セいしゅんらぶこメさあゔぁント (ノライヌ)
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お見舞いランデブー その1

頭空っぽでラブコメる話が書きたいです


「暇だ……」

 

 三日坊主、という言葉がある。何事も大体三日で飽きる、という意味では決してない。が、ことこの少年にとってはその意味でも対して違わなかった。

 入院生活三日目、比企谷八幡はギブスで固定された自身の足を見ながらぼやく。松葉杖を使えば病院内を散策することは可能だが、暇潰しに全力を傾けるほど彼は飢えていなかった。結果、ただただ一人文句を呟くツイッターのボットのような存在の出来上がりである。

 彼がこんな状況になったのは色々と偶然が重なった結果である。入学初日を切り抜け、せっかくだから気合でも入れようかと朝早く家を飛び出した結果、高級車に撥ね飛ばされ彼の高校生活は座礁した。授業開始と同時にいなくなった彼の席を見てクラスメイトはどう思うだろうか。ある意味凄い、と思ってくれれば万々歳だ。

 

「何という不毛な思考だ」

 

 自分で考え自分で呆れた。はぁ、と溜息を吐いた八幡は、肋骨にヒビが入っているため包帯の巻かれた自身の胴を撫でながら病室を見渡す。自身を轢いた高級車の主は、示談にするために治療費全負担、見舞金のおまけ付きを迷うことなく提案した。断る理由もないので首を縦に振った結果、彼は個室で悠々自適な入院ライフを送ることになったのだが。

 

「いや、人がいないのはいいことだ。いいことなんだが」

 

 いかんせん暇である。最初こそ一人最高と騒いでいた八幡は、結局三日で飽きた。動けないのがいけないのだ。そう自分に言い聞かせるが、だからといって現状が変わるわけでもない。

 仕方ないとスマホを取り出し、動画サイトで動画を漁り始めた。こういう時に文明の利器は素晴らしい。動けなくとも暇を潰す手段などいくらでもあるのだ。そんなことを思いながら、彼は指先で端末を操作していく。

 勿論この三日の間にそれをしなかったことなどない。

 

「……飽きた」

 

 つまりはそういうことだ。更新されていないネットのそれらを一通り眺め終わると、八幡はスマホをベッドに投げ出し横になった。自由に動ける時にこういう状況ならば彼はそれを満喫するであろう。が、不自由な空間で不自由を与えられた場合、当たり前だが反発するのである。

 

「まあ、他の連中は今頃頑張って慣れない授業を受けていると考えればまあ少しは」

 

 どうにもならない気がしないでもない。奴らが窮屈な授業を受けているとすれば、自分は窮屈でなおかつやることがないのだ。これはむしろこちらの方が下に見られる気さえした。

 やめだやめだ、と彼は目を瞑る。やることがないのならば寝る。この入院生活の三日で彼が学んだリセットスイッチだ。ゲームならばこれで時間が進んで新たなイベントフラグまでスキップされるであろうが、現実はしっかりがっつり眠らなければ時は進まない。

 はぁ、ともう一度溜息を吐いた。まあどうせ見舞いに来てくれる相手もいなければ来て欲しくもないが。そんなことを思いつつ、彼はゆっくりとまどろみに落ちていった。

 

 

 

 

 コンコン、というノックの音で目が覚めた。時計を見ると、すでに時刻は夕方近く。昼飯を食ってすぐさま昼寝に移行したので、大体三時間から四時間は寝ていただろうか。そんなことを考えつつ、看護師が様子でも見に来たのかと八幡は軽い調子で返事をした。

 カラカラ、と扉が開く。おずおずと病室に入ってきたのは、看護師とは程遠い存在であった。

 まず、年齢が違う。どう見ても目の前の相手は自分と同じくらいの少女だ。そもそも制服を着ている時点で間違いようがない。加えるのならば彼女のその制服は八幡と同じ高校のものだ。

 

「え、っと……?」

 

 結論、何だか知らないが女子高生が来ている、という状況に理解が追いつかなくなった八幡は困惑の声を発することしか出来なかった。それは向こうも感じ取ったのか、ほんの少しだけ目を見開くとごめんなさいと頭を下げる。勿論八幡の頭のハテナマークが増えた。

 

「何がごめんなさい……?」

「え? あ、あれ?」

 

 何言ってるのこいつ、という目で彼が自分を見ていることに気付いたのだろう。目をパチクリとさせた少女は、ひょっとして覚えていないのだろうかと彼に問い掛けた。そんな怪しいキャッチセールスやアトランティスの戦士の勧誘のようなフレーズを聞いたところで、当然ながら彼から肯定の行動を引き出せるはずもない。

 が、彼女は彼女でそれもそうか、と頬を掻いた。あの時は親の後ろに隠れていたからなぁ、と苦笑しながらもう一度八幡を真っ直ぐに見た。

 

「あの時はごめんなさい。それと、サブレを守ってくれてありがとうございました」

「さぶれ?」

「あ、はい。犬です」

「犬……?」

 

 それを聞いてようやく八幡にも合点がいった。ああこいつあの時の。そんなことを思いながら彼は彼女を見やる。そういえば確かに一昨日くらいに謝罪に来た家族に彼女はいたような気もする。

 

「何でまた」

「え?」

「いや、家族で謝罪に来ただろう? どうしてもう一回」

「あ、それは、その……」

 

 視線を逸らしながら頬を掻く。やっぱりこういうのは自分でも言わないといけないと思ったから。誰かに伝えるのではなく、自分に言い聞かせるようなその言葉を聞いてしまった八幡は、今日三度目の溜息を吐いた。

 

「はいはい。それで、用事はそれだけか?」

「へ?」

「別に気にしてない。だから、そんなに気に病む必要はないぞ」

「え、あ、うん……」

 

 よしじゃあお疲れ。そんなことを言って会話を打ち切った八幡は、しかし少女が帰る気配を出さないことで眉を顰めた。何だまだ何か用があるのか。そんなことを思いながら、彼は少女の方を向き。

 

「それだけじゃなくて。あたし、お、お見舞いに、来たんだし!」

「見舞い?」

「そう、お見舞い。……あ、迷惑だった、かな?」

 

 気合を入れて宣言した割には、彼の表情を見て少女は眉尻をしゅんと下げた。ここで迷惑だ帰れ、と言える人間はそうそういない。比企谷八幡はその方向に分類される方ではあったが、いかんせん彼は男である。

 眼の前の、黒髪の少女の顔立ちは整っている。美人、というより可愛い系であろう。そんな少女が自分の見舞いに来てくれたともあれば、謝罪という相手が仕方なしにやってきた理由が存在してもほんの少しは鼻の下が伸びても不思議ではない。

 何より彼女の胸がでかいのがいけない。巨乳の美少女はとりあえず見ているだけでも暇潰しになる。半ば無理矢理そんな結論を出した八幡は、そんなことはないとぶっきらぼうに返した。

 そんな打算百パーセントの返答に、少女は顔を輝かせよかったと笑う。何たる眩しさ、と彼が灰になりかけたのも無理はあるまい。

 とはいえ。

 

「……」

「?」

「……いや、流石に初対面の相手に話すこととか、無いっていうか」

 

 眺めていてもいいのならば眺め続けるが、その場合まず間違いなく嫌悪の表情を浮かべ気持ち悪いと吐き捨てられるであろうことは想像に難くない。一人でいるのは慣れているし嫌いではないが、別に好き好んで嫌われたいわけではないのだ。自分から孤高に全力疾走するほど彼は被虐趣味を持ってはいない。

 あ、そうか。と頷いた少女は、それじゃあ学校のことを教えるのはどうかなと笑った。

 

「いや、クラス違うだろ?」

「う、うん。ってそうじゃなくて、ひき、ひき、ひきたに君が」

「『ひきがや』だ。ついでに名前は『はちまん』だからな。『やはた』じゃないぞ」

「いや、流石にそこは間違えないし。っていうか何でやはた?」

「分かった。お前バカだな?」

「酷くない!?」

 

 

 

 

 

 

 三日坊主、という言葉がある。少なくとも彼はこの言葉の正しい意味を理解していてなお大抵のことは三日続ければ飽きると言い切るダメ人間であるが、そのために眼の前の光景をどうにも理解出来なかった。

 

「なあ?」

「ん?」

「何でまだいるの?」

「酷くない!?」

 

 入院生活一週間。比企谷八幡の病室には今日も今日とて巨乳女子高生がお見舞いにやってきていた。字面だけ見ていれば完全に勝ち組であるが、生憎彼は八幡である。彼女の真意がどうにも読めず、思わずそんなことを口にしていた。

 当然のことながら彼女は不満を口にした。唇を尖らせ、そういう言い方って良くないと思うなどと若干説教じみた言葉まで述べる。

 

「いや、だって。普通お礼と謝罪を兼ねたお見舞いって何日もするものじゃないだろ?」

「え? そう?」

「頭のネジ三本ぐらい飛んでるお前に常識を求めた俺がバカだったわ」

「酷くない!?」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、文句をぶうたれる少女を受け流し手元にあったノートを捲る。高校で押さえておきたいポイント、と可愛らしい文字で書かれたそれを眺め、視線を窓の外に向けた。

 

「なあ、由比ヶ浜」

「何?」

「真面目に、何でお前ここまでやってくれてんの?」

「何で、って?」

「別に事故のことはもういいって最初に言ったよな。だからもし、同情とかそういうのでここに来てるなら……そういうのは、やめろ」

「……」

 

 彼女の方は見ていない。どんな表情をするにしろ、きっと楽しいものではないと分かっているからだ。だから彼は窓の外を見たまま話したし、言い終えた後も彼女を見ることなくノートに視線を戻した。

 沈黙。一人でいるのならば気にならないそれが、すぐ横で巨乳女子高生が思い詰めて俯いているかもしれないと考えるだけで物凄くそわそわしてきてしまう。言い過ぎた、と思わなくもなかったが、しかしそれを隠したままヘラヘラと彼女を迎え入れるのも何だか違う気がしたのだ。二度と来なくなるにしろ、罵倒されるにしろ、言っておかなくてはいけないことなのだ。

 

「そういうんじゃ、ない」

「へ?」

 

 ぽつりと呟かれたその言葉。それを耳にした八幡は思わずその方向へと目を向けた。

 彼女が、由比ヶ浜結衣が怒っているような泣いているようなごちゃまぜの表情で彼を睨んでいた。どんな時でも女の涙は最強だ。中学時代の思い出したくもない記憶をきっかけに腐れ縁になった少女が笑いながら言っていたフレーズが頭に浮かぶ。ああちくしょう、本当だよ。そんなことを思いつつ、とりあえずうるさいからどっか行け折本と脳裏に浮かんだ少女を吹き飛ばした。

 

「まあ、その、あれだ。えっと」

「……そんなんじゃないよ。あたしがここに来てるのは、そんなんじゃ」

 

 じゃあどんなのだ、と聞けるほど彼の心臓に毛は生えていないし辛うじて性根も腐っていない。彼に出来ることは気まずそうに視線を逸らすことと、それも違う気がして再度結衣を見ることだけであった。

 俯いて、一向に顔を上げない彼女を見ていると、自分がとても酷いことをしてしまったのではないかという錯覚に陥る。否、錯覚ではない。現実として、完膚なきまでに酷いことをしたのだ。

 ただ、それでも言わずにはおれなかった。そこを聞かずに後々になって落ちるくらいなら、今落ちた方がマシだったのだ。結果はご覧の有様であるが。

 ああもう、と八幡は頭をガリガリと掻く。この状況を作ったのは自分だ、ならば別の状況に作り変えるのも自分であるべきだ。そんな妙な責任感を持って、彼は眼の前の少女の名を呼んだ。

 

「由比ヶ浜」

「……何?」

「俺が悪かった」

「へ?」

 

 比企谷八幡の真骨頂その一、とりあえず長引きそうだったら謝る、である。喧嘩で時間が潰れそうだったならばとりあえずこっちが折れとけばいいや、という妥協の産物だ。欠点はどう考えても自分が悪くない時に使うと物凄くイラつくことだが、今回は該当しないので躊躇いなく発動可能だった。

 

「え、いや。うん、よくよく考えれば比企谷君がそう思うのも当たり前っていうか」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔で八幡を見ていた結衣は、次の瞬間にはわたわたと手を振りながらテンパった表情で何事かを捲し立てていた。そこまで驚くこともないだろうとそんな彼女の動きを眺めていた八幡であったが、ここで重大な事実に気付く。

 結局余計な時間食ってるな、と。

 

「由比ヶ浜」

「な、何?」

「いや、じゃあこれはお互い様ってことで、どうだ?」

「……それで、いいの?」

「いいも何も。俺の方が得するパターンだぞこれ」

 

 そう言って八幡は笑う。比企谷は本気で笑わないとキモいから気を付けなよ。そう言われていたのを忘れていないので、彼は全力でスマイルを放った。

 結果、その比企谷スマイルを見た結衣はそこでようやく笑顔を見せる。どうやらあの時の教訓を活かせたようだ。そんなことを思いながら、八幡はやれやれと肩を竦め。

 

「ぷ、ふふふ。変な顔」

「おいコラ。人の全力スマイルに向かって何たる言い草だ」

「ご、ごめん。でも何かドラマで出てきた次の瞬間やられるチンピラみたいな笑い方だったし」

「訂正、これ間違いなく俺が損してるわ」

 

 楽しそうに笑う結衣と、そんな彼女を納得いかないとジト目で眺める八幡。暫しその光景が続いた後、笑いを収めた彼女は真っ直ぐに彼を見た。そういうんじゃないから、と口にした。

 

「あたしが、会いたいから来てるの」

「……そういうの軽々しく言うのマジやめろ」

「何が?」

「だから……ああそうかこいつ素か。これだからバカは」

「酷くない!? あたしそこまで言われるほどバカじゃないし!」

 

 今日だって授業のノート見せてるじゃん、と結衣は彼の手元にあるノートを指差す。ああこれか、と先程見ていたものとは違う方のノートを手に取った八幡は、ペラペラとそれを捲ると無言で閉じた。

 

「お前、よく総武高校受かったな……」

「同情されてる!? いやちょっとそれは流石に酷くない?」

「いやだって、なぁ」

 

 流石にこの辺は俺でも分かるぞ、とノートを開いてひらひらと掲げた。え、と間の抜けた声を上げた結衣は、そこに書かれている自分の落書きを目にして思わず固まる。

 

 もー全然分かんないし。

 

「俺で良ければ教えるぞ」

「上から目線が超ムカつく! でも勉強は教えてください」

 

 こうして由比ヶ浜結衣は比企谷八幡の病室に明日もやってくることがほぼ確定したのであった。

 

 

 



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その2

八幡がアグレッシブな気がしないでもない


 入院生活が二週目に突入した。相も変わらず足の骨は折れたままであるし、肋骨のヒビは治っていない。つまりは動きたくないということであるが、それでも、否、それだからこそ八幡は敢えて勉学の道を選んだ。

 嘘っぱちである。見舞いなのか勉強会なのか分からない状況になってしまった結衣の訪問に備え、とりあえず相手にドヤ顔できる程度には知識を身に着けておこうと無駄に張り切った結果である。勿論病室に勉強道具など持ち込んではいないため、彼は両親に自身の部屋にあるであろう教科書一式とノート、筆記具を持ってくるよう頼んだ。

 頭の精密検査を受けた方がいい、と本気で心配された。妹の小町には死なないでお兄ちゃんと泣かれた。

 

「信頼って凄いな」

 

 一人呟く。もっとも自分が両親の立場なら同じ態度であっただろうと容易に想像出来るため、そこを深く掘り下げることはない。

 まあ精々その期待に応えてやろうじゃないかと半ば自棄になって教科書を読破していた八幡は、コンコンというノックの音で我に返った。時刻を見ると、そろそろ放課後になった頃だ。

 

「やっはろー」

「はいはいやっはろやっはろ」

「乗るならしっかり乗ってよ」

 

 ぶう、と頬を膨らませた由比ヶ浜結衣は、扉を閉めるとテクテクと彼のベッドまで歩いていく。今日はしっかり勉強用具も持ってきたから、と笑う彼女のボディにはカバンが掛けられていた。勿論斜め掛けである。左肩から袈裟斬りのように右腰に掛けられているのだ。

 

「さて、じゃあよろし――どしたの?」

「いや、ちょっと円周率がな」

 

 なんのこっちゃと首を傾げる結衣をよそに、八幡はじっと彼女の鞄の紐を見る。見事なパイスラだ、と感心するように頷くと、病室に置いてあった机を指差した。

 

「由比ヶ浜、ちょっとあれ持ってきてくれ」

「あれ、って机? りょーかい」

 

 カバンを肩から外し部屋の脇に置く。そうした後、よいしょ、と机の端を持って下から上に持ち上げた結衣は、へその辺りで机を保持するとえっちらおっちらと運んできた。机の上にナニカ乗っていたが、八幡は紳士なのでそれを指摘することなく自分の脳内メモリーに保存するのみに留める。

 

「……何かいやらしいこと考えてない?」

「失礼だな、この曇りのない眼に向かって」

「水揚げされたマグロみたい」

「死んでんじゃねぇか! 大体俺は別にそんなにDHAが豊富でもない!」

「怒るとこそこ?」

 

 勉強教えるの辞めようかな。そんなことを思いながら死んだ魚の眼をついと逸らした八幡は、しかしそれはそれで昨日今日の勉学が無駄になるような気がして踏み止まった。そうだ、自分はこれから目の前のあっぱらぱーに頭脳の差を見せ付けて勝利の余韻に浸らなければならないのだ。

 よし、と気合を入れ直し、八幡は持ってきた机の上に自身のノートと教科書を広げた。結衣もそれに習うようにカバンからノートと筆記具を取り出す。

 

「さて、では始めるか」

「うん。で、何からやるの?」

 

 それを聞く前にノート広げている時点でこいつはどうしようもない。そう思ったが、この先に待っている自分のドヤ顔と目の前の相手の敗北顔のためにぐっと堪える。どうやら取り出したのは現代文のノートのようで、特に何の面白みもない黒板の板書の写しがそこにあった。

 

「じゃあ、現文にしよう」

「あ、ちょうどこれだ」

「おう。で、だ」

 

 今彼女のやっている範囲の話を聞く。ふむふむ、と頷いた八幡は、ちなみに分からないことはあるのかと問い掛けた。

 

「これ、どういう話なの?」

「そこからかよ!」

 

 

 

 

 

 

 入院生活が二桁に突入した。何だかんだでお見舞いついでの勉強会は八幡自身にもいい影響を与えたようで、学校に復帰して早々補習という自体は避けられそうではあった。

 もっとも、基準が眼の前の少女である。これが最底辺であった場合、案外大丈夫でもないかもしれない。そんな危機感をほんの少しだけ覚えた。

 

「それにしても」

「ん?」

「ヒッキーって理数系全然駄目なんだね」

「全科目全然駄目に言われるとそこはかとなくムカつくな」

「全部じゃないし! は、八割くらいだし……」

「その場合は全部の方がネタになる分マシだろ」

「酷くない!?」

 

 ぶうぶう、と抗議をしてくる結衣を適当にあしらった八幡は、そんなことはいいからとっとと課題をやるぞとノートを叩いた。今日は彼女の課題を手伝うという明確な目標がそびえ立っていたのだ。

 

「分かってますよーだ。ねえ、ヒッキー、ここはどうすればいいの?」

「お前な、言ったそばからノーシンキングで俺に聞くんじゃ――ウェイト」

「へ? どしたの?」

「どうしたのかは俺のセリフだ! お前今俺のことなんつった?」

「え? ヒッキー?」

「何がどうなって唐突に罵倒してんだよ!」

 

 ばん、と机を叩く。思いの外大きな音が出て、そして思った以上に手の平が痛む。が、それを顔に出せば今の空気があっという間に霧散してしまうだろうと必死で耐えた八幡は、盛大な溜息を吐きながら目の前の少女を見た。

 

「あのな。俺が今引きこもってるのはしょうがないことなの。だって脚折れてるんだぜ? 普通に考えて歩きたくないだろ。松葉杖使って必死こいて自販機コーナー行ったところでMAXコーヒーが売ってないんじゃ何の意味もないしな」

「え? あ、うん、そうだね?」

「そうだろ? だからな、俺は決して引きこもりたくて引きこもってるわけじゃない。仕方なく、しょうがなく! 病室から出ないだけなんだ」

 

 もう一度溜息。分かったか、と目で述べた八幡は自身の座っていたベッドに寝転がる。横に交差するような体勢なのでほんの少し頭がはみ出したが、彼はそこを気にしなかった。

 

「ねえヒッキー」

「分かってねぇじゃねぇか!」

「え? 何が?」

「だから俺は好き好んで引きこもってるわけじゃ」

「そこは分かったってば。ていうか何でいきなりそんな話したの?」

「だからお前が俺のことをヒッキーとか言い出すからだな」

「へ? 比企谷だからヒッキー。良くない?」

 

 そこにからかいは全く無かった。純粋に彼女はそれがいい感じのあだ名だと信じ切っている顔であった。

 勿論八幡はそんな少女の顔を曇らせることなど余裕である。全然、と簡潔にばっさりと切って捨てた。

 

「何で!? 由来分かりやすいし呼びやすいしいい感じじゃん!」

「どこがだよ! 大体何だ比企谷でヒッキーって。だったらお前は槇原さんをマッキーって呼ぶのかよ!」

「槇原敬之はマッキーに決まってんじゃん」

「……そうだな。槇原敬之はマッキーだな……」

 

 あれだったら間違ってないのか。そんなことを思わず考え、いや違うだろうと頭を振った。槇原がマッキーだとしても比企谷がヒッキーなのは認められない。そんな決意を胸に抱いて、八幡は真っ直ぐに結衣を見た。

 

「そんなに駄目かなぁ……」

「……いや、てか何でいきなりあだ名とか使い始めたんだよ」

 

 日和った。目に見えて悲しそうだったので、これ以上文句をいうのが憚られた。比企谷はホントそういうとこヘタレだよね、と笑っている腐れ縁の顔が頭に浮かんだので、いいから消えろ折本と脳内で罵倒した。

 

「いや、だってさ。お見舞いに来てもう一週間くらいになるじゃん? そうなるとぶっちゃけ高校のクラスメイトと付き合いの長さそこまで変わらないし、いつまでも他人行儀な呼び方もなーって」

「そこであだ名に行き着いてしかもヒッキーとかどんだけだよ……」

 

 せめて名字呼び捨てとか名前呼びとかだろ。そんなことを思いながら溜息を吐いた八幡は、しかし結衣が譲らんとばかりの表情をしているのを見て顔を顰めた。これはあれだ、何を言っても無駄なやつだ。そう結論付けたが、しかし彼としても出来ることならば譲りたくはない。

 ぐぬぬ、と必死で思考を巡らせていた八幡であったが、しかし目の前の少女が名案を思い付いたとばかりに声を張り上げたことで我に返り思わず彼女を見た。清々しいまでのドヤ顔であった。絶対に碌な事にならないと確信出来るほどの笑顔であった。

 

「ヒッキーもあたしをあだ名で呼べばいいんじゃん!」

「……は?」

「そうすればおあいこでしょ? うんうん、あたしったら天才じゃない?」

 

 目を瞬かせた八幡は、目の前の少女が本気で言っていることを確認してああもう駄目だと諦めの境地に入った。それでも寸でのところで踏みとどまり、起死回生の手を探す。

 そうして出した結論に、彼は自分で自分を褒めたいとばかりに笑みを浮かべた。

 

「それで、由比ヶ浜。お前のあだ名ってのはどんなんだ?」

「え? あたしが決めるの?」

「おう、ビシッと良いのを一発頼む」

 

 これが八幡の作戦である。比企谷でヒッキーなどというセンスを持った彼女ならば、自分自身のあだ名も間違いなく壊滅的であろう。そう判断した彼は、相手の攻撃を利用したカウンター作戦に打って出たのだ。

 

「えっと、んっと。……じゃ、じゃあ、由比ヶ浜結衣だから……ゆ、ゆいゆい、とか」

「……」

「何さヒッキーその顔」

「いや、なんでもない。……俺が呼ぶのか? それを?」

「自分で言い出したんじゃん」

 

 むう、と唇を尖らせる結衣を見ながら、八幡は窮地に立たされていた。この作戦には重大な穴があったのだということを失念していたのだ。

 そう、壊滅的センスによって生み出されたそのあだ名を口にするのは自分だということを、彼は完全に見落としていた。

 

「なあ、やっぱり無かったことにしないか? 俺もうヒッキーでいいから」

「何で!? いいじゃん、せっかくだからお互いあだ名にしようよー」

「思った以上にノリノリになってやがる……」

 

 どうやらカウンターにカウンターを合わせられたらしい。八幡の脳内ボクサーは的確に顎を撃ち抜かれマットに沈むところであった。テンカウントどころが三十を超えたカウントが鳴り響く中、最早彼に退路などあるわけがなく。

 ごくり、と喉が鳴った。本気か、本気で「ゆいゆい♪」とか呼ばなくてはいけないのか。頭に浮かぶ死刑宣告から必死で逃げるために脳内で足を動かすが、死神はひたひたとゆっくり確実に迫ってくる。ぶっちゃけもう喉に鎌当てられていてもおかしくない。

 それでも八幡は逃げ続けた。その先が崖であろうとも、ビルの屋上であろうとも。何とかして回避しようと動き続けた。

 

「……ゆ」

「ゆ?」

「ゆ、ゆ、ゆ……」

 

 しかし回り込まれてしまった。死神に羽交い締めにされた挙げ句ジャーマンスープレックスをかまされた八幡は、諦めの境地に達することで彼女のあだ名を口にしようとした。してしまった。

 が、残っている僅かな理性がその腕を掴む。いいのか、ゆいゆいとか呼んだら最後、これからファンシーでメルヘンなその四文字がどこまでも付きまとうぞ。いいや限界だ、言うしか無い、言わざるを得ない。駄目だ、仕方ない。無理だ、分かってる。

 

「あぁぁぁぁああぁぁ!」

「うわ、ひ、ヒッキー。どしたの? キモい悲鳴あげて」

「どうしたもこうしたのあるかぁ! そんなあだ名呼べんわ! お前なんか名前からその四文字取っ払ってガハマで十分だ!」

 

 彼の中で何かが切れたらしい。頭を掻きむしりながら支離滅裂なことを叫んだ八幡は、その支離滅裂な思考のまま思い付いたことを思い付いたまま口にし。

 挙げ句叫んで宣言した上指まで突き付けていた。は、と気付いた時にはもう遅い。俺一体何言っちゃってんのとか後悔したところで、出した言葉は引っ込められないのだ。

 

「……ガハマ?」

「あ、いや、そのだな。つい勢いで言っちゃったというか。思考より反射が勝ったといういうか」

 

 わたわたと手を振り回しながら必死で弁解するが、これはどう考えてもアウトだろうと八幡は確信していた。よりにもよって女子にこんな仕打ちをした日には、翌日からクラスの最底辺確実である。

 ああでも別に元々似たようなものか。遠い目でそんな自虐が頭に浮かんだ。

 

「ヒッキー」

「あ? な、何だ由比ヶ浜」

「……」

「ゆ、由比ヶ浜?」

「…………むー」

 

 そのタイミングで声を掛けられたので反射的に返事をしたが、当の本人は何やらご立腹である。ふくれっ面で八幡を睨みながら違うそうじゃないと言わんばかりに体を揺らす。それはつまり彼の返事が間違っているということで。

 いや本当にそうなのか。そうは思ったが、しかしこの状況で現状思い付くのはそれしかない。もし違ったのだとしてもどうせ更に機嫌が悪くなるだけで済む。元々マイナスならば大して変わらない。

 そんな思いを込め、彼はそれを口にする。

 

「……ガハマ」

「うん!」

「……マジかよ」

 

 笑顔で返事をされた。それでいいのか、と思わなくもないが、しかしまあ本人が納得しているのならばもういいや。そんな本日三回目の諦めの境地に達した八幡は、今日何度目か分からない溜息を吐いた。

 

「疲れた……」

「え? 何で?」

「お前には理解出来ない悩みがあったんだよ」

 

 まあいい、と彼は中断されていた結衣の課題に目を向ける。それで分からないところはどこだったのか、と尋ねると、ああそうだったそうだったと彼女はシャーペンを手に取った。

 

「ねえ、ヒッキー」

「んだよガハマ」

「……ちょっと、呼んだだけ」

「アホなこと言ってないで課題やれ課題」

 

 はいはい、と結衣は満面の笑みで問題に取り掛かる。それを見て、今日最後になって欲しい溜息を八幡は零していた。

 

 

 



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その3

頭空っぽで進む話なので、問題解決はざっくり


 入院生活三週目。つま先からかかとまで、加えて足首も覆っていたギブスが簡易的なものに変わり、サンダル程度ならば履いて少し歩く程度は許可が出た。これで松葉杖を使うことなく病室から出ることも可能となり、比企谷八幡は晴れて引きこもりを卒業することとなったのだ。

 

「うわダリィ……」

「ダメ人間じゃん」

 

 いっそこのまま入院し続けて一生を過ごそうか。そんなことを思い始めた八幡は、結衣の呆れたようなツッコミで我に返った。だがしかし、いやだって誰しも考えるだろうと自分の意見を間違っていたとは認めない。

 

「いや、ずっと入院は嫌だよ」

「三食昼寝付き、むしろ昼寝がメインみたいな環境だぞ」

「ずっと寝てるってつまんなくない?」

「いい加減動かずにやれることがなくなると寝る以外何もしたくなくなるものだ」

「その時点でずっと入院が駄目だってことじゃん……」

 

 はぁ、と溜息を吐いた結衣は、解き終えた課題のノートを鞄に仕舞い伸びをした。ううん、と上半身を天に向かってぐいと持ち上げ、反った体から反抗するマシュマロが非常に甘く柔らかそうな雰囲気も醸し出す。

 

「ねえヒッキー」

「ん?」

「知ってる? 女の人って、胸見られてるの意外と分かるんだよ」

「……へー、それは知らなかった。豆知識だな」

「こっち見て言ってくんない?」

 

 物凄く目が泳いでいる状態で平静を装っても何の意味もない。ジト目で彼を見詰めていた結衣であったが、まあいいやと肩を竦めた。別に今更だ、と思ったのだ。

 カバンのチャックを閉め、彼女はそれを肩に掛ける。よし、と気合を入れると、立ち上がり八幡へと声を掛けた。

 

「じゃあヒッキー。あたし今日はもう行くね」

「ん? おお、じゃあな」

 

 見送りはしないぞ、と彼は続け、別にいらないよと彼女は笑う。そうした後、結衣は手をひらひらとさせて病室から出ていった。

 ちらりと時計を見る。先週と比べると随分と早いな。そんなことを思ったが、その分一人の時間が増えるから問題はないと八幡はすぐにそのことを頭から吹き飛ばした。

 翌日も結衣は見舞いにやって来て、そしてあまり長居せずに帰っていった。何か言いたげではあったが、それを別段問い詰めることはしなかった。別に彼女をこの空間に縛る気など毛頭ない。向こうが何かあるならば好きにすればいいのだ。

 が、当の本人はそうは思っていなかったらしい。その次の日、今日もすぐ帰っちゃってごめんと彼女は八幡に謝罪したのだ。

 

「は?」

「へ?」

「いや、何で謝るんだ?」

「え? だって、あんましここにいないし……」

「何? お前自分がマイナスイオンでも出してると思ってんの? アロマディフューザーに土下座して謝れよ」

「酷くない!?」

 

 若干涙目である。どうやら割と本気の言葉だったらしいということに気付いた八幡であったが、しかし。

 だとしても、ここに長居しないことを申し訳なく思う必要はどこにもない、という主張を撤回したりはしない。こんな場所は好きに帰ればいいのだ。むしろそこまで頻繁に来なくてもいいくらいにまで思っていたりもする。

 

「……はぁ。とりあえずとっとと帰れよ」

「酷くない!?」

「いや、お前用事あんだろうが」

「あ」

 

 そうだった、と思い出したように目を見開いた結衣は、もう一度ごめんと謝罪してから病室を飛び出していった。何が何でも騒がしい奴だ。そんなことを開けっ放しになった扉を見ながら思いつつ、八幡はよっこらせと立ち上がる。

 

「リハビリ以外で歩かせるんじゃねぇよ、ったく」

 

 ゆっくりと足を動かし、開いたままの扉に手をかけると、彼はノロノロとした動作でそれを閉めた。

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 そろそろ退院が目に見え始めた。それに合わせるように結衣の見舞いの時間も短くなった。まあそりゃそうだろ、と思っていた八幡であったが、彼女はそうでもなかったらしい。今日は時間に余裕があるのか、来てすぐに帰るということはなかったのだが、その代わりに椅子に座ったまま何とも言えない表情で黙り込んだままである。

 気まずい。そう思うものの、今この瞬間はあまり普段のように適当な物言いをしてしまうのはいけないのではないかと自重した。流石に八幡でもそのくらいの空気は読める。

 

「あ、あの……」

「ん?」

「あの、さ……」

 

 そんな時間が暫し過ぎた後、結衣はようやく口を開いた。が、そこから出てくるのはあの、だのその、だのという意味のなさない呟きばかり。一体こいつ何が言いたいんだ、と喉までその言葉が出掛かり、飲み込む。

 

「も、もうすぐ退院だよね」

「んあ? そうだな。あー、学校行きたくねぇ……」

「八月三十一日の小学生みたいなこと言ってる……」

「中学生の時も言ってたぞ俺は」

「そういえばあたしも言ってたかも」

 

 ぷっ、とお互いに顔を見合わせ吹き出した。結衣の表情も幾分か和らぎ、先程までの暗い雰囲気が霧散している。作戦通り、と何も考えてなどおらず偶然いい感じになったのを勢いでごまかすように脳内で叫んだ八幡は、このタイミングで喉の奥に押し込んでいた言葉を吐き出すことにした。

 で、一体何が言いたかったんだ、と。

 

「あ、うん、ごめん」

「……いきなり凹むなよ。何か俺が悪者みたいじゃねぇか」

 

 顔は十分悪者である。そんなツッコミを入れてくれる人物はこの場にいない。

 溜息を吐いた。ガリガリと頭を掻くと、まあいいやと八幡はベッドに寝転がる。え、と結衣が顔を上げたが、彼は知らん知ったことかと手をひらひらとさせた。

 

「言いたくないことを無理に言わせる趣味はない」

「あ、うん。ごめん……」

「だから謝んなっての。別にお前何もしてないだろ」

「うん、ごめん」

「……おう」

 

 これ以上何か言っても恐らく延々とごめんループだろう。そう判断した八幡は流した。とりあえず流して、向こうの次の言葉を待った。

 が、そこから先は沈黙である。先程の焼き増しが始まったことで、彼もこれは絶対に終わらないという確信を持った。つまり、何かしら動かなければ、永遠にこのままだ。

 ならば何を言えばいいか。彼女が言い淀んでいる、落ち込んでいる原因に思い当たる節はある。が、それをどう言えば解決するのかが浮かばない。そもそも八幡はそれを問題だと思っていないからだ。

 

「なあ、ガハマ」

「……何?」

 

 だから彼はもう考えるのをやめた。直球で言ってしまおうと思い立った。ベッドから起き上がり、真っ直ぐに結衣を見る。

 そして、言葉を紡いだ。

 

「別に俺はお前が来なくても何とも思わないぞ」

「……そ、っか」

 

 直球過ぎた。飾りも何もなく、とりあえず言ってみました的なその言葉は、間違いなく結衣の地雷を踏みぬいた。それに気付いたのは言ってしまった後だったので、今のナシ、というわけにもいかない。

 ならばどうすればいいか。簡単だ、今の言葉を違う意味にすればいい。

 

「何勘違いしてやがる」

「へ?」

「……いや、だからな。えっとだな」

 

 ゲーム王のファラオみたいな物言いで言葉を続けようとした八幡は、そこで言葉に詰まってしまった。だって脊髄反射で喋ったのだから、しょうがないね。てへ、と舌でも出しながら可愛く脳内で言ってみたものの、所詮八幡なので当然のごとく可愛くない。

 状況は悪化した。

 

「そもそも最初に、同情とかそう言うので来るのはやめろっつってたわけで」

「……そんなんじゃ、ないもん」

「そうじゃないなら、お前は、えっと、あれだ……お、俺に、会いに来たかった、っていうことに、なっちゃうわけなんですけど、そこんとこどうなんですかね」

「前にも言ったし……。あたし、ヒッキーに会いたくてここに来てるって」

「お、おう。そうか……」

 

 だからやめろよそういうの、男は勘違いしちゃうでしょ。脳内比企谷君が悶えているのを必死で押し留め、八幡はまあつまりそういうことだと締めの言葉を発し一人納得したように頷いた。何がそういうことなのか全く分からなかった。

 そんなテンパっている死んだ魚のような目の男を見て少し落ち着いたらしい。そうだよね、と呟くと、結衣は眉尻を下げたまま口だけで笑みを作った。

 

「ヒッキーってさ、優しいよね」

「頭大丈夫か?」

「そういうところは酷いけど。……うん、でも優しい。なんていうのかな、こう、合わせなくても気にしないっていうか」

「意味分からん」

「あはは、あたしもよく分かんない」

 

 そう言って苦笑した結衣は、そこで一旦言葉を止めた。息を吸い、吐く。そうした後に、ちょっと聞いて欲しいんだと彼女は述べた。

 

「あたしさ、結構空気読もう読もうとしちゃうとこがあって。人に合わせないと不安、っていうか……」

「……おう。おう?」

 

 こいつ俺との会話で空気読んだり合わせたりしてたっけ? そんなことを思ったが、八幡は飲み込んだ、これ絶対今俺の方が空気読んでるよね、とか思ったが顔には出さなかった。

 

「それでさ。そろそろ高校始まって一ヶ月になるじゃん。皆も結構慣れてきて、放課後も遊びに行くようになって。……ヒッキーのお見舞い、行けなくなってきて」

「いやそれは別に何の問題もないだろ」

 

 遊びに行くなら行けよ。そんなことを続けると、結衣はそういうんじゃないと首を横に振った。そこが問題じゃない、と呟いた。

 

「今日はお見舞い優先しよう、ってなっても、皆が行くからあたしも行かなきゃって思っちゃって。自分の意見の主張? 的なのが、出来なくて」

「……」

「駄目だよね、あたし。でも、やっぱり周りに人がいないと、寂しいし……友達に嫌われるのも、嫌だし……」

 

 ぽたり、と何かが落ちる音がした。何か、などと考えるまでもなく。八幡はそれを見て顔を顰めた。結衣が泣いているのを見て、無性に自分が責められている気がした。被害妄想である。

 ここで何か気の利いたことが言えればよかったのだろう。だが、八幡にはそんな都合のいい美辞麗句など出てこない。浮かんでくるのは言い訳と屁理屈ばかりだ。

 それでも彼は口を開いた。ちくしょう、と心の中で毒づきながらも言葉を紡いだ。

 

「小学生の時の同級生で今も会う奴が何人いると思ってんだ」

「へ?」

「百人いたら精々一人だろ」

「それは流石に極端過ぎじゃない?」

「まあ聞け。つまり、卒業して四年後にも友達やってる確率なんざ一%しかないってことだ。高校も同じだと考えれば、どうせ就職する頃には一人くらいしか残らない」

 

 分かるか、と八幡は結衣を見る。涙目のまま、結衣はどういうことだと首を傾げた。いきなりわけの分からないことを言われたからか、ほんの少しだけ気が紛れたらしい。

 

「……一々人の顔色伺って学生やってても、どうせ皆いなくなるんだから無駄だろ」

「極論!?」

「まあ確かに長いものに巻かれるのが楽な時は多い。が、そればっかりやってると巻かれ過ぎて雁字搦めだ。巻かれる紐なんざ一本か二本で十分なんだよ」

「そう、かな……?」

「おう。見ろ、俺なんかそういう生活を続けて不動のモブAを確立したんだぞ」

 

 比企谷? ああ知ってる知ってる、まあ話すこともあるし。え? 別に友達じゃないけど。そういう感じの立ち位置である。完全ぼっちではない分ほんの少しだけマシかもしれない。

 

「それにな、何だかんだいってその一%は勝手に残るもんだ」

「……それってさ、『親友』ってやつ?」

「腐れ縁だろ」

「言い方ぁ!?」

 

 ちょっと感動したのに、と結衣は唇を尖らせる。そんな彼女を見て、仕方ないだろうと彼は肩を竦めた。自分にはそんな相手がいないのだから。そう続け、今までの会話を全否定した。

 

「ヒッキー……」

「そんな目で見ても事実は変わらん。そもそも、俺の中学からの腐れ縁はあれだぞ。

 

 『比企谷ー、クリスマスって予定ある?』

 『……いや、別にないけど』

 『だよねー』

 

 って笑って去ってくクソ野郎だぞ」

「それ本当に友達? それが一%で残っちゃったの?」

 

 残念ながら残ってしまったので仕方がない。おう、と力強く頷いた八幡は、まあつまりそういうわけだから大丈夫だと笑みを浮かべた。

 そんな無駄に自信満々の彼の笑みを見た結衣は思わず吹き出す。自分が悩んでいたことが何だか馬鹿らしくなってきた。もう少し適当に生きても大丈夫なんじゃないかと思い始めてきた。

 

「……ありがと、ヒッキー」

「おう、感謝して咽び泣け」

「絶対に嫌」

 

 そう言って彼女は笑顔を見せた。いつも通りの弾けるような笑みを浮かべた。

 それを見た八幡も、うんうんと頷くと満足そうに口角を上げる。やってやった感が体中から溢れており、顔は完膚なきまでにドヤ顔だった。

 

「でも、うん。あたし、もうちょっと無理しないでみる」

「そうしろそうしろ」

 

 だから無理してここに来んな。そんな言葉を続けた八幡を見て、彼女は笑みを浮かべたままべぇと舌を出した。

 

「絶対に嫌」

「……どっちみちもうすぐ退院だっつの」

「退院するまで、来るもん」

「だから無理すんなって」

「無理じゃないし!」

「お、おう」

 

 迫力に圧された八幡は、だったらいいんだと引き下がった。そうそう、と許可をもらったと判断した結衣は、そんな彼の言葉を聞いて嬉しそうに笑った。

 

 



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その4

原作より大分前向きですねこれ


「治ってしまった……」

「喜ぶところだよね?」

 

 はぁ、と溜息を吐く八幡を、結衣は苦笑しながら眺めていた。ギブスから包帯に変わった足は、既に骨がくっついていることを意味している。肋骨も無事修復が終わり、胴回りは何も巻かれていない。

 

「つっても、まだ激しい運動は出来ないから体育は見学だし、自転車で学校行くのも割としんどい」

「そこは、うん、ファイト」

「他人事だな、いや他人事だけど」

 

 面倒くさい、ともう一度溜息を吐き、ある程度整理を終えた病室を見た。退院は翌日に迫っている。明日の今頃は病室ではなく自宅のベッドで惰眠を貪っているのだろう。

 それを知っているから、結衣も今日は絶対に長居すると意気込んでいた。具体的に言うと、カラオケの誘いを断ったらしい。中学時代からの友人には、「やっぱ男出来るとそうなるよね、あーし寂しいわ」と言われたそうだ。

 

「そこは否定しとけよ」

「いや否定はしたし! でも聞く耳持ってもらえなかった」

「ああ、女子ってそういうとこあるよな」

 

 一度決めると中々意見を曲げない。自分を持っていると言えば聞こえがいいが、実際は人の話を聞いていないだけだ。うんうんと頷きながら、これだから女子って生物は、と彼はぼやいていた。

 

「……何か嫌なことでもあった?」

「何でだ」

「凄く実感篭ってたから」

「……そうだな。映画館でアクション映画を見た時、派手な爆発に思わずビクッとなったら『比企谷超ビビってる、情けなー』って三日ほどクソ野郎に笑われたことがあってな。音がデカかったんだよっつってもはいはいで流された」

「……前も言ったけど、それが残った一%でホントにいいの?」

 

 どこか心配するような顔で結衣が述べるが、腐れ縁というのはもうどうしようもないのだと彼は返す。言葉とは裏腹に、別に何かを抱えているわけでもない様子なのが少し気になったが、まあそれならいいんだけどと彼女は流した。

 

「それはともかく」

「何?」

「お前今日来たところで何するんだよ。もう勉強道具は家だぞ」

「え?」

「明日退院だっつっただろうが。片付けられるもんはもう片付けた」

「マジで言ってる!?」

「その発言こそマジで言ってんのか」

 

 最後の最後まで勉強頼りに来てんじゃねぇよ。死んだ魚の眼を更に細めて結衣を睨んだ八幡であったが、それがこいつだと諦めたように溜息を吐いた。

 で、どうする? そう彼女に問いかける。やることがないのなら、今からでもカラオケに合流すればいい。そんな意味合いもついでに込めた。

 

「じゃあさ、ダベろ」

「あくまでここに残るのか」

「あったりまえじゃん。……ヒッキーとこうして話せるの、今日くらいだし」

「ああ、まあな」

「ツッコミ入れてよ!」

「間違ってないしな」

 

 大間違いだ、と結衣は立ち上がる。そもそも同じ学校なのだから、これからはむしろ会う機会が増えるだろうと捲し立てた。

 一方の八幡は、何言ってんだこいつという目で彼女を見る。学校に復帰したら接点なくなるだろうと息を吐いた。

 

「クラスも違うだろ。普通は会わん」

「いやいやいや! 会うし、超会うし! っていうかクラスに遊び行くし!」

「ガハマ」

 

 唐突に真剣な表情で名前を呼ばれた。思わず言葉を止めた結衣は、その雰囲気に気圧され息を呑む。何、と先程までの勢いをなくし、小さな声で言葉を返した。

 いいかよく聞け。そう言って八幡は天を仰ぎ見る。視線を戻し、彼女を見詰めてはっきりと言い放った。

 

「事故から復帰した男子高校生のところにいきなり他クラスの女子が遊びに来るとか不自然極まりないだろう。噂されたら恥ずかしい」

「思った以上にワケ分かんない理由!?」

 

 なんじゃそら、と彼女は叫ぶが、しかしよく考えろという彼の言葉で少し思考を巡らせる。言われてみれば、確かに事故から復帰した見知らぬクラスメイトのところに何の接点もなさそうな別のクラスの女子生徒が遊びに来るというのは不思議な光景に感じられないこともない。

 

「でも、別にそのくらい」

「お前ただでさえクラスの雰囲気に馴染めなさそうな状態のところに更に爆弾落として楽しいか?」

「うっ……」

 

 そこで、そんなことしなくても最初からぼっちかモブAのどっちかだから大丈夫だって、と言えるほど彼女は八幡の腐れ縁になっていない。それを言われると確かに申し訳ない、と考えてしまう程度には心優しい少女なのである。

 しゅん、と肩を落とした結衣は、分かった我慢すると渋々ながらそう述べた。

 

「……いや、てかお前。そんなに俺と話したいの?」

「そりゃそうだよ。ヒッキーと話してると楽しいし」

「……本気か?」

 

 今まで生きてきて会話していると楽しいと言われた経験は彼にはない。見てると面白い、という珍獣扱いされたことが辛うじてある程度だ。だから八幡は思わず彼女の言葉を疑い、その隠された真意を探ろうとしてしまったが、しかしすぐに踏みとどまる。

 こいつはそんな器用なことが出来る奴じゃない。そう思い直し、ではつまり本気で言っているのだという結論に達した。

 

「頭大丈夫か?」

「質問に答える前に更に酷い質問になった!? いや本気だし正気だし!」

「やっぱり普通の人間と感性が違うから」

「超普通だし! 優美子もちゃんと『ユイって普通だよね』って」

「絶対褒めてないよなそれ」

「……『そーいうのだけじゃなくて、別にみんな怒んないからもうちょい自分出しなよ』って続いた……」

「オカンかその優美子さんとやらは」

 

 俺の腐れ縁とはえらい違いだな、と八幡はぼやく。まあともあれ友人もその評価だということは彼の発言もそこまで違っていないということであろう。うんうんと頷きながら、八幡は話を促すように彼女を見る。

 ここであたしに振られても、と結衣はジト目で彼を見た。

 

「あー、まあ。つまりはあれだ。今日で最後ってことだ」

「そんな寂しいこと言わないでよ! あたしもっとヒッキーと一緒にいたい」

「……だから、そういうのはやめろって」

 

 思春期の男子はコロッといくから。腐れ縁でギリギリ耐性がついている八幡は内心を出さずに溜息を吐いて気を取り直し、しかしこれ以上話しても平行線だと頭をガリガリと掻いた。

 そうはいっても、この平行線を交わらせるアイデアが浮かんでくるかと言えば答えは否。結衣が悲しむか八幡がクラスで好奇の目に晒されるかの二つに一つだ。彼としては後者は最終的に選んでも構わないが、しかしその場合やはり結衣が気に病むのであまり意味がない。つまり詰みである。

 

「あ」

「ん?」

 

 そんな折、結衣が目を見開いた。どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのかと手を叩いた。八幡は彼女が何を思い付いたのか分からず、どうせ碌でもないことなのだろうと眉を顰めた。

 

「アドレス交換しよ!」

「は?」

「だーかーら、スマホのLINEのID、交換すればいいじゃんってこと」

「……あー、あれか」

「あ、ひょっとしてアプリ入れてすらいない?」

「馬鹿にするな。家族の伝言掲示板代わりに一応入ってるっつの」

 

 お前俺のこと何だと思ってる、と結衣を睨むと、彼女はあははと視線を逸らした。そうしたまま、だったら別に大丈夫だよねと言葉を紡いだ。

 

「まあ、いいけど」

「どしたの?」

「それをきっかけにして押し掛けてきたりしないだろうな」

「しないし! むー……あ、だったら勝負しよ」

 

 いいこと思い付いた、と結衣が手を叩く。その動作さっきもやったぞ、と思いながらも、八幡は胡散臭げに彼女を見た。勝負をしよう、というその笑顔が、さっきの発言以上に碌な事にならないと確信を持たせた。

 

「……で、何をする気だ?」

「あたしとヒッキー、学校で出会えるかどうか」

「よしじゃあ俺は出会えないに花京院の魂を賭けよう」

「誰?」

「なんだよ、しらねーのかよ。ジョジョだよ」

「いや意味分かんないし」

「だろうな。俺も正直意味不明だった」

 

 まあふざけるのはこの辺にして。置いといて、とジェスチャーをした八幡は、それは一体どういう勝負なのかと問い掛けた。何となく予想がついたので先程の発言をぶっ放したが、一応確認しようと思ったのだ。

 

「もう一回言わないと分かんない?」

「相手に分からせようとしてないから聞き直したんだよ。勝ち負けどうやって決めんだ」

「……出会ったら勝ち?」

「だからクラスに押し掛けてくんなっつってんだろうが」

「いやそうじゃなくて。こう、なんてーか、あれだよ。偶然出会った、とか、運命の出会い、とか奇跡的な再会、とか」

「ロマン回路回し過ぎだろ」

 

