まず私達で司令官をどうこうすることは不可能だ。洗脳されているときに殺そうとして、なすすべもなく私が屈服させられたため、私は身体でそれを理解している。

ただ、攻撃をしようとした時点で山城姉様に制圧される。そこからは命の保証が出来なくなる。私でも止められない。あと多分私も制圧に参加する。動けなくなるまで叩き潰すだろう。

 

「……いくら私でもそこまではしません。嫌いだからといって、壊す理由がないです」

 

私の気持ちは伝わってくれたか、嫌悪感より恐怖が勝ったように思える。私もそんなくだらないことで仲間を成敗したくない。

 

「抑えられるなら問題ありません。ダメそうなら無理に抑えますが」

「大丈夫です。観察だけはさせてもらいますが、襲うことはしませんよ」

 

諍いを起こさないでくれるなら、人間は嫌いでも、司令官や佐久間さんに関してはそのうち嫌いでは無くなるはずだ。急がず騒がず、遠目に眺める。無理に干渉もしない。

 

「今はそれでいいですよ。変にストレスを溜めないようにしてくださいね。私、ストレスで倒れた挙句、記憶障害になったこともあるので」

「……本当に何でもやってますね」

「そうですね。ここでやれる被害は全部被ってますね」

 

自慢にもならない。

 

「正直、尊敬してしまいます。私と同じ人間嫌いなのに、あの人間相手に明るく振る舞えるのが」

「私は後天性ですから。涼月さんとは重さが違います。いいんですよ。自分のペースで。今は治したいとも思わないでしょうけど、あそこにいれば勝手に治りますから大丈夫です」

 

この辺りで話を止めないと、余計なストレスになるだろう。今後は少しくらい話すかもしれないが、なるべく振らないようにしよう。それが涼月さんの特性、今の涼月さんを作っている要素でもあるのだから。

だから今は話を変える。もっと明るい話題に。

 

「そうそう、ここから南に行くと陸の鎮守府があるんですが、そこに照月さんが所属してますよ」

「照月姉さんが?」

「しかも、元深海棲艦です。防空棲姫だったと聞いてます」

 

一転表情が変わる。姉がおり、しかも自分と似たようなものであると聞けば、元気も出るだろう。

 

「いつか会いに行ってみたいですね」

「そうですね。私も久しぶりにお邪魔したいです。実は私が髪を結んでいるリボン、そこの鎮守府の人に借りてるものなんですよ。私が使い古してしまっているので、結果的に貰っちゃっているようなものなんですけどね」

 

ここからは楽しい話題で盛り上がった。涼月さんの知らない、私達の所属するところ以外の鎮守府の話題が多かった。この時には涼月さんも笑顔を見せてくれるように。

陣地の上というのもあり、回復効果は出ているだろう。その状態で人間の話題さえ出さなければ、涼月さんも優しく笑顔が綺麗な人だ。

 

ここに来たのなら、癒されなくてはならない。他の3人のように幸せそうに眠るも良し。涼月さんのようにお喋りでストレス解消をするも良し。

この島には持ち主が決めたルール、癒される義務がある。今はこの島の上にいる涼月さんも、当然その対象だ。最後には心身共に癒されて帰ってもらわなければ。そのためには、私は努力を惜しまない。

 

刻々と近付く戦いの前に陣地で癒されたことにより、良い結果に向かっているだろう。

 




朝潮が歴史を語る側になったというお話。あまりにも波瀾万丈すぎる人生に、涼月も苦笑い。


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再会

雪風さんの初陣となる私、朝潮の所有する陣地への哨戒任務は順調に進み、今は陣地の上でまったりしている。涼月さんともお話しが出来たのも上々であった。ただのんびりするだけの簡単な任務ではあるものの、これからも続けていきたい。心の安寧はいつでも大歓迎である。

 

そろそろ陣地から帰投しようかというくらいの時間に、電探に艦載機の反応が入った。この島にいる時に艦載機が近くに飛んでくることは実は意外とないこと。反応からして深海のものではないことはわかっている。

 

「お母さん、どうしました?」

「艦載機の反応が電探に引っかかりました。深海のものではありません」

 

この辺りに艦載機を飛ばしてくることがあるのは、まず確実に浦城鎮守府の艦娘だ。艦載機の飛ばし方からして……あれは一度見たことがある。瑞鶴さんだ。数的に2人分だと思うので、もう1人は葛城さんだろう。そういえば、一度この近くで援軍要請を受けたことがあった。

 

「朝潮ちゃん、もしかして……赤い海があっちの方まで拡がっちゃってるんじゃ……」

「……ああ、なるほど」

 

私の侵食が思った以上に広く、あちらの領海から視認できるほどになってしまったのかもしれない。赤い海が見えたら強力な深海棲艦が発生したと思うのが当然である。哨戒機を飛ばすのも至って当然。

私が海を侵食してしまうという情報は、他の鎮守府には伝わっていない情報だ。私達の鎮守府の内容で、全鎮守府に公表されている内容は、敵の攻撃により姿を深海に変えられている者がいるということと、誰が変えられたかという情報くらいである。

 

「私の成長の件は公表されていないんでしたね……」

 

それから少しして、私達全員が視認出来る位置に哨戒機を確認。足しになるかはわからないが、手を振っておいた。こちらには敵意などないと伝わればいいが。

少し頭上を旋回してから、元来た方向へと飛び去っていった。こちらが手を振ったのは見えていただろうか。

 

「下手したら討伐対象に誤認されちゃうかも」

「それは流石にまずいです。こちらから接触しましょう」

 

ただでさえ、今の私は朝潮として認識されない。新種の深海棲艦の姫として、鎮守府総出で討伐されてしまう可能性もあった。見知った相手が敵になられても困る。

 

「島風さん、雪さん、今の艦載機を追ってもらっていいですか」

「うん、わたし達で説明すればいいよね」

「おうっ! 任せて!」

 

少なくとも島風さんと雪さんはあちらと面識があるので、姿を見せれば攻撃はされないはずだ。2人に先行してもらい、事情を説明してもらうことにした。その間に私も司令官に連絡を入れておく。

 

「司令官、南部哨戒部隊の朝潮です」

『おや、どうしたんだい?』

「おそらく浦城司令官の鎮守府の哨戒機を陣地から確認しました。私が領海を拡げてしまう件って、伝わっていませんよね?」

 

無言になってしまった。少し間が空き、

 

『申し訳ない! まさかそこまで赤い海を拡げてしまうなんて想定していなかった!』

「ですよね。私も想定外でしたので」

 

猛烈に謝罪された。おそらくこれは誰も想定していない。私だってここまでの規模になるなんて思っていなかった。

この陣地はどちらかといえば浦城鎮守府に近い方にある。これだけ拡げても私達の鎮守府からは確認できないだろうし、そもそも私がいることが確定しているのだから確認すらしないだろう。本当に盲点だった。

 

『浦城君にはこちらから伝えておくよ』

「あちらの哨戒部隊には今、島風さんと雪さんが接触しています。面識があるのですぐにわかってもらえるはずです」

『そちらは任せたよ。すぐに連絡をするからね』

 

まぁこういうこともあるだろう。司令官だって神ではない。人間なんだから、これくらいのイージーミスくらいする。完璧超人ではないことがわかったことで、また少し魅力が増したように思えた。

 

 

 

少しして、島風さんと雪さんがあちらの部隊を引き連れて戻ってきた。説明だけでは納得してもらえず、直に見せることで落ち着いたらしい。これは仕方のないことだ。あちらの叢雲さんがそういう性格なのだから、方針がそうなってもおかしくない。

部隊の中に深海の気配を感じたため、照月さんがいることも確定。涼月さんに会ってもらいたかったことだし、ある意味都合がいい。

残りは予想通りの葛城さんと、別の私。空母2人駆逐2人という組み合わせは、前に援軍として向かった時と同じだ。あちらの鎮守府の哨戒部隊はそういう組み合わせなんだろう。

 

「で、朝潮はどこなの?」

 

面と向かって瑞鶴さんに言われた。ちょっとショックである。面識がある人に忘れられるというのはこういう感覚なのか。記憶障害の時には春風と扶桑姉様には本当に悪いことをした。改めて反省。

 

「あの、瑞鶴さーん、目の前の人ですよー」

 

照月さんは深海の気配から私と認識してくれた。その照月さんも笑顔が引きつっている。

前回、あちらの鎮守府にお邪魔させてもらった時は、2段階前。装備は駆逐水鬼だったが、おそらく軽巡のモードと向こうでは呼んでいるのではないかという状態だったとき。その時から比べると、影も形もないと思う。

 

「あ、あー、知ってた、知ってたから。冗談だから。久しぶり朝潮。随分と成長したのね」

「無理しなくていいですよ。自分でも理解してるので」

 

私も中枢棲姫なモードで受け答え。島の上でアサを展開した状態で出迎える。最初はアサが服を脱げとまで言ってきたが、さすがに突っ撥ねた。そこまで中枢棲姫にならなくてもいいだろう。恥ずかしいし。

 

「いや、ホント成長しすぎよ。前に見たときから面影無いわ」

「今は中枢棲姫亜種となりました。これ以上の変化はもう無いらしく、いろいろありましたが乗り越えました。後遺症とかはありますが、もう大丈夫です」

 

それくらいは話しても大丈夫だろう。あちらの鎮守府はこちらの内情を知っている人達だし、『種子』の件でいろいろと見せている。援軍で北の最後の戦いに参加した人達には、私が変化する瞬間まで見られている。私の特異性は充分に伝わっているはずだ。

少し話しただけで、瑞鶴さんは納得してくれた。やはりこちらのことをある程度知ってくれている人達は話が早い。

 

「艤装も……何よこれ」

「自立型艤装ですね。私の攻撃手段です」

「逸脱しすぎよ」

 

何も言い返せない。

 

「で、そっちにいる別の私は何て顔をしてるんですか」

「あー、多分あまりの変わりっぷりに驚いてるんでしょ。ほら、この子アンタの身体、割と羨んでたじゃない」

 

そういえばそうだった。身長と胸が羨ましいなんて言っていたのを思い出す。あの時よりさらにサイズアップしているので、あの顔も当然か。隣の葛城さんも茫然としており、言葉が出ないようだった。

 

「涼月! そっちの鎮守府にいるんだね!」

「照月姉さん! いつか会いに行きたいとたった今話していたんです。本当に深海棲艦の気配が……!」

「涼月も深海棲艦の気配する! 私と同じ……な感じじゃないね。そっか、そっちの涼月は深海棲艦なんだね」

 

秋月型姉妹はすぐに意気投合。涼月さんも、今までのストレスを忘れて満面の笑み。やはり姉と会えて元気が出たみたいだ。こちらから行くつもりだったが、こんなタイミングででも出会えてよかった。

 

「今頃、そちらの鎮守府にも私のことが伝わっているはずです。お騒がせしてすみません」

「さすがに驚いたわ。領海ギリギリで海が赤くなってるのが見えたんだもの。こんな近海で姫級が湧くの久しぶりだったし、急いで哨戒機発艦したんだから」

 

茫然としていた葛城さんもようやく自分を取り戻し、もげるかというほどの勢いで首を縦に振る。

好き勝手に垂れ流してしまったせいでまったく関係ないところに迷惑をかけてしまうとは。今後はここに来るにも周囲に連絡が必要かもしれない。もしくは私が侵食を抑える手段を覚えるか。前は出来たのだから、今でも出来るとは思う。今回はそんなこと考えず侵食してしまったが。

 

「あ、ちょっと待って。提督さんから連絡来た」

 

瑞鶴さんが鎮守府と連絡している内に、別の私に手招き。我に返ったように私の下へ。

 

「あの、別の私、流石にこれは驚きます」

「ごめんなさいね。私もなりたくてなったわけじゃないの。話すと長くなるから話せないけど」

「いろいろあったんでしょうね。また時間があれば話してください」

 

別の私と話しているときに、雪風さんがちょいちょいと服の裾を引っ張ってくる。

 

「お母さん、この人が本来のお母さんなんですか?」

「そうですよ。私はちょっと違うので、この子が正しい朝潮です」

「なるほど! これが朝潮ちゃんなんですね!」

 

また別の私が酷い顔になった。個体差があるというと言っても、雪風さんに母扱いされる朝潮は100%いない。というか、艦娘が母になることはあり得ない。型も違うし。世の中には『マザー』なんていう異名を持つ艦娘もいるらしいが、私とは違う経緯があるのだろう。

 

「あの、別の私」

「話すと長くなるから話せないんだけど」

「いや、これは話してもらわないと困ります」

 

雪風さんがいる状態で話すことが難しいのだから、ここは引いてもらわなくては困る。機会があるときにと何とか説き伏せてこの場を乗り越える。

 

「連絡来たわ。朝潮、一旦うちの鎮守府に来てもらえる? 近況報告をしてもらいたいってさ」

「了解しました。ではこのままそちらへお伺いします。近々伺おうと思っていたんですよ。リボンがそろそろボロボロで」

「ああ、敷波のリボンね。あの子も会いたがってるから、行ってあげて」

 

配属して2日目にして、外部鎮守府と交流することになってしまった涼月さんが若干心配。人間嫌いが発露する可能性が高く、今はまだお勧めできない状況ではある。それについて雪さんも心配したらしく、出発前にすぐに聞いてくる。

 

「朝潮ちゃん、涼月ちゃんは戻った方がいいんじゃないかな」

「あー……そうですね。涼月さん、外部の鎮守府は流石にまだ難しいでしょう。あちらへは私が行きますので、帰投してもらえますか」

 

今から向かう場所が別の鎮守府であるということがわかり、そのまま見たことのない人間にも顔を合わせなくてはいけないというところまで想像が行ったのだろう。あからさまでは無かったが不機嫌になったのはわかった。この状態であちらの鎮守府に向かうのは正直危険。

 

「はい、私は戻らせていただきます」

「島風さん、雪さん、涼月さんの随伴をしてもらっていいですか。私は雪風さんとあちらの鎮守府に行こうと思うので」

「わかった」

 

と、その前にもう一度司令官に連絡。浦城司令官がそう言っているのだから私の帰りが遅くなることくらいは把握しているとは思うが、念のため。

 

「司令官、朝潮です」

『話は通しておいたよ。すまないが、あちらに近況報告をお願いしていいかな』

「了解です。それでですね、涼月さんは帰投してもらう方向で進めています」

 

それに関しては司令官も仕方ないと飲んでくれる。島風さんと雪さんを随伴にするというのもすぐに承諾してくれた。雪風さんを連れて行くというのも問題ないということで。

 

「こちらも連絡出来ました。では、私と雪風さんはあちらの鎮守府へ。雪さん、帰投部隊の一時旗艦をお願いしますね」

「了解です。旗艦、拝命します」

 

ここからは2部隊に分かれての行動。久しぶりの外出に、少し昂揚していた。ヨルに至っては初めてのことだ。私達の鎮守府の艦娘以外で見たことがあるのは、南司令官のところの川内さんだけ。雪風さんも同じ。社会勉強としては最高の機会だろう。

今の戦いが終われば、そんな機会は山ほどある。でも、やれるなら早い方がいい。

 

 

 

雪さんと分かれ、瑞鶴さんの部隊に一時編入。陸上型がどうやって来るつもりかわかっていなかったようだが、普通に海上を進んだところを見て安心していた。

 

「朝潮ちゃん朝潮ちゃん、涼月のことなんだけど……」

「はい、どうかしましたか?」

「こちらの鎮守府に来るって言ったとき、嫌そうな顔したんだよね。……なんか理由あったり」

 

さすが姉の照月さん。妹のほんの少しの感情の機微にも気付いていた。

 

「涼月さんが深海棲艦なのはもうわかりますよね」

「うん、それはすぐにわかった」

「その影響で、今は極度の人間嫌いなんです。うちの司令官のことも嫌っているほどなので、相当かと」

 

むしろ今までそういう人がいなかったことの方がおかしいのだ。深海棲艦というのは人間と相容れぬものというのが世間の常識。私達が初めて出会った白であるミナトさんとヒメさんも、最初はかなり警戒していたものだ。穏健派故にすぐに理解を示してくれたが。

 

「そっか……うちの司令官見たらもっと機嫌悪くなっちゃうかもしれないんだね」

「はい。涼月さんはまだここに来て2日目なので……もう少し世界に慣れたら、涼月さんと一緒にお邪魔したいですね」

 

涼月さんとしてはそれが今の目標だろう。他の人間に対して嫌悪感を出さずに過ごせるようになるのがベスト。

 

「涼月はまだ原型残ってたからいいわ。アンタそれホント何なの……」

「葛城さん、今回の敵はそれだけ恐ろしいということです」

「常軌を逸しすぎよ……」

 

やっと私の姿に慣れた葛城さん。第一声がそれ。常軌を逸しているのは自分でも理解している。

 

「本当にいろいろありましたが大丈夫です。最初の時に出来なかった特訓の相手、時間があればしましょうか?」

「あ、そうだ、そうだったわね! 瑞鶴先輩に並び立てるように、もっともっと強くならなくちゃいけないわ!」

 

良くも悪くも熱血系。これで話が通ってくれるからありがたい。

 

陣地で心身ともに癒されるための哨戒任務が、ひょんなことから外出という運びになった。久々に再会する外の仲間達の顔を見て、より一層癒されることとしよう。

 




この世界でも、中枢棲姫は当然レアです。大本営のデータベースにはあるかもしれませんが、浦城鎮守府ではまだ見たことのない深海棲艦となります。


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久々の外

陣地に滞在中、浦城鎮守府の哨戒部隊と再会した私、朝潮。『種子』の件以来、少し疎遠となっていた浦城鎮守府に来ることが出来たのは素直に嬉しく、決戦前の一番の心の癒しとなるだろう。

ここのところ、激戦に次ぐ激戦。心をしっかり休めたい。下手をしたらこれが最後の休息になりかねないのだから。

 

久しぶりの浦城鎮守府。事前に連絡を受け私がお客としてやってくると聞いていたからか、お出迎えまであった。やはりこの鎮守府も娯楽が少ないのだろう。たまにある普通とは違うことには皆敏感であった。

とはいえ、今の私の姿は瑞鶴さんが目の前で見ても認識出来なかった大人の姿。工廠に入らせてもらった時の『誰だお前は』という視線には、仕方がないとはいえ苦笑しか出来なかった。手を振ったら大体理解してくれたので良かったが、工廠が異常に騒ついたのは言うまでもない。

 

「……本当に朝潮なの? 朝潮の名を騙った新種の深海棲艦なんじゃないの?」

「そんな冗談言うくらいならもう少し上手くやりますよ」

 

久しぶりの叢雲さん。今回に関しては報告すら受けていない私の変化のため、その目で見て溜息をつく。目で見たものしか信じない叢雲さんが、目で見たものすら信じたくないという雰囲気。

そしてその後ろ、浦城司令官も私の姿には言葉も無い。如何に教科書通りの筋書きにならないのはわかっているとしても、こんなこと想定外中の想定外だろう。世界は広いなぁとシミジミと呟いていた。

 

少し安心したのは、浦城司令官を目の当たりにしても嫌悪感が出なかったこと。やはり人間だといっても、相手の素性がわかっていれば人間嫌いは発症しない。浦城司令官が信頼に値する人間であることがわかっているからこそ、私は理性的でいられる。

 

「朝潮! あ、朝潮?」

「大丈夫ですよ敷波さん。これを」

 

使い込んでボロボロになったリボンを解いて見せる。どれだけ変化しても失われなかった、私の死ぬことの出来ない約束のリボン。一度約束を()()するために、敷波さんに返すことにする。

 

「返しますね。これで約束を果たせました」

「だね。じゃあ、これまた預けるよ。必ず返しに来て」

 

新しいリボンが渡されたことで、また死ねない約束が出来た。

 

「直に渡したから、この約束は強いよ。返さなかったら許さないんだから」

「大丈夫です。私は死にません。これだけの目に遭って、ずっと生きながらえてこれたのも、このリボンのおかげですよ。もう約束って言うより()()ですね」

「人聞きが悪い!」

 

新しいリボンで髪を結ぶ。新しい約束で私の命はより長引く。約束を果たすためにも、私は死ぬことは許されない。心地よい呪いだ。

 

「もう大丈夫ですか?」

「あ、ご、ごめん司令官」

「いやいや、敷波がこの約束を大事にしていたのは知っていますから。直に渡せてよかったですね」

 

浦城司令官に言われたことで急に恥ずかしくなったか、真っ赤な顔で逃げ出してしまった。そういえば最初に預かった時、こういったことは苦手だと聞いたことを思い出す。2本目は私達の鎮守府で受け取ったが、ここで皆の前で渡すのは恥ずかしかったようだ。

 

「事も済んだようですし、近況報告をお願いします。執務室へどうぞ」

「はい、よろしくお願いします。雪風さん、私は用事があるので、少し待っていてもらえますか」

「わかりました!」

 

雪風さんは他の人に預けておこう。瑞鶴さんにお願いし、私は浦城司令官と叢雲さんについていき、執務室へと向かった。

 

 

 

浦城司令官に大まかに近況を報告する。何処まで話していいものかと思ったが、北端上陸姫が元人間であること以外は大体を話すことに。『種子』の件から戦場は大きく様変わりをし、混ぜ物と人形という新たな敵のことを説明した。

混ぜ物に関しては5人いる内の4人を撃破し、残りが1人であることを。人形はもう助けられないということを話す。艦娘が艦娘を殺さなくてはいけない状況に、浦城司令官も胸を痛めている。

 

「そうですか……敵はそこまで」

「はい。そちらでは見ていませんか」

「一度だけ、()()()()()()()()()()()()と報告を受けたことがあります。艦娘のようにも見え、何をするでもなく消えていったということで深追いはさせませんでしたが」

 

人影ということは、顔とかは認識出来なかったということか。人形なら頭を見ればわかるし、そう言わない辺り、素性不明というのも頷ける。

 

「話だけ聞いたら怪談話よね。確か夜の哨戒だったかしら」

「ええ。ドロップ艦にしては直立不動と聞いていますから」

 

確かにそう聞けば怪談話である、夜の海に立つ人影。暗いが故に顔も確認出来なかったのだろう。海の上に立っているという時点で、艦娘か深海棲艦になることは確定である。人形の可能性も捨てがたい。

この鎮守府でも人形が目撃されているとは思わなかった。何もせずに消えたということは、監視でもしていたのだろうか。そうだとしたら、どの鎮守府でも警戒事案になる。

 

「それ以外は怪しいことは無かったですね。一部の艦娘がその怪談話で怖がったくらいです」

「直接的な被害が無いのなら安心です」

 

少なくとも、私がここに来てから深海の気配は雪風さんと照月さんのもの以外は感じない。まずあり得ないと思っていたが、何かを隠蔽しているようにも思えない。

北端上陸姫も今のところは大本営と私達の鎮守府以外は襲うつもりは無いようだが、監視だけはしているようだ。特にこの鎮守府は、私達の鎮守府と接点がある。

この話が聞けただけでも、ここに来た甲斐があった。指摘が無ければ何処にも報告しない怪談話で事を済ませていただろう。夜であることから、見間違いで終わらせてしまう可能性だってある。念のため、警戒を強めてもらおう。

 

「混ぜ物……というのも恐ろしいですね。人間を材料にした建造だなんて」

「ホント、巫山戯た話よ。深海棲艦なら何やってもいいと思ってんのかしら」

 

本能が強まっているのだから、倫理的に抵抗のあることなど無いのだろう。おそらくあちらは罪の意識すらない。怒りと憎しみに身を任せて、思いつく限りの残虐な手段を取っている。北端上陸姫に至っては、研究者としての知性をそのまま使っているせいで余計にタチが悪い。

 

「まだ轟沈被害は出ていませんが、苦戦を強いられています。最初は扶桑姉様が手も足も出ないくらいだったので……」

「ああ、あの物騒な扶桑さんね。神通さんをデコピンで吹っ飛ばしたって聞いてるけど、それでも敵わないの?」

「初めて戦った時、腹を手刀で貫かれて瀕死の状態にまで持っていかれました。山城姉様もです。そのせいで私は変化してしまって」

 

今でこそようやく戦いになってきたであろう戦艦天姫だが、当時は本当に手も足も出なかった。だからこそ、援軍を呼ぶのも躊躇われる状況。死にに来いとは口が裂けても言えない。それほどまでに危険な戦場である。

 

「何かあれば支援すると、加藤少将に伝えてください」

「了解しました。その言葉、司令官も喜ぶと思います」

 

やはり浦城司令官は信用に値するいい人間だ。これだけ絶望的な戦場でも手伝ってくれると言ってくれる。

 

「さて、近況も聞くことが出来ましたし、急でしたが予定は終了です。時間も時間ですし、お昼はこちらで済ませていってください」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて。あとさっき葛城さんと特訓のお手伝いをすると約束したので、少しの間滞在させてください」

「多分、神通もそちらに行くと思いますよ」

 

それはもう諦めていた。私達の鎮守府に来ていたときから、幾度となく演習を求められている。その全てを突っ撥ねていたものの、ここは神通さんのホーム。逃げられない。もうここに所属する艦娘全員の前で何かしらやらされることは目に見えている。

とはいえそれも私にとっては息抜きになりそうだった。命のやり取りのない戦いならまだマシである。普段とは違うことをすることが、今は何でも息抜きになる。息がつまるような戦闘は、なるべくならしたくない。

 

 

 

昼食をいただき、約束通り葛城さんと演習場へ。ギャラリーが酷い人数になっていたが気にしないことにする。どうせ今から連戦だ。手を抜けるところではしっかりと抜いていこう。

ギャラリーの中には鋭い目でこちらを見てくる神通さんや、神通さん率いる第二水雷戦隊、手をヒラヒラ振ってくる北上さんと大井さんも見かけた。完全に見世物。

 

「お母さん頑張ってくださーい!」

 

雪風さんは演習場の外野で皆が見ていてくれている。なら気にせずにやりたいようにやろうか。お母さん発言でいろいろと物議を醸し出しているが、今は気にしない。

 

「では約束通り。葛城さん、私は何をすれば?」

「1対1での演習でいいわ。私はアンタを近付けさせないように爆撃し続ければいいんでしょ?」

「まぁ……そうですね」

 

私の戦力としての情報は、前回来た時で止まっているだろう。艤装は駆逐水鬼のもの。艦載機を足場にする白兵戦の戦い方。だから近づけさせないと言っているのだろう。あの時からは大分変わってしまっている。

 

『私は出ていいんだろうか』

「手加減出来る? 演習でも轢いたら酷いダメージになるわよね」

『難しいな。やるなら牽制と守備だけにしておくか』

 

アサは質量兵器であるが故に使えない。身体が全部クッションに出来ればいいのだが。

 

『私はー?』

「噛み付いちゃダメよ。あと、思い切り振ってもダメ」

『それだと水上機しか無いよ!?』

 

ヨルも演習向きでは無い。振り回したらそれだけで大怪我。噛み付くのはもっと酷いことになる。

結果的に、艦載機と私自身の徒手空拳くらいしか出来ることが無い。それならアサに交代した方がマシかも。いや、でもあえて私がやろう。アサはあの艤装をコントロールするのを楽しんでいるので、それを邪魔するのも野暮というもの。自衛のためにも、自分の身体の使い方を覚えておいた方がいい。

 

「あの馬鹿でかい艤装は出さないの?」

「出しますよ。でも、艦載機だけにしておきます。演習ですから」

 

アサを展開。その瞬間、騒ぎが収まる。前に見たものと違うというのと、艦娘が使うには大きすぎるそれにより、皆が言葉を失ったのだと思う。唯一、神通さんだけは眼光がさらに鋭くなった。

 

「基本はこれをダイレクトにぶつけるんですけど」

「それは勘弁してもらえないかな……演習で死ぬとか笑えないし」

「了解です。あと、まだ見せてなかったと思うんですけど、もう1つ艤装があるのでそちらも展開しますね」

 

ヨルも展開。さらに異形となったことで、葛城さんも少し引き気味。ギャラリーは一層静まり返った。

 

「これもダイレクトにぶつけるんですけど」

「アンタ、演習に向いてないでしょ!」

「今更言われましても。では行きますね」

 

アサから艦載機を、ヨルから水上機を全機発艦。全36機を全て嗾ける。

 

「空爆する方が空爆されてたまるかっての!」

 

葛城さんも矢を放った。雲龍さんの妹さんということだが、姉とは違い弓を使う戦い方。梓弓と大幣(おおぬさ)を組み合わせた発艦システムは、空母の中でもかなり特殊。瑞鶴さんの後輩ということで、少し手癖が似ているように思える。

あちらの艦載機の数は69機と私の倍に近い。爆撃の密度も高く、射撃の精度も高い。流石と言わざるを得ないが、こちらは場数を踏んでいる。どうにか艦載機同士の戦いは互角に持っていく。

 

「艦載機対決で互角なの……!?」

「必要最低限の迎撃で済ませるんです。深海の艦載機は艦娘のそれより頑丈なので」

 

艦載機を押しとどめてしまえば、あとは無防備となるのが空母。近付けさせないように爆撃し続けると言っていたが、艦載機で食い止めながら真っ直ぐ進める道を作り上げる。

 

『突っ込んでもいいんだが、流石になぁ』

『噛んでもいいなら噛むんだけどなぁ』

「ダメよ」

 

作り上がった道を一気に直進。無防備な葛城さんに急接近。

 

「まずっ、退避!」

「もう少し早く動き出した方がいいです。私より速い人はごまんといるので」

 

即座に眼前に。背中を見せないことはとても素晴らしいが、こちらとしては逆に助かる。逃げられないようにヨルで縛りつつ固定。ニッコリ笑って指をかまえる。

 

「我々扶桑型の伝家の宝刀です。軽めにしておきますね」

「アンタ朝潮型でしょうが!」

「いろいろあるんです。扶桑型3番艦でもありますから」

 

無防備な葛城さんに向かって、撃ち抜くようなデコピン。気絶させる気がないので大分手加減。それでも結構な音がした。

 

「いったぁ!?」

「ヘッドショットです。勝ちでいいですか?」

「くっそぉ……今日のところはこの辺にしといてあげるわ……」

 

ヨルによる拘束を解くと、煙が出てそうな額を押さえて蹲る葛城さん。この捨て台詞を聞くのは2回目か。

 

「お母さんすごいです!」

 

雪風さんの声援が聞こえたので手を振っておいた。

ギャラリーは皆、呆気にとられていた。葛城さんがこの鎮守府でどの辺りの位置にいるかは私は知らないが、艦載機を全機発艦させての勝利である。空母相手にこれなら、完全勝利と言っても過言ではないだろう。

 

「うわーん! 瑞鶴先輩ー!」

「はいはい、自分の不得手な部分が少しはわかったでしょ。次は私が付き合ってあげるから」

 

瑞鶴さんが葛城さんを慰めている横で、眼光鋭い神通さんが動き出した。来るんじゃないかとは薄々勘付いていたが、思ったより早い。

 

「朝潮さん、次は私です。いいですよね?」

「予想はついていたのでいいですよ。その代わり」

 

ウズウズしていたアサと交代。私ばかりが楽しんでいては不公平だ。ヨルは手加減が難しいのでこういう場に出せないのが残念だが、思考の海で楽しんでいるようなので何よりだ。

 

「私が相手するぞ。お前の因縁は朝潮じゃなくて私にあるだろう」

「アサさんでしたね。ええ、貴女ともう一度やりたかった」

 

あれから時間が経っているので、神通さんもより伸びているのだろうと思うと恐ろしい。だが、楽しみでもあった。

 




次回は神通との演習です。命の駆け引きはありません。切迫した戦闘より全然いい。


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3人での戦い

近況報告のために浦城鎮守府にお邪魔させてもらっている私、朝潮。浦城司令官への報告も終わり、現在は私の息抜きも兼ねた演習中。初戦、私との特訓を望んだ葛城さんを一蹴したことで、それを見ていた神通さんに火がついてしまった。即座にやってきて演習希望を出してくる。

受けない理由はないが、神通さんに因縁があるのは私ではなくアサだ。私も全て回避し続けるということはやったが、それは事実上の勝利であって、明確な勝利ではない。アサは神通さんに勝っているのだから、リベンジを受ける理由がある。

 

ウズウズしていたアサと交代。アサ自身もやりたがっていた。

 

「私が相手するぞ。お前の因縁は朝潮じゃなくて私にあるだろう」

「アサさんでしたね。ええ、貴女ともう一度やりたかった」

 

あれから時間が経っているので、神通さんもより伸びているのだろうと思うと恐ろしい。だが、楽しみでもあった。

 

「そういえば、ここで私が表に出るのって初めてだったか?」

「そうですね。私達は援軍に行った時に面識がありますが、ここでは初めてでしょう」

 

首をゴキゴキ鳴らしながらストレッチをするアサ。この身体での白兵戦は、アサも初めてである。私も大型艤装のコントロールは初めて。使うとは限らないが、少し緊張する。

 

『ご主人、初めてだけど大丈夫?』

『多分大丈夫よ』

 

本気で使ってしまったら、それは演習ではなく殺し合いになりかねない。防御に出すくらいはするだろうが、嗾けることはまず無いだろう。アサが手加減出来ないのだから、私が出来るわけがない。

 

「うし、それじゃあ、やるか」

「ええ。本気でどうぞ。艤装くらいなら破壊してくれても構いません」

「私が怒られるわそんなもん」

 

容赦無く頭を狙ってくる神通さん。弾速を上げ、よりピーキーな仕様にしているのは知っているため、予測は可能。軽く動くだけで回避。

戦闘のセンスなら本能の化身であるアサの方が上だ。自衛はアサに任せる方がいい。それでも私が表に出て戦闘をするのは、私を含めた3人全員の()()()()()()からである。

 

「さすが、不意打ちでも避けますね」

「当たり前だ。そんなもん不意打ちにも入らん」

 

()を展開し、艦載機を発艦。先程の葛城さんとの演習で多少減ってしまっているが、まだまだ健在。ヨルの方は今は出さず、本体による白兵戦での迎撃をメインにしていくつもりだ。

 

『アサ、私は念のため後ろに回り込んでおきましょうか』

「ああ、頼む。逃げ道封じだけしてくれ」

 

せっかく展開されたのだから、何かしら仕事はしよう。動かしてみると割と操作は簡単な方。まるで艦載機を操作するように海上を駆けることが出来る。ある意味大発動艇を運用しているイメージ。

 

『アサ姉、私はー?』

「近付いたらさっきみたいに縛ってやれ」

『わかった!』

 

こちらのやりたいことがわかっているように、神通さんは接近を許してくれない。必殺の急所狙いと牽制の行動封じを織り交ぜてくる。こちらの行動予測を知っているからか、わざわざ視線も外して、こちらに次の行動を読ませないようにまでしていた。

 

「これでも当たりませんか」

「そう簡単にやられたらダメなんでな」

 

ただ、こちらから攻撃することもなかなか難しい。艦載機を周囲に飛ばし、爆撃と射撃を組み合わせて攻撃しているが、それも綺麗に躱されている。高角砲でもないのに、主砲で艦載機を撃ち墜としてくるのもタチが悪い。

 

「慣れてきましたよ。そちらの行動予測」

「簡単に慣れてもらっちゃ困るんだよ!」

 

ここからは予測ではなく予知へ。神通さん相手だと、本気で行かないと一気に押し込まれる。アサもすぐに考えを切り替えた。

そのタイミングで魚雷まで追加してくる。神通さんは何の改造もされていない普通の艦娘であり、装備も主砲と魚雷だけだ。簡易爆雷くらいは持っていそうだがそれだけ。なのに、艦載機は当たり前のように墜とし、こちらの動きを簡単に封じてくる。攻撃は最大の防御とはよく言ったものである。

 

「予測の精度が上がりましたね……予知ですか」

「悪いが、これは私達の専売特許なんでな。キタカミの模倣とは違うぞ」

 

砲撃の方向全てを確認し、最善の場所へ移動。視線が見えなかろうが、フェイントをかけられようが関係ない。電探の反応を追いながらの前進。もう何度か神通さんとは演習させてもらっているため、癖は把握している。

近付けば近付くほど予知の精度が必要になるが、その辺りはもう心配ない。成長と共にそこも強化され、先を視続けても頭痛どころか目眩すら起こらない。もう完璧に使いこなせている。

 

「っらぁ!」

 

一気に近付き、神通さんの主砲を蹴り飛ばそうとしたが空振り。あちらも行動を予測してきたように思える。徒手空拳でしか戦えない本体なのだから、繰り出せるのは拳か蹴り。予測されても仕方あるまい。

その一撃が大振りだったことで、アサに隙が生まれる。当然見逃されない。

 

「そこです」

「ダメだな」

 

だが、その隙はアサが生身である場合だけだ。急所となる胸に向けて放たれた弾は、咄嗟に出現したヨルによって食い止められる。展開した勢いを活かして身体を回し、弾を防ぎつつ間合いを取った。

尻尾が生えた状態で前傾姿勢。私の身体を使って戦っているにも関わらず、獣のような構え。尻尾が生えたものはこの体勢が一番戦いやすいのだろうか。確かレ級艤装を取り扱う駆逐陽姫もこの姿勢だった。

 

「ダメだ。手が抜けん」

『だからといって私が突っ込むわけにはいかないし』

 

葛城さんに言われた『演習に向いていない』という言葉を噛み締める。そういえば自分の鎮守府で演習した時は、尻尾も思い切り振っていた。相手が天龍さんだったからこそ、それでも問題無いかと思い込んでしまっていた。

なら、神通さんにもそれくらい出さないと無理か。天龍さんに勝つほどの人相手に手加減など。

 

『アサ、ヨル使っちゃいましょ。神通さんなら避けられるわ』

「おいおいマジか。つってもこのままだとジリ貧だもんな。仕方ない」

『じゃあ殺さない程度にやればいいんだよね!』

 

ヨルも俄然やる気である。殺す気でやっても一筋縄では行かなそうだが。

私も逃げ道を無くすため以外に動くことにした。体当たりはさすがにまずいが、近場で暴れるだけでもペースを崩すことが出来るだろう。

 

これぞ私達の文字通り三位一体。1つの身体を使い、3人で連携する。

 

「悪いなジンツウ、殺さないようにやるってのが無理だった」

「そうですか。なら本気を見せてもらえるんですね?」

「ある程度はな」

 

まずは私が真後ろから急襲。スレスレの位置を通過して波を起こす。少しやんちゃな特二式内火艇のようで、動かしているとなかなかに楽しい。アサが楽しむのもわかる。これなら対地攻撃にも使えるかも。

 

「こちらが動き出しましたか……!」

「直撃はさせないから安心しろ。こっちはどうなるかわからないけどな!」

 

ヨルを振り回しながらの突撃。迎撃の砲撃も、ヨルのカタパルトで全て弾いていく。深海棲艦らしい、考えなしの猛進。乱暴ではあるが、今のアサにはこれが一番合っている。私では少し出来ない攻撃方法だ。

 

「これは……危険ですね」

「避けられるだろお前なら」

 

前転しながらの叩きつけ。避けることを前提にした攻撃。ヨルを振っているのだから胴体を狙って攻撃してくるが、それは私がまたスレスレを通過することで波を起こし体勢を崩させる。ヨルもさらにスレスレを通過し、砲撃が出来ないほどの揺れに。

 

「っし、隙!」

「仕方ありません、使います」

 

もう一度武器を蹴り飛ばそうとしたが、今度は神通さんが()()()()()()()()。気付けば真後ろで主砲を構えている。

北上さんと同じように、神通さんも瑞穂さんの移動法を扱えるようになっていた。身体への負荷は異常らしく小さく呻き声が聞こえたが、その程度で私が倒せるのなら良しとしたのだろう。ならば、私の予知も使えると見ていい。

 

ただし、相手が悪い。

 

「ジンツウ、私達がどれだけその動きを見てきていると思っているんだ」

 

ヨルがその主砲を払い飛ばそうとする。私達に死角はない。真後ろならヨルが即座に対応する。

 

「視てますよ」

 

やはり予知まで使ってきた。ヨルの動きを想定して既にそこから移動し、元いた位置で砲撃をしてくる。また小さな呻き声。一朝一夕で使えてもらっては困る。

当然、それはこちらも予知をしている行動。あちらが使えるとわかった以上、次の行動を抑えるために爆雷投下。水飛沫が視界を封じる。

 

「っらぁ!」

「甘い!」

 

お互いに水飛沫など関係なしに動き出し、最終的にはアサが神通さんの首を掴み、神通さんがアサのコメカミに主砲を突き付けている状態となった。

 

「これで終わりでいいか」

「……そうですね。引き分けならまだマシでしょう」

 

勝つことは出来なかったが、負けてもいない。あの神通さんにここまで行けたのなら上々。だが次は勝ちたいところである。

 

 

 

神通さんと戦ったことで満足したアサが主導権を返してきた。思考の海でにこやかな笑顔であることがわかる。滅多に見せない笑顔はこんなところで。

 

「またいつか、演習させてください。次は勝ちますから」

「こちらこそ。そのためにも、私は死ねませんね」

「ええ、死んでもらっては困ります」

 

既にこちらへの対策を考え始めているように見える。多分大丈夫だが、また私の戦い方が変化していたらどうするつもりなのだろう。

 

「お母さん、凄かったです!」

 

演習場から戻った途端に飛びついてきた雪風さん。アサに交代していたおかげでかなり荒っぽい戦い方をしてしまっていたが、雪風さんには凄かったの一言で済むようだ。

 

「おつかれー。なんだよ神通、勝てなかったじゃんかよ」

「北上さん、もう少しオブラートに包んで……」

 

私と神通さんの演習をジッと眺めていた北上さんと、それに困った顔の大井さん。今の結果に対して冷やかされるが、以前のように即演習を挑まない辺り、神通さんが消耗しているのか余裕がないのか。北上さんを無視して休息に入っていた。

 

「まぁ神通は本調子じゃ無かったからねぇ」

「え、そうなんですか?」

「あんまり寝れてなかったんじゃないかな。ほら、あたしに突っかかってこなかったっしょ」

 

確かに。戦闘中はそこまで感じなかったが、今ではアレ。体調が悪いというよりは、単に眠そうな感じにも思える。本調子だったら、私は普通に負けていたかもしれない。今回は運が良かっただけか。

 

「何かあったんですか?」

「聞いてない? つい最近、鎮守府で怪談話が流行ったのよ」

「ああ、浦城司令官から聞きましたよ」

 

演習の前に浦城司令官から、夜の哨戒の時に素性がわからない人影を見てすぐに消えたという話を聞いている。おそらく北端上陸姫が差し向けた人形の監視だと思うが、それを知らないここの鎮守府の人達には、怪談話に発展するくらいの現象ではあるか。

そういえば、一部の艦娘がその怪談話を怖がったと言っていたが、まさか。

 

「神通ってさ、そういう話、大の苦手なんだよね」

「件の怪談話で物凄く取り乱しちゃったみたいで」

 

凄く意外。あそこまで好戦的な人が、超常現象に恐怖し、寝不足になる程とは。私達の存在自体が超常現象の塊みたいなものだというのに。特に今の私なんて怨霊みたいなものである。

 

「こらそこ、何を余計なことを言ってるんです」

「いや、神通が本調子じゃなかったって朝潮に説明してやってんだよ」

「確かに少し寝不足でしたが、この程度で調子が悪くなることはありません」

「寝不足の原因な?」

 

神通さんの表情が固まる。すごく嫌がっていることがわかる。本当に苦手なようだ。神通さんが可愛く見えてしまった。

 

「そうですよ! お化けが苦手なんです! 何か問題でも!?」

「うわ、開き直ったよコイツ」

「苦手なものの1つや2つくらいあるでしょうけど、神通さんがそういうものが苦手っていうのはちょっと想像つかなかったです」

 

教え子達も神通さんがそういうことが苦手なのは知っていた様子。特に小さな私。神通さんと同じように、怪談話が得意ではないようだった。

 

「朝潮も苦手だったよね。例の怪談話聞いた後にトイレについてきてほしいって」

「時雨さん、大きい私がいる時に余計なことを言わないでくれませんか!?」

「でも、夕立もちょっと苦手っぽい。撃って死なない敵って怖いよね」

 

さすがソロモンの悪夢。苦手な理由が物騒。

 

「敷波もちょっと怖がってなかったか?」

「怖いっていうか、不思議だとは思ったかな。長波は?」

「あたしも似たようなもんかな。不気味だとは思うけど怖くは無ぇや」

 

神通さんの教え子の中では、小さい私だけが怪談話が苦手なようだ。そういうところでも先生と意気投合した様子。今晩は一緒に寝ようと変なところで団結していた。

この場で種明かしをすべきかはわからない。人形の件は浦城司令官の口から皆に話してもらった方がいいだろう。私は部外者なのだし。

 

「ここにはお化けが出るんですか?」

「そういう噂が立ってるみたいですね。雪風さんはそういう話は苦手ですか?」

「いえ! お母さんがいれば大丈夫です!」

 

この怪談話も、実は敵の監視の目かもしれないと知れば、そういう恐怖心なんて無くなるだろう。幽霊の正体見たり枯れ尾花なんて言葉もあるし。

 

「大きい朝潮、凄かったっぽい! 今度は私と演習しよ!」

「夕立、抜け駆けは良くない。僕も相手をしてほしいね」

「大きな私! 私とも是非!」

 

さすが教え子、好戦的な部分は先生に似てしまっているようだ。まだ時間もあるだろうし、これは息抜き。それに、自分の戦術を把握する絶好のチャンスでもある。

 

「いいでしょう。受けて立ちます」

 

失言だったかもしれない。この後時間が続く限り、延々と演習をさせられた。その全てに勝つことは出来たものの、思った以上に消費させられてしまった。

 




北上と同様、今までに見た戦術を自分に取り入れていく神通。北上は天才的なセンスから。神通はたゆまぬ努力から。それでも瑞穂移動と未来予知はまだ身体と頭に負荷がかかります。使いこなせている連中がおかしいだけです。


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流行する怪談

浦城鎮守府にて近況報告の後、神通さんとの演習を引き分けたことで、次々と演習を挑まれることとなってしまった私、朝潮。神通さんの教え子達を筆頭に、私の消耗など関係なしに引っ切り無しに挑まれた結果、全員に勝つことは出来たが大きく消耗する羽目に。結果、お風呂だけ使わせてもらってから帰投することとなった。腹の虚空が全員に見られて、それはもうおかしな反応をされた。

この演習を経て、全員にリベンジを約束させられた。神通さんだけではなく、夕立さんや時雨さん、小さい私にさえ。いくつもいくつも死ねない約束を結び、私の命はより強固になっていく。もう敷波さんのリボンだけではない。浦城鎮守府全体が、私の約束の温床となっていた。ここまで来たら、最早呪詛の類。こんな優しい呪詛ならば、幾らでも受け入れよう。

 

「例の怪談話の真相は、僕から全員に公表します」

「はい、お願いします。何かありましたら我々もお手伝いしますので」

 

浦城司令官と叢雲さんに見送ってもらう。怪談話の真相、人形による監視ではないかということは、しっかりと伝えた。もしそうだったとしたら、見た目からもわかることだが、救出が不可能であるということも。辛いとは思うが、見つけたら命を奪うことで救済としてほしい。

私達の鎮守府に援軍に来たことで巻き込まれてしまったというのなら申し訳ない。こちらも北での戦いを手伝ってもらったのだ。全力で支援しよう。

 

「それじゃ、また。ちゃんと生き延びなさいよ」

「勿論です。全部終わらせて、笑って会いに来ますよ」

 

叢雲さんとガッチリ握手し、鎮守府を発った。浦城司令官も小さく手を振ってくれていた。

 

「雪風さん、楽しかったですか?」

「はい! みんな仲良くしてくれましたし、お母さんのカッコいい演習も見れたので、雪風満足です!」

 

ニパッと笑って抱き着いてくる。航行中でも問題なくこういうことが出来るのだから、雪風さんは元深海棲艦であることを差し引いても天性の才能を持っているのだろう。それが駆逐艦雪風の特性なのかもしれない。

 

 

 

鎮守府に帰投し、雪風さんは他の人に預けてそのまま執務室へ。雪風さんの初陣の報告と、浦城鎮守府での出来事を簡単にだが司令官に説明した。息抜きの演習のことはさておき、話題は怪談話として鎮守府に流行していた怪談話、夜の人影のこと。

 

「夜だったために顔まではわからなかったそうですが、おそらくは人形ではないかと思います」

「そうだったとしたら、浦城君のところにも監視の目が行っているということか」

 

監視で留めている理由はわからないが、少なくとも今のところ被害に遭っている人はいなかった。また『種子』が埋め込まれているとなると話は変わるが。

以前のように、また予防接種をしつつ警戒した方がいいかもしれない。

 

「浦城君のところにそういうものが行っているということは、志摩君のところにも何かあるかもしれないね」

「そうですね。連絡を取ってみる価値はあるかもしれません」

 

何かあってからでは遅いと、早速連絡を取ることに。まだ夕暮れにもなっていないので、連絡が取れないことは無いだろう。実際に浦城司令官とその話をした私も便乗させてもらう。

 

『そちらから連絡をくれるのは久しぶりだねぇ。加藤少将』

「少し困ったことが発生してね。君に聞いておきたいことが出来たんだ」

 

通信の向こうでは、以前と変わらぬ志摩司令官の声。今のところ不安はないと思えばいいか。

 

「浦城君のところであらぬ噂を聞いてね。そちらで、夜に海に浮かぶ人影、なんていうものを見ていないかい?」

『ああ、それは』

 

志摩司令官の声に被るように、物凄い勢いの陽炎さんの声が聞こえてきた。マイクに近かったのか、キーンと反響音。

 

『ほら言ったじゃない! 見間違いじゃないって!』

『アンタしか言わなかったんだから仕方ないだろうに。証拠も無かったんだし』

『不知火も見てたんだって!』

 

どうやら陽炎さんが海に浮かぶ人影を見たようだった。浦城鎮守府に続き、志摩鎮守府でも。

 

『あー、お聞きの通りさね。うちの陽炎と不知火が夜に何か見たと言っていてね』

『多分艦娘なんだけど、海に沈んでったのよ!』

 

状況も浦城鎮守府で発見されたものと酷似している。あちらは消えたと言っていたが、沈んでいくのも似たようなもの。

浦城鎮守府と同じものが見つかっているということは、私達と関係を持っている鎮守府に出現していると見ていいだろう。ならば、神通さんが危惧していた()()()の類では無い。人形か、特殊な仕様の深海棲艦か。佐久間さんの暗殺に毎晩やってくる潜水艦のような、隠密に特化したものの可能性もある。

 

「艦娘だと思えるということは、人形だろうね」

 

司令官もそれは人形であるとほぼ断定。何故監視をしているかはまだわからないが、そういう形で別の鎮守府にちょっかいをかけるのなら、何かされる前に処理するべきではある。

見た目はアレだが相当手強い深海棲艦である。連携されると姫級以上に強力。小さい火力だと簡単に弾かれてしまうが故に防御力も高い。1体ならまだしも、群れで来られると途端に厳しくなる。

 

「その人影について話をしたい。だが、このまま通信で話すのもあまり得策では無いだろう。明日、こちらから遣いを送る。近況報告がてら、説明をさせてもらえるかな」

『了解したよ。積もる話もあるだろうしね』

 

通信で全部説明するには時間がかかるし、緊急通信を使っているわけではないものの、長電話は何かしら不審に思われる可能性はある。ならば、直に話をした方がいいだろう。話しやすいし。

 

『あ、なら朝潮! 朝潮は来て! リベンジするから!』

「演習前提なんですね。問題ないです。峯雲の様子も見に行きたいですし」

 

照月さんと久しぶりに顔を合わせたためか、照月さんと同じ元深海棲艦であり、私の妹である峯雲のことが気になっていた。いい機会だし、志摩鎮守府にお邪魔させていただこう。あれから大分時間も経っている。私の変化は見せた方が早い。

 

「なら、朝潮君と外数名を遣いに出すよ。明日にまた」

『ああ、よろしく頼むよ。こちらも少し怖がっている子がいるんでね』

 

あちらでも怪談話に発展してしまっているようだった。なんだろう、デジャヴを感じる。神通さんや小さい私のような人が、志摩鎮守府にもいるということなのだろう。

 

私が行くことは確定として、随伴は司令官が考えておくとのこと。だが、最初から除外されている者もいる。雪風さんと涼月さんだ。

雪風さんは来たがりそうではあるものの、志摩司令官と接触すると、せっかく忘れている前世の記憶が戻ってきてしまいそうであるために除外。私もその方がいいと思う。

涼月さんはとてもわかりやすい。例え姉がいたとしても、その場に人間もいるということがわかった途端に嫌悪感を隠さなくなった時点で、あちらに向かうのはやめておいた方がいいだろう。

 

改めて、私はなんだかんだ加藤鎮守府の外交担当になっていると実感。お客様はお出迎えをし、別の鎮守府にはその足で出向く。やっていて楽しいから問題はないが。

 

 

 

私が持ち帰った怪談話は、こちらの鎮守府でも話題になっていた。今までそんな話は出たこともなく、娯楽としてもあまり使われていない。はちさんの蔵書の中にそういう関係のものもあったと思うが、私は読んだことが無かった。好き好んで読んでいる人もいるらしい。

 

夕食後、お風呂の時間まで談話室で寛いでいる。私の周りでも話題はそれだった。今一番のトレンドとも言える話題である。

 

「お化けねぇ。それよりも怖いもの相手してるんだし、あんまり怖いとは思わないわね」

 

お菓子を摘みながら霞が話す。私と同じ考え。そもそも超常現象みたいなものである私達が怖がることも無いだろうし、今相手にしているのは怨念の塊みたいなもの。

小さい私もそういう類が苦手なようだったが、艦娘や深海棲艦とは違う、得体の知れないものには無意識に拒否反応が出てしまうということらしい。神通さんには流石に詳しくは聞けなかったが、似たようなものだろう。

 

「お化け? よくわかんないぞ」

「わからないならわからない方がいいわ」

「そっかー。アサ姉ちゃんがそう言うならどうでもいいかー」

 

私の膝の上でお菓子を頬張るレキを撫でてあげる。レキもある意味お化けみたいなもの。深海棲艦は漏れなく怨霊みたいなものなのだから、そういうものを怖がる理由がない。

 

「でも怪談話とは珍しいですよね。夜の海で突然潜水艦が現れたりしたら、ちょっと怖いかもです」

「それはホラーではなくビックリよね。怖いというより驚きが強いから別物だと思うわ」

 

しっかり私の腕に引っ付いてきている初霜。霞がたまに睨みつけるが素知らぬ顔。私としてはこちらの方がハラハラする。

 

「わたくしはそんなことより怖いことを体験しているので、何も怖くはありませんね」

「何かあったかしら」

「御姉様に忘れられるという体験は、これ以上ない恐怖でした。それに勝るものはありません」

「その節は本当にごめんなさい」

 

春風にはもう怖いものがないらしい。一番の恐怖を知ってしまったからこそ、その辺りの感覚が麻痺してしまったとのこと。

皆、大概怖いことを知っている。私は司令官を裏切ってしまったこと。笑い話にも出来ない私の落ち度だ。ホラーなんかより余程現実的で、私の気持ち次第で再び起こり得る、身近な恐怖である。超常現象なんかより怖い。

 

「あ、なら私も似たようなことあるわ。姉さんに見捨てられることかしらね」

「私も霞さんと同じですね。体験したくないですが」

 

そういった先立つ恐怖があるのなら、怪談話くらいでブレることは無いだろう。皆、私と似たようなものか。

 

「姫様とお別れするのが一番怖い。だから、姫様は死んじゃダメ」

「わかってる。今日はあっちの鎮守府でも死ねない約束をいっぱいしてきたわ」

 

クウも後ろから抱きついてきたので、後ろでに頭を撫でる。大きな子供だ。

 

怪談話が、なんだかんだ自分の一番怖いものの暴露会になってしまった。大体が私に関係していることなのはさておき、皆ホラーに耐性があるようで何より。

むしろ、この鎮守府にそういったものが苦手な人がいるのだろうか。少し気になるところではあるが、深掘りするつもりは無い。

 

 

 

翌朝、朝食もまだだというのに何やら騒ぎが起きていた。事の発端は夜間部隊の哨戒。騒ぎの中心にいたのはその隊長である最上さん。朝になっているので仮面着用状態。

 

「どうかしたんですか?」

「ああ朝潮。ほら、昨日言ってたこと、こっちでも起きたんだよ」

 

昨日の話となると、出てくるのはやはり今流行中の怪談話。

 

「あれは確かに人影だったの。だから探照灯で照らしたんだけど、ヌルッと消えた感じだったよ」

「暗がりだったけど人影は見えた。でも仮面をつけると見えなくなるんだ。あれ何だったんだろ」

 

古鷹さんも同じ部隊で見ていたらしい。

哨戒中に海に浮かぶ人影を視認したため、正体を確認するために探照灯を照射したが、沈むように消えていったという。探照灯照射は最上さんの目にダメージを与えるため仮面をつけたが、反応があればそれでも見えるはずなのに、元々そこにいなかったかのように何も見えなくなったそうだ。

 

「お化け騒ぎのやつだよね、これ」

「ですね。見たのは今日初めてなんですか?」

「うん。少なくとも昨日や一昨日は見てないかな」

 

最上さんだけが見えなくなった理由は簡単だ。その人影、おそらく人形は、あちらが使ってくる深海忌雷のような、電探に引っかからないようにする処置がされている。だから視認は出来ても最上さんの仮面越しでは見ることが出来なかった。

いやまぁ本当にお化けの類だったらそういうことが起きてもおかしくは無いだろうが、それを疑うのはナンセンス。

 

「うちらも見たよ」

「こっち来なかったから放置しちまったけど、あれかい? お化けってヤツかねぇ」

 

浦風さんと谷風さんまで。佐久間さん防衛隊の方でも確認されたそうだ。代わりに昨晩はいつもの暗殺部隊は来なかったらしい。ここ最近は頻度も減っているのだとか。

 

「谷風が撃とうとしたけど、うちが止めたんじゃ。そしたらヌルッと消えてしもうて」

「だからあん時撃っときゃよかったのさ。お化けかどうかはわかったろ?」

「せやねぇ。たらればじゃけぇ、今言うても仕方ないけど」

 

実力行使で正体を知ろうとするのも、ここまで来るとアリかもしれない。私達はともかく、他の鎮守府にも情報が送れる。

 

「そんだけなら良かったんやけど……」

「うちの磯浜が割とビビっちまってねぇ。磯風は次見たら乱射する気満々だよありゃあ」

 

こちらも少し意外。浜風さんはともかく、武人然として磯風さんがそう言ったものが苦手とは。

 

「次見かけたら夜中にドンパチする覚悟じゃけぇ」

「煩かったらごめんねぇ」

「ならボクもそうすることにするよ。見かけたら撃つ」

 

夜間部隊ではそういう方向で行くらしい。お化けとかそういうものは関係ない。攻撃が効かないのなら、その時に改めて怖がる。

 

この怪談話、だんだん嫌な方向に進んでいる気がする。おかしなことが起こらなければいいのだが。

 




浦風:割と冷静に対処。谷風と先陣を切る。
谷風:騒ぎ立てるが怖がらず、むしろ怖いもの見たさで突き進む。
浜風:一歩後ろから様子を伺うが、若干腰が引けている。
磯風:錯乱。


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折れない心

朝、鎮守府を発つ私、朝潮。向かうのは志摩司令官のいる鎮守府。あちらでも、夜の海に浮かぶ人影が目撃されたからである。

その正体はおおよそ見当はついており、北端上陸姫の作った人形、艦娘の命を冒涜した改造深海棲艦である。昨晩目撃したという最上さんと古鷹さんの証言から、深海忌雷と同様に、電探には引っかからない仕様にされていると思われる。おそらく、深海の気配すら遮断しているだろう。

 

「妹の様子が見たいのは朝潮も同じだよね」

「ですね。白露さんと同じで特殊な妹ですから」

 

今回の随伴の1人、白露さんは、今は私が展開したアサの上に乗って移動中。低速化欠陥(バグ)を補うためにこうしているが、なかなか乗り心地はいいみたいだ。大型艤装に備え付けられた小型艤装が、白露さんの服の裾を噛んで落ちないように支えている状態。

あちらの鎮守府にいる私の妹、峯雲は、白露さんの妹である村雨さんと一心同体である元深海棲艦。1人の深海棲艦が2人の艦娘に分裂するという初めての事例で誕生した妹達の様子は、私達には興味深いものである。

 

「私は演習のリベンジも要求されましたので」

「さすがあそこの陽炎。また憂さ晴らしみたいにボッコボコにすんの?」

「さすがにそこまでは。アサもヨルも使わずに戦うくらいしますよ」

「つまり素手でボコりたいと」

 

そこまで私は野蛮ではない。……多分。

 

「大潮も峯雲に会いたかったので嬉しいです!」

「僕も村雨と顔を合わせたかったから嬉しいよ。発見したのも僕だしね」

 

追加で大潮と時雨さん。奇しくも朝潮型と白露型の1番艦2番艦で揃えられた。万が一の時には出力の高いメンバー。その辺りも考慮しての司令官の采配なのだと思う。

私はさておき、深海艦娘である大潮と時雨さんは既に艦娘から逸脱しており、白露さんも通常の艦娘としては割とおかしい戦力。もし人形が群れをなして出現したとしても、処理は可能だと思う。日が昇っているうちから出てくるとは思っていないが。

 

最後まで時津風さんは駄々をこねたらしいが、雪風さんの面倒を見てもらいたいのでその辺りで勘弁してもらった。今の雪風さんはいろいろ危うい。私以外にも自分の妹に目を向けてもらいたい。

 

「それにしても、お化け騒ぎ、なんなんだろうねぇ」

「北端の監視……ですかね」

「それなら何で夜だけなんだろう。昼に来てもいいじゃないか」

 

航行中は専らお化け騒ぎの件。真相解明の推理中。司令官も同じように敵の狙いを突き止めようと奮闘しているが、私達でも考えてみることに。既にそれすら娯楽の1つにされている節がある。

夜にしか来ないのはおそらく、活動している艦娘の数が違うから。浦城鎮守府や志摩鎮守府は夜間の警戒に使う艦娘の数は少ない方だろう。私達の鎮守府ですら、夜間哨戒に2〜3人。そこに今は佐久間さん防衛隊が4人加わっているのみ。陸に接している鎮守府なら1〜2人でも充分。

 

「お姉さん、気配を感じたりしませんでした?」

「夜中だから寝てたわ。さすがに寝てる時にまで気を配っていられないし」

「だから夜なのかもしれないね」

 

そもそも電探に引っかからない仕様のため、私が起きていたとしてもわからなかったと思う。未だに深海忌雷の反応を追うことは出来ないわけだし。同じ仕様の敵が出てきたら、私としてはお手上げ。

 

「もしかしてさぁ、夜に攻め込んで来ようとしてて下見とか?」

「下見は必要ないくらい夜に攻め込まれてますけど」

「いやいや、うちじゃなくて、他の鎮守府。うちのはほら、援軍が出てくるかどうかの監視とか」

 

一理ある。志摩司令官は直接襲撃を受けたが、鎮守府にではなく、こちらに向かってくる最中だ。ある程度沖に出てきたことを確認しての襲撃。

北端上陸姫は正体からして各鎮守府の状況はある程度知っているだろう。内情はわからないにしろ、立地条件くらいは。それなら少し下見するくらいで襲撃出来る。

 

「じゃあ後はなんで襲撃するか、ですね」

「僕らに関わったから報復とか?」

「その線が強そうですけど、そんな簡単なことですかね」

 

その辺りはまだ想像がつかない。何を考えて監視を置いているのか。そもそも監視なのかは、今はあの()()()にしかわからないことである。

 

 

 

志摩鎮守府に到着。事前に連絡をしてあったので、鎮守府近海に来た時点で村雨さんと峯雲の気配が外にあることに気付く。どうやらお出迎えをしてくれているようだ。今回のメンバーの中で深海の気配を持つのは私のみ。ある意味わかりやすい目印にもなっている。

少ししたら視認可能な位置へ。前に見たとおり、しっかりと手を繋いでこちらに手を振ってきた。

 

「はいはーい、こっちだよー」

「ようこそおいでくださいました」

「また変わっちゃってるんだね朝潮」

「以前よりは変わっていませんけど」

 

交互に話すのも久しぶりに聞く。村雨さんは以前から様変わりして改二。峯雲もそれに合わせて制服を変えていた。左右非対称の制服を鏡写しにし、2人1組であることを表している。

それを見た白露さん、私の艤装から下りて村雨さんの前へ。

 

「村雨、改二になってんじゃん!」

「この前ようやくね」

「2人で日々精進してます」

 

努力がひしひしと伝わってくるものである。2人1組という艦娘の中でもまずあり得ない特徴を持ってしまった2人は、人一倍努力したのだろう。練度もさる事ながら、顔付きが前と違う。この鎮守府の一員として力を振るい続けてきた、自信に満ち溢れた顔。逞しく成長したことを、姉として嬉しく思う。

 

「ささ、提督が待ってるよ」

「近況報告と聞いています。どうぞこちらへ」

 

海の上で長話も良くない。2人に連れられて志摩司令官が待つ工廠へ。そこでは仁王立ちで志摩司令官が待ち構えていた。

 

「よく来たねアンタ達。朝潮はまた少し変わったかい?」

「はい……いろいろありまして」

「アンタの体質はわかってるさ。それくらいの戦いがあったってことだろう。話を聞かせてもらおうか」

 

私はそのまま執務室へ。他の3人にはここの鎮守府の人達を相手してもらうことに。特に村雨さんと峯雲、演習がしたくてウズウズしているように見えた。前以上にここにも馴染み、すっかり好戦的に。当たり方は違うが神通さんみたいなもの。

 

執務室では陽炎さんが秘書艦として待っていた。私の姿を見て目を見開く。前回の帰り際に現状維持すると息巻いた手前、会うのに少しだけ躊躇いはあった。成長はしていないものの、腕にヒビが入っていることで異形感が増している。

 

「ちょっと朝潮、成長してないとはいえ、何なのそれ」

「それについても今から話します。近況報告のうちに入っていますから」

 

時間はあるが、陽炎さんが演習したがっているのもわかるので、近況報告は手短に。駆逐陽姫が雪風さんに浄化されたことは時津風さんから聞いていたらしいが、詳細までは聞いていなかったようだ。その辺りは少し細かく。

 

「ひとまずはわかったよ。あと敵は1体なんだね」

「はい、その残りが最悪なんですが」

「あの大和が敵だなんてね。しかも何だっけ? 戦艦仏棲姫と太平洋深海棲姫の艤装まで使うたぁね。ふざけた敵じゃないか」

 

ほんの少しだけ勝機は見え始めているが、それでも数%の誤差レベル。苦戦を強いられているのは確かである。どれだけ人数がいても、圧倒的な力により何もかもが破壊される。敵だった頃の扶桑姉様の時のような、厄災を目の前にしている感覚。

 

「勝ち目はあるのかい?」

「無くは無いです。全員が戦場に立つことが出来るようにはなったので」

「そうかい。何かあったらうちの鎮守府にも声をかけな。こいつらなら抵抗は出来るだろうさ」

 

志摩司令官に振られてビクッとするものの、持ち前の明るさで胸を張る陽炎さん。今は何よりも精神力が必要だ。折れない心が一番の武器になる。

 

「ありがとうございます。その時はまた」

「じゃあ次の話だ。あの人影のことだね」

 

近況報告もだが、こちらも重要な話。先程の報告にも入ってはいたが、人形という敵の新戦力の対処法は知っておかなくてはいけない内容である。

 

「小型でも姫級に近いってのかい」

「そうですね……私達は白兵戦か魚雷、あとは戦艦主砲程の火力でどうにかしていました。重巡主砲では容易に弾かれてしまいます」

 

そして今はそれすらも厳しいかもしれない。人形も少しずつ改造されており、強化されているのはわかっている。今のお化け騒ぎの元凶が人形だとしたら、電探にすらかからないという特性を持ってしまっている。

これまでの敵のやり口から考えられるあらゆる手段を伝えた。特に、こちらを洗脳する手段に関してはいろいろとある。その辺りは知っておいて損はない。

 

「とにかく深海忌雷は最優先で壊せってことね」

「はい。ただ、やたら硬いですので」

「私らじゃ処理も厳しいってことかぁ」

 

項垂れる陽炎さん。普通の艦娘の場合はゴリ押しが出来ないため、何かしらのテクニックが必要になるだろう。

一番手っ取り早いのは、原型を無くすこと。今まで戦ってきたものは、頭は深海忌雷のせいでやたら頑丈だったが、首は普通の艦娘。私の場合は首を握り潰すことで確実に息の根を止めている。

 

「陽炎さん達はコンビネーションが上手いですから。1体に2人や3人かけてでも、確実に処理してください。忌雷そのものは魚雷か戦艦主砲で爆破するように心がければまだ」

「それなりに技がいるってことか。なら任せてよね。アンタ達に負けてから、私らはめちゃくちゃ特訓したからさ!」

 

敗北をバネに、より研鑽を積んだようだ。やる気満々、負ける気一切無しという表情。

先程の村雨さんと峯雲もそうだったが、ここの鎮守府の艦娘は皆、自信に満ち溢れているのがいい。とても活気のある鎮守府だ。私達の鎮守府とはまた違った温かさがある。

 

「では後から成果を見せてもらいますね」

「お、余裕かぁ? 覚悟しときなよ!」

「そうそう、今の私は完全に白兵戦のスタイルになりましたからそのつもりで。人形も素手で捻り潰しています」

「近付けさせなけりゃいいんでしょ。まだ手はあるから!」

 

本当にポジティブ。見習いたいほどの精神状態。今までいろいろあって心がガタガタにされた私とはえらい違いである。憧れてしまうほどだ。

それで思い出した。この鎮守府にも怪談話に抵抗がある人がいると聞いている。

 

「そういえば、志摩司令官。昨日、お化け騒ぎを怖がっている人がいると言っていましたが」

「ん? ああ、その子の名誉のために伏せておくよ」

「そうですね。そうしておいてください」

 

恥ずかしいことを詮索するのも良くないか。

 

 

 

近況報告と今後の話も終わり、私としては仕事終了。ここからはこちらのリクエストである演習に。浦城鎮守府と似たような展開になってしまったがやむを得ない。

陽炎さんと演習場にやってくると、今も白熱した戦いを繰り広げている。白露時雨ペアで村雨峯雲ペアと演習中のようだ。さっきまでは1対1の演習もやっていたようで、大潮が身体を綺麗にしながら鬼怒さんと演習を見ていた。勝てたようだが被弾は免れなかった模様。

 

「あ、お姉さん! お話は終わったんですか?」

「ええ、今終わったところ」

 

その隣の鬼怒さんは私の姿をしげしげと眺めてきた。物珍しいものだろうが、そこまで見られると視線がくすぐったい。

 

「まーた変わってんじゃん朝潮。身体にヒビって日々大丈夫? ヒビだけに」

「痣みたいなものですから。中で点滅してるのも慣れたものです」

 

陽炎さんは妹達の元へ。私も視線を演習の方へと向ける。

 

白露さんと時雨さんも、戦い方が違うとはいえ姉妹。コンビネーションプレイはなかなかのものである。精密射撃がメインの白露さんを時雨さんが支えるタイプの連携だ。

だが、それに輪をかけて村雨さんと峯雲の連携が上手い。ずっと手を繋いだままのために的が大きくなるかと思っていたが、その課題をしっかりとクリアしている。まるで社交ダンスのようにクルクル避けながら、時には攻撃、時にはフェイント。同時に攻撃することの方が稀になっている。

 

「うわ、手強い!」

「即席のコンビだと厳しいかもしれないね」

 

ずっとこれでやってきた、というのが大きいだろう。生まれてから今まで常にコンビで行動しているからこそ、複雑な連携すらアイコンタクトもせずにやってのける。以心伝心なんてレベルではない。

 

「峯雲さん!」

「はい、村雨さん!」

 

白露さんを先にやらないといけないというのはすぐにわかったのだろう。時雨さんの援護射撃を避けながら、白露さんに集中砲火。しっかり逃げ場を無くす攻撃で、徐々に追い詰められていく。

前回の合同演習のときから、成長しすぎというくらい成長していた。自分達の特性を完全に理解し、役割分担も完璧。連携という域を超えている。おそらく当人達は、右手と左手で別のことをやる、というくらいの感覚なのだろう。

 

『すごいな、前とは大違いだ』

「そうね。完全に1()()()()()として動いてる」

『こりゃ頼もしい。努力が半端ないな』

 

アサからも太鼓判を押される。

 

「あの2人が一番努力してるからねぇ。うんうん、隊長として鬼怒も2人の成長は嬉しいもんだよ」

「鬼怒さんが引っ張っていたんですか?」

「一応鬼怒が教育係だったからね。割とハードなのもついてきちゃうから、ちょっと調子に乗っちった」

 

さすが長良型。うちの長良さんもそうだが、身体を酷使する系統の訓練はお手の物ということか。それがしっかり形になっているのだから文句も言えないだろう。

 

「うおおお! 時雨援護ぉ!」

「やってるよ。うん、手に負えない」

 

白露さんも時雨さんも行動予測は使えない。追い詰められるとジリ貧になるのは課題か。今度また教育の機会があれば、その辺りを重点的に行こう。

 

「ほぎゃあ!?」

「白露!?」

 

ついに砲撃が白露さんの胴に当たり、大破判定。ここで時間切れにもなり、あちらの判定勝利となった。

 

「くっそー! 初めて負けたー!」

「ありがとう白露姉さん。自信がついたよ」

「ありがとうございます白露さん。もっと進めそうです」

 

お互いに無傷というわけではないが、小破までも届いていないダメージなら上々。これは油断ならない相手だ。

 

「よーし、朝潮! 次はあたしらの番だよ!」

「はい、受けて立ちましょう」

 

今の戦いを見て、私にも火がついていたのかもしれない。ここの鎮守府の空気に飲まれたか、少し疼いていた。あちらがどう出るかはわからないが、楽しませてもらおうか。

 

『ご主人、ラスボス?』

『女帝だ女帝』

 

頭の中で好き勝手言って。

 




血反吐を吐くような努力の末、村雨峯雲ペアはダブルアーツをモノにし、白露時雨ペアに勝てるほどの実力に。次回はそれをも凌ぐ可能性のある陽炎戦。果たして、女帝朝潮を打ち破ることが出来るか。


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自らの在り方

近況報告をするために志摩鎮守府を訪れている私、朝潮。陽炎さんの心の強さに感心しつつ、リクエストされた演習の方を開始していた。

私が報告をしている間にも演習は繰り広げられており、先程、白露時雨ペアと村雨峯雲ペアの演習が終了。白露さん大破判定による時間切れにより、惜しくも敗れてしまった。本当に研鑽を積んでいることがよくわかる。

 

そして次、リクエストの通り私が出る。相手は陽炎さんだが、1対1だろうか。以前、私達の鎮守府で行われた合同演習のときは、1対5なんてことをやったが、今回はどうするつもりだろうか。

 

「こっちは3人で行くわ。私と、不知火と、黒潮ね」

「わかりました。こちらは……私1人ですね」

 

大潮は汚れを取っている最中。白露さんと時雨さんは今終わったばかりだ。連戦でもいいかもしれないが、出来るなら休息を取った方がいい。私は1人ピンピンしているわけだし、リベンジを受けたのは私。まずは私が相手をするのがいいだろう。

 

「まぁ3人みたいなものです」

「2人分じゃなくて?」

「はい、同居人が増えましたので。とはいえ、あまり使わないかと思います。先日、演習に向いてないと文句を言われた程でして」

 

アサとヨルを展開。どちらも質量兵器。直撃すれば、演習でも命が危ない。神通さんとの演習の時のように、ぶつけるのではなく波を立てるために使うくらいなら良さそうではある。

 

「それ、直接ぶつけてくるの?」

「そうなるので、演習ではこれで攻撃しませんよ。あ、でも艦載機はこれからしか発艦出来ないので、牽制には使わせてもらいますね」

「さすがにこれはキツイか……」

 

演習だとアサもヨルも不完全燃焼になってしまうだろう。ヨルはまだ加減がわからない可能性もあるし。実質、ヨルの実戦経験は戦艦天姫への牽制だけだ。夢の中での戦いも殺し合い。()()()()()()()がわかるかどうか。

とはいえ、この演習で表に出すのはアリかなと思っている。戦闘センスが高いのは私も理解している。遊ぶように戦うこともきっと出来るはずだ。

 

「私達3人で相手しましょ」

『私も出ていいの?』

『ちゃんと加減が出来るなら、やらせてもらえ』

『やるー! 殺さないようにすればいいんだよね?』

『半殺しもダメだぞ。ちょっと痛い程度だ』

 

わかっているのかわかっていないのか。本人にやる気があるのなら、ちゃんと出番をあげよう。幸い向こうには3人いることだし、1人ずつにしてもいい。

 

 

 

あちらも準備が整ったようで、向かって並び立つ。なんだか不知火さんが眠そうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「でかいのと尻尾て、どないすりゃええんよ」

「あと本体で白兵戦らしいわ」

「ならば、近付けさせない方がいいでしょう」

 

早速作戦会議の様子。前に演習したときとも、その前に演習したときとも違う姿。そもそも攻撃方法すらまだわかってないと思う。黒潮さんは観察力がいいため、長期戦はなるべく控えたい。

今までの経験上、順番的には黒潮さん、不知火さん、陽炎さんの順で行きたい。ブレイン2人と、本能で動く陽炎さんは、早急に切り離したいところだ。

 

「お好きなタイミングでどうぞ。こちらも準備させてもらいますので」

 

アサから艦載機を全機発艦。24機全てを自分の周囲に配置。やはり今回もヨルの水上機は開始からは出さない。

 

「増えてますね」

「倍やん。どないしよか。まずアレ処理した方がええんちゃう?」

「よし、じゃあまず艦載機から行こう。近付かれたら各々どうにか対策!」

「そんな簡単に出来ることではないです」

 

陽炎さんの砲撃が開戦の合図。艦載機1機を墜とそうと放ったようだが、簡単には破壊されない。これで私は戦艦主砲だってガードしようとしているのだから、駆逐主砲に墜とされても困る。

そういえば神通さんは普通に主砲で墜としてきた。何なんだあの人。

 

「うわ、硬っ」

「威力が足りませんね。3人で1機ずつやりましょう」

「ほんなら陽炎が好きに決めてええよ。合わせたるから」

 

そんな簡単に狙いを合わせることが出来るのだろうか。以前見た連携から、本当にやってきそうで怖いが。

 

「もういいですよね?」

「あーごめんごめん、よっしゃこーい!」

 

3人同時の砲撃。本当に1機の艦載機に狙いが集中し、見事に破壊された。予想だにしていないことだったため、私も驚いてしまう。同じ位置に3撃入れば、戦艦主砲よりも火力が出るということか。それにしても、寸分違わない精度の攻撃とは恐れ入る。精密射撃とは何か違う気がするが。

 

『マジかあいつら。簡単な打ち合わせだけだぞ』

「多分あれ、精密射撃じゃないわ。陽炎さんがああしそうだからってところに撃っただけよ」

『なんだその連携。いや、前にもあったか』

 

周りにサポートさせるように引っ張る陽炎さんならではの連携。連携という言葉を使っていいかもわからないが、とにかく今は各個撃破に努めることにする。

私が艦載機を低空で飛ばしていたから主砲で破壊されたので、本来の使い方をすればいい。主砲では届かない位置まで半分は上昇させ、爆撃開始。もう半分は防御のために周りを漂わせる。

 

「ようさん降ってきたで!」

「ならば本体を狙いますか」

「白兵戦仕掛けられるだけだって。とりあえず回避しながら雷撃!」

 

魚雷に関しては、艦載機による射撃で処理するか、アサを防御に使うかしかない。頑丈に作られているとはいえ、何度も当たれば破壊される。それは避けたい。幸い魚雷の進行方向は予測出来る。なるべく大きく回避し、かつアサを使えば、無傷で突破は出来るだろう。

しかし、私があちらに勝つためには、どうしても接近しなくてはいけない。あちらは既に私の接近を警戒しつつ攻撃してきている。3人同時、かつ別方向から息のあった攻撃は、思った以上に厄介。

 

『どうする』

「近付くしかないでしょ」

『近付き過ぎると爆撃当たっちゃうよ』

「その辺りは気をつけて」

 

回避をしながらゆっくりと前進。神通さんとやるのとは違い、人数がいるということは広範囲に攻撃されるということ。そういう意味では神通さん相手の方がやりやすい。

 

「ヨル、お願い」

『りょーかい!』

 

尻尾が前方に伸び、私に向かう砲撃を弾く。これもあまりやり過ぎると破壊されてしまうので、必要最小限に。

こちらの爆撃を回避しながらの砲撃だというのに、やけに精度が高い。霞と組んで演習した時よりも、こちらの行動を制限する動きが強まっている。なるべく近付かせないように、近付くにしても遠回りするように。わざと当てないようにしつつ、回避方向を固定化してくる。

 

『3人が似たような戦術だな』

「陽炎さんが突出しやすいくらいね。サポートが上手いわ」

 

陽炎さんは好き勝手撃っており、それを不知火さんと黒潮さんが全力でサポートする形。それがしっかりと連携になっているのだから恐ろしい。

 

「陽炎、雷撃を」

「オッケー! 黒潮も一緒にお願い!」

「了解や。ほな行くでー!」

 

私が近付いたところに雷撃。回避しづらいタイミングをキッチリ狙ってくるあたり容赦がない。やるなら跳び越えるのが手っ取り早いか。だがそうすると、1人主砲を構えた不知火さんに撃ち墜とされる。

 

『よし、交代だ』

「よろしく。艦載機はまだあるわ」

『おう。私はシラヌイを貰うぞ』

 

ここで交代。アサを表に出し、私が大型艤装担当に。使うことはないのでただの待機である。

 

「陽炎、代わったで」

「よくわかるわね。よし、迎撃準備!」

 

交代まで予測していたか。黒潮さんの観察力を少し過小評価していたかもしれない。すぐに主砲を私に向けてきた。魚雷を跳んで避けるのも狙い通りだったのかもしれない。

ならば、本来ならあり得ない行動でそれを上回ろう。それは私よりアサの方が上手く出来る。

 

『艦載機は残り8』

「じゃあ全部使うぞ」

 

大型艤装が身体から独立したことをいいことに、久々に艦載機を足場にした移動。魚雷を避けるために跳んだ後、空中での迎撃を避けるために艦載機を足場に方向転換。今の体型でも、タイミングを合わせれば4つ使うことで足場と出来た。艦載機の出力も上がってくれてるおかげである。

 

「空中で方向転換!?」

「陽炎、あっちや! 足場作っとる!」

 

即座に切り返してきた。既に作ってあったもう1つの足場に向けて砲撃してきている。足場を狙ったわけではなく、移動している私がそこに着地した瞬間を狙っての砲撃だ。勢いは止められない。ならば

 

