強くてニューゲーム (トモちゃん)
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プロローグ

さようなら異世界。
こんにちは2周目の異世界。


ナザリック地下大墳墓の最奥、玉座の間。

この星を統べる至高の支配者が、最後の瞬間を待っていた。

 

「とうとう終わりか。しかし、楽しかったなあ。本当に楽しかった」

 

ポツリと呟いたその声は荘厳な空間に想像以上に響いた。

 

魔導国を建国し、世界を征服してから、既に30万年が経過していた。

その間、大きな争いもなく、世界はゆっくりと発展を続けたが、星の寿命には勝てなかった。

あと数刻後、この星は砕け散る運命にある。

 

それにしても、僅か30万年で星の寿命が尽きるとは思わなかった。

ブルー・プラネットの話では、地球は何十億年も存在し続けてきたらしいというのに。

ふと、彼がユグドラシルの公式ラスボス、世界喰い<ワールドイーター>戦の時に言っていたことを思い出した。

 

「地球は、本当はもっと綺麗だったんだ。それこそ何億年もね。でも、人間の手で、たったの数百年でこんなに汚れて、もう生物が棲めない星になってしまった。人間こそがワールドイーターと言っても過言じゃないね」

 

それに対して「じゃあ、せめてユグドラシルでは人間種を根絶やしにしてやろうぜ」とか言ったのは誰だったか。

 

まあ、この星が相当年寄だったのか、あるいは元々寿命が短かったのか。

どちらにせよ、今考えても仕方がない。最後までこの星の美しさを維持できたのだ。彼にも自慢できるだろう。

 

建国後入手したワールドアイテムや超位魔法<星に願いを>も使用したが、星の崩壊を防ぐには至らなかった。

世界征服の過程で友人になった白金の竜王は星の運命に任せると言って自分の住処に籠っている。

世界の法則を歪めるのは認めない癖に世界の崩壊は認めるのか、と腹が立ったが、それが竜なのだろう。

友人の価値観だ。命より大事な思いというのは自分にもある。ならば折れるしかあるまい。

 

 

「我が僕たちよ」

 

今度は皆に聞こえるよう、大きな声が玉座の間に響き渡る。

この世界に転移後、初めて全てのNPC達がこの場に集められていた。

その誰もが、敬意の籠った眼、いや、狂信に満ちた眼で支配者を見つめていた。

 

「今日、世界の終わりを防げなかったのはこの私の不徳の致すところである」

 

続く言葉に僕たちは口惜しさを隠せない。至高の主に間違いなどあるはずがない。

事実、30万年に亘る統治において、理想の支配者として君臨し続けてきたのだ。

それはナザリックだけでない。全ての生きとし生ける者たちにとって理想の、完全な統治者だった。

強く、美しく、聡明で、何よりも慈悲深い支配者の役に立てない自分たちの無力が情けなかった。

 

「だが、何物にも終わりというものはある」

 

その言葉には恐怖、憂い、そういった感情は全く感じられない。

 

「最後の瞬間をお前たちナザリックの子供たちと迎えられることに感謝しよう」

 

骸骨の眼窩に宿る赤い光が、僕たちを慈しむように揺らめく。

 

「ユグドラシルの終わりと共に、我らはこの世界に転移してきた」

 

懐かしむように、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「二つの世界で長きにわたり、良く私に仕えてくれた。至らない主人であったかもしれないが、お前たちの忠誠に感謝する。私はお前たちの忠誠に見合うだけの主人であっただろうか。そうであったなら、これ以上の喜びはない」

 

堪え切れず、其処此処から嗚咽が聞こえてくる。

 

 

 

「アインズ様に至らない点など!」思わず声を上げたのは守護者統括アルベドだ。

「良いのだ、お前たちの想いに全て応えてやることが出来なかったことは事実だ」

 

アインズは、アルベドやシャルティアの想いに最後まで応えてやれなかったことを悔やんでいた。

もしも子供ができて、それがナザリックよりも大事なものになることが怖かった。

今まで自分が大切にしてきた気持ちが嘘になるのではないか、という気がして。終ぞ、一歩を踏み出すことが出来なかった。

世界が終わるこの時になってようやく、彼女たちの想いに応える決心がついたのは遅すぎると思ってはいるが、言わずにはいられなかった。

 

「アルベドよ、もし、今度も新しい世界に転移出来たならば、私の妻となってくれるか?」

 

長い年月を過ごし、智謀、力、威厳、全てを兼ね備えた本当に完全な支配者となった今でも、アインズには迂闊なところがあった。

しかし、何万年も繰り返されてきたアルベドの暴走は、彼女の翼が広がった正にその瞬間、周囲の守護者達によって取り押さえられた。

 

 

「(何でこの雰囲気でこうなるかな~?)んん、ゴホン、落ち着け、皆の者」

 

取り合えず、話を戻すことにした。

 

「シャルティア、アウラも同様に、私の妃として側に仕えてくれるか?」

「当然でありんす!」「勿論です!」

 

守護者二人の表情はこれから世界が終ろうというのに、これ以上無いくらい晴れ晴れとしていた。

 

「そうか、デミウルゴス、お前はどうだ?来世でも私に仕えてくれるか?」

「勿論ですとも!この身は全てアインズ様のもので御座います。どのような世界であれ、必ずお供いたします」

「ふふふ、お前の智謀があれば来世でも世界を手中に収めたも同然だな。期待しているぞ」

「勿体無いお言葉、この非才の身でありますが、全てを捧げ、忠義を尽くす所存です」

「コキュートスよ、一本の剣、一人の武人であったお前が今は大将軍であり、世界の統治者の一人だ」

「ハッ、コレモ全テアインズ様のゴ指導ノ賜物デゴザイマス」

「ははは、世辞はよせ、コキュートス、今のお前の姿はお前自身の努力の賜物だ。お前の成長を建御雷さんにも見せてやりたかったな。自慢してやろう、コキュートスがどれ程努力してどんなに成長したのか、間近に見てきた私自身の言葉でな」

「ア、アインズ様…」

「さて、マーレよ」

「は、はい!」

 

中性的な美青年が答える。もう女装はしていない。

 

「お前とアウラは立派な大人になった。子育てというのは初めての経験だったが、本当に楽しいものだった。ふふふ、お前たちの成長は私が独り占めしてしまったので、茶釜さんには怒られてしまうかもしれんな」

「そんなことはありません。ぶくぶく茶釜様なら、きっと喜んで下さいます」

「そうであれば良いな。子育てには自信がないが、今のお前たちは私の自慢の子供たちだ」

 

アインズの付けている腕時計がピピッと電子音を立てる。流石にぶくぶく茶釜の声は雰囲気に合わないので切っている。

 

 

「最後になるが、全てのNPC達よ!我が愛し子達よ!ありがとう!お前たちのおかげで私は幸せだった!次の世でも必ず、相まみえようぞ!」

 

玉座の間に熱狂の歓声が沸きあがる。

ーそして世界は光に包まれた

 

 

 

 

 



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1話

ワールドエネミー化の元ネタはryu-さんの短編「ワールドエネミー」より拝借しました。


「モモンガ様?何か問題がございましたか?」

 

心配そうな顔をしたアルベドが声をかけてきた。

玉座の間には、アルベドとセバス、そしてプレアデスたちがいるだけだ。

そして今、アルベドが呼んだ名前は、もう30万年も前に使わなくなった名前だ。

この光景は見覚えがある、初めて異世界に転移した時の光景と全く同じだ。

 

「…本当に転移したのか? いや…」

 

…確認しなければならない。あの時と同じなのかどうか。

先ずは記憶だ、自分とともに過ごしてきた記憶があるのかどうか。

 

「アルベド、お前の最後に覚えている記憶を教えてくれるか? 」

「はい、モモンガ様が玉座に座られて、至高の御方の旗を指し示しておられました」

 

愛しい主に声をかけられ、少し頬が赤くなったアルベドが嬉しそうに答えた。

 

 

「ふむ、セバス、並びにプレアデスたちよ、お前たちも同じか? 」

「はっ、私もアルベド様に同様に御座います」

 

どうやら、首を縦に振っていることを見るに、プレアデスたちも皆、同様のようだ。

 

 

「(転移してきたのは俺だけか? くそ…いや、新しい関係を作ると考えよう。もう一度この子達の成長を見られるのだ、悪くない)」

 

アインズのナザリックへの妄執は変わらないが、それ以上に、数十万年ぶりに訪れた新しい状況にワクワクしていた。

前世では結局、絶対支配者とその僕たちという関係を変えることは出来なかった。

今世ではもっと距離を詰めても良いのではないだろうか? そう、家族になるというものありかもしれない。

 

 

「ふむ、ではセバスよ、お前はプレアデスの一人を連れ、ナザリックの周辺を30分程確認せよ、おそらく、毒の沼地ではなくなっているだろう」

 

アインズを除いた全員に衝撃が走る、玉座の間にあってどうやってその異変を知ったのか。

 

「畏れながら、モモンガ様、一体、何が起こっているのでしょうか?」

 

恐る恐るアルベドが尋ねる。

 

「私にもはっきりしたことは分からない。だが、そうだな、アルベドよ、全てのNPCに一時間後、玉座の間に来るよう、伝達せよ。ああ、ただし、オーレオールとヴィクティムは不要だ」

「畏まりました、直ちに」

「プレアデスたちは第9階層の警護に当たれ、では、行動を開始せよ! 」

 

威厳に満ちた声が玉座の間に響く。

 

「はっ! 」

 

至高の支配者から、直接命令を与えられた事実に歓喜しながら僕たちは行動に移る。

 

「では、自分の能力と所持品の確認を行うか」

 

自室に転移したアインズは部屋を見渡し確認する。前世で手に入れたアイテムが置いてあることを。

アイテムは前世のものをそのまま引き継いだのだろうか?徐にアイテムボックスを開く。

自分のアイテムは世界崩壊直前のものと同じだ。まあ、能力が変わっていなかったのでここは想定通りだ。

アインズは前世において、長い年月をかけて多くのワールドアイテムを獲得した。

ある時、ワールドアイテムを全身に装備してみたらワールドエネミーへと進化?した。

ただ、その頃には世界征服も完了し、転移してくるプレイヤーも既にいなかったため、完全に宝の持ち腐れだった。

一週間程は落ち込んで何もやる気が出なかった。5つものワールドアイテムが纏めて消滅したのだから。

アインズの装備はユグドラシル時代よりも圧倒的に強化されていた。

永劫の蛇の指輪(ウロボロス)を使用して、鉱山から七色鉱を採掘出来るようにし、カロリックストーンを乱造しまくった結果、神話級だった装備は、ほぼ世界級の装備となっていた。

ワールドエネミーが世界級の装備で身を固めているのだ、ゲームバランス至上主義者からは糞ゲーと言われること間違いないだろう。

尚、当然ギルド武器にもカロリックストーンを使用し、さらに強化しているが、戦闘で使用したことはない。

ドワーフたちが作ってくれた武器やアイテムも手持ちにある。

 

強欲と無欲に貯めまくった経験値を潤沢に使い、身に着けたタレントもそのままだ。

魔法威力を上昇させるものを中心に集めまくったタレントは、それぞれ個別では魔法威力上昇1%等の効果が殆ど実感できないものだが、積み重ねればとんでもないものになる。

既にアインズの素の魔法攻撃力はワールドディザスターすらはるかに超えていた。それがワールドエネミーになったことでさらに強化された為、火球(ファイヤーボール)の魔法ですら、耐えられるものは殆どいないというレベルだった。ユグドラシルのレベル100プレイヤー基準で。

この世界が前世と同じであれば、アインズが誰かに負けることは考えられない。

 

アインズには、この世界は前世と同じだという確信があった。これも手に入れたタレントによるものだが、もうどのタレントによるものなのかは分からない。

直感を強化するものか、予言が出来るものか、真実を見抜くものか…自分でも全てのタレントを覚えていない位だ。

ならば前世と同様、早々に世界を征服し、すぐにワールドアイテムを確保しなくては。

誰かが自分と同じくワールドエネミーになることなど絶対に防がねばならない。

 

次は宝物殿だ、前世で入手したアイテム、消費したアイテムがどうなったのかを確認しなくては。

アインズは指輪の力を使い、転移する。不詳の息子(黒歴史)が待つ宝物殿へ。

 

 

 

「ようこそ!我が創造主、モモンガ様!」

 

相変わらずのテンションで迎えられたが、長い付き合いですっかり慣れたアインズは鷹揚に手を振って応える。

「パンドラズ・アクターよ、変わりないか? 」

「それが…」

 

パンドラズ・アクターにしては珍しく、奥歯にものが挟まったかのように言い淀む。

 

「ふむ、無いはずのアイテムがある。そして、消費した覚えのないアイテムが消費されている、ということか? 」

「な、何故それを? 」

 

恐らくは、驚いた表情をしたパンドラズ・アクターが叫ぶ。

 

「ふむ、それを確認しに来たのだが、やはりそうか」

 

そして同時に、パンドラズアクターが記憶を引き継いでいないことも確認できた。

 

 

 

ワールドアイテムの数もアインズに吸収された分を除き50を超えている。

金貨に至ってはアインズの個人資産だけでかつてのギルド共通資産を大きく超えている。多すぎて数えることも出来ないが。

パンドラズアクターの優秀さは前世で十分に理解していた。今世は最初から彼にも活躍してもらうとしよう。

それに、パンドラズ・アクターの前ではある程度素の自分でいられることも大きい。

 

「さて、色々と話をしたいところだが残念ながら時間がない。お前はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持っているな? 」

「確かに、私の指にはいつの間にかこの指輪がありましたが、モモンガ様が? 」

 

驚くパンドラズ・アクターを手で制し、続ける。

 

「時間がないのでな、詳しい説明は玉座の間にて行う。ただ、これからはお前は私の参謀の一人として活躍してもらう」

「おぉ! 私が創造主たるモモンガ様のお役に立てるときが来るとは!! 」

「ああ、それと、パンドラズ・アクターよ。お前には私と二人だけの時は私を父と呼ぶことを許そう。」

「モモンガ様を父上とお呼びしても? ほ、本当ですか? 」

 

普段の大袈裟な動きではなく、まるで油をさしていない機械のようなギクシャクとした動きでパンドラズ・アクターは叫んだ。

 

「構わん、許す。では、急いで来るがいい、我が息子よ」

 

そう言い残し、アインズは指輪の力で転移する。

残されたパンドラズアクターはアインズの言葉を反芻し、歓喜に咽び泣いていた。

 

 

 



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2話

ナザリック最奥、玉座の間。

一部のNPCを除き、ほぼ全てのNPCが一同に集められている。

異形の強者たちが整然と、規則正しく並ぶ姿は圧巻である。

 

「面を上げよ」

 

偉大なる支配者の声により、全員が頭を上げる。

 

「さて、先ずは、お前たちの中に、魔導国での記憶があるものはいるか? 」

 

魔導国? 聞いたことのない国の名前に皆が首を傾げる。

どうやら、NPCの中で記憶を引き継いだものは誰もいないようだ。後でここにいない二人にも確認しなければならないが。

 

「モモンガ様、魔導国とは一体? 」

 

ナザリック一の知者、デミウルゴスが尋ねる。

 

「ふむ、魔導国とはな、この私とナザリックによって統治される国である。あらゆる種族が私の下で幸せに暮らすのだ。そこには飢えもなければ争いもない。甘い蜜で満たしたかのような、そんな楽園だ。ふふ、前は30万年も続いたのだがな」

 

楽しそうに語る支配者の声に嘘は感じられない。いや、そもそも至高の御方が嘘を吐くはずがない。ならばその国は実際にあったに違いないのだ。

 

「それは正に理想の国家で御座います」

 

デミウルゴスが満面の笑みで答える。

 

「うむ、当然、今回も建国するつもりだ。そして、世界をこの私が支配する。お前たちにはその為に働いてもらいたいが、異論のあるものはいるか? 」

「そのような不届き者は一人もおりません! 」

 

守護者統括アルベドが即答する。それに続き、NPC達は全員、首肯する、当然であると。

主のために働けることこそ、至上の喜び、しかも、世界征服という偉業に自分たちを使ってくださるという。

NPC達全員の目が使命に燃えていた。全てを捧げてやり遂げるのだ、と。

 

「頼もしいな。お前たちの奮闘に期待する。いや、お前たちならば必ずや私の理想を叶えてくれると確信している」

「お任せください。僕たち一同、モモンガ様の為、全てを捧げ、お仕えいたします」

 

 

「お前たちの忠義に感謝しよう。では、状況の確認だ。セバス、ナザリック周辺の状況を報告せよ」

「はっ、モモンガ様の仰った通り、ナザリック周辺は毒の沼地ではなく、草原になっておりました。また、周囲に警戒すべき魔物なども見当たりませんでした」

「ふむ、知的生命体も見つからなかったのだな? 」

「仰せの通りでございます」

「良かろう、まずはナザリックを隠蔽するとしよう。マーレ、偽装工作を任せる。」

「は、はい! お任せください! 」

「そうだな、上空は幻術を展開しよう。近くに大森林があるはずだ。それとつなげる形で、ナザリック周辺を森で囲め。それと、通常の方法では森を抜けられないよう、魔法をかけておけ」

「はい! 」

 

大役を任されたマーレが笑顔で答える。周りの守護者達の顔に嫉妬の色が浮かぶが、アインズは無視することにした。いつものことなのだから。

 

 

「さて、では次に、最も重要なのは情報収集だ。周辺の強者の情報を集めよ」

 

前世と同じなら危険はないだろうが、油断はしてはいけない。

ユグドラシルで特に仲が良かった友人であるぺロロンチーノもこう言っていた。早口で。

 

「モモンガさん、エロゲーは2周目からが本番なんです! 2周目からじゃないと攻略出来ないキャラがいるんですよ! 新キャラだって登場するんです。前はいけなかったルートに突入出来たときの感激ときたら! 特にロリ系はこの傾向が強いんです! いいですか? 1周目で攻略出来なかったからって諦めたらそこで試合終了なんです! 血が繋がったロリだって攻略できるんです! 」

 

…思い出す言葉を間違えた気がするが、自分以外にも2周目に突入したプレイヤーがいるかもしれないし、前世とは違うキャラがいるかもしれない。自分が強くなった以上に相手は強くなっているかもしれないのだ。それと折角の2周目だ、前世では手に入らなかったレアアイテムや人材を確保するのも良い。法国にはそれなりに優秀な人材がいたはずだ。

自分の持ち物は前世のままだが、NPC達はどうか、これも確認しておかなければならない。

アインズには、彼らの忠誠を疑う気持ちは既に無かった。

問題は戦闘能力と武装、創造主が持たせた各種アイテムだ。

 

「では、各階層守護者に聞く、担当の階層、及びお前たちの持ち物について、異常はないか?先ずはシャルティア」

「はっ、第1から第3階層ですが、僕たちに異常はありんせん。ただ、見たことのないアイテムが複数、配置されておりんした。」

 

恐らくは前世で新たに配置したアイテムに違いあるまいが、トラップ系のものであれば確認しなければならない。

自分で配置した罠で死ぬなど間抜けにもほどがある。

 

「それから、私の装備ですが、以前持っていたはずのアイテムがいくつか喪失しておりんす。そして知らないアイテムがいくつかアイテムボックスに。それと、装備が強化されているようでありんす」

「大きく強化されているアイテムはスポイトランスだな?それはワールドアイテム、カロリックストーンを使用した結果だ。また、階層に配置されているアイテムは私が設置したトラップだろう」

 

玉座の間がおぉ、とどよめく。まさか僕ごときにワールドアイテムを使用されるなど。

 

「お前だけではないぞ、シャルティア。階層守護者のメインとなる武器は全て、カロリックストーンにより強化済みだ」

 

どよめきが大きくなる。世界一つに匹敵するほどのアイテムをどうやって守護者全員分確保できたのか、至高の御方のお力とは斯くも偉大なものなのか。

 

「流石は至高の御方。私の愛する殿方でありんす」

 

うっとりとした表情でアインズを見上げるシャルティア。どこからかギリギリという歯ぎしりの音が聞こえてくるが、気のせいに違いない。

 

 

「次に、コキュートス、第5階層はどうだ? 」

「ハッ、僕タチニ異常ハゴザイマセン。タダ、大量ノ死体ガ氷漬ケニナッテオリマシタ。」

「ふむ、その死体の数は凡そ5万というところだな? 」

「左様デゴザイマス。ゴ存知デシタカ」

「ああ、それは私がアンデッドの材料にしたり、実験に使用しようと考えているものだ。」

「承知イタシマシタ。デアレバ、他ニ異常ハゴザイマセン」

 

 

「うむ、アウラ、マーレはどうだ? 」

「はい! 第6階層は湖周辺に誰かが生活していた跡がありました。また、あたしたちの知らない農園などもありましたが、侵入者の形跡などはありませんでした。農園の管理はアンデッドがしているようです」

「…そうか」

 

どうやら、外部からナザリックに来た者たちは今世には来れなかったようだ。ハムスケやピニスンはトブの大森林にいるだろうか?

もしいるなら早々に回収しよう。あれらには愛着もある。特にハムスケは大事なペットだ。抜けたところもあるが、どれだけ癒されたか分からない。

だが、自分が作成したアンデッドは居るようだ。農園にいるのはスケルトンなどの低位のアンデッドだが、いないよりはましだろう。

 

「ふむ、その集落跡はそのまま残しておけ、現地の者たちを住まわせるときに利用するとしよう。また、農園の作物はアンデッドを使用して外部で栽培することとする」

「はい! 畏まりました! 」

 

アウラとマーレの目には尊敬の光が宿っている。自分たちが知らない間にどうやって集落や農場を作ったのか、自分たちの主の神の御業を知るにつけ、敬意が限界を突破していく。

 

 

「デミウルゴス」

「はっ、第7階層は異常御座いません。」

「うむ(そういえば、第7階層はそもそも外の生物が生活できる環境ではなかったため、殆ど変化が無かったんだったっけ)」

「ただ、私の手元に、いくつか、ウルベルト様のものと思しきアイテムがあるのですが…」

「(前世で褒美としてやった奴だな)構わん。それはお前が持つべきものとして、私が与えたものだ」

「おぉ、なんという…。これほどのご慈悲を賜り、感謝の言葉も御座いません」

「構わないとも、デミウルゴス。智謀に優れたお前には苦労をかけるだろうからな」

「主人の為に働くことこそ我が喜び。存分に我らをお使いくださいませ」

「ああ、期待しているとも。頼むぞ、デミウルゴス」

 

 

「最後に、アルベド」

「はい、モモンガ様」

「守護者統括として、お前の役目は非常に重要だ。また、内政面での働きが多く、目立った功績をあげることが難しいかもしれんが、お前にしか出来ない大事な役目だ。頼りにしているぞ」

「過分なお言葉、ありがとうございます。全力を持って務めさせていただきます」

「お前には第9階層に私室を与える。私のぬいぐるみ等が山積みになっている部屋があるので、そこを使え」

「も、モモンガ様のぬいぐるみですか? 畏まりました、喜んで使わせていただきます」

「うむ。」

 

前世での経験からアルベドの想いは良く理解している。

あるいは自分が設定を書き換えたことが原因でギルメンに対する憎悪を抱いたのかもしれない。

彼女を責める資格は自分にはない。アルベドの憎悪は自分が抱いていたものと同じだからだ。

 

 

 

……ここでアインズは考える。前世での最後、アルベドに約束したことがある。今、それを言わなかったらまた最後まで言えないかもしれない。

どうするか、いや、30万年も待たせた相手だ。今度も言えなかったら自分が許せないだろう。

 

「アルベドよ、先ほど、私は建国し、王になると言ったな」

「はい、モモンガ様に相応しい地位と愚考いたします」

「うむ。だが、王が独り身というのは侮られるかもしれん」

 

そこまで聞いたとき、アルベドの脳裏に電流が走る。

 

「で、では、私を正妃として頂ければ!! 」

 

国がどうとか、言い訳がないとプロポーズも出来ないのか、と自嘲しつつ、アインズは続ける。

 

「お前が良ければそうしたいのだが、構わないか? 私を愛するよう、お前の設定を書き換えたのは私だ。だが、それでも私はお前の意思を尊重したい」

「勿論でございます!!ああ、私はとうとう、モモンガ様のものに…くふふ……」

「ちょっと待つでありんす!モモンガ様!同じアンデッドである私のほうが妻には相応しいと愚考いたしんす」

「シャルティアよ、お前も私の妃になりたいと申すか? 」

「はい、このナザリックにおいて、至高の御方に恋い焦がれないものなどおりんせん」

「ふむ。では、側室という形になるが、それでも良いか?正妃となれば、外交の場に出ていくことも多くあろう。政治的な駆け引きをすることを考えれば、アルベドが最も適任なのだ」

「んぐぐ…」

 

頭脳、駆け引きではアルベドには勝てない。だが、この期を逃せば至高の御方の妃という最大の名誉を得る機会を失うかもしれない。重要なのは地位ではない。自分が最も寵愛を受けることだ。

 

「…畏まりんした。側室として、モモンガ様をお支え致しんす」

「くふふふ……」

 

勝者の笑みでシャルティアに勝ち誇るアルベド。敵意を隠さずに睨みつけるシャルティア。

どちらも愛する男の前でしてはいけない顔をしていることには気づいていなかった。

 

「いいなぁ…」

 

ポツリとアウラが呟く。

そういえば、前世において、アウラもアインズに求愛していた一人だった。

十分に成長したアウラは美しく、魅力的な女性だった。だが、今はまだ幼い少女だ。ひょっとしたら今世では別の男を好きになるかもしれない。

 

「アウラ、お前はまだ幼い」

「はい…」

 

子供だから分かってはいたが、落ち込んでしまう。

 

「ただ、お前が大人になって、もし、私と結婚したいと思ったなら、その時は私に教えてくれるか? 」

「は、はいっ!! 早く大人になって、あたしもモモンガさまの妃になります! 」

 

アルベドやシャルティアはこれ以上成長しないので、妻として迎え入れるのにそれ程抵抗はないが、アウラは前世で大人になるまで育てた娘のような存在だ。

自分の娘に手を出すのはなあ…などと思っていると、頭の片隅で心のぺロロンチーノが囁き始めた。

 

「モモンガさん、自分の好みの少女を育てて妻にするのは男の夢ですよね! 最高ですよ! 幼い少女の頃から仕込んでいって、妖艶な女性になるまで色々なシチュエーションが楽しめる! Yes! ロリータ、たっち・みーですよ! 」

 

殴ろう。そんなことを考えたが、これは自分の妄想のぺロロンチーノだ、いくら彼でもそんなことを口にするはずがない。しないはずだ。多分しないと思う。しないんじゃないかな……。

 

 

さて、とりあえず、ナザリックの状況は理解した。次は周辺の状況だ。

 

と、最後に言わなければならないことを思い出した。

 

「さて、お前たちに言わねばならないことがある」

 

至高の支配者の言葉に全員が耳を傾ける。決して一言一句たりとも聞き逃すなど許されないという気迫が漲っていた。

 

「お前たちの創造主はこの地を去った。そして、ナザリックがどこか知らぬ地に転移したことから、おそらく、もう彼らと会うことは叶うまい。」

 

至高の御方の言葉に僕たちは一様に悲痛な表情になる。

 

「ゆえに、私は名を変える。これより、私こそがギルド・アインズ・ウール・ゴウンである! お前たちのただ一人の主であり、お前たちの父である! 私を呼ぶときはアインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼べ! 異論あるものは立ってそれを示せ! 」

 

「ご尊名、承りました、いと尊き御方、アインズ・ウール・ゴウン様万歳! 」

 

アルベドの声にアインズ・ウール・ゴウン万歳の大歓声が続く。

至高の創造主はいなくとも、自分たちの全てを捧げるべき尊い主がいるのだ。

その喜びに身を震わせながら僕たちは叫ぶ、絶対の支配者への忠誠を。

 

 



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3話

初めて会ったとき、雷に打たれたような衝撃を受けた。

創造主から自分の伴侶になるのだと紹介された方は美しかった。

白磁の顔、シミ一つない肌。眼窩の赤い光は強い意志と深い知性を感じさせ、匂い立つような色気を放っていた。

一目で恋に落ちた。自分の将来の旦那様は何という素敵な殿方なのだろうか、と天にも昇る気持ちだった。

至高の御方々がナザリックに来なくなってもアルベドは寂しくはなかった。

愛しい旦那様の気配を感じることが出来ればそれだけで幸せだった。

運命のあの日、久しぶりに愛する旦那様の姿を見て心臓が高鳴った。

それだけではない。自分は彼を愛することを許されたのだ。これは愛する旦那様からの愛の言葉と考えて間違いない。

彼女の幸福な日々はこうして幕を開ける。

 

夜だ。

正式にアインズの正妃となって初めての夜だ。

どうしよう。上手くやれるだろうか? サキュバスの本能でやり方は良く分かっているが経験はない。

初めてなのだから初々しい方が喜ばれるだろうか?しかし、全く反応しないようではつまらないと捨てられてしまうかもしれない。

これは絶対に失敗が許されないミッションだ。今のうちにシミュレーションしておいた方が良いだろうか。

脳裏に浮かぶのは愛する夫の比類なき美貌。そこでアルベドはふと考える。

 

「それにしても、アインズ様の御召し物は、少しセクシー過ぎないかしら?」

 

確かにアインズの力の象徴たるモモンガ玉が見えるようにするにはあれだけ胸元を開けなければならないだろうが、それにしても露出が過ぎる。

幼いアウラはまだしもシャルティアなどは絶対発情しているはずだ。あの尊いお姿をいやらしい目でジロジロ嘗め回すように見るなんて不躾にも程がある。

あの神々しいお姿を見ていやらしいことを考えるなんて。全く、これだからあの吸血鬼は。

 

 

そういえば、かつて至高の方々が語り合っていたが、魅力的な体の最上級を“メチャシコボディ”というらしい。

 

「メチャ、は滅茶苦茶とかとてもという意味よね。シコは…至高かしら?ボディは体ね。となると、アインズ様のお体こそメチャシコボディということね。くふふ。あの時話をしていた至高の方々は全て殿方だったからバストサイズとかに関する比重が大きかったようだけど、何故ぶくぶく茶釜様やあんころもっちもち様、やまいこ様のお体のことには触れなかったのかしら?あんなに美しいのに」

 

アルベドもナザリックで作られた守護者であるため、彼女の目には至高の存在は美しいものだった。例え、その対象にどんな感情を抱いていようとも。

 

 

「いけない、もうこんな時間ね」

 

そろそろアインズの部屋に行かなくては。いよいよ愛する人と結ばれる時が来たのだから。

 

「ああ、私はやっとアインズ様のものに…くふふふふ…」

 

涎を拭きながら今夜の戦場へと向かう。

 

 

アインズは精神の沈静化を繰り返しながらアルベドを待っていた。

生身の体はないが、ワールドエネミー化することで身に着けた超位幻覚魔法で肉体を作ることは出来る。出来るようになってしまっていた。

なので、行為自体は出来るのだが、30万年も拗らせた世界最強の大魔法使いには荷が重すぎた。

アルベドの気持ちは疑いようもないが、この年で童貞など、呆れられないだろうか?

不安だけが募っていく。

 

「いや、もう逃げ隠れもしない。タブラさんにはすまないが、やると決めた以上はやるんだ。頑張れ、俺」

 

ほんの僅かの勇気を振り絞り、前世のシャルティア戦以上の緊張を持って人生初にして最大の決戦に挑むアインズ。

コンコン、とドアをノックする音が聞こえる、そしてまた精神が沈静化する。

 

 

「アインズ様…」

 

眼に涙を浮かべ、何とも色っぽい表情でアインズにしな垂れかかるアルベド。

前世で暴走した時のような感じはない。これなら安心して出来そうだ。

 

「(良かった、前世はバグか何かがあったんだ。本当のアルベドは俺の理想通りの女性だったんだ。)」

 

アルベドを抱きしめながらアインズが囁くように、自信なさげに言葉を紡ぐ。

 

「アルベドよ、私は骨の体の為、こういう行為はしたことがない。高位の幻術により体を(一部)作ることで出来るとはお」

 

アインズの言葉は最後まで続けることが出来なかった。

 

「は、初めて?私がアインズ様の初めてなのですね?」

 

アルベドは前世と同じだった。既にアインズの体はベッドに押し倒された後だった。

 

「(ええ~?またか?何でなんだ? これがギャップなのか? 本当にこれが萌えるのか? タブラ? もし転移してきたら殴ろう)あ、アルベド、落ち着け! 」

「いいえ、もう我慢出来ません! くふふ、アインズ様が私と同じ清らかなお体なんて。ああ、私はこの日を一生忘れません! 」

 

金色の瞳孔が開いた性欲の獣がそこにいた。また精神が沈静化され、別の感情が沸きあがってくる。

 

「ふふ、ハッハハハ!」

 

アインズは思わず笑い声をあげた。何度も繰り返してきたやり取りを思い出し、懐かしさと可笑しさがこみ上げてくる。

 

「あ、アインズ様? 」

 

やっと自分のやってることに気付いたのか、アルベドが慌てて顔を上げる。

 

「いや、お前はそういう女だったな。ふふ、落ち着けアルベド。私は逃げたりしないとも。それより、お前の可愛い顔を見せておくれ」

「アインズ様?」

 

アルベドは恥ずかしそうにアインズを見つめる。上気した頬が赤く染まっている。

 

「ふふ、お前はそれで良い。その方が私たちらしいだろう」

「えっと? それはどういう? 」

 

すっかり肩の力が抜けた。自分はロマンチックな初夜など出来るほどの経験はないのだ。これから何万年も一緒に過ごすのだ、飾る必要も無いだろう。

 

「何でもないとも。アルベド、今からお前は私だけのものだ」

 

アルベドを優しく抱き寄せながらアインズが体を入れ替える。

 

 

―明け方―

「…なあ、アルベド? そろそろ朝になるんだが……」

「もう一回だけ、もう一回だけですから!」

「そう言い続けてこれで18回目なんだが…」

「これでラスト! 本当にラストですから! 」

 

食われる。そう直感していた前世の自分は正しかった。

 

 

 

「…というわけで、凄かったのよ。初めてだったのに何度気をやってしまったか分からないわ。一晩中眠らされてくれなくて、くふふ。」

「今の話だとアルベドがアインズ様のお体を貪ったようにしか聞こえないんだけど?」

「全くでありんす。うらやま、不敬にも程がありんすえ」

「本音が駄々洩れよシャルティア」

 

アインズの妃達、及び妃候補が第6階層、湖のほとりでお茶会をしていた。

アルベドの報告会という名の自慢話が延々と続いていたが二人は興味津々で聞いていた。

自分たちもこれからナザリック絶対支配者の寵愛を受けるという栄誉を賜るのだ。

 

「はあ、今夜は私の番でありんす。ちびは大人になるまで我慢でありんすえ」

「ぐぬぬ…。まあ、大人になったらあたしが独占してやるんだから今くらいは許してあげるよ」

 

アウラとシャルティアの喧嘩はいつものことだがアルベドの言葉が割って入る。

 

「ねえ、貴方たちはアインズ様に全てを捧げられるの? 」

「は? 何を当たり前のことを聞くの?当然でありんす」

「そうだよアルベド。アインズ様に全てを捧げるなんて当然じゃん」

「本当に出来るの? 全てよ? 」

「出来るでありんす」「当たり前だって」

 

自分たちの忠義と愛を疑うような言葉は流石に不快だ。怒りを隠さずに声を荒げる。

 

「そう、なら良いのよ。貴方たちにとって最も大事な人はアインズ様ということね? その覚悟はあるのね? 」

「…何がいいたいの? 」

「貴方たちがぺロロンチーノ様やぶくぶく茶釜様と戦えると聞いて安心したわ」

「は? 」「え? 何言ってるのアルベド? 」

「当然でしょう? それとも愛する殿方にこう言うの?「貴方は私の2番目に大切な方です」って。そんなことを許すと思うの? 」

 

アルベドの発言はどう考えても不敬だ。それでも言わんとすることは分かる。

 

 

シャルティアは生まれて初めて恐怖した。アルベドと戦えばまず間違いなく自分が勝つ。それでも、アルベドが怖い。

 

「私は言ったわよ? アインズ様の妃となるなら全てを捧げなさいと」

「アルベドは出来るの? タブラ・スマラグディナ様と戦えるの? 」

「出来るわ。必要ならタブラ・スマラグディナ様を殺すわよ」

 

目を逸らさず真っすぐ見つめてくる。

 

「私はアインズ様の為に作られたのよ。私の名は“白”、アインズ様の為の純白の花嫁。あのお方の隣に座る為に生まれてきたの」

 

自分だけは違う。このナザリックで本当の意味でアインズに全てを捧げているのは自分だけだ。

 

「だ、だからって自分の創造主に対して不敬ではありんせんの? 」

「問題ないわ。私はそうあれかし、と作られたのだから。それに私の白にはもう一つの意味があるの」

「意味って何さ? 」

「私の居場所は玉座の間。ナザリック最終防衛ライン第8階層を突破してきたものを迎え撃つ場所。そして私とアインズ様の死に場所よ」

「死にって…どういうこと? 」

「そうね。デミウルゴスなら知ってるかもしれないけど、ウルベルト様が仰ったの、「第8階層を突破されたらナザリックは落ちる」って。そして悪のギルドらしく堂々と玉座の間で勇者を迎えようって」

 

至高の御方々がそんなことを話していたなど初めて聞いた。しかし、アルベドが嘘を言っているようには見えない。

 

「至高の御方々はもうアインズ様しか居られないわ。でも、至高の御方がお一人で最期を迎えるなんてあってはならない。私の白はあの方と共に死ぬための死に装束でもあるの。…シャルティア、覚悟が出来たなら私のところに来なさい。アインズ様に取り計らってあげるわ。アウラ、貴方には時間があるわ、十分に考えなさい」

 

そのままアルベドは振り返ることも無く去っていった。重苦しい沈黙が辺りを支配していた。

 

 

 

 

「何で今日もアルベドが?」

 

寝室に入ったアインズの目には昨日と同じくアルベドの姿が。

 

「シャルティアはまだ覚悟が出来ないようです。ですので、本日も私が」

 

ヤバい。疲労を感じない体だが連日は不味い気がする。何とか誤魔化す方法を探し部屋の中を見回す。

 

「ん?この枕は何だ?」

 

枕に刺繍がしてある。こんな物は昨日まではなかったはずだ。

 

「それは“YES-NO枕”でございます」

「ほう? 」

「働く殿方はお疲れのこともございましょう。ですが夜のことを直接言うのも憚られる。そんな時にこの枕で意思表示をするのだと聞きました」

「(誰から聞いたんだ?既婚者?タブラさんかたっちさんか。下系の話ってことは、たっちさんでは無さそうだな。またぺロロンチーノかも知れない)」

 

早速枕をひっくり返すと…YES

 

「あれ? アルベド? 両方YESなんだが? 」

「くふふ、今日も可愛がっていただけるのですね? 」

「え? いや、これおかしくないか? 」

「いいえ、これは由緒正しい“YES-の枕”でございます」

「は? ちょ、ま、アルベ「さあ、夜はこれからですわ、アインズ様!!」

 

肉食獣の宴は再び幕を開けた。

 



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4話

魔導国。

この地に残った最後の至高の主が治める楽園。何と素晴らしい響きであることか。

自分たちは聞いたことが無いが、至高の主が言うのだからそれは存在したに違いないのだ。

 

「アウラ、この農場が君が言っていたものだね?」

「そうだよ。小麦、リンゴ、オレンジ、牛や豚もいるね」

「せ、世話をしているアンデッドはアインズ様が作られたんでしょうか?」

「皆さん、一つ、これを食べてみて下さい」

 

いつの間に取ったのか、パンドラズ・アクターがリンゴを一つ差し出した。

慣れた手つきで皮をむき、綺麗に切り分けると守護者達に配る。

 

「美味しい。けど、特別な効果はないようね」

「うん、美味しい。すごく甘いよ、これ」

「ほ、本当だ。いつも食べてるやつより甘いね、お姉ちゃん」

「蜜ガ多イナ。糖度モ高イヨウダ。コレハ旨イナ」

「甘さだけじゃなくて酸味もちょうど良いでありんすね。後味がさっぱりしていんす」

「なるほど…これはおそらくですが、魔導国産ということですね」

「流石はデミウルゴス殿! 私も同じ意見です」

「ああ、そういうことね」

「え?どういうこと? 三人だけで分かってないで説明してよ」

 

アウラが自分たちと異なる反応を見せる三人に不機嫌そうに詰め寄る。

 

 

「ああ、食べてみてわかったと思うけど、このリンゴは特別な効果があるわけではない。にも拘らず、レアなリンゴと遜色ない旨さだ。つまり「相当な品種改良を行ってきた、ということですよ。アウラ殿」

「それも凄い世代を経てきたはずよ。徹底的に味を追求してきた品種ね」

「あ~君たち、私の台詞に被せるのは止めてくれないかな? 」

 

クイッと眼鏡を直しながらデミウルゴスが続ける。

 

「このリンゴ一つにしてもどれだけの年月を掛けてきたか良く分かるというものだよ。それに品種改良というのは時間も手間暇もかかるも「つまり、このリンゴを見ただけで魔導国の国力、技術力というものが分かるということです」

「パンドラズ・アクター、ここの作物は全てこれに相当する素晴らしいものだと想像は付くけれど、勿論これだけではないのでしょう? 」

「ええ、これをご覧ください。先ほど、アインズ様に許可を取って宝物殿より持ち出したものです」

 

パンドラズアクターが大袈裟な素振りで虚空からアイテムを取り出す。

 

「ム、コレハ刀カ? 素晴ラシイ。斬神刀皇ニモ劣ラヌ業物トミエル」

 

真っ先に反応したのは武人であるコキュートスだ。

 

「全く君たちは…ん? この刀はユグドラシルのものでは無い? この刃の刻印は、ルーン文字? 」

「流石はデミウルゴス殿! 左様でございます! この刀の材質はヒヒイロカネ。それ自体はユグドラシルにもありました。ですが」

「特殊な効果についてはこのルーン文字の力ということね? ユグドラシルではなかった効果だわ」

「そうです。希少なデータクリスタルを使用せずに神器級アイテムを作成しているわけですよ! つまり、神器級アイテムを量産することすら可能なのです」

「マジで? 」「す、凄いです! 」

 

ダークエルフの双子は素直に驚いた。神器級アイテムは至高の方々でも入手するのが難しい非常に希少なアイテムの筈。それを簡単に量産出来るとすればナザリックの戦力はどれだけのものになるだろうか。

 

「図書館の一角には魔導国の技術書が集められております。私も全てを見たわけではありませんが、これらのアイテムの他、法律に関するものも大量にございました」

「既に準備は万端。あと、アインズ様の国を作る為に必要なものが国民ということね」

「甘い蜜に浸したような楽園を作る。つまり、アインズ様は力での支配を望まれてはいないということだね」

「何でさ? 人間の国があるならさっさと力ずくで占領しちゃったら早いじゃん。アインズ様が支配して下さるんだから最高の国になるに決まってるんだし」

「力で占領することは簡単よ。でも、支配を維持するのは大変になるわ」

「我々ならそれも問題なく出来るでしょうが、アインズ様に無駄な労力を払わせるわけにはいかないからね」

「力で押さえつけられた人間たちはどれだけ血を流そうが自由を諦められないでしょう。だからといって、反抗する気力を根こそぎ奪ってしまえば生きる気力も無くなり労働力をしては役に立たなくなるかもしれません。ですが! 」

「アインズ様が言われるような、民が幸福に生きられる楽園のような国であれば反抗する必要すら考えないということよ」

「そういうことです。自分から安定と繁栄を捨てるような馬鹿はそうそう居ないでしょうからね」

「ツマリ、善政ヲ敷くコトガ結局ハ安定的ナ支配ニ繋ガルト言ウノダナ? 」

「んで、結局私たちは何をすれば良いんでありんすか? 」

 

目指す目標は分かった。それを達成するためには何をすれば良いのか? 大事なのは、聞きたいのはそれだ。

 

「最初は地味な仕事になるだろうが、暫くは我慢してくれるかい? 」

 

至高の主のお役に立てるならばそれは何よりも幸せなことだ。どんなことでも喜んでやり遂げて見せる。

 

「当然でありんす。さあ、指示をよこしなんし」

 

 

 

アルベドが守護者統括として威厳のある態度で各守護者に命令を下していく。

転移から既に数日が経過している。

その僅かな期間で多くの情報が得られたのは、偏に至高の主の慧眼によるものだ。

大きな都市を遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)により発見し、不可視化の能力を持つ僕を転移により潜り込ませることにより、各国の重要な情報が大量に集まっていた。

 

「では、コキュートス。貴方はトブの大森林に生息する亜人たちを支配なさい」

「アウラノ報告ニアッタリザードマン、トードマン達カ、心得タ」

「アインズ様の御威光を汚すことが無いように。力ではなく忠誠を植え付けるの。亜人たちは強者に従う本能があるらしいから、人間たちよりは容易のはずよ」

「承知シタ。ダガ、私ニモ初メテノコトダ。デミウルゴス、相談ニノッテモラエルカ? 」

「当然だよ。私たち守護者が一丸となって協力しなくてはアインズ様のお役には立てないだろうからね」

「そういうことです。アインズ様の智謀は我々を遥かに凌駕しておりますので、バラバラに働いたところでアインズ様の足を引っ張るだけになりかねません」

「シャルティア、貴方はパンドラズ・アクター、マーレと共にカッツェ平野でアンデッドを使役して農場を作成なさい」

「了解でありんす。アインズ様の妃として全力を尽くすでありんす」

 

「妃? 貴方、覚悟を決めたの? 」

 

もし中途半端な覚悟であるなら許すわけにはいかない。

 

「ええ、もしぺロロンチーノ様とアインズ様が敵対したとしても必ず止めてみせるでありんす」

「何を言ってるの? アインズ様に全てを捧げるつもりがないならその首を刎ねるわ」

 

全ての忠誠を捧げることが出来ないものなどいらない。このナザリックにそんなものが居てはならない。

いつの間にか握られていたバルディッシュに殺意を込める。

 

「創造主を弑することなんて出来んせん。でも、アインズ様に手を出させるようなことも止めてみせんす」

「そんな都合の良いことが」

「お二方はとても仲が良かったの! どちらかが生き残っても残された方はずっとお心を痛めることになるわ! だからよ! 」

シャルティアは普段の言葉遣いも忘れ叫ぶ。

 

「なるほど、アインズ様の仰る通り、NPCは創造主に似るものなのね」

 

ぺロロンチーノは仲間との輪を大切にする男だった。仲間が喧嘩して居れば自分が道化になって仲裁していたものだ。

 

「分かったわ、良いでしょう。シャルティア、アインズ様にお話を通しておきます」

 

ぺロロンチーノは特にアインズと仲が良かった。

その創造物であるシャルティアはアインズからは離しておきたかったが仕方がない。

 

 

「話を戻して良いかい? 」

 

女同士の話題には触れるべきではない。出来る男デミウルゴスは何事も無かったかのように話題を修正する。

 

「私はアベリオン丘陵の亜人たちを制圧してくるよ」

「そう、どの位かかりそうかしら? 」

「恐らく一月といったところかな。もう少し前倒し出来るとは思うけどね」

「で? あたしは? 」

「君とアルベドは共にナザリックの守護を頼むよ」

「何でよ! あたしにも仕事ちょうだいよ! 」

 

アウラの小さい手がデミウルゴスの襟を締め上げる。

 

「落ち着き給え、ナザリックの防衛程重要な役割も無いだろう? 」

「それはそうだけど…」

 

自分も主の役に立ちたいのに侵入者が居なければその機会が得られないではないか。

 

「アウラ、貴方は私と共にアインズ様の護衛についてもらうわ」

「本当? やった! 」

「ええ、ナザリック周辺は主に人間の国。貴方がアインズ様に懐く姿は人間たちの警戒心を解くのに役立つでしょうからね。子供らしく甘える姿を見せるのも貴方の仕事だと思いなさい」

 

今まで優越感に浸っていた守護者達の目が一瞬で嫉妬に染まる。

 

「二人とも、精々アインズ様に迷惑をかけないようにするでありんすよ」

 

最もアインズに迷惑をかけるであろう守護者の一人の言葉はむかつくが、気を引き締めなくてはならない。

 

「任せなって」「安心してお勤めを果たしてきなさい」

「さあ、それでは行動に移るとしましょうか」

 

卵頭の号令で一斉に行動を開始する。

世界を至高の主に捧げるために。

 



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5話

転移というか、2周目が始まってから数日が経過した。

アインズは自室で遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)により、周辺地理を確認していた。

前世と同じ位置にカルネ村、エ・ランテルが見つかった。街道の方向から、おそらく王都も前世と同じだろう。

時期はどうなのか、カルネ村が無事だということは、前世より前に転移してきたのか、それとも……。

そして、カルネ村で少女たちを助けたことは覚えているが、詳細はほぼ忘れた。何しろアインズにとっては30万年も前のことなのだ。

不可視化の能力を持つ僕たちをカルネ村、エ・ランテルに送り出したアインズは、彼らから齎される情報を吟味しながら今世をどう生きるか考えていた。

 

建国し、世界征服するにしても、前世はほぼデミウルゴスに丸投げしてしまった。

何故かデミウルゴス達からは褒め称えられることしかなかったが、今回はもう少し上手くやれる筈だ。

方針としては、出来るだけ犠牲は減らす。これはヒューマニズムではなく、単純に国の生産性を上げるためだ。

簡単に言えば、納税者を出来るだけ確保したいのだ。

今回はナザリックの運営資金もアインズの前世で蓄えた個人資産で賄える。冒険者になる必要もあるまい。

それと、国の統治にしても、自分の直轄領は出来るだけ小さくしたい、とも考えてる。

広くてもこの大陸の半分位にしたい。

世界征服したはいいが、ハンコを押しているだけで一日が終わるような生活はもうしたくない。

それでさえ、デミウルゴスとアルベドの権限を超える仕事だけを厳選した状態だったのだ。

アンデッドでなければ過労死していたに違いない。

かつての懐かしい友、社畜の代名詞と呼ばれたヘロヘロに伝えたい。

 

「一年で1週間も休みがあるなんて、ヘロヘロさんが羨ましいですよ。俺なんてこの前、180年連勤しましたよ。タブラさんもびっくりの大錬金術師ですよ」と。

 

なるべく優秀なものに自治を認め、出来る限り楽をしたい。

 

 

それとどの国を永久敵国にするか、だ。

前世では法国がそうだった。

シャルティアを洗脳した犯人が法国だと分かったため、ここだけは魔導国に組み入れることを許可しなかった。

魔導国内の反魔導王派というべき者たちを追放し、捨てる場所として30万年間、法国も続いたのだ。

この国は何故か、一年中ゴキブリが大量に発生し、備蓄している食料や畑を食い荒らすため、常に食糧不足だった。

その為、定期的に―口減らしも兼ねて―魔導国に戦争を仕掛けていた。

その際発生した死体は、魔導国でアンデッドの材料や一部の僕たちの食糧として有効活用されていた。

ほぼ完全に世界征服した後は大きな戦争など起こり得なかった為、法国は本当にありがたい国だった。法国の民にとってはたまったものではないが。

法国を支配下に置かなかったアインズの先見の明をアルベドとデミウルゴスが絶賛したのは言うまでもない。

 

 

アインズはワールドエネミーとなった際、一日に一度、周囲の死者を“強制的に”復活させる能力を得ていた。

本来は、中ボスを連続で討伐することで現れるワールドエネミーの能力だ。

戦闘中、HPがある一定値を割るごとに中ボスを全部生き返らせるという、プレイヤーのスキル回数、MPやアイテムといったリソースに加え、やる気とプレイ時間にダイレクトアタックしてくれる運営死ねという能力だったのだが、転移後の世界では仕様が変わっているらしい。

この能力は超位魔法並みの効果範囲を持つため、10万の兵を復活させることすらも容易かった。

その為、アンデッドの材料になれなかったものは、毎日復活と死を繰り返すという地獄を味わうことになった。

能力の性質上、復活拒否は出来ないらしい。これから逃れるには、老衰で死ぬか、レベル1未満になるまでレベルダウンするかしかない。

しかし、この能力は相手を完全復活させるものの為、レベルダウン効果はない。

また、アインズの神聖を高めるのにも大きく貢献してくれた。今世ではこれを最初から有効活用しようと考えている。

この能力と法国のおかげで、経験値を大量に稼ぎ、強欲と無欲に経験値を蓄積しまくった結果、経験値消費型のスキルや魔法は大したデメリットではなくなっていた。

尚、強欲と無欲はアインズに吸収されてしまったが、その能力はきちんと使えるようだ。誰かに渡せなくなったのが地味に痛いが。

 

 

このように継続的に戦争を仕掛けてくる敵性国家は非常に重要なのだが、今となっては法国をそうしたのは勿体無かったと思っている。

戸籍等が最もしっかりした国であり、これを流用していたら、前世はもっと楽に世界征服できていたことだろう。

現地の人間にしては強者も多く、育成方法も優れている。

それに今世では法国に恨みもない。前世と同じく、システムが優れた国であれば今回はちゃんと傘下に入れるとしよう。

アインズが考えている計画にも必要な国なのだし。

そう考えると聖王国あたりがちょうど良いだろうか?しかし、前世では自分を神とあがめる宗教を立ち上げた少女が居たし……。

まあ、これはある程度支配が進んでから考えれば良いか。

 

 

考えに耽っていたアインズに伝言(メッセージ)の魔法が届く。

どうやら、カルネ村に派遣していた僕からだ。

前世と同様、帝国の騎士風の連中がカルネ村に迫っているらしい。

 

「セバス、アルベドを呼べ。完全武装で来るよう伝えろ。この村を助けに行く。それとアウラに後詰を命じておけ」

「畏まりました。直ちに」

 

セバスが出ていくと、アインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を覗き込む。

既に帝国騎士風の兵士たちはカルネ村の入り口に到着していた。すぐに殺戮が始まる。

アインズは既プレイのゲームのチュートリアルを眺める感覚で「あ~、こんなんだったな~。てか、村しょぼいな。大都市のイメージしかないわ」とか考えていた。

皆殺しにされては意味がないので、そろそろ行くとしよう。そう思ったとき、扉をノックする音が聞こえてきた。良いタイミングだ。

 

「入れ」

「失礼いたします。アインズ様」

 

セバスがアルベドを連れて入室してくる。

 

「では行くとするか。久々の戦闘、いや、チュートリアルイベントだな」

 

転移門(ゲート)の魔法を起動し、カルネ村へ向かうアインズとアルベド。

 

「くふふ、アインズ様と二人っきりでお出かけ。これがデートという奴ね、くふふふ」

 

浮かれた声は聞こえなかったことにした。

 

 

 

 

 

エンリ・エモットは幼い妹の手を引いて必死に走っていた。

だが、所詮は少女の足、帝国の騎士に勝てるはずもなく、二人の騎士にすぐに追いつかれ、背中を切られた。

致命傷では無いが、冒険者でもない彼女には、もう逃げる術などなかった。

どうにか妹だけは逃がさなくては、そう考えたとき、奇跡が起こった。

目の前の空間には黒い穴が開いていた。

そこから出てくるのは死の化身、いや、死そのものだった。

豪奢なローブに身を包んだそれは、騎士に向かって徐に手を伸ばした。

 

心臓掌握(グラスプハート)

 

そう呟いた瞬間、騎士が倒れた。

ああ、死んだんだ。そう理解する間もなく、もう一人も電撃に貫かれ死亡した。

次は自分たちだろうか、そう思ったとき、死の化身が声をかけてきた。

 

「大丈夫か? 怪我をしているな」

 

それは思った以上にずっと優しい声で、まるでその骸骨の面が仮面か何かだと錯覚させるほどだった。

 

「回復してやるとしよう。大治癒(ヒール)

 

光に包まれたと思ったら傷が完全に消えていた。

アインズは魔力系魔法詠唱者ではあるが、今ではある程度の信仰系魔法も使えるようになっていた。

使用できる信仰系魔法は多くはないが、回復魔法を使えるだけでPvPでは相当に有利であることは間違いない。この能力を得た後、PvPをしたことはないが。

 

「アインズ様、その娘をどうなさるのでしょうか? 」

 

いつの間にか死の化身の後ろに黒い全身鎧を着た(多分)女性が立っていた。

 

「ん?助けてやるだけだ。この国にいるということは私の民だからな」

 

当たり前のように答える死の化身。私の民と言っていたが、王様なのだろうか?

王様が骸骨だったなんて聞いたこともないが。

 

「くふふ、そうですわね。この地に住まうものは全てアインズ様のもの。ならば、多少の慈悲は与えてもよろしいかと」

「そういうことだ。ではその前に、中位アンデッド作成<デスナイト>」

 

スキルを使い、死の騎士を2体作成する。

一体にはこの少女たちを守るよう、そしてもう一体にはこの村を襲っている騎士たちを捕らえるよう指示を出す。

但し、逃げる者は容赦無く殺せ、と付け加えておく。

 

 

「ど、どうかお願いします!お父さんを助けてください! 」

 

エンリは恐怖を押し殺し、目の前の死神に懇願する。

 

「虫が良いことは承知しています。でも、貴方様しかいないんです。私にできることなら何でもします」

 

地面に頭を擦り付けるように土下座をするエンリ。

 

「先ほども言っただろう?この地の民は全て私の民だ。ならば、私が守るのは当然の義務だとも」

 

表情が変わらない骸骨の顔だが、まるで優しく微笑んでいるようにエンリには見えた。

 

 

 

 

 

 

突如現れた死の騎士、戦っても傷一つ負わせられない。逃げようとしても自分たちが3歩も歩く間に追いつかれる。

死の騎士に蹂躙される帝国騎士風の集団の頭上から声が響く。

 

「お疲れかな? 法国の諸君」

 

絶望的な状況下、救いの手が差し伸べられたと思い、声が聞こえた方を見上げると……。

そこには黒い後光をまとい、死の騎士以上に濃厚な死の気配を放つ強大なアンデッドが居た。

 

 

副隊長、ロンデスは目の前にいるのが自分たちが崇める神だと直感した。だが、何故、法国の、人類のために働いている自分たちに死の騎士を放つのか。

村人達も呆然とその光景を見上げている。悍ましいアンデッドのはずなのに、まるで神話に出てくる神が降臨したかのような神聖さがあった。

 

「まだ戦いたいなら、武器を取り給え。投降し、裁きを受けるなら…」

 

ガシャリ、と騎士たち全員が武器を放り捨てる。

 

「あ、貴方様は一体……」

「ふむ、君が村長かな? 」

「は、はい。左様でございます。一体、貴方様は…」

「私はこの魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウンという。この地はそもそも私の支配地だ。故に、そこに住まうものは皆、どんな種族も私の民だ。何人たりとも、それを傷付けることは許されない」

「魔導国、でございますか? 」

「そうだ。少しの間、地下で異形種の楽園を作って実験をしていたのだよ。全ての種が生きられる理想郷を作るためにな」

「理想郷…」

「飢えることも、このように突然襲われて死ぬこともない楽園をこの地にも作る。そのための研究をしていたのだがな、ようやく目途が立ったというわけだ。」

 

嘘を吐いているようには見えないが、村長の頭はこんな荒唐無稽な話を信じられるほどお花畑ではなかった。

 

「村長、村人たちの死体をここに集めろ。それと、向こうの森に逃げて来た少女が二人いるので連れてきてくれ。デスナイト、お前は騎士たちの死体を集めろ」

 

何をするのかは分からないが、この絶対者に逆らうことなど誰も出来なかった。言われた通りに死体を並べる。

 

 

 

「では始めるか。中位アンデッド作成」

 

騎士の死体に対してスキルを発動する。次々に恐ろしく強力なアンデッドが作られていく。

デスナイト4体、ソウルイーター6体作ったところでちょうど騎士の死体が無くなった。

生き残った騎士たちの顔は皆、一様に蒼白だ。

自分の仲間たちは、もう永遠に救われることが無い。彼らには神罰が下されたのだ。いや、自分たちもそうなるのだろう。

 

 

続いてアインズは村人の死体のほうに向かう。

村人たちの表情は皆沈痛だ。せめて、安らかに眠らせてやってほしい、誰もがそう思っていた。意を決して村長が懇願する。

 

「ゴウン様、どうか、せめて村人たちは安らかに眠らせてやっては下さいませんか。この年寄りの命であれば捧げます。どうか、どうかご慈悲を」

 

目の前で土下座する村長に対し、アインズは鷹揚に答える。

 

「不安なのは分かる。だが、安心するがよい、村長。私は真っ当に生きる民はその命を全うするべきだと考えている。まあ見ておくがよい」

 

アインズが手を振ると、周囲が光に包まれる。それはこれ以上無いほどの神聖な輝きだった。

そして、奇跡が起こった。光が収まると、死んだはずの村人たちが起き上がってくる。

 

「お父さん、お母さん!! 」

 

泣きながらエンリとネムの姉妹が両親の胸に飛び込んでいく。

 

「ゴ、ゴウン様。貴方様は…貴方様は…」

 

村人も、敵対していたはずの騎士たちも、皆、一斉にひれ伏した。

誰もが理解した。目の前の存在はアンデッドなどではない。このお方こそが世界を救うべく降臨された神なのだと。

 

 

 

「(ふふふ、やはり、死者を復活させるというのはインパクトがデカい。しかも、普通なら復活させることが出来ない者を生き返らせるというのが重要だ。他の追随を許さないサービスというのは、いつの世も最強の武器になる。)」

 

神として崇められる為の実験は成功といって良いだろう。アインズは一人ほくそ笑む。

さあ、本番はここからだ。上手くやれば法国を丸々手に入れることが出来る。建国後の外交も楽になるだろう。

 

静寂の中、物思いに耽るアインズの姿は、誰の目にも触れ難い、神聖なもののように映った。

この日、後世において、神の降臨した聖地となるカルネ村の信仰は生まれた。

 




次はオバロ二次では大人気のニグンさん登場です。
彼は今作で生き残れるでしょうか?
次回、「ニグン、死す」デュエル・スタンバイ!


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6話

老人や子供まで生き返らせる魔法など、聞いたこともない。しかも数十人を纏めてだ。

こんなことが出来るのは神だけだ。だから法国の騎士、ロンデスは言わずにはいられなかった。

 

「スルシャーナ様、何故、何故、このようなところにおられるのですか?どうか、法国にお戻りください。我々人類を導いて下さい」

「先ほども言ったが私の名はアインズ・ウール・ゴウン。スルシャーナという神はとっくの昔に死んだだろう? 」

「ですが、貴方様はここにいらっしゃいます。どうか」

「それに、法国がスルシャーナを受け入れるとは思えんな。スルシャーナが何故死んだのか、知っているだろう? 」

「八欲王に弑されたと聞いておりますが、今でも法国の多くの民が貴方様を信仰しております。皆、貴方様のご帰還を喜んで受け入れましょう。何故、そのようなことを仰せになるのですか? 」

「私はスルシャーナの失敗を見て、人間だけに肩入れするのを止めたのだよ。全ての種族を平等に我が民として受け入れる。それが私の出した結論だ」

「失敗? それはどういう? 」

「ああ、お前たちは知らないのだな? そうか……ん? お早い到着だな」

 

アインズが村の入り口に視線を向けると、戦士風の一団が村に迫ってきていた。

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフは混乱していた。

辺境の村々を襲う帝国騎士の集団を追ってカルネ村までやってきたはいいが、既に騎士たちは捕らわれた後だった。

しかも村を救ったのはアンデッドという。それだけでも訳が分からないが、そのアンデッドを神と崇めていては更に何が何だか分からない。

当初、アインズの姿を見て剣を抜いた戦士団に対し、あろうことか村人たちは憎悪の目を向け、武器を構えた。

自分たちは村を救いに来た王国の戦士団だ、と言っても信じてもらえず、途方に暮れていたところ、件のアンデッド自身が止めに入った。

 

「止せ、お前たち。そして王国戦士長よ、私は、少なくとも今は君たちの敵ではない」

 

今は、という言葉が引っ掛かったが、とりあえずは飲み込むことにした。

圧倒的な強者であることは疑いようもない気配を放っていたからだ。

自分が敵対すれば、最悪の場合王国が滅びる。そう確信させるだけの圧倒的な力を感じさせるアンデッドだった。

騎士の死体から作ったというアンデッドたちも、そのどれもが王国の至宝に身を包んだガゼフをしても勝てるかどうか分からないモンスターだった。

こんな相手に敵対するなど馬鹿を通り越して只の狂人だ。

 

 

 

「先ずは、この村を救ってくれたことを感謝する」

 

アンデッドであっても王国の民を救ってくれたのだ。そしてこのアンデッドは理知的でもある。

対話は可能だと判断し、少しでも情報を手に入れようと考えた。

 

「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。貴殿の名前をお聞かせ願いたい」

「初めまして、王国戦士長殿。私の名はアインズ・ウール・ゴウン。この魔導国を治める王である」

 

王? 魔導国? 初めて聞く名前だ。この、ということはこのカルネ村周辺を言っているのか?