 はぁ、と溜息を吐いたが、しかし大体言いたいことは分かった。つまりは彼女はこう言いたいのだ。連絡先の交換云々はともかくとして、やりたいことがあるのだ。

 積極的に探そうとせずに、学校で出会いたいのだ。

 

「まあ、学年集会とかありゃ嫌でも分かるだろ」

「だよねー……。でも、それはそれでありかな」

「ありなのか」

「うん。で、その時に改めて挨拶して、そこでアドレス交換するの」

「下手すりゃ二度と会わないな」

「会うし! 絶対に会ってみせるし!」

 

 それが決まっている未来だ、とばかりに結衣は拳を握り力説する。そんな彼女を見て、まあそれでこいつが納得するなら、と八幡は分かった分かったと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 結論から言ってしまえば、高校一年の彼が彼女と会話したのはその日が最後であった。退院し、学校に復帰した八幡は中学時代と同じようにモブAを維持しつつ友人らしい友人を作ることもなく生活した。学校行事も幾度となくあり、その度に一年生全クラスが集まったそこでついあの顔を探したが、終ぞ見付けることは出来なかった。

 あの黒髪と巨乳はそうそう見落とさないと思ったが。そんなことを思ってもみたが、まあ見付からないのならばそれまでだろうと彼は諦めることにした。もしもあいつの言う通りならば、絶対に会うのだからその時まで気にすることはないだろう。そんな風に考えたのだ。

 その結果が二年生進級である。丁度一年前、入学式の翌日事故に遭い入院生活を送っていたことを思い出しながら、八幡は新たな教室へと足を踏み入れた。二年のF組、これが今日から自分のホームである。言ってみたものの、絶対にホームにはならないだろうと一人心の中でツッコミを入れた。

 適当に飛び交う挨拶に同じくらい適当な挨拶を返し、八幡は自身の席に着く。知り合いはいれども友人はいない。ある意味完全ぼっちより寂しいその状況を再確認しつつ、彼はスマホを取り出しニュースサイト巡りを開始した。やっぱり春はエキセントリックな事件が多いな。そんなことを考えながら指で画面をスワイプしていたその時である。

 

「ん?」

 

 影が差した。何だ、と顔を上げると、どう考えても自分に関わりそうもない女子生徒がこちらを見下ろしている。ふるふわウェーブロングの髪型の名に反するように、その目付きは鋭くどちらかと言えば女王気質であるような気さえした。

 

「……」

 

 女生徒は八幡を睨み付けるように見詰めている。その空気がいたたまれなくなった彼は、視線を逸らし頬を引き攣らせた。野生動物でもないので勿論向こうがそれで去るわけもなし。仕方ないと向こうに覚られないよう溜息を吐くと、八幡は意を決して再度彼女を見た。

 

「……な、何か?」

「別に」

 

 が、返ってきた言葉はこれである。何だお前沢尻エリカか、そんなことを思ったものの、口に出すことは出来ないので物凄く曖昧な表情でああそうですか的な返事をするのが精一杯であった。

 ふん、と彼女は鼻を鳴らすと、そこで踵を返し去っていく。一体何だったのだろうかと怪訝な表情を浮かべた八幡であったが、しかしその去り際の呟きは妙に引っかかった。

 

「趣味悪いって、何がだよ」

 

 ニュースサイト巡りがか。そんなことを考え、ならば世の中のサラリーマンは大半が趣味悪いことになるぞと一人悪態をつく。まあ何だかよく分からない相手であり恐らくほとんど接点などないだろうと思い直した八幡は、さっさと忘れることにして再度スマホの画面を眺めた。

 

「ん?」

 

 再び影。またかよ、と顔を上げると、やはりどう見ても自分に関わりそうもない女子生徒が自分を見ている。そこそこ明るめの茶髪、短めのスカート、ボタンが三つほど開けられたブラウス、胸元から除くハートのチャーム。どれをとってもいかにも遊んでいる女子高生という感想を八幡が抱く程度には無縁であった。

 そんな少女は、自分を見て満面の笑みを浮かべている。自分に会えて良かったと心から喜んでいるような表情である。

 

「おはよ!」

「お、おう。……おはよう」

「同じクラスだよ! 同じクラス!」

「あ、ああ。そうだな?」

 

 何でこいつこんなテンション高いの? そんなことを思いながらも一応八幡は返事をする。というかこいつ誰だ、何で馴れ馴れしいんだ。ついでにそんなことも考えた。

 彼の態度が読まれたのだろう。少女は笑顔を引っ込めると、不満げに唇を尖らせた。ノリ悪い、と文句を彼に述べた。

 

「は? いや、そんな事言われても」

「何で? もっとこう、去年みたいにズケズケ言ってよ」

「は、はぁ……。去年?」

 

 高校生活一年目の間にこんな奴と関わった記憶はない。怪訝な表情を浮かべ、こいつひょっとして誰かと勘違いしているのではと彼は悩み始めた。だとしたら、早めに指摘してあげないといけない。このままでは恥ずかしい光景に自分も巻き込まれてしまう。

 よし、と気合を入れた八幡は、人違いだと告げて去ってもらおうと口を開いた。ひとちがい、の『ひ』を発そうとした。

 

「え? ちょっとヒッキー、あたしのこと覚えてないとか?」

「んあ?」

 

 その刹那、彼女の言葉でそれを飲み込んだ。今こいつなんつった。自分のことを何と呼んだ。比企谷でも、八幡でも、ヒキタニでもなく。

 ()()()()と、そう呼んだのか。

 

「……え? ガハマ?」

「そうだよ! 見りゃ分かるでしょ!」

 

 怒ってますとばかりに頬を膨らませ腰に手を当てる。いやそう言われても、と八幡はもう一度彼女を見た。去年、病室で会っていたはずの少女を見た。

 髪は黒髪であったし、制服もここまで着崩していなかった。共通点がほとんど見られない。

 

「見て分かんねぇよ」

「何で!?」

「何でもクソもあるか。お前あの時黒髪だったじゃねぇか。制服もちゃんと着てたしな」

「え? あ、それは受験だったから染め直してて、入学して暫くは戻せなかったからそのまんまだったし」

「じゃあやっぱり見て分かんねぇだろ」

「顔! 顔見てよ!」

 

 ほれほれ、と結衣が顔を近付ける。薄っすらとメイクのしてあるその顔が八幡の眼前に寄せられ、女子特有の甘い匂いが彼の鼻腔をくすぐった。

 

「近い。化粧臭い」

「酷くない!?」

 

 顔を背けた八幡はそう言って彼女を押し戻した。まったく、と文句を言っていた結衣は、しかし楽しそうに、懐かしそうに口角を上げる。久しぶりだね、このやりとり。そう言って彼に述べ、ああそうだなと八幡も返した。

 

「ねえ、ヒッキー。勝負、覚えてる?」

「さて、どうだったかな」

「覚えてるね。よし、じゃあ」

 

 ポケットからスマホを取り出す。それを八幡が持っていたそれに近付けると、結衣は先程と同じように満面の笑みを形作った。

 

「アドレス、交換しよ」

「……しょうがない」

 

 ニュースサイトを閉じる。会話アプリを起動させると、既に待機状態であった結衣のスマホに自身のそれを近付けた。ふりふり、とお互いそれを振り、これでよし、と画面をタップする。

 結衣は暫く画面を見詰めていた。新たに増えたそのアドレスを、噛みしめるように眺めていた。

 

「ねえ、ヒッキー」

「ん?」

「これから、よろしくね」

「……ああ」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら。やれやれと肩を竦めながら。八幡はどうやら高校生活二年目はとてつもなく面倒なことになるであろうと口角を上げた。

 

 




はじまりの一区切り


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パッと見パーテーション その1

この物語の九割は軽く、頭空っぽで進みます


 高校生活は二年目に突入した。おおよそ一年前と大して変わらない生活を続けていこうと考えていた比企谷八幡にとって、この新たな二年目は嵐のようなものであると言えるだろう。ちなみに始まってまだ三日である。

 

「ヒッキー! おはよ!」

「お、おう……」

 

 元気よく挨拶をしてくる由比ヶ浜結衣、それを八幡は若干引き気味に返したが、彼女は別に気にすることなく去っていった。何だあいつ、と昨日と同じ感想を持ちながら、彼はそのまま自分の席についてスマホを取り出す。今日のニュースは大したものがないな。画面を見ながらそんなことを思った。

 今の所実害はない。周囲からの視線も別段増えているわけでもないし、積極的に話しかけてくるような相手もいない。とりあえずクラスメイトその一程度のポジションは確保出来ているといっていいだろう。そのことを確認し、八幡は小さく息を吐く。

 周りに人が集まる。それを良しとするか悪しとするかは個人の判断だ。八幡はどちらかといえば後者よりで、最低限の会話が出来る程度の繋がりさえあれば問題ないだろうと思うフシさえある。とはいえ、それを自ら進んで実行するほどの度胸と行動力がないのも、また彼の特徴であった。結局モブか背景が一番居心地のいい場所なのだ。

 

「ん?」

 

 スマホが会話アプリの新着メッセージを知らせる。誰だ、とスワイプして確認した八幡は、その表情を思わず歪めた。表示されているメッセージは短めで起動させることなく全文が読めたが、確認だけを済ませると起動して既読マークを付けるということすらせず横にスライドさせお知らせから排除する。

 

「……」

 

 追加でメッセージが来た。やはりお知らせの表示のみで全文確認が出来たが、彼は今度は碌に見ることすらせずに横に弾く。

 ふう、と息を吐いた八幡は再度ニュースサイト巡りに没頭した。お、今度新刊が出るのか。そんなことを思いながら次の記事を探そうとリンク先をタップする。

 スマホが連続で震えた。お知らせ部分が次々にメッセージが来たことを知らせてくる。確認するとスタンプが連打されていた。

 無言でアプリを起動させる。メッセージの差出人に短く簡潔に煩い、と送った八幡は、これで大丈夫だとアプリを最小化させ終了させようと。

 

『比企谷ー、頭大丈夫?』

 

 短く簡潔に死ね、と送り返した。ついでにスタンプで罵倒しておくのも忘れない。

 がこれが悪手であることは彼自身理解していた。それを証明するように、八幡の返事とは無関係の会話が次々流れてくる。こっちの生徒会がマジ意識高い系なんだけど、などと言われても知るかとしか返せないだろうに。そんなことを思いつつも律儀に返事をしてしまうのが既に敗北者であろう。ちなみに勿論返事は知るか、である。

 そんなことをしているうちにホームルームが開始される。ああちくしょう、ニュースサイト巡りが中途半端じゃないか。一人悪態をつきつつ、八幡は教室にやってきた担任教師へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 授業は退屈である。幸いにしてまだ理解出来ない範囲を超えてはいないため、ただただ面倒であるという程度だけで済んでいるが、これが一週間二週間、そして一ヶ月二ヶ月と進んでいくとまた変わっていくのだろう。ちらりと一週間もたなそうな顔をしてノートと黒板を睨み付けている結衣を見ながら、八幡は一人溜息を吐いた。

 そんな机に縛り付けられる時間が終わり、昼休みという名前の昼食時間へと突入する。八幡はちらりと窓の外を見ると、どこか適当な場所で昼飯でも食べようかと席を立った。戻ってきて食べるにしろ、外で食べるにしろ、まずは購買で何かを買わねばならない。

 教室の扉を開け、廊下を歩く。気分は孤独でグルメな人なのだが、いかんせん購買でパンを食う程度ではそこに至ることはないだろうと自覚していた。

 

「いや待てよ。そういう話もあるし、案外ありか」

「何が?」

「うぉぉお!?」

 

 今のは独り言である。思っていたことが口に出てしまう、とか表現すると一体どこの最強俺TUEEE系だよとツッコミを入れてしまいたくなるが、これが案外馬鹿にできない。一人でいるのが多かったり好きだったりすると、自分で自分と相談を始めてしまうことが多々ある。そしてその場合、それらを口にすることで聴覚にも刺激を与え意見を固めやすくする作用があるのだ。本当がどうかは定かではない。

 ともあれ、彼は別に誰かに喋ったわけではない。にも拘わらず返事が来たことで思わず奇声を上げて飛び退ってしまった。視界の先には、何やってんのと言わんばかりの表情でこちらを見ている結衣がいる。

 

「……何だ、ガハマか。何か用か?」

「え? これ流していいやつなの? あたし何事もなかったように会話していい系?」

「用事ないなら俺は行くぞ」

「あ、ちょっと待ってよ。あるし、用事」

 

 ぐい、と制服の袖を掴まれた。無理矢理振り払うことは可能だが、それをする必要もなければメリットも存在しないため、八幡は小さく溜息を吐きながら向き直り彼女を見る。

 えへへ、と笑っている結衣はモブAである八幡には眩しかった。

 

「お昼、一緒に食べない?」

「は?」

「いや、せっかく同クラになったんだし、いいじゃん」

 

 ね、と笑う結衣を見ながら、八幡は心底嫌そうな顔をして溜息を吐いた。眼の前の彼女と飯を食うということは、必然的に彼女のグループに近付くということだ。そして、彼女のグループとは八幡曰くリア充の巣窟というやつである。

 彼の出した結論はこれであった。絶対イヤだ。

 

「何で!?」

「あのな、お前俺のクラスの立ち位置分かってんのか?」

「空気」

「もう少しあるよ……多分」

「いや、冗談だから。そこでガチ凹みされるとあたしとしても困るというか……」

 

 はぁ、と盛大に溜息を吐いた八幡は、まあとにかくそういうわけだからお前と飯など食ってられんと言い放った。不満そうにぶうぶうと文句を言う結衣を尻目に、八幡は一人購買に向かう。

 これは今日教室で食うのは無理だな。そんな結論を弾き出し、そしてなるべく結衣に見付からない場所を発見せねばと一人ごちた。

 その翌日。朝の挨拶をいつものように済ませた八幡は、席に座りニュースサイト巡りをしている最中視線を感じた。誰だ、と周囲を見渡すと、恐らくこのクラスで現在一番遠慮なく喋る間柄である少女がこちらを睨んでいるのが見える。さっきまで普通に挨拶していたのに一体全体何がどうなった。そんなことを一瞬だけ考え、まああいつのことだから機嫌なんぞすぐに変わるのだろうと結論付けた。犯人さえ分かればもうどうでもいい。彼は視線を気にすることなくスマホを操作し続ける。

 そうして授業が始まり、そして昼休みになった。今日は迷うことなど何もない。八幡は立ち上がると購買に向かい、そして昨日探し出したベストプレイスへと逃げるべく足を踏み出した。

 その一連の動作が素早かったからであろう。結衣が行動を起こそうと思った時には既に八幡は影も形もなくなっていた。キョロキョロと周囲を見渡し、教室を出て廊下を眺めた彼女は、肩を落とし教室へと戻る。はぁ、と溜息を吐きながら友人のもとへ向かった結衣は、当然のようにどうしたのだと心配された。

 

「え? あ、うん、大丈夫。別になんでもないから」

「何でもないって顔じゃないんだけど」

 

 ジロリ、と結衣を見るのは彼女の友人である三浦優美子だ。ゆるふわウェーブロングという髪型の名称とは対極に位置するような目付きと、派手目な格好に相反するようなオカン気質によりクラスでも人気は高い。

 

「ううん。ホントなんでもないよ。さ、お昼食べよ」

「……ま、ユイがそれでいいならあーしは何も言わないけどさ」

 

 肩を竦めた優美子は、同じように昼食を手に持ち自分達を待っているグループへと向かう。ひらひらと手を振っている男子生徒を見て笑みを浮かべた彼女は、彼の隣に座ると何事もなかったかのように談笑を始めた。

 結衣もそれに混じり、彼ら彼女らと会話をする。いつも通りの光景であり、それを苦痛だなどとは決して思わない。が、どうにも何かが引っ掛かっているような感じがした。

 

「結衣、どうした?」

「へ? いや別に何も?」

 

 そんな彼女の様子が気になっただろう。一緒に昼食を食べていた男子生徒が彼女に向かってそんな言葉を投げかけた。何もない、と返しはしたものの、気付くと既に結衣以外の皆は食事を終えて片付けている。ああ、これは確かに何かあったと言われてもしょうがない。そんなことを思いながら、しかし彼女は何でもないと首を振った。

 

「そうか? それなら、いいんだけど」

 

 男子生徒はそれだけを言うとそれ以上深く追求することをやめた。それが結衣にとってはありがたく、そしてほんの少しだけ彼と比較して笑みを浮かべてしまう。ヒッキーだったらもう少し何かボロクソ言ってくるんだろうな。そう考え、少しだけ楽しくなった。

 それを皆は気分が戻ったと思ったのだろう。少しだけ重かった空気が霧散し、いつも通りの雰囲気が戻ってきていた。

 そうして談笑を続けていると、ふと優美子が彼女を見た。ねえ、と結衣に向かって声を掛ける。

 

「ユイ」

「何?」

「やりたいことあんなら、やりなよ」

「へ?」

「……ま、あーしは絶対認めないけど。マジ趣味悪い」

「いやいや! そんなこと……そんなこと……」

 

 あるかもしれない。否定の言葉を出すことが出来ず、結衣は優美子にあははと愛想笑いを返すだけに留まった。

 

 

 

 

 

 

「ヒッキー! ご飯食べよ!」

「嫌だ」

「いいから!」

「嫌だっつってんだろ。俺は俺の安息の地へ行くんだよ」

 

 今度こそ逃さん、と結衣は授業の片付けもせずに八幡を捕まえにかかった。ガシリと彼の腕を掴み、自分の体ごとロックして絶対逃さんと意気込んでいる。

 

「いいから、離せ」

「やだ、離したらヒッキー逃げるもん」

「いやそれはそうなんだけど、そうじゃなくてだな」

 

 彼の腕は挟まれていた。彼女の持つ凶器により左右から蹂躙されていた。いくらモブ人生を爆進していようとも、いくら目が死んでいようとも。巨乳女子高生の持つ殺戮兵器の前には万人等しく獲物なのだ。

 つまり八幡は尊厳の窮地に立たされていた。ふわりと甘い香りが彼の鼻孔をくすぐり、そしてむにむにと柔らかいマシュマロがとろけるような味わいを与えてくる。このままでは立たされてしまう。正確には立ってしまう。女遊びに慣れていない八幡ならば、間違いなく。

 

「いいから離れろ」

「やだ。一緒に食べるって言ってくれるまで離さない」

「分かった、分かったから離れろ」

「……離した途端逃げるじゃん」

「ガハマのくせに考えてやがる……!」

「酷くない!?」

 

 ツッコミの拍子にほんの僅か拘束が緩んだ。今だ、と八幡は全力で腕を引き抜き、そしてこの場から離脱する。しようとした。

 

「ひゃぁん!」

「……っ!?」

 

 擦れたのだろう。間近で少女が嬌声を上げた。密着している状態であったのが災いし、八幡はそのバインドボイスをモロに浴びてしまったのだ。ついでに引き抜いた拍子に制服と制服の触れ合いでなく、制服と手の平の触れ合いも経験してしまった。

 その一瞬の停止が命取りとなったのだろう。結衣は再度八幡を捕まえ、よくも逃げやがったなと言わんばかりの表情で彼を睨んでいる。

 これ以上問答を続けていても、時間と自分の尊厳が磨り減るだけだ。そう判断した八幡は、溜息を吐くと分かった分かったと項垂れた。今度こそ逃げないとはっきり言ってのけた。

 

「ホントに?」

「これ以上グダグダやってると時間なくなるからな」

「あ、ホントだ。結構時間経ってるね」

 

 まあいいや、と結衣は拘束を解き彼の手を取る。じゃあ行こう、とニコニコ笑顔で廊下から教室へと戻ろうと踵を返した。

 勿論八幡は待て、と彼女を静止させた。

 

「何?」

「俺は購買でパン買って来なきゃ昼飯ねぇんだよ」

「あ、そっか。じゃあ一緒に」

「その前に、一つだけ確認させてくれ」

 

 ん? と結衣が首を傾げる。こいつきっと何も考えてないんだろな、と思いながら、彼は真っ直ぐに彼女を見ると言葉を紡いだ。

 

「俺を葉山達のグループに混ぜるつもりか?」

「あ、駄目?」

「駄目に決まってんだろ! 何で青春主人公みたいな連中の中にモブが突っ込まにゃならんのだ」

「えー。ヒッキーなら案外上手くやれることない?」

「あれに混じったら俺は本気で空気にしかならんだろ」

 

 会話をすることは可能でも、談笑することは不可能だ。そう言い切った彼は、もしそうならば俺は絶対に行かんと物凄く嫌そうな顔で彼女から離れる。じゃあな、とこれからの行動如何では全力ダッシュしようと足に力を込めた。

 

「ま、待って待って。だったらあたしと二人で! それならいいでしょ?」

「……ちなみに、どこで食う気だ?」

「教室でよくない?」

 

 絶対よくねぇよ。そう思ったが口に出すのも面倒になってきた八幡は顔全体で表現した。物凄く嫌そうな顔で結衣を睨んだ。

 そんな彼を見て、駄目なの、と彼女は首を傾げる。空気読んだり周囲に合わせたりする性格を自分といる時だけ全力で取っ払うのはやめろよ。そんなことを思いつつ、八幡は勿論駄目だと言い切った。男女二人が教室で昼飯を食う。ある意味リア充グループに交じるより悲惨な結末が待ち受けているのは想像に難くない。

 ああもう、と彼はガリガリと頭を掻く。昼飯抜きになるよりは、教室で動物園のフクロテナガザルを見るような視線を浴びるよりは、これの方がいくらかマシだと八幡の中の脳内コンピューターが答えを弾き出した。

 

「ガハマ」

「ん?」

「お前弁当? 今持ってるのか?」

「ヒッキー捕まえにダッシュしたから手ぶらだけど」

「……んじゃ今すぐ持ってこい。俺の昼飯スポットで食うぞ」

「逃げない?」

「今更逃げねぇよ。いいから早くしろ。俺の飯がなくなる」

「ん、わかった!」

 

 待っててよ。と結衣は手を振りながら掛けていく。八幡はそんな彼女のドップラー効果を眺めながら、よし、と踵を返し購買へと足を進めた。

 

「あー、やっぱり逃げようとしてたし!」

「はえぇよ。何だお前、何インボルトだ」

「ヒッキーだったらそうするだろうと思ってお弁当だけ取って即来た」

「読まれてた、だと……?」

 

 まあそうなる気はしてたけど。そんなことを思いながら、八幡は隣にやってくる結衣を見て溜息を吐いた。そうしながら、さっさと行くぞと今度こそ二人で購買へと足を進めた。

 ちなみにどうでもいい話だが、机の上に物を出しっぱなしであった結衣は五限の担当教諭に睨まれた。

 

 



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その2

原作と毛色が違い過ぎてもうどうしようか……


「ふぅ……」

 

 比企谷八幡は一人で飯を食っている。教室で食べればいいのに、わざわざ別の、それも大分離れた場所で昼食を食べているのには理由があった。が、別段しょうもない理由なのでわざわざ語るほどのものではないが。

 

「怖えよ……」

 

 はぁ、と溜息を吐く。八幡の中で『クラスメイト』でも『知り合い』でもない場所にカテゴライズされかかっている少女は、定期的に彼を昼食に誘っていた。あの日、二人で昼食を食べてからある程度満足したらしい結衣は強引に引きずり込むことこそしなくなったが、それ自体をやめることはなかったのだ。

 そしてその結果、そっかー、と少ししょんぼりしながら去っていく少女を見ることになるわけで。

 当然のように彼女の友人である三浦優美子が睨んでいた。思わず情けない声を上げながら土下座して謝りそうになるほどの鋭い眼光であった。

 

「てか何だよあれ、何コンダだ……」

 

 ヒキガエル、ではなく比企谷では獰猛な蛇にはとても敵いはしないであろう。そんなわけで彼は戦略的撤退を決め込んでいるのだ。学校生活の二年目が始まり、一週間は経過した。逆に言えば一週間程度しか経っていない。

 その状態で、彼は既に教室から逃げ出すことを選んだのだ。

 

「ってか、あいつ絶対俺がガハマと一緒にいたらいたで石化の視線向けてくるぞ」

 

 いつの間にか蛇から蛇女にランクアップしたらしい優美子の愚痴を零しながら残っていたパンを口に入れる。パックのジュースで喉を潤すと、さてではどうしたものかと空を見上げた。雲一つなく、吹き抜ける風は心地いい。ああ別にここにいてもいいんだ、と自然が自分を受け入れてくれる気がして、八幡はほんの少しだけ笑みを浮かべた。

 勿論第三者が見たら通報ものである。彼の腐れ縁が見ても、「あ、比企谷、ちょっと通報しとくね」と笑いながらスマホを取り出す。

 幸いにして誰にも犯罪者スマイルは見られることなく、八幡は何も考えていないような顔で教室に戻るタイミングを考えながら景色を見ていた。定年退職し趣味も何もない老人のような出で立ちであった。

 スマホを取り出す。時刻はまだ余裕がある。どうせならここでニュースサイト巡りをしておくかとアプリを起動し、届いていた腐れ縁からの会話アプリのメッセージは適当に無視した。とはいえ、朝と昼とでそうそうニュースが変わるわけでもなし。とりあえず買ってはいるしデッキも組んだが肝心の対戦相手がいないカードゲームの情報サイトでも見るかと検索単語を打ち込んだ。

 

「ん? 新カード出るのか。あ、これ俺のデッキに入るな」

 

 入れたところで対戦相手はいない。時間が合った時だけ妹の小町が相手をしてくれる程度だ。それでも買うのをやめるといざという時後悔しそうだったので、八幡は今日も新パックを購入するのだ。

 一人脳内のコンボを回していた八幡は、そこで人の気配を感じ顔を上げた。視界の端に、こちらに向かって歩いてくる人影が見える。どうやら女性のようで、華奢な体付きではあるが不健康ではないことを感じさせた。

 人影が近付くにつれ、その端正な顔立ちと流れるような黒髪がはっきりと彼の視界に映る。同じ制服を着ているはずなのに、その辺の女生徒とは一線を画す何かがあるように感じられた。

 

「あら」

 

 少女は八幡を見付けると、少しだけ目を見開いた。こんな場所に人がいるとは珍しい。そんなことを言いながら、ゆっくりと彼に近付いた。

 彼は彼女を知っている。同じ学年ならば恐らく知らない者はいないだろうと言えるほどの有名人だ。八幡達の普通科とは別に一クラスだけある国際教養科、そこのトップに鎮座する成績優秀文武両道容姿端麗のパーフェクト超人というもっぱらの噂の学年ナンバーワン美少女。

 

「こんなところで昼休憩だなんて、変わっているのね」

 

 軽い調子で世間話を行ってくる彼女ではあるが、その実表情はニコリともしていない。愛想がない、と言い換えてもいいだろうか。その割には初対面の八幡相手に遠慮なく接してくるという謎のアンバランスさがあった。

 

「ちょっと事情があってな」

 

 普通であれば噂の美少女と急接近というシチュエーションはテンパって碌に話せないと確信を持っている。にも拘わらず、彼が自分でも驚くほど普通に言葉を返せたのは、そんな変な部分を垣間見たからだろうか。

 

「事情……」

 

 す、と彼女の目が細められた。一歩八幡に近付くと、よければその事情を教えてくれないかしらと言葉を紡いだ。

 見た目の割にお節介焼きなのだろうか。そんなことを思った八幡であったが、しかし話せと言われても別段語るほどのものはない。そもそも他人に話すのが恥ずかしいレベルである。

 

「いや、見ず知らずの人に話すようなことじゃないんで」

「そうは見えないけれど」

 

 何がだ。思わずそう言いかけ、彼は言葉を飲み込む。見た目の話ならば、別にそう悪くはないはずだ。そんなことを思いながら、八幡はもう一度彼女に告げた、話すようなことではないと言い放った。

 

「そう。……ところでそれは、あなたが自分で解決出来るの?」

「は? いや、別に俺が出来ようと出来まいと関係ないだろ」

「そうね。だから聞いてみただけよ」

 

 何だこいつ。表情を変えることなく飄々とそんなことを言ってのける眼の前の少女を、八幡は怪訝な顔で眺めた。澄ました顔のままその視線を受けた少女は、まあ言いたくないのならばいいと踵を返す。

 

「そいつはよかった」

「……あら、驚かないのね」

「見ず知らずの相手を一々気にしていられるほど切羽詰まってもいないんでな」

「余裕がない、ではなく?」

「同じだろ。余裕があるから気にする、余裕がないから縋り付く」

 

 足を止めた少女は、そのまま振り向かずに一人頷く。そうした後、首だけをこちらに向け、わずかに口角を上げた。

 

「まあ、どちらでもいいわ。だって、見ず知らずでなければ今の会話の前提が崩れるものね」

「は?」

「それじゃあ、私はもう行くわ」

 

 そう言って少女は視線を戻し歩き出す。その最中、思い出したように足を止め、振り向いた。表情はポーカフェイスでもなく、ほんの少し口角の上がったものでもなく。

 どこか不敵な、挑戦するような、笑み。

 

「――もし、何か困っていることがあるのならば、救いの手を取りに来なさい。奉仕部が、あなたに相応しい魚の取り方を用意してあげる」

「は?」

「それじゃあまた。比企谷八幡くん」

 

 言いたいことだけ言うと、少女はひらひらと手を振り今度こそ彼の前から去っていく。やって来た方向ではないので、元々の用事でも済ませに行ったのだろう。そんなどうでもいいことを考えつつ、八幡は一切合切わけの分からない少女に思考がついていけず、暫しその場で立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 

 翌日、あの場所に行くとまたあの変なのと遭遇してしまうのではないかという考えが頭に過ぎった八幡であったが、幸いというべきか本日は雨。わざわざ濡れ鼠になってまで食事をしたくない、ということで八幡は教室でコンビニのパンを食べるべく封を切った。結衣は友人達のグループで集まっているので今日のお誘いは無し。重畳である。

 それにしても、と彼は思う。結衣が集まっているグループのメンバーは所謂クラスの中心部。その筆頭ともいえるサッカー部のエース葉山隼人とその友人の男子を見ても、わざわざ自分に構う理由が分からない。モブのクラスメイトなんぞ放っておけばいいのに、と一人心の中で呟きながら、八幡はスマホのニュースサイトを展開した。

 画面のニュースを眺めていても、教室の喧騒は否応なしに聞こえてくる。やれゲームの装備がどうだの、今週のマガジンがどうだの、ドラマの俳優がイケメンだの。ちらちらと聞こえる単語をつい検索してああ成程これのことねなどと思いながら、ふと窓の外を眺めた。

 雨は止みそうもない。このままでは帰りが大層残念なことになるであろうことは想像に難くなかった。

 

「いーじゃん、丁度今日アイスが安いから、ダブル食べに行きたい」

 

 そんな声が聞こえた。雨の日にアイスとは中々チャレンジャーだなと思いながら聞き流していた八幡は、そこで聞こえた次の言葉に思わずスマホを取り落とした。

 

「あ、じゃあちょっと誘いたい人がいるんだけど」

「……誰?」

 

 一瞬にして声が底冷えする。その提案した人物が誰かを分かっていた八幡は、いや待てちょっと待てお前それは駄目だろうと思いながらもそっと向こう側を見た。言った人物、由比ヶ浜結衣と、言われた人物、三浦優美子を見た。

 

「え、っと……ヒッ……じゃなくて、あたしの友達なんだけど」

「あーし達の集まりに、あーしらが全然知らない奴混ぜるわけ?」

「あ、っと。……駄目、かな?」

 

 駄目に決まってんだろ。そう叫びたくのを必死で抑えて、八幡は取り落としたスマホを拾い上げた。ちょっと空気読むだけじゃないように頑張ると宣言したからといって、いきなり全速力で空気ガン無視していいわけではない。今すぐ忠告したいが、しかし行けば確実にこじれる。これはどうしようもないと彼は冷静なふりをして推移を見守った。

 

「あんさー、ユイ。分かるよ? あーしもそういう時期あったから」

「……うん」

「でもね、今のは無い。仲間内でパッと思い付いてじゃあ行こかーって時にいきなり『彼氏呼んでいい?』とか、マジ無い」

「うん……ごめん。って違う! 彼氏じゃないし!」

「でも気になってんでしょ?」

 

 本人の目の前でやることじゃない。名前が出ていないので辛うじてバレていないクラスの中で、ほぼ確信を持った八幡は今すぐ窓を蹴破って外に飛び出したい衝動に駆られていた。しかしそれをやったが最後。ああこの会話は比企谷のことだったのかとなるならまだいい、自惚れ野郎が暴走したと笑われたら目も当てられない。

 そもそもこれは本当に自分のことなのだろうか。ふと冷静になってそんなことを思った。中学時代、同じような展開があっただろう。好きな奴とかいるの? うん、いるよ。い、イニシャルとか……。え、えっとね。

 

「あ、やべ、泣きそう……」

 

 ギリギリのところで自分ではないと判明し踏み止まったからいいものの、あのまま「ひょっとして俺?」とか聞いていたら今頃自分はいなかったであろう。存在的な意味で。

 ともあれ、この状況はそれに似ている。いくら由比ヶ浜結衣が比企谷八幡に親しい様子で話し掛けてきても、それがイコール好意であるとは限らないのだ。え、ちょっとヒッキーやめてよそういうの。とか言われたらうっかり自殺しかねない。

 

「き、気になってるとか、そういうのじゃないし……」

 

 ともあれ、八幡の後ろ向きな思考を余所に女子の会話は続いていた。結衣は視線をキョロキョロとさせながらそんなことを呟き、優美子はそれを聞いてやれやれと肩を竦める。

 その瞬間、八幡は背筋が凍る感じがした。誰かが自分を睨み付けている。そうはっきりと感じ取れるのに、誰も自分を見ていない。恐らく犯人であろう人物は結衣を見ながら苦笑している。もはや化け物だな、と彼は心中で溜息を吐いた。流石に向こうにバレることはなかったようで、会話はそのまま続いているようである。

 

「んー。じゃあさじゃあさ、ユイはその人のこと、どう思ってるの?」

 

 そこで様子見をしていた仲間内の三人目、海老名姫菜が笑みを浮かべながらそう問うた。優美子とは違い純粋に興味があるといった口ぶりで、件の人物に敵意が向けられていないこともあり結衣も普通に答えるべく思わず考えてしまう。

 

「どう、なんだろう……。あたしはその人のこと『友達』だって思ってるけど。向こうはそう思ってくれてないかも……」

 

 あはは、と彼女は笑う。それを聞いてふむふむと頷いた姫菜は、ああこれは男同士ならばよかったのに天を仰いでいた。突然のその発言に推移を見守っていた葉山達は思わず一歩下がった。

 そして一方。その発言を聞いたもう一人といえば。

 

「ユイ」

「な、何? っていうか優美子顔怖いよ」

「……あんた、それマジ?」

「え? 何が?」

「向こうはユイを友達と思ってないかもしれないってやつ」

「へ? あ、うん。はっきり聞いてないから多分だけど」

「ふーん」

 

 教室の温度が五度ほど下がった気がした。ただでさえ春の雨の日で気温は下がり気味なのに、ここで更に下げられてしまうと真冬に逆戻りだ。そんな気がしてしまうほど、あからさまに優美子の機嫌が悪くなっていた。

 葉山達は大分距離を取っていた。その中の一人、戸部は逃げ出した。

 

「ユイ、あんたそれでいいわけ?」

「出来れば、もうちょっとはっきりして欲しいかなーってのはあるけど」

「ふーん。……はっきり、ね」

 

 頬を掻く結衣を見ながら、優美子はそんなことを呟き小さく舌を出し唇を舐めた。本来ならば今すぐあの窓際の席に座っているあれを蹴り飛ばして窓から叩き落とすのだが、親友である彼女がこの状態である以上自重せねばなるまい。絶対に釣り合わないが、恋は盲目というし言っても聞かないであろうことは想像に難くない。

 ならば今やるべきことは一つであろう。そう結論付け、優美子はちらりと姫菜を見た。大体意図を汲んだのか、笑みを浮かべながらサムズアップをしていた。

 

「分かった。……ユイ、今日の放課後、空けときなよ」

「う、うん。って、あれ? アイス食べるんじゃ?」

「当然アイスは食べるし。その後ちょっと、ね」

 

 ふっふっふ、と彼女は笑う。八幡が横目でちらりと見たその笑みがとてつもなく獰猛なものに感じたのは恐らく気の所為ではあるまい。

 そしてそれが確信となったのは優美子が続けた言葉からである。

 

「んで、ユイ。さっき言ってた『友達』、ちゃんと連れてきなー」

「……え? いいの?」

「いーよいーよ。せっかくだし、きちんと挨拶しておくのもいいんじゃない? でしょ、海老名」

「そうだね。私もちょっと気になるなぁ」

 

 そして一方。ニコニコと笑いながらそう述べる姫菜を見て、結衣は分かったありがとうと頷いた。そこに隠された意図が何なのか、とかそういうものを一切合切感じ取ることなく許可が出たことに喜んだ。

 

「あ、じゃあ連絡しとくね」

「そーしなそーしな」

「放課後楽しみだねぇ」

 

 結衣がスマホを操作するために視線を外したそのタイミングで、優美子は再び笑みを浮かべた。明らかに獲物を殺す笑みであった。

 彼女は気付いていない。結衣は今はまだ友達未満であるということを話したのに、向こうは既に友達以上に向かっているのだと誤解されたことを。転じて、『向こうは友達だと思っていない』が、『向こうは結衣をいやらしい目で見ている』に変換されていたことを。

 そして会話を聞いていた彼はそれに気付いてしまったのだということを。

 

「……やべえ、逃げたい」

 

 『ヒッキー、放課後遊びに行くよ!』というメッセージの表示されたスマホを眺めながら、八幡はいつも以上に死んだ魚の眼で天を仰いだ。

 

 




次回、八幡死す!


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その3

原作がシリアスで重いので、こっちは軽く、頭空っぽで行こうと思っています


 現状から逃げるのは簡単だ。今手にしているスマホを使い、メッセージの返信に『今日は用事がある』とかなんとか入力すれば事足りる。が、それをして果たして問題は解決するのか。

 勿論答えは否。一時しのぎどころか、悪化の一途を辿るのは本人である八幡でなくとも容易に想像出来る。理由は単純、この一回で終わらないからだ。そして回数が増えるごとにドツボにはまっていく。

 そうしていくうちに気付けば悪い意味で有名人の出来上がりだ。学生生活なんぞ空気のように過ごしたいと思っている彼にとってはゲームオーバーに等しい。勿論なったらなったら開き直りそのままぼっちの生活を送るだけなのだが。

 

「はぁ……」

 

 どのみち回避出来ないのならば早い方がいい。八幡は死んだ目のまま了解のスタンプを押してアプリを閉じた。ちらりと横目で見ると、やた、と喜んでいる結衣の顔が見える。

 

「……」

 

 決して口には出さないし、思考の片隅にも入れていなかったもう一つの理由がそこにあった。断ったら、多分あいつが悲しむ。そんな彼らしくない理由を自覚することなく、あるいはあえてスルーしつつ。

 まあもうどうにでもなればいい。そんなことを結論付け、八幡は放課後の地獄までの時間をただただ目どころか表情すら死んだ状態で過ごし続けた。

 

 

 

 

 

 

『比企谷が女子に囲まれてる! ウケる!』

『死ねよ』

 

 会話アプリに表示されたトークにそう返信した八幡は、一体どこで見てやがると視線を彷徨わせた。が、ある程度見慣れているはずのその姿は見当たらず、対面に座っている優美子に何キョロキョロしてるのかと睨まれる始末。

 

「いや、何か知り合――腐れ縁がこの辺にいたらしいから」

「ふーん。あんた友達とかいたんだ」

「友達じゃねぇよ。腐れ縁だ」

「何が違うし」

「少なくとも俺はあいつのことをクソ野郎だと思ってるからな」

「……ふーん」

 

 それで興味を失ったのか、優美子は自身のカフェラテに手を伸ばした。それにほんの少しだけ口を付けると、彼女はちらりと結衣を見る。

 何故か先程の八幡と同じようにキョロキョロと周囲を見渡している姿が視界に映った。

 

「ユイ、何してんの?」

「え? あ、ヒッキーがよく話に出す腐れ縁の人見てみたかったから」

「ん? さっきの話知ってんの?」

「うん。優美子に話してなかったっけ? ヒッキーのお見舞い行ってた時のやつ」

「……ああ」

 

 一年の頃の彼女の会話を思い出し、優美子は顔をげんなりとしたものに変えた。総武高校に入学して一ヶ月。その極短い期間で突如男のことを惚気るようになった親友の姿がフラッシュバックしたのだ。

 比企谷くんっていうんだけど。比企谷くんがね。ヒッキーがさ、あ、比企谷だからヒッキーって呼ぼうと思って。ヒッキーったら、あたしのことガハマとか呼んじゃって。ヒッキーが言ってくれたの。ヒッキーにも言われたから、あたし少し頑張ってみる。ヒッキーと約束したの。大丈夫、絶対ヒッキーと再会するから。

 ギリィ、と歯を食いしばった。駄目だ、やっぱりこいつ殺さなきゃ。そんな考えが頭をもたげ、いかんいかん殺すのはもう少し後だと思い留まる。

 

「ヒキオ」

「……は? え? 俺?」

「他に誰がいるし。何キョドってんの?」

「唐突に謎のあだ名で呼ばれたら誰だってキョドるだろ……」

 

 何かを思い出したのか、八幡はそう言って溜息を吐いた。ついでにちらりと結衣を見て、お前のことだよと言わんばかりに表情を見せる。その何か通じ合ってますみたいな行動を眺めた優美子はその表情を益々険しくさせた。

 

「あはは。でもしょうがないんだよ。私達ユイからヒッキーって名前しか聞いてないから」

 

 爆発寸前の優美子に代わり、姫菜がそんなフォローを入れる。そもそも名字読みにくいから、と言葉を続け、だからヒキタニだと思っていたと笑った。険悪でなければ笑い話で済むような話であり、実際八幡もこの空気ならばそこまで何か思うこともない。よく言われるよ、と苦い顔を浮かべ別段訂正することもなく肩を落とした。

 

「しかし、意外だね」

「何がだ?」

「ヒキタニくん、もうちょっと女子と喋り慣れてないのかと思ってた」

 

 クラスでもそこまで積極的に人と関わるようには見えなかったから。そう述べた姫菜は、同意を求めるように優美子を見る。少し冷静さを取り戻したのか、彼女もそうそうと同意するように頷いた。

 

「いや、まあ。喋り慣れてるか慣れてないかで言えば慣れてない」

「そうなの?」

「ただ、まあ。腐れ縁のクソ野郎が一応性別的には女だから、テンパるほどでもないっつーか」

 

 ぴくりと優美子の眉が上がる。結衣に視線を向けると、別段驚いた様子は見られない。つまりこれは知っている情報というわけか。そう判断すると、あからさまに消沈した様子の姫菜に視線を戻した。

 

「海老名」

「何? 私はさっきまで燃え上がっていたヒキタニくんとその腐れ縁さんとのカップリングが急激に鎮火してもう死にそうなんですけど」

「……ちょっとお前黙ってろ」

 

 獲物を殺す目が八幡から姫菜に変更される。それを受けた姫菜は姫菜ではいはいごめんなさーいと軽く受け流していた。

 何だあれ彼女実はペルセウスの生まれ変わりか何かじゃないのか。そんなことを考えた八幡は、そういえばギリシャ神話なら男と男が交わっても問題ないのかもしれないと自身の思考を脱線させた。

 

「ところでガハマ」

「ん?」

「話ガン無視でアイス食ってんじゃねぇよ。何で俺といる時だけゴーイングマイウェイなのお前?」

「え? だってヒッキーだし」

「お前の中で俺の重要度どんだけ低いの?」

「え? めっちゃ高いよ?」

「高いなら高いなりにもうちょっとだな」

「あ、ヒッキーのアイスちょっともらっていい?」

「聞けよ」

 

 溜息を吐きながら八幡は目の前に置いてあったアイスのカップを手で横にずらす。ありがとー、とそれを自身のスプーンですくった結衣は、躊躇うことなく口に入れた。こっちでもよかったかな、とそのままサクサクと他人のアイスを突き崩した彼女は、そこでふと我に返った。

 

「……ごめん、ヒッキー」

「何についてごめんかは知らんが、別にそこまで食いたかったわけじゃない。気にすんな」

「うん、ありがと」

 

 じゃあ返すね、と歪になったアイスが八幡の眼前に戻る。いやもうここまでくれば全部食えよ、と思わないでもなかったが、それを言うのも憚られたので彼は溜息を吐きながらそのアイスにスプーンを突き刺した。

 

「……」

「もう、別にいいんじゃない?」

「あ?」

「はいはい。で、どうするの?」

 

 小声で姫菜は優美子に問い掛ける。勿論ぶち殺すとその目が述べていたが、しかし先程のやり取りを見る限りどうやら体目当てで近付いた有象無象というわけでもなさそうで。

 

「ってか、ユイと釣り合ってないし」

「そう? 目はちょっと腐ってるけど、顔の作り自体はそこまで悪くなくない?」

 

 姫菜の言葉に優美子は改めて八幡を睨み付ける。モブ顔、というほどでもない。が、主人公かといえばそれもちょっと違うような。そんな中途半端な顔を眺め、いや絶対釣り合っていないともう一度呟いた。

 

「じゃあ、顔はまあ合格ラインギリギリということにしておいて。性格は?」

「ゴミ」

「バッサリ言ったね」

「あーし達とのノリについていけないっしょ、あれ」

「ついてはいけないかもしれないけど。それでも無理せずそこに立ってるくらいはしてくれそうじゃない?」

「何か海老名やけにあいつの味方してない?」

「優美子が敵視し過ぎてるだけだって」

 

 そう言って苦笑した姫菜は、結衣と会話している八幡を見た。二人共自然体で会話をしているように見え、どういう関係か口にするならば相応しい単語があるように思えるほどで。

 どうかな、と彼女は問う。優美子はそれを見て鼻を鳴らすと、残っていたアイスを一口でたいらげた。

 

 

 

 

 

 

「は? まだどっか行くのか?」

「当たり前だし」

 

 八幡の言葉に優美子はそう返すと、まあ帰りたいなら帰ればと続けた。その目はどう答えてもお前は殺すがな、と言っているように彼には見えて、思わず数歩後ずさる。

 視線を動かした。結衣はどうしようか、と何も考えてないように彼を見詰めている。恐らくじゃあ帰ると返答したとしても彼女はぶんぶんと手を振りながら明日学校でね、などと言うのだろう。

 そんなある意味対照的な二人を見た彼は、最後に姫菜を見た。中立の立場に立っているような存在であると思っていた彼女を見た。

 

「……どうしたの?」

「あ、いや」

 

 悪寒が走った。結衣も優美子もある意味真っ直ぐに気持ちをぶつけてきていると何となく感じ取れたが、目の前の彼女だけはどうにもそんな気がしなかった。一歩引いている、といえば聞こえがいいが、その実彼女はまるで。

 

「……分かった。もう少しだけ付き合う」

「ホント! やた!」

 

 わーい、と呑気にはしゃぐ結衣と、それを見てギリリと歯ぎしりする優美子。そんな二人を見ながら、八幡は視線で姫菜に伝えた。これでいいのか、と問い掛けた。

 彼女が目を細めるのを見て、まあとりあえずは及第点らしいと彼は溜息を吐く。こういうのは本来自分の役目ではないはずだ。そんなことを思ったが、それをぼやいたところで今の状況が何か変わるわけでもなし。とりあえずあの三人の向かう場所についていけばそれでいいだろうと頭を掻いた。

 そうして辿り着いた先はゲームセンターである。まあ確かにアイスを食べた後の腹ごなしにはうってつけかもしれない、と考えながらはしゃぐ三人を眺めていた八幡は、そこでぐいと手を引っ張られた。

 

「ヒッキー、あれ取れる?」

「ん?」

 

 結衣が指差すのはクレーンゲーム。中のぬいぐるみは有名なアミューズメントパークの人気キャラクター、パンダのパンさんだ。千葉にあるのに東京と名前についていることである意味有名な某ランドのそれを眺めた八幡は、暫しそれを眺めるとううむと唸った。

 

「ユイ、無理無理。そんな奴当てにしてもしょうがないし」

「そっかー」

「おい待て。人に振っといてそれはないだろ」

「何? やれんの?」

 

 優美子のどこか挑発的な言葉と視線が突き刺さる。ここで「できらぁ!」と叫ぶのは簡単だが、それで出来なかった場合羞恥心で間違いなく死ぬ。ついでにそれを理由に目の前のゴルゴンに絞め殺される。

 それを瞬時に悟った八幡は、すぐに答えることをせず無言で視線を動かした。丁度タイミングよく店員が歩いてくるのが見えたので、これ幸いと彼は店員に場所移動を申し出る。

 

「うわ、ダサ……」

「何とでも言え。これなら――」

 

 五百円を投入。普通に百円ずつ入れるよりも一回多くチャレンジ出来るようにした八幡は、明らかに見下した目で自分を見る優美子の視線を極力気にしないようレバーを操作し、ぬいぐるみの頭の横辺りにアームが引っかかるようにクレーンを下ろす。

 

「ヒッキー、それじゃ掴めなくない?」

「いいんだよ掴めなくて。この手のやつは」

 

 ガコン、と音がしアームが閉じる。そのまま上に移動するクレーンが、丁度すくい上げるようにぬいぐるみを取り出し口へと押し出した。

 おお、と結衣が声を上げるのを横目に、後二回くらいかと再度アームを操作する。予想よりも一回多く掛かってしまったが、なんとか五百円以内にぬいぐるみを叩き落とすことに成功していた。ゴトン、という音とともにぬいぐるみが取り出し口に現れる。

 

「凄い凄い。ヒッキーやるじゃん!」

「よくやらされてるからな」

 

 ほれ、とぬいぐるみを結衣に渡すと、彼女はそれを嬉しそうに抱きしめた。見て見て、と優美子に押し付け、鬱陶しいと跳ね除けられると今度は姫菜に見せに行く。そんなことを繰り返した後、結衣はもう一度八幡へと向き直った。

 

「ヒッキー」

「ん?」

「ありがと。……大事にするね」

「おう、そうしろ」

「うん!」

 

 軽口を叩いたのに全力の笑顔で返された八幡は思わず顔を反らす。そうすると視界に入ってくるのは怒りのゴルゴンである。あ、これ石化して死ぬわ。そんな覚悟を決めた彼は、しかしゴルゴンが三浦優美子に変わるのを見て命拾いしたとへたり込んだ。心の中で、である。