「ヨル!」

『はーい! ガード!』

 

砲弾はヨルにガードしてもらい、それを振った時の遠心力を使い跳ぶ方向を変更。足場も移動させ、そのまま真っ直ぐ不知火さんへ。

想定していた順番は狂ってしまったが、ここからは速攻だ。空爆も止め、全艦載機を手元に戻し、迎撃が間に合わない速度で不知火さんに突っ込む。

 

「悪いがまたお前からだ」

「お断りします。不知火を狙うことも承知の上です」

 

直行するところに割り込んできたのは陽炎さん。自爆覚悟にしか見えない行動に驚きを隠せない。

なるほど、陽炎さんはアサに近い。本能のままに動いている。それを不知火さんも黒潮さんも理解しているから、手綱を握るかのように連携しているわけだ。まるでドッグブリーダー。当然陽炎さんが犬。

 

「もう方向転換出来ないでしょ! 貰ったわ!」

「っは! やるなお前!」

 

真正面からの砲撃。当たれば轟沈判定は免れない。手元に戻した艦載機を全て全面に配置し、無理矢理壁とした。陽炎さんの砲撃を艦載機で阻むことに成功。

 

「これもダメ!?」

「危なかったぞ。だから、一番はお前だ」

「にゃーっ!?」

 

ヨルが陽炎さんの胴体に絡みつく。本来ならこれで絞め落として終わり。だが演習でそんなこと出来ない。よって、顔を舐めた後に放り投げる。

舐めるという戦闘には似つかわしくない行動ではあるものの攻撃は攻撃。顔にモロに入っているため、ヘッドショット判定となり、陽炎さんは轟沈判定。

 

「よし、次はヨルだ。やれ!」

 

ここであえてヨルに交代。アサが大型艤装のコントロールに入り、私は尻尾のコントロールに移動。

 

「わ、こんなところで交代なの? じゃあ、この人やっちゃうね」

「は、誰やこいつ!?」

「さっき言っていた3人目でしょう!」

 

ヨルが狙いを定めたのは不知火さん。陽炎さんを退かしたので一番近い。もう一度艦載機を足場にし、不知火さんに抱きつく形で突っ込む。完全に密着した状態になったため、魚雷も撃てず、主砲も撃ちづらい状態。

 

「えーっと、こう!」

「ぬいっ!?」

 

軽めにデコピン。それでも結構酷い音がした。頭への攻撃のため、当然轟沈判定。ヨルが抱きしめただけでも身体にダメージがあったようで、ぐったりしてしまった。

 

「ご主人、最後どーぞ」

 

ヨルに主導権を渡された。残ったのは黒潮さん。陽炎さんは顔を舐められ、不知火さんはデコピン。なら、最後に残っているのは。

 

「私じゃ無くても出来るけど、これでおしまい」

「わぷっ!?」

 

顔面に艦載機から水鉄砲。これで全員ヘッドショットによる轟沈判定で終了。

 

最後は連携を崩すために突撃してから、場をしっちゃかめっちゃかにした勝利。陽炎さんが真正面に来た時はさすがに驚いたが、アサが咄嗟に対応してくれたので助かった。ヨルによる防御もあったことで突撃力もある。

自分の戦い方が完全に定着したように思えた。任せるところは任せる。やれるところはやる。私のやれるところはたかが知れているかもしれない。単独戦闘の場合はアサに代わるのが吉。私は皆で行動する時の指示役として専念する方がいい。

 

「舐められた……」

「デコピンですか……」

「水鉄砲て……」

 

三者三様の項垂れ方。水鉄砲は良いとして、他の2つは演習でもなかなかお目にかかれない倒され方である。特に顔を舐められてヘッドショット判定なんてまず無い。

 

「レアな経験をしましたね」

「嬉しくないわよ!」

「あれ、本番では胴体絞め壊してますし、頭も噛み砕きますから」

 

さすがの陽炎さんもゾッとしたようである。だが、これくらいではへこたれないのが陽炎さんだ。すぐに起き上がって、こっちを指差しながら高らかに宣言。

 

「次はこうはいかないわ! 絶対勝ってやるんだから!」

 

自然と笑みが溢れる。思考の海の中で、楽しんだアサとヨルも笑顔だった。陽炎さんと、ここの皆と演習するのは、正直に言えばとても楽しい。私まで好戦的になってしまいそうだが、呑み込まれないように踏ん張る。

またここで演習が出来るように、今の戦いを皆で終わらせたいと改めて思った。

 

 

 

お昼前には帰投することになった。リクエストに応えて何度か演習をさせてもらい、充分すぎるほどに楽しませてもらった。私はさておき、皆勝ったり負けたりの互角。白露時雨ペアは村雨峯雲ペアにリベンジを果たし、大潮も陽炎さんと戦ったりしたりと、満足の行く出向となったようだ。

 

「例の件、こちらでも探っておく。怪談話なんかで終わらせたくないからね」

「はい、是非。予想通りであるなら、確実に対処が必要です。お伝えしたことで十全と行くかはわかりませんが、お気をつけて」

「ああ、有識者に教えてもらえたのは良かった。誰も被害を出さずに終わらせるさ」

 

自信満々の笑みを浮かべる志摩司令官。フラグが立ってそうではあるものの、志摩司令官はこんなことで終わるような人ではない。対処の仕方は教えている。想定外のことも、しっかり乗り越えられる力を持つ人だ。

 

「次に会うときは、何もかも終わっていることを祈っているよ」

「はい、何かありましたら、またよろしくお願いします」

 

敬礼をし、帰投。私以外にも皆が息抜きになったようだ。いつもと違うことをやるのは、それだけで気分転換になる。次にまた来れる時まで、私達は奮闘し続けるのだ。

 

平和な時間はもう少ないと、何処かで察していたのかも知れない。他の鎮守府との交流を優先し、繋がりを深めた。私は死ねない約束を次々と増やした。

今の自分の在り方を再認識する。陽炎さんのリベンジを受けるためにも、私は死ぬことが許されない。皆が私が生きることを望んでくれている。それだけでも活力になるというものである。

 




志摩鎮守府で怪談話に怖がっていたのは、不知火です。


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涼月の根本

怪談話が流行した2つの鎮守府に近況報告を終えた私、朝潮。その場で演習もしてきたが、それもいい息抜きとなった。アサやヨルも気分転換になったようで、精神的にも癒しとなっている。身体の疲れも小さな傷も、お風呂に入れば綺麗さっぱり。こういう時に自分の身体の便利さを痛感する。

 

私達の鎮守府では、最後の戦いに向けて準備が進められている。特に大きなものといえば、深海艤装に過負荷を克服する装置を組み込むこと。志摩鎮守府へ出向した時雨さんも、これから組み込むとのこと。大潮は金の『種子』組なので不要である。

その様子を、工廠の端で涼月さんが眺めていた。今のその作業は、セキさん主導の下、睦月さんが手伝いつつ、佐久間さんもその場にいる。装置自体を作ったのはセキさんだが、システム案は佐久間さんも口を出しているためだ。

 

「人間観察ですか?」

「……はい」

 

未だ根深い人間嫌いだが、佐久間さんだって信用に値する人間である。今はまだ近付くこともしたくないのだろうが、こうやって視界に入ることを許容することは出来始めている。

司令官より佐久間さんの方が慣れやすいとは思っていた。異性より同性の方がマシだろう。こういうところからゆっくりと歩み寄れればいい。

 

「深海の艤装に触れるだなんて、人間からしたら最も嫌悪するような内容でしょう」

「あの人はそういう人ですから。上層部にトラウマがある春風が慣れているくらいですし。深海棲艦との共存が夢って高らかに宣言出来るくらいですから」

 

初めて佐久間さんと出会ったとき、春風は扶桑姉様の陰に隠れ、まともに話すことも出来なかった。それが今では普通に談笑出来るほどに。私が話していたというのもあるが、佐久間さんの人柄的に、春風の嫌うタイプの人間ではないということに気付けたことが大きい。

涼月さんはそれとは違う位置にいるのは私にも理解出来ている。半分だけ深海棲艦で艦娘の思考の方が強めの春風とはそもそもが違う。

 

「佐久間さんは深海棲艦に助けられたそうです。そこから方針転換して、今に至るらしいですよ」

「人間を助ける深海棲艦なんて……いえ、いっぱいいますね」

「はい、ここにいれば痛感しますよね」

 

佐久間さんの夢である深海棲艦との共存が、狭い空間ではあるものの実現出来ているのがこの鎮守府だ。

 

「いい場所だとは思います。艦娘と深海棲艦が手を取り合って生活しているのは」

「戦う必要が無いのなら、協力し合う方が自分達のためですから」

「そうですね。意味のない戦いは時間の無駄ですし、疲れたくはありません」

 

薄く微笑む。艦娘と深海棲艦が手を取り合うのは許容出来ることのようだ。そこに人間が加わると、根付いてしまっている嫌悪感がふつふつと沸き立ってしまうのだろう。

 

「ここに来て3日程ですけど、どうですか」

「……居心地は悪くないです」

 

そう言ってもらえると嬉しい。

 

「ですが……やはり人間を受け入れることはまだ出来ません」

「ゆっくり行きましょう」

 

これに関しては、長々と話してもどうにか出来るものではない。涼月さん自身が自分で納得しない限り、根本的な解決にはならないだろう。またウォースパイトさんの言葉を思い出す。

 

「お茶でも飲みながら、気持ちが変わっていくのを気長に待てばいい……と私は言われました。私も後天性の人間嫌いですが、この気持ちとは気長に折り合いをつけようかと思っていますので」

 

私もまだまだ緩和されない。顔見知り以外の人間には会いたくもないと思っている。薄汚い人間を助けるなんて真っ平御免だ。自分の手で滅ぼそうとも思わないが。

今の私達がやっていることは、間接的には人間の世界を護ることに繋がっているのだろうが、身を守ることを先決にしているだけ。私自身死にたくないだけだし、司令官や佐久間さんにも死んでもらいたくない。ただそれだけ。

 

「……朝潮さんは強い心を持っていますね」

「心が強かったらこんなことにはなっていません。私は本当に弱いですよ。先日話したじゃないですか。私は心を壊されています」

 

一歩間違えば、私も涼月さんと同じように司令官すらも嫌っていたのだと思う。そうならなくて本当に良かった。多分立ち直れない。一度洗脳により司令官にすら殺意を向けてしまったが、あれは司令官のおかげで即座に治療してもらえたから後を引かずに済んでいる。

 

「ま、ゆっくり行きましょう」

「……はい」

 

と、ここでセキさんから手招きされる。

 

「涼月、お前も深海艤装だろう。装置を設置するからこちらに来てくれ」

 

万が一の時には、全員が戦闘することになる。まだ哨戒に行った程度な雪風さんや、脚部艤装不備で非戦闘艦娘として運用されている大淀さん筆頭の鎮守府待機組すらも視野に入っている。

それこそこの鎮守府に配属されたばかりの涼月さんだって例外なく対象だ。深海棲艦故に訓練の必要もない即戦力である。

 

「私はちょっと離れようかな。終わったら声かけて」

「待て佐久間。お前もここにいてもらうぞ。何かあったら私では対処出来ん」

 

涼月さんが人間嫌いであることをわかっているため、ここから立ち去ろうとした佐久間さんだったが、セキさんに引き止められてしまった。万が一何かあった時に、『種子』に関してはセキさんでは対処できない可能性がある。それを危惧して。

涼月さんがすぐに不機嫌になるのがわかった。入渠中で意識がない内ならまだしも、意識がある状態で目の前で艤装を弄られるなど、我慢出来そうにないのだろう。

 

「ならば処置は結構です」

「してもらわなくては困る。敵が近付いてきたら動かなくなるだけじゃすまん。自衛も出来ずに倒れられて、お前の防衛戦になられてもこちらが面倒なんだ。つべこべ言わずにこちらに来い」

 

強い口調ではあるが、これも涼月さんを心配してのことである。

セキさんの言う通り、今のままでは足手纏いではすまないレベルになる。命ある置物。本当に邪魔な存在に成り果てる。それだけは避けてもらいたい。

 

「……わかりました。早く終わらせてください」

 

嫌々ながらもセキさんの下へ。あくまでも佐久間さんとは目も合わせない。今回は監修をしているだけで手は一切出さないため、涼月さん的にもまだマシであると判断したか。

 

「分解した状態でしまうのだけは絶対にやめろ。いいな?」

「わかりました」

 

さすがにこういうところは素直に言うことを聞く。セキさんの言い方が迫真だったというのもある。分解した状態で消すとどうなるかは試したことなんて当然ないが、破壊された状態で消すのとはワケが違うのだろう。もしかしたら後天性の欠陥(バグ)に繋がるとかあるのかもしれない。そもそも深海艤装を分解するなんてことがおかしな話だし。

 

入渠中に涼月さんの艤装の構造を把握していたのか、分解は手早く済まされた。元々生成装置が入っていた空白の部分が露わになる。そこへセキさん作の装置を組み込む。

元にした装置が涼月さんの艤装の中に入っていたものなので、余計な手間もかからずスッポリと嵌った。

 

「簡単に説明するとだな、この装置を使って朝潮の『種子』を艤装内だけで循環させるんだ。体内に入らないように通路を使ってやる必要があるから、ここからが大工事になる」

「時間がかかる、ということですか」

「ノーヒントならな。お前の場合、入渠している間に私が確認している。何かあった時のためにな」

 

涼月さんの今の艤装のままだと私の白い『種子』が体内に入ってしまい、本末転倒になってしまう。洗脳状態が一時的に切れた時に助けを求めたというのに、今度は私が洗脳してどうする。

 

「涼月さんの艤装の中身はこうなってるんですね」

「ヨルとは違うだろう。当然私のものとも違う。だから解析には時間がかかるんだ」

 

本当に手際よく、次々と新たな配線が繋がれていく。もう何人かやっているために、さらに手際が良くなったように思えた。涼月さんの心境も推し量り、なるべく早く終わらせてあげようという気待ちが見える。

 

この作業中、佐久間さんは一切口を開かなかった。艤装の中をジッと見つめ、何事もないことを確認し続けている。少し寂しそうに見えたのは、おそらく間違いではない。

 

「見立て通り、何事もないな。よし、あとは元に戻すだけだ」

「本当に早いですね」

「そうしろと言ったのはお前だろうに」

 

ささっと元に戻していき、わずか数分で事後処理は完了。これで涼月さんも、戦艦天姫に襲撃されたとしても艤装は動く。

 

「あくまでも艤装だけだ。体調不良になることは止められない。毎朝、薬を飲むこと。いいな?」

「薬……ですか。了解いたしました。そう言えば、朝食の時に皆さんが飲んでいるのを見ますが」

「それのことだ」

 

過負荷から艤装を守る方が出来るようになったとしても、身体に影響を出ないかどうかは、見てみなくてはわからない。それなら、朝飲むだけで丸一日持つ薬で前以て対策さえしておけば、突然の襲撃にも対応出来る。

 

「人間が作ったものだから飲まないなどとは言ってくれるなよ。お前の生死に関わる問題だ」

「……1つ質問が」

 

少し真剣な顔。

 

「貴女は何故そこまで人間を信用できるのですか?」

「何を言うかと思えば」

 

こういったことを佐久間さんの目の前で尋ねるとは思っていなかった。堂々と『私はお前が嫌いだ』と宣言しているようなもの。確かに涼月さんは明確に意思を見せているし、佐久間さんにも面と向かって信用していないと言い放っている人だ。だが、何度も言葉にするのはあまり良くはない。

 

「私は友人の伝手でここにいる。その時の私は敵に居場所を追われていてな、それでも快く受け入れてくれた。この話は佐久間にもしていなかったか」

「うん、聞いてなかったね。聞くのもどうかと思ってたし」

「そういうところ真面目だよな。一度許可すると酷い触り方をしてくるくせに」

 

面目無いと舌を出す。

佐久間さんは私のこともそこまで詮索してこなかった。研究と治療のために必要最低限は聞かれたが、本当に聞かれたくないことは聞かれていない。触り方にしては本人の性格が出ていると思うが。

 

「私は助けてくれたここの鎮守府の連中に恩を返そうと思っただけだ。それに種族なんぞ関係ない。そうしたら、居心地が良くなった」

 

セキさんは深海棲艦の中でも律儀な方だと思う。佐久間さんの求める共存可能な深海棲艦として、最も理想的な人だろう。なんだかんだ言いながらも、佐久間さんと一番仲がいい深海棲艦はセキさんに思える。

 

「私はそれだけだ。ズルズルと浸っていると言われても何も言えないが、それで誰も痛みを感じていないのならそれでいいだろう」

「……私はそれが割り切れません」

「根深いのはわかっている。それに対して私は深く関わるつもりはない。艤装、もうしまっていいぞ」

 

セキさんに言われて艤装を消す。

浮かない表情のままである。少しだけでも前進出来ただろうか。不意にこの鎮守府を出て行くなんて言い出さないだろうか。

 

「まぁ、時間がかかるのは誰もがわかっていることだ。私がカウンセリングじみたことをしても意味がないと思うが、最後に1つだけ言っておこう」

 

真剣な顔で向き合う。

 

()()()()()()はやめろ」

 

頭をポンポンと撫でる。

信用に値するか観察すると言う涼月さんは、根本が根本なために、観察していても人間の悪いところを探しているようにも見えた。嫌いになる理由を見つけたいという気持ちが見え隠れしていた。自分の気持ちを肯定するためだ。

それが、ここの人間は否定する部分がない。『これだから人間は』と言いたいのに、そんなことが言えないくらいの人しかいない。見せないようにしているのではなく、何も考えずに生活してこれだ。自然に生活していれば受け入れてもらえるとわたしも思っている。

 

「お前、ここの人間が否定出来ないから戸惑ってるだけだろ。佐久間は穴が多いから見つけられそうだが、提督は無理だぞ。あいつは真の聖人君子だ」

「セキちゃん、それは無いんじゃない?」

「自覚あるだろ」

「ありまーす」

 

セキさんからの評価も高い司令官。私達の大切な人がそう言ってもらえるのは嬉しい。人間の中では好かれないタイプの人かもしれないが、私達にはセキさんの言う通り聖人君子以外の何者でも無い。

 

「自分に良くないところが無いのだったら、素直に受け入れるんだな。戸惑うのはわかる。でもな、お前も駆逐艦(こども)だろうに。そこまで考えるな。甘えておけ」

 

セキさんのこの一言で、涼月さんの考えが少しずつ変わっていく。力添えは全て終わっただろう。あとは涼月さんがどうするかだけ。

 




セキも聖人君子の一種なのでは?


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怪談の正体

深海艤装を持つ者全ての処置が完了し、いつでも作戦が実行出来るという状態になった。あとは司令官の作戦待ち。近日決戦が始まることになり、鎮守府にも少しずつ緊張感が流れ始めている。私、朝潮も、自分の身体をこうした張本人との決着の時が近いことに、少し緊張していている。

今思い返せば、本当に長い戦いだ。私が改二になった直後、北への哨戒に行ったことがこの戦いの始まりだった。それから数ヶ月、戦場を変え、戦術を変え、身体まで変えた。それももう終わりだ。残った敵を討ち倒し、長かった戦いの終止符を打つ。

 

涼月さんは処置後、最後まで他の人の処置を見続けていた。いや、処置をしている佐久間さんを眺めていた。

セキさんと話をし、少しだけ考えを変えた涼月さん。()()()()()()はまだやめられそうにないかも知れないが、佐久間さんを見る目がほんの少しだけ良くなったように思える。受け入れるには時間はかかるだろうが、この変化はいい方向だ。

 

「……受け入れられそうな人間もいるんですね」

「そうですよ。ここにいる人は全員味方です。種族なんて関係ありません。それがわかってもらえただけでも充分ですよ」

 

まずは同性の佐久間さんから受け入れることが出来ればいいだろう。涼月さんは私達艦娘と深海棲艦には優しい人なのだから、それを佐久間さんに向けられればいい。最悪、この鎮守府から出られないというデメリットを持つことになるかもしれないが、まずはこの鎮守府で嫌な顔をしないことを目標に。

 

 

 

その日の夜。怪談話が流行っているせいか、少しピリピリしていた。私と同じ部屋で寝ることになっている霞と雪風さんは、そういったものが苦手ではないと断言したので、何も問題は無かった。

夜間警護の十七駆のうち、磯風さんと浜風さんが少し怖がっているとのこと。解決するまでは誰かが交代してあげたいところだが、その2人が警護はやめないと言うので、今はそのままとされた。顔が少し青かったのは見て見ぬ振り。

 

「大丈夫かしら……磯風さんと浜風さん」

「怖がりなのは予想外だったわ。いつもは凛としてるのに」

「あの2人は、真面目過ぎるんだと思います」

 

その2人の姉である雪風さんがボソッと呟く。この時ばかりは姉の顔。

陽炎型を全員知っているわけではないものの、雪風さんは19人姉妹の8番目。妹の方が多い位置にいる。時津風さんも、萩風さんも、十七駆の4人も、全員が雪風さんの妹である。

 

「そうですね。多分まっすぐ過ぎるから、横道のものに変に警戒してしまうんでしょう。なるほど、だから向こうの神通さんや私がそういったものが苦手なのか」

「姉さん、ちょっとその話詳しく」

 

これは失言だったか。あちらの私がお化けが苦手と知ってしまったら、今度会った時におそろしく過保護になるような気がする。ごめんなさい、小さな私。

 

「お母さん、夜にお化けが出たんですよね?」

「ええ、そうらしいです。私達が眠っている時間みたいですが」

「もしかしたら、今日も出るんでしょうか」

 

出ないとは言い切れない。むしろ、今から出てもおかしくないだろう。その理由は一切わからないが。

 

「かもしれませんね。夜間部隊の皆が何事も無ければいいんですが」

「見かけるだけで害が無いならまだマシよね」

「うーん、怖がってるならやめてもいいと思うんですけど」

 

妹のピンチに雪風さんは心配そう。身体のピンチより、心のピンチの方がキツイのは私もよく理解している。

ただ、お手伝いしようにも今からは深夜。日が出ている内に休んでいる十七駆の面々とは違い、目一杯活動してからの今からではスペックダウンは否めない。お風呂に入っているとはいえ、眠気はある。

 

「磯風さんと浜風さん、少し意固地になってる感じもしましたから。雪風さん、明日くらいに説得してみては?」

「はい、そうしてみます。怖いならやめた方がいいって、忠告してみますね」

 

姉からの、しかも雪風さんからの忠告なら、少しは耳を傾けてくれるだろう。こういう時の姉の力は偉大。

 

「では、今日はもう寝ましょう。皆おねむでしょう」

「はい、雪風眠いです。妹が心配ですが、何も無いって信じます」

「そうね。ただのお化け騒ぎなら何もないはずよ」

 

しっかりと私の両腕に2人が抱きついた。私は身動きが取れない状態になってしまうが、ここ最近はずっとなので慣れたものだ。私も何もないことを祈って眠りについた。

 

 

 

深夜。突然の爆発音で飛び起きることになった。霞と雪風さんも何が起きたかと目をパチクリしている。

 

「姉さん敵の反応は!?」

「電探に反応はないわ。わかると思うけど深海の気配もない。爆発したのは……し、執務室の近く!?」

 

鎮守府全域が見えているからわかる。執務室の壁が破壊されていることがすぐにわかった。

 

私に場所が確認出来ない状態で執務室を直接狙うことが出来る状況は限られている。超々長距離からピンポイントで狙ったか、電探にも反応せず深海の気配を持たない敵がいるということ。

後者はすぐに思い浮かぶ。今、鎮守府を騒がしているお化けの存在。最上さんが電探に反応しないことを証明してくれているため、私にとっても暗闇の中の敵となる。視認しない限り、存在が確定しない。

 

「すぐに避難するわ! 司令官が無事なのはわかってるけど、また鎮守府が破壊されたら大変よ!」

 

鎮守府襲撃はもう何度目になるか。つい最近復旧が終わったばかりだというのに、また妖精さんの仕事が増える。

ここ最近は佐久間さんの暗殺部隊も来なくなっていたと聞いたが、それを無くして油断させたところに大きな襲撃。お化け騒ぎのために油断はしていなかったものの、突然本腰を入れてきた。

 

「流石に爆音で皆起きてるわ! いつも通り工廠! 執務室には山城姉様が行ってる!」

 

移動している最中でも、依然として反応も気配も無い。やはりお化け騒ぎの渦中にあるモノであろう。深海忌雷と同じ加工をされた人形である。

監視をするだけして、頃合いを見計らって襲撃。その頃合いというものが何かがわからないが、今はとにかくこの危機を乗り越えなくてはいけない。

 

「お母さん! 磯風達は何処かにいますか!」

「近海で見えないものと交戦中! そうか、これが()()()!」

 

私の電探の範囲に来ているのはわかる。だが、何と交戦しているかはわからない。交戦出来ているということは、本当に得体の知れないものではないことはわかった。あの騒ぎで怖がっていた磯風さんと浜風さんも戦っている辺り、確実に敵と認識出来るものだ。

 

さらに鎮守府の近くが爆発。私には見えない敵が鎮守府を攻撃してきている。交戦している十七駆のところ以外にも敵がいるということ。こんな深夜に。本当にいい加減にしてほしい。

 

「皆は工廠に行きなさい! 私は萩風君を運ぶ!」

「私がついているからアンタ達はすぐに向かいなさい!」

「大淀君に現場指揮を任せてある! 深海組は出撃だ!」

 

1階で司令官と山城姉様と合流。何かあった時のために1階の部屋を使っている萩風さんの部屋へ直行した。

深海組に出撃を指示するということは、この夜でも視界がクリアなもので、視認せざるを得ない敵を探し出して撃破することが目的。これだけ動き回っているのに、未だに敵の数すらわからないのは異常だ。

 

霞と雪風さんと一緒に工廠に到着。出撃は深海組のみであるため、雪風さんは瑞穂さんに預けた。それを察しているかのように、今回の瑞穂さんは艤装も装備していない。

手間がかかる深海艦娘組と初霜は艤装装備中。即座に行ける私や半深海棲艦は、そのまま海へ飛び出す。

 

「朝潮さん、霞さん、春風さん、涼月さんは出て右! レキさん、イクサさん、クウさん、島風さんは出て左! あとから深海艦娘組を向かわせます!」

 

大淀さんの指示が飛ぶ。雪さんは装備はあるものの、ブランクがあるために鎮守府防衛についた。万が一工廠から入られても困る。扶桑姉様は山城姉様についてもらう。司令官に何かあればこの鎮守府は終わりだ。そのため護衛に最高戦力を付ける。

 

「イクサさん、島風さん、私の娘達をお願いします!」

「あら、そんな風に言うのね。任さなさい、私がちゃんと面倒を見てあげるから」

「アサ姉ちゃん、また後で! 眠いから早く終わらせるぞー!」

 

こちらは妹達と出撃。涼月さんはこんな形で初陣になってしまったが、浄化されたわけでもなく、そのままこちらに来たため、即戦力としてカウントされている。

 

「涼月さん、問題ありませんか」

「はい、戦えます。この鎮守府での初仕事が、寝間着で戦うことになるとは思いませんでした」

「私らもよ。夜の戦いはこれが嫌ね」

 

私達が向かう方は、ちょうど磯風さん達十七駆がいる方だ。イクサさん達が向かう方には夜間部隊がいる方のため、お互いにその場にいる部隊と協力することになる。

 

 

 

少し進むだけで十七駆を発見。たった4人で大量の人形と戦闘をしている。その全ての人形が、電探の反応も深海の気配もない。今まで佐久間さんを襲っていた暗殺部隊の潜水艦ですら電探に引っかかったというのに、完全に深海忌雷と同じ状態になっている。

 

「アサ、視認出来るわね?」

『おう大丈夫だ。周りの奴らを薙ぎ払う』

「よし、じゃあお願い!」

 

アサにもヨルにも、私の視界以外の敵が判断出来ないということだ。狙ってもらいたいところは、しっかりと見なくてはいけない。今まで行動予測に使っていた情報の大半が突然使えなくなったのだから、戦闘の方法も変えなくては。

艤装を展開し、アサを突っ込ませる。見える範囲の人形が蹴散らされ、十七駆の手助けとなった。

 

「助かったよぉ! かぁーっ、粋だねぇ!」

「ほんまありがとうね!」

 

谷風さんと浦風さんがこっちと合流。しかし、磯風さんと浜風さんは、私達がここに来たことに関係なしに人形を撃破し続けている。いつもの冷静なイメージは何処かに行ってしまったかのように、怒りの形相で砲撃を繰り返していた。

 

「正体がわかってしまえばこちらのものですよ」

「ああ、お化けなんていない! お化けなんて嘘なんだ!」

 

何だか少し可哀想。正体がわかってしまえばこんなものかというのは理解出来るが、憂さを晴らすように当たり散らす2人の姿は、なんというか残念。

 

「うちの姉妹がすまんのぉ」

「磯風が結構堪えててねぇ。出来りゃ雪姉にゃ内緒で頼まぁ!」

「雪風さんは心配してましたよ。後から話をしてあげてください」

 

それにしても人形が多い。話に聞いていた通り、遠くの人形はヌルッと消える。電探の反応が無いので細かい動きがわからないが、おそらく高速で海中に潜っている。それならば、アサのような質量兵器が最も効くだろう。それに、追い詰める手段はそれだけでは無い。

 

「春風と組むの、久しぶりな気がするわ」

「そうですね」

 

春風の瞳の炎が燃え上がる。

 

「しっかりついてきなよ霞!」

「うわ、久々ね駆逐古姫! アンタがついてきなさいな!」

 

霞の魚雷が人形を仕留めていき、それを避けたものは春風が確実にトドメを刺す。なかなかいい連携。

古姫側の春風なんて本当に久しぶりだ。私と春風の繋がりは夜から始まっているからか、この夜の戦場で昂っているのかもしれない。

 

「私も蹴散らせばいいんですよね?」

「お願いします。両用砲の力、改めて見せてください」

「では」

 

涼月さんも攻撃態勢に移行。艤装を展開し、群がる人形に対して構える。

 

「撃ちます」

 

戦艦かと思わせるほどの砲撃。潜るのに遅れた人形はその一撃で吹き飛んでいく。

私達と戦っているときは対空を重点的にやらされていたためにあまりわからなかったが、涼月さんの両用砲は非常に頼もしい。硬めに改造されている人形も、しっかり一撃で粉砕していく。

 

だが妙だ。初めて出てきた人形は、扶桑姉様と同じように砲撃を殴る蹴るして回避をしてきたが、今の人形はそういうこともせず撃破されていく。おかげで皆が対処しやすいが。

その辺りを仕込むことなく量産しているのだろうか。今回はあまりにも数が多い。和風なホラーから海外のパニック映画に変化したかのような感覚。今までの少数精鋭ではなく、10や20ではきかないほどの膨大な数。私達がこれなら、イクサさん達が向かった方も同じようになっている。

 

「御姉様! まだまだ出てくる!」

「キリがないわ!」

「終わるまで続けるだけよ! 貴女達なら出来るわよね?」

 

近付いてくる人形はヨルで薙ぎ払い、遠くの人形はアサで一掃。皆で360度全てをカバーしながら、耐久戦の様相。今までにないハードな戦場だ。夜であることもそれに拍車をかける。

数が多すぎて何体かは鎮守府方面に抜けてしまうが、こちらの増援は鎮守府防衛にも向かっている。耐久は可能だ。

 

「遅れました! 深海艦娘の方々は鎮守府防衛もしてくれています!」

 

初霜がこちらの部隊へ合流。イクサさん達の部隊は島風さんのおかげで人数に余裕があるため、こちらが優先された。

 

「初霜、遅いじゃんかよぉ!」

「春風さんは古姫側ですか。久しぶりですね!」

 

合流と同時に人形を粉砕。挟撃の形になったため、後ろから一撃。背後は硬さが微妙な様子。

 

「さすがにポイント稼ぎとか言ってる場合じゃないですね」

「わかってんじゃない。アンタは本当に半分しか深海艤装が無いんだから、私らに頑張ってついてきなさいな」

「ついてくるのはそっちでしょう。私は朝潮さんよりも古参ですよ。実戦経験は私の方が上です」

 

言いながらも綺麗な連携。似た者同士なのかも。

 

「息があっているのかあっていないのか」

「楽しいでしょう?」

「よく手綱を握れますね」

 

涼月さんの呆れたような声。だが、表情は明るい。やはり心境が若干変化している。今までより、鎮守府にいるのが楽しくなっている。いい傾向だ。ふざけた数の敵ではあるが、こちらが一致団結するのには有用。

 

「朝潮! こちらにもアサを頼む!」

「キリがありません! それに地味に硬い!」

 

磯風さんと浜風さんに依頼され、即座にアサが対応。そちらを向かないと明確な位置がわからないというのは厳しいが、それをひっくり返せるほどの威力。

 

『はっはーっ! いいねぇ! 群れを蹴散らすのは爽快だ!』

『アサ姉、前よりテンション高いよ。楽しそう!』

「ストレス発散にでも使ってちょうだい」

 

体当たりから始まり、無理矢理噛みつき、上からのしかかり、潜ったものすら掬い上げて噛み砕く。残酷だが確実。今この戦場で最も活躍しているのはアサだ。

 

終わったかと思うとまた現れ、それを全滅させてもまた群れが現れる。数だけは酷いことになっていた。こちらは無傷でも、嫌でも疲労が溜まってくる。

 

「こんな群れで来て、何になるのさぁ!」

「物量で押し潰そうとしてんでしょ! そんなもん、私らに効くかってのよ!」

「本当に。朝潮さんにこの程度で勝てるのかと」

 

結局、終わった時には大分時間が経っていた。倒した人形は100や200はゆうに超えている。

それだけを一気に嗾ける事ができるだけ揃えていたことも驚きだ。深海から溢れる無限の資源を躊躇いなく注ぎ込んでこの状況を作ったのだろう。それでも人形は駆逐艦ばかりだったので、地味に節約もしている。本当に何が狙いなのだ。

 

 

 

人形が現れなくなり、戦闘終了と判断。一時的に皆で帰投。最初から交戦していた十七駆の4人はぜいぜい言っていた。特に磯風さん。今までの鬱憤を晴らすかのように乱射し続け、休みなく攻撃し続けていた。

 

「帰投しました……何なんですかアレ……」

「……朝潮君。よく聞いてくれたまえ」

 

工廠への帰投直後、司令官が神妙な面持ちで立っていた。

 

「敵の真の狙いがわかった。アレは完全に足止めだ。こちらから何かをする余裕を与えないための物量作戦だった」

「何かあったんですか……?」

 

苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

 

 

 

「戦艦天姫が、大本営を襲撃した」

 




最後の戦いの始まり。


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大本営襲撃

深夜、膨大な数の人形に襲撃を受けた鎮守府。夜間部隊と深海組によりその全てを対処したが、それ自体が完全に陽動作戦だった。この戦いの最中に、大本営が襲撃を受けていたのだ。

捕縛された裏切り者を奪うために毎日のように襲撃を受けていたが、それは元帥閣下が仕切る鎮守府である。そこも含めて、大本営そのものが襲撃を受けるのは前代未聞。

 

「げ、元帥閣下は!?」

「大丈夫、元気とは言いづらいが無事だよ。今からその事について皆に話しておく。すぐに会議室に集まってほしい」

 

このことを伝えるため、深夜にも関わらず全員が会議室に集められる。襲撃により全員起きていたために、早急にことに当たろうとしていた。萩風さんは司令官が運んでくれた。今は椅子で眠り、姉である時津風さんと雪風さんが隣についてくれている。

出撃組は汚れだけとって、お風呂は後回しに。こちらの方が重要という判断。

 

「最初に執務室を狙われたのは、通信を遅らせるためだった。幸いダメージは少なかったため、妖精さんにすぐに直してもらえたんだ。そうしたら、元帥閣下から連絡がすぐに来た」

 

元帥閣下が無事であることは喜ぶべきことだ。司令官も突然のことだったとはいえ、運良く無傷。敵の狙いは本当に通信設備だけだったようだ。あわよくばこちらの戦力を減らそうという魂胆。結果的に、鎮守府は少しだけ破壊されるのみで済んでいる。

その場所がピンポイントでわかっているということは、夜に皆が見かけたお化けというのは鎮守府設備の確認のために来ていたものと思われる。電探の反応と深海の気配が消されていたのもこのためか。

 

「浦城君と志摩君の鎮守府も、我々と同様に襲撃を受けている。通信設備の破壊と、膨大な量の人形だ。朝潮君が事前に対策を伝えてくれたおかげで、怪我人は出たが轟沈したものは出なかったそうだ」

 

そちらも安心。今では通信設備も回復しており、私達が戦場に出ている間に話が出来たようだ。

だが、何故襲撃を受ける必要がある。お化け騒ぎが起きたために、事前から襲撃する予定があったということになるが。

 

「我々の鎮守府は現状では最も大本営に近い位置にある鎮守府になる。その次は浦城君の、そしてその次は志摩君の鎮守府だ。救援をさせないために、こちらを襲撃したと考えられる」

 

あちらの目的は、あくまでも大本営襲撃。私達に邪魔をさせないために、足止めのためにあれほどの人形を用意してきている。

今回の敵の作戦は今までとは違う。力の入れ方が変わった。ついに切羽詰まってきたか。ある意味、こちらが敵を追い込めている事が明確にわかった。

 

「大本営はどれくらいやられたんだ? 爺さんから連絡来たんだろ?」

 

天龍さんの言葉に、司令官が少しだけ言い淀む。通信が出来たのだから、元帥閣下が無事なのはわかるが、他はどうなのか。

 

「少なくとも、元帥閣下と南君、あとはその部下の艦娘は無事だよ。怪我は負ってしまったようだがね」

「それなら安心ね」

「だが……捕縛していた裏切り者3人のうち、2人が奪われてしまった。もう1人はその戦火の中で死亡が確認されている」

 

誰がどういう状態かというのは聞かなかったが、また犠牲者が出たということで空気が一気に重くなる。()()()()()()()()()()

自分の後遺症がどれだけ重いかを痛感する。喜びはしないが、悲しくもない。他の人間に対して、一切関心が向かなかった。阿奈波さんが命を落としたと聞いて、怒りにより変化を促された自分が嘘のようだった。顔を知っているかいないかという違いはあるが、これは自分でもおかしいと思える。

 

2人が奪われたということは、おそらく即座に素材に使われるだろう。つまり、残り1人まで減らした混ぜ物が、ここに来て2人増えるということだ。毎回酷い戦いを強いられ、それもついに終わりだと思っていた矢先にこれだ。堪ったものではない。

 

「大本営と接している元帥閣下の鎮守府は、全壊とまではいかないが相当な痛手を負っている。通信設備だけは何とか回復したそうだが、工廠や居住区が破壊されてしまったらしい。怪我人もドックに入れられず困っているそうだ」

「なら一番近いここに来てもらえば? 知らない仲じゃないんだし」

「ああ、そのつもりで話をしておいた。こんな夜ではあるが、元帥閣下とドックが必要な艦娘数名がこの鎮守府に向かっている」

 

皆多かれ少なかれ怪我を負っている。海上での戦いならまだしも、建物の中での防衛戦となると勝手が違いすぎる。さらには、あちらは全て破壊するつもりで来ているのに対し、なるべく壊さずに防衛するという厳しい戦いを強いられたのだ。これは誰も責められない。

 

「大本営そのものも半壊した。多数の上層部が重傷を負ったが、命に別状は無いそうだ。医療設備そのものも破壊されてしまったことと、あったところで出来る治療は高が知れているため、近隣の施設に搬送されたらしい」

 

ここまでの大損害は、深海棲艦との戦争の中でも初めてのことだそうだ。攻撃されることはあっても、今までは対処が出来ていたが、あの戦艦天姫は常識では考えてはいけないもの。照準を定められたのなら、無傷では済まない。

 

「怪我してない上層部はどうすんだ?」

「おそらくは、他の鎮守府で大本営復旧を待つことになるだろうね」

「まさか、ここに来るなんて言いださないでしょうね」

 

山城姉様も上層部が嫌いなのか、嫌そうに話す。顔も知らない上に、司令官のやり方にケチをつけるような人間が、この鎮守府の敷居を跨ごうとするだけでも気に入らない。中には元帥閣下の息がかかり、司令官に賛同してくれている人間もいるだろうが、そうでない人間だった場合、涼月さんはともかく、私も気持ちを抑えられるかわからない。

 

「正直、それがわからないんだ。元帥閣下はなるべく避けてくれるが、今は事情が事情だからね。ただし、私にもいろいろと考えはある。君達に不快な思いは絶対にさせない」

 

ここで、大淀さんが外部からの通信を受け取ったと司令官に通達。会議室に繋ぐように指示をした。受けた相手は私達が知っている声。

 

『加藤少将、南です。ご無沙汰しています』

「無事で良かった。そちらの状況を教えてほしい」

『現在は航路の上です。僕の船と、あきつ丸の大発動艇でそちらに向かっています。ドックが必要なのは、赤城、長門、武蔵です』

 

聞き慣れない艦娘の名前が聞こえたがそれは少し置いておいて、怪我人の名前で驚かざるを得なかった。

元帥閣下の秘書艦であり、護衛艦隊のリーダーである赤城さん、ビッグ7の1人であり、連携による超火力を実現する長門さん、そして、名実共に最強の艦娘と名高い武蔵さん。その3人が大破で危険な状態だという。それだけでも、私達を萎縮させるには充分だった。

 

「了解した。ドックは準備してある。他には誰かこちらに来るかな」

『僕の川内以外は、加賀、大和、雪風です。他の艦娘達は別の提督に任せてあります。そちらと面識のある僕と艦娘が代表でそちらに向かわせてもらっています』

 

私としてはとても助かる。面識のない人間に来られるのは困る。今の口ぶりから、南司令官と元帥閣下以外の人間はいないようだ。

涼月さんは嫌悪感が見え隠れし始めている。外部からやってくる人間は、当然だが司令官と佐久間さんよりも慣れていない。面と向かったら確実に悪態をつく。

 

『すみません、もうすぐ到着します。そちらの朝潮とヴェールヌイが気付く頃かと』

「はい、南司令官の言う通り、反応を確認しました」

『連絡が遅れて申し訳ありません。一度切らせてもらいます』

 

通信が切れる。到着はあと数分というところだろう。怪我人を運ぶために私達はドックに向かうことに。

 

 

 

南司令官が運転する船と、一緒に航行していた大発動艇が工廠に到着。元帥閣下が南司令官の支えで下りてきた。少し傷が見えるが、擦り傷程度で済んでいる。おそらく武蔵さんや長門さんが守りきったのだろう。護衛艦隊の鑑である。

 

「すまん、3人をすぐに入渠させてやってくれ」

「ああ、わかっているさ! 明石君、セキ君、睦月君! 艤装を外してやるんだ!」

 

先んじて準備していた工廠組が、手早く艤装を外していく。赤城さんはそこまで大きい艤装ではないため簡単だが、武蔵さんと長門さんは戦艦故に艤装がかなり大きい。その艤装もボロボロだった。

 

「赤城さんは私が運びます。山城姉様、扶桑姉様、戦艦2人を」

「ええ。姉様、長門をお願いします」

「わかったわ……」

 

艤装が外された者から、扶桑型3姉妹でドックへ運んでいく。赤城さんは思ったより軽く、今の私ならお姫様抱っこでも余裕で持ち上げられる。

 

「朝潮……よね。赤城さんをよろしくお願いします」

「はい、すぐに運びますので!」

 

戦艦天姫と交戦してきた加賀さんも相当に消耗している。その加賀さんに見送られ、私は赤城さんをドックへと運び入れた。ここに辿り着いた時点で3人とも意識を失っていたが、今のところ命に別状はない。それでも急いで入渠させなくては危ない可能性がある。

私がドックに寝かせた後、扶桑姉様と山城姉様も戦艦2人を入渠させた。長門さんは扶桑姉様にやられたことがあるので見たことはあったが、武蔵さんがあそこまでボロボロなのは初めてである。戦艦天姫はそれほどということがよくわかる。

 

「入渠させました。あとは時間が解決してくれるかと」

「ありがとう。これで一先ずは安心だ」

 

元帥閣下もかなり疲労している。深夜なので、すぐにでも眠ってもらった方がいいだろう。話はその後の方がいい。私達も大分消耗している。先程出撃したレキに至っては、立ちながら眠りかけフラフラしているほどだ。

だが、その前にこれだけはやっておかなくてはいけないということがある。司令官もそれには気付いていた。佐久間さんに目配せしてその準備。

 

「君達も無事にここに辿り着けてよかった。だが、多かれ少なかれ怪我をしている。何があるかわからないため、例の薬を投与させてもらいたい」

 

加賀さんと大和さんがビクンと震える。今回は押さえつける人が入渠中。さりげなく扶桑姉妹が2人の後ろに立っている。

 

「はーい、お注射の時間ですよー。雪ちゃん、手伝ってね」

「はい、以前と同じようにしますね」

 

攻撃を受けているのだから、その時に『種子』を埋め込まれていてもおかしくない。今すでに洗脳状態だったら目も当てられない。

 

「……ご、後生ですから」

「加賀よ、いい加減腹をくくるんじゃな。こら大和、こっそり逃げようとするな」

 

相変わらず注射は苦手な様子。緊張感の高まる戦場での微笑ましい光景である。2人には申し訳ないが、こういったことで空気が和むのはありがたい。

結局加賀さんは山城姉様が、大和さんは扶桑姉様が押さえつけていた。雪さんの技術なら痛みなく薬が投与されるのだから、すぐに諦めてもらいたいものだ。

 

その中で1人、今までにこの鎮守府に来たことがない人の姿が。黒の学ランのような制服の女性は、目を爛々と輝かせながら工廠を見ていた。雪さんからの注射を受けるときも、とても楽しそう。

 

「ところで、そちらの方は」

「ああ、この子は皆を運んできてくれた……」

「自分、あきつ丸であります。南配下の揚陸艦であり、提督殿と川内殿の仲人を務めている者であります」

 

南司令官が連れてきた特務艦、あきつ丸さん。揚陸艦という上陸用舟艇であり、大発動艇運用に長けた特殊な艦種。私達の鎮守府でいうと、秋津洲さんが近しい存在か。名前も近しいし。

仲人ということは、2人の関係の手助けをしていたということだろうか。あきつ丸さんもまた、何かしらの忍びの術を持っているのかも。

 

「話に聞いていた加藤鎮守府にお手伝い出来たこと、誇りに思うのであります」

「手伝ってくれてありがとうあきつ丸君」

 

握手をした後、あきつ丸さんはとても喜んでいた。この鎮守府は外部でも大きな噂になっているのは私達も知っていることだが、ここまでの()()()は初めて見る。

 

「皆、今は身体を休めて欲しい。爺さん、大丈夫かい」

「老いぼれに無茶させおって……儂はもう眠いわい」

 

詳しい話は明朝ということとなり、今は身体を休めることとなった。注射の結果、誰も反応が無かったことで『種子』は埋め込まれていないということもわかったことで、さらに安心。怪我は攻撃を受けた怪我でなく、鎮守府倒壊の際に受けたものばかりだったようだ。

 

戦場に出ていた私達は眠る前にお風呂へ。近海での戦闘では今までにない戦闘時間。常に気を張っていたために心的疲労も膨大。身体以上に精神的に参ってしまった。特に十七駆の4人。お風呂でぐったり。

軽傷だった護衛艦娘の方々も一緒にお風呂に入っている。あちらの雪風さんとは北の攻略以来だ。眠いものの、積もる話があるためお風呂で交流となった。

 

「あの時と全然違いますね。それに、こっちにも雪風がいました」

「あの子のことについては、また改めてお話ししますね」

「ワケありなんですね。じゃあ深く聞かないことにします」

 

こちらの雪風さんは少し大人な考え方。むしろ、私達の仲間の雪風さんが子供っぽい。環境によっての個体差か。この雪風さんの周りには戦艦や空母など、大人の女性が多いため、心の成長が早いのかもしれない。

 

「でも、お腹に穴が空いてるのはビックリです! 霞ちゃんの背中も凄いことに」

「こっちの雪風は本当に久し振りだものね。積もる話もいろいろあるし、起きたらまた話をしましょ。これ、結構長い話になるから」

「了解です! 鎮守府は大変なことになっちゃいましたけど、みんなにまた会えたのはすごく嬉しいので!」

 

死なずにまた会えたのは私も嬉しい。皆変わりないことが何よりである。私が変わりすぎなだけ。

 

「誰も欠けていないのは上々ね。あの黒い大和相手に、よく耐えているわ」

「大和としては複雑な気分ですけどね……。自分と同じ顔の敵が好き勝手やっているのかと思うと」

 

加賀さんと大和さんも、戦艦天姫は今までに類を見ない強敵であることは理解しているようだ。仲間達が長い入渠を課せられるほどの大怪我を負ったのだから無理もない。

 

最後の戦いは始まったばかりである。ここからより地獄に向かっていくのだろうと思うと、身体が少しだけ震えた。

 




通常グラが加藤鎮守府の雪風。水着グラが元帥閣下の雪風。


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人間の醜さ

大本営が襲撃を受けた翌朝。朝といっても総員起こしで萩風さん以外起きることが出来ず、なんだかんだでもうお昼前。その時には少しだけ破壊された鎮守府は妖精さんの手によって修復されており、建物自体は何もかも元通りとなっていた。

入渠中の3人は未だ終わらず。大戦艦とビッグ7、一航戦と、一線級の艦娘が大破した状態での入渠だ。1日で終わるとは思っていない。治療中に『種子』が埋め込まれているかを調査したところ、案の定、その存在を確認された。入渠要らずの3人に埋め込まれていなかったこと、また埋め込まれていても気を失っていてくれたことは不幸中の幸い。特に雪風さんに至っては相変わらずの無傷である。幸運も、ここまで来ると()()の一種かも。

 

3人が入渠している状態だが、簡単な作戦会議が行われることとなった。元帥閣下の秘書艦である赤城さんは入渠中のため、代わりに大和さんが出席。我らが加藤司令官の秘書艦である大淀さんは議事録の作成を引き受けているので、私が出席することに。

相変わらずの外交担当。しかも満場一致。自分でもここまでの地位に上り詰めるとは予想だにしていなかった。女帝と言われても否定が出来なくなっている。

 

「今、考えなくてはいけないのは2つじゃな。奪われた裏切り者2人のことと、襲撃を受けた浦城と志摩の鎮守府のことじゃ」

 

大分疲弊していた元帥閣下も、一眠りしたことで充分に回復していた。さすが司令官の上司。老体でも司令官より強いというのは本当なのだろう。

 

「まずは前者から。その2人は今頃……おそらく混ぜ物の素材にされているでしょう。減った敵がまた増える。酷い話です」

 

南司令官の言う通り、奪われた人間は素材にされている可能性が非常に高い。

奪われたのは北端上陸姫が元々恨みを持っている最初の裏切り者6人の残り2人のうち片方と、私をこの身体に堕とす引き金を引いた提督で、襲撃で命を落としたのは裏切り者のもう片方。困ったことに提督の力を持つ者が奪われた。最後までこちらに仇を成すらしい。

 

「本当なら早急に敵鎮守府を叩きたかったんじゃがな。鎮守府の機能を潰されるとは思わなんだ」

「戦艦天姫が直接そちらに行くのは想定外だった。そこまでして襲撃した理由がまだ読めない」

「混ぜ物を増やすためにしては、大胆過ぎるからのぉ」

 

言ってしまえば、近隣住民を攫うか何かすれば混ぜ物の素材は半無限に手に入るだろう。何か理由があるのだろうか。ここで、ふと思ったことが口から出る。

 

「艦娘に近い人間しか素材に出来ない……?」

「あー、それあるかも。確か艦娘建造用の鋼材とかもそれ用に加工してるんでしょ? 一般人は素材に出来ないのかもね」

 

川内さんからも同意が得られた。これが正解なら、そういう形での近隣住民の危険性はない。

私達の鎮守府には建造ドック自体が存在しないため、建造用の鋼材とは縁が無いためそういったことは知らなかったが、そういう理由があるのなら信憑性は高そうだ。

 

「だったら上層部全員を素材にするように動けばいいのに、なんで捕まえたクズだけを持っていったんだろうね。そこはアレかな、アイツのプライドか何かかな」

「心が汚い方が力を増すとかあるんじゃないですか?」

「朝潮ちゃん、それはちょっと言い過ぎです……」

 

とはいえ、戦力増強のためにやるにしては、元帥閣下の言う通り大胆すぎる。今までずっと存在を匂わせないように行動してきたのに、突然公の場に出てきたのは何故だ。しかも、()()()()()()()()()()()()()()襲撃しているような気がしてならない。何かの作戦か。

考えを巡らせる。嫌なことではあるが、私は第2の北端上陸姫になるように改造されている。なら、同じ考えに行き着けるのではないだろうか。

 

『私だったら、クズな人間を生かしておく理由なんて1つしか思い浮かばない。お前の人間嫌いをより強くするためだ』

「……そうよね。それくらいしか思い付かないわよね」

 

私もアサと同じ考えに行き着いている。今までの傾向から、私をより強く堕とすための行動に全て繋がるはずだ。ヨルというイレギュラーでこの姿になっても正気を取り戻すことが出来たが、最終段階のさらに向こう側があるのなら、今度こそ戻ってこれない気がしてならない。

 

「提督、少々お時間を」

「なんだい大淀君」

「外部から通信が」

 

会議の途中で大淀さんが割り込んでくる。神妙な面持ちであるため、嫌な予感がしてならない。何者かから通信を受けたようで、自分の椅子へと腰掛けて話を始める。

相手は誰だかわからないが、話していくにつれ、司令官の顔が嫌な方へ向かっていくのがわかった。予感が当たったかもしれない。

 

「朝潮ちゃんや、少しいいかな?」

「あ、はい、どうしました元帥閣下」

 

司令官の表情を他所に、元帥閣下が私に話しかけてくる。あの通信が終わらない限り会議は進まない。普通だったら黙って待っておくところだが、そこは元帥閣下、御構い無しに話す。

 

「人間を嫌いになってしまったと聞いておる。その落ち度は儂等にもあるじゃろう。申し訳ない」

「……そんな、元帥閣下は悪くないです。元帥閣下は人間ですけど嫌いじゃないですから」

「ありがとう。じゃが、おそらく今からもっと人間が嫌いになると思う。それをなるべく抑えるためにも、せめて儂等を信じてもらえんかの」

 

優しい、孫を見るような視線。私を心配していると同時に、愛らしく思ってくれている目。こんな目が出来る人が信じられないわけがない。

 

「はい。元帥閣下は、おじいちゃんは信じています。私の知っている人間は、皆信用に値する人間です」

「そう言ってもらえるとおじいちゃん頑張っちゃう。それじゃあ加藤、ちょいと通信代われ」

 

司令官の持つ受話器を受け取る元帥閣下。同時に司令官が溜息をつく。

 

「こうなるんじゃないかと思っていたんだ。今まで被害を最小限にするために北端上陸姫の存在を隠蔽し続けていたんだからね」

「ということは今の通信は……」

「我々の落ち度だなんだという罵倒だよ。あまり君には聞かせられない言葉の羅列だね」

 

苦笑している司令官。罵倒されても落ち着いている辺り、慣れているのか諦めているのか。

北端上陸姫が表に出てきたのは、この事態を作り出すためなのだろう。私達が北端上陸姫を逃がしたから、今になって大本営が襲撃されたのだと非難される。自分を守ることが出来ないこちらが全面的に悪いと。そうしてこの鎮守府を孤立させるつもりか。

襲撃されたのも、裏切り者が奪われたのも、全て私達の司令官に責任があると立場を笠に着て(のたま)う。どの口が言うのだろうか。

 

「なんで司令官が罵倒されなくちゃいけないんですか。こんなの、誰の落ち度でも無いでしょう。未知の敵を初見で倒せるのなら自分でやれって話ですよ」

「こらこら朝潮君、そんなことを言っちゃいけないよ。私のために怒ってくれるのは嬉しいがね」

 

頭をワシワシ撫でられる。温かい、落ち着く感触。雪さんと島風さんに抱きつかれている時のように、熱くなった心が冷えていくように感じた。ずっと撫でてほしいと思ってしまう。

元帥閣下の言う『もっと人間嫌いになること』とはこれのことだったか。やりもしない連中がやっているこちらに文句を言う。人間ならではの汚い感情。こんなもの、嫌でも嫌いになってしまう。

 

「人間というのは、君達ほど綺麗に出来ていないんだ。それをまず許してほしい」

「……皆さんはいい人間ですから、謝らないでください。私が嫌いなのはごく一部なんだと思います。……そう思いたいです」

 

私のせいで空気が重くなっているように思えて、押し黙ってしまう。そもそもは鎮守府にわざわざ通信してまで罵倒してきた上層部のせいだというのに。また人間嫌いが深くなった気がした。北端上陸姫の思うツボだというのに。

 

「ほっほっほ、儂に代わった途端に慌てだしたぞい。加藤相手だから強く出られると思っとるようじゃのぉ」

 

カンラカンラと笑いながら元帥閣下が戻ってくる。通話越しの相手をさんざん言い負かした後、二度と罵倒など出来ないくらいに心を折ってきたらしい。さすがおじいちゃん、年の功。職権濫用と言われても、私達は目を瞑る。

 

「朝潮ちゃんや、心配せんでいい。前にも言ったが、北端上陸姫を逃したことで文句を言う輩がいたら、儂が何とかしてあげるからの」

「……ありがとうございます」

「すまない爺さん、私ではどうにか出来そうにないようだ」

「任せい。こういう時に元帥という立場を使うんじゃよ。儂も努力してきたからの」

 

心強い味方だ。この人なら私も心が許せる。組織のトップがこの人で本当に良かった。

 

「この鎮守府は解体するわけにはいかん。深海棲艦との戦いを終わらせるために重要な場所じゃ。儂が元帥の権限を使い倒してでも守ってやるから安心するんじゃよ」

「後ろ盾があるだけでも頼もしいよ」

 

歳も立場も違うが仲のいい2人。南司令官もその光景を微笑ましく眺めている。ここまで来るともう一蓮托生。皆で力を合わせて北端上陸姫を打倒する

 

 

 

上層部の横槍で止まっていた会議を再開。裏切り者については一旦終わらせ、次の議題へ。

 

「では2つ目の方に。襲撃された浦城鎮守府と志摩鎮守府ですが、今は通信が可能なほどに回復しているんですよね?」

「ああ、私も話をした。傷を負ったものはいるが、撃退出来たそうだ。事前に朝潮君に傾向と対策を伝えてもらったんだよ」

「功を奏しましたね」

 

とはいえ、不安な部分はいくつかある。傷を負ったということは、『種子』を埋め込まれている可能性が高いからだ。予防接種をしたがそれは大分前のこと。もう効果は薄れており、今埋め込まれたら間違いなく『発芽』する。

 

「ここから数人を派遣しよう。佐久間君の薬を投与すべきだ」

「人形からの傷で『種子』は埋め込まれるんですか?」

「おそらくね。あの深海忌雷は『種子』の生成装置も兼ねている。初霜君がその経緯で洗脳を受けているし、涼月君のものを調査した時に明確に判明しているよ」

 

万が一のことを考えると、それなりに鎮圧が可能な戦力を出すべきだろう。特に浦城鎮守府、また神通さんが埋め込まれていたらシャレにならない。あの時は北上さんが正気のままでいてくれたおかげで鎮圧出来たが、今回はその辺りもまだわかっていない。

 

「向かうのなら事前に連絡をするべきだろうね。午後から派遣しようか」

 

なるべく急いだ方がいいのは間違いない。また鎮守府内で増殖していたら困る。

 

「念のため、浦城君のところには扶桑姉妹を派遣する。志摩君のところには天龍君と龍田君だね」

 

緊急時のためになるべく強めの戦力を注ぐ。特に浦城鎮守府は神通さんという大問題児がいる。もし洗脳されているとしたら、扶桑姉様か山城姉様でなければ止められない。志摩鎮守府の方にも、何かあっては困るということで、申し分無い天龍さんと龍田さん。これならどちらも安心だ。

 

「では、この件はこれで終わりとしようか。今危惧していることはこれだけかな?」

「そうですね。すぐにでも対処が必要なのはこの2つです」

 

息の詰まる会議だった。特に途中、上層部の横槍が入ったせいで、私が場の空気を重くしてしまったことが本当に申し訳ない。

 

今すぐに浦城司令官と志摩司令官に連絡を取るということで、私は執務室から退室。私と一緒に大和さんと川内さんも執務室を出た。ここからは秘書艦も使わず、人間だけの話とするようだ。

 

「朝潮、気にすんなって。気持ちはわかるからさ」

 

私が人間嫌いになった瞬間を目の前で見ているのが川内さんだ。気持ちがわかるというのは私には理解出来ないが、私がこうなってしまっていることを受け入れてはくれている。

逆に大和さんは私の変化を知らない人。暗い空気を出してしまっているので心配させてしまっている。

 

「前も言ったけど、私は結構裏側見てんだよね。上層部の連中でああいうのは数えるくらいしかいないよ」

「……そうですか」

「極少数のクズで落ち込むより、いっぱいいるいい人のこと考えな」

 

それが出来れば苦労はしないのだが。

 

「まぁね、朝潮は人間の最高峰みたいなのばかり見ちゃってるからギャップに驚いてるんだと思うよ。加藤提督、私が今まで見てきた人間の中で一番いい人間だからね」

「大和達のお爺ちゃんも、比較的いい人ですから」

 

確かに、今回の件で、人間は一枚岩では無いということを痛感する。いい人間がいれば悪い人間もいる。そんなことわかっていたはずなのに、いざそれを目の当たりにするとこれだ。良くない。これは良くない。

 

「朝潮ちゃん、ここで甘えられる人はいる?」

「甘えられる人……扶桑姉様とか……」

「午後から派遣任務に出ちゃうし、なら大和が甘やかしてあげます。ちょっと気持ちを落ち着けましょう」

 

ギュッと抱き締められる。私も成長してしまい戦艦ほどになってしまったが、大和さんはその私よりも大きな人だ。抱き締められると私も包み込まれるくらいに。

温かい。これが世界最高峰の戦艦の温もり。蕩けてしまいそう。扶桑姉様とはまた違う温もりだ。

 

「……ありがとうございます大和さん。なんだか胸の辺りがやたら硬いですが元気出ました」

「えっ、あ、ごめんなさい。胸部装甲付けたままだったから」

「大和さんって意外と大胆だよね」

 

ケラケラ笑う川内さん。私も自然と笑みが零れる。

 

「皆に支えてもらいます。こんなくだらないことで落ち込んでいたくありませんから。大和さんもお願いしますね」

「ええ、大和が腕によりをかけてスイーツでも作りましょう」

「おー、大和ホテルの絶品スイーツ!」

「ホテルじゃありません!」

 

人間の醜さを垣間見てしまったものの、これならすぐに立ち直れそうだ。川内さんの言う通り、極少数の悪い部分を見て心を痛めるより、大きな良い部分を見て心を癒そう。

この鎮守府に拾われて、本当に良かった。心底そう思う。

 




大和ホテルの烹炊所は、チョコレートやケーキは勿論のこと、クリスマスディナーで七面鳥まで出してくれるほどなので、腕によりをかけたスイーツとかスイパラみたいになるんじゃなかろうか。


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潜水艦の戦い

午後からは会議で決まった通り、浦城鎮守府と志摩鎮守府に部隊を派遣することとなった。おそらく怪我人には『種子』が埋め込まれているだろう。その中和のために。

浦城鎮守府には扶桑型姉妹、漣さん、潮さんの4人。漣さんが抜擢された理由は、所属している艦娘の中でも手先が器用だったため、薬の投与役としてである。一応前以て処置の仕方は聞いているので不安は無い、潮さんは保護者。妹だけど保護者。

志摩鎮守府には天龍型姉妹、雪さん、叢雲さんの4人。雪さんは久しぶりの外出。保護者の叢雲さん共々、息抜きをしてきてもらいたい。私が言えた義理ではないが、働きすぎである。任務なので仕事ではあるが。

久々にこういった業務でお留守番。部隊を見送った後、大和さんのお手製スイーツに舌鼓を打ちながら待機となる。派遣部隊のみでどうにかなるとは思うが、何かあった場合は援軍として向かう必要もあるだろう。そのための待機。

 

「ちょっと頑張りすぎちゃいました。皆さんでどうぞ」

 

私はお茶会として呼ばれただけだったが、大和さんの作ったスイーツの量が半端ではなかったため、鎮守府全体を巻き込んだお茶会に。こういう休み方もありだろう。勿論、一番喜んだのは清霜さんである。

私もたまにはということで、ヨルと交代し、甘味を楽しんでもらった。艤装の意思だとしても、こういうもので楽しむべきだ。特にヨルは子供。味は知っておくべき。

 

「美味しい! ご主人これすごく美味しいよ!」

『それは良かった。たまには表に出ないとね』

「アサ姉も食べなよ!」

 

結果的に3人交代で表に出て堪能することになる。アサの存在は知っていてもヨルの存在は知らなかった護衛艦娘の皆さんの視線は、少し楽しかった。1人で騒がしくしてしまったのは申し訳ない。

 

 

 

待機中は鎮守府から出ることは出来ない。しかし、その中でも潜水艦隊だけは調査任務として出撃していった。今回は隠密ではなく、大本営の状況を確認するだけの任務。元帥閣下も南司令官も、脱出は深夜だったために現状がわかっていなかったためである。

今回は深海の潜水艦姉妹も同行する。センさんとシンさんの艤装には過負荷を克服する装置は搭載済み。万が一戦艦天姫、もしくは新たに作られた混ぜ物と接敵したとしても、スペックダウンはせず撤退可能。どちらも普通の潜水艦と考えてはいけないくらいのハイスペックだ。簡単にはやられない。

 

私はその通信の場に参加させてもらっている。先程の会議のメンバーが全員揃っている状態。ただし、諸事情で川内さんの代わりにあきつ丸さんが参加している。

司令官や元帥閣下、南司令官が執務室の通信設備の前を陣取り、私は少し離れたところでその様子を見ていることに。

 

『潜水艦隊旗艦、伊58。大本営近海に到着したでち』

「了解した。ではあきつ丸君、サポートをお願いしていいかな」

「お任せください! 加藤提督殿の手助けを出来るだなんて、感無量であります!」

 

怪我人の運搬を任されていたあきつ丸さんが司令官のサポート役を買って出てくれていた。私達の鎮守府の面々は都合上、大本営近海について詳しくない。それを遠距離からサポートしてもらっている。

南司令官配下の艦娘ということで、案の定情報通であったあきつ丸さん。こと地理に関しては全て頭に入っているらしく、今回の任務で他に何もないかを調査する。

 

あきつ丸さんの持つ艦載機、カ号観測機をゴーヤさんが借り、近海で発艦させることで映像を鎮守府に送ってきていた。大本営の状態が、こちらに映像として映し出される。

 

「これはまた……酷いな」

「幸い、地形はそこまで変わっていないのであります」

 

大本営の建物を見たことはないのだが、映像に映し出された建物が激しく破壊されていることはすぐにわかった。鉄骨は剥き出しに、壁も破壊されているかヒビが入り、周囲も穴だらけ。この場で元帥閣下が見積もっただけで、妖精さんが全力で復旧に取り掛かっても数週間はかかるという大惨事。

今は無人ではあるはずだが、一応カ号から確認。上空から見ても誰もいないのは見て取れた。妖精さんすらも見当たらないのは、昨晩の今だから着工すら出来ていないということだろう。瓦礫で見えない位置にいると言われても困るが。

 

「ゴーヤ殿、カ号を少し南へ。そちらに元帥閣下殿の鎮守府があるのであります」

『了解でち』

 

あきつ丸さんの指示で映像が南下していく。破壊されている大本営を抜けると、それよりも小さい別の建物。形状からしてわかる。元帥閣下の鎮守府だ。

大本営の比ではないほどに破壊され、おそらく執務室であろう場所まで確認出来る。あの状態にされてよく軽傷で済んだものだ。むしろ、今入渠している3人の護衛艦娘が本当にいい仕事をしている。

 

「よく生きてこれたものだわい」

「僕もですね。護衛艦娘の子達に感謝しなくては」

 

これだけのことを戦艦天姫が1人でやったようだ。こちらの鎮守府に襲撃に来た時は、相当手加減している。おそらくあの鯨の艤装も総動員しての破壊活動だろう。裏切り者を奪い、その後破壊したか。

 

「そのまま東へ。回り込んで欲しいのであります」

『ごめん、ちょっと待って。シンちゃんどしたの?』

 

どうやらあちらで何かが起きたらしい。

危険な任務なため何が起きても仕方のないことではある。ただでさえそこからさらに南下することで北端上陸姫が占拠する鎮守府があるのだ。敵性の反応があってもおかしくはない。

 

『深海の気配するよ』

『一旦カ号を着艦させるでち。映像消えまーす』

 

カ号が一気にゴーヤさんに近付き、映像が真っ暗に。ここからは音のみになる。

 

シンさんが気配に気付けたということは、あちらも気付いているということだ。否が応でも戦闘になる。今は戦力的にも撤退はしない方向で考えていそう。

カ号での監視で見えないところにいたということは、たった今この場に来たということか。

 

『深海棲艦……駆逐4ね……哨戒部隊よ』

「それはまともな深海棲艦かい?」

『いえ……人形だと思うわ……。でも何かおかしい……地上にいる……』

 

今度はセンさんの声。気配から敵の部隊を割り出す。無人であることをいいことに、大本営にまで足を伸ばしていた。今の大本営は本当に何もない状態だ。そこに何の用があるというのか。

 

「ゴーヤ殿、危険は承知ですが、カ号を再度発艦出来ますでしょうか」

『や、やってみるでち。撃ち落とされないように頑張る』

『私が囮になるわ……でっちはその間に……』

『センさんまででっち言わないでほしいな!』

 

カ号が再発艦したことで、また映像が映し出される。戦場は、駆逐艦が本能的に潜水艦を狙うという特性を逆手に取り、センさんが囮として海上に姿を現わすところだった。深海の気配もあるので、地上にいる人形が、センさんが浮上してきたことに気付く。

今回はカ号からの映像でもわかった。映像の端に、4体の人形が見えた。センさんの言う通り、海上ではなく元帥閣下の鎮守府の近くにいる。

 

センさんに気付いたことで、4体の人形は一斉に海に下りてきた。駆逐艦故に対潜行動は可能だろう。むしろ潜水艦には天敵と言ってもいい。

それでも、センさんは一切怯んでいない。私達と初めて出会ったときは臆病そうに見えたが、あれは単に山城姉様の戦闘が()()だったために怯えていただけのようだ。

 

『こっちよ……こっちに来なさい……』

『あたしもやるねお姉ちゃん』

『気をつけてね……』

 

姉妹揃って海上に顔を出し、駆逐艦の人形を挑発する。意思のない人形だが、その挑発にはしっかり乗ってくれた。

今の潜水艦隊の最高戦力は間違いなくあの2人。戦闘が厳しい代わりに隠密に特化しているのが艦娘側であるのに対し、深海側の潜水艦姉妹は攻撃性能に特化している。人形がある程度沿岸から離れたところを見計らって、戦闘開始。

 

『来たわね……獲物達が……』

『通さないから!』

 

トプンと静かに海中へ潜る。深海の気配を撒き散らしながらだが、敵に忍び寄るその姿はまさに海のスナイパー。人形も対潜行動を開始するが、爆雷を軽く回避し、素早く人形の背後を取る。

 

『行きなさい……魚雷達』

 

センさんが魚雷を発射。霞や高雄さんのような魚雷が得意な艦娘とは一線を画した、巨大な魚雷が放たれ、一撃で人形1体が木っ端微塵に。

コントロール性に寄せたこちらのものとは違う、火力一辺倒。今はむしろその方が有用かもしれない。元々死骸も残らないのが深海棲艦だが、そんなこと関係なしに消滅させるほどの威力だった。

 

『お姉ちゃんすごい!』

『貴女も……やりなさいね』

『よーし! この魚雷を食べろぉ!』

 

シンさんも発射。センさんほど大きくないが、艦娘の使うそれとはやはりサイズの違う魚雷が人形1体を一撃で破壊する。

潜水艦姉妹の戦闘を見るのは、これだけ長く鎮守府にいても初めてだったが、恐ろしいほどの火力。これが夜になるとソナーでも探すこともままならず、深海の気配すら霧散する。正直手がつけられない。味方で本当に良かった。

 

『でっち! どんどん調査して!』

『わかってるって! イク、しおい、そっちどう?』

『多分何にも変わってないの』

『海の中は異常無しなんじゃないかな。あたしも晴嵐さん出そうか』

『ならイクも瑞雲出すのね。空から見ていくの!』

 

戦闘は深海潜水艦姉妹に任せきり、ゴーヤさん達は大本営の調査を再開。一旦海上に出て、艦載機を発艦後、またすぐに潜る。遠隔操作故に、潜水艦、もとい潜水空母の3人は、発艦した後は海中で待機。艦載機からの情報は逐一送られてくるらしく、海中でも問題ないらしい。潜水艦の特異性がよくわかる。

 

「ゴーヤ殿、先程の通り東へ」

『了解でち』

 

映像が大本営の東側へ。海からは反対側だが、やはり大きく破壊されている。と、ここでしおいさんが反応。

 

『あれ、ゴーヤちゃん、人影無い?』

『どの辺り!?』

『多分階段の辺り。崩れてて影になってるところ』

 

しおいさんの言葉で、ゴーヤさんのカ号とイクさんの瑞雲がその周辺を重点的に調査。私達も、送られてきている映像で隈なく探す。しおいさんの言っていた大本営の階段の辺り、確かに何かが蠢いた。野生の動物だとしたら大きすぎる。人間の大きさ。

深海の艦載機と違い、ドローンのように接近させることが出来ないため、今は人影ではないかという程度。近隣住民が紛れ込んでいるとも言いづらいこの場所で見える人影だと、戦艦天姫の襲撃を隠れてやり過ごそうとした者や、怪我をして動けず発見もされなかった被害者である可能性は考えられる。

 

「ゴーヤ殿、もう少しだけ近付けられないでありますか」

『やってみる。割と限界高度なんだけど!』

 

映像がより近付くが、今度は蠢くものが見えなくなる。気のせいだったというよりは、艦載機が見えたせいで隠れたと言った方がいい。こちらを警戒出来るのなら、それはもう知性のある人間。

 

『戦闘……そろそろ終わるわ』

 

人形の処理は思った以上にスムーズだった。潜水艦姉妹の魚雷は、当たればまず一撃で撃破。命中精度も相当で、本来なら苦戦するであろう人形の硬さも気にならないレベル。

 

『おしまい!』

 

そうこう言っている内に、シンさんが最後の1体にトドメを刺した。4体の駆逐艦の人形は全て粉砕され、痕跡すら残っていない状態に。

 

『でっち、人形終わったよ!』

『ご苦労様でち。索敵続けて』

『りょーかい!』

 

今までの潜水艦隊では出来なかった、敵の事前警戒が出来るようになったのは大きいようだ。代わりにこちらも気配を出しているのでプラスマイナスゼロな気がするが、今回のような堂々と向かう任務では非常に実用的。

そもそも潜水艦隊は生存率が段違いに高い。それだけでも調査任務には打って付けである。

 

「あの人影、まさか……」

「どうしたんだい、あきつ丸君」

 

先程の人影を見て、何やら考え事をしているあきつ丸さん。しおいさんが見つけたという人影、少し蠢いたくらいしか確認出来なかったが、それでも見覚えのあるものだったか。

 

「確証は持てません。もう少し細かく見たいであります」

「ゴーヤ君、地上には上がれそうかな」

『行ってみるでち。みんな、浮上するでちよー』

 

カ号からの映像で、潜水艦隊全員が海上に顔を出したことがわかった。カ号はゴーヤさんの手元に着艦。今度は一旦しまわず、こちらに映像を送り続けるために手持ちで行動してもらう。

 

「くれぐれも足下に気をつけるんだよ。瓦礫ばかりだからね」

『靴持ってこればよかったの』

『今更言っても遅いでちね』

 

ゴーヤさんの視点から見る大本営の廃墟は、先程以上に戦いの凄惨さを感じる。人間の生死はさておき、戦艦天姫の力の強大さを思い知らされる。

 

『危ない危ない。で、どっち方面でち?』

「自分が案内するのであります。まずは直進」

 

崩れていても大本営の構造はある程度わかっている。あきつ丸さんの案内で、先程人影が見えた付近まで向かってもらう。

 

『ーーーー』

 

何か聞こえた。明らかに部隊以外の声。男の声のように思える辺り、ここに残っていた上層部か。

 

「……朝潮殿、ここから出て行った方がいいであります」

「え、な、何を突然」

「自分、提督殿と川内殿から、貴女がどういう経緯で今の姿になったか聞いているのであります。貴女なら、これで何が言いたいかわかるでありましょう」

 

ドクンと心臓が高鳴る。

そんなまさか。大本営は北端上陸姫が占拠する鎮守府から近いとはいえ、それなりに距離はある。()()()近いというくらいだ。それなのに、何故こんなところにいる。

 

「朝潮殿」

「……わかりました。退室します。結果は後でーー」

 

察したために出て行こうと思った矢先、それが間に合わなかったことを知らせる声。

 

『救助か!? 助かった……!』

 

その声は、私をこの姿に堕とす引き金を引いた声。この場にいるはずのない、北端上陸姫に捕らえられているはずの7人目の裏切り者の声だった。

 



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堕ちていく心

大本営の惨状を調査するために潜水艦隊を派遣したところ、無人であるはずの瓦礫の散らばる廃墟の中に人影を見つけた。何者かもわからないため、地上に上がっての調査を依頼することに。

裸足で瓦礫の山を歩いてもらうのは申し訳なかったが、救助を待っている人間がいるのなら、司令官だったら救助したいと思うだろう。潜水艦隊にモノを運ぶ術は無いにしろ、何かしらの手助けは出来る。こちらからの増援が駆けつけるまで場を繋ぐこととか。

 

だが、その人影は私にとって最悪な人間。私をこの姿に堕とす引き金を引いた者。この場にいるはずのない、北端上陸姫に捕らえられているはずの7人目の裏切り者だった。

 

『よく来てくれた。さぁ、安全なところに連れて行ってくれ』

 

声を聞いただけでも虫酸が走るようだった。当然だが割り切ることなんて出来ない。人間が自分の利益のために人間を殺そうとし、最後まで反省の色はなく、今のこの緊急時ですらこの態度。自分が助けられるに値する者だと勘違いしているのではないか。

拳が震える。人間嫌いが加速する。今すぐこの手で黙らせたかった。あの場に私がいたら、この拳で殴り殺していただろう。一切の躊躇もなく、ただただその汚らしい音を止めるために、原型を留めないほどに殴りつける。提督の力を持っていようが関係ない。死んでも殺す。

 

「朝潮君、落ち着くんだ。気持ちはわかるが、今は抑えて」

 

司令官に抱き寄せられる。執務室からの退室に間に合わなかったせいで、私は今まででも3本の指に入るほど不安定になっている。今退室しても、心はガタガタ。何かしでかす可能性は高いと、自分でも理解しているため、今は司令官の温もりで心を落ち着けることにする。出来ることなら耳も塞ぎたい。

 

「……ゴーヤ殿、そいつは7人目の裏切り者であります」

『はぇ!? ど、どうするでちか!?』

 

こういう反応にもなる。私が堕ちた経緯は皆が知っていることだ。それに、この裏切り者に南司令官が命を狙われたことも。

あきつ丸さんも苦虫を噛み潰したような表情。南司令官を殺そうとした相手が映像越しとはいえ目の前にいるのだ。川内さん程ではないかもしれないが、あきつ丸さんもまた、自分の司令官を尊敬しているような人。おそらく躊躇がない。

 

「ゴーヤ殿、今から提督殿がそちらに向かうので、少しお待ちください。提督殿、それで良いですね?」

「ああ、僕らが直接尋問する」

『りょ、了解でち』

 

あの人間と同じ空間にいなくてはいけないゴーヤさん達が本当に可哀想だった。

 

『どうした。私を助けに来てくれたのだろう?』

『ゴーヤ達は調査に来ただけでち。無人と聞いていたから、人間を運べる装備なんて持ってなくて』

『何故それくらい用意しておらんのだ。貴様らの指揮官は無能だな』

 

罪人が何故そこまで大きな口を叩ける。頭の構造がわからない。何をどうすればあんな考えに至るのか。まず何故助けてもらえると思っているのか。

 

「……元帥閣下……南司令官……1つだけ教えてください。何故アレをすぐに始末しなかったんですか……」

 

もう私は涙目だった。嫌悪感が限界を振り切れていた。アレがこの場にいて、息をして、音を立てていることが不愉快だった。それをそのまま生かしていた元帥閣下と南司令官にも怒りと憎しみが向きそうになっていた。

 

「捕縛した時点で殺すなり何なりすればよかったじゃないですか! あんな生きている価値もないクズを!」

「朝潮ちゃん、落ち着いて聞いてくれんか。儂らも好き好んであの屑を生かしていたわけではないんじゃ」

 

私達の司令官に抱き寄せられている中、元帥閣下はツラツラと理由を話してくれる。

 

元帥閣下は、アレが今までやってきた罪を拷問も交えて全て吐かせようとしていた。北端上陸姫の攻略に役立つ情報を少しでも持っているようならば、何もかもを聞き出した後に始末しようと思っていたそうだ。アレは命惜しさかその場凌ぎかは知らないが、有る事無い事ペラペラ喋ったらしい。素直に話したのだから解放しろとまで宣ったそうだ。その信憑性の調査に時間がかかり、結果的に今に至る。

情報は必要だと思う。それが攻略の鍵になる可能性があるからだ。だが、あんな人間の言うことをいちいち真に受けていたら、いくら時間があっても足りない。第一、無い事まで喋っているということは、どう考えても責任逃れを考えているだろう。そもそも自分が悪いとも思っていないかもしれない。

先に捕縛されていた2人はどうだか知らないが、アレに関しては反省の色はまったく見えない。ならばもう、死しか無いだろう。生きている価値が無い。

 

「人間の社会は醜いものですね。あんなゴミでも生き長らえさせるだなんて」

「朝潮君、あまり汚い言葉を使っちゃいけないよ」

「あんなのが上層部にはゴロゴロいるんですか? 生きている価値が見当たりません」

「朝潮君、そこまでにしておきなさい」

 

ブレーキが利かない。頭が熱い。もう変化が無いと思い、好き勝手にぶちまけてしまっている。司令官が止めるのも聞かず、私は一番言ってはいけない言葉を口にしてしまった。

 

()()()()()()()

「朝潮君!」

 

口から出た後に激しく後悔した。今、私は完全に北端上陸姫と同調した。この世界から居なくなればいいと、本心から思ってしまった。洗脳もされていないのに。

ハッとした瞬間、意識が思考の海に引っ張られる。隣にはアサ。表に出ているのはヨルのようだった。

 

