特別だからって世界を救う義務は存在しない。 (霧ケ峰リョク)
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第一部
プロローグ
ちょっとハーメルンで投稿して無さすぎるので…………
ただ今はちょっとオリジナルの方で頭を割きすぎているという………。
―――――特別だからって世界を救う義務は存在しない。
例えば未来を知っていて一国を亡ぼすような災害が来ると言う事を分かっていたとしよう。
どうやってそれを伝えると言うのだろうか、そしてどうやって救うと言うのだろうか?
結論を語ると絶対に不可能だ。どれだけ声高々に叫んでもそれを誰が信じると言うのだ。
仮にそれを信じてくれたとして、全ての人間を救う方法なんてどうやって考えれば良いのだろうか。
と、まぁ長々と語ったわけだが自分が言いたい事はただ一つ。
「主人公に憑依したからって原作通りにやらなくて良いよね。てか逃げる」
これ一つに尽きるのである。
+++
気が付いた時、自分は『家庭教師ヒットマンREBORN!』の主人公『沢田綱吉』に転生憑依していた。
その事実に気が付いた時、自身はかなり絶望した。
如何して絶望したのか、その理由がこの物語のストーリーを知っているからである。
何をやってもダメダメな劣等生である主人公、沢田綱吉のもとに羽の無い天使と言う名の殺し屋兼最強の殺し屋であるリボーンが家庭教師としてやって来る。
リボーンの手によって毎日が波乱万丈な日々に変化していく。自身の命を狙いに来たが改心した右腕、努力をした結果怪我をしてしまい自暴自棄になった親友、それ以外にもはた迷惑ながらも頼りになる仲間達が出来るのだ。
そして組織の後継者争いや世界の滅亡に立ち向かっていくのだ。
かなり捻くれたものの見方をして視れば沢田綱吉とその仲間達の出会いはリボーンが仕組んだからなのだが、それでも彼にとっては失いたくない大切な至高の宝石に他ならない。
実際、辛い事だらけでも彼が頑張って手に入れ、そう思ったからこそ彼はそれを誇っている。
だからこそ普段は何をやってもダメダメな少年は拳を振るって立ち上がり、折れそうになっても勝つことが出来たのだ。
確かに彼はダメツナなのかもしれない。だがそれ以上に彼は勇気のある少年だった。
しかし、だがしかし、前世がただの一般人な自分が彼に転生憑依したところで何の意味も無いのである。
何? 沢田綱吉も最初は一般人どころか劣等生だった?
―――――知らんな。
世の中には劣等生と名乗っておきながら滅茶苦茶頭が良い奴だって居るのだ。
そして、沢田綱吉は劣等生だからこそ世界を救うことが出来たのだ。
自分のような人間に彼と同じことが出来ると思わないし、出来るわけが無いのだ。
ならばどうするべきなのか、そう聞かれれば答えは一つ。
原作に関わらず平穏に過ごすしかないのである。
とは言え、沢田綱吉は基本的に巻き込まれ系の主人公だ。
しかも巻き込んで来るのは最強の
当然自分一人が通用するような相手なわけが無い。
しかし、自分はマフィアのボスとかになりたくないし、原作通り進みたくはないのだ。
だが普通に生きていたら間違いなく原作に関わることになってしまう。
故に平穏な生活は絶対に手に入らないのだ。
それでも、原作に関わるという悲惨な結末だけは絶対に嫌なのである。
改めて考えると本当に酷い話である。
そして何よりも自分一人じゃ絶対に逃げられない。
だったら仲間を手に入れれば良いじゃないか、と言われても沢田綱吉の仲間は基本的に一癖二癖あるような連中ばかりだ。
しかも癖が強ければ強い程に優秀だというのがまた泣けてくる話である。
「でも、やらないと駄目だよな」
心の中で決意を固めながら最低でも自分の味方につける存在を決め、準備に取り掛かる。
期間は原作開始前まで、
+++
長かった、全ての準備が終わるまで本当に長かった。
父親に怪しまれないように仕事でイタリアに行ってから準備を始め、約二年程度の短い期間の中で地獄のようなスケジュールをこなしたのだから。
大空のリングを手に入れる、もしくは作成すること。死ぬ気の炎を使えるようになること。武器を手に入れること。信頼でき必要な能力を持つ味方を此方側に引き入れること。
本当、原作主人公はよく短期間であれ程強くなれたものだ。
まぁ彼の場合は強くならなければ皆死ぬしか無かったわけだから死に物狂いでそうならないといけないのだが。
「ボス。どうしたの?」
「ああうん。何でも無いよ、凪」
ここまでの苦労を思い返して感慨に耽っていると味方にした少女、凪が心配そうな表情をしていた。
すぐに平静を装って返事を返す。
凪、原作においてクローム髑髏と名乗った彼女は術師という稀有な才能を有した存在である。
彼女を仲間に引き込むことが出来たのは本当に良かった、そう心から安堵する。
「でも良かったの? 俺と一緒に行くという事は多分家には二度と帰ることは出来ないよ。それでも俺と一緒に行く――――」
念の為に最後の確認をしておこう。
そんな事を考えながら凪に問い掛けようとして、その前に彼女は言葉を告げた。
「構わない。私はボスの身を護る為の牙であり盾でもある。それに私の家族はボスだけ、あれは家族じゃない」
「…………そっか」
何とも頼もしい話じゃないか、ちょっと背筋がゾッとするような嫌な感覚があるものの気のせいだと思う。
気のせいでなくてもそれは自分自身の緊張感から来る勘違いである。
「さて、それじゃあ目指すは目的地はアメリカ合衆国のラスベガスだ」
「分かった」
頷く凪を連れて飛行機の搭乗口に向かう。
その道中、黄色いおしゃぶりを付けた黒スーツの赤ん坊を視界に収めたが無視することにした。
凪の幻術に加えて偶然手に入れたレア度5星の
如何に最強のアルコバレーノたるリボーンでも意識していないと強化された幻覚は見抜けないらしい。
まあ流石にこんな所で幻覚を使う奴が居るなんて思うわけが無いか。
「さらば日本、さらば並盛、さらばマフィア生活!」
こうして今生の俺は家出に成功したのだった。
面倒ごと、辛い事に巻き込まれると最初から知っていて態々されるがままというのは愚かな事である。
なので二度目の人生は独学とは言え必死に鍛えた自身の能力を駆使し、楽して生きて行こうと思う。
可愛い女の子も居るし、文句は無い。
さぁ、平穏な生活の始まりだ!
なお、折角手に入れたこの平穏な生活もたった一週間で崩壊する事を、この時の自分はまだ知らなかった。
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逃亡生活その1
ラスベガス、それはこの世に存在する歓楽街の中で最も知名度がある都市の名である。
日が沈まぬ街という異名を持つこの街は娯楽を、金銭を、スリルを求める人々の欲望によって満たされていた。
そう、満たされていた――――。
「ば、馬鹿な……………」
カジノのオーナーを30年以上やっている男は目の前で起こっている現実が信じられなかった。
少なくとも長年カジノを経営していてこのような事が起こった事は皆無だった。
稀に、極めて稀にだが幸運の女神というものに愛されてチャンスをモノにした者も居る。
だが彼等はただ幸運だっただけだ。
ならばイカサマをしているのかと聞かれればそう言うわけでも無い。
何故なら男の瞳に映るその者はただスロットマシンで遊んでいるだけなのだ。
投入したコインも何ら不審なモノでは無く、ただひたすらにタイミングを窺ってボタンを押しているだけ。
強いて他人と違う事があるとするならば、その者がやっているスロットマシンは男が悪ふざけで作った縦横10面の特注品だった。
通常のスロットマシンでさえ揃える事が難しいというのに、普通なら先ず間違いなく揃う筈が無いそれを、さっきから連続で当てていた。
そしてそのスロットを揃えていたのはまだ子どもの日本人だった。
「…………た、頼む。もうやめてくれぇ…………!」
最早作業と言っても良いぐらいに連続でスロットを揃えまくる少年の行動に、男は堪らず弱音を吐いてしまう。
しかし、そんな男の思いが通じたのか少年はスロットを止めて立ち上がる。
どうやら満足したらしい――
「次はポーカーで増やすか」
――そう考えていた男の思考はかなり楽観的だったらしい。
少年の放った言葉に男は口から泡を吹いてその場に倒れた。
+++
ギャンブルであろうがなかろうが、勝負ごとで最初から勝つと決まっていればかなり退屈である。
スリルという刺激は良くも悪くも緊張感を齎すが、慣れてしまうと気が抜けるものだ。
それが良いことなのか悪いことなのか、一概に決められないので割愛する。
「はい、ストレート。俺の勝ち」
兎に角、自分が何を言いたいのかと言うと超直感マジで便利。
対人戦において常に最適解を出しているにも等しく、心を察することも出来るこれはポーカーとかでも有用に使える。
スロットマシンに関しては素の動体視力が優れていたから出来たけど、これポーカーとかいったギャンブルに使うと本当に楽勝ですねはい。
イカサマがバレないタイミングとかもよく分かるし、チートとは正にこの事だろう。
眼前でパラパラと手に持ったトランプのカードを落とし、床に膝をついて愕然とするディーラーを見て、本心からそう思う。
少しやり過ぎたとは思うが、今後の活動資金のことを考えるとこれぐらいやらないとダメだろう。
手に入れたカジノコインを換金してからカジノを後にする。
「軍資金も手に入れたことだし、他の国に移動するか」
「ラスベガスを発つの?」
「流石にずっとここに居るっていうのはマズイからな。正直一日以上ここには滞在したくない」
ラスベガスは俺達が逃げる為に最初に訪れた場所だ。
リボーンが日本から追いかけてくることを考えると、すぐにでも発たなければいけない。
「本当ならもうちょっとゆっくりと過ごしたいんだけど、まあそれはまた今度という事で」
この逃亡生活を選んだのは自分自身とは言え、優雅な生活が出来ずに時間に追われるというのはままならないものだ。
まぁ飛行機を使った移動の為、情報が出回るのは仕方がないと納得しよう。
いかに努力をして強くなったとはいえ、情報の隠し方とかは学んでいない。
機会が無かったし、どうやって学べば良かったのかも分からなかった。付け焼刃の秘術程怖いモノは無いとはいえ、学ばなかった事を少しだけ後悔する。
「…………俺も結構頑張って来たと思ったけど、まだまだ努力が足りないかぁ」
「そんなことは無い。ボスは十分に強いと思う」
「ありがと。でも、これは俺の理想が無駄に高いだけだから」
凪からの慰めの言葉に感謝しつつも自身のことを顧みる。
本当に自分が未熟だという事をよく思い知らされる。
とは言え、これは精進するしか無いだろう。
諦めなければいつかきっと夢は叶うのだから――――。
俺がマフィアのボスにならないという夢は諦めさえしなければ叶うと信じている。
「でもこの後はどうしようか…………取り敢えず飛行機は多分無理だろうからホテルに泊まりたいんだけど、場所がなぁ…………」
下手な場所に泊まれば日本から来たリボーンにバレるだろう。
もしかしたらバレないかもしれないけど、ああ本当にもう。
一度最悪を想定したら次々と最悪が脳裏をよぎる。その全てに対策するなんていうことは出来ないし、余計に大変だ。
「今は凪の幻術でデコイを作るくらいしか無いか」
幸いなことに資金は無駄にある。
バレないように幻覚でホテルの客を装い、複数のホテルに泊まっていることにすれば問題はないだろう。
「いや、それじゃあ間に合わないか」
両手にボンゴレⅠ世が使っていたグローブをはめてリングに炎を灯す。
偶然手に入れて作る事が出来た精製度Aランクの大空のリングから放たれるオレンジ色の大空属性の死ぬ気の炎。
その炎がグローブを包み込み、やがて額からも同じような色をした炎が燃え上がる。
超死ぬ気モード――――自らのリミッターを内的に外す特殊な状態。
要するに超がつく程の死ぬ気状態と言う事で、リングを介さずに死ぬ気の炎を身体から放出することが出来る。
「凪、俺に掴まって。空を飛んでロサンゼルスまで移動する」
「分かった」
「飛んでいる時は俺の姿を幻覚で隠しておいてくれ」
自身に凪が掴まったのを確認するとグローブから死ぬ気の炎を放出して空を飛ぶ。
雲一つ無い夜空を舞いながら車を軽く上回る速度でロサンゼルス方面を目指す。
本当ならばもっと速くすることが出来るのだが、流石に凪の事を考えるとそこまでの速度を出すことは出来ない。
それでも一時間ぐらい飛べば辿り着くだろう。
「ねぇボス。他の人達はどうして誘わなかったの?」
空を飛んで三十分ぐらいが経過した頃、凪が唐突に口を開く。
「他の人って…………ああ、皆の事か」
「私だけじゃなくて他の人達の力も借りれば、もっと上手く逃げられると思う」
「まぁ、確かにそうなんだけど…………皆には自分の生活があったからね。皆なら断らないとは思うけど、俺の我儘に付き合わせるわけにはいかないからさ」
正直な話、本当なら他人に迷惑を掛けたくは無かった。
いくら逃げる為とは言え、他人の人生を巻き込みたくない。
でもそうしないと逃げられないから。
「本当ならこうして凪に手伝ってもらうことだって心苦しいんだよ。いや、凪を誘っておいて今更こんな事を言うのも悪いんだけどさ」
凪を味方につけたことだって彼女が家族との関係が悪いからであり、簡単に誘いに乗ってくれそうだったからだ。
原作での彼女、クローム髑髏になる前の凪は実の家族からすらも半ば見捨てられていた引っ込み思案な心優しい少女だった。
彼女が傷付いて臓器を喪失する事になったのも猫を車から庇ったからである。
そんな少女だからこそ、味方につけたかった。優しい彼女ならば自分の無茶にも付き合ってくれると一方的に信じて。
友達が居なかった上に家族との関係も最悪だった凪と出会い、友人になるのはそう長い時間は掛からなかった。他の人達と友人になる事も、最初こそ上手くいかなかったもののすぐに親友と呼べる間柄になっていた。
その全てが、彼女の人間関係の殆どを作ったのは自分自身の身勝手な目標の為である。
自分にとって都合良く動かせる味方が欲しいが為に彼女の人生を自分の為に巻き込んだのだ。
「嫌だったら文句を言っても良いんだぞ?」
「大丈夫、ボス。さっきも言ったように私の家族はボスだけ」
「…………そっか」
こんな時、超直感は上手く働かない。
悪意に対して敏感なこの能力でも、他人の心の内を覗き込むことは出来ないのだから。
彼女が本当は自分の事を嫌っているかもしれない、そんな事をつい考えてしまう。
もし、俺が彼女の人生を狂わせたと知ったら、彼女は怒るだろうか。
「なら俺も出来る限り頑張って凪を幸せにしなくちゃいけないな」
苦笑いを零しながらそう呟く。
家出をした直後は後悔なんかしていなかったけど、後々時間が経てば経つほど後悔してしまう。
本当に中途半端な自分の意思が弱さに嫌になってくる。
そんな事を考えながら空を飛んでロサンゼルスに向かうのだった。
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逃亡生活その2
「―――――大丈夫? 怪我とかしてない?」
車に轢かれる、猫を庇った凪はそう思って瞳を閉じ、いっこうに来ない衝撃に困惑しながらその声を聞いた。
目を開けた凪の視界に入ったのは、変わったグローブを付けた少年が車を片手で受け止めているという、とてもではないが信じられないような光景だった。
「助けられて良かった」
そう言って少年は笑みを浮かべたまま空を飛んで去っていった。
友達が居らず、家族にすら疎まれていた凪にとってその少年との出会いを忘れる事は出来なかった。
まるでヒーローみたいだ。
凪にとってその出会いは決して色褪せる事の無い至高の宝石になった。
それからというもの凪は毎日家の外に飛び出してその少年の事を探した。
自分を助けてくれた少年にお礼を言うために――――。
今にして思えば、あの時の出会いが全ての始まりで、全ての切っ掛けだったのかもしれない。
その時のことを彼が全く覚えていなかったのには少し怒りを覚えたが、それでもただ一つ、唯一無二にして偽りの無い真の言葉で言える事がある。
―――――彼は私を必要としてくれたのだ。
彼との再会以降、凪の生活は以前とは比べ物にならない程に豊かなものになった。
一人ぼっちだった自身の事を友人だと言ってくれる友が出来た。
一緒に買い物をしたり、他愛の無い会話をしたり、本当に心の底から楽しいと言える生活を送ることが出来るようになった。
故に凪は今の自分を作ってくれた沢田綱吉の事を心の底から慕っていた。
だからこそ、彼女は綱吉の願いを叶える為に動く。
例えその願いが決して叶えてはいけないものだったとしても、彼女は彼の願いを叶える為に動くだろう。
+++
「流石はアメリカのステーキ、大き過ぎるにも程があるだろ…………」
家出をした日から一週間が経過した日のこと、俺はテーブルに出されたステーキを見て感嘆の声を漏らしていた。
現在の居場所はニューヨーク。アメリカ合衆国で最も
ラスベガスで金銭を稼いで以降、公共交通機関を使わずにアメリカを移動しまくっていた。
車とか乗り物を使って移動するとどうしても足がついてしまうので、手間暇かからないとはいえかなり疲れるのだが文句は言っていられない。
「ボス。食べられるの?」
「うーん。死ぬ気になれば食べられるだろうけど…………凪の方は?」
「私は食べられないかも…………」
「じゃあ俺が食べるから頂戴」
超死気モードはかなりの体力を消費する。
今夜もまた移動するからその分しっかりと食べて英気を養わなくてはいけない。
「しかし、そろそろアメリカからも逃げないとな」
綱吉はステーキを咀嚼しながら窓の外に視線を向ける。
人々の喧騒で賑わう街中で数人の黒スーツを身に纏った男達が写真を手に持って道を歩く人に聞き回っていた。
よく見るとその手にある写真には自分の顔が写っていた。
間違いなくボンゴレファミリーですはい。そうでなくてもマフィア関係者ですはい。
「やっぱり幻覚で誤魔化すのにも限度があるか…………」
と、言うよりは証拠をなるだけ残さないようにしていたから、まだアメリカに居ると思われている。
これを上手く利用できれば良いのだが、実際問題そう上手くいくわけがない。
凪の幻術で今の俺達の姿は大人の観光客にしか見えないだろうから、向こうがこっちを見ても気付くことは無いとはいえ、正直に言って心に悪い。
「…………戸籍を偽造して、逃げ出すのが一番良いかな?」
戸籍の偽造、それは口だけで言える程簡単なものではない。
一応造る事は可能だし、やろうと思えばできなくも無い。だがそれは凪にやって貰わないといけないし、他人を操らなくちゃならないのだ。
人を思いのままに操る行いなんて良くないし、そんな事を凪に行わさせることなんて出来ない。
「やっぱりそれは無しで…………不法にこの国から逃げるのが良いか」
やっぱりここは足がつくかもしれないが真正面から堂々と飛行機にでも乗るか、もしくは侵入して逃げ出すかのどちらかだろう。
そうと決まれば早速空港に行って飛行機に乗って逃げだそう。
多分だがこんな方法で逃げ出すなんて相手はきっと思ってもみない筈だから。
「よし、じゃあ凪。行こうか…………もう、この国に用は無いから」
そう言って凪を連れて立ち去ろうとしたその瞬間だった。
耳を劈くような爆音が響いたのと同時に眼前のガラスが砕け散ったのは。
「―――――っち」
自らに迫り来る爆風とガラスの破片、それを反射的に灯したリングの炎で盾を作って防御する。
硬度が一番優れている雷の炎程の防御力は期待できないが、死ぬ気の炎の盾は通常の物理攻撃の殆どをシャットアウトする。
ミサイル等の爆撃でさえ普通に防ぐことが出来るのだから、この程度は軽く防ぐことができる。
ついでに店内に居た他の客達も守ったが造作も無いことだ。
とは言え、そんな事は誇るべき事でも無いし、気にするようなことでも無い。
「…………これは、一体どういう事だ?」
何の前触れも無く窓ガラスが砕け散って爆風が襲い掛かって来るなんて、とてもではないが異常以外の何物でも無い。
そしてこの爆発が裏社会絡みで引き起こされた事だと、自分の直感が告げていた。
「ボス! 私の後ろに居て――――」
「凪はそこで他の人達を安全な場所まで誘導して!!」
「ボス!!? お願いだから待って…………!」
爆発の衝撃で変形した窓枠から身を乗り出して外に身を乗り出す。
背後で凪が何やら叫んでいるような気がしたが、今の俺にそれを気にする余裕なんて欠片も無かった。
舗装されていた道路もさっきの爆発の際に砕けて歩きにくくなっていた。
だからと言って自分が歩みを止める事は無く、何度か躓きそうになったものの何かが爆発したであろう場所に出る。
―――――そこは控え目に言って地獄絵図としか言いようが無かった。
瓦礫が散乱し、さっきの爆発に巻き込まれたであろう人達が倒れていた。
幸いなことに平日だったことに加えて、ここはあまり人が居なかったのか、怪我をしている人が少なかったことだろう。
最悪だったのは怪我人よりも死者の数の方が多かったことだ。
その大半が恐らくはマフィア関係者だったが数人は一般人、それも数人は幼い子どもだった。
「…………酷い」
眼前の光景を見て思わずそう呟く。
それと同時に激しい怒りが心の内から湧き上がってくる。
一体何処の馬鹿だ。こんな酷いことをしたのは。
怒りに狂いそうになりながら周囲を見渡して、恐らくではあるもののこのような惨状を作り上げただろう存在を発見する。
モスカ――――イタリア語で蝿を意味する旧イタリア軍が開発した人型軍事兵器。
そのような物騒な代物が何故こんな場所にあるのか、疑問が浮かんだものの一端心の奥底に封じ込め、モスカを睨み付ける。
マフィア界の事情には詳しくは無いがあれがこんな惨状を作り出したのは紛れも無い事実である。
ならば自分がすべき事はただ一つ。
「一体も残さないよう、スクラップにしてやる…………!」
自身の眼前で子どもの命を奪うような真似をしたあの兵器を解体することだ。
そうと決まった瞬間、超死ぬ気モードに入った俺は両腕に着けたグローブに炎を灯す。
炎を激しく噴射し、その推進力で一気にモスカに接近する。
「壊れろ…………!!」
死ぬ気の炎を纏った拳がモスカの頭部に突き刺さる。
綱吉の一撃をまともに受けたモスカは頭部に拳大の穴が開き、そのまま機能を停止した。
死ぬ気の炎は高濃度に圧縮されたエネルギーだ。未来世界では対死ぬ気の炎の素材があるものの現代では存在しないので、防げる術は殆ど無いと言っても良い。
モスカの頭部を貫通した拳を勢いよく引き抜き、その際に近くに居たモスカに裏拳を喰らわせる。
まるで壊れたプラスチック玩具のように二体目のモスカの頭部は胴体から離れて爆散する。
「なっ…………貴様は一体…………!?」
男のものと思われる声が耳に入る。
声がした方に視線を向けると酷く混乱した様子のスーツ姿の男がそこに立っていた。
――――ああ、成程…………こいつが下手人か。
この男がモスカ達を操ってこの騒動を引き起こした、そう自身の直感がそう告げていた。
こういう時、超直感というものは便利である。
嘘偽り、虚飾というものを見抜くことができ、相手の裏にある思惑をある程度察知することができるのだから。
未来予知や平行世界閲覧といった異能に比べて格が落ちると当時は思っていたが、そんな事は無く、むしろ同程度のチートとしか言えない。
何せ、この超直感は相手の痛みを理解できるのだから。
「俺は沢田綱吉、ただの家出中学生だ」
背中に背負っていた布から刀を取り出して構える。
以前野球好きの友人と一緒に鍛えた事もある為、十二分に使う事が出来る。
グローブだけでも戦うことは出来るが、得物があると幾分か楽だから。
「今からお前を死ぬ気でぶちのめす。覚悟しろ」
この時の俺は気が付いていなかった。
自分の背後に銀髪の少年がへたり込んでいると言う事を。
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逃亡生活その3
「10代目候補、沢田綱吉が家出をしたらしいぞ!」
銀髪の少年――――獄寺隼人がその言葉を耳にしたのはこれから日本に向かおうと準備していた時だった。
10代目候補の失踪。言葉にすればあまりにも簡単かつ軽いものだったが、隼人からしてみればかなり重たいものだった。正確にはボンゴレファミリーに所属する者達にとっても重いものだが、隼人のそれは他のものとはかなり違う意味合いを持っていた。
――――失望。
隼人は幼い頃、とある理由から家出をしている。
その理由とは隼人が正妻との子ではなく、愛人との間に産まれた子どもだからだった。
マフィア界において愛人の間に産まれた子どもは
自身が愛人との間の子である事を知ったのは家を飛び出す前の事だった。正確にはその事実を知ったからなのだが大差は無いだろう。
それから数年の時が経ち、隼人は裏社会で“悪童”や“スモーキングボム”と言った二つ名を付けられるようになっていた。だが日本人の血が混じっているという事に加えてまだ十四歳の子どもと軽視されてしまい、マフィアになる事すら出来ないでいた。
紆余曲折を経て裏社会で最大勢力を有するボンゴレファミリーの一員となり、次期ボスとなる10代目を試そうと思っていた。
だがその前に10代目候補は失踪し行方不明となった。
産まれた時から裏社会で育ってきた隼人からしたら失望という二文字以外表現する言葉が無かった。愛人との間に産まれた自分とは違って、創立者の直系の子孫という輝かしい立場だったのだから失望してもおかしくはないだろう。
そしてそのまま10代目候補を捜索する任務につくことになり、アメリカに来た際に敵に襲撃されたのだ。
敵はボンゴレファミリーとは敵対関係にあたるサーレファミリーで、非道な人体実験を行なっている所謂悪いマフィアだった。
そのようなファミリーがイタリアの軍事兵器として開発されたモスカを使い、大勢の一般人を巻き添えにしたのだ。
今の攻撃で隼人と共に活動をしていたボンゴレファミリーの者も恐らく死んでいるだろう。
「…………クソっ!」
隼人は自らが置かれた状況に思わず舌打ちをする。
絶体絶命の危機とはまさにこの事だろう。
自分が待っている武器、ダイナマイトではこの敵達を倒す事は出来ない。
自滅覚悟で挑めば一体は倒せるのかもしれない。だがモスカは一体だけではない。それこそ群勢と言っても過言ではない程に居る。
「素晴らしい、流石はイタリア軍が開発した軍事兵器だ」
サーレファミリーの幹部である男はモスカ達が作り出した光景に惚れ惚れとする。
この兵器があればボンゴレファミリーを打倒する事も夢ではない。
そう考えた男は唯一の生き残りである隼人を打倒しようと命令を下そうとして、
―――――額に炎を灯した一人の少年の手によって一体のモスカが破壊されたのを見た。
+++
死ぬ気の炎を刃に灯した刀を一閃振るい、モスカを一体、縦に真っ二つにする。
「…………良し、行ける!!」
崩れ落ちるモスカの姿を視界に収めつつ、俺は自分の強さを実感する。
自分が沢田綱吉に転生してからというものの毎日のように努力をしてきた。
だが、肝心の戦いに関しては自信が無かった。
着実に強くなっているという事実は自分でも理解できる。毎日毎日慢心せず、誇張表現かもしれないし本当に一度だって慢心しなかったのかと聞かれれば胸を張って答えられるわけではないが、確かに努力し、着実に強くなってきた。
とは言え、それを実戦で活かせるかどうかについてはまた話が別だ。
そもそもとして命を賭けた本当の実戦なんて一度もやった事が無かったからだ。
一応は並盛に居た時に風紀委員長や親友、ボクシング部の部長と模擬戦のような事を繰り広げはしたものの実戦でも通じるか不安だった。どれだけ模擬戦を繰り広げようが、どれだけ痛い目にあおうが命を奪い合う戦いじゃないのだ。
不安を抱いてもしょうがないし、不安を感じて当たり前だ。
だが、この結果を見るに大丈夫だろう。
その事実を噛み締めながら俺は次のモスカに拳を叩き込む。
「次」
殴り抜いたモスカが大爆発を引き起こし、爆炎に包まれる。
その爆発を自身を守る為に展開した死ぬ気の炎で防ぐ。
死ぬ気の炎ならばただ放出するだけでミサイル程度ならば簡単に防ぐ事が出来る。
最も、死ぬ気の炎は精神状態に左右される力だ。
使い手が油断や慢心をしていたらその力を発揮する事は無い。原作の沢田綱吉が見くびっていたせいで父親である沢田家光にワンパンで打ちのめされてしまったり、その沢田家光が驚愕によって9代目の影武者に撃たれて重傷を負ったりした。
文字通り死ぬ気で戦って初めて力を発揮するのだ。
「次」
モスカを三体、続け様に両断する。
親友の技である篠突く雨、それの模倣だ。刀を使う際に教えて貰ったから一応は出来る。
その精度、技のキレ、威力。全てにおいて劣っている無様な技しか使えないが、
とはいえ、さっきの死ぬ気の炎の話に戻るが、常に死ぬ気だと何処かで集中が途切れてしまう。だから本当に死ぬ気になるのは一瞬で良い。攻撃の瞬間と防御の瞬間のみ力を発揮すれば良い。
原作でのハーブの名前がコードネームになっていた少年が同じ事を言っていた。
だが本当に難しいのだ。油断せず慢心せず、だけど本当に死ぬ気になるのは一瞬というのは。
「はい、連続で三体っと。じゃあ次は10体相手にしてやる」
まぁ出来ないわけではないのだが。
そんな事を考えながら刀をモスカに向かって投擲する。
銃弾の如く勢いよく投げられた刃はモスカの頭部を貫き、行動を強制停止させる。
爆発させないような攻撃をしている為、刀も無事である。
「次は槍だ」
今度は武器を槍に持ち替えてモスカの動力炉のみを正確に突いて破壊していく。
刀と違って刃が短い槍では機械で出来た兵器であるモスカを破壊するのは容易ではない。
これが対人戦であるならば槍の方が有利だと弁明してみるが、超人揃いのこの世界では間合いの有無はそこまで有利にはならない。
とは言え、槍には槍の強みがある。得物そのものの長さに先端に集中するパワー、その威力は剣での突きよりも威力があるだろう。
その
「ほっ、はっ!! これで終わりだ!!」
槍全体に死ぬ気の炎を纏わせてそのまま勢いよく回す。
炎の竜巻が発生し、残ったモスカ達は飲み込まれてそのまま宙を舞った。
そして先程モスカに突き刺した刀を引き抜いて、そのまま振るう。
「イクスブレイザー!!」
死ぬ気の炎を纏わせた刀の一閃が、同じく自分の死ぬ気の炎によって発生した竜巻で宙を舞っていたモスカごと斬り裂く。
両断されたことで完膚なきまでに破壊されたモスカが爆発を引き起こし、その残骸が雨の如く降り注いだ。
+++
「す、すげぇ…………!」
隼人は自分の目の前で行われた蹂躙劇を見た感想を口にする。
自分では勝てないであろうあの群勢を羽虫でも蹴散らすかのように力を振るい一方的に勝利した。
なんていう実力だ。自分が知りうる限りの実力者の中で、戦いになるとしたらトライデント・シャマルぐらいだろう。モスカが機械で出来た兵器である事も考えたら、単純な実力ならばシャマルよりも上だ。
だからこそ疑問を抱いた。あれ程の実力を有しているというのに、何故家出なんかをしたのか。
「…………もう終わってる」
考える隼人の隣に槍を手に持った凪が出現する。
一人先走り、早速大暴れしまくった綱吉を見て溜め息を漏らす。
あの人はいつもこうだ。関係無いのに真っ先に渦中に飛び込んで、その結果痛い目にあう。だというのに学習しないで同じ事を何度も何度も繰り返す。
逃げる為にここまで来たというのに何故、自分から巻き込まれに行くのか。
凪は右手の中指に着けている瞳のような形状をしたリングを外す。
「そこがボスの良いところだと思うけど」
この国に来る前、綱吉はある集団もといグループのリーダーだった。
と、言っても殺伐とした雰囲気が少しだけあったただのお友達グループだ。
どうしてグループになったのかについては綱吉が全ての切っ掛け、もといやらかしが原因である。
不良に襲われていたところを助けたこと、補習になった時に仲良くなったこと、暴れた際に校舎の一部を破壊して殺し合いになったりしたこと。
その全てが彼のお節介ややらかしが原因である。
瞳のリングを弄びながらモスカをスクラップにし、下手人であろう男に刀と槍を突き付ける綱吉に視線を向ける。
――――私の出番は無さそう。
既に決着がついたこの状況の感想を、凪は心の中で呟いた。
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逃亡生活その4
取り敢えずゆっくりとですが復帰していきます。
「ば、馬鹿な…………モスカが、全滅だとっ!?」
サーレファミリーの幹部である男は目の前で起こった現実を受け入れられないでいた。
最も、あれだけの数が居たモスカをたった一人の人間の手によって破壊されたら誰だって同じように思うだろう。
その上、件の少年はまだまだ余裕そうに振る舞っている。
「いや、それは良い。本当は良くないがそれよりも奴は、沢田綱吉と名乗ったか!?」
モスカを文字通りスクラップの山に変えた少年が言った名前。
それは現在行方不明になっているボンゴレファミリーの10代目候補の名前だった。
ボンゴレには本来の、後を継ぐ筈の四人の候補者が居た。
だがその四人の内三人が死亡。次期後継者として目されていた筈の最後の一人である9代目の実子は何をトチ狂ったのか7年前にクーデターを引き起こして失脚という有り様。
結果、全ての後継者が居なくなったボンゴレは日本に隠居した初代の子孫を次期ボス候補に仕立て上げたのだ。
初代の血統とは言え、つい最近まで一般人だった人間をボスにするという、大マフィアとは思えないあまりにも愚かな所業に敵対していたファミリーは失笑した程だ。
その上、ボスにしようとした子どもに逃げられるという散々たる有り様。
最早世界最大最強のマフィアの地位も失墜したのだと嘯かれていた。
「ふざけるな…………何だあの化け物は!!?」
男は目の前で行われている蹂躙劇を視界に収めてしまい、脇目も振らずに逃げ出す。
モスカを全て破壊したら今度は自分達の番だ。その事実を脳が理解する前に、あの沢田綱吉はそう言わんばかりに男の仲間達を血祭りに上げていた。
しかも全ての反撃をその身で受け止めた上、反撃の一発で仕留めているのである。
銃を撃てば噛んで受け止め、刃物で切り付けても肉体に刃が触れた瞬間溶けてしまう。
こんな怪物にどうやって勝てば良いのか、こんな化け物とどうやって戦えば良いのか。
「ボンゴレは、あんな化け物を後継者にしようとしているのか…………!?」
何が耄碌しただ、何が地位が失墜しただ。
あれだけの強さを有しているならばボンゴレから逃げられて当然だ。
急いで逃げなくてはいけない。あれに捕まれば死ぬ事よりも酷い目にあう。
遠くへ、もっと遠くへ―――――。
「何処に行くつもりだ?」
「がっ!!?」
男が逃げ出そうとした瞬間だった。
沢田綱吉が目の前に現れ、その首を掴んだのは。
「と、いってもお前が逃げようとしているのは分かってたんだけどな」
逃げ出そうとした男の首を掴みながら、沢田綱吉は鬱陶しい羽虫でも見るような瞳で睨み付ける。
「暫く眠ってろ!!」
怒りという感情に身を任せたまま繰り出された拳は男の顔面に深々と突き刺さり、意識を奪い取った。
+++
「ふぅ、あーもう、疲れた…………」
モスカとマフィア連中を一人残らず叩き潰した後、瓦礫の山に腰を掛けて溜め息をつく。
超死ぬ気モードはかなり強いけどかなり疲れる。まぁ口ではそうは言うものの実際はまだ余裕なのだが。
それでも疲れるには疲れる。この程度の相手ならば死ぬ気モードで十分だっただろうか。
戦いが終了して余裕が出来た為、今回の戦いの反省点を思い返していると一人の少年が自分の前に立った。
「貴方が、沢田綱吉さんですか?」
「ん? そうだけど――――」
ふと目線を上げ、声を掛けて来た人物の方に向ける。
さっきは殆ど見ていなかった為、分からなかったがよくよく観察してみればかなりのイケメンだ。
恐らく地毛であろう銀髪に整った顔立ち、不良的な顔立ちの良さもある。
そして煙草と火薬の臭い――――、
「ん!?」
既視感のあるその臭いと顔に思わず言葉を失う。
俺の前に立っている少年、それは間違いなく獄寺隼人だった。
どうして、何でここに居るんだ――――そうつっこみを入れるよりも先に、獄寺隼人は嬉しそうな顔をして土下座をした。
「お見事でした!!」
誰もが見惚れる程に綺麗な、見事な土下座だった。
思わずその土下座に見惚れてしまう中で、獄寺隼人は勢いよく捲したてる。
「貴方の事を一度でも疑い、失望した俺が間違っていました! 見ず知らずの俺なんかを守ってたった一人で戦った貴方こそ、ボンゴレ10代目に相応しい!!」
あかん、これマジであかん。何とか話を中断してこの場から逃げないと。
そう考えていると何者かに左肩を叩かれた。
背後から感じる恐ろしい気配に恐怖を覚えながらゆっくりと振り向く。
「――――ボス?」
そこには良い笑みを浮かべた、しかし怒っていると確信する程の威圧感を発揮している凪の姿があった。
「な、凪…………どうしたの?」
彼女が怒っている理由が分からない、そんな意図を込めた質問を投げかけると凪は鎌を取り出した。
「ボス。私、怒ってる」
「え、えっと…………なにか不愉快なことでもあったの?」
俺の足下に鎌が振り下ろされた。
「ひ、ひぃっ!?」
「ボス。何で一人で戦ったの? 私は止めようとしたのに、何で危ない事に首を突っ込んでるの?」
ゴゴゴゴ、と効果音が鳴りそうな程に怒っている凪。
彼女は視線を一切逸らす事は無く、俺を見据えている。
助けを求める視線を獄寺隼人に投げかけて見る。残念な事に顔を青くして顔を逸らしていた。
「え、えっと…………何となく、かな?」
視線を戻し、俺が語った答えを聞いて凪は更に笑みを深める。
それと同時に藍色の死ぬ気の炎が漂い始め、実体のある幻覚、有幻覚で出来た鎖が出現し始める。
「少し反省して」
「ちょっ、まっ――――ギャァアアアアア!!?」
自らに迫り来る鎖の群れに俺は情けない悲鳴をあげた。
+++
「と、取り敢えず今は次の潜伏先を決めようか」
全身に鎖が絡み付いたままの状態で俺は凪と新たにこの逃避行に加わる事になった獄寺君にそう告げた。
凪の折檻を受けた後、獄寺君は俺の右腕になると宣言して色々一悶着あったものの幸いなことにボンゴレには伝えないでくれるらしい。
曰く「俺が忠誠を誓ったのは貴方です」との事だ。
ポンコツに見えるが獄寺君はかなり優秀で頭が良い。そんな人間が身内に加わってくれるのはありがたいところがある。
正直な話、ボケることはあれど数少ないツッコミキャラ。その上裏切らないのであれば味方としては心強い。
悪い点があるとしたら俺の胃が犠牲になることぐらいだろうか。
鎖で全身を拘束された状態のまま芋虫のように這いずる。
「10代目、少しよろしいでしょうか」
「ん。何かな獄寺君」
「現在ボンゴレファミリーに所属する人間は10代目を探す為に世界中に飛び回っています。それに――――」
獄寺君は少しだけ言い淀むが続ける。
「10代目の捜索にはリボーンさんや彼と同じアルコバレーノが参加しています」
「…………そっかぁ」
その言葉を聞いた瞬間、脳が理解する事を拒んだ。
「ちなみに参加しているアルコバレーノはコロネロ、バイパー、
「…………そっかぁ」
多分今の俺の眼は死んでいる事だろう。
リボーンが俺を探すのは分かる。だって家庭教師なんだもの、授業を受ける前に逃げ出した生徒を捕まえて連れ戻すのだって仕事の一つだ。表社会の人間ならかなりの大問題だが裏社会の人間ならば問題は皆無だ。
でも何でアルコバレーノの中でも武闘派の二人も参加してるんだろうか。
バイパー、もといマーモンが参加している理由は分かる。あの性別不詳で永劫回帰信者の霧のアルコバレーノはかなりの守銭奴だから、大金を積まれれば探すのは予測出来ていた。
そもそもマーモンには念写という鼻水を使った探知能力がある。ぶっちゃけこいつの対策のせいで凪を連れていかなくちゃいけなくなったのだから。
だけど他の二人までが参加するとは思わなかった。
コロネロ、風――――両名ともリボーンに匹敵する実力者だ。
だけどコロネロはリボーンと仲が悪い筈。いや、コロネロの場合は奥さんのラル・ミルチが言えば参加するか。リボーンが挑発したら乗って来そうだし。
でも何で風までもが参加するのだろうか。
「大丈夫ですって10代目! 貴方が既に教育を受けなくてもボスとして君臨できることをリボーンさん達に証明しましょう!!」
「獄寺君、お願いだからちょっと黙っててね」
駄目だ、本当に頭が痛くなってくる。
と、いうか獄寺君よ。もしやきみが俺の家出に同行する理由ってまさか既に10代目になるって決意しているからって思ってるの?
ならんぞ、マフィアなんかに絶対にならないからな。
「なんで風も俺を探す事になっているんだろうか…………」
理由として考えられるのはいくつかあるが、恐らくボンゴレファミリー、もしくはリボーンが依頼したんだろう。
前者なら逃走難易度が爆発的に上がるがそれはそれで良い。だけど後者なら話は別だ。
リボーンが他のアルコバレーノに頼んでいた場合、それは俺を一切なめていないという事なのだから。
その場合アルコバレーノ達は油断や慢心なく襲い掛かって来ることだろう。
「はぁ、そうだったらマジで最悪だよ」
まぁリボーンはプライドが高いから後者はありえないだろう。
「それでボス。銀髪の人の言う事が本当だとして、それを加味して何処に潜伏するの?」
「うーん。ちょっと考え中――――いや、一つだけ良い場所があるか」
多少の危険性はあるが、リスクを負ってでもその分だけのリターンがあるなら試しても良いだろう。
「獄寺君ありがとう。きみのおかげで良い場所が思い浮かんだよ」
本当に獄寺君様々である。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら街の中、そして逃走中のボス候補を隠すなら裏社会にだ。
「次の潜伏先はマフィア達が作ったマフィアによるマフィアの為のリゾート地、マフィアランドだ」
今、コロネロは俺を探す為にマフィアランドには居ない。
ならば潜伏するにはもってこいの場所だろう。まさかボンゴレファミリーも裏社会に潜伏するとは思ってないだろうし。
とは言え、油断は禁物だ。全盛期に比べれば弱いかもしれないが人類最強の七人の赤ん坊に命を狙われているのだから。
俺達自身のレベルアップもやらないといけないよなぁ。
「それじゃあ行くとしようか」
次回、マフィアランド編!
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逃亡生活その5
「取り敢えずさ、少し出で立ちを変えようと思うんだよ」
マフィアランドに向かう船に乗船するついでにサーレファミリーだった建物があった場所を更地に変えた後、自分達の姿を軽く確認してからそう言った。
「ボス、いきなりどうしたの?」
「俺達ってボンゴレに追われてるじゃん。いや、追われてるのは俺だけなんだけどさ…………凪の幻術があるとはいえ、何が起こるか分からないから変装をしようと思うんだよ」
「それは私の幻覚が頼りないってこと?」
「そうじゃない、そうじゃないからそんな悲しそうな顔をしないで。凪の幻覚は凄いって分かってるから。でも追ってきてるのがアルコバレーノ、しかも四人も居るわけだし念には念を入れようと思うんだよ」
特に
実際前例があるわけだし、警戒に警戒を重ねても問題は無いだろう。
そう呟きながら懐から精製度Eの晴れのリングを取り出す。
「と、言っても変装初心者の俺達が出来る事なんてすぐにばれるだろうしそもそも技術が無い。こればっかりは死ぬ気で頑張ってもどうしようもない。だから髪の毛を伸ばそうと思うんだよ」
指に晴れのリングを装着し、晴属性の黄色の死ぬ気の炎を灯す。
晴属性の死ぬ気の炎の特性は活性、その名の通り活性化させる力を持つ炎だ。そしてその炎を頭に浴びせる。
髪の毛が急に伸びる事なんて無いし、無理な変装でも無いから違和感を持たれにくい筈だ。
「…………ああもう、俺晴属性の波動弱いから遅いんだよなぁ」
じわじわと伸びる髪の毛を眺めながらそう呟く。
人間は大なり小なりいくつもの属性の波動が流れている。当然ながら持っていない属性もあるし、全ての属性の波動が流れている場合もある。
逆に言えばそれはあくまで流れているだけなのだ。
リングを通す事で死ぬ気の炎としてメイン属性以外の炎も使えるようになるが、それらはメインの属性に比べるとどうしても弱くなる。
その強弱も個人差があるが、俺の場合は全属性の波動こそ流れているものの大空が10であるなら他は1にも満たない。正直に言って実戦では使えない代物だ。
まぁ他の属性も使って戦うのはかなり難しい、その事をこの世界に転生してようやく分かった。
霧属性の波動も持っているあの人がそれを戦いに使わない理由はそれだろう。
「…………やっぱり、取りに行くべきか?」
正直に言って現状じゃ素のスペックを鍛えること以外に強くはなれない。
他の属性を使用した戦いも出来ない、出来たとしても誤差の範囲内だ。
で、あるならば自分でも使う事が出来る属性を持つあのリングを――――、
「ボス? どうしたの?」
「え、ああ…………なんでもないよ」
脳裏に過ったある考えを脳の片隅に追いやり、長くなった自分の髪を見つめる。
改めて鏡で自分の姿を確認する。その姿は母譲りの顔立ちもあって女の子に見えなくもなかった。
「じゃあ凪も髪の毛を伸ばそうか」
「ボス。私よりも先に銀髪の人をお願い。私は服の方を選ぶから」
「分かったよ。さて、っと」
視線を凪から眠っている獄寺君の方に向け、晴れの炎を浴びせる。
「獄寺君も髪を伸ばそうね」
この後、起きた獄寺君が「何じゃこりゃぁああああああ!!?」って叫ぶことになるのは分かり切った話である。
+++
雲一つ無い晴天下の下にあるマフィア達の楽園、マフィアランド。
普段から裏社会のどす黒い闇に身を浸している彼等が一時でも忘れたいが為に作ったここは正しく世界有数のリゾート地と言っても過言では無いだろう。
実際、堅気ではない人々が真っ新な気持ちになって楽しんでいる姿を見ると楽園の名に相応しいだろう。
「いやー、本当に良い場所だね。こんな格好でなきゃ素直に喜べたんだけどなぁ…………」
そう呟いて自分達の姿を見やる。
獄寺君は何処かの由緒正しいコンサート等で音楽家が纏うようなスーツを身に纏っている。かなり似合っている。
凪は黒いビキニの上に上着を羽織っており、下はホットパンツだ。
そして俺は何故か巫女服だった。
「凪、何で巫女服なの?」
「ごめんボス。それしか無かったから」
嘘だ、こいつ絶対嘘をついている。超直感が嘘を言っていると告げている。
だからといってもうどうしようもないわけだが。
「何で南国の島に居るのにこんな格好をしなくちゃいけないんだよ。獄寺君は似合ってるから良いとして」
「すみません10代目。俺もちょっとこの格好は…………」
獄寺君はかなり微妙そうな表情を浮かべていた。
どうやらお気に召さなかったらしい。いや、彼の過去の事を考えるとあまり良いものじゃなかっただろう。
凪から渡された服からアロハ等の南国で着る服に変える。
その際に凪が少し不満そうにしていたが、気にしない事にする。
「まぁ、それはそれとして俺達も楽しもうか。折角のリゾート地に来たわけなんだしさ」
コロネロが居ない今ならば自分も楽しむことが出来る。
うん、リボーンと関わらないだけでこんなに優雅に過ごすことが出来るなんて夢にも思わなかった。
本当、こんな日々がいつまでも続けば良いのに。
+++
「そういえば10代目。あの女は一体何者なんですか?」
ホテルでの夕食を楽しむ中、凪が席を立っている時に獄寺君が聞いてきた。
「あの女って…………凪のこと?」
「はい。10代目とはかなり親しいのは分かるんですが」
獄寺君は訝しげに顔を顰めながらそう呟く。
そういえば獄寺君に説明とかしてなかったな。殆ど流れ作業のように同行してたし。
「強いて言うなら幼馴染、あるいは義妹かな?」
「い、義妹っすか? その、10代目には兄弟が居ないと聞いていましたが」
「凪は養子だからね。まぁ、色々あったんだよ。色々とね」
半ば育児放棄されていた幼少期の凪に接触し、父さんと母さんに頼んで養子という形で引き取ってもらったのだ。
その結果、幼少期に過ごした時間の違いで、【クローム髑髏】よりも明るくなっている。
少なくともあのままあの家に居させるよりはマシだったとは思いたい。
いくら幻覚で補えるとは言え、内臓の喪失と眼球を失った上に実の家族からすら要らないって言われるのはあまりにも酷すぎるから。
六道骸に救われた【クローム髑髏】と俺が助けた【沢田凪】。
どっちが幸せか、不幸せかは分からないけど…………あの時の自分はいつか救われると分かっていても放置する事なんて出来なかった。
「大丈夫、獄寺君が心配しているようなことは起こらないから」
恐らく獄寺君は凪の事を警戒しているのだろう。
まぁ凪からしたら急に俺の仲間になりたいと言った獄寺君も同じように警戒対象なのだけど。
さっき席を立った凪が幻術で身を隠しながら獄寺君を遠くから観察しているんだし。
「凪が俺を裏切ることはありえないよ。まぁ、それでももし凪が俺に刃を向けるような事があるとするならばその時は俺が間違っているってことだから」
「そんな、10代目が間違うようなこと」
「人は間違えて失敗するよ。どれだけ完璧に振舞っていてもね」
本当に完璧に振舞う事が出来るならば俺がボンゴレの後継者にならないように、死んだ他の三人の後継者を死なせなければ良いだけの話なのだから。
だがそんな事は出来なかった。如何に力を鍛えても、どれだけ知恵を身に着けても出来ない事は沢山ある。
そもそもとして遠く離れた異国の地で、何時死ぬのか分からない相手を死なせない様にするということ自体が無理無謀な話だ。
本当に世の中上手くいかないことだらけである。
「ま、そういうわけだから獄寺君も俺が間違っていると思ったら容赦なく言ってくれて良いから。言葉で言っても分からないようならぶっ飛ばしても構わないからね」
テーブルの上に置いてある何か妙な風味のりんごジュースに口をつけながら、俺の言葉に戸惑いを見せる獄寺君の姿を視界に納めた。
+++
「失敗した、まさかあのりんごジュースがお酒だったなんて…………」
美味しかったからつい飲み過ぎてしまった。
そのせいでべろんべろんに酔っている。それでも一緒に飲んでいた獄寺君のように酔い潰れてはいないが結構きつい。
父さんの血筋なのかは知らないが酒には結構強いが、ピッチが早過ぎた。
何だよ二時間で10杯って、酔っ払うに決まってる。
「み、水…………」
「はい、ボス」
ロビーの壁に凭れながら凪が持ってきた水を飲み干す。
少しは楽になっただろう。だがまだ安静にしてないときつい。
「ボス。ちょっと浮かれ過ぎだと思う」
「ごめん。本当に浮かれ過ぎていた」
いや、本当に楽しかった。
こうして遊び回るのは本当に何年振りだろうか。
家出をする前は友人達と修行したり、修行したり、戦ったりしたけど遊ぶのは本当に久しぶりだ。
別に遊んでなかったわけじゃなかったが、それでも何も考えずに遊んだのはここ最近無かった。
これで皆が居れば文句は無いんだけど、そう上手くはいかないみたいである。
「こんな日常が何時迄も続けば良いのになぁ…………」
そう呟かずにはいられなかった。
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逃亡生活その6
「成る程、ね。獄寺君は自分の技の欠点を気にしているのか」
「はい。俺のボムはスピードが無いので、どうしても速い相手だと難しくなるんです」
現在、俺はマフィアランド内にある森の奥地で獄寺君の相談を受けていた。
相談内容は自らの技に対する欠点を克服したいのだという。
「俺は基本的に接近戦が主体だからボムの事とかになると専門外なんだけどなぁ…………」
遠距離用の技が無いとは言ってないが、爆弾となると話が違ってくる。
そもそもこのダイナマイト自体かなり危険な代物だし、他の武器と違って取り扱いが難しい。
一体何処の誰がこんなものを武器として薦めたのだろうか。でも獄寺君の場合は知力が高くてあっているのだからどうしようもない。
だからといって原作での解答を俺が教えてしまったらそれはそれでだめになる。
こう言うのは自らの力で辿り着かなきゃいけないもので、中途半端な知恵では逆に火傷をするのだから。
「獄寺君の場合はスピードは必要ないとは思うよ。なくても困らないし、それでもあった方が更に強くなるとは思うけど」
「そうですか…………なら俺はどうしたら」
「強いてあげるとするなら、ボムの投げる速度を上げるんじゃなく、ボムを相手に届かせることこそが重要なんだと思うよ」
悩む様子を見せる獄寺君の手中からダイナマイトを二本拝借する。
「例えば、こんな感じかな?」
ダイナマイトに火を付け、二本とも放り投げる。
宙を舞うダイナマイトの内、後方にあった導火線が短いダイナマイトが先に爆発する。
その爆風によって前方にあったダイナマイトは吹き飛ばされ、遠くの方で爆発した。
「ッ!?」
「ん…………やっぱり俺には向かないか」
狙い通りの場所に着弾しなかった為、あまり褒められたものじゃないだろう。
が、獄寺君は今ので何かが嵌ったような表情を浮かべていた。
どうやら良いヒントにはなったらしい。
「獄寺君。きみの先生がどんな技を使ったのかは分からない。だけど本当に大切なのはボムが標的に届いたという結果なんだと思う」
「…………10代目」
「きみはきみの先生じゃない、獄寺隼人だ。同じ方法では上手くいかない時っていうのはどう頑張ってもやって来るものなんだよ」
前世の知識があったが故に、この世界には無い修行法でその技術を取り入れようとした事もある。
だがそれが完全に自分の物になったかと聞かれればNOで、むしろ失敗ばかりだった。
感謝の正拳突き一万回とかを自分の物にしてみようと思って修行したけど不可能だったのだから。
あれらは本当にその人が辿り着いた極みで、そこに至るまでの過程を経て辿り着いたその人だけの解答なのだ。
それをただ知っているだけで会得なんか出来るわけが無い。
「だから獄寺君は獄寺君なりの方法でその技に辿り着こう。獄寺君が歩んできた道程は決して君を裏切らないから」
努力は絶対に裏切らない――――なんていうのは所詮御伽噺に過ぎない。
どれだけ綺麗ごとを重ねて美辞麗句にしたところで、努力だって裏切るし報われない事は当たり前にある。
だけどそこに至るまでの過程は決して裏切ることは無い。
報われなかったとしてもしてきた努力は血肉となる。それは決して無意味なものなんかじゃない。
「じ、10代目!! 分かりました!! 俺、必ず10代目の期待に応えて見せます!!」
獄寺君は歓喜に震えていると言わんばかりに噛み締めた表情を浮かべ、ダイナマイトを全て持って駆け出した。
その姿を俺は何とも言えない表情で走り去っていく獄寺君を見つめる。
取り敢えず、こんな感じで良かったのだろうか。正直自分の専門外の事を教える気にはなれなかったけど、これでロケットボムまで辿り着いてくれるのなら御の字だ。
内心そう考えていると崖のある方に少女のものと思わしき手が現れる。
「ん、ああ、ついに凪も登れるようになったんだね」
「ぜぇ…………はぁ…………」
崖から息を荒くして這い上がった水着姿の凪の姿を視界に収める。
「取り敢えずこれで基礎体力は出来たわけだ。おめでとう凪」
「それは良いと思うんだけど…………何で水着なの?」
鞄の中から取り出した赤い色の弾薬を五つ程手に持つ。
拳銃は持っていないからこのまま直接使うとしよう。数が不安だが俺がコツを教えれば凪ならすぐに体得できるだろう。
本当ならもうちょっと欲しいんだけど量産する方法が分からないし、下手な物を作って凪が死んでしまったら何の意味も無い。
「これを使うと下着姿になるからね。だから水着姿の方が効率が良かったんだよ」
「あ、あの…………ボス。物凄く嫌な予感がするんだけど」
少しだけ後退ろうとする凪、そんな彼女に俺は笑みを浮かべる。
「凪。もしこの修行が終わったらどんなお願いでも一つだけ叶えてあげるから頑張ろう」
「…………本当に、何でも?」
「俺に出来る事だけだよ」
まぁ、凪ならそんな無茶振りはしないだろう。
そう思っていると凪は少し考える素振りを見せた後、俺と対峙する。
「分かった。だけどちゃんと叶えてもらう」
「もう一度言うけど俺が叶えられるものだけだからね」
「大丈夫。ボスは何もしなくても良いから」
何故だろうか、物凄く背筋が凍り付くような奇妙な感覚を覚える。
だが男に二言は無い。ここまで頑張ってくれているのだからちゃんと褒美は与えるつもりだ。
その為のお金だってあるし、頑張ったご褒美が無きゃ凪だってふてくされるだろう。
「じゃあ、一回死んでみようか」
この後、俺は凪に何でも叶えてあげるなんて言った事を後悔する事になる。
だがこの時の俺はその未来を知らず、凪の眉間に向かって赤い弾丸を放った。
+++
現在進行形で家出中の沢田綱吉達がマフィアランドと呼ばれる移動する島で遊びながら修行をしている時、遠く離れた日本の並盛町にある山奥で大きな爆発音が響いた。
「ぬぉおおおおおおおおおお!!! 極限に納得いかーん!!」
その爆発音を鳴らした白髪の少年は憤慨しながらも拳で近くにあった岩を殴り、文字通り爆散させた。
明らかに人間技とは思えない所業をさも当たり前のように行う白髪の少年を、睨み付けるような視線を向けながら黒髪の少年はむすっとした表情を浮かべる。
「ねぇ、きみ。さっきから無暗に暴れないでくれない?」
「ならばこう答えよう。無理だー!!」
苛立ち混じりに言ったその言葉を白髪の少年は暑苦しい叫びを上げながら拒否する。
「まぁまぁ、落ち着けって雲雀に先輩」
その様子を見ていた竹刀を手に持った少年が朗らかに笑みを浮かべながら語り掛ける。
「二人ともあの坊主に負けたからって不貞腐れても仕方ねぇだろ」
竹刀を持った少年の言葉を聞いた二人の少年が固まる。
「俺達の中で一番強いツナが凪を連れて身を隠すぐらいなんだぜ。全員で束になっても勝ち目が見えないくらいあの坊主が強かったんだからさ」
バガンと岩が砕け散る音が響き渡る。
その音が鳴った方に視線を向けると、今度は雲雀と呼ばれた黒髪の少年がその手に持っていたトンファーで岩を粉々に砕いていた。
「おいおい雲雀。笹川先輩に言っておいて自分は良いのかよ」
「…………うるさいよ。それで、あの小動物、もとい勝手に家出したあの風紀違反の生徒会長が何処に身を潜めたのかは分かったのかい――――山本武」
竹刀を持った少年、山本武は雲雀と呼ばれた少年からの問い掛けに笑みを浮かべながら頷いた。
「ああ、あの小僧達が言っていたからな。ツナがマフィアランドって場所に居るって」
+++
「…………っ!? な、何だこの寒気は…………!!?」
まるで背筋に氷柱を直接突き刺した時のような寒さだ。
これはリボーンが俺達がこのマフィアランドに居るって察知したという事を超直感が知らせたのだろう。
と、なると早くマフィアランドから去った方が良いのかもしれない。
楽しかったマフィアランドでの生活もこれで終了か…………少し寂しいが仕方がない。
「凪の方の修行も完了したし、獄寺君も新しい戦法を自分の物に出来たし丁度良いか」
視線を地面に突っ伏している凪の方に向けてから、頭を悩ませている様子の獄寺君の方にも向ける。
この島で過ごした日々は二人の血肉になったらしい。
「後は――――」
そう呟きつつ近くにあった木に軽く触れる。
瞬間、木に触れていた箇所がバーンと音を立てて吹き飛んだ。
「俺の方も新しい技が出来たしね」
ボンゴレリングの強化が出来ない今の状態ではどう足掻いても火力不足だ。
せめて
まぁ無いものを強請ってもどうにもならない。ならば今ある力で何とかするしかない。
幸いな事にマフィアランドでの生活でスペックは向上し、新しい技も基本の強化に繋がった。
「よし、明日ここを発つか」
もうこのマフィアランドに用は無い、あの恐ろしい羽の無い天使に捕捉される前に逃げ出そう。
でも、何でだろうか――――何故か凄く嫌な予感がするのは。
並中生徒会長の日常
「生徒会長! 雲雀さんがまた暴れ回っています!!」
「生徒会長! 黒曜中の奴等との抗争が勃発しました!!」
「生徒会長! ロンシャンの野郎が連れて来た彼女のせいで生徒達が発狂し、パンテーラさんがロンシャンの命を狙っています!!」
「―――――俺、生徒会長を辞める!!」
「辞めないでください生徒会長! 雲雀さんと対等なのあんたしか居ないんです!!」
「やめろ離せぇええええええええええ(血反吐)!!」
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逃亡生活その7
演説とか難しすぎる。
「このマフィアランドで過ごして早一ヶ月か…………本当に長く過ごせたなぁ」
これから乗り込もうとする船に背を向けて、今まで過ごして来たマフィアランドを瞳に収める。
本当、本当に楽しい一ヶ月間だった。ここまでリフレッシュ出来たのはいつ以来だろうか。
本当に家出をして良かった。
もし家出をしていなかったら今頃どうなっていたのやら。リボーンにボンゴレ10代目になる為にしごかれていた事だろう。
「出来ればここでもう少し過ごしたかったんだけどなぁ」
本当にあの晴のアルコバレーノには困ったものだ。
どうして俺一人を探す為に他のアルコバレーノにも声をかけるのか。
だが俺は諦めない、諦めなければいつかきっと夢は叶うのだと信じているのだから。
「じゃあ、二人とも。行こうか」
もうここに戻って来ることは二度と無いだろう。
一度使った手が通用する程、アルコバレーノは甘くない。
だからこの楽園という名のリゾート地は逃げ場としてはもう使えない。
その事実に名残惜しい気持ちになるが、後ろを振り向いてはいられない。今はただ真っ直ぐ前だけを向いて歩いて行こう。
そんな事を考えながらマフィアランドを後にし、船に乗り込もうとする。
凄まじい音を上げて船が爆発したのはその瞬間だった。
「…………はっ?」
これから乗る筈だった船が突如として大爆発を引き起こし、そのまま海中に沈んで行く様を見て思わず呆気に取られてしまう。
一体何が起こったのか、そう思いながら周囲を見渡すと軍艦が何隻か姿を現した。
その内の一隻が煙が出ている砲身を船に向けており、今乗る筈だった船を沈めたのがこの軍艦の群れである事をりかいする。
「カルカッサファミリーの連中が攻めて来たぞー!!」
周囲に居た旅行者、もといマフィアの叫びを聞いて俺は乾いた笑みを浮かべずにはいられなかった。
+++
唐突だがマフィアランドというものは薬に手を出さない、所謂善良なマフィア達が金を出しあって建設した移動島である。
マフィアに良いも悪いも無いとは思うが、悪いマフィアがそれを面白く思う事は無く、逆にマフィアランドを奪おうとしているのである。
それで良いのかマフィア社会。そう思わずにはいられないが、人間振り切れたら何処までもバカな行動をするものだ。
まぁこれに関しては自分も例外では無いので何とも微妙な話になるのだが。
「今回の戦い、伝統のある俺達ジオーラファミリーが仕切らせてもらう」
「いえいえ、勢力を拡大している我等ベルナファミリーが仕切らせてもらいます」
「いや、ここは精鋭揃いのオルトファミリーが仕切る!」
会話を終えた瞬間、自分が仕切ると叫びながら内乱が始まった。
本当にバカだ。俺も結構バカだけどこいつらもバカだ。
「乗る船は潰されちゃったからなぁ。流石にこのまま出航は無理か」
本当に何て最悪なタイミングで襲撃をして来るのか。
これは後でカルカッサファミリーをぶっ飛ばさないとダメだろう。
そんな事を考えながら視線を凪に向ける。
「凪――――――――」
「…………折角のチャンス、だったのに…………船の中なら逃げ場が無くなるから…………」
「やっぱりちょっとショックだったか」
まぁ当然と言えば当然か、いきなり乗る筈だった船が爆発したのだから。
もしもう少しだけ乗るのが早かったならば今頃自分達は海の藻屑となっていただろう。
最もそれは何もしなかった時の話で、海の藻屑になるその前に二人を連れて脱出するのだが。
だけどやっぱりというか凪にはショックが大きかったのかもしれない。
何故かそれは違うと超直感が告げているが、細かい事は気にしないでおこう。
「獄寺君の方は――――」
「どいつもこいつも自分が仕切るって言いやがって! この場を仕切るのは10代目に決まってるだろうが!!」
「うん、知ってた」
獄寺君はそっちに混ざるって分かってた。
ただ少しは相談してほしかった。まぁ俺も自分が仕切った方が良いとは思ってたけど。
「何処の10代目が仕切るって?」
「ボンゴレファミリーだよ、っけ!」
睨みを聞かせながら問い詰めて来るマフィア連中に対し、獄寺君は感じ悪そうに言い放つ。
もう少し愛想を良くした方が良いとは思うのだが、マフィア社会で育ってきた分、舐められちゃいけなかったのだろう。
とは言え、感じが悪いのは駄目だと思うから後でそこを直した方が良いだろう。
そんな場違いな事を考えていると周囲のマフィア達が戦慄した様子で俺を見ていた。
「あ、あれがあのボンゴレの最終兵器…………!」
「あのサーレファミリーをたった一発の拳で皆殺しにしたという…………!」
「こんな少年がファミリーのアジトを更地に変えただと…………!?」
彼等の評価を耳にして思わず頭を抱えたくなった。
まさか世間でそんな評価をされているとは思わなかった。いや、まぁそれなりに強いから噂にはなるかなって思ってはいたけど、なんでそんなリーサルウェポンみたいな噂を流されているんだ。
そもそも俺は誰も殺していない。サーレファミリーの奴等だって此方から攻撃したわけではない。まぁファミリーがあった建物は俺がぶっ壊したけど、あくまで戦いを挑んで来る奴等の攻撃を全て防いで一撃で気絶させただけだ。
ただ途中から相手側が攻撃を止めて意気消沈してしまった為、サーレファミリーの建物を壊すのは本当に簡単に済んだのだが。
とはいえ、そんな事は今はどうでも良い。
重要なのはカルカッサファミリー襲撃についてだ。
「はぁ…………」
溜め息をついて頭を掻きながら軽くマフィア達を見渡す。
ここで弱気や丁寧、臆病に振舞うのは駄目だろう。下手すれば神輿として担がれて最前線に送られるか、舐められて終わりだ。
俺一人なら別にそれでも良いけど、獄寺君の面子もあるからなぁ。
よし、ここは気合入れて真面目にやろう。舐められない様に、彼等を支配下に置ける様に。
そう考えた俺は頭の中でスイッチを切り替えた。
+++
「――――貴様等、頭が高い。跪くがいい」
ボンゴレ10代目候補、沢田綱吉はその言葉を呟くと同時に威圧を放った。
空間を支配するような言葉に周囲に居たマフィア達は誰もが例外なくその場に跪く。
意図して跪いたわけでは無い、思考するよりも先に身体の方が動いたのだ。
そして、それは獄寺隼人と沢田凪も例外ではなかった。
「そうだ、それで良い。血の気が多いのは許そう、喧嘩っ早いのも許そう。だが、最低限の礼儀すら無い奴は許さん。幸運なことにそんな輩は存在しなかったみたいだがな」
周囲を一瞥した綱吉がそう言った瞬間、安堵の息を漏らす。
もしそんな輩が居たならば死より悍しい最後を迎えることになるだろう。
「別に仲良くしろとは言わない。明日明後日には殺し合う仲なのかもしれないからな。だが今日は違う。皆等しく俺の仲間だ。仲間同士で争うなんて真似はやめて、その気力を敵に向けろ。勿体無いし、時間の無駄だし、何より無意味だ」
その言葉とともに全身を押さえ付けていた威圧感が消失する。
そして、誰も彼もが綱吉の顔に視線を向ける。
「と、まぁ前口上は苦手だからこれぐらいにして…………それじゃあ、戦争の時間だ。手柄が欲しいならしっかり俺について来い!!」
笑みを浮かべた綱吉が言い放つと同時にその場から姿を消した。
突如として姿が消えた綱吉の姿を探そうと皆が周囲を見渡し、カルカッサファミリーの軍艦がある方向に特攻している綱吉の姿を目視した。
「お、俺達も続くぞ!!」
この場に集まった個性豊かなマフィア達は急いで綱吉の姿を追い掛ける。
若きボンゴレ10代目、その片鱗に畏怖を抱きながら。
「…………銀色のタコの人! 急いで! ボスを追うよ!!」
「ちょっ、誰が銀色のタコだ!! それより作戦は立てねぇのか?」
「作戦なんか立ててたら間に合わない。それに…………」
「それに?」
「下手したらまたボス一人だけで大暴れしそう。そうならないようにしないと」
凪と隼人もそう会話しながら、消え去った綱吉の姿を追い掛けた。
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逃亡生活その8
突如として海が凍り付いた。
マフィアランドという名前の移動する島に攻め込もうとしていた戦艦は海ごと凍り付いて身動き一つ取れなくなる。
一体何が起こったのか、船を指揮する者は急いで状況を確認しようとして――――、
「やぁ、諸君。ごきげんよう」
唐突に現れたソレに戦艦に乗っていたカルカッサファミリーの船員達は誰一人例外なく視線を奪われた。
海面を凍らせた氷。その中でも不自然なまでに上に伸び、船の甲板よりも高い位置に居る一人の少年に。
「いきなりで悪いけどきみ達の移動手段である船はこっちの都合で止めさせてもらった。ちなみに無理矢理動かそうとしたら爆発するようにした。動力炉ごと凍らせたわけだからね」
髪の長い少年の姿をしたソレは氷で作った椅子に腰を掛けており、顎に手を当てて語り掛ける。
「さて、と…………諸君、戦争を始める前に一つ言っておこうか――――貴様等は今ここで降伏する事こそが最も賢く正しい選択である」
断言、有無を言わさないその発言にカルカッサファミリーの面々は怒りで沸騰しそうになる。
銃をこの少年に向けて発砲しなかったのは、周囲一帯が凍り付いていて、その冷気によって頭が物理的に冷やされていたからだろう。
「最も、こんな事を言ったところでそれを止める者は居ないだろう。だからもう降伏しなくて良い。そもそもとして、俺もするわけが無いと思っていたからな。だから今の発言は忘れろ」
そのかわり――――そう呟きながら一本の刀を手に持つ。
「これから始まるのは戦争なんかじゃない」
少年はその手に持った刃を振るった。
瞬間、複数ある戦艦の内の一つが縦に両断された。
「――――ヤンチャなペットに対して行う、ただの躾だ」
+++
真正面から両断し、二つになった戦艦を見下ろす。
零地点突破・
それを応用して死ぬ気の炎のように刀身に冷気を纏わせ、応用して放った斬撃。
その効果は中々悪くない成果を見せており、斬られた断面は冷気によって凍てついていた。
中々に上等な結果だろう。船が爆発して味方が巻き添えになったらたまったものじゃないのだから。
まぁこれが刀を使う彼ならばもっと船を切断する事が出来ただろうが。
「さて、と…………そろそろ味方が合流する頃か」
視線を下に向けるとマフィアランド連合、もとい味方が凍った海面に殺到し、船やカルカッサファミリーの連中に対して攻撃を開始していた。
その中には獄寺君は当然、凪も居る。
「くらえ、ロケット・テンペストボム!」
獄寺君はついこの前完成させたロケットのように飛ぶダイナマイト、ロケットボムを使ってカルカッサファミリーの連中を吹き飛ばしていた。
しかも俺が与えたリングを使って嵐属性の死ぬ気の炎で火を付けている。
あれなら破壊力はかなり増すだろう。と、いうか嵐の属性とダイナマイトの相性が良過ぎる。
「邪魔」
一方、凪の方は竹刀から変化した刀を使ってカルカッサファミリーを倒していた。
額には藍色の霧属性の死ぬ気の炎が灯っており、同じように霧の炎を纏った刃を振るって華麗に舞う。
どうやら修行の成果は出ているようであるらしい。
凪、もとい術師の弱点は主に近接戦闘だ。六道骸や幻騎士といった例外はあれど、基本的には接近戦が苦手である。そもそもとして術師は幻覚を見せて惑わせるのが仕事なのだから鍛える必要が無いのだろう。
とはいえ、俺が凪を鍛えない理由にはならない。接近戦も出来る術師と出来ない術師、どっちが強いかと聞かれたら間違いなく前者だ。
だからこそ、このマフィアランド滞在中の間、俺は凪を鍛える事に専念したのだ。
崖登りで基礎体力を作り、死ぬ気状態での戦闘、そして
その全てを体得した今の凪は、このマフィアランドに来る前と比べたら天と地程の差がある事だろう。
「二人とも問題無さそうだね」
鎌ではなく刀を使っている事が少し疑問だが、一応どのような武器であったとしても戦えるように教えてはいる。
特に刀は友達の中にメインウェポンで使っているのが居たから、彼のお父さんに頼み込んで一緒に鍛えて貰ったから他のマフィアよりは強いだろう。
それにいざとなれば助ければ良い。最も、助ける必要は無さそうだけど。
「――――っと、少し油断した」
自分に向けて放たれた弾丸が身体に当たり、カァンと甲高い音を立てて弾く音を聞いてそう呟く。
今は戦闘中だ。だというのに呑気に考え事をしているなんて、本当に油断し過ぎだ。
まぁ、死ぬ気の炎を鎧のように纏っていたから防御力は問題無かったが、それはそれだ。
取り敢えず今はこの戦闘を終わらせることを優先するとしよう。
「オラァ!!」
「ぶげらぁ!!?」
拳を振るって近くに居たカルカッサファミリーの一人を殴り飛ばす。
顔面を殴られた事で宙を舞った男は殴り飛ばされた先に居た人達を巻き込んで気絶した。
現在、超死ぬ気モードにはなっていない。それでも死ぬ気モードにはなっているが。
「それにしても、この技は中々良いかもな」
鎧のように全身に纏っている死ぬ気の炎の中で感触を確かめる。
元々は知識の中にあった技だ。確か身体を鎧のように覆うイメージだったか、問題なく出来ている。
多少死ぬ気の炎の消耗が増すが、基礎能力自体があがるし防御力や攻撃力の上昇にもなる。
もう少し練習し、実戦を重ねれば無駄の方も無くなるだろう。
死ぬ気の炎で再現できるかどうか不安だったけど、これなら問題は無い。
「そりゃ!!」
「ぬぼらばっ!?」
「ぶべぁらあああああああああああ!!」
更に数人ほど蹴り飛ばして近くの戦艦に叩き付ける。
直接殴った方が良いと思っていたけど、この弾く力というのも中々悪く無い。
防御としても使用できるし、直接触れるわけじゃないからこっちのダメージも少ないし手加減するのにも使える。もう一段階上の技が使えるが、流石にこっちは手加減が出来るようなやつじゃないし下手したら殺しかねない。
まぁ今回の戦いでならこの弾く力だけで十分だろう。
「や、やべぇ…………あの化け物マジでやべぇ…………!」
「なんで…………なんでマシンガンが当たっているのにビクともしてねぇんだよっ!! 普通は死ぬだろ!!」
「こ、こっちに来るんじゃ――――うぼぉあああああああああ!?」
なにやら失礼な発言をしているカルカッサファミリーの集団の所に突っ込む。
集団は俺が突っ込んだ事によって全員がミルククラウンの如く宙を舞う。その数は恐らく十数人。
「…………警戒のし過ぎだったかな?」
カルカッサファミリーと言えばアルコバレーノの一人が所属している。
正直な話、そのアルコバレーノは特に強いというわけではない。が、戦って絶対に勝てるという保証も無い。だから居るならば速攻で倒したかったのだけれど、この調子ならば問題は無さそうだ。
そう考えながら戦っていると何処からか爆発音が聞こえ、味方が悲鳴を上げながら宙を舞う姿が視界内に映り込んだ。
「…………まさか、獄寺君が間違って味方にぶっ放したとかそういうわけじゃないよね?」
脳裏に過ったある可能性に俺は思わず顔を青褪めて、爆発音が鳴った方に視線を向ける。
煙が晴れるとそこには鎧のような物を装備した巨大なタコの足のような物が凍った海面から生えており、マフィアランド連合の皆に攻撃を加えていた。
ドシンドシンと音を立て、味方が宙を舞う。
「やっぱりそううまくはいかないか」
まぁ、居なければ居ないで良かったというだけだし、居たら居たで対処すれば問題無い。
正直な話、色々と酷評されているとはいえ最強の七人の一人。
俺が戦って勝てるか不安ではあるが、やらないわけにはいかない。
「でもその前に…………」
自分の周囲を取り囲んでいるカルカッサファミリーの連中に視線を向ける。
「こいつらを片付けなくちゃな!!」
カルカッサ「おい馬鹿来るんじゃねぇ!!」
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逃亡生活その9
イカ素麺美味しかった…………!
