シスター死亡フラグ (桐宮)
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1話 白い町

ワンピースのシスターって死亡フラグ高すぎないかな、と思い息抜きに書いているものがある程度溜まったので投稿してみます。
こちらでは初めてでいたらないところもあるでしょうが、どうぞよろしくお願いいたします。


 生まれてすぐ絶望する赤ん坊がどれだけいるだろう。

 

 私を取り上げる見覚えのあるあごひげの男性。窓の外からはお祭りの歓声が聞こえてくる。耳に入るフレバンスという単語。隣に寝かせられるもう一人の赤ん坊。

 

 白い町の黒いシスター。それが、私に与えられた終わりの見えた人生だった。

 

 

 

 

 漫画の世界にトリップ、だとか一度は夢見る展開だと思う。

 

 ローグタウンの出来事傍観したいな、とかシャボンディ諸島でルーキー眺めたいな、とか考えるくらいにはワンピースは大好きだった。

 

 原作介入する話だっていくらでも読んだ。間違ってもインペルダウンには入りたくないけど事件の終わった場所を観光するくらいならしたいなあなんて思ったりもした。

 

 でも、いくらなんでもこれはない。

 

 白い町、フレバンス。トラファルガー・ローの故郷でルフィたちが活躍する時代には既に滅んだ国。滅亡した理由もオハラみたいに軍の攻撃だけじゃなくて、もっとずっと前からわかっていた珀鉛という鉱物を扱っていたことによる鉛中毒。

 

 滅んだ時点では治療法は確立しなくて、唯一の生存者も悪魔の実の力でどうにか助かったくらい。それ以前に病気が周知された頃には国を出ることすら困難な状況だったのだから他に生き残りがいたかどうかも描かれていない。

 

 どう考えても詰みだ。今すぐ国を離れたとして、発病していない病気を治せる医者がどこにいる?

 

 ドラム王国という単語が頭に浮かんですぐに消した。幼女と言って差し支えない年齢の子どもがグランドラインを無事に渡れると思えなかった。そもそも船の動かし方もわからないのに、あまりにも無謀に過ぎる。

 

「レーナ? おいのりのじかんよ」

 

 ぐるぐるとまとまらない考えにうなっているとノックと同時に妹が顔を覗かせた。すぐ行く、と返せばぱたぱたと足音が遠くなっていく。

 

 今生での私のたった一人の家族、マリア。双子の私たちを産んですぐ母親は亡くなって(帝王切開だったのもあるけれど、元々体が弱かったらしい)父親も所在は掴めず教会に預けられた。

 

 ニュースクーの情報や病院のトラファルガーさん(まだ夫婦ではなかった)から考えて、順当に行けば私たちがフレバンスのシスターになるんだろう。おそらくはマリアが。そして描かれてはいなかったけれど私もその位置にいる。

 

 ……燃え盛る町並み。モノクロでしかなかったそれが鮮明に脳裏に宿る。

 

 生きたい。なんとしてでも。

 

 けれどその時、私は彼女を見捨てられるのだろうか。

 そんな不安がよぎって、私は大きく頭を振った。




うまいこと入れられなかったので主人公の名前をここで紹介。

主人公 マグダレナ(愛称レーナ)
主人公の妹 マリア(愛称マリー)

妹ちゃんが原作シスターにあたります。
二人はフレバンス滅亡時20歳、新世界編まで生きていたら36歳。

なお双子合わせて名前の由来はマグダラのマリアより。
某運命ゲームのシスターちゃん大好きなので。


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2話 接触

区切りがいいのでとりあえず4話まで投稿します。


 散々考えた末、私が選んだのは医術を学ぶことだった。

 

 珀鉛病を治すには医者も物資も足りなかったという。発症してから封鎖されるまでがあまりにも短く、病気そのものについて研究する時間もなかったのだろう。

 それならば今の内に知識を蓄え、治療法を模索すれば助かるかもしれない。

 

 幸いにもDr.トラファルガー(最近恋人ができた)は二つ返事で医者としての勉強を請け負ってくれた。わけを聞かれるかと思ったけれど、人を助けたいと思うことに理由なんていらないとおっしゃった。もしかしたら私の母が彼のいる病院で亡くなったことに負い目を感じているのかもしれなかったが、それを聞くのはやめておいた。

 

 シスターとして仕えながら病院に通うのは大変だけど学んだこと一つ一つが自分を生かすことになるとわかっていたから苦ではなかった。マリアも応援してくれて、時折一緒になって勉強をした。

 

 それだけで満足していたら、よかったのかもしれない。

 

「中毒の対処法?」

 

「はい。耳にする機会があって、どうやって治すのかなって」

 

 後の死の外科医の父だけあって、外科が主なドクターに尋ねるのは専門外かもしれないと思いつつ問いかけた。案の定専門ではないのだけど、と前置きながら答えてくれる。

 

「症状にもよるね。アルコール中毒なら心療内科、薬物などは救急外来へ行ってもらうんだけど短期的なものか長期的なものかによって対処法は分かれる」

 

「アルコールって心療内科なんですか」

 

「そうさ。治療だけなら救急で受け持ってくれるが、依存症になるとそこから回復するまで見守っていく必要がある」

 

 意外な発見があって脱線してしまった。船乗りなんかは頻繁にお世話になっていそうだと思いながら話を戻す。

 

「鉛とか……鉱物を取り込んでしまった際の治療法が知りたいんです。そういうのってないんでしょうか」

 

「鉛か。珀鉛は世界政府が安全を保証しているけれど鉱山に公害事件というのはつきものだからね。調べておこうか」

 

「お願いします!」

 

 その珀鉛が有毒なのだがと思いつつ頭を下げる。その道の専門家がいるというのは想像していた以上に頼れるものがある。もしかしたら発病より前に治療法が確立するなんてこともあるかもしれない。

 

 希望が見えてきたことで私はその日一日浮かれていた。

 

 

 

 

 フレバンスは人々の憧れの国、というのは本当だったようで病院からの帰り道を歩くだけでも大勢の人とすれ違う。町の住人はもちろんのこと、観光客や商人。時々とはいえ正義を背負った人間もそこにはいた。海賊旗をまるで見かけないのはここが内陸国というのもあるが、それ以上に治安がいいのだろう。

 

 あれから数日が経ち、仕事の早いドクターからいくつかの症例や行われている対処法を教えてもらった。まだ確立しているとは言い難い状況だと言っていて、その中には聞き覚えのあるキレーション療法もあった。ワンピースの世界の技術は飛び抜けていたり中世のそれだったりとまちまちだから仕方ないのかもしれない。

 

 この角を曲がれば教会に着くと歩調を速めたところで何かにぶつかった。何か、じゃない。誰かだ。

 

「きゃっ」

 

「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

 

 注意していたつもりだけどぶつかるまで人がいることに気付かなかった。しりもちをついた女性に手を差し伸べると、青い瞳に引き寄せられる。

 なんだろう、どこかで見たことがあるような。

 

「平気よ、少し擦りむいただけだわ。あなたこそ怪我はない?」

 

「私はなんとも、そうじゃなくて、擦り傷はすぐ綺麗にしないとだめです! どっちが近いかな……」

 

 小さな傷口から細菌が侵入して悪化するケースを知ってからは自分でも気を遣っている。救急セットを持ち歩いているわけでもないので落ち着いて手当てできる場所を、と頭を上げたところで女性が腕を掴んだ。

 

「あなた、この町の子かしら。なら病院の場所はわかる? 手当てをするなら、そこへ案内してくれると助かるわ」

 

 ここからだと教会の方が近かったけれど、女性の言葉に頷いてひとまず水飲み場のある方へ促した。擦りむいたという箇所を軽く洗い流して改めて病院への道を目指す。

 

 もうすぐ着くよ。振り返って伝えれば急いでいただろうに申し訳ないと女性が眉を下げた。午後のミサの時間には遅れてしまうが、わけを話せば神父様も許してくださるだろうから大丈夫。

 

「それならいいのだけど……ごめんなさいね。ここへ来るのは初めてだから迷ってしまったみたいで」

 

「お姉さんだけじゃないよ、観光に来た人は皆同じように言うもの。真っ白だからどこも同じように見えるって」

 

 建物どころか草木まで白いんだから戸惑うのは仕方ない。今でこそ道を覚えたものの、歩けるようになったばかりの頃はひたすら迷子になっていた。

 そうやって歩みを進めていたら女性がぽつりと声を漏らした。

 

「お姉さんだけじゃ寂しいわね、ステューシーと呼んでちょうだい。あなたの名前も教えてくれる?」

 

「マグダレナ……レーナって呼ばれてます。ステューシーお姉さん」

 

 違和感の正体に頭が追いつき、声が震えていないか心配だった。




サブタイトルつけ忘れてました…。直しました。


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3話 冬の日

 世界政府の諜報機関、サイファーポール。その中でも最上級に位置するCP-0に所属している女性、ステューシー。

 登場はビッグマムのお茶会だったと記憶しているけれど、それ以前の動向は描写されていなかった。

 

 だから有数の観光地であるこの国に彼女が来ようと関係はないはずだった。私に声をかけ、Dr.トラファルガーの下を訪れようとさえしていなければ。

 

 間の悪いことに私を見送ったばかりで手の空いていたドクターが手当てをすることになった。待合室の片隅を使って処置を施していく手際は見事なものでステューシーも感心していた。

 

「よし。傷自体は深くないからこのまま二、三日おけば自然と治ります。入浴は問題ありませんがその場合ガーゼを張り替えておくように。小さな傷でもそこから大きな病気になるケースがありますからここへ来てくださったのはよかった」

 

「ありがとう。この子が案内してくれたのよ。ね、レーナちゃん」

 

 彼女の言葉に頷くことで返す。実年齢は公開されていなかったのでいつからCP-0の一員になったのかはわからないが、既に諜報員として活動していると考えた方がいい。

 

 それにしても早すぎる。本当にただ観光に来ただけならいいけれど、サイファーポールの人間として政府から派遣されたとなればきっかけを作ったのは私だ。

 

 ドクターにお願いした鉛中毒の対処法。珀鉛を取り扱う白い町の医者が突然そんなものを調べ始めたら何かに勘付いたと考えるのは自然だろう。

 

 政府は、そしてこの国の王族は珀鉛の真実に気付いていながらも口を閉ざした。黙ってさえいればあと十年は利益が得られ、珀鉛の毒性が目に見える形で現れた頃には伝染病を理由にすべてをなかったことにできる。

 

 そうして歴史の闇に葬り去ろうとしている事実を今更表沙汰にしたところで、政府には何の利もなく信頼が失墜するのみ。ならその勘付いたであろう人間だけを消し、束の間の平穏を保とうとするのは当然の結論だ。

 

 ステューシーはドクターと世間話をしてから私の手を取り立ち上がった。遅くなってしまったから送っていくということらしい。ここまでの道は覚えたし教会の近くに宿をとっているから大丈夫だと話していた。

 

「それではドクター、お世話になりました」

 

「おやすみなさい」

 

 忙しいだろうに玄関口まで見送ってくれたドクターに手を振りステューシーと町中を歩く。傾いた日が白い壁に反射して一面が夕陽色に照っているのを見て彼女は歓声を上げた。そうしていればただの綺麗なお姉さんなのに、背負っている肩書きが不信感を募らせる。

 

「レーナちゃんは教会に住んでいるのにお医者様の勉強もしているのね。将来の夢とかあるの?」

 

「まだわかんないです」

 

 そもそも大人になっても生きられるかが不透明な状況で更に未来のことなんて考えたことがなかった。医者の勉強は生きるために始めたことで、教会での暮らしは日常になっている。

 

「そうね。こんなに美しい国にいたらよそへ行くことなんて考えなくなるのかもね」

 

 いいお姉さんを演じているのか、一人で向かえば早いだろうに歩調を合わせながらステューシーが続ける。ぶつかった路地までもうすぐそこだ。

 

「でも、だからこそお医者様のお勉強を始めたのは不思議だわ。何かきっかけがあったのかしら」

 

 ふいにしゃがみこんだ彼女が帽子のつばを上げてにこっと視線を合わせた。綺麗な碧眼が射抜くように私を見る。

 

「っお母さんが、私お母さんがいないから。いっぱいお勉強したら私たちみたいに家族がいない人はいなくなるかもでしょう?」

 

 探りを入れられた。誤魔化す理由も浮かばず衝動的に口走ったセリフは思っていたよりも強い説得力を与えてくれる。

 

 それだけじゃ何の話かわからないだろうに、事前に身辺調査でもしていたのかステューシーもその言葉に納得してくれたように見えた。そう、呟きながら帽子を被り直した彼女は再び私の手を握って教会までの道を歩き始めた。

 

 

 

 

 ステューシーはしばらくこの町に滞在するようだ。歓楽街の女王とはまだ呼ばれておらず、客寄せの勉強のために各地を旅している最中なのだと後から聞いた。

 

 フレバンスの町は段々とクリスマスカラーに染まってきて、今日の朝はとうとう雪が降った。ノースの一角とはいえ温暖な気候のこの国では年明け前に積もるほどの雪が降る方が珍しく、私とマリアも束の間の冬景色を楽しんでいた。

 

 布地の手袋では雪が溶けていっそう冷たくなるだけなので素手で雪玉を転がして小さな雪だるまを二つ作る。かじかんだ両手をきゃあきゃあ互いの頬に押し付けながら三段目を作ろうと残り少ない雪に向かったところでマリアがあっと声を上げた。

 

「ステューシーさんだ、おはようございます!」

 

「おはよう、レーナちゃんマリアちゃん」

 

 初対面では薄着をしていたステューシーだが、このところ一気に気温が下がったこともあってか今日は手袋にマフラー、コートと重装備だ。それでもおみ足を出したままなのは流石としか言いようがない。

 

「雪だるまを作っているの?」

 

「うん。ステューシーさんも作る? もう一個くらいならできると思うけど」

 

「遠慮しておくわ。二人の雪だるまから頭がなくなっちゃうもの」

 

 十中八九寒い思いをしてまで作りたくないのだろうけれど、雪をおろしたベンチにハンカチを敷いて浅く腰掛けた彼女は雪だるま作りが終わるまで私たちに付き添ってくれていた。今日はどこも行く予定がないのだろうか。滅多にない雪に皆はしゃいでいるからどこへ行っても同じということかもしれないが。

 

 景観整備のため石ころ一つでも落ちている時の方が珍しく、雪だるまには裁縫道具入れからもらってきたボタンやお揃いの帽子、随分腕が短くなるけれど手袋を直接埋め込んで手の代わりにした。ギリギリまで粘って大きくした頭を乗せるには身長が足りなくて手を借りたりもしたけれど、なかなかよく出来たんじゃないかと思う。

 

 遊びの余韻もそこそこに寒さが限界になった私たちは教会の居住スペースへ場所を移した。礼拝堂にも暖房は設置されているが部屋の広さもあってこちらの方が暖まりやすい。暖炉を囲む形で腰掛けながらステューシーに尋ねた。

 

「そういえば今日はどうしたんですか? 何か用があったんじゃ」

 

「あら、用がなくちゃ来ちゃいけないかしら」

 

 本音を言えば来て欲しくないが、馬鹿正直に伝えるわけにもいかず首を振った。朝のミサに参加しなかった日は一日来ないのが当たり前になっていたのでマリアも不思議そうにしている。

 

「それがね、仕事ができちゃって一度帰らなきゃいけなくなったの。しばらくしたらまた来れると思うのだけど、白い町の年越しを見れないのは残念」

 

 頬に指を添えてアンニュイな表情を浮かべる彼女は本当に残念そうに見えた。いつもお祭りをしているフレバンスもクリスマスや年越しはいっそう力を入れているからよっぽど楽しみにしていたんだろう。一時的にでも監視が外れることに喜びながら忙しそうな彼女の身の上に同情した。

 

「お仕事って前に話してた街のこと?」

 

「そんなところ、まだ誰にも内緒なの。機会があったら連れて行ってあげるわ」

 

 そんな日は二度と来ないだろうと思いながら、去り行く彼女を見送った。

 

 

 クリスマスの夜。私たちは賛美歌を歌い、Dr.トラファルガーはとうとう想い人と婚約した。

 そして年が明け、ステューシーが白い石畳を踏むことは二度となかった。




書き出したら思っていたよりも活発に動き出して出番を増やした上颯爽と帰っていったステューシーさん。
わりと好きです。


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4話 幕開け

連続投稿はひとまずここで終わりです。


 教会での仕事が忙しくなり始めたことに加え、ドクターが奥さんとの時間を取るようになったのを建前に私は病院通いを止めた。幸い何事もなかったとはいえステューシーの来襲や、代わりのように見かけるようになった政府の人間らしき黒ずくめの男たちを無視して調べ物を進められるほど私の肝は据わっていなかったからだ。

 

 ドクターは年が明けてすぐに結婚式を上げ、私とマリアがウェディングドレスのベールガールを任された。こうした形でヴァージンロードを歩くのは初めてだったけれど、白い教会の中で真っ白な衣装に身を包んだ二人が誓いを交わしている姿は美しかった。

 

 一月もすると奥方の妊娠がわかり、同時に政府の監視も外れた。順当に行けば今年の秋頃にあのトラファルガー・ローが産まれるのだろう。それは同時に滅亡へのカウントダウンでもあった。

 

 治療法が見つからないまま、二年が経った。

 ――――大海賊時代の幕開けである。

 

 

 広場に大きな映像電伝虫が設置され、ざわざわと人が集まり始めた。警備をしているのは海兵たちだ。これから海賊王の公開処刑が始まるのだという。

 

 世界中を騒がせたお尋ね者を処刑することで人々に安心を与え、政府に逆らったらこうなるという見せしめも兼ねているのだろう。国中にビラが撒かれ、便乗した商売人が屋台を開く。続々と人が集まりつつある光景は教会の中からも見ることができた。

 

「何が始まるの?」

 

「マリアは奥にいなさい、見るもんじゃない」

 

 居住スペースの二階が私たちの部屋なので窓の外からすぐスクリーンが見えている。処刑の時間には少し早いようで画面はまだ暗い。

 

「レーナが見るなら私もいるわ。姉妹でしょう」

 

「……嫌になったら後ろ向いてるのよ」

 

 窓枠にのせた手が覆われるようにぎゅっと握られた。それを握り返しながら私たちは死刑台が映し出されるのを見た。

 

 ゴール・D・ロジャーの故郷、ローグタウン。後の世に始まりと終わりの町とうたわれる場所。電伝虫はその向かいから映像を送ってきているようで、少し引いた視点で広場の全景を捉えている。

 

 陽射しが強いせいか人々の熱気が湯気を生んでいるのか、画面には時折陽炎が立ってぼんやりしている。等間隔に並んだ衛兵が人垣を割ってその間を男が歩いてくる。

 

「海賊王だ……」

 

 誰かが呟いた。群集のざわめきは普段の町のそれよりずっと静かだった。

 

 死刑台への階段を登りながら、ゴール・D・ロジャーの赤いコートがはためく。死刑囚だというのに身包みを剥がされていないのは海賊王への畏敬の念に思えた。その一言一言を逃さないために小型の電伝虫でもつけているのか映像から一息遅れる形で低い男の声が聞こえてくる。

 

「受け継がれゆく意思、時代のうねり、人の夢。人々が自由の舞台を求める限り、それらは決して留まることはない」

 

 映像電伝虫が目を凝らしたのか、画面が死刑台の上へ近付いていく。処刑人が緩く重ねていた剣を立てて掲げ持った。十三回の鐘が鳴り、どっかりと腰を下ろした海賊王の前で処刑刀が合わせられる。

 

 群集のどよめきがこちらにまで伝わってくる。イーストブルーでは名だたる海賊、海兵になる者たちがあの場に集ってこの光景を目に焼き付けているのだろう。それだけじゃない。こんなノースの辺境にも映像を送ってくるくらいだから、きっと世界中の人間がたった一人の処刑に注目していた。

 

 画面の端から叫び声が聞こえる。海賊王の宝のありかを問う声だ。映像はそちらを映そうとはせず、むしろ更に拡大していく。

 

「おれの財宝か?」

 

 マリアの手を握った。同じ、小さな手がぎゅうぎゅうと握り締められて私たちは食い入るように彼の王を見つめた。今際の際に語り出した男をいましめるように処刑人が剣を構える。

 

「探せ、」

 

 海賊王は笑っている。これが最期だとわかっていても。決して怯えることなく、死を前にして笑っている。

 

「この世のすべてをそこに置いてきた」

 

 振りかぶった剣がゴール・D・ロジャーに突き刺さる。断頭でないことに少し驚いた。血飛沫も上がらず、静かに傾いでいく首はそれでも笑っていた。

 

 一拍して大歓声が上がる。お尋ね者の処刑にではなく、大秘宝の実在に湧いた群集の声だった。それはこちらにも伝播し、びりびりと伝う空気の振動が窓を揺らした。

 

「レーナ、笑ってるの?」

 

 マリアの言葉に頬を触れば唇が確かに弧を描いていた。戸惑ったように眉を下げる妹に何でもないよと返す。

 

 紙面の上で、あるいは動画で。何度も目にしてきた光景が目の前に広がっている。

 

 これが、すべての始まり。襟元をしわくちゃになるまで掴みながら、もう一度何でもないよと呟いた。




年代的にここだけは書きたかった!