 

「寡聞にして魔導国なる国の名前は聞いたことがないのだが、何処の国なのかな? 」

「ああ、ちょうど今のリ・エスティーゼ王国がそれにあたる」

「な、王国が貴方の治める国だと言われるのか? 」

「うむ、少し地下に籠って研究している間に国が出来ていたようだが、まあ、私に恭順するのであれば悪いようにはしないとも。但し、為政者としての義務を果たさず、民からむやみに搾取しているだけの寄生虫は退場してもらうがな」

「ま、待ってくれ」

 

アインズの言い分を信じれば、自分の土地に勝手に人間が住み着いたということになる。

だが、既に王国は国家として成り立っているのだ。いきなり王だと言われても困る。

まして、貴族に知られれば間違いなく討伐隊を差し向けることになるだろう。その結果は王国の滅亡だ。

 

「ゴウン殿、私は戦士長とは言え、政には詳しくない。王都に持ち帰り、報告させていただきたいのだが、構わないだろうか? 」

 

先ずは王に報告し、それから対処を考えなくてはならない。

 

「ああ、構わない。私も久しぶりに地上に出てきてね。今は地上の情報を収集しているところだよ。それにしても法国は変わらないようだな」

「法国? この騎士たちは法国のものなのか? 」

「そうだとも。ところで、王国戦士長という立場にしては、君の装備は随分と貧弱だが、貴族たちの横やりでも入ったのかな? 」

 

久しぶりに地上に出てきたというが、このアンデッドはどこまで知っているのか、驚きを隠せずにガゼフは答える。

 

「ああ、このような任務に王国の至宝を持ち出すべきではない、とな」

「やはり王国も同じか…」

 

 

前世と同じように王国は腐敗しているようだ。だが、王国には最も肥沃な大地があるため、重要な生産拠点として早々に抑えておきたい。

さっさと貴族どもを粛正すれば良いものを、今世のランポッサ3世も王としては無能か。

だが、ここまで同じだとすると、バハルス帝国皇帝や王国の黄金、ラナー王女は前世同様に期待ができそうだ。

有能な人間が最初から分かっているのは攻略本を見ながらゲームをするような感じで、アインズの好みではないが、このチートな状況を最大限利用するとしよう。

そう、前世では出来なかったレアキャラをゲットするのだ。有能な人材も既に分かっている、早めにゲットしておこう。

先ずはこのガゼフだ。そして漆黒聖典やザイトルクワエも欲しいところだ。そうだ、帰りにハムスケも回収しておこう。アウラに伝言(メッセージ)を送っておかなくては。

 

 

「ゴウン殿?(王国も同じ…色々な国を見て回っているのか? 腐敗した政について失望しているのだろうか?)」

 

このアンデッドのことを探ろうと思ったが腹芸が出来ない男は、結局、単刀直入に聞くことにした。

 

「この騎士たちを法国の人間だと言っていたが、何故分かったのだ? 」

「簡単だよ、私を神だと呼んだのでね」

「神…死の神、確か、スルシャーナ? 」

「別人だよ。まあ、同じ種族なのでそう思っても不思議はないな。さて、法国が君を狙う理由は分かるかね? 」

「いや、帝国ならわかるが、法国も王国の土地を狙っているのか? 」

「そうではない。人類の為、君を殺さなくてはならないということだろうな」

「法国からしたら私は人類の敵なのか」

 

ガゼフが苦笑する。確かに王国最強の戦士ではあるが、人類の敵呼ばわりされるいわれは全くない。

 

「ガゼフ・ストロノーフ、君がではない。王国こそが人類の敵なのだ」

「何故だ? 王国は他国への侵略もしていないし、人類の敵といわれるようなことなど! 」

「麻薬をばら撒いているだろう? 国内の犯罪組織も満足に摘発できない。国は荒れる一方だ。派閥の対立はより深まり、貴族の多くは私腹を肥やすことばかり。この肥沃な土地を無駄にするというのはな、戦士長殿、いつ終わるとも知れぬ亜人たちとの戦いに身を置いているものからすれば、それだけで許し難い大罪なのだよ」

 

眼窩の赤い光がより一層強くなったように見える。睨まれたのだろう、背筋に悪寒が走る。

 

「だが、王も何とか国を立て直そうと努力しておられるのだ」

「それが何年かかる? そして上手く立て直したとして、今の王子が良い王になれると思うかね? 」

「そ、それは、」

「無理だろう。第一王子は粗暴なだけで思慮が足りない。第二王子は器量が良くない。王にはカリスマが必要だ。精々、可能性があるのは第三王女位だろう、だが、彼女には力が足りない。王国は既に詰んでいるのだよ。だからこそ、法国は王国を切り捨て、優秀な皇帝が支配する帝国にこの地を任せようとしているわけだ。」

 

帝国の皇帝は確かに優秀だ。直接スカウトされたからという訳ではないが、統治者としての魅力に溢れている。自分の肉親ですら粛正するほどの覚悟と決断力もある。

それでも、自分は王に忠誠を誓ったのだ。曲げることだけは出来ない。

 

「戦士長殿、君が忠義を曲げるような人物でないことは知っている。だが、この国のことを考えたまえ。既に君はただの剣でいてよい立場ではないのだ。王国の現状、その責任の一端はお前にもある」

 

アインズの言葉はとても生命を憎むアンデッドのものとは思えない真摯なものだった。

政に疎い自分が口を出すことで王の立場が悪くなるのでは? そんなことを考えていた自分は、苦手なことから逃げていただけだったのかもしれない。

 

「…うむ、お客さんの到着か」

 

突然、アインズがぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

「完全に囲まれています」

 

戦士団の副長らしき男がガゼフに報告する。

前世の記憶では、あれは陽光聖典だったが、空中に浮かんでいる天使たちを見る限り、今回も同じようだ。

こいつらは特に必要ないし、とっと片付けるとしよう。

 

「不味いな」「戦力を集中して、敵の指揮官のみを狙いましょう」「いや、お前たちは村人の保護を」

 

戦士団からすれば絶体絶命のピンチだろう。副官と数名の隊員を交え、真剣に話し合っている。

だが、誰も自分たちが逃げ出そうとは考えてはいない。王国で取るべき人物はガゼフだけだと思っていたが、この戦士団も案外悪くない。

 

 

 

「戦士長殿、あれは法国の特殊部隊、陽光聖典だな。私が行って殲滅してこよう。君たちは私が作ったアンデッドと共に、村人を守ってくれたまえ」

 

深刻そうに相談しているガゼフ達にちょっと散歩にでも行ってくる、という感じでアインズが言う。

 

「は? い、いやあれだけの天使がいるのだ。しかも貴方はアンデッド、奴らとの相性は最悪だろう」

 

ガゼフの真剣な忠告に思わず笑ってしまう。こちらはアンデッド、生命を憎む化け物だというのに。

 

「安心したまえ、これは私の力を見せるデモンストレーションでもある。私がどれだけの力を持っているか知れば、貴族の暴走を止めてくれるだろう?君がね」

「ゴウン殿」

「まあ、任せておきたまえ。では行ってくる。ついてこい、アルベド」

 

そう言って黒い鎧の戦士一人を共にして出て行ってしまった。なんの気負いも無い、本当にただの散歩に行くかのようだ。

ガゼフはこの魔法詠唱者(マジックキャスター)の力を見逃さないよう、両の眼に力を籠める。

 

 

 

「何だあれは? 」

 

陽光聖典隊長、ニグン・グリッド・ルーインは隊員に尋ねる。なんの警戒もなく気楽に歩いてくる二人組は何だ、と。

 

「アンデッド! 」

 

隊員の一人が叫ぶ。どうやら豪奢なローブに身を包んだ魔法詠唱者(マジックキャスター)はアンデッドのようだ。

エルダーリッチだろうか?では、あの黒い鎧はネクロマンサーだろうか。

 

「分かりません。王国にあんな連中がいるなど、聞いたこともありません」

「まあいい、対アンデッドなら我々の得意分野だ。いつも通り、殲滅するだけだ」

 

それに、いざとなれば懐の切り札がある。特にアンデッドには効果抜群だ、負けるはずがない。

 

「さて、陽光聖典の諸君、君たちに提案がある。一人だけ生き残らせてやるから、法国まで戻る人間を選びたまえ」

 

豪奢なローブを着たアンデッドの口調はとても軽い。まるで、誰がお使いに行く? と聞くような感じに。

 

「アンデッド風情が生意気な! 」

 

そう叫んだ隊員が、轟音が鳴ったと思った次の瞬間倒れていた。首から上が無くなっている。

目の前には黒い鎧の戦士がいた。いつ動いたのか、誰も反応すら出来なかった。ただ、戦士のいたところの地面に爆発したような跡があった。

 

「下等生物ごときが、アインズ様に対して無礼な」

 

女の声だ。随分きれいな声だ、と、ニグンは場違いなことを思ってしまった。

 

「止せ、アルベド。ここは私の力を見せる場面だぞ? 」

「はっ、申し訳ございません、アインズ様。」

「良いとも、私に無礼な口を聞いた相手に対するお前の気持ちも分かる。だが、愛する妻の前で良いところを見せたい男の気持ちも分かってくれるだろう? 」

「あ、愛する妻!! く、くふ~。私もアインズ様の格好良いところを見とうございます」

 

くねくねと身悶えするガゼフを軽く上回る超級の戦士、どうやらその夫というアンデッド、一体何が起こっているのか。

 

「さて、どれを残すか決まらないようだし、勝手に決めさせてもらうぞ。アルベド、下がれ」

 

命令と同時に黒い戦士は大きく距離をとった。先ほどと同様、反応出来たものは誰もいなかった。

 

「では行くとしよう。先ずは時間停止(タイムストップ)

 

時間を止め、適当な隊員を一人、魔法の範囲外に放り投げる。

 

「これで良し。魔法遅延(ディレイマジック)焼夷(ナパーム)

 

時間停止が解除された瞬間、陽光聖典は範囲外に投げ捨てられた一人を除き、全て、抵抗も出来ずに焼死した。

一人残った隊員はガクガクと震えている。何が起きたのかも分からない。こんな力を持ったアンデッドなど一人しかいない。いるはずがない。

死の神、スルシャーナだ。

 

「さて、お前を生かしてあるのはメッセンジャーとするためだ。国に帰り、私のことを報告せよ。ああ、そうそう、私の名はアインズ・ウール・ゴウン。スルシャーナと同種族だが、別人だぞ? 」

 

カクカクと頭を縦に振ってこたえる隊員。

 

「では行け。そして、そうだな。私の元に使いによこすよう伝えよ。場所はここ、カルネ村だ」

 

脱兎のごとく、隊員が走り去っていく。

死体と装備品は村に潜伏させている僕たちに回収させよう。

さて、アウラに伝言(メッセージ)を送るとしよう。

 

 

 

 

ガゼフ・ストロノーフは目の前で起こったことが信じれらなかった。

相当な距離があるにも関わらず、黒い鎧の戦士アルベドの動きが全く見えなかった。

王国最強、あるいは周辺国家最強と言われている自分を嘲笑うかのような圧倒的な強さ。

自分など、彼女と比べれば棒切れを振り回して喜んでいる子供と同じだ。

だが、それ以上に驚いたのはアインズの強さだ。

魔法詠唱者であるはずの彼の動きもまた、全く見えなかったのだから、その驚きはアルベドの時の比ではない。

また、アインズが使った魔法は聞いたこともないが、とても人が使える位階の魔法ではないだろう。

法国の特殊部隊、それも魔法に特化した部隊がたった一つの魔法に抵抗すら出来ずに全滅したのだから。

間違いなく、アインズと戦えば王国は滅亡する。それは運が良ければの話だ。もし、彼の怒りを買えば全ての人間が殺されるかもしれない。

いや、それはマシな方だろう。最悪は全ての人間がアンデッドにされ、未来永劫苦しめられることだ。

 

「さて、陽光聖典は殲滅してきた。ああ、一人は伝言を持ち帰ってもらわなければならないのでね、生き残らせたが、構わないだろう? 」

 

ゆったりと、まるで散歩に行ってきたかのような足取りでアインズ達は帰ってきた。

 

「あ、ああ、我々では全滅していただろう。ゴウン殿、助けていただき、感謝する」

「ふむ、数日の内にこの村に法国のものが来るだろうが、見逃していただきたい。これは身内の話なのでね」

 

身内? やはりこのアンデッドは死の神スルシャーナなのだろうか?

 

「では、村長よ、数日後、私を訪ねてくるものがいるだろう。その時にはこれを鳴らしてくれるかね? 」

 

アインズがどこからか取り出した魔法のハンドベルを渡す。

 

「畏まりました。ゴウン様を訪ねてくる方が来られましたら必ずや、これを鳴らすことを誓います」

「うむ、では、頼んだぞ。さて、私たちはそろそろ帰るとするかな。あ、いや、トブの大森林に寄ってから帰るとしよう」

「(トブの大森林? あんな秘境に何を? いや、この御仁は桁が違いすぎる。我々ごときでははかり知ることなど出来まい)ゴウン殿、私も、また貴方を訪ねてきても良いだろうか? 」

「ああ、当然だとも、戦士長殿。次はもっとゆっくり話をしたいものだ。また会える日を楽しみにしている」

「では、ゴウン殿、お元気で。必ず、近いうちに訪ねてくる。お前たち、急いで王都に帰還するぞ」

 

戦士団を連れ、ガゼフ達は王都へと戻っていった。

 

 

 

 

アルベドを連れてトブの大森林へと歩を進めるアインズ。

そろそろ夜の帳が落ちてくる時間だ。

 

「さて、アウラよ。頼んでおいたものは見つかったか?」

「はい、アインズ様。ご要望の獣は多分見つかったと思います」

 

木の間から闇妖精の少女、アウラが姿を現した。

 

「アウラ、アインズ様のご命令に“多分”などと曖昧な答えをするつもり? 」

 

アルベドが怒気をはらんだ声とともに睨みつける。

 

「うぐっ、そ、それは…」

「止せ、アルベド。伝言(メッセージ)での短い言葉しか交わしていないのだ。曖昧な答えになるのも当然だろう。責められるならば、むしろ私であるべきだ」

「ア、アインズ様を責めるなど」

「ではこの話は終わりだ。さあ、アウラ、私のペットになる予定の獣をこちらに追い込んでくれるかな? 」

「はい!お任せください!! 」

 

元気よく返答すると同時に、飛ぶように駆けていくアウラ。

数分後、白銀の大きな獣がアインズ達の前に現れる。

 

 

 

「この獣がアインズ様が仰ったペット候補なのですか? 」

 

アルベドが不機嫌そうに尋ねる。

アインズには理解できないが、アインズのペットの座というのはナザリックの者たちからすれば喉から手が出るほどに欲しいものであり、羨望の的であった。

 

「うむ、では、ハムスケよ。私のペットとしてついて来るが良い」

 

鷹揚に話しかけるアインズに対し、ハムスケと呼ばれた大きなジャンガリアンハムスターは不満そうに答える。

 

「ハムスケとは拙者のことでござるか?拙者をペットにすると?ふふん、拙者は自分より弱い者には従わないでござる。どうしてもと言うのであれば、力を見せるでござ、ひあっ!」

 

アウラとアルベドの殺気を受け、台詞を言い終わることなく縮こまってしまったハムスケ。

 

「二人ともよせ、ではハムスケよ。私の力も見せてやるとしよう」

 

アインズが指輪を外した瞬間、世界が闇に包まれたと錯覚するほどの力が溢れる。

 

「こ、降参でござる。某の負けでござるよ~。なんでも言うことを聞くので殺さないでほしいでござる」

 

オーラを放つまでもなく、生物の本能で死を確信したハムスケは腹を見せ、服従のポーズをとる。

 

「よしよし、では、お前の名前は今からハムスケだ。森の賢王改め、ハムスケだ」

「はいでござる。拙者は今から殿のペット、ハムスケでござる」

 

ギリギリ、という歯ぎしりの音が聞こえるが無視しよう。というか、妻の座を得たというのに何故ペットに嫉妬するのか、本当に意味が分からない。

 

「さあ、それではナザリックに帰るとしようか。ああ、アウラ、ハムスケは第6階層の集落に置くことにするから、世話は頼むぞ」

「はい、了解しました! 」

 

そういえば、いつの間にか出来ていた第6階層の集落には、ちょうどこの獣にあうだろう寝床があったが、この獣の為に用意していたのだろうか?

異世界の動物用の寝床まで用意しているとは、正に神の叡智の持ち主、至高の存在とは何と恐るべき存在なのか。

 

さて、後はピニスンとザイトルクワエだ。

ザイトルクワエは種を持ち帰ってみよう。上手く栽培したら使役モンスターに出来るかもしれない。

植物系モンスターとの交配実験も面白い。デミウルゴスに実験させよう。

アウラやマーレに観察日記とかさせてみるのも教育に良さそうだ。

意外と可能性を感じさせるモンスターだ。

前世ではあっさり倒してしまったのだがもったいなかったかもしれない。今世では有効に活用するとしよう。

 




ニグン「次回予告には勝てなかったよ」


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7話

ぺロロンチーノ「ロリのちっぱいは正義」
ヘロヘロ「金髪巨乳こそ至高」
弐式炎雷「ポニテ美乳だろjk」
フラットフット「成人女性のちっぱいの良さが分からない奴はにわか」
ぶくぶく茶釜「お前ら全員正座な。モモンガさん、逃げんな」


―アインズがまだモモンガと呼ばれていた頃―

「そうそう、モモンガさん知ってます? 」

 

いつものようにぷにっと萌えの雑談が始まった。

 

「何です? 」

「宗教戦争ってあるじゃないですか?どっちの神様が正しいか、みたいな奴」

「ああ、ありますね。」

 

モモンガが想像したのはぺロロンチーノとヘロヘロのおっぱい戦争だった。

フラットフットと弐式炎雷が参戦して収拾が付かなくなったところに茶釜さんの雷が落ちた。

巻き添えで、何故かモモンガも正座させられて説教された。おかしいと思いながらも怖いから黙っていた。

 

「あれって、負けた方の神様は悪魔にされちゃったりするんですよ。今だと、7大罪の悪魔にもいたんじゃないかな? 」

「ベルゼブブとかもそうなんでしたっけ? 」

「そうそう。で、これに決着が付けば良いんだけど、そうじゃない場合、何百年も続くんですよね、この争いって」

「まあ、宗教ですもんね。教義や神様が変わらない限り無理ですよね」

「おお、良いところに気付きましたね。それですよ。アヴァターラ」

「え? 何でアヴァターラ? 」

「例えば、AとBという神様がいるとして、BはAのアヴァターラ、つまり化身だってことにしてしまうんですよ」

「え? 別の神様ですよね? 」

「そうです。これが結構有効なんですよ。何たって戦わなくて良いから。あの神様もこの神様も全部、自分とこの神様のアヴァターラだってことにしちゃう」

「ズルくないですか? 人の褌で相撲を取るって奴ですよ? 」

「多神教では良く使われる手法なんですよ。覚えてて下さいね。役に立ちませんけど」

 

 

 

 

 

―スレイン法国神都―

会議を行っている神官長達の表情は例外なく深刻だ。

 

「陽光聖典が全滅とはな」

「復活は? それで、本当にスルシャーナ様なのか? 」

 

陽光聖典ただ一人の生き残りは神の怒りに触れたことを恐れ、休憩も無く、ただひたすら馬を走らせ、馬が潰れれば自らの足で走り続け、神都まであり得ない速さで帰ってきた。

 

「スルシャーナ様のお怒りにふれ、私以外の隊員は全て、一人残らず死にました。神罰を受けたのです。カルネ村なるところにて、神が待っておられます」

 

それだけを告げると、息を引き取った。

 

「いや、復活を拒否しているようだな。相当に恐ろしい目にあったのだろう」

「聖典の隊員が復活を拒否とはな」

「だが、本当にスルシャーナ様であれば、何故、法国に降臨されないのだ?」

「何にせよ、早急に使者を立てねば。誰をやる? 」

「神の再降臨とあらば、我ら自身が行かねばなるまい」

「いや、陽光聖典が全滅させられたことを考えると、法国最強の漆黒聖典を送るべきじゃろう」

「だが、もし漆黒聖典がやられるようなことがあれば、法国自体の存続にも関わるぞ」

「それでもやらねばなるまい。どちらにせよ、神と敵対するような馬鹿な真似だけは避けねばならん」

「それしかないか…。すぐに隊員を集めてくれ。今日にでも発ってもらわねばなるまい」

「やれやれ、本当にスルシャーナ様ならば良いのだが…」

「スルシャーナ様か……(やはり、我々法国の罪を裁くために再降臨されたのでは? 儂らの命程度で許してもらえるだろうか? いや…)」

「ん? どうした? レイモン」

「ああ、何でもない。すぐに漆黒聖典を呼ぶとしよう」

 

 

 

 

 

エ・ランテルを出発し、カルネ村へ向かう一行、神々が残した装備に身を包んだ法国最強の特殊部隊、漆黒聖典。

まだ幼さを残した隊長を始め、普段は軽口を叩くメンバーでさえ、その表情は真剣そのもの、いや、悲壮感で満ちている。

それもそのはず、今回の任務は死の神、スルシャーナへの謁見。あるいは、偽物だった場合はその討伐。

仮に偽物だったとしても陽光聖典を歯牙にもかけず殲滅した化け物だ。

最悪の場合、隊長の持つ最高の神器、神槍<ろーんぎぬす>の使用も許可されている。

この意味を知るものはこの中では隊長ただ一人だ。つまり、最悪の場合、彼は復活も出来ない死を迎えることになる。

 

神都を出てからここまで、隊員の誰も、殆ど口を開かない。神が法国の人間を殺したことが恐ろしいのだ。

人間を守るはずの法国が人間を虐殺している姿を見て失望されたのかもしれない。もし、神が敵に回ったら、と考えると恐怖で震えが止まらない。

法国の、それも特殊部隊、聖典の隊員ともなれば、神とはただ祈りを捧げるだけの対象ではない。

彼らの装備を身に着けているのだから、神々の力というものを最も身近に感じている者たちである。

それだけに、神を敵に回すようなことは恐ろしくてたまらない。そんなことにならないように、命を懸けてでも、法国を保護してくれるよう、働きかけねばならない。

到着したくない、と思いながらも、彼らはカルネ村についてしまった。

 

「君たちは、漆黒聖典の者だな? 」

「はい、スルシャーナ様。私たちはスレイン法国六色聖典の一つ、漆黒聖典であります。」

 

神との謁見はすぐにかなった。それを一目見た瞬間、勝てる相手ではないことを理解した。いや、勝つとか負けるとかではなく、戦いにすらならないだろうという確信があった。

 

 

「ふふ、私はスルシャーナではないと言ったのだがね。彼は既に死んだ。陽光聖典の生き残りはちゃんと伝えなかったのか? 」

「はい、彼はスルシャーナ様がカルネ村で待つことを伝えると、その場でこと切れました。故に、ことの詳細は私たちは分かっていないのです」

「そうかね。では、まずは陽光聖典を殲滅した件から話をするとしよう。彼らがガゼフ・ストロノーフを抹殺するために動いていたのは知っているな? 」

「はっ、腐敗した王国を打倒するため、戦士長を抹殺し、帝国に王国を併呑させる計画でした」

「うむ、それ自体は問題ではない。だが、そのために村々を焼くというのはいただけんな。お前たちは人類の守護者ではないのか?それが人を殺めてなんとする」

「仰ることは分かります。ですが、我々には神々のような力はありません。無力な人間が生きるため、手段を選ぶ余裕などないのです。ですからどうか、お力をお貸しください。貴方様はかつて、人間を守るためにお力を奮ってくださったはずです。どうか法国を導いて下さい。何卒、伏してお願い申し上げます」

 

真摯に、ただひたすら、神の慈悲を乞う姿は哀れですらあったが、彼らに出来ることはそれしかなかった。

 

「やれやれ、私はスルシャーナではなく、アインズ・ウール・ゴウンだと言っただろう? それと勘違いしているようだが、私は全ての生あるものを愛している。不死たる私にはない、定命のものにのみある、生命の輝きを愛しているのだ」

「人類以外も守護されるのですか?ですが、それでは人間は滅ぼされてしまいます」

「そうはならないとも。私は長い時間をかけ実験を行い、全ての生きとし生けるものが幸せに暮らせるための国を作ることが出来ると確信を持った。弱者であっても強者であっても、変わらずに繁栄を謳歌する楽園を作ることが出来る、とね」

「そ、そのようなことが」

「出来るのだよ。私には。…君たちには、私に協力してほしい。そうだな、それを持ってスレイン法国の贖罪としよう」

「贖罪? 村々を焼いたことに対する? 」

「いいや、スルシャーナに対する、だよ。同種族として、彼の最期はいたたまれないものだからね」

「八欲王に弑されたという伝承ですか?法国の罪とは一体? 」

「……プレイヤーが死んだとき、どこで復活するか知っているかね? 」

「確か、ぎるどの拠点だと聞きました」

「そう、六大神であれば神都の神殿、その最奥だ。そこでスルシャーナは最期を迎えた。そこに至る通路にこそ、法国の罪がある」

「法国の罪……」

「見てきたまえ、戦いの跡を。それで分かるだろう。転移門(ゲート)

 

魔法の詠唱が終わると、神の前に黒い穴が広がる。

 

「そこを抜ければ神都、神殿の入り口だよ。見てきたまえ」

 

こともなげに言うが、聞いたこともない、高位の魔法だ。正に神の御業と言わざるを得ない。

 

「行くぞ」

 

覚悟を決め、隊長を筆頭に転移門をくぐる。

 

 

 

 

 

―スレイン法国神都、神殿前―

本当に神殿の入り口だ。

これだけの距離を、この人数を転移させることが出来るとは。

漆黒聖典全員が転移したあと、少ししてから転移門は閉じた。

神殿の入り口にいた門番に神官長たちを呼んでもらっている間、周りを見てみる。

この先の通路に何があるのだろうか? 何度も通ってるはずの道が何故か恐ろしいものに感じてくる。

数分後、神官長たちが集まってきた。全員、全力で駆けてきたのだろうことは想像に難くない。

全員集まったところで、隊長が神との会話の内容を説明する。

皆、意味が分からない中、ただ一人、少し遅れてきた闇の神官長レイモンだけが真っ青になっていた。

 

「どうされました? 」

「そうか、やはり、推測ではなかったのか…。何という、何ということだ…」

「レイモン様? 一体法国の罪とは何なのですか? 」

「…そうだな、神殿最奥に行こう。そこで説明しよう」

 

闇の神官長の顔は、死刑台に進む罪人のそれである。

 

 

 

 

―神殿最奥―

神聖な空気に満ちたこの場所であるが、八欲王とスルシャーナの最後の戦いが行われただけあって、何度も修復した跡があるものの、激しい傷跡がそこかしこに見て取れた。

 

「さて、ここがスルシャーナ様が弑された場所だ。見てわかる通り、非常に激しい戦いが行われたのだろう」

 

神殿に入ったことがあるものならだれでも知っていることだが、何故今更?

 

「ここまでの通路はどうだった? これだけの戦いの跡があったか? いや、戦いの跡自体、殆ど見つからないはずだ」

 

それが一体何なのか? それが罪だというのだろうか? レイモンが続ける。

 

「さて、ギルドの拠点というものは、外部からの侵入者に対し、排除行動をとるのだそうだ。だが、ここまでの通路にそれらしい痕跡は見られない」

「それは、既にスルシャーナ様お一人では、ギルドを維持できなかったからでは? 」

「それが定説だな。拠点には既に迎撃能力が無かった。だから八欲王は神殿最奥まで来られたのだと」

 

ふう、と息を吐き、再び続ける。

 

「だがな、お前たちの話で確信した。スルシャーナ様を弑したのは八欲王。それを手引きしたのが法国の神官たちなのだと」

「何故! 神官たちが仕えるべき神を弑するような真似をするのですか? あり得ません! 」

「スルシャーナ様がアンデッドだからだよ。そもそも、アンデッドであるスルシャーナ様を祀ることを快く思わない勢力が一定数以上いたということだ」

「そんな馬鹿な! では何故! 今もスルシャーナ様を神として崇めているのですか? 」

「罪悪感、あるいは、恐怖心だろう。儂はかつて、法国の歴史を研究したことがある。それによると、スルシャーナ様の死後、当時の神官長が数名自殺している。さらに、六大神は人類を守護してくださったが、そもそも、他の種族を根絶やしにしようとしていたわけではないのだ」

「は? 亜人や異形種は人類の敵だというのが教えでは? 」

「元々はそうではない。スルシャーナ様の死後、そういう風に変わっていったらしい。それでも他の種族を敵と見做すのは弱い人類を団結させるための方便だと思っておったよ。いや、そう信じたかったのだ」

 

沈黙が辺りを支配する。

そんなはずはないと否定したいが、先ほどの神の言葉と余りにも一致している。

法国の罪とは神を裏切り弑したことなのか、それが本当であれば、スレイン法国こそが大罪人ではないか。

神はスルシャーナは死んだと言った。自分の名はアインズ・ウール・ゴウンだと。神はもう人類を守護する六大神ではない。だからこそ、法国に再臨されることはなかったのだ。

神は人類だけでなく、全ての生きとし生けるものが生を謳歌する楽園を作るという。人類だけを守護してくれる可能性はなくなった。

 

「法国の民に罪はありません。彼らは何も知らされてはいなかったのだから」

「そうじゃな、せめて、そう、せめて儂ら年寄どもの命で許してもらえんか、許しを請うとしよう」

 

 

「法国の罪について理解できたかね? 」

 

いつからそこにいたのか、漆黒の闇で出来たような豪奢なローブをまとった死の神が、恐ろしく優しい声で尋ねる。

その穏やかで、いっそ慈愛を感じるほどの声が逆に不安を煽る。

 

「神よ、我らをお許しくださいとはとても言えません。ですが、どうか、民だけは、無力な民だけは、どうか、お許しください」

 

神官長、そして漆黒聖典全員がひれ伏し、地面に頭を擦り付けるほどの勢いで懇願する。

 

「スルシャーナはな。」

 

死の神は判決を読み上げるかのように淡々と話し続ける。

 

「どこで間違えたのだろうか。そう、死の間際に考えたのではないだろうか。私は彼の死を反省として様々な種族を支配し、統治の実験を繰り返した」

 

統治の実験、カルネ村で語ったことだろうか? だが、どこでそんなことを? 評議国は色々な種族が入り混じっていると聞いたことがあるが、彼の国がそうなのだろうか?

 

「そこでの結果だが、人間だけがどれだけ良い統治をしても反乱を起こすのだ。不思議なことに、飢えもなく、争いも無いというのに、不満を募らせ反乱を扇動するそんな輩が一定数現れるのだ」

 

前世での魔導国でも人間だけは何故か平和になると争いを扇動する連中が現れた。人類至上主義者とも呼ぶべき連中が。

潜伏している組織があるわけでもなく、何かそういう思想を伝える書物があるわけでもないにも関わらず。

彼らは法国に送られ、法国内部で魔導国への叛意を煽る道具として活用されたが、そもそも何故無意味に反乱を起こそうとするのか、理解できなかった。

 

「故に、それは人間という種の原罪なのだろうと私は考えた。」

 

人が人である以上、それは逃れられない罪ということなのか。

 

「部下の中には人間を絶滅させようと考えたものも多いが、私はそれを良しとはしなかった。人という種も、私の愛する生命だからだ」

 

神の言葉に少しだけ希望が生まれる。少なくとも人類が神の怒りにより滅びることはなさそうだ。

 

「さて、諸君の今後だが、私のすることに手を貸してほしい」

「スレイン法国は新たなる神、アインズ・ウール・ゴウン様の為、如何なることでも喜んでさせて頂きます。何なりとご命令ください」

「良かろう。では、スレイン法国は今日、この時より、アインズ・ウール・ゴウンの庇護下に入る。そして、エ・ランテル近郊及びトブの大森林、カッツェ平原も私の領土とする。その旨を全ての国に伝えよ」

「畏まりました。我が神よ」

「ふむ、先も言ったが、私の国は全ての種族を民として受け入れる。それを法国の民が許容できるか? 」

「させてみせます。神殿の罪を告発する形で発表致します。多少の混乱はあるでしょうが、かつての神官長たちには悪名を被っていただきましょう」

「うむ、では、後日使いをよこす。お前たちはその者の命令に従い、行動せよ」

 

転移門(ゲート)を発動し、空間に黒い穴が出来る。

 

「ああ、そうそう、忘れていた。あの子は眠りについたよ。遺品は埋葬してやってくれ。長い間一人で寂しかっただろうから、賑やかなところが良いな」

 

そう言って神は帰っていった。

 

「あの子? ああ! 」

 

誰を指しているのか、すぐに分かった。スルシャーナの使徒、スキル<アンデッドの副官>により作られたオーバーロードだ。

スルシャーナ亡き後、数百年に亘って法国を守護してきた従属神。彼の役目は、数百年の時を経て、今ようやく終わったのだ。

 

 

 

 

上手くいった。

出来すぎなくらいだ。

これでアインズは法国において神の座を手に入れた。

 

実は八欲王が法国のものに手引きされたというのはただのでっち上げだ。真実など誰も分からない。

では、元ネタは何かというと、前世の魔導国内でのおとぎ話だ。

かつて、スルシャーナ派の教徒たちが魔導国に移住してきたことがあった。

彼らは法国民でありながら、他種族との共存に嫌悪感を示すものが少なかったため、ある程度は受け入れることにした。

その結果、アインズはスルシャーナと同一視されるようになり、アインズが法国を敵視する理由を推測するものが出てきた。

何故、これほど慈悲深く寛容な魔導王が法国だけは頑なに救おうとしないのか?どんな理由があるのか?

それに対する有力な説が「法国がスルシャーナを裏切り、八欲王を手引きした」というものだ。

アインズの態度と、法国の神殿を知っているものからすれば、どう考えてもそれが答えにしか見えなかった。

いつしか、法国は神を裏切った罪深い者たちの子孫ということになり、魔導国では一般的に知られるおとぎ話になった。

神を裏切った罪人たちは未来永劫、救いのない国に縛られるのだと。

これは荒唐無稽な話というわけではなく、元々は法国内部でまことしやかに囁かれていた噂であったのだが、それがさらに信憑性を高めることに繋がっていた。

 

尚、神殿最奥にはアインズは突然現れたのではなく、カルネ村から転移門(ゲート)で漆黒聖典を送った後、完全不可知化の魔法を使用し、そのまま転移門を潜っただけだ。

スルシャーナの使徒に見つかると、自分がスルシャーナでないとバレる為、こっそりと処分するために。

使徒を処分した理由なんてものは、それっぽいことを匂わせておけば勝手に周りが考えて納得してくれる。彼らは国の最高指導者たちなのだ。そのくらいの頭はあるだろう。

使徒の所在や神殿内部の構造は前世でよく知っていたため、迷うことなく目的を達成できた。

さらに、話に信憑性を持たせるために神官長の一人に記憶操作を行った。これで当時の神官長の数名は自殺したことになった。

この情報は口伝によって伝えられている。記憶操作してしまえば、もう嘘を見抜くことなど出来ない。

嘘を看破できる魔法やタレントを持っていたとしても、アインズはスルシャーナではないと言っているし、多種族を統治してきたことも嘘ではないのでバレないはずだ。

まあ、神の座は有効に使わせてもらうとしよう。最終的に人類のためになればスルシャーナもきっと許してくれるだろう。

 

 




スルシャーナ「アカウント乗っ取られました。運営仕事しろ」


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8話

アインズ「ツアーく~ん。あ~そ~ぼ~」
ツアー「どちら様ですか?」
アインズ「おいおい、忘れたのかよ?前世の友達だよ」
ツアー「もしもし、警察ですか?不審者が家の前にいるんですが」


前世において、最も強かった国は評議国だろうが、大変だったのは法国だ。

大陸中央部の亜人たちの国家群は国力自体は法国よりも上だったが、戦力が整った魔導国の敵ではなかった。

今世では既に法国は手中に収めた。

次は評議国だ。ここを抑えればまず危険はないだろう。

評議国といっても、ぶっちゃけると白金の竜王ツアー一人さえどうにか出来ればそれで良い。

アインズは完全不可知化の魔法を唱えると、転移門(ゲート)を開き、転移した。久しぶりの“未来の”友の元へ。

 

―評議国某所―

白金の竜王<ツァインドルクス=ヴァイシオン>は呆然と目の前の闇を見ていた。

いつからここにいたのか、全く気付かないまま、致命的な間合いにいた。

 

「スルシャーナ?」

 

言ってはみたが違うと確信していた。彼とは雰囲気が似ているが力の桁が全く違う。

恐らく探知阻害の魔法でも使っているのだろうが、ドラゴンの優れた知覚は目の前の存在が圧倒的な強者であることを教えてくれる。

 

「ツアーよ、お前も私のことを覚えていないのだな? 」

「生憎と、僕の記憶にはないね。君のような存在は一度見たら忘れるはずがないからね」

「むう、やはり巻き戻ったのは私一人か。ツアー、お前の所持するアイテムは前と変わらないか? 」

「ん? ああ、全く同じだよ。増えたり減ったりすればすぐに分かる。ドラゴンの本能というやつでね」

 

ドラゴンはどうしようもなく、財宝に惹かれる性質を持つ。それ故か、自分の塒にある財宝が奪われたりすればどこにいても感知できる能力を持っている。

 

「はあ、改めて自己紹介をしよう。私の名はアインズ・ウール・ゴウン。今回もよろしく頼む」

「は、初めまして? ツァインドルクス=ヴァイシオン、ツアーと呼んでく、いや、もう呼んでたな。それで、君は一体何者だい? 」

「多分、信じられないだろう荒唐無稽な話をするが、とりあえず聞いてくれ。ああ、それから、私のことはアインズと呼んでくれ」

「分かったよ。それではアインズ、聞かせてくれるかな? 」

 

 

 

それを信じろというのは無理だろう……。それがツアーの感想だった。

たっぷり数時間、アインズの前世の話をされたわけだが、どう考えても信じられない。

ユグドラシルからの転移は100年毎に行われているので、それは分かる。

だが、この世界が30万年後に滅びるから協力しろと言われてもアインズ自身が言う通り、荒唐無稽な話としか思えない。

 

「信じられないのも無理はない。だが、前世ではお前の意思を尊重してやっただろ。今度は私に協力しろ」

「いや、僕の意思を尊重してやったとかそんなこと言われても、僕は覚えてないし…。それに、僕が協力するとなると、スレイン法国が黙っていないだろう?」

「スレイン法国は黙らせた。問題ない」

「は? え? どうやって? 」

「スルシャーナを乗っ取った」

 

どうやらアインズはスルシャーナに成り済まし、見事に法国を騙したらしい。

 

「嘘はついてないぞ。私はスルシャーナではないと何度も説明したからな。法国の連中が勝手に勘違いするかもしれんが、それは彼らの責任だ」

「はあ…それで、僕は何をすればいいんだい? 」

「うむ、この星を救うためには、おそらくワールドアイテム永劫の蛇の指輪(ウロボロス)が必要だ。前世では既に使用済みでな。再入手は出来なかった」

 

アインズの説明では、ワールドアイテム単体では無理だとか。

そこで、同じくワールドアイテムのカロリックストーンと超位魔法を併用する計画らしい。

アインズの長年の研究により、儀式により超位魔法も強化出来るそうだ。

その強化の儀式にワイルドマジックを使ってほしいとのことだ。

最終的に星の崩壊を防ぐ、もしくは新しい星を作る、というのが目的だそうだが…神かな?

 

「思ったほど無茶な話じゃなくて良かったけど、いや、やろうとしてる事は無茶苦茶だけど。」

「ワールドアイテムは元々、世界一つに匹敵するデータ量を持つ。世界を作るのにこれ以上のアイテムは無い」

「ええと、それはもう、神の領域だよ? 星が滅びるなら、それが自然じゃないのかい? 」

「前世と同じことを言うな。生きている以上、死を避けられるなら何でもやるんだ。みっともなくても這いつくばってでもな。諦めて滅亡を受け入れるのは全てやり尽くした後だ」

「君はアンデッドなんだよね? 何か生者より生者らしいんだけど」

「さっき話した通り、私はプレイヤー。元々は人間だからな。生者っぽくても仕方あるまい」

「…ねえアインズ? 君がやろうとしていることが上手くいったとして、そうしたら君は本当に神になるよ? 世界を維持するために、たった一人で。スルシャーナを見てきた僕は知っている。それはきっと孤独で、辛いことだと思う」

「安心しろ。私は一人ではない。共に生きる子供たちがいる。それにな、この世界は嫌いじゃない。人間にも亜人にも、楽しい奴らが沢山いるんだ。勿論、ドラゴンにもな。それと、さっき話しただろう? 私は前世でも神をやってたんだぞ。30万年も。休みなしで。というか、そもそも家が職場だから休みといっても色々仕事してるし。配下の連中は休みを取ろうとしないし、何であの仲間たちが作ったのに社畜属性が強いんだろうな? それでな? 」

 

長くなりそうなので無理やり本題に戻すことにした。

 

「いや、出来るんだったらそれで良いんだ。ところで、その目的のアイテムを手に入れる算段はあるのかい? 」

「ああ、今から200年後に現れるギルドが持っている。そいつらから奪取する」

「え? 奪い取るの? えらく強引なやり方だが大丈夫なのかい? 」

「問題ない。ギルドの場所は分かっているから転移と同時に殲滅する。奴ら、前世ではいきなり攻撃を仕掛けてきたからな。手加減は無用だ」

 

表情は変わらない骨の顔だが、ニヤリと笑ったのは分かった。この骸骨、殺る気満々だ。怖い。

 

「で、だ。それまでに世界を纏めておく必要がある。なので、とっとと世界征服することにする。評議国も同盟国として協力してくれ。取り急ぎ、建国するので近隣各国に同盟国としての声明を出してくれれば良い」

「サラッというけど大ごとだよね? 」

「ツアー、この星はお前にかかってるんだ。もし協力してくれないなら明日の評議国の天気は隕石の雨かもしれんぞ? 知っているか? 第10位階魔法隕石落下(メテオフォール)の強化版の超位魔法、流星雨(メテオスウォーム)。凄い派手な魔法なんだが。そうそう、法国も声明を出すはずなので、連名でよろしく」

「僕に拒否権は…ないんだよね? 」

「勿論だ。お前は前世で俺に「君はもっと我儘になっても良いんじゃないかな?」と言ってくれたからな。今世ではやりたいように我儘に行くぞ」

 

前世の自分とやらをぶん殴りたい。無茶苦茶な話だが、この骸骨が治める魔導国の形は悪くない。力では止められない相手だし、協力する方が賢いのだろう。

 

「分かったよアインズ。君に協力するとしよう。でも、なるべく自重してくれないか?君にもっと我儘になれって言った前世の僕は、多分、そう、魔が差したんだ」

「ん? そんなことはないだろう。それに、俺はお前の言葉が嬉しかったよ。また今世でもよろしくな、友よ」

「ああ、よろしく、新しい旧友」

「あ、そうだ、言い忘れてた。俺、結婚したから」

「え? あ、うん。おめでとう」

 

骸骨にお嫁さん? 骨の?

 

「お前も相手を見つけろよ。前世だとお前、生涯童貞だったからな」

 

聞きたくも無かった言葉を残し、骸骨は姿を消した。

 

 

 

 

 

ナザリックの執務室に戻ったアインズは早速、階層守護者とパンドラズアクターを集め、報告を行った。

 

「というわけで、評議国も我々に協力してくれることになった。これで周辺で脅威となりうる国家は全てナザリックについたことになる」

 

転移からわずか数日で、人類最強の国家を掌握し、多種族を支配する国家の協力を取り付けるとは。

これこそが至高の御方々を纏め上げていた至高の支配者の本当の力なのか。

流石アインズ様、と感嘆する守護者達。だが、アルベドとデミウルゴスは不安な顔だ。

これ程優れた智謀の王に自分たちの力がどれだけの役に立つのだろう。

 

 

「さて、アルベドにデミウルゴス、そしてパンドラズアクター。ナザリックの誇る知恵者たちよ。お前たちの出番が来たぞ」

 

まるで自分たちの不安を知っていたかのようなタイミング、その声は正に福音だった。

 

「お前たちに厳命しておかねばならないが、私が作る国は全ての種族が幸福に生きることを許された豊かな楽園だ。罪人には罰を、善良な者には安寧と富を。民が幸福と繁栄を甘受してこそ、その国の支配者の偉大さが分かるというもの。それを貶める行為は厳に慎め」

「正に、アインズ様が支配される国に相応しきお考えであると愚考いたします」

「うむ。さて、建国にあたり、首都はエ・ランテルになるだろう。彼の都市に放っている僕たちからの情報の報告を」

「はい。エ・ランテルの情報はこちらの資料にまとめております。どうぞご覧ください」

 

分厚い紙の束が全員に配られる。

 

「良くまとまっているな。流石はアルベドだ」

 

愛しい夫に褒められ、頬が赤く染まる。

 

「この都市を私のものにする為の良い案はあるか? 力で支配するのではなく、住人が自分から私の庇護を望むような形が望ましい。」

「う~ん、アインズ様が支配して下さるんだから、喜んで受け入れるんじゃないかな?  」

「アウラ、それは当然のことであるけれど、人間ごときにはアインズ様の偉大さが分からないの」

「全く、人間というのは本当に愚かでありんすね。アインズ様の下にこそ幸福があるというのに」

「その哀れな人間を導いて下さるというのだから、本当にアインズ様の御慈悲は深く、尊いのだよ」

「デ、如何ニシテコノ都市ヲ落トスノダ? 」

「此処は場所柄、アンデッドが発生しやすいらしいからアンデッドに襲撃させ、それを救う形がよろしいかと」

「ほほう、良い案だ、デミウルゴス」

「ありがとうございます。では、どのようなアンデッドを使用致しましょうか? やはり、ある程度は脅威で無くてはなりません」

「でも、ナザリックの戦力やアインズ様の作られたアンデッドを使用するのは問題よ」

「それは当然だね、アルベド。アインズ様の財を無駄にすることなどあってはならないことだよ」

「で! は! 私がアインズ様に変身して、カッツェ平原でアンデッドを支配してまいりましょう。まだアンデッドの発生する地域は残っていますし」

卵頭のドッペルゲンガーがくるっと華麗なターンを決める。どうでもいいが、一々ポーズを決めるのを止めろ。

「それは良いアイデアね。エ・ランテル周辺の治安も向上するし、一石二鳥かしら」

 

「いや、それには及ばない。お前たち、これを見ろ」

 

先ほどの資料のある一部分を骨の指が指し示す。

 

「ズーラーノーン? アンデッドを使う秘密結社? 」

「身の程知らずな連中でありんすねえ。アンデッドを使いたいなら、こいつらを眷属にして差し上げんす」

「僕たちの報告では、何か大きな事件を起こそうとしているみたいね。でも、この世界の人間が出来ることなんて、精々第6位階程度の魔法でしょう? 大したことは出来ないのではないかしら? 」

「いや、こいつらに合流した、このクレマンティーヌという女が持つアイテムがあればもっと大きなことが出来る」

「と仰いますと? 」

「叡者の額冠というアイテムがある。これを使用すれば、より高位の魔法が使えるようになる。こいつらの能力と今回の目的からすると、第7位階魔法死者の軍勢(アンデスアーミー)だろうな」

「そのようなアイテムが? 」

 

宝物殿の守護者であるパンドラズアクターが驚愕の声を上げる。

 

「お前が知らないのも無理はない。それはこちらの世界のアイテムだからな。まあ、適合者が100万人に一人とか、使用者の自我が崩壊するとか、余り有用なアイテムではないな」

 

既にこの世界特有のアイテムの知識まで得ているとは、守護者達はさらにアインズへの尊敬の念を強くする。

 

「さて、それを踏まえて、エ・ランテルで最も有名なタレントは何だ? 」

「…なるほど、そういうことですか」

「そうだ、デミウルゴス。彼らはこのアイテムを使用できる人間を誘拐し、アンデッドを大量召喚するつもりだ」

「それをアインズ様が解決するのですね? 」

「うむ、だが、こいつらが召喚できるアンデッドなど嵩が知れているからな。我々がサービスしてやろう」

「なるほど、彼らは身の程知らずにも自分の領域を超えた力を行使し、想定以上のアンデッドを召喚してしまう」

「そして、そのアンデッドの暴走によって自分たちも殺されてしまうというわけね」

「収拾が付かなくなって大混乱に陥る都市をアインズ様が颯爽と現れて救ってくださるって訳だね」

「あらすじはそんなところだ。演出はパンドラズアクター、お前に任せよう。脚本はデミウルゴス、お前だ」

「「はっ、ご勅命、謹んで拝承致します」」

「アインズ様? 私は? 」

「アルベド、お前は私と共に主演を務めるのだ。お前の美貌は混乱に陥った都市の住人に安心を与えることだろう。良いな?慈悲深い淑女として、私の正妃として恥ずかしくない態度を心掛けよ」

「畏まりました。このアルベド、アインズ様の伴侶として、必ずやこの大役を成し遂げて見せましょう」

 

良し、これだけ念を押しておけば大丈夫だろう。前世でも人前では我慢できたんだし。

 

「シャルティア、お前にも働いてもらうぞ。アンデッドを殲滅する戦乙女は神話然として話題になるだろう」

「はっ! お任せくださいアインズ様! 」

「さて、こいつらは数日の内に行動を開始することだろう。すぐに準備に取り掛かれ。それとデミウルゴス、アルベド、パンドラズアクターは今後の都市計画についても作成せよ」

 

いよいよ我らが最高の支配者が表舞台に立つのだ。

守護者たちは興奮の中、行動を開始した。ここで役に立つことをお見せするのだ、と誰もが使命に燃えていた。

 

 

 




ツアー「個人情報を暴露された。訴訟も辞さない」


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9話

マッチポンプ?違うよ、全然違う。


「さて、先ずはこの都市の被害をどうするか、だね」

 

デミウルゴスは張り切っていた。

魔導国の建国。その輝かしい第一歩を計画するという大役を任されたのだ。失敗など決して許されない。

 

「更地にするべきね。この都市はアインズ様が支配するには相応しくないわ」

「それでは被害が大きすぎないかね?アインズ様の治める国の首都になるのだよ? 」

「いえ、私もアルベド殿と同じ意見です。人が生活できてしまえば都市開発は難航致します。いったん更地にしてから作り直すべきかと」

 

アルベドの意見にパンドラズ・アクターも同意する。

 

「なるほど、では、復興の期間をどれ位にするべきかね? 」

「そうね、ナザリックの僕たちを動員して一か月というところかしら」

「100万を超える民を一か月も養うとなると相当な出費ではないかね? 」

「それについては私にお任せください。既にカッツェ平原にて、十分な食糧を用意してございます」

「流石はパンドラズ・アクター。準備万端だね」

「全てはアインズ様のご計画の通りですよ」

 

転移後すぐに今の状況を想定していたとは。至高の主の智謀は流石としか言いようがない。

いや、国を作るならどちらにしても食糧は必要になる。絶対に損をしない方法を取られたということか。

 

 

「では、一時的な避難所のようなものがあれば十分だね。石材などの建材はマーレの魔法で作ってもらうとしようか」

「そうね、避難所に関してはアインズ様にお願いしましょう。100万の民でもアインズ様の魔法なら容易いことよ」

「ああ、アインズ様の偉大さを愚鈍な民に分からせるには良い方法だろうね」

「デミウルゴス殿、都市の再建には人間も投入いたしましょう」

「それは構わないが、人間は力も弱い。足手纏いにならないかね? 」

「ご安心ください。彼らは新しい労働力の素晴らしさを知ることになるでしょう」

「なるほど、そういうことか。スケルトンが良いかな? どれ位用意できる? 」

「当日までに2万程度は」

「良い考えね。都市の再建にアンデッドを利用させることで嫌でも便利さを実感出来るわ」

「一度、これだけの実績を作ってしまえばもう止めることは出来ないだろうね。遠からずアインズ様のアンデッドが居なければ世界が成り立たなくなるだろう」

「征服するのは簡単。でも安定した支配を続けるのは容易なことではないわ。流石はアインズ様ね」

「ああ、第6階層の農場でアンデッドを働かせていたのも、我々なら気付くと思われてのことだろうね」

 

 

今のうちに情報を共有しておくべきだろう。計画の手戻りは出来るだけ避けなければ。

 

「今後、複数の亜人たちをこの都市に入れることになる。亜人地区のようなものを事前に用意しておくべきだろう」

「近隣のリザードマンやゴブリンかしら? 」

「いや、アベリオン丘陵の亜人だよ。もうすぐ支配も完了するからね。亜人たちの強者たちにアインズ様の国を見せておきたいのだよ。それと、ナザリックの戦力をね」

「そうね、最初の都市なのだから色々と試していきましょう」

 

 

詳細な計画を詰めた後、最も重要な案件についての話し合いが始まった。

 

「このズーラーノーンの連中が、不幸にも召喚してしまうアンデッドはパンドラズ・アクター、君に任せてよいかね? 」

「お任せください。アインズ様の引き立て役となるに相応しいものを召喚してご覧に入れましょう! 」

 

偉大な創造主を引き立てる為の仕事とあって先ほどまでとはテンションが違う。

 

「私はアインズ様と一緒にそれを退治すれば良いのね? 」

「いいえ! アルベド殿はアインズ様とシャルティア殿が事態を収めたあ「何でよ! 私は正妃よ! 第一妃よ! 」

 

パンドラズ・アクターの胸元を締め上げながら般若の貌で詰め寄る。黄色の卵頭が段々青くなっていく。

 

「落ち着き給えアルベド。放しなさい。ちょ、折れる、折れるから」

 

デミウルゴスが割って入らなければ、本当に不幸な事故が起きたかもしれない。

 

「本当に死ぬかと思いましたよ。統括殿はもう少し落ち着きが必要です」

「それで? 何故私が後なの? アインズ様の隣にいるべきなのは、正妃たるこの私でしょう? 」

 

アルベドはいつもは非常に優秀だが、アインズのことが絡んだ瞬間、感情の制御が利かなくなる。

 

「はあ、宜しいですか? アインズ様はエ・ランテルが襲われているのを見て義憤に駆られ助けにこられるのです。偶々お供をしていたシャルティア殿と共に」

「で、私は? 私の出番は? 」

「ふう。事態を収めた後、アインズ様のお力で復活したとしても、更地となった都市を見て市民たちは絶望に打ちひしがれることでしょう」

「そうね、将来の展望が真っ暗では、死んでいた方がマシでしょうね」

「そうです! そこでアインズ様の正妃たるアルベド様が都市再建のための手勢を引き連れ、エ・ランテルに来られるのです。その美貌と慈悲深き微笑みを見た市民は明日への希望とアインズ様への忠誠を堅くすることでしょう」

「くふふ、そうね。それと、私とアインズ様の仲睦まじい姿をアピールすることも重要ね。ラブラブな理想の夫婦の姿を見せて上げましょう」

「え? それは誰に対して? いえ、そうでは「これはとても重要なことよ! アインズ様のお優しい姿を見せることで親しみやすさを感じさせるのよ! 普段完璧な殿方が愛しい人だけに見せるお姿にギャップを感じるのよ! それが萌えるということよ! 分かる? 分かるわね? 分かった? 」

「…まあ、アルベドが言うことにも一理あることはある。さあ、この話は置いておいて、アルベドが率いる僕たちを選定しよう。とりあえずパンドラズ・アクターを放しなさい、折れるから。守護者からはマーレが確定だね。アウラも連れよう」

「マーレは分かるけど何でアウラも? 」

「君が言ったとおりだよ。アインズ様が幼い双子に慕われているお姿は市民に親しみを感じさせてくれるだろうからね。アインズ様はあの子供たちには特にお優しい。民たちもアインズ様に親しみを抱くことだろう」

「くっ。(折角のアインズ様とのデートが。糞が。邪魔な連中、全員消した方が良いかしら? )」

 

ギリギリと歯ぎしりしながらも連れていく僕たちを考える。

 

「先ず、スケルトンたちは労働力として連れて行くとして、見目麗しいものが欲しいわね」

「ナザリックには余りいないが、天使系の僕を数体召喚してもらうとしようか。パンドラズ・アクター、コストの算出を頼むよ」

「お任せください。アインズ様から十分な予算を頂いております。ここでケチっては後々まで響きますので、金に糸目は付けません」

「ドラゴン系はどうかしら?ただの魔獣より知能があるものの方が良いわ。それと規律ある行動を取らせたいわね。動きがバラバラだとどれだけ強くても烏合の衆に見えてみっともないわ」

「召喚した僕たちはコキュートスに訓練させるとしよう。リザードマン相手の経験が生かせるだろうから、ちょうど良いだろう」

「そうね、時間がないのだからすぐに行動に移しましょう。」

 

召喚する僕が決定したのは明け方になってからだった。

 

 

 

この日、夜のお勤めを逃したアルベドは、一日中荒れていた。

 

 




デミウルゴス「パンドラズアクター?それ、やっぱり折れてない?」


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10話

―リ・エスティーゼ王国王城、ロ・レンテ城内ヴァランシア宮殿の一室―

「国を明け渡すことなど出来るはずがない」

 

そう声を張り上げたのは温厚で知られるランポッサ3世、この国の国王だ。

自分の懐刀にして、最も信頼すべき側近であるガゼフ・ストロノーフからの報告は耳を疑うものだった。

王国貴族がガゼフを暗殺するため、法国に利用されたこと。法国が王国そのものを害悪と見做していること。

それ以上の衝撃が、この国の本来の支配者を名乗るものが現れたことだ。

 

「戦士長よ。その、アインズ・ウール・ゴウンには勝てぬのか? 」

「勝てません。私が百万人いようが、確実に負けます。人間ごときが勝てる相手では、いえ、戦いにすらならないでしょう」

 

何の迷いもなく、王の目を見つめたまま、一瞬の間もおかず、戦士長ガゼフ・ストロノーフは答える。

 

「カルネ村を救ったことを考えれば、冷酷非道なモンスターとは考えられません。ですが、敵対する者には容赦はしない、そういう御仁であると考えます。それに、彼の御仁が作ったというアンデッドですら、私でも勝てるかどうか分かりません。さらに、彼の従者は私など比べ物にならないほどの戦士です」

 

淡々と、件のアンデッドの印象を、戦力を語る。

 

「それ程か。それでも、矛を交えずして敗北を受け入れるなど出来るはずがない」

 

王はまだ信じ切れていなかった。

 

「ならば、蒼の薔薇や朱の雫はどうだ? 」

 

王国が誇る最高位の冒険者の名を上げる。モンスター退治の専門家である彼らならどうにか出来るのでは、という期待を込めて。

 

「無駄です。確実に殺されるだけです。いえ、戦いにすらならないでしょう。彼らですら自分が死んだことにすら気付かない間に殺されます。それ程の差があるのです」

 

ガゼフが自分の意見をこれ程強硬に主張するのは初めてのことだ。

ガゼフの話を聞く限りでは、王国の貴族は大半が粛正されることになるだろう。

無能な為政者を退場させる、とはつまりそういうことだろう。

自分は仕方がない。国を纏めきれなかったのは事実だ。

だが、子供たちは別だ。自分の無能のせいで粛正されるなど、親としては耐えられない。決して受け入れることなど出来ない。

 

「先ずは、情報だ。その魔法詠唱者に関する情報を集めるのだ」

 

これは只の逃げかもしれない。決断を先延ばしにしているだけかもしれない。それでも、足掻くしかない。絶望の現実が目の前に訪れるまでは。

 

 

 

 

 

ヴァランシア宮殿の一室、第三王女ラナーの部屋には、アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇が集められていた。

 

「それで、一体どうしたの? 王国の危機って」

 

蒼の薔薇リーダー、ラキュースの格好はいつものドレス姿ではない。

説明を聞いたら、すぐにエ・ランテルに向かってほしいというラナーの伝言で出立準備は万全にしてきた。

 

「法国の特殊部隊、陽光聖典が全滅しました。アインズ・ウール・ゴウンと名乗るアンデッドによるものです」

「は? 陽光聖典が全滅? 陽光聖典ってあいつらだよな? 前に俺らと戦った、亜人絶対殺すマン」

「はい、ストロノーフ戦士長を暗殺するために近隣の村々を焼き討ちしていたそうです」

「やり方が糞外道じゃねえか、人類の守護者が聞いてあきれるぜ」

 

戦士ガガーランが吐き捨てる。

 

「はい。偶々、それが神の目に留まってしまったようです。彼らは神の怒りに触れたそうです」

「神? ラナー何を言ってるの? 」

「捕らえられた法国の人間がそう言っていたそうです。自分たちは神の怒りに触れたのだと」

「法国の神で、アンデッドか…スルシャーナと言ったか? 」

 

仮面の魔法詠唱者イビルアイが続ける。

 

「だが、スルシャーナは八欲王に弑されたと聞いたぞ? 本当にいたとしても今は死んでいるのは間違いない」

 

かつて共に戦った友の言葉によれば六大神も八欲王も、もう誰もいないはずだ。

 

「先日、戦士長がお父様の元に報告に上がりました。その数日後、法国と評議国連名で書状が届きました」

「連名だと? 馬鹿な、ありえない! 」

 

法国と評議国は犬猿の仲だ。イビルアイは誰よりもそれを良く知っている。

 

「落ち着いてイビルアイ。それでラナー、内容は?そのアンデッドに関することなんでしょ? 」

「ええ、内容は想像できると思うけど、“王国が不法に占有している土地はアインズ・ウール・ゴウン魔導国の正統な領地であり、早急に正しい所有者の元に返還せよ”とのことよ」

「初耳だぞ、魔導国って何だよ? 」

「その名の通り、アインズ・ウール・ゴウン魔導王が治める国らしいわ」

「そんなもの相手にする必要があるのかしら? 質の悪い悪戯だと思った方がまだ現実味があるわよ? 」

「悪戯で聖戦を宣言するほど、法国と評議国にユーモアがあるのかしら? 」

「聖戦? 嘘だろ? 帝国との戦争とか比べ物にならねえぞ! 王国が滅亡するまで、いや、この国の人間を根絶やしにするつもりか! 正気かよ? 」

「おいちょっと待て、評議国も聖戦って言ってるのか? 」

「ええ、両国共同で、聖戦の準備があるそうです。だから、国家存亡の危機なの」

「嘘だ、評議国が、ツアーが…そんな馬鹿な…。リグリットに連絡を取らないと! 」

「そうそう、法国は正式にアインズ・ウール・ゴウン魔導王を神と認め、魔導国に恭順するそうよ。評議国は同盟国になるらしいわ」

「…私たちにその神を殺せっていう依頼かしら? 」

「無理だと思うわ。戦士長の話だと、彼が作ったというアンデッドでさえ戦士長より強いらしいわ。それに魔導王の従者の戦士の力量は戦士長より遥かに上らしいわよ? 」

「戦士長より遥かに上ってどんな戦士だよ? 」

「戦士長の話では“今の自分と棒切れを振り回してる子供より差がある”です」

「そんなのに勝てる奴なんざいねえよ」

「だから王国が滅ぼされないよう、魔導王の調査をしてきて欲しいの。貴族が余計なことをすればこの国は亡びるわ。運が良ければね」

「悪いわよ」

「運が悪ければ国民全員が虐殺された上、アンデッドにされるでしょうね」

「げ」「それは勘弁」

「それと、魔導王は死者の蘇生も出来るらしいわよ。カルネ村で法国に殺された村人全員、多分50人位を同時に生き返らせたらしいから」

 