唸るタコの足を見た瞬間、凪はすぐにその場を離れた。
地面から生えてきたそれは明らかに普通のタコの大きさではない。その上鎧を着けているのだから間違いなくカルカッサファミリーの奥の手というやつなのだろう。
隼人の方も一瞬遅れたもののすぐさま現状を把握する。
凪より反応が遅かったとはいえ、この場に居るマフィア達よりも反応が早い。特訓の成果が出ている証拠だろう。
「まさか…………伝説の怪物クラーケン、もしくはリヴァイアサンか!?」
とはいえ、元々オカルトやら
生来の頭の良さもこうなってしまっては使い物にならないだろう。
凪は幼い少年のように瞳を輝かせてタコの足を見ている隼人に辛辣な評価を下しつつ、タコの足に向かって突貫する。
「爆弾の人! 援護をお願い!!」
「ん、お、おお。分かった」
手に持った刀の刀身に
タコの足は自らに迫り来る凪を捕らえようと振るわせる。
「果てろ、ロケット・テンペストボム!!」
そこを隼人が嵐属性の死ぬ気の炎を灯した8本のロケットボムで攻撃。
それぞれの足に一本ずつ攻撃を加えて動きを止める。ついでに嵐属性の炎の特性である分解のダメージも与えた。
「時雨蒼燕流・攻式八の型」
隼人が作った隙を凪が見逃す事は無く、動きが止まったタコの足に刃を振るう。
「篠突く雨」
繰り出される連撃を容赦なくタコの足に叩き込む。
霧属性の死ぬ気の炎は七つの属性の中で最も多様性及び利便性、そして特殊性に優れている反面攻撃性能というものが欠けていた。
だがそれはあくまでも死ぬ気の炎の中での話。一番攻撃力が弱い霧属性の死ぬ気の炎でも、それを拳に纏った状態で殴れば人体など簡単に破壊出来る。剣に纏わせた上で一点に集中させれば鋼鉄を焼き切る事など造作も無い。最も義兄である沢田綱吉や兄弟子である少年は死ぬ気の炎を使わずとも斬鉄を行う事が出来る例外も居るのだが。
とは言え、いくら怪物とはいえ所詮生物に過ぎない、それも軟体動物である巨大タコの足を斬る事など二人程実力が無い容易いものだった。
――――そう、考えていたのだ。
ギャリィンとまるで金属が削れるような甲高い音が響き渡る。
その音が鳴ったのは柔らかい筈の巨大タコの足と凪の刀がぶつかり合ったのが原因だった。
「…………嘘っ?」
巨大タコの足には鎧がある。だがそれは足全体を覆っているわけでは無い。
だから斬れる、斬ることが出来る。そう考えていた凪だったが現実は残酷なまでに無慈悲だった。
ダメージが無かったわけではないが、ダメージ程度では何の意味も無いのだから。
「がっ!!?」
「――――凪っ!?」
再び動き出したタコの足は鞭のようにしなり、凪に対して叩き付けた。
それによって凪の身体は氷塊に叩き付けられて何度かバウンドし、ボロ雑巾のように転がる。
最悪死んでいてもおかしくないような酷い怪我、明らかに戦線復帰は不可能だろう。
「っ、野郎!! 2倍ロケット・テンペストボム!!」
凪が倒されたのを見た隼人は怒りの形相で16本の嵐の炎が灯ったダイナマイトをタコの足に向けて投擲する。
だがタコ足はそれが爆発するよりも先に隼人の身体を叩き潰した。
+++
「うわぁ…………酷い」
叩き潰されて蹂躙される自分達の姿を遠目で視界に収めながら、凪は顔を青褪めながらそう呟いた。
「幻覚で私達を作ってけしかけなきゃ多分ああなっていたと思う」
「…………っち、悔しいが凪…………お前の言う通りだよ」
目の前で蹂躙されている自分達の有幻覚の姿を見ながら隼人は悔しそうに顔を歪める。
戦いの最初から幻覚だったわけじゃない。最初の攻撃をした時点では実体だった。
だが攻撃した瞬間に今の自分達では勝てない事に気が付いた凪がすぐさま幻覚を作り、隼人を連れて逃げる事にしたのだ。とはいえ、ただ逃げたわけでは無い。現時点では勝てないのは事実だ。が、それはあくまで現時点での話。
相手の能力、強さ、そして弱点が分かれば状況は変わる。
その為に幻覚で相手の情報を少しでも引き出す。
「取り敢えず今はあのタコの情報を集めよう」
「だな…………」
凪の言葉に同意しつつも隼人は浮かない表情をしていた。
分かっていた事だが自分はこの少女よりも遥かに弱い。死ぬ気の炎の練度が、使い方が、量が、質が違う。当然ではあるが覚えて一週間も経っていないような自分とは違い、長い間使ってきた事が分かるぐらいに熟練されている。
だからといって、それに劣等感を抱かないわけではないのだ。
隼人はそう考えながら隣に居る凪と同じようにタコの足を眺めていると、突如凍り付いた海面に亀裂が走る。
そして凍った海面が割れて、今まで足だけしか見せていなかったタコの頭部が姿を現す。
「ゲホッ! ゲホゴホガッハゲボファアアア!!」
ついでにタコの頭部に乗っかっていたフルフェイスヘルメットにライダースーツ、そして紫色のおしゃぶりを付けた赤ん坊が激しく咽ていた。
「ど、何処のどいつだぁ!! いきなり海面を凍らせやがった奴は!!」
長時間、常人であるならばとっくのとうに溺死しているであろう時間を海中で過ごしていたのにも関わらず、ぴんぴんした様子で怒り狂っていた。
「銀髪の人、あの赤ん坊…………」
「ああ。あいつはアルコバレーノだ」
二人は赤ん坊の胸元にある紫色のおしゃぶりに視線を向ける。
常人であれば、超人であっても死ぬ事は免れないというのに生きていた。
つまり、あの赤ん坊こそアルコバレーノ・スカルであるということだ。
「なんか、想像していたのと違う。なんか、三下過ぎる」
「リボーンさんと違って威厳ってものが感じねぇな」
視界内に映る小物臭が隠せないスカルの姿に二人はそれぞれ酷評する。
だが同時にさっきの攻撃が失敗したのはこの赤ん坊の仕業である事を知る。
かなり見え辛いがスカルの身体から紫色に燃え上がる雲属性の死ぬ気の炎が出現している。
恐らくあの炎をタコの足に纏わせることで強化してさっきの攻撃を防いだのだろう。
見た目や口調、全身から
「だけどよ、あのタコが厄介過ぎるだけで本体はそこまで強くはねぇな」
隼人はタコを操っているスカルの姿を観察しながらも評価を下す。
あのタコが脅威なだけで、スカル自身の戦闘力はそこまででも無い。
「多分だけど強さ以外に何かしらの奥の手があると思う」
取り敢えずあのタコ、もといスカルの弱点を観察して見つけよう。
二人がそう決めた時だった。綱吉が刀を片手にスカルが居る方に歩いていくのを見たのは。
まるで緊張していない様子の彼はさも当然と言わんばかりにスカルに近付いていく。
「ちょっ、ボス!?」
「10代目!?」
二人はそんな綱吉の姿を見て思わず声を上げてしまう。
幻覚で姿を隠しているからこそ、スカルにはバレなかったが綱吉は違う。
遠くの場所で戦っていた綱吉は凪の幻覚で姿を隠していない。
「お、お前だな!! 海面を凍らせたのは!! 海中で待機していたせいで溺れたじゃねぇか!!」
スカルは綱吉の姿を見た瞬間、明らかに怒っていると言わんばかりに怒声を上げる。
「不死身のスカルっていうぐらいなんだから、海の中でも平気だと思うんだが」
「死ななくても苦しいものは苦しいんだよ!!」
それに対し綱吉は笑みを浮かべたまま語り掛ける。
「でもまぁ、うん。やっぱりアルコバレーノってタレ眉含めて超人揃いだな」
「た、タレ眉!!? お、おい…………それってまさかリボーン先輩のことを言ってるんじゃねぇだろうな?」
「へぇ、そう思っていたんだ。俺はタレ眉としか言ってないんだけどなぁ」
その言葉にスカルは凍り付いてしまう。
「ああ、大丈夫大丈夫。スカルがタレ眉の事をどう思っていようが俺にはどうでも良い事だから。でも何かの拍子で口を滑らせちゃうこともあるかもしれないからね。だからさ、ここでの事は何もかも忘れてあげるからスカルもカルカッサの連中を連れて帰りなよ。今なら許してあげるから」
(こ、こいつ…………オレを脅してやがる!!)
綱吉の口から語られた言葉にスカルは戦慄する。
そして同時にこうも思った。コイツをこのまま生かしていたらきっと大変なことになると。
と、いうかリボーン先輩の事をタレ眉と罵倒するこの子どもを生かしていたらきっと自分も酷い目にあう。
その事を理解したスカルはこの得体の知れないガキを倒そうとタコに命令を下す。
「はぁ、どうしてこうなるんだろうか。親切で言っているのに」
綱吉は自らに迫り来る触手を視界に収めながら溜め息をつく。
「血も戦争も好かない。暴力だって本当は嫌いだ。まぁ、ルールがある試合や戦いで殺し合いが目的じゃないのなら話は別だけど」
そう呟くと同時に綱吉は跳躍し、刀を走らせる。
すると綱吉を捕らえようとしていた四本のタコの足が斬り落とされた。
「まあ、そういうわけだアルコバレーノ・スカル。今からお前を死ぬ気で倒す」
鋼鉄すら焼き切る斬撃を防いだ足を、綱吉はいとも簡単に斬り捨てる。
その事実に幻覚で身を隠していた二人は驚きに満ちた目をして綱吉を見つめる。
額から出現している大空の死ぬ気の炎でよく見えないが、額に揺らいでいる炎のような赤い痣が出現しているのを見えた気がした。
ファンタジー世界であるのだから技術であるならば再現は可能です。
でも主人公は波紋の再現出来なかったのです。
関係は無いですが技術の中には両立できないタイプの技もありますからね。
既に使ってしまっているのだから当然ですよね。
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逃亡生活その10
一寸今年の後半は忙し過ぎました。マジすみません。
スカルはマフィア界、否、文字通り人類最強の
最も彼自身の実力は下から数えた方が早く、単純な戦闘力は決して高くはない。だがスカルにはその高くない戦闘力を補って余りある特異過ぎる能力を有していた。
その能力こそアンデッドボディ。
どのような大きな怪我や損傷を負ったとしても死ぬ事が無い。
腹を刺されようが、臓物を引きずり出されようが、常人であるならば10回は軽く即死出来る程の酷い損壊をしていても痛いだけで済む。スカルが、ただのスタントマンでしかなかった彼がアルコバレーノにされたのはこの不死性が理由だった。
だからこそ、そのような能力を持っていたが故に何度も修羅場をくぐって来た彼だからこそ理解してしまった。
――――目の前で自らの相棒であるタコの足を斬り落としたこの少年と戦えば間違いなく死ぬということを。
「な、何だお前は…………!?」
歩み寄って来る綱吉の姿を見て、スカルは声を絞り出す。
まるで自分の事を、精神的にも身体的にも見透かしているかのような目で此方を見ている少年を見て、足が竦んでしまう。
「く、くそ! タコ! あのガキをぶちのめせ!!」
その事実を払拭しようとスカルは綱吉を倒そうと己の相棒であるタコに命令を出す。
しかし、タコがスカルの命令を聞く事は無かった。
「おいどうしたんだタコ!? なっ!?」
一向に動こうとしないタコに腹を立てたスカルは自分の足下に居るタコに視線を向ける。
そして理解する。身体の動きに合わせて動く程、己の命令に忠実な相棒が何故動かなかったのかを。
「か、身体が石になっているだとぅ!!?」
スカルは石化しているタコの姿を見てスカルは驚愕の声を上げる。
綱吉の手によって斬り落とされた個所から徐々に石に変化し始めており、既に身体の殆どが石になっていた。
「な、何故だ!! 一体どうして――――」
「俺が石にしたからだよ」
相棒が石化しているという事実に困惑するスカルの耳元で綱吉がその答えを囁く。
「ッ!!?」
「油断し過ぎだよ。アルコバレーノ・スカル」
自分の真後ろに綱吉が居た事にスカルは驚愕のあまり言葉を失う。
その様子を見て綱吉は呆れたような表情を浮かべ、右拳を振り上げる。
「それじゃあ、空の旅を楽しんで来い」
僅かに怒気を込めた言葉を呟くと同時に莫大な死ぬ気の炎が込められた拳がスカルに振り下ろされる。
強い、速い、そして何よりもやばい。
アンデッドボディを持っているスカルに対し物理攻撃は効果的ではあるものの命を奪うには及ばない。
だというのにスカルの直感はこの攻撃を受けたらやばいと告げていた。
受けてしまえば何か致命的なバグが発生してしまうような、そんな嫌な予感だった。
「ぐっ、アーマードマッスルボディ!!」
だが既に回避する事は不可能、そう判断したスカルは自らの必殺技を使って防ぐ事にした。
アルコバレーノには固有の能力とも言うべき必殺技が存在する。
スカルの場合は一時的に自らの肉体を
そのせいで同じアルコバレーノ、特に晴れと雨にサンドバックにされる事も多いのだが、スカルは防御に関してだけは自信があった。
だからこそ、その防御が何の意味も無く易々と突破されるとは欠片すらも思っていなかったのだ。
「がっ、ぐはぁああああああああああああ!!!?」
死ぬ気の炎を一点に集中させた綱吉の拳がスカルの胴体に突き刺さる。
殴られた個所だけじゃない、内側からもまるで爆発したような衝撃が走る。
今まで感じた事もないような物凄い痛みで、アーマードマッスルボディが全く機能していない。
「あ、が…………」
スカルが、意識を失う最後の瞬間、ピキッと何かが罅割れる様な音を聞いた。
+++
「おー、結構飛んだなぁ…………」
殴り抜いた拳でスカルの身体が流れ星の如く宙を舞う姿を見て、俺は思わずそう呟いた。
スカルの必殺技、アーマードマッスルボディ。その防御力は確かに侮れない。いや、心の底から称賛する程に素晴らしいものだった。
恐らく普通にやったところであの防御力を突破するのは不可能だろう。
だから普通じゃない方法であの防御を突破した。
鎧のように身に纏った炎を更に強めて殴り、相手の体内に浸透させた上で外部だけでなく内部も破壊する。
元々この技は武装色の覇気を模倣して作った技だ。
覇気ではなく死ぬ気の炎な為、上手くいくかは分からなかった。
だがアルコバレーノの中で最も防御に特化したスカルを打ち破った以上、成功したと言っても過言ではないだろう。
ただちょっと無駄が多すぎる気がしなくもないが。
「まぁ、大丈夫か」
恐らく後何回か練習すればもう少し制御できるようにもなるだろう。
ただやっぱりと言うべきか炎の消耗が激しすぎる。弾く力も結構使うが、浸透して破壊する力に関してはそれ以上に使う。
ぶっちゃけた話、ここまで炎を消耗するなら他の技で代用した方が良いかもしれない。とはいえ、結局のところ己の力量不足が最たる原因である事に違いは無い。
全身の炎を一点集中すれば話は違うのかもしれないが。
そんな事を考えながら、主人が流れ星の如く飛んでいった方向に走り出した石化が治ったタコの後ろ姿を眺めていると耳に聞き覚えのある声が聞こえた。
「ボスっ!」
「10代目!!」
凪と獄寺君の声に思考を中断して二人に視線を向ける。
「二人とも、終わったよ――――」
幻覚で隠れていたのは知ってたけど無事で良かった。
戦闘もマフィアランド側の勝利で、カルカッサファミリーの連中は一人残らず捕らえられている。
誰がどう見ても俺達の完勝だと言うだろう。
それにしてもスカルの身体を見てみたけど、あれ本当に人間なのだろうか。
はっきり言って人間の構造をしていない。
もしかしてあれがアルコバレーノの呪いというやつなのだろうか。
そう考えながら俺は二人の所へ歩み寄ろうとして、
「やはりパシリじゃ勝てねぇか」
背筋に寒気を覚えるような、とてつもなく嫌な声を耳にした。
「――――ッ!!?」
「後一つだけ言っておく。誰がタレ眉だ」
声が聞こえた瞬間、急いでその場から離れようとする。
だがそれよりも先に声の主が俺の右頬に小さい足からは考えられないような、化け物染みた脚力でキックを喰らう。
ミシリと身体が軋むよりも先に俺は蹴り飛ばされ、凍り付いていない海面に叩き付けられた。
「あ、ぐぅ…………」
死ぬ気を解除しなかった為、海面を凍らせて足場を作ることが出来たものの、あまりの衝撃に意識を失いそうになる。
今までに喰らった事がないような鋭い衝撃だった。
並盛最強の風紀委員長の一撃でもここまで強くは無いと思ってしまう程に強烈だった。
「っち。思ったより頑丈だな」
自分にその蹴りを喰らわせた本人は舌打ちをしながらも冷静に分析している。
その声は一度も聞いた事が無い、されど聞き覚えがあって、何処か懐かしく感じてしまうような響きだった。
一瞬、何とも言えない奇妙な感覚に浸りそうになるが声の主の姿を、自分に蹴りを叩き込んだ下手人の顔を目視して我に返る。
「『沢田綱吉』並盛中学一年生にして生徒会長。勉学、球技を除く運動では好成績を維持している等、まぁ誰が見ても優等生だな」
声の主は淡々と俺の個人情報を口にする。
普段ならばこういった失礼な事に対しむっとするが、今はそんな気は欠片すら起きない。
それどころか寒気が止まらない。今すぐここから逃げろと警鐘を鳴らしている。
「好きなゲームは音楽ゲームと落ちゲーで好きな音楽は歌謡曲。趣味はアクセサリー作りと刀剣集めか。まぁ、あれだな。
コツコツと音を立てて凍った海面の上を歩くその音は、まるで死神の足音のようだった。
実際、似たようなものなのだろう。
「最初はつまらなそうな奴だとは思っていたが、ここまで俺をコケにしてくれた奴は初めてだ。本当に今までに無い体験だったぞ。腸が煮えくり返りそうになったのはこれで二度目だ」
怒りを滲ませながら声の主は、黄色のおしゃぶりを付けた赤ん坊は頭の上に被った
その姿、その声、その佇まい。間違いなく彼は最強のアルコバレーノ、リボーンその人だった。
「さぁ、ようやく会えたぞ沢田綱吉。これからねっちょり教育してやるから覚悟しろ!!」
「ゲェ―――――!! タレ眉!!?」
「死ね」
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」
己に向かって放たれる弾丸を斬り捨てながら涙目になる。
出会いたくなかった、そもそもとしてこの逃亡生活を送ることになった原因の羽の無い天使と邂逅した瞬間だった。
ついに出会っちゃいました。
取り敢えず先にネタバレ、というか予告だけしておきます。
この逃亡生活は後2~3話で終了します。
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逃亡生活その11
それでは本編どうぞ。
やべぇ、マジやべぇ。
語彙力が低下して何を話したら良いのかが分からなくなる程に今の現状はやばいと超直感が告げていた。
実際、超直感が無くてもこの状況は不味いと理解出来るだろう。
「急に黙んな」
「問答無用で銃をぶっ放すなよ。理由も理不尽過ぎるし」
自らに向かって放たれた弾丸を斬り捨てる。
本当に恐ろしい赤ん坊だ。いや、アルコバレーノになる前は普通に大人だったからそれも当然と言うべきか。
少なくとも真っ当にやりあったところで俺がリボーンに勝てる確率は皆無に等しい。あったところで小数点以下だ。
独学で修行してはいたもののこれはちょっときつい。
まぁ、それはあくまでリボーンが俺を殺すつもりで戦い、俺の方も真っ向から戦いを挑んだ場合の話だ。
誰がまともにやるものかこんな奴相手に。
心の中で逃げる算段を立てているとリボーンはニヒルな笑みを浮かべる。
「どうしたタレ眉。いきなり笑って…………何か変なものでも食べたのか?」
「お前には地獄を見せる事は確定だが、中々良い目をしてるな。オレと対峙してまだ勝ち目があると思っているだろ」
「思っているわけじゃ無いよ。戦ったところでほぼ負けるだろうし。でも倒すことと勝つことは別の話だ」
俺の勝利条件はリボーンから逃げること、倒す必要が無いなら勝ち目は十分にある。
戦闘力で劣っているのは事実だが、単純な速度はこっちの方が上だ。
ただ普通に逃げるだけじゃ多分捕まるだろうから凪と獄寺君と連携して足を止める必要がある。
それでも成功率は決して高くは無い。が、リボーン相手ならばこれでも高い方だ。後はそれを少しでも成功できるように確立を上げて、幸運の女神とやらに祈りを捧げて成功を祈るしかない。
そうと決まれば早速行動しよう。内心そんな事を考えていた時だった。
リボーンが口を開いたのは。
「そうか。まだ逃げるつもりがあるということだな。今までも沢山の生徒を育てたがここまで反骨精神溢れる問題児は初めてだぞ」
「良かったじゃないか。何事も経験が大事だし」
そう呟いた瞬間、リボーンが持っていた拳銃の撃鉄が鳴った。
恐らく下手な事を言えばあの銃に込められた弾丸が俺自身に襲い掛かるだろう。
「それで、一体何がおかしいんだ?」
「さっきから仲間の方に意識を割いていたみたいだがな、オレは一人で来てる訳じゃ無いんだぞ」
「あ」
リボーンの言葉を聞いて、獄寺君がら聞いた話を思い返す。
『ちなみに参加しているアルコバレーノはコロネロ、バイパー、
その言葉を思い出した瞬間、爆音が鳴り響いた。
音が聞こえた方向に視線を向けると、そこには三人の赤ん坊が凪と獄寺君の二人を襲撃していた。
いや、既に戦闘は終了していた。
「凪!? 獄寺君!?」
地に倒れ伏す二人の姿を見て叫んでしまう。
「うぐ、じ…………十代目」
「ボス…………ごめん、なさい」
「おいリボーン! こっちは終わったぞ、コラ!」
青いおしゃぶりをつけたアルコバレーノ、コロネロはそう言い放つ。
「スモーキンボムの獄寺隼人、沢田綱吉の義妹である沢田凪。二人ともかなりの実力者でした。また手合わせをしたいですね」
「全く、術師だったなんて…………探すのに手間が掛かりすぎたよ。本当に割に合わないよ。後で文句を言って金をふんだくってやる」
コロネロの言葉に赤いおしゃぶりのアルコバレーノ、
「サンキュー」
「なっ、なっ、なっ…………いくらなんでも大人気なさ過ぎるだろっ!! お前に人の心は無いのか!?」
リボーン以外のアルコバレーノが俺の事を探しているのは知っていた。
だけどそれはそれぞれ単独で探していると思っていた。と、いうかエゴの塊であるアルコバレーノ達が徒党を組んでいるなんて考えられなかった。
特にリボーンはプライドが高過ぎるところがある。風ならまだしもコロネロとバイパーが手を組むなんて滅多な事が無い限りありえないだろう。いや、コロネロは意外とありえそうだけど、家出した子ども捕らえる為に助力を求めるなんて思えない。
あのプライドの塊としか言いようが無いリボーンが、そんな事をするとは思えないのだ。
一体何があのリボーンをそこまで駆り立てたのか。
「面白い事を言うなダメツナ。心があるからこそ、お前が絶対にされたくない事をある程度は予測し、実行する事が出来るんだぞ」
「性質悪いな」
「日本にはこういう言葉があったな。他人が嫌がる事は進んでやれって」
「意味が違うよ」
これがアルコバレーノ・リボーン。
噂通りの傍若無人っぷりに加えて鬼畜の極み、サディストの極致。
本当に厄介な相手だよ此畜生。しかもリボーン以外にも三人のアルコバレーノが居るとか、無理難題にも程がある。
盛大に溜め息をついて、刀と槍を手に取る。
「謝らなくて良いよ凪、獄寺君もそんな風に心配そうな顔をしないで。これはただの不運だ」
超直感に従ってマフィアランドを出ようとした矢先にカルカッサファミリーの襲撃を受けた。
そのせいでマフィアランドから出る事が出来なくなり、結果としてリボーン達の襲撃に間に合わなかったというだけなのだ。
ただ、それだけの話なのである。
起こってしまったものはもうしょうがない。ならばどうするべきなのか――――その結論は既に出ている。
「だからちょっと休んでて。すぐにこいつ等を倒すから」
倒れ伏している凪と隼人にそう告げた瞬間、通常の死ぬ気モードから
額から出ている大空属性の死ぬ気の炎は更に激しく燃え盛り、透き通った宝石のような純度に変化する。
そして額に浮かんでいた痣が濃く広がり、身体にも出現する。
超死ぬ気モードと痣が出るレベルで鍛え上げられた全集中の呼吸・常中の同時使用。
負担は結構あるが、まぁそれは気にしないで大丈夫だろう。
「――――――ッ!」
身体から溢れる威圧感に真正面から向かい合うリボーンは僅かに顔を顰める。
「成る程、それが舐めた態度を取るわけか」
「別にお前を舐めているつもりは無いんだけどな」
「オレが家庭教師としてお前の家に来た当日に行方を晦まして、それから暫くの間はあっちこっちで大騒ぎを起こしていやがるんだ。これを舐めていると言わずに何て言う?」
「問題ごとが向こうからやって来るんだから仕方がないだろ。それに」
「それに?」
「俺の前で俺を怒らせるような事をする奴が悪い。目の前で子どもが殺される光景を見て黙って逃げ出すなんて選択、俺の中には存在しない」
俺がそう言い放つとリボーンは僅かに笑みを浮かべる。
「それで、オレ達を倒すとか言っていたが本気か?」
「本気だ。と、いうかこの状況だとそれ以外の方法が無いんだが」
少なくともアルコバレーノ四人とのボスラッシュとか地獄としか言いようが無い。
だから真っ当じゃない方法をやる。
成功すればリボーンを倒す事が出来る素敵な策だ。失敗したとしても普通に戦う事になるだけだ。
「だが、まぁ…………那由他の果てに勝機が一つある。ならそれだけで十分だ」
「お前馬鹿だな」
「馬鹿だよ。じゃなきゃこんな事していないからなぁ!!」
槍を宙に放り投げ、刀を構える。
両の足に力を込めて踏み込み、左手の死ぬ気の炎の推進力と組み合わせてリボーンに接敵する。
「円舞一閃!!」
「成る程、中々速いな」
死ぬ気の炎を纏った刃を峰打ちにしてリボーン目掛けて振るう。
リボーンは形状記憶カメレオンのレオンが変形した十手で受け止める。
ガキンと金属がぶつかり合う音が鳴り響き、互いの武器が火花を散らす。
「だがまだまだあめぇな」
ニヒルな笑みを浮かべながらリボーンは銃口を此方に向ける。
それを見て俺は思わず笑みを浮かべる。本当にやり辛い相手だ。
そう考えながら俺は集中力を高める。するとリボーンの身体が透き通って見えるようになる。
「リボーンの方こそ、な!」
正直な話、リボーンは俺なんかよりも遥かに強い実力者だ。
実戦経験は勿論、戦闘能力、身体能力、そして才能に能力。それら全てを極めに極めた文字通りの天才だ。
その上、殺気を弄び相手の攻撃を読む力がある。
正直な話、真っ当にやり合って勝ち目なんか欠片も無い。
だからこそ――――殺気を発さない、無我の境地とも至高の領域とも呼ばれているこの透き通る世界が必要だった。
「なっ!?」
リボーンの肉体に左手で作った氷の刃を叩き込む。
身動きを取れないように凍結するのと同時にリボーンをぶっ飛ばす。
殺気を弄ぶのなら殺気の無い、それでいて集中した一撃を叩き込めば良い。
口にするだけならば簡単だが実行するのは本当に難しい。だがしなければ負けるのはこっちなのだから。
「ぐっ!!」
斬り払われた事によりリボーンは宙を舞う。
空に吹き飛ばされる彼とは正反対に最初に放り投げた槍がくるくると回転しながら落ちて来る。
落下してくるその槍の石突部分に蹴りを叩き込んで蹴り飛ばす。
同時に死ぬ気の炎を送り込んで穂先に炎を灯し、より威力を高める為に鎧のように纏わせる。
「遣らずの雨改め、遣らずの日輪!!」
死ぬ気の炎を帯びた槍は宙を舞っているリボーンに直撃。
盛大な音と共に大爆発を引き起こした。
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逃亡生活その12
ちょっと友達が入院したりポケモン図鑑を完成させたり厳選したりマスターランクに到達したり2月の休みが減ったり、まぁ様々な事がありました。
取り敢えず続きどうぞ。
「ほぉ――――?」
「中々やるな、コラ!」
「あのリボーン相手にあそこまでやるなんてね」
「でもリボーンも油断し過ぎなんじゃないの? いくら殺す気が無いからといって、やっぱり腕が鈍った」
「いや、それはありませんね」
バイパーの言葉を風は途中で遮る。
その事にバイパーは不快そうに顔を顰めながら風の方に視線を向ける。
「はぁ? 何言ってるの? その証拠にリボーンはいいようにやら」
「風の言う通りだぜコラ! あの沢田綱吉って奴、途中で気配が変わったぜ」
「ええ。明らかにさっきまでとは比べ物になりません」
同調する風とコロネロの二人にバイパーは顔を顰める。
術師であるバイパーの純粋な実力はリボーンを含めた三人に大きく劣る。
とはいえ、元々幻覚や超能力を主に使用する為、そこまで戦闘力を重要視していない。
だが風は幻覚の事を見下しており、何かと身体を鍛えるように言ってくる為、率直に言ってバイパーは風の事が嫌いだった。
最もそれはバイパーの被害妄想に過ぎないのだが。
「だが何でリボーンはあの攻撃を回避出来なかったんだ? あいつは認めたく無いが天才の筈だぞコラ」
「リボーンは殺気を弄ぶ天才ですからね。なのに察知する事が出来なかった。少し気になりますね」
そんなバイパーの僻みに全く気が付いていない風はコロネロと会話を続ける。
「ふむ、リボーンに頼んで私も家庭教師やりましょうかね?」
「リボーンは甘いところがあるからな。あいつの生意気すぎる反抗心を圧し折るのに苦労しそうだし、俺も奴を鍛えてみたいと思ったぜコラ」
「…………興味は無いけど、同情だけはしておくよ」
楽しそうにとんでもない事を言い合っているアルコバレーノの中でも武闘派な二人。
会話を耳にしたバイパーは僅かばかりの同情を綱吉に向ける。
その視線には綱吉が勝利して逃げおおせるという考えは一欠けらも存在していなかった。
+++
やったか、なんて言葉を言えばそれは間違いなくフラグになる。
だからといって言わなければフラグにならないかと言われればそういうわけでも無く、現実はいつだって無情なものだ。
「ッ、やっぱり駄目か…………!!」
今の攻撃で倒せていないと理解した俺はすぐさま攻撃を叩き込もうとする。
「カオスショット」
が、それよりも先に煙の中から黄色く輝く銃弾のシャワーが降り注ぐ。
相殺は不可能、この技よりも威力の高い技を持っているとはいえ、発動までに時間がかかる上にこれだけの量を消し飛ばすのは不可能。
かといって防ぐことも難しい。可能か不可能かで言われたら間違いなく可能だ。
だけどそれをやったら多分ダメだと超直感が告げている。
ならば答えは一つ、というか逃げるという選択肢しか存在しない。
「っち………!」
両手の炎で推進しつつ霹靂一閃の応用で移動し、銃弾のシャワーの射程圏内から距離を取ろうとする。
それと同時にいくつもの銃弾が曲がり、進行方向に向かって落ちて来る。
とは言え、さっきの銃弾のシャワーに比べれば隙間が多い。
回避できそうなものは回避し、回避できないものは炎を鎧のように纏わせた左手で防ぐ。
「ぐっ! やっぱりダメか!」
だが左腕の防御はいとも容易く貫かれて、手を弾かれる。
一点集中の貫通力がある攻撃に炎の鎧で防ぐのは無理だったか。
痛みを発する左手に顔を顰め、残りの銃弾を回避する。
透明な世界は筋肉の動きとかは見れるけど銃弾の動きは見れないのが難点だ。
「流石に自動追尾ってわけじゃないか」
まぁ自動追尾じゃないからといって危なくないわけじゃないし、むしろリボーンが狙ってやってる分そっちの方が恐ろしい。
どちらにせよ回避して防ぐというのは変わらない。
「――――成る程な」
空中で爆破されたリボーンは被っていたボルサリーノを軽く叩いた後、近くの氷塊に着地する。
「さっきの高速移動と両手の炎を使った推進力を掛け合わせる事で最初からトップスピードで動けるわけか」
「何で一目見ただけでそこまで分かるんだ」
本当に末恐ろしい奴である。
グローブによる推進力は確かに凄いが、徐々に上がる都合上どうしても初速が遅くなる。
その為、足運びと組み合わせて使うことで強引に助走をつけて使用していた。そうすれば遅い初速でも合わせる事で最初から早く動ける。
だけどここまであっさりと見破られるとは思わなかった。
「まぁ、別に分かっても倒せば良いだけだ」
「オレを倒せると思ってるのか?」
「最初から自分が負けることを考えているような奴が居るのか?」
「質問を質問で返すな。だがまぁ、確かにその通りだな」
リボーンはニヒルな笑みを浮かべると容赦なく銃をぶっ放す。
本当に容赦というものを母親の胎内に置いてきたような物騒な奴である。
正直な話、こっちの戦い方がバレた事に関しては問題は無い。
問題なのは透明な世界、それをリボーンが体得してしまう事だ。
リボーン程の実力者で天才ならば、ふとした拍子に至ってしまう事だってある。そうなったらただでさえ勝ち目の殆ど無い戦いだったのに、僅かな勝機すらも皆無になる。
落ち着いて、冷静になって戦え。相手の動きを、銃弾の軌道を理解しろ。
何も考えないで突っ込んで勝てる相手じゃない、よく考えて突っ込め――――!
「日暈の龍・頭舞い」
避けられる銃弾は回避し、当たると思った弾丸は刃で斬る。
この技、日の呼吸・陸ノ型『日暈の龍・頭舞い』は移動しながらの斬撃を繰り返す舞だ。
最もこの日の呼吸に関しては記憶で模倣し、超直感で使い方を直感しただけ。
多分だがオリジナルに比べれば精度はかなり落ちるだろう。それでも今の自分が使えるものには違いはない。
リボーンが撃った弾丸は七発。その内の四発を斬って、三発を回避する事に成功する。
「――――火車!」
「速いな」
リボーンに接近して斬撃を叩き込むもあっさりと避けられる。
だけど最初に攻撃した時に比べて一瞬反応が遅れていた。
「烈日紅鏡!!」
「それでいて隙も無い」
避けたリボーンを逃さないように最接近し、連撃を叩き込む。
透明な世界での攻撃は確かに効いている。今までの努力は決して無駄じゃなかった。
見様見真似で模倣し、超直感を酷使させる事で体得したヒノカミ神楽、もとい日の呼吸もリボーンに通じている。
「っく…………!」
リボーンも回避するのが難しくなってきたせいか、苦しい声音が聞こえる。
この調子で攻め続ければ勝ち目が少しは見える。
もっと、もっとだ。もっと攻め続けて反撃の機会を与えないように――――!
