ラウラが軍隊をクビになった場合の話 (赤いUFO)
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群れに捨てられた子兎

ちょっとだけ。ちょっとだけ書いてみたかった。


「ラウラ・ボーデヴィッヒ。貴官を軍から除名することが正式に決定した」

 

「はい……」

 

 上官から言い渡された言葉に動揺が無かったと言えば嘘になる。

 しかし、思った以上に取り乱さなかったのはこの日を、覚悟していたからだろう。

 元より身体が小柄だったために運動量には限りがあり、頼みの綱のISも成績が一向に伸びない。

 

 そんな役立たずの世話をいったい誰が面倒を見続けるだろう?

 

「貴官にはこれまでの功績から僅かな退職金と戸籍が用意される。しばらくは軍の方から監視はつくだろうがそれもしばらくすれば解けるだろう。今まで、ご苦労だった」

 

 そう言って敬礼する上官にラウラは敬礼で返すことしか出来なかった。

 

 

 こうして、ラウラ・ボーデヴィッヒは軍を退役することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(本当にもう軍に私の居場所は無いのだな……)

 

 公園の椅子に座ったラウラは最低限の衣類を詰め込んだ鞄を足下に置き、口座に振り込まれた金額を見る。

 振り込まれた退職金はアパートを借りても数ヵ月は生活できる金額らしい。

 元より、殆どを軍の支給品で賄っていたラウラには書かれた額がどれ程の価値があるのかいまいち理解できていない。

 ただ思ったのは、この金額は軍が自分に下した最後の評価なのだな、という思いだけだ。

 

(これからどうすればいいんだ……?)

 

 今まで軍に全ての生き方を決められていたラウラにはこれからどうすれば良いのかなど皆目見当もつかない。

 最後に与えられた金の使い道すら。

 退役が決まってそれらを学ぶだけの時間はあったのだろうが軍以外の生き方を知らない彼女はただ無為に時間を消費するだけだった。

 誰かに教わろうにも親しい友人など居らず、むしろ劣等生として嘲笑の的になっていたラウラに近づく物好きはいなかった。これはラウラの年齢が未だに十代半ばという歳の差にも原因があったのかもしれないが。

 

 黄昏て白い雲の見える空を見上げる。

 何処へでも行けるという自由は何処に行くのか自分で決めなくてはいけないということで。

 その自分で決める、という行為がラウラにはとても困難なことだった。

 

「とにかく、歩こう……」

 

 そうすれば何か見つかるかもしれないという僅かな期待を胸にラウラは唯一の荷物である鞄を肩に下げて歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めて独りで歩いた町並みは多くの人で溢れている。

 食料の買い出しをしている主婦や華美に着飾っている男女。学校帰りだろう子供たち。

 それを眺めながらこれからどうするかぼんやりと考える

 

(とりあえず、住むところを見つけなければ。それに働き口も……)

 

 今はお金があるとはいえそれもいつかは尽きる。

 そう思うのだが、自分に何が出来るのか。ラウラには分からなかった。

 とにかく何かをしなければと考えるが具体的な案がなにも思い浮かばない。

 自分はここまで物知らずだったのかと顔を顰めるが、どうにかしなければならない。

 

 そこでラウラはビルに取り付けられたモニターに流れている映像を観る。

 モニターの中にはISが空を飛び回り、IS関連企業のCMが放送されていた。

 それを観てラウラは自分の胸の中でドロドロとした感情が湧き上がるのを自覚する。

 

 ――――アレさえ無ければ。

 

 自分は今も軍という箱庭の中で余計なことを考えずに生きていけただろう。

 そう考えると眼帯に触れてその下にある彩の変化した左目の眼球を抉り出したくなった。

 

(どうして、こうなってしまったのだろうな)

 

 ISの適合向上の為に行われた移植手術。行う前は何ら問題のない筈だったがいざ手術をしてみれば不適合により失敗。

 その所為で軍内部での成績はがた落ちになり、遂には退役処分。

 殺処分されなかっただけマシと思うべきか。それとも、勝手に生み出しておいて放り出す軍の無責任さに憤るべきか。

 どちらも選べずにいる中途半端な自分にも苛立つ。

 

(あぁ、そうか。結局私は軍という組織に守られていたのか……)

 

 ラウラにとって軍は居心地の良い場所とは言えなかった。

 特に成績が落ちてからは周りからの嘲笑や侮蔑。陰口は後を絶たなかったし、個人として親しい者も居なかった。

 

 それでも、自分の生き方を全て決めてくれるあそこは自分にとって箱庭だったのだと今更ながら実感する。

 

「今日は、何もできなかったな……」

 

 寝床を見つける訳でもなく仕事を探すわけでもない。無為に町を歩いて過ごすだけ。

 さすがに野宿は遠慮したいと思い、今日はどこかのホテルにでも泊まろうと決めた。

 そこでラウラに話しかける者が現れた。

 

「お嬢ちゃん、そんなところにずっと座ってどうしたんだい?家に帰らないのかい?」

 

 話しかけてきたのは五十程の男だった。

 その男は鞄1つ下げているラウラを見てある推測を口にする。

 

「もしかして家出なのかい?」

 

「いや……家はない。家族も、いない……」

 

 自分にあるのはこの鞄に詰め込まれた持ち物だけ。

 俯きながら答えるラウラに男は少しだけ考えて話す。

 

「なら、うちに来るかい?このままジッとしているわけにもいかないだろう。うちには君と同い年くらいの子が居るんだ。きっと仲良くできるよ」

 

「いや、それは……」

 

「気にする事はないよ。おじさんもお嬢ちゃんがこのまま見て見ぬ振りをするのは忍びないしね。それに雲行きも怪しくなってきた」

 

 なにやら話が上手すぎる気がしたがどうせ他に行く当てなどなかったラウラはぎこちなく頭を下げる。

 

「その……世話になる……」

 

「なら、車に乗ってくれ。すぐに温かい食事を食べようね」

 

 車に乗ると男が水筒を渡してきた。

 

「これを飲むといい。甘めのコーヒーだよ」

 

「すまない。ありがとう」

 

 水筒を受け取って中のコーヒーを飲む。

 すると今日1日歩き疲れていたのか。仮とはいえ寝床が見つかったことへの安堵か。

 ラウラは急に瞼が重くなるのを感じた。

 突如襲った睡魔に抗い切れずにラウラはそのまま意識を沈めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポト。

 自分の頬に水が当たるのを感じた。

 それに意識を覚醒させたラウラはその肌寒さに一気に目が覚める。

 

 身体を起こすとそこは見慣れない公園のベンチだった。

 辺りを見渡すと先ほどの男も、そしてラウラの唯一の荷物が入った鞄も失くなっていた。

 そこで顔を青褪めさせ、ようやく事態を悟る。

 

「やられた!?」

 

 おそらくあの時飲んだ水筒の中身に睡眠薬かなにかが入っていて荷物もその時に奪われ、自分はこの見知らぬ公園に捨てられたのだろう。

 そこまで考えると雨が急に強さを増した。

 

「はは……本当に全て失くなってしまったな……」

 

 ここまで全てを失えばいっそ清々しい気持ちになる。

 そして完全に心が折れた。

 

 すぐに全身を濡らした雨。どうせ行くところもない。

 このまま死んでしまった方が軍としても都合が良いだろう。

 

「もう、どうでもいい……」

 

 思考を全て投げ出してラウラはもう一度瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 その夢での自分は落ちこぼれではなく、IS部隊の隊長をしていた。

 見知らぬ誰かに指導を受け、少しずつ成績を上げていく自分。

 その努力が認められて最新の専用機を与えられ、佐官の階級を頂き、部隊を任されている。

 なんてみっともない夢。

 こんなあり得ない姿を妄想して自分を慰めている。

 でも、もし。

 もし、こんな可能性があったのなら―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。

 着ていた服ではなく、知らない寝間着を着て、清潔なベッドで寝ていた。

 勢いよく起き上がり、辺りを見渡すとやはり知らない部屋だ。

 状況を飲み込めずにいると部屋のドアがゆっくりと開かれる。

 

「目を覚ましたのね」

 

 現れたのは七十から八十程の老婆だった。

 

「驚いたわ。貴女、近くの公園で倒れていたのよ?食欲はあるかしら?」

 

 トレイに載せられた料理。小さな机に置く。

 首を横に振ろうとしたがその前に腹の虫が鳴った。

 

「~~~~~ッ!?」

 

 恥ずかしくて顔を赤くすると老婆は笑い、どうぞ、めしあがれ、とトレイに載った料理を勧める。

 最初は躊躇いがちだったラウラも一口胃に入れると堪え切れずに次々と料理を口に運んだ。

 

「それで、何があったのか訊いてもいいかしら?」

 

 老婆は丸眼鏡の奥で優しげな瞳。ラウラは先程のこともあり警戒したが、どうせもう失う物なんて何もないな、と自嘲気味た諦めの心で話始める。

 

 家族はなく、家もない。有った荷物も騙されて盗られたこと。

 軍にいた事は話せない為、最低限話せる範囲で自分のことを話した。

 話を聞き終えると老婆は目を閉じて小さく頷いた。

 

「なら、しばらくここに居るといいわ。先ずは体力を取り戻してそれから身の振り方を考えましょう」

 

 老婆の提案にラウラは警戒心を持って呟く。

 

「……私は、貴女に返せるものはない」

 

「そんなのは良いのよ。子供は大人に頼って良いんだから」

 

「……」

 

 ラウラは老婆の提案を受け入れることにした。

 行く当てがなかったのもそうだが、結局のところラウラは自分の意識で何かを決める力が決定的に欠けているのだ。

 だから、誰かが示してくれる案に乗る以外の生き方を知らない。

 そういう風に育てられてきたから。

 

 提案を受け入れたラウラを老婆は嬉しそうに笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからラウラは老婆の家での生活が始まった。

 老婆の夫は数年前に既に他界しており、息子夫婦とも疎遠らしい。

 ラウラはその家で家事手伝いのようなことをしながら老婆の話し相手として過ごしている。

 もっとも老婆の方から話しかけて来てラウラはそれに相槌を打ったりたまに質問を返す程度だが。

 

 ラウラは老婆のことを先生と呼んでいる。

 昔、小さな子を相手に教鞭を執っていたらしく、ラウラにもそう呼んで欲しいと言われて居候のラウラに拒否する意思もなく、そんな奇妙な生活が続いている。

 

 そして、ある事件が起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 夜中に小さな物音が聞こえた。

 その音に気付いてラウラは浅い眠りから目を覚ました。

 

 窓の外から誰かが侵入してきた音。

 ベッドから体を起こしてラウラは音がした方へと向かう。

 

 向こうも忍び足で移動しているがその足音から訓練している者ではなく、素人であることは明白だった。

 

 誰かがいる部屋の扉に手をかけた。

 

「誰だ!!そこにいるのはっ!!」

 

 声を上げるとそこには見知らぬ男が立っていた。

 その手には刃物が握られている。

 

 ラウラを見て一瞬動揺した素振りを見せたが、小柄なラウラを見てすぐに余裕の笑みを作った。

 

「なんだガキかよ。この家の婆さんの孫かなにかか?こんな日にここに居るなんて運のねぇ奴だ!」

 

 そう言ってナイフを向けながらラウラを取り押さえようとする男の腕をラウラは手首を掴み捻り上げた。

 軍では落ちこぼれのレッテルを張られたラウラだが、ずぶの素人に如何こうされるほど弱くはない。

 男がナイフを落とすとそのまま足を引っかけて床に倒し、手を後ろに回させて男のナイフを拾う。

 

「なにが目的かは知らないが、ここに私がいる時に侵入したのが運の尽きだったな」

 

 冷めた声でそう言ってその首にナイフを落とそうとするラウラ。しかしそこで割って入る者が現れる。

 

「やめなさい、ラウラ!?」

 

 大きな音がしてやって来た老婆がラウラの制止に入る。

 慌てた様子で老婆はラウラから刃物を取り上げた。

 

「こんな物を刺したら死んでしまうわ!」

 

「せ、先生……私は……」

 

 弁明しようとするラウラは何も思い浮かばずに肩を小さくさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、すぐに警察を呼んで男を連行してもらった。

 男は強盗で、老いた女性が一人暮らしの家に入って金目の物を奪おうとしていた。

 騒ぎが一段落した後に老婆とラウラは向かい合っていた。

 テーブルには温かいミルクが置かれている。

 

「事情は理解したわ。でもね。それならあの男の人を取り押さえるだけで良かったでしょう?もし貴女があの強盗を刺していたらあの人は死んでいたわ。それくらい分かるでしょう?」

 

 強い口調ではなかったがラウラは親に叱られている子供の用に肩を狭くしている。

 

「貴女が私を守ってくれたことは理解しているのよ。でもね。簡単に人を傷付けてはいけないわ。それも人を刺すなんて。それくらい、当たり前のことでしょう?」

 

 当たり前。その言葉に反応してラウラはポツリと呟いた。

 

「……らない」

 

「え?」

 

「そんなこと。誰も教えてくれなかったじゃないか!!」

 

 ラウラは大きな声でそう叫んだ。

 それから溜まっていた膿を吐き出すように吐露する。

 

「誰も教えてなんてくれなかった!常識(あたりまえ)なんて誰も!!教えられたのは戦う術だけで!それもう上手くいかなくなると用済みとばかりに放り出してっ!!」

 

 それは、ラウラが無意識の内に溜め込んでいた不満だった。

 ラウラは自分の眼帯に触れてなおも叫ぶ。

 

「ISが上手く操縦できなくなったのも元はと言えばこんなものを移植したからじゃないか!!それで、私を笑い者にして捨てて、他の生き方や常識なんて何一つ教えずに……!!」

 

「……」

 

「落ちこぼれになったのは……こうなったのは私の所為じゃない!私の所為じゃない!私の所為じゃ……」

 

 今にも泣きそうなほどに顔を歪めて肩で息をするラウラ。

 そしてもうここには居られないと感じる。

 なにより、ここに親切で置いてくれた老婆に当たり散らす自分が恥ずかしかった。

 

 顔を覆って伏せていると老婆はラウラの頭に手を置いた。

 

「ごめんなさい……」

 

 そんな謝罪の声が聞こえた。

 その言葉に驚いてラウラは顔を上げた。

 

「貴女のことを何も知らないのに、一方的に決めつけてしまって」

 

「ち、違う!先生はとても良くしてくれた!私がただ八つ当たりをしただけで……」

 

 顔を背けて言葉を並べるラウラに老婆は穏やかな笑みを向ける。

 

「貴女を初めて見た時、こう思ったわ。とても綺麗な、天使様が居るって」

 

「……私は、天使(そんなもの)じゃない」

 

「えぇ、そうね。貴女は普通の女の子だわ。まだ何も知らない子供なのね」

 

 老婆はラウラの手を握る。

 

「なら、私がラウラに教えてあげる。貴女が今まで教わらなかったことを。これから学ばなければいけないことを。これでも昔は教師だったんですもの。もう一度教鞭が執れるなんて夢みたいだわ」

 

 本当に嬉しそうに笑う老婆にラウラは呆気を取られる。

 

「何故、先生は私にそこまでしてくれる……?私には、なにも返せないのに」

 

「だって貴女は今日助けてくれたでしょう?方法は乱暴だったけど。何も返せないなんてことはないわ」

 

「私には、これしか出来ないんだ」

 

「なら、これから増やして行きましょう。色々なことを学べば、きっとこれから貴女が成りたい姿が見えるわ」

 

 握られている皺だらけの手。

 優しい眼差し。

 それらは今までラウラが触れてこなかった知らない感情で、怖いと感じた。

 それでも、何故か突き放すことが出来なかった。

 

「……!?」

 

 ラウラは、只々泣くのを堪えてコクコクと首を小さく縦に振った。

 

 

 

 

 これは、軍隊という組織を離れたラウラ・ボーデヴィッヒがひとりの人間として成長する物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




続きは期待しないでください。


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銀の少女の新しい日常

何とか完成した2話目。どんな終わりにするか幾つか案は浮かんだけどそこまで書けるかは分からないです。もう1話か2話投稿出来たら連載に切り替えます。






 上官である中佐の溜め息にクラリッサ・ハルフォーフ大尉は首を傾げた。

 

「どうしました、中佐」

 

「なに。先月のボーデヴィッヒを退役させた件についてね。惜しいことをしたと今更ながら後悔しているのだよ」

 

 言って読んでいた新聞をクラリッサに見せるようにデスクに置く。

 

「あぁ。例の男性操縦者の件ですか」

 

「そうだ。ボーデヴィッヒは丁度この少年と同年齢だ。IS学園に送り込むにも適した歳だしな。上手くすれば、ボーデヴィッヒが彼個人と親交を結べたかもしれん。いやはや間が悪い」

 

 何せ、ラウラが軍を出ていった数日後に発見された世界最強の弟にして唯一の男性操縦者。上層部からすれば喉から手が出るほどパイプを繋ぎたい存在だろう。

 

「呼び戻しますか?」

 

 クラリッサの問いに中佐は肩を竦めた。

 

「もし呼び戻したとして、ボーデヴィッヒはIS学園のカリキュラムで良い成績を取れると思うか?」

 

 中佐の質問に一瞬だけ思考し、首を横に振るった。

 

「一般的なカリキュラムなら問題ないでしょうが、やはりISの実技は……」

 

「そういうことだ。今までは同じ軍人。それも年上ばかりの環境だ。しかし同世代。それも、ISに殆ど触れたこともない者たちにまで追い抜かれたら今度こそ立ち直れないかもしれん。退役させたのは惜しいと思うが、無理に連れ戻すほどのことではないさ。それで?本人はどうしている?」

 

「現在は、一般人の家に居候している模様です」

 

「そうか。ま、野垂れ死ななくて幸いだったな」

 

 何せ、今まで殆ど軍から出たことのない子供だ。そういう可能性はあった。与えた金も使い道が解らなければ意味がない。最悪、監視員に誘導されてどうにかさせようという案もあった。

 ちなみに初日にラウラに対して窃盗を働いた男は既に捕まえ、塀の中に引っ越しさせて荷物もラウラに返却されている。

 

「さて……野に放たれた子兎はどうなるやら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実を傷付けないように丁重にね」

 

「あ、あぁ……」

 

 ラウラは先生が趣味の家庭菜園で育てた苺を慎重に収穫していた。

 軍で育てられ、戦闘以外の知識と経験に欠けるラウラには果物の収穫というのは初めてで。

 やはり初めて行う作業とは、緊張が付き物である。

 しかし、やはり要領が良いのか一度コツを掴むとどんどん作業速度は速まっていき、楽しそうに苺を収穫している。

 

「ふふ。ラウラが来てくれて本当に助かるわ」

 

 正直もう高齢で家事やこうした家庭菜園を続けるのが辛くなってきた彼女は惜しいが今年か来年でこの菜園を止めてしまおうかとも思っていた。しかしラウラが気に入ったのならもう少し続けるのも悪くないと思える。

 

 先生がラウラに対しての印象は世間からズレているが真面目過ぎる子といったモノだ。

 数週間前に盗まれた荷物がここに届けられた際にも自分の貯金を全て宿代として渡そうとしてきた。

 それは丁重に断り、将来の貯蓄として残しておくよう言い含めた。もう老い先の短い自分が持つより、ラウラの将来の資金とした方が良いという考えと家事などを手伝ってくれて本心から助かっているからだ。

 

 ラウラのことは近所からは遠縁の子を事情があって引き取ったと説明してある。

 最初は先生の後ろをついて回るだけだったラウラも今では近所の人たちと自然とあいさつが交わせるくらいには周りに馴染み始めていた。

 

「明日はどこかに出かけるのか?」

 

「えぇ。収穫した苺を持って昔の教え子が経営している施設を行こうと思うの。ラウラも行く?」

 

「あぁ、これだけの苺を運ぶのは大変だろう。力仕事は任せてほしい」

 

 ラウラの言葉に先生は嬉しそうに目を細めた。

 この少女が世界が少しずつ広がり、いつかはここを胸を張って巣立つ日が来るだろう。

 

「ラウラ」

 

「ん?なんだ、先生」

 

「手を出して」

 

 言われた通り手を出すラウラに先生は大きな苺の粒を渡した。

 

「食べてみて。ラウラが収穫した苺よ」

 

 驚いたラウラがいいのか?と視線で問うた。それを頷いて返す。

 取れたばかりの苺を口に入れた。

 すると苺特有の甘酸っぱい味わいが口に広がる。

 

「美味しい?」

 

「うん。甘い。とても美味いな」

 

 その美味しいと感じるのがラウラの味覚に合うからなのか。それとも自分で収穫したからなのか。

 確かなのはここで確かにラウラが普通の少女として微笑んでいたということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苺の入った箱を持って着いたのはやや古い建物だった。

 所々塗装が剥げていて、10人以上の人間が暮らすにはやや狭いのではないかと思える大きさ。

 

 庭で遊んでいた子供のひとりがこちらに気付いて近寄ってきた。

 

「おばあさん、久しぶりです!」

 

「えぇ。院長を呼んできて貰えるかしら」

 

 はーい!と元気よく返事をしてとてとてと施設の中に消えていく子供。

 数分後にこの施設の責任者である小太りの男が現れた。

 

「先生、お待ちしてました。そちらの子が連絡にあった?」

 

「えぇ。ラウラ、挨拶して」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、だ……です……」

 

 敬語に突っかかりながらも軽く会釈するラウラに院長は人の良い笑顔を浮かべた。

 

「はい、はじめまして。僕はここの責任者をしている者です。昔は先生にもお世話になりました」

 

「あらあら。貴方は昔からの聞き分けの良い子だったじゃない。私のしたことなんて些細なことよ?」

 

 そんな風に雑談していたがラウラが持っているから箱に気付いて院長はすまなさそうに中へと通した。

 案内された場所が学校の教室のような部屋だった。

 ラウラが持ってきた苺の箱を言われた場所に置くと先生が置いてあるホワイトボードに字を書き、先に集まっていた子供たちに告げる。

 

「今日はこの苺を使ってジャムを作ってもらいます。皆さん、仲良く美味しいジャムを作りましょうね」

 

『は~い!!』

 

 先生の言葉に子供たちが元気よく返事をして順々に苺を取りに来る。

 ラウラはエプロンをつけて子供たちに順々に苺を決められた数を渡していく。

 

 先生が手順を説明しながら子供たちを見て回り、質問に答えたりしている。

 それを遠巻きに見ていたラウラに院長が話しかけてきた。

 

「先生はね。こうして月に1回か2回ほど顔を出して色々なレクリエーション活動をしてくれているんだ。外国のちょっとした遊びを紹介したり、人が集まった時は人形劇なんかもやってくれる。僕はそういうのを考えるのが苦手だからね。助かってるんだよ」

 

「そう、なのか……」

 

 子供たちとの雰囲気から関係は良好のようで、親しまれている。

 そうして室内を見渡していると、幾つか別れているグループの中でどれにも属さずに黙々と作業をしているまだ十を迎えるかどうかの少女が見えた。

 

「あの子は……?」

 

「ん?あぁ。2週間前にこの院に来て。事故で御家族が亡くなってね。顔に傷跡が見えることもあってまだ周りの子たちに馴染めてないんだ。僕もなんとかしたいと思ってるんだけど……」

 

 難しいね、と呟く院長の言葉を遠くに感じてラウラはその少女をジッとみた。

 髪で隠れているが左の眉から頬の辺りまで確かに切り傷の跡が見える。

 少女はまるで自分が居ない者のように黙々と作業している。

 そんな切り取られた存在を見てラウラは妙な既視感を覚えた。

 だからだろうか。自然とその少女の下へ足を進めたのは。

 

「周りと、交ざらないのか?」

 

 自分が話しかけられるとは思わなかったのだろう。

 少女の肩が一瞬ビクッと跳ねたがラウラの姿を見るとすぐに俯いて首を小さく横に振った。

 

「また、コレを変って言われるの、イヤだもん」

 

 落ち込んでいるようにも不貞腐れているようにも感じる口調で話す。

 その指でそっと自分の傷に触れる。

 

「この傷は、あたしのせいじゃない。あたしのせいじゃないのに。色々言われたり、指さされるの、ヤダ」

 

 もしかしたら、少女を貶める意図は、無かったのかもしれない。

 ただ珍しくて軽い気持ちで訊いてしまったことを目の前の少女が過敏に反応してしまっているだけなのかもしれない。

 ただ確かなのは、このままではこの少女が周りに馴染む機会がドンドンと失われていくということだ。

 

(あぁ、そうか。似ているのは、私か……)

 

 ラウラの左目にある失敗作の証。

 これの所為でラウラは軍から居場所を失くし、追い出された。

 だが、本当にそうだったのだろうか?

 本当に誰もが成績を落としていったラウラを蔑んでいただろうか?

 

 周りが自分に向ける声の全てが嘲笑や軽蔑などの悪意に塗れているように感じたあの頃。

 だがそれは、ラウラ自身が決めつけていただけではないだろうか?

 今になってそう――――。

 

 

「ちょっと見てくれるか?」

 

「?」

 

 やや、ラウラの顔から視線を下げていた少女が目を合わせる。

 すると、ラウラが外した左の眼帯の下には金の眼があった。

 

「変な、色だろう?これはな。昔、ある手術を受け、失敗してこうなってしまったんだ」

 

 眼帯の下を誰かに見せるのは正直怖い。

 気味悪がられたらどうしようと思う。

 だが、こちらから動かないと目の前の少女は信用しないのではないかと思った。

 

「この眼になってから多くのことが上手くいかなくなってな。その所為で周りから随分嫌なことを言われたんだ。だから私は自分の殻に閉じこもってしまった」

 

 手術が失敗して落ちこぼれになっていったときもラウラは自分を奮起させて前以上に訓練や勉学に勤しんだ。

 だがそれは全てラウラ個人でできる努力だった。

 考えて見れば周りは皆ラウラより年上なのだから教えを乞うことは出来た筈だ。

 そうすればラウラがどん底に落ちる前にどうすればいいのか一緒に考えてくれる者も居たかもしれない。

 軍を退役することになった時も、役に立つことを教えてくれる誰かが居たかもしれない。

 

 だがラウラは決して自分から近づかず、避けて生きてきた。

 それこそが、1番の問題だったのではないか。

 

「独りは、楽かもしれないが。本当に助けてほしい時に助けを呼ぶ選択肢を失くしてしまうんだ。お前の傷を言った者も、全員だった訳ではないのだろう?」

 

「それは……」

 

 再び俯く少女にラウラは頭を撫でた。

 

「少しでいい。前に出るきっかけができたなら、きっと見える世界が広がるはずだ」

 

 自分が、そうだったように。

 そう続けようとすると後ろで大きな声が上がった。

 

「あーっ!?溢しちゃったじゃない!」

 

「わ、悪かったって!」

 

 どうやら、鍋で苺を掻き混ぜていた最中にふざけていた男の子が女の子の体に当たり、鍋をひっくり返してしまったらしい。

 男の子は謝っているが、鍋をひっくり返した女の子は涙目で怒っている。

 

「どうする?」

 

 ラウラが指さしてみると少女はまだヘタを切り取ったばかりの苺の入ったボールを抱えてその女の子に近づく。

 

「あ、あの!」

 

 突如話しかけられて2人、というか周りも驚いているようだが少女はおずおずと自分の苺を見せた。

 

「あたしの、半分使う?」

 

 突然の申し出に驚いた様子を見せたが女の子は躊躇いがちに訊き返した。

 

「いいの?」

 

 それに少女はコクンと首を動かす。

 それから特にラウラが少女に話しかけるまでもなく。ぎこちなくはあったが会話をして、笑顔に輪へと溶け込んでいった。

 ジャムを作り終えると自分の方が上手く作れた。楽しかったね、などの会話が溢れていく。

 

 

 時間になり、ラウラと先生が院を出ようとすると少女が話しかけてきた。

 

「その……ありがとう……」

 

「いや、前へと踏み出したのはお前だ。私には出来なかったことだ。偉いぞ」

 

 少なくともこの少女はラウラと同じにはならなかったのだ。

 そのことがとても嬉しく感じた。

 

「あの……お姉さんの眼。あたし、キレイだと思ったよ。すっごく」

 

「は?」

 

 そんなことを言われると思ってなかったラウラが呆けるとまたね、と少女は子供たちの輪に戻っていった。

 

 帰り道、ラウラがポツリと呟いた。

 

「あんな経験が、誰かの役に立つなんて思わなかった……」

 

 自分にとって忌々しい記憶の筈の軍人だった頃の記憶。

 今ではあんな風に思えて、それが誰かの為になったのが信じられない思いだった。

 

「どんな経験も、いつ役に立つかは分からないものなのよ」

 

「そういう、ものか」

 

 未だ実感が湧かないそれを握り締めてラウラは先生に訊いた。

 

「なぁ、先生……私の眼を、どう思う?」

 

 一緒に生活するうえで先生には何度か眼帯の下を見られている。その度に答えは決まっていた。

 

「とても綺麗だと思うわ。隠しているのがもったいないくらい」

 

「そう、か……」

 

 何度か思案するように顎に手をあてて考えるラウラ。

 

 

 

 翌日に眼帯を外して先生の前に現れ、褒められると顔を赤くして手で覆うラウラの姿があった。

 少しずつではあるが、群れから離れた子兎は自分の輪郭を形作っていく。

 

 それがどのような形に完成するのかは、まだ誰も、本人すらも知れない。

 

 

 

 

 

 



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失敗の価値は

今日から冬休みだぁ!書くぞー!というわけでIS三話目(IS出てこないけど)

この話も後2~3話で終わる予定。

しかし久しぶりに深夜以外に投稿した気がする。


 IS学園に入学して僅かに時間が流れて世界初のIS男性操縦者である織斑一夏は友人たちと昼食を摂っていた。

 しかしそこで幼馴染み2人と学園で出会ったセシリアが一夏に弁当を押し付けてきている。

 

 一夏はそれを順々に食べていき、セシリアの作ったサンドイッチを食べて硬直するなどの騒ぎがあったが。

 

 そんな3人の美少女に囲まれた一夏にシャルルがクスクスと笑う。

 

「一夏はモテモテだね」

 

「なんだよそれ?」

 

 3人の好意に全く気づいていない一夏は首を傾げたが、その反応にシャルルは困ったように笑みを歪めた。

 そこで少しだけイジワルから爆弾を投下することにした。

 

「でも、この学園には女の子ばっかりだし、一夏はどんな子が好みなの?気になる子とかさ」

 

 シャルルのその質問に一夏がなんだよそれ?と呆れるが周りが喰い付いてきた。

 

 

「一夏!せっかくシャルルが訊いてるんだから答えなさい!」

 

「そうですわ!その質問はここではっきりしておくべきです!」

 

「一夏!男らしく早く答えろ!」

 

 3人に詰め寄られながらもこれ、答えなきゃダメな時だと理屈ではなく本能的で理解する。

 そこで少し考えて思い出したのは昔自分を助けてくれた女の子だった。

 

「好きな子って訳じゃないけど会いたい女の子ならいるな。うん」

 

 一夏の答えに3人が一斉に目を見開いた。

 

「だ、誰よ!?あ、もしかして蘭とか?」

 

「いや、違うよ。昔助けてくれた子でさ。名前も知らないんだけど。会ってちゃんとお礼が言いたいんだ」

 

 なにやら恋愛話とはズレたが一同は黙って一夏の話を聞く。

 

「前のモンド・グロッソでドイツまで千冬姉の応援に行った際に、誘拐されそうになったんだ」

 

「誘拐ィ!?」

 

 一夏の言葉に初めて聞いたと鈴音が声を荒らげた。

 他の者も声にこそ出さないが同様に驚いている。

 

「試合が始まるまで観光気分でブラついてたら知らない男たちに囲まれてさ。いやーアレには驚いたな」

 

 懐かしそうに言う一夏に鈴音が憤慨して地面を叩く。

 

「なに笑ってんのよ!?それで?大丈夫だったの!?」

 

「あぁ。あの時だってちゃんと予定通り帰ってきただろ?ビビって動けなくなった俺の手を掴んで逃げてくれた子がいたんだよ。長い銀髪で眼帯をつけた10歳くらいの女の子で今なら中学くらいかな?とにかくその子が引っ張ってくれたお陰で助かったんだ。その後は日本政府から派遣された護衛の人たちが来て、より厳重に護衛してくれたよ。もし誘拐されてたら千冬姉にも迷惑がかかってたかも知れない。だからあの子には感謝してる」

 

 一応言えば一夏は何度もその子にお礼を言って頭を下げたのだがドイツの国のドイツ人の少女だ。日本語のお礼が伝わっていたとは思えない。だから今度はちゃんとお礼を伝えたいのだ。

 

 ちなみに言うと千冬は現在も国家代表の地位にあり、その立場の仕事がない時はここ、IS学園で教鞭を振るっている。

 本人はもう国家代表を降りて教鞭だけを取っていたいのだが政府が大会二連覇のブリュンヒルデを失うことを恐れて受理せずに、二束草鞋状態を愚痴っていたりする。

 

 話を終えて箒が不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。

 

「軟弱者め。年下の女子に助けてもらって情けないとは思わんのか!男ならそれくらいの逆境をはね除けてみせろ!」

 

「無茶言うなよ箒。相手は大人で武器も持ってたんだぞ。素人が簡単にどうにか出来るわけないだろ?」

 

「馬鹿者!そんなことでどうする!よし!今日は訓練でその弱りきった性根を叩き直してやる!」

 

 箒とて自分が無茶を言っている自覚はあるが、己の好いた男には格好良くあって欲しいと願う彼女はすぐに諦める幼馴染が許容し辛いのだ。

 また自分以外の女の話を嬉しそうにすることが気に食わない。

 一夏は箒を宥めながらふとあの銀の少女を思い出す。

 ドイツに滞在中は何気なく探していたが結局見つからなかった。

 

(やっぱり、ちゃんとお礼を伝えたかったな)

 

 そう思いながらいつも通り周りの女の子たちに振り回される日常に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

「きょ、今日から宜しく頼――――あ、いや、お願いします!」

 

「えぇ。先生から聞いてるわ。宜しくね、ラウラちゃん」

 

 ラウラと話しているのは今日から彼女が働く小さな服屋の店長だった。

 パッと見て30後半のどこか先生と似た雰囲気の女性。

 ラウラは白いYシャツとジーンズに店のエプロンを付けて長い髪をゴムで後ろにまとめてここにいる。

 ラウラはこの店で今日からアルバイトを始めることになった。

 

 そうなった経緯は2日程前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ、仕事を探そうと思うんだ」

 

 朝食の洗い物を済ませながらラウラは先生にそう言った。

 

 それに先生が一瞬驚いて瞬きしたが、すぐに平静を取り戻す取り戻す。

 

「それは良いことだと思うわ。だけど、急にどうしたの?」

 

 先生の質問にラウラはうん、と頷きながら答えていった。

 

「うん。少し前にあの施設に行った時にあの子はちゃんと周りに馴染んでいた」

 

 あの子、というのはラウラが少しばかり関わった顔に傷のある少女だ。

 他の子達と明るく話をして笑い、元気に遊ぶ姿はアレが生来の彼女なのだろうと思う。

 前に踏み出した結果、あの子は確かに自分の居場所を手にしたのだ、

 それに比べて。

 

「私は、きっとここに来た時から何も成長出来ていないと思うんだ」

 

 先生の後ろについて回り、今の生活に馴染めてきているとは思う。

 しかしそれは先生から与えられたモノを無条件に受け取っているだけなのだ。

 今の生活は楽だがいつまでもそれに甘え続けてはいけないと感じる。

 

 目の前の人が教えてくれたこと。与えてくれたモノに見合うだけの自分になりたい。

 いつか胸を張って地に足をつけた自分を見てほしい。

 あの時に助けた小娘は、貴女のお陰で立派になったのだと言えるような。そんな自分になりたいのだ。

 

「だから、先ずは仕事を探そうと思う。見つかるかどうかは分からないが。自分で自分から周りに関わることが、私に必要なんだと思うんだ」

 

「……」

 

 ラウラの話を聞いて先生は微笑を浮かべた。

 

「分かった。ラウラがそう決めたのなら私から反対する理由はないわね。でも、お仕事を探すのを少しだけ手伝わせてくれないかしら?ちょうど何人かの知り合いがアルバイトを募集していた筈だから」

 

「いやしかしそれは……」

 

 自分で仕事を探そうとしていたラウラは言い淀むが先生は先に制してきた。

 

「採用されるかはラウラ次第よ?だから紹介くらいはさせてちょうだい」

 

 そこまで言われて断るのも気が引けてすまない、ありがとうと礼を言う。

 それに先生は嬉しそうにしている。

 

「ラウラ。ここに来て自分は成長していないと言ったけど、そう考えられるようになったのも立派な成長だわ。結果を出すだけが成長を示す証ではないもの」

 

 新しいことをしようとする勇気を持つことも立派な成長だという先生にラウラは納得できない様子で呟いた。

 

「……先生は、私に甘すぎる」

 

「あら違うわ。今までのラウラの境遇が厳しすぎたのよ」

 

 次の日、面接に行った店の店長にいたく気に入られ、すぐに採用されて唖然としたラウラだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあラウラちゃん。お客様が試着したあとに乱れた服があったらたたみ直しておいてね」

 

「は、はい!」

 

「そんなに緊張しなくていいのよ。常連さんも基本は良い人たちだから。ラウラちゃんもすぐに慣れるわ」

 

「そう、だといいのだが……」

 

 今まで軍以外の職場というモノに疎いラウラは初めての接客に緊張していた。

 この店は個人経営だが大手の服飾会社と縁がありそこから品を卸している。しかしオーダーメイドの依頼があれば店長自ら衣服の作成をすることもあるらしい。

 むしろ常連の大半はそちらが目当てという話だ。

 

「最近オーダーメイドの受注が多くてレジとか清掃に手が回らなくなってきていたから。真面目そうな子が来てくれて助かったわぁ」

 

 そう朗らかに笑う店長はひとつひとつ仕事を教えていく。

 一通り説明を終えると店長が奥へと移動し始める。

 

「それじゃあ奥で作業しているから。何か判らないことや困ったことがあったら遠慮なく呼んでね?」

 

「は、はい!」

 

「うん、いい返事」

 

 そうして店長が奥へ行くとレジの近くにいた20代の女性がやってくる。

 

「あら新人さん?このお店が人を雇うのは初めてかしら」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

 初々しく頭を下げるラウラの姿に客の女性は微笑ましい気持ちになりながら会計をお願いする。

 初めてで拙いながらも仕事をしようとする姿はラウラの見た目が年不相応に幼く見えることも相まってとても応援したくなる。

 

 会計を終えた女性客は頑張ってねと言い残して店を出ていった。

 そんな単純な言葉に嬉しさを覚えてラウラは自分を奮起した。

 動きは堅いながらも懸命に職務に励もうとするラウラに店長のほうでも評価される。

 問題が起こったのはその後日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちよっといい?」

 

「は、はぁ……」

 

 ラウラが試着した服が乱雑に戻されていたので畳んで戻しているとやたらと化粧の濃い客に話しかけられた。相手の高圧的な態度に驚いて気のない返事を返してしまうと相手はそれが気に入らないのか眉を顰める。

 

「まぁ!不愛想な店員ね!いいわ。それより先日頼んだ服、今日で出来上がってる筈なのだけれど?」

 

「あ、はい。それでは引換券をお出しください。それと交換になりますので」

 

「掃除して失くしちゃったのよ。でもこの通り写真は撮ってあるから」

 

 携帯端末に表示されているのは青い子供用のワンピースだった。

 それが娘のサイズに合わなかったことで裾直しと追加のアレンジを頼んでいたらしい。

 

「すみません。引換券がないとお出しできない決まりですので」

 

 しかし、券がないので出せないというラウラにその客は怒りで顔を歪める。

 

「なによ!お金はもう前払いで払ってるのよ!客が頼んだ商品を出せないっていうの!?」

 

 憤慨した様子で責めてくる客にラウラはどうしたものかとも思ったが、先日に似たように券を紛失してしまった客がいたが、その注文のやり取りを店長が覚えていたために問題なく商品を渡せた。

 だが今は所用で店長が店を離れており、ラウラが対処するしかないのだ。

 

「店長がもう少しで戻りますので確認のためにお時間を頂いてもよろしいですか?」

 

「だから間違いないって言ってるじゃない!それに私は急いでるの!早くしなさいよ!まったく使えない店員ねっ!!」

 

 使えない。その言葉にラウラの中でビクッと体が震えた。

 少し前に居た場所で散々言われ続けた言葉。それを、新しい場所で言われると昔よりも胸に痛みを覚える。

 

(ここまで断言するのだから大丈夫か?)

 

 そう思って少々お待ちくださいと商品を取りに行くことにした。

 

「こちらでお間違いないでしょうか?」

 

「そうよ。素直に早く持ってくればいいのよ!まったく!」

 

 と、ひったくるように商品を受け取ってズカズカと店を出て行った。

 ああいう客も居るのかと思いながらすぐに次の仕事に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃん。16番の番号で置いてあった青いワンピース知らないかしら?子供用の」

 

「それならお昼前に客が取りに来ましたが?」

 

「え?それはおかしいわ!今取りに来るってお電話が入ったもの。ちゃんと相手は券を持ってた?」

 

 言われてラウラの表情がサッと青褪める。

 ラウラは正直にその時あったやり取りを説明した。

 説明が終わると店長の顔が険しいものに変わっている。

 

「そう。困ったわね。アレはお客様の娘さんの誕生日にプレゼントするもので。とても楽しみにしてらしたから」

 

「す、すみませんっ!?」

 

 最早謝る以外のことのことが思いつかずに頭を下げる。

 相手の勢いに押されてこんな単純なミスをしてしまったことに情けない気持ちになる。

 

 店長は仕方ないわね、と息を吐いてその客への折り返し電話を入れた。

 

 電話で事情を正直に話す。娘の誕生日は明日ということなので、それまでには同じ物を作って置く。お詫びにいくつかの商品を追加するということで話が纏まった。

 

「店長……」

 

「次からは気をつけてね。私、大急ぎで作業に取り掛かるから。お店のほうはよろしくね」

 

「あ……」

 

 奥に引っ込んでいく店長を見てラウラは取り残されたような気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラがアルバイトを始めて一カ月が経った。

 

「ラウラちゃんがここに勤めて今日で一か月ね。始めてのお給料でなにか欲しいものはあるのかしら?」

 

 店を閉める際に言われてラウラは視線を落とした。

 

「その……私は今回本当に給料をもらっていいのだろうか?あんなミスを犯してしまったし」

 

 ミスと言われて何か思い当たり、店長は苦笑して手をひらひらと動かした。

 

「ああいうミスは新人さんにはね。何度も繰り返されたら困るけど。初めてだったんだからそう目くじら立てる必要もないわ。その後もちゃんと同じミスをしないように気を使ってたでしょう?だから気にし過ぎないで。ね?」

 

「しかし……!?」

 

 それでは気が済まないと言うラウラに店長は首を横に振る。

 

「支払われたお金はね。私がラウラちゃんの働きをちゃんと評価した上で払ってるの。それで受け取れないなんて言われたら哀しいわ。でもそうね。お詫びってわけじゃないけどちょっとこれからいいかしら?」

 

 店長の提案にラウラはキョトンとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャァアアアア!?かわE!かわEわ!!予想以上の素材だわ!?」

 

 店長がテンションを上げてカメラをあらゆる角度から写真を撮っている。

 

 ラウラは黒を基調とした可愛らしいワンピースドレスを着せられて顔には薄くだが口紅などの化粧が施されている。

 

「……私なんかを撮って楽しいのか?それに私などを多少化粧したところで大したことはないと思うのだが」

 

 自分の容姿が別段優れていると思ってないラウラは自身の姿に違和感しか覚えない。

 彼女にとって優れた女性の容姿というのは大人の女性であり。例えばモンド・グロッソ二連覇を成し遂げたブリュンヒルデ(織斑千冬)などがそうだ。

 戸惑っている店長は憤慨するように顔を近づける。

 

「何を言ってるの!?ラウラちゃんが普通基準なら大抵の雑誌に載るようなモデルも大したことなくなるのよ!?」

 

「そ、そうなのか?」

 

 店長に押されて怯むラウラを余所に陶酔したように大きな息を吐く。

 

「ラウラちゃんいっつも動き易くて質素な服ばかりなんですもの。ずっとこうして着飾らせてみたいって思ってたの!だって女の子が着飾るのは義務以上の権利ですもの!!」

 

「そ、そうなのか?」

 

 店長の理解できない思考に置いてきぼりを喰らいながらもラウラの感想と言えば、この服の手入れが大変そうだ、程度のものだった。

 

 

 今日はこの服で家に帰るように命じられてラウラは仕方なしにそれに従うことにした。

 そこで見たある物に目が入る。

 初めての給料の使い方。これなら悪くないと思った。

 

「店長、ちょっと」

 

 ラウラはそれを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら。本当に天使様みたいになって帰ってきたわねぇ」

 

「やめてくれ。さすがに恥ずかしい」

 

 帰り途中でも色々な人たちの視線に晒されてうんざりしていたラウラが息を吐いた。

 その視線の大半が好意的なモノだったのだが、そういうものに慣れていない彼女は奇異な格好をしている自分を嘲笑していると受け取っていた。

 ラウラは抱えていた袋をおずおずと渡す。

 

「その、今日が初給与で。私がここまでやってこれたのは先生のおかげで。ずっと何かお礼がしたくて。だから、できれば貰って欲しい……」

 

 もし先生に拾われなければ自分はどうなっていただろう。

 それを考えると時々怖くなる。違う自分の可能性に。

 先生がそれを受け取ると中に入っていたのは茶色の女性用バックだった。

 

 受け取って貰えなかったらどうしようという不安から指をもじもじと動かしながら弁明を重ねる。

 

「その、私にこうした物を選ぶセンスがあれば良かったのだが……」

 

 そういったモノとは無縁だったラウラには鞄は自分が持てる範囲で多く荷物が入り、頑丈な物が良いというくらいの基準しかない。

 先生の趣味に合わなあったらどうしようという不安が募る。

 しかし先生は渡された鞄を大事そうに抱えた。

 

「ありがとう、ラウラ。大切に使わせてもらうわ」

 

 その言葉だけで、安心し、胸を撫で下ろすそこで先生からもある物が渡された。

 

「もう少し後でも良いのだけれど、決める時間はたくさんあったほうが良いと思って。ラウラにこれを渡しておくわね」

 

 それは、ハイスクールの入学願書だった。

 

「1年遅れって形になるけど。来年から学校に通う気はない?今すぐに決めなければいけない訳ではないから、じっくりと考えて欲しいの」

 

「学……こう……?」

 

「えぇ。貴女が今の生活に馴染もうとしているのは理解しているわ。だからこそ同世代との関わりが必要なんじゃないかって思うの」

 

 ラウラの交流関係は上と下しかない極端なものだ。そろそろ横のつながりを考えなければいけないと先生は思っていた。

 ましてや普通に学校へと通える時間には限りがある。ここ最近のラウラの様子からそろそろ勧めても良いのではないかと判断したのだ。

 

 ラウラは願書で顔を隠しながらポツリと呟く。

 

「私が、同世代の輪に入れるだろうか……?」

 

「今の貴女ならきっと大丈夫。たくさん悩んで、迷って、戸惑って、迷い、笑いなさい。それがきっと将来、とても大事な宝物になるわ」

 

 ラウラの肩が小刻みに動き始める。

 

「……ズルいな、先生は。こんなのを渡されたら、私はいつまで経っても先生に恩を返しきれないじゃないか」

 

「そんな事はないわ。だって私が見たいのは、立派に成長した貴女なのだから。それが見れるだけで満足なのよ?」

 

 

 

 もうかつての場所には戻れない自分は普通になるしかないと思った。

 でも今は、そうなりたい自分がいる。

 それを喜んでくれる人が居るから。

 

 まだ先は分からなくても、真剣に考えよう。

 少しずつ増える選択肢をラウラは大切に抱え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




ラウラの千冬と出会うイベントフラグは自分で叩き折っていた模様。

ぶっちゃけラウラに必要なのは恋人とかじゃなくてちゃんとした保護者か面倒見の良い親友とかだと思う。


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天使を授かった意味

今回はおばあちゃんメインで


『散々自分の都合を押し付けてたくせに――――今更親ぶってんじゃねぇよっ、クソババァ!!』

 

 それが、娘の声から聞いた最後の言葉だった。

 もう会うことの出来ない、最初から最後まで向き合うことすらせずに永遠の別れになってしまった愛しい娘。

 ただ正しさを押し付けるのではなく、なにを思って生きているのかをどうして聞くことが出来なかったのか。

 

 

 

 

 

「それじゃあ先生。仕事に行ってくる」

 

「えぇ。行ってらっしゃい」

 

 数ヶ月前に引き取ったラウラ・ボーデヴィッヒという少女はこの頃良く笑うようになった。

 というよりは喜怒哀楽が表現できるようになったのが正確なのだろう。

 

「そろそろ暑くなってきたわね。ラウラ、脱水症状とかは大丈夫?」

 

「うん。店の中は冷房が効いてるし、私はこう見えて頑丈なんだ。少しのことなら問題ない」

 

 少しだけ自慢気に胸を張る少女に微笑ましく感じる。

 

「でも、そろそろ夏着も必要でしょう?今度買いに行きましょう。あの店なら店長さんが選んでくれるでしょう?」

 

 先生の提案にラウラが少しだけ及び腰になる。

 

「店長に選んでもらうとこう、異様にヒラヒラした服ばかり選ぶからなぁ」

 

 着飾るよりも動きやすさと利便性を重視するラウラはどうにも店長の服選びは異質に思えてしまうのだ。

 若干の苦手意識を顕にするラウラに苦笑する。

 

 先生は結局未だにラウラの過去を聞いていない。

 会話の節々から理解できるのはとても厳しい場所にいてそこから追い出されたということ。

 どういう生い立ちなのかは正確には判断できないが、普通とは違う人生を歩んできたんだろうということは理解した。

 少し思考をそちらに集中しているとラウラが心配そうにこちらを見ている。

 

「どうしたのかしら?」

 

「先生。今日は具合が悪いのか?朝食も進みが遅かったし。今も顔色が優れないように見えるのだが」

 

「そうかしら?そんなつもりはないのだけど」

 

 言われてみれば少し肌寒いように思える。

 そんな先生を心配してラウラが告げる。

 

「今日は、出来る限り早く帰れるようにする。だから安静にして居て欲しい」

 

「……そうね。大丈夫だと思うけど。念のために今日はゆっくりさせてもらうわ」

 

 自分を心配してくれる少女の気持ちが嬉しくて大人しく従うことにした。

 少し前に渡したハイスクールの入学願書に関して自室で真剣に考えている。まだ本当に通うかは決めかねているようだが、将来を考えれば学歴というのは一種信頼を得るためのアドバンテージになる。

 だから、自分の考えは間違っていない筈だ。

 

 ―――――あたしに、母さんたちの都合を押し付けないで!あたしは2人の人形じゃない!!