蒼の薔薇全員が言葉を失った。蘇生される方に十分な強さがなければ復活魔法には耐えられない。ただの村人なら確実に灰になるはずだ。

 

「本当なの? 本当に只の村人を蘇生したの? 」

「本当らしいわよ。それで、カルネ村では魔導王を神と崇めてるらしいわよ? 」

「本当ならマジで神じゃねえかよ」

「一般人を生き返らせる程の魔法詠唱者、貴族がどうでるか分かるでしょ? 」

「ええ、すぐに出発するわ」

 

挨拶もそこそこに、慌ただしく去っていく蒼の薔薇。それを見ながら一人ほくそ笑むのは黄金の姫。

 

「頑張ってね、皆。私と、ついでに王国の民の為に」

 

 

 

 

 

―カルネ村に最も近い大都市、エ・ランテル―

蒼の薔薇が到着した時には既に日が落ちていた。

とりあえずは宿をとり、明日にはカルネ村に向かおうと準備をしていた時、叫び声が聞こえてきた。

それはあっという間に町中に広がっていく。

 

「何? 何の騒ぎ? 」

 

アダマンタイト級冒険者である彼女たちはすぐに戦闘態勢に切り替える。

 

「アンデッドの大群だ! あんたたち冒険者か? 頼む、手を貸してくれ! 」

「おいおい、例の魔法詠唱者のせいか? やっぱやべえ奴なんじゃねえか? 」

「お喋りしてる場合か! 行くぞ! 」

 

イビルアイが先頭に立って駆けていく。宿の外は地獄絵図だった。そこらじゅうにアンデッドが溢れている。

 

「何これ? こんな量のアンデッドが発生することなんてあるの? 」

「どう見ても不自然」「でも魔法でこんなこと出来る奴なんていない」

「ああ、ここまで強力な召喚魔法なんて聞いたことがない、リグリットでも無理だ」

「兎に角、発生源を潰さないと」

「じゃあ墓場だな。アンデッドの発生源なんて墓場に決まってんだろ。この街にはだだっ広い墓地があるんだろ? 」

「適当すぎるだろ。まあ。情報も何もないからな、怪しいところを当たってみるしかないか」

 

イビルアイも呆れながらも賛同する。

 

 

 

 

「あれ~? あんた達もしかして、蒼の薔薇? 」

 

腰から複数のスティレットを下げたボブカットの女が声をかけてくる。

冒険者らしき連中を刺しているところを見ると、この事態の犯人の一人に間違いないだろう。

後ろには禿げた魔法詠唱者らしき連中がいる。どうやらこいつらがこの事態を引き起こしたようだ。

何にせよ、犯人が自分から出てきてくれたのだ。こいつらを倒せば終わりだ。

 

「こっちは急ぎの仕事があるってのによ。いらねえことしやがって、高くつくぜ」

 

言うや否や、ガガーランがウォーピックを片手に襲い掛かる。

 

「キャー、こわーい」

 

ボブカットの女、クレマンティーヌは軽々と回避しながら挑発してくる。

ガガーランの直感は、この女は自分より強いと言っている。

しかし、蒼の薔薇よりは弱い。自分は一人ではないのだ。

 

「イビルアイ、ラキュース、補助魔法をくれ! こいつは俺より強え! 」

「え? ズルくない? 」

「正々堂々と戦いたけりゃ騎士にでもなれや! こっちは冒険者なんだよ! オラァ! 」

 

ガガーランのウォーピックをスティレットで受け止める。同時に双子の忍者から手裏剣が飛んでくる。

回避しきれず一つが左腕に刺さる。深い傷ではないがこのままダメージを受け続ければ確実に負ける。

 

「ちょ、カジッちゃん、援護してよ! 」

「ふん、だらしない」

 

呆れつつも禿げた魔法詠唱者カジットがクレマンティーヌに補助魔法をかける。

彼女に倒れられたら自分たちも同じ目に会うのだから。

クレマンティーヌは強かった。しかし、英雄の領域に達してるとはいっても彼女一人ではどうしようもない。

少しずつ手傷が増え、動きが鈍くなってくる。

 

「守ってばっかじゃ詰まんなくない? ガンガン来なよ。その体は見掛け倒しなのかな? 」

「悪りいな、俺も冒険者じゃなけりゃあ付き合ってやったんだがな。まあ、運がなかったって思ってくれや」

 

ガガーランは歴戦の戦士だった。挑発に乗るほど愚かではない。自分より強いと確信した時点で、チームとして勝利する方に方針転換していた。

 

「くっ、死の宝珠よ! 力を! 」

 

蒼の薔薇が居合わせるなど最悪の巡り合わせだが、まだ終わったわけではない。

これまでに溜まった死の力は相当なものだ。これを開放し、新たなアンデッドを召喚すれば可能性はある。

ゾクリと背筋に悪寒が走った。一目見てわかるほど強力なアンデッドだ。馬に乗った蒼い騎士。

これなら勝てる。いや、この都市の人間を皆殺しにすることも容易いだろう。

 

「ふ、ふははは! 良いぞ! 奴らを殺せ! 」

 

今召喚した新たなアンデッドに命令を下す。その瞬間、胸に熱さを感じたような気がした。

カジットは自分に何が起きたのかを知る間もなく息絶えた。

 

「カジッちゃん何やってんの? 自分で制御できないアンデッドなんか呼ぶなよ! 馬鹿! 」

 

あれはヤバい。やりあったら確実に死ぬ。

 

「ちょ、蒼の薔薇、一時休戦しよう! 共闘しよう。あれはヤバい! 」

「ちっ、もうちょいだったってのによ。本当についてねえぜ」

「私たちでは時間稼ぎ位しか出来んぞ!お前ら、他の連中を撤退させろ!」

「何なの、あのアンデッド? あんな強力なアンデッド聞いたこともないわよ? 」

 

ゆらり、とアンデッドの姿が霞んだ。蒼い騎士<ペイルライダー>は幽体と実体を自在に切り替えることが出来る、レベル以上に非常に厄介なアンデッドだ。

 

「え? 不可視化? 」

 

それが反応すら出来ずに心臓を貫かれたクレマンティーヌの最期の言葉になった。

 

「糞が! ラキュース! お前は逃げろ! 俺が時間を稼ぐ」

 

蘇生魔法が使えるラキュースが死ねばそこで終わりだ。彼女だけでも逃がせればどうにかなる。

しかし、蒼褪めた騎士<ペイルライダー>とのレベル差は絶望的だった。

ペイルライダーが繰り出したのはただの突きだが、避けることも受けることも出来ず、ガガーランは槍に貫かれた。

ついでとばかりに双子の忍者を纏めて薙ぎ払う。3人はピクリとも動かない。

最高位の冒険者である自分たちがこんなに簡単に殺されるのか。

 

「イビルアイ、貴方だけでも転移の魔法で逃げて。ラナーに伝えて」

 

もはや逃げることも叶うまい。せめて情報だけでも送らなければ。ラキュースがそう覚悟を決めたとき、天から声が聞こえてきた。

 

「ほう、ペイルライダーとはな。珍しいものがいるものだ」

 

味方か? という期待を込めて見上げれば、その期待は儚く砕け散った。浮かんでいたのは強大な力を持つアンデッドだった。

「新手?(もう駄目。いや、このアンデッドはもしかして?)」

 

ラキュースは最後の希望を込めて尋ねる。

 

「もしや貴方が魔導王アインズ・ウール・ゴウン殿ですか? 」

「おや? 私を知っているのか? 」

「はい、戦士長から話を伺っています。どうかお力をお貸しください」

 

サラッと嘘を吐いたが、背に腹は代えられない。藁にも縋る思いで頼み込む。

 

「己の国の民を守るのは王たるものの務め。任せておくが良い」

 

 

 

 

―都市長の邸宅―

冒険者組合長、プルトン・アインザックは組合長に就任以後、最大の危機に直面していた。

市長を守りつつ、魔術師組合組合長のテオ・ラケシルと共に冒険者たちの指揮を執っていた。

弱いアンデッドばかりだが、兎に角数が多い。じわじわと押され始めていた。

 

「ラケシル、なんかすごい魔法とかないのか?アンデッドを纏めて昇天させるような奴」

「あるわけないだろプルトン、馬鹿なこと言ってないで手を動かせ」

「ありんすえ」

「え? 」「誰? 」

「私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下が妃の一人、シャルティア・ブラッドフォールン」

 

いつの間にか真っ赤な鎧に身を包んだ戦乙女が自分たちの前にいた。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王? まさか、ストロノーフ戦士長を救ったという魔法詠唱者? 」

「そうでありんす。慈悲深きアインズ様のご命令により、貴方たちを助けてあげんす」

「いや、女の子一人程度ではあの大群は」

 

パンッと乾いた音が響き渡ると周囲のアンデッドが消滅した。

少女がしたのは手を叩いただけだ。

 

「嘘だろ? 低級なアンデッドだって、あれだけの数を」

 

退散させたのではない、消滅させたのだ。英雄級の冒険者にだってそんなことは出来はしない。

では、あの少女は何なのか? 魔導王は法国の神だという。その妻だという彼女もまた神の一柱なのだろうか。

 

「さあ、雑魚は片付けたでありんす。アインズ様が元凶を倒している頃でありんしょう。ついてきなんし」

 

その少女は当たり前のように広場に向けて歩いて行ってしまった。

慌てて追いかける。これだけの強者だ。機嫌を損ねるのも恐ろしい。

 

 

 

 

 

―墓地―

法国の神だという魔導王の力は想像を絶していた。

最初に唱えた魔法核爆発(ニュークリアブラスト)一発で数千というアンデッドが消し飛んだ。

その効果範囲も威力も、見たことがないレベルだ。

効果範囲の地面は一部がガラス状になっている。信じられない高温を発した証拠だ。

幽体化したペイルライダーには効果がなかったようだが、次の魔法星幽界の一撃(アストラル・スマイト)一撃でこの恐るべきアンデッドが消滅した。

「これで終わりか。もう少し骨のあるやつがいた方がやりがいがあるんだがな」

物足りなさそうな魔導王に対し、震える声で礼を言う。

 

「あ、ありがとうございました」

「ああ、気にするな。さて、君の仲間を含め、死者たちを広場に集めてくれないか? 」

 

 

 

広場にはこの騒動で死んだ者たちの亡骸が集められていた。

 

「貴方様が魔導王陛下ですな。エ・ランテルを救っていただき、都市長としてお礼申し上げます」

 

都市長パナソレイがいつもの冴えない演技を止め、堂々とした態度で礼を言う。

 

「救った、というにはちと遅すぎたな。この都市はこのままではもうダメだな。」

 

魔導王の言う通りだ。既にこの都市は手遅れだろう。

建物の大半はアンデッドの群れによりボロボロだ。倒壊した建物も少なくない。それ以上に、民の半数どころではない数が殺されたことが大きい。

エ・ランテルは既に死都と呼んでも差し支えない程だ。ここから立て直すよりは新しい都市を建造した方が遥かにましだろう。

 

「アインズ様? どうされたでありんすか? 」

 

何かを思案しているような魔導王に明るく声をかける戦乙女。

 

「ふむ。この都市から再び魔導国を立ち上げるとしよう」

「え? 既に廃墟でありんすよ? 」

「ふふ、何もないところから創めてこそ新たな国というもの。都市長、この都市の生き残りが別の都市に移住したとして、どの程度が元の生活に戻れる? 」

「殆どおりますまい。王国でこれだけ多くの難民を養える都市などありません」

「そうだろうな。まあ上手いこと更地になったことだ。一から都市計画を行えると考えると悪いことではない」

 

都市を作るという一大事業をこともなげに言ってのける魔導王は広場に集められた死者に向かう。

 

「不幸にも命を落とした者たちよ、お前たちには、この魔導国最初の民という幸運を授けよう」

 

アンデッドが放つ光にしては神聖すぎるそれは、後に神話として語られることになる。

何万という人間を生き返らせるという神の奇跡を見た者たちの中に魔導国の支配を拒むものはいなかった。

 

この日、全ての生命の救い主にして至高の神、魔導王アインズ・ウール・ゴウンの名が世界の歴史に刻まれることになる。

 




ペイルライダー「呼んだ?」
カジット&クレマンティーヌ「帰れ」


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11話

わた、アルベド様は慈愛の女神。
魔導国の至宝。
異論は認めない。


復活した市民たちは魔導王の魔法により作られた建物にて夜を明かすことになった。

朝日と共に現れたのは神話の軍勢。

女神のごとき美女に率いられたそれは一糸乱れぬ統制のとれた動きで見るものを圧倒するものであった。

ドラゴンや天使、恐るべき力を感じさせる魔獣達、そして昨日都市を襲ったアンデッドよりはるかに強いと思われるアンデッドの群れ。

市民たちの恐怖は、アインズに跪く彼らの姿を見て霧散した。彼らは神の使いなのだと。

 

復旧が進むエ・ランテル郊外で、親と逸れたのであろう少女が泣いている。

体も碌に洗ってないのか、薄汚い格好をしている。

 

「あら? 貴方どうしたの? 一人? 」

 

優しい声に顔を上げると金色の瞳に艶やかな黒髪、捩れた角。絶世の美女が優しく微笑んでいた。

 

「お、お母さんがいないの」

「そう、お母さんとはぐれてしまったのね?大丈夫よ、一緒に探してあげるから」

 

そう言って、汚れるのも気にせず、優しく少女を抱きかかえる。痩せこけて、ガリガリの体だ。

 

「さあ、お母さんはどこかしらね? ねえ、貴方は何か困っていることは無い? 」

「あ、あの、お母さんが、働くところが無くって。それで、私、何か出来ることが無いかなって、思って」

「そうなの。じゃあ、私がお仕事を探してあげるわね。大丈夫、アインズ様の下では、皆幸せに暮らせるわよ。これからはお腹一杯お食事が出来るわ」

「本当? もうお腹が空いて眠れないとかしなくて良いの? 」

「ふふふ、勿論よ。お母さんが見つかったらお話してみましょうね」

 

程なくして、母親と思しき女性が見つかった。

 

「アルベド様、ありがとうございます」

「ふふ、良いのです。この国の民は全てアインズ様の子供。ならば、妃たる私の子供も同然。子供たちを慈しむのは当然のことです」

「す、すみません。あ、あの、お召し物に泥が」

 

高貴な方の服を汚してしまった。学のない自分だって知っている。最悪は死罪だと。

 

「ん? ああ、服は洗えば良いのです。気にすることはありません」

 

小首を傾げる女神の微笑みは、慈愛に溢れていた。

 

「お母さん! アルベド様がお仕事を見つけてくれるって」

「もし良ければ、農場で働いてみないかしら? 一日三食の食事は保証するわ。この子の分もね」

「え? ほ、本当ですか?でも、私は、あの、こんなみすぼらしい格好で学も無くって、あの」

「大丈夫。私と、魔導王陛下を信じてくれる? 絶対に後悔させないと約束するわ」

 

アルベドの聖母のごとき微笑みに、母親は感激の面持ちで涙を堪え切れず、頭を下げる。

この聖女とその敬愛する夫、魔導王がこの国を治める限り、魔導国の未来はきっと、いや、間違いなく明るい。

 

 

魔導王の正妃たるアルベドの、誰にでも裏表のない優しさは、あっという間に評判となり、慈愛の女神と称えられるほどだった。

昼夜を問わず、民の為に復興の指揮を執る魔導王を支える賢妻。

魔導王に対しては、まるで恋する乙女のよう、いや、実際に恋しているのだ。

男なら誰でも、あの笑顔が自分に向けられるなら、世界を敵に回しても後悔しないだろう。

王国の黄金が霞むほど、魔導国の至宝、純白の王妃は輝いていた。

 

 

 

 

当初、誰もが、魔導王は自分で勝手に都市計画を進めるだろうと考えていた。

ところが、魔導王は下々の者が相手でも話を聞いてくれる。

 

「私はアンデッドだ。君たち人間の体とは異なる。私の僕たちもそうだ。だからこそ、この都市で最大の人口を誇る、君たち人間の意見が聞きたいのだ」

 

本当は、全ての意見を聞きたいのだが、それは難しいだろうからという理由で、代表者を50名選出し、彼らと協議することになった。

驚くべきことに、この代表者たちは貴族などの支配者階級のもの以外に、冒険者や商人、果てはスラム街の人間までいるほど多種多様だった。

 

「貴族と商人と、何が違うのかね? 服を脱いだら、皆同じ人間だろう? 」

 

まあ、私は骸骨だがね、と笑う魔導王の言葉は、全ての民に衝撃を与えた。

魔導王は、知恵と力、寛容さと威厳、そして全てを魅了するカリスマを備えた理想の支配者だった。

 

「恐れながら、魔導王陛下。陛下はこちらへ来られてから働きづめでございます。少し、休憩を取られた方が宜しいのでは」

「私はアンデッドだ。疲労しない体なのでな、問題は無い。それに、民があってこその王。民を守ることこそが王の務めだ。ああ、お前たちはちゃんと休むのだぞ? 疲れた頭では効率の良い仕事は出来ん。体を休めることもお前たちの役目と知れ」

 

誰よりも偉大な王は誰よりも勤勉だった。

魔導王をアンデッドだと忌避するものは―神殿勢力ですら―このエ・ランテルにはいなかった。

 

 

 

「アインズ様~」

 

可愛らしい少女、いや、女装した少年がとてとて、と駆けてくる。

アインズ・ウール・ゴウン魔導王の階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。

偉大な王に仕える彼自身も強力な魔法詠唱者だ。彼の力が無ければ都市の再建など不可能だっただろう。

 

「おお、マーレ。どうだ?仕事は順調か? ちゃんと休憩は取っているか? 食事を抜いては駄目だぞ? 」

 

優しく頭を撫でながらマーレに話しかける魔導王の姿は、復興中のエ・ランテルでは見慣れたものだ。

市民たちが微笑ましい二人のやり取りを見つめている。

 

「は、はい。もうすぐ、必要な建材は作り終わります。そ、それと、ちゃんと休んでますし、ご飯も食べてます」

「良し、偉いぞ」

 

わしわし、とちょっと乱暴に、しかし愛情たっぷりに頭を撫でる。

 

「えへへぇ…」

 

マーレの目尻がトロンと下がる。

 

「む、そろそろ食事の時間だな。さあ、マーレ、アウラを迎えに行こうか」

 

マーレを抱きかかえると、そのまま郊外の食堂へと向かう。

エ・ランテルの難民たちは、全て、アインズが臨時で建てた食堂で食事を取っていた。

そこで提供される料理の味は、貴族たちですら食べたことが無いほどだった。

復興が終われば、一般の民ですら、これらが普通の食事になると聞き、民の復興意欲はいよいよ高まっていた。

 

 

「あ~! マーレ、ズルい、アインズ様、あたしも! あたしも抱っこ」

 

アインズとマーレの姿を見つけるや否や、ピョンピョンと、アインズの周りを飛び跳ねるアウラ。

 

「ははは、アウラもまだまだ甘えん坊だな」

 

両腕に闇妖精の双子を抱え、アインズは食堂へと向かう。

 

「あら、二人とも、お行儀が悪いわよ」

 

笑顔で迎えるアルベド。

 

「只今、アルベド。さあ、この子達にお昼を」

「畏まりました。ですが、二人ばっかりズルいです。私も」

 

アルベドがアインズの首に両腕を回し、抱き着いてくる。

周りの民たちはまるで仲の良い親子のような姿に癒されながら見ていた。

ただ一人、アインズだけはアルベドの鼻息が荒くなっていくのが怖かった。

 

 

 

 

 

 

蒼の薔薇がエ・ランテルに来てから既に2週間が過ぎた。

 

「なあ」

 

不意に口を開いたのは戦士ガガーラン。

 

「もうさ、全部魔導王に任せて良いんじゃねえか? 王国もさ」

「あのねえ、それを見極める為にここに来たんでしょ? 」

「だからさ、もう王国の王様になってもらったら良いじゃねえか。魔導王にさ。この都市見ろよ」

 

女神のごとき美女、アルベドが引き連れてきた僕たちの力であっという間に瓦礫が撤去され、綺麗な更地になるまで僅か半日。

そして、市民たちにアンデッドという労働力を貸し与えて工事に参加させること僅か2週間。

廃墟と化した都市が、既に全ての道が石畳で舗装された美しい街並みに変わっていた。

街路の端には街路灯が設置され、夜になると周囲を明るく照らしてくれる。

区画毎に設置された公衆浴場では、市民ですら無料で風呂に入ることが出来る。

体を清潔に保つことが病気の予防になる、との魔導王の考えによるものだ。

強力なアンデッドが巡回しているおかげで治安は非常に良い。

そのうえ、発表された税率は今までよりずっと低い。

 

スラム街の住人はカッツェ平原で働いている。

かつて、恐ろしいアンデッドが蔓延る危険地帯だったカッツェ平原は、既にエ・ランテルの食糧庫だ。

大量に立ち並ぶ大きな倉庫には、それ自体に保存(プリザベーション)の魔法がかけられており、食材が痛むことはない。

労働環境もとても良い。一日の労働時間は最長8時間。食事は三食、新鮮な野菜に王族でも食べられないようなフワフワの白パン、脂ののった豚や牛の肉。

アンデッドを使用するという嫌悪感さえ何とかなれば実に魅力的な職場だった。しかも五日働いたら二日の休暇が与えられる。

衣類は綺麗なものが全て支給される。ボロを着て、作業中に引っ掛かったりすることが無いようにとの配慮だ。

仕事を休んでも給料が出る有給休暇という驚きのシステムもある。一年で20日与えられるそれは、消化率9割以上が義務付けられている。

労働条件と給料の額が知られる頃には、ここで働きたいというものが殺到するほどだった。

 

「こんな国、世界中探したってどこにもねえぞ。最初に魔導王の話を聞いた時にゃ眉唾物だと思ってたが、本当に理想の国を作りやがった。マジで楽園だぜ」

 

口は悪いが市民たちの姿を見てきたガガーランは、魔導王の治世に素直に感心していた。感動と言ってもいい。

 

「真っ当な人間が報われる理想の国の形ね」

 

貴族として、王というものを身近に見てきたラキュースにとっても魔導王は正に理想的な為政者だった。

気さくに市民に話しかけ、何か問題がないか聞いて回る姿は親しみさえ覚える。

圧倒的な強者でありながら、子供たちにも優しく、正妃アルベドとの仲睦まじい姿はまるで一枚の宗教画のような美しさと神聖さを感じさせた。

 

「アウラ様が最高」「マーレ様が至高」

「そんな話をしてんじゃねえよ。だが、俺はセバス様だな」

「お前、童貞好きとか言ってたじゃないか。セバス様はどう見ても違うだろ」

「だってお前、俺を女扱いできる紳士とかあの人が初めてだぜ?惚れても仕方ねえだろ。マジで抱かれてえって思ったのは生まれて初めてだぜ」

「ちょっと、だからそんな話をしてるんじゃないのよ」

「パナソレイ都市長の名前で王国からの離脱、魔導国に恭順するって声明を出したんだろ?」

「これで馬鹿な貴族たちが騒ぎ出すわよ」

「私たちの出番?」「始末する?」

「駄目よ、貴方たちは、もうそういう世界から足を洗ったんだから」

 

双子の忍者は自分たちの大切な仲間だ。裏の世界に戻すようなことはさせられない。

 

「とりあえずは帰ってからラナーに報告ね。それでイビルアイ、リグリットと連絡は取れた?」

「いや、あの婆どこにいるのか。伝言(メッセージ)も繋がらない」

「しょうがないわね。ツアーの方はどう?」

「こっちは繋がった。全部事実だってさ。評議国は全面的に魔導国を支持するそうだ」

「どっちにしたって、王国は亡びるしかねえんだ。最悪の亡び方をしないように動くしかねえだろ」

「さあ急いで帰りましょう。馬鹿っていうのは行動力だけはあるんだから」

「おう、んじゃ、ちょっとセバス様に挨拶してくるぜ。お持ち帰りされたら、お前らだけで先に帰っといてくれ」

「マーレ様を見納め」「アウラ様を視姦してくる」

「ちょっと貴方たち、急ぎだって言ってるでしょう?」

 

貴族たちが余計なことをしでかす前に釘を刺しておかなくては。

最悪は暗殺という手段を使ってでも。

 




アルベド「スーハ―スーハ―、クンカクンカ、ハァハァ、フッフー」
アインズ「落ち着けアルベド!ステイ、ステ~イ」


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12話

アインズ「そうだ、ドワーフの国に行こう」


「今日はシャルティアか…」

 

アインズはふう、と溜息を吐く。

シャルティアのことは嫌いではない。

一心に自分を思ってくれることは素直に嬉しく思う。

しかし、どうにも体が幼すぎる。ぺったんこ過ぎるのは不味いんじゃないだろうか?

ぺロロンチーノの趣味はどうにかならなかったのか、いや、どうにもならないだろう。

 

「ごめんね。うちの弟、馬鹿なの」

 

心のぶくぶく茶釜が謝る。

 

「仕方ないですよ。ぺロロンチーノさんですからね」

 

アインズも心の中で返す。そう、仕方ないんだ。ぺロロンチーノだから。それに、シャルティアは胸が小さい大人の女性だから問題はない。フラットフットさんもそう言っていた。

シャルティアを作った時のぺロロンチーノを思い出す。嬉しそうにシャルティアの設定を語ってくれたものだ。

 

「まず、シャルティアは女性もイケます」

 

違う、そうじゃない。

 

「あと、右の乳首の方が感じやすいんです。縛ったりするのも喜びますよ。SもMも両方いけますからね、ハイブリッドですよ。エロゲーっぽく、お尻でも感じる設定ですから最初から全力で楽しめますよ。そうそう、何でシャルティアがアンデッドなのか知ってます?色素が沈着しないんですよ。ふふふ、どれだけやっても乳首とアソコがピンクなのは男のロマンですよね。いや~、この設定考えたとき、俺、自分のことが天才だって思いましたよ。モモンガさん、やっぱりゲームって最高ですね。あれ?どうしたんです? 後ろ? 後ろがどうかしたんですか? 」

 

ぺロロンチーノとの思い出を聞かせて上げようと思っていたが、今日は止めておこう。

それにしても、男の夢、ハーレムの筈なのにどうしてこう嬉しくないのか。

やがて、ノックの音が聞こえてくる。

さあ、今日最大の戦いがこれから始まる。覚悟を決める時だ。

 

アインズに腕枕されているシャルティアは頬を赤く染めてうっとりとした表情をしている。

 

「アインズ様、素敵でありんした」

 

アインズは、優しく髪をすく様に頭をなでる。まるで猫のように頭を擦り付けてくる。こうしていると本当に可愛い。

今日はたったの15回で済んだ、良かったとか思わされなければもっと良いのに。

 

「アインズ様?私、お願いがありんすの」

「ほう、お前がお願いとは珍しいな。どんなことだ? 聞かせてくれるか? 」

「ええ、次回の伽にユリも呼んで、3Pし「却下だ」

 

シャルティアといえば、前世でドワーフの国に供をさせたことを思い出した。

データクリスタルの入手が出来ない以上、それに代わる手段の入手は急務だ。

前世ではルーン文字がそれに相当したが、今回も活用させてもらおう。

前回の研究成果は大図書館においてある。ドワーフ達にも2周目無双を楽しんでもらうとしよう。

それに、上手くいけば更に進んだ技術の開発も出来るかもしれない。

そうと決まればドワーフの国に行こう。決して、夜のお勤めから逃げたい訳ではない。

アルベドはナザリックやエ・ランテルの管理があるし、シャルティアにはナザリックの警備をさせよう。

供はアウラとその魔獣だけで十分だろう。

 

 

―リザードマンの集落―

「魔導王陛下、ようこそお越し下さいました」

 

リザードマンの統一部族長シャースーリュー・シャシャを筆頭にリザードマンたちが跪く。

 

「面を上げよ」

 

一斉に顔を上げるリザードマンたちの目には忠誠と信仰の光がある。

今世でもコキュートスの統治は上手くいっているようだ。意外と、デミウルゴスよりも統治者としては優秀かもしれない。

 

「良い統治をしているようだな、コキュートス。やはりお前に任せて正解だった」

「勿体無イオ言葉。全テハアインズ様ノゴ指導ノ賜物デス」

「ふふふ、では、私の目が確かだったということにしておこう」

 

至高の主に褒められることは僕にとってこれ以上無い喜び。

表には出さないが、コキュートスは天にも昇る気分でいた。

 

「さて、連絡した通り、これより私はドワーフの国に行く。彼らの王都を奪還し、友好関係を築くためにな」

 

ドワーフと聞き、右腕だけが太いリザードマンの尻尾がピクリと揺れる。

 

「安心せよ、ゼンベル。友好関係を築くと言っただろう?不安に思うようなことはない」

「はっ。申し訳ございません」

 

ゼンベルと呼ばれたリザードマンが頭を下げる。

アインズは長年多種族を支配してきた。

その経験から、ほぼどんな種族であっても、その表情や感情を読み取ることが出来るようになっていた。

 

「まあ、力で侵略してきた我らを不安に思う気持ちは分からんではないがな」

「そのようなことはございません!」

 

驚くほど大きな声を上げたのは白いリザードマン、クルシュ・ルールー。

 

「魔導王陛下の試練があったればこそ、こうして私たちは一つの部族となれたのです。感謝こそあれ、不満や不安などあろうはずがありません」

 

 

リザードマンへの侵攻の流れは、前世と大体同じだ。

リザードマンの全戦力を集めさせ、アンデッドの軍勢と戦わせた。

但し、デミウルゴスのアドバイスもあり、前世と異なり、コキュートスは当然のように勝利した。

リザードマンの長達は、自分たちの命と引き換えに民の安全を懇願した。

 

「ならば、その命の輝きを身をもって示せ」

 

アインズの言葉によって、コキュートスと長達との戦いが始まり、前世同様、コキュートスの勝利によって終わった。

その後、全ての死者を生き返らせたアインズはリザードマンたちにこう告げた。

 

「お前たちの命の輝きは見届けた。これより、私こそがお前たちのただ一人の主である。祖先への感謝と同様、私への忠誠を忘れることが無ければ、お前たちリザードマンは繁栄の時を迎えるであろう」

 

全てのリザードマンたちは大いに驚いた。まさか祖霊の信仰を認めてくれるとは。

自分たちを庇護してくれる神は、強く、寛容さに満ちていた。

それからのリザードマンの集落はあっという間に発展していった。

アインズから齎された魚の養殖方法は、ザリュースのそれよりも遥かに優れたもので、数年もしないうちにリザードマン全員を食わせても余りある程の収穫が期待出来るだろう。

ここで技術を覚えたリザードマンの一部は、カッツェ平原の穀倉地帯に作られた湖で魚の養殖をしている。

エ・ランテルで新鮮な魚が食卓に上るようになるのも、もうすぐだろう。

また、族長などの一部の強者たちはナザリックで修業させたりもしている。この辺りは前世と同じだ。

内政面では、コキュートスの下に元族長のシャースーリューとキュクー・ズーズーを付け、リザードマン独自の文化にも配慮するよう、気を付けている。

近いうちに学校を作り、子供たちに教育を施そうとも考えている。害にならない程度に、ではあるが。

 

「さて、ゼンベルよ。お前は今のドワーフの国の状況を知っているか?」

「いえ、俺がドワーフの国にいたのはもう何年も前のことなんで、今のことは分かりません」

「そうだろうな。現在、ドワーフの国は滅亡の危機にある。クアゴアとかいう種族の侵略によってな」

「クアゴアってのは聞いたことがありますぜ。だったら俺も連れて行って下さい。ドワーフには恩義がある」

「良いだろう。リザードマンからはお前と、ザリュース、お前もこい」

「畏まりました。陛下の為、全力を尽くします」

「私の為でもあるが、これはリザードマンの為でもある。共通の敵と戦うことで、ドワーフの、リザードマンという亜人種に対する偏見を減らすことが目的だ」

 

亜人に偏見を持たないドワーフの姿を見れば、エ・ランテルの人間たちにも影響があるだろう。

亜人種への偏見を取り払うのは前世でも苦労したものだ。

 

「では、両名には必要なアイテムを貸与する。すぐに出発する。戦闘になる可能性は非常に高い。気を引き締めろ」

 

ナザリックでの地獄の特訓の成果を見せる時がきた。

二人のリザードマンはニヤリ、と不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

―ドワーフの国、大裂け目の砦―

「オラぁ!」

 

気合と共に繰り出した剛腕にクアゴアが吹き飛ばされる。

 

「おう!助けに来たぜ!」

 

牙をむくリザードマン―恐らく、笑顔を見せてくれたのだろう―は意外な言葉と共に加勢してくれた。

右腕が太いこのリザードマンのことは聞いたことがある。数年前、あるドワーフの下で修業していた奴だ。

どちらのリザードマンも素晴らしいとしか言えない装備を身に着けている。あの鎧に刻まれた文字は、ルーンだろうか?

この危機に助けに来てくれるとは、リザードマンというのは義理堅い種族だな。

総司令官は、現実離れした光景を見ながらそんなことを考えていた。

 

「よそ見するなよ、ゼンベル!」

 

もう一人のリザードマンは三叉の短剣のような武器を奮っている。

魔法の武器らしく、冷気と斬撃に対して耐性を持つクアゴアの体を易々と切り裂いている。

彼ら二人だけだったら良かった。種族を超えた熱い友情。英雄譚にでも語られそうな良い話だ。酒の肴に持って来いだ。

現実逃避を始めた総司令官の目の前で“それ”が魔法を放つ。

大量のクアゴアの丸焼きが出来上がり、戦闘と、総司令官の現実逃避の時間は終わった。

 

「皆、無事かね?」

 

先ほど魔法を放ったアンデッドは会話ができるようだ。

高位のアンデッドは人間と取引する知能があるものもいると聞いたことがある。

 

「危ないところを救っていただき、感謝の念に堪えません」

「何、実はこのアイテムでアゼルリシア山脈を調査していたところ、今回の戦闘が目に入ってね。助けに来たという訳だ」

 

虚空から遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を取り出し、操作してみせる。

 

「こ、このようなアイテムがあるのですか!」

 

軍事を担当している総司令官からすれば、相手の情報が手に取るように分かるこのアイテムは、恐るべき情報兵器といえた。

 

「アインズ様、敵は撤退したようです」

 

従者だろうか?闇妖精の少年が報告を上げる。

 

「うむ、一旦は落ち着いたかな?総司令官殿、この国は摂政会によって成っているのだったな。案内してくれるか?」

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導王と名乗るこのアンデッドは人間の国の王だという。

先日建国したばかりだと言うが、法国を併呑し、アンデッド多発地帯のカッツェ平原、トブの大森林を領土に持つとか。

評議国や帝国とも友好関係を築いているらしいが、この王の力なら容易いのだろう。そう思わせるだけの力と威厳が魔導王にはあった。

 

―摂政会にて―

「私が、今紹介に預かった魔導国の王、アインズ・ウール・ゴウンである」

 

その声だけで、威厳と魅力を感じさせる魔導王と名乗るアンデッド。

総司令官以外の摂政会メンバーが総司令官を睨みつける。

目が語っている。「何というものを連れてきたんじゃ」と。

確かにクアゴア程度は軽く倒せるほど強いのだろうが、ヤバいにもほどがある相手だろう。

まだドラゴンの方がマシだとさえ言える。

摂政会の紹介と国を救ってもらったことへの礼の後、本題に入ることにする。

このアンデッドがクアゴアをけしかけた可能性だってあるのだから。

 

「陛下がお力を貸して下さるのであれば、非常に心強いですが、我々に何を望まれるのですか?見ての通り、私たちには陛下にとって価値のあるものなど何もありません」

「そのようなことは無い。君たちの国のルーン工匠を我が国に招聘したいのだよ」

「え?ですが、今時、ルーンなど。通常の魔化の方がよっぽど優れておりますぞ。陛下の国であれば、そのような者はいくらでも居られるのでは?」

 

アインズは虚空から一振りの剣を取り出す。

 

「これを見給え。かつて、我が国で作らせたルーンの逸品だ」

 

その剣は12のルーンが刻まれている。ユグドラシルのそれとは違い、この世界のルーン技術で作られたものだ。

最初に招聘したルーン工匠たちが最後に作った、アインズにとっても思い出深い一品。

 

「こ、これ程の剣を作れるのか?」

 

鍛冶工房長が口から唾を飛ばしながら立ち上がる。

 

「なんちゅう逸品じゃ…」

 

ドワーフ達は口々に感嘆の声を上げる。

 

「この剣は、今、この国にいるドワーフ達だけでは作れないだろう。だが、私の知識と協力があればこの技術を蘇らせることが出来る」

 

これ程のものが作れるのなら、魔導王の提案も納得だ。いや、それ以外に報酬になるものなど無いだろう。

一部に反対の声があったが、交渉は問題無く纏まった。

 

―ドワーフの国、会議場の一室―

「お前たちがこの国のルーン工匠だな?」

 

アインズの前には、この国のルーン工匠が集められていた。

恐るべき力を持ったアンデッドを前に、皆、蒼白な顔をしている。

 

「(総司令官の奴、儂等を騙したのか?何が恐ろしいアンデッドじゃ。超恐ろしいの間違いじゃろが)そ、そうで、す」

 

恐怖のせいか、舌が上手く回らない。

 

「恐れるのも無理はないが、君たちにとっては、話を聞いて損はないと思うぞ?」

 

何を言われるのだろうか、ゴクリの喉をならす。

 

「さて、君たちには、我が国でルーンの技術開発と生産をしてもらいたい」

「じゃが、ルーンなど、もう時代遅れのもんじゃぞ?生産性も性能も魔化には敵わん」

「君たちの持っている技術ではそうだろう。これを見給え」

 

アインズが取り出したのは、先ほど摂政会で見せた剣。

前世では、今、目の前にいる彼らが努力の果てに作り上げたものだ。

この剣を作った時のドワーフたちの表情が思い出される。皆、やり遂げた男の顔をしていた。

アインズも嬉しくて、精神の沈静化が起きるほどだった。

 

「お前たちが作ったものだ。この技術を再現して欲しいのだ」

 

ドワーフたちの目の色が変わる。

自分たちがこれを作ることが出来るのか?これ以上腕が上がったとして、これを作れるのか?いや、無理だ。

 

しかし、魔導王は今、何と言った? お前たちが作ったと言ったのだ。

悠久を生きる魔導王にとって、これを作ったドワーフも、今の時代を生きるドワーフも同じなのだ。

過去のドワーフに出来てお前たちに出来ないのか? 魔導王は、そう言っているのだ。

これは魔導王からの挑戦状であり、激励の言葉だ。お前たちなら出来るだろう? という。

ならば、返す言葉は決まっている。

 

「作りたいぞ。いや、作ってみせる」

「お前さんでは無理じゃ。儂が作るんじゃ」

 

いや、儂が。儂が。というドワーフたちの姿を見てアインズは破顔する。

やはり、このドワーフたちの暑苦しさは心地好い。

 

「この国のルーン技術が衰退したのは個人で工房を持つようになったからなのだよ」

「ん?工匠が自分の工房を持つのは当たり前のことじゃろ?」

 

何を当たり前のことを、と言わんばかりのドワーフにアインズが説明する。

 

「ふむ、良いかな?この剣を作ったのは一人ではない。3名のルーン工匠が同時に文字を刻んだのだ」

「え?じゃが、ルーンは工匠の能力を超えた分は歪んでしまうものじゃぞ?」

「ルーンは魔力を持った文字、つまり、魔法の儀式と同様だよ。複数の工匠が力を合わせることでより高度なルーンを刻むことが出来るようになるのだ」

 

アインズは、これが研究成果の一部だと一冊の本を取り出した。

 

「これは、我が国の国家機密といって良い、極めて重要なものだ。受け取ったなら、引き返すことは出来ない。どうするね? 高みを目指さず、家族と共に、生まれ故郷で過ごすという生き方も否定はしない」

 

自分たちルーン工匠はこのまま腐っていくだけだった。過去の栄光にしがみ付いてルーン工匠を名乗ってはいるが、実態は殆どない。

だが再び、今再び、ルーンは輝きを取り戻すチャンスを得たのだ。今までのルーン工匠の苦難の日々は、今、この時の為にあったのだ。

 

「儂の人生は魔導王陛下に捧げる。頼む、儂を連れて行ってくれ」

 

一人を皮切りに、儂も儂もと騒ぎ始める。非常に煩いが、今日はそれも楽しいと思える。

 

「良かろう。皆、来てくれるということで良いのだな? それと、分かると思うが、これは国家事業になる。技術を持って独立するようなことも出来ん。それでも良いのか? 」

 

ドワーフたちは皆、燃える瞳で首肯する。

 

「ふむ、では、これを渡しておこう」

 

剣と、技術書をドワーフの一人に手渡す。

 

「お預り致します。魔導王陛下」

「それと、ついでにこれも渡しておこう。我が国の酒だ。後で感想を聞かせてくれると助かる。値段もラベルに書いてあるのでそれも含めて頼む」

 

虚空からいくつかの瓶を取り出し、手渡していく。

 

「おう、ゴン坊!今日は付き合えよ?飲み明かすぞ」

「儂は、余り酒は好きではないんじゃが、今日は別じゃな。おう、潰れるまで付き合うわい」

「うむ、私は明日から旧王都へ向かう。明後日か、その翌日位には帰ってくるので、後の話はその時にな」

「王都?あそこはドラゴンに奪われたところじゃぞ? 」

「ああ、だから、それを取り戻しに行くのだよ。何、すぐに帰ってくる」

 

忘れ物を取りに帰るような感じで軽く言ってのける。

魔導王が失敗する可能性を考えるものなど、いる筈も無かった。

 




ぺロロンチーノ「姉ちゃん、もう足が痺れてきたんだけど・・・」
ぶくぶく茶釜「あぁん? (低音)」
ぺロロンチーノ「ごめんなさい。何でもないです」


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13話

アインズ「お前にはこの剣を貸そう。これは、フロスト・ペインを」
ザリュース「こ、これは! そうか! 私のフロスト・ペインは、これをもとにして作られたのですね? 」
アインズ「そ、うだ。良く分かったな」
ザリュース「これ程の剣をお貸しいただけるとは! 全力を尽くします」
アインズ「う、うむ、期待しているぞ」


―旧王都フェオ・ベルカナ―

「何なんだあれは! どこからあんな化け物が来たんだ? 見張りは何をしていた」

 

街は阿鼻叫喚の地獄絵図。

クアゴア達は突如現れた謎のアンデッドたちに蹂躙されるしか出来なかった。

 

 

アウラの魔獣とリザードマン達はフェオ・ジュラに置いてきた。

大裂け目砦前のクアゴア達は態々残したのだ。

ザリュースとゼンベルの経験値稼ぎと、リザードマンの人気稼ぎの為に精々頑張ってもらおう。

動かないようなら、クアゴア軍の後方に潜ませてあるアンデッドの恐怖のオーラで強制的に突撃させよう。

あそこにいるクアゴアは残しておく必要はないので有効に活用しよう。

 

「さて、こんなものかな」

 

大量の死体の山を見て、アインズが独りごちる。

 

「アインズ様、あそこにまだ潜伏しているみたいです。気配からして、多分あれが王だと思います。」

 

高レベルのレンジャーであるアウラから隠れることが出来るものなど、この世界ではまずいない。

前世から思っていたが、やはりアウラは優秀だ。

能力だけでなく、きちんと状況の分析も出来るし、デミウルゴスみたいに変に深読みし過ぎることも無い。

性格も素直で良い子だ。時々茶釜さんに似て怖い時もあるが。

 

「流石はアウラだな。お前を連れてきて正解だった」

 

優しく頭を撫でてやると嬉しそうに目尻を下げる。

 

「えへへ、アインズ様のお役に立てて嬉しいです」

 

うん、やっぱり子供は素直なのが一番だ。

 

「それでは、クアゴア達の王とやらを捕まえてきてくれるかな? 」

「はい! 行ってきます! 」

 

疾風のように駆けていくアウラ。数秒後、クアゴア達の絶叫が響き渡った。

 

 

「クアゴアの王よ、面を上げよ」

 

ガチガチと煩い位、歯が鳴っている。

恐ろしくて顔を上げることが出来ない。自分たちを蹂躙したアンデッドよりさらに強い闇妖精。

それの主となればどれ程のものか、想像に難くない。

 

「アインズ様が面を上げよって仰ってるんだけど? 聞こえないの? 」

 

パン! と乾いた破裂音が響いたと思ったらクアゴアの王、ぺ・リユロの右腕が吹っ飛んでいた。

 

「も、申し訳ございません。お許し下さい」

 

飛び上がるように顔を上げるリユロ。彼の目は恐怖に濁っていた。今殺されていた方がまだマシだった。

目の前の存在を見たリユロの感想がそれだった。

己の眼前には死を具現化したようなアンデッドが立っていた。いや、そんな可愛いものでは無い。

 

「お前の種族の残りは、凡そ4000匹というところだな」

 

さっきまで8万はいた筈の同胞たちが、もうそれだけしかいないのか。

 

「ど、どうか、お許し下さい。貴方様に永遠の忠誠を誓います。決して裏切るようなことは致しません」

 

クアゴアという種族はここで絶えるのか。いや、そうはさせない。自分はクアゴアの王なのだ。

恐怖を噛み殺し、懇願する。自分は殺されるだろう。だが、せめて数匹だけでも生き残ることが出来れば、クアゴアは絶滅だけは免れるはずだ。

 

「ほう」

 

アインズと呼ばれたアンデッドの声には全く感情が感じられなかった。

自分も王として君臨してきたから分かる。これは、自分に全く興味を持っていない声だ。

 

「わ、我々クアゴアは、暗闇でも目が利きます。地下の鉱石を採掘するのも得意です」

 

何かしら役に立つことを言わなければ、何でもいい、興味を引かなければここでクアゴアは絶滅してしまう。

 

「この私に忠誠を誓うというのだな? 」

「はい!我ら、最後の一匹に至るまで、御身に忠誠を捧げさせて頂きます」

「良かろう。ならば、お前たちが生きることをアインズ・ウール・ゴウンの名において許そう」

「ははあ! ありがとうございます」

 

リユロは、吹き飛ばされた右腕から血を流しながら頭を下げる。失血で意識が飛びそうになるが、何とか踏みとどまる。ここで倒れるわけにはいかない。

パシャッという音と共に何かが自分の体に振りかけられた。と、傷が塞がって、いや、腕が生えてきた。

 

「ふむ、このポーションも早めに作れるようにしないとな。劣化していないかの確認は問題なさそうだな」

 

四肢の欠損すら癒すポーションなど聞いたことも無い。

 

「傷を癒して頂き、ありがとうございます」

「何、ただの実験だ。気にするな」

 

どうも、このクアゴアという種族は好きになれない。

アインズにとっては、前世で友達になろうとしていたジルクニフとリユロがいつの間にか仲良くなっていたせいか、嫉妬のような感情を抱いてしまう。

 

「死体を一か所に纏めておけ」

 

そう、リユロに命令を下し、アインズは王城へと向かう。

 

これから楽しい楽しいドラゴンの素材集めだ。

大したドラゴンはいなかった筈だが、やはりボス戦はテンションが上がる。

殺して捌いて有効活用した後、復活させて、ドラゴン素材量産計画だ。

前世でもドラゴン素材は非常にレアだった。

自分に仕えているドラゴンたちを素材にする訳にはいかなかった為、ドラゴンの素材は本当に少なかった。

前世では、ツアーは同族が殺されても気にしなかった。なので今世でも大丈夫とは思うが、一応、後で確認はしておこう。

王城が見えてきた辺りでアウラが弓を構える。

 

「アインズ様、あの先、何かいます」

 

曲がり角に隠れているのは斥候のドラゴンだろうか?前世でもそんなことがあったような?

 

「ふむ。まあ、止まっていても仕方あるまい。相手は一匹だけだな?攻撃の姿勢を取ったらすぐに仕留めろ」

「はい! やまいこ様も、敵が居たらとりあえず殴ってから考えると、そう仰っておられました」

 

ぶくぶく茶釜と一緒に自分を可愛がってくれた至高の御方の言葉を思い出す。

 

「ふふ、そうだな。良し、偶にはやまいこさんスタイルで行くとするか」

「お、お待ち下さい! 」

 

こっちが殴る前に太ったドラゴンが現れ、驚くべき速さでひれ伏した。

 

「まだ何もしていないが? 」

「お二方の会話が聞こえましたので、こうして出て参りました。私の名はヘジンマールと申します。どうか、私を配下に加えて下さいませ。お願い致します」

「(このドラゴン、どこかで見た気がするな…。あ、あれだ。アウラのペットにやったデブのドラゴンだ。空輸便をやってたら2年もしないうちにスリムになってた奴だ。太ってるドラゴンってこいつしか居なくてレアだったのにな)ほう、私に従うと? 何故だ? まだ何もしていないが」

「貴方様方のお力は見れば分かるものでございます。どうか、お願い致します」

 

怖い。太ったドラゴン、ヘジンマールはただ怖かった。

この二人の装備は見たことも無いほど価値があるものだ。少し鈍っているがドラゴンの本能がそう言っている。

ドラゴンである自分を全く警戒していない。

そして、途中にいた筈の、大量のクアゴア達がどうなったのか、漂ってくる死臭が全てを物語っている。

彼らはドラゴンなど歯牙にもかけない強者だ。ここまで育ててもらった父には感謝しているが、自分の命には代えられない。

 

「お前は本を読めるか? 」

「はい。私の趣味は読書ですので、人間の本は読むことが出来ます」

「良し、お前には我が居城で研究をさせるとしよう」

「はっお役に立てるよう、全力を尽くします」

「え? 研究ですか? ドラゴンに? 」

「うむ、折角の読書好きな珍しいドラゴンだ。魔法の研究などをやらせても面白いだろう。さて、ヘジンマールよ。お前たちのボスは玉座の間だな? 」

「左様でございます。あ、あの、貴方様のお名前をお聞かせ願えませんか? 」

「ん? ああ、名乗っていなかったな。私は魔導王、アインズ・ウール・ゴウン。そしてこの子がアウラ・ベラ・フィオーラだ」

「ありがとうございます。改めまして、ヘジンマールと申します。今後ともよろしくお願いいたします」

 

ヘジンマールは勝った。人生を賭けた勝負に。

 

「魔導王陛下、アウラ様、私にお乗りください。玉座の間までご案内致します」

 

鷹揚に頷きヘジンマールの背に乗るアインズとアウラ。

 

 

―玉座の間―

白き竜王、オラサーダルク=ヘイリリアルは激怒した。

先ほど使いに行かせたはずの息子が帰ってきたかと思ったら、3匹の妃たちの前でアンデッドなどを王だと抜かす始末。

 

「さて、私に服従するなら命は保証しよう。どうするね? 」

「ふん、アンデッドごとき、ドラゴンの敵ではないわ!叩き潰してくれる」

 

怒声を上げ、立ち上がった瞬間、アインズが虚空の何かをつかむように手を伸ばす。

 

心臓掌握(グラスプハート)

 

立ち上がった竜王はそのまま倒れ伏した。そのままピクリとも動かない。

 

「さて、まだ戦いたいものはいるか? 」

 

3匹のドラゴンたちは一斉にひれ伏した。

 

「お前たち。この城にいるドラゴンたちを全員連れてこい。行け」

 

これで十数匹のドラゴンが手に入った。前世同様、空輸便として活用するとしよう。

オラサーダルクの死体を転移門に突っ込んでナザリックに送る。

ばらした後は復活させよう。何度も剥ぎ取りが出来るドラゴンなんて夢のようだ。

 

「さて、それでは凱旋といこうか」

 

 

 

―フェオ・ジュラ、ルーン工匠の工房―

アインズ一行が旧王都へ出立して暫く後、鍛冶工房長は、魔導国への招聘を断るよう、ルーン工匠達を説得に回っていた。

あんなアンデッドが治める国になど行ったら奴隷にされてしまう。

鍛冶工房長は、真剣に、必死に説得して回った。

 

一軒目は、ぶん殴られた。

二軒目は、インゴットを投げつけられた。

三軒目のルーン工匠がハンマーを振り上げる姿を見て、這う這うの体で逃げ帰った鍛冶工房長は、説得を諦めた。

 

 

 

―フェオ・ジュラ大裂け目の砦―

魔導王が出立して数時間後、クアゴア達の猛攻が始まった。

何かに追い立てられるかのように、決死の形相で突進してくるクアゴア達にザリュースとゼンベルは必死に防衛を続けていた。

 

「おうザリュース!そっち2匹行ったぞ」

「任せろ」

 

斬撃耐性のあるクアゴアの毛皮もゼンベルの打撃には効果が無い。

ザリュースの持つ短剣<真・フロストペイン>は斬撃属性であるが、この剣は斬撃耐性を貫通するという効果を持っていた。

まるで熱したナイフでバターを切るがごとく、容易くクアゴア達を両断していく。

これが本物のフロスト・ペインなのか、とザリュースは驚きを隠せなかった。

出立の前、ザリュースとゼンベルは、魔導王より装備を一式、貸与して頂いた。

その一つがこれだ。リザードマンに伝わるフロスト・ペインは、これを模して作られたらしい。

なるほど、確かにこれは神が持つに相応しい武器だろう。先祖がこの剣を作ろうとしたのも頷ける話だ。

 

「オラオラ、どんどんこいや」

 

大きなガントレット<女教師の鉄拳>で殴りつけるゼンベル。

これも真・フロスト・ペインに勝るとも劣らない逸品だ。

喰らった相手は数メートル吹き飛ばされる効果が凶悪で、今回のような地形では特に有効だ。

クアゴア達が面白いように大裂け目に飲み込まれていく。

 

都市の入り口はアウラの魔獣が守っている為、侵入される可能性は無い。

 

「なあ、お前ら、あの魔獣に助けてもらったら良いんじゃないか? 」

 

誰もが思っていたことを、ついに総司令官が口に出した。

 

「何言ってんだよ。それじゃ意味ねえんだよ」「俺たちの修業にならないからな」

「いや、これは国の防衛戦なんだが」

「おっ列が切れてきたぜ」「良し、そろそろ打ち止めっぽいな。最後だ、気合入れろよ! 」

 

犠牲者も出ていないし、良いのだが、リザードマンってこんなに好戦的なのか。

総司令官は少しの不安を抱いたが、今は頼もしい味方だ。

 

「我々も行くぞ! リザードマンだけに良いところを取られるなよ! 」

 

日が暮れるころにはクアゴアの姿は一匹も無くなっていた。

 

―フェオ・ジュラ広場―

ドワーフの国は、王都奪還の報に沸きに沸いていた。

魔導国と同盟を結ぶことが正式に決定し、ルーン工匠を招聘するという式典も滞りなく終わった。

魔導国の食糧品は非常に評判が良く、しかも安い。

当初、魔導王の機嫌を損ねることを恐れた摂政会は、貿易によって赤字になることを覚悟していたが、意外なことに魔導王自身に止められた。

 

「私はアンデッドだ。永遠の生を持つもの。君たちが考えるやり方では、いつかドワーフの国は破綻する。そうなれば取引相手を失う魔導国にも損失が出るのだ。良いかね? 取引というものは、両者に得が無くてはならない。結局のところ、それが最大の利益を得る方法なのだよ」

 

滔々と、まるで諭すかのように説明する魔導王。

寿命がある自分たちと永遠を生きる偉大な王とでは見ているものが違いすぎた。

この後、エ・ランテルからドワーフの国までの街道を敷設すること、アンデッドの労働力を受け入れることが正式に決定し、ドワーフの国は好景気に沸くことになる。

 




ゼンベル「クアゴアを大裂け目の谷底にシュゥゥゥーッ!! 」
ザリュース「超! エキサイティン!! 魔導国オリジナルから」
デミえもん「出~た~」


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14話

アインズ「おいでよ、魔導国」


―バハルス帝国帝都アーウィンタール―

「この報告書は本当なのか? いくら何でもふざけ過ぎだと思わないか? 」

「陛下、これが冗談だったら、報告者はその度胸を称えて昇給させても良い位ですぜ」

 

帝国四騎士筆頭バジウッドは、いつも通りの歯に衣着せぬ物言いで答える。

 

「しかし、このアンデッド、間違いなく私以上の魔法詠唱者でしょうな。是非お会いしたいものだ。時に陛下? 私は、ここしばらく休暇を取っておりませんでしてな」

「却下だ。法国と評議国からの連名の書状も読んだだろ。もう王国には手は出せん。帝国の今後をどうするか考えねばな」

 

全く想定外の誤算だ。まさか、こんな国がいきなり出てくるとは。

しかも、人類最強国家と複数の亜人たちによる評議国が後ろ盾になられては、手を出したら火傷では済まない。

 

「相手が全く分からん状態では何もできん。この報告書が本当だとしたらアインズ・ウール・ゴウンとは神そのものだな」

 

そういえば、法国の書状には彼のアンデッドは神だと書いてあった。あの国の指導者たちが狂ったのでなければ。

 

「爺、お前の望みを叶えてやろう。そのアンデッドに会おう。」

「陛下? まずは情報を集めて使いを出してからですぜ」

「そんなまどろっこしいことはしてられん。法国を手中に治め、評議国とも同盟を結んだんだぞ? この三国の目が帝国に向かうのだけは阻止せねばならん」

 

ついでにバカンスも兼ねよう。最近は忙しすぎて碌に寝てもいない。

 

「失礼致します。ちょうどその魔導国からの書状が届きました」

 

計ったように見事なタイミングで秘書官の一人、ロウネ・ヴァミリネンが入室してきた。

 

「ほう、建国記念の祭典を催すそうだ。この私を来賓として招きたいらしい」

「陛下、帝国として恥ずかしくない準備をせねばなりませんな。弟子たちも連れていかねば」

 

フールーダは年を感じさせない精力的な表情でニヤリと笑った。

自分以上の魔法詠唱者に会えると知って、遠足前の子供のように嬉しそうなフールーダに呆れながらジルクニフも笑う。

仮に戦力では負けていたとしても、人間の知恵は決して負けていないはずだ。

久しぶりに全力で知恵比べが出来るだろうか。楽しいゲームになりそうだ。

不敵に笑う皇帝の貌には王者の風格が漂っていた。

 

 

 

 

―リ・エスティーゼ王国ヴァランシア宮殿の一室―

「そんなアンデッドなどとっとと滅ぼしてしまえば良い」

「所詮化け物に過ぎん。王国の土地であるエ・ランテルを占領するなど許し難い」

 

勇ましい声を上げるのは貴族派閥のボウロロープ侯とその取り巻きたちだ。

 

「蒼の薔薇からの報告によれば、死者数万人を甦らせ、僅か2週間で都市を作り直したそうだが」

「馬鹿馬鹿しい、それこそ幻でも見せられたのでしょう。アダマンタイト級冒険者といえど所詮は女子供。騙されたとしても仕方ありませんな」

 

蒼の薔薇を嘲笑するような声がそこかしこから聞こえてくるが、彼らは冒険者のことなど殆ど分かっていない。

只のモンスター退治屋程度の認識しかないのだ。最高位の冒険者の力というものを侮っていた。

 

「お待ちください。彼の魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウン殿は決して侮ってはなりません」

「黙れ、平民風情が! お前に発言など許されておらんわ! 大体、戦士長ともあろうものが、化け物に臆したか」

 

故に、アダマンタイト級に匹敵するという戦士長の話も一笑に付される。

ただ一人を除き、この場にいる貴族の中で、アインズ・ウール・ゴウンの脅威を理解しているものはいなかった。

 

「ボウロロープ候。貴方を総大将としてエ・ランテルに軍勢を向かわせてみてはどうでしょう? 」

「おお、レエブン候。確かに軍を率いるなら私が適任でしょうな。陛下、ご命令下さい。この私にエ・ランテル奪還を! 」

「むう、どちらにせよ、一戦も交えずに領土を手放すことなど出来ぬ。良かろう、頼むぞ、ボウロロープ候」

 

おお、と歓声が上がる。領土を奪還すればボウロロープ候の発言力は大きく上がることだろう。

彼の娘婿、第一王子バルブロが王位を継ぐのは間違いない。そう、奪還出来れば、だ。

 

ガゼフは、どうにかこの集団自殺とも言える暴挙を止めたかった。

だが、もとより、政が苦手な彼には、説得する言葉を持ってはいなかった。

アインズの言葉が思い出される。自分は、何故、もっと早く動こうとしなかったのか。

後悔だけが募るが、絶望の未来は、既に幕を開けようとしていた。

 

レエブン候は、既に第二王子ザナックを通してラナーと面会、蒼の薔薇から詳細な情報を得ていた。

その後、レエブン候に与えられた使命は、王国が明確に敗北した、と内外に示すよう、働きかけることだ。

レエブン候は、ボウロロープ候とバルブロを生贄とすることで、それを達成することにした。

今回の奪還作戦を後押ししたことで、魔導王の目的通り、王国の支配はスムーズに進むだろう。

 

王は敗戦の責任を取って王位をザナックに譲るだろう。

戦後の混乱を治めるために必要ならば、新王の首を差し出せば良い。

後は、自分の領土を息子に継がせることが出来れば、それでいい。

その他の貴族たちがどうなろうが、どうでも良い。

その為に、あの魔女と手を組んだのだから。

 

 

 

―リ・エスティーゼ王国ヴァランシア宮殿、ラナーの部屋―

「馬鹿って死んでも治らないのね」

「仕方ありませんよ。あの方たちは強さなんてものは分かりませんから」

 

優雅に紅茶を淹れながら笑うラナー。

 

「で、あいつらが負けた後はどうするんだ? 」

「そうですね。多分魔導国から使者が来るでしょうから、その口上を聞いてからになるとは思いますが」

「勝てないのは分かってるが、どんだけ生き残るかねえ」

「誰一人生き残れません。文字通りの全滅ですよ」

 

ラナーの態度は何を当たり前のことを、と言わんばかりだ。

 

「魔導王はアンデッドだが慈悲深い。普通のアンデッドのように殺戮を好むようには見えなかったが? 」

 

イビルアイは同じアンデッドだからか、何となく魔導王を庇う様な発言をしてしまう。

 

「魔導王は敵対者には容赦するほど甘くはないと思います。恐らく、彼の王は、本物の王なのです。戦うとなれば、慈悲は一切期待できないでしょう」

「慈悲は十分に見せた。今度は力と苛烈さを見せつけるというわけね」

 

ラナーは首を縦に振る。

 

「ええ、帝国の皇帝に、この戦争ともいえない虐殺を見せつけるつもりでしょうね。魔導国は建国記念の催しに皇帝陛下を招待したそうよ」

「他国の皇帝を呼んでお祭りかよ。戦争って分かってんのか」

「十分に分かっているのでしょうね。戦争では無く、ただ蹂躙するだけだと」

 

蒼の薔薇のメンバーは全員が分かっている。魔導王の僕の一体ですら、王国軍を容易く殲滅出来ると。

 

「しっかしタイミングもドンピシャだな。これも偶然じゃねえんだろ? 」

 

聞いているスケジュールからすると、皇帝が到着して二日後には王国軍がエ・ランテルに辿り着くはずだ。

 

「魔導王の計画通りなのでしょうね。聞くところによると、彼の王は万物を見通すほどの賢者だとか」

「何でもかは分からないけど、あの王の叡智が凄いことは疑いようがないわ。ラナー、きっと貴方でも及ばないと思うわ」

 

良く知っている。だからこそ、馬鹿な貴族と愚かな兄が功を焦るように、レエブン候を使って情報を誘導したのだから。

どうやったのかは分からない。けれども彼らは自分の密かで細やかな望みを知っていた。誰も知らないはずの小さな望みを。

それを叶えることが出来るのは、彼らだけだと理解したラナーは迷わずその手を取った。

 

 

 

 

―エ・ランテル―

魔導国首都となったエ・ランテルは、未曽有のお祭り騒ぎに浮かれていた。

高級な食事、酒が無料で振舞われ、吟遊詩人の歌が、大道芸が、市民たちを楽しませていた。

この一か月間は建国祭として仕事は休みだ。働くのはアンデッドだけ。

飲んで騒いで、楽しんだ後は、区画毎に整備された公衆浴場で汗を流す。

贅沢にお湯を使う風呂などは極一部の貴族にのみ許された娯楽だったのだが、この都市では、誰でも無料で使用できる。

病気や怪我をしても無料で治してくれる。税は軽くなり、食糧は安くなった。しかもこれが全て旨い。

アンデッドの行政は不正が無く、誰の目にも公平公正であった。

王国の鬱屈した空気を吹き飛ばした賢王の建国を、誰もが喜んだ。

 

 

 

 

「本当にこれがエ・ランテルか? 」

 

帝国四騎士筆頭、雷光バジウッドは思わず感嘆の声を上げた。

綺麗に石畳で整備された道路。美しい街並み。町を歩く人の顔は軒並み明るい。

街を巡回するデスナイトを見て興奮するフールーダを止めるのが大変だったことは、もう忘れたい。

 

昨日の、魔導国での歓迎の式典は驚くほど洗練され、優雅で厳かなものだった。

魔導王の王城は、僅か2週間で作られたとはとても思えないほどの見事なものだ。豪華絢爛ではあるが決して下品ではない。

魔導王は文化にも通じているのだと、思い知らされる思いだった。

その後の食事は、普段贅を尽くしたものを食べているはずのジルクニフをして、天上の美味と言わしめるほどだった。

共に招待されたと思われる法国の神官長と、評議国の者と思われる亜人が―本音はさておき―友好的に食事をしている姿は、例の連名での書状が間違いではないと知らしめるものだった。

肝心の魔導王との会談も儀礼的なものでなく、実のある話が多かった。本格的な交渉は明日以降だが、王国の貴族と違い、無駄を嫌う、合理的な考え方をする人物であることは間違いないようだ。

 

バジウッド以下、信頼を置く部下たちには、今日は街を散策させることにした。魔導王の統治を見極めるために。

 

「さて爺、どうだった? 魔導王殿は? 」

「どうやら魔力探知を阻害する魔法かマジックアイテムを使用しているようですな」

 

心底残念そうにフールーダは肩を落とす。

そこに血相を変えたバジウッドが飛び込んできた。

 

「陛下、ヤバい! 王国軍だ! もうこの近くまで来てるらしいぜ! 」

「王国軍だと? あの馬鹿どもこの国に攻めてくる気か? 嘘だろ? 」

 

街を巡回しているアンデッド一体ですら、帝国全軍に匹敵するほどの軍事力を有する国に戦争を仕掛けるなど、王国は自殺願望の持ち主しかいないのか?