「円舞!!」
振り上げた刀を反転させ、峰打ちになるようにリボーンに振り下ろす。
取った――――そう確信した瞬間だった。
手に持っていた刀に衝撃が走るとともにバキンという音が鳴り、振るった刃がリボーンに当たることなく空ぶったのは。
「…………はっ?」
刀身が根元から砕け散った刀を見て思わず呆気に取られてしまう。
「惜しかったな。だが――――」
リボーンはそう言うと銃口を此方に向ける。
「これで終わりだ。カオスショット!」
銃口から無数に枝分かれする光弾が放たれる。
晴れ渡る空に浮かぶ太陽を思わせる黄色の炎の弾丸は容赦なく俺に襲い掛かった。
凄まじい威力の攻撃が直撃した瞬間、意識が闇に飲み込まれて俺の身体は海に落下する。
「ぼ、ボス――――!!?」
意識を失うその瞬間、凪の悲鳴が聞こえた気がした。
+++
「なぁ、先輩に雲雀。ツナは勝てると思うか?」
「勝つ!」
山本武の問いに笹川了平は凛とした表情で答える。
「沢田は俺が認めた男だ。どんな状況になっても決して諦めない。出来ればボクシング部に入ってもらいたかったのだが」
「まぁツナは生徒会長だからな。雲雀はどう思ってるんだ?」
「…………それ、言う必要ある?」
雲雀恭弥はむすっとした、如何にも不機嫌ですと言わんばかりに顔を顰める。
「彼は小動物だ。小動物には小動物なりの戦い方があるし、だからこそしぶとい。その上、感染症の媒介になるような周囲を巻き込むタイプだから尚更質が悪い」
「はは。ひでー事を言うのな。ツナが聞いてたら怒りそうだ」
「そう言うきみはどう思ってるんだい。山本武」
「そんなの決まってるぜ」
朗らかな笑みを浮かべながら山本武は告げる。
「ツナは勝つ。だってすげーからな」
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逃亡生活その13
二月はちょっと休みが無かったものでして、その上リアルで風邪ひいたり体調崩したりしてました。
いや、二月は地獄でしたねはい。
取り敢えず先に言っておきます。
2、3話で終ると言ったな――――あれは嘘じゃ。
予定だと今回で終わるつもりだったんですけど何故か長くなっちゃいました。
恐らく後2~3話かかります。
それまでもうちょっとお付き合いください。
凪がこの家に来て家族となり、俺の義妹になって三年ぐらいの時が過ぎた。
最初はオドオドしていて自分の意見をはっきりと言う事が出来ないでいた凪だったが、本当に明るくなったものである。
正直な話、幼少期の頃からコミュ症を拗らせていたから彼女の将来をかなり心配していたのだが、どうやらその心配は無用なものだったようだ。
元々が大人しい気質をしていたとはいえ、凪が暗くなってしまったのは決して良好とはいえない家族関係が、はっきり言ってしまえば殆ど育児放棄されていたのが原因だった。逆に言えばそれらの原因が無くなり、解消してしまえば少なくとも暗くはならないだろう。
その結果、取り返しがつかない事になってしまったのだが、まぁそれはどうでも良い事だ。
何方が幸せだったかは分からない。分岐点はとうに過ぎ去り、既に
クローム髑髏に聞けばきっと骸に救われたから幸せだったと答えるだろうし、沢田凪に聞けばきっと俺が助けたから幸せだと言うに違いない。
これでクローム髑髏でも沢田凪でも無い、ただの■■凪に聞けば分かるのだろうが過去に戻る術は無いし、その問いを彼女に投げかけたところできっと無意味な物でしかない。
心の奥底に残ったこの僅かな後悔は胸の内に押し込めておくことにしたのだけれど、一つある疑問が頭に浮かんだ。
「凪はさ。何で俺の事をボスって言うの?」
風呂場にて凪の頭を洗いながら、彼女に抱いた疑問を尋ねる。
クローム髑髏が俺の事を、沢田綱吉の事をボスと呼ぶのは分かる。
だけど彼女は沢田凪だ。正直な話、凪が俺の事をボスと呼ぶ理由が分からない。
「ダメ?」
「いや、ダメじゃないんだけどさ。ただお兄ちゃんだと思われてないのかなって」
血の繋がりが無いとはいえ、俺は凪の事を妹だと思って可愛がっている。
だからもしそうだったらちょっとショックである。
「だって、私にとってボスはボスだから」
凪は髪の毛を洗われながらそう呟いた。
「どうしてボスなの?」
「だってボスは、いつも前に立って皆を引っ張っているから」
その言葉を聞いて少しだけ納得する。
成る程、だから凪は俺の事をボスと言うのか。
言われてみれば確かにそうだ。凪から見た俺は確かにボスと呼ばれるだけの事をしている。
だけどそのように振る舞っているのは既に知っているからであり、その為に頑張っているからで、俺にとって必要な事だからだ。
知識があるというのはそれだけで誰にも負けないアドバンテージになる。
故に俺は他の皆に比べれば少しだけ前に出ていてるという、かなりのズルをしていることになる。いや、実際にずるいのだ。
だからだろうか、凪の言葉を聞いて少しだけ後悔したのは。
知識があるからこそ知らなかった時の行動は出来ない。
無知は罪とは言うが既知だって罪である。
結局のところ、俺は凪が思っているような人間じゃ無い。
あの時凪を助けた事を今も後悔して悩んでいるような、酷い人間だから。
そう考えていると凪は振り向いて笑みを浮かべた。
「だから、私はボスにこれからも引っ張っていてほしい」
「凪…………」
「あの時、私を助けてくれた時のように導いてほしい。私はそんなボスとずっと一緒に居たいから」
「…………そっか」
凪の口から語られた言葉にほっと安堵の息を漏らす。
意味の無い質問だったのだろう。目の前の少女は沢田凪であってクローム髑髏では無い。
だけど、自分が助けた少女がそう言ってくれることがとても嬉しかった。
自分は間違ったことはしていないのだと、言ってくれているみたいで――――。
「もし、俺が間違えた時はさ。凪が止めてくれる?」
「うん。分かった」
「ありがとう。なら大丈夫だ」
俺は自分にそう言い聞かせるようにそう言った。
あの時、凪を助けた事を本当にこれで良かったのだろうかとこれからも後悔し続けるだろう。
だけど――――あの時、助けなかったとしても一生後悔し続ける。いずれ救われると分かっていたとしても、これで良かったのだろうかと同じように悩むに決まっている。
これは正解の無い選択で、きっとどっちを選んでも地獄なのだろう。
「そこまで言うなら俺も頑張らなくちゃな。ボスって呼ばれるのに恥じないくらい、それこそ王様になるくらいのつもりでね」
なら、俺は自分のやりたいようにやろう。
後になってやらなかった事を後悔するより、やった事で後悔した方が何万倍もマシだから。
+++
意識が浮上し、目を開けると海中だった。
「――――ぐごぼっ!?」
海の中に居るという事実を認識した瞬間、口から気泡が飛び出る。
呼吸が出来なくなって苦しいと言う感覚が脳を駆け巡り、眠っていた脳みそが強制的に覚醒させられる。
それによってどうして自分が海の中に居るのかを思い出す。
どうやら俺はリボーンに狙撃されて海の中に落ちたらしいようだ。
本当に強い。いや、強いなんてレベルじゃない。零地点突破・改を発動する事すらできなかった。流石は最強のアルコバレーノと言うべきか。スカルとは比べ物にならない。
その上、リボーン以外にもまだ三人も居る。
もうこんなの無理ゲーとしか言いようが無い。正直な話、勝ち目が皆無だ。
だけど、そろそろ良い頃合いだろう。
今まで散々好き勝手にやって来たんだ。ここらが潮時だろう――――。
――――なんて、俺は欠片も思っていない。
確かに自業自得、因果応報、身から出た錆びというのは事実だ。
だからといって俺がそれを甘んじて受け入れるわけではない。
俺は必ずこの困難を乗り越えて見せる。何もかも諦めて納得するなんていうのは全てをやって、やりつくして、もうどうしようもなくなった時だけで良い。
「ぶはっ!! ぜぇ、ぜぇ…………」
「まだ戦えるみたいだな」
「生憎、そんな柔な鍛え方はしていないし、途中で敗北を認める程物分かりが良いわけではないからな」
海中から顔を出して再びリボーンと相対する。
ヒノカミ神楽、もとい日の呼吸は有効。
全集中は人間の身で鬼の如き怪力を会得する力がある。常中ならば呼吸をするだけで肉体が鍛えられるという効果もある。
基礎能力を高める常中と死ぬ気の相性は極めて高い。だけど身体が出来上がっていない今の俺だと下手に使い過ぎたら身体がダメージを受ける危険性もある。
刀を失ってはいるが、そもそもとして俺は剣士ではない。
武器が無いなら無いで普通に戦うだけだ。それに日の呼吸の動き方を死ぬ気の炎の推進力に加えれば無駄も少なくなるし、威力も速度も上がる。
ただ鎧のように纏う方法はダメだ。一点集中だと簡単に貫通される。
いや、そもそもとして覇気と死ぬ気の炎は全くの別物だ。同じやり方をしたところで持ち味を活かせない。なら、今まで使っていたやり方をアレンジし、発展させれば良い。
後は地力だけなのだが――――。
「俺は絶対に諦めない。お前に勝って、ボンゴレからの追撃からも必ず逃げてやる」
「前向きにネガティブな奴だな」
「悪かったな。でも、これで終わりだ」
残った炎の残量は結構減っているもののまだ戦う事は出来る。
が、リボーンを相手に戦う場合だとそれじゃあダメだ。今のまま戦ってもボロ負けするんだから、このまま戦っても勝ち目は絶無だ。
ならどうするべきか――――、その答えは決まっている。
超死ぬ気でダメで、到達点に至らないなら新しい領域を作ってしまえば良い。
+++
「悪かったな。でも、これで終わりだ」
綱吉がそう言った瞬間、ゴウッという音を上げて激しく燃え上がった。
炎は火柱、やがては竜巻にと変化し大きなうねりを上げて海上に渦潮を発生させた。
ボンゴレファミリーの血統、そしてアルコバレーノ等の一部の者しか知り得ないが死ぬ気の炎は生命エネルギーである。
使えば当然疲労するし、無駄遣いなんかすれば体力を使い切って倒れてしまい、最悪の場合命を落とす危険性もある。
この戦いを観戦しているコロネロ、バイパー、
――――そう、いつもだったのなら。
「…………一体何をする気だ?」
ここまで見事な戦いっぷりを見せている綱吉がそんな愚かな事をするとは思えない。
方向性こそ違うものの百戦錬磨のアルコバレーノは違和感を抱き、実際に戦っているリボーンは余計にそう感じた。
「――――ッ!? ダメ、ボスッ!!」
そして、それは凪も同じ。いや、幼少期から綱吉の事を知っている凪は綱吉が何をしようとしているのかも理解していた。
「それは、まだ未完成――――」
「――――大丈夫だ」
凪が悲痛そうに叫ぶと同時に炎の向こう側から綱吉の声がした。
「凪、そんな声を出すな。獄寺君も心配そうな顔をしないで。いつも色々と心配かけさせているし、この後も更に心配かけさせることにはなると思うけど――――」
それと同時に炎の竜巻が弾け飛んだ。
「お前の兄を、お前達の
弾け飛んだ死ぬ気の炎から火の粉が舞い散り、海面を吹き飛ばしながら綱吉はその姿を晒す。
炎の中から現れた綱吉の姿は変貌していた。
額から燃え上がっていた死ぬ気の炎は消失し、顔に浮かんでいた赤い炎のような痣は全身に駆け巡り、左目の下あたりに時計の針のようなものが刻まれている。
それだけでも十二分に目を惹くものだったが、それ以上に目を惹いたのが髪だった。
何らかの手段で伸ばしたのか、腰まであった髪が死ぬ気の炎で煌めいていた。
髪の毛に死ぬ気の炎が灯っているのか、それとも死ぬ気の炎と化した髪なのかは分からない。
ただ一つ分かる事があるとするならば――――あれは不味いと言う事だけだった。
「…………まぁ、自分でも成功するとは思っていなかったが」
綱吉はリボーンに撃たれた個所を軽くなぞりながら変貌した自らの身体を確かめる。
「仮に名前を付けるならオーバーロード…………いや、溢れ出ているような感じだから
そう言って綱吉はリボーンに向かって拳を構え、次の瞬間には消えていた。
「っ、何処に――――ッ!!?」
一瞬で姿を消失させた綱吉を見つけようとリボーンは周囲を見渡そうとし、それよりも先にリボーンの肉体に凄まじい衝撃が走った。
「ぐ――――」
自分が殴り飛ばされた、その事実にリボーンは気がつく。
だがそれよりも先に進行方向に移動していた綱吉に蹴りを叩き込まれる。
吹っ飛ばされたリボーンの身体に再び衝撃が全身を駆け巡り、空高く蹴り上げられる。
最早声すら出せない状況の中、リボーンは吹っ飛んでいる自分よりも速く頭上に移動する炎の竜を幻視する。
「うおらぁあああああああああああああああああああああ!!!」
そしていつの間にか頭上を取っていた綱吉が両手を組んで振り下ろし、リボーンを海面に叩き付ける。
「い、つまでも…………好き勝手出来ると思うんじゃねぇ! カオスショット」
海面に激突する前にリボーンは綱吉に向かって銃弾を放つ。
放たれた銃弾は無数に枝分かれをし、四方八方から綱吉に襲い掛かる。
いくら速く動く事が出来ようとも無数に襲い掛かる弾丸を避ける事は不可能だ。
しかし、綱吉はその全ての弾丸を回避した。中には死角から襲い掛かった物があるにも関わらずにだ。
(…………まさか)
リボーンはその光景を瞳に焼き付ける。
そして海面に叩き付けられ、巨大な水柱が立ち上がった。
※補足
凪のあれは告白同然でした。
ただし主人公はそれに気づいていません。
そして凪もその事は分かっているので色々とやっています。
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逃亡生活その14
リアルというか、プライベートというか。
取り敢えず一言。コロナぜってぇ許さねぇ。
本当、割に合わない戦いだ。
心の中でそう思いながら、水柱が上がり海中に沈んだリボーンを見下ろす。
多分、外面は至って平静を保ってますと言いたげな顔をしているのだろう。
だが内心では余裕が無く、非常に焦っている。
リボーン強過ぎる。知っていたとはいえ、此方の予想をことごとく上回るのは本気でどうしようも無い、勝てないと思ってしまった。
本当に、心の底から超死ぬ気モードになると静かになる自分の特徴に感謝するしかなかった。
もし、これがいつもの自分だったならきっとバレていた事だろう。
死ぬ気の炎と同化した鮮やかな髪を風で棚引かせていると、不意に悪寒が襲い掛かった。
「っ、やっぱり倒せていないか」
顔を顰めてそう呟いた瞬間、海中から無数の光弾が放たれた。
様々な曲線を描きながら進むその軌道は明らかに銃弾のものではない。
まるで生きているかのようにうねりながら、リボーンが放った弾丸が四方八方から襲って来る。
回避は不可能、この弾幕に当たらないように避ける程の隙間は存在しない。
なら防御するしかない。
「っ、らぁ!!!」
向かってくる弾丸から身を守る為に炎のシールドを張る。
それだけでリボーンの攻撃を全て防いだ。その事に自分自身、若干の驚きを覚えつつも、それも当然だと理解する。
リボーンは破壊力よりもテクニカルを重視した技を多用する戦闘スタイルだ。
確実に、的確に急所を狙い着実に勝利に進んでいく、最強の殺し屋らしい、隙という隙が存在しない堅実な戦い方。その上、威力だって弱いわけではない。特殊弾を使って収束した後、一気に解放する分、破壊力そのものも高い。
本当に、本当にやりにくいったらありゃしない。
しかし、だからといって弱点が無いわけではない。
リボーンの生物の如く出鱈目な軌道で曲がる弾丸はオートではなくマニュアルなのだ。それは本来なら弱点とは呼べないものだが、それが分かれば対処は可能だ。
「ぁぁああああああああああああっ!!」
リボーンの攻撃を出力任せに強引に突破し、さっき刀身を砕かれた刀を持つ。
「イクスバースト!!」
刀の鍔、茎穴から死ぬ気の炎を放出して海中に沈んでいたリボーンを狙い撃つ。
「ぐぁっ!」
海の中で隠れてれば狙われにくいとでも考えたのだろうか。
確かにそれは有効だ。だけど透明な世界を使える俺にそれは無意味だ。
「っち、やるな!」
「やらなきゃ負けるからな!!」
狙撃されたリボーンは海中から飛び出し、攻撃を回避しつつ氷に飛び移ろうとする。が、当たらなかった炎弾は不規則な起動をした後、一発だけリボーンに直撃した。
「ぐっ!!」
「これで、終わりだっ!!」
リボーンはスカルと違って不死身の肉体を持っているわけではない。
今までの攻撃は受け流されたり、防がれたり、直撃を回避されたりしていた。
だが、それでも積み重なったダメージは無視出来ない。
好機は今しかない。
ようやく訪れたチャンスを逃さないようにリボーンに接近して止めの一撃を叩き込もうとして、
「がはっ!?」
自身の身体が背中側から光弾に撃ち抜かれた。
+++
二人がドボンと音をたてて海に着水する。
その音が不自然なまでに広がり、周囲一帯を静けさに満たす。
沢田綱吉とリボーン。この二人の激突を見ていた者達は全員が全員、言葉を失っていた。
裏社会最強のアルコバレーノ。その実力を間近で見て息を飲み、それと真っ向から戦い合う沢田綱吉にも畏れを抱く。
「っ、いった…………」
「…………今のは効いたぞ」
海中から姿を現し、氷の上に飛び乗った二人は互いに向かい合う。
「成る程、お前から殺気を感じなかったのはこういうわけか」
ボロボロになりながらもニヒルな笑みを浮かべてリボーンは呟き、綱吉の事を真っ直ぐ見据える。
リボーンの瞳に映る綱吉の姿は、何故か透けて見えていた。
「…………くそ、もっと早く倒せれば良かったんだがな」
それを聞いて綱吉は何かを察したのか、額から汗を流す。
「世界が透き通って見える。そうする事で最小限の動きで最大の力を発揮し、なおかつ無駄な思考も無くなる。通りで殺気を発さないわけだ」
「…………リボーン、お前がそれを使えるのは反則なんじゃないか?」
「お前もオレのカオスショットや殺気の弄び方を使ってるじゃねぇか。家庭教師だって生徒を育てる事によって成長するもんだぞ」
リボーンがそう告げると綱吉は顔を歪める。
「アルコバレーノは自らの奥義を特殊弾に込めて放ち、相手に伝授させることが出来る。さっき直撃した時には奥義は込めていなかったが、どちらにせよオレの炎が込められた物であることに違いは無い。ならそこから超直感で技の使い方を導きだした、といったところか」
「…………」
「沈黙は肯定と受け取るぞ」
「…………やっぱり、お前は怖いな」
恐怖心を隠そうともせずに吐露する綱吉にリボーンは笑みを深める。
今までの戦いの中で、綱吉が一度たりとも油断して戦った事は無かった。
恐いと思う事を素直に受け入れ、死ぬ気で相手に戦いを挑むその姿勢。
そして仲間達の前に立って引っ張るボスとしての資質。
自身が教育しなくても立派なボンゴレ10代目になれるだろう。
だからこそ見てみたい、こいつの行き付く先を。
まぁそれはそれとして結果的に成功したものの自分自身を壊しかけたあの暴挙には、これまでの事と纏めて文句を言うつもりだが。
「だけど、俺の有利には変わらない」
綱吉はそう呟くと立ち上がり、両手から炎を放出して空を飛ぶ。
既にダメージは回復しているみたいだ。
「まぁ、そうだな」
対しリボーンの身体にはダメージが蓄積していた。
アルコバレーノであるとはいえスカルのような強靭な肉体を持っているわけではない。
その上、これまでの戦いで死ぬ気の炎を無駄遣いしまくった。
このまま戦っても負けは確定だった。
「仮にオレを倒せたとして、この後どうするんだ? お前のそのオーバーフローモードとかいうやつ、そんな長時間は使えないだろ」
「流石に見抜かれてたか。だけど、まだ勝ち目はある。バイパー、コロネロ、風の順で倒せば」
「まぁそうするしか無いな。その姿ならまだ勝ち目はワンチャンあるしな」
綱吉は右手をリボーンに向けて攻撃を放とうとする。
「だが、それは一対一で戦えばの話だ」
その瞬間、世界が突如として歪み、宙を舞う綱吉に赤い炎の龍と青い炎の隼が襲い掛かった。
「っ、幻覚!?」
綱吉はその攻撃を察知し、回避しようとする。
リボーンの奥義を不完全ながらも体得した今の綱吉ならばなんとか避ける事が出来る。
「甘ぇぞ」
だが、出来た隙を見逃す程リボーンは甘く無い。
取り乱した綱吉に向けて銃を放つ。綱吉と同じ透き通る世界を使って。
「あぐぁっ!?」
透き通る世界を使うことが出来る者は殺意を相手に悟らせる事はない。
ついさっきまでリボーンを苦しめていた攻撃をやり返され、綱吉の右手は撃ち抜かれる。
それから少し遅れて二つの攻撃が綱吉の身体に容赦なく殺到した。
「あ…………」
単純な破壊力ならばリボーンを上回る風とコロネロの二人、そして反応を遅らせたバイパーの幻覚。
其れ等のコンボによってダメージを受けた綱吉は凍り付いた海面に落下した。
「ぐ、が…………くそ…………」
「最後の最後で油断したな。オレ達がお前と一対一で戦う理由は無ぇぞ」
受けたダメージが大きかったせいか、伏して呻き声を上げる綱吉にそう告げる。
「随分とボロボロですね、リボーン」
「お前のそんな姿を見るとは思ってもみなかったぜ、コラ」
風とコロネロは傷だらけになったリボーンを一瞥する。
その視線には嘲りや侮蔑といった感情は秘められていなかった。
ただリボーンにこれ程の傷を負わせたと素直に感心していた。
「悪いが話なら後にしろ。まだ終わっちゃいねぇ」
話しかけて来る二人に対しそう告げるとリボーンは視線を綱吉に戻す。
「ぐ、ぅううううううう!!!」
綱吉は苦痛に呻きながらもその場から立ち上がっていた。
その身体はリボーンよりもボロボロで、今にも倒れてしまいそうな程にフラフラとしている。
髪の毛を覆っていた死ぬ気の炎も最初に比べれば弱々しくなっており、力が尽きるのも後少しといったところだろう。
だが、それでもその瞳から光は消えていなかった。
追い詰められた獣程、恐ろしいものは無い。オーバーフローモードという境地を作った以上、何をしでかすか分からない。
だからこそ、やるなら徹底的にだ。
「悪いけど、僕はこれ以上手伝う気は無いからね。ただ働きはごめんだよ」
「分かった。お前には期待してねぇ。カオスショット!」
「爆龍拳!」
「マキシマム・バースト!!」
バイパーの言葉を聞き流しつつ、リボーン達三人はそれぞれの必殺技を綱吉に放った。
手加減しているとはいえまともに食らえばそれぞれが意識を手放すであろう威力。
それが動けないでいる、だが決して諦めていない綱吉に迫った。
+++
本当にどうしようもない絶望的な状況である。
自分に向けられて放たれた三人のアルコバレーノの必殺技を見て、素直に弱音をぶちまけたくなった。
最も、その弱音を吐く事すら出来ない程にボロボロなわけなのだが。何とか言葉にして吐き出そうとしても呻き声にしかならない。せめて凪や獄寺君に対してかっこつけであっても大丈夫だって言ってあげたかったんだけどこんな有様じゃ無理そうだ。
本当に何でアルコバレーノが手を組んで襲い掛かって来るんだよ。
そこは強者の余裕とか見せろよ。正真正銘最強の連中が慢心とか油断とか捨てて来るんじゃねぇよ。
別に最初から一対一の戦いだったとは思っていなかった。だけどリボーンのプライドやアルコバレーノ同士の仲の悪さとかを考えたら、格下である自分に対し仲間と連携して戦う可能性は低いと思っていた。
だけど現実は想定していたものを遥かに超えて最悪だった。
こっちが超直感に従って、死ぬほど鍛えて、ようやく体得したリボーン対策の透き通る世界を奪われた上に右手を潰されて使用不能にされたのだから。
一応こっちもリボーンの技を少しだけ体得したけど、全く釣り合っていない。
右手を潰された事によって炎を使った超高速移動及び死ぬ気の炎を吸収するゼロ地点突破・改は使用不能。
いや、そもそもとしてオバフロモードの維持ももう限界か。
オーバーフローモード。体内の炎を五分間で使い切る様に出力を強引に引き上げ、その全てを戦闘力に変えた状態。表現としては超死ぬ気モードと初期の死ぬ気モードを同時に使用しているといったところだろうか。
これによる戦闘力の増強は恐らく超死ぬ気の十数倍で、短時間限定とはいえリボーン相手にほぼ優勢に戦えるほどの強大な力を獲得する。
が、当然そんな無茶な真似をしたら大きなダメージを負う事になる。
恐らく自分はこの後、地獄を味わう羽目になるだろう。
――――まぁ、既に地獄を味わっているわけなのだが。
とはいえ、本当によくやったと思う。
アルコバレーノ4人相手に善戦した方だろう。少なくともあのリボーン相手に実質勝利したのだから。
「負け、るか…………!」
だというのに俺はただ只管に前を見つめていた。
炎は枯渇し掛け、身体は傷だらけで、もう勝ち目が無いというのに諦めきれないでいる自分が居た。
ああ、やっぱり自分は諦めが悪いらしい。
ならば超直感よ。俺がこの状況で戦って勝つ為にはどうすれば良いのか、今の自分が出来る事を導きだせ。
残った炎が少なくてもまだ立っていられるのなら、全てを費やしてでも動くんだ。
そう自分に言い聞かせて動き出そうとする。そして、世界が真っ白に染まり何もかもがスローになったような気がした。
+++
綱吉とアルコバレーノ達が戦っていた場所が、目が眩む程の光に包まれる。
その光景を見ていた誰もが瞳を閉じ、光から目を逸らす。
それと同時にあれ程までにひっきりなしになっていた戦闘音が一切聞こえなくなった。
戦いが終わった、そう判断した誰もが目を開ける。
「…………ッ! ボスッ!!」
抑え込んでいたアルコバレーノが居なくなった事により自由になった凪は、眼前の光景を見て喜びの声を上げる。
海は凍り付いており、四人の赤ん坊は巨大な氷の中で氷像となっている。
そして氷の大地の上で一人、ボロ雑巾の様にズタボロになりながらも立っている綱吉の姿。
誰がどう見ても勝利した者が誰なのかは明白で、揺るぐ事がない答えがそこにはあった。
――――この戦いが後にマフィアランドの決戦として後世に畏れられる事になる事は、今は誰も知らない話である。
次回、逃亡生活最終回。
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逃亡生活その最後
いや、長かったです。本当に長かったです。
取り敢えず逃亡生活最終話、どうぞ。
死ぬ、マジで死ぬ、もう限界。
言葉にするのも億劫になる中、俺は氷の上に立っていた。
眼前には氷の中に閉じ込められたアルコバレーノ達の姿がある。
あの時、アルコバレーノ達の必殺技が命中すると思ったら、急に視界が真っ白になった。そして気が付けばアルコバレーノ達が氷の中で封印されていて、死ぬ気を維持できなくなった俺がそれを見下ろしていた。
何が起きたのか分からなかった。
ただ一つ分かることがあるとするならば、どうやら自分は勝利したようだ。
実感なんてまるで無いが。
「はぁ、はぁ…………」
筋肉が痙攣してまともに動く事が出来ない。呼吸だってしたくないし、そもそも心臓を動かす事すら止めたい。身体のあらゆる機能が死に向かっているというのはこういうことか。
死ぬ気の炎も空っぽになり、肉体も酷使し続け疲弊しきった。
もう、身体に余力なんか残されていない。
何とか根性だけで立っているがそれもいつまで保つだろうか。
だけど、どれだけ余力が無かろうと、死に掛けであろうと勝利したのは事実だ。
一先ずはこれで終わり、そう考えたその時だった。
黄、青、紫の死ぬ気の炎が突如として出現したのは。
「ほら、先輩達も見ただろ? ツナが勝ったぜ」
「そんなの言われなくても分かるよ」
「うぉおおおおおおおお!!! 久しぶりだな沢田ぁあああああああああ!!!」
それと同時に酷く聞き覚えのある、それでいてここ暫く聞いていなかった友人達の声が耳に響いた。
「…………えっ? 山本に雲雀さんにお兄さん?」
ここに居る筈の無い人間の声に思わず困惑する。
特に雲雀さんなんか並盛から離れたがらないから居る事自体が信じられない。
そう考えていると氷の上に着地した三人が姿を見せる。
「よっ、ツナ。久しぶりだな」
「あ、うん。久しぶり山本――――」
「そしておやすみ、だな」
「――――――へっ?」
山本の発言に呆気に取られた瞬間、雨属性の死ぬ気の炎が編み込まれた海水の塊が俺の真上から降り注いだ。
既に死ぬ気の炎を使い切った今の自分にそれを回避する方法は皆無で、雨属性の鎮静も相まって俺の意識は強制的に闇に沈められた。
+++
酷く痛む身体を動かしながら瞳を開くと、目に映ったものは檻だった。
「ぐっ、つぅ…………ここは?」
目が覚めると牢屋の中という意味が分からない現実に困惑しながらも、自らが置かれた状況を理解しようとする。
だが身体は縄でぐるぐる巻きに拘束されており、芋虫が這う程度の身動きしか取れなかった。
そうでなくても身体にはダメージが残っているせいで真っ当に戦う事は難しいだろう。
「やぁ、ようやく目が覚めたみたいだね。沢田綱吉生徒会長」
何とか縄を解こうと身悶えしようとした瞬間、雲雀さんの声が聞こえた。
声のした方向、即ち牢屋の外に視線を向ける。
そこには椅子に座って此方を見下ろしている雲雀さんと、その部下である風紀委員会副委員長・草壁哲也こと草壁さんが立っていた。
「ひ、雲雀さん? これは一体どういう」
「どういうも何も、逃亡したきみを捕縛しに来たんだよ」
俺の問いに雲雀さんは少しだけ眉を顰めながらそう言い放つ。
あ、これはかなり激怒しているっぽい。その事を一瞬で理解した俺は雲雀さんの背後に立っている草壁さんに視線を向ける。
「草壁さん。俺はどうして牢屋の中に放り込まれてるんですか?」
「職務の多忙さから逃亡したからですよ、生徒会長」
「いや、俺は生徒会の仕事から逃れる為に逃げたわけじゃないからね?」
「本当のところは?」
「…………二、三割くらいは無くも無いかな」
「三割もあるじゃないですか」
いや、しょうがないだろう。毎日毎日問題ばっかり起こす生徒のせいで俺の仕事は増えに増えて、特にロンシャンのせいで胃がストレスでやられかけたのだから。
その上、リボーンが襲来してきたら間違いなく酷い事になる。
草壁さんのつっこみに内心文句を呟いていると、ある事に疑問を覚える。
「っていうかそもそもここは何処なんですか?」
まだ日本の並盛でない事は分かる。
マフィアランドの位置は一定ではない。あの島は人工島で場所を変える事が出来るからだ。
そして当時のマフィアランドの位置は日本からかなり離れている。最も、意識を失っている期間が長かったら日本におかしくはないのだが。
そう考えていると草壁さんは普段の日常を過ごしている時のように淡々と言う。
「ここは風紀委員会が保有している艦艇の中です」
「そうなんですか…………おい、今何て言った?」
草壁さんの放った言葉に思わず素に返る。
するとその様子を見ていた雲雀さんが呆れた様子で此方に視線を向けた。
「副委員長が言った通りだよ。この船は風紀委員会が保有している船だよ」
「雲雀さん。俺、その事について知らないんですけど」
「きみが逃亡生活を送っている間に完成したものだからね。他にもきみが居ない間に色々とあったから。これがその書類だよ」
そう言って雲雀さんは格子の隙間から入れられた用紙に目を通す。
「コフッ!?」
用紙を見た瞬間、胃が一瞬で荒れ果てて吐血した。
「さ、沢田さん!?」
「気にしなくて良いよ草壁哲也。いつもの事だから」
慌てる草壁さんに対し、雲雀さんは淡々と呟く。
俺が居ない間にどうやら並盛中はかなり愉快な事になっているらしい。
紙を見ただけだから実際に見ないと何とも言えないが、地下施設に球場にスタジアム。
実際に目を通してみたら間違いなく吐血する事だろう。既に吐血しているが。
いや、ちゃんとやっているなら予算とかも使って色々として良いとは言ったよ。でもここまで酷い事になるなんて思ってもみなかった。
まぁ俺も色々とやってるから人の事はあまり強く言えないけど。
「そういうわけだから予算が少し足りなくなっているんだけど」
「はいはい。分かりましたよ。俺のお金も使って良いですから、確か100億とかありましたし、足りると思いますよ」
「じゃあ遠慮なくいただくよ」
本当にこの前、名前忘れたけどマフィア一つ潰しておいて良かった。
カジノで稼いだお金とマフィアを潰した時に手に入れたお金が無かったら暫く身動きが出来なかった事だろう。
「じゃあ、僕は自室に戻るとするよ。きみも並盛に着くまで大人しくしておくことだね。その為にきみの部屋を造ったのだから」
「待って、ここ牢屋じゃなくて俺の部屋なの?」
「ああ、それときみの武器とリングは全て没収させてもらったよ」
「何で牢屋が俺の部屋なんですか! 待って、もう少し待遇の改善を――――!!」
俺の魂が籠った叫びも虚しく、雲雀さんは去っていった。
「では生徒会長。私もこの辺で。一応この船の船長をやっていますから」
「あ、草壁さん。部屋を改善してとまでは言いませんからこの縄を外してもらえませんかね?」
「すみません。生徒会長の四肢を自由にしておくと間違いなく脱走しますので」
俺の哀願も虚しく、草壁さんは去っていった。
って言うかあの人多芸すぎるだろう。
「…………俺ってそんな脱走するように見えるかな?」
「おーい。ツナ、大丈夫か?」
雲雀さんや草壁さんからの言葉に一人傷付いていると再び聞き覚えのある声が聞こえた。
視線を再び牢屋の外に向けると、今度は山本やお兄さんが居た。
それだけじゃない。京子ちゃんにハル、凪に獄寺君もだ。
ただ凪と獄寺君は傷だらけで、特に獄寺君が包帯塗れだったが。
「山本にお兄さん、京子ちゃんにハル!!」
「久しぶりだねツナ君」
「はひっ、ツナさん! 芋虫のようになってますけど大丈夫ですか!?」
「出来ればすぐに自由にして欲しいんだけど」
「それは駄目だ! 沢田に自由を与えると何をしでかすか分からんと言われてるからな」
お兄さんの言葉に項垂れる。
本当に雲雀さんは俺を何だと思っているのか。
「それにしても、本当に久しぶりだなツナ。お袋さん心配してたぞ?」
「一応家を出る前には書置きを残していったんだけど」
「そういうところとかお前の親父さんにそっくりだって言ってたぞ」
「ぐふっ」
山本の言葉に俺は再び吐血する。
ま、まさか母さんが俺を父さんに似ていると言うなんて…………まぁ、色々やっちゃってるからそう言われても仕方が無いけどさぁ。
でもかなりショックだった。あいつの事はそれなりに分かっているとはいえ、結構気にしているんだから。
「まぁ、でも元気そうで良かったよ」
「山本…………ごめん、今度試合見に行って死ぬ気で応援するから許して」
「別にそこまでしなくて良いって。ただ今度はちゃんと俺達にも言ってほしいってだけだから」
「うぅ、本当にごめん」
ニコニコと笑みを浮かべてそう言う山本に対し、俺は太陽の光を浴びて浄化されるアンデッドの気分になる。
本当に眩しい、
「凪もごめんね。色々と無理させちゃって」
「大丈夫――――ううん、私の方こそごめんなさい。ボスの役に立てなかった」
「そんな事は無いよ。凪が居て本当に良かったよ」
「でも、私自身が納得してない。だからボス、この前言ったご褒美はまだ貰わない。もっと自分を磨いてから貰います」
「そう、なら強くならないとね」
これは自分にも言える事だ。
今回は何とかリボーン達に勝てたが、次に戦えば間違いなく勝てない。
もっと実力を高めなくちゃいけない。少なくとも、最後にアルコバレーノ達を倒した瞬間、その境地を自分自身で自覚し、使えるようにならないと。
「獄寺君は、えっと…………大丈夫?」
「は、はい…………何とか。あの雲雀って野郎に『サボってた転入生、かみ殺す』とか言われて」
「あ、あぁ。成る程、雲雀さんならやるなぁ」
「ですが10代目! 次はこんな事にならないように致します!!」
「分かったよ。山本、悪いけど獄寺君を連れてってもらって良いかな? 結構怪我してるから」
「分かったぜ。じゃあ行くぞ獄寺」
「くそっ、放せ野球バカ!」
怪我をした獄寺君を連れて山本は去っていく。
それに続くように他の皆も少し会話をした後、戻っていこうとする。
「ああ、凪。あの赤ん坊達はどうなったの?」
「一緒に船に乗っているけど、でもボスの攻撃が効いたのか暫く動けないみたい」
「分かった。引き止めちゃってごめんね。俺もちょっと身体が痛むからさ、少し休んでるよ」
最後に凪からリボーン達がどうなっているのかを聞きだしてから、俺は去っていく皆の後姿を見届けた。
「…………あー、もう。本当に疲れたなぁ」
芋虫のように這いながら壁際に移動する。
「ゲホッ…………でも本当に心外だよなぁ。ゲホゲホッ、俺って雲雀さんより問題児じゃないと思うんだけどなぁ」
流石の俺も手の打ちようが無かったら脱走とかはしない。
だというのにあそこまで信頼されないとかなりショックである。ある意味信頼されているとは思うが。
「っぺ」
心の中でそう思いながら口から硬い物を吐き出す。
カランと音を立てて床に転がったそれは、橙色の石が着いた指輪だった。
「さて、逃げるとしますか」
身体を捩る事で転がった指輪を握り締め、俺は死ぬ気の炎を灯した。
+++
マフィアランドでの激闘、最強の赤ん坊達の敗北。
その一報は瞬く間に裏社会全体に広がった。
次期ボンゴレ10代目。後継者が全滅した為、選ばれた補欠の補欠。軟弱な
そんな評価は一瞬で覆り、誰も彼もが手の平を返して畏怖した。
「クフフ、流石に今あれを相手に戦いを挑むのは自殺行為というもの。勝ち目が無い戦い等やる意味がありません」
ある者はその力を手に入れる為。
「クソがッ! ド畜生がッ! この俺が、あの沢田綱吉に劣るだとッ!!」
ある者は自らに憤怒し。
「あれが沢田綱吉、ジョットの子孫。まるで変わりませんね。彼より凄まじいですが」
ある者は引き摺り落とす為に。
「運命は、変わらないというのか?」
ある者は運命を嘆き。
「困ったね。予定とは違うが、このままでは破綻する事になる。そうなると厄介だ。うん、僕らの為に彼を捕らえる事としよう」
ある者は復讐の為の不穏分子を排除しようとし。
「決まりだ。彼には次期大空のアルコバレーノとなってもらおう」
ある者は生贄の主柱として彼を定めた。
未だ目覚めぬ海の大空は退屈を持て余し、幼き虹の大空は先に舞台に上がる。
かくして物語は次の舞台に移り変わる――――。
+++
「お兄ちゃんこっちこっちー!!」
「待ってって。もう、そんなに走ったら危ないよ」
とある小さな島に暮らしている二人の兄妹が砂浜を走っていた。
兄である少年は走る妹を心配し、妹である少女はそんな心配をよそに焦った様子だった。
「で、でも急がないと!」
「落ち着いて。焦って転んだりしたら危ないよ」
「う、うん。ごめんなさい」
「それで、一体何があったのかを教えてくれるかな――――真美」
少年の言葉に少女、真美は遠くに指を指した。
「あっちに紫色のおしゃぶりを着けてヘルメットを被った大人の男の人が巨大な蛸に捕まってたの!」
「一体どういう状況なの!!?」
真美の説明を聞いた少年はあまりのおかしさにツッコまずにはいられなかった。
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第二部
労働生活その1
リボーン達アルコバレーノを倒し、風紀委員会が所有する艦艇から逃走してから三日ぐらいの時が流れた。
我ながら本当にどんな星の下に産まれたらこんな酷い事ばっかりになるのか疑問を覚えるが、そもそもとして主人公に転生している時点で碌な人生にはならない事が確定している。
まぁ、それはどうでも良い話である。と、いうかちょっとそんな事を考えられないくらいに今は余裕が無い。
「…………どうしてこうなった」
現在、俺は絶望を味わっていた。
リボーン達と戦った時と同じくらいの絶望である。
自分にとっての終生の敵、全ての元凶、出来うることなら二度と関わりを持ちたくない。
こうして家出をする事になった原因のボンゴレファミリーが存在する国、イタリアの首都ローマの路地裏に俺は立っていた。
「はぁ…………ここには来たくはなかったんだけどなぁ」
風紀委員会専用の艦艇から脱出したのは良かったけど、まさかあの船がイタリアの近くに来ていたのは予想外だった。
残ってた炎が少なかったのと身体の疲労が溜まっていたのもあって、ここ以外には上陸できなかった。ただそれでもここには来たくなかった。
「まぁ、来ちゃった以上は仕方がないか」
とはいえ、だ。
過ぎた事はもう戻らないし、今ある手札でなんとかするしかないのも事実。
雲雀さんに没収されたせいで武器は無いし、リングも口の中に隠していたEランクリング一個だけとかなり寂しい状況。その上、身体の調子も絶不調。
本当に笑えるくらいに酷い状態だ。もし神様が居るなら俺に恨みでもあるのかと文句を言いたくなるくらいに最悪だ。
そんな事を考えながら、背後から俺を襲おうと武器を振り被っていた男の一撃を受け止める。
「なっ――――!?」
「さっきから殺気が丸出しだ。うざったいたらありゃしない!!」
背後の男の腹部に蹴りを叩き込み、武器として使われていた鉄パイプを強引に奪い取る。
「ぐはぁ!!」
蹴り飛ばした男はそのまま煉瓦で出来た壁に激突して減り込み、短い悲鳴を上げた後意識を手放した。
リボーンとの戦いで手に入れた奴の奥義。
本当に手に入れる事が出来て良かったと思う。まぁ、こうなったのは殆どあいつのせいだから全く嬉しくは無いが。
「取り敢えず武器は…………これを使うしか無いか」
本当ならばグローブ、次点で剣か槍が良かったのだけれど、無いなら無いで使うしか無い。
この鉄パイプと今使っているリングとの相性が悪いとはいえ、戦えないわけではないのだから。
軽く三度ぐらい鉄パイプを振るって感触を確かめながら、空を見上げる。
「ひい、ふう、みい…………ああもう、分からないな」
これがリボーンならばすぐに分かったのだろうが、生憎俺のこれはそこまで精度は無い。
もっと鍛えて実戦を積んでいけばまた話は違うとは思う。ただ会得したばかりの技なのだからこれはこれでしょうがない。
最も、攻撃が何処に当たるのかが分かっていればそれだけでも十分使えるが。
「面倒だ。全員纏めて相手にしてやるからかかってこい。来ないならこっちから行くぞ」
俺がそう言い放った瞬間、そこら彼処から殺気が膨れ上がり爆発した。
堅気とは思えないような格好をした人間が窓や物陰、果てにはゴミ箱の中から姿を現し、それぞれが俺に獲物を向けた。
マシンガンやナイフ、中にはおたま等の様々な武器だ。
何でおたまを使ってるんだよ。ボンゴレⅣ世がフォークを使っているからこっちとしてもなんとも言えないけど。
「くたばれボンゴレ10代目!!」
マシンガンやショットガンの弾丸が放たれ、それを回避する。
さて、現在の自分の状態を再確認しよう。
死ぬ気モード、及び超死ぬ気モードの使用は不可能。
やろうと思えば死ぬ気モードは可能だが、疲弊し切った今の状態だと多分体力を使い切る。
リングの炎も使えないわけではないが、多分長時間の使用は出来ない。
身体の疲労もリボーンとの戦い以降癒えてなく、この三日間の移動でピークに達している。
ただ全集中及び透き通る世界は行使可能。一つ不安な事があるとするならば体温が高くなり過ぎていることぐらいだろうか。
奇異の視線を集めるし普段は疲れるから出してなかった痣が今もずっと出ているのだから。
とはいえ、左頬の時計の針のような痣しか出ていないのだが。
「やっぱりいつものような戦い方は無理だな」
改めて自分の身体の状態が絶不調である事を思い知らされる。
これではいつものように大技で殲滅する事は不可能だろう。
ならば自分がするべき選択は一つ。体力を無駄遣いせず、最小限の動きだけで相手を倒す。
「死ね!!」
自らを殺そうとおたまを振るう男の攻撃を回避し、宙で身体の天地を入れ替える。
「斜陽転身」
「ごえば!!?」
鉄パイプを水平に振るって首を捉える。
強烈な一撃をカウンターで喰らったおたまの男はさっきの男同様に壁に叩き付けられて意識を失った。
「ッ、ジョニー!!」
「くそっ! ベンだけじゃなくジョニーまで…………大人しくくたばりやがれ!!」
マシンガンとショットガンを携えた男達は仲間が倒された事に怒りを露わにする。
そして俺に銃口を向けて引き金を引こうとし、
「幻日虹」
高速の捻りと回転による回避技を使用し、相手の視界から外れる。
「なっ!? ど、何処に消え――――」
「からの烈日紅鏡」
俺が視界から消えた事に困惑する男達に駆け巡りながら鉄パイプの一撃を叩き込んでいく。
後頭部に強烈なのを叩き込んだからか悲鳴を上げる間も無く気絶した。
「さて、と…………後は一人だけだ」
そう呟くのと同時に瞳を閉じて超直感に問い掛ける。
リボーンの奥義、殺気を弄ぶこの力を探知能力として使用する方法を。
殺気は生物が放つもの。肌で感じ、弄ぶことが出来るのならば殺気を出している本人が何処に居るのかをも見つけ出す事が出来る筈なのだから。
そして俺の考え通り、超直感はその使い方を導き出す。
「――――見つけた」
自分に向けられている殺気を辿り、視線を近くの建物の屋上に向ける。
最後の敵を見つけた瞬間、その場から跳躍する。
同時にリングに死ぬ気の炎を灯し身体を、主に脚力を強化。そのまま俺に向けて放たれたライフルの弾の上に飛び乗る。そこから足に力を込めてライフルの弾丸を足場に跳躍し、自身に殺気を向けていた男の頭上を取る。
「これで終わりだ! 輝輝恩光・跳!」
鉄パイプに死ぬ気の炎を灯し、ライフル使いに振り下ろす。
ライフル使いは俺に攻撃されるよりも先に仕留めようと銃口を此方に向けようとする。
が、時既に遅く、銃口が俺に向けられるよりも先に鉄パイプの一撃を叩き込んだ。
建物の屋上が爆発し、砂煙が巻き上がる。
それと同時にライフル使いの身体はその場に崩れ落ちた。
「…………ぐ、はぁ…………疲、れた」
意識を失った男を尻目に使い物にならなくなった鉄パイプを放り捨てる。
やっぱりと言うべきかこの鉄パイプでは死ぬ気の炎に耐え切れなかったらしい。
「グローブがあれば空も飛べるんだけど…………武器が無いと言うのがここまで辛いとは」
せめて超死ぬ気モードを使えれば、もしくはこのヒノカミ神楽、日の呼吸の正しい形と正しい呼吸法を身に着ければ話は違うのだが。
そう考えているとサイレンの音が耳に届いた。
音がした方向に視線を向ける。複数のパトカーがサイレンを鳴らして此方に向かっていた。
「っ、やば…………早くここから逃げなくちゃ」
どうやら少しばかり暴れ過ぎたらしい。
屋根の上から急いで降りてその場から離れる。
「急いで、もっと急いで…………」
このままだと警察に捕まってしまいそうだ。
もしそうなったら何が起こるかは分からないが間違いなく酷い目にあうと超直感が告げている。
だというのにも関わらず、俺の身体は鉛のように重かった。
どうやら自分の体温が高く感じたのは気のせいでは無かったらしい。
何とか離れる事に成功するものの、その頃には身体は言う事を聞かなくなっていた。
「あ、もう、無理…………か…………」
身体に襲い掛かった眠気と疲労がピークに達し、その場に倒れ込む。
そして俺は意識を保つ事が出来ず、そのまま気絶した。
+++
その日は少女の母親と使用人が居ない日だった。
母親は仕事で忙しく、使用人は風邪を拗らせてしまい入院する事になったからだ。本来ならば他にも使用人が居るのだが、何の偶然か全員が体調を崩してしまったのである。
急に決まった事故に母親も新しい使用人を雇う事が出来ず、少女は今日だけ一人で過ごす事になったのである。
幸いな事に明日になれば母親は帰って来る。
だから今日は一人で頑張ってみよう。少女はそう考えて、家の外にゴミを出そうと扉を開けた。
――――そして家の前で倒れている一人の少年を見つけた。
「っ、大丈夫ですか!?」
倒れている少年に駆け寄り、少女は言葉を投げ掛ける。
だが返事が返って来る事は無く、顔色も酷く真っ青だった。
身体もガタガタと震えており、触れると凄く熱い。
「なんて酷い熱…………意識はありますか?」
少女は少年の顔を覗きながら声をかける。
だが少年が返事を返す事は無かった。
呼吸も荒く、素人目から見ても大丈夫とは言えない。
このまま放置すれば間違いなく命を落とす。そう思ってしまう程に弱々しかった。
そして少女はそんな少年を見捨てる事が出来なかった。
「…………ちょっと待ってて下さいね。すぐに何とかしますから」
そう言って少女は少年を背負い、引き摺りながら家の中に連れて行く。
きっと母も同じ事をするだろう。そう考えながら少年を運ぶ少女の左頬には花のような痣が浮かんでいた。
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労働生活その2
主人公がどんな仕事をするのかは決まっていますがそこまでいけないです。
もう少し長くお付き合いください。
夢を見た――――酷く遠く、それでいてとても懐かしい夢を。
訪れた事が無いような外国の下町でいつも通りの当たり前な日常を過ごしている、そんな夢だ。
決して裕福とは言えないし、当然平和なんてものも無い。
夢の中での自分はまだ友人達に恵まれていたものの、知人は当たり前のように理不尽な暴力によって命を落としていった。
いつも通りの当たり前な日常、それは争いと暴力の日常。
俺はそれが嫌だった。だから暴力から守りたかった、大切なものを守りたかった。
「それが貴方の覚悟なのですね」
そんなある時だった。一人の女性と出会ったのは――――、
+++
「…………っ、いっつ」
身体の内側から響く激痛と高熱による倦怠感に苛まれながら、俺の意識は覚醒した。
本当に不快で最低最悪な目覚めである。
痛みと熱だけならそれでもまだ良かった、いや、本当は良くは無かったのだがまだ良いと受け入れられた。だというのにまさかあんな悪夢を見る羽目になるとは思ってもみなかった。
見覚えの無い筈なのに何処か懐かしい夢だった。
いや、多分これは記憶なのだろう。ボンゴレⅠ世、ジョットの記憶。
全集中を体得した影響か、それとも超直感のせいか、あるいはその両方が原因なのかは知らないがたまに夢として見る事がある。
本当、こんなものを見せられたからってどうしろって話だよ。
「って、ここは何処?」
痛む身体を無理矢理に動かして起き上がる。
額の上から濡れたタオルが落ち、膝の上に乗る。
どうやら誰かの家の中らしい。誘拐、では無いのは間違いないだろう。
「…………助けられたって、感じかな?」
時間帯は恐らく夜を過ぎた頃だろうか。
意識を失う前に比べたら大分良くなったが、それでも今の俺は絶不調といっても過言ではない状態だ。
この状態から元に戻るには軽く三日間くらいはしっかり休まなくちゃ無理そうだ。
「何処の誰かは知らないけど、感謝しなくちゃな」
正直な話、あそこで意識を失ったままだったらちょっと危なかった。
全集中で誤魔化していたとはいえ、死ぬ気の炎が枯渇していたわけなのだから。
とはいえ、ここの家に住んでいる人の好意に甘えてはいけない。色々と後ろ暗い、いや、底の底まで真っ黒な組織から追われているわけなのだから。
一体どれぐらいの時間眠っていたのかは分からないが、ずっとここに留まっているわけにはいかない。家主に会ったらお礼を言って急いで立ち去らないと、この家の人達に迷惑をかける事になる。
そう考えながら立ち上がろうとして、自身が寝転がっていたソファーの上から転がり落ちた。
「…………あれ? どう、して」
言う事を全く聞かず、少しも動こうとしない自分の身体に困惑する。
歩く事はおろか、立ち上がる事すら出来ない。
いや、よくよく考えるとこれが妥当な結果なのかもしれない。
アルコバレーノ・リボーンの必殺技を喰らいまくって、戦闘で身体に無茶させて、挙げ句の果てには他のアルコバレーノの奥義も喰らった。
これでよく今まで行動する事が出来た。むしろアルコバレーノ達に勝利した代償としては軽すぎるくらいだ。
だがそれでも立ち上がれないわけじゃない。
見知らぬ人に迷惑をかけるわけにはいかないのだから――――。
「目が覚めたんですね」
動かない身体に喝を入れて何とか立ち上がろうとした瞬間、女の子のものと思われる声が聞こえた。
「でも、まだ安静にしていた方が良いと思いますよ」
「えっと、そうだね。ちょっとびっくりしちゃって…………きみが助けてくれたんだよね。本当にありがとう」
自身を心配している様子の声の主にそう言いながら、相手の顔を見ようとする。
そして、花のような痣がある少女の姿を捉えた。
「…………セピラ?」
瞳に映るその少女の姿は、さっき夢で見た女性と非常に似ていた。
「いいえ、私はユニと言います」
「ああ、ごめん。昔の知り合いにそっくりだったからつい――――ん?」
ユニ、確かその名前は大空のアルコバレーノの名前だった筈だ。
改めて目の前の少女の姿を一瞥する。
記憶の中にある大空のアルコバレーノ、ユニの面影がある。
ただ代理戦争の際に再会した時のユニよりも幼く見える気がする。
いや、よく考えればそれも当然だ。代理戦争が起こった時の沢田綱吉の年齢は14歳で、今の俺は13歳なのだから。
「どうかしましたか?」
「いいや、何でも無いよ。ユニ、ね。うん、覚えた。可憐なきみに良く合う、とても素敵な名前だ」
「ふふ、ありがとうございます。そう言えば御名前を聞いてなかったのですが、貴方の名前は?」
「嗚呼、俺はさ――――」
ユニに聞かれて俺は自分の名前を語ろうとして、途中で止まった。
ユニは大空のアルコバレーノで、人類最高峰の問題児集団アルコバレーノのリーダーだ。まぁユニは問題児ではなく物凄く良い子なのだけれど。
だがこの場合ユニに名前を告げたら俺の情報が他のアルコバレーノに渡る危険性がある。
ここは偽名を使って――――いや、ここは正直に伝えよう。
「ごほん…………俺は沢田綱吉。えっと、改めて感謝を。ありがとうユニ」
自分の命を救ってくれたのだから出来る限り正直でいたい。
そうでなくても彼女には、正確には彼女の先祖であるセピラには恩があるのだから。
「沢田綱吉さんですね――――えっ?」
ユニは俺の名前を聞いた瞬間、笑顔のまま固まる。
そして一度顔を背け、数秒してから再びこっちに向けた。
「あの…………もしかしてボンゴレ10代目の沢田綱吉さんですよね」
「違います。そんなアサリ一家とかいう名前の組織の後継者じゃありません」
「いえ、誤魔化そうとしなくても良いですよ。沢田さんがボンゴレ10代目である事は分かってますから」
「…………不本意ながらそのアサリ一家の10代目扱いされてるのは認めるよ」
「沢田さん。貴方一体どうしてこのイタリアに居るんですか」
ユニの問いに俺は思わず困った表情を浮かべる。
正直な話、俺もここイタリアに居るのは予定外だったからなぁ。
「何処から説明したら良いかは分からないし最初から説明するよ。先ず――――」
+++
「――――と、いうわけなんだよ」
俺が家出をした経緯を、このイタリアまで来た経緯をユニに説明した。
マフィアとの戦いに巻き込まれたり、マフィアを一つ潰したり、マフィアランドで抗争に巻き込まれたり、アルコバレーノと戦ったり、仲間に捕まって牢屋の中に放り込まれたり、脱出してイタリアに上陸したと思ったら殺し屋に襲撃されたり、何とか勝利したものの今までの疲労でぶっ倒れてしまったこと。
「そしてそれ等の経緯を経て、ユニに助けられて俺はここに居るんだよ」
ソファーの上に腰を掛けながら説明を終える。
ユニは俺がここまで来た経緯を聞いて、少し困っているような表情を浮かべる。
「努力の方向性、少し間違ってませんか?」
「間違っていないよ。いや、まぁもうちょっと良い方法があったんじゃないかって俺も思ってはいるけどさ」
だけどそれは今だからこそ言える言葉に過ぎない。
あの時の俺が出来た選択、頭の中に浮かんでいた考えで最善だったのがあれだった。
それ以外に良い方法があったんじゃないのかと後で自問自答し、後悔する事も何度かあるが時既に遅しというやつだ。
本当、あの船から脱出するのはもう少し身体の疲労を癒してからでも遅くは無かった。
武器やリングも無い状態で敵の本拠地であるイタリアに単身で乗り込むなんて正気の沙汰じゃない。
乗り込みたくて来たわけじゃないが。
「いえ、そうではなくて…………別に逃げる必要は無かったのではないでしょうか」
そう考えていると、ユニは俺の考えとは違う事を言う。
「沢田さんならきっと良いボスになるでしょうし、リボーンおじ様達と戦う必要も無かった筈」
「それは違うよ。そもそも俺はマフィアになりたくないから」
ユニの言葉を俺は否定する。
「良いボスだろうが、良いマフィアだろうが結局はマフィアだ。マフィアに良いものとか無いし」
ボンゴレファミリーが裏社会の秩序を守っているのは知っているし、そのおかげで沢山の人が救われているのも知っている。
だが、それとこれとは話が別だ。
どう足掻いてもマフィアはマフィアに過ぎないし、人を救っていようがそれ以上の人を傷付けているのも事実なのだ。
「って、それをユニの前で言う必要は無かったね」
「いえ、いいえ。大丈夫ですよ」
「きみが大丈夫でも俺が良くないの。幼い女の子の前で言う言葉じゃなかったし、何よりもマフィアの恩恵を受けている俺が何を言っているんだ今更って話だし」
もし人を苦しめているだけのマフィアだったら容赦なく潰せたものを。
そうすれば後腐れなく平穏な生活を享受出来たというのに。
そう考えているとユニが「ふふ」と短く笑みを零した。
「ですが、少しだけ沢田さんの事が分かりました。貴方は、話で聞くよりもずっと普通の人ですね」
「俺は自分の事を普通だと思ってはいるけど…………ちなみにどんな話を聞いたの?」
「えっと…………怪物とか化け物とか歩くリーサルウェポンとか」
「どいつもこいつも俺を何だと思ってるんだよ」
リングの炎とかこの時代では発見されてなかったものや全集中の呼吸とかこの世界では作られていなかった技術を使ってはいるが、あくまで土台であるこの身は普通の人間だ。
雲雀さんや山本、お兄さんとかアルコバレーノと比べると俺なんてただ努力しただけだ。
まぁ才能や素質自体はあるからここまで強くなれたのは事実だけど。
「それで、実際のところマフィアになりたくない理由は何なんですか?」
「…………さっきも言ったと思うけど、マフィアになるのが嫌だから――――」
「確かにそれも理由の一つだとは思います。ですが、それだけが理由ではありませんよね」
「うぐ…………」
にっこりと笑みを浮かべながら言うユニの言葉に思わず唸る。
流石は予知能力を持つ大空のアルコバレーノと言うべきか。
いや、この場合彼女自身の力なのだろう。
「その理由が何なのか、ユニは分かっている?」
「はい。分かっています。沢田さんは優しいですね」
「なら今の俺の口から言わなくても良いか」
本当にこういう時、超直感があると分かりやすくて便利だ。
向こうも予知能力があるから未来で俺が何を言ったのかが分かるし、俺はそれを察する事が出来る。
最も今回はあまり良い方に作用していないが。
内心その事に不満を抱いていると、俺のお腹からギュルルルルルルという音が鳴り響いた。
「お腹が空いたんですか?」
「う、うん…………なんか、ごめんね」
ここ最近、まともにご飯を食べていなかったな。食べたものなんて精々生魚だけだったし。
「なら何か持ってきますよ。冷凍食品しかないですけど」
「えっ、いや、気にしなくて良い――――」
「すぐに持ってきますから待っててくださいね」
そう言ってユニは俺の言葉を無視して走っていった。
「…………ここは彼女の好意に甘えるしか無いか」
殆ど身動きがとれない今の俺では何もすることが出来ない。
出来るとしたらしっかりと食べ物を食べ、身体を休めることぐらいだろう。
本当、ユニには感謝の言葉しか無い。
「本当、セピラの血筋には初代の頃から迷惑をかけてばっかりだ」
+++
深夜を過ぎた頃、俺はトイレを後にする。
そして軽く身体を動かして自らの状態を確認する。
「ふぅ…………一先ずはこれで大丈夫かな」
ユニから貰った食事を摂り、しっかりしたところで休めば身体も動くようになっている。
まだ完全回復はしていないけど、動くことぐらいは容易に出来るようになったと考えると幾分か楽である。このままなら明日にはここを発つ事も出来るだろう。いつまでもユニに迷惑をかけるわけにはいかないのだから。
そう思いながらソファーの所まで戻ろうとした時だった。
ユニが眠っている部屋から泣く声が聞こえたのは――――。
「ひっく…………お母さん、私…………死にたくないよ…………」
眠りについているユニの寝言を聞いて、思わずその場で足が止まる。
大空のアルコバレーノの呪いは他のアルコバレーノと違い短命だ。
正確にはユニの祖母ルーチェが呪われた当時、彼女の母親を妊娠していたせいで呪いが短命に変わってしまったのだ。
「……………くそっ」
仕方がない事なのは分かっているし、それ以外の方法が無いのも分かっている。
だけど、もう少しだけ待ってあげようと思わなかったのか、あのチェッカー柄のラーメン野郎。
同じ種族なのだろう、生き残った数少ない同胞なのだろう。
それなのにどうして子や孫にまでその呪いを引き継がせるんだよ。
彼女の、眠っているユニの寝言を聞いてそう思わずにはいられなかった。
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労働生活その3
ちょっと応募用のやつ書いてたので。
食欲を刺激するような、とても美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。
目を覚ましたユニは瞼を擦りながらゆっくりと起き上がり、部屋の外に出る。
この家には今、調理する事が出来る人間は居ない。料理が出来ないわけではないが、作る時は母親と一緒に居る時だけだ。
一体誰がこの美味しそうな匂いを出す物を作っているのだろうか。
疑問を抱きながら匂いがする方に向かう。
「あっ、もう起きたの?」
ユニの瞳に映ったのは台所に立ち、手慣れた様子で朝食を作っている綱吉の姿だった。
エプロンを身につけ、髪の毛を纏め、流れるようにフライパンを振るう。
作っているのはオムレツだろうか。ただケーキのようにふわふわとしている。
「何をやってるんですか?」
「朝食を作ってるんだよ。こうして泊まっている以上、何かしないと気が済まないし」
「体調の方は大丈夫なんですか?」
「昨日に比べたら確実に良くなったよ。いやー、身体が軽い軽い」
たはは、と困ったように笑いながら綱吉は皿に盛り付けていく。
パンにオムレツ、サルシッチャにサラダ。健康的な朝食である。
食欲を誘う、美味しそうな匂いにユニは思わず顔を綻ばせる。
「美味しそうですね」
「俺の母さん程料理は上手じゃないけどね。まぁ人並みには作れるよ。飲み物は何が良い?」
「紅茶で――――って、そうじゃないです」
ユニは改めて綱吉の顔に視線を向ける。
昨日、彼を助けた時は今にも死にそうなくらいに弱っていた筈なのだから。
「沢田さん。いくら体調が良くなったとはいえ、昨日は身体の具合が悪かったわけですし」
「大丈夫大丈夫。さっき体温を測ったけど問題は無かったから」
「そうですか…………」
その言葉と共に腕をぶんぶんと振るう綱吉の姿にユニは少しだけ安堵する。
どうやら本当に治ったようらしい。
「それなら何度ぐらいだったんですか?」
そして何気なく体温がどれくらいだったのかを尋ねる。
体調が良くなったとはいえ、病み上がりである事は違いない。
あそこまで快活に料理を作っている為、大丈夫だとは思うが聞いた方が良いだろう。
そう考えて尋ねたユニに対し、綱吉は満面の笑みを浮かべる。
「ああ、39度だったよ」
朝食の用意を終えた綱吉はトレーに乗せて此方に運びながら答えた。
+++
「沢田さん。寝てて下さい」
「いや、本当に大丈夫だから…………」
「体温がそれだけあって大丈夫等と言われても信じられません。いいからこれを付けて寝ててください」
頭の上に氷水が入った袋をユニに乗っけられ、俺はソファーの上に座らせられる。
「全く、何が体調が良くなったですか。全く良くなってないじゃないですか」
ユニは酷く怒っているといわんばかりにジト目で俺を睨み付ける。
言葉の節々に棘があるように感じるのは決して気のせいではないだろう。
「そうは言われても俺の体温ってかなり高いからなぁ」
全集中・常中を行っているせいか、俺の体温は他の人に比べてもかなり高い。
それでも死ぬ気モード、超死ぬ気モードにならない限りは痣が出現する事も殆ど無かった。
だというのに今は痣が浮かび上がっている。最も、それは今はどうでも良いのだが。
それよりも今はユニに対して自身が健康である事を伝える方が重要だ。
「だからほら、動き回っても大丈夫――――」
「沢田さん」
ソファーの上に立ち上がり、身体を翻して見せようとする。
それはユニに止められてしまい、彼女に両手を掴まれて目と目を合わせる。
「お願いです。自分の身体を大切にして下さい」
「うぐっ…………」
ユニの放ったその言葉に言葉を詰まらせる。
やっぱりセピラの末裔には弱いと言うべきか。彼女に心配を掛けさせたくはなかった。
「分かったよ…………でも何時までも世話になるわけにはいかないし」
「大丈夫です。今日はお母さんが帰って来ますし、沢田さんの事を話します」
「待て、待って。それをやったら間違いなくボンゴレ送りにされちゃうんだけど」
ボンゴレ10代目になりたくないからここまで頑張って逃げて来たというのに、ここに来て体調不良からの強制送還だなんてあんまりすぎる。
いや、体調だって悪くないしむしろ絶好調なのだが。
内心ボンゴレ送りにされる事に恐怖心を抱いているとユニは誰もが見惚れる笑顔を浮かべる。
だというのにも関わらず、俺にはその笑みが死神の笑みにしか見えなかった。
「沢田さん。そろそろ家に帰った方が良いと思います」
「…………えっと、どうしてかな?」
「仲間の人達にきちんと事情を説明して、リボーンおじ様達にも謝った方が良いです」
「あははは。謝ったところで痛い目見るのは確定してるし、それなら逃げてた方がずっと、良いんじゃないかなって思うんだよ」
「た、確かにリボーンおじ様は厳しいですけど…………いえ、いいえ。ここはちゃんと言った方が良いですね――――沢田さん」
ユニは俺の目を真っ直ぐ見据える。
「いつまでも逃げ続ける事は出来ませんよ」
その言葉に思わず言葉を失う。
「それは…………俺も分かってるよ」
彼女の言う通り、というよりもこれはユニに言われなくても分かっていた事だ。
どれだけ小細工や手段を弄してもボンゴレファミリーは俺を逃がすつもりは無いからだ。
何故なら俺はボンゴレⅠ世の子孫であり、ボンゴレリングを唯一使う事が出来る人間だからだ。
父さんもボンゴレの血統である為、ボンゴレリングを使えないわけでは無い。
だが9代目の超直感が俺を後継者として据えた方が良いと告げた以上、ボンゴレは俺を後継者として据えるだろう。
そして、世界最強のマフィアの名に相応しい連中を相手にいつまでも逃げられる等、俺も思ってはいない。
凪が居ても無理だったのだから、俺一人じゃどう足掻いても無意味な抵抗にしかならない。
「沢田さんがマフィアになりたくないのは、仲間の人達も巻き込んでしまうからですよね」
「…………そうだね」
ユニが言った理由に俺は自嘲しながら肯定する。
俺がマフィアになりたくないその理由の一つ、というかこれが主な理由だった。
マフィアのボス候補になれば皆も裏社会の事情に巻き込まれるのは当然なのだから。
そして俺はその事を重々に理解していた。
「白状するとさ。俺、最初はマフィアのボスになるって決めてたんだよ。いや、違うな…………マフィアのボスになる運命を受け入れていたんだよ」
幼少の頃、前世の記憶というやつを思い出してしまい、この世界の知ってはいけない秘密の殆どを知ってしまったあの日。
それが転生者特有の原作知識とでもいうやつなのか、メタ視点とでも言うべきやつなのかは知らないが俺は自分がどうなるのかを知った、知ってしまった。そして決められた道筋を変えるべきではないと思った。
だが――――、
「それなのにさ。何時の間にかそんな事がどうでも良くなっちゃっててさ。マフィアのボスの事なんかすっかり忘れちゃってたんだよ」
山本と出会い、雲雀さんと出会い、京子ちゃんとお兄さんに出会い、ハルに出会い、そして凪と出会い、気が付けば取り返しがつかない事になっていた。
だったらその状況を利用してやろうっていう思いが無いわけでも無かったのだが、皆と関わる内に脳の片隅から忘却していた。
それだけ皆と過ごす日常が楽しくて、愉快で、辛い感情が吹き飛んでいたからだ。
勿論、全く何もしてなかったわけではない。男子勢だけで修行をして過ごしたり、女子勢に混じって料理をしたりしていた。他にもリングの原石を探しに雲雀さんや風紀委員会と一緒に鉱山を見つけたり、並盛中学の生徒会長になって色々とやったりとかもした。
とはいえ、楽しい事ばかりだったかと聞かれればそういうわけでもない。
リングの原石やリングを探している際にヘルリングを二つ程見つけてしまったり、凪がヘルリングの力を引き出してとんでもないことになったり、その過程で校舎が全壊したせいで雲雀さんとガチで殺し合う羽目になった事もある。
その後、新しく出来た校舎の地下に角が生えたようなデザインのヘルリングを凍結処理した上で封印し、それが原因で雲雀さんとのガチの殺し合いパート2になった事も今では良い思い出だ…………うん、まぁ楽しかった――――筈。酷い目にも結構あってたけど。
「まぁ、それで皆を俺の血の業に巻き込むのは嫌だなって思ってさ。まぁ、俺がマフィアのボスになりたくないって思いもあるにはあるんだけどさ」
「沢田さん…………」
「うん。分かってる。ユニとの話しで俺も覚悟を決めたよ」
ここに来て色々とうじうじと悩んでいたが、ようやく決心がついた。
「俺はこれからも逃げ続ける! 絶対にマフィアのボスになんかならない!!」
「はい、がんばって――――どうしてそうなるんですか!!」
改めて決意を固めた俺の宣言を聞いて、ユニはツッコみを入れた。
「いや、だってさ。並中の生徒会長やってるだけで胃壁がガンガン削れるんだよ。人には向き不向きっていうものがあるし、やっぱり俺、人の上に立つとか無理だよ」
今でも思い返すだけで血反吐を吐きたくなる。
何時の間にか生徒達に行き渡っていたリングの数々、死ぬ気の炎を出せる人数は多くはなかったが少なくもなかった。
毎日が地獄絵図とは正にあの事を言うのだろう。
あれこそが本当の黒歴史だ。何だよ並盛戦国時代って、本当に思い出したくも無い。
「そんな事は無いと思いますが…………」
「ユニは俺の事を買い被り過ぎだよ」
心を凍らせれば出来ないわけではないが、そこまでして頑張る義理が俺には無い。
そんな事を考えながらユニの頭を軽く撫でる。
「と、それはそれとして、だ。ユニ、何か悩みがあるんなら相談に乗るよ」
「…………えっと、それはどういう意味ですか」
「昨日、トイレに行った時に聞いたんだよ。ユニの泣きながら呟いていた寝言を」
俺がそう告げるとユニは少しだけ驚いた表情をする。
「ごめん。聞くつもりは無かったんだけど」
「いいえ。大丈夫ですよ…………沢田さんは私の、大空のアルコバレーノについて知っていますか?」
「ある程度は知ってる。だから、言わなくて良い」
大空のアルコバレーノは他のアルコバレーノと違い、短命の呪いを背負っている。
だから彼女は長生きする事が出来ない。下手をすればあと数年の命なのだ。
「周りを幸せにしたいなら、嬉しい時こそ笑いなさい。お母さんはそう言ってました」
「良い言葉だね。うん、きっと、それは本当に大切な事だよ」
「でも、私はまだそこまで上手く出来ません。一人で過ごしていると、どうしても怖くなってしまって」
「そうか…………」
どうやらこの時代の彼女はまだ自身のファミリーについて殆ど知らないらしい。
なら、それも仕方がないか。短命の事実は幼い彼女にはあまりにも重過ぎるし、そして今の彼女は一人ぼっちなのだから。
辛いことを忘れさせる人達にまだ出会っていないのだから。
ましてや彼女はまだ未来の体験をしていないし、まだ愛というものを知らない。
それなのに無責任な言葉を彼女に投げかけるのは不適切だし、彼女を傷付けるだけだろう。
そう考えて何か慰めの言葉を投げかけようとした瞬間、全身を包み込むような殺意を感じた。
「さ、沢田さん。いきなり顔を真っ青にして、どうし――――これは!?」
「…………っ! ユニ、危ない!!」
何が起こるのかは分からないが、まず間違いなく身の危険を覚える程の何かが起こる。
その事を理解した俺はユニを庇おうとして、ユニはそんな俺の様子を見て未来を視たのか顔色を真っ青にする。俺も超直感を使ってユニの心を読み、彼女が視た未来を察知する。そして、これからこの家が爆発に巻き込まれると言う事を知る。
だが時既に遅く、突如起こった爆発に建物は吹き飛ばされた。
日常編でも暗殺者を送られたりしてたし、リボーン世界では建物が爆発に巻き込まれるのもよくあります。
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労働生活その4
本当はバトルに入りたかったんですが、ちょっとやりたい事があったので。
運が悪かったといえば、間違いなく悪かったと言えるだろう。
綱吉とユニ、二人が突如として爆発に巻き込まれたのはマフィア同士の抗争によるものだったのだから。
とはいえ、ユニの家があるのはジッリョネロファミリーの縄張り。
ボンゴレに匹敵する伝統と格式のあるマフィアだ。本来ならば無闇矢鱈に、一般人を巻き込むような事は起こらない筈だった。
そう、その筈だったのだ。
ジッリョネロファミリーにとって不運だった事は、彼等に抗争を仕掛けた側のマフィア、ラーニョファミリーが最近勢い付いていたからである。
ボンゴレ10代目によるサーレファミリーの襲撃と物理的な解体。
それが切欠となり、サーレファミリーの縄張りを敵対ファミリーだったラーニョファミリーが手に入れる事で勢力を拡大する事に成功したのである。
勢い付いたラーニョファミリーは他のファミリーに抗争を仕掛けて更に勢力を拡大。
そして現在、ラーニョファミリーはジッリョネロファミリーに抗争を仕掛けたのだ。
何かが悪かったわけではない。綱吉の行動が遠因になってしまってはいるが、それはただ切っ掛けに過ぎず、その切っ掛けがなくともラーニョファミリーは攻め込んでいただろう。
――――そう、誰かが悪かったわけでは無い、ただ間が悪かっただけである。
+++
ポタッと音をたてて顔に落ちた水滴の音を耳にして、ユニは意識を取り戻した。
どうやら自分は爆発の衝撃で気を失っていたらしい。
「う、うぅ…………」
身体の節々から感じる痛みに顔を顰め、周囲の状況を確認しようとする。
完全に意識が覚醒していないからか、瞳に映る風景がぼやけて見える。
だが、それでも凄惨極まりない光景だった。
ついさっきまで自身が暮らしていた建物は倒壊しており、所々に火の手が上がっている。
否、自分の家だけでは無い。隣で暮らしていた隣人の建物も、他の誰かの家も、近所で商売を営んでいる人の店も同じように燃え上がっていた。
――――この爆発騒ぎは誰かの悪意によって引き起こされたものだ。
未来を視た事で知ったその事実にユニは思わず心を痛める。
詳しい事は知らないし分からない。未来を視る力はあっても過去を視る力は無い為、どうしてこうなったのかという過程を知ることが出来ない。
だがこれは自分の母親の、否、自分のファミリーに対しての攻撃だということだけは分かった。
幸いだったのは死者が出ていない事だろう。見た限りでは死んだ人間は居ない様にも見える。怪我を負っているようだが、死に至る事はないだろう。
良かった、と心の中で僅かに安堵し、同時に疑問を抱く。
――――何故、自分は無事なのだろうか?