 

 そんな、いつか聞いた言葉が過ぎった。

 

「どうした?先生。やっぱり具合が……」

 

「そう、かもしれないわね。今日は大人しくしているから。ラウラはもう出かけた方が良いわ」

 

「うん。じゃあ、行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃんも大分仕事に慣れてきたんじゃない?」

 

「そうですか?」

 

 常連客の買った商品を丁重に袋詰めしているとその子連れの女性は笑顔で頷く。

 

「ここに入った頃はいつも表情が硬くて一生懸命だったけど、今は肩の力も随分抜けてるでしょう」

 

「き、気が抜けているように見えるのでしょうか」

 

 それはダメだなと気持ちを引き締めようとする。が、それは違うわ、と常連の女性は笑う。

 

「良い意味で緊張がほぐれているって話をしているの。ずっと気を張っていたら疲れてしまうもの。それに私たちと話すのも自然になってきたしね」

 

 そんな世間話をしていると手を繋いでいた男の子が退屈そうにママ早く~とゴネ始めた。

 

「はいはい。それじゃあラウラちゃん。また寄らせてもらうわ」

 

「はい。またのご来店をお待ちしてます」

 

 気さくな女性が店から出ると店の奥から店長が出て来た。

 

「確かにラウラちゃんもこの店に馴染んできたわよねぇ」

 

 作業が一段落したのか、少し疲れた様子で肩を回した店長が現れた。

 一通り肩や首を回し、伸びをする。

 

「最近じゃあ、ラウラちゃん目当てに男性客が訪れることも増えたのよ?この店、基本女性用が殆どなのに」

 

 一応店の端に男性用の服なども置いてあるが、スペースとしてはかなり小さい。

 男性客の殆どがオーダーメイド品を注文するのが大半だ。主に家族や恋人などのプレゼント用として。

 

「ねぇ、いっそのことあの服でうちの看板娘とかやらない?そうしたら売り上げがかなり伸びると思うのだけど」

 

「……勘弁してほしい」

 

 あの服というのは初めての給与の時に着せられた服だ。あの服で接客すれば必ず売り上げが伸びると店長は言う。

 売り上げに貢献したいという意思はあるがさすがにそれはどうだろうとも思い、断り続けているのだ。

 店長も本気で言っているわけではないらしく、もったいないわねぇとすぐに引っ込む。

 そしてすぐに話題を変えた。

 

「ラウラちゃん。今日から少しの間早めの時間に上がってくれる?そうしたらなるべく人通りの多い場所を通って帰ってほしいの」

 

「何かありましたか?」

 

「……ここ最近、近くで年齢問わずで女性が傷つけられる事件が多発してるの。ついこの間も駅の方で学生さんが数名の男性に暴行された事件があったでしょう。だからうちも少し早めに店を閉めた方がいいかなって」

 

「そういえば新聞やニュースでやってましたね」

 

 ISの登場から世界で女尊男卑の主張が静かに流行っていた。

 もちろんそうした考えを持つ者は少数派で、政治や企業のトップは男性が立っているのが主だし。そうした差別を持ち出す会社などは大手でも経営が悪い方に傾き始めている。

 先生はISという熱に浮かされているが、それも後数年もすれば冷めるだろうと予想していた。

 ラウラも軍でIS関係の部隊にいたが、整備士に多くの男性がいたし、彼らを性別だけで下に見るような愚か者はいなかった。そこら辺は上からも徹底されていたからだ。

 

「店長は、ISや女尊男卑の考えをどう思いますか?」

 

「そうねぇ。うちは女性客をターゲットにしてるけど、それは私が単に女の子を着飾らせるのが好きなだけだし。お客さんの中にはたまに男の人をこき使ってる女の人を見るけどやっぱりいい気分はしないわね。ISに関して言えば、夢はあると思うけど、私にとっては競技の一種目に過ぎないし。見てる分には楽しいくらいの印象ね」

 

 つまりは関わりがないからどう思うこともない、ということなのだろう。

 それもそうだ店長はこの店で根を下ろしている。そこにISなどが挟む余地はないのだ。

 そしてラウラにとっても既にISは昔は操縦したことがあるという程度のもので、それでなにかを為した訳でもない。

 

「うん、そうだな。きっともう私には関係ないんだ」

 

 何故かそう思うことに消沈するような感情はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店長にいつもより早く帰されたが先生のことが気がかりだったため正直に言えば助かった。

 早歩きで帰宅する。いつも通り照明が点いた家。

 

「ただいま……」

 

 そう言って家に上がると違和感を覚える。

 いつも出迎えてくれる先生が一向に現れないからだ。

 

(もしかして本当に体調を崩したのか?)

 

 心配になって先生の部屋にいこうとする。

 通り道のリビングに置いてある食事用のテーブル。

 その横の床に何故か皺のある手が見えた。

 

「え?」

 

 近づいてみると、そこには見覚えのある年配の女性が横たわっていた。

 それが誰か認識してラウラは心臓が止まりそうになった。

 

「先生っ!?」

 

 手にしていた鞄を落として急いでラウラは先生へと駆け寄った。

 体に触れると呼吸が確認でき、生きていることに安堵するが、その呼吸が荒く顔色が悪いことに気づいて焦りが生まれた。

 すぐに病院へと運ぼうと固定電話へと急ぐ。

 ボタンを押す指。呼び出しが応じる僅かな時間さえ長く感じる。

 

『どうなさいましたか?』

 

「あ……っ。先、生が家で倒れてて、動かないんだ……!」

 

 状態を正確に伝えようとすればするほど思考が絡まり、断片的な情報しか伝えられない。

 

『落ち着いてください。そちらの御住所を教えてください』

 

「じゅう所は――――」

 

 何とか住所を伝えると電話先の人物はすぐに向かいますのでお待ちくださいと電話を切った。

 それからラウラは救急車が訪れるまで、早く、早く、と頭の中で繰り返しながら先生の手を握って無事を祈り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 娘が出て行って数年。訃報を聞いた時の家族の反応は冷ややかなモノだった。

 死因は飲酒運転による事故。

 大量の酒を摂取してバイクを運転し、ガードレールに突っ込んで頭を地面に打ちつけて死亡したらしい。

 夫の反応は厄介者が居なくなったことへの安堵でありあの子の兄である息子も似たような反応だった。

 家に居ても互いに罵り合い、喧嘩になるか。たまに暴力を振るう。

 そういう風に育ってしまった娘に家族の情はもう持ち合せることが夫と息子には出来なかった。

 自分は、どうだっただろう?

 身内の義理として最低限の葬儀を済ませながら考える。

 どうして、こうなってしまったのかと。

 誰が悪かったのか。

 自分の思い通りに育たないことをなじり続けた夫か。

 妹に無関心だった息子か。

 それとも、夫の言い成りとなって娘と向き合わなかった自分か。

 きっとその全てがあの子の善良さを押し潰したのだと気付くのに何年かかったのか。

 

 あの子の姿が甦る。

 家を出て行った時の姿で、なじるでも歩み寄るでもなく、ただジッと自分を見つめ続ける。

 ただその姿が、どうしてあの時に自分を引き留めてくれなかったのかと責めているように思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 眼鏡がないためぼやけた視界に映る部屋は自分の見知った場所ではなかったが、大体何処にいるのか察することが出来た。

 

「病院、よね?」

 

 どうにも記憶があやふやだが、もしかして倒れたのだろうか?

 頭の中を整理していると病室のドアが開く。

 

 入ってきたのはラウラと医師だった。

 ラウラは起き上がっている先生を見るとその小さな体を震わせて赤と金の瞳から透明な雫が零れる。

 

「せ、先生っ!?もう起き上がって大丈夫なのか!」

 

 駆け寄って来たラウラの頭を撫でながらもう大丈夫よ、と答える。

 そこから医師の説明が始まった。

 急な暑さに身体がついていけずに風邪をこじらせていること。

 本来なら大したことはない筈だが年齢のために体力を落として意識を失ってしまったこと。

 もう一時間も放置されていたら命の危険に関わっていたと。

 

 それを聞き終えた先生はラウラに笑いかけた。

 

「ラウラには2回も命を救われてしまったわね。ありがとう」

 

「そんなことは良いんだ。先生が元気になってくれれば、それで……!」

 

 本当に心配したのだろう。その泣き跡と怯えるような表情がそれを物語っている。

 ラウラが落ち着きを取り戻すと飲み物を買ってくると病室を一旦離れた。

 それを確認した後に医師が微笑ましそうに笑う。

 

「居候という話ですが、とても良い子ですね。ずっと貴女を心配しておいででしたよ」

 

「えぇ。私には勿体ないくらいの」

 

「救急車が到着したときにあの子がなんと言っていたかご存知ですか?”おかあさんを助けて”だそうです」

 

 医師の言葉に先生はキョトンと瞬きさせた。

 

「血の繋がりはないそうですが、とても慕われていることは分かります」

 

「母というには歳が離れすぎていますがね」

 

 先生は苦笑しながらも嬉しそうに頬を緩めた。

 2つの飲み物を持ってラウラが戻ってくる。

 

「それでは今日は安静にしていてください。なにかあったらナースコールでお呼びください」

 

「はい。お手数をおかけします」

 

 医師が出て行くとラウラから飲み物を受け取る。

 

「心配、かけてしまったわね」

 

「……先生が、いなくなるかと思ったんだ」

 

 俯いているラウラの頭を撫でる。さらさらとした心地良い髪の感触が伝わってきた。

 

「ねぇ、ラウラ。少し聞いてほしい話があるの」

 

「うん?」

 

「今まで話してなかったけど、私にはね、娘もいたのよ」

 

 先生の言葉に驚いた表情を見せるラウラ。家族は息子夫婦だけと聞いていたのだからそれも当然だろう。

 

「私の夫はとても上昇志向の強い人でね。子供たちにもそれを押し付けてしまって。息子の方はその期待に応えられたけど、娘の方は応え続けることが出来なかった」

 

 夫は別段、子供を道具のように思っていたわけではない。

 ただ、将来より良い暮らしをして欲しくて必要以上に厳しく躾けていただけなのだ。

 しかし行き過ぎた親心は子供の心を圧迫して歪ませるには充分だったのだろう。

 期待に応えられなくなったことで不仲になり、娘が家に寄り付かなくなっていくには時間がかからなかった。

 

「素行の悪い子たちと一緒に居るようになって、家庭でもどんどん荒れて行って。夫が勘当したのは今のラウラと同じくらいの歳だったわ」

 

「……」

 

「それからしばらくして。あの子が事故で亡くなったと聞いて。後悔ばかりが生まれた」

 

 出来ないことを責める夫から娘を庇ってあげればよかった。

 親のペースを押し付けるのではなく、あの子に見合った生き方を考えてあげればよかった。

 そうすれば、もっと別の形で娘を幸せに出来たのではないかと今は思う。

 

「そんな後悔を長い間抱えて。そして、ラウラと出会った」

 

 僅かなお節介で一緒に暮らして、あの強盗が入ってきた日にラウラの話を聞いた時、自分はこの子に娘の代わりを求めたのだ。

 娘に出来なかったことをずっとやり直したくて。ラウラはとても都合の良い子供だった。

 そんな自分の醜い感情を認めたくはないが、そうなのだろうと思う。

 やり直したかった。

 自分が娘を死なせたという事実を無かったことにしたかったのだ。

 それがただの現実逃避だと知りながら目を逸らして。

 

 話を聞き終えたラウラは膝の上で拳を握った。

 

「私はきっと、先生に出会わなかったら碌なことにならなかった。身体を売ったり、暴力で生計を立てるような、そんなどうしようもない人間になっていたかもしれない。言葉にし切れないくらい感謝しているんだ。先生の娘の代わりだとか、そんなことはどうだっていいんだ。ただ、ただ私は、あの家に元気になった先生と2人で帰れれば、それだけで充分なんだ……!」

 

 だってまだ何も返せてない。

 これから自分がどう生きていくのかちゃんと見て欲しい。

 教えて欲しいこともたくさんある。

 

「まだ、傍に居て欲しいんだ……!」

 

 ラウラの本心に先生は目頭が熱くなった。

 

「そうね。私もラウラの成長がまだ見たいわ。学校に通った貴女を。就職したり、出来れば貴女の花嫁姿なんかも。だからまだ、あの子のところに逝くわけにはいかないモノね」

 

 そう言って、ラウラの頬に手を当てた。

 

「ラウラ。確かに最初は貴女を娘の代わりとして見ていたわ。でもね、貴女とあの子はすぐに重ならなくなったの。だって娘の代わりとして見るには貴女はとても善い子なんですもの」

 

 顔を赤くして先生から顔を逸らしたラウラはそんな事はないと口を動かす。

 

 

 家族を知らなかった少女と失った家族を求めていた老婆。

 それはどこか歪な関係だったのかもしれない。

 だが血の繋がりはなく、ずっと継ぎ接ぎだらけの関係だったとしても。

 互いに想い合い、一緒に過ごすことで継ぎ接ぎのまま、いつか本物へと変わる日が来るだろう。

 

 いつか。いつかきっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これが今年最後の投稿。来年もよろしくお願いします。


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決別~私が帰るべき場所~【前編】

調べたらドイツの学校って日本とカリキュラムが全然違うんですね。この作品では日本と同じってことで勘弁してください。



セガサターンのエヴァ2ndの主題歌である【君が、君に生まれた理由】もしくはフルーツバスケットのOP【Forフルーツバスケット】を聴きながら後編も執筆中。

知ってる人いるのかな?(特に前)



 ラウラはこの現状をどうしようか考えていた。

 

「我々は!歪み切った女尊男卑の思想に染まった社会に問いを投げかける者である!」

 

 20~50代程の男たちが銃器を手にして自分たちを人質に立て籠っている。

 動きから見ても素人の集まりだが銃を持っているため迂闊に動くことが出来ない。

 その上ラウラは今日面倒を見る筈のあの施設の子供たち3人を抱えており、万が一のことが事があっては院長に顔向けできない。

 子供たちが脅えた様子でラウラの服を掴んだり腕に抱きついたりしている。

 殺気立っている男たちを観察しながら気づかれないように息を吐く。

 

(本当に、どうしてこんなことになったのか……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃん、ちょっと良いかい?」

 

「え?はい」

 

 施設に遊びに行った際に院長に声をかけられた。

 

「三日後って時間空いてないかな?ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

 

「私に、ですか?えーとアルバイトは休みですけど」

 

 ラウラが疑問を隠さずにいると院長がうん、頷いた。

 

「今度この辺りでISの空中機動の催しがあるのは知ってる?その観賞席のチケットをこの間当ててさ。子供たちの中でくじ引きで行く子を決めたんだけど、僕はこの施設を離れる訳に行かないし。誰か面倒を見てくれる人を探してたんだけど。ラウラちゃん、ISに興味あったら付いて行ってもらえないかなって」

 

「IS、ですか……」

 

 妙なところで縁が出来るなと思いながらどうしようかラウラは考える。

 この町は軍の、それもISを保有する施設が近いため年に2回ほどこうしたパフォーマンスが行われる。

 

(正直、あまり行きたくないな……)

 

 偶然昔の同僚に会ったからといて今更何かあるとは思わないが、出来れば軍の施設に近づきたくないのが本音だった。

 申し訳ないが断ろうかと考えているとラウラの服を引っ張る感触がする。

 引っ張っていたのは顔に傷のある、ラウラが以前気にかけた少女、アニータだった。

 

「あたしも、行くんだけど。おねえちゃんイヤ?」

 

 不安そうに自分を見上げる少女を見て、ラウラはその申し出を断ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こんなことになるなら、ついて来て正解だったかもしれないな)

 

 人質として隔離された部屋でそう思うことにする。

 自分にしがみつきながら不安そうにする子供たちに微笑みかける。

 

「大丈夫だ。軍の人たちがすぐに助けてくれる。だから、ここでおとなしく助けを待とう」

 

 それは慰め半分であり、確信半分だった。

 テロ紛いな行動をしている男たちはどう見ても訓練を受けた者の動きではない。ISなど使わずとも事態は解決するだろう。しかしラウラが気になるのは。

 

(やけに持っている装備の質がいい。どう見ても玩具(モデルガン)を改造した物ではなく、本物だ。それに催し物で人の出入りがあるとはいえ軍の施設内にどうやってアレほどの装備を持ち込んだ?)

 

 少なくともこの人数を素人が揃えられる代物ではない。

 揃えられたとしても銃を持っている者を内部に通すことはない筈だが。

 気にはなったがラウラはすぐにその思考を棄てる。

 今自分が優先しなければならないのは子供たちの安全なのだから。

 

(彼等の鎮圧が可能だからと言って、人質が全員無事救出されるとは限らないからな)

 

 素人が武器を持って気を大きくし、撃って来ないとも限らない。

 人質になっている者の大半は彼等が憎む女性なのだから。

 

(幾らなんでも子供に銃を向けるとは思わないが。誤射で、という可能性もあるからな)

 

 今日ここでISの機動演習を見てはしゃいでいた3人の子供。それを恐怖に変えた者たちに怒りを覚えない訳ではないが、余計なことをして此方に矛先が向くのを避けたい。

 

 今ラウラたちが居るのはISの整備や調整を行う3階と地下1階がある建物だった。

 そこの1階の隅に集められている。

 演習を観終わった後にここでISに関する説明を受けていたのだ。

 その際に彼らが牙を向いた。

 

 テロリストのリーダーと思しき男が電話越しになにやら喚き散らしている。

 その怒声が飛ぶたびに子供たちが萎縮する。その度にラウラが頭を撫でて大丈夫だ、と繰り返した。

 人質になって1時間半ほど経つが彼らは要求らしい要求を未だ言わずに、自分たちの女尊男卑に対する不平不満を吐き出し続けていた。

 軍も速やかな鎮圧を試みないところを見ると人質を見捨てずに慎重に対応しているのだろう。

 ここでISの説明をしていた女性は軽度の暴行を受けた後に手足を縛られて転がされていた。

 その姿を痛ましく思いながらも状況を見渡し続ける。

 状況が動いたのはリーダー格の男が声色が変わった時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことだっ!?」

 

 男は通信越しにいる今回の協力者の言葉に声を荒らげた。

 その相手は呆れたように息を吐くのが聞こえる。

 

『どうもこうもないでしょう?こっちの目的は果たしたからもう好きにすればって話だよ。言葉通じてますー?』

 

 小馬鹿にするような相手の声に苛立ちながらも話を続けようとする。

 

「話が違う!!ここで時間を稼げば後で我々の脱出を手伝ってくれると――――」

 

『あーそれー。ムリだって。その建物の周りにどれだけの軍人や偵察機。それにISで囲まれてるか知ってる?仮に助けられるとしてもそれを行うメリットがボクらにあるのー?』

 

 若い女の声はなおも続ける。

 

『いいじゃん。このご時世に社会から追いやられた君たちが弾けるチャンスを貰ったんだし。それだけで充分な()()だとボクは思いまーす。それにもっと根本的な問題にしてさぁ。ダメだよ?女とISに反旗を翻そうとしたくせに都合の良い時だけそれに頼っちゃ。ねぇ?』

 

 彼らは通信の向こうに居る相手によって集められた女尊男卑の被害者たちだった。

 会社を解雇された者。

 無実の罪状を押し付けられた者。

 家庭が崩壊した者。

 

 そういう今の社会の在り方に被害を受け、鬱屈とした感情を溜め込み。通信越しの女にその気にさせられて弾けただけの集団だ。

 今日もここでちょっと暴れてくれれば見返りにちょっとした報酬をやるという話だった。

 もちろん彼らも胡散臭いとは思ったが、生活に貧窮している者や、女やISに一泡吹かせられるという言葉にそそのかされて今回の話に乗った。

 彼らは後先など考えておらず、ちょっと暴れて憂さを晴らせればそれでよかったのだ。

 

 動揺している男に通信越しの女はんーと考えるような声をした後にさっきとは違うことを言う。

 

『でも、ま。そこまで言うんなら助けてあげても良いよ?』

 

「本当か!?」

 

『君は誰にも追いかけられない逃げ場所って何処だと思う?」

 

「は!?」

 

 答えられない男に女はクスクスと笑って正解を告げる。

 

『答えは誰でも簡単に行けて行きたくない場所。あの世って奴だよ』

 

 通信の向こうで何かを押す機械音がした。

 同時に、上の階から大きな爆発が発生した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つっ……なにが……?」

 

 突然の爆発に建物の崩壊に巻き込まれて視界が晴れて状況が確認できるようになってラウラは体を起こした。

 地下の部屋まで落とされたために身体の痛みが走る。

 利き腕を強く打ったのか上手く動かせない。

 突然の自爆を疑問に思う間もなくハッとラウラは辺りを見回した。

 

「あの子たちは!?」

 

 一緒に来た子供たちを探すと3人の中で唯一の男の子であるカスパルだった。

 

「あ、姉ちゃん!?」

 

「無事だったか!他の2人は?」

 

「ア、アニータはわかんねぇけど。ヴェラが、向こうで下敷きになってて……!?」

 

 泣きながら家族の危機を訴えるカスパルにラウラは驚きながらそちらに案内させた。

 着くと、少し大きな瓦礫に挟まれているヴェラが居た。

 

「待ってろ!今退かしてやる!!」

 

 打った腕を強引に動かし、両手で退かそうとするが動かない。

 

(なにか道具を探さないと……!)

 

 また何か落ちてこないとも限らず、ラウラは何か使える物や動けそうな人をキョロキョロと探し始めた。

 

「あ……」

 

 それを見つけてラウラは思わず声が漏れる。

 見つけたのはここに最初から地下に置かれていた訓練用のISだった。

 待機状態で座しているそれを見つけて引き込まれるようにそれに近づく。

 恐らくここで整備途中だったかもしもの時の為の予備として置かれいていたのか。

 ラウラにはどちらでも良かった。

 

(これを、今動かせれば……)

 

 軍から除名された自分に今更ISの搭乗資格があるとは思えない。

 しかし、早くしないとあの子たちが死んでしまう。

 

 何度も何度も行ったISを纏う手続きを行う

 結果は失敗。

 ISは何の反応も示さずにそこに座していた。

 何回も体に染みついたISの起動を試みたが駄目だった。

 

「クソッ!?」

 

 怒りに任せてISに拳を叩きつける。

 これさえ起動できればこの状況を何とかできるのに。

 しかしいつまでも使えないISに縋る訳にもいかず、別の手段を講じようとその体を離そうとする。

 すると、ISに熱が入ったように微振動を始め、ラウラの身体を固定する。

 

「なっ!?」

 

 驚き暇もなくISは起動し、機体の情報をラウラに開示した。

 数か月ぶりにISを動かした喜びよりも身体に浸み込ませた機体の状態確認を即座に行った。

 武器は一切詰んでおらず、エネルギーは充分にある。

 

「姉、ちゃん……?」

 

「大丈夫だ。これなら、すぐにあの子を助けられる」

 

 何故ISが動いたのか疑問が無かったと言えば嘘になる。

 しかし今は久々にISを纏う高揚。そして早く救助をしなければという使命感でヴェラの下まで移動する。

 生身なら相当な労力を要する力仕事もISならば然程苦労なく瓦礫を除けられた。

 瓦礫を除けるとラウラがカスパルにヴェラを背負うように言う。

 

「私は、アニータを探す。それに他の人たちも助けないと。だからカルパス。お前はヴェラを背負って外へ出てくれ。そうしたら大人たちに中の状況を説明するんだ。できるな?」

 

「で、でも……」

 

 不安そうな表情をするカスパルにラウラは微笑みかけた。

 

「大丈夫だ。お前は1人で逃げ出さずにヴェラを助けようとした強い子だ。だから最後までその子を守ってやるんだ。お前はそれが出来る男だろう?」

 

 ここで頭を撫でてやればよかったのかもしれないが。ISの、それも専用スーツすら着てない状態でそんなことをすれば力加減を誤って大怪我させてしまうかもしれない為にやめた。

 カスパルは頷いて背負ったヴェラと共に何度かこちらを振り返りながらも外へ出て行く。

 

 それを最後まで見届けずにISのハイパーセンサーから送られる生体反応の示す場所を近場から順々に救助していく。

 軽傷の者は足などを怪我したものを運んでもらうなどをしてここから出て貰う。

 意外だったのはテロを行った者たちもこの事態を引き起こした罪悪感からか、手を貸してくれたことで救助が捗った。

 中には身体を潰されて死亡した者も居るが、それがアニータでないことに安堵しつつもこんな風に死んでしまったことになんとも言えない気持ちになる。

 生体反応を頼りに自分を慕ってくれた少女を探す。

 そして運が良いのか悪いのか、最後の反応で少女を見つけた。

 

 見ると擦り傷などはあるが、呼吸はしっかりしており、見た目大きな傷も負っていない。

 そのことに涙が出そうな程に安堵する。

 ISでは上手く運べる自信が無かったため、装着を解除して突如起動した機体を見た。

 ロックが掛かっている筈のISが何故動いたのか。

 

(ISには微弱だが意志のようなモノが在ると聞いたことがある。この惨状を見て自ら力を貸してくれた?ハハッ。まさかな)

 

 自分の中で出たファンタジーな解答を否定するが、どうにもそんな気がしてならず、頭を下げて礼をした。

 そこでアニータが目を覚ました。

 

「お、ねえちゃん……」

 

「早くここから出よう。そうすれば恐いことはみんな終わりだ」

 

 優しく声をかけてアニータを背負う。

 そうしてラウラもここから出ようとしたときに耳障りな怒声が響いた。

 

「クソッ!?なんだよっ!なんで上手く行かなかった!!これだから女はおんなはオンナハっ!?」

 

 テロリストのリーダーが癇癪を起した子供のようにブンブンと銃を手にした腕を動かし、ラウラとアニータを見ると歪に顔が歪む。

 

「そうだ。女だ……ぜ~んぶ女とISがわるいんだよぉおおおおっ!!」

 

 最早正気を失い、ラウラとアニータに向けられた銃口が火を噴く。それはラウラの左腿に命中した。

 

「つう!?」

 

「おねえちゃんっ!?」

 

「だい、丈夫だ……!」

 

 狙ったのではなく適当に前に撃ったらラウラの腿に当たったのだろう。

 ラウラはアニータに当たらなくて良かったと思った。

 膝をついたラウラに男は嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「そうだ!女なんぞそうやって俺たちに見下されていればいいんだよぉ!?なのにアイツもアイツもアイツも!!俺を馬鹿にしやがってぇえええええっ!!」

 

 おそらく男は女尊男卑の世になってから女に虐げられて生きてきたのだろう。

 こんな状態になってもその恨みを晴らすことしか考えられない程に。

 

 近付いた男が膝をついているラウラの腹を蹴る。

 アニータが呼ぶ声がするがそれに反応している余裕はなかった。

 この状況でせめてアニータだけでも逃がさないと。

 そう考えていると男が動けないラウラではなく、後ろで震えているアニータへと向ける。

 

「女なんてどうせ碌な育ち方しねぇんだ。だからここでぶっ殺しておかないと……」

 

「やめろ……」

 

 アニータのヒッと掠れる悲鳴が聞こえる。

 男の引き金が動くのがスローモーションに感じた。

 

「やめろぉおおおおおっ!?」

 

 膝の痛みを忘れ。ラウラは銃口の前を塞ぐように立ち上がる。

 ラウラの胸に狙いが付いた銃口。

 引き金が、ゆっくりと動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、そこは見慣れない建物の中だった。

 

「ここは……どこかの学び舎か?」

 

 良くは知らないがどこかの学校のような気がする。

 

「なぜ、私はこんなところに?」

 

 覚えているのは男に撃たれた瞬間。

 なのに何故、こんな見知らぬ場所に居るのか。

 

「それに、何故誰も私に注目しない?」

 

 行き交う自分と同じくらいの歳頃の少女たちは白い制服を着て廊下を歩いている。

 だれも、私服でここに立っているラウラに見向きもしない。

 

 埒が明かないと誰かに話しかけようと動く。

 

「すまない、ここは―――――」

 

 どこだ、と尋ねようとしたが、相手の少女はラウラの身体を()()()()()行ってしまった。

 まるで自分が立体映像(ホログラム)にでもなったかのように。

 

「どう、なっているんだ……?」

 

 今起きたことが信じられず、ラウラはその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次で最終話です。もう一気に書き上げようと思います。


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決別~私が帰るべき場所~【後編】

今日、二度目の投稿。見てない方は前編からお願いします。


 ――――まさか、私は幽霊(ゴースト)にでもなったのか?

 

 そんな考えを抱きながら誰か1人でも自分を認識できないかと校内を動き回る。

 あの銃で自分は死んでしまったのだろう。それで何故かこんな場所で意識を覚醒させているかは不明だが。

 

「せめて、見知った場所で目が覚めて欲しかったな」

 

 そんなことを思いながら頭を掻いていると周りが慌ただしく動いている。

 

「ねぇ!なんか専用機同士で模擬戦やってるんだけど、様子が変なの!!」

 

「この間転入してきたドイツの代表候補生の子がオルコットさんと鳳さんが喧嘩してて!」

 

 などと話しているのを聞いてその少女たちについて行く形でラウラも現場に向かう。

 ドイツの代表候補性という単語に興味を持ったのかもしれない。

 

 とにかくここに居ても仕方ないため、後をつけるとそこにはISが模擬戦を行う場所と思しき場所で3機のISが戦闘をしていた。

 青い機体と赤い機体。そして黒い機体が戦っている。

 いや、戦っているという表現は適切ではない。

 既に青と赤の機体はダメージが危険域にあり、最早戦闘を続ける状態ではない。

 そんな2機を黒のISがさらに攻撃を加える。

 ワイヤーで首を絞め、地に伏した者を足で踏み潰している。

 しかしラウラはが注目したのは黒のISを纏う少女の顔だった。

 

「わ、たし……?」

 

 黒のISを纏っているのは間違いなくラウラ・ボーデヴィッヒである。

 自分の姿をした少女はもう無抵抗に近い相手を嬲って嗤っていた。

 その顔が、直前で自分を撃った男と重なって気持ち悪い。

 暴力に酔った人間の表情とはこうも醜悪に見えるのか。

 それとも自分と同じ顔だからこそ余計にそう感じるのか。

 

「やめて、くれ……」

 

 自分と同じ姿の少女が愉しそうに誰かに暴力を振るう。

 その光景が恐ろしく、気持ち悪く感じてラウラは口元を押さえてその場から逃げるように去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全力でその場を逃げ出したラウラは膝を折り、廊下に額をつけて吐き気が治まるのを待った。

 全身で呼吸するように肺を動かし、ゆっくりと呼吸を整える。

 

「なんだ、アレは……」

 

 ISを自在を操り、他を圧倒する実力を持った自分。

 それと引き換えるように暴力に心を委ねる。

 まるで人として大切な何かを置き去りにしているような姿にアレは自分とは似ても似つかないと思いながらもあの姿に眼帯は間違いなく自分だと思ってしまう。

 

「私は、いったいどこに来たんだ……?」

 

 壁を背に座り込むがその問いに答えられる者はいなかった。

 ただここはイヤだと思い、立ち上がる。

 

「帰ら、ないと……きっと、先生は心配してる……」

 

 ここに居たくない。先生に、会いたい。

 その想いで動こうとするが、自分がもう誰にも認識されない存在なのだと思い返す。

 そう思うと、何故か目頭が熱くなった。

 

「イヤだ、そんなのは嫌だ……!」

 

 アニータたちの無事を確認していない。

 店長に今度の新作を試着してくれと頼まれた。

 先生と、学校へ行くと約束したのだ。

 それがもう叶わないと思うと、膝から力が抜けていくのを感じる。

 恐怖を抑え込むように自らを抱きしめるラウラ。

 少しの間そうしていると後ろから人の気配を感じた。

 

 振り向くとそこには自分と全く同じ容姿をした少女が立っていた。

 その少女はラウラに視線を向けると驚いたように目を見開き、表情を強張らせる。

 

「なんだ、貴様は……」

 

 驚愕と敵意を隠そうとせず、もうひとりの自分(ラウラ・ボーデヴィッヒ)はラウラを見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 どこか見覚えのある部屋で起きると聞き覚えのある声が鼓膜に届いた。

 

「目が覚めたか、ボーデヴィッヒ」

 

「ハルフォーフ大尉!」

 

 声をかけたのは軍のIS部隊に所属するクラリッサ・ハルフォーフ大尉だった。

 体を起こし敬礼をしようとするが利き腕が吊ってあり出来ず、起き上がると痛みが走った。

 そんなラウラに苦笑しながらベッド横に置かれている椅子に座った。

 

「とんでもないことをしてくれたな貴様は。予備機とはいえ軍のISを無断使用。不利な裁判にかけられても文句は言えんぞ?」

 

「も、申し訳ありません!緊急事態でしたのでつい!」

 

「軍を除名された貴様が何故ISを動かせたのか興味はあるが、私が今回貴様に会いに来たのはそれを問い質すことではない。私もそれほど暇ではないのでな」

 

 一度間を置いたクラリッサにラウラが質問する。

 

「もし許されるのであればお聞きしたいのですが、私は、何故無事なのでしょう?確かあの男の銃に胸を撃たれて」

 

「いや?貴様が撃たれたのは左腿だけだ。周りの証言から、撃たれる直前にお前が助けた民間人。そして男の仲間によって取り押さえられた。貴様は自分が撃たれたと勘違いして気を失っただけだ」

 

 クラリッサの言葉にラウラは恥ずかしくなって僅かに顔を赤くし、そうですか、と俯く。

 

「さっきも言ったが私は暇ではない。これに目を通してもらおう」

 

 渡された3枚の書類。

 それはラウラの復隊を認める書類だった。

 

「貴様には復隊の後にIS学園へと編入してもらいたい」

 

「IS学園に、ですか?」

 

 ラウラが訊き返すとクラリッサは頭が痛そうに顔を顰める。

 

「実は今回の事件にはとあるテロ組織が後ろに居る。あの素人どもが武器を持っていたのもそいつらの手引きだ。だが重要なのはそこではない。今回の騒ぎに乗じてドイツの第三世代機の1機がその組織に奪取されたことだ。その足取りを追うためにもとりあえず貴様をIS学園に送る話が持ち上がった」

 

「あの……話が見えないのですが」

 

「これは秘密だが、イギリスやアメリカも奴らによって最新鋭のISが強奪されている。そしてこれも未確認だが篠ノ之博士。その妹が博士から特別なISが贈られたという話もある」

 

 そこまで言ってようやくラウラも話が繋がった。

 

「その組織が、その篠ノ之博士の妹のISを狙ってIS学園に潜入してくると?」

 

「もしくは貴重な男性操縦者の身柄だな。貴様の役割は3つ。IS学園内のテロ組織の調査。2つ目は奪われた最新鋭機の奪取。ISのコアは補充が利かんからな。最後に男性操縦者である織斑一夏とのパイプ繋ぎといったところだ」

 

「……私にハニートラップをやれと?」

 

「品のない言い方だがな。もちろん受ける受けないは貴様の自由だ。だがもし断れば貴様は軍に復帰する機会は二度と訪れないと思え。それに断った場合はISの無断使用の件も含めてそれなりの罰則が付くだろう。まぁ、私の知っているボーデヴィッヒはこの機会を逃すような腑抜けではないがな」

 

 挑発的な態度を取るクラリッサ。

 ラウラは手に取った復隊届の紙に目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生は、ラウラの帰りや連絡を待ち続けていた。

 今日軍施設でテロがあり、ラウラもそれに巻き込まれたのは一緒に行った子供たちから聞いている。

 ラウラは軍病院に運ばれたことも。

 どうにか連絡を取ってラウラのことを訊いたが相手側がまともに取り合ってくれなかった。

 

「どうか無事でいて……」

 

 自分が倒れた時、あの子はこんな気持ちだったのかと思う。

 せめて安否だけでもと思っているとインターフォンが鳴った。

 こんな夜中に誰だろうと思っていると聞き慣れた声が響いた。

 

『済まない先生っ。鍵を向こうで失くしてしまって。開けてくれ』

 

 ドア越しに聞こえる声に先生は立ち上がって急いでドアを開ける。

 その先には愛しい家族が立っていた。

 右腕を吊るして左手は松葉杖を使い、幾つか治療を施された痕が見えるその子は申し訳なさそうに笑う。

 

「その……ただいま……」

 

「ラウラッ!?」

 

 肩を掴むと痛そうに顔を歪めるラウラに先生はすぐに手を離す。

 

「あ、ごめんなさい……無事だったのね」

 

「うん」

 

「もう、帰って来ないかとも思ったわ」

 

「帰って来るさ。ここが、私の家だから」

 

 言うと、倒れるようにラウラは先生にもたれかかる。

 

「……実は、私ももうここに戻って来られないんじゃないかと思った」

 

「そう……」

 

「先生、私は自分の人生を自分で選び取れる人間になりたい。誰かに決められた道じゃなくて。ちゃんと、自分で選んだ道を歩いてみたいんだ。だから、まだもう少しだけ、私を見守っていて欲しい」

 

 改めて誓うように紡がれた言葉。

 それに先生はラウラの頭を撫でながら微笑む。

 

「そうね。私も見せて欲しい。これからの貴女を。でも今はとりあえずお疲れ様。おかえりなさい、ラウラ」

 

「――――っ!ただいま、先生!」

 

 そうしてラウラは肩を抱かれて自分で選んだ巣へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 復隊の紙を返されてクラリッサは目を丸くした。

 

「いいのか?さっきも言ったがこれが最初で最後の機会なのだぞ?」

 

「はい。私はもう、軍に戻るつもりはありません」

 

 きっぱりと強い意志を持って返した。

 

「今回の件で私はもう軍に居られるような人間ではないと痛感しました。これから先、どんな道を定めるのかは分かりませんが、少なくとも軍人として生きるつもりは毛頭ありません」

 

 クラリッサはラウラが断る可能性も考えていたがここまではっきりと拒絶するとは思わなかった。

 ラウラはクラリッサが知る生真面目さで、彼女が思ってもみなかった言葉を口にした。

 

「それに本音を言わせてもらえるなら――――――もうISに乗るのは懲り懲りです」

 

 そんな、冗談のような言葉を本心として言ったのだ。

 

「プッ……アハハハハハハハッ!?そうかそうか!ISに乗るのに懲りたか。じゃあしょうがないな!」

 

 腹を抱えて笑うクラリッサをラウラは怪訝な表情をする。

 

「そんなに笑うようなこと言いましたか?」

 

「言ったさ。今日から数年はこれより面白いことは聞かないだろうと確信する程度にはな!」

 

 クラリッサにとってラウラ・ボーデヴィッヒはISしか縋る物のない少女だった。

 ISに乗る技術を向上することでしか、自分の居場所を手に入れられないと思い込んでいた子供だった。

 それが、自らISに乗るのを懲りたと言ったのだ。

 こんな可笑しい。そしてその成長が僅かばかりの嬉しさとなり笑わずにいられるだろうか?

 

「今回の話を受ければ貴様には専用機が与えられるはずだったが仕方ないな。軍としては惜しいが無理強いは出来まい」

 

 返された紙をビリビリと細かく破り、ゴミ箱に丸めて捨てた。

 

「これで、貴様は自由だ。どこへでも行くといい。おっと怪我人だったな。帰りの足を用意させよう」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

 ラウラは起き上がり、かかっていた杖でゆっくりと歩く。

 そんなラウラを見ながらクラリッサは最後に告げる。

 

「私個人としては、貴様の新しい道に多くの光があることを祈っているよ。では、達者でな」

 

「はい。大尉もお元気で」

 

 敬礼するクラリッサにラウラは人生で最後の敬礼をして軍という場所から完全に決別した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へ、変ではないだろうか?」

 

 少しばかり気合の入った正装に近い私服を着て、ラウラが自信無さげに訊く。

 

「いいえ。とても似合っているわ。それに今日の入学式で主席として挨拶するのでしょう?なら、それなりの格好をしないと」

 

 あの事件から数か月。ラウラは勧められていたハイスクールの入試に主席合格を勝ち取っていた。

 だが基本人前に出ることが苦手なので主席の挨拶の話を知ってこれなら多少手を抜けば良かったと後々になって後悔したが、知っていても全力で取り組んでいただろう。彼女はそう言う真面目な少女だった。

 

「その、それじゃあ先に行っている。その、おばあ、ちゃん……」

 

「えぇ。行ってらっしゃい」

 

 変化の1つとしてラウラは正式に先生の養子となり、ボーデヴィッヒの姓を捨てた。

 その際、息子夫婦とちょっとしたいざこざがあり、後に先生に何かあっても残された遺産相続などには関与しないということで納得してもらった。

 先生は不満気だったが、ラウラ自身そちらのことは興味が無かったし、自分のことで実の息子との関係が悪化することは避けたかった。

 

 

 入学式が始まり、式が進行していく中で主席の挨拶が回ってくる。

 

『それでは入試主席の挨拶、お願いします』

 

 呼ばれて檀に立ち、用意してあった原稿を見る。

 客席に目を向けると先生が居り、その手には新しく購入したハンディカメラでこちらを捉えていた。

 後でこの入学式をアルバイト先の店長や施設の子供たちに見せるらしい。

 ラウラは広げた原稿を心の支えに挨拶を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、貴様は……」

 

 どういうわけか自分が見えるらしいもうひとりのラウラ。

 自分と全く同じ容姿をした人間が現れたのだ。動揺も仕方ないだろう。

 しかしラウラ自身その問いに答えず、逆に質問を返す。

 

「何故、あんなことをした……」

 

「?」

 

「さっきの模擬戦だ。何故、もう戦えない相手に攻撃を加えたと訊いている。あそこまでする必要は、無かった筈だ」

 

 ラウラの質問にこの世界のラウラは鼻で笑う。

 

「ISは兵器だ。ならば相手を徹底的に叩きのめして何が悪い?」

 

「あのまま続けていれば、相手を殺してしまっていた可能性もある。戦う力を失った人間に攻撃を加えることは許されない。そんなのは、当たり前のことだろう?」

 

 そんな誰かが教えてくれた常識を口にした。

 それに今度は呆れたような顔をされた。

 

「馬鹿なことを言う。強い者が弱い者に虐げるのは当然の権利だ。弱いことはそれだけで罪だろう」

 

 まるで力を絶対視するような言動。

 もし、この左目が問題なく移植されていれば。もしくは、失敗のハンデを跳ね除けるだけの何かに出会っていたら。自分も、コレに行き着いていたのだろうか?

 そう思うと怖くて仕方がない。

 目の前の自分はまるで痛みを知らない子供だ。

 自分は強いのだから何をしても良いのだと。そんな理屈が押し通ると信じ切っている幼い子供に見える。

 

「力だけを誇示しても、誰もがお前に近づかなくなるだけだ。独りになるだけだ。それで、本当に良いのか?」

 

「ふん!役に立たん有象無象などいらん。私には教官が居ればいい。だからあの人をドイツに連れ戻すためにここに来た!」

 

 教官、という人物が誰かは知らないが、随分と心酔しているらしい。他が何も見えなくなるくらい。

 

「それで、その教官は褒めてくれたのか?」

 

「なに?」

 

「お前が、あんな風に自分を見せつけるようにして誰かを傷付けて、その教官はよくやったと言ってくれたのか?」

 

 ラウラの言葉にこの世界のラウラの表情が強張る。

 目の前の自分は強いのだろう。

 同じISで戦っても、勝負にすらならない程に。

 でも、目の前の自分が羨ましいとはどうしても思えない。

 むしろ、嫌悪と拒否感。そして憐れみすら湧き上がってくる。

 そんなラウラの態度にこの世界のラウラは怒りの表情でこちらに近づいて来た。

 

「何故、貴様にそんなことを言われなければならない!その憐れむような眼を止めろ!いや、それよりも!」

 

 目の前に寄ってきたこの世界のラウラが腕を上げる。

 

「私と同じ顔で、そんな、この学園の生徒のような、ISを、ファッションだと勘違いしている愚か者どもと似た表情をするな!!」

 

 その手がラウラの頬を捉える。

 しかしその手は宙を切り、ラウラの顔をすり抜けた。

 

「なっ!?」

 

 どうやら認識し、会話は出来ても触れないのは同じらしい。

 さすがにこれには動揺するこの世界のラウラだが、ラウラ自身、今の言葉に驚いていた。

 何かを悟るようにポツリと呟く。

 

「――――あぁ、そうか。本当に私は、もう戦う者ではないのか」

 

 なにせ自分にすら否定されたのだ。

 この数カ月で自分は、それほどまでに変わってしまったのだ。

 不思議と哀しくはなかった。

 ただ、生まれてから積み上げた自分の力は本当に不要になったのだという淋しさだけはあったが。

 現金な話だがそれに気づけただけでも、この不思議な出会いに感謝したくなる。

 

「な、なんなのだ貴様は!」

 

 理解できない存在に後退るこの世界のラウラ。それにラウラは笑みを浮かべて手を振った。

 

「ありがとう、私を否定してくれて。そしてさようなら、この世界の私(ラウラ・ボーデヴィッヒ)。どうか貴女に手を差し伸べ、変えてくれる誰かに出会えますように……」

 

 ここが夢なのか。それとも本当に別の可能性なのかは判らないが、それくらい願ってもいいだろう。

 

 こうして、ラウラはこの世界から意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この学校で過ごす日々が、大人になっても輝かしく思い出せる日々になるように願っています」

 

 そう締め括り、ラウラは原稿を閉じて檀を降りた。

 

 

 

 

 この先、過去を振り返ったり、迷うことはたくさんあるのだろう。

 それでも、歩いて行きたい。

 この道は自分で選んだ道なのだと胸を張れるように。

 大丈夫。きっと歩いて行けるだろう。

 

 

 帰るべき場所は、ちゃんとあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて完結です。

ISに乗るのはもう懲り懲りです。ぶっちゃけこの台詞を言わせたいだけだったりします。

後で活動報告に後書きを載せるので興味のある方はどうぞ。


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偶然から繋がった縁【前編】

ラウラと一夏の再会編の前編です。


「一夏く~ん、お茶淹れてー」

 

「はい、いま淹れまーす」

 

「おりむー、私もー」

 

「はいはい」

 

 一夏がIS学園に入学して1学年上がり、既に夏休み目前へと迫っていた。

 最上級生の布仏虚が卒業し、専らお茶汲みは一夏の仕事となっていた。

 そして、飲むのが紅茶から緑茶になった。

 

「簪も飲むだろ?」

 

「うん、貰うね」

 

 もう1つの変化としては簪が生徒会所属となったことだ。

 去年の虚のポジションに就いてアクティブに動く生徒会長()のサポートに回っている。

 

 お茶を配り終えてお茶請けに羊羮を出すと仕事を終えた本音がだらしない姿勢で座り、羊羮を食べながら端末を眺めている。

 

「お~。ドイツのLさんが載ってる~」

 

「Lさん?」

 

 本音の呟きに隣に居た簪が首を傾げる。

 

「うんー。そうだよー。ファッション誌でたまーに写真が載ってる娘なんだよー」

 

「のほほんさんはドイツのファッション誌見てたのか……」

 

 一夏の呟きに本音は、んーと首を傾げる。

 

「これはドイツのファッション誌ってわけじゃないよー。世界中のおっきな服飾会社から新作の服とか着て発表する本なんだよー。これは電子書籍版だけどねー」

 

 間延びした言い方をする本音に一夏はへぇーと感心する。

 あまりそういう雑誌に関心のない一夏も本音の楽しそうな姿にちょっとだけ興味が向く。

 簪も気になったのか質問した。

 

「それで、そのLさんって?」

 

「んー。ドイツの服飾会社から発表されてる服を着てる娘でねー。すっごくカワイイ娘なんだよー。ただ、本物(プロ)のモデルさんじゃなくて日雇い(アルバイト)で写真を撮ってるみたいでたまーにしか載らないんだけどねー。去年の10月か11月くらいに初めて載って今回で3回目、かなー」

 

 本当に気に入っているのだろう。本音は楽しそうに操作していた端末を一夏に見せてきた。

 

「おりむー。おりむーはこういう娘どう思うー?学園にはいないタイプだと思うんだけどー」

 

「どう思うって言われてもなー」

 

 一夏とてもう2年の男子高校生だ。可愛い女の子と聞けば多少興味は湧く。

 ただ、それを知った同学年の友人たちの反応が怖いが。

 

 画面を覗き込むと一夏は目を丸くした。

 

「こっちのねぇー。銀髪オッドアイさんがLさんだよー。後ろの娘は友達みたいー」

 

 画面の中には小柄で銀髪の赤と金の瞳(オッドアイ)の少女が薄く化粧をして紅い袖なしワンピースを着てもたれかかるように体重を預けながら後ろで座る栗色の髪で背の高そうな白いワイシャツとクリーム色のスカートを履いた少女に抱き止められている画。

 

「このLさん、結構人気なんだけど本人の希望で写真だけ提供してるみたいー。んー?おりむー、どうしたのー?そんなに強く握ったら私の端末壊れちゃうんだけどー?」

 

「一夏君?」

 

 画面を凝視してプルプル震える一夏に楯無が呼びかける。

 そして覚醒したように一夏は声を上げた。

 

「見つけたぁああああああっ!?」

 

 生徒会室に一夏の叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 ようやく終わった書類整理に織斑千冬は軽く息を吐いた。

 そして数分前に山田先生が淹れてくれたコーヒーを飲み干す。

 

 あと十数分もすれば今日の業務は終わり。後は部屋に戻るだけである。

 ここ最近、弟関連の専用機持ちの少女たちとの日頃の騒動を除けば大きな事件もなく、実に平和だった。

 

(これで、国家代表の地位も降りられれば当面の不満はないのだがな……)

 

 次のモンド・グロッソも優勝間違いなしと目される千冬に国家代表の地位を降りることを国が許可しない。それこそ大怪我でも負うか、彼女を超えるIS操縦者でも現れない限り。

 本人としてはIS学園の教職に専念したいのだが。

 なら態と代表を誰かに引き継がせるように動けばいいのだが他人の期待を自分の都合だけで裏切れないのが千冬という女性だった。それに、なんだかんだで政府にも借りがある。

 結局は全力を尽くしてこのままブリュンヒルデ(世界最強)の称号を手放せないのだろう。

 

 そんなことを考えていると職員室に彼女の肉親が駆け込んできた。

 

「千冬姉っ!俺、夏休みにドイツ行きたいん、だっ!?」

 

 最後の方に千冬の出席簿による攻撃を受けて一夏は頭を押さえる。

 

「織斑先生だ!それと、職員室に来てなんだいきなり!順序立てて説明しろ!」

 

 ダメージから復活した一夏が珍しく興奮した様子で自分の携帯端末の画像を見せてきた。

 

「この娘だよ!俺、ドイツに行ってこの娘に会いたいんだ!!」

 

 画像の中に映り、指さされているいっそ、神秘的とさえ見える銀髪の少女。

 一夏はこういう娘が好みなのか、と姉としての思考と突然その娘に会いたいと言い出す非常識さに頭を痛める。

 

「その娘がアイドルかなにかかは知らないが、画像の中の相手にいきなり外国まで行きたいという台詞には姉としても教師としても賛同しかねるのだが……」

 