 

「魔導王は王国軍を殲滅するって宣言したらしいですぜ。それも魔法一つで」

「ほう! どんなじゃ? その魔法は何というのじゃ? 何と言っておったんじゃ! 早う! 早う言わんか! 」

「落ち着け爺! バジウッド、街の様子はどうだ? 」

「相変わらずのお祭り騒ぎですわ。連中、王国軍が都市に辿り着けるとすら思っちゃいねえ。むしろ城壁上の席取りが始まってますぜ」

「は? 何だそれは? 」

「魔導王陛下の魔法を一目見ようって連中が城壁の上で見物しようってことらしいですわ」

「いや、敵国の軍隊が攻めてきてるんだぞ? 城壁なんて開放してるのか? 」

「街じゃあ魔導王陛下が出るんだ、負けるはずがないって雰囲気でしたよ。むしろ王国軍が苦しまずに死ねれば良いって祈ってる奴までいました。戦争だと思ってるやつはいません。お祭りの出し物の一つ扱いですわ」

「フールーダ、待望の大魔法が見れそうだぞ? 」

 

ジルクニフは明日の戦争を見学出来るよう、魔導国の従者に伝言を伝える。

上手くいけば、魔導王の力がどれ程なのか見極められるかもしれない。

 




ジルクニフ「どうした君たち? 何故、私の頭をじっと見てるんだ? 何か面白いものでもついているか?」


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15話

アインズ「ジルクニフ、ゲームをしよう」
ジルクニフ「良いですね、やりましょう」
アインズ「先手は私だな。チェックメイトだ」
ジルクニフ「は?」
アインズ「チェックメイトだ」
ジルクニフ「…は?」


―エ・ランテル城壁、特別観覧席―

隣にいるのは確か法国の神官長だったはず。

 

「久方ぶりだな、闇の神官長、レイモン殿。まさか法国が最初に降ることになるとは思いもしませんでしたよ」

「ははは、当然でしょう。元々法国は魔導王陛下のもの。本来の姿に戻っただけのことです」

 

操られているという雰囲気はないがジルクニフは魔法や戦闘については素人だ、確証はない。

 

「今日は、あのお方こそが我らが神であることを示してくださると聞いて楽しみにしているのです。まあ、疑う余地などありませんがな」

「ほう、神の証明とは一体? 」

「法国のみに伝わる口伝ですがね。いや、評議国の白金の竜王殿は実際に見たことがあるとか。位階魔法を超えた、神だけが使用できる魔法。今日はそれを発動してくださるそうです」

 

位階魔法を超えた魔法か。随分と大袈裟な話だが、本当にたった一つの魔法で王国軍を殲滅するつもりなのか。

 

「ふふふ、位階魔法を超えた魔法とは如何なるものでしょうな?陛下。いやいや、久方ぶりにこの老骨も熱くなってきましたぞ」

 

余り凄い魔法を使われてはフールーダが暴走するのではないかと不安になってきた。

 

「(他国の重鎮もいるんだ、頼むから落ち着いてくれよ)爺、少し落ち着け。後で魔法談義の時間を取ってもらうから」

「おお! 流石は私のジル! 素晴らしい! 感謝いたしますぞ」

 

思わずはあ、と溜息を吐く。そういえば、魔導王の正妃にして宰相、アルベドは落ち着いた女性だった。

帝国にも、あんな感じの落ち着いた側近が欲しいな、などと益体もないことを考えているうちに、王国軍の姿が目に入る。

10万は居るだろうか。魔導国の軍事力を見た後だと頼りないと思うが、それでもこの数は圧倒的だ。

遠すぎて見えないだろうという魔導王の配慮で、ジルクニフ達の前には魔法による映像が映っている。

その映像は、拡大も視点移動も自在に出来る優れモノで、拡大すれば兵士たちの表情もはっきりと分かるほどだ。

 

 

 

 

いつの間にか、王国軍の前にただ一人、白いドレスを身に纏った絶世の美女がいた。

 

「王国軍に告ぐ。この場で引き返すなら良し。だが、それ以上進むのであれば、誰一人生きて帰れぬと知れ」

 

その声は美貌に違わず涼しげで、不思議と全軍に聞こえるものだった。

 

「ふん、馬鹿馬鹿しい。全軍、進め! 」

 

意にも介さず、即座に命令を下すボウロロープ候は、流石に歴戦の猛将であった。

ただ、今回に限っては相手が悪すぎた。人知を超えた存在など、彼らは見たことが無かったのだから。

ボウロロープ候の脳裏には、自分が王の義父として権勢を奮う姿が映し出されていた。

この女のドレスも見事なものだ。魔導王とやらは、相当な財宝を持っていることだろう。

いや、この女も自分のものにしてしまおう。そうだ、アンデッドなどには勿体ない。

例のアンデッドは死者を復活させるとか。それを手に入れれば、富も権力も思うがままだ。

今回の戦争で、莫大な財と権力を手に入れるのだ。王国を手に入れたら帝国か法国か、さらに大きくなる野望に笑いを堪え切れない。

 

王国の第一王子バルブロは、既に目の前の美女を手に入れたつもりでいた。

「良い女だ。あれなら、自分の愛妾に相応しい。私は王になるのだ。全てを手に入れてみせるぞ! 」

義理であるというのに、ボウロロープ候とバルブロの考えていることは、実の親子以上に良く似ていた。

 

 

 

 

「それがお前たちの選択だな」

 

いつの間にか、女と入れ替わるように、黒い豪奢なローブに身を包んだアンデッドが居た。

先ほどの女と同様、全軍に響き渡る声だ。

 

未だ、弓矢が届く距離ではない。が、魔法詠唱者が目の前にいるのだ。しかもただ一人で。この機を逃す手はない。

 

「魔導王だか何だか知らんが、魔法詠唱者が一人で出てくるとは愚か者が! 全軍突撃! 」

 

突撃の号令と同時に魔導王が軽く手を振る。

 

 

 

 

「おおお! 」

 

興奮の叫び声をあげたのは帝国の魔法詠唱者フールーダ。

 

「神の魔法はあの様に大きな立体型魔法陣が発生すると聞きます」

 

闇の神官長レイモンも興奮を抑えきれない。

 

「何という魔力! あれは! 第10位階? いや、それ以上? ふ、ふははは! まさに! まさにあのお方こそが魔法の神! 至高にして深淵の王! 」

「爺! あれは何だ? 」

 

フールーダすら知らない魔法とはどれ程の威力があるのか? その答えはすぐに訪れた。

魔導王の周囲に浮かんでいた魔法陣が砕け散り魔法が発動する。

 

当初、アインズが使おうと思っていたのは、超位魔法黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)

だが、ここに至って、使用する魔法を変更することにした。

即死魔法は、この場には相応しくないだろう。

そう、お祭りにはド派手な花火だ。

よって、この魔法を選択することにした。

 

超位魔法流星雨(メテオ・スウォーム)

 

 

天から隕石が、次から次へと降ってくる。

 

「た~まや~」

 

着弾した隕石が礫を爆発的にまき散らし、人も軍馬も肉塊に変えていく。

超広範囲の破壊魔法。まさに至高の神に相応しい魔法だった。

 

流星の雨が止んだ時、大地には大量のクレーターと、軍隊だったものの破片しか残っていなかった。

城壁の上から大歓声が聞こえる。

観客たちには大受けのようだ。やはり、ド派手な魔法は最高だ。

城壁へと振り返り、手を振るとさらに歓声が大きくなった。

まるで、エ・ランテルが揺れているかのようだ。

 

 

 

 

 

 

「何と、何という…」

 

ジルクニフはそれ以上の言葉を続けることが出来なかった。

魔導王は数万の死者を生き返らせたと聞く。そして今、10万の生者の命を容易く奪った。

生も死も、彼の超越者には同じものなのだ。確かに、法国の言う通り神の力と言っても過言ではない。

滂沱のごとき涙を流しながら、感動に身を震わせるフールーダと闇の神官長レイモンは放っておこう。

 

「あれが魔法の深淵…」「あれが、あれこそが神の御業…」

 

神が死者たちに手をかざすと、軍隊だったものから光が漂い始める。

やがて、それらは全て魔導王の手の中に吸い込まれていった。

 

「おお! 神に歯向かった愚か者たちの魂さえ救済して下さるとは。何という慈悲深きお方…」

 

魔法に詳しくないジルクニフにすら分かる。いや、あれを見ていた誰もが分かるだろう。

彼らの魂は魔導王に奪われたのだと。それは本当に救いなのだろうか?

 

「行くぞ」

 

護衛のバジウッドと秘書官たちを連れ、自室に戻る。対策を考えなければ。

戦うことなど出来ない、いや、戦いになどならないとはっきりした。

何より、あの様子ではフールーダはもう駄目だろう。

魔導王の魔法に魅せられた以上、いつ裏切っても不思議はない。

そしてエ・ランテルは交通の要所。この国の影響から逃れることはできない。

これから行われるのは殺し合いではない戦争。

神の叡智に人の身でどれだけ対抗できるのか。それでもやるしかない。

帝国を自分の代で終わらせるわけにはいかない。ジルクニフの目はまだ死んではいなかった。

 

 

 

 

 

 

―帝都アーウィンタール帝城の一室―

ジルクニフは頭を抱えていた。

魔導国との交易について、全くしないわけにはいかない。いや、むしろ積極的に交易を行い、友好関係を築くべきだろう。

問題は、その品目だ。魔導王が輸出を目論んでいるのは小麦や肉といった食糧品だ。それも主食となるものだ。

魔導国のそれは非常に質が良く、価格も安い。

建国祭の帰り、件の食糧生産地帯を見学させてもらったが、帝国がやろうとしていたことの完成系をまざまざと見せつけられる結果となった。

アンデッドを使用した大量生産。さらにドルイドの魔法による促成栽培により連作も可能。食糧は全て保存(プリザベーション)の魔法がかけられた倉庫に搬入され、新鮮なまま保存される。

出荷するときにも保存(プリザベーション)の魔法がかかったコンテナに入れられ、ソウルイーターの馬車により迅速に輸送される。

生産も流通も遥かに先を行く相手だ。帝国産の食糧はあっという間に市場から駆逐されるだろう。

その結果は言うまでもない。帝国は食糧を輸入に頼るしかなくなり、魔導国によって完全に経済を支配されるのだ。

戦うことすら出来ず、帝国は魔導国に併呑されるしかなくなる。

関税を高くすれば、輸入量を制限すれば、ある程度は防げるだろうが、それにも限度がある。

 

相手は自分たちよりも圧倒的な強者なのだ。もとより、対等な交易などありえない。

唯一の方法は、魔導王が提案した通り、アンデッドの労働力を受け入れること。

帰国するジルクニフは、魔導王の魔法の跡、大量のクレーターがすっかりもとに戻っているのを目にしていた。

アンデッドを労働力として使用した結果らしい。これもデモンストレーションの一環なのだろう。

相手が自分たちの先を行っているなら、その力を借りるのも一つの手だ。

だが、それをしてしまえば、インフラも、食糧生産も、軍事力も、全てが魔導王の手に握られてしまう。

 

完全に関係を断ち、鎖国したとしたらどうだ。いや、それも無理だ。

今回の建国祭の大盤振る舞いは、あれは、撒餌だったのだ。各国の行商人たちに見せつける為の。人の口に戸は立てられぬ。ましてや商人だ。

どう足掻いても国民は魔導国のことを知ることになる。そうなれば、人の流出は避けられない。

防ごうとすれば、血が流れるだろうが、それは慈悲深い魔導王が帝国に侵攻する大義名分を与えてしまう。

かといって放置すれば、遠からず、帝国は見るも無残なほど衰退する。

敵ながら、魔導王の叡智に改めて感心する。どうにもならない袋小路だ。戦う前から、帝国は詰んでいた。

 

 

 

魔導国において、警戒すべき相手は魔導王を除けば二人。

正妃であり、宰相でもある魔導国の№2アルベド。

そして、魔導王の右手ともいうべき大悪魔デミウルゴス。

他にもいるようだが、現在分かっている警戒すべき知者は彼ら二人のみ。

愛妾であるロクシーと共に彼らとの会談に臨んだが、久しぶりに意見が完全に一致した。勝てる相手ではない、と。

だが、戦える相手でないなら、味方に引き込めば良い。

魔導王への態度から考えて、アルベドは無理だろう。だが、デミウルゴスならいけるかもしれない。

ジルクニフがそう考えるのには訳がある。アルベドとデミウルゴスに関する神話を聞いたからだ。

最初聞いた時には眉唾物だったが、彼らの力を知った今では、疑う余地もない。彼らは、正しく神話の世界の住人なのだ。

アルベドとデミウルゴスはどちらも悪魔という種族だが、その性質は大きく違う。

 

アルベドは、最高位の天使として生まれるはずだったが、夢見る国の化け物との融合により、大きく歪んだ姿となって生を受けた。

その内面も捻じ曲がり、邪悪で狡猾、残忍な悪魔となった。

しかし、彼女を哀れんだ魔導王の力により、本来の天使としての自分を取り戻したアルベドは、やがて魔導王を愛するようになり、その最初の妻になったという。

その物語は、既に吟遊詩人の詩にも詠われているほどで、特に、クライマックスのアルベドが天使の自分を取り戻すシーンは、女性に大人気だとか。

 

現在の彼女は“慈愛の女神”と称えられる完璧な淑女であり、魔導王を一身に支える理想的な賢妻である。

その美貌と、慈悲深い微笑みは魔導国の至宝とまで言われ、魔導王に向ける少女のような笑みは見るものを魅了する。

国民にも非常に人気が高く、女性の理想形として崇められているという。

宰相としても非常に優秀なことは、僅かな時間会談しただけのジルクニフにも十分に理解できるほどだ。

ロクシーからの評価では、アルベドの魔導王に対する愛情は疑いようもないらしい。

崇拝にも似た感情だと言っていたが、彼女の過去を考えると、そういう思いもあるのかもしれない。

ともあれ、愛情と忠誠の二つにより縛られた相手を篭絡するのはまず不可能だろう。

ならば、もう一人の相手を何とかこちら側に引き込まなくては。

 

デミウルゴスは、かつて魔皇ヤルダバオトと名乗り、世界を蹂躙した大悪魔。らしい。

遥か大昔のことで当時のことは誰も知らないというが、重要なのはそこではない。

魔皇ヤルダバオトは魔導王に戦いを挑み、そして敗れた後、魔導王の軍門に下ったという。

情により縛られているアルベドと異なり、デミウルゴスは魔導王の力に従っているのだ。

悪魔というものについて、詳しいわけではないが、悪魔の本質は残忍で残虐なものだという。これは種としての本能のようなものだ。

魔導王の慈愛に満ちた治世というものを、疎ましく思っている可能性は高い。

その戦闘能力にしても、バジウッド曰く、最低でも難度200以上という。300でもおかしくないそうだ。

また、その配下の悪魔たちも難度200以上と思われる化け物たちがいるという。

その為か、魔導王もデミウルゴスの意見を無視することは出来ないと言われている。

 

重要なのは、魔導王とデミウルゴスの両方に良い顔をしつつ、帝国がこの二人のバランスをコントロールする立場になることだ。

軍事力では勝負にならないが、政治、経済において影響力を得ることが出来れば、早々に潰されることもあるまい。

相手が相手だ。大きな野望は身を滅ぼすことになる。最も重要なことは帝国が生き残ることだ。

ジルクニフの苦難の日々は、これから始まる。

 




ジルクニフ「何か、何か手があるはずだ」
バジウッド「毛ですか? 」
ジルクニフ「手だって言ってるだろうが!! 」
バジウッド「あれ?ここ、10円禿げが出来てますぜ」
ジルクニフ「あああああああ!!! 」


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16話

デミウルゴス絶好調!
それにしてもこのデミウルゴス、ノリノリである。


―リ・エスティーゼ王国、ロ・レンテ城内ヴァランシア宮殿の一室―

その報告を聞き、国王ランポッサ三世は膝から崩れ落ちた。

ガゼフの話から、勝てないことは分かっていた。

しかし、王族や貴族は生かして捕らえ、交渉の材料に使うのでは無いか。或いは、逃げること位は出来るのではないか、と甘く考えていた。

魔導王は、正しく神の力を持っていたのだ。自分は何故、戦士長を信じられなかったのか。

どうして、自分には決断が出来なかったのか。自分を責める言葉ばかりが頭に浮かんでくる。

軍隊用語で言う全滅ではない。生存者0という意味での全滅だ。

 

「一人もか…。誰一人として生存者はいないのか? 」

「誰一人、生きているものは居りません。陛下」

 

報告をした兵士は、軍に同行した者では、勿論無い。

戦端が開かれてから、一向に連絡が無いことに業を煮やして、調査の為に兵士を遣わしたのだ。

エ・ランテルに潜入した結果、あの戦争の顛末を確認することが出来た。

死体の残骸は全て、あの魔法の後、空中に空いた黒い穴から現れたアンデッドが回収した。

エ・ランテルではあの穴は地獄に繋がっている、というのが定説となっている。

神罰によって地獄へ落されたのだと。

 

ボウロロープ候も、第一王子バルブロも死んだ。死体すら残らないとは。

王国など、放り捨ててしまえば良かった。

エ・ランテルでは、これまでに無い善政が敷かれていると聞く。

王国の統治になど、二度と戻りたくないという民しかいない程に。

蒼の薔薇も、今、報告をした兵士も一様に同じことを言っていた。

民の為と言いつつ、何も行動しなかった結果がこれだ。

せめて、最期は国の役に立とう。この首一つにどれだけの価値があるかは疑問だが。

 

「魔導国の使者殿をお呼びせよ。丁重にな」

 

それでもやるしかない。無能な王の、最期の仕事だ。

 

 

 

 

 

―玉座の間―

「ようこそ参られた。魔導国の使者殿」

 

精一杯の虚勢であるが、せめて、王の威厳を保とうと声を張り上げる。

魔導国の使者は、赤いスーツを着た、涼しげな笑顔を浮かべた悪魔、魔導王の側近デミウルゴス。

勝者の側であるデミウルゴスが王国の王に対し、頭を下げることは無い。

 

「さて、愚かにもアインズ様に逆らった者たちの処遇ですが、こちらに記載しております。ご確認を」

 

魔導国の要求はおおまか、以下の通り。

一つ、王の退位

一つ、賠償金の支払い

一つ、指定の貴族及び、その親族の引き渡し

 

「さて、この貴族たちは処刑することになりますが、それは構いませんね? 」

 

ざわざわと騒ぎ出す貴族たち。

 

「負けたのはこちらだ。仕方が無い」

 

ランポッサ三世は、苦虫を嚙み潰したような表情で答える。

 

「話が早くて助かります。それでは早速、明朝にでも王城前の広場にて、公開処刑を行いましょう。煮るのと焼くのとどちらが宜しいですかね? いや、牛馬を使って車裂きというのも面白いかもしれませんね。それとも、獣に食わせるというのはどうでしょう? ふふふ、退屈している民たちには、良い見世物になるでしょうね」

「な、何だと? 」

「それから、賠償金の金額はそこに書いてある通り、全てです」

「それは、国庫の全て、ということかな? 」

 

全て持っていかれては戦後の復興すら出来ない。戦勝国が吹っ掛けるのはある意味当然だ。

ならば、分割支払いの交渉を、と考えていたランポッサ三世の耳に信じがたい言葉が飛び込んでくる。

 

「いいえ。まずは今、この国にある全て。そして今後、この国が得られる全てを、徴収させて頂きます」

「は? ちょっ、ちょっと待ってくれ、使者殿。それでは、この国で生きていられるものなどいなくなってしまう」

「それが何か? アインズ様に歯向かった愚か者など、生かしておく必要がどこにあるのです? 」

 

楽しくて仕方がない、というように、まるで口が裂けるかのように、デミウルゴスは破顔する。

悪意だけで作られた笑顔というものを形にしたら、きっとこんな風になるのだろう。

 

「使者殿、それは、本当に魔導王陛下のご命令なのか? 」

 

戦士長ガゼフ・ストロノーフには、この魔導国の要求がどうしても信じられない。

ほんの僅かに話をしただけだが、彼の魔法詠唱者は、そのような命令をする人物ではないはずだ。

 

「今回の件は全て、私の裁量に任されております。ですから、私の命令はアインズ様のご命令という訳です」

「デミウルゴス様、それはどうでしょう? 」

 

デミウルゴスの後ろに控えていた白髪の執事が口を挟む。

 

「何だね、セバス? アインズ様のご命令に逆らうつもりかね? 」

「自由にしてよいとは、アインズ様の御威光を汚さぬ範囲でと心得ております。デミウルゴス様。恐れながら、貴方様がなさろうとしていることはアインズ様の御威光を汚すものであると判断致します」

 

セバスの眼光はより鋭く、声は段々と低くなっていく。

デミウルゴスの笑顔は変わらないが、纏う雰囲気が変わっていく。

まるで、王城自体が震えているかのような錯覚を覚える。

セバスとデミウルゴスの放つ殺気に当てられたのか、貴族たちがバタバタと倒れていく。

 

「やれやれ、分かったよ、セバス。君とやり合うつもりはないからね。全く、ちょっとした冗談だよ。では、これで良いかな? 」

 

懐から新しい書状を取り出した。

 

「内容は先のものと大体同じだが、金額はちゃんと書いてある。支払いが滞るようであれば、先ほどの冗談が冗談では済まなくなるかもね」

 

ニコリと笑って退出していく。

 

 

 

 

―ヴァランシア宮殿の一室―

恐怖で震える国王とレエブン候、そしてガゼフは、蒼白な顔で魔皇との謁見を振り返る。

 

「あれが、あれが魔導王の側近、デミウルゴス。いや、魔皇ヤルダバオト」

 

冗談などでは無かった。あれは、あの悪魔は、セバスという執事が居なければ、本当にこの国を亡ぼすつもりだった。

いや、楽しんで、人間を根絶やしにしていたことだろう。じわじわと、人間が苦悶する姿を楽しみながら。

エ・ランテルで語られる神話は嘘ではないと確信した。人間の歴史が始まる前に、世界を蹂躙したという、神に匹敵する大悪魔。

あれを自由にさせることは世界の破滅だ。

 

「王国は魔導国に降る。それしかない」

「はい。それが宜しいかと」

 

レエブン候も同じ意見だ。

彼は引き渡される貴族たちと異なり、自分の所領も現状通り運営することを許された。約束通りに。

 

「戦士長、いや、ガゼフ殿。貴方は魔導国に仕えて頂きたい」

「そうだな、ガゼフ、お前は魔導王に仕えよ。そして魔導王を、この世界を、人の世を守ってくれ」

 

ガゼフ程度の力ではどうしようもないことは、ランポッサ自身も分かっている。

それでも、魔導王の治世に協力することで、僅かでも力になれることがあるはずだ。

あの悪魔は、魔導王がいるから表立って暴れることが無いだけだ。もし魔導王が斃れたら、それは世界が終わる時だ。

 

 

―ヴァランシア宮殿の一室、ラナーの部屋―

「滅茶苦茶よ! あの魔導王陛下が! 何故、あんな悪魔を配下にしているの? 」

「落ち着けよ、ラキュース」

「あの悪魔は、セバス様が止めて下さらなかったらこの国の人間、皆殺しにするつもりだったのよ? 」

 

ラキュースは鼻息荒く憤っている。

 

「あれが、かつて魔皇ヤルダバオトと呼ばれた大悪魔か。今はデミウルゴスと名乗っているらしいが」

「悪魔が改名することなんてあるの? イビルアイ」

「ありえん。悪魔の名前は力そのものだ。存在自体が名に縛られているんだ。それが変わることなど、それこそ別の存在に転生でもしない限りあり得ない」

 

そんな荒唐無稽なことでも、あの魔導王なら出来るのかもしれない。いや、出来たからこそ、あの悪魔が配下に収まっているのだろう。

 

「はあ、魔導王陛下は、何で止めを刺さなかったのかしら? 」

「あの人らの考えなんて人間の俺らに分かるわけねえだろ。分かんのは精々、魔導王陛下が人間を守ってくれるってこと位と、セバス様が格好いいって位だな」

「マジで本気? 」「ガガーランに遅い春? 」

「遅くねえよ! 俺のこと、いくつだと思ってんだお前ら。なあ、姫さんよ、セバス様って今日は宮殿の客室に泊まるんだろ? 会えねえかな? 」

「まあ! ガガーラン様が恋ですか? 」

「何だよ、姫さん、可笑しいかよ」

「いいえ! 私、恋の話とかしたことが無いんです!誰ともそんな話が出来無くって…ほら、ラキュースはそういう話、全然ですし」

「ちょっと、今はそんな話してる場合じゃないでしょ? 」

 

そこへ、コンコン、とノックの音が聞こえてくる。

 

「セバス様? 」

 

クライムがドアを開けると、そこに居たのは白髪の執事だった。

 

「失礼致します。少しだけ、お話をさせて頂いても宜しいでしょうか? 」

「ええ、構いませんわ。どうぞ、大したおもてなしも出来ませんが」

「お構いなく。すぐに退出致しますので」

 

セバスは、少し言いにくそうに目を伏せた後、頭を下げた。

 

「本日は申し訳ございません。デミウルゴスのことで、ご不快な思いをさせてしまったことでしょう」

「セバス様、はっきり聞くけど、何で魔導王陛下はあいつを使ってんだ? 」

「ガガーラン様、デミウルゴスが優秀なことは間違いありません。それに、今回のことも私が止めると分かってのことでしょう。」

「何のためにそんなことするんだよ? 」

「デミウルゴスがアインズ様に忠義を捧げているのは間違いありません。ただ、強大な悪魔である彼の忠誠は、その本能により歪んでいるのです」

「歪んでる? 」

「ええ、彼はアインズ様の魂を望んでいます。アインズ様への忠誠故に、アインズ様の魂を永遠に、自分一人のものにしたいのです。ですが、デミウルゴスは、アインズ様が与えた名によって縛られている為、直接アインズ様に戦いを挑むことは出来ません。ですから、アインズ様に敵対し、殺そうとするものを探しているのです。アインズ様の治世を乱そうとするのもその一環でしょう」

「何でそんな危険な奴を配下にしてるんだよ? 首を刎ねちまえば良いじゃねえか」

 

食い気味にガガーランが重ねてくる。

 

「デミウルゴスはアインズ様のご友人の創造物なのです。アインズ様は、今はお隠れになられた、大切なご友人の忘れ形見であるデミウルゴスを愛しておられます。それが例え邪悪な悪魔であっても。それ故に、ヤルダバオトを調伏し、名と力を封じたのです。ですが、デミウルゴスが死ねば、どこかで魔皇ヤルダバオトが復活することになるでしょう。アインズ様が負けることなどありませんが、ヤルダバオトを討つまでにどれだけの犠牲が出ることか。彼はアインズ様を避け、転移によって世界中のどこにでも現れるでしょう」

「なるほど、呪いみたいなものか。死からの復活によって、元の名前と力を取り戻す可能性があるということか」

「流石イビルアイ様、その通りでございます。悪魔は魔界と呼ばれる異世界に本体があります。故に、斃れても、いつかは復活してしまうのです。ですから、アインズ様は彼に仕事を与え、目の届く範囲においているのです。皆さまへお願いがございます。どうか、悪魔の誘惑に乗られぬよう、強いお心をお持ち下さい」

「セバス様、ご忠告、肝に銘じておきます」

 

ラキュースが立ち上がり、頭を下げる。

 

「差し出がましいことを申しました。それでは、失礼致します」

「あ。セ、セバス様、この後時間があったら飲みに行かねえか? その、良い店があるんだよ」

「それは良いですね。ですが、申し訳ありません」

「ガガーラン、振られた」「ガガーラン、ドンマイ」

「いえ、そうではなく。女性に誘わせてしまうようでは男の名折れ。エ・ランテルにお越しの際は、私にエスコートさせて頂けますか? 」

「え? マジで? あ、ああ、勿論、よろしく頼むぜ」

「では、その時を楽しみにしておりますよ」

 

ニコリと笑ってセバスは退出していった。

貴族は大半が粛正されるから大丈夫だろうが、一つだけ、デミウルゴスの誘惑に抗うことが出来ないであろう、潰さなければならない組織がある。

魔導国の使者が帰ったら、すぐに行動に移さなくてはならない。

恐るべき魔皇の誘惑から、どれだけの人間が逃れられるだろうか。

王国の明日はまだ晴れそうにはない。

 

 

 

 

 

―ヴァランシア宮殿内、客室―

「上手くいきましたね」

「ええ、全くアインズ様の予定通りですね。」

 

デミウルゴスとセバスは、先ほどまで殺意の籠った視線を交わし合っていたとは思えないほど、穏やかな雰囲気でお茶を楽しんでいた。

 

「ところでセバス? さっきは、本気で私を殺そうとしなかったかい? 」

「そのような事はありませんよ、デミウルゴス。ただ、貴方の目にもそう映ったのなら、私の演技力も中々のものということでしょう」

 

どちらも目は笑っていない。

 

「はあ、まあ、良いですけどね。兎に角、これでアインズ様を斃すことがどれだけ危険であるか、良く理解出来たことでしょう」

「ええ、もし、アインズ様がお隠れになられるようなことがあれば、世界は魔皇によって蹂躙されるのですから」

「ふふふ、まあ、それでも私にアインズ様を斃させようとする愚か者は出てくるでしょうがね」

「分かりませんね。もしデミウルゴスが勝ったら自分たちが酷い目に会うというのに」

「この国の貴族と同じだよ。そこまで頭が回らないのだろうね。若しくは、自分だけは例外だと、理由も無く信じているのだよ」

「まあ、デミウルゴスにピッタリな役目だとは思いますよ。良く、裏切りそうだと言われるでしょう? 」

「セバス? 喧嘩を売っているのかい? まあ良い、私は今から新しい手駒を手に入れに行ってきますよ。アインズ様のご命令なのでね」

 

どうしても、この男とは馬が合わない。しかし、至高の主のご計画通り、セバスと一緒だったから今回の件は上手くいった。

嫌い合っている同士でも、コンビを組ませて上手くいかせる方法があるとは。

やはり、まだまだ自分は至高の主には遠く及ばない。精進しなければ。アインズ様の敵対者という大役を賜ったのだから。

 




ラナー「ガガーラン様と恋バナが出来るなんて嬉しいです」
ガガーラン「俺もまさか、姫さんと恋バナするなんて思わなかったぜ」
ラナー「それで、ガガーラン様もセバス様を鎖でつないで飼ってみたいって思ってるんですか?」
ガガーラン「え?」
ラナー「もしかしてもっと凄いことを? 凄い! 一体どんなことをするのでしょう? 流石ガガーラン様! 」
ガガーラン「えええ?」


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17話

アルベド「さすアイ」
デミウルゴス「さすアイ」


―エ・ランテル、執務室―

王国は魔導国に降ることになった。

腐った貴族たちとその一族は全て粛正した。

デミウルゴスとセバスは上手くやってくれたようだ。

二人から上がってきた報告書を読んでいるが、創造主同様、嫌い合っていても息はピッタリ合うようだ。本人たちは絶対に認めないだろうが。

何にせよ、これで王国のまともな連中は、必死にアインズを守ろうとするだろう。

デミウルゴスは、自分たちの仕事を確認する主を神妙な面持ちで見つめている。

自分たちは、主の期待に応えることが出来たのだろうか。

 

「アインズ様? 何故、デミウルゴスにあのような役目をさせたのですか?」

 

執務中のアルベドは申し分のない、敏腕美人秘書と言っても過言ではない。

 

「ふむ、第一の目的は、私に敵対することの愚かさを知らしめることだ」

「なるほど、アインズ様が斃されれば、デミウルゴスによって世界は蹂躙される。故に、アインズ様を全力でお守りしなくてはならないということですね」

 

「うむ、では、デミウルゴス、その他の狙いは何だと思う? 」

 

至高の主は、謎かけのように訊ねてくる。お前なら簡単に分かるだろう? と。

 

「はっ、もう一つはアインズ様の潜在的な敵を炙り出すことだと愚考致します」

「正解だ。表立って敵対することを避けようと、お前と私を敵対させ、漁夫の利を得ようという輩が現れることだろう」

「そうね、でも、アインズ様? その位でしたら、私どもで潰していけば良いのではないでしょうか? 」

 

アルベドが素直に疑問を口にする。

 

「その疑問は最もだ。だがなアルベド、一々表に出たものだけを潰していくのは手間だ」

「ああ、なるほど、そういうことですか」

「分かったかデミウルゴス。そうだ、お前の役目は、こいつらをコントロールすることだ」

「いつでも好きな時に、好きな場所で、反乱を起こさせることが出来るということですね」

「そうとも。お前が掌握した八本指を上手く使え。あれらは人間の世界で暗躍するのに長けている。上手く諜報機関として有効に活用しろ。後ほど、私が魔法をかけておく」

 

先日、王都を訪問した際、ついでに支配してくるよう、主から命令された連中だ。

人間にしては、そこそこ強い六腕―約一名、不遜な二つ名を名乗っていた為、つい殺してしまったので現在は五名になっている―とかいう者たちも居たが、確かにあの程度の連中のほうが人間社会では怪しまれることも無いだろう。

連中には、法国の前世のやり方を活用させてもらおう。

特定の状況下で質問に答えれば、死ぬという魔法を流用し、記憶操作の魔法が発動するようにしておく。

記憶を完全に消去するようにしてしまえば、復活させたところで情報が漏れることは無い。

安心して、危険な任務にでも使えることだろう。どうせ犯罪者だ。使い潰したところで問題は無い。

 

「さて、アルベド、その目的は何だ? 」

「反乱分子を纏めてコントロールすることで、統治の安定を図る、ということでしょうか」

「それも一つだ。デミウルゴス。」

「はっ、民の不満の解消。また、アインズ様のお力を定期的にお示しになることによる示威行為も兼ねているかと」

「良く分かっているな。今の民は私の力を見ている為、反乱など起こす輩はそうそういないだろうが、数百年、数万年後の民は私の力を知らない者も出てくるだろう」

「そうした無知な者たちに、アインズ様のお力を定期的にお示しになる道具として活用するということですね」

「それ以外にもある。私は、永久的な敵性国家を作るという方針は撤回する」

 

デミウルゴスとアルベドは驚きを隠せない。永久的な敵性国家というのは、非常にメリットの多い案だと思っていたからだ。

 

「先に言った通り、定期的に戦争を行うことは私の力を示す為に重要なことだ。では、それ以外の理由は何だ? 」

「はい、アインズ様のお作りになられるアンデッドの材料として、また、強欲と無欲に蓄積する経験値としてでございます」

「そうだな、そして、国の運営の為でもある」

「と、仰いますと?」

「うむ、国が安定すれば、いずれ経済は停滞する。刺激のない世界は緩やかに衰退するのだ。流れない水が澱むようにな」

「なるほど、戦争特需が期待できるという訳ですね」

「それだけではない。人口は、増えすぎても減りすぎても良くない。ちょうど良いバランスというものがある」

「くふふ、戦争を利用して、人口調整も行えるということですね」

「以上を踏まえて、一つの国家を敵とすることをどう思う? 」

「恐れ入りました。確かに、一つの国家であれば、戦争特需も人口調整もそれに隣接する国だけになりましょう」

「デミウルゴス、お前を利用しようとする愚か者どもをコントロールして見せろ。お前なら容易いだろう? 」

「お任せ下さい。このデミウルゴス、必ずやこの大役、成し遂げて御覧に入れましょう」

 

やはり至高の主の叡智は自分たちの及ぶところではない。

ナザリックが誇る知者二人は、主の叡智に感嘆する。

 

「ふふふ、頼もしいな。では次の報告書は、聖王国と竜王国か」

「アインズ様、聖王国は先日の建国祭への招待を拒否した身の程知らず共です。殲滅するべきと愚考致します」

「落ち着けアルベド。短慮は避けねばならん。私はこの世界の慈悲深き神として君臨するのだからな」

「承知致しました。では、竜王国についてはどう致しましょう? 」

 

建国祭に招待したは良いが、国が滅亡の危機では動くことも出来ないだろう。

にも拘らず、少なくとも書面で謝罪してきたのは非常に好感度が高い。ぺロロンチーノ風に言えば、好感度メーターが爆上げだ。

 

「良し、竜王国は救ってやるとしよう。魔導国に恭順することを条件に、援軍を出す。そうだな、ここは亜人混成チームを送ろう。デミウルゴス、アベリオン丘陵の亜人連中は投入できるか? 」

「問題はございません。すぐにでも編成致します。総大将はコキュートス、副将にはマーレを付けましょうか」

「うむ、それと、パンドラズ・アクターにも魔導国の援軍の情報を伝えろ。見栄えが良くなるように上手く配置するように指示しておけ」

「畏まりました。パンドラズ・アクターならば上手くやることでしょう」

「ああ、それと、ノワールを呼べ。あいつの実力も確かめたい。それとクアイエッセは呼ぶなよ。あれはフールーダより鬱陶しい」

 

ノワールとは、漆黒聖典隊長の新たな名前だ。黒っぽいからという理由で安易に決めた。

法国がスルシャーナを裏切ったと知って、絶望した彼は生きる気力を失った。

流石に、でっち上げで死なれては寝覚めが悪いと思ったアインズは、法国に赴きこう言った。

 

「今までのお前は死んだのだ。スルシャーナへの信仰と共にな。今日、只今より、お前にノワールの名を授けよう。アインズ・ウール・ゴウンの使徒として、新たな生を授ける」

 

新たな名を授かった隊長は、再び立ち上がる気力と、絶対不変の信仰を得た。アインズを見るその目は、前世で良く知っている。狂信者のそれだ。

マイルドな信者なら欲しいが、ガチ勢の狂信者は欲しくない。どうして皆、程ほどに留めてくれないのか。

今世において、国の支配は面白いように簡単に進んでいる。

自分に心酔するものも多く、それ自体は悪くないのだが、何故か、どいつもこいつも忠誠心が突き抜けていく。

帝国の皇帝と四騎士のような関係が良かったのだが、アインズは、もう半分諦めの気持ちでいた。

 

「聖王国の方に戻るぞ。使者を送ってきたか。どんな奴だ?」

「はい、聖王女の片腕、ケラルト・カストディオと九色の二人、オルランド・カンパーノとパベル・バラハです。ケラルトは姉のレメディオスと共に聖王女の腹心です」

「レメディオスだと?」

 

思わず大きな声を出してしまった。酷い名前を付ける親もいたものだ。可哀想に、きっと、子供の頃は名前のせいで苛められたことだろう。

 

「アインズ様? どうされました? 」

「ああ、酷い名前だと思ってな。可哀想に」

「そうですか? 聖王国では、それ程変わった名前では無いようですが」

「何? あ! (思い出した。レメディオスってあの聖騎士団長だ。そうか、あいつが“あの”レメディオスだったか)」

 

前世において、先代の聖王女への狂信から聖王を殺害し、内乱を起こした聖騎士、レメディオス・カストディオ。

彼女は感情を制御できず、内乱を起こした後、貴族たちを手当たり次第に切り殺し、国内を混乱に陥れた最悪の騎士と伝えられている。主にナザリックのせいで。

後に、レメディオスという名前は感情を抑えきれない癇癪持ちを示す言葉となり、転じて、最上級の侮辱の言葉になった。類義語にフィリップがある。

 

「ああ、いや何でもない。私の勘違いだ。気にするな」

 

流石に後世にこんな名前の残し方は同情する。今世ではもう少しマシな扱いにしてあげよう。

 

「え? はい。畏まりました」

「ケラルトは神官だったか。実質、宰相の地位だと思って良いな。では謁見の場を用意せよ」

「畏まりました。ですが、ある程度の日数は待たせるべきと愚考致します」

「そうだな、我が国を見学する時間も欲しいだろうしな。その辺の調整はアルベド、お前に任せよう」

「万事、このアルベドにお任せ下さい」

 

謁見までの間、アインザックたちと冒険者組合について話し合うとしよう。

今世は、時間を作って自分たちも冒険に出かけよう。

自由に時間が出来た頃には冒険する場所が無かった。そんな悲劇は、もう二度と繰り返してはいけない。

 




委員長「ちょっと男子~、ちゃんと掃除しなさいよ!」
男子A「何だよ、うるさいな。委員長のレメディオス」
男子B「や~いや~い、委員長のレメディオス~」
委員長「何ですって? レメディオスって言う奴が頭フィリップなんだからね!」
先生「貴方たち、そんな汚い言葉を使っちゃいけません」
子供たち「「「は~い」」」


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18話

オルランド「俺より強い奴に会いに来た」


ケラルト・カストディオは、数名の従者に二人の戦士を加え、エ・ランテルの門を潜った。

入門時の講習で知ってはいたが、本当に都市の中をアンデッドや亜人共が闊歩している。

そのアンデッドもただのスケルトンやゾンビなどの低級なものでは無い。

デスナイトやソウルイーターなど、一体で国を堕とせるという伝説の化け物ぞろいだ。

こんなものを完全にコントロールするなど、俄かには信じがたいが、目の前に存在する以上、幻では無いと認めざるを得ない。

 

建国祭の招待は断った。アンデッドの国など、認められるはずがないからだ。

だが、法国を併呑し、評議国と同盟を結んだ。

そして、王国も併呑したとなれば、見過ごすわけにはいかない。

帝国とも友好関係を築いていると聞く。

下手をすれば、人類国家で聖王国だけが孤立することになりかねない。

何より、アベリオン丘陵の亜人たちを支配下に置き、魔導国の版図に組み込んだという。

今回の目的はエ・ランテルの、魔導国の視察であるが、魔導王の力を見極めることが最重要課題だ。

ついて早々、心が折れかけているが。

 

目の前を亜人の一団が通り過ぎていく。

 

「嘘だろ? おい、ちょっと待て! 」

 

突然叫んだのは九色の一人、オルランド・カンパーノ。

 

「ん? 何だ? 人間か、何か用か? 」

 

バフォルクと呼ばれる亜人が振り返る。

 

「お前、まさか、バザーか? あの、あの豪王バザーか! 」

 

オルランドが超えるべき目標としているライバルの一人。

亜人を代表する強者が、何故ここにいるのか。

 

「ああ、そう言われたこともあるな。だが、今その名で呼ぶのは勘弁してくれ」

 

亜人の表情は良く分からないが、何となく気恥ずかしそうな、照れくさそうな感じに見える。

 

「お前は聖王国の戦士だな? …あ、あれか、お前、武器を壊す奴か! そっちの奴も知ってるぞ、狂眼の射手だな。ああ、お前らも魔導国に降ったのか」

「え? お前らが魔導国に降ったってマジな話なのか? おう、ちょっと話聞かせてくれや。ああ旦那、俺、ちょっとこいつと話してくるわ」

「ちょっと、オルランド何言ってんの? あんた私の護衛でしょ? 馬鹿なの? 」

 

呆気に取られていたケラルトがヒステリックに叫ぶ。

 

「あのな、嬢ちゃん、この国のアンデッド見たろ? ここで狼藉を働ける奴なんざいねえよ。行こうぜ、バザー」

「あ、おい、俺はまだ何も言って無いだろが。大体、俺は今から行くところがあるんだよ」

「ふーん、お前、雰囲気変わったか? 前はもっとこう、偉そうな喋り方だったろ? 」

「…うるせえな、こっちが素だよ。前は、これでも王様だったからな。今の方が気楽っちゃあ気楽だな、っておい、お前ら置いてくな」

 

一緒に歩いていた亜人たちはバザーを放ってスタスタと先に進んでいた。

 

「バザー、今日はコキュートス様が手ずからご指導下さるというのに、遅刻するつもりかえ? 」

 

氷炎雷と呼ばれる亜人、ナスレネが呆れたように溜息を吐く。

 

「そんな怖いことが出来るかよ、おい、オーランド、お前も来るなら来い」

「オルランドだ! 手前、旦那の二つ名覚えてて、何で俺の名前知らねえんだよ? 」

「良いから、来るならとっとと来い! 遅れたらマジでヤバいんだよ。あそこだ、あの建物。冒険者組合の訓練場」

 

訓練場と聞いて、思わずオルランドの顔がにやける。

 

「へへっ訓練場か、良いじゃねえか」

 

訓練だとしてもバザーと戦えるかもしれない。いや、この様子だと、もっと強者がいるかも知れない。

オルランドはワクワクしながら着いていった。行かなければ良かったと後悔するのは、このすぐ後だった。

 

 

 

 

―エ・ランテル内、とある酒場―

「クッソがー! 何だよあれ? 反則だろ? 木剣で鉄の鎧切るっておかしいだろ? 」

「まあ、コキュートス様だしな」

「仕方ねえよ、コキュートス様だしな」

「はっはっはっ、どうだ? 俺が豪王なんて名乗れると思うか? 」

 

オルランドは、訓練場で意気投合したリザードマン二人とバザーを加えて飲んでいた。

 

「お前が言ってたことが良く分かったよ、畜生。相手の攻撃受けたら剣が壊されるし、こっちの攻撃は指で優しく摘ままれるし」

「自信なくしたか? 今日はコキュートス様だったから、まだマシだぞ? っていうか、多分、一番優しいぞ? 」

「…嘘だろ? 」

「いやマジ、シャルティア様が相手だと心が折れる。ヴィジャーの奴がマジ泣きしてたな」

「マーレ様だと別の意味で心が折れるな。っと、おう姉ちゃん、酒と魚追加だ」

 

ウェイトレスに注文を追加する。慰めてくれるリザードマンの二人は良い奴らだ。

亜人にも良い奴がいるじゃねえか。そんなことを考えながら浴びるように酒を流し込む。

それにしても、この国の飯と酒は実に旨い。もうこの国に引っ越しても良いんじゃねえかな。

酔いつぶれたオルランドを担いで宿に運ぶことになるとは、この時のバザーは知らなかった。

 

 

 

 

 

―宿屋、黄金の輝き亭―

「そ・れ・で? 自分の仕事ほっぽり出して潰れるまで飲んでたの? しかも、亜人に運んでもらうなんて」

 

無理やり笑顔を作っているが、ケラルトの顔には血管が浮き出ている。

 

「ちょ、声でけえ。頭痛えからちょっと静かにしてくれや。あ、魔法かけてくれるか? 」

「ふざけんな! 」

 

宿中に響き渡ったのではないか、と思うほどの声を上げてケラルトは出て行った。

 

「クッソ、マジで痛え、旦那、薬持ってねえか? 」

「こんなことにポーション使えるわけないだろ。自業自得だ、諦めろ」

「あ~。…なあ、旦那。魔導国と戦争しようとか考えてるってマジか? 」

 

オルランドは、突然、低い声で、真剣な雰囲気で話し始めた。

 

「ああ、上はそんな考えらしいな。王国軍10万は、魔法一つで皆殺しにされたらしいが、信じてないようだな」

「軍隊の数が10万だったら10万、100万だったら100万人が死ぬぜ。もちろん聖王国の兵がな」

 

昨日、自分のことを、指導という名で叩きのめしたライトブルーの武人、いや、武神を思い出す。

 

「それ程か、魔導王と会ったわけではないのだろ? 」

「ああ、昨日のあれが仕えてるんだろ? 人間程度がどうこうできる相手な訳ねえよ」

「あれ? どれだよ? 」

「ん? ああ、昨日、バザーと一緒に訓練場に行ってな。ボコボコにされたわ、畜生」

 

こいつをボコボコに出来るっていうのはどれだけの化け物だ?

 

「どの位だ? 」

 

難度にしてどの位か、と聞いている。

 

「最低でも200以上。300って言われてもおかしかねえな」

「おい」

 

真面目に答えろ、そう続けることは出来なかった。オルランドの目が語っている。事実だと。

 

「実際に、戦争になるとしたらどうする? 」

「聖王女を殺るしかねえだろ。そんで白旗上げて全面降伏だ」

「お前、それでケラルトを追い出したのか」

「俺に政なんざ分かるわけねえだろ。だが、喧嘩は分かる。魔導国は絶対に喧嘩を売ったら不味い相手だ」

 

二人の溜息が重なる。思いは同じ、来なければ良かった。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル城門―

城門前には、数多くの亜人、アンデッドが整然と並んでいる。

誰もが、立派な装備に身を包み、胸を張っている。

総大将はコキュートス、副官にマーレ。そしてもう一人、人間のノワールと名乗る少年。

 

「デハ、アインズ様、行ッテマイリマス。必ズヤ、勝利ヲ収メテゴ覧ニ入レマス」

「うむ、吉報を楽しみにしているぞ。お前たちの活躍、期待している。人と亜人の、新たなる関係をお前たちが築くのだ」

 

ビーストマンによって侵略を受けている竜王国を救うため、亜人の混成部隊がこれから出発する。

 

城壁の上では、市民たちが歓声を上げている。

エ・ランテルの市民は、驚くほどの速さで亜人を受け入れた。

或いは、アンデッドを受け入れることに比べれば、生者である亜人を受け入れることなど、大したことではないのかもしれない。

市民たちに交じって、ケラルト一行が魔導国の軍隊を眺めている。

 

「あれもあれも、あれもそうね、名のある亜人たちよ。まあ、あの総大将に比べれば大したことは無いんでしょうけど」

「聖王国の民を全て徴兵したところで、どれだけ対抗できるか」

「無理だろ旦那。大体、これは亜人と人間の友好関係を築くためのデモンストレーションだって話じゃねえか。本気の戦力じゃねえんだろ? 」

「はったりだと思いたいけど、この国を見る限り、本当でしょうね」

「一人でも聖王国を亡ぼせるのが何人も居やがる。戦争なんて考えるな。聖王女様を殴ってでも止めろよ、姉ちゃん」

「私だって馬鹿じゃないわよ。はあ、姉さんを説得するのに骨が折れるわ」

「この国を見せたらどうだ? レメディオスなら一発で分かるだろ」

 

レメディオスは脳筋と呼ばれるが、戦闘に関してだけは勘が鋭い。この国の戦力を見れば理解できる筈だ。

 

「そうね、帰ったらカルカに進言してみるわ」

 

明日には魔導王との謁見だ。今日は早めに休むとしよう。

 

「オルランド、貴方も明日、魔導王との謁見に来てもらうんだから、絶対二日酔いとかやめてよ」

「分かってるよ、俺だってそこまで馬鹿じゃねえ」

「任せろ、俺が見張ってる」

「頼むわね、パベル」

 

ケラルトは、出立していく軍勢を見ながら、不安に駆られていた。

姉が言うことを聞いてくれないのではないかという、漠然とした不安を。

 




コキュートス「国ヘ帰ルンダナ、オマエニモ家族ガイルダロウ」


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19話

ペロロンチーノ「合法ロリがピンチと聞いて」


「真・アイシーバースト! 」

 

ザリュースはアインズより貸与された真・フロスト・ペインの力を開放する。

極寒という言葉すら生温い冷気が放射状に広がっていく。

目の前のビーストマンたちが氷像と化し、砕け散っていく。

 

「おう、ザリュース、張り切ってんじゃねえか」

 

ゼンベルが後方から声をかけてくる。

張り切る? 当然だ。魔導王より、今回の戦争で手柄を立てれば、この剣を下賜されると出発前に言われたのだ。

かつてのリザードマンが憧れ、作ろうとして、しかし届かなかった秘宝が目の前の人参としてぶら下がっているのだ。

ここで張り切らずして、いつ張り切るというのか。

 

現在、コキュートス率いる魔導国軍は、竜王国の砦を責めていたビーストマンの軍勢を強襲中だ。

ビーストマンは凡そ10万。対する魔導国軍は僅かに4000。

数の上では勝負にもならない。本来なら、包囲されて殲滅されるだけの関係だ。

しかし、魔導国軍の強者はその程度の差など、ものともしなかった。

 

 

「三毒ヲ切リ払エ、不動明王撃(アチャラナーダ)! 」

 

開戦と同時に振り払われたコキュートスの一撃は、10万の大軍を真っ二つに切り裂いた。

魔導国軍から見て右側の軍勢は、続くマーレの魔法で壊滅した。

 

「サア、突撃ダ! 残敵ヲ殲滅セヨ! 」

 

コキュートスの号令と共に一気果敢に突撃していく幾多の亜人による混成部隊。

今回の戦争では、アンデッドは主力ではない。

ビーストマンの被害を受けている竜王国を魔導国の支配下に置くには、亜人に対する恐怖心や偏見を取り除かなくてはならない。

ドワーフの国での経験から、アインズは、竜王国の人間と魔導国の亜人たちとの共闘が最も有効だと考えた。

 

「リザードマンに負けるな! バフォルクの誇りを示せ! 」

 

山羊頭の亜人、バザーが同胞たちを鼓舞する。

誰一人として、ビーストマンの大軍を恐れるものはいない。

100万の軍勢より強い、武の神がこの軍を率いているのだから。

 

 

 

 

 

コキュートスは今回の軍を編成する数日前、アインズに呼ばれ、こう言われた。

 

「コキュートス、お前とデミウルゴスが軍隊を率いて激突したとしよう。どちらが勝つと思う? 勿論、お前たちは直接手を下さない、という条件でだ」

 

コキュートスは僅かに考えた後、こう答えた。

 

「デミウルゴスデショウ。私ハ、デミウルゴス程ニ賢クハアリマセン」

 

アインズは頷き、こう返した。

 

「ふむ、確かに、戦力がアンデッドやゴーレムといったものではそうだろうな。そう、戦力が只の駒であるならばだ」

「ソレハ、ドウイウ意味デショウカ?」

 

主の言っていることの意味が分からないコキュートスは、素直に聞くことにした。

 

「ふふ、良いかコキュートス。亜人や人間を率いたなら、お前の軍はデミウルゴスにも負けることは無い」

 

アインズは自信を持って断言した。

至高の主の言葉が嘘の筈がない。

しかし、コキュートスには信じられなかった。

 

「ソ、ソノヨウナコトハ無イカト存ジマス」

「ん? お前は、私の言葉が信じられないか? 」

「イ、イエ、ソノヨウナ、デスガ…」

 

主の言葉を信じられないとは言えない。しかし、自分がデミウルゴスに用兵で勝つイメージが湧かなかった。

 

「コキュートスよ。意志あるものはな、その想いの強さが、時に実力以上の結果を齎すのだ。それは己の夢であったり、主への忠義であったりと様々だ」

 

アインズは優しく、子供を諭すかのように続ける。

 

「コキュートス、お前には将の才がある。階層守護者の中で最も将としての才に溢れているのがお前だ」

「恐レナガラ、アインズ様。私ニソノヨウナモノガアルトハ、トテモ思エマセン」

「お前の裏表の無い、実直で誠実な人柄は、そう、戦いに身を置く者たちにとっては非常に好ましいものだ。お前の為に死んでも悔いは無い、という程にな。良いかコキュートス。将というものは、ただ勝てば良い、強ければ良いというものでは無い。この人の下で戦うのであれば決して負けない。部下に不敗の信仰を抱かせる者こそが真の将。もう一度言うぞ、お前には、その才がある」

 

コキュートスの全身を稲妻が駆け抜けたような衝撃が走る。

 

「今すぐに、完全でなくても良いのだ。お前の将器の、その片鱗をこの戦で見せておくれ」

「畏マリマシタ。必ズヤ、オ見セシテゴ覧ニ入レマス」

 

ここまで言われて出来ませんとは言えない。何より、叡智の化身たる至高の主がここまで断言するのだ。出来ないはずがない。

戦力として連れていく亜人たちは、デミウルゴスから貰った資料で目星をつけてある。

出発までの僅かな時間ではあるが、主の威光を汚さぬよう、全力で鍛え上げねばならない。

コキュートスの目に、業火の炎が燃え上がる。

その結果、亜人連合の、特に部族の長達には地獄の特訓が待っていた。約一名、聖王国の人間も巻き添えを食ったようだが。

 

 

 

 

ビーストマンの軍、中央から大きな悲鳴が聞こえてくる。

 

「敵将、打ち取ったり! 」

 

ビーストマンの軍勢の中心部、黒髪の少年、漆黒聖典隊長ノワールがビーストマンの将と思しきものの首級を上げた。

マーレの魔法発動後、すぐに敵陣に突入し、真っ直ぐに大将首を狙い撃った。

魔導国軍の中ではコキュートスとマーレを除き、頭一つ飛び抜けた存在だった。

開戦から僅か数分の間で、軍はほぼ壊滅、大将は討ち取られたとあって、ビーストマンは既に戦意を喪失していた。

散り散りになって逃げていくビーストマンを深追いすることなく、整然と竜王国の砦へと向かう。

 

「我ラハ、アインズ・ウール・ゴウン魔導国ヨリ派遣サレタ援軍デアル。開門セヨ! 」

 

亜人を率いる軍勢に、砦の兵士たちは身震いするが、魔導国からの援軍の話は聞いている。

今、ビーストマンを蹴散らしたのを見るに、少なくとも敵では無いようだ。

何より、指揮官と思しきライトブルーの蟲のような亜人は桁外れの強さだった。

遠くからでも、彼が放った剣戟でビーストマンの軍隊が割れるのが見えた。

亜人だとしても貴重な援軍なのだ、歓声と共に迎えよう。

 

魔導国の将軍が率いる亜人の軍勢は、驚くほど統制が取れていた。

そして何より勇敢だった。彼らは誰も、死を恐れない。

当然だ。魔導国の民は皆、定められた命が終わるその時まで、生きることを許されているのだから。

魔導国の兵士にとって、死などただの状態異常に過ぎない。

神に己の信仰を示すことこそが第一であり、命はそのずっと後だ。

ただでさえ強い亜人たちが、死を恐れることなく勇敢に、そして、統制のとれた動きで襲い掛かってくるのだ。

身体能力頼みのビーストマンに、端から勝ち目など無かった。

 

 

 

 

 

―竜王国首都、王城の一室―

「なあ、何でこの格好なんじゃ?」

 

ドラウディロン・オーリウクルスは幼い顔に不満の表情を浮かべている。

 

「魔導王陛下は子供たちには特にお優しいと伺っております。その形態の女王陛下なら、魔導王陛下の庇護欲を刺激することも出来ましょう」

 

宰相はにっこりと、目以外で笑う。

 

「だから形態言うな。はあ、もう、助かるなら何でも良い。で? 例の魔導国軍はどうなのだ? 首都は完全に包囲されたぞ。間に合うのか? 」

「さて、どうでしょうな? まあ、今となっては運を天に任せるしかありませんな。魔導王陛下は全知全能の神と聞きます。きっと何とかして下さるでしょう」

「投げやりにも程があるわ。どれ、せめて兵士たちを鼓舞するくらいのことはしよう」

「おお、流石は女王陛下。さあ、行きましょう。ああ、酒は飲まないでくださいよ? 酒癖悪いんですから」

「ちょっと引っ掛けていく位かまわんだろうに。兵を鼓舞するには勢いも大事だぞ? 」

「駄目です。これが最後になるかもしれないんですから、みっともない最期だけは勘弁して下さいよ」

「みっともない言うな」

 

 

 

バルコニーから見渡す首都。

かつては美しかったのだろうこの都市も、今では瓦礫の山だ。

辛うじてビーストマンの侵攻を防いではいるが、後何日持つことやら。

王城の前に並ぶ兵士たち。その先には、再びビーストマンの軍勢が見える。20万はいるかも知れない。

間に合わなかったか、と無念を抱くも、王としての務めは最期まで果たさねばならない。

それが、自分に殉じて散っていった民たちへの責任というものだ。

ちらりと宰相を見ると、覚悟を決めた表情で頷く。

自分たちと、残った民の魂を使用して始原の魔法を発動させることを決意する。

せめて最期に、ビーストマンたちに一泡吹かせてやろう。人間の意地を見せてやる。

 

ふと、地面が揺れた気がした。

 

「おい、あれは何じゃ? 」

 

ビーストマンの軍勢が、大地の大波に攫われていく。

続いて、何かが閃いたかと思ったら、衝撃波にビーストマンたちが両断されていく。

 

「いや~。女王陛下の始原の魔法は凄いですな」

「阿呆、真面目に答えろ。何じゃありゃ?」

「魔法? ですかな? それにしても凄いですな。あれが魔導王陛下の魔法という訳ですな」

「いいえ、あれは魔導王陛下の側近、階層守護者マーレ様の魔法です」

 

いつからそこに居たのか、黒髪の少年がそこに立っていた。

 

「うお! 誰じゃ? ん? お前、漆黒聖典の? そうか、魔導国に降ったんじゃったな」

「ええ、今後は、ノワールとお呼びください。魔導王陛下より賜った私の名でございます」

 

ノワールは、まるで自慢するように名乗る。

 

「それで、あの魔法が魔導王陛下の側近の手のものによるということは、魔導王陛下の魔法というのはもっと凄いのか? 」

「当然でございます。魔導王陛下の魔法であれば、天を裂き、地を割ることも容易い。人の生も死も、全てはあの御方の掌の上。正に世界の全てを支配される御方なのです」

「ああ、そうなんじゃな。まるで神様じゃな」

「まるで、ではありません。魔導王陛下こそが、この世を救うべく降臨された唯一にして至高の神なのです」

 

へ~そうなんだ。凄いなあ。

 

「そして、魔導国軍を率いているのがコキュートス将軍」

「コキュートス将軍とやらも人間ではないのだな」

 

出来れば、せめて最高責任者は人間であってほしい。そう願って聞いてみた。

 

「勿論、人間ではありません。至高の神に仕える従属神でございます」

「さてさて、救国の英雄たちを迎える準備を致しましょうかな」

 

宰相の奴、良く冷静さを保てるな、と思いつつ、ドラウディロンは踵を返す。

 

「ああ、そうじゃな。行こうか、ノワール。魔導国軍について教えてくれるか? 」

 

遠くでは、敗走するビーストマンたちを追撃する魔導国軍が見える。

既に、勝負は決していた。竜王国は救われたと確信した。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル、アインズの執務室―

「ほう、コキュートスは上手くやってくれたようだな」

 

アインズは楽しそうにアルベドの報告を聞いていた。

 

「はい、竜王国の首都の包囲を解除。今は東の砦の奪還に向かっております。恐らく、一両日中には竜王国の砦は全て奪還出来るものと判断致します」

「ふむ、竜王国の都市は全てボロボロだな? 畑は荒らされ、住む家も碌にない。そうだな? 」

 

アルベドに予定通りの結果になったか訊ねる。

まあ、パンドラズ・アクターが指揮を執っているのだ。問題は無いだろう。

 

「はい、左様でございます。ご命令の通り、人間は食糧として消費しておりますが、約半数は生かしてあります」

「良かろう。では、ビーストマンたちの役割も終わりだな。パンドラズ・アクターを撤退させろ。それと同時に、コキュートスにビーストマンの殲滅と、捕らわれた人間の救助を命じろ」

「畏まりました。では、残ったビーストマンたちに命令を下させた後、パンドラズ・アクターを撤退させましょう。突然現れた王が、また突然いなくなるなんて、ビーストマンも不幸ですわね。くふふ、所詮は畜生共ですが、アインズ様のお役に立てるのです。喜んでいることでしょう」

 

パンドラズ・アクターがビーストマンを統率しているおかげで、竜王国のインフラはほぼ全滅だ。

今後、都市の復興も全て、アインズが利権を一手に独占出来ることだろう。

 

「さて、これでコキュートスの自信になれば良いが」

 

コキュートスは真面目で実直な性格だが、それ故に落ち込みやすい。

特に、仲の良いデミウルゴスよりも、主の役に立てないことをコンプレックスに思っている。

それを払拭する為の、今回の戦争でもあったが、今後、亜人たちの指揮や統治などを通じて、一回り成長してくれるだろう。

 

「竜王国民の、亜人に対する嫌悪感を払拭するには良いイベントだったな。それに、竜王国の復興は大きな事業になるだろうな。王国の民を食わせるのにも十分な規模だろう」

「くふふ、全てはアインズ様の思し召すままに」

 

執務室には、二人の笑い声だけが響いていた。

 




ぺロロンチーノ「大人に変身出来るタイプの合法ロリってどうなってるんでしょうね?」
モモンガ「は?」
ぺロロンチーノ「下の毛ですよ」
モモンガ「え?」
ペロロンチーノ「ほら、大人の時は生えてるでしょ?でも、子供になったらツルツルじゃないですか」
モモンガ「ええ?」
ペロロンチーノ「引っ込むんですかね? 抜けるんですかね? でも、抜けたらパンツの中、毛で大変じゃないですか? どうなるのが正しいと思います?」
モモンガ「……」


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20話

レメディオス「いよいよ私の出番だ! 正義の力を見せてやろう」
ケラルト「……頭痛くなってきた」


魔導王との会談は、驚愕の一言だった。

謁見の後、ケラルト・カストディオは魔導王との会談に臨んだ。

結果として、聖王国と魔導国は同盟を結ぶことになった。

ケラルトのそれは、明らかに越権行為であるが、これが最善であると判断していた。

 

当初、ケラルトが恐れていたのは魔導王の力、魔導国の戦力だった。

だが、会談にて、その認識は間違いだったと確信した。

魔導王は、聖王国との交易と、友好な関係を望んでいると語った。

そこまでは想定内であったが、その内容は驚くべきことであった。

街道の敷設、途中の交易都市の建設、その時期やコスト、人員に至るまで、既に完璧に計画されていた。

それによる経済効果も、具体的な数字を交えて説明される。全く、異論をはさむ余地が無い。

エ・ランテルの現状を見た今なら分かる。これは計画ではない。既に確定された未来の予定だ。

 

経済においても魔導王の知識、見識は自分たちの遥か先を行っていた。

巨大な企業により、いずれ経済を通して政治の世界も牛耳られるであろう未来。

それを防ぐための法律など、まるで未来を見てきたかのように説明してくれた。

それは非常に分かりやすく、また、実際の数値を交えて話されるため、説得力もあった。

ケラルトの優秀な頭には、魔導王の言葉通りの世界が見えていた。

 

更に驚くべきことに、領土の概念についても、魔導王は自分たちのそれを超越していた。

魔導国はフロストドラゴンを配下に加えたことにより、空輸が可能になった。

そこで、領空権というものを定義したいと言ってきた。

ドラゴンを使えば、道の如何に関わらず、荷物を輸送することが出来るが、混雑や事故を防ぐため、魔導国の領空としたいと。

勿論、騒音などは聞こえないような上空だし、日照権を侵害するようなことは無いと主張している。

確かに、人間に影響のない、遥か上空の領空権を主張したところで、誰も気にも留めないだろう。

それを実際に目にする迄は。

空を支配されれば、それこそ、魔導国の軍勢をドラゴンによって輸送することすら可能になるのだ。

だからと言って、聖王国が領空権を主張するのは難しい。彼らのように、実際に空を飛ぶ戦力があるわけではないからだ。

一度受け入れてしまえば覆すことなど出来ない。

魔導王は実効支配の実績を基に、領空権を主張するだろう。恐らく、誰も止めることは出来ず、世界の空は魔導国が支配することになる。

 

この国と戦争などと息巻いている馬鹿どもは、粛正してでも止めなければならない。

最悪、属国になることも視野に入れなくてはならない。

あのカルカと、何よりレメディオスに、その決断が出来るだろうか?