「ご主人と交代したよ。ちょっと疲れちゃったみたい」

「……少し頭を冷やすべきだね。気持ちはわかるが、口に出してはいけない。いや、出してくれてよかったか。朝潮君の危うさを知ることが出来たからね」

 

諌めるように話す司令官は、何処か悲しそうな顔をしていた。その顔を私が引き出してしまったのかと思うと、罪悪感が重く重くのしかかる。

 

『朝潮、ちょっと落ち着け』

『……頭冷やすわ』

 

アサにも顔向けできなかった。

怒りのままに命を軽んじる発言。さらには世界を敵に回すような思想。私はなんてことを言ってしまったのだ。本当に生きている価値がないのは、私なのでは無いだろうか。

 

『あのクソは死んで償うべきだが、それはあのミナミって提督がやってくれるんだろ。それでいいじゃないか。お前はそんな下らないことで手を汚すな』

 

自分の危うさを再認識した。変化は終わったとしても、ここまでグチャグチャな心では今後が怖い。信用していた人間にすら憎悪を抱き、何もかもを壊してしまわないか心配になってしまった。

あとからでいい。また誰かに相談しよう。痛みを分かち合うのなら大潮がいい。その位置に立ってくれると言ってくれている。

 

「ご主人、私達もいるからね。夢の中でいっぱいお話ししよ」

『……そうね……ありがとうヨル。また不安定になってるみたい』

『仕方がないだろ。元凶が出てきちまったんだからな』

 

ゴーヤさん達も嫌な顔をしているのが手に取るようにわかった。それだけアレはクズであり、誰しもが嫌悪感を抱くような人間だ。

この場所に潜水艦姉妹がいなくて本当に良かったと思う。この時ばかりはシンさんの後天性欠陥(バグ)に感謝した。あんなものを見たら、黒側に傾きかねない。

アレは深海棲艦を薄汚いと揶揄し、見世物にしろと侮辱している。センさんはまだ大人だから耐えられるかもしれないが、シンさんはダメだ。子供には聞かせられない。

 

「ゴーヤ殿、伝令を。『迎えが来るからそこで待っていろ』と。それを伝えたら立ち去って結構であります」

『了解でち。うちの鎮守府から迎えが来るから、そのままここで待っててほしいでち』

『無能なりに早く準備が出来たようだな。さっさと寄越せと伝えておけ。こんなところ一刻も早く出て行きたいんでな』

 

礼も無し。やはり救助が当たり前だと思っている。気に入らない。

だが、今の私は怒りより先に罪悪感が先立つため、ヨルの見ている風景が見られない。いや、アレの顔を見たら余計にダメだ。

 

『じゃあゴーヤ達はこれで』

『何処へ行く。私の警護くらいやっても損は無いだろう』

『大損でち。地上の潜水艦に何を望んでるんでちか。提督の力を持っているのなら、ゴーヤ達より全然強いのに』

『盾にでも壁にでもなれるだろう。貴様らの命より私の命の方が重いことを忘れるなよ』

 

今理解した。アレは人間の最底辺だ。アレ以下はいない。まだ破滅主義者の方がマシだ。アレを見た後なら、他のどんな人間もいい人間に見える。

 

「ゴーヤ君、通信を代われるかな? ()()と話がしたい」

『了解でち。うちの司令官が話をしたいって言ってるでち』

『ほう、ようやく自分の立場がわかったか。さぞかし(へりくだ)って私に謝罪でもするのだろうな』

 

通信を代わった瞬間だった。

 

 

 

「ふざけるな貴様ァ!」

 

 

 

鎮守府一帯に響き渡るような怒号。一番身近にいた私は、吹き飛ばされそうなほどに感じた。表に出ているヨルも、今まで見たことがない司令官の姿に怖がり始めてしまった。そのため、今度はアサが表に。落ち込んでいる暇など無くなってしまい、私がヨルを癒す係になる。

 

「貴様は艦娘を何だと思っとるんだ! 仮にも提督という役につきながら、何様のつもりだ!」

『なっ、貴様、加藤か! こいつらは加藤の』

「それだけでも許せんが、貴様のやることは提督の風上にも置けん! かけがえのない命だ! 何度でも言ってやる。貴様は何様のつもりだ!」

 

そこからは罵詈雑言の罵り合い。こんな司令官見たことがない。いつもの温和な人柄が何処かに行ってしまったかのようにまくし立てていた。

その間に、南司令官は大急ぎで出撃。川内さんは既に待機していたらしく、あきつ丸さんは執務室からサポート。ここから大本営までは、どれだけ飛ばしても大体1時間前後。その間の時間稼ぎは出来ないとは思うが、ゴーヤさん達潜水艦隊をその場から離すことくらいは出来るだろう。

 

『あんな司令官、初めて見るわ……』

『ご主人……てーとく怖いよ』

『大丈夫よ。私達のために怒ってくれてるの。いつもの優しい司令官だから安心して』

 

怯えるヨルを宥めているところ、電探の反応から鎮守府中の艦娘が執務室周辺に集まっていることがわかる。あんな声が聞こえれば、皆気になってここに来るだろう。私だってそうしている。

 

『私に逆らうとは、覚悟していろよ加藤!』

「覚悟するのは貴様だ! 金のために罪のないものを傷つける罪人が! ん? 確か貴様、私より(くらい)が低くなかったか? 逆によくもそんな口が聞けたな!」

 

地位の話を出されて一瞬口籠る。司令官が基本使わない手段をガンガン使って、通信越しのクズを追い込んでいる。

ああいう輩は、自分より下の相手には高圧的な態度を取るが、上の相手には下手に出るものだ。それを理解しての、この行動。司令官らしからぬ、高圧的で上から殴り付けるような物言い。そしてまた時間を稼ぐように罵倒が続く。

 

司令官も溜まりに溜まっていたのだと思う。被害者が何人も出た戦いを、よりによって仲間である人間、しかも提督という役職につくものが横槍を入れてきたのだ。私達には見せてこなかった鬱憤が沢山あったのだろう。それを今、クズに向かって放っている。

 

「貴様のような者に提督の役を担う資格はない! 上官命令だ! その地位を退き罪を償え!」

『貴様に言われる筋合いはない! 敵である深海棲艦を引き込み侍らせている色情魔が!』

「色情魔だと? 道を同じくする仲間と共に歩むことの何が悪い! この鎮守府にいる者は全て私の愛娘だ! 兵器や金蔓としてしか見られない貴様にはわかるまい!」

 

こんな喧嘩腰な会話でも、私達のことを愛していると言ってくれる。アレにはどうせ伝わらない感情であろうが、私達には充分に伝わった。本能的に怒り狂っている時の言葉だからこそ、心の底からいつも考えているような内容だ。

緊迫した状況だが、心が温かくなる言葉だった。この言葉を聞いている皆がそれを感じているだろう。

 

だからこそ、先程の私の暴言は、司令官をまたもや裏切ってしまったように思えてしまう。深く、深く、私の心に悔いが残った。

 

「貴様の言動で、私の愛娘の1人が道を踏み外してしまった。それは絶対に許さん! 今までの数々の行い、全て償ってもらうぞ」

『貴様に指図される筋合いは無いわ!』

『なら僕ならいいですかね』

 

通信の先、南司令官の声。暴言での罵り合いで時間を稼いだ結果、間に合ったようだ。他の足音が聞こえたため、ゴーヤさん達もその場から撤退出来た様子。カ号からの映像が途切れ、音声のみとなる。

 

『貴方に命を狙われた南です。どうもお久しぶり』

『貴様ら……!』

 

クズの歯軋りが聞こえた。

 

『金のために大本営を裏切り、捕縛しても嘘八百を並べ立て責任逃れをしようとし、挙句はこれかい。もう、アンタこの世界にいちゃダメだ。ここに来た経緯を聞き出そうと思ったが、僕がもう我慢出来そうにない。元帥閣下、よろしいですね?』

「構わん。やれ」

 

映像が無くて良かったと思った。即座に司令官も音を切る。通信の向こう側、私達の知ってはいけないことが行われているのだと思う。当然、皆察することが出来た。

 

「……驚かせてすまなかったね」

 

いつもの表情に戻った司令官。先程とは雲泥の差。こちらの方がいい。

ここでアサが強引に私に主導権を押し付けてきた。頭は冷えたが、顔を合わせるのは辛い。表に出た瞬間、身体が震える。

 

「し、しれい、かん、私……とんでもないことを……」

「わかっているさ。前回私が叱った時とは状況が違う。あんなものを見てしまっては、ああなるのもわかる」

 

また抱き寄せられる。今度は胸を貸してくれた。女性とは違う筋肉質の硬い胸板だったが、安心できる温もり。ずっとこうしていたいほどに、揺れ続けていた心が落ち着いていく。

 

「私は君を責めないよ。アレを見たことで君が理性的でなかったのは私もわかっているからね。辛かったら、また私に話しなさい。幾らでも慰めてあげよう」

 

優しく後頭部を撫でられ、私の涙腺は決壊。子供のように泣き噦ることになった。元帥閣下や大和さんもいるというのに、恥ずかしげも無く。

 

大本営調査は酷い形で幕を閉じる。私達の知らないところで南司令官が何か聞き出しているかもしれないが、得られるものが無かったのは言うまでもない。

ただただ、私は心を揺らし、崩し、堕ちたのみ。この場にいなければ良かったと、心底思った。

 




暗い幕引きとなりましたが、朝潮の心を揺らすものはこれで無くなったかと思います。さようならクズ。お前は書いててもキツかったよ。


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人生の底

潜水艦隊の大本営調査は、無事とは言えないが終了。大本営と元帥閣下の鎮守府の破壊具合を確認し、()()()()()()()()()()()ということで決着がついた。

執務室の外、鎮守府一帯にまで響いた司令官の怒号は皆にも当然聞こえている。周りに人が集まってきてしまった始末だ。執務室の前には相変わらず瑞穂さんが陣取ってくれており、執務室へ入ることを押さえてくれている。

 

「落ち着いたかい?」

「……いえ……まだ……すみません……」

「いや、構わないよ。なぁ爺さん」

 

皆のいる中で泣き噦ってしまった私、朝潮。おそらく執務室前に(たむろ)する人達にも、私の泣声は聞かれてしまっていると思う。それは少しだけ恥ずかしかった。

 

「あれは仕方あるまいて。理由を聞けば、誰もが納得するじゃろ」

 

笑顔を崩さない元帥閣下。隣の大和さんも、微笑みながら頷く。あきつ丸さんはなるべくこちらを見ないでくれていた。

私の心にはわだかまりが残っている。元凶の人間を映像越しとはいえ目の当たりにしたことで人間嫌いが悪化し、今までそんな思いをしなかった元帥閣下や南司令官にまで怒りと憎しみを向けかけ、一時、人間は滅んだ方がいいとまで考えてしまった。

 

そんな自分が、一番許せないのは私だ。

 

「私はもうダメです……おじいちゃんにまで憎しみを向けてしまいました……」

「今は大丈夫なんじゃろ? なら儂は構わんよ。孫の反抗期くらい、山ほど見ておるわい」

 

私が向けたのはただの反抗心ではない。全人類に向けての敵意だ。あの時、あの瞬間だけは、私は北端上陸姫の後継者として成立していた。破滅主義に片足を突っ込んでいたのだ。それが抗えない罪悪感を引き出し続けている。

 

「反省の色があるのなら、それだけで許せる。朝潮ちゃんはそれが出来る子じゃ。今悔やんでいないのなら、見捨てていたかもしれんのう」

「理性を持って相手の権利を踏み躙ったあの時とは違う。だから私も君を叱ることはないよ。君は充分に反省しているからね」

 

2人の上役に慰められ、私はますます萎縮してしまった。その言葉が2人の本心だとしても、今の言葉で気を遣わせているということを痛感する。自分のせいでこの空間を壊してしまった。

 

「朝潮殿、自分からの助言であります」

 

不意にあきつ丸さんがこちらへ。向こうへの指示が必要無くなったようで、フリーとなったからのようだ。涙目の私の目の前に立つ。

 

「人生山あり谷ありと言います。自分もそうでありました。朝潮殿はその谷の部分なのでしょう。」

 

確かに今の私は谷底に落ちたような状態。洗脳されて敵対した時よりも、イクサさんを洗脳して手駒にしてしまった時よりも、最後の変化をして仲間を傷付けた時よりも、深く深く落ちている。敵に回した数があまりにも多すぎる。あの思想は世界の敵だ。

 

「自分とは少し違いますが、反省したのでしたらここからは登り坂であります。もうそこまでは簡単に落ちることはございません。谷から登るのは大変でしょうが、朝潮殿ならきっと大丈夫。自分が出来たのですから、貴女も出来るのでありますよ」

 

あきつ丸さんにどういう経緯があるのかは知らない。が、どん底からならもうそこまで落ちることが無いと話す。

私は自分で現状を底とした。なら、ここからは上がっていくのみだ。そうするための最初の一歩は司令官が、次の一歩は元帥閣下が。そしてその次はあきつ丸さんが示してくれた。感謝してもしきれない。

 

「瑞穂君、扉を開けてくれたまえ」

「了解致しました」

 

執務室の前を陣取る瑞穂さんに指示し、扉を開ける。その途端、雪崩れ込むように人が入ってきた。その先頭は、私の泣声を聞いて過剰に反応していた問題児3人。

 

「姉さん、何があったの!?」

「誰に泣かされたのですか。通信の先のものですか。司令官様が怒鳴りつけた相手でしょうか」

「旦那様の泣き顔はレアですが、相手が許せませんね。何処にいるんです」

「司令官、すぐにでも出撃するわよ。姉さんを泣かせたクズは何処にいるのよ!」

 

いきなりしっちゃかめっちゃかである。他の人達が入りづらそうにしているのがわかる。

3人が司令官に詰め寄り、現状を吐かせようとしていた。あまり褒められるようなことではないが、私を心配しての言動。ワケを聞いてもこの態度でいてくれるかが怖いが、司令官に群がる姿は、少しだけ元気が出た。

 

どん底から這い上がるための道の続きは、いつもの3人が導いてくれた。心配されている。許されている。愛されている。それがわかるだけでも、私の罪はほんの少しだけ軽くなったように思える。

どん底から足が離れたような気分だ。仲間達の力で、私はどんどん引き上げられていく。自力では脱出できない底無し沼から、ついには抜け出ることが出来たように思えた。

 

「君達が出撃するようなことは無いから、まずは落ち着きなさい」

 

それを引き剥がす司令官。ちゃんと話をするからと皆を宥める。その間に私の側には瑞穂さんが来てくれて、こうなると予想していたかのようにハンカチを渡してくれた。泣き噦り酷い顔になっていたため、涙を拭きながら調子を取り戻していく。

 

「朝潮様、瑞穂は全て聞いておりました。瑞穂に手を差し伸べる権利があるかはわかりませんが、せめて落ち着けるまではお側に置いてくださいませ。お一人で考えたい場合でしたら、今のように門の番をさせていただきます」

「……ありがとうございます。もう少し頭を冷やそうと思います」

 

おそらく1人で考えてはいけない。ただでさえドツボにハマっているのは自分でも理解している。せっかくここで皆に道を示してもらえたのだ。アサとヨルがいるとしても、今私1人になってしまったら確実にまた底に落ちる。

ここで瑞穂さんが、私を見て何かに気付いた。急に額に手を当ててくる。

 

「……朝潮様、お身体の具合が悪いのではないでしょうか」

「身体は別に……いえ、悪くなってますね。少し身体が熱い気が」

「顔が赤いです。瑞穂はその症状を以前に見たことがあります。本日はもうお休みになられた方がよろしいかと」

 

指摘されたことで自分の体調が崩れてきていることに気付いた。随分久しぶりな、ストレスによる体調不良。明石さんにはストレス性高体温症と診断された私の弱さ。

ここまで身体が変化して、あの頃よりもストレスがかかることがあったが、体調不良など起こすことが無かったがために、あの症状は克服したと思っていた。むしろ今の今まで忘れていたほどだ。だが、今回のストレスはそれを超えてきたようだ。ただただストレスの許容範囲が拡がったにすぎない。自分の弱さを改めて思い知る。

 

『どうした朝潮。何かあったか?』

『私達にはわからないんだよね。ご主人、大丈夫?』

「……私、過剰なストレスで体調を崩したことがあるの。これはそちらに伝わらないのね」

『そうか……ちょうどいいだろう。今からでも身体を休めればいい』

 

自分が本当に危ないところに来ていると自覚した。少しは気を取り直せたが、先程までどん底にいたのだから、そのせいで体調が悪くなるのもわからなくはない、

私は素直に身体を休めることにする。今の状態を司令官に話し、以前の症状が出たと察してくれると、今後の話し合いには出ることなく私室で身体を休めることを許可してくれた。瑞穂さんも付き人として私のお世話をしてくれることに。

 

 

 

瑞穂さんと共に私室に戻ると、どっと疲れが出た。いつも生活している私の空間にいるにも関わらず、少しフラついてしまう。何だかあの時を思い出す。もう随分と前、まだアサもおらず、深海艦娘に身体を改造された直後くらいだった頃だ。

 

『ご主人、大丈夫?』

「あまり大丈夫じゃないわね……ちょっとスッキリしましょう」

 

瑞穂さんしかいないことをいいことに、その場で服を脱ぎ捨てる。中枢棲姫亜種としての姿は、服を着ることなく、局所に艤装を展開することで成立。今はこの姿でいることの方が落ち着ける。思考がより堕ちたからかもしれない。

 

『おいおい……まぁお前がそれでいいならいいんだが』

「今だけ、今だけよ」

 

服も畳まず、そのままベッドへ。横になると、起き上がれないほどに体調が悪い。

脱ぎ散らかした服は、瑞穂さんがすぐに回収してくれた。少しだけ顔が赤いように見える。さすがに瑞穂さん相手といえども、目の前で服を脱いでいったのは失敗だったか。

 

「お洋服は瑞穂が畳んでおきます故、ゆっくりとお休みくださいませ。瑞穂は常に朝潮様のお側を侍らせていただきます」

「ありがとうございます。少し眠らせてもらいます……」

 

お言葉に甘えて目を瞑ると、すぐに睡魔に襲われる。今日はほとんど何もやっていないというのに、身体が動かない。そのまま眠りの中へ。数秒もかからず、私は眠ることとなった。

 

 

 

目が覚めた時、外は暗かった。電探による反応を確認したところ、出撃中であった部隊は全て帰投済み。夕食が始まって少し経ったかというくらいの時間の様子。

夢の中で話をするかと思っていたが、私の体調を鑑みてそれも控えてくれたようだ。アサとヨルは何かしていたかもしれないが、少なくとも私はグッスリだった。悪夢を見るようなことがなくて助かった。見たところで2人が解決してくれるのだが。

 

身体を起こそうとしたものの、ガタガタでうまく動かない。先程以上に身体が重く、頭痛すら感じる。体調不良はさらに悪化していた様子。何とか身体を起こすが、支えがないと辛い。

自分では少しだけ、ほんの少しだけ希望を見出したつもりでいたが、一度体調が崩れたことで今までのものが全てのしかかってきたように思える。お風呂で回復していたとはいえ、私はそれ程までに自分を酷使していたのかもしれない。

 

「お目覚めですか、朝潮様」

 

ベッドの隣に瑞穂さんが控えていた。前回の時もそうだったが、私の体調が悪い時は常に近くにいてくれる。いつも側にはいるものの、距離感が近いのは間違いなく今。

 

「はい、身体は動かないし、少しボーッとしますけど」

「食欲は如何でしょうか。何か口に入れられそうでしょうか」

「お腹は空いてますね。ですが動けそうにないので、運んできてもらってもいいですか?」

「仰せのままに」

 

自分でやったことではあるが、今このほぼ全裸の姿のまま食事をしに向かうのはよろしくない。もう一度服を着るには面倒なくらいに身体は消耗している。

瑞穂さんは私のお願いを叶えるため、消えるように部屋から出て行った。部屋に私だけとなるが、突然暴走するようなおかしな考えには至らない。眠ったことでいろいろと考えが纏まってくれたようだ。

 

私と同時に目を覚ましたアサとヨルの声が頭の中で響く。

 

『朝潮、具合はどうだよ』

「あの時の体調不良とは違うわ。身体がダルくて動かないし、頭がボーッとする」

『その時ってどんなことがあったの?』

 

アサとヨルにはまだ話していなかったか。春風と扶桑姉様の大喧嘩から始まった、私の記憶障害の事件。食事を待つ間に、掻い摘んで説明する。

 

『なるほどな。ハルカゼとフソウ姉さんを……』

「ええ。でもすぐに何とかなったわ。あの2人も、今は仲がいいしね」

『だが、今はその時とは違うってことか』

 

あの時は、身体は動くが高熱が取れないという状態だった。それが今は違う。高熱も出ており、身体もあまり動かない。おそらく普通の風邪のようになっている。

私が一時的に人間を滅ぼすという考えに至ったと時のことは、しっかりと覚えている。忘却という形での強引なストレス解消はしていない。

 

「忘れちゃいけないことだもの。私の一番の汚点として残るわね」

『そうだな。私も忘れない。お前の罪は私の罪でもあるからな』

 

高熱を出してでも、このことは受け入れなくてはいけないと理解している。皆に道を示してもらい、その足掛かりは出来ているのだ。自分の罪と向き合い、これからを生きていきたい。

 

やはりあの時は、あんなものを見たせいで気が動転していたのだ。正気では無かった。その厄介事がもう二度と起こらないのだろうという安心感で、素直に受け入れようという気持ちが出てきた。皆のおかげで、前向きにもなれたし。

 

「司令官も、元帥閣下も、あきつ丸さんも、あの子達だって、私を励ましてくれたんだもの。その気持ちに応えなくちゃ」

『おう、その意気だ。落ち込むだけじゃダメだからな。二度とそんなこと思わないように行こう』

 

ほんの少しだけでも前向きになれた。罪悪感と自己嫌悪は今までの比にならないが、高熱で頭が回らないおかげか、少しだけ短絡思考になれたのかもしれない。

 

私自身が人間の滅亡を一瞬でも望んだことは、紛れもない事実だ。それを誰も責めなかった。他の鎮守府ならこうも行かないと思う。この鎮守府、加藤鎮守府だから私は生きていけるのだろう。

 




ゆっくりと、精神的な部分も盤石に。抗いようのないトラウマも、皆に支えてもらいながら進んでいきましょう。


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心変わり

ストレスによりまた体調を崩してしまった私、朝潮。一瞬だけでも自分の意思で人類の敵の思考に傾いたことが、過剰な負荷となってしまい、私はストレス性高体温症を再発症した。一眠りしたことで考え方を改め、前向きになることは出来たが、体調不良は簡単には治らない。今は私室でゆっくりさせてもらっている。

今日は添い寝を中止してもらうことにした。雪風さんは、元帥閣下の雪風さんに預かってもらう。姉妹どころか本人に預けるという艦娘特有の状況だが、その方が気心が知れているだろう。自分なのだし。

 

お願いしていた夕食を食べ、一段落した。身体はまだ良くならないが、気の持ち方が変わったことで頭の中は少し明るい。

 

「何かこざいましたらお呼び出し下さい。瑞穂はいつでも朝潮様のお側に」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいますね」

 

まだ頭はボーッとするし、身体は怠くて動かせない。今は甘えさせてもらおう。瑞穂さんの献身に感謝しつつ、私は一晩身体を休めることにした。

 

「早速ですが瑞穂さん、私が眠っている間に何があったか教えてもらえませんか。派遣部隊が戻ってきているのはわかるんですが」

「かしこまりました。瑞穂の知る限りのお話をさせていただきます」

 

引き止めたのは話が聞きたいというのもあったが、1人で眠るのが少し心細かったというのもある。アサとヨルがいるのはわかっているが、部屋に身体は1つだけ。他人がいるという事実が欲しかった。いつもいるはずの霞と雪風さんもいないので、部屋がとても広く感じる。

 

「まだ体調が優れないようですので、少しゆっくりお話しさせていただきますね」

「はい、お願いします」

 

私が寂しく思っていることを察してくれたのか、時間をかけてくれる。さすがとしか言えない。

 

そこからはゆっくりと、今まであった出来事をおしえてもらった。

派遣任務は無事終了した。『種子』が埋め込まれている者は数人いたようだが、『発芽』した者はいなかったそうだ。それは一安心。実は私達の知らない新たな洗脳方法が確立していたと言われたらお手上げだが、少なくともそんな感じはしなかったとは山城姉様の談。天龍さんも同じように言っていたらしく、その辺りは心配しなくても良さそうだ。

 

「漣さんが疲れ果てて帰ってきたのが印象的でした」

「初めて投薬係としての派遣ですもんね。普段やらない仕事ですから緊張もしたんでしょう」

「はい、そう仰っていました。特に『種子』が埋め込まれた者が、自分の投薬で苦痛を受けた時は辛かった、と」

 

手先が器用であるが故に投薬係となった漣さん。いつもの軽いノリと冗談交じりの言動で場を和ませるが、今回ばかりは緊張感で手一杯だったらしい。

 

「最後の最後に、二度とごめんだと捨て台詞を」

「漣さんらしいですね。でも頼まれたらまたやるんでしょう」

 

あの人ならまたやるだろう。同じようなことが二度も三度も起こってほしくないが。

 

「潜水艦隊と南提督の部隊も帰投しました。()()()()()、調査任務は終了です。元帥閣下の鎮守府の復旧が優先されるそうで、元帥閣下と南司令官は、今回の戦いが終わるまではこの鎮守府に滞在すると決まりました」

 

何事もなくを強調する辺り、()()()()()については他言無用というのが暗黙の了解となっているようだった。私もなるべくなら口に出してもらいたくないので、そうしてもらえると嬉しい。アレに関しては、もう過去のもの。

鎮守府の復旧を優先させるのは正解だろう。防衛の要になるであろう鎮守府だ。大本営復旧中にまた何かされても困るだろう。それを守るためにも、まずは戦力をあの場に戻すべきだ。

 

「今お話しできるのはそれくらいかと。入渠中の3人は、早くて明日の朝に赤城さんが回復するかどうかというくらいらしいです」

「わかりました。ありがとうございました」

 

一番重傷だった武蔵さんの入渠がまだまだかかるとのこと。その入渠が終わり、何事もないようならば、いよいよ最終決戦となる。私もそれまでに体調を整え、戦いに挑みたい。

 

 

 

翌日。随分と身体はスッキリしていた。罪悪感に引っ張られる感覚はどうしてもあるが、昨日よりは前向きになれたと思う。人類を滅ぼそうと考えてしまった事実は覆らない。だが、今は違う。嫌いだがそこまでする必要はない。嫌いな人間は放置と無関心。この方針で暮らしていこう。今はそれどころではないのだ。

 

朝食の時間。何かあった時のことを考え、私のすぐ側にはいつも瑞穂さんがいてくれる。なんだかんだ一番頼れる人になりつつある。また、大潮が隣で食べていた。痛みを分かち合うために、いつでも相談に乗ってくれる。

昨日のうちに私がどうなってしまったかを皆に公表されたのだと思う。自分から話すのは辛くて難しいが、司令官の口から話してもらえたのなら問題ない。それで軽蔑されるのなら、それは私の罪だ。甘んじて受け入れる。それほどのことをしている自覚だってある。司令官や元帥閣下が許してくれたとしても、それぞれ思うところがあるはずだ。

 

「お姉さん、体調はどうです?」

「本調子では無いけれど、大分良くなったわ。明日には完全復帰かしら」

「よかったです。またストレスで倒れたと聞いたので心配しました」

 

大潮に心配されるが、やはり()()()()()には触れないでくれている。他の皆もそうだった。腫れ物を触れるようなものではなく、単に話題として出す必要がないから何も言わない。ただただ体調不良で倒れたことを心配してくれる。

 

「今日はゆっくりさせてもらうわ」

「それがいいです。お姉さんは何かと頑張りすぎなので」

 

大潮にまでこう言われてしまったら仕方あるまい。今日は頑張らない日として身体を休めようかと思う。

 

「でも昨日の司令官のアレはちょっと驚きました」

「ああ、うん、確かに。私は現場にいたからわからないんだけど、やっぱり鎮守府全体に響き渡っていた感じ?」

「はい。その時大潮は訓練中だったんですけど、みんなが手を止めちゃいました」

 

外にまで聞こえていたとは。確かにあの時、執務室前には人が詰めかけていたが、近海でも動きが止まってこちらを見ているような反応になっていた。

 

「あれ、なかなか見れないレアな司令官やで。ガチ怒りとか滅多にせぇへんからな」

 

食器を片付けようとしていた龍驤さんが教えてくれた。あんな司令官はこの鎮守府を立ち上げても2、3回しか無いことだそうだ。最古参の龍驤さんはその全てを見ている。

その全てが、こちらの艦娘を侮辱する発言をした上層部や他の司令官に向けたものだそうだ。艦娘相手にあんな姿は一度たりとも見せたことはない。

 

「不謹慎やけど、山城がめっちゃ悔しがっとったわ。あいつも1回しか見たことあらへんからな」

「そうそう見たいものでは無いですが」

「山城みたいな()()()はな、そういうのが気になるもんなんや」

 

以前までならよくわからないで済ませていたようなことだが、なんだか私も言いたいことがわかるようになった。司令官のいろいろな表情を見たい気持ちは少しわかる。怒り狂う中にも、私達に向けられた愛情が一切隠れていなかった。

なるほど、山城姉様は司令官のあの姿を見て、今の感情を持ったのか。もしかしたら、山城姉様絡みの事情で怒り狂ったのかもしれない。

 

「今回の件で、ガチ勢増えてん。なぁ、涼月?」

 

私に何か相談事でもあったのか、私の前に座っていた涼月さん。龍驤さんに突然振られてビクンと震えた後、頰を赤らめた。

 

え?

 

「朝潮さん、私の話を聞いていただきたく。同じ人間嫌いの貴女だととても話しやすくて」

 

朝食を食べている箸を置き、面と向かわれる。真剣な表情。今までは司令官の話題が出るだけでも嫌悪感を露わにしていたが、今は違う。

周りに大潮や龍驤さん、さらには今の言葉を聞きつけ、いろんな人がこちらに耳を向けているのがわかる。山城姉様ですらこちらに耳を傾けていることがわかった。

こんな人が集まる場所で話して大丈夫かと思ったが、覚悟を持って話し始めた。

 

「ご存知の通り、私は人間が嫌いです。外の人間は勿論、佐久間さんや加藤提督のことも嫌い()()()

 

それはもう痛いほどわかっている。何度も見ることになった嫌悪感溢れる表情は今でも覚えている。人間という人間に対し憎しみを持っているのだから仕方が無い。司令官もその辺りは理解しており、ゆっくり時間をかけて接していければいいと思っている。

 

「昨日の提督の怒号……ここにいる全員を愛していると、私にも聞こえてきました。それには、既に私も含まれていることも」

「そうですね。涼月さんがこの鎮守府に配属が決まった時点で、司令官は分け隔てなく愛するでしょう。そもそも敵としても見ていませんし」

 

話しながらも、少しだけ表情が緩む。今までに見せたことのない表情だった。少なくとも悪意は1つも見えない。

 

「あれだけの悪態をついた私でも、愛してくれると言ってくれたんです。私はあれだけ嫌悪感をぶつけていたのに、そんなこと御構い無しに私を愛してくれると、そう言ってくれました」

 

あの時の司令官の言葉には嘘偽りのない、全方位の愛を感じた。現場にいた私もそうだし、外にいた皆もそうだろう。確かにあの時、涼月さんはあの声を聞ける位置にいた。執務室前に群がる人達の中に紛れていたはずだ。

あの時の声を聞き、涼月さんの中で何かが変わったということか。セキさんに叱責されて『良くない探し』をやめた後に、あの事件だ。あの時の司令官の本質は、ダイレクトに心に刺さったのかもしれない。

 

「……その、ですね。その時、とても……ドキドキしました。身体が熱くなるような……歓喜に震えるような感覚でした。初めての感覚で、その時は理解出来ませんでした」

「なるほど……だんだんわかってきましたよ」

「一晩考えました。やっと納得する答えが出ました。私は……提督に()()()()()と」

 

やっぱり。そういう形で人間嫌いを克服出来るかもしれないとは。ちょっと想像出来なかった。いや、いい傾向だとは思う。嫌いな人間に対して恋心は持つことが出来ないはずだ。

 

「自覚した途端、提督への嫌悪感が消えたんです。話を聞いても、顔を思い出しても、負の感情が一切現れなくなったんです」

「いいことだと思いますよ」

「はい。以前に朝潮さんに言われたことを噛み締めています。好きになれる人間もいると、今実感しました」

 

これがキッカケで、佐久間さんに対しては嫌悪感でなく苦手意識に変化したらしい。今までずっと見てきて、佐久間さんも好きになれる人間に該当することはわかったが、これまでの悪態のせいで近付きづらいというのが本音。

これに関しては、私もお手伝いして関係の修復をしてもらおう。少し話せば佐久間さんはわかってくれるし、仲良くなれるはずだ。佐久間さんがやらかさなければ。

 

「良かったです! 涼月ちゃんも鎮守府に慣れたみたいで!」

「慣れた……というか、考え方が変わったというか。提督には迷惑をかけてしまいましたので、ここから挽回をしていきたいと思います」

 

にこやかな笑顔。やはり涼月さんもこの方がいい。嫌悪感を撒き散らすよりは、周りを明るくする笑顔がいいだろう。

深海棲艦化による人間嫌いが、恋愛感情により克服に向かうとは思わなかった。これは佐久間さんの研究に何か役に立つかもしれない。

 

「さて、涼月さん。この場で宣言したんですから、それはいろんな人への宣戦布告となりますがよろしいですか?」

「宣戦布告……ですか」

「司令官のことを涼月さんと同じように思っている人は、涼月さん以外にもいるということです。ねぇ、山城姉様?」

「私に振らないでくれる?」

 

ずっと聞き耳を立てていた山城姉様に振っておく。山城姉様が司令官のことを好いていることは、鎮守府の誰でも知っていることだ。さすがの涼月さんも、山城姉様を敵に回す恐怖は理解していた。だが、乙女の恋心はそんなことでは揺らがない。

 

「構いません。私は公表してもいいと思いましたから。あの提督なら、ここの全員から好意を持たれていてもおかしくないと考えています。そうじゃありませんか?」

「悪いけど、うちはあれや、近所のおっちゃんって感じが強いんよ。loveやなくてlikeって感じやな」

「大潮は司令官のことをお父さんみたいに思っているので、涼月ちゃんとは違うと思います」

 

私もどちらかといえば龍驤さんに近()()()

一度完全に壊れた時、司令官の姿をヨルに作ってもらったことで元に戻れた。それが私の転機になっている。司令官と一緒にいると気持ちが落ち着くし、少しだけ鼓動が速くなるように思えた。痣の明滅も速くなる。

これがどういう感情なのか、私にはまだわからない。親愛なのか、友愛なのか、博愛なのか……恋愛なのか。だが、悪い気分ではない。司令官と一緒にいたいという気持ちも嘘ではない。

 

「とにかく、私は提督に振り向いていただくために頑張ろうと思います。この気持ちは本物です。人間嫌いの私が、初めて好きになれた人間ですから、簡単には諦めません」

「頑張ってください。あ、でも先に言っておきますね。誰かの邪魔をしてまで振り向かせようとは思わないように」

「わかっていますよ。ずっと観察させてもらいました。提督がそういうことを嫌う性格であることまで把握しています」

 

それでも諦めないと意気込んでいる。今までにない、やる気に満ち溢れた涼月さん。人間嫌いを完全に克服したわけではないが、とてもいい流れ。今の涼月さんの人間嫌いは、私と同じくらいにまでは治療出来ているだろう。

 

ゆっくりでいい。私も前向きに、人間嫌いを治していこう。涼月さんのようにほぼ黒の深海棲艦の状態からここまで来れたのだ。大丈夫、私も元に戻れるはずだ。

 




涼月は朝潮に惹かれるのではなく、加藤司令官に惹かれるという方向へ。人間嫌いは治らないかもしれませんが、少なくとも、この鎮守府でのやらかしは無くなるでしょう。


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緩和された感情

先日の司令官の行動により、涼月さんの人間嫌いがほんの少しだけ緩和された。司令官に対して好意を抱くことで嫌悪感が無くなり、間接的に他の人間に対する嫌悪感も和らいだとのこと。佐久間さんへの感情も苦手意識に変化し、少なくともこの鎮守府で生活するのが苦では無くなったようだ。

それもあって、午前中は涼月さんの精密検査に付き合うことに。以前なら視界に入るだけでも睨みつけるような表情になり、舌打ちまでするほどだったが、今は目が合わせられない程度にまでになっている。元帥閣下や南司令官に対してはまだ慣れていないが、元々ここにいる2人に対しては多少温和になった。

 

「いやぁ、調査したかったから助かったよ。まだ涼月ちゃんは謎な部分が多いからね」

「は、はい……」

 

会話もまだままならないが、逃げ出したり喧嘩腰でないだけ充分。今までやれなかった血液検査や深海忌雷の接合面の調査などが手早く執り行われる。雪さんも補助にいるのでとてもスムーズだ。

涼月さんは全身を覆うインナーを着込んでいるため、佐久間さんの検査のために違う服を着てもらう必要があった。結果着せられたのが、防空埋護姫として活動していた時のドレス。これに着替えてフードを被るだけで、途端に深海味が強くなる。

 

「うん、他の深海棲艦の娘と同じだね。外付けで防空埋護姫の艤装を装備させられてるって聞いてたからちょっと不安だったけど、島風ちゃんみたいな感じだから問題なし!」

「それなら安心ですね。『種子』の中和も終わっていますし、心配事はこれで無くなったと言っても過言ではないでしょう」

 

突然何かが起こる心配も無くなり一安心。改めて、涼月さんは戦力としてカウントされるようになった。

 

「即戦力だね。あとは艤装に例の装置を組み込めばオッケー。それはセキちゃんにも手伝ってもらわないとね。艤装触るけど大丈夫?」

「……はい、お願いします。提督のお役に立つために」

 

朝食時の食堂での宣戦布告は皆が知っていること。当事者となる司令官や佐久間さんだって知っている。司令官は人間嫌いが緩和されたことを喜んだが、踏み込んだ意見に関してはノーコメント。佐久間さんもいい方向に進んでいると喜んでいたが、思い切った告白に関してはスルーを決め込む。

昨日までとは雲泥の差。司令官のために戦いたいと意気込み、表情も明るい。私もこれはいい方向だと思う。嫌々戦うよりも、何かのために戦う方が力が出るだろう。それが下心であっても、最大限の力が発揮出来るのなら誰も文句は言わない。

 

「……佐久間さん、今まで……その……」

「気にしなくていいよ。私は気にしてないから」

 

涼月さんの言葉を封じる。

 

「深海棲艦ってそういうもんでしょ。私はそういうことわかってるつもり」

「……ありがとうございます」

 

たったこれだけでも、涼月さんは佐久間さんに心を開いたことがわかる。嫌々お礼を言っていた最初とは違い、心がこもっているのが他人でもわかるのだから間違いない。

 

 

 

午後になり、赤城さんの入渠が完了。武蔵さんと長門さんは夕方頃に完了すると通達が入った。それが完了することで、決戦準備は全て整うこととなる。

敵鎮守府への攻撃は、今まで大本営の目があったために躊躇われ続けてきた。あくまでも他への被害が無いように隠蔽を続けてきたからである。大本営自体が破壊されたことでその心配も無くなったため、決戦は直接襲撃することになるだろう。ある意味、大本営襲撃は私達の戦いをいい方向に進めてくれた。

 

「状況は聞きました。これはもう直接がいいでしょうね。海岸線で戦えば、近隣住民にも被害は出ません」

 

赤城さんは復帰後すぐに元帥閣下から現状を聞いていた。会議前には全ての情報を頭に入れている辺り、さすが秘書艦。必要な情報はすぐに把握して考えを巡らせている。

今はまた会議の場。前回と同じメンバーだが、大和さんは復帰した赤城さんとバトンタッチ。ちょっとホッとしていたのは見逃さなかった。今頃、清霜さんを再び鍛え上げていることだろう。

 

「そうじゃな。儂らの鎮守府側は今ならいくら破壊してくれてもかまわん。そのために復旧を遅らせている」

 

無人の廃墟であれば、追加で壊れてもダメージは少ない。決着がつくまでは、復旧をしない方向にしたようだ。ならば、最終決戦はなるべく早く始めたいところである。早ければ明日か。

その作戦は、今この鎮守府に滞在している3人の司令官、加藤司令官、南司令官、そして元帥閣下がずっと立て続けている。今ある戦力を最も上手く活用出来る方法を練り、最善最良の策を練る。

 

「襲撃するなら、私らが作った海図が役に立つんじゃない?」

「川内、その海図は鎮守府ごと吹っ飛んでる」

「……おおぅ……そうだった。でも頭ん中には入ってるよ」

 

情報収集を生業にしているだけあり、敵鎮守府近海の海図も作ってあったらしい。襲撃により失われてしまったものの、川内さんは全て覚えているようだ。

元々近海の海図は青葉さんが作っている。が、あの鎮守府の近海となると、領海侵犯となるために作れていなかった。基本、近海の海図なんて他の鎮守府に公開などしないため、敵鎮守府近海は謎。それを知っているというのなら、すぐにでも青葉さんと海図を作ってもらいたいほど。

 

「川内君、うちの青葉君と協力して、敵鎮守府近海の海図を作ってもらえないかい?」

「了解。それが出来ればもっと攻め込みやすくなるもんね。提督、早速だけど行ってくるよ。明日いっぱいちょうだい」

「ああ、頼んだ」

 

川内さんが会議の場から出て行った。青葉さんと組んで海図を作り、決戦に向けて最後の準備をすることに。今の川内さんの発言からして、決戦は最速で明後日。明日で海図が完成し、その翌日に襲撃だ。

 

「あと出来ることはこれだけかな?」

「作戦次第ではやらなくてはいけないことがある。うちの赤城のコンバートじゃ」

「ああ、噂の夜間作戦空母かい。確かに、襲撃を夜にするのなら必要になるね」

 

久々に会った赤城さんは改二に改装されていたが、私や霞のように改装が用意されているらしい。夜になると何も出来ない空母の弱点を、艦載機の搭載数を犠牲に覆した姿である。

 

「あちらに改装するのはいいんですが、()()()の時間が欲しいですね。夜戦から開始するのでしたら、出来れば早急に決定してもらえると嬉しいです」

「戦術が変わるからかい?」

「はい。大きく変わるわけではないのですけど、やれることが増えるんです」

 

それが何かはわからないが、高練度な赤城さんがそう言う程なので、慣らしは大事なのだろう。慢心しないように万全の状態を作り出そうとしている。

 

「夜戦開始だと、うちの川内も喜びますね」

「払暁戦も視野には入れているが、深海棲艦は昼夜問わず最大スペックだからね。さらには、混ぜ物が1人増えていることも考えなくてはいけないよ」

 

そうだった。裏切り者の1人は敵に奪われているのだから、それを素材に混ぜ物が増えていてもおかしくはない。それが何者かが早く知っておきたいところである。

だが、ここまで来たら、単独で行動させることは無いだろう。誘き出すことも出来ない。決戦が初御披露目となるか。臨機応変にしっかり戦える状況を作るのなら、明るい中で戦うべきだろう。

 

「出来ることなら僕が追加の混ぜ物を調査します。難しいとは思いますが、やらないよりはマシでしょう」

「そうじゃな。南、よろしく頼むぞ」

「作戦立案はお任せします」

 

今出来ることはここまで。作戦は司令官達に任せて、私達は万全の態勢を維持していこう。特に私は、まだ本調子ではない。今日一日、遅くとも明日までに、体調を整えなければ。気負っていては治るものも治らないので、少なくともこの会議の後は身体を休ませるつもりだ。

 

 

 

会議が終わった頃には、涼月さんの艤装の調整も完了していた。初めて自分の艤装が分解されたことで少し恐怖を感じたようだったが、全ての作業が完了したので安心している。

無事装置が内蔵されたことで、涼月さんも決戦の戦力となった。あの両用砲による対空能力を遺憾なく発揮してもらいたいところだが、戦艦天姫は今のところ艦載機や水上機は使われていない。主砲火力として戦ってもらうことになるだろう。

 

「これで本当に全員だね。決戦準備完了だよ」

「ありがとうございました。これでいつでも決戦に挑むことが出来ます」

 

この短時間で、涼月さんは佐久間さんと普通に話せるまでになっていた。好意を寄せた司令官とは違う人間ではあるものの、佐久間さん自身の人柄で涼月さんの信頼を勝ち取った模様。苦手意識も克服し、面と向かって話せている。

考え方が少し変わってしまえば、あとはすぐだった。元々優しい性格の涼月さんなのだから、嫌悪感さえ取り払ってしまえば、すぐにでも受け入れることが出来る。さすがの佐久間さんも、今は自重していたようだし。

 

「あ、加藤少将。涼月ちゃんの艤装の調整、完了しています。まぁ、やったのは全部セキちゃんなんですけど」

「ご苦労様。『種子』の管理だから、君にも苦労をかけたね」

「いえいえ、なかなか楽しいものでした。これで最後になるといいですね」

 

涼月さんの様子を見に来た司令官。途端に涼月さんの顔が赤く染まる。佐久間さんはもう友達感覚なのかもしれないが、司令官は恋愛対象。今までとは違う理由で目が合わせられなくなっていた。佐久間さん相手には見せていた笑顔も、強張ってしまい感情が消え失せている。

あまり表に出さないが好意がモロに伝わってくる山城姉様とは違い、宣言したもののその感情に振り回されている感じの涼月さんは、見ていてとても初々しい。

 

「涼月君、協力してくれるということでいいんだよね?」

「は、はい。提督のお役に立つため、誠心誠意努めさせていただきます。その、これまで幾度となく悪態をついてしまい……」

「気にしなくていいさ。君のその症状は重々承知している。少しだけでも緩和されてくれてよかったよ」

 

癖のように涼月さんの頭を撫でた。司令官も撫でた後にまずいと思ったようだが、あえてそのまま。

以前の涼月さんなら激しい嫌悪感を表に出しつつ、手を力強く払っていただろう。それが今は、甘んじて受けているどころか、気持ちよさそうに目を細めていた。本当に受け入れている。

 

「君も私の愛する大切な娘だ。あの程度のこと、私は大丈夫だよ。愛娘の反抗期なんて普通のことさ」

 

おそらく涼月さんは娘から次の段階に行きたいと思っているだろう。私もそうだが、ここにいる者の大半は指輪持ち。つまりは愛娘であると同時に伴侶である。その関係上、新人の涼月さんは若干不利。余程頑張らないと、ほぼ毎日ポイントを稼いでいる山城姉様に追いつくことが難しい。

 

「これからも、よろしく頼むよ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。まずは皆のため、提督のために、次の作戦を完遂します」

「いい意気込みだね。期待しているよ」

 

涼月さんの様子を見て、満足そうな顔でまた執務室へ戻っていく司令官。その背中をしっかり見送った後、視界から消えた途端に涼月さんが膝をつく。目の中にハートマークが浮かび上がっているのもわかった。

 

「提督がこんな近くに……」

 

撫でられたときのことを思い返し反芻していた。先程の緊張が嘘のように、今は顔すら緩んでいる。

 

「涼月さん、頑張るのはいいですが、身体は壊さないでくださいね。司令官はそういうことを物凄くいやがるので」

「そうですね。あの人の前では倒れないように心掛けます」

「何処ででも倒れちゃいけませんよ」

 

少なくとも、涼月さんが無理をしすぎることはないだろう。司令官が嫌がることはやらないはずだ。

 

「……ライバルは多いんですよね」

「そうですね。頑張ってください」

 

そもそもケッコンカッコカリの時に誰もが抵抗なくそれを行なっている時点で、その段階でここに配属されていた者全員が司令官に対して何かしらの感情を持っているのは確かである。私だって司令官とのケッコンは驚きはしたものの抵抗は無かった。

その中でも、山城姉様を筆頭にあの場でやらかした人達は、龍驤さんのいう所謂『ガチ勢』。強敵ばかりである。

 

「……ちなみに、朝潮さんは」

「ノーコメントで」

 

自分でもわかっていないので、コメントは出来ない。

 

「まずはケッコンカッコカリを目指しましょう。それで皆と並び立てるかと」

 

左手の薬指にはめられた指輪を見せる。元々あちら側にいたとしても、この指輪の意味くらいはわかるだろう。羨望の眼差し。物として残っている愛の証は、喉から手が出るほど欲しいのだと思う。

 

「私以外は皆持っているんですよね……」

「最近配属された人以外は大概。島風さんがまだというくらいですね」

「……まずはそれを目標に、切磋琢磨していきます」

 

目標が出来たこともいいことだ。今の涼月さんは、誰よりもやる気に溢れている。

 




ケッコンカッコカリの時に、手の甲以外の場所へのキスを望んだのは、山城、雲龍、榛名、那珂。司令官が怪我を負った時に即出撃したメンバーですね。少なくともこのメンバーがまず涼月の前に立ちはだかります。


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総力戦準備

夕暮れ時、そろそろ夕食の準備が始まるというくらいの時間で、武蔵さんと長門さんの入渠が完了。これで戦力としては全員が復帰し、装備周りも鎮守府としての決戦準備はほぼ完了。あとは川内さんと青葉さんによる海図の作成と、南司令官による敵鎮守府偵察が終われば、いよいよ最終決戦となる。

鎮守府を襲撃するというのは初めてのこと。むしろ本来なら誰もやることのない所業である。鎮守府のみならず、敵陣地以外への襲撃は人類への叛逆に等しい。深海棲艦が鎮守府を占拠するという前代未聞の事態を解決すれば、今回の戦いは本当に終了である。

 

「すまない、心配かけた」

「はっはっは! いやぁ、またとんでもない奴が敵になったな!」

 

夕食の場には2人も合流。神妙な具合の長門さんとは真逆に、あれだけの大怪我を笑い飛ばす武蔵さん。豪胆だとは思うが、危うさも感じてしまう。

 

「面白くなってきた。大和型の不始末は大和型が付けないとな」

「そう言って大破したんだろう。私も大破したのだから何も言えないが」

「長門は爺さんを守ってたんだ、仕方ないだろ。私はガチでやりあってアレだからな」

 

あの場で最優先なのは元帥閣下並びに上層部の防衛。長門さんの主任務は、敵との戦闘よりも防衛だったようだ。それで大破しているのだから、余程の苛烈な攻撃だったのだろう。

 

「前に見たときより酷くなっていたな。馬鹿みたいにデカイ尻尾がやたら硬かったぞ」

「武蔵さんがここで最後に見たのは、あちらの手段を何も見ていない時でしたか。一応全ての手段は割れていますので、それに対して作戦立案中というところですね」

 

聞いている限り、破壊工作は戦艦仏棲姫の艤装でのようだ。太平洋深海棲姫の艤装は一切使っていない。やはり消費が激しすぎるのか。

 

「詳しい話は私が後から聞いておこう」

「ああ。私はややこしい話は苦手だからな。長門に任せる」

 

戦艦のリーダーは長門さんらしい。武蔵さんはご覧の通り豪快すぎ、大和さんは性格上リーダーは苦手だそうだ。結果的には艦歴も長い長門さんが受け持つことに。さすがビッグ7、大和型も率いるほどの統率力。護衛艦隊は赤城さんリーダーで長門さんが副リーダーという具合かも。

 

「前に来たときより、また賑やかになっているようだな。 楽しそうで何よりだよ」

「長門さんと雪風さんは本当に久しぶりですもんね。北の拠点攻略以来ですか」

「ああ。こちらのも込みで雪風が2人になっているのも驚いた」

 

雪風さんはこちらの雪風さんと一緒に夕食を食べていた。2人並んでいるとややこしいということで、私の与り知らぬところで服を変えている。元帥閣下の護衛艦娘である雪風さんはそのまま。私達の鎮守府に所属している雪風さんは服を色を反転させた形にしてある。これにより、北の拠点攻略中のように黒雪風さんと白雪風さんという形で呼び分けるように。

並んでみると、白雪風さんの方がやはり少し成長しているように見える。改装しているからか、黒雪風さんが個体差で幼いのか、それは定かではない。

 

「あ、お母さん! 雪風も黒くしてみました! お母さんや霞ちゃん達とお揃いですね!」

「そうですね。ここの鎮守府所属ってイメージが強くなりましたね」

 

私の視線に気付いた黒雪風さんがこちらへ。白雪風さんも便乗。元深海棲艦であることも表している黒い服。今の雪風さんにはとても似合っている。

 

「お母さん、ついでに雪風のことも呼び捨てでお願いします。子供に丁寧語ってなんか変です。レキちゃんやクウちゃんと同じようにしてほしいです」

 

いつか来るんじゃないかと思っていたが、このタイミングか。服も変わって心機一転、決戦前の最後の扱い更新。

 

雪風さんを呼び捨てにするのは、実は抵抗がある。私を母と見てしまっているのは、心が壊れているからだ。それに関してはもう仕方がない。だが、それを許容してしまうと、もしかしたら出来るかもしれない修復が出来なくなってしまうかもしれないと思ったからだ。だから、私は言われるまではスタンスを変えないつもりだった。

だが、ついに望まれてしまった。チラッと霞達の方を確認。例の3人が少し考えた後、3人揃って手で丸を作った。妹ではなく娘。それに対しては皆寛容である。霞と春風からは姪、初霜からも娘の扱い。

 

「わかったわ。じゃあこれからは呼び捨てね。雪風」

「はい! ありがとうございます!」

 

なんだか新鮮。初霜をこういう扱いにした時とはまた違った気持ちである。元より元に戻る見込みはゼロに等しい。それは瑞穂さんでわかっていることだ。ならば、こういう扱いでもいいだろう。本人がそれを望み、されたことで喜んでいるのなら問題ない。

 

「朝潮、これは何と言えばいい」

「詳しくは明日でいいですか。結構難しい関係なので」

「わかった。深く聞かない方がいいような内容なんだな」

 

長門さんはうまく察してくれる。黒雪風は瞳に光が無いので、見れば壊れていることはわかる。今の言動はそこから生まれたものだとわかってもらえたようだ。これに関しては、今まで戦ってきた敵のことも説明する必要があるため、今からでは時間が足りない。ちゃんと腰を据えて話すべきだろう。

 

「知らない間に三児の母か。胸が熱いな」

「いやまったくだ。この武蔵の目をもってしても見抜けなんだ」

「成り行き上な部分は多いですがね。背負うものが増えれば増えるほど、私は戦いやすいみたいです」

 

死ねない呪い(約束)は次々と増えていく。心地よい呪縛だ。

 

 

 

翌日。護衛艦娘の方々には、現在わかっている敵の現状と、ここまで来た経緯が説明された。長門さんと白雪風さんは、北の拠点攻略以来のため、それ以降の戦いのことも同時に。私の身体の変化についてもしっかりと。

その話は司令官と大淀さんがいれば可能なので、外交担当となりつつある私がいる必要はない。その間に私は別件をお願いされていた。そのお願いというのが、

 

「ただいまかもー! いーっぱい持ってきたよ!」

 

帰投する秋津洲さんの資材確認。

決戦前ということで、手に入るものは全て手に入れてきてくれていた秋津洲さん。燃料弾薬などなどは勿論のこと、食糧や生活用品まで。いざという時に籠城出来るほどである。いつもの船だけでなく、大発動艇2つに積み込まれた大量の資源を、数人で鎮守府内に運び込んでいた。

 

「うわ、凄いですねこの搬入帳票。こんなに分厚いの初めて見ます」

「いつもの3倍は仕入れてきたからね! これならみんな万全で戦えるかも!」

 

力自慢の艦娘達の手で次々と運び込まれる。やはり戦艦勢がそれの筆頭となり、私がそれをカウントしていく。整合性が取れていることの確認は重要。

 

「朝潮ちゃんは大丈夫かも? 身体、最後の変化だよねそれ」

「はい、おかげさまで(すこぶ)る元気です」

「それなら良かったかも! じゃあもう頼りになる主戦力だね」

 

私が何処に配置されるかはまだわからないが、主戦力として認識されているのは嬉しいことだ、自分でも大分力を持ってしまったとは思っているが、これを皆を守ることに活かしていきたい。

 

「今回は総力戦って聞いてるからね。あたしも今日からここに残るよ」

「え、そうなんですか? でも秋津洲さん、非戦闘員って」

「今回は特別。ここの秋津洲の戦い、見せてあげるからね」

 

なんと秋津洲さんまで戦闘要員として戦いに参加するらしい。本来の水上機母艦秋津洲とは違う戦い方になるそうだ。少し楽しみである。

 

「秋津洲さんだけじゃないよ」

 

はちさんの声。振り向くと、その姿に驚きが隠せなかった。カウントの手が一時的に止まってしまうレベル。

今のはちさんは、ゴーヤさん達と同じく指定のスクール水着姿。つまり、潜水艦としての業務を行うということだ。

 

「え、は、はちさん!?」

「はっちゃんも潜水艦隊に入るよ。総力戦だからね」

 

はちさんの欠陥(バグ)は潜水艦娘として致命的な、人間と同じ呼吸しか出来ないこと。他の潜水艦娘と違い、海中では会話は勿論、呼吸自体が出来ない。同じように潜水していたら、ものの数秒で息が切れて溺死する。潜水艦が溺死というありえない事態。

それでも出撃するということは、何か策があるのだろう。欠陥(バグ)は覆せないので、それを込みにした潜水艦隊の策が。

 

「はっちゃん潜水艦娘なんだけど、背に腹はかえられないよね」

「それはそうですけど……思い切った決断ですね」

 

呼吸以外は全て潜水艦であるがゆえに、泳ぎは当然得意。つまり、人間と同じ装備をすることで、ある程度の潜水は可能になる。

そこではちさんは、人間が潜水するときに使うタンクやシュノーケルを装備。本来の潜水艦娘とは違い、潜れる時間は格段に短いものの、潜れないわけではなくなる。作戦海域までは海面を移動し、作戦開始と共に海中で活動、という流れのようだ。

 

「明石さんがいろいろ改良してくれて、30分潜れるようにしてくれたの。実は前々から練習してて」

「原始的かもしれませんが確実ですもんね。泳ぎ方も変わってしまいますか」

「他の子達と同じ泳ぎ方だとうまく進まなくて。だから、独自の泳法を編み出す必要はあったんだ」

 

機関部艤装のパワーアシストのお陰で、タンクが多少大きくなっても余裕で持ち上げることは可能。ただし、泳ぎ方自体が本来の潜水艦からかけ離れることになり兼ねない。それを克服するためにも、潜水艦娘以外の皆には内緒で、こっそり訓練していたそうだ。

潜水艦隊一同が、一丸となって取り組む決戦。はちさんもやる気満々。資料室の管理も一時的にやめてまで訓練をしているのだから、その意気込みもわかる。

 

「非戦闘員も、今回は戦闘員かも! みんなで頑張るかもー!」

「はい、はっちゃんも頑張ります」

 

本当にオールスターだ。今回に限り、非戦闘員すらいない。もしかしたら明石さんや大淀さんですら出撃するかもしれない。

 

「じゃあ、はっちゃんは練習に行ってきます」

 

それだけ言い残して、海に飛び込んだ。潜水装備も万全。反応的には他の潜水艦と同様、しっかり深くに潜っていけているようだ。

人間と同じ程度の呼吸しか出来ないということは、人間と同じように克服してしまえばいい。人間というある意味先駆者がいるのだから、いくらでも使い方はわかる。

短時間だが潜水艦と同じように海中をスイスイ泳いでいくはちさんの反応が私にも届いている。感動した。こんな形で欠陥(バグ)を克服できるなんて。

 

「すごいね、はっちゃん。欠陥(バグ)を克服しちゃった」

「ですね。物凄く重い欠陥(バグ)だと思っていたんですが、こんな簡単に関係なく出来るだなんて」

「あたしも負けてられないかもー! 戦闘中、期待しててね!」

 

秋津洲さんも、何かを準備しているようだ。それが何かは秘密と言っているが、資源搬入で少しだけわかってしまう。

 

『朝潮、気付いてるか?』

「ええ。見たことのない装備が搬入されてる」

『見たことのない妖精さんもいるよ。可愛いね!』

 

私達では到底扱えないような装備がいくつも搬入されていた。深読みするのはやめておくが、これが秋津洲さんの奥の手。非戦闘員の戦闘方法なのだろう。

いつもは人工島への物資輸送の根幹を担う秋津洲さんも、今回は戦闘員。意気込みが違う。

 

「やっぱり戦えるっていうのは嬉しいかも。秋津洲っていうのが、そもそも戦闘が得意なわけじゃない艦娘だから、殆どの鎮守府で待機要員かも」

 

二式大艇ちゃんの運用に特化しているため、欠陥(バグ)に関係なく戦闘力がかなり低いのが秋津洲さんである。それに加え、海上に立つことの出来ないという致命的な欠陥(バグ)を抱えてしまっているここの秋津洲さんは、ある意味()()()()()と言っても差し支えが無いほどであった。

 

「提督には感謝してるかも。みんなが喜んでくれるお仕事くれたもん。あたしも楽しいし、鎮守府の役に立ってるっていうのがわかるし」

「私もすごく感謝しています。今、この鎮守府に配属された人で秋津洲さんに足を向けて寝ることが出来る人いませんよ」

「それは言い過ぎかも!」

 

嘘はついていない。司令官ですらそう言っているくらいなのだから間違いない。清霜さんは土下座するレベル。

 

「秋津洲さんはこの鎮守府が鎮守府として成立する根幹です。いつもありがとうございます」

「んふー、そうやって言われると嬉しいかも! 今だけの戦闘要員、楽しんじゃうかも!」

 

戦闘を楽しむ、というのは少し物騒ではあるが、いつもと違う方向で鎮守府に貢献できるというのは、それだけで嬉しいことなのだと思う。私が訓練担当をやっているときと似たような充足感か。

 

「はい、これで全部ですね。本当に多かったです」

「増えた人数分も賄って、5日は耐えられるくらい持ってきたからね!」

 

搬入作業はこれにて終了。足りないものは一切無く、むしろ少し多いほどである。これだけあれば、戦っている最中に物資不足でジリ貧なんてことは無いだろう。改めて、輸送隊のありがたみを感じる。

 

「総力戦なんて初めてかも。というか戦闘自体初めてかも。バックアップになるんだけど任せてね」

「はい、よろしくお願いします」

 

皆が決戦のために力を入れている。私もその空気に引っ張られるように、やる気が満ち溢れてきた。ここまでやっているのだ、決戦は必ず勝ちに行く。

 




秋津洲の戦闘方法は決戦のときまでお待ちください。


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最後の1日

最終決戦が翌日と迫った日の午後、敵鎮守府を調査しに行っていた南司令官が無事帰投。翌日のことも考えて調査を早期に切り上げ、作戦立案に加わるとのこと。午前中は護衛艦娘全員に今までの経緯を説明し、その後から作戦会議が始まっていたようだが、海図もまだ完成していない状態では明確な作戦が立てられなかったようだ。

南司令官の調査報告を聞くためにいつものメンバーが執務室に揃う。川内さんはまだ海図作成を手伝っているため、艦娘としてはわたし、朝潮と赤城さんのみ。あと大淀さんが議事録作成。

 

「さすがにしっかり隠蔽していますね。見える位置に艦娘自体見当たりませんでしたよ」

 

調査結果としては失敗。短時間、かつ深追いしないようにしたところ、外面的には何も見えなかったとのこと。だが、普通の鎮守府なら何かしら艦娘が見えたりするだろう。外にいるなり、訓練をしていたり。それすらも見えないというのが怪しい。

 

「以前儂が真正面から向かった際にいた艦娘もか」

「はい。彼女らも今は見当たりませんでした。……おそらく人形にされたかと」

 

表向きに鎮守府運営の体裁を取り繕う必要が無くなったということだろう。あの鎮守府に何人の艦娘が所属していたかは知らないが、その全員が犠牲になったと考えるのが自然である。

結果的に、あの鎮守府で生き残ったのは、今この鎮守府にいる第十七駆逐隊のみとなってしまった。本人達も覚悟はしていたことではあるが、いざ話すには気が引けることだ。

 

「この戦いが終わったら皆弔ってあげよう。助ける手段が最後まで見つからなかったのは残念で仕方がない」

「うむ……ここまで大きな被害が出た戦いはこれまでに無いのう。必ず弔ってやろう。阿奈波と……寺津もな」

 

裏切り者はさておき、本当に巻き込まれただけで命を落とした阿奈波さん、並びに所属していた艦娘達は、この戦いの後に尊い犠牲として公表し、公の場で弔う方向に決まった。私もそれがいいと思う。

 

その弔う場では、裏切り者に殺された寺津という男も弔いたいと元帥閣下は言う。

元はと言えば裏切り者が全て悪い。あの北端上陸姫だって被害者だ。だが、深海棲艦として堕ちたことにより精神崩壊し、命を弄ぶ行為を幾度も重ね、世界までも滅ぼそうとしているのだから、被害者だとしても救えない。黒の深海棲艦として、討伐するしかないだろう。

 

「朝潮ちゃんや、まだ躊躇いはあるかい?」

「……いえ、もう同情はしていませんよ。可哀想ですが、人形と同じで死しか救済の手段がありません。深海棲艦ですから、捕縛も無理でしょう」

「すまない。朝潮君達には重荷を背負わせる」

 

司令官達が裁けないのだから、私達が背負おう。この事実を知る者は本当に極少数だが、今のところ誰も躊躇いはない。あれはもう人間ではないのだ。討つことに抵抗は無い。

 

「では、襲撃の作戦だが……まずは海図の完成を待とうか。話によるとそろそろ終わるらしい」

 

と、噂をすれば。ドタドタと執務室に駆けてくる反応が2つ。扉の前に陣取っている瑞穂さんが抵抗なく道を譲ったことで、緊急性のある用事であることがわかる。

 

「司令官! 青葉と」

「川内だよ!」

「海図完成しましたー! 作戦立案に役立ててください!」

 

ノックもなしに執務室に突撃してくる2人。海図の完成で少しハイになっているようだった。出された海図は今までにないほどの精度。後半日、そして3人の司令官の頭脳があれば、最高の戦術が組み立てられるだろう。

 

「ありがとう青葉君、川内君。さすがの精度だ」

「恐縮です! では一度寝ます! お疲れ様でした!」

「徹夜でやった甲斐があるねぇ。提督、私もちょっと休むね」

「ああ、お疲れ様」

 

南司令官とハイタッチして執務室から出て行った。青葉さんもお辞儀してそれについていく。

 

「相変わらず、加藤の艦娘は騒がしいのう」

「可愛いものだろう?」

「活気があってよろしい」

 

これがこの鎮守府の売りでもある。騒がしいほどに楽しい鎮守府。悪いことではないはずだ。

 

 

 

作戦立案の会議が始まったため、艦娘は退室。ここからはフリー。短時間だが、陣地に行かせてもらうことにした。決戦前に自分の場所でリラックスすることを望んだ。鎮守府にいるのは楽しいが、何も考えずにゆっくりするのなら陣地の方がいい。

 

「ここに来ると本当に安心するわ」

『だな。癒されるのならここが一番だ』

 

島に上がるなり、着ている服を脱ぎ捨てる。前回体調を崩した時もそうだが、自然体でいることの方がより癒されることがよくわかった。局所の艤装だけはしっかり展開し、今の私は朝潮ではなく中枢棲姫亜種としてここにいる。

ここにいる時だけは、あらゆるしがらみから解放され、陸上型深海棲艦としてまったりする。白の思考によりボーッとしているだけでも満足。このまま何時間でもここに居られる。

 

『ご主人ご主人、私も展開して』

「そうね。全部展開しましょ」

 

アサとヨルどちらも展開して、浜辺に座る。開放感が凄い。アサにもたれかかるだけで、資料にあった中枢棲姫と同じポーズになるので、私のことを知らない人に見られたらすぐさま攻撃されるだろう。

ヨルは自由に動き回り、尻尾がのたうちまわる。アサはもたれかかっているというのもあるが、艤装が眠っているかのようにジッとしていた。

 

『癒される……ここの風景が一番好きだ』

「そうね。私も深海の考え方がわかってきたわ。波を見てるだけでも癒されるのね」

『だろ。岩礁の波飛沫を見るだけでも、心が落ち着いていくんだ。日がな一日、ここでボーッとしていればいい』

 

本当にただそれだけ。見る人が見れば、暇ではないかと言ってきそうだが、私達はこれでいい。誰にも干渉されず、何も変わらない。朝は陽の光で目覚め、昼はただ海を眺め、夜は星を眺めながら眠りにつく。それだけ。なんて贅沢な時間なのだろう。ここにいれば食事すらいらない。

 

「私達はまたここに戻ってくるわ。必ず」

『ああ。あんな狂った奴らにやられてたまるか』

『私も頑張るよ! またここに来たいもん!』

 

戦いが終わったらまたここに来よう。この時間を手放したくなくなってしまった。この最高の贅沢を、満足するまで続けたい。満足するまでと定義すると、永遠に終わらない可能性もあるが。

 

私が癒されたいというのがあったので無言を貫いてくれていたが、そろそろ随伴艦の問題児達が限界の様子。

 

「朝潮さん、私を誘ってるんですか。誘ってるんですね? ほぼ全裸で寝そべって、こちらに見せつけてきて。いいんですか? いいんですね?」

「初霜、落ち着きなさいな。姉さんはこういうところでくらいハッチャケたいのよ。いっつも雁字搦めでしょうに」

「鎮守府では出来ないことですもの、御姉様のやりたいようにいたせば良いと思いますが、わたくしには眼福というか目の毒というか」

 

今回の随伴はいつもの3人。ある意味あられもない姿をしている私を見て一喜一憂。初霜は少し目が怖いが、いざとなったらデコピンでどうにかする。扶桑型の伝家の宝刀は、もう私も使えるのだから。

3人は私の視界に入らないところで待機してくれていたが、今の私は後ろから見ると全裸。前からだって結構危ない状態。人によっては初霜のように思うのかもしれない。思ってもらいたくはないが。

 

「その方が落ち着くの?」

「そうね……今はこれが一番落ち着くわ。中枢棲姫がそういうものだからでしょうね」

「そういえば響からガングートさんは全裸で寝てるとか聞いたわ。深海の(さが)ってのがあるのかしら」

 

いきなり他人のプライベートが暴露されたがそれは聞かなかったことにして、やはりこういうところは深海の思考なのだと実感。

 

「……明日、決戦……なのですよね」

 

不意に春風が話し出す。少しだけ声が震えている。次の戦いは、こちらが何度も敗北を喫した戦艦天姫。しかも、最初からフルスペックの可能性のある状態だ。どういう作戦で戦うことになるかはまだわからないが、金の『種子』組である春風は重要なところに配備されることになるだろう。それこそ、生と死の境界線のような場所に。

だがそれは、司令官達がそれでやれると私達を信じてくれている証でもある。その期待には応えたい。私達はやれると信じてくれているのだから。

 

「大丈夫よ。春風ならやれるわ」

「……御姉様にそう言っていただけると活力になります」

 

それでも手の震えは止まらないらしく、ぎゅっと握ったまま。前日でこれなら、当日はもっと危ないかもしれない。

それならばと、春風を手招き。素直に近付いてきた春風の手を掴み、抱き寄せる。

 

「お、御姉様っ」

「この島にはルールがあるの」

「癒される義務……でしたね」

 

アサが決めたルールは勿論今でもここに残り続けている。ここに来たものは、何人たりとも癒されなくてはいけない。どれだけ腹を立てていても、どれだけ悲しくても、ここでは溜め込んだものを全て吐き出すくらいでなくてはいけない。

その結果として、春風は今感じている恐怖を露見させたのかもしれない。私に話を聞いてもらいたいか何かか。

 

「こうしていただけるだけでも癒されます……」

「明日の戦いが終わったら、またこれくらいやってあげるわ。そのためにも、お互い生き残りましょう」

「はい……勿論」

 

私だけではなく、皆にも()()()()()()を施していくようなものだった。約束を作って死ねないようにしていく。こんなことが生きることへの執着に繋がる場合があるのなら、私が率先して呪いをかけていこう。私に害も無い。

 

「御姉様……もう少しこのままで」

「春風も甘えん坊よね」

「そう言われると恥ずかしくなってしまいます……」

 

などと言いながらもより顔を近付けてくる。半深海棲艦にだけやたら効いてしまう濃すぎる深海の匂い。最近はなりを潜めていたが、気が許せるもの以外の視線が無いこの場所でなら溢れ出てしまうようだ。私は別に構わないと思う。春風も鎮守府の中では大分おとなしいのだから、こういう場所ではハッチャケていい。

 

「私もお願いします」

 

春風を撫でていると、今度は無言で初霜も引っ付いてくる。この中でも特に強く深海の匂いの影響を受けているのは初霜だ。

 

「春風さんばかりズルイですよ。私も旦那様の匂いで癒されたいです」

「はいはい」

 

春風とは逆の方に引き寄せる。知る人が見ればハーレムだのなんだの言われそうだが、私はこの場では癒しを提供するもの。私はこの場にいることで癒され、春風と初霜はこうされることで癒される。義務は果たせている。

 

「初霜も、手が震えてるわ」

「私だって緊張くらいしますよ。明日の戦いはそれほどのものですから」

 

むしろ緊張しない方がおかしいのだ。それに、恐怖だって感じる。

 

「朝潮さんが側にいてくれれば、緊張も恐怖も無くなります。旦那様の存在は心地よいですよ」

「そう……それはよかった。側にいるくらいなら、幾らでもやってあげられるから」

「お願いします。たまには私達とも添い寝してくださいね」

 

それに関しては約束が出来ない。私はさておき、添い寝を譲らない者がいる。雪風はもう仕方がない。そういうものとして成立してしまっているのだから。もう片方。

 

「ちゃんと生きて帰ってきたら、姉さんとの添い寝を許可してあげる」

「絶対ですよ。約束ですよ」

 

相変わらず私の意思は関係ないようである。とはいえ、この約束はまた死ねない約束だ。より強固な心地良い呪いへ。

2人が私に引っ付いているからか、少し遠慮している感じはする。いつも一緒にいるからこういう場所では一歩下がるのか。とはいえこの2人は、姉妹以外で最も気が許せる相手だろう。行動を共にすることも多い。

 

「霞、おいで」

「……ええ。2人が横からだから、私は正面で」

 

アサにもたれた状態で両サイドに2人がいるのだから、空いているのは真正面しかない。まったく抵抗なく、私の胸に顔を埋めてきた。こちらは素肌なのでくすぐったい。

 

「あ、ズルイ!」

「霞さんそれはダメなのでは」

「アンタ達が隣を占拠しているんだから、ここしか場所が無いのよ。こうなるのも仕方ないわよね。あー落ち着くわー」

 

頬擦りまで。春風と初霜が引き剥がそうとするが、御構い無しに堪能している。こんな霞は他の鎮守府で探してもここにしかいないだろう。そろそろ個体差で片付けることが出来なくなってきている。

 

『楽しんでるな。お前はこういう形の方が癒されるか?』

「どうだろ。1人でここにいるのも癒されるけど、皆でワイワイやるのも癒されるわ」

『違いない。手放したくないよな、これも』

 

日がな一日ここでボーッとしているのは、1人でしかやれないわけではないのだ。少しだけ方向性が違う癒し。私はどちらも求めている。

 

私はこの場で、心身ともに癒される。明日の戦いには、万全を期すことが出来るようだ。

 




決戦前、最後の1日。最高の状態で、奴に挑むことになるでしょう。


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士気を高めて

決戦当日。朝から会議室に集められる。作戦立案は終了し、それが全員に伝えられた。

今回の戦いでは無理して北端上陸姫の討伐までは行かなくてもよく、最優先は戦艦天姫の撃破。さらには新たに生まれたであろう混ぜ物の調査と撃破である。出来ることなら今日で全てを終わらせるという気概で。

戦艦天姫に全員ぶつけるということは、全員重傷を負い、そのまま鎮守府に攻め込むことが出来なくなる可能性だってある。私達の任務の最重要事項は、あくまでも『全員生きて帰る』こと。あちらがどう出てくるかはわからないが、敗戦と撤退も最初から視野に入れている。

無論、負ける気は無い。ここで終わらせるために全員行動している。だが死んだら意味がない。命大事に。

 

「まずは戦艦天姫を鎮守府から誘き出す。その後、鎮守府同士の中間まで移動させ、そこからが本番だ」

 

鎮守府同士の中間ということは、空母鳳姫を撃破した海域だろう。周囲に何もない、実力のぶつけ合いしか出来ない戦場だ。鎮守府に直接の攻撃をすると、本土にダメージが入ってしまう。復興が難しくなるのはよろしくない。だからといってこの鎮守府まで連れてくるのも違う。司令官達が命を落とす方が問題だ。

 

「よって、こちらは戦力を小出しにする。纏めて行っても攻撃がしづらいのはわかっているからね」

「それに、奴は時間をかければ消耗することはわかっておる。持久戦を仕掛ける方がいいじゃろ」

 

白兵戦組と戦艦組は同時に戦場に立つことが難しい。どうしても白兵戦組が射線を封じてしまう。そのため、戦力の小出しが作戦の中に入れられた。ただし、少数すぎると歯が立たず、大人数では戦いにくい。ここが難しいところ。

また、スタミナが他の混ぜ物よりも少ないのは何度も戦っているためにわかっている。少ないというよりは、艤装のコストが重すぎるということだろう。徐々に改良されているみたいだが、底が見えるのが早いのは変わってはいない。小出しし続けて持久戦に持ち込むことも勝ちに繋がるだろう。

 

「向かう順番はこちらで決めさせてもらった。ただし、朝潮君には謝らなくてはいけない」

「え、私に、ですか」

「君だけはほぼ出突っ張りになるだろう。あちらが君を狙っている以上、それを有効に使うべきと判断した」

 

無論、戦闘中に一時帰投することもあるだろう。小さい回復なら工廠組に任せられる。

戦艦天姫が私を狙ってくることはわかっていることだ。最初は堕として友達になるため、今は裏切られた腹癒せに。ならば私が囮になり、行動を固定化した方がいいだろう。そういう意味で出突っ張り。以前のように私の周りから殺そうとしてくるのなら、それはそれで指示がしやすくなる。

 

「それで皆が戦いやすくなるのなら、私が踏ん張ります」

「いつも重荷を背負わせてしまって、本当にすまない……。こんな作戦しか立てられなかった我々に責任がある」

「いえ。今回は私も因縁がありますから、逆にありがたいですよ」

 

ということで、私は最初から最後まで戦場に立ち続けることとなる。現場判断をするのが私の仕事。戦力としてもカウントされているが、一番重要なのは指揮である。

全員が通信設備を搭載するが、私はその全員分の通信が受け取ることが出来るようにされる。結果的に、私は囮として、司令塔として、戦力として、私は全力で駆け回ることになるだろう。

一番ハードな仕事になるが、今日の私は今まで以上にやる気が出ていた。今日で終わらせてやるという気持ちが溢れ出ている。

 

 

 

出撃は午後一となり、それまでは鎮守府で準備。準備といっても昨日までに全て終えているので、英気を養うのみである。私は陣地にも行っているため、英気の充填はMAXと言ってもいいほどである。

会議終了直後に、佐久間さんが大きな袋を持って会議室に入ってきた。薬の投与や検診は昨日のうちに全て終えているため、これ以上佐久間さんの仕事は無かったはずだが。

 

「せっかく決戦ってことだからさ、これ、どうかなって」

 

袋から出てきたのは白い鉢巻。なんでも、過去の戦いでは決戦の時に白い鉢巻を巻いて出撃する人が多くいたそうだ。この中にも、その経験を持つものが多数。

 

「レイテ以来だな……使わせてもらおう」

「気合いが入るというものだ。佐久間女史、感謝するぞ」

 

長門さんと武蔵さんがまず貰い、ギュッと額に巻いた。それだけでも決戦に向けた意気込みが見えるというものだ。あと普通にカッコよく見える。

それに倣って皆が巻いていく。私も1本貰い、ポニーテールがズレないようにうまく巻いた。武蔵さんの言う通り、これだけでも気合いが入る。鉢巻として巻くもの、髪を結ぶリボンの代わりにするものと身につけ方は自由。だが、身につけないものは誰もいない。

 

「アサ姉ちゃーん」

「姫様ー」

「お母さーん」

 

子供達が私の下へ鉢巻を持ってやってくる。電波を受けないようにするイヤリングを着けてあげた時のように、私が鉢巻を巻いてあげた。

 

「私が出来ることはここまで。あとはここで応援するだけだからね。みんな、頑張って!」

「ありがとう佐久間君。皆一丸となって決戦に臨めるよ」

 

司令官達も鉢巻を巻いた。言う通り、人間も艦娘も深海棲艦も一丸となってこの決戦に挑む。指輪とはまた違った一体感。思いは1つだ。

と、今度は大和さんと武蔵さんが、このタイミングを狙っていたかのように動き出した。

 

「清霜、お前には私と大和からもう1つ渡すものがある」

「ちょっと待っててね」

 

それだけ言って、武蔵さんが会議室から出ていく。大和型2人から名誉大和型にプレゼントがあるというが、決戦直前で一体何を渡すというのか。

ものの数分ではあるものの、工廠に物を取りに行った後、すぐに戻ってきた。武蔵さんが持っていたものは、黒い指ぬきグローブと、桜の花弁のヘアピン、そして桜の紋が入った金属輪。どちらも大和さんや武蔵さんが身につけるには小さい。つまり

 

「清霜、こいつはお前のものだ」

「名誉大和型として、戦艦天姫を倒すためにね」

 

清霜さんが本当に大和型として扱われるためのアイテムである。あまりのことに清霜さんは硬直してしまった。会議室、全員集まるこの場で、憧れ尊敬し慕う最強の戦艦から、妹として扱われるようになるのだ。これはもう授与式の様相。

 

「大和の桜のピンです。これはここに」

「この武蔵のグローブだ。使ってくれ」

「そして、大和型の象徴、桜の紋。今の清霜ちゃんには、これも持っていてほしいの」

 

ガッチガチに緊張する中、大和さんと武蔵さんが手早く身につけさせる。あっという間に()()()()()()()が完成した。

大和さんと同じ位置に桜のヘアピンがつけられ、今まで素手だったのがグローブをつけられ。そして一番目立つ首の金属輪。桜の紋が勇ましく輝く。

 

「あ、あの、あたし……本当に、大和型に……」

「嫌だったか?」

「そんなわけないです! 憧れで、ずっと夢見てて、こうなれればいいなってずっと思ってて……でも本当にこうなると実感が……」

 

首に着けられた金属輪に触れ、感動に震えている。何処からどう見ても大和さんと武蔵さんのものを小型化したもの。色も質も何もかもが同じ。

 

「清霜ちゃん、貴女はもう大和型を名乗っていいほどに研鑽を積んでいるわ。力も、心も、もう立派な戦艦よ」

「そういうことだ。私達が認めるんだから胸を張れ。お前は充分に強い。大和型を名乗れるほどにな」

 