あれ程の爆発だ。家が完全に瓦礫の山と化しているというのに、何で自分は殆どといっても良い程、怪我を負っていないのか。
「――――大丈夫? 怪我は無い?」
その答えは自身に覆い被さっている綱吉の姿を見てすぐに分かった。
「さ、沢田さん…………! け、怪我を…………!」
恐らく爆発の衝撃から自分を守る為に覆い被さったのだろう。
ユニを爆発から庇った綱吉の身体は酷く傷付いていた。
右半身はそれ程でもないが、左半身は言葉を失う程だった。服は爆風で焼け焦げてズタボロになっており血で赤黒く染まっている。所々服が破けており、傷口が露出していた。
見ているだけで痛々しいと感じてしまう程に酷い怪我だが、それ以上に左腕の方が問題だ。
何故なら、上腕の真ん中から先が無くなっていたのだから。
「う、腕が…………」
「大丈夫。血は止めてるから死にはしないよ」
言葉を出す事すら出来ないほど混乱しているユニに対し、綱吉は笑みを浮かべながら告げる。
だが、その笑みが単なる痩せ我慢に過ぎない事は理解できた。
むしろこれ程の大怪我を負っているのを見て何処が大丈夫等と言えるのだろうか。
答えは否だ。顔を真っ青にし、痛みに震え、焦点が定まっていない綱吉の姿を見て大丈夫等と口が裂けても言えなかった。
「ぜ、全然大丈夫なようには見えないのですが…………」
「そりゃ死なないからって痛くないわけじゃないよ。でも、バリアを張るのがもう少し遅れてたら二人とも死んでたからさ。もうちょっと早く気が付いていたら話は変わったんだけどなぁ」
溜め息交じりにそう呟きながら綱吉は零地点突破・初代エディションを使い、左腕を含めた全ての傷口を凍らせて止血する。
急に現れた氷が傷口を覆った事にユニは目を見開く。
「それは、ボンゴレⅠ世の奥義の…………」
「零地点突破・初代エディション。ご先祖様が辿り着いた境地だよ。よし、応急処置はこれで終了っと」
一通り傷口を凍り付かせた綱吉はフラフラとした足取りで立ち上がる。
そしてユニに目線を合わせ、困ったように笑みを浮かべた。
「さて、ユニ。これ、マフィアの攻撃だよね」
「っ、沢田さん。どうして――――」
どうしてその事を知っているのか。
そう続けようとしたところで、ユニはある事を思い出す。
ボンゴレの血統、ボンゴレリングの適合者に宿る異能。
「超直感」
「うん。それでユニの心を覗き込んだんだよ。いや、人の心とかを勝手に読むとか本当はやっちゃいけない事だとは思っているんだけどさ。緊急事態だったしユニなら未来を視ているから何が原因だったのか分かるから良いかなって」
さらっと言っているがそれは途轍もない事をやっていた。
要するに彼は自分の未来視で見た内容を超直感を使って閲覧、同じように未来で何が起こったのかを察知したのだ。
神の采配と謳われたボンゴレ9世でさえ、ここまでする事は出来ないだろう。
「俺さ、これからこんな酷い事をした奴等の所に行って来るからさ。ちょっとだけ身を潜めててもらっても良いかな?」
「えっ、で、ですが…………その傷じゃ…………」
「こう見えても俺、強いから腕が一本くらい無くなってても大丈夫だよ」
そう言って綱吉は右腕を軽く振り上げる。
瞬間、右手の中指に付けていたリングからオレンジ色の炎が出現した。
それと同時に彼の額からもリングと同じように燃え上がり、瞳も澄んだオレンジ色に変化する。
――――
自らのリミッターを外し、戦闘力を高めるボンゴレⅠ世と同じ力。
感じる圧は確かに凄まじいものだった。だが、それでも彼は負傷している。その上、体調だって決して良くはない筈だ。
「それじゃあ、少し行ってくるから」
「っ、待って、下さい!」
自身に背を向けてこの場から離れようとする綱吉に、ユニは引き止めようと手を伸ばそうとしたその瞬間だった。
未来視が突如として発動したのは。
「う、うぅ…………」
意図せずして発動した未来視にユニは思わずその場で膝をつく。
「えっ、だ、大丈夫か!?」
綱吉は急にその場に膝をつき、倒れ込んだユニの身体を受け止める。
とてもではないが立っていられず、綱吉に身を預ける。
自身の予知、未来視が発動する際に疲労したり、断片的にしか見れない時はある。だがここまで痛む事は一度たりとも無かった。
その事実に困惑していると、脳裏に未来の光景が映り込んだ。
――――そこは知らない場所で、見ているだけで辛くなるような空間。
鉄帽子を被った男が血だらけになって倒れていた。
その周囲には包帯を身に纏った者達と透明なおしゃぶりを付けたアルコバレーノが存在し、彼等は一ヶ所に視線を向けている。
視線の先には綱吉が居て、その手には血に染まった大空のおしゃぶりが握られている。
そして、彼の背後に居る未来の自分が、泣きながら彼に抱き付いている姿を見た。
――――これは、一体…………?
薄れ行く意識の中で視界が暗転し、意識を手放そうとする。
その瞬間、ユニは何者かの声を聞いた。
『彼を手放しちゃ、ダメだよ』
それが誰なのかは分からないが、酷く懐かしい声だった。
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労働生活その5
多分次回も遅くなると思うのでゆっくり待ってて下さい。
意識を失ったユニを背負いながら建物の屋根を飛び回る。
片手を失い、残った方の腕も背中にユニが居る為に使えず、争いの真っ只中に居る今の現状に思わず舌打ちをしてしまう。
「もう少しだけでも優しい世界にならないのかな?」
意図せず口に出た弱音に自己嫌悪する。
別に弱音を吐く事自体は問題無い。と、いうかボンゴレ10代目になりたくないからって逃亡生活を送っている時点で情けない奴なのだから。
だけど、それでも守るべき人が居る時に言ってはいけなかった。
気絶しているから聞かれなかったとはいえ、ユニに今の言葉を聞かれていたら心配させてしまっただろう。
「…………大丈夫。何とかするから」
背中で眠っているユニに、弱気になっている自分に言い聞かせるように呟く。
正直に言って今の自分に出来る事は少ない。武器も無ければ片腕も無い、そしてリングもDランクが1個だけ。加減しながら使えば持つだろうけど、本気で使えばそのリングも破損する。
本当に酷い有様だ。出来ればこのリングは後の為に取っておきたいのだけれど、いざという時には使うしかないか。
そう考えながら移動していた時だった。
視界の端にあるものが映り込んだのは――――。
「ん? あれは…………」
それは黒いスーツを身に纏った二人の男と一人は少年だった。
路地裏に身を潜めながら拳銃を手に持ち、機会を窺っている金髪の男性と浅黒い肌の男性、そして彼等二人の背後にピンク色の髪の毛の少年が居る。
恐らくマフィアの関係者、いや、間違いなくマフィアだろう。
ただ彼等三人の姿を見る限り、この町を戦場に変えた連中とは違うだろう。
ピンク色の髪の少年が腕に抱えているのはパンが入った紙袋で、買い物をしている最中に巻き込まれたというのが分かる。
「確か…………ジッリョネロの三兄弟だったっけ?」
γ、太猿、野猿。いずれ来る未来において、ミルフィオーレファミリーとの抗争において戦う事になる敵でもあり後に味方にもなる人達。太猿と野猿は未来に来て最初の脅威として、γは未来の現実を獄寺君と山本に突き付けた相手でもある。
「何であの三人が…………いや、居て当然か」
ここはジッリョネロファミリーの縄張りだ。
ならば彼等が居てもおかしくはないし、不思議でも無い。
しかし、どうした事か。正直な話、微妙――――いや、一言では言い表せない人達だ。
何せ未来の世界で皆を襲ったのだから。
太猿と野猿は京子ちゃん達に襲い掛かった上、太猿には大怪我を負わせられたし、γには獄寺君と山本を死の一歩手前まで痛めつけられている。
その事自体は酷いって今でも思っているし、許しちゃいけない事だと思っている。
でも彼等によって助けられたのも事実だし、彼等が居なければ世界は救えなかった。
後に和解したとはいえ、彼等の行いは決して忘れてはいけない事だ。
――――尤も、今この時を生きる彼等にとっては何の関係も無い話なのだが。
「…………本当、記憶があると先入観が邪魔になるなぁ」
まぁ彼等の事はそこまで嫌いではないから特に問題は無いが。
これが白いのだったら間違いなく警戒心剥き出しになっていただろう。
心の中でそう考えながら零地点突破・初代エディションを使って炎上する建物の炎だけを凍結する。
「そういえば、γは雷のマーレリングの所有者だったよな」
未来では平行世界の白いのが、幽霊みたいな奴が所有していたけど元々はγの物だった筈だ。
だったらまだミルフィオーレではない、ジッリョネロの彼が持っていてもおかしくはない。
正直なところ、このまま一人でユニを庇いながら戦い続けるのは無理があるのだから。
誰かの助けが必要なのだから、それを選ばない理由が無かった。
「…………可能性に賭けてみるか」
そう呟いた俺は屋根の上から飛び降りて――――、
+++
「が、γ兄貴! 太猿兄貴!!」
背後に居る涙ぐむ野猿の声を聞き、γは苦笑を漏らす。
「野猿。男がそんな声を出すな」
「だ、だってよ太猿兄貴…………拳銃で撃たれて…………っ!」
「安心しろ野猿。俺も太猿も大したことはない。こんなものは掠り傷だ」
血を流している左腕の傷口を軽く摩りながら、γは心配そうに此方を見ている野猿に言う。
「っち、まるで蠅のようにうじゃうじゃと居やがる」
路地裏から覗き込むように町の様子に目を向ける。
其処等彼処に敵対マフィアの、最近勢いがあるラーニョファミリーの構成員と思わしき連中が武器を持って蔓延っていた。
「全く、今日は厄日だ」
太猿と共に野猿を連れて町を歩き回っていたというのに、唐突に他のファミリーが襲撃を仕掛けてきたのだから。
苦々し気に懐から拳銃を片手に様子を伺う。
本当ならば今すぐにでも敵を迎撃し、ボスの所に戻ってその身を守らなければいけない。
ジッリョネロファミリーはボンゴレファミリーと同等の伝統と歴史を持っているが、その勢力は決して巨大というわけではない。争いを好まない歴代ジッリョネロのボスの気質のせいか、ジッリョネロファミリーの勢力は小さい方だ。
その上、今日はよりにもよってファミリーの構成員の殆どが外に出払っている。
アジトに戦える者が居ないわけではないが、敵のファミリーであるラーニョが攻め込めばまず耐え切れないだろう。
もしそうなったら――――、
「…………くそっ」
脳裏に過った最悪の想像にγは思わず舌打ちをする。
「兄貴、このままだったら埒があかねぇぞ」
「ああそうだな。なら無理矢理にでも突破して、急いでボスの下に行くぞお前等!」
「お、おう! 分かったぜγ兄貴!」
そして三人は意を決し、路地裏から飛び出そうとした――――その瞬間だった。
空からオレンジ色に輝く炎の柱が降り注いだのは。
「ぐわぁあああああああああああああああああっ!!?」
炎の柱によってラーニョファミリーの構成員達は薙ぎ払われていく。
明らかに彼等だけを狙った攻撃に、飛び出そうとしたγ達三人はその場で動きを止める。
一体何が起こった?
疑問を抱く間も無く、少女を背負い、フードで顔を隠した少年がふわりと着地した。
「初めまして」
少年は此方に視線を向けながら何事と無く歩み寄る。
そしてフードの隙間から顔が覗き見えるくらいに少年が近づいた時、γは驚愕に顔を歪めた。
「ボンゴレ10代目! どうしてここに!!」
ボンゴレ10代目、沢田綱吉。
裏社会において歴史、伝統、勢力を兼ね備えた最強のマフィア。
そのボスの9代目に直々に後継者として指名された、戦闘力とカリスマに秀でた存在だ。
アルコバレーノを五人も倒したその戦闘力は規格外と言っても過言ではなく、自分達三人では勝ち目が見えない相手だった。
左腕が無いようにも見えるが、欠片も油断出来ない相手だ。
「その質問に答える前に、少しだけ力を借りるよ」
綱吉は一瞬でγの右手を掴み取る。
「一体何を――――」
――――する気だ。そう言葉を続けようとした瞬間だった。
γが指に嵌めていたジッリョネロファミリーの至宝、雷のマーレリングから緑色の雷が迸ったのは。
「なっ!?」
突如として現れた雷にγを含めた三人は驚愕の声を漏らす。
そして、雷はさっきの炎の柱による攻撃が当たっていなかった残りの敵を貫いた。
「がああああああああああああ!!?」
一人、また一人と連鎖的に感電し、γ達の周囲に居た敵は残らず地に倒れ伏す事になった。
「さて、っと。これで邪魔は居なくなったな」
綱吉はγの腕から手を離し、三人を見据える。
「じゃあ、少しだけ話そうか」
+++
「――――成る程、ここには偶然辿り着いて、それでこの抗争に巻き込まれたというわけか」
「そういうわけなんですよ」
一頻り敵を倒し終えた後、俺はγにここに至るまでの経緯を伝える。
尤も、全てを伝えているわけではなく、ユニを含めて色々と隠してはいるが。
「信じられねぇな。って、普段なら言ってるんだが」
「流石にこんな状態で嘘をつく奴は居ないと思うけど」
訝し気に此方を見るγに対し、欠損した左腕を振るう。
「今言った通り俺がここに居るのは本当に偶然だ。敵対する理由も無いし、する意味も無いから」
「…………分かった。つまり、だ。お前は味方と考えて良いって事だな?」
睨みながら言い放つγに対し、俺は淡々と告げる。
「味方だよ。見ての通り今の俺は怪我人だから出来る事は殆ど無いけど」
腕を失っているのもそうだけど、やっぱり完全回復していなかった影響が今来ている。
この左腕は後で何とかするが、それはこの抗争が終わった後だ。
「一つ、聞いても良いか?」
「俺が答えられる質問であるのなら。ただ手短にして」
「お前はどうして、俺達の味方なってくれるんだ?」
「まぁ、一言で言えば恩があるから、かな」
ジッリョネロファミリーには、セピラには色々な恩がある。
そうでなくてもユニに命を救われたんだ。恩を仇で返すような真似はしたくない。
一概に一言で説明出来る話ではないし、話しても信じられないような事だから話すつもりは無いが。
「…………お前にどんな理由があるのかは知らないし興味も無い。だが、お前のお陰でこの街から彼奴等を倒す事が出来た。礼を言う」
「まだ全員倒し終えたわけじゃないんだけどね」
「それでも、だ。お前が居なければ俺達の身も危なかった」
「ああ! そうだぜ! サンキューなツナの兄貴!」
γ、太猿、野猿の言葉を聞いて笑みを浮かべる。
嗚呼、この人達は本当に良い人達だ。マフィアに良いも悪いも無いけれど、気の良い人達だ。
そう考えていると、此方に拳銃を突き付けている男達の姿が視界に入った。
どうやらまだ生き残りが居たらしい。ならとっとと倒さなくちゃ。
そう考えて敵の所まで接近しようとした瞬間、γが男達の周囲に銃弾を放った。
放たれたその弾丸には雷の死ぬ気の炎が灯っており、閃光が迸った。
「ギャッ!?」
スパークした弾丸の攻撃により、男達は倒れていく。
リングの炎を使った一撃。電気に似た性質を持つ雷の炎ならではの技だ。
「その怪我じゃ足手纏いだ。その娘を連れて俺達のボスの所に行け」
確かにγの言う通り、今のままじゃ足手纏いだ。
とはいえ、教えたばかりのリングの炎でどこまで戦えるのかは分からない。
やはりここはユニを太猿に背負ってもらって、俺も戦うべきだろう。
そう考えているとγが俺の頭の上に手を乗せた。
「本来ジッリョネロとは関係の無いお前にこんな事を言うのはおかしいだろうが、ボスを頼む。俺達じゃあ、すぐは戻れそうにないからな」
「…………分かりました」
流石にあんな風に頼まれたら断る事は出来ない。
γ達に背を向けて、教えて貰ったジッリョネロファミリーのアジトがある方向に走り出した。
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労働生活その6
来月からはゆっくりになりますが書く時間も増えていくと思うので気長に待っててください。
夢を見る、夢を見る、夢を見る――――いつかきっと必ず起こる未来の光景を夢として見る。
微睡みの中でユニは脳裏に浮かぶ未来を予知していた。
その未来では知り合ったばかりの少年、ボンゴレ10代目である沢田綱吉が血に塗れたおしゃぶりをその手に持っていた。そして、そんな彼を泣きながら止めている自分の姿が映っている。
ユニが有する予知は主に二種に分類される。
一つが能動的に発動する予知で、此方の方は自分自身の意思で発動する事が出来、誰もが想像する未来視の力でもある。
何もしなければその通りの未来が起こり、変えようと思って行動したらいくらでも変える事が出来る。
そしてもう一つの予知が自分の意思ではなく、唐突に発生する予知だ。
能動的に発動する事が出来る予知とは違い、自分の意思で制御する事は出来ない。
その上、見る事が出来る未来も断片的であり、詳細な事は何一つ分からない。
だがこの予知は必ず起こる予知だった。
+++
γ達から教えて貰った道を駆ける。
恐らくだけど、このまま進めば数分もせずに到着するだろう。
「まあ、そう上手くいくわけがないか」
物陰から姿を現す武器を携えた黒スーツの男達に思わず顔を顰める。
ジッリョネロファミリーの連中じゃない。コイツらは間違いなく敵対マフィア、ラーニョファミリーとかいう名前の連中だ。
「っと、食らうか!!」
此方に向けて放たれた銃撃をリングの炎のシールドで防ぐ。
「このまま一気に押し返したいところなんだけど、なぁ!!」
残念な事にここまでダメージを受けた今の俺じゃそこまで炎は使えない。
とはいえ、このまま防戦一方だとこっちが潰れてしまう。
敵の攻撃を防ぎつつ心の中でそう思いながら周囲を見渡す。すると視界の端に植物が生えている植木鉢を捉えた。
「あんまり使いたくはないんだけど、この際仕方ないか」
植木鉢に視線を向けつつ、顔の前に出した死ぬ気の炎を回転させる。
炎は小さく弱々しいものだったが、回転の速度が上がると同時に爆発的に膨れ上がった。
「これぐらいで良いか…………弾け、ろ!!」
限界まで膨張した死ぬ気の炎は風船のように弾け、散弾の如く敵に降り注いだ。
「ぐわぁあああああああああああああ!!?」
無差別に降り注ぐ死ぬ気の炎の嵐は一方的にラーニョファミリーの男達を薙ぎ払っていく。
ついでに建物の壁面やコンクリートの地面も破壊し、攻撃が終わった後は辺り一面で爆発が起きたかのような光景が広がっていた。
「うわ、やり過ぎた…………」
目の前の惨状に思わず後悔してしまう。
これを自分が作り出したとはいえ、ここまでするつもりは無かった。
だがこの有り様である。やっぱりというべきか、これは使用を控えるべきだろう。
使える局面が限られている上に、これを使うのに集中する必要があるから強い相手には大きな隙を見せるから使えない。使える場面があったとしても制御や手加減が出来ないし、最悪殺してしまいかねない。
――――尤も、俺自身も好き好んでこれを使いたいとは思わないが。
そう考えていると突然、視界が真っ暗になった。
「…………っ、流石に限界か」
地面に膝をついて倒れそうになるのを堪える。
多分貧血だろう。片腕を失ったわけだし、それだけの血液を一気に失ったわけなのだから。
死ぬ気で動き回っていたとはいえ流石に限界だった。
むしろここまでよく戦う事が出来たと自分で褒めてやりたいところである。
「それにしても、敵が居過ぎだろ」
この道はγ達から教えて貰ったジッリョネロファミリーのアジトに行く事が出来る道だ。
だというのにも関わらず、この道に居る敵が多過ぎる。
一人二人程度ならそこまで気にはしなかったけど、ここまで多いと流石に違和感を感じる。
「裏切り者でも居るのか?」
多分、というか十中八九その可能性が高い。
別に珍しい話ではない。マフィアに裏切りはつきもので、それはボンゴレも例外ではないのだから。
ただ裏切りがあったのだとしたなら、どうして裏切ったのだろうかという疑問が浮かぶ。
大切なモノを喪失したことが切欠となり手段を選ばなくなった初代霧の守護者。
命を救われた事で忠誠を誓い、かつての仲間すらも裏切った剣士。
この二人のように理由があるのなら分かる。だけど見た感じジッリョネロファミリーを裏切る理由が無いようにも見える。
「まぁ、それはどうでも良いか」
あくまで俺の予想に過ぎないし、もしかしたら念入りに計画を立てて抗争を仕掛けたのかもしれない。
いずれにせよ、ここでの仮定は無意味だろう。
裏切り者が居るにせよ居ないにせよ。今の自分に出来る事は限られているのだから。
「ぐ、ゲホッ!」
込み上げてきた不快感に思わず咳をする。
そして口から吐き出た真っ赤な鮮血が地面を汚した。
「流石に、そろそろ限界か…………」
さっきから何故か身体の内側が焼け付くように熱く痛かったが、どうやら折れた骨が内臓に突き刺さっていたらしい。
アドレナリンが分泌していたから痛みに気が付かなかったが、こんな状態で走り回って戦闘を繰り広げていたわけなのだから我ながら真正の馬鹿である。
背負っていたユニを降ろし、俺も同じように壁に背を預ける。
「本当ならもうちょっと後で使いたかったんだけどなぁ」
これを使ってしまえば自分の武器は無くなってしまう。
そうなったら間違いなく不利になる。だけど、このままだったら不利どころか死んでしまいかねない。
「ああもう、俺に他の属性の波動があれば良かったんだけどなぁ」
正確には他の属性の波動が流れていない人間は存在しない。
ただそれが実際に使えるかどうかは別の話だ。俺の場合は大空以外が微弱過ぎて使えないし。後天的に属性が変化したり、使えるようになったりする例も無いわけではないからそこら辺は何ともいえないが。
そんな事を考えながら近くにある廃材を手に取り、それを左腕の傷に突き刺した。
+++
「う、うぅ…………」
呻き声を上げながらユニは瞼を開く。
どうやら自分は意識を失ってしまっていたらしい。
酷く痛む頭を抱えながら、今何がどうなっているのかを確認しようと周囲を見渡す。
そして左腕の傷口に、断面に廃材を突き刺し、自らの身体を死ぬ気の炎で包み込んでいる綱吉の姿を捉えた。
「っ、沢田さん!!」
口から血を吐き出しながら自身の肉体を燃やしている綱吉を見て、ユニは思わず驚きから声を上げる。
「ああ、起きたんだ。ちょっと待っててね…………もう少しで終わるから」
声を聞いた事で目が覚めた事を知ったのか、綱吉は笑みを浮かべながらも自身の身体を燃やす炎の放出を止めない。
その姿を見て、ユニは綱吉が今何をしているのかを理解する――――理解してしまう。
そして、左腕の傷口に突き刺さっていた廃材がボコンと泡立った。
泡はすぐに廃材全体を覆い、数秒もしない内にそれは人間の左腕に変化する。
「ふう、治った」
綱吉が一息をついて。そう呟いた。
その姿はボロ雑巾のようにズタボロだった時とは違い、ある程度は元の状態に戻っていた。
パリンと音を立てて綱吉が右手に付けていたリングが粉々に砕け散る。
「…………やっぱり耐えられなかったか。最低でもBランクは無いと駄目だな」
砕け散ったリングを手の平に乗せ、握り締めながら綱吉はそう呟く。
「何を、したんですか?」
「ユニは、死ぬ気の炎にはいくつかの属性があるって事は知ってるよね?」
「はい。知ってます」
死ぬ気の炎には七つの属性が存在する。
それはボンゴレファミリーの守護者、世界最強のアルコバレーノ、そして自身の家系が代々守護しているあのリングと同じ数だ。
「大空、雨、晴、嵐、霧、雷、雲、大地、川、沼、氷河、砂漠、山、森、そして夜の計15属性があるんだけど」
「はい――――はい?」
「まぁ属性の話は今は関係ないから置いといて…………死ぬ気の炎は属性によってそれぞれの特徴があるんだよ。大空の特性は調和、崩れたバランスを戻したり、石や他の物質に変えたりする事が出来るんだよ」
さらりととんでもない事を言う綱吉に対し、色々と聞きたい事が山程あったがユニはそれを我慢する。
「それで、どうやって治したんですか?」
「大空の特性を応用したんだよ。怪我や欠損って元の状態から見たら調和していないからね。まぁ、欠損とかを直す場合だと色々と足りないから他の物を変えたりして――――って、あまり上手く説明できないな。要は大空の特性で廃材とか土や石で俺の身体を補ってるんだよ」
「…………それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。後もう少し時間が経てば馴染むから」
つまり、今はまだ大丈夫じゃないというわけだ。暗にそう言っている綱吉の姿をユニは改めて観察する。
その顔色は真っ青で、今にも倒れてしまいそうな程に汗を流している。
小さい怪我は治していないのか至る所に生々しい傷跡が出来ている。
そして、再生した左腕は全く動いていなかった。
単に動かしていないだけなのか、それとも治ったのはただ見かけだけなのか。
どちらにしろ見た目だけ取り繕っているようにしか見えなかった。
――――ついさっき見た夢で見た未来の光景が脳裏に過る。
予知で見た未来は断片で、何がどうしてそうなったか等の過程が分からない。
ただ未来で見た彼と今の彼があまりにもそっくりだった。
同一人物なのだからそっくりを通り越して同じなのは当然なのだが。
「ほら、見ての通り大丈夫――――」
そんな事を考えながら綱吉を見つめていると、綱吉は治ったばかりの左腕を振り回そうと手を振り上げた――――その瞬間だった。
ポタリ、と雫が落ちる音と共に彼の瞳から血が滴り落ちたのは。
「がっ、ぐふ…………ゲボッ」
綱吉の両の瞳から血の涙が流れ、鼻血が溢れ、口から咳と共に大量の血を吐き出した。
吐き出した血液は地面に注がれて、飛び散った血がユニの顔に付着する。
そして綱吉の身体は最初からそうなる事が決まっていたかのように力無く地面に倒れ伏した。
「…………沢田さん?」
地面に倒れた少年の姿にユニはへたり込みながら彼の名を呟く。
自身の呟きの返事が返って来ることは無く、彼はただ血の水たまりを作るだけだった。
+++
大空の調和を応用すれば黄金体験の真似事が出来るのではないか。
当時死ぬ気の炎を使えるようになった自分はそう考えた事があった。
結論から言えば俺の考えは当たっていた。
生命を創る力は無いが物質を同化させる力があったり、異物を取り込む力があったり等、不可能ではない。
そもそも晴の属性が全身を駆け巡っているから不死だったり、雲の属性があるから筋肉や関節が増殖したりする事から人体に対しても死ぬ気の炎の特性は有効なのである。
ただし負担がないわけではない――――むしろそんな真似をして負担にならないわけがなかった。
「沢田さん! 沢田さん!!」
自身を呼ぶユニの声を耳にしながらも、倒れた俺の身体が動く事はなかった。
痛い、熱い、寒い、身体の中をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられているような痛みと強引に異物を身体の中にぶち込まれたような不快感が全身を支配する。
この黄金体験もどきは肉体に掛かる負荷が物凄い。
傷口に埋め込む事は勿論、異物を身体の中に取り込んでいるわけなのだから本当にきつい。この異物が死ぬ気の炎ならここまで酷くなることはなかったのだが。
「しっかり……下さい! 沢…さん!!」
耳に入って来るユニの声も聞こえなくなってきた。
視界もぼやけて意識は闇に飲み込まれつつある。
だけど、気絶するにはまだ早い。リングが無くなったからって、武器が無くたって、死ぬ気の炎が使えなくなったって、出来る事はまだあるのだから。
と、いうか今ここで俺が倒れたらユニが危ない。俺の命も危ないけど、戦う力を持っていない彼女が一番危険だ。
だから立たないと、強引に筋肉を動かして身体を壊して死に掛けてでも立たないと。
生きてさえいれば、後でいくらでも直すことができるのだから。
そう考えながら強引に立ち上がろうとした、その時だった。
「――――もう大丈夫よ。ユニ、そして沢田綱吉君」
優しそうな女性の声が聞こえたのは。
聞いた事も無い声だった。だけど彼女の声は不思議と頭の奥まで入った。
そしてそれが切欠となったかは分からないが、急激な眠気に襲われて俺の意識は闇の中に沈んだ。
治す≠直す
これは誤字ではありませんので大丈夫です。
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労働生活その7
先に結果を述べるのならば、ジッリョネロファミリーとラーニョファミリーの抗争はジッリョネロの勝利に終わった。
尤も、全くの無傷で勝利したと言うわけではなかったのだが。
ジッリョネロファミリーの内部に居たラーニョファミリーに情報を横流ししていた裏切り者や唐突の襲撃。それによってジッリョネロファミリーは決して無視出来ないダメージを受けてしまったのである。
もし、俺が介入しなかったら負けはしなくても勢力としては大きく弱体化していたかもしれないらしい。
以上の経緯を病院のベッドの上でユニから聞いた。
「本当にありがとうございます沢田さん」
ユニから告げられる感謝の言葉に少しだけ苦い顔を浮かべる。
「別に気にしなくて良いよ。殆ど何も出来なかったも同然だし」
実際、俺が出来た事はユニを背負って逃げ回ることと、危なさそうな人の救助と、目についたラーニョファミリーの連中を倒す事だけだった。
負傷してたという事実を加味しても、リングと武器が無い俺の現在の力はかなり弱くなっている。
ここまで頑張って鍛えたとはいえ、まだまだ弱いという事だ。
その上、サポートしてくれる味方も今は居ない。
本当に嫌になる。こうして自分の実力不足を突き付けられるのは。
「そんな事を言わないで下さい」
心の中で少し、いや、かなり落ち込んでいるとユニが俺の左手の上に自身の手を乗せた。
再生、もとい復元した腕は感覚こそあるものの、その動きはまだぎこちない。
そんな動きが鈍い俺の左手に触れて、彼女は少しだけ目を細めた。
「沢田さんは沢山の事をしてくれました。貴方が居なかったら、もっと沢山の人が命を落としていたかもしれません」
「…………そう言ってくれるだけでも救われるよ」
とはいえ、結局行きつく答えは実力不足だ。
「まぁ、それはそれとして」
もっと鍛えないとダメだなぁ、心の中でそう考えているとユニに触れられていた左手が強く掴まれる。
「沢田さんには色々と言いたい事があります」
「い、いててて…………ゆ、ユニ? いきなり強く掴んでどうしたの…………? と、いうか何で怒ってるの?」
「ええ、怒ってますよ。凄く怒ってます。むしろ怒ってない方が不思議なくらいです」
誰もが見惚れるであろう笑みを浮かべたまま、ユニは俺の手を更に強く握り締める。
「凄く…………心配したんですよ」
「…………ごめん」
彼女の言葉を聞いて、謝る事以外出来なくなる。
これに関しては本当に言葉が出て来ない。あんなことになったのだから当然といえば当然だが。
いや、そもそも幼い子に顔の穴という穴から血を流して倒れるという姿を見せてしまったのだ。自分で言うのもあれだが、トラウマになっても仕方がない光景だっただろう。
ユニには本当に悪い事をした。
心の中が申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。
思わず、この嫌な空気を変えようと何かを言おうと口を開ける。
「お邪魔するわ。沢田綱吉君」
だが言葉を言うよりも先に見知らぬ女性が病室の中に入って来た。
女性はユニに似た顔立ちをしており、このまま成長すれば瓜二つになるのではないかと思わせた。
そして、左の頬にはユニと同じ花のような痣があった。
「お母さん」
「ごめんねユニ。話している最中なのに邪魔しちゃって」
女性、ユニがお母さんと呼んだ人はゆっくりと歩み寄り、ユニの隣に座る、
「初めまして、私の名はアリア。ユニの母親で、ジッリョネロファミリーのボスをやっているわ」
「あ、これはどうもドンナ・ジッリョネロ。私はボンゴレⅠ世の末裔、沢田綱吉と申します」
アリアと名乗った女性の自己紹介に、俺自身も自己紹介をする。
その際にユニが「礼儀正しく挨拶出来るんですね」と言わんばかりの驚いた表情で此方を見ていたが気にしないでおく。
「先ずお礼を言うわ。貴方の尽力のおかげで被害を最小限に防げたのだから」
「気にしなくて良いですよドンナ・ジッリョネロ。私も貴女の娘、ユニ嬢に命を救われた身なのですから。むしろ礼を言うのは此方の方ですよ」
「私は何もしていないわ――――さて、それじゃあ本題に入りましょうか」
優しそうな笑みを浮かべていたアリアさんだったが、目を細めて真面目な表情に変化する。
感じる雰囲気は変わらない。だがその姿は正しく一つの組織の頂点に立つボスとしての風格を抱かせた。
「沢田綱吉君。貴方の事情はある程度は把握しているわ。表向きには武者修行をしているとされているけれど、本当はボンゴレから逃げているということも」
「…………知ってたんですか」
まぁ、ジッリョネロファミリーのボスならば知っていてもおかしくはないだろう。
俺の逃亡生活が武者修行扱いにされているのは初耳だが。
「きみのその思いも分からないわけではないわ。でも、流石にそろそろ帰った方が良いんじゃないかしら? そんな状態になっている以上、そろそろ逃げ続けるのも難しいだろうし」
「それは…………」
「今すぐ決めろってわけじゃないわ。ただきみにその気があるのなら、私の方からリボーンに伝えておくわ」
アリアさんの言葉に俺は何も言えなくなってしまう。
実際、彼女の言う通りだった。一人で行動して挙げ句の果てには病院のベッドの上で安静にしていなくちゃいけない状態になってしまった。
普通なら、というか普通じゃなくても諦めざるをえないのだ。
俺一人ではここまでが限界なのだから。
しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。
アリアさんがこの病室から去ったら逃げ出そう。体調はまだ戻ってないが逃げることぐらいは出来る筈。
心の中でそう考えていると、不意に左手が引っ張られる。
「沢田さん。今逃げようって考えましたね?」
そう告げたユニの表情は、感情を欠片も感じさせないような無表情だった。
超直感を使わなくても分かる。明らかに怒っている。
「えっ、いや、あの…………その…………」
「…………はぁ、もう。仕方がありません。放っておいたらマンボウもびっくりの速度で死んでしまいそうですし…………多分、これが一番良い方法なんでしょう」
ユニは溜め息交じりに独り言を呟いた後、母親であるアリアさんの方に視線を向ける。
割と失礼な事を言っているが、俺自身否定できないので何も言う事が出来ない。
「お母さん。お願いがあります」
「あら、何かしら?」
「一つお願いがあるんですが、沢田さんをうちに置いてもらえないでしょうか?」
「んなっ!!?」
ユニの発言に俺は思わず声をあげてしまう。
「いや、いやいやいや…………ユニ、どうして!?」
「このままだと沢田さん逃げ出してしまいそうですし。それなら近くに居て貰った方がまだ安心できます」
「う、うぐ…………」
「沢田さんって今お金無いじゃないですか。その上、そんな酷い怪我までしているのに追手から逃げられると思っているんですか?」
「…………すみません。逃げられないです」
此方をジト目で見るユニの視線に何も言えなくなってしまう。
と、言うよりも彼女の言う通りだった。このまま逃げたところで絶対に捕まるのは確定している。
「でも、だからといってユニやアリアさんのお世話になるわけにもいかないし」
「お世話も何も、気にする必要は無いですよ。むしろ私は沢田さんに恩がありますし、良いから大人しく恩を返させて下さい」
ああ、これはもう断ることが出来ない。
こうなった女の子は何を言おうが言う事は聞かない。凪や京子ちゃん、ハルの三人でそういうのはよく知っている。
尤も、こうなってしまったのは全部俺の自業自得なわけだが。
「それに…………いいえ、何でも無いです。お母さん、お願いできますか?」
「ええ、別に大丈夫だけど…………そう、ユニがねぇ。ふふふ」
ユニの言葉を聞いてアリアさんは一人笑みを浮かべた。
その瞳は何か微笑ましいものを見るような目だった。
「お母さん?」
「ふふ、何でもないわ。綱吉君はうちの恩人でもあるわけだし、置いても大丈夫よ。でも、流石に彼の素性を隠さないとね」
そう言ってアリアさんは俺の方に視線を向ける。
何故かは分からない。だけど、今までで体験したことが無いような嫌な予感がした。
次回は主人公以外の現在をやっていきたいと思います。
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労働生活その8
水飛沫が飛び散り、己の長い髪の毛を濡らす。
普段ならば水に濡れた髪の毛が肌に纏わり付く不快感に顔を顰めていた事だろう。
しかし、今の自分にはそのような余裕は無かった。
髪の毛が濡れて水が唇を潤しているのにも関わらず、まるで炎天下の砂漠のど真ん中に居るかのように喉が渇き切っている。
(…………何時からだ)
一体何時からこの感覚の事を忘れていたのだろうか。
自らに振るわれる剣撃の雨を紙一重の所で回避し、それでも回避し切れずに傷を負う中、スペルビ・スクアーロは場違いな事を考えていた。
幼少期の頃から裏社会に浸かり、強くなる為に剣を研鑽し戦い続けた。
何時しかマフィア界最強と名高いボンゴレファミリー、その中でも名実共に最強の暗殺組織である
そして当時のヴァリアーのボスだった剣帝テュールを下した。
ギリギリのところで手に入れた勝利だった。その時の戦いで自分は隻腕だったテュールを理解する為に左手を失い、今のスペルビ・スクアーロという人間を作り上げた。
きっとそれからだろう。戦いの中で敗北するかもしれないという緊張感を忘れたのは。
油断や慢心が無いと言えば嘘になる。
ヴァリアーは成功率90%を下回ると作戦自体を取り下げる事もある。
スクアーロはヴァリアーの幹部であり続ける為に自らの実力を研鑽し続け、任務は常に成功している。が、逆に言えば命の危機を感じる事が無くなったとも言えるだろう。身内からの下克上や上司の無茶振り等、別の意味で命の危機を感じる事はあるが。
故にスクアーロは今、戦いにてその緊張感を思い出していた。
「クソが…………ッ!」
自らに振るわれる一撃を左腕の剣で受け止める。
ギャリィンと金属がぶつかり合い火花が舞い、刀の刃が剣にめり込んだ。
「ゔお゛ぉい!! させるかぁ!!」
鍔迫り合う剣を弾き、距離を取って自らの剣と相手の刀に視線を向ける。
スクアーロが有する剣にはいくつもの切れ込みがあり、相手が持つ刀には傷一つ付いていない。
「…………随分と舐めた真似をしてくれるじゃあねぇか」
不快そうに喉を鳴らしながらも冷静に、それでいてこれ以上も無いほどに警戒を強める。
僅かな戦いの中で理解した。眼前の敵は今まで戦って来た中でも強い剣士であると。
流派はかつて戦い下したもので、いくつかの技が知らないものだった事を除けば間違いなく勝つ事が出来るだろう。だが使い手はあの時に戦った敵とは比べものにならない程の実力がある。
恐らく才能も自身に匹敵、もしくは上回りかねない。
「ハハッ、悪りぃな。流石にあんたが相手だと手加減は出来ないからな」
「手加減が出来ない? してるだろうが。あの死ぬ気の炎を使わないんだからよ」
「これを使ったらアンタを殺しちまうからな。それにアンタには聞きたい事があるし…………何より、使えないあんたに対して使っちまったらフェアじゃないだろ」
舐めている。明らかに舐め切っている。
相手にはそのつもりは無いし、死ぬ気の炎を使わないだけで全力なのは事実だろう。少なくとも、自身の獲物をも斬り裂こうとしているのだから手加減はしていないのは間違いない。
「アンタはツナを、沢田綱吉が何処に居るか知ってるんだろ?」
眼前の敵、山本武の言葉を聞く。
「出来れば教えてほしいんだけど」
「教えると思うか?」
「だよな。んじゃあ…………倒して聞く事にするぜ」
ヘラヘラと浮かべていた笑みが消え、壮絶な表情を浮かべる。
纏う雰囲気も軽薄なものから剣呑なものに変化し、対峙するスクアーロの思考から攻撃以外の選択が消失した。
「
このまま守りをかためていたら間違いなく敗北する。
長年の戦いの経験から感じた直感に、スクアーロは迷う事なくそれに従い、攻勢に打って出た。
「うぉあああああああああああああああああああああああ!!」
周囲の水を抉り、斬って、斬り刻みながらスクアーロは山本武に技の名の通りに特攻する。
まるで鮫に食い荒らされたかのように斬り刻まれた水はスクアーロの身体を覆うように巻き上がる。
そしてスクアーロは眼前の敵を倒す為に巻き上げた水とともに剣を振るった。
「時雨蒼燕流・守式七の型」
対する山本武は迎撃する為に刀を構える。
その技をスクアーロは知っている。攻守合わせて八つの型を有する時雨蒼燕流の七番目の技、繁吹き雨。最も目の前の敵が使う時雨蒼燕流は八番目の型が全く違う技で、九番目の型も使っているが。
しかし、スクアーロが知っている繁吹き雨のそれとはまた少し違った。
持ち方がバットを構えているかのように、それでいて限界まで身体を捻っている。
瞬間、スクアーロは自身の敗北を察する。
だが時既に遅く、スクアーロは振るった剣を止める事が出来なかった。
「繁吹き雨・斬」
限界まで引き絞って放たれた繁吹き雨は最早守る為の技ではなく攻撃の技。
カウンターとして放たれた繁吹き雨はスクアーロの剣を両断する。
――――敗北。
剣士として命そのものである剣を斬られた。
破壊ではなく斬り落とされた。それが示す事実は剣士として完膚なきまでの敗北だった。
ふと、スクアーロは周囲に視線を向ける。
視線の先には同じヴァリアーの幹部である者達が地に伏して倒れていた。
「負けた、か…………」
どう足掻いても、誰が見ても、そして自分自身でさえも納得してしまう。
自分達は敗北したのだと。
「んじゃ、教えて貰おうか。ツナが何処に居るのかを」
敗者に権利は無い。全ては勝者だけが決める権利を持つ。
殺すのも、生かすのも。そして恐らく、というかほぼ間違いなく彼等は自分達を生かすだろう。
それに異議を唱える権利は敗残者である自分達には存在しなかった。
+++
「スクアーロから聞いた話だと、今ツナはイタリアに居るみてぇだな」
スクアーロとの戦いに勝利した武は船に戻り、仲間達にその情報を伝えた。
「おぉ!! それは真かぁッ!!」
「多分嘘じゃないと思うっすよ笹川先輩。まぁ、最後にその姿を見たのが一週間くらい前だから、もしかしたらもう離れてるかもしれないっすけどね」
武の言葉を聞いて了平は歓喜の声を上げ、山本は更に言葉を付け足す。
「取り敢えず雲雀や凪とも情報を共有するぜ。って、そういや獄寺は何処に行ったんすか?」
「ああ、あいつは今沢田の仕事をこなしているぞ。沢田の右腕を自称していたからな。なら席が空いている副会長の座を押し付けたと雲雀が言っていた」
「あちゃー。それで獄寺の奴、この前真っ白になって力尽きてたのか」
了平の言葉を聞きながら武は懐からある物を取り出す。
それは風紀委員会が開発した最新型の通信装置を操作する。
「確か、こうやって文字を打てば良いんだよな。電話に出れない時とかもあるだろうし、後で読めるし」
「ほう、その装置はそうやって使うのか」
「そうっすよ。そういえば先輩はコレどうしたんすか?」
「いつの間にか壊れてた」
等と会話をしながら二人は武の通信端末に視線を落とし、そして帰って来た返信を見る。
そこにはすぐにイタリアに向かうとだけ、簡潔に書かれていた。
「凪はすぐにイタリアに行くらしいっすね」
「成る程、現地集合か」
「いや、多分そのまま別れて探す感じになると思うっすね」
隣で「何故だー!」と大声で叫ぶ了平を尻目に武は空を見上げる。
単身中国に赴き消息を発った雲雀恭弥。「ボスー! 何処に居るのー!」と泣きながら笹川京子と三浦ハルと共に逃げ出した綱吉を探しに勝手に居なくなった沢田凪。
そして現在、船の中で綱吉の仕事を一人で熟している獄寺隼人。
いつの間にか船から消えていた赤ん坊達を含め、一人を除いて本当に自由気ままである。
「と、俺は一度並中に戻って野球大会に出なきゃいけないしな」
山本は懐から取り出した手紙に目を通す。
手紙にはまだ戻らないという事と、野球大会で優勝してほしいと書かれている。
「ったく、ツナの奴…………こんな手紙じゃなく、直接目で試合を見れば良いのにな」
家出をした親友を脳裏に浮かべながら山本は一人寂しそうに呟く。
一体何を考えて家出をしたのかは分からない。だけど、何となく自分達の為なのだろう。
本当に昔から変わらない、見ていて愉快な親友だ。
「それにしてもツナは今、何処に身を隠してるんだ?」
最後に姿を確認したのが一週間前で、父親の居るイタリアに居るのだからそう簡単に逃げられないだろう。
と、なると誰かが匿っているのかもしれない。
「口説いた女の子の家にでも泊まってたりすんのかな?」
そして山本の考えもあながち間違ってはいなかった。
次回、ようやく労働生活が始まります。
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労働生活その9
次から労働生活第二部が始まります。
「ふぅ…………ようやく人心地がつきましたね」
ラーニョファミリーとの抗争が終了してから約一週間の時が流れた現在。
ジッリョネロファミリーのアジトにある花々が咲き誇る庭園にて、ユニは座椅子に腰を掛けて一時の休息を味わっていた。
母、アリアは幼い自身が裏社会に関わるのはまだ早いと考えていた。
その為、自らがボスを務めているジッリョネロファミリーにも明かしてはいなかった。が、この前の抗争で暮らしていた自宅、もとい自分の身を隠す家が木っ端微塵に吹き飛んでしまった事が切欠となり、身の安全の為にジッリョネロファミリーに身を寄せる事になったのである。
当然と言えば当然の話だが、アリアからの説明があったもののユニの事を知った当時のファミリーの皆は酷く混乱した様子だった。
「あっ、このお茶菓子とても美味しいですね」
とはいえ、問題があったかと聞かれればそういうわけではない。
ラーニョファミリーとの抗争の後始末やそれ以外の仕事等々、一時の混乱など頭の隅に追いやって忘れかける程に忙しかった。
幼い身ではあるものの、ユニも食事の用意等出来得る限りの事をした。
その結果、最初こそ隔たりのようなものがあったもののすぐに打ち解ける事が出来た。
本当にあっという間の出来事だった。
口の中に残った上品な甘さに顔を綻ばせつつ、ハーブティーで潤す。
「このお茶もとても美味しいです。沢田さんもいかがですか?」
そう言ってユニは後ろに視線を向ける。
「なんで…………どうして…………」
ユニの視線の先にはメイド服を身に纏った一人の少女が居た。
重量に逆らいながらも刺々しい印象は与えず、どちらかと言えばふわふわとしているようにも見える茶色に近い琥珀色の長い髪は腰の辺りまで伸びている。
そして顔色は青く、見るからに体調が悪そうにも見えた。
「それにしても…………意外と似合いますね」
「まぁ母さん似だから…………って、そうじゃないよ!!」
ノリツッコミを披露しながらメイド服を着た少女、沢田綱吉はユニに詰め寄る。
「何で俺、メイド服を着てるんだよ! 助けられた身だからあまり文句は言えないけどさ、仮にも俺は男だよ!?」
「沢田さんの身を隠す為です。流石にそのままだと直ぐに見つかってしまいますよ」
「確かに、その通りなんだけど…………だからといって女装はしなくても良いんじゃないかな?」
「その姿の方が分かりにくいですので」
納得いかない、物凄く納得いかない。口にしてはいないものの物凄く不貞腐れていると分かる。とはいえ、ボンゴレファミリーや彼の友人達、そして彼の命を狙う者。その数はあまりにも多いのだ。
何も対策していなければすぐに見つかることになるだろう。
だからこそ、こうして素性を隠していなければいけなかったのである。
「それに沢田さんは、いいえ、チヨヒメ・ディケイドさんは今女の子ですし、その姿の方が良いんじゃないですか?」
「やめて…………人前なら兎も角二人で居る時とかでその偽名で呼ぶのはやめて…………」
しくしくめそめそと死んだ魚のような目で綱吉は、チヨヒメ・ディケイドは涙を流す。
今自分が言ったように、彼は彼女になっていた。
原理としては大空の特性である調和を応用して男から女に変わっているらしい。
一体どうしてそんな方法を思い浮かぶのか、そして実行してしまうのか。
内心疑問を隠せずにはいられなかったがあえて聞かない事にした。
(一先ずは、これで大丈夫ですね)
その姿を瞳に収めながらユニは再びハーブティーに口をつける。
本来ならば彼は、今は彼女であるが、ボンゴレファミリーや友人の下に帰るべきなのだ。
だが、この前の抗争の際に見た未来がその選択肢を外させた。
倒れている帽子の男や血塗れの大空のおしゃぶり。断片的にしか分からなかったが、あれはきっと良くない未来だ。
恐らくだが近い内にあの未来が訪れて、そこには自分も居る。
ならば近くに居て貰った方が良いと考えた。
(この考えが正しいかは分からないですけど…………)
予知を行使して未来を見ようとしても狙って見ることが出来ない以上、今の自分が打てる最善手である事には違いない。
そう考えながらユニは再び泣いている綱吉、もといチヨヒメの姿を見やる。
(それにしても…………さっきから泣いている沢田さんを見ていると胸の奥から、こう、何かが湧き上がるような気が…………)
そして胸の奥から湧き上がる得体の知れない奇妙な感覚に戸惑った。
+++
どうしてこうなった、どうしてこうなった、どうしてこうなった。
心の中で絶望に染まりながらメソメソと涙を流す。
一週間しっかりと身体を癒すことが出来て、調子も何とか元に戻った。
その上、自身の身はユニ、ジッリョネロファミリーが隠してくれている。
これなら暫くボンゴレファミリーには見つからないだろう。
それに新しい大空のリング、恐らくBランク相当のも手に入れる事が出来た。
本当にそれは感謝している。そう、感謝しているのだが――――、
「だからといって女になる必要は無いだろ…………」
自分の姿を見て思わずそんな言葉が出る。
大空のリングが必要になるものの、大空の特性である調和を応用した他者を基点に自身を変化させる技。
これに加えて以前受けた特殊弾から体得したリボーンの
尤も、俺としてはあまり愉快な話ではないのだが。
「はぁ…………本当に鬱だ」
気分が暗くなっていくのを実感しながら溜め息をつく。
幸いなのはジッリョネロファミリーの人達に俺が沢田綱吉だということを知られていないことだろう。
知っているのはユニとアリアさん、そしてγ三兄弟だけである。
あの時のγ三兄弟から向けられたあの視線は二度と忘れる事ができないだろう。
と、いうか大空の炎を常に使い続けるというデメリットがあるとはいえ、よく女になる事が出来たものだ。
まあ肉体が石になっても後遺症とかが一切無いのだからこれぐらいは出来て当たり前なのかもしれないが。
「はぁ、もう仕方が無い。これ以上考えていても鬱になってくるだけだし、別の事を考えよう」
休息を取って体調は戻ったとはいえ、身体の方は少しばかり鈍っている。
本調子に戻るまではリハビリを重ねないと無理そうだ。
やっぱり長期間動かさないと思った通りに動かない。特に左腕なんかはまだ少し遅く感じる。
それでも身体能力を維持できるのは全集中の呼吸・常中のおかげである。
心の中でそう考えていると、ふとある疑問が脳裏に浮かぶ。
「…………今更だけど、何で俺は全集中を、ヒノカミ神楽を使う事が出来るんだろう」
全集中の呼吸はそもそもこの世界とは違う世界の技術だ。
とはいえ、幼少期から雷に打たれる事で電撃に耐性を手に入れたり、使用した張本人には一切ダメージが無い広範囲の自爆を使えるビックリ人間が横行するこの世界だ。全集中の呼吸を使う事が出来てもおかしくはない。
実際に山本が時雨蒼燕流に全集中の呼吸を組み合わせたり、雲雀さんも使ったりしているのだから。
――――だけどヒノカミ神楽、否、日の呼吸を使えるのはおかしい。
この呼吸は全集中の呼吸の始祖、継国縁壱と彼から教えられた竈家の一族が使う事が出来る技だ。
別に呼吸法そのものを使う事はおかしいわけではない。
だけど、日の呼吸の型を、技を使う事が出来るのはあまりにもおかしかった。
知識があるとはいえ、何度も練習したとはいえ、超直感が正解だと告げたとは言えその技を使う事が出来るのだろうか。
そもそもとして、何で俺はあれを日の呼吸だと断言出来たのだろうか。
いや、そもそもとして他の技術もどうしてこの世界で使えるのか。
「…………いや、違う。俺は知ってる、知っている」
日の呼吸の型を知っている。
身体の動かし方も、呼吸の仕方も、一晩中踊り続ける方法も全部知っている。
だって何度も何度も実際に試したのだから。
「――――ガッ!?」
瞬間、頭に激しい痛みが走り、その場に膝をついて頭を抱えた。
とてもではないが立ってはいられない激痛の中、視界がチカチカと明滅する。
そして脳裏に様々なイメージが浮かび始めた。
――――長い時間の中、沢山の人を犠牲にし続けた元凶に無理矢理力を注がれた剣士。
――――娘を守る為に身を挺して庇った歴戦の異能者。
――――強過ぎるが故に命を蝕み、生きたいのか死にたいのかすら分からなかった一振りの刀。
他にも様々なイメージが浮かんでは消え、浮かんでは消失していく。
そして最後に浮かんだのは時計の姿だった。
何故主人公が他作品の技術を使う事が出来るのか。
それにはちゃんとした明確な理由が存在します。
なのでその点を指摘されてもネタバレになっちゃいますので、その、すっげぇ困ります。
まぁ、他作品の技術に他作品の力をクロスさせたい理由付けですけどね!