「なに言ってんだよ千冬姉!この娘だよこの娘!前ドイツで俺を助けてくれた娘はっ!?」

 

「なに?」

 

 一夏から話を聞くと数年前のモンド・グロッソで誘拐されそうになった自分の手を引いて助けてくれたのは画像の中に居る銀髪の少女らしい。

 だから会って今度こそちゃんとお礼を言いたいと言う一夏。

 我が弟ながら律儀というかなんというか。

 その愚直さが可笑しく、また誇らしく思いながら問題点を指摘する。

 

「で?この娘の連絡先は知っているのか?まさかドイツに行けば勝手に会えるなどと思っていまいな?」

 

「そ、それは……」

 

 どうやらそこら辺は考えていなかったらしい。ここ1年で少しは落ち着いたかと思ったが、根本的な部分は変わっていない。

 

「そ、そうだ!この出版社とか!この写真を乗せた服飾会社とかに連絡して――――」

 

「個人情報などそう簡単に曝せるわけないだろう、馬鹿め。親族ならともかく、お前とこの娘にはなんの接点もないんだぞ」

 

「な、なら――――」

 

 考えながらどうにか意見を出そうとするがどんどん弱腰になっていく弟に千冬は苦笑した。

 

「だが、弟の恩人ともなれば私も無関係ではない。礼を言いたいのは私も同じだ。幸い、ドイツにはちょっとした伝手もある。そこから調べてみるから。お前は大人しくしていろ」

 

「千冬姉……」

 

 一夏から以前話を聞いた時、千冬自身その少女に礼を言いたいと思っていた。

 しかし結局身元が分からず、日本の帰国の際にもう会うこともないだろうと考えていた。

 こうして礼を言える機会が来たなら見逃す手もない。

 

「こちらで何とか調べてみよう。向こうの予定次第だが、何とか会えるように話してみる。だからお前は大人しく待っていろ」

 

「あ、ありがとう、千冬姉!!」

 

「織斑先生だ」

 

 もう一度出席簿を喰らわせて痛がる、真っ直ぐ育ってくれた弟を千冬は誇らしげな眼で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、生徒会長から一夏がドイツまで初恋の少女に逢いに行くという誤情報を流され、同学年の専用機持ち4人にISを起動した状態で問い詰められることになったのはまぁ、お約束(いつものこと)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ~!今回のテスト、アタシ、ばっちりだったよー!」

 

「そうか。それは良かった。あれだけ教えて身にならなかったとなったらさすがに私も落ち込んでいたぞ、モニカ」

 

「お世話になりました!ラウラ・()()()()()さん!」

 

 ラウラに後ろから抱きついてきた長身の少女、モニカにはいはいと身体を離す。

 モニカはラウラがこの学校に通い始めてからの初めての、そして1番仲の良い友人だった。

 長身でスタイルが良く、明るく社交的なモニカだが学業成績はお世辞にも良いとは言えず、こうしてラウラが勉強を見ている。

 対してラウラは小柄で成績はトップだが人との輪に入るのを苦手としており、モニカが間に入って人間関係を構築していったと言えるため、ラウラ自身、助かっていた。

 この正反対だからこそ歯車が噛み合った凸凹コンビは1年の名物コンビになりつつある。

 

 

 

 

 

 去年のあの事件後、ラウラは正式に世話になった恩師の養子となり、ボーデヴィッヒの姓を捨てた。

 これは彼女なりに軍時代の自分との決別を意味してもいた。

 最初は恩師である先生と同じ姓になったことに戸惑い、むず痒い思いもしたが、1年近く経てば慣れる。

 今ではこっちが自分の姓だと胸を張れるくらいに。

 

 軍人だった自分を忘れたわけではないが、もうボーデヴィッヒ(軍人だった自分)には戻らないという意思表明でもある。

 15年以上、名乗っていた姓を捨てることへの寂しさはあったが未練はなかったから。

 

 

 

 

 

 

 モニカと歩きながら途端に先日起こった話題に触れてくる。

 

「そういえばさ。ラウラ、この前先輩に告白されてたよね?どうしたの?」

 

「あぁ、その件なら断ったさ。碌に話したことのない相手だったしな」

 

「あーやっぱりなー」

 

 ラウラは学校内で人気があった。

 小柄だが神秘的で整った容姿に成績優秀。自分から話しかけることは少ないが、面倒見も良い。

 噂では非公式のファンクラブがあるとかないとか。

 そんなラウラにもちろん好感を抱いている者ばかりではないが、今のところ実害はない。

 

「でももったいないじゃない?試しに付き合ってあげたら?」

 

「そういうのは性に合わないさ」

 

 相手に好意を抱かれるのはラウラ自身嬉しいが、告白されるときのあの情欲に満ちた眼光が怖ろしくて警戒してしまう。力づくで来られても捻じ伏せられる自信はあるが、それとこれとは話は別である。

 

「そっか。でもわかるなぁ。アタシも以前、告白されてさー。相手が胸ばかり見るから断ったんだけど、そしたら家までついて来られて、窓の外見たら壁に隠れてアタシの部屋をジーッと見てるの。アレは怖かったなぁ」

 

「……それは流石に危ないんじゃないか?」

 

「うん、だから警察に引き取ってもらったよ。それでさー」

 

 目まぐるしく変わっていく会話の流れに最初はついて行けなかったラウラはここのところだいぶ何とかなっていた。

 それも横で歩く少女のおかげである。

 

 

「この間、撮って載った写真。すっごく良かったって皆言ってたよ!」

 

「あれか……」

 

 たまに服を着てファッションモデルのように写真を撮られる。

 これはラウラがアルバイトをしている服屋が下ろしている服飾会社の社員にラウラの存在が留まり、写真を撮って雑誌に載せたいという話が持ち上がった。

 店長は断って良いと言ってくれたが、話を受けると店の方にお金が支払われる上に学校に通い始めて、労働時間が最初の契約より大幅に短くなったことへの後ろめたさもあり、渋々引き受けることにした。

 前回、モニカもついでで参加して一緒に撮ったのだ。

 その写真が遥か海を越えてIS学園の男性操縦者の目に留まっているとは露とも知らずに。

 

「あの店長さん、すごく喜んでたよね。最後の方なんて鼻血まで流しちゃって」

 

「……アレには驚いたなぁ」

 

 遠い目をしながらラウラはどうして服飾会社の社員や店長がラウラの写真を撮って喜んでいたのか理解できずに首を傾げる。

 

 自分の容姿が醜いとは思わないが、やはり喜ぶのは隣で歩く少女のようなスタイルの良い女性ではないのか。

 自らの魅力に気付いていないラウラは結局答えを出すことが出来ず、早々に思考を打ち切る。

 

「ちょっとしたお小遣いも貰ったし、貴重な経験が出来てアタシは楽しかったなぁ。ラウラは、これからアルバイト?」

 

「あぁ。そうだ」

 

「今度の休みさ、また遊びに行こうね!」

 

「楽しみにしている」

 

 ラウラは笑って友人と別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、おばあちゃん」

 

「おかえりなさい、ラウラ」

 

 かつて先生と呼んでいた今は血の繋がらない祖母となった女性。

 正確な関係は義理の母娘だが、母と呼ばれるのは照れくさいと義母が言うので、おばあちゃんで定着した。

 

「夕飯も用意してあるから、手を洗って食事にしましょう。今日もラウラの話が楽しみだわ」

 

「うん」

 

 ちなみに義祖母と友人のモニカは面識があり、ラウラのことを楽しそうに話すモニカに義祖母も嬉しそうに話を聞いていた。そして店長を含めた3人でラウラにもう少しオシャレに気を使わせようと動くことがラウラ自身の小さな悩みだったりする。

 

 そこで思い出したように義祖母が話題を振った。

 

「そうだ、ラウラ。今日のお昼頃に電話が入ったのだけれど。それがIS学園からだったの。知っている?」

 

「まぁ、名前くらいは」

 

 IS学園の名前を聞いてラウラの体が僅かに強張った。

 1年前にラウラがIS学園に向かう話が古巣から持ち上がったが、きっぱりと断っている。

 接点と言えばそれくらいでわざわざこの家に電話をかけてくるような理由がラウラには見当が付かなかった。

 

「それでなんだけど。ラウラ、もしかしてブリュンヒルデ(チフユ・オリムラ)と知り合いだったりする?彼女、何か貴女にお礼をしたいって」

 

「は?」

 

 義祖母の質問にラウラは只々目を丸くした。

 

 

 

 本来繋がる筈だった縁はかつて結ばれず。

 しかしこうして違う形で繋がろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後編も出来る限り早く書けたらいいなぁ。

他の専用機持ちは出番どうしようとか。原作とは違うラウラと千冬の関係とか。一夏とどんな会話するのかとか考えながら後半も構想中です。

出来れば月曜日までにはなんとか書きたい。


ご指摘があったため、RさんのところをLさんに変更しました。


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偶然から繋がった縁【中編】

すいません、今回でこの話は終わる筈だったんですけど思ったより文字数がかかりそうなので区切ります。

『』の台詞はドイツ語で話していると解釈してください。


 別段あの時に織斑一夏を助けたのは善意などではなかった。

 どれだけ努力しても向上しないISの操縦技術。

 日に日に追いやられる気すらする居場所。

 いつ軍隊から追い出されるのかという恐怖。

 鬱倔とした感情が溜まっていく毎日の中でラウラは少しずつ心が疲弊していっていた。

 それでも気を抜くという当たり前のことを知らなかった彼女は常に気を張って目の前のことに全力で挑んだ。

 それしか知らなかったから。

 今思えばそんなラウラに気分転換でもさせようとしたのだろう。当時からラウラに声をかけていた上官がモンド・グロッソの観戦チケットを渡してきたのは。

 

『これを観てこい。少しは参考になるだろう』

 

 渡されたチケット。第二回モンド・グロッソの観戦チケットだった。

 休暇扱いで観に行ったモンド・グロッソ。

 選手たちは皆、国の代表を名乗るに足る実力の持ち主ばかりで。中でも前回のモンド・グロッソ優勝者である織斑千冬の実力は圧倒的だった。

 剣1本という冗談のような装備で銃弾を避けながら一撃で相手選手を仕留める有無を言わさずに勝敗を見せつける。

 その圧倒的なまでの力の差に沈んでいたラウラの心を奮わせる程に衝撃を与えた。

 しかし、その高揚もすぐに冷める。

 どうすればあんな動きが出来るのか、ラウラには全く理解できなかったからだ。

 参考にするどころか、頂点との力量差を思い知らされるだけだった。

 

 “彼“を見つけたのはそんな時だった。

 

 試合の合間の休憩時間。周りの熱気に反してどんどん沈んでいく気持ちを持て余しながら歩いていると異様な集まりがあった。

 3人の屈強な男に取り囲まれた東洋人の少年。

 少年は怯えた様子でいる。

 そして隠れるように出されているがどう見ても玩具(モデルガン)ではない本物の拳銃だった。

 

 どこかに連れ去られようとする少年。

 その時ラウラが思っていたのは軍人として民間人を守ろうなどという高尚な精神では断じてなかった。

 屈強な男たちはどう見ても一般の人間ではなく、おそらく誰かから命令を受けて少年を誘拐しようとしている。

 

(失敗すればいい……)

 

 そうすれば彼等も、そしてその上役も困るだろう。

 薄暗くジメジメとした感情が過った。

 自分が周りから評価されず、何をしても上手くいかない。

 だからお前たちもそうなってしまえ。

 そんな気持ちが沸き上がってきた。

 怯えた様子で僅かに少年が抵抗の意思を示す。

 

 それをみて、気がつけばラウラは走って少年の手を取ってその場を逃げ出していた。

 

 その少年こと織斑一夏を助けたのは決して善意でも何でもなく、ただ単に、魔が差しただけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し走って人混みに紛れて男たちが追って来てないことを確認して手を離した。

 

「あ、君、ありがとう……助かったよ」

 

 緊張が解けたのか日本語で話してペコペコと頭を下げる少年。

 ISの誕生から世界中で日本語が学ばれるようになり始め、ラウラも既に日本語を習得している。

 しかしあまりに真剣に礼を言うので逆にラウラは居たたまれなくなった。

 

(やめてくれ。私は、お前を善意や使命感で助けた訳じゃないんだ!)

 

 胸にあったのはあの男たちが失敗すればいいという悪意で。決して感謝されることではない。

 さっきまでの自分の感情に嫌悪感を抱き始めたラウラは少年の純粋な感謝に心苦しくなった。

 

 何の反応も示さないラウラに少年はこちらに言葉が伝わってないと思ったのか端末からドイツ語を調べ始める。

 そこで、日本人と思われる男性数名がこちらに近づいてきた。

 少年がなにやら事情を説明している間に逃げるようにそこから去って行った。

 

 その時に浮かび上がった自分の感情を軍人にあるまじき恥じとして早々に忘れることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(懐かしい夢だな)

 

 かつて助けた少年。その時のことを今更夢に見たのは今日、彼とその家族に会うからか。

 寝台から上半身を起こして寝間着を着替える。

 ここに住み始めた当初は軍でいたときと同じように全裸で寝ていたが義祖母に叱られてからは服を着て寝るようにしている。今ではそれが当たり前になった。

 

(うん。もしかしたらモニカや友人たちと旅行に行く機会もあるかもしれないし、矯正しといて正解だったな)

 

 そんな風に考えながら今日の用事から逃避するがすぐに引き戻される。

 

(正直に言えば、会い辛いのだが)

 

 向こうは悪意から会いたいと言っているわけではないので断り辛かったが、ラウラ自身あの時善意で行動したわけではないのだ。

 言えば落胆されるだろうか?

 それも、以前は僅かながらでも憧れの感情があった織斑千冬にも。

 別段言う必要はないのだがそれも何か不誠実なような気がして悶々とするのだ。

 

「なにはともあれ、先ずは会ってみないとな」

 

 言いながら脱いだ寝間着をベッドに置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい一夏。何をそんなに緊張している。お前から礼を言いたいと言い出したんだろう?そんな様子では向こうを警戒させてしまうぞ」

 

「あ、あぁ。そうなんだけどさ千冬姉。いざ、今更お礼を言いに来たって言うと照れ臭いというか緊張して来ちゃってさ」

 

「ここに来て帰りたいなんて止めてよ?2人をドイツに入国させるのに随分と骨を折ったんだから」

 

 ドイツの空港に着いた織斑姉弟と更識楯無。

 今日会う相手。ラウラ・リットナーのことは更識楯無の協力もあり時間をかけずにすんなりと見つかった。

 先方に連絡を入れた結果、一夏は殆ど何もしないまま話はスムーズに進んだ。

 ただ、一夏が出国するにあたって有名人過ぎる千冬は髪型をオールバックに変えてサングラスをかけており、身近な人間でなければ判らない程度にメイクを施されている。

 一夏も身だしなみを整えさせられ、日本なら新社会人と思われても違和感がない様な服装などをさせられていた。

 そこで千冬がサングラスを外して息を吐くと鬱陶し気に自分たちから離れた少女たちを見ていた。

 

「おい更識姉。あの馬鹿どもはお前の差し金か?」

 

 親指でクイッと指さすとそこにはIS学園2年の専用機持ち5人と布仏本音が居た。

 千冬に指差されてサッと隠れる5人と本音は暢気に手を振っている。

 それに楯無は困ったように苦笑いを浮かべた。

 

「もし黙っていくようなら帰ってきたときに一夏君にどんな危害を及ぼすかは――――予想出来ますが、全員の精神的負担を考慮すると連れて行った方がマシかと思いまして。専用機や凶器になりそうな物は学園に預けてありますし、滅多なことにはならないかと。一応、今回の話し合いには介入しないことも契約書を書かせてありますので」

 

 楯無の言葉に千冬は再度溜め息を吐いた。

 恋する乙女の行動力は凄まじいというか。わざわざ国外まで監視に来る精神に恐ろしさを覚えるべきか。

 専用機を学園側に預けたのは何かの拍子で起動させた場合、ドイツ軍の世話になる可能性が在るからだ。というかまず間違いなく介入してくる。

 日頃の行いから彼女たちが頭に血が上りやすく、一夏と件の少女が接触しただけでカッとなってISを起動させる事態は充分有り得る。ちなみに本音が一緒なのは専用機持ちたちへのストッパー役だ。

 更識簪。ギリギリでシャルロット・デュノアは大丈夫かもしれないが、不満が出ないように5人とも没収した。

 楯無は一応織斑姉弟の護衛という名目もあるためISを持っているが、どんな事態であれ起動させれば後始末が大変なことになるだろう。

 しかしちょっとお国を出るだけでこの騒ぎ。一夏は自分の現状に気を引き締めながら今回の自分の我侭に付き合ってくれた2人に感謝した。

 

「2人もありがとう。俺ひとりだったら話が全然進まなかった」

 

「相手の少女に礼を言いたいのは私も同じだ。お前が頭を下げることではないさ」

 

「ちょっと手間暇かかった海外旅行だと思えばいいわ。それに一夏君が身悶えするほど会いたがってる娘には興味もあるしねー」

 

「……変な言い方はやめてください」

 

 楯無の言い方に呆れながらも一夏は苦笑する。

 過去に伝えきれなかった感謝の気持ちを伝えに、織斑一夏は再びドイツの地に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、予め用意していた車に乗って例のお宅まで移動。

 ここまで、すんなりと家に着く。

 インターホンを押すと塀の向こうに建っている家からその少女は現れた。

 かつて見た長い銀の髪。

 数年前には付けていた左の眼帯は無くなり、代わりに金の瞳が露になっていた。

 数年前より背が伸びた筈だが一夏の方がずっと背が伸びたため以前よりも小柄な印象を与える。

 

「あ……」

 

 一夏が何か言う前に千冬が前に出て頭を下げた。

 

『初めまして。今回は突然の訪問を許していただき感謝する』

 

『いえ。どうぞお気になさらずに。それと私は日本語も習得していますので慣れなければそちらでも構いません。ですが、祖母は出来ませんので彼女に話しかける際にはドイツ語でお願いします』

 

「そうか。ではお言葉に甘えて」

 

 そこで言葉を切る2人。千冬とラウラが会話をしている間に楯無が大まかに内容を一夏に伝えていた。

 

「どうぞ」

 

 ラウラが中へと通すと家には70から80程の女性だった。

 その女性は大らかな笑みを浮かべて席へと勧めた。

 勧められるままに席に座ると代表して千冬が頭を下げた。

 

『初めまして。織斑千冬です。今回は数年前、弟が彼女に助けられた件でお礼を申し上げたく訪れました。随分と遅くなってしまいましたが』

 

『あらあらご丁寧にどうも。私は――――』

 

 互いの年長が挨拶を交わすと続いて未成年同士が互いに自己紹介をしている。

 

「織斑一夏です。あの時、俺を助けてくれてありがとう。それと今更になってゴメン」

 

「ラウラ・リットナーだ。謝ることじゃないだろう。あの場を勝手に離れたのは私だし。だが正直に言えばどうして今頃なのかと困惑しているが」

 

「君がファッション雑誌に載っている写真を見たんだ。そこから色々と辿って……」

 

「あぁ、アレか……」

 

 少し前に撮った写真。それがこうして再び巡り合わせたとはどんな可能性なのか。

 そこで一夏が荷物からお礼の品を取り出した。

 

「これ、和菓子。日本のお菓子なんだけど、良かったら」

 

「これはどうも。大切に食べさせてもらう」

 

 貰った物をラウラが義祖母にいうと彼女も喜んで手を合わせて一夏たちに礼を言う。

 ちなみに渡した和菓子は更識家が贔屓している1箱数万飛ぶ高級和菓子だったりする。

 

「前回のモンド・グロッソで弟を助けてくれた件。本当に感謝している。おかげで弟は怪我1つ負わずに済んだ」

 

「あ、いえ、私は……」

 

 ブリュンヒルデに頭を下げられてラウラは困惑したように手を振る。

 そこで義祖母がこれからの予定を尋ねた。

 

『そちらのこれからの予定はどうなのかしら。数日は此方に?』

 

『いえ。私や弟は立場上長く国を離れるわけにはいきませんので。夜の便には日本に帰ります』

 

『そうなの?でもならまだ少し時間はあるのよね。ラウラ。良かったら彼にここら辺を案内してあげたら。せっかくドイツまで来たんですもの。ただお礼を言って帰るだけではもったいないわ。私はまだ彼女たちに話があるから』

 

『いや、しかし……』

 

『ね?』

 

 義祖母に促されるとラウラは渋々頷いた。

 

『わかった』

 

 ラウラは立ち上がると一夏に向かって話しかける。

 

「織斑一夏。少しの時間だが近辺を案内しよう。せっかく来たんだ。お礼を言うだけでは味気ないだろう?」

 

「え?でも?」

 

「一夏。厚意に甘えさせてもらえ。私はこの人と少し話があるから」

 

 千冬に言われてここで意固地になって断っても失礼だと思い、町を案内してもらうことにした。それに正直に言えば外国の町というのも興味がある。

 一夏がラウラに連れられて行くと楯無も立ち上がる。

 

「では織斑先生、私も。外に居る娘たちが何かする可能性もあるので」

 

「あぁ、頼む。あいつらが何かしたら容赦なく叩きのめせ」

 

「それ、教師の台詞じゃありませんね」

 

「弟の恩人に迷惑をかける馬鹿どもにはそれくらいの躾けは必要だろう?」

 

「確かに……」

 

 苦笑すると楯無はこの家の主に一礼してこの場を後にした。

 

『善い子たちね。特に貴女の弟。とても真っ直ぐで』

 

『愚直さ以外に取り得がないだけです。確かに弟は私ひとりで育ててきましたが、それ故に何かを間違えたのではないかといつも不安ですが』

 

『そう。でもわざわざ海を渡ってラウラにお礼を言うために来たのでしょう?その真っ直ぐさは人としてとても尊いものだわ。きっとあの子にとって貴女の背中は良い見本だったのでしょう。だから卑屈になるようなことは何もないわ。胸を張って良いことよ』

 

 相手の言葉に千冬は目も見開く。

 千冬は一夏の姉であり、親代わりだった。

 正直、悩むことばかりで一夏が何か問題を起こせば自分が何か間違ったのではないかと不安は常にあった。

 自分のような大雑把な戦う術しか身に付かなかった姉の姿を見て育った一夏が本当に真っ当なのか。そう思い悩むことは今でもある。

 それを目の前の女性は肯定してくれたのだ。一夏の存在をその証拠として。

 ブリュンヒルデとして持て囃される時とは違う。むず痒いような。それでも何かが報われたような気持になる。

 

『ありがとう、ございます……』

 

 そう言って千冬は頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 




次はヒロインたちに監視されながらラウラの町案内です。後編もなるべく早く書き上げます。


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偶然から繋がった縁【後編】

恋愛要素はない。ない筈。


「なぁ、織斑一夏」

 

「聞きたいことは分かるけど、何?」

 

「後ろで付きまとってくる女たちはお前の知り合いか?」

 

「……ゴメン。ほんとゴメン」

 

 少し離れた位置から追ってくる7人の少女。

 内ひとりは更識楯無で、本音共々今回の介入は無しと伝えてある。

 5人の少女たちは程度の差は有れど怒気を撒き散らしながら一定の距離を保って移動している。

 さらに少し離れた位置から楯無と本音が可笑しそうににやにやしているが、一瞬広げた扇子から【邪魔はさせない】と書いてあったので何かしでかすなら止めに入るだろう。

 それに箒たちももし騒動を起こせば夏休みを潰して補習を受けるという契約書を書いている。ひとりが問題を起こせば5人共々だ。だから大丈夫だろう。

 ――――本当にそう願う。

 

「どうしても付いてくるって聞かなくて。何にもしてこないと思うから気にしないでくれ」

 

「……事情は分からないが、お前も大変だなぁ」

 

「ハハ……察してくれて嬉しいよ」

 

 力なく笑う一夏。

 ラウラにしみじみとした声で労られながら内心では同級生たちがなにかして来ないかと冷や冷やしていた。

 

「あまり時間もないから細かな観光という訳にはいかないが、近辺を歩く程度になるな。構わないか、織斑一夏」

 

「あぁ。それと俺のことは一夏でいいよ。いちいちフルネームで呼ばれるのも変な感じだしさ」

 

「そうか、なら私のこともラウラでいい。ついてきてくれ、一夏」

 

「分かったよ、ラウラ」

 

 そうしてラウラの町案内が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後ろからついていく形で一夏とラウラが歩くのを監視していた同級生5人は苛立たしげにその光景を見ていた。

 距離があるため2人が何を話しているのか聞き取れず、彼女たちには楽しそうに会話している姿しか映らない。

 彼女たちが警戒しているのは例の少女が一夏に惚れる展開だ。

 なんと言ってもあの織斑一夏だ。短期間で女を無自覚に惚れさせることに関しては類い稀な才の持ち主なのだ。

 それに先程からの一夏の表情も彼女たちの神経を逆撫でしていた。

 

「一夏の奴なにデレデレしてるのよ!」

 

「そ、そうかなぁ。どっちかって言うとリラックスしてるだけに見えるけど……」

 

 鈴音の苛立ちに簪がフォローを入れるとアンタどっちの味方なの!という感じに睨まれる。

 そこで思い付いたとばかりにシャルロットが提案する。

 

「ボクたちも一緒に観光を案内してもらうのはどうかな?向こうもこっちに気づいてるみたいだし」

 

「それだ!」

 

 シャルロットの提案に箒が賛同するが、楯無の方からストップがかかる。

 

「ダメよ。今回私たちはあくまでも観客。不用意な接触は控えてね?」

 

「何故ですの!?」

 

 釘を刺す楯無にセシリアが噛みつくとやれやれと肩を竦めた。

 

「そりゃあ、貴女たちがいつもの感覚で暴れられたら困るからよ。いくらISが無いって言ってもここで騒ぎを起こしたらIS学園の品位を疑われてしまうわ」

 

「別にあの子に危害を加えたりしないわよ!」

 

「一夏君に暴力を振るわれてもマズイって教えてるんだけど?何はともあれ軽率な行動は控えてね。残りの夏休みを潰したくなかったら。それにこの近辺で去年テロ事件が起きて敏感になってるんだから」

 

 接触禁止と書かれた扇子を見せる楯無。

 それに不満の表情を隠さないでいるといつの間に買ったのか、紙袋いっぱいの焼き菓子を抱えた本音が皆にその菓子を配る。

 

「まーまー。これでも食べて落ち着きなよー。糖分が足りないから怒りっぽくなるんだよー」

 

「あら気が利くわね本音ちゃん」

 

 良い子良い子と楯無に頭を撫でられると本音がわーいと嬉しそうにする。

 箒たちは受け取った焼き菓子を食べながら視線は一夏へと向けられる。

 そんな彼女たちを見ながら楯無は自分たちの他に2人に意識を向けている数名に気を配った。

 

 それは、ラウラ・()()()()()()()を監視している面々だった。

 ラウラの所在を調べた際に楯無は彼女の経歴について大まかにではあるが調べていた。

 軍属であった彼女が退役させられ、あのおばあさんの養子となったこと。それに巻き込まれた事件に関してもだ。

 細かな経緯こそ調べられなかったがだからこそ楯無はラウラに関しても若干の警戒を抱いていた。

 周りを彷徨いている監視の軍人たちに視線を動かすと騒ぎを起こすなよ、と釘を刺される。

 つまりこの場では自分たちも監視対象なのだ。

 

 ちなみにドイツに来る前に軍の方に連絡を取った際にそちらが問題を起こさない限りこちらも関与しない。織斑姉弟に対しても同様、と言質は取ってある。逆に言えばちょっとでも騒動を起こせば即お縄、という事態になる訳だが。

 そんな風に思考していると苛立ちの募った声で箒が呟く。

 

「一夏め!あんな表情、私たちの前でも最近見せないくせに!」

 

 多少の硬さはあるものの楽しそうにラウラの説明を受けている一夏の表情に皆の表情が一層険しくなる。

 それに本音がんー、と意見した。

 

「でもさー。それって仕方ないんじゃないかなー」

 

 本音の言葉に全員の視線が集まる。

 それに物怖じした様子もなくいつもの雰囲気で話す。

 

「おりむーにとってLさんはみんなと違って攻撃してこないしー。安心して会話できるんじゃないかなー。実際、生徒会室にいるときもおりむーは肩の力抜けてるよー」

 

 パクッと焼き菓子を口に放りながら話しを続ける。

 

「クラス替えがあってさー。新しくおりむーと同じクラスになった子がねー。みんながおりむーを攻撃する姿を見て言ってたよー。ひどいって」

 

 最後の方は普段の本音と比べて真面目な口調で話す。

 しかしそれに真っ先に反応したのが鈴音だった。

 

「な、なにがひどいのよ!!」

 

「だってー。この間やまぴーが物を運んでる時に手伝ってたおりむーが転びそうになったやまぴーを支えて怒ってISで攻撃したよねー。去年1組だったわたしたちは見慣れた光景だったけど、新しくおりむーと同じクラスになった子は驚いていたよー。だから去年同じクラスだった子たち以外に皆に話しかけないのも気付いてたー?私たちはおりむー以外に攻撃しないって分かってるけど、他の子たちからしたらいつ怒らせて自分たちが攻撃されるか分からないからだよー」

 

「そ、それは一夏さんが山田先生のお尻を触ったからで……」

 

「でもそれって支えようとしたときの事故でわざとじゃないよねー?ラッキースケベをして気にいらないのは仕方ないかもだけど、おりむーの行動全部を否定するみたいに攻撃するのは違うんじゃないかなー」

 

 間違いを指摘して叱ることと自分の感情をぶつけるために怒ることは違う。

 ここ最近、一夏が専用機持ちたちと過ごす際にどうすればより仲良くなるかではなく、どうすれば怒らせないかに変わってきているために仕草が硬くなってしまうのだ。

 千冬も一夏に出席簿などで手を挙げるが彼女は何が悪いのかをしっかりと説明した上で直させようとする。だから一夏も自分の落ち度を自覚して直そうとするが、ただ感情のままに手を上げられれば一夏だってストレスになる。そして説明もされないままだからどうしても行動に警戒が浮き出てしまうのだ。何が悪いのか理解できないまま。

 これに関しては本気で怒り返さなかった一夏にも問題はあるが、彼は良くも悪くも異性に優しかった。いっそ甘いと言えるほどに。

 

 ちなみに簪は生来から人に手を挙げるのを苦手としており、楯無も一時期そうしたことはあったが彼女は家業から自分を客観的に見る癖があることと、本質的に冷めた部分があるためにすぐにそうした行動はすぐになりを潜めた。

 一夏が生徒会でリラックスできるのもその為だろう。

 

「こんな時くらいゆっくりさせてあげなよー。おりむーだってずっと一緒に居たら疲れちゃうかもだしー」

 

 そう締め括って本音はまたひとつ焼き菓子を口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、街並がガラッと変わったのもそのためか」

 

「そうだな。ヨーロッパ方面は古い建物と新しい建物を区別して建築する。日本では違うのか?」

 

「うん。新しい物も古いものも一緒にしてるかな。住んでるところによって違うかもしれないけど」

 

「利便性を求めた結果だろうな。土地の広さもあるだろうし。そうした意味ではどちらが優れているかは決められない」

 

 ラウラの説明を受けていると一夏が少し話題を変えた。

 

「もし良かったらだけどさ。ラウラのことも教えてくれないか?」

 

 その質問にラウラが少しだけ驚いた表情をする。

 

「……もしかして私は今ナンパというものをされているのだろうか?」

 

「へ?いや違う!俺を助けてくれたラウラのことが知りたいってだけで他意はないから!」

 

「そう力強く否定されても困るのだが……それに話せることも多くないな。私が話せるのはこの町に住み始めたここ1年ちょっとことばかりだし」

 

 少し困ったように顎に手を当てるラウラに一夏が首を傾げた。

 

「どういう意味だ?」

 

「私の人生が始まったのはこの町に来てからと言っても過言ではないからだ。だがそうだな。少しばかり自分のことを話すのも悪くないか」

 

 そう言って自分のことを話し始めるラウラ。

 

 自分と義祖母の血が繋がっていないこと。

 よく遊びに行く施設とそこに住む子供たちのこと。

 アルバイト先でのこと。

 学校での友人とのこと。

 

 その話をしている時に一夏が印象的だったのはラウラの表情だった。

 噛み締めるような。感謝するような。

 宝物を手で大事に持つように話す彼女の表情がとても心に残る。

 特に義祖母のことを話している時はより一層に優し気な瞳になるのだ。

 

「大事に思ってるんだな。あのお婆さんのこと」

 

「あぁ。あの人に出会わなければ、私はどうしようもない奴になっていたかもしれないからな。あの人には感謝してもし足りない」

 

 ラウラも初めて出会った時から義祖母を好いていた訳ではない。

 助けてくれたこと家に住まわせてくれたことには感謝していたがやはり一緒に暮らし始めた当初はそれなりに警戒していた。

 そうでなくなったきっかけはやはりあの強盗を取り押さえた時のことだろう。

 暴力は良くないと教えてくれて、何も知らなかった自分に色々なことを教えてくれると約束してくれた彼女だからこそラウラは義祖母を慕っているのだ。

 

「無知だった私に当たり前を教えてくれて、少しだけまともになれた。帰って良い居場所をくれた。だから私の人生はおばあちゃんに出会ってから始まったのだと思っている」

 

 祈るように目を閉じて微笑むラウラ。

 それを一夏は綺麗だなと思った。

 心の底から感謝を想う人の表情はこんなにも尊いものなのか。

 例えラウラの顔立ちがもっと平凡なものであったとしても、きっと同じ感想を抱けただろう。

 一夏が何かを言おうとすると何かに気付いたラウラがすまない、と一夏から離れた。

 どうしたのかと思い、ラウラが歩いて行く方向を見るとそこにはベンチに座っている5歳ほどの女の子が居た。

 

『ビアンカ!』

 

 ラウラが名を呼ぶと少女は不安そうな顔を上げてラウラに近づく。

 

『ラウラおねえちゃん』

 

『こんなところでどうした?ひとりでここまで来たのか?』

 

『ア、アニータおねえちゃんと一緒に……でもはぐれちゃって……』

 

『アニータなら、携帯を持っているな。今連絡を入れよう』

 

 すぐに自分の携帯でアニータに連絡を入れ、現在地を教える。

 目線の高さを合わせてもう大丈夫だからなと手を握ってあげる。そこで一夏に申し訳なさそうに訊く。

 

「すまないが、迎えが来るまでこの子の傍に居てあげてもいいだろうか?」

 

「あ、あぁ!もちろん!こんな小さな子を放って置くわけにはいかないさ。俺のことは気にしないでくれ。その子、知り合いなのか?」

 

「さっき話していた施設の子だ。すぐに迎えが来ると思うが」

 

 そう説明していると息を切らして走ってくるアニータが来た。

 ビアンカもアニータが来ると彼女に駆け寄った。

 

『ごめん、少し目を離した隙に』

 

『まったく。ちゃんと面倒見ないとダメだろう』

 

 顔に傷のある少女、アニータはラウラが施設に初めて行ったときに気にかけ、去年の事件で一緒に巻き込まれた。

 そんな少女も今では明るくなり、背丈もここ1年でグンと伸びた。それはラウラと並ぶくらいに成長しており、身体の一部に関しては既に追い越している。

 しかしそれでもラウラの方が姉役だと判るのは纏っている落ち着いた雰囲気からだろう。

 そこでアニータは後ろに居る一夏に気が付く。

 

『後ろの人、もしかしてお姉ちゃんの恋人?』

 

『まさか。客だよ。町を案内していたところだったんだ』

 

『なんだ、つまんない。じゃあ、ありがとうねお姉ちゃん。後ろの人も』

 

 一夏にも礼を言うが、一夏自身は話せないためにとりあえず頭を下げておいた。

 アニータがビアンカの手を引っ張ると彼女も手を振って別れる。

 ラウラも手を振り返しているとこっちを見ている一夏に気付いた。

 

「どうした」

 

「あ、いや。なんか、お姉ちゃんだなって思って」

 

 何を話しているか一夏には理解できなかったがラウラが接して安堵した姿を見てそう思った。

 その言葉にラウラは驚いた顔をする。

 

「そう……見えたか?」

 

「だってあんなに慕われてたじゃないか。きっとラウラは良いお姉さんなんじゃないか」

 

「そうか……」

 

 安堵する表情。しかしそれはすぐに曇る。

 

「……実は、私もな。前はISに乗っていたことがあるんだ」

 

「そうなのか!?」

 

 ラウラの言葉に今度は一夏が驚いた。

 ISを動かすのは女性にとって大きなアドバンテージだし操縦者に憧れる者は多い。本来ならそう驚く話でもないのかもしれないが一夏には目の前の少女がISで戦う姿が想像できなかった。

 

「昔の私は、ISを動かすことだけが全てだった。それが出来ない自分に価値がないと思っていたんだ。だが、あまりに上達しない落ちこぼれでな」

 

 どうして、そんな話を始めたのかと思っているとラウラは視線を一夏から外した。

 

「だから私は当時、色々と嫌な感情を溜め込んでいて。そんなときに、お前が、誘拐されそうな現場を見たんだ」

 

 僅かに体を震わせてラウラはあの時の真実を話した。

 

「あの時、私はお前を助けようと思ったわけじゃないんだ。ただ、あの男たちが失敗すれば良いと。自分が、上手くいかないから、誰かの失敗を嗤いたかったんだ。だから一夏に感謝されるようなことはなにも――――」

 

 言う必要は、なかったのかもしれない。それでも口に出してしまったのはあの子たちの姉と認めてくれた少年に、騙すような気持ちを抱き続けることに堪えられなくなったからか。

 失望されただろうか、と一夏の顔を見ない。

 僅かな沈黙。先に口を開いたのは一夏だった。

 

「あの後さ。日本に帰るときに千冬姉に訊いたんだ。もし俺が本当に誘拐されたら、千冬姉はどうしてたって。その時ただ俺はちょっと聞いてみたいだけだったんだけど。千冬姉は真剣な顔でこう言ったよ。”助けに行ったに決まってるだろう”って」

 

 ラウラが一夏の顔を見ると、そこには気恥ずかしそうに。しかしどこか誇るように姉を語る少年の顔があった。

 

「その為に大会を棄権することになっても助けに行ったって。そう言ってくれた。でももし本当にそんなことになったらさ。千冬姉は色んな人から後ろ指さされるようになってたと思うんだ」

 

 思わずそう返すと千冬は笑い飛ばしてこう返した。

 

 ”その時はその時だ。二度とISに関われなくなるかもしれないし、大会に関わった者たちや私に期待を寄せてくれた人たちには申し訳ないがな。私にだって譲れない物はある。そうなったらそうなったで別の方法で金を稼ぐさ”

 

 尊敬する姉はそう言った。

 自分の言葉を嘘にしないところがある姉は、きっと本当にそうしただろう。

 周りから批難に晒されても、自分の身勝手さを謝罪して国家代表を降りたかもしれない。

 

「千冬姉がそうなったら俺は、きっとすごく落ち込むし、きっと千冬姉だってすごく大変な目に遭ってたかもしれない。そう思うと、やっぱり感謝の気持ちしか思い浮かばないんだ。ラウラがあの時、何を思って俺を助けたかなんてどうでもいいんだ。だから改めてお礼を言わせてほしい。ありがとう、ラウラ。俺たち姉弟を助けてくれて」

 

「あ――――」

 

 その言葉が、ラウラの心の泥をどれだけ洗い流したのか。

 軍に居た頃の。落ちこぼれだった自分はこの世界に必要のない存在だと思っていた。

 いつ世界から消えても誰も困らない。すぐに誰からも忘れ去られる程度の価値しかないのだと。

 でも違った。

 それはたった1回だけだったけど。

 善意からの行動でもなかったけど。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは確かに困っていた誰かを助けたのだと目の前の少年が教えてくれた。

 無価値などではなかった

 小さなことだけど確かに昔の自分には価値があったのだと。

 

「そうか……私は、お前たちを助けたのか」

 

 そんな当たり前の事実をようやく受け入れた。

 

 一夏は照れくさそうに頬を掻く。

 

「しかし、ラウラもISに乗ってたのならIS学園(うち)に来てくれれば良かったのに。きっと楽しかったろうな」

 

「いや、どうだろうな。もし私がIS学園に通えるくらいの実力があったのなら……」

 

 言葉を切るラウラを不思議に思っていると遠くを見つめるように空を見上げる。

 

「夢を、見たんだ」

 

「夢?」

 

「あぁ。その私は専用機を持っていて。誰かと戦っていた。いや違う。戦っていた誰かを嬲って悦んでいたんだ。そんな自分を見て、とても怖くなったよ」

 

 アレが本当にただの夢だったのか。今でも判断がつかない。

 しかし充分に在り得る可能性だと思った。

 義祖母に出会って色々と変わった自分が、力を手にして大きく変わらないとも限らない。

 

「だから、私はもうISには乗らない。そう決めてここにいる」

 

 帰る場所を自分で定めた。

 そして自分から力を得る可能性を捨てた。

 

「だから、私はここに居る。ここで生きていく」

 

 それはとても平凡な一生になるかもしれないが、その大事さをラウラは知っているから。

 真剣に生きた一生に平凡も非凡もないのだと実感したから。

 

「そっか」

 

 このラウラならきっと力を手にしても溺れることはないだろうと思うが、それを口にするのは野暮だろう。

 彼女は力を手にしないという選択をしたのだから。外野がツッコむことではない。

 

「でも、そうだな。一夏、もしまだお礼が足りないと思っているのなら、ひとつだけお願いしてもいいだろうか?」

 

「え?あぁ、もちろん!俺に出来ることなら!」

 

 突然言い出したお願いに驚きながらも一夏は了承する。

 

「私は、もっと色々な物を見て経験してみたいんだ。だからいつか外国にも行ってみたい。いずれ日本に行ったときは、一夏の住む街を案内してくれるだろうか?」

 

「あぁ!絶対に案内する!ずっと待ってるから!」

 

「ありがとう」

 

 ラウラが笑って礼を言う。

 その笑顔に、一夏は少しだけ心臓が跳ねた気がした。

 

「は~い、お2人さん。ちょっといいかしら?」

 

「おおっ!?」

 

 離れていた楯無がいきなり割って入って来て一夏は驚きの声を上げた。

 

「お楽しみのところごめんなさい。そろそろ車に乗り込まないと帰りの便に間に合わないの。織斑先生もこっちに向かってるから」

 

「え、もう!?」

 

「もう、て。結構な時間経ってるわよ?」

 

 時計を見ると確かに時間が経っていた。

 

「ごめん、もう行かないといけないみたいだ。急に押しかけた上にこんな別れになっちゃって……」

 

「いや、こちらも楽しかったさ。また会おう、一夏」

 

 差し出された手に一夏は一瞬驚いたがすぐに手を握り返す。

 

「あぁ、またな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千冬姉はあのお婆さんとどんな話をしたんだ?」

 

「あの人も昔は教師だったらしくてな。色々と為になる話を聞けた。そっちはどうだ楽しかったか?」

 

「うん。来て良かったと思ったよ」

 

「そうか。そうだな。一夏――――」

 

 突然真剣な声音に変わって一夏は首を傾げた。

 

「今日まで。私はお前の良き姉だったか?」

 

「当たり前だろ。今更確認することじゃないじゃないか」

 

「そうか」

 

 千冬は滅多に見せることのない穏やかな笑みを見せた。

 

 そこで我慢していた同学年たちが話しかけてきた。

 

「一夏!あの子とどんな話をしてたの!教えなさい」

 

「秘密だよ。別に言うほどのことじゃないし」

 

 教えても良いのだが何故か一夏はあの時の会話を誰かに言う気にはなれなかった。

 

「まままままままさか、告白されたりなんてことはありませんわよね!」

 

「なんでだよ。あの子とは今日話したばかりなんだぞ。失礼だろ」

 

「そうなんだけど。でも一夏の場合はさぁ」

 

 飛行機内で問い詰めに来る同級生たち。

 そこで千冬は爆弾を投下した。

 

「では一夏の方はどうだ。あの子についてどう思う?姉としてはそう悪くない相手だと思うぞ」

 

 千冬の一言に5人の少女の顔が険しくなった。

 何故なら千冬公認ということは一夏と結ばれる上で最大の難関を突破したに等しいからだ。

 

「なんでだよ。まぁ、良い子だとは思うけどさ」

 

「こ、この馬鹿者!!昨日今日会った娘に心を許すなどそれでも男か!!」

 

「ちょっ!痛いって。そんなに強く叩くなよ!」

 

 

 騒がしくなったところで千冬の一喝で黙らせる。

 こうして、一夏たちは自分たちの日常に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でさぁ。結局誰だったの?あの男の子」

 

「ただの客だと言ってるだろう。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 一夏に町案内をした際に偶然見かけたらしくモニカがしつこく聞いて来たがラウラは適当にあしらっている。

 

「でも、ラウラも楽しそうだったでしょ?ほら写真」

 

 渡された写真には町を案内しているラウラとついてくる一夏が写っていた。それも数枚。

 

「この顔なんてすごく嬉しそうでしょう。コレがただの客なんて――――」

 

「……次のテストを自力で乗り切る覚悟は良いか?」

 

「うわ!この娘人の弱みを突いてきたよ!?」

 

「ほらいくぞ、モニカ。今日はお前が付き合って欲しいと言ったんだからな」

 

「は~い」

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず話数があと1話で10に達するのでもう1話書きます。

主軸はクロエ・モニカ・ラウラで。


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世界にひとつだけの花

これ書きながら考えた追加設定。
1話でのラウラは常に目からハイライトがありません。(今更)

正直、クロエの口調がよくわからない。
心の中の独白や千冬とサシで話していた時は淡々とした喋りだし、一夏から離れる時は敬語だったし。



「ラウラさん、勝負です!」

 

 先日行われたテストが全て返却された後の休み時間にクラスメイトの少女――――アデーレが意気込んできた。

 それも毎回のことなのでラウラは苦笑しながらも分かったと頷いた。

 

 互いのテスト見せ合った結果、合計点が20点程開いてラウラの勝ちとなった。

 悔しそうに体を震わせているアデーレにラウラに後ろから抱きついていたモニカがポツリと呟く。

 

「いつも通りの結果だね」

 

「うぐっ!?」

 

 モニカの言葉にアデーレが涙目になって口をわなわなと動かす。

 このアデーレという少女。ラウラが居なければ学年首席に立っていた筈の少女である。

 入学当初、自分が1番だと確信した矢先に首席の座に就いたラウラに対抗心を燃やし、こうして事あるごとに勝負を申し込んでくる。

 今のところ全敗という結果だが。

 

「次こそは……!次こそは負けませんから!」

 

 ビシッと指をさして去っていくアデーレ。

 それにモニカが疑問を口にする。

 

「次勝ってもあんまり勝ち星に差はないよね」

 

「追い打ちをかけるのはやめろ」

 

 抱きついている腕を払ってラウラは立ち上がる。

 

「それにしてもいつも勝負を断らないけど、ラウラってアデーレのこと意外に好き?」

 

「そうだな。アデーレは対抗心や敵意はあるが、悪意はない。いつも真っ向から物申してくる彼女を嫌いになる理由はないさ」

 

 それも決して加減されることを好まず、正々堂々としたアデーレは純粋に格好良いと思う。ラウラが言っても嫌味にしか聞こえないだろうが。

 

「ふーん、そっか」

 

 どこか嬉しそうにするモニカはラウラの手を引く。

 

「ねぇ。帰りにいつもの喫茶店行こう!あそこのケーキ食べたい!」

 

「わかったわかった。しかし、少し前に太ったと騒いでいたが、いいのか?」

 

「あぁ、あれ?実はお腹とかは全然増えてなくてまた胸がおっきくなってただけだった!」

 

「それは羨ましい限りだ」

 

 半眼で呆れながらラウラは引かれた手に抗わずに歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニンジンの形をした冗談のようなラボで、ひとりの少女が自分に良く似た銀の髪を持つ少女をモニター越しに観ていた。

 その少女はアルバイトのレジ打ちをしているというどうということもない映像。

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ……私が成れなかった完成形()()()少女)

 

 そんな彼女が只人へと堕とされ、埋没していく姿に彼女は違和感と疑問を抱いていた。

 

(遥か高みから落とされた貴女は、何故そうも幸せそうに生きている?)

 

 数年前に観たラウラはいつも表情に陰りがあった。

 しかし今はその頃に比べれば年相応の少女のように感情が表情に表れていた。

 それは諦めか忘却か。それとも他の――――。

 そこまで考えていると.。

 

「クーちゃん!何観てるの?」

 

「束様……」

 

 後ろから抱きついて来た主である世界最高の頭脳を持つ天災。篠ノ之束だった。

 彼女が映像を確認していると質問して来た。

 

「最近この子のことよく見てるけど、気になるのかな?」

 

「いえ、そのようなことは……」

 

 曖昧な答えに束はふむふむと小さく頷く。

 

「気になるならさ、会いに行っちゃえば?」

 

「え?」

 

「この子のことが気になるんでしょ?モニター越しで観てたって答えなんかでないし。直接会った方が手っ取り早いんじゃないかな?」

 

「それは……」

 

 言っていることは理解するが、会って何を話せば良いのか。

 しかし束のテンションを上げて自身に拍手する。

 

「さっすが束さん!的確なアドバイスだね!それじゃあさっそく行こうか!」

 

「あ、あの……束様?」

 

 束に抱きかかえられると丸形のポッドに乗せられる。

 それは、某龍の球を探す摩訶不思議アドベンチャーに出てくる一人用の宇宙船に似ていた。

 

「疑問を持ったらさっさと解消した方が良いよ!じゃあクーちゃん!行ってらっしゃい!」

 

 ポチッとボタンを押すとポッドが作動し、ラボから球体がひとつ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(と、いうわけでドイツまで飛ばされたわけだけど)

 

 しかも目的の人物が暮らしている町にピンポイントでだ。

 ここまでくると予め準備していたのではないかと疑ってしまうが主ならそれくらい数秒で準備設定出来そうだとも思う。

 

(どんな顔して自身の疑問を口にすれば……?)