大和型のベタ褒めに、ついには泣き始めてしまった清霜さん。喜びの涙なら誰も責めやしない。決戦前に最高の贈り物だ。

 

「あ、あたしは、大和型戦艦、清霜です!」

「そうだ、それでいい」

「これからも頑張ってね清霜ちゃん」

 

これでさらに士気が上がった。ここまで来たら、相手がどんな強敵であろうと負ける気がしない。特に清霜さんは、大和型としてこの漲る力を十全に使うことだろう。

 

 

 

そして、午後。昼食も終え、作戦が開始される。

 

先遣隊は私が旗艦。随伴は中間地点への撤退戦を考慮し、回避能力に優れた駆逐艦で構成される。中でも、あの場所を知り、さらには電探にギリギリ反応する夜間の潜水艦を毎日のように撃破し続けた十七駆の4人は、夜襲をしてきた人形が山ほど現れたとしても対処できる技量を持ち合わせている。今回の先遣隊にはもってこいの人材。そして最後の1人は

 

「私は姉さんの守護者よ。ここで出ないで誰が出るってのよ」

 

霞となった。金の『種子』組の中でも私との組み合わせの慣れが段違い。最初から最後まで戦艦天姫を引きつけるという過酷な任務を、霞はずっと隣で守り続けると司令官に宣言した。考えに考えたが、その熱意に負け、霞を採用。厳しくなったらすぐに交代の約束もしている。

 

「誘導はゴーヤ達も手伝うからね。今回ははっちゃんも参加!」

「ギリギリまで海上にいるから、出来れば守ってほしいかな」

 

駆逐艦のみの部隊に加え、フルメンバーとなった潜水艦隊を並行で走らせる。牽制、情報収集、囮と仕事は沢山ある。

ゴーヤさんとはちさんは海図も全て覚えてきており、また、はちさんが海中で会話が出来ないためにイクさんとしおいさんが手話まで覚えてきている。潜水艦隊の連携は抜群だ。

 

「先遣隊の君達が中間地点にまで誘導し、戦いが開始する。君達が出撃した後、時間差で遊撃部隊を複数個出撃させることになるからね」

「了解しました。こちらからは逐一通信させていただきます」

「頼んだ。特に中間地点に来た時、否応無しに戦場を変える必要がある場合はお願いするよ」

 

戦場に出たら、私も司令官と同じように現場指揮をすることになる。元は一駆逐艦だった私が大出世である。

状況次第では元より考えていた戦場、中間地点から場所を変える必要も出てくるだろう。その判断は全て私に任されていた。それはそれで緊張する役割ではある。

 

「朝潮、また後から」

「山城姉様……はい、お願いします」

第一遊撃部隊(1YB)といえば私だもの。中間地点は私達が待つわ」

 

既に準備を開始している遊撃部隊。最初に来る第一遊撃部隊は山城姉様が旗艦であることが決まっているようだ。これは心強い。確実に誘導しなくては。

 

「深海艦娘組は衛生班だ。戦場駆け回って怪我人運ぶぜぇ」

「後方支援は電達に任せてほしいのです!」

 

戦闘もするが、基本は戦闘補助に徹するというのが深海艦娘組。この中でも大潮と皐月さんは金の『種子』組なので戦場がメインとなるが、他のメンバーはその高スペックを活かした戦闘補助部隊となった。残った深海艦娘には欠陥(バグ)持ちが潮さんしかおらず、またその潮さんも戦闘で問題ないレベルの欠陥(バグ)なため、問題なく戦場を駆け回ることが出来る。補給艦は当然いないため洋上補給は流石に出来ないが、睦月さんなら工作艦の力を使い、洋上修理なんていう荒技が可能。

私と同じように神経をやたら使うことになる、フルタイムの部隊だ。常に作戦海域を駆け回り、時には援護、時には撤退補助。むしろ私よりも酷いことになるかもしれない。

 

「提督ーっ! 準備始めるかも!」

「秋津洲君、よろしく頼むよ」

「オッケー!」

 

秋津洲さんは、南司令官のところのあきつ丸さんと共に外で作業開始。私達の後方支援となる秘密兵器の準備が始まるらしい。このためにも海図は必須だったそうだ。これもあって、戦場が変わる場合に連絡が必要だと言われている。何をしてくれるかはまだわからないが、期待していていいらしい。ならば、お言葉に甘えよう。

 

「我々を先遣隊に選んでくれて感謝する」

「君達の本来の居場所なんだ。その目で見るのは辛いことかと思ったが、あの場を一番よく知るものとしてね」

「いえ、助かります。私達の鎮守府に一度戻りたかったので」

 

だが、十七駆には辛い戦場になる。居場所を奪われ、阿奈波さんを奪われ、その阿奈波さんが素材として使われた戦艦天姫が敵だ。さらには、それが記憶をある程度持った状態で敵対しているのだからタチが悪い。トラウマを二重三重に抉ってくるようなもの。

それでも4人は前向きだった。全てを終わらせるために力を貸してくれる。目は死んでいない。

 

部隊全員の準備は整った。もう後は出撃するだけ。

 

「では朝潮君、お願いするよ」

「はい。……必ず帰ってきます」

「当然だよ。戻ってこないなんて、私が絶対に許さない」

 

全員が一斉に敬礼。こちらも敬礼し、外へ向く。ここからは、激戦繰り広げられる戦場。必ずここに勝って戻る。次にこの場に立つときは、勝利の凱旋だ。

 

「先遣隊、旗艦朝潮! 出撃します!」

 

気合いは充分。鉢巻を棚引かせ、私達は鎮守府から出発した。

 




決戦仕様mode、出たときはすごく盛り上がりましたね。島風のグラ変更はとても良かった。今回はあの時には無かった者も白鉢巻という具合と思っていただければ。


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刻まれた業

最終決戦への出撃。私、朝潮を旗艦とした先遣隊は、フルメンバーとなった潜水艦隊と共に、鎮守府同士の中間地点へと辿り着いた。今回の戦いはここで執り行われる予定。そうするために、今から敵を誘き出す必要がある。それをするには私が適役だ。

 

「先遣隊旗艦朝潮です。司令官、聞こえますか」

『通信の感度は問題無いようだね』

「はい。現在、中間地点に到達。このまま進みます」

『了解した。呉々も気をつけて』

 

海図の全容はゴーヤさんとはちさんが全て覚えている。ここからはまだ潜っていないはちさんの案内で敵鎮守府に近付くことに。

 

「はちさん、大丈夫ですか?」

「問題無いよ。むしろ調子がいいくらい」

 

極々稀に海に入ることもあったようだが、基本は資料室管理に明け暮れていたはちさん。戦闘経験は殆ど無いと言っても過言では無い。

それでも潜水艦娘の(さが)があるか、海に浸かるというのはそれだけで昂揚するもののようだ。

 

「やっぱりね、潜りたいって思っちゃった。こんな形でだけど、欠陥(バグ)が少しだけ克服できたと思うと嬉しいね」

「人間と同じ手段でも、潜れるのなら良し、ですか」

「うん。やっぱりはっちゃん潜水艦なんだなって」

 

他の潜水艦娘とは違い、長時間の潜水は不可能。本来ならこの場所にも常に潜水して到着するのが潜水艦である。現に、はちさん以外の潜水艦隊は海上に顔すら出していない。こちらの状況は私とはちさんが逐一伝えている。

 

「今回が最初で最後かもしれないけど、潜水艦の仕事、全うするよ」

「よろしくお願いします。それと、任務じゃなくても潜ればいいと思いますよ」

「せっかく作ってもらったしね。息抜きに潜るくらいしようかな」

 

はちさんの顔は、何処か明るく感じた。切羽詰まったこの戦場でも、楽しめているのなら何よりだ。

 

 

 

しばらく進み、はちさんが潜水の準備を始める。潜れる時間は30分。急速潜航から、振り返ることなく全速力で鎮守府に戻ったとしても、片道持たない程度。中間地点を越えてしまえば海上でも問題は無くなる。少しだけの戦闘行為も可能。この中で一番最初に離脱するのは、まず間違いなくはちさん。

 

「そろそろ潜るね。こちらからは話せないけど、音は聞こえてるから。指示には従うから何かあったら言って」

 

シュノーケルを咥えて潜水。場所的にもそろそろ敵鎮守府の気配を感じるほどにまで来ている。海図を記憶し、海の位置まですべて把握しているからこそ先んじての動きが出来るようだ。

 

「我々にももう見覚えのある場所だ」

「うちらの領海に入っとるけぇ、気ぃ付けなあかんね」

 

磯風さんと浦風さんも場所から反応。元々の居場所に近付いている。以前に海図を作るためにやってきた領海ギリギリのところも、既に通過している。本来ならば領海侵犯。だが今は深海棲艦の領海となっているため、そんなことは関係ない。元帥閣下のお墨付きでもある。

 

「こうやって見るとなーんも変わっちゃいないんだけどねぇ」

「海も赤くありませんね。まだ隠してるんでしょうか」

「その必要無いんじゃないの? かぁーっ、訳わかんねぇ!」

 

浜風さんの言う通り、近海に来ても海が赤くなる気配がない。 赤かったら、昨日の調査結果で南司令官が何かしら話しているはずだ。

あの赤い海は領海を誇示するために海そのものを侵食している深海の力だ。あれがあるだけで扶桑姉様は進めなくなってしまうため、無いなら無いで良しとする。深くは考えないでおこう。私の予想では、人工物を自分の陣地とするためにその辺りの力を使っているのだと思う。

 

「気配を感知。混ぜ物です」

「この気持ち悪い匂い、忘れもしないわ。戦艦天姫よ」

 

私と霞はいち早く存在を察知する。距離的には、まだ鎮守府の中にいる状態。そこにもう1つ、新しい混ぜ物の気配。やはりもう建造されている。

 

「あちらも気付きました。さらに接近します」

「多分人形の気配よね……うじゃうじゃいるわ」

『姫級も大量。はっ、敵の本拠地って感じがしていいな』

 

北の拠点を攻め込んだ時以上の数。これの処理のためにも、援軍は多めに欲しい。

 

「この気配……北端上陸姫」

 

今の部隊の中で敵の姫の気配を知っているのは私のみ。私本人がここに来ているのはあちらも気付いている。

少し近付くと、電探側にも反応が現れ始めた。やはり鎮守府の中に陣取っている。戦艦天姫と謎の混ぜ物は、既に鎮守府の外に出ており、こちらに向かってきている。迎撃する態勢だ。

 

「会敵。残念ながら鎮守府までは辿り着けませんでしたね」

 

敵鎮守府を目視できる位置まで行けず、戦艦天姫と会敵。今までと同じように余裕のある笑みを浮かべ、和傘をクルクル回していた。前回の去り際にぶつけられた溢れんばかりの殺意は、何処かに行ってしまったように見える。これだけ時間が経っても、中身の子供っぽさは改善されず。むしろそのせいで、より残酷になっている節はある。

その隣、見たことのない深海棲艦。深海の匂いからして混ぜ物であることは確定。今までにない雰囲気の人だ。

 

「お久しぶりですね、アサちゃん。もしかして考え直してくれました?」

「何を馬鹿なことを。私達は、ここを攻略しに来たんですよ」

「勿体ないです。お母様はアサちゃんのこと大好きなのに」

「反吐が出ますね。私は大嫌いですよ」

 

まだ私を懐柔しようと考えているようだった。どれだけ言われても、何をされても、私があちらに傾くことはもう無いというのに。

 

「あらら、第十七駆逐隊の子たちもいるんですね。アマツ達を裏切った後、ずっとそっちにいたのは知ってましたが」

「……すまない、司令。我々のせいでそのような姿に堕ちてしまって。磯風が洗脳などされていなければ、こんなことにはならなかったろう」

 

戦艦天姫の素材にされた阿奈波さんは、磯風さん達第十七駆逐隊を率いていた研究員兼司令官。目の前で素材にされるところを見せつけられている。

 

「謝らなくてもいいですよ。貴女達の提督の力と記憶は、アマツがありがたく使わせてもらってます。ああ、アマツがその人本人なんでしたっけ。よくわかりませんが、ちゃーんと貴女達のことも覚えてますよ。むしろ感謝しています」

 

笑顔は一切崩さない。こちらに対して精神的に追い込むのが心底楽しそうだった。そういうところも北端上陸姫の愛娘として調整されているように見える。

 

「貴女達がお母様の仲間になってくれていたおかげで、アマツは生まれたんですからね。だから、お母様にお願いしたら貴女達もこちらに来れると思うんです。アサちゃんと一緒に、お母様と一緒に戦いませんか?」

 

この期に及んで、まだこちらを仲違いさせようとしてくる。私はもう揺らがないが、第十七駆逐隊はどうだ。いや、そんな心配する必要はないだろう。

 

「……はぁ、まったく。彼の記憶を持っているのなら、私達がどういう艦娘かわかっているでしょう」

「かぁーっ! 谷風さんがそんなことで揺らぐと思ってんのかい!? 馬鹿だねぇ!」

「うちらがここに立っとるのは屈するためじゃないけぇ。なぁ、磯風?」

 

一番揺らぎそうなのは磯風さんなのだろう。おそらく、阿奈波さんと一番親密だったのは磯風さんだ。

 

「彼をこの手にかけたのは、何を隠そうこの磯風だ。洗脳されていたなど言い訳にしかならん。だからこそ、我々はこの場に立っている。責任を取るためだ」

 

絶句してしまった。霞も言葉が無いようだった。

提督の力を持つものが混ぜ物の素材にされたということに、そもそも違和感を覚えていた。艦娘だろうが深海棲艦だろうが跳ね飛ばすほどの力があれば、回避など簡単だっただろう。それなのに今、戦艦天姫となり私達と相対している。何故だ。

簡単なことだった。愛する者の裏切りだ。洗脳された磯風さんに攻撃されたことで、提督の力を使う間も無く気絶させられ、そして、そのまま素材にされたのだろう。

 

磯風さんが正気に戻った時に自傷行為にまで走った理由がよくわかった。時津風さんに諌められ、その時はそれで止まっていた。今までそんな素振りも見せていなかったが、ずっとこの時まで耐えていたのだ。

折れそうな心を必死に繋ぎ止め、仲間達と一緒にここまでやってきた。こうなってしまったのは自分達のせいだと、責任を取るために。

 

「彼のためならいくらでも力を貸そう。だが、貴様は彼ではない。彼はもう死んだんだ。我々の目の前で、この磯風の手でだ。貴様は、彼の記憶を持つだけのただの化け物だ」

 

主砲を構える磯風さん。同時に十七駆が一斉に構えた。照準は戦艦天姫に定められた。

 

「アンタがいる限り、あの人が浮かばれないんだよねぇ」

「生きていてもらっては困るんですよ。貴女には」

「じゃけぇ、ここで沈んでくれんか」

「嫌だと言っても、沈めてやる」

 

4人同時の砲撃。だが、それは謎の混ぜ物により弾かれる。同じ方向からの砲撃とはいえ、4つの同時砲撃を1人で、()()()()()()。あちらには扶桑姉様に組み込んだ白兵戦のデータもあるのだろう。生まれたばかりの混ぜ物にしてはやたらと強い。

 

「無視してお話ししてないでもらえますか? ハヤミ、ちょっと寂しいです」

「あちらがいちゃもん付けてくるのが悪いんです。アマツは悪くないです」

 

謎の混ぜ物は軽くストレッチするように手を回し、こちらを見てくるハヤミという混ぜ物。

見ただけでは艦種がよくわからない。着ているのは黒のジャージの上着だが、その下には競泳水着か何かか。潜水艦なのに海上艦というのもおかしな話。今までと同じように、混合種であることは間違いない。ならば、片方は潜水艦と何かだろうか。

気になるのは、艤装らしい艤装を持っていないこと。今必要ないからか、主砲すら持っていない。あれは何だ。

 

補給速姫(ホキュウハヤミヒメ)、そちらの呼び方では速吸だそうです。生まれて間もない新参ですけど、よろしくお願いしますね」

 

私達の鎮守府にはいない艦種、補給艦。微量ながら水上機や艦載機を搭載することが出来、航空戦を仕掛けてくるが、特筆すべきは洋上補給という特殊な能力。戦闘海域でも他の者を回復させることが出来る唯一の艦種である。

 

つまり、戦艦天姫の唯一の弱点とも言えるスタミナ切れが今までよりも相当遠くなったということ。フルスペックで戦える時間が長くなったということは、こちらがジリ貧になる可能性が異常に高くなってしまった。

 

「補給艦……想定外の新戦力ね」

「あっちを先にやらないとダメよね」

「ええ。補給線を断たないと勝ち目が無くなるわね」

 

洋上補給もそうだが、先程の砲撃の回避方法で白兵戦能力が強めであることも確認出来ている。扶桑姉様や山城姉様ほどの力を持たれていると、ブレーキをかけられるのはここにはいない。

 

「アサちゃん、最後にもう一度だけ。こっち来ませんか? 優遇しますよ。大嫌いな人間殺し放題です」

「私を嘗めてます? わざわざ殺すくらいなら、無関心を貫き通しますよ」

「そうですか……残念です。じゃあ、そのままいてもらっても困るので、ここで死んでもらいましょう。一度だけじゃなく、何度もお母様を裏切ってきたんですから、死ぬしか無いですよね」

 

やはりそういう流れになるだろう。だからこそ、今回の作戦を立てたのだから。

 

「ハヤミちゃん、アマツはアサちゃんと遊ぶので、海の中のを任せていいですか?」

「問題無いです。そのための()()()()()ですよね」

「その通りです! じゃあ、お願いしますね」

 

トプンと潜水を始めた補給速姫。やはり潜水艦の力を植え付けられている。海中で質量が増え、姫の艤装が展開された。あの形状は知っている。潜水棲姫、センさんと同じ艤装。

 

「ゴーヤさん、補給速姫がそちらに向かいます! 撤退戦開始!」

『了解でち! みんな、撤退! てったーい!』

 

潜水艦隊は先に撤退戦を開始。気配からして、潜水艦の人形も海中に現れ始めている。あちらはあちらで厳しい戦いになる。特に、補給速姫の実力は現在完全に不明。速力はセンさんの艤装を使っているだけありほぼ互角。全力で潜航すれば追いつかれることはないだろう。引き剥がすことも難しそうだが。

 

「まずは補給速姫です! 皆で追いますよ!」

「逃がすわけないでしょう。アサちゃんはアマツがこの手で殺しちゃいます。お母様のお願いをずーっと無視し続けてるんですから、もう死ぬしか無いですよね」

「お断りしますよ」

 

全員揃って撤退戦開始。あちらは主砲を展開し私に狙いを定めているようだが、今の私にはそんな簡単には当たらない。

 

「アサ、お願い!」

『任せろ。自衛なら私だ。ヨル、お前もタイミング合わせろよ!』

『任せて! キヨシーとハルナにタイミング合わせ手伝って貰ったから!』

 

主導権をアサに渡し、艤装を展開してもらう。これでいざという時は大型艤装によるガードも可能。

あんなことを言いながら、私の周りを狙ってくる可能性だって充分にある。あちらは提督の力で未来予知を乗り越えてくる難敵だ。行動予測に頼り過ぎると確実にやられる。

 

「威力はキヨシモと同じくらいだったよな」

『ええ。弾速が少し速いくらい』

『なら私がやれるよ!』

 

撤退する私に向けて、戦艦天姫が主砲を発射。予想通り弾速が少し速い。だが、そこまで対応してきた。私も、アサも、ヨルだって、この戦闘を待ち望んでいたのだ。出来るときにはしっかりと訓練をして、直接対決への力を蓄えてきた。

 

『アサ姉もうまく合わせてよ! せーのっ!』

「おらぁっ!」

 

着弾の直前でヨルを振り回し、砲弾を撃ち返した。重いが、相手が砲撃ならヨルは簡単には破壊されない。タイミングさえ合えば、ノーダメージで砲撃を本人に撃ち返すことが出来る。

 

『ほむーらん!』

「ホームランな」

『あれだとライナーね』

 

撃ち返した砲撃は戦艦天姫に直撃……するはずが、片手で軽くいなすことで回避される。予想はしていたが、本当に大概である。

 

「さすがはアサちゃんですね。もうアマツの攻撃は効きませんか」

「砲撃は弾いてやるよ」

「なら、ゲンコツでやりましょう。覚悟してくださいね」

 

周りに仲間達がいるのに私しか見ていない。視野が狭いのは本当に助かるが、突然ターゲットを変える可能性も捨て切れないため、全員なるべくバラけての撤退だ。

潜水艦隊の方に意識を向けると、やはりまだ追い付かれてはいない。補給速姫や、ついてきている潜水艦の人形が魚雷を放っているようだが、回避は余裕のようだ。これならば予定通り中間地点まで行ける。

 

「先遣隊旗艦のアサだ! 提督、撤退戦開始した! 追加の混ぜ物は補給速姫! ハヤスイ! 潜水棲姫の力と白兵戦能力持ちだ!」

 

手早く、確実に司令官に通信。要所だけ連絡して、撤退戦に専念する。私とヨルも、思考の海から行動予測をフル稼働。提督の力には、3人がかりの行動予測で出来るところまで対応する。

霞は私に比較的近い位置。十七駆の4人は大きくバラけ、戦艦天姫の後ろから湧いてきた人形や姫級に牽制攻撃を始めている。中間地点に辿り着くまでは、牽制と回避に専念する作戦。

 

ここからは作戦通りに行くかどうかの戦いだ。まずは中間地点へ。そこからの総力戦で全てを出す。

 




混ぜ物最後の将、補給速姫。ベースは速吸。戦艦天姫のスタミナ問題の解決一点に絞られて建造されたものです。速吸は15年夏イベの最終海域報酬ですね。報酬艦の建造方法を持っているからこそ出来た、最悪の補助艦。


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最後の混姫

ついに開戦した最終決戦。敵鎮守府を目視出来るところまでは近付くことが出来なかったが、当初の作戦通りに戦艦天姫を誘き出すことには成功。私、朝潮を狙わせ、鎮守府から引き剥がしていた。

戦艦天姫は今、私しか視野に入れていない。随伴はその後ろから群れを成してくる人形と姫級に対して牽制。深追いはせず、まずは決められた中間地点までの撤退を目標にしている。

潜水艦隊も新たな混ぜ物、補給速姫に追われている状態。潜水艦の人形も追加され、放たれ続ける魚雷を避けながら、私達と同じように中間地点へと進み続ける。

 

「アサちゃん、喧嘩を売っておいて逃げるっていうのは良くないんじゃないですか?」

「逃げているように見えるなら、お前についているのは節穴だな」

 

表側はアサに任せ、私は裏側から電探と気配で敵戦力を把握する。

人形は数えるのが馬鹿らしくなるほどいる。あの中に元々鎮守府に所属していたものもいると思うと悔しい。姫級の数も尋常ではなかった。駆逐艦1人に姫級1体を任せるのは流石に荷が重い。だがそれくらいしないと数の暴力で圧倒される。

 

「よし、反応入った! 中間地点だ!」

「誘き出すことが出来たわね。磯風、そっちは!」

「全員無傷だ。朝潮が囮になってくれた甲斐がある」

 

もうそろそろ中間地点というところで、電探に仲間の反応が入る。深海の気配もあるため、向こうも私達の仲間が待ち受けていることに気付いた。

 

「む、増援ですか」

「無策でお前に突っ込もうなんて思わないぞ。イソカゼの言う通り、お前は化け物だからな。使える手段はいくらでも使ってやる」

 

撤退戦の最中も砲撃は続いていたが、全て回避、もしくはヨルがしっかり跳ね返していた。我が身を守る手段に秀でてくれたおかげで、安心してこの場に来ることが出来る。

 

「朝潮、そろそろ代わるぞ」

『ええ。ここからは私がやる。アサは艤装に戻って』

「任された。後ろの人形は私が一網打尽にしてやるよ」

 

援軍の姿が目視出来たところで主導権交代。私が表に出て攻撃のスタイルに。

アサが表なら自衛特化、私が表なら攻撃特化。今までとは逆転してしまったが、大型艤装をどちらが使うかで戦闘スタイルか大きく変わるだけだ。こうなってもいいように、私は扶桑姉妹直々の特訓で白兵戦の手段をキッチリ覚えてきている。

 

「山城姉様!」

「ご苦労様、朝潮」

 

中間地点、合流予定地には山城姉様が腕を組んで立っていた。

精鋭揃いの遊撃部隊、第一遊撃部隊(1YB)は、旗艦が山城姉様。随伴も扶桑姉様、春風、時津風さん、萩風さん、そして清霜さんと、オーバースペック組勢揃いの火力部隊である。白兵戦組の2人がいるが、その2人は味方の砲撃すら関係なしに突っ込んでいくので、もう誰も撃つことを躊躇わない。この部隊だからこそ通用する滅茶苦茶なゴリ押し。

 

「もう砲撃も要りませんか。貴女達も懲りませんね」

「往生際の悪さには自信があるの」

 

ここからは遊撃部隊と合流した連合艦隊となる。駆逐艦比率が高いが、スペックとしては何も問題ない。少し怖いのは制空権が厳しいくらいか。あちらには空母の人形と姫級もいる。

 

「提督には連絡済み。ここからは総力戦よ」

「了解です。衛生班は」

「少し後。でもすぐ来るわ」

 

合流は鎮守府に通達されている。それなら私からまた言う必要は無いだろう。今はこの戦いに専念する。

 

 

 

こちらが遊撃部隊と合流し、連合艦隊として戦艦天姫と相対している時、海中では潜水艦隊と補給速姫の戦いが既に始まっていた。はちさんの限界まで、残り半分を切っている。短期決戦か、はちさんだけは撤退をするか、そこはもう潜水艦隊に任せるしかない。私は反応から行動を把握することしか出来ない。こちらと情報共有をするため、垂れ流しにしてくれている通信から音声もわかる。

 

「はっちゃん、行けるでちか」

 

手話で問題ないと答える。敵から放たれる魚雷をスイスイ避けながら、戦闘をしたことがないというのが嘘のように思えるほどに回避が上手い。ありとあらゆる情報を取り入れており、それを体現しているとすれば、はちさんはとんでもない人である。

 

「息が厳しくなったら、すぐに浮上するでち」

「それまでは、お願いするの!」

「あたし達もちゃんとサポートするからね!」

 

海中でも放てるようにされた主砲と機銃を構え、はちさんの前を陣取る3人。潜水艦姉妹ははちさんの後ろに。はちさんを中心にした、海中故に立体的となった輪形陣である。

 

「なんだか人間みたいな装備をした潜水艦がいますね。カ級ちゃんみたいです」

「補給艦が何潜ってきてるんでちか。そっちのフィールドは海の上でしょ」

「ほら、ハヤミも水着なんですよ。潜水艦の力を貰ったんです。あ、同じ艤装の人もいますね」

 

元の速吸さんという補給艦は、比較的体育会系の快活な人らしい。艦隊のマネージャーなんていう渾名もあったそうだ。人間を混ぜ込まれ、精神が壊れた状態からの調整でも、その辺りは変化していない様子。

これが仲間なら頼もしいサポート要員だったのだろうが、敵に回り、さらには姫級の力を複数個与えられている。一筋縄ではいかないどころか、苦戦を強いられる相手だ。

 

「アマツさんにもお願いされていますし、何より邪魔なので、皆さんにはここで沈んでもらいますね」

「イク達の方が上手なの。ぽっと出の潜水艦もどきにやられるイク達じゃないの」

 

早速砲撃。海中ではどうしても弾速が遅くなってしまうが、それを視野に入れたピーキーな仕様で海上と同等の弾速が出る。しかし、補給速姫は海上で4人分の砲撃を1人で捌いた手練れだ。それくらいの砲撃では、簡単に弾いてしまう。

海中であっても海上と同じくらいの行動が可能。つまり、扶桑姉様レベルの白兵戦を縦横無尽に行えるということ。さらには補給艦としての本来の働きも可能だろう。海中にいても、戦艦天姫からは一定の距離から離れないようにしていることがわかる。

 

「じゃあ、行きますよー!」

 

潜水棲姫の艤装により、強力な魚雷を放ち始めた。以前に見たセンさんの魚雷と同じで、火力一辺倒の巨大な魚雷。一撃で人形を撃破することが出来るほどの火力だ。直撃でもしようものならひとたまりもない。

潜水艦隊は生存能力に特化した訓練をしている部隊だ。その魚雷は、辿り着く前にしおいさんが主砲により撃ち抜いた。海中で怖いのは爆雷と魚雷。それさえ避けられればいいため、しおいさんは魚雷を撃ち抜く精密射撃に特化している。

 

「あ、ヤバ。退避ー!」

 

魚雷の爆発力が普通とは違った。威力が高いのだからこうもなる。海上にまで影響を与える爆発に、さすがの潜水艦隊も緊急回避。

 

「なんつー爆発でち!」

「本当に私と同じなのね……困ったわ……」

「お姉ちゃんの艤装使うなんて、許さないよ!」

 

後ろから潜水艦の人形からも魚雷が発射されている。しおいさんに続いてイクさんも魚雷処理に参加。主砲組は魚雷処理に特化している。

だが、それも敵の狙いか。爆発で視界が封じられ、補給速姫の姿が見えなくなった。周囲が泡だらけに。

 

「でっち、危ない!」

「うわぁっと!?」

 

泡の中から補給速姫が手を伸ばしていた。シンさんの声で紙一重で躱すゴーヤさんだが、本当にギリギリだった。センさんと同じ艤装なのに、加速力が違い過ぎる。いきなりトップスピードが出ている。

視界が封じられる中では、深海の気配が読めるか読めないかで大きく変わる。それがわかっていて、魚雷を乱射している。躱せない密度で放ち、射撃による処理をしたら誘爆。視界が封じられたところで補給速姫が攻め込んでくる。

 

「残念、掴めたら折ってたのに」

「簡単にやられるゴーヤではないでち」

 

イクさんとしおいさんは主砲による海中での精密射撃に特化しているが、機銃では攻撃力が足りないため、ゴーヤさんは魚雷の処理が出来ない。ならば、海中でどう戦うか。

 

「でも、近付く手間が省けたでち」

 

回避しながらも後頭部に機銃を突きつけ、即座に放つ。

機銃では攻撃の足しにもならないことが多いことくらい、ゴーヤさん自身も理解していることだ。ならばどうすれば攻撃になるか。()()()()()()()()()()

イクさんとしおいさんとは一線を画した、海中での近距離での戦闘に特化した強化。私の強化訓練の時も、至近距離からの一撃が多かった。対潜水艦でもそれが出来るとは。

 

「あっぶな!?」

「避けるでちか。混ぜ物ってホント厄介でちね」

 

それすら紙一重で避けられる。行動予測も入っているかもしれない。白兵戦能力が高いと、そのタイミングでも避けると。

 

「そういうの良くないと思います!」

「鏡見た方がいいでちよ」

 

ゴーヤさんに気を取られている内に、潜水艦姉妹が同時に魚雷を発射。どちらも深海の巨大魚雷。爆発力はお墨付き。直撃すれば木っ端微塵である。

補給速姫が振り向いた時には、全員退避済み。回避の時間も与えず、2本の魚雷をイクさんとしおいさんが撃ち抜く。寸前というわけではないが、爆発が至近距離で発生した。

 

「もっと退避! 間合い取るでち!」

 

これでノーダメージの可能性も無くは無い。爆発のせいで自分達で視界を封じてしまっているのだから、先程と同じことをされる可能性はある。ゴーヤさんの指示で一斉に散開。

 

「もう、同じ攻撃ばっかり!」

 

やはりあの爆発ではダメージになっていない。爆発をあの艤装でガードしており、艤装自体が異常に硬い。魚雷の直撃、もしくは本体への直接攻撃でなければダメージは入らないと見て間違いなさそうだ。

海上に出てくれれば手段はいくらでもあるが、海中ではゴーヤさんがキーパーソン。

 

「そろそろ誰かに死んでもらわないと……新人だからって甘えてられませんもんね!」

 

急加速。まだ爆発の泡が晴れていないため、移動先は潜水艦姉妹にしかわからない。ターゲットは、シンさん。

それをいち早く勘付いたはちさんが、シンさんの方へと突っ込み、抱きかかえるようにしてその場から退避。魚雷は放てるがやたらと接近戦を挑んでくるため、比較的予測がしやすい様子。

 

「逃がしませんよ!」

「っ!?」

 

シンさんは回避出来たが、はちさんは掠ってしまった。握り潰そうと手を伸ばしただけなのに、それが掠めて足首に傷が付いてしまう。小破以上の怪我であり、生命線ともいうべき潜水艦の足へのダメージは、小さい傷でも今後の戦闘を左右する致命傷にもなりかねない。

 

「はっちゃん!」

「そこの子供もダメですよ。火力が高いのは良くないです」

 

まだ攻撃は止まらない。急速旋回の後、シンさんにもう一度アタックを仕掛ける。子供を集中狙いするとは下衆な真似を。

 

「っ!」

 

シンさんに一番近いのははちさんだ。そこで、補給速姫の進撃を止めるため、持っている本を補給速姫に向けて開いた。一度見たことある陸上魚雷とはまた違った本。中からは当然、強力な魚雷が出現し放たれる。

突っ込んでくる補給速姫に向けて放たれ、まっすぐ進撃出来ないように仕掛けた。少しだけでも遠回りになれば、その僅かな時間でも次の戦術が組み立てられる。

 

「ああもう! 抵抗し過ぎですよ!」

「当たり前じゃない……妹に何をするの」

 

魚雷回避のために進路を変更した直後、センさんが艤装ごと体当たり。補給速姫も艤装でガードしたが、完全に進路妨害が完了。その間に、シンさんの推進力を使ってはちさんと共に急浮上。そろそろはちさんの時間が切れる。

 

「いい加減にしてもらわないと困るでち」

 

浮上するシンさんとはちさんに気を取られている隙に、再びゴーヤさんが機銃をこめかみに突きつけていた。間髪を容れずに射撃するが、当たり前のように寸前で回避される。

 

「こっちのセリフですよ!」

 

その機銃を持つ手を掴まれ、そのまま握り潰される。機銃は嫌でも手から離れ、ゴーヤさんは攻撃手段を失ってしまった。だが、ゴーヤさんを掴む腕を、さらに掴む。

 

「っぎぃ……でも、捕まえたでち……! はっちゃん!」

 

浮上した先でシュノーケルを外したはちさんが本を開放。真上からの雷撃が、補給速姫に向けて放たれた。また新しい本。今度は立て続けに5本の魚雷。このままではゴーヤさんもただでは済まなそうだが、勿論それは見越している。センさんが寸前のところでゴーヤさんを回収し、雷撃の進行方向には補給速姫しかいない状況を作り上げた。

 

「急速潜航ぉ!」

 

雷撃を回避するために、回収されたゴーヤさんのことは放って海の底まで一気に移動。それなりにギリギリのところまでセンさんが耐えたのに、回避が出来てしまっている。やはり加速力が段違い。

その間にゴーヤさんははちさんと合流。片腕が使い物にならなくなってしまったため、残念ながらここで衛生班と退場することとなる。はちさんもタンクの酸素が無くなりかけていることと、脚の怪我で戦闘続行が厳しい。

 

「逃がさないわ……私達の獲物……!」

「獲物はそっちです!」

 

はちさんの魚雷も潜航して回避した補給速姫を、センさんが同じように潜航して追いながら、魚雷を何発も放つが、それすらもひょいひょいと避ける。補給速姫も接近ではなく魚雷を使い始めるが、センさも同じようにひょいひょいと避ける。

潜水艦同士の戦いは、基本的には決着がなかなかつかない。お互いに攻撃手段が限られていることを理解しているため、殆どの攻撃が回避されてしまうからだ。センさんと補給速姫の戦いも例に漏れず、お互い無傷のまま時間だけが過ぎていくだけ。同じ艤装を使っているだけあり、平行線のまま。

 

そこに一石を投じるもの。それが対潜艦である。

 

「衛生班! あ……」

「任せてください。敵は潜水艦の力を持ってるんですよね」

 

深海艦娘による衛生班が到着。その中の1人、潮さんが補給速姫に狙いをつけていた。

 

「シンちゃん、追い込みに協力してください。海上に引きずり出します」

「おっけー!」

 

相手が浅いところにいようが深いところにいようが関係ない。仲間の潜水艦に当てることなく、補給速姫だけを葬るために爆雷を投下し始めた。

ゴーヤさんとはちさんを衛生班に任せたシンさんも潜航を始め、センさんと一緒に魚雷による追い込み。海中で撃破できれば言うことないのだが、勝ち目があるのは海上だ。まずは潜水艦の力を使いたくないようにしていく。

 

「対潜艦! 潜水艦より厄介ですね。すぐに沈めてあげますよ!」

 

補給速姫も潮さんの危険性に気付いたか、急速浮上を開始した。

 

「センさん、シンちゃん、ありがとうございます。これでこちらのフィールドです」

 

対潜行動を終了。海上に上がってくる補給速姫が潮さんの足を掴もうとしているのはすぐにわかった。そこで潮さんはタイミングを合わせてその場で跳び上がる。海上に現れた手を寸前で回避し、勢いで海上に引きずり出された補給速姫が海上に姿を現した。

 

「時雨ちゃん!」

「わかってるさ。これじゃあモグラ叩きだね」

 

その瞬間、衛生班の時雨さんが背部大型連装砲を変形させ、補給速姫目掛けて放っていた。駆逐艦らしからぬ強力な火力が、海面を抉るように補給速姫に直撃……したはずだが、それすらも当たり前のように弾いている。体勢が崩れていてもこれとは、本当に戦力としては扶桑姉様並か。

 

「潮、イクとしおいの方の潜水艦をお願い」

「了解。ゴーヤちゃんとはっちゃんの退避を」

「ああ、それはこっちでやっておく」

 

補給速姫との戦闘は次の段階へ。まだあちらの全容は不明。少なくとも潜水棲姫以外の艤装も持っているはずである。出来ることなら、洋上補給をさせることなく沈めたい。

 




潜水艦同士だと、お互いノーダメージで終わることばかりですよね。手の内がわかっているし、同じ海中同士での魚雷の撃ち合いならまず当たらないと思うのです。それをどうこうしているのが補給速姫。海中での白兵戦とか普通考えない。


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それぞれの戦線

少しだけ時は遡る。

潜水艦隊が交戦中、こちらでは戦艦天姫との戦いが始まっていた。海上の人形は海中の数倍。それに加え、姫級の深海棲艦も多数。対するこちらは連合艦隊12人。最高戦力である扶桑姉妹が加わったとはいえ、それ以上の力を持つ戦艦天姫があちらにはいる。

 

「……大和さんがあんな風になっちゃうなんて。前にも見たけど、やっぱりショックだよ」

「気にしちゃダメだよきよしー。あれは大和さんとは別物でしょ」

「時津風姉さんの言う通り、見た目が同じな別人です。清霜さん、気にしないで」

 

大和型としてここに立つ清霜さんには、戦艦天姫の外見がどうしても気になってしまう。あの外見だからこそ立ち上がったのだが。

 

「あ、清霜ちゃんですね。戦艦に憧れている駆逐艦の子。でもここの清霜ちゃんは戦艦の装備なんですよね。良かったですね、夢が叶って」

「うん。晴れて大和型として認めてもらえたから。だから、あたしはこう名乗らせてもらうよ」

 

山城姉様よりも前に出て、戦艦天姫と対面。もう躊躇いも戸惑いもない。気にはなるが、抵抗もない。討ち倒すべき最悪の敵として睨みつける。

 

「第一遊撃部隊、()()()()()、清霜! 抜錨ぉ!」

 

轟音と共に放たれた一撃は、一直線に戦艦天姫へ向かって飛んでいく。これが私達への開戦の合図となる。

 

「陽炎型6人は人形処理を! 姉様方、清霜さんと戦艦天姫を! 霞、春風、私と姫級の処理よ!」

 

一気に役割分担。とにかく戦艦天姫の周りを処理しないと話にならない。横槍が鬱陶しいため、最高戦力以外はそちらの処理に向ける。この後からまだ援軍は来るのだ。時間稼ぎをしながら人数を揃え、確実に勝てる状況へともっていく。

 

清霜さんの放った砲撃は、戦艦天姫が軽く払うことで弾かれる。相変わらずめちゃくちゃだ。

清霜さんの装備は、鎮守府で用意できる最高火力、51cm連装砲。戦艦天姫の持つ主砲とほぼ同じ火力が出ている筈だ。それでも(あし)らう程度で攻撃を無効化してくるのは厄介極まりない。

 

「アマツはアサちゃんに用があるんです。貴女達は周りの子達と遊んでてください」

「朝潮は周りの子と遊ぶの。アンタの相手は私達よ」

 

さらに清霜さんの砲撃。今度は払うのではなく回避。その回避方向に向けて、扶桑姉様が飛び込む。

 

「貴女は生きていちゃいけないの……ここで……くたばりなさい」

 

容赦なく回し蹴り。以前までなら簡単に受け止められ、そのまま脚が折られていただろう。だが、もうその心配はない。並みの戦艦主砲とは比べ物にならない威力を誇る蹴りだ。いくらなんでも簡単に受け止められては困る。

 

「そういえば聞きましたよ。扶桑さんも元々はお母様に従っていたんですよね。裏切らなければ死ぬことなんて無いのに」

 

あの強烈な蹴りですら、払い除けるように回避。掴んでいたものを敢えて払った辺り、今回の攻撃は前と違うと直感で判断したか。

 

「私が死ぬ……? 寝言は寝て言いなさい……」

「この前と何も変わってないじゃないですか。なら、今回もアマツの勝ちです。手加減もしません」

「なら何故払ったの……? 掴めばいいのに」

 

強烈な踏み込みにより、海が津波のように波打った。さらにはタイミングよく、海中の戦闘で発生した大型魚雷の爆発のおかげで波が大きくなる。

ほんの少しだけでも足を取られるのが見えた瞬間、今度は山城姉様が真っ直ぐに打ち込む。ノーモーションからの正拳突き。まだ本気ではない。

扶桑姉様の指摘があったからか、戦艦天姫は山城姉様の拳は手首から掴もうとした。誘導に引っかかっている。

 

「やらせると……思う?」

 

津波を起こした方とは逆の脚で強烈なローキック。並でなくても喰らえば折れるほどの蹴り。ただでさえ扶桑姉様は脚技主体の白兵戦型だ。艤装ですら簡単に粉砕する蹴撃は、戦艦天姫に回避を選択させるだけの威力はあった。

 

「見えたぁ! てぇーっ!」

 

脚技を回避するということはそれなりに間合いを取るということ、扶桑姉妹から離れたことにより、射線が出来上がる。すかさず清霜さんが砲撃。それに対しては瞬間的に展開した大和型艤装による砲撃をぶつけガードされる。

 

「からのぉ、もいっぱぁーつ!」

 

弾もカロリーも考えない、衛生班頼りの消耗度外視の連打。少なくとも清霜さんの砲撃を弾いている間はその場から動けないはずだ。回避行動を取った直後だからこそ、その動きを硬直させることが出来る。

 

「その程度の砲撃で!」

「動けないでしょうがぁ!」

 

今度はルーティン込みの一撃。顔面狙いの拳は咄嗟に出した艤装に阻まれるが、艤装を粉々に砕いた。深海の、それも戦艦の艤装だろうがもう関係ない。戦艦棲姫の自立型艤装ですら粉砕するその拳でなら、戦艦天姫に艤装も破壊することができた。

 

「前より強く……!?」

「当たり前でしょうが。ほら、次のを出しなさい。出さなきゃ死ぬわよ」

 

戦艦天姫は今なら押さえ込めている。その間に周りの群衆をどうにか処理しなければまだいけない。0にするのはおそらく不可能だ。それだけ数が多いのだから、邪魔されない程度に減らす。

 

 

 

陽炎型6人はバラけながらも協力して人形を処理していた。ある一定のラインから内側に入れないようにして、戦艦天姫と戦う3人の邪魔をさせないように、全ての人形を処理していた。

まだ日は高いため、萩風さんの心配はない。また、時津風さんは充分に寝溜めしてきた。それでもここまで全力だと、萩風さんと同じタイミングで落ちる可能性がある。そこまでの長期戦になるとは思えないが、気をつけておくに越したことはない。

 

「かぁーっ! さすがオーバースペック! 派手だねぇ!」

「谷風姉さんは器用だね。すごく的確」

「この前嫌ってほどやらされたからですよ。谷風は基本大雑把ですから」

 

今回用意されている人形は、お化け騒ぎの時の人形とは違い気配も読めるし匂いも感じる。代わりにスペックが少し高い、それより前の第二水雷戦隊仕様。連携もさる事ながら、とにかく倒しづらい。

 

「磯風ー、あれこの前のお化けなんじゃなーい?」

「お化けなんて嘘だ。あれはただの敵だ」

「時姉あんまり磯風のことイジメんといたって」

 

だが、この6人には関係無かった。まず時津風さんの火力が高く、当たってしまえば一撃。弾こうとする腕を的確に狙う磯風さんと浦風さんがそれを補助することで、3人で1体を瞬殺。それを繰り返すのみ。

同じことを萩風さん、谷風さん、浜風さんでもやっているだけで、次々と確実に人形は減っていく。

 

「でもねぇ、アレ見るとあたしらもまともなんじゃね?って思うわけよ」

 

ノールックで人形1体を撃破する時津風さん。それも充分に恐ろしい。回避方向まで視野に入れて攻撃している。見ていないが。

時津風さんの言う()()とは、勿論私達である。

 

「アサ、今回は電探の反応あるから大丈夫ね?」

『おうよ。好き勝手やらせてもらうぞ』

「ええ、好きなだけ暴れていいわ」

 

言うが早いか、アサが即座に敵の姫級に突っ込む。人形は陽炎型に任せているため、率先して姫級へ。手近な姫級に向かい突撃。戦艦棲姫から主砲を放たれても、行動予測を使い紙一重で避けつつ粉砕。その後また手近な姫級に突撃を繰り返す。

 

「御姉様の『種子』のおかげで力が漲ります。ひとまずは……()()()()をやっていきますか」

 

春風は駆逐古姫を優先的に撃破していった。充分過ぎるほどのオーバースペックに、金の『種子』の上乗せもあり、姫であろうが一撃で粉砕。自分と同じ戦い方をするのだから、最終的には力が強い方に軍配が上がるだろう。

 

「空母は邪魔よね。先にやっておきましょ」

 

霞は艦載機を飛ばすもの全てを視野に入れていた。放った魚雷は見える範囲の空母全てに向かって進み、足下から次々と爆破していく。一撃の威力が高いおかげで、撃破まで行かずとも艦載機の発艦が不能になるほどには即座にダメージを与えていた。

 

「ヨル、私達も行きましょうか」

『いいよ! 見つけたのから壊していいんだよね?』

「ええ、今回はそれでいいわ」

 

そして私も、手近な敵から片付ける。人形だろうが姫級だろうが関係ない。ヨルが噛める範囲ならば1体ずつ確実に嚙み潰し、私ですら届く範囲に入れば手ずから引導を渡す。姫だろうが人形だろうが関係ない。敵すら選ばない。

 

「ほら、アレ見るとさぁ」

「わ、私達は私達でやれることをやりましょう」

 

時津風さんと萩風さんが同時に魚雷を発射。主砲による砲撃よりもダメージは大きく、当たってしまえばそちらの方が確実に処理が出来るため、主砲よりも多用している。十七駆の4人も、オーバースペックな2人をサポートするように動き回っていた。

 

「衛生班到着ぅ! 怪我人はまだいないか!?」

「こっちは大丈夫です! 人形の処理をお願いします!」

 

ここで深雪さん率いる深海艦娘の衛生班が到着。大潮と皐月さん以外の深海艦娘がここから参戦。

混ぜ物の片方が潜水艦の力を持っているため、潮さんにはそちらに行ってもらう。あとは海上に出たタイミングで火力のある攻撃が可能な時雨さんも潜水艦隊の補助へ。

 

「おー、助かるねぇ。叢雲、突っ込んで突っ込んで」

「白兵戦組だからって頼りすぎんじゃないわよ」

 

言いながらも人形の首を刎ね飛ばす。砲撃を弾くような防御をする人形は、白兵戦を仕掛けるものが有効であることは今までの戦場でわかっている。衛生班だとしても、叢雲さんは心強い援軍だ。

 

「衛生班! あ……」

 

浮上してきたはちさんとゴーヤさん。ゴーヤさんは武器を持っていた腕が潰されており、はちさんはもうタンクに酸素が残っていない状態。

 

「はっちゃん! 睦月のとこに来て!」

 

大発動艇を2台も運用してきた睦月さんがすぐにはちさんの下へ。大発動艇にははちさんのための追加のタンクも用意されており、工作艦の力を使える睦月さんならその場で交換可能。

はちさんは足の怪我により小破状態。あまり戦闘を続行してもらいたくはないが、最低限動くためにタンクだけは交換する。

 

「睦月ちゃん、修理施設ってある?」

「工作艦の力で当然持ってきてるぞよ。小破までならすぐに治すにゃしぃ」

Ich brauche keinen(本当に最高)! 足の怪我をすぐに治してくれないかな。また潜るから」

「了解にゃしい! ちょっと待ってて!」

 

ゴーヤさんの怪我は少し重いため撤退の方向で。はちさんは軽いため、睦月さんがその場で治療する。工作艦特有の修理施設装備が火を吹いた。

 

『朝潮ちゃん、鎮守府の秋津洲だよ。衛生班、到着したよね?』

 

今度は通信。戦闘中に通信してくるということは、重要な何か。そこに秋津洲さんが絡んでいるということは、先日に話していた秋津洲さんの戦いというものの準備が整ったということか。

 

「はい、たった今。睦月さんが現在はちさんを治療中。ゴーヤさんが撤退します」

『了解かも。そろそろ、あたしとあきっちゃんの渾身の攻撃が届くよ!』

 

秋津洲さんとあきつ丸さん、Wあきつによる鎮守府からの攻撃。

 

『大艇ちゃんからそっちの様子見えた!』

 

水平線の向こう側、普通のものとはまるで違うサイズの艦載機が戦場に向かってくることがわかった。飛んできたのは秋津洲さんが大事にしている大型飛行艇の二式大艇ちゃん。さらにその後ろからは、秋津洲さんの物資搬入の時に見かけた艦載機、陸上攻撃機が多数。

 

『基地航空隊! 攻撃ぃ……はじめぇ!』

 

戦場の真上、敵を抉り取るように陸上攻撃機から空爆が開始された。水母の水上機は勿論、空母の最新鋭の艦載機よりも威力のある爆撃が、敵陣を壊滅させていく。

敵味方の区別がしっかりついているのも凄まじい。多少なり移動はしなくてはいけないが、私達に影響は一切無し。

 

『届いたでありますな!』

『二式大艇ちゃんの案内があればアレくらいの距離行けるかも!』

『さすがであります!』

 

本来は陸上攻撃機では届かない場所ではあるが、秋津洲さんの二式大艇ちゃんを使うことでここまで届かせた。それがあるからこそ、運用を秋津洲さんがやっているのだろう。

 

おかげで見えている範囲の人形はほぼ一掃。姫級にも甚大な被害である。後から後から次から次へと敵の増援はやってくるが、基地航空隊の援護により一時的に綺麗になった。

 

「滅茶苦茶しますね貴女達!?」

 

それでも無傷で戦場に立っているのが戦艦天姫。大和型艤装を山城姉様に砕かれたことにより、第2段階、戦艦仏棲姫の艤装を展開している。それを使い、自分への爆撃は全て回避した模様。

 

「アマツさーん、ハヤミ、こんなの聞いてないですよぉ」

「あっちの人達、使えるものを全部使ってくる人達ですから」

 

補給速姫も無傷。空爆開始の瞬間から海中に潜っていたようだ。いくら高火力の絨毯爆撃でも、潜水艦は処理出来ない。

 

「相変わらずしぶといわね」

「こっちのセリフですよ! でももうおしまいです。前の時もこれはどうにも出来なかったでしょう!」

 

戦艦仏棲姫の艤装が振り回され始める。単純な質量兵器が、大型主砲を撒き散らしながら全方位に攻撃してくるのだから困る。掠めるだけでもダメージが大きいアレをどう止めるか。

 

『第2陣、準備中かも!』

『何度でも送り込む所存であります!』

 

基地航空隊からの支援はまだまだ来るようだ。あの爆撃は何度でもお願いしたい。

 

戦闘は次の段階へ。そしてここからが本番である。戦艦仏棲姫、そして、太平洋深海棲姫の艤装を攻略しなくては、この戦いは終わらない。補給速姫の第2艤装もまだわからずだ。

皆がそれぞれの戦線で踏ん張る。時間をかければかけるほど、こちらが有利になるのはわかりきっているのだ。ならば、やれることをやり続けるしかない。

 




基地航空隊は通常海域でも使えるようになりましたが、いろいろ段階があります。物資搬入の際に、その辺りの段階を全て終わらせていたのが秋津洲。二式大艇マイスターは伊達ではない。


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大乱戦

戦艦天姫との最終決戦の真っ只中、基地航空隊による空爆で、敵の人形と姫級が、今見えている分は一網打尽にされる。だが戦艦天姫、並びに補給速姫は未だに無傷である。さらに戦艦天姫は第2段階、戦艦仏棲姫の艤装を展開。戦場は次の段階に入った。

あの巨大な尻尾を処理しない限り勝機はない。最後の段階はもっと厄介だが、まず現段階をどうにかしなくては。

 

「全員薙ぎ倒してあげますよ!」

 

早速主砲を連射しながら尻尾を振り回し始めた。まるで独楽のように自分を軸にしてグルングルンと回転し、見境なく主砲を乱射。砲撃が避けられても、アレそのものに当たってしまうと良くても大破。

 

「もう、ハヤミもいるんですから、あんまり無茶しないでくださいよぅ」

「ハヤミちゃんは潜れるから問題ないですよね」

「うわぁん、無茶振りですよ」

 

補給速姫は無差別攻撃を回避するため再び潜航。あの攻撃をまともに回避出来るのは海中だけ。それが出来るのは深海棲艦と潜水艦のみだ。私も可能ではあるが、攻撃方法が限られすぎるので、あの尻尾はどうにか対処したい。

今は人形や姫級が基地航空隊のおかげで一掃されている。全員でまとめて攻撃するチャンスは今だ。

 

「アサちゃんが第一目標ですよ! 押し潰してあげます!」

 

回転による遠心力を突然縦回転に変えた。真上からの叩きつけ。私が壊れた時にヨルが戦艦天姫に対して繰り出した攻撃の意趣返し。回転力がついていたために、その叩きつけも恐ろしい速さだった。

ガードなんて出来るわけがない。そのままいたら押し潰されて終わり。これは流石に避けなければ。

 

「回避!」

 

同じ直線上にいた霞にも指示。霞も行動予測が出来るとはいえ、あの質量をあの速さで叩きつけられたら指示の後に移動してもギリギリ。

辛うじて回避に成功するが、海面に叩きつけられたことで、先程扶桑姉様が起こしたものよりも激しい波が立つ。超至近距離で波を受けた私と霞は、当然その波に呑まれることに。

霞は私と逆方向に流されてしまった。ここで私は孤立。

 

「避けましたか。なら薙ぎ倒します!」

 

着水と同時に私の方へと振ってきた。至近距離、かつ波に足を取られていたせいで回避が出来ない。遠心力が無いため先程よりは格段に威力は低いが、そもそも質量がある。

 

『ご主人、潜る!』

「お願い!」

 

ヨルの機転で海中に無理矢理引っ張られ、薙ぎ払いも紙一重で回避。だが、その衝撃だけで骨が軋むような音が聞こえた。おそらく小破。戦闘続行は可能。

 

『大丈夫か朝潮!』

「ヨルのおかげで大丈夫!」

 

私ばかりを狙うことで、他の仲間はフリーになる。敵援軍が来る前に総攻撃。

 

「朝潮ばっか狙ってさぁ、大和さんな割に陰険だよねぇ」

 

まず時津風さんが隙を見て、当然頭狙いの一撃。同時に十七駆全員が一斉に四肢を狙う。同時に着弾するようにタイミングを合わせた攻撃なら、どれか1つは当たるはずと踏んだ連携。

 

「邪魔をしないでもらえますか」

 

私に対して振った尻尾を、勢いそのまま時津風さんの方へ振ることで、全ての弾を弾き返した。今度は無差別ではなく、尻尾に備え付けられた主砲全てを時津風さんに集中し、同時に発射。完全に逃げ道を封じた攻撃。

 

「うぇえっ!? ちょっ、待っ!?」

「姉さん!」

 

咄嗟に動いた萩風さんが時津風さんに飛び付き、射線から強引に押し出した。その際に砲撃が掠め、機関部と脚を負傷してしまう。見るからに中破以上のダメージ。

 

「萩風!?」

「何やってんのよアンタは!」

 

砲撃後の硬直を狙い、山城姉様が飛び込む。尻尾の付け根を狙い、次の砲撃をさせないようにするが、戦艦天姫も一筋縄ではいかない。その攻撃を迎撃するため、一時的に尻尾を消す。

 

「山城さん、本当に懲りませんね。いい加減、死んでもらえませんか」

「それはこちらのセリフよ。いい加減、死になさいよ」

 

振りかぶった拳は尻尾を消されたことで空振るが、すぐさま身体を反転させて胴への一撃。それも軽く蹴られることで簡単に弾かれる。むしろ蹴り1回で海が裂けるかのような衝撃。ガードするだけでも体勢が崩されるほど。

 

「山城さん! 撃つからぁ!」

 

山城姉様が引き付けている内に、今度は清霜さんが砲撃。完全に背中を狙った不意打ちのような一撃だが、四の五の言っていられない。

 

「効くわけないでしょう」

 

だがもう一度尻尾を展開され、清霜さんの砲撃が弾かれる。質量もさることながら、単純に硬いのが厄介。あれを破壊したいのに、今の私達の攻撃力では傷1つ付けられない。

 

「硬すぎなんだけど!?」

「清霜ちゃん、横槍は良くないですよ。しかも背中なんて、戦艦の風上にも置けませんね」

「貴女が何を言っても説得力ないわ……」

 

今度は扶桑姉様が展開された尻尾に向かい蹴り込むが、また消されて回避。

扶桑姉妹2人がかりに清霜さんの火力を加えても、未だに無傷。頻繁に出し入れされている尻尾も、そもそも当てることすら出来ず、今は山城姉様が大和型艤装を破壊したのみに留まっている。

 

「邪魔です。アマツから離れてくださいね」

 

またもや尻尾を展開し、即座に身体を回転させ尻尾を振り回す。回避する余裕はなく、山城姉様も扶桑姉様も咄嗟にガード。強烈な質量兵器のぶちかましに、為すすべもなく吹き飛ばされた。

ガードの仕方がうまかったか、骨に何かがあるようには見えない。無傷ではないものの、致命傷は免れた。

 

「貴女達は裏切り者ですから、さっさと死にましょう」

 

周囲に振って間合いを無理矢理取らせた後、主砲の照準は磯風さんに向けられる。

 

「磯風、伏せなさい!」

 

容赦ない砲撃だが、衛生班の叢雲さんが磯風さんの前に立ち、槍で危険な砲弾のみを弾き飛ばした。相当重かったようで顔を顰めたが、叢雲さんも磯風さんも無傷。

だが次の瞬間、叢雲さんが宙を舞っていた。砲撃を放ったはずの戦艦天姫が、瞬きする間に叢雲さんに接近し、蹴り飛ばしていた。あの動き、提督の力か。

 

「これ疲れるから嫌いなんですよ。でも使っちゃいます。大盤振る舞いです」

『やらせるかよ!』

 

次は磯風さんをやろうとしたところにアサが突っ込む。せめて叢雲さんが退避する時間を稼がなくては。

提督の力さえ使われなければ行動予測は可能。アサも戦艦天姫の行動を予測しながら突っ込み、磯風さんから間合いを取らせる。元より当てるつもりはない。全員の安全を確保するための攻撃だ。

 

「アサちゃん、それはちょっと雑なのでは?」

「足止め出来ればいいんですよ。衛生班!」

「叢雲ちゃんは回収済み!」

 

先程宙を舞った叢雲さんは、衛生班の五月雨さんが回収。中破した萩風さんも時津風さんが衛生班の大発動艇にまで運んでいる。

 

「あーあ、トドメさせませんでしたね。じゃあまた始めますよ。頑張ってくださいね!」

 

またもや尻尾を展開。今度は振り回すのではなく、1人ずつ確実に狙う戦術に移行。無差別よりも確実に息の根を止めることを選んできた。

 

「まずは邪魔なのでどいてください」

 

最初の狙いは、すぐに動きを止めようとした山城姉様である。あれほどにまで太く長い尻尾を展開したままでもその機動力は一切落ちず、白兵戦による迎撃。山城姉様を押さえつつも、尻尾は扶桑姉様の方をしっかりと向いている。

 

「近付けないわね……」

「近付かせるわけないじゃないですか」

 

大きな回し蹴りで山城姉様を吹き飛ばした後、尻尾の主砲の連射で扶桑姉様も近付けなくされる。砲撃が重くて、弾けはするものの前に進めない。

砲撃の合間に突然扶桑姉様が舞い上がる。またもや提督の力による一撃。ガードは間に合ったが、大きく間合いを取らされてしまった。

 

「そちらもそろそろダメですよ」

 

フリーになったことで、潜っている補給速姫を狙い続けている潮さんに狙いを付けていた。尻尾の回転が止まったことで対潜行動を再開していたが、戦艦天姫に目をつけられてしまった。

あれだけの手練の潮さんでも、未だに補給速姫を捉えることが出来ていない。今までは戦艦天姫が尻尾を振り回していた挙句、その下に潜り込んでいたせいで、潮さんも手が届かない場所だったからだ。

 

「潮、危ない!」

 

潮さんが狙われていることを時雨さんが察知し、戦艦天姫の尻尾に背部大型連装砲を放つ。狙い自体は良かったが、戦艦天姫の膂力が異常であり、それが当たったところで照準にそこまで影響がない。僅かにズレたものの、変わらず照準は潮さんに定まったまま。

 

「っ!?」

「遅いですよ!」

 

回避行動を取ろうとした瞬間に尻尾の主砲が全て放たれた。土壇場のところで艤装を犠牲に身を守るが、機関部が粉々にされ大破。致命傷には届かなかったようで安心だが、先程の叢雲さんと同様、大きく吹き飛ばされて気を失う。

 

「やっぱり手を抜いちゃダメですね。最初から艤装は使っていかないと」

「やってくれるじゃない……! 衛生班!」

「うっしー確保! 後からまた来るんで!」

 

大破した潮さんは漣さんが回収。

 

「てぇーっ!」

 

それと同時に清霜さんが砲撃。このタイミングならガードせざるを得ないはずだ。だが、清霜さんの足下に気配と反応。補給速姫が清霜さんを狙っている。海中での戦いも難航しているようだ。

 

「清霜さん、跳んで!」

「あぇっ!? と、跳ぶ!」

 

私の指示に咄嗟に反応してくれた。主砲が放たれると同時にジャンプしたことで、砲撃の衝撃で後ろに飛ばされてしまう。しかし、ジャンプの直後に足下で爆発が起きた。跳んでいなかったら、あの爆発、補給速姫の魚雷にやられていた。

支えを失ったことで砲撃はあらぬ方向へ飛んでしまうが、清霜さんは無事着地。怪我をするより攻撃が当たらない方がマシである。

 

「浦風、谷風、対潜だ! 潮がやられた今、丁改装のお前達に任せるしかない!」

「へぁ! 見せ場だねぇ! 粋だねぇ!」

「やっちゃるけぇ、任せとき!」

 

潮さんの穴は対潜特化の改装を受けた浦風さんと谷風さんが埋める。対潜行動を続けておかなければ、上から下からの攻撃で戦列がガタガタにされるのは間違いない。

 

「アマツだけに気を取られてて大丈夫ですか? こちらも援軍来ちゃいましたよ」

 

戦艦天姫の言う通り、先程基地航空隊が一掃した雑多な敵軍勢が回復しつつあった。霞と春風が視界に入る人形と姫級を処理していたが、2人だけでは維持できないくらいになってきた。

 

「援軍があるのはそちらだけじゃないことくらい、貴女もわかっているでしょう!」

「そうですね、わかりますよ。こっちの方ですか」

 

突然あらぬ方向へ主砲を向ける。まさにこちらの援軍が向かってきている方向。

 

『あのクズ……! やらせるかよ!』

 

アサが切り返し、体当たりをすることで照準をズラそうとするが、それを見越してか即座にアサへと照準を切り替えてきた。

 

「アサちゃん、これは鬱陶しいですよ。もっとスマートに攻撃出来ません?」

 

アサの口内目掛けて主砲を発射。空母鳳姫の時とは比べ物にならない火力により、歯による防御もままならず一撃で半壊。まだ艦載機の発艦は可能なため、ここで全機発艦する。

 

『すまん朝潮、攻撃不能だ』

「大丈夫、艦載機のコントロール権を渡すわ」

『あいよ。今度は空爆だ』

 

そうこうしている内に、お互いに援軍が到着。

 

「第二遊撃部隊到着! 旗艦天龍だ!」

「助かります! 手が付けられません!」

 

援軍である第二遊撃部隊の旗艦は天龍さん。随伴は龍田さん、大潮、初霜、皐月さん、島風さん、イクサさんと金の『種子』組勢揃い。高火力であるため、戦艦天姫にぶつかってもらおう。

 

「第三遊撃部隊到着です!」

「最高のタイミングね! 敵増援の処理お願い!」

 

さらに榛名さん旗艦の第三遊撃部隊。随伴は青葉さん、古鷹さん、高雄さん、那珂ちゃんさん、長良さんの巡洋艦部隊。こちらには増え続ける敵援軍の処理をお願いする。

 

「朝潮、我々が援軍側に向かう。霞と春風をこちらにつけるぞ。この磯風の火力では傷がつけられん」

「了解です。磯風さん、浜風さん、人形と姫級の処理を!」

 

ここで増援処理班を交代し、こちらに霞と春風が合流。

 

「滅茶苦茶ねアイツ……こっちは束になってかかってるってのに」

「こんな大人数で戦うことにこちらも慣れてないもの。何かしら弱点がわかれば……」

「大丈夫です。司令官から策を貰ってきました」

 

大潮と初霜がこちらと合流。金の『種子』がしっかりと効いており、瞳が爛々と輝いていた。

 

「搦め手に弱いということは以前の戦いでわかっていましたから。いろいろと持ってきていますよ私達」

「まだまだ援軍は来ますから! 大潮達で乗り切りましょう!」

 

この戦いはスタミナ切れの時間稼ぎが根本だ。想定外の補給速姫の存在があるが、それはもうどうだっていい。どういう形で補給するかはわからないが、それをさせることなく戦いを終了する必要がある。

 

「わらわらわらわらわと! 貴女達は虫か何かですか!」

「それだけしねぇとお前が倒せねぇってことだ。強さを誇ってもいいんだぜ?」

「アマツが強いのは当たり前です。お母様に育てられたんですから。ああもう、わかりました、わかりましたよ。まずは一掃しちゃいます」

 

戦艦仏棲姫の艤装が消え、シンプルな主砲の矛が出現。つまり、太平洋深海棲姫の艤装を一時展開したということ。

 

「散開しなさい! ヤマシロ、アンタの下!」

「私を狙ってくるわけ!?」

 

イクサさんの指示で山城姉様が即座にその場から離れた。それでもギリギリになりそう。

一時的に出したのだろう、まだ最終段階とは言えない。ここまで増えた私達の部隊を一気に処理するために、あの超巨大艤装を使おうという魂胆だ。

 

「皆殺しです!」

 

海面が波打ち、地響きすらしながら、巨大な鯨が大口を開けて海上にせり上がってくる。山城姉様は紙一重。周りにいた扶桑姉様もギリギリで回避。

 

「もうアマツも手加減なんてしません! すぐにでも! 全部! 飲み込んであげますよ!」

 

あちらも出し惜しみしてこない。かなり厳しいが、仲間達はいつになく多い。

 

 

 

終わりが近付いてきている。こちらが全滅か、あちらが全滅か。2つに1つだ。

 



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続く悪夢

次々と増えるこちらの援軍に痺れを切らした戦艦天姫が、ついに太平洋深海棲姫の艤装を展開。消耗してから出したわけではないので、ほぼ十全の力で繰り出してきている。

こちらはもう部隊とは到底言えない人数がここに集結している。鎮守府の半分以上が戦いに挑み、まだまだ増える。

 

「全部飲み込んであげますよ!」

「んな簡単にやられるわけ無ぇだろ!」

 

鯨の体当たりを避けながら、胴に斬撃を入れる天龍さん。しかし、傷1つつかない。刃こぼれしていないだけマシか。

 

「天龍……退きなさい」

「扶桑姐さん、やってみてくれ!」

 

今度は扶桑姉様がどんな艤装も粉砕する蹴りを繰り出す。が、こちらでも傷1つつかない。重い音が響いたものの、ただそれだけ。

 

巨体故に動きは遅いが、巨体故に異常な防御力を持っていた。扶桑姉様の蹴りでもビクともせず、天龍さんの刀も一切通らない。弱点らしい弱点が何も見当たらない。強いて言うなら、これを使っている間は戦艦天姫自身の装備が矛1本になることと、消耗が異常に激しいということくらい。

 

そしてもう1つの問題。それが補給速姫の存在である。あの消耗の問題をクリアするために生まれたと言っても過言ではない存在。白兵戦可能で潜水艦の能力も有する補給艦というわけのわからないものが、現段階で最大の問題点。

 

「出し惜しみなんてしません! ここで全員喰い殺してあげます!」

「テンリュウ! フソウ! 離れなさい!」

 

さらにイクサさんの自立型艤装による頭部大型主砲の一撃。まともに胴体に入ったように見えたが、少し焦げたくらいでやはり無傷。

打も斬も砲も通用しないインチキ兵器。戦艦仏棲姫の尻尾よりもタチが悪い。やはり消耗を待つしかないのか。

 

「天龍さん、龍田さん、本体を!」

「おう! あの馬鹿でかいのが無理なら、使ってる本人をぶった斬る!」

「天龍ちゃんのサポートをするわ〜」

 

鯨が駆け回る戦場を掻い潜り、戦艦天姫本人を狙いに向かうが、矛による砲撃も火力は落ちておらず、弾くだけでも手一杯。あまり時間をかけると鯨が突撃してくる。鯨にも主砲が備え付けられており、周囲を砲撃しながら暴れ回っていた。艦隊で最も素早いはずの天龍さんですら手をこまねいている状況。

 

「くっそ、近付けねぇ!」

「なら魚雷よ! 私がすぐに」

 

霞の危険性は戦艦天姫もよくわかっているのだろう。鯨は霞の魚雷の匂いに即座に反応したか、霞に向かって突撃を開始。魚雷は深くに潜らせたために破壊はされないが、霞自体がやられたらおしまいだ。

 

「霞、舌噛むよ!」

 

大潮が霞の服を掴んで強引に海中に潜った。深海艦娘も半深海棲艦も多少なりは海中で活動が可能。本当に紙一重のところで回避に成功。衝撃で大潮がダメージを受けるが、まだ戦闘不能には遠い。

海中から魚雷をコントロールする霞。鯨を潜り抜け、戦艦天姫の真下まで運び、そのまま真上へ。海中にいるからこそ正確な位置がわかる。

 

「霞ちゃん、魚雷はダメですよ」

 

軽く飛び上がり、矛による砲撃で魚雷を全て破壊する。その時の隙すら、鯨がカバー。

ならばと、鯨の裏側に回り込んでいたイクサさんと清霜さんが同時に砲撃。2人がかりの砲撃ならば、何とか出来るだろうと判断したのだが、今度は鯨を消し、戦艦仏棲姫の尻尾を展開。砲撃をシャットアウトする。

 

「そんな簡単に出し入れ出来るのはズルいわね」

「これがアマツの力ですから。ではまたやりますよ」

 

尻尾が消え、鯨が再臨。戦艦天姫の真横からせり上がってきて、すぐさまイクサさんと清霜さんに襲いかかる。

あれほどまでに連続で出し入れしていれば、改造されているとしてもスタミナ切れは通常以上に早く訪れるだろう。だが、その辺りを一切気にしていない。補給速姫がこの戦場にいるからか。

 

「キヨシモ、ちょっと我慢しなさい!」

 

イクサさんが自立型艤装で清霜さんを掴み上げると、攻撃範囲外に投げ飛ばした。金の『種子』によるブーストで、戦艦艤装を装備した清霜さんでも難なく放ることが出来た。

しかし、そのせいでイクサさんは鯨の前から逃げられなくなる。

 

「アサ!」

『わかってる! 空爆だ!』

「ボクも行くから!」

 

もう一度、戦艦仏棲姫の艤装に切り替えさせるため、発艦しておいた艦載機により集中的に絨毯爆撃。加えて、皐月さんが自身の艦載機を足場にして戦艦天姫の直上から斬り下ろす。

 

「……それはよろしくないです。ガード」

 

思惑通り、戦艦仏棲姫の艤装によりガードしてくれた。皐月さんの斬撃でも貫くことが出来ず、鈍い音がした後に間合いを取り直す。

ひとまずイクサさんが助かったので安心する。だが、戦況は一向に芳しくない。初霜の持ってきた搦め手をそろそろ使ってもらわなくては。

 

 

 

一方海中。補給速姫がこちらの戦いに横槍を入れるため、潜水艦隊がそれを対処しようと追い込みを始めている。対潜の鬼、潮さんが戦艦天姫にやられてしまったため、浦風さんと谷風さんが代打で来ているのは承知の上。2人も対潜は得意であり、2人がかりであれば潮さん以上の成果は出せる。

 

「そろそろ止まってもらわないと困るわ……」

「そーだそーだ! 帰れー!」

 

潜水艦姉妹がどうにか押さえ込もうとするが、白兵戦を挑まれると退避するしか無くなってしまう。霞や高雄さんの魚雷ならもっと戦えるのだろうが、一直線にしか進まない魚雷ではどうしても戦いが泥沼化する。

海中での白兵戦に比較的対応出来るゴーヤさんが退場したのも痛手だった。イクさんとしおいさんが合流したものの、かなり厳しい。

 

「うーん、貴女達と戦っていると、正直時間の無駄なんですよね」

「なら……何をするというの……?」

「それは勿論、さっさと死んでもらいますよ」

 

今までの攻撃が嘘のように魚雷が生成された。火力よりも量で押し込んできた。

 

「回避、出来ます?」

 

一斉に放つ。今までの魚雷と同じように直線にしか進まないが、上下左右全てを埋め尽くすような密度。回避はほぼ不可能だ。

 

「回避じゃなくて、全部ぶっ壊してやるの!」

「ちょっと数が多過ぎるけどね!」

 

それを処理するのがイクさんとしおいさんの役目。1つ破壊すれば周りが誘爆していくため、効率のいい場所を2人で次々と撃っていく。

だが、それが補給速姫の策だったのだろう。魚雷が爆発するたびに視界が封じられていき、補給速姫の姿を泡が包み込んでしまった。

 

「まずはそこの子供からにしましょうか。妙に火力高いですし」

 

その宣言と同時にセンさんがシンさんを掴んで急浮上。紙一重で泡の中から伸びる腕を回避。

しかしその後、本命の魚雷が放たれていた。咄嗟に艤装を前に出し、その魚雷を受ける。

 

「お姉ちゃん!?」

「っぐ……大丈夫よ……」

 

もろに受けてしまい、艤装は粉々。それを掴んでいた右腕もボロボロになるほどのダメージ。少なくともセンさんは戦闘続行不能。攻撃手段も潜航能力も失われてしまったが、代わりにシンさんは無傷で済んでいる。

 

「あらら、しぶといですね。ではトドメを……!?」

 

センさんに手を伸ばそうとした補給速姫が、すぐさま引っ込めて後方へ退避した。補給速姫が今いた場所に、ミサイルのように突っ込んできたはちさんが擦り抜ける。

睦月さんによる治療と装備換装が終了し、戦闘開始時とほぼ同等の状態に戻っていた。タンクの酸素は充分。ここからさらに30分の潜航が可能。

 

「カ級みたいな子がまた来ましたね。さすがに驚きましたよ。タンクをぶつけに来るなんて」

 

海底で切り返し、本を開く。入れられていたのはセンさんの大型魚雷。直進しか出来ない魚雷では簡単に避けられてしまうが、その隙にシンさんがセンさんを引きずって睦月さんの下へと向かい戦場を離脱。

 

「アイツ、ホントしぶといの」

「はっちゃん、足大丈夫みたいだね」

 

イクさんとしおいさんも合流。そして、海面に向けて放った魚雷により、海上の対潜艦、浦風さんと谷風さんにも居場所を伝える。ソナーで場所を把握しているとは思うが、明確な位置はこれでわかったはずだ。

 

そして、海中にも援軍が駆けつける。

 

「おい、お前シン達のことイジめただろ」

 

補給速姫の真後ろ、海中でも行動できるレキが首を掴もうと手を伸ばしていた。気配を感じるはずなのだが完全に不意をついたようで、慌てて間合いを取った。

 

「さっき見たぞ。シン泣いてた。お前がやったんだろ」

「レ級ちゃんまで。話は聞いてたけど、ホント豪華ですね」

「答えろよ。お前だろ。お前なんだろ」

「だとしたらどうするんです」

 

余裕そうな補給速姫に対し、レキは怒り心頭。

 

「こ こ で ぶ っ 壊 し て や る」

 

海中であるにも関わらず、猛烈なスピードで突貫。並の潜水艦を優に超える機動性により、補給速姫の胸ぐらを掴んでいた。

 

「速っ……」

 

顔面に向かって頭突きを入れ、即座に尻尾でかち上げるように脇腹を薙ぎ払う。その衝撃で海上まで打ち上げられた。

 

「うっそ!? 何ですかその威力!?」

「壊れろぉ!」

 

海中から主砲を構え、補給速姫に向けて発射。打ち上げられたことにより空中に投げ出され、回避不能。扶桑姉様並の白兵戦能力で強引にその弾を弾き飛ばすが、そのせいで隙だらけと言ってもいい状態。

 

「対潜する暇ありゃしないねぇ!」

「頼もしい仲間じゃけぇ!」

 

即座に補給速姫を撃つが、新たな艤装を空中で展開。大剣のような(いしゆみ)を振り回し、放たれた弾を弾き飛ばした。同時にエイのような艦載機が展開され、一斉に空爆を始める。

 

「へぁ!? こいつ、空母かい!?」

「航空戦艦、欧州棲姫の艤装です。ハヤミは陸海空全てを制する補給艦ですよ」

「航空戦艦が普通の艦載機飛ばすんはズルいけぇ!」

 

水上バイクのような艤装で海上を駆けながら、弩により艦載機を発艦。先程まで潜水艦の戦術をとっていたと思えば、今度は空母の戦術。相変わらず混ぜ物はめちゃくちゃである。

 

「逃がさないぞ! お前はみんなをイジめてる! レキがぶっ倒してやる!」

「レ級ちゃんの相手はハヤミには荷が重いんですけどぉ!」

 

言葉とは裏腹に、かなり余裕そうである。混ぜ物全てに言えることだが、こちらのことを若干軽視している節がある。補給速姫もその気があるようだ。

ならば、ここで吠え面をかかせるしかあるまい。

 

 

 

こちらはまだ戦艦天姫の弱点探し中。ジリ貧なのはわかっているが、やらないよりはやった方がいい。

 

「援軍来たぞ! 深海部隊推参!」

 

新たな援軍はガングートさん率いる深海部隊。随伴はウォースパイト さん、ポーラさん、涼月さん、瑞穂さん、クウ、そして補給速姫と絶賛交戦中のレキ。

 

もうこれで鎮守府にはほとんど艦娘が残っていない。あと来ていないのは空母隊と一部純粋な艦娘。そして元帥閣下と南司令官配下の艦娘のみ。

この状況でもある程度鎮守府防衛は必要である。この隙をついて鎮守府側に部隊を送り込んでいてもおかしくない。私達だけ残って司令官達が全滅というのは絶対にあってはいけない。

 

「朝潮様、瑞穂合流致しました。ご指示を」

「戦艦天姫の弱点を探しています。何か気付いたことがあれば何でも教えてください」

「承知致しました」

 

ここからは部隊の再配分だ。敵の現状から得手不得手を分け、一番適している場所に置く。

 

「ガングートさん、涼月さんは補給速姫へ! ウォースパイトさんとポーラさんは敵増援部隊の処理を! クウ、こっちに来て一緒に空爆!」

 

レキはそのまま補給速姫につけておくべき。敵が万能戦力なら、こちらも万能戦力だ。

 

『朝潮ちゃん、秋津洲かも! 基地航空隊第二陣、向かったよ!』

「ありがとうございます!」

 

ここで基地航空隊もやってくることが確定。敵増援を一時的に一掃出来る力はありがたい。今は補給速姫の艦載機があるが、それに関しては涼月さんがいる。対空母として絶対的な力がある涼月さんなら何も心配はない。

 

「また増えましたね。本当に虫みたいですよ」

「そちらは虫の息ではないですか? そんなに艤装を切り替えて。疲れが見えていますよ」

 

現在は鯨が消えており、尻尾で応戦してきている。それはそれで厄介極まりないのだが、鯨に暴れ回られるよりはまだマシ。あちらも鯨を出し続けるほどスタミナが残っていないと見た。汗ばんでいるようにも見える。

 

「疲れているのは確かですね。ハヤミちゃん、来てくださーい」

「あ、時間ですか。了解です」

 

レキを無理矢理引き剥がし、艦載機と艤装に設置された戦艦主砲のような高角砲で誰も近寄らせないようにしてから戦艦天姫の真横に。戦艦天姫も誰も近付けないような尻尾を大きく振り、一時的に間合いを取った。

 

「補給します。その分だけ耐えてくださいね」

 

事もあろうか、この切羽詰まった戦場でディープなキス。そんな形で補給するとは想定してなかったため、驚きで思考が一瞬停止してしまう。

補給を邪魔しようとイクサさんと清霜さんが砲撃するが、尻尾で全て阻んでいる。全方向の攻撃を阻むために2人で抱き合ってクルクル回りながら補給する姿は、まるで社交ダンスのようだった。それがこちらへの攻撃になっているのだからたまったものではないが。

 

「ぷはっ、ご馳走様でした。アマツ、全快です!」

「あと2回分ありますからね。では、またその時に!」

 

あの無双状態がまだ続く。悪夢以外の何者でもない。動きにようやく慣れてきたため、鯨も尻尾も回避出来るようにはなってきたが、ジリ貧なのは変わりない。

 

悪夢はまだ続く。だが、こちらも人数がいる。打開はもう少しで出来るはずだ。圧倒的な力を前にしても、誰も諦めていない。

 




現在鎮守府に残っているのは

・加藤艦隊
龍驤、蒼龍、雲龍、吹雪、白露、黒雪風、最上、雪、秋津洲、大淀、明石、セキ
・元帥閣下護衛部隊
赤城、加賀、大和、武蔵、長門、白雪風
・南艦隊
川内、あきつ丸