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労働生活その10
新しいパソコン買うまで遅くなります。
ジッリョネロファミリーのアジトにある庭園にて俺は一人座り込み考え事をしていた。
「…………はぁ」
最も、一人で考え事をしていたところで明確な答えが出てくるわけではないのだが。
溜め息をついてベンチから立ち上がり背筋を伸ばす。
「やっぱり、分からないなぁ」
何故自分に前世の記憶があるのか、何故自分が沢田綱吉になったのか、何故自分が他の世界の技術を使う事が出来るのか。
暫く考え込んでいたが答えには至らなかった。超直感もこの考えに関しては働いてくれないようであるらしい。
今まで考えないでいた。いや、そもそも考えた事自体が無かった。
メタ的な話になるがそもそもそういうものなのだと思い込んでいたのだろう。
だが結果は違った。自分が沢田綱吉になったのは、自分が他の世界の技術を使う事が出来るのには理由があったのだ。
――――だからといってその理由が何なのか分かるわけではないのだけれど。
「本当、一人で考えているとどんどん悪い方向にドツボに嵌ってくなぁ」
自分が本当の沢田綱吉を塗りつぶしてしまったのか、自分がこうして沢田綱吉をやっているのは何者かの思惑があるのか。
思考はどんどん悪い方向に傾いていく。
「まぁ、流石に気のせいだろ」
自分の魂が本当の沢田綱吉を塗り潰してしまったりしたとかは無いだろう。
転生者だと言う自覚こそあれど、同時に自分こそが沢田綱吉だという自負もある。
最もこれはあくまで自己評価でしかないから意味が無いのかもしれない。が、別にそれは今はどうでも良いことなのだから。
ただ自分自身でも最低三つくらい何か混ざっているような気がするのは否定できないが。
そして今の自分の現状に何者かの意思が介在しているとかも無いだろう。
一人そう言ったことが出来そうな奴に心当たりが居ないわけでも無い。が、奴は超越者ではあっても未来を視たりすることは出来ないし全知全能ではないのだから。
――――ただ、これ以上他の世界の力や技術を新しく覚えようとするのは止めた方が良いかもしれない。
既に覚えたものや血肉になったものは今更使わないというのは勿体ないし、何より自ら力を制限して戦うというのは性に合わない。
これから先もきっと使うだろう。
だけど新しく覚えようとしたりするのはとても不味い気がする。
超直感はそんな事は告げていないけれど、警戒しておくに越したことは無い。
「よし、一人で考えるのは終了! 少し身体を動かして忘れよう!」
仕事の方も一通り片付いたし、今はやる事が無い。所詮休暇のようなものだ。
流石は外国。ブラック企業気質が未だ蔓延る日本やリボーンが求めるボンゴレボスと違って、マフィアの世界においてもホワイトだ。
取り敢えず今やる事は現在の自身の能力を高めることぐらいだろうか。
死ぬ気の炎の出力を高める事や俺自身の基礎能力を高める事。
――――要するにいつも通りである。
背中に背負っていた刀を手に持ち、刀身に炎を灯す。
最初は覚束なく安定しなかったこの動作も今となっては慣れたものだ。
「ふぅ―――――」
一通り日の呼吸の型を繰り返す。
久々にやったせいか、それとも怪我が治ったばかりで身体が固まっていたせいか、振るっている自分ですら笑ってしまうような酷いものだった。
「まぁ、それも仕方が無いか」
暫く練習していなかったのだから当り前だろう。
そんな風に自嘲しながらも俺は特訓に耽った。
+++
それは偶然視界に映り込んだ光景だった。
庭園にて刀を手にした使用人と思わしき一人の少女が炎を纏った刀を片手に舞っていた。
見事な剣舞だった。見事な剣舞と言う他無かった。
自身も剣士の端くれである。だからこそその少女の剣技に男は見惚れた。
動きに無駄が多い事も分かる。一つ一つの動作が僅かながらもぎこちないと言う事も分かる。
きっと彼女はまだ本調子ではないのだろう。
それでも間違いなく自分が理想とする剣技の極致の一つだった。
――――挑んでみたい。
未熟であっても仮にも剣士という事か。
少女の身でありながらもあそこまで鍛え上げられた剣士に対して剣を交わしてみたいという思いがあった。
+++
「沢田さ――――こほん…………ディケイドさん!!」
刀を振るう事に夢中になっていると俺の偽名を呼ぶ声が聞こえた。
声が聞こえた方向に視線を向けるといつの間にかベンチに座っていたユニが此方を見ていた。
「あれ、ユニ? 何時から其処に?」
「一時間ぐらい前から居ましたが」
ユニの言葉を聞き、周囲の状況を把握できないぐらいに舞う事に集中していた事に気が付く。
「ごめん。集中していて全く気が付かなかった」
「別に大丈夫ですが、沢田さんの方こそ大丈夫なんですか? まだ病み上がりだというのに」
「大丈夫。ちょっときついくらいがリハビリだから」
額から流れる汗を拭いながら心配そうに此方を見るユニにそう告げる。
だがユニは俺の言葉を微塵も信じていないのか、疑っていますと言わんばかりの表情を浮かべた。
「いや、いくら俺でも流石に其処等辺は守るよ。身体を壊したら元も子も無いし」
「本当ですか? 嘘だったら許しませんよ?」
ユニの疑いの籠った視線を受けて思わず乾いた笑い声を漏らす。
全くと言っても良い程に信頼されてないな。まぁ俺自身、身体を壊しても後で直せば良いと考えているからそういった視線を向けられてもしょうがない。
とはいえ、好き好んで身体を壊す趣味も無いが。
「流石に嘘はつかないよ。あくまで軽くだから」
「それなら沢田さん。さっきの剣舞をやってからどれぐらい時間が経ってますか?」
ユニの言葉を聞いて俺は時計に視線を向ける。
「ああ、ざっと5時間ぐらいは経ってるかな?」
正確には5時間59分ぐらいだが。
そう考えながら何気無しに呟くとベンチから立ち上がったユニが俺のお腹にパンチをして来た。
ボスっという音が耳に入る。
幼い少女の軽いパンチだった為、全く痛くない。が、ユニがこんな事をするとは思わなかった為、正直困惑していた。
「えっ、あれ? ユニ、どうしたの?」
「どうしたの、じゃありません。それのどこが軽いんですか」
困惑する俺に対し、ユニは酷く怒った様子で俺を見ていた。
「いや、今日は6時間ぐらいしかやってないんだけど。本当なら一晩中やるんだけど…………」
それから先の言葉を言おうとしたところで、ユニの顔を見て固まってしまう。
笑顔だ。とてつもない笑顔だ。だというのにも関わらず物凄く怒っているのが分かる。
「ディケイドさん。貴方は本当に自分が病み上がりだって言う事を理解しているんですか?」
「はい。理解しています」
「理解していないですよね。していないからそんな無茶ばっかりして…………死にたいんですか貴方は」
「はい。すみません…………」
自分よりも年下の少女に怒られると言うのは正直堪えるものがある。
そう考えているとユニは溜め息をついた。
「別にその特訓をやるなとは言いませんから、少し自重して下さい」
「分かりました」
「やるにしても一時間。そして私が見ている時だけにして下さい」
「はい…………」
ユニの言葉に思わず項垂れてしまう。
「あ、後お母さんがディケイドさんの事を探してましたよ」
「分かりました…………少し片付けをしてから向かうから…………」
去って行くユニの後ろ姿を見て溜め息をつく。
流石は大空のアルコバレーノ。怒らせると滅茶苦茶怖い。
もう逆らう気力とか全く起きなかった。これから練習する時はユニに隠れてやった方が良いかもしれない。
ただ暫くは彼女の言う通りにしておいた方が良さそうだ。
そんな事を考えながら刀を片手に後ろに振り返り、
「それで、何の用でしょうか?」
向けられた闘志に対し、同じぐらいの闘志をぶつけ返した。
「…………分かっていたか」
「よく言いますね。気配を隠してなかったのに」
最も殺意は全く無かった為、警戒はしなかったが。
木の影から姿を現した男の姿を見て、僅かに目を見開く。
男は特徴的な形の眉をしており、纏っている空気は斬り裂かれるかのように鋭い。
幻騎士。今はまだ未熟であれど、10年後の世界において時代最強の剣士と称される存在だ。
最もそのメンタルはあまり強いとは言い難く、この時代でも弱さが垣間見えるが。
「これは幻騎士様ではありませんか。この使用人風情に一体何用でございましょうか」
「手合わせを願いたい。チヨヒメ・ディケイド」
自分の言葉に幻騎士は剣を片手に構える。
「申し訳ございませんが私は一介の使用人でございます。幻騎士様が望まれるような戦いになるとは思いませんが」
「ただの使用人が死ぬ気の炎を使えるわけがない。何より、ボスがユニ様の護衛として付けた貴様が弱いわけがあるまい。さっきの剣技を見れば尚更だ」
幻騎士の言葉に思わず溜め息を吐きたくなる。
が、溜め息をついたところで事態が好転するわけがないという事はよく分かっている。
ならばここは素直に挑戦を受けた方が良いだろう。
「良いでしょう。では、一合だけ」
「感謝する」
刀を構えて幻騎士と向かい合う。
そして、互いの刃がぶつかり合う音が響いた。
「ぐっ!」
カキンと甲高い金属音が鳴り、幻騎士の剣の刀身の真ん中から先が宙に舞う。
振り抜いた刃を納刀し、地面に折った刃の切っ尖が刺さった。
「勝負はつきました。見事な剣技でした」
地面に膝をつく幻騎士に背を向ける。
本当に強かった。10年後の世界での幻騎士に比べれば未熟なのだろう。戦闘経験とかもまだそこまでではなかったし、驚異かと聞かれればそういうわけではない。
だけどこれから間違いなく強くなるという事が分かる。
間違い無く時代最強の剣士を名乗れるだけの素質はあった。
単純な剣技だと恐らくすぐに追い越されて勝てなくなるだろう。
「では、用事が入りましたので失礼致します」
そう言って俺はこの場から立ち去った。
――――この時の対決が原因となって、後に脅威として襲い掛かって来るのをその時の俺はまだ知らなかった。
+++
「え、えっと…………すみません。もう一度仰って貰ってもよろしいでしょうか?」
アリアさんの部屋に訪れた俺は彼女の口から語られた言葉を聞いて困惑していた。
恐らく俺の聞き間違いなのかもしれない。いや、多分そうに決まっている。
そう思う俺に反して、アリアさんはにこやかに笑みを浮かべながら告げた。
「チヨヒメ・ディケイド。貴女にはユニと共に学校に行ってもらうわ」
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労働生活その11
そのおかげでお金が一気に吹っ飛んだよ…………。
第二章は中々進みませんがその内仲間たちとの合流も描きたい。
大分先になるとは思いますが。
何故、どうして、Why。
心の内でそんな言葉しか思い浮かばなくなるくらいに、アリアさんの言葉に俺は非常に困惑していた。
理解出来ない話ではない。ユニはジッリョネロファミリーのボスであるアリアの娘にして次期大空のアルコバレーノだ。だが同時に彼女自身はまだ年端もいかない少女でもある。
本来ならば学校に通っていてもおかしくはない。
だからアリアさんの言うことも理解できないわけではないのだ。
だがそれをどうして自分に打ち明けたのか、どうして自分も一緒に行く必要があるのか。
対外的には護衛であるのだから付き従うのは当然だが、彼女の言葉を聞く限り他にも意味があるという感じがする。
「何で急に学校に通うことになったのかを説明すると、この前の抗争が切っ掛けね」
「…………この前の抗争ですか」
「あの時の一件でユニはマフィア界に関わる事になったのだけれど…………それが切っ掛けで普通の学校に行けなくなったのよ。それでマフィア関係の学校に通うことになったのよ」
溜め息混じりにアリアさんはそう呟く。
その言葉を聞いた俺は疑問を抱き思わず顎に手を当てる。
ボンゴレⅠ世の子孫で、父親がマフィア関係者の俺はそう言った事は無かったが。
「貴方の場合は貴方のお父さんが守っていたからね」
「父さんが、ですか?」
「ええ。チヨヒメちゃん、今は二人っきりだから綱吉君と呼ぶけど…………貴方の父親、沢田家光は日本にマフィア関係者が行かないようにしていたみたいよ。貴方や貴方のお母さんを守るために。それが無かったらきっと貴方も今頃はマフィア関係の学校に通っていたと思うわ」
アリアさんが告げた答えに俺は何とも言えない表情を浮かべる。
実際、アリアさんが言った通り俺が今まで平和な日本で暮らすことが出来ていたのは父さんのおかげなのだろう。
それは分かっている。俺の目から見たらちゃらんぽらんな人かもしれないが、母さんから見た父さんは一家の大黒柱で、凪から見たら頼れる養父で、仲間の人達から見たら自分達を引っ張るリーダーだ。
きっと俺の知らないところで物凄く頑張っているのだって分かる。
――――だけど、裏社会のような場所じゃなく表社会で頑張ってほしかったと思ってしまうのは俺の我が儘なのだろうか?
内心、父親に対し複雑な思いを隠せないでいるとアリアさんは小さく「綱吉君も色々と思うところがあるのは分かるけど」と呟く。
「貴方の場合ボンゴレ
「あ、それは確かに」
「私は当事者じゃないから詳しくは知らないし、もしかしたら私の勝手な憶測なだけなのかもしれない。だけど、貴方に裏社会に関わらせなかったのは平和な世界で生きていてほしかったからじゃないかしら」
アリアさんの言葉を聞いて俺の中で疑問に思っていた事が腑に落ちた。
俺がマフィアのボスの候補に選ばれたのはあくまで他の三人の候補が命を落としたからで、あくまで補欠の補欠扱いだった。恐らく、というか他の三人が生きていたならほぼ間違いなく俺はマフィアのボス候補にならなかった筈だ。
だから父さんは家から離れて外国に行き、9代目は一度俺の死ぬ気の炎を封印したんだろう。
――――尤も、他の候補者三人が全滅してしまった為にその努力は無駄なものになってしまったが。
まぁ、白いのが全てを台無しにするから二人の思惑は最初から叶う事は無かったのだろうし、あり得たかもしれないIFの事を考えるのは止そう。
仮にアリアさんの言った通り、俺の考えの通りだったとしてもだ。
父さんは父さんでもうちょっと俺に言ってほしかったし、9代目は9代目で俺に封印なんかをかけないでほしかった。特に9代目がかけた封印のせいで死ぬ気の炎を使えるようになるまで苦労したし、基礎能力を引き上げるのにかなり大変だったのだから。
と、いうか原作の沢田綱吉がダメツナと呼ばれるようになったのって間違いなくあの封印のせいだ。
普通に生きるのには必要ないし、そもそも下手したらやばいことになりかねない危険な力であるというのは分かる。
だがもう少し封印を緩めても良かったのではないだろうか。
「話が逸れちゃったから戻すけど、大丈夫かしら?」
「あ、はい。大丈夫です」
一人考えているとアリアさんは話の続きを語り始める。
「まぁ、マフィア関係者が通う学校っていうように様々なファミリーに所属する人間の子供たちが在籍しているのよ。比較的似通ったファミリーの子供が集まるものなのだけれど、敵対してはいなくても仲が良いとは言えないファミリーも在籍しているのよ」
「そういうものなんですか」
「そういうものなのよ。それで、貴方に護衛として行ってほしいのよ」
「はぁ…………まぁ、それは分かるんですけど…………護衛といっても常に傍に居れないんじゃないですか? ユニも俺が常に傍に居たら息が詰まると思うし」
教室内で常に見張られているというのはあまり好ましいものじゃない。
日本で例えるなら毎日が授業参観のようなものだ。俺だったら間違いなく息が詰まるだろう。
優しく温厚なユニでも流石に怒るだろうし。
と、なると別の場所から離れて監視でもするのだろうか。
そう考えているとアリアさんはにっこりと笑みを浮かべる。
「大丈夫よ。貴方もその学校に通うのだし」
「…………え?」
彼女の口から飛び出た言葉に思わず放心する。
「綱吉君もまだ学生の身なんだし、学校に通わなくちゃいけないわ。一応保護者である私としてはそこは見過ごせないしね」
「え、え、えっ!? ちょ、ちょっと待って!!」
「何かしら?」
「ユニは小学生で俺は中学生ですよ! 一緒に学校に通ったらユニの事を守れないですよ!!」
イタリアの学校がどういうシステムなのかは詳しく知らないが、もし通うことになったら一緒には居られないだろう。
それにマフィア関係者の学校だなんて間違いなく厄介なことが待ち受けているに決まっている。
分かっていて地雷原の中に首を突っ込む程、俺は愚かじゃない。
だから何としてでもこの頼み事は拒否しなければならない。そう考えた俺は脳をフル回転させて適当な言い訳を考えようとして、
「大丈夫。ユニは飛び級してるから。綱吉君と同じクラスに通えるわ」
口にする前にアリアさんの手によって逃げ道を絶たれてしまった。
「まぁ、今すぐ通えっていうわけじゃないわ。もう少し余裕が出来てからね。それじゃあ、その時が来たらお願いね綱吉君」
「…………ハイ。カシコマリマシタ」
最早逃げることは不可能であると悟った俺は全てを諦め、アリアさんの自室を後にした。
+++
「おいボス。チヨヒメの奴、燃え尽きたような感じであんたの部屋から出てきたんだが…………何かあったのか?」
「ええ。ちょっと頼み事をしたわ」
室内に入って来たγにアリアは短く言葉を返した。
するとγは少しだけ顔を顰めて、諭すように告げる。
「チヨヒメ…………ボンゴレ坊主には色々と助けられたのは事実だ。だがあいつはあくまでボンゴレの人間だ。頼み事があるのなら俺達に言ってもらいたいんだが」
「ごめんなさいね。でも、彼にしか頼めなかった事なのよ」
γの言うことも尤もだ。
しかし、ジッリョネロファミリーには条件が合う人間が居なかった。
唯一条件が合ったのは外部の客人である沢田綱吉だけだったのである。
「それに、これは彼にとって良い経験になるからよ。ユニにとってもだけど」
アリアの言葉を聞いたγは扉の方に視線を向ける。
「そうかねぇ…………俺の目から見たらボンゴレ坊主は十分だと思うんだが。まぁ、マフィアに不向きなぐらいに甘すぎるところはあるが」
「あら、貴方は彼の事を認めているのね」
「認めているさ。マフィアのボスの跡を継ぎたくないって我が儘なところはあるが、この業界じゃ珍しい話でも無いしな。だが奴は傷ついていても命をかけて戦うことが出来る強い奴だ。その覚悟を俺は尊敬するぜ」
γの言葉を聞いてアリアは思わず笑いを溢す。
あのγがこういう事を言うなんて、口ではかなりぶっきらぼうではあるが本当に気に入っているのだと。
実際、彼は優しい子だ。
かなりの問題児ではあるものの人の痛みを理解出来る人間で、酷いと思った事を許すことが出来ない人間だ。
「でも、ちょっと張り詰め過ぎな気もするけどね」
「そうか? 俺から見たらかなり緩いと思うが」
自身の言葉に疑問を抱くγを横目に、アリアは扉の方に視線を向ける。
「…………本当にそうかしら? 私には笑顔の仮面を被って空元気を振る舞っているようにしか見えないのだけど」
「ん? 何か言ったか」
「いいえ。さて、私も仕事を頑張らなくちゃね」
訝し気に此方に視線を向けるγから目を逸らし、アリアはデスクの上にある書類の山に視線を向けた。
「…………γ、少し手伝ってくれないかしら?」
「はいはい。分かったからそんな顔をしないでくれ」
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労働生活その12
笹川了平は自他共に認める程の熱血馬鹿である。
つい最近友人となった銀髪のタコヘッドからは芝生やら単細胞やら言われたりしているが、了平自身決して頭は良くないと自覚していた。だが分かっているからといって、その欠点を直すつもりはなく、了平は常に全力だった。
とはいえ、直すつもりがあっても直すことが出来たかと言われると微妙なところだがそれは今は関係無い為省く事としよう。
兎に角、了平は家出をした自身の後輩でもあり親友でもある少年をずっと探し続けていた。
西に東に北に南。文字通り全力で世界中を駆け巡っていた。
「うぉおおおおおおおお!! ついに見つけたぞ沢田ぁー!!」
だからこそ、彼が一番最初に辿り着いたのは必然だった。
「…………お、お兄さん」
了平の眼前にてメイド服を身に纏い一見女にしか見えない格好をした少年、沢田綱吉は了平の姿を見て酷く困惑した様子だった。
何でここに居るの、恐らくそう言いたいのだろう。
「すまん沢田。雲雀から『話し合いに応じるな。話がしたいのなら身動きを取れなくしてからすれば良い』と言われてるからな。極限に我慢して欲しい」
「ちょ、まっ!!」
「問答無用!!」
何とか静止させようと身振り手振りで了平に訴えようとする綱吉だったが、その努力も虚しく空振りに終わる事になった。
勢い良く綱吉に接近した了平は彼の腹部に自らの拳を叩き込む。
「
「っ、ぐ、ぐはっ!!?」
腹部を貫いた強烈な一撃に綱吉の身体は宙を舞い、住宅街から森までぶっ飛ばされた。
+++
「――――と、いう未来を見たんです」
「…………そうかぁ」
ユニの口から語られた言葉に俺は頭を抱える。
正直なところありえない話ではない。あの恐るべき風紀委員長雲雀恭弥を筆頭に皆が世界中を探し回っているのだ。
僅かな情報から俺が何処に居るのかを見つけ出すことぐらい風紀委員会の総力を以てすれば出来ないわけではない。我が学校の風紀委員会は一体どうなっているんだと心の中でツッコミを入れたくなるが今は無視するとしよう。
正直なところ、雲雀さんに対して文句とか言いたいことが山ほどあるし、お兄さんにも雲雀さんの言う事を聞いちゃいけないとか言いたい。
だがそんな事は今はどうでも良いのだ。
それよりも今は何とかしてその未来を回避しなければならない。
お兄さんと会うのは恐らく外での出来事。ならば大人しく引き篭もり、過ぎ去るのを待っていれば良いだけの話である。
そう、本来ならば――――。
「出来ればそれは外出する前に話して欲しかったよ」
「すみません。忙しかったので忘れてました」
ユニの言葉に溜め息をつきつつ、俺の両手に下げている袋に視線を向ける。
手提げ袋の中には、ついでに背中に背負っている鞄には沢山の食料がパンパンに詰まっていた。
「まぁ、一応家政婦でもあるわけだしやらないわけにはいかないんだけどさ」
「そういえば沢田さ――――ディケイドさんって料理出来るんですか?」
「出来るよ。まぁ俺の母さん程美味くは作れないけど」
最初は焦げた卵くらいしか作れなかったが、母さんに教えて貰うことで人並みには作れるようにはなっている。
だけどやっぱりというべきか、母さんのやつに比べたら劣ってしまう。
と、いうか母さんの手料理が美味すぎる。しかも量も多く作れるなんて、流石は母さんと言うべきか。
「あんまり得意ってわけじゃないから期待はしないでね」
「はい。ディケイドさんなら美味しい料理を作ってくれると信じています」
「だからそんな風に期待を重くしないで――――って、この前作ったの知ってるじゃん」
「まぁそうなんですが…………あれは簡単な料理でしたし、どうせならもっと本格的なものが食べたいです」
「っく、無茶ぶりをするなぁ」
ユニから寄せられる重い期待に思わず顔を下に向ける。
料理は作るより食べる事の方が好きだし、態々好んで作る気も無いからそこまで自信が無い。
いや、そもそも作る時間というものが無かったの方が適切だろう。
料理だけに集中して練習すればきっと母さんみたいに料理が上手になっていた。だけど俺にはそんな時間は無かったし、やらないといけないことがあまりにも多過ぎた。
逃亡生活を始めてからも基本買い食いだったし、こうして買い物をすること自体、本当に久しぶりだった。
「…………はぁ、本当に人生って予定通りに行かないなぁ」
溜め息をついて項垂れる。
「そもそもイタリアには最後に来る予定だったのに、何でこんなに早く来てるんだろう」
「ちなみに予定通りだったらどうなってたんですか?」
「俺が裏社会に関わらなくても良い、平穏な生活を手に入れていた」
「多分無理だったと思いますよ。ディケイドさんってトラブルメーカーなところがありますし」
「酷い」
でもまぁ、予定が狂ったなら修正すれば良いか。
幸いなことにジッリョネロファミリーに身を潜める事が出来たのだから。
むしろこれは幸運と考えた方が良いだろう。大空のアルコバレーノのおしゃぶりと七つのマーレリング、この二つに手が届く状況だ。まだ足りないものが多いけど、この状況を上手く活用すれば最終目標である平穏な生活を手に入れる事だって出来る。
やっぱり人間、諦めなければいつかきっと夢は叶うのだ。
「ふふふ…………」
「どうしたんですかディケイドさん。そんな悪い笑みを浮かべて」
「いや、俺って不運だけどなんだかんだで悪運だけはあるなって思ってさ。これで学校に通うことさえなければな…………」
アリアさんに関しては感謝しかないが、これだけははっきりと文句を言いたい。
理由だって分かるし必要な事だって分かる。
が、納得出来るかは話が別だ。
「私と一緒に学校に通うの、嫌ですか?」
「いや、嫌ってわけじゃないんだけど…………」
俺の服の袖を引っ張るユニに困ったように笑う。
「マフィアの学校に通ったら俺もマフィアになりそうだし」
「大丈夫ですよディケイド。貴方は充分マフィアのボスです」
「全然大丈夫じゃないよ!」
ニコニコと微笑みながらも恐ろしい事を言ってくれるユニにツッコミを入れながら町中を歩いていた。
そんな時だった。会話に夢中になっていて前から人が来ている事に気が付かず、人とぶつかってしまったのは。
「うわっ、っと…………すみません。此方の不注意でした」
幸いなのは買った物をぶちまけなかった事だろうか。
これで転んでいたら目も当てられないことになっていただろう。
ぶつかった相手に謝罪をし、頭を下げる。
「いや、俺の方こそすまなかった。人を探していてよく周りを見ていなかったからな」
「そうですか…………ん?」
相手側の謝罪を聞いた瞬間、その声が自分のよく知る人物のものである事に気が付いた。
頭を上げて相手が誰なのかを確かめる。
白髪に額に傷があるガタイの良い男子――――並盛中学二年にしてボクシング部主将の笹川了平の姿がそこにはあった。
「―――――――――」
突然の再会に俺は言葉を失った。
ユニから事前に予知を聞いていたとはいえ、まさかこんなに早く再会する事になるとは思わなかった。
と、いうかこの状況自体がそもそも不味い。
このままだったら俺の正体がバレてしまってお腹にきつい一撃を受けてしまう。
何とか回避――――距離的に不可能。防御は――――同じく間に合わない。死ぬ気になれば耐えることは出来るが確実に重たい一撃をこの身に受けることになる。
どうしようもない程、今の状況は詰んでいた。
今の自分に出来るのは次の瞬間に訪れるであろう臓腑をネギトロのようにする一撃を受け入れる事ぐらいしかなかった。
「それでは失礼する。ウォオオオオオオオ!! 沢田ァー!! 何処だァー!!」
だがその一撃が自身に襲い掛かることはなく、お兄さんは大声を上げながら去っていった。
「は、はは…………」
全身から力が抜けてその場にへたり込みそうになる。
「しっかりしてください。ディケイドさん」
いつの間にか隣に移動していたユニに身体を支えられる。
「ごめん、ありがとう」
自分でもらしくない失敗をした。
ユニから事前に聞いていたのにも関わらず、まさかこんなに早く出会うなんて思ってもなかったからだ。
だから唐突に出会って何も出来なかった。
今回はそれが上手く働いたから気付かれなかったけど、これが雲雀さんだったならすぐに気付かれていただろう。
「平静に平静に…………俺は沢田綱吉じゃない、私はチヨヒメ・ディケイド。沢田綱吉とは何も関係がない」
「でもディケイドって10って意味ですから実質ボンゴレ10代目ですけどね」
「それは言わないでよ…………」
何とか平静に戻った俺はユニを連れてなるべく早くジッリョネロファミリーのアジトに戻る事にした。
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労働生活その13
どれだけ姿形を変えようとも癖というものはそう簡単には変える事が出来ない。
だからこそ、チヨヒメ・ディケイドと称する怪しいメイドみたいな存在の正体が沢田綱吉であると気が付くことが出来た。
とはいえ、気付くことが出来たのは自身が幻覚を使う術師だったからだろう。
そうでなければ幻覚で誤魔化すのではなく物理的に身体の構造を変えた沢田綱吉という名前の化け物の擬態に気が付くことは不可能だった。
「まさかジッリョネロに身を隠していたとは思いませんでしたがね」
漢字の六という数字が刻まれた赤い右目を持つ鴉は眼下に映る光景を視界に収める。
このまま何もしなければ沢田綱吉とその友人である笹川了平が出会う事は無いだろう。
だが――――、
「それでは面白くない」
何よりあのボンゴレ10代目の思い通りに事が運ぶのが気に入らない。
そう考えた鴉は笑い声を漏らす。
そうだ。このまま何事も無く無事に終わる等というのはありえない。
こうして出会ったのだから、互いに激突して然るべきだ。
「クフフ…………」
鴉の瞳の数字が六から一に変わる。
「さぁ、見せて貰いますよ。アルコバレーノと戦い打ち勝った沢田綱吉、その力を」
+++
お兄さんにバレないようユニと共にジッリョネロファミリーのアジトに戻ろうとしたその瞬間だった。
一台のトラックが歩道を乗り上げ、ユニ目掛けて突っ込んできたのは。
「えっ?」
「っ、ユニ! 下がって!!」
突然のことに反応が遅れたユニを抱き抱えてトラックから逃れようとする。
が、時既に遅くトラックは目前まで迫っていた。
「くっ、幻日虹!」
今にもぶつかりそうなトラックを幻日虹を使って回避する。
トラックは俺達を轢かなかったが、壁に激突して見るも無残な事になっていた。
「あ、危なかった…………」
もし避けるのが一瞬でも遅れていたら自分達は間違いなく轢かれていた。
そうなったら無駄に頑丈な俺は兎も角、脆弱なユニの身体はトラックと壁に挟まれてミンチになっていた事だろう。
「さ、沢田さん。すみません、ありがとうございます」
「いや、気にしなくて良いよ。それよりも怪我は無い?」
「はい。沢田さんが守ってくれましたから」
ユニが無事だったことに安堵の息を漏らす。
にしても、あのトラック。いきなりこっちに突っ込んで来たようにも見える。俺の考えすぎな気がしないでもないが、超直感が違和感があると告げているから気のせいではない筈だ。
視線をトラックの方に向けて一人考察していると、背後から唐突に肩を叩かれた。
一体誰だろうか、そう思いながら後ろに視線を向ける。
「久しぶりだな沢田」
そこにはお兄さんこと笹川了平が立っていた。
「ようやく見つけたぞ。しかし、まさか女装をしているとは思わなかったぞ」
お兄さんは若干戸惑いながらも俺が沢田綱吉である事を見抜いている。
何故、どうして。疑問を抱かずにはいられないがそんな暇は無い。
今は何としてでも誤魔化さなきゃいけない。
「あ、あの…………人違いではないでしょうか。私はチヨヒメ・ディケイド。沢田という人ではありませんが」
「幻日虹を使えるのは沢田一人しか居ない」
「いや、山本も使えるんですけど―――――あっ」
しまった。ついいつものノリでツッコミを入れてしまった。
その事に一瞬後悔するものの時既に遅し。
「やっぱり沢田ではないかー!!」
俺が沢田綱吉だと確信したお兄さんは雄叫びを上げる。
不味い。このままだとユニの予知通りに
しかもここまで近かったら回避するのも難しい。
「すまん沢田。雲雀から『話し合いに応じるな。話がしたいのなら身動きを取れなくしてからすれば良い』と言われてるからな。極限に我慢して欲しい」
拳を構えて強烈な一撃を放とうとするお兄さんに対し、何とかダメージを最小限に抑えようと後方に威力を僅かにでも減らそうとする。
これで何処までパンチの威力を流す事が出来るかは分からないが、やらないよりやった方が良い。
そう考えながら自らに拳が自らに迫り、
「待ってください」
俺に叩き込まれる寸前に、ユニが声を掛けて静止させた。
「その人、チヨヒメ・ディケイドは今は私の使用人です。ですので手荒な真似をされても困ります」
「むっ、しかしそいつは沢田」
「事情はある程度察していますので色々と言いたい事があるとは思います。ですがここだと人目につきますので」
そう言ってユニは視線を周囲に向ける。
トラックが事故を起こした事で野次馬が集まっていた。
幸いな事に俺がユニを抱えてある程度距離を取ったから俺達に視線を向けているのは一人もいないが、お兄さんの極限太陽が炸裂していたら間違いなく人目を集めていただろう。
「別の場所に移して話しませんか?」
ユニは俺と同じ事を考えていたようで、人差し指を自らの口に当てながらお兄さんにそう言った。
+++
「すみません。粗茶ですが」
場所をジッリョネロファミリーの敷地内にある庭園に変え、俺はお兄さんに紅茶を振舞った。
テーブルの上に出された紅茶に口をつける。
「ふむ…………成程な。要するに沢田は死にかけていたところを助けられてここに滞在しているというわけか。すまん、名前は――――」
「ユニと言います」
「ユニか。うちの沢田が色々と迷惑をかけてすまんな」
「いえ、私の方も沢田さんには色々と助けられていますから」
「あ、あははは…………」
口から乾いた笑い声が零れる。
ユニとお兄さんの会話を聞いていた俺は今すぐこの場から逃げ出したい気持ちに駆られていた。
だがもしここで逃げ出してしまえばその時はお兄さんに問答無用で強烈な一撃をぶち込まれる。
そうなったら間違いなく日本に連れ戻されることになる。
「はぁ…………」
予想できる未来に溜め息しかなかった。
本当に最悪だ。回避できた筈の未来だったのに、こんなことになってしまったなんて。
「一度お祓いにでも行ってみた方が良いんだろうか?」
いや、ボンゴレリングの怨念の事を考えたらそれも無理か。
一度だけ見た事があるけど、あれは人間には祓えない代物だ。
まぁ歴代ボンゴレの魂を保存するという縦の時空軸の特性上それも仕方がないことなのかもしれないが。
「沢田ー!!」
そう考えているとお兄さんが大きな声を上げて俺の名を叫んでいた。
「事情はユニから聞いた。しかし、だからといって貴様の家出をこのまま黙って見過ごすわけにはいかーん!!」
「まぁ、ごもっともです。そういえば、母さんは心配してたりするんですか?」
「いや、沢田の母は『家光さんに似てやんちゃねぇ』と言っていたぞ」
お兄さんの言葉を少しだけ落ち込む。
もしかして俺、だんだんと父さんに似てきているんだろうか。
そうなのだとしたら、それは少し、いや、かなり嫌だなぁ。
「沢田、貴様は何を企んでいる」
内心複雑な顔をしているとお兄さんは真面目な顔をして質問してきた。
「えっ、いや、何も企んではないんですが」
「恍けるな。貴様は何も考えず、行き当たりばったりで行動するところはある」
「ちょっと!?」
「だが決して無意味な事は絶対にしない男だ」
そう言うとお兄さんは懐から一枚のノートを取り出してページを開く。
ノートには乱雑で大雑把ながらもいくつかの絵と説明が記されてた。
中でも特に目を惹くのが7つのおしゃぶり、7つの貝、7つの羽の絵に黒い炎の絵や回転を連想させる渦巻が書かれている。
夜の炎や黄金長方形の回転といった説明付きだ。
「こ、これは…………!」
「沢田の部屋にあったノートだ。もう一度聞こう。沢田、お前は一体何を考えている?」
驚くユニと詰め寄るお兄さんを見て、溜息を漏らす。
「それを知ってるのは、俺がここに居るのを知っているのはお兄さんだけですよね」
「ああ、そうだが」
「今から勝負しましょう。お兄さんが勝てばそれの説明と、不服ではありますが大人しく連れて行かれましょう。でも俺が勝ったらそのノートは此方に返してもらいます。そして、俺の事は黙ってて貰います」
有無を言わせない、そう言わんばかりにお兄さんに言い放つ。
お兄さんは少しだけ悩んだ様子を見せたが、首を縦に振る。
「…………分かった」
「じゃあ場所を変えましょっか」
「ま、待ってください!」
お兄さんと一緒に場所を変えようとすると、ユニが大きな声を出す。
「沢田さん、貴方は一体」
何を考えているんですか、そう言葉を口に出す前に答える。
「勿論、平穏な生活を送る為だよ」
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労働生活その14
最近旅行に行ってきて初めてビジネスホテルに泊まったんですが大浴場があったんですよ。
ビジネスホテルといえばユニットバスかなって思ってたんですけどそうじゃないんですね。
あ、ちなみに旅行先は動物園でした。
久しぶりの旅行だったんですけどいやぁ、動物は良いですねぇ。
梟がめっちゃ可愛かったです。そしてヒグマはめっさ怖かったです。
平穏な生活を送る為、そう言って彼は笹川了平を連れて屋敷から出て行った。
その後ろ姿を見てユニは何も言う事が出来ず、手を綱吉に向かって伸ばすだけだった。
「沢田さん…………」
誰も居なくなった庭の椅子に座り、ユニは一人小さく呟く。
最初に出会った時はかなり困った性格をしているが優しい人だと思った。
はた迷惑と言うにはそこまでではなく、ルールを破るタイプかと聞かれればそういうわけではない。かといって御行儀良くルールを守るタイプでもなく、ルールの範疇ならばなんでもやるタイプだ。
一番性質が悪いと言えばその通りだと思うし、彼の家庭教師になったリボーンおじ様や後継者に指名したボンゴレ9代目、彼の父親に対して
は同情してしまう。
実際、自分が被害者側に立ったら文句の一つぐらい言わないと気が済まないだろう。
ユニは当初、沢田綱吉と出会い話した時の印象を思い返す。
――――その印象が変化したのは、予知を見てからだった。
予知に映った未来の沢田綱吉は血塗れの大空のおしゃぶりを片手に血の海の上に立っていた。
透明なおしゃぶり、石のおしゃぶり、亡者のような人達にそして鉄帽子の男。
恐らくそれらと戦っていたのだろう。
そして未来の自分は泣きながら沢田綱吉を止めていた。
一体何が起こってそうなったのかは分からない。
だがその光景を見て以降、ユニは綱吉に対して少しだけ警戒心を抱いていた。
尤も、彼が道を間違えそうになったら止めようと思っていただけで、彼がチヨヒメ・ディケイドと称してメイドとして働いているのを見て警戒心はすぐに杞憂に変わった。
彼、もとい彼女の行動は見ていてとても愉快だ。
普段は気丈に振舞い、完璧な結果を出すように心掛けているが少しでも気を抜けば素が見えてくる。
ポンコツでドジで若干天然で、自らの行動で自爆して痛い目を見る。
なのに懲りないしまた似たような失敗をする。
そんな彼を見ていて思わず笑ってしまいそうになる。
「貴方は一体何を考えているんですか?」
だが、さっきの綱吉を見て訳が分からなくなってしまった。
笹川了平の話を察するに綱吉はボンゴレリングだけでなく、アルコバレーノのおしゃぶりやマーレリングを知っている。
世界創造の礎、究極権力の鍵、全知全能の神。
その事を綱吉はきっと分かっているだろう。でなければ詳細に書いて等ない。
かといって彼が悪い事を企んでいるとは到底思えない。
「案外、聞けば答えてくれるんじゃないかしら」
一人悩んでいるユニの前にアリアが姿を現す。
「お母さん…………」
アリアの言葉にユニは何とも言えないような表情をする。
確かに聞けば答えてくれそうな気がしないでもないが、あの様子を見るにそれは無理そうだ。
「まぁ話を聞き出そうとしても適当にはぐらかされそうだけどね」
「なら、どうすれば話してくれると思いますか?」
「そうね…………綱吉君はあまり話したがらないけど、そもそもドジなところがあるからうっかりぽろっと喋っちゃう事だってあると思うの」
「つい、うっかり…………」
アリアの助言を聞き、ユニの脳裏にある考えが過ぎる。
確かにこれなら話してくれそうだ。と、いうか多分話してくれる筈だ。
確信があるわけではないし
だがこんな事をやって良いのか。脳裏に過った考えにユニは一瞬躊躇い、
「…………そうですね」
そしてすぐに実行する事を決意した。
よくよく考えれば彼はかなり自分勝手にやっている――――ならば自分だって同じように自分勝手に振舞ったって構わないだろう。
「お母さん! 私、ちょっと外に行ってきます!!」
決意を固めたユニは勢いよく窓から外に飛び出した。
その光景を見ていたアリアは少しだけ呆けた後、思わず苦笑を溢した。
「随分と御転婆になったものね」
もしこの光景を見ていたらあの娘を可愛がっているクルンとしたもみ上げの彼は、影響を与えたであろう少年をシバき倒す事だろう。
「だけど、薬漬けにされたり銃で撃たれるよりは遥かにマシね」
アリアは小さく呟くと瞳を閉じる。
「まぁ後でお仕置きはするけどね」
そして笑みを浮かべながら静かに怒気を募らせていた。
この後、白昼堂々寝所に誘いに来たγは地獄を見る事になるがそれはまた別の話。
+++
「ここぐらい離れてれば問題は無いか」
ジッリョネロファミリーの屋敷から離れた所にある池のある森の中。
そこで俺はお兄さんと向かい合っていた。
ここならばある程度は暴れても大丈夫そうだ。
尤も、お兄さんのパワーならそのある程度すら上回りそうではあるが、ここ以外に適した場所が無かったので仕方がない。
「それじゃあ、戦いましょうか」
「ああ。俺が勝利し、お前を連れて帰るぞ沢田!」
「悪いとは思いますけどまだ帰るつもりは無いです!!」
今帰ったら間違いなくろくでもない目に合う。
具体的には雲雀さんの拷問という名の制裁を受けた後、徹夜で仕事をやらされる。その上、今はリボーンも居るのだ。
どんなことになるかなんて恐ろしくて口に出す事すら憚れるし、俺の想像を軽く上回る気がするから考えたくも無い。
どちらにしろろくでもない目に合うのは確実だが。
超死ぬ気モードになり、刀を片手に構えて突貫する。
「大人しく負けてくれ! 炎舞双閃!!」
死ぬ気の炎を纏わせた斬撃を二度振るう。
だが一度目の斬撃、峰打ちが当たるよりも速くお兄さんは後方に回避した。
「悪いが、大人しく負けてやるわけにはいかん」
「やっぱり避けるか」
出来ればこの攻撃で倒したかったけれど、そう上手くはいかないか。
とはいえ、だ。相手は笹川了平、その実力が高いのはよく知っている。
それに俺と会ってない間にかなりパワーアップしているみたいだ。
以前と同じと思ってたら痛い目を見るのは間違いないだろう。
本当、こんな時にグローブがあれば素早く動く事が出来るのに。
ここに無い物を望んだところで意味なんか無いのは知っているが、それでも思わずにはいられない。
刀を地面に突き刺し、無手で構える。
「むっ、武器を捨てたか」
「貴方が相手なら、武器を持たない方が良い」
ボクシングをやっているお兄さん相手に剣で挑むのは不利だ。
手数に一撃の破壊力、そして射程。全てが今の俺を遥かに上回っている。
一応俺にも遠距離攻撃がないわけではないが、ある程度のチャージ時間が必要になってしまう。
それに対しお兄さんはかなりの高威力の攻撃を連発で放つことが出来る。
本当に割に合わない相手だ。
とはいえ、勝たなければ酷い結末にしかならない以上、何が何でも勝たなくては。
「はぁっ!!」
死ぬ気の炎を纏った拳をお兄さんに繰り出す。
対するお兄さんも晴れの炎を纏わせた拳を放った。
互いに繰り出した拳が互いに迫る。
「オーバーフロー!!」
そして拳がぶつかり合う瞬間、オーバーフローモードに入った。
「何!?」
全身から勢い良く溢れた炎にお兄さんは驚愕の声を上げる。
自分より威力が強いのならば地力を引き上げ、更に威力を高めれば良い。
そんな考えの下、溢れさせた死ぬ気の炎を拳の先に集中させる。
そして互いの拳がぶつかり合い、威力が弱かったお兄さんの身体は宙を舞い、池まで吹っ飛んでいった。
「まだ、浅い!」
吹っ飛んだお兄さんに追撃を仕掛けようと距離を詰める。
一度オバフロモードに至ったせいか、それとも完全復活を遂げた影響なのかは知らない。だけどこの状態も安定している。
これなら五分間は維持出来るだろう。
「少しだけ眠っててくれ!! フィアンマ・インパクト!!」
尤も、そこまで時間をかけるつもりは無い。
そう言わんばかりに両腕の巨大な炎塊をお兄さんに叩き付ける。
目前まで迫って放たれた広範囲の一撃を回避する術等無い。
だがお兄さんは自らの眼前にある死ぬ気の炎の砲撃を見て、静かに笑みを浮かべた。
「どうやら、また腕を上げたようだな」
お兄さんがそう呟くと同時に俺が放った攻撃がかき消された。
いや、違う。かき消されたんじゃない――――相殺されたんだ。
「だが腕を上げたのは俺も同じだ」
相殺された俺の大空の死ぬ気の炎とお兄さんの晴れの死ぬ気の炎が消失する。
そして、お兄さんの姿を見て驚愕し目を見開いた。
白かった頭髪は黄色の炎と一体化して燃え上がっており、死ぬ気の炎が溢れていた。
その姿は紛れもなく――――俺と同じオーバーフローモードだった。
「マキシマム・フィニッシュ!!」
独特なステップを刻みながら接近し、お兄さんは炎が込められた拳を放つ。
先程俺が放った一撃と同じく回避する術が無い。
ただ一つ違う事があるとするならば、さっきの攻撃をお兄さんが相殺する事が出来たのに対して俺はそれすらも出来ない事だろうか。
「がっ!!?」
腹部に突き刺さった一撃に俺の身体は宙を舞い、近くの岩肌に叩き付けられる。
「げぇ、ぜほ…………」
あまりの激痛と気持ち悪さに胃の中にあった物を吐き出す。
痛い、なんて単純な言葉では言い表せないくらいの激痛だった。
もし俺がオーバーフロー状態でなかったら目も当てられないような事になっていたかもしれない。
「さぁ、沢田。覚悟しろ!」
俺を見下ろしながら宣言するお兄さんを見て、思わず苦笑を漏らす。
どうやら俺が思っていた通りに事が運ぶことは無いらしい。
笹川了平は常時死ぬ気人間である。
オーバーフローモードは超死ぬ気モードに死ぬ気モードを重ね掛けする状態である。
だからこそ了平はオーバーフローモードを使う事が出来るのです。
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労働生活その15
ただこの章始まってからかなりグダグダしてるのでそろそろ話を進めたかったんです。
そしてそろそろユニが本当の意味で共犯者になります。
はてさて、どうしたものか。
強烈な一撃を食らったお腹を抑えつつ立ち上がる。
幸いな事にダメージはそこまで深刻なものではない。決して大きくないとは言えないようなダメージではあったものの、食らうと分かっていれば耐える事は出来る。防御姿勢を取る事が出来なかった為、かなりの苦痛を味わう事になってはいるがまだ問題ではない。
「ぜぇ、お兄さん…………いつの間にオーバーフローモードを…………いや、無意味な質問か」
そこまで口にして、それ以上先を呟くのを止める。
ああ、そういえばこの人常時死ぬ気だったな。だからオーバーフローモードを簡単に使う事が出来たんだろう。
そして本人はそれを上手く説明することも出来ない。
山本と同じく感覚肌の天才だ。ノリと根性でなんとなく出来たんだろう。
本当、なんて理不尽。獄寺君のように一から理論を立ててやっているわけじゃないけど、それなりに練習しなければ覚えれない俺とは違う。
「取り敢えず、オーバーフローモード解除」
だからといって負ける気はこれっぽっちも無いが。
オーバーフローモードを解いて超死ぬ気モードに戻り、改めて構える。
「むっ、諦めたのか?」
「それこそまさか。今のお兄さん相手にオーバーフローモードを使うのは自殺行為だと思ったからな」
訝し気にこっちを見やるお兄さんにそう言い放つ。
「お兄さんの方こそ、さっきのように行くとは思わない方が良い。さっきは油断してたし、慢心していた」
それに加えて病み上がりで身体は鈍っていたし、本調子に戻っていなかった。
「けど、今のお兄さんの一撃でやっと目が覚めた」
さっきの痛みで鈍っていた身体の方もようやく起き始めたらしい。
確かにここ最近激しい戦いとかしていなかったから鈍るのはしょうがないが、それでもダメージを受ける前には元の調子に戻って欲しかった。
とはいえ、過ぎた事を愚痴っていても意味は無い。
「悪いけど、お兄さんには俺の錆落としに付き合ってもらう。そして、絶対に俺が勝つ」
「そうか…………だが、極限に俺が勝つ!!」
オーバーフローモードは確かに脅威だ。
だけど弱点が無いわけではない。そしてその弱点をつくには超死ぬ気モードの方が良い。
心の中でそう思いながら接近して来たお兄さんを迎え撃った。
+++
戦いの場に到着したユニが見た攻撃は防戦一方に追い込まれている綱吉の姿だった。
猛攻と言う他無い拳の嵐。一発一発が建物を吹き飛ばす人間離れした威力を有するラッシュ。
死ぬ気の炎が無くてもそれなのだ。もしこれに死ぬ気の炎が加わったら目も当てられない事になるだろう。
そして今、ユニの目の前でそれが繰り広げられていた。
凄まじい威力を有する拳の連撃を綱吉は何とか回避している。
しかし、なんとか紙一重でかわしながらもその身体にはダメージが蓄積されている。
「っ、かわしてもダメージがあるなんて…………!」
「どうした沢田! 避けるだけでは俺に勝つ事は出来んぞ!!」
ラッシュの威力に顔を顰める綱吉に対し、了平は更に拳を振るう。
「
今までのラッシュとは違う威力が凝縮された一撃。
晴れの死ぬ気の炎が纏われたそれは砲弾の如く、距離の離れた木々をも薙ぎ倒す。
遠くにあるものでさえそれなのだ。
近くに居た綱吉の血が舞うのは当然の事だった。
「いっ…………たぁ…………!」
額から流れ出る血を拭いながら距離を取る綱吉。
それでも血が止まることは無く、肌を伝って地を濡らす。
「い、今のは危なかった。危うく気絶するところだった」
「直撃を避けておいてよく言う」
「ようやく見えるようになってきたからな」
息を荒くしながらも綱吉は了平に言い返す。
「しかし、だ。沢田貴様、本当に戦う気があるのか? 攻撃を仕掛けて来たのは最初だけで、後は防御するだけ…………成る程、そう言うことか」
了平は一人、納得した様子で呟く。
「沢田、貴様時間切れを狙っているな」
「…………バレたか」
「防御と回避のみに専念していれば流石に気が付く。オーバーフローは限界以上の力を無理矢理引き出している力だ。自分の力を十倍にする代償として相応の負担と消費がある」
「正確には炎を短い時間で全て使い切るんだが」
綱吉と了平の会話を茂みの中から聞いていたユニは思わず呆気に取られる。
死ぬ気の炎は生命力だ。使い過ぎれば命の危機にも繋がり、最悪命を落としてしまう。
それでも基本的にそこまでのダメージを受ける事は無い。
炎を使い切る前に疲労で弱くなるからだ。それこそ、無理矢理炎を引き出させない限りはそんな事にはならないだろう。
だが、あのオーバーフローという力は炎を無理矢理引き摺り出している。
生存を考えていない、命知らずの自爆技。
「でも、だからこそオーバーフローには時間稼ぎが尤も有効だ。既に四分は経過している。貴方の炎が尽きるのが早いか、俺が倒れるのが早いかの勝負だ」
「そうか…………」
残り時間一分の勝負。そう告げた綱吉に対し、了平は何かを考える素振りを見せる。
「唐突だが俺は沢田のような呼吸が使えん」
「まぁ、お兄さんには必要無いからな」
「しかし、だからといって全く使ってないわけではないのだ」
そう言うと了平は勢い良く息を吸い込み始めた。
遠くに居るユニの耳にも聞こえる呼吸音は、綱吉が使っているものとは違っている。いや、そもそもとして種類が違った。
その呼吸を始めた瞬間、了平の身体から光が迸った。
電気のようにも見えるその光は地面に触れた瞬間、草花が生え、水に触れると波紋が発生した。
「んなっ!? それは」
「波紋。沢田、お前が考案しながらも会得出来なかった呼吸法だ!!」
了平の身体から死ぬ気の炎が勢い良く燃え上がる。
「この呼吸があればオーバーフローで燃え尽きる事はない! つまり、俺は常に極限で戦う事が出来る!!」
+++
なんじゃそりゃ、そんなのありか。
目の前で轟々と燃え上がるお兄さんの姿を見て、思わず目を見開く。
超直感で察するに嘘は言っていない。いや、見ただけで説得力がある。
今のお兄さんは生命力に満ち溢れている。それこそ燃え尽きる事がないわけではないが、軽く一時間以上は維持出来る。
そもそもとして波紋法は全集中とは違い、生命力を生み出す呼吸法だ。
身体能力を強化する事も可能だがその本質は生命力の活性にある。
全集中と死ぬ気の相性が良いように、波紋も死ぬ気の炎との相性は良い。
死ぬ気の炎で消費した生命力を波紋で補填する事が出来るのだから、全集中以上に良いのかもしれない。
「…………オーバーフロー」
再びオーバーフローモードに入り、投げ捨てた刀を拾う。
「刀は使わないのではなかったのか?」
「そのつもりだったんですけどね」
今のお兄さん相手に手加減等出来る余裕は無い。
あまり傷はつけたくなかったけど、本気で行くしかない。
「炎破斬!!」
「
炎を纏わせた刀と光を放つ拳がぶつかり合い、衝撃が森の木々を揺らす。
何という威力。下手な受け方をしたらこっちの刀が圧し折れそうだ。
それに加えて波紋が流れてこっちの腕が痺れる。
全集中の肉体操作と死ぬ気の力で握力を強化しなければすっぽ抜けてしまいそうだ。
そして長時間の戦闘は不可能――――短期決戦で勝負を決めるしかない。
「極限ラッシュ!!」
勢いと威力が増したお兄さんの極限ラッシュを刀で受け流し、回避し、それでも駄目なら最低限のダメージで済むように受け止める。
日の呼吸の技はダメだ。今のお兄さんを確実に倒すには峰打ちでは無理、かといって刃の方で戦えば殺してしまいかねない。
ならどうするべきか――――その答えは既に出ている。
殺さないように注意しながら手加減せずに倒すだけの話だ。
そして、俺はその技を既に持っている。
「氷焔世界――――」
炎をノッキングさせて氷に変化、刀身に冷気を纏わせて周囲を凍てつかせる刃を地面に突き刺す。
「イクスノヴァ!!」
瞬間、刀を突き刺した個所を中心として半径20メートル以内の全てが凍結した。
草や木や花は勿論、池やそこに住んでいる魚、そして攻撃をしていたお兄さんも凍り付いている。
この勝負の勝敗は、誰が見ても俺の勝利だった。
「あー、しんどい」
オーバーフローモード、及び超死ぬ気モードを解除して一息をつく。
零地点突破は武器が無ければ使う事は出来ない。特にグローブが無ければ使えない死ぬ気の炎を吸収し力に変える改の方を使う事が出来ればもっと早く決着はついていただろう。
「…………それにしても」
お兄さん、ちょっと見ない間にかなり強くなってるなぁ。
これは多分、他の皆も同じように強くなっている筈。いや、間違いなく強くなってる。
一対一だから勝てたけど、もし二人以上の人数で戦いに来られたら負けるかもしれない。
せめてグローブがあれば話は別かもしれないけど、無いものを強請っても意味が無い。
「修行、する必要があるよなぁ」
それも負担の大きいオーバーフローの代わりになるような技が必要だ。
基礎スペックを引き上げる事も当然必要だとは思うけど、そんな簡単に上げられるものでもないのだから。
「前途多難だなぁ」
疲労から身を投げ出して草原の上で横になる。
「終わったみたいですね」
そうしているとユニが姿を現した。
「ユニ? 一体どうして…………」
「途中からですけど見ていたんですよ」
「…………全く気が付かなかった」
どうやら本当に自分は鈍っていたらしい。
普段なら気配に気が付くことが出来た筈なのに。
「まぁ、それは別に良いんですよ。それよりも沢田さんには色々と聞きたいことがあるんです」
内心落ち込んでいるとユニはしゃがみ込んで俺に質問をしてくる。
「聞きたい事? 答えられるものなら答えるけど」
「沢田さんが家出した理由を教えてほしいんですよ」
「…………それならこの前も言った筈だけど」
「確かにそれも本当の事なんでしょう。だけど、まだ言っていない事がありますよね」
そう呟いた瞬間、ユニは俺の首元に包丁を突き付けた。
突然の蛮行、この心優しい少女がこんなことをするわけないと思っていた俺は驚愕のあまり目を見開く。
「さぁ、全部話してください沢田さん」
主人公は波紋を使えませんが、それ以外が波紋が使えないとは言っていません。
なので守護者は全員何かしらの他作品の技術を持っていたりします。
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労働生活その16
割かしこれを明かすのはもっと後の方が良いかなって思ったんですが、このままだとユニちゃんが主人公と敵対しかねないのでこうしました。
何となくではあるが予感はあった。
彼が「ボンゴレを継ぎたくない」と言って家出しているにも関わらず、裏社会に関わっていること。
そして彼が使う技が自分の身の事を全く考えていないこと。
行き当たりばったりなのは事実だろうし、そもそもとして予定通りに上手く事が運んでいないが彼は、沢田綱吉は明確な目的があって家出をしている。
「や、やだなぁ。そんなものを持ってたら危ないよ。ほら、早く下ろして」
「ええ、下ろしてあげます。沢田さんが私に隠している事、全部話してくれたなら」
「別に隠してることなんか」
「嘘です」
誤魔化そうとする綱吉の言葉をピシャリとユニは否定する。
そしてついさっきまで行われていた戦闘で賭けられていたものを、沢田綱吉が書いたノートを拾い、ページを開いて目を通そうとする。
「ちょっ、それ見ちゃダメ!!」
瞬間、綱吉が目を見開いて止めに入った。
オーバーフローモードとかいう自爆技や戦いのダメージのせいか、それとも包丁を突き付けられているせいかは分からないがあまり身動きは取れていないが。
「どうしてですか?」
「いや、それは…………あの、そう! それは俺の黒歴史なんだよ!」
「黒歴史?」
「日本の十四歳特有の中二病っていう病気でね、その…………自分の事を特別な人間だと思ったり、自分が格好良いと思った設定を書き連ねたりするんだよ」
「成る程、このノートに書かれているのはあくまでその黒歴史だと?」
「そんなんだよ。だから、その、見られると羞恥心が凄いからさ。今すぐ返してくれると嬉しいんだけど」
「嘘」
綱吉の必死の言い訳をユニは一蹴し、ノートを捲って中身に目を通す。
書かれている内容は日本語で、それも汚い文字ばかりだった。日本語が分かるユニでも読むことが不可能な程に汚かった。
恐らくわざと汚く書いているのだろう。
中には髑髏やら変な絵が書かれているのもあったが、途中で諦めたのか少ししか書いていない。
そして、何故かイタリア語で書かれているところもあった。
ユニは日本語の個所を読むことは出来ない、だがイタリア語の所だけは読むことが出来た。
『リングと出力の関係性』
『人体で死ぬ気の炎を灯せることが出来る人間でもリングを使うと出力や純度が上がるのは何故か?』
『仮説:リングとは補助輪でもあると同時に強化装置、及びフィルターでもある。人間の生命エネルギーをリングという名のフィルターを通すことで余計な物を取り除き、炎そのものの純度を上げる事が出来るからだと考えられる』
『ただしそれにも限界があり、人体の出力の方が上回るとリングが壊れるのだと考えられる。到達点に至った者が武器を使う事が出来ない理由と同様である』
『仮にその出力に耐えられる武器やリングがあるならば到達点に至っても道具が使用可能となる。到達点に至った者の肉体と武器を融合させたものか、人体から作り出した武器ならば破損する事は無いと考えられる』
『零地点突破、0からマイナスの状態に移行する奥義。ならば同様に到達点にも到達点突破という境地がある筈である』
『いずれにせよ今の自分では使えない為、到達点に至ったら検証する事とする』
『炎の特性』
『死ぬ気の炎は大空と大地の対の七属性、そして新しい夜の属性が存在する』
『大空の調和、霧の構築、嵐の分解、雨の鎮静、雲の増殖、晴の活性、雷の硬化』
『人間には複数の波動を持っている者も居るが、それを使えるレベルで持っている者はあまりいない』
『自分も大空七属性は一応持っているが、大空以外の波動は微弱すぎて使う事が殆ど出来ない』
『大空の調和は相手を石化したり、他の特性を無効化出来る』
『だがそれ以外にも失った肉体の部位を補ったり、体内の毒を無毒なものに変える事も可能』
『ただし肉体の損傷を直す際に肉体に負担がかかり、寿命を削るというデメリットがある』
『最も全集中の呼吸で痣が出ている為、寿命に関しては気にしないものとする』
『どうせ二十五歳以内に死ぬ命なのだから』
『トゥリニセッテ』
『計二十一個の特殊なリングとおしゃぶり、現在の世界を作り上げた世界創造の礎にして世界の生命を補正する装置』
『リングの中では最高峰であり、同時に大空の適応者に特殊な力を齎す』
『ただしその代償として適応者に何らかの代償を背負わせる。また、死ぬ気の炎の一部を維持に取られる』
『アルコバレーノのおしゃぶりはその最たるもので所有者を呪い、その死ぬ気の炎を奪い取る』
『ただし三種の中では唯一死者の蘇生や世界の改変等といった特殊な能力を使う事が出来る』
『そして他のと違って夜のおしゃぶりも存在する』
『アルコバレーノの寿命は他者からの炎の供給で死は回避可能、大空の短命を回避可能だろうか?』
『マーレリングは並行世界の自分と同期する能力がある』
『ただし能力を使い過ぎれば負担が大きくなっていく等、デメリットも強い』
『並行世界の物を持ってはこれない≠10年バズーカの存在からその仮説は否定される』
『同期している自分自身を持ってこれないという事なのだろうか?』
『ボンゴレリングは最も謎なリングである』
『継承を重きにおいているリングなのは分かるし、だからこそ死ぬ気の炎や超直感が引き継がれるのも理解できる』
『だが、それにしては他のリングに比べてデメリットや力が弱い気がする』
『分割できる構造にしたのが原因か、それとも自分が知らないだけで何かしらのデメリットがあるとしたら』
『マーレリングが無限に広がる並行世界を司るように、ボンゴレリングが縦、上から下の一方通行だけでなく下から上も司るのであるならば』
『ボンゴレリングの継承が前世や先任の記憶も継承するのだとしたら』
『そうすれば俺がこうしてここに居る事のある程度の説明がつく』
『ここまで書き連ねてみたが流石にそれは無い、所詮ボンゴレリングは継承をしていく悪霊憑きのリングである』
「…………これは」
書かれている内容を見てユニは言葉を失う。
それは自分が知らない知識だった。それは自分が知っている知識でもあった。
中には一笑に付す考察のようなものもあった。考察にすらなっていないようなものもあった。
確かに彼が言うように誰かに見られたら恥ずかしいものに見えるかもしれない。
だがこれは知っている人間であるならばそれは恥ずかしいものなんかじゃなかった。
そして、最後のページに書かれているイタリア語の文字を見た。
『最後に、家出計画のおさらいを記す』
『リボーンが家に襲来するよりも前に日本から脱出する』
『その後は世界全体を旅行しつつ、今の自分に足りないものを見つけに行く』
『正直上手くいくかは分からないが超直感に従えば何とかなる、何とかしてみせる』
『タイムリミットは最大でも死ぬ前までの五年まで。五年以内までに黄金長方形の無限回転を完成、もしくは復讐者を襲撃して夜の炎を奪い取る』
『そしてアルコバレーノのおしゃぶり、マーレリング、ボンゴレリングを無人化させる』
『そうすれば皆がマフィアとかに関わらない、平穏な生活を送れる筈なのだから』
『まぁ、それはそれとして家出旅行はちょっと楽しみだ。何も気にせず楽しみたい』
『問題はいつ凪と別れて単独行動をするかだが、それはその時考えよう』
「…………ああ、成程」
ユニはこのノートを見て全てを理解する。
「沢田さん、貴方は全てを知った上でその選択を選んだんですね」
思わず両の瞳から涙が溢れる。
そして理解する。あの時見た未来に映っていた自分が何で泣いていたのかを。
「死ぬのが怖くないんですか?」
未来で視た沢田綱吉が死んでいたのを、ユニはこの時理解した。
+++
―――――特別だからって世界を救う義務は存在しない。
例えば未来を知っていて一国を亡ぼすような災害が来ると言う事を分かっていたとしよう。
どうやってそれを伝えると言うのだろうか、そしてどうやって救うと言うのだろうか?