これのためにアニメのローグタウン編を見ていたのですがわくわくするアニオリ多いですね。
海軍ではスモーカーさん好きなのでバーでの回想ありがたかったです。


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5話 学校

 この海賊時代、学校がある国の方が珍しい。大抵は裕福な生まれの人間が家庭教師を雇うくらいで集団で学ぶ施設が希少であることは教会で暮らし始めてすぐわかったことだ。

 

 本格的にシスターとして仕え始めた私たちは教会が運営している学校ではお手伝いのような役割しか与えられていない。それでも朝の礼拝やミサ、帰宅までの遊び時間に付き合ったりしていれば自然と子どもたちとも顔を合わせることになる。

 

 今日も一通りの仕事を終え、広場でボール遊びを始めた子どもたちを目に入れられる場所に腰掛けると一冊の本を開いた。悪魔の実図鑑だ。

 

 悪魔と銘打たれているだけあって教会ではあまりよい顔をされないが、知識欲の旺盛な子という認識で見逃されているらしい。これ幸いと持ち歩き暇を見つけては情報を叩き込んでいた。

 

 珀鉛病の治療法は見つかっていない。迂闊に真実へ近付けば病気よりも先に始末されてしまう。それだけは避けたかった。

 

 フレバンスのある大陸の地理や周辺の海域について調べ、港を使う商人に会っては船の動かし方やそれとなく悪魔の実のことも尋ねた。しかし今のところオペオペの実については先代の能力者の名前がわかったくらいで収穫はない。

 

「またその本読んでるのかよ」

 

 低いところから声がして、レーナはぱたんと図鑑を閉じた。視線を向けるまでもなく神谷ボイスでローだとわかる。

 

「皆と遊ばないの?」

 

「遊んでるよ。でも、昨日教えてもらったことが気になってるんだ。シスターって昔お父様に習ってたんだろ、これ知ってる?」

 

 わざわざ持ってきたのか、図鑑に負けないくらい分厚い医学書をなんとかベンチに乗せて自分も椅子に腰掛けた。えーっと、呟きながら目的のページを探す姿はすっかり医者の卵だ。

 

「私よりもドクターに聞いた方が早いと思うけど」

 

「わかってるよ、今朝は忙しそうだったから聞けなかったんだ。あれじゃ帰っても時間あるかわからないし」

 

 突きつけられたページを近い近いと押し返し、膝の上に乗せ直してどこが知りたいのか尋ねた。すぐにここ、と該当の箇所が示され小さな文字の連なりを読み解く。

 

「私も言える立場じゃないけど、よく読めるわよねこんなの。まだ習ってない字もあるでしょうに」

 

「その場で教えてもらえば大丈夫だ。で、わかるのかよわからないのかよ」

 

 わかるよ。小さく返して索引を開いた。質問のページを指で挟んで必要なページを新たに開く。

 

「あった、ここの記述がわかりやすいと思う。」

 

 以前に学んだ分野でよかった。ローが持ち出した書籍も当時私が借り受けていたのと同じもので探すのも手間取らない。難しい言い回しや専門用語は噛み砕いて読み上げながら答えを教えてあげるとふんふん頷いていたローがにかっと笑った。

 

「そっか! ありがと、シスター」

 

「どういたしまして。この本は少し古いから、新しい情報がないか後でドクターに聞くといいわ」

 

 そうする。呟いて医学書を閉じたローは私の図鑑に興味を抱いたようだった。

 

「それ、いつも読んでるけどそんなにおもしろいの」

 

「それなりに。食べたらゴムみたいに腕が伸びるようになったり、体が煙になるのに物を掴めたり、そうそう。医者向きの能力もあるみたいよ」

 

 へぇ~。ノーランドの絵本を見るみたいな目でページをめくっていたローが動物系のある項目で止まる。

 

「ヒトヒトの実モデル人ってこれ、意味あるのか」

 

「ぶふっ!」

 

 思わぬ発言に噴き出してしまった。何年か後にチョッパーが食べるはずの実だが、確かに人間が食べる前提では意味がないようにも見える。ローの目はすぐに次のモデル大仏に移っていて、ああそれはセンゴクさんの能力だったはずだと考えながら笑いが止まらない。

 

「べ、別に人間しか食べられないわけじゃないから……トナカイとかが食べたら人の言葉を話し始めるんじゃ、ないかな!? くくくく……っ」

 

「なんでそこでトナカイ選ぶんだよ、犬とか鳥とかいっぱいいるだろ」

 

 そこまで言って魚が食べた場合を考えたのか、さああっと青ざめていくローと反対に私はひたすら笑っていた。やばいおなかいたい。

 

「レーナ、ロー君。お外に出てまで本を読んでるのは感心しないわ」

 

 いつまでも笑っていることに拗ねたのか脇腹を小突いてくるローに今はやめてと必死に抵抗しながら笑いを堪えていると地面に影が下りて目を向けた。腰に腕をあてながら仁王立ちしたマリアが頬を膨らませてこっちを見ている。

 

「シスター!」

 

 ぱっと表情を変えたローが図鑑を置いてぴょんとベンチを降りた。あ、ずるいぞ。瞬く間に本を回収してしまったマリアは膝を曲げてローに話しかけている。

 

「またお勉強していたの?」

 

「うん、シスターレーナはおれの姉弟子だから」

 

 そう思っているならもっと丁重に扱って欲しいものだ。女の子たちはまだしも、ローと同世代の子どもたちからはもっぱら同い年だと思われているような気がする。

 

 ローはといえば勉強熱心なところを褒められたのが嬉しいのか、医学書が没収されていることも気に留めず笑顔の大盤振る舞いだ。

 

「……やーい年上好きー……」

 

「なんだと!?」

 

 目ざとい。ああいや、耳ざとい。音を立てそうな勢いで振り返ったローはもういっぺん言ってみろとばかりに追及してくる。図星を貫いた自覚があるので早々に駆け出して声だけを残していく。

 

「別に恥ずかしくなることないさー! ここに通ってる子のほとんどは初恋相手がシスターになるって知ってるんだからねー!」

 

「「「なんだとー!?」」」

 

 あ、やべ。いらぬところに火が点いた。

 

 その日の午後はすっかりムキになった男子たちとの本気の鬼ごっこになり、呆れた少女たちは頬を真っ赤にしたマリアをなだめることで時間を潰したのだった。




情報源、教会の手伝いにいらっしゃるおばさま方。
ちびローさん回でした。

書けば書くほどマリアがかわいく見えてくる不思議。


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6話 告白

 ある日を境に、フレバンスの国民が倒れ始めた。肌には白い痣が浮かび、正体不明のその症状は最初白くなる病気……白化症と呼ばれていた。

 

 老若男女を問わずただ住民だけが発病していくその病を人々は伝染病だと考え、白い町への出入りは厳しく制限された。発病した患者はすぐに隔離され、国内でも消毒が徹底されるようになったが感染者は増え続けた。

 

 突如として猛威を奮い始めた、フレバンス出身者ばかりがかかる病。

 それはやがて珀鉛のように白くなる病気、珀鉛病と名を変えノース中に広まっていった。

 

 

 高齢だった神父様が真っ先に倒れ、私たちの教会は朝の礼拝を除いて信者の来訪を一時的に制限することになった。救いを求める人たちは昼夜を問わず神の家の門を叩こうとするが、それを受け入れるための人材が少なくなっていることが背景に上げられた。

 

「テレサさんのところ、おばあさん残して皆倒れちゃったそうよ」

 

「怖いわねえ」

 

「ドクターが必死に調べてくれてるそうだけど、国王様も手を打ってくれたらいいのに」

 

「最近めっきり城下に顔を出さなくなったんだってね。伝染るのが怖いんじゃない?」

 

 今日のおつとめを終えてせかせかと足を動かすおばさま方の噂話が遠くなっていく。彼女たちはいつも元気で顔を合わせるだけでほっとした。掃除用具を片付けていると彼女らを見送っていたマリアが駆け足でやってきた。

 

「お疲れ様、マリア」

 

「お疲れ様、レーナ。夕食にしましょ」

 

 私たちの宗派は幸いにして食事に関しての戒律などはなくお肉もお魚も美味しくいただけている。驚いたのが米文化が普及していたことで日本の白米に近いものを日常的に味わっていた。もしやローの米好きはこの頃からきていたのだろうか。

 

 夕食の片付けをしながら、朝の準備をしているマリアに声をかける。落ち着いて話したいことがあると告げれば先にお風呂に入っちゃおうかと提案された。

 

「なあに、姉さまがそう言うってことは大事なお話でしょう」

 

 成長しても変わらず二人で使い続けている寝台に腰掛けてマリアが切り出した。私はどう話したらいいかわからずにそっと襟元を握り締めた。

 

「ねえ……マリー、一緒に逃げよう」

 

 突然のことにぽかんとした表情のマリアが続きを促す。

 私はここを出ようと、発病したら二度と出られなくなってしまうからその前に逃げ出そうと妹に続けた。

 

「なぜ? いずれドクターが治療法を突き止めてくれるわ、他国のお医者様も知恵を貸してくれるかもしれない」

 

「それじゃ遅いの!」

 

 マリアの考えはしごくまっとうだ。これが本当に伝染病なら大がかりな研究機関が作られ、ワクチンを開発してくれる人も現れるかもしれない。

 けれど珀鉛病は中毒だった。明確な治療法はない。ろくに対策も打てぬまま、ここまで来てしまった。

 

 勢いのまま掴みかかってしまった腕からそっと力を抜く。王族が姿を見せなくなったのは政府の手を借りてこの国から脱出するためだ。じきに国境は完全に封鎖され、外へ出るにも困難になる。

 

 うつむいた私の手をマリアが包む。ぐるぐると思考を止められないでいるのをなだめるように手の甲を撫でられ、そっと握られる。

 

「レーナがずっと何かを抱えていたのは知ってたわ。誰にも話せなかったってことも。どうしてそう思うのか、聞いてもいい?」

 

 マリアはその名にふさわしく、聖母のような笑みを浮かべて私に問いかけた。

 

 私はすべてをぶちまけた。これまでのすべて。どこから来たのか、何故この世界を知っているのか、これから起きる未来についても。洗いざらい何もかもをぶちまけた。

 

 マリアはただ頷いていた。告解室で信者の過ちを打ち明けられたときのように否定も肯定もすることなく受け入れていた。

 

 そうして、すべてを話し終わったとき。マリアの腕がそっと背中に回された。

 

「お疲れ様、レーナ。ずっと、頑張ってきたのよね」

 

 声を上げて泣くのはいつぶりだろう。滲んでいく視界の中で、己の半身をかき抱いていた。

 

 

 

 

 私たちはすぐに準備を始めた。聖職に就く者として人々を見捨てられないといったマリアをなんとか説得し、祭りの夜ここを出発することに決定した。幸いにもまだ珀鉛病の兆候は見られない。交流のあった商人に取り次ぎを頼み、隣町へ神父様へのお見舞いの品を探しに行くつもりだと周囲には話した。

 

 祭りの日はすぐ訪れた。ここしばらくの暗い雰囲気を吹き飛ばそうと人々が集まっている。町中を紙吹雪が舞い、稲穂のような杖を掲げながら広場へ向かって行進していく。通り沿いに何軒も出店が立っていつもの賑わいが戻ってきたようだ。

 

 パレードが終わり夕方になっても後片付けが残っていたがそれはおばさま方が引き受けてくれた。

 

「あたしたちの分も神父様によろしくね」

 

 このまま国を去るつもりであることを知らない彼女たちに罪悪感が募る。けれど、今日を逃したらもう機会はないと本能が訴えていた。

 

 手荷物に例外なく消毒を受け、感染していないかボディーチェックも受けるという。監獄へ面会に訪れるときもこれぐらい厳しいチェックを受けるのだろうとかの海賊女帝を思い出した。

 

 シスターがベールを脱ぐときは限られている。衣服や装飾品も同時に消毒すると告げられ、布を外したところであっと声がした。

 

「申し訳ありませんが、貴方の出国は認められません」

 

 汚物でも触るかのように防護服越しに脱いだ修道服や荷物を渡され、部屋の隅にあった鏡を示される。下着だけになった背中の、ちょうど腰のあたりに小さな斑点が浮き出していた――――珀鉛病だ。

 

「どうされますか。精密検査を受け、結果次第では貴方の出国は可能です」

 

 もう一人いた監視員がマリアに問いかける。だめ。首を振って訴えかけるが、悲痛な顔をしたマリアも同じく首を振った。

 

「いえ。レーナと選びたかったんです……レーナと一緒でなきゃ、だめなんです」

 

 私たちの脱出計画は、失敗に終わった。



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7章 静けさ

 願いもむなしくフレバンスの国境は閉ざされた。

 国内にはフレバンス出身者ばかりが取り残され、やがてきたる死を待つのみとなっている。

 

 私はもはや監視が就く必要もないことを理由にDr.トラファルガーの手伝いをするようになった。看護師見習いのような立場だが、日に日に増え続ける患者を診るのに人手は足りないくらいだった。

 

 同じ日に発病したというラミちゃん(そういえばそんな流れだった。細部の出来事なんかはほとんど忘れている)も病院の一角にある自室で療養中だという。暇を見つけて会いに行ったが熱がひどく、まだ症状の軽いローが心配そうに見つめていた。

 

「お昼持ってきたよー」

 

「シスター、なんでここに」

 

「なんでも何も様子を見に来たの。ラミちゃん、起き上がれそう?」

 

 あまり無理させるつもりはないので体調が優れないなら改めて来ようとトレイを置いた。幸いにも食欲は残っているようで小さな返事が聞こえた。

 

 流石に医者の家系というか、寝たきりの危険性をよくわかっているからか病床の身であってもラミちゃんはリハビリを欠かしていないようだった。手を貸しているとはいえすぐに上半身を起こしリゾットに息を吹きかけている。

 

「ローくん、お薬ってどうしてる?」

 

「いつもは鎮痛剤だけだ。発熱は免疫反応だからよほど高熱じゃないと使っちゃだめだってお父様が」

 

「それじゃこれだね。ラミちゃんは私が診てるからローくんも食べちゃいなさい。そのために持ってきたんだから」

 

 逡巡していたローも私が先に食べてきたことを知るとこくりと頷いた。うんうん、食べる元気があるのはいいことだ。

 

「はい食べたら寝る! 特にロー! 医者の卵が不養生なんか笑えないわよ」

 

 二人の部屋はそれぞれ分かれていたがそんなことは気にせずベッドの上へ追い立てた。病は気から。ずっと床に伏せっていれば気が滅入るのは当然だ。でも一人で眠るのでなかったら少しは心が落ち着くもの。

 

「帰りにまた寄るから。しっかり食べてしっかり休んで、元気になったらまた皆で遊ぼう」

 

 ふくれっ面をしたローは横になったラミちゃんが嬉しそうに笑って手を握ったことで気がほぐれたようだった。へへ、と頬を緩ませた彼らに胸元まで布団を引いてやってそっと部屋を出る。

 

 

 国民の我慢はもはや限界だ。国境を越え助けを求める者たちはことごとく射殺されていく。大人たちは鉱山に入っては弾丸を作り始めた。もうじき戦争が始まり、この国は滅ぶ。

 

 すべてわかっていたとしても、変えられないことがある。

 

 ただただ諦観だけが体を蝕んでいた。

 

「おや、レーナちゃん。ローたちはどうだった?」

 

 給湯室へ行くと聴診器をぶら下げたままのドクターがお茶をすすっていた。奥さんは病棟を回っているのか姿が見えない。

 

「思ったより元気そうでした。食欲もしっかりあるみたいで何よりです。ローくんはくまができ始めていたので無理矢理寝かしつけてきました」

 

「ははは、そりゃよかった。知識がある分こちらの手が足らないのをわかっているみたいでね、中々寝付けないみたいなんだ」

 

 看護する人間は多いに越したことはないが今や誰もが病人だ。収容できる人数の制限もあり、初期から発症した患者さん以外は入院も受け入れられないでいた。

 

「手を借りたいのは山々なんだけどね、ローもまだ子どもだ。大人になったら父様と同じ医者になるなんて言ってくれてるが子どもの将来を縛りたくはない。今は僕らが頑張って彼らの未来を守らなければ」

 

 そう言ってコップの中身を飲み切ったドクターは「僕の中では君もその一人なんだけどね」と笑って白衣を翻した。まだまだ仕事は山積みだ。私も次の指示をもらって給湯室を後にする。