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皆の寵愛

悪夢の続く戦場。艤装の切り替えを続けて大きく消耗していたはずの戦艦天姫が、補給速姫の補給により全回復。ただでさえ艤装に傷1つ付けられていない状態で、一番近い勝ち筋であったスタミナ切れ待ちが遠のき、状況は悪化の一途を辿っている。

だが、誰も諦めていない。私、朝潮もだ。鎮守府の殆どの者がここに集結し、2人の混ぜ物と群れを成す人形と姫級を相手に、一進一退の攻防を繰り広げている。

 

補給速姫は補給をあと2回残してあると言っていた。あれをまたされては困る。戦艦天姫よりも先に、補給速姫を倒す必要が出てきた。

 

「アサ姉ちゃん、あいつはレキがやっつける。あいつはシンを泣かせた。絶対に許さない!」

「レキ……任せたわ。戦艦天姫は私達が食い止めておく」

 

今までにないほどレキがやる気だった。今の鎮守府内では一番付き合いが長く大の親友とも言えるシンさんが、姉がやられたことで泣かされてしまっている。それにより、見たことがないほどに怒っていた。

それでも私の下に話しに来た辺り、頭に血が上り切っているわけではない。冷静とも言いづらいが、考える力が失われているわけでもない。

 

再び戦艦天姫と別行動を始めた補給速姫を睨みつける。補給が完了したため、また先程と同じようにこちらの数を減らそうという魂胆なのだろう。今度は海中ではなく、欧州棲姫の艤装で航空戦艦として戦いに来ている。

 

「またレ級ちゃんですか。さっきの結構痛かったんですけど!」

「そんなこと知らない! ここでぶっ壊してやるからな!」

 

尻尾を前方に構え、戦艦主砲で狙いを定める。

 

「それならコレと遊んでてください!」

 

手に持つ弩から艦載機を発艦。航空戦艦という名目にも関わらず、私の倍以上は艦載機を発艦していた。戦艦と空母を足して2で()()()()()()ような存在だと思えばいいだろう。

だが、それはレキも同じこと。それに、今はそんな艦載機はもう気にもならない。

 

「艦載機は生かしませんよ」

 

艦載機は発艦した瞬間から次々と墜とされていく。対潜の鬼、潮さんと同様に、その性質上対空の鬼として新たに加わった涼月さんが、両用砲により容赦なく墜とす。

 

「防空埋護姫! そんなものも引き込んでいるんですか!?」

「航空戦艦が私の前で艦載機を発艦出来ると思わないでください」

 

空が埋まる程ではないにしろ、相当な数あったはずの艦載機が、あっという間に消えていく。

対空母として調整された涼月さんも、味方になるとこうも心強い。こちらの空母3人の艦載機を全て1人で押さえ込んでいただけある。たった1人の、本業でもない艦載機であれば、問題なく処理できた。

 

「貴様、白兵戦も出来るらしいな。なら私も相手しようか」

 

ガングートさんもレキと並び立つ。相手がいくら強力な姫級を組み込まれた混ぜ物だとしても、この3人なら心配はいらない。海中に逃げられたとしても、未だに潜水艦隊は3人海中で待機しており、対潜艦の浦風さんと谷風さんも健在。数的優位は充分。

 

「もう……わかりました。全員まとめてかかってきてください。アマツさんまでとは行きませんけど、ハヤミもお母さんの娘の端くれ、ただの艦娘と深海棲艦には負けませんよ」

「ほう、なかなか吠えるじゃないか。レキ、アイツあんなこと言ってるぞ」

「アイツのせいでアサ姉ちゃんも困ってるんだろ。なら知らない。ここでぶっ壊す!」

 

レキの砲撃が戦い再開の合図となった。

 

補給速姫はもう艦載機も出すつもりはないようで、欧州棲姫の艤装に備え付けられた戦艦主砲のような高角砲でレキ達を撃つ。

先程の対空を見たら、流石にまたやろうとは思うまい。いくら出しても瞬時に墜とされるのだ。涼月さんがいる限り、制空権は確実に確保できると言っても過言ではない。改めて、仲間になってくれて本当によかった。

 

「その程度の砲撃で!」

「ならば白兵戦なんてどうだ。貴様もやれるのだろう?」

 

レキの砲撃を避けたところにガングートさんが突っ込む。艤装による拳を、補給速姫も拳で受け止めた。やはり扶桑姉様並。粉砕まではされないものの、艤装の重みを拳で受けることが出来るというだけでも脅威。

 

「ほんならうちらも援護じゃ! 谷風!」

「わかってるよぉ! よいしょー!」

 

浦風さんと谷風さんの援護射撃。常に連携プレイをしている十七駆だからこそ、今まで連携したことのない仲間でも即座に連携。

 

「邪魔です!」

 

ガングートさんの艤装の拳を打ち上げ、2人の援護射撃は素手で弾く。私達の鎮守府では見慣れた光景とはいえ、自分の砲撃が素手で弾かれるのはあまりいい気分ではないようだ。

 

「華奢な(なり)の割になかなか重い拳じゃないか。私の艤装を受け止められる奴はなかなかいないぞ」

「それはどうも。褒めても容赦はしませんよ」

 

そう言いながら艤装を切り替え、海中へ。潜水艦の力はそれだけでも厄介。普通の海上艦では対応すら出来なくなる。

だが今回は話が違う。補給速姫が潜った瞬間にイクさんとしおいさんが動き出す。

 

「今度はイク達のターンなの!」

「魚雷撃つ暇すらあげないんだから!」

 

海中での白兵戦も出来る補給速姫だが、縦横無尽に動き回り主砲を撃つ潜水艦というのは普通はありえない。

 

「何なんですかここの人達は!」

「ホントに生まれて時間が経ってないみたいなのね」

「説明すらまともに受けてないんだ。じゃあいっぱい驚いてもらおうかな!」

 

2人の主砲による砲撃は素手で全て弾いていくが、2方向からの攻撃で両手を封じている。すぐにでも海上に上がりたくなるように、海中の3人目、はちさんが再びミサイルのように突っ込む。そのスピードは最早、魚雷より速い。

 

「また!」

 

避けられる寸前で急停止。本を開くと出てくるのはゴーヤさんの機銃。額に向けて射撃するが、寸前で本を蹴り飛ばされ攻撃が無効化。代わりに移動を封じたことで浦風さんと谷風さん、さらにはレキからの対潜攻撃が開始される。

レキの対潜は潮さん仕込み。遊びの中でゆっくりじっくり育てられた第2の対潜の鬼。3人がかりの対潜では、さすがの補給速姫も追われる一方。

 

「何なんですかもう!」

 

爆雷は魚雷と同じで流石に弾くことは出来ないため、即座に回避行動。その間に蹴り飛ばされた本をキャッチしたはちさんが、新たなページを開く。今度放たれたのは霞の魚雷。本に入れた時点でコントロールの権利ははちさんに移譲されている。

 

「追ってくる魚雷だなんて!」

 

海中で戦う方が厳しいとようやく気付き、3人に向けて再び異常な密度の魚雷を放ちながら海上に退避。魚雷処理をイクさんとしおいさんに任せ、はちさんは海上に向けて魚雷を発射。今度はセンさんの魚雷のため、単純な火力。

 

「直進するだけの魚雷は当たりません!」

 

が、当たる当たらない以前の問題であった。避けるよりも前に、しおいさんがその魚雷を撃ち抜き爆発させる。海中からは目くらまし、それより上にいるのならその衝撃でより海上に押し出される。

 

「出てきたな!」

 

そこに目掛けてレキが主砲による砲撃。体勢が崩れている今の状態なら、普通なら回避は出来ない。弾くにしてもまともには跳ね返さないだろう。かなり無理な姿勢でその砲撃を弾く。

 

「重た……っ」

「もいっぱーつ!」

 

レキの主砲は連射出来る。1発を避ける、ないし弾いたとしても、2発目の処理までして初めて回避成功となる。私も水鉄砲で受けているから、あの恐ろしさは承知の上だ。

 

「っだぁあっ!」

 

それすらも、今度は脚で弾いてきた。そこから即座に欧州棲姫の艤装を展開し、レキ達から間合いを取る。艦載機は無意味のためもう出さず、高角砲のみでの攻撃。それはガングートさんが全て弾いていく。

 

「何なんですか貴女達は!」

「お互い様だろう。我々は貴様らに命を狙われているんだ。貴様も同じ目に遭うに決まっているだろうが」

 

ガングートさんの後ろ側からレキが獣のように飛び付く。今度は鬼ごっこだ。間合いを取った者を追い込み、捕まえ、撃ち抜く技術。これも遊びの中で育てられている。

 

「お前は絶対に許さないぞ!」

「誰も許してくれなんて言ってません!」

 

弩をレキに向けた。が、即座に涼月さんが弾き飛ばす。艦載機に関わるもの全てに対し、涼月さんは上に立つ。そもそも発艦すら許さない。

 

「させませんよ。根元から断っての防空です」

「それなら……!」

 

またもや艤装を切り替え海中に逃げようとする。対潜を回避した方が現状よりは状況が好転するとでも思ったのだろう。既に海中では潜水艦隊がスタンバイ。

 

「潜らせないのが最大の対潜なの」

「あたし達本業の潜水艦に勝ってもらったら困るんだよね」

 

展開された潜水棲姫の艤装が、イクさんとしおいさんの主砲により撃たれ、すぐに潜れなくなった。さらにはちさんからも魚雷が放たれ、艤装を完全に破壊。センさんがやられたことの意趣返しとなった。

 

「捕まえたぞ!」

 

潜れなくなったことで、飛びついたレキが補給速姫の首を掴む。その腕を掴み引き剥がそうとするが、見た目とはかけ離れた腕力により簡単には抜け出せない。

 

「子供の力でハヤミを捕まえていられると……!」

「ただの子供だと思うなよ。レキは私達の寵愛を受けて成長した戦艦レ級だぞ。並の深海棲艦と一緒にするな」

 

首を引き寄せ、腹に膝蹴り。そちらは防御されるが、首を掴む手を引き剥がすことが出来ずにより強く握られることに繋がる。

 

「っかっ……あああっ!」

 

強引に抜け出すためにレキの脇腹を蹴り飛ばす。さすがのレキもそうされてしまうと拘束が外れてしまい、補給速姫は自由な身に。首筋には絞め痕がクッキリと浮かび上がり、ダメージが大きいことを表している。

 

「けほっ、かはっ、やってくれますね……!」

「ここで終わるんだよ貴様は」

 

レキが離れたことで今度はガングートさんが突っ込む。首を絞められたことで力が弱った補給速姫には、今のガングートさんの拳は防御出来ない。大きく間合いを取るために後方へ跳ぶ。

それに合わせて涼月さんが両用砲を放っていた。着地狙いのタイミングにより、防御出来たとしてもまた体勢が崩れる。

 

「寄ってたかってぇ!」

「もう、動いちゃダメなの」

「うんうん、終わりにしなくちゃ」

 

イクさんとしおいさんが補給速姫の脚を掴んでいた。ほんの少しだけ脚を海中に引きずり込むことで、動きを鈍らせる。たったそれだけあれば、レキもガングートさんも間合いを詰めることが出来る。

 

「扶桑並なのは防御だけだったな。レキ、行けぇ!」

 

艤装の腕により、レキを補給速姫に投げ飛ばした。勢いそのままに補給速姫の胸に蹴りを決める。

脚を海中に引きずり込まれていたため、蹴りの勢いで後ろに飛ばされることもなく、衝撃をモロに受ける形に。ガングートさんの投擲による加速では防御も間に合わず、ダメージを受けて大きく仰け反ることになった。

 

「ぶっ壊れろォ!」

 

蹴ったことで舞い上がり、尻尾の主砲を構えたレキ。同時に後ろ側に回り込んでいたはちさんが本を構えていた。ここまで来たらもう身動きも取れない。センさんの大型魚雷のページを開き、レキの砲撃と同時に放つ。

前から後ろから攻撃され、瞬間的に回避も出来ず、防御する余裕も与えられない。

 

「あ……」

 

戦艦主砲と大型魚雷、2つの爆発に巻き込まれ、補給速姫は終わりを迎えた。

 

 

 

爆発による炎上が晴れたとき、その中心で脚や腕を失い、所々に大火傷を負った補給速姫がそこに現れた。まだ息があるというだけでも驚きだが、もう虫の息だろう。そのまま放っておいても消滅する運命にある。

 

「……やられちゃいました……これは……助かりませんね」

 

諦めが含まれた呟き。

生まれたばかりでグチャグチャに改造され、戦艦天姫の補給役という大役を任されてしまった補給速姫は、1週間も生きることなく、ここで死ぬことになる。

 

「補給……補給はもう……出来ませんか……」

「もう貴様は終わりだ。最後くらい看取ってやる……もう眠れ」

 

残された身体の一部からチリチリと消滅していく。本当にこれで終わり。未練なく逝くこともなく、未練まみれで逝くこともない。消滅以外にない。

 

「……は、はは、でも……一矢報いますよ……」

「何を言っている。貴様はもう」

「……ハヤミは補給艦です……燃料は体内に蓄積されています……それが……引火すればどうなりますかね……!」

 

言う間も無く、涼月さんが両用砲で頭を撃ち抜いた。その瞬間をレキに見せないように、ガングートさんが艤装の腕で視界を覆う。残酷だが、これ以上被害を出さないためには最善の方法。最後の最後に、涼月さんが汚れ役を買って出た。

頭を失った補給速姫はそのまま消滅。体内の燃料も一緒に消えていった。

 

「最後に自爆を選ぼうとするとは……涼月、助かった」

「いえ……。ですが、これが()()()()()という感覚なのはわかります」

 

思考はほぼ深海棲艦の涼月さんでも、今の行いは反吐が出る行為なのだろう。勝利を収めても、喜ぶことは一切出来なかった。

 




速吸は補給艦としても一生がとても短い艦。混ぜ物として生み出され、名前も信念も在り方すらも壊されても、同じ運命を辿ることに。皆さんは速吸、大事に育ててあげてください。


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信念の力

時は再び少し遡る。

レキ達が補給速姫と戦っている時、私達は戦艦天姫と相対している。補給され全回復した天姫に対し、私達は人数は増やしているものの消耗著しい。

特に、最初期から戦艦天姫と戦っている清霜さんは、デメリットがかなり来ている。飢えに耐えながらも、常に戦艦天姫を見据えていた。

今はまず、清霜さんの回復を優先すべきか。このままだと戦闘ではなく餓死で沈んでしまう。

睦月さんは人形と姫級の群れを処理している仲間の小破を修理施設により治療中。合間に清霜さんの補給も出来るだろう。

 

『アキツシマの通信あったよな。基地航空隊はいつ頃来る』

「すぐには来ないわ。だからせめて、そこまで耐えないと!」

 

やはり勝ち筋はスタミナ切れ狙い。補給されたとはいえ、あんな雑でゴリ押しな艤装切り替えばかりをしていたら、すぐに枯渇するはずだ。次の補給をさせないだけでも、戦況は大きく変わる。

ただし、それをやられ続けるだけでこちらは過剰すぎる損害を被ることになる。そもそもあの鯨の艤装が酷い。質量兵器にしてもやり過ぎだ。

 

「さぁ、元気いっぱいですし、仕切り直しですよ!」

 

太平洋深海棲姫の艤装を展開。鯨は清霜さんの方へと向かう。消耗しているのがバレたか。

 

「キヨシモ、アンタはムツキのところに行きなさい。早く!」

「ご、ごめんなさい、すぐ戻るから!」

 

イクサさんの指示で清霜さんは大急ぎで一時撤退。まずはカロリーを摂取しないと倒れてしまう。

 

「逃がしませんよ!」

「逃がすんですよ」

 

ここで攻撃を始めたのは、搦め手をいくつも用意してきたという初霜。右腕の深海艤装ではなく、左腕の艦娘艤装による砲撃。

たかが駆逐主砲、戦艦天姫も甘く見ているだろう。回避もせず、矛を軽く振るうだけでその砲撃を弾く。

 

「朝潮さん、全員に伝達。()()()()()

「全員目を閉じて」

 

全員に通信できるのは私のみ。大声で叫んだら戦艦天姫にバレてしまうため、私が静かに一斉通知。戦艦天姫が弾いた砲撃は、矛にぶつかった瞬間、強烈な光を放った。本来とは違う形で作られた照明弾である。

本来ならば、落下傘付きのものを夜戦で打ち上げるのが基本だが、初霜の放ったものは主砲で撃ち出せる特殊なもの。夜戦好きな川内さんが愛用する特殊兵装。搦め手その1。

 

「なっ、また目を……!?」

「清霜さん、今です!」

 

戦艦天姫の目が眩んだことで、鯨の動きも鈍った。艤装であるがために、本体と若干だが連動しているようだ。おかげで清霜さんは退避に成功。

本体さえどうにかすればいいのは勿論だが、弱らせるだけでも行動が制限できるのは大きい。搦め手が間接的に艤装に効くということがわかっただけでも、今後の作戦が立て易くなる。

 

「睦月ちゃぁん、お、オヤツ、オヤツちょうだい……」

「すぐに出すぞよ! ちょっと待つにゃしい!」

 

限界ギリギリまで耐えた清霜さんは餓死寸前。息も絶え絶えで睦月さんの下へ。

 

「みんな手伝って!」

「清霜食え食え!」

「食べるのですー!」

 

群れとの戦いで小破し、睦月さんから治療を受けていた深雪さんと電さんも、治療を一旦止めて清霜さんのためにオヤツを用意。こうしている間にもカロリーを消費してしまうデメリットは辛い。皆で協力して清霜さんの回復に努める。

 

その間に、私達も戦艦天姫の打倒に向けて行動開始。

照明弾により目潰しをしたことで鯨の動きは鈍ったが、それはすぐに回復してしまうだろう。今のうちに攻撃を。

 

「なんでこうおかしな手段ばかり使うんですか!」

 

目が一時的に見えないためか、矛を振り回しながら主砲も放ってくる。鯨もフラつきながら、備え付けられた主砲を乱射。

流れ弾が睦月さんに当たってしまいそうだったため、イクサさんが即座に守りに入る。自立型艤装により主砲を弾きながら、清霜さんの回復を安全にしてくれた。

 

「キヨシモはどんどん食べなさい。私が守ってあげる」

あひはほうほはいはふ(ありがとうございます)ぅ!」

「礼はいいからモリモリ食べる!」

 

その間にこちらはもっと戦い易くする必要があるだろう。

 

「クウ、爆撃よ。私も協力するわ」

「ヲ。姫様と一緒なら頑張れる」

 

まず私とクウで空爆。クウの艦載機の搭載数は、私の24機を優に超える96機。ついには加賀さん超え。2人合わせて120機で、戦艦天姫に集中砲火を仕掛ける。たった1人にこの量なら、狭い範囲の絨毯爆撃。

 

「艦載機の音!」

 

まだ目がしっかり見えていない状態でも、私達の空爆を音を聞きつけ、戦艦仏棲姫の艤装に切り替えてガード。前回の基地航空隊から身を守った時と同様、尻尾を傘のようにすることでノーダメージ。

代わりに下半身がガラ空きになる。これを見逃さないのが私達の仲間だ。

 

「連装砲ちゃん!」

 

私とクウの爆撃を避けるように、島風さんの連装砲ちゃんが戦艦天姫の脚に砲撃。提督の力を使うにしろ、脚を破壊出来れば機動力は一気に下がる。

 

「そんなもの、受けるわけないでしょう!」

 

目くらましの効果も切れてきたか、完璧に連装砲ちゃんを見据えて砲撃を避け、空爆すらも避けて連装砲ちゃんを蹴り飛ばした。

3体いる連装砲ちゃんを全て破壊した後、その場から姿が消える。瞬間、島風さんが吹き飛んでいた。提督の力に唯一追いつくことが出来る島風さんが、提督の力により、いの一番に排除されてしまった。追いつくことが出来ても、パワーが足りないために起こった悲劇。

 

「ようやく目が慣れてきましたよ。ああ、今蹴ったのはお母様のところから逃げ出した島風ちゃんでしたか。ちょこまか動くので先に終わらせられたのは良かったですね」

 

次にクウが吹き飛ばされる。さっきまで逆方向にいたのに、提督の力の連続使用でこちらに移動してきていた。よりによって矛を展開しての横薙ぎ。鯨も再臨し、戦場を再び暴れ回る。

 

「アマツ、空から爆弾落とされるのが大っ嫌いなんですよ。なので、ヲ級ちゃんはダメです」

 

あの一撃で大破。クウは気を失ってしまっている。怒り任せの一撃だったからか、急所から外れていてくれたおかげでそれだけで済んでいる。命に別状は無いが、飛んでいた艦載機は全て消滅。

私の艦載機だけではもはや足りず、爆撃に使うよりは防御に使う方がいいと判断する。

 

「当然、アサちゃんもですよ」

 

同じように今度は私が横薙ぎにされる。予測すらさせてくれないスピードのため、ほぼ勘で柄の部分を掴む。

昔の私ならこんなことも出来なかったと思うが、戦艦の膂力を手に入れたおかげでギリギリ食い止めることが出来た。腕が痺れたが、痛みはまだ無い。

 

「っぶな……!」

「お姉さん、我慢してください!」

 

大潮が戦艦天姫に主砲を向けた。矛を握ったままなら私が動きを封じ込めている状態だが、さすがにこんな近距離で撃たせてくれるほど甘くない。鯨と矛が消え、私がつんのめる形に。その隙に大潮の主砲を蹴って破壊。

 

その時に何か違和感を覚えたのだろう。戦艦天姫が眉をひそめる。

 

「ん……? 何ですかこの……」

「特製弾ですよ!」

 

破壊された主砲から弾丸を抜き取り、戦艦天姫の胸元にぶつける。殺傷力のない悪足掻きと判断してか、それは避けることなく受け、大潮が殴り飛ばされた。腹にモロに入り、何かが折れる音まで聞こえたが、貫かれていないだけマシか。

 

「がふ……避けなかったこと……後悔してくださいね」

 

血を吐きながらも戦艦天姫を見据えていた。胸元に投げた弾は当たった瞬間に破裂し、久しぶりの()()()()が戦艦天姫を包み込む。

 

「えっ、く、臭ぁっ!?」

「誰にでも効くんですよそれ……!」

 

白吹雪さんにも通用した、スウェーデンの缶詰ペイント弾。こういう強敵、頭を使わないゴリ押しタイプの敵だからこそ通用する、気を衒う一撃。視覚に続き、嗅覚へのダメージである。

 

「この……!」

「いい加減にしなさいよ!」

 

山城姉様の猛烈な拳で、退避を余儀なくさせた。あの臭いは暫くどころか、この戦闘中ずっと付いて回るものだ。嫌でも集中力を削がれる。目くらましとは違うベクトルの攻撃である。

 

「朝潮、倒れてる子達を睦月のところに運んでおきなさい!」

「了解です! 初霜、霞、手伝って!」

 

言いながらも、戦艦天姫に突撃していく。扶桑姉様も駆けつけ、2人がかりでこの場から引き剥がしてくれた。今のうちに退避しなくては。

大潮はまだ意識を持っているが傷が深い。島風さんとクウは気を失ってしまっているため、運ぶのも難しいだろう。

 

「睦月さん、怪我人を載せられますか!」

「大丈夫! 応急処置しておくから大発動艇(ダイハツ)に載せるがよいぞ!」

 

今載っているのは萩風さんのみ。まだスペースに余裕がある。他の怪我人は、深海艦娘による護衛退避により戦場から離脱。護衛のために、五月雨さんと漣さん、シンさんはもうこの戦場にはいない。

 

「ごめんなさいお姉さん……大潮離脱します……」

「傷が酷いわ。そうしなさい。誰か大潮を!」

「朝潮様、瑞穂にお任せください。必ずや鎮守府に送り届けさせていただきます」

 

瑞穂さんなら安心して任せられる。大潮が懐いているのだから尚更だ。

気を失っている島風さんとクウを大発動艇に積み込み、大潮は瑞穂さんの護衛退避により離脱。

 

「ああもう、何なんですか! 臭いものぶつけるとか!」

「私達の訓練じゃ日常茶飯事よ」

 

自分の身体が立ち込める臭いに顔をしかめながらでも、山城姉様の攻撃は受け流している辺り厄介である。それでも確実に最初よりは鈍っているのがわかる。

 

と、ここでレキ達の戦場から大きな爆発音がした。その後、1発の砲撃音。さすがの戦艦天姫もそちらに意識が動いた。

 

「ハヤミちゃん……?」

「アンタの補給艦、やられたみたいね」

「うそ、また、なんで……」

 

仲間の死により気が動転している。そういうところは振る舞いの通り、精神が子供だ。

 

ここは戦場。戦艦天姫だってこちらを殺しに来ている。こちらが苦しみながら艦娘の顔をした敵を倒しているというのに、あちらは笑顔で皆殺し。だが、いざ自分が同じ目に遭うと被害者面である。

今までの行いから、憐れみも躊躇いもない。心を壊され、捻じ曲げられているのだとしても、戦艦天姫には容赦しない。そうしなければこちらがやられる。

 

「許さない……絶対に許さない!」

 

先程まででも手がつけられなかったのに、仲間の死で暴走状態になってしまった。

防空霞姫の時も暴れ回ろうとしたが、即座にスタミナ切れを起こしたことで、ここまでにはならず撤退。だが、今回はまだ有り余っているせいで、怒り狂い周囲のものを全て破壊する厄災と化した。

 

「カスミちゃん……ヒナタちゃん……ミサキちゃん……オオトリさん……ハヤミちゃん……みんなの仇、今から討ちますから……アマツの命に代えても、ここにいる奴らは皆殺しにしますから!」

 

戦艦仏棲姫の尻尾を展開し、山城姉様を薙ぎ倒す。うまくガードをし、衝撃を逃がしたようでも、その場から吹き飛ばされ小破。まだ腕は動く。

 

「全員! 喰い殺してあげますよぉ!」

 

即座に太平洋深海棲姫の艤装を展開。追い討ちをかけるように鯨が山城姉様の真下からせり上がってくる。これはもう回避が出来ないタイミング。

 

「山城姉様!?」

「朝潮……心配しないで……私が行くわ……」

 

扶桑姉様が山城姉様の側へ。これでは2人まとめて喰われてしまう。だが、扶桑姉様の目には自信が見えた。今までに見たことのない、力強い瞳。ならば、任せるしかなかろう。

 

「姉様、まさか……」

「これも艤装なんでしょう……なら……()()()()()()()()

 

これはもう賭けだ。なるべくなら避けたい、失敗したら死が確定する大勝負。だから今まで考えていてもやらなかったことだ。

扶桑姉様も山城姉様も、意を決したようにその場から動かない。当然、諦めたわけではない。

 

「バカですね! 貴女達が絶望の狼煙ですよ! 死んでください!」

 

2人のいる周囲そのものが丸呑みにされてしまった。何層にも生え揃った歯にすり潰され、影も形も残されないだろう。絶対的な暴力の体現。それが誰であろうとも変わらない、圧倒的な力。

 

「っああああああああっ!」

 

2人を呑み込んだ鯨が暴れ回る中、何かが砕ける音。何かがすり潰される音。そして、通信機越しに聞こえる、山城姉様の声。

 

「これで! 終わりなのよ!」

 

一際大きな破砕音と共に、鯨が動きを止めた。鯨の中心、ちょうど腹のあたりからヒビが拡がっていく。ヒビが全身に拡がり、

 

 

 

「邪魔だぁ! 退けぇえっ!」

 

 

 

山城姉様の咆哮と共に、鯨が内部破壊により崩壊。

その瓦礫の中から、血塗れの扶桑姉様と山城姉様が姿を現した。特に扶桑姉様は、腕が良くない方向に曲がり、脚もズタズタ。山城姉様も腕が大変なことになっている。

 

それでも、鯨を崩壊に導いた左の拳だけは綺麗なものだった。ケッコン指輪、司令官の加護のおかげだ。

 

「嘘……嘘だ、なんで、なんでなんでなんで!」

「んなもん、決まってるでしょうが……」

 

血塗れのまま、跳ぶ。空中でルーティン、渾身の一撃の予備動作。

 

「アンタより、私らの信念の方が強いからよ!」

 

山城姉様の拳が、戦艦天姫の顔面に叩き込まれた。鯨が破壊されたことで動揺していた戦艦天姫は受け身すら取ることが出来ず、物の見事に海面に叩き付けられる。

 

鯨が脆くなっていたのは簡単なことだった。照明弾の時に、本体と鯨が繋がっていることはわかっている。そこに臭い弾という集中力を削ぐ搦め手が挟まったことで、鯨自体のスペックが若干落ちていたのだ。外側(そと)はそのままでも、内側(なか)にはしっかり影響があったわけだ。

 

「でも……そろそろ私も限界ね……あとは頼んだわよ……清霜ォ!」

「任せて!」

 

カロリー摂取が完了し、清霜さんが戦線復帰。同時に山城姉様が倒れた。扶桑姉様も瓦礫の中で倒れていた。

 

 

 

戦いは佳境。勝機は、光明は見えた。

 



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天の終わり

戦いも佳境。扶桑姉妹の大健闘により、戦艦天姫の持つ太平洋深海棲姫の艤装、自立型の鯨が破壊された。代償として扶桑姉妹が倒れたが、命に別状はない。こちらもすぐに退避させる必要がある。

流れはこちらに来ている。今押し込まずにいつ押し込むというのだ。

 

「電、扶桑さん頼む! あたしが山城さん行くから!」

「りょ、了解なのです!」

「退避させるわけないでしょう!」

 

倒れた2人をその場から離すために、深雪さんと電さんが救援に入ってくれたが、それを簡単に許してくれるほど戦艦天姫も甘くない。顔面を殴られただけでは、即座に立ち上がってしまう。

一撃受けたことで少し冷静になってしまったようにも見えた。暴走状態から一転、状況判断をして破壊活動に走る。

 

「2人の邪魔はさせない! 時雨!」

「ああ、援護するよ」

 

それを食い止めようとしたのは皐月さん。近くに倒れた山城姉様を攻撃しようとする戦艦天姫に後ろから斬りかかり、さらに時雨さんが背部大型連装砲を放った。

しかし、それを防御するために矛を振り回され、まともに近付くことが出来ず、時雨さんの砲撃も阻まれる。

 

「邪魔をしないでください!」

「するに決まってるでしょうが! 深雪、電、早く!」

 

異常過ぎる腕力で攻撃されるが、なんとかギリギリいなし続ける皐月さん。近過ぎて難しいが、御構い無しに撃ち続ける時雨さんだが、それでも攻撃がなかなか通らない。防戦一方にならざるを得ない。

 

「こらそこ! 勝手に運ばないでください!」

「うるせぇ! 仲間が倒れたんだから助けるのは当たり前だろ! アンタだってそういう気持ちがあるから仇討ちだのなんだの言ってんだろうが!」

「アマツの仲間を殺した貴女達は死んで当たり前です! そっちの事情は知りません!」

 

相変わらずの滅茶苦茶な理論。北端上陸姫至上主義もここまでになると憐れである。

山城姉様を担ぎ上げた深雪さんが戦場から遠のく。それを追おうとする戦艦天姫だが、皐月さんが持ち前のスピードで横槍を入れ続けた。金の『種子』のおかげで、提督の力を使われなければスピードでは勝てている。

 

「あたしも手伝う! 皐月ちゃん、避けてよ!」

 

さらに復帰した清霜さんの砲撃により、深雪さんの退避がより確実なものになる。

強力な火力の砲撃だが、戦艦天姫は矛1本で全て捌き続ける。足止めになっているだけ充分だが、やはりインチキにも程があるだろう。

 

「サンキュー皐月、時雨! もう大丈夫だ!」

 

この時間稼ぎのおかげで、深雪さんと電さんが姉様達を戦場から退避させてくれた。安全圏内にさえ行ってくれれば安心だ。ここまで提督の力を使われなくてよかった。2連続で使われることはあったが、それ以上はチャージする時間が必要なのかもしれない。

 

艤装を破壊され、嗅覚を攻撃され続け、仲間もやられた戦艦天姫は、次に何をしでかすかわからない。そもそもまだ残っている戦艦仏棲姫の艤装が広範囲の無差別兵装。まだまだ侮れない。

 

『朝潮、龍驤や。そろそろ基地航空隊がそっちに着くで』

「了解です。え、でも、何故龍驤さんが」

『航空隊にうちらの艦載機も仕込んだ。ここにいる空母全員のや。攻撃以外のも紛れとるから、注意してくれ』

 

攻撃以外ということは、搦め手。陸上攻撃機や、二式大艇ちゃんには仕込むことが出来ない隠し球か。

 

『話は聞いとる。馬鹿でかい鯨の艤装のせいで、うちらはどうしても足手纏いになってまう。だから、うちらはこういう形で援護させてもらうで』

「ありがとうございます」

『ここに残っとるのはもう最低限の鎮守府防衛隊だけや。基地航空隊と一緒に最後の連中もそっちに向かった。航空隊の後にそっちに到着するで。気張りや!』

 

もう鎮守府に残っているのは僅か。今鎮守府を攻撃されたら面倒なことになるが、それでも戦力としては残っている。

 

「アマツは……アマツはまだ、やられません! みんなの仇を討つまでは、倒れるわけには行かないんです!」

 

大きく矛を振り、皐月さんを引き剥がす。そのまま時雨さんを睨み付け、次の瞬間、提督の力により一気に接近。矛で薙ぎ倒した後に主砲を撃ち込む。

倒れながらも艤装を盾にし、時雨さんはギリギリ大破で持ち堪えた。咄嗟の判断で体勢が変えられなかったらひとたまりも無かった。

 

「みんなを殺した罪を償ってもらわないといけないんですよ! 貴女達には!」

「だからよぉ、なんでお前が被害者ヅラしてんだオラァ!」

 

時雨さんにトドメを刺そうとする戦艦天姫に対し、猛烈に突っ込む天龍さんと龍田さん。だが、矛によりその攻撃は受け止められる。白兵戦の手練れ2人がかりだというのに、矛1本で捌いていた。

 

「睦月! 時雨回収してくれ!」

「わかったにゃしい!」

 

2人がかりで戦艦天姫を時雨さんから引き剥がし、その間に時雨さんを退避させてもらう。睦月さんは治療しなくてはいけないため、今は大発動艇に載っていてもらう。

 

「ちょろちょろちょろちょろ軽巡2人が!」

「大戦艦様にゃ小粒かもしれねぇけどよ」

「私達は簡単にはやられないわよ〜」

 

正面から2人での連携攻撃。さすが姉妹は連携の練度が段違いだ。戦艦天姫相手に互角に立ち回っている。

そして、2人を捌いている戦艦天姫は後ろが無防備。その隙を突いて皐月さんが後ろから斬りかかる。矛1本で3方向からの攻撃は防ぐことが出来ないはずだ。先程使ったばかりだから、提督の力も使われないだろう。

 

()った……!」

「やらせないと、言っているでしょう!」

 

()()()()()()()、戦艦仏棲姫の艤装が展開し、振り回した。それにより、3人がかりの攻撃は不発。

混ぜ物は姫の艤装を2つ持っているが、戦艦天姫はそれを同時に展開出来なかったはずだ。切り替えという形でどちらも使いこなしていた。それが、この後に及んで同時に展開。防空霞姫が防空棲姫と水母水姫の艤装を同時展開していたが、ここまで高出力ではなかった。本体が負荷に耐えられなくなるのではないのか。

 

案の定、戦艦天姫は血涙を流しながら、澱んだ瞳でこちらを睨みつけている。混ぜ物で改造されているにしても、この負荷には耐えられていない。鯨が破壊されたことでギリギリ保っていられるくらいだろう。スタミナ切れよりも先に、身体が崩壊するのではなかろうか。

 

『基地航空隊第二波、到着かもー!』

『朝潮殿、回避を!』

「来ました! 総員退避!」

 

言うが早いか、二式大艇ちゃんの反応。戦艦天姫に向けて、航空隊による空爆が開始された。

 

「少しだけでも足止めを……!」

 

春風と初霜が砲撃し、空爆が着弾するまでの僅かな時間を稼いだ。これで退避もさせない。

 

「二度も三度も! 同じ手を喰らうわけにはいきませんよ!」

 

私とクウの爆撃を回避した時のように尻尾を傘にして回避。絨毯爆撃故にその場から動けなくは出来ているが、ダメージは与えることができていない。それを確認したため、陸上攻撃機は戦艦天姫をターゲットから外し、未だに攻め込んでくる人形と姫級の群れを一網打尽にしていく。

戦艦天姫の直上に残ったのは、先程連絡を貰った龍驤さん達の艦載機だ。そこから落とされたのは見たことのない緑色の爆弾。この時のために用意していたものか。確実に当てるために、急降下爆撃。

 

『そいつには絶対に被爆せんようにな!』

 

白い爆弾が尻尾にぶつかった直後、爆弾とは違う爆発を見せた。水風船が破裂するかの如く、中から液体が飛び、戦艦天姫の身体に付着していく。何発も投下され、戦艦天姫の身体は水浸しに。

二式大艇ちゃんからの映像で、尻尾を傘にして回避した姿を見たからこそ選ばれた搦め手。防御されるのなら、確実に全身に染み渡るはすだ。見た目はただの水、洗い流そうとはすぐには思わない。あとは、この液体が何なのかである。

 

「ただの水で、アマツが止められるとでも!」

 

その液体の匂いがこちらまで漂ってきた。その時点で、皆あれが何であるかを察する。

逆に戦艦天姫は、嗅覚がスウェーデンの缶詰めペイント弾の発酵臭に支配されている。そのため、あの液体の匂いはわかっていない。

 

「清霜さん! イクサさん!」

「この清霜の主砲、伊達じゃないよ! 撃てぇーっ!」

「いい気合いね。援護するわ!」

 

轟音と共に2人が主砲を発射。狙いはしっかりと戦艦天姫のど真ん中。同じ方向からの砲撃だとしても、これは普通なら耐えられない威力。

 

「何度も何度も! 効かない攻撃ばかりしてこないでください!」

 

その砲撃すら、前回と同じように払い除けるように弾いた。2発とも御構い無しに。前回は素手だったが、今回は携える矛で。あれだけの威力のものを払い除けても、折れるどころか凹みもしないのは恐れ入る。だが、矛で弾いたことが失敗であると、すぐに気付くことになっただろう。

 

 

 

弾いた瞬間、戦艦天姫の身体が()()()()

 

 

 

「えっ、あ、あぁあああっ!?」

 

龍驤さんの仕込んだ爆弾の液体は、明石さん謹製の透明な引火性液体。空母での対地攻撃のために、燃料を調整して開発された特殊なもの。燃料のような匂いがしたため、この性質に皆が気付けた。臭い弾を当てられていなかったら、すぐにバレていただろう。

2人の砲撃を矛で弾いた時に火花が発生した。液体が気化したガスに火花が着火したことにより、戦艦天姫は大炎上したのである。

 

突然のことで混乱し、矛と尻尾を振り回しながら暴れ出す。海上なのだから潜ればいいのに、そこまで気が回らないようだった。ならば、今がチャンス。

 

「霞! 春風!」

「脚を破壊するわ!」

「霞さんを援護します!」

 

潜ればいいことに気付かれる前に潜る手段すら失わせるため雷撃を指示。離れていても的確に当てられる霞の雷撃はここでも重宝する。さらには春風の雷撃で逃げ場封じ。

 

「あぁあああっ!?」

 

暴れまわることで尻尾がのたうち回り、力強く海面に何度も叩きつけられた。このせいで白兵戦組が近付く事が出来ないでいる。さらには大きな波を作り、海水をモロに被ったことで鎮火されてしまった。

その後に魚雷が届くが、その存在に気付かれてしまったため、尻尾を下に回して魚雷を回避。あの状態になっても堅牢な防御力を持つ尻尾は健在。

 

「チッ……外したわね……」

「そう簡単には行きませんか」

「よくも、よくもよくもよくもよくも!」

 

今までここまでのダメージを受けた事がないのだろう。大和型戦艦という誇りなど何処かに行ってしまった慢心の権化が、度重なる屈辱で怒り心頭。暴走がより深まり、撤退すら視野に入らなくなっている。

姫級艤装の同時使用による身体への負荷と、過剰な消費によるスタミナ切れ、さらには身体への大きなダメージで、戦艦天姫はもう限界なのだと思う。それを怒りで無視しているだけだ。

 

「みんなの、みんなの仇を……!」

「ふざけるなよテメェ」

 

戦艦天姫が私に気を向けている隙に、天龍さんが跳んでいた。首狙いの一刀は、未だ健在の矛により受けられる。

 

「殺しに来るなら、殺される覚悟くらい持ってこいやぁ!」

 

空中で身体を捻り、もう一度打ち付ける。1回目とは音が違った。

 

「オレらは命張ってんだぞ! なんでテメェだけ勝てるつもりでいるんだよクソが! こっちがむざむざやられると思ってんのか!」

「アマツはお母様に勝利を捧げるために生まれたんです! 負けるわけが無いんですよ! それがお母様の」

「お母様お母様煩ぇんだよ!」

 

戦艦天姫の尻尾に着地し、さらに一撃。またもや矛から違う音がする。深く、より深く打ち付けることで、矛にヒビが入った。

 

「な、なんで、軽巡の力でこんな!?」

「山城姐さんの言葉覚えてねぇのか! オレらはテメェと信念が違うんだよ!」

 

最後にもう一度。同じところに渾身の斬撃を4回。ヒビが拡がり、矛が砕け散った。

勢いそのまま、天龍さんの斬撃は戦艦天姫の首へと向かうが、それは紙一重で避けられてしまう。

 

「そこを退きなさい!」

 

足蹴にされている尻尾をのたうたせ、天龍さんをその場から退かし、間合いをとるために振り回す。だが最初の勢いはもう無い。質量故に、当たれば大きなダメージに繋がるため、天龍さんは避けざるを得ない。

 

「これだけあれば、貴女達なんて倒せるんですよ! アマツが、お母様に勝利を……!」

「もういいよ」

 

清霜さんの砲撃により、尻尾が根元から粉砕された。

太平洋深海棲姫の艤装とは違い、戦艦仏棲姫の艤装は精神状況が強度を左右するようなものではなさそうだが、度重なる無理な攻撃と先程の炎上により、そこまでの強度はもう無かった。先程までは砲撃全てを防いでいたのに、今はたった一撃でこれである。

 

戦艦天姫は、もう限界をとうに超えている。

 

「もう終わりだよ」

 

さらに砲撃。艤装を全て破壊され、機関部しか残されていない戦艦天姫は、防御しか出来ない。その防御もままならない状態になり、清霜さんの砲撃を弾き切れず、腕が捻じ曲がってしまった。

 

「邪魔をしないでください! アマツは、アマツはぁ!」

「もう限界なんでしょ。あたしが終わらせてあげる」

 

向かってきた戦艦天姫にさらに砲撃。もう片方の腕で防御をしようとしたが、同じようにあらぬ方向に捻じ曲がった。

もう誰も手を出さなかった。清霜さんの覚悟を全員が見届ける。名誉大和型、いや、正式に大和型戦艦として、闇に染まった大和さんをその手にかける覚悟を。

 

「アマツは……お母様のために……」

「これで終わり……終わりなんだよ」

 

次の砲撃で脚を撃ち、もう動けないように。壊れた艤装の端からチリチリと消滅し始めている。

あれだけの無茶をしたのだ。こちらの攻撃だって効いている。両腕両脚がおかしな方向を向き、身体中に火傷。まだ信念を捨てていなくとも、身体は既に死を受け入れてしまっている。

 

消えていく艤装が視界に入ったことで、張り詰めていた糸が切れたようだった。もがくのもやめ、脱力する。

 

「あ、ああ……消えていく……アマツが消えていきます……」

「うん。わかったよね。終わりだって」

「終わり……アマツはもう……終わりなんですね……」

 

身体も半分が消滅。浄化の可能性はもう無い。

 

「浄化も無理そうだね。未練、あるもんね」

「……はい、勿論。お母様の望む世界を……作ってあげられなかったのが……大きな未練ですよ……」

 

疲れ果てた顔。自嘲するような笑み。

 

「疲れたでしょ……ゆっくり休んで」

「……お母様……お別れ……です……」

 

皆が見守る中、全てが消え去った。電探の反応も、深海の気配も無くなり、その場から無くなったことが証明された。

 

 

 

戦艦天姫の撃破を確認。これで、混ぜ物は全滅した。

 



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英断

長く続いた戦艦天姫との戦いが、ついに幕を閉じた。人形と姫級の群れは、仲間達に加え基地航空隊の空爆により、一時的に無力化。戦艦天姫の消滅を確認したことで、全員にどっと疲れが押し寄せる。私、朝潮も、詰まっていた息が溜息のように溢れ出た。

 

「司令官……先遣隊旗艦、朝潮です。応答を」

『私だ。戦闘はどうなった』

 

私からの通信に、息を呑むのはわかった。後ろが静かなことは向こうにも伝わっているだろう。それだけでは結果はわからない。

 

「戦艦天姫……消滅を確認しました。私達の勝利です」

『っ……そうか。無事で良かった』

 

大きく喜ぶのも呑み込み、静かに応えてくれた。今はまだ歓声をあげる時ではない。戦いが全て終わったわけではないし、ちゃんと鎮守府に戻ることが出来て初めて戦闘終了だ。

 

「基地航空隊と共に出発したという最後の援軍とはまだ合流していません……っと、今来ましたね」

「あ、おーい! 援軍必要なかった?」

 

全てが終わった後に合流。少しタイミングが遅かったか。

最後の援軍は、必要最低限の鎮守府防衛を残した残り全員。案内役も兼ねた旗艦川内さん。随伴が吹雪さん、白露さん、大和さん、武蔵さん、白雪風さん。

 

「ちょうど今終わったところです……」

「みたいだね。みんな疲れた顔してる」

 

川内さんの言う通り、誰もが疲れた顔をしている。

特に清霜さんは、戦艦天姫を撃破したことで膝をつくほど消耗していた。最後まで気を張り続け、その張り詰めた糸が切れた途端に倒れかけるほどの疲労。

 

「本来の作戦では、このまま敵鎮守府へ進軍でした。今日で全てを終わらせるつもりでしたから」

「だね。私としては夜戦バッチコイなんだけど」

「今来た6人だけで向かえます?」

「割と怖いね。鎮守府そのものを陣地にしてる陸上型なんて、何してくるかわかんないし」

 

ただし、やらないとは言っていない。これ以上、北端上陸姫に時間を与えるわけにもいかないのは確かだ。今までこちらを散々苦しめてきた混ぜ物ですら、何かをやるための時間稼ぎだったとしたら困る。そうでないと思いたい。

なるべく時間を与えたくないのは確かだ。今まで、時間が空けば空くほどに、面倒な策をいくつも使われてきている。やれるものなら今から叩きたい。

 

「司令官。進軍か……撤退か、決めてもらえますか」

 

戦場での臨時司令塔とはいえ、私だけの判断ではもう無理だ。司令官に判断してもらう。命に関わることは荷が重すぎる。

鎮守府側は沈黙。司令官達が相談しているのだろう。進軍か、撤退か。

 

少しだけ時間を使い、出た決断は。

 

『消耗が激しい。一度撤退して、仕切り直そう』

 

たった1人の混ぜ物のために、こちらの戦力を総動員している。半数は人形と姫級を食い止め、もう半数は混ぜ物2人との戦闘。補給速姫との戦闘の功労者、いつも元気いっぱいのレキですら、睦月さんの大発動艇に掴まって休んでいるほどである。ポテンシャルは半分以下だろう。

ただでさえ戦闘が長引いたことで時間も遅い。今から敵鎮守府に向かったら夜になってしまう。この疲労状態で夜戦なんて、死にに行くようなものだ。

 

「了解しました。皆さん、帰投します!」

 

これは英断だった。より死を遠ざけるのなら、仕切り直した方がいい。生きていれば、また行ける。

 

「大和達が殿(しんがり)を引き受けます。皆さん疲れてますから、すぐに帰りましょう」

「もう一踏ん張りだからな。帰って充分に休んでからまた来ようじゃないか!」

 

大和さんと武蔵さんを筆頭に、最後の援軍部隊が私達の帰投のサポートを買って出てくれた。今でこそ敵援軍は止まっているが、いつ来てもおかしくないはずだ。戦艦天姫がやられたことで一旦止めた可能性もあるが。

 

『私、あんまりお仕事出来なかった』

『別に働かないなら働かない方がいいんだよ。朝潮を守ったろ。それで充分だ』

「ええ。ありがとうヨル。あの時は助かったわ」

 

私の損傷は、アサが半壊させられたのみ。他の怪我人に比べれば、私自身がやられていないのだから何も問題はない。疲労のみだ。

 

私達はなるべく急いでその海域から離れた。また敵に来られても困る。あの量が鎮守府に攻め込んできても困るため、周辺警戒はより強化しなくてはいけなそうだ。

 

 

 

出撃していた大人数が一斉に帰投。大発動艇により運ばれた怪我人がここまで来れたが、最悪なことにドックが足りない。

私達の鎮守府にある入渠ドックは8個。それに対して、今回の戦いで入渠が必要なほどに怪我を負ったのは11人。ゴーヤさんは潜水艦の特性で入渠がかなり早く終わるらしいが、それが終わるまで待ったとしても2人あぶれる状態。

 

「増設しておいてよかったよ。ここまでの損害は予想していなかったが、念には念をとはよく言ったものだ」

 

それが、私達が戦闘している最中に増設されていた、現在ドックは12個。怪我人全員を入渠することが出来るようになっている。司令官達が万が一のことを考えていたらしい。

結果、ここに運ばれてきた怪我人も無事入渠することが出来た。特に酷いことになっていた扶桑姉様は、体内の調査も念入りに。

 

「よく帰ってきてくれた! 仕切り直しには時間が必要だ! 今は身体を休めてくれ!」

 

仕切り直しの打ち合わせは、少なくとも皆が回復してからになるだろう。今は頭が回らない。

とはいえ人数が多すぎてお風呂待ちも続出。先に出撃した順で入ることになったため、一番風呂は私達先遣隊と潜水艦隊、そして第一遊撃部隊。

 

「あ゛ぁぁぁ〜〜……」

「こ、これ、ヤッバいわ……回復すご……」

 

恥ずかしげもなくダメな声が出てしまう。霞もビクンビクン震え、他の人達もぐだぐだ。時津風さんに至っては、浜風さんの胸を枕に眠ってしまったほどである。困惑しているものの、ここの時津風さんはこういうものだと聞いたらすぐに受け入れてくれた。

お風呂の回復がここまで染み渡るのは久しぶり。この身体になってからは初めてのことである。

 

「姉さん……もう少し抑えた方がいいわ……」

「霞も人のこと言えないくらいダルンダルンよ……」

 

辛うじて口に出せた言語がこれくらい。しっかり回復するまでに時間を要する。後が支えているため、そこまでまったりすることは出来ない。ある程度回復出来れば、すぐに出ることになる。

 

「清霜さん、溺れないでくださいね……」

「無理かも……さ、支え、支えて誰か……」

 

やはり一番消耗が激しい清霜さんは、脱力して湯船に溶けていくように沈んでいってしまう。これだと本当に溺れかねないため、力の入らない腕を伸ばして何とか支えた。

 

身体が物凄く震えていた。回復を享受している震えではなく、恐怖の震え。

 

「あ、あはは……今更こんなに震えちゃってて……」

「本当にお疲れ様でした。餓死寸前まで耐えていましたよね」

「お腹空いて死ぬかと思ったの、生まれた時以来だよ」

 

今でこそ笑顔を絶やさないが、内心では、戦艦天姫を倒したことで複雑な心境なのだと思う。これがケア出来るのは()()大和型の2人だけだ。

 

「清霜、少しいいか」

「磯風ちゃん、どしたの?」

「戦艦天姫にトドメを刺したのはお前なんだよな。だから……聞きたいことが、な」

 

お風呂の回復が安定してきたか、普段と同じ表情に戻った磯風さんが清霜さんへ。

戦艦天姫が磯風さんの想い人が素材にされていたのは周知の事実。戦闘開始時にそれを使って煽られたし、磯風さん自身がその場で謝罪もしている。気にしていないわけがなかった。

 

「奴は……戦艦天姫は、最期どうだった」

 

切実な思いが見え隠れしていた。もしかしたら最後の最期に素材の人格が戻ってきているかもしれないという一縷の望み。

雪風の件で、もしかしたら素材の人格が戻るかもしれないという可能性があったからだ。あの時は浄化という特殊な状況下にあったから起きた奇跡だったのかもしれない。

 

「……最期までお母様お母様言って消えていったよ。でも……すごく疲れた顔をしてた。いろいろと諦めた顔っていうか……うん、そんな感じ」

「……そうか。おかしなことを聞いてすまなかった」

 

表情は崩さなかったが、ほんの少しだけ落ち込んだような、だが安心したような雰囲気。戦艦天姫を終わらせた事で、阿奈波さんは本当に逝くことが出来たと考えているのだろう。

吹っ切れることは難しいと思う。私達とは違う、重い、重い罪悪感だ。私の持つ裏切りの記憶よりも重い、殺害の記憶。この戦いが終わったら別の鎮守府に配属されるという話だったが、そのままここにいてもいいだろう。ここならメンタルケアもしやすいはずだ。

 

「彼はこれで……いや、すまん。今は勝利の味を嚙みしめよう。まだ終わりでは無いがな」

 

磯風さんは強い。罪悪感の中、今まで戦ってきたのだ。それが一部決着がついたとしても、気を緩めず気丈に振る舞い続けている。

 

「磯風さん……その、辛かったら」

「大丈夫だ。彼はこれで浮かばれた。私はそう思う」

 

今緩んだら、戦闘不能になるほどに糸が切れてしまうのだろう。今のは失言だった。

 

 

 

そこから全員が回復する内に、外はもう暗くなっていた。まだ祝勝会とはいかないが、皆で揃って夕食を摂れることがこれほど嬉しいことはない。

入渠組で一番時間がかかるのはやはり扶桑姉様。完了まで約2日を要するとのこと。明日は完全にフリーとなり、明後日、扶桑姉様が目覚めたら仕切り直しとなる。

 

「北端上陸姫まで辿り着けなかったのは残念ですが……生きてここに戻ってこれたのは嬉しいですね」

 

夕食後、報告書を司令官に提出。酷い戦いだったとしても、こういう部分はしっかりとこなすべき。

 

「本当によく帰ってきてくれたよ。お疲れ様」

「誰も死ななかったのは上々ですね」

 

そのまま先に進むという選択肢もあっただろう。だが、司令官はそれでも撤退を選択してくれた。戦いを早期に終わらせるために焦ることもなく、戻って回復してまた向かう方が確実に終わらせられるという確信のもとの英断だ。

 

「仲間を失ってまで早く終わらせるより、誰も死なない道を優先するさ」

 

この信念の下に指揮を執ってくれるおかげで、私達の安泰は約束されているようなものだった。

この人の下に配属されて、本当に良かった。

 

「ところで、お聞きしたいことが」

「……ああ、まぁ言いたいことはわかるよ」

 

私の視線は司令官ではなく、その傍らに立つ涼月さんに行っている。司令官に対する嫌悪感が薄れ、むしろ好意へと反転したことでここまで積極的になるとは思わなかった。

 

「ガングート君と涼月君からも報告を受けていてね。補給速姫に最後のトドメを刺すことになったのは涼月君だと聞いているよ」

「私は別の戦場でしたが、反応でそうであるとは理解しています。自爆されかけたのですぐに消滅させる必要があったと」

「朝潮さんの言う通りです。あのままでしたら、その場で全滅もありました」

 

残酷な機転であったが、そのおかげで助かっているのだ。責めることは出来ない。私だっておそらく同じことをした。あの場にいたら、ヨルにお願いして頭を噛み潰していただろう。

報告は終わったのだろうが、涼月さんはこの部屋に残った模様。他の()()()の人達よりも足りない司令官との交流を優先して行うことを選択したようである。

 

「辛いことをさせてしまったようだね。すまない、涼月君」

「提督にそう言っていただけるだけでも、私は救われます」

 

最初とはえらい違いである。仲違いするよりはマシだが。

 

「山城さんが入渠している間は、私がお茶を淹れますね。そうだ、提督に許可していただいた家庭菜園も順調に開拓出来ています」

「それはよかった。私も使わせてもらう約束だったからね。秋津洲君に頼まれていた種を運んできてもらったよ」

「ありがとうございます。まずはカボチャを召し上がってもらいたいですね。萩風さんとも健康メニューを考案しているんですよ」

 

こんなに饒舌だとは。でも、仲がいいのは良いことだ。見ていて微笑ましさも感じる。

山城姉様には結構な強敵なのではないだろうか。

 




最後の戦いは次のステップへ。戦艦天姫はそれほどまでの相手でした。


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姉の危機

戦艦天姫を撃破し、司令官の英断により撤退をした翌日の朝。扶桑姉妹以外は全員入渠が完了。さすが重傷を負った半深海棲艦の戦艦、コストが馬鹿にならない。それでも完治出来るのなら良かった。見た目欠損も無かったため、後天性の欠陥(バグ)になることも無いだろう。

だが、少し気になることがあるらしい。艦娘や深海棲艦には滅多に起こり得ないことが起きているそうだ。私、朝潮は2人の様子を見に来た時に明石さんと佐久間さんの話し声を聞き付けた。

 

「姉様達、どうかしたんですか」

「……熱が引かないんだよね」

 

明石さんが呟く。2人とも、高熱が出ているらしい。私がストレス性高体温症を発症したときと同じように見えるそうだが、体調が悪いようには見えないらしい。

とはいえ原因はすぐにわかる。この2人だけ、戦艦天姫が扱う太平洋深海棲姫の鯨型自立型艤装に丸呑みされている。その時に何かされたか。

 

「いろいろ調べてみないといけないかな。このままだと、目が覚めたとしても戦いにならないよ」

「はい……高熱の辛さは私が一番知っていますので」

 

ただ熱が出るだけでもなかなかにキツイ。足元がおぼつかなくなったり、思考が定まらなくなったりと、まず確実に戦場には出られなくなる。疲労以上に問題が多くなる。

それに、あの北端上陸姫が仕込んだ何かだ。ただの高熱ではない可能性が高い。今でこそドックで眠っているが、起きたら何かなるというのも無くはない。

 

「扶桑さんの方は細胞とか血液とかあるから、今の状態と比べてみるよ。何か変わってるかもしれないし。とはいえ私、風邪とか専門外なんだよなぁ……医者じゃないし」

 

頭をかきながら、明石さん経由で妖精さんに必要なものを用意してもらっていた。こればっかりは佐久間さんに任せるしかないだろう。セキさんなら深海棲艦の身体を触れるかもしれないが、山城姉様にも影響があるために、より細かく見ることが出来る佐久間さん頼り。

 

 

 

午前中いっぱいを使って、扶桑姉様の細胞と血液から高熱の理由が調査された。やれることは全てやるスタンスで、雪さんもお手伝いして目一杯。

そこでわかったことを司令官も交えて説明する。私も妹的存在ということでその説明を聞くことに。

 

「えー……調査結果なんですが、なんと言えばいいか……」

「そんなにまずい状況なのかい?」

 

調査結果の書類を見ながら眉をひそめる佐久間さん。

 

「扶桑さんの血液から確認したんですが、明らかに扶桑さんのものとは違う細胞が混入していました。侵食性があるものには見えませんでしたが、反発し続けているので、それが身体に悪影響を及ぼしているんじゃないかと」

 

鯨の体内で傷を負ったことで、本来入ってはいけないものが体内に入ってしまったために、拒否反応を起こして高熱を出してしまっているということか。そのよくわからないものが体内から取り除かれない限り、高熱は取り除かれることはない。死には至らないにしろ、ずっと体調不良となると気が滅入る。

だがそれは、扶桑姉様だからである。元々半分深海棲艦であるため、最初から持っている深海の成分が、後から入ってきた深海の何かと反発しているだけ。山城姉様を相手にした場合、話が大きく変わる。

 

「問題は山城さんの方です。同じように高熱を出していますが、体内に深海の何かが入っているんですよ。これ、侵食性が無いにしても何か危険なことが起きてもおかしくないです。むしろ、山城さん相手では侵食する可能性だってあります」

 

山城姉様側は今調査中らしい。しかし、最悪の場合、山城姉様が深海棲艦化してもおかしくない危険な状況。早期に治療が出来なければ、山城姉様が山城姉様で無くなってしまうかもしれないのだ。

万が一そうなってしまった場合、扶桑姉様も壊れる。最高戦力が総崩れし、酷い時には暴走からの鎮守府壊滅まである。壊れた扶桑姉様を止められる戦力は、今この鎮守府にはいない。

 

『ならすぐ治さないといけないってことか』

「そういうことね。時間が経てば経つほど危ないかも……」

『で、でも、どうすればいいの!?』

 

姉の危機に、アサとヨルも切迫した状況。ヨルに至っては混乱してしまっているため、アサが宥めてくれている。

 

「治療のためにはどうすればいいんだい」

「本人の細胞があれば、すぐに中和剤は作れます。『種子』と同じです。ですが……」

「戦艦天姫は撃破済み……」

 

最悪の敵をようやく倒したのに、思わぬ土産を置いていかれてしまった。こちらの最高戦力を、こんな形で崩しに来るだなんて。

あの鯨で喰い殺そうとしても殺せなかった場合に、こうなるように仕向けていたということだろう。抜け目が無さすぎる。許せないほど流石である。

 

「おそらくこの何かの中和剤、作ろうと思えば作れます。近しいものの細胞を掛け合わせれば……おそらく」

 

戦艦天姫の使った鯨は、人間、大和さん、太平洋深海棲姫の3つの掛け合わせで生まれたといえるものだ。そのため、その細胞を混ぜ合わせれば中和剤が作れるのではないかと佐久間さんは想定している。ただでさえ本体からの中和剤作成が100%作れないのだから、どういう形ででも可能性を追い求めるしかない。

 

「人間の細胞は私が出します。大和の細胞は元帥閣下のところの大和さんから貰いたいです。ただ……」

「太平洋深海棲姫は未だに1体しか発見されていないような深海棲艦だ。発見は絶望的に近いね……」

 

八方塞がりである。頭を悩ませても何も答えが出ず、早く答えを出さなくては山城姉様が最悪なことになりかねない。

 

『イクサなら何か知らないか。アイツ、深海の知識が他より多いだろ』

「アサから提案です。イクサさんに聞いてみましょう。何かしら知っているかもしれません」

 

ミナトさんに代わり深海棲艦アドバイザーをしてくれているイクサさんなら、何か思いついてくれるかもしれない。もう藁にもすがる思いでイクサさんを呼び出す。

 

「太平洋深海棲姫の居場所?」

「ああ……扶桑君と山城君を救うためには、その深海棲艦の細胞が必要かもしれないんだ」

「私だって見たこと無いわ。深海棲艦として生まれて、知識として持っているだけだもの」

 

イクサさんも居場所まではわからないらしい。実際、戦艦水鬼として生まれて今まで、まだそこまで時間は経っていないらしい。ウォースパイトさんが大先輩になるほどだそうだ。

そういえば、生まれたばかりのクウでも、ヒメさんやシンさんのことを知識として知っていたくらいだ。見たことも聞いたことも無くても、空母ヲ級として最低限の知識は持っているということだろう。イクサさんは戦艦水鬼として、空母ヲ級より知識が多いということか。

 

「あ、じゃあ、太平洋深海棲姫に似たような子はいないかな。言い方は悪いけど、細胞の代用が出来る子を知ってたりしない?」

「細胞の代用なんて出来るのかい?」

「深海棲艦は細胞が近しいものが多いので、薄いにしても可能性に賭けたくて……」

 

本当に藁にもすがる思い。試せることは全て試したい。協力してもらえそうな深海棲艦を片っ端から頼りたい。

 

「そうね……生まれが近いところで言えば、深海海月姫辺りは近いかもしれないわ。太平洋深海棲姫は戦艦だけど、深海海月姫は空母なのよね」

 

聞き慣れない名前の深海棲艦を提示された。こちらもあまり聞かないような深海棲艦らしく、数体しか発見されていないレア個体。そんなものばかりである。

 

「あとは……中枢棲姫ね。あの子も生まれが近いわ」

「中枢棲姫……」

 

視線が私に集まる。確かに今の私は中枢棲姫の亜種。とはいえ、ヨルが接続されて水母水姫の要素も持っているし、水陸両用にされている。そもそも私は元艦娘だ。求められている細胞を持っているかはわからない。

 

『私達の細胞なんて幾らでも持っていってくれて構わないだろ』

『ヤマシロ姉のためならいっぱい出す!』

「私の細胞なら幾らでも使ってくれて構いません。ですが、深海海月姫の情報もいるでしょう」

「うん。朝潮ちゃんはかなり特殊な深海棲艦だから、うまく合うかわからないからね」

 

ひとまず私の細胞は好きなだけ持って行ってもらうとして、イクサさんが提示したもう1人の深海棲艦、深海海月姫の情報を得る。

今度呼び出されたのははちさん。深海棲艦のデータを大量に持ってやってきた。

 

「提督、深海棲艦の資料、いっぱい持ってきました」

「ありがとうはち君」

 

発見された時期や地域などで細分化されたデータを調べていく。

太平洋深海棲姫はその名前の通り、太平洋の奥深くで発見された深海棲艦なのだろう。私達にはあまり縁のない海域である。そのせいで、細胞の獲得はさらに絶望的。

 

「これが深海海月姫……」

 

データに記載された深海海月姫の外見は、今までに見たことのないグロテスクな形状をしていた。

人型ではあるものの、艤装がとにかく大きく、頭上に身体と同じ大きさの艦首状の鉄塊。本体は白の深海棲艦らしく真っ白で、長い髪がたなびき名前の通りクラゲの如く浮遊しているように見える。艦載機もクラゲのような独特なシルエットである。

 

「とはいえ、生まれだけよ。代替が利くかは何とも言えないわ。それに、この子が何処にいるかも知らないし」

「いや、僅かな可能性にも賭ける必要があるんだ。情報提供感謝するよ。イクサ君が言った3人の深海棲艦の目撃情報を募ろう」

 

ふと、データをマジマジと見て黙っている佐久間さんが気になった。その姿を見てからというもの、明らかにいつもと違う。

 

「佐久間さん、どうしました?」

「こ、この人……でいいの? えぁ、ひ、人って言っていいかはわからないけど、ほ、ホントに?」

「今のところそれしか無いですし。あの、何をそんなに……」

 

何だかいつもの佐久間さんと違う。今はそれなりに切羽詰まった状況ではあるものの、場を和ませるような冗談だって言う人だ。この深海海月姫を見ても、名前通りなイメージを指摘したりするかと思っていたが、やたら静か。

 

「あ、あのさ、前に朝潮ちゃんには話したと思うけど、私がこの道選んだキッカケ、覚えてる?」

「溺れていたところを深海棲艦に助けられたと……え、まさか」

「私を助けてくれたの……この人……」

 

佐久間さんの証言を思い出す。確かに深海海月姫は、白い女性型で髪が長く、巨大な艤装を持っている証言通りの外見だ。そこに本人がこれと判断出来たほどなのだから、佐久間さんを助けたのは深海海月姫なのだろう。

 

「佐久間君、君が深海海月姫と出会ったのはどの辺りなんだい?」

「数年前ですが、えーっと……あ、海図ありますか」

 

すぐに青葉さん謹製の海図が出てくる。今回は鎮守府を中心にしたかなり広い範囲のものである。海図というよりは地図か。

とはいえ、数年前に出会ったというほどなのだから、今もまだそこにいるとは限らない。別の場所に行っているかもしれないし、既に息絶えている可能性もある。

 

「ここの辺り……かな」

 

佐久間さんが海図で指をさした場所は、ここから西へ大分進んだところ。かなり前に、泊地棲鬼と戦った場所より少し南に行った辺り。それなら、あの辺りを元々の居場所にしていた潜水艦姉妹が何かしら知っているかもしれない。

今度はシンさんの乗る車椅子を押したセンさんが呼び出される。次から次へと引っ切り無しに情報収集しているが、深海棲艦から深海棲艦の情報を得ることが出来るなんて、この鎮守府でなくては出来ないことだ。

 

「突然呼び立ててしまってすまない。セン君、君が元々いた海域で、この深海棲艦を見たことは無いかな。情報だけでもいい」

 

司令官が深海海月姫のデータをセンさんに見せる。シンさんにも見えるようにしたところ、早速シンさんが声を上げた。

 

「クラゲのお姉ちゃんに似てるね」

「ええ……私達の知っている人に似ているわ……深海海月姫ね……」

 

まだあの場所にいる。潜水艦姉妹があの場所にいた時からもう数ヶ月経過しているが、佐久間さんを助けてくれた数年前から殆ど移動していないというのなら、この数ヶ月の間も移動していない可能性は高い。

 

「この人に……何か用が?」

「実はだね……」

 

掻い摘んで事情を説明する。このままでは扶桑姉様と山城姉様が危険であるということがわかると、センさんもすぐに納得してくれた。

 

「私がその場所に案内する……何が欲しいの……?」

「来てもらえるのが一番だけど、最悪身体の一部……髪の毛数本で! 痛い思いはさせないし、絶対に危害を加えない!」

「わかったわ……行きましょう」

 

すぐに準備してくれた。やはり艤装を準備する必要のない深海棲艦はこういうところで強い。

 

「朝潮ちゃん、先に細胞を貰えるかな。行っている間に、朝潮ちゃんの細胞でも適合するか確認しておく」

「大丈夫です。何が要りますか?」

「髪の毛数本と、血液、あとアサちゃんの唾液、念のためヨルちゃんの唾液……やれること全部!」

 

自立型艤装の体液が問題を引き起こしている可能性から、私の自立型艤装の体液も適合素材になり得る。渡せるものは全て渡さなくてはいけない。

 

「山城君は今日中に入渠が終わる予定なのだが、終わったところで起こさないようにしておく。起きたことで悪化した、なんてことが起きても困るからね」

「それがいいと思います。そもそも高熱が出ているのなら、ドックで眠っていた方がいいでしょう」

 

突然引き起こされた私の姉の危機。早急に解決しなくてはいけない。敵鎮守府への攻撃も、このままでは気持ちの面で実行出来ない。

戦艦天姫との戦いと同じ、最後も当然総力戦だ。1人欠けるだけでもダメ。特に山城姉様はどんな時でも根幹に位置するほどの人だ。必ず助け出す。

 

ただでさえ、私の姉なのだから。妹が姉を助けるのは至極当然。

 




おかげさまで、今回の話で300話と相成りました。いつもありがとうございます。自分でもここまで続くとは思いませんでした。終わりは近いですが、今後ともよろしくお願いします。


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深海海月姫

戦艦天姫の自立型艤装を破壊した際に体内に丸呑みにされてしまったことが原因で、その細胞が体内に入り込んでしまった扶桑姉様と山城姉様。そのせいで入渠が終わっても取り除けない高熱を患ってしまった。

扶桑姉様はまだ半分が深海棲艦であるおかげで高熱だけで済んでいるが、純粋な艦娘である山城姉様の体内に深海棲艦の細胞が入り込んでしまっているというのは、どんな悪影響があるかわかったものではない。最悪の場合、山城姉様が深海棲艦化してしまう可能性だってある。

体内に入った細胞を中和するための薬を作るためには、本人の細胞が欲しい。だが、戦艦天姫は撃破済み。消滅しているというのに体内に細胞を残してくるとは、最後まで厄介極まりない敵であった。

 

 

 

私、朝潮は今、その治療薬の材料になるかもしれない細胞を持つ深海棲艦、深海海月姫に会うため、センさんの案内の下、西へと向かっている。

 

「こちらの方に来るのは久しぶりね」

「泊地棲鬼の時以来、来てなかったんだっけ。もう大分昔に思えるわ」

「そこからいろいろありましたからね……」

 

午後に鎮守府を出たので、事と次第によっては帰投が夜になる可能性があった。それを考慮して、高速艦の駆逐艦のみの部隊で、哨戒を兼ねた出撃。つまりは哨戒部隊。私を駆逐艦として認識していいかはわからないが、姉様達のことだから居ても立っても居られなかった。

今回の哨戒部隊は私、霞、春風の3人。こちら方面に来ている経験があることと、深海組であれば相手を刺激しないかもしれないため。

 

3人で哨戒部隊で来るのも、泊地棲鬼の一件以来。何だかんだこの組み合わせは、この海域に合っているかも。

 

『朝潮、そろそろ到着よ……』

「了解です。緊急時は撤退を視野に入れていますので」

 

海底のセンさんから通信が入る。今のところ、見知らぬ深海の気配は感じない。春風とここに来た時に反応しなかったのだから、余程深いところにいるか、まったく違うところにいるか。

 

『前見た時から動いてるみたいだよー』

『少し……南下するわ』

 

気配が見つけられなかったためか、周辺を調査。すると、センさんの向かったさらに南の方から、僅かにだが深海の気配を確認した。霞と春風も気付いたらしく、そちらの方を凝視。

 

「うっすいわね……」

「大分深いところにいらっしゃるのでしょうか」

 

奥深くにいることは間違いが無かった。気配が海底の方向に遠い。霞と春風には、本当に薄っすらとしか感じられないようである。

 

「気配、確認しました。大分底の方のようですが」

『こちらでも確認……少し警戒してるわね……』

『朝潮の大っきい気配で怖がってるのかもだよ』

 

あちらには私の気配が大きく伝わっているようだった。抑え込むことが出来れば抑え込むのだが、これだけ長いこと付き合ってきても制御の方法だけはピンと来ないのだから仕方ない。

 

『私達が……まず話をしてくるわ……』

「はい、お願いします」

 

私も潜れないことはないが、まず顔見知りが説明してくれた方がいいだろう。溺れていた人間を助けるような温和な性格であるのなら、センさんの説明で何かしらのアクションをしてくれるはず。

 

『久しぶりね……深海海月姫』

『クラゲのお姉ちゃん、久しぶり!』

『……ええ、久しぶり。珍しいな』

 

聞いたことのない声が通信の先から聞こえる。これが深海海月姫。溺れていた佐久間さんを助けたという、穏健派の深海棲艦。海の底の底にひっそりと暮らしているのは、誰とも関わり合いにならないようにするためなのだろうか。

 

『ここから離れていたみたいだけど』

『ええ……以前、黒に領海を侵略されてね……妹と一緒に別の場所に移動していたの』

『……それは難儀なことだ』

 

ゆったりとした会話。以前から知り合いだったということがわかる、お互いを認め合っているような言葉遣い。深海棲艦でもこういった人付き合いというのもあるのだと思うと、人間や艦娘と何ら大差ないのだと思い知らされる。

だがそれは穏健派だからである。黒は侵略を快楽として考えている節が多い。イクサさんは例外だが、戦ってきた黒は軒並みそうだった。

 

『それで、そんな貴様が何故ここへ?』

『貴女にお願いがあって来たの……』

 

ここからが本題。

ある意味病に冒された艦娘と半深海棲艦の治療に、身体の一部、髪の毛でもいいので分けてほしいと交渉する。

私達は海上で黙って聞いているしかない。変に口出ししても、話をややこしくするだけ。下心などなく、純粋に姉様達を助けるために行動しているのだが、その意思が通信越しに伝わるとは到底思えない。

 

『……私で無ければならない理由は』

『貴女の細胞が薬に使える可能性があるの……お願い……出来ないかしら』

 

表情は見えないが、深海海月姫は難色を示しているように聞こえる。穏健派といえど、人間や艦娘と馴れ合うつもりはないということだろうか。

なら何故佐久間さんを助けたのだろう。気まぐれか、何かしら理由があるのか。

 

『海の上にいる気配と何か関係が?』

『助けたいのは……その子の姉なの』

 

私に興味を向けた。やはり海の底まで届いてしまっているようだった。もう少し離れた方が良かったか。

 

『……直接会って話そうか』

『わかった……朝潮……今からそちらに向かうわ』

「了解です」

 

海の底にいる見知らぬ気配が少しずつ海面に向かって浮上してくる。警戒は解かれておらず、艤装も展開している状態。成人女性と、それと同じほどの大きさの艤装が、それなりのスピードで浮上してきたため、一時的にその場から離れる。

今まで出会った人達とはまた違ったタイプの深海棲艦が海上に浮上。素足なのに海面に立つことが出来るようだが、基本は海中で生活しているようだ。それでも艦種は正規空母。深海棲艦はつくづく特殊。

 

「……中枢棲姫……? いや、奴は陸上型だからここには来れないはず」

 

こう言われるのは想定内。

 

「私は元艦娘の深海棲艦、朝潮です。初めまして、深海海月姫」

「元艦娘? ……元艦娘!?」

「新鮮な反応ですね。後ろにいるのは私の妹の霞と春風。共に半分深海棲艦です」

 

私達は立場がおかしい3人だ。早速、深海海月姫は混乱してしまっている。先天性も後天性もおり、まともでないのは見てわかるだろう。

 

「私達のことは少し置いておかせてください。お願いです。私の姉を救うため、力を貸してもらえませんか」

 

誠意を込めて、頭を下げる。これで絶対に助かるとは限らない。私の細胞で薬が出来ていて無駄骨になるかもしれない。だが、私が今やれることはこれしかない。私の細胞でダメなら、深海海月姫の細胞に頼るしかなくなる。

 

「……ダメ……でしょうか」

「1つ教えてほしい。誰から私の存在を知った」

 

自分の存在の出所を妙に気にしているように思える。

そういう性質を持つのもわからなくはない。私も陣地にいるときは干渉されたくないと思う。深海海月姫は海の底にいる時に同じように感じるのだろう。

 

「数年前、貴女は溺れていた人間の女性を救助しませんでしたか?」

「……ああ、今でもハッキリと覚えている。久しぶりに陽の光を浴びようと思っていた矢先に、上から人間が沈んできたんだ。私から他人に干渉したのは、後にも先にもアレだけだ」

 

そもそもこんな何もない海で何故人間が沈んでくるんだと疑問に思ったそうだが、目の前で死なれても寝覚めが悪いと救助したようだ。

佐久間さんがここにいたのは、新人時代に海域調査に出ていたから。今でこそこれだが、当時は深海棲艦がいない海域とされていたため、教育の場としてよく使われていたらしい。そんな中、沖に流されてしまった佐久間さんが、混乱して小船から落下したことが事の顛末。

 

もしここに深海海月姫がいない、また浮上してきていなかったら、佐久間さんは死んでいた。偶然に偶然が重なった結果、命が救われ、深海棲艦研究の道を選ぶことになったわけだ。

佐久間さんの運命を大きく変えた出来事は、深海海月姫の気まぐれだった。今までのことを考えると、佐久間さんは雪風を凌ぐほどの豪運なのかもしれない。

 

「貴女が救助した人間、今は私達の仲間なんです。その人に教えてもらいました。そうしたらセンさんが貴女の居場所を知っていると」

「ごめんなさいね……緊急事態だったから」

「セン? ……ああ、潜水棲姫のことか」

 

センさんも深海海月姫の性格はわかっているようで、なるべくその居場所を隠すようにしているそうだ。今回は本当に緊急事態だったため、案内もしてくれたし、交渉もしてくれた。

 

「……そうか。私はそう簡単に見つかるつもりは無かったが……それなら仕方あるまい」

 

ただでさえ他人に無干渉を貫いているような深海海月姫だ。おそらく知り合いなんてこの周辺にいる深海棲艦のみ。まともに会話が出来るのも潜水艦姉妹くらいだろう。

 

「悪意があるわけではないんだな?」

「勿論。その人間は、貴女に助けてもらった御礼が言いたいと話していました。是非とも会ってほしいくらいです」

 

こちらに攻撃の意思がないことは伝わったようだ。騙しているわけでもない、本心からの協力願いであることも。

 

「……その人間に会いたい。貴様達についていこうか」

「ありがとうございます。本当に助かります」

 

快く、というわけではないが、私達についてきてくれることとなった。深海海月姫も、救助した人間がどうなったかは少し気になっていたらしい。

 

「……戦うことにならなくてよかったわ」

「ええ……浮上してわかりましたね。あの方はとても強い」

 

ひとまずは何事もなくてよかった。霞と春風は臨戦態勢ではあったものの、武装を展開するまでもなく話が進んだことで胸を撫で下ろしている。

この深海海月姫、海上に浮上したことでわかったが、相当手練れな深海棲艦だ。敵対された場合、この少数で勝てるかが正直わからなかった。長くこの場所で生きているだけある。

 

 

 

鎮守府へ帰投。その間、深海海月姫は常に海中に潜っていた。ほとんど潜水艦と同じように行動しているのは、名前通り海月(クラゲ)ということか。

 

「帰投しました」

「ご苦労様、朝潮君。それで、深海海月姫は……」

「浮上してきます」

 

工廠内に入ったことで、深海海月姫が浮上してくる。異形の艤装もそのままなため、ここで攻撃されたら酷い目に遭いそうではあるものの、敵意は感じられない。警戒心を無くすことはないが。

 

「……人間……艦娘……深海棲艦……()()()……なんだここは」

「ここは全ての種族が共存する鎮守府。ようこそ深海海月姫、協力してくれてありがとう」

 

異様な雰囲気の工廠に驚きを隠せない深海海月姫。司令官が引き上げるために手を伸ばすが、その手を取ることは抵抗があるようで、すり抜けるように地上に上がった。ちょっと残念そうに苦笑する司令官。

 

「潜水棲姫から話はある程度聞いている。サクマという女は何処に?」

「佐久間君なら今までここに……佐久間君?」

 

工廠の隅、自分の部屋の方でこちらの様子を伺っていた。過去の命の恩人であり、自分の方向性を決めた人が目の前にいるということで、あの佐久間さんですら緊張で萎縮してしまっていた。

このままだと話が進まないので、私が腰から抱きかかえてこの場に引きずり出す。

 

「あ、朝潮ちゃん、乱暴はやめてほしいな」

「この期に及んで何を躊躇ってるんですか。御礼を言うんでしょう」

「流石にビビっちゃうって」

 

深海海月姫の目の前で下ろした。

 

「……私が助けたままだな」

「はい……私は貴女に助けられて今まで生きてこれました。ずっと御礼が言いたかった。あの時は、本当にありがとうございました。貴女のおかげで、私はこの道を目指すようになりました」

 

涙目で御礼を言う佐久間さん。そういうことを言われ慣れていない深海海月姫は、どう返せばいいのかわからずにただ言葉を聞いているだけ。まるでお見合いである。

 

「そ、そうだ! 細胞、細胞を頂けたら! 朝潮ちゃんの細胞はやっぱり難しそうで、うん、深海海月姫さんの細胞なら行けるかもしれないので!」

「……そういう話だったな。ああ、提供しよう」

 

無言の空間で気まずくなったか、すぐに本題を切り出した。深海海月姫も佐久間さんの顔を見て、今まで揺らいでいた協力を正式に決めてくれた。

 

「研究室は私の部屋なので、こ、こちらへ……」

「ああ」

 