出来なければ、王国より酷い目に会うのは目に見えている。

これからがケラルトの戦いだ。

 

 

 

 

 

―ローブル聖王国首都ホバンス、王城の一室―

「馬鹿か! 何をやっているんだ? お前は何を考えている? 」

 

レメディオス・カストディオの怒声が響き渡る。

勝手に魔導国と同盟を結んできたケラルトに対し、怒りが収まらない。

どう考えても許されない越権行為だ。

流石のレメディオスだって、国と国の同盟が個人の判断でして良いものでは無いこと位は分かる。

 

「落ち着きなさい、レメディオス。ケラルト、貴方の考えを聞かせて頂戴。何故、勝手に同盟を結ぶなんてことをしたの?」

「そうだ! お前たちも付いていながら何をしていたんだ! 」

「レメディオス、少し黙ってて」

 

聖王女、カルカ・ベサーレスには、ケラルトが何故独断専行したのかが全く分からない。

少なくとも、彼女はそんな浅慮な女性ではない筈だ。

 

「いや、俺らに政なんて分かるわけねえしな」

「おい、オルランド。ですが、レメディオス殿、私にも政は分かりません。また、我々は只の護衛、口を出して良いことでもありません」

 

護衛の二人も報告会に出席していた。いや、ケラルトの命令で強制的に連れてこられた。

 

「まずは、私の独断専行を謝罪します。それと、私の上げた報告書は読んだわね? 」

「これは冗談ではないのよね? 本当のことだと思うのだけど、貴方の口から聞かせて頂戴」

「間違いないわ。あの国と戦えば、いえ、敵対すれば亡国の未来しかないわ」

「何を馬鹿なことを言っている。私たちはアンデッドの天敵、聖騎士と神官だぞ? 負ける筈がない」

「あのな、レメディオスの嬢ちゃんよ。お前程度の力じゃ無理なんだよ。あの国は力の桁が違うんだ」

 

オルランドの無礼な言葉に、カッと頭に血が上る。

 

「何だと貴様! 私より弱いお前に何が分かる! 私では勝てないかどうか、知りたいなら表に出ろ! 」

 

英雄の領域に足を踏み入れているレメディオスの怒号も軽く聞き流し、オルランドは答える。

 

「あのな、嬢ちゃんよ。お前さんは俺より強い。それは事実だ。だがな、その程度じゃ話にならねえんだよ」

「まだ言うか、貴様!」

 

一触即発の雰囲気になったところで、慌ててパベルが止めに入る。

 

「レメディオス殿、少し落ち着け。それと、オルランドの言ってることは事実だ。正直、私たち程度ではあの国の強者とは戦えん」

「何を言ってるんだ? 一対一で勝てないなら、戦力を集中させれば良いだろう」

 

何を当たり前のことを言っているのだと馬鹿を見る目で二人を見るが、彼らはレメディオスを哀れんだ目で見返してくる。

 

「だからよ、俺たち程度じゃ、エ・ランテルで巡回してるアンデッドにすら勝てねえんだよ。この国で言ったら只の一兵卒だぞ? まして、将軍なんて化け物なんてレベルじゃねえ。俺たちじゃあ、時間稼ぎすら出来ねえよ。実際、俺も一太刀受け止めることすら出来なかったんだからな」

 

レメディオスもオルランドの気性は良く知っている。彼は自信家で、自分の力を誇りに思っている。決してこんな発言をするような男ではない。

 

「ケラルト、本当のことを言え。本当に私たちでは勝てないと思っているのか」

 

聖王女の片腕、自分の半身ともいうべき妹に問いかける。

 

「オルランドの言ってることは事実よ。私たちとは力の桁が違うの。もう一度言うわよ。あの国に敵対すれば滅亡が待っているわ」

 

レメディオスは歯を食いしばり、何も言わない。

 

「ケラルト、魔導王はどのような方なの? 聖王国でははっきりしたことは分からないの。直接お会いした貴方の印象を聞かせて」

「カルカ様、アンデッドのことなんて知る必要はない」

「レメディオス、黙りなさい」

 

いつもより少し低い声。カルカが本当に怒っているときの声だ。

 

「ケラルト、お願い」

「ええ、まず、街の治安は非常に良いわ。オルランドが言った通り、強力なアンデッドが巡回しているおかげで、狼藉を働くものというか、狼藉を働けるものはいないわね」

 

オルランドとパベルはエ・ランテルの美しい街並みを巡回するアンデッドを思い出す。

あの国で狼藉を働けるものが居れば見てみたいものだ。

 

「それから、人々の表情はとても明るいわ。誰もが口をそろえて魔導王の治世を讃えているわね。恐怖によって支配しているのではなく、民からも慕われているみたいね」

「あの国で魔導王の悪口を言ったら袋叩きにあうだろうぜ」

「というか、死者を生き返らせる奇跡を目にした連中からすれば、魔導王は神様だからな」

「ふん、死者の復活位、ケラルトだって出来るじゃないか」

「だから、レメディオスは黙ってて」

 

面白く無さそうに口を挟んでくるレメディオスを黙らせ、続きを促す。

 

「直接会った感想としては、非常に賢明な方だという印象を受けたわね。それと、魔導王は魔法だけに長けているわけではないわ。政にも、経済にも長けている」

「悠久の時を生きる賢者ということね。それにしても、政や経済にも詳しいって、元々王様なのかしら? 」

「そうみたいね。法国も、元々は魔導王が建国したって話だし」

「そんなもの、証拠も何もないじゃないか。どうせ只のでっち上げだろう」

「レメディオス! 」

 

レメディオスは、どうしても口を挟まずにはいられないのか、仏頂面で膨れている。

 

「ビーストマンたちに侵攻されている竜王国の窮状を救うため、兵を派遣しているし、武力を笠に侵略するつもりも無さそうよ」

「竜王国って、カッツェ平野を超えた先ね。エ・ランテルからだと結構遠回りになるわね」

「いや、カッツェ平野を真っ直ぐ突っ切ったでしょうね。今のカッツェ平野は一大穀倉地帯よ」

「あのアンデッド多発地帯で農業? そんなこと出来るの? 」

「そのアンデッドを使った大規模農場をやってるわ。一度見た方が良いわね。自分の認識が根っこから覆るわ」

「竜王国に向かった軍隊ってのはどんなのだ? 」

「ああ、それは俺をボコボコにした将軍が総大将でな、亜人の王とか部族長とかを纏め上げた軍だったな」

 

ボコボコにされたと言っているのに何故嬉しそうに話すんだ。レメディオスは思った。

 

「ええ、アベリオン丘陵の亜人が主力らしいわよ。亜人と人間の共存を目指す為、良い機会だとか」

「負けることとか考えてねえんじゃねえ。全く考える必要がねえんだ。そういう連中だぜ」

「……アベリオン丘陵の亜人たちか」

 

その後の報告会は、レメディオスが突然静かになったため、スムーズに進んだ。

ケラルトは同盟を結ぶために魔導国に向かったこととし、彼女の行動は不問とすることにした。

問題は、聖王国の南部側の貴族たちが魔導国に敵対する可能性だ。

最悪の場合は、南部を切り捨てることで決定した。

 

カルカがそれを決断するとは思いもよらなかったが、ケラルトにとっては都合がいい。

この際、南部の屑どもを一掃するのに、魔導国の力を借りるのも良いかも知れない。

 

ケラルトとカルカは、交易などについても考えなくてはならない。

これから、頭の痛くなるデスクワークが待っている。

 

その翌日だった。

レメディオスが聖騎士団を率いてアベリオン丘陵に隣接する砦に向かったという報が入ったのは。

聖王国の悲劇は、一人の聖騎士の暴走によって幕を開ける。

 




レメディオス「どうせ、魔導王の言ってることなんて只のでっち上げだ!」
アインズ「ドキッ」


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21話

レメディオス「すすめ~すすめ~ものど~も~」


ローブル聖王国最強の聖騎士と誉れ高い、レメディオス・カストディオは聖騎士団を率い、アベリオン丘陵へと進軍する。

アンデッドと同盟を結ぶなど、馬鹿げている。

ケラルトはどうかしているのだ。魔導王は凄腕の魔法詠唱者だという。きっと何かの魔法をかけられて操られているに違いない。

カルカの目を覚ましてやらなくては。

その為には、魔導国など恐れるに足らずと教えてやれば良いのだ。

カルカは怒るかもしれないが、戦争になってしまえば後に引くことは出来まい。

ケラルトの独断専行が許されて自分が許されないはずがない。自分は正しいことをしているのだから。

 

 

 

 

―聖王国首都ホバンス、王城内の聖騎士団兵舎―

「何考えてやがんだ! あの糞馬鹿が! 」

 

オルランド・カンパーノが訓練用の木剣を壁に叩き付ける。

 

「落ち着け、しかし、本当なんだろうな? レメディオス・カストディオが聖騎士団を率いて出陣したってのは」

「足手纏いの見習い従者どもをおいて、一人の聖騎士もいなくなっちまったあいつらの兵舎が幻か何かじゃなければそうなんだろうよ」

 

オルランドは苛立ちを隠せない。

これからやらなければならないことが、自分が何をしなければならないか分かっているからだ。

そして、それはパベル・バラハも同じだ。

 

「聖王女陛下のところに行こう。ケラルトが決断できなければ、俺たちがやらねばならん」

「だよな、糞が。あ~、マジで糞が! あのバカ女が! 」

「はあ、本当に気が滅入る。これが終わったら長期休暇を申請しよう。半年は休んでも罰は当たらん」

「おお、良いな、それ。良し、旦那、俺はまた魔導国に行くぜ。武者修行の旅って奴だ」

 

二人は少しだけ楽しい未来を想像する。

この役目が終われば、もう聖王国に居場所は無くなるかもしれないのだから。

 

 

 

 

―聖王国首都ホバンス、王城内の一室―

「おう、嬢ちゃん、覚悟は決まったか? 出来ねえなら俺らがやる。どうすんだ? 」

 

オルランドは既に完全武装で出発準備は出来ている。

したくもない嫌な話なのだ。とっとと終わらせようと、捲し立てる。

 

「待って、まずは説得を」

「そんな時間があるわけねえだろ! 俺らはもう一日遅れてんだぞ! おう、聖王女様よ、どうすんだ? どっちを取るんだよ? 」

 

オルランドがさらに捲し立てる。

国か、レメディオス個人のどちらを取るのか。

 

「私も行くわよ、カルカ。これは“聖王女として”命令して頂戴。聖王国を守る為に、貴方にしか出来ないことよ」

「ケラルト…」

 

カルカには命令を下すことは出来ない。それを口にすることは出来ない。

 

「聖王女様よ、出来ねえんだったらよ、悪いが、今ここで死んでくれや。その首でことを治めるからよ」

「申し訳ありません、陛下。これ以外に方法がありませんので」

 

オルランドが剣を抜き、パベルも弓を構える。狙いは、彼らが守るべき聖王女、カルカだ。

 

「どっちを選んでも、私たちは地獄に落ちるわね」

 

ケラルトもカルカに顔を向ける。慈母のような笑みと涙を浮かべて。

手には魔法の杖を握って。せめて、苦しまないようにと。

 

「どうしても、それしかないのね? なら、私も行きます。せめて、あの子の最期を看取らせて」

 

カルカの目に涙が浮かぶ。震える声で命令を下す。

 

「聖王女、カルカ・ベサーレスの名において、レメディオス・カストディオの討伐及び、聖騎士団の殲滅を命じます。直ちに出陣準備を整えなさい」

 

この件は、聖騎士団の暴走として処理する。

魔導国軍が出てくる前に、聖王国の手でかたを付けなくてはならない。

魔導国がことを治めてしまっては、聖王国の立場は無い。

同盟を結んだ相手に戦争を仕掛けるなど、人類国家の中で、聖王国を信じるものはもういなくなるだろう。

 

間に合わなければ、どれだけの賠償を請求されるか分からない。聖王家も取り潰されるだろう。

そんなもので済めば良い方だ。あの魔導王を怒らせれば、国民全員アンデッドの材料にされることだってあり得るのだ。

これから、彼ら四人は重い足取りで向かう。同胞を、仲間を、家族を殺すための戦場に。

 

 

 

 

―アベリオン丘陵―

「団長、情報の通り、亜人の強者たちはいないようです」

 

レメディオスは、副団長の一人、イサンドロ・サンチェスの報告に満足そうに頷く。

 

「ケラルトの情報は正しかったか。ふん、敵国との国境線に戦力を配置していないとはな。所詮、亜人共という訳だな」

「あのう、本当に大丈夫なのですか? 魔導国とは同盟を結んだと聞いております。このようなことをしては」

 

心配性の副団長、グスターボ・モンタニェスだ。

 

「喧しい。亜人は悪だ。我々、聖騎士は正義を体現するのが役目だ。何か間違っているか? 」

 

レメディオスは頭が固い。

彼女を説得出来るのは、聖王女か妹のケラルト位だ。

 

「さあ、我らの正義を示す時だ! 亜人共を攻め滅ぼせ! 突撃!! 」

 

レメディオスの号令の下、攻撃が始まる。

夜が更けるころ、亜人の集落には、女子供に至るまで、誰一人として生きているものは居なかった。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル王城内、アインズの執務室―

「何だと?」

 

アルベドからの報告に、思わずアインズは立ち上がる。

 

「聖王国聖騎士団がアベリオン丘陵の亜人の集落を襲撃致しました。生存者は無し。更に侵攻を進めている模様です」

 

アルベドは、淡々と報告を続ける。

 

「指揮官は聖騎士団団長、レメディオス・カストディオ。どうやら、聖騎士団全員が出撃している模様です」

「そうか、同盟を結んだ相手に、その舌の根も乾かぬうちにか」

「アインズ様に歯向かう愚か者共です。魔導国の最精鋭にて迎え撃ちましょう。殲滅のご命令を」

「亜人とはいえ、女子供も平気で殺すのか。非戦闘員だと分かって殺すことがこいつらの正義か」

 

久しぶりに、精神が沈静化されるほどの怒りを覚えたアインズは、手を上げてアルベドを制する。

 

「いや、こいつらは私を甘く見ているようだ。私自ら手を下してやろう」

 

更に言うと、正直、最近は結構暇なのだ。

配下たちは、皆優秀だ。そのうえ、今世では、楽が出来るよう、アンデッドの行政官も最初から多めに作ってある。

前世のシステムやマニュアルも使用しているので、暫く自分が居なくても大丈夫のはずだ。

ストレス解消にちょっと体を動かすくらい問題ないだろう。

 

「ア、アインズ様が御自ら? このような些事、私共で処理致します」

「アルベドよ、こ奴らは私の顔に泥を塗ったのだ。分かるな? 私の手でやらねば気が済まん」

 

ついでにアベリオン丘陵の視察をしてこよう。数多の亜人が住まう大都市を作るのだ。

エ・ランテルとは異なる、亜人らしい趣向を凝らした街が良い。

長年の支配者生活により、都市開発はアインズの趣味の一つになっていた。

 

 

 

 

 

―アベリオン丘陵―

最初は良かった。強い亜人たちはいなかった。

次々に亜人の集落を襲い、皆殺しにしていく。

初日と二日目は、今までの亜人との戦争は何だったのか、と思うほど簡単に侵攻していった。

三日目になって、あり得ない事態が起きた。何が起きているのか、レメディオスには理解出来ない。

 

後ろから追いかけてきた聖王国の軍隊。

聖王女の旗を掲げるそれは、あろうことか、聖騎士団に矢を放ってきた。

 

「何をしているお前たち! 私たちは味方だ! 」

 

戦場で誤射など勘弁してほしい。

そう思ったのも束の間、彼らの殺意が自分たちに向けられていると知った時、レメディオスの世界は崩壊した。

 

先頭に立って指揮を執るのは、己の片割れ、ケラルト・カストディオ。

自分と同じ九色を戴くオルランド・カンパーノもいる。

今、副団長のグスターボを射殺したのは九色の一人、パベル・バラハだろう。

何故、自分が聖王国の軍と戦っているのか、意味が分からない。

 

「こんの糞馬鹿が! くたばりやがれ! 」

 

複数の剣を佩いた戦士、オルランドが突撃してくる。

 

「貴様! 貴様たちがケラルトとカルカを誑かしたのか! 」

 

レメディオスの顔が怒りに染まる。

だが、一騎打ちにはならない。

パベルの放つ矢がレメディオスの動きを制限する。

レメディオスが如何に強かろうと、九色の二人を同時に戦えるほどではない。

まして、近接戦闘に特化したオルランドと、遠距離攻撃に特化したパベルのコンビでは、端から勝ち目など無かった。

 

 

ふと、空中に黒い穴が開く。

そこから出てきたのは異形の怪物たち。

天使、悪魔、ドラゴン、アンデッド、魔獣等々、どれもが強大な力を秘めた、文字通り一騎当千の、神話に出てくるような化け物たちだ。

……そして、最後に出てきたのは死の化身。

戦場の時間が止まったかのように、誰も動けなくなった。

 

 

―何だこれは? 何故、聖王国軍同士で戦っているんだ?

アインズは混乱していた。こんな時、表情が変わらない骸骨の体は本当にありがたい。

こいつらは、聖王国軍の後詰では無かったのか?アルベドの報告に間違いがあったのか?

 

「さて、これはどういう状況かな? 我が国に侵攻してきた聖騎士団と、それを後ろから追撃する聖王国軍とは」

「魔導王陛下、ご無沙汰しております。ケラルト・カストディオでございます」

「おお、久しいな、ケラルト殿。今の状況を説明してもらえるかな?」

「魔導王陛下、私は聖王国聖王女、カルカ・ベサーレスと申します。我が国の聖騎士団団長、レメディオス・カストディオが独断で魔導国に侵攻を開始した為、それを阻止する為、聖王国軍を派兵した次第です」

 

成程、大体理解出来た。聖王国のトップは馬鹿では無かったようだ。

恐らくは、本当にレメディオス一人の暴走だろう。

魔導国に侵攻することで、同盟をご破算にする積もりだったのだろう。

こちらが動く前に、聖王国の手で処理することでレメディオス一人に責任を負わせ、ことを治める積もりだ。

実際にレメディオス一人の暴走なのは、アルベドの報告書から想像できる。

しかし、ここまで馬鹿だったとは。前世でもこうだっただろうか?

今世でも、同じような名を残すことになりそうだ。流石にこれは同情出来ないが。

 

 

「貴様が魔導王か! 私と勝負しろ! 妹と聖王女様を誑かしたアンデッドめ! 」

 

うん、大体分かった。こいつは本物の馬鹿だ。

 

「ほう、君が聖騎士団の団長、レメディオス・カストディオで間違いないな」

「アンデッド風情が王などと片腹痛い。で、どうなんだ? 私と戦う勇気はあるか? 」

 

何でこいつはこんなに偉そうなんだろう。まあ、ストレス解消の運動に来たんだ。少しは付き合ってやろう。

魔導王が赤いペンを虚空から取り出した。

 

「ふむ、では、相手になるとしよう。だが、私が魔法を使っては勝負にもならないからな。これでお相手しよう。殺さないように注意するから安心してかかってくると良い」

「ふん、アンデッドなど聖騎士の敵では無いと思い知るが良い」

 

開口一番、レメディオスは一気に距離を詰める。

が、目の前に居たはずの魔導王が居ない。

 

「加速力が低いな。突進は初速が命だぞ? 」

 

自分の後ろから声が聞こえる。

耳元で囁く骸骨の姿が目に入った。

 

周りで見ているオルランドは目の前の戦いが信じられなかった。いや、信じたくなかった。

あの武神が従っているのだから、強いのは分かっていた。

だが、戦士としても、あの武神に勝るとも劣らない力量を見せられるとは思わなかった。

 

レメディオスの斬撃を優しく受け流す。躱しざま、赤いペンで首元に線を入れる。これが短剣であれば致命傷だ。

突きを紙一重で躱す。すれ違いざまに合わせるようにペンを走らせる。鎧の隙間に赤い線が走る。

誰が見ても明らかなほど、魔導王とレメディオスの実力には差があった。

やがて、全身の急所という急所に、赤い印が付けられたレメディオスの膝が崩れる。

戦う意思を完全に砕かれたのだろう。無理もない。聖騎士自慢の剣技が、魔法詠唱者のそれの、足元にすら及ばなかったのだから。

 

「もう良いかな? では、聖王女殿、ケラルト殿、事の顛末は、後で聞かせてもらうとしよう。使者を送るので、その時にな」

「はっ魔導王陛下、感謝いたします。」

 

アインズはレメディオスを聖王国軍に引き渡し、踵を返す。

亜人たちの死者を生き返らせるとしよう。

聖王国の連中が、自分たちの保身のために嘘を吐いたら直ぐに分かるだろうし、こちらに都合よく話を進めることが出来るようにもなる。

ついでに亜人たちの信仰も固めておこう。

 

 

 

 

―アベリオン丘陵長城の砦、牢の一室―

レメディオス・カストディオは、処刑までの時間を待っていた。

カルカの命令により、既に拘束は解かれている。

何が悪かったのか、何を間違ったのか。自問自答するが、答えは出ない。

正しいことをした筈の自分が、何故こんな目に会うのか。

 

「レメディオス」

 

自分を呼ぶ声がする。

 

「レメディオス、私よ」

 

目の前にカルカが居る。

 

「ねえ、レメディオス、聖王国は魔導国に降ることにしたわ」

 

それ以外には道はない。レメディオスはそれだけのことをしたのだ。

後世、国を亡ぼした騎士として名を残すことだろう。

 

「けれど、魔導王陛下は決して非道な方ではないわ。きっと良い国になる筈よ。私が作ることが出来なかった、誰も泣かない国。あの方は、人間だけではなくて、全ての生あるものを守ってくださるわ」

 

カルカの口からそんな話は聞きたくない。カルカは、自分の聖王女はそんなことは言わない。

レメディオスの手が伸びる。カルカの腰に佩いた儀礼用の短剣に。

 

 

この夜、一人の罪人が世に解き放たれた。

聖王女殺しの聖騎士、レメディオス・カストディオ。

彼女は、砦で目撃者を数名殺害した後、姿を消した。

 




ラナー「ヤンデレって怖いですね」
アルベド「本当、自分の気持ちだけを押し付けるなんて最悪ね」


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22話

恐怖公「お待たせしました。吾輩の出番が来ましたぞ」


「やれやれだ。全く、あの女は前世から碌なことをしない。それにしても、まさか砦から脱出した後の足取りも追えないとは。聖王国の兵士たちの練度は低すぎるんじゃないのか? 聖王女も甘すぎる。拘束もせず、二人だけで会うなど。まあ、今生の別れだと思ったのだろうが、自分が殺されるとは皮肉なものだ」

 

アインズは、はあ、と大きく溜息を吐く。

 

「前世?」

 

アルベドが聞きなれない単語に小首を傾げる。

 

「ん? ああ、気にするな。それよりも、捜索の方はどうなっている? 」

「はい、デミウルゴス配下、八本指が総力を挙げて捜索しておりますが、未だ、見つかっておりません」

 

デミウルゴスの指示であれば、見落とすことはまずあるまい。

それで見つからないということは、既に聖王国には居ないということだろう。

 

八本指はデミウルゴスに掌握させた後、聖王国に本拠を移させた。

彼らはこれから、魔皇の配下として、魔導王に戦いを挑む愚者を集める仕事をすることになる。

世界中に根を張り、完全なネットワークを構築させる。

あらゆる場所に配備される、諜報機関として生まれ変わった。

六腕と呼ばれる強者たちは―今は五腕になったが―組織の用心棒として働いている。

街中での活動が主であるため、人間且つ、程ほどの強者である方が怪しまれない為だ。

 

「しかし、まさかあの女が聖王女を殺害するとはな。復活を拒否しているというのは本当か? 」

「はい。自分の腹心に殺害されたことが余程ショックだったようです」

「ふむ、私であれば復活させることは容易だが、それは望んでいないのだろう? 」

「ええ。聖王女を眠らせてあげて欲しいとか。愚かな連中ですわ。責任も取らず逃げ出したものを庇うのですから」

 

人間の分際で名乗る王など、所詮はそのようなものだ、と馬鹿にしたような顔でアルベドは嘲笑する。

 

「まあそう言うな。人間というものは弱いものだ。無理に生き返らせても使い物にはなるまいよ」

「畏まりました。では、聖王国に対する賠償請求はいかが致しましょう」

「その辺はアルベド、お前に任せよう。加減を間違えるなよ? 」

「お任せ下さい。必ずや、ご期待に応えて御覧に入れましょう」

 

予定外の思わぬ結果となったが、これで聖王国も手に入る。

上手いこと、南部と北部で騒乱の種を巻いてくれたと考えれば、レメディオスも役に立ったと言えよう。

この世に無駄な命など無いのだ。出来る限り有効に活用しなければ。

 

 

「さて、アルベド。竜王国の方はどうだ? 」

「はい、復興作業は非常に順調に進んでおります。王国からの移民も早速仕事についております。ただ、元々碌な仕事についていなかった連中ですから、余り質が良いものではありませんね。対して、亜人やアンデッドの労働力は非常に好感触を得ているようです」

「ふむ、王国の民は教育を充実させるしかあるまいな。アルベド、与える知識は厳選せよ。余計なものを与え過ぎないようにな。まあ、人間よりも亜人の方が良いところを見せられれば、より融和も進むというもの、そちらは気にすることはあるまい」

「畏まりました。そのように対処致します」

 

前世同様、民衆は完全にコントロール出来るよう、なるべく愚かであった方が―いや、言葉を選ぼう―純朴である方が望ましい。

 

 

 

「近隣では、敵対する可能性があるのはエイヴァーシャー大森林のエルフの国位か。確かここは法国と敵対していたな」

「はい、傲慢で好色な王が暴虐な統治をしているとか。アインズ様が民を開放なされば、さぞかし感謝されることと愚考致します」

 

エルフの国、あの国の王は気に入らん。きっとぺロロンチーノが居たら話し合いもせずに殺してしまっていることだろう。

前世でアウラとマーレの情操教育に良いかと思って、二人を連れて行ったのは大失敗だった。

今世ではシャルティアにやらせるとしよう。ぺロロンチーノも喜んでくれるだろう。

 

「良し、指揮官にはシャルティアを、副官には恐怖公をつける」

「え? 恐怖公ですか? 」

 

恐怖公は冷静な紳士であり、カルマ値も中立な、ナザリックでは非常に希少で優秀な人材だ。

一国の食糧を食い尽くすほどの眷属召喚が出来るので、戦争でも使い勝手が良い。

公爵だけあって、政治や経済、作法にも詳しく、内政面でも何かと重宝する。

 

ただ一点、女性NPCからは人気がない、というか、嫌われていることだけが欠点だ。エントマを除いて。

 

 

「うむ、指揮官としても彼は優秀だ。頭に血が上りやすいシャルティアと組ませるには、冷静な恐怖公は相性が良いだろう」

「さ、左様でございますね。それでは、そのように手配致します」

 

シャルティアに同情しつつ、自分は知能が高く創造されて良かった、と珍しく創造主に感謝した。

 

「それでは、軍の編成はどのように致しましょうか?」

「そうだな、この国は王を討てばそれで終わろう。実質的な軍隊の指揮と編成は恐怖公に任せるとしよう。シャルティア単独で王を討たせろ」

「畏まりました。それは、シャルティアも喜ぶことでしょう」

 

主に、恐怖公のそばから離れられることに。

 

「それと、エルフたちは極力保護する様に。我々は不当な王の暴虐からの解放者なのだからな。シャルティアにも、気高い戦乙女として振舞うよう、厳命しておけ」

 

ちゃんと命令しておけば、彼女たちはきちんと演技をすることが出来る。出来ないのはどこかのポンコツメイド位だ。

それと、王の死体も回収させよう。確か、前世での研究によれば、高レベルの人の皮はそれなりのスクロールになる筈だ。

使えるようなら生き返らせて剥ぎ取りの材料にしよう。レベルも高いから一日に何回も剥いだところで問題にはならないだろう。

 

 

 

「さて、帝国はどうだ?」

「はい、デミウルゴスとの接触の機会を探っているようですね。王国でのことが伝わっておりますので、慎重になっているようです」

「ほほう、では、背中を押してやると良い」

「背中でございますか? 」

「そうだ。皇帝の権力の根拠となっているものは何だ?」

「ああ、成程。畏まりました。では、騎士団の一部を篭絡すると致しましょう」

「うむ、騎士団全員が魔導国の力を分かっている訳ではない。レメディオスのように頭の固いものもいるだろうからな」

「くふふ、騎士団からの要請とあらば、無下にも出来ませんわね。どうせ何をしても無駄なのだから、いい加減、諦めれば良いのに」

「人の世を治めるのにあの男は役に立つ。だが、下に置くためには決して勝てないと分からせねばならない。これはゲームだ。アルベド、楽しめば良い」

 

ジルクニフに好感は持っているが、彼は野望が大きすぎる。

懐に入れるには、まずは心を折ってからだ。

 

 

 

 

―聖王国首都ホバンス―

「全く見つからねえってどういうことだよ? 何やってんだお前ら! 」

 

イライラした様子で、刺青の禿げ頭が部下たちを叱責する。

現在のボスであるデミウルゴスの命令により、聖騎士団団長レメディオスの捜索をしているが、一向に見つからない。

出来ませんでしたで許してくれる相手ではないのだ。

最悪、殺してくださいと泣きながら哀願するような目に合わされるのだから、彼らも必死だ。

 

「糞が! 見つからねえじゃあ済まねえんだよ! 」

 

恐ろしい。見つからなかった時、どんな目に合わされるのか想像しただけで吐きそうだ。

 

「良いかお前ら、どんな手段を使ったって良い。金ならいくらかけても良い。絶対に探し出せ」

 

旧六腕、ゼロは部下たちに号令を下す。

魔皇の配下になって、自分たちなど所詮人間だと思い知らされた。

自分が悪などと、はなはだしい思い上がりだった。本物の悪魔とはどれ程邪悪なものか。

泣きながら小便を漏らし、無様に許しを請う己の姿を思い出す。

もう二度と、あんな恐怖は味わいたくない。

自らも捜索へと赴く、少しでも情報を得るために。

 

 

 

 

 

―リ・エスティーゼ王国―

「聖王国、ひでえことになってやがんな」

 

女戦士ガガーランがエールを呷りながら最新の情報に食いついた。

 

「ちょっと、昼間っから飲まないでよ」

 

いくら最近は冒険者の仕事がないと言っても、油断し過ぎだ。

 

「悪いな。まあ、一杯だけだし大丈夫だって」

「はあ、全く反省してないでしょ? で? 聖騎士団長が暴走して魔導国に戦争を仕掛けたって、馬鹿なの? 」

「信じがたい馬鹿」「歴史に名を残せる馬鹿」

「まあ、馬鹿だろうな。魔導国に戦争を仕掛けるのもそうだが、同盟を結んだ国に戦争を仕掛けるっていうのが信じられん」

「これ、マジな話らしいんだよなあ。セバス様も否定しなかったし」

 

自慢するようにガガーランが続ける。

 

「え? いつお会いしたの? っていうか、エ・ランテルに来たらって話、本当だったの? いつの間に? 本当に行ったの? 」

「当たり前だ。セバス様が嘘を吐くわけねえだろ」

「ちょっと詳しく教えなさいよ」

 

窘めるでもなく食いついてくるラキュース。

 

「止めろ、ラキュース」

「リーダー焦ってる」「まだまだその鎧使える」

「馬鹿言わないで。相手が居たら私だって」

「いないから無理」「もう試合終了」

「お前らいい加減にしろ。話を戻すぞ。聖王女を殺害した聖騎士団長は、現在、聖王国を脱出し、王国かその近隣に潜んでいると思われる」

 

法国は入国審査が厳しい。魔導国は無理。

聖王国を出て向かう先は王国位しかない。あるいは、エルフの国か。

 

「見付けたら生死は問わないらしい。信じがたい額の懸賞金が掛かってる」

「俺らも探しに行くか? セバス様との結婚資金貯めときてえしな」

「ガガーラン、気が早すぎ」「まずはちゃんと恋人関係になってから」

「私もいい加減、相手を見つけたいわね。ラナーに相談してみようかしら」

 

ガガーランの顔が一瞬引き攣ったが、気付いたものは誰もいなかった。

 

 

 

 

―旧スレイン法国―

「さあ、クアイエッセ殿! いよいよ、アインズ様にその信仰を捧げる時が来ましたぞ」

 

二足歩行のゴキブリ、恐怖公が良く通る、爽やかな声で告げる。

 

「遂に、遂に私が神の為に働けるときが来たのですね! この身命を賭して使命を果たして御覧に入れます! 」

 

漆黒聖典第五席次、クアイエッセ・ハゼイア・クインティアは狂喜に身を焦がす思いだった。

ついに神への信仰を示すチャンスが来たのだ。しかも、これは神から与えられた勅命だ。燃えないはずがない。

 

「その意気や良し! ですが、宜しいですな? 今回の目的は、暴虐なエルフの王を討ち斃すこと。吾輩たちの使命は、シャルティア様がエルフの王を討つまでの間、エルフたちを“保護すること”にあります」

 

殲滅ではない。全ての生命を愛している慈悲深き神は、強制的に戦場に送られるエルフたちも救おうとしているのだ。

自分たちは神の代理者として、彼らを救わなければならない。無用な死者を出しては神の名を汚すことになるだろう。

 

「ギガントバジリスクの石化の視線なら、死ぬわけではありません。後で纏めて石化を解除致します」

 

ドルイドでもある恐怖公は、回復魔法もある程度は使用可能だ。

 

「お任せ下さい。この身命に代えましても、必ずや成し遂げてみせましょう」

「頼もしい限りですな。吾輩にとっても久方ぶりの大仕事」

 

恐怖公は、恐らく、笑ったのだろう。

アインズへの狂信的な信仰を持つクアイエッセは、ナザリックの面々ともそれなりに仲良くなっていた。

特に、召喚が得意な恐怖公とはうまが合うようだ。

森林での活動も多く、虫に対して嫌悪感を持っていないのも大きいのかもしれない。

 

「今回吾輩たちが率いる魔獣達は、皆、麻痺や石化、睡眠の能力を持つものたち。能力も高いですが、こちらは相手を殺さない。力の差以上に大変な戦ですぞ」

「勿論分かっております。楽な戦場などどこにありましょう。むしろ地獄の戦場こそが我らが棲家。望んで業火の中に飛び込みましょうぞ」

 

盛り上がっている二人を尻目に、一人佇んでいるのがシャルティアだ。

この二人は暑苦しすぎる。もっと優雅に出来ないものだろうか。

 

「さあ、二人とも。出陣しんすえ。じっくり攻めるように、とのご命令でありんすから、のんびり行くでありんすよ」

 

それでも精々一週間というところだろう。

一日で落としてしまってはクアイエッセや恐怖公の指揮能力、部隊の継戦能力が測れないとのことらしい。

至高の主に捧げる戦い、結果は勝利以外にあってはならない。

鮮血の戦乙女を筆頭に、エルフの国の解放戦争が幕を開けた。

 





―本日は、聖王国在住のZさん(仮名)にお話を伺います。

Z(仮名)「よろしくお願いします」

―早速ですが、Zさんの自己紹介をお願いします。

Z(仮名)「非合法組織H本指(仮称)の幹部をしています」

―H本指(仮称)と言えば、高給で有名ですが、その分激務と聞いています。

Z(仮名)「はい、ただ、最近新しくなった上司のパワハラが酷くて悩んでいます」

―パワハラですか? 具体的にはどのようなことをされるのですか?

Z(仮名)「はい、肩の肉をむしり取られたり、ゴキブリに体の中から食べられたり、発狂するまで拷問されることもありますね」

―それは辛いですね。転職しようとは考えなかったのですか?

Z(仮名)「今の職場は守秘義務が厳しくて、退職時には、全ての記憶を抹消されるんです」

―それでは、転職しても一からやり直しになってしまいますね。

Z(仮名)「この年で0歳からやり直しはきついですからね。そうなったら牧場勤務位しか働ける場所がありません。」

―それでは最後に、就職活動中の方たちに向けて一言お願いします。

Z(仮名)「はい、高給につられてブラック企業に就職してはいけません。今、就職活動中の人たちは、将来をきちんと考えて行動してほしいですね」

―今日はお忙しいところ、ありがとうございました。

Z(仮名)「こちらこそ、ありがとうございました。」




Zさん(仮名)のように、世の中にはまだまだブラック企業で苦しんでいる人が居ます。
魔導国はブラック企業撲滅を推進しています。
貴方の職場がブラックかも、と思ったらお気軽に、お近くの魔導国労働管理局へ。
無くそうブラック企業! 楽しく働ける職場へ!


魔導国労働管理局広報課からのお知らせでした。






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23話

エルフの王「引かぬ、媚びぬ、省みぬ」


―エイヴァーシャー大森林―

「さあ、クアイエッセ殿! あちらにもおりますぞ」

「応! 行け、ギガント・バジリスク」

 

巨大なトカゲから石化の視線が放たれると、エルフたちが悉く石像と化していく。

 

「ふふふ、クアイエッセ殿、疲れましたかな? 」

「恐怖公様、何を仰いますか。このクアイエッセ、今までにない位に力が漲っております。まだまだこれからにございます」

「何とも頼もしい。では、吾輩は隠れているものたちを炙り出すと致しましょうかな」

 

眷属たちに命令を下す。

隠れるところが大量に溢れている大森林で、恐怖公に勝るものなどいる筈がない。

ゴキブリは家屋に住まうイメージがあるが、実際には、そのほとんどが屋外の森林地帯などに生息するのだ。

既に、エイヴァーシャー大森林は、恐怖公の手の中にあった。

 

クアイエッセは恐怖公の召喚術に感嘆していた。

今までは、戦闘能力の高いものを召喚することが第一だと考えていたが、己の視野がどれだけ狭かったか、目から鱗が落ちる思いだ。

恐怖公は完全に戦局を支配している。

相手の情報を完全に掌握することが、どれ程戦場を有利に導くことか。

自分も負けてはいられない。この紳士に師事し、自身の召喚術も更に上を目指すのだ。

 

 

眷属が索敵、僕たちが伏兵を炙り出し、クアイエッセの魔獣が敵兵を捕らえる。

二人のコンビネーションは即席とは思えないほど息があったものだった。

 

 

「ねえ、私は全然働いていないでありんすが? 私の魔法で拘束しても良いんじゃありんせんの?」

 

出番が無いシャルティアは不満げだ。

 

「おや? シャルティア様、吾輩たちがしているのは露払いでございますぞ」

「ん? 露払い? 」

「左様。まさか、アインズ様のお妃の一人であらせられるシャルティア様が只の一兵卒と剣を交えるようなことがあってはなりますまい。この様な些事は吾輩たちが行いましょう。シャルティア様は、敵の大将首のみを挙げることをお考え下さい」

 

成程、確かに至高の御方の妃である自分が、敵の一兵卒と直接剣を交えるなど、おかしな話だ。

 

「それに、今回の総大将はシャルティア様でございます。これはシャルティア様の御威光を示す良い機会になりましょう。大将らしく、堂々と構えておられなさい」

「確かに恐怖公の言う通りでありんすね。大将らしく、自軍の中心で堂々と立っているべきでありんしょう」

「流石はシャルティア様。真打は、敵の大将の首級を上げる時にだけ出るべきなのです。軽々しく表に出ては、シャルティア様の格が下がりましょうぞ」

 

恐怖公の言うことは最もだ。雑魚と一々剣を交える大将など、舐められてしまうではないか。

ここは堂々とした姿を見せることこそ、己の仕事と考えるべきだろう。

 

「良し、恐怖公、クアイエッセ、そなたたちは私の露払いとして、目の前の敵を悉く捕らえなんし」

「それでこそシャルティア様。お任せ下さい」「はっ必ずやご期待に応えて御覧に入れましょう」

 

やれやれ、上手くいった。これで彼女もじっとしてくれることだろう。

シャルティアは飽きっぽい性格ではあるが、決して愚かではない。

自分の役目だと認識すれば、全力でそれを果たそうとするだろう。

最大の障害は排除出来た。後は自分の仕事を果たすだけだ。

恐怖公は心地好い疲労感を感じつつ、再び指揮に集中する。

 

 

 

 

―エルフの国、首都―

もう駄目だ。兵士たちの間に絶望の色が宿る。

法国が魔導国とやらに降ったと聞いた時には、少しだけ希望を持った。

ひょっとしたら戦争が終わるかもしれないと。

 

蓋を開けてみれば、結果は真逆だった。魔導国は法国より遥かに強かった。

見たことがある人間は一人だけ、それも漆黒聖典の実力者だ。

それ以外は、漆黒聖典を遥かに上回る化け物の軍勢だった。

エルフが得意とするはずのゲリラ戦も通用せず、仲間たちは次々に捕らわれていく。

敵の軍勢は、決して自分たちを殺そうとはしない。

ならば、自分たちに残された未来は一つだ。

決して解放されることのない、奴隷としての未来が待っている。

 

兵の一人が、意を決して王のもとへ向かう。

この期に及んで動かないのであれば、自分たちは王を放って逃げるしかない。

果たして、王の気まぐれか、はたまた、同族を哀れんだのか、王自らが出陣することとなった。

長きに亘ったエイヴァーシャー大森林の戦乱は、この日、幕を下ろすことになる。

 

 

 

 

エルフの王が、自分の威を示すように、王城前の魔導国軍の前に立つ。

 

「さて、弱者どもよ、ここまで来られたことは褒めてやろう。だが、本当の強者というものを知らんというのは哀れなものだ」

 

強者として生まれた王は、常に最強だった。敵は全て弱者。それが彼の世界だった。

これまでは。

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王が妃、シャルティア・ブラッドフォールン。その首級(みしるし)、頂戴いたしんす」

「ふん、抜かしおる。だがまあ、見た目は良いな。お前が強ければ私の子供を産ませてやろう」

 

余計なことを言わなければ、或いは、簡単に死ぬことが出来たかもしれない。

赤い閃光が走ったと思ったら、王の左腕は肘から先が無くなっていた。

 

「お前ごときが、アインズ様のものであるこの私に子供を産ませるだと?」

 

魔導国において、最も怒らせてはならない相手は、当然魔導王だ。

しかし、魔導王は非常に温厚で寛容な王であり、そうそう怒りに触れるようなことは無い。

魔導国で最も危険な相手こそ、二人の王妃であり、彼女こそその一人、シャルティア・ブラッドフォールンである。

 

これは不味いな、と恐怖公は考える。

折角、エルフの民たちの前で王と一騎打ちの形になったにも関わらず、王を嬲り殺しにしてしまえば、折角のシャルティアの名声を高める計画が台無しになってしまう。

 

「至高の御方の妃たるこの私にお前ごとき虫けらが! 身の程を知れ! 」

 

エルフの王は、絶対強者であるが故に、自分より強いものの存在を考えたことも無かった。

だからこそ、敵の戦闘能力を推し量るという、この世界の住人であれば、人間であってもある程度備えている能力を持っていなかった。

彼我の戦力差を見誤ったものの末路は常に同じ。

逃げることも出来ず、王は両腕、両足をもがれ、命乞いをする中、頭を踏み砕かれて一騎打ちという名の蹂躙は幕を閉じた。

 

この惨状を、恐怖公はどう治めるべきか、思案していた。

流石に、解放者たる魔導国側が、暴君とはいえ、王を一方的に嬲り殺しにしてしまったら名声も糞もない。

新たな暴君に入れ替わるだけだ。ここは、全員眠らせて誤魔化そうか、などど考えていると、当のシャルティアがエルフたちに向けて笑いかける。

 

「エルフの民たちよ、お前たちを虐げ続けてきた暴君は無様な最期を遂げた。お前たちの怒りを全て返せたわけではないが、多少の留飲は下がったかえ?」

 

さっき自分のことを言われて切れてたじゃないか、とは口には出さない。

恐怖公は出来る男なのだ。

 

「もう、そなたたちを傷付けるものも、不当に奪うものもありんせん。そなたたちは皆、今より、魔導国の民。魔導王、アインズ・ウール・ゴウン様の子となるのでありんすから」

 

先ほどまでの怒りの表情は身を潜め、穏やかな笑顔を写したその神々しい姿は、暴虐の王を斃し、開放を齎した正義の戦乙女。

誰ともなく、跪く。やがて、王城前のエルフたちが皆、膝を折る。

 

どうなることかと思ったが、エルフたちは、自分たちの怒りを代弁してくれたということで―無理やりかもしれないが―納得してくれたらしい。

空気が読める連中で良かった。

どうやら、主には良い報告が出来そうだ。

 

この後、エイヴァーシャー大森林エルフの国は、魔導国に降ることになる。

帝国に出荷され、奴隷にされたエルフたちも、遠からず戻ってくるという。

エルフたちの、王が即位してからの苦難の日々はようやく終わりを告げた。

 

 

 

 

―魔導国首都エ・ランテル、アインズの執務室―

アインズは、エルフの国から戻った恐怖公から報告を聞いている。

 

「ふむ、ちょっと危ないところはあったが、おおよそ予定通りだな。良くやってくれた、恐怖公」

 

シャルティアが居ると、都合の悪いことがあった場合、報告されない可能性があった為、別々に呼び出すことにした。

 

「ありがたき幸せ。この恐怖公、久方ぶりの大仕事に心躍る思いでしたぞ」

「ふふ、楽しんでもらえたなら幸いだな。仕事というものは楽しんでやるのが一番だ」

「アインズ様から頂ける仕事は、全て、吾輩たちにとっての最高の幸福であり、娯楽でもあります」

「うむ、お前たちがそういうことは良く知っているとも」

 

アインズは一旦話を切り、そして続ける。

 

「さて、お前の報告にあったこいつだが、今も位置を把握しているな? 」

「当然でございますとも、吾輩の眷属は、強さこそありませんが、どこにいても不思議は無いもの。気付かれたとて、何の問題もございません」

「そうだろうとも、で、どこに向かっている? 」

「はい、この方向であれば、恐らく、エ・ランテル方面かと」

「そうか、では、待っていれば私のところに来るかもしれんな」

 

アインズと恐怖公は顔を見合わせてニヤリと笑う。

どちらも表情は変わらないが。

聖王女殺しの聖騎士、レメディオス・カストディオ。

目的はアインズの命か、であれば、誰に会いに行くのか。

 

「デミウルゴスを呼べ」

 

アインズの声が執務室に響いた。

 




コキュートス「私ハ大将失格ダ、ウォオオオオン」
恐怖公「いや、シャルティア様に申しましたのは言葉の綾というか」
コキュートス「ウオオオオオオオ、アインズ様ニアワセル顔ガナイ」
恐怖公「耐性切って飲んだのは失敗でした。デミウルゴス様、早く来て下さい」


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24話

レメディオス全国デビュー


―ローブル聖王国首都ホバンス、王城の一室―

「おい、嬢ちゃんよ、もういい加減に休め」

 

ケラルト・カストディオは、もうどれくらい寝ていないだろうか。

このままでは、何時倒れてもおかしくない。

今この女に倒れられては、この国は終わりだ。唯でさえ、致命的な状況だというのに。

 

「悪いわね、オルランド。私は休んでる時間なんて無いの」

 

ケラルトはすっかりやつれ、目の下には隈が出来ている。

彼女は、姉と親友を同時に失ったのだ。それも、最悪の形で。

いや、姉はまだ生きているかもしれない。だが、その場合は自分が処刑しなければならない。

 

「逃げてもどうしようもねえぞ」

 

ジロリ、とケラルトが睨みつけるがオルランドは意にも介さない。

 

「どこにも逃げ道なんてねえんだよ。次、これからどうするかを考えろ」

 

常に戦場の最前線に立ってきたオルランドは、いざとなれば上官も部下も切り捨てる。

時には自分の命すら切り捨てる覚悟を持っていた。

 

「いやよ、全部私のせいだもの」

「何言ってんだ。あの時同盟を結んでなけりゃ、南部の馬鹿どもが暴走してた可能性だってあっただろうがよ」

「姉さまのことだって、私がちゃんと考えるようにさせていれば、こんなことにはならなかった」

「馬鹿かお前、何で手前の姉ちゃんの面倒まで、お前が見る必要があんだよ? レメディオスが馬鹿なのはあいつ自身のせいだろが。何でもかんでも、自分で出来ると自惚れてんじゃねえよ」

「……慰めるなら、もっとちゃんと慰めなさいよ」

「良いからとっとと寝ろ。これからもっと忙しくなるんだからよ」

 

聖王女の死後、聖王国は二つに割れた。

旧聖王女派の北部と、反聖王女派の南部に。

北部は、聖王として王兄のカスポンドを擁立したが、南部の貴族たちがこれに反対、聖王国は内戦勃発が間近だった。

聖騎士団を失った北部では、兵力で明らかに負けている。

魔導国に降り、その庇護下に入るのが最も現実的な選択肢だろう。

ケラルトは、その最終調整を行っていた。近日中に新聖王の承認を受け、決定することだろう。

 

南部の貴族たちの後ろで糸を引いている八本指という組織には、誰も気付いては無かった。

 

 

 

 

 

―バハルス帝国帝都アーウィンタール、帝城の一室―

皇帝ジルクニフは、報告書に目を通し、いつも通り頭を抱えた。

手についた抜け毛は部下に見られないよう、さっと払う。

 

「聖王女が崩御だと? 聖騎士団長に殺害されたというのは本当か? 」

 

帝国から聖王国までは相当の距離がある。

真贋の確認だけでもそれなりの時間がかかる。

 

「どうやら間違いないようですぜ。まあ、脳筋だって聞いてましたがね。いくら何でもあり得ませんよ」

 

聖王国を象徴する聖騎士団が、同盟を結んだ相手に攻め込む。

この時点で、国家として致命傷だ。

近隣国家全てを敵に回しても当然の行為だと気付かない奴が聖騎士団団長とは、聖王国はどうなっているんだ?

対魔導国の同盟相手として考えていたが、早まらなくて良かった。

 

「に、してもこの女の行動は訳が分からん。聖王女を殺害して逃げるとは」

「狂人の行動なんて理解出来る奴はいませんよ」

 

バジウッドの言う通りだ。

こいつは理解出来ないレベルの狂人だ。

 

「問題は、聖王国が、いつ内乱に突入するかだな」

「もうすぐでしょうな。それまでに魔導国の属国になれれば、少なくとも北部は助かるでしょうが」

 

どっちにしても聖王国は魔導国に食われる。

同盟相手として、都市国家連合は小さすぎる。

このままでは、帝国は遠からず完全に孤立してしまう。

 

「騎士団はどうだ? 」

「あいつらは、直接魔導国を見てませんからね。デミウルゴス、いや、魔皇ヤルダバオトを利用して魔導国に対抗するべきだって息巻いてますぜ」

 

ジルクニフが大きく溜息を吐く。

 

「バジウッド、暴走するような馬鹿が居れば切れ」

「分かってますって」

 

絶対者だった皇帝の権力が段々削られているような気がする。

魔導国はまだ、何も仕掛けてきてはいないというのに。

既に信用できる側近は、秘書官の数人と帝国四騎士、いや、一人魔導国に行ったので三騎士位だ。

 

フールーダからは、つい先日、手紙が届いた。

魔導王から、手紙くらい出せと言われたらしい。

研究の日々がたまらなく楽しいらしい。

毎日が新しい発見で、寝る暇さえ惜しい位だと。

ドワーフやドラゴンの友人が出来たと楽しそうに書いてあった。

誰のせいでこんな苦労をしていると思っているのか。

 

シクシクと痛み出した胃を押さえ、今日も政務に向かいあう。

もう諦めても良いんじゃないかなとか考えながら。

 

 

 

 

 

―リ・エスティーゼ王国王都、ロ・レンテ城内、ヴァランシア宮殿の一室―

「エイヴァーシャー大森林、エルフの国も魔導国の版図に加わるようですね」

 

新女王ラナーが優雅にお茶を淹れる。

 

「ええ、帝国で奴隷として扱われているエルフたちも買い取り、国へ帰すとか」

 

宰相レエブン候が飲んでいたカップを下ろし、答える。

 

「しかし分かりませんね。何故、魔導王陛下は帝国に金を渡すような真似を? 魔導国の力であれば、奴隷たちを返還するよう、実質命令することも出来るでしょうに」

「力で、無理やり言うことを聞かせるのは魔導王陛下の好みではないのでしょう。強引すぎる行為は反感を買いますからね」

「あれだけのお力があって尚、恐ろしいほど慎重なお方ですな」

 

そうで無ければ、あのような強者たちに絶対の忠誠を抱かせるほどの王たり得ないのかもしれない。

嘗て、王位簒奪を望んでいた自分はどれ程、身の程知らずだったのか。

 

「さて、女王陛下。クライム殿との婚姻の件ですが、反対するものはございません」

「そうですか。ふふ、やっと夢が叶うのですね」

 

この女王の夢がどんなものか、思い出したくもないが、自分に関係が無ければどうでも良い。

新王となるクライムには可哀想だが、いや、彼も想い人と結ばれるのだ。

きっと良かったと思うことだろう。

 

「それでは、儀礼についてのレクチャーを始めましょう」

 

平民出身の新しい王と美しい女王はきっと民の祝福を受けることだろう。

後に女性好みのラブロマンスとして謡われるかもしれない。

知らないということは、実に幸せなことだ。

 

 

 

 

 

 

―エ・ランテル、アインズの執務室―

「さて、例の愚かな女は、いつ頃やってくるでしょうか?」

 

デミウルゴスは心底楽しそうだ。

それも当然だ。彼は悪魔なのだから。

妹と親友に殺されそうになり、親友を殺した女などは悪魔の大好物だろう。

彼女の心中は、察するに余りある。

それだけに楽しみだ。今が底と思っているものを、更なる底に叩き落すのは。

 

「デミウルゴス? 余り趣味に走らないでよ? アインズ様のお名前を汚すようなことは許さないわよ」

 

溜息を吐きながら釘をさすのは、魔導国宰相にして正妃たるアルベド。

 

「で、どうだ? 恐怖公? 」

「はい、アインズ様。ここ数日中にエ・ランテルに到着予定というところですが、些か問題がございますな」

「やはりそうか。ここまで考えなしだとどうしようもないな」

 

アインズは掌で顔を覆う。

そんなはずは無いのに、頭が痛い。

 

「本当に、そのまま都市に侵入するつもりなのでしょうか? 」

「変装もしておりませんし、装備も聖王国の聖騎士のままですぞ。バレない方が難しいというものです」

 

常に、紳士としての態度を崩さない恐怖公も、流石に呆れ声だ。

もういっそ、こっちから迎えに行った方が良いんじゃないだろうか?

いや、民衆の前で悪に堕ちた聖騎士を斃す方が見栄えが良い。

彼女を利用して、反魔導国の戦力の旗頭にしようと考えていたが、この頭では無理だろう。

折角ここまで来たのだから、もう少し頑張ってもらおう。

多少の計画変更も余儀なくされたが、それもあと少しだ。

どうせ逃げることも出来ないのだし、焦る必要はあるまい。

 

「彼女は悪の道に堕ち、身の程知らずな野望を抱き、魔導国を侵略。それを阻止しようとした聖王女を殺害し逃亡した」

「自身の野望を阻害されたことを逆恨みして、アインズ様を狙ったというシナリオで宜しいでしょうか? 」

「そうだな、それで問題は無い。さて、この国に侵入するために、彼女には変装してもらわねばならん」

「しかし、手持ちの装備など無いように見えますが」

「良いか、彼女は悪の騎士なのだ。デミウルゴス? 」

「なるほど、そういうことですか。畏まりました。では、彼女の前を、行商人一行が不幸にも“偶然”通ることになるでしょう」

 

正義を標榜する聖騎士が堕ちていく姿を想像するのは、たまらない愉悦だ。

 

「正義が聞いて呆れるな。まさか、罪もない一般人を殺害して金品と衣類を強奪するとは」

「くふふ、そうです。衣服に付着した真新しい血痕について、職務質問を受けてもらいましょう」

「往来で剣を抜いて貰いますか。幼子などを人質に取ってもらうのはどうでしょう? 」

「うむ、これは聖騎士の掲げる正義を真っ向から否定する為のデモンストレーションだ。彼女にはトコトン悪役になってもらうとしよう」

「正義の執行者の筈が、悪魔であるデミウルゴスに力を借りることを望むなんて、本末転倒ですね」

「大通りのど真ん中で実行することとしよう。ああ、不幸にも命を落とした行商人は私が蘇生するとしよう。我が国の民なのだからな」

 

邪悪な聖騎士の亡骸を引き渡し、北部聖王国に恩を売っておくとしよう。

南の方も上手くいっているようだ。南側も安定した統治を行うためには、泥沼の内乱になるのが望ましい。

国民の誰もが平和を望むような、そんな状況でこそ、手を差し伸べるべきだろう。

そろそろ新聖王が暗殺され、南側が新しい聖王を担ぎ出す頃だ。

 

翌日、エ・ランテル近郊で街道を外れた商人一行が殺害され、金品などを奪われる事件が起こった。

魔導国政府は、街道沿いは警備のアンデッドが巡回しているので、必ず街道を通るよう声明を出した。

犯人はまだ、捕まっていない。

 




フールーダ「ジルクニフへ。わし、今超ハッピー。毎日がパラダイス。気が合うドワーフやドラゴンの友達も出来ました。ジルクニフも元気かな?わし、超元気」


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25話

次回はいよいよ最終回。


―エ・ランテル近郊の森―

 

何故、こんなことになった?