結論を語ると絶対に不可能だ。どれだけ声高々に叫んでもそれを誰が信じると言うのだ。
仮にそれを信じてくれたとして、全ての人間を救う方法なんてどうやって考えれば良いのだろうか。
と、まぁ長々と語ったわけだが自分が言いたい事はただ一つ。
「主人公に憑依したからって原作通りにやらなくて良いよね。てか逃げる」
これ一つに尽きるのである。
何が悲しくて自分の大切な人が傷つかなくちゃいけないのだろうか。
何が辛くて世界が滅ぼされかけるのを黙ってみていなくちゃいけないのだろうか。
「そもそもとして知っているのなら回避するのが人間だ」
だからこうして自分が家出計画を考えているのも当然のことだ。
そう自分に言い聞かせながら計画を立てていく。
全てが完璧に上手くいくとは思っていない、そこまで自分には運が無いからだ。
重要なのは無人化と皆の平穏な生活だ。そこに自分が居れたら文句は無しだ、居なくても文句は無いが。
出来れば皆に囲まれて、病院のベッドの上で死にたい。
そうして衰弱して死ねば復讐に走ったりすることも無いだろうから。
「そして、ボンゴレの血統も俺の代で終わらせよう」
そうすれば全てが完璧、完全に終わる筈だ。
こんな呪いを次の代に引き継がせないで静かに幕を閉じる。
尤も、組織としてのボンゴレは残ってしまうだろうが、皆がマフィアに関わる理由だって無くなる。
「さて、そろそろ寝るとするかな」
そう言って俺はノートを隠し、ベッドに眠りについた。
――――これは家出計画を実行する五年前の出来事の話である。
※補足
当初の主人公の予定ではこんな感じでした。
1.リボーンが家に来る前に家出する。
2.その後は世界中を旅行しつつ修行したり、黄金長方形の完成か夜の炎の奪取、あるいはその両方を行う。
3.凪と別れた後、 7³(トゥリニセッテ)を無人化させる。チェッカーフェイスとの接触は出会えれば良しとする。
4. 7³を見つからない場所に隠した後、最後は衰弱死して全てを終わらせる。この時、並盛に帰るかどうかはその時までに死んでいるかどうかである。
はい、主人公は最初から死ぬ気でした。
だからあんな自滅技を連発していたわけです。
さて、もしこの主人公の考えている事を知ったら凪を含めた仲間たちはどう思いますかね(愉悦
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労働生活その17
次で一旦終わらせて、留学生活編が始まる予定です。
もうしばらくお付き合いください。
「別に死ぬのが怖くないってわけじゃないんだよ」
氷の中に閉じ込めたお兄さんを近くの木に降ろして、両目から涙を流すユニにそう言った。
好き好んで死にたいわけではない。それ以外に方法が無いから死ぬことを選んだだけで、もしあったならばきっとその方法を選んでいた事だろう。
だけど――――。
「でも、うん。俺はそういった感覚が薄いんだろうね。いざその時が来たら多分、普通に受け入れると思う」
人はいつか死ぬ――――形あるものは必ずいつか滅びる運命。
どれだけ強大な力を持つ命であったとしてもその時限りのものでしかない。
そして、自分は転生者だ。自分の前世というやつは殆ど思い出せないが、どんな形であれ既に死を経験している。
だからなのか死に対する忌避感が自分でも分かる程に薄い。
それこそ、俺の目的が全て達成されれば何の後悔も無いくらい――――死ぬ気でいる理由が無くなるくらいに。
「その時が来るまで死ぬつもりはないんだけど」
そう呟いた後、ユニの顔に視線を向ける。
彼女が考えている事、そして彼女が見たものを超直感が教えてくれた。
「そう上手くはいかないってことかな」
自分の死、自分に訪れる最後の結末。それは自分の望み通りにはいかないらしい。
と、いうかどうして未来の俺は復讐者やチェッカーフェイスと戦っているんだろうか。
勝っているから良いものの――――いや、良くない、全然良くない。
ユニの見た未来は結果しかないから勝利に至るまでの過程が全くと言っても良い程分からない。
俺が死ぬまでの間に目的を達成出来たかどうかすらも分からない。
「…………まぁ、何とかするしかないかな」
この未来が訪れるのは確定しているとしても、過程までは決まっていない。
ならばそれまでに俺の目的を全て達成させるしかない。
本当ならもうちょっとゆっくり世界を旅しながら余裕をもって完成させたかったが仕方が無い。
多めに見ても1年以内に死ぬのだからそれよりも早く完成させなくちゃいけない。
運命を乗り越える事が出来るのであるならば話は別だし、一応手がないわけではないのだがそれを実践するのは本番一回っきりしかない。
心の中で一人頭を悩ませているとユニが俺の服の袖を引っ張った。
「沢田さんは、どうしてそこまで頑張れるんですか?」
「どうして、か…………」
――――きみが命を賭けたのと似たような理由だよ。
そう口に出してしまいそうになるのを必死に我慢して口を噤む。
ありえたかもしれないIFの未来で彼女がした行動を今の彼女が知る由も無い。
とはいえ、このままいったら目の前のユニも同じ事をしそうだけれど。
「俺はさ。他の人より恵まれて産まれて来たんだ」
問題はあるけれど平和な日本で生を受け、更には前世の記憶付きだ。
友達にも恵まれて毎日毎日平穏な生活を送る事が出来る。
そのことに関して文句は無い。マフィアのボスになる事に関しては文句はあるが。
とはいえ、少なくとも産まれた時から病魔に蝕まれていたり、妹一人残して家族全員が殺されたりするよりは確実に恵まれてると言えるだろう。
本当にマフィアのボス候補ということと白いのさえ居なければどれだけ良かっただろうか。
「能力だけじゃない。記憶も、知識も…………自分のじゃない記憶があったりだとか、色々困惑する事もあったけど」
「…………ボンゴレリングは縦の時間軸、だからじゃないでしょうか? 沢田さんはボンゴレリングの真の後継者で、選ばれた適応者ですし」
「そうなのかな――――いや、多分そうなんだろうね」
ユニが言うなら間違いはないだろう。
と、いうかやっぱり自分はリングに選ばれていたわけか。
もしかしなくても俺のこの前世の記憶とかもボンゴレリングの仕業ということになるのだろうか?
そう自分に問い掛けると超直感が「YES」と告げた。
本当に笑いたくなる。俺がここまで苦労したのは全てあの悪霊憑きリングの仕業だったということか。
もっと早くそれを知りたかった。尤も、ユニと出会ってある程度確信を得てからだから、昔の俺ではどう頑張ってもこの解答を導き出すことは出来なかっただろうが。
「まぁ、その悪霊憑きリングのせいで色々と特別になったんだよ。だから頑張るしかなかったんだよ」
「…………特別なんて、そんな事は」
「特別で無いとは言わせない。どれだけ言葉を並べようとも、普通というには余計なものが多過ぎる。傑物というには普通過ぎるとは思うけどね」
俺だって人並みの欲はある。
美味しいご飯が食べたい、美しい景色を見たい、マフィアのボスになりたくない、時間なんか進まなければ良い。
崇高な目的なんか欠片も無いし、そんなものの為に命を賭ける事なんか絶対に出来ない。高潔な精神を持っているユニとは違って、未来の為だとか世界の為だとかの為に命を捨てる真似なんて不可能だ。
「だからこそ、俺は居ちゃいけないんだ。俺が居るから皆が酷い目にあう。泣きたくなるような辛い目にあう」
俺一人なら別にどうでも良かった。
だけどそういうわけじゃない。俺という存在は台風の目のようなもので、その周囲を問答無用に巻き込む。
「とはいえ、やるべき事をせずにそのまま放棄するというのは無責任だ」
「だからやるべき事を全てやり終えて死ぬと?」
「その通りだよ」
そうすれば皆が争いに巻き込まれず、悲劇を知らず、平穏な世界で生きていける筈だ。
例えそこに俺が居なかったとしてもそれで良い。皆が平凡で愛おしい日々を過ごす事が出来るなら、そのついでに世界だって救える。命だって賭けられる。
特別な人間が世界を救ったり滅ぼしたりとか、世界の命運をかけるのは神話や御伽噺の世界の話。時は既に流れて人の世はそんなものを必要とせずにくるくると廻る。
だからこそこれは当然の帰結。
世界に危機が訪れようとしているのなら先に対処して、問題が起きたのならそれを対処する。
そして現行のシステムよりも良いものがあるのならそっちを採用する。
より良い
「俺は皆の平和な世界を見ているだけで十分だよ」
色々と長々と余計なことを並べたが、結局この一言に尽きるだろう。
+++
「俺は皆の平和な世界を見ているだけで十分だよ」
満面の笑みを浮かべてそう言い切った綱吉。
ユニはそんな彼の姿を見て、驚愕に目を見開き口を噤んだ。
今すぐにでも何かを言いたかった。何かを言おうとした。だけど口が開く事は無く、彼の意志に対し何も言う事は出来なかった。
揺ぎ無き決意、絶対の意志とでも言えば良いのだろうか。
――――自分が持つ力は簡単に変えられる未来を視る力と絶対に変えられない未来を視る力の二つがある。
そして何故彼の未来が変えられないのか。
当然だ。彼は自分の末路を受け入れた上で変えるつもりが無く、むしろ最短距離で駆け抜けていく。例え自らの辿り着く先にあるものが約束された悲劇だったとしても、彼は笑ってその道を突っ走る。
夢とすら言えない、強欲とすら言えないちっぽけなものを、心の底から渇望する宝石を自分以外の誰かに与える為に。
「…………沢田、さん」
ようやく絞り出せた言葉は酷く力が無いものだった。
これは止める事が出来ない――――否、止められない。
今の自分に彼を止めさせるだけの言葉を紡ぎだす事が出来ない。
だけど、何かを言わずにはいられなかった。
「もし、全てが終わって、それで死ななかった時はどうするつもりですか?」
「そうならないようにしっかり死ぬつもりなんだけど、まぁ…………死ななかった時も皆の前から消えるかな。色々と申し訳ないし…………」
「なら! ならその時は、私達の所に来ませんか!?」
口から出た言葉はあまりよく考えずに咄嗟に出たものだった。
「居場所が無くなっても沢田さんの――――
叫ぶようにして言い放った言葉に綱吉は呆気に取られる。
が、すぐに笑みを浮かべた。
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」
思いは届かなかった。
分かっていないわけではないのだろう。理解していないわけではないのだろう。
彼は分かった上で、全てを理解した上で拒否した。
嘘を付かなかったのは正直でいたかったからなのだろうか。
どちらにしろ、今の自分では彼を変える事は出来ない。
「私は、絶対に諦めませんから」
だからこそ、これは宣戦布告。
優しかった少女が初めて抱いた戦う意思だった。
綱吉はそんなユニを見て困ったように頬を掻きながら笑う。
「っと、話してて忘れかけたけどそのノート返してくれないかな」
「はい。分かりました――――けど、これはどうするんですか」
「しっかりと焼却処分するよ。今となっては不要なものだし」
そう言いながら綱吉はユニからノートを受け取ろうとする。
その瞬間だった――――一羽の鴉が突如として現れ、そのノートを奪い取ったのは。
そして、その鴉の右眼は赤く六という文字が刻まれていた。
+++
――――反吐が出そうだった。
ボンゴレファミリー10代目候補の幼稚で愚かな妄言を聞いているのも。
ジッリョネロファミリーのボスの娘にして大空のアルコバレーノ、ユニの説得も。
聞いていて虫唾が走るしその笑顔を踏みにじりたかった。
だが今の自分では絶対に勝てない。笹川了平を相手に油断してダメージこそ食らっていたものの、結局終始有利だったのは綱吉の方だった。
実際に戦いをこの瞳を通して見たから分かる。
もし、今戦う事になったら一蹴される。
鴉の肉体に憑依し、観戦していた者――――六道骸は飛翔する。
今の自分達に必要な物は実力を上げる為の時間と手段、方法だった。
そして、その為の方法が記されているものがそこにあった。
だからこそ骸はその選択を選んだ。自分達の事を気付かれてでも、それが必要だったのだから。
黒歴史、世界を巡る!
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労働生活その最後
おかげで新しいのを買いに行く羽目になりましたorz
さて、愚痴はここまでにして労働生活最終話をどうぞ。
ユニから手渡される筈だった俺の黒歴史ノート。
それは一匹の鴉によって持ち去られて遠ざかっていく。
何が起こったのか一瞬理解出来なかった。と、いうか反応をすることすら出来なかった。
唐突に起きたという事もあるが、鴉が何故自分の黒歴史ノートを取ったのかという疑問が湧いたからだ。
そして、鴉の右眼が赤く漢数字の六という文字が刻まれているのを視界に捉えて、その鴉の中身が人間であるということを理解した。
「ユニ! ごめん、ちょっとそこに居て!!」
「沢田さん!!?」
ユニをその場に置いて持ち去った鴉を、六道骸を追いかけようとする。
だがグローブが無い今の俺が空を自由自在に飛び回る鴉を捕まえる事は出来ず、段々と距離が離されていく。
いくら身体能力が上回っていても、小回りがきく相手にはきついものがある。
せめてグローブがあれば追いついて捕らえる事が出来るのだけれど。
そう考えていると鴉が下に降りて森の中に入った。
不味い、このままだと見失う。
あの黒歴史ノートは6割は考察やら妄想だけど、残りの4割は知られたら不味い情報も載っている。
死ぬ気の炎やリングがそうなのだけれど、
未だ銃器といった武器や個人の異能が横行している裏社会に死ぬ気の炎なんてものが流行ったら目も当てられない事になる。それに加えて匣の情報が科学者の手に渡って、もしも匣が作り出されたりしたら面倒だ。
この時代でも死ぬ気の炎は分かる奴は既に理解しているから広まるのが遅いか早いかくらいの違いでしかないが。
「くそっ、本当ならあまり使いたくないんだけど…………」
状況が状況だから仕方が無い。
そのノートはこの時代にはあまりにも早過ぎるし、知ってはいけない事も書いてある。
それに加えて俺の妄想や恥ずかしい考察も入ってるからここで破棄する――――!!
「はぁっ!!」
空を飛んで逃げる鴉in骸に向かって炎弾を放つ。
鴉は自身に迫り来るその炎を軽やかに避ける。
その際に鴉in骸は此方に振り返り「カァ」と鳴いた。超直感が告げた、間違いなく煽っていると。
「悪いけど、もう終わってる」
放った炎弾が空中に静止し、その場で大きく薄く拡がった。
薄い炎の巨大なドームに飲み込まれた鴉in骸はすぐに訝しむが既に遅い。
この技には防御、射程は意味無い。
大空の炎の特性『調和』を使ったグローブを装備した時の事も含めて今の俺が使う事が出来る中で奥の手を除いて尤も強い攻撃。
「調和斬り」
刀身に大空の炎を纏わせた刀を一閃する。
その瞬間、ドーム内に居た全てが両断された。
木々は勿論、岩や虫、小動物を含めたその全てがだ。
「ガァッ!!?」
身体を両断されて鴉は地面に墜落する。同時に奪い取っていった黒歴史ノートも切り裂かれて散らばる。
これで一先ずは大丈夫だろう。後は残ったノートを全て燃やして焼却処分しなければ。
そう考えながら近づこうとした瞬間、空から現れた鷹が何枚かのページを掴んで飛び去った。
「…………くそっ、まだ居たのか」
いや、居てもおかしくはない。
六道骸は契約と称して相手の身体に強制的に憑依し、その身体を操る事が出来る。
しかも憑依する事が出来る対象は一人だけではなく複数だ。どれだけ操れるのかは分からないけど、本当に性質が悪い。
「ノートは…………くそっ」
本当に知られたら不味い事は何とか確保する事が出来たけど、死ぬ気の炎やそれに関連するものが記されたページが盗まれた。
ついでに俺の奥の手に関するページもだ。
まぁそのページに関しては妄想だと思われるだろうから大丈夫だとしても、問題は死ぬ気の炎だ。
鬼に金棒というか、渡しちゃいけない奴の手に渡ってしまった。
六道骸は死ぬ気の炎を使わない状態かつ、制限を受けていてもアルコバレーノであるバイパーを幻覚で倒す程の実力者だ。
そんな奴の手に自分を強化する術が渡ったのだ。
どんなことになるかなんて言葉にしなくても理解できる。
「はぁ…………最悪だ…………」
+++
「――――それで、不貞腐れた顔をして料理を作ってるんですか?」
「…………そんな感じだよ」
此方の顔を覗き込んでくるユニに返事をしながら鮪を捌いていく。
ああもう、本当に最悪だよ。こうなったら食べて食べて食べまくって少しでもこのストレスを解消してやる。
そう思いながら切り分けた鮪の身を酢飯の上に乗せて寿司を作る。
「沢田さん。それはお寿司ですか?」
「そうだよ。鮪以外にも鮭とか海老とか蟹とか、沢山のネタがあるからユニも好きなもの食べて良いから」
「良いんですか?」
「俺一人で食べるつもりで作ってるわけじゃないからね。皆も食べて良いから」
茹で上がった蟹の殻を剥いて中身を穿り出す。
「…………少しだけ味見をしても」
「大丈夫だよ。沢山あるしむしろ歓迎するよ」
山本のお父さんに教えて貰ったから不味いことは無いとは思うが、寿司は一流の料理人でも握るのがかなり難しい。
正直な話、自分一人で食べるなら問題はないのだけれど、他人に食べさせるとなると少し自信が無い。
「では、少しだけ頂きます」
ユニは一言そう呟くと、近くにあった鮪の寿司に手を伸ばす。
そして手に取った鮪の寿司に醤油を少しだけつけて口に運んだ。
「美味しいですよ」
「そう、良かった」
どうやら自分が作った寿司は人に出せるものであるらしい。
本職の人間が作ったものと比べれば間違いなく劣るものなのかもしれないが、少なくともユニには喜んでもらえたらしい。
その事実に内心喜んでいるとユニは俺の服の裾を掴んで引っ張った。
「沢田さんは、これからどうするつもりですか?」
「…………」
ユニのその問い掛けに俺は答える事が出来なかった。
本音を言えば今すぐにも六道骸を追いかけたい。しかし、骸を追いかけようにもその居場所が分からないし、俺にはやることがある。
その上、絶対に避けられない運命というやつが迫っている。
まぁ、骸の目的は俺の身体なのだろうから、いずれ向こうからやってくる。
だからこそ、このジッリョネロファミリーには居られない。
「ここを去って何処か遠いところにいったい!?」
行くよ、そう言おうとした瞬間、俺の足がユニによって踏まれた。
「ゆ、ユニ?」
「沢田さん。本当に怒りますよ」
ぐりぐりと俺の足を踏み躙りながらユニは怒っていた。
「…………いえ、決めた。決めました。沢田さんは今日からジッリョネロファミリーの一員です」
「え、ちょっ!」
「拒否権は認めません! 認めたらまたやらかします。だからこれからはずっと私と一緒にいて下さい!!」
俺の右腕を抱き締めてそう言い放つユニに困惑する。
そして遠くに居たアリアさんが微笑ましいものを見るような目で此方を見ていた。
出来れば見てないで止めて欲しい。そんな思いを込めてアリアさんに視線を投げかけると、何かを察したのかアリアさんは二回ぐらい軽く頷いた後、去っていった。
いや、止めて下さいよ。
+++
誰にも知られていない戦いは六道骸の一人勝ちとなり、綱吉が記した
これによって様々な問題が発生し、裏社会が混乱することとなるがそれをこの時の貝の大空はまだ知る由も無かったのである。
大地の血統、霊使い、雪、因縁、復讐者、亡霊、虹、死刑囚、暗殺集団。
様々な思惑が渦巻き、かつての友は切っ尖を貝の大空に向ける。
かくして第一幕、第二幕と続いた物語はこれにてお終い。物語は第三幕へと移ることになる――――。
「お母さん。寝ちゃったよ」
「あら…………」
横に座っていた息子の言葉に母親である女性は語るのを止める。
そして息子の隣に座り、寝息をたてて眠りについている娘の姿を見て微笑んだ。
「こんなところで寝たら風邪をひいちゃうわよ」
困ったように言いながらも母親は少女を背負って立ち上がる。
背中から感じる重さは依然背負った時よりも重く感じた。
子どもの成長はあっと言う間だ。自分が子どもだった時も、母はこんなことを考えていたのだろうか。
「お母さん。僕がおんぶする?」
「大丈夫。ありがとうね」
息子からの言葉に母親は満面の笑みを浮かべた。
自身に似た蒼い瞳に若干外側に跳ねているような黒いくせ毛をした息子。
父親に似た琥珀色の髪に橙色の瞳を持つ娘。
その二人を連れて母親は歩き始める。
「ねぇお母さん」
「何かしら?」
「さっきの話の続き。どんな風になるの? 皆が幸せになるの?」
子ども特有の純粋な疑問、それに母親は困った顔をする。
「うーん…………残念だけど、皆が皆幸せになれたわけじゃないの」
「…………そうなんだ」
精いっぱい頑張った人が居た、誰かの為に頑張った人が居た、皆の幸せの為に自分の幸せをかなぐり捨ててしまった人がいた。
復讐の為に生きた人も、現在の為に誰かを犠牲にした人も、欲望の為に生きた人も居た。
その全てが幸せになれたわけじゃないし、むしろ不幸になった人の方が多いかもしれない。
自らの存在全てを賭しても欲しかったものが手に入れられず、逆に結果的に自らの望みが叶った人間もいた。
でも、それでも――――。
「よくお聞き。確かに皆が幸せになれたわけじゃない。だけど、これは悲しい物語じゃないのよ」
起承転結の「承」が終わりました。
本来なら三部で終わりだったんですけど、書いている内に長くなってしまい四部にしました。
なので第三部から色々と酷い事になります。
そして事前にネタバレしておきます。
この物語はハッピーエンドでは終わりません。
ただバッドエンドになるわけでもございません。ただ主人公にとってはハッピーエンドではないです。
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幕間:パイナッポー一味と愉快なマッドサイエンティスト
なお、まだ三部は始まらない模様。
ピッピッと等速になる機械音が鳴る部屋に緑色のおしゃぶりを付けた赤ん坊が居た。
彼の名前はヴェルデ。ダ・ヴィンチの再来とも称された天才科学者であり、雷のアルコバレーノの一人でもある。
――――そして自身の協力者でもある。
南国果実頭のオッドアイの少年、六道骸は笑みを浮かべながらも不快気に、何枚かのページの切れ端を差し出す。
「ヴェルデ博士。これが、沢田綱吉のノートですよ」
「ほぅ。感謝するよ骸君」
骸から手渡された紙を受け取り、白衣を身に纏った緑のおしゃぶりを付けた赤ん坊、ヴェルデが感謝の意を示す。
尤も、感謝とは言っても口だけで心は込められてはいなかったが。
それでもこの手の人間が曲がりなりにも謝意を示した事には変わりない。
「素直に受け取っておきますよ。それで、お気に召す情報はありましたか?」
「ああ。正直な話、まさか素人がここまで調べ上げているとは思っていなかったよ」
一通りノートに目を通したヴェルデはそう呟く。
その表情は少しながら興奮しているようにも見える。いや、実際に興奮していた。
「死ぬ気の炎の属性と特徴、そしてリングの炎の灯し方。いやはや…………流石はボンゴレ10代目と言うべきか」
「それで、約束の物は作ってくれるんでしょうか?」
「嗚呼、当然作るとも。此方の出した要求を飲み、それに加えて沢田綱吉のノートを持って来たんだ。私は取引を守る人間だとも。ただ、完成には時間がかかる」
「構いませんよ。急かして中途半端なものを渡されるよりは、どれだけ時間がかかっても完成品を渡される方が遥かにマシですからね。クフフ…………」
ヴェルデの言葉に骸は笑みを浮かべる。
互いに互いを牽制し合い、腹の奥底を探ろうとする。
本当に不愉快な
出来る事ならば脳みそだけあれば良いものを。
「しかし、中々面白い仮説だな」
内心ヴェルデに対してそう思っていると、沢田綱吉のノートを見て呟く。
「何か面白い物でもあったんですか?」
「ああ。素人が考えた幼稚なものも多いが、案外的を得ているものもあると思ってな。いやはや、意外とバカには出来ないものだな。ただやはり妄想もあるがな。大空の特性を利用し、空想と現実の境界を無くし、精神世界と現実世界を入れ替える、なんて事が書かれていたりな」
感心している素振りを見せるヴェルデの姿に骸は首を傾げる。
「ほぅ、あのヴェルデ博士がそこまで言うとは…………少し見せてもらっても?」
「ああ。構わないさ。私はこれから研究の続きに入らせてもらおう。なぁに、三ヶ月以内にはきみの望む物は完成するさ」
そう言って去っていくヴェルデの後ろ姿を尻目に、骸はヴェルデが目を通し終わったノートを手に取る。
ノートに書かれている内容は死ぬ気の炎についての特徴や、彼個人の考察等だ。
「リングが死ぬ気の炎を灯すには流れる波動と属性が一致すること、そして覚悟や怒りといった強く偽りの無い感情が必要、というわけですか」
自分が今一番知りたかった情報に目を通し、骸は自らの右手中指に視線を向ける。
そこにはめているのは藍色の宝石が着いた禍々しい形状の霧属性のリング。
マフィア界に存在するとされている6つの呪われたリングの内の一つ、
「――――はぁ!」
骸は覚悟を、決して燃え尽きる事の無い憎悪を燃え上がらせる。
その瞬間、着けていたヘルリングから濃く、禍々しい藍色の死ぬ気の炎が溢れた。
「成程、これは中々良いですね」
現在、マフィア界でリングに炎を灯せる者は決して多くない。
だがそれは死ぬ気の炎を灯す事が出来る者が少ないという意味ではない。単純に言葉通りの意味で死ぬ気の炎を灯す方法を知らないだけなのだ。
だが沢田綱吉はそれを突き止める事に成功し、友人達にその方法を伝授した。
「…………本当、化け物ですねぇ」
骸は忌々しそうに吐き捨てる。
――――沢田綱吉、あれは人間の姿をした化け物だ。
あのアルコバレーノ四人を相手に勝利した時点でまともな人間とは思っていなかったが、笹川了平との戦いを見ればそれはよく理解できる。死ぬ気の炎を使った戦い方は勿論、超人としか思えない身体能力。そしてそれと対峙する笹川了平の実力。
今の自分では逆立ちしたって勝つことが出来ない、そう思うしかない戦闘力だった。
「ですが、沢田綱吉はまだ力を隠している」
決して全力ではなかったわけではないのだろう。
だが、力の全てを出し切ったというわけでもないのだろう。
アルコバレーノとの戦いは話でしか聞いていないし、直接この瞳を通して見たわけではない。
そして笹川了平との戦いでは相手を傷付けないよう手加減して戦っていた。もし、手加減しなければ、殺す気でやっていればすぐに勝敗はついただろう。
「クフフ…………本当に憑依するのに苦労する相手だ」
だが付け入る隙が無いわけではない。
マフィアのボスにしてはかなり甘く、決して殺しはしていない。
今は憑依するのは不可能なのは事実だ。だが、それならば力を付ければ良いだけのこと。
死ぬ気の炎の使い方を理解し、戦い方を理解し、自らの糧にする。
それでも足りないというのなら武器を使えば良い。
「骸様」
ヘルリングに炎を灯し、一人思案している骸の下にニット帽を被った少年が姿を表す。
「どうしましたか千種」
「…………あのアルコバレーノ。信頼に値するとは思いません」
ニット帽を被った少年、千種の言を聞いて骸は「ほぅ」と喉を鳴らす。
自分達、正確には六道骸と柿本千種、そしてここには居ない城島犬元々はエストラーネオファミリーの実験体だった。
その経験があるからか、マフィアに対しては今も反吐が出る程に嫌いだし、科学者という人種は更に嫌悪感がある。
「ええ、僕もヴェルデ博士に信頼はしていません」
「ならば何故、あんな奴の言う事を」
「信頼は出来なくても信用することは出来る、ということですよ」
ヴェルデは確かにろくでなしのマッドサイエンティストだ。
しかし、取引に背くような人間では無い。
「あの手の人間には興味を引くようなものを提示していれば良い。だから貴方が気にする必要はありませんよ」
「…………分かりました。骸さまが言うのなら」
「クフフ。利用出来るのであるならば利用するまでのこと」
そう言って骸は千種から離れる。
「三ヶ月後に沢田綱吉の身体を奪いに行きます」
それまでは、あのアルコバレーノの下で力を付けた方が良いだろう。
例え、相手の事がどれだけ不快であったとしても。
+++
炎で出来た花弁を、氷で出来た花弁を有する花々が咲き乱れる草原。
その上に立つ氷の城の中にある玉座にて、オレの意識は覚醒した。
「…………夢の中、か」
玉座に背中を預けて溜め息を漏らす。
この世界は夢の中だ。炎や氷で出来た花弁等現実には存在しないし、そもそもオレはジッリョネロファミリーの本部にある一室で眠りについた筈だ。
だからこれは夢だ。尤も、ただの夢というわけではないが。
「あーもう、久々に見たな…………」
出来ることなら二度と見たくない類の夢だ。
悪夢というわけではないが、吉夢というわけでもない。
ただ正夢にはなるかもしれないというだけだが。
「出来る事なら二度と見たくなかったなぁ」
この夢の世界はオレの技の一つ、より正確には技を手に入れた際に知覚してしまったモノだ。
はっきり言おう。この力はオレが持っている中で最強の力だ。
これを使えばバミューダはおろか、あのチェッカーフェイスでさえ倒す事が出来るだろう。
だがこれを使えば最後、取り返しがつかない事態を引き起こす事になる。
興味本位で完成させるべき技じゃなかった。少なくともその場のノリで作って良い技じゃなかった。
もし昔に戻る事が出来るならば、オレはきっと当時の自分を殴り倒している事だろう。
「でも、あと少しでこんな悩みからもおさらばだ」
玉座から立ち上がり、両手を広げる。
「紆余曲折はあったけど後もう少しでオレの家出旅行の目的も完了する」
思い返してみればここに至るまで色々あった。
リボーンから逃げる為に凪を連れてアメリカに行き、そこで獄寺君と出会った。
マフィアランドで心を癒して、そこでリボーン達と戦った。
皆に捕まって、一人で脱獄した。
漂流して大怪我をして、ユニに出会った。
――――本当に運命ってのは面白く、不愉快だ。
当初の目的ではもっとゆっくり旅をして、凪に言い訳をして一人で旅をして、そして最後にイタリアに赴く筈だったのに。
だけど、この逃走劇もそろそろ終幕の時だ。
物語はいつか必ず終わりを迎える。それは当然の事で、無くてはならないものなのだから。
「大丈夫…………ちゃんと死ねる。まだ死ねないけど」
自分が居るから不幸になる。自分が居るから悲劇が産まれる。自分が居るから惨劇が発生する。
例えそれが自分の手の届かない範囲で起こったものだとしても、結局は自分が遠因となって発生しているのだ。
オレは、それが耐えられない。
だから少しでも世界を良くして、皆が幸せな生活を送れるように頑張らなくちゃいけないんだ。
「早く死ぬのはダメだし、死ぬのが遅過ぎたら今度は死ぬことすら出来なくなる。本当に大変だなぁ…………」
そう言った後、オレはこの城を後にし、夢から目覚める事にした。
固有結界、領域展開、創造。
流出――――あるいは覇道太極。
全く関係ないですけど羅列しました。
ええ、全く関係ないですとも。
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第三部
学園生活その1
次回から色々キャラが増えていきます。
ボンゴレの奥義――――零地点突破。
死ぬ気の極致である到達点とは真逆の位置に存在する極致。
この極致に至る事で会得できる技は個人によって違い、オレの場合は中和とそれを発展させた炎の吸収だった。だがボンゴレファミリーが真の意味で奥義と定めているのは、死ぬ気の炎と同じ生体エネルギーでありながら真逆の性質を有する氷、初代が編み出した
零地点突破で生み出される氷は死ぬ気の炎以外では溶かす事が出来ず、決して消える事は無い。
そう、消える事なくこの世に残り続けるのだ。
対である死ぬ気の炎は垂れ流しにしていれば消え去るというのにも関わらずにだ。
形を持たない炎に対し、氷は固体だから当然なのかもしれない。
だが死ぬ気の炎は生体エネルギー。対である零地点突破の氷もマイナスエネルギーであるとはいえ生体エネルギーだ。
――――同じ生体エネルギーならば、死ぬ気の炎も零地点突破の氷のように固体化させる事も出来るのではないだろうか?
「そう考えて作り出したのが死ぬ気の炎の結晶だよ」
この技にあえて名を付けるとしたら死ぬ気の臨界点といったところだろう。
零地点突破の氷と同様に残り続ける炎を作るのはかなり苦労した。
「何をやってるんですか? もう一度言います、本当に何をやっているんですか?」
つい先ほど、苦労の末に作り上げた死ぬ気の炎の結晶を見せびらかしていると、ユニは酷く冷めた目でオレを見ていた。
不味い、かなり怒っている。
ユニが怒る理由も分からないわけではない。
だけれど、今回は無茶してないから正直に言えば許してくれる筈――――いや、ダメだ。
この結晶を作る際に一回失敗して右腕と右足が吹っ飛んだけど修復したから大丈夫、等と戯言をほざいたら間違いなく説教される。
「いや、ちょっと暇だったからさ。作れるかなって思って作ってみただけなんだよ。ほら、怪我とかもしてないよ」
身に纏っているメイド服を見せながらそう挽回する。
こうなったら誤魔化してこの場をやり過ごそう。
今回の練習で台無しになった服は既に焼却処分している。証拠が無ければユニもオレが無茶をしていないと信じる筈だ。
そう考えながらメイド服をヒラヒラと棚引かせていると、ユニはジトっとした目をして呟く。
「手、怪我してるみたいですが」
「えっ、嘘。ちゃんと傷は治した筈――――はっ!?」
ユニの言葉に自らの手を確かめようとして、自分が鎌をかけられた事に気が付く。
だが既に時遅く、ユニは怒りのオーラを背に纏い椅子から立ち上がった。
「やっぱり怪我してたんですね」
「だ、大丈夫だよ。怪我をしたって言ってもちょっと焼けたぐらいだから」
「大丈夫の範囲を決めるのは沢田さんではありません。私です、私が決めるんです」
ニコニコと笑みを浮かべながらも明らかに怒っているユニに対し、オレは顔を引くつかせて思わず後退る。
一歩、ユニはオレに近付こうと歩みを進める。
そんな彼女に対し、距離を取ろうと一歩後退る。
一歩近付く、距離を取る、近付く、距離を取る――――。
「沢田さん。其処から動かないで下さい」
「あはははは…………ごめんユニ!!」
静止の呼び掛けを無視し、オレはユニに背を向けて逃げ出した。
欠損した部位は補って修復しているが、まだ完全に馴染んでいない。
とはいえ、非戦闘員の少女から逃げる事等容易く、ユニとの距離を突き離していく。
その事実に安堵しながら、遥か後方に居るユニの方に視線を向ける。
「ごめんねユニ! でもちゃんと動けるし大丈夫だからッ!!?」
後で誤魔化してこの件を有耶無耶にしようと考えたその瞬間だった。
地面が突如として消えたような感覚に襲われたのは。
「へ――――ぅうわぁあああ!!?」
踏み締める筈だった大地が消え、オレの身体は穴の中に落下する。
「いつつ、まさか…………落とし穴?」
「こんな事もあろうかと用意してて良かったです」
穴の中でぶつけた箇所を摩っていると、穴を覗き込むようにしてユニがそう呟く。
もしかして、僕が逃げ出すという事を最初から知ってたのか?
いや、この様子から察するに僕が逃げ出すところを事前に予知してたのだろう。つまりオレは最初からユニの手のひらの上で踊らされていた、無様な演者だったというわけだ。
「さて、沢田さん。覚悟、出来てますよね?」
「あははは…………どうかお手柔らかに」
「してもしなくても沢田さん懲りないじゃないですか」
まぁ、確かにその通りなんだけれども、でもどうせ怒られるのなら優しい方が良いじゃないか。
「別に修行をするなとは言わないです。怪我するのも仕方が無い事ですし」
「ならそんなに怒らなくても…………」
「物事には限度というものがあります。沢田さんの場合、明らかに度を越し過ぎてるんですよ。片腕が無い状態で戻って来た時は心臓が止まったかと思いましたよ」
「その時の事は猛省しています」
つい一週間くらい前、炎の結晶を作り始めた時に盛大に失敗して両手両足を吹っ飛ばしてしまった。
右手と両足は何とか復元できたもののそこで炎が尽きてしまい、左腕を修復せずにアジトに戻った。その結果、片腕を失ったオレを見てジッリョネロファミリーの面々は顔色を真っ青にした。
ついさっきまで五体満足だったのが五体不満足になっていればそういった反応になるだろう。
「そもそもどうして腕を失う程の無茶な特訓をしているんですか? 沢田さんがそこまでする理由は無い筈ですけど」
「まぁ、ちょっと色々あってね。それよりもこの落とし穴から出て良い?」
「構いませんが、絶対に逃げないで下さいね」
「分かった。今度は逃げないからこんな罠はもう止めて」
そう言いながら這い上がり、落とし穴から脱出する。
どうして無茶な特訓をしているのか、その理由はとてもではないがユニには言えない。言ったらあまり良い顔はしないだろうから。言わなくても良い顔はしてないが。
とはいえ、炎の結晶を作り出す事は出来る様になった。
まだ小さいものしか作れないが、これを上手く使えばアルコバレーノのおしゃぶりに人柱は必要無くなる。
残された時間が少ないと分かった以上、自分で出来る限りの事をやらなければ。
ユニと違ってオレは未来なんて分からない。だから、オレが生きている内にやらなくちゃいけない。
例え自分の末路が確定していたとしても、其処に至るまでの過程は誰にも分からないのだから。なら、その過程で出来る限りの事をやろう。
内心そう考えていると、ユニは何かを思い出したかのような表情を浮かべた。
「追いかけてて忘れてましたけど、沢田さんは準備は出来てるんですか?」
「へっ? 準備って…………何の?」
「以前言ってたじゃないですか。マフィアの学校に通うって」
「…………ああ、そう言えばそんな事を言ってたな」
元々ジッリョネロファミリーから離れるつもりだったから、話半分にしか聞いてなかった。
しかし、マフィアの学校か。あまり良い印象は感じないな。
ただ並中より魔境ってことはないだろうと信じたい。雲雀さんのような暴虐無人が居るわけでも無いし、まずありえないが。
「ごめん、準備してなかったよ」
「そんな事だろうと思って私が準備しておきました」
「ありがとう…………」
ユニに感謝しつつ、これからの事を考えて少しだけ憂鬱になった。
並中よりはマシかもしれないとは思うけど、だからといって普通というわけじゃない。それどころか最初からマフィアになる為に育てられてきた者達が居るんだ。
マフィア関係者だからといって悪人であるというわけではないのは理解している。
だが悪人が居ないわけでも無い。むしろそっちの方が多いかもしれない。正確には悪人ではなくチンピラ、笠に着ているような奴の方が正しいかもしれないが。
そんな連中がひしめく所で上手くやってけるかどうか。
「はぁ…………不安だなぁ」
肩を落とし、溜め息混じりにそう呟いた。
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学園生活その2
ゆっくり更新していきます。
イタリアにあるとある建物――――そこはマフィアの関係者が通う学校である。
マフィアのボスとなり次の世代を担う者、立場上表社会の学校に通えない者、腕を磨いて成り上がろうとする者等がこの学園に通っていた。
そして、イタリアンマフィア・シモンファミリーの次期ボス、古里炎真もまたこの学校に通う事となった。
「…………はぁ、憂鬱だ」
良く言えば歴史を感じさせる、悪く言えば古臭い校門を潜り抜けながら、炎真は溜め息をつく。
普段は家族として、ファミリーのボスとして慕ってくれている皆は居ない。
その事実に不安を感じながらも目的地である教室を目指す。
「本当ならこんな所に通いたくは無かったんだけど」
炎真は元々シモンファミリーが経営している至門中学校に在籍しており、本来ならばそのまま卒業するまで過ごすつもりだった。
だがそれは叶わぬ望みとなった。ボンゴレファミリー10代目候補、沢田綱吉のせいで。正確には沢田綱吉本人にそこまで非がある訳では無い。が、その切欠となったのは紛れもなく彼である。
生まれ故郷を飛び出し、世界を股に掛けての逃亡劇。
そして行く先々で引き起こす大騒動。
これが炎真がこのマフィア関係者の学校、アカデミアに通うこととなった理由だった。
炎真自身は自らの責務から逃げ出すつもりは皆無だが、大人になったら裏社会から抜け出したい、マフィアのボスになりたくないと思う者は決して少なくない。
だが実際に行動を起こす者が居るかと聞かれればそうではない。
どんなに反発したところで所詮は子どもなのだから。
――――しかし、沢田綱吉は違った。
あれは入念に策を練り、準備を重ね、家出を決行した。
しかも世界最強の赤ん坊・アルコバレーノを撃退出来る程の強さを身に付けて。
そして、彼は未だに見つかっていない。
ボンゴレの同盟ファミリーしか知り得ていない情報だが、この情報を知り裏社会の者は考えを改めたのだ。
子どもだからと油断してはいけない、油断したら痛い目を見る、と。
結果、ボンゴレ傘下のファミリーや関係者は子ども達をアカデミアに通わせる事になったのである。
ちなみに沢田綱吉が捕まればここに通う事となっているらしい。
「そこまで強いなら素直にボンゴレファミリーを継げば良いんじゃないの?」
自分がアカデミアに通う羽目になった元凶に対し、炎真は素直な疑問を口にする。
公開されているマフィアランドでの映像を見る限り、彼は裏社会でも十分にやっていける。と、いうかあそこまで強ければ表社会では生き辛い筈だ。
裏社会に異能を使える人間や人間離れした超人が多いのは単純に基準が違い過ぎるからだ。人と熊が同じ場所で生きられないように、どれだけ取り繕ってもいずれ必ず破綻する。
「何か他にやりたい事があるんじゃないのか?」
一人考え込んでいると、右肩から甲高いソプラノボイスが響いた。
炎真は声がした方向に顔を向ける。そこには自身の右肩に座るヘルメットを被った紫色のおしゃぶりをつけた赤ん坊が居た。
「どう言う事――――スカル?」
「オレも詳しくは分からんが、ボンゴレは何かしらの目的があって行動していると思うぞ。何を考えてるかは全く分からないけどな!」
スカルの言葉に炎真は耳を傾ける。
「普通はリボーン先輩達相手に戦いは挑まないんだよ。なのにボンゴレは文字通り命懸けで挑んだ。死んでもボスの座を継ぎたく無いってなら分からんでもないが、それでもリボーン先輩達相手に戦いを挑むよりは自殺した方が確実だからな」
「…………そこまでして捕まりたく無い理由が他にあるってこと?」
「さっきも言ったがオレは本当に分からんぞ。けど、なぁ…………多分ろくでもない事だと思うぞ。悪巧みしている時のり、リボーン先輩の目にそっくりだったからな」
「は、はは…………」
全身をガタガタと震わせているスカルの姿に炎真は苦笑を零す。
この愉快な友人と出会ったのは今から三週間程前。炎真が家族と共に暮らす聖地に漂流してきたのが始まりだった。
当初はカルカッサファミリーに戻ろうとしていたようだが、何故か本部が壊滅。結果、スカルはシモンファミリーに所属することとなったのである。
ちなみに壊滅させたのは巨大な軍艦に乗った子ども達だったという。
「それより教室に着いたぞ炎真」
「えっ、あっ、うん」
スカルに急かされて、炎真は扉を開ける。
その瞬間、教室の中から炎真の顔面目掛けて椅子が飛んで来た。
「ぶべっ!?」
「びぎぁ!!?」
飛来する椅子を回避する事が出来ず、炎真とスカルの顔面に直撃した。
その場で尻餅をつき、二人は痛みに悶え苦しむ。
一体何が起きて、椅子が飛んで来たのか。酷く痛む顔面を抑えながら二人は視線を教室の中に向ける。
そこは最早戦場としか言いようが無かった。
「うわぁ…………」
「ま、まるで動物園みたいだな」
教室の中の光景を見たスカルの言葉に炎真は同調する。
互いに胸ぐらを掴み睨み合っている者、我関せずを貫いている者、他者の返り血で血塗れになっている者、マイペースな者。
全員が全員我が強く、見ているだけで将来に不安を抱かせるような連中だった。
そして、教室に居る全員の視線が炎真の方に向けられた。
「…………」
だが炎真のオドオドとした態度を見て興味を失ったのか、殆どの者が視線を逸らす。
そして、未だに視線を向けている者の視線が下卑たものに変わる。
――――ああ、またか。
席を立ちニヤニヤと下品な笑みを浮かべながら此方に近付いて来るのを見て、炎真は既視感を覚える。
シモンファミリーは対外的に見れば古参の弱小マフィアに過ぎない。
ボンゴレ創成期には兄弟のような関係ではあったものの、あくまで最初期だけの話なのだから。
そして弱小勢力であるシモンファミリーを見下し、迫害する者は決して少なくない。
「…………帰って真美に会いたい」
これから起こるであろう事に辟易しながら、炎真は自分達の故郷である聖地に居る妹の顔を脳裏に思い浮べる。
別に撃退できないわけでは無いが、ここで暴れて目を付けられるのはあまり好ましくない。
何せ、自分達の最終目標は――――。
「すみません。中に入りたいので避けていただけませんか?」
自身に近付いてくる見るからにチンピラっぽい外見をした少年達を死んだ魚のような目で眺めていると、後ろから声を掛けられる。
声が聞こえた方向に視線を向けると、そこには腰まで伸びた琥珀色の髪のメイド服を着た少女が立っていた。
「あ、すみません」
「いえいえ。こちらこそすみませんね」
炎真が身体を逸らすとメイド服の少女は軽く会釈をし、教室の中に入っていく。
教室の中に居る全員の視線がメイド服の少女に集中する。
「ふむふむ、成程…………」
自身に視線が集中されている事にメイド服の少女は少しだけ考え込む素振りを見せる。
そして少女が笑みを浮かべた瞬間だった――――炎真を含めた、スカルを除いた教室内の全ての生徒がその場に崩れ落ちたのは。
「――――かはっ」
「え、炎真っ!!?」
突然崩れ落ちた炎真を心配する声をスカルは上げる。
だが、今の炎真にはそれに応える余裕はおろか、スカルが何と言ったのかすらも聞こえていなかった。
身体が震える。それが恐怖によるものなのか、それよりももっと遥かに悍ましいものによるものかは分からない。
だがだけ分かることがある。それはこの少女が教室内に居る全員を威圧して黙らせたということだ。
恐らく、この少女はその気になればここに居る全員を簡単に殺す事が出来るのだろう。
「教室の中では静かにしましょうね」
少女がそう言うと全身を襲っていた圧力が消失する。
そんなもの、最初から存在しなかったと言わんばかりに。
+++
治安は並盛の方が上だ。
それが教室の中に入って思った感想だった。
当然と言えば当然の話だ。並盛にはあの風紀委員長の雲雀恭弥が居るのだから。不良ばっかりとはいえ、無秩序というわけではなくしっかりとした秩序が存在する。
対するマフィア関係者専用の学校――――アカデミアにはそう言った秩序は存在しない。居るにしてもあまり期待は出来ないだろう。
それに並中はあくまで表社会の一般人、アカデミアは将来の裏社会を牽引する者達が通う場所だ。荒れないわけがない。
オレ一人ならば別に構いやしない。だけど、ここにはユニも通うのだ。
正直な話、このままユニがここで過ごすとなるとかなり教育に悪い。
だから大人しくしてもらう事にした。
「教室の中では静かにしましょうね」
全員に威圧をかけながら強制的に黙らせる。
何人かは少し抵抗しているみたいだが、問題は無いだろう。
何せ教育に悪そうな奴は黙り込んだのだから。
「あの、つ…………チヨヒメ」
「どうかなさいましたか? ユニお嬢様」
「何で教室の中の皆さんが倒れているんですか? 何かしたんですか?」
「はしゃぎ過ぎてたので注意をしたらこうなったのです。どうやら自分の至らなさを反省しているかもしれません」
訝しげに此方を見てくるユニから視線を晒しつつ、改めて教室の中の人を見渡す。
オレが放った威圧に抵抗出来たのが、恐らく三人くらい。そして何故かここに居るアルコバレーノ・スカル。
この四人は十分に注意した方が良い。
「前途多難とはこの事を言うんでしょうね」
これからの学生生活を想像して、少しだけ憂鬱な気分になった。
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学園生活その3
「何で全員震えているんだ?」
「皆緊張しているからだと思いますよ、先生」
教室内に入って来た無精髭を生やしたおっさんにそう答える。
幸いな事に少し注意したお陰なのか、皆静かになった。
やはり全員現実感が無かっただけで、これから裏社会に一歩踏み出すという事を分かってきたらしい。
「沢田さんのことが怖いだけだと思いますよ」
「失敬な。少し注意しただけだよ」
仮にもマフィア候補生が表社会の一般人相手に恐怖で何も出来なくなるとか、そんな事は無いだろう。
「貴方は裏社会を何だと思ってるんですか」
「人外魔境」
そうとしか言えないだろう。
異能や死ぬ気の炎、アルコバレーノといった超人が跳梁跋扈する世界なんて好き好んで関わりたいとは思わない…………いや、雲雀さんなら関わるか。あの人
「裏社会の人達も沢田さんにだけは言われたく無いと思いますよ」
「解せぬ」
「解して下さい」
ユニから向けられる冷ややかな視線から目を逸らしつつ、教室の中に入って来た教師に目を向ける。
何故かは知らないが、この教師に見覚えがある。
会った事は無い筈なのだけれど、何故かとてつもなく嫌な予感がする。
「まぁ、静かにしてくれる方が俺としてはありがてぇがな。と、自己紹介がまだだったな。俺はシャマルだ。よろしく頼むぜ」
教師の男、シャマルは気怠そうに言い放つ。
成る程、教師の名前はシャマルというのか――――シャマル?
「っ!!」
その名前の意味を脳が理解した瞬間、オレの身体は椅子から立ち上がり、距離を取りそうになるのを拳を握りしめて何とか堪える。
強く拳を握り過ぎたせいで血が出ているが気にしない。
何せ、目の前に居るこの教師は最大限に警戒しなければいけない人間だからだ。
――――Dr.シャマル。
トライデントモスキートという異名を有する暗殺者にして名医でもある。
尤も、医学に携わる人間としては問題外のろくでなしだ。
女好きのセクハラ野郎で男は余程の事が無い限り治さない。
しかし名医であるのは事実であるから尚更質が悪い。
殺し屋としても一流以上の腕前で、あのヴァリアーにも勧誘される程の実力者だ。
――――困った。
内心、頭を抱えて呻き声を上げたくなる。
きっと、シャマルにもオレの情報は渡っているだろう。
能力の関係上、勝つのはそう難しい話じゃない。だけど相手は裏社会でも上から数えた方が良い正真正銘の殺し屋だ。そして、あのリボーンの友人でもある。
下手な真似をしたらオレの正体がバレる危険性もある。
身体の性別ごと変えているからそう簡単にバレないとは思いたいが、相手はあのシャマルだ。用心した方が良いだろう。
そう考えていると、静かになった生徒の内の一人が手を挙げた。
「あ、あの…………先生って、あのトライデント・シャマルですよね。何で教師なんか…………」
「某国のお姫様に手を出しちまってな。逃走資金の調達の為だ。この仕事割と稼ぎが良いからな」
ダメ人間、ここに極まれりとはこの事を言うのだろうか?
どちらにしろユニの教育に悪いのは間違いない。って、いうか今まで見た中で一番ダメな奴だ。
出来る事ならユニの視界に入れさせたくない。
けど、本当に隙が無いなこの人。少しでも敵意を向けたらすぐに迎撃出来るように準備している。
戦えば間違いなくオレが勝つけど、それでもやり合いたくはない相手だ。
「俺の自己紹介は終わったから、次はお前等な」
シャマルはオレから見て右側の、廊下側の座席の一番前に座っている生徒に指を差し向ける。
指名された生徒は座席から立ち上がり、自らの名を言い始めた。
+++
教壇に立ち、自己紹介をする生徒達を見てDr.シャマルは黄昏た表情を浮かべていた。
――――本当、どうしてこうなったのやら。
内心ため息交じりにシャマルはそう思ってしまう。
そもそもの話、シャマルはこの仕事に対してあまり乗り気ではなかった。
先程生徒の質問に答えた資金調達というのも理由の一つではある。だがそれだけでは正解ではない。正しくは資金調達の為と国際指名手配の解除、その二つがこの仕事を引き受けた理由である。
アカデミアに通う生徒は裏社会の未来を担う子ども達だ。
その親は当然地位や名誉、そして財産を持っており表社会にも干渉できる力を持っている。
それこそ国際指名手配を取り下げる事なんて簡単な程に。流石に凶悪犯の指名手配を取り下げる事は不可能だが、某国のお姫様に手を出した罪ぐらいならば揉み消す事が出来る。
だが、それでも割にあわない仕事だった。
「報酬に目が眩んだのが間違いだったぜ」
そもそもとして裏社会の関係者は頭のネジが何処か外れている。
環境が悪いので仕方が無いのだろうが、本当に大切な事を見えていない。
全てが全て、そういうわけではないのだろうがそれでも気乗りはしなかった。
「―――――――です。よろしくお願いします」
生徒達の自己紹介も大半が終わり、残り五人を残すのみとなった。
今までの生徒達を見ていて、興味を引くような人間は居なかった。
良くも悪くも普通だった。
だが次に自己紹介をする生徒はシャマルから見ても興味を惹く人物だった。
「エヴォカトーレファミリーのアルビートだ。よろしく頼む」
背の高い金髪の美少年、アルビートに生徒達の注目が集まる。
エヴォカトーレといえば、ボンゴレの同盟ファミリーで降霊術を扱うマフィアと聞く。
その噂の真偽は分からないが、シャマルから見ても実力者というのは分かった。
「同じくエヴォカトーレファミリーのリゾーナです」
アルビートに続いて小柄な金髪の少女も自己紹介をする。
ウェーブがかかった髪を持つ少女は、一つ前の座席に座るアルビートと同じファミリーに所属する者だった。此方の少女も実力者。エヴォカトーレファミリーの将来は明るいらしい。
「シモンファミリーの古里…………炎真…………」
「スカル様だ!」
次に立ち上がった生徒は前二人とは逆の意味で目を引いた。
ボロボロで傷跡が目立つ赤毛の少年だ。
外見からは覇気といったものを感じない、はっきり言ってマフィアには不向きそうな感じがする。
だが、その瞳の奥に宿るモノは前二人よりも強く感じた。
「シモンファミリー、ねぇ…………」
聞いた事が無い名前だが、このアカデミアに通っているという事はボンゴレの同盟ファミリー、もしくはそれに近しい善良なマフィアなのだろう。
何故肩にアルコバレーノのスカルを乗せているのかは分からないが。
と、いうか何でここに居るのだろうかあのアルコバレーノ?
内心疑問を抱くシャマルだったが、特に問題を起こしていない為気にしないでおくことにする。
それよりも今はこっちの方が重要だった。
「ジッリョネロファミリーのユニです。皆さんよろしくお願いいたします」
丁寧な挨拶をする幼い少女にシャマルは顔を引き攣らせる。
ジッリョネロファミリーのボスの娘、女好きのシャマルを以ってしてもあまり関わりたくは無い立場の人間だった。
脳裏に過ぎるのはジッリョネロファミリーの現ボス、アリアだと知らずに口説いた記憶。あの時の出来事は二度と忘れる事ができない、今でも夢に見るぐらいのトラウマである。
そんなファミリーのボスの娘が何故こんな場所に、そして飛び級しているのか。
「ほ、本当に考え無しに引き受けるんじゃなかったぜ」
シャマルは過去の自分を呪わずにはいられなかった。
内心深く後悔していると、ユニの後ろの座席に座っていた最後の一人が立ち上がる。
その瞬間、教室の中の空気が凍りついた。
今までの反応とは違う事にシャマルは訝しみながらも、その生徒に視線を向ける。
「ユニお嬢様のメイド兼護衛をしております、チヨヒメ・ディケイドと申します。皆々様、どうかよろしくお願いいたしますね?」
最後の一人はメイド服を着た日本人の少女だった。
異国の血が流れているのかで髪の色は明るい茶髪で、顔立ちも幼さを残している。
一見して何処にでも居るような普通の少女にしか見えない。
だがシャマルの殺し屋としての勘と医師としての勘が告げていた。
こいつは化け物だ、と。少女の外見をした、人間のふりをしているだけの怪物なのだと。
「…………帰りてぇ」
「ダメですよ先生。責務を放棄しては」
ニコニコと微笑みながらも一切笑っていない少女の言葉に、シャマルは溜め息を吐かずにはいられなかった。
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学園生活その4
最近自動車学校に行ってたものでして、それで結構期間が空いたから話が纏まらず遅くなりました。
本当はあるところまで書きたかったんですが、それは次回にします。
「――――あー、ここの数式はこうなってだな」
教科書を片手にシャマルは数式を黒板に書いていく。
マフィアの学校とはいえ、こういったところは普通の学校と同じだった。
いや、それも当然と言えば当然の話だろう。
表社会、裏社会という所属する立場こそ違うもののあくまで子ども。大人である教師がどのように考えているかは分からないが、子どもなら勉学に励むのが当然だ。
「でよー、相変わらずウザくてさぁ……………」
「ああ、それはこっちも同じだぜ」
そして勉強に不真面目な子どもがいるのはこっちでも同じだった。
最初に思いっきり威嚇してあんなに萎縮していたというのに、裏社会の住人だからなのか慣れるのが早い。
いや、違うか。単純な話、オレが脅かしたから萎縮していただけで、教師とオレは全くの無関係だ。だから授業も不真面目に受けている。
教師であるシャマルからしたら困った話かもしれないが、別にオレだってそこまで真面目な生徒というわけでもない。ユニが彼等の態度に何かしらの文句があるのなら兎も角、オレ個人はそこまで気にしない。
勉強が大事なのは事実だが、本人の意思でやらなきゃ意味が無いのだから。
そう考えていると授業終了の鐘が鳴る。
「と――――これで終わりだ。次の授業は校庭でやるから準備しとけよー」
気怠そうに教室から出て行くシャマルの後ろ姿を眺めつつ、授業が終わったことに背を伸ばす。
「ふぅ」
一息つき、久しぶりに味わったこの開放感に身を預ける。
まさかイタリアの地で学業に励む事になるとは思ってもみなかった。
外国語の勉強は計画に必要だったから滅茶苦茶頑張って覚えていたのだけれど、まさかこんな方法で使う事になるとは思わなかった。
本当、世の中何が起こるか分からないものだ。
そう考えれば、あの武装色擬きも見切るにはまだ早かったかもしれない。もう少し使い方を考えれば別の使い道があるかもしれない。
「チヨヒメさん」
座席に座り、一人考え込んでいるとユニが目の前に現れる。
「どうかなさいましたかお嬢様」
「そういうのやめて下さい。あなたと私の仲じゃないですか」
「親しき者にも礼儀あり。対外的には貴女の従者なのですからこれくらいは受け入れて下さい」
「…………率直に言ってあまり似合いません。その口調でもいつもの態度ぐらいは取れるじゃないですか」
「そういうわけにもいきません。私はあくまでお嬢様のメイド。ユニ様より目立つわけにはいきませぬ」
「もう既に手遅れですよ。入室早々に教室に居る全員に恐怖を植え付けているじゃないですか」
裏社会という曲者しか居ない奴等に上下関係を覚えさせるにはそれが一番手っ取り早かった。
とはいえ、予想とは裏腹にオレに対して興味を覚えた連中も居るようだが。
此方に向かって歩いて来る複数の男女の姿を見て、内心溜め息をつく。
「それで、貴方達は私に何か用事があるのでしょうか?」
オレ達の方に近付いて来た人達の方に視線を向け、問いを投げる。
確か、名前はアルビートだっただろうか。その後ろにはリゾーナ、他には古里炎真とアルコバレーノのスカルが居る。
本当、何でスカルが居るんだよ。
「別に用事あるというわけではない。自己紹介だ」
「自己紹介なら先程した筈ですが」
「簡単にはな。オレ達が知りたいのはそう言ったことでは無い」
アルビートは少し間を置いて、他人には聞こえない程度の声量で言う。
「何でこんなところに居るんだ。ボンゴレ10代目、沢田綱吉」
その言葉を聞いた瞬間、空気が張り詰めたものに変わる。
ユニは一瞬驚いた表情を浮かべ、炎真は間の抜けた表情をする。スカルに至っては「な、何だとー!?」と大声を上げて驚く。
それに対し、今の言葉を言ったアルビートとその後ろには居るリゾーナは一切表情が変わっていなかった。
――――何でオレが沢田綱吉だと分かったんだ?