 

 

 

 

 ――――白い廊下の角に、修道服を着た少女が去っていく。

 それを最後まで見つめていたDr.トラファルガーはおもむろに呟いた。

 

「昔知りたがっていた鉛中毒の治療法……君にはこの事態が最初からわかっていたのかい? レーナちゃん」

 

 こぼれた問いかけは、誰の耳にも拾われず消えた。




嵐の前の静けさ。
次話あたりから捏造が増えていきます。


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8話 転機

 ついに戦争が始まった。国内にも兵士が入ってくるようになったという報せがあり、家族を自宅に残している者たちは一時帰宅を命じられた。

 

 私も病院へ来たばかりだったが帰った方がいいと促され、教会への道を走る。国境からじわじわと火の手が上がり、真っ白いフレバンスの町は夕陽に照らされたように赤々と燃え始めていた。

 

 今日がその日なんだろうか。国が燃え、人が燃え、病院にいる人も子どもたちも例外なく殺されていく。

 

 角を曲がろうとしたところでばらばらな足音が聞こえ身をひそめた。案の定数人の兵士たちが防護服に銃を構え走っていく。その内のいくつかは火炎放射器なんだろう、背中の荷袋にチューブが繋がっていた。

 

 とっさに姿を隠したのは市場だったようで、人のいなくなった屋台に多くはない数の果物が積まれている。食料なども自給自足するにはフレバンスの国土は小さく整備されすぎていた。

 

 どこかにオペオペの実が転がってやしないかと散々駆けずり回った時期もあったか。そんな偶然、期待するには遅すぎると思いながらも果物の山を眺めているとその中に目に留まるものがあった。

 

 ぐるぐると渦巻きを描いた果皮。形はちょうど葡萄に似ていて、果物にしてはまずそうな深い緑色をしている。

 

「何か音がしたな。総員、その場を捜索せよ」

 

 くぐもった兵士の声が聞こえる。逃げ出さなくては、そう思うのに手は勝手にその実へ伸びていた。

 

 実を手にした瞬間、パゴンと銃弾が木箱にぶつかった音が響く。

 

「あそこに何かいるぞ!」

 

 見つかった。もう考えている暇はない。路地の方へ駆け出しながら掴んだそれにかぶりついた。舌先にぴりりと痺れるような感覚が伝わり、後から味覚が追いついてきた。まずいなんてもんじゃない。タタババスコとやらの比ではないんじゃないか。

 

 たった一口、それだけでいいのにそれが辛くて涙が出てくる。残った実を放り出して口元を押さえ鼻を塞いだ。嗅覚を封じるだけで味の感じ方が随分変わるというのは本当のようでわずかにましになった瞬間大きく喉を鳴らした。

 

 ごきゅん。

 

 ひとかけらの果実が喉を通り過ぎていく。背筋が粟立つような感覚と共に、何かが体に宿ったのを感じる。

 

「あれは……悪魔の実か!? 何故こんなところに」

 

 地面に転がっていった実に兵士たちの視線が向く。そして、その一瞬で十分だった。

 

「契約よ。"私の命令に従いなさい"、こいつらをやっつけて!」

 

 人影がおもちゃへ変わり地面へ落ちる。記憶の喪失でまた一瞬の隙が生まれ、一番近い兵士の背中を引いた。

 

 彼らを率いる立場なのか、一人だけ動きの違う兵士が銃を構えるが味方の陰になって発砲をためらった。服を引っ張られてたたらを踏んだ兵士と近くにいた一人へ続けざまに能力を使い従えた。

 

 最初に変えたおもちゃがおもちゃの武器を片手に向かっていく。驚いた隊長格の男はしかし場慣れしているのか即座に銃を構え直し撃ち抜いた。

 

「タイチョぉおおお」

 

 まるで動画を早送りしているかのように撃たれたおもちゃが人間に戻っていく。流石に死んだ人間にはそれ以上能力は作用しないらしいと考えながら私の手は最後の一人にかかった。

 

 飛びかかった体勢のまま、地面にしゃがみ込んでばくばくと音を立てて鳴る心臓を押さえる。周りにはたくさんのおもちゃと一人の死体が転がっていて、どのおもちゃからもうめき声が聞こえてくる。

 

「貴様ぁ~!!」

 

 最後に触れた隊長のおもちゃが死体の銃を拾って跳躍した。それを見た他のおもちゃたちも一斉に飛びかかってくる。

 

「契約よ、"私を攻撃しないこと"! "私の命令に従うこと"!」

 

 なんとか出せた声はおもちゃたちを無力化するには十分だった。ばたばたと倒れていくおもちゃに間髪入れず次の命令を下す。

 

「フレバンスの民への攻撃を禁じる。私についてきて、襲ってくる人間は返り討ちにして」

 

 くず折れたおもちゃたちがゆっくりと立ち上がる。表情も見えないのに、彼らが絶望を抱いているとわかった。

 

 図鑑で何度も見たそれは超人系悪魔の実"ホビホビの実"。触れた者をおもちゃに変え、能力者となった人間はそれ以降"年をとらない"。

 

 悪魔の能力は一人に一つ。マリアにあげることはできない。

 でもこの能力があれば、死を待つだけだった人生に希望を見出せるかもしれない。

 

「……行こう」

 

 教会には妹たちが待っている。彼女は知っているから兵士の罠に乗るはずもないがこの戦火ではどう転ぶかわからなかった。

 この国はもう保たないだろう。けれど、国がなくても人は生きていける。

 

 おもちゃを従えてただ走った。たった一人の、私の家族のもとに。




オペオペするかトキトキするかヒエヒエコールドスリープしてもらうか、マリアと二人で助かることを前提に考えたらこうなりました。
ホビホビの実についていくつか捏造がありますのでここに纏めて記載。

1.ホビホビの能力者自身はおもちゃにした相手を覚えていられる。

2.おもちゃにした相手はその時点で本来の肉体の時間(体の成長など)が止まる。このため食事の必要はない。解除されると再び動き出す。

3.おもちゃ化してからの損傷は能力が解除されても本来の肉体には引き継がれない。
 ただし致命傷となるような傷の場合は別で、そのまま死亡する。生物以外には能力は行使できないため、同時に能力も解除される。


次回は火曜更新の予定です。


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9話 半身

誤字脱字報告ありがとうございます。
気を付けていてもどこかに現れる不思議。


 幸いにも教会の周りには兵士の姿がなかった。仰ぐ神が違うとはいえ神聖な場所に人は近寄りがたいのだろう。

 

「マリー!」

 

「レーナ! そのおもちゃは何?」

 

 無作法にも廊下を走ってきた私にマリアのお咎めはなかった。むしろ見覚えのない動くおもちゃがいることに気をとられたらしい。とりあえず中へ、呟いて踏み出した足元をおもちゃが駆けていった。

 

「貴様、この能力者め! おかしな力を使いおって、元の姿に戻ったら覚悟しろ!」

 

「鳥のおもちゃだー!」

 

「変な鳥ー!」

 

「ねえねえシスターレーナ、なんでこのおもちゃしゃべるのー?」

 

 銃を槍のように掲げて抗議するおもちゃはすぐ子どもたちの餌食になった。力加減には気を遣ってくれているみたいだけど、大岡裁きのように両手足を掴まれ引っ張られている様子に背筋が寒くなる。

 

「それも合わせて、説明は中でするわ。戻って戻って」

 

 このときばかりは皆いい子でよかったと息をついた。おもちゃ兵士に周囲を見張らせ、誰か近付けば知らせに来るよう命令を仕込んだ。少し考えてさっきの隊長兵士には静かに中へついてくるよう言った。

 

 礼拝堂は荒らされておらず、子どもたちの他に何人か避難してきた住人の姿があった。意図的に安全地帯を作っておけば段々と人が集まって最後には一網打尽にできる。原作のシスターが罠に嵌められたのも同じ方法だ。

 

「子どもたちは全員いる?」

 

「いいえ、ローくんはラミちゃんが心配だからって帰ったわ。すれ違わなかったのね」

 

 その通りだと頷いた。原作の流れになりつつあるんだろう。ひとまずここにいる人だけでもと集まるように言った。

 

「このおもちゃは元々ここへ来た兵士の一人よ。私の能力でおもちゃに変えて、命令に従わせている」

 

「っ悪魔の実を食べたのね」

 

 これはマリアに伝われば十分。話を続ける。

 

「これから皆にこの能力を使っておもちゃに変身させるわ。そうすると皆のことは誰もが忘れてしまう。フレバンスの住人だってことも、珀鉛病にかかっていることもね。そうすれば兵士に追われることはない、ここを出て病気を治す方法を探せるの」

 

「本当!?」

 

 子どもたちがざわざわと顔を合わせて歓声を上げる。同時に隊長がこちらを睨んだ気がしたが相手をしている暇はない。

 

「絶対助かるとは言えないわ。国境を越えても追っ手がかかってそこで終わりかもしれない。それでも私を信じて、一緒に来てくれる?」

 

 問答無用でおもちゃに変えることもできた。でも、私は一人一人の想いを知りたかった。生まれ育ったここへ残るか、故郷を捨ててあてのない旅へ出るか。

 

「いいよ」

 

 問いかけは、不要だった。一人が呟いたのを皮切りに皆が目を合わせてにっこりと笑う。何もかも突然でわからないことだらけだろうにどうしたらいいのか、手伝えることはないかなんて聞いてくれる。

 

「これから順番にタッチしていくから、そうしたらおもちゃに変身するわ。全員終わるまでは外へ出ないでね」

 

「「「はーい!」」」

 

 帰りの挨拶みたいに並んで、とマリアがフォローしてくれたのでスムーズにおもちゃの列ができていく。ぽんぽん現れるおもちゃが人だったことは覚えられるようで、まだ触っていない子どもとおもちゃだった子が不思議そうに触り合いっこしている。

 

 子どもたちの列が終わり、杖をついたおばあちゃんが前に来る。けれどおばあちゃんは一向に杖を離そうとせず、私も手を止めた。

 

「忘れられるのは、嫌じゃなあ」

 

 そう呟いて下を向いてしまったおばあちゃんに私もしゃがみ込んで手のひらを差し出す。

 

「大丈夫。私は、覚えてるから」

 

 視線を合わせて微笑んでみせると震える手がちょんと指先に触れられ、古ぼけたひつじのぬいぐるみに変わった。悲しそうにこちらを見上げるぬいぐるみに「テレサおばあちゃん」と呼びかければ涙を呑んだような動作でこくりと頷いた。

 

 礼拝堂の中はおもちゃだらけになって、まともな人間は私とマリアだけになった。早速おもちゃの体で遊び始めた子どもたちを視界の端に、彼女に歩み寄る。

 

「マリー……」

 

「大丈夫よ。レーナ、私の半身。諦めなければ助かるということを、あなたは証明したでしょう?」

 

 肩口に鼻先をうずめて深く頷いた。マリアの腕が背中に回され、私の伸ばした手が背を叩く。

 

 ぽんっ。

 

 軽い音を立てて手のひらにとさりとぬいぐるみが落ちてくる。布人形と言った方がふさわしいそれは、私と同じ修道服を着ていた。



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10話 大脱走

 教会を出ると辺りは火の海になっていた。マリアを抱えた私が先頭、殿を隊長に命じて病院への道を急ぐ。道中遭遇した兵士にはおもちゃ兵士をけしかけて片っ端から味方に変えていった。

 

「よかった、まだ病院の前に人がいる」

 

 "ここ"は覚えていた。アニメオリジナルのシーンだったけれど、助けを求める住人が駆除され病院も襲撃に遭うという流れのはずだ。

 

「シスター?」

 

「ごめんなさい、説明は後で!」

 

 門にすがりついていた人たちを次々におもちゃへ変えていく。子どもたちや先に変わっていた住人たちが走りながら説明を代わってくれた。

 

 おもちゃ兵士に柵の中へ入らせ、門を開けて全員内側へ入ると再び門を閉じた。これが少しでも時間稼ぎになってくれたらいいのだけど。

 

「ドクター、どこですか、ドクター!」

 

 歩き慣れた病棟内を駆けずり回る。塵が舞ってしまうのは見逃して欲しい。勘に従って院長室の扉を叩けば当たりだったようで戸棚に向かい合っていた夫妻がこちらを見る。

 

「レーナちゃん、どうしたの!?」

 

「帰ったはずでは……いや、何故教会へ行かせたのだろう。彼女には身よりもないのに」

 

 順調に能力が効果を表しているようで医療器具を引っ張り出していた夫妻は戸惑いながらも私を招き入れた。ファックスのような機能のついた電伝虫は既に眠っており、ラストシーンまであまり猶予がないことを知る。

 

「色々あって、それより、すぐここを離れないと。ローくんとラミちゃんも連れて皆で逃げましょう」

 

 私はこれまでの経緯を簡単に話した。

 

 

 珀鉛病を治すためには、まず何が何でも医者がいる。それも噂に踊らされない、まともに考える頭のある医者が。ノースブルーにそれは稀だった。夫妻を一緒に連れて行けば治療法の確立により希望が持てると思った。

 

 鳩が豆鉄砲を食ったようなとはよく言うが、正気を取り戻した夫妻は安堵に息をした。けれどドクターは少し考えて首を振る。

 

「私には患者がいる。この国のすべてを救えるとは思わないが、彼らを見捨てて先に逃げるなんてことはできない」

 

「そんな、治療法はきっと見つかります。患者も皆連れて行けばいい! あなたがいなかったら、誰がこの病気を治せるんですか!?」

 

 口をついて出たそれは、自分でも気付いていなかった本心だった。

 

 私の知る医者の中で、誰よりも優れた人。マリアの次に心の拠り所にしていた人がDr.トラファルガーだった。その彼をみすみす殺させてしまうようなこと、私には。

 

「そうね。レーナちゃん、ローとラミをお願い。いつもの部屋にいるはずだから」

 

「君は行ってくれ、二人はまだ幼い。保護者が必要だ」

 

「彼女たちがいるわ。女の子って男の人が思っているよりずっと強いのよ? それに、あんな啖呵聞かされちゃったら置いていけないじゃない」

 

 夫妻が一瞬頬を寄せ合って、再びこちらへ目を向けた。ふわーお、という気の抜ける歓声がおもちゃたちから上がる。

 

「一緒にいるのは同じシスターと子どもたちかしら。きっとローくらいね。レーナちゃんを助けてあげてちょうだい」

 

「もちろん!」

 

「おれたち絶対生き延びてみせるから!」

 

 一目見ただけで察したのか、おそろしい洞察力に頭が下がる。ほとんど同時に門が破壊される音がして私は唇を噛んで部屋を出て行った。

 

「頑張って、レーナちゃん」

 

「大丈夫、珀鉛病は中毒だ。治療法は必ずある」

 

 夫妻の呟きを、隊長だけが聞いていた。

 

 

 

 

 ローの部屋ならわかるぜ! ばか、ラミの部屋でしょ! という問答を交えて廊下を駆けていく。彼らの住居は施設の最奥に位置している。病院に入ってきた兵士らは手前から念入りに一部屋一部屋確認しているようでまだ見つからずに済んでいる。

 

 観音扉を蹴破るようにして開け、中を見渡した。室内は病棟と比べ真っ暗で寝ているはずのベッドにも人の影はない。

 

「二人ともどっか行っちゃったのか……?」

 

 おもちゃになった子どもの呟きに眉を寄せてシーツの中に手を入れた。まだほんのりと温かい。

 

「ラミちゃん? ローくんはどこ?」

 

 うろ覚えの知識を引っ張り出して声を上げるとクローゼットの扉が小さく開いて咳の混じった声が私を呼んだ。

 

「おねえちゃん、なにが起きてるの? こわいよう」

 

 半開きになった扉を開ければ腕を広げたラミちゃんが飛び出してきた。それをなんとか受け止めてなだめるように背中を叩く。

 

「お父さんとお母さんから頼まれて迎えに来たの。一緒にここを出ましょう、ローくんがどこへ行ったかわかる?」

 

「わかんない、変な音がするからって出ていっちゃったの」

 

 表の兵士の音に両親を呼びに言ったのだろう。入れ違いになった、と舌を打った途端銃声が響いた。流れるようなそれは怒声と共に外へ向かっていく。

 

 こうなったら合流することは難しい。彼に流れるDの血に賭けるしかないと銃声に驚いたラミちゃんの口をそっと塞いだ。

 

「いい、ラミちゃん。私が今から魔法をかけてあげる。そうしたら痛いのも苦しいのもなくなるからね」

 

 流石に医者の子どもというべきか、死んじゃうの? と涙を浮かべかけたのを必死に否定する。どうにか同意を得て耳の垂れたうさぎのぬいぐるみになったラミちゃんを連れて窓から外へ出た。

 

 町はもう、壊滅寸前だった。侵入してきた兵士は門前から姿を消していて追っ手のいないことを幸いに国境を目指して走る。

 

「シスター、ローは? ローも生きてるよ、探しに行こうよ!」

 

 おもちゃになっていないローのことは皆が覚えていて、口々に叫んでは駆け出そうとする。そのすべてを契約で押し留め、ばらばらになってしまうのをなんとか止めた。

 

「闇雲に探しても助けられない、皆を国境から出すことが最優先なの! わかって!」

 

 全力で走り続けて体は正直限界だ。拳を握り締めて叫んだ言葉におもちゃたちがしんとなる。立ち止まっている時間はない。襲ってくる兵士におもちゃ兵士を差し向けてどうにか従え足を動かし続けた。

 

「……逃げようとしても、国境は厳重に警備されている。どう足掻いてもおまえたちに未来はないぞ」

 

 教会を出てからずっと口を閉ざしていた隊長が併走して尋ねてきた。その足取りからはどこか迷いのようなものが消えている。

 

 助かる方法が見つかっていない以上、未来もないのかもしれない。

 

 でも、ここで諦めることだけはしたくなかった。

 

「とりあえずミナントへ、あそこが一番近い」

 

 ミナントの国境には森が広がっている。歩き慣れた者でないと迷ってしまうほど深い森だ。鉄格子を超えた先に警備兵もいるだろうが、そろそろ国内の兵士が少なくなっていることに気付くはず。気付いたら殲滅を目的としている以上補充しないわけにはいかないはずだ。

 

 憶測だらけの作戦だけど何もないよりマシだった。

 おもちゃだらけの行軍は、そうして国境を越えた。



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11話 出港

 フレバンスは四つの国に囲まれている。その内の一つ、ミナントは最も海に近く多くの人や物が行き交う海洋貿易国家である。

 

 漁師や商人の多い港町は朝が早い代わりに深夜にもなれば人通りはなく逃げるにはうってつけだ。港へ急いだが肝心の船は柵で仕切られた向こうにあり唯一の通用口にも銃を持った衛兵が並んで立っている。

 

 想定していなかったわけじゃない。とはいえ、もう足が限界だった。作戦を立て直すため人気のない倉庫に忍び込む。

 