 よしじゃあ次は、と再び盛り上がってゲームセンターのプライズコーナーを散策する三人。クレーンゲームの功績により後ろで追従する立場から結衣の隣にランクアップした八幡は、これいつになったら終わるのだろうかと一人こっそりと溜息を吐いた。きっと今日で一週間分のHPとMPを使い果たす。そんな確信をついでに持った。

 そうして一通りプライズを見て回った三人とオマケは、そろそろ時間かなとスマホを眺める。この季節ならばまだ暗くはなっていないが、油断していると危ないのは間違いない。

 

「じゃ、今日はこの辺にしときますか」

 

 姫菜の言葉に、二人もうんうんと頷く。やっと帰れると安堵の溜息を吐いた八幡は、しかし彼女の発した次の言葉に目を見開いた。

 

「そういえば、聞きたかったことがあったの忘れてた。ね、優美子」

 

 ちらりと姫菜は優美子を見る。ああそうか、と口角を上げた優美子は、結衣を見て、そして八幡を睨み付けた。

 

「ヒキオ」

「な、何だ?」

「あんた結局、ユイとどういう関係?」

 

 誤魔化すな、しっかりと答えろ。そう彼女の目が告げていた。今日の振る舞いを見る限り、明らかに距離が近い。結衣はこう見えてただの友人程度の男子との距離をここまで縮めはしない。勿論一年の間に散々聞いていたので彼女が八幡を『ただの友人』と見ているかどうかは優美子もよく知っている。本人に自覚がないのも知っている。

 問題はこの男の方だ。女慣れしているようには見えず、だからといって結衣を狙っているようにも見えない。だというのに、彼女の距離の詰め方に疑問を持たず流している。この見た目で、この性格で。そんなことはありえない。

 

「どういう関係、って……」

 

 問われた八幡は困惑気味にそう呟いた。どう答えるのが正解だ。どう言えば向こうは納得する。そんなことをまず考え、いや違うと振って散らした。眼の前の彼女が求めているのはそうではない。というか、そういうその場しのぎを言った時点で八幡の冒険はここで終わってしまう。

 だとしても。彼の中でそれに対する本物の答えは持ち合わせていない。何を言っても違う気がして、何を言っても薄っぺらな気がした。

 

「俺も、分かんねぇよ……」

 

 だから、彼はそう答えた。はっきりと答えろ、という問い掛けに、はっきり答えないことをはっきり答えた。これで殺すならもう殺せよ。そんなことを半ばやけっぱちになって考えた。

 

「……あっそ」

 

 が、優美子はそれだけを言うと踵を返した。じゃあ帰るか、と軽い調子でゲームセンターから出ていこうとした。結衣も姫菜もそれに続き、呆けていた八幡も少し遅れてそれに続く。

 向こうにとって、あれは納得いく答えだったのだろうか。そう考えても、当然のことならば結論など出るはずもなかった。

 

「ヒッキー」

「ん?」

「あたしは、友達だと思ってるよ」

「……そうか」

 

 が、去り際に言われた彼女の言葉を聞いて、彼は多分間違っていなかったのだろうと思うことにした。

 当然ながら、明日も教室で顔を合わせるので憂鬱である。

 

 



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お料理ロンリーグローリー その1

きっと原作のような重さや深みは微塵も出ない


「ヒッキーは調理実習どうするの?」

「あん?」

 

 昼休み。あの一件以来殺人視線を向けられることこそなくなったものの相変わらず三浦優美子が怖い八幡は、定期的に教室を離れ自称ベストプレイスで昼食を取っていた。気が向いたら結衣もそれに同行する、というパターンも出来、何だかんだで高校二年生が一ヶ月を過ぎようとしていた。

 今日もそんな状況で、結衣が弁当を食べ終わり買ってきたジュースを飲みながら世間話をしている。が、その話題提供が中々に唐突なため、彼は言葉の意味を理解するのに数瞬掛かった。

 

「ああ、家庭科のあれか」

「そうそう。三人組の班作るんだよね」

 

 あてはあるのか、と言わんばかりの目で彼女は八幡を見る。三人組、という時点で既に結衣は決まったも同然なので、この辺りは余裕をぶっこいていた。もしそうでなくとも、彼女ならば別段困ることなく三人チームが出来上がるであろうことは想像に難くない。

 一方の八幡は、というと。知り合いはいる。クラスメイトとして認識もされているだろう。が、わざわざ声を掛けてチームを組むような相手がいるかと言われれば答えは否。知っているだけのクラスメイトと仲のいい友人なら当然後者を取るからだ。

 

「ま、どっか余った場所に放り込まれるんじゃねぇの?」

「それでいいの?」

「良いも悪いも。授業で一緒に作業するだけの相手なんざどんな奴でも知ったこっちゃない」

「……むー」

 

 何やら不満そうに結衣は頬を膨らませ、そしてじっと八幡を見詰める。そんな顔をしたところで考えが変わるわけでもなし。そもそも前に言っただろうが、と彼は肩を竦め視線を彼女から空に向けた。

 

「学生の頃の繋がりなんざ卒業すればサクッと切れる」

「……あたしも?」

「は?」

「卒業したら、ヒッキーはあたしとも縁切れちゃうの?」

 

 ジト目で。しかしどこか悲しそうな表情で。結衣はそう八幡に問う。視線を彼女に戻し、ふざけている様子は見られないその顔を見て、彼は苦い顔を浮かべた。溜息を吐き、ガリガリと頭を掻いた。ああもうこういう時のこいつは本当に。そんなこともついでに思った。

 

「……一%は、残るだろ」

「あたしはそこに入ってる?」

「知るかよ! その時になってみないと分かんねぇよ!」

 

 がぁ、と八幡は叫び、結衣はその叫びを聞いてどこか満足そうに頷いた。彼の表情を見て、うんうんと頷いた。

 少なくとも今は、縁が切れる相手だと思ってはいないのだ。そんな彼の思考を感じ取り、彼女はニンマリと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

「ってか俺の心配よりお前らのグループの男子連中の心配しとけよ」

「へ?」

「あいつら四人だろ。どうすんだ?」

「あー……。そういえば、そうだね」

 

 ふん、と鼻を鳴らしながら八幡は視線を彼女から外し自販機で買っておいたMAXコーヒーを飲む。話題逸らしが六割程度であったが、思った以上に結衣には効いたらしい。何やら考え込んで一人ううむと唸っていた。

 

「そこまで考えることか?」

「結構考えることだし。四人で集まってる中で三人組はキツいよ」

「一人だけハブるわけだから、まあ、そうかもな」

 

 他人事のように言いながら缶に口をつけた。実際他人事である。そんな風に毎回毎回集まってるから悪いんだろうがと思ったりもした。

 

「ヒッキーから言い出したのに何でそんなやる気なさげ?」

「適当に話題逸らしたかっただけだからな。あいつらのことなんざ知ったっこっちゃない」

「酷くない!?」

「おう、酷いぞ」

「開き直った!?」

 

 そう言われても実際自分がやれることなど何もない。むしろ彼らの友人であろう結衣にこうして問題提起をしてやった時点で十分働いたとも言える。そんなことを思いつつ、ついでに口に出しつつ、八幡は残っていたMAXコーヒーを飲み干した。

 

「まあ、向こうでもうその辺話付けてる可能性だってあるしな」

「んー。どうだろ。隼人君はともかく、残りは微妙じゃないかなぁ」

 

 四人のことを思い浮かべながら結衣はそう呟く。それを聞きながら、一人大丈夫なら丁度いいな、と彼はぼやいた。

 

「全然大丈夫じゃないし、それ」

「そうか、まあ頑張れ」

「……うー」

 

 不満げに彼女は八幡を睨む。頬を膨らませて見上げる仕草は怒っていますと主張しているものの、傍から見る限り大変可愛らしかった。睨まれている八幡ですら無意識にそんな感想を持つくらいには。

 ついでに彼にとって見下ろす形になったので谷間が丸見えであった。ちょっぴりピンクの布が見えた。

 

「あら、昼間からお盛んね」

「っ!?」

 

 思わず目を見開いたのと同時、どこからかそんな声が掛かる。弾かれるようにその方向に向き直ると、八幡も以前見た覚えのある黒髪の少女がそこに立っていた。相も変わらず、ポーカーフェイスで二人を見詰めている。が、その口元はほんの少しだけ上がっていた。

 突然の乱入者に呆気に取られていた結衣は、そこで我に返るとぶんぶんと首と手を振りながら立ち上がった。そんなんじゃないし、と顔を真っ赤にしながら否定の言葉を彼女に述べる。

 ええ、分かっているわ。そう言って少女は口元だけをしっかり笑みの形にした。

 

「彼に何か弱みでも握られたのかしら?」

「待て」

「冗談よ。比企谷八幡くん。あなたはそんなことをする度胸もないでしょう」

「……」

 

 断言されるとそこはかとなくムカつく。が、その言葉を否定するということは通報ものな行為をする人間だと肯定することになりかねない。非常に苦い顔を浮かべながら、八幡は無言を貫き視線を逸らした。

 

「ヒッキーはそんなことしないし」

「あら」

 

 そんな八幡に代わって反論したのが結衣である。真っ直ぐに彼女を見ながら、迷うことなくそう言ってのけた。

 が、生憎言っていることは先程の少女と別段変わりがない。若干罵倒寄りかそうでないかでしかないのだ。

 

「そうね、由比ヶ浜結衣さん。彼はそんなことをする人間ではないわ」

「そうだよ雪ノ下さん! 雪ノ下さんの言う通り、ヒッキーはそんなことする人じゃ……あれ?」

「ガハマ……気持ちはありがたいが、お前の頭じゃフォローは無理だ」

「酷くない!?」

 

 がぁん、とショックを受けたリアクションを取っている結衣を横目に、八幡は溜息を吐きながら少女に向き直った。何だかんだで、彼女の行動で思考に冷静さを取り戻したらしい。

 

「で、雪ノ下雪乃さんよ。あんたは俺達に何か用か?」

「用がなければ話し掛けてはいけないの?」

「知り合いでもないのに唐突に話し掛けられると困るからな」

 

 そう、と雪乃はほんの少し考え込む仕草を取る。が、すぐに視線を彼に戻すと、なら何も問題はないと言い放った。

 

「は? だから」

「私の名前を呼べるということは、あなたは私を知っている。そして私もあなたを知っているから、名前を呼べる。……ならば、これは知り合いと言っても問題ないでしょう?」

「一方的に知ってる同士が出会っても知り合いにはならんだろ」

「ふふっ。なら、これはどう? 私達はこの間出会って会話を交わしたわ。お互い面識があって、名前も知っている。さて、この関係を何と呼ぶの?」

「知り合いではないな、確実に」

 

 ふん、と鼻を鳴らしながらそう言い放った八幡を見て、雪乃は何がおかしいのかクスクスと笑い始めた。その笑みがどうにもわざとらしいものに思えた彼は、顔を顰めるとそんなことはどうでもいいと彼女に述べる。

 

「用が無いなら帰れよ」

「あら冷たい。……そうね、少しお節介を焼きに来たくなったの」

 

 表情を再度ポーカーフェイスに戻した雪乃は、そう言って視線を結衣に向けた。ビクリと反応した彼女を見て、別に何もしないわと優しい声色で言葉を紡ぐ。

 

「あなた達の会話が聞こえてきたのだけれど。グループ決めに困っているようね」

「困ってるのは俺じゃない。こいつの連れだ。というかそもそも困ってるかどうかも知らん」

 

 くい、と指で結衣を指し示す。分かっているとばかりに一瞬だけ視線を八幡に向けた雪乃は、良かったら力になると告げ事情を尋ねた。

 当然のごとく八幡は胡散臭げに彼女を見、結衣はありがとうと疑うことなく彼女に話した。まあこうなると思っていた、と彼は一人こっそり溜息を吐いた。

 

「成程。確かになるようにしかならないわね」

「うーん。やっぱり、そうだよね……」

 

 しょぼんと落ち込む結衣を見た雪乃は、大丈夫よと言葉を紡ぐ。所詮一時の繋がりなど簡単に無かったことに出来るのだからと続けた。

 

「ヒッキーと同じようなこと言ってるし……」

「あら。……それは困ったわね」

「何でだよ」

 

 まるで自分の答えは絶対不正解だと言っているようではないか。そんな思いを込め視線を向けたが、彼女は平然とそれを受け流す。ついでにそう言っているのだと言い放った。

 

「では逆に聞くわ。あなたは自分の意見が正しいと言えるの?」

「少なくとも、これについては俺の中で正しけりゃいい。他人に間違ってると言われようが、俺の中で正しいんだから、そこを捻じ曲げられる謂れはねぇよ」

「そう。なら、それでいいじゃない」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 思わず人間広告塔と同じ名前のお笑い芸人みたいな言葉を述べてしまう。それを聞いた結衣は思わず吹き、雪乃は顎に手を当てあなたには分かりにくかったかしらと呟いていた。勿論どちらも八幡のフォローではない。

 

「あなたはそれが正しいと思っている。私はあなたの意見と同じだと不正解だという確信を持っている。だから困った。それだけでしょう? ほら、それでいいじゃない」

「世界の中で俺だけ間違ってるみたいな言い方やめろ。傷付くだろ」

「あら、それはごめんなさい。あなたに傷付くような心があるとは思わなかったの」

「ねえ何でお前俺にそんな塩対応なの?」

 

 別に大した繋がりもない相手である。八幡にとってはそんな相手に何を言われようが結局関わらないのでどうでもいいと言えばそうなのだが、しかし。そんな相手にこの対応はいさかか気にはなった。

 対する雪乃は、それを聞いて口角をわずかに上げる。知りたいのか、と言わんばかりのその表情を見た八幡は、だったらいいとばかりに視線を逸らした。

 

「さて、話が脱線したわね。由比ヶ浜さん」

「はぇ!?」

 

 急に話が戻されたことで結衣が素っ頓狂な声を上げる。ビクリと反応した彼女を見ながら、その男子は一体どんな面々なのかと問い掛けた。ああ相談の続きか、と気を取り直した結衣は、そんな雪乃の質問に暫し考え込む仕草を取る。

 

「えっと、とべっちは賑やかでノリがいい感じかな。大岡くんは――」

 

 大体こんな感じ、と彼女は男子連中の名前と特徴を述べていく。成程、と頷いていた雪乃であったが、最後の一人の名前を聞いた時ほんの少しだけピクリと眉が上がった。葉山隼人、グループの中心人物であり、イケメンのスポーツマンで性格も爽やか。結衣の説明はそれほどではなかったが、しかし他の三人と比べると随分な高評価なのは間違いないであろう。

 そんな人物であからさまに反応をした。それが意味することは。

 

「何だ、お前葉山が気になるのか」

「そうね」

「即答かよ」

 

 もう少しそういうのじゃないとか女子らしい反応見せろ、と思わないでもなかったが、しかし八幡の見る限り、彼女の答えと表情は恋する乙女とは程遠い。どちらかというと、むしろいつも自分がしているような顔に近い気さえした。

 

「まあそれはどうでもいいわ。比企谷くんと話していると常に会話の列車が脱輪してしまうもの」

「俺がお前と長い会話したのはこれが初めてだ」

「さて由比ヶ浜さん、そのグループには共通する特徴があるわ」

「無視かよ」

「ヒッキー、共通する特徴って?」

「お前はお前でもう少し考える素振りを見せろ」

 

 何故自分は昼休みに二人の女子へひたすらツッコミをしていなければならないのか。そんなことを思いながら溜息を一つ。そうした後、結衣の頭を軽く小突き、雪乃へと向き直った。代わりに答えるぞ、と彼女に述べた。

 

「ええ。どうぞ」

「じゃあ遠慮なく。葉山はどうだか知らんが、残り三人は主体性がない」

 

 そうね、と彼の言葉を聞いて雪乃は頷く。一方の結衣は頭にハテナマークを浮かべているがごとく首を傾げていた。

 

「お前まさか主体性が何か分からないとかじゃないよな。シュタイ星とか変換してないよな?」

「バカにすんなし。それくらい分かるって。分かるんだけど」

 

 そう言われてもピンとこない、と彼女は腕組みをしながらううむと唸る。ちなみにとてつもなくどうでもいいが彼女が腕組みをしたことで胸部の二つの膨らみがぐいと押し上げられた。思わずそこに目が行ってしまった八幡を責めることは誰にも出来まい。

 

「その辺りは、そうね。本人達か葉山くんが分かっていれば問題はないわ。というよりも、それが分かれば自ずと答えも出てくるでしょうし」

「……あー、成程な」

「え? 何が? どゆこと?」

 

 雪乃の言葉で何か思い当たったのか、八幡はめんどくせぇとぼやきながら肩を竦めた。が、まあどうせ自分には関係ないと思い直しすぐに戻る。こういう時濃い繋がりを持っていないのは便利だな、とついでに考えた。

 

「本当にそう言うほど持っていないのかしらね、あなたは」

「持ってねぇよ。この学校だと精々が」

 

 こいつくらいだ、と頭にハテナマークが飛び交っている結衣を指差す。幸か不幸か考えることに全力であった彼女は八幡のそれを聞いていない。雪乃はそんな結衣の状態も含めて、それはよかったと口角を上げた。

 

「さて、由比ヶ浜さん」

「んー、むー……はぇ!? あ、何? 雪ノ下さん」

「昼休みも終わるから、私はそろそろ行くわね」

「あ、うん。またね、雪ノ下さん」

「ええ。また」

 

 そう言って手をひらひらとさせた雪乃は、そこでああそうだと声を上げた。八幡を眺め、こいつでは駄目だと判断したのか即座に視線を結衣に動かす。微妙に癪に障ったがどうせ碌な事ではないと思った八幡は何も言わずに傍観していた。

 

「もし、今回のことを葉山くんに話すのならば、ついでに伝言を頼めない?」

「伝言? うん、いいよ」

 

 そう言って笑顔を見せる結衣を見て、ではよろしくと彼女は述べる。葉山隼人と話すのならば、今回のことを告げるのならば、こう付け加えろと結衣に述べる。

 

「『ざまぁ』、と」

「……へ?」

「葉山くんにこの件を伝えるのならば、雪ノ下雪乃が『ざまぁ』と言っていたと、伝えて頂戴」

「……え? うん、え?」

 

 それではまた、と雪乃は今度こそ手をひらひらとさせて去っていく。そうして後に残されたのは、全く状況が飲み込めない結衣と、何だったんだあいつと呆れたように溜息を吐く八幡の二人。

 

「……ねえ、ヒッキー」

「何だ?」

「雪ノ下さんと隼人くん、仲良いのかな?」

「悩んで出した答えがそれかよ。いやまあ、あの口ぶりからするとそんな感じはしないでもないが……」

 

 このまま彼としてはもう少し文句を言いたいところではある。先程の会話のヒントなり何なりを伝えておいた方がいいかもしれないと思ったりもする。が、時間というのは無情である。

 八幡が口を開くよりも先に、残念ながら予鈴が鳴り響いた。

 

 



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その2

葉山のキャラがファンに怒られるレベルでアレ過ぎる


 翌日の昼休み。昨日の雪乃との会話のこともあり、八幡は教室で昼飯を食べていた。頼まれたからには自分で伝える、と結衣が言っていたのでとりあえず見守ることにしたのだ。

 

「『ざまぁ』」

「……」

 

 開口一番に罵倒された葉山隼人は絶句した。しかもそれを言ってのけた人物、由比ヶ浜結衣は笑顔である。一体全体何がどうなってこうなった。それがさっぱり分からないため、彼は突然の彼女の豹変についていくことが出来なかった。

 げし、とそんな彼女の後頭部にチョップが叩き込まれる。思ったより痛かったのか涙目で振り向いた結衣は、それを行った相手を睨み付けた。が、その視線を受けた方は何やってんのお前と言わんばかりに彼女を見ている。

 

「ヒッキー酷い」

「酷くねぇよ。お前があまりにもアレ過ぎて思わずしゃしゃり出てきちまったじゃないか」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、視線をそこで隼人に向けた。状況がいまいち飲み込めていないようで、そもそもこれは一体何なのだという表情を浮かべている。

 さてどうするか。正直ああいう爽やかでイケメンの人気者と喋るのは苦手だ、と彼は思っている。別に自分が惨めになったような気がするとか、向こうに見下されているような気がしてムカつくとか、そういうわけでもない。

 ただ単に、余計な会話で長引きそうだからだ。

 

「あー、っと。葉山、今のはこいつの言葉じゃなくてな」

 

 それでも、今回の場合は仕方ない。何故自分がフォローせねばならないのかと思わないでもなかったが。あの場にいたのだから、彼女がやらかしたから。だから、仕方ないと自分で自分で言い聞かせた。

 

「雪ノ下雪乃は知ってるか?」

「……ああ、知ってるけれど」

「それなら話は早い。今のはそいつからの伝言だ」

 

 怪訝な表情を浮かべていた隼人が、その名前と伝言であるという説明を聞いた途端呆れたような顔になった。普段常に余裕を持っているような彼がそんな顔をしたということで、結衣は思わず目を見開く。ついでにその様子を見守っていた彼の周囲の面々も驚きの表情を浮かべていた。

 

「からかってるのか、罵倒してるのか……どっちもか? ……ちっ」

 

 葉山隼人が舌打ちした。マジカヨ、という顔を浮かべている彼の周囲の面々の一人戸部を尻目に、彼はスマホを取り出すと何やら操作をし始めた。そうしながら、すまないが、と八幡と結衣に声を掛ける。

 

「それで、それ以外には何を話したんだ?」

「え?」

「いや、流石に彼女もいきなり現れてその俺への伝言だけ頼んで去っていったわけじゃないだろう?」

「行動を端的にまとめるとぶっちゃけそれだけだ」

「いやいやいや。もうちょい話したし。調理実習の班決めの話とかしたし」

 

 そこの部分だけ説明すれば別にもういいだろうと投げやりになりかけた八幡に代わり、結衣がそんな言葉を続ける。最初からそれを言っとけよ、と彼はそんな彼女をジト目で眺めた。

 

「調理実習の班決め……?」

「うん、えっと……隼人くん、ちょっといいかな?」

 

 ちょいちょい、と結衣が手招きする。スマホの画面を彼の眼前に突き付けると、そういうことなのと隼人へ告げた。だから最初からそういう風に行動しろよ、と八幡の彼女を見る目が更に鋭くなった。

 画面を見た隼人は、成程ね、と息を吐く。事情は大体分かったと頷いた彼は、それで何かあるのかいと彼女を見た。それらを踏まえて、結衣の伝言『ざまぁ』が用意されたのだとすれば、そこに至るまでのヒントが散らばっているはずだ。

 

「……何だっけ?」

 

 頭にハテナマークでも浮かんでいそうな表情で首を傾げた結衣を見て、よし撤収と八幡は踵を返した。もう自分は関係ない。何も知らないし何も言いたくない。何よりとてつもなく面倒だ。

 が、勿論そんな彼を彼女が逃がすはずもない。がしりとその腕を掴むと、半ば無理矢理自分の方へ向けさせた。

 

「ヒッキー……」

「お前その辺頭から抜け落ちてるんだったら伝言も言いに行くんじゃねぇよ……」

 

 呆れたように溜息を吐く。相も変わらず優美子から睨まれているが、八幡はそこはもう気にしないことにした。視線に込められている意味が普段とはまた違うように思えたが、そこを気にする余裕も当然ながら持ち合わせていない。

 視線を隼人へ動かした。まあどのみち自分が補足なりなんなりをしなければいけなかっただろうから、大して変わりない。

 

「主語ははぶくぞ」

「ああ、その方が助かる」

 

 ちらりと視線で周囲を見やる。そこにいる連中をどうハブるか、という相談を本人達の目の前でやるのだ。そこで気にしないとなったのならばそもそも悩みは解決であるし、彼の周りに人は集まっていない。

 

「奴らは主体性がない。ということを分かっていれば問題は解決する、って話だ」

「……成程」

「まあ、そこに至るまでをわざわざ俺に言わせたがな。というか何なんだよあいつ、頭おかしいんじゃねぇの?」

「姉の方がたちが悪いぞ」

「そうか……」

 

 さらりとそう返すということは、彼はその辺の事情をよく知っているのだろう。あるいは、付き合いが長いのかもしれない。ほんの少しだけ隼人に同情してしまった八幡であったが、まあ見た目は極上であったのでやっぱり有罪だなと思い直した。きっと彼女の姉も負けず劣らず美人に違いあるまい。決してお近付きになりたくないが。

 まあいいや、と彼は息を吐く。とりあえず伝えることは伝えたし、これ以上よく知りもしない相手と関わると疲れる。そんなことを思いながら、八幡はじゃあなと踵を返した。隼人も何となく察したのか、ああと頷き悪かったと言葉を続ける。

 そうして彼から視線を外した八幡は、目の前にゴルゴンが立っていることを認識すると短く悲鳴を上げた。

 

「あーし見て悲鳴とか、ヒキオのくせに生意気だし」

「い、いきなり後ろに立たれりゃ誰だってビビるだろ……」

「ふん。まあそれはどうでもいいけど」

 

 ジロリと八幡を睨み付けた。彼が再度短く悲鳴を上げるのを見て、優美子の目が益々細められる。会話を終えて去ろうとした相手が眼の前で友人に襲われている光景を目の当たりにした隼人は、しかし何となく予想がついたのでとりあえず傍観することにした。いざとなったら宥める準備は出来ている。

 

「あんた、ユイ殴ったな」

「へ?」

 

 何の話? と彼は目を見開く。が、それを聞いていた当事者がそうだよそうだよと会話に乱入したので八幡の逃げ道はなくなった。わざとらしく頭をさすりながら、ここここ、と結衣は指を差す。

 

「さっきヒッキー思い切りチョップしたし。酷くない!?」

「へ? ……あ」

 

 しまった、と彼の表情が青褪める。それを見てようやく自分のしでかしたことを自覚したのかと獰猛な笑みを浮かべた優美子は、さてではどうしようかと指をコキリと鳴らした。明らかに女子高生のやる動きではない。

 対する八幡、死を覚悟した。ああこれはきっと国際条約第一条に則り頭部を破壊されて失格になるな、と自身の結末を予想した。

 

「一応言い訳があるなら聞くけど」

「……いや、無い。軽率だった。俺が全面的に悪い」

 

 いかなる理由があろうともいきなりクラスメイトの巨乳美少女の頭をチョップとか許されざる行為である。つい気が緩んでいた、とそんなことを言ったところで罪が減刑されることなど何もないのだ。

 

「ていうかヒッキー、何であんなことしたし」

「いや、つい気が緩んで……いつもクソ野郎にやってたみたいなことお前にやってしまっただけだ」

「は? 何それ、意味分かんないし。てか言い訳ないとか言っといて結局するんじゃん」

 

 おっしゃる通りで、と八幡は優美子に全面降伏する。誰かに助けを求めるようなこともせず、後はただじっと死を待つのみ。そもそもこの状況で助けてくれるほど仲の深い相手などこのクラスに存在していない。一応頭に過ぎった顔はあるが、生憎それは今目の前で自分を責める側だ。

 

「……ん?」

 

 そう思っていた八幡は、結衣が目をパチクリとさせていることに気が付いた。先程彼が言っていた言葉を反芻し、そして何かに気が付いたように目を見開く。

 

「ヒッキー!」

「うお、な、何だ?」

「あたしを、例の腐れ縁の人と同じ扱いにしたってこと?」

「いや、そういうつもりじゃ……まあ、でも結果的にはそうなるのか?」

「それってさ、つまり……友達として、扱ってくれたってことだよね?」

 

 いや俺はあいつを友達扱いとか虫唾走るぞ。そう言いかけて、やめた。この言い方だと結衣も虫唾が走る相手だと言っているような気がしたのだ。少なくとも、目の前の彼女はそういう相手ではない、と思ってしまったのだ。

 ちなみに、彼は絶対に認めないがそうは言いつつ腐れ縁の少女との付き合いも嫌だとは思っていない。

 

「あー、まあ。そうなる、かもな」

「そ、そーなんだ。うん、そっか」

 

 うんうん、と頷いていた結衣は、次の瞬間満面の笑みを浮かべた。そういうことならしょうがないね。そう言って、話についていけない優美子の背中を押した。

 

「ちょ、ちょっとユイ。あーしの話はまだ」

「あたしは怒ってないから、大丈夫だし。ね」

 

 有無を言わせぬ何かがあった。というか物凄い幸せオーラを出していたので優美子は思わず口を噤んだ。はぁ、と溜息を吐くと、次は殺すと視線だけで八幡を脅しつけ去っていく。

 どうやら助かったらしい。それを自覚した時には、彼は全身の力が抜ける気がした。思わず膝から崩れ落ちそうになり、いかんいかんと持ち直す。そもそも何故高校二年生をやっているだけのはずなのに死にかけねばならないのか。そんな理不尽さを感じながら、彼はよろよろと席に戻る。そういえば今昼休みだったっけ。そんなことを思いながら、机の上に残っていたパンを口に押し込んでMAXコーヒーで流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

「で、だ」

「どうしたんだい?」

 

 どうしたもこうしたもあるか、と八幡は眼の前の相手に文句をぶつける。ぶつけられた相手である隼人は仕方ないだろうと苦笑していた。

 放課後、人も殆どいなくなった教室の一角。二人の目の前に置いてあるのは家庭科の調理実習の班決めの用紙である。当日でいきなりやっぱり組む人変える、とならないように予め提出することになっていたのだが。

 

「何で俺がお前となんだよ」

「一番しがらみが無さそうだったから、かな」

 

 さらりとそう述べられ、八幡は思わず唸る。確かにクラスメイトとの仲が悪くもなければ良くもない彼は今回の問題解決に丁度いい相手であろう。が、それは隼人から見た場合でしかない。

 八幡にとっては完全なるいい迷惑だ。立っているだけでも存在感のある隼人と同じ班ということは、否応なしに目立つことに巻き込まれるということである。彼にとって自分に関係ない余計なことで時間を食うのは五本の指に入るほど気に入らない出来事だ。

 

「断る。お前なら他にも組む相手がいるだろ」

「いないさ」

「は?」

 

 即答されたことで八幡は思わず隼人を見た。顔は相変わらず笑顔であったが、しかしどこかしてやったりという表情にも見える。その顔に不吉なものを覚えたのか、思わず眉を顰めた彼に対し、隼人は机の上の用紙を手に取るとゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「残っているのは、俺と、君と、そこに記入してあるもう一人だけだ」

「なん……だと……?」

 

 残っていた連中と組めばいい。そう考えていた八幡にとって、その言葉は詰みに等しい。そんな彼の驚愕の表情を見ながら、隼人はわざとらしく肩を竦めた。

 

「意外と戸部達との話し合いに時間が掛かってね。気付いたら他の皆は班が決まっていた」

「んなもん、お前が一声掛ければすぐに変更が」

「誰かを弾かないように選んだ答えで、別の誰かを弾くことは出来ないさ」

「……」

 

 だろうな、と八幡は思う。わざわざそのために隼人が抜けたのに、別の場所で同じことをするのならば何の意味もない。彼としてはそもそもそんな状況にならないよう生きるつもりなので、その苦労に共感することは出来ないが、それでも理解は出来るつもりだ。

 隼人の持っている紙を奪い取る。彼の名前と、一年の頃からのクラスメイトである人物の名前を確認した八幡は、思い切り盛大な溜息を吐くと残っている枠に自身の名前を記入した。

 

「ほらよ。これで文句ないか」

「ああ。ありがとう」

 

 じゃあ、提出してくるか。そんなことを言いながら彼はそれを受け取り踵を返す。部活にあまり遅れてもいけないからな。そんなことをついでに続けた。

 部活。その言葉を聞きああそういえばと八幡は気が付いた。本来ならばサッカー部のエースである隼人がこんな時間にまで教室に残っているはずもない。つまりわざわざ部活を遅刻してまでこんなことをしていたのだ。それを意味することはつまり。

 

「嵌めたな……」

「さて、何の話かな?」

 

 既に記入を終えた用紙は彼が持っている。ここで奪い取って名前を消すほど八幡はバーバリアンでもない。何かの敵でも見るような目で睨み付けていた八幡であったが、しかし隼人がああそうだ、と教室の扉の眼の前で立ち止まったことで思わずビクリと肩が跳ねた。

 

「ゆきの――下さんからの伝言だ」

「あん?」

 

 何か今一瞬言い淀まなかったか。そんなことを思った八幡であったが、しかし出された名前の重要性に比べればそんなことは些細な問題だ。思わず身構え、一体あれが自分に何を伝えるつもりだ、と振り向く隼人を睨み付ける。

 

「随分警戒しているな」

「当たり前だ。まだ二回しか会ってないが、それだけで十分警戒するに値する相手だと判断出来るぞ」

「この間も言った気がするが、彼女の姉の方が酷いからな」

「会ったこともない相手なんぞどうでもいい」

「そうか。そうだな」

 

 隼人は笑う。その笑みは、まあこれから出会うだろうがなと言っているように見えて、八幡はその表情を益々険しくさせた。当然そのつもりだったのだろう、隼人はそんな彼の表情を見て楽しそうに笑った。

 

「……お前って、意外と性格悪いんだな」

「あの二人に付き合ってれば嫌でもこうなる」

 

 はぁ、と笑みから一転して疲れたような顔で溜息を吐いた隼人は、まあそれはどうでもいいと顔を上げる。表情を再度笑顔に戻すと、彼は改めてと八幡に向き直った。

 

「『ざまぁ』」

「あ?」

「伝言だよ。君に『ざまぁ』と伝えるように言われている」

 

 呆気に取られていた八幡は、しかしすぐに死んだ目をして溜息を吐き肩を落とした。ここで、このタイミングでその言葉が出るということはつまり。

 ご明察、と隼人が笑う。つまり八幡が彼と同じ班になったのは彼女の入れ知恵というわけなのだ。

 

「何だよあいつ……俺に何か恨みでもあるのか?」

「さて、どうだろうね。それは本人に聞けばいいさ」

 

 それじゃあ、と隼人は去っていく。そうして残された八幡は、平穏からかけ離れた日常に放り込まれたことを自覚し、力なく椅子に座り体を預けた。

 ああ、癒やしが欲しい。そんなことをぼんやりと考え、家に帰って妹でも愛でようかと彼はゆっくり立ち上がる。癒やし、というキーワードで一瞬だけ脳裏に浮かんだ人物を見なかったことにしながら。

 

 



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その3

原作を読み返す度に自分の書いているこれが軽くて頭空っぽなのを実感します


「ううぅ……」

「……」

「うううううぅ……」

「……」

「ううううううううぅ……」

「……」

 

 さて、昼飯だ。そんなことを思いながら八幡は席を立った。とりあえず悩める乙女は放置の方向でいくようである。

 が、一歩踏み出した時点で猛烈な殺気を感じたので立ち止まった。殺気の主が誰かなど考えるまでもない。少し離れた場所で隼人達と談笑しているゆるふわウェーブロングのゴルゴンだ。

 無視は可能だろう。ただ、その代償は彼の命である。それは可能とは言わないな、と溜息を吐いた八幡は、自身の制服の端を摘んでいる彼女へと向き直った。

 

「ガハマ」

「……うぅ~」

「人語を忘れたならいい国語教師を紹介するぞ」

「酷くない!?」

 

 唸り声から一転、ある意味普段通りに戻った結衣は、そう言って八幡へと食って掛かった。女の子が悩んでいるんだからもう少し聞き方あるじゃん、と頬を膨らませて彼に述べる。勿論八幡は知るかと返した。

 

「大体、何か悩みがあるならしっかり口にしろ。言わなくても分かるとかそんなのは勝手な思い込みだ」

「……言ったら、ちゃんと聞いてくれる?」

「言ったから分かるなんてのは傲慢だ」

「結局聞かないじゃん!?」

 

 再度吠える。そんな結衣を見て口角を上げた八幡は、まあいいやと肩を竦めた。そうしながら、それで一体何を悩んでるのかと問い掛ける。

 その言葉に一瞬呆気に取られた結衣は、しかしすぐに気を取り直すと唇を尖らせた。相変わらず捻くれてる、とジト目で彼を睨み付ける。

 

「お前に理解されるほど付き合い長くないだろ」

「かもしれないけど。でも、あたしはヒッキーを理解したいし、ヒッキーに理解して欲しいよ」

「……何かいきなり小難しい我儘言い始めたな」

「言い方! ……まあいいや。悩み、聞いてくれるの?」

「聞くだけな。解決はしないぞ」

 

 それでもいい、と結衣は笑う。どのみち無理だろうし、と肩を落とし溜息を吐いた彼女は、手に持っていた包みを眼前に掲げた。何かが入っているのは分かるが、しかし生憎八幡にはそれが何か分からない。知識にない、という意味とは少し違う。理解出来ない、と言った方が幾分か正しい。

 

「何だそれ? 木炭か?」

「違うし! ……違うし」

 

 うー、と恨みがましい目で八幡を見る結衣であるが、しかしその言葉に勢いはない。やっぱりそう見えるかな、と包みを眺め溜息を吐いた。軽く振ると、カサカサと乾いた音がする。少なくとも、ありえないほどの硬度を誇っているわけでは無さそうであった。

 

「調理実習、やったじゃん」

「やったな」

 

 うげ、と八幡は顔を顰める。隼人と組んだおかげで騒がしいあの状況を思い出したのだ。班になったもう一人、一年の頃からのクラスメイトである戸塚彩加が潤滑油になってくれなかったら、途中で逃げ出したかもしれない。それほどの空気であった。

 ちなみに三人が三人共料理の腕は普通の男子高校生であった。出来はとてつもなく普通であった。

 

「それで、ちょっと失敗しちゃったんだけど」

「ちょっと、な」

 

 ぽつりぽつりと話す結衣を見ながら、自分達とは違うベクトルで騒ぎになっていた班を思い出す。普通の女子高生程度の腕の海老名姫菜、あまり料理しない女子高校生程度の腕の三浦優美子、そしてその二人の動きを完全なる無にするほどの実力を持った由比ヶ浜結衣。この三人によって出来上がった料理は別名をダークマターと呼称された。

 

「お前完全に海老名さんと三浦の足引っ張ってたよな。あ、いや違う。足引っ張るとか言ったらその単語に土下座して謝らなきゃいけないくらいに失礼だったな」

「失礼なのはヒッキーの態度と顔とその他諸々だし!」

「おい、顔は関係ないだろ。……ないよね?」

 

 生憎それに答えてくれる者は誰もおらず。とりあえずそんなことはどうでもいいとばかりに話だけは先に進んでいく。八幡も結衣も双方がダメージを負うという誰も得しない展開となっていた。

 

「んで、あの暗黒錬金術とその木炭は何の関係があるんだ?」

「酷くない!? ってああもう、話進まないし! あの時がヤバ過ぎたから、あたしだって出来るんだってリベンジしてみたの」

「返り討ちになってんぞ」

「だから落ち込んでたんじゃん!」

 

 どうやら結衣の持っていた包みの中身は料理であったらしい。そのことを踏まえると、恐らくあれはクッキーか何かなのだろう。そう判断は出来たが、しかしそれはあくまで推理の結果である。あれをクッキーと認識することは八幡には出来そうになかった。勿論試食することなど論外である。

 

「で、それを使って誰を毒殺するんだ?」

「しないし! というか、きっと誰も食べてくれないし……」

 

 しょぼん、と眉尻を下げ肩を落とす。まあそうだろうな、とフォローもへったくれもない返答した八幡は、とりあえず昼飯食うぞと続けた。うん、と頷いた結衣は、そのまま彼の後ろをついて教室から出ていく。相も変わらず二人で食べる場合は別の場所でなければ噂が立つと思っているらしい。

 

「一緒に出ていく時点でもう手遅れなんだよなぁ……」

 

 姫菜の呆れたような言葉を否定するような人物は、隼人のグループには一人もいなかった。約一名ヒキオぶっ殺すと呟いていた人物がいたが、誰も気にしなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

「で、結局何を悩んでいたんだ?」

「今蒸し返すんだ……」

 

 昼食も食べ終わり、自販機で買ってきたMAXコーヒーを飲みながらそう尋ねた八幡を見て、結衣は溜息混じりでそう返す。そうは言いつつも、しっかりと覚えていて話をしてくれるという部分のおかげか、彼女は少しだけご機嫌になった。

 

「さっきのあれなんだけど」

「食わんぞ」

「いや、分かってるし。……もう少し上達、出来ないかなぁ」

「無理じゃね?」

「即答!? あ、何かムカついてきた。意地でもヒッキーに美味しいって言わせてやるから」

「俺が寿命で死ぬのと毒殺されるのはどっちが早いかな」

 

 ちょいやー、と結衣が八幡の脳天にチョップを叩き込んだ。思いの外クリティカルヒットしたようで、彼はブタを絞めたような声を上げて頭を抑え悶え苦しむ。ギャグの一切ない痛がりように、彼女は彼女であたふたしながら心配する声を掛けた。

 

「だったら、やるんじゃねぇ、よ……」

「いや、そこまで強くやるつもりはなかったというか、もっと普通のツッコミのつもりだったというか……」

「慣れてないやつが脳天はやめとけ、普通に痛い」

「うん、ごめん。……あれ、じゃあヒッキー慣れてるの?」

「中学の頃一週間に一回はクソ野郎に叩き込んでたからな」

 

 頭を擦りながら体勢を立て直した八幡は、また話が脱線してると結衣に告げる。脱線した理由はそっちな気がすると思わないでもなかったが、それを言い出すとまた余計な方向へと会話がズレていくだろうと判断し彼女は飲み込んだ。咳払いをし、どこまで話したかを思い返し、そしてもう一度本題を口にした。

 

「誰か、料理教えてくれる人とか、いないかな」

「それは普通に料理教室通うとかでいいだろ」

「いや、そこまでガチめなやつじゃなくてもいいんだけど」

「じゃあ親に聞けば」

「うちのママ、割と感覚派だから聞いてもよく分からないし……」

 

 注文多いな、と八幡は溜息を吐く。とりあえず思い付くのはその程度なので、それ以外となるともっと思考を回さねばならない。ガリガリと頭を掻くと、学校でそういう問題を解決出来そうな場所がないかをピックアップした。

 

「料理部とか、あったか?」

「どうだろ……あたしも分かんない」

「いっそ家庭科の鶴見先生に泣きつくか」

「先生に相談か……出来るのかな?」

 

 うーむ、と考え込む結衣を見ていた八幡は、まあその辺が無難だろうと残っていたMAXコーヒーを飲み干した。立ち上がると少し離れた場所にあるゴミ箱へとそれを捨てに向かう。面倒なので投げ入れたいが、もし外した場合非常に恥ずかしいので自重した。

 

「ん?」

 

 ガコン、と空き缶同士がぶつかり合う音が響くのと、たまたま通りすがった人物がこちらを見るのが同時であった。その人物は八幡を視界に収めると、ああ丁度良かったとこちらに向かって歩いてくる。

 

「比企谷、ちょっといいか?」

「……どうかしましたか、平塚先生」

 

 思わず身構える。彼に近寄ってくる人物は現国教師にして生活指導担当の平塚静だ。その肩書からして、わざわざ用事があるとすれば間違いなくいいことではあるまい。

 そう判断した八幡の予想を裏切ることなく、あるいはある意味裏切って。彼女はまあ大した事じゃないと笑った。

 

「君の出した課題の作文なんだが」

「課題? っていうとあの『高校生活を振り返って』とかいう二年の序盤にやるやつとは思えない謎の作文のことですか」

「二年の序盤だからこそやるのさ。一年目を見直し、三年目へ向かうためにな」

 

 その辺が分からないのは子供だな、と静は笑う。絶対に適当ぶっこいてるなと思わないでもなかったが、これ以上余計なことを言っても時間を食うだけだと八幡は流した。現に、結衣がこちらの状況に気付いて歩いてきている。

 

「それで、それが何か?」

「ヒッキー何かやらかしたの?」

 

 八幡の問い掛けと結衣の質問が同時である。内容自体はどちらも同じ答えで済むので、静は丁度いいと口角を上げた。由比ヶ浜にも聞いてもらおうかと笑った。

 

「適当な例文をコピペ改変して出したな」

「人聞きの悪い。俺は作文のテンプレを常に持ち合わせているだけです」

 

 彼女がそう認識するほど、八幡の文章は平坦であった。恐らく固有名詞や一部の動詞を書き換えれば別の作文提出に使えるような、そんな全く持って尖ったもののない面白みのない文章であった。

 

「君はあれか? 静かに暮らしたい殺人鬼か何かか?」

「別に手首を集める趣味はないです。リア充は爆発させたいですけど」

「物騒だ!?」

 

 ネタを分かっているのだろう静はこの野郎と笑うが、分かっていない結衣は単純に何か酷いことを言っているとツッコミを入れる。ジト目で八幡を睨むと、そのままゲシゲシと彼の脇腹を突っついた。

 

「何だ比企谷。君は自殺願望があったのか。いかんぞまだ若いのに」

「何でですか」

「爆発したいんだろう?」

「俺が爆発の対象範囲だったら人類の八割は吹き飛ぶと思います」

 

 何言ってんだこいつ、という目で静は八幡を見る。彼女から見れば彼は可愛いクラスメイトといちゃついているリア充にしか見えない。その実態や本音はともかく、傍から見れば所詮一緒だと言わんばかりに静は彼を見て鼻で笑った。

 

「物事の本質を見誤るとか教師としてどうなんですか」

「さて、どうかな? その本質を理解していないのは当事者の方かもしれんぞ」

「口の減らない人ですね」

「現国教師で生徒指導担当だからな。君のようなのの相手は慣れっこだ」

 

 元教え子には相当酷いのもいたからな、と言葉にはせずに続ける。静ちゃん酷いー、と笑う人物が頭に浮かび、黙れ陽乃と彼女は脳内を一括した。

 ふう、と静は息を吐く。やり方はともかく、課題としては別段何か問題のあるものではなかったので、彼女としてもそれを少し聞きたかっただけだ。次はテンプレを使わないように、と八幡に述べると、話はそれだけだと言わんばかりに踵を返した。

 そんな彼女を見て、八幡は顔を顰める。暇なのか、とさりげなく酷いこともついでに思った。

 

「あ、そうだ」

「ん?」

「平塚せんせー」

 

 そんな彼を尻目に、何かを思い付いたらしい結衣が去っていく彼女を呼び止める。どうした、と振り向いた静に、結衣はちょっとお願いがあるんですけどと言葉を紡いだ。

 

「鶴見先生って、授業以外でも料理教えてくれたりしませんか?」

「……は?」

「ガハマ。唐突過ぎて先生がリアクションに困ってるぞ」

 

 またこのパターンかよ。そんなことを思いながら頭をガリガリと掻いた八幡は、静に事の経緯を話し出す。調理実習で結衣がダークマターを錬成したこと、リベンジで作ったクッキーは木炭に変化したこと。何とかして人の食べる物体を作りたいと考えた結衣は、八幡のアイデアで家庭科教師に助力を頼んでみようと思ったこと、などをである。

 成程な、とそれを聞いた静は小さく息を吐いた。そうした後、まあ無理だと言葉を返した。

 

「教師というのは存外忙しくてな。あまり時間が取れないんだ」

「あー、やっぱりそうですか……」

「ああ、力になれなくて済まないな」

 

 そう言って苦笑した静は、しかし何故そんなに料理の腕を上げたいのかと結衣に問い掛けた。唐突に女子力を上げようと思い至ったにしては、やけにこだわっているように思えたのだ。

 それを聞いた結衣は一瞬動きが止まる。ちらりと横にいる八幡を見て、しかしすぐに視線を戻した。そうした後、何となくです、と言い放った。

 

「……まあ、そうだな。生徒の青春を応援するのも教師の努めか」

「うわ、いきなりアオハルとか言い出したぞこの人」

 

 八幡をジロリと睨み、その視線を戻して本当にこいつでいいのかと結衣に目で問い掛ける。意味が分かっていないのか、あるいはそれでもいいと思ったのか。彼女はそんな静の視線に首を傾げた。

 まあいい、と彼女は息を吐く。家庭科教師に頼むことは出来ないが。そう前置きした彼女は、しかしそれならば丁度いい場所があると笑みを浮かべた。

 

「困っている人間に手を差し伸べる。願いを叶えるのではなく、手助けをする。魚を与えるのではなく、魚の取り方を教える。そんな活動をしている部活がある」

「料理も、教えてくれるんですか?」

「多分な。まあ、あいつなら問題ないだろう」

 

 どうだ、という静の言葉に結衣は一も二もなく飛び付いた。じゃあそこ行きます、と即答した彼女を見て、ああこれはどうせ俺も巻き込まれるパターンだなと八幡は溜息を吐く。

 ここで逃げるという選択肢を取らない時点で彼も随分毒されているのだが、本人にはその自覚があまりない。

 

「それで、どこなんですか?」

「ああ、場所は特別棟。そしてその部活の名は――」

 

 『奉仕部』。その言葉を聞いた時、八幡は何か猛烈に嫌な予感がした。その単語は聞き覚えがある。そんな気がするのだが、そういう時に限って記憶の引き出しの立て付けが悪く開かない。それがどうにも気持ち悪く、分からないまま放置してそこを避けるとモヤモヤが延々と続きそうな予感がしてきて。

 

「ありがとうございます平塚先生! じゃあ放課後そこに行ってみます」

「ああ。まあ、頑張れ若人」

 

 今度こそ去っていく静の後ろ姿を、八幡はどこか恨みがましい目で眺めた。覚えてろよ、と心の中で悪態をついた。

 

 



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その4

ヒッキーがマイルドな分、ゆきのんが酷い捻くれた……


 その教室へと足を踏み入れた時、八幡は気付いた。否、正確には思い出した。そこに座っている人物の顔を見た時、全てを悟ったのだ。

 奉仕部、という単語を彼に語ったのが誰であったのか、視認したことで記憶の引き出しがようやく開いたのだ。

 

「あら、いらっしゃい。ようこそ奉仕部へ」

 

 そう言って微笑む彼女を見て、獲物を見付けたと言わんばかりの表情を浮かべている雪ノ下雪乃を見て。

 

「あ、雪ノ下さん! ってことは、ここは雪ノ下さんの部活?」

「ええそうよ。今は私しかいないけれど」

 

 それは部として大丈夫なのか、と八幡は思ったが、目の前の得体の知れない美少女は一人でも何か出来そうな気配がするので気にしないことにした。加えると、そのうち人手を増やそうとも思っていると本人が言ったことも大きい。

 

「そんなわけだから、もしよかったらこの部に入らない?」

「え? あたし達に出来るかな……」

「おいちょっと待て何でナチュラルに俺混ぜ込んでんだよ」

「え?」

「何言ってんだこいつみたいな目をやめろ。俺は奉仕活動は微塵も興味がない」

 

 でしょうね、と雪乃が微笑む。その微笑みは優しさから来るものでは決してなく、むしろ分類するのならば嘲笑というものに近かった。勿論八幡はそれを理解したので、この野郎と顔を顰めさせる。