内心焦りに焦って思わずボロを出しそうになるのを何とか堪える。
スカルのせいで全員の視線がこっちに向いている中、絶対にボロをだすわけにはいかない。
慌てふためく心を何とか抑え、ニッコリと微笑む。
「何のことでしょうか? 私は沢田綱吉という名前ではありませんし、そもそも彼は男の筈ですが」
「オレ達が属するエヴォカトーレファミリーは降霊術を扱う。貴方の魂が見た目と一致していないことは見れば分かる」
アルビートのその言葉を聞いて、絶望に打ちひしがれたくなる。
まさかマーモンと同じ異能で相手が分かるタイプの人間がここに居るとは思わなかった。
しかも向こうは確信を持って話している。これではどれだけ自分が違うと言っても無理だろう。
が、それはあくまでアルビートとリゾーナの二人だけの話。
ここで話を逸らせば、何とか挽回する機会を得られる筈。
「どうして女になっているかは分からないが、噂通りの怪物であるのなら不思議でも何でも無い」
「出会ったばかりなのに失礼な――――あっ」
あまりにも失礼なアルビートの発言に思わず抗議して、自らの失言に気が付く。
が、既に時遅く、教室の中に居た全員が此方を驚いたような目で見ていた。
「えっ、沢田綱吉って…………えっ?」
「沢田綱吉って、あの沢田綱吉か?」
「で、でもあいつ女だよな…………?」
「や、やっぱり噂通りの化け物なんだぁ…………!」
周囲から向けられる恐怖が入り混じったものに変わる。
元々恐怖の感情が無いわけではなかったのだが、オレが沢田綱吉だと知ったせいかむしろ悪化している気がする。
と、いうか何でここまで恐れられなければいかんのだ。
いや、それ以前にオレが沢田綱吉だという事を何とか否定しなければ――――。
「沢田さん」
いかつい見た目をしている割にまるで子ウサギのように怯えるクラスメイト達を何とか誤魔化そうと考えていると、ユニがオレの服の裾を引っ張っている事に気が付く。
「ユニ。ちょっと待ってて、今この場を誤魔化す方法を考えているから。後ここでその名で呼ばないでって」
「もう、手遅れですよ」
ニッコリと微笑むユニを見て言葉を失い、膝から崩れ落ちてしまう。
何で、どうしてこうなってしまったのだろうか。絶対にバレないわけではないがそれでも男が女になってるのだから、普通は気付かないだろう。例え普通じゃなかったとしても男が女に変わっているのなんてあまりにも予想外過ぎる。
「てか何でユニはそんな笑顔なの!?」
「いやー、何でですかね?」
想定外の事が起きて慌てふためくオレに対し、ユニは楽しそうに笑みを浮かべる。
何かオレが困っている時によく笑っているような気がするけど、間違いなく気のせいだろう。
ユニは良い子なんだから、そんな事を思うはずが無い。
いや、それよりも今はこの状況をどうにかしなければいけない。
このままだとボンゴレファミリーに報告されて捕まってしまいかねない。
それだけは不味い。ここはボンゴレファミリーの本拠地であるイタリアだ。全力疾走で逃げても逃げられない。最悪ボンゴレファミリーとその傘下のファミリーVSオレの命を狙う敵対マフィアVSオレなんてことにもなりかねない。
ジッリョネロファミリーにこれ以上の迷惑はかけられないし、オレが何とかするしかない。
そう考えた瞬間だった。
「何だお前ら、まだ外に出てなかったのか――――って、何があったんだ?」
シャマルが教室に戻って来たのは。
終わった。今度こそ確実に終わった。
スカルを除いてここに居る全員の記憶を刈り取ればまだ何とかなったのかもしれないが、シャマルを相手にするのは難しい。
戦えば勝つことは出来る。けど向こうは絶対に真正面から戦ってはくれないだろう。
今度こそ終わりを告げる逃亡生活を前に、オレは床に手を付いて絶望する。
「…………何なんだこの状況?」
そしてこの状況を全く理解出来ていないシャマルの声が教室内に響いた。
超直感は本人が意図してなければ発動しないと思う。
何故なら呪解したリボーンをリボーンと別人だと判断したから。
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学園生活その5
上手くいけば今月中に免許を取れそうなので、もう暫くゆっくり更新になります。
「いやー、オレもこの業界に居てなげーけどよ」
校庭の中央にてシャマルは自身が受け持つ教室の生徒達を集めて、一人の生徒を見つめていた。
本当にどうしてこうなったのかは分からない。
ただ一つ言える事があるとするならば、国際指名手配の解除という条件を飲み込んでこの依頼を受けた事は間違いなく失敗だったと言う事だけだろう。
こんな事になるのなら安請け合いなんかせずに、とっととこの国から脱出していれば良かった。
後は素性を隠し、偽りの経歴で誤魔化して安全な日本に行けば暫くの間は問題なかっただろう。
シャマルは思わず天を仰ぎ、自らの不幸を嘆く。
そして今自分がこのような思いをする羽目になった元凶に視線を戻す。
「流石に自分の性別を自由に変えられる奴は初めて見るぜ」
眼前に居る少女――――の姿をした何かを見て、改めて思う。
本当にこいつは人間の姿をしただけの化け物なのだと。
そんな視線を向けられているのに気付いているのか気付いていないのか、件の元凶であるチヨヒメ・ディケイド、本名沢田綱吉は女の姿から元の姿に平然とした様子だった。
服装もメイド服から男物の服に戻っている。
「世界中を探せば何人か居ると思うけど…………」
「お前みたいな奴がそう何人も居てたまるか」
「裏社会なんだし居てもおかしくないじゃん」
「お前は裏社会を何だと思ってるんだ」
確かに裏社会には化け物染みた人間が沢山居る。
しかし、人間の領域から外れた怪物は存在しないのだ。
男から女に、女から男に自由自在に変えられるこいつは間違いなく怪物だ。
「お前のような奴が男か女かも定かじゃねぇ奴が居たら、オレは常に相手が男か女かを考えながら生きていかなくちゃいけなくなるぜ」
「それはそれで失礼だと思うけど」
「オレはフェミニストなんだよ。男なんかどうでも良いわ。それよりも、だ」
正確には女であろうともCGみたいな女は嫌いだがこの際どうでも良いだろう。
問題はこの男にも女にもなれる怪物が現在ボンゴレファミリーに追われているという事だ。
「ボンゴレ10代目沢田綱吉。お前、何でこの学校に居るんだよ」
シャマルがそう問いかけると、綱吉は顔を顰める。
「その肩書は止めて。オレはボンゴレファミリーを継ぐつもりは皆無だから。ここに居る理由はユニの護衛」
溜め息交じりに頭を掻きながら、綱吉はこの学校に居る理由を口にする。
「マフィアにならねぇってのに裏社会には関わるんだな」
「表社会で生きられるとは思っても無いからね」
その言葉を聞いてシャマルは何とも言えない表情を浮かべる。
沢田綱吉の父親、沢田家光とは知人でもある。彼がどのような思いをしてイタリアに居るのか、そういった事情も理解している。
そういった事情を知らないのだから無理も無いが、親の心子知らずと言わざるをえないだろう。
「兎に角、お前の事はボンゴレに伝えるぞ」
「待って、待ってください」
電話を取り出したシャマルの腕を綱吉は掴んで止める。
「こっちはなお前の我儘に構ってる暇はねぇんだよ。大人しく捕まっとけ」
「確かにごもっともなんですけどボンゴレに通報するのだけは勘弁して!」
「なら家族には自分が今何処に居るのかぐらい伝えとけよ」
「大丈夫! 母さんには暫く旅に出るって伝えてるから!!」
ボンゴレファミリーに綱吉の事を伝えようとするシャマルから電話を奪い取る。
そしてシャマルから距離を取り、木の上から威嚇する。
まるで猫のような奴だ。フシャーと威嚇する綱吉に呆れながら、シャマルは視線をユニに向ける。
「なぁ、ユニちゃんよ。お前からも何か言ってくれないか?」
「それは出来ません。沢田さんには色々とお世話になってますので」
現在の沢田綱吉の立場はジッリョネロファミリーのボスの娘であるユニの護衛だ。
立場上は上司であるユニが言えば、綱吉も言うことを聞くのではないかと思っていたが、どうやら無駄だったらしい。
尤も、世界中を飛び回って逃亡生活を続けているコレはそう言われたとしても、恐らく身を隠すだろうが。
本当にたちが悪い。よくあの父親からこんな息子が産まれるものだ。
内心溜め息をつきたくなる中、ユニは言葉を続ける。
「例えボンゴレ10代目であったとしても今は私の付き人ですから。私は仲間を、大切な人を私は売りません」
「…………ん? ま、まじかー」
さらりといったユニの発言、その言葉の裏に秘められた真意に気付いたシャマルはなんとも言えない表情を浮かべる。
生徒達は当然だが話の中心人物である綱吉はおろか、発言したユニ自身も気付いていない。この場で気付いているのは自分だけだった。
恐らくではあるが、今の発言から察するにユニは沢田綱吉を好いている。それもライクではなく、ラブの方で。
「ボンゴレぇ…………」
「えっ、何? 何でそんな目でオレを見るの?」
意図したものではない、恐らく無意識なのだろう。
だがこの無自覚な好意は間違いなく厄介ごとになる。長年女を口説き続けて来たシャマルの勘が警鐘を鳴らす。
と、いうかこの少年は朴念仁なのだろうか。
「こんなナヨナヨとした見た目の癖に、意外とモテるのか?」
「結構失礼な事を言うなこの人」
じとっとした視線を此方に向けて来る綱吉を尻目に、シャマルはこれからの事を考えて、少しだけ憂鬱になった。
+++
「ま、まさかボンゴレ10代目がここに居たなんて…………」
「てか映像でやってたのと性格が違わね?」
居ると思ってもいなかった。と、いうか考えすらしていなかった、現在マフィア界を混乱の渦に叩き込んでいる存在の姿を見て、生徒達は騒めく。
そんな中、炎真は自身の腕の中で暴れるスカルを収めていた。
「スカル、落ち着いて」
「離せ! 離すんだ炎真! アイツには文句の一つでも言わなきゃいけないんだ!!」
そう言ってスカルはジタバタと暴れる。
当時、カルカッサファミリーに所属する軍師だったスカルはコロネロが不在の時を狙い、マフィアランドに襲撃を仕掛けた。
だが偶然にもその場に居た沢田綱吉の手によって大ダメージを受け、勢い良くぶっ飛ぶ羽目になったのである。
幸いなことにシモンファミリーの聖地という場所に生きて流れ着いたものの、気が付けばカルカッサファミリーは壊滅していた。
自分の作戦を台無しにされ、生死の境を彷徨う羽目になり、何とか助かったと思ったら帰る場所を失った。あまりにも散々な目にあったスカルとしては事の元凶である張本人に文句の一つや二つ言わないと気が済まなかった。
「スカルの話は何度も聞いたけどさ、それスカルが悪くない?」
「だとしてもだ! 八つ当たりでも良いから文句を言わないとオレの気が済まないんだー!!」
カルカッサファミリーが壊滅した事に沢田綱吉は全く、これっぽっちも関わっていない。
その事を理解していたとしても納得は出来なかった。
――――余談ではあるが、カルカッサファミリーが壊滅した理由に綱吉が全くの無関係だというわけでは無い。
カルカッサファミリーが壊滅したのは、船から逃亡した沢田綱吉に対して苛立った風紀委員長が八つ当たりで襲撃したのが原因だからである。
この事をスカルが知るのはまだ先の話。
「でも、何でこんな場所に居るんだろ?」
腕の中で暴れるスカルを宥めながら炎真は何やら教師であるシャマルに文句を言っている綱吉の姿を眺める。
話を聞いている限り、彼はボンゴレ10代目になりたくないようだ。
それなのにイタリアというボンゴレファミリーのお膝元、それも裏社会の関係者が通うこのアカデミアに居るなんていうのはあまりにもおかしい話だ。
灯台下暗しという言葉があるが、あまりにもリスクが大き過ぎる。
尤も、性別を変えられるのだから普通は気付かれないだろうが。と、いうかどうやって性別を変えているのだろうかあれは。
炎真が一人そう考えていると隣に立っていたアルビートとリゾーナの二人の会話を耳にする。
「あれがボンゴレ10代目。でも、何か…………少し変?」
「確かに…………少しおかしいな。ボンゴレの魂が鎖で縛られている。自分で自分を抑え込んでいるみたいだ」
「それに霊魂達の様子もおかしい。皆、ボンゴレの事とっても恐れてる」
「…………少し様子を見たい。ボンゴレファミリーに彼の事を伝えるのは少し待った方が良いだろう」
二人の会話を聞いた炎真は今の話を聞かなかったことにした。
そして炎真は自らの頭をわしゃわしゃと掻いて困っている様子のシャマルに話しかける。
「あの、シャマル先生。何で校庭に集めたんですか?」
「…………ああ、すまねぇ。授業の事、すっかり忘れていたぜ」
「いえ、仕方がないですよ。だってアレなんですから…………」
哀愁を漂わせるシャマルと共に綱吉の方に視線を向ける。
視線を向けられた張本人、ここの空気をぐだぐだにした元凶は小首を傾げながら隣に居る少女、ユニに話しかける。
「ねぇユニ。何であの二人はこっちを見てるんだろう?」
「すみません。私にも分かりません」
――――こいつ張り倒してやろうか。
胸の奥から込み上げてくる怒りに思わずそう思ってしまうシャマルと炎真だった。
「まぁ、お前等を校庭に集めた理由はな。お前等の実力を確かめたかったからだ」
「実力を、ですか?」
「ああそうだ。ここアカデミアに通う連中は全員が裏社会の関係者なのは知っているよな」
「はい。一応は…………」
「裏社会で生きる以上、争いに巻き込まれずに生きるってのは不可能だからな。アカデミアは裏社会で生きる術を、戦う術を教える場所なんだよ」
+++
どうしよう、今すぐ帰りたい。
シャマルの口から語られた説明を聞いてそう考えてしまう。
アカデミア、どんな碌でもない場所なのかと思ったら想像よりは悪くない。
裏社会で生きる以上、争い事はつきものだ。自分の身を守る為の技術は必須だ。
とはいえ、オレからしたら必要の無い物だ。
今更表社会でただの人間として生きられるなんて欠片も思っていない。だけど裏社会の人間として生きるつもりも毛頭無い。
だって、オレの命は1年も無いのだから。
下手したら1ヶ月後、いや、1秒先の未来で死んでいてもおかしくない。
なのに今更生きる術を身に着けるなんて、出来るわけが無い。
「――――沢田さん」
そう考えているとユニがオレの手を握り締めた。
「何、ユニ?」
「私、こういった事を教えて貰った事が無いので…………手伝ってもらっても大丈夫でしょうか?」
ユニのその言葉を聞いて思わず笑みを溢す。
正直な話、このアカデミアでオレが学ぶことは一つも無い。
でもユニは違う。彼女にはここで学ぶべき事があるし、未来がある。
ならその手伝いぐらいしても、誰も文句を言わないだろう。
「分かったよ。と、いっても軽い手解きぐらいだけどね」
裏社会で生きるとはいえ、ユニは戦いに向いている心をしていない。
だから教えるのは護身術で良いだろう。
「と、いうわけで戦えない奴は見学で、戦える奴はこっちに来てもらう。てめぇは当然戦う側だからな」
「分かってるって」
念を押すようにこっちに行って来るシャマルを尻目に前に出る。
クラスの中で前に出たのは10人程度で、その中に古里炎真の姿は無かった。
この中でオレを除けば一番強いのだけれど、やっぱり何か企んでいるのだろうか。
古里炎真はシモンファミリーのボスだ。
シモンファミリーは今でこそ勢力としては弱小なのかもしれないが、元々はボンゴレファミリーと縁のある歴史あるマフィアだ。その実力はかなり高く、ある存在に貶められた事もあり、ボンゴレに良い感情を持っていない。
本当に面倒事が多過ぎる。おのれボンゴレファミリーめ、どこまでオレの邪魔をするというのか。
「んじゃ、授業を始めるぞ――――」
シャマルがそう言った瞬間だった。
黒い死ぬ気の炎が彼の背後に出現し、その炎から二人の包帯塗れの人間が姿を現したのは。
「は――――!?」
突如として出現したその存在に驚愕の声を上げる間も無く、そいつらはオレ達に攻撃を仕掛けた。
第三部は学園ものになる、それは嘘じゃありません。
ただ約一名除いて主要な敵キャラは全員出すつもりです。
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学園生活その6
そして今週から自動車学校ラストパートですので中々執筆できなくなります。
後ポケモンの発売日も決まってますので次回少し遅くなるかもしれません。
ジャララという金属同士が擦れ合う音と共に、突起が付いた3つの鎖がオレ達に迫る。
薄らとしか見えないが鎖には死ぬ気の炎が灯っている。直撃したら間違いなく戦闘不能になる。そう思ってしまうくらいの威力がある。とはいえ、防御すれば防げないわけではないし、回避も出来ない訳ではない。
だけど、その前提はオレが一人だけだった時の話だ。
ここにはユニを含めたクラスメイト達が居る。オレが避けられても他の人が避けられる訳では無い。ましてや、大空のアルコバレーノといえど子どもに過ぎないユニにあの攻撃を防いだり、回避する事は不可能だ。
加えて、この攻撃はオレ一人を狙ったものではなく、オレ達全員を狙った攻撃だ。
たった一つ防ぐだけじゃ何の意味も無い。
「くそったれ!!」
迫る鎖に悪態をつき、攻撃に向かって駆け出す。
どんな盾であろうとも、防ぐことが出来るのはその場所だけ。その盾が守れる範囲外の場所を防ぐ事はできない。
それが分かってるからこそ、この攻撃なんだろう。
例えそれが罠だと分かっていたとしても、その罠にかからないといけないのだから。
「っ、らぁ!!」
一番最初にオレに向かって放たれた鎖を迎撃し、破壊する。
攻撃を受け止めて、改めて理解する。この攻撃は防御するより回避に専念した方が良いタイプのやつだ。防御しても受けるダメージがバカに出来ない。
でも、回避は出来ない。回避すれば後ろに居る人達は死ぬ、もしくは怪我を負う。それだけは絶対にあってはならない。
そう自分に言い聞かせ、防御した時の反動を利用して移動し、二個目の鎖も破壊する。
破壊した衝撃で血が飛び散った。
痛い、かなり痛い、滅茶苦茶痛い。でもこの程度の痛み、ユニを助けた時に比べれば遥かにマシだ。
あの時は片目が潰れて、片腕が吹き飛んだのだ。
これぐらいの痛みで泣き言なんか言ってられるか――――!
「三つ目ぇ!!」
二個目の時と同じように反動を利用して三つ目の鎖も破壊する。
これで攻撃は全て防ぎ切った。後は反撃するだけだ。
そう思い下手人の方に視線を向け――――包帯塗れの男の貫き手が眼前に迫っている事に気が付いた。
まぁ、それはそうだ。当然の話だ。
今の攻撃で仕留めきれるなんて向こうは最初から思っていなかった。
それどころか今の攻撃を防御するなんてせず、回避する事すら考えていた筈だ。
だからこうして続けざまに攻撃を叩き込もうとしているのだろう。オレが攻撃を回避せずに防御して傷付いた事は奴等にとって愚かな事でもなければ予想外の事でも無い、単なる幸運でしかない。
本当、嫌になる。何でオレが戦う連中はこんな油断も慢心もしない、文字通り殺意マシマシで攻撃してくるような奴しか居ないんだ。もうちょっと見下してほしいぐらいだ。
――――でも、対処は可能だ。
眼前に迫る貫き手を顔を逸らす事で回避し、そのまま奴の顔面に拳を叩き込む。
「オラァ!!」
カウンターとして突き刺さった攻撃に包帯塗れの男はもう一人の男の方に向かって勢いよく吹っ飛んでいく。
吹っ飛んだ男はもう一人の男に受け止められた。
出来れば今ので二人とも倒れて欲しかったのだけど、世の中そう上手くはいかないらしい。
死ぬ気の炎で今出来た傷を修復する。
「さて、一体何が目的でオレに攻撃をした?」
襲撃をして来た下手人に問い掛ける。
それに対し、下手人達は何も語る事は無かった。
やっぱり話す気は皆無らしい。本当、どうしてこいつ等に命を狙われてるんだろうか。
「おい、おいおいおい! どうなってんだよ…………何でここに、
オレと下手人達が対峙しているとシャマルがそう叫んだ。
その叫びはこの場に居るオレを含めたクラスメイト達全員の思いを代弁していた。
――――復讐者。
マフィア界の掟の番人であり、法で裁けない者を裁く存在。
あのリボーンでさえ厄介と言って関わらないようにしていた連中。
その正体は最強の赤ん坊、
憎悪と怨念のみを貪る生ける屍。
そんな存在自体が厄そのものと言わんばかりのこいつ等が何でここに居るのか。疑問を抱くのは当然の事だ。
と、いうかどうしてオレに襲撃を仕掛けてるんだこいつ等。
そう考えているとぶっ飛ばした方の復讐者が口を開いた。包帯塗れだから口なんて見えないが。
「…………我等ハ掟ノ番人、我等ガ動クソノ理由…………貴様ナラバ既ニ理解出来テイルダロウ」
「いいや、さっぱりだよ」
これは本当、オレには復讐者が動いた理由が分からない。
復讐者が動く理由は二つある。一つが奴等が言ったようにマフィア界の掟に関する事、もう一つがチェッカーフェイスに関係する事だ。
マフィアじゃない、一応今はマフィアに所属しているが、オレは掟を破った覚えはない。
ならばチェッカーフェイスの事だろうか。いや、それもありえない。
オレはチェッカーフェイスが何処で暮らしているのかをある程度知っているが、この事は誰にも話していないし、チェッカーフェイス本人もこの事を知らない。オレだけが知っている事だ。
それなのにどうして復讐者がオレに襲撃を仕掛けて来るのか。
「『ボンゴレ』ト『シモン』。カツテ我等ノ前デ誓ッタ事」
「ボンゴレとシモンが誓っただって…………?」
復讐者の言葉に反応した炎真の呟きが響くのが聞こえた。
シモンファミリーの現ボスである彼にとって、自分の先祖が復讐者に誓ったという事は看過できない事なのだろう。
一方、オレは拍子抜けしていた。
復讐者が襲撃を仕掛けて来た目的、その意図が分かった事で安堵する。
「なぁんだ、そんな事か。ならオレに攻撃をするのは筋違いだ」
「ホウ…………?」
「かつて、ジョットとコザァートが結んだ誓いは忘れていない。けどオレはボンゴレの人間じゃないし、何よりコザァートの子孫とも争っていない。誓いは何一つ破られていない以上、お前達復讐者がオレを襲うには理が無い。それはお前達の主、バミューダ・フォン・ヴェッケンシュタインも見ている筈だ」
「確カニ、ソノ通リダ…………」
復讐者達はオレの言い分を聞いて頷く。
「ダガ何故ソノ事ヲ貴様ガ知ッテイル?」
「――――あっ」
やっべ、やらかした。
そしてこう思う時はいつだって手遅れな時だ。
とはいえ、まだ挽回出来る筈だ。そう自分に言い聞かせて復讐者達に言い訳をしようとする。
「コホン、オレの先祖はボンゴレⅠ世、ジョットだ。先祖が子孫に色々と残していてもおかしくはないだろ」
「否、ソレハアリエナイ。ジョットハ子孫ニシモンファミリーノ事ハ伝エテイナイ。モシ、伝エテイタナラバラ、貴様ノ父親ガ知シラナイノハオカシイ」
「うぐぅっ!!?」
痛い所を突かれた。と、いうかこんな感じ前にもあったような気がする。
こういった時に何を言っても説得力は無い。
なら、真実を混ぜつつ本当の事は喋らないようにする。
「……………本当の事を言うと、オレにはジョットの記憶がある」
オレがそう言った瞬間、周囲が騒めく。
これは嘘では無い。オレにはジョットとの記憶が受け継がれている。
全集中の呼吸の影響なのか、それともボンゴレリングに選ばれた適応者の直系の子孫からなのか、それとも転生したという特殊性が原因なのか、その全てが要因なのかは分からない。
ただこの記憶のおかげでオレは力を身に付ける事が出来た。
「だからオレは全て知ってる。シモンとの約束も、お前達が復讐者が何者なのかを…………」
「――――成る程ね、納得がいったよ」
オレが隠していた秘密を打ち明けた瞬間、子どものものと思われる声が聞こえた。
声がした方向にあるのはこいつ等が出て来た黒い炎で、そしてオレはこの声に聞き覚えがあった。
「久しぶりだな。バミューダ・フォン・ヴェッケンシュタイン」
その名を告げると共に黒い炎から二人が姿を現す。
一人目は襲撃者と同じように包帯塗れながらも、鋭い眼光と黒い髪が特徴の男。もう一人がその黒髪で目付きが鋭い男の肩に乗っている。同じように包帯塗れで透明なおしゃぶりを付けた赤ん坊だった。
「いや、初めましてか。オレはジョットじゃないんだから」
「いいや、久しぶりで良いよ。沢田綱吉、いいや、ジョット君」
古くからの友と再会したかのような軽いやり取りを透明のおしゃぶりを有する赤ん坊、バミューダ・フォン・ヴェッケンシュタインとする。
「透明な、おしゃぶりのアルコバレーノ…………!?」
「お、おいお前! 一体何者だ!! 何で、そのおしゃぶりを持っているんだ!!」
ユニとスカルはバミューダの姿を見て反応を見せる。
特におしゃぶりを持っているスカルは、自身が着けている雲のおしゃぶりが共鳴している事から、バミューダが正真正銘のアルコバレーノだと理解している。
だからなのか、二人とも酷く狼狽した様子でバミューダを見ていた。
「それはボクがアルコバレーノだからさ。尤も、きみ達よりも前のアルコバレーノだけどね」
「前は前でも遥か昔だろう。ジョットが生きていた時代に既に復讐者を組織していたから、それこそ10世紀ぐらい昔でもおかしくない」
「流石にそこまで昔ではないよ。でもジョット君。きみにだけは言われたくないな。きみだってこの時代の人間じゃないじゃないか」
「あくまで記憶だけだ。オレは沢田綱吉だよ。ジョットじゃない」
記憶があるのは確かに事実だし、時たまジョットの記憶に行動が引っ張られる事がある。
とはいえ、オレはジョットとは違う。ジョットはジョット、オレはオレだ。子孫ではあるが何処までいっても別人だ。
その事をバミューダが理解していないわけが無い。
「いいや、きみはジョット君だ。少なくとも僕達はきみの事をそう認識した」
「…………傍迷惑な話だ。まぁ、それで良い。で、何でオレを狙った?」
バミューダに対し、復讐者二人にした質問をする。
「最初はさ、きみの事をよく居るようなマフィアになりたくないっていう我が儘な子どもだと思ってたよ。まぁ、それにしては行動力があり過ぎると思ったけど」
「オレからしたらそれぐらいやるのは当然だと思うけど」
「きみは一度常識について学び直した方が良いと思うよ。で、当初の予定では逃げ出したきみを捕まえて、その後ボンゴレファミリーに届けようかと思ってたんだよ」
「…………本当に迷惑な話だ」
「僕からしたらきみの行動の方がよっぽど傍迷惑だと思うけどね。でも、それはさっきまでの話だ」
そう言った瞬間、バミューダの纏う雰囲気が変わる。
「僕達は、きみが何も知らないで行動しているのだと思っていた。でもきみがジョットだというのなら話は違う。きみは全部分かった上で行動している」
「…………それが、オレを襲った理由か?」
だとするなら納得出来ない話ではない。
こいつ等は復讐者――――チェッカーフェイスに復讐する為に生き永らえている連中だ。
オレの行動を放置したら自分達の復讐が出来なくなると考えた。
そう思うオレの内心を見透かしてか、バミューダは笑みを浮かべる。
「ほら、やっぱり理解している。そういうわけだから、きみには大人しく捕まってもらうよ。スモールギア! ビッグピノ!」
バミューダがそう言うと先程襲い掛かって来た二人の復讐者がローブと包帯を脱ぎ捨てる。
現れたのは生きた人間とは思えないようなスプラッターな外見をした亡者達。その姿を見てクラスメイト達は恐怖の声を上げる。
「そんじゃ、かっこよく殺してやるよ。ボンゴレⅠ世」
「ピピ、プピッ」
迫る二人の復讐者を前に溜め息をつく。
何て最悪な日なんだろうか。マフィアの学校に通う羽目になり、そこで渾身の出来だと確信していた変装がすぐにばれて、挙句の果てには復讐者に襲われる。
「まぁ、仕方がないか」
世の中なんてそういうものだ。そう自分に言い聞かせて腰に下げていた刀を抜いて構える。
復讐者はバミューダを除いて全員が半死人で、夜の死ぬ気の炎を貰う事で生き永らえている身だ。
胴体に穴が開いても、普通ならば即死するような怪我を負っても死なない。
正直な話、復讐者連中を複数人も相手にした上で五体満足で勝つというのは不可能だ。
だから殺すつもりで、その上で死なない程度に無効化すれば良い。
「首から下は要らないかな」
そう呟いてオレは二人の復讐者と相対した。
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学園生活その7
そしてついに免許取得しましたー!
まだ車は購入してませんがこれでひと段落つきました。
――――それは化け物同士の戦いだった。
目の前で繰り広げられる闘争にシャマルはそう思わざるを得なかった。
先ず、二人の
スモールギアと名乗った巨大な耳かき棒を持った男の接近戦は、裏社会のヒットマンとして生きてきたシャマルの目から見ても脅威としか言えない。否、その評価ですら足りないだろう。それ程までの見事な身のこなしだ。
もう一方の武器を沢山持った巨漢、ビッグピノはあまり動いていないものの手に持った特殊な形状の武器で的確にスモールギアのサポートを行っている。その砲撃の威力も高く、果たしてどっちがサポートなのか、シャマルでさえ分からなかった。
実際のところ、どちらもサポートでどちらもメインなのだろう。
スピードと手数のスモールギア、破壊力と必殺のビッグピノ。互いにの弱点を補い、互いを活かす見事な連携だ。その弱点すら弱点と呼べない程高レベルだから余計に性質が悪い。
だからこそ、その二人を相手に対等に戦えている沢田綱吉は紛れも無く怪物だった。
ガキンという音を立てて、綱吉の持つ刀とスモールギアの持つ巨大な耳かき棒がぶつかり合う。
「やるじゃねぇかボンゴレⅠ世! 剣も使えるとはな!!」
「使えるように努力したからな…………お前のような奴とも打ち合えるように!!」
歴戦の殺し屋であるシャマルでさえこの三人の戦いは目で追うだけで精一杯だ。
だが、それでも――――。
「不味いな。このままじゃあボンゴレ坊主の奴、負けるぞ」
シャマルの呟きは互いにぶつかり合う剣戟の音に掻き消された。
+++
世の中本当に理不尽、というかオレに対してあまりにも厳し過ぎないだろうか。
スモールギアとビッグピノの攻撃を捌きながらそう思わずにはいられなかった。
幸せと不幸せは交互にやって来るというが、それにしたって不幸な度合いが強過ぎる。本当にお祓いでも行った方が良いだろうか――――いや、お祓い程度でどうにかなる程、あの悪霊達は甘くないか。
本当に勘弁してほしい。
ガキンと甲高い音を立てて、巨大な耳かき棒――――スモールギアが脳かきと言う武器で此方の攻撃が防がれる。
「よくもまぁそんな武器で防げるな」
「オレが強いからな。武器が無くても強いけど、なっ!!」
此方の顔面を貫こうと迫る貫手を紙一重で回避する。
そしてカウンターを叩き込もうと拳を握り、自らに向けられる殺意に気付きその場から離れた。
直後、ついさっきまでオレが居た場所に黒い炎の砲撃が叩き込まれた。
その砲撃はビッグピノが放った物で、もし当たってたら一撃で戦闘不能になっていたことだろう。
当然ながらスモールギアは回避している。
「くそ、本当に厄介だな」
元アルコバレーノを二人相手にするのはかなりきつい。
しかも前回とは違い、この二人は赤ん坊の身体ではなく、呪われているとは言え大人の身体だ。
攻撃のリーチが違うし、一発の重みも違う。いや、そもそも地力が違い過ぎる。
リボーン達と戦った時よりも強くなったけど、今のオレじゃあそれでも足りない届かない。
メイン武器であるグローブが無いからなんて言い訳は通じない、残酷な現実がそこにあった。
「厄介、ねぇ…………」
スモールギアは今まで使っていた脳かきを放り捨てて、ビッグピノから巨大なマラカスを二つ渡される。
そしてそれらを手に持ってオレに向かって突き付けて来た。
「お前まだ自分を強化出来る技があるだろ。オーバーフローモードとかいうやつ。何で使わねぇ?」
「…………使わないんじゃなくて使えないんだよ」
オーバーフローモードは
波紋で常に生命エネルギーを生産できるお兄さんと違ってオレが維持できる時間は五分間。
オレがオーバーフローモードになった瞬間、こいつ等は徹底的に持久戦を始める算段だ。そしてオレが力尽きた瞬間にとどめをさす――――いや、それ以前の問題か。
今戦っているのはスモールギアとビッグピノの二人だけだけど、この場にはバミューダとイェーガーの二人が居る。そうでなくても夜の炎の特性は転移、遠く離れた場所であっても関係無い。
本当、夜の炎がヤバすぎる。デイモンが手に入れようとするわけだ。
転移に警戒し、常に炎を薄く放射して探知しながら戦わないと強制不意打ちで殺される。
「お前ら二人ぐらい、オーバーフローモードにならなくても倒せなきゃお前達に勝てないからな」
それでも勝ち目が無いわけではない。
勝ち筋は限りなく低いけれど、この二人を超死ぬ気モードで倒せるだけの力をもてれば可能性が出て来る。
後もう一つの勝ち筋は――――いや、こっちはダメだ。リスクがあり過ぎる。
例え勝利出来たとしても何が起こるか分からない。そんな危険な力は使いたく無い。
だからこそ、オレは勝つ為に、挑発する為にこれから酷い事を言う。
「それに…………うん、ようやく馴染んできたし、そろそろ倒させてもらうよ」
「へぇ、成る程な――――お前、オレ達を舐めてるのか?」
瞬間、この場がスモールギアとビッグピノの殺意で満たされる。
肌がざわつく様な、呼吸が出来なくなる程に重い、とても濃密な殺意だった。
人外の殺意なのだから当然と言うべきか、後方でこの戦いを観戦しているクラスメイト達は息が出来なくなって膝をついている。
歴戦の殺し屋であるシャマルやアルコバレーノであるスカルでさえ冷や汗を流している。
ユニも苦しそうに見える。ちょっとこれは不味い、早く倒さなくちゃいけない。
「舐めてるつもりは無いよ」
「じゃあどういうつもりだ? これで舐めてないって言っても説得力がねぇぞ」
「だから舐めていないって。ただ、心の底からバカにしているだけだから」
殺意を剝き出しにしている二人に向かって、オレは本心から思っている言葉を言い放つ。
「は――――?」
オレが言った言葉にスモールギアは呆気に取られた顔を浮かべる。
「何時まで経っても復讐復讐、憎い憎い許せない許せないの一点張り。アルコバレーノに選ばれてしまった事は同情はする。でも、お前達がそれを語る資格は無いだろ」
アルコバレーノになってしまい裏社会に身をやつした以上、多かれ少なかれ人を傷つけ命を奪っている。
別にその事は否定しない。次のアルコバレーノを生み出さない為という理由も立派だ。
だけど、そんな自分を棚に上げて復讐の権利があると謳うのはふざけている。
「何が復讐者だ笑わせる。お前等に復讐を語る資格なんか、権利なんか欠片も無い。リボーンの奴もお前等と同じ扱いされたらぶちぎれるだろうね」
人の命を弄んだ奴の最後なんか碌なものじゃない。
その事をリボーンは良く分かっていた。チェッカーフェイスを憎いと思う心が無かったわけじゃないが、あいつはその事を受け入れていた。とはいえ、あくまでそれは死ぬ時の話。生きているのなら精一杯死ぬ気で生きなくちゃダメだけど。
「復讐するという気持ちを理解できないオレが言うのもなんだけどさ…………本当、惨めだと心の底から思うよ。折角生き残る事が出来たというのに、復讐復讐と絶対に叶わない。本当に惨めで哀れ」
「黙れぇええええええええ!!」
オレの挑発をスモールギアが怒声でかき消した。
その形相は憤怒一色に染まっており、さっきまでの軽薄な雰囲気は消し飛んでいる。
「てめぇに何が分かる! 自分の仲間の暴走を止める事すら出来なかった、自分の我が儘で結果的に仲間を死なせたてめぇに、何が分かる!!!」
「スモールギア、冷静になれ。そんな見え見えの挑発に引っかかるな」
「っ、悪い…………バミューダ…………」
バミューダの一声によって激高していたスモールギアの怒りが沈静する。
「…………耳が痛い話だな」
一方、オレはスモールギアの言葉に頭を痛めていた。
スモールギアの言う通り、デイモンと袂を分かつ事になった原因は間違いなくオレにあるのだから。
ボンゴレファミリーはあくまで自警団、その理念に従った結果エレナを死なせてしまった。
デイモンの考えが正しかったとは言えない。だけどエレナが死んだのはオレの、ジョットのせいだ。
今だから言える、争いが終わったからと戦力を減らし平和路線に進んだのは間違いだった。デイモンの言う事も決して間違っていなかった。彼の意見も併せて話し合っていればもっと違った結果になってたかもしれない。
でもそうはならなかった。
だからこそ、もう二度と失敗しないように徹底的にやる。
「挑発とはいえお前達の事を侮辱した事は謝罪する。すまなかった。だけど、オレも負けない為に挑発はさせてもらう」
本当は言いたくなかった。けど、落ち着きを取り戻してしまった以上、仕方が無い。
一つ懸念があるとするならこの挑発をすれば、間違いなく敵の増援が来て、ただでさえ少なかった勝ち筋が皆無になること。
そして、それでも勝つ為に使いたくない切り札を切らなくちゃいけない。
でもやらなくちゃ勝てない――――だから使う。
「オレは今、チェッカーフェイスが何処に居るのかを知っている。これは嘘じゃない、真実だ」
「――――ふむ」
そう言った瞬間、殺意が膨れ上がる。
今まで戦いを観戦していたバミューダとイェーガー、そして周囲を取り囲むように黒い炎が出現する。
炎のゲートから姿を現すのは沢山の復讐者達。
「あいつが何処に居るのか聞き出したいのなら、オレを倒して口を割らせてみろ」
「言われなくても、そうさせてもらうよ」
本当ならここでパワーアップしてスモールギアとビッグピノの首が飛んでました。
が、それだとこの先あれかなと思ったので強化はまた今度。
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学園生活その8
ちなみにまだまだ能力隠してますが?
アカデミアに出現した
それもその筈、挑発とはいえ自分達の事や過去のアルコバレーノの事を侮辱されたのだから。その上、自分達が100年以上の年月をかけて追い続け、見つける事すら出来なかった因縁の相手の居場所を知っていると来た。
おちょくっているにも程がある。そう思わざるを得ないだろう。
「随分と性格が悪くなったみたいだねジョット。死ぬまで変わらなかったきみの甘さも、流石に一度死ねば変わるのか」
「だからオレはジョットじゃないって何度言えば――――もう良い。お前等にそれを言っても無意味だと今気付いたよ」
復讐者達が集う中、オレは刀を肩に担ぎながらそう言い放つ。
「さっき言った通り、オレはチェッカーフェイスの居場所を知っている。それが知りたきゃ全員かかってこい」
それは宣戦布告を通り越して自殺のようなものだった。
敵は多数、それに加えて全員が格上。これを自殺と言わないでなんというのだろうか。
「言われずともそのつもりさ。きみには奴の居場所を吐いてもらう。どんな手を使ってでもね」
「それは奇遇だな。オレもだよ」
バミューダの淡々とした呟きが聞こえる。
平静を保っているように見えるが、その実内面は荒れ狂っているのが分かる。
流石は復讐する事を考えて今まで生き永らえて来ただけはある。
復讐という気持ちは理解できないけど、その思いの強さは分かる。それ程までに憎いのだろう、それ程までに許せないのだろう。
だからこそバミューダは夜の炎を生み出せたんだ。
こんな凄い奴相手に余力を残したまま勝とうと思っていたのが間違いだった。
何が使いたくないだ。オレ一人で目的を達成したいのなら、手段も目的も選びたいのなら、出し惜しみなんかせず死の物狂いで挑まなくちゃいけないだろうが。
そう自分に言い聞かせて覚悟を決める。
もう二度と使わないと決めた、その誓いを破る覚悟を――――。
「10分…………いや、5分以内に片を付ける」
刀に死ぬ気の炎を纏わせて一閃する。
すると死ぬ気の炎の輪が発生し、周囲を飲み込むように展開していく。
まるで津波のように押し寄せる死ぬ気の炎は、その強大な力に反して誰かを傷つける事は無い。
当然だ。この炎に威力は無い。
この炎は大空の特性である調和のみを引き出したものなのだから。
「攻撃力の無い炎をそんなに無駄遣いして何をするつもりだい?」
「こうするんだよ。裏返れ――――」
周囲に放った特性のみを引き出した死ぬ気の炎が世界を飲み込む。
オレを中心に世界が変化する。表と裏、内と外、オレと世界の境界を調和させて無くし、関係性を入れ替える。
固有結界、あるいは領域展開、あるいは創造。
それらをこの世界で再現したもの――――再現出来過ぎてしまった結果、封印せざるを得なかった技。
「時ノ庭園」
+++
綱吉が放った炎が消失すると世界が変わる。
さっきまでアカデミアの校庭だった場所が、炎で出来た花弁や氷で出来た花弁を有する花々が咲き乱れる草原に。そして神秘的な大地の上に立つ氷で出来た城という幻想的な光景に。
「時ノ庭園――――これがオレが持つ最強の技だよ」
出来る事ならもう二度と使いたくなかったけど。
そう付け加えた後、綱吉は刀を構える。
「どうなってんだこりゃ…………オレは夢でも見ているのか?」
シャマルは今起こっている事を理解できないのか、変わった世界を見渡す。
それは生徒達やスカルも同様で誰も彼もが綱吉が使った時ノ庭園に目を丸くしている。
「まさかきみが幻術が使うとはね。でも不思議な事じゃない。きみの義妹は術士、彼女に幻術の使い方を教えたのはきみなんだから」
バミューダ達復讐者は驚くこともなく、綱吉の方を注視する。
確かに見事な幻覚だ。自分達を騙す事が出来る術士は世界に数人も居ない。
だがそれだけだ。所詮は幻覚、対処は可能。
そう判断し、綱吉を仕留めようと攻撃に移ろうとする。
シャマルを含めた生徒達も復讐者の言葉を聞いて、この空間の事を幻覚だと判断する。
ただ一人を除いて――――。
「違う……………幻覚なんかじゃない…………!」
誰も彼もが幻覚だと判断する中、ユニだけは幻覚では無いと言うことに気が付く。
大空のアルコバレーノだから気付けたのか、あるいは特別な血筋だから気付けたのか。いずれにせよこの場において真に理解出来たのはユニのみだった。
どういった性質かは完全には分からない。
ただ感じる力は明らかに異質なものだ。死ぬ気の炎でも、異能でも、技術ですらない。取り返しがつかなくなるような、そんな力をユニは感じた。
「沢田さん…………これは一体…………!?」
「先に弁解しておくけどオレはこの技を使うつもりは皆無だった」
ユニからの問いに綱吉は刃を軽く振るい、憂鬱と言わんばかりに溜め息を吐く。
「オレは人間でいたいから、人間として死にたいから。でも、それで目的を達成出来なくなっては本末転倒。だから、5分以内に片をつける」
「大口を叩くのは良いけどこの数を相手に勝てると思ってるのかい?」
「思ってる、いや、既に勝ったも同然だよ」
綱吉がそう言った瞬間だった。
復讐者達の全身が凍結し始めたのは。
「なっ、零地点突破!? 予備動作は無かった筈――――」
足先から上へと向かって凍り付いていく自身の身体に復讐者達は困惑の声を上げる。
「だが、零地点突破の氷は死ぬ気の炎で溶かす事が出来る! この程度で僕達を倒せると思うな!!」
凍り付いていく自分の身体の自由を取り戻そうとバミューダ達は夜の炎を放出し、氷を溶かそうとする。
すると身体から放出した炎が物凄い勢いで、見えない何かに奪われていく様な感覚に襲われた。否、実際に奪われていた。
「が、な、何だこれは…………?」
氷を溶かす事には成功したものの、今度は急速に炎が奪われていく。
その現実に復讐者達はキツそうな表情を浮かべた。
「まさか…………炎の放出を止めろ!!」
バミューダの言葉に促され、復讐者達は炎の放出を止める。
それと同時に身体の凍結が再開する。いや、それだけではない。死ぬ気の炎の放出を止めたにも関わらず、内に秘めてある死ぬ気の炎を、生命力をも奪われていた。
「ジョット! 貴様、何をした!?」
「何もしてないよ。これがこの世界のルールだ」
綱吉の額に灯っていた死ぬ気の炎が髪に燃え移り、出力が上昇する。
「この世界では死ぬ気の炎を使わなければ身体が凍り付き、使えば必要量以上に奪われる。使わなくても奪うけど、まぁ使った時に比べれば少ないが…………お前達復讐者には効果的なんじゃないか?」
「…………わかってて言ってるなら、本当に性格悪くなったな貴様」
復讐者は夜の炎を産み出したバミューダを除いて、全員が自力で炎を産み出す事が出来ない。その為、バミューダが夜の炎を供給しなければ生きることすら不可能なのである。
故に死ぬ気の炎を必要以上に使わせ、更に使わなくても奪っていくこの空間は復讐者達にとって相性がかなり悪い。否、最悪と言っても過言では無い。
「悪いけど、さっき言った通り5分以内に倒す。無駄話は、これでおしまいだ」
復讐者達にそう告げた瞬間、綱吉は手中に収まっていた刀を一閃する。
「イクスブレイザー!!」
オーバーフローモードによって強制的に出力が引き上げられた一撃が、現在進行形で死ぬ気の炎を奪い取られていく復讐者達に襲い掛かる。
回避は不可能。夜の炎を使って転移しようにも死ぬ気の炎を自己生産出来るバミューダ以外、大量の炎を消耗する転移を使えばガス欠となり凍り付くことになる。
カウンターも当然不可能。比較的負担の少ない部分転移ならば使う事が出来るが、この空間でそんな事をすれば何が起こるか分からない。最悪、転移した瞬間、腕が千切れ飛ぶ事になる。
防御は――――可能!
「イェーガー君!」
バミューダはイェーガーに渾身の夜の炎を注ぎ込む。
注ぎ込む瞬間にもかなりの量の死ぬ気の炎を奪われたが、それでも密着していれば注ぎ込めないわけではない。
「――――ああ、バミューダ」
そしてイェーガーもバミューダの意図を察し、夜の炎を使って全身を転移させる。
転移する場所は今攻撃しようとしている沢田綱吉の背後。
「くそっ!」
背後を取ったイェーガーは死ぬ気の炎を纏わせた手刀を振るい、転移した事に気が付いた綱吉はイェーガーの一撃を刀を持っていない手で防ぐ。
大空と夜、二つの属性の炎が轟音を鳴らしてぶつかり合う。
「…………今のを防ぐとは思わなかったぞ」
「防げるよう努力したからな」
イェーガーの呟きに綱吉は冷や汗を流しながら返す。
「本当、化け物だな…………死ぬ気の炎を奪われてる状態だっていうのに、ここまで強いんだから」
「化け物っていう単語、きみにだけは言われたくないんだけどね」
そう言い合いながら綱吉とイェーガーは互いに拳を叩き込み、両者共に吹っ飛んだ。
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学園生活その9
復讐者戦は書くのが難しかったです…………書いていて楽しくはあったんですが夜の炎が強すぎるんじゃ…………。
正確には多対一も出来ないわけじゃないのだろうが、一番得意なのが
ただ相手を倒すのがあまりにも速過ぎてそう認識出来ない。
特性である
どちらにしろ対人において全快の復讐者相手に戦える人間はそうは居ないだろう。
とはいえ、連中も生きているとはいえないような外見をしているが一応は生き物で、思考する存在だ。無敵と言うわけではない。
大気中に毒をばら撒けばあいつ等だって無事じゃ済まないし、認識できない速度で超高火力かつ超広範囲の攻撃を連続で叩き込めば絶対死ぬ。
そう言う意味ではこの時ノ庭園は連中に対し有効的な攻撃だったんだろう。
なのに――――、
「そこまで動き回れると本当に効いてるのかって思うよ」
死ぬ気の炎を纏わせた刀との剣戟を交わしているイェーガーに対しそう呟く。
時ノ庭園が発動してから1分経過。イェーガーとバミューダとの戦闘はまだ続いていた。
腕などの一部の部位の転移を不可能にし、自ら炎を生産出来ない身である復讐者達の呪われた肉体ではただ居るだけでダメージを負うような空間だ。全く効いていないわけじゃないのだろう。
だけどバミューダが常に死ぬ気の炎を補填し続けるせいでイェーガーの戦闘力は落ちていない。
本当に厄介だ。いや、厄介と言うより無理ゲーだ。
部位の転移が出来ないというだけで全身の転移自体は可能なんだ。
本来のオレのスペックだと天地がひっくり返っても勝てないくらいの実力差がある。それをオーバーフローモードで強引にスペックを引き上げて何とか食らいつけているようなものだ。
「っ、くそ――――」
日暈の龍・頭舞いでイェーガーの攻撃を捌き、それでもなおイェーガーの攻撃を受け切れず、そのままぶっ飛ばされる。
そして背後に転移してきたイェーガーの貫き手が襲い掛かる。
碧羅の天で迎撃し、衝撃を和らげる。が、和らげただけで相殺し切る事は出来ず、そのままぶっ飛ばされる。
今度もまた同じように背後に現れ、攻撃しようと刀を振りぬいた瞬間には背後に転移している。
「さっきから後ろばっかり狙って…………!」
火車に繋げて転移したイェーガーに攻撃を加えようとするも、手応えは皆無だった。
「…………ああもう、フラストレーションが溜まる! 早く倒さなくちゃいけないのに!!」
あるいはそれが向こうの狙いなのだろうか。
五分以内に倒すということを五分しかこの空間を維持できないと判断しているのか。いや、してても無理は無いか。こんな大規模な技、死ぬ気の炎を消費するのは展開だけで維持するのには必要無いだなんて普通は信じられない。
いや、それは無いか。向こうに余力があるのならそれもするんだろうけど、相手側も時間をかけていられない。仲間が死に瀕しているんだ。時間切れなんか狙う余裕は向こうには無い。
本当に転移が厄介過ぎる。
「日の呼吸の技とは相性が悪いか…………」
と、いうよりは呼吸の技自体が復讐者相手には届き辛いのだろう。
そもそもとして呼吸は鬼の首を斬る為の技で、日の呼吸の深奥は鬼の始祖を朝まで殺し続ける為の技。
呼吸による剣技だけでは奴等を仕留めきれない。かといって新たな技という名の付け焼き刃は通じない。流派を越えなくちゃならない時雨蒼燕流なら話は違ったのかもしれないけど。
それでも何とか打ち合えてるのは呼吸と技のお陰でもある。
だけどこのままだと詰む。炎の吸収を強めるのは出来ない。そもそもとしてあまり使ってこなかった技なのだ。強めたら何が起こるか分からないし制御も出来ない。
本当にどうしようもない。
超直感で敵の攻撃を察知し、呼吸とオーバーフローモードの併用で防御をし続ける。
でもそれは何時迄も続かない。このままだと先に殺されるか、時間が来てしまう。
調和斬りならば必ず当たるが、向こうは絶え間なく攻撃を続けている為、発動すら不可能。
「なら、こうするか!!」
刀に大量の炎を纏わせて放出する。
「イクスブレイザー! からの、灼骨炎陽!!」
刀身を伸ばして、推進力も利用して全方位に何度も刃を振るう。
「――――っ!!」
イェーガーは転移で回避しようとするも、広範囲の攻撃を避ける事は難しかったようで、一度目は回避に成功したものの二度目は回避する事が出来ずに直撃する。
やっぱり夜の炎は範囲、あるいはマップ攻撃に弱い。
此方の攻撃を転移で回避しようとしても、転移した先も攻撃範囲内なら意味が無い。壁の中に転移する事が出来ないように、転移不可能な程埋めてしまえば奴の攻撃は意味を無くす。
本当に面倒臭い。コイツら相手に近接戦闘なんてバカのやる事だ。
そしてその馬鹿な事をしなくちゃならないってのが本当に辛い。
「…………仕方ない、か」
バミューダよりもイェーガーの方が厄介だ。単純な技量ならこっちの方が強いし、何より動きが超直感があっても読み辛い。
――――だから、コイツはここで仕留める。
これから先生きていたら間違いなくオレの目的の邪魔をしてくる。
他の復讐者は別に良い。呪解していないバミューダも同様だ。だけど、イェーガーはダメだ。コイツだけは見逃せない。
どんな手段を使ってもイェーガーはこの場で確実に殺す。
「悪いけど、ここからは殺す気でいく」
刀を地面に突き刺し、冷気を纏わせる。
「氷焔世界イクスノヴァ」
刃から放たれた冷気がこの世界の大地を凍結させ、イェーガー達に襲い掛かる。
「かわすんだ、イェーガー君」
バミューダの指示通り足下から迫る攻撃を回避しようと跳躍する。
当然、逃がすつもりは無い。上に跳躍して回避したイェーガーを追撃する。
「ギアッチョーロ・ランチャ!」
凍り付いた大地から氷の槍を出現させ、イェーガー達を貫こうとする。
だが次の瞬間にはイェーガー達の姿は消失していた。
「また転移…………いい加減しつこいっての!!」
当然、避けられるのは知っていた。
知っていてワザと放ったんだ。でもその事を顔に出してはいけない。
まだか、まだか、まだか。まだ奴は罠にかからないか。
こっちにはもう時間が無いってのに――――!