 幸いにも鍵はかかっていなかった。重たい扉をどうにか開けたところでとうとう力尽きてその場に倒れ込んだ。シスター! と叫び声が上がるのを手で制して中へ這いずり入る。

 

 心臓がばくばくとうるさい。足の裏は痺れたようなのに脚は棒のようで感覚がない。打ちつけた肩がじんわり痛んでまぶたはとろけるように下がってくる。少し休んだらまた歩くから。少しだけ、少しだけ、まどろみに沈み込んでいく私を冷たい感触が突いた。

 

「寝るな、起きろ、ここで寝たら死ぬぞ」

 

 なおもつんつんつんつん頬を突かれて仕方なく重たいまぶたを持ち上げた先にはあの鳥のおもちゃが銃口をこちらに向けていた。思わず後ずさるとやっと起きたかなんていって銃を上に向けて脇に挟んだ。

 

「なんっ……」

 

「撃つ気はない、安心しろ。それよりも動く気になったなら船を盗むぞ。大陸にいてはいつ殺されるかわからん」

 

 驚きに目を剥いていれば返事は、と再び銃口を突きつけられる。やわらかいぬいぐるみだから起こすために硬いものが必要だったのか。やっぱり冷たいのでひゃい! なんて間抜けな返答が飛び出るが隊長は返事の内容には興味がないようだった。

 

「よし。港の通用口は一つ。警備はそこだけ、夜はわざわざ見回る者もいない。幸い柵はそれほど高くないのでおまえが我々を投げ入れれば出港の準備は整えてやる。港の一番端から柵を壊し、警備兵が追いつく前に脱出する」

 

「……頭打った?」

 

「失礼な!」

 

 さては本当の鳥頭になってしまったのでは、一丁前に帽子を被っている隊長の頭をおそるおそる触ると怒られてしまった。直接殴るのは攻撃禁止の命令に反するらしく銃を振り上げてぐぎぎとうなっているのがなんだかおかしい。

 

「おまえに従うしかないことは理解した。そこのおもちゃ共と違い、盾に使われるだろうこともな。こうなったら一連托生だ。能力が解除されるまでは付き合ってやる」

 

 わかったらとっとと体を動かせと背中を(これは判定されなかった。基準が謎だ)げしげし蹴られ立ち上がった。ついでだから食料や物資の調達もしておけと倉庫の荷を漁らされる。こいつ本当に中身軍人だろうか。

 

「あの……ありがとう?」

 

「礼を言うなら能力を解け。珀鉛病は中毒なのだろう。ならば、精々生き汚く足掻いてみせろ」

 

 どこでそれを知ったのか問えば病院を離れる際ドクターの呟きを耳にしたのだと返ってきた。

 

 やはりフレバンスを襲った兵士たちは珀鉛病の真実を知らないのだ。やっきになって駆除しようと追ってくるのは、彼らの認識ではこれ以上の感染拡大を防ぐため。周知されている事実と医者のこぼした真実を天秤にのせ、それが本当であったら政府に都合の悪い真実を信じることにしたと隊長は話した。

 

 思わぬ味方ができたことに戸惑いながらも私たちは倉庫を後にした。隊長の言う通り、最初に見たときから衛兵は一歩も動いていない。寝静まった町の中では通用口に設けられた警備室しか明かりもなく暗闇に紛れて行動するには十分だ。

 

 空は新月、星明かりだけを頼りに鉄格子に忍び寄り次々とおもちゃを放り込む。一番近くの船に乗り込んで瞬く間に錨を上げ帆を広げれば係留ロープがぎしぎし鳴った。

 

 

 作戦立案はほとんど隊長が行った。私がしたことといえば、それに少し手を加えただけだ。

 

「隊長、準備が整いました」

 

「もやいを解け、すぐに行く!」

 

 倉庫の隅で古びていた剣で鉄格子を押し破る。不審な音に気付いた衛兵たちが駆け出した頃には私は柵を踏み越えていた。

 

「何者だ!」

 

「止まれ、許可なく船を出すことは禁じられている!」

 

 近付いてくる衛兵に隊長がすかさず銃を撃った。おそらく威嚇射撃だろうそれに気を取られている隙に船へ飛び込む。

 

「出港だー!!」

 

 その一声で最後の船の係留ロープが解かれ、広がった帆が風を受ける。見れば他の船も大きく帆を広げてぐんぐん風に煽られ進んでいる。

 

「基地長! 港の船が次々に出港していきます! まさか、ホワイトモンスターがあれだけ……?」

 

「う、うろたえるな! 大砲用意、とにかく全部沈めるのだ! 軍艦はどうした!」

 

「それが舵を壊されており……出航できません!」

 

 背後から絶叫が聞こえてくる。いつの間に、と隊長の方を見ると彼は次なる指示を飛ばしているところだった。不安そうに取り囲むおもちゃたちをそっと抱き、私もそばへ向かう。

 

 白い町からの脱走は、こうして成功を収めたのだった。



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12話 幕間

 随分なことになったとセンゴクは額を押さえた。

 

 ノースブルー憧れの地、フレバンス殲滅作戦。その真実を彼が知らされたのは海軍からも兵を出すと決まった日のことだった。

 

 百年も前から珀鉛の有毒性に気付いていてなお何の手立ても講じなかったのは当時の上層部の意向だというが、それを実行することになるのは後年の若者たちだと何故わからないのか。

 

 組織の中で昇進していくにつれ鎖で絡め取られるように身動きが取り辛くなっていくのを感じていたが改めてその闇に目を向けると頭が痛くなる。

 

「センゴクさん……? かけ直しましょうか」

 

「いや、構わん。もうすぐ奴らのアジトへ戻るんだったな」

 

 電伝虫の向こうの愛息子は大きく頷いた。その後も二、三、話をして受話器を置いた。青いラインが二本入った電伝虫はすぐに目を下ろし寝息を立てている。

 

「白い町か……逃げたという方角は逆だが、スパイダーマイルズからも近かったな」

 

 耳に入れておいた方がよかったかと思うも、心優しいあの子がそれを聞いて平静でいられるとは思わない。何より今は大事な時期だ。おそらくはうんと長期に渡る潜入任務をこなすためには雑音は少ない方がいい。

 

 センゴクは机上に広げられた資料をもう一度手に取った。港を出るときに撮影されたという写真に映るのはまだ少女といってもいい年頃の女性だ。白い町唯一の脱走者であり、おそらくは悪魔の実の能力者。

 

「これが事実ならば、厄介なことになる」

 

 動くおもちゃを引き連れていたという証言に加え、覚えはないのに記載されているという兵士たちの名簿、住民票と比べて数の合わない死体。

 

 推察される能力はホビホビの実。能力者当人の老化を止め、触れた者をおもちゃに変えるだけでなく記憶すらも奪ってしまう力。おそらくは珀鉛病の進行そのものも止まっているため、余命を待つこともできない。

 

 センゴクは再び頭を抱え、深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 船に乗り込んだところで限界を迎えたようで、私は泥のように眠っていたという。気絶していないのが不思議なくらいだったがその間にも船は進んでいた。フレバンスのあった大陸が見えなくなったくらいで風に流されていく船団から離れ、近くの島を目指しているという。

 

 軍艦から拝借したという海図で現在地を教えられたが海に出たのはこれが初めてなのでわかるはずもなく隊長の判断に任せることにした。今は腹の虫が鳴ったので調達した食料をもそもそと食んでいるところである。盗んで食べるご飯も初めての体験だ。

 

 船縁では同じく初めて海へ出たフレバンスのおもちゃたちが楽しそうに波を眺めている。そういえば能力者になった以上落ちたら助けられないのであまり身を乗り出さないよう注意すればよい子のお返事が聞こえてきた。

 

「潮流に乗せられた船と操船したものの行き先は異なる。近くの島を目指すというのは、船を乗り換えるためでもある。港の船をすべて離岸させるという機転はよかったがそれだけではじき特定されてしまうからな」

 

 口に物が入っているので相槌は打てないがなるほどという顔をして頷いておいた。もう全部お任せしたくなるくらいプロの判断はわかりやすい。

 

 風向きが良ければもうじき到着するとのことでやることがなくなってしまった私は着替えを兼ねて変装をすることにした。シスターが脱走したことはとっくに知られているはず、その対策だ。

 

 倉庫には輸出品なのか食品だけでなく衣料品、武器弾薬なども運び込まれていた。さらに化粧品まであり、いくつか見繕って鞄に入れた私を隊長が奇異の目で見ていたが失礼な。ちゃんと理由があって持ち出したのだ。

 

 珀鉛病は肌や髪が白くなり、全身の痛みと共にやがて死に至る病。小さい子どもには発熱なども見られたが、おおよその症状としてはそんなところだ。

 

 そして、患者と健常者の見分けがつきやすい病気でもある。私の体も白化した部分は随分大きくなって修道服を着ていても点々と元の肌との違いが見えてしまう。そこにファンデーションを塗り覆い隠してしまおうというのが私の考えだった。

 

「どう? マリア」

 

「大丈夫。しっかり隠れてるわ」

 

 念には念を重ね調達した服の襟袖からは見えない位置にも粉をはたく。髪を束ねて帽子に押し込め、ロザリオを外せばどこにでもいる旅人に早変わり。欲を言えば顔ももう少し変えたいのだけど道具がないのに加え今生ではあまり使ってこなかったので慣れていない。手配書でも作られない限りは大丈夫だろうと考えることにした。

 

 扉の外から島が見えたと聞こえてくる。ここへ生まれてから、フレバンスの大陸以外に行ったことなんてなかった。不安と期待の入り混じった感情を抱きながら、私は新しい地へ足を下ろした。




やったあセンゴクさんと皆大好きなあの人の登場だ!(ただし電話越し)

ここで現時点までにおもちゃ化している人たちの一覧を載せておきますね。

・シスターの格好をした布人形
本体:主人公の妹であるシスターマリア

・翼の長い鳥のぬいぐるみ
本体:フレバンスを襲撃した兵士らの一人。隊長と呼ばれていた

・耳の垂れたうさぎのぬいぐるみ
本体:トラファルガー・ラミ

・古ぼけたひつじのぬいぐるみ
本体:テレサという名の町の老婆

他おもちゃ兵士や子どもたち、フレバンスの住人は特に決めていません。

おもちゃ兵士はおもちゃにされたトンタッタ族のようにおもちゃの剣や銃を持っていますが、隊長だけはそれがなく本物の銃を使っています。なので弾薬などの補充が必要。


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13話 啓示

 辿りついた島で私はそれまで乗っていた船に火を点けた。

 

 海軍支部のない島を目指したそうでしばらくは追われる心配もない。けれど、ミナントから消えた船が別の場所で見つかればそれまでの足取りを辿る手がかりになってしまう。

 

 全員を下ろしたところで船内に火を放ち沖へ押し出した。中から発生する上昇気流で船はぐんぐん進んでいく。火がすっかり燃え広がれば私たちの痕跡すらかき消してくれるだろう。

 

 人気のない砂浜から町の方へ出るとなかなかの賑わいで思わずさっと帽子のつばを下ろした。雑貨屋に足を運び、口紅を一本購入して顔にペイントを施す。おやまあと呆れ顔をした女店主には大道芸人なのだと嘘をついて宿を尋ねた。ここへついてからおもちゃたちの入った箱をずっと抱えているものだから少しくたびれていた。

 

 おもちゃたちには見つからないよう部屋に隠れていることと明言して隊長だけを連れ出し港へ向かった。次なる足を探すため、助言を期待してのことだ。一通り見分した隊長が聞きとがめられないくらい小さな声で指示を出しその船に近付こうと足を向けたところで背後から声がした。

 

「その船に乗るのはやめた方がいい」

 

 振り返った先には少年がいた。地面に布を敷いて座り込み、なにやらカードを広げている。

 

 相手をするな、と隊長が囁く。けれど私はその仕草に既視感を覚えていた。目の前まで近付いても気にせずカードと向き合っている少年に、私は名前を尋ねた。

 

「言わずとも伝わると出ている。あなたの想像通りの名だと答えておこう」

 

 そうしてようやく顔を持ち上げた少年の名は、バジル・ホーキンス。

 

 後に最悪の世代と称される一人だった。

 

 

 

 

 カードと戯れ続けるホーキンスをなんとか引きずって宿へ戻った。あまり表情のない顔がそれでも小さく眉を寄せて不服そうに訴えてくるので何か奢ると言うと了承された。育ち盛りの食欲って偉大だ。

 

 見かけよりはたくさん食べる彼に手持ちのお金を確認しながら部屋へ上げた。扉の前で少し待ってもらっておもちゃたちは浴室に押し込める。昼間だからか隣には誰もおらず盗み聞きの心配がないのはありがたい。

 

「あの船の持ち主に死相が出ていた」

 

 先程の呟きについて問えば、そう返ってきた。何が起きるかはわからないが、もし乗り込んでいたら巻き込まれていたのだろう。彼の占いはほとんどがパーセンテージで表現されるので精度というには微妙だが、頂上戦争後のルフィの生存確率を当てるなど的中率は高い。

 

 私は彼に占って欲しいことがあると告げた。探している少年のこと、目的としている地とそこへ行くための手段の二つ。ノースの海図自体は軍艦からもらってきたものをそのまま持ち歩いているので問題はリヴァース・マウンテンを越えられるかどうか。

 

 ホーキンスは予想に反して二つ返事で了承してくれた。人助けをすると運気が上がる日だとかで対価もさっきの食事で十分だと続けタロットを取り出す。

 

「その子どもの名は」

 

「トラファルガー・ロー。十歳の男の子」

 

 誕生日や血液型も必要かと思ったけれどすぐに彼はタロットを混ぜ出した。しんとした室内にカードを切る音だけが響いている。

 

「出た」

 

 タロットが開示される。逆さまのそれを私も見た。昔かいつまんだくらいの知識なのでカードの意味などは理解できなかったけれど悪い結果にはならない筈だ。

 

「生きている。が、死神の手が近付いている。無為に過ごせばやがて死に至るだろう」

 

「居場所は? わかる?」

 

「蜘蛛の名を冠する地。だが、迂闊に手を出さず時を待てとも出ている」

 

 時……オペオペの実を手に入れるまで待て、ということだろうか。私が考えている間に彼はカードを集め直しまた混ぜ始めた。今後のことについて占ってくれるのだろう。

 

 再びカードが開示され、当然だけれど先程と配置も絵の向きも違うそれを見つめる。しばらく黙っていた彼がおもむろに口を開いた。

 

「汝の神を信じよ」

 

「え?」

 

「訳すならそんなところか。一番大きな船があっただろう、そこの副船長にいくらか握らせれば黙って乗せてもらえる」

 

「それも占いの結果?」

 

 妙に具体的な方法に尋ねれば言葉少なに否定される。つまりそれだけ頻繁に行われているということだ。

 

 何はともあれ具体的な指針ができたことでお礼を言って頭を下げた。いずれ追っ手が来ることも考えると宿は引き払った方がいい。一泊分の金額を払った後だったが、チップだと思って気にしないでおこう。

 

 再び荷物を抱えて宿を出るとホーキンスももう帰るときびすを返した。驚いたことにこの島の住人だったわけではないらしく、新たな出会いがあると占いに出て単身海を渡ったのだという。行動力ありすぎないか。去り際にまた、と呟いて颯爽と長くなりつつある髪をなびかせて小さくなっていく。

 

「また、かぁ」

 

 またの出会いを。そう言ってくれたのは、再会するまではどちらも死なないと予見してくれたからだろうか。人助けは運気が上がると言っていたが、それすらも建前だったのではと考える。

 

(いい子だったわね、レーナ)

 

「うん」

 

 さて、木箱を担ぎ直し前を向く。出港時刻が迫っているのか件の船の周りはひどく慌ただしい。それに追いつくために駆け出して声を張り上げた。次なる地へ向かうために。




この辺りキング・クリムゾン(時間を飛ばす)しようとしていた内容なので進行に悩んでいたらふらりと現れて啓示を与えて去っていきました。
ありがとうホーキンス。


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14話 船上

「バジル・ホーキンス貴様~!」

 

 そう叫びだしたくなるほどに、商船へ同乗してからは最悪の連続だった。

 

 乗り込むのはうまくいったものの一部の船員に話が伝わっていなくて無賃乗車扱い。荷物を取り上げられそうになっていたところを航路変更を告げに来た航海士に助けられた。

 

 積荷でいっぱいの船内に客室などあるはずもなく倉庫の一室を貸し与えられる。船長室からそう離れていないので何かあったらすぐ呼びに行けるのが幸いだ。しかしおもちゃたちを入れた箱を輸出品の一つと思ったのか開いていた蓋を金釘で閉じられそうになって急いで止めた。

 

 更に嵐。いやこれはいい。航海をしていればいつかはぶち当たる天災だ。

 

 どんなに船が揺れようが崩れてきた商品がぶつかってこようが耐えられた。耐えられた、のだが実際に嵐の海で船を操っていた男たちはまさに死屍累々といった体で甲板に転がっているところを海賊船に襲われた。

 

 これで最初の発言に戻る、というわけである。

 

 ぐったりしていた船員たちはあっさりと船を引き渡した。倉庫にいた私も瞬く間に縛り上げられ、今は下働きの少年の隣に座っている。

 

(船長らがケチだからウチの商会は保険に入ってんのさ。だから下手に壊されるよりさっさと出て行ってもらった方がいいってわけ)

 

「こらそこ! 何を話してる!」

 

 うへぇ、怒られた。頭をちぢこめながらもまったく堪えた様子のない少年はぺろっと舌を出してみせる。

 

 確かに、どの船員も大した傷一つなく大人しく拘束されていた。うまくいきすぎて海賊の方が首を傾げてるくらいだ。

 

「積荷はすべて差し上げます~だからお命だけはお命だけは」

 

「船にも手ぇ出さねぇでくだせぇ~おらたちこれがなきゃ故郷に帰れねえだよ~」

 

 海賊の足にすがりついて許しを乞う船長さんたちはこういった事態に慣れているんだろう。なかなかの演技派だ。鬱陶しそうにそれを追い払った海賊がそそくさと穴の空いたトリコーンを被った人物の下に戻っていく。

 

「お頭、こういってやすがどうしましょ」

 

「全部載せたらうちの船が潰れちまうわ、バカ! だがただでくれるってんならもらってやる。おれたちゃタダの海賊団だからよ!」

 

 こちらも刃の欠けたサーベルを引き抜いて掲げると甲板を占領していた海賊たちから歓声が上がる。襲撃してくる時も名乗ってはいたがその時は一味の名前だとは思っていなかった。

 

 なんとか穏便に済みそうだとほっとしていたのも束の間、ぐるりと甲板を見渡していた海賊のお頭がずかずかこちらに近付いてきて私の首根っこを掴んだ。

 

「ようし、こいつは人質だ! 無事に次の島へついたら解放してやるから安心しな!」

 