 そうしながら、そもそもここに来た理由はそれじゃないだろうと結衣に言い放った。あ、そうか、と思い出したように手を叩く彼女を見て、彼は無言でチョップを叩き込んだ。

 

「痛い! ……けど、ホントだ。普通のツッコミレベルだ」

「だろう? なんせここに至るまでにクソ野郎に散々文句言われたからな。比企谷マジウザい、全然ウケないんだけど。とな」

「……それでも仲が続くんだ」

「非常に不本意ながらな」

 

 むう、と結衣が唇を尖らせる。そんな彼女の態度がどういうことなのかいまいちよく分からない八幡は、それを流すと本題に入れと再度促した。むくれた表情のまま、しかしそこはしっかりと切り替え。分かった、と結衣は頷き表情を戻す。

 

「えっと、雪ノ下さん」

「何かしら」

「今回は相談をしに来たんだけど……」

「ええ。聞きましょう」

 

 いい加減立ち話もなんだから、と雪乃は二人に椅子をすすめる。適当に座った二人は、では改めてと用件を話し出した。

 とはいってもそれ自体は簡単なものである。早い話が料理の腕を上達させたい、だからだ。成程、と頷いた雪乃、少しだけ考え込む仕草を取った。

 

「えっと、難しいかな……?」

「それはあなた次第ね。上達しようとする意志が無ければ、何をやっても無駄よ」

「やる気はあるし! とりあえずヒッキーに美味しいって言わせる」

「……あら。へえ、ふうん……」

「おいその目やめろ。その手の勘違いは俺が一番大怪我するから本気でやめろ」

 

 あらあら青春ね、と言わんばかりの目をした雪乃を八幡は全力で否定した。女子の思わせぶりな行動など九割以上が勘違いだ。それが彼の持論であり、とりあえず結衣のそれはもしあったとしても親愛以上のものはないと断言する理由である。正しいかどうか、というのはここに考慮されていない。

 ともあれ、そんな本題に関係ない余分な情報は時間を無駄に費やすだけだ。結局出来るのか出来ないのか、と八幡が雪乃に問い掛けると、彼女は彼を見て薄く笑い、結衣に視線を戻した。

 

「その相談、承ったわ。それで、何か作りたいものはあるかしら?」

「んー。とりあえず、クッキーとか」

「クッキー……? 上達の必要があるの? 有名パティシエに匹敵する腕前が欲しい、という相談だったのかしら」

 

 結衣の言葉を聞き、雪乃は不思議そうな顔をした。それを聞いた結衣は結衣で、何か変なことを言ったのだろうかと首を傾げている。

 どうやら双方伝達に食い違いがあったようだ。それを何となく察した八幡は、とりあえず理解の早そうな雪乃へと声を掛ける。お前は勘違いをしている、と言葉を続けた。

 

「さっきの相談の内容は意図的に端折られた部分がある」

「うぐぅ!」

「意図的に? 何かしら?」

 

 雪乃に理解させようと放った言葉は、逆に結衣に自覚をさせてしまう結果になったらしい。バツの悪そうに顔を逸らし、いやだってしょうがないじゃんとぶつぶつ呟いていた。

 

「こいつは料理ド下手糞だ」

「言い方ぁ!」

「致命的に料理の腕前がない」

「変わってない! 酷くない!?」

 

 結衣の叫びを知らんと流した八幡は、そういうわけだと雪乃に告げた。それだけで大体察したらしい彼女は、しかし一体どの程度の下手さなのかは知っておきたいと顎に手を当て考え込む。

 だったら丁度いいものがある。そんなことを言った八幡は、結衣のカバンを軽く叩いた。

 

「ガハマ、あれ出せあれ」

「あれ? ……あれ、かぁ」

 

 渋々といった様子でカバンを開けた結衣は、そこから包みを取り出した。半透明のそれから見えるのは黒い物体。本人はクッキーだと言い張る何かである。

 それを無言で見詰めていた雪乃は、手渡されたそれを開けると一つ摘まみ、そのまま八幡の口元へと近付けた。

 

「何する気だ!」

「試食よ」

「自分でやれ!」

「私が死んだら誰が由比ヶ浜さんに料理を教えるの?」

「そこまでじゃないよ! ……多分」

 

 遠回し、というほどでもない勢いでボロクソ言われた結衣は思わずツッコミを入れるが、しかし自分でも何となく分かっているので強く言うのは憚られた。でも流石に死にはしないと思う。そんなことを心の中で言いつつ、自分も食べるからと雪乃の持っている包みから一つ取り出した。

 

「おいガハマ。お前まさか味見してないのか?」

「……したし。ちょっとだけ」

「しっかりと味見はしていない、と。ふむ……とりあえずの改善点は見えたわ」

「え? 今ので?」

 

 こくりと雪乃が頷く。早い話が自分で食べないから失敗するのだ。そういうような話を彼女は口にした。自分で食べないから、分量が合っているかどうか、火加減が正しいか、時間は適切かを見極められない。正しいかどうかを判断出来ない。

 

「そんなもんか?」

「とりあえず、と言ったでしょう? 他にも色々あるでしょうから、一度由比ヶ浜さんの調理風景を見てみましょう」

「こいつに料理させると出来るのはそれだぞ」

 

 それ、と雪乃が持っている黒い物体を指差した。そうね、と軽く返した雪乃は、その隙を見計らい八幡の口へクッキーだとは思えないものを突っ込む。勢いをつけ過ぎて指まで入れてしまい、彼女の指が彼の唾液で少し濡れた。

 

「さて比企谷くん。お味は?」

「お前覚えてろよ。……クソ不味い」

「少なくとも致死性はないようね」

「当たり前だし!」

「つってもこれ、あれだぞ。ギャグに出来ない不味さ。苦いのは分かるが、何でクッキーが生臭いんだよ……」

「恐らく卵でしょう。それだけ焼いたのに生の部分が残っているのは最早芸術ね」

「うぅぅぅ……」

 

 ボロクソである。分かっていたけど、と肩を落とした結衣に向かい、大丈夫だと雪乃は述べた。どん底ならば、後は上がるだけだと彼女を諭すように告げる。

 

「さて、では家庭科室にでも行きましょう。材料は……まあ向こうにあるのを拝借すればいいとして」

「良くねぇだろ……」

 

 こいつ本当に大丈夫か、と八幡は思ったが、今更どうすることも出来ないので諦めることにした。

 

 

 

 

 

 

「おお、一応食えるぞ」

「褒めてない!」

 

 家庭科室から承諾を得た上でギッた材料を使い作ったクッキーは、三度目でようやくその名を冠するものが出来上がった。最初の木炭の紛い物と比べれば格段の出来なので、八幡からすればこれ以上ないほどに褒めている。当然ながら結衣は納得いかなかった。

 

「ううぅ……。何でうまくいかないんだろう」

 

 しょぼんと肩を落とす結衣を見て、雪乃は苦笑する。傍目でも一生懸命なのは伝わってきているし、そこで諦めようともしていない。彼女としてはその姿勢は好ましいものであるし、その意志を見せられた時点でこちらとしては概ね依頼達成に近い。

 とはいえ、それを口にするのはまだ先だ。そんなことを思った雪乃は、文句を言いつつバリバリとクッキーを食べている八幡へと向き直った。

 

「比企谷くん」

「何だ。俺は今ようやく普通に食えるようになったクッキーを味わってるんだ、邪魔するな」

「あら。……そんなに『由比ヶ浜さんの作った』クッキーに夢中なの?」

「その手は食わんぞ」

「最初に食べたじゃない、私の手」

「お前が突っ込んだんだ! とにかく、さっきまでの酷いのと比べるとちゃんと食べ物だからって理由だ。ガハマは関係ない」

 

 ふむ、と雪乃は頷きちらりと結衣を見た。もう一回作る時間あるかな、と迷っている彼女を視界に入れると、まあ今回はここまでだろうと笑みを浮かべる。

 ところで比企谷くん。そんな前置きをした彼女は、結衣がこちらを見たタイミングで言葉を紡いだ。

 

「そのクッキーがあなたの知らない女子の作ったものだったら、食べた?」

「は? ……まあ、女子の手作りとかそういう付加価値で大して美味くなくても食べたと思うぞ」

「そう。なら、その前の二回の状態だったら、どう?」

「流石に食わねぇよ……」

 

 木炭の出来損ないとか、生地が死地になっているような物体は見知らぬ女の子の手作りというエンチャントが施されていても躊躇する。アリかナシかで言えばありよりのなしだ。

 その言葉を聞いて満足そうに微笑んだ雪乃は、だったら、と言葉を続けた。どうして由比ヶ浜さんのそれは食べたのかしら、と彼に問うた。

 

「あ?」

「今の三回目はともかく、一回目と二回目もあなたは食べたでしょう? それは、何故?」

「いや、何故も何も無理矢理試食係にしたのはお前じゃん……」

「無理矢理、というほど強制してはいないわ。しょうがない、とこちらが何か交渉する前に了承したのはあなたよ」

「……」

 

 言葉に詰まる。確かに、流されている部分は多々あったが逃げることも怒ることもなく渋々ではあるが試食を買って出たのは他でもない自分だ。そのことを分かっているのか、八幡は苦い顔を浮かべ雪乃を睨んだ。勿論彼女は気にしない。

 

「少し質問を変えましょう。あなたは、由比ヶ浜さんが作ったから、あの二回の失敗作も食べたのかしら?」

「別にガハマに限ったことじゃない」

「けれど、見知らぬ女子は駄目」

「……何が言いたい」

「言って欲しいの?」

 

 ちぃ、と八幡は舌打ちする。雪乃から顔を背け、しかしそこで丁度こちらを見ていた結衣と目が合う。

 ぼん、と音を立てるが如く、彼女の顔が真っ赤になった。

 

「そうね。やっぱり、()()()()()()()()、それくらいはしてしまうわね」

「勝手に言ってろ。そんな偽物の理解で満足するなら、いくらでもな」

「あら、いいのね。だったらもう少し好き勝手に言わせてもらうけれど」

 

 ギリギリ、と彼の歯軋りの音が聞こえた。それを見て満足そうに微笑んだ雪乃は、結衣に向き直ると今日はここまでにしましょうと述べた。流石にそろそろ部活動も終わらねばならない時間だ。

 

「え? あ、うん。そうだね」

「調理場の片付けをして、鍵も返さないといけないもの」

「あ、そっか。じゃあ、洗い物するね」

 

 ボウルやバットを流しで洗い、ヘラやスプーンも片付けていく。そんな結衣を見ながら、雪乃は材料の片付けと机の拭き掃除を行った。

 そして残された八幡は。はぁ、と溜息を吐くとクッキーの乗っていた皿の上のペーパーをゴミ箱に放り込み、それを持って流し台へと向かう。結衣の隣に立つと、置いてあったスポンジで軽く洗い始めた。

 

「ひ、ヒッキー……!?」

「何だ」

「ち、近くない?」

「はぁ? お前普段俺との距離どれだけ詰めてるか思い返せよ」

「……もっと、近いっけ……」

「記憶の容量尽きたのか? 流石に早いな」

「酷くない!?」

 

 もー、と膨れる結衣を見て、八幡は鼻で笑う。そんなやり取りをして、二人揃って息を吐くと、何事もなかったかのように洗い物を再開した。ギクシャクとしたのは一瞬だけで、普段通りに戻ったらしい。

 あくまで表面上は、である。彼は知らず知らずのうちに意識していたのかもしれないし、彼女は気付いていないだけで最初からそうだったのかもしれない。それを無意識に押し込んだだけなのかもしれない。

 それでも。掃き掃除をしていた雪乃は、箒の柄に手を重ねその上に顎を乗せながら微笑んだ。まあとりあえずこんなものだろうと口角を上げた。

 

「料理の上達は、正しくレシピを認識していること、きちんと味見をすること、そして」

 

 掃除を終えた雪乃は、箒を片付け二人に声を掛ける。洗い物も終わったので、戸締まりをして帰ろうと続けた。

 家庭科室から奉仕部へと戻る。その途中、結衣は今度こそ美味しいって言わせると意気込み、八幡は鼻で笑いながら精々頑張ればいいんじゃないのかと挑発していた。

 そんな二人を眺め、うんうんと雪乃は頷く。これでいい、と呟く。結衣の依頼は料理の上達。ならばこれは必要だろう、と一人ほくそ笑む。なにせ、必要な要素の一つは。

 

「そして――誰かに美味しいと言って貰いたいという気持ち。前二つは前提条件、そしてこれは必要条件。結局最後は」

 

 愛情よね。二人に聞こえないようにそう言葉を締めた雪乃は、今日もいい仕事をしたとばかりに伸びをした。

 尚、人によってはこれをなんと呼ぶか。代表として彼女の幼馴染である葉山隼人に代弁してもらおう。

 

 

「雪乃ちゃん……また余計なお世話焼いてるんだろうな……」

 

 




とりあえずゆきのんと葉山は絶対くっつかないのでご心配なく


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単色カラリパヤット その1

出だしから八幡の出番がない


「はぁ……」

 

 教室で珍しく溜息を吐いていたのは三浦優美子である。普段と違うその様子に結衣は一体どうしたんだと彼女に話し掛けたが、当の本人は言葉を濁すだけで答えてはくれなかった。

 何か言いたくないことなのかな。そんなことを思い、しかし相談されないのは少し寂しいと考えた結衣であったが、そこで更に問い詰めることはしない。友達なら、親友ならばきっといつかは話してくれる。そんなことを胸に秘め、彼女は待つことにした。

 

「あんさ、ユイ」

「ん?」

 

 そう思った矢先である。優美子はなんでもない風を装いながら、しかしどうにもわざとらしい会話の展開を始めた。横にいた姫菜はすぐに気付いたが、結衣はそれより少し出遅れる。まさか即座に来るとは思わないじゃん、が彼女の言い分だ。

 ついでにいうならば、その会話の起点が起点であったからだ。

 

「ヒキオとはどうやって付き合ったん?」

「はぇ!?」

 

 思わず立ち上がる。次いで、教室を見渡して八幡がいないのを確認して大きく息を吐いた。おまけで他に誰か聞いていないかも確認する。幸いにして、結衣が奇行をしたということしか知られていないようであった。

 

「……あたし、ヒッキーと付き合ってないし」

「そういうのいいから」

「違うし。というか、ちょっと前にやっと友達認定されたばっかだし」

「中々面倒な人に惚れてるんだね、ユイ」

「だから違うし。そういうのじゃないし」

 

 姫菜のからかいにジト目でそう返すと、溜息を吐きながら結衣は優美子に視線を戻した。何でいきなりそんな話をしたのか、それが気になったのでそのまま問い掛ける。

 当然言われてしかるべきで、予想していないはずもないその質問を聞いた優美子は、しかし彼女らしからぬ態度を取った。あからさまに動揺したのだ。

 

「どしたの優美子。何かキャラ違くない?」

「うっさい海老名。……ちょっと、今少しイッパイイッパイだから」

 

 ふうん、と姫菜はなんてことのないように返す。が、その表情は彼女を見透かすようで、ふむふむと頷くと視線を結衣へと動かした。先程の質問にそこまで動揺する、ということはつまり。あまり考えるまでもなく出るその結論に、しかし姫菜は首を傾げた。

 

「ねえ、優美子って彼氏いたことないの?」

「はぁ? んなわけないじゃん」

「中学の頃のピークは三日スパンで彼氏変わってたよね」

 

 涼宮ハルヒかよ、と姫菜は心の中でツッコミを入れる。そうしながら、だったら何故今そんな状態なのかと尋ねた。彼女のその質問は、つまり優美子の悩みと先程の問い掛けの意図を見抜いているということで。

 

「別に、そんなんじゃないし」

「ふぅん……」

「……ムカつく」

「そりゃあ、優美子の友達だからね」

 

 そう言ってケラケラと笑った姫菜は、まあそういうことならば自分は助けにならないと肩を竦めた。中身が中身なので、生憎彼氏いない歴が年齢だ。ついでにいうと興味もそこまでない。

 

「てことはやっぱりユイ頼みかぁ」

「あたしに頼まれても困るんだけど。ていうかいつの間にか姫菜が会話回してない?」

「優美子がグダってるからしょうがないっしょ」

「このヤロー……」

 

 ねえ、と同意を求めるようにこちらを見た姫菜にデコピンを叩き込んだ優美子は、深呼吸でもするかのような溜息を吐き結衣を見た。が、何ともバツの悪そうな顔をし頭を掻くと、視線を逸らしてモゴモゴと口を動かす。何とも彼女らしからぬ動きであった。

 

「あんさ、ユイ……」

 

 それでも覚悟を決めたらしい。優美子は視線を再度結衣に向けると、ゆっくりと彼女に向かって問い掛けた。聞きたいことがある、と述べた。

 

「だ、男子と距離を詰めるには、どうすればいい……?」

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 いかんいかんと結衣は我に返った。あまりにもあまりにもな質問であったので一瞬意識が宇宙に飛んでいたらしい。目を瞬かせながら優美子を見やるが、当然のようにふざけている様子は見当たらない。むしろふざけていて欲しかったと心の中で溜息を吐きながら、彼女はもう一度優美子を見る。

 

「……えっと」

 

 何も言葉が出てこなかった。今までそんなことを考えるまでもなく生きてきたであろう優美子は、当然男子と距離を取っていたわけでもない。先程結衣が言っていたように付き合っていた相手も複数いる。だからこそ、何故今になってその問い掛けをしたのかが理解出来ず、何を言っていいのか分からなくなってしまったのだ。

 

「優美子そういうキャラじゃなくない?」

「分かってるし……」

 

 姫菜の軽口にも反応が薄い。それを見て小さく溜息を吐いた彼女は、少し考える仕草を取った後目で結衣にメッセージを送った。ちょっと先行するね、と。

 

「んじゃちょっとマジ話するけど。好きな人出来たんだよね?」

 

 仏頂面ではあるものの、ほんの少し頬を赤くしながらコクリと頷く。うわアオハルぅ、と先程の自分の発言をぶち壊すような発言をした姫菜は、しかしすぐに表情を戻し優美子を見た。

 

「んでもさ、今まで付き合ってたんでしょ? 同じようにやればよくない?」

「……自分から好きになったことなんか、一回もないし……」

「……はい?」

 

 説明、と姫菜は結衣を見る。はいはい、と頷いた結衣は、一応優美子の許可を取った後口を開いた。

 

「今まで優美子って、告白されて付き合う側だったの」

「うわマジで? え? 全部?」

「うん。だから毎回すぐ別れてた。合わないって結構愚痴られたし」

 

 涼宮ハルヒかよ、と姫菜は二回目の心のツッコミを入れた。しかしそうしながら、成程成程と彼女は頷く。つまり優美子にとっては初めて自分から好きになった相手というわけなのだ。

 暫し考える。優美子を眺め、ほんの少しだけ目を細めた。

 

「ぶっちゃけ告れば相手即OKすんじゃない?」

「うん、あたしもそう思う。優美子キレイだし、スタイルいいし。よっぽどのことがない限り問題なくない?」

「…………」

 

 無言で二人を睨んだ。それで解決するならとっくにしている、と言わんばかりの表情であった。それはつまり、結衣の言うように『よっぽどのこと』があるのだと彼女は思っているということでもあり。

 

「あ、まさか相手ってヒキタニくん?」

「なわけあるか! 何であーしがあんなクソ野郎好きにならなきゃいけないし!」

「クソ野郎て……」

 

 反論しにくいけどそこまでじゃないと思う。そんなことを思いながら優美子を見た結衣であったが、優美子と姫菜があーはいはいみたいな表情で彼女を見詰め返したので頬を膨らませ顔をぷいとそむけた。

 

「んじゃ誰? 親友の彼氏じゃないなら、それこそ何の問題も――」

「隼人」

「――ない、って、え?」

 

 んん? と怪訝な表情を浮かべた姫菜は、一度メガネを外すとレンズを拭いた。クリアになった視界で優美子を見たが、その表情は冗談を言っているようには見えない。つまり聞き間違いでなければ先程出た名前が彼女の好きな相手ということになる。

 

「優美子、今あたしの聞き間違いじゃなきゃ隼人くんって言わなかった?」

「……言った。あーし、隼人のこと、好きになっちゃった……」

「……ユイ」

「……姫菜」

 

 顔を見合わせ、コクリと頷く。

 

『ええええぇ!?』

 

 そして、タイミングをきちんと合わせた二人の驚きの声が思わず教室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 何だ何だと注目が集まったのを一蹴した三人は、しかし昼休みも終わりに近付いたので続きは放課後だと話を一旦打ち切った。勿論そんな状態で授業に集中出来るはずもない。少なくとも結衣はそうであり、午後の授業は散々であった。思わず八幡が大丈夫かと聞きに来るレベルで悲惨であった。

 そんな状態を通り抜け、放課後人もまばらになった教室で三人は再度集まっていた。ちなみに八幡に何か聞かれないかとビクビクしていた結衣は、全力でスルーされたことにほんの少しだけ不満を持っていた。

 

「まあでも彼女のこと一々聞いてくる彼氏ってそれはそれで嫌だしね」

「だから彼氏じゃないし」

「ああでもそっか。ユイがどうやってヒキタニくんゲットしたかを参考にすればいいのか」

「違うって言ってるじゃん!」

 

 いい加減にしやがれ、と結衣が姫菜を睨み付けたあたりで、じゃあ遊びはこの辺にしとこうと彼女は手をひらひらさせる。周囲を見渡し、聞き耳を立てている人間がいないのを確認すると、優美子に視線を動かした。

 

「んで、優美子の好きな相手ってのが隼人くんなのは確定事項でいいんだよね?」

 

 ん、と優美子が頷く。流石に二回目なので盛大に驚くことはないが、しかしびっくりしないかと言えば答えは否。そもそも二年になってから集まって談笑するメンバーの一人で優美子と共に会話の中心人物が葉山隼人である。

 

「ん? あ、でもよくよく考えるとそう驚くことでもない?」

「いやびっくりだし。優美子、隼人くんみたいなタイプって友達としては好きだけど彼氏とかは無いって昔言ってたから」

「へぇ。どういう風の吹き回し?」

 

 興味津々、という目で優美子を見る姫菜。ここでうるさいと突っぱねるのは簡単だが、相談したのはこちらである。観念したように俯くと、なるべく二人の顔を見ないように彼女はポツポツと話し出した。

 

「あーしもそう思ってたんだけど。ほら、こないだ。ユイがさ、隼人にいきなり何か言い出した時あったじゃん」

「あー、あれね。めっちゃ唐突に『ざまぁ』とか言い出して豆乳吹き掛けた」

「あれはほら、不可抗力とかいうやつみたいな、やむにやまれぬ事情があったというか……」

 

 話が脱線するじゃん、と結衣は強引にいつかの痴態を振り切った。まあそうだ、と頷いた姫菜も、優美子の次の言葉を待つ。

 

「あの時、隼人が普段しないような嫌な顔とか、舌打ちとかしたの覚えてる?」

「あー、とべっちガチ引きしてなかったっけあれ」

「まあでも驚いたよね。隼人くんってこういつも笑顔で、みんなのために行動するって感じだったし」

「そう。だからあーしもそういうとこ好きだったし、友達だと思ってた。……けど、さ。素の自分ってやつなのか知らないけど、やっぱり隼人もああいう風に嫌がったり、あの野郎とか思ったりするんだっていうのを見たら……」

 

 みんなのリーダーのようなただの爽やかなイケメン、から、普通に嫌がったりキレたりする等身大の高校生に見方が変わった。そうして彼を見ていたら、いつのまにか彼のことばかり考えるようになってきて、そして。

 

「うっはぁ、ギャップ萌えに撃ち抜かれたかぁ……」

「意味分かんないし……」

「気になるなら今度ヒキタニくんに聞いてみたら?」

 

 ふっふっふ、と笑いながら姫菜は結衣にそう返すと、少しだけ考え込むように優美子を見た。昼と放課後で突然見た目が変わることはまずありえないので、評価も覆ることはない。この顔、このスタイル、そして案外面倒見がよく仲間思い。普通に考えれば断る理由が見当たらない。

 

「隼人くんの好みが優美子と真反対でもない限り、割といけそうな気がするんだけどなぁ」

「優美子と真反対?」

 

 ううむ、と悩んでいる姫菜の言葉に何か引っかかりを覚えたのか、結衣が首を傾げた。そうそうと返した姫菜は、まあ顔はこの際置いておくよと前置きする。

 

「例えば、優美子って髪染めてるじゃん。隼人くんの好みが黒髪の大和撫子系だったら勝率下がるっしょ」

「あー、そっか」

「後は、スタイルとかも……こう、胸が小さい方が好きだったら駄目だし」

「黒髪のヤマトナデシコであんまり胸が大きくない、とかかぁ」

 

 ふむふむと頷きながらイメージを固めてみる。美人で、黒髪、スタイルは胸が小さいということは細身で華奢なタイプということにしておいて。

 そこまで考えて、ん? と彼女は眉を顰めた。何だか嫌な予感がした。

 

「性格は……んー、そうだなぁ。優美子みたいなサッパリした感じじゃなくて、ちょっと回りくどい感じ、とか」

「ん? んんん?」

 

 何か物凄くそのイメージの該当者の心当たりがあるぞ。そんなことを思い、いやしかし別にそれが彼の好みということではないだろうと頭を振って考えを散らした。結衣のその行動に何やってんだと優美子は苦笑し、姫菜は何か感付いたのかほんの少しだけ目を細める。

 

「まあ、たらればの話してもしょうがないしね。今言ったのに該当して隼人くんと特別仲がいいとかそんな相手がいればちょっと話は変わるけど」

「……あ」

「どしたんユイ」

「え!? ううん! 何でもない! 何もないし!」

「いやどう見ても怪しいし」

 

 色々大丈夫か、と優美子が結衣を心配するように声を掛けたが、しかし当の本人はそれどころではない。とにかくひたすら何でもない何でもないと連呼し、どう考えても何かあることを全力でアピールしてしまった。

 

「ユイ、ホントどうした?」

「だから何でもないって! それより、隼人くんだよ。ほら、隼人くんカッコいいし、他にも狙ってる子いっぱいいるんじゃないかなって」

 

 由比ヶ浜結衣はテンパっている。が、その勢いのまま発した言葉は思いの外重要だったらしい。あ、と二人揃って間抜けな声を上げ、優美子と姫菜は顔を見合わせる。

 

「そういえば、それ確認してなかったなぁ……。そうだよ、もう彼女いるって可能性とか」

「彼女……。そういえば、この間の隼人に伝言した相手って」

「あぁぁぁ!」

 

 逸れたのは一瞬だけであったらしい。優美子がポツリと呟いた言葉は結衣の心配にクリティカルヒットした。もうダメだ終わった、と頭を抱えて机に突っ伏すのを見た二人は、これは本当にヤバイのではないかと焦り始めた。二人はこうなった理由を知らない。だから純粋に心配したのだ。

 

「ユイ、あんたホントに大丈夫?」

「うぅ……雪ノ下さんが、雪ノ下さんが、ゆきのんがぁ……」

「駄目だこいつ早く何とかしないと。ってん? 雪ノ下さん?」

 

 ぶつぶつと怪しい状態のまま人名を呟いているのに気付いた姫菜は、その名前に心当たりがあるかどうか脳内検索をする。程なくして答えは出て、そして先程優美子の呟きをトリガーにしたのかと結論付けた。

 

「あ、ひょっとして。ユイ、雪ノ下さんと隼人くんの仲を勘繰って――」

「あら、私がどうかしたのかしら?」

「うぇ!?」

 

 がばり、と三人が一斉に声の方を向く。もう三人以外いなくなった彼女達の教室の入口、その扉にもたれかかるように雪ノ下雪乃が佇んでいた。

 

「少し聞き覚えのある声が聞こえてきたから、つい足を運んでしまったの。……その様子だと、私はお邪魔のようだけれど」

 

 そう言って、しかし少しだけ口角を上げた雪乃は、言葉とは裏腹に立ち去る様子がない。三人が自分を見て何か思うところがあったのだということを知っているので、すぐには立ち去らない。

 そう、黒髪で、細身で華奢な美人。少し回りくどい性格をしている葉山隼人の知り合いを見て、何かを考えていると分かっているので、雪乃は言葉を待っているのだ。

 

「――もしよければ、奉仕部に相談してみてはどう?」

 

 結衣はそんな彼女を見て、ああきっとヒッキーなら悪魔の笑みとか言うんだろうなと場違いなことを考えた。

 

 



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その2

いろはすめっちゃ書きにくい。どうやるといろはすになるんだ……?


 翌日。放課後の特別棟にある奉仕部の部室にて、三人の女子が悪魔の契約にサインをしていた。比喩表現である。

 

「よく来てくれたわ。奉仕部はあなた達の悩みを歓迎します」

「……ユイ、言っちゃなんだけどこの人大丈夫なの?」

「あたしの時はちゃんと解決してくれたよ」

 

 例えるならばニチャァと擬音でもしていそうな笑顔で歓迎する雪ノ下雪乃を見ながら、姫菜は結衣にそう問い掛けていた。多分普段笑顔を作り慣れていないのだろう、と好意的に解釈した結衣は、彼女の問い掛けに自分の経験を添えて返す。

 いや絶対あれわざとやってる。そう確信を持ったが、姫菜は口に出さない。自分も腐っていると自覚していたが、目の前のこいつは色々別ベクトルで酷い。これならばまだ同ベクトルの八幡の方が共感出来た。

 

「……で、あーしの悩みをどう解決してくれるわけ?」

「そうね。まず初めに言っておかなければならないのだけれど。奉仕部で出来るのはあくまであなたが進む手伝いをすることよ。魚の取り方を教えはする、取れるかどうか見守ることもする。けど、こちらで取った魚を施すことはしないわ」

「別に回りくどい言い方しなくてもいいし。成功するかしないかはあーし次第ってことっしょ?」

「ええ、その通り。あなたは聡明ね」

 

 優美子の言葉にそう述べ、雪乃は微笑む。先程の悪意しか感じない笑みとは違い、極々自然なものに思えた。つまりは先程のは営業スマイルということなのだろう。営業先が確実に間違っている。

 ではまず細かい相談内容を聞きましょう。そう言うと、雪乃は机にノートを広げた。聞き取った内容をそこに記すつもりらしい。この間はそんなのあったかな、と首を傾げた結衣を余所に、分かったと頷いた優美子は少々恥ずかしそうにしながら隼人へ芽生えた恋心と、そのためにどうすればいいのか悩んでいることを伝える。

 ふむふむ、と聞いていた雪乃であったが、依頼人の恋する相手が葉山隼人であるという部分を聞いた時一瞬動きが止まったのを姫菜は見逃さなかった。おやおや、とほんの少しだけ怪訝な表情を浮かべ、次いで口角を上げると二人の会話に割り込んでいく。

 

「ねえ、雪ノ下さん」

「何かしら?」

「雪ノ下さんって、隼人くんと仲良い?」

「そうね。一応分類するならば幼馴染かしら」

 

 おお、と予想以上の関係が飛び出し姫菜が湧く。が、それとは対照的に優美子はあからさまに顔を歪めた。相談相手が好きな人の幼馴染、これはかなりまずいやつではないだろうか。そんなことを思ったのだ。

 

「安心してちょうだい三浦さん。私は彼に恋愛感情を抱いていないわ。そして、向こうも私を恋愛対象とは見ていない」

「何で分かるし」

「付き合い長いもの」

 

 そうはっきりと即答されてしまえば、優美子といえども黙らざるを得ない。まあそういうことにしておく、と少しだけ不貞腐れたように述べると、机の上に頬杖をついた。

 そんな彼女を見ながら、雪乃は先程のメモに目を通す。くるくるとペンを回しながら、ふと思い出したように視線をノートから結衣に向けた。

 

「由比ヶ浜さん」

「ふぇ!? な、何ゆきのん?」

「ゆきのん?」

「ユイ、あんた思い付いたあだ名を唐突に使い始める癖直した方がいいと思う」

「……ぜ、善処します」

 

 しゅん、と項垂れた結衣にまあ別に構わないけれどと雪乃は返し、それよりも聞きたいことがあると言葉を続けた。それに顔を上げて表情を輝かせた結衣は、何でも聞いてと勢いに任せて口にし優美子の隣にずずいと割り込む。

 

「何でも聞いていいのね?」

「あ、やっぱり答えられる範囲でお願いします」

「そこは自分の発言に責任持たなきゃユイー」

「海老名は黙ってろ」

 

 いつの間にか雪乃側で結衣をからかう方向にシフトしていた姫菜を物理的に黙らせた優美子は、話進まないと溜息を吐く。そんな彼女を見て、雪乃はごめんなさいと苦笑した。

 

「一応相談に関係することを聞きたかったのだけれど」

「あ、それなら大丈夫。なになに?」

「葉山くんの周りの女性を、知っている範囲で答えて欲しいの」

「へ?」

 

 告白、とまではいかずとも、ある程度好意を持っている女子はかなりいるであろう。が、クラスの違う雪乃の知っている範囲と普段から近くで騒いでいる結衣達の知っている範囲、両方を照らし合わせなければ算段が立てられない。

 成程、と頷いた結衣は、とりあえず思い付く限りそれっぽい人物の名前を列挙していった。優美子も姫菜もつらつらと出てくる女子の名前を聞き思わず目をパチクリとさせる。

 

「ユイ、あんたそれどうやって知ったし」

「ん? 知ったっていうか、隼人くんの近くにいると目に入るって感じ?」

「ユイ、恐ろしい子……」

「流石は由比ヶ浜さんね」

 

 ノートの別ページに結衣の述べた名前を書き連ねる。その横に自分の知っている範囲の該当者を書き加え、被っている名前を消していった。

 そうして残った名前の人物について三人に質問をし、優美子のライバルとなるか否かを選定していく。大抵が「葉山くんってカッコいい」レベルで落ち着き、良くても「葉山くんが彼氏なら最高なのになぁ」で止まっていた。

 

「と、なると。由比ヶ浜さんの知る範囲では三浦さんの敵となりそうな女子は無し、というわけね」

「こう言ったらあれだけど、優美子より美人な子そうそういないし、積極性とかそういう部分でも敵う相手はまずいないんじゃないかなぁ」

「そうだねー。あたしも姫菜と同じ意見。優美子ってカッコいいのに可愛いもん。何かずるいよー」

 

 うんうん、と頷く結衣を一瞥し、確かにそうねと雪乃も述べる。思わぬ高評価にほんの少し照れながら、優美子はそれでどうするのかと彼女を見た。そこで表情を戻した雪乃は、くるりとペンを一回転させると、ならば問題はこれだとノートにそれを落とす。

 打ち消し線の引かれた名前の列挙の中、唯一つ無傷のものがあった。雪乃の書き加えた部分の一番上、恐らくもっとも優美子の敵となるであろう人物。

 

「えっと……一色、いろは?」

「聞いたことないなぁ。っていっても私の交友範囲とかたかが知れてんだけど」

「知らなくてもしょうがないわ。彼女は一年生だもの」

 

 そう言いながらノートの別ページに雪乃はその一色いろはなる人物についての情報を書き加えていく。まるで探偵のようなその情報に、三人は思わず目を丸くさせた。

 

「奉仕部って何者……?」

「ゆきのん凄い!」

「何か、今更ながらあーしこいつに相談してよかったのか不安になってきた……」

 

 プライバシーに関わる部分は当然ながら持っていないわ、と言ってのける雪乃を見て、絶対ウソだ、と三人は確信を持った。真相は闇の中である。

 

 

 

 

 

 

 一色いろははサッカー部のマネージャーである。今回の依頼で重要な部分の一つはこれだ。優美子の想い人葉山隼人はサッカー部のエース。同じ部のマネージャーとなれば、同じクラスというアドバンテージと同等のポジションに近いものを持っていてもおかしくない。

 

「つっても一年でしょ? 流石に優美子に勝てなくない?」

「ええ、一年よ。一年で、入学したばかりなのに、()()()()()()()()()()()()だと認識させるほどの、ね」

「……今五月だから、一ヶ月くらい? え? 一ヶ月で隼人くんと距離詰めたの?」

 

 マジカヨ、という顔で驚く結衣を尻目に、優美子は件の人物がいないかどうか視線を巡らせていた。サッカー部へと向かう途中に何かしらの用事で動いていた場合、これ幸いと捕獲する腹積もりだ。捕獲した後はどうするかは彼女の気分次第である。

 幸か不幸かいろはと遭遇することはなく、四人はサッカー部の練習している場所へと辿り着いた。ではどこにいるのか、とキョロキョロする一行だが、生憎きちんと顔を見ているのが雪乃しかいないため効率が悪い。

 そしてその雪乃は、暫し視線を動かした後首を傾げた。あら、と呟いた。

 

「どうしたのゆきのん?」

「いないわ」

 

 色々と動いているマネージャーの顔ぶれの中に件の一色いろはがいない。そのことを伝えると、三人もどういうことだと首を傾げた。隼人がいないからサボっている、というある意味徹底した行動というわけでもない。何せ眼の前のサッカー部の練習風景の中に彼はいるのだから。

 

「少し、聞いてみた方がいいかしら」

 

 どうする、と視線で三人に意見をもらう。別段否定する理由もなかったので、OKを込めて頷いた。

 では、と一行はもう少しサッカー部へと近付く。調度一息ついたサッカー部員は突如やって来た女子生徒四人を何だ何だと騒いでいたが、それもすぐに収まった。

 

「お、隼人くん、どしたん?」

「いや……何でもない」

 

 また碌でもないお節介してるな、とその女子生徒の中の一人雪乃を見ながら溜息を吐いた隼人は、余計なことを考えないようにして練習に戻った。勿論完全に頭から取り去ってはいないため、ちらちらと視界の隅に映る雪乃が気になりプレーに精彩が欠けた。

 そんな隼人のことはそっちのけ。雪乃達はいろはが今日は来ていないということを聞くと、マネージャー達にお礼を述べその場を去る。ここにいないとなると何処にいるのだろうかと一行は首を捻った。

 

「ゆきのん、心当たりないかな?」

「流石に私も向こうの行動を完全に把握は出来ていないから。ごめんなさい」

「あ、いや、謝ることじゃないよ! ていうかこっちこそ無茶言ってごめん」

 

 なにやってんだか、と優美子はそんな結衣を優しげな目で見る。姫菜はそんな二人を見て、どこか楽しそうに微笑んだ。

 まあ見付からないならばしょうがない。誰かが述べたその言葉に同意したのか、今日はここで解散しようということになった。また後日、一色いろはを確認し対処しなければならない。そう締めくくった。

 

「対処って何か物騒だし……」

「甘いわ由比ヶ浜さん。恋は戦争なのよ」

「殺るかヤラれるか、ってやつだね」

「てかお前らあーしのこと何だと思ってるし」

 

 三人の言葉のイントネーションは完全にいろはを見付けたら始末するノリであった。勿論するのは優美子である。姫菜にいたっては一色いろはの首が折れる音を聞く羽目になるのだろうと思っているフシさえある。

 いろはの前にまずこいつらの首へし折ってやろうか。そんなことを思いつつ指をコキコキ鳴らし始めた優美子であったが、しかしその途中で雪乃が何かに気付いたように足を止めたのでその動きを中断した。結衣も姫菜もそれに合わせるように動きを止め、そして彼女の視線を追う。

 地毛だろうか、亜麻色のセミロングの少女が、どこかあざといともいえる笑顔で一人の男子生徒と歩いていた。雪乃の表情や事前に貰っていた情報を総合すれば彼女が一色いろはであることは間違いない。現に雪乃は彼女を見て目を見開いている。

 否、違う。彼女が見ているのはいろはではない。その隣だ。見てはいけないものを見てしまったような、タイミングを間違えたオーケストラのシンバルのような、そんな気まずさを抱いているような表情で。雪乃は残りの面々にそちらを見ないよう誘導させようとした。勿論、手遅れである。

 

「あれ、って」

「あいつが一色いろはって奴? ……で、その隣にいるのは」

「……ヒッキー」

 

 三人は見てしまったのだ。彼女と並んで歩いているその男子生徒を。

 一色いろはと並んで歩く比企谷八幡を。

 

 

 

 

 

 

「うお、何だ!?」

 

 発見してからの彼女達の行動は早かった。即座に駆け出し、八幡の目の前に仁王立ちする。突如現れた三人組にびくりとした八幡は、しかし一応は見知った顔であることを認識すると少しだけ警戒心を解いた。少しだけである。優美子がいる時点で彼の警戒心がゼロになることはあり得ない。

 

「先輩の知り合いですか?」

「あ、ああ。クラスメイト、だな」

「何で今詰まったし」

 

 ずずい、と結衣が一歩前に出る。いやだって説明めんどいだろ、という彼の言葉を聞き、彼女は呆れたように溜息を吐いた。まあいいや、と一歩下がり表情を戻す。

 じゃあ次、とばかりに優美子が前に出た。八幡はその動きに合わせ思わず後ずさる。

 

「先輩、かっこ悪い」

「やかましい。俺は自分の命が惜しいんだよ」

「だからって後輩盾にしますか普通」

 

 ぷんぷん、と擬音でも出るかのような怒り方をしたいろはは、しかしすぐにその雰囲気を霧散させると優美子に問い掛けた。何か御用ですか、と。

 対する優美子はそれを挑発と受け取った。こいつやっぱり始末するかと一瞬頭によぎり、いかんいかんと首を振る。さっきのノリが自分に思いの外浸透していたことに気付きほんの少し凹んだ。

 

「一色いろは、でいいよね?」

「え? あ、はい。どこかで会ったことありました?」

 

 名前を呼ばれたことでいろはは不思議そうな顔をして首を傾げる。それがどうにも男受けを意識してそうな動きであったため、優美子の眉がピクリと上がった。

 

「一色、三浦がキレそうだからそれやめとけ」

「なんですか先輩まるでお前のことは全部分かってるよみたいなその物言い」

「自意識過剰だ。俺はお前にそこまで興味はねぇよ」

「少しは持ちましょうよ」

「どっちなんだお前」

 

 はぁ、と八幡は溜息を吐く。突如始まったそのやり取りで再度毒気が抜けたようになった一行は、そろそろ当初の目的を忘れかけるほどであった。

 そのタイミングで雪乃が合流する。三人と違い歩いてここに向かってきたため遅れたのだ。彼女はまずいろはを眺め、そしてそのまま八幡に視線を向ける。ふむ、と何かを考え込むような仕草を取り、そうした後口角を上げた。

 

「比企谷くん、デートかしら」

「何処をどう見たらそう見えるんだ」

「余程穿った目で見ない限り真っ先に出てくる単語だと思うわよ」

 

 ほら、と雪乃は二人を指し示す。八幡もいろはも、お互いが触れ合うような位置に立っている。別段狭い空間でもない場所でその状態ということは、確かにそう邪推しても仕方ないように感じられた。

 が、当然それは違う。そう言わんばかりに八幡は顔を顰め、そしていろはもいやいやいやと首を全力で横に降った。

 

「違いますよありえませんよというか先輩はもう少し目を蘇らせてからそういう場所に立ったほうがいいと思います」

「立つ予定もねぇよ」

 

 そう言いながら、八幡はだから違うと口にした。眼の前の雪乃ではなく、全員に言うようにでもなく。

 そこでどこか不満そうに頬を膨らませている結衣に向かって、そう述べた。

 

「あれ……? あ、やば」

 

 彼のその行動に何か感付いたらしく、いろはが思わず声を上げた。八幡の視線を確認すると、そこにいた結衣に向かってそうなんです違うんですと手をぶんぶんとさせる。

 

「わたしは先輩の彼女なんかじゃないですよ。友達です、ただの友達なんですよ~」

「あー。まあ、そうだな。そんな感じだ、お前らが思っているような関係はない」

 

 へら、と警戒心を薄れさせるために浮かべた笑みと共にそんなことをのたまう。そういう関係などではないと言い放つ。あくまで友達だと断言する。

 そしてそれを聞いた八幡もそれに追従した。これが他の男子生徒ならば浮気を誤魔化す方弁だのなんだのと考えたかもしれないが、生憎と彼は八幡である。こういう時に誤魔化すならばもっと相手を丸め込む弁舌をするし、違う方法で煙に巻く。逆説的に、今の言葉が真実であると証明しているのだ。

 

「え? とも、だち……?」

 

 だから、一色いろはは比企谷八幡の友人であるということを、彼が至極あっさりと認めたということに他ならないのだ。結衣にとって、時間を掛けてようやく手に入れたその名前を、いろはが当たり前のように持っているのだと言われてしまったのだ。

 

「あっちゃぁ……」

「ヒキオ……」

 

 姫菜は額を押さえ、優美子は殺意が増した。何でそうなる、と八幡は更に後ずさり、いろははそんな彼を見て呆れる。

 そして雪乃は。

 

「……さて、どう収集つけようかしら」

 

 涙目の結衣を見ながら、軟着陸出来る場所を探すため思考を巡らせていた。

 

 



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その3

今の所のこの作品内でのキャラ説明
ヒッキー:へそまがり
ガハマさん:かわいい
ゆきのん:トリックスター・マンジュシカ

あーしさん:脳筋


 屋外で正座させられている男子高校生は非常にシュールである。不幸中の幸いなのはこの空間が学校内であることであろうか。ともあれ、比企谷八幡はさながらお白洲に運ばれた罪人が如くであった。

 

「無様ね、比企谷くん」

「殴りてぇ……」

 

 ふふ、と優しく微笑む雪乃を見ながら、八幡はそんな言葉を零す。尚、彼の下に敷かれているダンボールは彼女が用意したものだ。今の態度さえ無ければ少しは感謝したのに、という彼の心の声は生憎彼女に届くはずもなし。

 ちなみに現在彼の目の前に立っているのは五名。憤懣やるかたない乙女が二人、ゴルゴンが一人、面白がっているのが二人だ。

 

「信じられないですよ。先輩のデリカシーの無さ」

「うんうん。いろはちゃんの言う通りだよ」

 

 いつの間にか向こう側で八幡を責める側に回っているいろはと、何故か仲良くなっている結衣がそんなことを述べる。どう見ても怒っていますと言わんばかりの表情なのだが、生憎と元が可愛らしいのでそこまで威圧感が湧いてこない。というよりも、横のゴルゴンのプレッシャーが凄すぎて八幡にとってはそよ風の如しである。

 

「いや、少しは俺の話を聞いてくれ」

「聞いた結果がこれじゃないんですか?」

 

 いろはが彼を見下ろすようにそう返す。確かにそうなので八幡はそこで口を噤んだ。

 ちなみに彼の話を聞いた結果がこれ、という経緯であるが。単純に八幡がいろはのことをこう弁明しただけである。

 友達ってのは言葉の綾だ。別に俺自身はこいつを友達と思っていないし、むしろ知り合いっていうのも怪しいまである。

 

「何であれで納得すると思ったの……?」

「いや、その、だな。……ガハマは、俺に友達がいるのが気に入らなかったんだろうな、と」

「その言い方あたしがめっちゃ酷い奴みたいじゃん!」

「いやだってお前あのリアクション絶対そうだっただろ。『とも、だち……?』って絶句されれば普通は」

「そこでわたしを容赦なく切り捨てる辺り先輩は先輩ですよね~」

「ホントだし。ヒッキー人の気持ちもっと考えてよ!」

「何でお前らタッグで俺を罵倒するの!?」

 

 後ろでは姫菜が爆笑している。雪乃もそれを聞いてクスクスと微笑み、優美子ですらゴルゴンモードを解除し顔を逸らした。

 ともあれ、今現在出会った瞬間の気まずさは綺麗さっぱり霧散している。比企谷八幡という尊い犠牲をもって、女性陣はわだかまりを無くしたのだ。

 

「本当に、無様ね、比企谷くん。自分自身を犠牲にしてまで、彼女との仲を修復するなんて」

「何か俺が格好つけたみたいに仕立て上げるな。余計に惨めだろ」

「事実でしょう? でも、私はあなたのそのやり方、嫌いだわ」

「一人で話進めて一人で納得すんな。俺もお前のそういう訳分からん思考回路は嫌いだ」

 

 やれやれ、と雪乃は肩を竦める。ではそういうことにしておきましょうと述べると、視線を八幡からいろはに向けた。随分と話が脱線していたが、こちらの本来の用事は彼女にある。

 

「一色いろはさん」

「はい?」

「命に未練はないかしら」

「ありまくりですよ!? いきなり何の話ですか!?」

 

 ちらりと優美子を見る。目をパチクリとさせている彼女を見た雪乃は、任せておけとばかりに頷いた。完全に分かっていない。あるいは、分かっていてわざとやっている。

 

「そうね。その前にまず私の話をしましょう。名前はもう名乗ったけれど、改めて。奉仕部部長、雪ノ下雪乃よ」

「え? 奉仕部?」

「……? ええ。それで、今回は依頼でとある人物の恋を叶えるために邪魔者を排除しようという話になっていたのだけれど」

「いつどのタイミングでそんな話になった!」

 

 後ろから優美子のツッコミが入る。違ったかしら、と振り返り首を傾げる雪乃を見て、彼女はやっぱり相談する相手間違えていたと溜息を吐いた。

 確かに隼人に近付く他の女生徒をどうにかしなければ、というのは思っていたことでもあるし、話し合ってもいた。が、それはあくまで普通の方法、あるいは搦め手でだ。謀略的な意味であり、暴力的な意味ではない。

 

「じゃあ、今回は一色さんを始末しないのね」

「するかっ! ……海老名、お前その目はなんだし」

「いや、別に? ちょっとつまんないなぁとか思ってないよ」

「一色の前にお前の頭砕くぞ」

 

 コキリ、と指を鳴らす優美子を見て、いろはは軽く引いた。これひょっとして真面目に殺されるのではないだろうか、と一瞬だけ頭をよぎった。やられるのならば勘違いした男か、自分を嫌っている女に命令された男だろうと思っていた彼女にとって、目の前の光景は青天の霹靂である。

 

「あー、っと。三浦、一色をあまり怖がらせるな」

「あ? 何でヒキオにんなこと言われなきゃいけないし」

「いや、まあ、そうなんだけど……」

「もうちょっと頑張ってくださいよ先輩! わたしの頭砕かれちゃうんですよ!」

 

 ずずい、と正座している八幡にいろはが詰め寄る。そんなこと言われてもあいつ怖いし、と視線を逸らした彼を見て、彼女は不満げに頬を膨らませた。

 

「ほんと、先輩かっこ悪いですよね」

「俺がカッコ良かったら世界の判断基準が逆転してるぞ」

「そういうとこですよ、まったく……」

 

 ふう、と呆れたように溜息を吐いたいろはは、八幡から優美子へと視線を戻した。とりあえず理由を聞かせてくれませんか。そう言って真っ直ぐに見詰められたことで、彼女も思わず言葉に詰まる。

 何故なら、そもそも頭を砕く気など毛頭ないからだ。

 

「……つか、あんた本当に一色いろは?」

「わたしの偽物を見かけたって話はいまのとこ聞いてませんよ」

「にしては、こう、なんつーか」

 