「――――焦りを見せたな。明確な隙だぞ」
その言葉が背後から聞こえたと共に自身の左腕が宙を舞う。
遅れてやってきた激痛と喪失感に襲われ、ボスリという音と共に自分の左腕だった物が地面に転がった。
「ぐっ…………!」
くそっ、しくじった。攻撃を受けるつもりは無かったんだけれど、やっぱり防ぐのは無理だったか。でも、これはこれで良い。最善の軽いダメージぐらいが本当は良かったけれど、こっちは致命傷も覚悟していたんだ。
それを考えればまだ左腕を失ったぐらいだ。
そう自分に言い聞かせながら傷口を凍らせて止血し、反撃に転ずる。
「遅い」
だがイェーガーは此方の攻撃を防御する事無く、腕の一振りで刀身を砕く。
「終わりだ」
そしてイェーガーがオレを仕留めようと腕を振り下ろそうとする。
防御は不可能、奴はその防御すら貫くしそんな暇は無い。同じように回避も間に合わない。
「――――掛かった」
でも攻撃だけは、カウンターだけは間に合う。
奴に付着したオレの血液を媒介にギアッチョーロ・ランチャを発動する。
氷の槍がイェーガーの腕を、胴体を貫いた。
「ぐっ!?」
「お返しだ…………よぉく味わえ!」
「イェーガー君! 避けるんだ!!」
想定外のダメージを受けたことで動きが止まったイェーガーの顔面に拳を叩き込む。
バミューダが動くように促すも時既に遅く、オレの拳は奴の鼻っ柱を捉えていた。
「がっ…………」
渾身の炎を一点に集中し、全集中の呼吸で強化した拳で殴ったんだ。
それなりに効いているとは思う。今のは確実に決まった筈だ。
夜の炎の硬度はそこまで強くない。霧の炎よりは上なのかもしれないが、鋼鉄を貫けない程度の威力しか発揮できない。思い返せば復讐者達の中でも高威力の技を使う事が出来るのはビッグピノのバズーカだけだった。
「成る程、少しずつ理解出来て来たぞ。その炎の弱点が」
こうして実際に戦ってみないと分からないものだ。
そう思いながら氷で武器を造り、イェーガーに襲い掛かる。
「っ、その動き…………! スモールギアの!!」
「見て覚えた!!」
氷の武器を剣、槍、土、斧に変形させながら戦いを続ける。
本当にスモールギアの動きをよく観察して良かった。あいつの動きはオレの目指す理想の動きだった。だから見て盗んだ、見稽古っていうやつだ。
尤も、超直感と全集中を組み合わせて何とか再現出来るだけだし、オリジナルとはかなり違った動きをしているから厳密に言えば全く同じでは無いのだろう。
だけど、奴の武器を選ばない戦い方は本当に参考になったよ。
「そして、これで終わりだ」
此方から距離をとろうとするイェーガーの両手両足を、バミューダを凍らせて動きを止める。
バミューダに関しては寸前で気付かれたのか、イェーガーから距離を取った為失敗してしまったが。
「なっ、これは…………!?」
「実を言うとさ。最初からやろうと思えばこれやれたんだよ」
この世界は大地から大気の一欠けらに至るまでオレそのものである。
なのでその気になれば何処からでも好きな場所に死ぬ気の炎を発生させることが出来るし、何処からでも好きに凍結させることも出来る。領域展開のように必中必殺というわけにはいかないが、やろうと思えばそれに似た事は出来るのだ。
「やらなかった理由は最初からこれを出来ると判断して戦ってくるだろうからね。出来る限りダメージを与えてから使いたかったんだよ」
「貴様、最初から手を抜いていたというのか!!?」
「手加減した覚えは無いけど、まぁうん。使っていない手があるっていうのを手を抜いていたっていうのなら、手は抜いていたな」
時ノ庭園の中でしか使えない奥の手もまだあるわけだし、その表現は間違いじゃない。
ただ使いたいかどうかと聞かれれば死んでも使いたくないと答えるだろう。奥の手に関しては使ってしまえば制限時間が短くなってしまうのだから。
「それじゃあ、そろそろ終わりにしようか」
氷の槍を複数宙に作成する。
もうイェーガーには近づかない。残された力で転移してきても対応できるようにここで仕留める。
「止めろ!!」
バミューダがそう叫ぶのと同時に背後に転移する。
「悪いけど、そう来るのは読めていた」
超直感と透き通る世界、そして周囲に炎を張り巡らせている。
そんな状態で身体に力を入れれば何かしてくるなんて簡単に予測できる。
死ぬ気の炎を拳に集めて、背後に居るバミューダに拳を叩き込む。
かつて覇気、あるいは流桜とも呼ばれている技術の再現。要は外側と内側両方から破壊する技だ。
なら無駄にしていた力を対象に送り込めば燃費が良くなった上で再現は可能だ。
「ぐぁああああああ!!?」
バキリと何かに亀裂が入るような嫌な音と共にバミューダは叫び声を上げる。
これで邪魔者は居なくなった。そう思いイェーガーの方に向き直る。
「それじゃあイェーガー。夜の炎はオレが貰うよ」
そして宙に待機させていた氷の槍を動けないイェーガーに放とうとして――――ドクンという音が胸から鳴った。
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学園生活その10
「…………何処からどう見ても化け物同士の戦いだな」
沢田綱吉が作り出した異界、その草原の丘の上でシャマルは目の前で繰り広げられる戦闘を座りながら見下ろしていた。
とてもではないが介入する事は出来ない。一流の殺し屋であると自負している自分でさえ、
尤も、あくまで自分の本領は暗殺。トライデントモスキートと呼ばれている蚊を使い、自らの身体に宿る666の不治の病を感染させるというやり方だ。この業界で生きている以上それのみでしか戦えないわけじゃないが、それでも直接戦闘は苦手と言える。
だが、それでもこれだけは言える。あの化け物同士の戦いの中に入り込める奴は世界に数人しか居ないだろう。
「腕を斬り落とされても、胴体に穴が開いても関係無いか」
互いに相手の存在を否定した戦い、とでも言えば良いのだろうか。
見ていてあまり気持ちの良いものじゃない。殺し合いにそんなものを求める気は欠片も無いが、それでもあの戦いは見てられない。
どちらも相手の事を見ていない、何か別の物を見て戦っているみたいだ。
だからあんな戦いが出来るのだろうか。
あんな戦い、やっている方もやられている方も辛くなるだけだというのに。
「お前等、よぉく見てろよ。あれは絶対に真似しちゃいけない戦い方だ」
そう言ってシャマルは自分の背後に居る、この戦いを観戦している自分の生徒達に視線を向ける。
誰も彼もが静まり返り、眼前の戦闘を見ていた。
その姿には朝の時に見せていた余裕のある、というよりも何処か世界を舐めていたような態度は欠片も無かった。
「あんな戦い方をしていたら後がねぇ。名誉の負傷なんて言葉を使ってかっこつけてる奴も居るが、ダメージなんて負わない方が良いんだ。ダメージを受けるのは仕方ねぇ。だがあいつのように自分が傷つくことを前提に動く事は間違っている」
「しゃ、シャマル先生は分かってたんですか?」
「ああ? そんなものたりめーだろ。何年この業界に居ると思ってるんだよ――――まぁ、何百年生きてても分からない奴には分からないけどな」
憎しみは目を曇らせるというが、正しく復讐者達はその言葉に当て嵌まる。
何を憎んでいるのかは分からないが、裏社会の掟の番人がその使命を放り出してまで沢田綱吉と戦ったのだ。
相当憎い相手だったのだろう。しかし、その憎悪を利用された時点で勝負に負けていたも同然だった。
あるいは、最初から沢田綱吉の作戦通りだったのかもしれない。
「そこまで頭が回るんならもっと良い方法があったんじゃねぇのか?」
こんな大規模な力を行使できるのなら他にももっと良い方法があっただろうに。
そう思いながらシャマルは立ち上がる。勝敗は沢田綱吉の勝利で終わった。
本当にあの復讐者達に勝ったのか、とは言わない。この勝負は復讐者達が慢心し、それに溺れて敗北したのだ。
「本当に憎しみってのは恐ろしいねぇ。足下も見えなくなるんだからよ」
復讐者達は悪手ばかりを選び、沢田綱吉は良い手だけを打った。
それに加えて復讐者達は良い手を打てないように誘導されていた。
まだ齢13のガキがここまでやってのけたのだ。本当に末恐ろしい。
「おめぇはもう、十二分に立派な悪人だよ。ボンゴレ坊主」
もしこいつをボンゴレ10代目にしたらどうなるのだろうか。
今のままではかなりの問題がでるだろう。だがリボーンならばあの坊主の悪いところを矯正出来るだろう。
そう結論づけたシャマルはリボーンに連絡を取って引き取ってもらう事にした。どう考えても自分には手に負えない。こんな劇物はそれに相応しい奴が対処すべきだ。
そう考えるシャマルに対し、ユニは顔を真っ青にしていた。
「ダメです…………沢田さん」
綱吉が居る方向に向けて手を伸ばす。
届かないと分かっていても、間に合わないと分かっていてもそうせざるを得なかった。
たった今予知した未来があまりにも最悪なものだったから。
「今すぐこの空間を解除して下さい! 沢田さん!!」
ユニが大きな声で叫ぶ。
それと同時に綱吉が口から血を吐き出した。
+++
「がふっ…………!?」
イェーガーの瞳に映ったのはたった今自分にとどめを刺そうとした少年が血を吐き出した姿だった。
今の今まで優位にたっていた筈の者が血反吐を吐き苦しんでいる。
宙に浮いていた氷の槍も砕け散っている。
「そ、んな…………もう、時間切れ?」
そう呟くと同時に綱吉はその場に膝をつく。
「くそ、今すぐ解かないと…………ダメだ、もう…………」
言葉の意図は詳しく分からない。だが、この異様な空間を作成した以上、何かしらのデメリットがある筈だ。そのデメリットがこれなのだろう。そう判断したイェーガーは身体を凍て付かせている氷を溶かし脱出する。
残された炎はもうそんなに残っていない。だから、これで終わらせる。
イェーガーは綱吉の命を奪わない程度に破壊しようと攻撃を加えようとし、綱吉の失った筈の左腕で攻撃を防がれた。
「何――――」
失った筈の腕で自身の右腕を掴んで攻撃を止めた、その事に驚愕するよりも先にイェーガーは綱吉の変化に気が付く。
口から見える歯は肉食獣の牙のようなものに変化しており、表情からはさっきまでの焦りが消えていた。
だがそれよりも目立つのは
全身のリミッターを外す超死ぬ気モードが解除されているにも関わらず、感じる力はさっきよりも強かった。
「…………っ」
グシャリという音と共にイェーガーの右腕が綱吉の左手によって圧し折られる。
「っ、何という力だ…………!」
とてもではないが人間のものとは思えない力だった。
死ぬ気の炎や身体のリミッターを外したり、肉体を強化する方法は裏社会には沢山ある。だが目の前の沢田綱吉から感じる力はそれらとは根本的に違う。肉体の性能そのものが引き上げられている。
まるで人間とは違う生物を死ぬ気の炎無しで相手にしているみたいだ。
いや、そもそも人間かどうかすら疑わしい。奪い取った筈の左腕が生えているなんてありえない。
そして幻覚でも無い。
「ジョット、いや、沢田綱吉…………貴様は何だ?」
イェーガーの問い掛けに綱吉が答える事は無く、代わりに頭部に向かって腕を振るう。
速度と感じる力こそさっきより上がっているが先程までの攻撃に比べればあまりにも稚拙。
炎が尽きかけている今の自分でも避けるのは容易い。そう判断したイェーガーは攻撃を回避しようと後方に下がり――――強い衝撃をその身に受けて吹っ飛んだ。
「がふっ!?」
決して馬鹿に出来ない威力の衝撃は一瞬でイェーガーをボロ雑巾に変える。
「な、がぁ…………」
一体何が起こったと言うのか。
死ぬ気の炎は纏っていなかった、技術も何にも無い単純な力任せの攻撃だった。
完全に回避した筈だ。いや、回避した。なのに自分は今無様に転がっている。
どうして、自分の胸に深い切り傷が付いているのか。
「グルル…………」
獣の唸り声のようなものをあげながら綱吉は手を地面に付ける。
まるで四足獣のように走り出し、イェーガーに追撃を加えようとする。
「させるかってんだ!!」
だがイェーガーが攻撃される事はなく、綱吉は大砲の一撃をくらい吹っ飛んだ。
大砲の砲撃が放たれた方向に視線を向ける。
そこにはスモールギアがビッグピノの大砲を携えて構えていた。
死ぬ気の炎が取られている為かただでさえ悪かった顔色はより青く、ビッグピノのような巨体が使うことを前提に作られた大砲の反動もあって息を切らしている。
「無事かイェーガー!」
「すまないスモールギア。何とか無事だ」
心配そうに窺うスモールギアの言葉にイェーガーはそう返す。
彼の背後にはここに来た全ての復讐者がおり、その内の一人の腕には気絶したバミューダが抱えられている。
「その姿で無事とはとても言えないぜ」
「気にするな。我等はバミューダの炎があればいくらでも生存出来る――――奴とは違ってな」
そう言ってイェーガーは視線を綱吉が吹っ飛んだ方向に向ける。
死ぬ気の炎で防いでいなかった以上、生身で大砲を受けたも同然。人間であるならば即死だろう。
事実、綱吉の身体は見るも無惨な肉塊に成り果てていた。
しかし、その肉塊は僅かな時間で元の人間の姿に戻っていく。
溢れた臓腑も、砕けた骨も、完全に木っ端微塵になった筈の脳でさえも元通りになっていく。
「もう一度聞く、沢田綱吉…………貴様は何だ?」
戦慄するイェーガーのその言葉に綱吉は背中から触手のような管と巨大化した背骨のようなものを生やし、攻撃を再開した。
この世界に居る者は知り得ないその能力は、かつて鬼の王と呼ばれた存在のものと同一だった。
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学園生活その11
取り敢えず今回で復讐者戦は一回決着です。
「逃げるぞ」
間髪入れずに呟いたスモールギアのその言葉にイェーガーは非難がましい視線を送る。
すると視線の意図を察したのか、スモールギアが肩を竦める。
「少し落ち着けよ。お前だって分かってんだろ。今の状態であいつに勝つのは無理って事は」
「…………っ」
「まぁ、普段の調子に戻ってもアレを倒せるかは分からんがな」
スモールギアは視線をある方向に向ける。
そこには獣のような唸り声を上げる沢田綱吉だったものの姿があった。
背中から生えていた複数の管のような触手は骨格を形成し、身体の至る所からは血のように真っ赤な金属のような刃が生えている。
何処からどう見ても化け物でしか無かった。
「こんな見た目をしてるオレ達が言うのもあれだけどよぉ。化け物は化け物、人外は人外でも明らかに人間じゃねぇよ」
裏社会には化け物染みた強さを持つ人間が居ないわけでも無いし、外見が怪物染みた存在も皆無じゃない。
復讐者達自身も自分達が既に人間でないのは理解している。
だが目の前のこれとだけは一緒にされたくなかった。
「腕を失っても、臓器を失っても、頭部が消し飛んでもすぐに生えてくる。そして問題無く活動する。なんだこりゃ、文字通り物語に出て来るような不死の怪物じゃねぇか」
「スモールギア」
「しかも時間が経つにつれて強くなっていくとかどうしようもねぇ。今のオレ達の手に負えねぇよ」
イェーガーが静止するもスモールギアは捲し立てるのを止めなかった。
実際、スモールギアの言う通りだった。
最初こそ腕を切り落とすなり、首を切り落とすなりすれば新たに生えてくる等して少しだけ時間を稼げた。しかし今はそれすらも出来ない。首を斬り落とそうと刃を通らせた瞬間にはくっついている。傍目から見たらただ刃が通過しているだけにしか見えない。しかも、肉体強度は鉄を連想させる程に硬い。
そんな怪物を力を制限されまくっている今の状態で勝てると思う程、イェーガーは愚かでは無い。
「チェッカーフェイスの居場所は知りたいがそれを手に入れる為に戦って全滅しましたは洒落になってねぇ。耐えろ、今は耐える時だ」
「…………分かった」
スモールギアの言葉にイェーガーは逡巡した後、同意する。
「んじゃ、全力で逃げるぞ」
その言葉を皮切りに復讐者達は背を向け逃げ出す。
後ろから襲い掛かってくる怪物の攻撃を何とか回避する事に成功し、無事に時ノ庭園の展開範囲から脱出した。
+++
「おまっ、ふざけんじゃねぇ!! 暴走したコイツを放置して逃げんじゃねぇよ!!」
逃げ去っていく復讐者達の後ろ姿を見て、シャマルは間髪入れずに叫ぶ。
とてもではないが叫ばずにはいられなかった。
どう見ても化け物としか言いようが無い姿になった奴を、それも一目見ただけで正気を失っていると分かるほどに暴れ狂っている奴を置いて逃げ去ったのだ。
傍迷惑としか言いようが無い。
「くそっ! 戦っていた復讐者が居なくなったら次にあいつと戦わなくちゃいけないのはオレ達じゃねぇか!!」
理性があるのならばそんな事しなくても良いのかもしれないが、残念なことに今の沢田綱吉にそんな事が分かるとは思えない。
事実、復讐者という敵が居なくなった今、悍ましい程の殺意を向けられているのはシャマル達だった。
向けられる殺意は人間が人間に対して向けるものじゃなかった。裏社会で生きている以上、そういった思考の狂人と関わった事が無いわけではない。だがこうして自分にその殺意を向けられるとは欠片も思っていなかった。
「あ、あぁ…………」
生徒の一人がその場に尻餅をつく。
何やら股が濡れているような気もするが構ってはいられない。
目の前の飢えた肉食獣をどうやって止めるか、そっちを考えるだけで精一杯だった。
「グルル…………」
そして、綱吉は獣のような唸り声を上げ、背中から生えている触手で攻撃を開始する――――、
「沢田さん!!」
その直前でユニが一歩前に飛び出し、皆を庇うような形で両手を広げた。
「なっ、おいユニ嬢ちゃん!!?」
ユニの突然の行動にシャマルは思わず声を上げる。
愚行、無鉄砲、考え無しの行動としか言いようが無い。
だがそれを止めようにも時間は無く、綱吉はユニに向かって触手を振るう――――直前で自分自身にその攻撃を叩き込んだ。
「なっ!?」
綱吉の突然の行いにシャマルは驚愕の声を上げる。
見るも無惨な姿になりながらも、綱吉の身体は再生を始める。
だがさっきとは違い、そこには何かしらの意思のようなものが見える。
「…………いい加減に、しろ。大人しく、なれ!!」
そう叫ぶと同時に綱吉は自らの炎で自分自身を攻撃し始める。
瞬間、綱吉が作り出した世界に亀裂が入り、時間も経たない内にあっという間に広がっていく。
世界が壊れるというのは、この光景の事を言うのだろうか。
「とっとと、壊れろ…………!!」
ガラスが砕け散った時に出るような音が響くと同時に世界が砕け、元の校庭の風景に戻る。
さっきまでの神秘的な光景は最初から嘘のように掻き消えた。
「あー、くそ…………やっぱり発動するんじゃなかった」
肉体こそ元通りになりつつあるが、その身体には明確なダメージが刻まれていた。
元に戻る速度もさっきとは比べものにならない程に遅く、口と鼻、そして目から大量の血を流している。
スプラッタな光景とでも言えば良いだろうか。少なくとも見てるだけで死にかけというのが分かるくらいには重症だった。
「…………無理、限界」
短くそう呟くと綱吉はそのまま前のめりに倒れた。
「沢田さん!?」
ユニは綱吉の名を叫びながら、現在進行形で赤い血の水たまりを作っている少年の下に向かう。
「…………オレ達は、一体何を見ていたんだ?」
生徒の一人が困惑に満ちた声でそう呟いた。
かくして、復讐者の突然の襲撃は終わりを迎えたのであった。
+++
――――時ノ庭園はオレが作り上げてしまった、作るべきではなかった技だ。
モデルは固有結界に領域展開。どちらも心を形にするものだった。
だが出来上がったのはかなりヤバい代物だった。作った事を後悔してしまうぐらいには危険な技なのである。
この空間本来の能力は時間操作。横の時間軸を司るマーレリングを有する白蘭の能力に似て、縦の時間軸を司るボンゴレらしい能力だ。この空間の中では自分の好きなように時間を弄ることが出来、逆行、加速、停止も自由自在だ。それに加えて空間自体がオレの身体ということもあり、零地点突破も空間内では何処でも発動可能で思いのままだ。
当然、そんな能力にはデメリットがつきものだ。と、いうよりとんでもない副作用がこの技にはある。
それは時間経過によってオレ自身が変質する事だ。
何でこのような副作用があるのかは分からない。ただ一つ言えることがあるとするならば、この副作用は決して軽くないと言うことぐらいだ。
第一段階は鬼化で弱点の無い不死の鬼に変ずること。正直な話、これだけならば時間こそかかるもののまだ人間に戻る事が可能だ。が、第二段階以降がどうなるのかは分からない。まだ戻る事ができる第一段階とは違って、それ以降はどうにもない事になると超直感が告げていた。
しかも、時間の操作を使えば次の段階に至る時間が短縮されるというおまけ付き。
出来れば技を開発している段階で警告して欲しかったのだけれど時既に遅く、完成した瞬間にその危険性はオレに牙を向けたのだ。
「本当、世の中思い通りに進まない」
至る所に亀裂が走った時ノ庭園の中、オレは玉座に腰を預けながら溜め息を吐く。
時ノ庭園は発動にこそ死ぬ気の炎を使うが維持には必要無い。勝手に展開されるのだ。
そして自らの意思で展開を止め、解除する方法は無い――――皆無だ。
止めるには自らにダメージを与え、死に瀕する程の重傷を負う事ぐらいだろうか。
尤も、それでも身体の変質は止められず、このままだと20歳を迎える頃には肉体は人食いの鬼になってしまう。
発動していなくても肉体を変えるなんて本当に碌でもない。いや、実際には解除できてないのかもしれないが。
「まぁ、それはそれとして…………」
玉座から立ち上がり改めて時ノ庭園を見渡す。
世界には亀裂が広がり、展開前の美しさは見る影も無い。
「当分時ノ庭園の展開は不可能だな」
時ノ庭園の展開を止め解除した場合、再発動には暫くの時間を要する。
その時間は大体三ヶ月ぐらいだ。もし復讐者が再び襲撃しにやってきたら間違いなく負けるだろう。
いや、今度来る時は絶対時ノ庭園対策の装備や準備をしてくるからどちらにしろ負けるか。
ユニの未来予知で復讐者が再びやって来るのは分かっているし。
ふぁっきん。
「鬼化も解かないといけないし、本当に嫌になる」
幸いだったのは第一段階で暴走してもすぐに意識を取り戻す事が出来、肉体のダメージを即座に回復できた事だろう。
本来ならば暫くの間は身動きすら取れないような大怪我だったのだから、それを考えれば大分軽い。とはいえ、鬼化はすぐにでも解かないとまずい。
自分の意識を取り戻したとはいえ、肉体は人間しか受け付けないのだから。
一応動物の血肉でも代用は可能だけれど、それでも早めに戻った方が良いに決まっている。
「一週間までには元に戻りたいなぁ」
確か、以前は元に戻るのに二週間かかったんだっけ?
あの時は地獄だったなぁ。人間の食事を受け付けない中、怪しまれないために死ぬ気で胃袋に押し込んで、後で体調崩したんだ。
幸いな事にこの学校の施設なら人間由来の、輸血用の血液があるだろうしそれで飢えを防ぐ事が出来る。
それでもこの身体について色々と聞かれることにはなるだろう。
「本当、邪魔ばっかり入る」
別に復讐そのものを否定するわけではないけれど、だからって何でオレに襲撃を仕掛けて来るんだよ復讐者連中は。
そんな事を考えながら意識が浮上するのに身を預けた。
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学園生活その12
皆様はどんなビールが好きですか?
ちなみに自分はサッポロクラシックと黒ラベルでございます。
「おぅ、起きたかボンゴレ坊主」
目を開けた瞬間、映り込んだのはシャマルの髭面だった。
どうやら意識を失った後、保健室にでも運び込まれたらしい。現状を把握しながら状態を起こし、片手で頭を抑える。
「どれくらい、オレは寝てた?」
「ざっと丸一日は眠ってたな」
「一日、一日…………かぁ…………」
寝過ぎって事は無いが丸一日も使ってしまったのか。
肉体の方は特に問題無い。復讐者達との戦闘でかなりの疲労が溜まっているし、再生速度も笑える程遅くなっているが、それでも破格だ。
鬼というのはただそれだけで強いのだから。
まぁ油断や慢心は決して出来ないが。
「まぁ何だ。大したものはねぇが少しでも腹に入れとけ」
そう言ってシャマルは携帯食糧を此方に差し出してくる。
やっぱりというか何と言うべきか、全く食欲が湧いてこない。それどころか忌避感が湧いてくる。
「すみません。それは食べられないです」
口元を抑えて要らないと告げる。
「じゃあ何だったら食える?」
「人間由来のものなら食べれるから、輸血パックとかがあればそれで」
「…………マジか」
シャマルは此方を化け物でも見るような瞳で見てきているが気にしない。
だって今のオレ身体だけは本当の化け物なのだから。
+++
「ご馳走様」
シャマルから渡された輸血パックの血液を飲み干し人心地つく。
これである程度の飢えは防げる。身体の改造と並行して人間に戻れるよう死ぬ気の炎を使う。身体の中にある抗体の量を増やせば人間に戻りやすくなる。ただ急激に増やせば肉体の不調が出る可能性もあるからゆっくり時間をかけなくちゃいけない。
本当なら今すぐにでも戻りたいんだけどなぁ。
「本当に人間じゃねぇんだなお前」
「そうだね」
少なくとも人間由来のものしか食べられないっていう時点で人間を名乗るのはやめた方が良いと思っている。
「まるで
「強ち間違っていないかも。日光を浴びれば身体は焼け焦げて崩れていくし、でも血じゃなく人肉だから人食い鬼の方が正しいかも」
「…………お前、日光浴びても平気だったじゃねぇか」
「そういった弱点は克服してるから」
以前この状態になった時に日光を浴びてダメージを受けていたがすぐに克服した。
その影響なのかは知らないが、こうして再び鬼になっても日光は克服している状態のままらしい。
それはそれでありがたいが、出来る事なら鬼にならない方が良かった。
「まぁ、一週間以内には人間に戻るつもりだから問題は無いんだけど」
「…………ユニの嬢ちゃんから色々と聞いたぞ。お前さん、すげぇ無茶してるってな」
「無茶しなくちゃいけないから無茶してるんだよ」
そうじゃなきゃ誰が無茶なんかするものか。
予定通り上手くいけば時ノ庭園を発動する事はおろか、鬼にすらなる事は無かった。それどころかこんな場所で復讐者と戦うなんてアホな真似をする事なんて無かったのだから。
「で、だ。ユニの嬢ちゃんからの頼みもあって非常に不本意だがお前の身体を調べさせてもらった」
「おい、ちょっと待て」
シャマルの口から出た言葉に思わず口調を荒げる。
「あんた男は見ないんじゃなかったのか?」
「不本意だって言ったろ。が、ユニの嬢ちゃん、次期ジッリョネロのドンナに頼まれちゃ断れねぇからな。まぁ、そのついでにお前の目的とやらも聞いているんだけどよ」
「そ、そんなぁ…………」
まさかユニがばらすなんて、いや、ばらさないとは一言も言っていなかったけどさ。
それでもリボーン側の人間にはオレの目的を話すなんてあまりにもあんまりだよ。
そう考えているとシャマルが何とも言えないような表情で此方を見ていた。
「なぁ、沢田綱吉よ。お前、そんな生き方して辛くねぇのか?」
「…………質問の意図が分からないんだけど」
「惚けんじゃねぇ。ユニの嬢ちゃんから全部聞いているんだ。全部分かった上でやってるってのはな」
シャマルはそう言うと椅子に座り、オレと視線を合わせる。
「最初はお前の事をよ。隼人のような奴だと思ってた。自分の命を度外視にしている奴だとな」
「獄寺君の先生やってたんならちゃんと教えろよ。先生なんだろ」
「言わなくても分かる事を分かってない奴に教える事なんざねぇよ。ま、分かっている癖に自分からそっちの道に全速力で足を踏み入れるバカをこうして見て、ちゃんと教えとけば良かったって後悔しているところだけどな」
本当に笑えない、そう言ってシャマルは盛大に溜め息をつく。
「さっきの質問だけど、辛いとか辛くないってどうでも良いんだよ。それよりも早く全部終わらせなくちゃって焦燥感の方が強いし」
「…………意地はってねぇで本当の事を言えよ」
「本当の事だよ。本当に辛いって思っているのなら最初からやらなかっただろうし、今も辛いって思ってるのなら途中でやめれば良いんだから」
正直な話、全く辛くないと言ったら噓になる。
でも強がりと聞かれればそうではないと答えるだろう。
「オレが決めた、オレが選んだ、自分の意志でこうすると決めた以上、最後までやらなくちゃ」
「それを望んでいない奴が居たとしてもか?」
「知った事かよ」
他人からの指摘で止めるくらいなら最初からこんなバカな真似をしてなんかいない。
それに――――、
「もしオレを止めたいなら、オレが諦めるような答えが無きゃダメ」
結局のところ、これに尽きるのだろう。
オレは皆が裏社会に巻き込まれるのが嫌だったからこの選択を選んだ。
だからこそ、これ以上の選択を提示されない限り、オレの望みも叶った上で納得できるような選択肢を提示されない限りオレは諦めない。
「…………我が儘な奴だな」
「それを、裏社会の人間が言う? まぁ、シャマルはボンゴレの人間じゃないからどうとでも言えるだろうけどさ」
「初代ボンゴレの記憶を持っているんなら別に継いだって構わねぇだろ」
「持ってるからこそ継げないんだよ」
ジョットは結果として仲間を殺され、それが原因で仲間が裏切って組織を乗っ取られた。
沢田綱吉は争いの火種になるといってボンゴレリングを破棄し、その結果10年前の自分達に地獄を味あわせた。
確かに必要な事だったのだろう。犯しちゃいけない間違いだったのだろう。
悪いのはその日攻めて来た相手だし、未来の世界を無茶苦茶にした白蘭だ。
でも、どちらも何とか出来たかもしれないんだ。
「オレは性根が甘ったれだから」
「そうかぁ? 見てたところそう甘くは見えないが」
「気を付けていないと甘い考えをするから、意図して冷徹な考えをしてんだよ。それでも十分に甘過ぎるけどさ…………さっきの復讐者戦だって手加減しなければ勝っていたし。他の人に被害が出るからしなかったけど」
時ノ庭園の炎の吸収を強めていれば勝負はもっと早くついていたし、鬼化して誰かを食べていれば間に合ったかもしれない。
全ては終わった後の話だ。こうなる前にああしていればなんて考えるのは愚かだ。でも、やろうと思えばやれたのだ。
甘さで救えるものもあるのかもしれないけど、甘さで失うものも多い。
「甘い王様は出来が悪い。容赦なく苛烈な人の方が上手くいく」
誰だって今を生きていて、望みを果たす為に生きている。
そして人と人が生きている以上、望みを叶える為に相手の存在が邪魔になるということもある。
「本当の事を言うとさ、こんな事したくはないんだけどさ」
「やっと本音を言ったか。なら仲間に頼るとかすりゃ良いだろ」
シャマルのその言葉に対し、オレは笑みを浮かべる。
「言えるわけないだろ。オレの為に死ねなんて、オレの為に人殺しになれだなんて…………大切な人達にそんな事を、十字架を背負わせるようなことを死んでも言えるわけないだろ。復讐者みたいな連中と戦って死ぬかもしれないって事がどれだけ怖いか、殺し屋のお前にはそんな事も分からないのか?」
+++
アカデミアの保健室の外側にて集って聞いていたユニを含めた生徒達が顔を俯かせて聞いていた。
ボンゴレ10代目、沢田綱吉の本音にクラスメイト達は何も言えなかった。
ついさっきまでなら彼の発言を笑って流した者も居るだろう。裏社会で生きている以上、そういったことは良くある事なのだから。ましてや、ここに居るのは裏社会の中でもそれなりの地位に居る者だ。
綱吉の言っている事は甘い、甘過ぎる。思わず馬鹿にしてしまう程には甘ったれだった。
だがさっきの戦いを見て、その考えは違うと理解する。
彼は全て分かった上でそう言っているのだ。
「…………どうして、今更」
そんな中、一人の生徒が壁に背を預けながらそう呟いた。
その呟きを聞いていた者は誰も居なかった。
+++
「そういうわけだからオレはボンゴレを継ぐ気は無い。そして当初の予定通り目的を達成したら死ぬつもりだから」
「…………別に死ぬ必要はねぇんじゃねぇのか?」
「死ななきゃダメだから死ぬよ。あ、そうだ。シャマルって一応は医者だしオレの血液でも居る? いつかはどんな傷でもすぐに治せる特効薬が出来るかもしれないけど」
そう断言する綱吉の姿を見てシャマルは天を仰ぐ。
ダメだこりゃ。もうどうしようもならない。
最初から結論が出ている、決まっているから変わらないし曲がらない。
こういった奴をシャマルは何度も見ている。自分の命で何もかもが解決できると勘違いしている馬鹿だ。
「しかたねぇか…………」
本当は使いたくなかったが仕方がない。
そう思ったシャマルは懐に隠し持っていた注射器を綱吉の首に突き刺す。
「え、何を…………?」
「使いたくは無かったがな。お前があまりにも勘違いしたバカだからな。少し荒療治する事にした」
シャマルは注射器の中に入っていた液体を綱吉の肉体に注入する。
「残念だけど、今のオレは毒とかそんなもの効かない」
「悪いがな。毒じゃねぇんだわ」
「へ――――」
ガクン、と綱吉の頭は力無く下がる。
それを見届けてシャマルは綱吉から注射を引き抜き、距離を取る。
「どうやら吸血鬼になっても効くみたいだな」
「――――何やってるんですか!?」
シャマルの突然の蛮行に驚愕したのか、ユニが保健室の扉を開けて中に入る。
「荒療治だ。こいつを改心させるにはこれぐらいの事をしなきゃダメだからな」
「だからって、何も薬を使う必要は――――」
「…………大丈夫、ユニ」
声を荒げるユニに意識を取り戻した綱吉はそう告げる。
「でも、いきなりは酷くない?」
「うっせぇ。馬鹿に付ける薬なんて本来は無いからな。持っていただけ感謝しやがれ」
「一体どんな薬なんだよ。今打ち込んだのって」
「本当に大丈夫なんですか、沢田さん」
綱吉は首を摩りながらも自身を心配するユニの方に視線を向け、目を開ける。
それを見届けた後、シャマルは綱吉の問いに答える。
「惚れ薬だ」
「――――はっ?」
「正確には薬を打たれてから一番最初に見た人間に強烈な恋愛感情を抱くように仕向ける薬だな」
シャマルがそう説明すると同時に、ユニの顔を見ていた綱吉の顔が真っ赤に染まった。
「貴重なものなんだぞ、感謝しやがれ――――」
それがシャマルが殴り飛ばされる前の最後の台詞となった。
これにて復讐者関連はいったん終了。
次はラブコメ展開になります。
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学園生活その13
流石に赤ちゃんプレイをやらせるには勇気が無かったんや。
「惚れ薬つってもな。あくまで強烈な恋愛感情を抱くだけのもんだ」
沢田綱吉に劇薬を投与した下手人にしてアカデミアの1-Aを担当する教師、トライデントモスキートの異名を持つ
左頬が腫れあがっており、伊達男が台無しになっているがその事を誰も気にする人間は居ない。
単純にそれどころじゃないのである。
「この薬を投与したからって人格が変わるわけじゃねぇんだわ。あくまで投与してから一番最初に見た奴に恋をするくらいのもんだ」
「シャマル先生。なら、彼はどうして
シャマルの言葉にアルビートが挙手し、問いを投げる。
その問いを聞いてシャマルは何とも言えない表情を浮かべる。
「あー、恋は人を狂わせるって言葉がある。もしくは恋は人を成長させるともな。要するに恋は人を変えるんだよ」
「では彼がああなったのは恋が原因だと? とてもではありませんが恋をしたくらいで変わるような人間とは思えなかったんですが」
「ああ、オレもだ。強い恋愛感情を抱いて少しは考え方を変えさせようぐらいにしか思ってなかった」
本当に失念していた、シャマルはそう言って頭を掻く。
「生真面目な奴が恋を知ってチンピラに落ちる事もあるし、屑が恋を知って改心するって事もある。その事をよく知っていたっていうのになぁ」
シャマルはこの教室の空気が重くなっている元凶、沢田綱吉が居る方向、教室の一番後ろの窓側の方に視線を向ける。
視線を向けた先は一種の魔界といった表現が似合う程に禍々しい空間になっていた。
憎悪にも殺気にも似通っていながらもそれらとは全く異なる強く、それでいてドロっとしている。足を踏み入れる事は愚か、視線を向ける事すら忌避する程に禍々しい。
そんな空間を生み出している事の元凶は今――――、
「よしよーし、良い子良い子」
マットを敷き、ユニの頭を膝の上に乗せて寝かせ、盛大に甘やかしていた。
その表情からは邪な気持ちは一切感じられない、まるで聖母のような慈しみで満ちていた。
「あ、うぅ…………」
一方、綱吉の膝の上でユニは顔を真っ赤にして俯いていた。
表情から察するにかなり恥ずかしいのか、誰とも視線を合わせないでいた。
「さ、沢田さん」
「ん? どうしたのユニ」
「す、凄く…………恥ずかしいんですけど」
「ユニは、嫌なの?」
綱吉はユニにそう呟く。
その表情は何処か寂しそうで、悲しそうに見えた。
「い、嫌というわけじゃありませんが…………」
そんな表情を見てユニは否定する。
すると綱吉はパァっと満面の笑みを浮かべた。
「ならもう少し休んでて、ユニは何もしなくて良いから! 食事も全部食べさせてあげるし、寝る前には本を読んであげましょう」
「あ、はい…………」
「そうだ! 折角なら可愛い衣装も用意するよ! ユニは素材が良いから、きっと似合う服も沢山あると思うんだよ!」
キラキラと瞳を輝かせながら物凄く嬉しそうにしている綱吉の姿にユニは何も言えなくなり、力無く綱吉の膝枕に頭を預ける。
恥辱を味わっている当人は兎も角として、傍目から見れば微笑ましい光景なのだろう。
実際のところ、惚れ薬を使われたにしてはかなり穏当な結果だ。綱吉に使われた惚れ薬は人によっては理性が吹っ飛ぶ人間も居るくらいには強烈なものだ。幼い少女にダイブするという見るからに事案な事にならないで良かったとも言うべきなのだろう。
「大丈夫、全部オレに任せて。もしユニに危害を加えるような人が居るっていうのなら、一族郎党皆殺しにするから」
好意を向けている対象以外に対して強烈な敵意と殺意を抱いているという点さえ除けばの話だが。
「あれだな。ボンゴレ坊主は愛に狂うタイプだったって事だな。それも全自動追尾式の地雷みたいなとびぬけてヤバい奴」
「なんてことをしてくれたんですか!?」
シャマルの発言にアルビートは思わず叫ぶ。
それはこの教室に居る約一名を除いた全生徒共通の思いだった。
「いや、オレも予想外だったわ。まさか自己犠牲精神に酔った馬鹿が恋を知れば相手を甘やかしつつそれ以外には敵意を向けるメンヘラになるとは思わなかった」
「そもそもとして惚れ薬なんてものを使わなければ良かったのではないのでしょうか?」
「ああ、今すげぇ後悔しているけどよ…………あの時はそれが一番手っ取り早いって思ったんだよ」
本当に過去の自分は何てことをしでかしてくれたのか。
自身の短絡的な行動にシャマルは酷く後悔する。今、死ぬ気弾か嘆き弾を撃たれたら間違いなく蘇るだろう。
尤も蘇った所で無意味だ。仮に死ぬ気弾を撃たれて物理的に矯正しようとしても今の綱吉に勝てるとは思えない。基礎スペックからして違い過ぎるし、そもそもトライデントモスキートが効くとは思えない。嘆き弾に関しても「見苦しい」と言われて即殺されるイメージしか湧かない。
これならまだ惚れ薬を投与する前の方が話が出来た。
「何なんだろうな。ボンゴレも苦労するな」
いくら初代の血統と記憶を受け継いでいるとはいえ、あんな飛びぬけてヤバい小僧をボスに据えなければいけないなんて。
シャマルがそう思った瞬間、強烈な殺意を向けられる。
「苦労してるのはオレの方だよ。勘違いするな」
綱吉は汚物でも見るような視線をシャマルに向ける。
「三人も後継者が居たにも関わらず全員死なせている時点で論外だ。てかもっと作っとけよ後継者を」
「確かにその通りではあるんだけどよ。お前なら問題ないんじゃねぇか? 死なないんだしよ」
「それこそふざけんな。さっきも言ったけどオレはこの状態を快く思っていないってのに」
憤慨と言わんばかりに顔に青筋を浮かべながら吐き捨てる。
その一方でユニに対しては物凄く優しく接しており、物凄く優しい手つきで耳掃除をしている。
随分と手馴れている様子で、耳掃除をされているユニはとても気持ちよさそうだ。
「話は変わるけどよ、随分と手馴れてるんだな」
「妹で手馴れてるので」
+++
――――どうして、こうなってしまったのか。
ユニは今自分が置かれている現状にそう思わざるおえなかった。
事の発端はシャマルが惚れ薬を綱吉に投与されたことが原因で、一番最初に視界に映ったのが自分だったからだ。
その結果がこれである。
「ほら、ユニ。あーん」
一切の邪気が無い朗らかな笑みを浮かべながら、綱吉はユニに食べ物を掬ったスプーンを向ける。
「あ、あの沢田さん。自分で食べられますから…………」
「え? ダメ、かな?」
ユニの言葉を聞いて綱吉は悲し気な表情を浮かべる。
その姿はまるで捨てられた子犬のようにも見えた。
「だ、ダメというわけじゃないんですが…………その、このまま沢田さんに任せてたら色々とダメになってしまう気がして」
「大丈夫だよ」
綱吉は聖母の如き優しい笑みをユニを抱き寄せる。
「ユニはダメになんかならないよ。もしダメになったとしても絶対に見捨てないから」
「沢田さん…………」
「だから少しくらい素直に甘えても良いんだよ。ユニは子どもなんだから、我慢したりなんかせず、もっとずっと我が儘になったって誰も文句は言わないよ」
惚れ薬を盛られた結果だと分かっていても、今の綱吉の献身はユニにとって甘い毒でしかなかった。好意を寄せた相手を只管に甘やかし堕落させる。その愛は正しく愛玩でしかない。
だが、例え薬によって無理矢理植え付けられた恋心だったとしても、ユニはその愛を拒絶する事が出来ないでいた。
「…………やっぱり恥ずかしいんで一人で食べても良いですか?」
「や、やっぱりダメ?」
「うぐぅ…………はぁ、仕方がありません。分かりました。じゃあお願いします」
何とか勇気を出して断ろうとしたものの、結局受け入れてしまった。
その事にユニは思わず肩を落とし、大人しく綱吉の好きなようにされる。一つ救いがあるとしたらこのランチが美味しいということだろうか。
尤も、このランチを作ったのは綱吉である為、何かしら作為的なものを感じるが。
「ねぇ、少し良いかな?」
そう考えながら大人しくランチを食べていると、一人の生徒が此方に歩み寄って来た。
すると綱吉は目に見えて不機嫌になる。
しかし、話し掛けてきた人の顔を見て、不機嫌ではなくなる。
「きみは、シモンの」
「古里炎真だよ。そしてこっちは友達のスカル」
「また会ったな沢田綱吉! そして久しぶりだなユニ!」
シモンファミリーの次期ボス、古里炎真とユニと同じくアルコバレーノのスカルだった。
「お久しぶりですスカル。でも、貴方はカルカッサファミリーに居た筈じゃあ」
「壊滅したんだよ。主にこいつのせいでな!!」
ユニの疑問に答えつつ、スカルは怒気を滲ませながら綱吉に指を差し向ける。
綱吉はそんなスカルを見て笑みを浮かべながらスカルの人差し指を掴む。
「人に指を指しちゃダメだよ。次やったらへし折るから」
「あっ、はい。すみません」
微笑みながらも恐ろしさを感じさせる綱吉の言葉にスカルは思わず謝罪する。
その姿に裏社会最強の七人の威厳は欠片も感じなかった。
「それで、きみがオレの所に来たって事は…………ボンゴレとシモンの契約について、だよね」
「うん。まぁ、それもあるけど、先に御礼を言っておきたくて」
「…………御礼を言われるようなこと、オレは君に出来ていないよ」
「きみがそう思っていなくても僕達はあの時きみに救われた。それは変わらない事実だ」
「むぅ」
炎真の感謝の言葉に綱吉は何も言えず困ったような表情を浮かべる。
実際、結構困っているのだろう。炎真から向けられる感謝の念に心当たりが無いのか、あるいは恨まれていると思っていたのかは定かでは無いが。
「でも、それはそれとして聞いておきたい事があるんだ。
「オレは正気だけど?」
「いや、うん。気にしないで良いよ」
綱吉の発言に炎真は何とも言えないと言わんばかりの顔をする。
「まぁ、良いよ。オレもきみには話さないといけないって思ってたから」
そう言って綱吉は語り始める。
ボンゴレファミリーとシモンファミリーの過去を。
+++
イタリアのとある港にて、一隻の船が定着した。
その船には並盛中学校風紀委員会という文字が刻まれており、一人の少女が背伸びをする。
「ここにボスが居るの?」
藍色の髪をした少女は隣に居た学ランを羽織った少年に尋ねる。
「笹川了平の言うことを信じるならその通りらしいよ」
学ランを羽織った少年は少女の問いに淡々と答える。
「尤も、彼のことだから既に行方をくらませているかもしれないけどね」
「それでも何か手掛かりが残っているかもしれない」
少年の言葉に少女はそう言い放つと船から降り、イタリアの大地を踏みしめた。
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学園生活その14
沢田綱吉から語られたのはボンゴレ、そしてシモンの創成期から別れまでの話だった。
初代ボンゴレと初代シモンの初めての出会い。シモン=コザァートの提案で創立された自警団としてのボンゴレファミリー。
ジョットが創り出したボンゴレファミリーとシモンが創立したシモンファミリーは強い絆で結ばれていた。
しかし、
謀反を察知した初代はシモンを助け出す為にDを除いた五人の守護者を派遣し救出する事に成功し、シモン達は現在の聖地と呼ばれている島にファミリーと共に身を隠したのである。
その時に
「ちなみにこの事はDも知らないよ。多分今も知らないんじゃないかな? あいつの事だから全てを闇に葬ったって思ってるかもしれないけど」
「…………そういう事だったんだね。でも、きみの言い方ってD・スペードが今も生きているように聞こえるんだけど」
「今も生きているからね。自分の身体を捨てて、魂だけで活動してるんだよ。多分、歴代の霧の守護者も何人かは間違いなくDだろうね。憑依してボンゴレの勢力を維持する為に今も暗躍してんじゃないかな」
ボンゴレの暗部をさらりと口にする綱吉の発言に炎真を含めたクラスメイト達はドン引きする。
いくら裏社会で生きていても肉体を捨てて別の人間の肉体を乗っ取る等、裏社会の面々からしても普通じゃなかった。
「肉体を捨て、他者に憑依する…………それって、術師にとっては外法と呼ばれている術じゃありませんか?」
「そうだよ。憑依弾とかが禁弾になっている理由の一つでもあるからね。オレも似たような事は出来ないわけじゃないし」
「沢田さんって術師ではなかった筈では?」
「あくまで似たような事が出来るってだけ。魂の物質化っていうんだけど…………まぁ、するつもりは無いけど」
するつもりが無くてもやろうと思えば出来る。
その事実にクラスメイト達の
ただでさえ不死身の怪物だというのに他人の肉体も乗っ取れるとか、人間の姿形をしてるだけの化け物だ。
「正直、あいつの企んでる事はある程度分かる。陰謀策謀巡らせてるくせに自分が手のひらの上で踊らされているって自覚の無い間抜けだから」
「へ、へぇ…………そうなんですね」
綱吉の発言に生徒の一人が口元をひくひくさせながらそう呟く。
ユニは一瞬だけその生徒に違和感を抱くも、綱吉が話している内容があまりにも濃い為、あまり気にならなかった。
「まぁ、シモンには悪いと思うけどあいつの気持ちも分からないわけじゃないし、馬鹿には出来ないけどね。ああなった過程を知ってるとね…………」
初代の記憶を思い返しているのか、綱吉は何とも言えない表情を浮かべる。
「そもそもとしてあいつは貴族で、ジョットは下町の出身だった。同じ思想、同じ願いを持ってても立場が違えば見えて来るものは違ってくる。ちゃんと腹を割って話し合っていれば、また話は違ったかもしれないけど」
「あなた…………やはり初代なのでは?」
「違うって」
生徒の発言を綱吉は真面目な顔をして否定する。
するとスカルが綱吉に対し声を上げた。
「ならオレも聞きたい事がある!」
「何?」
「お前が復讐者達との戦いで言ったチェッカーフェイスについて色々と聞きたい事が――――」
スカルが綱吉に質問をしようと話している時、教室の扉を開く音が聞こえた。
「おいお前ら。校庭に集まれ、先日出来なかった授業をやるぞ」
「そういうわけだからこの話はまた今度ね」
教室にシャマルが入ってきてそう言ったところで会話を打ち切り、綱吉はユニを抱えてその場を去る。
シャマルの頬はまだ腫れ上がっており、スカルは哀愁を漂わせていた。
+++
「裏社会で生きていく以上、戦闘技術は必要不可欠だ」
校庭に出たシャマルは生徒達全員にそう言い放つ。
「安全な場所でふんぞり返っていれば良い、そう考えているお前等からしたらこの授業は護身術を学ぶ事だと思ってそうだから先に言っておく。ボスになれば最前線で戦う事もある」
その言葉に生徒達の大半が騒めいた。
「無論、全員が全員そういうわけじゃねぇ。後方で指示を出す奴だって居るからな。だが、ボスかそれに準ずる立場になる以上、いざという時には戦わなくちゃいけねぇ。仲間がピンチの時に逃げ出す奴にボスになる資格はねぇ」
冷たく突き放すような口調で話すシャマルに、生徒達は言葉を失う。
「おいロリコン」
そんな中、今まで見せていた軽薄な雰囲気が消え失せながらも、頬を腫らしたシャマルに質問をする生徒が居た。
惚れ薬を服用されてトチ狂った沢田綱吉である。
「何だ、ボンゴレ坊主。言っておくけどお前にも言ってんだぞ」
「大丈夫。オレが逃げているのはボスになりたくないからであって、仲間がピンチになったら絶対に逃げないから。仮に絶体絶命のピンチで逃げなくちゃいけない時が来たとしたら、敵が居る方向に逃げる事はあると思うけど」
「それは逃げじゃねぇ。神風じゃねぇか。っていうかロリコンって何だよ。仮にも教師だぞオレ」
「そんな事はどうでも良い。質問は体操着についてなんだけど」
綱吉は女子生徒、というよりもユニの方に視線を向ける。
ユニが身に纏っていたものは、所詮体操服と呼ばれているもので日本のブルマと呼ばれるものだった。
よく見れば他の女子生徒もブルマを履いており、何処となく恥ずかしそうな素振りを見せている。
「なんでブルマなんだよ」
「趣味だ」
シャマルがそう言うのと同時に綱吉は腕を振るい、攻撃を飛ばす。
「危ねっ!?」
自らに向かって放たれた攻撃をシャマルは紙一重で回避し、背後にあった木に深々と引っ掻き傷が刻まれた。
まるで獣が自らの縄張りであることを示すかのような鋭い傷跡にシャマルは冷や汗を流す。
もし回避していなかったら間違いなく大怪我、当たりどころが悪ければ死んでいただろう。
「殺す気かてめぇ!!」
「殺す気だ!!」
急に攻撃された事に怒るシャマルに対し、綱吉は酷く激怒した様子でシャマルに殺意を向ける。
自らに向けられる殺意にシャマルは少し後ずさりそうになるも、何とか堪えて前に出る。
「あんだおめぇ。ブルマが嫌いなのか?」
「別に好きでも嫌いでも無い。と、いうか心底どうでも良い」
「なら別に構わねぇじゃねぇか」
「良くない。あんな格好じゃあユニが転んだりして膝を擦りむくかもしれないじゃないか」
「何処まで過保護なんだよおめぇは」
綱吉の言い分を聞いてシャマルは思わず溜め息をつく。
これがモンスターペアレントという奴なのだろうか。いや、沢田綱吉はユニの親じゃない。それに今は人間じゃない、単なるモンスターだ。
本当に惚れ薬なんか使わず、とっととリボーンに引き取ってもらうべきだった。
「あのなぁ。これは戦闘技術の授業だ。それなら動きやすい服装の方が良いだろ」
「ユニには要らないよ。オレが守るから」
「授業だっつってんだろっ!! 人の話を聞かない奴だなてめぇ!!」
「それを…………お前が言うのか?」
シャマルの発言に綱吉は酷く驚いた表情を浮かべる。
「兎も角、これは授業だから黙って聞け!! 裏社会じゃ自らの身を守る術は必要なんだからな!!」
そう言ってシャマルは会話を打ち切った。
だが綱吉は納得していないのか、強引に会話を続けようとシャマルに詰め寄ろうとする。
「沢田さん。私は大丈夫ですから」
ユニはそんなバーサーカーと化した綱吉の袖を掴む。
すると今までの猛獣のような姿からは信じられない程に大人しくなる。
「…………分かった。ユニがそう言うのなら」
その姿はまるで首輪に繋がれた犬のようだった。
「…………ユニの嬢ちゃんが言えば、ボンゴレのボスになるんじゃねぇか?」
不満ながらも大人しくなった綱吉の姿を見て、シャマルは思わずそう呟いた。
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学園生活その15
そして最近暑くなり過ぎて全然眠れないです。
ついに始まった戦闘訓練。
しかしいきなり激しい特訓から始まると言うわけではなく、最初は基礎的な体力作りからだった。
想像していたものと違った事に期待を裏切られた生徒達の大半は不貞腐れた表情を浮かべながら校庭を走っていた。中にはこの体力作りの重要さを理解している者も居たが、理解している者は既にこんな課題はクリアしている。
しかし、分かっている者の中でもまだクリアしてない者が居た。
ユニである。
「…………はぁ、はぁ」
荒事はおろか、ついこの間まで裏社会に関わって来なかったユニの体力は一般人と同じ、否、それよりも低いだろう。
その上、飛び級しているのだから他と比べて幼い体格のユニにはかなりハードだった。
「頑張れユニー!! ファイトー!!」
一方、物理的に人間を辞めている綱吉は走り込みを一番最初に終えて、ユニの応援に回っていた。走り込みに掛かった時間は僅か三分。誰が見てもおかしいとしか言いようが無かった。
その応援を受けてユニの顔は赤くなる。
恥ずかしい、とても恥ずかしい。
羞恥心から紅潮するユニに対し、綱吉は誰もが見惚れる程清々しい笑顔を浮かべていた。
そして走り込みが終了し、ユニは綱吉の隣に立つ。
「ユニ。息が荒いけど大丈夫? 飲み物あるけど…………」
「い、いらないでゴホゲホっ!!」
何とか強がろうとするも、身体は正直にユニの状態を告げていた。
激しい運動をしたおかげで、とてもではないが飲み物を受け付けられなかった。
「もう少し落ち着いてからにしよっか。はい、ゆっくり息を整えて」
「ふー、すー…………」
「そうそうそんな感じ。いきなり激しい運動をしたら身体がビックリするからね。ちょっとずつやっていこう」
綱吉の言葉に従い、ゆっくりと呼吸を行う。
流石に運動をする前のようにはいかないが、時間が経過するにつれ身体も落ち着きを取り戻し始める。
「ふぅ…………沢田さんは随分と早く終わりましたね」
「弱体化してるとはいえこの身体のスペックは人間辞めてるからね。もう少し休めば本調子に戻るけど」
少し困ったと言わんばかりに綱吉は身体の不調を訴える。
さっきの光景を見て本当に不調なのかと疑問を抱くものの、本人が言う通り完全に本調子ではないのだろう。
あんな技を使って何らかのリスクを背負ってない方がおかしいのだから。
「沢田さん。一つ聞きたい事があります」
「なぁに? ユニになら何でも教えてあげるよ」
「
その技の名を言った瞬間、綱吉の身体が凍り付いた。
朗らかな笑みこそ浮かべているものの纏っている雰囲気が明確に変わっていた。
「えっと、それ以外に何か無いかな?」
「私はあの技について聞きたいんです。それともあれですか? 沢田さんは嘘を付いたんですか? 何でも教えてあげるって言ったのに?」
「うぐぅ…………!!」
痛いところをつかれたのか、綱吉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「…………話長くなっちゃうけど、それでも良い?」
「構いません」
「じゃあ教えるけど、その前に死ぬ気の炎から説明するね」
綱吉はそう呟くとユニの前に立ち、中指にはめているリングに死ぬ気の炎を灯す。
その炎は以前の復讐者との戦いで見たものに比べれば遥かに弱々しく、今にも消えてしまいそうなか細い炎だった。
周囲のクラスメイト達も綱吉がこれからする説明に興味があるのか、次第に綱吉の方に集まっていく。
「ユニは当然知っていると思うけど死ぬ気の炎は闘気とは違い、生体エネルギーを圧縮した物なんだよ」
「はい。それは母から聞いてますので知っています」
「じゃあ死ぬ気の炎には計15の属性が存在する事もこの前軽く話してるよね」
「確かに言ってましたね」
「まぁ、大空の七属性と大地の七属性は互いに対の関係にあたるから厳密に言えば全く別の属性というわけじゃ無いんだよ。大空属性の波動を大地のリングを通せば大地の属性の死ぬ気の炎になるからね。リングはフィルターのようなものだよ」
綱吉の説明を聞いてこの場に居る人間は成る程と納得する。
ただ走るだけの授業より、こういった超常の力についての説明の方が彼等彼女等には受け入れやすかった。
「ちなみに死ぬ気の炎を出すリングの材料である石は大抵地中にあるか崖とかに埋まってたりする。あるいは洞窟の中とかね。リングの形をしてなくても死ぬ気の炎を出すことは可能だから、炎を灯す事さえ出来れば探すのは容易だよ。別に身体に直接触れて無くても炎は灯せるから」
「じゃあ沢田さんが着けてるリングは」
「全部オレの自作。本職に比べれば腕は落ちるけど、まぁ実用には耐え得るやつだよ。まぁ材料を見つけられたのは運が良かったからだけどね。見つけたら毎回生命エネルギー使い過ぎて死に掛けてたけど」
そう言って綱吉はまるでジョークでも言ったかのように朗らかに笑う。
一方ユニはその話を聞いて難しい表情を浮かべた。
笑えない、全然笑えない。材料となる石を探す方法を聞いて思ったのは、どうしてそんな命をシュレッダーに入れるようか真似をするのか、という怒りだった。
綱吉が言っていたやり方は常に無駄に生命エネルギーを放出しているようなものだ。あっという間に力尽きて死んでもおかしくない。
いっその事このまま人間に戻らないでやめてたままの方が良いんじゃないだろうか。そうすれば未来は回避出来るかもしれないというのに。
「復讐者達が使ってた夜の炎は今の説明には関係無いから省くけど、オレが以前やった時ノ庭園には大空属性の死ぬ気の炎と大空属性のリングの存在が必要なんだよ。発動の維持には必要ないんだけど」
「…………大空だけしか使えないんですか?」
「霧なら似たような事が出来ないわけじゃないけどね。流石に自分の心を世界に変えるのは大空しか出来ない」
「それなら、私でも出来るということですか?」
ユニの質問に綱吉は首を横に振る。
「残念だけど時ノ庭園をユニが使うのは出来ないよ。あれはあくまでオレの心と固有の能力なんだから。オレしか使ってないからなんとも言えないけど。ユニが使うとしたら全く別のになると思う」
「ちなみにどうやったら出来るようになるんでしょうか?」
「大空の特性を利用して自分と世界の境を無くすと言えば良いのかな? これに関しては理屈じゃなく感覚の話だから説明が難しい」
そう言うと綱吉は酷く困った表情を浮かべる。
恐らく嘘は一つもついてないのだろう。説明が難しいから出来ないというのも分かるし、感覚でやっているというのも本当の事。
ただ一つだけ。本当に大切な、重要な事は話していない。
あの技を発動する時、どのような感情を必要とするのか。
「正直あまり良い技じゃないんだよ。解除するのに自分で自分を傷付ける必要があるし、解除した後は暫くの間体調が絶不調になるし…………うん。ユニは覚える必要の無い技だよ。多分覚えられないだろうし」
綱吉が言った覚える必要の無い技というのは彼が心から思っている事だ。
そう自分自身を気遣う綱吉の顔を見て、ユニは何とも言えない表情になる。
「と、ごめんシャマル。授業の邪魔をして」
「別に構わねぇよ。オレの授業よりも生徒達は興味があったみたいだしな。まぁ、オレも聞いてたんだが」
「オレはあまり愉快では無かったよ。あの技のことあんまり口にしたくないから」
授業終了のチャイムが鳴り、綱吉はシャマルと会話し始める。
どうしてそこまで優しく振舞っていながら、どうしてあそこまで世界そのものを壊さんと言わんばかりに憎み、怒っているのか。
幼いユニには理解できなかった。
+++
「――――素晴らしい」
画面に映し出された映像を見て、緑色のおしゃぶりを付けた赤ん坊、アルコバレーノのヴェルデは感嘆の表情を浮かべた。
映し出されたのは復讐者達との戦闘だった。
死ぬ気の炎を使った高度な戦闘、夜の炎と呼ばれている第八の属性、透明なおしゃぶりを持つアルコバレーノ、バミューダ・フォン・ヴェッケンシュタイン。
そして沢田綱吉が使った『時ノ庭園』――――。
どれもこれもがヴェルデの知的好奇心を刺激する最上級のものだった。
欲しい、あの力が――――あの力を使う沢田綱吉の身柄が。
幸いな事に自分には今、性格以外は適した協力者が居る。
「その力、科学の発展の為に使わせてもらおう」
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学園生活その16
これからもゆっくり書いていくんで見てやってください。
時刻は深夜1時。
皆が寝静まった時間帯の中、ユニは一人で外に出ていた。
額から大量の汗を流している上に呼吸も荒く、ハードな運動をしたかのような疲労感をユニは味わっていた。
実際の所、運動をしていたわけではない。ユニは一歩も動いていない。
だがそれだけの疲労感を味わうような事はしていた。
「…………やっと、出来た」
そして、その疲労感が報われるだけの成果をようやく出す事が出来た。
ユニはその場で安堵の息を漏らし、力無くその場にへたり込む。
「ようやく、出来ました…………」
額から流れる汗を拭いながらユニは呟く。
「本当に、出来ちゃったんですね」
まさか本当に出来るとは思ってもいなかった、と言わんばかりの口調だった。
実際、ユニ自身信じられない気持ちでいっぱいだ。
とはいえ、彼の説明が説明にもなっていないのは少し問題だったと思う。
彼としては自分以外がこの技を、技とすら呼べないこれを他人に使わせる気は欠片も無かったみたいだが。
「使えるようになった今だから分かります。あの技がどれだけ常識から外れた事をしていたのか。虚空に絵を描くどころか、絵そのものが世界を侵食するなんて…………」
彼がどれだけ頭のおかしい事をやっていたのか、彼の領域に僅かにでも足を踏み入れられたからこそ理解出来てしまう。
意味不明だったものが理解不能に変わったぐらいだが。
「と、流石にもう寝ましょうか」
そう言ってユニはその場を後にする。
誰も居なくなったその場には不自然な物質が残されていた。
+++
「――――大変見苦しい姿を見せて申し訳ありませんでした」
シャマルから盛られた惚れ薬の効果が切れ、正気に戻ったオレはユニに向かって土下座をしていた。
正直なところこれで許してもらえるかは分からない。と、いうか出来る事なら今すぐこの世界から消え去りたい。何だよあの時のオレ。何があればあんな見苦しくなれるんだ。いや、惚れ薬を盛られたから当然と言えば当然かもしれないが。
「いえ、私は気にしてませんよ。沢田さんがおかしくなったのは薬のせいだって分かってましたから」
「だとしても見苦しい姿を晒したのは事実だから――――腹を切ってお詫びします」
自身の血肉で作ったナイフで割腹する。
未だ鬼の身体から戻ってはいない為、これで死ぬ事は無い。
正直今の自分が出来る最低限の謝罪である。
「だから自傷行為に走るのはやめてください」
「大丈夫。どうせすぐに治っちゃうから…………本当は人間の身体に戻ってからしたかったんだけど」
「絶対にやめてください」
自身の臓腑を掻き出し口から血反吐を出しながら謝罪するも逆効果だったらしく、ユニは少し怒っているようにも見える。
周囲に至ってはオレから目を逸らしたり、口元を手で抑えてえずいているのも居る。
そこでオレは自分のしでかした行いに気付く。
「あー、ごめん。まだ頭が少しおかしくなってるかもしれない」
流石にマフィア関係者とは言え、子どもの目の前で切腹&腑の抉り出しのシグルイコンボは不味かった。
「大丈夫です。沢田さんは元からおかしいので」
「酷くない?」
「前向きにネガティブな上に自殺願望持ちなのが普通?」
「…………普通じゃないですねはい。でも死ぬ気の炎を使える奴は皆何処か狂ってるから」
常人は命を燃やす程の覚悟を持つことは出来ない。
死の間際や危機的状況といったものを打開する為に火事場の馬鹿力で一時的に死ぬ気の炎を灯す事は可能だ。が、そんな危機的状況を常に意識して死ぬ気の炎を出せるようにしていたら誰だって心が歪む。
尤も、歪まない人間もいるのだけれど。
「それは私もですか?」
「いや、ユニも結構普通じゃないから――――やめて、ゲシゲシと蹴らないで」
オレの言葉に静かに怒った様子を見せるユニの蹴りを受けて悲しい気持ちになる。
惚れ薬の効果は消えたから何とか平静に戻れたけど、それはそれとして好感度自体は変わってないからユニに対する好意そのままだ。
元からユニに対しては好意的に見ている。加えて惚れ薬だ。
下がる余地が無い状態で日頃から接していれば、まあどうなるかなど予想がつく。
実際自分が体験しているわけだから、自制してないとユニに何でもしてあげてしまいそうになってしまう。
本当に酷い後遺症だ。
「ま、まあ惚れ薬の効果も切れたし死ぬ気の炎を使えるようになったし、この状態さえ直せば完全復活だよ」
このまま何事も無く時が過ぎれば一週間も経たない内に人間に戻れる。
何事も起きなければの話だが。
「人血以外何も食べれてないのは本当にキツイからね。早く戻らなくちゃ」
「沢田さん大分食べてませんからね。元に戻ったら私が料理を作ってあげます」
「えっ、良いの? やったー!」
ユニの好意を隠す事も出来ず喜んで両手を上げ、
「ごめんユニ。それに皆。今すぐ全員その場に伏せて」
自身を狙った襲撃が来る事を皆に伝えて臨戦態勢に入った。
オレの言葉の意味を理解したユニを含めたクラスメイト達はその場にはしゃがみ、理解出来てなかった人達は周囲を見渡し、対処が出来るシャマルは剣呑な表情を浮かべた。
「おいおいおい! またかよ!! お前疫病神じゃねえのか!?」
「生憎まだ神様じゃない!」
シャマルの言葉にそう返すと同時に教室の外に居た襲撃者によって、教室内に沢山の鉛玉が撃ち込まれた。
リングに灯した死ぬ気の炎でシールドでユニとそれ以外を弾丸から守りながら状況を把握する。
超直感が反応がしなかったから多分敵は生命体じゃない。まだ姿を見せていないだけかもしれないが、その時はその時だ。
「さて、とっとと片付けるか」
ボロボロになった壁を破壊し中に入って来る独特な形状をしたロボット達にそう吐き捨てる。
モスカ、と言った名前だっただろうか? 確かイタリア語で蠅を意味する言葉だった筈だ。もうちょっと格好いいデザインにしたら良いのに。
そう考えながら拳に死ぬ気の炎を纏わせ、モスカの頭部を殴りぬく。
人間を超えた鬼の膂力に全集中の呼吸という技術、さらに死ぬ気の炎を加えた一撃は金属で出来たモスカの頭部を一撃で粉砕。続いて裏拳で二体目のモスカの胴体を破壊する。
「っと!」
三体目のモスカの腹部から放たれたレーザーを空気を足場に跳躍して回避。
自身の血肉と骨で作った剣を投擲して三体目のモスカも破壊。最後に残された四体目のモスカは――――流石に使わないとダメか。
「鋼血」
人の身でありながら鬼と対等に戦えるようになる身体強化術の全集中の呼吸と対を為す、鬼の肉体でなければ使えない異能、血鬼術。
血を消費して発動するこの異能はこの世界においてはオレだけしか使えない力だ。
その異能の効果とは流体の金属を操る能力、より正確には血液の中にある鉄分を利用して液体金属を生成し、それを身体の一部として操る能力だ。
「血刃!」
作り出した液体金属を飛ばしてモスカを攻撃する。
死ぬ気の炎が灯った血の刃はモスカの胴体をいとも容易く貫き、その頑丈な身体が木っ端微塵に吹っ飛んだ。
その光景を見て、やっぱり鬼の肉体って人間に向けちゃいけないタイプの力だと思ってしまう。
早く人間に戻らないといけないな。
「さて、と…………お前等の目的は何だ?」
返って来ることは無いと分かっていながらも、完全に機能を停止したモスカを見下ろしながら呟く。
『――――ふむ、この程度の性能ではダメか』
すると頭部を破壊したモスカから低いのか高いのか分からない声が聞こえた。
人間の声、というよりは電子音に近い。多分、このモスカの中には居ない。
『だが今のきみの身体スペックは理解した。死ぬ気の炎に加えて人間離れの身体能力、それに液体金属らしきものを操作する力。成る程、興味深い』
「まさか返事が返って来るとはね。それで、きみは何者?」
『それを聞いてどうする? 本当の事を言うとでも?』
「言わないって分かっててもやるしかないんだよ。様式美ってやつ。それに、何て呼べば良いか分からないからな」
ある程度の予想はつくけど、それが絶対とは限らない。
もしかしたらオレが知らない奴の仕業かもしれないし――――、
「その声…………お前ヴェルデか!?」
一人頭を悩ませているとスカルが声の主に対してそう言った。
「やっぱりか」
『…………何やら不快な声が聞こえた気がしたが無視するとしよう。さて、沢田綱吉。きみに一つ頼み事があってだね』
「頼み事をするのならあんな物騒なものは差し向けない筈だけど」
『きみの性能を確認する為の相手だ。この程度でどうにか出来るとは欠片も思ってないよ』
「それで、オレに何の用?」
『きみの力を調べたい。大人しく私の下に来い』
「寝言は寝て言えよマッドサイエンティスト」
交渉は当然のように決裂した。
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