レメディオスの手には、血塗られた短剣が握られていた。

 

 

 

アベリオン丘陵での戦いの前、グスターボがちらりと言っていた。

魔導王の側近、デミウルゴスは魔導王の魂を望んでいると。

自分だけでは、あの魔導王には勝てないだろう。

それでも、魔導王に匹敵する強者が居るならば、それをぶつければ良いのだ。

そう考えて、人目を避けて、何とかここまで辿り着いた。

 

もう、明日にでもエ・ランテルに到着だというところで、ふと気が付いた。

自分の格好は、聖王国を出たときのままだ。

このままエ・ランテルに到着した場合、見つかってしまうかもしれない。

ふと、声が聞こえた気がした。

 

「そのままの格好で城門を潜るつもりかい? 」

 

涼しげで優しい、囁くような声は、頭の中に溶けるかのように染み渡っていく。

やがて、目の前を、行商人一行と思しき連中が通るのが見える。

また、耳元で声が聞こえた。

 

「彼らから服を借りよう。同じ人間同士だ。話せば分かってくれる筈だ」

 

声に従い、フラフラと行商人たちを呼び止める。

不思議と、冒険者などの護衛を雇っていないように見える。

 

「おや? どうされました?」

 

行商人らしき男が尋ねてきた。

 

「ああ、実は、着るものを貸してもらえないだろうか? 荷物を取られてしまってな」

「それは難儀なことですな。いやあ、実は、私共も突然馬が暴れだしましてな。いつもは大人しいのに。全く、街道を随分外れてしまいましたわい」

「そうか、ところで、護衛の姿が見えないが、大丈夫なのか? 」

「ああ、魔導王陛下のお陰で、街道ではアンデッドの警備兵が巡回しておりますでな。軍隊が来ても追い返せますわ。お陰で護衛の料金が浮いて、魔導国様様ですわい」

 

気の良さそうな男だが、魔導王を褒めるのは気に入らない。

 

「ところで、貴方は冒険者ですかな? おや? そのマント、あれ? 」

 

と、レメディオスの顔を見た男の顔が一変する。その目は、恐怖に濁っている。

頬は痩せこけ、目は落ち窪んで隈が出来ているが、手配書で見た顔に間違いない。

後ろの荷馬車に向かい叫ぶ。

 

「に、逃げろ! 聖王女殺しの聖騎士だ! エ・ランテルに走れ! 」

 

既に自分の手配書でも回っていたのだろうか? そう考える前に、また声が聞こえた。

 

「逃げられたら終わりだよ? 魔導国軍が動き出したら、エ・ランテルに辿り着くことなど出来ないだろうね? 彼らの口を封じなくては」

 

馬鹿なことを。自分は正義の騎士なのだ。唯の民間人を殺すことなど出来る筈がない。

 

「彼らはアンデッドの支配を受け入れたのだよ? それは悪ではないのかな? 魔導王の統治を喜ぶような奴らは悪だろう? 正義を為さなくては、君は聖騎士なのだから」

 

優しく囁く声に操られるように、レメディオスの体は動き出す。

そうだ、奴らは敵だ。

アンデッドの支配を受け入れるような奴らが居るから、カルカは死んだのだ。

一瞬、目の前が暗くなったような、殺意で自分が塗り潰されるような気がした。

気付いた時、目の前の人間は、全員死んでいた。

 

「良くやった。これは正義の行いだよ。君は何も間違っていない」

 

もう考えるのも億劫だ。

だが、自分を肯定してくれるこの声は心地好い。

 

「さあ、必要なものを貰っていこう。大丈夫、悪を討てば、君はまた正義の騎士に戻れるさ」

 

そうだ、悪を討つのだ。

 

「魔導国の首都、エ・ランテルで魔皇に会おう。奴を焚き付けて、魔導王にぶつけるんだ」

 

そうだ、その為に態々ここまで来たのだ。

あの屈辱を晴らし、カルカの仇を取り、カルカの望んだ国を守るのだ。

 

遠くで誰かが笑った。その声がレメディオスの耳に入ることは無かった。

 

 

 

 

―エ・ランテル中心部大通り―

 

ケラルトが言っていた通り、本当に栄えている。

人通りも多いが、道幅が広い為、不便はない。

亜人もアンデッドも、普通に街の中を歩いている。

こんな国はあってはならない。

そうだ、この国は亡ぼさなくてはならない。

この国に生きる人間も、亜人も、全員殺さなくては。

ブツブツと呟きながら大通りを歩くレメディオスに、ふと声がかけられる。

 

「もし、そこの方。そのマントの汚れ、血痕ではありませんか? 少し、調べさせて貰っても宜しいですか? 」

 

衛兵らしき男だ。

随分と丁寧に聞いてくるところを見ると、こちらを冒険者か何かだと思っているのかもしれない。

 

「いやあ、すみませんね。つい先日、この近くで強盗が出たって話でしてね。行商人一行が襲われて金品を奪われたんですわ。まあ、魔導王陛下の治めるこの土地でそんな狼藉を働く奴なんぞ、すぐに捕まってコレですがね」

 

衛兵らしき男は、手で首を斬るような動作をする。

 

「いやあ、魔法ってもんは便利ですね。被害者の血かどうか、簡単に見分けることが出来るらしいんですよ」

 

そういってスクロールを使用する。

 

「え? あ、」

 

反応を確認する前に、男は斃れた。

レメディオスの短剣が、男の首を切り裂いていた。

一瞬の静寂の後、大きな叫び声が木霊する。

 

「糞! ここまで来て」

 

悔しそうにレメディオスが吐き捨てる。

叫び声を上げる少女が目に入る。

 

「その娘を人質に取りなさい」

 

また耳元で声が聞こえる。

抗うことも出来ず、そのまま子供を捕らえ、のど元に短剣を突き付ける。

 

「魔導王を呼べ! 」

 

考える前に口が動いていた。

ざわざわと騒ぎ出す周りに対し、もう一度繰り返す。

 

「魔導王を呼べ! この子供を殺すぞ! 」

 

 

 

 

―エ・ランテル、アインズの執務室―

 

「ようやく来たか」

 

アインズは、大きな溜息を一つ吐いた。

エ・ランテルに辿り着くだけのことで、此処まで苦労させられるとは。

彼女の面倒を見ていたケラルトなどは苦労していたことだろう。

 

「それにしてもご苦労だったな、デミウルゴス」

 

レメディオスが馬鹿な行動をしないよう、本当に一々、支配の呪言を魔法で耳元に届け、行動を誘導してきたのだ。

 

「ふふふ、とんでもありません。アインズ様と共同で作業が出来るなど、至福の至り。これだけはこの女に感謝しております」

 

本当に嬉しそうな、邪気の無い笑顔でデミウルゴスが答える。

 

「それではクライマックスだな」

 

アルベド、デミウルゴスを連れ、転移門(ゲート)を開く。

さて、愚かな聖騎士の最期だ。

 

 

 

 

―エ・ランテル中心部大通り―

 

「早く魔導王を呼んでこい! 」

 

聖王女殺しの聖騎士、レメディオス・カストディオは、質の悪い悪夢の中にいるような気分だった。

周りは人間の衛兵と、アンデッドの衛兵が取り囲んでいる。

手の中にいる子供の母親らしき女が泣いている。

どれだけ時が立ったのか、或いは、数分にも満たないのか。

やがて、空中に黒い穴が開く。

アベリオン丘陵で見た転移の魔法だ。

 

「魔導王! 」

 

レメディオスがアインズを見るその目は、憎悪で濁っている。

 

「ふむ、聖王女を殺し、今度は私を殺すつもりか? 成程、世界に騒乱の種を蒔けば、腕に覚えがある自分も国を持てるとでも思ったか? 」

「ふざけるな! 貴様のせいでカルカが死んだ! 聖騎士達も皆死んだ! 全部お前のせいだ! 」

 

いや、今回は本当に何もしてないだろ、と思ったが、流石に口には出せない。

それにしても、この女は魔法で操ってるわけでもないのに、逆恨みが過ぎないだろうか?

 

「同盟を破って、我が国を侵略したのは君だろう? 聖王女を手にかけたのも君自身だ」

「お前が同盟など持ち掛けなければこんなことにはならなかった! 」

「それもおかしな話だ。私は、聖王国と友好的な関係を築こうとしていただけだ。それに、同盟の話もそちらのケラルト殿から持ち掛けられたものだ」

「くっ卑怯だぞ! 」

「いや、何でだよ」

 

いかん、思わず素が出てしまった。

 

「お前が魔皇ヤルダバオトか! 私に力を貸せ! こいつを斃すんだ! お前はこいつの魂を手に入れる為に仕えているんだろう? 」

 

デミウルゴスが呆れ顔で答える。

 

「ふふ、貴方のような欲望に満ちた人間は嫌いではありませんよ。ですが、貴方はアインズ様に対するには弱すぎる」

「私が弱いだと? いや、魔導王に勝てなかったのは事実だ。だが、私が欲深いみたいな言い方は何だ! 」

 

デミウルゴスが嘲笑と共に答える。

 

「貴方は己の欲望の為に魔導国を侵略したでしょう? 同じように、親友であった筈の聖王女も殺害したではありませんか。自分の意にそぐわない行動を取ったからといって」

「違う! 」

「違いませんよ。貴方は自分の欲望の為なら何でも犠牲に出来る。エ・ランテルに入る為だけに、善良な一般人を殺害した貴方ならね」

「黙れ! 」

「自分より強いものが掃いて捨てるほどいることを聞いてどう思いました? もう、自分の価値が無くなったのではないかと不安になりませんでしたか? 今まで優しかった聖王女と妹が自分を必要としないのではないか、と思いませんでしたか? ケラルト殿の護衛の戦士からも話を聞いたのでしょう? 」

 

デミウルゴスは良く通る声で、公衆の面前で、彼女の心を抉る。

 

「うるさい! 黙れと言っている! 」

「貴方は、自分の欲望の為だけに聖騎士団を利用し、罪もない亜人たちを虐殺した。自分の思い通りにならない聖王女を殺害した。実に欲深い。貴方こそが正に人間の欲望の権化! そう思いませんか? 」

「だまれええええ!! 」

 

このあたりで良いだろう。もう十分だ。

 

「さて、レメディオス・カストディオ、大人しく縛につけ。そして、法の裁きを受けるがよい。時間停止(タイム・ストップ)

 

時間を止め、子供を救出する。

時間停止解除と同時に、不死者の接触(タッチ・オブ・アンデス)で麻痺させよう。

時が動き出すと同時に、レメディオスの体に触れる。

レメディオスの体から力が抜け、崩れ落ちる。

 

―はずだった。

 

 

「は? 」

 

アインズの左手がレメディオスの体に触れた瞬間、彼女の体に変化が訪れる。

 

「嘘だろ? まさか、こいつは……」

 

 

 

巨大な蛇の体。無数に蠢く触手。

世界を崩壊せしめるほどの、強大な力を感じさせるそれ。

アインズは良く知っている。

ユグドラシルでも何度も戦った。

 

 

 

それ―世界を喰らう怪物―ワールドエネミー、世界喰い<ワールドイーター>。

一瞬の後、ゆらりと陽炎のように揺らめき、それは消えた。

 




みなさん、いよいよお別れです!
世界を守る守護者達は大ピンチ! しかも! レメディオスの体を依り代としたワールドイーターが、アインズ様に襲い掛かるではありませんか!
果たして!全宇宙の運命やいかに!
強くてニューゲーム 最終回「アインズ・ウール・ゴウン大勝利! 至高の未来へレディ・ゴーッ!!」


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最終話

―エ・ランテル、アインズの執務室―

 

「まさか、この世界にもワールドエネミーが現れるとはな」

 

アインズも驚きを隠せない。

何故、レメディオスの体に触れた瞬間、あれが出てきたのか、消えた後、何処へ行ったのか?

早急に見付けなければならない。

 

アインズは、前世で星を砕いたのが世界喰い<ワールドイーター>だと確信していた。

前世で、ワールドアイテムの効果がなかったのはこいつのせいか。

確かに、ワールドエネミーにはワールドアイテムは効果がない。

 

 

世界喰い<ワールドイーター>は、文字通り世界を喰らうものである。

ゲームでは、色々なイベントを達成した後、最初の街の近く、恐らくは最初に訪れるダンジョンに出現する。

 

それにしても、本当に一つの星を喰らいつくすとは驚きだ。

只のフレーバーテキストだったはずなのに。……フレーバーテキスト?

アインズがエンサイクロペディアを取り出す。

 

世界喰い<ワールドイーター>のフレーバーテキストには、こういう一文が書いてある。

 

『世界を喰らいつくす蛇。人間の魂が集まり、欲望が具現化したもの』

 

ここで、アインズは前世での実験を思い出す。

人間の魂、フールーダに研究させていたことの一つだ。

経験値を消費するスキルや超位魔法と、魂を消費する始原の魔法。

どちらも同じようなことが出来るなら、魂とは経験値と同じではないか? と。

結局、結論は出なかったが、それらは同じ性質を持つものであることだけは分かった。

 

 

アインズは、既に、ある結論に達していた。

恐らくは、人間の魂の総量がある一定値に達した段階で、フラグが立つのではないか。

いくつか条件はあるかもしれないが、それによって世界喰い<ワールドイーター>が現れるのだろう。

思い当たる節がある。前世では30万年だったのが、今世では、転移からの極僅かな期間で現れたことだ。

今世の人間の魂の総量は、まだまだ少ない筈だ。

それが一気にキャパシティをオーバーする要因。

アインズの両腕に吸収されたワールドアイテム<強欲と無欲>。

人の魂と経験値が同質のものであるならば、これに蓄積された経験値が世界喰い<ワールドイーター>を呼び寄せたことは間違いないだろう。

 

 

急がなくてはならない。

奴のフレーバーテキストにはこういう一文がある。

 

『世界喰い<ワールドイーター>は、7日間かけて世界を喰らい尽くす』

 

時間は少ないが、奴が何処にいるかは想定内だ。

 

「ニグレドを呼べ」

 

直ぐにセバスがニグレドを連れて入室してくる。

 

「アインズ様、ワールドエネミーが出現したとお聞きいたしました」

「うむ、ワールドエネミーには通常の索敵は通じない」

 

当然だ。そうであってはゲームにならない。

だが、この世界はゲームではない。

 

「恐怖公の眷属の目を通じて、この洞窟の映像を映せ」

「畏まりました」

 

ニグレドの魔法により映し出されたそこには、アインズの予想通り、確かに世界喰い<ワールドイーター>がその巨体を横たえていた。

 

「良し、場所は分かったな。今から一時間後、階層守護者達はフル装備でエ・ランテル広場に集合せよ。私は助っ人を連れてくる。それと、ニグレドはパンドラズ・アクターと協力し、私たちの戦いを中継せよ。良いか? 世界中の都市の空に投影するのだ。音声付きでな。出来るな? 」

 

これだけ大きなイベントは早々ないだろう。

折角だ、ユグドラシルの時のように、全世界に公開中継して楽しんでもらおう。

 

「はい。パンドラズ・アクター様のご協力があれば、問題なく」

「うむ、良い返事だ。では、各員、状況を開始せよ! 」

 

アインズはナザリックに一旦戻った後、すぐに転移門(ゲート)を開く。

この世界の助っ人を誘いに。

 

 

 

 

 

―評議国、某所―

 

「ツアー! さあ行くぞ! 世界のピンチ。つまり、お前の出番だ! 」

 

巨体を横たえて休んでいた白金の竜王は、呆れた顔を向ける。

いきなり現れてサムズアップしながら何を言っているのだ、この骸骨。

 

「アインズ、君はいつも突然やってくるね。今度は何だい?」

 

この骸骨のことだ、きっとまた、無茶ぶりをしてくるに違いない。

 

「ああ、前に話しただろ、俺の前世の話だ。星を砕いた怪物がこちらにも現れやがった。今から斃しに行くからお前も来い」

 

ほら、やっぱりそうだった。

 

「あの、アインズ? 良く分からないから説明してくれないか? 」

「じっくり説明してやりたいが、時間がない。奴は顕現してから7日で世界を喰らい尽くす。だから今すぐ支度しろ」

「ええ?」

「これはユグドラシルの化け物による破壊だ。分かるな? これこそ世界を汚す力だろう? 」

 

この骸骨の強引さは相変わらずだが、確かに言う通りだ。

この世界が終わるなら、それは、この世界の寿命によるものでなければならない。

 

「分かったよ、じゃあ、ちょっと待っててくれるかな」

「準備が出来たら声をかけろ。私の部下たちと共に出陣する」

 

きっちり5分後、アインズとツアーはエ・ランテル中心の広場に転移する。

 

 

 

 

―エ・ランテル広場―

 

先ほど顕現した化け物について、魔導王自らが説明して下さるということで、既に人だかりが出来ていた。

そこに、魔導王とツアーが転移で現れる。

既に守護者達は勢揃いだ。マーレとコキュートスも竜王国からシャルティアの魔法で帰ってきている。

 

「さて、魔導国の民たちよ、先ほど現れたあの怪物は、世界喰い<ワールドイーター>。世界を喰らい尽くす化け物だ。」

 

世界を喰らうという怪物。

おとぎ話のような話だが、魔導王もまた、おとぎ話に出てくるような人物だ。

その魔導王本人が断言するのだから、本当のことなのだろう。

 

「嘗て、私が支配していた世界は奴の手によって砕け散り、失われた」

 

魔導王ですらあの怪物を止められなかったのかと、どよめきが起こる。

 

「だが、私は二度も失敗するほど愚かではない。前回は、奴の所在をつかむことが出来なかった。だが今回は違う。これより、我々は世界喰い<ワールドイーター>を討伐に向かう! 」

 

力強く魔導王が宣言する。

エ・ランテル広場に集まった民は確信している。魔導王が負ける筈がないと。

 

「魔導王陛下万歳! 」

 

誰かが叫んだ。

それはすぐに波のように広がっていく。

やがて、広場は歓声の渦に包まれた。

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

アインズ一行が転移で訪れたのは、トブの大森林、地下の大空洞の入り口だ。

 

「私にとって、この世界の最初のダンジョンと言えばここに当たるのだろうな。まあ、行くことは無かったが」

 

ナザリックから最も近いダンジョンと言えばここだった。

余計なところばかりゲームと同じだが、今回に限ってはありがたい。

 

「さて、世界中の民が見ていることだ。まずは派手な奴から行こう」

 

アインズの体を中心に魔法陣が浮かび上がる。

 

「超位魔法、天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)

 

天空から超巨大な剣が降ってくる。

それはトブの大森林、地下の大空洞の上部を吹き飛ばした。

 

「これで中継しやすくなったことだろう」

 

土煙が引いた後、現れたのは、信じがたいほどに巨大な蛇の体と蠢く触手の怪物、世界喰い<ワールドイーター>。

 

「こ、これが世界を喰らう怪物……」

 

ツアーの呟きには、怯えが混じっている。

これは八欲王など、比べ物にならない程の怪物だ。

 

不安そうなツアーを横目に、世界喰い<ワールドイーター>を見ているアインズは、今頃になって怒りが沸きあがってきた。

これまでは驚きが勝っていたが、落ち着くにつれ、怒りがこみ上げてくる。その対象は当然、糞運営だ。

 

「糞運営が。世界を喰らい尽くす怪物こそ、人間の欲望だって? どんだけ使い古された陳腐なテーマなんだよ。今日日、ゲーム制作者でそんなこと言う奴いねえよ。もう少し凝ったアイデア無かったのかよ。だから糞運営とか言われるんだよ。俺と子供たちで頑張って作った世界を壊しやがって。今回も壊すだと? ふざけるなよ! 絶対に許さん! 叩き潰してくれる!! 糞運営殺す!」

 

 

 

 

 

―エ・ランテル広場―

 

いつも温厚な魔導王が怒っている。

“くそうんえい”というのは良く分からないが、きっと悪い奴らなのだろう。

世界が終わるかもしれないというのに、エ・ランテルの市民の心は喜びに満ちていた。

 

魔導王は、自分と子供たちの国と言ったのだ。自分たちを自分の子供だと。

絶対的な超越者だと思っていた。

しかし、人と同じように怒り、笑うのだ。

自分たちの王は、何と愛に溢れた方だろう。

我ら魔導国の民は、神に愛された、神の子なのだ。

誰かが膝を折り、祈りを捧げる。

やがて、それは広場の、エ・ランテルの、そして世界の全てに広がっていく。

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

「さて、お前たち、手筈通りに行くぞ」

 

「承知。一番槍、ツカマツル。≪能力向上≫≪能力超向上≫≪真・能力向上≫≪神・能力向上≫三毒ヲ切リ払エ、不動明王撃(アチャラナーダ)! 」

 

コキュートスの斬撃が世界喰い<ワールドイーター>の巨体を切り裂く。

複数の武技により、能力強化してある。相当なダメージになったことだろう。

 

「あれ? アインズ? 彼は武技を使えるのかい? 」

 

ユグドラシルのNPCは武技を使用できない筈だ。

 

「ああ、あれは私が始原の魔法で作ったアイテムによるものだ」

 

何でこいつが使えるんだよ?

 

「竜王国の女王いるだろ。前世であいつからタレントを貰った」

 

さらっと、なんてこと言いやがる。

 

「それと、あの刀、神刀・斬神刀皇。あれは相手の防御力を完全無効化する効果を持っている。それこそ紙だろうが、ヒヒイロカネだろうが一刀両断だ」

 

骸骨の顔だが、自分には分かる。良く分かる。そのドヤ顔止めろ。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル兵舎―

 

「うおおおおおお!!!」

 

コキュートスの、自分たちの将軍たる武神の、本気の斬撃を初めて見る兵士たち。

既に、兵舎は興奮の坩堝だった。

 

「おう、ザリュース、ゼンベル」

「どうした、バザー? お前は祈らなくて良いのか?」

「馬鹿か? コキュートス将軍と魔導王陛下が一緒に戦場に立ってんだぞ。どうやったら負けられるんだよ? 」

「へへっ違いねえ」

「そうだな、あの方々が負ける筈がない」

「だろうよ、訓練でもするか? 」

「良いな」「よし、やるか」

 

訓練場では、剣戟の音が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

マーレの補助魔法とアウラのデバフが終わるまでは、シャルティアが壁役だ。

 

「さあ、かかってくるでありんす! 」

 

世界喰い<ワールドイーター>の複数の触手がシャルティアに襲い掛かる。

いくら神器級の装備とはいえ、ワールドエネミーの攻撃力は絶大だ。

一気に6割ほど体力を持っていかれる。

 

「アインズ、不味い、彼女に回復を」

 

ツアーが叫ぶが、アインズが取った行動は下位アンデッドの召喚だ。

 

「シャルティア! 」

 

言うや否や、アインズが呼び出したアンデッドはシャルティアの槍に貫かれた。

瞬間、シャルティアの体を光が包み込まれたと思ったら、完全に回復していた。

 

「は? 」

「ふふふ、あれが神槍・スポイトランスだ。回復能力に特化させてな、大体、レベル20以下位のモンスターを殴れば全快する程だ」

 

自慢気に話すアインズの顔がムカつく。だからそのドヤ顔止めろ。骸骨の表情が分かるようになった自分が悔しい。

 

 

 

 

 

―エイヴァーシャー大森林、エルフの国―

 

「シャルティア様!! 」

 

エルフたちの絶叫が響く。

深紅の鎧に身を包む戦乙女に、複数の触手が叩き付けられる。

 

「狼狽えるな! 」

 

クアイエッセが一喝する。

 

「お前たちの神を信じよ! あの程度で倒れるはずが無い! あのお方こそ、魔導王陛下の守護者最強、シャルティア・ブラッドフォールン様であらせられるぞ! 」

 

そうだ、自分たちの為に怒って下さった戦乙女を、自分たちが信じずして誰が信じるのか。

 

「我らに出来るのは信じることのみ。迷うな、我らの神に勝利以外の結果がある筈が無い!!」

「そうだ! シャルティア様を信じよ! 」「シャルティア様、勝利を! 」

 

エルフたちの応援が森林に木霊する。

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

補助魔法をかけ終わったアルベドがシャルティアと交代する。

挑発スキルでヘイトを稼いだアルベドに、世界喰い<ワールドイーター>の触手が叩き付けられる。

それをパリィで悉く撃ち落とすアルベド。

 

「デミウルゴス! 」

 

アルベドの合図に合わせ、悍ましい悪魔の姿を開放したデミウルゴスのブレスが、世界喰い<ワールドイーター>の体を焼く。

焼け爛れた肌は、毒に侵され、さらに爛れていく。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル広場―

 

広場に集まった女性たちから、大歓声が上がる。

エ・ランテルの女性の憧れ第一位を欲しいままにする美貌の宰相は、愛する夫を守る為の盾でもある。

アルベドの魔導王への愛と献身は、世の女性たちの憧れである。

あれ程の愛情を抱かせる殿方に、自分たちも巡り会いたい。

エ・ランテルの女性たちに護身術が流行するのは、この後である。

 

 

 

 

 

―聖王国南部―

 

二人の男女がベッドの上でシーツに身を包んで寛いでいる。

男は、女の腰にそっと手を回す。

 

「あんたは祈らなくて良いのかい? 」

 

女―八本指の幹部―ヒルマが気怠そうに男に振り替える。

 

「ふん、あの方々が勝てねえんならどうしようもねえよ。それに、あのバケモンが勝ったって、俺たちは死ぬ程度で済むだろ」

 

男、ゼロが答える。

 

「ふふ、そうだねえ。そうしたら、最期はあんたと一緒かい? もう少しいい男と一緒が良かったんだけどねえ」

「悪いな。まあ、俺らは運が悪かったんだろうよ」

 

あの怪物が世界を壊すのなら、運が良いのだろう。

魔皇の配下として生きるよりはずっと。

 

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

竜人の姿を開放したセバスが、デミウルゴスと同時にブレスを吐く。

 

「やれやれ、折角、状態異常にしたというのに、焼いてしまっては元も子もありませんね」

 

こんな戦闘中に嫌味を言う余裕があるとは。全く、相変わらず嫌な奴だ。

 

「仕方ありませんな。では、失礼」

 

やはり、直接殴る方が自分には性にあっている。

数発殴った後、空中に飛び上がる。高く、高く。

頂点に達した後、一気に加速しながら蹴りを放つ。

さながら、一本の矢であるかの如く、それは、一条の閃光へ。

 

 

 

 

 

 

―リ・エスティーゼ王国―

 

姿が変わっていても、愛しい男を見間違えるはずが無い。

自分の目に映る竜人こそがセバスだ。

 

「頑張れ、セバス様」

 

法国の連中は、セバスたちのことを魔導王の従属神だと言っていた。

確かに、セバスは人間としては強すぎる。

だが、それが何だというのか、彼が愛する男であることは変わりがない。

自分が彼を愛していることだけは間違いない。

 

男は船、女は港という。

ならば自分は彼が帰る港になろう。

差し当たっては、ラキュースに料理でも習うとしよう。

戦士ガガーランの、新たな戦いがこれから始まる。

 

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

「影縫い! 」

 

「え、え~い」

 

アウラの支援に合わせて、マーレの魔法が炸裂する。

大地がひび割れ、世界喰い<ワールドイーター>の巨体の一部が地中に埋まる。

アウラとマーレの役目は、主に前衛の支援だ。

息の合ったコンビネーションが出来る彼ら二人は、この手の仕事にピッタリだ。

補助魔法や敵の弱体化スキルの有無は、ボス戦では生命線と言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

―リ・エスティーゼ王国―

 

「アウラ様、頑張れ」「マーレ様、頑張れ」

 

青の薔薇の双子、ティアとティナはじっと戦局を眺めている。

戦闘では自分たちも補助に回ることが多い為、闇妖精の双子の役割の重要性は良く理解している。

現状、戦局は優勢だが、双子のどちらかが倒れれば、一気に逆転されることもあり得る。

世界喰い<ワールドイーター>の攻撃は強力だ。

自分たちには、ただ祈ることしか出来ない。

きっと勝ってくれる筈だ。そう信じて双子の祈りは続く。

 

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

「さあ私たちも行くとしようか」

「やれやれ、やっと出番か、僕が先に行くよ? 」

 

元々この世界の魔法は、真なる竜王だけが使える始原の魔法だけだった。

現代の竜王たちは位階魔法を使うが、それではこの世界の最強種、真なる竜王には届かない。

 

世界喰い<ワールドイーター>の巨体を閃光が包んだと思った瞬間、大爆発が巻き起こる。

ワールドエネミーは、例外無く高い耐性が付与されている。

通常の攻撃魔法は、有効なものですら、ほぼ全て効果が半減する。

しかし、始原の魔法だけは例外なのだ。

この魔法はユグドラシルのそれとは理が異なるため、ユグドラシルの耐性は効果が無い。

超位魔法に匹敵する威力を全く低減できないとなると、そのダメージは計り知れない。

 

「ふふ、流石の威力だな。私も実際にあれを喰らったときは驚いたものだ」

 

前世での懐かしい戦いを思い出し、笑みがこぼれる。

 

魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)

 

先ほどのコキュートスの一撃にも勝る、空間を切断する刃を三重化して放つ。

 

「オオオオオオオオオオ」

 

世界喰い<ワールドイーター>が咆哮を上げる。

かなりのダメージを負わせたようだ。

 

「さて、そろそろ始まるな」

 

世界喰い<ワールドイーター>の特殊能力、その名もワールドイーター。

己の名前を持つ、そのモンスターを象徴するスキル。

それは広範囲に無属性のダメージを与え、その力を吸収し、自身を強化していくスキルだ。

それだけ聞くと、大したことが無いように聞こえるかもしれないが、強化具合が酷く、しかも重ねがけが可能。

使い続けると、無限に攻撃力と防御力が強化されていくという壊れスキルだ。

 

「アルベド! 使え! 」

 

アインズは予定通り、アルベドに指示を出す。

聞こえると同時に、アルベドはスキルを発動させる。

全ての攻撃を一身に受ける身代わり系のスキルと、受けたダメージを鎧に移すスキルを。

 

アインズの予定通り、アルベドの鎧、第一層が破壊される。

 

「一回目は凌いだか。さて、これからだな。お前たち、奴のHPを見誤るなよ」

 

ゲームのボスキャラというものは、特にラスボスや隠しボスには、発狂モードというものがある。

世界喰い<ワールドイーター>の場合は、残りHPが約20%を切ったあたりでワールドイーターを連発してくるようになる。

その前にかたを付けなければならない。

 

 

 

 

 

 

―帝都アーウィンタール、帝城の一室―

 

「もう、どうでも良いか。うん、諦めた」

 

最近、めっきり薄くなった頭を掻きながら、どこか清々しい表情でジルクニフは呟いた。

 

「まあ、そうですね。ありゃあ、無理ですわ。」

 

どこか遠い地で起きている神話の戦いを目に、バジウッドも同意する。

こんな連中と戦おうと思うことが間違いだ。

そもそも、あのいかにも悪魔という悍ましい姿、あれが魔皇ヤルダバオトの本当の姿だろう。

あんなものの手を取るくらいなら、まだ骸骨の手を取った方がマシだろう。多分。

 

「バジウッド、あれ、あの魔導国の酒を持って来い。飲むぞ、付き合え」

「了解です、陛下。酒の肴には、これはちょいと刺激が強そうですがね」

 

グラスに酒を並々と注ぎ、乾杯する。

神話の戦いも、劇場か何かだと思えば、悪くない。

 

 

 

 

 

 

―旧スレイン法国神都―

 

「あれは、白金の竜王」

「まさか、あの竜王が、プレイヤーと共闘するときが来るとはな」

 

神官長たちは皆、驚きを隠せない。

 

「うわ、あれ、全部私より強いじゃない」

 

ハーフエルフの少女が、淡々と感想を口にする。

もう彼女を縛るものは無い。

魔導王の統治の下、ようやく彼女の時間が動き出す。

とりあえずは、魔導国の首都に行こう。

あの強者たちと会えるのが楽しみだ。

年相応の、少女らしい笑みを浮かべ、彼らと戦うことを夢見る。

 

「まあ、大人しく出来るとは思わんが、街中で戦いを挑んだりするんじゃないぞ?」

 

本当は自分達神官長よりも年上なのだが、その姿からどうしても子ども扱いしてしまう。

 

「大丈夫ですよ。私も付いていきますから」

「ノワール、貴方も来るの? 」

「勿論、私と行けば、魔導王陛下に謁見が叶うかもしれませんよ?」

「じゃあ、一緒に行こう」

 

現金なものだ。だが、彼女はずっと、この神殿と戦場しか知らなかった。

これからは、それ以外の楽しみも見付けて欲しいものだ。

今戦っている神々が作る世界なら、きっとそれが叶うだろう。

 

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

「お前たち、下がれ」

 

アインズの合図で一斉に攻撃を中止する。

世界喰い<ワールドイーター>のHPが30%を切った。

隠しボスの発狂モードは、一気呵成の攻撃で飛ばしてしまうのが一番だ。

要するに、ここからの攻撃で一気にかたをつけるのだ。

 

虚空からスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出す。

ユグドラシルで仲間たちと作り上げた至高の武器。

そして、前世でカロリックストーンを使いまくって強化しまくった、神器級でありながら、ワールドアイテムを超えるギルド武器。

正直、今のアインズなら、一対一でも世界喰い<ワールドイーター>を斃すことは可能だろう。

 

アインズがそうしなかった理由は、酷く単純だ。

彼は、前世で強化した守護者達のアイテムが振るわれる様を見たかったのだ。

強化するだけ強化して、結局、振るうことが無かった武器たち。

今世では、遂にそれを使うに足る敵が現れたのだ。

 

金色の杖を握ると、自身の能力が強化されていく。

圧倒的な力に、大気が震えていると錯覚するほどだ。

 

 

「世界を喰らうものよ。欲望の権化よ。欲というものは、生者が生きるために必要な、生命が持つ輝きだ。しかし、全てを喰らい、やがて己自身すらも喰らうような欲望は、その輝きを持たない。世界喰いよ、決して埋まることのない飢餓に支配された、哀れな存在よ。これがお前に与えてやれる唯一の慈悲であると知れ」

 

 

 

 

 

 

―世界中の都市で―

 

神の声が世界中の空に響き渡る。

あの、世界を喰らおうとする怪物ですら、慈悲の心を持って救おうというのか。

至高の神の、その慈悲の心は、何と偉大であることか。

この後、アインズの言葉は一冊の本に纏められ、長く語られることになる。

 

 

 

 

 

 

―トブの大森林―

 

「(決まった。ラスボスへの止めの前には中二全開の口上。そうですよね、ウルベルトさん!)」

 

心の中のウルベルトが満面の笑顔でサムズアップしている。良かった、どうやら合格のようだ。

 

「さあ、止めと行こう!」

 

アインズが運営に感謝することがあるとすれば、これから使うスキルがユグドラシルで実装されなかったことだ。

こんなスキル、どう考えても誰も耐えられない。

 

世界崩壊(ジ・エンド)

 

超位魔法のようにアインズの周囲に魔法陣が展開される。

だが、超位魔法とは異なり、それはドンドンと重なり、大きく広がっていく。

やがて、天まで覆い尽くすほどの魔法陣が展開されたとき、それは発動した。

 

大災厄(グランド・カタストロフ)以上の威力の8種の属性による8回攻撃。

その全てが耐性を貫通する上、一発毎に凶悪なデバフと耐性貫通の状態異常を付与するという壊れスキル。

効果範囲は敵一体から世界全てを覆うまで自由自在。

恐らくは、単純に効果範囲が設定されていなかったせいだろうが。

どこの馬鹿がこんなもの考えたのか、全く。

恐らくは、実装する前にサービスが終了してしまったということだろう。

いや、こんなふざけたスキルを作る時点でやっぱり運営は糞だと言えるだろう。

 

 

 

超高威力の、まさに世界を崩壊せしめるに足る驚異の魔法が終わった時、世界喰い<ワールドイーター>は消滅し、後には一つの指輪と剣が残されていた。

アインズが拾い上げたそれは、世界級アイテム、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)世界意思(ワールドセイヴァー)

 

 

戦利品を手に入れた魔導王は、力強く両腕を上げ、雄叫びを上げる。

勝利を世界に宣言するように。

この瞬間、世界は歓喜の声に揺れた。

 

 

「うおおおおおお!! (うわ、ワールドアイテムじゃん! しかも二つも。マジか、やったぜ! おっと、思わずガッツポーズしてしまった。神様に相応しくないかもしれないが、まあ勝ったし、良いだろう)」

「ふう、勝ったね、アインズ」

「ふふ、当然だ。ツアー、これから楽しくなるぞ」

 

嫌な予感がする。

この骸骨と出会ってから、この予感は外れたことが無い。

 

「恐らく、フレーバーテキストなどの、何かしらの条件を満たしたなら、この世界にもワールドエネミーが出現するようだな」

「それが何なんだい?」

 

嫌だ、聞きたくない。

 

「決まっているだろう? これからワールドエネミーの探索を始めるんだ。こんな奴らが他にも出てきたらどうするつもりだ? 殺られる前に準備を整えて殺るべきだろう? 」

 

やっぱりそうだった。

 

「それに、ワールドエネミーを倒したら、大体ワールドアイテムが手に入ると相場は決まっているんだ。ふふふ、楽しくなってきたぞ。誰も手に入れることが出来なかったアイテムを入手出来るかもしれん。いや、全てのワールドアイテムを入手することも夢ではない」

「……君はドラゴンに生まれるべきだったと思うよ。本当に」

 

この骸骨に振り回される日々が目に浮かぶようだ。

まあ、それも退屈な日々の繰り返しだった頃よりは刺激的で、きっと楽しいのかもしれない。

 

「さあ帰ろうか、アインズ」

「そうだな、皆もこのイベントを楽しんでくれたことだろう」

 

エ・ランテルに帰ったアインズを待っていたのは、アインズへの狂信者で溢れる世界だということを、彼はまだ知らない。

 

 




開発者A「ラスボスの設定どうしましょうかね?」

開発者B「ん? 人間の魂とか、欲望の具現化とかで良いんじゃね?」

開発者A「いや、ベタ過ぎるでしょ? もうちょっと捻りましょうよ」

開発者B「大丈夫だって。ストーリーなんておまけみたいなもんなんだから。王道だよ、王道。」

開発者A「まあ、マスターアップまで時間無いし、それでいきますか」


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エピローグ

アインズ「神様が増えるよ、やったねツアーちゃん」

ツアー「おい馬鹿やめろ」



―評議国某所―

 

世界喰い<ワールドイーター>との戦闘が終わって数か月、ようやく落ち着いてきた。

白金の竜王、ツァインドルクス=ヴァイシオンは大きな溜息を吐く。

その隣で腹を抱えて笑っているのは、魔導王アインズ・ウール・ゴウンと十三英雄の一人リグリット・ベルスー・カウラウ。

 

「はあぁ、リグリット? 僕にとっては笑い事じゃないんだけど? 」

 

何度目か分からない溜息を吐きながら愚痴をこぼすツアー。

 

「いやいや、まさか、お前さんまで神様になるとは思わなんだわ」

 

あの戦いの後、評議国に戻ったツアーを待っていたのは、己を神と崇める民だった。

神話の戦いに参戦した自分は、魔導王の従属神たちと同様、神と崇められるようになってしまった。

恐らくはアインズ配下による情報工作のせいなのだろうが、八欲王との戦いも色々と尾ひれがついて広まっている。

 

何故か、最近の吟遊詩人たちの流行は、亡き同胞たちの屍を乗り越え、八欲王を討伐する若き白金の竜王の戦い。

それにしても、自分が全く記憶にない場面が名場面として謡われているのはどういうことだ?

 

いつの間にか、自分は世界の監視者であり、世界の守護者ということになっていた。

 

「ねえアインズ? 聞きたいんだが、何故こんなことになっているのかな? 」

 

久しぶりに遊びに来た、今では世界中で至高の神と称えられる友人を問い詰める。

 

「ああ、ツアー。お前の、そう、偉大なる竜王の偉業を評議国の民たちも知るべきだと思ってな。吟遊詩人の詩、お前も聞いたか? あれは俺の守護者達が頑張って作った力作だぞ。良かったな、これでお前も神様の仲間入りだ。まあ、すぐに慣れるから大丈夫だ」

 

やっぱりこいつのせいか。というか、世界征服も容易い戦力を何に使ってやがる。

そもそも何一つ大丈夫じゃない。

 

「やっぱり君のせいなんだね? それで? どうして僕まで神様になってるんだい? 」

「お前は前に言ってくれただろう? ずっと一人で神様をやるのは辛いだろうって」

「ああ、そう言えば、初めて会ったときにそんなことを言った気がするね」

 

それがどうしたのだろうか。…いや、まさか。

 

「俺は良い友人を持ったよ。一人では辛いことでも、一緒に荷を背負ってくれる友人が居れば楽になるものな」

 

この野郎、堂々とぬかしやがった。少しは悪びれろ。

というか、気楽に巻き込むんじゃない。

 

「ねえちょっと待って、アインズ」

「ありがとう、ツアー。俺は一人じゃない。君のような友人がいて本当に嬉しいよ。俺の親友、いや、心友よ」

 

畜生、その棒読みがムカつく。少しは感情を込める努力位しろ。

大体何だその笑顔は。

 

リグリットは何がおかしいのか、ずっと笑っている。

 

「ツアー、ようやくお前さんにも対等の友達が出来たんじゃな」

「何を言ってるんだい? 君たちも友達だろう? 」

「儂等はお前さんの全力にはついてはいけん。それに、ずっとお前さんと生きることもな。ツアーに遠慮なく言いたいことが言えるものなど、この世界にどれだけおることか」

 

どうやら、彼女は自分がいつか一人ボッチになることを心配してくれていたようだ。

それにしても、この骸骨はもう少し、そう、ほんの少しで良いから自重という言葉を知るべきだと思う。

 

「アインズ、君の方は暇なのかい? 世界の神様なんだろ? それに、聖王国の方に軍隊を派遣したって聞いたけど? 」

「ああ、それは問題無い。俺の配下は優秀だからな。それと、聖王国はコキュートスに任せた。あいつなら上手くやってくれるだろう」

 

あのライトブルーの蟲人か、比較的穏健派の守護者だったはずだ。

確かに、彼なら問題ないだろう。

 

「人間の大国は、これで全て魔導国の支配下に入ることになる」

「暫くは戦乱も起こらんだろうし、平和な時代が来ることを願っとるよ」

「そうだな。ところでツアー、お前はどうせ暇だろう? 冒険に行くぞ」

「あのねえ、アインズ。僕はこの「ギルド武器だろ? 大丈夫だ。お前以外の奴が触ったら俺の魔法が炸裂するようにしてある。触れたと同時にこの辺り諸共消し炭と化してるさ」

「は? 」

「この前来た時に魔法をかけておいた。安心しろ、お前が触っても何も起きないから」

「アインズ? その魔法ってどんなのだい?」

「ふふふ、聞いて驚け。大災厄(グランド・カタストロフ)と言ってな、ユグドラシルでは特殊なクラスに就かないと取得することが出来ない、プレイヤーが使える最大威力の魔法だ。俺の魔力だから防御特化のユグドラシルプレイヤーでも絶対に死ぬぞ。リグリット、お前は絶対ギルド武器に触るなよ。この辺り一帯吹っ飛ぶというか、消し飛ぶからな」

「そんなことを聞いて触る程、儂も阿保じゃないわ」

「それ、もし発動したらさ、僕の宝物たちはどうなるんだい? 」

「そりゃあ当然、死なば諸共よ。全部消し飛ぶさ」

 

何で余計な事だけ全力でやるんだこの骸骨は。

しかも何だそのドヤ顔は。サムズアップするんじゃない。

 

「さあ、問題は全て解決した。ちょくちょく時間を見つけて冒険に行こう」

「どこがだよ。何一つ解決してないよ。まあ、冒険は付き合うけど」

「儂も行くぞ。お前さんたちに付いていったらまだまだ面白いものが見られそうじゃからな」

 

三人(?)の歓談はいつ終わるともなく続く。

竜王も英雄も、至高の神も、この時だけは友人を前にした子供に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

―聖王国首都ホバンス―

 

新聖王カスポンドが暗殺されたのは、魔導国の属国になることが承認された翌日のことだった。

更にその翌日、南側の貴族たちは新たな聖王を擁立したと宣言した。

同時に、売国奴により支配されている聖王国北部を開放するために軍を派遣することも。

 

間違いなく、カスポンドを暗殺した下手人は南側貴族たちの手によるものだろう。

幻術を使い王城に侵入し、レイピアで心臓を一突きという、敵ながら鮮やかな手並みであった。

ご丁寧に、レイピアには毒も塗ってあったらしい。

南側にそこまで腕の立つ暗殺者が居ると聞いたことは無い。

恐らく、このために暗殺者を雇ったのだろう。

 

「やれやれだな。全く、次から次と、問題ばっかりだぜ」

「ゆっくりしている時間はないわよ。南側はすぐに攻めてくるわ」

 

ぼやくオルランドに疲れ切った声で返すのは神官長のケラルト。

 

「もう聖王陛下のサインは貰ってんだろ? それ持って魔導国に救援を求めるしかねえな」

「私の魔法ではカスポンド陛下は灰になるだけ。魔導王陛下のお力を借りなくてはね」

「ケラルト、私とオルランドはこの城を守らねばならん。動ける九色はお前一人だ、頼むぞ」

 

魔導国に行くのはケラルト本人をおいて他にはいないが、その間に王城が落とされては意味がない。

 

「まあ、お前が帰ってくる迄は持たせてやるよ」

「頼むわよ。向こうは凄腕の暗殺者を雇ったみたいだし、気を付けなさいよ」

「任せとけ。出来たら、あの将軍を連れてきてくれよ。もう一回腕試ししてみてえ」

 

世界を喰らう怪物との戦闘で見た、ライトブルーの武神の本気。

遠く及ばないと分かっていても、自分の力をぶつけてみたいという欲求は止められない。

オルランドは獰猛に笑う。まるで獣顔の亜人のごとくに。

 

「あんた、何で人間に生まれたのかしらね。どう考えても亜人の方が似合ってるわ」

「そう言うな、ケラルト。多分、前世が亜人かモンスターだったんだろ。」

「おいおい旦那、流石に酷えな」

 

そう言いながらもオルランドはまんざらでもなさそうだ。

魔導国で亜人たちと打ち解けたのが影響しているのか、自分と似た価値観の亜人たちに親近感を覚えているようだ。

 

「兎に角、時間を稼いでね。必ず援軍を連れて戻ってくるから」

 

南の軍勢が川を渡り、北部聖王国に進撃してくるのは、ケラルトが出発した翌日のことだった。

 

 

 

 

 

―南部聖王国―

 

「ヒルマ、侯爵殿の方はどうだ? 」

「予定通りだね。次が出陣したら決起してくれるってさ」

「良いか、絶対に失敗は許されんぞ。死ぬくらいなら大したことは無いんだ。命を惜しんだりするなよ」

「何回も言わなくても分かってるよ、ゼロ。多分、あたしらは普通に死なせちゃくれないだろうしね」

 

ゼロとヒルマは、聖王国攻略の最後の仕事、南部聖王国最大勢力であるボディポ侯爵調略の大詰めだった。

 

「まあ、あの爺さんは結構まともだったな。流石にあれを見て魔導国と戦おうとか頭おかしいだろ」

「南側の貴族たちが馬鹿だって言っても限度があるさね」

「だよな。やっぱりそういうことなんだろうな」

「その辺にしときな。余計な詮索したら……分かってんだろ?」

 

あの魔皇だけではない、魔導国には人間の意志を誘導したり、操ったり出来るものは掃いて捨てるほどいる。

要するにそういうことなのだろうが、口に出せば死ぬことより恐ろしい目に合わされる。

自分たちはボディポ侯爵が決起すると同時に撤退。

侯爵は戦乱の中で暗殺され、南側は完全に秩序を失う予定だ。

誰が敵か味方かすら分からない状態を治めてくれるなら誰であろうと歓迎されることだろう。

 

「さて、忘れ物はするなよ? 絶対に足が付くことは許されんからな」

「ふふ、あたしらがそんな間抜けなら、とっくに用済みになってるだろ? 」

 

これから聖王国は内乱に突入する。敵は亜人ではなく人間。それも同胞たちだ。

 

 

 

 

 

―聖王国首都ホバンス―

 

既に聖騎士団が全滅した後の北部聖王国を攻略するのは随分と容易かった。

南部聖王国軍は王城をぐるりと包囲していた。

 

「ふふふ、この世は人間が治めるべきなのです。汚らわしいアンデッドなどこの私が成敗してくれる」

 

元帝国のワーカー、エルヤー・ウズルスは不敵な笑みを浮かべる。

神話の戦いが空中に映し出された暫く後、帝国は魔導国に降った。

同時に、彼の財産であったはずの奴隷たちも、帝国によって強制的に奪われた。

エルフの国に返還する為らしい。

また、奴隷制度も禁止された為、奴隷の代わりとしてアンデッドが労働力として流入してきた。

 

エルヤーは帝国を出ることを決めたが、その行先は二つの候補があった。

都市国家連合と聖王国だ。この二つなら聖王国だ。

都市国家連合は恐らく、遠からず魔導国に降るだろう。

 

そして今、エルヤーは傭兵として南部聖王国軍にいた。

ここで手柄を立て、汚らわしい亜人や異形種が居ない人類だけの国家で権力の座に上り詰めるのだ。

既に、剣の腕により、一つの部隊を任されている。

そのエルヤーの前には一人の男。九色の一人、オルランド・カンパーノ。

 

「おう兄ちゃん。悪いがここは通さねえ、ケツ捲ってとっとと帰んな」

 

獣のような笑みを浮かべ、オルランドが忠告する。

この男のせいで、王城を取り囲んで一週間にもなるというのに、未だ膠着状態が続いている。

 

「やれやれ、私は貴方を切りに来たのですよ。貴方の最期の仕事は私の踏台です」

「へえ、言うじゃねえか。だが悪いな。ここは戦場なんだぜ? 一対一のお上品な決闘がやりたきゃ闘技場でも行くんだな」

 

戦場での戦闘は、単純な個人の戦力だけでは決まらない。

闘技場での戦闘ならエルヤーに軍配が上がるかもしれないが、此処はオルランドの土俵だ。

 

「野郎ども! 勝手にくたばるんじゃねえぞ! 」

「皆さん! 私の足を引っ張らないで下さいよ」

 

オルランド配下の愚連隊とエルヤーの部隊がぶつかり合う。

 

「おらあ! 」

 

オルランドの剣戟が空を切る。同時に、エルヤーの突きがオルランドの頬を掠める。

お互いの実力は拮抗していた。

 

幾度かの攻防を繰り返した後、ふと、空中に黒い穴のようなものが現れた。

最初に気付いたのは北部の軍。

彼らはそれが何かを知っていた。

 

「援軍だ!」「勝ったぞ!」「魔導国だ!」

 

一斉に、北部聖王国軍が沸き立つ。

 

「一体何だというのです? あの穴が何だと?」

「悪いな兄ちゃん。お前さんたちの負けだよ」

 

そう、あの穴が空くまでの間にこの戦いを終わらせられなかったこと、それが南部の敗因だ。

彼らは知っている。あの穴から出てくるのは神が率いる軍勢だと。

 

最初に現れたのはライトブルーの身体を持つ武神。

その後、亜人やアンデッドの混成部隊が続く。

一際目立つ白銀の魔獣に乗るのは、人類国家最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフ。

 

「アインズ様ノ命ニヨリ援軍ニ参ッタ」

 

武神コキュートス将軍の声が戦場に響き渡る。

 

「サア、魔導国ニ敵対スルモノタチヲ殲滅セヨ」

 

南部聖王国軍の戦力は10万を超える大軍。

対する北部聖王国軍は僅かに8千、魔導国軍はさらに少なく、2千しかいない。

それでも、どちらが有利かは誰の目にも明らかだった。

 

「くっ、もう少しというところで」

「悪いな兄ちゃん。次回のご利用はもうねえぜ」

 

今回は引いたとしてもまた攻めてくれば良いだけだ。

そう考え、撤退を決断したエルヤーはオルランドに背を向ける。

剣が届く距離ではない。その筈だった。

踵を返した瞬間、エルヤーは心臓と頭を撃ち抜かれて息絶えた。

城壁の上には兇悪な眼をした弓兵が立っていた。

 

「あの距離で当てるかよ。チッ、弓を使われたら、まだ旦那には勝てねえな」

 

 

 

 

アインズから副官としての任務を与えられた恐怖公は、前回の戦争の経験を活かし、更なる眷属活用法を模索していた。

それが、各部隊長に眷属を与え、リアルタイムで情報を伝達する“眷属無線”とも言うべき運用である。

更に、一部の眷属を空中に待機させ、俯瞰視点で戦場を見ることにより、さながら将棋の盤面を見るように戦場を把握することが出来るようになった。

南部は、召喚の秘術を伝授した弟子が残りの亜人軍と共に攻略に乗り出している。

弟子に負けるわけにはいかない。恐怖公は、コキュートスと共に必勝の策を練っていた。

 

ハムスケに騎乗するガゼフが縦横無尽に戦場を駆け回る。

彼らに与えられた使命は、敵の指揮官のみを討ち取ること。

眷属の誘導は非常に的確で、ガゼフが駆け抜ける度、南部軍は指揮系統が失われていった。

 

「ガゼフ殿、今度はあれでござるよ」

「承知した。ハムスケ殿」

 

ガゼフが次に狙うのは南部軍を率いる将軍。

ついでに参謀たちも纏めて倒してしまえば南部軍は完全に瓦解するだろう。

 

 

「コキュートス様、完全に勝ちましたな」

「ウム、恐怖公ノオカゲダ。感謝スル」

「ははは、吾輩は少し手伝いをしただけですぞ。それに眷属召喚の応用力も証明出来ましたしな」

 

そう、眷属召喚は様々なことに使える、非常に応用の利く素晴らしい能力なのだ。

決して、断じて、おやつ召喚ではない。

 

「ム、ソウカ。良クヤッタ、クアイエッセ」

 

南部攻略中のクアイエッセから伝言(メッセージ)が入った。

どうやら攻略は順調のようだ。早速都市を一つ落としたらしい。

 

一週間後、聖王国の内乱は魔導国軍によって完全に鎮圧された。

 

 

 

 

 

―魔導国首都エ・ランテル、アインズの執務室―

 

「これで人類国家はほぼ全て手中に収めたか。次は大陸中央部の亜人国家だな」

 

戦力という意味では、人間の国より亜人国家の方が強いことは間違いない。

但し、謀略が余り必要ないという点では攻略は容易いだろう。

 

「くふふ、ワールドイーターとの戦いを見た国の者たちがアインズ様にお目通りを願っておりますわ」

 

世界中の都市上空に―本当に手当たり次第に―映像を流した為、魔導国を知らない国でもアインズのことは知れ渡っていた。

世界を守護する神々の王として。

 

「ふむ、恭順するならば良し。友好的に接してくるならば同盟も考えよう。だが、敵対するならば、分かるな? 」

「畏まりました。万事、このアルベドにお任せ下さい」

 

今世は実にスムーズに支配が進み、アインズの仕事も軽い。

非常に楽だ。民衆の狂信的な眼以外は。

 

「アルベドよ、私は今後、偶にではあるが、冒険の旅に出ることにする」

「それでは、私がお供いたしますわ。近衛も準備万端でございます」

 

満面の笑みで答えるアルベドだが、それでは気分転換にはならない。

 

「いや、これは魔導王としてではなく、一人の冒険者として行うのだ」

 

今世において、神様ロールの加減を間違えたと気付いた時には、既に手遅れだった。

街を歩けば、アインズだとバレた瞬間に、涙を流しながらアインズを崇める狂信者の山に囲まれる。

神様にだって休息は必要だ。

 

そこで思い出したのが、前世での冒険者モモンだ。

パートナーにはツアーを誘おう。あいつは引き籠りだし、どうせ暇だろう。

一人だけ引き籠って悠々自適な生活が羨ましい、という理由で神様にさせてしまったが、気分転換に連れ出せば許してくれるだろう。

 

前世と同様、強硬に反対するアルベドを“夫を待つ間、家を守るのは良妻の務め”だと説得し、気分転換の旅に出ることが決まった。

まずは魔導国内から回ろうか。

今回は精々、伝説に語られる程度の普通の英雄をやるとしよう。

 

 

 

その後、諸国を漫遊する漆黒と白銀の二人の英雄の伝説が、吟遊詩人によって謡われることになるが、その真偽は定かではない。

 




オルランド「よう、随分早かったじゃねえか」

ケラルト「べ、別にあんたの為に急いだんじゃないんだからね。勘違いしないでよね」

パベル「もう結婚しろよお前ら」


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番外編 クリスマス

ハッピーメリークリスマス


魔導国建国後、初の年の瀬。

この日、エ・ランテルの王城では守護者全員に加えて、白銀の鎧姿のツアーや漆黒聖典隊長及び番外席次が揃っていた。

 

漆黒聖典隊長ノワールが連れてきたハーフエルフの少女、番外席次はエ・ランテルに到着するなりコキュートスに戦いを挑み、敗北した。

この世界の人間にしては極めて高い戦闘力に興味を持ったコキュートスは、彼女を弟子に取ることにした。

前世での彼女を知るアインズは、何か欲しいものが無いか、と気楽な気持ちで聞いてみた。

少女は、ノワールと同様、新しい自分の名前が欲しいと言ってきた。

法国のしがらみに囚われた名前ではなく、自分の名前が欲しいのだと。

 

「コキュートス、彼女は弟子としてどうだ?」

「ハッ、コノ世界ノ人間トシテハ、非常ニ高イ戦闘力ヲ保持シテオリマスガ、戦闘経験ガ足リマセン」

 

確かに、この世界では強者との戦闘経験を積むことは不可能に近い。

もし、彼女がツアーやそれと同格の竜王たちとの戦闘経験があれば、前世において、魔導国も相当な打撃を受けたことだろう。

それでも、今世では自分の配下となったのだから、出来る限り良い労働環境を与えてやらねばならない。

戦闘経験は、コキュートスに師事することで、それなりに積むことが出来るだろう。

魔法もそれなりに使えるようではあるが、近接戦闘の方が得意なようだ。

アインズも模擬戦を行ってみたが―守護者ほどではないが―十分な実力があると感じられた。

 

それにしても、この少女も名前が欲しいとは。

法国の流行か何かなのだろうか?

 

「さて、新しい名前だったな」

 

アインズには、コキュートスに娘が出来たら、と前世から考えていた名前がある。

前世では、コキュートスが独り身を貫いたせいで使うことは無かったが。

 

「お前は本日よりジュデッカと名乗るがよい。愛称はジュディだ」

「魔導王陛下、感謝いたします。本日只今より、私の名はジュデッカ。貴方様に絶対の忠誠を捧げます」

 

コキュートスだからジュデッカとは安直な名前ではあるが、前世だったら“白黒ちゃん”とか付けていたかもしれないことを考えると、相当な成長だと言える。

 

「うむ、お前には期待している。コキュートス、師匠として良く指導してやるがいい」

「ハッ、ゴ期待クダサイ。アインズ様カラ頂イタ名ニ恥ジヌ、見事ナ戦士ニ育テテ見セマショウ」

「それと、コキュートス様の良き妻になることをお約束致します」

「ん? ははは、それは良い。コキュートスは私の子供も同然。ならばジュディ、お前も私の娘だ。コキュートスを頼むぞ」

「ア、アインズ様! コレハ弟子デシテ」「はい、お任せください!」

 

二人の返事は対照的だが、悪い気はしない。

ナザリックの者で結婚したのは、前世ではセバス一人だった。

今世でもセバスは妻を娶ったが、前世もあんな感じの女性だっただろうか?

大昔のことだから記憶が曖昧だが、もう少し線が細かった気がする。

まあ、丈夫そうだし、健康であれば問題は無いだろう。

 

何はともあれ、コキュートスが結婚することになれば二人目だ。

彼らに子供が出来るかどうかは分からないが、もし欲しいというなら始原の魔法を使えばどうにか出来るだろう。

竜王国の女王のように前例もあるのだから。

まあ、コキュートスの様子を見るに、まだまだ先の話だろう。

 

 

 

「では、今日の本題に入ろう」

 

年の瀬とくればクリスマスだ。

今世でも国民全員巻き込んで、盛大にお祝いをやりたいところだ。

 

「魔導国を挙げて、クリスマスを盛大に祝おう」

 

部屋内の温度が一気に上がった気がする。

守護者全員と漆黒聖典の二人の目には、何故か闘争心が窺える。

 

と、ツアーが低い声でアインズを咎める。

 

「アインズ! 見損なったよ! 君はそんな奴だったのか?」

 

その声には明らかに怒りが籠っている。

 

「は? いや、ツアー、お前こそ何を言ってるんだ?」

「クリスマスだって? 君が幸せな恋人たちを八つ裂きにするような、そんな残酷な祭りをやりたいと言うなんて思わなかったよ」

「ちょっと待て、お前はクリスマスを何だと思っている?」

「僕はスルシャーナから聞いたよ。恋人たちを見つけたら無条件で血祭りにあげる悍ましい祭りだと」

 

スルシャーナの野郎、異世界に間違った知識を広めやがって。

 

「やれやれ、ツアー様。貴方は勘違いしておられるようですね」

 

デミウルゴス、やはりこういう時には頼りになる奴だ。

 

「良いですか? クリスマスとは、魔人サンタクロースが“リア充”と呼ばれる富裕層たちを惨殺して回る日なのです。ですから、慎ましく暮らしている一般人には影響がありませんよ」

「真白な衣装を返り血で赤く染める魔人サンタクロース。正体は貧困層の怨霊とか言われているけど、恐ろしい不死の怪物という話ね」

 

やめてくれ、お前たちの中のクリスマスはどうなってるんだ?

 

「ちょっと待て、お前たちはクリスマスの話を誰から聞いたのだ?」

「アインズ様、私とデミウルゴスはタブラ・スマラグディナ様とウルベルト様の会話を聞いたことがございます」

「ああ…ウルベルトさん、クリスマスの時にはヒートアップしてたからなあ。嫉妬マスク被ってない奴は見付け次第PKしてたっけ」

 

そう言えば、タブラさんとウルベルトさん、一緒にサンタクロースの設定を考えてたなあ。

他にも誰かいた気がするが、誰だったかな?

サンタの衣装が赤いのは、流した血の涙と富める者たちの返り血だとか。

武器は鉈で、切り落とした両親の生首をプレゼントとして子供の枕元に置いていくとか。

……何かのホラー映画の設定だったっけ?

 

「ふう、皆様方はクリスマスを誤解しておられるようですな」

 

呆れ声で言うのはセバスだ。

流石に、リア充のたっちさんが作っただけのことはある。

良かった、正しいクリスマスを教えてやってくれ。

 

「セバス? 誤解とはどういうことかな? まさか、ウルベルト様の仰ったことが間違いだとでも?」

 

デミウルゴスにしては珍しく不快感を隠さずにセバスを問い質す。

 

「良いですか? サンタクロースの赤い衣装は悪人の返り血なのです」

 

セバス、お前まで何を言ってるんだ。

 

「クリスマスとは聖なる夜。つまり、悪人にとっては望まざる悪夢の日なのです」

「なるほど、サンタクロースを利用して、アインズ様に敵対的な富裕層の粛正と財産の没収を纏めてやってしまおうという訳だね?」

「左様でございます。悪人は次の年を迎えることが許されない裁きの日。それがクリスマスという日なのです」

「なるほど、魔導国の統治を考えると、その方が良いかも知れないわね」

「その通りでございます。それがアインズ様の公正な統治の証明にもなりましょう」

「では早急に、粛正するべき貴族や商人をリストアップさせましょう」

「治安や統治の不安を招かないよう、事前の準備を万端にしておかなくてはならないわね」

「ふふふ、サンタクロース役を誰がやるか、今から楽しみになってきましたね」

 

違うんだ、そんな日じゃない。

というか、たっちさんもいつそんなこと教えたんだ。

 

「あ、あのう、僕たちはぶくぶく茶釜様から、クリスマスにはプレゼント交換やパーティをするって聞きました」

 

流石ぶくぶく茶釜さん、アインズ・ウール・ゴウンの良心だ。

 

「そうそう、一年間良い子にしてたら、朝起きたら可愛い男の娘が枕元に置かれているんだって」

 

……駄目だったか。

 

「そうじゃないでありんす。枕元にいるのは可愛い幼女でありんすえ」

 

うん、ぺロロンチーノは分かってた。

 

「私ガ聞イタノハ、ツアー様ト同ジダ。カップルヲ八ツ裂キニスル日ダト」

 

おかしい、建御雷さんはそんな人じゃなかった筈だ。

戦闘好きな人だったが、幸せな人間を素直に祝福するような度量のある人だった。

 

「弐式炎雷様トオ話サレテイタナ。懐カシイ」

 

弐式ぃいいいい! お前のせいかぁああああ!