 ううむ、と優美子が唸る。その様子を怪訝な表情で見るいろはの前に、お悩みのようだねと姫菜がしゃしゃり出てきた。さっき雪ノ下さんはぼかしたけれど、と言いながら優美子を見て、もう隠す必要もないと鼻を鳴らすのを確認し彼女は口を開く。

 

「本人の許可も出たからぶっちゃけるけど、私達は奉仕部に優美子の恋の応援を頼みに行ったの」

「まあ雪ノ下先輩の言ってた人が三浦先輩なのはもう分かってましたけど……」

「そうそう。それでね、優美子の好きな人ってのが葉山隼人くん」

「でしょうね。じゃなきゃわたしを排除とか言い出さないですし」

 

 何が言いたいんですか、といろはは姫菜を見る。見られた彼女は彼女で、分かってるくせに、と口角を上げた。その表情が気に障ったのか、いろはは少しだけ顔を顰める。

 

「中途半端に男を取っ替え引っ替えするんなら、別の人んとこ行ったら?」

「あ、言われた」

「そりゃ言うし。つか、何で海老名があーしの代弁してんだって感じだし」

 

 そうして姫菜が口を開く直前、優美子がいろはへそう言い放った。ふん、と鼻を鳴らし、彼女はいろはを睨み付ける。八幡がゴルゴンと称するその睨みを受けたいろはは少しだけ圧され、しかしすぐに持ち直すと目の前の彼女を真っ直ぐに見詰め返した。

 

「お断りします」

「何で?」

「葉山先輩は割とガチ目に狙ってますから。それに今のとこあの人に匹敵する相手もまあ――」

 

 ちらりと、本当にちらりといろはは視線を逸らした。俺置いてきぼりなんで説明くださいガハマさん、と律儀に正座したまま結衣に頼んでいる八幡を視界に入れた。

 

「うん、やっぱりいませんし」

 

 そう言って、いろはは笑顔のままゴルゴンと相対した。

 

 

 

 

 

 

「状況が状況じゃなきゃそれは願ったり叶ったりだったんだけどな」

「何が?」

 

 いい加減正座はもういいんじゃないか、と立ち上がった八幡は、痺れた足を揉みながらそう呟いた。結衣はそんな彼の言葉を聞いて首を傾げる。今の説明とその言葉がいまいち結びつかなかったのだ。

 

「いやな。一色と一緒にいたのがそれなんだ」

「何が?」

「……奉仕部に、葉山と仲良くなるいいアイデアないか相談に行きたかったんだと」

 

 全力で止めたが押し切られた。そう言って溜息を吐いた八幡を結衣はジト目で見やる。やっぱり仲が良い、そんなことを言いながら、彼女は彼へずずいと距離を詰めた。

 むに、と彼の体に彼女の突起がほんの少しだけ触れた。

 

「近い」

「さっき、いろはちゃんともこのくらいじゃなかった?」

「お前と一色だと色々違うんだよ。あいつは俺のこと完全に男として見てないから、俺も割と意識しないで済むというか――」

「……え?」

 

 ば、と思わず下がる。今の言葉を鑑みるに、いろはでは良くて自分が駄目な理由が意識するかしないかであるらしい。何に、と言われれば勿論。

 

「いや違う。そういう意味じゃない。安心しろ、引くな。勘違いのしようがないってことだ。……というか何でお前なんか意識しないといけないんだこのビッチ」

「言うに事欠いてそれ!?」

 

 思わず顔を真っ赤にして、ほんの少し照れてしまいそうになった直前までの感情を返せ。そんなことを心の中で叫びつつ、しかしそれでよかったのかもしれないと結衣は安堵した。自分でもよく分からない、向こうもきっとよく分かっていない。とりあえずは『友達』という関係なのだから、そんなよく分からない部分を気にする必要などないのだ。

 

「去年は黒髪だったのに、二年で同クラになったらギャル系に変貌してりゃ誰だってそう思うだろ」

「はぁ? 別にこれはみんなが色々やってたからそのまま付き合いでやってたら何となくしっくりきちゃっただけで、別に実際にそういう系ってわけじゃないし」

「しっくりきちゃう時点で素質あったんだろ」

「酷くない!? 大体あたしまだ処――」

「え?」

 

 ばば、と思わず自分で口を塞いだがもう遅い。眼の前の八幡は非常に気まずそうに顔を逸らしわざとらしい咳払いをしている。そういうとこだぞ、と呟いた八幡に、思わず全力でチョップを叩き込んでいた。

 

「イチャイチャは終わったかしら」

「イチャイチャとかしてないし! で、ゆきのん、どうしたの?」

「いえ、あっちをどうするのかしら、と」

 

 ほれ、と雪乃が指差す先は、ハブとマングース、ではなく優美子といろはがお互いを睨み牽制している。ジャッジなのか観客なのか、姫菜はそれを見て楽しんでいるようであった。

 うわ、とそれを見た結衣は思わず零す。あれに近寄るのは中々骨だ。そんなことを思ったが、しかし行かないわけにもいかない。悶えている八幡を助け起こすと、覚悟を決めたように向こうへ行くべく足を動かした。全力で嫌がる八幡は、雪乃も手伝い押していった。

 

「話は聞かせてもらったわ」

「そらそうだろうよ……」

 

 八幡の呟きは無視されたまま、雪乃は二人を見やる。優美子はまた碌でもないことをやりに来たなと顔を顰め、いろははまだ彼女の行動を見ていないのでどうしたのだと首を傾げる。

 そんな状態の中、雪乃はまずいろはへと声を掛けた。向こうであれに聞いたのだけれど、と八幡を指差し、言葉を紡いだ。

 

「あなたも奉仕部に依頼に来たそうね」

「へ? あ、はい。葉山先輩との仲を取り持ってもらおうかな、と」

「あん?」

 

 ギロリ、と優美子がいろはを睨む。が、耐性でも出来たのか、彼女は動じることなく受け流した。駄目ですか、と雪乃を見たままそう問い掛け、答えを待つ。

 対する雪乃は少しだけ考える素振りを見せた。まあ別に構わない、という結論をだし、いろはに向かってそう述べる。

 

「ちょっと雪ノ下さん! あーしの依頼はどうなんだし!」

「勿論受けたままよ。私は引き続き、三浦さんと葉山くんとの恋も応援するわ」

「ちょっと何言ってるか分かんないんですけど」

 

 いろはが人間広告塔と同じ名前のお笑い芸人のような言葉を呟く。その後ろでは同じようにうんうんと頷く結衣の姿もあった。姫菜は一人楽しそうに笑っており、八幡はそれとは対照的にげんなりした目で雪乃を見ている。ちなみに、目が腐っているのは通常である。

 

「奉仕部はあくまで手助けをするだけ。それが叶うかどうかは本人次第。だから、同じ願いを持った人が複数いても、何の問題もないでしょう?」

「それ世間一般で外道っていうんだぞ雪ノ下」

「存在自体が外道の比企谷くんに世間を語られるのは心外ね」

「お前俺嫌い過ぎだろ」

「別に嫌いじゃないわ」

 

 そう言って八幡に微笑んだ雪乃は、まあそんなことはどうでもいいと彼との会話を無かったことにした。いや絶対嫌いだろと目を細めた彼のことなど見ることもなく、視線を再度二人へと戻す。雪乃の行動により諍いを起こしているのが馬鹿らしくなったのか、優美子もいろはも先程までの敵意むき出しの状態から通常時に戻っていた。

 

「えっと、つまりは。どっちかに肩入れしないってことで、いいんですか?」

「ええそうよ一色さん。だから例えばあなたが三浦さんを出し抜いたとしてもそれを向こうに報告することはないし、その逆もしかり。勿論、聞かれれば答えるけれど」

「あーしの味方でもあり、敵もであるってことか」

「ええ。それが奉仕部よ。それに、個人的な意見としても、この学校なら葉山くんの隣に立つ相手はあなた達以外にいないでしょうから」

 

 そう言って雪乃は微笑む。何だかうまく丸め込まれている気がしないでもないが、そういうことならば仕方ない。そんなことを思い、二人はそこで矛を収めた。

 いいの? と姫菜は優美子に問う。先に相談したのはこっちだから、優遇してもらって然るべきだと思うんだけど。先程までのからかいを消してそう続けた彼女を、しかし優美子はゆっくりと首を横に振ることで返答とした。

 

「……正直、こいつにこれ以上深く関わると碌なことにならないような気がするし」

「お、おう……」

 

 何だか疲れたような顔で溜息混じりにそう述べる優美子を見て、姫菜は思わず彼女の肩をポンと叩いた。まあ手助け自体はしてくれるのだからありだな、と思うようにした。

 ともあれ、これでとりあえずこの場の騒動は一件落着だ。二人の恋路はまだ続くが、少なくとも今日の時点では一段落と言っても過言ではない。そんなことを考えた八幡は、思ったよりも自分の被害が少ないことを安堵しつついろはに声を掛けた。用事終わったんなら帰るぞ、と。

 

「え? ヒッキー、いろはちゃんと帰るの?」

「え? 先輩、わたしと帰りたいんですか?」

「そういう意味じゃねぇよ。サッカー部の連中にサボりバレるとまずいつってたからさっさと帰れって話だ」

「だったら最初からそう言ってくださいよ。先輩がわたしと帰りたいんじゃないかなって思っちゃったじゃないですか。もしそうだったら先輩が傷付いてストーカーになられても困るんでどうやって断るのが一番いいのか無駄に悩むところでした」

「俺がお前と一緒に帰るとか未来永劫ありえんから安心しろ」

「少しはありえることにしましょうよ」

「何でだよ」

 

 嫌そうに顔を顰めた八幡を見て笑みを浮かべたいろはは、じゃあ今日は帰りますと小さく手を上げた。追っ払うような八幡の手の動きに合わせるように手を振ると、そのまま振り向くことなく彼女は去っていく。

 そうして、八幡は一人残された。小さく息を吐くと、じゃあ俺も帰るかと踵を返す。どうせあの四人はまだ何かやっていくだろうと判断し、自分はもう必要ないと思ったのだ。

 

「あ、じゃあヒッキー、一緒に帰ろ」

「は?」

「駄目?」

「いや駄目っていうかまだお前ら用事あるだろ」

「もう続かないんじゃないかな……」

 

 ほら、と視線を向けると、雪乃も優美子も完全に解散ムードを醸し出している。何やらスマホをふるふるしているので、これからのことを考えてアドレスの交換もしているのだろう。

 だとしても、と八幡は彼女を見る。優美子達と行動していたのだから、当然その後の行動も向こうと一緒だろう。そう考え、それを口に出したが、結衣は少し考える素振りを見せた後首を横に振る。

 

「別に今日はこの後遊ぶ約束もしてないし。だから、駄目?」

「……いや、別に」

 

 苦い顔を浮かべつつも、八幡はそう言って顔を逸らした。思い切り裏の無いそういう質問は、彼にとって最も苦手とするものの一つである。やた、と喜んでいる彼女のその姿も、彼にとって非常に苦手なものの一つである。

 それでも、遠ざけないのは。突っぱねたりしないのは。

 

「俺は自転車だから、途中までだぞ」

「分かってるし。あ、じゃあどうせなら乗せてくれたり」

「嫌に決まってるだろ」

「むぅ……」

 

 八幡にとっても、案外心地いいものなのかもしれない。本人は気付いていないか、気付かないふりをしているか。それは、彼のみぞ知る。

 

 

 

 

「優美子も上手く行ったら隼人くんとあんな感じでいく?」

「あれはユイとヒキオだから成立するっしょ。あーしは無理」

「……やっぱり今のところは由比ヶ浜さんかしらね」

「でも案外あの一色いろはちゃんもヒキタニくん推してない?」

「それあーしも思った。あいつ二股かよって」

「見た目の割にそういう部分はしっかりしていそうだったら、葉山くん狙いなのは間違いないでしょうけど……微妙なところね」

「あんな二股ビッチにあーしが負けるわけないし」

「私はいっそ隼人くんとヒキタニくんがくっついてもいいんだけどなぁ」

 

 尚、残った三人はそんな二人を見送りながら好き勝手なことを言っていた模様。

 

 



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遊戯ユー・ゲット その1

材木座の扱いはこれでも大丈夫なんでしょうかね……


「時に八幡」

「あ?」

 

 体育の時間。別段気にせず余り物になった八幡と同じく余り物になっている少年が、ストレッチをしながらそんなことを話していた。少年の巨体を押しながら、八幡は何だ材木座、とやる気なさげに言葉を返す。

 

「いや、実は少々助力を仰ぎたくてな」

「嫌だ」

「即答!? いや話だけでも聞いてよハチえもーん」

「気色悪い声を出すな。聞きたくねぇんだよ、察しろ」

 

 つい先日も感想が欲しいと限定公開にしている投稿サイトの小説を押し付けてきたばかりだ。八幡と、教室で見ていたために発見された結衣、姫菜、優美子の三人によりボロクソに言われたのは記憶に新しい。修正の結果ついにチラシの裏にて通常公開し、感想を一件ほどもらえるようになったらしいという追加報告も受けていた。

 そんなこともあり、八幡にとって彼の、材木座義輝の頼み事は絶対に面倒だと断言出来る事態であった。

 

「ふ、だが我は話すぞ。この問題は自分一人ではどうにもならないことだからな!」

「威張って言うな」

 

 はぁ、と八幡が溜息を吐く。どのみち授業が終わるまで彼とは一緒に行動するのだ、一方的に話すとしても嫌でも聞こえてくる。耳をふさいで授業を受けるわけにもいかず、そしてそんなことをしては無駄に目立ってしまう。つまりは逃げ道がない、ということだ。

 

「んで、何だ」

「おお、聞いてくれるか八幡。やはり我のオーラは万人を、は無理だから八幡を魅了してしまうのだな」

「お前三回くらい死んだほうがいいぞ」

「辛辣ぅ! けどそれもお主の優しさだって我は知っているから平気」

「で?」

「うむ。実はな」

 

 時間ないからとっと話せ。そんな視線を受けた義輝は、話せば長くなるのだがという前置きをして言葉を紡いだ。ゲーセン仲間と自身の書いている小説について語っていたらその中の一人に酷評されたのでSNSで複数アカウントを用いて煽って炎上させた結果勝負することになった。そう言って頭を振った。まるで自分が被害者だと言わんばかりに肩を竦めた。

 

「……そうか、頑張れ」

「助けてよハチえもーん!」

「自業自得じゃねぇか。ボロクソに叩きのめされてくりゃいいだろ」

「そんなことになったら二度と立ち上がれないじゃないか!」

「大丈夫だ。三浦と海老名さんの感想にも耐えたお前なら、きっと」

「いやあの二人案外普通に感想くれたし……」

 

 それはどうでもいい、と義輝は立ち上がる。ストレッチのポジションを交代しながら、問題は今回の勝負だと言い放った。

 勿論八幡の答えは先程と変わらない。別に勝負で勝とうが負けようが死ぬわけでもなし。精々自分のやったことを反省するくらいで済むだろう。正直他人事なので彼にとってはその程度の感想しか出てこない。

 

「だからそれがまずいのだ。何とかして勝負をなかったことにするか、あるいは我の『環境適応力(フィールド・パワーソース)』の発揮される場所で戦う方法を考えたい」

「お前の得意ジャンルゲームだろ。そこで勝てないなら勝ち目ねぇよ」

「ぐっ……。くそう、これだから人生エンジョイ勢は……!」

「人を勝手に謎のカテゴリに入れるな」

「女子とキャッキャウフフしてる時点でリア充の仲間入りだ。この八幡!」

「人の名前を罵倒の用語にするな」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、これ以上聞いていても無駄だと判断し残り全てを聞き流すことに決めた。見捨てないで八幡、と別れを切り出された彼氏彼女のようなことを言ってきたので徹底的に無視をした。

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

 

 そして授業が終わり、義輝とは別クラスのために別れる。そのまま昼休みまで平和に過ごした八幡は、既に彼のことなど完全に記憶から追い出して昼飯のために購買へと足を進めていた。

 そうした結果、ドラクエのように後ろをついてくる材木座義輝の出来上がりである。後ろを振り向くと負けな気がしたので、八幡は決して彼を見ようとはしなかった。

 とはいえ、このまま教室に戻ると場合によっては自爆特攻により八幡にもダメージを与えてくる可能性がある。溜息を一つ吐くと、彼はそのまま購買近くのテニスコートの見える自称ベストプレイスまで移動を始めた。勿論義輝はついてくる。

 

「おい材木座」

「何だ八幡」

「ちょっと溶鉱炉にでも飛び込んでくれ」

「アイル・ビー・バックしろと!?」

「いや、そのまま戻ってくんな」

 

 パンの袋を開け、齧り付きながら八幡はそんなことを述べる。ふんすふんすと鼻息を荒くした義輝は、そんな彼の横に座り同じように昼食を始めた。去らない、ということは当然体育の時間の話の続きをする気なのだろう。それが分かっているからこそ、八幡も何も言うことはなかった。勿論何か言ってきても聞かない方向である。

 

「いいじゃないか助けてよハチえもーん!」

「うぜぇ……」

「いやちょっと心底嫌そうに吐き捨てると我もちょっと心に来るんで」

「俺に言われてもどうにも出来んことを延々と言われればこうなるっつの」

 

 そもそもの発端が自業自得である。八幡としても控えめに言っているだけで、抑えなければうるせえ死ねの一言を発してもおかしくない。ちなみに既に発しているので控えめなどという状態は存在していなかった。

 それは義輝も分かっている。が、それでも彼は八幡に縋るしかない。何故なら彼にとって八幡とは。

 

「友達だろ?」

「違うぞ」

「拒絶!? もぅマジ無理……リスカしょ」

 

 どこからか取り出した日本刀のペーパーナイフを鞘から抜き放つと、彼はゆっくりと手首、ではなく腹に押し当てる。言葉とは裏腹にポーズは切腹であった。勿論切れるはずもない。

 当然ながらはいはいと流した八幡は、食べ終わったパンの袋をくしゃりと潰すとMAXコーヒーに手を伸ばした。付き合ってられんと呟いた。

 

「はい」

「ん。……ん?」

 

 手渡されたそれを開封し一口二口。そうした後、隣に誰かがいることにようやく気が付いた。弾かれるようにそちらを向くと、どこか楽しそうにこちらを見ている結衣の姿が。

 

「何やってんのガハマ」

「ヒッキーが何か面白そうなことやってたから、見に来たんだけど」

 

 ちらりと義輝を見る。突如現れた見た目ギャルにビクリと肩を震わせ、以前感想をくれた三人娘の一人だということを確認するとほんの僅かにだが警戒を解いた。

 

「また中二に頼まれごと?」

「別に頼まれてもいないがな」

「頼んだよ!? 超頼んだよ!?」

「って言ってるけど」

「その願いは俺の力を超えている」

「頑張ってよ神龍!」

 

 義輝の言葉を無視し、そういうわけだと八幡は結衣に述べた。何がそういうわけなのかさっぱり分からない彼女はこてんと首を傾げ、まあとりあえず出来ないのだということだけを理解した。

 でも、そんなに難しいことなのだろうか。そう思った結衣はそれを口にする。あ、バカ、という八幡の言葉に被せるように、義輝はよくぞ聞いてくれたと勢いよく立ち上がった。ちなみに視線は彼女に向けていない。

 そうして彼が語った事の経緯と願いを聞いた結衣は、目をパチクリとさせて口をぽかんとあけていた。見ようによってはエロいな、という八幡の感想は脇に置き、分かったかと問われ彼女はコクリと頷く。

 

「無理じゃん」

「だろ?」

「見捨てられた!?」

「だって中二の勝てそうなのがゲームで、でも向こうの方が強いんでしょ? どうしようもなくない?」

「ああ、そうだ。ガハマですら分かるシンプルな答えだ」

「酷くない!? それ絶対あたし馬鹿にしてるよね!?」

 

 うがぁ、と叫ぶ結衣を尻目に、そういうわけだから諦めろと八幡は義輝に言い放った。ダブルでダメ出しされたことで、彼もようやく一旦引き下がる。が、ここで諦められるのならば最初から義輝は相談などしていない。やはりここは最後の手段しか無いか、となどと呟きながら食べ終えたコンビニおにぎりのゴミを片付けている。

 そうしてそれらをゴミ箱にぶちこむと、彼は真っ直ぐに八幡を見た。結衣とは目を合わせられないので傍から見ていると無視しているように見えなくもない。

 

「八幡」

「嫌だ」

「まだ何も言ってないのだが……」

「碌でもないことなのは分かってるからな」

「こうなれば、敵の母艦を直接叩くっ!」

「一人で罪を償ってろよキンケドゥ」

「一人ぼっちは寂しいじゃないか!」

「うるせぇ」

 

 母艦? きんけどぅ? と首を傾げている結衣に、八幡は気にするなと言い放った。意味のないやり取りだから気にするだけ損だと続けた。むしろこいつの存在そのものを気にするのが人生の損失だと結論付けた。

 

「待て、待って、待ってくださいお願いします」

「よし教室戻るか」

「いやヒッキー。流石に捨てられた子犬みたいな中二をほっとくのも……」

「材木座がアイフル犬みたいなことしてもキモいだけだろ」

「うん」

「分かってましたけどぉ! それでももう少しお慈悲を! お慈悲をぉぉぉ!」

 

 このままだと人が来ようが気にすることなく、みっともなく泣きわめいて縋り付くぞ。そんな謎の脅迫じみた言葉を述べながら義輝は八幡を見る。さあどすると言わんばかりに、全力で、目を見開いて彼を見る。

 もう既に割と実行しかけているので、これ以上となると一体どうなるのだろうか。そんなことが頭をよぎった八幡は、ちらりと結衣を見た。自分だけならばともかく、彼女を巻き込むのは流石にまずい。嘲笑の対象にされかねない原因をこんなしょうもないことで作るわけにはいかない。

 

「材木座」

「ん?」

「話は聞いてやる。だからもう叫ぶな、な?」

「お、おう……。八幡目が怖い」

「さっきまでの行動思い出せば理由はすぐ分かるだろ」

 

 すいませんでした、と素に戻って謝る義輝を見て、八幡は面倒くさいと溜息を吐いた。結局こうなるんじゃないか、と項垂れた。

 

 

 

 

 

 

 放課後の特別棟二階。その廊下を三人は歩いていた。八幡と義輝、そして何故かついてきた結衣である。

 

「ガハマ、お前何で来てんの?」

「え? ついてきちゃマズかった?」

「いやお前がマズいんじゃないかと。だって材木座だぞ」

「おうふ、我の存在そのものが酷い扱いに」

 

 地味にダメージを受けている義輝を余所に、結衣はあははと笑った。別にそんなことは気にしないと言ってのけた。

 

「あたし、そういうの気にしないようにしたし」

「本当にいいのか? 三浦とかとつるみ辛くなったりとか」

「優美子はああ見えてそういうの寛容だよ。ていうか、その、姫菜がどっちかっていうと中二と同じタイプと言うか……」

 

 教室で堂々とBLカップリングを叫んでいた少女を思い出す。成程、確かにあれはあれで中々に酷い。社交性があるのが大きな違いではあるが、それを抜きにすれば結衣が耐性を持っていても不思議ではない。そういうことなら、と八幡は渋々ながらも頷いた。

 そんな彼を見ながら、結衣はそれに、と笑みを浮かべる。友達の手伝いはしてあげたいし、と八幡の目を真っ直ぐに見てそう続けた。

 

「え? 俺?」

「他に誰がいるし」

「いや、まあ、そうなんだが……」

 

 そう真っ直ぐに宣言されると少し恥ずかしい。そんなことを思いながら、しかし決して口にはせず。八幡は視線を逸らして頬を掻いた。

 尚、逸らした視線の先には材木座義輝がシラけた目で彼を見ているという光景が広がっている。

 

「リア充爆発しろ」

「人を勝手にカテゴライズするな。俺達が必要ないなら帰るぞ」

「あ、待って嘘です嘘です」

「ぷっ」

「おい何笑ってんだガハマ」

「昼も思ったけど、仲良いなって。男同士の友達ってやっぱ違うね」

「まあ確かに? 我と八幡は同士だから? 相棒だし?」

 

 突如のその会話に若干乗り切れない義輝であったが、しかしそこは全力で肯定する。胸を張り、どこか誇らしげに宣言しながらバンバンと八幡の肩を叩いた。勿論八幡はそれをはねのけた。

 

「てかガハマ。お前俺に友達がいてもいいのか?」

「どういう意味だし。何でヒッキーあたしをちょくちょく酷い奴扱いにするわけ?」

「一色の時を思い出せ」

「あれは、女の子の友達っていうのに驚いただけで……」

 

 それに、いろはちゃんと距離近かったし。という言葉は蚊の鳴くような声であったために誰にも聞こえなかった。ともあれ、八幡は結局同じようなものだろうと肩を竦め視線を彼女から義輝に向ける。

 

「そもそも、俺はこいつと友達になった覚えはない」

「拒絶!? あ、これ今日二回目だ」

「精々良くて知り合いだ。水嶋ヒロも言っていただろ、友情とは、心の友が青くさいと書くってな」

「何一つ関係なくてワロタ……ワロタ。――否! お主と我は友情を超えた宿命で繋がった同士! 相棒に他ならぬ!」

「なった覚えもないし繋がってもいねえよ。現実見ろ剣豪将軍」

「やっぱり友達じゃん」

 

 ほんと捻くれてるよね、と笑う結衣を見た八幡は思わず顔を逸らした。いいから行くぞ、と何かを誤魔化すように一人ずんずんと足を動かす。

 そんなことをやっていたので、二人がついてこないことに気付くのが少し遅れた。振り返ると離れた場所、準備室程度の大きさの教室の入り口で立ち止まっているのが見える。どうやら目的地はそこだったらしい。

 

「おかえり」

「……おう」

 

 結衣の言葉に八幡はそっぽを向く事で返答とした。そうして見えた先には、ドアにこの教室が何の部活かを示す張り紙がされている。

 『遊戯部』。それが八幡達の向かっていた場所であり、義輝の勝負の相手がいる場所。

 

「よし、では行くぞ八幡」

「俺達は付き添いだぞ。行くのはあくまでお前だからな」

「またまた、そんなこと言っちゃって。相棒、共に行こうぞ」

「……」

 

 がらり、と八幡は無言でドアを開けた。結衣とアイコンタクトを交わすと、素早く義輝の背中に周りその背中を突き飛ばす。

 

「お、おぉぉぉぉ!?」

 

 ずしゃぁ、と効果音が聞こえてくるほどの見事さで、義輝は遊戯部の部室へとヘッドスライディングをしていった。幸いなのは射線上に何も存在していなかったことであろう。部室へのダメージは最小限に抑えられたようである。

 

「先制攻撃は成功だな」

「……ついノリでやっちゃったけど、これ大丈夫なやつ?」

 

 倒れたままピクリとも動かない義輝を見ながら、二人はそんなことを口にした。

 

 



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その2

ゲーム部分を詳しくやる気はなかったのでものっそいざっくり


「ユーギ部、って……これ何?」

 

 倒れて動かない義輝を見ながら部室へと入った二人であったが、そこに積まれている多数の箱を見て結衣が目をパチクリとさせていた。事情を聞いていた際のイメージとしてゲームのある部活というものを想像していたのだろう。

 

「いや、これもゲームだぞ」

「ゲームってテレビに繋いだり携帯ゲームだったりスマホゲームだったりとかじゃないの?」

「こいつらはアナログゲームってやつだ。ボードゲームとかカードゲームとかその辺」

 

 そう言いながら八幡は手近にあった箱を手に取る。薔薇と髑髏の意匠のあるその箱を見て、これ見たことあるなと呟いた。ちなみに箱に書かれているのは日本語ではない。

 

「え? ヒッキー詳しいの?」

「いや。暇潰しに見てた動画でアナログゲーム実況してたんだよ」

「ユーチューバーみたいなの?」

「まあ、そんな感じか」

 

 そんな会話をした辺りで、こちらを伺っていた二人組が何の用ですかと声を掛けてきた。突如現れ人間魚雷をかました連中である、警戒して当然だ。そりゃそうだろうと納得した八幡は、しかしここで何を言うべきか少し迷った。

 

「まあ待て、俺達は争いに来た」

「いやそうなんだけどそれ言っちゃダメなやつ!?」

 

 ざわ、と二人組に緊張が走る。この状況で争いに来たと言われればどう考えてもその方向が思い浮かぶ。思わず身構え、視線で何か武器になるようなものを探していた。

 それを見て八幡は口角を上げる。先制攻撃は成功している。そう判断し、彼はもう一度まあ待てと二人に述べた。争いに来たとはいっても、武力行使に来たわけではないと言葉を紡いだ。

 

「どういう、意味ですか?」

 

 視線を彷徨わせていた際に八幡達が上級生だということを知ったのだろう、二人組の眼鏡の方がそんなことを問い掛ける。ちなみに両方眼鏡である。丸い眼鏡と四角い眼鏡の違いはある。

 

「それに答える前にだ。そこに倒れてる奴と勝負するって話らしいんだが、本当か?」

「へ? ……あ、剣豪将軍」

 

 視線を床に落とした四角眼鏡が倒れている義輝を見てそんなことを呟いた。剣豪将軍で通ってるのかよ、と思わず眉を顰めた八幡であったが、その反応を見る限り真実ではあるらしいと息を吐いた。

 それで、と四角眼鏡を見る。大体察したのか、お疲れ様ですと彼は八幡に頭を下げた。

 

「んで、勝負するのはどっちなんだ?」

「あ、俺です。一年の秦野です。こっちは相模」

「ども」

 

 ぺこり、と頭を下げられたので、八幡も結衣も流れで自己紹介をしてしまう。比企谷八幡だ、と彼は述べ、由比ヶ浜結衣ですと彼女は述べた。

 そうすると、相模がなんとも妙な反応を示した。え、由比ヶ浜? と結衣を見て顔を顰める。

 

「え? あたし何かやった?」

「あ、いや、そうじゃなくて……。その、姉がいつも迷惑かけててすいません」

「姉? ……あ! ひょっとしてさがみんの弟くん!?」

「さがみん?」

 

 なんのこっちゃと首を傾げていた八幡であったが、彼の顔と相模という名前で何となく察した。そういえばクラスに同じ名前の女子がいた気がする、と。優美子がパワータイプ過ぎて霞んでいるが、彼女もそこそこ所謂パリピ系統であった。

 

「姉とタイプ違い過ぎないか?」

「身内の恥です」

「言い切りやがったよこいつ……」

「いや、さがみんもいいとこあるよ! こう、色々前に出てくるとか」

「あれはでしゃばりたいだけです。で、途中で逃げる」

「……」

「おいガハマ反論してやれ」

「……まあ、優美子がね、あんまり好きくないみたいだから、うん」

「お、おう」

 

 話を聞く限り、基本脳筋で真っ直ぐな優美子とは相性が悪いのだろう。そうなるとその親友の結衣と特別仲が良くなる理由が見当たらない。じゃあ何故彼が結衣の名前を知っていたのかといえば。迷惑かけてすいませんという言葉がきっと全てを物語っているのだろう。

 クラスの友人関係をこれ以上深く追求しても仕方ないと思考を切り上げた八幡は、話を戻していいだろうかと皆に述べた。相模もこの話題を続ける気はないようで、はいと頷き視線を秦野に向ける。

 

「それはいいですけど。剣豪さん生きてます?」

「そういえばさっきから動いてないな。死んだか?」

 

 もしそうならば負けることもないから一応願いは叶えたことになるな。そう結論付け八幡は邪魔したなと帰ろうとした。勿論結衣に止められた。置いて帰るのは駄目だから、と割と真面目な顔で言われ、はいすいませんと頭を下げた。

 

「じゃあ材木座の死体を処理して」

「いや我生きてるから。この生命、この肉体、斯様なことで滅びるほど脆弱ではない!」

「だったらさっさと起きろよ」

「……何か、起き上がれないタイミングだったんで」

 

 どこかバツの悪そうに頬を掻きながら義輝が起き上がる。パンパンと服についた埃を払うと、高笑いを上げながら秦野をビシリと指差した。一年坊に先輩としてお灸をすえてやると意気込んだ。

 

「分かりました。じゃあ早速やりましょうか」

「え? 今ここで?」

「この部屋基本アナログゲーばっかですけど、ちゃんとそれ用のも置いてありますから」

 

 ほれ、と指差した先にはモニターとゲーム機、アーケードスティックが設置してある。それを見た義輝は二・三度目を瞬かせ、そして縋るように八幡を見た。部屋の状況を見て、こうなる可能性を排除していたらしい。

 対する八幡、諦めろと言わんばかりに鼻で笑った。完全なる自業自得なので、もうこれ以上助ける理由がないと判断したのだ。後は義輝がボコボコにされるのをつまみにMAXコーヒーでも飲もうかなどと考えている。

 

「ヒッキー。どうするの?」

「材木座がボコされるのを見て笑う」

「八幡!?」

「いやもうこれどうしようもないだろ。さらば材木座」

 

 しゅた、と軽く右手を上げる。溺れる際に伸ばした手を叩かれた義輝は、どこか絶望した表情で八幡を眺め、そして秦野を見た。これはもう勝負するまでもないであろう、そんなことを彼に思わせるほどの表情であった。

 流石にかわいそうかもしれない。その光景を見た結衣はそんなことを考えてしまった。くい、と八幡の服を引っ張ると、何だと視線を向けた彼に向かいどうにか出来ないかなと問い掛ける。

 

「つってもなぁ。徹頭徹尾あいつの自業自得だしな」

「うん、まあ、そうだね……」

 

 そこはどう頑張っても反論出来ない。そして、八幡も別に義輝が嫌いだからとかそういう感情でその結論を出しているわけでもない。むしろ気安い関係だからこその答えとも言えるそれを感じ取った結衣は、じゃあしょうがないかと頬を掻いた。

 ドナドナされていく義輝を見送りながら、二人は遊戯部に積まれているボードゲームを適当に眺める。壊さないでくださいね、という相模の言葉に、分かってるよと八幡は返した。

 

「待って! 見捨てないで! せめて起死回生の逆転の発想を!」

「諦めろ材木座。そもそも土台無理な話だった」

「相模くん、これってどんなゲーム?」

「ああ、それはですね」

「くっ……我は完全なる孤高の存在に成り果てたか……」

「もう始めていいっすか剣豪さん」

 

 ゲームを始める前からゲームオーバーという中々奇異な状況に陥った義輝は、しかし何とかして事態を好転させようと辺りを見渡した。彼の視界に映るのは積んであるアナログゲーム、まだ起動していないテレビゲーム、それらを見ながら和気藹々としている八幡と結衣。

 そして、開いた扉の外からこちらを眺めている雪ノ下雪乃。

 

「誰っ!?」

『え?』

 

 義輝の叫びに思わず全員が彼の視線の先を見る。一斉に顔を向けられたことで一瞬だけビクリとした雪乃は、しかしすぐさま体勢を立て直すとその美しい黒髪をばさりとなびかせた。

 

「話は聞かせてもらったわ」

「いや絶対聞いてないだろ」

「大丈夫、奉仕部は哀れな子羊に救いの手を差し伸べるのだから」

 

 八幡のツッコミを無視しながら、ゆっくりと雪乃が遊戯部の部室へと歩いてくる。絶望の中で女神を見付けたような顔をした義輝は、そんな彼女が近付いてくるのを見て思わず拝んだ。

 が、八幡は知っている。これは絶対に話がこじれるパターンだと。その善意で舗装された道の行き先は、彼の望んでいるグッドエンドではないことを。

 

「ガハマ」

「ん?」

「逃げる準備は出来てるか?」

「いや、もう遅いんじゃないかな……」

 

 

 

 

 

 

 義輝だけが大変な目に遭う、という状況が一変した。そういう意味では雪乃は彼にとって救世主であっただろう。

 問題は、八幡も一緒に大変な目に遭うという状況に変わっただけだということだ。

 

「おい雪ノ下」

「あら、どうしたの比企谷くん」

「何でこんなことになってんだ」

「材木座くんに勝ち目が欲しい、というのが今回の依頼よね?」

「『絶対勝てない』から『勝てるかもしれない』に舞台を変えたんで後は頑張れってか」

「ええ。あくまで道を示すのが奉仕部だもの」

 

 くすりと微笑んだ雪乃は、そういうわけだから後は頑張りなさいと言い放った。テーブルに広げられているそれらを眺め、満足そうに頷いた。

 八幡はちらりとそれを見る。開かれていないカードゲームの袋が数個、彼の目の前に置いてあった。横にはご丁寧に開封用のハサミも用意されている。

 

「えっと、ゆきのん。これ、どういう状況?」

「テレビゲームでは材木座くんは勝てないのでしょう? ならば違うゲームにすればいい」

「それは何となく分かるんだけど」

 

 何をしようとしているのかは分からない。そう言って首を傾げた結衣を見て、確かにそうねと雪乃は頷いた。とりあえずは簡単に説明しようかしらと言葉を続け、机の上のカードゲームの袋を指差す。

 

「あれはトレーディングカードゲームというものよ」

「あ、何だっけ。俺のターン! とかいうやつ?」

「ええ、まあそんな認識で構わないわ。今から彼らがやるのは、それの少し変則的なルールのものよ」

 

 完全に観客と化している二人を尻目に、八幡はその腐った目で並んでいるパックを吟味していた。開けなければ中身は分からない、しかし開けるわけにはいかない。長考の結果真ん中のパックを選んだ八幡は、ほれと残りを義輝に渡した。

 

「では我はこれだ。征くぞ八幡、我が相棒よ!」

「帰りてぇ……」

 

 何かすいません、と謝る相模にお前も被害者だから気にするなと返した八幡は、同じくパックを選んだ秦野を見やる。四人の目の前には自身が選んだ未開封のカードゲームのパックが一つずつ。

 

「じゃあ始めましょうか」

 

 秦野がパックを開封する。宣伝用のカードを抜き取ると、予め用意してあった数枚のカードと混ぜ中身を見ずにそれらをシャッフルし始めた。相模もそれに続き、八幡や義輝も同様に開封する。そうしてそのカードが何なのか分からないままカードゲームのデッキらしきものが出来上がる。

 

「なあ材木座」

「何だ相棒」

「これ、勝ち目あんのか?」

「愚問だな、八幡。パックウォーズに必要なのは運。後はオマケだ」

「大前提としてゲームのルールぐらいは知ってないと駄目だろ……」

 

 八幡は対戦相手もいないのに買い続けているので大丈夫だが、義輝はどうなのだろうか。そんなことを思いながらの一言であったのだが、彼は意外にも任せておけと言わんばかりに口角を上げた。こう見えてやりこんでいるぞ。そう述べ、真っ直ぐに相手を見た。

 

「意外とゲーセン仲間ってこういうのやったりするんですよ」

「然り。まあそんなわけでこれならば奴と互角、のような気がするのだ」

「成程な。……マジかよ、俺より恵まれてんじゃねぇか」

「あ、ヒッキー。じゃあ、もし良かったらあたしに今度教えてくれないかなーって」

「んあ? あ、ああ。いいけど」

「やた。じゃあ今度の土曜に――」

「なあ相模。俺は何を見せられてんだこれ……クソが」

「由比ヶ浜先輩、男の趣味悪いなぁ」

 

 ぱたぱたと八幡のもとへ来てそんな会話を繰り広げる結衣を見て、秦野がやさぐれたような言葉を呟く。それを見て相模は苦笑しながら肩を竦めた。義輝はスルーを決め込んだ。

 さて、お喋りはその辺にしましょうか。パンパンと手を叩き意識を再度カードゲームの方に向けさせた雪乃の一言により、四人は表情を引き締めた。何だかんだで久々のカードゲームということもあり、八幡もノリノリらしい。

 

「ふ、では我から行かせてもらおう! まずは――」

 

 デッキからカードを引く。その瞬間ピシリと表情が固まった義輝は、机と自身の手札を眺め、そしてデッキを見てもう一度手札を見た。

 ターンエンド。静かに、そして棒読みでそう宣言した彼を見て、八幡はああこれはもう駄目かもしれないと一人溜息を吐いた。

 

「じゃあ俺のターンで。――マジかよ」

 

 同じように最初の手札を引いた秦野の顔が引き攣る。じっくりと手札を眺めていた彼は、結局義輝と同じようにターンエンドとだけ呟いた。

 

「ゆきのん、あれってああいうゲームなの?」

「いいえ。恐らくあの二人は絶望的に引きが悪かったのね。今回のルールは正直運の要素が多分に絡んでくるもの」

「そうなの?」

「ええ。でもそうなると、比企谷くんも危ないかしら」

 

 好き勝手述べる雪乃をジロリと睨んだ八幡は、勝手に言ってろとデッキから最初の手札を引く。成程、こんなカードが入ってるのか。そんなことを考えつつとりあえず一枚のカードを机に置いた。

 

「あ、何か出た。結構キレイな絵だね」

「そうね。あれは島カード、青のマナを出すわ」

「まな?」

「説明してもいいけれど、今度彼に教えてもらった方がいいんじゃないかしら」

「ちょっとだけお願い。何やってるか全然分からないってのも面白くないし」

「確かにそうね。じゃあ――」

 

 相模も同じようにカードを出す。そんなやり取りを見つつ、雪乃は結衣に簡単なルール説明を行っていた。へー、とよく分かっていないような返事をしたものの、そのまま進んでいく場を見て彼女はふむふむと頷いている。

 

「あ、じゃあこれヒッキー結構勝ってない?」

「というよりも、向こうの二人が壊滅的と言った方が正しいわね」

 

 秦野と義輝がドロー、ランドセット、エンドを繰り返すのを見ながら、雪乃はそんなことを呟いた。そこは触れてやるな、と八幡はほんの少しだけ同情しつつ、展開したカードで秦野をペチペチと追い詰めていく。相模もそれなりに動いていたが、劣勢を覆すには至っていない。

 

「ふ、はははは。流石は我が相棒! これぞ友情の力だ!」

「ノーガードドローゴーしてる剣豪さんが威張っても虚しいだけっすよ」

「そういう貴様もノーガードドローゴーではないか秦野!」

「何か引けば一瞬で勝負着きます。――エンド」

「ふん、口では何とでも言えるな。見ろ、我のこのシャイニングゴッドドロー! ……エンド」

「……なあ、相模」

「なんですか比企谷先輩」

「もう、止めねぇ?」

「ですね」

 

 後はお前らだけでやってろよ。そう結論付けた二人は無言でカードを片付け始めた。その横では義輝と秦野がカードを引いては無言になる謎のやり取りを続けていた。

 

 



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その3

蛇の足


「じゃあ、四つ! あたし四枚いける!」

「無理だな」

「由比ヶ浜さん、無理はしない方がいいわ」

「二人して!? いいもんいいもん、絶対成功するし」

 

 ふんす、と鼻息荒く結衣は自分のステッカーを二枚捲り薔薇を出す。そうした後、八幡と相模、そして雪乃の置いているステッカーを眺めた後八幡のそれに手を掛けた。

 

「ヒッキー二枚抜き! とりゃー!」

 

 ぺろり、と八幡の眼前のステッカー二枚をひっくり返した。そこに書かれたのは薔薇と薔薇。目をぱちくりとさせていた雪乃は、凄まじいドヤ顔の結衣から八幡へと視線を動かす。

 

「駄目企谷くん」

「俺は悪くねぇ」

「でも負けたのはあなたの所為よね?」

「お前でも結果は一緒だろ。ほれ」

 

 そう言って八幡が雪乃のステッカーをひっくり返したが、そこに記されていたのは薔薇とドクロであった。その体勢のまま動きを止めてしまった彼を呆れたように眺めると、彼女はもう一度彼の名を呼ぶ。

 

「駄目企谷くん」

「……はい、駄目企谷です」

 

 ぐうの音も出ないとはこのことであろうか。四角いタイルを裏返し大勝利、とガッツポーズをしている結衣を見ながら、八幡は盛大な溜息を吐いた。ちなみに、彼は今の所一度も勝利していない。

 

「ヒッキーこういうの苦手だっけ?」

「そんなことはないぞ。動画で結構見たからな」

「見るだけと実際にやるのは大違いですよ比企谷先輩」

「察してあげなさい相模くん。彼は孤独を極めることも出来ず中途半端に拗らせたおかげで、こういう勝負をする相手に恵まれなかっただけなの」

「なんっ……でそこまで、的確に人を傷付ける台詞が言えるんだよお前はぁ!」

「そういうところよ比企谷くん」

「あ、はい」

「え? 今のどういう流れ?」

 

 結衣からしてみれば激高した八幡が瞬時に大人しくなったようにしか見えない。首を傾げる彼女に対し、雪乃はこっそりと耳打ちした。勿論他の人に聞こえる声量で、である。

 彼はちょっと漫画の真似をしてみたかっただけなの、と。

 

「あー、ヒッキー意外とそういうのよくやるよね」

「やめろ理解を示すな拒絶されるよりダメージでかいから」

 

 うんうん、と頷く結衣を物凄く嫌そうな顔で見る八幡であったが、彼女は別段気にすることもない。いつも通りだ、と認識しているのだろう。だから雪乃もそれ以上深く話を進める様子もなく、それにしてもと盤上を眺めた。

 

「由比ヶ浜さんがこの手のゲームに強いのは意外ね」

「何か微妙にバカにされてる気がする」

「俺じゃあるまいし、雪ノ下がガハマを馬鹿にすることはそこまでないだろ」

「そこは断言してちょうだい。もしくはもう少し確率を低く」

「バカにする気満々だ!?」

 

 酷い、とショックを受けたポーズをしている結衣を尻目に、八幡はそれでどういう意味なんだと話を続けていた。別段ノリについていく気もない相模は完全に傍観者である。

 

「いえ、そのままの意味よ」

「ガハマみたいな頭じゃ弱いと思ってたってことだな」

「悪意マシマシ!?」

「頭の善し悪しじゃないわ。心の裏を読んだり、駆け引きをしたり。そういうのとは無縁な気がしていたからよ」

 

 そういう意味ではあなたが弱いのが意外、と彼女は八幡を見る。確かに強そうだったのに、という顔で彼を見る相模も合わせ、二人に見られた八幡はうるせぇと手で追い払った。

 

「それで、ガハマは何かこの手のコツとか持ってんのか?」

「ん? コツっていうか、あたしちょっと前まで周りの空気読んだりしてばっかだったから、みんながどんな風に思ってるとか何となく察するみたいな」

「同じような生活しているはずなのに何であの姉はそれが出来ない……」

「さ、さがみんはどっちかというとみんなを引っ張るタイプ、だし」

 

 目が泳いでいた。そういうところの空気を読まなくてもいいです、という相模の言葉に、結衣は申し訳なさそうに項垂れた。

 そんな光景を見ながら、八幡は頬杖をついたままの体勢でだとしても、と言葉を紡ぐ。自分の思考だけやたらと読まれている気がする、とぼやいた。

 

「そりゃあ、ヒッキーはこの中で一番感じ取りやすいし」

「マジかよ。お前どんだけ俺のこと見てんの?」

「え? んっと、ほぼ毎日?」

「…………」

「ふふ、そうなのね。ふぅん」

「うわ何か急に部室温度上がった」

「おいやめろ違うそうじゃないそんな目で俺を見るな間違いなく致命傷だから」

 

 きょとんとした表情な結衣とは逆に、八幡は雪乃と相模の視線を受け見てんじゃねぇと全力で拒絶した。何でボードゲームをやっているだけでこんな空気にならないといけないのだ。そんなことを思いながら彼はそれを全力でぶち壊そうとした。

 そうすると、こちらをじっと睨んでいる二人のゾンビに気が付く。あ、と思わず声を上げると、残りの三人も気付いたようでその二人を見た。

 

「あ、終わった?」

「投げやりぃ!」

 

 結衣の一言に義輝が崩れ落ちる。秦野はそんな彼を見て、気持は良く分かります剣豪さんと肩を叩いた。

 

「あら、随分と仲良くなったのね。勝負を通じて友情が芽生えたのかしら?」

「そういうわけじゃありませんが、何かどうでもよくはなりましたね」

 

 雪乃の言葉に秦野は溜息混じりでそうそう返した。元々ゲーセン仲間である。今回の諍いさえなければ敵対する理由もそこまでないのだ。

 とりあえず火消しはしてくださいよ、と秦野は義輝に述べる。うむ、と力強く頷いた彼は、立ち上がると腕組みをし胸を張った。

 

「これにて一件落着、問題解決、というわけだな」

「最初から何の問題も起こってなかったんだよこっちにとっちゃ」

「ふ、やはり我にしか理解らぬということか。選ばれし力を持たぬからこうなるのだ」

「ああそうかい。じゃあ次は自分だけで死ねよ」

「死ぬこと前提!?」

 

 そんな冷たいこと言わないで、と泣きつく義輝をうっとおしいとはねのけた八幡は、そろそろ帰るかと視線を結衣に向けた。終わったのならば長居する必要もない、そういう判断である。

 

「そうね。では、お騒がせしたわね遊戯部のお二人さん」

「そうだな。お前は本当に騒がせに来ただけだったな雪ノ下」

「あら、そうかしら。事態はきちんと丸く収まったでしょう?」

「あの二人がグダグダ過ぎたおかげでな」

 

 そうは言いつつ、普通に勝負が進んでも結果はそこまで変わらなかったかもしれないと八幡は少しだけ思う。義輝は絶対に負ける勝負でなければある程度は納得したであろうし、秦野も不公平な勝負に変更されたわけでもない以上そこまで不満もなかっただろうからだ。

 何だかよく分からんが、と彼は雪乃を見る。どう見ても自由人で好き勝手に動いているようにしか思えないが、彼女は彼女なりに何かしらの思惑を持って行動をしているのだろう。はぁ、と溜息を吐くと彼はそのまま遊戯部を後にした。結衣もそれに続き、雪乃、義輝も同様に外に出る。

 何がどうなって満足したのか分からないが、義輝はそのまま高笑いを上げながら帰路についた。そんな彼の巨体を眺めつつ、今日は帰ってゆっくり寝ようと八幡は心に誓った。

 

 

 

 

 

 

 そんなことがあった週の土曜。ソファーでくつろいでいた八幡は、何かを忘れていた気がするとテレビを見ながら考え込んでいた。横では妹の小町が怪訝な表情で彼を見ている。

 

「どうした小町」

「どうしたはこっちのセリフだよ。お兄ちゃん挙動不審だよ。あ、いつもか」

「そこまで常にキョドってねぇよ」

「え?」

「本気の顔だよ……」

「もー、冗談だよ冗談。兄妹だから出来るやつ」

「それも踏まえて冗談とかいうオチだろ?」

「どんだけ妹信用してないの!? そういうの小町的に超ポイント低い」

「えー……。最初に振ってきたの小町じゃん」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡を見て満足したのか、小町はそれでどうしたのと問い掛けた。彼は彼でその言葉にそれまでの空気を瞬時に霧散させ、ああ実はな、と話し始める。この辺りは兄妹だから、家族だからということなのだろう。