来て早々ではあるものの、深海海月姫は艤装を消した後、素直に佐久間さんについていった。今まで警戒心しか無かったが、佐久間さんの顔を見た途端に素直になった。誠意が伝わった、と考えればいいだろうか。

 

「ここに来たら必ず協力してくれると思っていたわ……」

 

シンさんを車椅子に座らせたセンさんがこちらへ。深海海月姫の後ろ姿を見ながらポツリと呟く。

 

「確証があったんですか?」

「あの子……助けた人間のこと、ずっと気にしていたもの。私達と知り合ってから……度々話題に出したくらいだし」

「クラゲのお姉ちゃん、あの時の人間にまた会いたいってずっと言ってたんだよ」

 

ずっと1人で海底にいたが、たった1回の例外との邂逅によりその考えに変化があったようだ。

深海海月姫もまた、人間との出会いで考え方が変わった者であった。佐久間さんは積極的に動き続け、深海海月姫はこの時をずっと待ち続けた。お互いに念願が叶ったということだ。

 

これならきっと上手く行く。流れはいい方向に向かっている。




深海海月姫、頭上に現れる艤装はラスボス時のみなんですよね。久々に出たときはありませんでした。B環礁にいるかいないかで変わるのかもしれません。
ここで出た深海海月姫は、B環礁でなくても艤装を持ちます。特別な理由はありませんが、強個体だから、ということで。


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研究者の本気

深海海月姫が鎮守府に来てくれたおかげで、扶桑姉妹を治療する薬の作成に取り掛かる。

私、朝潮の持つ中枢棲姫亜種の細胞では、治療薬にはならなかったそうだ。扶桑姉妹を苦しめる原因である太平洋深海棲姫と似たような生まれである中枢棲姫とは、やはり一線を画しているということ。私の身体はあまりに特殊すぎる。近しいものにもならなかったらしい。

 

深海海月姫からは、艤装や艦載機に生えている触手のようなものから細胞を貰った。本体に痛みがなく、回復により修復されるため、そういう場所の方がお互いに気が楽。

他の材料は既に用意してあった。大和さんの細胞は、元帥閣下にもお願いして、護衛艦隊の大和さんから、髪の毛の一部を貰う。注射嫌いであることは知っていたので血液は今のところ断念。本当に必要になった場合は、縛り上げてでも奪うとのこと。

 

そして人間の細胞は、

 

「戦艦天姫の細胞に似せたいのなら、提督という役に就くものの細胞がいいだろう。私が提供しているよ」

 

我らが加藤司令官が提供。血液と髪の毛を採取し、薬の一部とする。最初は佐久間さんの細胞の予定だったが、より戦艦天姫の細胞に近いものをと、提督の力を持つ司令官が率先して協力している。山城姉様はとても喜びそう。

 

「山城さん、入渠自体は終わるんでしたっけ」

「ああ、もう少しというところだよ。だが、前にも言った通りそのままにしておく。高熱を出した状態で起こされても、山城君が辛いだけだろう」

 

薬が完成し、それによる治療が完了してから起こすという方向性は変わらない。少しでも負担は減らした方がいいだろう。今回のこれは、ただの体調不良ではない。艦娘としての死を招く可能性だってある。

 

「まずはすぐに調合します。確率は低いですが、やれることは全てやりますので」

「佐久間君しか頼れる者がいない……頼んだ」

「任せてください。こんなことで終わらせたりしませんから」

 

力強い言葉だった。今まで、北端上陸姫が引き起こしてきた脅威を、人間の身で解決してきた佐久間さんは、もはや私達の希望。今回もきっとやってくれるだろう。

 

 

 

翌朝。扶桑姉様の入渠も完了するが、ドックは開けていない。薬がまだ完成していないからである。

佐久間さんはあの後、深海海月姫と自分の部屋に篭り、休憩も取らずに調合をし続けていた。早急に治療しなくてはいけないという焦りもあったのだろうが、やはり本物の細胞とは違うために上手く中和が出来ないということに尽きる。

 

徹夜での作業を労うため、私は雪さんと一緒に朝食を部屋に運ぶ。手が離せない可能性もあるため、簡単に食べられるパンの類で。

部屋の前に着くなり、中から叫び声が聞こえた。

 

「……あぁーっ! ダメだ! ほんの少し残る!」

「残ったらダメなのか?」

「ダメダメダメ! 艦娘の身体に深海の細胞が残るとか、絶対悪影響あるよ!」

 

難航しているのは火を見るよりも明らか。私達が中に入っても、一瞥すらされないくらい憔悴しているようだった。深海海月姫はチラリとこちらを見るがそれだけ。

佐久間さんと深海海月姫は同じ部屋で一晩を過ごし、とてもなかよくなっていた。最初の緊張感は無くなり、距離も近い。お互いの考えを変えた者として、無二の親友と言えるような仲に。

 

「くっそー……何がダメなんだろ……。均等じゃダメ、深海多めもダメ、艦娘多めもダメ、人間多めもダメ、1つ少なめも全部試したし……」

 

頭を抱える佐久間さん。疲れ切っていて頭はボサボサ。着ている白衣も汚れに汚れ、女性からは出てはいけない匂いがほんのり。これは指摘した方が良さそう。

 

「佐久間さん、朝食です」

「えっ!? あ、いたんだ。ありがとね2人とも」

 

本当に私達は気付かれていなかった模様。本当に余裕が無いようだ。

 

「佐久間さん、お風呂に入ってください。ちょっと臭いますよ」

「いやもうそんな余裕なくて」

 

雪さんの指摘に対しても、軽く躱すような話し方。朝食もパンだとわかると、手掴みしてさっさと食べてしまった。時間が惜しいのはわかるが、焦っていては進められるものも進められない。

 

「佐久間さん、お風呂に入ってくださいね」

「いや、だからね」

「入 っ て く だ さ い ね」

「ウス」

 

珍しく強く出る雪さん。長いこと助手をしているだけあり、そういったところのサポートもしているようだ。佐久間さんは研究以外はかなりズボラなようで、こういうところは雪さんに頼りっぱなしなのだろう。素直に言うことを聞いた。

 

「海月さん、ちょっと休憩しよう。行き詰まっちゃったし、頭休ませないとダメっぽい」

「そうか。なら休むといい。そのフロというのに行けばいいのか?」

「それがいいね。あ、そっか、お風呂初めてだよね」

 

疲れた顔で深海海月姫を連れてお風呂に向かった。部屋には私と雪さんが残される。雪さんは溜息を1つついてから、部屋の片付けを始めた。研究しているものの場所はそのままに、散らかったものだけを元の位置に戻していく。

 

「雪さん、強いですね」

「言わないと研究やめないんだもん。いつか身体壊すよ」

『ユキの方が保護者だな』

 

アサも苦笑である。

 

雪さんと部屋を片付けていたら、お風呂からドタドタと走ってくる佐久間さんの反応。深海海月姫もそれを追っているところを見ると、お風呂に入ったことで何か思い付いたようだった。

 

「ユーリカ! ユーリカ! あっちも建造で作ってんだから、建造の材料も混ぜないとダメじゃん! 細胞だけじゃなくて建造素材!」

 

部屋に入るなり高らかに叫んだ。なるほど、確かに。

戦艦天姫が建造された瞬間を見ているのは磯風さん達だ。真相のことを話した時に、深海の素材が入れられていたと言っていた。建造に使われる深海の素材というのが何かはわからないが、それについてはまた聞けば……と、ここまで考えたが、今の磯風さんにあの当時のことを聞くのは憚られる。

 

「建造に使う深海素材……一体何なんでしょう」

「片っ端から試すしか無いよね。よし、セキちゃんから調達しよう!」

 

そのまま工廠へ向かってしまった。本当に嵐のような人である。研修室に置いていかれてしまった深海海月姫も、ここに来てこの行動力に呆然。

 

「……すごいなサクマは」

「本当に。いつも助けられています」

 

呆然の中に、尊敬も混じっている。他者を助けるために、寝る間も惜しんで動き続けている佐久間さんは、私達には少し眩しい。私達の司令官と並んで、人間としては最上級に位置付けられるのではないかと思えるほど。

 

「こういう人間なら信用出来る」

「それは良かったです」

 

深海海月姫も仲間になってくれれば心強いのだが、それはさすがに高望みか。そもそもが誰とも関わり合いを持たないように日がな一日海底で過ごしていたような人が、わざわざ最前線に滞在するなど考えられない。

 

 

 

昼食時、食堂に姿を現さなかった佐久間さん。またもや食事を抜いて研究に没頭している。それを知った雪さんは即座に叱りに向かおうとしたところ、その前に佐久間さんが食堂に駆け込んでくる。

 

「朝潮ちゃん、中和剤完成したからすぐ治療するよ!」

 

それだけ言って、またすぐに出て行く。時が止まったかのように静まり返るが、すぐに大歓声。当事者はここにはいなくなってしまったが、その功績を称えていた。

私もすぐに行かなければ。用意されている昼食を大急ぎで食べ、すぐに片付けて工廠へ。

 

「来ました!」

「今、ドックの中に投与したよ。扶桑さんの血液の中にある細胞はこれで中和して消滅したから、これで大丈夫なはず……!」

 

近しい細胞でもどうにか調整し、他のものと調合しながら辻褄を合わせ、最終的には敵の細胞とほぼ同じものを作り上げてしまった。決め手はやはり、建造のための深海素材だった。さらには、深海の細胞は私、中枢棲姫亜種のものも含めたハイブリッドな状態だそうだ。私と深海海月姫、どちらか片方だけでもダメだったらしい。

 

少なくとも扶桑姉様は大丈夫だと確信している。調合の結果自体を、扶桑姉様の細胞を使って実験をし、中和を確認しているのだ。

全ての問題は、山城姉様の方に集約していた。『種子』を埋め込まれるのとはわけが違う。

 

「ちゃんと中和されたとしても、高熱はすぐには下がらないと思う。今日1日は安静にしてもらわなくちゃだね。起こさない方がいいかな」

 

中和剤が投与されたものの、外見的な変化はあまりない。全て体内で引き起こされていることのため、定期的に血液検査をするくらいしか確認する手段がない。ならば、ドックに入ったままの方が安心か。

 

『私はもう起きてるわ。開けてちょうだい』

 

なんて話している最中にドックから突然声が。今まで眠っていたかと思われた山城姉様が、うっすら目を開けていた。大分前、ドック内から自力で抜け出ようとしたガングートさん以来である。

ほぼ無いことのため、必要以上に驚いてしまった佐久間さん。私もドックの中から声をかけられるのは2回目のため、流石に驚く。

 

『頭がクラクラするけど、大丈夫よ』

「正直なこというと、起きててもらった方が楽ではあるんだよね。検査がしやすいから」

 

ドックの中の者を検査するのはどうしても妖精さん経由になる。ということは、明石さんも必要になるため、必要以上に人員を割く必要が出てきてしまう。管理のしやすさで言うのならドックで寝ているよりは起きて部屋で寝ている方が楽と。

ただし、山城姉様への負担は当然段違い。高熱の辛さは私も知っている。

 

『私も……開けてもらえないかしら……』

 

扶桑姉様まで目を覚ましてしまった。この姉妹は規格外過ぎる。

 

「はぁ……流石に私の独断では決められないから、加藤少将に許可貰ってくる」

「それまでは私が側にいます」

「うん、お願い」

 

佐久間さんが司令官に許可を貰ってくる間に、私は2人の着るものを用意しておく。許可されようがされなかろうが、用意しておいて損は無いはずだ。

 

『フソウ姉さんもヤマシロ姉さんも、何で入渠してるのに起きられるんだ……』

「昔にガングートさんも似たようなことがあったの。その時は内側からドックこじ開けたわ」

『滅茶苦茶すぎるだろ』

 

それについては否定できない。

 

佐久間さんはすぐに許可を貰ってきた。司令官曰く、本人の意思は尊重するが、くれぐれも安静にというのが条件。今は当然全裸なので司令官はこの場には来ていないが、すぐにこちらに来るとのこと。

 

「明石さん、ドック開けて」

「はいはい。ホントここの扶桑姉妹は何処かおかしいね」

 

苦笑しながら明石さんが2つのドックを開けた。当然身体は本調子では無いが、身体を起こすことくらいは出来るようだ。

用意しておいた着るものは、寝間着の作務衣とは違う浴衣のような検査着。今ならこちらの方が着やすくて楽なはず。それに、2人とも浴衣が良く似合う。

 

「……身体が普通に動かないわね」

「病み上がりじゃなくて絶賛病み中なんだから、絶対無理しないこと。倒れたらドックに押し込んででももう一度寝かすから」

「肝に銘じておくわ」

 

自力で歩くのも辛そうなので、車椅子を用意してもらった。私1人で2人のものを押すのは難しいものの、出来なくは無い。いざという時はヨルに手伝ってもらおう。そういう意味では、尻尾は3本目の腕として使える。

 

「ここまで弱るのは初めてね。アレからどれだけ経ったの?」

「約2日ですね。あれから二晩越え、今は午後です」

「そう。結構寝てたのね」

 

あっけらかんと言い放つが、顔色はやはり良くない。扶桑姉様も元々色素が薄いのも相まって、体調不良が如実に表れている。

 

「定期的に血液検査するから、絶対安静。事情ってわかってる?」

「今起きたばかりだもの。わかるわけないでしょ」

「今2人の身体の中には、戦艦天姫の()()()()が入れられてるの。中和剤を作ったから自然と良くなると思うけど、山城さんの場合はうまく作用しない可能性だってあるから」

 

掻い摘んで私が説明した。鯨を中から破壊したことがこんな事態を引き起こすなんて思っても見なかっただろう。だが、後悔したような顔はせず、素直に受け入れていた。こうなっても仕方がないことだし、ああしなければあれ以上の被害が出ていた可能性がある。

扶桑姉様が咄嗟に思い付き、山城姉様が覚悟を決め、2人がかりで破壊し、最後の被害を被る。全て姉妹の中で終わらせ、二次被害すら起こさない。あの戦いのMVPは、この2人だろう。

 

「ちなみに、うまく作用しなかった場合、私はどうなるの?」

「ずっと体調不良が治らないか、深海棲艦化かな。死にはしないと思うけど……いや、艦娘としては死ぬことになるかもしれない」

「そう。まぁそれは無いわね。私が筋肉で捩じ伏せるわ。誰が深海棲艦になんてなってやるもんか」

 

やれそうだから恐ろしい。深海棲艦化に筋肉万能論が通用したら、それはそれで怖い。

 

「中和剤というのは……どうやって作ったのかしら……」

「戦艦天姫の細胞に酷似したものを代用品で作ったよ。護衛艦隊の大和さんと、ここにいる海月さん、あと朝潮ちゃんと加藤少将の細胞をうまく調合した後、深海の建造素材を隠し味にして」

 

私の名前が出たことで扶桑姉様が、そして、司令官の名前が出たことで山城姉様が反応を見せる。

 

「……朝潮の一部が……私の中に入ったのね……」

「そうなります。中枢棲姫としての身体が役に立ってよかったです」

「これで……朝潮とは本当に姉妹よ……嬉しいわ……」

 

一方山城姉様は、無言で自分の身体にある司令官の細胞を感じている。ひょんなことではあるが、愛する者の一部が身体に入ったというのは嬉しい事なのだろう。

左の拳は2人の拳と言っているが、真の意味で2人分となったのかもしれない。

 

「2人とも、大丈夫かい」

 

頃合いを見て、司令官がドックにやってくる。車椅子に座る2人を見て心配そうな顔をするが、その表情から悲観することはないとわかり、普段の調査にすぐに戻った。

 

「ええ、大丈夫。安静にはしておくわ」

「山城と一緒に……身体を休めるわね……」

「ああ、そうしてほしい。……目が覚めて本当に良かった」

 

経過観察は必要だが、姉様達も目を覚まし、これで全員が揃ったことになる。治療薬のために協力してくれた深海海月姫には感謝しかない。

 




愛する者の細胞を取り込んで喜ぶとか病んでる感じがしないでもないですが、病ま城……もとい、山城姉様復活。


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より進んだ関係を

佐久間さんの奮闘と、深海海月姫の協力により、扶桑姉妹の体内に入り込んだ戦艦天姫の細胞(残りカス)の中和剤は完成。現在は投与された状態で経過観察中となっている。

扶桑姉様の方は安心出来るのだが、山城姉様の方はまだ予断を許さない状態ではある。佐久間さんは扶桑姉様の血液で実験を繰り返し中和剤を完成させたが、それは半深海棲艦である扶桑姉様だからこそ効く、という可能性があるからだ。山城姉様にはうまく作用しないなんてことも無いと言えない。

 

「アンタが深海海月姫ね。協力してくれてありがとう」

「礼はサクマにだけ言えばいい。私は艤装の一部を提供したに過ぎない」

「充分じゃない。アンタがいなかったら私達はまだドックの中だもの」

 

体調はまだ悪いものの、入渠が完了した山城姉様。中和剤の材料を提供してくれた深海海月姫にお礼を言っているが、やはり言われ慣れていないからか、深海海月姫は目を合わせようともせず、佐久間さんの少し後ろに立ち尽くすのみ。これはただの人見知りでは。

 

「私はともかく、姉様は中和が確実なのよね?」

「それは保証するよ。扶桑さんの血液で検査して、前に貰っていた血液と同じ状態になることは確認してるからね」

「なら安心だわ。どれくらいで効いてくるの?」

「中和自体は殆ど終わってるはず。今の体調不良はその余波みたいなものだから。これから2人とも血液検査ね」

 

この血液検査次第で、山城姉様の運命が決まると言っても過言ではない。中和ではなく競合し始めていたら、この体調不良は治らず、私や深海海月姫の細胞により余計に身体がおかしくなる可能性がある。

 

「では私も少し手伝おうか。佐久間君の研究室でいいかな?」

「あ、はい、お願いします。車椅子2つ入るくらいはスペースあるので」

「雪さんが片付けてましたからね」

 

私が扶桑姉様の、そして司令官が山城姉様の車椅子を押して佐久間さんの研究室へ運ぶ。とても短い距離ではあるものの、司令官が自分の意思でやってくれるという今の状況が、山城姉様には至福の時だったようだ。扶桑姉様も私に押されることをとても喜んでいた。

 

工廠の隅からこちらをジッと見ていた榛名さんと涼月さんに関しては見なかったことにする。関わると面倒なことになりかねない。

 

 

 

佐久間さんと雪さんが手早く血液を採取し、検査を行う。戦艦天姫の細胞が綺麗さっぱり無くなっていれば、あとは1日安静にしていれば自然回復で終了。そうでなかった場合は、また新たな対策を考えなければならなくなる。

 

「扶桑さんの血液からは、戦艦天姫の細胞が消滅していました。中和成功ですね」

 

これは確証が持てていたことなので、何も心配は無かった。問題は次だ。

 

「山城さんの方ですが……まだ残っていますね。艦娘の身体では回りが遅いみたいです。ですが、投与した中和剤も残っているので、現在絶賛戦闘中という感じですかね」

 

細胞同士が、山城姉様の身体の中で決戦中とのこと。あちらは戦艦天姫だけに対し、こちらは私、深海海月姫、大和さん、そして我らが司令官の艦隊だ。負けることは無いだろう。

ただし、その決戦に時間がかかればかかるほど、山城姉様は高熱に悩まされるということだそうだ。細胞には早期決着を望むところである。

 

「明日までに全回復とまでは行かないかもしれません」

「了解した。山城君はまず治療を優先してほしい」

「仕方ないわね。治るのならそれでいいわ」

 

敵鎮守府への襲撃、つまり本当の最終決戦は、山城姉様の体内から戦艦天姫の細胞が無くなってからということになった。作戦次第では山城姉様は鎮守府待機ということになるが、それでも完治しないうちに決戦では、何かあった時に困る。

決戦は全員万全な状態で。戦うにしても、逃げるにしても、万全で無ければ最高の結果は出せない。

 

「なるべく早く決戦に行くためにも、すぐに治すわ。貴方の細胞が混ざってるならすぐよ」

 

姉様達はおそらく初めてであろう体調不良。軽口でさくっと治すなんて言っているが、それで本当に治るものならありがたいものだ。扶桑姉様はまだしも、山城姉様は現在進行形で原因が体内で大暴れしているのだ。完全に回復するまでには時間が必要。

 

「少なくとも、君達は今日は大人しくしておくこと。車椅子を使っているほどなのだから、まともに身体が動かないんだろう?」

「そうね。口だけは達者だけど、立ち上がるのもちょっと辛いわ。ここに座らせてくれたのも朝潮だし」

 

扶桑姉様も山城姉様も、戦闘なんて以ての外、まともな生活も今の状態では辛いだろう。私の時も、高熱の時は瑞穂さんに付きっきりになってもらったものだ。食事すらままならない。

 

「そうね……私は……朝潮についててもらえればいいわ……」

「はい、私は扶桑姉様の側にいますね。姉の看病は妹のお仕事です」

「朝潮は優しい子ね……嬉しいわ……」

 

扶桑姉様の看病は私がすることに。こういう時だからこそ、姉の側にいたいものである。私も当然了解する。頼まれなくとも、私から行っていた。

 

「山城さんは定期的に血液検査したいので、なるべくこの部屋の近くにいてもらいたいです。いちいち来てもらうのも面倒でしょう。私が行ってもいいんですが」

「そうだね。なら医務室か……ふむ、執務室で休むかい?」

「っ……そ、それでお願いするわ。執務室ならすぐにここに来れるし、人員を割かなくても人の目があるから都合がいいわね」

 

佐久間さん、ナイスアシスト。山城姉様を応援している私としては、執務室で司令官に看病してもらっていることが一番いい方向。私もいたいくらいであるが、なるべく親密になってもらいたいので私も一歩引こう。

 

「この後、敵鎮守府襲撃の作戦会議がある。山城君、それでも大丈夫かな?」

「ええ、それくらいなら。どうせジッとしているだけだし、なんなら口出しもするわよ」

「それは心強い。だが、くれぐれも無理をしないようにね」

 

ある程度の作戦会議なら、山城姉様がその場にいても問題ないとの判断。実戦経験から作戦に現場の声が入るので、より良いものにも出来るだろう。

 

「では、朝潮君、扶桑君を頼んだよ」

「はい、お任せください」

 

司令官は山城姉様を連れて執務室に向かった。とてもいい仲だ。傍から見てもいい組み合わせ。山城姉様は体調不良という不幸を関係前進の幸福に変えて頑張ってもらいたい。

 

「深海海月姫はどうするんです?」

「私はサクマの部屋に残る」

 

まずは仮眠だそうだ。ただでさえ、2人して昨晩は徹夜している。ここで寝ておかないと、これ以上頭が働かないだろう。緊急時のためにも休んでおく必要がある。

 

「はい、では解散! 私は海月さんと寝る!」

「わたしは部屋の片付け終わったので別の作業行きますね」

「いつもありがとね雪ちゃん!」

 

雪さんもちゃんと休んだ方がいいと思うが、もうこれも板についてしまっている。もう充分に誠意を見せていると思うが、雪さんがこの生活を望んでいるのだから、否定するわけにはいかない。

 

「じゃあ扶桑姉様、私達も行きますか」

「ええ……ゆっくりしましょう……」

 

扶桑姉様の車椅子を押して、私も身体を休めることにした。

 

 

 

のんびりとした午後。ゆったりと扶桑姉様とお散歩と洒落込む。車椅子を押しながらなので自然と歩くスピードは落ち、普段とは違った時間の流れ方になる。

 

「姉様とこうした時間を過ごすのは久しぶりですね」

「そうね……素敵な時間ね……」

 

中和は出来ているので、余程酷いことをしない限りは体調がこれ以上悪化することはない。むしろ、散歩の間に顔色が良くなってきているようにも見える。

 

「……少しずつだけど……身体は良くなっているわ……」

「よかったです。中和がちゃんと出来ているんですね」

「佐久間さんには感謝しなくてはね……」

 

身体が深海化してから何度も思うが、海風に当たると艦娘の時より気持ちよく感じる。療養をするのなら、なるべく外にいた方がいいかもしれない。身体と心、どちらも落ち着く。私の場合は陣地もあるので、行けるものなら行きたいところだ。

 

「……静かな場所の方が好きだったけど……ここの喧騒も好きよ……。私……ここに住むようになってから……大分変わったみたいね……」

 

最初は深海特有の恨みと憎しみを抱いた状態だった扶桑姉様。私が妹になることで精神が安定し、人間に対するそれも形を潜めた形になる。

おかげで、扶桑姉様の雰囲気は以前より格段に柔らかくなっていた。私と山城姉様以外の誰に対しても無関心だったものが、今では他の人との交流も少しは出来ている。

 

「全部……山城と朝潮のおかげよ……ありがとう」

「いえいえ、こちらこそ。長女の私に姉が出来たのは嬉しいですから」

 

扶桑姉様の笑顔もよく見るようになっている。出会った直後では考えられないほどの進歩だった。

 

「でも、あまり無茶しないでくださいね。いつも血塗れなのは流石に……」

「……善処するわ」

 

白兵戦という都合上、身体に傷がつきやすいのは仕方のないことだ。一時のガングートさんが、出撃するたび入渠するほどの怪我を負っていた。

だが、扶桑姉様は自分の身体を大事にしない。それだけは控えてほしい。扶桑姉様が私や山城姉様を失うことを恐れているように、私だって扶桑姉様を失いたくはない。

 

「大丈夫……大丈夫よ。私は朝潮と死に別れなんてしないわ……私が嫌だもの……。だから、朝潮も……無茶しないでちょうだいね……」

「勿論。死ぬのも怖いですし、皆と離れるのも怖いですから」

「そう……それなら良かったわ……。怖いと思えるのなら……避けるものね……」

 

鎮守府の方針でもあるが、やはり『命大事に』は基本。誰とも離れたくないと思えるから、この方針はしっかりと根付いている。

 

「お互い……死なずにまたここで」

「はい。決戦の後、またお散歩しましょう。今度は姉様は自分の足で、ですね」

「ええ……」

 

必ず戻る約束を。全てを終わらせて、穏やかな日々に戻ろう。

 

 

 

一通り散歩をした後、仮眠を終えた佐久間さんの部屋に戻る。中和が完了しているとしても、血液検査は大事。完治である確証を佐久間さんから貰いたい。

 

「うん、扶桑さんは本当に大丈夫だね。体調不良も無くなってきてるみたいだし」

「ええ……朝潮と海岸線を散歩したの……とても穏やかで……癒されたわ……」

「なら、明日には熱も下がっているでしょう。扶桑さんは復活ということで」

 

それでもあと一晩は安静にしておくということで決着。今日は私の添い寝まである。

 

「山城姉様はどうです?」

「山城さんはさっき血液検査したよ。戦艦天姫の残りカスは全滅してたから、あとは時間の問題だね」

 

それはよかった。長く高熱にうなされるなんてことにはならないみたいだ。宣言通り、明日には完治していそう。

 

「よかったわ……山城も元気になりそうで……」

「まぁ、既にすごく元気なんだけどねぇ。ほら、執務室でずっと加藤少将の側だから」

 

なるほど、納得。愛するものの側という環境が、山城姉様には一番の薬になったようである。

 

「愛の力は偉大だなって実感しちゃった。精神論が特効薬になるんだもんね。流石山城さんだよ」

「元々強い人ですから。深海棲艦化を筋肉で捻り潰すとか言う人ですし」

「それだけ強い思いを持ってるなら実現出来るような気がする」

 

私もそれは思った。

山城姉様は自分の不幸を全て筋肉で弾き飛ばしてきた人だ。不幸不利益何もかも、持ち前のパワーで無かったことにしてしまう。

本来の戦艦山城はネガティブ戦艦と聞いていたが、改めて、私達の知る山城姉様にそんな要素は見当たらない。それも全て、愛の力が為すことなのだろう。

 

「明日には元通りって感じかな。いやぁ、よかったよかった」

「ありがとうございました佐久間さん」

「これも深海棲艦研究の一環になるからね。生態系からはかけ離れてるけど、細胞の在り方がわかったよ」

 

今までのことも全て自分の糧にしてきている。激戦に次ぐ激戦で論文に纏める暇が無いらしいが、少なくともこの戦いで深海棲艦がどういうものかというのはほんの少しだけわかったという。

 

「あ、海月さん、これで細胞の提供はもう必要ないってことになったんだけど、これからどうするの? ここにいる必要は無くなったんだけど……私としてはまだ一緒にいたいかな」

 

部屋の隅でこちらを見ていた深海海月姫に振る。急に話を振られて驚いていたが、気を取り直してこちらを見据えた。

 

「サクマがそういうなら、少しの間厄介になろう」

「やった! 恩人と友達になれたことが、私には一番の進歩だよ!」

 

深海海月姫も満更ではないように見えた。佐久間さんにとって深海海月姫が恩人であると同時に、深海海月姫にとって佐久間さんは興味の対象。もしかしたら、愛に繋がるかもしれない。愛は愛でも、友愛や敬愛ではあるだろうが。

 

今回の一件で、関係が進んだ者がいくつか。絆はより強く、心持ちもより強く。決戦に向けて、メンタルの面で大きく進んだ。

 




山城姉様が一歩どころか独走状態。


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結末への出陣

翌朝、扶桑姉様と山城姉様と一緒に目を覚ます私、朝潮。何かあっては困るということで、一晩付き合うことにしていた。姉様達は夜に魘されるようなこともなく、高熱による疲れからかぐっすりと眠っていたようだ。寝覚めも良さそう。

少し汗ばんでいるようだったため、朝風呂を提案。2人ともそれを受け入れてくれて、今は3人でお風呂である。

 

「身体が軽いわ。昨日とは大違いね」

「ええ……佐久間さんには改めて感謝しなくちゃね……」

 

昨日と比べると格段に顔色が良くなっている扶桑姉様と山城姉様。佐久間さんに最後の確認はしてもらうが、見た目ではもう完治と見てもいいだろう。扶桑姉様は確証があったが、山城姉様までしっかり治してくるとは。もうこれは意地の類。

 

「私が完治したということは、今日決戦か」

「そういうことになりますね。ついに……ですか」

 

手が震えた。武者震いなら良かったのだが、これは恐怖による震えだ。決着をつけたいという気持ちは大きい。だが、前回北の拠点攻略の時には霞が変えられた。また誰か巻き込まれてしまうのではないかと、私は恐れている。

 

「大丈夫よ……朝潮……私達がついているわ」

 

扶桑姉様が震えを止めるように手を握ってくれる。反対側も山城姉様が握ってくれた。姉の温もりに震えは止まっていく。

 

「これで終わらせてやるわ。いい加減にしてもらわないと困るものね」

「はい……もう皆がめちゃくちゃにされるのを見たくないです」

 

霞も、初霜も、皐月さんも、潮さんも、勿論私も、全て北端に改造されたせいで本来の形から逸脱してしまった。おかげでアサやヨルと出会えたかもしれないが、それとこれとは話が別だ。

もう私達は元には戻れないだろう。これ以上被害を出すわけにはいかない。

 

「アンタの周りの子は何かしらあるものね。なら、私がアンタの最後の砦よ。安心なさい。私は絶対私のままで終わらせてやるわ」

「はい、山城姉様なら安心です」

「任せなさいな。私と姉様がアンタを腐った姫の前に押し上げてあげる」

 

心強い姉だ。妹達に支えられ、姉達に支えられて、私はここに立っている。これなら絶対に勝てる。

 

この後、佐久間さんに検査してもらい、山城姉様も完治したことが確定。敵鎮守府襲撃が今日行われることが決定した瞬間である。

 

 

 

朝食後、鎮守府にいる全員が会議室に集められた。山城姉様が完治したということで、ついに敵鎮守府襲撃作戦が発令される。これが終われば、長かった北端上陸姫との戦いがついに幕を閉じる。戦艦天姫の時と同じく、皆がやる気満々。既に白のハチマキを巻いているほどである。

かくいう私も、気合いが違った。今日で終わらせてやるという気持ちでいっぱい。はやる気持ちを抑えて、まずは作戦会議だ。

 

「戦艦天姫の細胞にやられていた扶桑君と山城君の完治が確認された。万全を期す時間もこれで終わりだ」

「北端上陸姫が占拠する鎮守府に攻撃を仕掛ける。儂と加藤、南で策を練ったからの。今から説明するぞい」

 

陸上型の陣地を攻め込むわけではない。鎮守府を攻め込むという前代未聞な作戦。今までとは勝手が違う。

 

「策と言っても割とゴリ押しじゃがな」

「そうは言ってもね、鎮守府襲撃なんてテロリスト紛いなこと、誰もやったこと無いだろう」

 

漣さんが挙手しかけたのを潮さんが止めて、そのまま頭を引っ叩いた。いい感じに緊張感が抜ける。

 

「破壊出来るものならしたいが、鎮守府全体が陸上型の陣地とされているのなら、それすらも一筋縄ではいかんじゃろ。そのため、2つの部隊に分ける策を考えた」

「内と外、二方向から攻める」

 

外側の部隊は、近海から直接鎮守府を破壊するゴリ押し部隊。火力特化、コスト度外視、作戦らしい作戦も無く、出てくる敵を薙ぎ倒してまっすぐ鎮守府に突き進む。外部からの攻撃で鎮守府が破壊出来るのなら良し。

当然目立つし、攻撃の手は止むことは無いだろう。北端上陸姫が倒れるまで、延々と殲滅戦を繰り返すことになる。

 

対して内側の部隊は、陸から鎮守府に潜入する部隊。敵鎮守府が外からの攻撃に強くても、内部から破壊してしまえば問題ない。外側の部隊全てを陽動に使った侵入である。

少数精鋭となる上に、艦娘ではまずあり得ない屋内戦闘となるため、何かあった時の撤退が非常に困難。ここに属することが出来るものは限られてくる。

 

「わかると思うが、危険なのは当然内側の部隊じゃよ」

「戦闘自体がしづらい屋内での戦いになる。心してかかってもらいたい」

 

屋内での戦いで最も重要なことは、当然壁と天井の存在だ。大きな艤装を持つ艦娘は、通路を通ることすら難しい。鎮守府の廊下というものは艤装装備の艦娘が通れるくらいに広く作られてはいるが、すれ違うことは出来ないと見ている。この中では特に大きい大和型の艤装では、1人通るだけで道が全て埋まるだろう。

 

「内側の部隊は、北端上陸姫の居場所を探しながらの行動にもなる。さらには、艤装が小さく、小回りが利くことも重要だ」

 

洗脳された漣さんの鎮守府攻防戦で、どのように立ち回ればいいかは大体理解している。

最も効率がいいのは、白兵戦型だ。扶桑姉様が廊下で戦闘し、攻撃全てをいなしながら攻勢に出ることが出来ていた。

 

「内側の部隊は、心の持ち方も視野に入れて決めさせてもらった。旗艦、朝潮君」

 

最も因縁が強い私を旗艦にしてくれたことを光栄に思う。

前々から、私は自分の手でケリをつけたいと願っていた。あの頃は自分で攻撃する手段も無かったが、今はある。

 

「朝潮君が適任なのは皆が理解しているだろう。北端上陸姫の居場所を探すことが出来、鎮守府内の状態も全て探知出来る。今の身体にされたことで、白兵戦能力も持っており、艤装も最小限の展開であれば無いようなものだ」

 

これ以上無いというほどの適任だった。私が誘き出されているのではと錯覚するほど適応出来た戦場である。

 

「随伴に、山城君、扶桑君、皐月君、島風君、磯風君だ」

 

皐月さんは身体を変えられた深海艦娘の代表として。島風さんは生み出しておきながら捨てられたこと。磯風さんは言わずもがな。

北端上陸姫と因縁があり、艤装が小型で戦いやすい者は、自ずと駆逐艦に限られてくる。そこに、最も突破力のある扶桑姉妹を配置したことで、確実に終わらせる部隊となった。

 

「残りは全員、この部隊を北端上陸姫の下に導くために尽力してもらうことになる。その中でも、川内君とあきつ丸君には道案内をお願いする」

「鎮守府周辺に詳しいのは諜報部隊じゃからな。破壊された儂の鎮守府を拠点にしてくれ」

 

陸上拠点として、私達内側の部隊が元帥閣下の鎮守府跡地から陸路で出撃することになる。それを察知されて妨害される可能性もあるが、そのための外側の部隊。苛烈な攻撃で陽動して、陸路をなるべく拓く。

 

「よし、では総員準備! 外側の部隊は戦艦天姫の時のように徐々に送り出す! 準備できたものから出撃になる!」

「順番はこちらで決めておる。内側の部隊はすぐじゃ」

「これが最後の戦いだ! 終わらせに行くぞ!」

 

鬨の声が上がる。

これで本当に最後にするために。

 

 

 

工廠。慌ただしく準備が進められる中、艤装の準備の要らない私は、心を落ち着けていた。

呼吸を整え、はやる気持ちを抑え、震えを止める。前回の戦いもそうだが、緊張感が段違いだった。これが終われば全てが終わりと考えると、どうしても身体が硬くなる。

 

『リラックスしろよ』

「わかってるわ」

『口ではなんとでも言える』

 

アサから指摘されても、簡単には落ち着けない。

 

「姉さん、落ち着きなさいな」

「御姉様、緊張するのはわたくしにもわかります故」

「旦那様、深呼吸しましょう深呼吸」

 

いつもの3人が私を落ち着けてくれる。普段の光景、日常の一環。なんら特別なことのない、行って、()()()、帰るだけの戦い。そうだ、何も変わらない。敵が強大で、私の堕ちるキッカケの源泉なだけだ。

 

「お姉さんの道は、大潮達が切り開きますよ!」

「ええ、陛下は私達に任せてくれればいいわ」

「お母さん、頑張ってください!」

 

皆は外側の部隊の第一陣。私の道を拓き、敵の下へと導いてくれる存在。特に守護者2人はギリギリまで私を守ってくれる、陸上拠点までの付き添いまで買って出てくれた。

雪風は今回も残念ながらお留守番。だが、私の帰る場所を守ってくれる存在だ。いてくれるだけでも心持ちが変わる。ここに帰らねばという気持ちが強くなる。

 

「緊張しているなら、あそこ見てみなさいな。面白いことになってるから」

 

霞が指差す先、そこには準備が終わった山城姉様に詰め寄るガチ勢の面々。

 

「山城さん、提督の細胞とはどういうことです」

「榛名も提督の身体の一部欲しいです」

 

なんだか猟奇的なセリフが聞こえたが追求するのは控えるとして、提督の細胞を使った治療を受けた山城姉様に、ズルイズルイと押しかけていた。涼月さんはさておき、榛名さんのあんな姿を見るのは初めてかも。

 

「アンタ達ねぇ……私はあれが無かったら深海棲艦になってたか死んでたかなのよ。提督の細胞の他にもいろいろ入れられてるわ」

「でも、少しだけでも提督と繋がったってことよね」

「雲龍、腕を摘むんじゃないわよ」

 

触られる手を払いのけ間合いを取ろうとするが、ガチ勢による輪形陣は簡単には崩れない。

 

「いいなー。山城さんいいなー。那珂ちゃんも欲しいなー」

「ならもっと最前線で戦えばいいわよ。ねぇ、四水戦旗艦様?」

「あー! それは言わない約束だよ!」

 

騒がしいながらも緊張感のない会話。これから敵地に赴くものがすることではないように思えるが、これはこれで皆の思いやりか。こんな時ですら普段通りに振る舞うことで、最後の決戦という緊張感を薄れさせてくれている。

 

「とまぁ、冗談は置いておきます」

「私は冗談ではないのですが」

「涼月ちゃん、ちょっと黙ってましょう」

 

今までの羨望と冷やかしがピタッと止み、榛名さんが山城さんの前に。

 

「帰ってこなかったら、榛名が提督を貰っちゃいますよ」

「それは困るわね。私が今一番彼に近いんだもの。死ぬことなんかで手放したくないわ」

「その意気です。死に別れで貰っても嬉しくないですから」

 

恋敵かもしれないが、それ以前に仲間である。あんな言い合いをしながらも、お互いに信頼し合っている。軽口の叩き合いが出来るような仲だ。数少ない戦艦の仲間というのもあり、榛名さんは山城姉様と付き合いが長い。

 

「ご武運を。榛名達は貴女達の道を拓き、全力でサポートします」

「……ええ、背中は任せるわ」

「戻ってきたらまた追求しますから。昨日の午後、ずっと執務室にいたのはわかっていますからね」

 

ぶり返す涼月さん。本当に前向きになったものだ。良くも悪くも。

 

「ふふ、緊張が薄れたわ」

「よかったわ。緊張してるのはみんな同じだもの」

 

よく見れば霞も手が震えている。その震えを取ってあげるように手を握ってあげた。

 

「……悔しいわ。相手が陸上型のせいで、私は姉さんと同じ場所に立てないなんて。久しぶりに自分の欠陥(バグ)を嘆いたもの」

「仕方ないわ。その分、私の帰り道を作ってちょうだい」

「ええ。私達は一番近い場所で姉さんの帰りを待つわ」

 

これを今生の別れになんてしてなるものか。必ず勝って、ここに帰ってくるのだ。

 

 

 

第一陣の準備が完了した。ここからはもう戦場。決戦が始まる。

 

「君達は強い。敵がどれほど強大でも、君達ならば討ち倒すことが出来るだろう」

「儂らはここで見守ることしか出来ん。それだけは悔しいのう」

「だが、帰る場所を守ることが出来る。背中は任せたまえ」

 

最後に司令官が私の前に。1人ずつ激励をしてくれた。

 

「山城君。この場で言うのもアレだが……君の拳は私の拳だ。頼んだよ」

「ええ、任せなさい。2人の拳を叩き込んでくるわ」

 

指輪のはまる左の拳を突き出し、司令官と合わせる。これで覚悟は決まった。

そして私の前へ。最初の頃はしゃがまれてやっと視線が合うほど小さかった私も、立ったままでも視線が合う。

 

「初陣の時にはこんなことになるなんて思わなかったね。対空担当が、今や陸上部隊の白兵戦担当だ」

「はい……私を滅茶苦茶にした敵を討ち取ってきます。この手で」

「気負わないようにね。君にはこれだけの仲間がいる。仲間全員が君の気持ちを察してくれている」

 

工廠に集まった全員が私を見ていた。決着をつけるべきは私だと、皆の目が語っていた。

その期待を背に、私は進むことになる。力強い後押し。恐怖心も緊張も取り払われ、私は一歩前に出られる。

 

「さぁ、行きたまえ!」

「はい!」

 

海を向に、司令官に背中を押された。

背中には司令官の存在。前には熱の篭る戦場。それでももう、躊躇いはない。

 

「陸上部隊旗艦、朝潮! 出撃します!」

 

これが最後だ。

 



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陸の攻防

北端上陸姫が占拠する鎮守府へ向け、最後の出撃をした私、朝潮。私は陸上から鎮守府に潜入する部隊の旗艦として、皆を先導することとなった。

まず向かうのは、破壊された元帥閣下の鎮守府。そこを陸上拠点とし、そこから川内さんの案内の下、鎮守府に潜入し、攻撃を仕掛けることとなる。今までにない作戦で、少し緊張。

 

外側の部隊、道を拓くための第一陣は、所謂()()()が多く含まれた連合艦隊が編成されている。私達を押し通すために、一撃の火力を強めていた。

第一艦隊は旗艦大和さん、随伴に武蔵さん、赤城さん、加賀さん、ウォースパイトさん、クウと戦艦と空母を半々に配置したゴリ押し高火力部隊。

第二艦隊は旗艦天龍さん、随伴に龍田さん、霞、春風、初霜、大潮と小回りが利くスピード重視火力部隊。

中でも霞とウォースパイトさんは、私達が陸上拠点に辿り着くギリギリまでをサポートしてくれることになっている。確実に私達を最初の位置まで運んでくれるようだ。

 

「陛下、ギリギリまで温存していてちょうだい」

「ありがとうございます、女王様。もう自然に言うようになりましたね」

「敬意を払っているだけよ」

 

悪びれもせず私のことを陛下と呼んでくるウォースパイトさん。女王様に言われるのは、やはりくすぐったい。

 

今の私は、ウォースパイトさんの自立型艤装、フィフの手に乗せられ、海上を運ばれている。戦場に到着するギリギリまで体力を温存し、なるべくベストな状態を維持するためだ。

他の陸上部隊の面々も、あきつ丸さんが運用する大発動艇により輸送中。どちらも激戦になるのは皆理解しているが、陸上部隊は撤退すら難しい。万全を期すためにも、皆が休んでいる。

 

「敵はいませんね。あちらも鎮守府防衛に専念しているんでしょうか」

「あり得るねぇ。戦艦天姫がやられて、こちらが攻めるのも時間の問題だったわけだしさ」

 

川内さんも双眼鏡で周囲探索をしているが、何も発見しないとのこと。以前のお化け騒ぎの時のように、電探に反応が映らない人形が出てこられては困る。

春風は以前使った海中を見る眼鏡で深海忌雷が無いことを確認しながら進んでいる。この辺りではまだあちらの防衛ラインにも入っていないようだ。

 

今までの攻撃や罠を総動員されてもおかしくはない。とにかく慎重に。

 

「中間地点……戦艦天姫との戦場を越えました。そろそろ二手に分かれましょうか」

 

ここからは内側と外側の部隊が分離。外側から霞とウォースパイトさんを借り受け、陸上拠点までの守護者をしてもらう。

あちらは10人。戦艦天姫の時と同じで、ここからどんどん増える。私達が侵入する前に、大和さんと武蔵さんの超火力で破壊出来るのなら儲けものだが、そう簡単には行かないだろう。

 

「それでは、一旦ここで」

「次に会うのは、勝利を収めた後です。陽動は任せてくださいね」

 

旗艦の大和さんに手を振り、進む方向を分かつ。こちらはもうこれ以上の援軍はない。最高のスペックを持つ小さな部隊だ。

 

「御姉様! ご武運を!」

「ええ、後からまた!」

 

これは今生の別れなどではない。勝って帰るのだ。

 

 

 

しばらく進み、陸地が見えてくる。以前にゴーヤさん達潜水艦隊が調査に来た、元帥閣下の鎮守府跡。その隣には大本営らしき廃墟もある。

見るに堪えない有様。これを復旧させるには時間がかかるだろう。私達の鎮守府が、半壊して1週間強。ここはそれ以上の規模がそれ以上に破壊されている。1ヶ月は視野に入れる必要がありそうだ。

 

「ここまでは何事もなく、ですね」

「敵の襲撃もなし。気配も感じなかったんだっけ?」

「はい、何も。敵鎮守府から近いとはいえ、電探範囲に入らない距離はありますからね。当然、北端上陸姫の気配も感じません」

 

陸上部隊は、ここから陸路。歩いていくわけではなく、あきつ丸さんが妖精さんに手配した車両に乗り換えて向かう。なんでも、この瓦礫の山から作り上げたらしい。妖精さんの謎の技術が光る。

艤装を装備した艦娘6人を載せられるくらいの大型車のため、海上からもわかるほどのもの。装甲車にもなっているらしく、並みの攻撃ではビクともしない。

 

「初めてだらけですね」

「最後の最後に滅茶苦茶な作戦よね。艦娘が陸路だなんて」

 

山城姉様とぼやく。だが、そもそも鎮守府を占拠する深海棲艦という時点で前代未聞なのだ。滅茶苦茶には滅茶苦茶をぶつけなくては。

 

「私達はここまでね」

 

陸に着き、ウォースパイトさんに下ろしてもらう。ここから守護者の2人は、大和さん率いる連合艦隊と合流し、外側の陽動部隊として大暴れしてもらうことになる。私達への攻撃を減らすと同時に、あわよくば私達を使うことなく敵鎮守府を破壊する。

私達の下にクウの艦載機が飛んできた。2人はこれに案内されて連合艦隊と合流することになる。

 

「ありがとうございました。ご武運を」

「We pray for your good fortune in battle. 陛下、必ずまた鎮守府で」

 

フィフも親指を上げて私達を祝福してくれた。

 

「霞、お互い頑張りましょう」

「ええ、また後でね、姉さん」

 

素っ気ない去り際だが、私達が生きて帰ってくると確信した別れだ。悲観されるよりずっとマシ。

 

 

 

2人の守護者が陽動へ向かい、こちらはこちらで準備を始める。大型装甲車の運転はあきつ丸さんが行うそうだ。

 

「んっふー、やはり装甲車はいいでありますなぁ」

「相変わらず好きだねぇ。それじゃあ、全員後ろに乗ってね。私とあきつで鎮守府まで()()するから」

 

艤装を装備していて立っていても余裕がある後ろの空間に6人が乗り込み、運転席にはあきつ丸さん、助手席には川内さん。即座に降りられるように立ち乗りとなるみたいだ。手すりにしっかりと掴まった。

座席とも言えない後部の空間は、窓ガラス1つ無い密閉空間。辛うじて見えるのは前の席の一部。それだけすることで、より頑丈にしているのだと思う。

 

「全員乗ったね? よーし、じゃあ行こう!」

「了解であります! 皆様、少し荒れますが我慢してほしいのでありますよ!」

 

いきなりアクセルを踏み込み、その巨体に似合わない加速度で陸上拠点から出発。ここまで大きいと瓦礫など関係なく、何もかも踏み潰して進む。

ここから敵鎮守府までに民間のものは一切ない。ただの1本の広い道と、大本営の施設がちらほらある程度。それすらも今は無人。割と好き勝手出来る戦場だ。

 

「ひゅーっ! トップスピードもなかなかであります! 現地まで20分程度でありますな!」

 

ハンドルを握らせると人格が変わるのか、ノリノリのあきつ丸さん。本当に一直線の道だからいいものの、これで曲がりくねった道だったら、私達は手すりがあっても壁に叩きつけられていただろう。

初めて乗る車がコレとか、少し常識が変わってしまいそう。川内さんはこれに慣れているように見える。南司令官と諜報活動をするとき、毎回これと似たようなことがあるのかもしれない。

 

少し走っているともう深海の気配が感じられる。北端上陸姫もそうだが、それ以外のものも多種多様。陽動は陽動で引っ張れているのだと思うが、鎮守府にもそれなりの数を残していた。

陸路は初めてだが、展開が早い。手すりを握りしめ、臨戦態勢に。

 

「近いのね……敵が……」

「そろそろだね。なんか緊張してきちゃった」

 

扶桑姉様も島風さんも、敵の気配に気付いている。つまり、あちらも気付いている。ならば、そろそろ敵からの攻撃があってもおかしくない。

 

「艦載機が発艦したでありますよ! 爆撃を避けながら向かうので、舌を噛まないように気をつけてほしいのでありまぁす!」

 

案の定、敵鎮守府から何者かの艦載機が発艦された。見たことのある、深海の艦載機。空母棲姫が使うものによく似ている。陸の上だというのに容赦が無い。

それを全て回避するため、突然ハンドルを切る。私達のいる空間が強烈に横に振られ、壁に激突しかけた。直後、爆撃が身近に落下し、道路が抉られるように爆破される。

 

「あっぶな!?」

「皐月さん、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫!」

 

一番小柄な皐月さんは、この振動でも結構危ない。白兵戦型として腕力を鍛えていたおかげで何とか掴まっていられたが、これは戦闘前に体力を削がれてしまう。

 

「盛り上がってきたでありますなぁ!」

「これで楽しめるのはアンタだけだよ! 後ろの子達吹っ飛びかけたけど!?」

「しっかり掴まってるでありますよぉ!」

 

右は左へと揺さぶり爆撃を回避。激しい揺れはあるが、装甲車そのものには傷1つ付いていない。

装甲車の頑丈さもさる事ながら、あきつ丸さんの運転技術も恐ろしい。艦娘という枠を逸脱してはいるが、もうこの程度では驚かない。ただただ、この揺れだけは早く治まってほしいと願った。

 

「見えた! 鎮守府!」

「人形もゾロゾロ出てきたであります!」

 

猛スピードの蛇行運転を繰り返している内に、気配が大分近付いてきているのがわかる。電探の方にも大量の反応が見えていた。北端上陸姫だけではない。あきつ丸さんの言う通り、人形の気配も多い。

 

「まともな艦娘はいないでありますな?」

「いないね、残念だけど」

「ならば、突っ込むであります! 全員轢殺でミンチにしてやるでありまぁす!」

 

なんかとんでもないこと言い出した。やっぱりハンドルを握って性格が変わっている。進めば進むほど小さな衝撃音がするのは、つまりはそういうことなのだろう。反応が次々と消えていく。

突き進むことで、鎮守府の外壁が目前となっていた。だが、ハンドルを切るような素振りも見せない。本当に突っ込むつもりだ。

 

「た、対衝撃防御ォ!」

 

言った瞬間に強烈な衝撃。鎮守府を守るための分厚い外壁に突っ込み、その壁を容赦なく破壊した。スピードは落ちず、急カーブから入り口方面に移動。

そのまま突撃でもいいと思ったが、鎮守府の壁自体が北端上陸姫の力が染み渡った陣地となっているのなら、装甲車といえども破壊出来るかわからない。あきつ丸さんの今の判断は間違っていないと思う。外壁に何もなくて良かった。

 

「み、皆さん大丈夫ですか……」

「連装砲ちゃんで皐月と磯風は押さえといた!」

「ナイスです島風さん」

 

もう滅茶苦茶だ。まるで箱の中をかき混ぜたかのような衝撃が続き、前後左右から尋常ではない重力がかかる。押さえが無かったら皐月さんはこの密閉空間の中でピンボールしていたかもしれない。

 

「朝潮、敵の姫は何処にいるかわかるか」

 

振動と衝撃でフラフラな磯風さんから聞かれ、大体の場所を電探で確認。

 

「1階、入り口とは真反対!」

「執務室だ。彼の場所を使っているということか」

 

鎮守府の内部に一番詳しいのは磯風さんだ。大まかな場所だけで、居場所が正確にわかった様子。あきつ丸さんは入り口に向かっているので、そのまま突っ込んでもらってそのまま執務室まで駆け抜ければいい。

入り口の前にも気配と反応を感じるが、あきつ丸さんは容赦なく装甲車で突撃していく。

 

「突っ込むでありますよぉ!」

 

御構い無しに轢殺。入り口を破壊し、鎮守府内に装甲車ごと突っ込んだ。が、それ以上進めなくなってしまった。側溝に嵌ったかのようにタイヤが空回りしている音が鳴り響いたため、強引に下がる。ありがたいことに前には行かずとも後ろには下がれたため、入り口を装甲車で封じるなんてことが無かった。

 

「道は拓きました! 自分はここまでであります。後はよろしくお願いするであります!」

 

後部の扉が開く。ここからは陸上部隊で鎮守府突入だ。

 

「なんだこれは……この磯風がいた頃と、内部が変えられている!」

 

やはり内装が変えられている。自身の陣地として侵食しているのなら、それくらい出来ると思っていた。入り口正面だというのに、眼前に壁がある。本来なら壁などなく、そのまま真っ直ぐ行けば執務室だったらしい。

装甲車はこれに食い止められて直進出来なくなっていたようだ。やはり迂回して正解。

 

「気配は真正面よ……壁を……破壊するわ」

 

扶桑姉様が壁を蹴り飛ばす。が、壁は傷1つ付かない。あまりに硬すぎる。こちらが準備する時間で、より強力な防御を敷く余裕を与えてしまったか。

扶桑姉様の蹴りで破壊出来ないのなら、戦艦主砲でも無理なレベル。ここにいるメンバーでは破壊出来ないし、陽動部隊の最高火力でもおそらく無理。素直に道を辿るしかないか。

 

「川内さん、内部まで侵入したことは」

「あるけど、その時から変わってる。多分私が見たのは磯風が知っている状態だよ」

「なら……私が今から道筋を調べます。電探で全部わかっているんですから!」

 

目を瞑り、壁の位置を確認。

 

「真正面から撃たれないように壁が作ってあるだけです。迂回ルートは使えます!」

「ならばこちらだ! すぐに案内する!」

 

入り口正面の壁が新設されただけで、他は何も変わっていないようだ。ただし、通路には敵が配置されているため、北端上陸姫の下に辿り着くまでにも邪魔は多い。

 

『そんなことしなくても……朝潮()()は歓迎するわ』

 

全体放送のように鎮守府内に声が響き渡る。忘れもしない、憎たらしい声。北端上陸姫の声だ。

それと同時に、私達を阻んでいる正面の壁から鎖が伸び、私の腕と脚に絡みついた。完全に隙をつかれたせいで、反応が遅れてしまう。

 

「朝潮!?」

「っ……先に行きます。追ってきてください!」

 

そのまま壁に引っ張られ、叩きつけられるかと思いきや、引きずり込まれるように壁を突き抜ける。壁はまた元に戻っていたようなので、私は完全に孤立させられた状態に。

そのまま引っ張られ続け、執務室へ移動させられた。鎖に操られるように椅子に座らせられた。

 

「会いたかったわ……朝潮」

 

そして、目の前には北端上陸姫。憎き最後の敵。ようやく対面出来た。

 



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姫の真意

陸上部隊として北端上陸姫の占拠する鎮守府に攻勢をかける私、朝潮。あきつ丸さんが用意してくれた装甲車で鎮守府の入り口まで辿り着くことが出来たが、そこで敵の罠により私だけが孤立させられてしまった。

 

「会いたかったわ……朝潮」

 

椅子に座らせられ、北端上陸姫と対面。椅子に拘束され、手首にはしっかりと鎖が巻きつき、この場から離れられない。

 

『クソ、艤装が出せない』

『私も動かないよ!?』

「この鎖のせいね……」

 

どうやらこの鎖に縛られていると艤装を展開することが出来なくなるようだ。電探の反応すら見えなくなってしまった。

アサが主導権を奪おうとしたが、私が何もしていないのに交代することが出来ない。私の深海棲艦としての力が封じられていると考えられる。侵食する力といい、封じる力といい、やってくることが何もかもが深海棲艦から逸脱している。

北端上陸姫が深海棲艦がどういうものであるかを理解しているからこそ、改造やら洗脳やらを容易に成し遂げてくるのだろう。元々の記憶、人間であった時の経験が、今までに類を見ない凶悪な存在へと押し上げている。

 

「ねぇ朝潮……人間は愚かだと思わない……?」

「思いませんね」

「嘘ばっかり。貴女も人間は嫌いでしょう……汚らしい人間の本質に触れているもの。一度くらいは人間を滅ぼしたくなったんじゃないかしら」

 

見透かされている。私が今まで歩いてきた道を、戦場に出ずにずっと後ろから見てきたような腐った姫に。

クスクスと笑いながら北端上陸姫が近付いてきた。今の私は椅子に繋がれているような状態。艤装も出せなければ、部屋から出て行くことも出来ず、甘んじて今の状況を受け入れるしかない。白兵戦を仕掛けたくても、腕は動かせない。だからせめてと、目を合わせ睨み付ける。

 

「人間は貴女がそこまでして守るようなものじゃないわ……」

 

頰を撫でられる。まるで死んでいるような、生気を感じられないような、おそろしく冷たい手。温もりは一切感じられない。

 

「貴女も知っているでしょう……私は人間に殺されて……ここにいる。世界を……人間を救うために働いていたのにも関わらず……救うはずの人間に殺されたの」

「知っています。同情もしました。でも、貴女はやりすぎです」

「やりすぎ? 私が? 必要以上にやられたのは……私よ。わかる……? 人間の身で……艦娘に撃たれるということが」

 

私は寺津という男は裏切り者に殺されたとしか聞いていない。()()()()()()()は知らなかった。あの裏切り者達は、人間相手に艦娘を嗾けたのか。いくら護衛艦隊がいるにしても、それはやりすぎだ。

まるで人間を深海棲艦と同じに扱ったような攻撃。艦娘ですら当たりどころが悪ければ死ぬものを、身体の欠損が入渠で戻ってこない人間が受けるだなんて。

 

「私はね……人間の未来を考えて働いていたの。殲滅でも……共存でも……休戦でも……どんな形でもよかった。戦いをね……止めたかったの……止めたかったのよ。……貴女のところの提督と同じよ」

 

寺津という男は、本当に人間のことを考えて研究をしていたのだろう。

以前、志摩司令官から聞いたのは、深海棲艦の謎が解けるかもしれないと喜んでいたこと。人間のためになる研究をし、いち早くこの戦いを終わらせようとしていたことはそこからわかる。

 

いい人だったのだろう。もっと早く出会えていれば、司令官と協力出来たかもしれない。こんな大惨事にはならなかったかもしれない。

 

「それを……たかが自分の利益と保身のために……命と共に潰されたの」

「……」

「そんな人間を……救えると思う? 身を粉にして働き……人間の未来を考えていたのに……私の研究は何だったの?」

 

敵の言葉とはいえ、何も言い返せない。同情以上の感情、復讐の正当性を認めてしまいそうだった。その感情すら見透かされたかのように、笑みはより強くなる。

 

「だから……私が滅ぼすのよ。そんなに戦争が続けたいのなら、私が続けてあげるの。世界が滅びるまでずっと……」

 

死ぬ間際、痛みと苦しみの中で完全に狂ってしまったのだろう。元々の正義感は反転し、守るべきものを破壊する破滅主義者となってしまった。

 

「今まで培ってきたあらゆる手段……あらゆる知識を使って……人間を追い詰めていこうと誓ったわ……。だって……他ならぬ人間がそれを望んでいるんだもの」

 

誰も望んでいない。だが、そう思い込んでしまった。たった数人のクズのせいで、ここまで転落してしまっていた。こればっかりは、否が応でも同情してしまう。

だが、絶対態度には出さない。今の北端上陸姫は、私を取り込もうと情に訴えかけてきている。傾いたら、この場で結着はつけられない。

 

「私はその深い深い憎しみのおかげで……運良く深海棲艦という第2の生を手に入れたわ……。正確には……寺津清志の死体を核に生まれた深海棲艦ね……」

 

人工的に人間を素材にした深海棲艦である混ぜ物と同じように、天然で人間を素材にした深海棲艦だと思えばいいのか。そうだとしたら、酷い匂いが無いのは天然物だからか。

今の言い分では、北端上陸姫は寺津本人ではなく、寺津の記憶を引き継いで生まれた深海棲艦と考えるのが正しそうだ。似たようなものだからそこまで深く考えなくてもよさそうだが。

 

「少し話が逸れてしまったわね……。こんな人間達は……救うに値すると思うかしら……ねぇ、朝潮?」

 

自分語りを切り上げ、再び私に問い掛ける。

少なくとも、今の話を聞いたことで私は一瞬揺らいでしまったのは認める。裏切り者のやったことは、それほどまでに罪深い。北端上陸姫にまたもや同情したのは自覚している。アサもヨルも黙って聞いているのは、その話に少しだけでも同情してしまったからか。

以前、アサから同情を咎められた。だが、今の話はあまりに救えなさすぎる。同じことを私がやられたとしたら、同じように狂うかもしれない。

 

それでも、滅ぼすのは間違っている。いい人間だっている。その思いを捨てずにいられるのは、間違いなく司令官のおかげだ。

 

「貴女を陥れたような人間しかいないのなら滅ぶべきでしょう。ですが、少なくとも死ぬべきでは無い人間を何人も知っています。そういう人間も一緒くたにして、全部滅ぼすというのは……私は間違っていると思います」

 

その言葉を聞いて、北端上陸姫は少しだけ悲しそうな顔をした。どういう感情かはわからない。仲間にならなかったことへの悲観か、未だに人間側につく私への憐れみか。

 

「ここまで歪んでも……その一念は変わらないのね」

「私はもう、貴女の思い通りにはなりません。さんざん身体を書き換えられ、頭の中も弄られ、朝潮という存在を壊されても、私はもう何も変わりません」

 

確固たる信念を持って、北端上陸姫に反発する。椅子に拘束されている姿では格好がつかないが、私の意思を示した。

 

『よく言った、朝潮。私達はここから声をかけることしか出来ないが、私達も屈しないぞ』

『その人が可哀想なのはわかったけど、だからってご主人を弄くり回すのはおかしいもん!』

 

心強い仲間。最も身近で、切っても切れない間柄の2人の後押しもあり、私はもう揺らがない。

 

「……残念ね。何から何まで私と同じになったと思っていたけど……憎しみが足りないのかしら」

「貴女よりは恵まれているでしょう。仲間が多いですから。それが一番大きいです」

 

以前に空母鳳姫が私に対して言った『後継者』という言葉を思い出す。北端上陸姫は、自分と同じ境遇を作り上げて、自分の側に引き込もうとしていたのだろう。同じ思いをし、人間に絶望した後継者という意味だったか。

そんな仕組まれた状態で、誰が後継者になると思うのだろうか。一度も北端上陸姫の顔を見ていないというのなら話は別だが。

 

「……自分の意思で……敵を洗脳するまで至った貴女が……」

「あれを激しく後悔しています。躊躇もなく他人を利用できる貴女と同じにしないでください」

 

もう一度、北端上陸姫を睨みつける。

 

「……仕方がないわね……なら……無理矢理にでも仲間になってもらいましょうか」

「お断りします。貴女のやり方は間違っている」

 

やり方が違えば、共に戦うことも出来ただろう。悪しき人間を罰し、世界に平和をもたらそうとするだけならば、喜んで仲間になったのだが、北端上陸姫の『仲間』というのは『手駒』という意味に他ならない。

 

「……離島のように……自分の意思で仲間になってくれれば良かったのだけど」

 

私を壊すための準備をしながら、ボソリと呟く。久しぶりに聞く名前。私がこの手で握り潰した、北端上陸姫唯一の心許せる仲間だったであろう深海棲艦、離島棲姫。あの存在も気にはなっていた。

このままでは私は本当に壊されてしまうだろう。どうやら北端上陸姫は自分語りが好きなように見える。それをさせて時間稼ぎをし、仲間がここに辿り着くのを待つしかない。

 

「あの離島棲姫……一体何だったんですか」

「あの子はね……私の護衛艦隊の成れの果て。味方に……艦娘に殺された恨み辛みの集合体……私と共に生まれた……思いを共にする仲間たったわ……」

 

寺津という男と共に味方に葬られてしまった護衛艦隊の亡骸を使って生まれた存在だと、北端上陸姫は語る。やはり語っている間は手が少し遅くなった。時間稼ぎとしては有効。

 

「あの子は……()()()()()よ」

「えっ……」

 

第八駆逐隊。朝潮型駆逐艦4人の駆逐隊である。その構成員は、荒潮、満潮、大潮、そして朝潮。私が属していた駆逐隊だ。離島棲姫は、艦娘4人分の恨みの集約だったわけだ。そういう意味では、私の手で葬れたのは良かったかもしれない。

 

「貴女にはね……運命を感じたのよ……」

 

最初は数ある朝潮の中の1人。ただただ手駒にするだけのつもりが、たまたま洗脳を切り抜けた。それは手に余る存在だと、即座に排除しようとしたが、それすらも退けた。

 

「私達の最大の壁が『朝潮である』ということにね……私も離島も運命を感じた……途端に貴女が欲しくなったの。後はわかるでしょう。時間をかけて……怒りと……憎しみと……人間への嫌悪感を埋め込むために……ひたすらに貴女を育てた。そして……貴女は完成したわ……でも、それすらも乗り越えた」

 

殺そうとしたのは、千尋の谷に我が子を落とす獅子のようなものと語る。わざわざ被験体(モルモット)なんて言い方までして私に怒りを植え付けようとしたことに、謝罪すらされた。

全ては、私をこの姿にし、心を壊し、塗り潰し、新たな同志を作り上げるため。

 

「……天姫に話を聞いて……嬉しい悲鳴があがったもの……。貴女は予想以上の成果を挙げてくれた。そして今……ここにいる。確実に私の仲間になってもらうわ……今度こそ塗り潰してあげる」

 

時間稼ぎもここまでか。早く、早く来てほしい。

 

「貴女の心の支えは……加藤提督でしょう。その記憶を……破壊するわ。深海棲艦ってね……頭の作りはとても単純なの……外から記憶が簡単に消せる」

 

頭に強い衝撃で初期化(リセット)されたレキを見ればそれがわかる。レキに関して言えば、あの時から元の記憶が戻ることもない。

レキの場合は当たりどころが悪かっただけだが、北端上陸姫は私に対して故意に同じことを引き起こそうとしている。深海棲艦に変えられたことでそれが可能になってしまった。

 

「加藤提督の記憶を壊し……私への愛を植え付けてあげるわ……。天姫のように娘にするのもいいけど……私としては……無二の親友がいいでしょう……」

 

嫌悪感から吐き気がしてきた。

 

「私以外に何も必要がない子にしてあげる。貴女が朝潮である事実は変わらないもの」

 

取り出したのは見たことのない小さな艤装。深海艦娘の首筋に埋め込まれたものに近いが、超小型の深海忌雷のようにも見える。あれが埋め込まれたら、私は本当に終わり。

 

「最後はやっぱり……直にやらなくちゃいけなかったのね。ありがとう朝潮……ここまで来てくれて」

「……最後に1つ、いいですか」

 

後少しだけ、後少しだけ時間稼ぎを。

 

「……何かしら」

「佐久間さんを殺そうとしたのも、私を怒らせるためですか」

 

少しだけ思案するような顔。

 

「あの子はね……殺しておかないと確実に邪魔になると思ったの。才能は知っていた……光るものを感じたわ……。貴女達の下に行ったことでそれが顕著になったもの……」

「元の貴女と同じような思想ですよ。志半ばで潰えてしまった貴女の意志を継ぎ、深海棲艦との戦いを共存という形で終わらせるために、日々頑張っています」

「そうね……でもね……人間というだけでもうダメなのよ。だから……刺客を差し向け続けただけ」

 

もう少し壊れてなければ、幾らでも道は用意されていたのだと思う。何もかも裏切り者のせいであるせいで、北端上陸姫も報われない存在だ。

 

「話は終わり……貴女も終わり。仲良くしましょう……愛しい朝潮」

 

小さな艤装を持って近付いてくる。間に合って。間に合って。

 

 

 

「邪魔だァ! 退けェ!」

 

 

 

山城姉様の咆哮と共に執務室の扉が爆発するように破壊され、中にグチャグチャにされた人形が飛び込んできた。磯風さんの案内で回り道をしたものの、仲間達がここに辿り着いてくれた。

 

「皐月! 磯風!」

 

執務室に入った瞬間、皐月さんが駆け出していた。即座に私の側まで来て、私を拘束する鎖を斬る。同時に磯風さんが北端上陸姫に対して砲撃し、私から距離を取らせた。

 

「朝潮、運ぶよーっ!」

 

座らせられた椅子は、連装砲ちゃんが壊してくれた。私は無傷で運ばれて、皆と合流。北端上陸姫が持っていた小さな艤装は、今のゴタゴタの間に川内さんが破壊してくれていた。

 

「……邪魔が入ったわね」

「北端上陸姫……私は貴女を同情します。もう少し道が違えば、最高の仲間になれたでしょう。ですが……貴女はもうダメです」

 

手に力が入る。ここで決着をつけなければいけない。これ以上野放しに出来ない。

 

 

 

「終わりにしましょう。これが最後の戦いです」

 



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人間と深海の力

北端上陸姫の真意を聞くことが出来たものの、同情こそすれ、許されるものではなかった。私に執着していた理由も、キッカケはたまたまだったが、『朝潮である』ということが重要だった。

結局のところ、北端上陸姫は人間としての命を終える時に、完全に狂ってしまっていた。人の身の時から怒りと憎しみに飲み込まれ、深海棲艦となり単純な思考回路となったことでより一層深く堕ち、今の人格が出来上がっている。

 

もうこの姫は、共存の余地のない世界の敵だ。ここでやらない限り、被害が拡大するだけ。今この時、決着をつけなければならない。

北の拠点の時には、北端上陸姫は自分で戦うのが苦手と言っていた。そんな相手に対し、こちらは私含めて7人。大事をとっての大人数だが、人間の知識を持っているだけで何をしてくるかわからないので、念には念をのこの人数。

 

「大人数で押しかけてきたわね……強姦魔かしら」

 

呆れた顔でこちらを見てくる。やりすぎとも言える人数をたった1人に嗾しかけている自覚はある。それだけ危険視しているのだから、誇ってくれても構わない。

 

「私は朝潮が欲しいだけよ……貴女達は要らないわ」

「ホントに好かれるわね朝潮。敵からも味方からも」

「真面目にやって来た甲斐がありますよ。良くも悪くも」

 

北端上陸姫が私に執着する理由は、他の皆には話せそうにない。そうしたら、北端上陸姫の正体自体を公表しなくてはいけなくなる、

これだけは私が墓まで持っていくと決めたことだ。敵が元人間と知ったら、本気が出せなくなる者もいるだろう。不要な情報は頭に入れないほうがいい。

 

「……特に要らない子がいるわ……扶桑」

「貴女には感謝してるわ……妹を守る力をくれたこと……。でも……妹を誑かすのは許さないわ……ここで死になさい」

「恩を仇で返すのね……」

 

ふっと扶桑姉様が跳んでいた。容赦も躊躇もなく、一足飛びに北端上陸姫の首を狙った蹴りを繰り出す。

だが、その蹴りは私を拘束していた鎖に阻まれた。蹴る方とは逆の脚に絡みつき、扶桑姉様の深海の力を封じてしまった。北端上陸姫に当たる前に力を封じられたせいで、その蹴りは軽く払うだけで避けられてしまう。

 

今までに無い厄介な能力だ。そもそも鎖を使う深海棲艦なんて、後にも先にもこの北端上陸姫しかいない。今後も出てくることは無いだろう。

持てる知識を最大限に使い、深海棲艦を知り尽くすこの北端上陸姫だからこそなのだと思う。

 

「貴女だけはすぐに死んでもらいたいわね……力を封じたまま殺してあげる」

 

北端上陸姫が艤装を展開。以前見た艤装はかなり小型で、陸上型らしく主砲と艦載機の複合型だったはずだ。だが、相手は人間の知識を持つ深海棲艦であり、艤装も身体も改造可能というインチキスペック。見た目を信じてはいけない。

 

案の定、自分の艤装を改造していたようだったが、あまりのものに絶句してしまった。

清霜さんの持つ51cm連装砲よりも大きな口径の単装砲……いや、もうここまで来ると単純に大砲と言ってもいいであろう主砲が肩から伸びていた。砲身も長く、それ自体が武器になりかねないものである。

 

「何よ……それは……」

列車砲(ドーラ)よ……力も使えず……妹の前で無様に死になさい……」

 

砲口を扶桑姉様の頭に向ける。片脚が鎖に繋がれて動かせないせいで、回避が出来そうにない。

 

「姉様ぁ!」

 

それをみすみす見過ごせる私達ではない。私と山城姉様が同時に動き出す。山城姉様がその砲身を蹴り飛ばし天井に向けさせた。刹那、爆音ともいえる砲撃音と共に、見たこともない威力の弾が天井を直撃。

砲撃の衝撃だけで砲口に一番近かった扶桑姉様が頭を揺さぶられ、白目を剥きかけた。鎖のせいで今の扶桑姉様は少し頑丈なだけの人間に近いため、耐性も通常より大きく下回っているせいだ。

 

「うそ、何よその威力!?」

 

砲撃が天井に当たったことで、バラバラと破片が降ってくる、扶桑姉様でも破壊出来なかった壁と同じ質にされているであろう天井が、北端上陸姫の砲撃1発で穴が開いてしまったということは、あの砲撃は私達が出来る最大の攻撃以上の火力を持っているということだ。当たったらまずい。

 

「鎖は斬った! 島風!」

「おうっ! 扶桑さん退避させるよーっ!」

 

脚だけとはいえ拘束を取り除き、連装砲ちゃんが運び出す。この戦いの中での定番の方法で、未だフラつく扶桑姉様がその場から退避させられる。

 

「この……っ!」

 

砲身を蹴った勢いをそのままに、渾身の拳を北端上陸姫に叩き込む。が、これも失敗。先程扶桑姉様を拘束していた鎖とは別の鎖が山城姉様の脚に絡みつき、投げ飛ばすように後ろに吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

あの鎖は深海の力を封じることしか出来ないようで、山城姉様に対してはただの拘束としてしか働かないようだ。触れただけで深海艦娘に変えられるあの鎖ではないようで少し安心。

 

「山城……貴女は朝潮の心の支えよね……なら死んでちょうだい」

 

砲身が今度は山城姉様に向けられた。壁に叩きつけられたことと、脚には鎖が絡みついたままのせいで、すぐに動くことが出来ない。

 

「ヨル!」

『ヤマシロ姉を守るよ!』

 

伸ばした尻尾で砲身をかち上げる。またもや天井に向かっての砲撃となり、穴が増え、ヒビが拡がった。このまま行ったら、この鎮守府は崩れてしまうだろう。

 

「朝潮……邪魔をしないでちょうだい」

「するに決まっているでしょう。私の愛する姉を、助けない理由がありません」

 

今度は皐月さんがアタックを仕掛ける。持ち前のスピードを活かし、低空からの斬撃。今は砲身も上にかち上げた状態なので、あの意味不明な火力を喰らわずに済むはずだ。

だが、またもや鎖の餌食になってしまう。今見えている限りは2本。皐月さんが斬った鎖が、今度は皐月さんに絡みついてしまった。深海艤装を装備しているために力を封じられ、その斬撃は鎖を斬ることすら出来ないほどのパワーダウンをしてしまう。結果、北端上陸姫が蹴るように斬撃を回避。

 

「うっそ!? なんなのさコレぇ!?」

「白兵戦は本当に邪魔ね……」

 

砲身を直接ぶつけるように振り下ろしてきた。力を封じられている皐月さんがこれを受けたら、死すら見える。

 

「ヨルぅ!」

『大忙しだァ! サツキを守るよ!』

 

今度は砲身を噛み付くように受け止めた。恐ろしく重く、皐月さんに当たらないようにするのが精一杯。勢いがついていたせいで持ち上げる事も出来ず、ギリギリで食い止めているうちに皐月さんに抜け出てもらわなくてはいけない。

 

『ヨル、噛み砕け!』

『りょうかーい!』

 

ギジッと鈍い音がした。人形の頭を簡単に嚙み潰すことが出来るくらいの咬合力でも、傷がついているかもわからないほどに頑丈。破壊出来ないとなると、本体狙いしかない。

皐月さんに絡みつく鎖は、磯風さんに破壊してもらった。駆逐主砲で破壊出来るのもありがたい限りだ。

 

「そのまま止めていてちょうだいね……いい位置よ」

 

砲口が壁に叩きつけられた後の山城姉様の方に向いていた。離せば皐月さんが砲身に潰され、離さなかったら照準が山城姉様にドンピシャ。横に揺さぶろうにもビクともしない。あの華奢な身体を何処まで改造したのか。

 

「朝潮! 抜け出た!」

 

皐月さんが砲身の真下から抜け出ていた。もう支える必要が無いので、逆に地面に叩きつける。撃つ瞬間だったらしく、砲口が床に向いた瞬間に地面を抉る爆発が巻き起こる。弾自体は山城姉様に届く前に地面にめり込んだが、床は見るも無残な状態に。

 

「っぶな……威力が半端ないわね」

 

山城姉様も爆風を受けるだけで済んだ。まだ無傷。

 

「貴様は彼の仇だ! この磯風が沈めてやる!」

「手伝うよ。うちのダンナをクズに狙わせたのもこいつの差し金だからね」

 

磯風さんと川内さんの連携。砲口から避けるように二手に分かれ、同時に胴体狙いの砲撃。

 

「ただの艦娘に……私は傷付けられないわ……」

 

艦載機が周りを浮遊し、その砲撃をシャットアウト。深海艦娘のものよりも数倍頑丈に出来ているようで、艦娘の主砲くらいでは傷1つ付かない。

その隙をついて川内さんが北端上陸姫の真後ろに跳んでいた。真上を通る際に爆雷をばら撒き、さらには背中へ砲撃まで。屋内戦闘であろうと容赦が無い。一歩間違えれば仲間にまで当たってしまいそうだが、私達なら回避出来ると信用した上で爆雷を投下している。

 

「ダメよ……こんな部屋で爆雷なんて」

 

まだまだ溢れ出す艦載機が、爆雷も砲撃も全て防いでいた。爆雷は窓際に弾かれて爆発し、窓ガラスが全損。爆発の余波を防ぐために北端上陸姫もその場から移動を始め、流れで砲口を扶桑姉様に向ける。

あくまでも私は狙わないというスタンスのようだ。まだ私を壊すのは諦めていない。思い通りになってたまるか。

 

「死になさい……」

「死なないわ……妹の前では」

 

爆音と同時に砲撃。今度は鎖が無いために扶桑姉様は十全の力を使える。

あの異常過ぎる火力を真正面からは危険だと、扶桑姉様も理解していた。弾くのは控え、紙一重で回避。壁を破壊し、その爆風で扶桑姉様ですら吹き飛ばされてしまった。

 

天井に2回、壁に1回、床に1回の砲撃を受けた鎮守府が地響きを立て始める。倒壊の時が近い。執務室がある程度広めに作られていたとしても、艤装を持つ8人が入った状態でこんな混戦をしていたら、流れ弾すら当たりかねない。

いっそ、早めに倒壊させた方が戦いやすくなるかもしれない。だが、この鎮守府は北端上陸姫の改造により、扶桑姉様でも破壊出来ない強度がある。

 

「……いい加減にしてもらいたいわね……鎮守府が壊れてしまうわ」

「そうしてるのは貴女でしょう。それはこちらのセリフですよ」

 

アサが展開出来ない以上、今はアサを表にした方が戦える。即座に主導権を渡し、私が裏側に引っ込んだ。

 

「っし、今度は私だ」

「……朝棲姫……貴女は私の生み出した我が子だけど……?」

「知るかよ。私は朝潮のモンだ。お前にどうこう言われる筋合いはないぞ」

 

裏側で次の行動を計算。ここまで滅茶苦茶だと、予測もへったくれもないのだが、最も勝機のある戦場を導き出す。

 

北端上陸姫は陸上型だ。自分でもわかっているが、陣地の上では無限とも言えるほどに供給が続く。あんな馬鹿みたいな火力の列車砲を何度撃っても、北端上陸姫はケロッとしているのだから、スタミナ切れは最初から考えない方がいい。

この場所は北端上陸姫の独壇場だ。こちらがアウェーなのだから、人数を揃えても苦戦させられるのは仕方がない。ならば、まずは北端上陸姫をこの場所から引き離さなくては。

 

「貴女はじっとしていなさい……朝潮を私のものにしてから……貴女にもちゃんとした身体をあげるわ……」

「結構だ。私は朝潮との共存を楽しんでるんでね」

 

私が扱うよりも素早く、北端上陸姫に殴りかかる。乱暴だが力強く、こちらを傷付けないことを理解しての攻撃だ。

 

「……やっぱり縛り付けておきましょう」

 

力を封じる鎖は健在。突っ込むアサはそれに絡みとられ、力が封じられる。そのまま床に押さえつけられ、身動きが取れなくなってしまった。このまま列車砲で狙われたら骨も残らないだろうが、私に執着する北端上陸姫ならそれはやってこない。

 