 

 今まで、直接接点があった訳でもない相手だ。どのように会って話すべきか。

 乗り気でないのならさっさと帰ればいいのだが、これは主である束が用意した機会だ。何もせずに帰りましたと報告するのはあまりにも心苦しい。

 どうしたものかと考えていると不意に後ろから衝撃が走った。

 

「ラーウラッ!」

 

 後ろから顔だけは知っている栗色の顔の少女が抱きついてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさいっ!」

 

 頭を下げる時は90度と言わんばかりにモニカは直角に腰を折った。

 見慣れた銀の髪に親友と勘違いして後ろから抱きついてしまい、人違いだと判って慌てて謝罪する。

 それは向こうがベンチに腰かけていたことで身長差が判り辛かったこともあった。

 

「いえ、お気になさらずに」

 

 相手は気にした様子もなく手をひらひらとさせていた。

 目を閉じていて杖を持っていることから恐らく盲目であることを察して。なおも罪悪感が募る。実際は違うのだが。

 

「と、友達があなたに似た髪の色だから勘違いしちゃって。でも考えてみればあの子は今、アルバイトの時間だったし。うう……」

 

 自分の落ち度に恥ずかしがっているモニカに銀の少女は不思議そうに質問した。

 

「そんなに似ていたのですか?」

 

「あ、はい。髪もそうですけどなんていうか雰囲気が、ですね。」

 

「そう」

 

 どこか考え込むような仕草をする年上の少女にモニカは問いかける。

 

「えっと、その……気になるんですか?」

 

「えぇ。少し……」

 

 淡々とした口調の彼女にモニカが提案した。

 

「もし良かったら会って行きます?今はアルバイトの時間ですし――――なんちゃって!」

 

 さすがに何を言ってるんだと思い直し、モニカ誤魔化すように両手を振るった。

 しかし相手からの返答は意外なモノだった。

 

「そう、ね。お願いできますか?」

 

 口元を僅かに上げて薄く笑う少女に引っ込みがつかなくなったモニカはこっちですと杖を持っていない手を握る。

 

「あ、あたし、モニカ・ペーツって言います。お姐さんは」

 

「私は、クロエ。クロエ・クロニクル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で、連れて来ちゃった☆」

 

「なにをやっているんだお前は……」

 

 テヘペロと言った感じに舌を出して誤魔化そうとする親友に溜息を吐いてラウラはクロエと向き合う。

 

「私の友人が申し訳ないことをした」

 

「いえ。頼んだのは私ですから」

 

 何故か目を閉ざしたままにラウラを観察している少女にどこか気まずい思いをしていると。店の奥から店長が出て来た。

 

「ごめんなさい、ラウラちゃん。ちょっと奥の在庫整理を手伝って――――」

 

 店長が現れ、話していた3人を見ると硬直する。

 

「そ、そそそそそそ、その子は?」

 

「クロエ・クロニクルと申します」

 

 小さく頭を下げるクロエ。

 そこでモニカが敬礼のポーズを取って適当に関係をでっちあげる。

 

「ついさっきそこで友達になりました!」

 

「え?」

 

「おい」

 

 銀の少女2人からツッコまれるが店長の耳に入っていない。

 店長はクロエの両手をガチッと掴むと息を荒くして初対面とは思えないことを聞いて来た。

 

「クロエちゃんね。貴女、可愛い洋服を着てるわね。そういう服が趣味なの?もし良かったらうちの服も着て行かない?」

 

「店長」

 

 ラウラが止めに入るが雇われ人の性か強くは止められない。

 

「まさかラウラちゃんと同じくらい素敵な娘がこの店を訪れるなんて!おかげで急激に創作意欲が滾ってきたわ!」

 

「え……あの……」

 

 戸惑っているクロエにモニカがあちゃーしまったという顔をする。

 

「ごめんクロエさん。ちょっと被害が出来るかも」

 

「ねえ、クロエちゃん。ちょっと着替えて、お写真とか撮らせてもらえないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Eわぁ!カワEわぁ!!2人並ぶと2倍どころか二乗してしまうわっ!?」

 

 カシャカシャとスイッチを押しているカメラのフィルターに写っている先には着替えさせられたラウラとクロエはシーツの引いた床に座らされ、くっ付くか付かないかの距離で顔を近づけて視線だけ斜めにカメラを見るような視線で果物を持たされて撮影されている。

 2人は秋用のドレスに着替えさせられており、ラウラがオレンジ。クロエが水色のを着ていた。

 

 最初はクロエだけ何枚か撮っていたのだが、ラウラも一緒に入るように頼むと渋々一緒に写真を撮ることになった。

 というか店長は興奮しすぎて鼻血が出ている。

 

 粗方撮って気が済んだのか店長はクロエにお礼を言った。

 

「いきなりごめんなさいね、クロエちゃん。でも良い画を提供して貰えたわ。これで100着は服が縫えそうよ!あ、今回着てもらったドレスはそのままあげるから。今回のお礼とお詫びに」

 

「は、はぁ……」

 

 店長のテンションに曖昧な返事を返すクロエ。

 そこでレジ打ちの方に回っていたモニカから呼び出しを受けてそちらに行ってしまう。ついでにもう着替える許可を貰えた。

 

 予期せず2人っきりになってクロエはラウラを呼んだ。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 不意に呼ばれて驚いたラウラが若干の警戒を見せた

 

「なんで……お前がその名前を?」

 

 彼女にはリットナーの姓でしか名乗っていない。

 この近くでボーデヴィッヒの姓を知るのはそう多くない。

 しかしクロエはそれに答えずにラウラに質問する。

 

「貴女は本来、軍での栄光が約束されていた筈の存在。その為に貴女は造られた。でも、只人の身に堕とされ、完成されたボーデヴィッヒではなくなって、貴女は幸福になれたのですか?」

 

 ラウラはもしかしたら目の前の少女は軍の関係者なのかと思い至ったが今更接触してくる理由が思い至らない。

 しかし閉じた目で真っ直ぐ自分を見据える少女にラウラは自然と質問に答えていた。

 

「あぁ。私は、幸福だ。嘘偽りなく」

 

「それは、どうして?もう、軍に戻れないから?」

 

「それは違う。私は自分からあの場所を出たんだ」

 

 ラウラの答えにクロエが少しだけ驚いた表情をする。

 

「優しい人に出会った。その人に色々なことを教わって。軍が期待したラウラ・ボーデヴィッヒとは大きく外れてしまったが。私はそれで良かったと思っている。今の私は、軍が誇れるラウラ・ボーデヴィッヒではなく、あの人が誇れるラウラ・リットナーで在りたいと願っているんだ」

 

 一度大きく息を吸って自分の想いを口にする。

 

「もう、ISに乗るのも戦いに身を投じるつもりはない。私はここで、あの人の孫娘として生きていく。そう決めたんだ。私自身の意志で」

 

 ラウラの言葉をどう受け取ったのか。彼女はあることを思い出していた。

 それはいま彼女自身が仕える主のこと。

 

『君は今日からこの束さんの娘だよ!よろしくね』

 

 突然現れて自分を娘にすると言い出した予測不可能な行動をする主。

 初めて自分に手を差しだして、引っ張ってくれた女性。

 

『う~ん。名前がないのは不便だなぁ。そうだ!君は今日からクロエ・クロニクルだよ!いい名前でしょ、クーちゃん!』

 

 それが自分を利用するために傍に置いているのか。それともただの気まぐれなのかは未だに判らないが、自分を拾い上げてくれたのは間違いなくあの人で。

 この少女も、同じなのか。

 

「そう。貴女は、私にとっての束様を見つけたのですね」

 

 納得したようにクロエは微笑んだ。

 なら、もうここに用はない。早々に引き払うとしよう。

 

「さようなら、ラウラ・リットナー。どうかもう私たちの人生(みち)が交わらないことを願ってます」

 

 平穏に生きようと決めた彼女に、自分のような異物が交ってはいけない。

 一度だけ、ラウラの頭を撫でて着替え終えたクロエはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りました、束様」

 

「おかえりークーちゃん!どうだった?」

 

「とても有意義な時間を過ごさせていただきました」

 

「そうかそうかー!それは良かったね!」

 

 ラボの機械を動かしながら嬉しそうに笑う。

 そこでクロエが束に袋を渡す。

 

「おみやげ?束さんに?」

 

「差し出がましいと思いましたが、今回のお礼にと」

 

 ふむふむと束が袋の中身を取り出すとそこには白いドレスが1着入っていた。

 それは、撮影の時にクロエが着ていたドレスの色違いだった。

 

「その……束様のご趣味に合うか分かりませんが――――」

 

「ひゃっほぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 ドレスを掲げていきなり奇声を発した束がクロエを両手で掴んでたかいたかいし始める。

 

「ありがとう、クーちゃん!うちの娘は世界一ぃいいいいいいいっ!!」

 

 そんな破天荒な主を見て困惑しながらも、クロエは思う。

 確かに自分の主は世間から見れば善人ではないだろう。

 

 それでも、初めて手を差しだして家族になってくれた女性で。

 自分は、この人が、大好きなんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの、ラウラ。何か考え事?」

 

「いや、そういう訳ではないのだが……」

 

 今日アルバイトであった年上の少女、クロエ・クロニクル。彼女は一体何者だったのか。

 考えても答えは出ないのだが、やはり気になってしまう。

 だがすぐに思考を振り払った。

 

「おばあちゃん。私は、貴女と出会ってから変われただろうか?」

 

「もちろんよ。1年半前からしたら想像できないくらい変わった。いえ、成長したという方が正確かしら」

 

「そう、だろうか……」

 

 やはりそういうのは自分では実感しづらいのか、ラウラは首を傾げる。

 そんなラウラに微笑んで義祖母は遠くを見つめる。

 

「これからラウラはどんどん成長するのでしょうね。学生を卒業して。仕事をして。好きな人が出来て結婚や、出産。そう考えると私もまだまだ頑張らないといけないわ」

 

 頑張らないと。その言葉にラウラは僅かな不安を覚えた。

 去年、まだラウラがボーデヴィッヒだった時。義祖母は一度倒れた。

 彼女はもう高齢だ。知らないうちに風邪を引いてそのまま、という可能性は充分にある。

 先程の彼女の想像はラウラからしたらまだまだ先のことのように思えるからこそ不安になる。

 

 ラウラは義祖母に擦り寄った。

 

「なぁ、おばあちゃん」

 

 この生命は、誰かの都合で造られた歪な生命なのかもしれないけど。

 軍の期待に応えられなかった。出来損ないのレッテルを張られた。そんな未熟な存在だけど。

 そんな自分が貴女に出会えて、育ててもらって。自信を持って言えること。

 

 それはきっと、大輪で凜とした花ではなく、小さく楚々とした花。

 

「私は――――生まれてきて、よかった」

 

 その花が、確かに咲い(わらっ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この作品は一旦置きます。思いついたら何か書くかもしれませんが、今は全くアイディアがないので。


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凸凹コンビの始まり

しばらくこの作品は筆を置く。
ラウラの学園生活はもうISと関係ないから書かない。

とか言ってたくせに書いてるバカがいますよ。
はい、二重の意味で嘘つきになりました。申し訳ありません。
でも思いついて書いたら思いの外書ける書ける。。

楽しんでもらえるといいなぁ。


「はぁ……今年ももう終わりかぁ……」

 

「人に後ろから抱きつきながら憂鬱そうな声を出すな」

 

 後頭部に柔らかく大きな胸の感触を当てられながらラウラは体を離させる。

 見れば、ラウラを羨ましそうに見ている男子が数名視線を向けている。

 

 そんな2人にアデーレが疑問に思って質問してきた。

 

「お2人は仲が宜しいですね。ですが、入学当初はあまりお話しはされてなかった筈ですが?」

 

 入学したばかりの頃のラウラは学内で浮いた存在だった。対して社交的なモニカは友人も多く、ラウラとの接点はなかったように思える。それこそラウラに対抗意識を燃やしていたアデーレの方が話しかけていただろう。

 

「なに?アタシとラウラの馴れ初めが気になるの?」

 

「そうですね。私からすればいつの間にそんなに仲良くなったのか疑問ですし」

 

「ラウラはね。アタシの恩人なの。入学して少し経った後に助けてもらったんだ」

 

 懐かしむようにモニカは目を閉じる。

 

「本当に、ラウラがいなかったらアタシ、どうなってたか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラ・リットナーは入学当初からとても目立つ少女だった。

 小柄な体に流れるような銀の髪。赤と金のオッドアイなどの容姿に加えて学年首席で入学式で講壇に立ったこともあり、学業・運動成績ともに優秀。

 

 そういう完璧な印象からか、なんとなく近寄りがたい雰囲気を持っており、いつも独りで居ることが多かった。

 話しかければしっかりと答えるし、問題のある態度をしているわけでもない。

 しかしどこか一歩引いた距離感で接してくる彼女に徐々に話しかける者は少なくなっていった。

 それはラウラ自身が当時、学校という場所に居場所を感じていなかったのが1番の原因かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 小さく息を吐いて学校に備え付けられているベンチに座って息を吐いた。

 なんというかとても疲れる。肉体的にではなく精神的に。

 

「どうにも、場違いな気がしてならんな……」

 

 周りに馴染んでいないのはラウラ自身が1番分かっている。

 しかし、今まで上か下かの人間関係しか構築してこなかったラウラにとって同世代が多く集まる空間というのは未知の場だった。

 

「情けないな……」

 

 自分を姉のように慕ってくれるアニータも勇気を出して周りに近寄れた。

 ならば自分ができないでどうすると自らを叱責する。

 それでもやはりこの学校という空間において自分が異物のように思えてならないのだ。

 

「せんせ……おばあちゃんをこれ以上心配させるのもなぁ……」

 

 入学して一月程経ち、未だ友人関係を構築できていないラウラを義祖母は心配している。

 だがラウラ自身、周りとどう接すれば良いのか解らない。

 普通の人間として生きようと決めたわけだがそもそも軍という特殊な場所でこれまでの人生の大半を過ごしてきたラウラだ。一般的な同世代の少年少女と共通の話題などある筈もなく。それが余計に自分が異物だと感じてしまう。

 

「いや、おばあちゃんは関係ない。大切なのは私が、ここでどう過ごしたいかだ」

 

 大切なのはそれだと思い直す。

 純粋に友人は欲しい。首席挨拶で自分で言ったようにここで過ごす日々が後に思い出しても輝かしいものになるように。

 

「なんとか、しなければ……」

 

 ラウラは座っていたベンチから立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニカ・ペーツはその日、特に用事があった訳ではなく気分で普段はいかない方向に足を運んだだけだった。

 散歩ついでに何か気に入った物が在れば購入しようという程度にフラフラしていた。

 

 歩いていると一軒の服屋が目に留まる。

 

「お!なんかいい感じのお店!」

 

 自分の家周辺にある服屋は何が置いてあるのか大体察しが付くが、初めて入る店なら何か気に入る服があるかもしれない。

 購入するかはともかく、商品を見るだけでも楽しいものである。

 期待半分を胸にモニカは入り口を通る。

 

「いらっしゃい……ん?」

 

「あれ?」

 

 聞きやすい店員の声。見てみると、その人物はモニカの知っている人物だった。

 

「リットナーさん」

 

「モニカ・ペーツか」

 

 ラウラ・リットナー。

 成績優秀だが友人関係はなく、どこか孤高な雰囲気をした銀の少女。

 モニカも同じクラスというだけで接点のない相手だった。

 

「リットナーさんはもしかしてここでアルバイトしてるの?」

 

「そうだな。そちらは?」

 

「アハハ。私は散歩。ちょっと良さそうな感じの店だったから入ってみて」

 

「そうか」

 

 店を褒められたことが嬉しく小さく笑みを浮かべるラウラ。

 それを見たモニカも少し驚く。

 

(わ、キレー……)

 

 あまり誰かと話すことのないラウラが笑うところなどクラスの誰も見たことがないのではないだろうか?

 話しかけるのも精々彼女に対抗意識を燃やすアデーレくらいしか見たことがない。

 モニカは少しだけラウラに興味が湧く。

 元々人懐っこいモニカだ。ラウラ相手でもきっかけさえあれば普通に話しかける。

 

「リットナーさん!あたし、この店初めて入ったから。もし良かったらこの店で人気の品とか教えてもらって良いかな?」

 

「ん?あぁ、いいぞ。最近売れてるのは――――」

 

 商品の説明を始めるラウラ。

 それは流行とかではなく本当に売れている物を教えてくれているのだろう。

 説明はたどたどしく、完璧超人だと思っていた彼女が慣れない感じで商品の説明をする姿がとても新鮮だった。

 

(キレーな子だと思ってたけど今はカワイイ?ううん、どっちもかな。かわいいとキレーを両立させてる子って感じ?)

 

 モニカの中でますますラウラに対する興味が増す。

 

「どうした?呆けて」

 

 不思議そうな顔をするラウラにモニカは手を振って否定した。

 

「う、ううん!なんでもないよ!せっかく教えてくれたし、これを購入しようかなって」

 

 値段も手頃なワンピースを手に取る。

 デザインもモニカの趣味に合っていた。

 

「そ、そうか……私の説明では解りづらいと思うんだが……」

 

「そんなことないよ。一生懸命説明してくれて、嬉しかったし。それに良いモノが見れたしね」

 

「?」

 

 モニカが何を言っているのか理解していない様子で首を傾げるラウラ。

 その姿がまたかわいいと思ってしまう。

 

 会計を済ませ、袋を抱えるモニカ。

 

「リットナーさん。また明日ね!」

 

「え?あぁ。また明日……」

 

 店を出たモニカ。続いてさっきまで店内にいた男性客2人も外に出る。

 店長が店の奥から出て来たのはその数分後だった。

 

「ラウラちゃん、ちょっといいかしら?」

 

「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にかわいい子だったなぁ」

 

 学校で見るのとは大分印象が違うクラスメイトの姿にモニカは頬を緩めた。

 

(明日は昼食を一緒にって誘ってみようかな。リットナーさんのことがもっと知りたい)

 

 そう考えて家路に着いていると知らない男性が話しかけてきた。

 

「ちょっと良いかな?」

 

「へ?」

 

 話しかけてきたのは20歳前後の男性だった。

 顔は整っている方で清潔感の服装。一見して好印象を持たれやすい外見の男性とスポーツマンのような見た目の男性の2人。

 しかしモニカは見知らぬ相手として警戒する。

 

「なんで、しょうか?」

 

 モニカは警戒心を露にする。

 女尊男卑の風潮が社外に流れ始めて女性に媚を売る男性が増えた一方で、女性に敵意を持つ男性も増えた。

 だから見知った男性ならともかく、見知らぬ年上の男性ともなれば警戒する。

 複数ならばなおのこと。

 

「君、良いね。もし良かったら僕らとこれから一緒に遊ばないかな?」

 

 ナンパ、だろうか?

 しかしやはり知らない男性ということで警戒心の方が強い。

 

「いえ、その……もう帰らないと、ですから……」

 

「そんなこと言わずにね?ほら俺らが奢ってあげるし」

 

「本当に困りますので!」

 

 今度は強く拒絶するが、片方の男の手がモニカに伸びており、振り払おうとするが相手の力が強くて解けない。

 

「大丈夫。とっても楽しい遊びだから」

 

 ここでモニカは相手の態度に恐怖を覚え、周りに助けを求めようとするが、視界に人影がない。

 それを見計らって声をかけたのだろう。

 近道しようとして人通りのない道を通ったことが完全にマイナスになってしまった。

 男性のひとりがモニカの口を塞ぐ。

 

「大人しくしてればさ。痛い思いしなくて済むから。ね?」

 

 モニカの手から買ったばかりのワンピースの入った袋が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気のない路地裏連れてこられたモニカは現実逃避からこんなことってホントにあるんだなーとぼんやりと考えていたが、地面に押し倒されたことで意識が現実に引き戻された。

 男のひとりが伸ばされたモニカの両手と口を押さえ、もうひとりが太腿に乗ると折り畳み式のナイフを取り出して胸の辺りからゆっくりとモニカの服を切り始めた。

 

「あぁ。いいよ、その表情!すごく興奮する!」

 

「思ったとおりだ。良い身体してるね。撮りがいがある」

 

 携帯端末でゆっくりと切られて露になるモニカの肌を撮影される。写真なども撮られながら胸の谷間などを指でなぞられた。

 そんな中で撮影していたスポーツマン風の男が質問してきた。

 

「そういえば、さっき店の店員と仲良さそうに話してたけど友達?何なら、これから呼んで一緒に楽しもうか?きっと今君の写真を送れば来てくれるよね」

 

 そう言ってモニカの携帯に手が伸びるがナイフを扱う男の後ろから声が聞こえた。

 

「おい。私の同級生に何をしている?」

 

 言葉が届き、後ろを振り向くより早く、首根っこを捕まれモニカから引き離された。

 驚きの声を上げる前にモニカの手を押さえていた男の顎に横から拳を入れて脳を揺らした。

 

 男の力が緩んだのを察してモニカを起き上がらせる。

 

「すまない、遅くなってしまった。無事か?」

 

「リットナー、さん……どうして……?」

 

「店でこの2人がお前のことをジッと見ているのを監視カメラを見ていた店長が気づいてな。もしなにかあったら事だからと送って行くように言われたんだ」

 

 そこでラウラは手にしていた先程落とした袋を渡す。

 

「これが落ちているの見つけて何かあったのかと思ったが、途中で知り合いにお前が男2人に路地裏に連れ込まれたのを見たと教えてくれたんだ」

 

 だから間に合ったと安堵の息を吐くラウラ。

 

「クソッ!?なんなんだよお前……」

 

「彼女のクラスメイトだ。大人しく警察に引き渡されることをお勧めする」

 

 ラウラが言ったクラスメイト。その関係を口にされてモニカは少しだけ胸ズキリとする。

 

 逆上した男はクソクソと呻きながらナイフを振り上げてラウラに襲いかかってきた。

 

 闇雲に振るわれる刃物を2回避けた後にラウラが男の股間を蹴り上げる。

 

 その容赦も躊躇もない対処にはさすがのモニカもうわ、と声を洩らした。

 手から落ちたナイフを拾う。

 

「まったく。こんなものをぶんぶん振り回す奴があるか」

 

 ラウラの発言は一見こんな危ないモノを振るうなという意味に聞こえるが。こんな短い刃物を振り回しても当たるわけないだろうという呆れからの発言だった。

 もっともその意味に気付いている者は他に居なかったが。

 折り畳み式のナイフを畳まずにラウラは股間を押さえている男に近づいていく。

 

「この手の刃物は、こう使うんだ!」

 

 ナイフの刃が一直線に男の顔に目掛けて進む。

 刃が、眉間へと到達する瞬間。

 

 ――――やめなさい、ラウラ!?

 

 ピタッと刃が進みを止める。

 

「あぁ。分かっているさ。先生……」

 

 刃物で誰かを刺してはいけないと当たり前のことを教わった。

 だから、誰かを守り、助ける為でもやってはいけないのだ。

 ラウラはナイフを畳む。

 刃物が目前に迫った恐怖に襲われた男は失禁しながら座り込み、怖ろしいモノを見る目でラウラを見た。

 もうひとりも脳を揺さぶられ意識を刈り取られている。

 男2人を無力化したことを確認してラウラは座っているモニカに視線を合わせた。

 

「服を破かれたのか。私の上着――――ではサイズが合わないだろうな」

 

 モニカの胸を見て困ったように息を吐くラウラ。

 そこで別の男が現れる。

 

「もう事が済みましたか」

 

「えぇ。警察には?」

 

「もう連絡を入れましたよ。すぐに到着するでしょう」

 

「ありがとうございます」

 

 見知らぬ40代程の男が現れて、警戒するモニカだがラウラが説明する。

 

「この人がお前が連れて行かれるのを私に教えてくれた知り合いだ」

 

「止められずにすみません。ですが、間に合ったようで良かった」

 

 柔和な笑みと声でそういった男はモニカに表情が見られない位置に立つと先程とは打って変わって冷淡な声でラウラに小声で話す。

 

「あまり面倒をかけるな。自分の立場を考えろ」

 

「申し訳ありません。お手数をおかけします」

 

 彼はラウラの昔の職場の人間で今は彼女の監視役のひとりだった。

 モニカが連れ去られるのを見たのは本当に偶然だったようだがラウラに知らせてくれた。

 そうこうしている内にパトカーのサイレンが聞こえてくる。

 

「来たか。ほら。もう大丈夫だ。頑張ったな。怖かっただろう」

 

 そう幼子を安心させるような声でモニカの頭を撫でるラウラ。

 大丈夫。その言葉に震えて、表情と視界が歪んだ。

 

「う……うぐ……」

 

 気が付けば安心して泣いていた。それも、ラウラの胸に寄りかかって。

 

「もう大丈夫だ。大丈夫だからな」

 

 安心させるように何度も頭を撫でてくれるラウラ。

 それは、警察官が到着するまでずっとそうしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニカの涙と鼻水塗れになった服を怒ることなく、到着した警察に現場の説明を終えた後、モニカの様子から調書は後日という話になった。

 破けた服は警察が上着を用意してくれたのを着て、家まで送ってくれた。

 

 調書を取った時に聞いた話だが、男2人はここ最近。女性の裸や強姦の写真や動画を撮影してそれらをネタに口封じと金などを貢がせていたらしい。

 数名の被害者の写真や動画が発見され、実刑は確実だろうと警察の人が言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも通りひとりで昼食を摂ろうとするラウラに今日は話しかけてくる少女がいた。

 

「リットナーさん。もし良かったら一緒に食べない?」

 

「え?」

 

「この間のお礼もしたいし。それにもっとリットナーさんと話したいから」

 

「いや。言っては何だが、私はあまり喋るのは得意ではないぞ」

 

「それでも、だよ!」

 

 手を差しだすモニカ。

 あの時は随分頼もしく見えた少女が今はこうして躊躇いがちに自分の手を取っている。

 そのギャップがまた可愛らしいとモニカは感じた。

 

 この日から2人は一緒に行動することが増え、互いを名前で呼び合うのに時間はかからず、学内でもちょっとした名物コンビとして扱われることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていうことがあったの!」

 

 この日からモニカを通じてラウラの交流関係は広がり、完璧超人のレッテルは良い意味で剥がれることとなる。

 自分たちが当たり前に知っていることややっていることで驚いたり斜め上の反応をするラウラに少しずつ親しみを覚えていったのだ。

 

「そう言えば入学して少しして生徒が男性に襲われたとホームルームで言ってましたね。それってモニカさんのことだったんですね」

 

「いやーホント。あの時は危なかったなぁ。もうダメかと思った」

 

「それにしても、ラウラさんは格闘技も嗜んでるなんて……」

 

「ただの護身術だ」

 

「いやいや。あの躊躇いのなさは”護身”じゃないでしょう」

 

「昔、男を黙らせるならアレが1番だと教わったのでな」

 

 話を終えるとモニカが話題を変える。

 

「長期休みに入ったらどっか遊びに行こうよ!あ、アデーレも一緒にさ」

 

「わ、私もですか!?」

 

「いいじゃん!人数は多いほうが楽しいし!!」

 

「し、しかしラウラさんは……」

 

「ん?私か?私もアデーレと一緒に過ごしてみたいな。今までは学内だけだったから他の場所で過ごすのも良いと思っているが」

 

「うう……」

 

 今まで何かと対抗意識を燃やして突っかかってきた手前、必要以上に慣れ合うのも抵抗があるのだろう。本人は気にしていないが。

 

「いや?」

 

 少し残念そうに視線を下げるラウラにアデーレは居た堪れなくなり答える。

 

「分かりました!なんでしたら勉強以外でラウラさんに勝負も挑みますからね!」

 

 その答えによし落ちた!とガッツポーズをするモニカ。

 

 

 

 

 

 日々は積み重なり、少しずつ変化を与える。

 当たり前に訪れる毎日。しかし同じ日など無い1日1日が彼女たちに小さな成長と変化を与え続ける。

 その結果が良き思い出となるか、悔やむモノとなるか。

 結果は、まだ先のこと―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Human Touch

群れに棄てられた~から決別までが1章。
偶然から~凹凸までが2章
ここからが3章で完結編のイメージです。

本編よりアフターストーリーの方が長くなるから不思議。



 それは何気ない会話から始まった。

 

「2人はさー。将来どんな仕事に就いてみたい?」

 

 モニカの質問に一緒に居たラウラとアデーレが頭に?マークを浮かべる。

 

「どうしました、突然に」

 

「いやーさー。たまーに不安になるんだよね。アタシって将来どうなるんだろうとか。そういうモヤモヤとした気持ちがときどき湧いてくるっていうか。アタシって2人と違って頭も良くないし」

 

 つまりは自身の将来に対するビジョンがあやふやで心許ないのだろう。

 今まで庇護してくれていた親の下から巣立っていく。

 その不安は社会に出ることを求められる年齢に近づくにつれて思い悩むことだろう。

 まだ先のこと、と問題を先送りにすることは出来るがいつまでもそう言って逃げてはいられない。

 モニカの言う悩みとはそういうことなのだろう。

 質問に対して先の答えたのはラウラだった。

 

「そうだな。それを職にするかはともかく、私は看護師の資格は取りたいと思っている」

 

「え!ラウラは看護師になるの!」

 

「だから分からないさ。ただ、資格は欲しいと思っている」

 

 過去の職場とは決別した身だが、そこで学んだこと全てを否定するつもりはない。

 軍では人体の構造や機能について学んだし、人命救助の訓練も受けていた。

 

(なにより、もしまたおばあちゃんが倒れた場合、そうした知識や技術。資格を持っていた方がいいしな)

 

 以前倒れた時はあまりにも気が動転してしまい、救急車を呼ぶくらいしか出来なかったが、もっと出来ることがあったはずだと思う。

 このことを義祖母に言えば、自分を中心に進路を決めたことに微妙な表情をするかもしれないが。

 それでも義祖母はラウラにとって最も大切な存在だった。

 ラウラの話を聞いてアデーレが話を返す。

 

「ラウラさんが医療関係の職に就くなら実家とも縁が出来るかもしれませんね」

 

「アデーレの?」

 

「えぇ。私の父は医療機器を開発する会社の社長(オーナー)ですから〇〇〇〇社って聞いたことありません?」

 

「えーと……」

 

「医療機器会社の大手だな。数年前、ISの技術を応用して視覚や聴覚に異常のある者に、音や映像の情報を脳に直接送る補助具を開発したことで話題となった。まだ、高額過ぎて一般には出回ってないが」

 

 ISがもたらした技術はそれ単体では収まらず、各技術に影響を与えている。

 ラウラが言った補助具もそうだし、量子化の研究を進めて大型宅配物をもっと手軽に出来ないか研究されていたり、通信技術やその他諸々にISの技術が活用され始めている。

 もっとも、未知の部分が多いISだ。開発者である篠ノ之束が技術を全て公開しない限り、開発には後10年以上の時間がかかるかもしれないが。

 スラスラと答えるラウラにアデーレがビックリした表情になる。

 

「よ、よくご存じですね」

 

「これでも、新聞やニュースには目を通すからな」

 

「でもそれじゃあ、アデーレって社長令嬢ってやつだったんだ」

 

「それ、やめてください。そういう風に認識されるの好きじゃないんです!それに、確かに父の会社は大きいですが、家は豪奢な生活をしているわけではありません!」

 

 本当に嫌なのだろう不愉快そうに唇を尖らせるアデーレにモニカは軽く謝罪した。

 

「ならアデーレは将来実家の会社に?」

 

「選択肢の1つとして、ですね。以前父は兄共々に会社へ来ることを望んでいましたが、色々あって今は強要するようなこともありませんし」

 

 アデーレの言葉に2人が少し驚く。

 

「アデーレってお兄ちゃんが居るの!」

 

「えぇ。兄がひとり。今は医大生です」

 

「そうなんだー。アタシは兄弟いないからちょっと羨ましいかも!」

 

「そうですか?ところでモニカさん。少しは参考になりました?」

 

 質問を返されるとモニカは少し考える仕草で目を閉じた。

 

「うん、アタシは将来お嫁さんになる!」

 

「それは素敵ですねー」

 

「一気に冷めた眼を向けられた!?」

 

 呆れたアデーレの態度にモニカは軽く机を叩く。

 そんな2人を眺めながらラウラが意外な言葉を呟いた。それは、2人に聞かせるモノではなく、自問によるものだったが。

 

「人を好きになるとはどういうモノなのだろうか……?」

 

 その呟きがあまりにも意外でモニカとアデーレの目が点になった。

 

 ラウラが考えるのは数カ月前に自分にお礼を言いに来た少年、織斑一夏。その後ろに居た少女たちだった。

 不機嫌そうに。不安そうに一夏に目を向けていた少女たち。

 彼女たちと話す機会は設けられなかったが、一夏に好意を抱いているのはなんとなく分かる。

 しかし、彼女たちはわざわざひとりの男を見守るために付いてきたように思える。

 異性を好きになるとはそこまでの行動力を持たせるモノなのだろうか?

 そんなことをぼんやりと考えていると唖然とした表情で自分を見る2人に気付く。

 

「なんだその表情は……」

 

「いや、だってラウラからそんな疑問が飛び出るなんて思わなくて」

 

「そうか?まぁ、そういうことを考えることもあるさ。そもそもこれはモニカが押しつけてきた小説の影響でもあるんだぞ?」

 

「あ~、はいはい。でも面白かったでしょ?」

 

「ああいうのは読んだことはなかったが中々に興味深かった」

 

「何の本ですか?」

 

 ひとり話の内容についていけてないアデーレにモニカが答える。

 

「ラウラって専門書とかそういう難しそうな本ばかり読んでるでしょ?だからたまにはもっと肩の力を抜いて読める恋愛小説を貸したの。ほら、少し前に映画化された――――」

 

「あぁ、あの……」

 

 タイトルを言うとアデーレも知っていたらしく納得する。

 そしてラウラが話を戻した。

 

「その本を読んで思ったんだ。他者に好意を持つとはどういうことなのか。正確に言うなら、それは友人に好意を抱くのとは違うモノなのかと」

 

 ラウラは義祖母のことは好きだ。それと異性を好きになるのとは違うのだろうか?

 小説の文でその違いが説明されていたが、ラウラにはどうにもピンとこない。

 

「私はモニカやアデーレのことは好きだ。だが、異性――――恋愛というモノの好きとはそこまで違うモノなのかと……どうした?」

 

 ラウラの疑問を口にしているとちょっとだけ赤みの強くなった顔で2人がラウラを見ていた。

 

「どうしたって……」

 

 恥ずかしそうに顔を背けるアデーレ。

 反対にモニカは嬉しそうに抱きついて頭を撫でてきた。

 

「ヤバいよマズいよ!?ねぇ、この子持ち帰って妹にしたい!!」

 

「何を言ってるんだ……それに姉、妹で言うなら私のほうが1つ年上だろうに」

 

「だってラウラ小さくてかわいいから」

 

 いつも通りモニカの密着を離させるラウラ。

 2人の会話にアデーレが首を傾げた。

 

「年上……それはどういう……」

 

「あれ?アデーレは知らなかったっけ?ラウラ、事情があって1年遅れて受験したんだよ」

 

「は、初耳です!?」

 

 驚いて立ち上がるアデーレ。

 ラウラが1つ年上なことは彼女とモニカを始め、仲の良い友人たちは知っている。

 だからラウラとモニカはアデーレも知っているものだと思っていた。

 

「そう気にすることもないんじゃない?年上だからっていきなり態度とか変えられても困るし」

 

「そんなつもりはありませんが。正直、驚きました」

 

 ラウラの容姿から年上と判断するのは難しい。

 アデーレ自身、今更知ったからと言って態度をどうこう変えるつもりもない。

 

「ま、これまで通りってことよね!」

 

「そうですね」

 

 どこか納得いかない表情をしながらアデーレはモニカの言葉に頷く。

 彼女はきっとこれからも1番になるために度々ラウラに勝負を挑むだろう。

 それを思うとラウラは自然と口元を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、ホントにラウラが看護師さんになったらナース服姿を写真に撮って店長さんに見せに行っていい?」

 

「おいやめろ。本当にやめろ。店長が暴走するだろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃん。今日もお疲れ様!」

 

「お疲れ様です、店長」

 

「ここ最近ですっかり気温も下がってきちゃって。外を歩くの辛いわね。ラウラちゃんは大丈夫?」

 

「はい。私は体が丈夫ですから」

 

「でも気をつけないとダメよ?体調なんていつ崩れるか分からないんだから」

 

「そうですね」

 

 閉店の準備をしながら同意する。

 店を閉じると店長に挨拶をして店を出た。

 

「将来か……」

 

 モニカが言った将来の不安。

 彼女はラウラたちは頭がいいから大丈夫だと言ってくれたが、それが確かな自信となるわけではない。

 1年後、2年後。もっと先の未来。自分がどうなっているかなど預言者でもないラウラには見当もつかない。

 自分で自分のことを決めるという恐怖はいつだって付きまとってくる。

 

「それでも、頑張らなければな……」

 

 悩み、迷うことは大事だが、だからと言ってそれを理由にただ立ち止まるのは嫌だ。

 少しずつでも前に進まないと。

 そんな思考に耽っていた時に聞き覚えのある声が聞こえた。

 学校でも聞いたことのない嫌がるような声音。

 

「アデーレ?」

 

 聞き間違いかもしれないが、気になって声の方角に足を進めていると、2人の男性に絡まれているアデーレを見つけた。

 アデーレは男性のひとりに腕を掴まれている。

 

「だから、嫌ですって言ってるじゃないですか!?」

 

 拒絶しているアデーレに対して腕を掴んでいる男は苛立たし気にどこかに連れて行こうとし、もうひとりの男は困ったような笑みを浮かべている。

 

(もしかして、モニカの時と似たような感じか?)

 

 思い出されるのはラウラとモニカが仲が良くなった事件のこと。

 アレと同じようなことに巻き込まれているのか?

 

(それにしてもまだ人の多い通りでよくやる)

 

 見れば周りにいる者たちに視線を向けられて悪立ちしている。

 アデーレが無理矢理男の手を引き剥がしたことでバランスを崩し、体が後ろに倒れそうになった。

 しかし、そうなる前にラウラがアデーレを支えた。

 

「大丈夫か?アデーレ」

 

「ラ、ラウラさん!?」

 

 アデーレから手を離すと絡んでいた男たちを一瞥する。

 

「嫌がっている私の友人をどこかに連れて行こうとするのはやめて欲しいのだが」

 

 一応は事を起こさないように丁重に対応し、何があっても良い様にアデーレの前に出る。

 しかし男性2人はキョトンと目を丸くしている。

 何かを察したのかアデーレがラウラに話しかけた。

 

「ち、違うんですラウラさん!?この人たちは!」

 

「アデーレ、お前の知り合いか?」

 

「……学校の友達です、兄さん」

 

「ん?兄さん」

 

「はい。この人は私の兄でクルト・フランツです」

 

「クルトの友達のルーベルト・レーゼルだよ」

 

 静観していた男もにこやかに名前を名乗る

 

 その時に、冷たい風がラウラの長い銀髪を撫で、揺らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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つないだ手

お待たせしました。


「その……本当にすまない。まさかアデーレの家族とは思わなくて」

 

「いいんだよ。あんな場面見たら誰だって勘違いするって」

 

「なんでお前がフォローしてんだよ……」

 

 近くの公園に備え付けてるベンチにラウラとアデーレが腰掛けて四人で話していた

 アデーレの兄でおるクルトがムスッとして首を撫でているのに対して友人のルーベルトはにこやかに場を取り成しつつ、クルトを小突いていい加減機嫌を直せとアイコンタクトする。

 一度息を吐いてラウラに視線を向ける。

 

「コイツの言ったように騒いでた俺たちが悪いんだ。そっちが気にすることじゃない。むしろ、騒ぎを止める切っ掛けになってくれて助かったよ。ありがとな」

 

「あ、あぁ。しかしいったい何故あんなところで喧嘩を?」

 

 ラウラの質問にアデーレがビクッと肩を跳ねさせた。

 それにルーベルトはクスクスと笑って答える。

 

「ちょっと僕たち3人で食事に行こうって話だったんだけど、入ろうとした店をアデーレが嫌がってね」

 

「だ、だってあのお店、露骨に女性客へ媚びを売ってくるじゃないですか! この間だってウェイターの方が馴れ馴れしい態度で連絡先を聞き出そうとしますし!」

 

「あそこ、女性客を連れて行くと割引になって良いんだよな。味も悪くないし」

 

「それは、そうですけど……」

 

 不貞腐れて顔を逸らすアデーレにクルトが小さく息を吐いて話題を変える。

 

「確か、ラウラ・リットナー、だよな? お前のことはアデーレから少し聞いてる。悪いな。妹が面倒をかけてるみたいで」

 

「兄さん!」

 

 クルトは普段からアデーレが突っかかっていることを言っているのだが、ラウラは不思議そうに首をかしげた。

 

「? いや、むしろこちらが世話になっているくらいだ。アデーレには感謝している」

 

「ラウラさん!?」

 

 まさかそんな返しをされるとは思っていなかったアデーレは戸惑いの声を上げた。

 それにクルトは目を瞬きさせるがすぐに安堵した表情を見せた。

 

「そっか。そう言ってくれると兄として安心できる」

 

 柔らかい笑みを浮かべるクルトにルーベルトは茶化してくる。

 

「よ! さすがお兄ちゃん!」

 

「はったおすぞお前……」

 

 ルーベルトの首を軽く絞めるクルト。しかしすぐに止めて話を切り替えた。

 

「じゃあ、騒がせて悪かったな。俺らはもう行くわ」

 

「えー。ごはんはー?」

 

「こんなになって行く雰囲気でもねぇだろ。また今度だ。行くぞ、アデーレ」

 

「あ、はい」

 

「仕方ないね」

 

 そうして解散にしようとするとクルトの動きに先程から違和感を覚えていたラウラが質問する。

 

「あの……不躾な質問かも知れないが、もしかして貴方は左足が悪いのか?」

 

 ラウラの質問に少し驚いたような顔をした後にクルトはあぁ、と左足を軽く上げて爪先で地面をトントンとした。

 

「少し前に、事故でな。歩くのには支障ないんだが、走るのが、少しキツイな」

 

 説明を終えると何故かクルトはラウラに対して優しげな、何とも言えない笑みを浮かべた。

 その表情の意味が読めず、ラウラが首を傾げていると顔を背けてアデーレの手を引っ張った。

 

「あ──そ、それではラウラさん! また明日!」

 

「それじゃあ、またね!」

 

「あ、あぁ」

 

 去っていく3人を見送りながらラウラは最後にクルトが見せた笑みがやけに頭に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいなー。私も会ってみたかった。アデーレのお兄ちゃん」

 

「そうですか?」

 

「うん。だって友達の兄弟姉妹って会ってみたくなるでしょ?」

 

「そんなものか?」

 

 そうだよーと言いながらモニカは頷く。

 

「それで、どんな感じの人なの? アデーレのお兄ちゃんって」

 

「どんな感じと言われてもな。少し会話したくらいで相手のことなんて何も知らないんだぞ?」

 

「カッコよかったとか優しそうとかさ」

 

「容姿に関しては整った顔立ちだとは思うが、人と成りに関してはどうとも言えない」

 

 それほど話し込んだわけでもない相手なのでラウラは正直な感想を述べた。

 強いて言うなら少々ぶっきらぼうな印象はあったが。

 そこでアデーレの方から苦笑しながらも補足が入る。

 

「まぁ、確かに誰これ愛想を振り撒けるタイプではないですね、兄さんは」

 

 ふーんと反応した後にモニカが笑みを浮かべてパンと軽く手を叩いた。

 

「ま、そのうち会わせてよ! 楽しみにしてる!」

 

「え? それ決定事項なんですか?」

 

 いいからいいからーとアデーレの肩に手を置くモニカ。そうして次の話題へと移って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラ・リットナーとクルト・フランツが再び会ったのはそれから数日してのことだった。

 

「ん?」

 

「あ……」

 

 互いに連れも居らず、書店でバッタリ再会した。

 

「どうも……」

 

「あ、あぁ……」

 

 軽く挨拶するも、どちらかが話題を出す訳でもなく、本棚に視線を向けていた。

 少しそうしていると互いに無言のままなのに堪えかねたのか、クルトから話を振ってきた。

 

「ウチはさ……」

 

「?」

 

「昔から、上昇志向っていうか、とにかく優秀じゃなきゃいけないってプレッシャーをかけてくる人達でな。俺もアデーレもガキの頃から結構厳しく躾られてきたんだ。まぁ、今は色々あって大分軟化してるんだけど」

 

 どうしてクルトが今、そんな話をするのか分からなかったが黙って訊いて置くことにした。

 

「アイツさ、ガキの頃は、IS操縦者に成りたかったんだよ」

 

「それは、初耳だ」

 

 学校でISの話題が上がることも稀なため、ラウラはアデーレがISに興味があったこと自体が初耳だった。

 

「適性が低くて検査段階で落とされたけどな。結構本気でISに関する勉強とか頑張ってたから、その時の落胆ぶりが凄くてな。それはアデーレだけじゃなくて両親も。IS操縦者が身内に居るってだけでウチの会社としても色々と箔が付くし。そんなんだから、検査で落とされた後はこれ以上、両親を失望させちゃいけないって自分を追い込んでた時期があってな。その所為で周りとの関係が上手くいかなくなっていってトラブルになることもあったんだ」

 

 要は真面目で愚直過ぎたのだ。

 肩の力を抜くことを知らずにただひたすら優秀であろうとしていた。

 そんなアデーレに周りが疎ましく思い、邪見に扱われることが増えていった。

 

「アデーレがハイスクールに上がった頃には両親も過度に俺たちに干渉したり、期待を寄せることも少なくなったけど、長いこと染み付いた習慣ってのは中々抜けなくてな。そんな時にお前が現れてくれた」

 

 クルトがアデーレからどう聞いた時は喧嘩腰に突っかかっているようにしか感じない妹を邪険にせずに相手をしてくれる少女。

 決して愛想の良い相手ではなかった筈なのに、いつも正面から顔を合わせて話してくれるラウラの存在によってアデーレは肩の力の抜き方を学んでいった。

 学年で1位になれないアデーレに両親も必要以上に干渉してこなくなったことで必要以上に肩肘を張る必要はないんだと学びつつあった。

 そのおかげで学校生活もだいぶ落ち着いたものになりつつある。

 

「だから、ありがとう。あいつも、やっと親の重い期待から解放される。なにより、友人も出来て兄貴として安心してる」

 

「いや、それは……」

 

 クルトの話を聞いてラウラは戸惑い、どう答えるべきか悩んだ。

 が、ありのままを打ち明けることにした。

 

「私は、その……人と、特に同世代の者と話すのが得意ではなくて。そんな中で最初に話しかけてくれたのがアデーレだったんだ」

 

 決して友好的な態度ではなかったが、それでも対抗心というか、敵意は有っても悪意はなかった彼女だけがラウラにとっての話し相手と言えた入学当初。

 周りにどう接したらいいのか悩んでいた当初、アデーレが関わってきた時だけが周りと繋がっている時間だった。

 

「だからきっと助かっていたのは私の方だったんだと、思う……」

 

 孤立していた自分に唯一近付いてくれた少女。そして今は仲の良い友人として過ごせることに本当に感謝していた。

 それを聞いて少し驚いた顔をしたクルトだが、柔らかい、ホッとしたような笑みを浮かべる。

 

「そうか。それは良かった」

 

「あぁ。私にとってアデーレは大切な友人だ。どんな理由であっても彼女と関われて良かった」

 

「まぁ、アデーレがお前に突っかかってたのは対抗心だけじゃないけどな。アイツにとってお前は────」

 

 一度首を振って言葉を切り、クルトが時間を確認する。

 

「それじゃあ、俺はもう行くわ。それと、もし良かったら、時間がある時にでも一緒に食事をしよう。妹の学園生活を、本人以外から聞いて見たいし」

 

「いや、それならたぶん私より、モニカ────もう1人の友人の方が……」

 

「じゃあ、その子も一緒に。またな、ラウラ」

 

 言われて差し出された手を反射的に握手を交わす。

 手を離して去って行く相手を見送り終えるとラウラは自分の手の平を見た。

 

 大きくて、温かったな、という感想を抱いてラウラもその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




かなりスローペースになるでしょうが、こちらもチマチマと投稿していきます。


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好意の中に隠された悪意

※今回、ラウラが”ちょっとピンチ”になる描写が含まれています。


 初めて彼女を見たときに高鳴った鼓動の音を覚えている。

 壇上に立ち、緊張した様子で首席として挨拶をするその姿が眼に焼き付いていく。

 原稿読み上げていく透き通る声。

 照明に照らされた長い銀の髪。

 小柄で華奢な体躯。

 左右で色彩の違う赤と金の瞳。

 その動作が、仕草が、脳に強く記憶を刻み込んでくる。

 自然と自分の頬が熱くなり、呼吸も乱れていくのも自覚する。

 壇上から降り、姿が見えなくなると、泣きたくなるほどに胸が締め付けられた。

 今すぐ手を伸ばして、自分のところに引き寄せてしまいたい気持ちを抑える。

 

「あぁ、これが────」

 

 口にした自身の想いは、誰に聞かれることなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ」

 

 まだ日が昇り切ってない早朝にラウラはジャージ姿で習慣であるランニングをしていた。

 かつて義務として当たり前のように行っていた朝のランニングだが今でもその習慣は抜けることなく続けている。

 

(以前に比べて大分軽めにはなっているのだが……)

 

 昔なら何十kgという荷物を背負わされて走らされたがそれを今やると義祖母が良い顔しない上に目立つので、今ではただ走るだけにしている。

 すれ違う近所の知り合いとに挨拶をしながらラウラは決められたルートを決めている時間内で完走する。

 丁度戻って来た時に町が明るくなり、家に入ると置いてあるタオルで顔の汗を拭う。

 

「おかえりなさい、ラウラ。シャワーを浴びたら朝食にしましょう」

 

「あぁ、わかった。おばあちゃん」

 

 今日も、1日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん! うーっ!」

 

「……モニカさん。そんなに唸ってばかりいても問題は解けませんよ?」

 

「だって難しいんだもん!」

 

「その問題、今授業で習っているところの基礎部分ですよね? この調子だと、学年が上がってからの授業がかなりマズいと思うのですが」

 

 泣きそうな表情で机をバンバン叩いているモニカにアデーレを人差し指でこめかみを押さえる。

 最近になってアデーレも一緒に勉強する機会が増えた。まぁ、アルバイトをして時間が限られているラウラに代わってモニカに勉強を教えているのだが。

 そこで反対側でノートにスラスラとペンを走らせているラウラに視線を移動させた。

 

「この調子で毎回、よく勉強を教えられましたね」

 

「やる気がないのなら断るさ。だがモニカは少し時間はかかるが気合だけは人一倍だ。なら、出来るまで教える。もちろん時間が許す限りは、だが」

 

 モニカは決してやる気がないとか怠惰的な訳ではない。

 ただ、やる気と結果がイコールにならないだけなのだ。

 その証拠に宿題などを教えてくれと頼まれたことはあっても、移させてくれと言われたことはない。

 これは、ラウラとアデーレが人並み以上に優秀な面もあって理解できるペースが他よりも早いこともあるが。

 

「それにしても、よくラウラさんと出会う前でこの学校に受かりましたね。ここって一応、それなりに偏差値の高い学校の筈ですが」

 

「ひっどいなー! でもあの時はここに受からなかったらもう高校に行けないって自分を追い込んで人生で1番頑張ったからね! その所為か合格が決まってから気が抜けすぎて数日間の記憶が曖昧になっちゃったけど」

 

 大きな胸を張って答えるモニカにアデーレはどれだけ自分を追い込んだんだと呆れる。

 それから時間が経ち、アルバイトの時間が近づいて来たラウラが席を立った。

 

「すまないが、先に失礼する」

 

「お疲れさまです、ラウラさん」

 

「アルバイト、がんばって~」

 