 

「というわけで、俺は一体何を忘れてるんだ?」

「中二病はもう卒業した方がいいよお兄ちゃん」

「いや確かにそんな感じだったが……俺本気で中二病再発したのか!?」

「そこ真剣に悩まれるとこっちとしてもコメントに困るなぁ……」

 

 はぁ、と今度は小町が溜息を吐き、どうせ何か約束でも忘れてるんじゃないのと続けた。そう言ってはみたものの、目の前にいる兄はそんな約束を取り付けるほど親しい相手に該当者がいない。少なくとも小町の中で選択肢は一つだ。

 

「かおりさん?」

「ん? いや、あのクソ野郎と約束なんざこれっぽっちもしてない。というかあいつと知り合ってから約束した覚えがない」

「流石はお兄ちゃん、ブタ野郎だね」

「そんな嫌なさすおにはやめろ」

 

 ぼやく八幡を尻目に、だったら他に、と小町は考える。高校で出来た友人というのがもしいたのならばその可能性もあるが、今の所そんな話を聞いた覚えがない。というかいたらGWに何かしらコンタクトがあったはずである。そう結論付け彼女は別の方向を模索した。友人と上手く都合がつかなかった、という可能性を排除した。

 そのタイミングでチャイムが鳴る。ピンポーンというどこか間抜けな音がリビングに鳴り響いたのを受け、小町が返事をしながら立ち上がった。宅配便かな、と呟きながら、パタパタとスリッパを響かせつつ玄関まで向かう。

 そうしてから数十秒後、猛烈な勢いで小町が走って戻ってきた。

 

「お、おに、おにおにおにおに」

「ど、どうした小町。何か言語中枢がバグってるぞ」

 

 目を見開きカタカタと震えながら上手く喋れていない小町を見て、八幡も思わず立ち上がる。一体何があった、と彼女の肩を掴み頭を撫でて落ち着かせると、彼は彼女の言葉を待つ。

 

「お、お兄ちゃんに、お客さんが」

「俺に客?」

 

 この慌てようで自分に客となると、ひょっとして警察でも来たのだろうか。そんなことを考えながらリビングを出て玄関に顔を向けた八幡は、そこに立っていた人物を見て思わず動きを止めた。

 

「あ、ヒッキー。やっはろー」

「……やっはろぉ」

 

 笑顔で挨拶をする由比ヶ浜結衣を見て、八幡は錆びついたロボットのような動きでそんな挨拶を返した。そのままギリギリと首を動かすと、小町が信じられないようなものを見る目で兄を眺めているのが視界に映る。

 

「お兄ちゃん」

「お、おう」

「どういう、状況?」

「俺が聞きた――あ」

 

 思い出した。何か忘れている、という先程までのモヤモヤがこの瞬間に晴れ渡った。

 じゃあ今度の土曜に、ヒッキーの家で。この間の遊戯部でそう約束をしたのを、ここに至ってようやく思い出したのだ。

 

 

 

 

 

 

「先程は大変失礼をいたしました。わたくし、比企谷八幡の妹で、比企谷小町ともうします」

「え、あ、はい。ご丁寧にどうも?」

「おい小町。ガハマ困ってんじゃねぇか。落ち着け」

「ガハマ!? え? 何お兄ちゃんあだ名呼び!? そういえば由比ヶ浜さんもヒッキーって呼んでた。……ヒッキーってどういうセンス?」

 

 来客である結衣にテンパっていた小町は、そこでふと我に返ったらしい。結衣でいいよ、という彼女の言葉に頷きながら、まさか引きこもり呼ばわりされてるのかと八幡を見やる。

 

「比企谷だからヒッキーだそうだ」

「えー。それって槙原だったらマッキーってこと?」

「槇原敬之はマッキーだろ」

「あ、そうだね。槇原敬之はマッキーだ」

 

 じゃあいいのか、と頷く小町を見てどこかデジャブを覚えた八幡であったが、まあそれはどうでもいいと脇に置いた。

 

「んで、何しに来たんだ?」

「ヒッキーと遊ぶために来たに決まってんじゃん。カードゲーム教えてくれるんでしょ?」

「だよなぁ……」

「覚えてたんなら何で聞いたし」

 

 ぶう、と頬を膨らませる結衣を見ながら、八幡は小さく溜息を吐く。あの時は何であんな約束してしまったのだろうか。そんなことを思いつつ、じゃあカード持って来ると立ち上がった。

 

「え? ヒッキーの部屋行くんじゃないの?」

「行くわけねぇだろアホか。お前どんだけ図々しいの?」

「うっ……。確かにそうかもしれないけど、リビング占拠するのも迷惑かなって」

「今日は両親出掛けてるんで大丈夫ですよ。小町もお邪魔でしたら急な用事が出来ますから」

「おい小町、変な気を回すな」

「何だかよく分からないけど、あたしはせっかくだから小町ちゃんとも仲良くなりたいな」

 

 えへへ、と笑う結衣を見て、小町は思わず目を見開く。そうした後猛烈な勢いで立ち上がりかけていた兄へと振り向いた。

 

「ちょっとお兄ちゃん。何でこんな可愛い人がお兄ちゃんみたいなへそまがりと一緒にいるの?」

「何でって……色々事情があるんだよ」

「え? 弱み握ったの?」

「そこで即その考えを出す小町にお兄ちゃんびっくりだよ」

 

 そう言いつつも、きっかけだけを考えるとあながち間違いでも無い気がして、八幡はそこで言葉を止めた。小町は小町で何となく察したのか、ふーんと意味深な笑みを浮かべると彼を立たせとっとと取りに行ってこいと追い出しにかかる。

 

「ごめんなさい、気の利かない兄で」

「ううん、そんなことないよ。ヒッキーのおかげで、あたしすっごく助かってるもん」

「へー……」

 

 マジかよ、と思わず心中で小町は叫ぶ。あの兄を持ってそんな感想を抱くような奇特な人間がまさかこの世に家族以外で複数も存在するとは。物凄く失礼なことを考えつつ、彼女は結衣との会話を続けた。

 そうした結果、小町は一つの結論を出した。いやもうこれは確定だろ、と一人頷いた。

 

「それで、お兄ちゃんとはぶっちゃけどんな関係で?」

「友達だよ。ヒッキーもそう言ってくれたし」

「……」

「あ、あれ? どうしたの小町ちゃん」

「いえ。まさかあの兄がきちんと友達だと認めている女の人がもう一人出てくるとは、と」

 

 今日はお祝いだ、と小町は一人はしゃぐ。そんな大変なことなのかな、と頬を掻く結衣に向かい、小町はそれはもう、と食い気味に返した。

 

「そういうわけですから、結衣さん。どうかうちの兄と末永く付き合ってあげてください」

「うん。任せて」

 

 笑顔でそう返事をする結衣を見て、小町はどこか満足そうに笑った。義姉ちゃん候補ゲットだぜ、と拳を握った。

 戻ってきた八幡に思考を読まれ引っ叩かれたのは言うまでもない。

 

 



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庭球テリボー その1

戸塚の話だった(過去形)


「マジかよ……」

「あはは」

「笑い事じゃねぇ……」

 

 

 

 

 今日も今日とてテニスコートを丁度眺める位置のスペースで昼食をとっていた八幡は、結衣とダラダラと無駄話をしていた。この間のアナログゲームの一件が案外気に入ったらしく、彼から教えてもらったカードゲームもそこそこ乗り気で遊んでいる。

 

「でもこれ、高いよね」

「まあな。とある番組で出演者がダーツの景品にお願いしたらパジェロより高くなるから無理だと断られたってエピソードがあるくらいだからな」

「うわぁ……」

 

 スマホで検索していたカードを眺め、結衣はそんな声を零す。もうちょっと安いカードゲームないかな、と隣に尋ねると、いくらでもあるぞと返された。

 

「まあ無理にやる必要もないしな。それこそ別のゲームをやればいい」

「ヒッキーと遊べるのがいいなぁ」

「……何か適当に考えとく」

「やた!」

 

 いえい、とはしゃぐ結衣を見ながら、こいつはほんと無駄に元気だなと八幡は苦笑する。こいつのことだからそのうち向こうの面々と遊ぶ用に、とか考えているのだろうとついでに思いつつ、彼は視線を前に向けた。

 丁度自主練を終えたらしい生徒が一人、テニスコートから出てくるところであった。

 

「あ、さいちゃん」

「やあ、由比ヶ浜さん、比企谷くん」

「練習熱心だな、戸塚」

 

 戸塚彩加、二人のクラスメイトであり、八幡にとっては一年の頃からのクラスメイトにしてこの間の調理実習を共にした班員でもある少年である。少年である。見た目は女子だが少年である。本人が割と気にしているが少年である。大事なことなので何度も言った。

 ともあれ、そんな彼は二人を見て今日も仲が良いねと微笑んだ。それを聞いて結衣は笑顔を浮かべ、八幡はどこか怪訝な表情を浮かべる。

 

「ん? それどういうことだ?」

「どういうこと、って。クラスのみんなも知ってるよ。二人がよくお昼を一緒に食べてるの」

「……何で?」

「何で、って……一緒にお昼持って教室出ていけば嫌でも分かるんじゃないかな」

 

 そして冒頭に至る。完全にポカミスをやらかしていた八幡は、これから何を言われるかどんな目で見られるかを想像し暗い顔で項垂れた。

 が、結衣はそんな彼を見て大丈夫だよと述べる。顔を上げた八幡に向かい、心配いらないと笑みを向ける。

 

「だってもうみんな知ってるんでしょ? でも別に何も言われてないじゃん」

「……そう言われてみれば、そうだな」

「そうそう。案外みんな気にしてないんだよ」

「……」

 

 気にしてないんじゃなくて慣れたからだよ。そうは思ったが彩加は口にしなかった。二人の認識が最近になって発覚したのだと考えているので、口にするのが憚られたのだ。正直最初からバレていたのだという事実は彼の胸の中に飲み込まれた。

 

「しっかしさいちゃん、練習頑張ってるね」

「それ俺が一番最初に言ったやつな」

「あはは。うん、うちのテニス部まだまだ弱いから、せめてぼくが頑張らないとって」

 

 へぇ、と八幡は彩加を見る。こんな華奢な体の割に相当なガッツを溜め込んでいるな。そんなことを考え、やはり光る奴は違うと頬を掻いた。

 

「とはいっても、やっぱり全体的に強くならないと駄目なんだけどね」

「お前以外は駄目なのか?」

「いや、正直ぼくもまだまだ。三年が次の大会でいなくなっちゃうとどうしようもないくらいには弱いかなぁ……」

 

 あはは、と笑いながら彼は肩を落とす。そんな姿を見て、結衣はどうにか出来ないかなと八幡を見た。俺に頼るなお前も考えろ、とその視線に返すと、確かにそうだと彼女は思考を回転させる。

 

「あ、ヒッキーテニス部入らない?」

「何でだよ」

「スポーツ漫画とかでよくある展開にならないかな?」

「下手な奴が途中から入って何になるんだよ。俺を排除するために一致団結、とかか?」

「そこは自分が纏めるとか言おうよ」

 

 無理なことは言わん、と堂々言い放った八幡は、そういうわけだから却下だと結衣に述べた。その時彩加が若干寂しそうな表情をしていたのに気付いたが、彼は敢えてスルーを決め込んだ。どうあろうと自分がテニス部に入ることはないし、入ったとしても二人の望むような結果は得られない。そう八幡は確信しているからだ。

 しかしそうなると別のアイデアが必要になる。うーむと考え込んだ結衣を見ながら、八幡はやれやれと肩を竦めた。

 

「悪いな戸塚。力になれそうにない」

「そんな、いいよ。むしろ真剣に考えてくれてありがとう」

 

 フル回転させ過ぎて煙でも出ていそうな結衣を二人で見やる。こういう何事にも真っ直ぐなのはこいつのいいところだよな、と八幡は一人考え、だからこそあのゴルゴンと親友なのだろうと余計なことも追加で考えた。

 

「まあ、もし何か思い付いたら――」

 

 また話す。そう言いかけた八幡の言葉は、そうだ、という彼女の言葉に掻き消された。なんぞやと隣に顔を向けると、これは完璧だと言わんばかりの表情で立ち上がった結衣の姿が。勿論彼はとてつもなく嫌な予感がした。

 

「困った時は依頼だよ! 奉仕部行こう、さいちゃん」

「奉仕部?」

「おいこらガハマ何でクラスメイトを嬉々として悪魔の巣に案内しようとしてるんだお前は」

「え? ゆきのんなら何かいいアイデア出してくれるくない?」

「くれ……ないとも言い切れないが絶対碌でもない結果になるぞ」

「むー。ヒッキーゆきのん嫌がり過ぎだし」

「お前これまでのあいつと関わった事件思い返せよ」

「全部ハッピーエンドじゃん」

「お前ん中ではな!」

 

 そう言って吠えるが、八幡の言葉を聞いても結衣はそうかなと首を傾げるばかりである。実際彼女自体はそこまで被害に遭っておらず、他の依頼人である優美子やいろはも何だかんだで実質ダメージは軽微。材木座は結局ハッピーエンドになっていた。

 つまり八幡だけがボロクソなのである。

 

「……まあつまりあれか、俺が関わらなきゃ俺にダメージは無し。だったら問題なしか」

「何かヒッキーが変なこと考えてる」

「会話の流れ的に妥当じゃないかな……」

 

 あはは、と苦笑する彩加を見ながら、じゃあとりあえず放課後だねと結衣は拳を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

「何でここに俺がいる……」

「どうしたの比企谷くん。自分の存在に疑問を持ち始めて。アイデンティティの崩壊かしら? 崩壊するような自己があったなんて驚きね」

「何でお前は息をするように俺を罵倒するんだよ」

 

 放課後の奉仕部である。俺は絶対に関わらないからな、と昼休みにお笑い芸人のお約束のようなことをのたまっていた八幡は、ものの見事にその通りと相成っていた。

 彼の目の前では結衣と彩加が依頼について話している。それらをノートにメモしながら、雪乃は八幡のボヤキに対応していたというわけだ。

 

「それで、どう? ゆきのん、何かいいアイデアないかな?」

「そうね……一番手っ取り早いのは、部員が強くなることだけれど」

 

 肉体改造が必要ね、と雪乃は呟く。なんてことのない一言であったが、八幡はそれがどうにも仮面ライダー的な意味に聞こえて思わず身震いした。

 とりあえずは目の前から、と視線を彩加に向けた雪乃は、彼を見ながら口角を上げる。その笑みはいつぞやのように営業スマイルだ。当然のことながら、やはり彼女の営業先はまちがっている。

 

「え、っと。雪ノ下さん?」

「心配しないで。奉仕部は哀れな子羊に救いの手を差し伸べるのが仕事よ」

「お前絶対子羊を羊にしてからラム肉にするよな」

「ではまず比企谷くんをぶち殺すところから始めましょうか」

「物騒だ!?」

 

 髪を靡かせながら雪乃は冗談の一切ない声色で躊躇いなくそう言い放った。当然ながら結衣のツッコミはスルーされた。

 その代わり、心配しないでと彼女は結衣に向き直る。比喩表現で本当にぶち殺すわけではないのだから。そう言って微笑むと、雪乃は彩加へと視線を戻した。

 

「あなたを強くしてあげるわ。代償は比企谷くんの命だけど」

「魔女かよ! そこは当人の命を使えよ! いやそれも駄目だな、ガハマにしとけ」

「何でだっ!?」

 

 ずずい、と結衣が八幡に迫る。不満そうに彼を睨み、ぐいぐいと距離を詰めた。

 当たり前だが当たっていた。

 

「いや、このアイデア出したのお前じゃん……」

「う。それはそうだけど」

「大丈夫。由比ヶ浜さんの命は取らないわ」

「俺の命は取るのかよ。いやさっき比喩表現って言ってたじゃねぇか」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら結衣をどかす。柔らかな感触が失われたが、これ以上それを味わうと彼の命が世間的に無くなりそうであったので自重した。そうしながら、話が進まないと雪乃を睨んだ。

 

「私は進めているつもりよ。とりあえずテニスの練習は一人では限界がある。そのためのサポートをお願いしようと思ったの」

「回りくどい」

「あなたはそういうのが好きでしょう?」

「時と場合によりけりだろ。今回はいらん」

 

 溜息をもう一度。こいつといると溜息がどんどん増えていくと八幡は心中でぼやきながら、諦めたようにその方法を問い掛けた。サポートというのは、何をしたらいい、と。

 それを聞いて笑みを浮かべた雪乃は、とりあえず明日の昼休みにしましょうと言い放つ。一体何を、と問い掛ける必要もない。勿論彩加の強化を開始するのだ。

 そうして始まったそれだが、八幡は翌日の初日で早くも後悔する羽目になった。何故か一緒に特訓をさせられる羽目になったからだ。

 

「おい、ゆきの、した……」

「どうしたの比企谷くん、目が死にそうよ。いつもだけれど」

「何で俺が一緒にやってんだよ……」

「一人でやるより競い合う相手がいた方がモチベーションが上がるわ」

 

 言いたいことは分かるが、それでこの状況は納得出来ん。そうは思ったがそれを口に出来る体力が無かったため、八幡は睨み付けることで返答とした。勿論雪乃は笑って弾いた。

 

「でもゆきのん、ヒッキー割とガチで死にそうだよ?」

「普段から運動もせず甘いものばかり摂っているからこうなるのよ」

「お前自分のこと棚に上げてねぇだろうな……」

「勿論、体力には自信がないわ」

「無いの!?」

 

 自信満々でそう宣言する雪乃に結衣は驚き、八幡はこの野郎と一歩踏み出す。だったらお前もやれ、という彼の言葉に、彼女は笑顔で首を横に振った。

 

「私が死んだら誰が戸塚くんの指導をするというの?」

「だから死ぬような特訓させんじゃねぇよ!」

「あら、誤解のないように言っておくけれど。あなた達は死なないわ、私が死ぬだけよ」

「何で自信満々なんだよお前……」

 

 もういい、と肩を落とした八幡は、息を整えた彩加と共に次は何をするのかと問い掛けた。それに満足そうに雪乃は頷くと、筋トレのメニューが書かれた紙をぴらりと掲げる。

 どらどら、とそれを覗き込んだ八幡はそのまま動きを止めた。それを見て首を傾げた結衣も同じように紙を覗き込む。

 

「昼休み終わっちゃうよゆきのん……」

「言われてみればそうね。時間を失念していたわ」

 

 紙を自分に引き寄せると、ポケットから出したペンで打ち消し線を引いていく。最低限この辺りだろう、と残った筋トレメニューを眺め、では改めてとそれを突きつけた。

 

「えっと、この辺は部活でもやってるやつだけど……これは?」

「戸塚くんは見た感じ、男子の肉体を作るより女子の肉体を作った方が手っ取り早いわ」

「ゆきのん、ちょっと何言ってるか分かんない」

「ああ、ごめんなさい。つまり、男子テニス用のトレーニングより女子テニスプレイヤーに近い体を作るトレーニングの方が的確だと思ったの」

「ははは……あんまり嬉しくない」

 

 自身の体を確認するようにぺたぺたと触れた彩加は、苦笑しながらも肩を落とした。こう見えてもちゃんと男子なんだけど。そう呟くが、それに力強く同意してくれる人間は生憎ここには一人もいない。結衣ですらあははと笑って濁した。

 

「気を落とさないで頂戴。早い話がパワーよりスピードやテクニックを鍛えようというだけなのだから」

「最初からそう言えよ」

 

 八幡の抗議は無視された。では早速始めましょうといないものとして扱われたまま再び彩加の特訓が始まる。当たり前のように八幡も参加させられた。

 覚えてろよ雪ノ下、という恨み節を満足そうに聞きながら、彼女は結衣に向き直る。とりあえずこれは定期的に続ける基礎だから、と口にして、次のステップの準備をするために動こうと述べた。

 

「そのために、由比ヶ浜さんも協力、してくれるかしら」

「えっと……」

 

 ちらりと八幡を見る。明日絶対筋肉痛だろうな、と彼の冥福を祈りつつ視線を眼の前の雪乃に戻した。巫山戯ておらず真面目なその表情を見て、彼女は首を縦に振った。由比ヶ浜結衣は優しい少女なのである。

 

「心配しなくとも、由比ヶ浜さんは戸塚くんへ球出しなどを担当してもらうから」

「あ、そういうやつなら全然おっけー」

「ありがとう由比ヶ浜さん」

 

 いつの間にか持っている雪乃のスマホでは、会話アプリが起動している。その画面には会話相手の名前もしっかりと表示されていた。

 

『……本気で言ってる?』

 

 そんなメッセージを受信したのを確認し、ええ勿論と彼女は返答する。ついでにお気に入りのパンさんスタンプも追加しておいた。そのメッセージに既読マークはすぐについたが、返答は中々来ない。そのままスルーした、というわけではないのは相手の性格上分かっているので、雪乃はその画面のまま二人の筋トレを暫し眺める。

 ぽん、と音がした。画面を見ると、相手の返答が表示されている。分かった、という言葉と、明らかに罵倒であろうスタンプ。それらを見やり、雪乃は口角を上げた。

 

「心配しなくとも、大丈夫。――由比ヶ浜さんは、ね」

 

 そう呟くと、彼女は適当なスタンプを押して会話アプリを終了させた。そこに表示されていた名前を見られないように、画面を消した。

 葉山隼人、と記されていた会話相手とのやり取りを知られないように済ませると、ああそうだと彼女は手を叩く。

 

「ついでに、他の依頼も並行しましょう」

 

 再度スマホの会話アプリを起動させると、彼女はお目当ての名前へとメッセージを送った。三浦優美子、一色いろは、と表示されているその相手に悪魔のささやきを送り届けた。

 

「これでよし。後は、葉山くんと」

 

 ちらりと目の前を見る。限界を迎えテニスコートでへばっている死んだ魚の目をした少年を眺め、それを介抱する少女を見詰め、雪乃は楽しそうに笑った。

 

「彼次第、ね」

 

 その笑みは、平塚静教諭が見ていたら非常に嫌な顔をしながらこう述べたであろうものである。呆れながら、溜息を吐きながら、それでも言い淀むことなく口にする感想である。

 姉にそっくりの、とてつもなく悪い顔をしてるぞ。

 

 



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その2

何かこのいろはす八幡混ざってない?


『なあ、これどういう状況?』

 

 ハモった。比企谷八幡と葉山隼人が全く同じ言葉を全く同じタイミングで口にした。思わず顔を見合わせ、どちらも何とも言えない表情を浮かべる。

 眼の前では至極当然と言わんばかりに二人を眺める雪乃がいた。二人とてこれが彼女の作り出したものだということは分かっている。分かっている上で疑問を口に出したのだ。

 時間は昼休み、場所はテニスコート。

 

「ゆきのん……これ、どういう集まり?」

 

 同じく状況が全く飲み込めていない結衣はそう雪乃に尋ねる。二人から彼女へ視線を向けた雪乃は、別に難しいことではないわと微笑んだ。

 

「戸塚くんの依頼に関係することよ」

「うん、それは分かる。分かるんだけど」

 

 ちらりと視線を動かす。このテニスコートにいる面々は、八幡と隼人、雪乃と結衣、依頼人である彩加。

 そして。

 

「なんですか三浦先輩、わたしの顔に何かついてます?」

「クソビッチの濃ゆい化粧がたっぷりと」

「ナチュラルメイクですよ。どこぞの女王様とか呼ばれて調子に乗ってる人と違って」

「あ? 誰が女王だし。……てかあーしそんな呼ばれ方してんの?」

「一年の間では割と。知らなかったんですか?」

「知らんし、そんなん。……女王かぁ……うわぁ、何でだし」

「見た目のせいじゃないですか? おかげでわたしも遊んでるだのクソビッチだの酷い言われようですから」

「それは間違ってなくない?」

「心外です。これでも割と心は乙女なんですよ」

「はん。二股かけようとしてるくせに」

「はぁ? ちょっとやめてくださいよそういうの。葉山先輩が信じたらどうするんですか」

「ヒキオはいいわけ?」

「先輩はどうでもいいです。信じても信じなくてもあの人態度変わりませんし」

 

 というかさっきから言葉短くないですか。そう言いながらいろははジロリと優美子を見た。対する優美子はふんと鼻を鳴らすと彼女を睨み返す。お前の相手なんぞしてられん、とその表情が述べていて、睨まれた本人も周囲の面々もそれを感じ取り各々のリアクションを取った。

 結衣が何かを言おうとしていたが、二人も雪乃へと歩いてきたことで彼女の言葉が飲み込まれる。代わりにどうしたの、と二人に述べると、優美子もいろはもどうしたもこうしたもないと彼女に返した。

 

「これ本当にあーしとこいつの依頼を進めるためなん?」

「それはわたしも思いました。何か良いように使われてる気がプンプンします」

 

 二人の言葉を聞き、結衣はああなるほどと合点がいったように手を叩いた。自分の疑問は図らずとも氷解した。どうやら優美子もいろはも雪乃に隼人を餌にされて釣られたらしい。

 うんうんと納得したように頷いている結衣を見て色々察したらしい二人は、つまりそういうことなのだと視線を雪乃へ向けた。平然と立っている彼女へ向けた。

 

「さて、では始めましょうか」

「何をだ」

 

 ゴルゴンの眼光が雪乃を襲う。が、彼女はそれを受けても石化も即死もしなかった。そんなに睨まれたら震え上がってしまうわ、と軽口まで叩いてみせた。優美子もそんなことは承知の上なのか、そこからさらに一歩前に踏み出し胸ぐらを掴む寸前まで距離を詰める。行動に移さなかったのは、隼人が見ていることを雪乃に諭されたからだ。

 

「三浦さん、私は葉山くんにテニス部の練習を手伝ってくれるよう頼んだわ。とはいえ、彼一人では大変でしょう? もう一人彼を支えてくれる人がいてくれると心強いのだけれど」

「……そういうことか。んじゃあーしが隼人手伝う」

 

 雪乃の笑みを見て、優美子も鼻を鳴らしながらそう返す。こちとらテニスならば得意分野だ。そんなことを思いながら、向こうで八幡や彩加と話している隼人を見やる。普段と違う一面を見せて、少し意識してもらう。彼女の出した結論はこれであった。

 

「わたしが手伝いますよ。元々葉山先輩とはサッカー部のエースとマネージャーの関係ですし」

 

 勿論その結論に容易に辿り着かせる気がない人物がここに一人。雪乃と優美子の間に割って入るように近付いたいろはは、二人を、特に優美子を見ながらそんなことを述べた。一年である自分が一緒にいられる時間は部活中のみ。ならばここで共通の時間を少しでも増やすことによって自分をもっと深く知ってもらう。彼女の出した結論はこれである。

 勿論双方ともに譲る気はない。むしろ排除したいくらい、否、なんとしても排除しなければならない。

 

「そういうわけですので。三浦先輩は帰っていいですよ」

「あんたみたいなのが隼人の手伝いとか出来るわけ? 言っとくけど、あーしはちゃんとテニスやれるから」

「わたしだってやりますよ。こう見えてもそこそこ運動出来るんですからね」

 

 バチバチと火花が飛ぶ。うわ、と結衣が思わず後ずさりしている中、雪乃はこれが見たかったとばかりに笑みを浮かべていた。傍からだとそう見えるというだけで、本人は二人が自分から真っ直ぐに目標へ向かって進もうとしているのだと感じ取れて喜んでいるだけである。

 何も間違っていなかった。

 

「口だけって超ダサいんだけど」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 

 ふふふ、あはは。美人と可愛いがとても魅力的な笑みを浮かべている光景のはずなのに、そこの空気はとてつもなく悪い。何かの拍子にこの空気が破裂し、血みどろの闘いが始まってもおかしくないくらいには。

 ふん、と優美子が鼻を鳴らした。そこまでいうなら、見せてもらおうか。そんなことを言いながら、彼女は顎でテニスコートを指す。いろはもその意図に気付き、分かりましたと笑みを浮かべた。

 

「なら、せっかくなのでダブルスにしましょう。本人の実力と、パートナーを活かす力。葉山くんの隣に立つための要素を両方判断出来るわ」

 

 横合いから声。雪乃がどうかしら、と二人に提案し、優美子もいろはも分かったとばかりに頷いた。

 となると必要なのはパートナーである。ある意味当事者ともいえる隼人と彩加は選べない。となると何やら面白そうなことをやっていると集まってきている野次馬か、あるいはこの場にいる知り合いのどちらかにしなければならないのだが。その選択肢となれば当然選ぶのは後者だ。迷うこともない、と優美子は雪乃、結衣、八幡を順に眺め結衣の手を取った。

 

「ちょ、優美子!?」

「あ、ダメだった?」

「いやそうじゃなくて。あたしで大丈夫?」

「何でだし。こん中ならあーしのパートナーはユイ一択じゃん」

「そ、そか……。よーし、頑張る!」

 

 おー、と拳を振り上げる結衣を見ながら、優美子はどこか優しい笑みを浮かべた。頼りにしてる、と呟くと、練習用に置いてあったラケットを取りに歩みを進める。

 そんな女子の麗しい友情を眺めていたいろはは、これは負けてられませんねと自身のパートナーを見上げた。

 

「いや、何でだよ」

「だってもう選択肢先輩しかないじゃないですか」

「何でだよ! その辺の野次馬に媚売って捕まえてこいよ」

「わたしがそんなことするような人間に見えます? 自分から男を捕まえに行くような軽い女だと思います?」

「見える。思う」

「はぁ、やっぱり先輩は実際の目だけでなく人を見る目も腐ってるんですねもう少し新鮮さを増してください期待してます」

「いやだからお前……へ?」

「期待してます」

「二回言うな、聞こえてたっつの」

 

 くすりと微笑むいろはを見て、八幡は思わず顔を逸らす。ほんの少しだけ照れくさくなったが、しかしよくよく考えると罵倒の延長線上であったことに気付きすぐさま視線を元に戻した。では行きましょう、と既に確定事項として話を進めているいろはが視界に映り、何だか無性に苛ついた。

 

「ところで先輩、テニス上手ですか?」

「そこ確認せずに俺を選んだのかよ。下手だよド下手。だからとっととパートナー解消しろ」

「じゃあ、よろしくお願いしますね」

「聞けよ」

「聞きましたよ。意外と戦力になりそうだって」

 

 違いましたか? と笑みを浮かべる彼女から視線を外した。出会った時からそうだが、どうにも八幡は彼女のペースに巻き込まれる。無理矢理振り解きたいが、上手い具合に躱される。

 決して自分からそういう方向に進んでいるわけではない、と言い聞かせ、しかし彼は諦めたようにラケットを取りに歩みを進めた。これ以上ゴネても話が進まず、結末がただただ伸びるだけ。そう判断したのだ。

 

「……まあ、向こうは女子二人、こっちは男女混合だ。戦力的にはこっちが有利だろ」

「ですよね。雪ノ下先輩と迷ったんですけど腐っても男子の先輩の方がほんのちょっとだけ有利ですよね」

「……一色、お前のそういう腹黒いところ俺は割と好きだが他の男は引くと思うぞ」

「え? 何いきなり好きとか言い出してるんですかそういうのはもう少しムードと時間と顔と懐とその他諸々と相談してから言ってくださいごめんなさい」

「訂正、お前やっぱクソ野郎だわ」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、テニスコート内でやる気満々な結衣を見ながらガリガリと頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 テニスコートに立つ男女四名。姿こそ体操着だが、元が素晴らしいおかげでそこには確かな華があった。男子一名を除いてである。当たり前の話だ。

 

「なあ一色」

「なんですか?」

「さっき俺に聞いたんだから、お前はちゃんとテニス出来るんだろうな」

「……当たり前じゃないですか」

「今の間は何だ」

 

 ジト目でいろはを見る八幡であったが、彼女はそれを見ないことにしてサーブの位置まで歩いていく。これ大丈夫じゃないな、と彼は確信を持ったが、しかしそれ自体は織り込み済みなので別段動揺することはない。

 そもそもこの勝負、八幡にとっては至極どうでもいいことなのだ。いろはが勝とうが優美子が勝とうが彼自身には何の影響もない。精々これからの練習で隼人のパートナーと外野が決まるだけだ。だから必死になって勝利をもぎ取ろうなどという気持ちはこれっぽっちも湧いてこない。

 が、目の前の結衣が真剣に勝負しようと構えているのが見えるので、ダラダラやっていたらきっと文句を言われるのだろう。そんな光景が容易に想像出来た。

 

「いきます!」

 

 不安ではあったが、八幡の予想よりも遥かにいろはのテニスの腕はマシであった。普通であった。放たれたサーブはきちんとコートに入り、結衣がそれを気合だけは物凄い勢いで打ち返す。そしてそれをいろはが普通に打ち返した。

 

「ま、こんなもんか」

 

 結衣のテニスの腕は八幡の予想通りだ。ぶっちゃけ上手くない。普通のいろはの方が優勢になるレベルである。となればある程度動ける自分が加勢すれば勝負の天秤は簡単に傾く。

 あ、といろはの声が上がる。彼女の打ち返せない位置へとボールが跳ねたのだ。足に力を込め、八幡は一気にそこへ追いつく。こう見えてそこそこ運動は出来るんだよ。そんなことを一人呟きながら、彼はその球を逆サイドへ打ち返した。

 

「うぇ!?」

 

 てててて、と走っていた結衣は全然違う方向へ打ち返されたことで思わず動きが止まる。ぐりん、と首を動かすが、その時は既にテニスコートにボールが突き刺さっているところであった。

 笛が鳴る。ポイントを取られたのだと理解した結衣は、優美子に振り返りごめんと頭を下げた。せっかく頼ってくれたのに役に立ててない、と項垂れた。

 

「何言ってんだし」

「へ?」

「ユイ、めっちゃ頑張ってたじゃん。あーしちょっと驚いてフォロー忘れちゃった。だから今のはあーしが悪い」

「優美子……」

「てわけで。ユイ、次も期待してるから」

「うん!」

 

 おい何か向こう友情深めてるぞ、と八幡はいろはに視線を向ける。同じようにそれを見ていたらしい彼女は、何かを考え込むような仕草を取っていた。ほどなくして結論を出したのか、うんうんと頷きながら可愛らしい笑みを見せる。

 

「先輩、由比ヶ浜先輩を集中的に狙いましょう」

「お前ほんと最低だな」

「先輩に言われるとそこはかとなくムカつきますね」

「何でだよ」

「言わなきゃ分かりません?」

 

 こてん、と首を傾げながらそう問われ、八幡は顔を顰めながら視線を逸らす。その発想は自分も持っていた。だから確かに非難される覚えはないという彼女の言葉はその通りなのだろう。

 はぁ、と相手コートを見る。結衣は変わらずやる気十分、そして優美子は。

 

「……おい一色」

「何ですか?」

「次サーブ受けるの三浦だよな?」

「当たり前じゃないですか」

 

 何言ってんだこいつという目で八幡を見たいろはであったが、しかし彼が思いの外真剣な顔をしていたので表情を元に戻した。何か気になることでもあったのかと尋ねると、気になるというわけではないがとどことなく濁した返事が来る。

 

「何か嫌な予感がする」

「普通なら笑って流すところですけど、先輩が言うと謎の説得力がありますね」

 

 どちらにせよ、今の自分のやれることはサーブを打つことのみ。警戒しつつも、いろはは先程と同じようにラケットを振るう。失敗することなく、ボールは相手コートへと飛んでいった。

 ワンバウンド。それに合わせるように動いていた優美子は、手にしたラケットを思い切り振り抜く。

 

「へ?」

「な――」

 

 猛烈な勢いの返球が八幡達のコートに叩き込まれた。先程までの音とは違う、テニスの中継で拾うような音がコートに鳴り響く。見事なほどの、完全なるリターンエースであった。八幡は一応目で追えたが、いろはに至ってはボールの行方がまるで分からないといった表情をしている。

 

「一色、あーし言ったよね」

 

 自分はテニスが出来る、と。そう言ってラケットを突き付けた優美子は、いろはに向かって笑顔を見せた。その笑みはさながら獄炎。燃え盛るような獰猛さを持った、ゴルゴンの笑顔である。

 

「いや、出来るってレベルじゃねぇだろ……」

「そりゃそうだよヒッキー。優美子って中学の頃女テニの県選抜だったし」

「勝てるわけねぇだろアホか!」

 

 親友を自慢気に話す結衣に向かい、八幡は全力で叫んだ。彼のやる気は急降下、一気にマイナスまで落ち込んだのは言うまでもない。

 

 



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その3

色々大丈夫かこれ?


「やってられるか。大体俺は無関係なのに無理矢理つきあわされてんだ。こんな勝負どうなろうとしったことじゃない」

「なっ……先輩、それはないんじゃないですか!?」

「事実だろ。一色、お前が強制参加させたんであって、俺は元々乗り気じゃなかった」

「……でも、先輩なら、わたしの助けになってくれるって……思って」

「人を期待するのは勝手だ。それで勝手に失望して罵倒するのもな。だから俺はそんな勝手な奴を見て勝手に見下させてもらう」

「……馬鹿……先輩の、馬鹿……」

 

 俯いているいろはの顔は周囲からは伺えない。だが、傍から見ている分には八幡の言葉で傷付いているようにも見える。被害者は彼女、加害者は彼。そういう図式になっている。

 当然のことながらコートを挟んだ対面の結衣と優美子の二人からもその表情は読めない。野次馬と同じような感想を抱いたところで誰も責めることは出来ないだろう。だから優美子が二人に声を掛けた時、殆どの人間が怒りを顕にするのだろうと思っていた。八幡に何かを言うのだろうと思っていた。

 

「仲間割れして勝負流そうとかこっすい手使ってんじゃねえし」

『あ、はい』

 

 トントンとラケットで肩を叩きながら短くそう述べたことで、八幡もいろはも姿勢を正して優美子を見る。その顔は双方ともに何とも言えない嫌そうな表情で、さながら悪戯がバレて母親に叱られている子供のごとし。

 バレバレじゃないですか、と恨みがましそうに八幡を見たいろはは、しかし彼が何でバレたと頭を掻いているのを見て目をパチクリとさせた。どうやら本人的には行けると思っていたらしい。

 

「え? 先輩ひょっとして馬鹿なんですか?」

「おい唐突な罵倒やめろ。目覚めたらどうする」

「とっくに手遅れですし大丈夫ですよ。それで、どういうことですか?」

「俺が聞きたい」

 

 視線を優美子に再度向ける。見られた優美子はふんと鼻を鳴らし、これが証拠だと言わんばかりに結衣を指差した。

 

「ユイが全然驚いてなかったし。騙すならもう少し気合い入れな」

「ちょっと先輩ダメダメじゃないですか。これでもわたし先輩が悪者にされるかもしれないってちょっと心傷んだんですよ」

「ちょっとかよ」

「実際は大分ですけどわたしのキャラに合わないので」

「だったらそこ補足するな」

 

 ぶうぶう、と八幡に文句を言ういろはにどうせモブである自分のこの程度のやらかしは秒で忘れられるから問題ないと返し、それよりもと結衣を見る。キョトンと首を傾げている彼女を見て、彼はバツの悪そうに視線を逸らした。

 

「まあ先輩案外分かりやすいですしね」

「え? そうなの?」

 

 自分では相当分かりにくい部類だと思っていたのだろう。八幡のその言葉に、知ってれば、という前提がありますけどねといろはが返した。

 

「わたしでも分かるくらいですから、結衣先輩なんか絶対バレバレですよ。あ~、やっぱり先輩の作戦に乗っかったわたしが馬鹿だったんですね」

「しみじみ言うな」

 

 それでどうする、といろはに問う。このまま試合を続けるか否か、ということなのだと理解した彼女は、ちらりと優美子を見た。ここでギブアップをすることは簡単だ。勝てる気配も見当たらないし、無駄に足掻くよりはその方がスマートでもある。

 だが、しかし。格好がつかないからといって、自分に合わないからといって。やりたいことを、目指す場所を諦めるのは果たして正しいか。そんなことをふと思い浮かべ、いろはは隣の八幡を見た。

 

「……何だよ」

「先輩、本物と偽物だったらどっちが欲しいですか?」

「は? 偽物欲しがる奴なんかただの捻くれ者かへそまがりだろ」

「だから先輩に聞いたんですけど」

「意味分かんねぇよ。いくら俺だって、本物が欲しい。たまごっちよりぎゃおッPiが欲しいとか言い出さねぇよ」

「ちょっと何言ってるか分かんないですよ」

 

 そう言ってクスクスと笑ったいろはは、ラケットを構え直して真っ直ぐに対面の相手を見た。続きをやりましょうと優美子に言い放った。

 それを聞いた優美子はほんの少しだけ目を見開き、ついで口角を上げた。先程のような加虐的なものではなく、どこか楽しそうな、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「手加減はしねーから」

「当たり前です。わたしも全力でいきますよ!」

「いや、お前さっきから全力だっただろ」

 

 やる気になっている二人の会話に、八幡のツッコミはただただ虚しく木霊するだけであった。

 

 

 

 

 

 

 結果だけ述べるのならばいろはは負けた。だが、それは一方的なものではなく、見ていた観客からすれば大健闘といえるものであった。頑張った、といろはを称える声が響くが、しかし当の本人からすれば本当の立役者は。

 

「ヒッキー、大丈夫?」

「大丈夫に見えるか?」

 

 息も絶え絶えでベンチにへたり込む。そんな八幡にスポーツドリンクを差し出しながら、結衣がちょこんと隣に座った。それに何か言うこともなく、飲み物のお礼だけを短く返し彼は一気に半分ほど流し込む。

 

「無茶したね」

「そうでもしなきゃ三浦が一色に妥協案出せねぇだろ……」

 

 向こうでは雪乃へ優美子といろはが相談をしに行っている。どのみち昼休みの時間を使った秘密特訓である。助っ人が三人でも何の問題もない。視線を向けると、二人の言葉にあなた達がそれでいいのならばと雪乃が微笑むのが遠目に見える。どうやらとりあえずこの件は纏まったらしいと結衣は小さく息を吐いた。

 

「でもヒッキーあたし狙い過ぎだし」

「お前が穴だからな」

「酷くない!?」

「ボロ負けしないようにするためだ。弱点をつくのの何が悪い」

「完全に悪者だったじゃん。何かヒッキーだけブーイング食らってた」

 

 あわあわと対応する結衣を集中的に狙っていた八幡の印象はすこぶる悪かった。戦っている優美子の方はいろはのフォローとこちらの弱点をつくという二つの仕事をこなされているのでこの野郎と思わず頬に十字模様が浮き出るレベルでもある。つまりはイメージに齟齬がない。最終的に八幡は優美子から集中砲火を食らい体力が限界を迎え力尽きた。

 

「まあ、どうせすぐに記憶から飛ぶだろ」

「かな?」

「ああ。なんせ、ほれ」

 

 視線をテニスコートに向ける。今度はシングルス、先程蚊帳の外にいた二人が、実力を確かめるためにミニゲームを行うところであった。

 葉山隼人と戸塚彩加。タイプは正反対だが、どちらも見た目は一級品の男子生徒だ。

 

「もうみんな俺なんかいたことすら忘れてる」

「あはは」

 

 それも見越したヒールっぷりだったのならば流石の一言だが、あくまで結果オーライである。むしろ雪乃に助けられたと思っている節さえある八幡は、何とも言えない表情でテニスコートの二人から審判へと視線を動かした。彼の視線に気付いたのか、こちらを見て薄く笑うのを視界に入れた八幡は、納得いかんとばかりに鼻を鳴らす。

 

「大丈夫だよ」

「あん?」

「あたしは、ヒッキーの活躍覚えてるから」

「お前をいじめたからか?」

「違うし。……ヒッキーがいろはちゃんのために頑張ってたの、目の前で見てたから」

「買い被り過ぎだ。お前を狙えば勝てそうだったから調子に乗っただけで、一色のことなんざ関係ない」

 

 吐き捨てるようなその言葉を聞いて、結衣はどこか楽しそうに微笑む。人の話聞けよ、と彼が返しても、うんうんと微笑んで頷くのみであった。

 もういい、と残っていたスポーツドリンクを飲み干した八幡を見ながら、彼女はそこで一旦空気を変えるように息を吐く。そうして、笑みを少しだけ収めて口を開いた。

 

「ねえヒッキー。あたしがいろはちゃんと同じ立場だったら、今回みたいにヒッキーは頑張ってくれたかな?」

「だから頑張ってねぇっての……」

 

 そう言いながら八幡は溜息を吐く。隣を見ることなく、彼はとりあえず質問の意味も意図もさっぱり分からんがと前置きをした。そうしながら、何でお前と葉山の恋を応援しなきゃならんと続けた。視線は一切結衣へと向けなかった。

 

「じゃあ、恋の応援とかじゃなかったら? あたしが困ってたら、助けてくれる?」

 

 その言葉には反応した。視線を横に向けると、こちらを見ていた結衣と目が合う。とっさに視線を逸らそうと思考したものの、その答えを口にするまでは動けない、とばかりに彼の体が金縛りにあっていた。彼女の瞳を覗き込んだまま、その瞳に映る自分の顔を視界に入れたまま、八幡はその口を開いた。ゆっくりと、非常に渋々だと言わんばかりに、それを言葉にして紡いだ。

 

「……まあ、友達だしな」

 

 金縛りが解けた。視線を即座に外し、顔を思い切り逸らし。その言葉で彼女がどんな表情をしたのかなどを一切確認することなく、あるいは確認することを拒否し。

 

「ありがと、ヒッキー」

 

 その言葉だけが。優しく、甘く、とろけるようなその一言だけが。彼の中に、ゆっくりと染み渡っていった。染み込んでいくような気がした。

 だから彼は知らない。結衣がトマトのように顔を真っ赤にしていたことを。そのお礼を言う前に、小声で二・三度つっかえていたことを。

 

「……何か、羨ましいですね」

「まあ、ちょっとだけ……。あ、そっちと違ってあーしはヒキオがどうとかってのは絶対無いから」

「いやそんな全力で拒否らなくても分かってますって」

 

 二人の試合も始まったので合流しようと二人の場所へ向かっていたいろはと優美子がその光景を見ていてそんな感想を述べていたことを。

 

 

 

 

 

 

 隼人と彩加の勝負は思った以上に見応えがあった。サッカー部エースなだけはあり、運動神経は抜群の隼人はそのフィジカルで攻め込む。一方の彩加は腐ってもテニス部、その攻撃をいなし相手を好きに動かさない。見ていた野次馬もそれを見てどんどんと熱狂し、そしてそれを聞きつけた生徒達が増えていく。

 

「何かすげぇ騒ぎになってるな」

「ほんとだ」

 

 テニスコートの周りにはギャラリーがひしめき合っている。隼人はその光景を見て苦笑し、彩加は少しだけ居心地の悪そうに視線を動かしていた。

 そして審判席にいる雪乃は極々平然としている。こうなることが当たり前だと言わんばかりに表情を変えていない。

 

「雪ノ下さん、また何か碌でもないこと考えてるな」

「あ、三浦先輩もそう思います?」

「思わない方がおかしいだろ」

「何でみんな悪い方に考えるし。ゆきのんはきっとさいちゃんの依頼をどうにかするために色々やってるよ」

 

 結衣の言葉を聞いて三人は彼女を見た。その顔は皆一様に、それは分かっていると目が述べている。彼ら彼女らの知る限り、雪ノ下雪乃の悪巧みはいつだって正の方向だ。除く八幡と隼人、だからだ。悪意を持って誰かを陥れて嘲笑うという方向に舵を取ることはない。除く八幡と隼人、だからだ。

 

「つっても、この状況で何をするつもりだ?」

「考えても疲れるだけだからあーしはパス」

 

 集まった観客の中に姫菜達を見付けたのか、優美子はそちらに手を振ると何かを話しに向かってしまう。とりあえず試合が終わるまではこちらは暇だろうと判断しての行動であろう。そこに反対意見はなく、だから結衣もいろはも別段何も言うことはない。

 

「ガハマ、お前は?」

「へ?」

「あっちに合流しねぇの?」

「何で?」

「いや何でって」

「うわ先輩最低」

「何で!?」

 

 こういうところは本当にダメダメだ、といろはが呆れたように溜息を吐いたが、しかし当の本人である結衣もその辺り深く考えていなかったらしい。彼女の言葉がいまいちピンとこなかったらしく、そうなのと聞き返している。

 

「……まあもうどうでもいいです。それで? 雪ノ下先輩の悪巧みが何か分かりました?」

「んー。多分さいちゃん関係だから、テニス部系だと思うんだけど」

 

 首を傾げた結衣の耳に歓声が届く。シングルスは彩加が隼人からポイントを取ったところであった。真っ直ぐ相手を見ている彩加は、普段のおどおどした姿からは想像出来ないある種の逞しさが感じられた。

 同じようにそれを目で追っていたいろはと八幡であったが、彼はふと視線をテニスコートから野次馬連中へと動かす。それぞれの顔を眺め、ああそういうことかと八幡が溜息を吐いた。

 

「雪ノ下らしい、芯の通った悪巧みなことで」

「え? ヒッキー分かったの?」

「多分な。戸塚言ってただろ、テニス部のみんながやる気になってくれたらって」

「そういえば言ってたかも。それで?」

 

 見ろ、と八幡が観客を指差す。何々、とそれを見ていた結衣であったが、しかし何も思いつかなかったらしく首を傾げた。いろはもそこは同様である。

 

「要はあれだ、海外のテレビショッピング」

「……あ、つまりあれですか。わたしたち、客寄せパンダにされたんですか?」

「お前らは自発的じゃねぇか。戸塚と葉山の試合の方が本来の想定してた客寄せパンダだろ」

「二人の試合をみんなに見せて、テニス部のアピールしたってこと?」

 

 多分な、と八幡がぼやく。結衣が最初に言っていた八幡をテニス部に入れて刺激を与える、という案を別方向に採用した形になる。もちろん雪乃はその時の会話を聞いてはいないはずだが、彼はどうにもそれすら織り込み済みであるような気がして思わず身震いした。

 

「この人数の野次馬だ、テニス部の誰かも見てるだろ。戸塚がこんだけやれるってのを見せれば、他の部員だって少しはやる気になるんじゃねぇの?」

 

 なるほど、と結衣が頷き、いろははそうそう上手くいきますかねと目を細める。そんな二人の顔を見ながら、どっちでもいいんだろうと八幡は言い放った。

 

「雪ノ下がやるのはあくまで手助け、そこからどうするかは相手次第ってスタンスだ。ここで向こうが何もやらないんだったら、それ以上は何もしないだろ」

「そんなものですか?」

「どっちみちこれで戸塚は頑張るだろうからな。依頼自体は達成だろ」

 

 息を吐き、ベンチに体重を預ける。このまま午後の授業サボってしまおうか、そんなことまで考えた。勿論八幡のそれを結衣が見逃すはずもない。

 