 

「お前たちはクリスマスを知っているか?」

 

ほんの少しの期待を込めて、漆黒聖典の二人に聞いてみる。

 

「はい。大体、皆さまの仰る通り、神々の世界の血生臭い祭りと聞いております」

「そうですね。何でもその日は、特定の仮面を被っていないものは、世界中全てのぷれいやーを敵に回すことになるとか」

 

お前たちが聞いたのはユグドラシル限定での話だ。

六大神も何てこと伝えやがったんだ。

 

「流石は魔導王陛下。常在戦場を心得させる為、神々の祭りをこの地に再現されるということですね」

「私はいつでもどこでも戦えます。先陣はこのジュディにお任せ下さい」

「仮面を被っていない者は全員敵という訳ですね」

「ふふ、兵舎の連中も、周りが全て敵という戦いが出来るというのは良い経験になりましょう」

 

 

おかしい。前世では、毎年盛大ではあったが、それでも普通のお祝いだった筈だ。

 

それにしても、この世界の人間の意見が欲しくて呼んだのだが、漆黒聖典の二人はもう駄目だ。

狂信的すぎて、こちらが何をやっても良いようにしか取ろうとしない。

いくら復活させられるからといっても、どう考えても感覚がおかしい。ここはゲームの世界ではないのに。

 

まともな感覚を持ってるのはツアーだけか。

次回はジルクニフも呼ぼう。もうこいつらだけが頼りだ。

 

「はあ、お前たち、私がやろうとしているのはそういうものでは無い。説明しよう」

 

 

 

 

数時間かけて、クリスマスの成り立ちから説明することになったが、どうやら皆、理解してくれたようだ。

 

「つまり、元々は救世主の誕生を祝う日だったものが、紆余曲折を経て、商業的なお祭りになっていったという訳ですね」

「そうだ。家族でお祝いをしたり、恋人と過ごしたりと、人によって様々だ。私は、国を挙げて、一年の締めに相応しい祭りをやりたいのだ」

 

魔導国建国元年の締めに相応しい、盛大な祭りを。

 

「本当だね、アインズ? カップルたちに呪いがかかるような祭りではないと約束してくれるね?」

「ああ、間違いない。アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて約束しよう」

 

疑り深い奴め。まあ、これまで好きにやり過ぎた気もするし、合わせておこう。

六大神も碌でもないことを伝えやがって。

全く、過去のプレイヤーもそんな連中ばっかりか。

……まさか、転移の条件に、嫉妬マスク保持者とかいう条件は含まれていないだろうな?

 

 

 

 

 

―エ・ランテル―

 

クリスマス当日、王城のバルコニーに姿を見せた魔導王は大勢の群衆に語り掛ける。

 

「魔導国の民たちよ。今日は建国後、初のクリスマス、救世主の生誕祭だ。また新たな年に向け、英気を養おう。今日は仕事を忘れ、思い切り楽しんでくれ」

 

魔導王が中空に手を振ると、魔法陣が展開される。

魔法陣が砕け散ると同時に魔法が発動する。

その日、魔導国全土で雪が観測された。

不思議なことに、結構積もったはずのその雪は、一日経ったら跡形もなく消えていた。

 

豊かになった生活に感謝し、魔導国の民は“魔導王の”生誕祭に熱狂した。

各国から、魔導王へ山のようなお祝いが届けられるのは、この後すぐである。

 




ウルベルト「リア充はいね~が~」

ぺロロンチーノ「モテる奴はいね~が~」

弐式炎雷「ヒャッハー! 良いリア充は死んだリア充だけだ!」

三人「「「死ねええええ! たっちぃいいいい!!!」」」


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番外編 ガゼフ・ストロノーフ

エピローグのちょっと前のお話


―魔導国首都エ・ランテル―

 

元王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフの朝は早い。

朝日が昇る前には朝食を済ませ、訓練場に入る。

今日も一番乗りだ。

 

「おはよう、ハムスケ殿」

 

すっかり馴染みとなった白銀の魔獣に声をかける。訓練場脇の馬房が彼女の寝床だ。

どうやら、まだ眠っていたようだ。

 

「んむうぅ、ガゼフ殿でござるか。もう朝でござるか。今日も頑張るでござるよ」

 

ハムスケは魔導王のペットであるが、現在はガゼフの騎獣として働いている。

何でも、馬の代わりに魔獣を使用した部隊の設立を検討中らしく、そのテストケースだという。

足場の悪い森や岩場に強い魔獣を騎獣に出来れば、その機動力は戦局を左右する程になるだろう。

最近では、騎乗した状態での戦闘が、ガゼフの訓練の中心となっていた。

 

「ああ、いつも通り、皆が来るまでの間、訓練に付き合ってくれるか?」

「勿論でござるよ、それでは行くでござる」

「済まんな、一対一の訓練もしておかねば腕が鈍るのでな」

 

一人と一匹は早朝のこの時間、毎日のように模擬戦を行っていた。

ハムスケにとっては、戦士としての技量に長けたガゼフは格好の練習相手であったし、ガゼフにとっても、自分より強い相手との練習は刺激であった。

何より、この魔獣は素直で真っ直ぐで気持ちが良い。

いや、この訓練場で共に汗を流す仲間たちは―その殆どが亜人であるが―皆、気の良い連中だ。

そして皆、例外なく強い。

王国にいる間は、自分と互角に戦えるものがこれ程沢山いるとは思ってもいなかった。

世界というものは本当に広い。

 

 

「あ~、やっぱりガゼフが一番乗りか、畜生」

「だから言っただろうがゼンベル、もっと早く起きろって。大体、いつも夜、飲み過ぎなんだよ」

 

リザードマンの二人組もやってきた。

そろそろ、ヴィジャーやバザーといった亜人の強者たちも来る頃だろう。

 

「今日の指導担当はセバス様だったな」

「おう、今日こそ一発当ててみせるぜ」

 

セバスと同じモンクであるゼンベルが気合を入れる。

仮に当てたとしても、ダメージを与えられるかどうかは別問題だが。

さあ、そろそろ本番の訓練が始まる頃だ。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル兵舎、食堂―

 

「……疲れた。そして全身痛え。全身隈なく痛え。痛くねえところがねえ」

「うるせえぞゼンベル。痛くねえ奴なんかいねえんだ。ルプスレギナ様がもう少しで来られるだろ。それまで黙ってろ」

「いつも思うんだが、俺たち、良く生きてるよな」

「本当に死なないギリギリを狙ってるな、あの方々は」

「ああ、竜王国での戦争が懐かしい…」

「戦争より厳しい訓練ってどういうことだよ」

「俺は竜王国では出番が無かったからな。今度は使ってもらえるように頑張らんとな」

 

リザードマンの二人、バフォルクのバザーとガゼフは(地獄の)訓練終了後の食事を楽しんだ後、いつも通り雑談していた。

 

「お前ら、回復してもらうの忘れるなよ。んじゃ、俺は神殿寄ってから先に帰るぜ」

「おうお疲れ。家族サービス頑張れよ。嫁さんと子供が沢山だと大変だな」

「ザリュース、お前も他人事じゃなくなるんだろうが。聞いたぞ、もうすぐ生まれるんだって?」

「何だ、知ってたのかバザー。まあ、もうちょっと先だけどな」

「え? 何だと? 俺聞いてねえぞ」

「いやゼンベル、何でお前が知らないんだ?」

「言ってないからな」

「言えよ!」

 

 

いつも通り、仲間たちとの他愛ない雑談を交わしながら、ガゼフはかつてのライバルに思いを馳せる。

ブレイン・アングラウス、御前試合で戦った最高のライバル。

その男が、盗賊団の用心棒として、討伐されたと聞いた時には、言い知れぬ気持ちになったものだ。

もし、道を間違えなければ、この場にいたかもしれないというのに。

 

「さて、俺も行くとするかな。じゃあまた明日な」

「おう、お疲れさん」「また明日な」

 

 

 

 

リザードマンたちと別れ、街に繰り出す。

向かう先は墓地。

途中で花を買って、ブレインの墓参りだ。

 

「よう、来たぞ」

 

投げるように花束を捧げ、誰もいない墓に向かって話しかける。

 

「馬鹿野郎が。真っ当に生きてりゃあ、もっと強くなれただろうに」

 

誰よりも強くなることに熱心だったからこそ、手段を選ぶ余裕が持てなかったのだろうか。

もしそうなら、彼を追い詰めたのは自分ではないだろうか。

 

「人生とは、自分が思う通りには生きられないものだな」

 

突然、後ろから声をかけられた。

振り返ると、この国の絶対支配者が立っていた。

 

「魔導王陛下、何故このようなところにお一人で?」

 

ガゼフが跪く。

 

「ん? ああ、王城から、ちょうど墓地が見えるようになっていてな。偶々お前の姿が目についたのでな」

「そうでしたか。しかし、供も無しとは感心しませんな。アルベド様に連絡しておかなくては」

「ははは、勘弁してくれ、ガゼフ。王様にだって、偶には息抜きも必要だろう?」

 

この王は、時々悪戯っ子のような顔を見せることがある。

 

「ガゼフ、お前がブレイン・アングラウスのことを気に病むのは分かる。だがな、それは彼の人生を侮辱するようなものだ」

「侮辱ですか?」

「そうだ。彼は強くなるために手段を選ばなかった。もし誘われれば八本指にも行っただろう」

「……そうかもしれません」

「ひょっとすると、そのことを死の間際に後悔したかもしれん。しかし、それは彼が自分の意志で選択したことだ」

 

確かに、強くなるために手段を選ばなかったのはブレイン本人だ。

 

「それが間違った選択だとしても、今となっては、お前が介入する余地は無い。彼の意志や人生を否定する権利もな」

「ええ、分かっています。ただ、最後に彼と、ブレインともう一度戦いたかったのです」

「ふむ、戦ってみるか? いや、そうだな、今度はお前が正しい道へ導いて見せろ」

「は? しかし、ブレインは罪人です。魔導国の法では、死罪になったものの復活はご法度では?」

「復活はな。だが、次の生を生きることは禁じてはいないぞ?」

 

魔導王が手を振ると、魔導王を中心に魔法陣が展開される。

魔導王だけが使える、神の魔法だ。

 

転生(リーンカーネーション)

 

魔法陣が砕け散ると同時に、ブレインの墓が光に包まれる。

 

「魔導王陛下、今の魔法は一体?」

「ん? ああ、転生の秘術だ。ブレイン・アングラウスは、遠からず生まれ変わることだろう」

「生まれ…変わり…」

「ああ、新しく生まれてくるブレインを、真っ当な道に戻してやるが良い。彼は罪人だからな、記憶を継がせることは出来んが、お前ならすぐに分かるだろう。エ・ランテル生まれに限定したからな。ここ数日中に生まれる人間の子だ」

「へ、陛下」

「人生とはままならんものだな。私も、今でも後悔していることがいくつもある。最も大きなものは、ずっと昔のことだが、我儘を言ったことと、我儘を言えなかったことだな」

 

偉大なる超越者でも、後悔することがあるのだろうか。

ただ、ガゼフを慰める為だけの言葉ではないだろう。

先ほどの言葉には、それだけの実感が籠っていた。

 

「守護者達との訓練で気を抜くなよ。油断すると簡単に死ぬぞ」

 

魔導王はそのまま踵を返し、転移の魔法で帰っていった。

訓練に身が入っていなかったことを気にかけてくれたのだろう。

やはり、この方こそ魔導国の、いや、世界を総べるべき至高の王だ。

 

ガゼフは再び逢えるであろうライバルを想う。

今度は殴ってでも、真っ直ぐな道を共に進むのだと。

 

 

 

 

 

―アインズの執務室―

 

豪奢な椅子にもたれ掛かりながらアインズは考える。

最近、ガゼフの元気がないと聞いていたが、討伐された友人のことを気に病んでいたとは。

ブレインを転生させたのは、ガゼフやブレインの為というだけではない。

次の生を歩むことが出来る、転生の秘術のことを知らしめるためだ。

 

この魔法は、別の種族に転生できるが、転生先は選べないという唯のネタ魔法だ。

取得できる数が限られている超位魔法の中から、こんなものを選択する物好きは、まずいないだろう。

ユグドラシルでは、一部のガチ勢が転生ガチャを繰り返し、理想のビルドを検証していたらしいが。

 

この世界では仕様が変わり、望んだ種族、性別に転生が可能だ。

記憶を引継いだまま、第二の人生を歩むことが出来るのだから、今のアインズ同様、二周目無双も夢ではない。

同じ姿になるよう転生することも可能なので、魔導国に貢献した者には、恩賞として与えることも検討している。

前世では、アインズが気に入った人間で永遠の命を望む者は殆どいなかったが、二周目ならいけるのではないかと考えた結果だ。

大体、リアルの頃を含め、アインズは今回で人生三度目だ。

誰か、一度くらいは付き合ってくれても罰は当たらないだろう。

 

何にしても、これでガゼフの胸のつかえも取れたことだろう。

聖王国での戦争が間近なのだ。

人間の戦士代表として、気合を入れ直してもらわなければ。

その為に、態々ハムスケを騎獣として貸し出しているのだ。

人間の中にも強者がいると知らしめなければ、人間に対する差別などが生まれかねない。

 

アインズは、勝手に人類の将来をガゼフに押し付け、ツアーと共にどこを冒険しようかとか考えていた。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル兵舎―

 

「うおおおおお!」

 

今日のガゼフは絶好調だ。

昨日までの悩みが吹き飛び、もはや迷いはない。

 

「おいヴィジャー! お前ハムスケの足を止めろ」

「ふざけんなバザー! 止まるかあんなもん。それより鐙だ、鐙を狙え」

「そっちこそふざけんな! 狙えるわけねえだろ」

「お前ら、ハムスケ来るぞ」

「げッ」「ちょ、待て」

 

「行くでござるよおおおお!」

「六光連斬!」

 

亜人の強者二人を相手に圧倒する一人と一匹。

いや、今日は正に人獣一体という程に息があっている。

 

 

「お~、ガゼフ達絶好調だな。あ、バザー轢かれた。だからハムスケ相手に足止めんなっつってんのに」

「言ってる場合か! やばいな、ありゃ。おいゼンベル! 気合入れろよ!」

「任しとけ! 良し、行くぜ!」

 

この後、聖王国の内戦において、元王国戦士長は大きな武勲を上げ、人間種の地位向上に大きく貢献することになる。

 

一人の少年を熱心に指導するガゼフの姿が見られるようになるのは、さらにその数年後である。

 




ハムスケ「と~の~。某、オリジナルの武技を身に着けたでござるよ」

アインズ「ほう、でかしたぞハムスケ。で? 何という武技だ?」

ハムスケ「<轢逃げアタック>でござる」

ガゼフ「ハムスケ殿と二人で考えました」

アインズ「そ、そうか……その、分かりやすい技名だな、うん。」


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番外編 ジルクニフ

アインズ「今世こそジルクニフと仲良くなろう。あいつは狂信者じゃないし」


―バハルス帝国首都アーウィンタール、帝城―

 

バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、魔導王の力と、何よりも、その使い方の上手さをまたしても思い知らされた。

 

「久しぶりだな。その、爺、なのだな?」

 

ジルクニフは、元宮廷魔術師を名乗る男に自信なさげに問いかける。

 

「勿論ですとも陛下。ご無沙汰しております、フールーダ・パラダインでございます」

「そ、そうか。それで、その姿は?」

 

ジルクニフの前に立っているのは、どう見ても精々20代の青年だ。

 

「ほっほっほっ、魔導王陛下のお力によって若返らせていただきましてな。いや、若い体というのは良いものですな。いくら働いても疲れる気がしませんわ」

 

周りの秘書官たちが、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた気がする。

魔導王がフールーダを若返らせたのはこの為か。

フールーダが帝城に帰還するとなると、一対一で会うわけにはいかない。

どうしても、帝国の高官たちも交える必要が出てくる。

帝城に務めるもので、フールーダの、長い髭を蓄えた老人の姿を知らないものなどいない。

それが、魔導国から帰ってきた時には、20代の青年の姿になったのだ。

 

帝国の高官達には、どのように映るだろうか。

魔導国の王は、国に貢献した者には、永遠の若さを授けてくれると考えるだろう。

人のままで若さを取り戻せると知れば、誰もが望んで魔導国に仕えようとするだろう。

人の口に戸は立てられ無い。

今でさえ、魔導国での待遇は知れ渡っている。

給料でも労働環境でも、魔導国には遠く及ばない。

更に、永遠の若さまで手に入るかもしれないとなれば、優秀な人間ほど魔導国に行くことを望むだろう。

これからは帝国で最も優秀な人間たちは、間違いなく魔導国を目指すようになる。

国力を削ぐのに、人材の引き抜きほど有効なものは無いだろう。

魔導王や部下たちが、直接引き抜くのではなく、自分から行こうとするのであれば抗議することも出来ない。

 

「いやあ、手紙でも書きましたが、毎日が充実しておりましてな。今度は友人も連れてきて良いですかな?」

 

フールーダに悪気が無いのは良く分かっている。長い付き合いだ。

しかし、こいつが出て行ったせいでどれだけ苦労したことか。

しかも―分かっているか怪しいが―こいつの存在自体が、魔導国の宣伝になっているというのに。

少しは、殊勝な態度を取れないものだろうか。

 

「ああ、こっちはお前が居なくなってから散々苦労したぞ。全く、どれだけ爺に頼っていたか、思い知らされたよ」

「若い頃の苦労は買ってでもしろと申しますからな。なあに、陛下ならば何の問題もありますまい」

 

そうだった、フールーダという男には、少しでも遠回しな表現の嫌味は通じなかった。

 

「して、今回はですな」

 

この爺、何事もなかったかのように話を続けてきやがる。

 

「魔導王陛下のご命令で、儂の弟子たちの中から何人か、魔導国に留学させてみてはと言われましてな」

「ま、待て。今、魔法省の中心人物を引き抜かれるわけにはいかん」

「いやいや、流石にそんなことは致しませんとも。若手の一部に1年程、経験を積ませようということです」

「経験だと?」

「左様、魔導王陛下だけでなく、陛下の側近の方々も神代のお力を持った方々です。そのお近くに仕えることが出来るというのは、どれ程貴重な経験となることか。また、色々な研究にも関わらせようと考えております。帝国の魔法技術の底上げにもなりますぞ」

 

確かに、フールーダの言っていることは間違いではない。

しかし、魔法省の連中とは本質的にフールーダに似た性質を持っている。

1年も魔導国に居たら、間違いなく魔導王に心酔していることだろう。

そんな人間を、中枢に置くわけにはいかない。

最悪、戻ってきたら閑職に飛ばすか。

いや、それなりの予算を与え、研究職に就けるとしよう。

人との接触機会を減らせば問題はあるまい。

閑職に飛ばして捨扶持を与えるよりはずっとマシだろう。

 

「それにしても陛下、少し見ないうちに一段と風格が出て参りましたな。随分と精悍さが増して男振りがあがりましたわ」

「ん? そうか、まあ、髪もバッサリ切って短く揃えるようにしたしな」

 

薄くなってきた頭を誤魔化すのは、短髪にするのが一番だ。

事実、男女問わず、現在のジルクニフの外見は受けが良い。

以前は優男というイメージだったが、今はフールーダが言うように、精悍さが増して皇帝としての風格が出てきたと評判だ。

……老けただけではないか、という考えは頭の端に追いやることにする。

 

「うむうむ、よく似合っておりますぞ。いよいよ御父上に似てこられた」

 

懐かしそうに先代皇帝に想いをはせる爺の姿は、恐らく裏も表も無いのだろう。

 

「それで、これからどうするのだ?」

「ええ、まずは弟子たちのところに顔を出そうと考えております。それから若い者を何人か選抜しまして、そうですな、一月ほどで魔導国に戻ろうかと」

「そうか、まあ勝手知ったる帝城だ。ゆっくり羽根を伸ばしていくが良い」

 

 

 

 

 

 

―帝城内、ジルクニフの執務室―

 

「お前たち、何人抜けると思う?」

 

ソファーに横になったまま気怠げに、今では片手の指で足りる程になった側近に問う。

 

「10や20なら良い方でしょうな。いくつかの部署が丸ごとゴッソリ無くなるってこともありえます」

「バジウッド殿!」

「良い、ニンブル。バジウッドの言ってることは正しい」

 

魔導国に追いつく為、帝国内の改革は最優先で進めている。

それでも手が足りない。

優秀な文官は高給で雇っているが、人材流出が絶えない。

国民の生活に影響が出ないように、何とか誤魔化しながら国を運営しているのが現状だ。

属国になったからといって、王国のように官僚の大半を魔導王のアンデッドにさせるつもりはない。

あくまでも、帝国としての自治を守らなくてはならない。

これは連綿と続く、帝国の皇帝としての意地だ。

 

 

「ところでニンブル。例の女性はどうだった? レイナースから紹介されたのだろう?」

 

気分転換に話題を変えよう。

 

「残念ながら、お断りしました」

「何故だ? アインドラ家といえば王国でも有数の名家だぞ? 冒険者として、魔導王陛下の覚えも良いと聞く」

「陛下、勘弁して下さい。確かに美しい方でしたが、何というかその、強引なところがありまして」

「チームメンバーが結婚して引退。自分も、そろそろ10代が終わりそうだということで焦りが出たのかもな」

「あの調子だと苦労すると思いますよ。変なのに引っ掛からなければ良いですが」

「ははは、もし彼女が結婚できなかったら、お前は一生恨まれるかもな」

 

苦労するのが自分一人とは、実に不公平だ。

女は拗らせると非常に厄介だ。

順風満帆な人生を歩んでいるニンブルにとっても、きっと良い経験になるだろう。

 

「レイナースから聞いたんだがよ。あの嬢ちゃん、仲間からは来世に期待しろって慰められてるらしいぜ」

「来世? あの転生の秘術という奴か?」

「それですよ。望むなら、記憶も容姿も才能も維持したまま、生まれ変わることが出来るって奴です」

「まるでおとぎ話ですね。あのフールーダ様を見てなければ、とても信じられなかったでしょうね」

「あの魔導王陛下だからな。正直、出来ないことを探す方が難しいだろうよ」

 

きっと、あれ程の絶対支配者ならば、女性で苦労したことなど無いのだろう。

彼の妃たちは美しく、お淑やかで、夫に従順な良妻であるように見えた。

全く、羨ましいことだ。

 

 

「そう言えば、銀糸鳥と漣八連は結局どうなった?」

「はい、2チームとも、魔導国に向かったという報告が入っております」

「都市国家連合ではなくてか?」

「間違いありません。既にエ・ランテルに到着している頃かと」

「未知を探索する、真の冒険者という奴か?」

「ええ、腕に覚えがある冒険者でも、あの戦いを目にしてしまっては、魅せられることでしょうね」

 

あらゆる分野から、優秀な人材が居なくなっていく。

この前は、闘技場の支配人であるオスクが、武王を連れて魔導国に向かったらしい。

準備を終えたら、遠からず河岸を替えるつもりだろう。

帝国の闘技場をどうするかは分からないが、どちらにしても目玉となる戦士が居なくなるのだ。

往年の盛り上がりは、もう期待できないだろう。

 

「ふう、仕方あるまい。例の、あの鉄道という奴を導入しよう。」

 

鉄の道を敷き、その上を何台も連結した貨物車を走らせるという大量輸送計画。

貨物車は魔法により軽量化されているらしい。動力は複数のソウルイーター。

将来的には客車なども作って、人の移動も簡単に出来るようにするそうだ。

エ・ランテルと、世界中の都市を繋ぐという計画らしい。

既に法国、王国では工事に着手しているとか。

鉄道をアーウィンタールまで敷設することで、資源を集中し、都市国家連合との貿易を活発化させよう。

帝国から減った分は、都市国家連合から補填すれば良い。

それにしてもジリ貧だ。何か逆転の目はないものか。

ジルクニフは、癖になった大きな溜息を一つ吐いた。

 

 

 

 

 

―帝国魔法省―

 

帝国から魔導国に降った元宮廷魔術師、フールーダが突然帰還したという報せは、あっという間に魔法省内に知れ渡った。

 

「お帰りなさいま、せ、フールーダ、さま?」

 

すっかり別人のような姿になったフールーダを見たものの反応は、大体同じだ。

フールーダが若返りの説明をする度に、弟子たちの間に怪しい雰囲気が漂うのも。

 

「さて、お前たちの内、優秀なものを5名程魔導国に留学させるつもりだが、我こそはというものは居るかな?」

「師よ、それは魔導王陛下の魔法を、間近で目にする機会があるということでしょうか?」

「ふふふ」

 

フールーダがニヤリと笑う。

集められた弟子たちが途端にざわめく。

あの神の魔法を目にする機会など、どれだけの財産になるだろうか。

 

「それだけではない。今、儂はルーン工匠と共に新たなマジックアイテムの開発なども行っておる」

「何と! 魔導国にはルーン工匠もいるのですか!」

「うむ、魔導王陛下御自ら招聘されたのじゃ。儂は今、ルーンの研究にも携わっておる。じゃが、どうしても手が足らんでな」

 

これは、一年の留学などという話ではない。

恐らく、これは試用期間のようなものだ。

もし、ここで実力を認められれば、最高の環境で、世界最先端の魔法を研究出来るのだ。

しかも、至高にして深淵の、魔法の神のすぐ側で。

 

「師よ。そのお役目、この私こそが相応しいと愚考致します」

「何を言う。お前はまだ第三位階までしか使えんだろうが! 師よ! 私はこの一年で第四位階を使用出来るようになりました! 成長を考えると、私こそ師の助手を務めるに相応しいかと」

 

弟子たちは皆、我こそはと自身のアピールに必死だ。

当然だが、一年後、留学した者たちが魔法省を退職して、魔導国に向かったところで、誰も咎めることは出来ない。

アインズは、帝国にもある程度の技術を流してやるつもりでこの留学を計画したのだが、フールーダを始め、そう考えるものは一人もいなかった。

 

前世同様、感謝されるだろうと思った親切心は、相手の心を折るだけの結果しか生まなかった。

ジルクニフの悩み、髪と人材の流出はまだまだ終わりが見えない。

 

 




フールーダ「今回の留学は、魔導王陛下の親切心によるものですじゃ」

ジルクニフ「しんせつ…だと……(しんせつ、心…折…ハッ! 俺の心を完全にへし折ると言いたいのか! くっ、負けるものか!)」


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番外編 ネイア・バラハ

魔導国の属国となって数か月。

聖王国は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。

その聖王国を出発して一月ほど、そろそろエ・ランテルが見えてくる頃だ。

前回の旅は、いつ亜人やモンスターに襲われるかと警戒しながらだったが、今回は随分と気楽なものだ。

聖王国からエ・ランテルまで街道を通す計画は着手したばかりの筈だが、既にエ・ランテル側は三分の一は完成している。

旅の途中から、いきなり道幅が広く、綺麗に舗装された道路が現れたときには、驚きを隠せなかったものだ。

 

「ねえ、お父さん。本当に私も付いて行って良いの? 私、場違いじゃない?」

 

吊り上がった眼、小さな黒目、目の下の隈が凶悪な印象を与える少女、ネイア・バラハは不安そうに、何度目かの質問を父親に繰り返す。

 

「構わんとも。魔導王陛下は、お前の視野を広げるという意味でも、良い刺激になるだろうと仰っておられた」

「で、でも、今回のは聖王国を救って下さったことのお礼なんでしょ?」

「ははは、大丈夫だ、ネイア。陛下ご自身がお前にエ・ランテルを見せてやれと仰ったのだ。それに、もしかしたら陛下にお言葉をかけて頂けるかもしれんぞ?」

 

自分とよく似た眼をした父親、パベル・バラハは魔導王を信頼している。

というか、信仰に似た感情を抱いているようだ。

聖王国の内戦は、魔導国の介入によって、あっという間に鎮圧された。

終戦後、民兵を何万人も復活させた魔導王は、聖王国でも神として崇められ、既に最大宗派となっている。

今では、先の内戦で南側の貴族たちが主張したように、あの世界を喰らう化け物との戦いが幻術だったなどと疑うものなど誰もいない。

未だ復旧が続く聖王国から、内戦終結のお礼に、魔導王の力により復活した聖王カスポンドが魔導国に向かうことになった。

これには、内外に聖王国が魔導国の属国になったことを示す意味も含まれている。

その護衛の一人として、九色の一人、パベル・バラハが選ばれたのだが、まさか自分の娘まで連れてくるとは誰も思わなかった。

それに不満の声が出なかったのは、パベルの娘にエ・ランテルを見せてやるようにとの魔導王本人の言葉があったからである。

 

「自分の道を見直すには、まずは広い視野を持たねばな」

 

最高位の聖騎士、レメディオス・カストディオが起こした事件は、聖騎士を目指す少女にとって、大き過ぎるショックだった。

自分にとっての正義というものが何か、揺らいだところへ内戦が勃発し、ネイア・バラハの正義は完全に失われた。

 

「ホバンスにはまだ亜人なんて殆どいないからな。まあ、行ってみればわかるさ」

「カンパーノ閣下みたいに、亜人と仲良くなったり出来るかな?」

 

嘗て班長閣下といわれていた男は、先の内戦の功により、将軍に取り立てられることになり、本当に閣下と呼ばれる地位に就いた。

尚、パベル・バラハも同様に、聖王国の将軍として軍事の最高位に就くことになったが、二人は前線に出る方が性に合っているらしく、書類仕事などは主に部下が担当している。

 

「無理に仲良くなる必要もない。オルランドは亜人に似た気質を持っていたから打ち解けやすかっただけだ」

「そうなの?」

「ああ、ケラルトからは亜人より亜人らしいと言われているな」

 

父やカンパーノ将軍が羨ましい。

彼らは己の強さだけでなく、確固たる意志―或いは、自分だけの正義―を持っている。

自分にはそれがない。

聖騎士になることで、それが見つかるかと思っていたが、その前に聖騎士自体の正義が崩壊してしまった。

 

「…魔導王陛下か」

 

聖王国だけではない、世界中の民から神と崇められる賢王。

もし彼の王と話が出来るなら、こんな悩みなど簡単に吹き飛ぶのだろうか。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル王城、アインズの執務室―

 

「おお、到着したか。歓迎の準備は出来ているな?」

 

聖王一行をここ数日待ち続けていたアインズは、アルベドに問いかける。

 

「勿論でございます。これで、聖王国が魔導国に降ったことを世界に示すことが出来ましょう」

「うむ、では行くとするか。盛大に歓迎しよう」

 

そう言えば、パベル・バラハの娘、ネイアも今回は同行していると聞いた。

大昔のことではあるが、流石に自分の最初の信者のことは覚えている。

パベルから聞いた話では、何か悩み事があるという。

折角だ、少し時間を取って話をしてみるのも良いだろう。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル王城応接室―

 

父は分かる。聖王国の最高軍事責任者だからだ。

だが、なぜ自分がここにいるのだろう?

 

魔導王との謁見の後、聖王との歓談までは予定通りだった。

突然、魔導王から父と自分と話をしたいと言われたときには耳を疑った。

 

「まずは、改めて自己紹介をしておこう。私が魔導王、アインズ・ウール・ゴウンである」

 

優しい声であるが、その威厳は隠しようもなく、所作の一つ一つに王者の風格を感じさせた。

 

「魔導王陛下、私は聖王国聖騎士見習いネイア・バラハと申します」

「ふふ、良く知っているとも。君の父上から自慢話を聞かされたからな。それで会ってみたいと思ったのだ」

 

父が親馬鹿なのは分かっていたが、まさか、あの魔導王にまで自慢話をしていたとは。

いくら何でも嘘だと思いたい。

 

「いやいや、魔導王陛下。あれは自慢ではありません。事実を述べたまででございますので」

「ん? そうかね?」

「ちょ、ちょっとお父さん!」

「ははは、バラハ嬢、男親にとって娘というのは、目の中に入れても痛くない程可愛いものだ。私にも気持ちは良く分かるとも」

「おや、陛下にもご息女がおられるのですか?」

「いや、友人の娘達だ。既に私の友人は居なくなってしまったのでな、私が面倒を見ているのだ。皆、可愛い子供のようなものだ」

 

父と談笑する魔導王は、まるで過保護な父親のようにも見えた。

 

「陛下、私はその、余り可愛らしい顔立ちでもありませんし、眼つきが怖いと言われることも沢山ありました」

「ん? 眼つきの悪さや顔の怖さなら私も負けていないぞ」

「はっはっはっ陛下、流石に冗談が上手いですな」

 

それは笑って良いのか? 魔導王も何故そんな反応に困る冗談を?

楽しそうに会話をしている父と魔導王を見る限り、単純にこの二人が冗談が下手なだけなのだろう。

 

 

「さて、バラハ嬢。君は今、己の正義を見失っていると聞いたが?」

「は、はい、そうです。私は何を信じれば良いのかが分からなくなってしまって…」

 

ふむ、と考える素振りをした魔導王は、徐に言葉を紡ぐ。

 

「そうだな、一つだけ言っておこう。君の正義は君の中にしかない」

「と仰いますと?」

「先代の聖騎士団団長を覚えているな? 彼女の正義は、彼女自身の正義だったか?」

 

聖王国崩壊の危機を招いた聖騎士団長、レメディオス・カストディオは狂信的な正義の実行者であった。

しかし、その正義は聖王女の言葉そのものであり、聖王女が魔導国に降る判断をしたことにより、レメディオスは凶行へと至った。

 

「いえ、カストディオ団長の正義は彼女のものではありませんでした」

「その通りだ。自分の正義を誰かに預けるのは容易い。だが、その誰かの考えが変わってしまえば、正義そのものが失われてしまう。」

「カストディオ団長は、自分の正義を聖王女陛下に預けてしまったのですね」

「…かつて、私にもよく似た部下が居た。私を絶対の正義と信じ、その正義を世界に広めることに生涯を捧げた少女がな」

「陛下、その方は、その、幸せでしたか?」

「ああ、彼女はただの一度も私を疑うことなく、私こそが絶対の正義だと信じ、布教に生涯を捧げた。私が最期を看取ったのだがね。幸せだったと、私に仕えることが出来て本当に幸せだったと笑って逝ったよ」

 

魔導王であれば、間違いを犯すことなど無く、絶対の正義たり得るだろう。

きっと、その女性は、絶対の狂信的な信仰心を持っていたに違いない。

 

「だが、今になってみれば、それは本当に彼女の為だったのかと思うのだ」

「お言葉ですが、魔導王陛下こそが正義というのは、決して間違いではないかと愚考致します」

「私を信じてくれることは嬉しい。けれど、妄信するだけでは駄目なのだ。私とて、過ちを犯すことはある。王として、小を切り捨てなくてはならない時もある」

「陛下…」

「良いかね? 私とて、決して完全な存在では無い。だが、不完全であるからこそ、成長があると信じている」

「成長ですか?」

「そうとも。今が完全でないなら、それに近づくように努力すれば良いのだ。将来の私は、きっと今よりも良い支配者であるだろうと信じてな」

 

魔導王は、誰よりも勤勉な方であると聞いている。

悠久の時を生きてきたこの大賢者が、今もなお、己を高めようとしていることに驚愕する。

そして同時に、己の矮小さを思い知らされた。

 

「今すぐでなくても良い。君はまだ若い。十分に考える時間があるだろう? 私が君の年の頃などは、日々の糧を得るので精一杯だったものだ」

 

絶対支配者として世界に君臨する偉大な王にも、そんな時期があったのだろうか?

 

「さて、それではバラハ将軍、そしてバラハ嬢、訓練場に案内させよう。ガゼフやバザー達も君に会いたがっていた。余り引き留めると怒られてしまいそうだ」

「いえ、とんでもありません。貴重なお時間をありがとうございました。きっと、娘の成長の糧となることでしょう」

「魔導王陛下、ありがとうございました」

「うむ、次を楽しみにしている」

「はっ、失礼致します」

 

係の者に連れられて退出していくバラハ親子。

その背を見送りながら、アインズは前世の狂信者の少女を思い出す。

彼女の生涯は、きっと幸せだっただろう。

しかし、誰も彼もが狂信者になっていく今世では、もうお腹一杯だ。

今世では、彼女にも前世と違う幸せを得て欲しい。

 

これは、前世で良く仕えてくれた少女に対する恩返しでもある。

もう一つのプレゼントも、きっと気に入ってもらえるだろう。

あの弓も、彼女の手にあるのが最もしっくりくる筈だ。

 

 

 

 

 

 

―エ・ランテル兵舎、訓練場―

 

「おお、パベル殿! ようこそ来られたか。今か今かと首を長くして待っていたぞ」

 

聖王国で共闘したガゼフを筆頭に、バザーに代表される亜人の族長たちも盛大に出迎えてくれた。

 

「ストロノーフ殿、いや、ガゼフ殿。お久しぶりです。その節はお世話になりました」

「ははは、そんな堅苦しい言葉遣いは止めてくれ」

「ふふ、そうだなガゼフ。今日はよろしく頼む」

 

二人は拳を合わせ、ニヤリと笑う。

同じ戦場を駆けた戦友同士にしか分からない友情がそこにはあった。

 

「何だ、オルランドの奴は来なかったのか?」

「ああ、あいつは仕事だ。流石に、今の聖王国にはあいつまで外に出す余裕はないからな」

「そいつは残念だ。今頃、相当悔しがってそうだな」

「実際、俺が出発する直前まで荒れてたよ。まあ、次回は譲ってやるさ」

 

聖王国の内戦終了後、全ての亜人の族長やガゼフ、コキュートスやハムスケは勿論、恐怖公に至るまで、手当たり次第に模擬戦を吹っ掛けて回ったオルランドは、魔導国軍にとっては気心のしれた友人だ。

魔導王曰く、“夕暮れの河原で殴り合って友情が芽生えた”ようなものらしい。

 

 

「おいガゼフ、いつまでも突っ立ってないで案内しろよ」

 

リザードマンの片割れが声をかける。

 

「そうそう、おう、パベル。また模擬戦やろうぜ。獲物は持ってきてんだろ?」

「ん? そっちの嬢ちゃんは何だ? パベルに似てるな。あ、この子がお前の自慢の娘か? 目がそっくりだな」

「おお、この子がネイアだ。俺の自慢の娘だ」

「お、お父さん!」

「おう、酒の肴に何回も聞かされたぜ。成程な、良し、嬢ちゃんも一緒に模擬戦やるか」

「ゼンベル、相手はまだ若いんだ。手加減しろよ」

 

ここでも自慢話をしていたとは思わなかった。

親馬鹿だとは思っていたが、どうやらつける薬も無いレベルのようだ。

 

「なあに、悩み事なんてものは、全力で体を動かしてりゃ忘れちまうもんよ」

「ゼンベル、それはお前位だ」

「魔導王陛下御期待の新星の実力、とくと見せてもらおう」

「は? なにそれ? お父さん?」

「ん? ああ、言ってなかったか? 今度新設される弓兵部隊をお前に任せることになってる。ネイア喜べ、何と、魔導王陛下御自らから武器を下賜されるという話だ。叙勲は三日後だからな」

 

碌に戦闘をしたことも無い小娘が、何故そんなことに。

父の戯言を真に受けるような王ではないと思うが、本当に何故?

 

「お、お、お父さん」

「ようしガゼフ、今回は負けんぞ。オルランドがぶっ倒れるまで訓練に付き合わせてやったからな」

「そいつは楽しみだ。だが甘く見るなよ、俺たちの訓練は戦場より遥かにきついからな」

 

場の雰囲気は、王城の時とは全然違う。

カンパーノ将軍の直属部隊みたいだ。

 

「さあ! 歓迎パーティーの始まりだ!」

 

亜人と人間と魔獣の、模擬戦という名の大乱闘が終わったのは、この半日後だった。

その後、翌日の昼過ぎまで全員で飲みあかし、回復担当の赤毛のメイドに呆れられることになる。

 

 

 

 

 

「……なあネイア、この国をどう思う?」

「うん、良い国だと思う。亜人と人間がこんなに仲良くなれるんだね」

「先代の聖王女が望んだのは、誰も泣かない国だが、この国は、皆が笑える国だ」

「分かるよ。皆、表情が明るいもの」

「お前に黙っていたのは悪かったが、魔導王陛下のお考えだ。必ずお前の為になると信じている」

「本当に、私で大丈夫かな?」

「出来るさ、お前は私の自慢の娘だ。それに魔導王陛下も太鼓判を押して下さった」

「ううぅ、魔導王陛下がどうして私なんかをそんなに評価してくれてるのか、分からないよ」

「俺にも分からんが、あのお方の叡智は、我々の及ぶところではない。何か思うところがおありなのだろう」

 

溜息しか出ないが、世界一の大賢者が保証するというのだ。

どちらにしても、宗主国の王の命とあれば受ける以外にはない。

 

 

 

 

 

 

―エ・ランテル王城、玉座の間―

 

新規で設立された魔獣騎兵団の団長として、ガゼフ・ストロノーフは叙勲を授かり、騎士となった。

そこまでは皆知っていたことだが、その後の少女が魔導王直々に叙勲を授かるとは誰も想像していなかった。

魔導王から下賜された弓、アルティメイト・シューティングスター・スーパーDXは国宝とも言えるほどの輝く弓だった。

それに加え、貴重なマジックアイテムも複数下賜された。

ネイアの鋭敏な聴覚には、ひそひそと声が聞こえてくる。

殆どの人たちが、親の七光りではないかと考えているようだ。

正直、自分でもそう思う。

 

「バラハ嬢、君が率いる部隊は、新たな戦術の構築に尽力してもらいたい」

「は、はい。非才の身ではありますが、微力を尽くさせて頂きます」

「言っただろう? 君はまだ若い、焦る必要はない。それに、君ならば私の期待に応えてくれると確信している」

「ま、魔導王陛下、あの」

「私は人を見る目には自信がある。君には人を率いる才がある。それと、優秀な副官を付けるから安心したまえ」

 

逃れることは不可能なようだ。

副官というのが、協力してくれる人であることを祈ろう。

 

 

 

 

 

「初めまして、貴方の副官となるユリ・アルファと申します。よろしくお願い致します。」

「は、初めまして、ネイア・バラハです。よろしくお願いします。」

 

叙勲式の後、引き合わされた副官となる人物は非常に美しいメイドだった。

あの魔導王の直属の部下らしいので、間違いなく自分より強いだろう。

それにしても、なぜメイドなのだろう?

 

「ふふ、アインズ様が期待されている方にお仕え出来るとは光栄です」

「そ、そんな、私なんて、あの、魔導王陛下が私にご期待されているというのは間違いではないのですか?」

「いいえ、間違いございません。貴方には人を率いる才能があると、アインズ様が仰いました」

「でも、ずっと、誰かの上に立ったことなんてないのに」

「大丈夫です。アインズ様が仰ったのです。アインズ様の為されることに、決して間違いなどあり得ません」

 

彼女の言葉で、魔導王が自分に求めているものが、何となく分かってきた気がする。

魔導王の配下は皆、魔導王が完璧な存在であり、決して間違いなど犯さないと信じている。

だが、魔導王はそうではないと言っていた。自分も完全ではないと。

 

少し前には何を信じれば良いか、全く分からなくなっていた。

今も分からないが、嘗ての心の重さは感じられない。

 

次、父に会った時、成長した姿を見せられるように、今は与えられた任務を全力で頑張ろう。

聖王国に帰る父の背を見送った少女は、踵を返す。自分の新しい戦場へと。

いつか自分だけの正義を見つける為に。

 




パベル「ううう、ネイアあああ」

オルランド「まあまあ、旦那。嬢ちゃん、あれで結構タフですよ。心配無いって」

パベル「何だと? お前にネイアの何が分かる? まさか、娘を狙ってるのか? 許さんぞ!」

オルランド「……糞面倒くせえ、もう帰りてえ」


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番外編 ラキュース

番外編の時系列はバラバラです。
今回はジルクニフ編のちょっと前。


―リ・エスティーゼ王国王都―

 

「はあぁああ」

 

蒼の薔薇のリーダー、ラキュースは大きな溜息を吐いた。

前衛を務める戦士ガガーランが、結婚を機に引退してしまったのだが、彼女に代わる前衛が見つからないのだ。

 

魔導王が提唱する新しい冒険者、未知を既知とする冒険者の姿は、彼女の心を捕らえて離さない。

この際、国に仕えることなど大した問題ではない。

彼の魔法詠唱者の力を知るものからすれば、魔導王のバックアップというものがどれだけ魅力的なものか、想像に難くない。

すぐにでも冒険に出かけたいのだが、アダマンタイト級冒険者の代わりなど、そうそう見つかるものでは無い。

 

「リーダー、また溜息」「今日8回目」

「私たち、いつになったら冒険に行けるのかしら? いっそ、今のメンバーで出発しようか?」

「焦るなラキュース。焦って行動するのは自殺行為だぞ」

 

仮面の魔法詠唱者、イビルアイが窘める。

 

「分かってるわよイビルアイ。私もそこまで馬鹿じゃないわよ」

「自覚が無いというのは困りものだが、分かっているなら良い」

「……遠回しに馬鹿って言ってない?」

「そんなことは無いぞ」

 

ほぼ単刀直入にそう言っている。

 

「さあ、女王陛下に呼ばれているのだろう。とっとと行ってこい」

 

 

 

 

 

 

―ロ・レンテ城ヴァランシア宮殿―

 

「女王陛下、お招きにあずかり、参上致しました」

「いらっしゃい、ラキュース。さあ、そんなところに居ないでこちらに」

「久しぶりだな、アインドラ嬢」

「え? ま、魔導王陛下?」

 

何故ここに魔導王がいるのだろうか?

宗主国の王の御前、慌てて跪く。

 

「魔導王陛下、ご無沙汰しております」

「ああ、うちのセバスのせいで最近は暇にしていると聞いてね」

「うふふ、驚いたみたいね、ラキュース」

 

どうやら、この悪戯好きな女王は、わざと教えなかったようだ。

 

「もう、驚かせないでよ、ラナー」

「ごめんなさいね、ラキュース。」

「驚かせて済まないな、アインドラ嬢。さて、本題に入るとしよう」

 

人類の生存権のほぼ全てを支配し、さらに支配地域を拡大中の偉大なる絶対支配者が何故こんなところに?

 

「陛下、本日は一体、どのようなご用件でしょうか」

「うむ、先も言った通り、君たち蒼の薔薇が開店休業状態と聞いてね。ラナー女王に言伝を頼んでいたが、例のアイテムは持ってきてくれたかな?」

「はい、こちらに」

 

浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を魔導王に手渡す。

 

「さて、君たちの戦力強化の為、これを強化しようと思うのだが、どういう能力が良いと思う?」

「え? 陛下御自らですか?」

「ああ、前に見たときから面白いアイテムだと思っていてな。手を加えてみたいと考えていたのだ」

「強化……どのような効果をお考えなのですか?」

「ふふ、いくつか候補があるのだが、例えば、六本全てに別々の効果を付与するというのはどうだろう?」

「六種類もの効果を付与されると? そのような事が可能なのですか?」

「大丈夫だ。ただ、扱いは今のものより難しくなるだろうな。だが、それに見合う能力を保証しよう」

 

扱いにくく、強力なアイテム…その言葉は不治の病に侵されたラキュースの心に突き刺さった。

 

「へ、陛下、その効果をお教え頂いても?」

「ふふふ、勿論だとも」

 

魔導王も実に楽しそうに、ニヤリと笑う。

骸骨の表情に変化は無いが、眼窩の赤い光が怪しく揺らめいた。

そう、魔導王もラキュースと同じく、不治の病に侵されているのだ。

羊皮紙を机に広げる。

それにはびっしりと、剣に付与する追加効果の候補が書き込まれていた。

 

「これを見てくれ。まず、4属性の魔法は基本だろう」

「ですが、この回復魔法や召喚魔法を使用できるというのも心を惹かれますね」

「これはどうだ? 威力は若干下がるが、無属性で使いやすいぞ」

「陛下、この複数の剣を使用するというのは、どのような効果が?」

「複数の剣の力を同時に開放することで、全く別の魔法を放つことが出来るぞ。組み合わせを考えるのも面白いぞ。ただ、タイミングが少し難しいだろうな。実戦で使いこなすには、要練習だな」

 

二人は新しいおもちゃを与えられた子供のように、夢中で効果の組み合わせを考えている。

ラナー女王を放って盛り上がる二人が我に返った時、既に夜の帳は下りた後だった。

 

「おっと、済まないな、もうこんな時間か。では、一週間ほど預からせてもらおう。改修したらまた持ってこよう。楽しみにしていてくれ」

「今日はありがとうございました。陛下、次を楽しみにしております」

「私も良い気晴らしになった。実に楽しいひと時だったよ。ああそうだ、次回はもう一つお土産を連れてくるとしよう」

 

連れてくるということは、人だろうか?

言い終わると、魔導王は転移の魔法で帰っていった。

 

「ところでラナー、どうして魔導王陛下ご自身がこちらに来られたの?」

「陛下が仰った通りよ。貴方達が冒険に行けないことを気にかけて下さったの」

「そうなの? ガガーランのことは陛下のせいじゃないのに」

「魔導王陛下も貴方達に期待されておられるのよ。それに、今日はとても楽しそうにしておられたわ」

 

確かに、忙しい中を縫って、態々王国まで来られたのだ。

自分たちに期待しているというのも、決して間違いではないだろう。

 

それでも、やはり魔導王はガガーランが抜けたことを気に掛けてくれたのだろう。

部下に任せることが出来ることにも関わらず、態々、御自ら足を運ぶのだから。

偉大なる王の期待に応えられるよう、今から準備しておかなければ。

 

 

 

 

 

 

 

―ロ・レンテ城、訓練場―

 

約一週間後、訓練場には、蒼の薔薇とアインズの姿があった。

 

浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)射出!」

 

ラキュースが腕を振ると同時に、魔法の剣の一本が目の前の藁人形に突き刺さる。

 

「開放!」

 

声と同時に剣に込められた炎の魔法が解放され、一瞬で藁人形が燃え尽きる。

 

「ふむ、動作に問題は無さそうだな」

 

アインズは満足そうに頷く。

 

「魔導王陛下、射出速度や切れ味も上がっているようですね」

「ああ、基本的な性能が低くては折角の追加効果も当たらないからな。これを同時に六本扱えるようになるには相当な練習が必要になるぞ?」

「ふふふ、望むところです。それに、これを上手く使えるようになれば、ガガーランの穴を埋めることも出来るようになりますから」

「うむ。時に、解放時は、その手は外側に向けて開く方が良いと思うぞ」

「こうですか? ……成程、こちらの方が格好良いですね」

 

二人はキメのポーズの検討に熱中している。

たまらず、イビルアイが突っ込みを入れる。

 

「…いや、ラキュース、格好良さは関係ないだろう」

「何よ、イビルアイ、英雄を目指すのだから、格好良く戦ってこそじゃない」

「ははは、これは仲間たちへの合図も兼ねている。動作と効果の発動が連動していれば、実践でも役に立つぞ」

「な、成程、そういう意味があるのですね。ティナやティアのハンドサインみたいなものだな」

「そうだ、それに、効果を知っている相手にはフェイントにも使えるだろうな」

「流石は魔導王陛下、格好良さだけでなく、色々とお考えなのですね」

 

改修されたマジックアイテムは非常に強力で、何よりも格好良い。

ラキュースはいつになくご機嫌だった。

 

「喜んでもらえたようで、こちらとしても嬉しい限りだ。前衛の戦士については、私に当てがあるので、これから会ってもらえないか?」

「陛下のご紹介であれば、喜んで。先日仰っておられたお土産ですね」

 

元帝国四騎士の一人、“重爆”レイナース・ロックブルズ。

彼女ならば、レベル的にも蒼の薔薇のメンバーとして遜色ないだろう。

いくつかの装備を与えてやったので、十分にガガーランの代わりが務まるはずだ。

これでようやく、部下にちゃんとした職場を与えてやれると思うと、肩の荷が下りた気分だ。

帝国から魔導国に降った最初の騎士として、それなりの地位を与えてやらなければ、折角人材が集まってくる良い流れが途絶えてしまう。

帝国四騎士と比べても、アダマンタイト級冒険者の地位は決して低くは無い。

冒険者も国に勤めているのだから、ある意味、どちらも公務員だ。

レイナースの場合は腕が立つ分、冒険者の方がより稼げるだろう。

それに、冒険者を支援すると公言している魔導王が、アダマンタイト級冒険者チームを開店休業状態に追い込んだなど、噂されるわけにはいかない。

 

「それは良かった。ちょうどここは訓練場だ。腕を見てもらうのにも都合が良いだろう」

「うふふ、流石は魔導王陛下、準備に抜かりはありませんね」

 

その後、蒼の薔薇に合流したレイナースは、その実力を認められ、チームの一員として受け入れられた。

双子の片割れが大変懐いたようで、微笑ましい光景だった。

ラキュースの表情が引き攣っていたのが気になるが。

 

 

 

 

 

 

―エ・ランテル、黄金の輝き亭―

 

数週間後、蒼の薔薇はようやく王都からエ・ランテルへと移ってきた。

 

「さあ、今日、此処から私たちの伝説を始めましょう!」

 

ガガーランの結婚からずっと、冒険が出来なかったラキュースは、今にも宿を飛び出しそうだ。

 

「だから落ち着け。余りレイナースにみっともないところを見せるなよ」

「あら、同じチームなのですから隠し事は嫌ですわ」

 

にっこりと笑うレイナースの笑顔には、かつてのような陰りは無い。

ようやく忌々しい呪いから解放されたのだ。

至高なる神々の王からの祝福を受け、これからの新しい人生は輝きに満ちているに違いない。

 

「そうそう」「鬼リーダーが残念なのはいつも通り」

 

双子の忍者も遠慮なく追い打ちをかける。

 

「ああもう! ほら行くわよ! 良い仕事が取られちゃったらどうするの? ここには私たち以外に、3チームもアダマンタイトがいるんだからね」

「ん? 2チームじゃないか? 帝国からやってきたとかいう、銀糸鳥に漣八連」

「イビルアイさん、あれですわ。あの新しいチーム。黒と白の。」

「漆黒の戦士モモンと」「白銀の剣士ツアーの二人組」

「白銀の剣士ツアー…だと…?」

「多分、そのツアーよ。何でも、リグリットと一緒にいるところを目撃した人がいるらしいわ。それに、モモンさんは魔導王陛下の御落胤っていう噂もあるらしいわ。コキュートス様が頭を下げたところを目撃した人がいるって」

「おい、ちょっと待て。何でそんなお方が冒険者なんてやるんだ?」

 

ツアーと組めるということは、同レベルということか?

あのツアーと同レベルの戦士など、どう考えてもおかしい。

 

あの従属神たちに匹敵する強者であれば、冒険者などという枠には収まらない筈だ。

というか、ツアーの奴は何を考えているのか。会って問い質さなくては。

そもそも、リグリットの婆も何をやっているのか?

いつもいつも、大事なことに限って報告してこない。

 

「まあ、その二人はまだ一回だけしか冒険をしてないみたいだけどね」

「一度の冒険で最高位のアダマンタイトか? どんなインチキだそれ? 誰も文句言わなかったのか?」

「ポイニクス・ロードを生きたまま捕獲してきたらしいわよ。それで魔導王陛下に献上したって」

「……そうか、じゃあ仕方ないな。むしろ、文句言える奴がいたら見てみたいな」

 

ツアーと同等の戦士なら、そんな無茶も出来るだろう。

というか、完全に魔導王の側近とかそんなのだ、間違いない。

 

「それに、此処からなら帝国も近いですしね」

「例の帝国四騎士? イケメン貴族の? 確か、激風って二つ名」「リーダーに紹介するって本当?」

「ちょ、何で貴方達が知ってるのよ? ちょっとレイナース?」

「あら、ごめんなさい。口止めされた訳じゃないから、ねえ」

 

レイナースが悪戯っぽく笑う。

 

「ま、まあ良いわ。今日が私たちの魔導国デビューなんだから、気合入れていくわよ!」

 

無理やり気合を入れ直し、再び、新たな冒険に思いを馳せる。

子供の頃から憧れ続けた、本当の冒険の日々がこれから始まるのだ。

 

 




酒場の客A「おい、遅えぞ! もう始めてるぞ。あ、ラキュースさんち~っす」

酒場の客B「悪い悪い、ちょっと遅れちゃって。ラキュースさんこんにちは」

ラキュース「ちょっと貴方達、今、私のこと行き遅れって言わなかったかしら?」

酒場の客AB「え? いや、言ってませんって」

ラキュース「確かに聞いたぞゴラァ!!」

イビルアイ「誰かあの馬鹿を殴ってでも止めろお!」


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番外編 ナーベラル・ガンマ

アインズ「謎は全て解けた!!」



仕事がない。

毎日毎日、やることが無い。

他の僕たちは、いつもいつも忙しそうにしているのに。

自分一人だけ、まだ、これといった仕事が与えられない。

 

 

姉妹たちの中で、最も活躍しているのはソリュシャンだろう。

色々なプロジェクトの中で、補佐的な役割であるが、着実に成果を上げ、アインズ様から褒美を与えられたという。

その褒美というのが、畏れ多くも、アインズ様の玉体を清めさせて頂くことだと聞いた。

 

羨ましい。

 

お茶会の時に、散々自慢された。

細身ながらも力強い白磁の体、比類なき至高の美。

それを端から端まで、自らの全身を使って清めさせて頂いたと。

とても気持ちが良かったとお褒めの言葉まで頂いたそうだ。

最近では、彼女を中心としたプロジェクトも進んでいる。

デミウルゴス様が支配下に置いた八本指とかいう組織の長に就任し、諜報機関を設立し、さらに忙しく働いている。

 

 

次点ではエントマだろうか。

彼女は、補助的な魔法を数多く修めている。

幻術なども得意分野だ。

そのせいか、非常に多くの仕事に駆り出されている。

中心的な仕事では無いかもしれないが、いつ見ても忙しなく働いている。

半分くらい、自分に分けてくれないものだろうか。

いや、至高の主からの命令は、ナザリックの者にとって至高の喜び。

特別な命令でもない限り、仕事を分けようなどという発想には至らないだろう。

 

妬ましい。

 

 

ナザリックのギミックのすべてを知る為、外に出ることが無いと思っていたシズは、アインズ様の弟子となった魔法使いやドワーフたちとマジックアイテムの開発に携わっている。

一円シール付きの商品は高額で売れるということで、アインズ様から褒美を頂いたらしい。

アインズ様の御膝に座って、お仕事を手伝わせて頂いたそうだ。

しかも頭をなでなでしてもらったとか。

 

ああ、羨ましい。

 

ルプスレギナは、エ・ランテルを手に入れた時からずっと、神殿でアインズ様の神官として働いている。

毎日、下等生物どもの治療に当たっている。

いつも笑顔で軽口を叩く彼女は、人間や亜人たちの人気者だ。

アインズ様も褒めておられた。

ご褒美に、頭を撫でて頂いたそうだ。

後10秒撫でられていたら、うれションしていたところだったと言っていた。

 

ああ、妬ましい。

 

自分と同じく、仕事が無いと嘆いていたユリ・アルファは、目つきの悪い少女の副官になった。

副官というが、実際は、その少女の教育係のようだ。

やまいこ様に創造されただけあって、人にものを教えるのが好きな長女は、毎日生き生きとしている。

とても幸せそうな姿を見るのは嬉しくもあるが、それだけに自分に仕事が与えられないのが悔やまれる。

 

 

「ああ、仕事がしたい。私も、私も働きたい……」

 

静かな部屋に、自分の声だけが響き渡る。

自身の発した言葉に打ちのめされ、ナーベラル・ガンマは膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

―ナザリック、アインズの執務室―

 

「何? ナーベラルが?」

「はい、自分だけ仕事が与えられないことにショックを受けているようです。最近では、笑うことも滅多にないとか」

 

アインズは、そろそろアルベドから報告があるだろうということは知っていた。

しかし、今世では神として、この世界に君臨することにしている。

前世でのナーベラルの行動を考えると、どうしても人前に出す仕事はさせられない。

かといって、ソリュシャンのように諜報をさせるのは、性格的に無理だろう。

ルプスレギナのように演技が出来るわけでもなく、ユリやシズのように普通に人間に接することも出来ない。

戦闘特化のビルドの為、エントマのような補助的な役割もさせられない。

亜人たちの戦闘教官にさせたとしても、手加減が出来ず、酷いことになるのは目に見えている。

残念ながら、今世ではナーベラルに任せられる仕事が無いのだ。

これは偏見によるものでは無く、前世での長い経験に裏打ちされた事実である。

 

「アルベドよ、外部のものと接することなく、出来る仕事はあるか?」

「難しいかと。国家を運営する以上、どうしても外部のものとの接触は避けられません」

 

そう、外部の人間―亜人も含むが―との接触をしなくても良い仕事というのが無いのだ。

前世で冒険者をやっていた時には、自分が常に側に居た為、そこまで大きな問題にはならなかった。

偶に、ナンパしてくる男を血祭りにあげるということはあったが。

前世で冒険者モモンのパートナーに任命したのは、今にして思えば、ファインプレイだったのかもしれない。

 

だが、今世では、アインズがずっと側に居ることは難しい。

アインズの護衛に就けるという案も無い訳ではないが、そうするとアルベドを始めとして守護者達が黙っていないだろう。

一般メイド達と同様、アインズ様当番に任命するというのも駄目だ。

これは、一般メイド達の特権のようなものだ。

 

元々の設定通り、セバスの管理下で働かせるのも悪くは無い。

セバスなら上手くやれるだろうが、彼は新婚だ。

セバスの上司として、彼の妻に誤解を与えるような職場で働かせる訳にはいかない。

もしも、下らない誤解が原因で、離婚に発展するようなことになったら、どう謝罪すればよいか分からない。

ただ、どうも、セバスの妻は前世とは何かが違う気がする。

まあ、漠然とした違和感があるだけで、何処が違うのかが分からないということは、気にする程のことでは無いのだろう。

と、その瞬間、アインズの脳裏に天啓がひらめく。

 

「メイド服……それだ!」

「アインズ様? いかがなされましたか?」

 

突然、大きな声で叫んだ愛しい夫の姿に、新妻は驚きを隠せない。

 

「ああ、いや、何でもない。気にするな」

「は、はい。あっ(……今夜はメイド服ね。くふふ、アインズ様ったら)」

 

そうだ、前世では、セバスの妻はメイド服を着ていた。

というか、セバスの部下として、メイドをしていた筈だ。

成程、違和感の正体はそれだったのか。

確かに、ずっとメイド服のイメージだったものが、冒険者の格好をしていれば違和感を感じて当然だ。

大したことではないが、ずっと抱えていた違和感が解消し、のどに刺さった小骨が取れたような、スッキリとした感覚だ。

さて、これで安心してナーベラルのことに集中出来る。

 

それにしても、ぺロロンチーノといい、弐式炎雷といい、彼らの趣味のせいでポンコツにされたNPC達は良い迷惑だろう。

確か、弐式炎雷は、真面目で優秀そうなのにポンコツなのが萌えると言っていた。

タブラさんは良く分かっていると褒めていたが、現実になったら全然萌えるどころではない。

 

ナーベラルのカルマ値はー400。

実は、プレアデスの中で、ソリュシャンと並んで最も低い。

これがもし、プラスか、せめて中立だったなら、今とは対応も違っていたのだろう。

弐式炎雷には、創造主として責任を取ってほしいところだが、居ないものはどうしようもない。

 

仕方がない。

ナーベラルは嫌がるだろうが、もうこれしかあるまい。

ナザリックでは珍しい、中立のカルマ値を持つ紳士。

デミウルゴスと並び、最も頼れるあの男に教育を任せよう。

 

 

 

 

 

―ナザリック第九階層、会議室―

 

「という訳で、本日よりナーベラル嬢には、吾輩の指導を受けて頂きます」

 

ここに集められたのはナーベラルと恐怖公、そしてクアイエッセの合計三名だ。

 

「はい、よろしくお願い致します」

 

恐怖公に指導を受けることは、アインズの命令によるものだ。

これで合格点を貰えれば、外部での仕事が与えられると聞いている。

 

「それでは早速、始めましょう。まずはクアイエッセ殿、自己紹介を」

「はっ、恐怖公様。ナーベラル・ガンマ様、私はクアイエッセ・ハゼイア・クインティアと申します。よろしくお願いいたします。」

「黙れナメクジ。お前ごときが神々の居城たるナザリックに足を踏み入れるなど、身の程を知りなさ「喝!」

 

何時ものナーベラルが毒舌を吐き終わる前に、恐怖公の喝が割って入る。

 

「やれやれ、ナーベラル嬢。そのようなことでは、何時まで経っても、仕事など与えられませんぞ」

「な、何故ですか?」

 

全く理解出来ないという表情で、ナーベラルは問いかける。

これは、思っていた以上に手がかかりそうだ。

 

「貴女は、ご自身がアインズ様のメイドであることは自覚しておりますな?」

「も、勿論です」

 

至高の主に仕えるメイドであることは、己の誇りである。

 

「ですが、今の貴女ではメイド失格ですぞ。良いですか? メイドが挨拶してきた人を罵倒するようでは、主の沽券にかかわります」

「そ、それは、あの、でも、今はアインズ様の御前では」

 

しどろもどろになりながら、何とか弁解しようとするが、上手くいかない。

 

「ほほう? ではナーベラル嬢は、アインズ様の御前でなければ、メイドに相応しくない態度を取っても問題ないと仰るか?」

「い、いえ、そういうわけでは」

 

元々口が上手い方ではないナーベラルは完全に混乱していた。

 

「良いですかな? 貴女の態度を見た者は皆、こう思うことでしょう。この様なメイドを雇っているようでは、主の器量も嵩が知れると」

「アインズ様のことをそのように見るものなど、私が殲滅してみせます」

「喝!」

 

再び、恐怖公の喝が飛ぶ。

 

「そうではありません。客人の名前を覚えることも出来ず、まして罵倒するような貴女は、本当にメイドとしての職務を果たしていると言えますかな? 貴女が非番の時であっても、貴女を見る人にとっては関係がありません。貴女が誰かを罵倒するようなことがあれば、それだけでアインズ様が軽んじられることになるのですぞ」

「そ、それは私の責任であって、アインズ様のせいではありません」

「誰がそう思うのです? 貴女の主はアインズ様ですぞ。どこの有象無象とも分からぬ輩に、配下の躾も出来ない主人だと思わせることが、貴女の忠義なのですかな?」

「そのような事はありません!」

「ふむ、では、最初からやり直すと致しましょう。クアイエッセ殿、すみませんが、もう一度お願い致します」

 

 

クアイエッセは、先ほどと同様に挨拶を繰り返す。

ナーベラルも、今度は堅いながらもちゃんと会話が出来た。

 

「ナーベラル嬢、笑顔ですぞ。お客様をもてなすのに最も大切なものは笑顔です。“アインズ様の御為”ですぞ」

「は、はい!」

「それと、会話を続ける為にどうすれば良いかをもっと考えることです。アインズ様の為に、怪しまれることなく、様々な情報を聞き出すつもりでやってみるのです。アインズ様であれば、取るに足らないと思われるような一言からでも、相手の真意を見抜くことが出来ましょう」

「分かりました。お願い致します」

 

激しくは無いが、厳しい特訓は、夜が更けても続いていた。

 

 

 

 

 

 

―ナザリック、アインズの執務室―

 

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)といくつかの魔法を併用し、ナーベラルの特訓を覗いていたアインズは感動していた。

まさか、あのナーベラルが、人間と笑顔で対話できる日が来るとは。

前世では―アインズの命令であれば渋々我慢したが―人間嫌いな態度を隠すことは無かった。

それが、鏡越しの彼女は―勿論、演技であるだろうが―にこやかにクアイエッセと対話をしている。

 

それにしても、“アインズの為”という言葉は、ナザリックのNPC達には絶対の意味を持つのだと、改めて実感させられた。

部下たちに、「俺に恥をかかせないように、言うことを聞け」と言うような糞上司にはなりたくなかった為、前世では、ナーベラルの成長を促すような言い回ししかしなかった。

こんなに簡単に言うことを聞くのであれば、言っておけば良かった。

前世の苦労とは一体何だったのか……。

 

「いや、ナーベラルも自発的に、相手のことを思いやれるようにならないといけない。前世で繰り返し注意してきたことは、決して間違っていない筈だ」

 

何度繰り返し言っても変わらなかったということは、全く相手のことを考えようとはしなかったということだが、その事実に触れてはいけない。

まあ良い。過去のことは忘れよう。

今世のナーベラルは、きっと上手くやってくれる筈だ。

とりあえずは、パンドラズ・アクターか恐怖公と共に行動させよう。

彼らなら、ナーベラルも上手くコントロール出来るだろう。

 

 

何にしても、これで姉妹達のお願いは叶えてやれそうだ。

ナーベラルの元気がないから何か仕事を与えてやって欲しいなどと、全く、ナーベラルも良い姉妹を持ったものだ。

ナザリックという大家族の父親であるアインズは、一人、麗しい姉妹愛に支えられた娘を見守っていた。

 

 




ヘロヘロ「もう働きたくない…。誰か、半分で良いから仕事を持って行って……。誰か……」


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番外編 ユグドラシルプレイヤー

ゲームの時はDQNギルドだったからっていう理由で攻撃したりするかな?