 それぞれに言われて図書室を出て、昇降口まで移動すると見知った女性が声をかけてきた。

 

「リットナーさん。今お帰りかしら?」

 

「クレーマー先輩。えぇ。これからアルバイトですので」

 

 話しかけてきたのは最高学年であるリア・クレーマーという女性だった。

 身長が180届きそうな長身でクセッ気のある短髪と細目が特徴の中性的な容姿が特徴の先輩。

 ラウラがモニカと仲良くなった辺りからか。こうしてすれ違えば話しかけてくる女性だった。

 

 そんなリアがラウラの手に触れる。

 

「いつも思うけど、本当に綺麗な手ね。いえ、手だけじゃなくて髪や唇も。まるで芸術品のようだわ」

 

「はぁ、どうも……」

 

 こうして会う度にリアはラウラをべた褒めしてくる。

 ノリで言えば、アルバイト先の店長が近いのだが、あちらが猪のように直線的ならこちらは蛇のように絡みつく感じと表現すればいいのか。

 その好意の表し方にラウラは戸惑うことも多い。

 

(そういえば、誰とでも仲良くできるモニカは珍しくこの人を苦手としていたな)

 

 なんでも、”たまにラウラを肉食動物のような視線を向けてきて怖い”だそうだ。気をつけた方がいいとも警告された。

 ラウラ自身、過剰な好意を向けられることに戸惑うことはあるが、それ自体悪いことではないだろうと思っているのだが。

 

 陶酔するような表情と壊れ物を扱うかのように触れられる手。しかしあまり時間が無いために手を離してもらう。

 

「すみませんが、急いでますので」

 

「あぁ、ごめんなさい。あのお店、今度また寄らせてもらうから」

 

「ありがとうございます」

 

 そして彼女はラウラがアルバイトしている服屋の常連でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ、あの銀の少女と一緒の空間に居られるのは僅かだ。

 そう考えると身を切るような痛みが胸に襲う。

 最初は、孤独だったあの少女を遠くから見ているだけで良かった。

 しかし、少女は孤独ではなくなり、多くの人たちと話し、触れ、笑うようになった。

 あぁ、なんて羨ましい。

 なんて妬ましい。

 特に銀の少女の傍に当たり前のように居座っている目障りな2人の少女の存在。

 何度想像の中で切り刻んだか知れない。

 もっと傍に居たい。

 私だけと言葉を交わし、愛を囁き、触れさせて欲しい。

 

 あの子は、私のモノだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたものか……」

 

 アルバイトを終えての帰宅途中。

 以前、アデーレの兄のクルトから今度食事でも、という誘いがあったが、それがどう変化したのか、今度どこかに遊びに行くという風に変わっていた。

 その話が回って来たモニカからどこに行く? とメールで連絡が来ていた。

 断る理由もないのでとりあえず、都合がつく日付と場所は任せるとだけ返信しておいた。

 そうして携帯をしまうとクラクションが聞こえた。

 近づいて来た車から見知った顔が出てくる。

 

「リットナーさん!」

 

「クレーマー先輩……」

 

「アルバイトの帰りかしら?」

 

「えぇ、まぁ。先輩は車持ってたんですね」

 

「つい最近、知り合いから安く譲って貰って。なんなら家まで送るけど?」

 

「いえ。どうせすぐそこですので」

 

 以前の経験から本当に心を許した相手以外の車に乗るのは抵抗があったラウラは相手の申し出を断ることにした。

 

「そう。残念ね」

 

 相手の善意を断ることに多少の気が引けたラウラだが、リアに背を向けた瞬間、相手の声音が変わった。

 ラウラは本質的に純粋である。

 相手の敵意や表面的な悪意。負の感情に関しては敏感ではあるが、強い好意の奥に在る邪まな感情があるということは彼女の想像の範囲外であった。

 

「本当に……残念だわ」

 

 後ろから伸ばされた手。ハンカチで口元を覆われる。

 薬品の臭いのするハンカチで顔を押さえられ、反射的に身動ぎして抵抗したが、次第にラウラの意識が暗く沈んでいく。

 

「できれば、もっと優しく寝かせてあげたかったのに」

 

 力が抜けていく中でリアのその言葉が意識を失う前に耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アデーレがモニカから携帯で連絡がかかってきたのは丁度入浴を済ませた頃だった。

 

「はい? どうしました、モニカさん」

 

『ゴメン、アデーレ! ちょっと今ラウラと連絡取れる!?』

 

「は?」

 

 少し動揺した様子で早口でまくし立てるモニカにアデーレは電話越しに首を傾げた。

 

『さっきまでメールでやり取りしてたんだけど、突然連絡が来なくなって! 電話しても取らないし! それで、家の方に連絡を入れてもお婆さんはまだ帰って来てないって!!』

 

 考えすぎかもしれないが、モニカ自身、ちょっと前に未遂とはいえ暴漢に襲われた経験があるだけに、嫌な予感が拭えない。

 ラウラなら大丈夫だろうという信頼はあるが、もしかしたら何かあったのではないかという不安が過ぎる。

 そこで兄であるクルトが話に入ってきた。

 

「どうした?」

 

「実は……」

 

 妹から話を聞いて少し考えた後に手を出す。

 

「ちょい携帯貸せ」

 

「え? はい……」

 

 言われるがままにアデーレは兄に携帯を渡した。

 

「あ~もしもし。アデーレの兄のクルトだ。今から俺の言うとおりに動いてくれ。早とちりなら笑い話で済むが、そうじゃない可能性が在るなら動いた方が良いだろ。先ずは────」

 

 携帯越しにクルトはモニカに指示を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラが意識を取り戻すと、見知らぬ部屋でコートを脱がされ、手足を縛られて椅子に座らせていた。

 薄暗い部屋の中で人影を見つけた。

 

「あぁ、思ったより早く目を覚ましたのね」

 

 それはいつも学校で会うのと変わらない相手の声。

 しかし、その声でラウラは自分がどうしてここに居るのか思い出す。

 どうしてこんなことをしたのか。

 そう訊こうとしたがその前にリアが顔を近づき、ラウラの顎に触れてきた。

 

「いつもの表情も素敵だけど、その脅えを隠して強がってる表情もいいわ、ラウラ」

 

 いつもの姓名ではなく名前で呼んでくるリアに警戒心を抱きながら質問をする。

 

「どうして、こんなことを……?」

 

「私、もうすぐ卒業なのよ……」

 

 ラウラにとってリア・クレーマーはそこそこ親しい先輩というだけの女性だ。

 恨まれるようなことをした覚えはないし、そもそもそこまで深い関係の相手でもない。少なくともラウラの中では、だ

 

「これから貴女に会える時間が減ってしまう。いいえ。私のことも忘れてしまうかもしれない。そう考えると耐えられなかったの。だったらその前に二度と忘れられない。私だけのモノにしたいって」

 

「なにを、言って、る……」

 

 相手の言葉を聞く度に触れている指が人の指ではなく昆虫かなにかの手なのではないかという不快感が芽生えてきた。

 その様子を気にした様子もなくリアは話を続ける。

 

「だって、私はこんなにもラウラを愛しているんですもの」

 

 顔を離され、点けられた照明。

 部屋の壁に貼られた写真。それ見てラウラは絶句した。

 壁に張られていた写真は全てラウラ・リットナーの写真だった。

 早朝にランニングをしているラウラ。

 学校で過ごすラウラ。

 勉強をしているラウラ。

 食事を摂っているラウラ。

 アルバイトをしているラウラ。

 町を歩いているラウラ。

 施設の子供たちと遊んでいるラウラまで。

 

 他にもいつ撮られたのか分からない色々な自分の姿が壁から天井に至るまでその部屋に隙間なく張られていた。

 

「ラウラを初めて見た時からずっと想っていたわ。貴女を。でももう時間切れ。今より会える時間が減るなんて耐えられない。だから、ね?」

 

 ハサミを手にして近づいてくるリアにラウラは得体のしれない恐怖を感じた。

 

「やめろ!? 来るなっ!!」

 

「怖いのね。でも大丈夫。そんな怖さ。すぐに忘れさせてあげるから」

 

 手にした切れ味の良いハサミがラウラの衣服を下着ごと切っていく。

 ゆっくりと服にハサミが入れられ、その音が聞こえる度に気色悪さが際立つ。

 下から首元まで一直線に刃を通され、露になったラウラの肌を見てリアは恋に夢見る少女のように陶酔した表情をして感極まった笑みを浮かべている。

 

「あぁ! 夢にまで見た肌! とても綺麗だわ!」

 

 言うと、ラウラのお腹をマッサージでもするように触れ、胸に顔を埋めて匂いを嗅いできた。終いには舌まで這わせてくる。

 

「いい匂い。肌も甘くていいわ」

 

「っ!? やめろ、気持ち悪い!!」

 

 明確な拒絶。学校での親切さなど吹き飛ばす程に今のラウラはリアという女の行動すべてが気持ち悪くて仕方がなかった。

 しかしラウラの言葉に特に気にした様子もなく、今度は穿いていたスカートを切り、晒された太腿に頬を擦りつけてきた。

 

 その行動に唇を噛んで睨みつける。

 

「怖い顔。反抗的な眼に。でもすぐに、言うことを聞かせてあげるわ」

 

 するとリアは近くに置いてあった液体の入った容器のふたを開ける。

 

「これ、結構高い媚薬なの。塗ると、感度がすごく高くなるのよ」

 

 簡単に説明すると服を切って晒されたラウラの胸から液体を垂らす。

 冷たい感触が胸から下へと伝っていき、椅子まで垂れて少し間を置くと改めてラウラの胸に触れてきた。

 すると、ビクッと身体が跳ね、口からイッ、と驚きの声が漏れる。

 

 急激に高まった感度に困惑していると、リアが加虐の含んだ笑みを見せた。

 

「いい声ぇ。もっと聴かせて」

 

 手で液体の塗られる範囲を広げられる間、せめてもの抵抗として唇を噛んで声を出さないように耐えたが、次第に顎の力は弱まり、上気した頬で目尻に涙を溜めた。

 

「さぁ。ようやく、貴女を私の────」

 

 リアがラウラのヘソの辺りを触れようとしたその時、ドンドンと部屋のドアを叩く音がした。

 外から大切な親友の声が聞こえた。

 

「ラウラ!? ラウラ、いるんでしょ!! 返事してっ!?」

 

「モニ、カ……」

 

 それだけではなく続いてアデーレの声も外から聞こえてきた。

 どうしてここがバレたのか。リア自身混乱していると、ドアの。大きな音を立ててドアノブが壊される音がした。

 扉が開かれるとそこには、モニカとアデーレ。そしてクルトがいた。

 

「これ、どういう状況です!?」

 

 中に入ったアデーレがが驚いており、クルトは不快感を隠さずに舌打ちした。

 モニカは服を切られているラウラを見て顔を青くして駆け寄った。

 彼女からすれば以前の強姦未遂の事件がトラウマになっており、こうした状況に誰より敏感だった。

 

「ラウラッ!?」

 

 半裸状態のラウラに抱きつく。

 

「どうして、ここに……?」

 

 疲れた声で質問すると答えたのはクルトだった。

 

「最近は、携帯(スマホ)にGPSが付いてて便利だよな。お前んとこの婆さんの許可貰って特定させて貰ったよ。そしたらここに辿り着いた」

 

 クルトがモニカに指示したのはラウラの家に行ってGPSで場所を特定する許可貰えと言っただけ。それからモニカがラウラの居場所を出せるスマホを借りて合流した。

 簡単に説明すると、クルトはリアに向く。

 

「アデーレ。とにかく警察呼べ。アパートのドアぶっ壊したからもう誰か呼んでるかもしれないが、この状況ならどっちが悪いか分かんだろ。お前も大人しくしてろよ。これ以上面倒かけんな」

 

 入り口を塞ぐとリアがプルプルと身体を震わせてハサミを投げつけてきた。

 それから取っ組み合いになったが、クルトが力づくでリアを抑え込んだ。

 

「こ、の!! 私に触るなぁ!! 男のくせに!! (ブタ)のくせにぃ!?」

 

 その叫びを聞いてクルトはあ、こいつ重度の女尊男卑主義者かと大きく息を吐く。

 こういうタイプは下手に説得しても時間の無駄なので、とにかく警察が来るまでこのまま取り押さえて置くことにした。

 

 アデーレの連絡、というよりは、クルトたちがドアを破壊した時点で他の住人が連絡を入れていたのだろう。すぐに駆け付けた警察によってリア・クレーマーは即刻連れて行かれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、大丈夫だった、ラウラ!?」

 

「大丈夫だ。本当に助かった。礼を言う」

 

「大事が無くて何よりです」

 

 未だにギュッとラウラに抱きついているモニカ。

 深刻な事件にならず、胸を撫で下ろすアデーレ。

 ちなみにラウラは服を切られたため、体をコートで隠している。

 いつもならすぐに抱きついているモニカの体を離させるラウラも今は抵抗せずに受け入れていた。

 すると、年長者として警察に事情を説明していたクルトが戻って来た。

 

「ラウラ。お前は、警察が送ってくれるってよ。話は後日保護者とか交えてって形にするって。とにかく今日は家に帰って休め。な?」

 

「今回は、助けてくれてありがとう。感謝する」

 

 そう言って立ち上がり、頭を下げようとするとバランスを崩してクルトに倒れ込んだ。

 

「っ!? すまない!」

 

「いや、いいよ。安心したんだろ。気にするな。まぁ、なんにせよ、無事でよかったよ。本当にな」

 

 安堵の息とともに安心させるようにそのまま抱き留めていたが少しして離した。

 離したラウラの顔は少しだけ赤くなっている。

 

「お前んとこの婆さんも心配してたし、早く帰って安心させてやれ。帰るぞ、アデーレ」

 

「あ、あの! 私もラウラについて行ったら……」

 

「たぶん大丈夫なんじゃないか?」

 

「そこら辺ちゃんと聞きましょうよ。ラウラさん。とにかくまた」

 

 そのあと、女性警官に連れられてラウラもそのマンションを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの先輩、退学になったんだって? あとひと月で卒業だったのに」

 

「受かった大学も全て取り消し、だそうです。まぁ当然ですが」

 

 警察への事情聴取や、相手家族との話し合いも一段落し、昼食を摂りながら今回の件の話題になった。

 リアの起こしたラウラの誘拐は瞬く間に学内に広まり、皆、ラウラに心配する声で話しかけてくる。

 

「聞いたよ。おばあさん、すごかったんだって?」

 

「まぁ、な」

 

 保護者同士の話し合いになった際に、リアの両親は最初に謝罪こそしたが、すぐにその本性が露になった。

 曰く、たった一度の間違いで娘の大学受験がパァになった。どうしてくれるだの。

 そもそもうちの娘はそんなことをする子じゃない。きっとラウラが唆したせいだ、だの。

 人の部屋のドアを壊して入ってくるなど非常識だ、だの。

 纏めると向こうの言い分は娘の経歴に傷を付けたくないから今回の件を無かったことにしろということだ。

 

 そのあまりに身勝手な言い分に立ち会っていた教師たちも唖然としていたが、何よりそこでラウラの義祖母が我慢の限界に達した。

 出会って2年になるラウラが見たことがない程に怒りで顔を真っ赤にし、向こう両親を睨みつけ、今回の件を取り下げるつもりはないと断言。

 そこから説教が始まり、慰謝料とラウラに対する接触禁止。1人暮らし用のアパートに住んでいたリアは、遠くにある実家へと引っ越すことで完全にではないが話は纏まった。

 それを直に見たラウラは味方の筈の義祖母の怒りの姿に身を縮めた。

 

「今回は本当に助かった。今度お礼をさせてくれ」

 

「いいよー。友達が無事なら。私も助けてもらったし」

 

「そうですね。その言葉と気持ちだけで充分です」

 

「そういう訳にもいかないだろう。それと」

 

「?」

 

「アデーレの兄のクルトにも、今度ちゃんとお礼がしたいのだが。そうすると何が良いだろうか」

 

 そんなことを訊いてきながらも、不自然なまでに頬が赤くなっていることに2人は気付く。

 モニカがちょんちょんとアデーレをつつき、小声で話す。

 

(もしかしてコレって、そういうこと? ほら、抱き留められてた時も顔が赤かったし。あの時はコケて恥ずかしがってたんだと思ってたけど)

 

(いえ、まさか。そんな単純な……)

 

(わからないよ。ラウラって自分で大抵のことは出来ちゃうタイプだし。ピンチに助けに来てくれた男の人とか見たらもしかしたら。あ、でもまだ自覚とかなさそう、かな?)

 

(そうだとしても実の妹としては複雑なんですが!)

 

「どうした、2人とも?」

 

「ううん。お礼してくれるって言うんなら、何が良いかなーって。色んな意味で楽しみになってきたー」

 

「?」

 

 ラウラの心境の変化に頭を抱えるアデーレ。

 モニカはこれからの親友のまだ自覚すらない想いがどうなるのか。ニコニコとこれからを想像した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




描写不足が目立つのでもしかしたら後で色々と書き足すかもしれません。


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ある兄妹の回想

9月からこの作品の完結に向けて集中する。

後2、3話で完結(真)予定。

前話でリア・クレーマーが住んでいたのは1人暮らし用のアパートに変更しました。


『おい! 生きてるか!?』

 

 もう死んだかと思ったとき、その声が聞こえた。

 目を開けるとまだぼんやりとした視界で見えたのは機械の腕。その先にあるさらさらとしてそうな銀の髪だった。

 足に挟まれた瓦礫を纏ったISで除ける。

 まだ覚醒しきっていない頭をどうにか回し、一緒に今日ここに来た妹のことを訊く。

 

「い、もうとは……?」

 

「妹がいるのか? 分かった、探してみよう」

 

 ようやく視界がはっきりと見えるようになると、ISを動かしていたのは思ったよりもずっと小柄な少女。

 その少女は1人ISで重たい瓦礫を除けていた。

 辺りを見渡すと、他にも目を覚ました人たちが自分に出来る範囲で救助活動や、応急処置をしている。

 自分も何かしようと立ち上がるが、瓦礫に挟まっていた足が痛み、立つことが出来なかった。

 

「この子か」

 

 先程のISを纏った少女が、妹を抱えていた。

 

「あぁ、こいつだ」

 

「そうか。良かった」

 

 ホッと安堵した表情で息を吐くと丁重に妹を横に下ろす。

 妹を抱き寄せると呼吸をしているのが分かり、安心から涙がこぼれそうになった。もし死んでいたらと思うと体が震える。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

「あぁ」

 

 それだけ返すとまた救助作業に戻る少女。見れば、あっちも誰かを捜しているように必死な表情だった。

 

「ん……」

 

 腕の中で妹が目を覚ます。

 

「にい、さん……」

 

「目が覚めたか? あの子が、お前を助けてくれたんだ」

 

 指をさし、自分達を助けてくれたISの少女を示す。

 その姿を、(アデーレ)はジッと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん聞いてください! 会ったんです!」

 

「……もっと分かりやすく説明してくれよ」

 

 入学式から帰って来たアデーレの台詞にクルトは頭を押さえて息を吐いた。

 妹はいつも冷静さを心掛けているが、熱くなったり、焦ったりすると途端に要領が悪くなるところがある。兄としては慣れているからいいが、赤の他人からはやや付き合い辛い性格だろうな、と客観的に思う。

 

「あの時、私たちを助けてくれた方です! 同学年で、主席として挨拶してました!」

 

 聞いて、クルトは以前怪我をした足を押さえた。

 あの事件で負った傷は、完全には治らず、日常生活に不便はないが、スポーツなどは出来なくなった。

 

「そうか。なら、今度家に連れてこい。あの時のお礼くらいはしないとな」

 

「そ、それなのですが。彼女────ラウラさんはどうやら私たちのことを覚えていないようでして……」

 

「あ~、そうかもな」

 

 何せ、結構な数を救助していたのだ。その1組だった自分たちなど一々覚えてないだろう。

 でもだったら事情を説明すれば良いのではないだろうか? 

 

「だ、だって悔しいじゃないですか! こちらだけ一方的に恩を受けて、認識されてないなんて!」

 

「いや、それは仕方ないだろ……」

 

「分かっています! ですから私はあの方に勝負を挑みます!」

 

「は?」

 

 いったいどういう理屈(ルート)を通ったらそんな結論に達したのか。兄であるクルトにもまるで理解できなかった。

 

「そ、そうすればもしかしたら私たちのことを思い出してくれるかもしれませんし! そ、それにそうすればラウラさんのことも知ることが出来るでしょう」

 

 要は、接点が欲しいのだ。

 いきなりお礼がしたい、などと言って混乱させたくない。だから、勝負という形であの少女のことが知りたい。そしてできれば認められたい、という欲の集約された上での案なのだろう。

 それに対してくるとの感想は。

 

(こいつめんどくせぇ。いや、知ってるけど……)

 

 きっとISに乗って自分たちを助けてくれた少女はアデーレにとって憧れ、という感情もあるのだろう。だから、不用意に馴れ馴れしく接することに緊張が走ってしまうという理由もあるのかもしれない。

 

「ま、がんばれ……」

 

「はい! もちろん!」

 

 気のない応援に握り拳で力強く頷く妹にクルトはなるべく早くなー、とだけ言ってその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりね。運命の赤い糸なんだよ!」

 

「いや、まったく分からんのだが……」

 

 鼻がくっ付きそうな程に顔を近づけて力説するモニカにラウラは上半身を後ろに反らしながら困惑していた。

 少し前に起こったとある事件からモニカはこうして鼻息を荒くして恋愛話を持ち出してくる。

 

「アジアの方では一生で結ばれる相手とは赤い糸が小指に繋がってるって言い伝えがあるらしいよ!」

 

 瞳が爛々と星マークでも付きそうな程に輝いている。

 その圧に押され気味なラウラは視線を読書しているアデーレに移すが、彼女は苦笑というか、困惑した感じで首を横に振るう。

 彼女もモニカのテンションについて行けない様子だ。

 

 ここ最近、モニカはこうした話を良く持ちかけてくる。

 それにラウラは辟易しながらも付き合っていた。

 

「というかだな、モニカ。どうしてそんなに高揚してるんだ?」

 

「え? だってアデーレのお兄さんに誘われたんでしょ?」

 

「あぁ、そうだな。しかし、それが何か関係あるのか?」

 

 本当に分からないと言った感じで首を傾げるラウラにモニカはじれったそうに眉間に眉を寄せて頬を膨らませる。

 昨日。アデーレの兄であるクルトから今度ちょっと時間作って欲しい。2人で話がしたいという旨を伝えられた。

 あの事件で世話になったこともあり、ラウラは用事のない日を教え、予定を合わせた。

 

「だってそれってデートってことだよ!」

 

「そうなのか?」

 

「私に訊かれましても……」

 

 ラウラの問いかけにアデーレは肩をすくめる。

 実の妹にそんなことを訊かれても正直どう答えるべきか判断できないのだろう。

 

「もしかしたら告白とかされるかもしれないよ! ね!!」

 

「私に言われましても……」

 

 いい加減モニカのテンションを窘め始める。

 

「まだどういう話かも分からないのに決めつけるのは失礼だろう」

 

「えー。ならさ、ラウラはお兄さんのことどう思ってるの?」

 

「善い人だと思ってるさ。実際、あまり面識もない私を妹の友人というだけで助けてくれたわけだしな。だが────」

 

 そもそも、ラウラには恋愛とかその手の話は不得意、というより、未知の分野、という方が適切な表現か。

 故に、話題を振られても頭に? が浮かぶだけなのだ。

 

「ならさ、もしもアデーレのお兄さんが他の女の人と一緒にいたらどう思う?」

 

「勝手に人の兄でそういう仮定の話をしないで欲しいのですが……」

 

「……それは、私がどうこう言うことではないだろう」

 

 少しの間と言い淀む声。

 その僅かな感情の機微に気づいていたが、これ以上、突っついても何かしら進歩はしないか、とこれ以上続けると言い合いになりかねないこともあってモニカは引くことにした。

 

「友達がさ、誰かを好きになったら応援してあげたくなるでしょ? お節介かもしれないけど。でも、やっぱり友達には大切だから幸せになって欲しいもん。そうなったらそうなったで寂しいけどね」

 

 それは、モニカの本心だった。

 もしもラウラ(ともだち)に恋人が出来たら寂しいという気持ちは否定しないが、それでも上手くいって欲しいと願う。

 きっとそれは自分だけではなく────。

 

「ラウラなら大丈夫だって。こんなにかわいくて性格良しの成績ゆーしゅーなハイスペックな子なんて早々いないんだから!」

 

「……これでも昔居たところでは落ちこぼれだったんだがな」

 

「まったまたぁ! それ、どんな超人が募ってたのさ! 謙遜も過ぎると嫌味になるよ!」

 

 背中をバシバシと叩かれてラウラは肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃん。もしかして好きな子が出来た」

 

「いえ。何故でしょうか?」

 

 店長に言われてラウラは質問を返す。

 

「んー? 以前よりもお洋服とかお洒落とかに少しだけ関心が向いたかなって感じたからかしら」

 

 おどけた口調で話すが、視線は真っ直ぐとラウラを捉えていた。

 実際、以前はあまり飾りっ気のない服を購入していたが、今は少しだけ可愛らしい服を選ぶようになった。彼女からすればもっと洒落た服でも良いと思うのだが。

 

「誰かを好きになるって良いことよ。誰かと一緒にいて、幸せだって思えるなら、明日も頑張ろうって思えるし」

 

「それは……」

 

 店長の言葉はラウラにも理解出来ることだった。

 軍という環境から放り出され、失意に落ちたラウラが立ち直れたのは、義祖母や施設の子供たち。そして学校での友人たち。

 恋愛とは違うが、大切な人が居るから毎日が充実していて、幸せで頑張ろうと生きていける。

 その様子に気付いているのかお腹を擦って話を続ける。

 

「私も、夫と暮らしていた時は間違いなく幸せだったもの」

 

「ご結婚の経験が?」

 

 そんな話は今まで聞いたことがなかったラウラは驚いて瞬きした。

 

「妊娠が発覚した直後に事故に遭ってね。それで子供が望めない身体になっちゃって。それが原因で、ね。離婚を言い渡された時は悔しくて、辛くて泣いちゃったけど、あの人と一緒にいた時間は確かに幸せだったから」

 

 その記憶を慈しむように呟く店長。

 きっとそれは今のラウラには共感できない話だった。

 

「もちろん、今も幸せよ? 自分の店で好きなことに没頭出来て。それにこんなに可愛い店員さんも来てくれたしね」

 

「きょ、恐縮です……」

 

 照れたように僅かに頬を染める。

 きっと店長にとってラウラは、ある意味、生まれてくる子供の代わりだったのかもしれない。だから、親身になってくれている。

 

「だからラウラちゃん! これを着てキッチリおめかししましょう!」

 

 どこからか取り出した黒を基調とした新作らしいドレスっぽい服。

 

「そ、そこに行き着くのですか」

 

「当然!! 私の生きがいだもの!」

 

 詰め寄る店長。

 まぁ、たまには店長に素直に付き合うのも良いかもしれないと、ラウラはこの後、彼女のされるがままになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わるい、待たせたか?」

 

「いや、こちらも来たばかりだ」

 

 クルトが来たのでラウラは読んでいた文庫本を閉じ、鞄にしまう。

 呼びつけたクルトは照れたように首を撫でている。

 

「今日は、時間空けてもらって悪かったな」

 

「それくらいは構わない。それで、話というのは?」

 

「それなんだが、ここじゃ何だから、場所を移動しないか。時間的にも丁度いいし、昼飯でも食べながら、な?」

 

「わかった」

 

 何となくに話題を先延ばしにされているように感じたが、大人しく従うことにした。

 移動を始めると、クルトがこっちだ、とラウラの手を握る。

 不意に手を握られてバッと離した。

 

「あ、わるい。嫌だったか?」

 

「いや……いきなりだったから驚いて」

 

「あ~。癖でな。(アデーレ)と手を繋いで歩くことが多いから」

 

「ほう……」

 

 それを聞いてラウラは腕を組む。

 何ともなしにアデーレのことを1つ知れたことに嬉しさを覚える。

 

 それから移動していると、家電店のガラス越しに設置されているテレビからニュースが流れていた。

 流れているニュースにラウラとクルトは足を止める。

 

 

『1年半前に起こった、軍の敷地内でのテロ事件。多くの女性不審者による犯行で決行されたこの事件で毎年公開されていたISの演習ですが、去年は公開されず、今年はどうするか議論が交わされています。また、この事件を期に我が国での女性優遇の風潮は────』

 

 などとニュースで放送されているとクルトがポツリと呟いた。

 

「そうか……もうそんなに経つのか」

 

 感情の読めない表情でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店に入り、2人とも無言で頼んだ料理を食していた。

 2人も食事中に会話するタイプでなかったこともそうだが、はっきり言ってお互いのことで知ってることがあまりないのが最大の原因だった。

 たまにどちらかが話題を振るも、2、3言葉を交わして会話が切れてしまう。

 食事が終わり、クルトが水を飲み干したところで口を開いてきた。

 

「本当なら、アデーレの奴もこの場に居るべきだったんだが……」

 

「?」

 

 どうしてここでアデーレのことが出てくるの分からず、ラウラは目を白黒させた。

 

「さっきニュースでやってた1年半前のテロ事件。覚えてるか?」

 

「それは……」

 

 質問されてラウラは言い淀んだ。

 クルトが何を聞きたがっているのか分からないから。

 一度意を決するようにクルトが自分の頭を掻いた。

 

「……あの事件。俺も、アデーレもその場にいたんだ。それで、お前に助けられてた。覚えてないか?」

 

「え?」

 

 今度こそ本当に、驚きから目を白黒させた。

 

「あ、いや……それは……っ!」

 

 そんなラウラの反応にクルトは苦笑した。

 

「まあ、覚えてないのも仕方ないよな。話したのは少しだけだし。お前、あの時必死な感じだったからな」

 

 覚えてないことに肩身の狭い様子で体を小さくするラウラ。

 クルトの話は続く。

 

「本当は、アデーレと一緒の学校だって分かった時に礼を言いに行くつもりだったんだが、あいつが色々とごねてな。自分たちのことを覚えてないのが悔しかったらしい。前に話しただろ? 妹は昔、IS操縦者を目指してたって。それもあって、ISを使って俺たちを助けてくれたお前に、憧れ、みたいな感情も持ってる。だから、余計に自分を認めてもらうことに躍起になって部分もある。その方法は、兄としてもどうかと思うが……」

 

 あいつ、めんどくさいよなと付け加える。

 そこで疑問を持ったラウラが質問した。

 

「もしかして、その足も、その時に?」

 

「あぁ。でも、もし自分がもっと上手くやってたらなんて明後日の方向の負い目なんて感じるなよ? 命が助かって、生活に支障があるわけじゃない。お前が気にするようなことは何にもないんだ────ありがとう、助けてくれて。ようやく言えた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店を出て近くの公園まで碌に何も考えずにクルトの後をついていたラウラだが、何か言おうと声をかける。

 

「あの、貴方は────」

 

「クルト。貴方だと誰か分からない時があるし、名前で呼んでくれ。俺も、そうするから。な、ラウラ」

 

「あ、あぁ、わかったクルト」

 

 名前を呼ばれてクルトが目を細めて笑みを浮かべる。

 そして、ラウラの頬に手が触れたが、すぐに離れた。

 

「またな、ラウラ」

 

 そうして、軽く手を振ってその場を別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数日後、クルト・フランツは突如として行方が分からなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある邸宅で起きた事件。

 それを調べながら2人の刑事が話をしている。

 

「これをやったの。この家の娘さんでしょう? 両親に暴行を加えて逃走って……」

 

「ここに来る前も事件を起こしていたらしいからな。クソ! 急いで身柄を確保しねぇと!」

 

 幸い、暴行を受けたこの家の夫婦は病院で一命を取り留めているが顔の形が変わるほどに棒などで殴られたらしい夫婦は詳しい話を聞ける状態ではなかった。

 舌打ちしたこの場の責任者の刑事が部下たちに指示を送る。

 

「この家の娘。リア・クレーマーってガキを大至急身柄を確保だ! 念のため、以前住んでた場所もマークして捜査しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「なぁ、ボーデヴィッヒ……」

「どうした?リットナー」

「どうして、お前は一夏を嫁と呼ぶんだ?普通婿じゃないのか?」

「我が優秀な部下であるクラリッサが教えてくれたのだ!日本では気に入った相手を嫁にする風習があると!」

腕を組んで胸を張るボーデヴィッヒにリットナーは目を細めた。

(ハルフォーフ中尉は何故そんな嘘を吹き込んだんだ?上官イジメか?)

真相は解らないままリットナーは只々首を傾げた。


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赤い糸

 心のどこかで、英雄視していた銀の少女。

 だが、何度か会って話をしているうちに身近な存在として認識できるようになった。

 

 例えば、予想外なことに遭遇した時のキョトンとした顔とか。

 何か食べてる時の微妙な表情の変化とか。

 妹のことを話した時の、嬉しそうな表情とか。

 拐われて、助けに入った時の安堵した姿とか。

 

 まだまだ、知らないことの方が多い相手だけど、あの子の知らなかった部分に触れて知れた時、俺自身が嬉しいと思えた。

 

 もう少し、もう少しだけ距離を縮めて、傍に居たいと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッテェ……」

 

 ガンガンする頭と吐き気に眉間に皺を寄せて大きく息を吐く。

 体を動かそうとするが手足が縛られて埃まみれの床に転がされていた。

 

(なんで、こんなトコに……)

 

 靄のかかった思考が徐々に元に戻っていく。

 すると意識を失う直前の記憶が蘇った。

 

 講義を終えて寄り道しながらも時間をかけて帰っていた。

 その帰路の途中で帽子を被った女が地面に縮こまって座っていたので声をかけたのだ。

 もしかしたら具合が悪いのかもしれないと思って。

 すると、突然バチッという音と共に腹に何かが押し当てられる

 スタンガンだと分かったのは体が痺れて倒れる瞬間だった。

 一時的な麻痺で呻くと頭を横から蹴られ、意識を奪われた。

 その一瞬に見えた相手の顔は────。

 

「あぁ、目が覚めたのね」

 

 澄ました声の中に隠しようもない敵意を滲ませた女。

 その相手を視線だけ動かして見上げるとクルトは鼻で笑ってやった。

 

「ラウラの時といい。お前大概人を縛るのが好き────っ!?」

 

 言葉をいい終えるより先にクルトを誘拐した女。リア・クレーマーはその顔を蹴りつけた。

 

「男なんかが気安くラウラの名前を呼ばないで」

 

「キレるとこそこかよ……」

 

 相も変わらずのぶっとんだ思考に息を吐き出すとクルトは問いかけた。

 

「お前、確か両親に連行されてどっか引っ越したんじゃなかったか?」

 

「あぁ……あんな穢いのは要らないから捨ててきたわ」

 

 まるで今思い出したとばかりに発言するリア。

 クルトはその言葉と仕草に以前よりも深い狂気を宿していることを察する。

 その様子にリアが不思議そうに首を傾げる。

 

「こんな状況なのに、随分と落ち着いてるのね。もっと恐怖に怯えると思ってたのに。助けを期待しているなら無駄よ。貴方の携帯は、念入りに壊して棄てておいたから」

 

「……なんてことしてくれんだテメェ。あれまだ買い替えたばっかなんだぞ」

 

「それは御愁傷様。でもすぐにそんな心配は必要なくなるわ」

 

 軽口に軽口を返される。

 クルトがこの状況に必要以上に取り乱さずに済んでいるのは、以前テロに巻き込まれた経験が原因だろう。

 

(2回目ともなれば多少は度胸も付くか……嬉しくはねぇけど)

 

 なんでこんなバイオレンスなことがこうも短い期間で起こるのか。

 そんな理不尽への苛立ちが沸き起こってくるがどうすればこの状況を打開できるか解らないので少し話を伸ばす。

 

「で? 俺なんかを転がしてどうする気だよ? お前の目的はラ────あいつじゃねぇのか?」

 

 また蹴られたら堪らないためにラウラの名前をボカす。

 それにリアが陶酔するような表情で自分の身体を抱く。

 

「そうね。でも、その前にあの子の周りにいる邪魔なモノを取り除かないと。今度こそ、ラウラを手に入れる為に。その第一歩。盛大に幕開けないと」

 

 未来を想像する姿は一見して眩しいモノに見えるがその思考は禍々しい。

 どうやら、クルトを手始めにラウラの親しい人間を排除する気のようだ。

 それを観察しながらクルトはドン引きする。

 

(本物だ本物の変態だ。その上行動力だけはずば抜けてやがる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラは2日前に姿を消した友人の兄であるクルトを捜索していた。

 突如行方不明になった彼。

 それと、昨日訪れた警察からの情報から嫌な予感しかしない。

 

 ────リア・クレーマーが両親に暴行を加えて逃走。

 

 もしかしたら此方に接触してくるかもしれないので気を付けるようにと知らせがあった。

 その次の日にクルトの行方不明。

 偶然と片付けられる程ラウラは楽観的ではなかった。

 

(アデーレとも、揉めてしまったな……)

 

 それは、アデーレが兄のことで何か知らないかと訊かれた際にリア・クレーマーのことを話してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは、兄さんがあの方に連れ去られたということですか?」

 

「確証はないが……」

 

「他に考えられないじゃないですかっ!!」

 

 バンッと音を立てて机を叩くアデーレ。

 家族の危機にやや興奮気味のようだった。

 睨むような視線にラウラは居たたまれなくなり視線を外す。

 その仕草に苛立ちが募り、肩を掴んだ。

 

「ラウラさん。本当に彼女の居そうな場所に心得たりはないんですか?」

 

「すまない。私もあの人について詳しいわけじゃないんだ」

 

 ラウラからすればリア・クレーマーという女性は本当にただの先輩後輩という間柄であり、あの事件からは軽度のトラウマ対象である。

 しかし、そんな謝罪も今のアデーレには逆効果だった。

 

「ならどうすれば……! そもそも、ラウラさんがあの人に目をつけられたから────」

 

「はいストーップ」

 

 間の抜けた声でモニカが制止に入った。

 手を2人の間に挟み、アデーレにニコッと笑いかける。

 

「アデーレ。少し付き合って」

 

「え? ちょっと……!」

 

 そのまま腕を引いて教室から出ていった。

 人気のない場所まで歩くとモニカが問う。

 

「落ち着いた?」

 

 その言葉に目を覚ますように先程の醜態から顔が赤くなり、膝を折って顔を隠す。

 

「……なんて、馬鹿なことを……死んでしまいたいです……」

 

 感情のままに罵詈雑言を友人に叩きつけようとか救いようがない。今すぐに先程の自分の頬を張ってやりたかった。

 そんなアデーレにモニカは苦笑する。

 

「それだけ余裕がなかったってことでしょ? ラウラも気にはしても怒ってはいないと思うよ?」

 

「だからこそ、自分の軽率さが許せないんじゃないですか」

 

 このまま教室を出て謝罪すればラウラも気にしてないと笑ってくれるだろう。

 アデーレ自身、その事を理解していた上での八つ当たりだったのだと気がつき穴があったら入りたい気分だった。

 やや完璧主義のきらいがあるアデーレには今回の件は耐え難い恥辱だった。

「ま、とにかく戻ったらラウラに謝りなよ? そうしたらアデーレのお兄さんを探すの、手伝うからさ」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

 立ち上がって教室に戻る。

 するとそこにラウラの姿はなく、早退していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(とにかく、ここら辺で人を監禁できそうな場所は……)

 

 廃ビルや閉鎖された工場。それに精算のやり取りが機械任せのホテル等をピックアップして探す。

 しかし、如何せん数が多くラウラ1人では調べきれない。

 モニカやアデーレと分散して探そうにも危険が高い。自分1人なら対処も出来るだろうが。

 だが、このまま時間をかければかけるほどクルトの危険性が高まる。

 焦りが募る中でラウラの携帯が鳴った。

 手に取って見るとそこには知らない番号が表示されている。

 もしかしたらリア・クレーマーからかもしれないと応答する。

 こちらが何か言う前に聞こえてきたのは盛大な溜め息だった。

 

『3回もコール待ちなんて何様かなお前。クーちゃんが君のことを気にしてるからせっかくこの私が情報提供してあげようっていうのに。ちょっとは自分の現状を弁えなよ凡人』

 

「は?」

 

 電話に相手は日本語で話す。しかし、以前会った織斑千冬とは違う。女性の声だった。

 だが、どこかで聞いたことのある声で。

 

『ま、いいや。束さんもいつまでも君に構ってられるほど暇じゃないし手っ取り早く言うことだけ言うから。1回しか言わないから確りと覚えなよ』

 

 その名前を聞いた時、ラウラは心臓が一瞬止まった気がした。

 

「篠ノ之、束……っ!?」

 

 そうだ。以前のISの発表説明の資料映像で観たことがある。その時聞いた声だった。

 何故、彼女がラウラの携帯に電話をしてきたのか? 

 相手は名前を呼ばれたのにも関わらず、気にした様子もなく自分の話を続ける。

 

『とにかく、君の彼氏? それが捕まってる場所は────』

 

 ラウラの混乱など意に介さず、次々と住所を口にする篠ノ之束。

 

『じゃ、教えたから。後は自分でなんとかすれば。急がないとかなり危ないと思うけど』

 

 言い終えると彼女は一方的に通話を切った。

 

「な、なんだったんだ……」

 

 突然の通信に疑問が尽きないまま、ラウラはもたらされた情報の整理を始める。

 束が言った場所は近いうちに取り壊しが始まる廃ビルだった。

 ラウラも調べようと思っていた場所でもある。

 目を閉じてクルトのことを考える。

 

 最後に触れた手。近づいてきた顔。

 あんなにも中途半端なままに、繋いでいた何かが終わってしまうのは────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リア・クレーマーが初めて心の底から穢いと認識した存在は自身の両親だった。

 年齢がいくつの時だったか。両親が共に浮気をしており、家族3人が揃った時だけは上辺だけの理想の家族を演じる。

 父が次々と新しい女を連れ込む。

 母は若い男に夢中で金を貢ぐ。

 特に母の愛人から向けられる舐め回すような視線が気持ち悪くて仕方がない。

 そんな両親に育てられた自分もきっととても穢い存在に違いないと思うようになるには時間がかからなかった。

 ハイスクールに進学する際にも1人暮らしを引き留めなかったのは、その分だけ愛人との時間が取れるからだと理解していた。

 でももう、あの両親の下で生活するのが限界だったリアは、1人暮らしの許可が下りただけで充分だった。

 1人での新しい生活。新しい人間関係。

 でも、長いことあの両親と暮らし、ようやく手にした僅かな自由で私は他者の穢れに敏感になっていた。

 他者から見れば何でもないことでも嫌悪感が拭えなくなり、特に異性に関しては完全に心を開かなくなった。

 それでも愛想を良くして無難に生きていければ問題は起きなかった。

 そんな生活が続く中でようやく出会えたのだ。本当にキレイな理想の存在(しょうじょ)に。

 あのオッドアイの瞳に見つめられる時間だけが、自分の穢れも祓われているような気がした。

 だから欲しくて堪らないために。

 あの子を自分の腕の中に閉じ込め、リア・クレーマーという存在だけを映すようになったとき、ようやくこの穢れも祓われるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これでいいかしら」

 

「なんでこんなもんまで用意してんだよ!」

 

「作ったからに決まってるでしょう?」

 

 椅子に座らされたクルトが座る椅子の背には時限式の爆弾が設置されていた。

 冷や汗を流しながらこいつ絶対頭のネジが外れてると再認識する。

 スイッチを押すと残り時間十分のタイマーが起動した。

 

「それでは、人生最後の十分を」

 

 それだけを告げるとドアに近づいてこの部屋から出ようとする。

 しかし、ベランダの窓からトントンとノックするような音が聞こえた。

 

「ん?」

 

 それに気づいたリアが窓の方へ振り向くと同時に派手に硝子が砕かれた。

 そして、その奥から現れたのは────。

 

「ラウラ……?」

 

 手にした警棒で窓硝子を壊し、ラウラが部屋の中へと侵入する。

 

「どうして、ここに……」

 

 訳が分からず茫然としているリアを無視してラウラはクルトの側に寄る。

 

「無事か?」

 

「なんとかって言いたいが、背もたれに面倒なモンが付けられてな。ちょっと動けねぇんだ」

 

 ラウラが後ろに回ると設置されている爆弾を見て顔をしかめた。

 

「一度タイマーが動いたら、下手に動かすとボカンらしい。しかもあいつ、俺の腕もくっ付けてあるから力ずくで外すわけにもいかねぇ」

 

 クルトの説明にラウラの眉間に皺が寄る。

 タイマーは既に8分を切っている。スイッチを押してみたが止まらず、一度作動したら爆発するまで止まらない仕組みらしい。

 顔をしかめてラウラはリアと向き合う。

 

「先輩、この爆弾を解除してほしい」

 

 それは、ラウラからの説得だったが、リアの耳には届かなかった。

 

「どうして。どうしてこのタイミングでラウラが現れるの?」

 

 その疑問だけがリアの心を占めていた。

 警察ならばともかく、ここにラウラが来るなんてあり得ない。

 どういう経緯でこの場所に辿り着いたのか知らないリアの内心は、その疑問だけで他のことに頭が回っていなかった。

 ある結論に至ってギリッと歯を鳴らしてポケットに手を入れて鋭い視線を向けた。

 

「その男がそんなに大事なの……?」

 

「彼は私の友人の家族だ。危険が迫っているなら、行動しない訳がないだろう」

 

 ラウラにとってはそれが1番の理由だった。

 彼に他の感情が有ったとしても、それはまだ自覚のない想いに過ぎない。

 ラウラの返答に。何かが爆発するようにリアの飛び出す。

 ポケットから出した手には、ナイフが握られていた。

 

「どうしてぇ!?」

 

 癇癪を起こし、振るわれるナイフをラウラは警棒で受け止める。

 リアの目には涙が溢れていた。

 

「私は、貴女がほしいだけなのに……」

 

 ようやく見つけたキレイな存在。

 それを手にするために邪魔な存在を排除しようとしただけなのだ。

 私を見て。

 そんな険しい顔じゃなく、微笑んで。

 私にはラウラが必要だから、貴方も私を必要として。

 その願いが暴走し、今は手に入れようとしている存在を傷つきようとしている。

 

「ありがとう。リア・クレーマー」

 

 ラウラはその叫びに穏やかな声で礼を言った。

 リアが何故そこまでラウラに執着するのか。それはまったく理解できない。

 正直、気持ち悪いという感覚も拭えない。

 それでも目の前の女性は犯罪を犯してまで自分を求めてくれているのだということは解った。

 もしもおばあちゃんではなく、この人に拾われていたら、彼女に依存していたかもしれない。

 でも、ラウラにはもう帰る場所があり、彼女なりに望んでいる世界があった。

 大切な友人たちとの騒がしくも楽しい日々。

 そして自分の帰りを暖かく迎えてくれる家族(ひと)

 きっとリアの望みとそれらは交わらない。

 だから────。

 

「さようなら、先輩」

 

 警棒で正確に急所へと打ち付け、その意識を狩った。

 自分に倒れてくるリアの体を受け止めると、入れ替わるようにドアが開いた。

 

「ラウラッ!?」

 

「兄さん、ご無事ですか!?」

 

 入ってきたのはモニカとアデーレだった。

 ここに来る前にラウラがメールでこの場所を報せておいたのだ。

 時間が無いため、ラウラは手を後ろに縛ってモニカに投げ、手短に説明する。

 

「すまない、2人共。時間がない。この人を連れて念のためここから出てくれ。私はクルトに仕掛けられた爆弾を解除する」

 

 リアが持っていたナイフを拾って言うラウラに2人は顔を青くした。

 

「ば、爆弾!?」

 

「は、早く警察に!!」

 

「ダメだ。もう時間がない」

 

 見ると、既にタイマーは3分を切っていた。

 

「昔、爆弾解体の技術を習ったことがある。専門ではないが、素人が作った爆弾なら解体出来る筈だ」

 

 言いながら解体作業を始めるラウラ。

 

「うわーホントにラウラって昔何してたの?」

 

「な、なら何かお手伝いを!?」

 

「1人で大丈夫だ。それよりも、先輩を警察に届けてくれ。私たちもすぐに追いつく」

 

「ですがっ!」

 

 尚もここに残ろうとするアデーレにモニカが手を引っ張った。

 

「わかった。すぐに来てね? この人が目を覚ましたら怖いから」

 

「モニカさん!?」

 

 この場を離れるのを拒否するアデーレにクルトが諌める。

 

「解ってるだろ、お前も」

 

 ここに居ても邪魔なだけで、むしろラウラの集中力を削ぐ形になることを。

 言い返せずに固まるアデーレ。

 モニカが思い出したように話す。

 

「そういえばさ……学校近くのカフェに新商品でスッゴく大きなパフェが出たの。器に4人分くらい入ってる」

 

「それは、スゴいな……」

 

「うん。だから、コレが終わったら食べに行こ! みんなで」

 

「あぁ。必ず行こう」

 

 まるでテストが終わったから遊びにいくような口調でモニカは話す。ラウラもいつもの調子で答えた。

 続いてアデーレも。

 

「先程は、申し訳ありませんでした。その、感情的になってしまい」

 

「気にしていないさ」

 

「後程、しっかりと謝罪いたしますので無事に出て来て下さいね、2人で」

 

「わかってる」

 

 一礼してからリアを連れて出ていく友人たち。

 それからクルトがくちを開く。

 

「よくあの女を一撃で昏倒させられたな」

 

「先輩は寝不足のようだったからな。化粧で隠していたが、目に隈が出来ていた。恐らくは、ここ数日眠ってなかったのだろう。そこに強い衝撃を受けて意識を失っただけだ」

 

 ラウラの返答にクルトはそっか、と返す。

 解体が進んでいくと手を止めて険しい表情を作った。

 

「どうした?」

 

「……マズイことになった。最後の配線だが、赤と青に分かれていて、どっちかを切れば止まるのだが、その判別が出来ん」

 

 設計図でもあれば別かも知れないが、どちらの線を切るのが正解なのか、ラウラには判断材料がなかった。

 息を飲み、荒くなった呼吸が聞こえ、状況の危険度を察する。

 

 もう時間は、15秒を切っていた。

 

「切れよ……」

 

「え……?」

 

「好きな方を切れって。態々ここに残ってここまでしてくれたんだ。どうなったって恨まねぇから」

 

 むしろ、ここから逃げろと言えない辺り、自分が取り残されることを恐がっており、その小心ぶりが情けなかった。

 

「わかった」

 

 覚悟を決めたように顔つきを引き締め、ラウラは片方の配線を、切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廃ビルを出たあとに携帯で警察に連絡を入れ終えると、中からラウラとクルトが出てきた。

 それを見たアデーレが力の抜けたようにその場に座り込む。

 モニカはラウラに抱きついてきた。

 

「良かったー。ラウラなら何とかすると思ったけど! 万が一があったらどうしようって!」

 

 目尻に涙が浮かんでいるモニカ。

 