「優しいんだか厳しいんだかよく分からない人ですね、雪ノ下先輩って」

「ゆきのんは優しいよ」

「はんっ」

「鼻で笑った!?」

 

 いろはの問い掛けに答えた結衣を八幡が嘲笑する。もしあいつが優しいというならば、そこから弾かれている俺は何なんだよと空を見上げたまま呟いた。うわ、拗ねてる。という結衣の言葉は聞かなかったことにした。

 

「やっぱり何かやらかしてるんじゃないですか?」

「やっぱりってなんだよ」

「あ、でもそういえばゆきのん、ヒッキーのこと前から知ってるっぽかったよね?」

「ほらやっぱり」

 

 いろはの中では八幡が雪乃に何かしら酷いことをした光景が展開されている。お前冗談でもやめろよ、という彼の言葉にはいはいと流しつつ、しかし結衣の言葉は少し気になったので少し突っ込んだ。

 

「あれはただ単に色々データ持ってたってだけだろ。お前のことだって知ってたじゃねぇか」

「んー。でも、少なくともいろはちゃんの時とは違った感じがした」

「わたしですか?」

「そうそう。いろはちゃんを優美子の恋のライバルって紹介してた時はデータって感じだったけど、ヒッキーの時は何ていうか、知ってたって感じ」

 

 ならやっぱり何かあるのだろうか、といろはが考え込む。が、そんな二人を眺めていた八幡は馬鹿らしいと一笑に付した。気のせいだろうと切って捨てた。

 

「性格悪いだけだ。ただのへそまがりだろ」

「何で急に自己紹介したんですか先輩」

「お前も大概だな」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらいろはを睨む八幡を眺めつつ、結衣はふと考えた。本当に気のせいなのかと思考を巡らせた。彼女は雪乃に同じような対応をされている人物を一人知っている。雪乃の幼馴染だという話だから、それと似た対応ということは、つまり。

 八幡は雪乃の優しさから弾かれているのではなく、むしろ。

 

「ゆきのんは、ヒッキーに気安い……のかな?」

 

 自分で出した結論は納得の行くようなものではなく、どうにも確信出来ないもので。それでいて、それを口に出した時に何とも言えないモヤモヤが彼女の中に生まれた気がした。

 

 



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悪友フラグレンス その1

出しちゃった。


『ごめんなさい』

 

 黒板一杯に書かれたその一言を眺めた八幡は、現状についていけずボケっと立ち尽くすだけであった。誰が、誰に宛てたのか。それすらも分からないその巨大な断りの返事は、しかし彼には実によく刺さった。

 そう、これは謝罪ではない。断りの返事なのだ。それが分かるからこそ、八幡はそれを見て動きを止めてしまった。余り目立つことを好んでいなかった彼の、意を決した告白。その答えがこれである、そう認識してしまった。

 そのうち誰かが消すであろうと思っていたそれは、しかし予想に反し誰も何も言わずそのまま残り続ける。誰に向かっての言葉なのかが分からないから、などという理由ではない。もしこれを消しにかかったのならば、そいつがこの言葉の相手だと思われるからだ。

 だから八幡も黒板には近付かなかった。視線を上げると嫌でも目に映る断りの言葉を極力視界に入れないようチャイムを待った。そうしている内に、あれが告白の返事ではないかと誰かが言い出し、彼と書いた相手だけの秘密が教室へと拡散していく。

 ここで面と向かって告白していたら。この時の八幡が臆病ではなかったら。恐らく八幡が彼女へと告白したことが知れ渡っていたのだろう。あるいはその場で返事をもらい、そこから広まっていったかもしれない。

 だが、生憎と彼の告白はスマホ越しであった。直接、面と向かって告白はしなかった。だからこそ、相手もこうして面と向かって返事をしなかったのだろう。今でこそスマホですればいいだろうと文句の一つ二つ出てくるが、当時の彼はそんな考えなど思い浮かばず。

 ただただ、これが自分宛てであると知られないように目を逸らし。知られたらどうしようとビクビクしながら。彼はホームルームが始まり、教師に黒板の文字を消されるまで机に突っ伏したままであった。

 比企谷八幡が中学二年生の頃の、話である。

 

 

 

 

 

 

「……うぁ」

 

 目覚め悪い、と八幡はボサボサの頭を書きながらベッドから起き上がった。三年近く前の光景を夢に見た。当時告白したその相手とはどうなったのか、ということを思い出すまでもなく、彼は溜息を吐きながら着替えてリビングへと向かう。

 妹の小町がやって来た兄を見てぎょっとした顔を浮かべはしたものの、すぐに表情を戻すとおはようと声を掛けた。八幡も勿論それに挨拶を返す。

 

「どうしたのお兄ちゃん。普段より目が死んでるよ?」

「あー……。ちょっと夢見が悪くてな」

「ふーん」

 

 深くは追求しない。そんな妹の気遣いにほんの少しだけ感謝しつつ、彼はテーブルの上にある朝食を手に取った。普段はパンだが、今日はスコーン。珍しいものを見たとそれを眺め、ジャムを付けて一口齧る。

 

「で、どんな夢?」

「気遣いしたんじゃないのかよ」

「抱え込むより話した方がいいかなっていう小町的気遣い」

「ああそうかいお兄ちゃん感動で咽び泣くわ」

 

 残っていたスコーンを口に押し込み、コーヒーで流し込む。そうした後、別に面白い話じゃないからなと小町を見た。それは分かってるよ、と対面に座っている小町は優しく微笑み、ほれほれ話せと手で促す。

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は口を開いた。中学の時の夢を見ただけだ、と短く述べた。

 

「中学?」

「ああ、お前も知ってるだろ。玉砕黒板」

「お兄ちゃんの教室の黒板にでっかくお断りの返事が書かれてたってやつでしょ。知ってるよ、そりゃ。だってフラれたのお兄ちゃんだし」

「ああ。……あん時は本当に、いつバレるのかとビクビクしながら学校行ってたんだよなぁ……」

 

 いっそ噂が広まっていたとかの方が諦めがついた、そんなことを考えたりもしたほどだ。結局俗にいう七十五日、とはいかずとも、一ヶ月半ほど八幡は気の休まらない日々を過ごすのだが。

 その過程で、彼の言うクソ野郎との腐れ縁も結ばれるので、一概に悪いことでもなかったのかもしれない。勿論それは今になって思い返すからこそ出てくる言葉で、当時はそんな事考える余裕などありはしなかった。周囲の笑い声を聞けば自分のことを言っているのではないかと過剰に反応し、しかしそれを表に出せば認めてしまうと必死でそれを押し殺し。

 あの時の自分は間違いなく死んでいた。ほんの僅かの間、比企谷八幡は死んでいたのだ。

 

「思い出したらムカついてきた……」

「あはは。でも、良かったね」

「え? 小町ちゃん俺の不幸を笑う人? お兄ちゃん泣くよ?」

「違う違う。そうじゃなくて。今お兄ちゃんムカついたって言ったでしょ。思い出したくもない重い記憶じゃなくて、折り合いのついた思い出になってた」

 

 ぐ、と八幡は言葉に詰まる。そうなのだろうか、と思い返す。結果としてあの黒板の相手が誰だったのかは当事者以外には不明のまま。彼は笑いものになることなく、別段目立ちもしない一般生徒Aとして中学を卒業することが出来た。念の為にと知り合いが極力いない総武高へ進学を決めたことである程度の学力も手に入れた。

 それらに関わっていたのは、ある意味元凶であり、腐れ縁。

 

「いや、やっぱあのクソ野郎はダメだろ」

「そう?」

「よしんば今の状況がそこからだったとしても、絶対に俺はそれを認めん」

「それは当然だと思うよ」

 

 むしろそうでなければ、と小町は笑みを浮かべる。そこで過去を糧にして前に進むような性格だったのならば、それは決して比企谷八幡ではない。満足そうに頷いて、彼女は自身のスコーンをぱくついた。

 

「それ褒めてないよな」

「褒めてるよ? 小町のお兄ちゃんは昔から変わらないって。塾の知り合いのお姉ちゃんとかは高校で随分変わったって言ってたし」

「ふーん」

「バイト始めたらしいんだけど、どんなバイトしてるのか一切話さないんだって。昔はそんなんじゃなかったのにってその子悲しんでた」

「そりゃ、そんなもんだろ。誰だって言いたくないことの百や二百あるもんだからな」

「まあお兄ちゃんの場合、言いたいことの方が少なそうだしね」

 

 やれやれ、と頭を振った小町は食べ終わった食器を持って席を立つ。それに続いて八幡も立ち上がると、洗い物くらいはやっとくと彼女に告げた。どうせ食器洗い機にぶちこんでスイッチを押すだけだ。何の問題もない。

 

「まあ、首を突っ込むにしてもほどほどにな。余計なお節介は迷惑なだけだ」

「お兄ちゃんがそれ言うんだ……」

 

 高校生になった直後、犬を助けて車に轢かれた男が言っても確かに説得力はあまりない。

 

 

 

 

 

 

 当然といえば当然ではあるが、小町との会話で出た人物が一体誰のことなのかなど八幡には知る由もない。教室を見渡したところでそこに件の人物がいるなどは思いもせず、今日もいつものようにスマホのニュースサイトを巡りながら暇を潰していた。

 

「あ、ヒッキー」

「ん?」

 

 そんな彼に声が掛かる。誰だ、と疑問に思うことすらない。自身をふざけたあだ名で呼ぶ相手など今現在この学校には一人しかいないのだ。正確には二人だが、もう片方はこちらに比べると『あだ名?』なのでノーカウントである。

 

「何か用かガハマ」

「んー。もうすぐ中間だけど、ヒッキーの調子どうかなって」

「普通だ」

「普通って何だし」

「何時も通りってことだ。言っとくが俺これでも国語は学年三位だからな」

「……さんい? ……現国と、古文合わせて?」

「おう」

 

 がぁん、と何かショックを受けたように項垂れる結衣を見ながら、八幡は呆れたように溜息を吐く。あの頃を忘れたのか、と述べると、あんなの初期も初期じゃんと詰め寄られた。

 

「つまりお前はあの時と比べると馬鹿が加速しているわけだ」

「酷くない!?」

「じゃあ聞くが、お前の勉強の調子はどうなんだ?」

「……ふ、普通、かな」

 

 あからさまに目を逸らしながらそう述べる結衣はある意味どうしようもなかった。ああこれは駄目なのだ、と傍から見ていて分かるくらいにはどうしようもなかった。

 

「だ、だってみんな勉強してないって」

「お前それ真に受けてるのか? あんなのはいい点数取った時に自慢するためか、点数が悪かった時の言い訳に使うかどっちかの常套句だぞ。実際は勉強してるに決まってんだろ」

「……そうなの?」

 

 ああ、と八幡が頷く。それを聞いた結衣は猛烈な勢いで振り返った。優美子と姫菜が目を逸らしていたのを見て、彼女は目を見開き裏切り者、と二人の元へと突撃していく。

 そうして八幡の周りはまた静かになった。安堵の溜息を吐いた彼は、再度自分のスマホを操作しネットの海を進んでいく。そろそろ新刊が出るから本屋にでも寄るか、そんなことをついでに考えた。

 

「ヒッキー!」

「何で舞い戻ってきたのお前。伝書鳩か何か?」

「酷くない!?」

 

 そのタイミングで結衣がブーメランのごとく戻ってくる。視線をスマホから上げると、丁度彼女の二つの膨らみが視界一杯に広がった。その状態で、彼は言葉を紡ぐ。リアクションを取ったことでゆさっとなったそれを見て、視線をようやく顔に向けた。一度目は目をほんの少し動かし、二度目は顔ごと相手を見る。スマホから視線を動かしてない、と見せかけるのがコツらしい。

 

「で、何だ?」

「勉強、教えて欲しいなぁ、って……」

 

 申し訳なさそうにそう述べる結衣を見て、八幡は溜息を吐いた。面倒だ、と言ってしまえれば楽である。実際面倒ではある。が、ここでそんなことを言おうものならば向こうでゴルゴンが起動するのは想像に難くない。だったらお前が教えろよ、と思わないでもなかったが、つい先程自分の成績を眼の前の少女に自慢してしまったばかりだ。

 ああこれも自業自得か。そんなことを思いつつ、彼はしょうがないとばかりに頭を掻いた。

 

「やた。じゃあこないだみたいにヒッキーの家に――」

「ガハマ」

 

 教室でとんでもないことを口走りかけた結衣を止める。慌てて、ではないのがコツで、そうしなければ耳聡い連中が真実なのだという確信を持ってしまうからだ。ちなみに彼女が八幡の家に遊びに来たのは純然たる事実なので何一つ間違っていない。

 

「ファミレスにでも行くか。ドリンクバーあるしな」

「へ? あ、うん」

 

 まあいいか、と頷く結衣を見ながら、八幡は息を吐く。危うくクラスメイトに女子高生を家に連れ込むゲス野郎だと思われるところだった。そんなことを考えつつ、とりあえず今は眼の前のアホに勉強を叩き込まねばと頬杖をついて思考を巡らせる。

 教室の皆がどう思っているか、まずはそこを勘違いしていた彼は気付かなかったのだ。

 

「ファミレスで二人きりの勉強会って、それもう放課後デートなんだよなぁ」

「だべ」

 

 姫菜の呟きに、戸部が同意する。優美子は呆れたように溜息を吐き、隼人は何とも言えない表情で二人を見る。代表的な反応がこれであるが、基本クラスの面々の反応は大体この数パターンに近いものであった。

 

 

 

 

 

 

 それから一週間自分の分かる部分は結衣に叩き込んだ八幡は、久々の休息を堪能していた。最後の仕上げでもするかと自室で広げた教科書とノートから目を離し、気分転換だとリビングに向かう。そういえばこの間調べた新刊を買っていないと思い出した彼は、丁度いいと外に出ることにした。普段は家で引きこもるが、こういう時は躊躇いなく外に出る。それが八幡である。

 

「あ、お兄ちゃん出掛けるの?」

「おう。ちょっと本屋にでもな」

「おみやげよろしくね」

「参考書か?」

「いらない」

 

 しっしと手で追い払われたので若干しょんぼりしながら、八幡は外に出る。春と夏の境目のような天気で、少し暴れると汗ばんでしまいそうな陽気である。別段動く予定もなし、まあその辺りはどうでもいいと彼は目的地へと向かった。

 その道中、八幡はどうにも嫌な予感がした。虫の知らせ、というやつであろうか。今すぐ引き返せば傷は浅いと自身の六感が訴えている。第六感が訴えるというのはどうにも中二病臭いと顔を顰めた彼は、しかしどうしたものかと思わず足を止めた。止めてしまった。

 

「あ、比企谷」

「げ」

 

 だから、そのタイミングで丁度目に入ったらしいその少女が自身の名前を呼んだことで、彼は自身の第六感をほんの少しでも疑ったことを恥じた。一も二もなく信頼し、即座に踵を返すべきだったのだと後悔した。

 声の方へと振り向く。くしゅりとしたパーマのあてられたショートボブ、少し釣り目がちなその顔。全く知らない顔だ、と言えればどれだけ楽なのだろうかと彼が思ってしまう、そんな眼の前の人物が浮かべているのは、笑み。

 

「何してんの?」

「……買い物だよ」

「ふーん。じゃあ、あたしもついてく」

「断定かよ。何お前暇なの?」

「暇じゃなかったらこんなとこウロウロしてるはずないじゃん、ウケる」

 

 そう言ってケラケラと笑う少女を見ながら、八幡は疲れたように溜息を吐いた。せっかくの休息が消滅する音がした。

 そのまま連れ立って本屋へと向かう。ラノベの新刊を手に取り、ついでに漫画を見繕い。そうして本屋を出たあたりで、お前まだついてくるのという視線を八幡は彼女に向けた。

 

「邪魔?」

「邪魔だよ。可及的速やかに消えてくれると非常に助かる」

「そうだ、丁度いいし、比企谷ちょっと勉強見てよ」

「聞けよ人の話」

 

 ジロリと横目で少女を睨むが、彼女はまるで気にせずに笑みを浮かべたまま確定事項だと言わんばかりに足を踏み出す。ここで向こうについていかずにそのまま去れば何の問題もないのだが、いかんせん相手は。

 

「比企谷、ほれほれ」

「だから俺は帰るっつってんだろ」

「んじゃ比企谷んちでもいいよ」

「絶対嫌だ」

「だよね、ウケる」

 

 何が可笑しいのか肩を震わせた少女は、ならファミレスかなと考え込む仕草を取った。意識が一瞬八幡から外れた。

 今だ。これが逃げるチャンスだと即座に判断した八幡は、素早く向きを変えるとその場から離脱する。そこから離れるために足を動かす。

 

「ひゃぁ!」

「あ、すいませ――」

 

 しかし運命とは残酷なもので。振り向いたその先には丁度通り掛かった人がいた。危うくぶつかりそうになった八幡は、動きを止め一歩下がり謝罪の言葉を口にする。そうしながら、ぶつかりそうになった相手をちらりと見た。

 

「あれ? ヒッキー?」

「げ、ガハマ」

「げってなんだし」

 

 ぶうぶう、と不満げに八幡に詰め寄ると、しかし機嫌を直したのか今日はどうしたのと笑顔で話しかけてきた。ここで別に何でもないと答えすぐさま会話を打ち切るのが最適解だと判断した彼は、しかし適当に何かを言うと追いかけてくる可能性もあると思い直す。

 

「気晴らしに本屋で買い物だよ。もう終わったから帰るところだ」

「へー。あたしも丁度買い物終わったとこなんだ」

「そうか」

 

 じゃあな、と手を上げ去ろうとした。これで会話は終わりだと逃げようとした。結衣は結衣で八幡が何だか離れたがっていると察したのでうんと頷き見送ろうとした。そう、見送ろうとしたのだ。

 

「比企谷、何してんの?」

「ちぃ……っ!」

 

 ひょっこりと彼の背中から顔を出す少女を見て、結衣はその考えを思わず保留にした。目をパチクリとさせ、次いで二人の顔を行ったり来たりした。

 そして結論を出した。あ、これ自分邪魔なやつだ、と。

 

「あ、ははは。ごめんヒッキー、お邪魔だったね。そりゃあたしとの会話とかすぐ打ち切りたいわけだぁ……」

「おい待てガハマ。お前絶対誤解してるな」

「……違うの?」

 

 くしゃり、とどこか泣きそうな顔で。結衣は八幡にそう問い掛けた。明確な言葉は何も言わなかった。それだけで分かるだろうと言わんばかりに、短い一言だけを述べた。

 八幡はそれに答えない。代わりに、背中にいた少女を無理矢理引き剥がした。

 

「離れろ折本」

「はいはいっと。んで、こっちは比企谷の彼女?」

「アホか。友達だよ」

「友達!? 比企谷の!? マジで!?」

 

 目を見開いて、そして即座に大爆笑を始めた少女を見て、結衣は先程までの感情が思わず引っ込む。何だこれ、とこれまでとは違う意味で目をパチクリさせた。

 

「あー、ヤバい。ここ数ヶ月で一番ウケた」

「死ね」

「はいはい。あ、自己紹介しとくね。あたしは折本かおり」

「折本、かおり、さん?」

 

 笑みを浮かべながら、彼女は、かおりは手をひらひらとさせる。八幡の非常に嫌そうな顔を見ながら、それこそが面白いのだと言わんばかりの表情で、言葉を続ける。

 

「比企谷の、腐れ縁(クソ野郎)だよ」

 

 

 



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その2

だって材木座が宿命だって言ってたし……。


 何がどうなってこうなった。比企谷八幡は途方に暮れていた。それもこれも全て眼の前の二人が原因である。

 

「へー。何比企谷超やさしいじゃん」

「でしょでしょ」

 

 きゃいきゃいと騒ぐ女子二人。折本かおりと由比ヶ浜結衣、彼女達が彼の休息を完全消費して連れ回しているからだ。勉強の息抜きのはずが、気付くとそれどころではない状態に陥っている。

 ここでまあ二人が仲良くなったのならば、と言えるような人間ならば八幡は八幡をとっくに辞めている。こいつら鬱陶しい。そんな感想を抱けるから彼は比企谷八幡なのだ。

 

「よし到着」

「とうちゃーく」

 

 そう二人が述べた目的地は見紛うことなき比企谷家。八幡にとっては帰宅である。絶対に嫌だ、と宣言した場所に辿り着いたことで、彼のテンションは地面を抉った。

 無遠慮にかおりがドアを開ける。おかえりー、と呑気に出迎えた小町は、そこに立っていた人物を見て目をパチクリとさせた。あれ? と首を傾げた。

 

「かおりさん? お兄ちゃんなら今出掛けてますよ」

「知ってる知ってる。ここにいるから」

 

 ほれ、と彼女はドアをもう少し大きく開く。小町へ隠れていた部分が顕となり、笑顔の結衣と物凄く嫌そうな八幡の姿が視界に映った。

 おかえりー、と再度出迎えの挨拶をした小町は、その顔ぶれに何らツッコミを入れることなく流した。追い出せよ、という八幡の叫びは無視をした。

 

「えと、ヒッキー……」

「あん?」

「ちょっとノリで調子に乗っちゃったけど、やっぱり迷惑だった、かな」

 

 おじゃまします、と家に上がり込み小町と談笑を始めるかおりとは裏腹に、結衣はそこで動きを止めていた。ちらりと彼を見て、そして本気で嫌がっているのを見てその表情を曇らせる。やってしまった、と眉尻を下げると、おずおずと八幡へ尋ねた。

 対する八幡、迷うことなく迷惑だと言い放つ。分かっていたであろうその言葉を聞いた結衣は、あははと困ったように笑い髪をくしくしと指で弄んだ。

 

「ごめんねヒッキー。そんなつもりじゃ、なかったんだけど」

「だったらどんなつもりだったんだ」

「……友達と、勉強会……したいかなって……」

「じゃあ何も間違ってないじゃねぇか」

「へ?」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡はガリガリと頭を掻くと靴を脱ぐ。そうした後、口には出さずただ視線だけで早く来いと彼女に告げた。

 

「あのクソ野郎に見付かった時点でもう諦めた。だったら、ガハマが追加されようがされまいが一緒だ」

「え? うん? ……えっと、いいの?」

「むしろお前がいてくれて助かる」

「ふぇ!?」

「あのクソ野郎をお前に押し付けられるからな」

「生贄!?」

 

 そういうわけだから、さっさと来い。そう言って三下のチンピラのように笑った八幡を見て、結衣の目が細められる。ジト目のまま家へと上がり、そういうことなら遠慮はいらないなと開き直ることにした。今までの彼女ではまずしないことであり、眼の前の目の腐った男の影響を多分に受けていると思われる部分である。

 そんなわけでリビングへとやって来た三人は、持っていたカバンから各々勉強道具を取り出した。

 

「ガハマにしろお前にしろ、何で持ってんの?」

「持ってなきゃ勉強教えてとか言うわけないじゃん」

 

 ケラケラと笑ったかおりは、そういうわけだからここ教えろと教科書をペラペラ捲り突き出した。ノートも該当箇所を開いて準備万端である。それを文字通り押し付けられた八幡は、手で払い除けながら、非常に嫌そうな顔でその部分を眺め解説をし始めた。ふんふん、と聞いていたかおりは、その内容をノートに書き記していく。

 そんな光景を見ていた結衣は、何とも不思議だと目をパチクリとさせた。何だあれ、と首を傾げた。

 

「あの二人昔からあんなんですよ」

「あ、小町ちゃん、ありがとー」

 

 はい、と差し出されたお茶に口を付けながら結衣は彼女に問い掛けた。小町の言葉の意味を問うた。

 

「あたしの見る限り、ヒッキー割とマジめに嫌がってるっぽいんだけど」

「結衣さん大正解。あれ、本気で嫌がってますよ」

「やっぱり? ……あれ? じゃあ、何で?」

「あの二人曰く、腐れ縁だから、だそうです」

「ちょっと何言ってるか分かんないし……」

 

 ですよね、と小町が笑う。そんな二人のやり取りを見ていたのか、八幡はアホなことやってないでお前も勉強しろと結衣を睨んだ。まあ確かにその通り、彼女はコクリと頷くと、同じく持ってきていた勉強道具を取り出し前回の続きを彼に頼んだ。

 

「なあ、ガハマ」

「何?」

「お前は何で持ってたんだ?」

「家だと集中出来ないーって勉強道具だけ持って外出てたの。結局やんなくて普通に買い物しちゃってたけど」

「しろよ、勉強」

「だから今してるんだし」

 

 むう、とふくれっ面になった結衣を見て呆れたように溜息を吐いた八幡は、とりあえず自分も勉強するかとノートを広げた。今日みたいな急な強襲はもう勘弁してくれ、と思いながら。

 

 

 

 

 

 

 無理でした。と誰かが彼に告げたような気がした。まさか昨日の今日で再び来るとは思っても見なかった。そんなことを一人呟くが、しかし心の奥底では何となく予想はしていた。昨日の帰り際にかおりが楽しそうに笑っていたからだ。彼女と出会ってから、あの笑みを浮かべた時に八幡が碌な目に遭わなかった試しがない。

 そう、出会った時からだ。何せ彼は彼女のその笑顔に惹かれ、スマホ越しとはいえ告白を。

 

「比企谷」

「うお」

「聞いてた?」

「全然これっぽっちも聞いてないぞ。だからとっとと消えろ」

「はいはい。じゃあ由比ヶ浜ちゃん、説明!」

「了解! ヒッキー、遊びに行くよ!」

「よし分かった。お前ら二人共帰れ」

 

 あ、あれ? と結衣は八幡の視線に思わずたじろぐ。一方のかおりは全く気にすることなくちょっと行ってみたい場所があるんだなどと言いながら話を進めていた。そのあまりの動じなさにほんの少しだけ結衣は尊敬の念を抱く。

 

「おいクソ野郎」

「ん? 何? 場所はついてからのお楽しみだけど」

「勉強はどうした」

「あたし総武じゃないし。そこまで気合い入れなくても別に平気」

「そうか。だがな、約一名平気じゃないやつがいるんだよ」

 

 そう言って八幡は結衣を見る。つられて彼の視線を追ってしまった彼女は自分の後ろを覗き込んだが、比企谷家の冷蔵庫しか見当たらなかった。暫し冷蔵庫を眺めていた結衣は、やっぱり自分のことかと向き直り、そして八幡から視線を逸らす。

 

「おいガハマ」

「あ、うん。何?」

「勉強はどうした?」

「い、いやー。ずっと勉強しっぱなしってのも集中切れちゃうし、息抜きも大事かなって」

 

 明らかなその棒読みは、自分でもその言葉に信頼性がないのを理解しているのだろう。最初こそそれで押し通そうと頑張っていたが、八幡の視線に耐えきれなかったのか肩を落とすとやっぱり駄目かなと項垂れた。

 そんな彼女を見て彼は溜息を吐く。まあお前が良いなら好きにすればいい、と半ば折れる形の言葉を紡いだ。

 

「ヒッキー……じゃあ」

「おう、好きに遊んでこい」

「何でだっ!?」

「は? 何お前まさかこの流れで俺も一緒に行くと思ってたのか? 休日に人混みへ突入するほど俺はドMじゃない。家で過ごすことこそ至高と考える俺が、出掛けるとでも?」

 

 そう言うと、八幡は二人を追い払うようにしっしと手を振る。とっととどっか行けと言わんばかり、むしろ思い切り言っているその仕草を見た結衣は、怒るでも泣くでもなく、あははと笑った。そっか、と寂しそうに笑った。

 

「あー、うん。やっぱりそうだよね。ごめんねヒッキー、無茶言って」

「……お、おう」

 

 しょうがないから二人で行こうか。そう言ってかおりに話しかける結衣の表情は笑顔。先程のものとは違う、普段通りに見える笑顔だ。特に気にしない人間ならば、あっさりと騙されてしまう笑顔だ。人の機微に疎ければ、流してしまう笑顔だ。

 人に合わせることを得意としてきた彼女の、自分を押し殺す笑顔だ。

 

「おいガハマ」

「何? ヒッキー」

「お前何今更俺に遠慮してんの? というか遠慮するならもっと普段から遠慮しろよこの口だけ空気読みマスター」

「酷くない!?」

「あ? 事実だろ。お前俺の前で空気読んだ発言とかしたことないじゃねぇか」

 

 呆れたような溜息とともに濁った目を結衣に向ける。うぐ、と唸る彼女を一睨みし、そのまま視線を彼女の隣に移した。楽しそうに笑う腐れ縁がそこにいた。

 

「話まとまったなら、行こうか」

「おい待て何がどうなったら話纏まってることになるんだ」

「だって比企谷、来るでしょ?」

「……」

 

 かおりのその言葉に、八幡は無言で睨み付けることで返答とした。そのまま踵を返し、一部始終を見学していた母娘に近付き声を掛ける。そういうわけだから小遣いくれ、と。

 らしいよ、と小町は隣に視線を向け、どこか期待の眼差しで自身の母親を見た。そしてその視線を受けた母親は、小さく溜息を吐くと右手を振り上げる。

 

「おごっ!」

「行くなら最初から素直に行くって言いなバカ息子」

「無理だよお母さん。だってお兄ちゃんだよ」

「そうねぇ、八幡だもんねぇ……」

 

 しみじみとそう述べた八幡の母親は、まあいいやと財布から札を三枚取り出した。マジで、と驚く八幡にそれを渡すと、その代わりと目を細める。

 

「間違っても女の子をぞんざいに扱うんじゃないよ」

「い、いえすまむ」

 

 本気の目であった。契約を違えたら命を貰うと宣言する悪魔のごとくであった。思わず直立不動で敬礼までしてしまった八幡を責めることは出来まい。

 そうして手に入れた軍資金を片手に、じゃあちょっと着替えてくると八幡は二人に告げる。何だかんだで乗り気になったのか、彼の口ぶりは先程よりは軽やかであった。

 

 

 

 

 

 

 そんな騒動を起こしてまで向かった先がここである。八幡の目が先程より死ぬのは必然だったのかもしれない。

 

「どしたの比企谷」

「お前、これは、ないだろ……」

 

 眼の前にあるのはポップでキュートな看板と、萌え萌えしている女の子の描かれたPOP、そして昼間なのにペカペカと光るネオン。極めつけは、その店名。

 

「『メイドカフェ・えんじぇるている』? こんなところにメイドカフェとかあったんだ」

 

 へー、と結衣は物珍しそうに店を眺めている。こんな場所に来るのは初なのだろう、隠し通せないワクワクが滲み出ているのが八幡でも分かった。

 が、いくらなんでもメイドカフェでそのワクワクはないだろう。そうは思うが口には出さない。そもそも今ツッコミを入れるのはそっちではない。そう彼は判断した。だからもう一度かおりの方へと向き直った。

 

「おい折本」

「ん?」

「何でメイドカフェに来てんだよ俺達は」

「一回行ってみたかったんだよねー。でも女子だけじゃ絶対行けないじゃん? なら、比企谷がいれば問題ないかなーって」

「何で俺がいれば問題ないのか小一時間ほど問い詰めたいが」

 

 八幡のその言葉を無視し、かおりは結衣の手を取って入り口へと歩みを進める。そうしながら、比企谷が先頭じゃないとと八幡をさり気なく前に押し出した。

 店内に入るとお決まりの言葉を投げ掛けられる。おお、本当に言うんだ、と若干感動しながら席に付き、メニューも見つつとりあえずどうしようかと辺りを見渡した。どうやら共通のメイド服があるわけではないらしく、様々なバリエーションの服装のメイドが笑顔で働いているのが見える。笑顔なのは当たり前か、と至極どうでもいいことを考えながら、メニューに再度視線を落とすと、そこに書かれている値段が目に入る。

 

「おい、折本」

「ん?」

「高くね?」

「あ、ホントだ。流石メイドカフェ、ウケる」

「ウケねーよ」

 

 貰った軍資金半分以上飛ぶじゃねえか。そんな文句を述べた八幡は、そこでふと気付いた。先程から結衣が何も喋っていない。一体どうしたんだと視線を向けると、彼女は向こうで給仕をしているメイドの少女を目で追っている。

 

「何見てんだ?」

「うぇ!? あ、ヒッキー驚かせないでよ」

「いや隣にいるんだから驚かせるも何もないだろ」

 

 それでどうした、という彼の言葉に、彼女は小さく頷くと先程見ていたメイドをそっと指差した。あのメイドさんがどうかしたのだろうか。そんなことを思いながら八幡も視線を向けたが、別段変わったところは見当たらない。精々が、あまりメイド喫茶のメイドをやるようには見えないという程度だろうか。どちらかというと漫画やアニメ、ゲームなどの屋敷で働いているメイドの方が合っているような気がするほどだ。

 あるいは全く別の職、女性のバーテンダーとかか。

 

「あのメイドさんがどうかしたのか?」

「んー。いや、似てるなぁって」

「似てる? 誰に?」

「……うちのクラスの、川崎さん」

「川崎?」

 

 記憶を辿る。別段交流のない相手の顔と名前など一致しているはずもなく、教室にいる川崎さんとやらの情報は八幡の中からは全く出てこなかった。そんな彼を見て、同意を得られないことを覚った結衣はやっぱり気のせいかなと首を傾げる。

 そこに爆弾を落とす女がいた。だったら確かめてみようか、とかおりが二人の会話に割り込んだ。

 

「へ?」

「おいクソ野郎、お前何を」

「すいませーん、そこのメイドさん」

 

 川崎さんらしきメイドさんに声を掛けたかおりは、メニューを指差しオムライスと飲み物を注文する。そうした後、八幡と結衣に二人はどうすると問い掛けた。わざわざ名前を口にして尋ねた。

 

「由比ヶ浜……? 比企谷……?」

 

 反応した。ビンゴ、と一人嬉しそうなかおりを余所に、メイドは視線を合わせようとしない結衣と八幡を視界に入れる。そのタイミングで、恐る恐る彼女の方を見た結衣と視線が合った。

 

「あ……」

「……あ」

 

 確定である。非常に気まずい状態で見詰め合う二人を見ながら、これどうすればいいんだよと八幡は一人途方に暮れた。

 

 



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その3

原作エピソードに掠ってすらいない気がしてきた。


 さて、どうしたものか。翌日の教室で八幡は死んだ魚のように濁った目で濁ったオーラを発しながらスマホをいじっていた。教室の喧騒の中、明らかに獲物を殺す目が自分に突き刺さっているのが彼にははっきりと分かる。割と頻繁に食らっているからだ。

 これでいつものことだと流せればよかった。その視線の主がゴルゴン、もとい三浦優美子ならば何の問題もなかった。

 

「……」

 

 全然違う人物なのである。ポニーテールのその少女は、元々そこまで良くはない目付きを更に鋭くさせて八幡を睨んでいた。否、正確には八幡ともう一人。

 

「ヒッキー……」

 

 ててて、とこちらにやって来た結衣が小声で話し掛ける。耳に少女の吐息がかかり、八幡は思わずのけぞった。

 

「な、何?」

「い、いや。恥ずかし、じゃなくて、俺、耳弱いから」

「……あ、うん。そう」

 

 物凄く怪訝な表情をされた。絶対ウソだろという目で見られた。そんな彼女を見ながら八幡は心外だという表情を浮かべる。口に出すことこそなかったが、視線でしっかりと抗議をした。誤魔化しに使ったのは確かだが、耳が弱いのも本当なのだ。

 何も自慢出来ない。

 

「んで、何だガハマ」

「普通に話続けるんだ……。あれ、川崎さん」

「ああ……めっちゃ睨んでるな」

 

 まあ当然だろう、と八幡は息を吐く。結衣もそうだよね、と肩を落としていた。

 あの日、メイドカフェで川崎沙希と出会ってしまったその時のことを思い出す。注文のオムライスにメッセージを書きますね、と表面上はハートマークでも出るような声で作られたそれは、彼女が去った後も結衣と八幡が動きを止める破壊力が合った。そのメッセージもあくまで表面上はファンシーでキュートであった。そこに込められれた何かを感じ取りさえしなければ、ただのメイドカフェの一幕であった。ちなみに書かれた言葉はこれである。

 

――ナイショ♪

 

「絶対(暗黒微笑)とか付いてただろあれ」

「何かヒッキーが中二みたいなこと言い出し始めた……」

 

 はぁ、と結衣が溜息を吐く。そんなふざけたやり取りをしてはいるが、二人共にそこに込められた意味をしっかりと理解していた。とりあえずそうだろうと結論付けていた。

『バラしたら殺す』

 尚、あくまで個人的に、である。実際の彼女がそう思っていたかは定かではない。

 

「あそこまでするなら最初からあんなバイトしなきゃいいだろ……」

「あはは……。まあ、何かしら理由があるんだよ、きっと」

「そりゃそうだろ。あのキャラで、理由なし、何となくでメイドやってたら逆に怖えよ」

 

 そういうキャラはどちらかというと沙希ではなく向こうで表紙をカバーで隠した謎の本を読んでいる姫菜だろう。八幡のその視線の理由に気付いたのか、結衣もちらりと姫菜を見ると確かにそうかもと苦笑する。

 

「……どっちにしろ、俺達が話さなきゃそれで解決だ。それ以上でも以下でもない」

「うん、そうだね……」

「何か不満そうだな」

「不満というか……気になって勉強出来ない、というか」

 

 同意を求めるように八幡を見たが、生憎彼はそこに共感が欠片も出来ない。何とも言えない嫌そうな表情をすると、そうか頑張れと切り捨てる。

 勿論結衣は縋り付いた。比喩表現である。実際にやっていたら八幡の命が物理的にも社会的にも抹殺される。

 

「ヒッキー……」

「勉強出来ないなら諦めるしかないだろ」

「う……。ま、まあ、確かにそうなんだけど」

 

 しょぼん、と項垂れる。そんな彼女を見て溜息を吐いた八幡は、そんなに気になるなら誰かに相談しろと言い放った。そうして解決させて、何の憂いもなく勉強しろと言葉を続けた。

 

「うん、そうだね……って待った。それあたし殺されるじゃん」

「だろうな」

「だろうな!?」

「お化けにゃ学校も試験も何にもないから丁度いいだろ」

「何が!?」

 

 そんなことを言った辺りでホームルームである。覚えてろ、と悪役のような捨て台詞を発して席に戻っていく結衣を見ながら、八幡は昨日の出来事を綺麗さっぱり忘れようと改めて誓った。

 

 

 

 

 

 

 誰にも相談出来ない悩みを抱えている、というのは案外ストレスの貯まるものである。その悩みを口にすることで、それが悩みだと誰かに共有してもらうことで、ほんの僅かでも心の重みを軽くするのだ。

 結衣はそれが出来ないから、迫り来る中間試験を足踏みすることとなっていた。八幡のようにまあいいやと切り替えることが出来なかった。

 

「ねえ、お兄ちゃん」

「あー?」

「この間の話、覚えてる?」

 

 その前提が覆されたのはそのまた翌日。妹の小町がなんてことない世間話のように切り出したそれが原因である。

 この間の話と言われても、と八幡は首を傾げた。何か聞いたっけか、と問い返すと、まあ覚えてないかと彼女は笑う。

 

「塾の友達のお姉さんの話。ほら、何か高校に入って変わっちゃったとかいう」

「……ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

 

 変わらない自分の兄を持ち上げるための当て馬に近いような扱いだった気もするが。と妹の兄に対する愛情の深さを実感しつつ記憶を探りそんな言葉を返す。勿論兄への愛情云々は八幡が勝手に考えていることであり、小町の真意ではない。

 

「それで、そのお姉さんなんだけど。一昨日からなんか凄く思い詰めてる感じなんだって」

「ふーん」

 

 そう言われても自分に何が出来るというのだろう。そんなことを考えたが口にはしない。話の腰を折るし、目の前の大事な妹を悲しませてしまう可能性があるからだ。察してはいるが実際口にされたらキモいと思わず小町が言ってしまいそうなそれを表に出すことなく、しかしその次の彼女の言葉でそれらの思考がぶっ飛んでいく。

 

「その子、川崎大志君っていうんだけど」

「小町。その子とは仲が良いのか?」

「……お兄ちゃん、キモい」

「まだ何も言ってないのに!?」

「これから言うでしょ」

 

 はぁ、と小町は溜息を吐く。表に出さない、という彼の思考はあっさりぶっ飛び当然のように冷たい目を彼女に向けられた。まあ知ってたからいいや、とすぐに表情を戻した小町は、話続けていいかなと眼の前の兄に述べる。

 

「いや、まずその大志くんとやらの詳しい話を」

「で、そのお姉さんなんだけど、総武高に通ってて二年なんだって。お兄ちゃん知らない?」

「超スルー。お兄ちゃん悲しみで咽び泣くわ」

「心配されるような関係じゃないよ。これでいい?」

「……おう。んで、その姉さん? 名前も知らんのに分かるわけないだろ。ただでさえ知り合い少ないのに」

「威張って言うことじゃないよお兄ちゃん」

 

 やれやれと頭を振った小町は、じゃあ名前を言えば分かるのかなと口元に指を当てて考え込む仕草を取った。うむ我が妹かわいい、と余計なことを考えていた八幡であったが。しかしそんな彼女の口から発せられたその名前を聞いて先程とは別の方向で動きが止まる。

 

「川崎沙希っていうらしいんだけど――お兄ちゃん? どうしたの?」

「川崎、沙希……っすか」

 

 首元は付け襟とネクタイ、肩が露出するほど大きく開けたメイド服に身を包み、ホワイトブリムの追加装備に猫耳らしきものを付けていたポニーテールの少女の姿が思い起こされる。

 それと入れ替わるように、ことあるごとにこちらを睨んでいたクラスメイトの姿も頭に浮かんだ。

 

「あ、知ってるんだ」

「クラスメイトだ」

「……それで?」

「いや、他に何を言えと? 別に会話もしない女子の情報とか俺が持ってるわけないだろ」

「んー、そっか。まあお兄ちゃんだしね」

 

 微妙に傷付いたが、しかし本当のことなので仕方ない。うんうんと納得する小町に同意した八幡は、力になれなくて悪いなと息を吐いた。そんな彼を見て、気にしなくていいよと彼女は笑う。

 

「元々お兄ちゃんに期待してなかったし」

「酷くね?」

「え? じゃあお兄ちゃん協力してくれるの?」

「……」

 

 他の人物ならともかく、妹相手ならば、普段はここで「できらぁ!」と啖呵を切る場面である。兄として妹の「お願い(ハート)」は聞かねばならないと思っているのが八幡である。

 だがしかし。残念ながら彼は命が惜しかった。無謀に突っ込んで死ぬのもまた一興といえるような少年漫画の主人公的魂は持ち合わせていなかった。

 

「小町」

「ん?」

「家庭の問題に軽々しく突っ込むものじゃないぞ」

「お兄ちゃんが普通に諭そうとしている……」

「そこ驚くとこじゃないよね? 小町ちゃんのお兄ちゃんの評価おかしくない?」

「バッチリ正しいと思うけどなぁ。だってお兄ちゃん、そういうこと言う時って大抵何か隠してるでしょ?」

 

 ふふん、と自慢気に笑う小町を見て、八幡はああやっぱり我が妹は可愛いなと一人頷いた。現実逃避ともいう。彼曰く小町が可愛いのは現実なので何の問題もないらしい。

 そうして少し冷静になった八幡は、詰んだ、と結論付けた。いつの間に眼の前の妹はこんなしたたかな少女に育ってしまったのだろうか。アホの子であった頃を思い出し、彼は嘆く。ちなみに原因は分かっているのであのクソ野郎と想像上のかおりを罵倒した。いや冤罪だし、と想像上の彼女はケラケラ笑っていた。

 

「……真面目な話、何かあったの?」

「うぇあ?」

「さっきから、相当嫌がってるし。ぶっちゃけお兄ちゃんの言う通り家庭の事情だし、まあ無理することもないかなとは思ってるから、そんなに気にしなくても」

「……いや、別に無理してるわけじゃない」

 

 ほんの少しだけ命の危険を感じただけだ。そんな言葉は飲み込み、八幡は小町の頭をポンと叩いた。わぷ、と変な声を出した小町であったが、そのまま彼が頭を撫でるのでされるがままになっている。

 

「ガハマもウダウダ言ってたし、丁度いいといえば、いいのかもな……」

「ん? 結衣さんがどうかしたの?」

「い、いや、何でもないぞ」

「……ふーん」

 

 ほんの少し不機嫌そうな顔で、てい、と撫でられていた手を跳ね除けた小町は、しかし次の瞬間には笑顔に戻る。そうしながら、お兄ちゃん、と眼の前の八幡を呼んだ。

 

「ありがと」

「おう」

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで川崎をどうにかしようと思う」

「……うわ」

 

 翌日の昼休み。教室を出て八幡の自称ベストプレイスへと移動した八幡は、結衣にそんなことを宣言した。された方は限りなく冷たい目で彼を見詰めている。

 

「シスコンかぁ……」

「しみじみ言うな」

「このシスコン!」

「罵倒しろとも言ってない」

 

 とりあえず言いたいことだけ言った結衣は、はぁと溜息を吐くと自身の弁当に手を伸ばした。おかずをぱくつきながら、それでどうするのと隣の八幡に問い掛ける。

 問われた八幡は、そんな彼女の言葉に無言で返した。

 

「え? ノープラン?」

「い、いや、違うぞ。高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するんだ」

「…………へー。一応考えてるんだ」

「行き当たりばったりって意味だぞ」

「考えてないじゃん!」

 

 反応遅い、とツッコミを入れる結衣に更にツッコミを入れた八幡は、しかし実際何をして良いのかさっぱり分からんと持っているMAXコーヒーの缶を手で弄ぶ。現状分かっていることは、沙希は家族にもメイドカフェで働いていることを隠しているらしいという部分くらいだ。

 

「んー。でも何で隠してるんだろ。総武高ってバイト自体はそこまで厳しくないよね?」

「まあな。だがなガハマ、考えてもみろ。少し前まで真面目だったらしいお姉さんが急にメイドカフェだぞ。場合によっちゃ弟トラウマだぞ」

「いや、そう言われても全然分かんないし」

 

 ジト目でそう言われると何だか自分が間違っているような気がしてくる。が、八幡は意見を曲げなかった。自分に例えるならば、いきなり小町がメイドカフェでメイド服着てお帰りなさいませご主人様と別の男を迎えるのだ。八幡は想像するだけで発狂したくなる。

 

「あ、でも小町のメイド服ならちょっと見たいかも」

 

 おお、と何かを思い付いたような八幡の脳天にチョップが叩き込まれた。弁当を食べ終わった結衣が呆れたような目で振り抜いた格好のまま彼を見下ろしている。真面目にやろうよ、という言葉を聞き、へいへいと頭を擦りながら八幡は体勢を立て直した。

 

「てかお前上手くなったな」

「ヒッキーに言われて鍛えたから。努力のたまものだし」

「……まさか三浦にやってたのか?」

「優美子にツッコミチョップしたら死ぬじゃん」

 

 ガチトーンで返されたので、八幡は「お、おう」としか言えなかった。だったら誰にしたんだと聞き返せなかった。

 再び脱線したので軌道修正。原因は分からないとなると、それを踏まえて解決することも出来ない。そうなれば、最早直接本人に事情を尋ねるくらいしかやることがない。

 

「当たって砕けろ」

「やっぱそうなっちゃうかぁ」

「ガハマが」

「何でだっ!」

「いやだってお前考えてもみろ。特に親しくもないクラスメイトの男子が『何でメイドカフェでバイトしてるんだ』って聞きに行ったら間違いなくアウトだろ」

「あー、うん。言われてみればそうか」

 

 絵面を想像したらしい。ああこれは駄目だというのが見ている八幡にも伝わった。しかしそこまではっきり想像出来るということは、この作戦を反対する理由はないということにも繋がる。

 そういうわけだ、と彼が述べると、結衣は何とも言えない表情で頷いた。頷き、項垂れ、溜息を吐いた。

 

「まあ、元々あたしはそこらへん解決しないと勉強どころじゃないし。ヒッキーがついてきてくれるってだけでも良しとしとこうかなぁ……」

「え? 俺ついてくの?」

「当たり前だし! ていうか何であたし一人で行かせようとしたし!」

「いやさっきも言っただろ。特に親しくもない――」

「あたしが聞きに行ってる状態でヒッキーいなかったら向こう絶対怪しむじゃん!」

 

 場合によっては時間稼ぎかと疑われてその場でジエンドだ。実際の彼女がどのような行動に出るかは二人の想像上のものでしかないが、とりあえず八幡も結衣もデッドエンドが濃厚であるという過程で話を進めている。

 

「……そうなると、出来るだけ人に聞かれない場所を選ぶのもまずいか」

「でも人がいたら絶対話してくれないよ」

「適度に人がいそうでいない場所が必要だな」

「ちょっと何言ってるか分かんない」

「大丈夫だ、俺も分からん」

「全然大丈夫じゃない!?」

 

 あーだこーだと話をしつつ、上手い具合に話は纏まらないまま。無常にも昼休み終了の予鈴が鳴り響く。出来るだけ早い方が良い、ということで今日の放課後という時間は決まったものの、肝心の場所が決まらず仕舞いだ。

 

「じゃあ、続きはLINEで」

「続きはウェブでみたいな言い方してんじゃねぇよ」

「え?」

「もういい……」

 

 さてどうするか。そんなことを教室に着くまでああだこうだ言いながら、二人は揃って帰っていった。

 既に隠す気ゼロである。

 

 



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その4

着地しようとして墜落した感


 屋上、というのは実に様々な顔を見せる、そんなイメージを持たせてくれる。場所によっては昼休みの憩いの場になったりもするし、あるいは何か良からぬことを企む現場に様変わりしたりもする。

 高校の放課後の屋上、というのはその中でも更に違う一面を感じさせる。果たしてそれは甘酸っぱい一幕か、それとも暗い影の落ちる幕間か。

 

「……で?」

「えっと……」

 

 とりあえず傍から見る限りでは後者であろう。八幡は眼の前の光景を見てそんなことを思った。ジロリとこちらを睨む川崎沙希に対し、結衣はどうしたものかと視線を彷徨わせていた。

 そういうのは俺の役目だろう、と対岸の火事のような感想を抱きつつ、さてどうするかと彼は考える。とりあえず結衣が話を始めないとどうにもならない。そういうことにした。

 

「ひ、ヒッキー……」

「頑張れ」

「見捨てた!?」

 

 ちょっとちょっと、とターゲットを変更した結衣は八幡に詰め寄りぶうぶうと文句を述べる。そんな彼女に適当に言葉を述べ受け流した八幡は、それよりもと向こうを視線で指した。

 

「何? 夫婦漫才見せに来たわけ?」

「違うし! ていうか夫婦じゃないし!」

「そこは否定するまでもないだろ。ツッコミズレてんぞ」

 

 呆れたような表情を見せる沙希を見ながら、八幡も疲れたように溜息を吐く。ああこれは結局こうなるのか、そんなことを思いながら、とりあえず通報は勘弁してくれと前置きをした。