勝ち組はどこの世界でも勝ち組で、負け組はどこの世界でも負け組なのか。

リアルとは違う、この異世界においてさえ。

 

 

ユグドラシルの最盛期において、数多くの有名ギルドがあった。

ランク一位の天使系ギルド、セラフィム、最も多くの発見をしたギルド、ワールド・サーチャーズ、猫好き大歓喜のギルド、ネコさま大王国、超巨大(烏合の衆)ギルド、2ch連合等々。

ただ、それら数多のギルドの中で、最もゲームを盛り上げたギルドと言えば、アインズ・ウール・ゴウンをおいて他には無いだろう。

 

伝説となった1500人の大侵攻を筆頭に、数多くの逸話を持つ悪のギルド。

僅か41名の少数でありながら、戦士職最強のワールド・チャンピオンたっち・みーや魔法職最強のワールド・ディザスター、ウルベルト・アレイン・オードル等、実力者も多い。

戦闘職メンバーのそれぞれに、攻略Wikiが作られたギルドなど、ここ以外には無いだろう。

 

癖しかない連中の中で、最も有名な人物こそ、ギルドマスター“モモンガ”だ。

非公式魔王というニックネームが示す通り、魔王のロールプレイで有名な人物だ。

PvPの実力においても、ロマン重視のネタビルドにも拘らず、ランク上位のプレーヤーと戦っても勝率の方が高い程の実力者だ。

一戦目は負けることが多いが、二戦目、三戦目で連勝するという、相手の情報を入手する毎に手強くなっていくという玄人好みの戦闘スタイルで、試合巧者振りには定評があった。

その試合巧者振りから、運営がバランス確認の為に送り込んできたテストプレイヤーだという疑惑もあった位だ。

ただ、その噂は「あの糞運営がゲームバランスとか考える筈がない」という、どこの誰が発したかも分からない言葉によって霧散したが。

1500人の大侵攻においても、開戦の口上は正に魔王そのものであり、モモンガ無しでこのイベントの盛り上がりはあり得なかっただろう。

 

全員が社会人という異色のギルド。

大学教授や有名声優など、勝ち組も多く所属している。

いや、きっと、あのギルドは勝ち組達による遊びだったのだろう。

課金の額も、相当なものだという噂を聞いたことがある。

モモンガなど、ボーナスを全てガチャに突っ込んだことを笑って話していたとか。

生活に不安がない勝ち組っていうのは本当に羨ましいことだ。

負け組(こっち)は毎日、その日を暮らすのに必死だというのに。

 

 

 

 

 

魔導国建国から凡そ200年が経過したある日、一人のプレイヤーが、拠点毎この世界に転移してきた。

彼の悲劇は、アインズ・ウール・ゴウンを知っていたこと、そして、アインズ・ウール・ゴウンを知らなかったこと。

 

そのプレイヤーの青春の全てを捧げたゲームは終了したが、別の未来が待っていた。

暗い未来しか見えないリアルではなく、自分でも圧倒的な強者になれるファンタジーの世界。

美しい自然に囲まれた、リアルでは映像の中にしか存在しない遠い過去の世界。

ギルド拠点を囲むように作られた村の人たちは皆、純朴で、突然現れた自分に対しても親切で優しい。

 

自分は死んで、楽園のような異世界に飛ばされたのだろうか?

それでも良い、搾取されるだけのリアルになど未練はない。

この世界なら、自分だって勝ち組になれるかもしれない。

幸せになれる、そう思っていた。この国(アインズ・ウール・ゴウン魔導国)の名前を知るまでは。

 

 

 

 

 

―アインズ・ウール・ゴウン魔導国首都、エ・ランテル―

 

魔導国の首都、エ・ランテルの街並みは美しく、歴史を感じさせるものだった。

けれども道幅は広く、まるで建設当初から、今日の繁栄を予想していたかのように機能的でもあった。

この都市は、魔導王自らが都市計画を行ったという。

道を歩く人の顔は、リアルとはまるで違う生き物ではないかという程に明るい。

まるで違う生き物も沢山存在してはいたが。

 

自分が転移してきた辺境の村だけではない、この国に住む民は皆、魔導王こそが至高の神と崇めている。

実際に、為政者としても素晴らしい人物だということは想像に難くない。

誰に聞いても、魔導王を讃える言葉しか出てこない。

強制されているのではなく、間違いなく本心だと断言できる。

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導王は恐らく、いや、間違いなくギルドマスターのモモンガだろう。

自分も、あの大侵攻に参加していた人間だから分かる。

きっと、あの人はリアルでも人を使う側の人間、勝ち組なのだ。

件の口上も高い教養を感じさせるものだったし、その堂に入った態度も、あれが演技だとしたら相当な役者だと言えるだろう。

いや、ひょっとしたら、本当の役者なのかもしれない。

演技の練習の為に、ゲームでロールプレイをしていたのかも。

アインズ・ウール・ゴウンには有名声優も所属していた位だし、あり得ない話ではない。

モモンガは、ユグドラシルプレイヤーとしての力と、リアルでの知識と経験によって、この異世界でも不動の地位を得たのだろう。

もし神というものが自分を転移させたとしたら、そいつは何と残酷な奴なのだろう。

勝者は生まれつき勝者だと、身の程知らずの野望など捨ててしまえと言いたいのだろうか。

 

 

「お兄ちゃん、どうしたの? 大丈夫?」

 

見知らぬ、まだ幼い少女が、心配そうな顔をして自分の顔を覗き込んでくる。

何故だろう、目から涙があふれていた。

 

「ああ、ゴミが目に入ったのかな。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

無理やり笑顔を作って返事を返す。

 

「そうなんだ、良かった」

 

何でもないと知って、少女も嬉しそうな笑顔を返してくれた。

 

「でも、知らない人に話しかけたら危なくないかい?」

 

子供が見知らぬ人に話しかけるのは、防犯上良くないのではないだろうか?

 

「大丈夫だよ。魔導王陛下が仰ってたもん。誰かが困っていたら助けるのは当たり前だって」

 

父親の自慢をするかのような表情で、少女が教えてくれた。

ああ、魔導王とは、こんなにも信頼されているのだな。

誰も彼も、こんな幼い子供ですら、本心から彼を讃えている。

 

「そうなんだ。ねえ、君は魔導王陛下のこと好きかい?」

「うん! 大好き!!」

 

満面の笑みで少女は返答してくれた。

耐えきれず、踵を返す。己のギルド拠点へと。

 

来なければ良かった。

モモンガと自分の差を思い知って、惨めになっただけだった。

自分はリアルでは使い捨てにされる負け犬、ゲームの世界でだって、掃いて捨てるほどいる一プレイヤー。

一方のモモンガは、リアルでは勝ち組で、ゲームでも有名ギルドのギルドマスターで、悪役ではあるが、ファンだって沢山いる人気者だ。

異世界においては、誰からも讃えられ、尊敬される至高の王にして絶対神。

何で生まれが違うだけで、自分とこんなにも違うのか。余りにも不公平じゃないか。

 

……いや、自分だって出来る筈だ。

同じユグドラシルプレイヤーだ。モモンガに出来て、自分に出来ない筈が無い。

この国が、民がどうなろうが知ったことか。

自分だって成り上がるんだ。

いつまでも、惨めな負け犬のままで終わってたまるか。

調べたところによると、残っているギルドメンバーはモモンガ一人だけだ。

転移前に投げ売られていたワールドアイテム、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)だってある。

 

「アインズ・ウール・ゴウンを斃して、俺がこの国を盗ってやる」

 

思わず漏れた小さな呟きを聞くものは誰もいない……筈だった。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル王城、アインズの執務室―

 

「……ニグレド」

 

アインズの重たい声が、静かな執務室に響く。

 

「はい。間違いなく、アインズ様に対する殺意を観測致しました」

 

アルベドの姉、探知特化型のNPCであるニグレドの言葉だ、間違いは無いだろう。

 

「ツアーよ、お前が望んだ通り、彼のプレイヤーには我々ではなく、この国の、この世界の姿だけを見せた」

「分かっているよ。彼は、今回のプレイヤーは、この世界の為に生きてくれる者では無かったということだね」

 

白銀の鎧姿のツアーは残念そうに答える。

もしも、新たなプレイヤーが“自発的に”アインズに協力してくれるなら、ワールドエネミー探索も捗るだろうと思っていたが、野心が大きすぎる者は八欲王と同様、世界に混沌しか齎さない。

 

今のアインズ達であれば、ただのプレイヤーなど力でねじ伏せることは容易い。

だが、それは騒乱の種を蒔くことに等しい。

だからこそ、この世界で己の役割を見付けようとするプレイヤーであるかどうかを確かめたかったのだ。

 

「アインズ様、この世界でアインズ様に叛意を示すものなど生かしてはおけません。直ちに討伐隊を編成致します」

 

魔導国宰相、アルベドは笑顔こそ崩していないが、目には殺意が籠っている。

 

「いや、今回はプレイヤーが相手だ、私も行こう。ツアー、お前も付き合えよ」

「転移と同時に潰すっていう、君の案を止めさせたのは僕だからね。ちゃんと付き合うよ」

 

アインズの我儘と気紛れに付き合ってくれる仲間が増えるかもしれない、という淡い期待を砕いた報いは、その身で受けてもらおう。

 

「おお、珍しくやる気じゃないか。良し、久しぶりに守護者全員で行くとしよう。アルベド、皆の弁当も手配しておいてくれ。ピクニックも兼ねよう」

「うふふ、皆も喜びましょう。アインズ様、あの村はいかが致しましょうか?」

 

転移してきたギルド拠点の周りに用意しておいた村のことだ。

 

「あの村はこの日の為に作ったものだが、折角作ったのだからそのままにしておけ」

 

確か、建設当初から100年は経ったはずだ。

 

「残念だな、同郷の者がまた一人いなくなるのは」

 

その呟きには、同族に対する感情というものが何一つ籠ってはいなかった。

 

 

 

 

 

翌日、辺境の村の近傍で、何か大きな爆発音のような音がした。

詳細を知るものは誰もおらず、そのことは、誰の記憶からも忘れられた。

爆発音がした場所は、いつの間にか美しい湖になっていた。

いつからか、観光客が来るようになり、やがて湖畔の避暑地として人気になったという。

 

 




アインズ「全く、リアルとゲームの区別位、つけて欲しいよなあ」


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番外編 レイナース&フォーサイト

元帝国四騎士にして、現アダマンタイト級冒険者蒼の薔薇、レイナース・ロックブルズは知っている。

魔導王アインズ・ウール・ゴウンこそが、全ての神々の頂点に立つ存在であると。

 

彼女に苦難の人生を強いてきた悍ましい呪いは、魔導王によって解かれた。

歓喜と感謝の念から、レイナースは魔導王に祈るようになった。

驚くべきことに、信仰の対象を魔導王に替えても、彼女の信仰系魔法は問題無く発動した。

これにより、魔導王こそが信仰を捧げるべき神であることが証明された。

それと同時に、それまで彼女が信仰を捧げてきた神より高位の存在であることも証明されたと言っても良いだろう。

 

現世に顕現し、楽園を築くことに尽力する神と、天にあり、魔法を使わなければ力を貸してくれない神。

どちらを信仰するべきか、誰でも分かる。この世界は綺麗事だけで生きていけるほど甘くは無いのだから。

 

慈悲深き魔導王は、民の心の安寧を願い、他の神を信仰することを禁じてはいない。

それでも、他者を害するような、具体的には人間を生贄に捧げるような儀式は禁じている。

蒼の薔薇の一員として、レイナースがバハルス帝国に戻ってきたのは、帝国四騎士の一人、激風ニンブル・アーク・デイル・アノックが、ラキュースに丁重にお断りを告げた日から、数か月経ったある日である。

 

 

 

 

 

―バハルス帝国首都アーウィンタール、帝城の一室―

 

元四騎士の一人、レイナースは以前とはまるで違う表情を浮かべている。

見るものが自然と警戒を解いてしまうような、穏やかで優しい笑顔だ。

 

「久しぶりだなレイナース。息災か?」

 

自分をあっさりと捨て、我先にと魔導国に降った元臣下を迎える皇帝は―内心はさておき―笑顔で出迎える。

 

「お久しぶりです陛下。勿論、元気にしております。前回はお会い出来ませんでしたから、お目通りが叶って嬉しい限りですわ」

 

フールーダ同様、こいつも全く悪びれることが無い。

そういう我の強い人間ばかりを側近に取り立ててきた自分は、ひょっとして人を見る目が無いのかもしれない。

 

「それで? 今回はどういう用だ?」

「ええ、陛下には恩返しをしていなかったなと思いまして」

「恩返しだと?」

 

いきなりやって来て、恩返しをしたいなど、どう考えてもレイナースのやることではない。

これも魔導王が絡んでるのかもしれない。

 

「ふふふ、そんなに警戒なされないで下さい。私、こう見えてもそこまで恩知らずではありませんのよ」

 

魔導王の力を知ったと同時に、国を飛び出した奴が、何を言っているのか。

 

「それで? 俺にどんな恩返しをしてくれるんだ?」

「その前に、四、いえ、三騎士以外は御人払いを」

 

本当に信頼出来る連中以外には、聞かせられない話ということか。

嫌な予感しかしない。

聞きたくは無いが、聞かなければもっと悪い未来が待っていることは間違いない。

人払いをして、続きを促す。

 

「それで? 人払いさせてまで、何を伝えたいのだ?」

「ええ、ご存知と承知しておりますが、魔導王陛下は、信仰の自由を保障していらっしゃいます」

「そうだな。自分を崇めろとでも言うのかと思っていたが、驚くほど柔軟な御方だ」

「ですが、人間を生贄に捧げるような邪教の存在は認めてはおりません」

「待て、まさか、帝国の国内にそんな連中が居ると言いたいのか?」

 

人を攫って生贄にするような集団であれば、それなりの規模になる筈だ。

やりそうな連中は知っているが、帝国の重鎮も参加していることから、未だに潰してはいない。

 

「例の邪神を崇める連中か? だが、人間の生贄など初耳だぞ」

 

生贄と言っても、精々、鶏程度だった筈だ。

 

「ことはそれだけではありません。彼らは、自分たちが崇める神こそ、魔導王陛下だと思っているようです」

「何だと?」

 

予想通り、やっぱり悪い話だった。

まさか、宗主国の王を邪神扱いとは。

 

「ですが、魔導王陛下は非常に慈悲深きお方。決して生贄の儀式などは喜ばれません。もし陛下のお耳を汚すようなことがあればどうなるか」

「分かっているさ。すぐに潰すとしよう。バジウッド、人選を頼むぞ」

「了解しました。陛下、全員処刑すると考えて宜しいですな?」

 

帝国を守る為だ、数名は残しておきたい人材もいるが、背に腹は代えられない。

ジルクニフは首肯する。

 

「魔導王陛下は、皇帝陛下にご期待されておられます」

「そうか、それはありがたいことだ」

「ええ、魔導王陛下を妄信されていないことを、特に評価されておられるようです」

 

……やはり、魔導王には隠し事は出来ないか。

とはいえ、反旗を翻そうとしている訳ではない。

いきなり帝国を取り潰しということも無いだろう。

 

「陛下、今回の件は、早急に解決されることをお勧めいたします。」

「分かっているとも。可及的速やかに片付けるさ」

「魔導王陛下は寛容なお方ですが、守護者の方々はそうとは限りません。帝国を存続させる為にも、魔導王陛下の名を堕としめるようなことが無きよう、お気を付け下さい」

 

魔導王の臣下の殆どは、狂信的な忠誠を誓っている。

どれだけ温厚な者であっても、魔導王を侮辱した瞬間、豹変するのが当然と考えておくべきだろう。

それは、自分を捨てて魔導国に降ったこのレイナースとて例外ではない。

彼女は忠誠心が低いというイメージを持ったまま話をするのは危険と考えるべきだろう。

あの魔導王のカリスマの前では、狂信者で居られない者の方が少数派だ。

 

 

 

 

レイナースが退出した後、ジルクニフと三名の騎士だけが残った。

 

「やれやれ、これは帝国存亡の危機だな」

 

面倒臭そうに、ジルクニフが溜息交じりに呟く。

 

「魔導王陛下の政の力量は、私よりもずっと上だ。だからこそあの方は、民衆からの人気を、相当に気にしているようだな」

「あの絶対支配者がそんなことを気にされますかね?」

「為政者として考えれば当然だ。民衆に王であって欲しいと望まれることは、統治が非常に楽になるということだからな」

「そうすると、今回の件が表に出たら、相当に大きな問題になりそうですな」

「そういうことだ。この連中は、反逆者として処分するさ。まあ、今回だけはレイナースに感謝だな。確かに恩返しをしてくれたよ」

 

ともあれ、そもそも魔導王さえ居なければ、こんなことにもなっていないのだが。

偶には、この重たい気分が晴れる様な、良いことが起きないものだろうか。

ジルクニフはいつも通り、大きな溜息を吐き、また仕事に向かう。

 

 

 

 

 

―帝都アーウィンタール―

 

「終わった? レイナース」

「ええ、流石に皇帝陛下は話が早くて助かりますわ」

 

蒼の薔薇リーダー、ラキュースの質問に笑顔で答える。

 

今回の表向きの仕事は、レイナースに呪いをかけたモンスターの調査だ。

レイナースにかけられていた呪いは、死に際の呪い(ラスト・ワード)という魔法によるものだが、これは低レベルのモンスターが使えるものでは無い。

文字通り、命と引き換えに対象者に呪いをかける魔法で、同レベル帯で抵抗することはほぼ不可能。

魔法の仕様が大きく変容しているこの世界では、極めて危険な魔法だと言える。

レイナースが斃したのは、どのようなモンスターで、どうやってその魔法を習得したのかを調査するのが狙いだ。

 

しかし、レイナースにはもう一つの仕事が与えられていた。

それが皇帝を動かして、帝国内の邪神教団を壊滅させること。

そちらはほぼ完了だ。

後は優秀な皇帝がどうにかするだろう。

 

そして更にもう一つ、彼女自身の目的。

もし皇帝が魔導王に反旗を翻すつもりであるなら、刺し違えてでも首級を取ること。

自分にかけられた呪いを解いてくれた時、魔導王は領民の為に戦ってきたレイナースの行いを褒めてくれた。

両親も、婚約者も、呪いをかけられた自分を、まるで汚いものを見るように罵ったのに。

 

だが魔導王だけは違った。

「大切な誰かの為に、己の命を懸けること程尊い行いは無い」と言ってくれた。

自分の誇りを、魔導王だけは認めてくれた。

子供のように泣きじゃくる自分を抱きしめて、落ち着くまで「良く頑張ったな」と撫でてくれた。

その日、レイナースは、至高の神の為に、己の全てを捧げることを決意した。

 

 

 

 

 

―バハルス帝国首都アーウィンタール―

 

この日、男女二人ずつの四人組が帝都内を走り回っていた。

 

「どう? 何か手掛かりは見つかった?」

「駄目だ。誰も居ねえ、完全にもぬけの殻だ」

 

ようやく、双子の妹を連れて行った男の居場所を探し当てたのは良いが、既に別の場所に移動した後だったようだ。

手掛かりになりそうなものも、綺麗さっぱり片付けられている。

 

「まさか、本当に自分の娘を売るような親がいるとはな」

 

チームリーダーの男、ヘッケランが吐き捨てる。

 

「ごめん皆。私が家の恥とか考えずに、もっと早く相談してればこんなことには」

 

魔法詠唱者の少女、アルシェの両親はジルクニフの改革により、貴族位を剥奪された。

再び貴族に返り咲く為と嘯き、日々浪費を繰り返していたが、借金が返せなくなり、二人の娘を売り飛ばした。

 

「アルシェには悪いけど、本当に信じられない最低の屑だわ」

「これが終われば、神の拳の味を教えるとしましょう」

 

ハーフエルフのレンジャー、イミーナと人間の神官ロバーデイク・ゴルトロンも怒り心頭だ。

これが森の中であれば、イミーナのスキルで追跡も出来ただろうが、街中ではそういう訳にもいかない。

どう探せばよいものか、途方に暮れていたところに、不意に声がかけられた。

 

「もし、そこの方々、少しだけお話を聞かせて頂けませんか?」

 

涼しげな声がする方を振り向いてみれば、端正な顔立ちの騎士が立っていた。

帝国でワーカーや冒険者をしているもので、この男を知らないものは居ないだろう。

 

「帝国四騎士の一人、激風殿がワーカー風情に何の用ですか? 申し訳ないが、今は立て込んでるんで、後にしてもらえませんか?」

 

ヘッケランが苛立たし気に話を切り上げる。

いつもであれば彼なりにではあるが、丁寧に対応していただろうが、今は緊急事態だ。

 

「そのお嬢さんの妹君のことで、ご協力して頂きたいのです」

「妹たちのこと、何か知っているの? 教えて下さい!」

 

アルシェは、何か手掛かりでもあるのかとニンブルに縋らんばかりだ。

 

「落ち着いて下さい。貴方の妹たちの件は、一刻を争います。どうか、私に協力をお願いします」

「妹たちを助ける為なら何でもします」

「おい、アルシェ」

 

ヘッケランが止めるのも構わず、ニンブルに協力を約束するアルシェ。

普段は余り感情を表に出すタイプではないが、妹たちのことになると、まるで別人だ。

 

「誰が彼女たちを買ったのかは分かっていますが、その居場所までは突き止められませんでした」

 

アルシェは、折角手掛かりが掴めるかと思ったのに、また振り出しに戻ったのかとガックリと肩を落とす。

 

「大丈夫です。その為に貴方を探していたのですから」

 

そう言って、ニンブルはスクロールを取り出した。

 

「このスクロールには、生命発見(ロケート・ライフ)の魔法が込められています」

「つまりどういうことだよ?」

「落ち着いてヘッケラン。この魔法は、自分が知っている生命体を探知出来るの」

「ええ、私の友人が譲ってくれましてね。ですから、お嬢さんだけが手掛かりなのです。協力してもらえますか?」

 

そんなことは当然だ。

考えるまでもない。

二つ返事で了承し、すぐに魔法を発動させる。

 

 

 

 

 

―アーウィンタール近傍の地下墓地(カタコンベ)

 

生命発見(ロケート・ライフ)の魔法が反応したということは、妹たちはまだ生きている筈だ。

フォーサイトの面々と、ニンブル、そしてその部下たちは、魔法によって割り出した墓地へと到着した。

 

「生贄の儀式ってくらいだから、地下墓地だろうな」

 

流石に人間を生贄に捧げようとする行為を表でやる馬鹿はいないだろう。

いくつもある地下墓地への入り口から、正解を探さなければならないが、ありがたいことに、ある地下墓地への入り口には、禿げ頭で筋骨隆々、刺青の目立つ大男が立っていた。

 

「お前ら急げよ。まだ儀式とやらは始まっちゃいないが、時間はねえぞ」

 

意外なことに、この大男は邪神教団の用心棒という訳では無いようだ。

男が倒したのだろう、用心棒らしき連中が辺りに転がっていた。

 

「失礼ですが、貴方は?」

 

ニンブルの立場としては、男の素性を聞かないわけにはいかない。

 

「俺が誰かは聞くな。帝国を守りたいんだろ? 俺の主人のご慈悲を無駄にするなよ?」

 

その言葉で理解した。

帝国の皇帝に慈悲をかけられる者など、たった一人だ。

 

「感謝致します。貴方のご主人様にも、お礼をお伝えください。」

「ふん。じゃあな、上手くやれよ」

 

禿げ頭の大男、ゼロはそのまま去っていく。

時間を取られる政になど、出来る限り関わりたくは無いのだ。

唯でさえ、諜報が出来る人材が少なく、仕事が立て込んでいるのだから。

 

 

 

 

 

地下墓地を暫く進むと、広間に到達した。

ここで儀式を行おうとしているのだろうことは一目で分かる。

良く分からない魔法陣と、その中央に置かれた二人の少女。

その周りを取り囲むようにして祈りを捧げている異様な集団。

 

「クーデ! ウレイ!」

 

妹たちを見つけたアルシェが一目散に飛び出していく。

直ぐに騎士たちやフォーサイトも突入する。

 

程なくして、全員取り押さえることに成功した。

 

「皆さん、ご協力ありがとうございました」

 

爽やかな笑顔と共に、お礼を述べるニンブル。

 

「いえ、お礼を言うのはこちらです。本当にありがとうございました」

 

妹たちが眠っているだけと確認できたアルシェは、ようやく落ち着きを取り戻していた。

 

「帝国内の反乱分子の摘発にご協力頂いた皆さんには、皇帝陛下より、恩賞が与えられることになると思いますので、後日、改めてご連絡させて頂きます」

「反乱分子ですか?」

「ええ、そうです」

 

生贄の儀式で反乱分子とは、とても違和感があるが、気にしてはいけない。

世の中には、触れてはいけないことがあるのだ。

 

「分かりました。そういうことなら、楽しみにさせて頂きますよ」

 

首を突っ込んでも碌なことにはならないだろう。

ヘッケランはサッサと話を切り上げることにした。

 

 

…このワーカーたちが頭が回る連中で助かった。

もし、余計な詮索をするようなら、折角助けた姉妹ごと、ここで始末する羽目になっていたからだ。

ともあれ、今回の件は魔導王の慈悲に感謝しよう。

 

 

 

 

 

―エ・ランテル王城、アインズの執務室―

 

「ご苦労だった、流石はソリュシャンだな。私の意図を良く理解している」

 

報告書に目を通したアインズは、優秀な部下に労いの言葉をかける。

邪神教団の件が明るみに出れば、折角築いてきた良い神様のイメージが損なわれるところだった。

帝国の重鎮も参加していることから、帝国内で内々に処理してもらうのが最良と考えていたが、ソリュシャンはきちんと理解出来ているようだ。

 

「勿体無いお言葉。私こそ、アインズ様のお役に立てる機会を与えて下さり、感謝しております」

「後で褒美を与えよう。欲しいものを考えておくが良い」

 

恐らくは前回と同様、一緒にお風呂に入りたいと言うのだろうが、執務室(ここ)にはアルベドもいる。

ソリュシャンは空気が読めるので、アルベドの前でそんなことは言わないだろうが、念の為だ。

 

「ありがとうございます。後ほど、お願いをさせて頂きます」

「うむ。それで、このワーカー連中はどうなった?」

「はい、アインズ様のご計画通り、皇帝の配下として雇われるようです」

 

ソリュシャンの報告によると、件の連中はワーカーにしては珍しく善良なチームらしい。

帝国の人材不足が深刻だというので、多少はマシになるだろうか。

それにしても、優秀な人材が魔導国に来てくれるのは良いのだが、まさか碌な引継ぎもしていなかったとは驚きだ。

全く、社会人として、元の職場に残る同僚の為に、ちゃんと引継ぎをするのは常識だろうに。

出来れば後を継ぐ後輩も育てておいて欲しいものだが、そこまでは一職員では難しいだろう。

前世で―今世でも―元の職場を放りだして魔導国に降ったフールーダは、社会人としてどうかと思っていたが、この時代の帝国では当然だったのかもしれない。

少し、フールーダの評価を見直さなくてはならない。

 

 

「それにしても、子供を愛さない親がいるのか」

 

報告書にあった二人の少女は、親に売られたらしい。

それも、自分たちが贅沢をする為の金が無いという理由で。

 

アインズの父親は早世している為、記憶にはない。

それでも、母親は貧しいながらも愛情を注いでくれた。

必死に働きながら、無理をして、比喩ではなく、命を削って小学校を卒業するまで育ててくれた。

アインズの中で、親というのはそういうものだ。

親から受け継いだ愛情は、己の子供に与えてやらなくてはならない。

 

「アルベド、ソリュシャン、シクスス来なさい」

 

本日のアインズ様当番のメイドを含め、この部屋にいるNPCを自分の前に並べさせる。

椅子から立ち上がり、三人の娘たちを抱きしめる。

 

「「「ア、アインズ様?」」」

 

三人の声が同時に上がる。

 

「お前たちは皆、私の可愛い子供だ。私の中に残った愛情は全て、お前たちの為にある」

 

きっと、愛しい子供たちがいるからこそ、自分は感情を失わずにいられるのだろう。

歓喜にすすり泣く子供たちを抱きしめながら、いつ以来だろうか、アインズは、自身の両親に思いを馳せていた。

 

 





ぺロロンチーノ「子供を愛するって良いですよね」

アインズ「えっ?」

ぶくぶく茶釜「もしもし、警察ですか? 変質者です」

たっち・みー「とうとうやったんですか? 話は署で聞きますよ」


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番外編 ニニャ

モモンガ「ぺロロンチーノさんとぶくぶく茶釜さんって、本当に姉弟なんですか?」

ぺロロンチーノ「え? 何で?」

ぶくぶく茶釜「だよね!」



―リ・エスティーゼ王国王都―

 

ニニャと名乗る魔法詠唱者の少女―男装してはいるが―は、王国王都にて、生き別れの姉を探していた。

八本指という、非合法組織が運営する娼館に売られたところまでは突き止めたが、そこから先が全く分からない。

そもそも、娼館自体が、ある日を境に綺麗さっぱり無くなってしまったという。

娼館に売られた女性たちは、一旦保護された後、解放されたらしいが、その足取りを追うことは極めて難しい。

何故なら、被害女性たち自身の、過去と決別したいという希望により、その行方は完全に秘匿されているからだ。

もし、その情報を漏らしたり悪用した場合には、極刑もあり得ると言われている為、関係者に聞き込みをしても情報はまず得られない。

むしろ、ニニャ自身が元娼婦たちの情報を悪用しようとしていると疑われ、何度も官憲からの取り調べを受けることになった。

 

「なあ、ニニャ、まだ探すつもりか?」

 

チームメンバーの一人、レンジャーのルクルットがもう諦めたらどうかという想いを込めて尋ねる。

 

「分かっています。でも、もう少しだけお願いします」

 

ニニャの決意は固い。

いや、彼女はその為に生きてきたのだ。

諦められる筈が無い。

 

「噂ですが、魔導王陛下のお力により、辛い記憶を消してもらった人も多いと聞きます。もしお姉さんを見つけても、貴方のことを覚えていないかもしれませんよ?」

 

チームリーダー、ぺテルの言うことは最もだ。

例の娼館がどんな場所であったか、調べはついている。

同じ女性として、そんなところに居た記憶など無い方が良いに決まっている。

噂によれば、過去の記憶を抹消し、別の記憶を与えられ、全く異なる場所で生きている人もいるという。

幸いというか、竜王国でも聖王国でも、大きな戦があったばかりだ。

大量の人の流出入が、そこかしこであっても全く不思議は無い。

過去を消してやり直すには、持って来いの状況だろう。

 

「だが、ニニャがやりたいというのであれば気が済むまで付き合うのである」

 

ドルイドのダインは最初からそのつもりだ。

どの道、彼ら漆黒の剣は、四人で一つのチームなのだ。

仲間が人生を賭け、やるべきことがあるなら、それに付き合うのは当然のことだ。

 

「ったく、しょうがねえな。まあ、ニニャが居ないとうちは冒険も出来ないからな。付き合ってやるよ」

「その代わり、次の冒険では、二倍働いてもらいますからね」

「皆、ありがとうございます」

 

自分は本当に、良い仲間に恵まれたものだ。

つい先日、白金級に昇格することも出来た。

何時か、エ・ランテルで見た、漆黒と白銀の英雄の足元にでも追いつけるだろうか。

 

 

 

「おい、お前たちはまだ、例の娼婦たちを追っているのか?」

 

突然声をかけてきたのは、でっぷりと醜く太った巡回使スタッファン・ヘーウィッシュと名乗る男だ。

 

「俺らは別に、法に触れるようなことはやってませんって」

 

ヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべながらルクルットが誤魔化す。

 

「ふん、どうだかな。良いか、もしも法に触れるような真似をすればどうなるか、忘れるなよ」

 

王都では、結構な時間を聞き込みに費やした。

この男が信用ならないと断言できるくらいには、十分な証言が集まっている。

 

「ええ、分かっていますとも。では、失礼します」

 

ペテルがさっさと話しを切り上げる。

どうにも、この巡回使のニニャを見る目はいやらしい気がする。

自分たち仲間がニニャを守らなければ。

彼女は―本人は隠したがっているようなので、チームメンバーは誰も触れないが―うら若き乙女なのだから。

 

 

 

 

 

「ねえ、モモン、聞いても良いかな?」

「どうしたツアー? 腹でも減ったか? セバスによると、あそこの店が旨いらしいぞ」

「この鎧姿じゃあ食べられないし、君も食事が出来る身体じゃないだろ。そうじゃないよ」

 

何時ものように、突然現れたアインズに連れられ、冒険者として王都にやってきた。

今は、漆黒の戦士モモンと白銀の剣士ツアーと名乗っている。

チーム名はまだ無いが、最初の冒険でアダマンタイト級冒険者に昇格した。

 

「で? 何がどうした?」

「いや、人間の街を探索してワールドエネミーが見つかるものなのかい?」

「は? そんなもんがこんな街中に出るわけないだろ、何言ってるんだ?」

 

この野郎、何を抜かしやがる。

 

「おい、僕は真面目に言ってるんだけど?」

「俺も真剣に探索しているぞ。良いか、此処はユグドラシルとは違う。あそこでは、街中にヒントがあったが、この世界ではそうもいかん。それでもな、街中というものは最も情報が集まる場所だ」

「それは分かるけど、これじゃ、何時までかかるかも分からないよ」

「うむ、ワールドイーターの時に思ったのだが、恐らく、奴らは己の設定に従って顕現する可能性が高い」

「製作者にそうあれと作られた設定という奴だね?」

「その通りだ。それでな、ワールドエネミーの中に七大罪の魔王というのがいる。人の持つ七つの欲望の化身みたいなやつだ」

「ああ、言いたいことは分かったよ。人が集まる場所だからそういう悪魔が顕現しやすいと言いたいんだね」

「いや、俺自身の手で顕現させられるかの実験をしたい」

 

どうしてそういう発想になるんだ。

この骸骨の頭の中はどうなって……伽藍洞だった。

 

「モ、モモン? 何をとち狂ったこと言いだすんだい?」

「落ち着けツアー。街中であんなもんが暴れだしたら大惨事だろうが。俺の目の届く範囲で顕現させる方が安全だろう? 全く、物騒な奴だな」

 

こいつにだけは言われたくない。

 

「それはそうだけど」

「そこでな、欲望に塗れた罪人の意識を一か所に集めてみようと思っている。出来る限り大量に集めるぞ」

「え? 誘拐するのかい?」

「お前の考えは偉く物騒だな。それは犯罪だ。普通に悪いことをした奴を捕まえるだけだぞ? めぼしい奴は僕を使って調べさせてある」

 

その為に―元々は別の使い方をするつもりだったが―一部の腐った役人などを残しているのだ。

 

「君にだけは、物騒だなんて言われたくないんだけど」

「ははは、面白い冗談だな、ツアー」

 

全然面白くない。

 

「民衆の生活を間近で見る機会なんて、お前も殆ど無いだろう。折角だから楽しめ」

 

この骸骨は、いつも本当に楽しそうだ。

こいつを神様だと信じている人間たちに、この姿を見せてやりたい。

 

「あのデブは体つきから見ても分かる通り、暴飲暴食、更に好色ときた。実に良い素材だ」

 

好色な罪人はエルフの王もいるし、上手く集めたいところだ。

娼婦の足取りを追っている冒険者も、奴の同類だろうか?

もしそうであれば、そいつらに依頼を出している連中も纏めて捕まえよう。

記憶操作の魔法を使えば、どの位欲深いかも分かる筈だ。

それと、記憶操作の魔法により、目的の欲望以外の知識と興味を無くしてしまおう。

 

前世で行った“一人の人間に複数の人間の意識を移したらどうなるか?”という実験は、唯の狂人を作るだけの結果に終わってしまった。

しかし、今回は欲望に根差した意識のみを残し、残りの記憶は全て抹消するつもりだ。

上手くいけば、七大罪の悪魔を顕現させることが出来るかもしれない。

とりあえずは、欲望の中でも分かりやすい色欲と暴食だろう。

犯罪者として取り締まりやすいのは色欲だ。

 

近いうちに、アルベドやデミウルゴスに欲深さの基準を作らせるとしよう。

彼らは悪魔だし、きっと良い塩梅を知っているだろう。

 

「君ならあんな連中、暴力でも権力を使ってでも、好きに捕まえられるだろうに」

 

そんな勿体無いことはしない。

折角、悪い役人がいるのだ。というか、態々残したのだ。

嘗て、ユグドラシルで死獣天朱雀さんとたっち・みーさんが熱く語っていた、“あれ”が出来るチャンスだ。

今世では、前世では出来なかった遊びを全力で楽しむつもりだ。

 

 

 

 

 

―王都、とある裏通り―

 

夕暮れ、薄暗く、人通りが無い裏通りに二つの影があった。

 

「約束通り、お前一人だな?」

 

一人は醜く太った巡回使のスタッファン。

 

「ええ、姉のことを教えてください」

 

もう一人は、男装の魔法詠唱者ニニャ。

会いたくはなかったが、スタッファンは、教えてもいない姉の名前を口にした。

姉の行方を知りたいなら、一人で裏通りまで来いと。

 

「ついて来い」

 

例の娼館が無くなって、スタッファンは性欲を発散させる場所が無くなった。

目の前の少女は、男装してはいるが、見るものが見ればすぐに分かる。

自分は、こいつらを捕らえる権限だって持っている。

姉の名を出せば、逆らうことは無いだろう。

楽しみだ。きっと、この少女は姉と同様に、良い声で鳴いてくれるだろう。

 

「ここだ、入れ」

 

ニニャが連れてこられたのは、薄汚い倉庫のような場所だ。

 

「それで、貴方は、姉がどこにいるか知っているんですか?」

「もし知っていたら、どうするんだ?」

 

倉庫には、自分の手下たちを10人以上潜ませてある。

彼女はそれなりの魔法詠唱者かもしれないが、組み付いてしまえば何も出来まい。

 

「お願いします。姉の情報を教えてください。私にできるお礼であれば何でもさせてもらいます」

「ほう、本当に何でもだな?」

 

スタッファンは、醜い顔をさらに歪めて、ニヤリと笑う。

 

 

 

完全不可知化を使用してスタッファンを尾行していたアインズは思わず呟く。

 

「……素晴らしいな、絵に描いたような屑だ。たっちさんや朱雀さんが言っていた通りの展開だ」

「ねえアインズ? 僕たちは何故、ここにいるんだい?」

「完全不可知化を使っているとはいえ、油断するなよツアー。この姿の時にはモモンと呼べ」

「ハイハイ、そうだねモモン」

「ハイは一回だ。もうすぐ出番だから、ちょっと待ってろ」

 

予想した通り、襲い掛かったスタッファンにニニャが必死に抵抗している。

スタッファンの号令と同時に、彼の手下たちが現れた。

誰も皆、この後のおこぼれに与ろうと欲望に目を輝かせている。

魔法詠唱者であるニニャは、それなりの強さを持ってはいるが、複数の男たちに組み付かれてしまってはどうしようもない。

 

 

何となく、エロゲーにでもありそうなシチュエーションだ。

そんなことを考えていると、心のぺロロンチーノが囁いてくる。

 

「こいつは凌辱もののエロゲーですね。しかも男装のヒロインとか、定番中の定番ですね」

 

誰もそんなことは聞いていない。

いないが、確か、ぺロロンチーノは凌辱ものはヒロインが可哀想で余り好きじゃないと言っていたはずだ。

 

「ふふふ、甘いですね。いつも同じタイプの奴ばっかりだと飽きちゃうでしょ? それに、凌辱ものはヒロインの年齢が高いことが多いんで、姉ちゃんの声に当たることが少ないんですよ」

 

そういうものかも知れないが、今はどうでも良い。

 

「流石に、期待作に連続で姉ちゃんが出てた時にはショックでしたからね。まさか凌辱ものに癒されるとは思いませんでしたよ。でも、そういうタイプのエロゲーって汚いおっさんが主人公だってこと多いんですよね。おっさんと美少女の絡みってどこに需要があるんですかねえ?」

 

目の前で行われようとしている光景が正にそれだ。

 

「いやあああ!」

 

ニニャの小ぶりではあるが、形の良い乳房が露わにされている。

というところで、心のぶくぶく茶釜の舌打ちが聞こえた。

 

「チッ、やっぱり女かよ。期待させやがって」

 

男が襲おうとしてるのだから、当然だと思います。

 

「分かってないね、モモンガさん。ああいう中性的な顔立ちの子こそ、男の娘であるべきじゃない? 違う?」

 

申し訳ありませんが、弊方では分かりかねます。

 

「そうだ、モモンガさん? あの娘、精神そのままで男に転生させちゃおうよ。助けたお礼にさ」

 

基本的人権を踏みにじるような、不適切な発言はご遠慮願います。

 

おっと、馬鹿なことを考えている場合じゃない。

そろそろ助けに行かないと流石に不味い。

あの魔法詠唱者の貞操は守ってやらなくては、後で何と言われるか分からない。

 

 

「良し、そろそろ行くぞ」

「ハイハイ」

「ハイは一回だと言っただろう」

 

 

ようやく、暴れるニニャを取り押さえ、これからお楽しみと思ったところで、二人の戦士が突然目の前に現れた。

その片割れ、漆黒の戦士はスタッファンの巨体を片手で軽々と持ち上げると、徐に放り投げた。

上手く手下たちにぶつかり、怪我は免れたようだが、楽しみを邪魔されたスタッファンは怒り心頭だ。

 

「何だ、お前たちは? 私は、魔導王陛下より巡回使を仰せつかっているスタッファン・ヘーウィッシュだぞ!」

 

良いぞ、こういう場面ではピッタリの台詞だ。

 

「それがどうした? ああ、ツアー、その娘を守ってやってくれ」

「分かったよモモン。そいつらは君に任せるからね。ちゃっちゃとやってよ」

「モ、モモンさんとツアーさん? 何故こんなところに?」

 

ツアーの奴、全然やる気がないな。

全く、此処が見せ場だというのに。

朱雀さんたちの話では、こういう場面で、良い感じのBGMが流れるんだったな。

当然、そんな気の利いたものは無いので、脳内で流すことにしよう。

 

人数が多かろうが、所詮はレベル一桁程度のゴロツキに過ぎない。

漆黒の戦士は剣を抜くことも無く、鼻歌交じりに、不逞な輩達をあっという間に叩きのめした。

 

 

「まあこんなものか。さて、お前たちには余罪も十分にありそうだな」

 

叩きのめした悪党たちを、一体どこから取り出したのか、ロープで縛りあげる。

 

「お、お前たち、こんなことをしてどうなるか分かっているのか!」

 

スタッファンが怒鳴りあげる。

 

「ん? どうなるんだ? 言ってみろ」

「私は魔導王陛下より巡回使を仰せつかっているんだぞ! 私に狼藉を働くなど、魔導王陛下に対する反逆行為だぞ!」

 

スタッファンは、“旧王国であれば”通じたかもしれない伝家の宝刀を抜いたつもりだった。

 

「ほう、私はお前など知らんがな」

 

言うや否や、漆黒の戦士の鎧が消え去る。

そこから現れたのは、世界を総べる神々の王、魔導王アインズ・ウール・ゴウンその人だ。

 

「で? 私が何だと?」

「う、嘘だろ? 何で? 本物? ま、魔導王陛下、これは誤解でございます」

「黙れ、スタッファン・ヘーウィッシュ! その方、己の職権を濫用し、若い娘を毒牙にかけようなど言語道断! 恥を知れい!!」

「は、ははあーっ!」

 

それはスタッファン一味だけでなく、被害者であるニニャも思わず平伏さずにはいられない程の、威厳と威圧感のある一喝だった。

 

……満足、感無量だ。

前世では出来なかった―死獣天朱雀とたっち・みーに教えてもらった―時代劇を、ようやくやることが出来た。

ただ一人、ツアーだけが、「こいつ、本当に人生楽しんでるなあ」と冷めた目で見ていた。

 

 

 

転移の魔法で僕たちを呼び出し、ナザリックに連行した後、倉庫に残されたのは二人の戦士とニニャだけだ。

 

「魔導王陛下、ありがとうございました」

 

跪き、改めて礼を言うニニャ。

 

「ふむ、姉を想う気持ちは分からんでもないが、気を付けることだ。必死な時ほど、周りが見えなくなるものだ」

「はい、仰る通りです。ですが、私はどうしても姉を探さなくてはならないんです。どうか、お力をお貸し下さい」

 

必死に食い下がる少女。

この少女はどこかで見た気がする。前世のどこかであっただろうか?

 

「ならば、君の記憶を見せてもらっても良いかね?」

 

若い女性だ、記憶を見られるのは嫌がるだろう。

 

「それで姉のことを教えて頂けるなら、構いません」

「良いのか? 人に見られたくないものまで見られることになるぞ?」

「構いません。私は、姉を探す為に生きてきたんです」

 

この若さで人生を賭けるものがあるとは、ある意味、羨ましいことだ。

記憶操作の魔法でニニャの記憶を覗かせてもらったが、純粋に姉に会いたいという想いのみだ。

これならば、会わせたとしても問題は無いだろう。

 

「良かろう。君の姉に会わせてやろう。但し、彼女は過去の記憶を無くしている。そして、決して思い出すことは無い。もはや別人であると言っても良い。それでも良いのか?」

「構いません。お願いします」

 

姉が過去の記憶を無くしていることは、覚悟していたことだ。

現在は、新しく幸せな人生を歩んでいるならそれでいい。

それでも、一目で良いから姉に会いたい。

 

「もし、もっと早く、君に再会出来ていたなら、君の姉は、記憶を捨てようとは思わなかったかもしれんな」

「魔導王陛下、姉は、今は幸せに暮らしていますか?」

「勿論だとも。君自身の目で確かめると良い。ああ、この姿の時にはモモンと呼んでくれ。正体がバレると大騒ぎになるからな。当然、モモンの正体も他言無用だぞ?」

「は、はい、畏まりました。モモン様」

「いや、様はやめてくれ」

「え、あ、はい、モモンさーん」

 

……どこかで聞いた響きだ。

まあ良いだろう。

当初の目的通り、時代劇も楽しんだことだし、そろそろ帰るとしよう。

 

「ニニャと言ったな。冒険者であれば、この姿の私と、また会うこともあるだろう。君の活躍を祈っているよ」

 

白銀の剣士と共に、転移の魔法で偉大なる魔導王は帰っていった。

弱い人間たちの中には、もっと弱い者たちを食い物にする悪党が沢山いる。

それでも、魔導国にはそれを許さない、慈悲深く偉大な支配者がいるのだ。

ニニャは、本当に高貴な人物というものを初めて目の当たりにした。

高貴な身分と魂の高潔さを兼ね備えた魔導王こそ、正しく、王たり得る人物だと。

 

 

この暫く後、劇場にて、魔導王が冒険者に扮して悪党を懲らしめる物語が大盛況を収めることになる。

作者は冒険者の女性という噂だが、正体は不明とされている。

この劇は、誰でも知る有名な物語として、永きに亘り、時代を超えて魔導国の民たちに愛されることになる。

 

 




モモンガ「ぺロロンチーノさんとぶくぶく茶釜さんって、やっぱり姉弟ですね」

ぶくぶく茶釜「え? 何で?」

ぺロロンチーノ「ですよね!」


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番外編 ゴンド

―魔導国首都エ・ランテル、ドワーフの工房―

 

日の出と共に、ルーン工匠、ゴンド・ファイアビアドはようやく解放されたという安堵から大きく息を吐いた。

 

「おうゴン坊、おはよう」

 

同僚のドワーフが声をかけてくる。

 

「おう、おはよう。ようやく解放されたのう」

「そうじゃな。全く、魔導王陛下の御命令とはいえ、辛いもんじゃのう」

 

彼らが向かう先は、ルーン工匠が働く工房だ。

ようやく、そう、ようやく、二日間の休日という辛い日々から解放された二人は、出勤を許されたギリギリの時間に到着するよう、家を出たところだった。

 

魔導国では長時間残業は厳しく規制されている。

遅くまで働けないなら、早朝に仕事をしようと思っても、それは労働時間に含まれる為、結局早退をさせられることになる。

 

何よりも辛いのは、五日働いたら、二日は休まないといけないことだ。

一分でも一秒でも、今のルーン工匠たちは働きたくてたまらないのだが、このルールは絶対に守るようにと魔導王から厳命されている。

それから、月に一日か二日は有給休暇というものを取らなくてはならない。

本国の鍛冶師たちからは羨ましがられるが、本人たちにとっては辛くてたまらない。

 

「十分な余暇があってこそ、仕事に集中出来るものだ」

 

という魔導王の命令により、魔導国ではどのような職種でも十分な休暇を取ることを義務付けている。

 

毎日毎日、新しい発見があるというのに、働ける時間は決められている。

ドワーフたちは少しでも有効に時間を使う為、徹底した効率化を図っていた。

 

そのおかげか、成長限界に達したと思われていた者たちも大きく成長を遂げていた。

今では―その日の調子にもよるが―全員で力を合わせれば、6個ものルーンを刻めるほどに。

魔導王から渡された技術書は、まるで自分たちの為に書かれたのではないかという程に分かりやすかった。

自分たちが直面した問題は、必ず、微に入り細に入り、事細かく対処法が記載されていた。

まるで、自分自身が同じ体験をしたかの如く。

この本を読んでいるだけで、面白いように技術が向上していくのが分かる。

 

そして今朝も、ようやく待ちに待った仕事の時間がやってきた。

 

 

 

 

 

「なあ、もうちょっと位ええじゃろ? あと5分だけじゃ」

 

いつも通りの終業の風景。

もう少しだけ残って仕事をさせて欲しいと懇願するドワーフvs工房の管理人をしているアンデッドとの攻防。

 

「いけません。これはアインズ様のご命令です」

 

いつも通り、アンデッドに追い出されるように工房から摘まみだされるドワーフ達。

当初はここまで厳しくは無かったのだが、調子に乗って泊まり込み、倒れるまで仕事をしたのが不味かった。

普段は温厚な魔導王から厳重注意を受けた結果、就業時間は厳守とお達しを受ける結果となった。

自業自得とは分かっているが、後悔先に立たず、ドワーフたちは今日もトボトボと帰路に着いた。

 

「仕方ない。一杯やっていくかのう」

「そうじゃな、明日の為に英気を養わんとのう」

 

家に帰るにはまだ早い時間だ。

仲間同士、親睦を深めるとしよう。

幸い、ルーン工匠の給金は極めて高い。

母国の摂政会のメンバーにも匹敵する程だろう。

その上、危険手当とか住宅手当など、聞いたことも無い手当が各種付いてくる為、生活に困ることなど考えられない程だ。

 

多忙を極める魔導王がルーン工房に訪れたのは、そんなある日のことだった。

 

 

 

 

 

「皆、久しぶりだな。もう魔導国での生活には慣れたかな? 不便なことや不満があれば、いつでも言って欲しい」

 

いつも通り、こちらを気遣う魔導王には頭が下がる。

しかし、これは千載一遇のチャンスだ。

代表者として、ゴンドはここぞとばかりに畳み掛ける。

 

「では陛下、もうそろそろ残業規制を解いてくれんかのう?」

「そうじゃ、儂等もちゃんと反省しておる。もう無茶はやらんから、な?」

「休日も、もう少し減らしてくれると助かるんじゃが」

 

何故、NPCでもないのにこんなに社畜力が高いんだこいつら。

頭痛のような錯覚に苛まれながら、呆れ声で応える。

 

「……そう言って、倒れるまでハンマーを振るっていたのはどこのどいつだ?」

 

魔導王は労働環境には非常に厳しい。

特に、賃金を払わずに労働させるような商会には厳しい指導が入る。

それでも改善されないようであれば、商会自体を取り潰すこともある。

 

「陛下! 儂等も本当に反省したんじゃ。じゃから、頼みます」

「「「「お願いします!!」」」」

 

ゴンドを筆頭に一斉に土下座するドワーフ達。

綺麗にタイミングが揃っているところを見ると、相当な練習を重ねてきたようだ。

 

「はッ、ははははは…………ん、久しぶりに沈静化されたな」

 

余りにも真剣な表情のドワーフ達が可笑しくて、久しぶりの精神鎮静化が起こる程だった。

 

「はあ、分かった。では、後ほど一月の残業限度時間を連絡させよう。但し、決して定められた時間を超過することが無いよう、厳守を心掛けよ」

 

うおおおお、と工房にドワーフたちの大歓声が響き渡る。

 

「全くお前たちは……まあ良い。今回は、お前たちに研究して欲しいことがあってな」

 

魔導王からの依頼、それも研究と聞いては興味を引かずにはいられない。

 

「陛下、儂等は何をやればいいんじゃ?」

「うむ、ゴンドよ、今のお前たちは、最大6個のルーンを刻めるのだったな」

「まあ、調子が良い時に限るがの」

「そこでだ。これまでは、より多くのルーンを刻むことだけを考えてきたのだが、別のアプローチもあるのではないかと思ったのだ」

「むむ? 別のとはどういうことじゃ?」

 

ルーンは魔法の力を持った文字だ。

刻まれた文字そのものに魔力が宿り、多く刻めば刻むほど、そのアイテムは強力なものとなる。

 

「ルーンは魔力を持った“文字”だろう? ならば、文章も書けるのではないか?」

「文章じゃと?」

「そうだ。今はただ、単純に文字を並べているだけだろう? それが文章に出来れば面白いと思ってな。まあ、唯の思い付きだから成功するかどうか、全く分からんがな」

 

アインズにとっては、前世のルーン技術をさらに発展させられないかという、単純な思い付きなのだが、ドワーフたちの受け取り方は全く違うものだった。

何故、ルーン技術についての研究では、ドワーフの遥か先を進む魔導国が自分たちを招聘したのか、理解出来なかった。

恐らく、魔導王は全く新しい技術を開発させたかったのだ。

今ならば分かる。それがこれだ。

ただ文字数を刻むことだけを考えてきたドワーフ達にとっては、目から鱗が落ちる思いだった。

もし、文章にすることが出来るなら、今よりも遥かに複雑な効果も齎せるだろう。

これは、魔化の技術では決して出来ない、ルーンだけが出来る夢の技術だ。

 

魔導王は思い付きだと言っていたが、あの大賢者がそんないい加減なことを言うはずが無い。

今の自分たちなら必ず出来ると思ったからこそ、伝えてきたのだ。

 

「陛下、その研究、喜んでさせて頂くぞ」

 

ドワーフ達の表情を見るまでもなく分かる。

皆、やる気に満ちていると。

 

「ふふふ、頼もしいな。そう言ってくれると信じていた」

 

複数のルーン文字を組み合わせた特殊な効果を持つマジックアイテム。

何とも心が躍る響きだ。

文書を作成している時にふと思いついたのだが、これは良いアイデアだったかもしれない。

上手くいけば、ルーンの武具を使用したビルドの幅の広がりも期待できる。

 

「時に陛下、フールーダ殿はどうされたのじゃ?」

「そうじゃ、こういう研究にこそ、あ奴の知識が必要じゃろう」

 

伝説の魔法詠唱者も、ドワーフ達にとっては魔法狂いの小僧でしかない。

 

「ああ、フールーダは謹慎中だ」

「はあ? 何をやらかしおったんじゃ、あの小僧」

 

見た目は若者になってしまったが、フールーダはここに居るどのドワーフよりも年上だ。

但し、自重という言葉を知らない辺り、精神年齢的には怪しいところだ。

 

「あの馬鹿、休暇と偽って、維持の指輪(リング・オブ・サステナンス)を装備したまま図書室に籠って一週間も研究していてな」

「ああ、やっぱりやらかしおったんじゃな」

「ようやく休暇を取ったと思ったらこのざまだ。反省するまで、一切仕事はさせんことにした」

 

もし、マーレが図書室でバッタリ出くわさなかったら、休暇が明けるまでずっと籠っていたことだろう。

ブラック企業を許さないアインズと、社畜たちによる攻防は始まったばかりだということを、この時のアインズはまだ知らない。

アインズは、今後永きに亘り、国家の運営よりもこの問題に頭を悩まされることになる。

 

「そんな訳で、あいつは最低でも一か月は謹慎だ。まあ、フールーダの弟子たちが居るから、彼らに協力を仰ぐといい。私から話は通しておこう」

 

それにしても、このドワーフ達は皆、前世で自分たちが開発した技術をほぼマスターしたようだ。

流石は、彼ら自身の研究成果だけのことはある。

既に次の世代の技術にまで、手が届こうとしている。

今世では間違いなく、更なる技術革新が起きるだろう。

ああ、本当に楽しみだ。

このドワーフ達は、どのような未知を切り開き、どんな未来を見せてくれるのだろう。

 

「ではゴンドよ、結果が出たら報告書を頼むぞ」

「勿論じゃ、楽しみにしていてくれ。絶対に期待に応えてみせるぞ」

 

前世でも、今世でも、このドワーフはルーン工匠としては能力が低い。

それでも、誰よりも研究熱心であり、誰よりもルーンに対して情熱を持っている。

前世で初めて会ったとき、ゴンドが名乗ったルーン技術開発家という肩書。

遥かな時を越えて―2周目のこの世界で―遂に、ゴンド・ファイアビアドは、本当のルーン技術開発家となった。

 

 




メイド「休暇はんた~い」

守護者達「至高の支配者に奉仕する喜びを~」

ドワーフ「残業規制はんた~い」

アインズ「くッ、私は社畜なんかに絶対負けない!」


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