「実際、最後は危なかったがな。赤と青の配線があって青を切ったお陰で爆発しなかった」

 

「青? ラウラって赤好きだっけ?」

 

 首を傾げるモニカにラウラは苦笑した。

 

「何を言ってるんだ。ヒントをくれたのはモニカだぞ」

 

「え? アタシ? いつ?」

 

 解らないと疑問を表情に出すモニカにラウラは小指を立てる。

 

「言っていたじゃないか。赤い糸だ」

 

 その視線が一瞬だけクルトを捉える。

 もしかしたら、この小指に繋がっている見えない赤い糸の先は────。

 

「繋がっていると思ったらどうしても切れなくなってしまった」

 

 そう、照れたように微笑んだラウラの顔に3人は信じられないモノを見たとばかりに口を半開きにしてしばらく動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 




次回で最後です。


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巣立ち

『私のせいじゃない! 私のせいじゃ────』

 

 あぁ、懐かしい。

 ここに来たばかり自分を眺めて、ラウラは気恥ずかしい気持ちになった。

 それでも、かつての幼く、弱い自分を見つめ直しても落ち着いて見ていられるのは、ラウラが成長したからなのか。それとも、過去のことと割り切ってしまったのか。

 ラウラの言葉に耳を傾けている義祖母を見る。

 真剣な表情でラウラの悲痛な叫びを受け止めている優しい人。

 あの時、この人はこんな顔で自分を見ていたのかと思い返す。

 ラウラは過去の自分の中の頭を撫でようと手を伸ばした。

 

 大丈夫だと、これから過去の自分が辿る軌跡を、歩いた本人自身が保証するように。

 ラウラは泣いている過去(自分)にエールを贈る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とっ!」

 

 腕を大きく伸ばしたせいでバランスを崩し、敢えなくベッドから落ちかけた体を支える。

 

「……気が緩むにも程がある」

 

 誰にも見られていない自身の失態に息を吐き、上半身を起こした。

 最早慣れ親しんだ自室。数年暮らしてそれなりに増えていた筈の私物はもうこの部屋にはない。

 

「この部屋で過ごすのも今日までなんだな……」

 

 窓の手すりからいつも眺めていた外の景色。

 それらも見納めになると思えば感慨深い。

 

「さて。式に遅れないようにそろそろ起きよう」

 

 この家に来て数年。ラウラは今日、結婚式を挙げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルト・フランツは壁を背にして組んだ腕を指で小さく叩きながら新郎として新婦を待っていた。

 眉間に深い皺を寄せて緊張している様子に友人であるルーベルトは苦笑しながら話しかけた。

 

「落ち着きなよ。今からそんな調子じゃあ、式が終わる頃には倒れちゃうよ」

 

「うるさい。黙ってろ」

 

 明らかに肩に力を入りすぎている親友に肩を竦めた。

 ラウラとクルトが出会って数年。順調に交際を、と言えば少々語弊が有るが、この日に辿り着いた。

 

 告白したのはラウラからだったのだが、クルトが緊張の末に盛大に返答の言葉選びを間違えた結果。ラウラはクルトに想い人が居ると勘違いし、フラレたと思い込んでしまった。

 しかも、ルーベルトがラウラにアプローチをかけ始めたり、クルトの周りを財産目当てで付きまとう女が現れたりと一時期かなりカオスな状況だった。

 それを周りはニヤニヤハラハラドキドキしながら見守っていた訳だが細かなことはここでは割愛する。

 その結果、こうして結婚までこじつけたわけだ。

 少し離れた位置でモニカとアデーレが話している。

 

「ラウラさんのドレス。モニカさんも製作に関わったのでしょう? スゴいですね」

 

「って言ってもほとんど製作したのは店長だよ? アタシはあくまでもお手伝い」

 

 モニカはラウラと入れ替わる形であの服屋で正式に働き始めた。

 仕事をしながら店長に服飾技術を教わり、今では助手の立ち位置にいた。

 店長曰く、素質があり、どんどん技術と知識を吸収していったとのこと。

 アデーレも今は実家の会社に就職し、営業として各地を飛び回っている。

 今日も、かなり無理をして時間を作っていた。

 そわそわと落ち着きのない兄にアデーレがジト目を向けた。

 

「兄さん。ラウラさんの準備はもうすぐ終わるはずですから落ち着いてください」

 

「……落ち着いてる。俺は落ち着いてるぞ」

 

 どう見ても落ち着いてない兄にアデーレはダメだこれは、と息を吐く。

 そうして待つこと数分支度を終えたラウラが扉を開けて出てきた。

 

「わぁ!」

 

 感嘆とした吐息がモニカの口から漏れる。

 肩が露出したドレスに指先から二の腕まで覆われたウェディンググローブ。

 頭部のヴェールを留めるのに紫色の蝶をイメージしたリボンが添えられている。腰の帯も同様の色だ。

 化粧を施し、唇にも口紅塗られている。

 小柄なラウラも普段よりずっと大人の雰囲気が出ている。

 照れて恥ずかしそうに戸惑った顔のラウラ。

 

「どこか、変ではないだろうか……?」

 

「ううん! スッゴくきれい! 店長と苦労して作った甲斐があったよ!」

 

「はい。同じ女性として見惚れてしまいました」

 

「こんな美人な奥さんをもらってクルトが本当に羨ましいよ!」

 

 口々に絶賛されるがラウラの表情は晴れない。

 その原因を指摘する。

 

「しかしな。さっきからクルトがこちらを見てくれないのだが」

 

 言うと、3人の後ろにいたクルトがラウラに視線を合わせずに明後日の方へと向いていた。

 

 それを見たアデーレが笑顔で怒りを隠したまま兄の耳を引っ張る。

 

「に・い・さ・ん!」

 

「耳引っ張るなよ! ちょっとビックリして直視出来なかったんだ!」

 

 あんまりにも美人になりすぎて、と、口ごもる。

 ラウラと向き合い、クルトは速くなった鼓動を内心必死で大人しくさせた。

 

「綺麗だよ、ラウラ。はは! 俺のほうがだいぶ見劣りしてるな」

 

「そんなことはないさ。クルトを見て、私は惚れ直したぞ」

 

「俺の嫁が男前過ぎる……」

 

 そこからモニカたちが先に会場に移動する。

 クルトがラウラの手を取った。

 

「行くぞ」

 

「あぁ。宜しく頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏、いい加減落ち着け」

 

「いや、そうは言ってもさ。結婚式なんて千冬姉の時以来だし。緊張しちゃって」

 

 周りに知り合いも居ないしとは流石に言わない。

 

 ラウラ・リットナーとはあの再会以来から手紙での交流が続いており、最後に顔を合わせたのは千冬の結婚式以来だ。

 千冬は30という節目にようやく国家代表を降りることを許され、無敗記録を更新し続けた。

 後に彼女の専用機の整備士である男性と結婚し、今もIS学園で教鞭を振るっている。

 ちなみに今もその人気は衰えず、むしろ国際大会で無敗を誇った千冬の人気は神格化され、彼女に会うためにIS学園を受験する者は後を絶たない。

 

 既にラウラの祖母とは挨拶を終え、指定された席に座っている。

 

「ほら、来たぞ」

 

 式場の奥から出てきたラウラとその伴侶。

 こちらに気付いたラウラが嬉しそうに小さく笑ったような気がした。

 式が始まり、幾つかのスピーチを終えて動けるようになった頃にラウラがこちらに近づいてきて、日本語で話しかけた。

 

「一夏。千冬さん。今回はわざわざドイツまで来てくれてありがとう。感謝する」

 

「いや、私の式に日本まで来てくれたしな。招いてくれて礼を言う」

 

 ほら、と姉に促されて一夏も 話す。

 

「結婚、おめでとう。綺麗すぎてビックリした」

 

 一夏に話しかけられてラウラが目を見開く。

 

「驚いた。ドイツ語が話せるようになったのか?」

 

「あぁ。あれから勉強したんだ。今度はラウラの国の言葉で話したくて。千冬姉の結婚式の時は披露する機会がなかったけど」

 

 あれから一夏はIS学園で楯無などの指導の下。ドイツ語を習得した。

 その際に外国の友人たちからも、自分の国の言葉も習えと強制的に学ばされ、学園の卒業時にはドイツ語、中国語、イギリス英語、フランス語をマスターする羽目になった。

 

「そうか。嬉しいな」

 

 そう言って微笑むラウラに、一夏は胸が高鳴るのを感じた。

 それから世間話もそこそこにしていると、クルトがやってきて、軽く会釈する。

 

「ラウラ。施設の子たち来てるぞ。そろそろ挨拶に行こう」

 

「あぁ、わかった。2人とも、また後で」

 

 まるでラウラを一夏から引き離すように手を引く新郎。

 去っていくラウラを眺めていると、視界が、突然ふやけた。

 

「一夏?」

 

 気付くと、一夏の目から一筋の涙が溢れる。

 自覚すると、止まらなくなってしまう。

 

「あれ? 何でだろ? 新郎の人と一緒に行くラウラを見たら、なんか泣けて」

 

 どうして涙が溢れるのか理解していない一夏に千冬は一瞬険しい表情になったが、すぐに笑みを作ってハンカチを差し出した。

 

「嬉し涙だろ」

 

「千冬姉?」

 

「大切な恩人が、あんなにも幸せそうに結婚するんだ。感極まって泣いてしまった。それだけだろう? 早く涙を拭け。そんな姿をあの子に見せるな」

 

 姉の言葉に一夏は首を傾げる。

 そうなのだろうか? 何故かラウラを見てチクリと胸が痛むような気がするのも? 

 疑問に思ったが自分のことを1番に知る姉の言葉だからそうなのだろうと納得した。

 ハンカチを受け取り涙を拭く。

 

「そうだよな。うん、きっとそうだ」

 

 涙を拭く弟を見て千冬は内心溜め息を吐く。

 

(まったく。他者からの想いだけでなく、自分の恋愛感情にも鈍感にならなくても良いだろうに)

 

 おそらく一夏はラウラ・リットナーのことが好きだったのだろう。

 それが初めて助けられた時からなのか数年前の再会からなのかは最早確認の仕様がないが、一夏にとってラウラは特別だったのだ。

 だから、今まで好意を寄せてくる彼女たちの気持ちに応えなかったのだ。

 その恋心が無意識だったとしても。

 だが千冬はその感情の本質を逸らした。

 弟の恋を自覚させぬまま蓋をすることに多少の罪悪感はあったが、今その気持ちを自覚させても誰にとっても望ましい事態にならない。だから自覚させずに終わらせることを選んだ。

 

(まぁ、何だかんだで一夏に想いを寄せる女は多いからな。生涯独身ということもあるまい)

 

 今日この日は一夏にとっても1つの区切りになったはずだと千冬は弟の頭に手を乗せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、式場に来たアニータなどに祝福されたり、モニカたちとは別の学友に祝われたり。

 クルトのご両親に挨拶をして店長にウェディングドレスのお礼を言ったり写真を撮ってもらったり。

 店長はラウラのウェディングドレス姿に感極まってそれこそ何枚撮るのかと言うほどにあらゆる角度からシャッターを切る。

 その光景を1匹の鼠が誰にも気付かれずに見ている。

 鼠の視線はラウラに注がれており、その奥で視界を共有させていた銀の女性は小さく口元を上げて笑う。

 

「おめでとう。ラウラ・リットナー」

 

 静かに、誰にも聞かれずに呟くと式場にいた鼠は誰にも気づかれることなくその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの挨拶を終えたラウラが椅子に座って居ると義祖母が隣に寄る。

 

「主役がこんなところに長く居ては駄目よ」

 

「少し疲れてしまって。すぐに立つさ」

 

 なら良いのだけど、と言う義祖母にラウラは礼を言った。

 

「ありがとう、おばあちゃん。式の親族としての出席や、スピーチとか、色々と」

 

「当然のことじゃない。それに私は嬉しかったのよ自慢の孫娘を皆さんに紹介できて」

 

 義祖母はラウラを紹介する際に自分たちが血の繋がっていないことを話した。

 その上でラウラを引き取って今日までの彼女のことを話した。

 最後に例え血は繋がらずとも、ラウラは自分の自慢の孫娘だとも。

 しかし、ラウラはここで少しだけ弱音を吐いた。

 

「正直に、言うと……夢のようだと感じるんだ」

 

 軍に切られ、何をするべきなのかも分からずに放り出された自分。

 そんな自分が優しい人に出会い、育ててもらって。好きな人が出来、その人と添い遂げようとしている。

 上手く出来すぎていて、あの日、雨に打たれている自分が見ている夢なのではないかと思うときがある。

 

「幸せ過ぎて。恵まれ過ぎて突然ある日に辛い現実に目覚めてしまうんじゃないかと思ってしまう」

 

 そう告げるラウラに義祖母はやれやれと笑う。

 

「ラウラはもう少し我が儘になるべきだわ。だって、ラウラはこれからもっと幸せになるんですもの」

 

「もっとか……想像もつかないな」

 

「その為に私は彼に貴女を託したのよ。今日は大事な門出だけど、それでも通過点でもあるのだから」

 

 それにね、と話は続く。

 

「ラウラが嫁いで、淋しい気持ちはあるけど、それ以上に誇らしくもあるの」

 

「誇らしい?」

 

「えぇ。だって今日、この日に貴女の結婚を多くの人が祝福してくれてるんだもの。だから自信を持って、胸を張って良いの。ラウラは今日までに、貴方が思うよりずっとたくさんの人に愛される生き方を歩んできたのだから」

 

 その言葉にラウラは今日、みんなにかけられた言葉を思い出す。

 

 モニカやアデーレ。アニータや店長。織斑姉弟。

 他にも大勢の人がラウラの結婚を祝ってくれた。

 もしかしたら、ラウラが気づかない誰かも。

 それが、今日までにラウラが積み上げてきたモノだと言うのならば。

 

 椅子から立ち、ラウラは義祖母を微笑んで真っ直ぐに見つめる。

 

「私を拾ってくれたのが先生で本当に良かった。先生が私を守り、慈しんで育ててくれたから私はここまでやってこられた。そして今日この日、先生の腕から胸を張って巣立つことが出来る」

 

 旅立つことに淋しさはあっても泣く必要はない。その思い出が有ればきっと歩いて行けるから。

 

「ありがとう、先生」

 

 さあ、今まで守ってくれた巣から出よう。

 

「いってきます、おばあちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群れから切り離された小さなウサギ。

 偶然住み着いた巣で、少しずつ生き方を学び自ら巣を出る一歩を踏み出した。

 生きている限り、(みち)は続き、その成長はまた別の物語となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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かがやく時空が消えぬ間に【前編】

原作次元への介入開始。





※この作品はIS〈インフィニット・ストラトス〉の二次創作です(今更)。



 朝日が昇り、窓から明かりが差し込んできた光にシャルロット・デュノアは目を覚ました。

 臨海学校で軍事用ISである銀の福音との壮絶な戦闘を終え、皆が無事にIS学園で初めての夏休みを迎えて既に1週間が経過していた。

 

「ん……」

 

 外は強い陽射しが降っているものの室内には冷房が効いており、快適な温度が保たれている。

 まだ微睡んでいたい誘惑を押し退け、ゆったりと体を起こし、寝癖で跳ねた髪に触れる。

 寝惚け眼を擦り、隣で眠っている同室のラウラ・ボーデヴィッヒのベッドに目を向けた。

 

 出会い頭でのイザコザから良い印象を持ってなかった彼女だが、こうして同室となって暮らしてみると意外と気の合う隣人としてシャルロットはラウラを好いていた。

 

 ラウラの方を見ると背中にパジャマが見えたことにシャルロットはあれ? と首を傾げる。

 同室のラウラは睡眠時にパジャマを着ない。

 シャルロットが何度か勧めて見たが、あんなのは邪魔だと結局裸で眠る。

 

(もしかして、冷房が効きすぎてたのかな?)

 

 シャルロットはそう感じないが、裸で寝ていたラウラにはちょっと寒かったのかもしれない。

 そう思いながらラウラを起こそうと近寄るとある違和感に気付く。

 何故かシーツの膨らみが2人分。

 ラウラのベッドで誰かが一緒に寝ていた記憶はない。

 誰だろうとベッドの全体に視界を広げる。

 

「え……?」

 

 眠っていたのは、2人ともラウラ・ボーデヴィッヒ。

 互いに向き合うように眠っている2人のラウラだった。

 

「え、え? え? えぇえええええええええっ!?」

 

 混乱の極みから奇っ怪な声がシャルロットの口から吐き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑千冬は目の前の事態に眉間に皺を寄せて額を軽く押さえていた。

 突然朝早く寮長室にやって来たシャルロット・デュノアが混乱した様子で『織斑先生! ラウラが分裂して2人になりました!?』などと意味不明なことを言う彼女に出席簿で落ち着かせ、彼女に急かされるままに部屋へと行くと本当にラウラが2人になっている。

 この場に居るのはシャルロットを含めて4人。今は2人を椅子に座らせて観察しているところだった。

 片方のラウラは睨み付けるようにもう1人の自分を見ており。もう1人は困惑しているように視線を下に向けて肩を小さくしている。

 強いて見た目の違いを挙げるなら、片方はいつも通り眼帯を。もう片方はそれを付けていないところか。

 流石にこの状況には千冬もどうしたものかと頭を悩ませている。

 すると眼帯を付けたラウラが激しい口調で主張する。

 

「教官! 私が本物です! 偽物はこいつです!」

 

 信じてください! と言わんばかりのラウラ(眼帯付き)のほうに千冬は顎に指を当てた。

 言われるまでもなく千冬はこちらが自分たちの知るラウラだと気付いていた。

 互いを見比べてみても容姿の違いはないが、纏う雰囲気が違いすぎる。

 不安気に迷子の子供のように縮こまっているラウラ(眼帯無し)。

 そこには軍人として毅然とした強さのない、まるでそこらにいる普通の女子学生だった。

 どうしたものかと悩ませていると、おずおずとラウラ(眼帯無し)が小さく手を挙げた。

 

「申し訳ない。質問を良いだろうか?」

 

「なんだ?」

 

 警戒を解かぬままに千冬は質問を許可する。

 

「ここは、どこでしょうか? 日本、なのですか?」

 

「……」

 

 間の抜けた質問に一瞬面食らったが、小さく咳をする動作をして答える。

 

「ここは、IS学園だ。此方も聞きたい。貴様は何者だ? そこにいるボーデヴィッヒと双子の姉妹ということはあるまい」

 

 

 鋭い視線で詰問されて息の詰まるよう顔をしたラウラ(眼帯無し)が緊張した様子で自身の名前を口にした。

 

「私、は……ラウラ・リットナー。少し前まで、ラウラ・ボーデヴィッヒだった者です……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう1人のラウラ。

 ラウラ・リットナーへの質問を終えた千冬は頭を抱えたい衝動を抑え込み、眉間の皺をいつもより深く刻んで大きく息を吐いた。

 

「平行世界。違う可能性のボーデヴィッヒ、か……」

 

 馬鹿馬鹿しいと一蹴するにはあの容姿は似すぎているし、纏う雰囲気は違いすぎる。これなら、生き別れた双子の姉妹とでも言われた方がまだマシだった。

 どうすればいいんだと朝から途方に暮れている千冬に山田真耶が机にコーヒーを置いてくれた。

 

「お疲れ様です、織斑先生」

 

「あぁ。ありがとう、山田先生」

 

 気付けにブラックでコーヒーを一口飲むと先程より落ち着いた息が漏れる。

 先程の話を部屋の外から聞いていた真耶が困惑を隠しきれない様子で訊いてきた。

 

「あの、もう1人のボーデ──いえ、リットナーさんの言葉は本当なんでしょうか、織斑先生」

 

「それはまだ、なんとも言えないでしょう。彼女の言葉が本当ならあまりにも荒唐無稽過ぎます。それにこうなってしまった原因も解らないとなると」

 

「そう、ですよね」

 

 視線を落とす真耶に千冬がしかし、と、続ける。

 

「私には、彼女が嘘をついているようには見えませんでした」

 

 不安気な表情で揺れる瞳。

 現状に戸惑いながら話す姿。

 それら全てが演技だとするなら大した役者だと思う。

 千冬の印象が自分たちの知るラウラが感情を表に出しやすいというフィルターがかかっていることは否定しないが。

 

「もし本当なら、早く帰してあげられたらいいんですけど……」

 

「そうですね」

 

 生徒との精神的な距離の近い真耶だからこそラウラ・リットナーに対しても同情的だ。

 やや生徒に対して畏れられている千冬と親しまれている真耶とでバランスが取れているのだ。

 

「それで、リットナーさんのことはどうすれば?」

 

「学園内にいる更識姉に監視を含めて対応を任せようと思います。1生徒に負担をかけるのは気が引けますが、奴なら私たちより上手く対処出来ると思いますので」

 

 IS学園唯一の国家代表。

 そして世の裏にも通じている更識の人間である彼女ならば、滅多なことにはならないだろうとの判断だ。

 

「そ、そうですね。更識さんなら上手く対応してくれますよね」

 

「その間に、私たちは今回の原因を調べましょう。もっともどう調べるべきかは皆目見当も付きませんが」

 

 椅子の背に体重を預けて千冬は今日何度目かの溜め息を吐く。

 思ったのは今が夏休みで多くの生徒が帰省してて良かった、だ。

 これが一学期なら、大騒ぎになっていただろう。

 なんとか、多くの生徒が学園に戻る前に片を着けたいところだった。

 そこで千冬はあることが頭に過る。

 

 

(まさか、今回の事件もあの(バカ)の仕業ではあるまいな?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 用意された部屋でラウラ・リットナーは着ていたパジャマではなく用意されたジャージを着ていた。

 

「ここは、あのときの世界なのか……」

 

 1年と少し前に迷い混んだ。夢だと思っていた世界。

 しかも今度はもう1人の自分だけでなく周りにも認識され、触れることもできる。

 

「私は……どうしてまたここに……?」

 

 寝て起きたらIS学園に。

 いや、学校に居たんだったか? 

 起きる前の記憶が大分あやふやなのが気になるが、それよりもどうしたら向こうに戻れるのかと不安になる。

 以前も戻れたのだから今回も戻れるだろうと考えるのは楽観的過ぎるだろう。

 しかし、どうすればいいのかは全く分からない。

 ベッドに座り、天井を見上げていると、部屋のインターフォンが鳴る。

 

『さっき一緒だったデュノアだけど。少し、いいかな?』

 

「あぁ。今開けよう」

 

 ラウラ・リットナーが扉を開くとそこにはシャルロットとボーデヴィッヒ。他数名の生徒がいた。

 

「わっ! ホントにラウラのニセモノが居るのね!」

 

「鈴。その言い方は失礼だろ。ごめんな、急に大人数で押しかけて。違う世界のラウラが現れたって聞いて。気になっちゃってさ」

 

 一夏に窘められ、鈴音も言葉が悪かったと気付いたのかゴメン、と謝罪する。

 鈴音は思ったことを悪気なく口にしてしまうことはあるが、悪いと思えばしっかりと謝れる娘なのだ。想い人(一夏)以外には、だが。

 ビックリして瞬きしているリットナーに後ろにいた箒が納得できないように腕を組んでボーデヴィッヒに問う。

 

「しかし、別世界のラウラなどと。本当に血縁者ではないのか?」

 

「私に血の繋がった姉妹などいない」

 

 仏頂面で箒の質問に答えるボーデヴィッヒ。

 どうやらあちらはラウラ・リットナー(もう1人の自分)の存在が気に入らないらしい。

 ラウラ・リットナーの存在はラウラとシャルロットの2人にバレているなら他の専用機持ちに知られるのも時間の問題だろうと千冬から説明を受けたのだ。そして何か気付いたことがあったら自分に報告するようにとも言い含めている。

 この場にセシリア・オルコットが不在なのは彼女だけ現在帰国中だからだ。

 そんな中でんー、と鈴音がリットナーを左右から観察している。

 

「それにしても本当にラウラとは雰囲気が違うわねー。本当に軍人?」

 

「元、さ。私は落ちこぼれで既に軍を除隊した身だし。リットナーも今の保護者の姓だ」

 

 元軍人ということを知らなかった一夏と箒と鈴音は悪いことを訊いたかと視線を游がせる。

 ボーデヴィッヒとシャルロットは千冬と一緒に聞いていたので知っている。

 場の雰囲気が少し重くなったのを感じてリットナーは気にしなくていい、と困った笑みで告げる。

 だから、疑問を口にしたのは一夏だった。

 

「でも、千冬姉がドイツで教官をしていたのに成績が伸びなかったのか?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがかつて移植された左目のせいで成績が落ちていったことと、それを逆行を跳ね退けさせたのが姉の千冬だと知っている一夏は質問にリットナーは首を傾げた。

 

「? 何故、日本の国家代表であるブリュンヒルデ(織斑千冬)がドイツの教官をするのだ?」

 

 訳が分からないと戸惑うリットナー。

 噛み合っていない会話に一夏は考える。

 千冬がドイツの教官をしていない? そもそも、姉がドイツに出向した理由は────。

 

「あ……」

 

「どうした、一夏?」

 

 何かに気付いた一夏に箒が気にかけるが、答えずに質問を続けた。

 

「もしかしてさ、俺が誘拐される事件が、そっちでは起きてないのか?」

 

 一夏の質問に全員があっ、となる。

 弟が誘拐され、その情報提供をしたドイツに借りを返すために千冬は1年間ドイツで教官をしていた。

 しかし、その事件自体が起きていないなら。

 

「……あぁ。そんな事件は起きていない。織斑千冬の身内は何事もなく帰国した」

 

 自分が助けた、とは敢えて言わない。

 元の世界で織斑姉弟に会い、あのときの出来事に折り合いを着けたとはいえ、気恥ずかしさや、無関係であるこの世界の彼に恩を売っているようだと感じたからだ。

 だから大衆が知る事実だけを口にした、

 

「そっかぁ。あ、ならもしかしてそっちでは織斑先生が国家代表だったりするのかな」

 

「そうだな。彼女は世界大会(モンド・グロッソ)二連覇を為し遂げ、次の大会も優勝確実と言われている」

 

 リットナーの話を聞いて一夏は嬉しいような、恥じ入るような複雑な表情でそっか、と息を吐いた。

 自分が誘拐されたことで姉の顔に泥を塗る結果になってしまった。

 そうでない可能性を聞き、嬉しい気持ちは当然あるが、同時に自分に対して情けない気持ちも沸き上がってくるのだ。

 そして周りはやはり2人のラウラが別人だと再認識する。

 ボーデヴィッヒは織斑千冬を崇拝に等しい感情を持っているのは誰もが知るところだが、このリットナーという少女が、千冬のことを話す際にはまるで新聞や雑誌に書かれていることをそのまま伝えているような声音で、そこにはボーデヴィッヒのような強い感情は見られない。

 一夏の様子に周りが何も言えないでいると、ボーデヴィッヒが唐突に彼の手を握った。

 

「ラウラ?」

 

「今日は私との訓練だろう。そろそろ行くぞ」

 

「おい! 引っ張るなって!」

 

 力ずくでアリーナに向かわせようとボーデヴィッヒに一夏は抗議するが聞く耳持たずで引っ張って行った。

 部屋を出る瞬間にボーデヴィッヒがリットナーを睨むように見ていたのが気になるが。

 それにシャルロットがリットナーに声をかける。

 

「もし良かったら君も見学しない? 先生たちには許可は取ってあるんだ。モニター室で、だけど」

 

「良いのか?」

 

「ずっとこの部屋に閉じ込めて置くわけにもいかないからね。で、どうかな?」

 

 柔らかな笑顔と態度で接してくるシャルロット。

 リットナーはどうせやることもないしな、とその申し出を有り難く承諾させてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニター室に移動したラウラは千冬の隣で一夏たちのいるアリーナを観ていた。

 ISの動きを目で追っていたラウラに千冬が話しかける。

 

「どうだ? この世界のボーデヴィッヒの動きは」

 

「とても素晴らしいと思います。もし同じ機体で私があの場に居ても、彼女たちには勝てないでしょう」

 

 この世界の自分に嫉妬する訳でもなく、ただ淡々と思ったことを口にするラウラ・リットナー。

 その様子にかつてのどん底にいたラウラを知る千冬だからこそそのリットナーの態度に違和感を覚える。

 

「悔しくはないのか?」

 

 IS操縦者として成功を収めた自分を見て、思うところはないのか、という少しだけ意地の悪い質問。しかしリットナーは、あくまでも平静だった。

 

「羨望が無いと言えば嘘になりますが、私はIS操縦者だった自分との折り合いは既に着いていますので」

 

 だからこそかつて復隊を勧めてきた上官に告げたことをもう一度言葉にする。

 

「私はもう、ISに乗るのは懲り懲りなんです。まだ、具体的なビジョンはありませんが、これからは軍ともISとも交わらない道を行こうと思っています」

 

 だからこの世界の自分に負の感情を抱くことは無いと告げる。

 その予想外過ぎる言葉に千冬は心のそこから面食らった。

 世界が違うとはいえ、まさかラウラの口からISに乗るのは懲り懲りなどという言葉を聞くとは思わなかったのだ。

 

「お前は、良い人に巡り会えたのだな」

 

「はい。あの人は私の人生の師であり、目標であり、こんな人になりたいと思わせてくれる人です」

 

 心の底から尊敬を滲ませる声音。しかし、ボーデヴィッヒが自分を崇拝していたときとは僅かに違うように思えた。

 

「そうか。会って見たいものだな。お前を育てたその人に」

 

 一拍置いて千冬が話を変える。

 

「私は、数年前にボーデヴィッヒをIS操縦者として育て上げた」

 

 千冬の話を黙って聞く。

 

「今でこそ多少マシになったが、この学園にきた時のボーデヴィッヒは純粋ではあったがお世辞にも良い人間とは言えなくてな」

 

 弱い存在を見下し、自分の価値観を絶対視する。

 それが軍の専用機持ちともなれば冗談では済まない。

 

「そしてその責任の一端は私にもあった」

 

 千冬の仕事は教官としてISの操縦技術を向上させること。その意味では確りと仕事を果たしたと言える。

 だが、それが結果的にラウラ・ボーデヴィッヒという少女に力を絶対視させ、傲慢な性格へと育ってしまった。

 当時、ボーデヴィッヒは千冬に心を開いていたのだから、彼女の心の歪みに気付き、矯正することができた筈なのだ。

 しかし、当時の千冬も今よりずっと精神的にも若く、ラウラの心の歪みを気付き、正せる程に大人ではなかった。

 それが結局、VTシステムを起動させる結果になってしまった。

 そのことに罪悪感と後ろめたさを覚えないほど千冬は無責任ではない。

 

 話を聞き終えたリットナーは少し考えてから自分の意見を口にした。

 

「しかし、それは貴女だけの責任ではないでしょう」

 

 それは、軍隊という組織に切られたラウラ・リットナーだからこその意見。

 

「もし貴女に出会わずにいたら、この世界の私も軍から除隊していた。そしてこの世界でも私のように育つとは限らない」

 

 むしろ、そうならない可能性の方が高いように思う。

 あの出会いは、まさしく奇跡だった。

 

「ブリュンヒルデ。貴女はこの世界の私を育てることで軍という組織に留まらせ、守ったのだと思います。それで彼女の心が歪んだとしたのなら、矯正しなかった軍の周りと、変わろうとしなかった彼女自身の責任かと」

 

 何せ、たった1年半で自分はここまで変われたのだ。もっと時間のあったボーデヴィッヒが変われない道理はない。

 そして確信する。かつて夢だと思っていた相手のISを蹂躙し、虐げる自分は、この世界のラウラなのだと。

 

 リットナーの言葉を聞いて今日何度目かの驚きの後にふっと笑みを浮かべた。

 

「生意気を言う。しかし、そうだな。そういう考えもあるのか。あぁ、まったく。本当に会って見たかったよ。お前をそう育てた、その人に」

 

 一旦会話を切ると、何やらアリーナにいる一夏たちの方が騒がしかった。声は聴こえないが、揉めてるように見えた。

 その光景に呆れながら千冬が説明した。

 

「いつものことだ。誰が率先して素人の一夏に教えるか揉めているのだろう」

 

 仕方のない連中だと千冬は頭を押さえた。

 しかも言葉で解決しなかったのか、模擬戦というより、喧嘩を始めてしまった

 

「それは……大丈夫なのですか?」

 

 その心配は世界唯一の男性操縦者である織斑一夏の技術向上のことでもあるし、専用機同士の喧嘩についても、だ。

 

「もう少ししたらアイツには専用のコーチを付ける予定だ。そうなれば小娘どもも少しは落ち着くだろう」

 

 それはもう盛大な投げ槍の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練を終えた一夏たちはリットナーを迎えにモニター室に訪れていた。

 千冬は真耶に呼ばれて一時的に退室している。

 訓練の感想を訊かれたリットナーは喧嘩の件以外の無難な答えだけを口にした。

 会話をそれなりに弾ませながらまとまった人数で階段を上がっていると、ちょうど降ろうとしていた生徒と遭遇する。向こうも会話しながら歩いていた為にこちらに気付くのが遅れ、曲がり角の1番近くにいたリットナーにぶつかろうとする。

 

 しかし、相手に気付いたリットナーは避けようとするが、向こうもギリギリのタイミングでこちらに気付き、反射的に避けようとしたのが仇となり、結局はぶつかってしまう。

 上にいた女生徒は少しよろける程度で済んだが、下にいたリットナーはそのままバランスを崩して階段から落ちた。

 

「おっと!」

 

 幸い、後ろにいた一夏が受け止める形で怪我もなく収まる。

 

「すまない。助かった」

 

 リットナーが怪我をしなかったことに安堵する一夏。

 しかし、そこでリットナー自身が言いづらそうに話す。

 

「ところで織斑一夏。そろそろ、手を離して欲しいのだが。確かに私は女性としての魅力が乏しい身体をしている自覚はあるが、そんなところを異性に鷲掴みにされるのはさすがに恥ずかしいのだが……」

 

「そんなところ?」

 

 一夏は視線を自分の手に移す。すると、自身の右手がリットナーの慎ましい胸を鷲掴みにしていた。

 

「ご、ゴメンッ!?」

 

 リットナーから急いで手を離し、階段を2つ降りる。

 本人も落ちそうなところを助けてもらったので気にしていない。

 それで当人同士たちで納得して終わる。

 だが、それで済まないのが専用機持ちたちだった。

 

「い、いいい一夏ぁ!? 貴様、女性の身体に妄りに触れるとは何事だ!!」

 

「なんで後ろから支えて胸なんて掴むのよ!?」

 

「毎回毎回さぁ。ちょっと学習するべきじゃないかなぁ」

 

「嫁ぇ! いくら別世界の私といえど、他の女に触れるなど!」

 

 さっきまでの和気藹々とした雰囲気はどこへやら。

 彼女たちはISを部分展開し、手にした武器を一夏に向けていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 確かに胸を触ったのは悪かったけどわざとじゃ! それに俺はその子を助けようと……」

 

『問答無よ────』

 

 専用機持ちたちが一斉に一夏を攻撃しようとする。いつもならここで一夏もISを展開するか、避けるなどして対処するのだが、この場には彼を庇う人間が1人だけいた。

 

「ま、待ってくれ!?」

 

 専用機持ちたちと一夏の間に入ったリットナーが両手を広げて一夏を庇う。

 

「織斑一夏は私を助けてくれただけだ。それなのに、暴力を、それもISを使って攻撃などさすがに理不尽だろう?」

 

『うっ!?』

 

 緊張した表情で一夏を庇うリットナーを見て専用機持ちたちも言葉を詰まらす。

 いつもの調子で攻撃しそうになったが、セクハラを受けた本人がこう言っている以上、自分たちがとやかく行動するのは筋違いだと理解する。

 

 部分展開を解くのを見てリットナーは大きく息を吐くと後ろの一夏に話しかける。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、あぁ。助かったよ。ありがとう」

 

 緊張が解け、力無く笑う一夏。その表情には見覚えがあった。

 それは元の世界で再会した一夏が、後ろについてきた彼女たちを疲れた様子で見ていた表情だった。

 もしかしたら、向こうの一夏もコレと同じ目に遇っていたのかもしれない。だとすれば。

 

(あまりにも不憫だな。向こうに戻れたら一夏に甘い菓子でも送ってみるか……)

 

 そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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かがやく時空が消えぬ間に【中編】

中編はリットナーのIS学園での日常編です。

書きたいこと書いてたらある程度短縮した筈なのに一万文字越えた。


「更識生徒会長。こちらの計算が終了しました」

 

「あら~、仕事が早くて助かるわぁ」

 

 生徒会室でラウラ・リットナーは出された書類の計算を終えて生徒会長である更識楯無に手渡す。

 ラウラ・リットナーがIS学園に現れて10日程の時間が流れた。その間に生徒たちが学園に戻り、人が増えたことで人目が増えた。

 別段厳重に隠している訳ではないが、今のところ大っぴらに存在を示す訳にもいかず。かといって犯罪者でもない彼女を部屋に閉じ込めておくのは気が引ける。

 そこで、楯無が普段誰も来ない生徒会室で本人の希望もあり、雑用を任せているのだ。

 その間に別世界のことについても雑談として聞き出している。

 別世界のことなど聞いて何の意味があるのかと思われるが、有意義な情報もある。

 例えば、この世界では織斑千冬が棄権したことで幻のカードとなってしまったモンド・グロッソの決勝戦。

 それをISの知識と操縦経験のあるリットナーから話されればISに関わる者として興味を示さない筈はない。

 もしもリットナーが映像データを持っていればIS学園は資料として高額で買い取る用意をしただろう。

 まぁ、大半が楯無の興味本意であることは否定しないが。

 

「リットナーさんのおかげで色々と助かるわ。本当に色々と……」

 

「?」

 

 意味ありげな表情を見せる楯無にリットナーは首を傾げた。

 リットナーが一夏を庇ってから、専用機持ちたちが癇癪を起こして建物や機材を破壊する回数が減った。

 少なくともリットナーが一夏の傍に居る間は彼女たちもISに依る攻撃を控えている。

 もしも彼女が一夏を庇って死なせてしまっては大変どころではないからだ。

 

 IS学園の資金は潤沢だが、癇癪を起こして壊した建造物を毎度毎度修復していれば当然出る分が増える。しかも、何の益もない。故に今まで地味に経営陣を悩ませていたのだが、リットナーが専用機持ちたちを抑え込んでくれているおかげで、余計な支出が減った。

 その反動かアリーナでの模擬戦で今まで以上に苛烈に暴れているが、アリーナは元々模擬戦の使用を前提とした施設なので許容範囲内だ。

 

「とにかく、リットナーさんが手伝ってくれて、夏休みに片付けなければいけない仕事が大分早く終わりそうなの。助かるわ」

 

「これくらいなら、誰が手伝ってもそう変わらないでしょう。ましてやここはIS学園なのですから」

 

 IS学園の生徒に凡人はいない。

 倍率一万倍を突破した彼女たちは国家や企業に属さずとも間違いなく世間一般では充分にエリートなのだ。

 以前千冬にボーデヴィッヒがISをファッションと勘違いしていると非難したが、それとて憧れのIS学園に入学して少々浮かれるのは十代女子には仕方のない面もあろう。

 それだけ厳しい受験を勝ち抜いたのだから。もちろん、ずっとそのままでは困るが。

 故にリットナーが処理している仕事は誰がやっても結果の変わらないモノだった。

 

「確かにそうだけど、誰でも出来る仕事が誰でもやってくれる仕事とは限らないでしょう?」

 

 誰でも出来るからこそ誰かがやってくれるだろうと思うのも人間だ。率先して。嫌な顔せずにやってくれる者がどれだけいるか。

 

「本当に。ねぇ、リットナーさん。いっそのことこっちに残らない。貴女さえ良ければ、だけど」

 

「いえ。私は向こうにいずれ帰ります。帰りたいです。まだ、方法は解りませんが」

 

「そう。なら、仕方ないわね」

 

 色好い返事など期待してなかったのか。楯無はフラレちゃったと肩を竦める。

 惜しいと思うのは本心だ。今のところマイナス要素といえば、今も机に顎を乗せている本音のお菓子タイムが増えたくらいだろうか。

 

「とにかく、今日はここまでで良いから。お昼でも食べに行ってらっしゃい」

 

「わーい。リットンーお昼いこー」

 

 楯無にお昼という単語が出て、本音が万歳をする。

 ちなみにリットンは本音がつけたリットナーのあだ名だ。

 上機嫌な本音に手を引かれ、生徒会室を出る。

 廊下を歩きながらリットナーからある提案をした。

 それを聞いた本音は嬉しそうにより強く手を引いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識簪は今日も整備室で未完成な自分の専用機に向かっている。

 とある事情から製作を後回しにされたことで自ら完成させると誓った専用機。

 しかし、主の意気込みに反して未だに完成の目処が立っていない。

 同学年の他の専用機持ちたちの活躍を聞くたびに歯を喰い縛り早く完成させてあげたいのだが。

 昼になっていることにも気づかずにシステムを構築していく簪に近づく影があった。

 

「か~ん~ちゃん!」

 

「ひゃあぁああっ!?」

 

 首筋に冷たい缶を当てられた簪は驚いて椅子から立ち上がる。

 

「ほ、本音っ!?」

 

「お昼ご飯買ってきたよー。食べよー」

 

 見ると本音の手には購買で買ってきたと思わしき食べ物やら飲み物の入った袋。

 そして本音の後ろにはリットナーがいた。

 

「また昼を忘れているのかと思ってな。良かったら一緒に食べないか?」

 

 2人の提案に簪は断ろうとしたが、朝から何も口にしていなかったことと目の前に食べ物を見せられて、可愛らしくくぅ、とお腹が鳴った。

 恥ずかしそうにお腹を押さえる簪にリットナーと本音は食事を奨める。

 これが気心しれた本音だけなら強くことわることもでき、リットナーだけならあまり知らない相手と断れたのだが、2人揃ってしまうとどう断るべきか判断が遅くなり、結局休憩を取ることとなった。

 

 サンドイッチや菓子パン惣菜パン。そしておにぎりとペットボトル飲料。要は手で食べられる物をそれぞれが好きに食べながらリットナーが簪に話しかけた。

 

「IS製作はどうだ?」

 

「……貴女には、関係ない」

 

 その言葉が製作の状況を如実に語っていた。

 そこで以前から訊けなかった疑問をリットナーは口にする。

 

「誰かに協力を求めないのか? 例えばそこにいる本音は既にIS製作技術と知識を確りと持っていると聞く」

 

 その質問に簪だけでなく本音も口元をヒクつかせた。

 リットナーと簪の出会いは数日前。整備室に訪れたリットナーが訓練機ではなく、専用機が解体された状態で置かれているISに疑問を持って眺めていたことが始まりだった。

 その後、現れた簪にボーデヴィッヒと勘違いした簪とちょっとした言い合い。本音の登場と説明で半信半疑ながらボーデヴィッヒが他の場所にいたことが証明される。

 それからたまにこうして会いに来ているのだ。

 リットナーの質問に簪は顔を背けながらもポツリポツリと答える。

 

「私は、この子を1人で完成させる。させて見せる。そうじゃなきゃ、意味がないから……」

 

「かんちゃん……」

 

 簪の言葉に本音が淋しそうな目を向けた。

 そんな、どこか無理をしていると感じたリットナーは話を変えた。

 

「私は向こうの世界で軍隊を追い出された人間でな。特に、ISの操縦がダメだったんだ。落ちこぼれだった」

 

 肩を竦めて笑うリットナーに2人の何も言えなくなる。

 この世界でのラウラは学年で最も優れたIS操縦者と認識されている。しかし同一存在である筈の少女は自らを落ちこぼれだと言う。

 

「この世界での私も同じ。ただ彼女は優秀な師を得たことで逆境をはね除けた。私も努力していたつもりだったがそれは所詮、個人の努力に過ぎなかった」

 

 独りの限界を感じながら誰にも頼ろうとしなかった自分。もしあのときなりふり構わず周りに助けを求めていたなら、もっと違う未来もあったのかもしれない。

 

「どれだけ言葉を飾っても、私は競争という崖から転げ落ちた敗北者。負け犬だ。だが、そのおかげで大切なモノを手に出来たとも思っている。だからかつての自分には未練はないんだ」

 

 転げ落ちたこと。かつての自分に未練はないと言う少女。彼女に何があったのか知らない簪には受け入れがたく、また、理解しがたい考えだろう。

 もしかしたら誰にとっても。

 しかし、そこでリットナーは首を振る。

 

「いや、違うな。言いたいことはそういうことじゃない。なんと言えばいいのか……うん。私は転げ落ちたおかげで幸せを手にしたが、転げ落ちることの痛みと辛さも理解しているつもりだ。だからもし、落ちそうな人間がいたら、少しでも手を貸せないかと思ってしまうんだ」

 

 それは、転落した人間だからこその結論。

 落ちる痛苦を理解できるのから、誰かに味合わせたくないと。

 そこでリットナーはフッと笑う。

 

「まぁ、それも言い訳だな。1番の理由はもっと身勝手で単純だ」

 

「身勝手で単純?」

 

 いったい、どんな理由があるのか。

 

「私はいつまでこの世界に居られるか判らない人間だ。だから帰る前にせめて、このISを完成させて飛ぶ簪が見てみたい。それが1番の理由だ。それに求められているのに何も出来ないのは辛いからな」

 

 その言葉に簪の目が大きく開かれる。

 たったそれだけ。しかし彼女は簪が専用機を完成させることを望んでいるのだ。

 そして簪ならそれが出来る能力があるのだと。

 あと一歩を踏み出せば、きっと。

 簪は、ギュッと袖口を掴んだ。

 

「貴女の言っていることは理解できる。それが、正しいことも。でも、私は────」

 

 まだ、誰かの手を借りれる自信はない。

 この短い会話で今まで在り方を覆せるほど簪の心境は単純ではないのだ。

 

「そうか。すまないな。長話に付き合わせて」

 

 リットナーもこれだけで簪が変われるとは思っていなかったので特に責めることもなかった。

 

「また、来よう」

 

 ゴミを袋に積めて整備室を出ていくリットナー。

 それを追いかけた本音が、「リットンー。最後のすごい殺し文句だったよー」と誉めていた。

 

 2人がいなくなって静かになった整備室で作業を再開した。

 独りでやらなければいけない。その固定観念に小さな穴が開く。

 彼女はそれを見ないように心の中で覆い隠し、逃げるように作業に没頭した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃げるように、というか実際逃げ回っている織斑一夏と遭遇したのは夕食を終えて与えられた部屋の前まで戻ってきたところだった。

 

「ゴメン、リットナーさん! ちょっと匿ってくれ!」

 

「またか……いいだろう。部屋に入ってくれ」

 

「ありがとう! 恩に着るよ!」

 

 リットナーが部屋を開けると一夏が辺りを見渡して部屋に入る。

 一夏がこうして友人たちから逃げ回り、リットナーの部屋に逃げ込むのも既に慣れたことだった。

 ちなみに一夏がリットナーをさん付け呼ぶのはどうにも彼女と話していると年上(実際歳は1つ上)と話している気分にさせられるからだ。

 

「今回は何があったんだ?」

 

「いや……悪いのは俺なんだけどさ。実は今日、アリーナで模擬戦をやる約束をしてたんだけど、帰省してた娘たちが戻ってきてお土産を配ってたんだ。その娘たちがお土産を渡してくれたついでにちょっと話をしてたんだ。そしたらさ……」

 

「約束をすっぽかしてしまったと」

 

「はい。そうです……」

 

 視線を下に向けて項垂れる一夏。

 そのあと捜しにきた専用機持ちたちに攻撃されたのである。

 具体的に言うと鈴音の飛び蹴り。箒の竹刀突き。セシリアのゴム弾。ボーデヴィッヒの極め技とシャルロットの笑顔での嫌味。

 

 ISを使わずとも彼女らは代表候補生と剣道の全国優勝者。身体能力に関してはそこらの男性など歯牙にもかけない。

 鈴音の飛び蹴りを喰らい、他が武器やら攻撃の動作に移ろうとした段階で逃げたのだ。

 

「まぁ、彼女たちもしばらくすれば頭も冷えるだろう。それまでここで休んでいくといい」

 

「いや、ありがとう。本当に助かるよ」

 

 頭を下げる一夏にリットナーはあることに気付く。

 

「一夏。その上着、切れてないか?」

 

 見ると一夏が着ている上着の半袖の部分が切れていた。

 

「あ! ホントだ! 走ってる間に引っ掻けたかな……」

 

 半袖の上着が破けているのを見て、一夏が気落ちするのを見て、リットナーが手を出す。

 

「貸してみろ。縫い直してやる」

 

「え! いや、これくらい部屋に戻って自分でやるよ。悪いし……」

 

「気にするな。どうせ暇なんだ。それに、誰かに見られる前に直した方がいいだろう?」

 

 ソーイングセットを取り出すリットナーに一夏は戸惑ったが相手の好意を無にするのも気が引け、結局は上着を脱いでお願いした。

 針に糸を通したリットナーは慣れた手つきで切れた部分や、解れた箇所を縫い直していく。

 その手慣れた動きに一夏は感心した。

 

「へぇ。上手いな!」

 

「これでもアルバイト先は服屋だからな。店長に教えてもらったんだ」

 

「アルバイト! 服屋で!?」

 

 あまりにもラウラという少女に対するイメージとかけ離れていたため一夏は声を荒らげた。

 リットナーもその事を自覚していたために苦笑する。

 

「おばあちゃん。今の保護者の方の奨めで紹介してもらったんだ。私は自分で仕事を探すつもりだったんだが。だが、店長も常連の方たちも良い人ばかりだ。たまに困った客も居るが、楽しい職場だよ」

 

「へぇ」

 

 楽しそうに話すリットナーに一夏は声を漏らす。ちょっと気になり、質問した。

 

「もし良かったらさ、そのリットナーのおばあさんのこと、教えてくれないか?」

 

「そうだな。強いていえばおおらかな人だ。私が、あぁなりたいと思える」

 

 過去のことを思い出してリットナーは話す。

 

「軍を除隊した後にどこにも行く宛のなかった私は、騙されて荷物を盗られてしまったんだ。最後の財産も全部失って崩れ落ちた私を拾ってくれたのがおばあちゃんだった。あの人は戦うことしか知らず、世間知らずだった私に1つ1つ丁寧に常識や人との関わり方を教えてくれた。今は学校にも通わせてくれている。いつか、おばあちゃんが誇れる自分になること。そして恩返しができるようになることが私の目標かな」

 

 本当に尊敬しているのだろう。リットナーは針を動かしながら嬉しそうに話している。

 リットナーの話を聞きながら、一夏も頷いた。

 

「恩返しか……その考えは俺にもちょっと分かる」

 

「一夏?」

 

「俺、ずっと千冬姉に育てられてきたんだ。親は俺が小さい頃に居なくなっちゃって。高校受験の時も、就職して少しでも千冬姉に楽させようと思ってたのに、高校くらいは出ろって諭された。

 結局はISを動かしてこの学園に来たけど。だから俺も、今は千冬姉に将来恩返しをするのが目標なんだ」

 