「そこで大人しく……仲間達が死んでいくのを見ていなさい……」

「クソ……朝潮、表に出られるか」

『ダメね。さっきのアサと同じで交代が出来ない』

 

だがこれで鎖は一本封じた。この戦場で使われているのは2本だ。ならば残り1本……いや、私をこの執務室に引っ張ったのは両腕両足に絡みついた4本。その全てに同じ効果があるとしたら、残りは最低3本。

 

「朝潮を離しなさい……」

「全員死んだら離してあげるわ……まずは扶桑……貴女よ」

「姉様!」

 

扶桑姉様に向かい、鎖が伸びた。

鎖の効果が効かない純粋な艦娘は山城姉様、磯風さん、川内さんの3人。その3人なら掴むことも出来る。扶桑姉様に触れさせるわけにはいかないため、山城姉様がそれを食い止めようと立ちはだかる。

 

しかし、ここで伸びた鎖に違和感を覚えた。脈動するような気配を、裏側からでも感じる。

 

「ヤマシロ姉さん! それには触れるなぁ!」

 

アサも察していた。力を封じる鎖ばかりを使っていたため、今回の戦場ではそれしか使わないのかと思い込みかけたが、やはり北端上陸姫の鎖といえばそちらだ。

触れたら深海艦娘、むしろ半深海棲艦に改造される鎖。来ないと踏んだところでの搦め手。狭い部屋であるがゆえに避けづらく、触れればアウト。

 

「避けられないでしょう……そう行動するのは予測していた……山城を壊させてもらうわ……朝潮もこちらに来たくなるように……ね」

 

山城姉様も扶桑姉様も既による白兵戦であるがゆえに、伸びてくる鎖を対処するには触れざるを得ない。回避が間に合わない。

ここで山城姉様まで深海艦娘に変えられてしまったら、勝機が遠退く。正気を取り戻したとしても、鎖により力を封じられるようになったら戦闘が途端に厳しくなる。

 

瞬間、山城姉様の前に現れる人影。

 

 

 

「山城はそのままでなくてはいけないのだろう。ならば、この磯風が食い止めよう」

 

 

 

山城姉様に伸びる鎖を、よりによって磯風さんが()()()食い止めていた。

 



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封印と侵食の鎖

苛烈する鎮守府内戦闘。北端上陸姫は人間の知識と深海の力を併用する常識外の戦闘をしてくる。

その1つが、扶桑姉様でも破壊出来なかった壁を破壊するほどの火力を誇る主砲、列車砲(ドーラ)。戦えはするがそこまでの広さがない執務室内での戦闘では、異常過ぎる火力となっている。

そしてもう1つ、今まで使われてきたのに今回は出してこなかったが、土壇場で使ってきた侵食の鎖。深海の力を封じる鎖を使っている合間に使ってきたため、扶桑姉様の力を封じると思っていた山城姉様が不意打ちを受けることになった。

 

だが、

 

「山城はそのままでなくてはいけないのだろう。ならば、この磯風が食い止めよう」

 

それをさらに守るため、鎖の前に磯風さんが立ち塞がり、その鎖を掴んだ。鎖は山城姉様に伸びることなく磯風さんにより食い止められる。

この行動にはさすがの北端上陸姫も驚いたようだった。自分の身体が変えられ、洗脳され、仲間と敵対することがわかっているものに、自ら突っ込んでくる者などまずいない。

 

「あら……あらあら……自分から私に屈するというのかしら……」

「屈する? そんなわけ無かろう。勝算があるからこれを掴んでいるんだ」

 

本来ならば、鎖に触れた瞬間から変化が始まる。その間は動くどころか話すことすらままならない。私には実体験があるからそれがわかる。

だが、磯風さんは当たり前のように鎖を掴み続け、その動きを止め続けている。変化はしているようだが、知っているそれより進行が遅く、今の磯風さんは深雪さんよりも影響が見えない状態。少し髪にメッシュが入った程度。

 

「……侵食が遅い……何故……」

「山城! やれぇ!」

「アンタの覚悟、受け取ったわ!」

 

磯風さんの指示で、山城姉様が動き出す。磯風さんを跳び越え、上から叩きつけるような拳を繰り出した。

 

「撃ち落とせと言っているようなものね……」

 

そこへ列車砲を合わせてきた。空中では方向転換出来ない。だがそこで飛んできたのは皐月さんの艦載機だ。強引な体当たりで照準をズラし、山城姉様に直撃することはなかったが、爆風で山城姉様も飛ばされてしまう。

それを見てから、今度は皐月さんの番。皐月さんは先程と同じように、姿勢を低くしての斬撃。列車砲の攻撃範囲も考え、スピードはさらに増し、脚を狙うように一撃を決めに行く。

 

「どんな小細工があるかは知らないけど……全員止めればいいだけよ……」

 

それを再び、深海の力を封じる鎖による拘束で食い止めようとしたが、同じことは何度も通用しない。連装砲ちゃんの1体がそこに向かって体当たりをし、皐月さんを守る。

2本、3本と増えるが、連装砲ちゃんも同じように増え、皐月さんの攻撃をアシストした。島風さんのスピードを継いでいる連装砲ちゃんだからできる、高速戦闘のサポートである。

 

「ちょろちょろと……ならこれよ……」

 

磯風さんの掴む鎖を強引に動かし、磯風さんごと皐月さんにぶつけてしまった。山城姉様を投げ飛ばした時もそうだが、たかが鎖を1本でやたらとパワーがある。

その時に磯風さんが侵食の鎖の根元を撃ち抜いた。これでこれ以上の変化は防げるはずだ。

 

「すまん、皐月!」

「大丈夫! 侵食は!?」

「心配するな。工廠組のおかげで、侵食が()()()()()()ようにしてもらっている」

 

セキさんが以前、どういう仕組みで鎖が対象を侵食するかは解析しており、霞が受けたように半深海棲艦にされるのも同じ原理だろうと判断した。最後の戦いでは確実に使われると予想して、侵食を食い止める手段を模索していたそうだ。

しかし、完全にシャットアウトすることはどうにも難しかったらしい。そのため、身体を侵食する速度を極力遅らせることで時間稼ぎをしている。磯風さんの場合は手袋にそのシステムを組み込んでいた。

 

「鎖は手放したが、まだゆっくり変化していくだろう。握った時点で変化を退ける手段が無いことくらい、この磯風も重々承知している」

 

あの鎖はまた出てくるかもしれない。それに注意しながら、北端上陸姫への攻撃は止めない。艦載機に止められても、撃っている間は艦載機がこちらを攻撃してくることはない。

 

「随分と覚悟があるのね……なら……貴女は私の手駒に戻してあげる」

「この磯風ばかりに気を取られて大丈夫か?」

 

既に扶桑姉様が跳んでいる。本体狙いの一撃であり、鎖すら間に合わない速度だったが、身を振ることで列車砲によるガード。轟音と共に列車砲の砲身が蹴り飛ばされたが、それでも折れない辺り、この鎮守府の壁くらいの強度はありそうだ。破壊はされないが、衝撃で大きく揺さぶられる。

 

「折れないのね……随分と固い……」

「そんな簡単に壊されたらたまらないわ……」

「それならっ!」

 

体勢が大きく振られたところを見計らって、島風さんが持ち前のスピードを活かした体当たり。

混ぜ物がいないため金の『種子』のブーストは無いが、それでも提督の力に匹敵するほどの速度が出ていた。速度だけで言えば皐月さんより上。

そこには深海の力を封じる鎖が対応。ギリギリのところで絡みつかれ、逆側へと飛ばされる。壁に激突し、崩れ落ちる。

 

「……捨てたはずのゴミが……ここに戻ってきてどうするの……」

 

列車砲を島風さんへ。

 

「はいはいダメダメ」

 

懐に入っていた川内さんが砲身をかち上げるように蹴る。直後に発射。僅かに照準がズレてくれたおかげで島風さんへの直撃は免れたが、壁が破壊されたために瓦礫に埋もれてしまう。連装砲ちゃんが必死に助け出そうとしていた。

 

「……南の嫁ね。貴女が死んだら……彼も絶望してくれるかしら」

「はっ、死ぬかっつーの」

 

後ろから伸びてきた深海化の鎖をヒラリと躱し、縛られている私の側へ。

 

「朝潮……じゃないね、アサ、助けるよ」

「悪い。この鎖、インチキ過ぎるぞ」

 

身体を拘束する鎖を根元から破壊してくれた。ようやく動くことが出来る。川内さんはそのまま島風さんの救出へ。

 

解放された電探の反応を確認。陽動部隊の反応はここからでは確認出来ない。敵の深海の気配も当然ながら感じない。

だが、そこからいくつかの反応がこちらに向かってきているのがわかった。陽動部隊の一部が、敵の群れを抜けてこちらに来てくれる。おそらく最初の連合艦隊以外の人も合流していた。

 

その中に1人だけ、この現状を打開できる人がいる。司令官達が、この戦場の特性を察してくれたのだろう。本当に必要な人員を派遣してくれた。

 

「くっ……侵食が……」

 

磯風さんの髪の半分近くが白く染まり、右眼が紅くなっていた。ほぼ深雪さんと同等な状態。先送りにしていた深海の侵食がここまで進んでしまった。おそらくまだ進む。それなりに長く握っていたため、完全に侵食されることは確約されてしまっている。

 

「身体を張った割には……何も出来ないわね……」

「何も出来ていない? お前の目は節穴か。山城が守れた。それなら、扶桑と朝潮も守れたことになる。充分だろう」

 

攻撃しようにも、鎖がいたるところから出現して絡みついてくる。どの位置からどの力を持つ鎖が出るかを記憶するつもりでいたが、同じ場所から違う鎖も出たので、場所だけ覚えて諦めた。

隙がとにかく無い。鎖のせいで近付くことが出来ず、間合いをとっても列車砲がある。特に山城姉様のような純粋な艦娘は、深海化の鎖が鬼門過ぎた。

 

「誰も何も出来ない……私の邪魔は出来ないの。朝潮……今は朝棲姫ね……諦めてこちらにつきなさい。そうしたら……ここにいる子は殺さないであげる。しっかり洗脳して……貴女の手駒にしてあげるわ」

「おうおうお優しいことで。だけどな、クソ喰らえだ。お前は何もわかっちゃいない」

 

自分には列車砲を撃つようなことはしないと踏んで、強引に白兵戦を仕掛けた。当然、深海の力を封じる鎖が脚に絡みついてくるが、それは予測済み。記憶している場所からの出現のため、鎖を回避して顔面を殴りつける。

が、北端上陸姫の攻撃はそれだけでは済まず、2本3本と私に絡みつく。拳は届くことなく、壁まで引き摺られる。そのまま入り口近くの壁に磔にされてしまった。

 

「私はな、お前のやっていることが心底気に入らないんだ。お前につくことは未来永劫無いんだよ」

「……そう……ならそこで仲間が壊れるところを見ていなさい。その後に……ゆっくり教えてあげるわ」

 

動き出す前にすぐさま全員が深海の力を封じる鎖で拘束された。脚に絡みつき、その場から動けない。私だけは特別に壁際だが、他の仲間はその場に固定されてしまった。

最悪な状況。このまま列車砲を放たれたらひとたまりもない。しっかり両脚が縛り付けられているため、山城姉様ですら動くことが出来ないでいる。

 

「それじゃあ……まずは山城……貴女を壊してあげる。朝潮も……扶桑も……それで心が壊れるかもしれないもの」

「……はっ、やれるものならやってみなさいよ」

 

念入りに堕とすためか、霞の時と同様に侵食の鎖が何本も出現。あの数の鎖に同時に巻き付かれたら、山城姉様も一瞬で堕とされてしまうだろう。いくら『種子』への対策をしていても、アレに関しては耐性を作らずにいる。

 

「なら……お言葉に甘えて……さようなら山城……堕ちなさい」

 

鎖が一斉に山城姉様に絡みついた。

 

 

 

と思いきや、ギリギリのところで突如鎖の動きが止まった。さらには私達を拘束する鎖は勝手に解け、私達を避けるように引っ込んで行く。

 

「何……何が……」

 

こんな事態、北端上陸姫すらも予想していなかった。北端上陸姫の意思に従わず、鎖は沈黙を守り続ける。何が何だかわかっていないようだが、私にはもうわかっている。

 

執務室の外、陽動作戦から抜け出てきてくれた()()()が、ニンマリと笑みを浮かべて立っていた。

北端上陸姫から埋め込まれた力が、艦隊での生活に全く役に立たなかった人。今までは普通の深海艦娘と同じように生活してきたが、今だけは違う。この時のためにいたと言ってもおかしくない、最高の人材。

 

漣さんである。

 

「鎖をコントロールする力を埋め込んだの、忘れちゃったのかな?」

 

漣さんの鎖をコントロールする力により、北端上陸姫のコントロールする鎖は完全に沈黙。攻撃と防御にも意識を割く必要のある北端上陸姫が、鎖のコントロール一本に全力を尽くす漣さんから、鎖のコントロールを奪い返すことは不可能。

 

「スパさんに投げてもらって正解でしたわ。この大ピンチに漣ちゃん登場ですぞ!」

「普段適当な割にいいとこで活躍していくー!」

「さつきち! 余計なこと言わなくてよろしい!」

 

反応からしてわかった。ちょうどいいタイミングで、ウォースパイトさんの投擲によりここに辿り着いている。ちょっと涙目なのはその衝撃でか。

 

「こいつ……!」

「へへっ、自業自得すぎワロタ。これはメシウマですわー!」

 

初めて北端上陸姫の顔が歪んだ。

こちらを完封するための2つの武器の片方、触れただけで戦力を減らす鎖は、これで失われたも同然。強いて言うなら漣さんを確実に守らなくてはいけなくなったが、今までの苦戦から考えると問題にすらならない。

 

「漣……貴女はすぐにでも始末するわ……」

「わお、何その馬鹿でかい主砲。漣ちゃん大ピンチかな? じゃあ、そっちを拘束するよ」

 

沈黙を守っていた鎖が、今度は一斉に北端上陸姫に向かって伸び始める。この鎖の効果が何かはわかっていないようだが、拘束出来れば儲け物である。

 

「これは私のものよ……貴女が使っていいものでは無いわ」

「ならそっちに集中した方がいいんじゃないんスかね。漣に意識持ってって大丈夫?」

 

鎖の動きは止まってしまうが、私達の邪魔になることはない。北端上陸姫が鎖のコントロールに意識を向けたということは、他のことに疎かになるということだ。

拘束が無くなったことで、私達は一斉に動き出していた。鎖はまだちらほら見えるが、避ければいい話。

 

「漣はやらせん!」

 

磯風さんがヘッドショット。気を取られている内に狙えば当たるかと思ったが、それは艦載機でガード。

 

「へいへい、疎か疎か」

「反応おっそーい!」

 

そのタイミングを見計らって、今度は川内さんと島風さんが別方向から砲撃。島風さん自身はまだ瓦礫が全て撤去されていないために動くのが難しいが、連装砲ちゃんなら自由だ。ここが自立型艤装の強み。

 

「邪魔をしないでもらえるかしら……」

 

それも艦載機によるガード。今度はガードに意識が動いた。

 

「お姫様、ゲットだぜ!」

 

その隙に漣さんが鎖を北端上陸姫に絡み付かせる。深海の力を封じる鎖が巻き付いたことが確認できたが、流石に自分に対してはセーフティがかかるようになっているだろう。

それでも、動きが封じられたのなら問題ない。少しだけでも動けないタイミングがあるのなら、その僅かな時間にでも攻撃できるのが白兵戦組だ。

 

同じタイミングで扶桑姉様と山城姉様が跳ぶ。姉妹の連携。

 

「……出したくなかったけど……仕方ないわね。列車砲(ドーラ)は……もう1本あるのよ」

 

今まで展開していなかっただけだった。あのとんでもない火力の列車砲がもう1本、逆側の肩に現れ、跳ぶ扶桑姉様に狙いを定めていた。

 

列車砲(グスタフ)よ……藻屑になりなさい……!」

「やらせないよ!」

 

ここで皐月さんが艦載機を発艦。6機全てを列車砲の砲門に押し込むように突っ込んだ。このまま撃てば砲身が爆発する。だが、御構い無しに砲撃するようだ。どうあっても扶桑姉様は大変なことになりかねない。

 

「フソウ姉さん!」

 

アサが列車砲の砲身に対して渾身の蹴りを入れる。これでまた照準がズレた。その瞬間に砲撃され、先程の山城姉様と同じように爆風で扶桑姉様が飛ばされてしまった。砲弾自体は執務室の壁をまたもや破壊。そろそろ鎮守府に限界が近い。

 

「そんなことで……私は止まらないわ」

「いいや、充分よ」

 

列車砲の圏外、今の砲撃を無傷で乗り切り、ルーティンを終えた山城姉様が拳を振りかぶっていた。

 

「私とあの人の、2人の拳よっ! 喰らえぇっ!」

 

北端上陸姫の脇腹に向けて、渾身の一撃が捻じ込まれた。

 



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崩れゆく戦場

激化する鎮守府内戦闘。北端上陸姫が操る、触れた瞬間に戦力を削られる鎖により、私達は圧倒的に不利な戦況であった。

侵食の鎖の効果で磯風さんが深海艦娘に変化することが確約され、封じる鎖の効果で私含む深海組はまともに戦うことが出来ない。そこに列車砲も重ねられ、未だ中破以上の怪我人が出ていないのが奇跡にしか思えない。

 

だが、それをたった1人で打開してくれる援軍が到着した。北端上陸姫に鎖をコントロールする力を与えられていた漣さんである。救出された時点であって無いようなものである能力が、この土壇場で役に立った。北端上陸姫ですら忘れていた天敵である。

 

そのサポートも受け、ついに山城姉様が北端上陸姫の懐に入っていた。ここにいる全員の力で押し通した。

 

「私とあの人の、2人の拳よっ! 喰らえぇっ!」

 

戦艦天姫の鯨の艤装すら内部から破壊した暴力が、司令官の細胞を取り込んだことによりさらに唸りを上げ、北端上陸姫の脇腹に向けて、渾身の一撃が捻じ込まれた。漣さんが鎖でその場に縛り付けてくれているおかげで、北端上陸姫は直撃を回避することは不可能。

 

「っぁ……っ!?」

 

肉が裂け、骨を砕かれても、北端上陸姫は健在。山城姉様の拳はしっかりと振り抜け、脇腹を抉っているというのに。本来ならば上半身と下半身がお別れしていてもおかしくない一撃だ。だが、それを受けても、北端上陸姫は立っている。

 

「耐えるの!?」

「ここは……私の陣地なのよ……。私が唯一無二の存在となる……私の世界なの……。いくら貴女が強くても……いくら手段を封じられても……この場所では私が勝者なの……」

 

今まで、陸上型の深海棲艦と戦うようなことは無かった。だから勝手がわからなかったというのもある。

陣地の上でのみ十全な力を発揮出来る陸上型は、陣地の上ならば無類の力を発揮するということにもなる。ただでさえ身体にも艤装にも改造を施している北端上陸姫なのに、陣地という無限の供給源の上に立っているのだ。まさか山城姉様の攻撃ですら受けてしまうとは思わなかった。

 

「お返しよ……」

 

新たに現れた列車砲(グスタフ)も合わせ、2砲身で山城姉様を薙ぎ倒す。あの一撃をまともに受けて倒れなかったことにほんの少し動揺していた山城姉様は、咄嗟にガードしたが壁に激突するほど飛ばされてしまった。アサも至近距離だったために即座に間合いを取る。

 

「邪魔ね……私のものだけど……」

「うわっ、うわぁっ!? ハエが群がってくる!」

 

漣さんには艦載機を嗾けて集中力を削いだ。漣さん自身もそれをどうにかする力を持っているが、別事をやりながら鎖までコントロールする余裕など無い。すぐさま北端上陸姫にコントロールを奪われ、脚に絡み付いていたそれを解かれる。

 

「あっ……くっそー! メシウマがメシマズに……」

 

すぐに艦載機を処理したが、その時にはもう遅い。北端上陸姫は自由になっていた。そこからはまた私達の邪魔をしないようにコントロールし続けることに。漣さんはほぼロックされているようなもの。その場から動けない。

 

「痛い……痛いわ……でも……()()()()()

 

抉られた脇腹が修復されていく。砕けた骨は元に戻り、裂けた肉はくっついていった。陣地の上だからと言っても、この回復力は異常だった。

 

「う、嘘でしょ……」

「一撃で()れってことだ。無茶言ってくれる」

 

愕然とする皐月さんと、溜息をつくアサ。

鎖を封じることが出来たものの、新たな問題が現れた。一撃で息の根を止めなければ、超回復により無かったことにされてしまう。これをどうにかするためには、まず北端上陸姫を陣地から退かさなければならない。

 

「っぐ……まずい……っああっ」

 

そうこうしている内に、磯風さんの先延ばしにしていた侵食が限界まで来ようとしていた。髪はもうほぼ真っ白に染まり、瞳も紅くなっていた。角も生えようとしている。深海の気配まで漂ってきたため、あの鎖は深海艦娘ではなく、半深海棲艦に変化させる鎖。

変化しきってしまった場合、考えられる問題が2つ。1つは、この鎮守府内が洗脳電波の効果範囲にされている可能性。鎖を握っていなくても関係なく洗脳される。そしてもう1つは、私と島風さんの強すぎる深海の匂いに当てられる可能性。心持ち如何では戦闘どころでは無くなる。

 

『磯風さんがまずい! 皐月さんに保護させて!』

「サツキ! イソカゼに近付け!」

 

皐月さんは洗脳電波キャンセラーであるイヤリングをしている。霞のときのように、限りなく近くにいればキャンセラーの効果範囲内に入れるだろう。

その現場を知っている皐月さんは、すかさず磯風さんに抱きついた。こんな戦場の中でも、こちらは緊急事態だ。磯風さんに敵に回られる方が厳しい。

 

「ひとところに固まって……撃ち抜かれたいのかしら」

 

それを見逃していない北端上陸姫。これは確実に狙われる。タイミングは予測した。

変化の最終段階に入り動けない磯風さんと、それに抱きつく皐月さんでは、回避の余裕なんて無い。山城姉様は逆側の壁。島風さんは瓦礫がまだ撤去中。川内さんもそちら。漣さんは鎖のコントロールに専念していなければ現状がさらに悪化する。私も距離があり、今から飛び出しても間に合わない。ならば、

 

『アサ! 展開っ!』

『私も出すよご主人!』

「フソウ姉さんも頼む!」

 

北端上陸姫と2人の対角線上に自立型艤装を展開。海上では無いため身動きは取れないが、壁にはなれる。アサが表のため、艤装操作は私。即座に艦載機を全機発艦させ、ヨルからも水上機を発艦。半分は一旦割れた窓から外に出す。

列車砲の超火力を受け切れるとは到底思えないが、照準ズラしと威力軽減くらいにはなるはず。残り半分の艦載機と水上機も列車砲の射線に入る場所に配置し壁とする。

 

「っ……そうだったわね……朝潮はそういう子だったわ」

 

2人に照準を合わせようとした北端上陸姫が、目の前に立ち塞がった自立型艤装を忌ま忌ましそうに睨みつける。もう笑顔を維持する余裕も無いようだ。

 

「撃たせないわ……」

 

それでも構わず列車砲を放とうとした瞬間に扶桑姉様が本体を蹴り飛ばそうとした。さすがにそれは看過出来なかったか、回避行動を取りながらの砲撃に。

2砲門同時の砲撃は空気を震撼させるほどの威力。扶桑姉様のおかげで誰もいない方へと向き、私の自立型艤装を掠めて壁に直撃した。

掠めただけでも大きな傷がついてしまった。直撃していたら、脆い口内に撃たれていなくても粉砕されていた。

 

「磯風! 大丈夫!?」

「だ、大丈夫だ……。なんだこの甘い匂いは……」

「それは朝潮と島風の匂い! 気にしないで!」

 

やはり半深海棲艦化の影響で私と島風さんの気配と匂いを知覚できるようになってしまっている。それも考えての侵食の鎖だったか。漣さんが来てくれなかったら、全員がこの恐怖に怯えながらになっていた。深海艦娘の皐月さんですら侵食される。

 

ここで鎮守府外に反応を捉える。漣さんをここまで投擲したウォースパイトさんと、大潮、霞、春風、初霜。さすが私の妹達。駆けつけてくれたか。人手が増えるのはありがたい。

 

「また増えそうね……磯風、こちらに来なさい」

「断る! 我が身は堕とされようとも、心は堕ちん!」

「……そう……そうやって電波を回避していたのね……」

 

今までの経験が効いている。やられ、対抗し、打ち勝ってきた。もしあの鎖で出来ることが変化していたとしても、こちらはそれを想定してマイナーチェンジし続けている。この洗脳電波キャンセラーだって、当時から強化されている。

戦場に出られない工廠組と佐久間さんが、私達の戦闘を完全にサポートしてくれている。頼れる仲間だ。

 

「余所見するんじゃないわよ!」

 

北端上陸姫の真後ろから拳を繰り出す山城姉様。今度は脇腹ではなく頭。一撃必殺を狙った渾身の一撃。

 

「してないわ……ちゃんと殺す算段はつけているもの」

 

振り向きざまに砲撃。あの超火力の列車砲を、このペースで体勢を整えずに連射してくるのも異常。山城姉様は咄嗟にしゃがんで回避し、その砲撃は壁へ。

 

壁が破壊された瞬間、執務室自体が地響きを立て始めた。天井や壁、床に何度も何度も列車砲を受け、ついに限界が来たようだった。鎮守府自体は大きいのでまだ倒壊することはないだろうが、執務室の周囲はもう崩れる。

 

「やっと出られた! おっそーい!」

「またしちゃ瓦礫が落ちてくんだから仕方ないでしょうが!」

 

ここでようやく島風さんの瓦礫処理が終わったようだ。度重なる砲撃で瓦礫が追加されていたらしい。川内さんもそれだけで疲れ果てていた。

今まで一度も狙われなかったのは助かった。いくら北端上陸姫でも、これだけの猛攻の中では、島風さんの方には意識が向けられなかったようだ。それに、漣さんと常に鎖のコントロールの奪い合いが発生しているため、余裕を奪い続けている。

 

『執務室が崩れるわ。脱出を!』

「ああ! 崩れるぞ! 早く外に出ろ!」

 

私はアサに身体を任せて今できることを全力で計算する。

脱出の最善ルートは、現在漣さんがいる窓側。海に直接向かうルート。これは窓を飛び越えればいいし、扶桑姉様に壁を破壊してもらうのもいい。ここまで崩れているのだから、扶桑姉様も破壊出来るはずだ。

 

私が危惧しているのは、北端上陸姫の脱出ルート。地下に逃げられた後、鎮守府が崩れてしまったら、また取り逃がすことになってしまうからだ。そのため、未来予知まで総動員して北端上陸姫の行動を予知した。

この部屋から地下に行けるかどうかを全力で探すが、それらしいものは見当たらない。ならば、私達と同じように外に出るはず。私をこの部屋に引きずり込んだように、北端上陸姫だけは壁抜けのような真似が出来るかもしれないが。

 

北端上陸姫の視線が、ほんの一瞬だけ執務室の入り口に向いた。あちらの経路は鎮守府内部。そこから電探の反応を全て確認。

地下への階段を発見した。この部屋から外に出られたら、すぐにそちらに逃げられる。それは困る。こちらを迎撃しながらも、身体は入り口側に寄せてきているのもわかった。どう退避したいかはこれでわかった。

 

『アサ、艤装を入り口に展開し直して』

「そっちから逃げるつもりだったか。了解だ」

 

アサに指示し、自立型艤装を執務室の入り口前に展開し直し、脱出経路を塞ぐ。それでもまだ余裕そうな表情を浮かべている辺り、壁抜けは可能そう。床は抜けられないようで助かる。

 

「アサ……こっちよね……」

「ありがとうフソウ姉さん! 全員! あそこから退避!」

 

度重なる列車砲の砲撃により脆くなった海側の壁を破壊してくれた扶桑姉様。これで海までの経路は確保した。あとは北端上陸姫を強引にでも外に出す。

 

「……逃げられると思っているの?」

 

状況が悪いために先に出ようとした皐月さんと磯風さんが真っ先に狙われる。今の磯風さんは決して離れることが出来ない状況。どうしてもお互いが枷になってしまう。

 

「おうっ! 邪魔ぁ!」

 

このタイミングで瓦礫から抜け出ることが出来た島風さんがトップスピードからの体当たりを決める。鎮守府最速の脚力から繰り出される体当たりは、純然たる質量兵器。さすがの北端上陸姫でも身体が浮いた。ダメージが無くとも動かせる状態になればこちらにはいくらでも手段がある。

 

「この……ゴミっ……!」

「っし、いいよぜかま氏! コントロールゲットぉ!」

 

不意打ちに鎖のコントロールが離れた。その隙に漣さんがほんの少しだけでも掌握し、北端上陸姫の脚を縛りあげ、執務室外に投げ飛ばす。

これで北端上陸姫は執務室にはいなくなった。脱出経路も封じ、地下に逃げ込むようなことは出来ない。

 

「全員出たか!?」

 

その間に執務室から全員が脱出。自立型艤装を消した途端、部屋が完全に倒壊した。その上にある階層も雪崩のように降り注ぎ、あのままいたら瓦礫どころか建物自体に押し潰されて再起不能だった。

 

「……仕方ないわね……自分で蒔いた種だもの」

 

外に出され、埃を払う北端上陸姫。笑顔はもう見せないが、まだまだ余裕そうな素振りである。逃げ場が無くなり、封印と侵食の鎖も完全に封じられ、私達は人数を増やしていく一方なのに、自信満々である。

この地は北端上陸姫の地。それだけでもこちらは不利だ。以前とは違う、自身でも充分に戦闘が出来るようになった北端上陸姫は、今までで最も凶悪な難敵だ。

 

 

 

ここからが第二ラウンド。本来の陸上型との戦闘に移行する。

たった1人の敵にここまでやられるとは、さすが戦艦天姫の親とでも言おうか。だが、こちらもやられるわけにはいかない。

 

決着は近い。

 



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一筋の光

倒壊する執務室内での戦闘は、島風さんと漣さんの連携で北端上陸姫を外に追い出すことで一時終わりを告げる。次は第二ラウンド、外での戦闘となった。

 

現状を確認。

瓦礫に押し潰されていた島風さんは、最後の北端上陸姫への体当たりにより中破に近いほどにまで損傷。まだ戦えるが無理はしない程度に。

磯風さんは完全に半深海棲艦化してしまい、キャンセラーを持たないために、キャンセラー持ちの近くにいないと即座に洗脳されてしまう危険な状態。さらには私と島風さんの深海の匂いが身体を蝕んでしまっている。

それ以外にも、今までの戦闘で少なからず怪我を負っている。小破届かずとはいえ、疲労は蓄積される一方。かくいう私、朝潮も、今はアサに身体を任せているが、消耗してきているのがわかる。

 

とにかく、地上での戦闘というのがキツイ。海上ならば、脚部艤装の力で移動できるためそこまで考えなくてもいいが、地上では全て自分の脚力がモノを言う。今回はそのための部隊でもあったが、海上より断然消耗が激しい。

 

『アサ、一旦交代しましょ。ここなら艤装を使うこともあるかもしれないわ』

「ああ、頼んだ」

 

ここでアサと交代し、私が表に。どっと疲れが押し寄せるが、まだ戦える。

海が近いために、戦場が海に移る可能性もある。そうなれば、アサはやりたい放題だ。まだ艤装は掠めて傷がついただけで、機能は失われていない。

 

「せっかく戦場が広くなったんだもの……パーティーと行きましょうか」

 

指を鳴らし、その場で優雅に一回転。すると、空を埋め尽くすほどの艦載機が発艦された。以前の白吹雪さんとの戦闘とは比べるのも烏滸がましい、太陽が隠されるほどの群れ。ざっと見た限り、300は出ている。それが、爆撃や射撃を織り交ぜながら、こちらに猛攻撃を仕掛けてきた。

屋内戦闘はお互いに力を拘束していたようなもの。あれだけ列車砲を放っておきながら、まだまだ温存していたらしい。無限の供給といい、超回復といい、インチキも大概にしてもらわないと困る。

 

「合流よ! 姉さん、大丈夫!?」

「ええ。随分と早く再会出来たわね」

「陽動のみんなが後押ししてくれたのよ。私達が行けってね」

 

()()()がサポートに行けと、周りからのお達しのようだ。先程『また後から鎮守府で』と別れたウォースパイトさんは少しバツが悪そうであるが、漣さんの投擲は本当にありがたかった。

霞達援軍が合流したことで、ようやくこちらも連合艦隊。半数以上は地上のまま、援軍は少し遠いが海側。主砲は当てられる距離。

 

「春風と大潮は対空に専念!」

「あれはまた……やり甲斐があるというものです」

 

早速春風は対空砲火を開始。あの数を前にしたら微々たるものかもしれないが、確実に1機ずつ墜としていく。私もヨルで対空砲火に参加。

 

「増員が欲しいですよぉ!」

「向かってきてないの!?」

「陽動の方に次々来てます! 何人かはこっちに来てくれるかもなので、それまでは大潮達で踏ん張ります! アゲアゲで行きましょう!」

 

大潮も対空に専念しながら向こうの状況を簡単に説明してくれた。陽動作戦組も戦闘が苛烈を極めているようだ。こちらはたった1人が異常すぎるが、あちらは異常な数がいる。質と量を分断出来ているだけ良しとしなくては。

 

「大丈夫よ陛下。あちらにはガングートもいるわ。今頃、誰かをこちらに投げているでしょう」

「貴女達は何でそう人を投げたがるんです」

「その方が早いからよ。それを教えてくれたのは陛下じゃなくって?」

 

確かに、以前から投擲の戦術は頻繁に使っている。何も言い返せない。

ウォースパイトさんも三式弾で対空砲火。これだけ人数を割いても、減っているかすらわからない。

 

「磯の子は漣が運ぶよ! すぐに撤退しないといつ洗脳されるかわかんないし!」

「お願いします!」

「あとは頼んだ……お前達を守ることが出来てよかった」

 

五体満足だがここでの戦闘が危うい磯風さんは、皐月さんから漣さんに譲渡され、この戦場から離れることに。鎖が全て瓦礫の下に埋まったことで、漣さんは仕事を終えている。

本当に最高のタイミングで来てくれた。漣さんがいなかったら、今頃山城姉様と敵対していただろう。そうなれば、扶桑姉様が理性を失い暴走まであった。

 

「逃がすと思っているの……?」

「こっちのセリフよ!」

「広くなったもの……私達も戦いやすいわ」

 

漣さんに列車砲を向けようとするが、すかさず扶桑姉妹が迎撃。室内という狭い空間でも無ければ、鎖による拘束も無い。もう、2人を止めるものなどどこにも無い。

 

「本当に貴女達は……面倒な子ね」

 

その場で回転しながら列車砲の砲身を振り回す。強力な質量兵器に対し扶桑姉様は脚を、山城姉様は拳を打ち込むが、強度は一切衰えずに弾き飛ばされてしまった。

 

「そこも……来ないでちょうだいね」

「っいい!?」

 

そのまま列車砲による砲撃。扶桑姉妹の連携を囮に使った3人目、皐月さんの突撃は、地面を撃ち抜くような砲撃により未然に防がれてしまった。辛うじて避けることが出来たものの、爆風で吹き飛ばされる。

 

「こっちも逃げらんない!」

「漣……この磯風も攻撃しよう。退避を優先させてくれ」

 

半深海棲艦化したことで、元々の装備が剥がれてしまっている。代わりに、新たに深海艤装を展開していた。順応が早い。

夥しい爆撃を二人三脚のように回避しながら2人がかりで対空砲火。退避の経路を探しながら徐々に離れようとするが、なかなか道が見つからない。

 

「今です!」

 

初霜は皐月さんを囮に近付いていた。今回も搦め手のため、艦娘の艤装からの砲撃。

 

「わかってるわよ……初霜、貴女はおかしなもので攻撃してくる」

 

当たらないように大きく回避。さすがに勘付かれている。弾的に、おそらくあれは催涙弾。あれもそうだが、大概は何処かに当たらなくては効果を発揮しない。回避に弾くことを多用する相手には有用だが、知られてしまっては普通に避けられる。

避けた後、初霜に対して急降下爆撃をされた。深海の艤装でどうにか迎撃するが、空に注意を逸らされたことで、列車砲が向いていることに反応が出来ない。

 

「初霜! 右に回避!」

 

予測していた私の指示により、紙一重で回避成功。衝撃で艦娘側の左腕が悲鳴をあげたようだが、まだ小破にも届かず。

 

カミ車(特二式内火艇)! 行けぇ!」

 

今度は霞が特二式内火艇を操り北端上陸姫へと嗾けた。私達と共に連合艦隊で出撃したときは無かったが、後の合流で白露さんから譲渡されたそうだ。対地特化の性能を存分に発揮する。

特に霞は恨みのこもった攻撃だった。身体を変えられ、私と敵対させられた恨みは深い。

 

「内火艇……厄介ね。破壊するわ……」

 

列車砲を特二式内火艇に向けたものの、不規則な挙動を描き翻弄する。その間も砲撃は続けるが、かすり傷程度では即座に修復されてしまう。

 

「Open fire!」

「そんなの……当たらないわ」

 

特二式内火艇で翻弄する間に、ウォースパイトさんが一旦対空砲火をやめ、フィフの頭部大型主砲による一撃。北端上陸姫は白兵戦をするタイプではないため、砲撃は基本回避のはず。内火艇との二方向での攻撃なら、回避方向はある程度固定出来る。

案の定ヒラリと躱されるが、回避方向には扶桑姉様が待ち構えていた。

 

「……死になさい」

 

回避に合わせた猛烈な蹴り。先程の超回復を見ているため、一撃必殺を狙える頭を狙う。しかし、列車砲が邪魔でうまく狙えず、砲身もまだ傷付かず。相変わらず硬すぎる。

 

「ダメよ……死ぬのは貴女達だもの。朝潮を差し出せば……生かしてあげてもいいわ」

「嘗めんじゃないわよ!」

 

今度の山城姉様は、列車砲の砲身の挙動を考えた、腹への手刀。自分が以前に戦艦天姫にやられた時のように、土手っ腹を貫こうという策。消滅するまで抜かなければ、修復もされないはず。

 

「二度も三度も受けると思う……?」

 

そこ目掛けて艦載機が急降下爆撃を放ってきた。腹を貫けたとしても、山城姉様がやられてしまう。この爆撃が北端上陸姫に傷をつけたとしても、死んでいないのなら即修復。自爆すら痛みは伴うものの相手だけ一方的にやれる一撃となってしまっている。

さすがにまずいと踏んだ山城姉様は、扶桑姉様と一緒に間合いを取る。直後、元いた場所に爆撃が届き、吹き飛ばされることに。

 

「痛いわ……痛いけど……死んでいないわ」

 

自分の爆発を受け、脚がズタボロになっていた北端上陸姫だが、陣地上での超回復により傷は修復。服まで直っているのはどういうことだ。それすらも艤装ということか。

 

「それも……いい加減にしなさいね」

 

爆撃に巻き込まれて立ち往生していた内火艇が、列車砲で破壊されてしまった。これにより霞は攻撃の手段を失ってしまうことになる。

 

「一度お掃除しましょうか……」

 

空を覆う艦載機が一斉に急降下爆撃をしてくる。近付くに近付けず、白兵戦組も一度間合いを取らざるを得なくなった。

鎮守府外で戦っているが、あれだけの爆撃を受けても地面が少しくらいしか抉れない辺り、北端上陸姫の侵食が満遍なく行き渡っているのだろうと思う。

 

「あ、あれどうすればいいんですかね」

 

爆撃を回避した初霜がこちらへ。通常の砲撃も回避され、搦め手すら理解されているとなると、初霜としてはかなり厳しい戦い。

 

『滅茶苦茶過ぎる。どうするよ』

「考えてる。あれだって深海棲艦なんだし、無敵なわけないんだから……何か、何か通用する手段があるはず」

 

考えろ。考えろ。私が今出来ること。皆にやってもらえること。ここにいる全員の能力を全て思い出せ。今まで生きてきた私の、最初から最後までの記憶を紐解け。

 

たった一つだけ、私に出来ることを思い付いた。思い付いてしまった。

 

「……ある。どうにかする手段。やりたくなかったけど、四の五の言ってられないわ」

 

だがそれは、私にとっては忌むべき手段。やることはないと思っていたが、ここで、この土壇場で私は最悪の手段を取れば、現状が打開出来る。

 

「まさか、白い『種子』!?」

「それはもう撤去済み。北端上陸姫は混ぜ物じゃないから追加も無いわ。貴女達の瞳、金になってないでしょ」

「確かに……なら何を」

 

今の今まで自分の特性を忘れていた。

 

「北端上陸姫の陣地を……()()()()

 

水陸両用の陸上型という他にない特徴を持たされた私にのみ出来る、他の深海棲艦には絶対に出来ないこと。私の深海の力を土地自体に侵食させ、他の島を私の陣地として手中に収める侵略行為。

 

「侵略って……自分の陣地にするってこと!?」

「出来るかはわからないし、私にこんな力を与えたのは他でも無い北端上陸姫だけど……やらないよりはマシよね」

 

私の力の源も北端上陸姫のモノであると言っても過言ではないが、同じ力なら私の侵略も押し通せるかもしれない。突き崩せる隙はあるはずだ。

ただし、この地は北端上陸姫が長い時間をかけ、海すら赤く染めずに侵略した場所だ。そう簡単に私の力を侵食させてくれるとは思えない。

 

「全部じゃなくてもいい。一部だけでも陣地を奪うことが出来れば、そこに誘い込んで供給源が断てる。なんなら、私がギリギリまで近付いてから侵略を始めようかしらね。誘い込む手間が省けるわ」

「危険過ぎよそんなの!」

 

危険なのは承知だ。だが、そうしなくては北端上陸姫が倒せないことは明らか。今も尚、無限の供給源と超回復を得ているのだ。そのままにしておけば、被害者は次々と増える。

私が最後の被害者になればいい。無論、死ぬつもりはない。私には死ねない約束が沢山あるのだから。

 

「霞さん、御姉様を信じましょう」

「私達もわかっていることですよ。旦那様は言い出したら聞かないって」

 

春風と初霜が後押ししてくれる。失敗したら全滅であり、私は改めて北端上陸姫に壊され、世界の敵とされるだろう。だが、成功したら私達の勝利が掴み取れる。この戦いを終わらせることが出来る。

 

「……なら、私達が全力でサポートする。絶対に失敗させない」

「大潮達に任せてください! 必ず、必ず姫の下に辿り着かせますから!」

 

頼もしい妹達と自称嫁。皆の助けがあれば、きっとこの作戦は成功する。

 

「よろしく。貴女達のサポートなら百人力ね」

 

相手は異常過ぎる力を持つバケモノ。それに対するは規格外の深海棲艦と駆逐艦4人。それに、まだまだ仲間はいる。皆の力を貸してもらおう。

 

私で考えた策だが、私が最大のキーパーソン。私でしかやれない、私だけの最後の仕事だ。

 

『もう何も言わん。お前がやれ朝潮。いざとなったら代わってやる』

『ご主人、私達もサポートするから!』

 

私自身が1人だけじゃない。3人がかりで侵略すれば、きっと活路が見出せる。

 

 

 

やる気が漲る。力が溢れ出る。こんなにも絶望的な状況なのに、一切負ける気がしない。

 



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一本の楔

圧倒的に不利な状況で続く北端上陸姫との最終決戦。外での戦闘となったことで、空が艦載機に埋め尽くされ爆撃を受け続けるという酷い状況。近付こうにも爆撃と列車砲により迂闊に近寄れず、砲撃は回避され、傷が付けられたとしても超回復により即座に修復。扶桑姉様や山城姉様ですら打つ手がない。

 

が、ここでたった1つだけの打開策を見つけた。私にしか出来ない、私しか持たない力、陣地生成、侵略の力である。

ここら一帯は全て北端上陸姫の支配下なのはわかっている。その一部、足下だけでもいい、そこを私の陣地として侵略すれば、無限の供給と超回復は止まるはずだ。

それが上手くいくかはわからない。だが、やらなくては戦況は好転しない。一か八かの勝負だ。

 

『だが、近付くにもあの艦載機はどうする。私達の対空砲火じゃ足りないぞ』

「私は通してくれそうだけど」

『気に入らないけどな』

 

未だに空を埋め尽くす艦載機。急降下爆撃をしたものはそのまま地面に激突するものすらあるが、その都度補充されている。これも無限の供給の賜物か。

砲弾も減らない。艦載機も減らない。体力も減らない。常に万全。最初から最後までMAXの力を出し続け、息切れすらしない。そんな敵に近付くのは至難の業である。

 

と、ここで陽動部隊の方から反応。聞いているとやはりあちらもとんでもない数のようだし、ここで新たに援軍が来てくれるのはありがたい。来れたとしても数人だろうが、その数人で道は拓く。

 

「ヲヲ、姫様、来た」

「朝潮様。瑞穂、馳せ参じて御座います」

 

合流したのはクウと瑞穂さん。さらに帝国民が増え、こちらも戦力を充実させていく。

 

「レキさんは陽動部隊の方で活躍中です。何なりとご命令を」

「ヲ! 姫様、わたしもやる。何すればいい」

 

クウが来てくれたのはかなり大きい。艦載機の量であの群れを一時的にも食い止めることが出来るかもしれない。

 

「戦場でやらなくちゃいけないことがあるの。だから、皆で私を守って」

 

未だに続く爆撃の雨。この話も、対空砲火をしながらである。一向に手が休まらない。

 

「……危ない橋を渡るのですね。お任せください。この瑞穂、粉骨砕身の覚悟で、朝潮様をお守りいたしましょう。命に代えても……は違いますね。皆であの場所に帰るために」

「はい、全員で帰りましょう」

 

さぁ、最後の大仕事だ。皆の力を借りて私は真っ直ぐに北端上陸姫の下へと向かう。

 

 

 

爆撃が一旦止んだ。ここにいる全員が、北端上陸姫と間合いを取った状態である。まさに仕切り直しという様相。

その間に、漣さんと磯風さんは大分離れることが出来た。2人で離れることが出来ないというのは非常に厄介で、お互いに中破以上の損害を受けていたが、何とか命を留めたまま戦場から離脱。村雨さんと峯雲のように動くのは流石に無理である。

 

北端上陸姫は当然ながら無傷。傷は負っていたのだろうが、即座に修復したことで()()()()()()ことにされてしまった。

あれだけやって、私達が削られたのみ。封印と侵食の鎖が無くなっただけでも良しとしなくては。

 

「朝潮……諦めたかしら……。ここは私の世界……貴女達に最初から勝ち目なんて無いの」

「諦めるなんて言葉、私の辞書にはないので。むしろそちらが諦めては? 私を生かすように戦っているみたいですが」

「だって……ねぇ? どうしても……貴女が欲しいの。欲しくて欲しくて……堪らないのよ」

 

狂気を宿した瞳で見られ怖気立つが、弱みは見せない。

あちらの執着のおかげで、私は死ぬほどの攻撃はされない。これは好都合だ。まずは触れられるほどに接近して、真下を侵略する。侵略していることを気取られないようにするつもりではあるが、陣地を侵食していくのだから、遅かれ早かれ私のやることはバレるだろう。それを、仲間達に何とかしてもらう。

 

私がやる、一世一代の大仕事。それを邪魔されないように、仲間達に働いてもらう。今だけは、私は自ら女帝として振る舞おう。

 

()()()()()()

 

「皆さんの命、私に預けてください!」

 

真っ直ぐに突っ込む。無謀とも言える突進だが、私だって今や白兵戦組の一員。扶桑姉様や山城姉様と同じように、直進から渾身の一撃を入れる戦闘方法を扱う。

 

「自分から来てくれるのね……なら……一度動けないようにしてあげましょう……脚の1本や2本なら……後からくっ付けられるものね」

 

列車砲が私の方へ向いた。

こうなるのではないかとは思っていた。あちらの技術力的に、私が生きてさえいれば別にどうとでもなるのだから、攻撃はしてくるのではないかと。今までの爆撃だってそうだ。私が避けられる範囲、当たれば死なない程度の大怪我を負う程度で攻撃してきている。

私が動けない方が向こうとしては好都合だろう。列車砲は脚を狙ってきている。

 

それをどうにかしてもらうために、仲間達にお願いするのだ。

 

「朝潮を守ればいいんでしょ! 連装砲ちゃん、行っちゃってー!」

 

あくまでも、私の侵略は秘匿。知っているのは先程話した者のみ。それ以外は私が一撃必殺の何かを企んでいるくらいにしか思っていないだろう。それでも、私の思いに応えて動いてくれた。

島風さんの連装砲ちゃんは3体全てが未だ健在。その3体全てが纏まって体当たりを仕掛けた。先程部屋の外に突き飛ばした、俊足の体当たりだ。

 

「っ……何度も何度も……っ」

 

そのおかげで私から照準が外れ、少し横の地面を抉る。爆発の衝撃で少し体勢を崩されるが、まだ行ける。撃った直後のタイムラグ、ヨルを展開してトップスピードのまま前転。

 

『うりゃああ!』

「そんな大振りな攻撃が……当たると思っているの?」

 

大胆過ぎたか、かなり大きく避けられる。ここで予知を使えばもう少しいい場所に叩きつけることが出来たかもしれないが敢えてやらない。私達は当てる気が無い攻撃を、そうは見せないように繰り出した。理由はある。

 

『ここが! 私達の陣地!』

 

地面に叩きつけたと同時に、ヨル経由で私の深海の力を地面に流し込んだ。以前、領海の島を陣地にした時とは少し違う感覚。無理矢理抉じ開けるようにイメージした。これが成功しなければスタートにも立てない。

直径数cm、足1つ分にも満たない攻撃の跡。そこを陣地にすることが出来たかは、その場所を自ら踏みつけることで確認。

 

「……よし、()()()

 

ほんの僅かではあるが、私に対する恩恵が見られる。回復するわけでも、痛みが無くなるわけでもない。こんな死と隣り合わせの戦場のど真ん中でも、ただただ()()()()()()()に変化したことがわかった。

 

やはり私の力は北端上陸姫の力と同じだ。長い時間かけて作られた陣地に対しても、1回の攻撃で僅かながらの()を打ち込むことが出来た。危惧していた失敗は免れた。

おそらくここから足を離したらすぐにでも消えてしまう、小さな小さな楔。今からはこれの防衛戦となる。

 

「……ゴミはゴミらしく……燃やしておくわ」

 

照準をズラした島風さんに対し列車砲を向けるが、その時にはもうそこにはいない。さすがの速さに、北端上陸姫も聞こえるか聞こえないかの舌打ちをしていた。

 

「へっへー、おっそーい!」

「ええ、遅いですね」

「ホント、隙だらけだよ」

 

島風さんに気を取られている隙に、川内さんと瑞穂さんが北端上陸姫の真後ろに立っていた。例の移動法、川内さんも出来ている。おそらく質が違う似たようなものだろう。

川内さんが頭を狙い撃ち、瑞穂さんが爆雷を放る。当たれば致命傷の2撃。

 

「隙なんて……あって無いようなものよ……」

 

その場所に数機の深海爆撃機が急降下爆撃を行ってきた。こうされるであろうと予測しての前以ての行動。

だが、それくらい私だって読んでいる。クウに先んじて指示をしておいた。私達が接近したときに急降下爆撃が来るだろうと。

 

「ヲ、さすが姫様、ホントに来た」

 

クウの艦載機により、その急降下爆撃は阻止。私と違い自由にコントロール出来るわけではないが、クウの艦載機も立派な深海製。さらにはクウ自身の成長により、攻撃力は姫級とも遜色がないほどになっている。

クウもなんだかんだ歴戦の勇士。活躍の場があまり無かっただけで、我が鎮守府の空母陣に鍛えられた猛者である。爆撃を回避しながら艦載機を次々と発艦し、無尽蔵に発艦される敵艦載機を的確に処理していた。

 

これによりキャンセルされなかった川内さんの砲撃が北端上陸姫の左耳を吹き飛ばし、瑞穂さんの爆雷が背中を焼き尽くす。ギリギリで回避していたようだが、川内さんの分しか回避出来なかった様子。

瑞穂さんの爆雷は致命傷に近い。本来ならこれで終わりだろう。だが、

 

「言ったわよね……この場所では……私が勝者なんだって……」

 

既に修復されていた。そのまま置いておけば命を燃やし尽くす大火傷でも、北端上陸姫にとっては関係ない。生と死は1か0、その時死ななければ、それは無かったことになる。

振り向きざまに列車砲の砲身で薙ぎ倒そうとするが、いつもの移動法でそれは回避。瑞穂さんはクウの側へ。川内さんは傷付いた島風さんの側へ。

 

『注げ注げ!』

『もっと拡げるよ!』

 

その間も侵略は続けている。少しずつ、少しずつ準備を進めていく。この場所だけは私の陣地。楔に深海の力を注ぎ、私の場所を拡張していく。現在、ようやく1m前後。ポーラさんの領海にある岩の島にも満たない。

まだまだ足りない。出来ることなら数m。目標は2人入っても余裕なくらいの範囲である。

 

「朝潮……何をしているのかしら」

 

だが、ここまでやればさすがにバレる。私の気配が、私を中心に拡がっていっているはずだ。

ここからが本番。妹達に守ってもらいながら、私はこの範囲を拡張し続けることになる。私は動けない。最初の楔はヨル経由だったが、直接注ぐのが一番侵食が早いはず。

 

「……貴女……まさか……!」

 

私の足下に目が行った。やってることまでバレた。明らかに表情が変わった。

 

「御姉様の邪魔はさせません」

「旦那様には近付けさせませんよ」

 

春風と初霜が私に近付けさせないように砲撃を開始する。私の出番なく終われるのならそれでいいと、1回1回が致命傷になるような場所を狙っていく。初霜は勿論搦め手も込みだ。

 

「……させないわ……朝潮……魂胆が見え見えよ」

 

2人の攻撃を軽く避けるが、それにより北端上陸姫の位置は私からは遠退いていく。今は遠退かせることが目的だからそれでいい。ある程度準備が出来たら、今度は近付いてもらわなくてはいけないが。

 

「死ななければ治せるわ……少し……お仕置きしなくてはいけないわね……」

 

私をこの場所から排除しようとしているのはわかる。私が注いでいない限り、この陣地は拡がらない。むしろ、ある程度の大きさが確保出来なければ、周りの北端上陸姫の陣地に押し潰されて消えてしまう。

私の真上に空を覆う艦載機が集結しているのがわかる。全ての爆撃を受けたらさすがにまずい。北端上陸姫はお仕置きなんて言っているが、死と隣り合わせである。

 

「お姉さんは! 大潮が! 守りますよぉ!」

「陛下、私が盾になるわ!」

「瑞穂も微力ながらお力添えさせていただきます」

 

大潮、ウォースパイトさん、瑞穂さんが私の側へ。一蓮托生と言わんばかりに、私の近くから対空砲火を開始。ただの爆撃と急降下爆撃が入り交じる死の雨を、未然に防いでくれていた。

 

「姫様、姫様は絶対に守るから、安心して」

 

さらにクウの艦載機が私の真上へ。爆撃機を1つ、また1つと破壊してくれる。真上に爆弾が落ちてきそうになっても、艦載機を使って防いでくれた。おかげで誰もが無傷でいられる。

4人がかりと局所的な防空により、私の身は守られている。帝国民の輪形陣。

 

だが、それは空爆相手の場合のみだ。その真横、間合いを取らせたことで、こちらに向けてしっかりと列車砲を構えていた。

 

「都合よく固まってくれたわね……なら……朝潮以外は一網打尽かしら」

 

このまま撃たれたらウォースパイトさんは直撃コース。いくらフィフでもあれは耐えられない火力だ。大潮と瑞穂さんにも影響が出る。私はこの場から動けない。どうする。どうする。

 

「姉様に……任せなさい……」

「アンタ達は防空に専念しなさい」

 

そこに立ち塞がるのは扶桑姉妹。大潮と瑞穂さん、そして私を守るように目の前に。

 

「余程死にたいようだし……やっぱり貴女達が最初かしらね」

 

列車砲が放たれる。先程までずっと回避していた凶悪な火力の前から2人は退かない。

着弾寸前、本当にいつものようにその砲撃を素手で弾いた。敵の火力がどうであれ、わかってしまえばもう関係ない。

 

「あれだけ見せられたら、タイミングくらいわかってんのよ」

「だから……弾くくらい出来るわ……妹を……皆を守るために」

 

自信たっぷりに笑う山城姉様と、狂気が無くなったかのように微笑む扶桑姉様。なんて心強い、愛する姉達だ。私の安全は保証されている。

だが、小声で山城姉様に呟かれる。

 

「何発も保たないわ。せいぜいあと……3回よ」

 

砲弾を弾いた腕が黒ずんでいた。今の防御により、腕に深刻なダメージが入っている。清霜さんの51cm連装砲相手でもこうはならなかったのに。それほどまでに、北端上陸姫の列車砲はとんでもないものなのだと実感させられる。

 

「だから……私達も他の子に頼るわ……」

「心強い仲間がいるものね。安心して任せられる」

 

爆撃と列車砲を私の方に寄せているせいで背後からの皐月さんの一撃に対応出来ていない。

 

「っだぁーっ!」

 

頭を両断しようとする渾身の一撃。いくら回復能力が異常でも、脳と心臓が壊れれば死ぬはずだ。

だからだろう、北端上陸姫はそういう攻撃に対してやたら敏感。背後からであろうが御構い無しに反応し、即座に振り返り皐月さんを砲身で薙ぎ倒した。刃は額を掠める程度で終わってしまい、それもすぐに修復され無かったことに。

逆に皐月さんはこの一撃でほぼ大破の重傷。脇腹への重い一撃と、砲撃直後の熱量による火傷。

 

「げほっ……くっそぉ……インチキすぎる……!」

「なら離れて攻撃したらいいわ!」

 

霞が魚雷しか使えないことは北端上陸姫も知っていることだ。だから甘く見ていた部分はあるだろう。霞が何を言っても素知らぬ顔である。

ただし、次の瞬間に認識を改めた。

 

「アンタが私にやらせたことでしょうが。記憶力足りないんじゃない!?」

 

陸上で手を払い、()()()()を生成。ほぼミサイルと化したそれは、一直線に北端上陸姫に向かって飛んでいく。当然こちらもコントロール可能の霞の最終兵器。

だが本人への負荷も異常。以前やらされたときは鎖6本を繋がれた強制オーバースペックであったが、今回はその状況を自力で引き出している。放った瞬間、鼻血を噴き出していた。

 

「……本当に貴女達は……厄介な連中ね」

 

列車砲と艦載機によるガードを試みるが、縫うように進む陸上魚雷は事前に破壊することも出来ない。当たれば木っ端微塵だが、そこまで甘くない。

 

「認識を改めましょう……霞……貴女は殺さずに朝潮の側近に変えてあげる……喜びなさい……」

 

艦載機が盾のように北端上陸姫の周りを敷き詰め、魚雷が直撃することなく爆発してしまった。

爆炎が晴れたところで、北端上陸姫は無傷。いや、反応的には一部欠損していたようだが、超回復により無かったことにされた。

 

「チッ……本当に頑丈なクズね。姉さん、私達に任せて、事を成して!」

 

姉に守られ、妹に守られ、私は私にしか出来ないことを進めていく。心強い仲間、信頼できる姉妹。その存在を身近に感じ、力がまた湧き上がる。

 

『もっと! もっとだ!』

『いっぱい注ぐよーっ!』

 

皆の後押しを受け、注がれる力が一気に増した。私も楔に向け、全力を出し続ける。そして、

 

「ヲ……すごい、姫様に抱かれてるみたい」

 

陣地が目に見えるほどにまで拡張された。小さな小さな侵略は、仲間達の協力の下、確実な成果を挙げることが出来たのだ。

 



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侵略する帝国

皆の力添えにより、北端上陸姫の陣地の中に私の陣地を作り上げることが出来た。強大な力を持つ姫への、たった1つの対処法。供給源を断ち、無敵の身体を取り払う、私達、朝潮帝国のクーデターである。

ここにある私の陣地は、陣地とは言えないくらい小さい。私の領海の島とも比べ物にならない、たった直径10m強の世界。だがこれが、私達の戦いの礎となる。

 

「……私をその中に入れれば勝てると……そういうことかしら」

「ええ。貴女は確かに弱点無しの無敵の存在です。でもそれは、貴女の世界の上での話。ここだけは違う。ここは貴女の世界じゃない、()()()()()です」

 

私を中心に世界は円形に拡がり、今もまだゆっくりと拡がり続けていた。私とアサとヨルで、今でも注ぎ続けている。

あちらの方が力も強ければ時間もかけているため、私の侵食はいずれ限界が来るかもしれない。北端上陸姫の世界全てを塗り潰すなんて出来やしないだろう。だが、その中のほんの一部を穿った。そこから突き崩す。

 

本当ならもっとこっそりやりたかったものだが、作戦自体が大胆すぎたか。だが仕方あるまい。これしかやり方が無いのだから。楔を踏み続けないと陣地を拡げられなかったのが厳しかった。

 

「最後の戦いです。貴女にはここで……終わってもらいます」

「……そう。朝潮……改めて壊してあげる……完膚なきまでに、絶対に戻れないくらいにしてあげるわ」

 

自分の世界にいるためか、囲まれているのに絶対的な余裕。その余裕を壊してやる。

 

「でもまずは……いい加減にしろと言っているでしょう」

 

北端上陸姫を取り巻く艦載機が真後ろに対して射撃。またもや連装砲ちゃんが体当たりを決めようとしていた。三度目ともなると、その俊足も予測されている。その射撃は当たることは無かったが、撤退を余儀なくされる。

 

「ちぇっ、また吹っ飛ばされればよかったのに」

「ゴミはゴミらしく……大人しくしていなさい」

 

振り向きざまに列車砲の砲撃。同時に急降下爆撃が再開された。既に爆撃だけではなく、艦載機そのものが自爆する大型爆弾のようになってしまっている。

島風さん自体が既に中破であるため、掠めても大ダメージの列車砲は確実に避けたい攻撃。疲労も溜まった身体を動かし、それだけは回避。

 

これが最後の戦いの始まりとなった。全てが終わるまでもう止まらない。

 

「まだボクはやられてない! 斬り崩してやる!」

 

大破寸前の重傷を負っているというのに、皐月さんがいの一番に突撃。体力の温存でもなく、終わりを待つわけでもなく、自らの手で勝ちを掴みに行った。

 

「皐月……巻き込まれて改造を受けた子ね。どう? またこちらに来ないかしら……貴女の黒さ……嫌いじゃなかったわよ」

「ふざけんな! ボクらはお前のせいで傷を負ったんだ!」

 

無傷の時よりも動きがいい。艦載機からの射撃を全て避け、列車砲の射線にも入らない。走るたびに血が舞うが、もう痛みすら感じていないようだった。

皐月さんは深海艦娘の痛みを背負ってここにいる。運悪く北端上陸姫の陣地付近でドロップしてしまったが故に運命を捻じ曲げられた皆のためだ。皐月さん自身はそれとは違う事情とはいえ、司令官に対して黒い感情を持たされた恨みがある。

 

「そうです! ふざけないでください!」

 

皐月さんが攻撃している真上、艦載機の壁をウォースパイトさんの投擲により乗り越えた大潮が頭を狙って砲撃。惜しくも溢れた艦載機にその砲撃はガードされるが、自分の艦載機まで発艦させ無理に方向転換。

大潮だって深海艦娘。運命を捻じ曲げられた1人。私達と敵対させられ、心に傷を負っている。明るい性格の裏には、北端上陸姫への恨みを持っていた。

 

「貴女の身勝手な破滅願望で、大潮達は迷惑してるんですよ!」

「あら……ドロップした貴女達を保護したのは私よ……? 感謝されて然るべきじゃないかしら……?」

「艦娘を生き物とも扱ってないヤツを! 感謝出来るかぁ!」

 

真正面の艦載機を叩き斬り、必殺の間合いへ。だが、振り上げようとした刀を力一杯踏みつけられる。地面にめり込み、反応が少し遅れたところを顔面を蹴られ、艦載機による射撃。ヘッドショットは辛うじて回避するが、左肩を撃ち抜かれてしまった。

大潮も盾の中に潜り込むが、とにかく艦載機の数が多すぎる。今は皐月さんをどうにか掴んで撤退しかなかった。大潮がいなかったら皐月さんは死んでいた。

 

「ホントさ、人様の迷惑考えたことある? 無いか。ありゃこんなことやんないもんね」

 

大潮と入れ替わりに盾の中に入っていたのは川内さん。砲撃ではなく懐に忍ばせたクナイを使って北端上陸姫の頸動脈を切り裂く。

 

「あら……いい切れ味ねぇ」

「うわキモ。これで死なないとか」

「他のと一緒にしないでちょうだい……」

 

血が噴き出るはずのその傷は、少し出た程度でもう塞がっていた。明確に死んだとわかるほどの傷でないと、北端上陸姫の世界の上では殺すことすら出来ない。やるなら心の臓を貫くか、首を完全に切り落とすからのどちらかか。

 

「南が人間に殺されれば……私と同じになれたかもしれないのに、残念ね」

「うちのダンナをアンタなんかと一緒にしないでくれないかな」

 

盾の内側に対し、艦載機が一斉に射撃した。本当に自分の傷など関係ないように振る舞っている。痛い痛いと言いながらも、それを気にしていないような攻撃方法。狂気の沙汰としか思えない。

川内さんはそこから退避することは出来たが、脚に掠めたようで顔を顰めていた。まだ軽傷ではあるものの、動きに若干の支障が出る場所。

 

「ほら……朝潮、みんなが次々とやられていくわよ……自分から屈した方がいいんじゃないかしら……?」

「寝言は寝ていってもらいたいですね」

 

その隙間に、私の陣地に対して急降下爆撃が始まった。未だゆっくりと拡がり続ける私の陣地をどうにかしようとしているのだろう。少なくとも、今この場を退かされたらまずい。踏み続けている楔から足を離したら、私の力が風船のように抜け出て行きかねない。

先程よりも密度が高く、回避は難しい。場所としては、私だけを回避し、他は全滅。私もおそらく脚がやられる場所。数十機同時の急降下はえげつない。

 

「姫様がいないと勝てないんだから。わたしが守るよ」

 

それに対し、拡がり続ける陣地の中からクウが艦載機を発艦。改めてその迎撃に入る。先程も爆撃を食い止めてくれていたが、今回はその時とは違った。

 

「たかが空母ヲ級が……」

「わたしは姫様の子供。姫様の陣地の中だから、わたしは、無敵だよ」

 

クウは私の領海で生まれた、たった1人の深海棲艦。謂わば私の深海の力の結晶だ。陣地は私の力を最も増幅させる場所であるがため、この中にいるクウも最大の力を発揮することになる。この極限の状況、湧き上がる力は、艦載機の数に影響していた。

先程から五割増しにはなっている艦載機が、急降下爆撃してくる北端上陸姫の艦載機を次々と撃墜していった。放たれた爆弾は艦載機自体が弾き飛ばし、私達に届くことなく爆発。縫うように動き回る爆撃機ですら、地獄の底まで追い立てて墜としていく。

 

「姫様はやらせない。わたしが守り切る」

 

なんて頼もしい愛娘。今までになく漲っているのがわかる。深海特有の瞳の光も、片目から青く焔のように舞い上がる。艦載機にすらその焔が見えるようだった。

クウの艦載機も、墜とされては補充される。陣地の上という恩恵を最大限に利用していた。そのおかげで爆撃機と完全に拮抗。空の心配はほぼ無い。クウ1人で空を抑え込む。

 

「……小賢しい……」

「それは貴女のことではなくて?」

 

ウォースパイトさんが頭部大型主砲の準備を終えていた。今このメンバーの中では最大の火力を誇る主砲だ。北端上陸姫の周囲を回る艦載機の盾諸共撃ち抜こうと、渾身の一撃を構える。

元戦艦棲姫改として北端上陸姫と協力関係を持っていたが、今ではそんなものはない。優しい女王であり、頼もしい守護者だ。

 

「戦艦棲姫改……貴女も裏切り者よね」

「今の私は艦娘、ウォースパイト。戦争を忌む者よ。Fire! fire!! fire!!!」

 

私の前を陣取り、頭部大型主砲を放つ。それに合わせて北端上陸姫も列車砲を放ってきた。砲撃が空中でぶつかり合い、その場で爆発するが、火力自体は列車砲の方が上。勢いが落ちたものの、ウォースパイトさんの方へ向かってくる。

 

「Uh...She is a troublesome fellow.」

 

それを軽くフィフで払う。最大火力の砲撃ですらこうなってしまうとなると、攻撃方法は大分限られてくる。これだけやってもまだ北端上陸姫はその場から動いていない。

代わりに、私の陣地はさらに拡張されていた。皆が私を守り、時間稼ぎをしてくれている。このペースなら、引き摺り込むくらいの大きさにまで持っていけるはずだ。

 

「貴女をやらないと……そのヲ級はやれないわね……」

「そうね。だけど、私にだけ構っていていいのかしら」

 

ウォースパイトさんを見据える北端上陸姫に対し、霞の陸上魚雷が放たれていた。艦載機の壁を掻い潜るように、真上からホーミングするように落下する。列車砲の発車直後というタイミングに、艦載機の位置を把握した上で、真上からの一撃。

それにより初めて、北端上陸姫が回避を選択した。私から遠退く辺り、しっかり考えている。陣地の拡がりも見えたのだろう。

 

「霞……さっき言ったわよね……貴女は生かして朝潮の側近に変えてあげると」

「そんなもの必要ないわ。アンタ、何もわかってないわね。そういうところ、本当にクズよ」

 

もう身体への負荷も度外視。陸上魚雷の連射である。全てがバラバラの方向から北端上陸姫に集中する。

 

「そもそも、姉さんがアンタ如きに負けるわけないでしょ」

「……そうかしらね。この場で私に勝つことは出来ないわ……当然、貴女もね」

 

魚雷は全て艦載機により事前に爆破されていった。爆炎で姿が見えなくなるが、中の北端上陸姫は爆発に巻き込まれ傷を負い、それが即座に修復されていくのが反応からわかる。

そこまで考えてのことだろう。次に動いたのは初霜。搦め手の使い手。霞のおかげで目くらましが出来ているうちに、背後から一撃を繰り出す。

 

「勝てないのなら、勝てる場にするんです」

「どうやって……? 私には傷1つ付けられない貴方達が……?」

「傷なんて必要ありませんよ」

 

反応とこれまでの経験からか、初霜の声が聞こえた時点で見えていなくても回避を選択した北端上陸姫。今まで見せてきた搦め手は臭い玉 弾、閃光弾、催涙弾だが、今回はまた変えてきた。私も知らなかった最新の搦め手。

 

「だって、動きを止められればいいんですから」

 

放たれたのは、鋼鉄のワイヤーで編まれたネットだった。知らぬ間に催涙弾から装填し直していたようだ。艦載機諸共、本体にすら絡みつくように放たれたそれは、北端上陸姫に絡み付いていく。

 

「っ……初霜……貴女……!」

「私も、貴女には恨みが深いんですよ。だから、なるべく屈辱を与えたいんです」

 

爆炎が晴れると、片方の列車砲と艦載機のいくつかがネットに巻き込まれ、北端上陸姫の行動を阻害していた。さすがにこんな形で捕らえられるなど考えていなかっただろう。無理に引っ張っても取れないような仕組みにはなっている。

これで、艦載機の盾の一部が剥がれた状態になる。

 

「今です!」

「頭を撃ち抜けばおしまいですよね?」

 

春風が北端上陸姫の頭に狙いをつけていた。

いつもの問題児3人は『種子』による叛逆という根深い恨みがある。私への罪悪感はさる事ながら、それ以上にその原因を作った北端上陸姫には殺意にも近しい恨みと憎しみを抱いている。私が関わると崩れるが、基本は大和撫子を体現している春風ですら、古姫側に倒れずに殺意の下に活動をしているほどである。

 

「御姉様の手は煩わせません」

「そんなもの……効かないわ」

 

春風が撃つと同時に、ネットに絡みついた艦載機数機をその場で自爆させた。絡み付いているのだから当然、列車砲と本体の身体半分が破壊されることになるが、その爆風で春風は攻撃を外し、北端上陸姫自体も吹き飛んで射線圏外へ。なんて滅茶苦茶な回避方法。

立ち上がった時には自ら破壊した身体の半分と列車砲は修復済み。艦載機の自爆によりネットも剥がされ、もう五体満足に戻っている。対する春風は爆風で飛ばされたせいで小破。

 

「いい加減にしなさい……邪魔立てばかり」

 

列車砲を春風と初霜に向けて放とうとするが、構えた瞬間に陸上魚雷が北端上陸姫の目の前で爆発。

 

「狙わせるわけないでしょうが!」

「でも……貴女は無防備よ……」

 

艦載機による射撃が霞を狙う。照準を合わせているのは脚。先程の宣言通り、霞も殺さずに手駒にしようと考えているからか。動きだけ封じて戦闘不能にするつもりだ。

 

「させないわ……」

 

それを寸前で扶桑姉様が食い止める。撃つ前に艦載機を叩き壊し、惨事を未然に防いだ。陸上魚雷すら防ぐ艦載機を素手で破壊したのは恐ろしい。外からの衝撃で破壊されるときは自爆も無いようだ。

 

「扶桑……貴女が一番気に入らないの……」

 

列車砲を扶桑姉様に向けて放った。避けたら霞に当たるという最悪な状況下に置き、弾くことを強要されている。

先程出来たのだから、当然弾いて対応。ただし、扶桑姉様もそれにより腕が黒ずむ。弾くにしても負荷が大きすぎるのだ。山城姉様の言う通りだとしたら、この回避方法が出来るのはあと2回。

 

「また動きを止めます!」

「同じ攻撃を何度も受けると思っているの……?」

 

初霜のネットによる捕縛は、初霜自身に艦載機をぶつけることで回避されてしまった。さらにはぶつかった瞬間に艦載機そのものが自爆。ギリギリで深海艤装を盾にしていたが、1機だけでもかなりの威力。艤装を破壊し、初霜自身も右半身が使えなくなるほどのダメージを受けてしまい大破。

 

「っくぅぅっ!?」

「初霜!」

 

その事態に即座に古姫側に倒れた春風が初霜を保護。

その間に北端上陸姫は体勢を立て直し、艦載機の盾も復活。何も変わっていない状態になってしまった。

 

「貴女達の努力は……全て無駄なの」

「そんなこと! 知るかぁ!」

 

艦載機の盾ごと山城姉様が殴り飛ばす。当然一撃必殺の頭狙いだったが、艦載機で衝撃を吸収されたせいで必殺とまでは行かず、顔面を殴りつけるもそれだけで終わってしまった。首が良くない方向に曲がった気がしたが、死ぬほどでは無かったかすぐに修復される。

 

「ほらね……?」

「こいつ……!」

 

戦えば戦うほど、こちらに怪我人が増えるだけ。絶望的な状況。誰も死んでいないのは奇跡かもしれない。

 

 

 

皆の健闘により、私はずっと無傷のままで事を起こし続けている。楔に力を流し込み、侵略を続けている。これが戦況を好転させる唯一の手段だ。

 

『拡がれ! もっと早く!』

『拡げないとみんな死んじゃうから! 早く!』

 

アサもヨルも必死に力を貸してくれている。私も集中し、楔に注ぐことに専念していた。

クウに爆撃から守ってもらいながら、この場でじっとしているのが辛い。すぐにでも傷付く皆を助けたい。だが、私がここにいることが助けになっている。なんて歯痒い。

 

「朝潮様、焦らずとも事は良き方向へ進んでおります」

 

クウと一緒に私を守ってくれている瑞穂さんが励ましてくれる。

 

「心を落ち着けましょう。我々を信じていただけるのなら、電探をお切りください。目を瞑り、情報を遮断し、為すべきことにのみ焦点を当てるのです」

 

焦っていても仕方がない。瑞穂さんに言われたように、他の情報を遮断。仲間の惨状から目をそらすことに他ならないが、私の仲間はそんな簡単には死なない。そう信じている。誰も死ぬわけがない。

 

「ゆっくりと、確実に」

『焦るな、焦るなよ……落ち着け、落ち着け』

『大丈夫。みんな死なない。みんな強いもん』

 

3人で心を鎮める。水面に浮かぶ波紋の如く、陣地に波を作る。私の力を波打たせ、少しずつ、少しずつ拡げていく。

 

「朝潮様、出来ております。先程よりも早く拡がっております。朝潮様の安全は我々にお任せください」

 

怒りも憎しみも今は見ない。ただ陣地を拡げることに集中する。

心持ちが変わったからか、侵略の速度が確実に速まった。北端上陸姫の陣地を呑み込み、破壊し、打ち崩す。侵略の奔流は、最初よりも確実に激しくなっていた。

陣地の上に新たな反応が出来上がる。違う、陣地が拡がったことで、仲間達が陣地に巻き込まれていた。最初はクウと瑞穂さんだけだった反応が、1つ、また1つと増えていく。電探がなくても、視覚情報がなくても、私の陣地の上なら全てわかる。

 

私の世界は、私の手のひらの上。

 

皆の協力を受け、私の力も強くなる。如何に北端上陸姫が強くても、仲間の力で突き崩す。私には仲間がいる。それを実感すると、侵略が一気に早くなる。

 

そして

 

 

 

「掴んだ」

 

手のひらの上の端、ついに北端上陸姫の反応を掴んだ。

 



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皆の世界

仲間達に守られる中、私は北端上陸姫の陣地を侵略し続けた。焦りを無くし、心を静かに、仲間を信じて、ただただ力を注ぎ続けた。

たった1本の楔で陣地を穿ち、力の奔流を流し込み、私の世界を拡げた結果、その端に北端上陸姫を捉えるほどにまで成長した。

 

「掴んだ」

 

私の陣地に足を踏み入れたのなら、あの無限の供給と超回復は無くなる。あとはここから出さないようにするだけだ。

私の侵略は、おそらくこれが限界だ。拡げるだけ拡げた。仲間の存在という力添えがあっても、この先に波紋は届かない。ギリギリでも届いてよかった。

 

「朝潮……貴女は……!」

「わかるでしょう。貴女の陣地の一部、奪わせてもらいました」

 

足下が変化したのはすぐにわかるだろう。あれほどの力を常に使っているのだ。おそらく少し離れただけでも消耗する。陣地の上でのみ体現できる無敵は、今この時を以て終わりを告げる。

私を忌ま忌ましそうに睨みつける北端上陸姫。そうだ。()()()()()()()()

 

「もう貴女は無敵でも何でもありません。ただの深海棲艦です」

「……すぐに自分の世界に戻ればいいだけの話よ」

 

確かに、まだ私の陣地は北端上陸姫の足下にようやくかかった程度。一歩で国境を越えることが出来るだろう。

 

それが簡単に出来ればである。

 

「そっちに行かせるわけないでしょうが!」

 

霞の陸上魚雷が回り込むように北端上陸姫に向かった。国境線から私の陣地に押し戻すように飛ぶそれは、回避するにも陣地により入らないと出来ないような軌道を描いていた。

供給が無ければ、艦載機は補充されないはずだ。ガードに使わせるのにも意味がある。

 

「無理しちゃって……貴女も限界でしょう霞……」

「はっ、アンタに心配される筋合いは無いわ。自分の心配をした方がいいんじゃないかしらね!」

 

魚雷はやはり艦載機で食い止めてきた。なるべく自分の陣地への道を縮めないように立ち回ろうとしている。一歩踏み込めば全回復出来るという心の余裕はまだ失っていない。

 

「ヲ、姫様、爆撃減ってきた」

 

私への急降下爆撃を全て食い止めていたクウの声。無限に補充されていた爆撃機が、クウの迎撃によりついに数を減らし始めた。無限の供給が潰えたことで、上空の艦載機も自分のガードに回さないといけないところまで来た。

 

「行かせない! ここから先へは!」

「お姉さんの世界に止まれぇ!」

 

春風と大潮が、霞の作った盾の隙間から本体を砲撃。当然、陣地に押し戻すようにだ。今の状態なら傷付いても回復が出来ない。盾が無いのなら回避以外の選択肢は無いはず。

2人の砲撃はまだ残っている艦載機を即座に使って防いできた。いくら深海艤装とはいえ、北端上陸姫の艦載機は簡単には破壊出来ないほどに強化されている。あれを破壊出来るのは、同スペックの艦載機を持つクウと、魚雷以上の火力。

 

「戻りなさい……」

 

その1人、扶桑姉様が艦載機を粉砕しながら北端上陸姫に立ち塞がる。まだ1歩は踏み出させていない。回復はしていない。

 

「扶桑……退きなさい」

 

同時に列車砲による砲撃。後ろに春風と大潮がいるのもあり、扶桑姉様は防衛に入る。残り2回をここで使い切るつもりだ。

2砲門同時の砲撃も、どうにか弾いた。だが、その瞬間に扶桑姉様が顔を顰めるのが見えてしまった。腕に限界が来ている。扶桑姉様であっても、列車砲を弾くのは無理がある。

だが、おかげで春風と大潮は無傷だ。艦載機の処理が出来ないことを悔しく思いながらも、次の手段を考えている。

 

「もう回復しないんだよね。ならもう一度行こうか」

 

この隙に川内さんが再び艦載機の盾の中に忍び込み、砲撃によるヘッドショットを狙う。通れば終わり。超回復も無いため、紙一重で躱すことも次に繋がる。

 

「ダメに決まっているでしょう……!」

「っぶな!? 背中に目でもあんの!?」

 

しかし、さすがにこの状況では警戒心が強い。艦載機を主砲にぶつけつつ、他の艦載機で射撃までして川内さんを排除しようとした。その射撃は流石に川内さんも回避し、盾の外へと移動。

今までは即死になりそうな攻撃以外避けることすらしなかったが、超回復が無くなってからは今までに殆ど見せなかった回避性能を見せるようになっている。電探を積んでいるようには見えないが、背後に目があるような動き。

 

「……そうか、艦載機の視界が見てるんだ。クウ、爆撃が無くなったのなら、艦載機は北端上陸姫へ。空爆をお返ししてあげて」

「ヲ、任せて」

 

背後の目は、周りを飛ばしている艦載機の盾から確認しているのだろう。私のような内蔵型の電探ではなく、数多くの目による目視確認であった。ならば、艦載機を全て壊すことでそれも出来なくなる。

私達の上空の艦載機が少なくなっているのなら、クウも攻勢に出られる。制空権を確保している艦載機を少しずつ北端上陸姫の方へ送り込み、逆に空爆を開始した。

空爆を防ぐのにも艦載機を使うはずだ。同じスペックならあの艦載機も破壊出来る。皆の力を合わせて、着実に盾を剥がしていく。

 

「たかが空母ヲ級が、何故私の艦載機を……!」

「さっきも言った。姫様の陣地の中だから、わたしは無敵」

 