「マギーさん!」

 

 乗船する時に名乗った偽名を少年が叫ぶ。どうにか安心させようと微笑むが見上げるほどに大きいお頭に持ち上げられ首が絞まる。

 

 顔を合わせるように吊り上げられているので後ろ手に縛られていては抵抗もできない。せめて下ろしてと口を開いて抗議するがひゅうひゅうと息がこぼれるくらいで言葉にならなかった。

 

「お頭お頭、首絞まってますって!」

 

 意変に気付いた海賊の一人が進言して荒っぽく床に落とされた。

 

「悪いな、大丈夫か嬢ちゃん?」

 

 正直まだ声を出すのも辛いのだけど頷いてみせた。縛られたままでは能力で対抗することもできず眉間にしわが寄る。

 

「それにお頭、まずいですよぉ。これからグランドラインへ行くってのにこんなお嬢さん連れていけるわけないですってぇ」

 

「む、そうだったな! どうしよう」

 

 いや知らないよ。一斉に首を傾げる間抜けな海賊団に突っ込みを入れそうになって耳を疑った。

 

「待って、あなたたちグランドラインへ行くの?」

 

 ぱちぱち瞬きをしたお頭がおうよと答える。そんなところまで行ったら帰って来れないと少年が悲鳴を上げるが私には好都合。心配しないでと今度こそ呟いて海賊に向き直った。

 

「私もグランドラインを目指しているの。喜んで人質、お受けします」

 

 どよめきが上がるのを背に、私はにっと笑ってみせた。



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15話 鯨

寒くなってきましたね。
風邪引いたっぽいのと本格的に鉛中毒について調べ直しているので一週間投稿を休止します。
27日辺りに更新再開する予定です。
変更がありましたら活動報告にてお知らせします。


 結論だけ言えば私はタダの海賊団の客分となった。

 

 表向きには人質であり、彼らからは海軍が追ってきた時の盾として見られている。私も正体がバレたら追われる身なのでやすやすと海軍に差し出されるわけにはいかないが、これまでのところ何事もなく船は進んでいた。

 

 人質は無事に解放してこその人質だとお頭は考えているそうで船内での立場もそう悪くなかった。ただが大好きと言い張るだけあってお金や宝石に目もくれなかった彼らは滞在費も受け取ろうとせず、代わりに食事や洗濯などの労働を受け持っている。これでは居場所が海へ変わっただけで教会での暮らしとあまり変わらないが、本人たちがいいと言っているのでいいのだろう。

 

 共同生活を送っていれば生き物であるおもちゃたちについて説明しないわけにはいかず、病気の名前については伏せておおよその経緯やグランドラインを目指している理由を話すと泣いて同情された。その日は号泣する海賊たちで溢れかえったが、おかげで船内だけとはいえおもちゃたちが自由に活動できるようになったことはありがたかった。

 

 そして幾日かが過ぎ、海賊船はリヴァース・マウンテンを前にする。

 

 

「嬢ちゃん! 本当にここがグランドラインの入り口なのか!?」

 

 導きの灯の先へ船を進めるほどに、波は高く荒くなっていく。リヴァース・マウンテンは冬島であり、雪国の多いノースブルー側はひどい吹雪に見舞われていた。

 

 航海士と隊長と三人で羅針盤と海図を見比べていた私も大きな声で返事をする。麦わらの一味が入るときは嵐だったが、こちらは吹雪とは。ただでもらった(おそらく奪ったの間違い)という船はなかなか優れた代物で航海士の指示に忠実に動いてくれるのが不幸中の幸いだ。

 

「レッドラインを裂くように運河が走ってる! できるだけ中央を目指して!」

 

 でないとこの勢いのままレッドラインか水門にぶつかってジ・エンドだ。そんなことは嫌なので誰もが死に物狂いで船を操っている。

 

「見えたぞ!」

 

 片目が割れている双眼鏡を覗いていた副船長が叫んだ。目の前に広がる一面の壁と一筋の道。ここが正念場だ。向きを調整しながらとうとう船は運河に乗り上げた。

 

「「「入ったぁああああ~!」」」

 

 思うことは皆同じらしい。大歓声を乗せた船は海流に押されぐんぐん頂上へ進んでいく。危ないからと待機させているおもちゃたちのいる船内からも笑い声が聞こえてきた。

 

(あれ? でも、何か忘れているような)

 

 何だったっけ……。考えている間にも船は雲を突き抜け、さっきまでの暗雲が嘘のように青空が広がっている。空島の雲は特殊だと聞くが、ここの雲に降りたらどうなるのか少し興味があった。

 

 激流が頂上でぶつかり、勢いのまま飛び上がった船はやがて自重で落下し今度は下りの海流に着水する。もう後は流れに任せるままだ。リヴァース・マウンテンを越えれば七本の磁気の内一本を辿りログに従って航海を進め……進め?

 

「あーーーー!」

 

 叫び声を上げると同時に雲の切れ目から山のような何かが見えてくる。船すら揺らすような奇妙な重低音に海賊たちもなんだなんだと目を凝らす。

 

「取り舵いっぱーい! 運河の端へ寄せて! 急いで!」

 

 山のようなものは刻一刻と大きくなりついには壁のように運河の出口にそそり立つ。完全にせき止められるほどの大きさではないが、真正面からぶつかったらひとたまりもない。

 

 航海士の機転によって帆を広げることで減速を促しどうにかそれと岸との間をすり抜けた。真横を通り過ぎる巨大な目。真っ黒い体躯は既に灯台を軽く超えるくらい大きい。

 

 グランドラインに入る者は必ず会うことになる一匹のクジラ。

 

 まさかラブーンのことを忘れるなんて。黒目がしっかりこちらを捉えていることに海賊たちが悲鳴を上げ、私は深い溜め息をついた。

 

 

 その後すぐクロッカスさんが声をかけてくれて、おっかなびっくりタダの海賊団は船を岸辺につけた。リヴァース・マウンテンは無事越えられたがその衝撃で船体に傷ができていないか点検を兼ねた停泊だ。

 

 船を泊めている間ラブーンの話を聞いた。ルンバー海賊団のことも。三十年ほど前に約束を交わし、グランドラインを離れた仲間を今でも待っていることを。

 

 またも同情して泣いている海賊たちはさておき、私はクロッカスさんに声をかけた。場所を変えたいと告げれば神妙な面持ちで灯台そばの住居を示され、扉が閉じたのを確認して私は服の下を見せた。

 

「クロッカスさん。これ……治せますか」

 

 腹部に広がる白い痣を見てクロッカスさんが大きく目を開く。

 

「お前、これは」

 

「珀鉛病です。でも、伝染病じゃない」

 

 クロッカスさんは静かに話を聞いてくれた。ノースを出るまでの話、同じ症状のおもちゃたちのこと。フレバンスを出る時からずっと持っていた文書を差し出した時には中をぱらぱらとめくった上でよく纏めていると呟いた。

 

 Dr.トラファルガーに渡されたそれは大量の医療データだった。国中の患者を請け負っていたドクターによるすべての珀鉛病患者のカルテとそこから推察された珀鉛病の実態、考えられる治療法と臨床研究の内容。そのすべてをトランクに収め持ち続けていた。

 

 もちろん本来やってはいけないことだ。カルテを持ち出すだけでなく部外者に公開している。でも、私たちが助かるには必要だと考えDr.トラファルガーは託してくれた。

 

 クロッカスさんはもう一度紙面に向かい合い、私を診察すると黙考した上で口を開いた。

 

「事情はわかった。治せない病気ではないだろうことも」

 

「じゃあ……!」

 

 期待に腰を上げた私をクロッカスさんが手で制する。渋々椅子へ戻るとすまないがと前置きして話を続ける。

 

「ラブーンに最期まで付き合ってやると決めた時、診療所の看板も下ろした。あいつに必要なもの以外は医療設備もほとんど売った。ここには老いぼれしか残っとらんのだよ」

 

 わかるか。問われなくても私はその言葉が示す意味を知っていた。

 

 珀鉛病の治療法が最後まで確立しなかったのは、ここと同じように器材も人材も足りなかったからだ。本当のパンデミックが起きていたら世界中の人間が協力して研究を重ね、命を繋ぐ。白い町にはそれがなかった。

 

 フレバンスは人が滅ぼしたのだ。

 

 消沈する私に、顔を上げなさいと言ってクロッカスさんがお茶を入れてくれた。湯気の立つカップに口をつけるとそれだけで心がほっとした。

 

「グランドラインへ入ったということは、ドラムを目指して来たんだろう」

 

「はい」

 

 医療大国ドラム王国。チョッパーの故郷で桜の咲く場所。いつの間にか随分抜け落ちた記憶ではそれくらいのことしか覚えていないが闇雲に動くよりはましだと思ってここまで来た。

 

「医者を探しにドラムへ来る者は少なくない。私も知人がいないわけでもない、紹介状を書いてやろう」

 

「あの、それならDr.くれははご存知ですか」

 

 ペンを取ろうと再び立ち上がったクロッカスさんにそう尋ねるとぎょっと目を剥いて驚かれた。

 

「お前、あの女に頼むつもりか」

 

 Dr.くれはの名を再び目にしたのはドクターの蔵書がきっかけだった。何十年も前の論文だというそれは現代にあっても色褪せず、むしろ読み込まれてきたことで劣化しつつあったのを覚えている。

 

 そのこともあってまずは彼女を訪ねてみるつもりだと伝えるとクロッカスさんは何とも言えない顔をして口を開いた。

 

「腕は確かだ。あそこなら治験も安全に行えるだろう。だが……ひどいぼったくりでな……」

 

 語尾になるにつれてクロッカスさんの声が小さくなっていく。原作のことも完全に忘れたわけではないようで話をしている内になんとなく思い出してきた。そうだおばあさん版ブラック・ジャックだあの人。

 

 無下にはされないと思うが身包み剥がされることも覚悟しておいた方がいいと話すクロッカスさんに会ったことがあるのか問えば勢いよく頭を振って否定された。思い出したくもないという風だった。

 

 長く灯台守をしていただけあって近くの島の海図は持っているというのでドラムへ続くログを教えてもらい建物を出た。むせび泣いていた海賊たちも流石に落ち着いてきていつの間にか宴を開いている。相伴に預かったクロッカスさんとそれを眺めていたラブーンを巻き込んで大合唱が岬を包む。ノースの古い民謡だがラブーンは嬉しそうだった。

 

 一夜明け、タダの海賊団は再び帆を広げ双子岬を後にした。ここまで一緒に来たのだから最後まで送ってやるという彼らの好意に甘え、水平線の彼方へ消えていく一人と一頭に大きく手を振った。

 

 ラブーンの雄叫びはいつまでも耳の奥に響いていた。




個人的に凄く熱いシーンでした。

主人公が憶えている原作の記憶についてですが、生きることに必死だったので大分忘れています。
はっきりとしているのはフレバンス。また頂上戦争以降など印象深かった出来事は憶えていますが、大まかな話の流れ以上のことは薄れてきていますね。
悪魔の実については例外で、超人系の能力についてはフレバンス時代に勉強したこともあり特に記憶に残っているようです。


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16話 病

病気と書いてハッピーと読む。
後半の鉛中毒うんぬんは読み飛ばしても支障はないかと。

次回土曜更新(予定)


 ドラムの港へついた。真っ白な雪原は違うとわかっていながらも故郷であるフレバンスを連想させる。

 

「嬢ちゃんとはここでお別れだな」

 

 タダの海賊団も島内へ走る川辺で船を下ろし物資をかっぱらいながら――そしてこの国の軍に追われながら――見送りに一人ついてきたというお頭が口をきゅっと結んでそう言った。

 

「はい、お世話になりました。皆さんもお元気で」

 

「おーう! 達者でなー!」

 

「病気治ったらまた会おうなー!」

 

 牛っぽい人に追われながら(あ、本当に牛になった。能力者だ)も元気に声をかけてくる彼らに私も手を振り返し、お頭が涙交じりに駆け出して海賊船は去っていった。二度と来るなー! という軍の司令官らしき人の叫びを後にして。

 

 

 流石に海賊と一緒に降り立った人間を放置することはできないのか、軍ではなく守備隊だという彼らに尋ねられ事情を話した。Dr.くれはを探しに来た旨を伝えると隊員の一人がそりで案内してくれることになった。

 

 先ほど牛になっていた彼はドルトンと名乗った。動物系の能力者は普通の人間より強いので万が一を考えて見張りも兼ねているのだろうけれど何にせよDr.くれはの下へ連れて行ってくれるのなら文句はない。

 

「そのおもちゃは何なのか、聞いてもいいか」

 

 ヤギぞりに乗り込むと、当然ながらおもちゃたちの話になった。海賊船を降りてからこの子たちは言いつけを守っておもちゃの振りをしてくれている。元々使っていた箱は海賊の一人が背負子のように改造してくれて幾分か運びやすくなったのが幸いだ。

 

「ここへ来るまでに芸をして旅費を稼いでいたので、その小道具です」

 

 ちょっとした仕掛けを仕込んでいるので触っていないように見えても動かせるのだと続ければ、納得したわけではなさそうだけどそれ以上追及されることはなかった。

 

 そりはギャスタという町に向かっている。信じられないことにこんな天気でも季節は晩春らしくスケートが盛んだという湖は確かに溶け出した氷が点々と浮かんでいた。

 

 Dr.くれはの家は町外れの大木をくりぬいて造られていた。ドルトンさんがドアを叩き中へ入ると酒瓶を手にした細い影がこちらを振り返る。

 

「来客なんて珍しい。病人でも出たかい、ドルトン」

 

「ええ。彼女がぜひ会いたいと」

 

 紹介を受け、前に出るとサングラスを上げた朽葉色の瞳がこちらを射抜く。おもちゃたちをその場に下ろし、涙を拭って頭を下げた。

 

「はじめまして、Dr.くれは。私はマグダレナ。あなたに治してもらいたい病気があって来ました」

 

 

 

 

 医者以外には話したくないと告げ、Dr.……ドクトリーヌの了承もあってドルトンさんは帰っていった。そのまま室内に上げられた私は体の痣を見せ、Dr.トラファルガーの文書やおもちゃたちについても伝える。

 

「フレバンスから逃げたのか。よく生きていられたね」

 

 表情を変えず酒瓶を置いたドクトリーヌは、ぽんと私の頭に手をのせるとそのままわしゃわしゃとかきまわした。撫でるというには少し乱暴なそれがじんわり心に沁み込んでいく。

 

 検査してやるからそこに寝な、と部屋の中央に鎮座する診察台を示されこくりと頷いた。やっと希望の灯が見えた、そんな心地で感謝を口にすると礼なら治ってからいいなと額を小突かれてしまう。

 

「いい医者を亡くしたもんだね。珀鉛を除去するって考えは間違っちゃいないよ」

 

 十分な支援の下でなら、自然と終結しただろう病だとドクトリーヌは口にした。採血の結果を厳しい目つきで睨みながら試験管を台に戻した彼女はくるりとこちらに向き直る。

 

「鉛中毒の症状を知っているかい」

 

 私は頷いた。散々勉強し、体験している内容だ。

 

 

 珀鉛はフレバンスの日常に溶け込んでいた。採掘した珀鉛は食器や塗料、甘味料や化粧品に加工される。他の塗料では出せない美しい白色は画家や芸術家に賛美され、酢酸と反応すると鉛糖と称される甘い酢酸鉛に変化する性質はワインにも多く取り入れられた。化粧品は、もっともわかりやすいのはおしろいだろう。

 

 ほとんどが輸出品として製造されていたとはいえ原料を採掘・加工してきた先祖の体内には珀鉛が蓄積し、母体を通じて子孫へと受け継がれていく。そうして珀鉛の製品を日常的に取り扱ってきたことで微弱な毒素がとうとう牙を剥いた。

 

「本来人間の体には新陳代謝って働きがある。古いものを新しいものに取り替えていく作業だ。同時に必要なものは吸収し、要らない物は排出するようにできている」

 

 珀鉛も普通ならそうなる筈だった。だが、代謝によって排出される量よりも圧倒的に体に取り込まれる量が多かった。

 

 重金属中毒の原因は経口・吸入・経皮による摂取だ。順に重金属――この場合は鉛を含む飲食物を摂取する、気体となった重金属を肺から吸い込む、皮膚に接触し続けた重金属が体内に入り込むことを指す。

 

 珀鉛を加工した食器や甘味料によって経口摂取。採掘や加工現場での吸入。化粧品や顔料による経皮……そのすべてにフレバンスの住人はあてはまっていた。

 

 人体に吸収された鉛は脳や肝臓、腎臓へ向かう。二つの臓器はどちらも代謝を司る部位だ。

 

 まず肝臓では胃や腸で分解・吸収した栄養素を利用しやすい物質に変え貯蔵する。必要に応じてそれらをまた分解し、エネルギーを生み出すこともできる。そして摂取した物質や代謝により生じた有毒な物質を毒性の低い物質へ変換し、体外排出する解毒作用も有している。

 

 腎臓もおおよそ同じである。ここでは血液をろ過し、まだ必要なものは体内へ戻す再吸収を行い不必要なもの――例を上げれば老廃物や血中の塩分など――を尿として排出する機能がある。

 

 血液は近位尿細管とよばれる部位に取り込まれ再吸収や排出を行っているのだが、腎臓の働きが鈍くなったり有毒な物質が一定濃度以上蓄積された場合それらの機能に障害が起こり排出ができなくなってしまうのだ。

 

 肝臓・腎臓の機能障害が理由で排出が行えなかった有毒物質は体内に蓄積しやがて骨にいたる。骨はリン酸カルシウムが結晶化して形成されるものだが、体内に入った鉛が鉛イオンに変わるとリン酸鉛として骨に蓄積され慢性症状を起こしてしまうのだ。蓄積される割合は成人でおよそ90パーセント以上とも言われている。

 

 また腎臓の再吸収が困難になるとリン酸カルシウム自体が排出されてしまうという事態も起こる。これによって骨の形成が妨げられ、骨軟化症を引き起こすこともある。

 

 骨軟化症はその名の通り骨から硬さが失われ骨折しやすくなる病気だ。ここから股関節などの痛みへ繋がり、珀鉛病の主な症状である全身の痛みはこれが原因だろうと言われている。他にも鉛疝痛と呼ばれる周期的な腹部の激痛。消化器症状や神経症状。貧血が認められる場合もあり、それにより顔色が青くなると鉛蒼白と呼ばれることもある。

 

 多くの合併症を引き起こす珀鉛病は珀鉛自体を除去しない限り完治したとはいえない。

 

 体内組織や内臓中に入った鉛は結合が緩いので通常の代謝機能でも次第に減少していくのだが、骨中にいたった鉛は容易に除去することができない。骨自体にも代謝のサイクルはあるがそれだけでは間に合わないのだ。

 

 