 一夏の話を聞いてリットナーは小さく笑みを浮かべた。

 

「そうか。偉いな、一夏は」

 

 まるで姉が弟にそうするように頭を撫でてくるリットナーに一夏は顔を赤くした。

 

「いや! 俺にとっては当然っていうか……!」

 

 しどろもどろ言葉を重ねる一夏。

 そこでリットナーは縫うのが終わった上着の糸を切る。

 

「終わったぞ。どうだ?」

 

 渡された上着を着る。

 

「あぁ! 元通りだよ。ありがとう、リットナーさん!」

 

「それは良かった」

 

 安心したように息を吐くリットナー。

 

「あぁ。本当に色々ありがとう! 何かお礼が出来ればいいんだけと……」

 

「気にするな、と言いたいが、少し教えて欲しいことがある」

 

「俺に出来ることなら何でも言ってくれ!」

 

「箸の使い方を教えてくれ」

 

「へ?」

 

 意外な申し出に一夏は目を丸くした。

 

「一夏や箒が箸を使って食事をする姿が綺麗だと見惚れてしまってな。自分も出来れば使えるようになりたいと思ったんだ」

 

「いいけど。そんなことでいいのか?」

 

「テーブルマナーというのは、必要がなければ身に付かないものだ。 これを逃したら教わる機会もないだろうしな」

 

「あー、そうかも……」

 

 一夏も、いきなりフォークとナイフで食事をしろと言われたら困る。つまり、そういうことなのだろう。

 

「わかった。それじゃあ、明日の朝、和食の朝定食で練習しよう。それでいいか?」

 

「あぁ。よろしく頼む」

 

 

 翌日、箸を使った食事に四苦八苦しているラウラ・リットナーの姿が確認される。

 朝食が終わる頃には拙いながらも箸で物を持って食事をしていた姿も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、生徒会での手伝いもなく寮内を見て回っていると、入り口にシャルロットが居るのを発見した。

 こちらから声をかける前に手を振って来たが、すぐに何かに気付いたように手を下ろす。

 

「リットナーさんだよね? ラウラが来たのと勘違いしちゃった」

 

「出かけるのか?」

 

「うん。ちょっと、こっちのラウラがねー」

 

 あははと笑いながら頬を掻くシャルロット。そこでボーデヴィッヒが現れた。

 

「待たせたな。何故貴様がここにいる?」

 

 少しだけ鋭い視線をするボーデヴィッヒにリットナーは受け流すように答えた。

 

「たまたまここで会っただけだ。そっちは町に出るのか。しかしそれにしては────」

 

「どうした。なにか問題があるのか?」

 

 若干不機嫌になったボーデヴィッヒが着ている服。それはドイツ軍で支給される公用の服だった。リットナーも昔数回だが着たことがある。

 

「私はこれと制服を始めとした学園支給の服以外所持していない」

 

「そういえばラウラが私服を着てるの見たことがない……」

 

 なるほど、と思ったリットナーはボーデヴィッヒの手を引いた。

 

「おい! 何をする!?」

 

「その服装で町に出るのは少々問題だろう? IS学園の制服では目立つだろう。私が貰った服を貸すから。それを着ていけ。私たちなら体格もそう違いがないから問題ないだろう」

 

 リットナーの服は生徒会(正確には本音)から貰った服を着ていた。

 今も貰った水色の袖無しワンピースを着ている。

 

「いらん! 私は貴様の施しなど受けん!」

 

 と、抵抗していたが、シャルロットの口添えもあり、渋々了承させた。

 ついでにその流れでリットナーも同伴することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人とも。駅前に着いたみたいだから降りよう」

 

「あぁ」

 

「わかった」

 

 双子よりも近い存在である筈の2人は互いに録に会話もせずにここまで来ていた。

 これはボーデヴィッヒがリットナーを敵意を向けており、始めの頃の一夏の時程ではないが、似たような嫌悪感を抱いているからだ。

 

(確かに、別の自分なんてどう接すればいいか分からないよね)

 

 シャルロットも、もし今も母が生きていて、幸せに暮らしている自分なんて存在が突然現れたらどう接していたかは想像もできない。つまり、ボーデヴィッヒの敵意であり、戸惑いはそういうことなのだろう。

 

「今日は、どうするんだ?」

 

「うん。先ずはラウラの服を買おうと思うんだ。それからランチにして、最後に小物や雑貨を見て回ろうかなって」

 

 今回はボーデヴィッヒの寝間着を含めた私服の購入が主である。

 

「しかし。寝るときに服を着ないのは以前の私もそうだったな」

 

「あ、やっぱり?」

 

「おばあちゃんに女の子が体を冷やすなと怒られてな。それからは習慣付けた」

 

 他にも友人たちにそれを話した際に恥ずかしいからやるなと言われた。

 

「ラウラはどういう服が着たいとか要望ある?」

 

「何でもいいだろう。強いて言うならこれと同じような物で良いのではないか?」

 

 今、ボーデヴィッヒが着ているのはネズミ色の半袖パーカーにオレンジの半ズボン。少年のような格好だった。

 

「じゃあ、それを1着と他には────」

 

 シャルロットがぶつぶつとボーデヴィッヒが買う服を考えている。

 

「そんなに買うのか?」

 

「うん。さすがに1着じゃあ足りないし。どうせならラウラも色んな服を着てみたいでしょ?」

 

「いや別に」

 

 即答するボーデヴィッヒ。

 元々衣服に関心があるなら私服がないなんて話にならないだろう。

 ボーデヴィッヒの言葉に深く息を吐くシャルロット。

 そこでリットナーが肩に手を置く。

 

「ボーデヴィッヒ。お前は一夏のことが好きなのだろう? なら、複数の服を買ってみてもいいんじゃないか?」

 

「い、一夏が何の関係がある!?」

 

 突然一夏の名前が出て動揺するボーデヴィッヒ。

 

「私が働いている服屋でこんなことがあった。私たちと同じくらいの恋人が入店してな。女性の方は男性のような格好をしていた。だから少し少女らしい格好の服を勧めてな。それを着たら男の方は照れたような反応をしていたんだ。毎回同じ服より多少違う格好の方が相手も違った反応をしてくれることもある」

 

「む。つまり、別の格好の方が嫁も喜ぶと?」

 

「可能性はあるだろう。媚を売る必要はないが、少しくらいは普段と違う格好を試しても損はないだろう。経験だと思って」

 

 一夏の名前を出したことが効いたのか、さっきより前向きに服の購入に興味が出たようだ。

 この後、ボーデヴィッヒはシャルロットと店の店員に散々着せ替え人形にされ、それを見ていたリットナーは元の世界での自分を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボーデヴィッヒの服選びを終えて昼食を摂っていた。

 最初の店でボーデヴィッヒが散々着せ替え人形にされたおかげでもう昼過ぎの時間になっていた。

 そこでリットナーがボーデヴィッヒにある質問をした。

 

「そういえば、ずっと疑問だったのだが、どうしてボーデヴィッヒは一夏を嫁と呼ぶんだ? 婿じゃないのか?」

 

「ん? それはだな。我が優秀な副官であるクラリッサが教えてくれだのだ。日本では気に入った異性を自分の嫁とする文化があると!!」

 

 自信満々なボーデヴィッヒの言葉。正確にはクラリッサの名前が出て盛大にリットナーが蒸せた。

 

「クラリッサ! ハルフォーフ中尉殿がそんなことを言ったのか!?」

 

「クラリッサのことを知っているのか?」

 

「知っているも何も……」

 

 リットナーにとってクラリッサ・ハルフォーフ中尉は部下から人望があり、生真面目で、それでいて軍への復隊をリットナーに強要しなかった、謂わば理想の上司だった女性だ。

 彼女がそんなトンチンカンなことを言ったと言う事実がリットナーには信じられなかった。

 

(もしや上官イジメか? しかしあの人がそんなことをするとは思えん。いや、もしやリットナー(わたし)とボーデヴィッヒがここまで違うように中尉も私の世界とはまったくの別人なのかもしれない! そうに違いない!)

 

 リットナーが頭の中で納得させているとシャルロットが視線を別の方へと向けていた。

 向いていた視線の先は、二十代後半のガッチリとしたスーツを着た女性だった。

 なにやら向こうは悩みごとがあるらしく、頼んでいたであろう料理に手をつけずに頭を抱えていた。

 

「ねぇ、ちょっと、いいかな?」

 

「お節介は程々にな」

 

 シャルロットの問いにボーデヴィッヒがそう答える。

 それに、嬉しそうにうん、と、答えたシャルロットが項垂れている女性に声をかけた。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

 シャルロットが話しかけると、その女性は数秒硬直した後にガバッとシャルロットの手を掴んだ。

 

「あ、貴女たちっ!?」

 

「は、はい?」

 

「アルバイトに興味ない?」

 

 女性はそんなことを訊いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話を要約すると、貴重なアルバイト店員だった2人に駆け落ちされ、人手不足に陥っていたらしい。

 それも今日は本社の視察やらなにやらがある時に。

 だから今日だけでいいからアルバイトをしてくれないかと土下座する勢いで頼まれた。

 ついでに前払いとばかりに3人が食べた昼食も、支払ってくれた。

 そんなわけで相手の勢いに乗せられた3人はそれぞれ渡された制服を着ていた。

 

「それはいいんだけど、なんでボクだけ執事服?」

 

 ボーデヴィッヒとリットナーがオーソドックスなメイド服にも関わらず、シャルロットのだけが執事服だった。

 ちょっと、いいかな? メイド服を着てみたかったシャルロットが不服そうな顔をするが、店長曰く似合うから、らしい。

 リットナーはラウラが2人居ることを不自然に思われないようにボーデヴィッヒとは親戚。そして名前を親友から借りてモニカ・リットナーと名乗った。

 

 こうして1日だけの喫茶店アルバイトが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルロットが女性客に接客している傍らで友人であるラウラ・ボーデヴィッヒのことを見ていた。

 

 

「水だ、飲め」

 

 そう言って乱暴にテーブルに水を置くボーデヴィッヒ。

 しかも続く言葉が。

 

「客でないなら出ていけ」

 

「はっ。お前ら凡夫に違いが分かるとでも?」

 

「飲んだら帰れ。邪魔だ」

 

 これである。

 本来ならクレームを入れられても文句の言えない対応だがボーデヴィッヒの優れた容姿と合わさって接客を受けた客たちはむしろその意外な対応に虜になっている。

 

(リ、リットナーさんはどうかな?)

 

 もう1人のラウラはどうしているのか。気になって見てみる。

 

「いらっしゃいませ。ご注文を承って宜しいですか?」

 

「失礼させていただきますね」

 

「こちらが○○のセットです」

 

 非常に無難な接客をしているのだが、微笑を浮かべ、失敗をしないように丁重に接客するリットナーにボーデヴィッヒとの対比となって男性客たちからどちらが良いか論争になるほど人気を取っていた。

 

「眼帯の銀髪メイドさんに罵れたい! あの蔑む、視線が堪らんとです!」

 

「いや! 俺はあの眼帯のない方のメイドさんだ! 甲斐甲斐しく接客してくれる姿がいい!」

 

 などと客たちの間で話題が走っている。

 シャルロットの方も、女性客たちから絶大な人気を誇っていた。

 いつの間にか3人が中心になって店が回り、店長が上手く回すことで店内は活気付いていた。

 誰もが挙って3人の誰かを指名してくる。

 そんな忙しくも平和な店内に突如不埒な客が乱入してきた。

 

「全員動くんじゃねぇ!!」

 

 どこで手に入れたのか、その手には拳銃どころかショットガンやサブマシンガンが握られている。

 夏だというのに安っぽいジャンパーにジーパン。覆面を被って抱えているボストンバッグには大量の紙幣が見える。

 どう見ても銀行強盗です。本当にありがとうございました。

 

 店の外では警察が包囲し、アナログな対応をしている。

 それを見ていたリットナーは息を吐く。

 

(こういう事件に巻き込まれる確率が高過ぎやしないか?)

 

 去年テロ事件に巻き込まれたばかりなのに、と思いつつ敵の装備を確認する。

 

(拳銃ならまだしも、ショットガンとサブマシンガンが厄介だな。下手に撃たれて店内の誰かに当たれば────)

 

 その先は考えるまでもない。

 

 強盗たちは入り口近くに座っていた高校生と小学生の2人で来ている姉妹の小学生の方を人質に取って座っている。

 今にも失禁しそうなほどに体を震わせている女の子。

 それを見たリットナーが動く。

 

「リットナーさん?」

 

「私が何とかして人質を替わってくる。その隙に強盗たちを無力化してくれ」

 

 リットナーも元軍属。運動能力とこういった時の判断力には少なくとも民間人よりは優れている。

 そしてここには他にもISの代表候補生が2人も居るのだ。

 人質が居るために手が出せなかったボーデヴィッヒとシャルロットはそれぞれ頷く。

 低くしていた身を立ち上げ、強盗たちに近づいていく。

 

「なんだぁ! なんか用か、お嬢ちゃん」

 

 拳銃をちらつかせて凄む強盗のリーダーと思われる男にリットナーは自分の胸に手を当てる。

 

「どうか、その()を解放してもらえないだろうか? 人質が必要なら私が替わろう。見ての通り武器も持っていない」

 

 両手を挙げて無抵抗の意志を示す。それに周りの客たちがざわざわと騒ぎ出す。

 

「ふん! 嬢ちゃん。意気込みは買うがな。俺たちは────」

 

「いいじゃないっスか、先輩。こんなガキよりこっちのメイドさんの方がいいっスよ! どうせ人質なら誰がなっても同じだし!」

 

 興奮した様子でサブマシンガンを持った男が近づいたリットナーのスカートに手を入れて太腿を擦ってきた。

 それに不快感を覚えながら表情を変えないリットナー。

 

 ちっ、と舌打ちした後にリーダーが女の子を解放する。

 すれ違う瞬間にリットナーは安心させるように微笑み、よく頑張ったな、とでも言うように女の子の頭を一瞬だけ手を置いた。

 

 店内にいる視線が人質となった少女に注がれる。

 リットナーは強盗に挟まれる形で座らされ、銀の髪やメイド服の上から身体をまさぐられていた。

 

 そうして意識が散漫になって強盗たちが銃を下ろした瞬間に身を潜めながらチャンスを窺っていた2人が動いた。

 

 先ずはシャルロットが持っていたトレイを顔に投げ付けてショットガンの強盗を無力化。

 サブマシンガンを上げようとした男はリットナーが手刀を手首に叩きつけて武器を床に落とさせるとそのまま蹴って遠くに移動させる。

 ついでに男の溝尾に拳を入れて無力化。

 

「このガキ!?」

 

 リットナーの反対にいた男が頭に拳銃を押し当てて来たがそれより速く移動していたボーデヴィッヒが手首を捻って銃を落とさせるとそれを拾うと同時に顎を膝で蹴り上げて意識を奪う。

 ちなみにその時、スカートが捲れて見えた脚のラインを見た男性客たちが歓喜していた。

 

 突然の反撃に対応できずに無力化されていく強盗たち。

 最後にはラウラが奪った拳銃。シャルロットが拾ったサブマシンガンをリーダーに向けてこう宣言した。

 

『チェックメイト!』

 

 これで、強盗たちが無力化されたと思われたが倒され伏していた

 男が立ち上がり、最後の抵抗とばかりにナイフを出して最初に人質になっていた女の子に襲いかかる。

 それにいち早く反応したのはリットナーだった。

 

「やめろっ!?」

 

 女の子を庇うように飛び込んで抱きしめると振るわれた刃がリットナーの左目の下の頬を掠めた。

 もう一度振るわれようとしたナイフはボーデヴィッヒが発砲した

 銃弾がナイフの刃に当たり、衝撃で手から落ちた。

 

「クソッ」

 

「おいアンタ……いい加減にしとけよ?」

 

 手首を押さえて悪態つく男の首を店内にいたガタイの良い男性客がドスの効いた声とともに掴んだ。

 いや、1人だけでなく、店内にいた男性客のほとんどが最後の抵抗をした強盗を取り囲んでいる。

 

「リアル小学生女子を人質に取ってなにしてんだコラァ!!」

 

「つーか銀髪メイドさんのスカートの中触るとか羨ましすぎるんだよ、死ね!!」

 

「服の上からだって金払っても触らしてくれねぇんだぞ、あぁっ!!」

 

 私情を交えながら私刑にされる男をポカンと見ているとシャルロットがリットナーの手を掴む。

 

「ゴメン。さすがに事件解決の為とはいえ警察の厄介になるのはマズイから、このまま裏口から出るよ!」

 

「わ、わかった!」

 

 そのまま3人裏口から逃走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう! 無茶して! 顔に傷が残ったらどうするのさ!」

 

「すまない。心配をかけた。だが、あの子が襲われるのを黙って見ている訳にはいかなかったんだ」

 

「そうだけどさー」

 

 腰に手を当てて怒ってますというポーズをするシャルロット。

 小さくともリットナーの顔に傷が付いたことをシャルロットは本気で怒っていた。

 逃げる前に自分も一発殴っとけば良かったと思うくらいに。

 今はシャルロットが渡した絆創膏を張って傷を隠している。

 そうだとそこでリットナーはボーデヴィッヒに向く。

 

「さっきは助けてくれてありがとう。助けられてしまったな」

 

 笑みを浮かべて礼を言うリットナーにボーデヴィッヒは顔を背ける。

 

「べ、別に、私は私のすべきことをしただけだ」

 

「あー! ラウラもしかしたら照れてる?」

 

「そうなのか?」

 

「違う! 断じて違う! 貴様も! 私と同じ顔でそんな腑抜けた表情をするな!」

 

 顔を真っ赤にしたボーデヴィッヒがリットナーの頬を引っ張り始めた。

 そこで、先程人質に取られていた女の子とその姉が現れる。

 女の子はあー、いた! とトタトテ駆けてこちらに近づく。

 

「さっきは本当にありがとうございました」

 

「あ、いや! 災難でしたね」

 

 ペコペコと頭を下げる姉の方にシャルロットは気にしないでと告げる。

 女の子が持っていた物を差し出した。

 

「たすけてくれて、ありがとう!」

 

 それは、クッキーが5枚入った包み。それが3袋に分けられている。

 

「ボクたちに?」

 

「この子がどうしてもお礼がしたいって。どうか受け取ってください」

 

 言われてここで拒否するのも悪く、それぞれクッキーの入った包みを受け取った。

 最後に女の子が勘違いを言葉にした。

 

「お兄さんもカッコ良かったよ!」

 

 執事服のままのシャルロットを男性と勘違いした女の子がそう言うと、姉の方がコラ、と嗜めるが、本人は分かってない様子だ。

 シャルロットは盛大に引きつった笑みを張り付かせる。

 それを聞いていた2人のラウラは口元を押さえてプルプルと震えていた。

 

「ちょっ! 2人とも笑わないでよーもお!」

 

 距離ができていた2人のラウラ。

 今日は、そんな2人が少しだけ距離を縮めた。

 そんな、1日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ひっどいなー、ちーちゃん! 束さんそんなに暇じゃないもん!』

 

 プンプンとでも言いそうな友人の態度に千冬は悪かった悪かったと電話越しで繰り返す。

 

 ラウラ・リットナーに関する調査が依然として進まぬ状況に千冬は最後の手段として本当に仕方なく束に連絡を取った。

 もしかしたら今回の件はこいつの仕業ではないかとも思って。

 とにかく、理解できない不可解なことが起こったら束を疑えという固定観念があったのも事実だ。

 だが、どうやら今回は本当に違ったらしい。

 怒っている束に千冬は今までお前がやらかしてきたことを思い返してみろと言いたいが不毛なのもわかっているために口だけ謝っておく。

 

『でも平行世界かー。ちょっと、どうやってこっちに来たのか気になるね』

 

「お前はどう思う?」

 

『んー。理屈は色々と付けられるけど、直接調べないとちゃんとしたことは解らないなー。でも、私の考えが正しいなら』

 

 世界を震撼させた天災は如何なる理論を並べてその推論に辿り着いたのか。

 

『そう長いことは、こっちの世界には居られないんじゃないかなぁ?』

 

 ただ別れが近いことだけを確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




束の出番はここだけです。今回彼女は黒幕じゃないよ!という説明のために出てきただけです。


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かがやく時空が消えぬ間に【後編】

遅れました。申し訳ない。


 その存在を認識した時の驚きは、如何な程だった。

 私の操縦者(あるじ)と同じ存在でありながら平凡な女へと身を落とした別の可能性(あるじ)

 一度、その存在を認識したからか、時折彼女の情報がコアネットワークから流れてくる。

 例え力は棄てても、その在り方は人として正しく育っていくもう1人の主を。

 

 どうか触れてあげてほしい。

 まだ幼い我が主に、その優しい心で。

 

 どうか教えてあげてほしい。

 力を棄てながら心を強くした貴女のことを。

 

 どうか気付かせてほしい。

 我が主は貴女のように微笑むことができるのだと。

 

 その願いが奇跡に届いたのか。ある日、コアネットワークに漂う彼女の意識を発見した。

 

 その意識を、拾い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人で買い物に出かけたあの日から、リットナーとボーデヴィッヒ。そしてシャルロットは毎回と言うわけではないが、1日に1回は一緒に食事を摂るようになった。

 今も2人のラウラ。そしてシャルロットと本音の4人で朝食を摂っている。

 リットナーは気に入ったのか。それとも箸を使う練習か。和食をよく頼んでいた。

 そんなある日。

 

「ところで以前から疑問だったのだが」

 

「何? どうしたの?」

 

「どうしてお前たちは一夏に対してああも攻撃的なのだ?」

 

 リットナーの質問にボーデヴィッヒとシャルロットは食事をする手を止める。

 本音はあははと笑いながらよく真っ正面から訊けるねーと事態を見守っている。

 

「どうしてって……ねぇ?」

 

「嫁が夫である私以外の女と戯れるからだ」

 

 視線を游がせるシャルロットとボーデヴィッヒは鼻を鳴らして答える。

 その答えにリットナーは目を細めた。

 

「……よく今まで嫌われなかったな」

 

 思ったことを口に出すことはどちらのラウラも共通らしい。

 リットナーの言葉にシャルロットが苦笑いのまま質問する。

 

「ちなみに、リットナーさんはどう思った?」

 

「正直、初めて一夏にISで攻撃を仕掛けるのを見たときはどんなイジメかと思ったな。しかし、好意のある相手に攻撃する意図が理解できん」

 

 スパッと斬りつけるように正論を言うリットナー。

 それにシャルロットは困ったように言い訳を口にした。

 

「ボクたちもね、悪いとは思ってるんだよ? ただ、一夏が自分以外の女の子と仲良くしてるのを見るとどうしてもね」

 

「嫉妬、というやつか。そこまで抑えられないモノなのか?」

 

 それは、純粋な疑問だった。

 それにボーデヴィッヒとシャルロットは視線を逸らす。

 2人の反応にリットナーは、ふむ、とコップの水を飲んで別の思いを口にする。

 

「だが、羨ましいな」

 

「え?」

 

 意外な言葉にシャルロットとボーデヴィッヒが目を合わせる。

 

「私には恋をする、ということがよく分からないからな。そこまで想える誰かが居ることは純粋に羨ましい」

 

 リットナーにも大切な相手は居るが、それは親愛と友愛であって恋愛感情ではない。

 そこまで感情を掻き乱す存在が居るとはどういうモノなのか。純粋に興味はある。

 だが同時に、自分が異性に恋をするビジョンもまた思い浮かばないわけだが。

 さらに言うと、生まれて15年以上、軍で必要最低限の付き合いしかしてこなかったリットナーは、この2年近くで濃密に他者と関わりを持ち、それらを自分の中で消化するのに手一杯ということもある。

 

「えーと、それは、その……」

 

 言葉短くとも自分たちのことをそこまでストレートに表現されて戸惑うシャルロット。

 その様子にリットナーは苦笑して、だが、と続けた。

 

「あまり一夏に手を上げてくれるな。見ていて気持ちの良い光景ではない」

 

「う、うん……」

 

 リットナーの言葉に戸惑いながらも頷くシャルロット。

 しかしボーデヴィッヒはふん、と鼻を鳴らす。

 

「それは一夏次第だ! 嫁が(わたし)を蔑ろにするなら相応の報いを与えるつもりだ!」

 

 胸を張って言うボーデヴィッヒにリットナーは困ったように告げる。

 

「も~、ラウラったら!」

 

「あまり、彼の優しさに甘えるな。愛想尽かされても文句は言えないぞ?」

 

「よ、嫁が私に愛想を尽かすモノか!」

 

 リットナーの言葉に若干の動揺を見せるボーデヴィッヒ。その姿にリットナーは困ったように肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまないな。呼び出して」

 

「いえ。大丈夫です」

 

 寮内の空いている部屋に呼ばれたリットナーは出されたコーヒーに砂糖を1杯入れて軽くかき混ぜると1口飲む。

 それを見て千冬は本題に入った。

 

「お前がこちらに来た原因と手段。そして帰還する方法については、未だに何も解っていない。すまないな」

 

「いえ! 謝ることでは!」

 

 こんな想定外も良いところの件を、ポンと答えが出せる筈もない。勿論リットナー自身、帰りたいという想いは揺らいでいないが。

 

「ここでの生活はどうだ? 最近はデュノアやボーデヴィッヒ共と居ることが増えたようだが」

 

「はい。特にシャルロットと本音は良くしてくれています。貴女の弟の一夏も」

 

 リットナーの質問に千冬はそうか、と相槌を打つ。

 束と連絡を取り、リットナーが長くこの世界には居られない、という予想は聞いたが余りにも不確定な情報により本人にはまだ話せない。

 

「ボーデヴィッヒについてはどう思っている? あぁ、答えたくなければそれでいい。あくまでも私個人の興味だからな」

 

 別の可能性を歩いた自分と対峙するとはどういう感情が浮かぶのか。千冬は訊いてみた。

 構いませんよ、とリットナーは胸に手を当てて口を開く。

 

「そうですね。今でも軍に残っている私を見て思ったのは純粋な尊敬、でしょうか。私は、そこから落ちてしまいましたから。ですから軍に評価され居場所の在る彼女を見て、その可能性に安堵したのもあります。ですが────」

 

「ですが?」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒと話をして良し悪しはともかく心が幼い、と感じました。まるで、物事を学び始めた子供のようだと」

 

 態度の方向性は違うが、義祖母に拾われた頃の自分と重なる。

 リットナーの言葉に千冬は成程と頷く。

 今のボーデヴィッヒは軍という囲いから仮とはいえ解放されている状態だ。周りと触れ合うこと様々なことを学び始めている。

 リットナーは、少し恥ずかしそうにボーデヴィッヒへの結論を口にした。

 

「あちらは、私のことを煩わしく思っているようですが、私の方は……そうですね。失礼かもしれませんが、反抗期の妹が出来た気分でちょっと嬉しいです」

 

 その結論を聞いて千冬は何度も瞬きした後に吹き出した。

 

「そうかそうか! 妹か! 確かに周りから見ていてもそう感じるな!」

 

 だからこそ惜しいとも思う。

 もしもラウラ・ボーデヴィッヒが彼女に心を開いていればそこから学ぶことも多かっただろうに。

 束の言葉を信じるなら、リットナーがここに居られる時間は少ない。

 そうでなくとも帰る居場所のある彼女をいつまでもここに置いておくわけにもいかない。

 だからこそ千冬にはこう言うしかなかった。

 

「そう思ってくれているのなら、奴に少しでもお前のことを教えてやってくれ。それが、ボーデヴィッヒの為になるだろう」

 

「はぁ……」

 

 千冬の言葉にリットナーは生返事を返すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャルロットは今、織斑一夏の実家に来ていた。

 今日この日、一夏が実家に戻って居るという確かな情報を得ていたシャルロットは今、彼の家の前にいた。

 初めて一夏の実家の前まで来たことに緊張した様子でインターフォンを押す。

 そして家の扉が開くとそこには、一夏ではない別の人物が出てきた。

 

「シャルロット?」

 

「えぇ!? なんでリットナーさんが!」

 

「え? あ、いや……一夏に招待されてな」

 

 リットナーの何気ない言葉にシャルロットが動揺する。

 

(一夏から招待!? な、なんで!!)

 

 ぐるぐると思考が混乱していくと、後ろから一夏と本音が現れた。

 

「どうしたんだ、シャル? いきなり来て」

 

「ヤッホー、デュっちー!」

 

 キョトンとしてる一夏といつも通り呑気な様子で手を振る本音。どういうことなのか分からないままシャルロットはとりあえず中へと案内された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからさして時間を置かずにいつものメンツが揃い、ロビーに集まっているが、専用機持ちの少女たちは落ち着かない様子でそわそわしている。

 ちなみに一夏は現在、簡単に食べられる昼食を用意している。

 彼女たちの視線は麦茶を飲んでいるリットナーに向けられていた。

 

(あの女は今日、一夏から誘われたと言った。いったいどういうつもりだ。一夏め!)

 

(わ、私だって一夏さんから誘われたことなんてありませんのに!)

 

(そもそも最近、あの子と一緒に居すぎじゃない!)

 

(うう……なんか、一夏とリットナーさんの仲が急激に縮まってるような……)

 

(嫁よ、もしもこの女に現を抜かすようなら許さんぞ!)

 

 今日、日頃のお礼を兼ねて一夏は帰宅する用事が有ったのもあり、リットナーを自宅に招いていた。

 丁度一緒に居た本音も私も行きたいと言ったのでついてくる形だ。

 それを聞いた専用機持ちたちは想像を膨らませてリットナーへの視線が俄然厳しくなっている。

 彼女たちの心は読めずとも、その強い視線に気付いているリットナーは居心地が悪そうに問いかける。

 

「すまない。何か私はそちらの気に障ることをしてしまっただろうか?」

 

 ここでそう返されてしまえば彼女たちも強く出られない。

 もしもここで不機嫌さを露にして喧嘩腰に対応されれば弾力で弾くように彼女たちも怒りを発散できるのだが、相手の対応はどこまでも低姿勢。

 さすがに想い人が自分以外の女を家に誘ったのが気に入らないから不機嫌ですとは言えずにただ悶々と曖昧な態度になってしまう。

 そうしていると一夏は手軽に食べられるざるそばを昼食にと用意し、テーブルに置いた。

 

「皆、誰か1人でも前もって連絡してくれれば良かったのに。携帯が有るんだから」

 

 一夏の言葉に女性陣からギンッと鋭い視線が向けられる。

 

「し、仕方ないでしょ! 今日いきなり思い立ったんだから! そ、そっちこそ帰るんなら誘ってきなさいよ!」

 

「どんなキレ方だよ……あ、めんつゆとわさびは好きなように調整してくれ。めんつゆは結構濃いやつだから少しで良いと思う」

 

「わー! リットン、食べよー」

 

「あぁ。これは初めて食べるものだな。楽しみだ」

 

 本音を真似てざるそばに手をつけるリットナー。

 

 確かに専用機持ちの彼女たちには常日頃から世話になっているし、それはそれで楽しそうだが。さすがにこの人数を一夏1人でもてなすのは大変なのだ。

 いや、同い年の仲間なのだからそこまで堅苦しく考える必要はないのかもしれないが、性格上という奴で。

 彼女たちもそんな自分の態度が悪いと気付き、仕切り直す。

 

 口を開いたのはセシリアだった。

 

「ラウラ・リットナーさん。これまで、あまりお話しする機会に恵まれませんでしたが」

 

 セシリアはリットナーが此方に現れた際に帰郷していたために学園には居らず。学園に戻って来てからも驚愕の事態に着いていけず、なんともなしに話す機会を逸してしまった。

 故に互いに自己紹介程度はしても、こうして向き合って話すのは初めてだった。

 

「そうだな。私もそちらと話をして見たいと思っていたから丁度良いと思う」

 

 穏やかな笑みを見せるリットナーの言葉にセシリアは目を見開く。

 周りの言葉から自分たちの知るラウラとは別の存在だとある程度理解していたつもりだが、やはり直接話すと違和感がスゴい。

 あのラウラ・ボーデヴィッヒが何かの違いでこうまで変わるのかと。

 学園に転入してきたばかりの頃を知るセシリアはそのギャップに戸惑っていた。

 だが、それを表面に出さずに会話を続ける。

 

「しかし、平行世界ですか……未だに半信半疑ですわ」

 

「私自身、この状況に戸惑っている。早急に帰らなければと思うのだが全く手立てがない」

 

 セシリアの言葉に苦笑して返すリットナー。

 彼女自身、今の環境がいや、と言う訳ではなく、向こうに家族が居るからだ。

 

 その言葉にう~ん、と一夏が口を挟んだ。

 

「でも、ちょっと勿体無いな。せっかく出会えたのに」

 

「ありがとう。でもやっぱり私の居場所はあそこだから。それに、このままずっとIS学園に世話になれる訳でもないだろう?」

 

 リットナーは生徒ではない。

 あくまでも予定のない来訪者に過ぎないのだ。

 

「だったら転入試験を受ければ良いのではないか? IS学園は特殊だが、そちらの事情を考慮して受けることもできるのではないか?」

 

 箒の質問にリットナーは首を横に振る。

 

「私はISに関わるつもりはない。そんな私がIS学園に居続ける訳にもいかないだろ」

 

 思えば、リットナーはISに乗ることを避けているようだった。

 何度か訓練機を借りて練習に参加してみないかと誘ったことがあったが、リットナーは困ったような態度で、しかしはっきりと拒否していた。

 リットナーの答えに納得出来ないのか、鈴音がふん、と鼻を鳴らし、挑発気味に質問する。

 

「ISに関わらない、ね……でもそれって軍を辞めさせられたからなし崩しに、でしょ?」

 

「おい鈴」

 

 喧嘩を売ってるような鈴音の態度に一夏が嗜める。

 しかしリットナーは気にした様子もなく答える。

 

「うん。きっかけはそうだが。私自身、今の生活でいろいろな人と触れあい、軍という縛りが失くなり、視界が拓けたような気がするんだ。だからこれからは、自分がやりたいことや成りたいもの。在りたい自分を探していきたい」

 

 自然体のままに返したリットナーに僅かな沈黙が訪れる。

 そんな中で本音がリットナーの頭に横から抱きついた。

 

「リットンはえらいねー」

 

「コラやめろ。つゆが溢れるだろ」

 

 窘められても止めようとせず、うりうり~と抱きついたまま頭を撫で続ける。

 その際に、本音の胸がリットナーの顔に当たっているのを見て、一夏が顔を赤くし、内心羨ましいと思ってしまうのは男の性か。

 その様子に周りが白い目を向ける。

 一夏もそれに気付いて慌てて弁明する。

 

「ち、違うんだ! ちょっと羨ましいなんて思って……はっ!?」

 

 口から失言が漏れたことを悟り、口を押さえる。

 しかし遅かった。

 

「白昼堂々セクハラ宣言とは良い度胸だ一夏」

 

「なに! 胸の脂肪がそんなに良いわけ!!」

 

「ホホホ。あまり女性の体を見るのは紳士としてどうかと思いますわよ?」

 

「一夏……私にもあまり他の女に鼻を伸ばすようなら、覚悟は出来ているのだろうな?」

 

 たじろぎ一夏。ちなみにシャルロットは不機嫌そうに残りのソバを啜っている。

 そしてこの場に空気を読まず爆弾を投下する者が2名。

 

「ふむ。やはり男には本音のような豊満な体型の女が好まれるのだろうな」

 

「え~? リットンみたいな小柄な子が好きだって人もいるよー?」

 

 自分の慎ましい胸に手を当ててそう漏らすリットナーに本音が返す。そして、本音の爆弾はここからだ

 

「おりむーはどう思うー?」

 

「えぇっ!? 俺ぇ!!」

 

 なんでここで俺に振んの!? と逃げたくなるのを抑えて思考をフルスロットルさせる。

 ここで周りを怒らせず尚且つリットナーに不快な思いをさせない回答をしなければならない。

 冷や汗をだらだらと流しながらどうにか口を動かした。

 

「お、俺は、リットナーさんみたいな娘も魅力的だと、思うよ……」

 

 どうにかそれだけ搾り出す。

 すると、リットナーは照れたように肩を小さくする。

 

「う、ん……そうか? ありがとう。世辞でも嬉しい」

 

 その反応がちょっと意外で、一夏も照れ臭くなり頭を掻いて顔を背けた。

 

『うーう、う、う……』

 

 その様子を歯軋りするような顔で見る専用機持ちたちだった。

 本音は終始楽しそうにニコニコとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏とシャルロットが食器を片付けている間、残った6人には険悪、とまではいかないが、ギクシャクとした様子で座っていた。

 その雰囲気に耐えかねたのか、箒が話始めた。

 

「リットナー。お前は、一夏のことをその……どう思う?」

 

「一夏か? 善い(ひと)だと思うぞ。皆が彼に好意を寄せるというのも頷ける」

 

「な、ならもしかして貴女も一夏さんを……!」

 

「私に恋愛なんてモノは解らないさ。知識としてはともかく、実感がまるで湧かん」

 

 相手に嫌われたくないとは思っても自分のモノにしたいと執着したいとは思えない。だからその感情と戦っている彼女らの必死さを時に羨ましいと思うのだ。

 そこで洗い物を終えた一夏とシャルロットが戻って来た。

 

「なんか俺の名前が出てた気がするんだけど……」

 

「べ、別に何でもないわよ!」

 

 鈴音が焦った口調で言い返す。

 それから鈴音が持ってきた幾つかのボードゲームを皆で遊んでいると千冬が帰って来た。

 

「なんだ。今日は客が多いな……」

 

 呆れたように呟く千冬。

 帰ってきたら7人も客が居れば驚くだろう。

 

「織斑せんせーお邪魔してまーす!」

 

「お邪魔してます」

 

 平然と千冬に挨拶する本音とリットナー2人の胆力を皆は内心羨ましいと思った。

 

「おかえり、千冬姉。昼がまだなら何か用意するけど?」

 

「もう夕方だぞ。さすがに食べたさ」

 

「そっか。なら飲み物はどうする? お茶を飲むなら用意するけど」

 

「そうだな……いや、いい。すぐにまた出る」

 

 帰って来たばかりだというのにすぐに出ようとする千冬に一夏は首を傾げた。

 

「なんだよ。まだ仕事が残ってるのか?」

 

「あぁ。夜も外で済ませてくるから必要ない」

 

「そっか。なら、新しいスーツ。秋物とかのさ。千冬姉のバッグに入ってるから」

 

「わかった」

 

 退散するように自分の部屋に向かう千冬。それを見てリットナーは僅かに眉間に皺を寄せた。

 

「どうやら気を使わせてしまったようだな」

 

「だねー」

 

 これだけ生徒が居る中で教師である自分が居ると純粋に楽しめないと思ったのだろう。

 それはそれで織斑家の家族団欒を邪魔したようで悪い気がした。

 

 部屋から出た千冬が念のために釘を刺す。

 

「夜まで居るのは構わんが、泊めるなよ。布団がないからな」

 

「分かってるよ、千冬姉」

 

 さすがに一夏もこの人数の女子を泊める気はないらしく、苦笑しながら返す。

 スーツ姿で出ていく千冬を見送り、一夏がこれからどうするか訊く。

 

「どうする? 夜まで居るなら、夕食も準備するけど。でもその前に買い物に行かないとなぁ」

 

「なら、今日の夕飯はボク達で用意するのはどうかな? お昼は一夏が用意してくれたし。キッチン使っていいなら」

 

「ん。そうだな嫁にばかり働かせるのは悪い。料理は私も参加しよう。軍ではローテーションを組んで料理することもある。期待しててくれ」

 

 シャルロットの提案にボーデヴィッヒが腰に手を当てて賛同する。

 

「そうだな。ならば、私も腕を振るわせてもらおう」

 

「そうね! 面白そうだし、私の腕を見せてあげるわ!」

 

「ふむ。なら、私も作ろう。簡単なもので良ければ、だが」

 

 箒、鈴音、リットナーが料理側に立候補する。

 最後にセシリアが自信満々なポーズで宣言をする。

 

「ならば、私も参加させて────」

 

「却下」

 

 しかし、鈴音の一言の下で否定された。

 

「な、何故ですの!?」

 

「いや、流石に6人以上で調理するとキッチンが手狭すぎるし? アンタが1番料理慣れしてなさそうだから」

 

 ここでアンタが料理下手だからと言わないのが彼女なりの優しさである。

 多少味や出来が悪くとも笑い話で済むが、セシリアの調理能力は笑い話では済まない。

 わざわざ場の空気を微妙にする必要はない。これがベターな選択なのだ。

 

「そうだよセシリア。今回はボク達に任せて、ね?」

 

 シャルロットの後押しもあり、ぐぬぬと歯噛みしながらも、料理に不慣れなことを認める。

 

「仕方ありませんわね。ですが次は必ず私の料理で驚かせて差し上げます!」

 

(いや、確かに驚くだろうが。悪い意味で)

 

 セシリアの料理の腕を知っている箒は胸を撫で下ろした。

 

 

 その会話中に一夏と本音は

 

「ちなみにのほほんさん、料理は?」

 

「私は食べるの専門だよー」

 

「はは。ですよねー」

 

 などと呑気に話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆で買い物を済ませて5人の少女が料理をしていた。

 ちなみにメニューは箒がカレイの煮付け。

 鈴音が肉じゃが。

 シャルロットが鶏の唐揚げ。

 ボーデヴィッヒがおでん。

 リットナーがハンバーグである。

 なるべくご飯に合いそうな物を、という選択だ。

 

「リットナーさんのハンバーグはドイツ風?」

 

「いや、確かにフレデレカという似た料理は在るが、日本の舌に合うか判らないからな。今回はIS学園で食べたトマトソースのハンバーグだ」

 

 小さく形を整えて人数分のハンバーグのタネを用意する。

 

 隣でサバイバルナイフを使い、食材を切っているボーデヴィッヒに問いかける。

 

「ボーデヴィッヒは何を作るんだ?」

 

「おでんだ」

 

 タンッと大根を切るボーデヴィッヒ。

 

「それって冬の料理なんじゃ……」

 

「そうなのか?」

 

 おでんを知らなかったリットナーはシャルロットの言葉に疑問を口にする。

 

「そうだが、別に夏に食べられない物という訳でもない。この間、テレビでやっていたからな。作って見ようと思った」

 

 次々と食材を切っていくボーデヴィッヒ。

 

 それをチラチラと見ながら一夏は楽しみやら怖いやらの思いでセシリアや本音と話しながら待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5人が料理を完成させ、食卓に並べると一夏が嬉しそうしている。

 

「自分の家で料理を待つって経験なかったけど結構腹が減るのな」

 

「おー! みんなおいしそうー」

 

 並べられた料理を見ながら待ち遠しそうにしている。

 こうして色々な料理を並べるとちょっとしたパーティー気分だった。

 それぞれ飲み物を注いで席に着く。

 

「いただきます」

 

 一夏はまず、1番信用出来るシャルロットの唐揚げから食べる。

 

「お! 美味いな、これ。大根おろし使ってるのか?」

 

「うん。前に一夏が言ってたから作ってみたくて」

 

 美味い美味いと言われて嬉しそうに頬を赤くして照れている。

 他の料理もこれと言って騒ぐほどの失敗作もなく、それぞれ食事を楽しむ。

 そんな中でボーデヴィッヒとリットナーが話している。

 

「このおでん、美味いな。後で作り方を教えてもらっていいか?」

 

「それは、構わないが……」

 

 どうやらボーデヴィッヒ製おでんが気に入ったらしく、レシピを聞いていた。

 リットナーの反応に戸惑うようにボーデヴィッヒが反応する。

 それを見ていた周りは微笑ましい光景として映った。

 

(こうして見ると、やっぱり姉妹みたいだよね)

 

(性格も異なるからなおのことな)

 

 だからこそ、この光景がやがて失われてしまうことを惜しく思う。

 そしてそれは、もう目前まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を終え、そろそろ女子たちは学園に帰ろうということになった。

 

「今日はありがとうな。夕食、美味かったよ」

 

「今度は、私の手料理で舌を唸らせて見せますわ!」

 

「あ、あぁ。タノシミダナー」

 

 セシリアの宣言に一夏が棒読みで答えた。本人はそれに気づかなかったことが幸せなのか。

 

「帰ろう、ボーデヴィッヒ」

 

「っ!?」

 

 リットナーがボーデヴィッヒの手を取ろうとすると、反射的にその手を払った。

 それに驚いた表情を見せる。リットナーだけでなく、この場にいる全員が。

 

「ラウラ……?」

 

 一夏がボーデヴィッヒを呼ぶが、それに反応せずに、険しい表情を浮かべている。

 

「リットナー……私は、お前が嫌いだ……」

 

「……」

 

 どうして今、こんなことを告げたのか、ボーデヴィッヒにも理解できていない。しかし、今言わなければいけないような気がした。これが、最後の機会だと。

 

「私と同じ姿で周りに馴染んでいく貴様が。今日、一夏から家に招かれた貴様が。私は、気に食わない」

 

 それは自分と同じ姿の存在に居場所を侵食される不快感。

 別の可能性。

 それが、こんなにも穏やかに普通の少女のような表情を浮かべて居ることが、ラウラ・ボーデヴィッヒには理解できない。

 

「どうしてあの時、散々貴様を否定した私に、こうも好意的に接してくる? 何故あの時に、私に礼など告げて消えた?」

 

 それは最初にリットナーになる前に、この世界のボーデヴィッヒに会ったときに言った。

 

『ありがとう、私を否定してくれて』と。

 

 その言葉の意味を理解できず、リットナーを見る度に気持ち悪さが常にあった。

 どうして、自分を否定する言葉に、安堵した表情をしたのか。

 

「私は、ずっと不安だった」

 

 ポツリとリットナーが口を開く。

 

「軍から除名され、おばあちゃんに拾われ、普通(あたりまえ)を学びながら暮らしていく中で、自分が本当にそんな生き方を出来るのかずっと不安だった」

 

 15年積み重なった自分を変えることが出来るのかと。

 

「そんなときに、あの日、お前が私を腑抜けた顔と言ってくれて。軍人だった私を否定してくれて。ようやく私は、ISと軍人である自分に区切りを着けることができた」

 

 あの出会いがなければ、今もその狭間で苦悩していたかもしれない。

 それを断ち切ってくれたのはボーデヴィッヒだったのだ。

 

「だから、お前には感謝している。ありがとう。お前のおかげで、私は普通に近づくことができた」

 

 飾りっ毛なく心からの言葉をもう1人の自分に送る。

 その言葉に震えるようにボーデヴィッヒが搾り出す。

 

「私は、どこかで貴様を羨んでいた」

 

 力を絶対視しなくなり、IS学園でなりたい自分を見つけようとしている。

 目の前の女が、まさにそうなのではないかと。

 自分がなりたい理想を見せつけられているようで。

 

「何より、一夏が、私といるときより安心した表情を貴様と居るときに見せるのが堪らなく悔しかった」

 

 織斑一夏はラウラ・ボーデヴィッヒにとって軸だ。それが違う自分に安心した顔を見せれば、胸を締め付けられる。

 まるで今の自分を否定されているようで。

 

「私とお前は既に別の存在だ。ボーデヴィッヒがリットナー(わたし)になることはきっとない」

 

「……!?」

 

 キッパリと断言するリットナーにボーデヴィッヒの顔が歪む。

 

「でも、成りたい自分に変わることはきっとできるさ」

 

 それまでに迷うことや戸惑うことほたくさんあるだろう。傷つくこともあるかもしれない。

 それでも、変わっていけるのだ。

 少し前の自分がそうだったように。

 望むのなら、きっと。

 

「あ────」

 

 リットナーがボーデヴィッヒの手に触れようとする。

 今度は払わずに手を取ろうとする。

 

 ────すると、その手が、まるで幽霊のように透けた。

 

「な、なんだ!?」

 

 突然体が文字通り透けたリットナーに箒が驚きの声を出す。

 自分の手の平を見つめ、リットナーは理解した。

 

「そうか。時間切れなのか……」

 

 前と同じ様に、これからきっと元の場所に戻るのだろう。

 安堵したような。残念な気持ちになりながらリットナーは周りに告げる。

 

「すまない。お別れのようだ」

 

「リットン……」

 

 この中で1番一緒にいた本音が寂しげに愛称を呼ぶ。

 リットナーも世話になったと頭を下げた。

 

 そこでボーデヴィッヒの脚に光が発生しているのに気付く。

 スカートを上げると、そこには待機状態のラウラのISが光っていた。

 まるで消えようとするリットナーに呼応するように。

 

「もしかして、私をこちらに呼んだのは、お前なのか?」

 

 どうして、そう思ったのか。ただ、なんとなくボーデヴィッヒのISがこの別れを惜しんでいるように感じた。

 

「……ありがとう。おかげで良い時間を過ごさせてもらった」

 

 どうして、どうやってなどはどうでもいい。ただ、この1ヶ月近くの時間は間違いなく楽しい日々だった。

 この時間に過ごした思い出が、宝物と呼べるほどに。

 周りは、突然のことにどう反応すれば良いのかわからない様子だ。

 もう、会うことはないだろう。

 こんな奇跡は、そう何度も起きないと思うのが普通だ。

 それでも、僅かな可能性があるのなら、ここで言うべきはさよならではなく────。

 

「それじゃあ、いつかまた」

 

 まるで友人の家から帰り、明日会うような気軽さでラウラ・リットナーはその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うーん……」

 

 目が覚めると知らない天井と鼻につく薬品の臭い。

 

「こ、こは……?」

 

 見るからに病室。窓から射し込む光がやけに眩しくて目を細めた。

 体を動かすとやたら硬い。まるで長いこと動かしていないようだった。

 ゆっくりと起き上がると病室のドアが開いた。

 入ってきたのは、友人であるモニカとアデーレだった。

 

「や、やぁ……?」

 

 ぎこちなく腕を上げて挨拶する。

 するとモニカの目からぶわっと涙が溢れた。

 

「ラウラァアアアアァアアッ!?」

 

「ぐおっ!?」

 

 モニカが力一杯に抱きついてきた。

 

「すっごく! すっごく心配したんだよぉ! ラウラァ!」

 

「と、とにかく痛いから放せ! 大丈夫だから!」

 

「何が大丈夫なモノですか! 1週間も昏睡状態だったんですよ!!」

 

 目尻に涙を溜めてそう告げるアデーレ。彼女にも相当心配かけたらしい。

 

「1、週間……?」

 

「覚えてないの? 学校で具合悪そうにしてて。声をかけても大丈夫だ、としか言わないしぃ! それで、移動教室になって立ち上がった瞬間に糸が切れたみたいにバッタンッて泡吹いて倒れたんだからぁ!!」

 

 向こうでは1ヶ月近い時間もこちらでは1週間程度しか経ってないらしい。

 それとも、やはりアレも夢だったのだろうか? 