次々と艦載機が破壊され、北端上陸姫は徐々に何も出来なくなってくる。それだけやってもクウの艦載機は減ることがない。今まで北端上陸姫がやってきたことを、今度はクウがやっていた。

 

「私の陣地なら……私の世界なら……こんなこと……!」

 

そうさせないために私が侵略をしたのだ。私だけの力じゃない。仲間達の協力があったから、ここまで大きな陣地が作れた。この陣地は、この世界は私の世界ではない。皆の世界だ。

 

現状を鑑みた結果、北端上陸姫は1つの結論に達したようだった。途端に、私を見る目が変わる。

今までは戦闘中も私を生かし、仲間にするために画策していたようだったが、今は私に対しても殺意が向いている。

 

「朝潮が死ねば、私の力は戻ってくる……! そうすれば全員を殺して最初からやり直せる! 朝潮の代わりを作って、今度こそ成功させるのよ!」

 

今まで陣地の外に出ようとしていたが、考え方を突然変えた。現状を打破するためには、自分の世界が必要だとして、まず私の陣地を消し去ることを最優先にしたようだ。私が死ねばこの陣地は消える。

ここで死ぬわけにはいかないと、今まで長い時間かけて育てた私を切り捨て、新しく私と同じものを作っていこうと考えたようだ。

 

そんなこと、させてたまるか。私達が最初で最後の犠牲者だ。艦娘から深海棲艦に変えられるのは、もうこれ以上あってはならない。

私達はいろいろとあったから、自分の身体を変えられても楽しく生きていけている。だが、悲観して死を選ぶ可能性だって大いにあり得るのだ。そんな運命、他の艦娘達に歩ませるわけにはいかない。

 

「死んでちょうだい! 私のために!」

 

列車砲を私に向けてきた。今までとは違う、私を消すための行動。威嚇砲撃でもなんでもない、殺すための攻撃。

最初からそうされていたら私達はもっと苦戦したと思う。私が最初に死んでいたらこんな事態にはならなかった。終始私達を圧倒していただろうし、超回復の対処が出来ずに扶桑姉様や山城姉様ですら手も足も出なかった。

 

「ダメ。姫様はやらせない」

 

直後、北端上陸姫にクウの爆撃。当然直撃を狙ったが、寸前のところで回避された。しかし、爆風に巻き込まれて体勢を崩す。ここまで消耗しているのだ。そんな状態から列車砲を放つなんて出来ない。

 

「朝潮を……やらせるわけないでしょう……」

「私達の妹に手を出さないでもらえるかしら!」

 

扶桑姉様と山城姉様が、北端上陸姫を止めるべく後ろから一撃を入れようとするが、ギリギリのところで振り向き、列車砲の砲身で薙ぎ払う。この質量兵器をガードするのは厳しいと回避。その間際に扶桑姉様は砲身を蹴り、山城姉様は砲身を殴り飛ばした。

これにより、砲身がついに折れた。北端上陸姫の陣地は、艤装の強度にも影響を与えていたようだ。長く離れたことで、列車砲も弱くなり、今まで通らなかった破壊行為がついに通るように。

 

「艦載機が破壊出来ます!」

「弱くなってるじゃんかよぉ!」

 

大潮と春風の砲撃が艦載機を破壊出来るようになっていた。陣地を失ったことが顕著に現れている。

 

「まだ……まだ終わらない……終わるわけにはいかないのよ……!」

 

列車砲を失い、艦載機の盾もおおよそ失い、陣地に戻る術も失った。それでも北端上陸姫は、私に縋り付くように襲いかかってきた。今の北端上陸姫は、全ての力を失った、憐れで惨めな、没落した姫であった。

その力を奪い取ったのは、紛れもなく私。ならば、決着をつけるのは私だろう。

 

「もう終わっていいんですよ。私が終わらせてあげます」

 

私達を長く長く苦しめた姫は、私の手で終わりにしよう。もうこれ以上見ているのは辛い。

山城姉様の真似をするように、左手に、薬指の指輪にキス。そうすることで司令官の力も感じる。私のこの拳も、司令官の拳だ。全てを終わらせる、最後の拳だ。

 

『行け朝潮! 終わりにしてやれ!』

『ご主人! 行けーっ!』

 

アサとヨルの後押しに、拳への力がさらに増す。今だけは私の拳は全てのものを穿つことが出来るだろう。

 

「朝潮……っ! 貴女は……!」

「これで! 終わりだぁっ!」

 

山城姉様が打ち込んだ北端上陸姫の胸に、私も渾身の一撃を叩き込み、身体を捻ってそのまま地面に叩きつける。それだけでは終わらず、体重をかけて胸を貫いた。

 

これがこの長かった戦いを終わらせる、最後の一撃となった。

 

 

 

血塗れの腕。気持ちよくない温かな肉の感触。貫いているため骨の感触もわかる。陣地の上なら超回復があったかもしれない。だが、この場は私の陣地。もう、死ぬしかない。

腕を引き抜く。私の拳もズタズタだった。慣れないことをするものではない。自分の陣地の上のため、ゆっくりとだが拳も修復されていく。

 

「かはっ……最後は……朝潮に……やられるなんて……」

「ここまでの力を私に与えたのは貴女でしょう……自業自得です」

 

私自身の力とは到底言いづらい。北端上陸姫は、私に固執したが故に負けたと思う。私を仲間にするために成長させたのがそもそもの失敗だ。

北端上陸姫には想定外の出来事があまりにも多かった。私の想定外な成長、ヨルの存在、佐久間さんの閃き、挙げれば大量に思い付く。

 

「私は計算し尽くした……。先も見据えて……いくつもいくつも……可能性を手繰り寄せた……。想定外が起こるたびに……計算し直した……。万全だったのに……何故……」

 

研究者の記憶を持つがために、事前に考え尽くすことくらいはしたのだろう。私達の力量も、今までの戦闘データから割り出して計算し尽くしたのだろう。

そんなことで私達が推し測られたら、もっと最初の方に全滅していただろうし、今頃私は北端上陸姫の手駒として世界を滅ぼしている。

 

私も、私の仲間達も、計算なんかで割り出されるほど簡単な存在じゃない。

 

「その計算、間違っていないという根拠はどこにあるんです。私達が机上の空論のままに動くと思ったら大間違いですよ」

「……本当にね……最初に貴女達と出会ってしまったのが……私の運の尽きだったかもしれないわ……」

 

最初からこうなる運命だったのかもしれない。一番最初から、北端上陸姫の計画は失敗に向かっていたのかもしれない。

 

指先や足先が消滅している。身体は死を受け入れた。もうこうなってしまっては、いくら未練が残っていようとも関係ない。ゆっくりと消滅を待つのみ。

ここまで苦戦させた姫だ。私に執着していたのだから、最後はトドメを刺した私が看取ろう。

 

「もう……本当に終わり……なのね……」

「ええ……本当に終わりです」

 

自身の身体の消滅を見たことで、何もかもを諦めたかのような顔になった。心も死を受け入れた、安らかな笑み。そんなところは戦艦天姫と少し似ている。一番の愛娘だったのだろうか。

 

「でも」

 

だが次の瞬間、笑みが邪悪に歪んだ。

 

「どうせなら貴女も道連れよ」

「なっ……!?」

 

最期の力を振り絞って、私の周りに艦載機を発艦させた。その数3機、私の左右と真正面。もう残り少ない命を搾り切って出した、意地の艦載機。まだ諦めていなかった。

今までの挙動から考えて、この艦載機がすることなんてただ1つ。爆撃も射撃も必要ない。

 

自爆だ。

 

「一緒に逝きましょう! 朝潮ォォォォ!」

 

避けることが出来ず、私と北端上陸姫は爆炎に包まれた。

 



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暗く寒い、海の底にいるような気分だった。周囲を見回しても何もない。ここが何処かわからない。記憶が混濁している。私は一体どうなったのだ。

深く記憶を辿る。私は北端上陸姫にトドメを刺した。胸に拳を叩き込み、地面に叩きつけ、その拳で貫いた。それで北端上陸姫の身体は消滅していったはずだ。

そうだ、思い出した。最後の最後に、北端上陸姫は自分の命を使って艦載機を発艦し、私を巻き込んで自爆したのだった。

 

これが()というものなのだろうか……。

 

あんな身近で爆発したのだ。私の身体がどうなってしまったかなんて、考えるまでもなくわかる。木っ端微塵とまでは言わないが、腕の1本や2本は無くなっていてもおかしくはない。正面にもあったから身体も抉られているか。

 

私の身体は純然たる深海棲艦に変えられているため、完全に未練を払拭しているのなら浄化なんていう裏技みたいな蘇り方があるが、突然の死ではそんなこと起こらない。

艦娘ならば沈んだ後に魂が深海棲艦へと変質する可能性もあるだろうが、残念なことに私は艦娘では無くなってしまっている。そんな変質も考えられない。

 

「……アサ……ヨル……」

 

呼びかけても返事はない。私が死んでいるのなら、当然2人も巻き込まれてしまっている。今この場で私の中にいないのなら、夢の世界のように目に見える場所にいてもおかしくないだろう。あの2人も、今や確立された意思、固有の魂にまで昇華されている可能性が高い。

だが、そもそも気配を感じないのだから、ここにはいないのだろう。そういうものがわかる空間かもわからないが。

 

元々が艦である私だから、死の世界というものがこんな海底のような世界なのだろうと勝手に解釈した。艦の私が最後に見た風景はどんなものだっただろう。それだけは本当に思い出せない。おそらく誰も思い出せない。

 

「……ごめんなさい皆……約束を破ってしまいます……」

 

死ねない約束を幾重にも束ねて戦場に立ったというのに、その全てを反故にしてしまうかもしれない。それが大きな未練である。その時点で私に浄化の道はあり得ない。

完全に死に絶え、意識までもが消滅するまでにラグがあるのだろうか。もしくは死んだ者はずっとこんな寂しい空間にいる必要があるのだろうか。どちらにしろ、今は自由な時間だ。どうせこのまま突っ立っていても暇なだけだし、何も見えないがこの辺りを探索しよう。少なくともアサとヨルとは合流したいし、もしかしたら出口なり何なりあるかもしれない。

 

……この空間の出口ってなんだろう。見つけたら生き返られるのだろうか。

 

 

 

暗い道をあてもなく歩く。アサやヨルと会えればよかったのだが、未だに会えない。気配も反応も感じない。さすがにこんな世界で電探なんて無いだろうが。随分長く歩いているように思えるが、どれだけ歩いたかもわからない。もう何分、何時間、何日歩いたのか。

 

「アサー……ヨルー……いないのー……」

 

呼びかけても声は無い。毎日いつも朝から晩まで付き合ってくれている2人の声が無いというのはとてつもなく寂しい。

 

「誰かー……誰かいませんかー……」

 

いるはずがない。ここは私の死の世界。私以外にいるというのなら、それは私の身体に関わるもののみ。アサかヨルだけだ。

それがわかっているにも関わらず、私はいもしない誰かに声をかけ続ける。誰かいてもそれはそれで怖いが、それだけ今の状況が心細い。

 

死というのは寂しい。

 

「誰かー……って、あれ?」

 

この暗い空間の中でも、誰かいるのがわかった。こんな空間にいるなんて普通ではないが、思わず駆け寄ってしまう。近付いても気配を感じないということは、この空間ではそういうものは使えないようだ。

 

「……よかった。ヨル!」

「ご主人! よかったぁ……もう会えないかと思った!」

 

その場に座り込んでしまっていたヨルだった。私の姿を見た途端、飛びつくように抱きついてくる。よかった。片方だけとはいえ見つかってくれた。

やはりここにいた。ヨルがいるのなら、アサも何処かにいるはず。お互いが動き回っていたら合流も出来なそうではあるが。

 

「アサ姉見た?」

「ううん、私も探してるところ。あてはなかったけれど」

 

ここからはヨルと歩き出す。見た目通り子供のヨルとは、手を繋いで一緒に。手を離したらまた見失ってしまうのではないかと思ってしまう。どうせなら一緒に逝きたい。

 

またしばらく歩くと、ヨルがポツリと呟いた。

 

「ご主人、私達って……死んじゃったの?」

「……まだ……わからないわ」

 

言葉にすると余計に辛い。大丈夫と言ってあげられないのも辛い。ヨルも泣きそうな顔をしている。もう皆に会えない寂しさがこみ上げてきている。私達だって、この場所にずっと居続けるかもしれないし、この世界ごと消え去る可能性だってある。今この時間も、リミットが近いのかもしれない。

 

「もう……みんなに……会えないの?」

「……わからないわ」

「ご主人とも……お別れに……なるの?」

「……わからないわ」

 

震えるヨルの声に、私は同じ返答しか出来ないでいた。顔を見ることが出来ない。ヨルもこちらを見られないようだった。

なるべく私は気丈に振る舞う。ヨルに余計な不安は抱かせたくない。だから断言が出来ない。だが、子供ながらに、自分の行く末を察してしまったのだと思う。

 

「……嫌だよぉ……」

 

堪えきれずにヨルは言葉に出してしまった。それに何も言えなかった。繋いだ手は震えている。私は強く握り返してあげることしか出来ない。

 

「アサ……見つけた」

「アサ姉!」

「……おう」

 

立ち尽くすアサの姿も発見。これで全員揃った。姿を見つけるや否や、アサに飛び込むように抱きつくヨル。感極まって大泣きしてしまった。アサは寂しそうな顔でその頭を撫でてやる。

 

「嫌だぁ! みんなとお別れしたくないよぉ!」

「……私もだ。あいつらから離れたくない」

 

まず見せない泣きそうな顔を見せていた。この状況では、いくらアサでも冷静にはいられない。私だって内心はグチャグチャだ。考えるのも辛い。

 

「……いざこういう状態になると堪えるな」

「そうね……()()()までは3人でいましょう」

「……そうだな。私は少し動けない」

 

ひとところに固まり、お互いの存在を感じ合う。消えるなら3人一緒がいい。これはなんと言えばいいのだろう。私達のような存在でも、()()と言えばいいのだろうか。それを待つことに。ずっと消えないのならそれでいい。3人で傷を舐め合おう。

ヨルは涙が止まらないようだった。アサの胸に顔を埋め、ずっと泣きじゃくっていた。アサはそれを撫で続ける。

 

「最初は別にどうでもよかったのにな……今はあの世界を離れるのが嫌で嫌で仕方ない」

「そうね……アサも縁が多いものね」

 

アサはヨル以上に世界と縁を作っている。いくら特殊な状況で生まれた深海棲艦だとしても、簡単には断ち切れないほどの未練を残してしまった。

結局、私達は最初から浄化の見込みは無く、死んだら消滅が運命づけられていたのだ。それだけ皆がこの世界を愛したということの証明にもなるので、少し複雑な気分ではある。

 

 

 

ヨルが泣き疲れて眠るほどに時間が経過した。それがどれほどの時間なのかは私にはわからなかった。数分なのか、数時間なのか、数日なのか。この空間は体感時間もあやふやだ。

それでも私達はおろか、この世界自体に消滅の兆しが見えない。私達がどうなってしまっているのかが、まったく判断出来ない。

 

「私達は、やっぱりあの時に死んでるんだよな」

「……私はそう思う。あれだけの爆発に巻き込まれて、生きているとは考えづらいもの」

 

ヨルが私達の話を聞けない状態になったことで、改めて私達の現状を考えることにした。今のヨルには少し辛い話になるだろう。眠ってくれたのは幸い。

私が死んでいるとしたら、この世界は結局なんなのだろう。魂だけが行き着く場所なのだろうか。

 

「誰も死後の世界なんざ知らないからな……ここがそれだと言われても、信じるだろうさ」

「でもここ、夢の世界みたいよね」

 

時間の経過があやふやな辺りも夢の世界に似ている。明晰夢なら、私達の好きなように世界が変えられると思うのだが、先程から戯れに何度かやってみたが何も起こらなかった。

そんなことに縋ってしまうほどに、今は極限の状態。だんだん自分が死んでいるかどうかもわからなくなってしまう。静かに狂っているように思えた。

 

「……会いたい……」

「朝潮?」

「……皆とまた会いたい……死にたくない……死にたくないよ……」

 

言うまいと思っていた感情が溢れ出てきた。ヨルを不安にさせまいと耐えていたが、私ももう限界だった。ヨルが眠ったことで決壊した。アサに引かれてもいい。自分の思いは口に出すべきだ。これが最後だというのなら、何も言わない方が後悔する。

 

「もっと、もっと生きていたい!」

「朝潮……」

「嫌だ! 嫌だよぉ! さよならなんて嫌だぁ!」

 

まるで先程までのヨルのように、大人気なく泣きじゃくってしまう。事実大人ではないが、見た目だけは大人なので、アサから見たら無様で滑稽かもしれない。

だが、私が決壊したことで、アサも箍が外れた。わんわん泣きながら叫ぶ。

 

「当たり前だ! 私だってあいつらと別れたくない! せっかく全部終わったのに、私達だけなんでこんな目に遭わないといけないんだ!」

「やっと楽しい時間が来るのに、私達だけ仲間外れなんて嫌だ! 嫌だぁ!」

 

ただ叫ぶだけじゃ足りない。物に当たりたいが、ここには何もない。なので、癇癪を起こしたかのように地面に拳を叩きつけた。

 

 

 

瞬間、地面にヒビが入った。

 

 

 

「はぇ……?」

「ヒビ……?」

 

同じ場所をもう一度叩く。さらにヒビが拡がる。なんだこれは。

一気に頭の熱が冷えていった。こんな時だからこそ冷静に考えなくてはいけない。

 

「……そうか、やっぱりここは夢の世界なんだ」

「ならなんで何も今まで出来なかった」

「……ごめん、私のせいだ。自分がもう死んでいるものと思い込んでたから……ここを死の世界だと思い込んでいたから、()()()()()()()()()()()()んだ」

 

夢の世界は思い込みが全て現実化する世界。ヨルのように私の記憶から世界を一変させることも出来るし、ここでお茶会をしようと思えば円卓も用意される。

だが、おそらく生物の中で最も強い感情、死に縛られてしまったせいで、他のものを一切受け付けなくなるほどの場所になってしまった。

 

「今こうなった理由は……そうか、感情的になったから」

「死を拒絶したから。死にたくないって、口に出して、身体に出したから」

 

だがこれでわかったことがある。

 

「私は、私達は、死んでない!」

 

眠っていたヨルを起こす。ここが明晰夢であるとして、夢の中で眠ることが出来るというのもなかなか凄いことだ。

 

「ふぇ……ご主人……アサ姉……」

「ヨル、私達は死んでない! また皆に会えるわ!」

 

それを聞いて飛び起きたヨル。一番最初に死を拒絶していたのはヨルだ。その時に私が我慢しなければ良かっただけだった。ヨルには本当に悪いことをした。

 

「みんなに会えるの!?」

「ええ、ごめんなさいね。私が諦めてたから、皆をここに閉じ込めてた。死んでなんかない。今すぐ目を覚ましましょう!」

 

3人がかりで地面のヒビを叩いていく。皆にまた会いたいと心を込めて、この世界を壊すことを望む。

ヨルが諦めていたら、おそらく本当にこの世界は死の世界となっていた。世界は閉じ、永遠に目が覚めず、こんなことを考える意識すらも失っていただろう。私もアサも死を受け入れてしまっていたが、ヨルだけは抗っていた。そのおかげで、この世界は維持されていた。

 

ヨルは本当に救世主だった。私は何度も救われている。

 

「またみんなと!」

「またあいつらと!」

「また皆と共に歩きたい!」

 

3人同時で地面を叩いたことで、ヒビは世界全体に拡がり、ついには破壊された。闇の世界の外側には、明るい世界があった。絶望が包み込む真っ暗な世界は消え、希望が絶えない光溢れる世界が現れた。

 

ーーーー朝潮。

 

何者かに呼ばれる声がした。3人で顔を見合わせるが、その誰でもない。外の声、仲間の声。

 

「みんなが呼んでる!」

「ああ、私達はまだやりたいことだらけだ」

「こんなところで、死んでられないわね」

 

皆、満面の笑み。私を呼ぶ声が、滝のように流れて来た。皆が私の目覚めを待っている。

 

ーーーー朝潮

 

ーーーー朝潮ちゃん

 

ーーーー朝潮さん

 

ーーーー姫様

 

ーーーー陛下

 

ーーーー先生

 

ーーーーお母さん!

 

ーーーー朝潮様

 

ーーーーアサ姉ちゃん!

 

ーーーー旦那様

 

ーーーー御姉様

 

ーーーーお姉さん

 

ーーーー姉さん

 

 

 

ーーーー朝潮君

 

 

 

ベッドの上で目を覚ました。見慣れた天井。知っている匂い。聞いたことのある音。気持ちのいい温もり。私はドックではなく私室で寝かされていたらしい。どれほど眠っていたのだろうか。

ゆっくりと身体を起こすと、何故か世界が広く見えた。何か違うような、だが懐かしいような感じ。

 

「……アサ」

『おう、ちゃんといるぞ』

「……ヨル」

『いるよー!』

 

2人とも私の中にいる。身体も動くようだった。

 

 

 

私は、帰ってきた。

 



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戦いの結末

ベッドの上で目を覚ました。見慣れた天井。知っている匂い。聞いたことのある音。気持ちのいい温もり。私はドックではなく私室で寝かされていたらしい。どれほど眠っていたのだろうか。

ゆっくりと身体を起こすと、何故か世界が広く見えた。何か違うような、だが懐かしいような感じ。

 

「……アサ」

『おう、ちゃんといるぞ』

「……ヨル」

『いるよー!』

 

2人とも私の中にいる。身体も五体満足に動くようだった。私は無事、鎮守府に帰ってくることが出来た。

 

「あ、ああ……」

 

ベッドの横に霞が立っていた。手には濡れたタオル。私の身体を拭いてくれるのだろうか。眠っていた私をずっと世話していてくれたようだ。

 

北端上陸姫はあの戦いで消滅しているはずだが、霞は未だ半深海棲艦のまま。この姿になって長いからか、最初からそうなるように仕組まれていたか、元凶がいなくなっても身体は元に戻らないようだ。あの北端上陸姫がやることなので、おそらく後者だろう。

 

「……おはよう、霞」

「姉さん、姉さん!」

 

言葉を発すると同時に感極まって飛びつかれた。その重みでまたベッドに寝かされる形に。この重みが今は愛おしかった。

 

「大丈夫!? どこかおかしいところはない!? 身体は動く!?」

「五体満足よ……心配、かけたわね」

 

まくし立ててくる霞の頭を撫でてあげる。なんだか少し違和感を覚えた。霞に抱きつかれてベッドに倒されることなんてなかったのに。寝すぎで力が無くなっているのだろうか。

 

「姉さん、先に知っておいてもらわなくちゃいけないから、すぐにやりましょ。立てる?」

 

霞に促されてベッドから降りる。少しフラついたものの、問題なく立ち上がることが出来た。これで違和感の正体がわかった。世界が広く見えた理由も、懐かしさを感じた理由も、全てこれで納得がいった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

私が目を覚ましたことは、すぐに鎮守府内に伝わった。あの後すぐに来た大潮が、鎮守府内を駆け回って叫んだからである。

今は司令官に事情を話してもらうため執務室にいる。執務室の前や外には人が溢れ返り、扉の前には相変わらず瑞穂さんが陣取ってくれている状態。私の隣には霞がついている。繋いだ手は離してくれそうに無い。

まだ目を覚ましたばかりであるということで後日にしようと言われたが、私が早く知りたかった。

 

「見たところ、身体は大丈夫そうだね」

「おかげさまで、動かないところはありません」

「本当によかった。それに、朝潮君が戻ってきたという感じだよ」

 

今の私は、本当に久し振りに改二丁の制服を着ていた。大体理由はわかっているが、縮んだことにより私の身体は改二の時くらいになっていた。アサと出会った当初くらいか。

それでも身体中のヒビ割れのようなアザはそのままであり、腹にある中枢棲姫の虚空も当然そのまま。()()()()()()()といえる。

胸のサイズが変わらなかったのはとても嬉しい。

 

「私はどうなっていたんでしょうか」

「では、説明していこうか」

 

司令官にあの戦いの顛末を話してもらう。

 

北端上陸姫の自爆を受けた時、私は一番身近にいたクウと瑞穂さんに庇われたそうだ。死ぬだけのダメージを3人に分散出来たことで、私は一命を取り留めたともいえる。

しかし、私は左腕と左脚の一部を、クウは右腕を肩からと右脚の半分を、そして瑞穂さんは背中を大きく削がれる大惨事だった。誰も死ななかったのは奇跡に等しいらしい。

 

「瑞穂君は艦娘だから、入渠すれば全て元通りとなった。だが、君とクウ君は深海棲艦のため、そのままでは後天性欠陥(バグ)が発生する可能性があったんだ。つまり」

「雪さんと同じ施術をした、ということですね」

「ああ。結果、君は五体満足である代わりに、そのサイズまで縮んでしまったということになる。とはいえ、元々大きくされていたんだ。朝潮君と見分けがつくサイズとなったのは、本当に運が良かっただろう」

 

駆逐艦朝潮として全てにおいて逸脱していた私に、朝潮としての身体が戻ってきたと思えば、この施術は成功を超えた成果を出しているだろう。前々から欲していた安定した元の身体が、こんな形で戻ってきてくれた。

重ねて言うが、胸のサイズが変わらなかったのがとても嬉しい。

 

「クウ君も同じように施術を受けている。もう見たかい?」

「はい。ここに来るまでにチラッとですが。レキと同じほどになっていました」

 

腕を失ったクウも、細胞移植による欠陥(バグ)回避の治療を行った結果、身体が縮むこととなった。以前は改二の私より頭1つは大きく、変化したことにより私の方がようやく大きくなったほどだが、今では私が縮んでこのサイズでもクウの方が小さい。

それを見て私はこの施術をされたのだと確信していた。術後に身体が縮むのはそれしかない。

 

「クウ君は喜んでいたよ。彼女は見た目は大人だが心は子供だったからね。そういう意味では、今回の治療は全て想定以上の成果が出た」

 

クウは自分の身体にコンプレックスを持っていたのかもしれない。それならば、今回の治療は最高の結果なのだろう。

 

「次。朝潮君、今日であの戦いが終わって1週間経つ」

「い、1週間、ですか……随分と眠ってしまっていたようで……」

 

入渠で身体を五体満足に修復するのに2日、ドックの中で全回復するのにさらに2日、そして私室で寝かされるようになって3日。合計7日で1週間である。今までで一番長い入渠時間だそうだ。私もそんな入渠時間は聞いたことがない。

私室に運ばれたのは霞の提案らしい。ドックでずっと眠っているより、外の刺激を与えた方が目が覚めるのではないかと。

 

「……ずっとあの狭いところに押し込めておくよりいいと思っただけよ」

「そう……ありがとう」

 

おかげで私は帰ってこれたかもしれない。あの空間で最後に聞こえた私を呼ぶ皆の声は、ドックの中では聞こえなかっただろう。

 

「君が眠っている間に変わったことは無いよ。強いて言うなら、元帥閣下の鎮守府の修復が刻一刻と進められているくらいだ。さすがに1週間では復旧出来ないほどに破壊されているから、まだこの鎮守府に滞在しているがね」

 

私も現地で見たが、あれをすぐ直すのは不可能だ。それに、そこから物を抜いて装甲車を作り上げてしまったため、修復は余計に時間がかかると見える。

 

「北端上陸姫は他の者が消滅を確認した。霞君、気配も何も無くなったんだったね?」

「ええ。その場から完全に消えたことを確認したわ。本人が消えたことで陣地も消えてる。アレの気配はどこにも無かった」

「詳細は現在、南君達諜報部隊が調査中だ。人形や深海棲艦を量産していたという地下設備の確認も急いでいる」

 

北端上陸姫の地下設備は、陣地の一部の可能性が非常に高い。本人が死んだことにより、その全てが一緒に消滅しているとは思うが、万が一未だに稼働中となったら困る。そのために南司令官達が動いているようだ。

元々あった鎮守府も、あの戦いが終わった直後に倒壊したらしい。侵食により強度を増していたものが無くなったからだ。あれだけ何度も列車砲を撃ち込まれていたのだから、崩れない方がおかしい。地下の調査は倒壊した鎮守府を片付けてからになるようだ。

 

「あの戦いで重傷を負った者は全て回復済み。君が目を覚ましたことで、轟沈無しの勝利となった。陸での戦いとなったが民間にも被害は出ていない。君達のおかげだ」

 

誰1人として脱落することなくこの戦いを終えることが出来たことが一番の戦果だ。

 

「ただし1人、磯風君だけは被害者となってしまった。気にしていないとは言っていたが……やはりケアは必要では無いかと思う」

 

戦闘中、山城姉様を守るために自ら侵食の鎖を掴み、半深海棲艦へと変化してしまった磯風さん。やはり戦後でも姿は元に戻っていないようだ。

あの場で大惨事を引き起こすことは無かったとはいえ、外見が変わってしまったのは今後の生活に影響が出るかもしれない。もう既に半深海棲艦に与えられるアクセサリーは配られているとは思うが、思った以上に管理が難しい。特に艤装の調整は専門職が必要。

 

「第十七駆逐隊は、当初は浦城君の鎮守府に移籍してもらう予定だったが、磯風君のこともあり、我々の鎮守府に正式配属してもらうことに決まった。ここにずっといたわけだし、勝手も知っているだろう」

「それはいいことですね。あ、じゃあ3人は初めて、欠陥(バグ)無し深海要素無しの配属ですか」

「そういうことになるね。あの4人は一緒にいた方がいい」

 

確かに、同じ心の傷を持つもの同士、一緒にいる方がいいだろう。本来の居場所を奪われ、帰る場所がないのだから、ここにずっといればいい。これからは夜間業務ではなく、ここの駆逐艦と同じように生活していけばいい。

 

「さて、これで大方話したね。朝潮君、改めて……よく帰ってきてくれた」

 

抱きしめられた。心臓が高鳴るようだった。事実、私のアザの明滅はこれまでにないくらい早くなっている。

 

「君を亡くしてしまったら、私はどうしようかと思っていた。目を覚まさないと聞いた時も、とても辛かった。君に何もかも背負わせてしまって、本当に申し訳ない」

「……それも今日で終わりです。肩の荷が全て下りました。明日からは……何も考えずに生きていきたいなと、思います」

「ああ……少しの間、休んでおくれ。今まで頑張った分、君にはその権利があるからね」

 

本当に戻ってきたのだと実感出来た。死の淵に立たされた私は、皆が助けてくれたおかげで、今ここに立っている。それが心の底から嬉しかった。

生きているって素晴らしい。この生は手放さない。もう諦めない。

 

 

 

その日の夜は、北端上陸姫との戦いの祝勝会だった。私が目を覚ますまでずっと待っていてくれたらしい。だからだろう、全員箍が外れていた。あの大淀さんですら、司令官に対し一切ブレーキをかけなかった程である。

私は身体が縮んだことで駆逐艦(こども)扱いに戻ってくれた。今の身体ではアルコールの匂いだけで痴態を晒しかねないため、盛り上がる前に退散。駆逐艦は全員、談話室で二次会ということに。

 

「スペックはあの時のままなの?」

「ええ、そうみたい。私が眠っている間に佐久間さんが調べていてくれたみたいでね。こんな(なり)だけど、陸上型扱いらしいわ」

 

司令官との話の後、そのまま佐久間さんとも話をした。私の身体の現状を一番詳しく知っているのは佐久間さんだ。

私の身体は縮む前から一切のスペックダウンをしていないらしく、ただただ縮んだだけだそうだ。つまり、見た目は駆逐艦朝潮でも、出力は戦艦並の水陸両用陸上型。扶桑型3番艦のままのため、伝家の宝刀もしっかり使える。白兵戦型として活動できるようだ。

ヒメさんのような、子供な見た目でも強力なスペックを持つ深海棲艦はいるので、私はそういうところに仲間入りしたわけだ。

 

「私としては万々歳ね。また朝潮型の制服が着れるようになったし」

「そうね。まさかまたちゃんとした姉さんが見られるとは思わなかったわ」

「ちゃんとした……まぁ、うん、ちゃんとしてるのかしらね」

 

とはいえ、私は深海棲艦のままだし、巻き込まれたものは皆、身体が変質させられたままである。深海艦娘は深海艦娘のままだし、初霜みたいな特殊なケースも当然そのまま。

戦いの傷跡としてクッキリと残されたものの、誰も悲観していない。もうこれが私達のスタンダードなわけで、今治せると言われても誰も手放さないだろう。

 

「にしても、これは驚いたわ」

 

これとは、私の膝の上に座ってお菓子をモフモフ食べているクウである。縮んで元の朝潮サイズに戻った私でも、膝の上に乗せられるほどのサイズ。この鎮守府の中でも小柄なレキやシンさんと同じサイズである。

それでも空母ヲ級としてのスペックは全く失われておらず、むしろ私の陣地内での戦いでさらに強化されたことで、並のヲ級では手も足も出ないほどに。

 

「ひめさま、わたし、このカッコになれたの嬉しいよ。ひめさまが守れたって証拠だし、レキ達と遊びやすくなった」

「そう……本当にありがとうクウ。貴女のおかげで私は生きていられるわ」

「どういたしましてー」

 

ニンマリ笑った。少し表情に乏しいクウだったが、この身体になり見た目相応の表情を見せてくれるようになった。それもまた喜ばしいことだ。

 

『何もかも元通りだな』

『これからは楽しい?』

『ああ、あそこまで命を張るようなことは無いだろうよ』

 

ヨルは深刻な戦いの最中という常に緊張感がある環境しか知らない。でももう違う。あの戦いは終わりを告げ、明日からは何も無い平々凡々な日常がやってくるのだ。

ヨルにはもっといろいろなことを知ってほしい。手始めに甘味を知ってもらったが、他にもだ。私やアサが知っていることをヨルにも知ってもらって、もっともっとこの世界を大好きになってもらおう。

 

「さて、言おう言おうと思っていましたが」

「そろそろ我慢出来ませんよね」

 

突然ひょっこり現れる春風と初霜。視線は私ではなく、今日は常に隣に座っていた霞へ。

 

「霞さん、抜け駆けは良くないです。御姉様の隣を占領するのは、わたくし達のルールに違反するのではありませんか?」

「それに、ずっと手を繋いでいました。これは罪です。有罪(ギルティ)です」

「私は実の妹としてこうしてるの。最初に姉さんが目を覚ましたのを見つけた特典よ」

 

またこの3人はわちゃわちゃと。

 

『……朝潮』

「ええ、私達は戻ってこれたのね」

 

これからは毎日がこんな楽しい日常になる。生きていてよかったと思える出来事ばかりだ。

 




長きに渡った北端上陸姫との戦いは、今この時を以って終了となります。そして、このお話もあと数話となります。次回からはちょっとした後日談が続きますが、最後の時までよろしくお願いします。


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鎮魂の墓標

1週間の眠りについていた私、朝潮が五体満足で目を覚ましたことで、北端上陸姫との戦いは完全に終了となった。今は事後処理の時間となっている。たった1週間で出来ることなど高が知れているが、少なくとも陸の復旧は刻一刻と進んでいるそうだ。妖精さんの力は偉大で、一切の不備もなく、むしろ前より使いやすくなっているとのこと。

ただ、陸に妖精さんだけを置いて修復してもらうのは気が引けると、毎日数回、誰かがその場に向かうようにしている。妖精さん達に差し入れするのも重要。

 

私に説明してくれているときに、司令官はこの1週間で変わったことは無いと話してくれたが、実際は変えることが出来ない、というのが正解。

大本営そのものが使い物にならなくなってしまっているため、上層部が何も出来なくなってしまったからである。今は陸にある民間の施設で動いているようだが、まともに機能するのは先も先。

ようやく手に入れた一時の平和の間に、この事態を引き起こした原因を人間自身で排除してもらいたいものだ。こちらにとやかく言う暇があるのなら、他にも裏切り者がいないかどうかを探すとかすればいい。

 

 

 

眠りから覚めた翌日、私は改めて戦場跡へ足を運ぶこととなった。理由は簡単、あの場所に作り上げた私の陣地を放棄するためである。私にしか出来ない後始末だ。

深海棲艦の陣地は、そうなっているというだけで何かしらの悪影響を与えかねない。私の意思がそうでなくても、土地を侵食しているのだから、何かあっては遅いのだ。

 

「磯風さん、その後体調はどうですか」

「うむ、不調はない」

 

随伴として十七駆の4人と瑞穂さん。哨戒も兼ねており、万が一あの時の戦いの残党が残っていたらその場で排除する。

あの戦いの一番の被害者である磯風さん。今までのイメージとは一転、全ての色合いが反転したような姿になってしまった。だが、本人は本当に気にした素振りも見せず、もう元に戻らない身体を受け入れているようだった。

 

「だが、いろいろとゴチャゴチャ着けすぎではないか? イヤリングだのチョーカーだの」

「イヤリングは念のためですが、チョーカーは着けておいてください。鎮守府にいるだけで狂いかねません」

 

あの戦場では私の深海の匂いでおかしくなることは無かったようだが、鎮守府では話が変わる。

磯風さん自身が深海の匂いに強い体質だとしても、あの鎮守府には匂いの発生源が私含めて4人、それが固まると、扶桑姉様ですら壊れるであろう相乗効果を発揮してしまう。特に島風さんは常にスキンシップを求める人だ。不意打ち気味にダメージを受ける可能性だって高い。

 

「有識者の朝潮がそう言うのなら仕方あるまい。難儀な身体だ」

「そんなこと言うて、ここ1週間ずっと楽しんどったじゃろ」

 

浦風さんの言葉に磯風さんが固まる。

 

「最初の1日は艤装の展開だけでキラキラしてましたね」

「艤装確認の時、火力が上がったことにはしゃいでたねぇ」

 

浜風さんと谷風さんの追い打ちに、磯風さんの顔がだんだん赤くなってくる。確かに少しキャラじゃない。とはいえ、お化けを怖がったりしているし、武人然としているものの可愛い人なのかも。

 

「気持ちはわかりますよ。工廠要らずで出撃出来るのは便利でいいですよね」

「ああ、何処からでも出撃出来るのは素晴らしいな。艤装の傷も風呂に入るだけで全て元に戻るというのも便利でいい」

 

急にテンションが上がる。半深海棲艦化の影響が思考にもあるのかもしれない。

私はこの身体になった直後はアサに封じ込められていたのでそういう経験は無いが、単純に便利だとは毎回思う。

 

「……良かったですよ。身体の変化を受け入れているようで」

「悲観する必要は無いだろう。最大の被害者が受け入れているというのに」

 

聞くまでもなく、私のことを言っている。

何度も変化し陥れられた私が、今こうやって何の悲観も後悔もなく生活しているのだから、気にする方が野暮だと言い放った。さすが磯風さん、可愛らしいがやはり武人である。

 

「あの鎮守府だからこそ、気兼ねなくやっていけるというのはあるがな。外に出るのは憚られるか」

「いえ、うちの鎮守府はこういう鎮守府と公表されてますので、問題なく。いろいろと事が済んだら、友軍として出張することもあると思いますよ」

 

北端上陸姫との戦いを世間にどう説明するのかは私達には知る由もないことだ。それを決めるのは元帥閣下だし、出撃を決めるのは我らが加藤司令官である。

とはいえ、北の拠点攻略が終わって少しの間はそういう業務についていた。深海艦娘が友軍として出張に出ることも普通にある。そういう日常に戻っていくのだろう。

 

「そうか。ならば、生まれ変わったこの磯風がしっかりと務めさせてもらおう。改めて一員となれたことを誇りに思う」

「硬い硬い。磯風は硬いんじゃ」

「仲良くやってこーぜでいいんだよぉ」

 

そもそも成り行きとはいえ同じ鎮守府で過ごしていたのだ。立場は変われど今までと同じだ。気負わず、今まで通りにしてくれればいい。

 

 

 

戦場跡に到着。倒壊した鎮守府がどうしても目につく。私が知っているのは執務室だけだったが、聞いていた通り全壊である。

十七駆の4人は、私が眠っている間にも度々ここに来ていたそうだ。理由はあえて聞かない。聞かずともわかる。聞く必要のないことである。

 

「ああ、ここですね。私の陣地」

 

海沿いに作られた私の陣地。私がそれなりの時間離れていても、そこはまだ陣地として確立されていた。遠目に見てもそこが自分の物であるとわかる。深海の気配がわかる瑞穂さんと磯風さんにも、その場所は私の場所であると認識してしまうらしい。

あの戦闘の最中ではそんなこと考える余裕すら無かったが、落ち着いてみると私がしっかりと侵略している。あの酷い戦況の中、よくやれたものだ。

 

「では、この地を手放します」

「見届けさせていただきます」

「仰々しいな」

 

やり方は先にセキさんから聞いてきた。陣地移動時にそこに既に存在する島を呑み込んでしまった時の対処法なんだとか。白の陸上型深海棲艦ならではの知恵。

手放す、放棄すると言ったが、気持ち的には『返す』というイメージ。私のものではないのだから、誰かはわからない本来の持ち主にこの地をお返しする。

 

『おお、薄れていくな』

『ちゃんと返せてるね』

「ええ。私達の陣地は、あの島だけで充分よね」

 

陸に陣地なんて持たなくても、私達にはあの島がある。あの場所が一番落ち着けるし、他に落ち着けそうな場所はない。小さなあの島さえあれば、私達は陸上型深海棲艦としてやっていける。

少しして、足下から自分の侵食の力が抜けたように感じた。これで陣地としての機能は失われたか。

 

「朝潮様の気配、全て消失したことを確認致しました」

「了解です。私達の戦いは、これで本当に終了ですね」

 

私の残滓も消え去り、この土地には何の繋がりも無くなった。作る時はやたら時間がかかったイメージだが、失くすときはあっという間である。

これにより、改めて戦いは終了となった。

 

哨戒も兼ねているため、陸で何事もないことを確認していく。気配も反応も感じないので大丈夫だろうが、前のお化け騒ぎの人形のようなものがまだ残っていたら困る。しっかりと目視確認した。少なくとも視界に入る範囲には異常は無い。

目の前にある倒壊した鎮守府は、元帥閣下の鎮守府がある程度復旧が終わり次第片付けられ、この場は更地になる。跡地をどうするのかは私は知らなかった。が、磯風さんがその答えを教えてくれる。

 

「ここには慰霊碑が建てられることが決まっているんだ。我々が元帥閣下に直談判してな」

「そうですね……それがいいでしょう」

 

この場で命を落とした者は、私達が知る以上に多い。

阿奈波さんを筆頭としたこの鎮守府に所属していた者は、十七駆と佐久間さんを除いて全滅。その後も生み出されては人形にされ散って行った艦娘が数えきれないほどいる。それに、混ぜ物だってある意味被害者だ。

人形達は私達が手を下したとはいえ、死でのみ解放されるような状態にされていたのだから仕方がなかった。あの時はもう感覚が麻痺してしまっていたが、今だからこそ、残酷な手段で終わらせることになってしまったことを申し訳なく思う。

 

「この場所で眠ってくれるのなら……磯風は嬉しいと思う。」

 

悲しい笑みだった。磯風さんには大きな罪の意識がある。押し潰されていないだけマシかもしれないが、司令官の言う通りケアは必要だ。

私達とは比べ物にならない業を背負うことになってしまった磯風さんは、戦後1週間程度では立ち直るのも難しいだろう。刻まれた傷跡は最も深い。全力で支えてあげたいと思う。

 

「出来上がったら、私もまたここに来させてもらいます」

「ああ、そうしてくれ。我々も来れるときには来るつもりだ」

 

ポーラさんが定期的に領海に行くようなものだろう。少し遠いが、これくらいなら往復出来る。今日もこのまま戻ってお昼が食べられるくらいだし。

不意に磯風さんが顔を伏せる。スンスンと鼻をすする音も。この場所に来ると、どうしても思い出してしまうのだろう。

 

「……磯風、ええんじゃよ」

「すまない……まだダメだ」

 

浦風さんに抱き寄せられ、肩を震わせる。ここに来るたびにこうしているらしい。それでもこの場所に来ないという選択肢はなく、来るたびに涙を流す。それだけ阿奈波さんとはいい関係だったのだろう。この姿を見せることに抵抗は無い。私達もそれを見て笑うことはない。

この場所でだけは磯風さんは気を緩ませることが出来た。鎮守府では素でいられないというのは悲しいが、いつかある程度は吹っ切れられることを望む。

 

「……時間を使った」

 

少しして泣き止んだ磯風さん。顔は酷いことになっていたが、戻るまでには元に戻るだろう。泣いてスッキリしたか、晴れ晴れとした表情ではあった。

 

「もう大丈夫ですか? 時間はまだありますよ」

「ああ……大丈夫だ。帰ろう、今の鎮守府へ」

 

この場所は第1の故郷として、度々訪れればいい。誰もそれを咎めることは無い。

 

 

 

鎮守府帰投後、戦場跡から陣地を手放したことを司令官に報告。

 

「ありがとう。これで我々にしか出来ない事後処理は全て終了だ」

「はい。一切の痕跡はありません。哨戒でも何もありませんでした」

 

あとは倒壊した鎮守府を片付け、慰霊碑を建てれば事後処理も終了。

 

「慰霊碑を建てると磯風さんから聞きました」

「ああ……磯風君が爺さんに話をしてね。快く受け入れてくれたよ。私もそれがいいと思っていた」

 

慰霊碑は満場一致で許可だったそうだ。大本営にも既に通達されており、上層部もそれを了承したとのこと。それだけ今回の事件は重く見られている。大本営そのものにもいい方向の影響が与えられているかもしれない。

 

「慰霊碑には、阿奈波君とそこで失われた艦娘の名を刻むことになっている」

 

艦娘の名前を刻むというのは異例のこと。同じ姿の別個体が複数いる艦娘は、未だに命が軽視されている節がある。消耗品扱いも少なくない。

それでも、あの場所にいたその艦娘は1人だけだ。犠牲になった艦娘は、そこにいた艦娘しかいない。だから名を刻む。これで少しは軽視されることが無くなればいいのだが。

 

「そして、もう1人……いや、もう5人だね」

「……はい。刻んであげてください」

 

この事件の発端となる者、寺津清志とその護衛艦隊である第八駆逐隊の名も刻まれることになる。

北端上陸姫との会話の内容は、全て話している。離島棲姫が第八駆逐隊の無念と恨み、憎しみの集合体であることは皆に伝わっている。

 

「遅くなってしまったが、彼らも被害者だ。弔ってあげたい」

「はい。それがいいと思います」

 

建てられる慰霊碑は、もう骨も残らぬ被害者達の鎮魂の墓標としてあの場所に建てられる。無事浮かばれるように。

 




大々的に弔うことは出来ないかもしれませんが、形に残すように刻めば、この事件が風化されることはないでしょう。阿奈波君と鎮守府所属の艦娘、そして寺津と護衛艦隊に、敬礼。


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大団円

戦場跡に残された陣地を放棄したことにより、こちらで出来る後始末はこれで全て完了。これで本当に戦いは終わったと言えるだろう。私、朝潮も肩の荷が全て下り、ようやく日常が戻ってくる。

戦いが終わったことは、私が目を覚ましたことですぐに関係各位に報されたそうだ。浦城司令官も志摩司令官も、この戦いが終わったことを大いに喜んでくれた。

 

そして、報告を受けたのはもう2人。

 

「アサ!」

「ヒメさん! 遊びに来てくれたんですね」

「今日はお泊りだ!」

 

レキの尻尾に乗ってやってきたヒメさんが、私を見るなり飛び付いてきた。

報告を受けたことで、北の拠点からわざわざ鎮守府に来てくれた陸上型姉妹。なんと今回は陣地ごとである。鎮守府近海に久しぶりにミナトさんの陣地が現れた時は驚いた。しかも以前より近い位置に出現している。

報告は雲龍さんが結局未だに返していないミナトさんの艦載機で行ったそうだ。すっかり深海の艦載機も使いこなしている。

 

「今度はちっちゃくなったな。会った時と同じくらいだ」

「はい、いろいろあって、体格だけは元に戻ることが出来ました」

「元に? アサ、ここはこんなにでっかくなかったぞ」

 

胸をバンバン叩かれる。ある意味これも戦後の後遺症であろう。痛くも痒くも無い上に私にはとても喜ばしいことであるが。

 

「朝潮……うん、安定しているな」

「最終段階まで行ってしまいましたが……皆のおかげで乗り越えることが出来ました。もうこれ以上何か起こることもありません」

「そうか。それなら安心だ」

 

ミナトさんも雲龍さんに担ぎ上げられて陸へ。この光景を見るのも本当に久しぶり。地に降りて第一声が私の姿への見解。ミナトさんからも安定していると言われれば安心だ。

 

「私も提督に話を聞きに来た。今回の敵の姫は、我々深海棲艦にも無関係ではない話だ」

「そうですね……ミナトさんには知っておいてもらった方がいいと思います」

 

詳細は雲龍さんも知らないことだが、おそらく普通じゃない深海棲艦とだけ伝えたのだろう。元人間であることは、戦いが終わった今でも極秘中の極秘であるため、その辺りを伝えるかどうかは司令官に任せることにする。

 

「アサ、なんか雰囲気変わったな。私達と似てる感じがするぞ」

「私も陸上型になったからですね。海上を移動できる陸上型にされてしまいました」

「なんだそれ! 羨ましい!」

 

陸上型にとって海上を移動するというのはそれだけで羨ましいことなのだろう。おそらく私にしかない特性。侵略者としての特性を与えられたことが今回の勝因にもなったため、この力は手放せない大切なものとなった。そこだけは北端上陸姫に感謝しておこう。

 

 

 

ミナトさんが司令官に話を聞いている間、ヒメさんは暇になってしまう。その間は私が一緒にいてあげることになった。積もる話もあるし、ここに来るのは久々なヒメさんには、紹介したい人も沢山いる。

今は私が旗艦のお散歩部隊。ヒメさんの他に、レキとクウがついてきている。クウの変貌ぶりに最初は大きく驚いたヒメさんだったが、ここにそれなりに長く滞在した経験があるおかげか、すぐに適応した。

 

「みんなに会えるの、楽しみだったんだ」

「レキ達はたまに会いに行ってたんだけど、他の姉ちゃん達は忙しかったもんなー」

「人も増えてる。仲良くなれると思うよ」

 

お散歩しながら私の周りをクルクル駆け回る。心温まる光景である。子供達が仲良く遊んでいる姿は、それだけでも癒し。私達はこの光景を勝ち取ったとも言える。

 

「本当だ。知らない奴がいっぱいだ」

「あの後に結構人が増えましたから」

 

少し人見知り気味なヒメさんは、知らない人が見えると少しだけ歩みが遅くなる。でも大丈夫、皆優しい人だから心配は要らない。それに、ここにはコミュケーション能力が振り切れている人達ばかりだ。すぐに仲良くなれる。

 

「貴女達、本当に顔が広いわね。陸上型の陣地がそこに出てきたら流石に驚くわ」

 

外で陣地をしげしげと見つめていたイクサさんに遭遇。姿を見た瞬間にヒメさんが私の後ろに身を隠した。子供ならまだしも大人では人見知りが先立つか。特にイクサさんは戦艦水鬼、領海を侵略しようとした戦艦棲姫の上位互換だ。その時の感情も入り交じってしまうかも。

 

「あ、そうそう、まだ言ってなかったわね。私、ここに居座らせてもらうわ。提督にも伝えたわ」

「正式に決めたんですね」

「ええ。ここなら気負わずに生きていけるんでしょう? アサじゃないけれど、私もボーッと生きていきたいのよ。争いなんてせずに」

 

白寄りの戦艦水鬼という珍しいタイプのイクサさんは、この鎮守府に残ることを決めたようだ。こうは言っているが、おそらく理由は違うところにある。この人、司令官のことを気に入ったと言っていたし。

 

「だから度々会うことになるでしょう。北方棲姫……ここではどう呼ばれているの?」

「……ヒメだ」

「そう、ならヒメ。私もこの鎮守府の一員よ。仲良くしてもらえるかしら」

 

膝をついて視線を合わせて手を差し出す。子供の扱いもわかっているような紳士淑女の対応。イクサさん、人が出来すぎているのでは。

 

「ん、わかった。よろしくな」

 

それを察して、ヒメさんもその手を取る。人見知りかもしれないが、仲間とわかれば即友好的。そういったところは子供かも。

 

「で、そっちの大きな人見知りはどうするのかしら?」

 

今の光景を物陰から見ている深海海月姫。もう皆が佐久間さんと同じように海月さんと呼んでいる。本人も拒んでいないのでその流れに。

基本的には佐久間さんの助手2号として研究室に入り浸っているが、ここ最近は佐久間さんもようやく余裕が出てきたため、こうして散歩をしているようだ。

今のところ正式にこの鎮守府に居座ることを決めていないため、フワフワした存在ではある。そういうところもクラゲ。

 

「……まだ考えているところ」

「ここに居ればサクマとずっと一緒に居られるわよー」

「……考えていると言っているだろう」

 

その言葉を聞き、レキとクウが海月さんを囲む。

 

「クラゲの姉ちゃん、レキ達は”だいかんげー”だぞ!」

「うん、ひめさまのお姉さんの命の恩人だから」

 

やんややんやと囃し立てられるが、見た目だけは態度を崩さない海月さん。だが、見ていてわかる。こうされているのも居心地を良さそうにしているのを。

 

「あの子、確実に居座るわ」

「ですね。私でもわかりますよ」

「そもそもサクマにゾッコンだもの。ここから離れるとは到底思えないわね」

 

そのうちヒメさんも囃し立てるのに加わり、海月さんは迷惑そうにしながらもその状態を楽しんでいた。あの人も佐久間さんという人間と知り合ったことで変わった人だ。全ていい方向に進んでいる。

 

 

 

ミナトさんへの説明が終わった後、全体放送で皆が工廠に集められる。この流れ、何をするかは大体わかる。

 

「作戦終了を祝して、記念撮影だ。君達の成長を記録させてくれ」

「青葉、準備オッケーです!」

 

北の拠点攻略時にも集合写真を撮ったが、今回も撮ることになった。作戦終了のお約束として、私達の成長記録としても残す。前回撮った時より縮んでいるという不思議な現象が起きているが、それもいつか笑い話に出来るだろう。

続々と工廠に集まってくる。こういうことが初めてであるイクサさんや海月さんは、どうしていいかわからないようだ。

 

「はいはい、海月さんはこっちねー」

「さ、サクマ、引っ張るな」

 

ここの力関係は佐久間さんの方が上のご様子。

 

「あ、さりげなく提督の隣に!」

「イクサさん抜け目ないですよね……」

 

イクサさんはわからないなりに流れに身を任せていい位置に立っていた。

 

「そうだ朝潮君、皆がいる場だが丁度いい。今ここでやろうか」

 

と、ここで写真を撮る前に司令官が私へ。皆が集まっている場で注目されるのは少し緊張する。

 

「これを君に改めて渡そうと思ってね」

 

司令官が取り出したのは、ケッコンカッコカリの指輪である。

戦いの中で私は左腕を失った。細胞移植により五体満足に回復はしたものの、その時に左手薬指の指輪は無くなってしまっていたのだ。本来の目的である練度上限の底上げはもう無いのだが、印として身につけていることが重要だ。

それに、私がちゃんと欲しい。指輪のおかげで司令官と繋がれているようにも思えるし、実際戦闘中に司令官を感じることが出来た。モチベーションのためにも必要だ。

 

「君の施術後、指輪が無くなっていることに気付いたよ。それを見たら、私が悲しくてね。私も君達には持っていてもらいたいんだ」

「はい、私も持っていたいです。司令官との大切な繋がりですから」

 

あの戦いで失ったものは無いと言い切れるように、ここで新たに指輪を貰おう。これは失いたくない。

滅多にない2回目の指輪だ。どうせならまだ貰ったという経験の無いアサかヨルに代わろうか。

 

『それを貰うのはお前の特権だ。私達には気を使わなくていいからな』

『ご主人が前に貰ったものなんでしょ? なら、今もご主人が貰わなくちゃ』

 

先に手を打たれていた。よく気がつく子達である。

 

「ではその、はい、よろしくお願いします」

「ああ。じゃあ、左手を」

「はい」

 

おずおずと差し出すと、やんわりと握ってくれる。2度目だとしても緊張する。心臓が高鳴ると同時に、アザの明滅が速くなるのがわかった。以前と違って朝潮型の制服のおかげで、それが司令官にバレないことが救い。

指輪を薬指に通されると、以前よりも深く繋がれたように感じた。私の感情の変化がそうさせているのかもしれない。

 

「私と朝潮君では既に繋がりが出来ているからね、これで終了だよ」

「はい、ありがとうございます。またこんなことが起きないように、自分の身は大切にしたいと思います」

「今回は不意打ちだったから仕方がないよ。だが、その気持ちは大切にね」

 

ここでもう一度キスを要求する勇気は無かった。山城姉様のようなガチ勢なら躊躇なく言っていたのだろうが、私はそこまでではない。ただでさえ、今は皆が集合している工廠である。

それでも、確実に考え方が変わっているのは自分で理解している。私は司令官に対して、()()()()()()を持ち始めているのだと自覚した。まだ私しかされていない2回目の指輪授与に、少しだけ優越感がある。

 

「司令官……あの、私からこんなこと言うのも差し出がましいけれど、司令官をいつも尊敬していますから」

「ありがとう朝潮君。私も君を信頼しているよ」

 

私から伝えられる想いはこれくらいだ。頭を撫でられるのも、なんだか身体が熱くなるような感覚。力が湧いてくるように思えた。

今はそれだけではない。司令官に触れられると、幸せな気分になる。仲間達とは違う感情が溢れてくる。この人のために頑張ろうという気持ちでいっぱいになる。

 

「これで元通りだね。これからも、よろしくお願いするよ」

「はい、朝潮にお任せください。このような身になりましたが、この鎮守府に尽くさせていただきますね」

「はっはは、頼もしい限りだ」

 

これからも鎮守府の、皆の、そして司令官のためになれるように、誠心誠意取り組んでいこう。今の私には何のしがらみもないのだ。

 

「では改めて! 撮りまーす!」

 

この日を境に、私達は再び平和な日常を歩み出す。もうあんな血で血を洗うような戦いは二度とゴメンだ。

 

この長い戦いで、私は大きく成長出来たと思う。そしてこれからも、私は成長し続けるだろう。

 




これからは楽しく生きていくことが出来るでしょう。あんな悲惨な事件は、もう起きないはずです。



次回、最終回です。


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欠陥(バグ)だらけの最前線

あの戦いが終わり、早1ヶ月の時が過ぎた。その間に陸の復旧は進み、元帥閣下の鎮守府は完全復旧し、大本営の修復が半分以上というところまで漕ぎ着けている。妖精さんの底力が恐ろしい。なんでも早期復旧を望むために、いろんなところから妖精さんに差し入れが届けられるのだとか。

そのため、元帥閣下と南司令官は帰投済み。大本営もようやく機能を取り戻していた。

 

北端上陸姫との戦いは『北端事変』と銘打たれ、人間達の歴史に刻まれることとなった。

元帥閣下は自身の退陣まで覚悟の上で、全ての情報を全鎮守府に公表した。北端上陸姫が元人間であることも含めてである。何かしらの糾弾を受けるかと思っていたが、事が事だけに声を荒げるものは誰一人としていなかった。隠蔽に対して文句を言った者達も、その裏側を知り手のひらを返した様子。

今後、二度とこういうことが起こらないよう、細心の注意を払っていただきたいものだ。明日は我が身。因果応報という言葉を噛みしめるいい機会になっただろう。表に出ていないだけで、似たようなことをやっている者がいないとも限らないし。

 

今回の戦果により、我らが加藤司令官はまた階級を上げることとなり、少将から中将となった。下手をしたら全人類が滅ぼされていた可能性もあるこの事件、解決に最も貢献したのは火を見るより明らか。

これにより、私達の鎮守府はさらに認められるようになった。

穏健派という共存可能な深海棲艦の存在も、今やどの鎮守府でも知る存在となった。加えて、出来るかはさておき深海棲艦の浄化方法も広まりつつある。司令官や佐久間さん、そして、寺津清志の望んだ戦争のない世界に少しずつ近付いている。

 

深海との戦いはまだまだ終わらないが、世界はゆっくりと平和への道を歩もうとしていた。

 

 

 

とまぁ、人間社会は慌ただしく動いているのだが、私達はそれに触れることなく平和な日常を過ごしている。今までがハード過ぎた分、それを取り戻すかのようにまったりとした毎日。

力を落とさないための定期的な訓練と、最前線の人工島故に哨戒任務は欠かさず実施され、たまに友軍艦隊の依頼を受けて出撃する程度。ヒメさん達と出会って始まった北端事変より前の生活水準に戻ったと言える。

 

「今日は何もない素晴らしい1日だった。以上」

「提督、少し適当になってません?」

「いやいや、私は間違ったことは言っていないよ。今日も今日とて平和だった。海の平和を守れているじゃないか。我々の面目躍如だろう」

 

大本営の復旧と同時に、当時の戦況を戦闘詳報として提出してほしいと依頼され、毎日のように書類とにらめっこしている司令官。そのためか、普段の報告書類が雑になっている感じ。疲れているのが目に見えてわかる。

 

それもあって、私、朝潮は今、瑞穂さんを補佐に置いて雑務をこなしていた。ある意味大淀さんのサポート。秘書艦補佐。瑞穂さんは秘書艦補佐補佐。

書類整理のために執務室から出られない2人の代わりに、鎮守府内のあらゆる雑務をお手伝い。哨戒任務管理や、資材整備などなど、いつもはやらないことばかりでなかなか楽しい。

 

「はいはい。疲れているのはわかっているから、お茶淹れたわよ」

「お茶菓子は涼月手製のカボチャプリンになります。甘いもので疲れを癒してください」

 

私も執務室で雑務の内容を纏めている時、山城姉様と涼月さんがお茶とお茶菓子を持って入ってくる。疲れている時には甘いもの。

司令官がへばり始めたところでタイミング良く入ってきた辺り、よくわかっている。さすがガチ勢。今までは山城姉様がダントツであったが、涼月さんがにじり寄るなかなか白熱したレース運びらしい。

 

私にも近しい感情が芽生えたことで、少し羨ましく思えた。

 

「助かるよ。甘いものが欲しかったところだ」

「そう、それはよかったわ。大淀、朝潮、瑞穂、アンタ達の分も用意してあるから」

「甘味も勿論ありますので」

 

私達の前にもお茶とお茶菓子が置かれた。いつになく美味しそう。私もそれなりに疲れているのかも。

 

「あの時と比べると、本当に平和ね。哨戒任務でちょくちょく野良が見つかるくらいで」

「ああ、本当に落ち着いたものだよ。ここが最前線であることを忘れてしまいそうだ」

 

お茶を飲みながら落ち着く司令官。ここ最近はずっと執務室から出ておらず、食事時くらいしか姿も見ないほどだ。山城姉様はこういう形で顔を合わせているが、今までにないほどに忙しくしているのは確か。

書類の整理で忙しいというのは、平和である証拠でもある。戦略を立てる必要も無く、無理に出撃を考える必要もない。今の状態なら私でも鎮守府が回せてしまう。

 

「おお……涼月君、腕を上げたね」

「少し研究してみました。家庭菜園のもので作れる日が待ち遠しいですね」

 

涼月さんの家庭菜園も絶賛稼働中。戦いが終わってから、丹精込めて育てているのがよく目撃されている。もう人間嫌いの面影はほとんどない。

私もおかげさまで人間嫌いが薄れてきていた。ウォースパイトさんの言っていた通り、時間が解決してくれた。戦いの中のピリピリした空気では治ることも無かっただろう。平和なこの空気だから治っていった。

 

『朝潮、そろそろ時間じゃないか?』

「あ、そうね。哨戒任務の時間だわ」

 

アサに言われてその時間に気付く。私よりもアサが楽しみにしている哨戒任務。行き先は勿論、自分の陣地である。

 

「陣地に行くんだったかな?」

「はい、陸上型ですから、たまには行かないと」

 

これも哨戒の一環。平和になったとしても、これだけはやめられない。自分の最後の持ち物の確認作業だ。荒らされていることはまずあり得ないが、あの場所に何者かがいたら困る。

 

「気をつけていくんだよ」

「了解。朝潮、哨戒任務に出撃します。山城姉様、涼月さん、ご馳走様でした」

「ええ、私と姉様はまた今度連れて行ってちょうだい」

「私もまたお願いします。あの場所は癒されますので」

 

艦娘でも深海棲艦でも誰でも来てくれて構わない。深海棲艦には漏れなく癒し効果も発揮される。

 

「機会があれば、私もお願いしたいね」

「是非」

「提督はまず書類を片付けてくださいね」

 

司令官も一度は足を踏み入れてほしいものだ。

 

 

 

 

陣地へと向かう海路。他の深海の気配は一切しない。この辺りも平和一色である。

今回の随伴は霞、春風、初霜。とてもわかりやすい組み合わせ。癒しが必要なわけではないが、私と一緒にいたがる者。雪風も来たがりそうだが、現在妹達と別方向の哨戒任務に向かっているため残念ながら欠席である。私に依存しているわけでなく、妹を優先出来ている辺り、雪風も成長している。反抗期が来ないか心配。

 

「初霜、流石にそれは危ないと思うわ」

「夫婦なんですから、腕を組むくらいいいじゃないですか」

 

移動中にもスキンシップを求めてくる初霜。戦いが終わったことで余計にアグレッシブになっている気がする。私の見た目がある程度元に戻ったのも原因かもしれない。初霜が感情を抑えなくなったのは、私がこの姿の時だし。

 

「平和になったんですし、私はもう少し強く出ようと思います。いざという時はチョーカーを外すまであります」

「それは絶対やめて」

 

その手があったかと納得する霞と春風。取り返しのつかないことになりかねないので本当にやめてほしい。後からダメージを受けるのは自分だというのに。

 

「ほら初霜、姉さんが言ってんだからやめなさいな」

「いつか2人して頭から沈んでしまいそうですので……」

 

割とバランスを取るのも大変なので、ヨルを展開して引き剥がした。それはそれで貴重な体験だとそれすらも喜ぶ初霜に苦笑。

 

「以前までなら、こんなことも出来なかったんですよね……本当に平和になりました」

「私、この1ヶ月戦闘してないわ」

「姉さん友軍にも行ってないものね。いろいろやってるから」

 

代わりに、今まで成り行き的にやっていた鎮守府の外交担当を、私が正式に仰せつかった。

北端事変が元帥閣下から公表されてからは、鎮守府に来客もちょくちょくあり、その対応をするのが私の役割となっている。情報で知っていても実物を知らない相手方に、私1人を見せれば事の重大さが伝えられるという判断から。

見世物パンダにするようで申し訳ないと司令官から謝罪されたが、私の出来ることが増えたというのと、司令官に頼られているというので苦ではない。理解されているおかげで、驚かれるものの奇異の目に晒されることもなく、それなりに楽しいお仕事である。

 

「たまには行きたいって思うこともあるけど、やっぱり平和が一番よ。戦闘なんてしなければしない方がいいもの」

 

などと言いながら戦闘訓練も欠かしていない。望みはそれであっても、私達の本業は侵略者の殲滅だ。

 

「ま、今はそんなに気張らずやればいいのよ。最近は姉さんもいい感じに気が抜けてるし。もう倒れることも無いわよね」

「ストレスはかかってないわね。絶好調」

「それなら安心ですね。……おや?」

 

そろそろ陣地に到着するところで、何かしらの深海の気配を感じた。皆がその気配に反応し、途端に臨戦態勢。

感じた事のない気配。近付くにつれ電探の反応も入るが、見た事のないもの。陣地に漂着しているような形に見える。

 

『おいおい、ここのところ何も無かったのに』

『知らない気配と反応だよね。敵かな』

 

私達が近付いているのだから、あちらもそれに気付いているはずだ。だが、敵対心どころか警戒すらされていない。おそらく気を失っている。

 

「司令官、哨戒部隊旗艦の朝潮です。応答願います」

『どうしたんだい? 今陣地に向かっていると思うが』

「陣地近海で深海の気配と反応を察知しました。数は……1つです」

 

状況を報告しながら、ゆっくり近付いていく。もうすぐ陣地そのものが見えてくる。

 

「敵性の反応は見えません。というか、人型……駆逐艦?」

『くれぐれも気をつけて。危険だと思った場合は』

「すぐに撤退します。保護できるようなら保護します」

 

徐々に近付き、姿が見えた。私の陣地にいたそれは、やはり気を失っている。そしてその姿を見た事で、どういう状況かを理解した。

 

「……司令官、ドロップ艦です。私の陣地の近海で生まれたために半深海棲艦となっています」

『春風君と同じ先天性の半深海棲艦か! ドックは準備しておくから、すぐに保護してくれ!』

 

私が離れていたとしても、この陣地は私のものだ。故に、海は赤くなくても私の侵食は行き届いている。その中で運悪く生まれてしまったが故に、私の侵食の力を内包した半深海棲艦としてドロップしてしまった。

 

「……こんな偶然ってある?」

「私も信じられないわ……ここは本当に朝潮型の聖地かもしれないわね」

 

ドロップ艦は私の妹、朝潮型駆逐艦3番艦の満潮。この島近海で生まれた朝潮型は2人目。縁がありすぎる。

 

「ドロップ艦確保。私が抱きかかえるわ」

「お願い。春風、初霜、姉さんの周囲警戒。こんなとこで襲われたら気分が悪いわ」

 

気を失っている満潮を抱え上げ、すぐに帰路につく。

 

「大丈夫? 意識はある?」

 

ドロップしたばかりで意識があることは稀だが、念のため。私の時はほんの少し意識はあった。満潮はどうだ。半深海棲艦ということは、深海棲艦の要素のおかげで最初からある程度()()しているはずだ。

 

「……ん……んん……」

「大丈夫そうね。なるべく揺れないように運ぶから、ちょっと我慢しててね」

 

うっすらと目を開く。そして第一声。

 

「だれ……」

「私は貴女の姉。朝潮型駆逐艦、1番艦の朝潮」

「……ねえさん……」

 

朧気ながら私の姿を見て、安心したのかまた眠りにつく。意識も無事そうだ。

 

『こりゃあまた増えるな。朝潮ガチ勢』

『てーこくみんってヤツ?』

『ああ。今の目見たか? 朝潮のこと、姉ってより母親って感じで見てたぞ』

 

それは困る。確かに私の陣地で生まれたのだから、私の娘みたいなものだろう。ある意味クウの妹。だが、その前に私の妹だ。妹からお母さんと呼ばれるのは雪風に呼ばれることよりもダメージが大きい。

 

「初霜さん、もしかしたら新たなライバル出現かもしれません」

「そうですね春風さん。私達の地位はちゃんと確立させておかなくては」

「うちの姉をどうこうさせないわよアンタ達」

 

問題児が4人に増える可能性も危惧しつつ、私達は鎮守府へと足早に向かった。

きっと満潮もすぐに鎮守府に慣れるだろう。おかしな人は多いし、種族もバラバラ。私もその内の1人だ。満潮自身もそうなのだから、否定することも無い。また騒がしくなると思うと胸が熱い。自然と笑みが零れた。

 

 

 

私達が生活する鎮守府は、欠陥(バグ)だらけの最前線。

まともに艦娘としての機能を持たないものもいれば、艦娘として成立していないものもいる。見る人が見れば、そこは魑魅魍魎が蔓延る混沌の大釜かもしれない。

 

 

 

それでも、皆楽しくやっている。最高の楽園だ。

 




最後に仲間入りした満潮がどんなことになるかは、皆様の想像にお任せします。ですが、悪いことにはならないでしょう。だって、あの鎮守府なんですから。朝潮の胃にダメージを与えることはあるかもしれませんが。





初めての投稿開始から約11ヶ月。毎日のように投稿し、300話を超える超大作となってしまいました。それもひとえに、読者の皆様のおかげです。おかげさまで何度かデイリーランキング入りも果たし、最高で4位というのも見させていただきました。本当にありがとうございました。

『欠陥だらけの最前線』はこれにて幕を閉じることとなります。今までの応援、重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。



次作は構想中。また似たようなほんのり暗い、ちょっぴりハードなお話になるかもしれません。その時、またお目にかかれればと思います。


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資料
加藤鎮守府配属艦娘一覧


物語も長くなってまいりましたので、現在の配属艦娘を一覧にして公開します。現在の最新話の状態で記載するため、多少なりネタバレがあります。ご了承ください。

318話(最終話)現在
在籍人数:60名 + 2
※援軍、出向含まず


◎艦娘

◆駆逐艦

・朝潮

朝潮型駆逐艦1番艦

欠陥(バグ):主砲、魚雷接続不備

 

・皐月

睦月型駆逐艦5番艦

欠陥(バグ):主砲、魚雷接続不備

備考:改二改装による武器取得により白兵戦特化

 

・白露

白露型駆逐艦1番艦

欠陥(バグ):高角砲接続不備 低速化

 

・吹雪

吹雪型駆逐艦1番艦

欠陥(バグ):低速化

 

・深雪

吹雪型駆逐艦4番艦

欠陥(バグ):低速化

 

・潮

綾波型駆逐艦10番艦

欠陥(バグ):主砲、高角砲接続不備

 

・響(Верный)

暁型駆逐艦2番艦

欠陥(バグ):高角砲、魚雷接続不備

 

・清霜

夕雲型駆逐艦19番艦

欠陥(バグ):装備戦艦化 オーバースペック組

備考:食欲過剰のデメリットあり

 

・時津風

陽炎型駆逐艦10番艦

欠陥(バグ):装備重巡化 オーバースペック組

備考:睡眠欲過剰のデメリットあり

 

・初霜

初春型駆逐艦4番艦

欠陥(バグ):高角砲、対潜装備接続不備

 

・霞

朝潮型駆逐艦10番艦

欠陥(バグ):魚雷以外接続不備

 

・萩風

陽炎型駆逐艦17番艦

欠陥(バグ):装備重巡化 オーバースペック組

備考:夜間行動不可のデメリットあり

 

・春風

神風型駆逐艦3番艦

欠陥(バグ):無し

 

・雪風

陽炎型駆逐艦8番艦

欠陥(バグ):無し

 

・磯風

陽炎型駆逐艦12番艦

欠陥(バグ):無し

 

・浦風

陽炎型駆逐艦11番艦

欠陥(バグ):無し

 

・浜風

陽炎型駆逐艦13番艦

欠陥(バグ):無し

 

・谷風

陽炎型駆逐艦14番艦

欠陥(バグ):無し

 

◆軽巡洋艦

・天龍

天龍型軽巡洋艦1番艦

欠陥(バグ):高角砲以外接続不備

備考:白兵戦特化

 

・那珂

川内型軽巡洋艦3番艦

欠陥(バグ):停止不可

 

・長良

長良型軽巡洋艦1番艦

欠陥(バグ):装甲劣化

 

・龍田

天龍型軽巡洋艦2番艦

欠陥(バグ):電探以外接続不備

備考:白兵戦特化

 

・大淀

大淀型軽巡洋艦1番艦

欠陥(バグ):脚部艤装不備 海上自立不可

備考:専任秘書艦 非戦闘艦娘

 

◆重巡洋艦

・古鷹

古鷹型重巡洋艦1番艦

欠陥(バグ):電探接続不備

 

・高雄

高雄型重巡洋艦1番艦

欠陥(バグ):主砲接続不備

 

・青葉

青葉型重巡洋艦1番艦

欠陥(バグ):魚雷接続不備

 

・最上

最上型重巡洋艦1番艦

欠陥(バグ):網膜負傷 日中行動不可

備考:電探内蔵仮面により欠陥(バグ)克服

 

・ポーラ

Zara級重巡洋艦3番艦

欠陥(バグ):無し

備考:アルコール中毒→改善 自立型艤装

 

◆空母

・龍驤

龍驤型軽空母1番艦

欠陥(バグ):移動不可 浮き砲台

 

・蒼龍

蒼龍型正規空母1番艦

欠陥(バグ):移動不可 浮き砲台

 

・雲龍

雲龍型正規空母1番艦

欠陥(バグ):艦載機搭載数不備

 

◆戦艦

・山城

扶桑型戦艦2番艦

欠陥(バグ):装備駆逐化

備考:白兵戦特化

 

・榛名

金剛型戦艦3番艦

欠陥(バグ):低速化

 

・ガングート

Гангут級戦艦1番艦

欠陥(バグ):主砲接続不備

備考:白兵戦特化 魚雷装備可能

 

・ウォースパイト

Queen Elizabeth級戦艦2番艦

欠陥(バグ):片脚不自由

備考:自立型艤装

 

・扶桑

扶桑型戦艦1番艦

欠陥(バグ):全装備接続不可

備考:白兵戦特化

 

◆潜水艦

・伊58

巡潜乙型改二潜水艦3番艦

欠陥(バグ):魚雷接続不備

備考:機銃装備

 

・伊19

巡潜乙型潜水艦3番艦

欠陥(バグ):魚雷接続不備

備考:主砲装備

 

・伊401

潜特型(伊400型潜水艦)潜水空母

欠陥(バグ):魚雷接続不備

備考:主砲装備

 

・伊8

巡潜3型潜水艦2番艦

欠陥(バグ):潜水能力不備 潜水不能

備考:資料室専門 非戦闘艦娘

 

◆特務艦

・瑞穂

瑞穂型水上機母艦1番艦

欠陥(バグ):無し

備考:規格外

 

・明石

工作艦

欠陥(バグ):片側脚部艤装不備 海上自立不可

備考:工廠専門 非戦闘艦娘

 

・秋津洲

秋津洲型水上機母艦1番艦

欠陥(バグ):脚部艤装不備 海上自立不可

備考:輸送部隊 非戦闘艦娘

 

◆深海棲艦

・ヒメ

陸上型深海棲艦 北方棲姫

欠陥(バグ):無し

備考:ミナトの妹

領海奪還成功により、鎮守府を離れる

 

・ミナト

陸上型深海棲艦 港湾棲姫

欠陥(バグ):無し

備考:ヒメの姉

領海奪還成功により、鎮守府を離れる

 

・セキ

陸上型深海棲艦 集積地棲姫

欠陥(バグ):無し

備考:工廠専門

 

・レキ

戦艦型深海棲艦 戦艦レ級

欠陥(バグ):無し

備考:記憶初期化 朝潮への刷り込み

 

・シン

潜水艦型深海棲艦 潜水新棲姫

欠陥(バグ):両脚不自由

備考:センの妹

 

・セン

潜水艦型深海棲艦 潜水棲姫

欠陥(バグ):無し

備考:シンの姉

 

・クウ

空母型深海棲艦 空母ヲ級

欠陥(バグ):無し

 

・雪

特殊生成深海棲艦 深海吹雪棲姫

欠陥(バグ):無し

備考:元吹雪 深海艦娘→半深海棲艦→深海棲艦

 

・島風

特殊生成深海棲艦 名称不明

欠陥(バグ):無し

 

・イクサ

戦艦型深海棲艦 戦艦水鬼

欠陥(バグ):無し

 

・涼月

防空駆逐艦型深海棲艦 防空埋護姫

欠陥(バグ):対潜行動不可

備考:人間嫌い→改善

 

・海月

正規空母型深海棲艦 深海海月姫

欠陥(バグ):無し

 

=========================

◎元深海棲艦

深海棲艦撃破の際、消滅せず艦娘として浄化された者。ここには浄化前の姿、前世を記載する。

※既述事項のみ

 

・ガングート

戦艦型深海棲艦 北方水姫

詳細は上記「艦娘」ガングート参照

 

・ウォースパイト

戦艦型深海棲艦 戦艦棲姫改

詳細は上記「艦娘」ウォースパイト参照

 

・瑞穂

水上機母艦型深海棲艦 水母棲姫

詳細は上記「艦娘」瑞穂参照

 

・ポーラ

重巡洋艦型深海棲艦 重巡棲姫

詳細は上記「艦娘」ポーラ参照

 

・雪風

特殊生成深海棲艦 駆逐陽姫

詳細は上記「艦娘」雪風参照

 

=========================

◎半深海棲艦

艦娘と深海棲艦両方の要素が複合された状態で発生した艦娘。ここには複合された深海棲艦を記載する。

※既述事項のみ

 

◆先天性

・春風

旧型駆逐艦型深海棲艦 駆逐古姫

詳細は上記「艦娘」春風参照

 

・扶桑

戦艦姉妹型深海棲艦 海峡夜棲姫(姉)

詳細は上記「艦娘」扶桑参照

 

◆後天性

・初霜

深海棲艦化深海忌雷により半深海棲艦化

複合深海棲艦無し

詳細は上記「艦娘」初霜参照

 

・霞

北端上陸姫の改造により半深海棲艦化

複合深海棲艦無し

詳細は上記「艦娘」霞参照

 

・磯風

北端上陸姫の改造により半深海棲艦化

複合深海棲艦無し

詳細は上記「艦娘」磯風参照

 

=========================

◎深海艦娘

改造により深海棲艦の要素を付与された艦娘。白髪、赤目、角が特徴。敵の鎖により洗脳状態に陥る。規格外のスペックを持つ。

※既述事項も含む

 

◆救出者

・電

暁型駆逐艦4番艦

備考:艦載機2機所持

 

・時雨

白露型駆逐艦2番艦

備考:艦載機2機所持 背部大型連装砲強化

 

・五月雨

白露型駆逐艦6番艦

備考:艦載機2機所持

 

・大潮

朝潮型駆逐艦2番艦

備考:艦載機2機所持

 

・叢雲

吹雪型駆逐艦5番艦

備考:艦載機2機所持 白兵戦可能

 

・睦月

睦月型駆逐艦1番艦

備考:艦載機2機所持 戦艦膂力、工作艦能力付与

 

・漣

綾波型駆逐艦9番艦

備考:艦載機2機所持 鎖操作能力付与

 

◆犠牲者

・深雪

電救出任務中に鎖に接触 半深海艦娘化

備考:艦載機1機所持 詳細は上記「艦娘」深雪参照

 

・皐月

漣、睦月、叢雲救出任務中に捕縛 深海艦娘化

備考:艦載機6機所持 詳細は上記「艦娘」皐月参照

 

・潮

漣、睦月、叢雲救出任務中に捕縛 深海艦娘化

備考:艦載機4機所持 詳細は上記「艦娘」潮参照

 

・朝潮

扶桑鎮守府襲撃時に拉致 深海艦娘化

備考:艦載機6機所持 詳細は上記「艦娘」朝潮参照

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆例外

・アサ

特殊生成深海棲艦 深海朝棲姫

→特殊進化深海棲艦 深海朝水鬼

→最終進化深海棲艦 中枢棲姫亜種

欠陥(バグ):全て駆逐艦朝潮と同等

備考:朝潮の内部に存在。1つの身体に共存し、精神の交代により表に現れる。

 

・ヨル

中枢棲姫亜種 追加艤装

備考:朝潮の内部に存在。自立型艤装の意思。破壊、中和、再構築を経て、初期化(リセット)。1つの身体に共存し、精神の交代により表に現れる。



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