 それらの障壁を乗り越えて珀鉛病から回復したローはオペオペの能力があったとはいえ、医者として非常に優れているのだと思い知った。

 

「いいかい。その能力で他の患者の進行を食い止めている以上治験の対象はお前一人だ。何もしなけりゃ二年……いや、三年生きられるかどうかというところだね。その間にあっさりくたばっちまうかもしれないし、薬が合わずに悪化する可能性だってある」

 

 そのくらいの覚悟はしておきな。ドクトリーヌの言葉にもう一度深く頷いた。



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17話 噂

 それから私たちはドクトリーヌの下で暮らすことになる。

 

 その日の内に国王に掛け合ったという彼女は秘密裏に研究チームを発足し、ぼったくり治療を続けながら臨床研究を進めていた。

 

 メンバーはドクトリーヌの独断で決定され、中には彼女と仕事をするのはごめんだと断った医者もいたが抵抗もむなしく協力させられている。罪悪感がないわけでもなかったが、中毒症状に最も精通しているのがその人物だったので途中からは私も懇願して研究に参加してもらった形だ。

 

 そして二年の時が過ぎた。ドラムの医師たちの尽力により有効な治療法が確立し、被験者である私の体からも既に多くの珀鉛が取り除かれた。今は全員分の薬剤を製造しているところで、用意ができ次第おもちゃたちへかけた能力を解除して治療に移行する手筈になっている。

 

 すっかり住み慣れた大木の家で朝食を用意していると、新聞をばさりと広げたドクトリーヌが怪訝そうに声を上げた。

 

「レーナ、お前以外にフレバンスを脱出できた人間はいるのかい」

 

 問いかけに答えるより先にわらわらと集まったおもちゃたちがドクトリーヌの体によじのぼって歓声を上げた。まさかと思いながら示された記事を見ると、ある一文が目に飛び込んできた。

 

「珀鉛病の少年、ノースの街に現る……?」

 

 それは、もう一つの悲劇へのカウントダウンだった。

 

 

 

 

「だめだ」

 

 新聞を見て飛び出そうとした私の動きを封じ、ドクトリーヌはドクターストップだと告げた。地面に広がった新聞の一箇所にはひどくぼやけた写真で黒い塊に連れられるようにして見慣れた帽子の少年が写っている。

 

「止めないでください、ドクトリーヌ! ラミちゃんのお兄ちゃんなんです、助けに行かないと!」

 

「そうかい、この子が。でもお前の体にはまだ珀鉛が残っている。何と言おうと行かせはしないよ」

 

 メスまで取り出して脅しをかけるドクトリーヌにぎゅっと唇を噛んだ。彼女の患者である以上、治るまでここを出してはもらえないだろう。

 

「なら……お兄さまは、誰が助けてくれるの……?」

 

 静かに歩いてきたラミちゃんがぽろりと呟いた。垂れた耳をいっそう床に近づけて、胸の前で合わせた両腕がかすかに震えている。

 

 静寂が室内を包んだ。闇雲に駆け出すことはないと判断したのか馬乗りになっていたドクトリーヌが掴んでいた腕を放してメスをくるりとポケットにしまう。

 

「この二年音沙汰がなかったってことは、うまいこと隠れていたか誰かの庇護下に置かれてたんだろう。今になって表に出た理由はわからないが、すぐ死んじまうってことはない」

 

「それなんですけど、ドクトリーヌ」

 

 私はあくまで仮説だと言ってオペオペの実について口にした。医療に特化した悪魔の実であり、原作では実際に珀鉛病の治療を可能にしている。

 

 先代の能力者は既に亡くなっており、その実の行方は知れない。ただし能力者の死亡した海域では同じ悪魔の実が発見されやすいという噂があり、それを頼りに探し回っているのかもしれないと。

 

「その子ども、医者の家系だったね。確かに運よく見つかれば自分で治療するのも不可能じゃない……」

 

 オペオペの実についても知っていたのかドクトリーヌが眉を下げて思案する。

 

「だがレーナ、どうやってそこまで行くつもりだい? 政府の船でもない限りグランドラインを通り抜けた例はないし、イーストやサウスならまだしもノースへ戻るにはレッドラインを越える必要がある」

 

 そこなんだよなぁ。軍艦乗っ取るかカームベルトの中にあるという九蛇の海賊船に乗せてもらうか、と考えたところでそれまで黙って聞いていた隊長が口を開いた。

 

「一つ、手がなくもない」

 

 

 隊長の提案に乗り、マリアと三人で辿り着いた島は造船業が盛んなようで造船所を兼ねているらしい港はたくさんの船が行き交い木槌の音と活気に溢れていた。ウォーターセブンほど大きくはないが、ここもそれなりに有名な会社らしく相乗りさせてもらった船の船長さんが早速交渉に向かっている。

 

「着いたはいいけど、どこに行ったら……」

 

 いいの、と腕の中の隊長に話しかけたのを遮るようにここの従業員らしい人に肩を叩かれた。

 

「お嬢ちゃんは何の用事かな、もしや船を買いに来たのかい」

 

「い、いえ」

 

 流石ワンピース世界、自分よりずっと大きな人と話すのはタダの海賊団以来で思わず腰が引けるが隊長の助言を思い出して声にした。

 

「ブノワさんに、お会いしたいのですけど!」

 

 

 

 

「ブノワ・D・アントワーヌ。それが俺の名前だ」

 

 隊長の告白に、驚きで心臓が飛び出るかと思った。

 

 Dの一族。歴史の裏で脈々と引き継がれているという名で、神――天竜人の天敵とも言われている。海賊王ゴール・D・ロジャーや主人公であるルフィの家系、隠しているがローもその一人だ。

 

 私の知っている限りその名については明かされることはなかったけれど、Dは必ず嵐を呼ぶという文言や窮地に陥ってもどこからか救いの手が差し伸べられる不思議な特性は鮮明に記憶に残っている。

 

 急にむせ始めた私をいぶかしむように大丈夫か、と尋ねた隊長――アントワーヌ。本人はトニーでいいと続けた――はドクトリーヌにうながされ話を進める。

 

「実家は造船業を営んでいて、その昔空飛ぶ船の開発を進めていたこともある」

 

 空飛ぶ船……? 連想されるのは飛行機や空島のエネルが乗っていた船。ただしこの世界でまともなエンジンというものを見たことはなく、後者も悪魔の実の能力を利用して動かしていた筈だ。コーラエネルギーとかいう例外もあったけれど、あれを使っているのはフランキー一人で仕組みもよくわからない。

 

 聖地を飛び越えられる可能性のあった船はそのまま天竜人への侮辱と取られ、一度は完成までこぎつけたというトニーの先祖は処刑されてその船も壊された。

 

 しかし動力源であったジェットダイアルや設計図は残っており、空に憧れた子孫たちはひっそりと船の開発を続けていた。

 

 幼いトニーがそれを知ったときには、船はほとんど完成していた。人目につかない洞窟の先に工房はあり、何度もテスト飛行に乗せてもらっていたそうだ。

 

 だがある日を境に、トニーの父は船の開発を止めた。……オハラにバスターコールがかけられた年のことだ。

 

 トニーの父がオハラの何を知っていたのかはわからない。だが世界政府に消された島。それは処刑された先祖の末路を連想させた。

 

 今度こそ、一人の命では済まないかもしれない。その想像が父の手を止めさせたのだ。

 

「"海に縛られる必要はない、空は自由だ"。先祖の口癖を親父はよく口にしていた。だから、洞窟の入り口を自分から塞いでなお未練がましく眺めていた姿が俺は嫌いだった」

 

 そうして家を飛び出したトニーは紆余曲折あってフレバンスを訪れ、おもちゃとなった。

 

 唯一の肉親の存在が父の手を止めたなら、ホビホビの能力によって記憶をなくした今再び開発を進めていてもおかしくない。少なくとも、船が残っていれば操縦できると踏んだトニーは提案し私もそれに乗った。あてもなく動くよりはずっと希望が持てる。

 

 決め手になったのは彼の持つDの名だ。フレバンスを一人も欠けることなく脱出できたのは二人のDが傍にいたからなのかもしれないと私は思い始めていた。

 

 珀鉛の薬ができるまでまだ時間が必要で私とマリア、トニーを除いたおもちゃたちはドラムのドクトリーヌの家に預けてここまで来た。

 

 ローと再会しオペオペの実を手に入れる。そのための第一歩を、私はしっかりと踏み締めた。




ヒルルクとの話を挟もうと思ったのにまったく動いてくれなかったので一話分巻きました。
脳内でキャラクターが勝手に動くタイプの人間なのでその人の考えが掴めていないとこういう弊害が起こる。

一気に時間軸が飛んで、このお話は新世界編から数えて十四年前くらいですね。ミニオン島へのカウントダウンが始まりましたがはてどうなるやら。

また、某飛べる豚さんに触発されて次回から飛行艇出ます。ワンピース世界にも飛行機あったっていいじゃない、海列車(蒸気機関)あるしね!

それに伴い隊長の正体を予定より早いですが公開しました。一家の名前は一応実際に飛行艇乗っていた人や製造した人から取りました。仏語で統一したけど。


次回から週一更新(できたらいいな)になります。


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18話 交渉

 ドックの片隅にその人はいた。巨大なガレオン船の下、固定した木材に慎重にかんなをかけている。

 

 案内を買って出た従業員が駆け寄って二、三言葉を交わすと眼鏡を持ち上げた男性がじろりとこちらを見た。その視線の鋭さに思わず肩が跳ね、誤魔化すように頭を下げる。小さな椅子から立ち上がり腰に結んでいたタオルで手を拭った男性は何の用だと呟いた。

 

「は、はじめまして。船を作っていただきたくて来ました」

 

 やっぱり船を買いに来たんじゃないかと親しげに肩を叩く従業員に目を回しそうになりながら頷いた。眉を寄せた男性は何の船だ、予算はあるのかと続ける。

 

「その、ええと、空を飛べるような船を……ありますか?」

 

 一向に離してくれない従業員の腕から逃れようと身動ぎしながら伝えると、男性の目の色が変わった。

 

「帰れ」

 

「え?」

 

 くるりと背を向けた男性はもはや耳を貸そうともしない。それはあんまりだと従業員が引き止めるがそれも聞かずにとっとと帰ってくれという始末だ。

 

「空を飛ぶ船などない。船は、波の上を行くものだ」

 

 そんな当たり前の言葉を吐き捨ててドックの奥に消えた。

 

 

 

 

「だめだった!」

 

「だろうな」

 

 マリアを抱えていなかったらまさにお手上げという状態で私は宿の寝台にぼふっと身を投げ出した。さっと室内を確認したトニーは扉の鍵を閉めた上でカーテンまで閉め傍に立つ。

 

「そう思うなら何で直接訪ねさせたのよ」

 

 頬を膨らませて呟くと腕の中から身を乗り出したマリアがよしよしと撫でてくれるのでそのままシーツに頭を預けた。やれやれと翼を広げたトニーは寝台によじ登り腰に羽先を当てる。

 

「突然現れた人間が、秘匿している筈の船の存在を知っていたら追い返すのが普通だろう。だが、あの反応からするとやはり船自体はまだ残っているらしい」

 

 それを確認するために私を行かせたということか。無駄足を踏んだわけでもないところが何だか複雑だ。

 

 赤の他人が頼み込んでも時間を食うだけだから己にかけた能力を解除しろと続けるトニーに目を丸くした。

 

 確かに、本来息子であり跡継ぎからの説得なら応じてくれる可能性もある。互いに絶縁状態だったならその希望すら絶望的だが、反抗期だったトニーに今だけは感謝した。

 

「何か失礼なことを考えていないか? ……まあいい、約束した通りノースまでは送ってやるからさっさと解け」

 

 それなんだけど……。言い出し辛い内容に揃って明後日の方向を見る私たちにいぶかしんだトニーが何だと問い詰める。言ったら怒られそうなのでびくびくしながら鳥のぬいぐるみに唇を寄せた。

 

「解除の仕方がわからない!?」

 

「わー大きい! 声が大きい!」

 

 一人しかいない筈の部屋から三人分の声がするなんて笑えないし、逢い引きしていると思われるならまだしも幽霊が見えるとか頭のおかしい奴だという風に見られるのは避けたくて必死にくちばしを押さえた。

 

 この事実に気付いたのはつい最近のことだ。珀鉛病が快癒に向かいつつあり、本格的に薬剤の量産体制を整える中好きな時に能力が解除できるようにしておきなと言ったドクトリーヌに従いマリアと任意解除の練習を始めたのがほんの数週間前。

 

 悪魔の実の能力を発動するには一定の条件が必要なケースも多く、例えばオペオペの実は事前にサークルを展開する必要があるしそういった準備が必要ないロギアやゾオン系能力者であっても能力をコントロールするまでには経験が必要だ。

 

 ホビホビの発動条件は手で――厳密には指先で生物に触れること。命令するには契約を交わさなくてはいけないが、おもちゃへ変えるだけならコツも何もいらないシンプルな能力だ。

 

 それだけに、解除の条件は見当もつかなかった。思いついたものはすべて検証したが何も起こらなかったのだ。

 

 原作で描写されているのは能力者が気絶すれば解除されるという一文だけ。当然そうすれば能力をかけた全員のおもちゃ化が解除されることになり、おそるおそるそれを伝えたドクトリーヌの反応は論外の一言だった。

 

 任意解除ができるようになるまで特訓しろとお達しを受け、以来時間を見つけては何でも試しているのだがどれも失敗に終わっている。おもちゃに変身させた後海水をかけても効果がないと知ったのはこの頃だ。

 

「馬鹿か、馬鹿なのかお前は」

 

「あ、痛い! 布なのに凄く痛い!」

 

 無駄に長い翼を有効活用するかのように頬をわし掴んで引っ張るトニーにギブアップだとその場を叩いて抗議した。入念にこね回した後、思いっ切り引き伸ばされて最後にぱちんと弾くように解放された。

 

 ひりひりと痛む頬をさすりながらこの体がゴムだったら反動で跳ね返った頬で反撃してやるのに……と思いながら睨み返すと翼をシーツの上に垂らしたトニーが呟いた。

 

「本当に、できないのか」

 

 くちばしから漏れた言葉は、深い失望を伝えてきた。小突いたらそのまま倒れ込んでしまうんじゃないかと思うくらい体からは力が抜けて見える。

 

「一生解除できないわけじゃなくて、ただ特定の相手だけを解除することができないの。だから、ええと、ドラムに置いてきた子たちも皆解除するっていうことならすぐできるから」

 

 思っていたよりも遥かに動揺している様子のトニーにフォローを入れると呼吸を整えるように肩をすくめられた。

 

「わかった。それならそれでなんとかする」

 

 どの道、雪国であるドラムでは電伝虫自体少なく当然ドクトリーヌの家にもない。今ここで気絶して能力を解除したりしたら何かあったのかと心配をかけるのが落ちだ。

 

「でも。何とかするって……実際にどうするの?」

 

 あの様子では再び話を聞いてもらうのは難しいだろう。どうやって船を譲ってもらうのか首を傾げた私の耳に飛び込んできたのは、フレバンスを脱出した時を彷彿とさせる一言だった。

 

「決まっているだろう。船を盗む」




今更ですが、熱気球作れたらレッドラインなんてひとっ飛びだったなと思いました。メラメラの実もエースの手に入るのは5年前なので燃料いらず。
ただし誰が食べるのかという問題や、操縦は風任せになるので飛行機路線でよかったのかも。


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19話 飛翔

あけましておめでとうございます。近況は後書きにて。


 薄い暗がりの中を、老人が歩いていく。

 

 明かりは手元の燭台一つ。鉄板に堅く閉ざされていた道を容易く開け、やがて月明かりの下へ出れば飛行艇と呼ばれたその船に辿り着く。

 

 いとおしむように機体を撫でた老人は、握っていた工具を振り上げた。

 

 

「ちょっと待ったー!」

 

 間一髪飛び出した私はその人の腕を掴むことに成功した。流れるような連携でトニーが力の緩んだ手から工具を引き剥がし、マリアが遠くに運んでいく。

 

 何が何だかといった表情をしているトマさんに話を聞いてくださいと懇願し、いぶかしそうに眉をひそめながらも私たちは飛行艇から少し離れた地面に腰を下ろした。

 

「後をつけてきたのか。どこでこの船のことを知った」

 

 ひとまず冷静に耳を傾けてくれるくらいの余裕はあるみたいだとほっとしながら同時に何を話したものか頭を悩ませる。トニーのことを話そうにも、肝心の彼の記憶が父親であるトマさんからは消えているのだから。

 

「単刀直入に言う。その船を譲ってくれ」

 

 腕を組んでどっかり座り込んだトマさんと同じように翼を組みながらトニーがそう宣言した。唐突すぎる答えに耳を疑っているとトマさんも目を見開いて驚いていた。

 

「薄々思っていたが、政府の人間ではないのか」

 

「は、はい。むしろ追われる側で……」

 

 あれ、これ言ってもいいのかと思いつつ口に出した言葉は取り返せない。トニーの発言を補足するように助けたい子どもがノースにいること、そこまで行く手段が必要なことを立て続けに話した。

 

 トマさんは長い時間黙ってその話を聞いていた。相槌も打たず、私の目線からでは眠っているように見えたのでおそるおそる覗き込めば鋭い眼光が続きをうながした。

 

「本来レッドラインを越えて四つの海へ渡ろうとしたら聖地を通り抜けるほか道はありません。けれど、政府の力は使えない上にグランドラインをまともに渡ろうとしたら時間が足りない。

私たちには、この船が必要なんです」

 

 添えるように呟いた一言にトマさんの目の色が変わった。

 

「わかった。……こいつをお前に託そう」

 

「本当ですか!?」

 

 ジェットダイアルといい、この世に二つとない機体だ。もっとしぶられると思っていただけに喜びはひとしおだった。感極まってマリアと抱き合うと懐から眼鏡を取り出したトマさんが譲る前にと口を開いた。

 

「こいつはじゃじゃ馬でな、俺の言うこともまるで聞こうとしない」

 

 素人が簡単に動かせるようなものじゃない。続けられた言葉にちらと足下を見れば白い翼が高く上げられたところだった。

 

「問題ない。俺が操縦する」

 

 ぴんと挙翼したトニーに眉をひそめ、しばらくしてこちらに視線を戻したトマさんは呟いた。

 

「先ほどから気になっていたが彼らは何だ? こんな種族がいるとは聞いたことがない」

 

「悪魔の実の力で……長くなるので、これ以上は」

 

 ノースへの距離を考えたら説明している時間はない。このままスルーしてもらえたらよかったのだが、そういうわけにはいかなかった。

 

 幸いにもというか、トマさんはそれ以上尋ねてくることはなく「操縦できるというならここで見せてみろ」と飛行艇の操縦席に乗り込みトニーを膝の上に乗せた。もやい綱を解いて離れているよう言われた私たちは岸壁に寄りかかり、伸びた翼がジェットダイアルの先端を押した。