 不思議なものだ、と思っていると、手に何か握られていることに気付く。

 握られていたのは1枚の紙だった。

 それは、向こうでメモした、ボーデヴィッヒ製おでんの作り方。

 

「なにこれ? レシピ?」

 

 紙を覗きこんだモニカが不思議そうにそれを見る。

 その紙こそが、ラウラが向こうにいた確かな証拠だった。

 暖かい気持ちのまま紙を胸に当てる。

 

「そうか。夢では、なかったか……」

 

 モニカとアデーレが不思議そうにしていると次の来客が来た。

 

「良かった。目が覚めたのね」

 

 来たのは、ラウラ・リットナーのおばあちゃんだった。

 

「ただいま、おばあちゃん」

 

 ラウラは確かに自分の世界へと戻ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。帰っちゃったんだ……」

 

「うん……ちょっと寂しいね……」

 

 本音からラウラ・リットナーが元の世界へと帰還した聞き、簪は俯く。

 結局、彼女の期待に答えることは出来なかった。

 ラウラ・リットナーが消えた。それは簪に、時間は有限だと教えているようだと思った。

 いつまで自分はこうして打鉄弍式を製作することが許されるだろう。

 いや、それ以前に、このままで良いのかと思う。

 今年。このIS学園で様々な事件が起こった。

 無人機の襲撃。ダックマッチでのIS暴走。そして臨海学校での軍用機との死闘。

 それら全てに簪は何も出来なかった。

 自分の機体が完成してないから。

 だがこれからも、それを甘えにして良いのだろうか? 

 もしも自分が参加していたら、これまでの事件で被害を少しでも抑えられただろうか? 

 これから起きる事件で、自分が居ないことで、何らかの被害が広がるなら────。

 それは、怖い想像だった。

 しかし無視しても良い想像でもなかったか。

 更識簪は、日本の代表候補生なのだから。

 それでも、まだ見知らぬ誰かに頼ることは怖くて。

 

「ねぇ、本音……」

 

「んー。なぁにー? かんちゃん」

 

「もし私が、打鉄弍式の開発を手伝ってってお願いしたら、本音は手伝ってくれる、かな?」

 

 今さら都合の良い言葉だった。

 散々拒否したくせに今になって。

 だが、本音はパァッと花丸な笑顔をする。

 

「もっちろんだよかんちゃん! 何をすればいいかなー?」

 

 ブンブンと手を握って上下に振ってくる本音。

 それに戸惑いながらも簪は小さく笑みを浮かべた。

 

 

 これを機に、簪はIS知識のある先輩の助言を乞うなどして今までの遅れを取り戻すように打鉄弍式を組み上げていった。

 そしてそれは、学園祭より目前で日の目を見ることになる。

 初めて打鉄弍式で空を飛んだ簪。

 しかし、そこに自分に発破をかけてくれた少女が居ないことが残念でならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは待機状態のISを撫でていた。

 

「まったく。どういうつもりかは知らないが、私はそんなにも頼りない主だったか?」

 

 言葉とは裏腹にラウラの手つきは親愛に満ちたモノだった。まるであの出会いに感謝するように。

 そこでシャルロットがラウラに話しかける。

 

「何もかも突然で。お別れも満足に言えなかったね」

 

 イレギュラーでしかない筈の少女。

 しかし身近にいた存在が居なくなり、寂しさを感じるのは当然だろう。

 だが、ラウラは諦めていなかった。

 

「なに。奴はまた、と言ったんだ。そのうち、会う機会もあるかもしれん。いや、むしろこちらから会いに行く。あんな醜態を晒して別れたままでは、みっともないからな!」

 

 ラウラの言葉にシャルロットはクスリと笑った。

 

「そうだね。それにボクたちのことばかりじゃなくて、リットナーさんの周りの人たちも見てみたいよね。特に彼女の保護者のおばあさん」

 

「うむ」

 

 あそこまでリットナーを変えた人だ。いつか会ってみたい。

 そうして寮を歩いていると、部屋の前で一夏と箒が言い争っていた。

 

「だ、だからちゃんとノックしただろ!?」

 

「ノックをしても中から返事を待たずに入る奴があるかぁ!」

 

「いや、だって鍵が開いてたからつい……」

 

 箒が制服で自分の体を隠しているところを見ると、どうやら着替え中に入ってしまったらしい。

 またやってるよ、と、言わんばかりのシャルロットの表情。

 見ると、箒が一夏に平手打ちをするが、それを避けようと動く。

 そこで無意味に動かした手が狙ったかのように箒の胸を鷲掴みにした。

 

「あ……」

 

 マズイと汗を滝のように流す一夏。

 プルプル震えていた箒の手にはいつの間にか木刀が握られていた。

 

「天誅────!!」

 

 鋭い一撃が一夏の脳天めがけて襲いかかる。

 だが、ガキン、と、いう金属音に阻まれ、箒の攻撃は防がれた。

 ラウラが部分展開したISの腕で、箒の木刀を防いだのだ。

 尻餅をつく一夏。

 

「た、助かったよラウラ。ありがとう」

 

「まったく。嫁が夫の部屋より先に別の女のところに顔を出すとは何事だ!」

 

 怒った顔で見下ろしてくるラウラ。

 一夏はもしかしたら今度はラウラに攻撃されるのかと逃げる用意をする。

 しかし、ラウラは部分展開していたISを解除し、仕方ないと息を吐く。

 

「だが、嫁の間違いを許し、正すのは夫の務めか」

 

「ラウラ……怒ってないのか?」

 

「怒ってはいる。しかし、もう暴力に頼るのは止めようと思う。一夏に嫌われたくないからな!」

 

 宣言するように一夏を指差す。

 

「どうやら私は一夏を嫁にするに辺り、まだ色々なものが不足していたらしい。だから、これからはそれらを身に付け、一夏を本当の意味で惚れさせて見せるぞ!」

 

 足りないものがあるなら学び、成長すれば良い。

 成りたい自分があるなら変わっていけば良い。

 少しずつ焦らずに。

 ラウラは一夏の手を引く。

 

「行くぞ、一夏。1時限目は織斑先生の授業だからな! しっかり朝食を食べて遅れぬようにせねば!」

 

 もう1人の自分との出会いは確かにラウラ・ボーデヴィッヒの中で大きなきっかけとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

「なんだよ、千冬姉。呼び出したりしてっ!?」

 

「織斑先生だ。馬鹿者」

 

 出席簿で叩かれた頭を押さえる一夏。

 千冬は一夏に小包を渡す。

 

「外出中に来ていたお前宛の荷物だ。受け取れ」

 

「荷物? 誰から?」

 

 一夏の質問に千冬は意味ありげな笑みを浮かべた。

 

「ドイツのあの娘からだ」

 

「え!?」

 

 中を確認するとアルミ製の箱。中身はクッキーだった。

 手紙には以前貰った和菓子が大変美味しく頂けたのでそのお礼にと添えられていた。

 

「良かったな、一夏」

 

「あ、あぁ」

 

 上機嫌で大事そうにクッキーの入ったアルミ缶の箱を抱えた一夏が多数の学園生徒に目撃され、様々な噂が流れてちょっとした騒ぎになるのだが、今の彼には与り知れないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リットナーを呼んだのはボーデヴィッヒのIS。彼女は冬木に喚ばれた佐々木小次郎に近い状態で原作世界に留まっていたと思ってください。無茶苦茶なのは承知ですが納得してください。お願いします。


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知らず嫌い

ちょっとだけ復活。


 学年も1つ上がり、ラウラ・リットナーも高校生活2年目になって少し経った頃。

 あることに気付いたのは下級生の女子生徒が荷物を落として散りばめたのを見てしまったのがきっかけだった。

 慌てて散らばった荷物を拾う少女。

 それに気付いたラウラは散らばってしまった荷物を拾うのを手伝う。

 幸いにしてそれほど散らばった量は多くはないので、ラウラの両手で拾った分と合わせて全部だった。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、はい! ありがとうございます!」

 

 ペコリと頭を下げる後輩の少女。

 眼鏡をかけたラウラ程ではないが、小柄なショートカットの女の子で如何にも気の弱そうな雰囲気。

 その人物が落とした持ち物を受け取ってラウラの顔に視線を合わせた。

 すると驚いたように瞬きする。

 

「ラウラ・リットナー……先輩?」

 

 確かめるように呟く少女にラウラは疑問に思いながらも肯定した。

 

「あ、あぁ。すまないがどこかで会ったことが────」

 

「す、すみませんでした!?」

 

「は?」

 

 数回頭を下げた少女はそのまま視線を合わせる事なく反対方向へ向いて逃げるように駆け足で去っていった。

 

「んん?」

 

 何故あんな態度を取られたのか理解できずにラウラは考え込み、首を横に倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オープンカフェで店員に飲み物を注文した後にラウラは親友であるモニカとアデーレに躊躇いがち相談した。

 

「その……もしかして私は下級生に嫌われているのだろうか?」

 

「は?」

 

「え? いまさら?」

 

 ラウラの質問にアデーレは何を言ってるんですか? と質問の意図を理解しかねると眉を寄せ、モニカは今まで気付いてなかったの? と口が動いていた。

 そのモニカの反応にラウラは質問を重ねる。

 

「いや待て! 私何かしてしまったか? これまで下の学年と接する機会なんてなかったぞ! というか、下級生だけじゃなくて上や同学年の者も一部からも避けられているような気もするのだが!」

 

 あの眼鏡の後輩の件から少し回りを観察したが、下級生を中心にどうにも嫌われているというより、怖れられているような気がする。

 もちろんラウラにそんな態度を取られるような事をした覚えはない。

 なにか知っているなら教えてくれ、と訴えてくるラウラにモニカは困ったように答える。

 

「えっとね、ラウラ。クレーマー先輩って覚えてる?」

 

「………………あんな強烈な人をポンと忘れられるほど私の記憶力は低くない」

 

「だよね」

 

 リア・クレーマー。

 どういうわけかラウラに執心し、ストーカーや監禁。はたまたアデーレの兄をラウラと親しくしたからという理由で爆殺しようとした女性。

 何と言うか、持てる才能を盛大に間違えた人物としてラウラに一種のトラウマを植え付けた先輩だった人だ。

 今は両親に暴行を加えた件を含めて裁判中と聞いている。それ以上の事は知らないし、知りたくもない。

 

「それでね。あの先輩が学校を辞めたり、捕まったのはラウラがあの人に酷いことをしたからだって噂が流れてて……」

 

「なんですかそれは!?」

 

 反応したのはラウラではなくアデーレだった。ラウラも目が点になって固まっている。

 アデーレからすれば兄に危害を加えた許しがたい人物として記憶している。

 被害者であるこちらが何故加害者のように言われてるのか。

 モニカがアデーレを宥めつつ話を続ける。

 

「あの先輩、あれで卒業生や今の上級生に人気があったし、お世話になった人とかも居たし。優等生で通ってたからね。事件を起こしたって事が信じられなくてそういう風に変な噂を流してる人がいるみたい。それが新入生の間に広がってるみたいで」

 

 届いた飲み物を一口飲んでモニカが少しばかり呆れたように息を吐く。

 

「まぁ、実際にラウラ悪くないんだし。普段通りしてれば噂も消えるんじゃないかな?」

 

「……他人事みたいに言いますね」

 

「こういうのって自分から動くと勘繰る人も出るんじゃない? それにラウラを見てれば誤解だって分かってもらえると思うし」

 

 楽観的に言うモニカにアデーレは不満そうに唇を尖らせ、ラウラは項垂れるように視線を手元のコーヒーカップの中の黒い液体に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、ダメだろう……」

 

「う~、うーうー!」

 

「いや、そんな風に唸ってもなぁ……」

 

「ごめんね、お姉ちゃん……」

 

 ラウラの保護者の義祖母と関わりのある施設。

 目の前で駄々をこねている子供にラウラと施設の院長や年長組は困ったように難しい表情をしている。

 問題になっているのは、年少組が抱えている猫である。

 それなりに年を取ってそうな猫。

 それを子供たちが拾ってきた、のではなく追いかけ回して捕まえたというのが真相らしい。

 年長組であり、ラウラと特に親しいアニータが諭すように話す。

 

「この猫、首輪してるじゃない。飼い猫でしょ。放してあげなさいよ」

 

 猫は毛並みも手入れされていて健康的なことから捨て猫と言う線低いと思われる。

 そもそも飼おうにもこの施設はペット禁止である。

 これは施設がペットを飼えないほど貧窮しているからでは勿論なく、いつ子供たちは何らかの理由でここを出るのか分からないのに、動物を飼うと言うのが好ましくないからである。

 援助で成り立っている施設にいきなりペットを飼う予算を組み込む訳にもいかないという理由もある。

 何より飼い猫。飼い主も今頃心配しているだろう。

 

「でも~! この子が家に帰れるか心配だし……」

 

 それでも意固地になった子供を説得するのは容易ではなかった。

 だが、確かにそのまま家に帰れず車にでも轢かれたら後味は悪いのも事実。

 腕を組んで考えていたラウラが仕方ないと子供から猫を取り上げる。

 

「分かった。少しの間、私が面倒を見よう」

 

「え!?」

 

「良いのかい?」

 

 院長の質問にラウラはえぇ、と頷く。

 

「以前、おばあちゃんに動物を飼ってみないかと訊かれた事がありますので。数日程度なら問題ないかと。迷い猫のポスターを作って貼ればすぐに飼い主も見つかると思いますし」

 

「そうだね。じゃあ写真を撮って、ポスターはこっちで作るよ」

 

「お願いします」

 

 ラウラが頭を下げた。

 だが、そのポスターを作る作業はすぐに無駄になることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーヤという名の少女は夜の町をキョロキョロと見渡しながら歩いていた。

 

「どこいっちゃったのかな……」

 

 困ったように飼い猫を探して町を探し回る。

 今日学校から帰ってきたら飼っている猫が居らず、夜になっても帰ってこないので探しに出たのだ。

 しかし、全然見つからずに不安になる。

 小さい頃から飼っている家族同然の猫だ。何かあったらと思うと胸が痛くなる。

 どうしようと内心焦り始め、動作もおろおろとしていると、見知った人が見えた。

 人形めいた整った顔立ちに年上とは思えない小柄な体格。

 目立つ長い銀の髪に金と赤のオッドアイ。

 無表情で歩くその姿はどこか氷のような印象を与える。

 先日、荷物を散りばめてしまい、拾うのを手伝ってくれたのに逃げるように去っていってしまった相手だ。

 

「あ!」

 

 そこでその腕に見覚えのある猫が居た。

 似た猫ということはない。

 首に付けている首輪は自分がおこづかいで買って付けてあげた物だ。間違えようがない。

 思わず、名前を呼ぶと抱きかかえられている猫もこちらに気付いて腕から降り、こちらに向かってくる。

 マーヤが抱き上げるとさっきまで抱いていた先輩であるラウラ・リットナーが近づいてくる。

 

「その猫はお前の飼い猫か?」

 

「はい。そう、です……」

 

 向こうもこちらに気付いたのだろう。一瞬瞬きをして質問する。

 もしかしたらこの前の件でなにか言われるのではないか萎縮していたが、その反応はマーヤが想像していたものではなかった。

 

「そうか……見つかって良かった」

 

 安堵したように柔らかく微笑むラウラ。

 その様子にマーヤはアレ、と疑問に思う。

 彼女には3つ年上の幼馴染みが居り、ラウラ・リットナーの事はその人から聞いていた。

 その幼馴染みの友人が突如学校を退学になり、それが目の前の先輩の所為だとも聞かされていた。

 友人がラウラに陥れられて学校を辞めてしまったと苦い表情で言い。

 つい最近、大学生程の男性と2人で食事を取っていた。きっと男遊びをしているに違いないだの。

 そういう中傷混じりの愚痴に辟易しながらも、ラウラに対する悪印象が刷り込まれてしまっていた。

 

「あの……猫好きなんですか?」

 

「ん? どうだろうな。嫌いではないと思うが、動物と接する機会は多くなかったので何とも言えん」

 

 はぐらかす様子はなく本当に分からないのだろう。

 だが、猫を撫でる姿はとても優し気だ。

 その姿にマーヤは少しずつ警戒心が解れていく。

 

「その、この子は……子供の頃に親に無理を言って買ってもらって……それからずっと一緒に育った大事な子なんです」

 

「……そうか。なら本当に早く返せて良かった」

 

 その時に見せてくれた笑顔をマーヤはとても暖かいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リットナー先輩!」

 

 下校時に呼び止められてラウラは緊張した様子で現れたマーヤを見る。

 

「あぁ、昨日の」

 

「はい。その事は本当にありがとうございました」

 

「いや、まぁ……見つけたのは別の者だから」

 

 子供達が追いかけ回して捕まえた事は敢えて伏せる。

 マーヤは少しだけ言いづらそうにしていたが頭を下げて謝罪をする。

 

「あの時は本当にすみませんでした。逃げるようなことをしちゃって」

 

 マーヤの謝罪にラウラは気にしていないと手を振る。

 

「あれから、先輩の良くない噂とか、全部嘘だって分かって……だから」

 

 マーヤは鞄から小さな小包を取り出して渡してくる。

 

「お礼と、お詫びに……」

 

 受け取ってくれるのか不安そうに瞳を揺らす少女。

 ラウラは特に警戒することなくその包みを受け取った。

 

「ありがとう。ありがたく頂こう」

 

 そう言うと、もう一度お礼を言うするマーヤ。

 

「あ! わたし、マーヤ・レーハルって言います!」

 

「ラウラ・リットナーだ。よろしく、マーヤ」

 

 手を差し出すとマーヤは嬉しそうにその手を力弱く握った。

 マーヤが去っていった後に隣に居た、モニカが胸を張る。

 

「ほら。ラウラなら自然体でいれば誤解が解けるでしょ?」

 

 結果的にそうなのだが、ドヤ顔の彼女に何故か認める素振りをすることに抵抗を覚えた。

 かといって否定するのも違う気がして沈黙する。

 

「そのクッキーおいしそう。1枚貰っていい?」

 

「良いわけないだろ」

 

 ラウラの即答にモニカはちぇーと唇を尖らせた。

 

「ねぇ、ラウラ」

 

「なんだ?」

 

「あの子みたいに、ちゃんと話せばラウラを好きになってくれる子。きっといっぱいいるよ。そうなってくれたらいいね」

 

「そうか?」

 

「そーだよ!」

 

 いつも通りの明るい笑顔でモニカはラウラの手を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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とらべる とぅ じゃぱん【1】

いつも通り、前・中・後の3話で終わる予定です。

そして前編は短い。


「なぁ、みんな。俺たちももう高校3年。来年にはこの学園を卒業して大学入学したり就職する年齢なんだぞ? もう成人(おとな)になる一歩手前じゃないか。だからいい加減に、な?」

 

 両手を挙げながらもIS学園生徒会長織斑一夏は目の前に並んでいる女子たちを説得していた。

 生徒会室で不機嫌な表情を並べながらこっちを見ている同学年の専用機持ちたちと1学年下で生徒会書記を務める親友の妹である五反田蘭。

 少し離れて面白そうにこちらを見ているのほほんこと布仏本音にはお茶とおやつ抜きの刑にしてやろうと思う。

 というか、以前贈られたクッキー箱の中身半分をパクパク食ったことは未だに忘れてない。

 

「いい加減に、なによ?」

 

 セカンド幼馴染みである鈴音に凄まれて一瞬だけ萎縮するが、意を決して話す。

 

「いい加減ちょっとしたことで不機嫌になって詰め寄るの止めろって言ってんだ! 家にお客を招くだけなのになんでそんな機嫌が悪くなるんだよ、おかしいだろ!!」

 

 流石に家に客を呼ぶだけで不機嫌になられたら堪らない。

 堪忍袋の緒が切れかかって声を出す一夏にセシリアが上擦った声で反論する。

 

「し、しかし! その方は女性でしょ! 異性の方をお泊めになるなんて破廉恥ですわ!」

 

「そ、そうだぞ一夏! 貴様! 誰とも分からぬ女子を泊めるなど、いつからそんなふしだらな男になった!」

 

「……ズルい。私たちだって一夏の家に泊まったことなんてないのに」

 

 箒と簪も追従してくるのに一夏は頭をガリガリと掻く。

 

「あのなぁ。あの子は俺の恩人だぞ。休みを利用して日本に旅行に来るって言うから、以前町を案内する約束も果たそうってだけだろ。それに数日とはいえホテル代も大変だろうから家に泊まったらって言っただけだぞ。千冬姉にも許可は取ったんだ。何が問題なんだよ?」

 

「日本に旅行なら京都とか観光名所が在るでしょう? 何で態々この近くに旅行するんですか?」

 

 蘭まで不愉快そうな声を出す。

 その相手が一夏目当てで旅行と称して会いに来るのは明白だった。

 少なくも彼女達の中では。

 険悪な雰囲気になりかけたところで生徒会室の扉が開く。

 

「織斑。この書類で少し聞きたいことが────」

 

 現れたのは一夏の姉である織斑千冬だった。

 千冬が現れて集まっていた箒たちの身が固くなる。

 

「ちふ────織斑先生これは……」

 

「いや、説明はいい。大体察した」

 

 流石に2年と少し教師と生徒の関係が続いていると彼女たちの行動パターンは分かりやすい為、一目見て状況を理解した。

 面倒そうに小さく息を吐く千冬。

 

「で? 人様のプライベートにあーだこーだと口を挟むのは楽しいか?」

 

 目を細めて質問する千冬にたじろいでいるとシャルロットが手を挙げる。

 

「あの……織斑先生は今回どうしてあの子が泊まるのに許可を?」

 

「そんな事をいちいち話さなければならない理由があるのか? と、言いたいところだが、お前達が納得しないか」

 

 仕方ないと諦めた様子で話し始める。

 

「あの少女を家に招くのを許可したのは、去年あちらに訪れた際に結局簡単な礼だけ言って帰ってしまったからだ。家に泊めるくらいの礼は尽くすさ」

 

「そ、それでもし何らかの間違いが起こったら……」

 

 間違いってなんだよ、と一夏が眉をつり上げるが、黙っている。

 

「ほう? 貴様は一夏が女を連れ込んでそういうことをする男だと思っていたのか? 随分と私の弟は信用がないんだな」

 

「いえ! ですが、その……相手の方が……」

 

「それもあまり心配はいらん。あの娘はそんな行為に及ぶほど余裕はないだろうからな」

 

「?」

 

 千冬の言葉に誰もが首をかしげる。

 去年、件の少女であるラウラ・リットナーの情報は千冬の耳にも卒業した更識楯無から聞き及んでいた。

 その経歴や現状から色恋沙汰に及ぶ可能性は朴念人である弟の性格も合わさって低いと判断していた。

 少なくとも目の前にいる少女たちよりは。

 それに、態々泊めてくれる人間に手を出すほど恥知らずではないだろう。

 何か言いたそうにしている小娘たちの言い分にこれ以上付き合う気はなく、パンパンと手を叩く。

 

「そういう訳だ。私は今から織斑と学園祭について話があるんだ。生徒会と関係のない者は出ていけ」

 

 世界最強の一睨みだけで専用機持ちたちは肩を落として退散を余儀なくされた。

 その様子に千冬はやれやれと呆れて息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。狭い一部屋に集まった専用機持ちたちは話し合いをしていた。

 

「去年はあのふざけた契約書の所為で遠巻きに見てるしかなかったけど、今年はそんなの無いからガンガン攻めて行くわよ!」

 

 去年は接触出来なかったが、今年は日本(ホーム)だ。別段顔を合わせて怒られる理由はないだろう。

 もちろん問題を起こさなければ、だが。

 想い人に自分が良く知らない女が近づくことに視野が狭まり、ストッパーが居ないことで斜め上に思考が誘導されていく。

 未だに一夏との仲が誰も進展しないのも理由かもしれない。

 その感情を嫉妬と誰も理解しないまま、的外れな会議は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではラウラさん、良い旅を」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 見送りに来たアデーレにラウラが礼を言う。

 

「お土産楽しみにしてるからね!」

 

「分かってる。ちゃんと買って帰るさ」

 

 モニカの言葉にラウラは苦笑する。

 

「ラウラ。体には気を付けてね。向こうのお話、楽しみにしているわ」

 

「うん。行ってきます、おばあちゃん」

 

 少しの間抱擁を交わして旅行の荷物が入ったキャリーケースの取っ手を掴む。

 小さな少女の小さな旅が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




マイペースに更新します。


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とらべる とぅ じゃぱん【2】

ふわーはっはっはっ!!エタッたと思ったかぁー!

はいすみません、ごめんなさい、謝ります。エタッてました。
ISヒロイン達の扱いに四苦八苦してます。
今回も目標の場面まで行かず、3話では終わらないと判断しました。



「完璧ね……」

 

 朝方。7人が集まるには狭すぎる室内。

 その部屋の中で、ノートに書き連ねた作戦に満足した様子で大きく息を吐いた。

 

「えぇ! 正しく隙の無い作戦ですわ。これだけの作戦立案能力が学園入学当初から有ったらと思わずにはいられません!」

 

 集まった少女たちは目に隈があり、徹夜して作戦会議を重ねた。

 全てはこれ以上ライバルを増やさない為に。

 学年も3年に上がり、高校生活最後の夏休み。

 その貴重な時間を想い人と。出来れば2人きりで過ごしたいと思うのはごく当たり前の感情で。

 その権利に急な横槍を入れた相手に好印象は持てなかった。

 ならば、こちらが横槍を入れるのは当然の権利ではないだろうか? 

 

「ふふ……一夏め、他の女に現を抜かすなど……見ておれよ」

 

 そんな危険な思考に囚われた彼女逹は、本来なら馬鹿な考えと切り捨てる為のブレーキがかからない。

 

「目にもの見せる……」

 

 女性達の心をここまで惹きつける一夏が悪いのか。それとも、恋心に感情が振り回されている彼女達が悪いのか。

 

「ふふふ……楽しみだなぁ……」

 

 危険な光を眼に宿した先輩達のテンションに付いていけず、蘭は眠そうに欠伸をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機から降りるとラウラは自分の荷物を受け取り、待ち合わせの人物を探していた。

 しかし、ラウラが見つける前に向こうの方からラウラを見つけてくれた。

 

「ラウラ!」

 

 手を振ってこっちに来るように指示する一夏を見て、ラウラはホッとしてそちらへと向かう。

 

「出迎え、ありがとう一夏。しかし、よくすぐに見つけられたな」

 

「あぁ、ほら。ラウラは目立つし」

 

「む」

 

 低身長で銀髪オッドアイというラウラの容姿はそれなりに目立つ。

 現に今も彼女の事を見ている人がチラホラと。

 それに気付くと誤魔化すように質問した。

 

「一夏、眼鏡をかけているようだが視力が落ちたのか?」

 

 ラウラに指摘されて気付いたように眼鏡に触れる。

 

「いや、これは最近パソコンをよく使うから目が疲れないようにブルーライトカットの眼鏡を勧められたんだ。最近付けっぱなしだったから」

 

 照れて頬を掻く一夏。

 

「似合っているよ。うん、理知的で頼もしく見える」

 

「それって普段はマヌケで頼りなくみえるのかな……?」

 

「む。そういうつもりで言ったのではなかったのだが……」

 

「分かってるよ」

 

 2人で笑っていると千冬がやって来た。

 

「お前達、そんなところで立ったままでいるな。他の人達の邪魔になるだろう」

 

「あぁ。そうだな、千冬姉」

 

「今回は、私のわがままを聞いていただき、ありがとうございます、織斑千冬さん……」

 

 ペコリと頭を下げるラウラに千冬が苦笑する。

 

「気にするな。先ずは私達の家に向かい、荷物を置いてもらう。そこからは一夏に案内してもらえ。私は仕事があるからすぐに学園に戻らなければならないからな」

 

「はい。お世話になります」

 

 ペコリと頭を下げるラウラの頭を軽く撫でてから車へと乗り込んだ。

 千冬の運転で移動していると話す。

 

「そういえば一夏。お前は運転免許を取らないのか?」

 

「今年は生徒会の方で手一杯だったからさ。来年にお金を貯めてから合宿にでも行こうかなって」

 

「費用は私が出す。運転免許くらいは持っていた方が良いからな。変な遠慮をするな」

 

「うーん。でもなぁ……」

 

 一夏も来年には大学生だ。

 運転免許の取得くらいは自分でお金を貯めてどうにかしたい。

 

 ちなみにラウラは運転自体は出来るが軍を除隊した時に免許も使えなくなった為、再び取得しなければならない。

 

(そういえば、来年誰か免許を取得したらドライブを兼ねた旅行に行こうという提案があったな)

 

 女友達3人でドライブ旅行。

 それも楽しそうだと思い、もう少し想像に耽ってみる。

 やはりラウラ自身が運転するか。もしくは何かとしっかりしてるアデーレか。

 モニカは、免許の取得に手間取りそうだと考える。

 そんな事を考えていると運転をしている千冬が話しかけてきた。

 

「そういえば、リットナーは進路を決めているのか? まだ先の事かもしれないが」

 

 教師として気になるのか、質問する千冬にラウラは少し躊躇いつつも答える。

 

「はい。まだ本決まりという訳では無いのですが、看護学部を志望しようかと」

 

「ほう?」

 

 千冬の目蓋が上がった。

 彼女の経歴を僅かばかり知っている千冬にはその選択がやや意外に思えたのだ。

 

「そうか。IS学園を卒業すれば無条件に就職出来ると考えているお気楽なガキどもに見倣わせたいものだ」

 

 世界に1つしかないIS専門高校。

 それに卒業すればISに関わる企業に無条件に就職出きるかと言われればそんな事はない。

 単純にISコアの数が絶対的に足りないのだ。

 操縦者になれるのは国家代表の候補生か、企業のテストパイロット。

 大抵はオペレーターかメカニック。

 もしくはISを知るが故の営業か教官など。

 好成績を残して企業に操縦者としてスカウトされる例ももちろんあるが、はっきり言って稀である。

 悲しい哉。それがIS学園生の進路の現状だ。

 だから、卒業後にISとは関係の無い大学に進む者も少なくない。

 

 それからも色々な雑談を交わしながら織斑家に到着する。

 

「部屋はそこの空き部屋を使ってくれ。掃除はしてあるから、埃とかはないぞ」

 

「掃除したのは俺なんだけどな。何で千冬姉が自慢気?」

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃあ、私は学園に戻る」

 

 最低限説明を終えて車に戻る千冬。

 その後ろ姿を見送っていると一夏が話しかける。

 

「どうした、ラウラ?」

 

「ん、いや。凛としていて格好良いと思ってな」

 

「まぁ、格好良い事は認めるけど……」

 

 最近弟の目からして、そろそろ家事を人並みに、とか。

 そうでなくても、結婚するなら家事が得意な旦那を見つけて欲しいと考えてしまう。

 本人に言ったら子供が余計な心配をするなと頭を叩かれそうだが。

 苦笑いを浮かべる一夏にラウラは首を傾げた。

 

「ちょっと遅いけど昼食にするか? あ、でも時差とかで食事したばかりとか?」

 

 もうすぐ3時になろうとしているが時差の関係で食べたばかりなのかと心配する

 

「いや。飛行機の中では軽食を摂っただけで、あまり食べてない。だから実はお腹は空いている」

 

 お腹を撫でるラウラを見てホッとする。

 家の中の物で何か作るのもいいが、せっかくの旅行だし外で食べた方が良いだろう。

 ならどこが良いかと考えて、真っ先に一夏が頭に思い浮かんだのは────。

 

「この近くに俺の友達の家族がやってる定食屋があるんだけど、そこでいいかな? 味は保証する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? うちに連れてきたと?」

 

「あぁ。ここの飯は美味いからさ!」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけどさぁ……」

 

 曇りなく答える親友(一夏)に五反田弾は額を押さえて溜め息を吐く。

 一夏の横に座る小柄な銀髪少女。

 注文した定食を待っている間にこちらと視線が合い、軽く会釈された。

 既に互いの自己紹介を終えている。

 人目を引く容姿ではあるが、特にそれを鼻にかける様子もなく、また昨今の女尊男卑を笠に着た振る舞いも見られない。

 まぁ、そんな相手なら一夏が態々案内を請け負う訳もないが。

 それよりも気になるのは────。

 

「厳さんの料理は本当に何でも美味いんだ。それに安くて、俺も子供の頃から世話になってる」

 

「そうか。うん、楽しみだ」

 

 何となくラウラと話す一夏が浮かれているように感じる。

 昔の恩人という話だが、それにしても、だ。

 織斑一夏はイケメンである。

 あの織斑千冬の弟で顔立ちも似ている事から街で誰もが注目する程、ではないが、良く見れば整った顔立ちだと判る。

 もちろん好みはあるだろうが。

 その上ほぼ女子校であるIS学園に通っているのだ。

 もう高校3年。恋人の1人も出来そうなモノだが、そうした話は一切聞いた事がない。

 その原因は一夏の恋愛感情の希薄さというか、鈍感さからだ。

 他人の機微には人並みかそれよりも少し鋭いくせに、恋愛が絡むと途端に反応が鈍重になるのだ。

 もう態とそうしているのではないかと疑う程に。

 そんな一夏が、高揚した様子で客人の少女と話している。

 

(こりゃ、ひょっとするか?)

 

 とうとう朴念人代表の親友が色恋沙汰に目覚めたのかと感慨深い思いが湧く。

 

(当面の問題は蘭や鈴の奴か? 変なちょっかい出さないといいが……)

 

 そんな不安に囚われていると、祖父である厳がラウラが注文した天婦羅定食を出してきた。

 

「ほら。揚げたてだから熱いぞ。気を付けろよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 初見の客に対するモノとは思えない態度で定食をカウンターに出す。

 しかしラウラも気にした様子はなく割り箸を割り、いただきますと慣れた様子で箸を扱い先ずはカボチャの天婦羅を食べようと────。

 

「あーっ!? 見つけたわよ一夏っ!!」

 

 店に入ってきた鈴音がビシッと指差すと同時に頭部へおたまが飛んできた。

 

「いったぁっ!?」

 

「店の中に大声で入ってくるんじゃねぇ!!」

 

 厳の怒声が飛んで鈴音はおたまが当たった部分を擦る。

 すると後ろには弾の妹の蘭と他、一夏の同学年がぞろぞろと入ってきた。

 いきなり団体で押し掛けてきた彼女達に一夏は珍しく目尻がつり上がる。

 嫌な予感しかしないのだからそれも仕方ない。

 

「……どうしたんだ?」

 

 一夏の質問に鈴音が代表してふふんと得意気に答える。

 

「えぇ! ドイツから一夏の友達が来てるんでしょ? だからあたし達も案内に協力してあげようって訳よ!」

 

 自信満々に言う鈴音に対して一夏はなに言ってんだコイツ、という感じの視線を向けた。

 後ろに居たシャルロットが説明を追加する。

 

「えーとね? 一夏じゃ洋服屋さんとか、女の子が行く場所を案内出来ないと思って。それで力になれたらなぁって思ったんだけど」

 

「……」

 

 確かに一夏では女子が喜びそうな場所と言われても数が少ない。

 頼れる物なら頼りたい気持ちもある。

 

(この大人数に夏休み前のこともあるからなぁ)

 

 理由はいまいち分からないが、彼女達がラウラに好意的だとは思えない。

 たぶんないと思うが万が一彼女らが危害を加えるような事態になったら目も当てられない。

 友人に対してここまで猜疑心を抱くのもどうかと思うが、何故か嫌な予感がするのだ。

 その様子を見かねて弾が口を挟む。

 

「事情はよくわからないけど、一夏の客人だぞ。お前らもちょっとは遠慮を────」

 

「お兄は黙っててください」

 

 妹にピシャリと言い放たれて目を細めて両手を上げて降参する。

 家族内でのヒエラルキーの低さは染み付いているのだ。

 

「いやほら。ラウラだっていきなりこんな大人数で行動させられても困るだろ。な」

 

「ん? どうした? 美味いぞ」

 

 ラウラの方を向くと、彼女は食事に夢中な様子で最後のエビ天を食べ終えると箸を置く。

 

「母国でも日本食を扱う店で天ぷらを食べたことはあったが、ここまでの物ではなかった。感動した、ありがとう」

 

 ラウラに料理をべた褒めされて厳や蓮が照れるような仕草をする。

 そして一夏が、学友達が付いていきたいと言っていることを説明すると以外にもすぐに了承した。

 

「あぁ、かまわない。彼女達は一夏の友人なのだろう?」

 

 ラウラがあっさりと了承したのにはある特殊な理由があるのだが、それは説明できないし、するべきではないと思う。

 ただ、こちらでの彼女達とも会いたいと思っていたのでちょうど良かったというのが本心だった。

 ラウラは立ち上がって1番近かったシャルロットに手を差し出した。

 

「右も左も分からない身だが、どうかよろしく頼む」

 

「え!? う、うん……こっちこそ?」

 

 あまりにも友好的な態度に呆気を取られると、堪忍袋の緒が切れた厳から圧のある声が飛ぶ。

 

 

「おい小娘ども! 店の入り口を塞いでんじゃねぇ!! 何も食わないなら出ていけ!」

 

 

『す、すみません!!』

 

 平謝りする少女達。

 それを見て一夏は自然と胃の部分に手を当てて、弾は俺も付いていった方がいいな、と外に出る準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後2話で終わる予定。


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とらべる とぅ じゃぱん【3】

あれー?全然早く投稿出来てない。



「何でお兄まで付いてくるの?」

 

「……この女に囲まれている状況で男が一夏1人だけだとかわいそうだろ?」

 

 女7人に男は一夏1人。

 鈍感な一夏といえどこれは居心地が悪かろうと言うもの。

 邪険に扱ってくる妹に大きく息を吐くと前を歩いている鈴音を含めた何人かがヒソヒソと話している。

 

「いい? 今回は一夏にアタシ達がどれだけ優秀で魅力的な女子かアピールするわよ!」

 

「分かっておりますわ! これまでの私達とは一味違うことを証明して差し上げます!」

 

「私達がいつも手を出してばかりだという認識を覆すのだ!」

 

「それじゃあ、先ずは何処に行こうか?」

 

 ヒソヒソと内緒話をする同級生らに一夏は不安そうな顔をした。

 友人達がやる気を出せば出すほどに不安でお腹が痛くなる。

 そんな一夏の様子をラウラが心配そうな顔で話しかけた。

 

「大丈夫か、一夏。何やら顔色が悪そうだが……」

 

「あぁ、うん。大丈夫だ。ちょっと人が多くなって眩暈がしただけ……」

 

 彼女達がどんな問題を起こすのか怖くてお腹が痛いとは言えずに誤魔化す。

 それは、ラウラに気を遣ってというよりも、前を歩いている友人達の陰口を言うのが憚れたからだ。

 基本彼は仲の良い友人を貶めるのは苦手なのである。

 そんな一夏の心配を察してか、ラウラは笑みを浮かべた。

 

「心配するな、一夏。彼女達も悪意が有るわけじゃないだろう?」

 

「それは……そう、だけどさ……」

 

 一度箍が外れると何をするのか分からない。

 正確には、どういう行動を取るのかは分かっても、対処出来る気がしない。

 

(せめて、ISを起動させないでくれよ……)

 

 それならまだどうにかなるし、被害も自分だけで済むだろう。

 本来ならこんな公道でISとかあり得ないのだが、これまでの経験から絶対に無いと言い切れないのが辛いところだ。

 何度目かの溜め息を吐く一夏。

 そんな友人に苦笑しつつもラウラは一夏の背中をバンバンと叩いた。

 

「ほら、そんな思い詰めた顔をしてないで、シャキッとしろ。今日はあの子達と一緒に案内してくれるのだろう?」

 

「あ、あぁ。そうだな……」

 

 ラウラの激励に一夏は苦笑混じりでも意気を取り戻す。

 そうこう話をしていると、前を歩いていた

 すると、前を歩いていた女性陣から声をかけられる。

 

「こら、一夏! その女とベタベタするんじゃない!」

 

「どう見たらそう見えるんだよ……」

 

 一夏としては別にベタベタしているつもりはない。

 苛立ちの表情をする箒に疲れたような態度で返す一夏。

 それに鈴音が腰に手を当てて話す。

 

「さっきも言ったけど、ここら辺って観光地じゃないから、あんまり外国旅行者に案内できる場所って無いのよ。だから、取り敢えず、アタシらがいつも遊んでる所を回ることになるけど、いい?」

 

「あぁ。よろしく頼む」

 

「それじゃあ、行きますわよ!」

 

 意気込みように前を歩くセシリア達。

 何故か痛む腹を押さえている一夏に弾が話しかける。

 

「顔色が悪いが、大丈夫か?」

 

「あぁ。俺は、みんなを信じる……」

 

(いや、なんでたかだか観光案内でそんな悲壮な覚悟を決める表情(かお)になってんだよ)

 

 青くなっている親友の顔色を心配する弾。

 その様子に気付いたラウラも一夏の手を取り、穏やかな声で話しかける。

 

「あまり暗い表情をするな。彼女達なら大丈夫だ」

 

「お、おう……!」

 

 自分よりも小さな手を握られて、何故か胸の鼓動が速くなった気がした。

 それを見ていたクラスメイト達が声を上げる。

 

「ちょっとっ!? なに一夏と手を繋いでるわけ!」

 

「一夏! お前もデレデレするんじゃない!!」

 

 その他の面々にも焦りと不満の声が出る。

 彼女達の反応にラウラは分かった、と苦笑して一夏から手を離した。

 離れた手を惜しそうに見ている一夏を弾が近づく。

 

「いや、何でもないさ」

 

 赤の他人が見ればなんて事のない反応だが長い付き合いの弾には一夏の感情の揺らぎのような物を察した。

 考えるように顎に手を当てた。

 

「マジでひょっとするかもなー」

 

 親友がようやく触り程度でも恋愛に目を向けてくれるかもしれないと期待する。

 隣を歩く妹が不機嫌そうだが、それは仕方ない。

 世の中、全て上手くいく事などそうそう無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏さん! どうですか、わたくしの水着は!」

 

「あ、あぁ。似合ってるよ」

 

 思わず口に出た言葉だが嘘は言ってない。

 男子高校生にはやや過激に見える青と白のビキニタイプの水着。

 それでもIS学園で2年半近く一緒に過ごせばそれなりに慣れる。

 他のクラスメイトの少女達も、それぞれ新しい服やら水着姿やらを試着して感想を求めてくる。

 向こうでは、箒とラウラが話している。

 

「それじゃあ、箒の実家は神社なのか?」

 

「あぁ、そうだ。夏休みだし、近々小さな祭りも行われる」

 

 祭りの日程を聞いて、それが帰国する前日だと判明する。

 

「もし良ければ、遊びに行っても構わないか?」

 

「……祭りだからな。お客が来る来ないは自由だろう」

 

 素っ気ない返答をする箒の態度に気分を害した様子もなく、楽しみだな、と笑みを浮かべた。

 彼女達が今回立てた計画。それは、ラウラをなるべく一夏から引き離しつつも一夏に自分達の魅力を再確認させる事だ。

 誰かが一夏の相手をしている間は別の者がラウラの相手をする。

 恋敵(ライバル)が増えぬよう。そして現在の恋敵(ライバル)が平等にアピールチャンスを獲得するローテーションで。

 

 3人が話していると、本音が会話に混じってくる。

 

「じゃーさー。お祭りの日にはLさん浴衣着てみないー? 家に余ってるから貸してあげるよー?」

 

「浴衣か……着てみたい気持ちもあるが、似合わないのではないだろうか?」

 

「そんな事ないよー。今では外国人さんも着てる人は少なくないし、Lさんならきっと似合うよー」

 

「あ。それ私も思います。髪の色に合わせて水色とか薄めの生地が良さそう」

 

 蘭の発言に本音が楽しそうに盛り上がる。

 それを遠目に見ていた一夏は取り敢えずラウラが楽しそうにしている事にホッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美少女8人と男子2人という珍しい組み合わせだ。

 周囲からは男2人が複数の女にこき使われているのではないかと同情の視線を向けられたり、可愛らしい女の子を見て目の保養にしたりと良くも悪くも目立っていた。

 そんな中で2人の男性の視線がラウラに向けられていた。

 

「なぁ、あの子」

 

「あぁ、間違いない」

 

 ヒソヒソと話す2人。

 持っている携帯端末の中には、ラウラ・リットナーの画像が収められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 服や小物やその他の買い物。

 それとたい焼きなどの小腹を満たす食べ歩きをした後に休憩がてらに公園のベンチに辿り着く。

 他の皆はトイレや飲み物を買ったりと少しだけ別行動。

 

(どうしたものか……)

 

 日本に着いたラウラにとって意外だったのは、一夏の友人達が自分に敵意を持っている事だった。

 敵意が有ると言ってもそれは小さな物で、此方に危害を加える意思は無さそうだが、一夏と接触するのを何故か嫌っているようだ。

 

(あの()での彼女達の印象に引っ張られて、此方の彼女達を見ようとしなかった私のミスか)

 

 考えてみればそれも失礼な話だったのかもしれない。

 例え同一人物でも、彼方と此方の彼女達は違うのだ。

 リットナー()ボーデヴィッヒ(もう1人の自分)が違うように。

 そう結論付けると、隣に居る本音が少しだけ申し訳無さそうに話しかけてくる。

 

「え、と……ごめんねー? みんながピリピリしてて。普段はかんちゃん達も優しいんだけどねー」

 

 どうやら本音は簪達の態度が気にかかっていたらしい。

 

「気にする事じゃない。話してみて、彼女達が悪い人間ではないことは判っている。今は少しだけ感情に振り回されてるようだが」

 

「うん! ありがとー!」

 

 そうして2人で笑っていると、近づく足音があった。

 

「あの、すみません」

 

 話しかけてきたのは2人の男性だった。

 大学生か。それとも新社会人くらいに見える男性。

 ラウラは悟られない程度に身構えた。

 それは、相手が見知らぬ男性というのもあるが、1番の理由はその視線だ。

 ラウラに向けてくるその視線がある人を思い出させる。

 

(嫌だな……先輩を思い起こす)

 

 何が良いのか自分にストーカー行為をした同性の先輩。

 以前捕まった時に見せたあの視線と重なった。

 

「もしかして、Lさんですよね。この雑誌に載った」

 

 携帯端末に表情されたのは、アルバイトの一環で載ったファッション雑誌の頁だ。

 

「俺達、この雑誌を見てからLさんのファンで、良かったらこれからお茶でも、と」

 

「……確かにここに写ってるのは私ですが、此方は本物(プロ)のモデルなどではないのでお断りします。それと今は友人達と遊びに来ていますので」

 

 丁重に断ってみたが、意外にも相手はしつこかった。

 

「それなら後日……いや、何処に泊まっているのかだけ!」

 

「そんな義務はありません!」

 

 しつこい相手に少し強めの口調で拒絶する。

 それでも相手はラウラに会えた事での興奮か、引かずに腕を掴んできた。

 

「おい!」

 

「大丈夫。そこの店でお茶をして、数枚写真を撮らせてくれればそれで────」

 

 流石にここまで強引に迫って来るとは思わず視線を細めた。

 本音はこの状況に少し混乱しているようだ。

 

(仕方がない。少しばかり手荒な方法を……)

 

 暴力には頼りたくなかったが、ラウラも元軍人である。

 目の前の男を無力化するくらいは簡単な事だった。

 しかし、動こうとする瞬間に別の手が割って入り、ラウラの腕を無理やり外させた。

 

「かんちゃん!」

 

「何してるの?」

 

 静かな、だけど確かな怒りを宿して簪はラウラと男達の間に入る。

 というか、いつの間に戻って来ていたのか、他の面々も男達を囲うような位置にいる。

 

「はぁ……誰か付け回してると思ったけどね。その気のない女の子を無理矢理連れていこうとするのは感心しないよ?」

 

 シャルロットが呆れと軽蔑の表情で話すと鈴音が続く。

 

「あんまりこういう事は言いたくないんだけどさ。もしこの場であたしらが大声を上げたら、アンタ達の人生終わるわよ」

 

 脅しでそう口にする。

 今の世論は良くも悪くも女尊男卑。

 多少おかしなところは有れど、女性側の言い分は今の社会通りやすい。

 何よりもラウラの腕を掴んだところはバッチリ撮らせて貰っている。

 

「今消えるならこの事は忘れて上げる。それともネットに晒されるか、警察のお世話になりたい?」

 

「……つっ! おい行くぞ!」

 

「クソッ! もう少しでっ!」

 

 逃げるようにその場を去る男達。

 それを嫌なものを見たとセシリアが髪を掻き上げた。

 

「情けない人達ですわね! 紳士ではありませんわ!」

 

「そう言うな。相手が小心者だったから大事にならずに済んだのだ」

 

「そうですね」

 

 セシリアの不満を箒が宥め、蘭も同意する。

 そこで弾が冗談めかして明るい口調で話す。

 

「それにしても、意外だったなー! 鈴とかいきなり飛び蹴りくらい喰らわせるかと思ったぜ」

 

「失礼ね! あたしだってそこまで乱暴者じゃないわよ!」

 

 喧嘩っ早いのは自覚してるが、あの場面でいきなり暴力に訴える程血の気が多いわけではない。

 これが、1、2年前なら分からなかったが。

 タイミング良く助けが入った事に目を丸くしていると、シャルロットが説明する。

 

「ごめんね? 途中誰かから尾行されてる感じだったから。ボク達の誰が狙いか分からなくて。一旦バラバラになって相手を誘き出す事にしたんだ」

 

 素人で良かったと言うシャルロット。

 この場にいる殆んどが各国の代表候補生。

 一夏に至っては世界で唯一の男性操縦者だ。

 確率的高かったのは一夏。次に箒で次に代表候補生の誰か。

 正直に言えば一般人のラウラが狙われる可能性は低いと誰もが思っていた。

 

「恐い思いさせてごめんね」

 

 そう言って謝るシャルロット達にラウラは素直に礼を言う。

 

「助けてくれたんだ。此方がお礼を言う理由にはなっても、謝られる理由は無いさ」

 

「それも有るんだけど……ほら、あたしら、アンタに対して態度が悪かったでしょう? せっかくの観光なのに、嫌な思いさせちゃったかなぁって」

 

 高揚感というか、一度冷静になると自分達の事ばかりで観光に来たラウラを邪魔者扱いしていた行動が恥ずかしくなった。

 それだけ彼女達が一夏に対して必死だったという事だが。

 

「私は気にしてない。助けてもらったんだ。ありがとう」

 

 笑みを浮かべて礼を言うラウラ。

 

「なぁ。もう暗くなってきたし、一旦家に戻らないか? どうせなら夕飯は皆で食べようぜ」

 

 一夏の提案に彼に好意を持つ少女達の頬が緩む。

 

「良いわね! どうせなら皆で夕飯を作りましょうか!」

 

「そうですね! なら材料を買って帰って────」

 

 ワイワイとラウラも含めて中の良い様子で歩いていく。

 何処かホッとした様子を見せる一夏に弾が話しかける。

 

「どうした、一夏?」

 

「いや。皆もやっぱり、もう高校3年生なんだなーって」

 

「誰目線で言ってんだ、それ?」

 

 何だかんだで彼女達も成長しているのだ。

 そう思うと心なしか嬉しくなる。

 動こうとしない男子2人に早く来いと言われる。

 もう、お腹は痛くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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