 

「通報されるようなことする気?」

「世の中には挨拶するだけで通報される人種ってのがいるんだよ」

「何で自信満々なの……」

 

 どうやら結衣もある程度落ち着きを取り戻したらしい。ごめんヒッキー、と謝罪すると、彼女は改めて前に出た。やっぱり説明は自分ですると彼に述べた。

 

「ねえ、川崎さん」

「何?」

「この間の、ことなんだけど」

 

 瞬間、沙希の目付きが鋭くなった。周囲の気配を探り、誰もいないことを確認すると真っ直ぐに結衣を睨み付ける。その話はするなと言ったはずだ。口にはせずとも、その表情が物語っていた。

 

「うん、それは分かってる。分かってるんだけど……」

 

 そこから先の言葉を紡ごうとしたが、言い淀んだ。ぶっちゃけるのならば、自分が気になって勉強出来ないから教えて、である。普通に考えてそれで快く教えてくれるのならばこの状況に陥っていない。

 それを八幡も察したのだろう。三十六計逃げるに如かず、ゆっくりと結衣から距離を取り、屋上の扉へと近付こうとした。

 が、その動きを見た沙希の視線が結衣から八幡に向く。何処に行くつもりだ、と言わんばかりの眼光を受け、彼は撤退が不可能であることを覚った。ゼロ%ではないだろう、だが、限りなく低いその道筋を一発で手繰り寄せるほど八幡は才能溢れているわけでもなければ逆境に強いわけでもない。むしろこういう場合は素直に流されるタイプである。

 結衣がこちらを見ているのに気付いた。どうしようと言わんばかりのその表情を見て、八幡はガリガリと頭を掻く。だから逃げたかったんだよ、と心の中でぼやいた彼は、一つ貸しだと彼女に述べた。

 

「俺の妹がな」

「は?」

 

 いきなり何言ってんだこいつ、という顔になった沙希が八幡を見る。話の流れが分かっている結衣は、自分が任せてしまったことをもありその様子をじっと見守っていた。

 

「塾の友達から相談を受けた。自分の姉さんが、最近様子がおかしいってな」

「……それで?」

 

 彼女の視線を気にすることなく、八幡は言葉を続けた。先程よりは察するワードがあったのだろう、沙希はピクリと眉を動かすと、言葉少なに続きを促す。彼は言われるまでもないと言葉を紡ぐ。妹の友人の名前は、川崎大志というんだが、と。

 

「……」

「その姉さんは高二になってから変わってしまって、バイトについて教えてくれなかったり家族を避けてる様子だったりしたみたいだが。……どうも日曜辺りから何か思い詰めているようだったらしい」

 

 そこで八幡は一度言葉を止める。真っ直ぐにこちらを見ている沙希をちらりと見て、即座に顔を逸らした。ヤバイ、怖い。とりあえずそんな感想を抱く。

 さてでは、と口を開こうとして八幡は動きを止めた。正直何を言えば良いのかさっぱり分からない。別段バイトは違法なものではないし、家族の問題に口を出すのも余計なお世話だ。よしんば彼女が何か問題を抱えているのだとしても、それを聞いて何が出来るというのか。

 

「とりあえず、謝っとくぞ。悪かった。いや、ごめんなさい」

「は?」

「いや、思い詰めたのは俺達のせいだろ? 不可抗力とはいえ、こちらに非があるからな。……まあ正直元凶はあのクソ野郎なんだが」

 

 クラスメイトにメイド姿を見られた。それが原因だろう、と彼は判断した。昼休みの相談で、結衣もそうだろうねと同意している。向こうがこちらを睨んでいるのもそのせいだし、向こうの家族との折り合いが悪化した一因であると言ってしまってもある意味間違いではない。

 

「謝られても困るんだけど」

「だろうな」

「はぁ?」

「いや、俺がそっちの立場だったらそう思うってだけだ。お前が欲しいのは謝罪じゃなくて」

 

 約束、ないしは契約。言い回しをそのまま言ってしまうとあまりにも芝居がかった感じになるので、彼は口止めだと述べる。それを聞いて少しだけ目を見開いた沙希は、しかしすぐにその表情を険しいものにした。

 あ、これ誤解してる。八幡は即座に気付いたが、しかしよく考えると言い方も結果も何一つ間違ってないことにも気付いて一人悶えた。心の中で、である。一応態勢は整えているよう見せかけている。

 

「……あたしに何をさせたいわけ?」

「別に何も。強いて言うなら、そうだな」

 

 ちらりと結衣を見る。急に視線を向けられたことでビクリとした彼女は、これ何か言わないといけないのと不安げに八幡を見た。はぁ、と溜息を吐いた彼は、最初に言いかけてたのを言うチャンスだと肘で突く。

 

「あ、そか。えっと川崎さん。どうして、内緒にしたかったの?」

「別に、そっちには関係ない」

「ああ、そうだな。関係がない。だから、こちらが内緒にする理由もない」

 

 キッ、と沙希が八幡を睨む。この外道、とその目が述べている気がして、彼ははいすいません外道ですと思わず土下座をしかけた。若干膝を折り曲げたところで踏み止まった八幡は、謎のポーズのまま精一杯の外道ムーブを取る。

 物凄くかっこ悪く、真剣な空気を吹き飛ばす威力があった。

 

「……はぁ。何か馬鹿らしくなってきた」

 

 呆れたように溜息を吐いた沙希は、ガリガリと頭を掻くと改めて八幡と結衣を見た。事情を話したら、内緒にしてくれるか。そう念を押し、二人が首を縦に振るのを見てもう一度溜息を吐いた。

 

「とはいっても、別に大した話じゃないよ。お金が必要だったってだけ」

 

 あまり親に迷惑をかけないように、少しでも進学に必要な資金を用意しておきたかった。要約するとそういうことである。そのために色々と調べ物もして、出来るだけ負担の少ない方法も選んだ。そう続けた。

 

「でも、やっぱりまとまったお金は必要だったから」

「それで何でメイドカフェなんだよ……」

「時給良かったし、拘束時間もそこまでだったし…………服が、ちょっと可愛くて」

 

 ぷい、と沙希がそっぽを向く。マジかこいつ、という顔をする八幡に対し、結衣はどこか共感を覚えたのかそういうの大事だよねと彼女へ距離を詰めた。

 

「あたし川崎さんってもっと怖い人かと思ってたんだけど、違ったんだね。可愛い! あ、ねえ沙希って呼んでも良い? あたしは結衣でいいからさ」

「え? あ、うん、別にいいけど」

「ガハマ、一気に距離詰めすぎだ。川崎引いてるぞ」

「へ?」

 

 八幡の言葉に結衣が沙希に向き直る。そっと顔を逸らされ、がぁんと彼女は項垂れた。いや別に嫌なわけじゃないから、という沙希のフォローが逆に気を使っているようで、結衣は益々縮こまる。

 

「……まあ、とりあえずこれで一件落着か」

 

 二人の姿を見ながら八幡はそう呟いたが、しかし何かが引っかかっていた。結衣は友達の秘密を軽々しくバラすようなタイプではない。自分はそもそもそんな秘密を言い合うほど仲が深い相手がいない。そこだけを見れば何の問題もないはずなのだ。

 

「あ」

 

 思わず声が大きくなる。幸い二人には気付かれていなかったが、八幡の表情は急激に曇っていった。

 結衣の悩みは解決した。が、肝心の小町からの依頼が解決していない。沙希が今のようにぽろりと事情を零せたのは相手が同級生だったからだ。友達、クラスメイト、そういう分類をしたところで、他人には違いないからだ。

 家族に同じことを言えるかといえば、答えはきっと否。

 

「……まあ、お姉ちゃんメイドカフェで働いてるの、とか言った日にゃ今以上に混乱するだろうからな」

「そうかしら」

「うぉあ!?」

 

 独り言のはずであった。返事など来るはずのない言葉であった。が、彼の隣から女性の声が聞こえてきたことで、八幡は思わず奇声を上げながら横に飛び退った。勿論そんな怪しい動きをした彼を二人が注目しないはずもなく。

 結果として、急に現れた第三者を目撃することと相成るわけで。

 

「あ、あれ? ゆきのん? いつの間に?」

 

 戸惑っている結衣の言葉に、その第三者、雪乃は薄く微笑みを返す。そうしながら、警戒心MAXの沙希を見て口角を上げた。いつもの間違っている営業スマイルを浮かべた。

 

「話は聞かせてもらったわ」

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、お兄さん?」

「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない」

 

 そう言って川崎大志の言葉をバッサリ切り捨てた八幡であったが、しかしその態度は酷く落ち着かないものであった。大志はそんな彼の姿を見て、ああ良かったこの人もきっと同じ気持ちだとほんの少しだけ安堵する。

 現在の場所は『メイドカフェ・えんじぇるている』店内である。何やらバックヤードで騒ぎが起きているようだが、とりあえず八幡は自分には関係ないと言い聞かせていた。

 

「お兄ちゃん、現実逃避はよくないと思うな。そういうの小町的にポイント低い」

「何を言う、俺は正しく現実を見ているぞ。今回の話に俺は関係ない」

「……本当に?」

「ああ。これも全て雪ノ下雪乃ってやつの仕業なんだ」

 

 ジト目で小町に睨まれた。が、実際八幡の中では本当のことなのでそんな表情をされようがその言葉を取り消しはしない。

 あの時、いつの間にかいた雪乃は沙希に自己紹介を行った。奉仕部、という肩書を告げ、悩みを解決する手段を提示するのが活動方針であると続ける。

 

「比企谷くんの妹さんの依頼は、川崎さんと弟くんの和解ね」

「まあ、そんなところだな。ところでどっから沸いて出てきた雪ノ下」

「あなたじゃないのだから、人を害虫みたいに言わないでちょうだい」

「俺を害虫扱いするのは問題ないみたいな言い方やめろ」

 

 当然のごとく八幡の言葉を聞き流し、雪乃は視線を沙希に戻す。当事者を置いてきぼりで話を進めていたことで、彼女の機嫌は急降下しているようであった。それは雪乃も分かっているのか、ごめんなさいと素直に頭を下げる。そうしながら、改めてと彼女に問うた。

 

「事情を聞いてもいいかしら?」

「……見ず知らずの人に話すことじゃない」

「確かにそうね。その事情は、あなたに縁深い人に話すべきだわ」

「知った風な口を」

 

 ふん、と鼻を鳴らす沙希を見ながら、雪乃は薄く笑う。その余裕ぶった表情が気に食わなかったのか、沙希は益々表情を険しくした。

 

「ま、まあまあ落ち着いて。ね、沙希。ゆきのんも、もうちょっと分かりやすく言おうよ」

 

 バチバチと火花でも散りかねない雰囲気になったそのタイミングで結衣が待ったをかける。完全に傍観者に徹しようと決めた八幡と違い、彼女はそこに割って入ることを選んだらしい。ああいうところは素直に凄いな、と彼は思わず称賛する。が、きっと何も考えてないからだろうとすぐさまその評価を取り消した。

 

「そうね。では奉仕部として提案することは一つよ。弟さんともう一度話し合うべき、いいえ違うわね、喧嘩をしましょう」

「は?」

「家族は一度マジギレしてぶつかり合う方が案外うまくいくものよ」

「マジギレて」

 

 雪乃の口から凡そ出ないような単語が飛び出たことで思わず八幡がツッコミを呟く。ちらりと彼女を見ると、その言葉に何故か妙な自信を持っているようであった。自分がそうであったのだから、と言わんばかりの表情であった。

 

「……まあ、でも確かに分からんでもないな」

「あんたもこいつみたいなこと言う気?」

 

 ジロリと沙希が睨み付ける。やっぱり怖いんですけど、と表情を引き攣らせ若干後ずさりした八幡は、しかしコホンと咳払いをすると彼女を見た。目を逸らさずに、まあ自分語りになるが、と言葉を紡いだ。

 

「昔妹と喧嘩してな。両方共引くってことを知らない状態で延々と言い合ってたんだ」

「ヒッキーでもそういうことするんだ」

「昔だ昔。んで、途中から親父が乱入してきて小町の味方するもんだから、一気に俺が不利になってな。ああこれ俺もうダメだと心が折れかけた」

「……ん?」

 

 何か違くない? と結衣が八幡を見やる。そんな彼女を横目で見ながら、まあ待てこれからだと手で制した。そのタイミングで何故か小町が自分の味方になったと彼は言葉を続けた。

 

「で、途中から母親も参加してもう滅茶苦茶だ。話の内容は俺なのに俺自身は完全に蚊帳の外」

「やっぱり違くない?」

「自分でもそんな気がしてきた。……まあ、あれだ。普段ないがしろにされてる気がしたが、案外俺って家族に気にかけてもらってるんだなってその時にほんの少しだけ思ったりもしたんだよ」

 

 喧嘩しなきゃ理解らなかった。そう締めくくると、どうだと八幡は雪乃を見た。ふむ、と少し考え込む仕草を取っていたが、まあ良いでしょうと彼女は頷く。いいんだ、という結衣の呟きは流された。

 

「変に遠慮したり、気を使い過ぎても駄目なのよ。私は姉と喧嘩してそれを学んだわ。その後姉さんと二人で母親を打倒したのも、その過程があってこそだもの」

 

 とてもいい笑顔で物騒なことをのたまった雪乃は、そういうわけだからと沙希へ近付いた。先程から得体の知れないという評価が一向に覆らない彼女が距離を詰めてきたのを見て、沙希は無意識に後退してしまう。

 それを感じ取り一定の距離に戻った雪乃は、指を一本立てるとではこうしましょうと彼女に述べた。

 

「私達も手伝うから、あなたのバイト先に弟くんを招待してみない?」

 

 そういうわけで今に至る。思い出しても、小町に経緯を語っても、やはり何がどうなってこうなっているのかさっぱり分からない。説明している本人がそうなのだから、聞いている小町もついでに大志も同じであろう。

 

「でも、姉ちゃんこんなとこで働いてるなんて……」

「心配しなくとも、ここはきちんとした飲食店よ。調査も済んでいるわ」

 

 大志が店内を見ながらそんな呟きをしたタイミングで声が掛けられる。ロングスカートと長袖という露出を抑えている割に肩は盛大に開けているというメイド服姿の雪ノ下雪乃がそこにいた。突如現れた美人メイドに、中学男子は思わず動きを止めてしまう。

 

「お前見た目はいいんだよなぁ……」

「あら比企谷くん、それは褒めていると受け取って良いのかしら?」

「貶してるに決まってんだろ」

「大丈夫です、雪乃さん。お兄ちゃんバッチリ褒めてますから」

 

 ここに来る過程で仲良くなっていた小町がそう言ってサムズアップをする。それを聞いて満足気に微笑んだ雪乃は、では本命に移りましょうかと視線を背後に向けた。

 以前も見たメイド服を身にまとった沙希は、いっそ殺せと言わんばかりの表情でプルプル震えている。そしてそれを見た彼女の弟は、しかし思いの外高評価で姉ちゃんキレイだと声を上げていた。

 

「姉ちゃん。バイト黙ってた理由って」

「……まあ、色々。家族に見られると恥ずかしいってのも、一つ」

 

 だから、と沙希は息を吐く。大志の頭を撫でながら、こうやって見られた以上意地を張る必要もないかもしれない、と苦笑した。そんな姉を見て、彼も笑みを浮かべながらごめんと頭を下げる。自分も意地を張っていた、と姉に打ち明ける。

 

「……一件落着、だね、お兄ちゃん」

「そうだな、知らんけど」

 

 小町の言葉に適当に返事をしながら、八幡は運ばれてきたカプチーノに口を付ける。後は向こうの問題だし、こちらが関与する必要もない。そもそも最初から関与する必要すらなかったまである、と一人ぼやいた。

 そうかな、とそんな彼に声が掛かる。ん、と顔を上げると、白と黒を基調としたフリルスカートのメイド服に身を包んだ結衣が立っていた。スカートがコルセットタイプのおかげで、彼女の豊満な胸がこれでもかと強調されている。

 

「……」

「何か言えし」

「お、おう。……似合ってんじゃねぇの?」

「そ、そか。……えへへ」

 

 はにかみながら結衣は八幡の隣に座る。結局自分達がメイドになった意味あったんだろうか、と呟いているが、まあ少しはあったのだろうと彼は返した。恐らく沙希一人だったのならば絶対に大志の前に姿を現すことはなかったであろうからだ。そこまで考え、成程確かに、一応は自分達が関与した意味はあったのかもしれないと八幡は思い直した。

 ちらりと結衣は沙希達を見る。遠慮なくお互い話をしている姿を見て、彼女は満足そうに微笑んだ。

 

「一件落着だね、ヒッキー」

「そのやり取りさっきやったぞ」

「それでもきちんと返すのが男の甲斐性でしょう? これだから比企谷くんは」

「本当ですよね、雪乃さん」

「何なんだよお前ら」

 

 はぁ、と溜息を一つ。頬杖をつきながら、結局ここ数日碌に勉強出来てないことを思い出して顔を顰めた。

 

「って、そうだ。ガハマ、お前試験勉強大丈夫なのか?」

「……あ」

 

 今思い出した、という顔をした結衣は、次いで顔を青くさせる。どうしよう、と盛大に頭を抱える彼女を見ていた雪乃は、しかし大丈夫だと微笑んだ。ぐるりと周囲を見渡して、言葉を紡いだ。

 

「あなたの勉強を見てくれる人が、ここに三人も」

 

 話を聞いていた沙希はまあそのくらいならと頬を掻く。何だかんだで迷惑をかけたし、何より友達だから。後半は口にはしなかったが、その表情で何となく察することが出来た。

 ありがとー、と沙希に飛び付く結衣を見ながら、それで、と雪乃が声を掛ける。その方向を見ずに、彼女は彼に話し掛ける。

 

「三人目は、どうするの?」

「……別に俺はいてもいなくても一緒だろ」

「だとしたら、いない理由は無いわね」

 

 雪乃の言葉に、八幡はふんと鼻を鳴らすことで返答とした。小町がそんな兄をニヤニヤと楽しそうに見ていたが、彼は徹底的に無視をした。

 

 



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騒動バースデイ その1

ラブコメの重要なイベントがスケジュール早い


「ヒキオ」

「うぉ!?」

「……何だしその反応」

 

 中間試験も無事に終わった。結衣は全教科で赤点を免れ、沙希は成績を上げ、八幡は数学を悪魔によって無理矢理赤点ギリギリまで押し上げられた。その代償として国語の成績が若干下がったが、悪魔曰く「一位じゃないのだから二位も三位も十位以下も一緒でしょう?」というありがたいお言葉をもらい沈黙した。ちなみに隼人が近くにいる場所でわざわざ宣言したため、彼女は物凄く睨まれていたのは言うまでもない。

 そんなこんなで補習という若人の貴重な時間を押し潰す悪魔の所業を回避した八幡は、今まさに死に直面していた。比喩表現とも言えないところが絶妙である。

 

「な、なんだ三浦」

「ちょっとあーしに付き合え」

 

 くい、と教室の外を指差す。ここで付き合うというワードにときめくことが出来たら良かったのだが、行動がどう見ても『表出ろぶちのめすから』であったため、八幡は顔を引き攣らせることしか出来なかった。勿論断ることなど出来はしない。とぼとぼと優美子の後を付いて教室から出ると、少し離れた窓際で足を止める。

 

「あんたどうすんの?」

「は?」

 

 そうして言われた言葉がこれである。なんのこっちゃと怪訝な表情を浮かべた八幡は、しかしここで尋ねるとそのまま殺されるのではないのかと思わず言い淀む。当然のように何だお前と睨まれた。

 

「い、いや。そう言われても何の話なのかさっぱりでだな」

「はぁ!? ユイの誕生日に決まってんじゃん」

「……ガハマの誕生日?」

「は? ちょっとその反応マジ? あいつの誕生日知らなかったわけ?」

 

 おう、と頷くと恐らく頭を潰される。そんなことはないと答えると嘘吐いてんじゃねぇと絞め殺される。どちらにせよ詰んでいた。ならば自分に正直に生きようと決意した八幡は、知らんとはっきり言い放つ。

 

「ヒキオ。あんたユイの友達っつったよな?」

「……おう」

「何? そーいう話とか全然しなかったわけ?」

「してないな」

 

 はぁ、と呆れたように優美子が溜息を吐いた。駄目だこいつ、と口に出した。

 くるくると指先で自身のゆるふわウェーブと弄んだ彼女は、ちょっと聞きたいんだけどと彼を睨む。当然のように八幡は後ずさった。

 

「前言ってた腐れ縁? とかいう奴とはしてないん?」

「あのクソ野郎は当日に誕生日だから何かくれって言ってきたぞ」

 

 バレンタインの一週間後であった。勿論かおりからチョコは貰っていない。二年前を思い出し、八幡はどこか遠い目で鼻を鳴らした。ちなみに去年も同様である。

 ともあれ、優美子はそれを聞いてふーんと流した。とりあえず誕生日を祝った経験はあるらしいということを踏まえ、彼女は自身の親友のその日を彼に告げる。

 

「六月十八日だから」

「は?」

「ユイの誕生日。しっかり何か用意しとけ」

「……お、おう」

 

 異論を挟めば殺される勢いであった。八幡に出来ることはただただ頷くことのみ。それを見てまあいいやと呟いた優美子は、話は終わりとばかりに踵を返す。

 その途中、ああそうだと足を止めた彼女は、振り返るとほんの少しだけ口角を上げた。

 

「多分その日あーしら集まって誕生日祝うけど、あんたはどうする?」

「いや、行かねぇよ。ガハマの知り合いとかロクに知らん俺が行っても気まずいだけだろ……」

「あ、そ」

 

 何か追加で言われるのかと身構えた八幡であったが、彼女は意外にもそれを聞いて素直に引き下がった。今度こそ振り返らずにそのまま教室に戻っていく。

 それを目で追っていた八幡は、何だったんだと頭を掻く。誕生日云々はともかく、最後のあれの意味が分からない。

 

「まあいいや。とりあえず当面の問題は」

 

 結衣に渡すプレゼントだ。流石にかおりと同じようにジュース奢って終わりというわけにもいかないだろう。本人はそれでもありがとうと喜ぶであろうが、優美子は絶対に許さない。

 そして何より、八幡自身がそれはちょっと味気ないと思っていたりするからだ。

 ちらりと窓の外を見る。季節は初夏。いい加減暑くなってくる。流石に日焼けをするほどではないが、日差しはジリジリと肌を焼き始める頃合いだ。

 

「プレゼント、か……」

「ん? 比企谷、どうした教室にも入らないで」

 

 そのまま暫し考え事をしていた八幡に声が掛かる。へ、とそちらを向くと、平塚教諭が不思議そうな顔をして自身を見ているところであった。もう時間だぞ、という言葉に、授業と授業の合間の休み時間とはいえ意外と考え込んでいたことを自覚する。

 慌てて教室へと戻ろうとする八幡の肩を、静はまあ待てと掴んだ。ついでだからちょっと話せと笑みを浮かべた。

 

「生徒のプライバシーに干渉するのが生徒指導なんですか?」

「む。それを言われると痛いな。まあ、言いたくないなら仕方ない」

 

 ぱ、と肩から手を離す。そうしながら、悩みがあるなら力になるぞと彼女は笑った。そこには打算や教師の仕事であるという含みは何もなく、ただ純粋にそのままの意味でしかないことを感じさせて。

 

「……じゃあ、その時があったら」

 

 思わずそんなことを言ってしまった八幡は、そのまま静を見ることなく教室へと早足で戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 三日経った。結局何もいいアイデアが思い浮かぶこともなく、期日はどんどん迫ってくる。結衣もそろそろ八幡が何かを隠しているのを察し始めてきてもいる。最早猶予はない。

 はぁ、と盛大な溜息を吐いた八幡は、こうなれば最後の手段だとこの間の言葉を信じることにした。流石に職員室まで足を運びプレゼントが思い付かないなどと相談すれば呆れられるのは間違いないので、彼は静の担当授業の終わり際を狙うことにした。

 

「……成程。しかしまあ、ふっ、ふふふ」

「何ですかその笑い」

「いや、何とも青春に満ちた悩みだと思ってな。若いっていいなぁ……」

「いや平塚先生も別に言うほど年食ってないでしょう……」

 

 どこか遠い目をし始めた静に八幡はそう返す。我に返った静は、茶化すこともなく思った以上に真剣な表情で顎に手を当て考え始めた。何か欲しいものが分かるのが一番手っ取り早いのだがと呟きながら彼を見て、まあ無理かと苦笑した。

 

「そもそもそれが分かっていれば悩まんわな」

「そりゃそうですよ」

 

 はぁ、と溜息を吐く八幡を見ながら、静は再度考える。数個ほどネタを出したが、これで完璧だという答えには至らなかった。それでも無難にストラップ辺りでいいのではないか、という意見を八幡は採用したらしい。

 

「すまんな。あんなことを言っておいてあまり役に立てなかった」

「いや……。そんなことは」

 

 ここでとりあえず無難な答えを返すのが普通である。実際普段の八幡ならば、それほど繋がりのない相手にならば、それを迷いなく実行している。が、今回は自分から相談をしたということもあり、そして思った以上に真面目に考えてくれたということもあり。

 

「まあ、ないことはないですが」

「そこは歯に衣着せろ」

 

 若干取り繕わなかった。そこは嘘でもそんなことはないと言う場面だろうという静の言葉に、八幡は素直をモットーにしていますからと返す。別段気まずい雰囲気になっている様子はない以上、その発言に至った彼の心境を彼女もある程度は感じ取ったのかもしれない。

 

「大体、君が素直? 片腹痛い」

「え? 何で俺そんな評価? これでも一応普通の学生してるつもりでしたけど」

「なんだ、知らなかったのか? 私は奉仕部顧問だ」

 

 瞬間、八幡の顔がとてつもなく嫌なものを見る目に変わる。マジかよこいつ、という表情で静を見る。ほんの僅かなその言葉で、彼は答えを導き出したのだ。つまりはこういうことだと理解したのだ。

 雪ノ下雪乃と繋がってるぞこの教師。

 

「待て待て。別に私は雪ノ下妹の報告を鵜呑みにしているわけじゃない」

「嘘だッ!」

「ひぐらしは鳴いていない」

「嘘だそんなこと!」

「アンデッドもいない」

 

 ぐ、と八幡は呻く。涼しい顔で自身の言葉を流す静が、どうにも奉仕部の誰かに重なった。というかこの人サブカル詳しくね、とどうでもいいことをついでに思った。

 そんな八幡を見て静は苦笑する。まあ確かに報告を見る限り君の評価はボロボロだ、と言い放った。

 

「が、あいつも本気で君を罵倒しているわけではない。いわば……ツンデレ」

「現実と妄想の区別くらいつけましょうよ」

「君に合わせてやったのだがな……。まあいい。要は別に悪く言われているわけではないということだよ」

 

 信用出来ない、とその目が述べていた。八幡の腐った魚のような目は、目の前の教師が胡散臭い存在であると言わんばかりに細められている。そんな視線を受けた静はやれやれと頭を振り、どうすれば信じてもらえるのかねと頬を掻く。

 

「無理ですね」

「そうか。……ああ、ならばこういうのはどうだ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた静は、指を立てるとそれを八幡に向ける。その動きに思わずビクリと反応した彼は、そこから逃げるように後ずさった。

 が、もう遅い。そうするよりも早く、彼女はその言葉を口にしていたからだ。

 

「奉仕部に依頼に行くといい。きっと、君にきちんと向き合ってくれるはずだ」

「……何を依頼しに行けと? まさかプレゼント選びをあいつに相談しろってんじゃ」

「そのまさかだ。同い年の少女の方が何かとアイデアを出してくれるだろうしな」

 

 ふ、と笑う静を見ながら、八幡は記憶を辿る。自分が見てきた雪ノ下雪乃の姿を思い出す。

 アレがそんなアイデアを出してくれるとはとてもじゃないが思えない。彼の出した結論はこれであった。悩むことも迷うことも全く無かった。

 

「先生」

「ん?」

「先生に相談したのが間違いでした」

「さっきより評価酷くなったな!?」

 

 

 

 

 

 

 そういうわけで、八幡は静の意見を却下した。それを選ぶ必要などない、と結論付けた。

 にも拘わらず、彼は今こうして特別棟を歩いている。自分でもどうしてこんなことをしているのかが分からないと呟くが、しかし帰るという選択肢を取らずに目的地まで歩みを進めている。

 あの後素直にこうすればよかったと八幡は小町に相談を持ちかけた。ふむふむとそれを聞いていた小町は、しかしふと何かを思い立ちスマホで何やら操作を行う。そうして画面を眺め笑顔になった彼女は、うんうんと頷くとそれを見せながら八幡に向かってこう言い放ったのだ。

 

「お兄ちゃん! 雪乃さんが手伝ってくれるって!」

 

 そういうわけで妹に嵌められた八幡は奉仕部に向かっているのである。何なの世界は俺にここまで優しくないの、とぼやいたところで、現状は何も変わらない。

 奉仕部、と書かれたプレートでもあれば良い目印になったのだが、生憎この教室には何も書かれていない。それでも間違えることなく辿り着けてしまったのは、二年になって数ヶ月の間に幾度となく訪れているからだろう。

 コンコン、と扉をノックする。ここで返事がなかったらこれ幸いと帰るべく足に力を込めたが、どうぞという声が聞こえ彼は渋々ながら扉を開けた。

 

「いらっしゃい、比企谷くん。奉仕部はあなたを歓迎するわ」

「俺としては来たくなかったんだけどな」

「あらそう。それでも来たということは」

 

 そこで言葉を止めた雪乃は、空いている椅子に座るよう勧め口角を上げた。それを断る理由もない八幡は、促されるまま素直に座る。対面の彼女は、そんな彼を見て満足そうに頷いた。

 

「救いの手を、取りに来たのね」

「小町に言われたからだ」

「ふふっ。ではそういうことにしておきましょう」

 

 そう言いながら雪乃はノートを広げる。既にお馴染みとなった依頼人の事情を書き込むものである。普段は依頼ごとに別のノートを用意しているのだが、八幡から見えるそれは以前も見た覚えのあるものであった。

 

「今回の依頼はわざわざ別のものを用意する必要もないでしょう?」

「いや、確かにそうかもしれんが……それ、ガハマの依頼の書かれたやつじゃねぇか」

「何か問題が?」

 

 由比ヶ浜結衣のプレゼントを選ぶ、という依頼なので、彼女の依頼のノートに書き込むのは間違っている。そう言いたかったが、しかし言ったところで眼の前の相手は聞く耳持たないであろうし、よしんば聞いたとしても自分の依頼のノートが作られるのは気分的に嫌でもあった。仕方なく、八幡はふんと鼻を鳴らしその部分を流す。

 

「とはいっても、別段書くことは何もないのだけれど」

「おい俺の葛藤返せよ」

「事実でしょう? 話自体は既に昨日小町さんから聞いているもの」

「……おぅ」

 

 涼しい顔でそう言われてしまえば、八幡としても口を噤まざるを得ない。まあもうどうでもいいや、と肩を落とすと、だったら何でそれ広げたと結衣の依頼ノートを指差した。

 

「簡単なことよ。ここには彼女の情報が書かれているわ。プレゼントを選ぶ参考になるでしょう?」

「……お、おう」

 

 今さらりとプライバシー保護に真っ向から反抗する言葉が出なかったか、と戦慄する。そんな八幡の表情から思考を読み取ったのか、心配しないでと雪乃は述べた。本人から聞いた程度の、別段大したことのない情報よ。そう言って該当のページを彼へと差し出した。

 

「紅茶でも淹れましょう。比企谷くんはそれを読んで何か考えておいて」

「へ? お、おう?」

 

 さっきからオットセイの鳴き声のようなことをしか言えていない八幡は、言われるがままノートに視線を落とす。恐る恐るであったが、確かにプライバシーに関することはそれほど見当たらなかった。それほど、である。恐らく本人が何の警戒もなくペラペラ喋ったのであろう部分は思い切り書かれていた。

 

「……そういや、あいつ犬飼ってたっけ」

 

 それを見て彼は思い出す。彼女と出会ったきっかけは、犬が車道に飛び出したことであった。それを全力で捕まえ、そしてそのまま車に撥ねられ。

 病室でのあのやり取りを経て、何の因果か友達と自分から言ってしまえる関係にまでなっている。縁は異なもの、とはよく言ったものだ。そんなことを思いながら、八幡はペラリとページを捲り。

 身長と体重、スリーサイズが記載されているのを見てすぐさま元に戻した。

 

「雪ノ下ぁ!」

「あらどうしたの比企谷くん」

「どこがプライバシーに関わる部分は書かれてない、だ。思い切り書いてあるじゃねぇか!」

「ページを捲ったのね。でも、それは誤解よ。あくまでそこには由比ヶ浜さんから聞いた情報しかないわ」

 

 しれっとそう述べる雪乃を、八幡は物凄く訝しげに見やる。もし彼女の言っていることが本当だとしたら、結衣は身長体重スリーサイズを眼の前の相手にペラペラと喋ったことになる。

 その光景を想像し、あいつならあるかもしれないと彼は肩を落とした。その背中には若干の哀愁が漂っていたとかいないとか。

 

「はい、どうぞ」

「……おう」

 

 差し出された紅茶を一口。何でこんな場所で出される紅茶が滅茶苦茶美味いんだよ、とある意味至極どうでもいいことを思いながら、八幡は視線を雪乃に向けた。それで、何かアイデアはあるのか、と彼女に問うた。

 それを聞いた雪乃は微笑む。ええ勿論、と自信満々に髪を靡かせると、彼女は真っ直ぐに彼を見た。

 

「ねえ、比企谷くん」

「あん?」

「付き合ってちょうだい」

「……は?」

 

 突然のその言葉に、八幡が返せたのは何とも間抜けな一言だけであった。言葉の意味を理解するその数瞬の間、彼は彼女を見詰めることしか出来なかった。

 

 



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その2

最初に言っておく!


ごめんなさい。


 うああああ! と悶える人物が一人。それほど大きくないソファで、心中で死にたいだの明日学校行きたくないだの叫んだ挙げ句、低い唸り声を上げながら転がっていた結果床に落ちた。

 そのまま暫し死んだように動かなかったその人物、言わずもがな八幡は、再度思い出したかのようにジタバタと悶え始めた。その姿は死んだと思ったセミに近付いたら生きていて突如動き出すが如し。

 そんなセミファイナル状態の八幡であったが、ふと気付くとリビングの入口に誰かが立っているのが見えた。それが誰かを認識した彼は、自身の妹である小町を視界に入れ、しかし何か言うことなくそのまま項垂れる。そんな動きをする兄を何やってんだという目で見下ろしていた小町は、スマホを何やら操作した後床に落ちている物体を避けつつソファに座り込んだ。

 

「それで?」

「……あ?」

「どうしたのお兄ちゃん」

「今聞くのか……」

「入り口に立ったままだと邪魔になるでしょ」

 

 それはそうだが、と呟きながら、しかし八幡は床に転がったままである。立ち上がる気力が湧かない、そんなことを言いながら、とりあえず彼は自身を見下ろす妹へと答えを返した。

 

「ちょっとな……ラブコメヒロインになったんだ」

「……ふーん」

「流されるとそれはそれでキツイな……」

 

 そんな八幡の呟きに、小町はだって真面目に聞く必要無さそうだしと切り返す。うつ伏せであった状態からごろりと回転すると、八幡はテーブルの足を掴んで無駄にこすり始めた。特に意味のない行動である。勿論小町は何も言わない。

 

「で?」

「で、ってお前……」

「言いたくないなら別にいいよ。小町だって無理には聞かない。愚痴りたいなら聞いたげる」

「笑うなよ」

「無理かな」

「即答!?」

 

 床に転がったまま向きを変え小町を見る。その表情は既に笑顔、今のやり取りで八幡にとっては重要かもしれないが自分にとってはしょうもないことだと判断したらしい。

 八幡本人もそれは分かっているので、はぁ、と溜息を吐いた後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。ちなみに床に転がったままである。

 

「雪ノ下に、『付き合って』って言われたんだ」

「……ほぅ」

「いやな、話の流れ的にどう考えてもガハマへのプレゼントの買い物にってことだったよ。でもな、一瞬、ほんの一瞬だけドキッとしちまったんだ……!」

「美人だもんね、雪乃さん」

「まあ確かに顔っつうかスペックはいいな。逆に言うとそれしか良くない」

 

 中身が酷すぎるからな。そんなことを言いながら、八幡は天井を見やる。そもそも、自分なんかに告白する相手がいるという前提がまず間違っている。それを重々承知の上で、しかしどうしてもその言葉に反応してしまう自分がとてつもなく嫌になる。ああやっぱり男という生き物は単純なのだと嘆きたくなる。

 だがそれは逆に言うと、それだけ相手が親しいものだと認識しかけている証明にも成り得てしまう。見ず知らずの相手に言われたのならば、よく知りもしない程度の相手からの言葉ならば、当たり前のように八幡はそれを告白なのではないと判断するからだ。

 

「仲良いんだね、雪乃さんと」

「ふざけろ。あんなのと仲が良くてたまるか」

 

 ふんと鼻を鳴らすと八幡はそっぽを向く。元々小町の方を向いてはいないので最早どこを見ているのか分からない状態になった兄を眺めながら、彼女はどこか楽しそうに笑った。

 ああやって人を貶す時は、兄のあの貶し方は。

 

『なんだかクソ野郎がまた増えそうですよ』

『マジで? ウケる!』

 

 スマホ画面のトークを見ながら、未だに立ち上がらない八幡の様子を伺い。

 さてでは自分達も何かプレゼントを用意しようかな、とかおりとの約束を取り付けた小町は、もう一度楽しそうにケラケラと笑った。

 

 

 

 

 

 

 週末である。約束の日、と言い換えてもいい。梅雨入りのニュースも入り、しかしそんなことも感じさせない晴れ間の広がる土曜日、比企谷八幡はどこかそわそわした様子で人を待っていた。一度落ち着いたものの、やはりあの時のショックがどことなく尾を引いている。

 

「比企谷めっちゃキョドっててマジウケるんだけど」

「うるせぇ死ね」

 

 そんな彼を笑う人物が一人。小町と共に何故か八幡の横にいるかおりは、ケラケラと笑いながら遠慮なしに彼の肩を叩く。そんな痛みに顔を顰めていると、不意に彼女がその声を止めた。

 あの人がそうなんだっけ。そんな言葉に視線を上げると、こちらに向かって歩いてくる雪乃の姿が見える。普段とは違う彼女の装いに、八幡は思わず動きを止めてしまった。

 

「お待たせ、比企谷くん」

「お、おう。いや、別にそこまで待ってもいねぇけど」

「カップルかよ! ウケる!」

 

 ぷふー、と横で聞いていたかおりが吹き出す。そんな彼女を八幡は思い切り睨み付けると、それで今日はどうするんだと雪乃へ向き直った。

 そうね、と頷いた雪乃は目的地を告げ、そこでならばお目当てのものが見付かるでしょうと彼に述べた。そうしながら、ちらりと小町とかおりを見た。

 

「あなた達も、目的は同じかしら?」

「あ、はい。そうです。でも小町達は別行動で探そうと思ってますよ」

「そーそー。えっと、雪ノ下さん? は比企谷の面倒見てやって」

「おい何でお前俺の保護者気取りなの? 生まれてこの方お前に保護された覚えは欠片もないんだけど」

「ええ、分かったわ。ええと、折本かおりさん、でいいのかしら?」

「うん、よろしく」

「無視かい」

 

 はぁ、と溜息を吐いた八幡は、もうどうでもいいと視線を外した。そんな兄を生暖かく見守っている小町が視界に映り、やべぇ味方いないと彼は肩を落とす。

 いやいや、と小町はそんな八幡に否定を述べた。小町は最初から最後まできちんとお兄ちゃんの味方だよ、と笑顔を見せた。

 

「小町……」

「ん? 今の結構小町的にポイント高かったでしょ?」

「雪ノ下けしかけた時点で破綻してるぞ」

「えー」

 

 そんなにマズかっただろうか、と小町が首を傾げるが、八幡はジト目で彼女を見るのみ。そうしつつも、まあ確かに一人では限界があったので助かっているのもまた事実なわけで。

 まあいいや、とどこか諦めたように頭を掻いた八幡は、とりあえず行こうぜと三人に声を掛けた。別段反対する理由もなし、改札口を通り、電車に乗って目的地まで進んでいく。

 そうして辿り着いた大型商業施設の入り口にて、小町とかおりは笑顔で手を振りながら去っていった。後は若いお二人で。比企谷をよろしくねー。そんな二人の言葉を聞き、八幡はガクリと項垂れる。

 何なのお前らほんと。彼の呟きは空気に消えた。

 

「良い妹さんと友人じゃない」

「本気で言ってんのか? いやまあ確かに小町はよく出来た妹だが」

「大好きなのね、妹さん」

「……まあ、家族だしな」

「折本さんも、似たような空気を感じたけれど」

「ただの腐れ縁だ。あのクソ野郎と小町を比べるとか失礼にも程がある」

「そうね。友人と家族の大切さは別だものね」

「……言ってろ」

 

 ボリボリと頭を掻き、俺達も行くぞと雪乃に述べる。こくりと頷いた彼女は、それで具体的なアイデアはあるのかと問い掛けた。

 

「無いから依頼したんだろうが」

「自慢げに言うことではないわね。由比ヶ浜さんのデータは見せたはずだけど」

「参考にしろとか言ってたな。……犬の首輪でも買うか」

 

 この間のノートで印象に残っている部分を思い返す。そう言えば犬のリードが外れたのが原因とか言っていたな、と当時の会話もついでに思い出した。が、流石にあれから一年以上経っているのにそのままということもないだろう。中々のアイデアだと思ったのだが、と自分で自分の意見を却下しながら彼はちらりと横の雪乃を見た。

 

「中々アブノーマルな性癖ね」

「その発想に至るお前の思考の方がアブノーマルだ」

「あら、私が一体何を考えていたというの? 具体的に教えてくれないかしら」

「お前は俺を導きに来たのか罵倒しに来たのかどっちなんだよ……」

 

 そうね、と少しだけ考える素振りを見せた雪乃は、くるりと踵を返し行きましょうと告げる。何だかんだできちんと約束は果たすらしい。

 施設内を歩きながら、雪乃は八幡にこの間見せた情報を改めて口頭で伝えていく。それらを踏まえ、結衣の喜ぶようなものを用意するべきだ。そう言って彼女は指を立てた。

 

「で、何を送ればいいんだ?」

「それは自分で考えることよ。奉仕部は魚を直接与えはしないもの」

 

 もっともらしいことを言っているが、その実雪乃も分かっていないのではないか。そんな考えが頭をもたげたが、それを指摘したところで何の役にも立たないことを認識した八幡は溜息を吐く。これでスラスラと答えられた日にはこれまでの倍の罵倒をされるだろうと予測し、恐れたということもある。

 

「さっきまでの情報はアドバイス足り得なかったかしら?」

「……いや、そうだな。とりあえず服でも」

「由比ヶ浜さんのサイズが知りたいのね」

「っていうのはきっと他の連中も考えてるだろうし、別のものだな」

 

 この間のノートのページに書かれていた数値が頭をよぎる。身長と体重はおぼろげだが、それ以外の三つの数値は何故か頭にこびりついて離れなかった。特にBから始まるやつだ。

 ごふごふとわざとらしい咳払いをした八幡は、そうなるとアクセサリーかあるいは最初に考えたように犬の首輪などの小物辺りがいいかもしれないと思考し、口にする。そこに異論を挟むこともない雪乃は、それならとりあえず見に行きましょうと近くにあったマップを眺めた。ある程度の当たりをつけ、ちらりと周囲を観察し。

 

「……比企谷くん」

「ん?」

「これは、どこにあるのかしら?」

「マップ見てんのにその質問はおかしくね?」

 

 何言ってんだこいつ、という目で雪乃を見たが、彼の予想とは裏腹に彼女は真剣な表情をしている。どうやら真面目に分からないらしい。怪訝な表情を浮かべた八幡は、しかしそれを信じることが出来ずに思わず疑問を口にする。

 

「なあ、雪ノ下。お前ひょっとして」

「そう。雪乃ちゃんは方向音痴なの」

 

 横合いから声。思わずそちらに顔を向けた八幡は、視界に映った人物を見て目を見開く。

 美人であった。華やかな、陽だまりのような美貌を持った女性であった。そんな人物が、ニコニコと笑みを浮かべながらこちらに近付いてくる。

 八幡は彼女に見覚えがない。雪乃の名前を述べていたのだから、彼女の知り合いなのだろうと判断した彼は、目の前で笑顔を浮かべる美女と隣の美少女とを交互に見やる。そうしながら、雪乃の浮かべている表情を見て再度彼は目を見開いた。

 

「げ、姉さん……」

 

 心底嫌そうな顔であった。具体的には、普段彼が雪乃を見る時に浮かべるような、かおりと出会った時に浮かべるような、そんな顔であった。

 それがつまりどういうことか、を八幡は深く考えないことにした。

 

 

 

 

 

 

「げ、はないんじゃない?」

 

 そう言って彼女は苦笑する。それを見て更に苦い顔を浮かべた雪乃は、しかし瞬時に表情を戻すと一体どうしたのと問い掛けた。

 

「どうしたもこうしたも。雪乃ちゃんを見掛けたから来ただけ」

「そう。じゃあ帰って」

「酷くない!?」

 

 がぁん、と大袈裟なリアクションを取る女性を見ながら、八幡は警戒を解かずにいた。基本余裕で上から目線を崩さない雪乃があんな態度を取る相手だ。どう考えても普通ではない。

 そもそも、纏う雰囲気が胡散臭すぎる。一挙一動、その全てがまるであらかじめ設定されているかのような、そんな嘘臭さが溢れ出ているのだ。

 

「……ん?」

 

 そんな彼女が、八幡を視界に入れた。笑みを浮かべたまま彼を見ると、ふむふむ、と何かを確かめるように数度頷く。

 その行動だけで、見透かされた気がした。勿論気のせいだろう。向こうがそういう風に思わせる挙動を取っただけなのだろう。だが、そう感じてしまうというだけで、八幡は十分驚異に値すると判断した。そして恐怖した。こいつは絶対に近付いてはいけない相手だ、と。

 

「酷いなぁ。そんなことはないよ」

「っ!?」

 

 薄く微笑む。八幡を見て、彼女は先程までの笑みとはまた違う笑顔を浮かべた。ただそれだけで、彼はまるで蛇に睨まれたカエルのように縮こまってしまう。

 そんな八幡を助け起こしたのは、他でもない隣にいた雪乃であった。いい加減にしろ、と眼の前の女性を睨み付け、ついでに帰れと言わんばかりにシッシと手を払う。

 

「はいはい。ごめんね。ちょっと気になったから」

 

 笑顔は変わっていない。が、先程まで感じていた寒気が薄まった。はぁ、と息を吐いた八幡は、しかし目の前の女性を見ず横の雪乃に小声で尋ねる。何だこいつ、と。初対面の相手であるにも拘らず、向こうをまるで考慮しない聞き方をした。

 

「私の姉よ」

 

 返ってきたのはそんな簡潔な一言である。一瞬だけ理解が出来ず、しかし次の瞬間全ての問題が氷解したように八幡は女性へと向き直った。そういえばさっき確かに姉さんって言ってたな、と改めて彼女を見た。

 

「雪乃ちゃんの姉、陽乃です。よろしく、比企谷くん」

「あ、はい。よろし――え?」

 

 今なんつったこの人。下げかけた頭を途中で止め、目を見開いて陽乃を見る。今から名乗ろうとした自分の名前を、目の前のこいつは先に言わなかったか。

 

「あは、ごめんね。君のことは、雪乃ちゃんから聞いていたの。驚かせちゃった?」

「……あ、まあ。驚きました」

「そうかそうか。うん、それはよかった」

 

 何が良かったのか分からない。引き攣った表情で曖昧な返事をした八幡は、再度雪乃を見た。おいこの人頭おかしいんじゃないのか。そんな意味を込めた視線を受けた雪乃は、ええそうねと迷うことなく即答した。

 

「年中無休で人をからかうことと自分が楽しいことしか考えていない変態よ」

「雪乃ちゃん、自己紹介?」

「私は姉さんには劣るわ。きちんと真面目な部分があるし、常識的な行動も取るもの」

「冗談きついね。今日だってそうでしょ? 自分が楽しいから、ここに来てる」

 

 ギロリと雪乃が陽乃を睨んだ。おお怖い怖い、とおどけたように後ずさった彼女は、そのまま今度は八幡へと一歩踏み出す。ずい、と近付かれた彼は、陽乃のその距離に思わずのけぞった。やばい柔らかいいい匂いする、と凄くどうでもいいことが頭に過ぎった。

 

「比企谷くんも大変だね。雪乃ちゃんに振り回されてない?」

「え、あ、その……あの、ですね。……まあ、確かに振り回されてます」

 

 しどろもどろになりながら、八幡は彼女にそう返す。そっかそっか、とチシャ猫のように笑った陽乃であったが、しかし彼の続きの言葉に動きを止めた。でも、という八幡の声を聞いて目を少しだけ見開いた。

 

「別に、大変じゃないですよ。このくらいなら、慣れてますし……」

 

 そこまで言ってから、俺何言っちゃってんのと悶え始めた八幡を眺めながら、陽乃は暫し目を瞬かせた。そうした後、楽しそうに、その口元を三日月に歪める。視線を彼の隣に動かすと、うんうんと満足そうに頷いている雪乃の姿も見えた。

 

「雪乃ちゃん」

「何? 姉さん」

「まさか社交辞令でも何でもなく、あんなことを本気で言うのが身内と静ちゃん以外にもいるとは思わなかったわ」

「でしょう? ……今の私の周りには、他にもいるのよ」

「え? ほんとに?」

「ええ。とりあえずほぼ確実なのは、由比ヶ浜さんね」

 

 今プレゼントを選んでいる相手だ、という話をすると、ああこないだ聞いたねと陽乃は笑う。そういうことよ、と同じように笑みを浮かべた雪乃は、そういうわけだから今日は邪魔しないでちょうだいと彼女へ続けた。

 

「んー。そうだねぇ……。わたしとしてもそうしたいのは山々なんだけど」

「……もうやらかし終わっているのね」

「大正解。はい、あちらをご覧ください」

 

 じゃじゃん、と陽乃がガイドのように手を向けた方向へと視線を向ける。聞き耳を立てていた八幡も同じようにそこを見た。

 目をパチクリとさせ、彼と雪乃を交互に見ている少女の姿がそこにあった。今日、プレゼントを買おうとしていた相手の姿がそこにあった。

 

「あれ? ヒッキーと、ゆきのん?」

 

 由比ヶ浜結衣の姿が、そこにあった。

 

 




修羅場なんぞあるわけない。


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