 

 

 

 

 プロペラが徐々に速度を落とし、戻ってきたトマさんが開口一番驚いたと口にした。

 

「悪魔の実……と言ったか。そうなる前は祖先と知り合いだったのか?」

 

 トニーはさっさと操縦席を降りてしまい、私も曖昧に頷くしかなかった。

 

 この腕なら文句はない。そう太鼓判を押され細かな説明を受けた後、まとめていた荷物と一緒に乗り込んだ。やけに準備がいいなと不思議そうにしたトマさんに当初の目論見をこっそり話すと拳骨が落ちてきたが、今となっては関わりのないことだ。

 

「ありがとうございます。きっと、返しに来ますから!」

 

「ああ。……俺の息子を、よろしく頼むよ」

 

 ジェットダイアルから勢いよく風が噴き始める。その言葉はきっと飛行艇に向けられたもので、トニーのことをわかって言った言葉ではない。

 

 けれどもその言葉は確かに息子の胸に届き、飛行艇は水面を離れた。

 

 おもちゃの目がうるむことは決してない。今だけはそれをよかったと思いながら、トニーは操縦桿を前に引いたのだった。




ということで飛行艇ゲットしました。いぇーいぴーすぴーす。

年末年始忙しいですね。そして風邪をこじらせました。まともに病気になるの数年ぶりなのでどうやって治すんだっけと思いながら書いています。

気付いたら一ヶ月更新していなかったので不安に思われた方いましたらご安心ください。一応これ完結までは書くつもりでいます。

とりあえず一話挟んだらミニオン上陸する駆け足プランなので気長に次のお話をお待ちください。


なお、久しぶりすぎて語り口を忘れている上いつも通りの突貫制作ですので誤字脱字等ありましたらご一報ください。訂正します。


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20話 寄港

「そろそろ一度下に降りるぞ」

 

 造船島を出て以降飛ばしっ放しだったのでトニーの提案はありがたかった。

 

 天候の移ろいやすいグランドラインを渡るのは避け、カームベルトの上空を飛び続けてどれぐらい経つだろう。時折イーストブルー側へ出ては方角を確認し雲の上をひたすら進んでいた。

 

「どっちへ出るの?」

 

「もちろんイーストだ。できればどこかの島へ上陸しておきたいがあちらの海は詳しくないからな……上空から探すことになるだろう」

 

 グランドラインに海図はなく、カームベルトは海王類の巣なので着水させるのには適さない。指示通りにレバーを動かしながらそれならと口を開いた。

 

 

 イーストブルー西南の端。レッドラインとカームベルトに仕切られた文字通り最果てにその町はある。

 

「ここが、ローグタウン……!」

 

 十年前。私は故郷の町でここを見た。正確には、海賊王の処刑が行われる映像を。

 

「いいか。何度も言うようだがここへは補給に来ただけだ。用が済めばすぐ出発する、観光している暇はないからな」

 

 もちろんわかっているとマリアとこくこく頷いてみせれば本当にわかっているのかという呟きが返ってきた。失礼な。

 

 ドックを一つ借り、機体を布で覆ってその上にはちょこんとトニーが寄りかかる。停留中の見張りを買って出てくれたので物資の補給は二人で行くことになる。

 

「処刑台見たら帰るから!」

 

 背後から怒鳴り声が聞こえたような気もするが、駆け出した私たちには関係のないことだった。

 

 

 

 

「……迷った」

 

「わね」

 

 ゴール・D・ロジャーの処刑を皮切りに海賊時代は始まった。その日を境にこの町は大きく栄え、もとあった景色を塗り替えるように増改築を繰り返してきたのだろう。

 

 つまり路地は複雑で迷いやすい。攻められにくい、と言えば聞こえはいいがこうして迷子になってみると生まれ故郷がいかに考えて作られていたか実感した。

 

「碁盤の目というか、フレバンスはその点わかりやすかった……」

 

 すっかり裏路地に入り込んでしまったようで、時折道の先に見かけるのは強面の人間ばかり。なるべく騒ぎを起こしたくないと避けて通るたび迷路のような町並みに惑わされるのを感じていると、突然目の前が白い煙に覆われた。

 

「ごっほ、ごほ、けほ、」

 

 今度は何……? と目を細めて見るが視界はすっかり白に包まれてまるで役に立たない。鼻腔を直撃した匂いに煙草だと理解が追いついた。

 

 なんとか壁によりかかろうとグローブ越しの手を突き出したところで反対の腕がぱっと取られ、同時に煙が少しずつ晴れてくる。

 

「悪いなお嬢さん。怪我ねェか」

 

 そう言って葉巻の火を消しているのは坊主頭の青年だった。見上げるほど大きな体格にしわの寄せられた眉間はその筋の人を連想させる。

 

 思わず身をよじれば眉を上げたその人はすぐ手を放してくれた。転ばないよう気を使ってくれたのかと思い立ち、慌てて頭を下げる。

 

「ごめんなさいっ、前を見てなくて」

 

「そりゃこっちのセリフだ」

 

 さっと周囲を確認したその人はどうした、迷子かと聞いてくる。撤回できないので小さく頷きながら処刑台の場所を尋ねた。

 

「女子どもが見るもんじゃねえと思うが。この通りを左にまっすぐ、二本目を右、次も右、その次は……ああめんどくせェ、案内してやるからついてこい」

 

 くるりと向けられた背には見覚えのある青いカモメが描かれていた。マリアを抱き締める手に力を込めると数歩先を行っていた海兵がいぶかしげにこちらを振り返る。

 

「どうした、他に用でもあんのか」

 

「い、いえ。よろしくお願いしますっ」

 

 落ち着け。ドクトリーヌの家にいた頃も手配書が出回ったことはなかった。珀鉛病についても既に終わった出来事として、ローの記事が出るまで目にしたことはない。

 

 政府の内情はわからないけれど、イーストブルーの片隅にまで追っ手がかかったわけではない……はずだ。

 

 どちらにせよ右も左もわからない今の状況じゃ逃げ切るのにも無理がある。不安を押し殺しながら彼の背を追った。

 

 

 幸いにも悪い予感は形にならなかった。処刑台を見学した後、おそるおそる補給のメモを差し出したらいくつかの店を教えてもらい買い出しも無事に完了した。

 

「本当にありがとうございました! おかげで無事に出発できそうです」

 

 ドックの前まで来たところで買い物袋を地面に下ろした彼はおうと呟いた。半日ほど連れ回してしまったが、探している人がいるとかで町中を歩き回る分には構わないと返された。

 

「結局その人見つかりませんでしたね」

 

「ああ……まったくどこほっつき歩いてるんだか」

 

 どうやら探し人はとんだサボり魔のようだ。頭の中を過ぎるものがあったが、まさかと首を振って追い出した。

 

 気をつけて行けよと言い去って行く彼にもう一度深く頭を下げ、ドックへ入った。

 

 

 

 

 青に藍色の迷彩柄の塗装が施された海軍支部の一角。遠征中の上官などに割り当てられるという部屋へ入っていくと聞き慣れた女の声が飛んできた。

 

「スモーカーくん、どこへ行っていたのよ」

 

 腕を組んで仁王立ちする同期の後ろには、格子柄のアイマスクを下げて椅子によりかかった上司が堂々といびきをかいていた。どこで見つけたのか問い返せば不満げな態度を隠そうともせず町の酒場よと声が返ってくる。

 

「んん~……ぁあ、帰ってきたのか。ダメだろスモーカー、出かけるときはどこへ行くのか何時に帰ってくるのか伝えておかないと」

 

「アンタに言われたくねェよ、迷子を案内してたから遅くなった」

 

「あら、それこそここへ来ればよかったじゃない。保護者が必ずしもはぐれた場所で探しているとは限らないわ」

 

「迷子っつっても俺と同じくらいの年だよ……ああ、だが後生大事にぬいぐるみを抱えていたからもう少し下かも知れねえ」

 

「人の趣味で年齢を推し量るものではないわ」

 

 ヒナ心外。腕を組み直してそう吐き捨てた同期にひらひらと手を振ることで返し、中断されていた一服を続けようと葉巻を取り出したところで珍しく眉をひそめた上司が口を開いた。

 

「お前と同い年でおもちゃを抱えた女ねぇ……スモーカー、その子おかしなところなかった? おもちゃが動くとか、おもちゃとしゃべるとか、肌が白いとか」

 

「最後のはもはや関係なくねェか。そうだな、色白な方だとは思ったが何もなかった。一般人に見えたが、違うのか」

 

 クザンは難しそうに頭をかいていたが、やがて愛用しているアイマスクをぱちんと弾いてまぶたの上に乗せた。

 

「やめた。スモーカー、今日のことは忘れておけ。ヒナちゃんも聞かなかったことにしてくれ」

 

「わかりました」

 

「おい!」

 

 納得がいかずに叫ぶとそれを制するようにヒナの手が肩を掴んだ。すっかり視界を閉ざした上官はくるりと背中を向ける。

 

「おれの見立てが正しけりゃあ害はねえよ。お前の言った通り、ただの一般人だろう。それ以上知りたかったら、そうだな……今のおれの地位まで来れば、問題ねェだろう」

 

 それまでは独自に調べるのは危険だと暗に言っているのはわかった。

 

 今の地位では知ることさえ許されず、中将になってようやく知らされること。

 

 一見無害に見えたあの笑顔が何かとんでもないことに巻き込まれて……あるいは巻き込んでいるのだと考えても、眉間にしわが寄るばかりでとても信じられなかった。

 

 

 

 

 ローグタウンを出発し、なんとかレッドラインを越えノースへ渡ったレーナ達は昼夜を問わずジェットダイアルから噴出される風の続く限り飛行を続けていた。

 

 フレバンスを脱出するときに手に入れた海図を見てミニオン島のある海域がほど近いことを悟る。

 

 やっとドクターの頼みを叶えることができるかもしれない。それどころか今のローの心の支えになっているコラさんも一緒に助け出せるかもしれない。

 

 地図上で見た小鳥の島影が目視できる距離にまで近付いているのを確認してほっと胸を撫で下ろした瞬間、機体ががくんと傾いた。

 

 

「飛ぶ指銃」

 

 

 動力を失い、失速を始める飛行艇からは空中に浮かんでいる一人の人影が見えていた。




趣味回です。

もとい、海軍の末端にも情報は伝達されているのかというお話でした。
クザンさんは中将で遠征の引率役、スモーカーさんとヒナちゃんはまだ能力者ではない設定。入れられればゼファーさんの存在を匂わせたかった。

無事ここまで投稿できたので劇場版Fate HF 2章観てきます。

次回、あの人登場。


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21話 痛み

覚えていますか。
【13話 啓示】でホーキンスが語った占いの結果を。

「時を待て」、その時を尋ねなかったツケがレーナの身に降りかかってきました。
※ちょっと爪を剥ぐ程度の拷問シーンがあります。


 小さい頃、転んで頭を打ったことがある。

 

 マリアと喧嘩してひどい殴り合いになったことも。

 

 珀鉛病が発症してからは体中に痛みが走り、息をするのも辛いときがあった。

 

 それでも私は、本当の痛みを知らなかったのだろう。

 

 

 

 

「あら、目が覚めた?」

 

 体は動かない。せいぜい指先が動く程度で、ぎっちりと行動を縛める拘束具はその役割をしっかり果たしていた。

 

 私はかろうじて自由に動く首を持ち上げ、視界の隅にいた彼女へ目を合わせた。

 

「すてゅうし、さ」

 

 けほっ。埃でも吸い込んだのか、体勢が悪かったのか。咳き込む私に彼女は申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

「ごめんなさいね。貴女の為に部屋を用意しようと思ったら手狭なところしかなくて。掃除してもらったのだけど、まだ換気が足りなかったのかしら」

 

 なるほど。元は倉庫か何かだった部屋を急遽用意したから空気が澱んでいるのだろう。そこそこ広い室内に窓はなく、見張りと思しき人が一人だけ扉の横に立っている。明かりもそこにランプが一つ置いてあるだけで中は薄暗い。

 

「何の用事か……なんて、聞かなくてもわかるわよね」

 

 私の能力を考慮してか数歩離れた位置から語りかけてくる彼女は見慣れない白い衣装に身を包んでいた。

 

 サイファーポールイージスゼロ。政府の代理人として姿を現した以上、目的は一つだ。

 

「防護服とか、着なくていいんですか」

 

「その必要はないでしょう?」

 

 軽やかな返事は多くの答えを内包していた。十三年前、フレバンスを訪れた彼女はやはり珀鉛の真実を知っていたのだ。知っていて、政府にとって不都合な存在を排除しにやって来た。

 

 部屋の中には何もない。床に直接固定されているらしい寝台で仰向けになっているからか感じ取れた微かな揺れにここが船の中であると知れた。もちろん、おもちゃ達の姿はない。

 

「本当に驚いたわ。大きくなったのね。いえ、これでも成長は止まっているんでしたっけ」

 

 そう言った彼女は以前会った時とまるで変わらない美貌を保っている。あちらこそホビホビの実を食べたんじゃないか。それよりも不老手術を受けたという方が可能性はあったが、政府所属の人間としてはその線も薄いだろう。

 

 動けないだけでなく、体中を倦怠感が覆っている。考えるまでもなく海楼石だとわかった。

 

「殺されるんですか、わたし」

 

「否定はしない。でもその前に話してもらわないといけないことがあるの」

 

 そこまで言ってステューシーはおもむろに私の手を掴んだ。やはり能力は発動しない。切り揃えた爪を摘まむように指先をあてがったところで、嫌な予感がした。

 

「ぅ、ん゛~~っづぅっ!?」

 

 反射的に歯を食い縛った。指を丸め暴れ狂う四肢は拘束具に止められびくんびくんと数度跳ねた。息をしようと開けた口からは忙しない呼気ばかりが聞こえてくる。

 

「痛いわよね、ええ、痛くしているんだもの。私も経験があるからわかるわ」

 

 しぃーっと、宥めるような彼女の手つきがおそろしくて身をよじる。ぼろぼろ溢れてくる涙は拭うことなんてできなくて勝手に頬を伝っていく。

 

 からんとも音を立てずに私の爪は寝台の隅に載せられた。すべてが終われば一緒に捨てられるのだろう。それは想像に難くなかった。

 

「フレバンスの国民と死体では数が合わなかった。貴女が連れ出したと思っていたんだけど、違う? これまでどこにいて、どうやって生き延びたのか。教えてくれたらひどいことはしないわ」

 

 貴女だって痛いのは嫌でしょう。そう笑いかける彼女の目は、冷たい色をしていた。

 

 

 責め苦は三日続いた。とっくに両手の爪はなくなり、足からも既に消えている。

 

 朝目覚めて顔を拭われ食事を与えられ、昼まできっちり三時間。小休止と昼食を挟んで夜まで拷問を受け、全身を清められた後は強制的に眠りにつかされる。

 

 おそらくは私が気絶して能力が解除されるのを阻止するためだろう。贅沢なことにすべてステューシーの介助付きで、就寝前には睡眠導入剤を飲まされる徹底ぶりだ。

 

「貴女も強情ね。早く話してしまえば楽になるのに」

 

 呆れたと言わんばかりの表情を浮かべる彼女に眉をひそめた。爪を剥がされた時点で心は折れている。それでも口を開かないのは、そうした瞬間に殺されるのがわかっているからだ。

 

 痛い。痛い。こんなの早く終わらせて欲しい。

 

 でも死にたくない。殺されるのなんてもっと嫌だ。

 

 そんな思いを込めて潤む瞳で睨み返すと肩をすくめた彼女は何かを呟いた。

 

「趣向を変える必要がありそう」

 

 見張りに一言告げ、部屋を出て行くステューシー。昼食にはまだ早いはずだといぶかしんでいると一人の男を連れてやって来た。

 

「っ、マリー!」

 

 ステューシーの後から入ってきた男は両手におもちゃを抱えていた。縄で縛られ、ぐったりとしたそれは見間違うはずもないマリアたちの姿だった。

 

「マリー……マリア、妹だったかしら。回収しておいて正解ね」

 

「褒めてくださいよ、拾ったのオレなんですから」

 

 マリアを彼女に投げ渡した男はこちらを見て笑顔で手を振った。その仕草に既視感を覚えた私は首をひねりその正体に気づいた。

 

「造船所にいた……!」

 

「大正解。キミのおかげで昇進できたんだ、感謝しているよリトルレディ」

 

 飛行艇を手に入れるため訪れた造船所でやけに親しげに話しかけてきた従業員だ。気障ったらしく腰を曲げて見せた男にステューシーが苦言を呈する。

 

「無駄話はよしなさい。あちらは無事に済んだの」

 

「飛行艇とやらの製造主なら、勿論。既に手は打ちました。ミニオン島の件ですが例の物は第三者に奪われたと見るのが妥当でしょう。襲撃した海賊団も血眼になって探している様子で、この船を襲ってくる可能性も否めないかと」

 

「子どもを保護したと言っていたわね。それで勘違いしているのかしら。政府の船はまだなの?」

 

「はい、運悪くサイクロンに巻き込まれたようで……」

 

 目の前で交わされる会話が耳をすり抜けていく。これじゃ、まるでウォーターセブンの二の舞だ。私が島へ行ったから? こうして政府の追っ手が来て、関係のないトマさんまで殺される。

 

 足を掴まれぶら下がっているトニーと目が合う。光のないボタンの目なのに、それは自らの意思を強く訴えかけているように見えた。

 

「なら邪魔が入る前にさっさと終わらせるわ。確か、たった一人の家族なんでしょう?」

 

 再びこちらを見た彼女の言葉に驚いた。

 

「どうしてそれを、記憶はなくなるはずじゃ」

 

「そう、でも記録は消えない。出生記録、病院のカルテ、そして私の書いた報告書。すべて突き合わせればおのずと誰がいなくなったのかは見当がつくわ」

 

 後は女の勘ね。ウインクしてみせたステューシーがおもむろにライターを取り出し火を点けた。もう一方の手にはマリアをしっかりと握っている。

 

「さあ、選びなさい。家族の命を取るか、秘密を吐かないか。私は、前者だと思うのだけど」

 

 悪魔の選択を突きつけるステューシー。じりじりと炎はマリアに近づいていく。お揃いの黒衣の端が炙られ、燃え移りそうになったその時。

 

「なっ――――!」

 

「きゃあっ!」

 

「うぇっ、」

 

 船体が大きく傾いだ。

 

 突然のことに体勢を崩した男とステューシーが手の中のものを落とし、ライターの火が消える。頭の方へ一気に重力が襲ってきた私も間抜けな声を出したがかろうじて拘束具に守られた。

 

「敵襲ー! 敵襲ー!」

 

 扉の側からそう報せる声と忙しない足音、次いで悲鳴が聞こえてきた。

 

「フッフッフ……ここだな?」

 

 扉ごと見張りが切り裂かれる。その場に倒れこんだ見張りを踏みつけながらぬっと中に入ってきたそいつは毛玉のようなコートをなびかせた。

 

「海賊ドンキホーテ・ドフラミンゴ、こんなところに何の用かしら」

 

「いやァ、探し物があってな……どうやら間違いなさそうだ」




ステューシー&造船所にいた名も知らぬ諜報員再登場回でした! 思いのほかよく喋る二人。

解説するとガレーラカンパニーにCP9が潜入していたのと同様に飛行艇造りに携わったブノワの家を監視していた諜報員が偶然レーナを発見。
上に報告し、盗み聞いた目的地であるミニオン島へステューシーが先回りしたという次第です。

ドラムを出国するまでは政府は完全に足取りを見失っていたため、あのまま国に残っていればハートの海賊団に同行するルートがありました。あとは考えていないけれど麦わらルートも。
とっくに分岐して別の道を歩んでいるので関係のない話ですが。

【20話 寄港】のラストがオペオペの実の取引四日前でミニオン島の一件が起こる一日前。
それから丸三日監禁拷問タイムで本来の取引当日である翌日に今回のラストシーンが来る構成になっています。

三日か、私だったら吐くな。

まったく関係ないのですがサブタイトルを見たら「ペイーン」と叫びたくなる衝動に駆られました。わかる人には伝わるダンボール好きの蛇のあれです。

次回も気長にお待ちください、ペイーン!


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22話 急襲

買ってきたチョコレートがめちゃくちゃ美味しかったので、短いですが続きを書きました。
戦闘描写が苦手なのがよくわかる回です。

来週辺りに次のお話を投稿出来るよう頑張ります。


 少年はあてがわれた部屋で一人うずくまっていた。

 

 乗っている船が攻撃を受け始めてからどれくらい経つだろう。時折耳に届く悲鳴に聞こえないふりをし、砲撃の音がするたび身をすくめる。

 

 自分は何も知らないと頭を振りながらシーツに包まってただ時が過ぎるのを待つ少年をあざ笑うかのように大きな音を立てて扉が壊された。

 

「ロー! 迎えに来たよ!」

 

 聞き覚えのない少女の声に呼ばれた彼――X・ドレークは射し込んだ陽の明るさに目を細めた。

 

 

 

 

 目前にステューシーと諜報員の男。見えないけれども足下にはマリアたちが縛られて横になっているはずだ。私は部屋の最奥、固定された寝台の上。そして向かいには唯一の入り口と既に虫の息となった見張り、――ドンキホーテ・ドフラミンゴがその上に立っている。

 

 一瞬の目配せでステューシーが前へ出て、男は私のそばに立つ。室内は異様な緊迫感に包まれていた。

 

「ここにはオペオペの実はないわよ、ドフラミンゴ」

 

「らしいな。だが、ホビホビの実はあるだろう? そこに証拠がいるもんなァ」

 

 つい、と示された指先におもちゃが宙へ浮く。そのままヒュッと音を立ててドフラミンゴのそばへ移動し、行動を縛っていた縄もぱらぱらと地に落ちる。

 

「これで3対2ってところか。フッフッフッフ、だが……それじゃあ足りねえよなあ」

 

 途端、がくんと視界が低くなった。何もないはずの地面から人影が現れ、同時に拘束具が外される。

 

「しまった――指銃!」

 

 遅れて飛んできた見えない弾丸はとぷんと沈んだ人影には届かなかった。まるで水中を泳ぐかのように床を移動した人影はドフラミンゴの背後へ出ると抱えていたもう一人……私の手を引いて立ち上がらせる。

 

「荷物はこれで合ってるか、セニョリータ」

 

 差し出されたのはいつものトランクだ。カルテはすべて託し、ノースの地図と着替えくらいしか入っていないけれど使い慣れたそれを持つと少しだけ安心した。

 

 一気に形勢逆転だ。指先を構えたステューシーと男がにじり寄る先で悠々と構えている大男の懐から耳慣れた着信音が響き、後ろ手に放られたそれをスーツの男性がキャッチする。

 

「プルプルプル…・・・ガチャ、若!? どうしよう、ローがいないの!」

 

 電伝虫が発したのは甲高い少女の声で、今にも泣き出しそうな表情が再現される。状況が読めないと疑問の声を上げるドフラミンゴに代わり電話を受けた男性が応答する。

 

「ベビー5、こちらセニョール。何があった」

 

「それが、ほごされた少年の部屋に行ったのにちがう子がいたの! 海軍に聞いてもこの子しか乗ってないって、あっ」

 

「ディアマンテだ。確かにガキは一人しかいねえ、バレルズのところから逃げ出したらしいがどうする?」

 

「いや、いい。こちらも目的を果たした。船に戻っていろ」

 

「ガチャ」

 

 ドフラミンゴの返答を受けて電伝虫の受話器が下ろされる。しぃんとなった室内でその内容を聞いていたステューシーは一層表情を険しくさせる。

 

「そう簡単に帰すと思って?」

 

「ああ、用は済んだからな。お前らも海賊団丸ごと一つ対応してる暇はねぇだろう?」

 

 問いかけと同時にさっと腕が振り下ろされる。かろうじて武装色を発動したステューシーがそれを受けるが放たれた糸は長く、広く――船をバラバラに切り刻んでいく。

 

「っデタラメな……!」

 

「フッフッフ、そりゃあ褒め言葉だぜ。あばよ、せいぜいうまい言い訳でも考えておくんだな」

 

 いつの間にか離脱していたセニョールを追うようにバサリとドフラミンゴが宙に浮く。マリアたちを抱えた私も同じく抱き上げられ、一気に崩れだした屋根から脱出する。

 

 段々と遠くなっていく軍艦を尻目に、私はこの先どうなるんだろうと一抹の不安を抱いていた。



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23話 勘違い

「紅茶です、熱いです」

 

 給仕服を着た少女がそう言ってカップを差し出した。言葉通り湯気の立つそれには私の指を気にしてか高さの合わないストローが添えられている。ちぐはぐな気遣いにお礼を言うと途端に笑顔になった少女はトレイを抱えて部屋を出て行った。どうやら一人にしてくれるようだ。

 

 ドンキホーテ・ドフラミンゴが船を襲ってから数時間が経過している。派手な彩色の海賊船に迎え入れられた私は治療を施され船室に案内された。しばらく休んでいろといった当人は早々に姿を消し今の居所はわからない。

 

 ……また、窓のない部屋だ。船倉近くの部屋をあてがわれたのでそうだろうなとは思っていたが、閉じ込められているような感覚に気も落ちる。

 

 ローは無事スワロー島へ着いた頃だろうか。ステューシーたちの話を聞いていた限り、ミニオン島での一件は既に終わっているようだった。

 

 原作でドフラミンゴはコラさんの発言を鵜呑みにして海軍に保護された少年をローだと勘違いしていた。それと同じ道を歩んでいるのなら男が現れた理由はローを回収するためだと考えて間違いないだろう。でも、それだけで私に辿り着くとは思えない。

 

 海軍に潜入しているドンキホーテファミリーの最高幹部、確か名前はヴェルゴと言ったか。そいつならホビホビの能力者について情報を手に入れ、リークすることも可能かもしれない。

 

 この能力は島一つ支配する手段として打ってつけのものだ。ドレスローザを手中に収めようとするドフラミンゴが探しているのはむしろ当然といえる。

 

 私を殺してホビホビの実を手に入れる。それが、ドフラミンゴの狙いなのだろうか。

 

 

 ノックの音に意識を呼び戻され、私は顔を上げた。入室を促すまでもなく開かれた扉からピンクの塊が部屋へ入ってくる。

 

「よォ、調子はどうだ」

 

 世間話でもするように声をかけてきたドフラミンゴに私は眉間を寄せた。そう身構えるなと笑いながら男は向かいの椅子に腰かける。背もたれのある椅子なのにふわふわとした羽毛が潰れるのを少しも厭うてはいないようだった。

 

「ご用件は、何ですか」

 

 少しの振動でも揺れるストローを視界の端に留めながらぎゅっと拳を握った。包帯塗れになった手ではそれすらも難しい。必然能力を使うこともできないので、今の私は無防備そのものだ。

 

 ドフラミンゴはおもしろそうにこちらを見ていた。おもしろそう、と評したのは男の口角がわずかに上がっていたからだが、それが男の常なのだとすると実際どう考えているのかはわからなかった。

 

「随分嫌われたもんだな。おれの名でも聞いていたか?」

 

「いえ、でも海賊だということはわかります」

 

 この船に乗る時に目にした黒い髑髏の旗を指して言うとそうだろうなという声が返ってきた。無法者だという自覚はあるらしい。

 

「おれもあんたのことを知っている。シスター、マグダレナで合ってるか?」

 

「なんで、その名を」

 

 呟きかけてローから聞いたのかと思い至った。案の定ドフラミンゴの口からもあの子の名前が出る。

 

「少し前までこの船で治療法を探していたが行方不明でな。居場所に心当たりがあれば知りたいんだが」

 

「……フレバンスを出てから、生きていることも知りませんでした。行きそうなところなんて私には」

 

 冷や汗がたらりと流れるのを服の下に感じる。髪を伸ばしたままでよかった。少しは表情が隠せているといい。

 

 そりゃあ残念だ、同郷の人間に会わせてやりたいのに。うそぶく声に同意しながらちらと男を見た。やはり男の考えは読めない。こうしてじりじり時間だけが過ぎていくのも男の策略なんじゃないかと頭が疑念で埋め尽くされる。

 

「だが知らねえもんは仕方ねえ。おれもあいつを探して迎えに行くつもりだが、どうだ。あんたさえ良ければ一緒に来ないか」

 

「え?」

 

 ドフラミンゴがサングラス越しに問いかける。その言葉に、私は大きく息をのんだ。

 

 

 

 

 私は勘違いしていたのかもしれない。

 

 ドフラミンゴの目的はオペオペの実とホビホビの実の確保だ。それがローや私である必要はない。

 

 たとえばローが不老手術のオペを拒んだら、また私がドレスローザで能力の行使を拒んだらその場で斬り捨て新たに生まれた悪魔の実をより従順な者へ食べさせればいい。

 

 けれどドフラミンゴは私を勧誘した。ホビホビの実の現能力者である私を。

 

 これがどういう意味を表しているのか、少し考えればわかることだった。なまじ原作知識があるのがあだになった。

 

 悪魔の実は同時に複数個存在することはなく、その能力も同時期に一人しか発現しない。能力者が死ねば世界のどこかにその果実が復活するとされている。

 

 だが私は知っている。頂上戦争以後能力者狩りを行っている黒ひげを。シーザーに飼われていたペット、スマイリーがシノクニへ変化した時近くに置かれたリンゴが悪魔の実に変わったのを。

 

 悪魔の実は新たに果実ができるのではなく、最も近くにある同じ果物が変貌してできるのかもしれない。その仮説が私の思考を制限した。

 

 悪魔の実の発生条件は明らかになっていない。仮説の大本になった黒ひげの件ですら今から遠い未来の話だ。

 

 目の前にいる能力者を篭絡するか、いつ現れるともしれない果実を待つか。どちらかしか選べないのなら確実に手に入る手段を取る。ドンキホーテ・ドフラミンゴはそういう男だ。

 

 

 

 

 突然黙り込んだ私を急かすことなく、ドフラミンゴはただ時を待った。どうせ答えは決まっているのだというように余裕の表情を浮かべながら。

 

「少し時間をもらってもいいですか。返事をするには、色々ありすぎて」

 

「構わねえよ。どの道おれ達のアジトまでは送ってやるつもりでいた。ああ、だが……」

 

 ローに残された寿命は少ねえんだ、早く答えを出してくれよ。

 

 扉を閉める、その直前。嗤うようにかけられた言葉は私の胸に棘を残した。




素で勘違いしていた内容をレーナにあてはめ、自分で気付いてもらいました。

このルートならドフラミンゴに会った時点でデッドエンドだと思っていたのでまだ生き長らえそうなことに驚いています。
あれ、ここで終わりじゃなかったっけ。

とりあえずドレスローザ編で一区切りと考えているので続きは気長にお待ちください。


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24話 手記

前半はベビー5視点、後半はキュロス視点になります。
かなりの年月をキング・クリムゾン(時間を飛ばす)しています。


 この日記を書くのは三年目。つまり、レーナさんが仲間になってからそれだけの年月が経ったことになる。

 

 はじめは戸惑っていたレーナさんも今ではすっかり打ち解けてファミリーの一員になった。

 

 若様には考えがあるようで表舞台には出さないけれど、船を出す時にはいつも一緒にいるからあまり寂しくはない。戦闘から戻ってこれば彼女が迎えてくれるから、むしろ前よりも帰るのが楽しくなった気がする。

 

 レーナさんが入るきっかけになったローの行方は未だにわからない。新世界に入ってからも若様はノースブルーに拠点の一つを残し探しているけれど、それでも見つからないのだから一部の船員がもう死んでるんじゃないかって噂しているのを聞いたことがある。

 

 そのすぐ後、血の掟に反した船員は串刺しの刑にあっていたけど当時のローを知る私たちも薄々そうじゃないかって思い始めている。

 

 もちろんローには生きていて欲しい。けれど、ローの優れた医療知識があっても三年の間じゃ病気の進行を待つことしかできなかった。レーナさんは奇跡的に治療法を見つけたけれど、ひとりぼっちでいるローも同じように助かるとは限らない。

 

 でも、若様はそうとは思っていないみたい。

 

 少し前に天上金の輸送船を襲った若様は、そのまま政府を相手取り七武海の座を手に入れた。世界政府公認の海賊になれば色々なことができるようになるからだって言っていた。

 

 もしそうだったら、ローの居場所がわかるといいな。ローのことを話している時のレーナさんはどこか寂しそうだから、はやく会わせてあげたいなって気持ちが強くなる。

 

 本当に、どこへ行ったんだろう。私には何もわからないけど早く帰ってきなさいよ、ロー。

 あんたのことを待ってる人は、たしかにいるんだから。

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……どうなっている!」

 

 一夜にしてドレスローザの様子は一変した。丘の上から見える景色は炎に彩られ、広がり続けるその火は王宮までもを呑み込んで赤く赤く燃え盛っている。

 

 妻子を家に残し単身王宮へと向かったキュロスは、既に侵入していた海賊達を相手取るも四面楚歌の状況にとうとう捕まってしまった。

 

「この国に! 王に何をした! 海賊!!」

 

 海楼石の錠をはめられたキュロスは海賊達の前に引きずり出された。玉座に腰掛ける海賊は不気味な笑みを浮かべ、倒れ伏したリク王を見下している。

 

 キュロスは能力者ではないが、加工すらもひどく難しいとされる海楼石の錠は一朝一夕で壊せるような代物ではない。鋭い眼光で睨みつけるが敵の首領はどこ吹く風だ。

 

「ふざけるな! 海賊の部下になど誰が!」

 

 渾身の力で錠をはめられた脚を揺り動かすが鎖の音が響くだけで足枷自体はびくともしない。それどころか接している肌が海楼石で擦れて傷を生む。

 

 ドフラミンゴと名乗った海賊は手にしていた長剣をリク王の首に添え、キュロスの目前で処刑をなそうとしている。

 

 もはや猶予はない。キュロスは自らの脚を剣で切り捨て、片足でドフラミンゴへ襲い掛かった。

 

「……マグダレナ!」

 

 片手を塞いでいたドフラミンゴが長剣で迎え撃とうとして間に合わないと悟りそう叫んだ。玉座の傍らで佇んでいた修道服の女がそれに反応し、ドフラミンゴを庇うように立ってキュロスに片手を向ける。

 

ポンッ

 

 ほんの一瞬。女が触れたのはほんの一瞬だった。

 

 瞬く間にキュロスの体は光を帯びて収縮し……兵隊を模したおもちゃに変わる。ブリキでできているのか、大きな音を立てて地面に倒れ込んだおもちゃは自らに起こった出来事を理解しきれず片足で立とうと躍起になるが人のような筋肉も関節もない体では自由に動くこともままならない。

 

 目の前に突然おもちゃが現れたことに戸惑ったリク王が声を上げる。その場にいる者は皆呆けているように動きが鈍かった。ただ一人、この状況を作った元凶の女の目が自分を射抜いたことを感じた兵隊のおもちゃは弾かれたように立ち上がるとリク王を担いで駆け出した。

 

「オモチャが逃げただすやん!」

 

 行き先は考えなかった。勢いのまま窓に突っ込んで城外へ出ると、王宮の屋根に激突して片足が僅かにゆがむ。王宮のある台地を滑り落ちるように駆け抜け、追っ手の来ぬ内にと路地裏へ身を潜めた。

 

「ちょうどいい、このマントを借りましょう。ひとまず身を隠さねば、リク王様」

 

「あ、ああ……誰だかわからんが助けてくれてありがとう」

 

 一国の王にゴミ捨て場から拾った衣服を渡すのは気が引けたが、今は形振り構っていられない。常に身に着けていた装束をそれとわからぬよう打ち捨てながらリク王は礼を告げた。

 

「私はキュロスですよ。こんな形になってしまいましたが」

 

「キュロス……?」

 

 聞いたこともない名だと眉を寄せる王の目は本物だった。まさか、記憶を失っているのか。

 

 立て続けに問いかけようとするが表の方から忙しない足音が聞こえる。これ以上長居はしていられず、兵隊は王に反対側へ逃げるよう告げると自身は囮になるために大通りへ出て行った。

 

 幸いにもまだ幹部達には場所を知られていないらしい。適当に距離を稼いだところで追っ手を撒き、妻子と暮らす家へと急ぐ。ドフラミンゴが口にしていた通りそこには既に奴らの手の者がいて、レベッカを抱いたスカーレットが軍の隊員に庇われ逃げ惑っていた。

 

「貴様らァ!」

 

 道中で奪った銃を放ち、襲ってくる海賊を蹴散らしていく。背後から聞こえる悲鳴と下卑た笑い声に身をすくめたスカーレットはレベッカの体を強く抱き直して走っていく。

 

(そうだ、それでいい。約束の場所で待っていてくれ。必ず迎えに行く)

 

 銃弾を放ちながら胸中で呟いていた兵隊は、数日後、地獄を見ることになる。




映画スタンピード公開おめでとうございます! グッズ情報まだですか! 特典は欲しいので三回見ます!

見たら最高にハイってやつになって何も手につかなくなるので、今のうちにと続きを捻出しました。
前回から半年近く経って文体を完全に忘れてしまったため、文章が気に食わなかったらその内書き直します。

次回以降は色々すっ飛ばしてドレスローザ編に突入するか、ドラムのラミ達は今! を描くか、趣味しかないパンクハザード編をダイジェストで語るかの三択の予定です。
特に決まっていないので、書けた内容から始めていきたいと思います。

映画を見ながら気長にお待ちください。


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